to 日記と感想 2011年01月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170706      TM誕生日
    170701      TT誕生日
    170628       IY誕生日
    170625(日)14:00羽村フィル、ゆとろぎ。モーツァルト40番、チャイコフスキー5番
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


激励、感謝 ++++++++ 所感

2011/01/31 13:36

110131(月)まだネズミは捕獲できない●この10日間、ネズミに悩まされて、妻も私も疲労している。その悩みと心情をブログに書き続けているが、ありがたいとことに様々な形で激励された。
 
➀ネズミだって生きていくためには一生懸命なんだ。(ネズミに苦労している人)
②ネズミではないが自分も同じような被害に遭っている。しばしの辛抱だ。
③「我が家のネコ」を連れて駆け付けたい。
④ 「来世では被造物全体が復活し、そこでは天敵なしだ」(私なりの解釈)とイザヤ書やロマ書の該当箇所をお示し下さった方。
⑤自分の家にネズミが嫌う高周波を発する器具が3個あるからそのうちの2個を差し上げる

など私達夫婦の深い悩みを慰めて下さってくださり感謝感激である。これだから「ブログ」はやめられない。ブログは心の交流の手段である。●この中で一番グサッと来たのは「来世では被造物全体が復活し、そこでは天敵なし」(私なりの解釈)の思想である。この世は来世の予型。クリスチャンは被造物であるネズミを敵視してはいけないなーと反省した。●また終末では人間だけではなく被造物全体が復活することを教えられた。ネズミは聖書の深いところを教えてくれた●しかしネズミよ、もっと美味しい物がある家に行って平和に暮らしてくれ。●妻はコーラス「モデラート」。●NY氏と電話懇談。この世は病気の悩みが多い。●来世ではネズミの悩みなし。病気の悩みなし。経済の悩みなし●次回感話(2月6日)の骨子を書き直した。

2月6日感話骨子
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実のならない木

東京聖書読者会 高橋照男 2011年2月6日

聖書の中の「実のなる木とならない木」の対比 】

*流れのほとりに植えられた木は実を結ぶ

*芽が出ない、成長しない、すくすく伸びる。この違いの原因は何か。

*木はその実によって知られる

*霊の実と肉の実は明白である。

【実のならない木に対する神の怒り】

*イスラエルは実のならない木であった。神の怒りの激しさ。

*エクレシア崩壊の原因は使徒伝承正統信仰を見失ったこと。結果のひどさ。

この世には実のならない木が存在する。その原因は悪魔のしわざ】

*世には良い実を結ばない毒麦があるのは宿命。毒麦は抜くな。

*毒麦は放っておけ。自然に滅びる

神は人に実をならせようならせようとされておられる】

*だから神の力に頼るときに実は結ぶ。すると神が働かれる

*神ご自身が実をならせようと努力されておられる。人生の苦難と不幸の意味

*実のならない木にこそ神は目をかけるて下さっておられる

*信者の子供、必ずしも信者にならない。理由は人ではなく神の栄光のため

*復活は死人の中から神が起こされること。その初穂がキリスト。我々の希望

蒲萄の木につながり続けるための人間の努力とは何か】

*「聖書(それ自身)読者」であり続けること。聖書を読む生活であれ。

*集会を休んではいけない

*復活を信じない信者とは交際しないこと。これが来るべき世への準備

*この世に調子を合わせてはいけない

実は犠牲によって結ばれる】

*パウロの悩み―――同胞イスラエル人の不信仰

*失敗と涙の人生は無駄には終わらない。信者の犠牲の苦は神に知られている

*犠牲によって実がなる。人類は神の一人子の犠牲によって無条件に救われる

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(2月6日感話骨子)終わり

 有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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   TSK日本語版・目次

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  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

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キャーッ! ++++++++ 所感

2011/01/30 07:54

110130(日)6時20分起床●台所から妻の「キャーッ!」と言うソプラノの叫び声。飛んで行くと目の前をネズミが走ったという。女や子供をいじめる奴に対して男としては放ってはおけない。●昨日の仕掛けた粘着板には残念ながらかからなかった。こうなったらもー頭脳戦である。ミカンの皮などの食べ残し類も完全に屋外に捨てることにして食道を断つことにした。●私に殺される前にどこかに逃げて行ってほしい。もっと平和に暮らせるところがあるはずだ●集会は長島、橋トミ子(伝道の心得)。終わりに「日本の歌」は歌っていて気持ちが良いが「淋しい」。それに比べて「レクイエム」には最後に悦びがあるという感想。小寺(マタイ)●集会後SSさんと長懇談●午後妻は合唱団「もくせい」。●帰途のあきる野は風が冷たかったが、娘がら貰った手袋をして暖かかった。●この家はネズミに悩まされる。過去の記録を調べると。2001.9月、2009.10月そして今回2011.1月●これだけ悩んでいるのだ。良い結果になることを願う。あるいはネズミが反省し悔いて何かよい宝物を持ってきてくれないか ●明朝はどこに出現するのかと思うと憂鬱である。疲れた。

