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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


神は死人を起こされる・・罪人も救われる希望の根拠・・・ ++++++++ 所感

2017/09/25 06:45

170925(月)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨夜はこんな夢を見た。H氏が亡くなられたのでご自宅に伺うと、そのH氏は床から身を起こし、「ヤー!高橋君」と言って握手の手を差し伸べた。医者と私は葬儀の準備をしていた家族親族にその必要がないことを言いに出かけようとするところで夢は冷めた。啓示「神は死人を起こされる・・罪人も救われる希望の根拠・・・」●神もキリストも信じないで死んだ親しい者も、我らの祈りで救われる。

塚本訳 ルカ 7:12-16
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 8:49-56
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ルカ 20:37-38
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

塚本訳 マタ 16:21
16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 マタ 5:44-45
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 マタ 22:8-10
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

塚本訳 ロマ 3:23-25
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

塚本訳 ロマ 8:33-34
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」


塚本訳 ルカ 5:31-32
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マコ 10:27
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。神もキリストも信じないで死んだ人、、信じられないでいる人も、我らの祈りで全能の神は救ってくださる。


讃美歌502


いともかしこき イェスの恵み
つみに死にたる 身をもかす
主よりたまわる あめの糧(かて)に
飢えしこころも 飽き足らいぬ

(おりかえし)
世にあるかぎり
きみのさかえと
いつくしみとを
かたりつたえん















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イエスに「先生」と言って近づく者・・・冷たくあしらうイエスの態度に神の国の真理をに学ぶ・・・ ++++++++ 所感

2017/09/24 06:34

170924(日)4時15分起床。20人+6家族の祈り●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。かねてから次の言葉は謎であった。

塚本訳 マコ 10:18
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない


●これは「キリスト論」論争の種である。この謎の言葉を解明するには神学ではなく、「聖書で聖書を読む」方法が最善最良最高最強である。間違いがない。法皇や牧師や神学者や聖書学者などの人間に聞いてはいけない。聖書に聴かなければならない。今朝はそれをやってみよう。
●イエスがこの言葉を発したのはその前節の質問にある。

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」


●この真摯な真面目な問いに、イエスがあろうことか冷たい言葉を発したのにはわけがある。質問の動機が良くなかったのだ。第一に「善い先生」という思いがよくない。今でも「先生」と言って近づくに人間には注意しなければならない。何か「下心」があるのだ。そういうよからぬ態度を見抜いたイエスが発した言葉に、神の国の重要な真理がある。そこで今朝は「Jバイブル」を使って「先生」という言葉を検索してみた。全部読むとイエスがなぜ冷たくあしらったかが見えて来る。「聖書は聖書で読む」ことが間違いない。簡単である。

塚本訳 ヨハ 3:1-3
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 マタ 19:16-22
19:16 するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」
(中略)
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

塚本訳 マタ 10:35-38
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

塚本訳 マコ 10:35-40
10:35 ここに、ゼベダイの子ヤコブとヨハネとが進み寄ってイエスに言う、「先生、お願いがあります、きいていただきたいのです。」
10:36 彼らに言われた、「何をしてほしいのか。」
10:37 彼らが言った、「(来ようとしている)あなたの栄光の中で、わたし達の一人をあなたの右に、一人を左に坐らせてください。」
10:38 イエスが言われた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。わたしが飲む(苦難の)杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることが出来るのか。」
10:39 「出来ます」と彼らがこたえた。イエスは言われた、「(いかにも、)あなた達はわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けるにちがいない。
10:40 しかし、わたしの右と左の席は、わたしが与えるのではなく、(あらかじめ神に)定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 マコ 14:17-20
14:17 夕方になると、イエスは十二人をつれて(そこに)来られる。
14:18 彼らが席について食事をしているとき、イエスは言われた、「アーメン、わたしは言う、あなた達のうちの一人、『わたしと一しょに食事をする者が、』わたしを(敵に)売ろうとしている!」
14:19 (これを聞くと)弟子たちは悲しくなって、「(先生、)わたしではないでしょう!」(「わたしではないでしょう!」)と、ひとりびとりイエスに言い始めた。
14:20 イエスは言われた、「十二人の一人、わたしと一しょにひとつ鉢から食べる者だ

