to 日記と感想 2008年05月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


信仰のあつい人は東から西から ++++++++ 所感

2008/05/31 08:12

080531(土)4時15分起床。●朝風呂で明日の感話の練り直し。建築設計と同じで、最後の最後まで直したくなる。●津上毅一編「藤林益三」は260冊送付した。この作業で悟ったこと。①今や無教会は先生ではない、集会ではない、それでは何か。「個」である。神は人間を「個」を対象に個別に救う。②しかもその個は全国的である。「東から西から」である。次の聖句が浮かんだ。●信仰のあつい人は都会ではなく地方の田園地帯にいる。

塚本訳  マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

塚本訳 ルカ 13:28-29
13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:29 また人々が『東から西から北から南から』来て、神の国で宴会につらなるであろう。

●名作は田園から生まれる。ベートーベン「田園」、コロー「フォンテンブローの思い出」、ジイド「田園交響楽」 ●しかし東急田園都市線は混みすぎてイマイチ。●池谷医院。待たされて困った●塚本虎二「イエス伝」の「富める若者・上下」を読む。学問的水準の高さと信仰の深さを兼ね備えた人物としてまず追い越せる人物は出るまい●学問は日進月歩だからその水準はいつかは追いこす人物が出るだろう。しかし正統信仰には水準の上下はない。本物か偽物かのどちらかである。この正統信仰(使徒伝承)は継承しなければならない●K氏邸、流し回り設計、カビ対策●明日の感話のプリント●藤林出版会会計●忙しい、忙しい●妻は明日の合唱講演ドヴォルザーク「スターバトマーテル」の最後の練習に行く●津上毅一編「藤林益三」を贈呈した、某出版社社長から「立派な本だ」と誉められうれしかった。プロの言葉。ただし、あまり売れないだろうという予想。売れなくていいのだ。信仰なき者に「わかるはずはない」。


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人間関係の溝 ++++++++ 所感

2008/05/30 11:27

080530(金)出勤日。4時半起床●朝風呂で次回の「感話」の黙想。●「藤林益三」本の発送のため小雨のなかをポストまで自転車。6時半の収集が一番。昨夜からボチボチお礼の電話やFAX。収穫の喜びもかくやである。●「感話」の一部。「信者と不信者との溝」について黙想し、プリントをまとめた。

    「救われる人は少ないか」の質問に対するイエスのチグハグな謎の返答。

 

誰もが真に身内のことで心配すること。チグハグなイエスの謎の答え(

 

塚本訳 ルカ 13:23-24

13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、

13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから

 

塚本訳 ヨハ 14:22-24

14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」

14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。

14:24 (しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わたしを遣わされた父上の言葉である。

 

塚本訳 ヨハ 21:20-22

21:20 ペテロが(ついて行きながら)振り返ると、イエスの愛しておられた弟子が(あとから)ついて来るのが見えた。この弟子は(最後の)夕食の時に、イエスの胸にもたれかかって、「主よ、あなたを売る者はだれですか」と言った者である。

21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」

21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。

 

   イエスはなぜ「謎の返答」をしたのか。救いは神の自由なる主権によるから。

 

塚本訳 ヨハ 14:21-24

14:21 わたしの掟をたもち、これを守る者、それがわたしを愛する者である。わたしを愛する者はわたしの父上に愛され、わたしもその人を愛して、その人に自分を現わすであろう。(だからわたしを愛する者だけが、わたしを見ることができるのだ。)

 

塚本訳 ヨハ 3:6-8

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

    神の自由なる主権により、その姿や真理を現していただけた人が信仰を得る。

 

塚本訳マタ 16:17

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから

 

塚本訳ヨハ 1:13

1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである

 

塚本訳 ルカ 24:45-47

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

 

塚本訳 使  16:13-14

16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。

16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた

 

塚本訳 使  10:40-41

10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。

10:41 (ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです

 

塚本訳 ロマ 9:19-21

9:19 するとあなたはわたしに(抗議して)言うにちがいない、それでは、なぜ神はなおも人を咎められるのか。(御自身が人の心を頑固にされるのなら、)だれも神の意志に逆らうことはできない訳ではないかと。

9:20 ああ人よ、いったい君は何者なれば、神に口答えをするのか。『作られたものが作った者に向かって、「なぜ『わたしをこんなものに造ったか」と言えるだろうか。』

9:21 それとも、『陶器師には、』同じ『粘土』の塊で、一つは尊い用途の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか

 

塚本訳 ルカ 2:14

2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり

 

    信仰と不信仰の間にあるどうしても超えられない溝。肉親親子別れの悲劇。

 

塚本訳 ルカ 16:26

16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

 

塚本訳 ルカ 22:67-71

22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、

22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

 

新共同 Ⅰコリ1:18-19

1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

1:19 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」

 

新共同 Ⅱコリ 6:14-15

6:14不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。
なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性

があろう。"キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう"

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出勤途中 神田の「丸石ビルディング」(登録有形文化財)

入口にあるスフィンクスのような像二匹。歴史を見ているようだ。

2008.5.30 10:05

 


 

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「売家と唐様で書く三代目」は真理だ ++++++++ 所感

2008/05/29 13:15

080529(木)4時半起床●K氏邸基本設計検討。もう一息。建築には「ここぞ」という面白いところがなければならない。できたら楽しいだろうなーというところ。胸がワクワクドキドキするところ。建築は外部の景色を取り込むことがミソ。私の家は奥多摩連山が見えるように配置した。●「売家と唐様で書く三代目」は江戸時代の川柳。企業、政治、天皇家、などみんなあてはまる。初代は字など習う暇もないほど忙しく苦労して働いて財をなす。二代目はその親の光でなんとなく継承するが、三代目ともなると初代の威光も消えて、持たなくなる。しかし坊ちゃん育ちであったために学問や手習いで「唐様」の文字は書ける。しかし書く内容ときたら親の財産を売却するために唐様で「売家」と書くのだ。という皮肉の川柳。●笑ってはいられない。無教会も初代の内村は苦労、二代目も苦労。しかし三代目がいけない。苦労せず「聖書でメシを食う」人間が出てきた。そしてその人物がいなくなると集会も持たなくなって衰退。雲散霧消。まさに「売家」。しかもその文字は手習いのギリシャ語かヘブライ語。あー、だれが悪いともいえない。天の摂理だ。●ルター派も100年たつと「売家」、無教会も内村以後100年。そろそろ「売家」状態。繁盛しなくなった●しかし地上の集団としての無教会は消滅しても、神の所に無教会はあって、神はいつの世も「個人」を建てる。●川柳の解説によれば、三代目の特徴を次のように言う。財があるので遊び人になり、放蕩する。暇な遊び人の俗っぽい人間が多くなる。初代の側近が生きている場合は、煙たいのでその人たちを遠ざける。そして自分に対する「イエスマン」(たいていは俗人)だけを周りに集めて徒党を組んで初代とともに苦労した側近をよくは言わない。●三代目で企業を存続させる人物は大したものだ。●私が勤めた会社で3代目に潰れたものがあった。学者で苦労知らずであった。あー、どの世界もこれは真理だ。

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あれは魔が差したのだ ++++++++ 所感

2008/05/28 17:04

080528(水)4時半起床●朝風呂で日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。●藤林本贈呈に当たっての挨拶状3通。●K氏邸基本設計。難航。8合目。●11:50一年がかりの津上毅一編「藤林益三」が完成、610冊到着。早速妻と発送作業。複雑なので妻と戦争状態。妻「さっき言ったことと違うじゃないの」。私「過去との食い違いを言われては困る。常に今言ったことが正しい」。この論理通るか●人生も過ぎ去った過去、失敗した過去はなかったことにしてくれ。あれは魔が差したのだということが通るのか。●それを通るように過去をすっかり清算してくれるのがイエスの血の贖い。十字架。この事実があって人生は息がつける。●裁判なんて簡単だ、人を裁けばよいのだ。被害者や国民の感情が納得のいくように裁けばよいのだ。そうではない。「取り返しのつかにことをしてしまった人」をいかに赦し救うかが大切なのだ。●しかしそれは人間にはできない。神にのみできることだ。●妻は夕方から合唱の練習で豊洲へ、モーツアルト「レクイエム」。11月プラハス・メタナホールでの公演準備。●今日は綿のように疲れた。
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気の毒な人に真の喜びを ++++++++ 所感

2008/05/27 16:37

080527(火)4時半起床●朝風呂でMシュミット著・小林謙一訳「ドイツ敬虔主義」。ドイツ敬虔主義」の消長に無教会主義の現状を見る。歴史上一瞬花咲くものでもよいのではないか。月下美人は年に一晩だけ咲く。それはそれはみごとな花だ。しかし朝になるとしぼんでいる。人間も、無教会も同じかもしれない。人間はいつまでも生きてはいられない。無教会また同じ。人間的延命処置は信仰薄き者たちの罪悪●菊岡敏郎氏逝去の知らせ。68歳。腰の低いよい人であった。●日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。専門分野のことで面白くない●K氏邸基本設計。ドラフト(草案)12までになった。夫人と打ち合わせ。台所や洗面は主婦の領域。使う人の思いを聞かなければ設計はできない。「すまい」の設計はオーダーでなければならない。ここがハウスメーカーの住宅がイマイチ伸びない原因。表向きはフリー設計という謳い文句だがいざ設計に入ると「あれもできないこれもできない」。そして少しでも珍しいことを要求すると高いものになる。●「藤林益三」本の発送名簿を作りながら悟ったこと。「無教会は先生ではない。集会でもない。それは個人である。神は個人をめがけて個人的に救う。大先生なく、集会も消滅しても、神が個人的に示す無教会主義による救いの真理はなくならない」。このことがわかったことが、藤林本編集の最大の益。●郵便局に行って「藤林本」の送料調査。●妻は東京文化会館に合唱の練習。ドボルザーク「スターバトマーテル」。16時出発。●引照集マタイ27章。●「黒崎幸吉著新約聖書デジタル化プロジェクト」でシドニー&福島とWEB会議●「気の毒な人に真の喜びを」。これ私のライフワーク。気の毒な人は世に大勢いる。真の喜びとは「永遠の生命」。気の毒なことの最大のことは「罪と死」。このどうしようもない苦悩から人間を救うのは神の福音。

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目からウロコが落ちる。 ++++++++ 所感

2008/05/26 20:51

080526(月)有給休暇。4時半起床●K氏邸基本設計。建築は基本設計段階で胸がワクワクドキドキしなくてはならない。コンサートと同じ。キリストの集会に行く時も同じ。●基本設計の段階で胸がワクワクドキドキしない「家づくり」はただちに中止した方がよい。コンサート、またキリストの集まりまた同じ●キリストの集まりは「霊の働きが中心」。ところが知的興味からの「勉強してきた話や身の上話の判断であってはならない。そういうものに興味を持つ人はその道の権威者につかなければならない。間違った教えをしているかも知れない●聖書は「素人読み」でなければならないが、歴史のことなどはその道の権威者かその道の専門家に任せなければ「間違ったこと」を教えかねない。個人的に勉強してきたことの発表は多くの人の時間を奪っていることになる。

