to 日記と感想 2006年05月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


慰めよわが民を慰めよ ++++++++ 所感

2006/05/31 06:20

060530(水)4時半目覚め。朝の閃き、「慰めよわが民を慰めよ」(イザヤ書40章1節)でガバッと跳ね起きる。


●イエスの伝道開始の第一声は次のとおり。


塚本訳  ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』


文語訳  ルカ 4:16-19
4:16 偖その育てられ給ひし處のナザレに到り、例のごとく安息日に會堂に入りて、聖書を讀まんとて立ち給ひしに、
4:17 預言者イザヤの書を與へたれば、其の書を繙きて、かく録されたる所を見出し給ふ。
4:18 『主の御靈われに在す。われ我に油を注ぎて貧しき者に福音を宣べしめ、我をつかはして囚人に赦を得ることと、盲人に見ゆることとを告げしめ、壓へらるる者を放ちて自由を與へしめ、
4:19 主の喜ばしき年を宣傳へしめ給ふなり』


●イザヤ書40章1節の「慰めよ、わが民を慰めよ」という声の響きで多くの人が立ち上がった。まずヘンデル。これはメサイアの冒頭第二曲でテノールで歌われる。旧約学者の中沢洽樹先生は、このヘブライ語原語に圧倒されるという。ヒルティの「幸福論Ⅱ」に「わが民を慰めよ」がある。塚本虎二先生はご自身の雑誌「聖書知識」を泣いている人の涙を拭う「ちり紙」だと言われた。また「聖書知識」の標準読者としてあげた3名はみな不治の病に伏す気の毒な女性であった。私のHPもそこに照準を合わせたい。健康な人には医者は要らない。泣いている人に遣わされるのが私の歩むべき道だ。


新共同 イザ 40:1-2
40:1 慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。
40:2 エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。


NKJV イザ 40:1-2
40:1 "Comfort, yes, comfort My people!"Says your God.
40:2 "Speak comfort to Jerusalem, and cry out to her,That her warfare is ended,That her iniquity is pardoned;For she has received from the Lord's handDouble for all her sins."


●では何によって「慰める」のか。金銀ではない。つまり経済ではない。政治や環境の整備ではない。平和運動ではない。医学ではない。聖書講解ではない。エクレシア形成ではない。口先だけの空しい慰めの言葉ではない。霊魂の癒し、霊魂の救いである。具体的には「祈り」によってその人に神の力が降ることを願うのである。 get up and walk in the name of Jesus Christ !!


文語訳  使  3:6
3:6 ペテロ言ふ『金銀は我になし、然れど我に有るものを汝に與ふ、ナザレのイエス・キリストの名によりて歩め』


口語訳 使  3:6
3:6 ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。


TEV 使  3:6
3:6 But Peter said to him, "I have no money at all, but I give you what I have: in the name of Jesus Christ of Nazareth I order you to get up and walk!"


人生における悩みは「不適応症」である。何に不適応かというと、環境、社会、人間、家庭、学校、勤務先、上司、同僚、夫婦、子供、親子、仕事、教師、牧師、教会(集会)、友人、・・・・などなど生きてゆくときの周囲の総てである。それは心の病である。奇怪な不自然な行動になって現われる。原因は周囲半分、自分半分である。どちらかが一方的に悪いのではない。自分にも悪いところがあるのである。大ありである。なぜか、イエスの次の言葉がそれに対応する。この病は「神によってのみ」癒される。


文語訳 マタ 7:1-4
7:1 なんぢら人を審くな、審かれざらん爲なり。
7:2 己がさばく審判にて己もさばかれ、己がはかる量にて己も量らるべし。
7:3 何ゆゑ兄弟の目にある塵を見て、おのが目にある梁木を認めぬか。
7:4 視よ、おのが目に梁木のあるに、いかで兄弟にむかひて、汝の目より塵をとり除かせよと言ひ得んや。


塚本訳 マタ 7:1-4
7:1 (人を)裁くな、自分が(神に)裁かれないためである。
7:2 (人を)裁く裁きで、あなた達も裁かれ、(人を)量る量りで、あなた達も量られるからである。
7:3 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。
7:4 また、どうして兄弟にむかって、『あなたの目の塵を取らせてくれ』と言うのか。そら、自分の目に梁があるではないか。


TEV マタ 7:1-4
7:1 "Do not judge others, so that God will not judge you,
7:2 for God will judge you in the same way you judge others, and he will apply to you the same rules you apply to others.
7:3 Why, then, do you look at the speck in your brother's eye and pay no attention to the log in your own eye?
7:4 How dare you say to your brother, "Please, let me take that speck out of your eye,' when you have a log in your own eye?


●血圧132-80良好●妻と二人で、超豪華キャストによるモーツアルトのレクイエムをCDで鑑賞。リッカルドムーティ指揮、ベルリンフィルハーモニー。スウェーデン放送合唱団、ストックホルム室内合唱団、合唱指揮エtリック・エリクソン。●モーツアルトの「アヴェベルムコルプス」を前記演奏家で鑑賞。次に24年前に購入したレコードで、フリッツヴェルナー指揮、ハイルブロン・ハインリッヒ・シュツ合唱団で聴き比べ。レコードのせいか、この方が胸に染みる。この曲の演奏、24年間いまだこれに勝るものは聴いたことがない。


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とうもろこしが伸びてきた。夏は近い 2006.5.31 あきる野市


とうもろこしの成長は早い。夏には背の高さ以上になる。


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とうもろこし畑より見た我が家の北側。 2006.5.31 あきる野市


家というのは見る角度によって趣が異なる。人間また同じ。イヤなヤツでも少し視点を変えると大目に見ることができるなー。「マー、いいか。悪いことは神が直接注意してくださる」


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近所の内田さんの庭のバラ  2006.5.31 あきる野市


バラはとてもよい匂いがする。「キリストのかおり」という言葉を思い出す。


口語訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。
2:15 わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。
2:16 後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。





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家庭の建設と崩壊 ++++++++ 所感

2006/05/30 06:53

060530(火)3時半目覚め、5時起床。●床の中で朝の黙想「家庭の建設と崩壊」。家庭は神が構築する。その家庭の崩壊は家庭内の一人の罪によって来るが、また家庭内の一人の義で全員が救われる。この法則について黙想。


●家庭は神自身が建設する。


口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


口語訳 創  2:22
2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。


口語訳 創  2:24
2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。


●結婚には神が「働く」。神が仲人である。見合いでも恋愛でも、紹介でも、それは背後に神がおられる。神抜きの結婚は空しい。それは人間の名誉が上がるだけのこと。神にとっては面白くない。次の詩編127編は、よく結婚式で読まれる


口語訳 詩  127:1-5
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。
127:3 見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。
127:4 壮年の時の子供は勇士の手にある矢のようだ。
127:5 矢の満ちた矢筒を持つ人はさいわいである。彼は門で敵と物言うとき恥じることはない。


●結婚は秘儀である。ヒルティは64歳で夫人ヨハンナに先立たれる。(私はその年齢まであと2年だ)その夫人が亡くなったとき、「私はもはや完全ではない」と言い、「来世が本当にあるなら、妻とだけに会いたい」と言った。ヒルテイ夫人のヨハンナはヒルティにとって「ふさわしい人」であった。字がとても美しい人だったそうである。●私は1980年、37歳のとき、スイスのベルンにあるヒルティの墓に詣でた。そこには夫人と息子のエトガルが一緒に眠っていた。美しい公園のような墓地であった●この息子エトガルは生涯病弱でヒルティを悩ませたそうである。ヒルティが76歳で召された時エトガルは34歳であった。ヒルテイの著作「眠られぬ夜のために」(岩波文庫にあり)にはヒルティの悩み苦しみがその背景にあった。●よく聞く話。「主人とは墓を別にします。死んでまで主人の世話をしたくありません」「死んだら実家の墓に入れてもらいます」。神もイエスもヒルティも「天で泣いている」●イエスの結婚観は次のとおり。この塚本訳の「父と母とをすてて」は強烈であるが真理。儒教道徳とは違う。両親半分妻(夫)半分の姿勢では強烈なユニットができない。●かって、適齢期を過ぎた3人の娘を持つ父親曰く。「駆け落ちでもいいから早く家から出て行って欲しい」。この言葉は天の真理。●父娘の仲がよすぎて娘が「出戻り」したのは心理学者で精神医学者の故宮城音弥の家庭。紺屋の白袴。


塚本訳 マタ 19:4-5
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。


●家庭の崩壊は家族の中の一人の罪が原因。次の句はヒルティがよく引用するもの。弁護士の仕事をしていての「実感」なのかもしれない。私もその実例を見る。これは恐ろしいまでの真理である。どうしようもない厳粛な事実である。


口語訳 出  34:7
34:7 いつくしみを千代までも施し、悪と、とがと、罪とをゆるす者、しかし、罰すべき者をば決してゆるさず、父の罪を子に報い、子の子に報いて、三、四代におよぼす者」。


●建築士が仕事に失敗して死人が出たら、その建築士の家族は全員が殺されなければならないと恐ろしいことが申  22:8に書いてある。しかしプロにはそれぐらいの気構えがなければならない。あの姉歯建築士の妻は自殺してしまった。贖罪だったのか。私の場合は家族全員が死んでもまだ足りない。失敗が多かった。



新共同 申  22:8
22:8 家を新築するならば、屋根に欄干を付けねばならない。そうすれば、人が屋根から落ちても、あなたの家が血を流した罪に問われることはない。


●しかし逆に家族の罪が贖われるのは一人の「義」による。義人ヨブは家族の罪を心配して毎日祈ったという。エライ!!。新約の源流。


口語訳 ヨブ 1:5
1:5 そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。


●人類の罪に対する神の怒りはどっとイエス一人に下った。イエスは神によって砕かれた。イエスはそのとき次のように祈った。家庭の中の一人の罪はだれかほかの人にどっと下る。


塚本訳 マコ 14:35-36
14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」


●「アバ、お父様」というのは「とうちゃん、とうちゃん」という意味である。つまりこの祈りは「とうちゃんお願いだ。モー勘弁してくれよ」という意味である。「イエスよ赦してくれ」、あなたのその苦しは、私と私の家族の罪のためだったのです。


●イエスの死の意味を最もよく理解したのは「使徒パウロ」。新約聖書はパウロの信仰の上に立つ。


塚本訳  ロマ 5:12
5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)


塚本訳  ロマ 5:18
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。


●社会派クリスチャンに告ぐ。天下国家や社会悪を批判をする前に「自分自身が神の前に正しい者」でありうるように気をつけるべきである。なぜか。創世記18章16-33をよーく、深ーく読めば分かる。聖書を深く学ばないで社会主義者と同じように「平和運動に狂奔する」人間は聖書の真理が分かっていない。信者とはいえない。


新共同 創  18:26
18:26 主は言われた。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」


新共同 創  18:31-32
18:31 アブラハムは言った。「あえて、わが主に申し上げます。もしかすると、二十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その二十人のためにわたしは滅ぼさない。」
18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」


●主人がダメだから、妻がダメだから、子供たちがダメだから、親がダメだから、ということをよく聞く。しかし嘆くことはない。なぜか。次のパウロの言葉がある。その家庭に一人でも正しい人がいれば一族郎党は滅びない。


塚本訳Ⅰコリ7:12-15
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)


●高崎の建築現場で働いていた時のこと。貧しい婦人に話をする。私「キリストのこと知っている?」。貧しい婦人「ウチはトーちゃん(主人のこと)が酒飲みだからダメです」。・・・・・あの人は今ごろどうしているかなー、もう40年も前のことだ。生きているのかなー


●朝風呂で日経第一面「日本を磨く」はミスター半導体、光通信の父である西沢潤一(首都大学東京学長)。「世界の水準を越えるものをどれだけ生み出せるか、それを担う人材をどれだけ多く輩出できるかに日本の命運がかかっている「政府も・・・・・そうした研究テーマが米欧でやっていることならばと安易に予算を付ける。研究投資のタイミングが遅くなり、いつも世界から一年遅れくらいで追随することになってしまう」「才能を伸ばす仕組みが必要・・・・・16歳くらいで暗記中心の勉強から解放し、幅広い知識と理解・思考力を身につけさせる」。●大家の言葉。どれもこれも貴重な見解。私が16歳の頃に「塚本、内村、ヒルテイ」に読みふけったのは人生の財産であった。●図書館でモーツアルトのCDを借りる。ピアノソナタ第15番ハ長調(KV545)をピリスで鑑賞。「ザ・モーツアルト」と言ったらこの曲。第一楽章でノックアウトされる。


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種まく人 2006.5.30 あきる野市


塚本訳 マタ 13:1-9
13:1 その日イエスは家を出て、湖のほとりに坐って(教えて)おられたが、
13:2 大勢の群衆が集まってきたので、舟に乗って坐られた。群衆は皆岸に立っていた。
13:3 譬をもって多くのことを語られた。──「種まく人が種まきに出かけた。
13:4 まく時に、あるものは道ばたに落ちた。鳥が来て食ってしまった。
13:5 あるものは土の多くない岩地に落ちた。土が深くないため、すぐ芽を出したが、
13:6 日が出ると焼けて、しっかりした根がないので枯れてしまった。
13:7 あるものは茨の(根が張っている)間に落ちた。茨が伸びてきて押えつけてしまった。
13:8 しかしあるものは良い地に落ちた。そしてあるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍の実がなった。
13:9 耳のある者は聞け。」


●20:00BSで映画「炎のランbナー」を妻と観る。英国のランナーはクリスチャンで日曜日は安息日なのでレース(100メートル)には出場できないという信念。主催者は彼が出場しないのは痛手なので、別の種目(400メートル)に回したら、優勝。●クリスチャンは普段真面目で良い仕事をしていれば宗教上の摩擦も克服できる。その組織でかけがえのない人物だからである●かって設計事務所に勤務していた時のこと。「日曜日なので出社できません」と言うと、「それは君のレゾンデートルだ。その信念を貫きたまえ」と言われた。またその上司からは「祈ることのできる人間は尊い」とも言われた。しかしながらその上司は現在意識不明の重篤。快癒を祈る。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 


 


 

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人生、ストライキの日 ++++++++ 所感

2006/05/29 07:42

060529(月)5時起床●「人生、ストライキの日」について黙想。その解決に聖書の言葉を求める。なかなかよい言葉が得られないので早朝散歩する。


口語訳 詩  42:2
42:2 わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。いつ、わたしは行って神のみ顔を/見ることができるだろうか。


TEV 詩  42:2
42:2 I thirst for you, the living God. /When can I go and worship in your presence?


新改訳 詩  42:2
42:2 私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。


新共同 詩  42:2
42:2 涸れた谷に鹿が水を求めるように/神よ、わたしの魂はあなたを求める。


●すると次々に聖書の句が降り注いだ。イエスが早起きして山で祈った意味がわかる。


口語訳 イザ 42:1-5
42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。
42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、
42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。
42:4 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。
42:5 天を創造してこれをのべ、地とそれに生ずるものをひらき、その上の民に息を与え、その中を歩む者に霊を与えられる/主なる神はこう言われる、


塚本訳ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」


●人間は神の霊、神からの水を注がれて「生きる」「生き返る」「動き出す」


TEV マタ 5:14
5:14 "You are like light for the whole world. A city built on a hill cannot be hid.


add 2 マタ 5:14
5:14 汝らは世の光なり。山の上にある町は隠るることなし。


新共同 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。


NKJV Ⅰコリ13:13
13:13 And now abide faith, hope, love, these three; but the greatest of these is love.


●具体的には神の愛、人間の愛、愛する人から仕事を頼まれて忙しくなるとき、「ストライキ」などはしていられなくなる。●母親は子供が小さい時は「無我夢中で育てるので「ストライキ」などはしていられない。●老人福祉の行き届いているスウェーデンに自殺者が多いのは、働かなくても食べていかれるから、人間は仕事がなくなって暇になると「生きがいを失う」。人生のエンストになる。●人生をエンストしている時はアクセク働く人が「バカ」に見えてくる。彼らの労働の動機は低級だと思ってしまう。●人生のエンストの様々。出社拒否、学校拒否、ニート、閉じこもり、教会(集会)拒否(牧師伝道者に対する信者の不満は非常に多い)、妻のストライキは口をきかなくなること、嫌いな人に顔を合わせなること、会話が少なくなること、返事をしなくなること。・・・・・これらは本人が一番辛いこと。ほんとうは「これではいけないと思っているのだが・・・・●こういう苦しみはゲーテが「ファウスト」の冒頭で言っていると思った。「何をしてもつまらない」と。探す時間なし。●この人生の大問題は、水枯れの危機である。真の食料危機である。ジャワ島地震の食糧難以上に世界規模のものである●その解決は神の霊、神の愛を注がれることである●私の場合は30代半ばに尊敬して愛する人から分不相応な建築設計を依頼されたことで、忙しくなってストライキの深刻な悩み」から解放された。●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。偶然に「ストライキ」の解決方法が出ていた。「ストをやりたいなら半年でも一年でもやらせておけばいい」。さすが社長になるだけの人の言葉。実に現実的な適切な言葉。この応用問題、「喧嘩はやらせよ」「ニートはほおっておけ」「不登校はそのままにそっとさせておけ」「教会(集会)拒否もそのままにさせよ、来るものを拒まず、去るものを追わずの態度でいけ」「教会員には不満を言わせよ」「親の批判はさせよ」・・・・・・・こえっらはみんな本人が「コレじゃまずい」と思う時が来るものだ。


●聖書勉強の本道。問題意識・・・聖書の言葉を模索してひらめきを得る・・・・キーワードからJバイブルで聖書の個所を探す・・・BbBで翻訳比較と引照研究・・・SWORDでピンポイントでさらに探求。多分この方法が王道。●聖書勉強の三種の神器は、①jバイブル ②BbB ③SWORD、①のソフトは1万円程度、②③は私のHPで無料


 

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福音と平和 ++++++++ 所感

2006/05/28 05:35

06052(日)3時半目覚め、4時半起床。寝不足だが睡眠は長さでなく深さ●昨夜、ドイツのアウグスブルグに滞在中の清水望先生ご夫妻から国際電話。10月22日の塚本虎二先生記念会の演題は「福音と平和・・・ドイツに学ぶ・・・」に決定●そこで「福音と平和」について黙想する。新約聖書の目指す「平和」は「この世の平和」ではなく「神との平和」。結果としての「この世の平和」である。


塚本訳ルカ 2:13-14
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!


