to 日記と感想
Top | RSS | Admin

2018.10 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 » 2018.12


将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    190201       このころトミ子プリンターカートリッジ注文
    190312(火)    東工大付属同窓会
    190224(日)14:00 トミ子フォーレ「レクイエム」キララ
      190207(木)    がん検診 あきるの保健所
      190112(土)18:00 なにこら 紀尾井ホール 
       181223(日)     キララ「第九)
    181214(金)13:30 ルピア在宅看取り
    181209(日)13:30 羽村フィル ゆとろぎ
    181202(日)15:00 新日フィル キララ チャイコフスキー
    181128(水)13:30 ルピア 認知症家族
    191103       結婚50年記念。金婚
    181118(日)14:00 今井館 月本昭男講義
      181115(木)  14:00 来年2月15日以降にMRI申込みと桑本先生診察申込み
    181110(土)   二本松有農研 ソーラー発表会 福島恵宅泊
    181108 木 阿伎留台 森医師 胃カメラ申込み 13:00-16:30 障子レクチャー
    181105 09:45 池谷医院
    181104       集会感話 13:40 キララ合唱祭
    181103 13:00 南原繁シンポジウム 学士会館


経済の不安という苦しみ・・・神の愛を信じる・・・ ++++++++ 所感

2018/11/21 06:10

181121(水)3時半目覚め、34人+6家族の祈り。貧苦、病躯、争苦から救われて平安でありますように。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は「はつらつセンター」に行って、健康寿命が尽きる時から死までの間の過ごし方について、公的に受けられるサービスについて相談してきた。「将来の不安が読めない」という苦しみは「出ないオバケを怖がる」ようなもので、有限の人間にとってはどうしようもない当然の苦しみである。科学技術の世界でも「予測の科学」は最難問の一つである。台風の進路、地震の予測、戦いの予測、経済紛争、疾病の予測・・・・これらは総て人間の知恵である程度「読める」ようになった。神社の「絵馬」にある願い事はみな将来の不安が動機である。合格祈願、安産祈願、勝利祈願、良縁祈願、・・・・建築で言えば「安全祈願である。●一般に、宗教や信仰の動機は病苦、貧苦、争苦である。●今朝は、このうち「貧苦」という将来不安という「今日」ではどうしようもない予測不能の苦しみから逃れる方法について聖書に聞いてみよう。●こういう場合、無神論者は笑う。異教人は「金」を求める。彼らは神の守り、神のツキということとは縁がない。笑うものは笑え、金で永遠の命は買えない。

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である

塚本訳 ヨハ 14:1-2
14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。

塚本訳 マタ 10:29-30
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 マコ 4:37-40
4:37 すると激しい突風がおこり、波が舟に打ち込んできて、もう舟にいっぱいになりそうになった。
4:38 しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。
4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。
4:40 彼らに言われた、「なんでそんなに臆病なのか。まだ信じないのか。」

塚本訳 ルカ 8:23-25
8:23 渡ってゆくうちに、イエスは寝入ってしまわれた。すると突風が湖に吹きおろし、彼らは水をかぶって危険になった。
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。
8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。

塚本訳 マコ 9:20-25
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか
。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ルカ 10:38-42
10:38 さてみなが旅行をつづけるうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が家にお迎えした。
10:39 マルタにマリヤという姉妹があった。。マリヤは主の足もとに坐ってお話を聞いていた
10:40 するといろいろな御馳走の準備で天手古舞をしていたマルタは、すすみ寄って言った、「主よ、姉妹がわたしだけに御馳走のことをさせているのを、黙って御覧になっているのですか。手伝うように言いつけてください。」
10:41 主が答えられた、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことに気を配り、心をつかっているが、
10:42 無くてならないものはただ一つである。マリヤは善い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 ルカ 6:20
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。

塚本訳 マタ 5:3-5
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。

塚本訳 マタ 6:25-30
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう

塚本訳 ルカ 22:35
22:35 それから彼らに言われた、「(前に)財布も旅行袋も靴も持たせずに、あなた達を(伝道に)やった時、何か足りない物があったか。」彼らが答えた、「いえ、何も。」

