to 日記と感想 2010年11月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


老人問題の根本解決 ++++++++ 所感

2010/11/30 08:19


  有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

 

   TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

 

  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

101130(火)6時起床●WEB黒崎詩篇の協働者であるシドニーのOM兄から英国老婦人の実話をお知らせいただいた。その老婦人は聖書を毎日熱心に読んでいたのでボロボロになったのだという。●そこで協働者二人(シドニー、福島)に次のようにメールした。一部改変。
 
(メール)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄
関根訳詩篇113篇を送ります。

イエスが最後の晩餐で讃美歌を歌ったことは知ってましたが(マタ26:30 マコ14:26)、黒崎先生の解説でそれが113-118篇であったことを初めて知りました。死を目前にしてこの歌を歌う心境とは、ここに「老人問題」の解決の根本があると思いました。


大島兄

「ボロボロの聖書」の英国老婦人の実話ありがとういございました。塚本先生は晩年に「心は形になる」ということを言われました。
「見えない思想を見える形にする建築」を職業にする私としてはインスピレーションです。
あの賀川豊彦は一年間で聖書がボロボロになったそうです。
御話しの「英国老婦人」にとっては聖書が「神の言葉」そのもので。いわゆる今日の「聖書学」を知られたら嫌な顔をされたでありましょう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(メール)おわり

●我が国では老人問題が盛んに論じられているが、この英国老婦人の実話を聞いて、これに勝る「老年の生き方」「老年の幸福」はないと思った。この実話は百千の説教に勝る。わたしもかくありたいと思う。来世の有体的復活を固く信じて喜んでいきいきと生きる晩年。イエスは来世の準備としては「聖書を読む生活」だと次のように言っている。

塚本訳 ルカ 16:28-29
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』

●その人の書棚に聖書があるかないかで人物判定ができる
●その人の書架が聖書以外の本で一杯で置き場に困っていると嘆く人は大抵信仰が薄い。(これ建築設計者としての体験)
●その聖書もよれよれになっているかどうかで信仰の程度が分かるようだ
●宗教学者の井門富士夫によれば「日本には教会には行きたくないが聖書は読んでみたいという人が何百万人もいる」という。とすると日本人に対してキリスト教を阻んでいるのは「教会組織」だ。 それは遊び人と商売人の巣だ。
●その教会組織から聖書を奪還した無教会は逆に聖書を学問化してしまって「正統信仰」から逸脱している傾向にある。私が「有体的復活」の使徒伝承を言っても呼応してくる人は少ない。
●本年、今井館伝道聖書集会で「有体的復活の使徒伝承を継承する」と題して既に3回話したが、ある回の時、これを聞いておられた一夫人が講義のあとで私のところに来られ「私は牧師の妻ですが、今教会は有体的復活を信じていません」と嘆かれた。神は十字架を負う彼女一人の故にその教会を消滅させないであろう。
●ある無教会の集まりで「有体的復活というのは高橋の造語だ」と無知無教養不勉強不信仰の暴言を言われた。その時私は「クソッ!」と思った。神の人類に対するせっかくの福音を無にするこの人間は「福音の敵」だから神に罰されること必至。
●逆に集会の先輩某氏は「高橋の墓碑銘は『胸が熱くなった男』(有体的復活を信じて)と書け」と言ってくださった。感謝。
●もう一人集会の先輩某氏は「自分(高橋)は担当の第一日曜日に有体的復活の事だけを叫んでいる と言え」と言ってくださった。感謝。
●塚本虎二先生は「教会の外に救いあり」と宣言したが、今や「救いは教会の外のどこにあるのか」という疑問を出さざるを得ない。社会批判をする政治的人間や遊び人や先生の同窓会人間や聖書学者の巣窟になっているのが現状だ。
●イエスは神殿を粛清して、そこで商売をしている人々を追い出したが、いまや無教会では「聖書でメシを食う人間」や「聖書学を本業とする学者」がいるので、もしイエスがおられたら、イエスはそういう商売人を「追い出す」であろう。
●キリスト教を利用して社会批判の根拠(本業に近い生きがい)としたり政治思想学の根拠にする「商売人」であふれかえっているからである。
●イエスは「祈りの家」たるべき神殿の現状を嘆いてつぎのような行動をした。 

塚本訳 ヨハ 2:13-16
2:13 ユダヤ人の過越の祭が近くなると、イエスは(弟子たちと)エルサレムに上られた。
2:14 宮の庭で牛や羊や鳩を売る者、また両替屋が坐っているのを見られると、
2:15 縄で鞭をつくって、何もかも、羊も牛も宮から追い出し、両替屋の銭をまき散らし、その台をひっくり返し、
2:16 また鳩を売る者に言われた、「それをここから持ってゆけ。わたしの父上の家を商店にするな。」 


塚本訳 マタ 21:12-13
21:12 イエスは宮に入って、宮(の庭)で物を売る者や買う者を皆追い出し、両替屋の台や、鳩を売る者の腰掛けを倒された。
21:13 それからこう言われた、「『わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである』と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを『強盗の巣』にしている。」

●14:50昭和女子大建築経済の講義。終了後二人の学生の卒業設計と卒業論文にアドヴァイスした。

●イルミネーション3題

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昭和女子大のクリスマスツリー。なかなか品がある。

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あきる野市のある家。やり過ぎというか御立派というか。恥ずかしくないのかなー。

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玄関の一部にこの明り。これは上品だ。

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我が家は玄関灯のみ。イルミネーションはなし。


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神の愛の不思議なる導き ++++++++ 所感

2010/11/29 08:08


  有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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 101129(月)5時半目覚め。啓示により、次回感話の内容を変更推敲。杉の通り。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


どうしたら「イエスの死の意味」が分かるのか

・・・神の愛の不思議なる導き・・・              

東京聖書読者会 高橋照男 2010.12.5

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1・イエスの死の意味が分かりにくい理由。その様々な姿

2・イエス自身は自分の死を贖罪と考えていたのか。聖書学の趨勢は否定的

3・イエスの有体的復活の現れにより、死の意味が分かったペテロとパウロ

4・イエスの死と有体的復活の使徒伝承を継承しないと歴史から遊離して消滅

5・人生においてイエスの死が贖罪であると信じられる神による祝福の日

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●昨日から教派問題、使徒伝承問題に悩んでいたが、「神の愛の不思議なる、意外なる導きによって福音は伝わる」ことを啓示されて安心した。
 
 塚本訳 ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

●聖書も、使徒信条もこれは神に遣わされた人が説かない限り通じない。大先生の解説を右から左に伝えても真理は伝わらないことになっている。


●9:30 妻とあきる野市北方にある丘陵に「もみじ狩り」に行く。


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あきる野市の北方にある丘陵地帯。全山紅葉は美しい。

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途中にある尾崎観音で「絵馬」を見た。心を打たれたもの。

●息子夫婦に子供が授かりますように
●安産でありますように
●無事元気な子供が授かりました。ありがとうございました。
●目と耳が良くなりますように。(小学生の字のようで、胸がつまった)

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東光院の裏山にあった墓。誰も拝みに来てくれそうにない。
忘れられている。仏教は淋しい。キリスト教は有体的復活だ。神が覚えていて下さる。永遠の命だ。どうしても仏教にはなれない。

resize1666.jpg 

東光院の裏山の頂上(295メートル)に登り、
我が家の方向を望みながら昼食。出発してから徒歩100分。
「あれはどこだ」と話し合った。4人の子供たちが育った地、
私達の終(つい)の住処である。

讃美歌、311番節を思った

しずけきいのりの ときはたのし
そびゆるピスガの 山のたかねより
ふるさとながめて のぼりゆく日まで
なぐさめをあたえ よろこびをみたす
 
resize1668.jpg 

東光院の池に落ちたもみじ。
良寛の辞世の句に
「裏を見せ、表を見せて散るもみじ」
これは仏教的な抒情歌であるが、有体的復活の喜びがない。

resize1669.jpg 

見事な赤。どうしてこんな色になるのだろう

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秋の平井川。男の子供達は釣りが好きだったな―。
春は桜がきれいなところだと妻が言った。

resize1671.jpg 

後ろを振り返る。あの丘に登ってきたのだ。
今日はすばらしい「もみじ狩り」であった。


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石が叫ぶ ++++++++ 所感

2010/11/28 05:52


   有体的復活の使徒伝承

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101128(日)5時半目覚め。朝の啓示「非宗教家が行う使徒伝承」。●私が口を酸っぱくしてくどくいう「有体的復活」「使徒伝承」「正統信仰」は非宗教家の発言であるところが強みである。これに関連して思い浮かぶ聖句は次の3か所。 

塚本訳  ルカ 19:40
19:40 答えて言われた、「わたしは言う、この人たちが黙ったら、石が叫ぶであろう。」

塚本訳  マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」


塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

●これらに関する聖句をTSKを利用して探る。


口語訳 詩  96:11
96:11 天は喜び、地は楽しみ、海とその中に満ちるものとは鳴りどよめき、


塚本訳  マタ 3:9
3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。


塚本訳  マタ 11:25
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。

●そして決定的なところはパウロの次の言葉である。少し長いが記す。

塚本訳  Ⅰコリ1:26-31
1:26 論より証拠、あなた達のお召しのことを考えてみるがよい。兄弟たちよ、この世的には、(あなた達の中に)多くの知恵者がなく、多くの有力者がなく、多くの高貴の人がないではないか。
1:27 それどころか、世の馬鹿なものを神はお選びになった、知恵者に恥をかかせるためである。また世の無力なものを神はお選びになった、力のあるものに恥をかかせるためである。
1:28 また世の身分の低いもの、軽蔑されているもの、(いや、あっても)無い(ように思われている)ものを神はお選びになった、ある(と思われている)ものを無にするためである。
1:29 こうして、だれ一人神の前で誇ることのないようにされたのである。
1:30 この神ゆえに、あなた達は(はじめて)キリスト・イエスにあるのであり、このキリストが、神から賜わるわたし達の知恵、また義、また聖さ、また(罪の)あがないになられたのである。
1:31 (聖書に)『誇る者は主[キリスト]にあって誇れ』と書いてあるとおりになるためである。

●無教会主義の土台は、この小砂利集団である。教派の教理ではなく大先生でなく、神に召された正統信仰を持つ無名の非宗教家達である。彼等は偽物の信仰に対して嗅覚が鋭い。

●8:00 町内会の清掃日。今までは聖日と重なり欠席であったが、この2年間は班長なので、妻が出てくれることになった。

●10:00集会は藤巻、山本(地デジのはなし)、横田(英国教会史)●昼食会で隣席のMK氏から私に「無教会の将来」について御心配のお話があった。●ここに私の意見を書く。今日、無教会が退潮なのは「イエスの死と有体的復活の歴史的使徒伝承」を行っていないからである。途切れている。先生伝承を行っているから歴史から遊離して、肉の先生を知る人間の一代で終わる運命になっている。このことに早く気がついて信仰の土台を先生の著書ではなく、「イエスの死と有体的復活の使徒伝承」に置く必要がある。●いつまでも肉の先生を伝承しているようでは、その罰として神は信者を生みださないであろう。●無教会では、内村、塚本、矢内原の大部の著書(全集、著作集)がカテキズム(教理問答書)になってしまっていて、絶望的。使徒伝承ではなく、先生伝承に堕落している。先生を尊敬するのはよいが、先生の思想を伝道してはいけない。伝承してはいけない。先生の思想で人は救われない。●無教会は教権ではなく聖霊を主張するが、その聖霊が生みだした「使徒信条」を軽視するのは自殺行為で唖然とする。そういう態度は必ず人間の思想を信じ込む。そのうち聖書も否定しはじめるに違いない。誰々先生はこうおっしゃっていたという話しに土台を置いて、使徒伝承を行っていない。こうなると「鰯の頭も信心から」となり、もはや支離滅裂である。●使徒信条を軽視する人間は必ず聖書をも軽視するに到る。なぜか。次のペテロの説教とパウロの説教は使徒信条と内的に一致しているからである。


