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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170822     KS命日
    170813     KT命日
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170706      TM誕生日
    170701      TT誕生日
    170628       IY誕生日
    170609       TS命日
    170425       TN)誕生日
    1704頃        キ性研年会費支払
    170326(日)14:00 内村鑑三記念キリスト教講演会、今井館、小林・関根
    170321       KH誕生日
    170318       TH命日
    170315(水)11:45 東工大附同窓会、八重洲口庄屋
    170311(土)14:00 キララ合唱団、キララホール
    170201(水)     2月24日の介護教室の申し込み
    170131        IA誕生日
    170128(土)      がん検診
    170126(木)19:30大竹しのぶファミリーヒストリー、内村鑑三
    170125(水)13:30 ルピア「介護教室」
    170118(水)12:00 キララホール、ロビーコンサート
    170114(土)13:30 さよなら原発、ルピア
    170113        トミ子二本松
    170112(木)     トミ子いわき市
    170111(水)09:45池谷医院
    170110 (火)  IH誕生日
    170108(日)10:00 集会感話「ヒルテイの信仰と思想の源流は『主のことば』」
    170108(日)13:30 茅ヶ崎金子邸
    170107(土)    大高正人展、国立近現代建築資料館、千代田線「湯島」
    170107(土)18:00 なにわコラリアーズ「紀尾井ホール」


子や孫に告ぐ・・・神を讃える者になれ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/19 06:33

170119(木)4時半目覚め。啓示黙想祈り「子や孫達に告ぐ・・・神を讃える者になれ・・・」5時起床●乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、湯沸し、ミカン一個。パソコンで発信開始●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●孫がどのように育ってほしいかは、親の祈りや願いによる。●子供がどう育つかは親の心次第。●「神を讃える」のは人間の「分」、あるべき本質である。

口語訳 創 1:26-27
1:26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
1:27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

口語訳 詩  18:25-26
18:25 あなたはいつくしみある者には、いつくしみある者となり、欠けたところのない者には、欠けたところのない者となり、
18:26 清い者には、清い者となり、ひがんだ者には、ひがんだ者となられます

口語訳 出  20:4-5
20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、


口語訳 出  34:7
34:7 いつくしみを千代までも施し、悪と、とがと、罪とをゆるす者、しかし、罰すべき者をば決してゆるさず、父の罪を子に報い、子の子に報いて、三、四代におよぼす者」。

塚本訳 ルカ 6:44
6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ
。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

●「神を讃える」ことは多くの芸術家のテーマである。ヴェートーヴェンの「自然に於ける神の栄光」、モーツァルト「ヴェスペレ」、シラーの「歓喜に寄す」、ターナーの絵、バッハの音楽の総て。
●私が中学校の時に文部省が「期待される人間像」なることを言い出した。内容は忘れたが道徳的なことであって、「神を讃えfる」ななどいうことは少しもなかったように思う。同じ頃「道徳教育」ということも言われた。これも「神」という概念がなっかたように記憶する。
●高校生になって不思議な恩恵で「神を知り」、「神を讃える者」にさせられて幸福であった。そして子や孫にも「神を讃える者」になってほしいと願う身になった。73歳、残り10年か15年だ。
●そこで今朝はこれらを巡って聖書のアチコチを思いつくまま順不同に掲げてみよう。子等に告ぐ、自分の子供(私にとって孫)に」伝えよ。伝承せよ。背中で教えよ。

口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、
口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 ヨハ 3:3-6
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

塚本訳 マタ 11:25-27
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。
11:26 ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。

塚本訳 ヨハ 14:8-9
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 マタ 5:16
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 マタ 5:45-48
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。
5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。
5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

塚本訳 ルカ 11:11-13
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 ヨハ 17:3-4
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。
17:4 わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました。

塚本訳 ヨハ 4:20-26
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

塚本訳 Ⅱコリ3:15-17
3:15 いやむしろきょうまでモーセ(律法)が朗読される度毎に、ベールは彼らの心にかかって(いるので、そのほんとうの意味が隠されて)いる。
3:16 『しかし彼らの心が主に帰るならば、その時ベールは取り除かれる。』
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。