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今朝の窓。樹の向こうに朝日。今年はハッとするような朝の景色がない。地球異常気象なのか。

2008.5.26 4:43

●「藤林益三」贈呈先リスト作成。無教会は先生でも集会でもなく「個」であることがわかって目からウロコ。●無教会集会は老齢化で間もなく消滅するが、無教会の真理はいつまでも神によって「個」が起こされる。

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神が姿を現す人 ++++++++ 所感

2008/05/25 20:47

080525(日)5時半起床●来週の感話の骨子を寝る。

金持ち(物持ち)も救われるか
①新約聖書によれば金持ち(物持ち)は救われにくいことになっている
②金持ち(物持ち)が救われにくい理由
③人間は財産を手放しにくい
④それでは一体誰が救われるのか
⑤「救われる人は少ないか」の質問に対するイエスの謎の答え
⑥イエスの謎の答えの背後にある秘密
⑦神が姿を現した人のみが救いを得る
⑧信仰と不信仰の超えられない溝の深さ。
⑨求めれば神が姿を現してくださる。

●妻と集会に行く。集会は長島、土肥、横田●単行本「藤林益三」の頒布方法について、小寺さんに報告してもらった。●頒布方法で個人を対象にすることで、目から鱗が落ちたような気がした。無教会は今や先生ではない。集会ではない。では何か。個である。●無教会が集会であるという考えが無教会を行き詰らせている。派閥争いやいがみ合いを起こさせている●神は個に姿を現すか真理を示す。これは旧約新約を通じての動かない大真理。今でも同じ。●集会後横田さんとキリスト教2000年の歴史に無教会は三位一体論は接続するかを話し合った。●無教会は三位一体の真理を概念で表現しなかった。そえが無教会のレゾンデートルであった。しかしどの教派よりも深く正統信仰を保持継承してきた。それを大脳皮質で認知する概念で伝承しなかった。よかったか悪かったか。●多分悪かった。神は見える形になってこの世にあらわれた。ロゴスとなった。●14:30国分寺丸井Lホールで砂土居さんが出演するコーラスを鑑賞。●妻は合唱の練習。

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人間は、相手の低さにまでは降りられない。 ++++++++ 所感

2008/05/24 21:39

080524(土)4時起床●K氏邸基本設計練り直し11回目。だんだん良くなる。なにせ住宅設計は5000回の判断ステップを踏む●13:30教文館ビルで「聖書セミナー第3回。本田哲郎フランシスコ会司祭「3つの聖書を翻訳して」。学者の説で訳した聖書が釜ケ崎のホームレスたちには通じないことを痛感。そこに入り込んで一緒になろうとしたが、貧しく低くなりきれなくて挫折。質問時間に私が次のように発言「今日の話は相手の低さにまで降りようとして失敗挫折したまでは感動的であったが、その後彼らと連帯して生きていこうという結論は竜頭蛇尾。それでは社会主義と同じだ」。●帰宅すると某氏から私の発言がよかったと「エールのメール」。ガッツポーズである。

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聖書セミナーの帰途。都会の雑踏の中で。春風学寮寮長太田修氏。

地下鉄銀座駅。

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17:00カザルスホールで中世音楽合唱団演奏会。指揮皆川達夫。カトリックの典礼音楽の落ち着きはどこからくるのだろう。会場で高木博義さんと会う。パイプオルガンはユルゲンアーレント。客席数511はちょうどよい。設計者は磯崎新。●妻はフォーレの「レクイエム」の練習。


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設計は変更の積み重ね ++++++++ 所感

2008/05/23 11:12

080523(金)出勤日。2時目覚め、これではイカン疲れると思ったが寝付けず、明け方に少し寝られて5時半起床。●朝風呂で日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。長崎の隠れキリシタンに興味を持つ。生涯に3度キリスト教に接近したというが、今回は3回目。私に言わせれば、学問(民族学)上の興味からのキリスト教への接近だから不純である。こういうアプローチでは信仰を持つには至らない。●黒崎註解デジタル化プロジェクトでシドニー&福島とWEB会議●K氏邸建築のことで夫人と打ち合わせ。「今頃変更希望を出して申し訳ありません」と恐縮しているので、設計は「変更の積み重ね」だといって励ました。一生懸命になればなるほど変更したくなる。建築設計は困難なことに出くわすと思わぬ良いアイデアが浮かんでよい設計になる●それにしてもモーツァルトの楽譜は書き直しがなかったらしい。天才だ●無教会主義は「先生追従」でもなければ「集会主義」でもなくあくまで「個」であることがわかってすっきりした●コンサートに行って隣の席の人の「音楽観」がなっていないと批判することはない。「この人ヘンデルを知らないなー」とも思わないで正面からの音楽を鑑賞する。キリスト教また同じ。●カトリックは「ミサ」、プロテスタント教会は「説教」、無教会は「聖書の読み」。ところが最近の無教会は「得たいのしれない話ばかり」でキリスト教の香りがしない。どうなってしまうんだろう。

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神が起こす ++++++++ 所感

2008/05/22 05:39

080522(木)4時半起床、7時間半も寝ると頭すっきりだ。深く眠れば睡眠短くてもよいらしいが、私の場合はやはり数時間は必要。あまりみじかいと翌日が疲れる。●朝のひらめき「神が起こす」。エクレシアを継承する人物は「神が起こす」。それは神がキリストを復活させたことと類似。キリストを復活させる。というのはキリストが目的語の他動詞。エクレシアを継続するというのはエクレシアが目的語の他動詞がその本質。なぜならエクレシアは人間的な方策では継続しないからである。エクレシアは「継続される」のである。ただし神の力が働けばの話。●ところが世の中には「この世的な方法」でエクレシアを継承しようとしてうまくいかない場合がある。内村矢内原の思想を担ぎ出して今日の時局を批判する連中がそれである。彼らの方法が継承されてはならない。神の栄光のためにもそれがうまくいくことがあってはならない。それがうまくいくということが証明されてはならない。エクレシアの継承が「この世的な方策」で継承することが証明されてはならない。まてまて、やってもいいが長続きはしない。何事も実験してみることが大切。しかしなりふり構わずの実験もいいがキリスト教であることを忘れてはならない。エクレシアはこの世の団体とはチョットちがうのだ。●単行本「藤林益三」の出版のお知らせを1500枚程度発送するための準備。下記。これは集会単位ではなく個人宛。無教会は集会ではない。集会概念が派閥概念を生み、堕落する。

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(表面)

  津上毅一編「藤林益三」出版のお知らせ

                                 弁護士出身で初めて最高裁判所長官になられた藤林益三先生は、昨年4月に99歳で召されました。

ここに先生の御生涯を回顧した津上毅一編「藤林益三」が出版されることになりました。先生はわが国における「信教の自由」の法的基盤構築のために全力を尽くされました。最高裁判所長官に任命されたのもそのためであったとご自身がおっしゃっておられます。先生の御生涯を回顧しますとその戦いの根底には「キリスト教の三位一体への固い信仰」があったことがわかってまいりました。戦後、わが国の大切な時期に、藤林先生のようなキリスト者の最高裁判所長官を頂いたことは、神の特別のご恩恵であったと思います。キリスト教が低迷している困難な今日、本書が出版されることは重要な意義があるものと思います。

 

    本の名称   藤林益三 (内容目次は裏面に記載)

    発行予定日   2008年5月26日

    定価一冊   1,700円+税 (送料別)

    発 売 元   開成出版株式会社

 

 

ご注文方法

住所 氏名 冊数 電話&FAX番号

をご記入の上、郵送かFAXで下記にお願いします。

197-0828東京都あきる野市秋留4-10-11 高橋照男方 

藤林出版会  電話&FAX  042-558-9361

振替用紙(代金記入)を同封の上、お送り申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

(裏面)

津上毅一編「藤林益三」

内 容 目 次 

はじめに                          津上毅一 

第1部 藤林益三記念講演会の記録

     藤林益三記念講演会プログラム          

開会の祈り              相澤忠一 

司会者の言葉             高橋照男 

講演第1 無教会の信仰と藤林益三   津上毅一

講演第2 国家と宗教         清水望

閉会の祈り              清水望

第2部 所 感

見えぬところよりの導きのままに 

・・・三位一体論に触れた貴重なこの2年間 ・・・

津上毅一

あとがき                                     津上毅一

第3部 資 料

浅見仙作治安維持法違反事件大審院判決全文    

津地鎮祭違憲訴訟事件 最高裁判所判決全文    

藤林益三「内村鑑三とヨブ記」内村鑑三記念講演 

 

 

 

推薦のことば

NPO法人 今井館教友会理事長 相澤忠一

 

このたび、元今井館教友会理事長津上毅一氏は、藤林益三先生の職務遂行の根底にあったキリスト教信仰を明らかにすべく、老いを忘れ、心を集中されて津上毅一編「藤林益三」を上梓されました。

1986年の今井館改修並びに図書資料センター(現資料館別館)建設工事に際し、藤林益三先生には、特別募金筆頭発起人として積極的にご協力いただいたことを想起し、感謝を新たにしております。 ご一読をお薦めする次第です。

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●終日、黒崎幸吉聖書注解デジタル化プロジェクトの引照集マタイ26章。マタイ26:63「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子メシアなのか?」にぐっときた。福音書は受難物語が中心だ。●単行本「藤林益三」の頒布方法で編集長の津上毅一氏と打ち合わせ。あくまで個人単位での申込のみを受け付けることにした。もし集会でまとめる場合、その代表者が一括買い取るという形にした。●このことで無教会の概念に革命が起きた。無教会は集会ではない。組織ではない。あくまで個人である。目から鱗が落ちた。無教会が集会であるという概念の時、そこに派閥争いが起きたり、内部抗争が起きる。●無教会とプロテスタント教会の溝は、プロテスタント教会とカトリック教会との溝よりも深い。●信仰は個人である。その結果として横のつながりができればできたでそれは喜ばしいことだが、それが目的ではない。この辺が無教会主義が教会主義と何となく違う原理的な点である。

 

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子供の遊ぶ声がしたので、出てみて撮影した。このような遊ぶをすることもの姿は最近は珍しくなった。私は故郷の浦和でこのように遊んだものだったなーと思いだした。もう55年以上もまえのことになった。2008.5.22 18:39 

 

 

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俺をクビにしてくれ ++++++++ 所感

2008/05/21 11:18

080521(水)4時半起床●黒崎幸吉註解デジタル化プロジェクトでシドニーのO兄とメール交換。私からのものは下記の通り。公的なことなので公表する。一部改変

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O兄 

エズラ記7章の食い違い私も調べました。

去る5月17日、聖書セミナーで大島力氏の「聖書の原典をたずねて」(旧約編)の講演を聞きました。

旧約の底本は①BHS(ビブリア ヘブライカ ストゥットガルテンシアの略。普通は口でべーハーエスと言います。)

②マソラ本文(レニングラード公立図書館蔵 1008年もの)