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 ルカ 12:15-21
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 ヨハ 20:24-29
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 マタ 10:19
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。

塚本訳 マタ 13:22
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。

塚本訳 ルカ 8:14
8:14 茨の中に落ちたもの、これは(御言葉を)聞く(と、しばらくは信じている)が、とかくするうちに人生の心配や富や快楽に押えつけられて、実の熟さない人たちである。

塚本訳 ルカ 21:34
21:34 注意せよ、大酒を呑み、二日酔いをし、またこの世のことを心配して、頭が鈍くなっていると、『罠が』落ちるように、だしぬけにかの日があなた達に臨まないとはかぎらない。

塚本訳 ヨハ 11:9-10
11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。
11:10 しかし夜歩けば、つまづく。その人の中に(心を照らす)光がないからである。」

塚本訳 マコ 10:21-27
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 18:1-8
18:1 なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに話された、
(中略)
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。。心配の根は不信仰。神が共ならば、この世のことは神の方で心配してくださる。






スポンサーサイト
トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


有名になるな・・・神に喜ばれようとせよ・・・ ++++++++ 所感

2018/11/20 06:22

181120(火)3時目覚め。寝付けずに黙想、34人+6家族の祈り。神に喜ばれる人生になれ。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。次回感話は「イエス有名になる(ルカ6:17-19)である。イエスはその言動の故に世間に衝撃を与えて有名になった。しかし主は人間の世界で知られることを好まず、神に知られることを望んだ。病気の治癒をしたあとでの「このことは黙っていろ」という「沈黙命令」がそれである。この世に知られようとする心は信仰の敵である。●集会の某先輩から「高橋君は有名になりすぎた」と叱られたことがある。これは愛の心である。これは信仰が曲がらないためのエクレシヤの意義でもある。信仰の切磋琢磨である。結婚生活また同じ。そこで今朝は「有名になるな・・・神に喜ばれようとせよ・・・」ということを黙想してみよう。これは主の心である。

塚本訳 マコ 3:10-12
3:10 大勢の者をなおされたので、病気になやむ者がみな彼にさわろうとして、どっと押し寄せたのである。
3:11 また汚れた霊どもはイエスを見ると、その前にひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫ぶのであった。
3:12 イエスは自分のことを世間に知らせるなと、きびしく戒められた

塚本訳 ヨハ 5:11-13
5:11 彼は答えた、「わたしを直してくれた人が、『担架をかついで歩け』と言ったのです。」
5:12 彼らが尋ねた、「『かついで歩け』と言った人はだれだ。」
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった

塚本訳 マタ 14:22-23
14:22 それからすぐイエスは弟子たちを強いて舟に乗らせ、向う岸に先発させられた、群衆を解散させる間に。
14:23 そして群衆を解散させると、祈りのため自分だけ山に上られた。暗くなってもひとりそこにおられた

塚本訳 ヨハ 6:14-15
6:14 人々はイエスが行われた徴[奇蹟]を見て、「確かにこの人は、世(の終り)に来るあの預言者だ」と言った。
6:15 イエスは人々が来て、自分を(エルサレムに)攫って王にしようと計画しているのを知り、自分ひとり、またも山に引っ込まれた

塚本訳 ヨハ 7:2-5
7:2 しかしユダヤ人の仮庵の祭が近くなると、
7:3 イエスの兄弟たちが言った、「ここから移ってユダヤに行き、(今ここで)している業を(そこの)弟子たちにも見せたらどうです。
7:4 世に認められようとする者が、隠れた所で事をする法はあるまい。こんな(えらい)ことをしているのだから、(都に行って、)自分を世間に現わしたらどうです。

7:5 兄弟たちも彼を信じなかったからである。(彼らはイエスの国がこの世のものでないことを知らなかった。)

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 ルカ 10:18-20
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 ルカ 7:26-28
7:26 それでは、何を見ようとして出かけたのか。預言者か。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。
7:27 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使をやって、あなたの先駆けをさせ、』あなたの『前に道を準備させる』』と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
7:28 わたしは言う、女の産んだ者の中には、ヨハネより大きい者は一人もない。しかし神の国で一番小さい者でも、彼より大きい

