to 日記と感想 2006年06月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


本ものとの出会い ++++++++ 所感

2006/06/30 07:01

060630(金)4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。最終回。1993年5月16日。妻の臨終の時の会話。「あなた、幸せでした」「俺も幸せだった。おまえのおかげで、いろんな歌を作ることができた。ありがとう」。一時間後に静かに息を引き取る。節子夫人64歳。とめどなくあふれる涙とともに、二人で生きた日々の情景が浮かび上がってくる。ひとつのチャーハンの真ん中に線を引いて分け合ったこと、長屋に引越したときはお祝いの鯛が買えなくて、西荻窪の駅前で売っていた「たい焼き」を二つ、お皿に乗せて食べたこともあった。夫婦喧嘩は有名であったが、本当は仲が良かった。・・・・・その後遠藤実は文化功労者に選ばれたが、皇居におけるその顕彰式には節子夫人の姿はなかった。・・・・・最後は詩で締めくくる。


 


人の世に 涙の川があり 苦労の山もある 


その川を渡るとき その山を越えるとき 歌という友がいる。 


 


●聖書の言葉を思い出した。結婚というのは相手のために命を捧げることなのだ


文語訳  ヨハ 15:13
15:13 人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし。


新共同 ヨハ 15:13
15:13 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。


NKJV ヨハ 15:13
15:13 "Greater love has no one than this, than to lay down one's life for his friends.


新改訳 詩  84:4-7
84:4 なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。セラ
84:5 なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。
84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。
84:7 彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現われます。


●人生の喜びは「本物」に出会うことである。人物、芸術、学問、宗教、これらは必ず「本物」に出会えるように努力することが必要。本物は意外に安い。空気は無料だ。●7月2日の話は「本物を感じとることができる人」。その内容は以下のとおり。1・何が正統であるかの混乱 2・正統信仰の伝承は誰によって伝承されるか 3・聖書の正典は個人ではなく、初期キリスト教の歴史自身が決定 4・本物だと感じる能力、偽者を嗅ぎ分ける能力は個人に帰する 5・エクレシアの誕生と継承は無名の個人の正統信仰 6・無教会主義者は仮現論(グノーシス)者か。無教会者の本物指向 ●


 

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キ・レオラム・カスドー ++++++++ 所感

2006/06/29 08:44

060629(木)4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。55歳で心臓病、夫人の節子さんは癌。人間の盛りの期間は実に短い。つい先日就職したのにもう定年かと思える人がしばしば。詩編90編を思った。


口語訳 詩  90:3-6
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。


●韓国拉致被害者が北朝鮮で再会のニュース。そこで実に美しい光景が写された。18歳のキム・ヘギョンさんが「おばあさん。私が孫のキム・ヘギョンです」と言って、両手を床につけて深々と挨拶。ホー、儒教の国の美しい習慣だなーと思った。同時に父親の金英男(キム・ヨンナム)氏の教育や躾が立派であったことが現われた●キム・ヘギョンさんは終始笑顔であった。彼女は北朝鮮か韓国に留まった方がよい。そのほうが幸せだ。日本は道徳が頽廃して、親を親とも思わない風潮である。日本に来ると人間が悪くなる。人生は短い。国の概念もこの世のことだ。真の国籍は天にある


新改訳 ピリ 3:20
3:20 けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。



文語訳 2 ピリ 3:20
3:20 されど我らの國籍は天に在り、我らは主イエス・キリストの救主として其の處より來りたまふを待つ。


NKJV ピリ 3:20
3:20 For our citizenship is in heaven, from which we also eagerly wait for the Savior, the Lord Jesus Christ,


●詩編で最高のものは136編。感謝の詩編。


口語訳 詩  136:1-4
136:1 主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
136:2 もろもろの神の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
136:3 もろもろの主の主に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
136:4 ただひとり大いなるくすしきみわざを/なされる者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
(以下省略)


感謝する理由はヘブライ語でただ3文字。


キ(なればなり)、レオラム(永遠)、カスドー(彼の憐れみは)。


この詩編を心から歌えるようになれたら、成功の人生。何がなくとも最高の人生。


●日経、2006年企業ブランドランキング調査。


1位 マイクロソフト 2位 キャノン 3位 トヨタ自動車 4位 ソニー 5位 ヤフー


これが人気のブランド企業だという。ここに就職できれば「ブランド人間」になったと思うのが浅はかな考え。オーノー、である。それは経済的に優位だというだけのこと。人間の質とは全く関係がない。大学生の就職希望先の判断がこのような市場調査に踊らされているから困るのだ。マスコミの関心も学校の方針も個人の人生観も低級だからこうなる。学校のランキングまた同じ●学校も親も、こういうブランド企業に息子娘が就職したと喜んでいるようではダメ人間だ。●真のブランド人間は世に隠れる。右手のすることを左に知らせるなと聖書にある。●私の感じるところ、役人とブランド企業人に人間的にすばらしい人だなーと思える人物は少ない。人間的にはいかがかという人が多い。


塚本訳 マタ 6:3
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。


文語訳マタ 6:3
6:3 汝は施濟をなすとき、右の手のなすことを左の手に知らすな。


TEV マタ 6:3
6:3 But when you help a needy person, do it in such a way that even your closest friend will not know about it.


●朝食時に妻と話。ご主人に対する「不満」を漏らす夫人は実に印象が悪いということ。その逆もまた真。人の悪口を言う人の周囲は非常に迷惑。イヤーな感じがするのだ。我慢して聞いているのだ。神としても「」可愛い我が子の悪口を言う人間は嫌いになる。●人を嫌いになって裁くときはそれで自分の容量スケールが決定するというイエスの言葉は恐ろしいぐらいの真理。


文語訳  マタ 7:1-5
7:1 なんぢら人を審くな、審かれざらん爲なり。
7:2 己がさばく審判にて己もさばかれ、己がはかる量にて己も量らるべし。
7:3 何ゆゑ兄弟の目にある塵を見て、おのが目にある梁木を認めぬか。
7:4 視よ、おのが目に梁木のあるに、いかで兄弟にむかひて、汝の目より塵をとり除かせよと言ひ得んや。
7:5 僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて兄弟の目より塵を取りのぞき得ん。


TEV マタ 7:1-5
7:1 "Do not judge others, so that God will not judge you,
7:2 for God will judge you in the same way you judge others, and he will apply to you the same rules you apply to others.
7:3 Why, then, do you look at the speck in your brother's eye and pay no attention to the log in your own eye?
7:4 How dare you say to your brother, "Please, let me take that speck out of your eye,' when you have a log in your own eye?
7:5 You hypocrite! First take the log out of your own eye, and then you will be able to see clearly to take the speck out of your brother's eye.


●いつも私を嫌い誹謗し根も葉もない悪口をいう人間がいる。某氏によれば「彼は会社であったら、係長どまりの人間」だそうだ。人を嫌って裁いてばかりいるから自分の容量が小さいためだ。出世できない。●金英男(キム・ヨンナム)氏が記者会見。横田めぐみさんは1994年にうつ病のため自殺していた。アー。かわいそうなキム・ヘギョンさん(18歳)。彼女の上に生涯にわたって神の祝福が豊にありますように●金英男(キム・ヨンナム)氏によればキム・ヘギョンさん(18歳)を日本に送り出す気持ちはなく、また本人もそれを望んでいないという。それでよい、それでよい。政治体制がどうであろうと人間は幸せに暮らせるのだ●社会主義体制は思想統制があるので不自由であるが、それでも暮らせる。民主主義はそれよりも比較的によいだけであって民主主義即幸福ではない。真の幸福は「神との平和」


塚本訳  ロマ 5:1
5:1 だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。


TEV ロマ 5:1
5:1 Now that we have been put right with God through faith, we have peace with God through our Lord Jesus Christ.


●○○さんが抗癌剤治療を受けていたが、いよいよ7月14日に手術の段階になった。心落ち着かず。数名に「御加祷をお願いする」とメール打つ。


口語訳 ヤコ 5:15-16
5:15 信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。
5:16 だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。


塚本訳  ヤコ 5:15-16
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。
5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある。


●17:30 妻は知人の矢島さんのご主人の通夜。矢島さんは脳内出血。70歳。ひとごとではない。夫人は淋しそうな顔をしていたという


 

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買えなかった結婚指輪 ++++++++ 所感

2006/06/28 06:21

060628(水)4時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。仕事がうまくいかず,結婚式も挙げられずに苦労をかけた夫人には結婚指輪もあげてなかった。その悲しい体験がもとになってあの大ヒット曲の「くちなしの花」(1973年、歌・渡哲也)が生れた。「いまでは指輪もまわるほど・・・・・」。作曲する遠藤の鍵盤に涙が落ちた。●わたしの場合も妻に結婚指輪を買わなかった。妻が「いりません」と言ったからである。後年それを聞いた某夫人が「高橋さん!なんて可哀想なことをしたの」と言って妻に指輪を買ってくださった。その夫人は数年前に癌で召された。妻は頂いたその指輪をしてはいないが、私はその夫人の心が永久に忘れられない●遠藤実の次のヒット曲は千昌夫が歌う「北国の春」(1977年)。これも遠藤の実体験。故郷新潟の両親を思っての作曲。遠藤がミノルフォンレコードの社長の座を追われ、傷心で田舎に帰ると「母」は黙って迎えて「今夜はお前の好きなものをつくるよ」とだけ言って何も聞かなかった(6月26日の記事)。遠藤実38歳のときのこと。●昨日福島に向けて帰った「孫」。その泣き声に思う。本人は泣いているだけでその意味を伝えることができない。周りは「何で泣いているのだろう」と心配してしきりに考える。そのことで聖書を思う。神は人間の「泣き叫び」の意味をしきりに探ってくださるのだ。人間がうまく言えなくても。言葉で求めない先に。心の奥を探りあててくださる。


塚本訳 マタ 6:8bc
6:8神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。


文語訳 マタ 6:8bc
6:8 さらば彼らに效ふな、汝らの父は求めぬ前に、なんぢらの必要なる物を知りたまふ。


新改訳 マタ 6:8bc
6:8 あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。


新共同 マタ 6:8bc
6:8あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。


NKJV マタ 6:8bc
6:8 For your Father knows the things you have need of before you ask Him.


TEV マタ 6:8bc
6:8 Your Father already knows what you need before you ask him.


塚本訳  ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。


●図書館でCDベートーヴェン4枚。●ノジマ、BK、●メールがすぐつながらなかったのはアサヒネットのサーバーに6800通もの未開封メール(ほとんどが迷惑メール)があったjから。それを全部消去したら直った。●アバド+ベルリンフィルでヴェート―ヴェン交響曲第3番「英雄」を鑑賞●鮫島有美子のソプラノで「宗教歌曲」。讃美歌が7曲含まれている。先に逝きし人をいろいろを思い出して涙がこぼれて仕方がなかった。●次の日曜日の準備。「福音の使徒伝承を担う人々」。「ダビンチコードやユダの福音書」などに惑わされないだけの「正統信仰保持」の感覚と偽者を嗅ぎ分ける能力をもつことが肝要であるということ。


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夫婦での農作業。 2006.6.28 あきる野市


●農業は儲からないが夫婦での労働は美しい。額に汗をかくことは人間としての基本。ヒルティは「汗は血の薬」と言った。食料自給率の低い国は国際的発言が弱い。フランス、ドイツは自給できるから強い。●マネーゲームの達人である「ヒルズ族」には「労働の喜び」は理解できない。堀江も村上もこの世の「常識家」につまはじきにされてよかった。日本の「常識」は健全だった。●日銀の福井総裁は資産3億円。彼の今後の発言には力が込められない。国民感情が彼を受け入れない。福井総裁の進退が取りざたされているが、このまま進むのは4分6分で不利。早く身を引いた方がよい。負け犬ではない。一旦撤退だ。 


 


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保父さんご苦労さん。 2006.6.28 あきる野市 図書館の帰途。


もう一人乗せられるという。保父さんの仕事はこの少子化の時代にたのもしいよい仕事だ。


 


 


 


 

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喜ぶ者と共に喜ぶことができる人 ++++++++ 所感

2006/06/27 11:39

060627(火)5時半起床。●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。社長業をやめて本来の作曲に専念。森昌子を「センセイ」で世に出す。杉良太郎を歌手にするべく努力。●かって某聖書学者が某学校の校長職に就いたが不評。校長業は学者のセンスではできない。人間は「本業」を忘れてはいけない。本業を成功させて、社長や学長になろうとするのは間違いの道。悪魔の誘惑の道。●昨日のブログ日記を見られた○○氏から「万歳!」というコメントメール。他人の幸福を祝福して下さるのは本物のクリスチャン。「悲しむ者と共に悲しむ」ことはできやすいが、「万歳」と叫んで「喜ぶ者と共に喜」ぶことができる人は少ない。そういう人は本物のクリスチャン。●お礼の手紙を執筆。内容は公的なことなので公開する。一部改変。


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○○様

 

[祈りで始められた親子三代の楽しい食事(愛餐)万歳!]

 

6月26日のブログコメント感謝です。私の家を祝福してくださいました。

 

貴殿のコメントの「祝福」で、次の聖句を思い出しました。

 

文語訳  ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共によろこび、泣く者と共になけ。

 

口語訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。

 

新改訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。

 

新共同 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。

 

塚本訳  ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。

 

NKJV ロマ 12:15
12:15 Rejoice with those who rejoice, and weep with those who weep.

 

TEV ロマ 12:15
12:15 Be happy with those who are happy, weep with those who weep
.