塚本訳 Ⅱコリ4:3-4
4:3 しかしそれでもなおわたし達の説く福音が(ベールで)覆われている(からわからないのだと言う)なら、それは滅びゆく者にとって(だけ)覆われているのである。
4:4 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。

塚本訳 ロマ 10:15
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


塚本訳 Ⅰコリ15:42-44
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 Ⅰコリ2:14
2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。


塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。


塚本訳 Ⅱコリ4:16-18
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。


塚本訳 Ⅱコリ4:11
4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

塚本訳 マタ 5:5
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 マタ 12:49-50
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」

塚本訳 ヨハ 16:8
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう。

塚本訳 マタ 6:33
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。「神を讃える者になれ」






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翻訳の差は信仰の水準・・・クリスチャンの生き方・・・ ++++++++ 所感

2017/01/18 05:59

170118(水)●現役でもないのに、大阪転勤の辞令が出て悩んだ。夢であった。妻が「夕べなにか言っていたわよ」と言った。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●毎日、日本聖書協会「新翻訳(2018年刊行予定)のパイロット版に対する意見具申をしているが、昨日は翻訳の違いは信仰の水準によることが如実に表れている箇所にぶつかった。第二コリント4:10である。●意見具申は9種類の邦訳を見比べて語学ではなく、信仰的観点から行っている。●今ここにそれを掲げる。クリスチャンの生き方に通じる。


田川建三訳2007
4:11 なぜなら、我々生きている者はイエスの故に常に死へと引き渡されている。イエスの生命もまた我々の死すべき肉の中に現れるためである。

フランシスコ聖書研究所訳2011
4:11 実に、わたしたちは生きていますが、イエスの故に絶えず死の危険にさらされています。イエスの命が、わたしたちの死すべきこの身に現れるためです。

岩波翻訳委員会訳1995

470411なぜならば、私たち生きている者は、イエスのゆえに、常に死へと引き渡されているのだからである。それは、イエスの生命もまた、私たちの〔この〕死ぬべき肉において明らかにされるためである。

 

新共同訳1987

4:11 わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために。

 

前田訳1978

4:11 それは、われら生きているものが、イエスのゆえにつねに死に渡されるのは、イエスのいのちもわれらの死すべき肉体に現われるためだからです。

 

新改訳1970

4:11 私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。

 

塚本訳1963

4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

 

口語訳1955

4:11 わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。

 

文語訳1917

"470411","それ我ら生ける者の常にイエスのため死に付さるるは、イエスの生命の我らの死ぬべき肉體にあらはれん爲なり。"

●パウロの信仰の深さに圧倒されるが、主の次の言葉に遡る。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ルカ 22:25-27
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。
あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。

塚本訳 ヨハ 13:5-7
13:5 それから盥に水を入れて、ひとりびとり弟子たちの足を洗っては、(腰に)巻いた手拭で拭き始められた。
13:6 こうしてシモン・ペテロの所まで来られると、ペテロが(こばんで)言う、「主よ、わたしの足を、あなたが洗われるのですか。」
13:7 イエスが答えて言われた
、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」


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朝の黙想瞑想ディボーションおわり

2017_01180001.jpg

●12:10 キララホールでロビーコンサート。倉田悦子(オーボエ)写真、大槌祐紀子(ピアノ)
倉田さんはあきる野市出身。子供連れの自由なコンサート。3歳の女の子が自分の席で音楽に合わせて上手に踊っていたのに感心した。

●録画してあったベルリンフィルのドキュメントと第九を聞く。我が樫本大進がコンマスとは嬉しい。楽団員がベートーベンの曲は昨日書かれたもののようで新しいと言っていたのは聖書にも通じる。

●日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)パイロット版意見具申。コリントの信徒への手紙二、第5章。パウロはすごい。





 









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死んだらどうなるのか・・・主の言葉と業に教えられる・・・ ++++++++ 所感

2017/01/17 10:49

170117(火)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「イエスの復活観・・・新しく生まれ直す・・・」●正月に来た小4の孫娘の「死んだらどうなるのか。意識はあるのか」の質問に対して、第一コリント15章により、パウロに殴られた感じがしたが、今朝は-肝心の「主の言葉と業」を示された。主は言葉だけではなく、行動でもそれを教えてくれた。パウロではなく、今度はイエスに殴られた気がする。●孫娘にこの主の言葉が分かる日が来ますように。「孫たちに幸あれ」(ヒルティ)。