●「平和あれ」との願望があって人間の平和活動平和運動を促すものではない。キリストの降誕によって紙と人間の間には「原理的に」平和は実現した。神の側の一方的努力で。・・・塚本訳は「あれ」ではなくて「あり」である。


塚本訳 ロマ 5:1
5:1 だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。


●人間と平和、国家間の平和ではなく、「神と平和」ができたのである。


塚本訳 ロマ 10:15
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


●「神との平和」を告げること、伝承することが人間の働きであって、この世の人間どうし、あるいは国家間の平和を実現しようとするのは社会主義であってキリスト教ではない。


●「神との平和の福音」はこれを必要としている瀕死の人に告げるべきであって、必要を感じない人に告げてもそれは「馬の耳に念仏」である。


塚本訳 マタ 9:10-13
9:10 イエスが家で食卓についておられるたときのこと、大勢の税金取りや罪人も来て、イエスや弟子たちと同席していた。
9:11 パリサイ人はこれを見て、弟子たちに言った、「なぜあなた達の先生は、税金取りや罪人と一しょに食事をするのか。」
9:12 聞いて言われた、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
9:13 『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味を、行って、勉強したがよかろう。わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来たのである。」


●この世のゴタゴタから救われたいと思う心理は「安らぎ」を求めているのである。それは究極的には宗教、信仰が必要である。医者は肉体の痛みはとるが、心の痛みはとらない。


文語訳  ルカ 8:48
8:48 イエス言ひ給ふ『むすめよ、汝の信仰なんぢを救へり、安らかに往け』


●この聖句は14年前に召された父がボールペンで書いて柱にかけてあった。父は生涯にわたり病気で悩んだ。しかし「神との平和」を得ていた。福音を必要としていた人であった。結核の病が霊の病気を気づかせた。


●「俺は病気ではない。だから宗教や信仰などは必要ない」と思う輩は「心に病を持っている」ことに気がついてない重病人である。バッハに「人よ汝の罪の大いなるを嘆け」という曲がある。「自分の醜さに嘆かない」人間は超オメデタイ人間である。そういう人間に福音を告げるのは「馬の耳に念仏」である。時間が無駄。


口語訳 マタ 7:6
7:6 聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。


●集会は宮崎(司会)、土肥(塚本先生の夏の勉強室)、横田。●13:00「若者の聖書勉強会」。マルコ3-4章。「手をのばせ」というイエスの言葉によって手が直ったということに議論が集中した。一方的講義でなく、分からないところは分からないと自由に言える聖書研究会はよい。


塚本訳  マコ 3:5
3:5 するとイエスは怒気をふくんで人々を見まわし、彼らの心の頑ななのをふかく悲しんで、その人に言われる、「手をのばせ。」のばすと手が直った。


●人間は立てないとき、手がのびない時、生きる気がなくなるとき、弱った時、なにもする気がなくなったとき、いきずまったときに、神から「立て」「手をのばせ」と命令されると直る。人間からではない、神の声によってである●トミ子は愛子と高島屋へ買い物に行く。●風間文子先生から電話。


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若者の聖書勉強会 2006.5.29 社会教育会館


前列左から 杉崎孝 伊勢初音 小寺利男


後列左から 高橋照男 高橋トミ子 高橋新一 伊勢愛子


 



 


 

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罪は金銭トラブルに現われる ++++++++ 所感

2006/05/27 07:58

060527(土)一度3時半に目覚めて、風呂。また寝たが、金銭トラブルの苦しい夢で目が覚める。「アー夢でよかった」と思う。●組織や家庭内での金銭トラブルは人生の悩みのうちでも最も大きなものである。しかしその深刻な苦悩の中に人間の思いもよらない恩恵が潜んでいる。内村鑑三の最初の妻タケとの離婚原因は家庭内の金銭トラブルであった。しかしその離婚騒動の時にはすでにタケには内村の子が宿っていた。離婚後に生れたその子供の名前はノブ。その子孫から熱心なキリスト教の伝道者が誕生した。彼の名前は日永康氏。ご存命。これらはみな公になっていることである。●夫がギャンブルや酒や女に狂って家に金を入れないこと、妻が夫に内緒で大金を使い込むこと、それぞれの親族や子供に内緒で大金をつぎ込むこと・・・・・などなど、少し金に余裕ができると争いが起こる●組織が金銭的に豊になるとその使い道で「主導権争い」が起こり、もめたり分裂する●貧乏の時には争いが起こらないが、金が入ると争いになるのはこの世の常。それは「金のあるところに心もある」からである。●内緒で金を使うことが罪、それは相手の顔に泥を塗ることだからである。相手の主権を無視することだからである。罪の原語はハマルティアで的外れという意味である。神の顔に泥を塗ることが罪。煩悩は罪ではない。神の主権をないがしろのすることが罪、それは組織の長や家庭内では伴侶に内緒で大金を使い込むことがその具体的な現われ。それが罪の実。●結婚生活がそんなに面倒なことなら「結婚しない方がマシだ」と思うのは「自己中心的」な態度の人間。組織に生きることや家庭生活は「従順を学ぶ」学校。ダンテの「神曲」には「神に従順になることが自由」という言葉がある。人間関係のゴタゴタで神への従順の何であるかを学ぶ。結婚は楽しみであるより前に「義務」である。そこで神への従順を学ぶ。●夫婦関係は面倒だというイエスの弟子たちの言葉は実感がこもっている。


塚本訳  マタ 19:10
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」


●イエスは「結婚」とは二頭の牛が軛(くびき・・・二頭の牛が勝手に動けないよう首をつなぐ棒)につながれたようなものだと言ったのは至言。結婚は不自由になること、相手の「命令に服さなければならないこと」自分が「支配」されること。


塚本訳マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」


●内村鑑三の孫のキリスト教伝道者日永康氏の存在は内村家の贖罪である。内村鑑三と浅田タケの離婚の贖罪であり、神への「宥めの供え物」である。某家にもそういう例を見る。神の罰は厳しく、代償を求める。それはその家系の中の真面目で清い生活の人間に病気や不幸が襲ってくることに現われた。これ厳粛な事実。これでイエスの受難の意味もわかってくる。イザヤ書やヨブ記のテーマ「義人の苦難」の意味も見えてくる●神はこの世のゴタゴタや不幸をも神の国建設の為に「利用」される。そこに人間常識では考えられない神の高い経綸がある。●日永氏に新一を紹介したことがある。021104日記。●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。セレモニアルな会議を極力減らしてクリエイティブな研究会議を増大。その成果、半導体製造に使う感光性樹脂の開発に成功して一時は世界シェアの4割になる。しかし、事業化までを研究者者に委ねて失敗。研究開発と事業化とは別のものだと悟る。事業化には経営センスが必要だという。・・・これ非常に学ぶことである。人間は分業。●私の知人の社長。設計者には営業をさせなかった。それは自分で自分の顔を誉めるようなことであって、相手から信用されないからであった●ラジオ体操、血圧138-89 ●ジャックランスローのクラリネット+パイヤールでモーツアルトのクラリネット協奏曲を鑑賞。ランスローの音色はやさしい。●妻は合唱の練習に山梨に合宿。明日は早起きして集会に出席。クリスチャンは聖日厳守。聖日厳守すれば仕事も習い事も勉強も向上するのは定説。●ロケットの糸川英夫博士曰く「ユダヤ人が優秀なのは土曜日は絶対に労働をしないことが原因」と指摘したことがある。それは神に祝福されているから。わが国の企業が残業をしてアクセク働いてもそれほど成果が出ないのは神を味方につけていないから。第一に企画発想が目先の金儲けが目的の陳腐なものばかり。企画発想する人間の読んでいる本が低級だ。●日本は物真似人間が多くて文化の根本を学んでいない。ラスキンの「建築の七燈」を読まないで建築の教授になっている愚か者がいる。マックスヴェーバーの「プロ倫」、アダムスミスの「国富論」、ラスキンの「この最後の者にも」などの根本思想は聖書である。その聖書を深く読まないで経済を論じる愚かな教授がいる。根無し草である●週刊誌や漫画ばかりを読んでいるアノ人間を部長にしてはいけない。絶対にいけない。なぜか、企画発想や判断に気品がないから会社が尻貧になる。伸びない。第一に神に祝福されない。●13:30今井館で「内村鑑三全集CD-ROM化」途中経過発表会。まもなくその全40巻の入力が終わるらしいが、問題は検索システム。難解漢字がある。須山英三氏と初対面懇談。


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内村鑑三全集CD-ROM化説明会 2006.5.27 16:30 今井館聖書講堂


左・高橋照男 中・田村光三(明治大学名誉教授・経博) 右・斉藤みち


後方の肖像は左から内村鑑三(写真)、内村鑑三(画・石河光哉)、矢内原忠男(写真)


 


 


 


 

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かけがえのない人生の失敗 ++++++++ 所感

2006/05/26 06:01

060526(金)3時45分起床、6時間睡眠ですっきり●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。副社長兼子会社の社長から社長に昇格。大改革を断行。不景気だったので毎年600人程度採用する新入社員をゼロに。約20人いた財務部門を2人にする。惰性と慣行を捨てた。●人間は「人の顔を恐れて」いてはコレと言った仕事ができない。神を信じない人は決まって「上司の顔色」や「その場の雰囲気で」物事を決めるから、意義ある仕事はできない。そういいう人は会社がカミになっている。よいようだが、結果的に会社を伸ばさない●とにかく組織の決定や集団の空気での決定というものは顔のない無人格の方針きり出ないのだ。組織や集団の空気というものは何かキラッとしたものが光ると潰すのだ。組織ではオリジナリティのある仕事は出来にくい。●だから民主主義は最終の姿ではない。非常に優秀な王制が理想なのだが・・・・・神の国は神の独裁だ。●日経「文化欄」、在独32年間で活躍したオーボエ奏者宮本文昭が2007年3月で演奏活動を停止して教育者に転じるという。一瞬「もったいないナー」と思った。●教育者に転じることを決意したのはドイツでの一婦人の言葉。「あなたのソロはすばらしかった。あなたはヴィンシャーマンの弟子ではありませんか?」。ヴィンシャーマンにはドイツ留学の最初4年間師事しただけなのにその痕跡が残っていた。このことで「教育者」の醍醐味に開眼したという。●宮本文昭は32年間の演奏「現場」の体験が財産、それが「教師としての資格」。●人生の辛酸を嘗めることなしに神学校からすぐ牧師になって「説教する人間」はそれだけで「失格の人生」。日本のキリスト教が振るわない原因はその辺にもある●そういう牧師や伝道者が「ないものねだり」で社会運動や社会批判をやるから、今のワカモノは教会へ行くと「社会運動」をさせられると思ってキリスト教を敬遠する●「かけがいのない人生の失敗」こそ、人を慰めることができる「資格」。「俺も同じだ」という一言が人を立ちなおらせる。●失敗者の数々と聖書の慰め。


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●ペテロは順調にいけばそれなりにささやかな「一市民」「幸福な家庭の夫」でありえたであろうが、キリストの弟子になって総てを失った。この世的には人生を失敗した。


塚本訳 マコ 10:28-30
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。


●パウロは順調にいけばそれなりにユダヤ教の高い地位に就けたであろうが、キリストに出会って人生が狂って失敗した。しかしパウロは言う。


塚本訳  ピリ 3:6-11
3:6 (ユダヤ教に対する)熱心の点では、(キリストの)教会の迫害者、律法による義の点では非難の打ち処ない者であった。
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──
3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、彼と同じような死様をして、
3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。


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●ペテロもパウロもいわゆる「幸福」を失った。ペテロは家族を失ったらしい。パウロは結婚しなかった。「ささやかな家庭の喜び」を味わえなかった。また次の言葉は初代教会の実情を反映していると言われる。初代教会の面々も苦労した。この世の人から憎まれて涙した。それもキリストが原因だ。


新共同 マコ 13:11-13
13:11 引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。
13:12 兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。
13:13 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」


塚本訳  マコ 13:11-13
13:11 人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。
13:12 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。
13:13 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。


TEV マコ 13:11-13
13:11 And when you are arrested and taken to court, do not worry ahead of time about what you are going to say; when the time comes, say whatever is then given to you. For the words you speak will not be yours; they will come from the Holy Spirit.
13:12 Men will hand over their own brothers to be put to death, and fathers will do the same to their children. Children will turn against their parents and have them put to death.
13:13 Everyone will hate you because of me. But whoever holds out to the end will be saved.


●「アイツは人生を失敗したので宗教に走った」と判断する人間は超無教養な人間。彼はその考え方だけで「人生失敗」している。それはとりかえしのない大失敗の兆しである。大体自分は「失敗してない」と思っているところが「失敗人生」の証明●教会主義の世界では宗教の世界での「立身出世」を狙う人間が出てくる。その世界で「有名人」になろうとする愚かな人間も出て来る。ソドムゴモラである。●HPには批判もあるが、つぎのような嬉しい反応があるからやめられない。日記に関して。「癒しです」「生きる勇気をいただいております。何も飾らずにお話されているところに、感動いたします」「毎日日記がアップされるのを楽しみにしております。朝から今か今かと何度もアクセスすることもしばしばです。・・・・隠れ読者、嬉しくて隠れていられなくなりました」。●HPのBbB(聖書で聖書を読む)に関しては次のような反応。「BbBには大変多くの力をいただきましたこと、これ事実です。」「BbBにて翻訳比較をすることが非常に楽しく、また夢中になりいつも寝不足です」。●幸いなるかな「隠れ読者」「覗き見読者」。私には知られなくとも神は覚えていてくださる。日記へのアクセスは月間800回(うち、自分が100回。笑)、BbBへのアクセスは月間3000回、これは将来4万回までに引き上げたい。そのために充実改善を目指す。●14:00 橋本次長と共に黒田隆氏を訪問、懇親懇談の2時間は楽しかった。


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黒田隆氏を訪問、懇親懇談 2006.5.26 14:00 目黒区黒田邸


建築経済論、都市景観論、法人改革論、組織論、音楽論、老年論、姉歯事件論などなど


左・高橋照男 中・黒田隆 右・橋本真一


黒田さんには30年にわたり御交誼を頂いてきた。現在の職場である建設物価調査会に招かれたのも黒田さんのお話によってであった。仕事上の大恩人。ダンテの「神曲」の話がご縁の始まりであった。ご親戚にカトリックの「シスター」がおられる。


 


 


 


 


 


 


 

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神を信ずる者が迫害されるのはなぜか ++++++++ 所感

2006/05/25 07:07

060525(木)3時半起床。何者かに恨まれ憎まれて殺されそうになった苦しい夢をみて目が覚める。以後寝付けないで、寝不足。しかし「神を信ずる者が迫害されるのはなぜか」を黙想できた。●神を信ずる者が迫害されてきた歴史。アベルはカインに殺された(創世記)、預言者は殺された、イエスは職業宗教家の妬みで殺された。ステパノは聖書学者たちに殺された。初代キリスト教徒はローマ皇帝に殺された。カトリック教会は真面目な信者を異端者として殺害、ユダヤ人はナチスに大量殺害される。リンカーン、キング牧師、わが国では戦争反対者が迫害された。●原因は「悪魔」の存在。それはイエスの次の言葉でわかる。


塚本訳ヨハ 8:44
8:44 (そのはずである。)あなた達は悪魔なる父の子で、父と同じ欲望を遂げようと思っているのだ。(人殺しをし、嘘をつくのは、そのためである。)悪魔は始めから人殺しである。(また嘘つきで、)真理に立ってない。彼の中には真理がないからである。だから彼は嘘をつく度ごとに、その本性を表しているのである。嘘つきで、嘘の父だからだ


●人間ユダは悪くない。ユダの中に悪魔が侵入したのである。


塚本訳 ヨハ 13:2
13:2 (祭の前日の)夕食のとき、すでに悪魔はシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを売ろうとする考えを吹き込んだ。


塚本訳 ヨハ 13:27
13:27 ユダがそのパンを受け取(って食べ)ると、その時、悪魔がユダに入った。そこでイエスがユダに言われる、「しようとしていることをさっさとしたがよかろう。」


●だからイエスはユダのことがかわいそうであった。次のイエスの言葉はひどい言葉である。しかしイエスは悪魔を憎んでユダを憎まなかったからそう言ったのである。わが国に「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がある。


塚本訳  マタ 26:24
26:24 人の子(わたし)は聖書に書いてあるとおりに死んでゆく。だが人の子を売るその人は、ああかわいそうだ!生まれなかった方がよっぽど仕合わせであった。」


●日本人は「ダビンチコード」などに浮かされてないで、まず聖書の「最後の晩餐」のこの言葉などを深く真面目に勉強したほうがよい


●悪魔に誘惑された場面が書かれているのは、イブ(創世記)、ヨブ(ヨブ記)、イエス(マタイ福音書)。



新共同 創  3:3-7
3:3 でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
3:4 蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。
3:5 それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」
3:6 女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。
3:7 二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。


新共同 ヨブ 1:12
1:12 主はサタンに言われた。「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。ただし彼には、手を出すな。」サタンは主のもとから出て行った。


新共同 ヨブ 2:6
2:6 主はサタンに言われた。「それでは、彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」


塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」


●つまるところ人生は「悪魔」との戦い。人間は悪魔に誘惑されて神を信じないようにさせられる。させられている。


●神を信じる者に対する聖書の励ましの言葉は次のとおり。


口語訳 黙  2:10
2:10 あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。


塚本訳  黙  2:10
2:10 お前はまだ苦しむであろうが、(決して)それを恐れるな。視よ、悪魔はお前達の中から(幾人かを)牢屋に投げ込もうとしている。それはお前達が試練を受けるためである。お前達は十日の間患難を受けるであろう。(しかしただ少しの間の我慢である。)お前は死ぬるまで私に忠実であれ。そうすればお前に生命の冠を与えるであろう。


TEV 黙  2:10
2:10 Don't be afraid of anything you are about to suffer. Listen! The Devil will put you to the test by having some of you thrown into prison, and your troubles will last ten days. Be faithful to me, even if it means death, and I will give you life as your prize of victory.


朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。副社長の時、会社が企業イメージアップ(CI)の為にオートバイレースや天気予報のスポンサーになって40数億円をつぎ込む計画を立てた。金川氏はそれに反対の意見を出したが却下された。社長に就任した時にそれをやめて研究開発費や国内外の事業に投資したら業績が急上昇、マスコミに取り上げられて自然に会社の知名度がアップ。その効果はかっての数十倍だという。つまらない方法で自己宣伝することは逆に企業イメージが落ちる。そういう発想をする低級人生観の人間がいる企業は伸びない。企業は人なり。


●図書館でモーツアルトCD6枚●田岡さんがピアノ調律にきてくださる。主にある交わりは楽し。聖地旅行の話、音楽論、高橋三郎集会の様子、カトリックに転じた人の話。教会の儀式というのは「見える言葉」だということ、田岡さんと高橋三郎先生との出会いを伺う。



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田岡雄民氏が来訪 2006.5.25 あきる野市


左・高橋照男 中・田岡雄民 右・高橋トミ子






 


 


 


 

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財産は命の足しにはならない ++++++++ 所感

2006/05/24 06:14

060524(水)4時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」、信越化学工業社長の金川千尋。「死ぬほど忙しい身」でありながら、さらに塩ビ事業本部長も兼務せよとの社長命令。「仕事の報酬は仕事」だというヒルテイの言葉を思い出した。5月23日の日記参照。また「マタイ現象」という経済の法則も思い出す。金持ちはますます金持ちになり、貧しい人はますます貧しくなる。「格差」増大。マタイ25章のタラントの譬がその根拠●これ人間の奮闘努力の勧めではない、神の莫大な恩恵の宝を「利用」しない愚を言っている。


塚本訳  マタ 25:19-30
25:19 かなり日がたってから主人がかえって来て、僕たちと貸し借りを清算した。
25:20 まず五タラントあずかった者が進み出て、ほかの五タラントを差し出して言った、『御主人、五タラント預りましたが、御覧ください、ほかに五タラントをもうけました。』
25:21 主人が言った、『感心々々、忠実な善い僕よ、少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一しょに喜んでくれ。』
25:22 二タラントの者も進み出て言った、『御主人、二タラント預りましたが、御覧ください、ほかに二タラントもうけました。』
25:23 主人が言った、『感心々々、忠実な善い僕よ、少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一しょに喜んでくれ。』
25:24 最後に一タラントあずかっていた者も進み出て言った、『御主人、あなたは(種を)まかない所で刈り取り、(金を)まき散らさない所で集める、きつい方と知っていたので、
25:25 (商売をするのが)恐ろしく、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。そら、お返しします。』
25:26 主人が答えた、『怠け者の、悪い僕よ、わたしがまかない所で刈り取り、まき散らさない所で集めることを知っていたのか。
25:27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうすればかえって来たとき、(元金に)利子をつけてもどしてもらえたのに。
25:28 では、その一タラントをその男から取り上げて。十タラント持っている者に渡しなさい。
25:29 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
25:30 さあ、この役に立たない僕を外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』


●信越化学が危機の時によく助けてくれたのは三菱油化社長の吉田正樹社長。金川氏は吉田社長が亡くなったときは死後の礼を丁重に尽くした。凡人とはココガチガウ。●かって私の上司曰く「高橋君、取引相手の本人が死んだときは、それで仕事が途切れるから死後の礼はあまり尽くさなくてもよい」と。●トンデモナイ人生観の持ち主であった。死んだ人は「あの世」で見ているのだ。●「あの世」があることは、死後の礼の尽くし方によって生じる商売成績の差によっても証明できる。●ところがダ、死んでもいないのに「礼」を尽くさない不届き者がこの世にいる。そういう人間は「格差」増大になる。●昨夜のNHKインタビュー。経団連会長を退任する奥田碩(ひろし)氏「日本は金やモノは増えたが心は貧しい」。偉くなる人は人生観がチガウ。宗教的信念がある。●奥田氏が会長であるトヨタは売上高21兆円、利益は1兆1712億。販売数・2年連続世界第2位……世界1位の座は秒読み段階に入った。という●利益を追わないからこういう結果になる。逆説。聖書には次のようにある。


文語訳マタ 5:2-3
5:2 イエス口を開き、教へて言ひたまふ、
5:3 『幸福なるかな、心の貧しき者。天國はその人のものなり。


文語訳  マタ 6:33
6:33 まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。


塚本訳  マタ 6:33
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。


NKJV マタ 6:33
6:33 "But seek first the kingdom of God and His righteousness, and all these things shall be added to you.


塚本訳マタ 19:20-22
19:20 青年が言う、「それならみんな守っております。まだ何か足りないでしょうか。」
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。


塚本訳 マタ 19:23-26
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」


口語訳 マコ 8:36
8:36 人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。


TEV マコ 8:36
8:36 Do you gain anything if you win the whole world but lose your life? Of course not!


塚本訳  ルカ 12:13-21
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」


塚本訳 Ⅰテモ6:17-19
6:17 この世の金持ち達に(堅く)命ぜよ──高慢にならぬように、また不確かな富でなく、私達を楽しませようとして豊かに万物を与え給う神に望みを置くように、
6:18 善を行うように、善い仕事に富むように、物惜しみせず分け好きであるように、
6:19 かくして自分の未来のために善い資本を積んで、真の生命を捉えるように(命ぜよ。)


塚本訳  使  3:3-6
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」


●教育基本法改正審議の国会中継を見る。「愛国心」喚起論争。全くもって不毛な議論。真の愛国、真の愛社、真の家庭愛は神を信ずるところから来る。●共産党の志井委員長が「教育現場では君が代を歌わないものは処罰されている」と糾弾したがこういう問題は枝葉末節のはなし。●法律と教育では人間はよくならない。●図書館の女性との対話。私「『ささいなことでカッ!となる男たち』『老人ボケは防げるか』の2冊は返却期日が迫っていますが、直ったら返すのでもよろしいでしょうか」。女性「ではあと一週間で直るようにしてください」。私(心の中で)「!!??、この女性、頭がよすぎてカワユクナイ」●NHKTV20:00 「ためしてガッテン」で「モーツアルトの音楽はなぜ心地よいのか」。会話的、フレーズ(休止)がかなりあるので口ずさみやすいということの他に、主としてドミソの和音で構成されていることが原因。そしてドミソの音は「風の音」だという。つまり自然界の音に近いという発見。12年間の長寿人気番組だけのことはある。企画者がえらい。●


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故郷浦和(現さいたま市)の雑木林に似ているのでハッとした。2006.5.24 あきる野市


あの浦和の林で遊んだのも50年も前のことになった。もう浦和には帰らない。


あの雑木林の家の「高橋清」君は今ごろどうしているのかなー。


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雷鳴、急に空が暗くなる。このあと豪雨。 2006.5.24 夕方 あきる野市


ベートーヴェン田園交響楽の第4楽章を思い出した。


 


 


 


 


 


 


 


 

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出世したい人、美人になりたい人に告ぐ ++++++++ 所感

2006/05/23 06:44

060523(火)4時45分起床。目覚めの祈り、「神様、今日も目覚めさせていただき感謝いたします。今日一日もあなたの栄光を見させてください。私によき信仰の先輩仲間をお与え下さり感謝いたします」●青少年に告ぐ。「学校の成績をよくしたければ神に帰依せよ」。なぜか


口語訳 箴  1:7
1:7 主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。


●札幌農学校の二期生内村鑑三の学年で成績のトップから7番目までは全員がキリストに帰依していた者。キリストにすがる弱い人間は頭の弱い人間というイメージは一時期のことで今では間違い。●かって「浦和高校のキリ研(キリスト教研究会)の連中はスゴイやつばかりだ」という話を聞いたことがある


●企業人、職業人に告ぐ。「ビジネスに成功、出世したければ神に帰依せよ」。なぜか


塚本訳 ルカ 19:16-17
19:16 第一の者があらわれて言った、『御主人、あなたの一ミナは十ミナをかせぎました。』
19:17 主人が言った、『感心々々、善い僕よ、ごく小さなことに忠実であったから、十の町の支配権を持たせる。』


●ヒルティは「仕事の報酬は仕事」だと言った。真理。その地位で真面目にしっかりやっていれば次の地位に引き上げられ、給料もアップする。上役はよく見ている。商人は商売が繁盛する。消費者は良く見ている。クロネコ大和が宅配メールを値下げ。郵政公社に対抗。心の中で「小倉さんイイゾ」と思うので大和運輸はますます成長する。●一流企業人の死亡広告で葬儀の方法をみると、本人が帰依していた宗教がわかる。一流の宗教が多い。●一流の宗教とは。モチロン、キリスト教。それもカトリックではなく、近代人らしく自分で聖書を読むプロテスタント。法王や牧師や先生に読んでもらわない●教育者、歴史家、哲学者、芸術家は宗教に帰依していなければお話にならない。もし「無宗教です」といったらそれだけで失格。聞くだけ無駄、見るだけ無駄。それは蝋細工、命がない。


●定年後の老年生活、そして死を心配する人に告ぐ。「惚ける前に今のうちに来世の準備をしたほうがよい。」なぜか。


新改訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。


●宗教や信仰なんてモノは老年になって死ぬ間際でよい思うのは損。なぜか。そのときは感受性がなくなっているから、この世のものが神に造られているという感動が薄れる。文化ショックが少なくなる。するとせっかくの人生が面白くない。


●女性に告ぐ。「美人になりたければ、神に帰依せよ」。なぜか、ハットするような美しさは、実は品性の高さ、気品、気高さ、神々しさであるから。


新共同 Ⅰペテ3:3-4
3:3 あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。
3:4 むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです。


TEV Ⅰペテ3:3-4
3:3 You should not use outward aids to make yourselves beautiful, such as the way you fix your hair, or the jewelry you put on, or the dresses you wear.

3:4 Instead, your beauty should consist of your true inner self, the ageless beauty of a gentle and quiet spirit, which is of the greatest value in God's sight.


●こういう「真の美しさ」を見分けられないような「男」と結婚すると家庭がうまくいかない。それは低級な男だから。化粧でごまかした外面的美しさにひっかかる「男」は見る目のない低級な「男」。


●若い女性に告ぐ。「金持ちの男と結婚して幸せに暮らしたいと思ったら、神に帰依せよ」。なぜか。


文語訳  マタ 6:31-33
6:31 さらば何を食ひ、何を飮み、何を著んとて思ひ煩ふな。
6:32 是みな異邦人の切に求むる所なり。汝らの天の父は凡てこれらの物の汝らに必要なるを知り給ふなり。
6:33 まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。


塚本訳 マタ 6:31-33
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。


TEV マタ 6:31-33
6:31 "So do not start worrying: "Where will my food come from? or my drink? or my clothes?'
6:32 (These are the things the pagans are always concerned about.) Your Father in heaven knows that you need all these things.
6:33 Instead, be concerned above everything else with the Kingdom of God and with what he requires of you, and he will provide you with all these other things.


●人間としてまずヤルコトをヤッテいれば、「食べるのに困ることはない」。それをしないでいて少しお金が入ると「遊び」に使ってしまうから。貧乏になるのだ。●若い女性はそういうことに浪費する「男」とは結婚してはいけない。女性を追いかけ回すような「男」はいくらカッコヨクても付き合ってはいけない。自分の程度が下がる。そういう男の家庭生活ではお金が溜まらないからである。交際中に派手なところに連れていくような「男」は要注意人物。デズニ―ランドなどに連れて行くような幼稚な男はやめた方がよい。どんな本を読んでいるかが見分け方のよい方法。変な週刊誌を平気で読んでいたり、漫画などを読んでいたら、即交際は止めるべきである。


●朝の説教(?)、講和(?)はこれでおしまい。あーサッパリした。私自身の精神的予防医学だ。これ脳の病気の予防.●図書館でモーツアルトCD6枚。トンコープマン+アムステルダムバロック管弦楽団でモーツアルトのディヴェルティメントニ長調KV136を鑑賞。この古楽器での演奏は絶品。●塚本虎二先生記念会プログラム作成●ドイツのアウグスブルグに長期滞在中の清水望先生に電話連絡するもお出にならない。


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カルミヤの花(別名アメリカン石楠花「シャクナゲ」) 2006.5.23


図書館の帰りに出会う。花びらが五角形なので、めずらしいなーと思った。


角がある(刺人間)人間と出会ったら「めずらしい品種だなー」と思えばよいのかもしれない。


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ダメだと思ったら損してでも撤退すべし ++++++++ 所感

2006/05/22 05:06

060521(月)4時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学社長の金川(カナガワ)千尋。シンテック会長の時、スカウトした米国人社長と経営方針で対立、2年契約だったが違約金を支払って一年で辞めてもらう。これが正解だったという。●「この道はだめソーだ」、あるいは「この人と付き合うと将来が暗ソーだ」と思ったら、大金をはたいてでも撤退する必要を学んだ。一時(その年度)は損でも将来の益。ルカ14章を思い出した


塚本訳 ルカ 14:28-33
14:28 (このように、わたしの弟子になるには最初の覚悟が必要である。)なぜか。(次の譬を聞きなさい。)あなた達のうちには櫓を建てようと思うとき、まず坐って、はたして造りあげるだけの金があるかと、その入費を計算しない者がだれかあるだろうか。
14:29 そうしないで、土台をすえただけで完成ができないと、見る人が皆、
14:30 『あの人は建てかけたが、完成できなかった』と言って笑うであろう。
14:31 また、ある王が他の王と戦いを交えようとする時には、まず坐って、(自分の)一万(の兵)で、二万(の兵)を率いてすすんで来る敵をむかえ撃てるかどうかを考えないだろうか。
14:32 そして、もしかなわないと見たら、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を派遣して講和を申し出るであろう。
14:33 だから同じように、(家族や財産など)一切合切、自分のものと別れなければ、あなた達のだれ一人、わたしの弟子になることは出来ない。


●人間との付き合いも同じ。大犠牲を支払って損してでも「不毛人間」とは別れたほうが自分の将来の為に益。●アノ人は普段付き合っている仲間がよくない。師事している先生がよくない。だから伸びそうにない。「朱に交われば赤くなる」だ。ルカ6章を思う。


塚本訳 ルカ 6:39-40
6:39 なお譬を一つ話された、「盲人に盲人の手引が出来るか。二人とも穴に落ち込まないだろうか。
6:40 (良い先生をえらべ。)弟子は先生以上になれない。りっぱに一人前になっても、(たかだか)先生のようになるだけである。


●関部長から新任部長を紹介された。人事というのは天の利、地の利、時の利、偶然も働く。●日本アートパステル協会小品展、東京銀座画廊で宮崎トキさんの作品を鑑賞。


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宮崎トキさんの作品 2006.5.22 東京銀座画廊


●景気が回復して東京駅周辺はビルラッシュ


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2番目の丸ビルが建設中。 2006.5.22 東京駅丸の内側


近くには「東京ビルティング」もできて、丸の内の景観はすっかり変わった。


●この辺は一流企業がひしめく。一流企業人、一流芸術家、一流職業人は一流の宗教に帰依している。なぜか、人間の頭、努力、金よりも「大いなるもの」に畏敬の念を持っているから、仕事がうまくいく。●一流の宗教とはなにか。歴史の洗礼をうけて、長続きしているもの、即ち「老舗」もの。非常に道徳的であるもの。その宗教を国教としている国が一流国であること。最新科学を推進サポートするもの。●となるとキリスト教だ●キリスト教でもカトリックよりもプロテスタント。それは歴史を見ればわかる●プロテスタントでも、牧師の説教を聞きに行くという教会主義ではなく、識字率の高い日本人らしく「自分で聖書を読む」無教会主義。人に聖書を読んでもらってその感想を聞くという習慣があるから教派がなくならない


 


 

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ルターや内村は歴史的必然から生れた ++++++++ 所感

