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明日のことを思い煩うな・・・神の子の不朽の愛を信じよ

200605(金)3時半目覚め 黙想 38人+6家族に対する祈り (安心せよ、神の子の不朽の愛が導く)4時起床 体重 78 BMI  29 血圧 135-84 冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 250 人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/) 隅の土台石たちよ、忍耐せよ。神はご存知だ。魚マーク ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚)●キリスト者の皆様お早うございます。 昨日は要京都にコロナ感染者の第二波が来た。現在はコロナウィルスで世界中が百年に一度の大苦難に陥っている。これは神が人類に「目覚めよ」と愛の揺さぶりをかけているのだと信じる。罰ではなく愛の心だ。コロナのため経済が疲弊し世界中が「明日のことを思い煩って」いる。「どうやって生きてゆこうか」と心配している。この悩み苦しみの暗闇に神の子キリストは言う。

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。



●今朝はこの言葉をめぐって「聖書で聖書を読む」ことをしよう。結論は「神の愛を信じよ」、である。この世の悩みは人に聖書を学ばせる益がある。永遠の命に導かれる。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 マタ 18:10-14
18:10 この小さな者を一人でも軽んじることのないように注意せよ。わたしは言う、(わたしの父上は片時も彼らをお忘れにならない。)あの者たちの(守り)天使は、天でいつもわたしの天の父上にお目にかかっているのだから。
18:11 〔無し〕
18:12 あなた達はどう思うか。ある人が羊を百匹もっていて、その一匹が道に迷ったとき、その人は九十九匹を山にのこしておいて、迷っている一匹をさがしに行かないだろうか
18:13 そしてもし見つけようものなら、アーメン、わたしは言う、この一匹を、迷わなかった九十九匹以上に喜ぶにちがいない。
18:14 このように、この小さな者たちが一人でも滅びることは、あなた達の天の父上の御心ではない。

塚本訳 ルカ 15:4
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、
いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。


塚本訳 マタ 6:25-26
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ

塚本訳 マタ 8:24-27
8:24 するとにわかに湖に激しい嵐がおこって、ついに舟は波をかぶった。しかしイエスは眠っておられた
8:25 弟子たちがそばに来て、「主よ、お助けください、溺れます」と言って起した。
8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。
8:27 人々は驚いて、「この方はどうした人だろう、風も湖も、その言うことを聞くのだが」と言った。

塚本訳 ヨハ 11:3-5
11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」
11:5 イエスはマルタとその姉妹ラザロとを愛しておられた。

塚本訳 ヨハ 11:13-15
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 マタ 8:8-10
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか
。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「
わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 ルカ 13:15-17
13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。
13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」
13:17 こう言われると、(監督はじめ)反対者は皆恥じ入り、群衆は一人のこらず、イエスが行われたあらゆる輝かしい御業を喜んだ。

塚本訳 ルカ 14:1-5
14:1 ある安息日に、パリサイ派に属する(最高法院の)ある役人の家に食事に(招かれて)行かれた時のこと、人々はひそかにイエスの様子をうかがっていた。
14:2 すると、水気をわずらった人がイエスの前にあらわれた。
14:3 イエスは自分の方から律法学者やパリサイ人たちに向かって口を切られた。「安息日に病気をなおすことは正しいか、正しくないか。」
14:4 彼らが黙っていると、その人(の手)をつかんで、病気を直してお帰しになった。
14:5 そして彼らに言われた、「あなた達のうちには、息子か牛かが井戸に落ちたとき、安息の日だからとてじきに引き上げてやらない者がだれかあるだろうか。

塚本訳 マコ 9:21-25
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

塚本訳 マコ 11:22-24
11:22 イエスが彼らに答えられる、「神(の力)を信ぜよ
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。
11:24 だからわたしは言う、(神に)祈り求めるものはなんでも、すでに戴いたと信ぜよ。そうすればそのとおりになる

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」


塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、
宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』
隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

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朝の啓示と黙想おわり。人生の海を楽に渡って行くためには「神の力」を信じるか信じないかにかかっている。

