to 日記と感想 2009年02月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


彼女を記念しなさい ++++++++ 所感

2009/02/28 10:02

090228(土)朝のひらめき「彼女を記念しなさい」

口語訳 マタ 26:13
26:13 よく聞きなさい。全世界のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」。

新改訳 マタ 26:13
26:13 まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」

新共同 マタ 26:13
26:13 はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

塚本訳 マタ 26:13
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

文語訳 マタ 26:13
26:13 誠に汝らに告ぐ、全世界いずこにても、この福音の宣傅へらるる處には、この女のなしし事も記念として語らるベし』

●訳語としての「記念」は上記5訳すべて一致。英訳ではメモリーとかメモリアル。●人間、何を記念すべきか。だれを記念すべきか●「内村鑑三記念会」は下火。当然すぎるほど当然。なぜか。「偉人を記念」しているからである。あと10年もすれば消滅するであろう。思い出にふけっている人が老齢化でいなくなるからである。その後「思想や生き方」を記念してもいけない。それは命の抜け殻の研究●イエスは言う。「彼女を記念しなさい」。彼女とは誰か。自分の罪に泣き、それが赦された喜びで泣きながらイエスの足に香油を塗ったその「彼女」である。●その香油が高価であったので、弟子のユダは「もったいない」と言った。それに対してイエスは「構わずに、わたしの埋葬の日のためにそうさせておきなさい」(ヨハネ12:7)と言った。イエスは淋しかったのである。誰も自分の死の意味を理解してくれず、かつ誰も手厚く葬ってくれないであろうことを予感していたからだ。●キリスト教は彼女のことを記念し続けなければならないのだ。「キリスト教的偉人」を記念してはいけない。「彼女を記念」しなければならない。●ギドン・クレーメル+アーノンクール+ウィーンフィルでモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番(トルコ風)を鑑賞。これは昨日届いた妻たちのプラハ演奏会での一曲。●ムラウチホビー、図書館で「拝啓パウロ様」●妻は午後から立川にコンサート。それからモーツァルト「レクイエム」の練習。●明日の感話の資料をプリント。

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在宅介護の道 ++++++++ 所感

2009/02/27 19:41

090227(金)朝から「黒崎幸吉新約聖書デジタル化」引照入力。今日からコロサイ書●昨年のプラハ演奏旅行のビデオが届いたので鑑賞。面白かった。また旅行した気分になった。「ボヘミヤ、ボヘミヤ、ボヘミヤ」。ボヘミヤ大好き。懐かしい方々が大勢出てきて楽しかった。編集が良くできている。●チャイコフスキーに大好きな「懐かしい土地の想い出」というヴァイオリンの小品がある。●昨日の女子大生との懇談で見えてきたこと。これからの日本の課題は在宅での介護」。●日本は世帯数よりも住宅数の方が多くて、数は足りている。問題は中身。死ぬまで住み慣れた「我が家」に住むのが理想。女子大での私の建築講義を「福祉」関係の人が多く選択する意味がわかった。日本人の望みなのだ。福祉、介護、住い。この3点の調和が課題。

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雨の中を出掛ける妻。御苦労さん。書斎の窓から写す。

2009.2.27 13:54

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昭和女子大生7名来訪 ++++++++ 所感

2009/02/26 11:59

090226(木)「黒崎幸吉新約聖書デジタル化プロジェクト」第二ペテロ3章引照入力●昭和女子大生が「木造住宅」見学のために7名来訪するので部屋の片づけ。●人間は「時が迫る」ことなしに行動が起こせないものだ。客が来るとなると家が片付く●昨夜は少し頭が痛くなったので「スワ」脳内出血の再発かと心配したが、今日はおさまったので安心●人間、「いつ死ぬか」分からないものだ。●今朝眼が覚めて感謝。今日一日いただけて感謝。●14:00 昭和女子大生7名が来訪「課外授業」をした。一人一人に「あなたはどの方向に進めば伸びる」ということを「預言」して喜ばれた。どうしてそれが分かるのですかと聞くので、65年も生きていれば分かるものだ、と答えた。「福祉」を専門にする人も多く来られ、これからの日本は「在宅福祉」の方向に向かっているというよいことを聞いた。resize0735.jpg 

家の外観をぱちぱちと撮影していた。2009.2.26 14:26

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各自、自己紹介と進路希望について披歴していただき、私がそれについてアドバイス。教師、建築設計者、管理職、営業、などなど。20歳前後の彼女たちは昭和の最後付近の生まれ。20093.2.26 18:08

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東秋留駅まで送る。走り去る電車。今春からみなそれぞれの道を歩む。ホームを過ぎると、すぐに電車は見えなくなった。彼女たちの将来の幸福を祈った。さようなら、さようなら、さようなら。●彼女たちの上に神の祝福が末永くあるようにと祈りながら、聖歌「人生の海の嵐に」を歌いつつ暗い夜道を一人で家に向かった。2009.2.26 19:08

●最初にして最後の来訪。記録として氏名を記す。梶谷尚未、寺原三貴、村川唯、山本実可子、児玉好美、判治仁美、久世彩子、みんな妻の作った土産のパウンドケーキを素直に喜んでくれた。感謝。

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一人で生きるということ ++++++++ 所感

2009/02/25 10:28

090225(水)黙想「時が迫る」ということ「一人で生きる」ということ●人間は「時が迫る」ということがないと行動に移せないものだ。試験勉強は「時」が迫るので一生懸命になる。原稿は「締め切りの時」があるので必死になる。ホスピスでは余命を宣告する。すると本人によい影響を与える。家族の悲しみ(これを特に予期悲嘆といい、癌患者の家族に特有の重荷であるがよいものをもたらす。寿命の自覚も人間によいものをもたらす。私の余命は統計的にあと17年。やることをやらなければならないと思う。そして最後は「終末」の問題。パウロは終末を意識して生きた。人間の努力による地上王国、地上王國の完成を目指してはいなかった。そしてその終末は間もなくなので、「とるものもとりあえず」「走れ」と我々に言う。パウロという人はすごい人だ。パウロと一緒に生活したら焼きつくされる。

塚本訳Ⅰコリ7:28-35
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──
時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)
この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから。
7:32 ただわたしはあなた達が、(この世のことに)気をつかわないでほしいのである。独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のこと(ばかり)に気をつかうが、
7:33
結婚している男は、どうしたら妻に喜ばれるかと、この世のことに気をつかって、
7:34 心が割れるのである。また独身の女と処女とは、身も霊もきよくあろうとして、主のこと(ばかり)に気をつかうが、結婚している女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、この世のことに気をつかうのである

7:35 しかしこれはあなた達自身の利益のために言うのであって、(もちろん)罠に掛け(て束縛す)るのではなく、むしろあなた達が品位を保つため、かつまた、余念なく主のもとにあって動かされないためである。

●「一人で生きろ」とパウロは言う。なぜか。「時が迫っているから」という。●パウロのいう「時」は終末再臨の時、今のこのわたしが意識している時は寿命の終わりの時。同じ「時」でも性質が違う。私の終わりの時は肉体の寿命の「時」。パウロヤイエスのいう「終わりの時」は突然いつくるかわからない時。緊張の度合いが違う。●私は時々「大病」をする。それは突然に襲ってくる。(過去に脳内出血、腎臓結石、尿管結石)。だからあと17年も生きていられるなどとのんびりと構えていてはいけないのかもしれない。明日「倒れる」かもしれない。●ヤコブ書にはつぎのようにある。人生は明日は分からないのだ。

口語訳 ヤコ 4:13-15
4:13 よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。
4:14 あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。
4:15 むしろ、あなたがたは「主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言うべきである。

●イエスは次のように言う。さすが神の子、ギクッとすることを言われる。

塚本訳 ルカ 12:15-23
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」
12:22 それから(また)弟子たちに言われた、「だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。
12:23 命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)だから。(命と体とを下さった神が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

●カトリックの神父が独身であるのは「主の業」に専念しやすいためであろう。しかしそれが目的ならば、結婚して夫婦が協力して「主の業」に専念するのも「道」である。プロテスタントの結婚はこれが目的だ●イエスは弟子を遣わすときに二人組にした。ヒルティも仕事は二人組が能率が良いという。●二人で仕事をすると、3倍できる感じである。

塚本訳  マコ 6:7
6:7 また(前に選んだ)十二人(の弟子)を呼びよせ、二人ずつ(を一組にして伝道に)派遣することを始められた。そして汚れた霊を支配する全権を授け、


塚本訳  マタ 18:19
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。


塚本訳  マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


塚本訳 マタ 21:1
21:1 一同がエルサレムに近づき、オリーブ山の中腹のベテパゲに来ると、その時イエスはこう言って二人の弟子を使いにやられた

●妻は朝から中野の愛子の所に「手伝い」に行った。●14:30 「午後三時祈りの友」会員の星野利男さんを見舞う。讃美歌138「ああ主はたがため世に下りて」を全盲の星野さんは宙をみて歌われた。星野さんの最後の祈り「御国に旅立つ日まで、信仰を持ち続けることができますように」。●帰りは早春のあきる野路を武蔵増戸駅まで散策。いろいろなことが去来した。

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梅。ほぼ満開。 花は「時」を忘れないものだなー。

2009.2.25 16:01

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冬の秋川。家族と何度か川遊びをした。音楽の友、浦和の大沢君とその子供たちも案内した。大沢君(共助会)は還暦を待たずにそして子供たちの結婚を誰一人も見ずに逝った。人生の嘆きはこれみんな「比較」からくるのではないかなー。 2009.2.25 16:47

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しだれ梅。どうせ咲くならこのように美しく咲かなければならない。人が見ているのだから。建築デザインまた同じ。神は天地を創造されたときこれを「よし」とされた。「よし」というのはヘブライ語で「トーヴ」。これはまた「美しい」という意味も含まれている。地球が汚くなったのは、乱開発は人間の罪。 景観の美しさは深い信仰から生まれる。信仰の深い人々のいる国の景観は美しい。 2009..2.25 17:03

●沖倉設計に立ち寄るが、所長は外出で不在。●イオンでコピー用紙購入。●すっかり暗くなって帰宅。妻が中野から帰って来ていた。●20:15 八王子の小寺利男さんが来訪。各種計画、懇談、座談。主にある交わりは感謝。