2006/05/21 21:54

060521(日)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。米国の銀行が、金川氏個人を信用して融資してくれた話。日本は金を貸す場合、「」に¥企業に貸すが、米国は人間に貸す。これ文化の違い。人間の信用の基礎は宗教性。神を信じる人間は信用される。なぜか、神への忠誠を誓っていて嘘はつかないから。裏切らないから。勤務先と神の間に挟まれたら神を取るから●集会は丹野、小寺、望月。新一と懇談●小寺利男氏が村上春樹の小説に言及し、この種のものはダンテの言葉である「見て過ぎよ」だと言われた。●多分今日流行の「ダビンチ・コード」なども同じであろう。全く一日に3000冊が出版される(国会図書館に納入される本の数)今日は、どの本を読むべきかを指導してくれる先生が貴重●流行の本に興味を示す教師はよくない。真の指導者にはなれない●高校生の時に塚本先生から「内村鑑三とヒルティ」を教えられたのは生涯の宝、財産●七人で昼食。日曜日と町内会の仕事がぶつかる問題。律法的に行動を決められないが、「あそこはキリストだから」という評判で神社の寄付金は集めにこなくなったという実例を話した。戦時中とは違うありがたい時代になった。●14:30 今井館理事会、評議員会。相澤理事長の病状経過報告があった。山下幸夫氏(中央大名誉教授、イギリス経済史、大塚久雄ゼミ出身)と懇談、祈の友のこと。深山政治氏と初対面懇談(農学博士、レインボーゆうきの会)、有機農業、杉山信太郎氏のことなど。●帰途は島創平氏(東洋英和女学院教授、古代ローマ史)と懇談(無教会のこと。ルター、内村は歴史的必然から生れた人物、ルターは100年前でも100年後でも出現しなかった。内村や無教会もまた同じ)。ご親戚の坂上百合子さん(故人人)や島喜代さん(故人)に大変お世話になったことを話す●歴史家や哲学者と付き合うと視野が広がる。心が広くなる●妻は午後、プッチーニ「グロリアミサ」の練習●妻への土産にアイスクリーム●NHK大河ドラマ「功名が辻」の一節、「アイツはキリシタンだから女遊びをしない人間だ」。●クリスチャンはこの世的人間から「アイツはなんとなく付き合いにくい人間だ」という評判になって嫌われるまでにならなければならない。「まだ脈がある」と言って、この世的人間から各種遊びに誘われるようでは信仰の姿勢が疑われる。それは人間の広さでも柔軟さでもなんでもない●地上王国の建設を目指す社会主義者たちから「アイツはまだ脈がある」と思われて「運動や活動」に誘われる「社会派クリスチャン」はこの世半分人間。社会運動が「信仰の展開」だと自負しているから困る。それは「何もしないよりはよいだろう」という人間的な思いに立脚した人間の業。若者を鼓舞してもあとが続かない。●それで鼓舞される若者がいたとしたらにそれは陸(ロク)な人間にはなれない。
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ウチの娘と付き合うな ++++++++ 所感

2006/05/20 07:59

060520(土)愛する我が家の漆喰の白壁が何者かに泥を塗られた。どうしようかと思い悩んでいるところで夢が覚めた。5:00.。思わず表にでて確かめたら確かに夢であった。ホッ!。


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愛する我が家。漆喰の外壁に泥を塗られたのは夢であった。2006.5.20 5:00


●人間、愛するものに危害が加えられようとするときは気が狂うものだ。常軌を逸するものだ。失礼をしてしまうのだ。これ人間としての生理的現象だからしょうがないことなのだ●過日のこと某夫人から「私は息子を嫁にとられたー、とられたー」と言って嘆かれた。意外であった。かと思うと何年か前に某大建築家の娘さん(私と同年)が私に、「父は男の人から私に電話がかってくると『今いません』と言って電話を切ってしまいました」と昔を思い出して笑われた。●かくいう私も娘に男(!?)から電話がかかってきた時にゾッとして(!)頭が真っ白になり「娘に手を出すな!!」と怒鳴りつけたものだった。彼はこの怒鳴りに奮起して結婚する気になったのだという。後日談で彼曰く「娘を持つ父親の気持ちがわかりました」。彼はいま一女の父。さて「その時」どうなるか●ヨハネ3章16節を思った。イエスを人類に殺された父なる神の心痛はいかばかりであったのだろう。


文語訳  ヨハ 3:16
3:16 それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。


塚本訳 ロマ 5:7-8
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。


●娘や息子を取られる苦難や悲しみは結婚しないカトリックの神父にはとうてい分からない。結婚は神の定めた義務。独身必ずしも一枚上ではない●この歳になった私の最も大切なものは余命の日々(年月ではない)。しかしこれは自分ではどうしようもない。死の「時」は完全に100%全く神に握られている。脳内出血の意識不明から生還できた時にそのことを自覚した。●かくなる上はモー破れかぶれのヤケクソ。残された時間は「使徒伝承」を叫ぶことに捧げる。余命19年±5年。


新改訳 伝  8:8
8:8 風を支配し、風を止めることのできる人はいない。死の日も支配することはできない。この戦いから放免される者はいない。悪は悪の所有者を救いえない。



TEV 伝  8:8
8:8 No one can keep from dying or put off the day of death. That is a battle we cannot escape; we cannot cheat our way out.


●マーク・R・マリンズ著、高崎恵訳「メイドインジャパンのキリスト教」トランスビュー刊。無教会のところだけを読んだが、文献だけでの論考の姿の悪い例が現われている。高木謙次氏に電話して意見交換●13:30「日の出会」。船橋良夫氏がはじめて来会。クリスチャン。帰りに4階のホスピス棟に立ち寄って看護士の押見さんに挨拶。母が召されて2年経つがいまでも覚えていてくださることは感謝●猛烈な豪雨。●夜、妻はバッハ「クリスマスオラトリオ」の練習


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豪雨の後に虹がでる 2006.5.20 17:30 あきる野市


虹は神の「赦し」の徴。6年前に我が家が全焼した時も虹が現われた。神は人間の堕落を怒って洪水で人類を全滅しようとしたが、義人ノアが「主のために祭壇を築いた」。その「ななだめのかおり」をかいだ神は洪水を起こしたことを悔いた。二度と生き物を滅ぼすまいと思った。その証として空にあらわしたのが「虹」。キリストの十字架の精神はここにまでさかのぼる。


新改訳 創  8:21
8:21 主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。


新共同 創  9:12-17
9:12 更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。
9:13 すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。
9:14 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、
9:15 わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。
9:16 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」
9:17 神はノアに言われた。「これが、わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」


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豪雨のあとの奥多摩連山 雨のち晴れは人生と同じだ。2006.5.20 17:30


人生の豪雨はいつまでも続かない。苦しみ悲しみは一瞬だ。人生も一瞬。


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豪雨を吸った樹木や大地。夏の日に備え始めたのだ。 2006.5.20 17:30


家の2階から撮影する。人生20代までは養分を吸う時期、30代からの日照りに備える。






 

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聖書の風 ++++++++ 所感

2006/05/19 06:45

060519(金)4時起床、血圧136-86 良好●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。米国の合弁会社CEO(最高経営責任者)との出会い。まだ30歳代で100キロを超える猛烈ビジネスマン。毎朝4時起きの強行スケジュールにつき合わされでヘトヘト。・・・人生、時にはこういう時代もある。●日経第一面「春秋」で宗教人類学者・中村弘充著「会社のカミ・ホトケ」の紹介。会社員は「会社教」であるとiいう。・・・・人間は必ず何かの宗教にドップリ帰依している。一般的には「会社教」。そのほかには「商売繁盛教」「学歴教」「蓄財教」「出世教」「美人教」「金持ち教」「健康教」「食べ物教」「家庭教」「幸福教」「教育教」「子育て教」「社会批判教」「社会奉仕教」「東大教」「常識教」「世間体教」「遊び教」「スポーツ教」「サッカー教」「ギャンブル教」「株教」「芸術教」「主人教」「カミサン教」「教会主義教」「上役教」「国家教」「天皇教」「先生教」・・・・・・あー真の神を礼拝する人間は少ないなー。なにがいけなかったのだろう・・・・●日経第一面、相澤康博著「東大合格へ、父と息子の11年間の軌跡」(文芸社)・・その広告文(小2の時、母親と別れてから、東大に現役合格するまでを赤裸々に綴った実話小説。ここには理想の父親像がある)・・・・バカ!!。こんなことを理想とする父親は最低だ。何を考えておるのか。日本の出版社も程度が低い。まてまて、こんな本が売れる日本の民衆の程度がが低いのだ。●「民衆の程度が低い」という言葉は、政治やマスコミの人間には禁句。ましてや会社を背負っている「企業人」には言えないこと。牧師は講壇から信者を批判できない。だから私が公開日記で糾弾する。●聖書の「風」を聖書ソフトの「Jバイブル」でピックアップ。頭が改造された。Jバイブルは超便利。ピックアップしたもので大いに感じたものを列記する。聖書において「風」は息、神の霊と同じ。


 新共同 創  1:1-3
1:1 初めに、神は天地を創造された。
1:2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
1:3 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。


新共同 創  2:7
2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。


新共同 出  14:21
14:21 モーセが手を海に向かって差し伸べると、主は夜もすがら激しい東風をもって海を押し返されたので、海は乾いた地に変わり、水は分かれた。


口語訳 ヨブ 15:29-30
15:29 彼は富める者とならず、その富はながく続かない、/また地に根を張ることはない。
15:30 彼は暗やみからのがれることができない。炎はその若枝を枯らし、/その花は風に吹き去られる。


口語訳 ヨブ 38:1
38:1 この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた、


新共同 詩  1:4
1:4 神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。


口語訳 詩  18:10
18:10 主はケルブに乗って飛び、風の翼をもってかけり、


口語訳 詩  77:18
77:18 あなたの雷のとどろきは、つむじ風の中にあり、あなたのいなずまは世を照し、地は震い動いた。


口語訳 詩  78:39
78:39 また神は、彼らがただ肉であって、過ぎ去れば再び帰りこぬ風であることを思い出された。


新共同 詩  103:16
103:16 風がその上に吹けば、消えうせ/生えていた所を知る者もなくなる。


口語訳 詩  104:3-4
104:3 水の上におのが高殿のうつばりをおき、雲をおのれのいくさ車とし、風の翼に乗りあるき、
104:4 風をおのれの使者とし、火と炎をおのれのしもべとされる。


口語訳 詩  135:6-7
135:6 主はそのみこころにかなう事を、天にも地にも、海にもすべての淵にも行われる。
135:7 主は地のはてから雲をのぼらせ、雨のためにいなずまを造り、その倉から風を出される。


口語訳 詩  147:18
147:18 主はみ言葉を下してこれを溶かし、その風を吹かせられると、もろもろの水は流れる。


口語訳 伝  1:14
1:14 わたしは日の下で人が行うすべてのわざを見たが、みな空であって風を捕えるようである。


口語訳 伝  2:17
2:17 そこで、わたしは生きることをいとった。日の下に行われるわざは、わたしに悪しく見えたからである。皆空であって、風を捕えるようである。


口語訳 伝  4:4
4:4 また、わたしはすべての労苦と、すべての巧みなわざを見たが、これは人が互にねたみあってなすものである。これもまた空であって、風を捕えるようである。


口語訳 伝  5:16
5:16 人は全くその来たように、また去って行かなければならない。これもまた悲しむべき悪である。風のために労する者になんの益があるか。


口語訳 伝  8:8
8:8 風をとどめる力をもつ人はない。また死の日をつかさどるものはない。戦いには免除はない。また悪はこれを行う者を救うことができない。


口語訳 伝  11:4
11:4 風を警戒する者は種をまかない、雲を観測する者は刈ることをしない。


口語訳 イザ 17:13
17:13 もろもろの国は多くの水の/なりとどろくように、なりとどろく。しかし、神は彼らを懲らしめられる。彼らは遠くのがれて、風に吹き去られる山の上のもみがらのように、また暴風にうず巻くちりのように追いやられる。


口語訳 イザ 29:6
29:6 すなわち万軍の主は雷、地震、大いなる叫び、つむじ風、暴風および焼きつくす火の炎をもって/臨まれる。


新共同 イザ 40:7-8
40:7 草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。
40:8 草は枯れ、花はしぼむが/わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。


口語訳 イザ 40:24
40:24 彼らは、かろうじて植えられ、かろうじてまかれ、その幹がかろうじて地に根をおろしたとき、神がその上を吹かれると、彼らは枯れて、わらのように、つむじ風にまき去られる。


口語訳 イザ 49:10
49:10 彼らは飢えることがなく、かわくこともない。また熱い風も、太陽も彼らを撃つことはない。彼らをあわれむ者が彼らを導き、泉のほとりに彼らを導かれるからだ。


口語訳 イザ 66:15
66:15 見よ、主は火の中にあらわれて来られる。その車はつむじ風のようだ。激しい怒りをもってその憤りをもらし、火の炎をもって責められる。


口語訳 エレ 23:19
23:19 見よ、主の暴風がくる。憤りと、つむじ風が出て、悪人のこうべをうつ。


新共同 エレ 30:23
30:23 見よ、主の怒りの嵐が吹く。嵐は荒れ狂い/神に逆らう者の頭上に吹き荒れる。


新共同 ホセ 9:16
9:16 エフライムは撃たれた。彼らの根は枯れ、実を結ぶことはない。たとえ子を産んでも/その胎の実、愛する子をわたしは殺す。


新改訳 ホセ 13:15
13:15 彼は兄弟たちの中で栄えよう。だが、東風が吹いて来、主の息が荒野から立ち上り、その水源はかれ、その泉は干上がる。それはすべての尊い器の宝物倉を略奪する。


口語訳 アモ 4:13
4:13 見よ、彼は山を造り、風を創造し、人にその思いのいかなるかを示し、また、あけぼのを変えて暗やみとなし、地の高い所を踏まれる者、その名を万軍の神、主と言う。


口語訳 ナホ 1:3
1:3 主は怒ることおそく、力強き者、主は罰すべき者を決してゆるされない者、主の道はつむじ風と大風の中にあり、雲はその足のちりである。


塚本訳  マタ 7:25-27
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」


塚本訳  マタ 8:26-27
8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。
8:27 人々は驚いて、「この方はどうした人だろう、風も湖も、その言うことを聞くのだが」と言った。


塚本訳 マタ 14:30-32
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」
14:32 そして二人が舟に乗ると、風はやんだ。


塚本訳  ヨハ 3:8
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」


塚本訳  使  2:1-2
2:1 五旬節の祭の日(すなわち五旬節最後の日)になって、(使徒たちが)皆一緒に集まっていると、
2:2 突然、天から激しい風が吹いてきたようなざわめきがしてきて、座っていた家中にひびきわたった。


新共同 使  27:15
27:15 船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。


新共同 ヤコ 1:6
1:6 いささかも疑わず、信仰をもって願いなさい。疑う者は、風に吹かれて揺れ動く海の波に似ています。


新共同 ヤコ 1:11
1:11 日が昇り熱風が吹きつけると、草は枯れ、花は散り、その美しさは失せてしまいます。同じように、富んでいる者も、人生の半ばで消えうせるのです。


●土淵部長と懇談。市場経済社会における「調査会社」のありかた。●聖書協会翻訳部の谷口裕子さんと初対面懇談。先の「国際聖書フォーラム」に来日したクロッサン教授は結婚してプロテスタントになったのだとばかり思っていたが、カトリックの神父ではなく、一信徒であることを知った。●「キリスト新聞」が「戦場のアリア」を推薦している。1914年第一次世界大戦。ドイツ軍とフランス軍が対峙していたときにクリスマスイブになり、お互いに共通の讃美歌を歌って握手したという実話。アカデミー賞候補らしい。●幼児が殺される事件が頻繁。親の嘆きはいかばかりか。動機は何なのか、復讐なのか恨みなのか。いずれにしても「殺意」は罪なのだ。しかし生れたままの人間は「殺意」という「業」からはのがれられない。新しく生れなおさなければその「罪業」からは解放されない。道徳や修養でもそれを押さえることはできない。だからいくら「法律」を整備してもその種の犯罪はなくならない。●モーセの十戒とイエスの山上の説教を思う。イエスは「心の中でも人を殺してはならない」と言う。すると人類は全員罪人、救われなければならない死刑の存在だ。その罪の自覚がない人間、それを悲しみ嘆かない人間は非常にオメデタイ。真の教養といういうものがない。現代の学校教育は何を教えているのだ。大脳皮質にくだらない雑学をゴミのように詰め込んでいるだけなのだ。これでは人間はちっとも良くならない。


(モーセの十戒)


新共同 出  20:13-14
20:13 殺してはならない。
20:14 姦淫してはならない。


(イエスの山上の説教)


塚本訳 マタ 5:21-26
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。
5:22 しかしわたしはあなた達に言う、兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。
5:23 だからもし、あなたが祭壇に供え物を捧げるとき、そこで兄弟に恨まれていることを思い出したなら、
5:24 供え物をそこに、祭壇の前に置き、まず行ってその兄弟と仲直りをし、それからかえって来て供え物を捧げよ。
5:25 また告訴人とは、一しょに(裁判所へ)行く途中で、早く示談にするがよい。そうでないと、告訴人は裁判官に、裁判官は下役にあなたを引き渡して、牢に入れられるにちがいない。
5:26 アーメン、わたしは言う、最後の一コドラント[十円]を返すまでは、決してそこから出ることはできない。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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ささいなことでカッとなる男 ++++++++ 所感