③アレッポ写本(915年頃)

の3種類のいずれかによるらしいのです。各国、各翻訳者の主観。

口語と新共同ではそもそも違います。

こうなると「本文批評」の専門領域、これに足を取られると(面白くて)抜けられなくらしいです。

そこで、「君子危うきに近寄らず」。今後もあるかもしれませんから、あくまで現行の「新共同訳」によったとするのが「安全」です。

本文批評の進歩は、ウインドウズ98、XP、ビスタどころではなさそうです。追求はやめておきましょう。「こっちとら、ド素人だ」と居直りましょう。

黒崎先生も「ド素人」向けに註解書を作成したのだと解します。聖書は「勝手に変えるわけにもいかない」が正解。一か所でも変えると全体の信用が落ちます。

O兄の「特殊な(プログラム)処理」にたよざらるを得ません。

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●「藤林益三」本の発送準備。贈呈先が非常に多い。●次回の感話「金持は救われるのか」(ルカ16:19-31)の準備●私自身いろいろ難しい解釈をしてきたが、朝風呂で決定的な理由がひらめいた。金持ちはなぜ救われないか。その答えは「ケチ」だから!!。これ絶対に正解。この答えはどんな註解書にも出ていない。その聖書的根拠は次の通り。

 

塚本訳 Ⅱコリ9:7-8
9:7 めいめいが、しぶしぶでなくあるいは強いられてでもなく、心に決めたとおりにせよ。『神は喜んで与える人を』愛されるのだから
9:8 しかし神はあなた達にすべての恩恵をあふれさせることがお出来になるので、あなた達はすべてのものに、あなた達はすべての時に、すべての点で十分な暮らしをし、(その上)すべての善い行いにあふれるのである。

●私は人生経験で知っている。金持ちほど「しぶしぶ」金を出す。あるいは出さない!!。●東京で一番大きい教会のひとつF教会の牧師が郷里に帰られた。おそらく信者が増加しないので「長老会」(どこの教会や集会でもこれがワルなのだ)に追放されたのだろう。成績(年間の受洗者の数)が数値で判断されてクビにされたのだろう。かわいそう。信者が増加しないのは「牧師のせいではない。世の中が悪いのだ」●人のことは言えない。私とても長年「使徒伝承」を語ってきたつもりなのだが、若者はさっぱりだ。●「俺をクビにしてくれ!」と祈った。私は「無益な僕だ」●私は言われそうだ「お前のことなぞ知らない。わたしを離れよ」と

塚本訳 マタ 7:22-23
7:22 (最後の裁きの)かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、(入れてください。)『わたし達はあなたの名で伝道し、』あなたの名で悪鬼を追い出し、あなたの名で奇蹟を沢山行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23 その時わたしは、はっきり彼らに言おう、『かってお前たちを弟子にした覚えはない。『この不届者、わたしを離れよ!』』と

●しかし、イエスだって、人生失敗したのだ。家族からは「気が狂った」と思われ、弟子たちには逃げられ、民衆からののしられ、祭司階級から馬鹿にされ、それでも祈りは聴かれると人に教えておきながら、自分の祈りは聞かれず(ゲッセマネ)、最後は「エリエリ」と叫んで見苦しく終った。学校も行けなくて結婚もできなくて、痛めつけられて苦しい死に方をした。若死にした。子供はなかった。母より先に死んだ不孝者であった。気の毒な失敗の人生とて彼ほどの人はいなかった。●しかし神はイエスを有体的に復活させたのだ。死後に勝利させたのだ。●妻はウィークデーの集い。今日は村上瞳さんの話。

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わが街あきる野市、緑が多い。市役所の6階から移す。緑は都立秋留台公園。右の道路は五日市街道

 

讃美歌をくちづさんだ。

 


 

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こうなれば人生満足だ ++++++++ 所感

2008/05/20 06:03

080520(火)4時5分起床●シドニーの0兄から黒崎註解デジタル化の苦労についてのメール。「贏」という字がつぶれていて400倍に拡大したりして丸一日がかりで解読。「贏(勝)ち得る」と表現することにしたとの知らせ。 これに対する返メールを次のように書いて送った。一部改変

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O兄

兄の昨日は「主にある労苦」です。兄の一日の労苦は私は5分ですみました。
兄の文字をワードに落として72倍に拡大して初めて「IMEバッド(P)」で手書き入力が可能、「エイ」「ヨウ」「あまり」 という「読み」であることがわかります。「ウィンドウズXPオフィス2007・・・ツール・・・IMEバッド(P)」利用。 そして角川漢和中辞典で「エイ」で引いてやっとたどり着きました。しかし5分。
その意味のうち「あまる、みちる、あふれる、勝利を得る」があてはまりますね。コロンブスの卵。もうこの字は一生忘れません。 漢字文化は世界的になれないことがわかります。今回の兄の一日の労苦で多くの人が助かります。無駄になりません。それこそ 「勝ち得て余りある」です。感謝。聖書の写本の話。文字が破損して抜けているところを写本家が「想像」で書くのだそうです。だから写本が 多くあるのだと思います。コピー機はありませんでした。写本は小片も入れて何と5500.!。最近ではこれをコンピュータにいれてそれぞれの関係を解析し、源流を発見する作業を(ドイツ?)しているそうです。彼らも労苦です。
兄の場合はその推測よりも厄介なことでした。なぜなら、「潰れた文字」の解読だからです。
ところでかって職場で「櫻井」という男がいて漢字の話になり、「櫻」をパソコンで見つけるとき、「木」and「貝」and「貝」を入力すると一発で 「桜」でなく「櫻」が出るというソフトがるあるやに聞きました。しかし今度のような場合、「潰れて」いたのではどうしようもありません。 400倍に拡大とはまたすごい話。今回の「労苦」は「黒崎プロジェクトデジタル化」の意義を象徴する作業でした。どんな精巧なスキャナでもこのことは無理ですね。兄の昨日の作業は後世への最大の遺物(?)の一つでした。塚本先生も一句の翻訳に丸一日費やしたとことがしばしばあったようです。 この労苦は翻訳作業にかかわっておられるY兄のことでもあると思います。
「主にある労苦」は隠れます。しかしそれは「天に宝を積む」ことになるのだと確信します。私は今日はマタイ25章です。マラソンゲートが見えてきました(と言っても10%)。マラソンでは4キロ地点。しかし「千里の道も一歩から」です。終われば昨日の労苦は「エピソード」となります。

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●「こうなれば人生満足だ」ということが誰にもある。私の場合は「神を誉めたたえる合唱団の一員、その同質となること」。しかし無教会主義者というのは具体的物理的な合唱団の一員になるのではなく、生活全体、人生全体が合唱であって、その一員となるべきなのだ。それは多くの場合、涙の声なのだ。うめき声だ●「藤林益三」本の発送準備。この本は限定出版であり、「藤林出版会」が扱っているので、個人にせよ集会ごとにせよ申込みがない限り残念ながら発送できない。押し売りはできない。贈呈は別としていかなる「肉の関係」も例外ではない。その意味で、肉の「藤林益三」を知っていてもそれは関係ない。この本は肉の藤林益三を記念しているのではない。それにしてもこの世における集会(エクレシア)での関係は結局は「肉の関係」であることがクリヤーになった。これで肉の関係と霊の関係が判別した。スッキリした。信者の本当の関係は「霊の交わり」。それは時空を超える。イエスの次の言葉のとおりである。

塚本訳 マタ 12:48-49
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

●こう言った人間としてのイエスは「苦渋」に満ちた顔をしていたに違いない。あとでひそかに泣いたかもしれない。この非情な言葉に自らおののいたのかもしれない。●世には肉の内村、肉の矢内原、肉の塚本のみが見えるばかりでそれを真似する人物がいる。「内村をして、矢内原をして、塚本をして、今日あらしめれば」などと声高に叫ぶ連中である。●矢内原の「植民地政策」などは今日通用しない。内村の時局批判を振り回しても今日では通用しない。精神を学んでいるといってなおも人間を研究しているとそれはもはやキリスト教ではなくなる。精神ならばキリスト教信者でなくてもたくさんいる●これはクリスチャンの夫婦関係も同じ。相手が「神のところから来た人」と思い、あくまで「霊の交わり」でなければならない。●昭和女子大で日頃口を酸っぱくして教えていること。「イケメンとは結婚するな。それはだいたいにおいて金も教養もない」。私は非常「勤」講師ではなく、非常「識」講師だ。追放するなら追放しろ。●男一匹、どんな世界にいても「嫌われて追放される」ぐらいにならなければ一人前ではない。見よ、世に「これ」と言った業績をあげた人物はたいてい衝突するか捨てられるか追放されるかであったではないか。集団や組織からチヤホヤされる人物は大体において「無色無害人間」。周囲の人間に利用されているだけ。何のめぼしい働きもない。●イエスもパウロも「ここはだめだ」と思ったらさっさと逃げるか立ち去った。イエスはパリサイ人を相手にしたが、祭司階級のサドカイ人を相手にしなかった。なぜか。言っても脈がなかったからである●職業宗教家たる牧師に「洗礼聖餐は象徴であるから霊魂の救いには効能はない。呪術的意味はない」というと今でも「激怒する」。これなんかはサドカイ派の精神と同じ。 ●引照集マタイ25章アップ、シドニーと福島に電送。●HP「使徒伝承」に「金持はなぜ永遠の生命に縁遠いか」をアップロード。慣れてきて35分でできた。●津上さんから「藤林本」の贈呈者リストが送られてきた。さーこれからが大変だ。

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目も当てられない崩れ方 ++++++++ 所感

2008/05/19 11:02

080519(月)3時55分起床。出勤日●引照集マタイ24章。朝飯前に完成。ネット3時間●中国の地震で建物倒壊。レンガとコンクリートの瓦礫。そのひどい壊れ方を見て、次の言葉を思い出した。

塚本訳 マタイ7:26-27 

"400726","また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚
かな人に似ている。"
"400727","雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまっ
た。ひどい倒れ方であった。」"

●中国はこの地震で「神に一発ガンと殴られた」と思わなければならない。無神論の中国共産党政権は「神」などいないと思っているのだろう。しかしいるかいないかは五分五分だ。『神に殴られた」と思っても損はない。●家庭や政治のの崩壊は建物や国家の崩壊につながる。それが跡形もなくなるとき、神の怒りの裁きをそこに感じない人間はおめでたい。教会やエクレシアや無教会集会また同じ。 ●15:00 社内会議のため渡辺弘之氏(元理事、初代総合研究所長)がこられ、私の席に来てくださった。私「渡辺さんが御尽力されたJBCI(ジャパンビルディングコストインフォメーション)はおかげさまで月間4万回アクセスされるまでに成長しました」。渡辺「あれは高橋さんのおかげだ」。●渡辺氏は私が火災とJBCIの立ち上げの心労により脳内出血で倒れたとき、聖路加の病室に駆け込むなり「高橋さんもう大丈夫だ!。JBCIは動き出したぞ」と耳もとで叫ぶように言ってくださった。もう8年も前のことになった。●私はまた新しいことをやらねばならない。 ●あの時社員の一人が部下に「お前!。仕事は高橋さんが血を流したぐらいに一生懸命にやらなければならない。飲みすぎで血を吐くというのではだめだ」と言っていた。