塚本訳 マタ 4:5-7
4:5 そこで悪魔はイエスを聖なる都(エルサレム)に連れてゆき、宮の屋根の上に立たせて
4:6 言った、「神の子なら、下へ飛びおりたらどうです。『神は天使たちに命じて、手にてあなたを支えさせ、足を石に打ち当てないようにしてくださる。』と(聖書に)書いてあります。(人々はそれを見て信じ、たちどころにあなたの国が出来ます。)」
4:7 イエスは言われた、「ところが、『あなたの神なる主を試みてはならない』とも書いてある。」

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 ヨハ 13:14-17
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。
13:16 アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ヨハ 15:13-14
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ
15:14 あなた達はわたしの命ずることを行ってさえおれば、わたしの友人である。


塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。
そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ルカ 16:9-11
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。

塚本訳 マタ 25:34-40
25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。
25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、
25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 20:20-23
20:20 その時、ゼベダイの子(ヤコブとヨハネと)の母がその(二人の)子をつれてイエスの所に来て、ひざまずき、何かお願いしようとした。
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。
20:22 イエスが答えられた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。(ヤコブとヨハネに聞くが、)わたしが飲まねばならない(苦難の)杯を飲むことが出来るのか。」「出来ます」と二人がこたえる。
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳 ヨハ 14:12-14
14:12 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしを信ずる者は、わたしがするのと同じ業をすることができる。いや、それよりももっと大きな業をすることができる。わたしが父上の所に行って、
14:13 あなた達がわたしの名で願えば、なんでもかなえてあげるからだ。これは父上が子によって栄光をお受けになるためである。
14:14 (繰返して言う、)わたしの名でわたしに何か求めれば、(かならず)それをかなえてあげる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。この世に知られようとするな。神の喜ばれるように生きよ。それが本当の喜び、そして永遠の家に迎えられる。

●今日は秋の「果実」を撮った

2018_11200003.jpg 

2018_11200006.jpg 

2018_11200017.jpg 

●翻訳比較 黙示録2:7

聖書協会 共同訳 パイロット版 2018

7耳ある者は、霊が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には、神の楽園にある命の木の実を食べさせよう。」』

 

岩波翻訳委員会訳1995

660207〔聞く〕耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞け。勝利する者には、私は神の楽園に立っている命の木の実を食べる〔特権〕を与えよう」』。

 

新共同訳1987

2:7 耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には、神の楽園にある命の木の実を食べさせよう。」』

 

前田訳1978

2:7 耳あるものは、霊が諸集会にいうことを聞け。勝利者には神の楽園にあるいのちの木から食するを許そう』。

 

新改訳1970

2:7 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」』

 

塚本訳1963

2:7 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者には、神の楽園にある生命の樹からその実を食うことを許すであろう。

 

口語訳1955

2:7 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べることをゆるそう』。

 

文語訳1917

"660207","耳ある者は御靈の諸教會に言ひ給ふことを聽くべし、勝を得る者には、われ神のパラダイスに在る生命の樹の實を食ふことを許さん」"



●妻は文京区のYさんの家から無教会研修所「旧約講義」月本昭男先生

●イオンへプリンターののインクを購入に行く。ロビーでエクアドルの「SISAY]という合奏団の演奏を聴く。
●郵便局へ宅急便
●「はつらつセンター」で鈴木氏に相談。明朝の研究課題「明日のことを思い煩うな」を思う。








トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


救いを求める心・・・神が起こしてくださる・・・ ++++++++ 所感

2018/11/19 06:31

181119(月)3時半目覚め、34人+6家族の祈り。神が救いを求める心を起こしてくださいますように、4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は今井館で月本昭男先生の「古代人の墓と他界観」の講演を伺った。そして「空の墓」がキリストの復活の歴史的証明であることをますます確信した。そこで「イエスの復活を信じられるようになった理由」という私の信仰告白を、月本昭男先生と何人かに渡した。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/riyu.htm