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ギャグは老化防止と癌予防 ++++++++ 所感

2011/01/29 09:15

110129(土)6時20分。●またネズミにやられた。納戸の襖の内側がビリビリにされた。「クソォォー」●粘着BOX式をあきらめてそれを広げて平らにしておく作戦にする。●ネズミ騒動で寝不足であるとブログに書いたところ同情のメール。同じような悩みを抱えている同病者からのメールは心和らぐ。怒りの緊張を和らげてくれる。その中でオーケストラの某演奏家からはギャグで緊張をほぐしてくれたので、私も返礼(?)のギャグ。 若干修正。

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○○様

 ありがとうございました。ギャグは緊張緩和、元気のもと、癌予防です。

 

➀音楽編

サラサーテがかの「チゴイネルワイゼン」を書きあげたとき、

まず息子に弾いて聞かせたところ、その息子から「お父ちゃんチゴイネー」と言われたので「この曲名をつけたのです」。・・・サラサーテは結婚していたのかまた息子がいたのかは未調査

②文学編

シェークスピアーの三大悲劇の一つに「オセロー」があります。これは主人公のオセローが妻の不貞を疑って誤って殺してしまうと言う筋です。そのオセローが妻を殺す時に首を絞めながら「お前の浮気の相手は誰なんだ。オセ―ロ、オセ―ロ」と言ったところからこの題名がついたのです。

 

追記

クラシック音楽愛好者はなぜか「ギャグ」を好むのだそうです。なぜであるか。これ私の研究課題です。

今の考えでは、「緊張緩和」の薬物ではないかと思っています。NHK交響楽団の団員は「ギャンブル」好きが多いようです。「演奏のストレス緩和」のための薬だと想像します。20世紀最大の神学者と言われるカール・バルトの著書に「モーツァルト」(未読)があります。このことも神学という脳の緊張を要する仕事にモーツァルトは「緊張緩和」剤になっていたのではないのかなーと想像してます。

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●7年前に母が召された「日の出が丘病院」から原稿依頼。ホスピス10周年記念誌に「日の出会の思い出」。500文字。これは簡単だ。●図書館往復は徒歩一時間。歩くとよい思いが浮かぶ。次回感話の最後は次のようにする。

【実が結ばれるのはどういう場合か】

*実が結ばれるのは犠牲の血が流されるとき。悩みと涙の人世。祈りは聞かれる。


塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)



塚本訳 ロマ 9:3
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
 
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図書館に歩いて行った帰り。冬の夕暮れ。人生は短い。別れがある。淋しい。悲しい。
マテマテ。キリストは有体的に復活されて神は人類に来世での復活があることを
啓示して下さったのだ。「次がある」「来世での有体的復活がある」。嘘でも信じよう。キリストに聖書に騙されたとしても信じ込もう。


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実のならない木 ++++++++ 所感

2011/01/28 10:00

110128(金)6時45分起床●昨夜はネズミに悩まされずに二人とも熟睡。●自衛の努力をしたことと昨夕の「ネズミを去らせて下さい」との祈りのおかげだ●自衛の努力と祈り、これ日本の防衛論争の基礎にもなる。●あのカール・ヒルティはスイス軍の長官であった。自衛を放棄して軍事強国(日本の場合は米国)に頼ると、その強国に何もかも隷属するようになる。スイス軍は弱体だが、軍隊を保有して独立と自由を得ている。そういうスイスを打つ国は神が滅ぼす。●次回(2月6日)の感話の骨子

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実のならない木

東京聖書読者会 高橋照男 2011年2月6日

 