 


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真実は隠すな。あの人あれでいいのかなー ++++++++ 所感

2008/05/18 07:30

080518(日)4時半起床●6月1日の感話準備。その骨子を次のようにまとめた。

「金持ち(物持ち)は救われるか。
信者と不信者の溝は深くて超えられない。
有体的復活の信仰が信者判別の試金石 。
不信者はどうして終末まで存在するのか。神の忍耐。
不信者に対する態度。無理するな、自然に任せよ.。
本物は本物同士集まる。 」

●ミヤンマー、サイクロンによる死者12万人、中国の地震による死者5万人。この両国とも真実の数値を隠したり、外国の援助を拒んでいる。民度の低さよ。3流国よ。他国から援助を受けるのは恥だと思って自力で救おうと思っている。勝手にシロ。●マテマテこの真実を隠す態度は、我が国も「個人情報保護法」を隠れ蓑にして「それは秘密で言えません」などという態度が横行し、社会生活がスムーズにできなくなっている。勝手にしろ。日本も他の国を非難できない。3流だ。3流の国の原点は3流人間、3流家庭●家庭内のごたごた、自分の病気を恥だと思って隠していると、誰にも祈られなくなり、神にも人にも知られない。あの人あれでいいのかなー。 ●妻と集会に。丹野、村上、望月。無教会主義集会は「聖書の感話」であるべきであり、聖書の周辺の話をしてはいけない。ましてや漫談や講談ではいけない。「勉強してきたことの披瀝」でもいけない。聖書の「読み」でなければならない。「仲良し倶楽部」維持のために「何でもよいから話してくれ」と言う方針は気の抜けたビール以下。集まる人を馬鹿にしているどころか神のエクレシアに泥を塗っている。●今やどこの無教会主義集会でも困難な問題を抱えている。無教会の危機、青年は「無教会難民」。エクレシアの俗化現象もはなはだしい●14:30今井館理事会。「今井館100周年記念」のお祭りの計画。●人の集まりは100年も経つと衰退を始める。ルター派が100年もすると膠着状態になり、敬虔派が台頭。内村も100年も経つと、衰退がはなはだしくひどくなってきた。目も当てられない。しかしこれは歴史的宿命●企業は「創立100周年記念」の行事をやると衰退し始める。なぜか。「私たちはこうやって来た」という伝統の勢力に若い芽がつぶされるからである●正統信仰を保持継承するのにはどうしたらよいのだろう。儀式でもダメ、文字としての信仰箇条でもダメ、神の霊の実在の継続のみ。それはただただ神の力。●最近は教会に鞍替えする人の噂をパラパラと聞く。それは「堕落だ」とは言っていられない。●一人の人間先生の「研究余滴を聞きに行くこと」が無教会主義だと思っていた「不勉強人間」の末路である。アーいう人間が教会に行っても牧師の「お荷物」になるだけだ。
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5年10年は短い ++++++++ 所感

2008/05/17 06:28

080517(土)4時半起床●「黒崎プロジェクト」の件でシドニーの0兄(3時頃起床)にメール「5年10年は短い。未完成交響楽でもよい」と激励。●「黒崎プロジェクト」とは、黒崎幸吉著「新約聖書註解」(名著)のデジタル化、と新共同訳聖書(新約部分のみ)の引照箇所の明示。黒崎註解はもとの活字がつぶれているので、デジタル化しておかないと「お蔵入り」。歴史的大事業である。●引照集マタイ23章、●13:30日本聖書協会の「聖書セミナー」大島力教授の「聖書の原典をたずねて(旧約編)」、私はこう質問した、『4資料説も崩れはじめ,マルチン・ノートの「12族長連合仮説」も確かなものではなくなったらしい。聖書学は日進月歩である。「12族長連合仮説」が崩れた原因は何か。』、大島「色々あるが考古学的発見もある。月本昭男先生のお名前が二度もでた。●大田修氏に会う●教文館の吉野氏に「藤林益三」の書店販売ルートは「日キ販」を通すと有利ということを教えられた

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建物は人を殺す ++++++++ 所感

2008/05/16 07:39

080516(金)4時50分起床●朝風呂で日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。「日本風土記」「日本残酷物語」がヒット。原因は実話だからだと思う。何事も実話でなければならない。●イエスの復活は実話。しかし霊眼があかなければ認知できないところが「一般歴史」「一般実話」とは違う。そこが難しい。神の力で心の眼を開けて貰わないと復活も処女降誕もわからない。神の存在がわかればその二つはわかるのだ。●中国四川省の大地震。コンクリートや煉瓦の下敷きで死んだ人が多い。コンクリートも煉瓦も人を助けるが殺しもする。建築士としてはその矛盾を考えざるをえない。●人間は死ぬまい死ぬまいと思って文化文明が発達する。それを軽蔑するのは聖書読みの半可通。神は「この世を愛された」(ヨハネ3:16)●神が人間の命を終りにする方法は、病気、事故、建物の崩壊、殺人、いずれにしても命には限りがあるのだ。「永遠の生命」をいただくと「有限の生命」を愛せるようになる。キリスト教は厭世主義ではない。有限の生命を伸ばすための文化文明の発展に貢献したものはキリスト教、それもプロテスタンティズム。●科学技術の発展はプロテスタント国。●我が国の聖書の研究は無教会主義の功績が大きかった。そのことにどこか似ている。●黒崎P.でシドニーと福島にメール。地球の反対側と会議ができるのは文化文明科学技術の発展のおかげ。●次回の感話「金持ち(物持ち)でも救われるのか」を執筆●「藤林益三」発送準備●イーオンで「ラベル」「封筒」を購入●「筆王」の操作を誤って住所録が一瞬のうちに消えてしまった。アー!。デジタルデータは恐ろしい、イーヤ、イーヤ。再入力だ。●「藤林出版会」のラベル作成。サポートセンターに聞いた方が早い。自己流でやったから、住所録が消えてしまったのだ。

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霊の家を建てる。無教会の自由 ++++++++ 所感

2008/05/15 08:30

080515(木)4時50分起床。

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書斎の窓を開ける。今年はハッとするような美しい景色が少なかった。

異常気象の影響なのか。淋しいことだ。5時14分

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仕方なく、書斎の内部を撮影した。5時16分。出窓の花は妻の管理。左の縦長の紙は作曲者名リスト。生年から2000枚あるCDをすぐ引き出すことができる。その隣にテレビ、その右がコンポ。その右がCD棚で最上段がキリスト教音楽の歴史。窓の上は内村鑑三全集。その両脇がスピーカー。その三角形の頂点に椅子がある。
●昨夜は某氏から次のようなすばらしいメールが来た。

ヨハネ受難曲を気に入って聴いていますが
印象的なことばとして「私の国はここにはないのだ」
とのイエスの言葉があります。
人間が見える世界は限られている。という厳しい言葉でもあるし、
不条理な世の中に光かがやく、癒しの言葉でもあると思います。

●これに関して私も関連黙想。私は来年退職。今までは物理的な建物を作って「食べて」きた。しかし残る生涯は「霊の家」を建てることに専念、挺身しよう。その聖書的根拠は次の通りだ。

塚本訳 ヨハ 2:19-22
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 Ⅰコリ3:10-15
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。
3:14 その(土台の)上に建てたある人の仕事がそのままのこれば、褒美を受け、
3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである


塚本訳  Ⅰペテ2:4-5
2:4 彼は人からは(役に立たぬと)棄てられたが、神の前では、『選ばれた尊い』活きた『石』(である。)
2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである。

● 1ペテ2:5の「霊の家となれ」とはなんとすごい言葉だろう。●しかしこれをだからこの世の家はぼろぼろで美しくなてもよいという人間がいて困ったことがある。そういうのを聖書の「半可通」という。確かに彼の服装は美しくなかった。自分は気分がいいかもしれないが、見る人を不愉快にしてはいけない。建築もまた同じ。ただ「なんとなく違う美しさだなー」と思わせるものでなければならない。●では「霊の家」とはどうやって建つのか。それは有体的復活の福音の説きっぱなし。その声に自然に集まってくる人たちで神が「自然に」組み合わされる。それは東京ではできにくいのではないだろうか。都会では難しいのかもしれない●かって勤務していた会社での事。部長が昼休みに部内の女性を自分の席に呼んだ。すると呼ばれた女性が部長席に来るなりいきなり「急用ですか?」と言った。あんなダメ社員は即刻クビにすべきだったのだ。あの部長もよく我慢していたものだ。実人生は聖書の句を学ばせてくれる。次を連想する。

 

塚本訳  マタ 8:9-10
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

●実人生は戦争だ。軍隊だ。だから民主主義は最終の形態ではない。まどろっこしい。今日の国会をみれば「愚衆政治」そのもの。参議院と衆議院で法案のピンポン玉のやりとり。

塚本訳 ルカ 12:34-37
12:34 宝のある所に、あなた達の心もあるのだから。
12:35 裾ひきからげ、明りをともしておれ
12:36 あなた達は、主人が宴会からかえって来て戸をたたいたときすぐあけられるように、帰りいつかと待ちかまえている人のようであれ
12:37 主人がかえって来たとき、目を覚ましているところを見られる僕たちは幸いである。アーメン、わたしは言う、主人の方で裾をひきからげて、僕たちを食卓につかせ、そばに来て給仕をしてくれるであろう。

●人が家庭の人や会社員や公務員になったらこの姿勢で勤務しなければならない。イエスはその譬を用いて、イエスの来臨に備えなければならないという。●人間は自分の「この世の仕事」に熱心でなければならない。ペテロは「漁の仕事中」に召された。ヒルティは言う「天使は仕事中に現れるのだ」と。神学書を読んでいる時や説教している時には現れないのだ。ましてやゴルフや遊んでいる時には現れないのは当然。

塚本訳  マタ 25:1-7
25:1 (人の子が来る)その時、天の国は、十人の乙女がそれぞれランプを手に持って花婿を迎えに出かけるのにたとえられる。
25:2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。
25:3 愚かな女たちはランプを持っていったが、(予備の)油を持ってゆかず、
25:4 賢い女たちは油を入れ物に入れて、ランプと一しょに持っていった。
25:5 ところが花婿がおそくなったので、皆眠気がさして眠っていた
25:6 すると夜中に、『そら、花婿だ。迎えに出よ』と呼ぶ声がした。
25:7 そこで乙女たちは皆目をさました。それぞれランプを用意した。