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貧しき者は幸いか ++++++++ 所感

2009/02/24 12:52

090224(火)黙想「貧しき者は幸いか」●イエスは「貧しき者は幸いなり」と言ったがなぜか。貧しければ不幸である。人並のことができない。進学できない。大企業に就職できない。社会的地位があがらない。家が持てない。病院に行けない。入院できない。旅行ができない。交通費がないのでどこにも行けない。食べたいものが食べられない。ほしい着物が買えない。子供に希望の道を進ませてやれない。縁談が進まない。学歴がなくて馬鹿にされる。習いごとができない。(語学、運転、ピアノ、スポーツ、遊び)。子供が欲しがるものを買ってやれない。本を買えない。生活費で妻に苦労をかける。お金がないととかく夫婦喧嘩になる。人から信用されない。見下される。時には借金で頭を下げなければならない。●しかし負け惜しみではないが、仮にそれらが得られたとしても本当に幸福であったのだろうかと思う。イエスは言う。

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)


●一番大切なものは「命」。それも神との交わりの命。この世のものに満たされて肝心の「神との交わりの命」を失っては、人生、意味がない。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

●ヘブライ語で「貧しい」という言葉と「信仰が篤い」という言葉は同義語ということだ。イエスは言う。

文語訳 ルカ 6:20
6:20 イエス目をあげ弟子たちを見て言ひたまふ『幸福なるかな、貧しき者よ、神の國は汝らの有なり


塚本訳  ルカ 6:20
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから


新共同 ルカ 6:20
6:20 さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである。


新改訳 ルカ 6:20
6:20 イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。


口語訳 ルカ 6:20
6:20 そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。

●人間、何が幸いかと言って、物質的なもの、この世的なものの充足ではない。神との交わりの命が幸福である。それは物質的、この世的に「貧しい」ときにより多く得られる。●だから貧しさゆえに神との交わりが深くなったら、「貧しき者は幸いなり」と言える。しかし貧しい上に信仰も得られなければ、悲惨である。●しかしそういうことはない。貧しい者はその貧しさの故に神に目をかけられる。それは一方的な愛。●イエスが「貧しき者は幸いなり」と言ったのは「信仰に入りやすいから」とか「信仰が篤くなる」からという条件付きではない。貧しい者は貧しいが故にそのまま神に愛されるのだ。「幸いなるかな貧しき者」とは「父なる神の親心」なのだ。これ人の子の親になってみればわかる●独立伝道者の故藤沢武義氏が東京聖書読者会に来訪された時の感話。「生涯で一番『応(こた)えたこと』は、食事に事欠いていたとき、夫人(故人)に「なんとかなる」「なんとかなる」と言うと、幼い子供を抱えた夫人に『では、今すぐここに食べ物を出してみてください』と言われたときである」とお話くださった。私は現在そのお子様のお二人を存じ上げている。実に豊なお顔をされておられる。●その苦境の時に藤沢武義氏は会場に向かって「独立伝道者出よ!。神が何とかしてくださる!」と大声で叫び、持っておられた聖書を講壇に「バン」と思いきり叩きつけられた。●あの優秀な人は「この世の道」を歩めば相当の地位になり、豊になったはずだが、生涯「貧困であられた」。しかしお顔は豊に輝いておられた。「幸いなるかな貧しき者」は神学論争ではなく事実である。 ●「黒崎幸吉註解デジタル化プロジェクト」引照入力●次回感話の準備●かって会社が借り上げたマンションに独身男性社員の二人を入居させたが、片方があまりにストイックな生活なので「折合い」が悪く、一方の遊び人(とは思わないのだが)
がストイックの人を残して出て行った。いわば家出である。かわいそうだったなのは真面目な生活をしていたストイックな人。真面目が故にこの世的な「遊び人」に嫌われた。こういう遊び人はいつか神に「滅ぼされる」。●真面目なストイックな人よ、こういう場合は気に病むことはない。残念であるが相手が悪かった。気にするな●クリスチャンは「俗化現象と老化現象」に対しては戦わない方がよい。何をどう言っても直らないのだから言うだけ徒労である。亀裂が深まるだけだ。自然に別れたほうがよい。人間は各自生き方が違いのだから別れざるをえないことがある。お互いのために無理はいけない。 「遊び人」には「遊び人」の道がある。「その道は良くない」などと注意することに時間を割くほど無駄なことはない。●悪は栄えないということで自然消滅するものだ。争いが生じてあとが続かない。残念であるが仕方がない。●O氏に見舞いの電話。難しい病気で入退院を4回も繰り返したが回復せず、ついに夫人の郷里に行くという。私が私のブログでも見て元気を出してくださいと言ったた喜んでくれた。それにしても神はなぜこのようなことをされるのか。「御心のままに」「御心のままに」。●「黒崎幸吉デジタル化プロジェクト」第二ペテロの引照入力で感じたこと。キリスト教の教会(集会)は生まれ落ちたときから「俗化現象」との戦いであった。その悩みであった。そしてその解決は「神が滅ぼす」ということを信じつづけよ忍耐せよということである。この悩みは現在も同じ。エクレシアの永遠の悩み。

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福音はそれ自身の力で伝わる ++++++++ 所感

2009/02/23 11:31

090223(月)●次回の感話のタイトルは「福音はそれ自身の力で伝わる」に決定。「姦淫の女」(ヨハネ7:53-8:11)の源流と伝承過程はいまもって不明。●しかし源流はイエスに遡るであろうことは定説●ではそれがどう伝承されたかは不明。「生活の座」も不明。決定的に弱いのは大文字4大写本(B・アレフ・A・C)にこの記事が欠けていること。●ではいかなる口伝でこれが運ばれたか。それは不明である。不明であればあるだけ、この記事のもつ福音的実力、福音それ自身の力がクローズアップしてくる。「福音はそれ自身の力で伝わる」。●感話の「骨子」は次の通り

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 福音はそれ自身の力で伝わる

      「姦淫の女」の物語伝承の研究

          (ヨハネ7章53-8章11節)

 

①この物語伝承は資料的にどこまで遡れるか

 物語の本質は「妬み」からのイエスの捕縛。

  女性は利用されただけにすぎない。

③イエスは「身をかがめて」何を書いていたのか

④この物語伝承が担われた理由。福音自身の力

  この「物語伝承」が今日でも力を発揮した実例

   人は「罪の赦しの使徒伝承」を聞いて神と出会う

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●創世記3章には人間が罪を犯して神と離れたことによって生じる「苦」は男にとっては「労働」、女にとっては「男に支配されること」。この恐ろしい宿命の真理が書かれている。この苦は罪が購われて神とつながったとき「喜びに変わる」。その「苦」から自由になろうとするいかなる人間的方法も神への従順が回復しない限り絶対に無理。「不従順」と「反逆」「不服従」が自由へのあがきである。男は労働を避けようとし、女は男に支配されることを嫌って自由になろうとする。それは無神論者のあがき。男は「仕事が苦痛」、だから労働時間の短縮やベースアップが労働組合の活動目標である。女は「男に支配されるのが苦痛」だからまず「思想レベルで自由」になろうとしている。いずれも「人間的自由」がその目標。これ無神論者の特徴であって「神からの自由」がその根底にある。

口語訳 創  3:19
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。


新改訳 創  3:19
3:19 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」

口語訳 創  3:16
3:16 つぎに女に言われた、/「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、/彼はあなたを治めるであろう」。


新改訳 創  3:16
3:16 女にはこう仰せられた。「わたしは、あなたのみごもりの苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる。」

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陣痛はなぜあるのか ++++++++ 所感

2009/02/22 08:08

090222(日)黒崎プロジェクト●陣痛はなぜあるのかについて黙想。人には必ず「母」というものが一人必ずいる。その母は「私を生んだ時、苦しんだのだ」「苦しんで生んでくれたのだ」。この苦しみは何か。それは神の愛を口ではなく、無言の内に教えるものであるまいか。愛は苦しむ。説教ではない。別れを惜しむ弟子たちにイエスは次のように言った。

新改訳 ヨハ 16:21
16:21 女が子を産むときには、その時が来たので苦しみます。しかし、子を産んでしまうと、ひとりの人が世に生まれた喜びのために、もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。

●この喜びは復活による再会である。●妻と集会に行く。集会は長島、村上、横田●昼食会●14:30 今井館理事会。●妻は今井館の「伝道聖書集会」。千葉眞氏の「ロマ書講義」。●金沢幾子さんに妻を紹介。●妻と一緒に帰宅●帰宅して「黒崎プロジェクト」

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人を見分ける方法 ++++++++ 所感

2009/02/21 12:03

090221(土)朝のひらめき「人を見分ける方法は感謝の言葉の量」●人物判定の方法は種々あるが、一番確実な方法はその人から「感謝」という言葉がどのぐらい出るかである。言葉でなくても態度や物腰でそれはわかる。お礼が言えるか、挨拶が出来るか、返事をすぐ言えるかである。礼状の一本もかけないようでは人間として「下」。ヒルティは「ありがとうございました」と一行手紙を書く時間(今では電話をする時間だろう)がないほど忙しい人はいないはずだと言っている●新約聖書で、パウロ書簡には何と46回も「感謝(ユーカリストォー)」という言葉が出てくる。●黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化」プロジェクトの引照を入力していて「感謝」という言葉が頻繁に出てくるので感心した。あの苦難の人パウロにして「感謝」の連発。大人物は違う●若い男女が結婚相手を決めるときはどうしたらよいか。簡単である。「感謝」という言葉がどれだけ出てくるかで決めれば良い。●間違っても学歴、家柄、財産、容姿などで決めるバカなことをしてはならない。もっと簡単なのは「礼状」が書けるか、、お礼の電話があるかどうかで判定すればよい。●学歴なく、家柄なく、教養なく、財産なくても感謝の言葉があれば人間として「上」。「感謝」という言葉を一度も言ったことがない人間は他に何があっても人間としては「下の下」。●世の母親たるものは自分の子供に「感謝」という言葉が言えるように教えなければならない。●それには母親がまず感謝の心をもって生活し、常に口に「感謝」の言葉が上っていれば子供は自然に真似をして育つ。無理に教えなくてもよい。自然体、自然体。●夫に感謝、妻に感謝、子供に感謝、両親に感謝、勤務先に感謝、上司に感謝、部下に感謝、組織に感謝、教会に感謝、牧師に感謝、集会に感謝、国に感謝、役人に感謝、いじめる人に感謝、友人知人に感謝、歩んできた人生に感謝、健康に感謝、人生に感謝、今日一日に感謝、然り、キリストに感謝、神に感謝、使徒伝承に感謝、罪の赦しに感謝、有体的復活の希望に感謝、