●人生の旅はよく航海に例えられる。その別れの時に良く歌われる讃美歌は第405番の「かみともにいまして」である。名曲である。Youtubu では次のサイトで見ることが出来る。

https://www.youtube.com/watch?v=8ED6 weQjTcWgU

●この讃美歌の原詩の書き出しは「God be with you till we meet again」で現在の「Good-by」(グッドバイ、さようなら)は、ここに源流があると言われている。人生には「別れ」という悲しいことがある。しかし来世での復活と再会を信じて短い人生も明日に希望をもって生きたいものである。別れは悲しいことであるが、復活の再会がある。私の「後世への最大遺物」は体験による次の証である。

「イエスの復活を信じられるようになった理由」

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/190408.htm


●来る、6月7日の家庭礼拝の感話をHP「使徒伝承」にアップ
「教会(集会の)神秘・・・主の名によってつらなるところに主が居ます」

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/200605.htm





































「代表的日本人」・・・若松英輔氏の場合は亡くなった妻

200604(木)3時半目覚め 正座で38人+6家族に対する祈り(人のために死ね) 4時起床 体重 78 BMI 29 血圧 131-79 冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 260 人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/) 隠れアクセス者の上に神の栄光あれ。魚マーク ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日はyoutuでNHK教養番組の100分で名著「内村鑑三『代表的日本人』」を評論家の若松英輔の解説で見た。(2016年1月放送のもの)
https://www.youtube.com/watch?v=URVUAgKmlk4

最後に司会者が若松英輔氏(2016年放送当時48歳)に「若松さんにとっての『代表的日本人』とは誰ですか」と良い質問。若松氏は「実は、2010年に妻を亡くしました。私にとっての『代表的日本人』とは亡くなった妻です。彼女は死してなお私に影響を与えています」。この告白に私は衝撃を受けた。若松氏はカトリックであるが2019年4月26日に今井館で行われた「内村鑑三記念、キリスト教講演会」で話された。開口一番、「無教会はいつまでも神学をやらないでいて欲しい」と言われた。氏は無教会の本質を見抜いておられた。こうなると、カトリックもプロテスタントも無教会もない。あるのはただ「キリストにある霊交」(岩波新書若松英輔著「内村鑑三・・悲しみの使徒」P212-213)のみである。
●自分の夫にこのように言われた夫人の命は短かったが幸いな人生であった。彼女は若松氏にとって「一粒の麦」であった。そこで今朝はこのことをめぐって黙想してみよう。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


塚本訳 ヨハ 15:12-13
15:12 わたしがあなた達を愛したように、互に愛せよ。──これがわたしの掟である。
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。

塚本訳 ヨハ 13:14-15
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。


●今日の若松英輔があるのは若くして亡くなった夫人の影響だ。次に「ユダヤ人の理想の妻」を掲げる。

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである


口語訳 箴  31:10-12
31:10 だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い。
31:11 その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
31:12 彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない


口語訳 箴  31:25-26
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている
31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。


口語訳 箴  31:28-31
31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。
31:30 あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる。
31:31 その手の働きの実を彼女に与え、その行いのために彼女を町の門でほめたたえよ。


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朝の啓示と黙想おわり。かって、孫娘に「神様を信じる人と結婚しなさい」と言ったら「またそのことオー」と反論された。いつか分かる、この世でダメなら来世でわかる。それでいいんだ。

●HP「聖書研究の部」の「IT時代の聖書勉強」を修正。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/200604.htm

●今日は「濃い緑を撮った」緑は命の象徴、永遠の命を思う。

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讃美歌122番 みどりもふかき わかばのさと

youtube  より 
https://www.youtube.com/watch?v=TuBUtl2JJXg











人が落ち着く所・・・神の言葉なる主の言葉

200603(水)2時半目覚め 正座して38人+6家族に対する祈り(主にあって安らかな人生であれ) 4時起床 体重 78 BMI  29 血圧 127-86 冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 240 人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/)主にある人の上に神の祝福あれ 魚マーク ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚)●キリスト者の皆様お早うございます。新型コロナの世界的蔓延で教会も無教会も集会が開かれていない。この間、臨時の処置として「オンラインミサ」「オンライン礼拝」「オンライン集会 」なるものが流行っているが、とても満足のいく最終的な姿ではない。そこで今朝は「主の言葉は霊なる神の言葉・・・人が落ち着くべき所」と題して思い浮かぶ聖書を黙想しよう。順不同、思いつくまま、神学的整合性なし。