塚本訳 マタ 26:48-50
26:48 イエスを売る者は、「わたしが接吻するのがその人だ。それを捕えよ」と、(あらかじめ)合図をきめておいた。
26:49 そこでいきなりイエスに近寄って、「先生、御機嫌よう」と言って接吻した。
26:50 イエスはユダに言われた、「友よ、そのために来たのではあるまいが!」その時人々が進み寄って、イエスに手をかけて捕えた。

塚本訳 マタ 8:19-22
8:19 すると一人の聖書学者が進み出て言った、「先生、どこへでもおいでになる所へお供をします。」
8:20 イエスはその人に言われる、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」
8:21 またほかの一人の弟子が言った、「主よ、(お共をする)その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
8:22 イエスはその人に言われる、「(今すぐ)わたしについて来なさい。死んだ者の葬式は、死んだ者にまかせよ。」

塚本訳 ルカ 9:59-62
9:59 またほかの一人に言われた、「わたしについて来なさい。」その人が言った、「その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」

塚本訳 マコ 5:18-20
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。
5:20 すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、デカポリスに言いふらし始めた。皆が驚いた。

塚本訳 マコ 12:13-17
12:13 それから彼らは数人のパリサイ人とヘロデ党の者とを、イエスの所にやった。その言葉尻をとらえ(て訴え出)ようとするのである。
12:14 その人たちは来てイエスに言う、「先生、あなたは正直な方で、だれにも遠慮されないことをよく承知しております。人の顔色を見ず、本当のことを言って神の道を教えられるからです。(それでお尋ねしますが、わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきでないでしょうか。」
12:15 イエスは彼らの偽善を見抜いて言われた、「なぜわたしを試すか。デナリ銀貨を持ってきて見せなさい。」
12:16 持ってくると、言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」「皇帝のです」と彼らが言った。
12:17 イエスは言われた、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」彼らはイエスに驚いてしまった。

塚本訳 マタ 12:38-39
12:38 すると数人の聖書学者とパリサイ人が口を出して、イエスに言った、「先生、(では、神の子である証拠に)あなたの(不思議な)徴を見せてください。」
12:39 彼らに答えられた、「この悪い、神を忘れた時代の人は、(信ずるのに)徴をほしがる。しかしこの人たちには、預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない。

塚本訳 マタ 23:6-9
23:6 また宴会の上座や礼拝堂の上席、
23:7 市場で挨拶されることや人から先生と呼ばれることを喜ぶ。
23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから

塚本訳 マコ 4:36-40
4:36 弟子たちは(岸に立っている)群衆を解散して、イエスが舟に乗っておられるのを、そのままお連れする。幾艘かほかの舟もついて行った。
4:37 すると激しい突風がおこり、波が舟に打ち込んできて、もう舟にいっぱいになりそうになった。
4:38 しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。
4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。
4:40 彼らに言われた、「なんでそんなに臆病なのか。まだ信じないのか。」


塚本訳 マコ 9:17-23
9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。
9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 マコ 11:20-23
11:20 (次の)朝早く、通るときに見ると、(きのうの)無花果の木は根元から枯れていた。
11:21 ペテロは思い出してイエスに言う、「先生、御覧なさい、お呪いになった無花果は枯れています。」
11:22 イエスが彼らに答えられる、「神(の力)を信ぜよ。
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。

塚本訳 マコ 13:1-2
13:1 イエスが宮を出てゆかれるとき、一人の弟子が言う、「先生、御覧なさい、なんと大きな石、なんと堂々たる建築でしょう!」
13:2 イエスは言われた、「この大きな建築を見ているのか。このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マコ 12:18-24
12:18 そこに、復活なしと主張するサドカイ人たちが来て、イエスにこう言って質問した、
12:19 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄が、』妻を残して『子をのこさない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
12:20 (ところでここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子をのこさずに死に、
12:21 次男が(この律法に従って)その女をめとったが、また子を残さずに死に、三男も同様で、
12:22 ついに七人とも子をのこさず、一番最後にその女も死んでしまいました。
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか

塚本訳 ルカ 19:39-40
19:39 群衆の中にいた数人のパリサイ人がイエスに言った、「先生、お弟子たちを叱ってください。」
19:40 答えて言われた、「わたしは言う、この人たちが黙ったら、石が叫ぶであろう。」