塚本訳 マコ 12:24-27
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。
12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。
12:27 (ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)あなた達は大間違いをしている。」

塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ルカ 7:11-16
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 11:33-35
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。

塚本訳 ヨハ 11:39-40
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 3:3-6
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

塚本訳 ヨハ 3:8-10
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」
3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、それくらいなことがわからないのか。

塚本訳 ヨハ 4:24-26
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マタ 28:5-9
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。
あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:31-34
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。復活のことを神の子イエスに教えられた。

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9:00 キララホールに音楽会のチケットを求めに行く途中で、富士を見た。
●歩きながら次回1月29日の感話をまとめ直す。歩きながらだとよい構想が浮かぶものだ。

●妻は国立近現代建築資料館に大高正人の作品を観に行ってから、Yさんの家。

●終日、日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)パイロット版意見具申コリントの信徒への手紙二4章。パウロの意気づかいが聴こえる。すばらしい言葉にぶつかった。

塚本訳 Ⅱコリ4:7
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。


塚本訳 Ⅱコリ4:16-18
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。









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「イエスの系図」・・・過去はキリストの血で聖められる・・・ ++++++++ 所感

2017/01/16 06:33

170116(月)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様おはようございます。●2月5日の集会感話「イエスの系図(ルカ3:23-38)」に入る。●なぜ、「イエスの系図」か。」これに対する理性の納得には、ルカとマタイ(1:1-17)の編集の心に触れなければならない。そのために20世紀後半の聖書学に起こった「編集史」を勉強しなければならない。しかしその研究はそもそも聖書学者という人間のもの。否、マタイもルカも人間、イマイチ納得できない。●しかし今朝啓示された聖句の数々を読んで納得。「聖書は聖書自身が解説」してくれる。●聖句の点と点を結べば図形が見えてくる。「聖書で聖書を読む」。●マタイの系図はアブラハムから始るがルカの系図はアダムに遡る。アダム、お前だ!人類の悩みの原因はお前だ。とルカは言うのだ。●そして人間の罪はその源流であるアダムの罪の性質である罪(性)が聖められなければならない。このことを言わんとするのがルカによる「イエスの系図」である。福音の伏線である。ルカはなぜ3章で「イエスの系図を掲げたかその理由がわかった。●人類の悩みの種である「死」の原因は「罪」であり、それは人類の祖であるアダムに責任があるから人間としてはどうしようもなく、神の子キリストの血潮によって初めて贖われ、聖められるのだ。


2月5日集会感話 準備
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 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

イエスの系図(ルカ323-38

・・・過去はキリストの血で聖められる・・・

 