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聖書の中の「実のなる木とならない木」の対比 】

*神に結びつく人生は栄える。それは流れのほとりに植えられた木

*芽が出ない、成長しない、すくすく伸びる。この違いの原因は何か。

*木はその実によって知らるる

*聖霊の実と肉の霊の実は明らかである。

【実のならない木に対する神の怒り】

*イスラエルは実のならない木であった。神の怒りは人を切る

*パウロの悩み―――同胞イスラエル人の不信仰

この世には実のならない木が存在する。その原因は悪魔のしわざ】

*世に良い実を結ばない毒麦があるのは宿命。毒麦は抜くな。自然に滅びる

実は神ご自身の力によってのみ結ぶ】

*神の力に頼るときに実は結ぶ。神の前で「脱力」せよ。すると神が働かれる

*神ご自身が実を結ぶようにと努力して下さる。人生の苦難の意味

*実がなるようにと「刈り込まれる」時の痛さ

*神は行いではなくキリストにつながることによって肉ではなく霊の子を産む

*信者の家庭の子供、必ずしも信者にならない。理由は神の栄光があがるため

*復活は死人の中から神が起こされること。その初穂がキリスト。我々の希望

蒲萄の木につながり続ける救われた人間の努力とは何か】

*「聖書(それ自身)読者」であり続けること。聖書を読む生活であれ。

*集会を休んではいけない

*復活を信じない信者とは交際しないこと。これが来るべき世への準備

*この世的なるものに調子を合わせてはいけない

実は犠牲の血によって結ばれる】

*実は犠牲によって結ばれる。涙の不幸の人生。信者の隠れた祈りは聴かれる、

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●隣家の関口さんと道路で立ち話●中島重行さんから電話


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地上に宝を積むな ++++++++ 所感

2011/01/27 07:40

110127(木)5時45分起床●朝の黙示。「イスラエルは実のならなかった木であった」「実のならない木に対するパウロの嘆き」「イエスは実がなるように一粒の麦として死なれた」「復活は神が起こす事。実は神が発芽させること」●昨日はネズミに米を食べられたが、夜半に妻から「襖を食べ始めた」という報告。起きてみると、納戸の襖、玄関のドアーや障子も新しくやられていることを発見。●たかがネズミ一匹のためにもう6日間も悩まされている。パソコン、食料、建物と次々と攻撃してくる。この悩みに対して心を静めるためにどうしたらよいか。
はじめ共生の思想に行った。その時心に吟じた歌は「我がものと思えば楽し家ネズミ」。しかしパソコンのケーブルをやられてこの心の防波堤が壊れてカッとなり、即刻駆除という考えに豹変した。●戦争は「平和思想」という人間的手段では防げない●今朝はもう諦めに近くなった。そのときひらめいた聖句。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚(しみ)や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚(しみ)も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

●ネズミのおかげで、「地上に宝を積むな」ということを学んだ。金も家も国家も家庭も家族も、これみんな地上の寶。これは滅びる。またいつかは別れなければならない日が来るのだ。妻、子、勤務先、然りこの身体。然り、地上のエクレシア。●しかし永遠に続くものがある。それは目に見えない「神の国」。それは永久に厳然と存在する。人は常にそこに立ち返って心安らぐ。それは神の懐。それは地上の教会・エクレシアにはない。●これは厭世主義ではない。地上の改革を放棄しているのではない。終末における神の国の完成を心に抱きつつ地上に貢献するのである。●地上のことを来世への準備と位置付ける人生観こそ健全な人生観である。苦難にもめげずにねばれる人生観である。



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一番目につく玄関の引き戸をネズミにかじられた。「クソーォー」。今日ばかりは完全に心までもひどく傷つけられた。この6日間、ネズミは私が一番大切に思っているものばかりを攻撃してくる(パソコン、食料、建物)。も―こうなったら温情主義、ヒューマニズムでは済ませられない。如何に残酷な刑でもかまわないから即刻極刑にしなければならない。●しかし神は「大切に思って愛しているものほどそれを捨てよ」と言う「チュー告」なのか。

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障子も破られた。犯人が孫なら赦せるがネズミだから赦せない。我が家は「和風住宅」で障子がデザインの重要要素。神はネズミを使って私に「建築の楽しみ」も捨てよと言うのか。●ナニ、私のこの身体も最後は癌細胞に攻撃されるのだ。今からその覚悟をせよというのか。

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掃除をしていた妻から「見てよ―」という声。行って見ると納戸の襖にネズミの残酷な攻撃跡。
自分が通る穴だけ開けるなら分かるが、襖紙までこんなに大きく傷つけるとは・・・・
「コノヤロー!」ネズミの高笑いが聞こえる。「ここまでやった奴に対しては捕まえたらただじゃーおかない。非常に痛くて苦しい処刑方法でも構わない」と思うようになった。●人間が人間であるかぎり世の中に戦争は無くならないなーと我が身を省みて思った。

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粘着式ネズミ捕り器作製のイカリ消毒の道坂部長に「BOX型を購入したがさっぱり入らない」と苦言を呈しながら相談したところ「2段重ねにしてみてほしい。なぜかネズミは下は通過しないで上に登って行く習性がある」と言われた。苦労人のアドヴァイスだ。住宅設計においても子供は天井裏(ロフトという)を好むのと似ている。なぜかわからない。そこでその通りにして通路を塞ぐように仕掛けた。上記写真。次に家中の食べ物をプラスチックなどの箱に入れて「自衛」。食道を断つ作戦。そして夕食の祈りは「ネズミ騒動を去らせて下さい」と祈り。二人ともネズミのおかげで寝不足で疲れ気味なのだ。