塚本訳 使  10:39-41・・・・ペテロの説教
10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。
10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。
10:41 (ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです。


塚本訳 使  13:26-30・・・・パウロの説教
13:26 兄弟の方々──アブラハムの子孫の方々と、あなた達の中の敬神家の方々よ、(神から)わたし達に、この(イエスの)救いを知らせる『言葉は送られたのです。』
13:27 なぜなら、エルサレムに住んでいる人と彼らの(最高法院の)役人たちとは、この方がわからず、安息日のたびごとに朗読される預言者たちの言葉もわからずに、判決を下してそれを成就し、
13:28 死罪にあたるなんの罪も認められないにもかかわらず、ピラトに願って彼を死刑にしてしまったのだから。
13:29 そして彼について(聖書に)書いてあることを一つのこらず完了すると、(十字架の)木から(死体を)下ろして墓に納めた。
13:30 しかし神は彼を死人の中から復活させられ、


●使徒信条はこれを体験したものが「説くもの」「発する」ものであり、ここに仏教とは違う「伝承」を信じて受け入れるという、たの宗教にはない特徴がある。問題はこれを「説き、発信する」人間の資質である。使徒伝承そのものを信じられないとそれを説く「先生」を信じて「先生はこう言っておられる」という伝承になり、「先生の宗教思想の伝承」となり、仏教の信仰と変わりうなくなる。

塚本訳ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

●問題は「説く者」の誰を信じれば良いのか。それは簡単である。ロマ10:15である。(神に)遣わされた者の説く事を信じればよい。それはどこにいるか。神が示して下さる。教派問題の解決はここにある。これは聖霊が示してくれるから客観的真理でもなく主観的真理でもない。次がその根拠である。

塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

  

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美しい秋の色 ++++++++ 所感

2010/11/27 11:33


 有体的復活の使徒伝承

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101127(土)5時45分目覚め。朝の黙想。次回感話のプリント推敲。啓示は朝に降る●WEB黒崎詩篇のために関根訳詩篇110篇入力。協働者(シドニー、福島)に送り状として次のようにメール。

(メール)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄

 

イエスはよく詩篇を引用しますが、その詩篇の意味を探究するために黒崎註解は有益です。

詩篇110篇の黒崎註と補註にはヘブル書の引照が多いのですが、今日の学者は「ヘブル書」だけで分厚い本を書きます。

しかし黒崎のように簡潔かつ分かりやすく的をついているものはあまりありません。

我々が新約に続けて黒崎詩篇のWEB版に着手していることには重要な意味があると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(メール)終わり

●9:00 BKから郵便局に。●帰途、あきる野の「秋の色」を撮影する。

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銀杏の葉が雪のように降り積っていた。秋留台公園

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秋留台公園の散歩道。日本の秋を味わうために大勢が歩いている。

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赤と青と白。秋留台公園。この「赤」は背景があって素晴らしくなる。

resize1660.jpg 

秋の我が家。ドウダンツツジは秋の色。今67歳の私は何色なのだろうか。

●聖書に「秋」という言葉は4か所あるが、そのうち次が心を打った。

口語訳 ヨエ 2:23
2:23 シオンの子らよ、あなたがたの神、主によって喜び楽しめ。主はあなたがたを義とするために秋の雨を賜い、またあなたがたのために豊かに雨を降らせ、前のように、秋の雨と春の雨とを降らせられる。

●次回感話の原稿。その目次

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イエスの死の意味

・・・人は贖罪体験でその意味と神が分かる・・・              

東京聖書読者会 高橋照男 2010.12.5

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1・イエスの死の意味が分かりにくい理由。タイプ別考察

2・イエス自身は自分の死を贖罪と考えていたのか。聖書学の傾向は否定的

3・イエスの有体的復活の現れにより、死の意味が分かったペテロとパウロ

4・イエスの死と有体的復活の使徒伝承を信じる事が信仰のはじまり

5・人生においてイエスの死が贖罪であると信じられる神による祝福の日

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


●夕食後、妻は合唱の練習、ブラームス●私はATMと図書館。帰途自転車のペダルを踏みながら、初代教会の信徒はライオンの餌食になろうとも「有体的復活」を信じ抜いて信仰を捨てなかったことを思った。そして讃美歌57番「みさかえこよなき、主なる神よ」を独唱しながら走った。私も彼らに習いたい。今の世で「有体的復活」は容易に受け入れられない。しかし少ないが仲間はいる。それが希望だ。
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世を救う「有体的復活の使徒伝承」 ++++++++ 所感

2010/11/26 08:26

  有体的復活の使徒伝承

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  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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101126(金)昨夜は咳きこまずに熟睡出来て楽であった●5時半目覚め。次回感話の推敲黙想。ひらめきは目覚めの朝に与えられる。●WEB黒崎のための関根訳詩篇109篇入力。旧約は新約の母●これを協働者のシドニーと福島の2名に送る時の添え書き。一部改変

(メール)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄

 

有体的復活の使徒伝承が行われていない(発信されてない、継承されてない)と次のような退潮現象になります。

 

●新約聖書学会・・・・・イエスの死の意味が神によってなされた贖罪であることが見えなくなっている(荒井献、大貫隆)。荒井、大貫らはイエスの死が贖罪であるというのは「伝統的・規範的」信仰だとして馬鹿にしている。

●プロテスタント教会・・・教会の形成、成長、維持に腐心している。人間努力による物理的増殖が神の国の成長と勘違いしている

●無教会・・・・・・・・政治的思想集団に転落堕落。新しい信者という実を生みだすDNAを持っていない。しかし無教会の主流(荒井の言葉)は「伝統的・規範的」信仰を教会以上に強力に保持している。 
 

こんなとき、内村、塚本、黒崎らの正統信仰の主流、奔流に加担するWEB黒崎の存在意義は世界的にも重要と解します。無教会はブルトマンや新約聖書学会などにぐらつくような「やわ」ではないと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(メール終わり)
 
 

●真理は宣伝しなくても広まる。WEB黒崎(http://stonepillow.dee.cc/)のアクセス数は世界から一日に約80回。「御心にかなう人」(ルカ2:14)、「残りの者」( ロマ9:27,11:5)が密かに覗いている。誰であるかはわからない。これで良いのだ。これで良いのだ。福音は求心的でなく発信的であるべきなのだ。

●WEB黒崎のアクセス分析に興味をもち、私自身のホームページ(http://www.asahi-net.or.jp/~ej2t-tkhs/) のアクセス分析(ASPアクセス分析)によって、どこの国からアクセスしているかを見ると次のようであった。直近2010.8.1~2010.11.26の118日間。( )内は回数

日本(1578)、オーストラリア(89)、米国(39)、国籍不明(12)、韓国(9)、オランダ(6)、中国(6)、台湾(4)、タイ(3)、ドイツ(1)、イギリス(1)、香港(1)。 

口語訳 ロマ 1:8
1:8 まず第一に、わたしは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられていることを、イエス・キリストによって、あなたがた一同のために、わたしの神に感謝する。



 ●これらの各国に散っておられる日本人(ディアスポラ)であることは確かである。●どなたが何を見ておられるのかはこちらでは全く分からないが、どの道内容は「聖書に関すること」と「有体的復活のこと」である。それ以外の事は言わない。言っても人のためにならない。人生は残り少ない。
 
塚本訳 ピリ 1:18-20
1:18 でもそれが何だろう!とにかく(福音に)かこつけ(て私を苦しめようとするの)であろうと、真実(の心)から(するの)であろうと、どの途キリストが宣べ伝えられるのだから、私はそれを喜ぶ。いや、これからも喜ぼう。
1:19 何故なら、君達の祈りとイエス・キリストの御霊の助けとによって、(今私が因われの身となっている)『このことが、結局私の救いとなる』ことを知っているからだ。
1:20 そして私の切なる期待と望みは、私が何事にも恥をかかされず、かえって、いつものように今度も、キリストが正々堂々と私の体で、(私の)生によっても死によっても、(勝を得て)崇められ給わんことである。(然り、私の死によっても!)
 
●19:00 大好きなプロボクシングを見る。世界フェザー級タイトマッチ。世界スーパーフェザー級タイトルマッチ。いずれも日本人が勝つ。強い人の動きは無駄がなくて芸術だ。それに比べて下手な人はむやみやたらに振り回すので空を切る。●妻に、新約聖書にボクシングの話が出てくると教えた。パウロは次のように言う。 

塚本訳 Ⅰコリ9:25-26
9:25 しかし競技する者は皆、何事にも自制する。ただ、あの人たちは朽ちはてる冠をもらうためであるが、わたし達は朽ちぬ冠のためである。
9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする

●私も「目標があいまい」で「空を打たないように」気をつけよう。人生も秋、ラウンドも残り4分の1だ。時間がない。




 

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イエスの死が贖罪であると信じられる日 ++++++++ 所感

2010/11/25 10:08

 有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

 

   TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

 

  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/



101125(木)夜中に咳きこんで苦しかった●6時半目覚め。朝の啓示黙想「イエスの死が贖罪であると信じられない型」 「信じられる日」

(次回集会感話の一部)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

①文学者型。イエスの死を贖罪と信じられない自分を美化するタイプ。
内村鑑三に惹かれて接近したが離れて行った多くの文学者たち。(内村は有島の自殺を知って悲しんで激怒)。塚本虎二に接近したが信仰に到らなかった太宰治(塚本虎二は彼の自殺を知って悔しがった)。彼等は結局自分を捨てきれなかった。

 

 

塚本訳 ピリ 3:19

3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!