2018年1月29日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 3:23-38

3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

3:24 ヘリはマタテの、マタテはレビの、レビはメルキの、メルキはヤンナイの、ヤンナイはヨセフの、

3:25 ヨセフはマタテヤの、マタテヤはアモスの、アモスはナホムの、ナホムはエリスの、エリスはナンガイの、

3:26 ナンガイはマハテの、マハテはマタテヤの、マタテヤはシメイの、シメイはヨセクの、ヨセクはヨダの、

3:27 ヨダはヨハナンの、ヨハナンはレサの、レサはゾロバベルの、ゾロバベルはサラテルの、サラテルはネリの、

3:28 ネリはメルキの、メルキはアデイの、アデイはコサムの、コサムはエルマダムの、エルマダムはエルの、

3:29 エルはヨシュアの、ヨシュアはエリエゼルの、エリエゼルはヨリムの、ヨリムはマタテの、マタテはレビの、

3:30 レビはシメオンの、シメオンはユダの、ユダはヨセフの、ヨセフはヨナムの、ヨナムはエリヤキムの、

3:31 エリヤキムはメレヤの、メレヤはメナの、メナはマタタの、マタタはナタンの、ナタンはダビデの、

3:32 ダビデはエッサイの、エッサイはオベデの、オベデはボアズの、ボアズはサラの、サラはナアソンの、

3:33 ナアソンはアミナダブの、アミナダブはアデミンの、アデミンはアルニの、アルニはエスロンの、エスロンはパレスの、パレスはユダの、

3:34 ユダはヤコブの、ヤコブはイサクの、イサクはアブラハムの、アブラハムはテラの、テラはナホルの、

3:35 ナホルはセルグの、セルグはレウの、レウはペレグの、ペレグはエベルの、エベルはサラの、

3:36 サラはカイナンの、カイナンはアルパクサデの、アルパクサデはセムの、セムはノアの、ノアはラメクの、

3:37 ラメクはメトセラの、メトセラはエノクの、エノクはヤレデの、ヤレデはマハラレルの、マハラレルはカイナンの、

3:38 カイナンはエノスの、エノスはセツの、セツはアダムの、アダムは神の子、である。

塚本訳 マタ 1:1
1:1
アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──

 

塚本訳 マタ 1:1                           1:1 アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──


塚本訳 マタ 1:16
1:16
ヤコブの子はマリヤの夫ヨセフで、このマリヤから救世主と呼ばれるイエスがお生まれになった。

新共同 創  2:7
2:7
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

口語訳 創  3:17-19
3:17
更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19
あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

口語訳 創  3:22-23
3:22
主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。
3:23
そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

口語訳 創  6:1-3
6:1
人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2
神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3
そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  6:5-7
6:5
主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
6:6
主は地の上に人を造ったのを
悔いて、心を痛め、
6:7
わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。

口語訳 出  20:4-6
20:4
あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5
それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは
、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

塚本訳 マタ 1:5-6
1:5
サルモンの(
遊女)ラハブによる子はボアズ、ボアズの(異教国モアブの女)ルツによる子はオベデ、オベデの子はエッサイ、
1:6
エッサイの子はダビデ王である。ダビデの
(将軍)ウリヤの妻による子ソロモン

口語訳 詩  51:0-5
聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌、これは
ダビデがバテセバに通った後預言者ナタンがきたときによんだもの
51:1
神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、
わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
51:2
わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4
わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。

口語訳 詩  90:3-10
90:3
あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5
あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6  あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです
90:7
われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。
90:8
あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪をみ顔の光のなかにおかれました。
90:9
われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。

口語訳 伝  12:1
12:1
あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

塚本訳 マタ 22:41-45
22:41
イエスは(そこに)集まっているパリサイ人にお尋ねになった、
22:42
あなた達は救世主のことをどう思うか。だれの子だろうか。」「ダビデの子」と答えると、
22:43
彼らに言われる、「ではダビデが御霊に感じて、救世主を主と呼んでいるのはどういう訳だろう。彼はこう言っている。──
22:44
『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足の下に置くまで』と。』
22:45
だから、
ダビデが(このように)救世主を主と呼んでいる以上、どういう訳で(その救世主が)ダビデの子であろうか。」

塚本訳 マタ 12:42
12:42
また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)
いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

塚本訳 マコ 2:9-12
2:9
この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10
では、
人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11
「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12
すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 3:4-9                          3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)
年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」                       3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。           3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。                             3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。                      3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」                          3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。

塚本訳 ヨハ 3:14-17                                 3:14 そして、ちょうどモーセが荒野で(銅の)蛇を(竿の先に)挙げたように、人の子(わたしも十字架に)挙げられ(て天に上ら)ねばならない。                 3:15 それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。                              3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。                             3:17 神は世を罰するためにその子を世に遣わされたのではなく、子によって世を救うためである。




●福音の情報は人を助けるものだから大胆に語らねばならない。信ずる人が少なくても「栄光の勤め」である。ヤケクソである。


塚本訳 Ⅱコリ3:18
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である。

 ●小4の孫娘の質問。「死んだら意識があるのか」の答え。ある。






塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1
イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2
弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。
この人ですか、両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 5:12-14
5:12
彼らが尋ねた、「『かついで歩け』と言った人はだれだ。」
5:13
しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14
そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、
「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13
主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15
すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』