●BS20:00 元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏へのロングインタビュー。国連難民高等弁務官の仕事は国家から見放された人たちの命を救うことがミッション(使命、天職)であるという言葉の「ミッション」という言葉に強くひかれた。●イエスのミッションは、国家、宗教家、民衆、家族からも見放された人の命を救うことにあった。ただその「命」の概念が違う。国連難民高等弁務官の扱う命は肉の命。イエスの扱う命は霊の命。●翻ってイエスの弟子である信者は霊の命を救うミッションに参加しなければならない。緒方貞子氏はこの世の命を救った功績から数々の賞(文化勲章など・・これ地上の宝)を与えられたが、イエスは賞どころか国家、宗教家、民衆から排斥されて殺された。●信者たる我々もこの世から称賛されるような賞を目指してはいけない。逆に「この世」(国家、社会、親族、子供)から嫌われて排斥されるようでなければならない。本物の信仰ではない。しかしその苦労はイエスほどではないと聖書は慰めてくれる。「弟子は師に勝らず」とは世の真理ではあるがこれをイエスが口にした意味は「弟子の苦労は師の苦労には勝らないものだ」という深い慰めである。ヨハネ15:20にそれが明快である。「聖書は聖書で読む」のが王道である。

文語訳 ルカ 6:40
6:40 弟子はその師に勝らず、凡そ全うせられたる者は、その師の如くならん。

塚本訳ルカ 6:40
6:40 (良い先生をえらべ。)弟子は先生以上になれない。りっぱに一人前になっても、(たかだか)先生のようになるだけである。

塚本訳 ヨハ 15:20
15:20 『僕はその主人よりもえらくはない』と言ったわたしの言葉を忘れないように。人々は(わたしにしたと同じことをあなた達にするであろう。)わたしを迫害したなら、あなた達をも迫害し、わたしの言葉を守ったなら、あなた達の言葉をも守るであろう。

●鷲見誠一氏から電話。入浴中であったが、鷲見氏も忙しいと思い、妻に子機を持ってきてもらった。子機を頭からぶら下げる仕掛けを針金で作成してあったので、湯につかりながら懇談。失礼。



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  有体的復活の使徒伝承
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極度の悲しみの時 ++++++++ 所感

2011/01/26 07:13

110126(水)4時45分目覚め、起床●目覚めの時に啓示が次々と起こる。

塚本訳 マタ 10:26-27
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

●胸に囁かれたことを言うのが私の毎日のまた残りの生涯の仕事。塚本先生の断片録、黒崎先生の「閃光、流星?」、斉藤茂の「聖句のノート」などとほぼ同じ目的である。これはその時々に起こった具体的な問題が背景にある。涙を拭うティッシュのようなもので、使い捨て。すぐ消えるものである。従ってまとまった「論文」ではない。出版はしない。私の場合はあくまでもブログでおこなう。一時的なもので「流星」のように消える。自分および他者の涙を拭ってすぐ捨てるティッシュのようなものである。●昨日は23日に感話した「直りにくい病気になった人」のそのご本人から御返事が来た。感謝の御返事であってホッとした。彼はある日になぜか「思いだして」私の日記を見たと言う。ガッツポーズである。わたしのHPの目的はそこにある。彼一人のためにHPがあった事でも満足。私のHPを批判する人たちよ彼を知ったか。私のブログは「あんたが考えているようなものとは違うのだ」。潰そうと思うならあらゆる手段妨害(大抵は法律を振り回すから片腹痛い。もう少し法の精神を学べ。法は人を裁くために在るのではなく救うためにあるのだ」


口語訳 出  14:13-14
14:13 モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。きょう、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。
14:14 主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。

●この14:14 は塚本先生から教えられた句。人生では復讐したくなることがしばしばあるが、そんな時に役立つものである。14:13はヒルティがしばしば引き合いに出す句。神の導きにある人にのみこの「恐れるな」が語られると言う。だから「人間的術策(復讐や人間的忍耐)を悩んであれこれ考えるな、私達の悲しみ嘆き恥失敗の総てを神はとことん御存じで私達に失礼な事をする非礼な人間に徹底的に復讐して「仇を討って」下さる。
●99歳の御高齢で亡くなられた藤林益三先生は塚本先生ヒルティに傾倒された方であったが、ある日の集会の最後の報告で何を思われたのか「悪いことは神様が注意して下さる」とおっしゃられた。これ同じ思想である。