②理論型。十字架の死を大脳皮質で理論的に追及するタイプ。
十字架は理論ではない。圧倒的な神の霊の迫りで思想が変えられることである。十字架の死を理論的に説明しようとして失敗したのはパウロ。現代では大貫隆の「イエスの絶叫について」(岩波「図書」2010.10)がその典型的な例。大貫隆の「聖書の読み方」(岩波新書2010.2)も大脳皮質への訴えなので成功してない。

塚本訳 Ⅰコリ2:3-5
2:3 [アテネではこの世の知恵で福音を説こうとしたので失敗した。]それでわたしは、弱く、恐れて、またひどく震えて、あなた達の所にいたのである。
2:4 そしてわたしの話も説教も、人を感服させる知恵の言葉によらずに、(神の)霊と力との(直接の)立証によった。
2:5 それはあなた達の信仰が人間の知恵に基づくのでなく、神(御自身)の力に基づくためであった。

塚本訳 Ⅰコリ1:21
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。

③革命家型。地上の物理的平和が主目的で、十字架の罪の赦しによる神との平和を知らないタイプ。御心にかなわない人。
革命では平和が来ないことを自ら悟るまで「やらせておけばよい」

塚本訳  ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 マタ 15:13-14
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

④求道者型。過去のイエスが今の自分の罪を赦してくれることがわからない求道者タイプ。これは人生の「恩恵の時」がくれば神が解らせて下さる。神の祝福の射程範囲にある人。神がその人の「心」を開いて分からせて下さる日はきっと来る。

塚本訳 ロマ 5:7-8
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

塚本訳 Ⅰヨハ4:9-10

4:9 神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。


⑤絶望型。あまりにもひどい自分の姿に信じるのはあさましいと思うタイプ。こういう人こそ神の接近で救われる。

塚本訳 マコ 1:23-25
1:23 そのとき、その礼拝堂に汚れた霊につかれた一人の人がいたが、たちまち声をあげて叫んで
1:24 言った、「ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたにちがいない。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」
1:25 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。

⑥袈裟嫌い型。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」タイプ。憎い親父が信じている神はとうてい信じられないというタイプ。その親父が死んだら伏流水が噴き出すように信仰に目覚めた人を知っている。親父たるものはその結果を見ずに死ぬ。それでいいのだ。それで栄光は神に上がる。

文語訳ヨハ 12:24
12:24 誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。

塚本訳 Ⅰコリ15:35-36
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと。
15:36 訳のわからない人!あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。 
 

⑦懐疑型。見て触って確かめなければ信じない疑い深いタイプ。生まれつき疑い深い人。生育環境から人を信じられなくなっている人。神の不思議を信じられずに疑うのは当然である。しかし有体的復活のイエスに出会うと強力な信仰に変わる。

塚本訳 ヨハ 20:25
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

塚本訳 マタ 28:16-17
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。

塚本訳 ヨハ 20:27-28
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(次回集会感話の一部)おわり


●人間が生きているうちはこのどんなタイプであったとしても、全知全能の愛の神は「迷い出た自分の羊」を探し出すようにきっといつかは救いだされる。この世でなくても来世でも救われる。
 
●WEB黒崎詩篇の協働者(シドニー、福島)への今朝のメール。一部改変

(メール)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄

 

WEBによる全世界への福音発信は新しい宣教の形ではないでしょうか。

WEB黒崎の体験」(11ヶ月間で2万2500回。1日約80回。開封者は日本、英語圏、中国、韓国、ヨーロッパ)で思想が変わりました。福音は求心型(教会や集会の形成、思想集団の勢力形成)から発信型(福音の宣教、結果は神任せ)への転換です。

 

口語訳 Ⅱコリ2:14-16

2:14 しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。

2:15 わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。

2:16 後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(メール)終わり

●20:00~21:30 BSハイビジョンで「佐渡裕、バーンスタインを語る」を観る。バーンスタインがマーラーを得意にするのは同じユダヤ人だから。マーラー5番の「アダ―ジエット」は日本の能の極意でやれと言った事。癌で死んだ事。などが心に残った。佐渡裕が10時間語ったものを1時間半に編集された。これ聖書も同じ。
 

塚本訳 ヨハ 20:31
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。


塚本訳 ヨハ 21:25
21:25 しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。



 

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怒らない技術 ++++++++ 所感

2010/11/24 09:19

  有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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101124(水)朝の啓示「神の裁きは恐ろしい」「イエスもパウロも駄目と思ったら別の道を行った」「滅びの徴は減少傾向。新しい実がならないこと」「神の祝福の徵は繁栄」「滅びゆく人や教会や集会や教派や家庭に追い打ちをかけて断罪してはいけない。かみの裁きに委ね放っておけ」「自分のことを考えよ」「恵まれた女よ、おめでとう」(ルカ1:28)「人を祝福せよ」●昨日の無教会研修所助言者会議でKY氏からの私への質問に十分答えられなかったので電話して話す。その要旨は次の通り。多分に私憤が混じった。
「福音はただで発信せよ。ただで頂いたものはただで発信せよ」「現代はeラーニングの時代。会員制にしてどの講座も無料でネット聴講できるようにせよ」「総じて年寄りは無理だから若い人でやった方がよい」「福音の匂いがしない」

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刈り込まれてすっかりきれいになった我が家の庭。

塚本訳  ヨハ 15:2
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

●切られるのは罰ではなく、実を結ぶためである。人生の悲しみや苦難も罰ではなく、真の実を結ばされるためである。

●嶋津良智著フォレスト出版「怒らない技術」という新書版を図書館から借りて読み、昨日返した。著者は「怒らないようにしたら」会社での自分の成績が向上し、遂に起業までしてそれも成功したと言う。怒らないためには「技術」が必要だと言い、その方法が私には大変ためになった。本書の内容を一言で言えば、「相手の立場も尊重せよ」と言うことである。

●「いじめ」が深刻な話題になっているが、キリスト教界にもいじめがある。教派争い、信者争い、信者の牧師いじめ、牧師の信者いじめなどは完全にいわゆる「いじめ」の一種である。いじめる方としては神のため正義のためと思っているから恐ろしいことになる。血なまぐさい教会史はその姿である。 


塚本訳 ヨハ 16:2
16:2 彼らはあなた達を礼拝堂追放にするにちがいない。それどころか、あなた達を殺す者が皆、神に奉仕しているかのように思う時が来るであろう。

●無教会研修所代表の鷲見誠一氏から電話。各種懇談。

●WEB黒崎の責任者であるシドニーの大島守夫兄の指導で、「WEB黒崎」がどこの国からアクセスされているかを見る方法を教えられた。それによると、この一ヶ月間だけに限って見ると、日本、米国(英語圏)、オランダ、韓国、中国とあり、「WEB黒崎」が全世界に広まりつつあることを知って喜んだ。実際のアクセス者はおそらくその国にいる日本人であろうがそれでよいと思う。初代教会は各国に散ったユダヤ人(ディアスポラ)が核であった。 ●今、中国とは尖閣列島領有権問題でギクシャクしているが、このようにしてかの地と主にある交流ができることはうれしくまた尊いことであると思う。こういうことが平和運動の真の方法である。●平和は人間の活動ではこない。主が与えて下さる。聖書による「主にある交わり」による。 

口語訳 マタ 28:19
28:19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、


口語訳 使  13:47
13:47 主はわたしたちに、こう命じておられる、/『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためである』」。


口語訳 ロマ 10:18
10:18 しかしわたしは言う、彼らには聞えなかったのであろうか。否、むしろ/「その声は全地にひびきわたり、/その言葉は世界のはてにまで及んだ」。


口語訳 Ⅰテモ3:16
3:16 確かに偉大なのは、この信心の奥義である、/「キリストは肉において現れ、/霊において義とせられ、/御使たちに見られ、/諸国民の間に伝えられ、/世界の中で信じられ、/栄光のうちに天に上げられた」。

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無教会「主義」では救われない ++++++++ 所感

2010/11/23 20:17

 有体的復活の使徒伝承

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101123(火)関根訳詩篇入力●庭木の刈り込みに桧原氏が来てくれた●少人数の無教会集会が誕生しているニュースを聞いて喜んだ。初代教会のようだ●14:30今井館で「無教会研修所助言者会議」。10名。今や無教会「主義」に救いなし。●有体的復活の使徒伝承という根がないところ、様々な枯れ葉現象が起きている。様々な「活動」は福音の展開ではなく行為主義という思想の枯れ枝と枯れ葉の現象である。イエスが実のなっていない無花果の木に向かって怒られたように、実のなっていない無教会には「もはやいつまでも、お前には実がなってはならない!」と言われるであろう。キリスト教を政治思想に展開して「自分の仕事」にしている。難解である。これでは人は救われない。

塚本訳 マタ 21:18-19
21:18 (次の)朝早く都に帰られるとき、イエスは空腹であった。
21:19 それで道ばたに一本の無花果の木があるのを見て、そこに行かれた。が見ると、ただ葉ばかりで何もなかった。イエスはその木に言われる、「もはやいつまでも、お前には実がなってはならない!」無花果の木は見る間に枯れてしまった。
 
●福音は発信あるのみ。発信してその結果を期待してはいけない。人が来るとか、集会が繁盛するとか、国が良くなるとか、平和が来るとか、人権が回復するとか、そのようなことを期待してはいけない。それは邪道である。福音は発信のしっぱなしでなければならない。WEB黒崎は発信のしっぱなし。見返りも応答も期待しない。

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庭木の刈り込みをする桧原氏(キリスト教愛真高校出身)。専門家は思いきってバッサリ切る。「グッドティーチャーズカット」という。神も人間をバッサリ殺(や)る。

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武蔵溝の口駅前にあるビルのカーテンウォールは見事。空の雲がきれいに写っている。
この技術は世界的なものだ。
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贖罪信仰が分かる道 ++++++++ 所感

2010/11/22 09:26

 有体的復活の使徒伝承

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101122(月)朝の黙想「懐疑を破壊するものは有体的復活」●家でラジオ体操●7:20NHKFM「気ままにクラシック」のイントロクイズ。ヨーゼフ・フランツ・ワーグナー作曲「双頭の鷲の旗の下に」。これで17勝6敗●昨日のブログを執筆●次回感話の構想

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現代おいて贖罪信仰が分かる時

      東京聖書読者会 高橋照男 2011.12.5

1・問題の所在。イエスの死の意味は分かりにくいのは当然

  ・太宰治の例 

  ・息子の例

  ・大貫隆「イエスの絶叫をめぐって」。学会の趨勢

 

2・イエス自身は自分の死を贖罪と考えていたのか
  ・イエスは生きているうちに終末が来ると思っていた
  ・その実現がないと感じ始めたイエス

  ・神に絶望して発した「エロイ、エロイ」

  

3・イエスの死を贖罪と理解するようになった原因は有体的復活

   ・ペテロの有体的復活との出会いと説教、

   ・パウロの有体的復活との出会いと説教 

   ・トマスの体験

   ・「伝統的・規範的」贖罪信仰の成立

   ・聖書成立の土台

4・イエスの死の自意識をめぐる様々な立場「学会の趨勢」を乗り越える信仰

   ・伝統的・規範的な立場としての教会主義

   ・尊厳意識を否定する「学会の趨勢」

   ・非宗教家が正統信仰を継承してきた(過去形)無教会


   

5・「学会の趨勢」(思想研究)はイエス自身の贖罪死の自意識は否定

   ・ゲッセマネの祈りは後代の作。
 

6・現代においてイエスの「汝は我を何というか」に対する。様々な立場

   ・A・シュヴァイツァー

   ・田川
   ・学会の趨勢
   ・「ご意見に任せる」の意味

    ほか

 