 

 

●人間は、クリスチャンでも、泣く者と共に泣くことはできますが、

「喜ぶ者と共に喜ぶ」ことはできにくいものです。

妬みが先立ちます。それができるのは本物のクリスチャンです。

私もそういうことができる者になりたいと思います。

○○さんの家と集会の上に末永く神の祝福がありますように。

 

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●新井明氏から「ひとつの井戸のもとで」の著書が送られてきたので礼状を出す。内容は公的なことなので一部改変して公開する。


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新井明先生

 

このたびは新井先生の自叙伝ともいえる「ひとつ井戸のもとで」をお送り頂き深謝申し上げます。

早速「鶴岡のクリスマス・・・・序に代えて」と

「無教会と平信徒」を読ませていただきました。

この二編はわたしにとって初めて読むものですが、この二編に先生の御本質が表れていると思います。特に前者は「詩人新井明」が現われています。小川牧師は新井明を生むというよいことをなされました。なるべく早いうちに「庄内の地」をお訪ねされることを希望いたします。巻末の「人名索引」はユニークなものです。「新井明に敵なし」の感が致します。圧巻です。誰も真似できません。私には「敵」が多いのです。

 

6年前の脳内出血のときの先生のお手紙は忘れられません。

「現代のヨブよ倒るるなかれ。来りて我等を教えよ」。

これは畏れ多くも次のワーズワースの言葉の援用と思われます。

「ミルトンよ今あれかし。英国は汝を要す。来りて我等を教えよ」

あれから6年。・・・・・・一度意識不明になったこの身です。以後はおまけに頂いた人生のようなものです。「主に捧げる時間」になれるように祈っています。


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●知られざる人のHpにBbBとSWORDについて以下の文章があることを発見。「開発&提供チーム(日本語化含む)の労に心から感謝し、主の祝福を祈ります。」とある。ガッツポーズ!!。真理は世界中でたった一人が分かればそれは「人類のもの」。こういう人がいることを知って、さらにBbBとSWORDの充実化をはかる意欲が湧く。現在のアクセス数は月間4000回、これを4万回に伸ばしたい。これ男の野望。

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Bible studyの為のFree(←ここが大事)Softってことですね^^;
聖書を読んでいて分からないところは、注解書などからよりも、聖書本文から別の関連箇所(数カ所の時もあり)を探し照らし合わせる方が良いとも言われており、引照つき聖書などは、そういう点で便利なわけです。
このソフトに定評あるTSK(The Treasury of Scripture Knowledge)の引照フォルダと口語訳聖書を加えるので、引照数も豊富でバリバリ!
しかも、引照は聖書本文を読みながらカーソルを載せるだけ(クリックして飛ンで戻っての手間も無し)でガンガン読めるのです(今までは、探すだけで手一杯でした・・)。
ものすごいですよ。興味のある方はとにかく使って見て下さい。激しくオススメ致します。まさに「御言葉の剣」。
しつこいようですが、これほどのものが「無料」で使えるのです。開発&提供チーム(日本語化含む)の労に心から感謝し、主の祝福を祈ります。
http://www.macsword.com/
(winの方はhttp://www.asahi-net.or.jp/...をご覧下さい:このソフト自体についての詳しい説明もあり)

日本語化して使うためには↓参照。
聖書本文は「口語訳」で表記されます。


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孫が来る。バッハ[ロ短調ミサ曲] ++++++++ 所感

2006/06/26 23:39

060626(月)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。ミノルフォンレコードの社長になるが経営力がなくて社長の座を追われる。本来の作曲の仕事に打ち込む。社長の時は100人もあった年始客が社長の座を追われるとパタリと途絶える。民意というもはこういうものだ。民意の多数を絶対のものとしてはいけない。真理はかえって少数の中にある。市場原理は最終真理ではない。●不遇の時に夫人の節子さんは明るく振舞った。そこで誕生したのが「ついてくるかい」という歌。小林旭が歌った。「ついてくるかい、何も聞かないで、ついてくるかい、過去のある僕に」。また寝ている節子夫人の髪に白いものが混じっているのをみて作曲した歌は「ゴメンネ」。「ごめんね、ごめんね、幸福(しあわせ)あげずに」。・・・・こういう詩は全部遠藤実の実人生から生れたもの。ヒット商品は個人的「悩み苦しみ」が土台●昨日から三男の恵一家が来泊。二人の孫は大きくなった。見時は「ものがたり」を話せる。脳の発達はたいしたものだ●華子さんの祈りで朝食。6人での食事は楽し●恵にパソコンに関する質問。●BbBとSWORDへの感謝の言葉を読む。「開発者に感謝」とあるのを知って。恵と妻と華子さんと共に喜んだ。●18:30 妻と共に鈴木雅明指揮バッハコレギウムジャパンのバッハ「ロ短調ミサ曲」を鑑賞。於、昭和女子大人見記念講堂。鈴木雅明が部分演奏をしながら曲の解説50分。そのあと演奏。すばらしい解説であった。藤森義光(昭和女子大非常勤講師、柏木教会会員)、前原金一氏(昭和女子大副理事長)と会う。


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妻のパン作りを孫の見時が手伝う 2006.6.26 あきる野市


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孫。左は風人(ふうと)、右は見時(みと)、恵と華子さんの子供。 2006.6.26 あきる野市


兄弟仲良く。いつまでも。弟というのは兄にこのように可愛がられて育つものだ。その恩を忘れてはならない。


口語訳 詩  133:1
133:1 見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう。


新共同 詩  133:1
133:1 【都に上る歌。ダビデの詩。】見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。


新改訳 詩  133:1
133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。


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孫が来る。左から近藤見時、高橋照男、高橋トミ子、近藤風人。


この孫が成人する頃に私は世をさる。平均余命。孫と別れなければならない「時」が来る。


口語訳 創  31:55
31:55 あくる朝ラバンは早く起き、孫と娘たちに口づけして彼らを祝福し、去って家に帰った。


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子供はじっとしていない。


前列左から近藤見時 近藤風人 中列左から近藤恵、近藤華子


後列左から高橋照男 高橋トミ子


 

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有体的復活を信じない人間の本 ++++++++ 所感

2006/06/25 06:09

060625(日)5時起床●大貫隆著「イエスの時」(岩波書店2006年5月刊)を読む。同じ著者で「イエスという経験」(2003年刊)があって、それの姉妹編。「復活信仰の成立をめぐる問題」の個所の6ページを読んだだけであとは読む気にならなくなった。「有体的復活」を信じていない。それは「イエスという経験」と同じ。「謎と見えた十字架刑の意味がわかったことが復活信仰の成立」だというのがテーゼ。●「オー、ノー」である。「解釈としての覚醒」が復活体験だという復活理解は世の常。これはイエスの「有体的復活」ではない。過去に八木誠一の復活理解が似たようなものであった●大貫隆氏が東大教授であるからと言って信じてはいけない。日本人は東大、岩波、NHKに弱い。すぐ信じてしまう●少し匂いを感じて「おかしい」と思うような感覚がないところ、正統信仰の伝承はない。●集会は高木、横田、村上●昼食会、山口さんから大熊好子さんのご様子、村上さんからたんぱく質の話●13:00若者の聖書勉強会、マルコ5-6章、司会の新一から5-6章には「12」という数字が異常に多いことの指摘。12という数をめぐっての懇談。また「死後の状態について」話し合い。死んだら生前の誰であるかが分かるのではないかとのことで意見が一致。談笑。


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若者の聖書勉強会 2006.6.25 千駄ヶ谷社会教育会館


前列左から 小寺利男 伊勢初音 杉崎孝


後列左から 高橋新一 伊勢愛子 高橋トミ子 高橋照男


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集会の帰途、大きな犬に出会う 2006.6.25 夕方 あきる野市


名前は「ベル」。父はハスキー、母は秋田犬 9歳 中央は飼主、右はトミ子


 


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秋川名物のとうもろこしの販売始まる 2006.6.25 あきる野市


一袋5個入り。初めは800円、申し合わせて次第に安くなり、最後は650円ぐらいになる






 


 

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嫌いな人間は消せばサッパリするか ++++++++ 所感

2006/06/24 08:14

060624(土)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。レコード会社「ミノルフォン」の専務になるが経営ということに苦労する。それでも千昌夫の「星影のワルツ」をやり直して大ヒット。この詩は遠藤の過去の実体験が元になっている。ヒルティの「演説は生活なり」を思い出す。その後あの「五木ひろし」も世に送り出す●奈良県で16歳の高校生が母と弟妹殺し。父親に対する恨み。母(実母でない)も父に自分のことを告げ口して、家庭内で疎外感があったという。●マスコミや心理学の解説はこれが限界。事の真相はそこにはない。少年が「総てを忘れたかった」というところに原因がある。嫌いな人間を消せばサッパリすると思ったことに宗教的「罪悪感」の欠如がある。日本人総体の「宗教的罪悪感の欠如」の現われ。●盗んだ金は返せば罪は消えると思っているのも日本人の「罪悪感」の希薄さの現われ。●心の中で「アンナヤツ早く死んでしまえばサッパリする」と思っただけで、罪が発生、神は覚えていて帳尻を合わせる。神の目には「死刑!」。絶対にあとで精算させられる●この最悪感の希薄さは、戦後日本の教育が正しい宗教を教えてこなかったことが原因。世の中物質と金と効率ばかりであるということを教える教育や企業や家庭では「まずい」人間が育ってもしょうがない。●今までキリスト教会は何をやってきたのだ。神学教育や教会の「形成」を目的にしてきたから弱体なのだ。マテマテ、無教会も社会批判、「先生の伝道」ばかりをやっていて、「罪からの解放」の「使徒伝承」、「有体的復活の伝承」を中心にしていないから「得体の知れないキリスト教になりつつあるのだ。●11:00 上野の国立科学博物館の企画展「熱帯雨林」に妻と行く。筑波実験植物園の八田洋章(ひろあき)先生が企画されたもので、インドネシアのボゴール植物園との共同研究の成果。恵が参加したもの。赤道直下の雨林について、八田先生の解説が一時間あった。八田先生に御挨拶をした。



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国立上野科学博物館の「熱帯雨林」展に行く。恵が参画したもの 2006.6.24 科学博物館入り口


このポスターはなかなかよい。


 


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国立上野科学博物館の企画展「熱帯雨林」に行く。2006.6.24


左は筑波実験植物園の八田洋章(ひろあき)先生 中央高橋照男


右は高橋トミ子。恵がお世話になっていることのご挨拶をした。


 


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フランスの建築家ル・コルビジェの設計になる国立西洋美術館 2006.6.24 14:45


妻を写す。コルビジェは近代建築の「神様」。ロダンの「地獄の門」の両脇にアダムとイブの像があることに初めて気がつく。


●立川で妻と買い物。孫のもの●夜、妻はバッハ「クリマスオラトリオ」の練習

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サッカー敗戦の理由 ++++++++ 所感

2006/06/23 06:44

060623(金)4時起床でサッカー、ブラジル対日本を観戦。4-1で敗れる。終わってみれば横綱と小結の差の感じ。●「頑張れ」「あきらめるな」「自助努力」という精神を「美徳」や「善」と考えているから負けるのだ。教育者も世論もマスコミもそれを誉めるからいけないのだ。それは「神風特攻隊」の精神。なんとなく貧困な精神。滅びの徴候、負けの匂いがする。「自分の義」を立てようとする「罪の匂い」がする。熱心さは認めるが謙遜さがない。「しなやかな」頭ではない。パウロに言わせれば次のとおり。


塚本訳  ロマ 10:2-3
10:2 彼らは神に対して(ほんとうに)熱心だからである。そのことを彼らのために証明する。ただ、(残念なことに、その熱心が正しい)認識を欠いている。
10:3 すなわち、彼らは(キリストを信ずることによって義とされる)神の義(の道が開けているの)がわからず、(自分の力で律法を守って)自分の義を立てようとしたため、神の義に服従しなかったのである。


塚本訳  ロマ 9:31
9:31 反対に、イスラエル人は義を約束する律法を(熱心に)追い求めたが、(ついに)律法に(よって義に)達することができなかったのであるが。


塚本訳 ピリ 3:9
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──


●まてまて、キリスト信者の中にも社会批判をして「自分の義」を立てようとする、「キリストの匂い」がしない人間がいる。マルキストの匂いがする。人間の悪ばかりに目をつけて攻撃する。あれでは決して世の中よくはならず、かえって神に罰される。


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昨日は夏至。夏至の時の日の出の位置。随分北に寄っている 2006.6.23 6:30


 家の東の窓から。電線に多くの小鳥がとまっている。


●16:30 昭和女子大「生活環境学科」懇談会。●6月26日18:15から「学内」の人見記念講堂で「バッハコレギウムジャパン」(鈴木雅明指揮)のバッハロ短調ミサ曲があることを知って、妻の分もともに購入。10月3日にはダンタイソンのピアノ演奏がある。担当者が「授業の一環なので騒がしいことがあるかもしれません」と言ったので「大家の演奏なので静粛にさせなければならない」と注意した。




 


 


 


 


 

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医者のミスを赦したクロスビー ++++++++ 所感

2006/06/22 15:17

060622(木)4時半起床●某氏から讃美歌作者のクロスビー(1820米国生れ)について詳しい情報を教えていただいた。クロスビーは生後すぐの時に医者のミスから失明。しかしその95年の生涯に実にすばらしい讃美歌を作った。それは私の好きなものが多い。彼女は失明がために、キリストを深く知ることができたといって、その医師を赦した。これ勝利の生涯。●これを読んで内村鑑三の言葉を思い起こした。「キリストイエスを救い主と仰ぎて、癒し難き悲痛あるなし」。●彼女の作詞した讃美歌529番の日本訳について聖歌や讃美歌9種類を比較した。父の遺品の讃美歌にはその529番に赤線が引いてあった。父も好きであった●人間は自分の罪が神に赦されるときに初めて人を赦すことができる。これキリスト教の原理。神に赦されることなしに人を赦すのは「自己の義」を立てることで、不純。●その某氏は米国の神学校出身。讃美歌529番が特愛で、英語の原詞は日本語訳に比べて「数万倍」すばらしく、ご自身が[英語(原語)で独り歌う度に胸がつまり、感謝と喜びで涙が溢れ」られると言われる。6月19日のブログコメントをクリックして参照●讃美歌529番はこれまた有名な讃美歌「アメイジンググレイス」に雰囲気が似ている。


讃美歌529番



1. ああ うれし, わが身 も  主 の もの と なり けり.


