to 日記と感想 2007年11月07日
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


身代わりの祈りに効果あり ++++++++ 所感

2007/11/07 07:08

071107(水)5時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書、野村證券元会長の田淵節也。1943年、京都大学入学のときに応召。人間魚雷の特攻になったが、死なずに済む。軍隊の嫌な面を体験。そして終戦。これを一回分の紙幅でまとめたのは見事。●人間「嫌なことも肥やし」になる。●昨日のブログへのコメント(公開)に触発されて「身代わりで祈ること(代祷ともいう)の効果」について黙想。この観点からすると聖書は実はそのことの記事が多い。その数々を思い浮かぶままに下記に記す。


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ルカ   2: 25 塚本訳


さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。


ルカ  23: 34 塚本訳


するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』


塚本訳 マタ 8:5-6
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」


塚本訳 ルカ 4:38
4:38 イエスは立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。シモンの姑がひどい熱病に苦しんでいた。人々が彼女のことを願うと、


塚本訳 マタ 8:16
8:16 夕方になると、人々は悪鬼につかれた者を大勢イエスのところにつれて来た。イエスは言葉をもって霊どもを追い出し、また一人のこらず病人をなおされた。


塚本訳マコ 2:3-5
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」


塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳マタ 9:18
9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」


塚本訳マタ 9:32-33
9:32 ちょうど二人と入れ違いに、人々が悪鬼につかれた唖をつれて来た
9:33 悪鬼が追い出されると、唖が物を言うようになった。群衆が驚いて、「こんなことはかってイスラエル人の中で起ったためしがない」と言った。


塚本訳 マタ 12:22
12:22 そこに、悪鬼につかれた盲の唖をつれて来られたので、それをなおされると、唖が物を言い、目が見えるようになった。


塚本訳マタ 15:30
15:30 大勢の群衆が足なえ、片輪、盲人、唖、そのほか多くの者をつれてイエスの所に来て、足もとに置いたので、それをなおされた。


塚本訳マコ 9:20-23
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」


塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』


塚本訳ヨハ 4:47-50
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。


口語訳 ヨハ 15:13-14
15:13 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。
15:14 あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。


塚本訳Ⅰコリ7:13-14
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。


塚本訳  黙  18:16
18:16 言うであろう、『禍なる哉(ウワイ)、禍なる哉(ウワイ)、大なる都、細布と紫と緋の衣を着、金と宝石と真珠とにて(身を)飾っている者、


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●身代わりの祈り、隠れたる祈りについて回想すること。


①私の妻は長男に乳を含ませるときにはまず祈ってからした。幼子の代わりに祈った。


②私が15歳のころ、教会に通うようになったある日、父はわたしに内緒でそこの牧師を訪問、「どうか息子を救ってくれ」と願ったそうである。わたしはそのことを受洗を決意したときに牧師から聞いた。「アーよかった。お父さんに頼まれていたのです」と。


③その後、私が無教会になったある日牧師を訪問した。帰るときにわたしの姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。きっと心の中で祈っていてくれたのだろう。もう40年以上も前のことになった。


③無教会の某婦人が私に言った。「今の照男さんがあるのは、お父さんのお祈りがあったからですよ」と。私はそのときはピンとこなかったが、最近わかるようになった。祈りは相手に知られないように祈るものだと。愚鈍なる私よ。今頃わかったのだ。


塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


④父の臨終のときわたしは耳もとで「ロマ書8章!、ロマ書8章!」と」叫んだ。私はこのとき代祷の心であった。父はロマ書8章が好きで、特にその26節は耳にタコができるほど聞かされた。


塚本訳 ロマ 8:26
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。


⑤中沢樹先生は常に「葬儀は故人の罪の赦しを願う代祷でなければならない。故人に呼びかけたり、故人の徳をたたえるものであってはならない」とおっしゃっておられた。


●プロテスタント教のほとんどは、救いは本人の「信仰告白」にもとづくという教義である。幼児洗礼を否定した「再洗礼派」などはその典型的なものである。これに反してカトリックでは臨終に際して本人の信仰にかかわらず、周囲の願いで神父が「終油」の秘蹟を行えばそれで救いが得られるらしい。●今朝の勉強で、聖書を公平に読めば五分五分か。●黒田隆氏から電話。英語のエコノミーは家政、フランス語ではエコノミエ、ギリシャ語のオイコスは家、オイコノミスで家政、ラテン語ではオイコノミヤ。これで建築経済の担い手は女性であることをひらめく。昭和女子大に招かれて、建築経済、建築積算を講じるように導かれた意味が見えてきた●守から電話●音楽DVDでヴェートーヴェン。激しく人付き合いの下手なヴェートーヴェンがなぜあのような美しい音楽を作曲できたのか。天才は人付き合いが下手と考えれば納得がいく。パウロもイエスも人付きあいが下手であった。その美しさは願望であったのか●音楽DVDでチャイコフスキー。彼は同性愛者であり、最後は自殺。ずばりと解説している。チャイコフスキーの音楽も美しいがその人生は悲劇であった。彼の音楽の美しさもあるいは願望だったのかもしれない。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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