 7・現代において贖罪信仰が分かる道

   ・人生において「信なき我を助けたまえ」という時。死点の突破

   ・神が心を開いてくださる時が復活信仰の根拠
   ・「み心にかなう人」「かなわない人」の存在

   ・パウロの祈り

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●妻は山本義人テノールリサイタルにトッパンホールへ●図書館にCDを借りに行く●町内会班長の役目で回覧資料を届けに回ったところKT氏のところで「マーおあがり下さい」と言われたので、お話を伺うと88歳の元軍人。シベリヤに4年抑留されたこと。自分は天皇の赤子としての皇軍のプライドがある。日本軍人は占領地の人民に決して悪いことをしなかった。今の国会議員はなってない。竹刀を持って殴りこみたい。菅総理は日本の歴史を知らない。日本は「核」を持たないから世界から馬鹿にされているのだ。日本は三流国以下になったなどなど、あおられた。●キリスト教世界では聞く事のできない話を伺うことができてためになった●イエスもヒルティも軍人の人格を高く評価していることを思い出しながら返ってきた。●妻の手伝いで新しいパソコンで資料作り。

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大島富士子ソプラノリサイタル ++++++++ 所感

2010/11/21 07:47

 有体的復活の使徒伝承

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101121(日)目覚めの啓示「み心にかなう人」●関根訳詩篇104篇入力●WEB黒崎詩篇協働者にメール。

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感話です

 

104   33    わたしは生きる限りヤハヴェに向かって歌い、生きながらえる間わが神をほめ歌う。

104   34    わが歌がみ心にかなうように。わたしがヤハヴェにあって喜びうるように。

 

●今朝の目覚めの啓示は「み心にかなう人」でした。

古来神を喜ぶ人と、神を侮る人に分かれているような気がします。

神を信ずる人は「神のなさる不思議」を信じ、有体的復活も信じます。

ところが、ノアを嘲笑った人、イエスを嘲笑った人の類はどんなに不思議な事があっても、どんなに苦難に合っても神を信じません。

 

塚本訳ルカ 16:31

16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

 

このことは男に生まれるか女に生まれるかが最初に決まってしまっているようにどちらかに決まってしまっているような気がしてなりません。

もちろん、神の特別の「引き」によって奇蹟的に変化することはもちろんですが・・・・・・周囲の祈りで神の心も変わると思います。

 

高橋照男

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●集会は橋トミ子(司会)、丹野武宜、村上賢二(民数記概説)●小寺ご夫妻と昼食、妻はコーラスの練習に、ブラームス●上野公園を散策

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旧因州池田屋敷表門(黒門)、重要文化財。

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門の向こうに美しい景色を見せるのは建築的仕掛け。
「門」と言えばイエスは自分のことを「門」と言われた。 


塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 ヨハ 10:2-4
10:2 門を通って入る者が、(ほんとうの)羊飼である。
10:3 羊飼には門番が(門を)あけてやり、羊はその声を聞き分ける。羊飼は一匹一匹、自分の羊の名を呼んで(檻から)つれだし、
10:4 自分の羊を皆出すと、その先に立って歩く。羊はその声を知っているので、あとについて行く。

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国会図書館「国際子ども図書館」。明治39年(1906年)に帝国図書館として建築。中に入ると天井高9メートルの閲覧室は柱と梁に漆喰の装飾がある立派なもの。

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19:00 東京文化会館小ホールで大島富士子(大島智夫先生令嬢)ソプラノリサイタルを観賞。素晴らしい声と発音に感銘した。伴奏は世界的に著名なダルトン・ボールドウィン。無教会の諸氏に出会った。大島智夫先生ご夫妻にご挨拶。

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大島富士子さんと。(初対面)。富士子さんは在オーストリアの時には国際的な通訳者としても活躍。その正確無比なドイツ語には定評があったという。


●帰途は荻窪まで斉藤顕ご夫妻と●帰宅は23:30、あきる野は遠い。コンサートのあとが困る



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最も楽な人生行路 ++++++++ 所感

2010/11/20 08:32

 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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   TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

 

101120(土)6時目覚め。朝の黙想「楽な人生行路」。●人生航路は楽ではない。勉学苦、職業選択進路決定苦、結婚相手の選択苦、経済苦、病苦、子育ての苦、老後の不安苦、死の苦。・・・・・●この苦の人生、淋しい人生航路を楽に渡る方法は「神の啓導による人生だ」ということを教えてくれたのは若き日に出会った「ヒルテイ著作集」(白水社)であった。●67歳の今日、それは間違いでなかったと思う。かってスイスのベルンにヒルテイの墓参が出来てよかった。●今や「人生の秋」。残る航路は死後の「有体的復活」を固く信じて、ヒルテイが言うように「仕事中に」召されることを望む。

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秋留台公園の散歩道。秋は淋しいが、クリスマスの喜びが近づく


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秋留台公園の皇帝ダリヤ。大きくて立派だからこの名前がついたのかなー。コスモスの

可憐さの方が好きだなー。


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秋の我が家。来週は植木の刈り込みをする。冬支度。

●妻のために購入したノートパソコンのタッチパット方式がどうしてもなじめず、880円でマウスを購入。安いものだ●妻のパソコンにJバイブル2008をインストール(ウインドウズ7に変換)して、妻のパソコン回復作業は終了。パソコンの繋ぎこみ(インターネットやメール)をやると頭がおかしくなるので妻に止められていたが、妻の留守に「NTTの遠隔リモートサービス」などの応援を得て何とか、有料出張サービスを頼まずに完了。●パソコンという武器は神のため、使徒伝承のため。
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妻のパソコン回復 ++++++++ 所感

2010/11/19 21:10


「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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  TSK日本語版・目次

  http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

 

  ちたた農園日誌

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101119(金)5時半目覚め。朝の啓示「天地創造の目的」●これは人間創造の目的と終末の目的につながる大切な事だ●WEB黒崎のために関根訳詩篇入力●寒い朝、公園でラジオ体操●9:30ネットで注文した妻のパソコンが到着。速い●妻は義母の百ヶ日法要のため郷里のいわき市に出発●郵便局に宅急便●TSK日本語版マルコ終了。HPにアップ。同時に「TSK日本語版・目次」もアップ。これから旧新約インプットに7年の旅だ。●午後は妻のパソコンにインターネットとメールの接続。遠隔操縦サービスによって何とか入れられた。マウスで慣れてきたからノートパソコンのタッチパットでの指操作は非常にやりにくい。人間工学的に問題あり。

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あきる野の朝、公園にラジオ体操に行く。寒い朝。

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公園の落ち葉、アスファルトでは土に返らず、樹木のためにならないなー。

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富士が雪化粧した。富士を見ると一緒に登った鈴木忠昭君を思う。彼は還暦を待たずに逝った。私は恵まれている。神と人に恩返しをしなければならない。
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聖書を学者達から奪還せよ ++++++++ 所感

2010/11/18 09:12


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101118(木)5時半目覚め。朝の啓示「信仰は実在が根拠」●昨日見たDVD「サムソンとデリラ」は映画だから当然ながら脚色されている。それと同じくイエス伝も脚色されているというのが20世紀の聖書学の前提であり、それをはがす営みが聖書学であった。●無教会も教会の伝統的・規範的ドグマから自由になって聖書を読んできた。●イエスが現代に向かって「それではあなたは私を誰と言うか」と言ったとすると次のようになるであろう。類型化してみる

①A・シュヴァイツァー・・・・「あなたは終末を期待した一人のユダヤ人です」(200年間のイエス伝の研究総括である「イエス伝研究史」)
②田川建三・・・「あなたは体制批判の革命家です」(「原始キリスト教の一断面」「イエスという男」
③ブルトマン、荒井献、大貫隆・・・・「どこまでが歴史的に真正の言葉であるかを調べたら信じます」(これトマスの「あなたの脇腹の傷をさわらなければ信じない」気持と同じ。もうかなり古くなった方法論 )
④八木誠一・・・「宇宙の根底的真理に目覚めた方です」(「イエス」・・・かなりグノーシス的、仏教的 )
⑤教会主義・・・・「ペテロやパウロが信じているその言葉を信じます。」(これ職業宗教家が組織や自分の職業的地位の保身のために正統信仰を伝統的・規範的な言葉として伝承してきたので膠着した)
⑥無教会・・・「神の霊の示しによってあなたが神の子であることを信じます」(ただしこれは内村、塚本、黒崎ぐらいまで。それ以降は信仰や聖書を「職業」にしたから迷走し始めている。現在では有体的復活の使徒伝承を継承してないので、神の祝福を受けられず退潮は当然。グノーシス的になっている)
⑦パウロ・・・・「一番大切な事はあなたが神の子で有体的に復活したことです」(第一コリント15:3-8の本質、新約聖書の最古の伝承。これが千古不易のあるべき姿。)

●荒井献は言う「イエスには神の子の尊厳意識はなかったというのが今日の『学会の趨勢』である」(塚本虎二著作集第一巻月報)。●ではこの学会の営みというのは何か。それはラッキョーの皮むきである。歴史のイエスの言葉に着せられ続けてきたラッキョーの皮なる衣をはがし続けて真正のイエスの言葉を探ることである。この方法論はかなり古くなった。ブルトマンー荒井献、そして大貫隆までがまだこの方法になっているから古い。ラッキョーの皮をむいても最終的には「物理的なもの」は何も出てこない。中核は神の霊なのだから歴史的なものは何も出ない。霊が言葉を生むのだからラッキョーの皮むきの方法は徒労である。たとえイエスの歴史的真正の言葉が確定したとしても霊でなければそれが理解できない。●しかし荒井献先生の名誉のために言うが、先生ご自身は「イエスの墓が空になった」ことは史実であると考えておられる(私への私信)●無教会の功績は教会が霊の示しの結果の理念として保存してきた「伝統的・規範的」正統信仰を破棄して、聖書を「学問と信仰」を調和させて読むようにした事である。しかし今や学問の方が行き過ぎて正統信仰から逸脱しはじめた。聖書解釈が学者の手に握られている。大貫隆の「イエスという経験」(岩波)の難しさがそれを示す。難しいわけは単純である使徒伝承に立たず肝心の信仰が「迷妄、迷走」しているのである。●非宗教家たる無教会者は聖書をこれら学者の手から奪還しなければならない。これが今後の無教会のあるべき姿である。●聖書学者たちは「聖書学方法論」「ギリシャ語、ヘブライ語、ドイツ語、フランス語、英語などの外国語」で城壁を築いているが、素人は素手でこれに立ち向かえ。ダビデがゴリアテに小石で勝ったように、各自の聖霊の小石で立ち向かえ。神は味方だ。 その振動で城壁は崩れる。

新共同 ヨシ 6:5
6:5 彼らが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、その音があなたたちの耳に達したら、民は皆、鬨の声をあげなさい。町の城壁は崩れ落ちるから、民は、それぞれ、その場所から突入しなさい。」

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6:30 秋の公園でのラジオ体操。寒くなった

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16:45 図書館にCDを借りに行く。夕暮れの奥多摩連山。こういう景色を見ると心が淋しくなって泣けてくる。思わず讃美歌39番が心に浮かん「独唱」しながらペダルを漕いだ。 この曲は自己の栄達の道を捨ててアフリカの気の毒な黒人のために生涯を捧げたA・シュヴァイツァーの愛唱讃美歌であった。


1. ひ くれて よも は くらく

   わが たま は いと さびし,

   よるべ なき み の たよる

   しゅ よ, とも に やどり ませ.

2. いのち の くれ ちかずき

   よ の いろか うつり ゆく,

   とこしえ に かわらざる

   しゅ よ, とも に やどり ませ.