●この譬を律法的にとらえて、子育て中の夫人に「だからいつも起きてろ」というのは酷な話だ。(自戒)。聖書の句を律法的にとらえるのは聖書の半可通。イエスや信仰の先生の言葉を律法的 に遵守する人間はイエスや先生に嫌われる。●といって聖日に何でもやっていい、ゴルフも遊びも自由だ、神はどこにでもいるなどという人は大体において信仰が崩れている。99%信仰の堕落間違いない●だから聖書も読まず「ジェンダー」「女性の自立」「フェミニズム」などを声高に振り回す女性は嫌いなのだ。なぜか、聖書よりも「そんな思想」(自分のエゴにぴったりだと感心している)に熱心だからだ。信仰も浅い。匂いでわかる。クリスチャンとしての姿に学ぶべきところは少ない●そういう女性の教え子や子弟は必ず同じ思想に感染するから恐ろしい。なぜか。エゴイズムの道は自分に都合がよいから学びやすいからである●なぜこんなことを言うかというと、私の知り合ったクリスチャンの女性にはそういう荒々しい人はあまりいなかったからである。トンデモナイ女性に出会うとギョッとするのだ、あの人もあれでクリスチャンなのかなーと思ってしまうのだ。●亡くなられた大熊好子さんの逸話。塚本先生の書籍を扱っていたが、その報告を先生にしたとき、「先生儲かったわよ」と言った。すると先生は「君は私の気持ちをよくわかっているねー」と誉められたという。また故大塚嵩さんから伺った話。ガソリンスタンドを経営しておられた大塚さんのところに塚本先生が(おそらく予告なく)尋ねられたとき、先生は「オーイ、儲かるかよー」と言いながら入ってこられたという。●この二つの話は無教会精神の「自由」がよく表れている。大熊さんも大塚さんも聖書をよく読んで信仰に熱心であったから塚本先生は安心してこう言われたのだ。金もうけや遊ぶことに熱心な人にはああは言わなかったはずだ。危なくてしょうがないか、変に躓く。●「藤林益三」発送準備●引照集マタイ22章、画面を上下に分割して同時に2種類のデータを操作できる方法を知ってかなり楽になった。ノジマ電話相談室はありがたい

 

 


 

 
















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なぜ不信者がいるのか ++++++++ 所感

2008/05/14 07:38

080514(水)特別出勤日。4時45分起床●朝の黙想。「なぜ不信者がいるのか」。これ現実的な信仰な問題。大伝道者の子弟必ずしも信仰をもたない。夫婦で熱心な信者でもその子弟は必ずしも信仰をもたない。そのほか夫婦の片方が信者でも伴侶はさっぱりということはザラ。兄弟のうちで誰か一人が熱心でも他の人はさっぱりということもザラ。このことはどう考えたらよいのか。●これは人間には解くことができない謎。しかし僅かに次の箇所がその解決の糸口である。

塚本訳 ヨハ 14:19-26
14:19 もう少しするとこの世(の人)はもはやわたしを見ることができなくなるが、あなた達は(間もなく)わたしを見ることができる。わたしは(死んでまた)生き、(それによって)あなた達も生きるからである。
14:20 その時あなた達は、わたしが父上の中に(おるように)、あなた達がわたしの中に、わたしがあなた達の中におることを知るであろう。
14:21 わたしの掟をたもち、これを守る者、それがわたしを愛する者である。わたしを愛する者はわたしの父上に愛され、わたしもその人を愛して、その人に自分を現わすであろう。(だからわたしを愛する者だけが、わたしを見ることができるのだ。)」
14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」
14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。
14:24 (しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わたしを遣わされた父上の言葉である。
14:25 わたしはこれだけのことを、(まだ)あなた達と一しょにおるあいだに話した。(これ以上のことは話してもわからないからだ。)
14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。

●23節からは先に人間が神を好きにならなければならないらしい。しかし聖書の他の箇所では神の方が先に人間を愛したという。だからこの箇所の解読は難しい。人間が先に神を愛するのか、神が先に人間を愛するのか。鶏が先か卵が先かのジレンマ。●イエスも[なぜ?」に明快に答えていない。「なぜ?」という設問がいけないのかもしれない●しかし最後は神の聖霊がその人に下らなければ人は神を知りえないことは動かない。●すると神の好き嫌いで救われる人と救われない人が分かれるのか。●「なぜ?」にイエスが答えられないというのは「神はあの人がなんとなく好きだから」ということだからだろうか。神と相性が合う人だけが神に愛されるのだろうか。そんなことはあるまい。なぜなら全被造物は神の愛によって生まれたのだから。神が嫌い給う人間はいない。母というのはどんな子供でも愛する。●すると神は「反抗する人間」をこそ気にかけているのではないか。99匹のまともな羊を置いておいて迷い出た1匹の羊を尋ね歩く神だ。●ダメ人間を愛するのがキリスト教の神だ●7:50、F・M氏と電話懇談。電話はいい。心が通う。本当はテレに電話が言いのだろうなー。「目は口ほどに物を言い」である●建築の基本設計図は絶対に郵送してはならない。手で持っていって口で説明しなければならない。●牧師の説教もペーパーの朗読や解説だけではいけない。相手の顔を見ながら呼吸を感じなから話さなければ命が伝わらない。イエスの話は論考ではなかった。研究発表や勉強してきたことのレポートではなかった。●13:30 総合研究所研究発表会。松本部長の古文書に見る用水路の建設記録が興味深かった。土木は経済であることがわかる。何事も経済が基盤だ。建築も都市計画も経済計画から始まる。●新宿駅で坂内氏に会う。

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来世は絶対にあるのだ ++++++++ 所感

2008/05/13 07:12

080513(火)4時45分起床●朝風呂で黙想。次回の感話「金持が神の国に入れる条件」、春風学寮での礼拝「わたしが有体的復活を信じられるようになったいきさつ」。●日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。「神は細部に宿り給う」(林達夫)という。これは真理。建築も細部の設計ができないと川上の基本設計ができない。なぜか。川上の基本設計は常に川下の細部まで頭で行ったり来たりするからである。細部の川下の設計ができない人が川上の基本設計をやると、途中で行き詰る。川下で「できません」という声がでる。●この言葉は「現場に神宿る」という言葉と同じ。●「幸いなるかな貧しきもの」「幸いなるかな悲しむもの」は神学校では学べない。わからない。●ミヤンマーでサイクロンの被害。中国で大地震。神に一発殴られていると「恐れ」なくてはならない。これを「フン」というものは気の毒な無神論者。人格なき低級人間。彼が小さな頭を使って何を企画してもそれはビジョンが高貴でないからうまくいかない●科学の発達でサイクロンも地震も予知できたとしてもこれを防ぐことはできない。防げたとしても、人生「その後」どうするのかということは、科学は答えられない。●地震が予知できたとしてもせいぜい新幹線を事前にストップさせる程度のこと。●ヒルティは「ガウンを着てパイプをくゆらしているような牧師は考えられない」と言っているが、ガウンにパイプではなく日本ではゴルフにダンスや歌や酒だ。そんな人間の説く「聖書」は唾棄すべきである。困った困った。●某氏とのメールが回復。ホッ。原因は「迷惑メール拒否リスト」に入ってしまっていたトラブル。メールは不確かなので人間関係の安定を壊す可能性がある。●余命短い人からお電話。切り終わって泣きながら大声で叫んだ「次があるんだ。来世は絶対にあるのだ。そうでなければイエスが十字架であれだけ苦しんで死なれて復活されたことが無意味だったのだ!!」。●こういう方からお電話をいただくと、残りの人生「遊んではいられない」「おちおちしてはいられない」。●溺れかけている人に手を差しのべなければならない。SOSの人間に身を挺して救助に向かわなければならない。●「救世軍」のことを「サルベーション・アーミィ」という。●不真面目な人や国に向かって「神を信ぜよ」などという暇かつ無駄なことはしていられない。そんな時間はもったいない●軍人は一心に一つのことをしなければならないのだ。井戸に落ちて「ヘルプ!」と叫んでいる人を「なんとかして」救助しなければならないのだ。●救助とは何か。肉体の救助と共に、平安に逝けるように、安らかに逝けるように。信仰がなくならないようにと祈ることだ。

塚本訳 ルカ 14:5
14:5 そして彼らに言われた、「あなた達のうちには、息子か牛かが井戸に落ちたとき、安息の日だからとてじきに引き上げてやらない者がだれかあるだろうか。」

●井戸に落ちていても「ヘルプ!」と叫ばない人は努力して綱を下げてもつかもうとしないから、無駄。そういう人間は放っておくっきゃーしょうがない。綱と労働賃がかかるだけだ。人を見て賢くふるまわなければならない。無駄なコストはかけたくない。時間も。●コスト対効果を考えなければならない。人生は短くかつ忙しい。

塚本訳ルカ 5:30-32
5:30 パリサイ人とパリサイ派の聖書学者が弟子たちに向かってつぶやいた、「なぜあなた達は税金取りや罪人と一しょに飲み食いするのか。」
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

●私の墓碑銘の希望「この男は復活を信じて死んだ」。「この男は有体的復活を信じて死んだ」

 

 

 

 

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金持ちも救われるか ++++++++ 所感

2008/05/12 10:33

080512(月)出勤日、4時15分起床●朝風呂で来月の感話の黙想。「救いは人間の側の力では無理。ただ神の力による」。

岩波 佐藤 ルカ16:26

421626加えて、われわれとお前たちとの間には大いなる淵が設けられてしまっており、

ここからお前たちのところへ渡ろうと思っても〔それが〕できないのだ。またそちら

からわれわれのところへも越え〔て来〕ることができないのだ』。

岩波佐藤 マタイ19:23-26

401923他方、イエスはその弟子たちに言った、「アーメン、私はあなたたちに言う、金持ちが天の王国に入るのは大変難しいであろう。

401924また、重ねて私はあなたたちに言う、金持ちが神の王国に入るよりは、らくだが針の孔(あな)を通り抜ける方がまだやさしい」。

401925弟子たちは〔これを〕聞いて、はなはだしく仰天して言った、「では、いったい誰が救われるのだろうか」。

401926しかしイエスは〔彼らを〕見つめて彼らに言った、「これは人間にはできない。しかし神には何でもできる」。

●金持ちであっても「救われたい」と思えば救われるか。財産を処分するほど「一心に真剣に」ならなければならない。●自分も財産も捨てさせられなければ神にすがれない。人間の本能ではそれが出来ないから、人生を失敗してぼろぼろになって悔い改めざるを得ないようになってしまった人間の方が天国に入りやすい。

塚本訳 マタイ21:31-32

"402131","この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼
らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あ
なた達よりも先に神の国に入るであろう。"
"402132","そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜ
ず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改
めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。"

●引照集マタイ20章。「千里の道も一歩から」と付言してシドニーのO兄と福島のY兄に電送。朝飯前に始めて途中で「朝食」。妻に感謝。●「迷惑メール拒否リスト」に大切な人のアドレスが入ってしまっていたのだが、それを削除したがまだ不調らしい。来ない。重要事項はEメールでは危険。開封確認のシステムが必要。やはり安心なのは手紙(遅いが)、もっと安心なのは電話、さらに安心なのは面接●郵便もクロネコメールは安いが、配達人が気を利くかせず、宛名が少しでも間違えている場合、確かめずに送り返してしまうらしい。安いものはそれなりのことがあると言うべきか。改善の余地あり。●郵政公社の「エクスパック」は信頼度と速さ、安さでヒット商品だ