塚本訳 マコ 10:44-45
10:44
一番上になりたい者は皆の奴隷になれ。
10:45
人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16
そのゆえは、
神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25
イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも生きて私を信じている者は、
永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42
それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、
どうかわたしのことを思い出してください。
23:43
「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ロマ 5:15-19
5:15
しかし(神の)賜物は(アダムの)過ちと同じではない。なぜなら、一人の人(アダム)の過ちによってすら多くの人が死んだくらいであるから、まして神の恩恵と一人の人イエス・キリストによる恩恵の賜物とが、多くの人に満ちあふれるのはもちろんである。
5:16
なお、(キリストの)賜物と一人の罪を犯した人の場合とは、同じではない。なぜなら、一人の人(の罪)に対する(神の)裁きは、(多くの人に)死の宣告を下したのであるが、(神の)賜物は、多くの(人をその)過ちから(救い出して)義とするからである
5:17
一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである──
5:18
従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19
すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである

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2月5日集会感話準備おわり

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。コリントの信徒への手紙二。3章。
心に響いた箇所。

塚本訳 Ⅱコリ3:9
3:9 刑罰をさだめる役目でさえ栄光をもつくらいなら、義とする役目が栄光にあふれるばかりであるのは、なおさらだからである。

●宣教は人を救い、真に幸福にするので、信じる人が少なくてもこれをヤケクソで語らねばならない。「栄光の職」だ。

塚本訳 Ⅱコリ3:17-18
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である。


●小4の孫娘の質問、「死んだら意識があるのか」。その答えはこれ。ある。

●妻は、コーラス「もでらあと」。午後は池谷医院。御用が済むまではお互いに健康でありたい。



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「死人の復活」の信仰による希望に生きる・・・眠ったままではない・・・ ++++++++ 所感

2017/01/15 05:03

170115(日)3時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。次回1月29日の感話の準備をした。

1月29日感話 準備
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              170115-1 

 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

「死人の復活」の信仰による希望に生きる

・・・眠ったままではない・・・

 

2018年1月29日 東京聖書読者会 高橋照男

 

 

① パウロは死人が復活することを怒鳴っている。

② パウロの有体的復活の信仰の根拠。                         エルサレム集会から聴いたであろうこと。

③ 「死人の復活」の信仰による希望に生きる

④ ああ、信仰の小さい人よ

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パウロは死人が復活することを怒鳴っている。

塚本訳 コリ15:16
15:16
死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。

塚本訳 コリ15:3-4
15:3
まえにわたしが(福音の)
一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に
復活しておられること

塚本訳
コリ15:12-14
15:12
ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、
死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13
しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14
キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ
根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。


塚本訳 コリ15:17-20
15:17
しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18
従ってまたキリストを信じて
眠った者も滅びたのである。
15:19
もしただこの生涯でキリストに
望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20
しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、
眠った者の(復活の)最初として。

塚本訳
コリ15:26
15:26
最後の敵として、
死が滅ぼされる。

塚本訳 コリ15:42-44
15:42
死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43
恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44
(神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて
霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 コリ15:46-49
15:46
しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47
最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48
土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49
こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、
(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。

塚本訳 コリ15:51-53
15:51
いまここに
(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52
あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると
死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53
(というのは、神の国に入るためには、)この
死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

塚本訳 コリ15:54-55
15:54
そしてこの死滅すべきものが不滅を着、
この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。


 パウロの有体的復活の信仰の根拠。エルサレム集会から聞いたであろう伝承。


塚本訳 ルカ 7:11-16
7:11
そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12
町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13
主は母を見て不憫に思い、
「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15
すると
死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、
声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55
霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。
イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56
両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳ヨハ 11:25
11:25
イエスがマルタに言われた、「
わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34
イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ヨハ 4:49-51
4:49
王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50
イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。

塚本訳ヨハ 11:33-35
11:33
イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34
(マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35
イエスが涙を流された。

 

塚本訳ヨハ 11:39-40
11:39
「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40
イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43
こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44
死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。
顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 28:5-9
28:5
天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6
ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7
それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。
あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8
女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6
続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7
また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8
すると
先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17
イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19
その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20
そしてそう言いながら、
手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26
八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27
それから(すぐ)トマスに言われる、
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28
トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:22-24
24:22
ところがまた、仲間の女たちがわたし達をびっくりさせました。──この女たちは朝早く墓に行ったが、
24:23
お体が見つからずにかえって来て、天使たちがあらわれ、
あの方は生きておられる、と告げたと言うのです。
24:24 そこで仲間の男が二三人墓に行って見ると、はたして女たちの言うとおり(墓は空っぽ)だったが、(生きておられるという)その方は見えなかったのです。」