●午前中は「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化」第一ペテロ3章引照入力●聖書図書館の高橋裕子さんに「姦淫の女」の写本問題を聞く●午後は次回感話「姦淫の女」の準備●妻は来週の来客の土産としての「ケーキ」を12本焼いた。●武藤陽一さんと「姦淫の女」の写本の問題。電話。

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そうだ私が犠牲になろう ++++++++ 所感

2009/02/20 12:04

090220(金)朝のひらめき「そうだ私が犠牲になろう」●次回の感話はヨハネ7:53-8:11の「姦淫の女」。その中のイエスは黙って座って地面に何か書いていた。一体何を書いていたのか。古来色々な説があるが、すべて推測に過ぎない。これは読む人の数だけ読み方がある。だから「○○先生はこうおっしゃっておられる」という読み方はよくない。聖書は自分で読んで自分で感じるところにプロテスタントとしての存在意義がある。●そこで私の感想。あれはイエスが義と愛の板ばさみになってうずくまって「そうだ、私が犠牲になろう」「私が身代わりになって彼女の罪を清算しよう」「祭司や学者がこんなにも私を責めるのは、私が死ぬように神に促されているのではあるまいか」などこのように考えていたのではあるまいか。そして地面に書いていたのは「イザヤ書53章」の一節ではあるまいか。イエスは追い詰められるとすぐ聖書を思い出した。十字架上では「詩篇22編」の一節を思いだした。●最後にイエスは顔を決然とエルサレムに向けて歩いた。●そして「祭司等や学者に殺されることになっている」と言うようになったのはこの「姦淫の女」の事件がその背景にあるのではないか。「人、その友のために命を捨つる。これより大いなる愛はなし」である。●「賛美歌」に「ああ主はたがため、世に下りて、かくまで悩みを受けたまえり」というのがある。●昼休みに教文館ビルに行く。来月退社するので、もうちょくちょく来られなくなる。そこで聖書図書館翻訳部の高橋裕子さんにお別れの挨拶した。いろいろ親切にしていただいて感謝。

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銀座松屋ビルの外壁はガラス。そこに巨大な車の広告。

こうなると建築は広告看板になり下がっている。建築文化の低さ。 2009.2・20 13:06

●昭和女子大次年度のシラバス作成、インターネットで修正する方法を学事係のTさんに昨夜と今夜教えていただいたが超親切なので感激。感謝。

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悪いヤツとは戦うな。すぐ離れよ。 ++++++++ 所感

2009/02/19 05:23

090219(木)4時目覚め、すぐ起床●朝の黙示「悪いヤツとは戦うな。すぐ離れよ」「即刻逃げよ。その場を捨てよ」「悪人には手向かうな」「聖なるものを犬にやるな。歯向かって噛みつくだけだ」「負け犬になれ。復讐は神がする」」「名誉ある撤退をせよ。その方が讃えられる。尊敬される」「あんな人間の仲間だと思われるな」「不信者に訴え出るな」「悪口はさんざん言われっぱなしにせよ」「あらんかぎりの悪口を言わせるママにせよ」「敵の救いを祈れ」・・・・・・これ一つ一つに聖書的根拠があるが時間が惜しいのでやめておく。とにかく悪い人間と戦うと自分がそれだけ「小さくなる。レベルが下がる」「その人物と同等のレベルになり下がる」

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朝5時半、外はまだ暗い。月が寒い。2009.2.19 5:37

1・

●新井明先生から「マシュー・ヘンリ著マタイ註解書」、大塚節子さんから「聖書辞解」「落ち穂拾い」「聖書ばなし」を頂く。感謝。●田川建三の「書物としての聖書」の一部を読む。著者は語学の天才(ただし鼻にかけるのが玉に傷)であるが、聖書で飯を食っている人間の自分領域の本。職業領域の細かい本。信仰が篤くなるというものではない。「聖書の本質読み、素人読み」ができてない。氏を支える牧師グループがあるというのだから呆れてものが言えない。氏の「わめき」を読むのは、私の好きなボクシング世界戦を観るのにに匹敵するぐらい面白くて興奮する。●ICUが氏の大きさを許容できなくて追放(それは汚いやり方だったらしい)したのは失策であった。氏がグレ出した(?)のはあの時からではあるまいか。あのとき無教会は氏の味方であったのだが、組織としてのICUは小さかった。災いなるかな「組織」。組織は常に「この世的なるもの」である。●060204、田川氏東京講演会の時に主催者に紹介していただいて会ったが、書かれたものから受ける印象とは違ってとてもジェントルマンであった。一緒に記念撮影をさせていただいた。●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」第一ペテロ引照入力。難航。翻訳比較でも引照でも分からないところは「黒崎」を見ると短い説明なので、わかりやすい。●本プロジェクトは確実に日本に益する。「黒崎註解」の復活である。

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建設物価調査会の中野正氏(左)と吉田光正氏(右)が木造住宅の自主研究のため拙宅を見学に来られた。

熱心に写真を撮影していかれた。私はこの家は自然素材(木と漆喰と竹と紙)でできていることを強調した。

中野氏と妻は郷里(福島県)が同じ、吉田氏は音楽趣味なのでこれまた話が弾んだ。

2009.2.19 16:35

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汚れを清める力 ++++++++ 所感

2009/02/18 05:57

090218(水)4時半目覚め。朝の啓示「汚れを清める力」●私の生まれる一年前(1942年)に死んだ母方の祖父のこと。H銀行の頭取に出世した祖父は金ができて料亭に出入りしてそこの女将と親しくなり、8人も子供がいながら離婚。私の母はその末娘であった。まだ歩けなかった母は人にやられたという。家庭崩壊で母は不遇の人生になった。物ごころつくようになってそのことを知った私は身をかきむしった。「私は汚れている」「私は汚れた祖父の孫だ」「私には汚れた血が流れている」。私の生まれる前に死んだとはいえ私には「おじーちゃん」と呼べる人がいなかった。そして見ぬ祖父を深く深く憎んだ。恨んだ。淋しかった。しかし何の不思議かキリストの十字架の血潮でこの身の汚れがことごとく清められるという不思議な体験をした。心が楽になった。静まった。心の重荷が下りた。教会に感謝。すると、あれほど深く深く憎み怨んでいた祖父のことを「赦せる」ようになった。そして祖父の墓参りをしたくなった。しかし子供たちに嫌われて東京から追放された祖父の墓はその存在すら分からなくなっていた。私は10年の歳月をかけて、それを九州の水俣の人の行かない山中に探し出した。墓石は倒れていた。後妻になった女将(水俣出身)と一緒に眠っていた。私は二人の遺骨を抱えて東京に戻った●このように私の血は汚れているのだ。私の経歴を知った人は「私に近づくな!!」。私は汚れているのだ。清くないのだ。軽蔑してくれ。●しかし誰に何と言われようと嫌われようと、避けられようと、この肉の身はキリストの宝血で完全に清められたのだ。悪い性質は依然として残っている。「品格も人格も」ない。よくならない。けれどもあの心の重荷と悩みは両肩から降り、すっかり楽になったのだ。●「汚れた私に近づくな。離れてくれ!!」。過去が汚れている大したことのない人間なのだ。笑う者は笑ってくれ。軽蔑する者は軽蔑してくれ。「ワシはアンタラに用はない。気の毒な人の所に行く」のだ。●高橋の先祖、家系は汚れているのだ。汚点のある系図だ。清くない。●しかし家系の汚れ、両親の汚れ、祖父母の汚れ、親類縁者の汚れ、否、自分自身の経歴の汚れに悩む者よ。私に聞け!。キリストの十字架の血は罪を清める不思議な力がある。「ものは試し」だ。思い切って飛び込んで信じて見よ。絶対に清められる。嘘は言わない。キリスト教はわかって信ずるのではなく、信じてみて初めてわかるものなのだ●惨憺たる人生の最後にこの救いを頂いたとしても、それは成功の人生。なぜか。人生は「神を知ることによってはじまり、そして終わる」のだから。春一番で咲く花もあるが晩秋に咲く花もある。価値は同じ。また私の家にある月下美人という花は一晩だけ咲いて朝にはしおれている。そうだ。われわれの人生はあの月下美人のようで良いのだ。●人生、身も心も清められて有体的に復活できるのだ。●このありがたい「福音」、馬鹿にする者は馬鹿にしろ。しかし過去の汚れに悩む人、「モーだめだ」と思っている人、先祖両親の汚れに悩む人はこの私の使徒伝承を「聞いて信ぜよ」。人に分からないようにひそかでよい。私に連絡応答などしなくてよい。一人静かに心の中で信ずるのでよい。悪いことは言わない。嘘は言わない。十字架の血はどんな汚れも清めてくださる力があるのだ。過ぎ去った過去は「取り返しがつかない」のだが十字架の血はその「過去を贖って下さる」のである。この時間的矛盾を突破してくれるのは、今に働く霊の存在である。これ以上は神学的になって難しくなるからやめる。大脳皮質の神学で人は救われない。●こんなにして「家の恥」をバラしてしまった今は亡き「じーちゃん」と「母さん」赦してください。

讃美歌271

1. いさお なき われ を ち を もて あがない,

   イエス まねき たもう, みもと に われ ゆく.

 2. つみ とが の けがれ あらう に よし なし,

   イエス きよめ たもう, みもと に われ ゆく.

 3. うたがい の なみ も, おそれ の あらし も,

   イエス しずめ たもう, みもと に われ ゆく.

 4. こころ の いたで に なやめる この み お

   イエス いやし たもう, みもと に われ ゆく.

 5. たより ゆく もの に すくい と いのち を

   イエス ちかい たもう, みもと に われ ゆく.

 6. いさお なき われ を かく まで あわれみ,

  イエス あいし たもう, みもと に われ ゆく.

讃美歌515

 1. "じゅじか の ち に きよめ ぬれば,

   こ よ," と の みこえ を われ わ きけり.

 (Refrain)

   しゅ よ, われ はいま ぞ ゆく,

   じゅじか の ち に て きよめ たまえ.

 2. よわき われ も みちから を え,

   この み の けがれ お みな ぬぐわれん.

 3. まごころ もて せつ に いのる,

   こころ に みつる は しゅ の みめぐみ.

 4. ほむべき かな わが しゅ の あい,

   ああ ほむべき かな わが しゅ の あい.

讃美歌332                    

 1. しゅ は いのち を あたえ ませり,

   しゅ は ちしお を ながし ませり.

   その し に よりて ぞ われ わ いきぬ.

   われ なに を なして しゅ に むくい し.