うき世 だ に さながら, あまつ 世 の ここち す.


(Refrain)


うたわで や あるべき, すくわれし み の さち,


 たたえで や あるべき, みすくい の かしこさ.



2. のこり なく みむね に  まかせたる こころ に,


えも いえず たえなる まぼろし を 見る かな.


3. むね の なみ おさまり,  こころ いと しずけし,


  われ も なく, 世 も なく,   ただ 主 のみ いませり.


●真理は芸術で伝わる。●福音の真理は文字情報、言葉情報だけでなく、音楽などの聴く芸術、絵画建築などの見える芸術でも伝わる。分かる人には分かる。洗礼聖餐などの儀式もこの観点から見ると解けてくる


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命を捧げても悔いのないこと ++++++++ 所感

2006/06/21 06:50

060621(水)4時半目覚め。朝の閃きあり。5時起床。


朝の閃き聖書2箇所。


新共同 使  20:24
20:24 しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。


塚本訳Ⅰコリ1:23-24
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。


●地方からよいメール2通。東京では頭でっかちや「難しい」ことで悩まされるが、遠方からは純粋な「よいおとずれ」があるので息をつける。そのなかの一通に「塚本訳」を深く読み込んでおられる方からのものがきた。内容は公的なことなので一部を公開する。「個人情報の秘密」と言ってなにもかも隠すと、よいことも隠れてしまうのでよくない。「個人情報の秘密」を振り回すのは「自分の商売」のためである人がそのほとんど。「自己保身術」。そこから「よいもの」は何も流れてこない。最近は学校の卒業アルバムに名前を載せないという「行き過ぎ」が横行しているという。


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高橋様

塚本訳のすばらしさ、具体例・・・・・・・・・・いくつかの例をご参考のためあげておきました。

 

1.塚本先生があとがきで、書かれているマタイ4.4は当然のこととします。


塚本訳でも申命記8.3をよく読まないと、他の訳と差がわかりません。

2.マタイ12.6「宮より大きい者」の「者」は「もの」と区別されている。

塚本訳の「者」が「もの」となっている訳よりよい、と思っています。

佐藤研訳では「もの」となっており、その注で「者」と訳すのは不適と書いているが、

佐藤氏の意見には、賛成できません。

3.ついでに佐藤訳についていえば、最大の掟マルコ12.30は「お前の神なる主を、・・・愛するであろう」

と訳されています。これは、「愛せよ」と命令形に訳さないとダメです。

4.塚本訳ルカ9.62「神の国の役に立たない」。他の訳では「ふさわしくない」が多い。

ここでは、ふさわしいかどうかの程度を問題にしているのではない。

イエスは58節で弟子の覚悟を要求されているので、「後ろを見る者は、役に立たない」と断定している。

言葉尻をとらえるのでなく、聖書の著者が言いたいことを理解しようと努めることが大切だと感じています。


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●確かに東京は「バビロン」「ソドム・ゴモラ」かもしれない。東京はダメでも「地方」によいものがある。望みがある。ガリラヤはエルサレムから遠いところにあった。辺境であった。エルサレムとガリラヤの距離は、東京と宇都宮。●上記のメールに対する私の返事を次に公開する。一部改変追加


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○○様

塚本訳をかくまで深く読まれているとは。感心致しております。

塚本先生も天でお喜びでしょう。

(バイブルソフト)「Jバイブル」の開発者である○○牧師は塚本訳のファンです。「塚本訳は伝道者訳」だと名言を吐いておられます。

そして自らは「塚本敷衍の研究」をしようと言っておられます。塚本訳は今や「教会」が注目しています。「分かる人にはわかる」のだと思います。


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●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。「高校三年生」が大ヒット、舟木一夫を世に出す。また橋幸夫も世に出す。苦しい時代の生活が「肥し」になっている。●カラヤン+ベルリンフィルでモーツアルト交響曲40番ト短調を鑑賞。軟弱な演奏はイマイチピンとこない●18:15 総合研究所の歓送迎会。於・北大路京橋店。松冨理事が6年の勤務を終えて、退職。農林水産省から松本部長が着任。松冨理事は6年前に脳内出血で倒れた日にご着任され、ずっと面倒を見てくださった。感謝。松本部長は統計で学位を取得された方で、私が家を設計した故松島省三さん(東京聖書読者会)をご存知。世間は狭い●人間はのもつ「隠す」という癖の原因は「罪」。人を出し抜くために「情報を隠す」、「自分の罪をごまかすために隠す」、「勝気の性質のために自分の無知を隠して知ったかぶりをする」「見栄のために嘘をつく」などなど。●宴席は、人間関係の「宥和」に役立たず、かえって「争い」のもとである。



口語訳 エペ 5:18-19
5:18 酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、
5:19 詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。



塚本訳  エペ 5:18-20
5:18 また『酒に酔うな』──これが放蕩(の始まり)である──むしろ御霊に満たされよ。(これに酔え。)
5:19 聖歌と讃美歌と霊の歌をもって互いに語り、心をもって主に歌いまた奏で、
5:20 事毎に私達の主イエス・キリストの名において父なる神に常に感謝せよ。


口語訳 ロマ 13:13
13:13 そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか。


口語訳 Ⅰコリ6:10
6:10 貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。

口語訳 ガラ 5:21
5:21 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。

口語訳 エペ 5:4
5:4 また、卑しい言葉と愚かな話やみだらな冗談を避けなさい。これらは、よろしくない事である。それよりは、むしろ感謝をささげなさい。


 

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道が塞がれたり行き詰まるというのは恩恵 ++++++++ 所感

2006/06/20 06:27

060620(火)5時半起床●讃美歌510番は「まぼろしの影を追いて うき世にさまよい うつろう花にさそわれゆく 汝が身のじはかなさ」という。人間は弱い存在で、道が塞がれたり、行き詰まったりしたときになって初めて「目が覚める」。自分の追い求めていたものがつまらないことであったということを。はかない理想であったことを。●自分が固執していたことは「この世のもの」であったことに気がつき、それを失ったことに「さめざめ」と泣くときは恩恵の時●ヒルティはそのことを「神の導き」「愛の糸に導かれる」という。●「挫折」とう経験で逆に尽くすべき人々が見えてくる。「大切なこと」と思っていたものを失って」さめざめと泣く時に新しい目標が見えてくる●それは人の世には知られないが人神には覚えられる道●イエスもパウロもいやな人間に反対されるか、「自分が受け入れられない」と感じたり、道が塞がれたと見るとサッサと別の道を行った。未練がましくいつまでも「つまらない目標」に固執していなかった。●自分が固執していたものが「悪の巣」であったことに気がつき、自分の「欲望」が「罪」であった事に目覚める。発覚する。人生にはそういう「恩恵」の時が必ずおとずれるものだ。それはかさぶたが「自然に」剥げ落ちるようにポロッと目から鱗が落ちるものだ。●「神の恩恵の導き」についてはヒルティの「幸福論第3巻に書かれている。


●イエスは自分の道というものを敏感に把握した。次のとおり


塚本訳  ヨハ 4:43-44
4:43 二日ののち、そこを去ってガリラヤへ向かわれた。
4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。


塚本訳  ヨハ 7:8-9
7:8 あなた達は祭りに上ったがよかろう。わたしはこの祭りには上らない。わたしの時はまだ満ちていないのだから。」
7:9 こう言ってガリラヤに留まっておられた。


●パウロも受け入れられないところには行かなかった


塚本訳  使  13:46-47
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」


塚本訳  使  16:6
16:6 それから彼ら[パウロ一行]は(始め西海岸の各地に向かおうと計画したが、)アジヤで御言葉を語ることを聖霊に禁じられたので、(北に行くことにして、)フルギヤ(地方)とガラテヤ地方とを通った。


塚本訳  使  15:37-39
15:37 ところで、バルナバは(今度も)マルコというヨハネを連れてゆこうと思ったのに、
15:38 パウロは、(前の旅行の時)パンフリヤから自分たちを離れて、一緒に仕事に行かなかったような者を、連れてゆくべきでないと頑張った。
15:39 それで烈しい仲違いになり、そのため二人は別れ別れになって、バルナバはマルコを連れ、(前回と同じく郷里)クプロへ船で出発した。


●カトリックには偉い人物がいる。岩下壮一神父は、ライ病園の園長であったとき、ローマの本山からカトリックの高い地位にと招聘されたが、「私はライ病者の友だ」と言ってその道を断った。こういうのを「天に宝を積む」という。人には知られずとも神にのみ知られる道。●岩下神父は生まれつき足が悪かった。頭脳明晰で東大を一番で卒業、フランスに哲学を学びに行くがそこでキリスト教に触れ、東大教授への道を捨てて神父になった。一度塚本先生の聖書講義を聴講に来られたことがある。不自由な歩き方でそれが岩下氏であることが受付の人に分かったという。●ベートーベンの「和音」が聴きたくて、ピアノソナタ「熱情」第2楽章、「悲愴」第2楽章、「月光」第1楽章をブーニンの演奏1993-4で鑑賞。ベートーベンは、これらを耳が悪くなり聞こえなくなってから作曲できたとは泣けてくる。ベートーベンには人間に聞こえないメロディーが聞こえたのだ。イエスの言葉を思う。


文語訳  ヨハ 9:39
9:39 イエス言ひ給ふ『われ審判の爲にこの世に來れり。見えぬ人は見え、見ゆる人は盲目とならん爲なり』


塚本訳 ヨハ 9:39
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」


TEV ヨハ 9:39
9:39 Jesus said, "I came to this world to judge, so that the blind should see and those who see should become blind."


 


 

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教文館に行く ++++++++ 所感

2006/06/19 20:42

060619(月)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。作曲家としての仕事が軌道に乗る。島倉千代子、こまどり姉妹の歌などがヒット。自分の体験がもとになっているのが成功の原因だと思う●勤務先の近くの細井真澄君の設計事務所でご夫妻とともに昼食。御長女が先日カトリック教会で洗礼を受けられたので、ご両親が参列されたという。カトリックはしっかりしている●教文館で朗読聖書MP3を購入。iPodで聞くもの。これは恵からの依頼。通勤途中の車の中で「朗読聖書」を聞くのだという。生活の中に聖書が入るのは勝利の生涯。本は「グノーシス」を購入。●旧新約聖書の朗読はCD108枚であるがCDーROMだと6枚になるとは技術の進歩は早い●立ち読み。讃美歌529番(ああうれしわがみも)の作詞者は米国のフランシスジョンクロスビーで彼女は幼児の時に医者のミスで全盲。それでもキリストの救いの故に明るい一生をおくり95歳で召天。勝利の生涯であった。そのほかに讃美歌210番(きよきところ)、405番(かみともにいまして)、492番(かみのめぐみはいとたかし)、517番(われにこよと)、などの名曲はすべて彼女の作詞。わたしの理想の人生。かくありたい●松冨理事に挨拶●関口顧問と懇談●


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つばめが巣を造る。子供たちが親の餌を待っている。 2006.6.19 あきる野市


オスカーワイルドの「幸福の王子:を想う。この子供たちは成長して南の国にいけるのだろうか。


親とうまく別れて飛び立つことができるのか。


 


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久しぶりに美しい空。空はいい。 2006.6.19 あきる野市


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小子化と言われているこの頃、子供がたくさんいるのを見るのは楽しい。


2006.6.19 あきる野市、秋留台公園


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父の日に思う ++++++++ 所感

2006/06/18 23:28

060618(日)5時起床●NHK3CH「心の時代」は歎異抄。山崎龍明氏の解説はすばらしい。●集会は、長島、大山、望月●妻は福島から直行。●ユダの福音書について杉崎さんと懇談。「おかしい」という嗅覚がなければだめだということ●14:30今井館総会、相澤理事長、妹尾陽三氏と懇談。新しくHP委員会が発足。若い人の力が欲しいところ。●帰途坂内氏と佐藤洋子さんと一緒。●信仰上の論争は不毛なことが多い。●父の日、4人のこどもたちからメッセージやら贈り物。感謝●父の日に思う。


塚本訳  マタ 23:8-9
23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから。


●人間にとって肉の父は本当の父ではなく、神こそ本当の父だということから本当の親子関係が生まれる。


塚本訳  Ⅰコリ4:14-15
4:14 わたしはあなた達を辱しめるために、これを書いているのではない。むしろわたしの可愛い子供として注意を与えるためである。
4:15 たとえキリストにある家庭教師は無数にあなた達にあっても、お父さんは沢山はないのだから。キリスト・イエスにあって、福音により、わたしがあなた達を生んだのではないか。


●とはいえ、肉の父は霊の父にはできないことができることが特権。せざるを得ないのが宿命。親子関係がめちゃくちゃになるほどの真剣勝負となることがある。それは真の父である証拠。真の子供であることの証明。しかし親にとっても子にとっても真の父は天の神。


塚本訳 Ⅰヨハ3:1
3:1 見よ、父はなんとすばらしい愛を賜わったことか、わたし達は神の子(たるべき特権を与えられたの)であり、否、事実上すでに神の子である!この世は神を知らないために、わたし達(が神の子であること)を(も)知らないのである。


●真の親子関係はそれぞれが天の父に帰依することによって可能である。


口語訳 Ⅱコリ6:17-18
6:17 だから、「彼らの間から出て行き、/彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。
6:18 そしてわたしは、あなたがたの父となり、/あなたがたは、/わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」。


●人間にとって、地位名誉、金、財産、愛する人などどうしても自分の力では捨てられないもの、離れられないものを神が強引に振りほどくことがある。それは恩恵。真にやらなくてはならないことに邁進させられるから。●人間は弱いから、神に無理にそうでもさせられなければ、この世の欲から離れることはできない。


●10:00サッカーワールドカップ、日本対クロアチアを観戦。0-0。次はブラジル戦。窮鼠猫を噛む(追い詰められたネズミは猫を噛むこともあるということ)を期待する。●先日のこと。クロアチアに行って世話になった人に質問した。「今度の試合、日本とクロアチアのどちらを応援する?」。某氏「大きな声では言えないがクロアチアです」。●人間というのは「自分に親切にしてくれた人」に親しむものである。人がいかなる宗教を信ずるかは、自分に親切を尽くしてくれた人が信じている宗教に惹かれるものである。

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神を信じてみたいという問い ++++++++ 所感

2006/06/17 07:58

060617(土)4時半起床●「○○さんが信じているように私も神を信じたい」という真面目な人の悩みを聞く。神の実在は「罪の赦し」を通してのみ分かる。それ以外の方法や道ではわからない。いくら勉強しても努力しても分からない。罪の悩み苦しみとその救いを通しのみ神の実在がわかる。その救いの「秘儀」をよく現わしているのが讃美歌529番。


讃美歌529番


1. ああ うれし, わが身 も

   主 の もの と なり けり.