塚本訳 ルカ 24:30-35
24:30
一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31
(その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33
時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34
「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16
(こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17
イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


③ 「死人の復活」の信仰による希望に生きる

塚本訳 使  23:6
23:6
そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま
死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 コリ5:1
5:1
なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

塚本訳 Ⅰコリ13:13                        13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳
コリ5:4
5:4
それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 エペ 1:13-14
1:13
このキリストにおいて君達(異教人)もまた、真理の言すなわち君達の救いの福音を聴いたので──このキリストにおいて君達もまた、信ずることにより約束の聖霊をもって封印されたのであるが、
1:14
この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 ペテ1:8
1:8
君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 Ⅱコリ1:8-9                         1:8 だから、兄弟たちよ、アジア(州)でわたし達が遇った苦難については、知らずにいてもらいたくない。わたし達は力に余るほどひどく圧迫されたので、生きることさえ望みがなくなった。                   1:9 ほんとうに、自分ではもはや自分に死の宣告を下していたのだ。これはわたし達が自分にたよるのではなく、死人を(も)生きかえらせる神にたよるためであった。

塚本訳黙  5:4-5
5:4
私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5
すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  2:11
2:11
耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

塚本訳黙  20:6
20:6
幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。

塚本訳 黙  14:13
14:13
また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 黙  21:4                           21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

 

④ ああ、信仰の小さい人よ

塚本訳マタ 6:27-30
6:27
(だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29
しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 8:25-26                        8:25 弟子たちがそばに来て、「主よ、お助けください、溺れます」と言って起した。                               8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。

塚本訳 マタ 14:29-31                       14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。                   14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。             14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。

塚本訳 マタ 17:16-17                       17:16 それでお弟子たちのところにつれて来ましたが、なおおしになれませんでした。」                             17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」

塚本訳マタ 10:29-30
10:29
雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

 

塚本訳ルカ 7:50

7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

 

文語訳ルカ 7:50

7:50 ここにイエス女に言ひ給ふ『なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け

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1月29日 感話準備おわり

●集会で福島から早朝に出発して帰って来た妻に会う。
●集会は、宮崎(司会)、丹野(塚本「聖書の読み方」)、山本(サムエル記上)
●新宿の駅中食堂で偶然に愛子、初音、かなほに会う。
●妻から福島のことを聞く。



 






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信仰による「希望」ということ・・・クリスチャンの喜び・・・ ++++++++ 所感

2017/01/14 05:11

170114(土)3時半起床。朝の啓示「信仰による希望ということ・・・クリスチャンの喜び・・・」さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様おはようございます。以前から、クリスチャンにとっての「希望」ということに関心があった。それは肉の希望ではなく、主にある希望、神の力への希望、見えないものへの希望である。世人には皆目わからないことで「愚か」な希望である。しかし神を信じfる者にとっては「生きる原動力」。死の恐れを突破する喜びの源」である。●今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを見てみよう。、順不同、思いつくまま。●危険を伴う難しい手術を前にした人を思って黙想する。恐れるな、神がついている。

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 使  3:6-8
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝(くるぶし)とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら。

塚本訳 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳 Ⅰコリ15:19-20
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

塚本訳 Ⅱコリ5:4
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 エペ 1:13-14
1:13 このキリストにおいて君達(異教人)もまた、真理の言すなわち君達の救いの福音を聴いたので──このキリストにおいて君達もまた、信ずることにより約束の聖霊をもって封印されたのであるが、
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 マタ 8:9-10
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、
イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、
「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 ルカ 18:26-27
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、
「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 マコ 5:27-28
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。
信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 10:29-30
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 ルカ 10:20-21
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」
10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。

塚本訳 ヨハ 11:33-35
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。

塚本訳 マタ 14:29-32
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」
14:32 そして二人が舟に乗ると、風はやんだ。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、
「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」