 2. しゅ は みちち の もと を はなれ,

   わびしき よ に すみ たまえり.

   かく も わが ため に さかえ を すつ,

   われ わはしゅ の ため に なに を すて し.

 3. しゅ は ゆるし と いつくしみ と

   すくい おをもて くだり ませり.

   ゆたけき たまもの み に ぞ あまる,

   ただ み と たま と を ささげ まつらん.

讃美歌391

 1. なるど の つぼ ならねど,

   ささげ まつる, わが あい,

   みわざ の ため しゅ よ, きよめて

   うけませ.

 2. よわき たみ に ちから を,

   おぐらき よ に ひかり を

   あたえて しゅ の たかき みむね

   なさば や.

 3. おずる もの に へいわ を,

   なげく もの に のぞみ を

   わかちて しゅ の ふかき めぐみ

   あらわさん.

 4. この よ の わざ おわりて,

   あまつ くに に かえらば,

   しゅ よ, みまえに つかえ まつらん

   ときわ に.

●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」引照入力。●次回感話、「姦淫の女」●図書館、コンビニでコピー

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この土の器に ++++++++ 所感

2009/02/17 06:01

090217(火)4時起床●朝の啓示「我この宝を土の器に持てり」

文語訳 Ⅱコリ4:7
4:7 我等この寶を土の器に有てり、これ優れて大なる能力の我等より出でずして、神より出づることの顯れんためなり。

文語訳 マタ 25:26
25:26 主人こたへて言ふ「惡しくかつ惰れる僕、わが播かぬ處より刈り、散らさぬ處より歛むることを知るか。

塚本訳  マコ 5:19
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。」

●小説「土の器」は阪田寛夫作で芥川賞受賞、膵臓癌の母親の記録らしい。●今朝の啓示は次の通り。このわたしの身体、性質、性格はすべてもろい「土の器」、病気をする、大病をする、まずい性質、まずい先祖、まずい親戚、汚れた家系、みすぼらしい経歴、まずい過去、三つ子の魂100まで、努力しても直らない、家人(妻子供)に嫌われ批判されてもなお直らない、人に嫌がられ攻撃されても直らない。おそらく一生涯このままであろう。周囲に迷惑をかけている、まさに「土の器」である。しかしこの「土の器」に私の努力から生まれたのではない「宝」が盛られた。それを言わなければならない。そのことを言ったのが第二コリント4章だ。この章はすごい。わたしの章だ。●このことをイエスに言わせればタラントの譬である。主人から預かっていた金をそのままにして隠しておいた「無益の僕」の話である。マタ25:26以下。●だからこの「土の器」に盛られた宝を宣伝しなければならない。それは自分の努力や力から生まれたのではないことを示すためである。そのことはイエスがまたマルコ5:19でいう。「神がこの自分にどんなにえらいことをしてくださったかを家に帰って言え」と。●下記の第二コリント4章のパウロの言葉はアーメンである。この「土の器」の私の書だ。

塚本訳 Ⅱコリ4:5-11
4:5 なぜならわたし達が説いているのは自分のことでなく、ただキリスト・イエスは主であること、自分たちはイエスの(奴隷、いや彼の)ためにあなた達の奴隷であるということである。
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。
4:8 わたし達はあらゆることで悩まされる、しかし行き詰まらない。当惑する、しかし絶望しない。
4:9 迫害される、しかし(神に)見捨てられない。打ち倒される、しかし死にはしない。
4:10 わたし達はいつもイエスの死の苦しみを体に受けて持ち回っている。それはわたし達の体にイエスの命も現れるためである。
4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

●「黒崎幸吉新約聖書デジタル化プロジェクト」。責任者で在シドニーの大島守夫氏からの御連絡。またまた「実力者」の実質的参加という。このプロジェクトは神に祝福されていることを感じた。

●15:00寒い日、外を見ると雲がとても美しかったので、たまらずカメラを持って表に出て撮影。

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●亡くなった父は白い雲が大好きであった。父の詩集に「白い雲」がある。白い雲を見ると17年前に召された父を思い出す。●父からはキリスト教の神は「罪を赦す神だ」ということを耳にタコができるほど聞いた。●画家のシスレーも空と雲の絵が多い。シスレー大好き。

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バレンタインチョコの意味 ++++++++ 所感

2009/02/16 11:21

090216(月)出勤日。冷水で洗顔、心に気合を入れて「黒崎幸吉新約聖書註解デジタル化プロジェクト」第二テサロニケ引照入力●この書簡の歴史的背景を学ぶ。テサロニケ教会にはむずかしい問題があったようだ。パウロの手紙というのはその宛先に何らかの問題がある。それを知るには手紙を裏返してみれば少しはわかる。それ以上はどんな大学者でも「だろう」「おそらく」という推測に過ぎない●通勤電車のなかでヨハネ8章の「姦淫の女」の勉強。素人としてはここをどのように読むのが正解だろうか。●それはおそらく「聖書で聖書を読む」重ね合わせ読みが究極の読み方であろう。この箇所に重ね合わせるのは、8つ①旧約の律法における姦淫の罪の峻厳さ。②律法の一点一画も滅びないと言ったイエスの態度③罪は赦せと言うイエスの態度④イエスに「それは死刑だ」と言わせることにより、死刑執行権のないユダヤ人イエスがローマに対する越権行為をやらせ、ローマの法律でイエスを捕らえようとした聖書学者や祭司階級の陰謀。それはねたみが動機⑤人間はだれも聖なる律法を守れないという事実⑥そこに十字架の罪の赦しで救いの道を開いたイエス。イエスは賢く逃げた⑦イエスは顔を堅くエルサレムに向けて死に向かったこと。⑧イエスは自らの死を持って姦淫の女の罪を赦した。●バレンタインデーでこの私にも三人の女性からチョコをいただいた。感謝。しかし世の中にはチョコの一枚ももらえない「淋しい男」がいる。そういう人は神から本当に意味のある愛をいただける。●人の世界のチョコにはいろいろな意味がある。感謝の御礼、見返りの愛の要求。これはすべて水平の愛。●本当の愛はお返しを期待しないプレゼントだ。イエスの十字架はお返しを期待しない一方的な愛であった●「あの人からチョコが来ないなー」、とか「お礼の返事が来ないなー」とか常に思っていらいらするこの私はデキていない。自戒。●調べると3月14日のホワイトデーというのは男性から女性へのお返しの日」で、一説には3倍のものを返さなければならないらしい。困った。困った。●来月退職のため、各所に挨拶。●現役の身で有楽町を歩くのもこれが最後かと思うと淋しくなった●聖書協会の島先氏に「聴いて読めるギリシャ語聖書」の内容を実演説明して頂いて購入。●聖書図書館で「大聖書」「主教聖書」「ジュネーブ聖書」を見たが、前ニ著は大きすぎて扱いに困難。庶民のものではない。「ジュネーブ聖書」は小さくて扱いやすく、当時人気であったことがうなずける。欄外に引照もある●教文館で新約聖書・訳と註・マルコ、マタイ福音書・田川建三訳」を購入したが、帰宅してみると昨年8月にすでに購入してあった。ダブり。すぐ教文館に電話すると返品許可が出た。電話が早かったから良かった●田川の毒舌節が記憶になかったとはどうしたことか。毒舌節は頭にも心にも残らないのかそれとも私がボケたのか。●寒い夜、妻の祈りで二人で夕食

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有体的復活の真理伝承に生きよ ++++++++ 所感

2009/02/15 04:56

090215(日)4時目覚め。朝の黙示「有体的復活の真理伝承に生きよ」「つまらないことで争うな。人間が小さくなる」「組織内の争いはやめよ」「沖にこぎ出せ」●パウロが「最も大切なこと」と言ったのは復活伝承。これが人類が「罪と死の恐怖」から救われる道だ。

塚本訳Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

●私が「有体的復活」に目覚めたのは12年前の1997年春のことである。そのときヨハネ20章の「空の墓」のことを勉強していると「急に胸が熱くなって」イエスの墓が空になったのは歴史的事実であることを「霊において」分からされた事に始まる。●この信仰を裏付けるため、聖書学者の荒井献、佐藤研の両氏に手紙を出して、「支持」していただいた。その御返事のお手紙は大切に保管している。●パウロは自分の信仰が正しいものかどうか、その啓示が間違いないものかどうかをエルサレム教会の使徒たちに確かめに行った。Ⅰコリ15:3の塚本訳敷衍「エルサレム教会から」には千金の重みがある●それよりも、「空の墓」「有体的復活」というと不思議にこれに同調する方が全国的に表れて「アーメン」と応答してくださる。これが私に対して「わたしの言っていることは真理だ」と確信させてくれる。弾みをつけてくれる●ところがこれがわからない人がいる。信仰には諸段階があるから「まだわからない」ならば良いが、わたしを攻撃する人間がいる。それを類型化すると、①その信仰がこの世的である俗人、②地上天国を目指している、いわゆる社会派信者③天下国家を批判するヒューマニズム的人間④組織内で幅を聞かせようとして私を排除しようとする人間④組織の維持継続発展に腐心していて「使徒伝承」が二の次三の次、否、全くなくて「有体的復活は必ずしも信じなくてよいという、組織内融和を最優先にする人間。これは分からないくもなきが、実は「最も大切なこと」を把握していない「真理の敵」。これを「教会主義者」という。こういう人間は一日も早く無教会から叩き出さなければならない。⑤私のことを「空の墓」ばかり言っている人間だと「揶揄」する人間。こういう人間は「自分が何をやっているのか」分からない人間。ルカ23:34.同じく「真理の敵」「人類の敵」。一刻も早く追い出さなければならない。・・・・●まてまて、こんなことを書いていては時間の無駄だ。「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」に邁進しよう●黒崎幸吉は「空の墓」を史実と信じている。使徒伝承を受け継いでいる。●妻と集会に行く。宮崎、小寺、望月●終了後80歳代のF先輩から「今度思わぬことで5千円入ったので独立学園に寄付した」と話があった。F氏は月の収入が5万円の年金生活。そしてF氏は「君の話は最近よくなってきた」と言ってくれた。●私はF氏から「パンはなくとも人は生きられる」という塚本訳はアーメンだと教えていただいた事がある。この翻訳は机上の研究ではわからない。

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

●これは神への絶対信頼から出てくる言葉である。パンがなければ神はうどんでも出して下さるという意味ではないのだ。神がおられれば人間は餓死することはないということなのだ。収入5万円のF氏の言葉には重みがある。