●その本質は神が無から有を生み出すことである。いまだ救われざる血を分けた同胞の救いは、本人が「救い」を求める気を起こす時に始まる。その気を起こしさえすればあとは神が巧妙な手(大抵は不幸悲しみ)で救いに導いてくださる。そこで今朝は、その「救いを求める気」さえ神が無から有を起こす「力」で実現してくださることを黙想してみよう。頭にヒラメクまま順不同。検索と憑依は「Jばいぶる」駆使。(パソコンを動かせる若い人必携)を駆使。

塚本訳 ヨハ 5:5-7
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

塚本訳 マタ 20:29-34
20:29 一行がエリコ(の町)を出ると、大勢の群衆がイエスについて来た。
20:30 すると二人の盲人が道ばたに坐っていたが、イエスのお通りだと聞くと、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲を」と言って叫んだ。
20:31 群衆が叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます大声で、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲をと言って叫んだ。
20:32 イエスは立ち止まって、二人を呼んで言われた、「何をしてもらいたいのか。」
20:33 彼がこたえる、「主よ、目があくといい。」
20:34 イエスが不憫に思ってその目にさわられると、すぐ見えるようになって、イエスについて行った。

塚本訳 マコ 5:25-34
5:25 すると十二年も長血をわずらって
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」
5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」
5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」

塚本訳 ヨハ 4:13-16
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ルカ 19:1-5
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 マコ 9:20-24
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」


塚本訳 ヨハ 20:24-28
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ヨハ 3:1-3
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 6:43-45
6:43 イエスが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして
神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 マコ 10:25-27
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは
彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

文語訳 マタ 7:7-8
7:7 求めよ、さらば與へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。
7:8 すべて求むる者は得、たづぬる者は見いだし、門をたたく者は開かるるなり。

塚本訳 ルカ 24:29-32
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。。復活の歴鋭的根拠は、「空になった墓」 。人生の希望は、有体的復活


●午前、妻は、コーラスの練習
●午後は妻と録画してあった日曜美術館「ルオー展」を見る。カトリックのルオーにはキリストの顔を正面から描いた「聖顔」が60枚以上あると言う。神が人の姿をとったキリストの顔を祈りをもって描いたものだと解りルオーが少し分かったような気がした。ルオーは「言葉や思想でなく絵画で神に応答した。
●医者に行く途中、秋の空をとった。秋はブラームス。


2018_11190003.jpg 

2018_11190004.jpg 

2018_11190005.jpg








トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


心が満たされるものは何か・・・神の霊との交わり・・・ ++++++++ 所感

2018/11/18 05:45

181118(日)3時13分目覚め、34人+6家族の祈り。この人生、安らかに過ごせますように。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は、大切にしていた「クリスチナ・ロウゼッティ 信仰詩集」を見失い、探すのに苦労した。図書館に行ってモニター画像で観た(禁持ち出しだから)。そこで思った、「詩を捨てよ」。●詩には心惹かれるが、それは心が満たされない。満たされるものは「神の霊」である。詩は文字であり、人間の言葉である。それは霊の抜け殻である。抜け殻としての文字を読んでも心は満たされない。
そこで今朝は次の聖句を学んでみよう。

今朝のテキスト
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ヨハ 4:13-16
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、④その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、⑤あなたの夫をここに呼んで来なさい。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今朝のテキスト おわり

●テキストを「聖書を聖書で読む」

この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇く

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)


わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。

塚本訳 ヨハ 4:20-26
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」


塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」



③永遠の命

塚本訳 マコ 10:17-18
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない


塚本訳 マコ 10:21-30
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、
わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。


④その水を下さい

塚本訳 マコ 5:25-29
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。


塚本訳 マコ 6:56
6:56 村でも町でも部落でも、その行かれる所にはどこでも、病人を広場にねかし、着物の裾にでもさわらせてほしいとイエスに願った。さわったほどの者はみななおった。


塚本訳 マコ 7:28-30
7:28 しかし女は答えた、「主よ、是非どうぞ!食卓の下の小犬どもも、子供さんたちのパン屑をいただきます。」
7:29 イエスは言われた、「それほど言うなら、よろしい、帰りなさい。悪鬼はもう娘から出ていった。」
7:30 女が家にかえって見ると、子供は寝床にねており、悪鬼はもう出ていた。