3. よ の やみ おしせまりて

   いざない の こえ しげし,

   とき の ま も さり まさ で

   しゅ よ, とも に やどり ませ.

4. し の はり いずこ に ある,

   しゅ の ちかく ましまさば,

   われ かちて あまり あらん,

   しゅ よ, とも に やどり ませ.

5. じゅじか の くしき ひかり

   とずる め に あおがしめ,

   みさかえ に さむる まで

   しゅ よ, とも に やどり ませ.

 

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喜びの集まり ++++++++ 所感

2010/11/17 08:45


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101117(水)6時半起床●家でラジオ体操●WEB黒崎詩篇のプロジェクトで関根訳詩篇第100篇を入力。●協働者(シドニー、福島)にその感想を送った。一部改変。

(メール)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

感話

本篇の一節に感じ入りました

 

文語 感謝のうた

口語 感謝の供え物のための歌

関根 感謝のための歌・・タイトルは喜びの歌

新共 賛歌。感謝のために


キリスト教の集会は「何をアイデンティテー(自己同一性)に集まるの」かと自問自答しはじめました。

その時、この詩篇100篇に遭遇し、人が集まるというのは理屈抜きにそこには「喜び」があるからだと教えられました。

信者が集まるということに「苦痛」を感じたり「空しさ」を感じたり「魅力を感じない」ようではこれまた理屈抜きに「足が遠のく」のであると思います。

教会も無教会も信者の高齢化、若い者の減少に悩んでいますが、その原因は集会に「喜び」や「楽しさ」や「魅かれる」ものがないからだと理解します。

なぜ喜びがないか。それは集会に「神の霊が実在しない」からではないでしょうか。立派な先生がいなくなったからではありません。気の合った信者が集まるとそこには「復活のイエス」が実在している感じがします。集会が退潮なのは神の祝福が去ってそこに神の霊が実在していないからではないでしょうか。それは気候の不順で作物が育たないのに似ています。集会は退潮でもかまいませんが、「有体的復活の使徒伝承」が途切れているようでは、キリストの顔に泥を塗る有害無益の存在なので、神に潰されても仕方がありません。今朝は本篇からこれを学べまして感謝です。

 

口語訳 マタ 18:19-20

18:19 また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。

18:20 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

 

口語訳 マタ 11:28

11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(メール)終わり

●妻は今井館ウィークデーの集い●TSK日本語版、マルコ16章に入る●ずっと以前に購入してあったバイブル映画、セシル・B・デミル監督1950年の「サムソンとデリラ」のDVDを観賞。イエスが群衆に愚弄されるところはサムソンの最後の場面に似ている。神に用いられる人はいつの時代もこの世から愚弄される運命に合う。「お前の神に助けてもらえ」と「嘲笑われる」。最後にデリラが回心するストーリーは良かった。●見終わってから、サムソンとデリラが出てくる旧約聖書の士師記14-16章を読んだが、この短い記事からよくあの映画を作ったものだと感心●黒田隆氏から電話

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この世は相対化せよ ++++++++ 所感

2010/11/16 05:50


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101116(火)4時半目覚め。朝の啓示「この世は相対化せよ」「この世の完成を目指すな」●この世を絶対化すると行き詰る。いつまでも完成しないから不満が残る。この世の完成を人生目標とするな。この世は来世に入るための準備と考えよ。それが最も正しい人生観である。●そうするとこの世の不完全さは有利となる。学歴の不足、知識の不足、健康の不完全さ、家庭の崩壊、人間関係の破綻、三流の企業、三流の学校、三流の教会、三流の集会、三流の先生、三流の牧師、三流の職業、駄目な夫、駄目な妻、駄目な上司、駄目な部下、駄目な子供、容姿の悪さ、失敗の人生、罪の人生、堕落の人生、悔いの人生、落第、事業の失敗、仕事の失敗、子育ての失敗、貧困、この世の戦争・・・・・つまりこの世の不完全さに「泣く」ときがそれがそのまま来世へ入るための準備となる。●聖書的根拠は次である。これは神が人間に与えた人世観として最高最大決定的なものである。塚本訳の敷衍(括弧内)が千鈞の重みを増す。私の人生観、職業観はこれで決定した。●そもそも建築はこの世限りのものである。これに絶対的価値を置く事はできない。建築の行為をすることは「手段」である。16章3節の友人とは私に仕事を依頼してきた建築主のことである。

塚本訳 ルカ 16:8-13
16:8 すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

●この世を相対化して神の国に入るための準備とする人世観に立つと逆にこの世のことに猛烈な愛情が湧く。この世を相対化して手段として考えたプロテスタンティズム(特にカルヴィニズム)がこの世の改善進歩に貢献したことは歴史がこれを証明する。●キリスト信者は人生の敗残者失敗者のものだと考える人間は甘い。まだ真理に遠い。こういう人間には「この世の完成」を追求させておけばよい。完成したと思ってもなお空しさと淋しさが残るのだ。しかし彼らに言う。それからでも遅くはない。失敗は成功のもとだ。「求めよ。さらば、与えられん」
●来世本位の人世観に立つには、人生これ一回泣かなければならない。この世のものを失って大泣き、号泣する時に「正しい人生観」が見えてくる。聖書的には次である。

塚本訳 ルカ 6:20-22
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。
6:22 人に憎まれる時、また、人の子(わたし)のゆえに除名されたり、罵られたり、悪様に言われたりする時には、あなた達は幸いである。

●次回感話の構想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


       贖罪信仰が分かる時
 
      東京聖書読者会 高橋照男 2011.12.5

1・問題の所在。イエスの死の意味は分かりにくい

  
2・イエスは自分が生きているうちに終末が来ると思っていた

   

3・イエスが殺された理由

    

4・イエスは神に絶望したという聖書的根拠

    

5・ペテロとパウロがイエスの死を贖罪と考えるようになった理由は復活

    

6・イエス自身は自分の死をどう思っていたのか

    

7・現代における「贖罪信仰」

     

8・イエスの尊厳意識

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10:30東京芸術大学大学美術館で「黙示録ーデューラー/ルドン」展を鑑賞。あの難解な黙示録を深く理解して図像にしたデューラーに感心した。メルボルン国立美術館蔵のもの。水準の高い展示会であった。●12:00教文館でポール・リクール著「死まで生きいきと―――死と復活についての省察と断章」を購入。●14:50 昭和女子大建築講義。終了後二人の生徒と進路相談。●妻は月本昭男先生の旧約講義(無教会研修所)●今日の都心への往復車中で大貫隆著「イエスの経験」を読んだがキリスト教をこんなにむずかしいものにしている「聖書学者」は災いである。自分達の「商売争い」の話しに過ぎない。有体的復活信じない人間の本だからこうなる●こういう学者のことをイエスは次のように言う。
 
塚本訳 マタ 23:13
23:13 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは人々を天の国から締め出して、自分が入らないばかりか、入ろうとする者をも入らせないからだ。


●家に戻って早速塚本先生の聖書知識350号「聖書学者になるな」を読んでさっぱりした。●非宗教家が正統信仰を継承するところに無教会主義の意義がある。●かってプロテスタントは聖書を教会から奪取したが、現代の無教会は聖書を学者から奪取する必要がある●某雑誌に「過日大阪での無教会全国集会(小生は欠席)は政治集会のようで福音が説かれなかった」と不満の声。アーメン。嘆きを通りこして激しい天罰が降る。原因は有体的復活の正統信仰の継承が途切れているから、神の祝福を受けられなくなっているのである。彼等指導者達の得意の言葉「神観の違い」は自分たちが裁かれる言葉になっている。キリスト教は地上王国の建設が目的ではない。そもそも「神観」が間違っているのだ。●「御心の天になる如く地にもならせ給え」を人間の行動基準にしているから悲しい。聖書をもっと深く勉強しなければならない。

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東京芸術大学大学美術館、「黙示録ーデューラー/ルドン」展「。
黙示録の該当箇所がよく書かれていて、水準の高い展覧会であった。
集会の感話で、黙示録を「図像」入りでやりたくなった。ポイントは「霊魂の死」ということ。

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上野公園入り口の交番。像をイメージさせるなかなかのもの。
芸大の学生のデザインであろうか。


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秋の上野公園。突き当たりの国立博物館は国粋主義のデザインでよくない。   

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泥沼人生からの救い ++++++++ 所感

2010/11/15 07:00


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101115(月)
苦しい夢で目が覚める●建築現場で足を踏み外して横木に捕まったが宙ぶらりんになった。周囲の人は「頑張れ頑張れ」と言うだけで手を貸してくれない。そこに一人の人が現れて手をつかんで引き上げてくれた。・・・・●これは何を意味するか。「神の絶対恩恵による無条件の罪の救い」を啓示された●この世には泥沼人生に足をとられて苦しんでいる人が多い。しかし周囲の人は見ているだけで救おうとする人は少ない。

塚本訳 マタ 9:37
9:37 そこで弟子たちに言われる、「刈入れは多いが、働き手は少ない。

●しかし本人が「救われたい」と思わなければ救いの手にすがろうとしないので救いは無理。

塚本訳 ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

塚本訳 マタ 20:30-33
20:30 すると二人の盲人が道ばたに坐っていたが、イエスのお通りだと聞くと、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲を」と言って叫んだ。
20:31 群衆が叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます大声で、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲をと言って叫んだ。
20:32 イエスは立ち止まって、二人を呼んで言われた、「何をしてもらいたいのか。」
20:33 彼がこたえる、「主よ、目があくといい。」

●泥沼人生にからの脱出に何をしても無駄だった人間には、最後にもう一度「救いの願望」を持つように声をかけた。無神論者には神も仏もあるものかと思う人がいる。

塚本訳  ヨハ 5:7
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

●神の絶対無条件の罪の赦しなら「教会」の世話にならなくても救われる。


塚本訳  ヘブ 10:18
10:18 (すでに)こんな(罪の)赦しがある以上、もはや罪のための捧げ物(の必要)はない。(旧約による祭司制度も礼拝の行われる聖所も、全然必要がなくなったのである。)


塚本訳 ヨハ 4:21-23
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
 
●NHKFM「気ままにクラシック」(月7:30 火再放送14:20)は音楽あり写真ありでかなり面白い番組でお勧め。その中の「気まくらDON」というイントロクイズは特に興味がある。次第に難しくなってきていて今日まで15勝6敗。本日のクイズの答えはおそらく「ワーグナー作曲。楽劇ヴァルキューレから「ヴァルキューレの騎行」第三幕の冒頭」。 ●13日に富士通のパソコンをネットで注文したが、JAXの支払い審査の記入に不備があってが通らず、再度申し込み。●NHKクローズアップ現代で尖閣列島事件の情報流出漏れ問題。海上保安官は「国民に真実を知ってもらいたかった」と言ったという。
真理は隠れないことは聖書にもある。 

塚本訳 ルカ 11:33-35
11:33 だれも明りをつけて片隅に置いたり、枡をかぶせたりする者はない。(部屋に)入ってくる者にその光が見えるように、かならず燭台の上に置くのである。(そのように人の子が来たのも世を照らすためである。それを見わけられないのは、見る人の心が暗いからである。)
11:34 体の明りはあなたの目である。目が澄んでいる間は、体全体も明るいが、悪いとなると、体も暗い。
11:35 だから、あなたの内の光(である目、すなわち心)が暗くならぬように注意せよ。