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彼氏欲しい症候群の救い ++++++++ 所感

2009/02/14 08:34

090214(土)朝の啓示「彼氏(カレシ)欲しい症候群の救い」●次回の感話は「姦淫の女」(ヨハネ7:53-8:11)。●「聖書は聖書で読む」ことが王道からすればこの女性を理解するには同じヨハネ4章の「サマリアの女」(ヨハネ4:1-16)を重ね合わせてみればよい●この二人とも心が淋しく「女のシアワセ」を求めていたに違いない。けれども満たされなかった。人生を失敗した。ズタズタになった。とりかえしのつかない過去を持ってしまった。そして今もなお心の安らぎを求めて「右往左往」している●そこにイエスが登場して電撃的な言葉を言う。「わたしも罰しない。今からはもう罪を犯さないように」(ヨハネ8:11)。「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなたたちが、この山でもなくエルサレムでもなく(どこででも)、父上を礼拝する時がくる。」(ヨハネ4:21)●女性はシアワセな結婚を求めている。これは女子大の講師をしていて感じていることである。●また私は「キリスト教性教育研究会(富永國比古会長)」に参加している。これは堅物のオヤジやオバサンたちの冷たい律法的な集まりではない。若い女性はその淋しさを癒さんとして彼氏との関係で「性の深み」に陥り、身も心もズタズタに傷つく。その「彼氏欲しい症候群」からの救済(サルベーション)」である。傷が残るのはいつも女性!。●こういう女性に対してイエスはどう向かったか。それは過去の罪の赦し、清算。そしてそれ以後は神と共にある真の霊の礼拝(ヨハネ4:23-24)を求める。「父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。」(ヨハネ4:23b)●しかし現実はどうか。今や無教会は「無教会難民」で溢れている。若者も女性も「よい先生欲しい症候群」でさまよっている。しかしここと言って淋しさを癒す心が落ち着く場所がない。そのあげく集会や教会を転々とし、その数は五人以上(ヨハネ4:18)!!。しかもそれでもなお「落ち着かない」(今のはあなたの夫ではない。ヨハネ4:17・・・・ここがヨハネ7:53-8:11の姦淫の女と重ね合わせられる!)●イエスは言う。「神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」(ヨハネ4:24)●しかしこれは「無教会主義を待たずとも理想である」とは教会の反論である。それができないのでこの世では「教会」という補強が必要だという。無教会の唱導者である内村鑑三も「無教会主義はこの世では実行不可能な理想形である」と言っている。●無教会主義者はこの実行不可能な理想形を追い求めて生きていくのだ。実行不可能でも!パウロの言葉が響く。

塚本訳  ピリ 3:12-13
3:12 しかしこれは(何も)既に(それを)捉えたとか、既に完成されているとか言うのでは(もちろん)ない。ただもしや私も(それを)捉えることが出来はしないかと、走っているまでである。私もキリスト・イエスに捉えられたのだから。
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、

●世界の果てにまで伝道せよ(マタイ28:19-20)というイエスの言う世界の果てとは「今ここに自分が立たされているところ」が世界の果てである。これはサマリアの女にイエスが言った言葉「この山でもエルサレムでもなく(どこででも)」(ヨハネ4:21・・塚本訳)の言葉に通じる。 ●あの姦淫の女もサマリアの女も罪がすっかり清められ、きれいな体になって復活させられるのだ。有体的に復活させられるのだ。「十字架の罪の赦しと有体的復活の希望」。これが使徒伝承の本質だ。来世では結婚生活はない。天使のようになるからだ。(ルカ20:35-36塚本訳)●かって私と会話があった神戸の女性「あのー、わたしは好きな人と道ならぬことをしてしまいましたが、このような者でも教会というところに行ってもよいのでしょうか。」私「イエス様が罪の身代わりで死んでくださったので、それを信ずれば生まれ変わることが出来ます」。女性「あー、なるほど」。・・・あの女性よ、いまいずこ!!。神によって導かれているはずだ。「あーなるほど」の答えでそれを感じた。

これで今朝のディボーション(黙想)は終わり。

●この人生問題に関して、8年も前に交わされた上記の対話が今も忘れられないのでその時のことをHP(これだけは言い残しておきたい「贖罪の事実」)から再掲する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私はモーだめでしょうか」「贖罪の道がある」

 

ある新しい通信回線の勧誘宣伝の電話の女性との対話。

 

女性「さらに詳しいことは日曜日にお電話してもよろしいでしょうか」

私 「日曜日は聖書の勉強の集まりに出かけるかだめだ」

女性「あの――― ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか。わたし過去に好きな人と関係したことがあるのですが、私はモーだめでしょうか」

私 「そんなことはない、イエス様が罪の身の身代わりになって死んでくださったからそれで新しく生まれ変わることができる。」

女性「ああ、なるほど」

女性「教会は私のようなものでも行ってよいのでしょうか」

私 「初心者向きの入門講座がウィークデーの夜にでもあるはずです」

女性「ここは神戸ですが、こちらにもありますか」

 

わたしはこれで多くのことを学んだ。この女性には「私はモーだめか」という過去の過ちという汚れの意識が厳然としてある。人間はどんなに堕落してもこのこの汚れの身を何とかしたいという意識があるのだ。

この悩みは、パウロの悩みであり、全人類の悩みでもあるのだ。

「私はモーだめか」という絶望の意識は正しい。なぜか、過ぎ去った過去は取り戻せないからである。汚点である。汚れである。人生の「しみ」である。消せない。これだけはどうしようもないのである。

これに対する私の言葉。「イエス様が身代わりになって死んでくださった。それで新しく生まれ変わることができる。」という「情報」は神学的に言えば物足りず不備があるかもしれないが、この女性には感覚的にその意味が分ったらしい。その答えが、すかさず

「ああ、なるほど」で返ってきた。

わたしはびっくりした。これだけでわかったのか。福音は、これを受け入れる人にはどんなにまずい説明でも伝わるのだ。

「ああ、なるほど」・・・実に手ごたえのある返事であった。全宇宙に木霊(こだま)した。

「教会は私のようなものでも行ってよいのでしょうか」・・・日本の教会は敷居が高いのか。このように思われているのであったら大変だ。

生活に忙しく日曜日も働かなければならない人がいて、その人は「教会にもいけない」そんな人がかなりいることを知っている。教会はいつでも誰にでも接することができるように開かれていなければならないのだが、・・・・・敷居が高いらしい。

「教会」という概念はこのようなときに「救いの手」「見える手」として必要なものである。それが「無」であったらどうであろう。救いを求めているこのような女性はどこへ行ったらよいのであろうか。現代の「無」教会は「見えず」、見えても「教会」よりさらに敷居が高いのではないだろうか。イエスは教会を作ろうとされず、福音を拒否する人々(学者、祭司階級)を避けてこのような女性の中に入っていかれたのだ。

彼女の上に主の導きと恩恵あれ。彼女が行くかもしれない神戸の教会は彼女を受け入れ導いてほしい。期待する。彼女とはきっと来世で会えるであろう。いや会えなくても良い。救いの事実の知らせだけあれば。

 

2001.4.4 高橋照男

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●私は彼女に「使徒伝承」の役目を果たした。私はさらに行く。私は遣わされている。「モーダメだ」と思っている人に。使徒伝承を携えて行く。人を集めない。伝えるだけ。発信するだけ。「心を開かれた人」は「どこかいいところで救われてくれ」。この女性とはある日神戸の街角ですれ違うことがあるかもしれないが、お互いに分からない。顔を知らない。それでいいのだ。私は伝えたぞ。福音を伝承したぞ。●妻は故伊東彊自先生夫人を見舞い。その後合唱団「もくせい」でモーツァルト「レクイエム」の練習。

 

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悪をもって悪に報いるな ++++++++ 所感

2009/02/13 05:00

090213(金)出勤日、4時15分起床●昨日ぶつかった「悪をもって悪に報いるな」(Ⅰテサ5:15)について黙想。●この私ををひどく嫌う人が2-3人いる。なぜなのだろう。理由がありそうだ。どんなに努力しても好きになれない。だから相手も私を嫌うのだろう。ではどうすればいいのだろう。●「悪人に手向かうな」「敵を愛せ」「悪をもって悪に報いるな」などの聖句を思い浮かべて心に念じてもダメだ。おさまらない。「復讐」した方がよっぽどすっきりする。「悪をもって悪に報いた」ほうが楽だ。この「復讐心の克服」はなまじの人間道徳の努力ではできない。●だから地球上に戦争が絶えない●ここでフトひらめく。あるいはその人は私を打ってこの私の欠点を気付かせてくれる「神の使い」なのではあるまいか。すると私にとっては重要人物なのではあるまいか。神がわざわざこの私に遣わしてくださった「配役」を演じている人間なのではあるまいか。こう考えると心が平らになる。彼の背後に神の手があるのではあるまいか。ここで浮かぶのが次の聖句。

塚本訳 ヤコ 4:12
4:12 立法者また審判者は、(人を)救いまた滅ぼすことの出来る彼(ただ)一人である。(神に代わって)隣人を審く君は(一体)何者だ!