2006/05/18 09:52

060518(木)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長金川千尋。スーツケース二つを抱えて東欧から中米まで駆け回る。その気温差は4~50度。営業は苦だ。●ニカラグアで合弁会社を設立。初めは政府の保護で高収益を得たが政変で閉鎖。このとき「本を読んで知ったことと、自ら渦中で体験したこととは、天と地との差がある」ことを認識したという。●これ何事も同じ。体験による認識が最高。仕事は体で覚える。聖書は人生の涙のレンズで見えてくる●鈴木範久著「聖書の日本語」(岩波書店)を読む。結論は「文語訳(大正改訳)がすばらしい」ということ。残念ながら個人訳は取り上げてない。塚本、関根、前田、中澤など。●「明治元訳」には問題が多かったこと、「口語訳」は不評であったことを知る●委員会訳に対して個人訳は貴重だが、その一種類だけにドップリというのも問題。無教会にはその危険あり。「わが師尊し」で盲人になる。集団に隷属して不自由になる。集団の空気や雰囲気の奴隷になり、学的雰囲気が欠如して全体が見えない。●教会も無教会集会も頼るべきは「使徒伝承」、古き古き使徒伝承。ただ使徒伝承に回帰しなければならない。●翻訳というのはたくさんある解釈の中から一つだけを選ばなければならないという苦がある。委員会訳とてもこの苦から逃れられないが訳文の決定は多数決によるというのだからパンチが効かない訳となる●「神の義はその福音のうちに現われ」を勉強執筆/・・・某青年。「神の義を求めよ」では聖書が分からなかったが、塚本訳の「神に義とされることを求めよ」で開眼。使徒伝承なき教会、無教会集会、宗教家、伝道者は禍である・・・・●「聖書の風」を勉強執筆・・・・人は神の意思で救われるということ・・・・●某氏からのご全く返事がいただけないと思ってカッカ来ていたら「ご病気」だというニュース。悪かった。図書館で借りた「ささいなことでカッ!となる男たち(トーマス・ハービン著)はまだ全然読んでない。返却期限は5月31日、それまでに目を通せるか。●「内村鑑三はアダルトADHDだった」富永国比古(日本醫事新報、№4272。2006年3月11日)によれば「ADHD(Attention Defict Hyperactivity Disorder)」の原因は脳の発達障害あるいは脳の機能障害であり、なまけでも、わがままでも、努力不足でもない」。その特徴は「激怒しやすいが、一時的で冷めやすいこと、短気、怒りっぽいこと、キレやすいこと、感情のセルフコントロールの欠如など」であるという。そして内村鑑三はほぼこれに当てはまるという。発症頻度は子ども100人に3~6人、大人100人に2~4人。この学説は私にとっては「癒し」●これがよく働いた場合は「特定のものへの強い関心、集中力、こだわりの傾向と、ひらめきの才能などは、深い洞察を必要とする学問や宗教、芸術の世界に不可欠の要素である」ということになる。アフリカに行ったあのシュヴァイツァーは何をやっても一流であったが、その性質は「凝り性」だったという。オルガンは演奏ばかりでなく、修理もやった。またあの「イエス伝研究史」(白水社)も凝り性のなせる業だったのかもしれない。●芸術家というのはカッとくる人間が多いようだ。私の出会った芸術家にもそういう人が複数いた。三人。この人たちはその道のことでは家の外でよい影響を周囲に与えた。あの三人はアダルトADHDだったのかも知れない。しかし家人は大変であった●アインシュタインは数学に強かったが国語は全くダメで公務員試験には受からなかったという。おおよそ試験というものは各学科が平均的にマーマーな人間が高得点をとる。一芸に秀でた特異な人間は落ちる。今日の試験制度では平凡な人間きり浮かび上がらないシステムになっている。今や官公庁での内部では「優れた建築設計ができる人物がいない」。昔はいたのだが。それはセンター試験などで、振るい落とされた角のないソツのない人間ばかりが集まるから。そして「管理」ということばかりに強い人間になる。世に影響を与えることは少ない●世の中に善い影響を与えるアダルトADHD人間出でよ。!!特異な人間出でよ!!。トゲトゲ人間出でよ!!。そういう人間を暖かい眼で育てる優秀な教師出でよ!!


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赦すことは天に宝を積むこと ++++++++ 所感

2006/05/17 06:30

060517(水)4時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。海外営業でまたよい「人物」に出会う。ペルーでのこと。納入した機械が港でクレーン事故で落下。日本に持ち帰って修理したので納期が半年遅れた。すると得意先の「よい人物」から手紙が来る。「今回の事故は決して悲劇的ではない。もし悲劇があるとしたら、それはあなたとの信頼関係を失うことだ」。あー、立派な人物だ。こういう人物との交流は仕事が終了しても長続きする●思うに、仕事はよい人物との交流の手段。仕事上で付き合いが深くなることもあるが、トラブルを契機にいがみ合いになることもある。人間関係が悪化することもある●建築の場合、よい建築主との出会いがあればそれは幸福。建築が終了しても長続きする。しかし金だけでの付き合いは建築終了後疎遠になるどころか忘れられる。これはツマラナイ人生だ。砂をかむような人生だ●かって某建築主から頂いた手紙は最高であった。「このビルは御一緒に屋上で見たあの隅田川の花火のように一瞬のうちになくなるでしょう。永遠の時に比べて。しかし高橋さんに一所懸命に造っていただいたというよい思い出は私の胸に永久に残ります」。私はこの手紙を頂いてこの世の仕事の本質というのが把握できた。この手紙の「人物」はその後失明。ご主人は最近亡くなられた●ナニ、この方の霊眼は開いているのだ●ツマラナイ低い仕事も相手に仕えるための手段。仕事の成果は物質であるから、いつか消滅するが、心は永久に残る。天に宝を積むというのはこのことである。家事や子育てまた同じ。恩知らずの人間には忘れられるが神は知っていてくださる。そして天に迎えてくださる。


文語訳  マタ 6:19-21
6:19 なんぢら己がために財寶を地に積むな、ここは蟲と錆とが損ひ、盜人うがちて盜むなり。
6:20 なんぢら己がために財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盜人うがちて盜まぬなり。
6:21 なんぢの財宝寶のある所には、なんぢの心もあるべし。


塚本訳  マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


TEV マタ 6:19-21
6:19 "Do not store up riches for yourselves here on earth, where moths and rust destroy, and robbers break in and steal.
6:20 Instead, store up riches for yourselves in heaven, where moths and rust cannot destroy, and robbers cannot break in and steal.
6:21 For your heart will always be where your riches are.


●手塩にかけ親切を尽くした相手からトンデモナイ仕打ちをされたときこそ「天に宝を積む」ことになるのだ。


塚本訳  マタ 5:10-12
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。


塚本訳 ルカ 6:22-23
6:22 人に憎まれる時、また、人の子(わたし)のゆえに除名されたり、罵られたり、悪様に言われたりする時には、あなた達は幸いである。
6:23 その日には躍りあがって喜びなさい、どっさり褒美が、天であなた達を待っているのだから。あの人達の先祖も、同じことを預言者たちにしたのである。


●かく言う(説教する?)私自身は失格。かって設計事務所に勤務していた時のこと。長く時間をかけて心を尽くして基本設計を終了したが、その団体の役員会で私が拒否された。・・・・会議というのは無人格、会議から良いものは生れないと言われるのは同感。・・・・悔しくて所長の前で大泣きした。するとデキタ「人物」の所長は「高橋君、こういうときはジェントリ―にきれいに引き下がるんだ。きれいに別れるんだ」と諭された。しかし悔しさは納まらずに頭にきてその団体jから基本設計料の400万円(ぐらいだったか、)をふんだくった。400万円は少し多めだったことを覚えている●反省。あのとき頭に来たのを押さえて400万円を放棄したら、天に積んだことになったのだが・・・・・・私はデキていなかった。あのとき天に積んでいたら利子がついて今ごろは倍増していたのかもしれない。別の仕事が舞い込んだかもしれない●尽くした人からトンデモナく冷たい態度をされた時こそ天に宝を積んだことになると思えば「少しは」忍耐できる。でもあの人は気の毒だなー。どういう人生になってしまうのだろう。多分神に罰されるだろうなー。まず滅びの人生になる。●天に宝を積むとはこの世で損をすること。負けること。ヤラレたままにしておくこと。赦すこと。何か善い行いをすることではない。それはしばしばおせっかいになる●「幸福論」のヒルティは弁護士であった。ユダヤ人から依頼された仕事をしたときに「この報酬はあなたの神からいただきたい」と言ったら、間もなく「大苦難」が襲ってきたという。ヒルテイの高貴な人生観。神の報酬は苦難だという。ナルホド、神は愛する者を鞭打つ。


口語訳 ヘブ 12:6-8
12:6 主は愛する者を訓練し、/受けいれるすべての子を、/むち打たれるのである」。
12:7 あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。
12:8 だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生子であって、ほんとうの子ではない。


●素人聖書勉強の三種の神器は、Jバイブル(いのちのことば社刊1万円程度)、BbB(聖書で聖書を読む。高橋照男HP、無料)、SWORD(高橋照男のHPでTSK日本語ヴァージョン、無料)この三種の武器があればまず大丈夫、最高。宗教改革は聖書を教会からの奪取することであったが、今日のプロテスタントは職業聖職者や聖書でメシを食っている学者たちから聖書を奪取しなければならbない。それにはこの三種の神器が強力な武器となる。●池谷医院へ行って薬三種類。医療費が重くなった。しょうがないか●妻は今井館ウィークデーの集い。午後はその企画会議で6時帰宅●図書館でまたモーツアルト4枚。図書館は私のことを「ヘビーユーザー」だという。6月からリクエスト枚数に制限を設けるという。ほかにあんまり借りる人はいないのになー。●法律というのは場当たり主義で細目がどんどん増えていくものだ。「律法」では人は救われない。「律法」は人間を不自由にするだけという新約聖書の指摘は真理●


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医者の帰りに雉(きじ)に出会う。(写真中央)。2006.5.17 10:42 あきる野市


雉はケーンケーンと鳴く。近寄ると飛んでいった。あんなに飛べるのか。


桃太郎はなぜ雉を連れて行ったのだろうと思った。


 


 

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人生は不利亦利用 ++++++++ 所感

2006/05/16 07:35

060516(火)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。営業で世界を飛び回る。ポーランドで営業難交渉の末に「人物」に出会う。その人物は「国を救うには世界最高の技術を導入し、産業を発展させて外貨を獲得しなければならない」という思想の持ち主。それで交渉成立。営業の成功は人脈。それも趣味遊びや不正な金の流れでの仲間ではなく、高潔な思想での心の一致。●日経「交遊抄」は芥川賞作家の玄侑(げんゆう)宗久。「吉川英治は『会う人みな我が師なり』という意味のことを言った。無心であればこそ全てがよく見え、無限な展開がある」●日経昨日夕刊文化欄は作曲家の「池辺晋一郎」。幼い頃は身体が弱く就学が一年遅れる。それで家にいて母のピアノをでたらめに弾いていた●あの指揮者の岩城宏之も幼い時に病気。そのとき父親が木琴を購入して慰めた。岩城はその木琴に上達して芸大の打楽器科に入り、のちに日本を代表する指揮者になる。人生は何事も「不利亦利用」(中国故事)だ●イヤな仕事やツマラナイ仕事こそ将来飛躍のための肥し。それはその時はわからないが必ず肥しとなる。●どんなに努力してもうまくいかない合わない人と一緒でなければならない不運の時は「不利亦利用」「艱難汝を玉にす」「ここが我慢のしどころ」と念ずればよい。きっといつか「楽」になる時がくる。天は見ている。神は人をいつまでも苦しめてはおかないものだ。神はいつかそのうちにきっと楽にしてくださる●この世の組織というのは経済的存続維持が主目的となる。本当の仕事師は係長か課長まで。それを超えると組織の経済的存続維持のために腐心するようになり思い切った発想ができなくなる。だから昔から仕事はナンバー2(ツー)のものといわれる。組織のトップになりたがる人間は多いが、トップになると実はいい仕事ができにくくなる。●私の知人は会社のトップになったのはよいが、社員の結婚式のために月の休日をに何度も出るようになって時間も出費も多大であった。仕事のうちだとはいえ、無駄な時間と出費だったなー。人生は短い。結婚式では通り一遍の「祝辞」を述べなければならないのも辛い仕事だったろう●フルトヴェングラー+ウィーンフィル1943年でブラームス交響曲4番を鑑賞。名曲は世界中の人に感銘を与える。●望んでいたスエーデン放送協会合唱団が来日することを教えられてチケット申し込み。世界ナンバーワンの合唱団だといわれる。●図書館でモーツアルトCD4枚。●「神の義はその福音のうちに現われ」を勉強執筆●恵にパソコンの質問。分からないことはよく知っている人に聞くのが早道。何事にも通じる●ラジオで漫談、声帯模写、落語。笑いが病を癒すことは医学界の定説。上品な笑いで座談をなごませるのは文化のうち●中にはヒヤッとする俗悪な冗談をいう人間がいるが、聞いている方うはその人物を心のうちで「下」「三流」と判断する。上品な冗談を言えないようでは人間関係に余裕がないから、仕事もうまくいかない●アノ人は自慢ばかり、金の話ばかりで、上品な笑いがないから面白くない。楽しくない。アイツに接触すると「悪い風」に当たったようで2-3日気分が悪い。アノ人は完全に病気だ。精神が暗い
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コノクソバカヤロー! ++++++++ 所感

2006/05/15 07:01

060515(月)●4時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。35歳で商社から信越化学に途中入社。そこで小阪徳三郎に出会う。小阪家は名家である。徳三郎氏は運輸大臣にもなる。兄の善太郎は外務大臣、現在の小阪憲次・文部科学大臣は善太郎氏の次男。小阪家からは小阪秀雄という名建築家も輩出した。氏は外務省本省の設計にコンペで当選。人生は出会い。金川氏は目をつけられた。●金川氏の武器は宮沢喜一氏と同じく「英語」。英語の熟達は「ローマは一日にして成らず」のようだ。でもコツコツとやれば成功するようだ●某女から「どうしても合わない人がいます」との悩み。その答えは共通なのでこの日記で公開で答える。「合わない人の名前をあげて、コンチクショー、クソッ、コノクソバカヤロー、オタンコナス、バカにするな、自分の顔を見てみろ、いい年してナニやっているんだ、ナニ遊んでばかりいるのだ、バチアタリメ、・・・・・」などのメチャクチャを最低12回、心であるいは人のいないところで大声で叫ぶ。本人に聞こえるように言えばさらに効果がある。●この方法は精神医学的にもかなっているらしいのでお勧め●合わない人と出会うのは人生の苦難で最も大きいものの一つ。ヒルティはそのことを「氷のかけらにぶつかるようなもの」と言っている。そういうときは自分を責めたり反省しても心は安らがない●検索エンジンのYAHOOで「癌」は826万、「合わない人」はなんと725万。いかに「合わない人」の存在が人間の悩み、心の病であることが分かる●HPの「愛読者」といわれる某氏から聖書の入力方法についてスキャナの質問。これも公のことなので一部を公開する。一部省略変更。「今私はエプソンのプリンターPM-A890を使用しています。これは実にスグレモノです。3.5万円ぐらいです。本年1月に購入。スキャナは日進月歩です。聖書の「手打ち入力」のよさは頭に入ることでしょうが、誤りも多く、スキャナでの作業を絶対にお勧めいたします。聖書は一字一句誤ってはならないからです。作業時間の短縮は大体10分の1程度でしょうか。スキャナというものは入力したものがワードに置き換えられてそれを手直しや編集できることは驚きです。ご検討をお祈りいたします。」●某女からきたバルラハについての手紙への返事。これも公のことなので一部改変して公開する。私としてもつまらないことは公開しない。人生は短く残り時間は少ない。世のため人のためになりそうなことをあえて公開する。こういう深い内容のやり取りができるのは幸いである。


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「バルラハ展」私は4月28日に、妻は5月9日に鑑賞しました。いただきましたお手紙にこれは「放蕩息子(の帰還)」かと思いましたが・・・・とありましたので、私の感想を述べます。ブログ日記5月9日を御参照ください。

こういう場合、見る人には放蕩息子かトマスかどちらにでも見えるでしょうが、放蕩息子の場合だとしたら、あの右手の釘跡をどう説明するか。トマスの場合だったら、ヨハネ20:24,27が根拠ですが、実はトマスは「それでは」と言ってその傷跡を触ったとは書いてないのです。

そこで、私の勝手な仮説ですが、これはトマス。イエスは復活のイエス。トマスは釘跡に触らなくてもイエスの「赦しの雰囲気」に圧倒されて思わず「私の主よ、私の神よ」と叫びます。28節塚本訳。つまりあのときトマスが言われるままに傷跡に手を触れて「アー本当だ」と言ったら、信仰にならなかったのではないでしょうか。・・・しかし29節によればトマスは「見て」信じたようにも思えます。この個所はいろいろに想像できます。しかし「見ずして信ずるは幸いなり」は私たちの来世での復活にも関わる重要問題。信仰生活の姿勢。ヨハネ福音書は90年代の作。イエスに出会ったことのない人(イエスを見てない人)に向けて書かれたものです。考えさせられます。5月4日は元鎌倉雪ノ下教会牧師の加藤常昭氏とバルラハについて意見交換しました。あれは放蕩息子とも思われているがと言いましたが、加藤氏は全く「トマス」説でした。そしてあのような作品はそれを信仰的に深く解説する人が日本には必要であると言っておられました。5月4日の日記をご参照ください。

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●公開日記により心の深い交わりができることは幸いである。仕事上のことと個人的なことを混同して何事も隠している人間は実に気味が悪い。個人情報の秘密だといって何事も秘密主義の人間は、孤独のうちに人生を終わるほかはない。淋しい一生。部下がつかない。なぜか。外部へはポーズの一生。嘘で化粧の一生だから。それは真実の人生ではない。それは自己の姿を神にも隠すから悲劇的。神に対しても個人情報だと言って「罪を認めない」「罪を告白しない」。ダメな一生になる。人間としての交流に勤務先で習った企業秘密の習慣を持ち込む愚か者がいる。個人情報の履き違えをする愚か者。最近は個人情報を隠す弊害が話題になっている。企業が失敗を隠す癖は個人の資質が問題。●勤務先のヴィオリスト和田睦夫氏がクロアチアの演奏旅行から帰国、その写真をディスプレイで見せていただいた。アドリア海のコバルトブルー、世界遺産ドブロクニク旧市街の屋根の赤が美しかった。和田氏はその色彩は故郷の沖縄に似ているという。心を打たれた。●演奏曲目はブラームスの交響曲4番。音楽は世界語だ。不思議。