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


塚本訳 ヨハ 4:23-26
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上
を礼拝する
時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 3:34
3:34 神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである。

塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である

塚本訳 ルカ 10:38-42
10:38 さてみなが旅行をつづけるうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が家にお迎えした。
10:39 マルタにマリヤという姉妹があった。。マリヤは主の足もとに坐ってお話を聞いていた。
10:40 するといろいろな御馳走の準備で天手古舞をしていたマルタは、すすみ寄って言った、「主よ、姉妹がわたしだけに御馳走のことをさせているのを、黙って御覧になっているのですか。手伝うように言いつけてください。」
10:41 主が答えられた、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことに気を配り、心をつかっているが、
10:42 無くてならないものはただ一つである。マリヤは善い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。


塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない

塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 ヨハ 6:67-68
6:67 するとイエスが十二人(の弟子)に言われた、「まさか、あなた達まで離れようと思っているのではあるまいね。」
6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

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朝の啓示と黙想おわり。人が最終的に落ち着くべき所は「神の言葉」なる「主の言葉」である。それを真実人は「永遠の命」を得る。

 
●関根正雄先生はブルンナーに対し、無教会主義集会の本質はマタイ18:20だと説明された。そこで今朝はこの部分を深く学んでみよう。

●マタイ福音書18章20節。邦語100年間の各種翻訳並読。心で読経する。

聖書協会共同訳2018

20二人または三人が私の名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」。

 

フランシスコ会聖書研究所訳2011

20二人か三人が私の名によって集まるところには、そこに、私もその中にいる。」

 

岩波翻訳委員会訳1995

401820なぜなら、私の名のもとに二人あるいは三人が集まっているところでは、彼らのただ中に私がいるからである」。

 

新共同訳1987

18:20 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

 

前田訳1978

18:20 二人、三人とわが名で集まるところ、そこにわたしは彼らの仲間としている」と。

 

新改訳1970

18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

 

塚本訳1963

18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

 

口語訳1955

18:20 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

 

文語訳1917

"401820","二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』""401820","二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』"


●マタイ福音書18章20節。ルター以後500年間の主要国聖書の引照で心に響くものを抜粋。拙ホームページ利用。心で読経する。http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/

塚本訳 ヨハ 8:17
8:17 あなた達の律法にも、『二人の証言は信用すべきである』と書いてあるではないか。


塚本訳 Ⅱコリ13:1
13:1 わたしはあなた達の所にこれで三度目の訪問をする。"すべての事は、二人もしくは三人の証人の証言によって定められる"(と律法にあるではないか、三度の訪問が三人の証言に当る。)

口語訳 申  17:6
17:6 ふたりの証人または三人の証人の証言によって殺すべき者を殺さなければならない。ただひとりの証人の証言によって殺してはならない。


塚本訳 Ⅰテモ5:19
5:19 長老に対する訴えは『二人または三人の証人』が無ければ受け付けるな。

塚本訳 ヘブ 10:28
10:28 モーセの律法をないがしろにする者があれば、憐れみなく、』『二人もしくは三人の証人(の証言)によって死ぬのである。』

塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。


塚本訳 Ⅱテサ3:14
3:14 もし私達のこの手紙の言に従わない者があるならば、その人を注意人物にして付き合わないようにせよ。その人が恥じ(て過ちを改め)るためである。


塚本訳 マタ 16:19
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」


塚本訳 ヨハ 20:23
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 Ⅰコリ5:3-5
5:3 現にわたしとしては、体ではそこにいないが、霊では居合わせて、そんなことを仕出かした者に対し、(わたし自身が)居合わせたかのように、すでに決断を下してしまった。
5:4 すなわちあなた達が主イエスの名を呼んで集まったとき、わたしの霊も主イエスの力を持って一しょにそこにいて、
5:5 こんな男は、悪魔に引き渡してその肉体を滅ぼさせることにしたのである。これはその霊が主の(裁きの)日に救われるためである。


塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


塚本訳 マタ 18:19
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。


塚本訳 使  18:21
18:21 「神の御心ならばあなた達の所に引き返してこよう」と言って別れを告げ、エペソから船出して、


塚本訳 Ⅱテモ4:17-18
4:17 しかし私によって宣教が全うされ、異教人が皆(これを)聴く(ことが出来る)ために、主は私を援け、力づけ給うて、私は『獅子の口から』救い出されたのである。
4:18 (かくてまた)主は私を凡ての悪の業から救い出して、天の王国に導き給うであろう。栄光世々限りなく彼にあらんことを、アメーン!

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朝の啓示と黙想おわり。人は地上のいかなる教会もいかなる先生も満足しない。主の言葉にのみ安息する。



●HPの「聖書研究の部」のうち「聖書で聖書を読む」のサイトが期限切れになって開けなくなった。すると北海道の牧師さんともう一人の未知の人から、「よく活用しているのでぜひ続けてほしい」とメールが来た。手ごたえあり。この「聖書研究の部」は私のライフワーク。神父、牧師、無教会伝道者、聖書読者のための隅の土台石。

●今日はこれから咲くアジサイの花を撮った。短い命だ、美しく咲け!

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教会(集会)の神秘・・・主の名でつながる所に「主が居ます」

200602(火)3時45分目覚め 黙想 正座して38人+6家族に対する祈り(主の恩恵の導きあれ〕4時起床 体重 78 BMI 29 血圧 136-87 冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 233 人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/) 神に召された人の上に恩恵あれ  ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚)

●キリスト者の皆様お早うございます。去る5月31日は教会ではペンテコステ(五旬節)と言って 復活昇天された主が天に昇られた後、50日目に残された弟子たちに聖霊が降った日を祝う日」でこれが教会の始まりだと記念している。無教会主義者は毎日がペンテコステである。しかし現在コロナで無教会主義集会も休会のところが多いが、コロナが収束して集会が再開する時が来る。その時は「なぜ集まるのか」という自己吟味が必要である。そこで今朝は「教会(集会)の神秘・・・主の名によってつながるところに主が居ます」と題してクリスチャンが集まる意義を黙想する。これはカトリック、プロテスタント、無教会に共通のことである。 主の言葉は神の言葉で集まりというのはそれを学び合うところ。


塚本訳 マタ 18:20
18:20
二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 5:14-16
5:14
あなた達は世の光である。
山の上にある町は隠れていることは出来ない

塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23
しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)
本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24
神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない
。」

塚本訳 ヨハ 6:65
6:65
そして言われた、「だから
『父上に許された者でなければ、だれもわたしの所に来ることは出来ない』と言ったのだ。」

塚本訳 ヨハ 15:1-2
15:1
わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2
わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

塚本訳 ヨハ 4:12-13
4:13
イエスは答えられた、「
この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない
。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 3:17-21
3:17
神は世を罰するためにその子を世に遣わされたのではなく、子によって世を救うためである。
3:18
彼を信ずる者は罰されない。信じない者は(今)すでに罰されている。彼を神の独り子として信じていないからである。
3:19
すなわち、光が世に来たのに、人々は自分たちの行いが悪いので、光よりも暗さの方を愛したこと、それが罰である。
3:20
悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。
3:21
これと反対に、
真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」

塚本訳 ヨハ 6:44-45
6:44
(わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)
わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45
預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして
神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 4:38
4:38
(すなわち)
わたしはあなた達をやって、あなた達が自分で苦労しなかったものを刈り取らせる。ほかの人々が苦労し、あなた達はその苦労(の実)を取り入れるのである。(あなた達はわたしがまいたものを、ただ取り入れるだけでよいのだ。)」