●つまり、私はあのイヤナ人間に対して「裁判官」の立場に立ってはいけないのだ。呪ってはいけないのだ。わたしが高慢にならないための神から遣わされた人なのかも知れない。そうだパウロの次の言葉の通りだ。

口語訳 Ⅱコリ12:5-10
12:5 わたしはこういう人について誇ろう。しかし、わたし自身については、自分の弱さ以外には誇ることをすまい。
12:6 もっとも、わたしが誇ろうとすれば、ほんとうの事を言うのだから、愚か者にはならないだろう。しかし、それはさし控えよう。わたしがすぐれた啓示を受けているので、わたしについて見たり聞いたりしている以上に、人に買いかぶられるかも知れないから。
12:7 そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである
12:8 このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った
12:9 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。
12:10 だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。


●このⅡコリ12:8の「わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も祈った」などというのはズバリ私の心境である。つまりあのイヤナ奴とはなるべく接しないようにしたいという気持ちである。

●次のⅡコリ12:9の言葉は素晴らしい。これはもろもろの「人生苦」を突破する言葉だ。

文語訳  Ⅱコリ12:9
12:9 言ひたまふ『わが恩惠なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり』さればキリストの能力の我を庇はんために、寧ろ大に喜びて我が微弱を誇らん。

塚本訳 Ⅱコリ12:9
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。

口語訳 Ⅱコリ12:9
12:9 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。

●とするとあのイヤな奴、苦手な奴、わたしを攻撃する奴、私の悪口をいう奴、私を中傷する人間、心が煮えくりかえるぐらいトンデモナイことを言う奴の存在もわたしにとって神に遣わされた人なのではあるまいか。奴の存在もまたこの私にとっては「恩恵」なのかもしれない。

●これで朝のディボーション(黙想)は終了。今朝は恵まれた。

●3月に建築の現業をやめ、東京を去るにあたって、わたしが企画して立ち上げもののうちの、気になっていた2つのビルのその後の経過について建築主の2代目から伺った。何れも建築工事をした当事者はすでに逝去。代がわりしている。第一のOビル2代目夫人は明るかった。初代夫人はビル建設に反対していたが、「(2代目である)息子が高橋さんと付き合うことで信仰に目覚めることを期待する。」と言っておられたが一昨年に召された。最後は失明された。ところが、ところが、その息子夫人(つまり2代目夫人)は不思議な導きで熱心なクリスチャンになられた。ビルが竣工してまもなくの頃、初代夫人から良いお手紙をいただいていた。「このビルは先日屋上からご一緒にみたあの隅田川の花火のように永遠の時の流れからすると一瞬のうちに消え去るでしょう。しかし高橋さんに一生懸命建築していただいたという思い出は私の心に永遠に残ります」と。そうだ、このOビルは一瞬のうちに人手に渡った。しかし2代目夫人は神によって建てられた。感謝。●次はHビル。これは2代目の奮闘で何とか商売が続いているが、景気の悪さでこのビルもどうなるかわからない。「わたしの生きているうちに『売却しました』ということにならないで欲しい」と笑いながら話した●あーとかくこの世は流転だ。過ぎ行くものだ。建物は仮の宿だ●新宿の雑踏を歩きながら、現役の身としてこの雑踏を歩くのもこれが最後かとと思うと一抹の寂しさを感じた●さようならOビル、さようならHビル、さようならみなさん。なお神の祝福が豊にありますように。

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神が人を起こす ++++++++ 所感

2009/02/12 07:09

090212(木)5時半起床●朝のひらめき、黙想。「神が人を起こす」●何事も困って万策尽きた時は「神がなんとかしてくださる」という信仰を持つことが大切。この信仰がないところ人間は「不安」にもとづく行動に走る。人を殺す。邪魔な人間を排斥する●「神が人を起こす」という信仰が大切。福音の伝承は神が人を起こすことによって継承される。決して組織の経済的維持ではない。建物の存続維持ではない。金や建物があっても肝心の信仰がないことが多い●「神が起こす」という信仰がキリスト教の「処女降誕」「有体的復活」の信仰を生む。人間イエスが神の子に見えるのも同じ原理である●「明日のことを心配するな」というイエスの言葉は、「神がそのときなんとかしてくださるから」という背景があってのこと。だからこの背景のない不信者とは意見が合わない●神に対する信仰のない人は、信者の人生観を、無策、怠慢、あなた任せ、無責任、無能、無計画と思える。しかし人間的「取り越し苦労」をする「策」に効果があるかというとそうでもない。●信者は将来計画、資金計画、をしてはならないか。否。ビル建設の時、「事業収支計画書」を作成しないと銀行は金を貸さない。だからビルは建たない。●15年以上前の某プロジェクト。45億円の資金収支計画をして銀行から借り入れたが、数年後にバブル崩壊、計画は全く外れた。しかしなんとか持ちこたえている。これも神の助け。しかし売却するようになったビルもある。しかし売却後の建築主の歩みを見るとそれも「道」であったのかと思える。●建物は神が「起こす」「建てる」。しかしあるときそれを「壊す」。●人の身体も同じ。あるとき誕生させ、あるとき命を終わりにする。●「エホバ与え、エホバ取り給う。エホバの御名は誉むべきかな(ヨブ1:21)」(自戒)●次の塚本訳は信仰が深くないとわからない。(自戒)

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」引照入力テサロニケ前書。その作業中に素晴らしい言葉に出会った。

塚本訳Ⅰテサ5:15
5:15 誰も悪で悪に仕返しせぬように注意し、互いに、また何人にも、常に親切であるように努めよ。

●戦争の動機は常に「復讐」。喧嘩も「復讐」から始まる。●復讐するな。悪は悪自身で滅びる。自滅する。●ヒルティはこの世界は「倫理的世界秩序」というものが厳然と働いていて神を信ずると否とにかかわらず悪は罰せられる。悪人は悪人同士で滅びあうという。そうかもしれない。●悪は神を恐れる。なぜか。滅びると直感するから。これ「悪人の恐怖」。人生はこの恐怖から解放されないと心安く過ごせない。常に戦々恐々としていなければならない。そこに「幸福観」「平安」はない。そういう人がいる。常に何かに脅えている。●「祈の友」234号、聖句暗誦日課表の各聖句の翻訳出典を記入●図書館●DVDで「カラヤン管弦楽名演集」を鑑賞●妻は中野の愛子のところに手伝い。帰宅19:25●妻と「時間を守らない人間」について懇談。約束の時間を守らない人間と約束をスッポカス人間は人の時間を奪う「大罪悪である。人間関係を大切にしない倫理観の欠如。誰との関係を第一にするかの問題。神を信じないと人間関係もおろそかになる●かって約束の時間に遅れてきて何の挨拶もしないで悪びれもせず「平気な顔で入ってきた男に」なりふり構わず激怒したことがある。ああいう人間や家庭は先がない。将来がない。彼の仕事は栄えない。なぜか。そういう人間の発想は何をやっても陳腐だから。気高くないから。●実話。一番電車で行っても間に合わないからと、前日の最終列車で出かけていって明け方まで駅のベンチで仮眠していた学生がいた。そういう人間の先は見えている。面接試験をするまでもない。間違いなく栄える。●廊下ですれ違った時にこちらが挨拶しても会釈も挨拶もしない人間がいる。あーいう人間は一刻も早く追い出せ。追放せよ。●私に逆恨みをしてあらぬことを言いふらす悪人は組織から叩き出せ。袋叩きにして一刻も早く永久追放せよ。あーいう人間が一人でもいると全体が腐る。

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Yさんありがとう ++++++++ 所感

2009/02/11 07:09

090211(水)建国記念日。4時半起床●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化」プロジェクトの訳語問題で、ヨセフスの「ユダヤ古代誌」を調べる必要に迫られた。●蔵書は9年前の火災でほとんど焼失したが、この本(秦剛平訳、新地書房、全10冊)は昨年4月10日に、余命短きことを認識したYさんが私にくださったもの。それが本日役に立った。Yさんが召されたのはそれからわずか71日後であった。Yさんありがとう。役に立ちました。●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」テサロニケ前書の引照入力●「バイロイト祝祭劇場100年」のビデオを鑑賞、名指揮者や歌手が目白押しで出てくる。ワーグナーの芸術は日本人は逆立ちしても追い付かない。●芸術も学問も「本場」というものがるものだ。なぜウィーンに音楽家(べートーベンも)が集まったのかを知りたく思っていたのであるが、一昨年にそこを訪問してわかった。結局は「人」。当時ウィーンには音楽家のトップが集まっていたから自然に集まってきたのだ。これ、芸術、学問、技術、聖書の勉強、ただし信仰については神に導かれた「どん底」の経験をした人の所に「本物」がある。そこが本場である。

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寒い日の空。 こういう時に「家屋」のありがたさを感じる。

2009.2.11 10:26

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ヤコブ書を見直す ++++++++ 所感

2009/02/10 20:37

090210(火)6時起床●冷水で洗顔、「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト:引照入力、ヤコブ5章。新共同訳の引照、ネストレーアーラント27版ギリシャ語聖書の引照。ヤコブ書を引照を当たりながら読んで、キリスト信者の実践訓、救われた者の生き方であることがよくわかった。聖書は「自分で」直接読まなければだめだ。ヤコブ書を見直した。●午後三時祈の友会の「聖句暗誦日課表」の6月分をまとめた。自分自身が非常に勉強になった●食器戸棚の丁番直し、歯科、内科、皮膚科、図書館、市役所、コンビニでコピー19:00妻と二人で夕食。NHKニュース。報道というのは暗いことが多い

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寒い夕方。自転車に乗ってこのような景色を見るとなぜか淋しくなる。讃美歌「日暮れて、四方は暗く」を歌いながらペダルを漕いだ。神の愛、永遠の生命、復活、喜び。この福音なくして人生は淋しい、空しい。

2009.2.10 16:23

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オーストラリアの大火災 ++++++++ 所感

2009/02/09 08:04

090209(月)5時半起床●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」ヤコブ引照入力。●オーストラリアで森林大火災。「黒崎註解デジタル化プロジェクト」の代表O氏は在シドニーなのでお見舞いのメール。返事がきて熱波が原因だということがわかった。●そこで「焼ける」「燃える」ということを黙想。人間は誰でも最後は火葬場で「焼かれる」。そして灰と煙になる。そのとき魂は抜け出て神の懐に昇天するという考えは、人類始まって以来の凡百の宗教一般。だから来世は行って見なければわからない」。●キリスト教はそうではない。否、「福音はそうではない」。終末のときに再びこの人格は霊の体になって「有体的に復活」する。生まれてくるときは無から物理的な有になって誕生した。死んだ後も無から今度は霊の体で復活する。●その証拠は?、2000年前のイエスの霊の体の有体的復活。その不思議な行動は4福音書に出てくる。それに接した人々の証言が「使徒伝承」。その使徒伝承を耳で聞いて「心の眼が開かれると不思議にそれが本当のことだと信じられるようになる。わたしの場合は「胸が熱くなって」信じられるようになった。それはもう10年も前のことである。●その後家屋の全焼、脳内出血による意識不明。しかしこの苦難も「有体的復活」を信じられるようになっていたおかげで突破できた。●ナニ、この体はいつかは「焼かれるのだ」。しかし死は眠りである。終末、最後の日に再び今度は名前を持って呼び出されるのだ。イエスは死んで4日もたったラザロに向かって叫んだ「ラザロ出てこい」。●「私の場合も同じだ「照男!。出て来い!!」。私はそのときが必ず来るのを信じる。信じられる。その方が自然だ。否、信じないほうが不自然だ。理性を犠牲にして無理に信じているのではない。