塚本訳 マタ 13:19
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。

●日本のキリスト者人口は1%、遅々として進まない。親類縁者のことを見てもうなずける。原因は悪魔に噛みつかれてその毒素が体中に染み込んでしまっているのである。彼を救うにはイエスの十字架の血潮による「血清」である。


塚本訳 マタ 13:24-29
13:24 またほかの譬を群衆に示して言われた、「天の国は畑に良い種をまく人にたとえられる。
13:25 人々が(夜)眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦をまいて行った。
13:26 苗が芽生えて実を結ぶと、その時毒麦も現われた。
13:27 使用人たちが来て家の主人に言った、『ご主人、畑には良い種をまかれたのではないですか。すると毒麦はどこから来たのでしょうか。』
13:28 主人がこたえた、『敵のしわざだ。』使用人たちが言う、『では、行って抜き取りましょうか。』
13:29 主人が言う、『いや、毒麦を抜き取ろうとして、麦まで一しょに引き抜くかも知れない。

●13:;28「敵のしわざだ」と言うのは、毒麦がこの世にあるのは悪魔のしわざだというのである。悪魔も神が作ったものだが、神に冷たくされて堕落したものだとも言われる。分かる気がする。妬みである。カインの心である。

塚本訳  マタ 10:35-36
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』

●敵なる悪魔のうち一番の強敵は「身内」である。母である、父である、妻である、子である、兄である、弟である。それに比べて職場の人やエクレシア(集会、教会)の人は強敵ではない。いつかいなくなる。

新共同 マタ 6:6
6:6 だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

●これは建築士としては興味深いものである。「シクシクと泣く」部屋が必要である。狭くてそんな部屋を設計できないと言う場合は、トイレでよい。水を流しながら声を御塩殺して泣けばよい。また遠く離れている人の事を祈るのも「隠れた祈り」である。塚本先生は問題を抱えてこられた御婦人に「○○さん私に悩みが無いとでも思うのかい」と言われたt炉言う。ある時「母の祈りは聴かれます」と言われたと言う。アーメンである。私の場合は4人の子供達の「権威者」は妻である。亡くなられたTY先生は「子供は妻のものだ」と述懐された。●「お受験」に狂奔する世の母親は「悪魔の使い」。隠れた祈りが真の人間を育てることを知れ。



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品の良い人 ++++++++ 所感

2011/01/25 06:52

110125(火)5時起床●朝の黙想「品の良い人」●過日、1月23日、妻の出た演奏会で前から2列目に実に品の良い御婦人がいた。思わず見とれてしまう程であった。あとで妻に聞くとあの人は地元の合唱団の指導者(指揮者)であるという。こういう場合は、ぜひともその方の演奏を聴きたいものだと思うようになる●ところで聖書には私のような体験があるのだろうかと思索して見る。

口語訳 詩 45:2
45:2 あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。


新共同 詩 45:3
45:3 あなたは人の子らのだれよりも美しく/あなたの唇は優雅に語る。あなたはとこしえに神の祝福を受ける方。

●これはどういう意味だろう。王を称える歌であり、新約になってこれがキリストを称えているように読める。この節の関連をTSKで見てみよう。

口語訳 箴 22:11
22:11 心の潔白を愛する者、その言葉の上品な者は、王がその友となる。


口語訳 雅 5:10-13
5:10 わが愛する者は白く輝き、かつ赤く、万人にぬきんで、
5:11 その頭は純金のように、その髪の毛はうねっていて、からすのように黒い。
5:12 その目は泉のほとりのはとのように、乳で洗われて、良く落ち着いている。
5:13 そのほおは、かんばしい花の床のように、かおりを放ち、そのくちびるは、ゆりの花のようで、没薬の液をしたたらす。


新共同 創 39:6
39:6 主人は全財産をヨセフの手にゆだねてしまい、自分が食べるもの以外は全く気を遣わなかった。ヨセフは顔も美しく、体つきも優れていた。

●これらを読むと要するに「人間」に惚れ込む心である。「人間の美」である。しかし新約の美違う。それは「聖なる美」である。

文語訳 ヨハ 1:14
1:14 言は肉體となりて我らの中に宿りたまへり、我らその榮光を見たり、實に父の獨子の榮光にして、恩惠と眞理とにて滿てり。


口語訳 コロ 1:15-18
1:15 御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。
1:16 万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。
1:17 彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。
1:18 そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生れたかたである。それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためである。

口語訳 ヘブ 1:3
1:3 御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その力ある言葉をもって万物を保っておられる。そして罪のきよめのわざをなし終えてから、いと高き所にいます大能者の右に、座につかれたのである。


口語訳 ヘブ 7:26
7:26 このように、聖にして、悪も汚れもなく、罪人とは区別され、かつ、もろもろの天よりも高くされている大祭司こそ、わたしたちにとってふさわしいかたである。