塚本訳 ヨハ 1:49-51
1:49 ナタナエルが答えた、「先生、あなたは神の子であります。あなたはイスラエルの王であります。」
1:50 イエスが答えて言われた、「あなたを無花果の木の下で見たと言ったので、信ずるのか。信ずれば、あなたはもっと驚くべきことを見るであろう。」
1:51 そして(そこにいる人たちを見ながら)ナタナエルに言われる、「アーメン、アーメン、あなた達に言う、あなた達は天が開けて、人の子(わたし)の上に神の使たちが(たえず)上り下りするのを見るであろう。」

塚本訳 ヨハ 4:31-32
4:31 その間に弟子たちが、「先生、お食事を」と催促すると、
4:32 言われた、「わたしにはあなた達の知らない食べ物がある。」

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 11:8-15
11:8 弟子たちが言う、「先生、ついこの間もユダヤ人があなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこに行かれるのですか。」
11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。
11:10 しかし夜歩けば、つまづく。その人の中に(心を照らす)光がないからである。」
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 ヨハ 13:7-11
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」
13:9 シモン・ペテロがうろたえて言う、「主よ、(それでは、)足だけでなく、手も、頭も、。」
13:10 イエスが言われる、「(一度)湯浴みした者は、(あとでよごれた)足のほかは洗う必要はない、全身が清いのだから。(もう)あなた達は清い。だが、(あなた達)みんながそうではない。」
13:11 イエスは自分を売る者(がだれであるか)を知っておられた。それで、「みんなが清いのではない」と言われたのである。

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

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朝の啓示黙想おわり。聖書の難しいところは聖書で学ぶのが最善最良最強。

●集会は川上(司会)、横田(生命の研究史)、高木(ロマ書5:19+-20塚本訳の並読)。
●妻は愛子に届け物
●私は教文館。田川建三訳「黙示録」を購入
●14:00 宮崎トキ個展。有楽町で合流
●宮崎さんと三人でしばし信仰と芸術絵論。懇談






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不可解な病・・・神は肉の病を通して霊魂の救いに導く・・ ++++++++ 所感

2017/09/23 06:59

170923(土)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●20人+6家族の重荷と病を祈る。●昨日は2名から病の報告があった。私は思った。人生にはただせさえ悩み苦しみがあるのになぜ「不可解な病」が襲い掛かるのだろか」と。

口語訳 ヨブ 14:1-2
14:1 女から生れる人は/日が短く、悩みに満ちている。
14:2 彼は花のように咲き出て枯れ、/影のように飛び去って、とどまらない。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。


●病の人に向かって、病の原因は「罪」だとは言えない。ヨブの友人のようには言えない。

口語訳 ヨブ 4:7
4:7 考えてみよ、だれが罪のないのに、/滅ぼされた者があるか。どこに正しい者で、断ち滅ぼされた者があるか。


口語訳 ヨブ 4:17
4:17 『人は神の前に正しくありえようか。人はその造り主の前に清くありえようか。


口語訳 ヨブ 9:2
9:2 「まことにわたしは、その事の/そのとおりであることを知っている。しかし人はどうして神の前に正しくありえようか。


口語訳 ヨブ 22:5
22:5 あなたの悪は大きいではないか。あなたの罪は、はてしがない。

●ヤコブ書にある長老のような態度は出来ない。それは傷口に塩を塗るようなものだ。

塚本訳 ヤコ 5:15
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。


●しかし、神は人の肉の病や悩みを通してご霊魂を救われる。肉の病は痛い。しかしその痛さは一時的で永遠の命という喜びがb待っている。

塚本訳 マコ 2:9-12
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 5:14-15
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」
5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した。」

塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」


●病の人に対してクリスチャンは、霊肉の救いを祈らなければならない。

塚本訳 マコ 9:21-29
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 マタ 6:14
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 ロマ 9:33
9:33 (聖書に)書いてあるとおりである。『見よ、』『躓きの石と邪魔の岩とを』『シオンに』置く、『これを信ずる者は恥をかかないであろう。』

塚本訳 ヤコ 5:13-15
5:13 君達の中に苦しんでいる者があるのか、その人は祈ったがよかろう。喜んでいる者があるのか、その人は(神に)讃美の歌をうたったがよかろう。
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


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朝の啓示黙想おわり。 共に悩み、ともに苦しむ。説教はしない。神が動く。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。

●皮膚科に行くも祭日で休診。間違えた人が何人かいた。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 56-60 編