⑤あなたの夫をここに呼んで来なさい


塚本訳 マコ 2:3-12
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る。
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」
2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、
2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」
2:8 イエスは彼らがひそかにこう考えているのを、すぐ霊で見抜いて、「なんで、そんなことを心の中で考えているのか。
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 7:47-50
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

塚本訳 ヨハ 8:9-11
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、
わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。。罪を赦されることが、神と交わりを持ち、永遠の命を戴けること。心が満たされるとはこのことだ。

●今日は午後から」今井館で聖書学習講座「特別講義」がある。
   古代イスラエルにおける埋葬と他界観・・・考古学による古代墓の発見と聖書にみる埋葬の記事・・・
 講師 月本昭男(上智大学特任教授・立教大学名誉教授

そこで私自身の予習として「死人の復活」についての聖書の記事を勉強した。

死人の復活の聖書の記事
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

死人の復活

 

塚本訳 マタ 22:31-32

22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

22:32 『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神である』と。(ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども復活して、今生きているわけではないか。」

 

塚本訳 使  17:31-33

17:31 神は一つの日を決め、その日に御自分の定めた一人の人(イエス)を使って『正しく(全)世界を裁こうと』計画しておられるからです。そして彼を死人の中から復活させて、すべての人に(彼が世界を裁くべき人であるという)その保証をお与えになったのであります。」

17:32 死人の復活と聞くと、嘲る者もあり、「そのことはまたいつかあなたに聞こう」と言う者もあった。

17:33 こんなことで、パウロは彼らの中から出ていった。

 

塚本訳 使  23:6

23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

 

塚本訳 使  24:20-22

24:20 あるいはまた(ここにいる)この(エルサレムの)人たち自身も、わたしが最高法院の前に立ったとき、どんな不正が(わたしに)認められたか、言ってみたまえ!

24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」

24:22 するとペリクスは(キリストの)道のことに非常に精通していたので、「千卒長ルシヤが(エルサレムから)下ってきた上で、(改めて)お前たちの事件の判決を下すことにする」と言って、裁判の延期を言い渡した。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:1

15:1 また、わたしが思い出してもらいたいのは、兄弟たちよ、(以前)あなた達に伝え、あなた達が(喜んで)受けいれてくれて、(今日まで)それに立っている、あの(死人の復活についての)福音である。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:12-13

15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。

15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:21

15:21 というのは、一人の人によって死が来たので、同じく一人の人によって死人の復活が来るのである。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:42

15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。

 

塚本訳 ピリ 3:9-11

3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──

3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、彼と同じような死様をして、

3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。

 

塚本訳 ヘブ 6:2

6:2 (いろいろな)洗礼の教や按手、死人の復活や永遠の審判(など、信仰)の土台をすえ直す(ような)ことをすまいではないか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

死人の復活の聖書の記事おわり

●10:00 妻と東京聖書読者会。高橋トミ子(司会)、高木博義(岩下壮一のこと)、横田淳(塚本講演「エペソ書)

●14:00 妻と今井館で月本昭男先生の講演を聞く。8年前の論考「イエスの復活を信じられるようになったなった理由」を月本先生他3名に渡した

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/riyu.htm























トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


肉親を失った時・・・泣け、思いっきり泣け・・・ ++++++++ 所感

2018/11/17 06:30

181117(土)3時半目覚め。34人+6家族の祈り。悲しい時は思い切り泣け。神が近づいてくださる。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は愛するご令息を37歳の若さで失われた(妻子がいる)方から、ご逝去のお知らせを戴いた。そこにテニスン(英国桂冠詩人)の感動的な詩がか書かれていた。

It is better to have loved and lost than never to have loved at all.