   うき世 だ に さながら,

   あまつ 世 の ここち す.

 

(Refrain)

   うたわで や あるべき,

   すくわれし み の さち,

   たたえで や あるべき,

   みすくい の かしこさ.

 

2. のこり なく みむね に

   まかせたる こころ に,

   えも いえず たえなる

   まぼろし を 見る かな.

 

3. むね の なみ おさまり,

   こころ いと しずけし,

   われ も なく, 世 も なく,

   ただ 主 のみ いませり.



●この讃美歌のポイントは3節の「むねのなみおさまり、こころいとしずけし」である。人間関係のトラブルで、胸の波がおさまらない苦しみの時、十字架の救いを与えられて宿痾の「胸の波」がおさまる。心が楽になる奇跡。そのとき神の実在が如実にわかる。だから、人間関係の争いは悲しく辛いことであるが、その不幸を通して「真の救い」が分かり、神の実在がわかれば、「禍転じて福となる」である。●神は人間関係のトラブルを持って人を神のもとに追い込む。真の救い、真の平安に追い込む●そのとき川のような平安がおとづれる。これ不思議な奇跡。しかし絶対的事実。何を疑ってもこの変化だけは疑えない事実●福井県の島崎輝久氏の雑誌「証言」173号は「ダビンチコード」に就いて。この流行に踊らされている日本人と聖書そのものを深く読んでいない「信者」を痛打。危険を顧みず堂々21ページもの大論考。無教会の面目躍如。雑誌「証言」は公表されている●島崎氏に同感のメール。内容は公のことなので以下に公開する。さしさわりのあるところは改変削除。また一部追加。




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島崎様



173号「証言」アーメンです。今までの「証言」で最高です。これで「無教会」が正統信仰に固く立っていることが「証言」されました。

今回の論考と、これまた今日流行の「ユダの福音書」に対するご見解を取り入れて一冊の単行本におまとめになられたらいかがでしょうか。塚本先生はかってドイツに留学する人に向かって言いました。「君、東京のど真ん中で処女降誕と有体的復活をまともに信じている集団が存在することを土産話にしてくれたまえ」。島崎さんの今度の「証言」は荒井、八木、田川、大貫、高尾、松永らが一時代前の古い学者連中(ブルトマンのあおり)であることを断定して痛快でした。荒井献氏は「塚本シューレ」と言って無教会の一群に一目置いていますが、無教会の本質は2000年の正統信仰の歴史を継承する正統信仰です。わたしの見るところ、彼ら学者連中はその青年時代に「敗戦という経験」をして、それが「トラウマ」になっている人たちです。田川はそれに加えてICUを追放されたのでなおさら激しい口調です。私は八木、田川、松永の諸氏とは個人的に話したことがございます。荒井氏とは手紙でやりとりしました。私はこの一群の中では佐藤研氏を高く評価します。氏は「有体的復活」をまともに信じています。有体的といってももちろん霊体です。このたびの「証言」は興奮しました。いつもの天皇批判、社会批判ではなく、このような論考の方が「証言」の名称にふさわしいものと思います。「ユダの福音書」についても言及を期待いたします。あれはグノーシスの一つで、「またか」という感じです。また八木だけでなく、荒井、大貫、田川、高尾、を乗り越える論考を執筆されることを願います。塚本先生は内村先生と別れて「男」になりました。それで「無教会」が確立しました。


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●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。苦節七年、自分が作曲して流しで歌った「お月さん今晩わ」の曲が、自宅の前を通ったチンドン屋が演奏している。それを聞いて、表に出て道路に座り込む。家に戻って妻の節子さんと手を取り合って泣く。自分の曲がこのように「草の根」で受け入れられたことに手ごたえを感じたのである。間もなくコロンビアから招かれる。●本物はマスコミで宣伝しなくても「口コミ」で広がる。●かって塚本先生は「無教会」のことを、「本物は宣伝しなくても伝わる」とおっしゃられた。●13:30日の出が丘病院「日の出会」。ご夫人に先立たれた初老の方々が多い。その嘆きには深いものがある。田中、高橋保、石野、柳沢、志茂、船橋、万沢、平井、河野、高橋照男。


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夫婦で農作業の姿は麗しい。ミレーの晩鐘を思う 2006.6.17 10:00 あきる野市


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母が逝った病室 2006.6.17 16;15 日の出が丘病院


2004年3月18日、昼 母はあの部屋から召された。もう2年経つ。

日の出が丘病院「日の出会」の帰りに撮影。

4階のホスピス棟に行くと、母を看取った前川さんがおられた、それから斎藤さんと押見さんに挨拶。年間200名もの人を看取るのに2年前の母のことやわたしのことを覚えてくれているのは感謝。ホスピスの看護士はすごい。


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生きるのが空しく感じるとき ++++++++ 所感

2006/06/16 06:24

060616(金)4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。家出同然で故郷の新潟をでてきて東京で「流し」をして必死に生きる姿。歌手の道はあきらめて「作曲」の道に行く。20代はあっちこっち行き詰まるものだ。●人間は生きるのに「必死」のときは「生きがいを問う」ことや「生きる空しさ」などは感じないものだ。●福祉の充実したスウェーデンでは老人の自殺が多いと聞く。わかる気がする●ヒルティは自国スイスに世界中から保養に訪れる人に水を浴びせる。「彼らは決して心の保養は得られない」と。●ヒルテイは「真の保養は仕事の中にある」と言う。至言。●その人の仕事が正しい道にあるとき、肉体は疲労していても心は「保養」している。「安らか」である。●人間として最も禍なのは「働かなくて食べていける境遇」。これ人間をだめにする道。そういうとき人間は「生きるのが空しく感じる●ヒルティが日本の老人たちを見たら言うに違いない。「趣味や遊びや旅行をしても決して心は休まらず、何をしても面白くなく、人生空しく感じるだけ」と。●人間が人生の空しさから脱出するには「命」に出会うこと、それも人間の命に出会うことではなく「神の命」「永遠の命」に出会うことである。詩編42:1-2は人間の人間たる欲求である。


口語訳 詩  42:1-2
42:1 神よ、しかが谷川を慕いあえぐように、わが魂もあなたを慕いあえぐ。
42:2 わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。いつ、わたしは行って神のみ顔を/見ることができるだろうか。


新改訳 詩  42:1-2
42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
42:2 私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。


新共同 詩  42:1-3
42:1 【指揮者によって。マスキール。コラの子の詩。】
42:2 涸れた谷に鹿が水を求めるように/神よ、わたしの魂はあなたを求める。
42:3 神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て/神の御顔を仰ぐことができるのか。


●三男の恵から子供二人(私の孫)の動画写真をメールで送ってきた。IT技術はたいしたものだ。返事に詩編を書いて送る。


口語訳 詩  133:1
133:1 見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう。


新共同 詩  133:1
133:1 【都に上る歌。ダビデの詩。】見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。


新改訳 詩  133:1
133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。


●日銀の福井総裁が株を保有していることが問題にされている。野党というものは、ただ追い落としのために政敵の悪いことを探し回っている。そんなことだけを誇大に取り上げる現在の野党に政権をとる実力はない。民主党の印象が悪くなるだけである。資産の公表に関しては「米国」を手本にしている。これも都合のよいことだけを真似している。●人生には「残念だが、それでは別れよう」ということが必要なときがある。「残念だが、君とは道が違う」という言葉を言わなければならない悲しい場面がある。「別れ」は相手を尊重することになる。「達者で暮らせ」「ごきげんよう」「幸運を祈る」と言って「別れる」のが正しいことがある。相手を神に託すことが大切ある。●16:20昭和女子大非常勤講師の藤守義光氏と懇談。(於、昭和女子大)、氏はボストン大学で9年研鑚。専門は宗教社会学、女子大での教鞭は英語。日本キリスト教会柏木教会会員。先日の「国際聖書フォーラム」ではクロッサンの名通訳をされた。無教会の月本昭男先生にはチュ―ビンゲンの街を案内していただいたことがあるという●16:30昭和女子大福祉環境学科教師懇談会。女子大生に建築を教えることの困難さを語り合った。その実例として私は次のように話した。「『建築の予算計画の段階でお金をケチって杭の予算を残すと、建物が傾くので悔いを残す』 と話したら誰も笑ってくれなかった。杭とは何かの最低のことから教えなければならない」●初対面、昭和女子大講師「鈴木俊男」。(株)性能計画代表取締役、工博。


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勤務先の近くに孫の名前と同じ店があった 2006.6.16 14:00


 


 


 

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返礼のない人をどう考えるか ++++++++ 所感

2006/06/15 05:59

060615(木)4時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。極貧の新婚生活。間借りは2畳一間。妻の節子さんは使った割り箸をもらってきてそれを薪にして七輪で食事を作った。マフラーは一本を二人で巻いた。貧困は節約の技術を産む。ピューリタンにはそういう節約のアイデアがあった。それが今日の「資本主義」の源流。●今日、米国はなにかと評判が悪いが、その建国の祖であるピューリタンたちはまず「神の国」を求めた。その結果、今日の米国の繁栄がもたらされた。次のイエスの言葉は真理であった。


文語訳  マタ 6:31-34
6:31 さらば何を食ひ、何を飮み、何を著んとて思ひ煩ふな。
6:32 是みな異邦人の切に求むる所なり。汝らの天の父は凡てこれらの物の汝らに必要なるを知り給ふなり。
6:33 まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。
6:34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。


TEV マタ 6:31-34
6:31 "So do not start worrying: "Where will my food come from? or my drink? or my clothes?'
6:32 (These are the things the pagans are always concerned about.) Your Father in heaven knows that you need all these things.
6:33 Instead, be concerned above everything else with the Kingdom of God and with what he requires of you, and he will provide you with all these other things.
6:34 So do not worry about tomorrow; it will have enough worries of its own. There is no need to add to the troubles each day brings.


●しかし今日の米国の「初心を忘」れた姿を見てピューリタンたちは天で嘆いている。富は禍になったと。●日本は「神の国」を求めないで結果としての「富の蓄積」の技術だけを猿真似している。「経営術」「マネジメント手法」「VE」「技術革新」・・・・ピューリタンたちが天で冷笑している●返礼が来ない人に対してカッカ来た。そして「アイツはダメな男だ」「出世はおぼつかない」「彼に尽くすことはやめよう」と悶々としているとき、天から響いた言葉。「受くるより与うるは幸い」(使徒20:35)「報いをのぞまで人に与えよ」(讃美歌536)


文語訳 使  20:35
20:35 我すべての事に於て例を示せり、即ち汝らも斯く働きて、弱き者を助け、また主イエスの自ら言ひ給ひし「與ふるは受くよりも幸福なり」との御言を記憶すべきなり』


塚本訳 使  20:35
20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」


TEV 使  20:33-35
20:33 I have not wanted anyone's silver or gold or clothing.
20:34 You yourselves know that I have worked with these hands of mine to provide everything that my companions and I have needed.
20:35 I have shown you in all things that by working hard in this way we must help the weak, remembering the words that the Lord Jesus himself said, "There is more happiness in giving than in receiving."'


讃美歌536


1. むくい を のぞまで

   ひと に あたえ よ,

   こ は 主の かしこき

   みむね ならず や.

   水 の上( え) に おちて,

   ながれし たね も,

   いずこ の きし に か

   おいたつ もの を

 

2. あさき こころ もて

   こと を はからず,

   みむね の まに まに

   ひたすら はげめ.

   かぜ に 折(お)られ し と

   見えし 若木(わかき) の,

   おもわぬ 木陰(こかげ) に

   ひと も や 宿(やど)さん.




