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隠れ無教会・・・その数は非常に多い

190521(火)3時半目覚め、34人+6家族の祈り。神に覚えられますように。4時起床、体重測定(78.0キロ 体脂肪率 25
BMI 29.0)血圧152-93 
魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。宗教学者の井門富士夫氏によれば、日本には教会には行きたくくないが、聖書は読んでみたいという人が非常に多いと言っている。私もそれを感じる、いわば「隠れ無教会」の存在である。事例を3つ掲げる。

第一は、今井館で「イエスの復活を信じられるようになった理由」を講演したときのことである。終了して控室にいたら一人の見知らぬ御夫人が来られて次のように話された。「私は牧師の妻ですが、現在教会では有体的復活を信じている人はいません。しかし高橋さんのような方が世におられるのは嬉しいです」と言って、名も告げずにくるっと背を向けて立ち去った。彼女は今何処!。その講演内容は次である。

今井館」伝道聖書集会  
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/190408.htm

後日その結語につぎのように書いた。

2010214日、「今井館伝道聖書集会、復活の使徒伝承を継承する」で、以上の話をして「現在の牧師の三分の一は有体的復活を信じていないようだ。百害あって一利なしだから直ちに牧師をやめてしまえ!」と話したところ、聞いておられた方が来られ「私は牧師の妻です。教会は心から復活を信じていません。でも高橋さんのような方が世におられることはうれしいです」と挨拶を頂いた。この事実からも神が日本に無教会主義を起こされたのは復活の使徒伝承を継承することに目的があり、このことが日本への神の賜物であると考える。

第二は私のホームページの「聖書研究の部」へのアクセス数が驚くほど多いことである。毎日の「閲覧回数」が優に300回を超えるのである。特に土曜日と日曜日に多いのは「閲覧者」が牧師や伝道者が多いことの証左である。これ隠れ無教会である。ここにアップした各種聖書データはペーパーにすると訳17万ペーにもなり、これはとても書籍には出来ない。しかも無料で見ることが出来る。

ホームページのトップページ http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/

第三はアクセス者が全国、全世界に広がっていることである。これを実感すると今の世に救われるべき「残りの者」(ロマ11:5)は非常に多いと言わざるを得ない。日本福音同盟神学委員会によれば、「日本で一番人気の聖書研究サイト」で「目から鱗の聖書研究サイト」だと公表されている。

IT時代の聖書勉強  http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/180412.htm


●結論

塚本訳 ヨハ 4:35
4:35 あなた達のあいだでは『刈入れの時の来るにはまだ四月』と言うではないか。しかしわたしは言う、目をあげて畑を見てごらん。(麦畑の間を押し寄せてくるあのスカルの人たちを!)
畑は黄ばんで刈入れを待っている。


塚本訳 マタ 9:36-38
9:36 そして『羊飼いのいない羊が』疲れきって、(地に)倒れている『ような』群衆を見られて、かわいそうに思われた。
9:37 そこで弟子たちに言われる、「刈入れは多いが、働き手は少ない。
9:38 だから刈入れの主人に、刈入れのため(多くの)働き手を送られるよう、お願いしなさ
い。」

塚本訳 ルカ 5:4
5:4 話がすむと、シモンに言われた、「沖に漕ぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。」

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。


塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、”自分の足で立て。”わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

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朝の啓示と黙想おわり。「行け!」有体的復活の福音を説きつつ「花と散れ」









樹はその実によって知らるる・・・イエスが言った意味

190520(月)3時半目覚め。次回感話の推敲。黙想 4時半起床。体重測定(77.2キロ 体脂肪率 25 BMI 28.70)血圧41-87 湯沸し 魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚)  ●キリスト者の皆様お早うございます。次回感話(6月2日)は「実によって木を知れ(ルカ6:43-45)」である。イエスがこの言葉を発した本当の意味は何なのだろう。今朝はこの研究をしてみる。

●まずルカ6:44の翻訳比較

 

聖書協会共同訳2018

644木はそれぞれ、その実によって分かる。茨からいちじくは採れず、野ばらからぶどうを摘むこともない。

 