塚本訳 ヨハ 13:16-17
13:16
アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)
13:17
このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 ルカ 5:10-11
5:10
シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様であった。イエスがシモンに言われた、「
恐れることはない。今から後、あなたは人間を生け捕る(漁師になる)のだ。(きょうの漁は、あなたの大伝道の前ぶれである。)」
5:11
彼らは舟を陸に引き上げ、
何もかもすててイエスに従った。

塚本訳 マタ 10:28-31
10:26
だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28
体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。 

塚本訳 ルカ 9:23
9:23
それから今度は皆に話された、「
だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

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朝の啓示と黙想おわり。主の名によってつながる所に「主が居ます」。これが永遠の命の保証。

●妻と息子と共に家電量販店の「ノジマ」のい行く
●三人で昼食
●あきる野に「夏が来た」。夏雲を撮った。

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泣いた赤鬼・・・追放された牧師

13日で満76歳10か月。残り時間のすべてをキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、エクレシヤのため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。

200601(月)4時目覚め 黙想 38人+6家族に対する祈り(主にある死は無駄に終わらない)4時半起床 体重 78 BMI 29  血圧149-97  冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 382 人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/) 神父 牧師 無教会伝道者たちよ あなたの労苦は無駄に終わらない(Ⅰコリ 15:58) 
魚マーク ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚)●キリスト者の皆様お早うございます。地上の教会(集会 エクレシヤ)は人間集団だから常にゴタゴタがある。無教会主義集会でも同じである。特にプロテスタント教会の牧師は常に教会員から心で批判されて挙句の果ては「追放」の憂き目に逢う。私はその例を知っている。かって某牧師の夫人から「ウチの教会は若い人が育たない不毛の地です」と嘆かれたことがある。これが日本の教会の姿である。今朝はなぜか浜田広介の「泣いた赤鬼」を思い出した。浜田広介についてはネットに次のように出ていた。

浜田広介について
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現代日本児童文学の先覚者、浜田広介は、明治26年高畠町一本柳に農家の長男として出生。米沢中学(現、県立米沢興譲館高校)から、早稲田大学英文科に学んで、童話一筋50余年。一千篇に及ぶ殊玉の作品を世に残し、日本のアンデルセンと称えられている。
 処女作「黄金の稲束」をはじめ「むくどりのゆめ」「ないた赤おに」「りゅうの目のなみだ」など、その童話の母胎は、豊かな自然に恵まれたふるさとと、母親への深い愛情といわれている。

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浜田広介について 終わり

●多くの作品の中でも「泣いた赤鬼」が忘れられない。青鬼は赤鬼のために犠牲になって追放されたが、逃げて行った青鬼のことを思って赤鬼が泣くというストーリーである。オスカーワイルドの「幸福の王子」もそうであるが、キリスト教を言わないが十分に「キリストの香り」がする文学だ。第一回浜田広介児童文学賞の受賞者は故安房直子さんである。彼女は集会付属の「新約聖書ギリシャ語勉強会」で私と一緒であった。私と同年。若き日の思い出。彼女はその後児童文学の著名人になったが、40代の若さで逝った。その時御夫君にお悔やみの電話を差し上げたことがある。彼女の童話の何篇かは妻により私の子供達が読んだ。そしてさらに私の孫が学校の劇で「泣いた赤鬼」を演じた。彼女の人生は短かったが、死してなお語る。彼女の最後の作品には来世のことがイメージされていると評者は言う。そこで今朝は「犠牲の愛」について聖書のアチコチを読んでみよう。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マコ 12:10
12:10 あなた達はこの聖書の句をすら読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。

塚本訳 ヨハ 13:14-17
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。
13:16 アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。

塚本訳 エペ 5:25-27
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──
5:26 キリストは洗礼の水浴びにより、(その際述べられる告白の)言葉をもって、教会を潔めて聖なるものとなし、
5:27 かくて汚点も皺もかかるものの何も無い、聖なる瑕なき輝かしい教会を自分で自分のために建てようとし給うたのである。――

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが
主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マタ 23:9-12
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから。
23:10 『師』と呼ばれてもいけない。あなた達の師はただ一人、救世主である。
23:11 あなた達のうちで一番えらい者が召使になれ。
23:12 だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう。