この訳は次の通り。

愛して失うことのほうが、まったく愛さなかったことよりましだ。

または

愛して失ったほうがいい、ぜんぜん愛さなかったよりも。

●人は愛するものをを失った時の悲しみは大きい。私が出会った詩で忘れられないのはやはり英国の女流詩人クリスチナ・ロゼッテイの次の詩である。英国はすごい。

お泣き、朝までお泣き、傷ましくお泣き。明けくれば愛の他何も残りません

(「信仰詩集」。被爆体験者で無教会の大原三十八雄訳)。

この信仰詩集は私が家屋を焼失したときに灰塵の中から、探しに探してかき出したものだ。しかしなぜか紛失、(後ろを見るな、前を向け。もう読まなくてよいという意味だろうか)

●私の信仰の師である塚本虎二先生は、関東大震災で若くして御夫人を失った。傷心を癒そうと浅間山に登ったが、途中で「ひた泣きに泣かれ」その涙は頬を伝わり、浅間の山に沁み込んだ。この時、塚本虎二は立たされた。後年、神戸照子さんという方が、新婚間もないご主人を戦争で失った。それを塚本先生にご報告に行くと、先生は「タオルでは足りない、毛布がぐしゃぐしゃになるまで泣きなさい」と言われた。神戸さんはこの一言で人生が立ち直り、YWCAの幹部になられ、良い働きをされた。後に御主人が亡くなったフィリッピンの海を訪ねた時、海に向かって、御主人の名前を大声で呼びつつ、海岸を彷徨してうずくまって泣いた。

●私はと言えば母を癌で失った時、献体のために霊柩車が出発する時、思わず2-3歩追いかけたものだ。
●人にはどうして「肉親との死別」という悲しみがあるのだろう。神はあまり残酷ジャーないか。神の子イエスに聞いてみよう。福音書に聞いてみよう

塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13
主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ
──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

塚本訳 ルカ 8:49-56
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、
声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。
イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 11:32-36
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」

塚本訳 ルカ 20:27-40
20:27 復活の存在を否定するサドカイ人が数人近寄って、イエスにこう言って質問した、
20:28 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄に、』妻があって『子がない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
20:29 ところで(ここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子がなくて死に、
20:30 (この律法に従って、)次男、
20:31 三男と、(つぎつぎに)その女をめとり、ついに七人とも同様に子を残さず死んで、
20:32 しまいにはその女も死んでしまいました。
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」
20:39 すると数人の聖書学者までが、「先生、りっぱなお答えです」と言った。
20:40 彼らはもう何一つ、問おうとしなかった。

塚本訳 ルカ 24:28-32
24:28 とかくするうちに目指す(エマオの)村に近づくと、なお先へ行くような様子をされたので、
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31
(その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 20:3-9
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7
また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。

20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。肉親の死の悲しみは、生きている主の霊の接近で、復活と永遠の命を信じられるようになった時に涙を拭われる。

●図書館への途次、あきる野の林を撮った。

2018_11170004.jpg 

2018_11170006.jpg 

2018_11170010.jpg


















トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


そんなに泣くでない・・・極度の悲しみの時に神が現れる・・・ ++++++++ 所感

2018/11/16 06:34

181116(金)4時半目覚め。34人+6家族の祈り。神の慰めがありますように。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。信仰の人生は、自分の思想信念による人生ではない無神論の人から見れば「他力本願」に身をゆだねる自己放棄の弱い人間に思われる。これはあろうことか神の力を信じない社会派クリスチャンの攻撃でもある。●信仰はヒューマニズムではない。マルキシズムではない。●しかし神の力を信じる「信仰の道」は、時に苦難に遭うとはたして「この人生観はこれでよいのだろうか」と不安になる。●しかし神の導きに身をゆだねる人は、極度の悲しみの時に「神の励まし」がある。パウロは言う。

塚本訳 Ⅱコリ12:10
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから

塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8 というのはわたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来るからである


●極度の悲しみに遭って信仰がぐらつく時に、天から声が聞こえて、この悲しみは神がご存知だということを知って、すっかり安心する。今朝はこの場面を聖書に見てみよう。

塚本訳 マタ 1:18-21
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した。
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。
1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 マコ 6:48-50
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

塚本訳 ヨハ 12:27-28
12:27 今、わたしは胸がどきどきしてならない。ああ、なんと言っ(て祈っ)たらよいだろう。『お父様、この(試みの)時からわたしを救ってください』(と祈ろうか。)いやいや、わたしはこのため、この時のために(この世に)来たのだ。
12:28 『お父様、(どうかわたしを御心のままになさって、)あなたの御名の栄光をあらわしてください!』」すると天から声がひびいた、「わたしは(あなたの業で)すでに(わたしの)栄光をあらわした。(今)また(あなたの苦しみによって)栄光をあらわすであろう。」

