to 日記と感想 2007年11月19日
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


バッハ「イエスよ、わが喜び」 ++++++++ 所感

2007/11/19 06:53

071119(月)4時半目覚め。朝の啓示「イエスよ、わが喜び」●朝風呂で日経「私の履歴書」は野村証券元会長の田淵節也。単なる「株屋」から銀行にも匹敵する金融界の「雄」に成長していく様子・・・・・・・それはトップの資質、良い世界観人生観宗教観による。有名大学を出ただけでも心は金まみれの低級な思想であったら企業は伸びない。なぜか。天が味方をしないから。その前に人心に軽蔑される。市場における企業イメージが落ちる●アイツは遊び人だ。ディレッタンティズムだ。雑学知識を教養と思っている。接待ゴルフのやりすぎだ。あんなことでは高貴な良い発想は出ない。●「聖書勉強の三種の神器」の第三番目「SWORD]をインストール。30分でできたのはインストールの解説(息子の恵の作成)が親切にできていたから。今後はこのインストールマニュアルをさらにわかりやすくする。●今朝のひらめき「イエスよ、わが喜び」に関連する黙想。●「喜び」にはいろいろある。第1は知の喜び。学ぶことは喜び。知ることは喜び。それによって目が開くことは喜び。これは大脳皮質。これは知性。第2は肉の喜び。健康、病気の回復、食欲、性欲、金銭欲、など。これは身体性にかかわること。第3は精神的喜び。音楽、アーキテクチャー、恋愛、交流、子育て、社会的地位、これらは右脳や心に関すること。精神性。そして第4は霊の喜び。聖霊に満たされること。神との交わり、祈り、これは宗教性。靈性。近代人はこの第4の喜びが欠落しているといわれる。しかし人間としてはこの第4がないと真の幸福観がない。満たされない。この喜びを体験しないと人生は不満足。人間としてバランスが取れてない。逆に1~3の喜びが不満足でもこれがあれば人生は喜びである。幸福感の基礎である。第4が満たされるとき1~3の喜びは色褪せて見える。争いも止む●ではこの「霊の喜び」とは何か。近代人に「霊」と言うと、教養のない人間は「すぐオカルト宗教」を連想するがそれは誤り。メジャー宗教での「霊」はその宗教の本質。メジャー宗教であっても靈性が欠如すると宗教が学問や、ヒューマニズムの社会運動に変質する。●靈性のない音楽や絵画は命がないから一流の域には到達できない。●福音書における「霊の喜び」をTSKで検索。


ルカ   1: 47 [塚本訳


わたしのは、『救い主なる神を喜びたたえる、』


ヨハ   3: 29 [塚本訳


花嫁を持つものは花婿である。花婿の友達は花婿のそばに立っていて耳を傾け、花婿の(喜ぶ)声を聞いて喜びにあふれるのである。(花婿の友達である)わたしのこの喜びは、いま絶頂に達した。


ヨハ   15: 11 [塚本訳


このことを話したのは、わたしのもっている喜びが(また)あなた達のものとなり、あなた達のその喜びが完全なものとなるためである。


ヨハ   16: 20 [塚本訳


アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。


ヨハ   16: 22 [塚本訳


だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない。


ヨハ   16: 24 [塚本訳


いままであなた達は何一つわたしの名で(父上に)お願いしなかった。(わたしがまだ父上の所に行かなかったからである。しかし今は)お願いせよ、そうすれば戴ける。あなた達の喜びが完全なものとなるためである。


ヨハ   17: 13 [塚本訳


しかしわたしは今あなたの所に行きます。(だから彼らのことをお願いします。)そして(まだ)この世にいる間にこれを申し上げるのは、(彼らがこの祈りをきいて、自分たちがあなたに守られていることを信じ、)わたしのもっている喜びを、彼らも自分で完全にもつことが出来るためであります。


●バッハ「イエスよ、わが喜び」BWV227。ストクホルムバッハ合唱団+ウィーンコンツェントゥすムジクス+アーノンクールで鑑賞。バッハは霊に満たされていたので名曲を作曲できたのだ。


 

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