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パスカルの魅力 ++++++++ 所感

2008/05/11 15:29

080511(日)5時起床●NHK3CH「こころの時代」アンコール番組2000.5.18放映のもの。神戸海星女学院教授、田辺保「人間とは何か・・・・パスカル・・・」●パスカルは生涯悩みつつ求め続けた「苦しむ人間であった」。●有名な「人間は考える葦である」は聖書の次の言葉が背景にあったのではないだろうかとされているという。

新共同 マタ 12:20
12:20 正義を勝利に導くまで、/彼は傷ついた葦を折らず、/くすぶる灯心を消さない。

●パスカルの言葉で次のものが心に残った。

「神を知ることと、神を愛するまでは何と遠いことだろう。」

●パスカルの後半生は聖書の解釈学●パスカルは絶対他力の信仰●パスカルはジャンセニスト(信仰に熱心な集団)の影響を受ける●最後近く、一切の財産を貧しい人に施す生活になったという。これは神を知るだけでなく神を愛する人間にして初めてできることだと思った●パスカルは日本の織田信長のころの人。1662.8.19死去。その墓には「魂よ安らかに眠れ」とある。●科学の世界に身を置いていれば、今日のノーベル賞は間違いないほどの人だったと田辺氏は言う●田辺氏(2008.2.18逝去)はパスカルの泰斗。泰斗の話はわかりやすい。●妻と集会に。集会は茂木、杉崎(仏教的慈悲の思想に退化したキリスト教の某論考を批判)、山本(使徒20章)。●帰途は杉崎孝さんと今日の感話について懇談。とにかく使徒伝承の正統信仰を保持することが大切であることで意見が一致●妻は合唱の練習。ドヴォルザーク「スターバトマーテル」。

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集会の帰途。あきる野でとうもろこしが成長をはじめた。夏近し。

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鬼気迫るもの ++++++++ 所感

2008/05/10 07:13

080510(土)5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。文学少年時代のこと。「勉強大好き、学校大嫌い人間」であった。「聖書大好き、教会大嫌い人間」が無教会主義者である。しかしその聖書に「キリストのからだなる教会」という言葉がある。職業宗教者でなく無教会主義者がその真理を真剣に考えるとき無教会は本物になる。それまでは無教会主義者は自分の好き嫌いだけのエゴが理由の無教会主義である●昨夜某氏と迷惑メールについて懇談。本当に大切な連絡はメールでの連絡は不安だということ。人間関係が悪くなることにもなりかねない。●その某氏のメールが私に届いてないことが発覚。理由はその某氏のアドレスが私の「迷惑メール拒否リスト」に入ってしまっていた。原因は不明。●では郵便なら、確実に「御返事」いただけるかというとそうでもない。中学校の時に「心をこめて書いた」手紙の返事がいつまでもこなかったことがあった。それはその人にとって本当に「迷惑メール」だったのかも知れない。●人生には返事がこないという悲しいことがある。その最大の悲劇はイエスの祈りに神が返事をしなかったこと。ゲッセマネの祈りでイエスは「アッバー(父ちゃんという意味・・・・高橋)、この盃(死の苦しみのこと・・・・高橋)を注さなくださいでください」と心をこめて真剣に祈った。しかし神は返事をしなかった。だからイエスは十字架に架けられたとき、次のように詩篇を口に上らせた。

口語訳1955 詩篇22篇1-2

22:1 わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。

22:2 わが神よ、わたしが昼よばわっても、あなたは答えられず、夜よばわっても平安を得ません。

●イエスは弟子たちに「神は父のようなものだから、願うことはなんでも聞いてくださる」と教えておきながら、自分の「命ごい」は聞かれなかった。このとき一番つらかったのはイエスでなく父なる神ご自身であった●エルサレムのゲッセマネにある教会堂にはイエスが「血の滴るような祈りをしたという」岩があった。米国人らしい御夫人がそこで泣いておられた。そのゲッセマネの苦しみの意味がわかる人は人生で最高の真理を理解した人だ。幸いな人だ。これ大脳皮質の知識勉強ではわからないことなのだ。「お話にならない人」なのだ。●妻からの報告。「読書会」(婦人たちの聖書勉強会)でリポーターが私のBbBを利用したと言ったという。ガッツポーズである。BbBに限らず何事も「ニーズ」のある人によって広まっていくものだ。●本物は「宣伝しなくても伝わる」。●次回の感話は「私はなぜ有体的復活を信じられるようになったのか」としようと思う。これパウロの気持ちと同じ。使徒伝承の本質。●引照集マタイ18章●13:30「聖書セミナー」教文館ビル9階。中野実(東京神学大学準教授)「聖書の原典をたずねて」。写本の説明は面白かった。わたしはフロアーから質問した●教文館で山本康江さんと会い、懇談●妻は上野に宮崎トキさんの作品を鑑賞、文化会館でコンサート、それから豊洲でモーツァルト「レクイエム」の練習。●単行本「藤林益三」の第3校をまとめてこれで校了。出版社へ発送の封を閉じたときに涙がこぼれた。編集長の津上毅一氏は94歳、この一年間よくぞご健康が保たれた。「この本を作るためにこの年齢まで生かされてきたのだと思う」と言われる気迫には鬼気迫るものがあった。あとは刷り上がりを待つだけ。感謝。


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わかりにくいキリスト教 ++++++++ 所感

2008/05/09 11:15

080509(金)三男の恵のところで4時目覚め。●朝の黙示「渡れない川」。キリスト教はわかりにくい。復活は普通では信じられないもの。理性では信じにくいもの。その聖書的根拠。

塚本訳 ルカ16:26-31

"421626","そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目が
あって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越え
てくることもない
。』"
"421627","金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にや
ってください。"
"421628","わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、
よく言って聞かせてください。』"
"421629","しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言
書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』"
"421630","彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれ
ば、きっと悔改めます。』"
"421631","しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、

とえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう
。』」"

塚本訳 ヨハネ20:25-29

"432025","そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言
った、「
わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まな
ければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない
。」"
"432026","八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一し
ょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中
に進み出て、「平安あれ」と言われた。"
"432027","それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の
釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信
仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」"
"432028","トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」"
"432029","イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信
ずる人たちである。」"

塚本訳 ヨハネ 3:3-12

"430303","イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信
じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来な
い。
」"
"430304","ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれな
おすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかな
いではありませんか。」"
"430305","イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生
まれなければ、神の国に入ることは出来ない。"
"430306","
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である
(から)
。"
"430307","『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも
不思議がることはない。"
"430308","風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに
行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
"
"430309","ニコデモが言葉を返した
、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうし
て出来ましょうか
。」"
"430310","イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生であり
ながら、それくらいなことがわからないのか。"
"430311","アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知ってい
ることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受
けいれない。"
"430312","
わたしが(いま)地上のことを言うのに、それを信じないから、天上のことを
言うとき、どうして信じることができよう
。"

●3:12は人がエクレシア、教会、使徒、使徒伝承、信者などの地上のものを信じなければ「神の国につながらない」というkとを示す。ここから次の句が解読できる。

塚本訳 マタイ16:15-19

"401615","彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」"
"401616","シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
"
"401617","するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは
幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だ
から。"
"401618","それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の
上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。"
"401619","わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)
あなたが地上で結ぶことは
(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう
。」"

塚本訳 コリント1:17-29

"460117","・コリント 1:17","救世主がわたしをお遣わしになったのは、洗礼を授けさせる
ためでなく、福音を説かせるためなのだから。それも、言葉の上の知恵をもって(説くの)
ではない。それでは(人間の言葉の力が大きくなり)、キリストの十字架(の救い)が空
虚なものになる恐れがあるからである。"
"460118","・コリント 1:18","なぜか。
この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿
なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから
。"
"460119","・コリント 1:19","(聖書に)こう書いてあるではないか、“知恵者の知恵をわ
たしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする”と。"
"460120","・コリント 1:20","“どこに知恵者が”、“どこに聖書学者が、どこに”この世の
議論家がいるのか。神は(この)世の“知恵を馬鹿なものにされた”ではないか。"
"460121","・コリント 1:21","なぜなら
、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、
神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(こ
とと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからで
ある
。"
"460122","・コリント 1:22","実際、
ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)
徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、"
"460123","・コリント 1:23","わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説
く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、"
"460124","・コリント 1:24","(神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、
(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。"

"460125","・コリント 1:25","というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、
それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人より
も力があるからである。"
"460126","・コリント 1:26","論より証拠、あなた達のお召しのことを考えてみるがよい。
兄弟たちよ、この世的には、(あなた達の中に)多くの知恵者がなく、多くの有力者がな
く、多くの高貴の人がないではないか。"
"460127","・コリント 1:27","それどころか、世の馬鹿なものを神はお選びになった、知恵
者に恥をかかせるためである。また世の無力なものを神はお選びになった、力のあるもの
に恥をかかせるためである。"
"460128","・コリント 1:28","また世の身分の低いもの、軽蔑されているもの、(いや、あ
っても)無い(ように思われている)ものを神はお選びになった、ある(と思われている)
ものを無にするためである。"
"460129","・コリント 1:29","こうして、だれ一人神の前で誇ることのないようにされたの
である。"

●朝食。私が「この家庭にあなたの祝福が豊かにありますように」と祈ると孫の見時がまた「ラーメン」と言った。

 

 

 

 

 

 

 

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師匠、教えてください ++++++++ 所感

2008/05/08 11:12

080508(木)K氏宅書斎で目覚め。本棚を見ればその人の思想信条趣味の傾向がわかる●神は食べ物も住まいも「不思議な方法」で与えてくださるものだなー」と思った●孫たちを送り出してからK夫妻とゆっくり(と言っても2時間)改造計画打ち合わせ。●なぜそうしたいのかは「好き嫌い」の動機を先に聞いたほうが理解が早いものだ●人の好き嫌いは本人の心が変わらない限りどうしようもない●「心が変わる」という現象の重要な要素に「コスト」がある。「そんなにかかるものか」とわかると「好きなもの」も引っ込めるということになる●建築設計は「意見のぶつけ合い」「譲り合い」●13:30K氏新居でN工務店と改造打ち合わせ。構造的チェック。プラン。仕上げ材。施工専門家の意見は強い●16:00安達太良聖書集会代表湯浅鉄郎氏宅を訪問、黒埼プロジェクトの懇談。聖書ソフトの「バイブルワークス」などを見せて下さり、かなり私の頭が改造された。人と話をすると自分の視野の狭さがわかってくる●湯浅ご夫妻が車で三男恵のところに送ってくださる。近藤従(より)子さん、近藤直彦君(小5)もくる。この両名とは020317以来6年ぶりに会う。夕食のとき近藤従(より)子さん、近藤直彦君(小5)の上に神の祝福があるように祈った●マジックをやると直彦君が「師匠。タネを教えてください」と頭を畳に三度もすり付けたので「教えてやった」●孫の見時、風人とまたプロレス。この二人とは会えばいつもプロレス。●風呂に入っていると孫の二人が覗きに来た。