塚本訳 マコ 15:33-34
15:33 昼の十二時になると、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると
、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

塚本訳 ヨハ 19:28-30
19:28 こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。
19:29 酸っぱい葡萄酒の一ぱい入った器がそこに置いてあった。人々はその[酸っぱい葡萄酒を]一ぱい含ませた海綿をヒソプの(茎の先)につけて、イエス(の口許)に差し出した。
19:30 イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると、
「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。。極度の悲しみは神の導き、ご計画。神がご存知。ひるむな。

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本
数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。


塚本訳 マコ 13:13
13:13 あなた達
はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

塚本訳 ルカ 12:4-5
12:4 あなた達、わたしの友人に言う、体を殺しても、そのあと、それ以上には何もできない者を恐れるな。
12:5 恐るべき者はだれか、おしえてあげよう。殺したあとで、地獄に投げ込む権力を持っておられるお方を恐れよ。ほんとうに、わたしは言う、そのお方(だけ)を恐れよ。


●10:30 阿伎留台公園に行きながら、社会福祉協議会に行って、在宅介護、在宅死の希望を尋ねたら、可能だという。

●ご自分より若いご身内に先立たれた方から、ご逝去のお知らせ。そこにテニスンの詩が記されていた。

It is better to have loved and lost than never to have loved at all.

愛して失うことのほうが、まったく愛さなかったことよりましだ。

または

愛して失ったほうがいい、ぜんぜん愛さなかったよりも。

●そこで、早速次のようなお悔やみのメールを打った。(一部改変)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TK様

奥様 

 

本日、ご令息様ご逝去のお手紙を頂きました。

Y先生からは、ご令息が危篤状態の時に加祈応援依頼の緊急メールを頂きました。

しかし多くの方々の祈り空しく、このような結果になり、何と申し上げてよいか言葉もございません。

ご令息様の地上の人生は短かったですが、神は総てを御存知であると信じます。

人間の本質は「霊」で、肉体は滅びても最後の日に「有体的」に復活させられ、再会できることを信じます。

ご令息様の凱旋万歳!万歳!万歳!

今後、御遺族の皆様の上に神の守りと導きが末永く穣にありますように切に祈ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お悔やみメール おわり

●妻は、自彊術から池谷院へ定期健診。

●今日は秋留台公園の「秋」を撮った。私達二人も人生の秋で来年は金婚式。巡礼の旅であった。

2018_11160002.jpg 

2018_11160014.jpg 

2018_11160019.jpg









トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


霊に生まれるとは・・・風(プニューマ)は思いのままに吹く・・・ ++++++++ 所感

2018/11/15 06:32

181115(木)3時半目覚め。34人+6家族の祈り。神の霊により新しく生まれる時がきますように。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。かって集会のある御夫人から「高橋さんのお話は、途中からわからなくなる」と言われた。これは何故だろう。ニコデモに対するイエスの言葉もそうであった。

塚本訳 ヨハ 3:5-7
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。


●霊のことだから大脳皮質では「途中からわからない」のである。そこで今朝はその次のヨハネ3章8節を探求しよう。「もし神がいるなら信じたい」と言う人がほとんどである。

●まず翻訳比較

 聖書協会共同訳パイロット版2018

8風は思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

 

岩波翻訳委員会訳1995

3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。

 

新共同訳1987

"430308","風は己が好むところに吹く、汝その聲を聞けども、何處より來り何處へ往くを知らず。すべて靈によりて生るる者も斯のごとし』"

 

前田訳1978

3:8 霊風は思うままに吹き、あなたはその声を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかはわからない。だれでも霊から生まれるものはそのようである」と。

 

新改訳1970

3:8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」

 

塚本訳1963

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

口語訳1955

3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。

 

文語訳1917

"430308","風は己が好むところに吹く、汝その聲を聞けども、何處より來り何處へ往くを知らず。すべて靈によりて生るる者も斯のごとし』"