塚本訳 マタ 10:26-27
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8 というのはわたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来るからである。

●問題は、その真理を隠す行為が神に赦されるかどうかである。国益、公共の利益で争われるが、一般に「隠す」のは弱い。よかれと思って隠す事が逆になる場合が圧倒的である。●宗教家、医者、弁護士、建築家などのプロフェッショナルは職務上知り得た個人の秘密を知らせてはいけない。●ところが、聖書には次のようにも書かれている。
 

塚本訳 マタ 18:15-19
18:15 それで、もし兄弟が罪を犯し(て悔改めなかっ)たら、行って、あなたと二人だけの間で忠告をしてやりなさい。もし言うことを聞けば、あなたは(天の国のために)兄弟を一人もうけたのである。
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。

●つまり隠すか隠さないかは「愛の行為としていずれが正しいか」の判断に立つべきであって、国家公務員法の違反かどうかで判断すべきことではない。●「情報流出」した海上保安庁の職員も「国民に真実を知ってもらいたかった」ならば現行法の罰を受ける覚悟でやるべきであった。自分のしたことを詫びているようだが、毅然とした態度を取るべきだ。●福音の伝承者また同じ。真理を言うとこの悪の世から迫害される。しかしそれは当然の覚悟をしなければならない。ヘブル書の記者は次のように言う。


新共同 ヘブ 12:2-4
12:2 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。
12:3 あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。
12:4 あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません。





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絶えざる痛み ++++++++ 所感

2010/11/14 07:56


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101114(日)朝の啓示「絶えざる痛み」●パウロには絶えざる痛みがあった。同胞ユダヤ人の救いの事である。ロマ書9章がそれである。またパウロには肉体に病気があったらしい。三度祈ったが「わが恵み汝に足れり」と言われた●霊魂の痛みは重荷であり、悩みである。キリストはそれを「自分の十字架を負え」と言われる。だからその霊魂の重荷を負わない者は「自分の弟子ではない」という。●クリスチャンはこの霊魂の重荷を負うことが宿命である。●では終末、来世では楽になるか。なる。涙が拭われる。●集会は長島、小寺(福音書)、山本(第一コリント)。YT氏から先日のプリントの中のギリシャ語の読み仮名が間違っている事の御指摘を受けた。「使徒伝承」を修正したがうまくアップしなくて難儀した●14:00キララホール「日の出混声合唱団」を観賞。ラインベルガー「レクイエム」他。男性パートが素晴らしかった。指揮は辻秀幸(霊南坂教会会員)●妻のコーラス仲間数人と共に近くの画廊の「内木場映子、銅版画」展に行く。妻のコーラス仲間としばし懇談●昨夜は愛子から「初音が高熱を出して苦しんでいるので祈ってほしい」と電話が来た。夕方妻が様子を聞くと大分下がったというので安堵した。●「祈ってほしい」というヘルプの電話はよい事だ。 

塚本訳  ヤコ 5:14-16
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。
5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある。

●親にとって子供の病気ほど辛いものはない。聖書には子供の病気のことでイエスのところに来る例が多い。●福島の三男のところから大量(14キロ)の立派な渋柿が送られてきた。忙しくて渋抜きの作業ができないという。こちらで渋抜きの作業。
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神を賛美する喜び ++++++++ 所感

2010/11/13 08:38


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101113(土)昨夜は咳きこまずに楽であった●WEB黒崎詩篇のための関根訳詩篇96篇入力。この神賛美のすごい詩に関して協働者(シドニー、福島)に次のようにメール。

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●爆発的な讃美の詩。来世での神の国の大合唱のような気がします。

 

●被造物として造り主を讃美するというのは最も貴く喜悦でありますが、この讃美をするのは次のマタイ2116のように神に選ばれた限られた人だけなのかなーと暗くなります。

 

塚本訳2マタ 21:16

21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

 

口語訳 マタ 21:16

21:16 イエスに言った、「あの子たちが何を言っているのか、お聞きですか」。イエスは彼らに言われた、「そうだ、聞いている。あなたがたは『幼な子、乳のみ子たちの口にさんびを備えられた』とあるのを読んだことがないのか」。

 

文語訳1 マタ 21:16

21:16 イエスに言ふ『なんじ彼らの言ふところを聞くか』イエス言ひ給ふ『然り「嬰兒乳兒の口に讃美を備へ給へり」とあるを未だ讀まぬか』

 

●このマタイ2116は次の句を連想させます。

 

口語訳 マタ 11:25

11:25 そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。

 

 

口語訳 マコ 10:15

10:15 よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。

 

 

口語訳 ルカ 18:16

18:16 するとイエスは幼な子らを呼び寄せて言われた、「幼な子らをわたしのところに来るままにしておきなさい、止めてはならない。神の国はこのような者の国である。

 

 

口語訳 Ⅰコリ13:11

13:11 わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。

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●終日、妻のパソコンの購入見当。富士通本社と打ち合わせ。故障の原因は本体CPUらしく、古いので修理不可能の可能性が大、、そこでノートパソコン(AH530/1B)¥75800とつなぎこみ費用¥18,400 合計94200円 を決定。ネットで申し込んだ。●パソコンは間もなく電話並みの使い良さになると言われて久しいが、まだまだ難しい。まず御老人には無理。●パソコンできずとも天国にいける。幸いなるかなパソコンのできない人。幸いなるかな外国語の出来ない人●しかし世の中複雑になればそれを援助してくれる職能が発達してくるのはうれしい。富士通が紹介してくれた「PC家庭教師」(0120-31-2794)は難しいつなぎこみを有料でやってくれる「お助け会社」。●10年前にパソコンの難しいことをやっていて脳出血の遠因になったらしいが、この会社は安い費用でやってくれる。●妻は夕食後合唱の練習に。ブラームス

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この身を捧げて悔いなきこと ++++++++ 所感

2010/11/12 20:06


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101112(金)夜半に咳きこむ●朝の啓示「有体的復活の使徒伝承の連鎖」。人生「命がけ」でやれることがあることは幸福だ。この身を捧げることはこの事だ。悔いなき人生は此の事だ●またまた医者。喘息性気管支炎と診断された●妻のパソコンが故障。画面に縞が走って文字が出ない。約10年間も使用できたので寿命とあきらめた。対策を方々に聞いて、妻と相談。ディスプレーだけの故障だったら3万程度で済むのでで実行。CPUの故障ならばデータの移行問題もあるので、この際妻のパソコンはやめることに決定。妻が行っていたパソコンの作業は私が引き受ける事にした。そのとき妻のメール連絡は電話かFAXに切り替え●年金生活の身で一家に2台のパソコンは無理●野末榮一さんと今井館のことで電話懇談●喪中欠礼の手紙の添え書きをする。
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パソコンの故障 ++++++++ 所感

2010/11/11 20:33


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101111(木)朝の黙想、啓示「使徒のはたらき」。この人生「使徒の働き」を貫徹できれば満足、本望、喜悦である。示された聖句。

塚本訳  マコ 16:15
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。

●はじめは旅、次は手紙、次は本、今はインターネット。しかし核はエクレシア。エクレシアとは「赦し合うところ」「赦されるところ」「ホッとするところ」


塚本訳2 ロマ 10:15
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

●美とは何か。その答えがここにある。神の使命を帯びているもの。建築も同じ。


塚本訳 Ⅱコリ2:14-15
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

●使徒伝承は説きっぱなしでなければならない。人間が牧会と称して手取り足とり導くのは誤り。福音それ自身の真理に誰が心を開くかどうかはわからない。それは神の御心次第。ここに悲劇がある。両親が熱心なクリスチャンでも子供はさっぱりであるという例は普通。信仰は世襲ではない。クリスチャンはこの世の人から「あいつは宗教に凝っている」「よほどこの世の悲しみに遭遇したのだ」と思われるのが普通。「クソッ!ナンノコレシキ。終末がくれば分かる。分かる時がくる」

●9:20 パナソニック電工から「かんたん床暖」というカーペット(2畳半)が届く。事情があって某女の家では使わないというのでプレゼントされた。足暖は気持がよい。●表面が木目のビニールなのは家に合ってうれしい●リビングは吹き抜けで部屋全体が暖まらないのでちょうどよかった。感謝

●関根訳詩篇入力●TSK日本語版。CDコピー。●妻のパソコンが故障。ディスプレーに縞が出る。もう9年半も使用しているので新しいものを購入する時期なのか●パソコンが出来ない人の事を思いやれとささやかれたような気がする●それにしても私のパソコンはWEB黒崎新約の完成までよく持ちこたえてくれた。酷使したが故障はしなかった。●人体は自然治癒するが、パソコンは金銭をかけて直さなければならない。人体に感謝。●目が痛い。疲れ目か。一晩寝れば直るかもしれない。

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秋留台公園に咲く「皇帝ダリヤ」

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秋留台公園の紅葉を通して見る奥多摩連山

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情報公開是非 ++++++++ 所感

2010/11/10 22:25

使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101110(水)関根訳詩篇入力、TSK日本語版●中国漁船衝突事件の映像が流出した事件で、世論は様々。評論家の立花隆の意見に賛成。「今やインターネットを操作できる人種と出来ない人種に別れてしまっていて、それが出来ない人種の国会議員などが責任問題などの下らない議論ばかりしている。今や誰でもが放送局になれる時代だ」というもの。「情報管理」だの守秘義務などを振り回す人間はインターネット時代の文化を知らない。●妻は婦人の読書会。塚本虎二著作集。●聖書関係の情報もこれを「秘密にする」人や出版社は遅れている。聖書を終倍にしている●国の機密を保持する必要があると言う人は自分の職務上の立場を保護しようとするこれまた商売の心●国に情報を隠されると国民が真実を知ることが出来なくなる●大本営発表は嘘の情報であった。真理真実に忠実でなかった日本は滅びた●政府は国民に真実を伝えなければならない。●いまやインターネットで聖書研究も自由にできる時代である。●喪中欠礼状の印刷約100枚、はがきソフト「筆王」を利用●妻は読書会の後に東京芸術大学での「デューラー展」[萩原碌山]展」。「デューラー展」[は黙示録のものだったので興味があたっという。
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進路が決まらない学生 ++++++++ 所感

2010/11/09 21:43

使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101109(火)秋の朝、ラジオ体操に行く

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秋の朝、公園にラジオ体操に行く。

●14:50 昭和女子大、建築の講義。今日は演習問題。超早くできた人もいれば超遅い人もいる。速く出来る人は内容も正確。この差は何なのだろう。人間にはン峰力の差というものがあるが、それは「この世的尺度だ。●学生と個別に話して解ったことだが自分の人生の進路を決められないでいる人が多い。それでいいのだ。それでいいのだ。内村鑑三に言わせれば「天職は考えて見出せるものではなく、次第次第に導かれて行くもの」。迷えば迷うほど豊かな人生になる。
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喪中欠礼の手紙 ++++++++ 所感