塚本訳 マコ 9:33-35
9:33 カペナウムに来た。家につかれるとイエスは、弟子たちにお尋ねになった、「道々何を評議していたのか。」
9:34 彼らは黙っていた。(自分たちのうちで)だれが一番えらいかと、道々論じ合っていたからである。
9:35 イエスは坐って、十二人を呼んで言われる、「一番上になりたい者は皆の一番下になれ、皆の召使になれ。」


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朝の啓示と黙想おわり。人の救いのために祈り続けることが「愛する」ことだ。やられてもやり返さないことだ。忍耐、忍耐。神が裁く。

●昨日はキリスト新聞で、若い牧師たちの「オンライン礼拝」についての考え方を読んだ。結論はこの方法は一時的なものであるということであった。同感。無教会主義者として「人とのつながり」というものを考える。クリスチャン同士をつなげるものは何なのか、コロナが収束して集会が再開する場合の「つながり」の本質は何であるべきか。仕切り直しで改めて考える。クリスチャンは血縁、夫婦縁、地縁、先生縁、学校縁、教派縁、思想縁、信仰の師縁、趣味縁、職場縁、仕事縁、経済縁などであってはならずキリスト縁のみでなければならない。無教会主義者は同じ信仰ならばどの教派の人とも「つながる」。無教会主義者同士といえども信仰が違えば忌み嫌う。クリスチャンのつながりは「正統信仰」の縁である。思いつく聖句を掲げる。

塚本訳 ヨハ 1:9-13
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 マタ 12:48-50
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから
。」

塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

塚本訳 マタ 16:16-20
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」
16:20 それからイエスは、自分が救世主であることをだれにも言ってはならないと、弟子たちを戒められた。

塚本訳 ヨハ 6:68
6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。


塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 マコ 6:11
6:11 しかしある所で、あなた達を歓迎せず、言うことに耳をかたむけないなら、(すぐその土地を出てゆけ。そして)そこを出てゆくとき、(縁を切ったことを)そこの人々に証明するため、足の裏の埃を払いおとせ。」

塚本訳 ルカ 24:30-34
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 3:9-11
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」
3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、それくらいなことがわからないのか。
3:11 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知っていることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受けいれない。

塚本訳 ヨハ 4:22-24
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない
。」

塚本訳 ヨハ 12:49-50
12:49 わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。
12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

塚本訳 マタ 6:5-8
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう
。」

塚本訳 ルカ 18:8
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!」

●今日はあきる野名物であるトウモロコシの畑を撮った。成長が速い。子供の成長のようだなー。

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塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」




















泣いたり騒いだりするな・・・子供は死んではいない、眠っているのだ

200531(日)3時半目覚め 黙想 正座して38人+6家族に対する祈り(神の愛を信じよ)、4時半起床 体重 78 BMI 29 血圧 141-87 冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 394 人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/) 神父 牧師 無教会伝衛者 聖書読者 世の光、山の上の街の光、暗闇の希望の光たれ(マタイ5:4-6)魚マーク ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。新型コロナウィルスのために世界中で多くの人が死んでいる。世界中の人が「死を恐れて」泣いたり騒いだりしている。今現在、神の子キリストがが来られたら次のように言うであろう。

塚本訳 マコ 5:38-39
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」

●動植物のすべては「死ぬまい死ぬまい」と思って行動している。人間の文化文明の営みもこれに尽きる。人間は死に対し、「泣いたり騒いだり」する。しかし神の子キリストがこの世に来られて教えられたことは「死は眠りで、死人は神のもとで眠っていて、最後の日には復活するのだ」ということである。これは驚天動地の教えである。そこで今朝はマルコ5:39について学ぼう。

●マルコ福音書5章39節。邦語100年間の各種翻訳並読。心で読経する。

聖書協会共同訳2018

39家の中に入り、人々に言われた。「なぜ泣き騒ぐのか。子どもは死んだのでは

ない。眠っているのだ。」

 