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伸びる男には転機が来る ++++++++ 所感

2006/05/14 07:12

060514(日)5時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。極東物産という商社に12年間勤務して転機が訪れる。転職の理由は二つ。相次ぐ合併吸収で「被征服民」となって嫌気がさしたから。仕事もそこそこで一時パチンコに凝ってプロ級になったが2-3年でやめる。もう一つの理由は、商品を右から左に流す商社の仕事が嫌になったから。●真面目で伸びる男は常に現状の仕事に満足しないものだ。そしてついに防波堤が切れて30歳台で大決断の時が来るものだ。大成する人間には必ず転機とか曲がり角というものが訪れるものだ。イエス、アルベルトシュヴァイツァー、パスカルなどなどみなあるときにそれまでの平穏なあるいは栄光の地位を捨てて別の道に飛び込んだ。経済は激減だが心は満足。●しかしその新しい道はそれが開かれる時まで全く見えないから辛いのである。思いかけずに「与えられ」「追い込まれ」「今の道をふさがれ」「それきり行き場がない」ようにさせられる。そのとき、「人間的な低級な思想」を持っていると道を誤る」「ひるむ」。●私はゼネコンから設計事務所へ転職したのが35歳。設計事務所から今の公益法人に転職したのが55歳。いずれも「天から降ってきた道」であった。そのたびに妻が「あなたの好きなようにしてください」と言ってくれたのはありがたかった。●会社は変えたが「建築士」は変えなかった●「会社は辞めるな」とか「一度決めたら方向を変えるな」という一般論律法的な助言は時に人を伸びさせない●ただし住所とか勤務先をたびたび変える人間は社会的に信用されないのも真理。ましてや奥さんを取り替える人間はまず信用されない●集会は高木、大山、山本(使徒)●療養のために三重県松坂市に転居された大熊好子さんが集会にご出席。もうお会いできないと思っていたので全員大喜び。いわき市に御主人を納骨された帰途に立ち寄られた。●大熊さんを囲んで8名で昼食。天国での再会もかくやと思われる喜び。大熊さんは体は痩せられたが霊の生命は相変わらず輝いておられた。感謝、感謝。聖書の次の2箇所を思い出した。


塚本訳 ルカ 15:32
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』」


塚本訳  Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。


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大熊好子さんが来会。全員大喜び 手前は杉崎孝さん 2006514


もうお会いできないと思っていたが再会できて感謝。天国での再会もかくやと思った。


塚本訳  Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。


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集会の帰りに大熊好子さんを囲んで 2006.5.14


左から高橋照男 小寺利男 杉崎孝 大熊好子 川上邦子 小寺七重 高橋トミ子 山本政則


塚本訳 ルカ 15:32
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』」


●今日は「母の日」なので集会では讃美歌で510番を歌った。


讃美歌510番


1. まぼろし の 影 を 追いて

   うき世 に さまよい,

   うつろ 花 に さそわれ ゆく

   汝(な)が み身の はかな さ.

 

(おりかえし)

  春 は 軒の 雨, 秋 は 庭 の 露

   母は  涙 乾く ま なく,

   祈る と 知らず や.

 

2. おさなく て 罪 を 知らず,

   むね に まくら して,

   むずかり て は 手 に ゆられ し

   むかし わすれ し か.

 

3. 汝(な)が 母の たのむ かみ の

   みもと に わ こずや,

   小鳥 の 巣 に かえる ごとく,

   こころ やすらか に.

 

4. 汝(な)が ため に いのる 母 の

   いつ まで よ世に あらん,

   とわ に 悔ゆる 日 の こぬ ま に,

   とく 神 に かえれ.

●図書館で「聖書の日本語」と「メイドインジャパンのキリスト教」をリクエスト。前者は大熊さんの希望。大熊さんの勉強熱には感服


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耕運機 2006.5.14 図書館に行く途中で


牛馬にやらせていたものが機械になったのか。コストはどうなのだろうか。


 


●夜、妻はバッハ「クリスマスオラトリオ」の練習●今日は母の日。人間、母がいるうちは幸福である。


泣いてゆく 向こうに母や 春の風 ・・・・・・・加賀千代


●「母の日」の起源は1908年アメリカの教会。日本では1915年(大正4年)に同じく教会で祝われ始めた。キリスト教はわが国によい風習を根づかせてくれた。●妻は里に母の日の電話。私にはもう母はいない。 ●夜は4人の子供たちから妻にそれぞれ「母の日」のメッセージが来る。妻は幸せである。箴言31章28-29節を思い出した


口語訳 箴  31:28-29
31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。


新改訳 箴  31:28-29
31:28 その子たちは立ち上がって、彼女を幸いな者と言い、夫も彼女をほめたたえて言う。
31:29 「しっかりしたことをする女は多いけれど、あなたはそのすべてにまさっている。」と。


TEV 箴  31:28-29
31:28 Her children show their appreciation, and her husband praises her.
31:29 He says, "Many women are good wives, but you are the best of them all."



 




 


 


 

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権威はそれを感じる人によって存在する ++++++++ 所感

2006/05/13 08:01

060513(土)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書は信越化学工業社長の金川千尋。今日は特に為になることが書いてあった。●25-6歳の頃体力に任せて家庭を顧みずに酒を飲んで遊びすぎ、結核になる。絶対安静半年。自業自得と反省●社内の懸賞論文を寝たまま口述、妻が筆記して本にまとめる。題は「不良債権の回収」。何とこれが一等賞。賞金で妻にコートを購入あのツマラナイ仕事が懸賞金という飯の種となった。●株に手を出して連戦連勝、月給の5-10倍を投資。しかし最後には1-2ヶ月で総て失う。●この二つの苦い経験が肥しとなる。健康管理に細心の注意を払うよういになり、会社では株や不動産など本業以外の投資は絶対に認めない方針を出すようになった。これらは自ら失敗した実体験があればこそ。と言う。偉くなる人は違う。不幸や失敗を肥しとしている。この人にしてこの企業あり。不利亦利用。●目覚めの時に「良い発想」。早起きは三文の得。「BbB(HPの聖書で聖書を読む)を充実して、聖書を自分で読む程の人は必ずBbBを訪れるようにする。月間アクセス数4万回を目標とする。現在は月間3000回。狙いは聖書学者による註解書からの解放。聖書講義や註解というは時代のもので必ず古くなる。牧師や大先生に聖書を読んでもらってその感想を聞きに行くというプロテスタントの悪い型からの解放。それは必ず教派や人間集団の派閥争いを生む。それよりも個々人が自分で聖書を読むことによりわが国に福音が真に土着することを狙う。そのための下働きをする」●一昨日から「福音の権威」ということをしきりに考える。使徒伝承を正しく把握している教会や集会や人物には必ず「不思議な権威」が備わっている。それは天から与えられもの。神学校の卒業証書はその権威を与えない。聖書とその周辺の雑学を発表して学芸会やお祭り騒ぎ(バザー、講演会、音楽会、雑学披露)のようなことをしている教会や集会は必ず衰退する。●Jバイブルで「権威」を検索すると次のように出てくる。



マタ   7: 29 [塚本訳
自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。
マコ   1: 22 [塚本訳
人々はその教えに感心してしまった。聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。
マコ   1: 27 [塚本訳
皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」
マコ   11: 28 [塚本訳
言った、「なんの権威で(きのうのような)あんなことを(宮で)するのか。だれがそれをする権威を授けたのか。」
ルカ   4: 32 [塚本訳
人々はその教えに感心してしまった。話に権威があったからである。
ルカ   4: 36 [塚本訳
皆がびっくりして、互いにこう語り合った、「この言葉はいったいどうしたのだろう。権威と力があって、この人が命令されると、汚れた霊まで出てゆくのだが。
ヨハ   1: 25 [塚本訳
彼らはしつこく尋ねた。「救世主でも、エリヤでも、あの預言者でもないなら、なぜ、(なんの権威で)洗礼を授けるのです。」
ヨハ   2: 18 [塚本訳
するとユダヤ人が口を出した、「あなたはこんなことをするが、(その権威を証明するために、)どんな徴[奇蹟]をして見せることができるのか。」
ヨハ   5: 43 [塚本訳
(その証拠には、)わたしが父上の権威で来たのに、あなた達はわたしを受けいれず、だれかほかの人[偽救世主]が自分の権威で来れば、その人を受け入れるのである。


●権威というのはそれを感じる人がいるところに存在する。そのことを現わすのが次の個所


塚本訳  マコ 11:30-33
11:30 ──ヨハネの洗礼は天(の神)から(授かったの)であったか、それとも人間からか、それに答えよ。」
11:31 彼らはひそかに考えた、「もし『天から』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったか』と言うであろうし、
11:32 それとも『人間から』と言おうか。」──(だが)民衆(の反対)がこわかった。みんながヨハネをほんとうに預言者だと思っていたからである。
11:33 そこで「知らない」とイエスに答える。彼らに言われる、「ではなんの権威であんなことをするか、わたしも言わない。」


塚本訳 ルカ 22:70
22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」


●「センコー」とか「くそ親父」と言っているようでは、先生や父親が物理的に存在していても本当の意味での先生や父親はそこに存在していない●神学校を出ても信者から尊敬されなければ「牧師」は存在しない。物理的に子供を産んでも尊敬されなければ「父親不在」。結婚生活また同じ。お互いに尊敬し会っていなければ「伴侶不在」。これ官吏、会社の上司にも当てはまる。●ただ名前だけの地位に座っているだけで尊敬されなければその地位は存在してない。しかしこれらはみな生徒や部下が上に立つ者に「権威」を感るのかどうかにかかっている。上に立つ者にばかり責任はない。大半はダメな生徒やダメな部下やダメな子供に問題がある。だから教師、上司、親は尊敬されなくても悔やむことはない。自分を責めなくてもよい●世の中にはトンデモナイ生徒や部下や子供がいるものだ。そういうダメ人間は育ちが悪かった。「権威」というものを感じず、尊敬ということを知らず礼儀も知らない。屑人間●子供は父親を欲する。信者はよい牧師を欲する。初心者は「よい先生」を欲する●習い事や学習は最高の「先生」につかなければ時間と金の無駄。かなりのコストをかけても一流の「先生」についたほうがよい●私はかってボーリングを全日本チャンピオンに習った。6000円という安さ。その「先生」は私の腕の曲がり具合による球筋の癖をみて立つ位置を決めてくれた。すると、ナ、ナント東京都設計事務所ボーリング大会(シニヤの部、100人以上)で第3位。●一流の先生は個人的にワンポイントアドバイスをする。●名医は顔を見ただけで病気の具合を当てるという。塚本先生も顔を見ただけでその人の心がわかったと言われる。私は名医ではないが、一言か二言聞いただけでその人が本当に家を建てる気があるのか、どのぐらいお金があるのかが分かってしまう。経験とは恐ろしいものだ●建築設計料は高ければ高いほど「満足度」が高いことは定説。建築主の個人的な癖を見て心に満足のいく設計をする。ここがハウスメーカーの「既製品」の家とは違うところ。「既製品の家」は性能はまずまずだが心が満足しない。既製品を売るハウスメーカーの人間はラスキンを読むべきである。●あきる野市内の知人。既製品で激安の家を建てたが満足せず懲りてしまって今度はオーダーで建て直した人がいた。こういうのを「安物買いの銭失い」と言う●あの人はいい歳をして、まだあんなことをして遊んでいる。地位や金や名誉や遊び仲間を追いかけている。売名を追いかけている。「暇な人間」だ。発想という発想、企画という企画が汚れていて陳腐で低級。神を信じないから発想は「人間的」なことばかり。気高くない。気品がない。世間からも世界からも一目置かれない。●こういう人物たちに人間が注意しても聞こうとしない。耳を傾けない。神がその四十八手をもって注意しなければ直らない。神の注意は救うための注意だから人を生かす。人間の注意は自分に従わせるための注意だから人を生かさない。●人間の注意は人を殺し、神の注意は人を生かす。しかし神の注意は時に人間を通しても行われる。神の注意の方法は四十八手。その注意を受け取る態度で、その人は生きもし、死にもする。


塚本訳ヘブ 12:5
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。


TEV ヘブ 12:5
12:5 Have you forgotten the encouraging words which God speaks to you as his children? /"My child, pay attention when the Lord corrects you, /and do not be discouraged when he rebukes you.


●妻と町田の武集会に出席。ヨブ記の2回目。ヨブの友人は因果応報の思想でヨブに忠告。私は感想としてヨブの友人は忠告したのではなくヨブの悩みを解決しようと親切舌のであると発言●妻は夜、バッハのクリスマスオラトリオの練習


 



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ツマラナイ仕事が肥しとなる ++++++++ 所感

2006/05/12 06:10

060512(金)3時45分起床。昨夜は4回トイレに起きて辛かった。水分の取りすぎ●朝風呂で日経第一面春秋欄は鈴木薫著「昭和検察流れうた」の紹介。第一線検事捜査の取り調べの型の数々。「ねばねば型、一刀両断型、対話説得型、理詰め知恵攻め型、逃げ道ふさぎ型、ニコポン型、・・・・」などがあるという。神が人を救う時も48手があるのだと思った。人間の検事は自白させて罪に落とすが、神は自白させて救う。そこが違う●日経文化欄。40年続いている人気TV番組『笑点』の司会が円楽から桂歌丸にバトンタッチ。円楽が40年間の思い出を語る。あるとき師匠の三遊亭円生が「円楽はテレビに出てフワフワしている」と人に語ったことを側聞し即座に総てのテレビ番組から降りて本業の落語に専念したことがあるという。御立派。人間は有名になるとフワフワして本業を忘れる。これでは大成しない。●「アイツはあれではダメだ」と言ってくれる人がいる方が伸びる。ただしそれを素直に受けて発奮すればのこと。これとは逆に、注意されて「コノヤロー、カツンと来た」と思う人間は伸びない。先がない。人生やめた方がよい。生きていても無駄。企業も国家も家庭も無駄金の出費になるだけ●日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。極東物産(現三井物産)で不良債権の取り立てというツマラナイ仕事に配属されて腐る。そのとき宮崎雄一という良い上司に出会い「(この仕事は)君が40代、50代になったらいかに大事な仕事かわかるよ」と言われた。そのツマラナイ、いやな仕事を通して会社が破産するというのはどういう場合なのかという得難いことを体感したという。そしてそれが今に生きているという。ツマラナイ仕事が肥やしになった。その後肺結核になって苦労。幸いストレプトマイシンが健康保険の対象になって助かる。「若くして死んだ父が天から自分を守ってくれる。この時もそう思った」というところで目頭が熱くなった。この社長、多くの上司を実名を上げて感謝している。父親に感謝している。偉くなる人はチガウナー。●巌本真理弦楽四重奏団でモーツアルトの弦楽四重奏曲15番と19番を鑑賞。モーツアルトの曲は何を聴いても精神のビタミン。心の清涼飲料水。●日記●クロッサン著「イエス、あるユダヤ人貧農の革命的生涯」を読む。●使徒伝承を保持する時の「集会の権威」というものを考える。イエスが語る言葉には不思議な権威があったという。この権威感は大脳皮質にゴミのように詰まった知識ではない●宗教者の社会的役割ということを考えた。


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増上寺境内にある熊野みこし講 2006.5.9 港区芝


こういう風景が日本人の私には落ち着く


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菜の花と我が家 2006.5.10 今年も菜の花の季節になった


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農作業 2006.5.12 あきる野市


土を耕すことは人間としての基本作業のように見える。


新共同 創  2:15
2:15 主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。


TEV 創  2:15
2:15 Then the Lord God placed the man in the Garden of Eden to cultivate it and guard it.