塚本訳 ヨハ 4:49-51
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。


塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「
泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 黙  2:11
2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して
第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

塚本訳 黙  20:6
20:6 幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。


塚本訳 黙  20:14
20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


塚本訳 ルカ 7:14-15
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』


塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。


塚本訳 ヨハ 11:39-40
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う
、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。
顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。「死人の復活の希望」。パウロはこの福音で気が狂った。裁判を受けた。我々もまたこのことで気が狂っていると思われよう。変な奴だ、変わった奴だと思われよう。親類縁者から絶交されてもナンノコレシキと思おう。今に分かる、いまに分かる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、コリントの信徒への手紙二.一章。

●13:30 「さよなら原発にしたま」。於・ルピア。「自然エネルギー」 山田征。
 質問時間に、佐野泰道氏が昨年12月10日に福島県飯館村に行き、ソーラーパネルのことを恵に案内されたことを話した。




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パウロに殴られる・・・死人は眠ったままではない。復活するのだ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/13 06:33

170113(金)さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。キリスト者の皆様お早うございます。●昨日日本聖書協会「新翻訳」パイtロット版の第一コリント15」小の「意見具申」をしていて、パウロに殴られたような気がした。それは、「死人は眠ったままではない。復活するのだ」ということでわった。●それにはこういうワケがあれう。正月に止まりにきた孫のウtリ、小4の孫娘から「死んだらどうなるのか。意識はあるのか」という質問をされた。その時は「死は神のもとでのp眠りだ」と答えたが、今ひtろつ物足りない気がした。●そこへ、昨日はパウロにガンと一発殴られた。否、三発殴られた。


塚本訳 Ⅰコリ15:16
15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。

塚本訳 Ⅰコリ15:20
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。

塚本訳 Ⅰコリ15:51
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。


①パウロは第一コリント15章で死者の復活の信仰を爆発させている。パウロは怒鳴っているy。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-4
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること


塚本訳 Ⅰコリ15:12-14
15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14 キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。

塚本訳 Ⅰコリ15:17-20
15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。


塚本訳 Ⅰコリ15:26
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされる

塚本訳 Ⅰコリ15:32-33
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅰコリ15:42-44
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 Ⅰコリ15:46-49
15:46 しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう

塚本訳 Ⅰコリ15:51-53
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52 あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

塚本訳 Ⅰコリ15:54-55
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。

② パウロの有体的復活の信仰の根拠。エrツサレム集会から聴いたのであろうこと。自分が体験したこと。

塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。
イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。
顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 27:50-53
27:50 しかしイエスはふたたび(何か)大声で叫ばれると共に、息が切れた。
27:51 その途端に、宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして地が震い、岩が裂け、
27:52
墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり、
27:53 墓から出てきて、イエスの復活の後、聖なる都(エルサレム)に入って多くの人に現われた。

塚本訳 マタ 28:5-10
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。
28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。」


塚本訳 ヨハ 20:3-9
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると
先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、
手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:22-24
24:22 ところがまた、仲間の女たちがわたし達をびっくりさせました。──この女たちは朝早く墓に行ったが、
24:23 お体が見つからずにかえって来て、天使たちがあらわれ、あの方は生きておられる、と告げたと言うのです。
24:24 そこで仲間の男が二三人墓に行って見ると、はたして女たちの言うとおり(墓は空っぽ)だったが、(生きておられるという)その方は見えなかったのです。」

塚本訳 ルカ 24:30-35
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 使  9:3-7
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」


③黙示録による復活と希望の慰め

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


塚本訳 黙  2:11
2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害
なわれないであろう。

塚本訳 黙  20:6
20:6 幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。

塚本訳 黙  21:4
21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

塚本訳 黙  21:6
21:6 そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。

塚本訳 黙  22:17
22:17 すると御霊と新婦とが(答えて)言う、「来たり給え」と。聞く者も(また)「来たり給え」と言え。渇く者は来い。望む者は無代(ただ)生命の水を受けよ


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。分かりましたパウロ様、ゴメンナサイ。信じます。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、コリントの信徒への手紙一 16章をやり完成したので、日本聖書協会へ送信。面白かった。対話だからだ。

●福島に行っている妻から、様子伺い。

●大雪の予想。








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