●愛子の家の桶修理

●TVでN響ザ・レジェンドを観る。面白かった。

●TVでNコン関東甲信ブロック大会を観賞。大宮のソニックホールは大きさに感心。。







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天国には結婚なし・・・主にある独身の意義・・・ ++++++++ 所感

2017/09/22 06:42

170922(金)5時起床。20人+6家族の苦難からの真の救いを祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は妻の集会感話の資料作成で次の聖句にぶつかった。

塚本訳 マタ 22:30
22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。


●今朝はこの句をめぐって、結婚、独身、家庭などについて、聖書のアチコチを黙想してみる。結論は結婚も独身も家庭も「この世」のことであり、目的ではなくすべて来世に行く準備の「小事」である。だからこれが不完全であっても嘆くことはない。否、不完全であればあるほど準備が整えられfるのである。

●まず翻訳比較、拙HP

日本聖書協会「新翻訳」パイロット版 2016

 30復活の時にはめとることも、嫁ぐこともない。天にいる天使のようになるのだ。

岩波翻訳委員会訳1995

402230なぜならば、甦りにおいては、人は娶ることも嫁ぐこともしない。むしろ天の御使いたちのようだからである。

 

新共同訳1987

22:30 復活の時には、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。

 

前田訳1978

22:30 復活に際してはめとりもとつぎもせず、天のみ使いのようである。

 

新改訳1970

22:30 復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。

 

塚本訳1963

22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。

 

口語訳1955

22:30 復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである。

 

文語訳1917

"402230","それ人よみがへりの時は、娶らず嫁がず、天に在る御使たちの如し。

●これでは人口が増えないではないか。という疑問に対しては、ここの平行記事の塚本訳ルカ20:34-36に解決のヒントがある。復活する者は天使のようになるのだから「年をとらない」のである。だから天国では我が国の直面する「少子化問題」「高齢化問題」はないらしい。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


●結婚や家庭生活、子育ても喜びではあるが、それは「この世」の喜び。それ以上の喜びが「主にある」生活にある。イエスに聴く。イエスは結婚を否定されなかった。

塚本訳 マタ 9:15
9:15 イエスは言われた、「婚礼の客は花婿がまだ一しょにいる間に、(断食をして)悲しむことが出来ようか。しかしいまに花嫁を奪いとられる時が来る。すると彼らは(いやでも)断食をするであろう。


塚本訳 マタ 19:4-6
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 マタ 19:10-12
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。
19:12 というのは、(同じ独身でも、)母の胎内から結婚できないように生まれついた者があり、また人から(無理に)結婚できないようにされた者があり、また天の国のために自分で(決心して)結婚しない者がある。(この最後のものが本当の独身である。)出来る者はしたがよかろう。」

塚本訳 マタ 19:13-14
19:13 それから、イエスに手をのせて祈っていただこうとして、人々が子供たちをつれて来ると、弟子たちが咎めた。
19:14 イエスは言われた、「子供たちを放っておけ、わたしの所に来るのを邪魔するな。天の国はこんな(小さな)人たちのものである。」

塚本訳 マタ 9:15
9:15 イエスは言われた、「婚礼の客は花婿がまだ一しょにいる間に、(断食をして)悲しむことが出来ようか。しかしいまに花嫁を奪いとられる時が来る。すると彼らは(いやでも)断食をするであろう。

塚本訳 マタ 22:2
22:2 「天の国は、王子のために結婚披露の宴会を催す王にたとえられる


塚本訳 ルカ 18:29-30
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」


●パウロに結婚問題を聴く。

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。


塚本訳 Ⅰコリ7:6-7
7:6 (今わたしは妻を持った方がよいと言ったが、)しかしこれは(あなた達の弱さを思いやって)譲歩して言うのであって、命令するのではない。
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)


塚本訳 Ⅰコリ7:27-28
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:32-34
7:32 ただわたしはあなた達が、(この世のことに)気をつかわないでほしいのである。独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のこと(ばかり)に気をつかうが、
7:33 結婚している男は、どうしたら妻に喜ばれるかと、この世のことに気をつかって、
7:34 心が割れるのである。また独身の女と処女とは、身も霊もきよくあろうとして、主のこと(ばかり)に気をつかうが、結婚している女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、この世のことに気をつかうのである。