岩波翻訳委員会訳1995

420644というのも、おのおのの木はそれ自身の実から知られる。なぜならば、人は茨からいちじくを集めることはないし、藪から葡萄の房を採ることもないからだ。

 

新共同訳1987

6:44 木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。

 

前田訳1978

6:44 どの木もその実でわかる。茨からいちじくは取れず、野草からぶどうは摘めない。

 

新改訳1970

6:44 木はどれでも、その実によってわかるものです。いばらからいちじくは取れず、野ばらからぶどうを集めることはできません。

 

塚本訳1963

6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。

 

口語訳1955

6:44 木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。

 

文語訳1917

"420644","樹はおのおの其の果によりて知らる。茨より無花果を取らず、野荊(のばら)より葡萄を収めざるなり。"

 

●次に並行記事を見てみよう

塚本訳 マタ 7:16-20

7:16 (結ぶ)実で偽預言者はわかる。茨から葡萄が、薊から無花果がとれようか。

7:17 (そのように、)善い木は皆良い実を結び、わるい木は悪い実を結ぶ。

7:18 善い木に悪い実がなることは出来ず、わるい木に良い実がなることも出来ない。

7:19 良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。

7:20 それだから、(結ぶ)実で、偽預言者はわかるのである。

 

塚本訳 マタ 12:33-35

12:33 木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を悪いとするなら、その実をも悪いとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのである。

12:34 蝮の末よ、あなた達(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう。心にあふれて口に出るのだから。

12:35 善人は(心の)善い倉から善い物を取り出し、悪人は(心の)悪い倉から悪い物を取り出す。

●次に拙ホームページ「聖書知識の宝庫」(TSK)、「聖書で聖書を読む」(BbB)、「Web黒崎註解」より心に響くものを掲上

 

6:43

 

塚本訳 マタ 3:10

3:10 斧はすでに木の根に置いてある。だから、良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。

 

口語訳 エレ 13:23

13:23 エチオピヤびとは/その皮膚を変えることができようか。ひょうはその斑点を変えることができようか。もしそれができるならば、悪に慣れたあなたがたも、善を行うことができる。

 

塚本訳 マタ 19:26

19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

 

 

6:44

 

塚本訳 ガラ 5:19-23

5:19 肉の行いは明らかである。──それは不品行、汚れ、放蕩、

5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、激怒、我利、仲違い、党派心、

5:21 そねみ、酩酊、酒宴等々である。前もって言ったことであるが、(今もう一度)あらかじめ言っておく、こんなことをする者は、神の国を相続することがないであろう。

5:22 しかし霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実、

5:23 柔和、節制である。これらのものに対しては律法は(力が)ない。

 

6:45

 

口語訳 詩  37:30-31

37:30 正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を述べる。

37:31 その心には神のおきてがあり、その歩みはすべることがない。

 

口語訳 詩  40:9-11

40:9 わたしは大いなる集会で、救についての喜びのおとずれを告げ示しました。見よ、わたしはくちびるを閉じませんでした。主よ、あなたはこれをご存じです。

40:10 わたしはあなたの救を心のうちに隠しおかず、あなたのまことと救とを告げ示しました。わたしはあなたのいつくしみとまこととを/大いなる集会に隠しませんでした。

40:11 主よ、あなたのあわれみをわたしに惜しまず、あなたのいつくしみとまこととをもって/常にわたしをお守りください。

 

口語訳 詩  71:17-18

71:17 神よ、あなたはわたしを若い時から教えられました。わたしはなお、あなたのくすしきみわざを宣べ伝えます。

71:18 神よ、わたしが年老いて、しらがとなるとも、あなたの力をきたらんとするすべての代に/宣べ伝えるまで、わたしを見捨てないでください。

 

口語訳 箴  12:18

12:18 つるぎをもって刺すように、みだりに言葉を出す者がある、しかし知恵ある人の舌は人をいやす。

 

口語訳 箴  10:20-21

10:20 正しい者の舌は精銀である、悪しき者の心は価値が少ない。

10:21 正しい者のくちびるは多くの人を養い、愚かな者は知恵がなくて死ぬ。

 