口語訳 黙 1:13-15
1:13 それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。
1:14 そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。
1:15 その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、声は大水のとどろきのようであった。


●そしてこの「聖なる美」は信仰のないものには見えない感じない。

塚本訳 ルカ 4:22
4:22 皆がイエスを誉めそやし、かつその口をついて出る言葉のうるわしさに驚いて、「これはヨセフの息子ではないか」と言った。


塚本訳  ヨハ 6:42-45
6:42 言った、「この人はヨセフの子イエスで、わたし達はその父も母も知っているではないか。どうして今「わたしは天から下ってきた』と言うのだろう、」
6:43 イエスが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳  マタ 13:56-57
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

●つまり「新約の美」「福音の美」は「聖なる美」なのだから「旧約的、この世的、肉的なる美」とは質が違うものである。それは聖なる霊を頂かなければ「見えない、わからない」ものである。●だから信者がこの世の人が楽しむ「俗的なる美しさ」「この世の人が惚れ込む品の良さ」というものに調子を合わせている時はどこか信仰が衰えていると考えて間違いはない。●信者の品の良さは「天から頂くもの」で自分で努力して得られるものではない●信者の「品のよさ」はその人が書いたものからは感得できない。実際に会うことにより五感得られる。建築の良さが設計図からは分からないのと同じである。●名建築は実際にそれを見て衝撃を受けるものである。●上野の国立博物館にある谷口吉成設計の「正倉院宝物館」を初めて見た時その美しさと品格にハッとした。案の定その年の「建築学会賞」であった。●14:00昭和女子大。学校の身分証明の顔写真撮影●車中と校内図書館で次回感話の準備 ●14:50 建築経済の講義●ネズミにパソコンの配線をかじられたので、あまりパソコンばかりやるなとネズミに「チュー告」されたのかもしれないと言ったら。3人が笑ってくれた。あの人の点数には「手心を加えよう。なぜかと言うと反応が速いので将来「伸びる」可能性があるからだ」それにしとぇも「チュー告」とわざわざ黒板に書いたのに、親父ギャグを分かってくれない人がいる。先が無さソー●帰途車中で啓示、ひらめき。「どうしたら実を結べるか」。


文語訳 ヨハ 12:24
12:24 誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。


口語訳 ヨハ 12:24
12:24 よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。


塚本訳ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


新共同 ヨハ 12:24
12:24 はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。



    

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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有体的復活の使徒伝承
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実のならない樹の神による存在意義 ++++++++ 所感

2011/01/24 09:00

110124(月)4時半目覚め。今日は明け方に寝室でネズミの物音がしない。●次回(2月6日)感話のための朝の黙想。「実のならない樹」。●感話構想

➀聖書の中の「実のなる樹とならない樹」の対比

②「実がなる」とはなにか

③実がならない原因は何か。

④実がならない樹の神による存在意義

⑤神の力によって「真の実」がなる日



●昨日感話した「直りにくい病気になった友人」を「使徒伝承」にアップロード


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●7:20 NHKFM「気ままにクラシック」のイントロクイズ(気まくらDON)の答えはブラームス交響曲第3番。これはやさしい。 

●10:00台所にいる妻からの声。「豆がネズミに食べられている!」。見ると数種類の豆のそれぞれの袋に穴を明けられた。今日は寝室の傍でゴトゴトしないと思っていたら台所を攻撃していたのだ。モー絶対に赦せない。安楽死ではなく即刻毒殺だ。毒入り饅頭を買おう。復讐だ。 

●TSK日本語版ルカ8章。●悪霊が神の子イエスに出会って「滅ぼされる」と恐怖感を抱いた。これは現代でも同じ。「私はクリスチャンだ」と言うと目に悪魔が走る人がいる。警戒心が目に走るのである。なぜか「ヤバイ。自分の悪いところが見透かされて滅ぼされる」と恐怖を感じるからである。

塚本訳 ルカ 8:27-28
8:27 イエスが陸にあがられると、その町の者で、悪鬼につかれた一人の男が迎えた。この男は長い間着物を着ず、また家にすまずに墓場にすんでいた。
8:28 イエスを見ると、叫びながらその前にひれ伏し、大声で言った、「いと高き神の子のイエス様、『放っておいてください。』お願いです、わたしを苦しめないでください。」

●こういう人には関わらない方が良い。向き直って噛みついてくるからである。私も時々噛みつかれている。人間の力を過信してはならない。●福音は求める人に投げてやらねばならない。