●返礼が来ないことに対して「我慢」するのはこの世の知恵。「自分の義を立てること」「我慢」ではいつまでもスッキリしない。何事も「我慢」はいけない。直接本人に「ガッ」と言ってしまった方がよい。それが相手の為でもある。それでも相手が反省しなければ「これで天に宝を積んだ」と実利的なことを思えばよい。「儲けた」「また貯金できた」と思えばよい●事実天に宝をつんだことになる実例。かって故S氏から本が寄贈されたが、「意にそわない」ので返礼しなかった。その後S氏が召された。すると「借り」が残った感じに今も苛まれている。S氏は天で神から返礼されているに違いない。



塚本訳  マタ 5:11-12
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。


文語訳  マタ 5:11-12
5:11 我がために、人なんぢらを罵り、また責め、詐りて各様の惡しきことを言ふときは、汝ら幸福なり。
5:12 喜びよろこべ、天にて汝らの報は大なり。汝等より前にありし預言者たちをも、斯く責めたりき。



●かってあった事件を記す。建築技術雑誌に某氏が「私が作成したグラフや論考」を出典なしに無断登用した。カッとなって本人に「激怒」の手紙を出したがなかなか返事がこなかった。悶々としていると天から「お前はどうなのだ」という声。粉々にされた。しばらくしてその某氏がその雑誌の編集長と神妙な顔をして謝罪に来てこれで「ご勘弁を」と言って30万円を差し出した。私は「そんなものいらない」とはねつけた。・・・・アー今にして思えばあのとき貰っておけばよかったなー・・・・・でもあの時のことでわたしは30万円以上の返礼が神からいただけると信ずる。ウッヒッヒッヒッー。また貯金ができた。もう随分貯まっているはずだ。●妻に促されて父の命日(6月9日)の墓参にいく。


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毎年の定点撮影。栗林。秋に向けて水分を十分に吸っている。栗の花が満開

2006.6.15 あきる野台地




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父母の墓に詣でる。お父さんありがとう、お母さんありがとう。2006.6.15 秋川霊園。

父が召されて14年。87歳。母が召されて2年、88歳。

父は母に対して「来るのが遅かったなー」と言っただろうかと思った

私は父母の年齢までは生きたいたいと思うのだが。・・・・・どうだろう






●今井館教友会理事長の相澤忠一氏に電話、「メイドインジャパンのキリスト教」の読後感報告。

●妻は今日から里帰り。18日の聖日には福島を早朝に出発して集会に出席●「ユダの福音書を読む」と題して書いた.●8年前の初対面の人物を過去日記で「情報検索」(IR)。パソコンで日記をつけておくことの絶大な威力●無教会の大長老の伝道者から手紙を頂く。「無教会は高齢化も心配ですが、三位一体の正統信仰が急速に衰えているのではないかと思われるような場面にぶつかり、そのことを本当に心配しています」とあった。同感。至言。無教会がもし三位一体の正統信仰を無くしたら、何もなくなる。文字通り「無」教会になって害悪の巣となる。



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安達峰一郎博士のこと ++++++++ 所感

2006/06/14 07:26

060614(水)4時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。カツ丼をおごってくれた女性(昨日の日記参照)節子さんと結婚。3歳年上の姉さん女房。貧しい新婚生活で節子さんは化粧品を節約。口紅は赤インク、おしろいは歯磨き粉。夜遅くに流しの仕事を終えた実と皿洗いを終えた節子さんは小金井の駅で待ち合わせて一緒に帰った。人生はこういうときの思い出の方が懐かしい。なまじ金ができると醜い争いになる。実氏は郷里を捨てた「後ろめたさ」に苛まれていた。●朝風呂で日経「文化蘭」は小和田恒氏(雅子妃の父上・・・国際司法裁判所裁判官)の安達峰一郎のこと。安達峰一郎は1930年から4年間国際司法裁判所(オランダのハーグ)の裁判官を努め、うち3年間は裁判所長の重責を担った人。この3年間は日本を巡る国際環境が悪化した時期に当たっていた。就任の年に満州事変が起き、最後の年には国際連盟から日本が脱退した。それにも拘(かかわ)らず、安達所長への信頼はいささかも揺らぐことがなかったという。安達所長には如何なる政治的日和見主義も力をもちえなかったとも言われる。国際紛争平和的処理に関する「ジュネーブ議定書」が審議された際には、当時の列強筆頭格だった英仏を向こうにまわして一歩も譲らず、日本の主張を遂に通した。当時国際連盟事務次長であった新渡戸稲造をして「安達の舌(フランス語に堪能)は国宝だ」と言わしめた。その葬儀にはオランダが国葬をもって遇したほどの破格の待遇であったという。●安達峰一郎は日本が世界に誇る国際人であったが、今まで全く知らなかったのは私の勉強不足。スイスにおけるカール・ヒルテイのことを連想した。ヒルティは66歳の1899年にハーグの国際仲裁裁判所のスイス初代代表になった。またゲーテの「それ、最も尊いのは人格である」も思い出した。●真の国際平和は政治家も寄せ付けない程の高貴な人格による。無教会主義はそういう人物が生れることを目指してきた。その結果、有為な人物が多く輩出したことは神の摂理であった。平和は「平和運動」からは生れない。平和の心をもった高貴な人格の存在から生れる●「国際平和は空論である」ともいう。至言。私の知る「平和運動家」は夫人をいじめている。夫人も主人をいじめている。つまり家庭内戦争。アレジャー、だれも信用しない。彼の(彼女の)平和運動の動機は畢竟「ないものねだり」だ。●NHKによれば、ブログによる日記の公開者が増大。20代女性は40%、30代女性は30%。結構なことである。「自分の全生活を透明にする」ことはさわやかである。何事も「隠す」という薄汚い生活の者は生活の公開ができない。気持ちの悪い人物であるから伸びない。生活を清く保たないとよいブログはできない●そのブログもピンキリ。遊び仲間、暇人間、趣味、説教、商売宣伝、宗教勧誘、などなど。これら総てに付き合っていたら時間の無駄使い。人生失う。私の場合は日記と使徒伝承とBbB(聖書で聖書を読む)の三つ。日記は自分の過去と未来の情報検索(IR=Information Retrieval)のためである。書くことは惚け防止に役立つことは医学的裏づけがある。また「イマドキノワカイモンはナッチャない」と憤懣を漏らすことで脳内出血の再発予防にもなる.●HPの本質は「慰めと癒し」である。これには聖書的根拠がある。


塚本訳 ルカ 4:18-19
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』


文語訳  ルカ 4:18-19
4:18 『主の御靈われに在す。これ我に油を注ぎて貧しき者に福音を宣べしめ、我をつかはして囚人に赦を得ることと、盲人に見ゆることとを告げしめ、壓へらるる者を放ちて自由を與へしめ、
4:19 主の喜ばしき年を宣傳へしめ給ふなり』


昨年のこと。某女「高橋さんのHPは癒しです」。私「エッ、卑しいですか」。笑い。・・・・私のHPは「癒し」と言われたことは「我が意を得たり」である。満足。塚本先生はあの高度なご自分の「聖書知識」という雑誌を指して「これは便所の落とし紙である」と言われた。つまり汚いものを拭いたり、泣いている人の涙を拭うためのものであると言われた。すごいなー。あやかりたい。●妻はウィークデーの集い●池谷医院で薬●図書館でCDモーツアルト4枚●「ユダの福音書」原典を読む。なんとなく違う


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夫婦で農業。尊い姿。ミレーの「晩鐘」を連想する。2006.6.14 あきる野台地


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働き蜂が蜜を求めて労働している。生き物はすべて労働はその分であるとはヒルテイの言葉。


2006.6.14 あきる野台地




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まさかこんなことになるとは ++++++++ 所感

2006/06/13 16:41

060613(火)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。三曲百円の流しの歌手で食いつなぐ最低の生活。客が帰ったバーのカウンターに突っ伏していた店の女性に頼まれて『星の流れに』を歌ったことがある。「泣けて涙も濡れ果てた、こんな女にだれがした・・・・・」。食堂での食事は決まって一番安い「焼き魚」であったが、あるとき注文もしていない「カツ丼」が目の前に出た。運んできた女性が「シーッ、私のおごりよ」と微笑んだ。●人生のどん底では思わぬ救いがくる。それが神の愛、神からの十字架の知らせ、絶対恩恵による無条件の救い●昨夜のワールドカップ。日本が間もなく勝つと思っていたら、最後の10分で続けざまに3点取られた。ぞっとした。こういうこともあるのだ。●人生も「まさかこんなことになるとは」と嘆く時が必ずある。肉親の死、子供の死、受験の失敗、失恋、親殺し、子殺し、子の反抗、いじめ、親族との骨肉の争い、病気、倒産と失業、親の失踪、離婚、両親の不和、・・・・・人生は「この私にどうして」と泣く時がある。●6年前、脳内出血になった時、病院のベッドから夏の入道雲を見て神につぶやいた。「どうしてこのこの俺だけいじめるんだよー」と。泣いた。3ヶ月前には家が全焼したばかりであった。●今井館教友会の某氏は「高橋さんの苦難は私たちの罪のためです」とお手紙を下さった。●けれども過ぎ去ってみれば総てが恩恵であった。思わぬよいものを頂いた。意外なことが起こった。●庭の「えごの木」の枯れた枝を切る。ヨハネ15章を思う。


塚本訳  ヨハ 15:1-2
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。


塚本訳  ヨハ 15:6
15:6 人はわたしに留っていなければ、蔓のように投げ出されて枯れる。すると集められ、火の中に投げ込まれて焼かれる。


●妻はナポレオンとヴェルサイユ展、北林澄江さんの絵画鑑賞(有楽町)、無教会研修所の月本昭男先生の「旧約」勉強会へ、出かける●モーツアルトのクラリネット協奏曲をプリンツ+ベーム+ウィーンフィルで鑑賞。今までで最高。ベームのスローテンポはグッド。モーツアルトはベームか。

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三位一体の信じにくさ ++++++++ 所感

2006/06/12 06:28

060612(月)4時起床●朝風呂で「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。極貧の生活。家賃滞納で、命の次に大切なギター家主に取られてしまう。「貧乏は辛い」。しかし貧困は「人生、真剣勝負」の気構えを養ってくれる●最近の対話3題。①90歳を超える長老をお訪ねしたことに対する御返事。「家内は高橋さんが三位一体の信仰を強調されたことを大変喜んでいました」。②これも90歳を超えられた老人から。「高橋さん。グノーシスは正統信仰でないことをはっきりおっしゃられた方がいいです」。私「正統信仰をはっきり言うと人を斬る事になります。無教会主義は人の信仰を批判しないのです」。③某青年「グノーシスとは何ですか」。私「仮現説と訳されるが、簡単に言うと霊肉分離の信仰だ」。某青年「その対局が三位一体ですね」。・・・・・信仰は「問答形式」でよく伝わり進歩する。●某氏への返メール。内容は公的なことなので下記に記す。さしさわりのあるところは省略。


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○○○○ 様


○○を感謝です。


現在は無教会の危機です。その原因は老齢化ではなくして「三位一体信仰の途絶」です。

 

口語訳 創  6:3
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

 

内村鑑三アマスト留学以後120年。無教会は「霊の枯渇」。これを回復する手立てはないと思われますがいかがでしょうか。

 

霊の枯渇による奇怪な現象

 

1・社会批判、政治批判に狂奔する

2・「先生はこうおっしゃっておられる」という先生信仰。聖書よりも先生の見解中心。

3・グノーシス的傾向。有体的復活の欠如。葬式や墓作りに熱心。

4・「三位一体」。信じていないことを生徒に教えられないということから青年への伝道を中止、解散。

5・各種無教会雑誌の「自己満足」。親派人間からの「お世辞」の手紙ばかりを掲載する。公的ではない。


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●しかしながら「三位一体の信仰」はいくら大脳皮質で考えてもわからない。小泉首相に聞くと地方分権の意味だと答えるはず(!!)。●アウグスチヌスは三位一体の信仰は思考困難と断定したらしい(典拠不明)●三位一体は「神学表現」「言語表現」。その神学思想から本質にはさかのぼれない。三位一体の本質は聖書そのものにやさしくかかれている。次のとおり。しかしこれを実感するのは「人生全体」がかかる。人生80年の全時間がかかる。しかしこれが分かればたとえメチャクチャの見られない人生であっても「成功の人生」。「朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(論語)。


塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


文語訳 マタ 16:13-17
16:13 イエス、ピリポ・カイザリヤの地方にいたり、弟子たちに問ひて言ひたまふ『人々は人の子を誰と言ふか』
16:14 彼等いふ『或人はバプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人はエレミヤ、また預言者の一人』
16:15 彼らに言ひたまふ『なんぢらは我を誰と言ふか』
16:16 シモン・ペテロ答へて言ふ『なんぢはキリスト、活ける神の子なり』
16:17 イエス答へて言ひ給ふ『バルヨナ・シモン、汝は幸福なり、汝に之を示したるは血肉にあらず、天にいます我が父なり。



●他人の信仰は批判できない。しないのが無教会主義。教会主義は「正統信仰」ではない人間を追放する。無教会主義では「悪いことは神様が注意してくださる」という姿勢。だから集会は「来るものを拒まず、去るものを追わず」。正統信仰の持ち主でない者は「自然」に離れていくのが無教会主義。集会がつまらなくなるから「自然に」来なくなる。●教会主義は正統信仰でない者を「拒み」、去る者を「最近どうですか」と「追う」。この姿勢は誤り。●讃美歌541番の奥義は深い。三位一体を歌っている。


讃美歌541番


  父、み子、みたまの おおみかみに

  ときわにたえせず みさかえあれ


●22:00 いつもは寝ているのだが、今日はワールドカップ「日本対オーストラリア」なので横になって観戦。後半最後の10分で3点とられて3-1でまさかの敗退。ガックリして就寝。悪夢。
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人を見る目が変わる ++++++++ 所感

2006/06/11 06:58

060611(日)4時半起床●「逆境の人々、日本編」をまとめた。6月9日日記。●まとめてみて思ったこと。両親健在、健康で適当にお金がある人間はタイシタ者になれそうない。人を見る目が変わった●母はまだ歩けないときに生母と生き別れの「逆境」であったが、そういう人生は母だけではなかった●朝風呂で日経「私の履歴書」作曲家の遠藤実。食べられなくなって農家に年季奉公の作男になるが、農業の肉体労働が辛くて無断で逃げ出す。母にだけ知らせたが父からは激怒の手紙。手紙の末尾に「不孝者へ」とあった。この遠藤実も逆境。しかしその経験が肥やしになっている。●集会は藤巻、小寺(教会史)、山本(使徒)、●15:00 西東京合唱団演奏会、昭島公会堂、トミ子出演。プッチーニ「グローリア・ミサ」「交響的奇想曲」。一年かけて練習しただけのことがある。男性合唱が充実。集会から小寺さんと望月さんが来て下さった。


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西東京合唱団演奏会 2006.6.11 16:30 昭島公会堂ロビー


左から高橋照男 望月明、小寺利男、高橋新一、高橋トミ子、高橋守


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西東京合唱団演奏会終了後、新一と守が連れ立って帰って行った。2006.6.11 16:30


その昔、奥多摩をハイキングしたとき、小学生の二人が先にどんどん歩いていったことを思い出した。老人は置いていかれる。抜かれていく。詩編45編10節を思い出した。


口語訳 詩  45:10
45:10 娘よ、聞け、かえりみて耳を傾けよ。あなたの民と、あなたの父の家とを忘れよ。


新改訳 詩  45:10
45:10 娘よ。聞け。心して、耳を傾けよ。あなたの民と、あなたの父の家を忘れよ。


新共同 詩  45:11
45:11 「娘よ、聞け。耳を傾けて聞き、そしてよく見よ。あなたの民とあなたの父の家を忘れよ。


NKJV 詩  45:10
45:10 Listen, O daughter,Consider and incline your ear;Forget your own people also, and your father's house;


TEV 詩  45:10
45:10 Bride of the king, listen to what I say- /forget your people and your relatives.