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最高の聖書読み人間現る ++++++++ 所感

2006/05/11 11:25

060511(木)一度4時に目が覚めたが、また寝たら今度は6時45分。最近における遅起きのレコード●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。学校を卒業して最初に入社したのは極東物産(現三井物産)という商社。先輩に連れられて不正をやった会社の差し押さえに行く。このときに実地で法律を学べたという。●何事も実地経験が最高の先生。「現場に神宿る」ともいう。●聖書の真理は人生の涙の谷を通る者にだけ分かる●嬉しいメール。最高の聖書読みの人物が現われた。私のBbB(聖書で聖書を読む)に自分でさらに何種類かの翻訳を追加して読んでいるという●この方は何種類もの翻訳を読まれた上にご自分の感想をまとめられる。このような場合に福音が「土着」したという。牧師や先生に聖書を読んでもらってそれを聞きに行くというスタイルからの脱却。教派争いからの解放はこういうことから実現する.●日本人は字が読めるのだから他人に聖書を読んでもらってそれを聞くというのは遅れている人間だ。牧師や先生の聖書解釈に感心しているようではいつまでたっても教派争いはやまない●私のHPのBbB(聖書で聖書を読む)は聖書を宗教専門家の手から奪取する●先日の「国際聖書フォーラム」で翻訳の苦労というものを知った。多くの解釈から一つだけを決定しないと翻訳できないというその難しさ。だから一つの訳にドップリの姿勢はあまり良くないことを知った●またキリスト教が浸透していない国に対して「神」の言葉を訳す時の難しさ。その国の文化にもとづいた訳語を選ぶという。ある国では神のことを「アラー」と訳さないと通じないという●図書館でCD、モーツアルト●クロッサン著「イエス、あるユダヤ人貧農の革命的生涯」を読む●ロストロポービッチ+カラヤン+ベルリンフィルでドヴォルザークのチェロコンチェルトを鑑賞。これはすごくいい曲だ●妻が医者へ●各種年金受給の確認。年金を受給できるのはありがたいが、人生最後まで働いていたいものだ。金にならない仕事であっても。●ヒルティは「仕事の最中に死ぬのが理想」と言って、自身は執筆中に気分が悪くなって召天。心臓まひ。76歳。その夫人はヒルテイ64歳の時に先に逝った。天国に行ったらただ一人の人に会いたい。それは妻だと言っていた。ヒルテイの論考に「結婚の神聖」がある。●かって37歳の時、スイスのベルンにあるヒルテイの墓に墓参したが、夫人と共に眠っていた。●またエドガースノーという息子も共に眠っていた。彼は病弱でヒルテイを生涯悩ましつづけたという。ヒルテイの「眠られる夜のために」や「幸福論」の背後にはヒルティの涙があった●神は過去を贖い今を見る。そして将来を保証する。これに反して人間は今を見ないで過去を見て断罪する。そして将来を呪う。これ天地の差●話の本質をつかめない人がいる。落ち目の人間は過去の栄光をチラつかせる。過去を振り回す●過去の栄光とは学校の成績、出身校、就職先、一流校、一流企業。職業領域での栄誉、仕事の成功、親族に有名人がいること。血統のよさ。パウロに言わせればこんなものは糞土。イエスに言わせれば石ころ。


口語訳 ピリ 3:8-9
3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、
3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。


塚本訳  ピリ 3:8-9
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが
──


塚本訳 マタ 3:9
3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。


塚本訳 ルカ 3:8
3:8 (ほんとうに悔改めたのか。)それなら(洗礼を受けるだけでなく、)悔改めにふさわしい実を結べ。『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などという考えを起してはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。

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進歩する人は常に迷う ++++++++ 所感

2006/05/10 09:33

060510(水)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。法科に入学したが法律の勉強には馴染めなかったという。学校の先生の実名を上げて良し悪しを言っている。あそこまで言っていいのかなーと思った。しかし事実は事実。隠さないほうがその先生のためにも良いのかもしれない。●金川氏は初め商社に就職、そこでよい人に出会う。●人間は若いうちはぴったりした職場に出会えないのが普通。しかし長い人生では「人物」に出会って、次第次第に「自分に合った」道に追い込まれたり、あるいは導かれるものだ。若いうちの迷いや模索は健全な証拠。若いうちに悩まなかった人は「後がコワイ」。どっと挫折がくる。●ゲーテは「進歩する人は常に迷うものだ」と言っている●某氏との電話を切って心の中でつぶやいたこと。「クソッ!。これであの人ともお別れだ」。長い人生にはいろいろなことがある。人間は誰とでもうまくいくとは限らない。時には塩を撒いてさっぱりと別れたほうが良いこともある。それが相手の為にもなる。非常に残念ではあるがその人とは縁がなかったと思うべきだ。自分にも非があるのだろうがこれも神の摂理だと思おう。無理に和解を求めるのはやめよう。


塚本訳  マコ 6:11
6:11 しかしある所で、あなた達を歓迎せず、言うことに耳をかたむけないなら、(すぐその土地を出てゆけ。そして)そこを出てゆくとき、(縁を切ったことを)そこの人々に証明するため、足の裏の埃を払いおとせ。」


塚本訳 ルカ 10:10-11
10:10 しかしある町に入ったとき、人が歓迎しないなら、大通りに出て言え、
10:11 『わたし達は足についたこの町の埃まで、あなた達に拭いてかえす。(縁を切った証拠だ。)しかし(あなた達には、恐ろしい裁きである)神の国が近づいたことを知れ』と。


塚本訳  使  13:50-51
13:50 しかしユダヤ人は敬神家の上流婦人や町の有力者をそそのかし、パウロとバルナバとに向かって迫害を起こさせ、二人をその土地から追い出した。
13:51 二人は彼らに対し(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとして(そこを去り、)イコニオムへ行った。


●電話で悩み事の相談。私「あなたには財産があるから悩みがあるのです」。某女「そう言われて見ればそうですね」。●自分の家庭のことは外側からでなければ客観的に見ることはできないものだ。●旧約聖書の箴言と伝道の書にある「富」に関する記述をピックアップ。3000年も前のユダヤ人の「富」に対する観察。現代にも完全に当てはまる。人類は3000年間同じことを考え、同じことを繰り返している。●聖書は信仰の書である前に「古典」である。その人の書棚に「聖書」がない場合は、3000年前にユダヤ人が指摘したことを自分の80年間の人生で繰り返すから「損」である。時間の無駄である。人生は短い。



箴    13: 11 [口語
急いで得た富は減る、少しずつたくわえる者はそれを増すことができる。
箴    19: 14 [口語
家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。
箴    21: 17 [口語
快楽を好む者は貧しい人となり、酒と油とを好む者は富むことがない。
箴    22: 2 [口語
富める者と貧しい者とは共に世におる、すべてこれを造られたのは主である。
箴    22: 4 [口語
謙遜と主を恐れることとの報いは、富と誉と命とである。
箴    22: 7 [口語
富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。
箴    23: 4 [口語
富を得ようと苦労してはならない、かしこく思いとどまるがよい。
箴    23: 5 [口語
あなたの目をそれにとめると、それはない、富はたちまち自ら翼を生じて、わしのように天に飛び去るからだ。
箴    27: 24 [口語
富はいつまでも続くものではない、どうして位が末代までも保つであろうか。
箴    28: 6 [口語
正しく歩む貧しい者は、曲った道を歩む富める者にまさる。
箴    28: 11 [口語
富める人は自分の目に自らを知恵ある者と見る、しかし悟りのある貧しい者は彼を見やぶる。
箴    28: 20 [口語
忠実な人は多くの祝福を得る、急いで富を得ようとする者は罰を免れない。
箴    28: 22 [口語
欲の深い人は急いで富を得ようとする、かえって欠乏が自分の所に来ることを知らない。
伝    5: 12 [口語
働く者は食べることが少なくても多くても、快く眠る。しかし飽き足りるほどの富は、彼に眠ることをゆるさない。
伝    5: 13 [口語
わたしは日の下に悲しむべき悪のあるのを見た。すなわち、富はこれをたくわえるその持ち主に害を及ぼすことである。
伝    5: 14 [口語
またその富は不幸な出来事によってうせ行くことである。それで、その人が子をもうけても、彼の手には何も残らない。
伝    6: 2 [口語
すなわち神は富と、財産と、誉とを人に与えて、その心に慕うものを、一つも欠けることのないようにされる。しかし神は、その人にこれを持つことを許されないで、他人がこれを持つようになる。これは空である。悪しき病である。
伝    9: 11 [口語
わたしはまた日の下を見たが、必ずしも速い者が競走に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。また賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。また知識ある者が恵みを得るのでもない。しかし時と災難はすべての人に臨む。


●妻は「読書会」(婦人の聖書勉強会)。●500円DVDで1953年米国映画「聖衣」を鑑賞。●ローマ帝国の高官(リチャードバートン)がクリスチャンになって、時の皇帝から自分とキリストのいずれかの選択を迫られてキリストに帰依することを告白。すると死刑判決になる。鉄格子越しに愛する人(ジーンシモンズ)と別れる場面で思わず目がウルウルになった。そのとき心の中でリチャードバートンに向かって「次がある。次の世がある」と思わず叫んだ●新約聖書の黙示録はローマ帝国の迫害の実態を学べば分かりやすくなると思った。●愛する人との別れの場面というものに弱い。オイオイ泣く事がある。●しかし所詮人生は「出会いと別れ」なのだ。出会いの喜びと別れの悲しみなのだ。でも来世がある。永遠の命がある。それなくしてこの人生は空しい。むごい。●19:30NHKTVfで「キレる脳」の原因と対策。妻から「あなた、よく見ておいてくださいよ」と言われた。内村鑑三もよくキレたらしい。同病相憐れむ。●故鈴木忠昭君の夫人の千恵さんと久しぶりに電話懇親。●b
 


 

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赦せない人、赦してくれない人 ++++++++ 所感

2006/05/09 07:17

060509(火)4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。敗戦の虚脱状態のときに善き師に出会い、一生が決定する。専門の化学と専門外の歴史。人生は出会いだ。人間は専門外で善い先生に出会う必要がある。それが専門の本業を強める。「戦争では負けても事業では勝ちたい」と思うようになったという。この師にしてこの人ありだ。●無教会の某雑誌でショッキングな記事。著者の夫人(故人)は非常に立派で非の打ち所のない人であったが、なぜかその夫人の実妹(故人)から、生涯にわたってひどく憎まれ続けたという。●よく告白してくださった。こういう告白が胸を打つ。「癒し」である●人生の旅ではどうしても赦せない人、またこの私をどうしても赦してくれない人がいるものだ。これ人生の苦難。悲劇。死別でもそれは解消しないから辛い。重い苦しみ。●でも「火のないところには煙が立たない」という。「非の打ち所のない人」でも何かしら一瞬でも相手を「心のうちで殺した」ことがあるのではないだろうか。そうならばその一瞬のことで相手から「憎まれて続けて」も仕方がない。●「心の中で相手を殺してしまった」場合、それは「アンナヤツいなくなってしまえばイイ」と思うのも殺人。だからそういう場合は神によってこの身が「死刑」と宣告されても仕方がない。まず自分の罪を神に赦されなければならない。そうしたらあるいは相手も赦してくれる「かも」しれない。否、赦してくれなくてもよいのだ。神の前に自分は極刑、死刑の身なのだから。いまさら「生き延びようと」何を贅沢をいうのか。●「隠れキリシタン」ならぬHPの「隠れ読者」から嬉しいメール。BbBにさらに自分で明治訳などを加えたいという。素人聖書読者増えよ!である。進め進めである。日本の進路はこのような草の根の人が決める●多分この「隠れ読者」とは生涯会うことはないであろう。これでよいのだ。隠れ読者は隠れ読者のままでよいのだ●HPのBbB(聖書で聖書を読む)のアクセス数は先月4月の一ヶ月だけで5800回。目標は月間4万回。聖書を読むほどの人は「必ず」BbBにアクセスしてくるように内容の充実を図りたい。●橋本次長と懇談●某氏と電話懇談。「高橋さんこの電話のこと日記にはオフレコでお願いします」。私「バカじゃないから、ツマラナイことや人を陥れるようなことは書かない」●一般論の批判で直言したことで、「これ俺のことをあてつけに言っているのだ」と思う人がいたらそれはラッキーパンチというもの。意外な人にそう思われているらしいから公開日記も役に立っている。しかし友人を失う。いいさいいさ妥協してまで「まずい人間」と友達になることはないさ●「良薬口に苦し」という。また聖書には次のようにある。


新共同 箴  28:1
28:1 神に逆らう者は追う者もないのに逃げる。神に従う人は若獅子のように自信がある。


●昔のこと。勤務先の古い自転車に乗って交番の前を通り過ぎたとき、後ろを振り帰ったら、「怪しいやつだ」と思われて自転車で追いかけられて捕まったことがある。あのとき振返らなければよかったのだ●人間は心にやましいことがあると「振りかえる」「言い直して弁解する」「話に力がない」「顔を出さない」。心にやましいことがなければ直言する。言い直さない。弁解しない。●積算協会で会議「次世代プロジェクトマネジャーコース」●私の発言内容「異分野同士の接触からよいものが生れる。生物学と化学の接触から生化学が誕生。天文学と物理学の接触で天体物理、建築学と経済学の接触で建築経済学が誕生。いずれも古巣を凌駕する」●宗教と経済の接触で宗教経済(造語)が出るはず。人間は神と富とに兼ね仕えることができないというから、この難しい道に挑戦する人は出ないか。この二つは人間として最もひきつけられるものだ。マックス・ヴェーバーなどは神と富との関係の研究であった。


塚本訳マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。




TEV マタ 6:24
6:24 "You cannot be a slave of two masters; you will hate one and love the other; you will be loyal to one and despise the other. You cannot serve both God and money.


●しかしこの道は「学」でなく、この二つの道の間に実際に苦しんで生きる人間が本当の「学者」。●富を汚れたものと軽蔑して職業宗教家になろう(逃げ込もう)とする人間の道は間違いである。


 



 

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じっと見つめるイエス ++++++++ 所感

2006/05/08 06:18

060508(月)4時半起床。出勤日●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。敗戦体験。日本は神国だから絶対に負けないという神話が崩れた。人生また同じ。「意外なこと」が起こる。でもそれが益となる人生は幸い。一敗地に塗(まみ)れた方が人生は幸いである。なぜか、見えないものが見えるようになる。同じ悲しみの人間の気持ちを汲むことができる。然り、神の慰めがドッと下るから。●橋本次長と懇談●帰途に買い物。南洋堂(建築古書店)d「日本の教会をたずねて」●書泉でDVD映画「聖衣」。長いこと探していたもの。500円とは安い●キリスト教書店でカール・ブロックの描いた「ペテロの否認」の絵(カレンダー)。三度主を否んだペテロを「じっと」みたイエスの「目」、最高の目。赦しの目、神の子の目。ペテロはイエスの赦しで立ち直った。教会の礎となった。


塚本訳  ルカ 22:61-62
22:61 主が振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう(今夜)、鶏が鳴く前に、わたしを三度、知らないと言う」と言われた主の言葉を思い出し、
22:62 外に出ていって、さめざめと泣いた。


●「振り向いてじっとペテロを見つめられた」とはルカはよく書いてくれた。塚本訳の「じっと」は名訳


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カール・ブロック「ペテロの否認」


ペテロがイエスを三度裏切った時に鶏が鳴いた。それはイエスの預言どおり。


絵の向こうには捕まって引かれていくイエス。手前左はペテロ。イエスは振り返って


「じっと」ペテロを見ている。それは赦しの目。ペテロはイエスの赦しで立ち直った。


 


●夜、妻はNPO法人市民プロジェクト21「森のチャペルコンサート」。昭島。




 


 


 

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身体のよみがえり ++++++++ 所感

2006/05/07 07:49

060507(日)4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。寮生活の意義、諸先生への感謝の気持ちを敬語を使って語っている。偉くなる人は素質が違う●新一を交えて朝食、ヘブル書、ガラテヤ書、内村の精神的病のこと、無教会、カトリック、などなど●大熊さんにレター、●トミ子、新一と共に集会に出かける●集会は高橋新一(司会)、杉崎(ペテロをじっと見たイエスの目)、高橋(身体のよみがえりを信じられるようになったいきさつ)●6人で昼食●夜、妻はプッチーニ「グロリアミサ」の練習。

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孫と早朝散歩 ++++++++ 所感

2006/05/06 08:11

060506(土)4時半起床●朝風呂で「キリスト新聞4月22日号」(日経は休み)。「平和憲法への道」深瀬忠一(元北海道大学法学部長、北星学園大学学長)・・・・軍人教育を受けたが、敗戦になり、「徹底的に自由で平和な研究、勉強をやり直そうと志を立て、模索したのですが、その志を理解し、助けてくれたのが母でした。今でも母を最大の恩人と思っています」「敗戦の精神的暗闇の中で出会った最初の本が聖書で、聖書の神の信仰を初めて私に知らせてくださったのが中澤洽樹先生です」・・・・・この母にして子あり●深瀬氏はカーライルの「フランス革命論」に出会ってフランス語を専攻・・・・男は出会いと発奮と猛烈勉強の時期が必要●アノ人は遊んでばかりいる。あれじゃダメだ。友人になれない。●孫娘の初音(3歳)とラジオ体操、早朝散歩。


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孫の初音(3歳)とラジオ体操 2006.5.6 6:30 あきる野市


おむつも取れ、食事も自分でできる、話もできる。少々鼻が悪いのが心配


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孫の初音(3歳)と早朝散歩 2006.5.6 7:00 あきる野市


「ジージ、お手手つないで―」と言われた。


●明日の準備。「身体のよみがえり」とはどういうことか。神の霊に一瞬触れれば氷解●釘本姉妹来訪●新一来訪●初音が明後日新しい保育園の面接試験だというので試験勉強(?)。私「名前は?」、初音「伊勢初音です」。私「お父さんの好きな飲み物は?」初音「ビール」。お母さんの好きな飲み物は?」初音「ビール●伊勢喜明氏が愛子と初音を迎えに来る。孫は来てよし帰ってよし


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伊勢喜明氏が愛子と初音を迎えに来る。2006.5.6 あきる野市


左より高橋照男、高橋新一、伊勢初音、伊勢喜明、伊勢愛子、高橋トミ子



 


 


 


 


 

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カリスマ神父の出現 ++++++++ 所感

2006/05/05 06:16

060505(金)子供の日4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。六高(現岡山大学)の受験に失敗、二度目の失敗の時へなへなと崩れ落ちたが、三度目の正直で合格。後にも先にもこんなに勉強したことはなかったという。このような受験の苦労は人間を磨く。ただし、ついに受からなかったらなお広く深い人生になったかもしれない。●今回の国際聖書フォーラムに出席して、内村鑑三の「古き古き十字架」、と塚本虎二を評価しての「古典的プロテスタンティズム」という言葉を思い浮かべた。一流の世界的聖書学者必ずしも「使徒伝承」の連鎖を保持していないことを知った。「禍なるかな聖書学者」である。「盲人の手を引く盲人である」二人とも穴に落ちる。