口語訳 マタ 7:6
7:6 聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
 

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憎いネズミを見た ++++++++ 所感

2011/01/23 06:31

110123(日)4時。明け方にまたゴトゴトという音で目覚め。「またネズミか」。●起きて昨日塞いだ壁の穴のところを見に行くと目の前をネズミが走った。「クソッ。」。あの憎いネズミは一体どこから入って来るのだろう。それにしても逃げ足が速い。●過日購入したネズミ捕り器にはさっぱり入らない●そこで今度は毒入りの餌で釣って安楽死させようと思うが・・・・・●集会は川上邦子、高橋照男、横田淳(教会史・英国)●14:00 昭島市合唱団「もくせい」第7回演奏会。於・昭島公民館小ホール。トミ子がアルトで出演。ブラームスのチゴイネルリーダー、ラインベルガーのレクイエム。など。●写真撮影を頼まれたので、スナップを35枚。●2005年のドイツ演奏旅行の面々と再会した。
 
resize1729.jpg 

ブラームスのチゴイネルリーダーを歌う妻。左端。

resize1730.jpg 

ドイツへ演奏旅行に行った面々と。
左 鈴木正子(この人別に喫煙者ではない)、中 橋トミ子、 右 森田裕子

●WEB黒崎の共労者に次のようにメールした。若干加筆
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両兄

詩篇校正17篇を添付で送ります。

 

ブログにも書きましたが、ネズミに妻のパソコンのコードをかじられました。

電源コードは断線・・・新規を購入して配線ルートを変更

ランケーブルは一部断線・・・・今のところ支障がないが近いうちに買い替え予定。

 

近代戦争はコンピュータ攻撃と思われますが、私はそれをネズミにやられた感じです。

今日の集会感話ではパソコンのやり過ぎをネズミに「チュー告」されたのかもしれないと言ったところ、

先輩の一人から「神はネズミを使って、高橋にパソコンを少し休ませようとしていることを感じる」と言われました。またイマドキはパソコンはケーブルなしだとも言われました。

私としてはパソコンの前に「祈り」が大切と自戒。祈りの姿勢は湯浅兄に学ぶところ大です。感謝。

 

高橋照男

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も―赦せないネズミ ++++++++ 所感

2011/01/22 05:49

110122(土)明け方コトコトという音で目が覚める。完全にネズミ。●しかし、かって知人の中野孟氏から送られた句を思い出した。「わがものと 思えば楽し 庭の草」(読み人知らず)。自然と共生の麗しい精神である。私もこの句を吟じながら、我が家の生き物と思えば楽し 家ネズミ」と思った。あのウォルトディズニーは下宿先のネズミに愛着をもってかのミッキーマウスを産みだしたではないか。こう思って心を静めた●ところが起きてみたら、パソコンのケーブルが無残にかじられていて「も―絶対に赦せない」と思想が豹変。これでは勉強や仕事に支障をきたす。これは即刻に駆除しなければならないと考えが変わった。君子豹変す。●電気店に行って新しいコードを購入、電源ルートを変更、コードを通過している壁の穴ふさぎなどネズミのおかげで半日潰れた。ランケーブルまでかじってあったがこれは今のところ支障はないが中の細い銅線まで見えてしまっているいずれ買い変えねばなるまい●散髪●明日のコンサートのために練習に行った妻からの報告。団員の一人に聞いたところ「ネズミがコードをかじるのはそれで自分の歯を研ぐためらしい」とのこと。理由はともあれ、今度こそ赦せない。●食べ物をかじるぐらいならまだかわいい。ネズミも生存のためだ。なぜ私が一番大切にしていいるパソコンのコードををかじるのだ。モー赦すわけにはいかない。下手をするとWEB黒崎詩篇や、聖書関係の作業が出来なくなる。
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「次がある!」病者の慰め ++++++++ 所感

2011/01/21 20:50

110121(金)5時半、ネズミのカタカタという音で目覚め。やはりいる●黒崎詩篇作業。協働者にメール。

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両兄

御健康はいかがですか。
伴侶の御健康はいかがですか。
この肉体は有限なる土の器、老い、壊れ、滅びゆくものです。
しかし私達の希望は有体的復活、永遠の命、栄光の身体。
この希望が与えられて感謝です。
思うに、この世はこれを相対化することによって逆にこの人生を「ねばれる」ようになれると思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●9:00 妻を相手に明後日の感話のリハーサル。修正すべき点がある。●聖書協会翻訳部の島先氏と今度の「標準訳のツール」である「パラテクスト」について伺う●14:00 今井館土地問題検討会。マサダの最後の会議を思い出した。●16:00 内村鑑三150周年記念行事検討会。二つの会議。●この世の悩みはほとんどが「経済問題」。●有体的復活信仰の根拠は「空の墓」。これを言うとなぜか「胸が熱くなる」のなぜか。話し終わった「後味がよい」のはなぜか●「前田護郎著作集4」の「ふっかつの時と所」を読む。復活信仰の根拠は「空の墓」という。ガッツポーズ。●イエスの遺体が物炉的に消失した歴史的事実こそ復活信仰の根拠。しかし聖霊で胸が熱くなった時にこの遺体消失の報告が理性を納得させるからこの頭脳の安息が喜びなのだ。●イエスの遺体の消失の告知に連名うことが信仰の土台。塩の告知は「聖書にある」救いは教会組織になく、この告知が書かれている「聖書」にあつ。●今井館からの帰宅は19:30。●帰りの電車で「黙想」。病者に対する究極の慰めは「次がある」「復活がある」である。●駅からの自転車は某女に頂いた皮手袋のおかげで温かかった。感謝。
 