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大自然を称える人間 ++++++++ 所感

2006/06/10 08:02

060610(土)4時45分●早朝散歩30分。空がきれいな季節になったのでデジカメ写真で風景を撮影。


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空が美しい季節になったので早朝散歩 2006.6.10 5:05 あきる野台地


過日、日記の読者から、最近は早朝散歩をなさらないのですかと言われた。


春は空がきれいではないからである。今日は久しぶりにきれいな空、梅雨入りというのに。


夏至が近づく太陽の位置は随分と北によっている。去年と同じだ。


イエス・キリストは昨日も今日も変わり給わない。


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秋留台公園には犬の散歩が多い。2006.6.10 5:10


それぞれの好みの犬であるが、柴犬が多いのは日本人にしっくりするかららしい。


昭和女子大の一人の女性徒が「先生、ワタシ魚座の人と一緒にいると楽なんです」ということを話してくれた。「楽なんです」という言葉に深く感じるところがあった。仕事も職場も宗教も伴侶も「心が楽」であるというものでなければならない。「馬が合う」というのだろうか。「水が合う」というのだろうか。とにかく若い女性は「気持ちの合う」男性とめぐり合うということに「シアワセ」があると思っている。


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雪解けの富士、写真中央。 2006.6.10 5:10 あきる野市


かってあの赤い色彩の家はいかがかと思ったが、こうしてみると刺激的でいいかなーとも思う。


生徒の中にも職場でも家庭でも一人や二人、反抗的な「いかがか」と思える変な人物があったほうが面白いのではないだろうか。皆が平均的な無難な色だったらつまらないのかもしれない。英国は、共産党(それは赤色)を撲滅しようとしないで、言うがままやるがままにさせておいたらいつの間にか勢力が下火になたっという。日本やアメリカはこれを撲滅しようとした。英国は大人で一枚上の国である。深い宗教心があったのだ。


●早朝散歩で、大自然の美しさを称えた讃美歌75番を思い出した。この地球環境の自然は万物の霊長たる人間に管理を託されたものだから、大切に保護しなければならない。


口語訳 創  2:15
2:15 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。


讃美歌75番


1. もの みな こぞりて みかみ を たたえ よ,

 ハレルヤ, ハレルヤ

   光の もと なる ひ日を つ造り ましし

   みかみ を たたえ よ,

 ハレルヤ, ハレルヤ, ハレルヤ.

 

2. 月 かげ さやか に み空 に かがやく,

   ハレルヤ, ハレルヤ.

   きらめく 星をも 静かにみちびく

   みかみ を たたえ よ.

 ハレルヤ, ハレルヤ, ハレルヤ

  

3. 小川 の ながれ は ほめごと ささやく,

   ハレルヤ, ハレルヤ、

   実り も 豊けき 大地を 与えし

   みかみ を たたえ よ.

 ハレルヤ, ハレルヤ, ハレルヤ

 

4. 世の 悩み も 死 も いかで おそる べき,

   ハレルヤ, ハレルヤ、.

   たがい に 助ける心を  賜いし

   みかみ をたたえ よ,

   ハレルヤ, ハレルヤ, ハレルヤ.





●この讃美歌の作者はあの聖フランシス。まー、人類が作った詩の中で最高のものだと思う。万物の霊長たる人間が被造物に向かって「オイ、みんな神を称えるんだ」と命令している。●14:00町田の武集会。ヨブ記第3回。感想でわたしは「ヨブの妻」は悪妻と言われているが実際は食事を作ったり洗濯掃除をしていたのではないかと弁護した。




新改訳 ヨブ 2:8-10
2:8 ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。
2:9 すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」
2:10 しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。




●トミ子は明日のコンサートのゲネプロ、オケ合わせ

 


 


 


 


 


 

→ more・・ ・
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逆境の人々、日本編 ++++++++ 所感

2006/06/09 07:35

060609(金)4時45分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。地方周りの楽団に歌手として誘われたが、仕事は歌以外に荷物運び。その楽団は3ヶ月で潰れる。仕方なく、日雇い、ガラス工場の手伝い、水飴の行商、新聞や牛乳の配達などをする。生きていくのが精一杯。・・・・・人間は一度はこういう経験が必要。●ネットで「逆境の人々」に出会い、目が洗われる。人生観が変わった。これという働きをした人は幼少か若き日に「自ら望まない」不幸や逆境にあっている。http://qt.quu.cc/gyakkyo111.htm


これをパターン分析すると次のとおり。日本編。(スポーツ)は省略、海外編は後日にする。


幼少で親(片親、両親)と死別・・・・・(文芸・作家)紫式部、滝沢馬琴、松尾芭蕉、小林一茶、鴨長明、尾崎紅葉、川端康成、大江健三郎、石川達三、正岡子規、樋口一葉、志賀直哉、武者小路実篤、泉鏡花、島村抱月、田山花袋、岩谷小波、北条民男、鈴木三重吉、種田山頭火、久米正雄、河井酔茖、坪田譲治、島木健作、野間宏、福永武彦、広津和郎、立原正秋、井上靖、井上ひさし、甲田文、田中澄江、野坂昭如、五味康祐、柴田錬三郎、山口誓子、近藤啓太郎、一色次郎、開高健、織田作之助、阿久悠、なかにし礼、五木寛之、久留島武彦、中村真一郎、永井路子、(武将・軍人)豊臣秀吉、織田信長、加藤清正、平清盛、上杉謙信、毛利元就、竹中半兵衛、山中鹿之助、源頼朝、源義経、足利義政、坂本竜馬、大石良雄、山岡鉄舟、井伊直弼、近藤勇、島津斉彬、(政治家) 聖徳太子、明治天皇、犬養毅、大隈重信、幸徳秋水、渡辺美智雄、岩国哲人、桜庭康喜、福田昭夫、木村芳城、神近市子、橋本龍太郎、近衛文麿、(映画・舞台等) 田中絹代、八千草薫、高峰美枝子、浪花千栄子、宮城まり子、泉ピン子、桑野みゆき、上原美佐、江波杏子、森光子、仲代達矢、藤山寛美、いかりや長介、沢田正二郎、榎本健一、三波伸介、笑福亭仁鶴、伴淳三郎、鳳啓介、柳葉敏郎、田原俊彦、湯川れい子、樋田慶子、川上音二郎、玉川スミ、林家彦六、桂米朝、桂三木助、オスマン・サンコン、竹脇無我、加藤治子、岡田茉莉子、(映画界) 円谷英二、溝口健二、和田勉、(歌手) 三橋三智也、並木路子、雪村いづみ、山本リンダ、マイク真木、松尾和子、(作曲家・演奏家)古賀政夫、船村徹、山田耕筰、園田高弘、宮下富実夫、みなみらんぼう、(美術・画家・漫画家) 安藤広重、池大雅、岡倉天心、小林古径、富長一郎、長谷川町子、梶原一騎、おおばひろし、やなせたかし、(教育者) 福沢諭吉、新渡戸稲造、小原國芳、小泉信三、中村ハル、岩田英子、渡辺和子、(宗教家) 道元、法然、親鸞、慈雲、黒住宗忠、白隠、夢窓疎石、一遍、慈円、源信、明恵、叡尊、深田千代子、御木徳近、一尊如来きの、高岡智照、渡辺海旭、澤木興道、松原泰道、小谷喜実、暁鳥敏、佐古純一郎、伊藤友司、長谷川霊信、ひろさちや、(社会事業) 前島密、瓜生岩子、二宮尊徳、(財界人・実業家) 井深大、松下幸之助、嶋田卓弥、浅野総一郎、岩波茂雄、小林一三、松田重次郎、(学問研究) 居能忠敬、山本常朝、本居宣長、大塩平八郎、高野長英、中江兆民、田口卯吉、本明寛、鈴木大拙、田中耕一、長崎玄弥、渡部昇一、奈良本辰也、(医学健康術) 貝原益軒、杉田玄白、養老孟司、肥田春充、ナタ―シャ・スタルヒン、


幼少で親と離別、生き別れ、養子・・・・・(文芸・作家)夏目漱石、太宰治、高山樗牛、長谷川伸、川口松太郎、三木露風、菊田一夫、井上光晴、椎名鱗三、堀辰雄、下村湖人、戸川幸夫、高見順、井上靖、芹沢幸治良、丹羽文雄、(武将・軍人)徳川家康、宮本武蔵、(政治家) 上杉鷹山、木戸孝充、(映画・舞台等) 京マチ子、山口淑子(李香蘭)、乙羽信子、望月優子、立川志の輔、横山エンタツ、徳川無声、松旭斉天一、(歌手) 美川憲一、村田英雄、笠置シズ子、尾崎豊、葛飾北斎、(美術・画家・漫画家)伊東深水、(教育者) 中江藤樹、吉田松蔭、(宗教家) 鑑真、日蓮、栄西、良寛、蓮如、隠元、岡田光玉、出口なお、大谷光照、谷口雅春、西田天香、山室軍平、(財界人・実業家)早川徳次、(学問研究) 頼山陽、荻生徂徠、山鹿素行、林子平、(医術健康術) 楠本いね、池見酉次郎、


私生児か隠し子として出生・・・・(文芸・作家)小泉八雲、林芙美子、室生犀星、石川啄木、(武将・軍人)徳川吉宗、高橋是清、浅沼稲次郎、本島等、山田五十鈴、長谷川一夫、桂銀淑、淡谷のり子、(宗教家) 一休宗純、賀川豊彦、


親の離婚・不倫・不和・・・・(文芸・作家)西行、国木田独歩、遠藤周作、星野哲郎、向田邦子、壇一雄(政治家) 安部晋太郎、ミヤコ蝶々、宮沢りえ、タモリ、初代中村鴈治郎、東野英心、ビートたけし、前田美波里、(映画界) 山田洋次、(歌手)安室奈美恵、森進一、鶴田浩二、船木一夫、越路吹雪、山口百恵、新垣勉、宮城道雄、(作曲家・演奏家)フジ子・へミング、(教育者) 森信三、(宗教家) 牧口常三郎、


貧困家庭の育ち・・・・(文芸・作家)山本有三、菊池寛、吉川英治、小林多喜二、松本清張、与謝野晶子(映画・舞台等) 高峰秀子、原節子、岸本加世子、花菱アチャコ、(歌手)三波春夫、(作曲家・演奏家) 喜多郎、(美術・画家・漫画家) 東山魁夷、竹久夢二、(財界人・実業家) 石橋正二郎、本田宗一郎、豊田佐吉、(学問研究) 渡辺崋山、小柴昌俊、志賀潔、


重い病気、怪我・・・・(文芸・作家)藤原定家、甲田露伴、芥川龍之介、三浦綾子、岡本綺堂、、(武将・軍人)伊達正宗、乃木希典、山本五十六、田中角栄、テリー伊藤、6代目中村歌右衛門、黒柳徹子、(歌手)竜鉄也、島倉千代子、(美術・画家・漫画家)棟方志功、平山郁夫、山下清、星野富弘、(教育者) 広瀬淡窓、(宗教家) 岡田茂吉、中山ミキ、(宗教家) 千石剛賢、五井昌久、(財界人・実業家) 原安三郎、(塙保己一、(学問研究) 西田幾多郎、池田澄子、(医術健康術) 野口英世、


自らの失恋・不倫・・・・(文芸・作家)島崎藤村、北原白秋、


自殺未遂・・・・(武将・軍人)西郷隆盛、(映画界) 黒沢明)


・・・・・・未完・・・・・・(スポーツ)は省略した。海外は後日にする


●これを見ると、両親健在で健康で適当にお金がある場合は、タイシタ者にはなれそうにない●母はまだ歩けにないときに生母と生き別れるという逆境であったが、それは母だけのことではないことを知った●江戸東京博物館で「ナポレオンとヴェルサイユ展」。良くぞこれだけの絵画や遺品を集めたものだ。しかしナポレオンはカイザルと同じく「この世の王」。中学生の時にその戦術と統率力に舌を巻いて彼に惹かれたのであるが、高校生のときに「キングオブキングズ(王の王)」たるキリストに出あってナポレオンは色あせた。場内にはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が流れていた。ベートーヴェンも最初はナポレオンを尊敬していたが、後に見損なったと思ってその楽譜を床に叩きつけ、題名を「英雄の思い出のために」と書き直した。誰でもキリストに出会うと「人間」は色あせて見えるときが来る。


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夕日に映える我が家 めずらしい光景 2006.6.9 18:32


夕日は水平に射してくる。建物は午後の直射日光が一番熱を吸収する。


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二階の北の窓から撮影した奥多摩連山の夕陽 2006.6.9 18:34


家の配置設計の時、奥多摩連山が見えるように少し振った。


 

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刺の恩恵 ++++++++ 所感

2006/06/08 05:35

060608(木)4時目覚め、黙想、4時15分起床、閃き「人生の刺は恩恵」●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。父は仕事に苦労しただけあって実氏が歌手になることに最後まで反対した。しかしはじめての舞台で父からの祝儀が届いた。しかし中味は空。せめて「袋」だけでもという気持ち。父はあいかわらず貧乏だった。親に気持ちはあっても貧乏だと子供を泣かせる。しかし、貧困は子供を良くする条件。●あの村上世彰氏は小学生のころ親が100万円をわたしたという。株を買うために。そういう環境が村上氏を誤らせた●昨年のライブドア事件は背後に村上氏がいて「シナリオ」を書いたことが東京地検特捜部の調べで次第に明らかになってきた。ナルホド。読めてきた。堀江より村上が上手だったのだ●しかし事件の真相というものは「当事者でなければ分からない」ことがほとんどである。特捜部も「逮捕」が目的であるからうまい「シナリオ」を書くものだ●イエスが職業宗教家の妬みから「死刑」と断定されたのも「シナリオ」を書かれたのである。