2010/11/08 17:13

 使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101108(月)5時半起床●WEB黒崎詩篇のために関根訳詩篇入力●TSK日本語版入力●ドヴォルザークの「4つのロマンティックな小品第一番」を久しぶりに聞いて、メロメロ、涙が滲んだ.。限りある人生でこのようなすばらしく美しい音楽を残せる人は幸せだ。●この曲は嫁の華子がかって「お父様の好きそうな音楽ですね」と言ってくれたもの。また「妻もそうですね」という。下記の試聴版で少しだけ聴ける。●私は作曲は出来ないが、自分の人生はこのように美しいものでありたい。それには有体的復活を固く信じてこの世を飛び立つことのだ。

http://musico.jp/contents/player.aspx?id=r7DYKN&p=internal

●妻はコーラスの仲間と御岳山。紅葉がきれいであったという。●昨日の集会感話「新約の宮。神の霊は人に宿る」をHPの「使徒伝承」の欄にアップロード。

http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/miya.htm

●喪中欠礼の文章を練る。

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8月13日にトミ子の母が90歳で亡くなりましたので

新年の御挨拶は控えさせていただきます。

よい年をお迎え下さいますようにお祈り申し上げます。
 2010年(平成22年) 11月

 

母の最後は認知症になりましたが、常に笑みを絶やさず安らかに逝きました。子供達に看護されて幸せであったと思います。私達も「人生の秋」を迎えますが、死後の有体的復活を信じカール・ヒルティが勧めるように「仕事中に召される」ことを望んでいます。

 

                   高 橋 照 男  ト ミ 子

 

197-0828 あきる野市秋留4-10-11   電話&FAX 042-558-9361

Email    ej2t-tkhs@asahi-net.or.jp 

HomePage     http://www.asahi-net.or.jp/~ej2t-tkhs

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秋の朝


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秋の朝の空


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救われたいと思っている人は多い ++++++++ 所感

2010/11/07 19:48


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101107(日)5時起床。本日の感話の修正。プリント差し替え●集会は高木、大山、高橋「新約の宮。神の霊は人に宿る」●帰途高木博義氏から本日の感話の感想を頂く。カトリックを褒めすぎているから、初心者には誤解を与えかねないという●午後はあきる野市の「キララホール」であきる野市民文化祭の「合唱祭」。トミ子出演。最後にあきる野混声合唱団(70名程度)のメサイア抜粋はよかった。東京の片田舎で原語の英語で立派に歌っているのに感心。ヘンデルもビックリかも。しかし本当はその歌詞の意味を知らなければならないのになーと思った。●日本人は「神がいるなら信じたい」「贖罪の意味を知りたい」という人は多い。救われたいと思っている人は多い。

塚本訳 マタ 9:36-38
9:36 そして『羊飼いのいない羊が』疲れきって、(地に)倒れている『ような』群衆を見られて、かわいそうに思われた。
9:37 そこで弟子たちに言われる、「刈入れは多いが、働き手は少ない。
9:38 だから刈入れの主人に、刈入れのため(多くの)働き手を送られるよう、お願いしなさい。」
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気管支炎になる ++++++++ 所感

2010/11/06 19:48


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101106(土)朝の啓示「神の霊は人に宿る」。明日の感話のタイトルを与えられる●明日の感話の目次は次の通り。

(11月7日感話目次)

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   新約の宮。神の霊は人に宿る
  東京聖書読者会 高橋照男 2010.11.7

①宮か神殿か。訳語の問題
②エルサレム神殿を愛していたユダヤ人イエス。旧約の神殿宗教
③イエスの「宮清め」は神の怒りの現れ。神の審判の恐ろしい様相
④「宮よりも大きい者」というイエスの尊厳意識。新約の礼拝対象はキリスト
⑤有体的復活の使徒伝承を行い礼拝する事が新約の宮。それはホッとする場所
⑥裁きは神の家から始まる。パウロの宮清め
⑦イエスの理想の教会は「祈りの家」。しかし教会史はそれを逸脱してきた姿
⑧神の宮たる人間は神ご自身が「そこらの石ころからでも」個別に起こされる。
⑨新天新地には宮がなく、神と復活のキリストがその宮。キリストが燈火

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(11月7日感話目次)

●咳と痰が泊らないので朱膳寺内科でレントゲン。母は肺癌で死亡、弟も肺癌の経験があり、私の死因は肺がんと決められているので心配したが悪い病気ではなく、気管支炎でホッとした。●図書館でCD。図書館で借りたCDを自分のためにだけコピーして聴くのは法律違反ではない。過日、日本著作権協会に問い合わせた。 ●アジア青年会事務局長の徳田陽平氏が来訪。妻を交えて主にある歓談。貧しい在日外国人のためによい御働きをなさっている。●御土産に頂いたのは肉。肉を食べない我が家にとって夕食は焼き肉の大御馳走。●明日の感話のために15年前に話した「カトリック・プロテスタント・無教会・・・岩下壮一の無教会批判を手掛かりに・・・・」( 日本プロテスタント史研究会・於富士見町教会)を読み直した。我ながらよくまとめているが、「頭だけ」の話だ。私はその5年後に家屋全焼、脳出血を経験して「有体的復活」の信仰を固くされた。教会の形は違っても「神の霊は人に宿る」という原点復帰に落ちつけて感謝。
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心身の異常と惨状は神の警告 ++++++++ 所感

2010/11/05 08:14

使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101105(金)朝の啓示。神の怒りの対象になった時のひどい状態●昨日の「キリスト教性教育研究会」では性道徳の紊乱による身体の異常がスライドで放映されたが、かなりショックであった。「終末」「人類の滅び」、特に日本国の滅びの徴をそこに見た。●神の怒りの手に落ちると「目も当てられない」ほどの惨めさになる。その「惨状」の姿を聖書に見る。これ人も家庭も国家も教会も人類もみな同じ 


塚本訳 マタ 7:26-27
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳ルカ 19:43-44
19:43 やがて時が来て、敵はお前のまわりに塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め立て、
19:44 お前と、そこにいる『お前の子供たちを地べたに叩きつけ、』お前の中に、そのまま重なっている石が一つもないようにするであろう。恩恵の時を知らなかった罰である。」

塚本訳 マタ 21:12
21:12 イエスは宮に入って、宮(の庭)で物を売る者や買う者を皆追い出し、両替屋の台や、鳩を売る者の腰掛けを倒された。

塚本訳  マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳  マタ 10:14-15
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。
10:15 アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴモラの地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう

●この世がこうなるのはキリスト教がだらしないからである。エクレシアの責任である。

塚本訳 ルカ 12:45-47
12:45 しかしその僕が、主人のかえりはおそい、と心の中で考えて、下男や下女をなぐったり、飲んだり食ったり酔っぱらったりし始めていると、予期せぬ日、思いもよらぬ時間に、その僕の主人がかえってきて、僕を八つ裂きにし、不信者と同じ目にあわせるにちがいない
12:46 予期せぬ日、思いもよらぬ時間に、その僕の主人がかえってきて、僕を八つ裂きにし、不信者と同じ目にあわせるにちがいない。
12:47 主人の心を知っていながら用意せず、あるいは主人の心に従って行動しなかった僕は、(鞭で)打たれることが多い
 

塚本訳 Ⅰペテ4:17
4:17 審判が神の家『から始まる』時(は既に近づいているの)だから。しかしもし(審判が)まず(神の家すなわちキリストを信ずる)私達から(始まる)とすれば、神の福音に従わぬ者の最後はどうであろう

●ローマ帝国の滅亡は「人口の減少」。性道徳が乱れていたので神の罰として人口が増えなかった。そこにキリスト教の原始教団という「清く明るくさわやかな」一陣の風が吹いてきて甦った(ヒルティ)。ところが現代のキリスト教からはその風が吹いてこない。吹いてくるのは「遊びとお祭り」の音色である。

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秋の富士。写真右三分の一。富士はどこからでも見える。隠れない。


塚本訳 マタ 5:14
5:14 汝らは世の光なり。山の上にある町は隠るることなし。

●個人情報の秘匿を振り回す人間に明るい人はいない。その人の仕事がそもそも秘密を商売にする。法律をもって防衛する。人生がダークである。気の毒な人間である。罪は人間には隠せても神には隠せない。

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秋の空。ヘルマンホイヴェレス神父の本に「人生の秋に」というのがあった。(焼失した)
神父は若き時に故郷ドイツを離れ、日本に骨を埋めた。弟はドイツの自動車会社の社長であって「兄さんも年取ったのだから車を買いなさい」と何度も送金してきたが、神父はそのたびに貧しい人に分けてしまった。こういう行為が「天に宝を積む」というのだろう。神父の心はあの秋の空のようにさわやかで美しい。神父は生涯を独身で通す。妻なく、子供なく、家庭がない。天使の如く生きた。

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秋の我が家。私には妻あり、子あり、孫あり、家庭あり、家あり、健康あり。
これ以上何を「贅沢を言う」のか。何を不足だと言うのか。かくなるうえはパウロの言う通りに生きよう。 結果は問わない。期待しない。

文語訳 ロマ 12:1
12:1 されば兄弟よ、われ神のもろもろの慈悲によりて汝らに勸む、己が身を神の悦びたまふ潔き活ける供物として獻げよ、これ靈の祭なり。

塚本訳  ロマ 12:1
12:1 (このように、神は偉大な計画によって人類を一人のこらず救おうとしておられるのであって、救いは確かである。)だから、兄弟たちよ、わたしは神のこの慈悲を指してあなた達に勧める。あなた達の体を(感謝のしるしとして神に)捧げよ。この生きた聖なる犠牲こそ、神のお気に入るものであり、(霊なる神を拝むにふさわしい、)あなた達の霊的な礼拝である。(あなた達の礼拝は動物を供えるような不合理なものでなく、全心全霊をささげる合理的な礼拝でなければならならない)

●日本聖書協会翻訳部の島先氏に今度の標準訳の方針である「スコポス理論」についてお伺いする。スコポスとはギリシャ語で「目的」の意味。読者層を考えてその目的に合わせる翻訳だと言う。●妻は自彊術







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神の宮とは何か ++++++++ 所感

2010/11/04 08:09

使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101104(木)5時半目覚め。朝の啓示「神の宮」●神の宮とは「イエスの有体的復活を信じてそれを伝承する集団。そこはホッとするところ」●次回感話の一部をこの通りに変更する。

(11月7日の感話の一部)

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④新約の宮とは有体的復活を信じ伝承する信者集団。それはホッとするところ

 

塚本訳 コリ3:16

3:16 (とにかく、)あなたは達は神のお宮であり、神の霊があなた達の中に住んでいてくださることを、あなた達は知らないのか。

 

塚本訳 Ⅰコリ6:19-20

6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか

6:20 なぜというのか。あなた達は(キリストの血の)代価を払って買われたのである。だからあなた達の体をもって神を賛美せよ。

 

塚本訳 Ⅰペテ2:5

2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである。

 

塚本訳 ガラ 5:22

5:22 しかし霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実、


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(11月7日の感話の一部)