●「霊によって生まれる」とは何か。これが解読不能である。人間の側の能力では出来ないことだ。ここで天から「聖句の啓示」。今朝はそれを掲げてみよう。

塚本訳 ルカ 18:25-27
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 ヨハ 3:34-36
3:34 神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである。
3:35 父上は御子を愛して、一切のもの(の支配権)をその手におまかせになった。
3:36 (だから従順に)御子を信ずる者は永遠の命を持が、御子に不従順な者は命にはいることができないばかりか、神の怒りがその人からはなれない。」

塚本訳 ヨハ 4:24
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

塚本訳 マタ 16:15-17
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。新しく霊に生まれることが究極の幸福

●神を信じたい、新しく生まれたい、霊に生まれたい、救われたいと思いさえすれば神は事件を起こして徐々に導いて救う。これに関する聖句を掲げてみよう。

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

塚本訳 ルカ 11:5-8
11:5 また彼らに言われた、「あなた達のうちのだれかに友人があって、夜中にその友人の所に行き、『友よ、パンを三つ貸してくれ。
11:6 旅先からわたしの友人が来たのに、何も出すものがないから』と言ったとき、
11:7 その友人は内から、『勘弁してくれ。もう戸締りをしてしまったし、子供たちもわたしと一しょに寝ている。起きてかしてやるわけにはゆかない』と答えるにちがいない。
11:8 しかしわたしは言う、(その人がなおもせがんで止まなければ、)友人だからというのでは起きて(パンを)かしてやらなくても、その厚かましさにはかなわず、起き上がって、必要なだけのものをかしてやるにちがいない。

塚本訳 ヨハ 5:6-9
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ルカ 24:29-32
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 4:14-18
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ヨハ 3:1-3
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」

塚本訳 マタ 18:2-3
18:2 イエスはひとりの子供を呼びよせ、彼らの真中に立たせて
18:3 言われた、「アーメン、わたしは言う、あなた達は生まれかわって子供のように(小さく)ならなければ、決して天の国に入ることはできない。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 11:32
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」

塚本訳 マコ 9:21-25
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

塚本訳 ルカ 8:40-42
8:40 イエスが(カペナウムに)帰ってこられると、群衆は喜んで迎えた。皆待っていたのである。
8:41 するとそこに名をヤイロという人が来た。この人は礼拝堂の役人であった。イエスの足もとにひれ伏し、家に来ていただきたいと願った。
8:42 十二歳ばかりの一人娘があって、それが死にかけていたのである。
(ヤイロの家に)行かれる途中、群衆はイエスを押しつぶしそうであった。

塚本訳 マコ 5:24-34
5:24 イエスは彼と一しょに出かけられた。大勢の群衆がイエスについて行って押しまくった。
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」
5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」
5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
再び、朝の啓示と黙想おわり。神を信じたい。霊に生まれたいと思えば、なりふり構わず求めなければならない。研究していてはいけない。頭で納得してからでなければしんじないという「あぐら」を書いていてはいけない

●9:00 NHKTVBSで「サグラダファミリア」の建築を見た。その礼拝堂でバルセロナ交響楽団が演奏したフォーレの「レクイエム」、(指揮は音楽監督のは大野和士)を聴いて、難解で好きでなかったこの建築の意味が一瞬にして分かった。それはガウディが「命」を表現しようと思ったものだったのだ。
●大野和士は語った。普通の演奏は聴衆に向かって水平方向に向かうものだが、教会音楽は垂直方向に向かうものだと。至言。
●そこで考えた。神によって日本に植えられた「無教会主義」というキリスト教は「命」なので定義も形式化も出来ない。永続性もない。また水平方向ではなく、垂直方向のものなのだ。
●昨年の感謝会で、私は言った。「集会に誰も来なかったとしても私は聖書の話をする」と。

●13:00 妻は市内のOさん宅、無教会聖書朗読会。4名。無教会らしい小集会。

●夕方、山川歯科。帰りに写真を撮る

2018_11150005.jpg 

富士。日本人であることを感謝

2018_11150007.jpg 

阿伎留台公園から行く多摩連山を見る

2018_11150012.jpg

我が家の灯




















トラックバック(0) | コメント(0) | top▲




| Top | Next
0814