塚本訳  マタ 26:59-66
26:59 大祭司連をはじめ全最高法院は、イエスを死刑にしようとしてしきりにイエスに不利な偽証をさがした。
26:60 しかし偽証は多く出たが、(証拠は)見つからなかった。最後に二人の者が出て
26:61 言った、「この人は『神のお宮をこわして、三日のうちに建てて見せる』と言った。」
26:62 そこで大祭司は立ち上がってイエスに言った、「何も答えないのか。この人たちは(あんなに)お前に不利益な証言をしているが、あれはどうだ。」
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」
26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。
26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。


●マスコミはNHKも含めて、特捜部が構築する村上氏を逮捕した「逮捕の理由」を納得する。その報道に踊らさせて国民もまたそれに納得する。しかし「ことの真相」は村上、堀江、宮内等にきり分からないものだ。●村上氏がこれを機会に「この世界」から身を引くと言ったのは賢明だ。なにがなんでも「逮捕」しようと思っている人間には弁解すればすればするほど逮捕の材料を提供することになる。●こういうときはイエスが言ったように、「そう言われるなら)御意見にまかせる。」(マタイ26:64b・・・原語でスーエイパス)と言っておけばよい。神はいつか真実を晴らしてくれる。●誰でも人生には一度や二度はこういう「苦境」に遭遇する。そういう時は何を言っても始まらないから神がいつか真相を晴らしてくれると信じて「なすがまま」にさせて「打たれるまま」にしておいた方がよい。イエスの教えがそうであった。「悪人に手向かうな」と。


塚本訳 マタ 5:38-45
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。


●パウロには「刺」があった。その刺とは何であったのか、わからない。癲癇とも眼病とも言われているが真相はわからない。


塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。


●肉の刺とあるから何らかの「持病」なのかもしれないが、私は同胞の悩みではないかとも思える。根拠は次のとおりである。


塚本訳  ロマ 9:1-5
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。
9:5 (また、アブラハム、イサク、ヤコブなどの偉大な)祖先たちは彼らのものであり、救世主も人間としては彼らから出られたのである。一切のものの上におられる神なる彼は、永遠に賛美すべきである、アーメン。


つまりイスラエルという「身内、親族」が「刺」だというのであろう。2節の「大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがある」と言うからである。これなら身近に感じることができる。パウロにとってはその身内親族の刺が故に「高慢」になれないのではあるまいか。(Ⅱコリ12:7)。つまりアイツはあんなカッコいいことを言っているが身内や親族に変な人間がいるではないかと言われる。そう言われると「高慢」の鼻がへし折られるのである。足を引っ張られるのである●ところがそれが「恩恵」だとパウロは言う。偉大なるかなパウロ。ここにイエスの次の言葉が響く。


塚本訳  マコ 8:34-36
8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。
8:36 全世界をもうけても、命を損するのでは、その人になんの得があろう。


●34節の「自分の」というところに注目し、これを強調すればよい。クリスチャンは各自にそれぞれ異なる十字架を負わされるもなのだ。パウロの次の言葉が響く。


塚本訳  ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。


塚本訳  コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。


●今朝の講話(?)はこれで終わり。・・・・どれくらいの人が分かってくれるのかなー。いいやいいや、発信のしっぱなしだ。たとえだれも分かってくれなくとも私としては「神につねられて」言うまでのことなのだ。


●「不幸のあとに静かな細い声が聞こえる」とは私の経験でもある。家が全焼した時は「天国の家は焼けない」「お前は人に教えて自分に教えないのか」という細い声が聞こえた。また脳内出血で意識不明のあとに癒された時は「お前の命は完全に私が握っている」という声が聞こえた。これは旧約のエリヤの体験でもある。


新改訳 Ⅰ列 19:11-13
19:11 主は仰せられた。「外に出て、山の上で主の前に立て。」すると、そのとき、主が通り過ぎられ、主の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風のあとに地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。
19:12 地震のあとに火があったが、火の中にも主はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。
19:13 エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て、ほら穴の入口に立った。すると、声が聞こえてこう言った。「エリヤよ。ここで何をしているのか。」



 




 


 

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天敵は神から遣わされた人 ++++++++ 所感

2006/06/07 08:01

060607(水)4時半目覚め5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。素人のど自慢大会に出たら、プロの楽団からから歌手としてスカウトされた。「ちょうど男の歌い手を探していたところなんです」という。人生にはチャンスというものがおとずれるものだ。それというのも遠藤実はただひたすら「東京の花売り娘」という歌ばかりを歌っていたからだと思う。なにか一つのことに秀でていれば目をつけてくれる人が出てくるものだ。「誘う」動機というのは「自分の方に不足の人間」を探すことである。「誘う」方の経済的利益のためである。ここに「市場原理」というものがある●過日のこと某氏から「○○氏は高橋さんを天敵のようにいやなヤツだと思っています」と言われた。また「高橋は塚本虎二の最も悪いところを継承している」「高橋は世の中の社会悪に気がついていない」との批判を受けている。この人たちは私の「天敵」である。なぜか。人間の活動や運動をすることが福音の展開だと思っていて使徒伝承を覆い隠しているから。●「高橋君、イエスの遺体が墓に残っていたとしても復活信仰はありうる」。こう言った人とも袂を断った。なぜか。彼は福音の敵であるから。●「初代キリスト教徒の天敵はローマ帝国ではなくしてグノーシス主義であった」●新約聖書全体がこれグノーシス主義に対決するために編集された。福音書というのがそもそもグノーシス主義に対決している。つまり「イエスは肉体をもってガリラヤ湖畔に生き、ゲッセマネで苦闘し、十字架につけられて血を流し、霊体ではあるが有体的に復活した」ことを報告している。●天敵は天から与えられた人間。だから努めて大切に扱わなければならない。祈りの心をもって。しかし天敵だから「鉄の額(ひたい)」をもって戦わなければならない。だから簡単に握手することは神の目的に反する。最後まで突っ張ることが相手に対して神の親切を実行することだ●私の天敵は日本における「グノーシス精神」「有体的復活の否定」「社会批判屋」。いずれも神が差し伸べた「福音」を素直に受け入れないで「自力」で「良くなろう、良くしよう」としている。彼らは福音だけの人間を「何もしないで手をこまねいて見ているだけ」と思っている。私が接触していつも感じることは彼らは神の力も祈りの力も知らない「不信仰の種」を根に持っている。●秋田県で実母が「我が子殺し」の疑い。最近の暗いニュースは「親殺し」「我が子殺し」。●殺人の動機は「心の中での憎しみ」。神の目から見れば「憎むことは即殺人」。●人類は罪なきイエスを殺した「神殺し」●過日職場で、「アンナヤツ早く死んでしまえばサッパリする」と思っただけで殺人だと語ったら、S君「そうだったらオレ生きていけないヨー」との答え、至言。人間は生まれつき「殺人者」なのだ。生まれ変わらなければ「殺人の心」は直らないのだ 。ここに宗教が必要なのにイマドキノのワカイモンはその不自由さを感じないのだから困る。自分の精神が羽交い絞めにされている不自由な身であるいことに気がついていない。


文語訳 マタ 5:21-22
5:21 古への人に「殺すなかれ、殺す者は審判にあふべし」と云へることあるを汝等きけり。
5:22 されど我は汝らに告ぐ、すべて兄弟を怒る者は、審判にあふべし。また兄弟に對ひて、愚者よといふ者は、衆議にあふべし。また痴者よといふ者は、ゲヘナの火にあふべし。


TEV マタ 5:21-22
5:21 "You have heard that people were told in the past, "Do not commit murder; anyone who does will be brought to trial.'
5:22 But now I tell you: if you are angry with your brother you will be brought to trial, if you call your brother "You good-for-nothing!' you will be brought before the Council, and if you call your brother a worthless fool you will be in danger of going to the fire of hell.



塚本訳 マタ 5:21-22
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。
5:22 しかしわたしはあなた達に言う、兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。


新共同 マタ 5:21-22
5:21 「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。
5:22 しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。


人間は生れつき「殺人鬼」。神によって生れ変わらなければその罪の不自由の中に呻吟するだけの暗い生涯。


塚本訳  ヨハ 8:43-44
8:43 なぜわたしの言葉が通じないのだろうか。(神から委ねられた)わたしの福音を聞く耳がないからだ。
8:44 (そのはずである。)あなた達は悪魔なる父の子で、父と同じ欲望を遂げようと思っているのだ。(人殺しをし、嘘をつくのは、そのためである。)悪魔は始めから人殺しである。(また嘘つきで、)真理に立ってない。彼の中には真理がないからである。だから彼は嘘をつく度ごとに、その本性を表しているのである。嘘つきで、嘘の父だからだ。


●男はその生涯において「天敵」を最後まで持ち続けなければならない。それがライフワークになる。天敵とは職場の上司や学校の教師や時の政府や自分の親や趣味サークルのライバルなどであってはならない。それは天敵でなく「文句の対象」であって、それに愚痴をいうことは悪臭を紛々と放つだけのこと。それは「小人」であって、歴史に貢献しない。真の天敵は神に無理に与えられて神と共に戦う。それはいやな仕事、負いたくない十字架なのだ●ルターの天敵はローマ法王、塚本虎二の天敵は「教会精神」「教会心」。十字架であった。だから真に歴史に貢献した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


●今日の「説教(?)はこれまで。あースッキリした。これ脳内出血再発予防のため、精神衛生上のため、医学的根拠あり。


 


 


 


 


 


 


 

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村上氏逮捕。金にひざをかがめない若者出でよ ++++++++ 所感

2006/06/06 08:55

060606(火)4時半起床●日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。父が病気、母親一人が働いて5人の子供を育てているのではどうしても上の学校である「新制中学に行かせてくれ」とは言い出せずに就職の道を選んだ。わたしにも似たような経験があるのでその気持ちがよく分かる。「一度でいいからご飯を腹一杯食べたかった」という。遠藤少年頑張れ●村上世彰氏が逮捕される。教育界全体が反省しなければならない。「金儲けのうまい」人間を送り出している。真の学問、真の教養、真の労働観を教えていないからこのような「実」ができた。少なくともカール・ヒルティ、内村鑑三、ラスキン、M・ヴェーバー、を深く読ませていればこんなことにはならなかったのに。「金儲けがなぜ悪い」と開き直ることを「恥」とも思わない人間になってしまった。神にではなく金に跪く人間を作り出した教育界の罪は重い。村上氏はあの灘高校出身で東京大学法学部卒だという。東大法学部の顔に泥を塗った●頭のよさも「金儲け」のために使われたとは情けない人生観だ。●しかし村上世彰氏の逮捕は日本人全体の罪、否、この私の罪。日本人全体および日本企業の全体が小なる村上、小なる堀江である。●金は必要である。魅力的である。金があれば慈善もできる。しかし魔物である。旧約聖書ではバアルというのは「豊穣の神」のこと、今日における「金」である●日本は今こそ「バアルにひざをかがめず口づけしない7千人」が必要だ。そういう若者出でよ!!


口語訳 Ⅰ列 19:18
19:18 また、わたしはイスラエルのうちに七千人を残すであろう。皆バアルにひざをかがめず、それに口づけしない者である」。


TEV Ⅰ列 19:18
19:18 Yet I will leave seven thousand people alive in Israel-all those who are loyal to me and have not bowed to Baal or kissed his idol."


●図書館でモーツアルトのCD4枚●図書館のリクエストカードにベートーベンのCDを52枚書き込む●秋田県で小学生が殺された。また別の県では子供が親を殺した。最近の事件には「親殺し」「我が子殺し」が多い。 これはどう考えたらよいのか。近親憎悪か。●近親憎悪ならば生理的にいたし方ないことだ。人間は生まれつき「殺人の心」を持っているのだから。その「殺人の心」は道徳では防ぎきれない。儒教道徳でも防ぎきれない。十字架による救いで生まれ変わらなければその「殺人の心」から自由になれない●人間の生まれつき備わっている「殺人の心」が罪なき神の子イエスを殺した。これは「神殺し」である。神が人間どもに殺された!!。しかしそれが人類に救いの道を開いたとは神のなさる業は測り難い。「イエスの復活は神の人類に対する復讐だ」という節もある。一面の真理。ただ「やられたのと同じことをやる」逆襲でなく、赦すという逆襲。


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種播く人 2006.6.6 あきる野市


播いた種が全部育つとは限らないのだろう。イエスの種まきの譬を思う。


塚本訳 マコ 4:14-20
4:14 種まく人は(神の)御言葉をまく。
4:15 道ばたのものとは、御言葉がまかれて、それを聞く時、すぐ悪魔が来て、その人たちにまかれた御言葉をさらってゆく人たちである。
4:16 同じく岩地にまかれたものとは、御言葉を聞く時すぐ喜んで受けいれるが、
4:17 自分の中に(しっかりした信仰の)根がなく、ただその当座だけであるから、あとで御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人たちである。
4:18 また他のものは、茨の中にまかれたものである。これは御言葉を聞くが、
4:19 (しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしやその他の欲が入ってきて御言葉を押えつけて、みのらない人たちである。
4:20 また良い地にまかれたものとはこれである、それは御言葉を受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちである。」