塚本訳 Ⅰテモ3:2-4
3:2 だから監督(たる者)は一点非難の打ち処のない(者でなければならない。すなわち)一人の妻の夫であり、真面目で、思慮があり、端正で、接待好きで、教え上手で、
3:3 酒好き喧嘩好きでなく、むしろ優しく、喧嘩嫌いで、金銭を欲しがらず、
3:4 自分の家をよくおさめ、きわめて謹厳で、その子女達が従順な者でなければならぬ。


●次にBbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅰコリ7:29-31
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから。

塚本訳 マタ 13:41-43
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

塚本訳 マタ 13:43
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。


塚本訳 Ⅰヨハ3:2
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)


塚本訳 Ⅰコリ15:42-44
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。


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朝の黙想おわり。天国では結婚生活なし。結婚にまつわるゴタゴタなし。主にあれば結婚も御心、独身も御心、子供を授かることも御心。授からないのも御心。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 51-55編

●妻が愛子の家から抱えてきた「おはち」の修理

●妻は午後自彊術から夜はモーツァルトの「レクイエム」の練習

●妻の郷里から秋刀魚が送られてきた。今年は細身だ。

●病気のお知らせ二人。

 祈れ  塚本訳 ヤコ 5:14-16

5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。

5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。

5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある








 

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「御心のままに」・・・最も美しい人生観・・・ ++++++++ 所感

2017/09/21 06:05

170921(木)5時起床。20人+6家族の病の祈り。カトリック教会の秘跡のうち「終油の秘跡」は次の聖句が根拠である。カトリック教会とは対極の無教会では信者同士が「終油」の祈りを行わなければならない。そこに時空を超えて真のエクレシアがある。

塚本訳 ヤコ 5:14-16
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。
5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある。


さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。生きていくうちには様々な苦難に遭遇しますが、そんな時、主の次の言葉が「導きの言葉」になる。

塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

塚本訳 マタ 6:10
6:10 お国が来ますように。お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!



塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である


●この「お心がなればよいのです」という言葉は「御心のままに」ということで、キリスト者として最も美しい最高の人生観である。若き日にヒルティに出会ってこの人生観を学んだ。「これだ!」と思った。

ヒルティ「眠られぬ夜のために第一巻3月3日」                            (白水社版ヒルティ著作集第4巻小池辰雄訳。96-97

人がひとたび、あらゆる境遇における神の導き①堅く信じる②ことができ、ヨハネ15:7にあることをしばしば体験したならば、地上で担うべき最大の困難もまた恐怖も、まったくおのずから消え失せ③、人生のすべての困難は皆この信仰の鍛錬のためとなるばかりである。しかもこの鍛錬は、この地上で最も活き活きした幸福④であるところの勝利をもって終わる。もし私が人生の三十路(みそじ)において、すなわち「我らの生涯(いのち)の旅路半(なか)ばで」、人生を貫き導くアリアードネの糸⑤決然として掴み、どんな境遇にあってもこれをしっかり把握していかなかったならば、おそらく私は半ばあるいは全部失敗した生涯を送ったであろう。

●アリアードネの糸(キリストの啓導)を固く掴んで歩く人生

①「神の導き」

塚本訳 ヨハ 8:12

8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

②「堅く信じる」

塚本訳 マタ 8:8-10

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)
8:10
イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。


③「恐怖も、まったくおのずから消え失せ」

③-1)塚本訳 マタ 11:28-29

11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

③-2)塚本訳 マタ 10:28

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

④「幸福」

④-1)塚本訳 ヨハ 4:14
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。

④-2)塚本訳 マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

⑤「アリアードネの糸」 (訳者小池辰雄の解説)

アリアードネの糸、はギリシャ神話による。アリアードネはクレタ島やエーゲ海の島嶼(とうしょ)に関係のある女神。ミノス王の娘でアテネ人の若い男女の犠牲を喰う怪物ミノタウエルスを退治しようとする勇士テーゾイスに、糸毬(いとまり)を与えて、地下の迷宮に入らせた。首尾よく怪物を屠(ほふ)ったテーゾイスはアリアードネの糸に従って無事に還ることが出来という。しかしヒルティがここに言うアリアードネの糸は、神の導き、キリストの啓導を意味する。

塚本訳 ヨハ 12:35

12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。


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朝の啓示黙想おわり。残りの人生、「御心のままに」「御心のままに」。次は来世への復活の喜びだ。

●妻は上野にボルト展、次にYさんの家、次に愛子の家に「おはぎ」を届ける。
●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 46-50 編
●妻の集会感話の資料作成手伝い。