口語訳ヨハ 7:38

7:38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。

 

口語訳 箴  22:17-18

22:17 あなたの耳を傾けて知恵ある者の言葉を聞き、かつ、わたしの知識にあなたの心を用いよ。

22:18 これをあなたのうちに保ち、ことごとく、あなたのくちびるに備えておくなら、楽しいことである。

 

塚本訳 エペ 5:19

5:19 聖歌と讃美歌と霊の歌をもって互いに語り、心をもって主に歌いまた奏で、

 

塚本訳 コロ 4:6

4:6 (また彼らに対する)君達の言は何時も気持よく、且つ塩で味をつけよ。そうすれば一人一人に如何に答うべきかを知るであろう。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:6-7

4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。

4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。

 

塚本訳 エペ 3:8

3:8 凡ての聖徒の中で一番小さいこの私に、こんな恩恵──異教人にキリストの測り難い富を宣べ伝え、

 

塚本訳 コロ 3:16

3:16 キリストの言をして豊かに君達の間に住ませよ。あらゆる知恵をもって互いに教えまた諭せ。感謝の心に溢れて、聖歌と讃美歌と霊の歌を神にうたえ。

 

塚本訳 ヘブ 8:10

8:10 「これこそわたしがイスラエルの家と結ぶ契約である、かの日の後に」と主は言われる、「わたしは彼らの悟りにわたしの律法を与え、彼らの心にそれを書きしるすであろう。わたしは彼らの神になり、彼らがわたしの民になるであろう。

 

口語訳 エレ 9:4-5

9:4 あなたがたはおのおの隣り人に気をつけよ。どの兄弟をも信じてはならない。兄弟はみな、押しのける者であり、隣り人はみな、ののしって歩く者だからである。

9:5 人はみな、その隣り人を欺き、真実を言う者はない。彼らは自分の舌に偽りを言うことを教え、悪を行い、疲れて悔い改めるいとまもなく、

 

塚本訳 使  5:3

5:3 するとペテロが言った、「アナニヤ、悪魔に心を占領され、聖霊に嘘をついて地所の代金をごまかすとは、なんということだ。

 

塚本訳 ロマ 3:13-14

3:13 『彼らの咽は口のあいた墓のよう、その舌であざむき、』『蝮の毒が唇の下にある。』

3:14 『口には呪いと苦い言葉とがいっぱいである。』

 

塚本訳 ヨハ 8:43-44

8:43 なぜわたしの言葉が通じないのだろうか。(神から委ねられた)わたしの福音を聞く耳がないからだ。

8:44 (そのはずである。)あなた達は悪魔なる父の子で、父と同じ欲望を遂げようと思っているのだ。(人殺しをし、嘘をつくのは、そのためである。)悪魔は始めから人殺しである。(また嘘つきで、)真理に立ってない。彼の中には真理がないからである。だから彼は嘘をつく度ごとに、その本性を表しているのである。嘘つきで、嘘の父だからだ。

 

塚本訳 ヨハ 3:5-8

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

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朝の啓示と黙想おわり。 道徳で人間は良くは成れない。新しく生まれ直さなければならない。神によってそれは可能である。

●妻は午前中コーラスの練習

●今日はディザインあるものを撮った

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国産車のディザイン

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外車のディザイン

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神による空のディザイン。パステルカラーは素晴らしい。



人類の救い・・・キリストの復活

190519(日)1時半目覚め。啓示黙想。4時起床。体重測定(77.2 体脂肪率28 BMI 28.70)血圧137-90 ●朝の啓示で、本日の感話の変更。プリントやり直し。HPの使徒伝承にアップやり直し。「教会(エクレシヤ)の土台は十字架と復活」

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/190519.htm

●湯沸し、34人+6家族の祈り。神の祝福と導きにより、復活のキリスト永遠の命という幸福に出会えますように。
魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●聖書協会共同訳2018はカトリック教会+プロテスタント教会+無教会の共同作業8年間でできたものだが、東方教会(ギリシャ正教)は加わらなかった。「聖書よりも教会だ」というのであった。分かる気がする。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない

塚本訳 ヨハ 2:19-22
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

●神田のニコライ堂はギリシャ正教であるが、その壁の髙いところに「復活」という文字が書かれている。聖書の真理が形となっている。しかしこの建物といえどもいつかは無くなるものだ。

●クリスチャンの家やビルを29棟設計したが、建物は壊され、人手に渡ったり、建築主ご本人が天の住まいに移られた例が多い。そうだ、「聖徒のの交わり」という良き思いでも、妻や子供たちとの楽しい思いでも消え去るのだ。無教会の良き思い出も寿命と共に間もなく無くなるのだ。塚本先生の書斎の設計図(山田守設計)、藤林邸の設計図(連合設計社市谷建築事務所)も持っているが、御両名の体はこの世にない。

新共同 詩  90:10
90:10 人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても/得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。

●しかし、この悲しみは、「永の命」という福音で涙が拭われるのだ。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 マタ 28:19-20
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 マコ 12:23-27
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである
12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。
12:27 (ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)あなた達は大間違いをしている。」


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朝の啓示と黙想おわり。 永遠の命、永遠の命。涙拭われる真の幸福。天国での天使の姿での再会。この希望を戴いてこの短い人生も喜びだ。

●妻と東京聖書読者会。高橋トミ子(司会)、高橋照男(教会(エクレシヤ)の土台は十字架と復活)

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/190519.htm

丹野武宣(内村鑑三「ヨブ記」)

●3人で打ち合わせ。
●妻は夜「メサイア」の練習
●今日は雲の「朝、昼、夜」を撮った。

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沖に網を下せ・・・人生は孤独な一人旅

190518(土)4時半目覚め。黙想、34人+6家族の祈り。神の祝福豊かにあれ。5時起床。体重測定(77.6キロ 体脂肪率 27BMI 28.85)血圧165-84 魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●クリスチャンは必ずどこかの教会(集会、エクレシヤ)に所属しているものだ、無教会者でも必ず地上の誰かに繋がっている。しかし信仰は「一人旅」である。なぜか。神に単独に引っ張られるからである。

塚本訳 ルカ 5:4
5:4 話がすむと、シモンに言われた、「沖に漕ぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。」


●この時ペテロは、一人で沖に出たのだ。孤独の船出だった。

塚本訳 ヨハ 4:35
4:35 あなた達のあいだでは『刈入れの時の来るにはまだ四月』と言うではないか。しかしわたしは言う、目をあげて畑を見てごらん。(麦畑の間を押し寄せてくるあのスカルの人たちを!)畑は黄ばんで刈入れを待っている。

●世には救いを求めている大勢の人が入る

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである


●イエスは身内から「気が狂った」と思われたのだ。

塚本訳 ヨハ 20:17
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」


●「引き止めてくれるな」というイエスの心。

塚本訳 マタ 16:22-23
16:22 するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そんなことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)
16:23 イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」


●イエスの「必死の心}

塚本訳 ルカ 9:61-62
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」


●後ろを振り返るな。人生の残り時間は少ない。

塚本訳 ピリ 3:13-14
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである

ひた走りに走れ

塚本訳 ルカ 9:51
9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み、


●信仰は前を向け。天を向いて進め

塚本訳 ヨハ 12:23-24
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。
(だからわたしは命をすてる。)


●イエスの「なりふり構わず」の心

塚本訳 ルカ 22:42
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」


●自分を捨てさせられる苦しみの絶頂。この苦しみを超えたイエスはその後の十字架の肉体の痛みなど何でもなかった。

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。


●神に道をふさがれたパウロ。人生には「道がふさがれることがある。その時は新しい道が開かれる。御心だ。

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朝の啓示と黙想おわり。御心のままに、御心のままに、自然に生き、自然に死ぬ。有体的復活を信じる

●午後、妻は「料理教室」の講師で出かける。

●明日の集会感話「教会(エクレシヤ)の土台は十字架と復活」をHPの使徒伝承にアップ。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/190518.htm

御心にかなう人に告ぐ。!! この正統信仰に生きればどんなに小さなエクレシヤでも神に祝福されて永続する。耳ある貧困な牧師、伝道者よ、聴け!!