フランシスコ会聖書研究所訳2011

39中に入って人々に仰せになった。。「どうしてあなた方は泣きわめいているのか、子どもは死んだのではない。眠っているのだ。」

岩波翻訳委員会訳1995

410539そこで彼は中に入って彼らに言う、「なぜあなたたちは、うるさく泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではなく、眠っている〔だけだ〕」。

 

新共同訳1987

5:39 家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」

 

前田訳1978

5:39 中へ入っていわれる、「何を騒いで泣くのか。子は死んではいない。眠っているのだ」と。

 

新改訳1970

5:39 中にはいって、彼らにこう言われた。「なぜ取り乱して、泣くのですか。子どもは死んだのではない。眠っているのです。」

 

塚本訳1963

5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」

 

口語訳1955

5:39 内にはいって、彼らに言われた、「なぜ泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではない。眠っているだけである」。

 

文語訳1917

"410539","入りて言ひ給ふ『なんぞ騷ぎかつ泣くか、幼兒は死にたるにあらず、寐ねたるなり』"



●マルコ福音書5章39節。ルター以後500年間の主要国聖書の引照で心に響くものを抜粋。拙ホームページ利用。心で読経する。

塚本訳 マタ 9:18
9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」


塚本訳 マタ 9:22
9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。


塚本訳 マタ 8:15
8:15 その手におさわりになると、熱が取れ、彼女は起き上がってイエスをもてなした。


塚本訳 ピリ 3:21
3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!


塚本訳 使  28:8
28:8 たまたまポプリオの父が熱病と下痢とに苦しんで寝ていたので、パウロは彼の所に行って祈りをし、手をのせて直した。塚本訳 使  14:9-10
14:9 この人がパウロの話を聞いていると、パウロはじっと見つめ、(足が)直るに必要な信仰があるのを見て、
14:10 大声で、「『自分の足で』まっすぐに『たちなさい!』」と言った。すると(たちまち)躍って歩きまわった。


塚本訳 ロマ 4:18-22
4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。
4:19 すなわち彼は信仰が弱らずに、ほとんど百歳であったので、自分の体が死んでしまっており、(妻)サラの胎も死んでいるのをよく知っていながら、
4:20 不信仰をもって神の約束を疑わないばかりか、かえって信仰が強くなり、神に栄光を帰した、
4:21 神は約束を果たす力を持っておられる(ので、子をお授けになる)と確信することによって。
4:22 このゆえに、『そのことが彼の義と見なされた』のである。


塚本訳 Ⅰテサ4:13-18
4:13 兄弟達よ、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい。
4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。
4:15 然り、私達の主の御言をもってこのことを(はっきり)君達に言う(ことが出来る)──私達主の来臨(の時)まで生き残っている者は、(既に)眠った者に先立つ(て光栄に与る)ことは絶対に無い。
4:16 何故なら、(その時)主自ら号令と御使いの頭の声と神のラッパ(の響き)と共に天から下り給うて、キリストにおいて死んだ死人がまず復活し、
4:17 それから私達(その時まで)生き残っている者が主に会うため彼らと一緒に雲に乗って空中に奪い去られる。かくして私達はいつも主と共に居るのである。
4:18 だから、これらの言をもって互いに慰め合え。


塚本訳 使  9:40
9:40 ペテロはみんなを外に出し、ひざまずいて祈った。そして死体の方を向いて、「タビタ、立ちなさい!」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起きあがった。


塚本訳 ヨハ 11:11-13
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。


塚本訳 使  20:10
20:10 パウロが下りてきて青年の上にのしかかり、抱きしめて(人々に)言った、「騒ぐことはない。命はあるのだから。」


塚本訳 ルカ 20:38
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」


塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」


塚本訳 マタ 9:24
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・         朝の啓示と黙想おわり。クリスチャンは、親しいものとの死別で泣き騒ぐが、信仰で再会の希望を持つ。死を突破する。

10:00 家庭礼拝(東京聖書読者会は休会)

祈り  妻・・・トミ子 
讃美歌 4 (よろずのくにびと)
    ピアノ伴奏は息子

感話 「種まきの譬の説明」 高橋照男  
           http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/2005313.htm
       