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このたび独立して新聞店の経営者となった伊勢喜明家の職場と住まいを訪問。場所は中野。経営は真剣勝負、一歩間違えると赤字で自分の家族に降りかかってくる。家族が路頭に迷う。店の二階にある住居内の改造をアドバイスした。食事のとき、この家に神の祝福が末永く豊に下りますようにと祈った。幼稚園と教会の相談。愛子に経営者の妻としての心得を厳しく話した。大切にする順番は①主人の善明さん②3人の子供③家庭生活④経営(決して金儲けを第一にして金、金、金と思ってケチり、他人に礼を失してはならない)

2009.2.9 20:05

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長女の初音は今年から小学生。真新しいランドセルを見せてくれた。実にすばらしい色彩であった。

2009.2.9 18:30

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肉にではなく霊に蒔け ++++++++ 所感

2009/02/08 08:04

090208(日)5時起床●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」ヤコブ3章引照入力、特急作業。「ただ一つのことを」やるには細かい派生的なことの数々は「振り切って」やらなかればならない。特に調べ物、探しものに時間がかかる。「断念する」ことが大切。これぐらいのことはと思っているとそれが積み重なって時間がとられる。新聞、テレビ、音楽。●きょうの作業中にガラテヤ6:8に感じた。

文語訳  ガラ 6:8
6:8 己が肉のために播く者は肉によりて滅亡を刈りとり、御靈のために播く者は御靈によりて永遠の生命を刈りとらん。

口語訳 ガラ 6:8
6:8 すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。

新改訳 ガラ 6:8
6:8 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。

新共同 ガラ 6:8
6:8 自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。

塚本訳 ガラ 6:8
6:8 というのは、肉に蒔く者は肉から滅亡を刈取り、霊に蒔く者は(最後の日に神の)霊から永遠の命を刈取るであろう。

●人間の営みはこれ99%「この世の繁栄、成長、拡大のため」。ところがこのヶ所では「肉にではなく、霊に蒔け」と言っている。残り17年の人生は「ただ一つのこと」をやるのが重要。それには「派生的なこと」はすべて振り切り断念しなければならない。●「蒔け」ということも大切。「集める」「引き寄せる」のではなく、「蒔く」「発信する」のでなければならない。それは「使徒伝承」である。発信した結果は問わない。「言いっぱなし」「蒔きっぱなし」である。●ありがたいことに「耳ある者」は聞いてくれる、応答してくれる。これが励み、真理証明である。「耳ある者は聞け」。 ●キリストの道、信仰の道は「一人旅」だ。●人間は一人で生まれて一人で死んで行くのだ。●集会は川上、丹野、山本●すずめの会の後半は青木満里子さんを忍ぶ会。私は欠席●昭和女子大、リポートテストの採点、発送●妻は愛子の新居である中野に行って手伝い。何しろ愛子は子供3人を抱えて大変らしい。
 

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夕暮れの富士。こういう景色を見ると実にさびしくなる。永遠の命、神の愛に浸らないとこの淋しさは消えない。

2009.2.8 17:45

 

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日記7325ページ ++++++++ 所感

2009/02/07 17:12

090207(土)5時起床●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」ヤコブ書2章の引照。ヤコブ書はルターによって「藁の書簡」と呼ばれて軽視されてきたが、自分の目で読んでみるとそうではないことがわかった。そこで、共同作業者にメール。公的なことなので公開する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヤコブ書はルターが「藁の書簡」と言って低く評価しているそうですが、こうして直接「自分の目で」精読すると「そうでもない」ことがわかりました。

根本的なことは「救われた者の行い」について言っているのであって、救われるために行いが必要とは言っていないように見えます。(2章までですが)。

ヤコブ書問題は神学論争になると果てしもなくなりますが、ヤコブ2:18の引照マタ7:16-17 を読んで、イエスに一本やられた感じです。何も言えなくなります。感謝

 

新共同 ヤコ 2:18

2:18 しかし、「あなたには信仰があり、わたしには行いがある」と言う人がいるかもしれません。行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、わたしは行いによって、自分の信仰を見せましょう

 

●ここの「信仰を見せましょう」の部分の引照がマタ7:16-17 なのです。

 

新共同 マタ 7:16-17

7:16 あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。

7:17 すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

 

それにしても新共同の引照はすぐれものです。以前はこれはコンコルダンス的なものと評価していましたが、上記の引照をあげていることで脱帽です。さすが明治以来の蓄積があります。見直しました。引照作成者の苦労を思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●来月退職で、人生も一区切り。そこでパソコンの「自分史」を整理。65年間の日記はA4で7325ページ、パソコンで220MB、CD一枚の33%。人生なんてあっけないものだ。このCDは焼失してはいけないので、庭のスチールの物置に保管した。●故O君の遺族から記念に頂いたクラシックの音楽ビデオテープ177本を見やすく安全なところに整理。昨年ミラノのスカラ座で鑑賞した「メリーウィドー」のテープは一番目立つところに置いた。「O君悪かったねー自分だけ長生きして本場で鑑賞してしまって。」●トミ子は愛子の引っ越しの手伝い。子守。今日は泊まり。明日集会で会う。●「キリスト教会で会いましょう」「キリストの集会で会いましょう」というのが人間の約束の中で一番尊く美しいものだ。次は「音楽会で会いましょう」だ。●墓碑を見るのが好きだが、一番慰められるのが「また会う日まで」である。死は眠りである。最後の日に有体的に復活して望む人に「会う」。これ以上の希望はない。この地上の生活は「一時」である。人間はだれでもいつかは逝くのだ。例外はない。「苦しみは瞬時にして喜びは永遠」(ヒルティ幸福論3の結語)

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過去をすべて赦す神 ++++++++ 所感

2009/02/06 11:43

090206(金)出勤日。5時起床。●「黒崎註解デジタル化」プロジェクトの引照入力ヤコブ。ルーテルが言うほど「藁の書簡」ではないと思うのだが●昨夜痛んだ右脇腹は今朝はそれほどではない。尿路結石の激痛がこなくてよかった。祈りのおかげである。●人類の三大苦痛は①三叉神経痛②尿路結石③陣痛●私は過去に尿路結石で二度入院した。あの激痛は経験しないとわからない。「死にたくなる」●次回の感話はヨハネ8章の「姦淫の女」。ここをどう読むかを黙想。「過去をすべて赦す神」。同じトーンの箇所。①サマリアの女(離婚暦5回)②香油を塗った女(売春婦)③姦淫の女(現行犯)・・・これらの女性の過去をすべて赦した。しかし代償として自らは十字架にかかったイエス。「人その友のために命を捨てる、これより大いなる愛はなし」

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出勤の途中で振り返ると奥多摩連山が見送ってくれる。

来月は定年退職だ。

2009.2.6 8:29

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むしゃくしゃするとき ++++++++ 所感

2009/02/05 04:58

090205(木)4時起床。朝の黙想。昨日、ピリピ書3章を精読していて深く感じたこと。「悪い事は神が直接注意してくださる。」だから放っておけば良い。どのように注意すればよいか悩まなくてよい。どのように説教や忠告をすればよいか考えなくてよい。自然に本人が気が付く。本人にとってもそれが一番よい。しかしそれは長い旅をしなければならない。しかしそれでよいのだ。注意する人間の栄光ではなく神の栄光があがればよいのだ。人種、宗教、国家に関わりなく「悪は悪」、この人類に共通の普遍的な倫理観を「自然法」と言う。これ人の世の自然の法則。

口語訳 ピリ 3:15b
3:15b しかし、あなたがたが違った考えを持っているなら、神はそのことも示して下さるであろう

この関連聖句を思いつくままに上げてみよう。心が「むしゃくしゃするとき」はここを読めばよい。

口語訳 出  14:14
14:14 主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。

新共同 ミカ 5:13-14
5:13 わたしはお前の中からアシェラ像を引き抜き/町々を破壊する
5:14 また、怒りと憤りをもって/聞き従わない国々に復讐を行う。

新改訳 申  32:35
32:35 復讐と報いとは、わたしのもの、それは、彼らの足がよろめくときのため。彼らのわざわいの日は近く、来るべきことが、すみやかに来るからだ。」

口語訳 ヘブ 10:30-31
10:30 「復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と言われ、また「主はその民をさばかれる」と言われたかたを、わたしたちは知っている。
10:31 生ける神のみ手のうちに落ちるのは、恐ろしいことである


塚本訳 ロマ 12:20
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

文語訳 マタ 5:10
5:10 幸福なるかな、義のために責められたる者。天國はその人のものなり。


塚本訳 マタ 5:39-44
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ

●旧約の思想よりイエスの言葉のほうがやはり一枚上だ。神は生きて働いておられるから何人も滅びないように神ご自身が注意して下さり、その人を導いて悔い改めと救いに導く。たとえこの自分が死んでも私に代わって聖霊が働いてその人を「きっと救う」

塚本訳  ヨハ 16:13-14
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。
16:14 彼は(こうして)わたしの栄光をあらわすのである。というのは、彼はわたしのものの中から取ってあなた達に知らせる(ので、結局わたしに代って仕事をつづける)のだから。

●昨日と今日で、クラシック音楽の棚を整理。CD2007枚、ビデオテープ177本、カセットテープ131本。合計2317枚。スペースを取る。最近は小型の機械に5000曲が入るらしい。音質はどうなのだろう。 ●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト引照入力ピリピ4章。さすがパウロの真筆、迫力がある。●昭和女子大のリポートテスト採点。刈り入れ、収穫の喜びがある●「高橋先生の授業で木造建築が好きになりました」「先生の授業を受講してとても勉強になりました。為になるお話、すてきなお話をありがとうございました」「先生が御自分の仕事に誇りをもっていることが伝わってまいりました。」「私は建築を学ぶことができて、本当に生きる喜びを感じました」。など嬉しいコメントがつけ加えられていた。●若き日に天職問題や進路や職業選択に悩んでいたが、人生の秋に若き人に建築を教えてこのような感謝の言葉をいただけるようになったのは感謝だ●それというのも、大事(神への信仰)に忠実ならば小事(この世の有限なこと)に忠実になれてそれに愛情を注げるという逆説をキリスト教で学べたからだ。●古傷の輸尿管がシクシク痛み出したので痛み止めの座薬を入れて、20時30分就寝。痛み(これは激痛になる)が来ないように祈る。

 

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後のものを忘れよ ++++++++ 所感

2009/02/04 10:47

090204(水)5時起床●最近は朝風呂はやめた。身体によくないのと、エネルギーの節約。同時に新聞を読むのをやめた。時間が惜しい●「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」、引照入力。ピリピ3章。次のところで手が止まり、何度か袖が濡れた。

新共同 ピリ 3:13b-14
3:13 bなすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
3:14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