叱られる・・・神の鞭

190517(金)3時半目覚め。黙想、34人+6家族の祈り。神の愛に出会えますように。4時起床、体重測定(77.6キロ 体脂肪26BMI 28.85)143-85 魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 
●キリスト者の皆様お早うございます。人生に於いて叱られるというのは貴重な体験である。それによって自分が磨彼浄められ向上して行くものだ。叱る人の動機が妬みや誤解や利己心からであったとしても、叱られる者にとっては益である。神の愛である。今朝はこのことをめぐって黙想してみよう。思いつくまま。

聖書協会共同訳2018 詩  23:4
たとえ死の陰の谷を歩むとも 私は災いを恐れない。
あなたは私と共におられ あなたの鞭と杖が私を慰める

塚本訳 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 ピリ 1:17-18
1:17 また前の人達は縄目の私を苦しめようと思って、純な心でなく利己心からキリストを宣べ伝えるのである
1:18 でもそれが何だろう!とにかく(福音に)かこつけ(て私を苦しめようとするの)であろうと、真実(の心)から(するの)であろうと、どの途キリストが宣べ伝えられるのだから、私はそれを喜ぶ。いや、これからも喜ぼう

塚本訳 マタ 24:9-12
24:9 その時あなた達は苦しめられ、殺される。またわたしの弟子であるために、すべての国の人から憎まれる。
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう。
24:11 また多くの偽預言者があらわれて、多くの人を迷わすにちがいない。
24:12 また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える。


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朝の啓示と黙想おわり。 叱られたり、非難されるのは良いことである。それで心は天をムクノである。


●19日感話の推敲
●妻は午後、自彊術(体操)
●今日はバラの生け垣を撮った。住人の心いられる


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同胞の救い・・・滅びゆく者も御手のうち

190516(木)3じ15分目覚め。黙想。34人+6家族の祈り。神に覚えられますように。4時起床。体重測定(77.6キロ 体脂肪26
BMI 28.85) 血圧162-92 湯沸し。
魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。何の不思議か先に救われた者にとって悩みと心配の種は「同胞の救い」である。人類は皆救われるという新約聖書の使信の中に「滅びゆく者」について言及しているところがある。ソドム・ゴモラや「暗闇で歯ぎしりする。(塚本訳)やルカ16章の金持ちとラザロの部分である。その中でも今朝はまずパウロには「滅びゆく者」という概念があったことを見てみよう

塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。


塚本訳 Ⅰコリ2:6
2:6 こうは言うものの、(霊的に)成人した人たちの前では、わたし達も知恵を話す。ただそれはこの世の知恵でも、やがて滅びるこの世の支配者ども(すなわち悪魔の手下)の知恵でもない。


塚本訳 Ⅰコリ8:11
8:11 そんなことになると、弱い人、一人の兄弟があなたの知識に禍されてびるのである。キリストはその人のためにも死なれたのである。


塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。




●次に、救いの本源である主イエスにも「滅びゆく者」の概念がある。肉の命の滅びではなく、霊魂の滅びである。

塚本訳 マタ 7:26-27
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 マコ 13:2
13:2 イエスは言われた、「この大きな建築を見ているのか。このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳 マタ 10:15
10:15 アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴモラの地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう。

塚本訳 マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

塚本訳 マタ 13:40-43
13:40 だから世の終りには、ちょうど毒麦が抜き取られて火で焼きすてられるようであろう。
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

塚本訳 マタ 13:47-50
13:47 さらに、天の国は地曳網を海におろしてあらゆる種類(の魚)を取るのに似ている。
13:48 網が一ぱいになると岸に引き上げ、坐って、良いのは集めて入れ物にいれ、わるいのは投げすてるのである。
13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して、
13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう

塚本訳 マタ 22:12-13
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

塚本訳 マタ 24:48-51
24:48 しかしそれが悪い僕で、主人はおそい、と心の中で考えて、
24:49 仲間をなぐり始め、酔っぱらいどもと一しょに飲んだり食ったりしていると、
24:50 予期せぬ日、思いもよらぬ時間に、その僕の主人がかえってきて、
24:51 僕を八つ裂きにし、偽善者と同じ目にあわせるにちがいない。そのとき彼はわめき、歯ぎしりするであろう