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何故病気があるのか・・・霊魂が救われてその意味が納得・・・ ++++++++ 所感

2017/09/20 06:29

170920(水)4時50分起床。19人+6家族の病と救いを祈る●朝の啓示「何故病気があるのか・・・霊魂が救われてその意味が納得・・・」
さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。人生のトラブルの原因は病気が原因の場合が多い。肉の病精神の病が離婚、家庭崩壊の原因もその原因が病気である場合が大多数である。●かって、夫人が精神の病に陥った人が「たか「神がいるなら抗議したい」とつっかかったことがある。これに対緒して人間はなまじの返事は出来ない。同病者の慰めもそれは「人の言葉」に過ぎない。真の救いではない。●この人生最大の難問に対して主はどう答えるか。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである

●この「木で鼻をくくった」ような冷たい言葉に当事者も拾遺も納得しない。
●そこでイエスは続けて次のように行動する。

塚本訳 ヨハ 9:4-7
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい
。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。

●その結果、生まれつきの盲人は肉眼が開いて遂に霊眼が開かれた。

塚本訳 ヨハ 9:35-38
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

●これが主イエスの目的であった。主は言う。

塚本訳 ヨハ 9:39
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

●この事件で学ぶことは「霊の救いが先で信仰はそのあと」ということである。この生まれつき盲人であるという大不幸が幸して霊眼を開けられた。健常者であったならばこの救いはなかった。不幸は幸福のために必要であった。次の言葉を思う。

塚本訳 ルカ 18:26-27
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

●主は肉を救い、そして霊も救った。最終目的は霊魂の救いであった。それが次の主の言葉に現れている。

塚本訳 ヨハ 5:13-14
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ヨハ 4:15-19
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」
イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

●気rフィスト教は解って信じるのではなくて、信じて初めてわかる。別の言い方をすれば、「救いが先でその結果としての信仰」。
●この世の病気、不幸、コタゴタを通して人は救いを求める。その結果霊魂の救い、霊眼が開けられるという真の救い、真の幸福に到る。
このことをパウロは言う。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(
神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●過日召された、星野利男さんは晩年に失明された。妻と一緒にお舞いに伺ったとき、「ナンコレシキ」と言って顔が輝かせた。星野さんは肉の目は見えなくなったが、霊眼は開いていて、神の心が見えていた。星野さん万歳!。

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朝の啓示と黙想おわり。神は肉の病を通して霊の病に気付かせ、真の救いに導かれる。キリスト者はこの世の不幸を神がご存知と信じ、「ナンノコレシキ」と言って笑っていなければならない。自戒。



●8:30分 皮膚科。症状がひどくなったので強い薬に変更。医者の存在はありがたいものだ。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 41-45 編

●妻の集会感話資料作成の手伝い。








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真の教会は何処?・・・救いは神の御胸にある・・・ ++++++++ 所感

2017/09/19 08:39

170919(火)5時起床。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は内村鑑三記念講演会に出席し、何人かの人と出会った。某氏は内村鑑三の「ルーテルの遺せし害毒」を示して「聖書で聖書を読む」ことの絶対的でないことを指摘してくれた。また某氏は非常に強力な無教会のカリスマ的先生が亡くなった後、その集会からカトリックに走った人が10人もいたことを教えてくれた。●今井館の帰途、では「一体どこに真の救いと、落ち着ける教会(エクレシア)が」あるのだろうか」と考えた。●その結果、今朝はそれは地上にはなく、神のみ胸にあることを「聖書に」学んでみよう。

塚本訳 パン問答  ヨハ 6:45

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

 

塚本訳  ペテロの告白  マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳  ニコデモとの対話――新生の秘密  ヨハ3:7-8

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

塚本訳  イエスの讃美  マタ 11:27

11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。

 

塚本訳  金持と神の国  マコ 10:25-27

10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」

10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」

10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』

 

塚本訳  エマオで現れる  ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

塚本訳  弟子達への最後の言葉  ルカ 24:44-49

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

 

塚本訳 ルカ 10:20

10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

 


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朝の啓示と黙想。真の教会は神と自分との間にある。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 36-40  編

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コスモス大好き。神の息なる風が吹くたびに
「御心のままに、御心のままに」と言いながら従順に頭を下げているようだ。

●17:00 歯科。

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