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近藤恵の家で。

左から近藤見時、高橋照男、湯浅理恵子(鉄郎氏夫人)、近藤直彦(小5、従子長男)、湯浅鉄郎(安達太良聖書集会代表)、近藤風人、近藤従子(よりこ、華子妹)・・・撮影は近藤華子。近藤恵は仕事で忙しく不在。

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病気は隠すと直りにくい ++++++++ 所感

2008/05/07 05:20

080507(水)4時15分起床●朝風呂で黙想。「病気は隠しておくと直りにくい」。なぜか。祈られないから。神も知らないから。●昨日の「午後三時祈りの友会」での話題。司会者「このように人の病気を知らせ合うことは最近の個人情報保護法のもとでよいことであろうか」。私「もし自己の病を隠すことにでもなれば祈りの友会は成立しなくなる」。全員「そうだ。そうだ」。司会者「それでは、自分の病気が知られることがいやで自ら退会する人はするままにしておきましょう」●キリスト教エクレシアの中にもこの法律(この世的なことにすり替わっている)が侵入してきてクリスチャン同士でも何もかも秘密にしていて祈らず祈られもせず「愛が冷えた」エクレシアに堕落してきている。エクレシアは一人一人がなんでもないような顔をして集まる「芝居小屋」ではない。(雑学知識のかき集めをしてきた)講師の話を聞く会ではない●病気を公表すると、治癒が早い。なぜか。人に祈られて神にもよく知られるからである。「二人三人わが名によりて祈る所に我も居るなり」とある。●隠すというのは自分でなんとかしようとする心であって、神学用語では「自己義認」である。自己努力である。神に嫌われる。●病気は恥である。「恥は自分に栄光は神に」である。●といって、何もかも露出する「露出狂」であってはならない。では何を露出すべきか。人間の医者では治りにくい病気、「祈り以外の方法」では治らないものを公表して全能の神に治癒していただくのだ。

文語訳 マコ 9:28-29
9:28 イエス家に入り給ひしとき、弟子たち竊に問ふ『我等いかなれば逐ひ出し得ざりしか』
9:29 答へ給ふ『この類は祈に由らざれば、如何にすとも出でざるなり』


塚本訳マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

●世の終わりの姿をイエスは次のように言う。

塚本訳マタ 24:10-12
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう
24:11 また多くの偽預言者があらわれて、多くの人を迷わすにちがいない。
24:12 また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える

●終末の裁きはエクレシアや信者からはじまるというのだから恐ろしい。

塚本訳 Ⅰペテ4:17
4:17 審判が神の家『から始まる』時(は既に近づいているの)だから。しかしもし(審判が)まず(神の家すなわちキリストを信ずる)私達から(始まる)とすれば、神の福音に従わぬ者の最後はどうであろう!

●10:01東秋留発、13:04福島県二本松駅着。大内信一氏宅に挨拶。K氏邸で夫人と改造打ち合わせ。19:00福島氏蓬莱のK氏邸。夕食の祈りをすると、孫の見時が「ラーメン」と呼応した。●孫の見時、風人とプロレス。夜半に大地震。

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福島県二本松の原瀬の地で。左から近藤見時、高橋照男、近藤風人。自然の中で大きく成長せよ。

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土産に買っていった「変装おもちゃ」を付けた見時。


 

 

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そーか、妻はいないんだ ++++++++ 所感

2008/05/06 06:08

080506(火)振替休日・●目覚めるといつも隣に寝ている妻がいない。「そーか、妻はいないんだ」。妻は昨日から合唱の合宿練習。●人間はいつの日かこういう日がくる。「そーか、もーいないんだ」。人間は一人で生まれて一人で死んでゆく。人生ははじめから終りまで「一人旅」だ●だからそこで出会う人は大切にしなければならい。人生で出会える人物は限られている。非常に少ない。しかもそれはしばしば偶然。だからこの人は神に引き合わされた人なのだと考えよう●イエスは言う。「人を裁くな」と。組織や集団というものができると、「違和感」を感じる人を排除したくなる。これを「教会主義」という。まるで共産党のイデオロギー闘争に似ている。この場合、「違和感」を感じる人は神から「違和感」を感じられて粛清される。神は父のようなものである。自分の子供が非難されると非難した人間に「かっ」となる。●かって私がいる前で私のことを「こいつはチンピラです」と人に紹介した人物がいた。後日その人に苦言を言ったら、「ゴメン。本当のことを言って悪かったな。おまえはオオヒラだ」と言いなおしてくれた。●しかし思う。人間はこの世でもあの世でも「オオヒラ」であってはいけないのだ。ことクリスチャンに関する限りは。・・・・クリスチャンはこの世でもあの世でも永久に「神のチオンピラ」でなければいけないんだなー。オオヒラだと言われて喜んでいるようではまだまだわたしもチンピラなんだなー●引照集マタイ16章●日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。今日は「キリスト体験。幼心にイエスを慕う」・・・イエスの死は不思議に人の心に衝撃を与える。この人はその後どうなっていくのだろう。明日からが楽しみ。●それにしても人が神やキリストに出会うのは不思議なこと。また聖書やキリスト教に出会って「何か感じることがある」人と全く「何も感じない人」があるものだ。クリスチャンになる人は「なるように」定められているのだろうか●その人に何もしないのに、悪くは思っていないのに、私がキリスト者と知っただけで敵愾心をいだいて攻撃的になってくる人がいる。あーいう人も「あーなるように」定められているのだろうか。とにかく神のなさることは不思議だ。人知では計り知れないことなのだ。それにしても悲しい、さびしい。●クリスチャンになると「この世」的な人から離れられる。離れるばかりでなく攻撃的になられる。敵対心を持たれる。あー悲しい。あー淋しい。●私の「ブログの作法」は大体において内村、塚本、黒崎の方法。隠すのもバラすのも攻撃非難するのも増幅するのもこれ全部「主のため」。捨て身である。自分を捨ててかからなければ公開日記は書けない。私のブログに空白はない。買い食いしたことは隠しているが(笑)。●私のブログに書かれて不満の人が時々いるが、そういう人のことは以後書かないことにしているが、それは残念ながら「心が通じて」ない人である。●藤林先生は年賀状に返事のない人に対しては翌年には出さないことにしておられた●無教会は「来るものを拒まず、去る者を追わず」。人が離れていくのも「神の摂理」。それで神はこの私を「楽」にしてくださるのだ。それにしてもあー淋しい。悲しい。あの人はどうなってしまうのだろう。達者で暮らせ。●13:30「午後3時祈りの友東京支部会」に出席。父が長いこと入会していたので、この会に出ると父のことを知っている人がいてうれしい。

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午後3時祈りの友東京支部会(杉並会館)

前列左から大渕シズ子、鈴木千都子、五十嵐正義、清水都留子、久保田幸子

後列左から栗原保庸夫、西村裕、加藤宮吉、撮影は高橋照男

祈りの友会は苦難共同体、祈り合いの会。3歳の時にポリオにかかり歩けない人が一番明るかった。

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祈りの友会は苦難共同体。帰途日が沈む。みんな晩年で人生ももう少しの時間だ。夕暮れだ。

しかし「復活」に希望を抱いていて顔が明るい。これ勝利の人生だ。


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聖書デジタル化の有益性 ++++++++ 所感

2008/05/05 15:17

080505(月)こどもの日・祝日、5時起床●朝風呂で日経「私の履歴書」。民俗学者の谷川健一。幼き頃の話。三つ子の魂百まで。●引照集マタイ15章。シドニーと福島に電送●妻が合唱の合宿練習で埼玉県の国際女性教育会館に出発。留守中の4回分の食事を作っておいてくれた。●11:00 山川歯科。銀をかぶせた。●黒崎プロジェクト「聖書の各種訳の対応」でWEB会議。教会集会で採用する聖書の翻訳本は異なるが、デジタル表示にすれば何種類もの聖書が瞬時に比べられる。聖書の読みはよい翻訳を複数読み比べるのが「王道」。カトリックとプロテスタントが無理して一致させた「新共同訳」の意義は十分にあるが、デジタル表現にすればさらに数種類の聖書を読み比べることができて有益。●図書館から借りたDVD「NHK名曲アルバム」でシューベルト「未完成交響楽」。この曲は彼の生前一度も演奏されることなかった。世に知られるようになったのは31歳の若さで死んだ後40年経ってからであったという説明に泣いた。●人間は生前この世から栄誉を受けない方が神に祝されることを去る4日の「感話」で話したばかりであったことと一致した●ドイツやウィーンの風景がたくさん出てきて昨年の旅を思い出した「NHK名曲アルバム」はすばらしい編集だ●シューマンの「詩人の恋」を鑑賞。●音楽家というものはどうしてこうも生前不遇なのだろう

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あきる野台地。雉(きじ)が鳴いていたのでそっと近寄ったが逃げられた。「キーン、キーン」と鳴いていた。

●ブログの読者から「高橋さんは詩人です」と言われてうれしかった。実は私は詩人になりたかった。父は「詩」が好きであった。中国では人間として「詩人」が最高位の地位である。ゲーテに「詩と真実」がある。

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力まずに生きよ ++++++++ 所感

2008/05/04 07:44

080504(日)5時起床●NHK3CH「こころの時代」里親の坂本洋子。夫妻には子供がなく、結婚5年目に里子として順平君を受け入れる。家庭の味を知らない(父親は失踪、母親は病気で育児困難)。彼は人づきあいがうまくいかない。学校に行けなくなり、養護施設に引き取られる。しかし17歳でバイク事故で急死。●坂本洋子さんは言う。「この子が他の子供にひけをとらないようにと力んで育てましたがそれは間違いであることがわかりました」。至言。親は子供に「この私(それは人間)がななんとかしてやろう」という気持になるが、それがいけない。神が入れない。子供は神が育てる●順平君の死後、さらに気の毒な子供を引き取って今は子供5人。夫婦は「同士」という感じだという。二人ともクリスチャン。●あー世の中には気の毒な子供が多いことも確かだが、坂本さんのような「偉い人」(こういう人は必ずしも賞賛されない。誤解される)がいるもんだなー●御主人は少し出てきたが、顔を見ただけで「偉い」人だなーと思えた。●牧師が自分の子供がありながら、「気の毒な子」を引き取ってわが子のように育てる例がある。テノール歌手の新垣勉(赤ん坊の時両親に捨てられる。しかも全盲)は城間牧師の家に引き取られて成長した。実子たちと一緒に写っている家族写真は美しかった。あの城間牧師の奥さんは偉かった。クリスチャンらしい美しい顔をしていた。●クリスチャンは「この世的にかっこいい仕事」をしなくてよい。下積みでよい。人に知られずとも神に知られる人生が人生の目標。来世で報酬がいただける。●集会は高木博義、宮崎トキ(ザルツブルグの旅)、高橋照男(金持が永遠の生命に縁遠い理由)●昼食は小寺夫妻、土肥、宮崎、トミ子、私●帰宅して引照集マタイ14章、3時間半。聖書の言葉に触れるのは楽しいことだ●秘密にすべきこと、密告すべきこと、正直に告白すべきこと、ズバリ忠告すべきこと、使徒伝承は心のうちに掲示されたことを証すること。キリスト教は黙示の宗教、隠していてはいけない●風邪気味で早く寝る
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復活伝承はなぜ必要か ++++++++ 所感