塚本訳 マタ 15:13-14
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」


●この度の国際聖書フォーラムの講師の一人に「晴佐久昌英」という若い神父がいたので、出席していたシスターに聞いたところ、「彼は別名カリスマ神父」だという。インタ―ネットで調べると、カトリック高円寺教会の司祭で、赴任した一年目に彼のもとで84人が受洗、その説教は「病気になれば泣くがいいい」というような「しみじみ教」なのだそうだ。本人に病気や苦難の経験があるらしい。エライ人物が出現したものだ。こういう人物は多分将来においてカトリック教会という組織からはみ出すかもしれない。●本日の「国際聖書フォーラム」で受講したセッション●10:00-11:30「パウロと平等の正義」ジョン・ドミニク・クロッサン ドゥポール大学名誉教授・・・神の復讐としての肉体の復活、刑罰代受節の否定・・・・・刺激的な講演であったがあくまで学者の説のひとつ。●上智大学の土手で吉野隆治、太田修の両氏とともに昼食、懇親懇談。大田修氏からは昨日の晴佐久昌英神父の講演の途中で違和感を感じて途中退席した無教会者がいたという話を聞いた。骨のある無教会者で健全性を感じる。私は「プロテスタントが美術に弱いのは信仰内容の構造的なことが原因、それは「受身」だからである。それに比べてカトリックはDOであるから芸術表現にも積極的なのだ」と話した●「告知としての建築」という言葉がある。芸術は「告知」である。使徒伝承のひとつである。●12:30-14:00「ネストレ・アーラントのデジタル化プロジェクト」クラウス・ヴァハテル 新約聖書本文研究所主任研究員・・・・これから出る28版はデジタル版、その内容をスクリーンで実演。コンピュータならではのシステム。時代は進む。・・・・・小島拓人氏が終了後ヴァハテル氏に直接質問「その写本が本物であることはどうして分かるのか」。ヴァハテル氏「それは別分野の作業、信じて採用している」・・・・・この分野でも学問の細分化を感じた●14:30-16:00「聖書翻訳と信仰共同体――歴史的、機能的な始点から:パート2」ローレンス・ド・フリス アムステルダム・フリー大学教授・・・・・聖書翻訳はその民族や文化圏に分かるものでなければならないということ・・・・フロアーの青年から「神」という言葉は各国や各民族でどのように訳すのか。つまりその国や民族にある「神」という言葉を採用するのかという興味ある質問があった。答えは様々であるということで、ある国では「アラー」という言葉を使うこともあったという。翻訳の苦労が思われた。●16:30-18:30シンポジウム「今、聖書を問う。原典から現代翻訳へ――聖書を現代にどう伝えるか」・・・山内真(東京神学大学学長)の「聖書はイエスの復活を信じた人物が書いたもの。それが聖典になった。旧約の採用も復活理解者が見直して読み直したもの」というコメントに感じた。学問的に走りすぎることに対する警告であった。池田教授の最後の挨拶がよかった●今日の出会い。池田裕(筑波大学名誉教授。内村鑑三は天然自然に接した言葉を使っているからよいといって、農業をやっている息子の恵を祝福してくださった)、渡部信(日本聖書協会総主事、今回プロジェクトのマネジャー。成功を感謝した)、臼井英夫(教文館役員・洋書部、春風学寮出身)、田村光三(明治大学名誉教授、無教会。使徒伝承、正統信仰堅持の無教会のありがたさを感じる。今回の聖書フォーラムは反面教師だと話す。)、山内真(東京神学大学学長、新約聖書は復活信仰が原点ということを確認しあった)


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国際聖書フォーラム・シンポジウム 2006.5.5 18:30 ホテルニューオータニ


右・池田裕(筑波大学名誉教授、旧約の大家、筑波で恵が習う)


中央・エマニエル・トーブ(ヘブライ大学教授 死海文書の世界的権威者)


左・高橋照男(無教会の一信徒)


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日本聖書協会翻訳部の高橋裕子さん 2006.5.5 18:30


今回は聖書協会スタッフの水準の高さに感心した。語学、コンピュータ、聖書知識。


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子供の日。孫の初音(3歳)にアイスのお土産。2006.5.5 20:00



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孫と風呂に入る ++++++++ 所感

2006/05/04 22:35

060504(木)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。母上の思い出。私の思い出と重なって目頭が熱くなった。私の小学校の同窓会の時のこと。「テルチャンの家に行くとお母さんがお菓子をご馳走してくれた」と多くの人から言われた。母逝って2年。陣営は淋しいものだ。なぜなら死ななければならないからだ。親しい人と別れなければならないからだ。●血圧124-83良好●妻と初音と三人でラジオ体操


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妻と初音と三人でラジオ体操 2006.5.4 6:30 あきる野市


子供は大人の真似をして成長する


●ホテルニューオータニでの「国際聖書フォーラム」に出席。途中、加藤常昭牧師と一緒。バルラハのこと。内村鑑三全集がCDになること。などの話題。


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加藤常昭牧師と。国際聖書フォーラム 2006.5.4 ホテルニューオータニ


バルラハのこと、内村全集がCDになる事などが話題


●10:00-11:30「使徒信条からイエス自身の神への信頼へ」ジェイムズ・M・ロビンソン クレアモント学院大学名著教授・・・・・・使徒信条よりもイエスの言葉に目を注げというのが主旨。・・・・・オー・ノーという感じ。これでは日本人に通じない●12:30-14:00「聖書翻訳と信仰共同体――歴史的、機能的な視点から」ローレンス・ド・フリス アムステルダム・フリーズ大学教授・・・・・・本文決定までの苦労話。並みの作業ではないことを知った。司会の藤森義光氏は私と同じ昭和女子大の非常勤講師。ボストン大学に留学しただけって英語は流暢。名刺交換した●14:30-16:00「聖書と美術――信と美の回復を目ざして」町田俊之 バイブル&アートミニストリーズ代表・・・プロテスタントの「美」に対する無関心ぶりを問題提起。同感。講演会終了後、建築士の立場からの見解を個人的に披露●16:30-18:00「聖書と音楽の出会い・コンサート ヴァイオリンとトーク ジョン・チャヌ ・・・・・息抜き ●本日の出会い。聖書協会翻訳部高橋裕子、吉野隆治(上智の土手で二人で昼食)、田中みち子、中尾美都子、世良田湧侍牧師(かってクリスチャンパソコン研究会で一緒)、池田裕(筑波大学名誉教授、息子の恵が筑波大学のときお世話になったとお礼)、岩村義雄(神戸国際支援機構・・難民救済)●無教会経堂聖書集会の吉野隆治氏と懇談。正統信仰に固く立つ無教会のありがたさを話し合った。神学や聖書学の世界的に著名な人が必ずしも正統信仰とは限らない。研究上の隘路に陥っている。学者の宿命


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国際聖書フォーラム出席の吉野隆治氏と 2006.5.4 上智大学の土手にて昼食


信仰の交わりは楽し。若い世代の結婚問題について。今回の旅行談。


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上智大学の壁面 これはベリーグッドだ 2006.5.4 四谷


よいデザインはコストがかかるものだ。何にコストをかけるかはその人の芸術観。


●孫の初音(3歳)と風呂に入って体を洗う。25年前に母親の愛子と風呂に入ったことを思い出した

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我はよみがえりなり命なり ++++++++ 所感

2006/05/03 07:12

060503(水)5時起床。憲法記念日●「身体のよみがえり」についてどういうことなのか3-4日苦しんでいたら、目覚めに突然イエスの言葉が胸に響いた。これで氷解。


ヨハネ 11章25節


イエス言ひ給ふ『我は復活(よみがへり)なり、生命(いのち)なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。


この意味の解明は大脳皮質では絶対に無理。永久にわからない。「霊」、「神の霊の風」が吹いてこないと無理。●これを聞いたマルタは実在のイエスの言葉の「風」に触れてすべて氷解、安心した。だからマルタにそれ以上の質問はなかった。


塚本訳  ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。


●朝風呂で日経「私の履歴書」信越化学工業社長の金川千尋。6歳の時に父と死別。両親に感謝、親兄弟に感謝。これを読んで目頭が熱くなった。よく愛された人がよく人を愛する。この「履歴書」はあと28回続くが、内容は見えたもの。よく部下を愛したのだろう。出世する人は部下が押し上げる。●日経文化欄。広島市安佐動物園、飼育展示係長の足利和英。「頼れる母サイ多産日本一」。飼育35年。日本にいるクロサイは23頭、このうち19頭が足利和英氏が飼育したクロサイの「ハナ」が産んだもの。ハナの子育てぶりを観察して詳細に書いている。人間の子育てに(!!)非常に参考になるのでこの際(サイ)以下に書く。


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ハナは子育てがとても上手だったのだ。出産後の子サイは体重30キロほど。産まれて何日間かでハナは子サイを運動場の平らな場所を選んで連れ出し、いっしょにゆっくり歩いた。次の日は少し歩くコースを広げ、また次の日は小山まで、さらにプールへと、徐々に子サイを環境に慣れさせていった。だが子サイは元気いっぱいだ。時に母親のそばから離れ、辺りを走り回る。こんな時でもハナは慌てない。じっと子サイから目を離さず、ゆっくりと後からついていく。過保護すぎず、ほったらかしすぎず、頼れるお母さんぶりだった。(日経2006年5月3日文化欄)


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●偉い母親ぶりのクロサイの「ハナ」。御立派。人間以上だ。最(サイ)高・・・くどいか・・・・●イマドキの若い母親が子供をブランド品に仕上げようと「ブランド学校」を目指して歩けないうちから尻を叩いているのは大間違い。そういう子供は「この母にしてこの子あり」となってゆがんだ冷たい子供に育つ●母親としての知恵を学ぼうtと思ったら、人間に聞かずに、このハナに学んだほうがよい。ましてやこういう知恵は学校では教えてくれない●クロサイのハナを育てた飼育係の足利氏が偉かった。この道一筋35年の飼育人生。それでもまだ係長。これでよいのだ。日経もこういう人を取り上げたのは目がある。●つがいの雄サイの「クロ」(一歳年下!!笑)とは時には威嚇しあうが(笑)相性がよかったという。クロも偉かったのだ。このクロにしてこのハナだ。人間も同じ。夫は妻次第、妻は夫次第。夫は妻で伸びる。妻は夫で伸びる●12:30ホテルニューオータニで「国際聖書フォーラム」。満員で別室でモニター受講者も出るほど。聖書それ自身はいかに人気があるかの証拠。日本人の聖書それ自身に対する興味の深さを示している。私が受講したセッションは次のとおり●13:00-14:30基調講演、「死海文書に関する学問上の諸問題」エマニュエル・トーヴ(ヘブライ大学教授、死海文書刊行国際チーム総責任者)、・・・死海文書の研究状況を総責任者らしく公平に総括批評。池田裕氏(筑波大学名誉教授、中近東文化セン―学術局長)の名司会ぶりも見事だった。若い青年たちが講演者に向かって英語で食ってかかるような鋭い質問をしたのには頼もしく思った●15:00-16:30「著者としての福音書記者」(ジェイムズ・M・ロビンソン クレアモント大学院大学名誉教授)・・・・内容はQ資料の存在を絶対のものとして、それと4福音書との関係を論じた。フロアーからの質問に対するロビンソン教授の英語での応答を司会の加山久夫氏(ロビンソン教授の弟子)が日本語に通訳すると、日本語のわからないロビンソン教授が「ザッツ・ライト」と言ったので会場は爆笑。米国人らしい品のある高級ジョーク。●17:00-18:30「新約聖書本文最新版(ネストレ・アーラント27版)の歴史と編集方針」クラウス・ヴァハテル 新約聖書本文研究所主任研究員・・・・内容はこれから出る28版の説明。それはデジタル版でもあるという。それは無数の写本群をコンピュータで系統分類整理したから。学問に対する厳密精緻なドイツ人の姿勢に関心した。●今日の出会い。小島拓人、中尾美都子、林光子、田中みち子、吉野黎子(以上イスラエル旅行同行者)。山本麗子(故山本七平氏夫人・・イスラエル旅行をしたことを話した)、田村光三氏(明治大学名誉教授・元自由学園最高学部学長、無教会東京聖書集会)から私のやっている「聖書で聖書を読むBbB」を高く評価された●同じ田村氏と懇談。無教会の一部では「三位一体」の信仰から逸脱し始めたということが話題になり、私が「天で内村、塚本、黒崎の諸先生が泣いている。世も末だ」と話した。●20:30家に帰ると愛子が初音を連れて里帰り。初音と対話ができるようになった。「ジージ」と言う。あー、私は「じいさん」なのか。余命19年。


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カトリック・イグナチオ教会 2006.5.3 12:25 四谷


坂倉順三建築設計事務所の作品。ベリーグッドだ。後方は上智大学


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カトリック・イグナチオ教会礼拝堂内部 2006.5.3 12:30 四谷


正午のミサが始まる前。誰でも祈りのために入れる雰囲気はよい。


論争ばかりの無教会に比べてカトリックの落ち着きは見上げたもの。


 


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上智大学の脇道 2006.5.3 12:35  四谷


この道の景色はすばらしい。右側の上智大学の壁面デザインがまたよい




 


 


 

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人を誉める「品格」の持ち主は出世する ++++++++ 所感

2006/05/02 07:35

060502(火)5時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は信越化学工業社長の金川千尋。親兄弟を誉めている。読んでいて気持ちがよい。出世する人は違うナー●親兄弟を誉める「品格」の持ち主は出世する。なぜか。上役としてもそういう「品格」の持ち主を引き上げれば自分の地位もまたさらに上がると思うからである。●「親殺しが頻繁」のニュース。旧約聖書の箴言を思う。箴言は紀元前約1000年のもの。3000年に及ぶ人類普遍の牢固たる真理だから、自分一人の7-80年の人生でこれにたてついても無駄というもの。


箴    1: 8 [新共同
わが子よ、父の諭しに聞き従え。母の教えをおろそかにするな。
箴    3: 12 [新共同
かわいい息子を懲らしめる父のように/主は愛する者を懲らしめられる。
箴    4: 1 [新共同
子らよ、父の諭しを聞け/分別をわきまえるために、耳を傾けよ。
箴    4: 3 [新共同
わたしも父にとっては息子であり/母のもとでは、いとけない独り子であった。
箴    4: 4 [新共同
父はわたしに教えて言った。「わたしの言葉をお前の心に保ち/わたしの戒めを守って、命を得よ。
箴    6: 20 [新共同
わが子よ、父の戒めを守れ。母の教えをおろそかにするな。
箴    10: 1 [新共同
ソロモンの格言集。知恵ある子は父の喜び、愚かな子は母の嘆き。
箴    13: 1 [新共同
子は父の諭しによって知恵を得る。不遜な者は叱責に聞き従わない。
箴    15: 5 [新共同
無知な者は父の諭しをないがしろにする。懲らしめを守る人は賢明さを増す。
箴    15: 20 [新共同
知恵ある子は父を喜ばせ/愚か者は母を侮る。
箴    17: 6 [新共同
孫は老人の冠、子らは父の輝き。
箴    17: 21 [新共同
愚か者を生めば悲しみがあり/神を知らない者の父に喜びはない。
箴    17: 25 [新共同
愚かな息子は父の悩みとなり/産んだ母の苦しみとなる。
箴    19: 13 [新共同
愚かな息子は父の破滅。いさかい好きな妻は滴り続けるしずく。
箴    19: 26 [新共同
父に暴力を振るい、母を追い出す者は/辱めと嘲りをもたらす子。
箴    23: 22 [新共同
父に聞き従え、生みの親である父に。母が年老いても侮ってはならない。
箴    23: 24 [新共同
神に従う人の父は大いに喜び躍り/知恵ある人の親は、その子によって楽しみを得る。
箴    27: 10 [新共同
あなたの友人、父の友人を捨てるな。災いの日に、あなたの兄弟の家には行くな。近い隣人は遠い兄弟にまさる。
箴    28: 7 [新共同
教えを守るのは分別のある子。放蕩者と交わる者はその父を辱める。
箴    28: 24 [新共同
父母のものをかすめて/「これは罪ではない」と言う者は/滅ぼそうとたくらむ者の仲間だ。
箴    29: 3 [新共同
知恵を愛する人は父を喜ばせる。遊女を友とする者は財産を失う。
箴    30: 11 [新共同
父を呪い、母を祝福しない世代
箴    30: 17 [新共同
父を嘲笑い、母への従順を侮る者の目は/谷の烏がえぐり出し、鷲の雛がついばむ。


●これらの教訓は形ばかりではよくない。儒教の教えはキリスト教で満たされ実現する。


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妻と春のあきる野を散策 2006.5.2 10:00 あきる野市小川、野辺の付近


途中から雷が鳴り、雨が降ってきた。コンビニのアルプスで昼食のパン(3割引)を購入して帰宅


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ハッとする美しさのハナミズキの林。 2006.5.2 11:30 あきる野市


植物は群れて咲くと極めて美しい。音楽を奏でているようだ。


●半年待望した「Jバイブル」のADD-ONの修正版が到着。感謝。待つことは「苦」であるが、喜びもまた一入である。放蕩息子の帰還のときの父親の喜びを思う(ルカ15章)。聖書は母親のことは書いてない。多分む死んでいてすでにこの世にはいなかったのではないだろうか。父親は無念であったのではなかろうか。●「無教会主義」でなければならない聖書の読み方があるはずだと言ったのは新教出版社社長の森岡厳氏。至言。教会主義は聖書よりも教会が大切。無教会主義集会は集会よりも聖書が大切。聖書といっても「使徒伝承」を連鎖する読み方が大切。●「主題説教」や「テーマ説教」は聖書よりも主題やテーマのほうを大切にする姿勢。これは教会主義。無教会主義は聖書のテキストを絶対のものとしてこれに聞く。これが使徒伝承を連鎖する姿勢である。●まず社会批判の姿勢があってそのために聖書の都合のよいところを利用するなどもってのほかである●モーツアルトのピアノ協奏曲23番をアシュケナージとグルダの二種類で鑑賞。この曲大好き。●フリードリヒ・グルダ+アーノンクールでモーツアルトピアノ協奏曲26番「戴冠式」を鑑賞。これは名曲だ

 


 


 

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