●なすべきことはただ一つ・・・・・残りの人生17年で何をすべきかはこれで迷いから覚めた

●後のものを忘れ……来月で退職。過去は忘れなければならない。パウロは言う。

塚本訳  Ⅰコリ7:29-31
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから。

●こんなことを言うパウロはどういう人だろう。その最後はどうなったのだろう。62歳程度ではなかったかとされるが。妻子はあったのか。あったとしても言うにちがいない。「あー私には妻がいたのか。子供がいたのか。孫(?)がいたのか」と。

●伝説によればローマで殉教。パウロにとっては肉体の滅びなど問題にならなかった。天からの「賞」を受けることを望んだのだ。

●ピリピ3:13の箇所のネストレの引照は次の通り。

新共同 ルカ 9:62
9:62 イエスはその人に、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた。

●次に胸を打たれたのはピリ3:20

新共同 ピリ 3:20
3:20 しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。

●クリスチャンは物理的に離れていても(地球の反対側でも)国籍は一つ。地上で会うことはなくても霊の心は通う。

●さらに感じたのはピリ3:21

新共同 ピリ 3:21
3:21 キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。

●「有体的復活」の聖書的根拠は普通第一コリント15章が引かれるが、ここでも明快に言及されている。しかも第一コリントよりもこのピリピの方が年代的に先のようである。

●妻は婦人の聖書勉強会(読書会)、今井館ウィークデーの集いの「企画会議」。登戸学寮理事の福島氏が来られて相談事。●福音は集客ではなく発信である。●福音の伝承はいかなる方法でなされるのか、教会(集会)主義か、学校教育か、家庭教育か、寮生活での教育か、手紙(パウロ)か、雑誌(無教会)か、書籍(識字率の高い日本はこれが有効)か、インターネット(現代)か。何れもそれは「手段」。根本は神の霊の働き。その形は様々だが、共通的なのは「人間」の感化を通じてなされること。

 

 

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霊魂の休息 ++++++++ 所感

2009/02/03 16:07

090203(火)3時半起床●冷水で洗顔、気合いを入れて「黒崎幸吉新約聖書注解デジタル化プロジェクト」引照入力。ピリピ2章。2:6-11のキリスト賛歌はすばらしい。パウロ以前にできあがっていた(おそらくエルサレム教会)の「読み人知らず」の名歌。使徒信条よりも感動する。

文語訳 ピリ 2:6-11
2:6 即ち彼は神の貌にて居給ひしが、神と等しくある事を固く保たんとは思はず、
2:7 反つて己を空しうし、僕の貌をとりて人の如くなれり。
2:8 既に人の状にて現れ、己を卑うして死に至るまで、十字架の死に至るまで順ひ給へり。
2:9 この故に神は彼を高く上げて、之に諸般の名にまさる名を賜ひたり。
2:10 これ天に在るもの、地に在るもの、地の下にあるもの、悉とくイエスの名によりて膝を屈め、
2:11 且もろもろの舌の『イエス・キリストは主なり』と言ひあらはして、榮光を父なる神に歸せん爲なり。

●一昨日の集会感話は「霊魂とは何か」であったが、その中で「霊魂の休息」について言及した。

口語訳 マタ 11:28-29
11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
11:29 わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。


文語訳 マタ 11:28-29
11:28 凡て勞する者・重荷を負ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません。
11:29 我は柔和にして心卑ければ、我が軛を負ひて我に學べ、さらば靈魂に休息を得ん


塚本訳マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

●人間が究極的に求めているのはこの「霊魂の休息」だ。労働者は夕方を待ち望む。勤め人は終末を待ち望む。家庭の主婦は給料日を待ち望む。本を執筆しているときは脱稿を、学生は試験終了の日を、病人は退院の日を、親は子供の成人と結婚を、それぞれ待ち望む。なぜか。休息できるからである。苦役から解放されるからである●ところが人生の敗残者、失敗者、負け犬、行き詰まりの者、犯罪者、殺人犯人、淋しい人、生きがいを失った人、人生に疲れた人、重荷を負っている人、はその休息がいつまでも得られない。なぜか。「過去は取り戻せないから」「過ぎ去った時は神にも取り戻せない」。そこへこの「私を信ずれば魂に休息が得られる」という不思議なイエスの言葉●「それは本当か」と誰でも思う。しかし物事はもらってみなければわからない。それにはイチカバチかの賭け。五分五分。ダメでもともと、ペナルティはないから。信じてみた方が得。その必要がない人は飛び込むのに勢いがないからやめておいた方がよい。中途半端に飛び込むと崖にひっかかって大けがをして救われない●私の知人のK君。両親はクリスチャン。しかし神を信じられないでいた。あるとき伝道者のG氏に「君もキリスト教や両親には不満があるだろうが、ここは一つ思い切って飛び込んでみるんだな」の一言に悪夢から覚め、目から鱗が落ちた。、G氏が偉いのではない。神がK君の「心を開いた」のだ。K君は「霊魂に安息」を得て今は明るい熱心なクリスチャンになった。●11:45物置にあるO君遺品のクラシック音楽ビデオテープ、ダンボール6箱を整理。●来月に退職して職場の建築関係資料が同じぐらいの量だけ家に届くためである。建築人生45年。勤務先で捨てるものと残すものに仕分けしたとき感慨深いものがあった。思い出はそう簡単には捨てられないものなのだ。●昭和女子大。リポートテスト提出日。採点が楽しみ●図書館で「シュライアマハーの神学」を少し。

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ジークフリート ++++++++ 所感

2009/02/02 10:41

090202(月)3時15分起床、今日は出勤日●福島の孫の見時(みと)。飼い始めた犬の名前に「ジーク」と自分で命名。これはワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」の中の「ジークフリート」からだという。●これに刺激されて昨夜からワーグナー漬け。ワーグナーに凝ると「中毒」(この患者のことをワグネリアンというらしい)になると聞いているが、私の感想はワーグナーの楽劇の音楽は「映画音楽」。あくまでも物語が主で、その脇役としての音楽だ。●出勤までの時間に「黒崎幸吉新約聖書註解デジタル化プロジェクト」、ピリピの引照入力。次の二箇所に胸が詰まった。

 口語訳 ピリピ1:29-30

1:29 あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている。

 1:30 あなたがたは、さきにわたしについて見、今またわたしについて聞いているのと同じ苦闘を、続けているのである。

●キリスト信者は「この世」からの攻撃を受けて苦闘しつつ死ぬのだ。平穏な大往生を望んではいけないのだ。

口語訳 ピレモン1:9

 1:9 むしろ、愛のゆえにお願いする。すでに老年になり、今またキリスト・イエスの囚人となっているこのパウロが、

●「獄中の老年パウロ」(レンブラント)。パウロの死亡は推定60歳代。パウロは肉の体は囚人であるが、霊魂はキリストの囚人と認識している。しかしこの霊魂の囚人は真の自由。歓喜。

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 レンブラントの描いた獄中書簡のパウロ。

     <シュトウットガルト国立美術館蔵>

●職場のヴィオリスト和田睦夫氏とワーグナー談義。「ニーベルングの指輪」(全4夜、延15時間)は音楽だけを切り離して聴いてもつまらないという。今朝の私の直感と合致して一安心。●次にドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」について。これも長いのでワーグナーの「ニーベルングの指輪」のようだと笑った。「カラマーゾフの兄弟」はキリスト教弁証論。●「人間は元気なうちは汗を流して働く」のが精神にも肉体にもよいということで意見が一致●私の「老年観」としてピタリの聖書の句にぶつかった。

 岩波翻訳委員会訳 第二テモテ 4:6

 私自身はすでに生け贄として献げられており、私の旅立ちの時は目前に迫っている。

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神の存在は心の眼が開かれて分かる ++++++++ 所感

2009/02/01 17:44

満65歳と7ヶ月。 職場完全退職まであと2ヶ月 平均余命約17年。死亡推定年齢82歳。(未定。神の御心次第)。ライフワークは、「有体的復活」の伝承を担う使徒でありうること。「神の絶対恩恵による無条件の罪の赦し」を伝承すること。

090201(日)5時起床。NHKTV「こころの時代」精神科医の平山正実。人間は中心に人格、その周囲に精神、その外に肉体。精神が病んでいても中心の人格が病んでない場合が多い。だから人格に向かって話せば精神は癒される。これ現場の苦労人の言葉。平山氏はナザレン教団所属のクリスチャン。●NHKラジオで、福島県地方に地震。二本松に住む恵のところに妻が見舞いの電話。私はメールで主にあるY兄に見舞い。いずれも大丈夫であった。Y兄へのお見舞いメールは次の通り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Y兄

 

NHKラジオニュースで福島県地方震度4の地震、

地震お見舞い申し上げます。

 

新共同 Ⅱコリ1:7

1:7 あなたがたについてわたしたちが抱いている希望は揺るぎません。なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、わたしたちは知っているからです。

 

 

新共同 ヘブ 12:28

12:28 このように、わたしたちは揺り動かされることのない御国を受けているのですから、感謝しよう。感謝の念をもって、畏れ敬いながら、神に喜ばれるように仕えていこう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●今日の感話「霊とは何か・・・神の存在は心の眼が開かれることによって分かる」を準備。●集会は高木、杉崎、高橋「霊とは何か・・・神の存在は心の眼が開かれることによって分かる」(ヨハネ7:37-52)。聖書の分からないところは聖書の別の箇所を重ねて、「聖書で聖書を読む」のがよいと話した。●またキリストがこの世に来られた時の人間の反応類型を6種類を説明した。①群衆②下役ら③民衆④ニコデモ・・・以上キリストに心の眼が開いた人たち。④大祭司連⑤パリサイ人⑥役人・・・・これは社会的地位や財産や教養が邪魔をして心の眼が開かなかった人。●今日の感話の内容をHPの「使徒伝承」にアップ●妻はモーツァルト「レクイエム」の練習。●「黒崎幸吉新約聖書注解」テトスの引照を入力終了●福島の孫、見時(みと)と電話。今度飼い始めた犬の名前はジーク。見時(みと)がつけたという。宮城県小牛田に住む母方の祖母(オペラ好き)と正月にワーグナーの楽劇を一緒に観賞し、そのジークフリートから名付けたという。●孫に負けそー。刺激されて「音楽辞典」でワーグナーの楽劇の勉強。●フルトヴェングラー+ウィーンフィル で、ワーグナーの「ジークフトート牧歌」を観賞

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集会の帰り。寒い日、奥多摩連山がきれいだ。2009.2.1 14:06

 

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