2008/05/03 11:51

080503(土)憲法記念日・祝日4時、目覚め。頭に浮かぶこと。「金銀我になし。キリスト・イエスの名によりて歩め」「悪魔は聖書をも利用する」「復活伝承はなぜ必要なのか」●この最後のものは「教会の必要、エクレシアの必要。使徒伝承を担う使徒の必要」につながる重要なこと。

塚本訳  ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

●これを職業宗教家が言うから、効き目がない。信用されない。我田引水と思われるのだ。私のように宗教を商売にしない人間が言わなければならない。

塚本訳Ⅰコリ15:1-5
15:1 また、わたしが思い出してもらいたいのは、兄弟たちよ、(以前)あなた達に伝え、あなた達が(喜んで)受けいれてくれて、(今日まで)それに立っている、あの(死人の復活についての)福音である。
15:2 どんな言葉でわたしがその福音を伝えたにせよ、あなた達がそれを守っていさえすれば、軽々しく信仰に入ったのではない限りは、あなた達もその福音で救われる。
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

●パウロは「地上伝承」の世話になって信ずることができたことを言っている。地上伝承の世話にならなかったとしたら、凡百とある宗教の一つになり下がる。鰯の頭も信心からである。●無教会主義がこの使徒伝承という地上伝承を真面目にとらえなかったから今日の衰退を見るに至った。そこにカスのように残るのは「自分の眼を開けてくださった先生に対する偶像崇拝的恋愛的感情の空気」。これは危険な異教思想である。そこに横行するのは「違和感」「違和感」。人を見て「違和感」を感じるのは自らが裁かれて神から「違和感」を感じられている。なぜか、人は全員一人一人が「違和感」を持つ存在であるから。●だから無教会主義は一人一教派、一人一教会●明日の感話の題は「金持ちが永遠の命に縁遠い理由」として9回目の推敲●「藤林本」の編集と執筆者に3校をエクスパックで送る。郵便局に自転車で飛ばす。

 

 

 

 


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祈りは別の形で聴かれる ++++++++ 所感

2008/05/02 11:02

080502(金)、出勤日。5時起床。朝のひらめき。「祈りは聴かれる」。しかし起きて思う。それは全く別な意外な形で聴かれるものだ、と。●引照集マタイ12章を出勤ぎりぎりまでやってシドニー&福島に電送●妻が日経新聞昨日の夕刊に「鈴木雅明」の記事が出ていることを教えてくれた。バッハ、バッハ、バッハである。その中でも「ロ短調ミサ曲」が最高だという●明後日の感話がようやく固まった。最後の最後まで手を入れたくなるものだ。その骨子は次の通り。

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永遠の生命は金では買えない

金持ちや物持ちが永遠の生命に縁遠い理由

               

塚本訳 ルカ 16:13-14

16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

16:14 金の好きなパリサイ人の人々は一部始終を聞いて、イエスを鼻で笑った。(富は信仰の褒美と考えていたのである。)

 

塚本訳マコ 10:21-23

10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」

 

  

●人間は誰でも豊になることを求めている。パリサイ人がイエスを鼻で笑ったことはイエスの金に対する考えが旧約の思想に反するからであった。富はそれ自身は悪いものではない。正しいものへの恩恵でもある。ヨブ記は財産が増えることによってハッピーエンド。地獄の沙汰も金次第。この世の問題は金で解決できる不思議。慰謝料、保釈金、示談金、結納金、契約金、寄付献金、残業代。人は金持と結婚したがる。今は死ぬにもお金がかかる。入院、老後の生活、葬式。この世では金は力。金は幸福。金は万能。だから経済学の目的は人間や国家が豊になること。したがって、この世では金持ちや物持ちが賞賛される。

 

●金がないと人から見下される悲しみ。学校に行けない、勉強ができない、家を持てない、嫁の来てがない、教会に行けない、病気になっても直せない。「俺を馬鹿にしおって」。

 

内村鑑三「キリスト信徒のなぐさめ」第5章「貧に迫りしとき」より

 

おちぶれて、袖に涙のかかるとき、人の心の奥ぞ知らるる。

 (これは鹿児島県民謡の「串木野サノサ」の3番にある。・・・高橋調べ)

 

なんじ貧に迫るまで友人を信ずるなかれ。世の友人はわれらの影のごとし。彼らはわれらが日光に歩む間はわれらと共なれども、暗所に至ればわれらを離るる者なり。貧より来たる苦痛の中に、世の友人に冷遇される、これ悲嘆の第一とす。

 

●富は信心の褒美(ルカ1614)というのが旧約であり、これは人間普通一般の常識

 

 

●ところが新約の時代になると価値が全く逆転する。この矛盾をどう考えたらよいのか。

 

 

 ●「神と富とに仕えることはできない」(ルカ1613)というイエスの言葉を鼻で笑ったパリサイ人。今の我々の周囲も「クリスチャンたちの思想は負け犬のやせ我慢」だと軽蔑する。「あの人が宗教に走ったのは、よっぽどの理由があったのだ」と冷ややかに見る。

 

 

●金はないよりあった方がいいが、永遠の生命は金では買えない。これが難問。教会堂や組織はあってもそこに永遠の生命の使徒伝承があるとは限らない。しかし逆に教会堂や組織がなくて雰囲気だけがあればそれでよいというわけでもない。永遠の生命がない。

 

 

●この箇所を解読するためにもっともよい箇所(ルカ1625

 

塚本訳ルカ 16:25

16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

 

●ここのポイントはこの世と来世の機械的な逆転現象ではなく、神に「慰められる」というところにある。親にとって子供は平等、「あんたは気の毒だったねー」と思う親の心。

 

塚本訳マタ 5:4

5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

 

●善いものとは何か

 

塚本訳 ルカ 8:8

8:8 またほかのものは善い地に落ちた。生えて(育って)百倍の実を結んだ。」こう言ったあとで、「耳の聞える者は聞け」と叫ばれた。

 

塚本訳 マタ 7:18

7:18 善い木に悪い実がなることは出来ず、わるい木に良い実がなることも出来ない。

 

●悪いものとは何か

 

  ・・・(精神的に)悪い、邪悪な・・・、 

(環境の悪さ、不遇な育ちを示しているように思える。いわゆる「不幸な星のもとに生まれた人」。いわゆる育ちの悪さ。人に嫌われる性質。遺伝。持って生まれた自分のいやな性質。子供は親を選べない。国家を選べない・・・高橋)

 

塚本訳マコ 7:21

7:21 内から、つまり、人の心からは、邪念が出るからである。(すなわち)不品行、盗み、人殺し、       

 

●もだえ苦しむとは何か。それは本当か。そうだったら大変。この世の努力は無駄になる。豊になることに躊躇する。よい建物を造ろうとしてきたことも徒労だったのだろうか。

 

 

●そうではない。富それ自身は悪くない。それも神の造られるもの。「神に慰められる」ということがポイント。失敗の人生でイエスに慰められた人々。イエスの言動は神の心。「言葉は神であった。」イエスの言動に神の子の姿、来世、天国の姿を垣間見る。「赦しの背後」には神が身代りにもだえ苦しんでくださった。骨を折ってくださった事実がある。

  

●神の慰めとは何か。神に慰められた人々にそれを見る。

 

①税金取り(私の人生、こんなはずではなかったのにと職業的な引け目を感じている人)

塚本訳ルカ 19:5

19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」

 

②遊女(生活のために転落してしまった悲哀の人生。罪汚れの失敗人生の過去の悩み。)

塚本訳 ルカ 7:37-38

7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、

7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。

 

塚本訳マタ 21:31

21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう

 

③難しい病気(ハンセン氏病、国定難病、なおりにくい精神の病にかかってしまった人)

塚本訳 マコ 5:25-29

5:25 すると十二年も長血をわずらって、

5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、

5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。

5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。

5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた

 

④姦淫の女(恋愛と結婚の失敗。楽しい夢と希望と愛の喪失。愛する人に裏切られてしまった人、家庭の崩壊。一家離散。教会はそういう人を白眼視する冷たさ)

塚本訳 ヨハ 8:4-7

8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。

8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」

8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。

8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」

 

⑤独り息子に先立たれた母親(子供に先立たれた人、婚約者の死、夫の死、妻の死)

塚本訳 ルカ 7:12-15

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

 

⑥犯罪人のレッテルを貼られてしまった人生(魔がさして、思わざることをしてしまった人。とんでもないことをしてしまったと悔やむ人生。親類縁者に顔出しもできない人)

塚本訳 ルカ 23:39-43

23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」

23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。

23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス」にはいることができる。

 

⑦生活が苦しくて多額の献金ができなかった人(貧困で、献金もあまりできない人。集会にも出られなくなってしまった人。キリスト教界はどうしても金持ちに頭を下げる)

塚本訳 ルカ 21:1-4

21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。

21:2 またある貧しそうな寡婦(やもめ)がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て

21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた

21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

 

●神に慰められない人、すでに満ち足りている人、恵まれている人。それが神の慰めを必要としない人。神としては「彼はあれで今十分幸福だと自分でもそう思っているじゃーないか。彼はモーいい。彼に天国でも豊になってもらうことはない。彼が来世でも豊になるならこの世で不運だった人に悪い。バランスが取れない」と考えるのかもしれない。

 

塚本訳ルカ 6:24

6:24 だが、ああ禍だ、富んでいるあなた達、もう慰めを受けたのだから

 

塚本訳 ルカ 5:31-32

5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である

5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

 

●人間から賞賛を受ける人はそれで報いは受けたことになる。神にとっては彼に慰めの必要はないと思っている。新約聖書は金持や物持ち(資産・地位・経歴・学歴・職歴・暇な時間・贅沢な遊びの時間・血筋・自分の先生・栄誉などを自慢する人)をよくは言わない。なぜか。それ自身が悪いからではない。それによって神を忘れるからでもない。神に「あの人はあれでモー十分だ」と思われて、肝心の永遠の生命に縁遠くさせられるからである。

 

塚本訳 マタ 6:2

6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている

 

●富はなぜいけないのか。お金は魅力的なもの、面白いもの。しかし富める人はそれで褒美をもらっているから神からそれ以上の「永遠の命」をもらいにくいからである。

 

塚本訳 ルカ 12:16-20

12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。

12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、

12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、

12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』

12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

 

結論。では誰が救われるのか。人間には出来ないが、神にはできる。

 

塚本訳 マルコ 10:23-27

10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」

10:24","弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に
特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、
神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。"
 10:25","
金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやす

い。」"
10:26","
弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救わ

れることが出来るのだろう。"
 10:27","
イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神

には出来る。“神にはなんでも出来る。”」"

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