●最近は、無教会主義に愛想をつかして、カトリックに「走る」人がいる。かってプロテスタント教会に愛想をつかして無教会主義の大先生に「走った」人がいたのに似ている。しかし今度はその無教会主義の大先生がいなくなると教会、しかも教会主義の本家牙城であるカトリック教会に「走る」現象がみられる。●「無教会難民」ということがささやかれている。若者は霊魂が落ち着く陸地を見だせずに漂流しているというのである。●しかしこれはよい現象である。人が礼拝の対象とすべきものは「大先生の思想」や無教会主義理論や教派の教理でもなく、また鉄壁のカトリシズムでもないからである。●人間の霊魂の落ち着くべきところは、有体的復活の霊のイエスのところである。人間は個別にそこに漂着して安らぎを得る。その場合その人が置かれている外部環境がプロテスタント教会でもカトリック教会でも無教会主義教会でも落ち着ければよい。しかしそこに「いたたまれなく」なる場合はさらに漂流すればよい。神はいつか良い場所に導いて下さる。それは教会か、無教会集会かは人それぞれ、むきむきである。但し大先生という人間を礼拝する事だけはいけない。人間の命は短いからである●神は100年前に日本人に「しっくり」いく無教会主義という方法を与えられた。しかしその無教会主義が今やその中心にあるべき「有体的復活の使徒伝承」を見失っているようでは心ある人が「いたたまれなく」なる。若者が集まらず、「先がない」。これ教会史が繰り返すところ。神がそういう無教会主義集団をそのまま放っておかれるはずはない。●人の歩むべき道は神が決められる。漂流難民の若者には「魂が落ち着ける」陸地に導いて下さる。

口語訳 エレ 10:23
10:23 主よ、わたしは知っています、人の道は自身によるのではなく、歩む人が、その歩みを/自分で決めることのできないことを。


口語訳 箴  20:24
20:24 人の歩みは主によって定められる、人はどうして自らその道を、明らかにすることができようか。


口語訳 詩  23:2-3
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。

●14:30 古巣である連合設計社市谷建築事務所に吉田桂二の傘寿記念絵画個展の観賞。吉田桂二、桜井明、大久保氏と、長懇談。連合を巣立っていった人々の消息を伺う。

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建築設計の師匠、吉田桂二氏は80歳でありながら現役の第一線。尊敬する

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東京の空に飛行船(企業広告)。飯田橋交差点から。


●17:00 富坂キリスト教センターで「キリスト教性教育研究会」。平田國夫氏の講演「性感染症とは何か。そして日本の現状について」。日本人の性道徳の紊乱ぶりに衝撃を受けた。●この実態を知って懇談会の席で「終末は近い。神は日本を性道徳の紊乱で滅ぼすであろう」と発言。更に「裁きは神の家から始まる」という言葉どおりに、キリスト教がだらしないからこうなったとも言った。●隣席に京都から来られた高木実氏と初対面。身内のTIと京都の教会で(日本長老教会交野キリスト教会)一緒だったという●21:40 TIと電話懇談。高木実氏の事、日本の性道徳の乱れについて。学校現場の第一線の御苦労を思う。「自分には使命感がある」と聞いて尊敬感心した。●神の怒りに触れたときの滅びの姿は「目も当てられない程のひどさである」性道徳の乱れによる心身の異常の状態もその一つである。



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41回目の結婚記念日 ++++++++ 所感

2010/11/03 20:40


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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101103(水)5時目覚め。感話原稿の推敲。

(感話原稿、目次)

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復活を礼拝対象とする信者達が神の宮

東京聖書読者会 高橋照男 2010.11.7

 

①神殿か宮か。訳語の問題

②エルサレム神殿を愛していたユダヤ人イエス。旧約の神殿宗教

③「宮よりも大きい者」というイエスの尊厳意識。新約の礼拝対象はキリスト

④復活のキリストを礼拝対象とする信者達が神の宮。それはホッとする場所

⑤一番大切な事はイエスの有体的復活の信仰とその伝承。パウロの宮清め

⑥イエスの理想の教会は「祈りの家」。「強盗の巣」とは何か。

⑦神が起こす新約の宮。新天新地のエクレシアの姿。

⑧大貫隆「イエスの絶叫をめぐって」。贖罪の信仰は神による開眼で分かる

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(感話原稿目次終わり)

●ラジオ体操に行く途中で秋晴れの奥多摩連山を写す。

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今日は41回目の結婚記念日。奥多摩連山。41年前も晴れであった。この41年はあの山のように上り下りの連続であった。しかし神の祝福を頂いて、感謝の旅であった。

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13:30 午後三時祈りの友東京支部会。石神井公園駅前区民センター。18年前に召された父の後を継いで入会。
左から、高橋照男、加藤宮吉、西村裕、鈴木千都子、清水津留子。清水さんと鈴木さんは父が写っている26年も前の写真を持ってこられ、父のことを話して下さった。
孫が「祈り」をするようになったことを父が知ったら大変喜ぶであろうと感話した。
福音はこのようにジワリジワリと伝わって行く。

18:30結婚記念日なので夕食に赤ワインが出た。妻に感謝の言葉を述べた。
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親は失格でも ++++++++ 所感

2010/11/02 07:49


使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

       http://stonepillow.dee.cc/



101002(火)目覚めに啓示「神の伝道方法」●栃木県の無教会伝道者TSは今年召された。するとそれまで信仰に無関心であられた御長男が俄然と信仰に目覚めた。またその集会のMU氏が召命を感じて集会を引き受けるために立ちあがった。過去のことであるが、私が建築に携わったSビルのオーナーが召されると信仰に無関心であった御長女はこれまた信仰に目覚められた。同じくOビルオーナーのS夫人はビルを建設することに反対であったが、これによりご令息(ご長男)の家に信仰が入ればよいと預言された。するとその夫人が無くなってビルも売却されると長男夫人が俄然と信仰に目覚められた。親は失格でも神は生きたもう。

●10:30目黒の黒田隆さんを訪問。89歳。仕事上の恩師。御夫人を亡くされた御心境。死の話し、死後の話し、復活の話し。御親戚にカトリックのシスターがおられる。外出は車椅子になられた。頭脳はしっかりしているのがうらやましい。●14:50 昭和女子大で建築の講義一コマ。帰宅19:00
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お悔み状 ++++++++ 所感

2010/11/01 08:50


 使徒伝承 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

http://stonepillow.dee.cc/ 


67歳4か月。平均余命15年(生命保険会社統計)、5475日、13万1400時間。この時間をすべてキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の悲しみを克服する「十字架の贖罪の福音と有体的復活の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、親類縁者のため、気の毒な人のため。 



 
101101(月)5時45分起床●TK先生の御尊父様が召されたとのことで早速お悔みのメールを送る。一部改変

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TK先生

K氏からの連絡で、御尊父様が召されたとのこと。衷心よりお悔み申し上げます。

復活のキリストによる直接の御慰めがありますようにお祈り申し上げます。

それにしても、御父上が先生の信仰を理解して召されたとは、先生の信仰が本物であったことの勝利の証です。感謝です。(以下省略)


高橋照男


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●TK先生の御父上が召されたとの連絡をしてくださったK氏へのお礼のメールを次の通り書いた。一部改変

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K様

  

大切なお知らせ、しかも迅速に感謝です。知りませんでした。

早速、お悔みのメールを出しておきます。
「仏教徒の御父上は最後にTK氏の信仰を理解されて召されたとのこと」は感謝です。

信仰は人間関係が良いところに伝わります。

塚本先生は「母の信仰は聴かれます」と言われました。至言です。

四国のKKさんという女性(無教会、吉村孝雄さんの弟子)は、御父上の病室にお見舞いにいくたびに、部屋の片隅で背中を向けてボソボソと祈っていたそうです。無信仰の父上は、最後に「お前(Kさん)の信じている神のところに行きたい」と申され、葬式はキリスト教式だったそうです。

またIYさんは「自分の葬式はキリスト教でやってもらいたい」と言っているそうです。夫人の祈りの成果です。ガッツポーズです。

葬式の形ではありません。KKさんもIY夫人も主にあるその人間関係の勝利なのです。

TK先生の父上はTK先生の祈りにより神に覚えられました。感謝、万歳です。

TS氏への連絡も感謝です。

K様はTK先生のロマ書の講義に出席されているそうですが、大感謝です。

 

高橋照男

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●福音は人間関係のよいところに伝わって行く。初代教会の福音伝播の原因はそこにあったことを思う。

塚本訳 使  2:46-47
2:46 また毎日、心を一つにして(熱心に)宮に詣で、家々で(一緒に)パンを裂き、喜びと純な心とで食事をして、
2:47
神を讃美し、世間の人全体に好意を持たれていた。主は救われた者を日ごとに(増し)加えて一つにされた。

塚本訳  使  16:1-2
16:1 それからパウロはデルベとルステラとに行った。すると、そこ[ルステラ]にテモテという(主の)弟子がいた。信者であるユダヤ婦人と異教人の父とのあいだの子で、
16:2 ルステラやイコニオムの兄弟たちの間に評判がよかった

 

塚本訳 使  13:46-48
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。 
 

●私の大嫌いな人

私のブログに対して自分の汚い思いを批判的にぶつけてくる人。その人自身の汚れた思いが私のブログに写って見えるらしい。それらの人たちに決まって共通なのは「何かに脅えている人」である。「自分が滅びる」「自分が攻撃されている」と恐怖心があることである。「恐怖」とは神を信じない人間に共通の不安である。そういう「人間には勝手に思わせておけばよいのだが、神のパッシングを見るのはつらい。こちらとしてもその人間に触れると2-3日気分が悪いので、生活時間のロスである。ある人物はこの世の法律を持ち出して振り回すから困る。聖書にもこの世の法律を持ち出す嫌な人間のことが書いてある。

塚本訳 Ⅰコリ6:1-2
6:1 あなた達のひとりが(信仰の兄弟である)他の人に対して訴訟があるとき、聖徒でなく、(主を信じない)不正な人たちに訴える(ような不見識な)ことを、恥としないのか。
6:2 それとも、(最後の日には)聖徒がこの世を裁くことを、あなた達は知らないのか。そしてあなた達(が着く裁判席)の前でこの世が裁かれるというのに、ごくつまらない事件をさばく資格が、あなた達にはないのか。

●塚本虎二先生はあるとき「無教会主義」に対する激しい批判の手紙を「聖書知識」で公開した事がある。そのとき先生は「この匿名の手紙の主は神学用語を使っているので聖職者であろうとと書いておられた。宗教上の妬みほど汚らしいものはない。

●最近流行の「個人情報の秘匿」を掘りまわして「自分をひた隠しに隠す」ダークな人間がいるが、あれは人生では得策ではない。なぜか。その「隠す」ことには罪の匂いがするからである。
 

口語訳 創  3:8-10
3:8 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した
3:9 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。
3:10 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。
 

●41回目の結婚記念日。

明後日は私達夫婦の41回目の結婚記念日なので過去に撮ったビデオのうち、1977-1991年のものを二人で見直した。30年から20年前の期間のもの。主として子供達のもので、孫の誰に似ているなーと話しあいながら見て面白かった。過ぎにし日々は神の守りがあったことを思い感謝である。お互いの両親(4人とも故人)が出てきて懐かしかった。しかし私の場合、あと30年はおろか20年も生きることはできそうにない。人生は短い。有体的復活を信じ望んで駆け抜ける人生でありたい。

 

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