塚本訳 マタ 25:28-30
25:28 では、その一タラントをその男から取り上げて。十タラント持っている者に渡しなさい。
25:29 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
25:30 さあ、この役に立たない僕を外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

塚本訳 ルカ 13:26-28
13:26 その時あなた達はこう言い出すにちがいない、『わたし達はご一しょに飲んだり食べたりした者です。あなたはわたし達のところの大通りで教えてくださいました』と。
13:27 しかし主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない。『この悪者、みんな、わたしをはなれよ!』』と言うであろう。
13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう

塚本訳 ルカ 16:23-26
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』




●この「滅びゆく者」もで救われてもらいたい。神の「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」で救って頂きたい。

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 マタ 5:43-45
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 ルカ 6:35
6:35 しかし、あなた達は敵を愛せよ、親切をせよ、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美をどっさりいただき、かつ、いと高きお方の子となるであろう。いと高きお方は恩知らずや悪人にも、憐れみ深くあられるのだから


塚本訳 マタ 22:8-10
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 ルカ 15:1-4
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか

塚本訳 マタ 8:8-10
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「
アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マタ 19:23-26
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ヨハ 11:13-15
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」


塚本訳 マタ 22:29-32
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている
22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──
22:32 『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神である』と。(ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども復活して、今生きているわけではないか。」

塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから
。」

塚本訳 ヨハ 12:44-47
12:44 (つまり)イエスはこう言って叫ばれた、「わたしを信ずる者は、わたしを信ずるのではない、わたしを遣わされた方を信ずるのである。
12:45 また、わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。
12:46 わたしが光として世に来たのは、わたしを信ずる者はだれも、暗闇の中に留っていないようにするためである。
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから


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朝の啓示と黙想おわり。 信仰ない人も、信仰をお手なかった人も、信仰なくして死んだ人も 神がいれば信じたいと言う人も、祈れば救われる。

●今日は大空と雲を撮った


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 詩編19:1

聖書協会共同訳2018

1指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。

 2天は神の栄光を語り

 大空は御手の業を告げる。

 

新共同訳1987

19:1 【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。】

19:2 天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。

 

関根訳1995

神の栄光(一九篇A

1  聖歌隊の指揮者に、ダビデの歌。

2  もろもろの天は神の栄光を語り

        大空はそのみ手の業を示す。

 

新改訳1970

19:1 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。

 

口語訳1955

19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。

 

文語訳1917

19:2 もろもろの天は神のえいくわうをあらはし穹蒼はその手のわざをしめす







花と散れ・・・十字架と復活を信じて

190515(水)12時足がつって目が覚め、再入浴。5時起床。体重測定(77.8キロ 体脂肪率 25 BMI 28.93)血圧146-83.湯沸しm」¥。34人+6家族の祈り。魚マークΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日来、来メールで揺さぶられ、残りの人生はどうあるべきかを黙想した。その結果「言うべきことを言いつつ・・・花と散れ」が示された。つまり、神の前に正しい伝道とは「神による自己変革の宣伝」である。今朝はこのことをめぐって思う聖句を掲げよう。

塚本訳 ルカ 8:38-39
8:38 (帰ろうとされる時に、)悪鬼を追い出された男がお供をしたいと願ったが、(許さず、)こう言ってお帰しになった、
8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした。

塚本訳 ヨハ 9:24-25
9:24 そこでユダヤ人は、盲であった男をもう一度呼んで言った、「本当のことを言うように!あの人が罪人であることは、われわれにはよくわかっている(のだから。)」
9:25 彼が答えた、「罪人かどうか知りません。ただ、(もと)盲であったわたしが、いまは見えるという、この一つのことだけ知っています。」

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 使 20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う


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朝の啓示と黙想おわり。 神を信じ、福音(十字架と復活)を信じて喜びのうちに「花と散れ」

●今日は「春の空」を撮った。空は聖い、広い、深い、美しい。天国は上にある。空の彼方にある。

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