祈り  高橋照男
讃美歌 284 (しずけきかわのきしべを) 
     ピアノ伴奏は息子


●聖日の午後。曇りの日のあきる野を撮った。

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翻弄される人生・・・離婚という失敗の悲しみは天国への門

200530(土)3じ45分目覚め 黙想 正座して38人+6家族に対する祈り(福音の光に出会えますように) 4時15分起床 体重 78 BMI 29 血圧 130-81 冷水洗顔 歯磨き 湯沸かし HPアクセス数 357人/日(http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/) 神父 牧師 無教会伝道者 求道者 の上に神の恩恵がありますように。魚マーク ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日はTVで英国の「遥か群衆を離れて」という古い映画を見た。人生に翻弄された一人の女性が最後にクリスチャンの男性と結婚して幸福になるというストーリー。キリストの香りがした。現在はコロナウィルスのために多くの人が人生を翻弄されている。しかしこの禍が真の救いへの門となるように祈る。思い浮かぶ聖句を掲げる。思いつくまま。順不同。

塚本訳 ヨハ 4:13-19
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

塚本訳 ヨハ 8:4-11
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


塚本訳 ルカ 7:36-50
7:36 (シモンという)ひとりのパリサイ人が一しょにお食事をと願ったので、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。
7:39 イエスを招待したパリサイ人が見て、ひそかに思った、「もしもこの人が(ほんとうの)預言者だったら、自分にさわっている者がだれだか、どんな女だか、──罪の女だと分るはずであるのに!」
7:40 イエスが言われた、「シモン、あなたに言わねばならぬことがある。」彼が言う、「先生、言ってください。」イエスが言われる、
7:41 「ある金貸しに二人の債務者があった。一人は五百デナリ(二十五万円)、一人は五十デナリ(二万五千円)を借りていた。
7:42 返すことができないので、金貸しは二人(の借金)をゆるしてやった。とすると、二人のうち、どちらが余計に金貸しを愛するだろうか。」
7:43 シモンが答えた、「余計にゆるしてもらった方だと思います。」イエスは「あなたの判断は正しい」と言って、
7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。
7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

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朝の啓示と黙想おわり。人生翻弄されて、離婚に至った人も救われる。神が清めて天国に招く。離婚は多くの人を悲しませるが罪ではない。結婚はこの世だけのことだからだ。以下の言葉が慰めてくれる。天国では夫も妻もない、親もない、子供もない。皆が天使のようになるのだ。


塚本訳 ルカ 20:27-36
20:27 復活の存在を否定するサドカイ人が数人近寄って、イエスにこう言って質問した、
20:28 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄に、』妻があって『子がない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
20:29 ところで(ここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子がなくて死に、
20:30 (この律法に従って、)次男、
20:31 三男と、(つぎつぎに)その女をめとり、ついに七人とも同様に子を残さず死んで、
20:32 しまいにはその女も死んでしまいました。
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


塚本訳 マタ 5:4
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 13:29-30
13:29 また人々が『東から西から北から南から』来て、神の国で宴会につらなるであろう。
13:30 たしかに、最後であって一番になる者があり、一番であって最後になる者がある。」

塚本訳 ヨハ 13:8
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

塚本訳 マタ 18:21-22
18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」
18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 ヨハ 4:38
4:38 (すなわち)わたしはあなた達をやって、あなた達が自分で苦労しなかったものを刈り取らせる。ほかの人々が苦労し、あなた達はその苦労(の実)を取り入れるのである。(あなた達はわたしがまいたものを、ただ取り入れるだけでよいのだ。)」

塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 使  26:17-18
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

塚本訳 マタ 12:48-49
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

●15:30 山川歯科

●今日は「烏(からす」)」を撮った。神が支えているんだなー

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塚本訳 ルカ 12:24
12:24 烏(からす)をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。


●この個所の並行記事であるマタイは次のように烏(からす)でなく鳥(とり)になっている。

塚本訳 マタ 6:26
6:26 空の鳥(とり)を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。


●聖書学的にはいろいろ説があろうが、あの嫌われ者(人間でいえば罪人)の烏(からす)でも神は養って下さるのだと読みたい。