●思うように育たなかったものは、人間の手で撲滅しようとしてはいけないことをイエスは次のように言う。裁きは神に任せよというのである。


塚本訳 マタ 13:24-30
13:24 またほかの譬を群衆に示して言われた、「天の国は畑に良い種をまく人にたとえられる。
13:25 人々が(夜)眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦をまいて行った。
13:26 苗が芽生えて実を結ぶと、その時毒麦も現われた。
13:27 使用人たちが来て家の主人に言った、『ご主人、畑には良い種をまかれたのではないですか。すると毒麦はどこから来たのでしょうか。』
13:28 主人がこたえた、『敵のしわざだ。』使用人たちが言う、『では、行って抜き取りましょうか。』
13:29 主人が言う、『いや、毒麦を抜き取ろうとして、麦まで一しょに引き抜くかも知れない。
13:30 両方とも刈入れまで育つままにしておけ。刈入れの時、わたしが刈入れ人たちに言いつける、まず毒麦を抜き取り、束にしばって焼きすてよ、麦の方は集めて倉に入れよ、と。』」

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母ちゃん学校に来ないでくれ ++++++++ 所感

2006/06/05 08:09

060605(月)5時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。貧困で母親の着物がみすぼらしかった。遠藤少年はそれがいやでいやでたまらず「母ちゃん、学校に来ないでくれ」と言った。そのとき母親は「そうかい」と言ったままだったという・・・・・・悔いの文章●人はいやでたまらなかった人間に対し、その生前に「ごめんなさい」という機会を逸することもある。それは永遠の悔い。これは神にきり赦されないことだ。でも神はそのことも赦してくださる。「イエス様ごめんなさい」●私のブログを見た人から「私もヒルティを読んでいます」とのコメントが入る。●私のHPの主眼は日記ではなくBbB(聖書で聖書で読む)。現在BbBのアクセス数は月間約4千回だがこれを10倍の4万回にまで引き上げることが目標。男の野望。そのために充実向上。聖書を読むほどの人は必ずBbBを訪れるようにしたい。●村上世彰氏が逮捕される。ホリエモンとともに「拝金主義」の人生観が罰された。二人とも東大卒。真の教養がなかったなー。


塚本訳  ルカ 12:16-20
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。


●過日、村上氏はインタビューに対して「金儲けして何が悪い」と開き直った。そのとおりだが、神よりも金を愛したからまずかったのだ。東京大学はそういうことを教えないのでは最高の大学とはいえない。


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スワ、ツェッペリン号 2006.6.5 10:00 東京都中央区


村上世彰氏逮捕の宮中撮影らしい

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人は死の時を知らない ++++++++ 所感

2006/06/04 07:09

060604(日)朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。超貧困な育ち。家には床がなく砂地の上に布団を敷いていた。刑務所の刑務官になった父親からの仕送りも足りなかった●集会は高橋新一(司会)、高木博義(詩編)、高橋照男(神の義はその福音のうちに現われ・・・・HPの使徒伝承にアップロード済み)●午後、「黒崎幸吉記念キリスト教講演会」今井館。講演者は小島拓人、日永康。大島智夫ご夫妻に御挨拶した。


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大島智夫先生、恵美夫人 2006.6.4 今井館聖書講堂


大島先生(横浜市大名誉教授、医学博士)には40年にわたり信仰の御交誼を頂いている。


大島家は無教会三代。恵美夫人は黒崎幸吉先生の令嬢。


●本日の司会者が朗読した聖書の個所(コヘレトの言葉9章12節)に感じた。


新共同 伝  9:12
9:12 人間がその時を知らないだけだ。魚が運悪く網にかかったり/鳥が罠にかかったりするように/人間も突然不運に見舞われ、罠にかかる。


●私の余命は19年だが、実はそれは分からないことで、もっと短いのかも知れない。


●これに関する関連個所を調べた。


塚本訳 ルカ 12:20
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

 

口語訳 Ⅰテモ6:7
6:7 わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。

 

新共同 詩  39:5-6
39:5 「教えてください、主よ、わたしの行く末を/わたしの生涯はどれ程のものか/いかにわたしがはかないものか、悟るように。」
39:6 御覧ください、与えられたこの生涯は/僅か、手の幅ほどのもの。御前には、この人生も無に等しいのです。ああ、人は確かに立っているようでも/すべて空しいもの。


塚本訳 マタ 24:35-36
24:35 天地は消え失せる、しかし(いま言った)わたしの言葉は決して消え失せない。
24:36 ただし(人の子の来る)その日と時間とは、ただ父上のほかだれも知らない。天の使いたちも知らない。

 

塚本訳 マコ 13:33
13:33 気をつけよ、油断するな。あなた達はその時がいつであるか、知らないのだから。

●N響アワーで「ブルックナー」を聴く。ブルックナーは「神の栄光」の為に作曲したらしい。知りたい。

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Get up ! In the name of Jesus Christ ++++++++ 所感

2006/06/03 08:47

060603(土)3時半に目覚めて寝付けず。床の中で黙想。風邪気味で起きるのをやめようと思ったが、「福音」のことを思ったら不思議に気力が湧いてきた。ルターを思った。ルターは病気になっても「福音」のことを思うと直ったという●「聖書の風」を執筆。その結論。子や孫に伝えたい言葉。Get up ! In the name of Jesus Christ. ●かってのこと。近くの神社の絵馬に「主人の病気を直してください」とあったのを読んでジーンと来たことがあった。これぞすばらしい夫人。これぞ「彼にふさわしい助け手」である。


口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


●「アノ人(主人)は私がいないとダメなんです」という夫人は神の創造にかなった存在になっている。これぞ夫婦は一体の姿。


塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。


●朝風呂で日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。貧困の育ち。ある日、どうしても駄菓子屋の菓子が食べたくて母親の財布から小銭を盗む。父親がそれを見つけて警察に突き出す。大泣きして警察から帰る時に聞こえてきたのが東海林太郎の『旅笠道中』。「夜が冷たい 心が寒い 渡り鳥かよ 俺等の旅は」。「魂をつかまれたようだった。自分の心境を言い当てられた不思議さに包まれ、新たな涙があふれ出てきた」・・・幼き日のこの苦い失敗が作曲家遠藤実の原点らしい。人生は罪も失敗も汚れもこれまた益となる。激怒して我が子を警察に突き出した父親。この厳しい父にしてこの子あり。●激怒されない子供は私生児。


新改訳 ヘブ 12:6-8
12:6 主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」
12:7 訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。
12:8 もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。


TEV ヘブ 12:6-8
12:6 Because the Lord corrects everyone he loves, /and punishes everyone he accepts as a child."
12:7 Endure what you suffer as being a father's punishment; your suffering shows that God is treating you as his children. Was there ever a child who was not punished by his father?
12:8 If you are not punished, as all his children are, it means you are not real children, but bastards.


●私は父には叱られた覚えはないが、母にはよく叱られた。その父も母もすでにいない。叱ってくれる人がいない人生は淋しい。●墓に布団はかけられないという


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西東京陸上競技大会 2006.6.3 10:00 秋留台公園陸上競技場


この姿勢でどの人が速いか大体見分けがつく。普段の生き方の姿勢で人物がわかる。


信仰は一言半句で程度がわかる。ダメな人間には話しても無駄だから離れたほうがよい。


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武義和、「新しい歌を歌おう」。2006.6.3 13:30 今井館聖書講堂


左から高橋照男 武義和 高橋トミ子


武義和氏には子供たちが世話になった。武義和氏作曲のものを数曲全員で合唱した。武義和氏はフォルケホイスコーレという施設を開いて「とじこもりや引きこもりの子どもを預かっている」。苦労の多い尊い仕事をされておられる。義和氏はノルウェーとオーストラリアからの友人を引き連れてこられた。懇談会の席で私も少し話した。音楽の世界には「教派」争いはないと感じた。


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夕食、2006.6.3 17:30 品川「つばめグリル」


左から高橋照男 高橋トミ子 伊勢初音 伊勢愛子


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孫娘の初音はソフトクリームをペロッと食べてしまう。2006.6.3 17:30 品川駅





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人口減少の原因は「生きる喜び」の欠如 ++++++++ 所感

2006/06/02 06:31

060602(金)4時15分起床●朝風呂で日経、第一面「出生率1.25少子化が加速」。主な言葉を拾う、「死亡数が出生数を2万1000人上回り、1899年以来初めて日本人の人口が自然減になった」「出生率が低下したのは、女性の初婚率が上がったことや結婚してから子供を産むまでの期間が長くなったことが主因」●日経は一歩突っ込みが足りない。マスコミの見解の限界。私に言わせれば「生きる喜び」「家庭生活の喜び」「子育ての喜び」「子供が多いことの喜び」の欠如である●夫婦仲が悪いと子供は結婚したがらないのは事実。結婚してもシアワセソーではないと思ってしまうから。頭の中に「結婚生活や家庭生活の喜び」の情報が刷り込まれていないから。私はそういう例を複数知っている●この問題に対する昨夜のNHK。独身女性へのインタビュー。「一人でいるほうが気楽」との答え。アー亡国。こういう女性と結婚してはいけない。●人間、なぜ「生きる喜び」が欠如しているか。答えは簡単。「生命の源である神」に帰依していないから。そういう人の人生観は金、数値、点数、人を支配すること、人に勝つこと、健康、学歴、地位、マイホーム、ブランド、美しくなること、などが「生きる喜び」だから。それは真の喜びでない。そういうものを追及して行き詰まることは結構なことだ。なぜならそれは本当の「喜び」でないことを悟るから。しかし挫折でも悟らない「愚かモノ」がいる。挫折しても「目の覚めないタワケ」がいる。●企業が左前になると社員の「自然減少」を画策する。定年退職者より新入社員を少なくして、「血を流さないで」社員数を減少させる。頭のよい方法だが、数年先には「労働力不足」になって今より惨めになる。これ私の経験。落ち目の会社のパターン。日本は全体的に落ち目。人口減少にそれを見る。●日経「私の履歴書」は作曲家の遠藤実。父親は仕事がうまくいかずにいろいろなことをやる。紙芝居もやった。しかし子供の躾は厳しかった。激しくぶたれても父親を恨まなかった実氏は偉かった。あるとき40度の熱で助からないと思われたが、父親が購入してきた漢方薬で奇跡的に助かる。この父にしてこの子あり。●某氏に礼状。これはパソコンでは書けない。●橋本次長と懇談●午後は日本建築積算協会コストスクール10周年記念講演会。講演者の一人伊藤滋先生(早稲田大学特命教授)と初対面挨拶●懇親会で挨拶をする。「10年一昔という。学問の世界での定説は10年かかる。コストスクールは10年であるから当初の企画は間違っていなかったことの証明になった」●NHKTVで「ビザンチン帝国の歴史」。帝国が4世紀頃から1000年も続いたのはイスラム教との宥和共存。気に入らない者を排除することは「賢い策」ではない

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悪いことはいつか神が直してくださる ++++++++ 所感

2006/06/01 09:48

060601(木)4時半起床。●朝の黙想「悪いことはいつか神が注意してくださる。直してくださる」。ヒルティがしばしば言う言葉。「この世は倫理的世界秩序でできている」ということを固く信ぜよ」。藤林先生は集会の運営の方法として「(信仰上の)悪いことは神が直してくださる」と言われた。これ至言。教会内(集会内)の人の信仰が間違っていると思われても悩んで「カッとしないで」、神がいつか必ずその人に注意して下さると思っていればよい。人間が人間を注意しなくても良い。これ楽な人生観。讃美歌90番3節を思う。


讃美歌90番


3. ここ も 神 の 御国 なれば,

   よこしま しばしは ときをう とも,

   主 の 御胸 の やや に なりて,

   あめ つち つい に は ひとつ と ならん.



●偉人はその時代においては常に異人である。名建築はその時代にとっては常に前衛である。つまりこれといういう人物や作品は初めはその時代に「不適応」であった。●さらば「不適応者」は嘆くことなはない。不適応者の悩みは神の悩み。不適応者の最たる人物イエスは次のように言った。





塚本訳 マタ 13:57
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」





塚本訳 ルカ 4:24
4:24 また言われた、「アーメン、わたしは言う、いかなる預言者も、その郷里では歓迎されない。





TEV ルカ 4:24
4:24 I tell you this," Jesus added, "prophets are never welcomed in their hometown.





塚本訳  ヨハ 4:44
4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。


●朝風呂で日経「私の履歴書」は今月は作曲家の遠藤実。父親は「屑屋」で貧鉱の育ち。父親は望んで「屑屋」になったのではあるまい。貧困家庭に育つ子供には「心の底」から応援したい気が起こる。イエスもそうであったに違いない。伝説によれがイエスは若き日に父を失った。幼い弟妹を抱えてイエスは大工の仕事に就いた。「幸いなるかな貧しき者」という言葉は彼の実人生から生れた言葉だ。●貧困はなぜ幸いか。私の経験。①額に汗して働かなければならないから。ヒルティは「汗は血の薬」だと言った。ゆがんだ人生観や精神は「肉体労働」で健全になる。②家庭は貧困のほうが夫婦の対話が清くなる。「どうしよう、どうしましょう」という思いは大抵は子供のこと、食べること。それは常に他者のことで建設的である。逆に金余りになるとその使い道で人間の醜い欲望が噴出する。赤貧は辛いが、適当に緊縮財政のほうが幸せである。資本主義の原動力は「倹約」だと指摘したのはマックスヴェーバー。





●牧師、伝道者、必ずしも生れ育った教会(集会)では尊敬されない。心の中で「あの若僧に教えられてたまるか」と思う悪い長老やその夫人たちがいるからである。 これ宿命である。●某氏からシロアリ被害で相談。そこで、(財)文化財虫害研究所03-3355-8355の山野勝次氏に問い合わせ相談。専門のことは専門家に聞くのが王道。



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農業する老婆 2006.6.1 あきる野市

この辺の農家も農業では生活できない。自分の家で食べるだけのものだという。

農業自給率の低い国は国際的な発言も弱い。農業の仕事で「食べられる」国にならないと日本も底力がでない。










2006年6月 平成18年 満62歳11ヶ月  職場完全退職まであと2年10ヶ月


         平均余命19年 死亡原因はおそらく癌。 19年はすぐだ。 


         




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