 

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聖書それ自身の面白さ ++++++++ 所感

2011/01/20 10:01

110120(木)夜中に二度起きて、5時半起床●WEB黒崎詩篇作業●TSK日本語版。2月6日の感話のヒントが与えられた。●何と言っても聖書は聖書それ自身を読むのが一番面白い●これを何に比べられるか。音楽はその曲そのものを聴くのが筋でありまた理屈抜きに楽しい。作曲の背景とか、この部分は誰の曲を真似ているとか、楽典の研究とか、演奏者の優劣比較などではなく曲そのものを味わうことが面白い。●聖書も同じ。執筆の背景、思想、言語、翻訳比較などもある程度の知識は必要であるが、そういう周辺のことではなく、何と言っても聖書それ自身を生で読む事が面白いし、迫力がある。何事も同じだが、源流に竿させば、応用りがつく。●無教会の貢献はこの楽しさを指示したことにある。●聖書それ自身は内村の思想より全然面白い。それは太陽と月のようである●だから黒崎幸吉は聖書それ自身の註解に生涯を費やした。塚本虎二は聖書翻訳に一生をかけた。理屈抜きであった。●拙ホームページも聖書それ自身を愛読している多くの人に役立つような資料を搭載することを目的としている。その結果聖書そのものの愛読者から反響がある。直近3か月の記録では世界15ケ国に散らばっている日本人から一日に97回ものアクセス数がある。これは驚異である。この事は宗教学者の井門富士夫氏が言うように「日本には教会組織そのものにはなじまないが聖書それ自身を愛読している人が非常に多い」ことが数値的に裏付けられたと考える。●あいつには「音楽性」があるとかあいつには「建築性」があるという言い方をするが、あいつには「聖書性」があると言われる人間が理想である。●大脳皮質での聖書学もそれなりに面白い。神学もそれなりに面白い。しかしそれよりも面白くて迫力があるのは聖書それ自身である。聖書それ自身には力がある。●塚本先生は神学は排泄物を研究するようでどうしても興味が湧かなかったと言う。そして神学というのは一種の「歌」であるといい、無教会で神学が必要と言われ出した時には、「無教会も大きくなったもんだ。歌を歌う者が出始めた」と警告された。また内村鑑三は教会史に興味を示さなかった。それは俗なる人間悪世界の研究に過ぎないからである。●無教会主義集会は全国で大小数百あるが、聖書そのものを読み合うと言うところに重点がある場合に健全であり命があり永続性があるが、聖書の周辺の学問や「会」そのものの方に力点が置かれはじめると、教会主義より惨めな姿になる。


新共同 詩  119:105
119:105 あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。
 

口語訳 詩  43:3
43:3 あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に/わたしをいたらせてください。


●昨年3月の今井館シンポジウム「若者と語る」のテープを聴く。●某原稿を執筆。3時間


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「死の恐怖」からの解放 ++++++++ 所感

2011/01/19 19:57

110119(水)4時45分起床●黒崎幸吉著詩篇WEB版●「祈りの友」原稿●次回感話ではやはり「死の恐怖からの解放」に触れざるを得ないので、レジュメを次のように変更した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

直りにくい病気になった友人

              東京聖書読者会 2011.1.23 高橋照男

 

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【こんなはずではなかったのにと泣く失敗の人生 

●人生において不可解、不条理に遭遇した時に「なぜだ」と思うのは当然

●「神がいるならなぜ不幸があるのか」との疑問

●「祈りで病気は直るのか」との疑問。奇蹟は大脳皮質では信じられない

【人生ここ一番の祈り。「あなたに出来ないことはありません」】

●「もしかすれば、神なら直せるかもしれない」とまで追い込まれる人生の時

●神は不幸のときに近づいて下さる

●信仰はかすかな芥子粒ほどでも良い。しかし全身全霊で疑わないで信じ込め

●病気になった時に唱える祈り。「あなたに出来ないことはありません」

【不幸や病気になってよかったと思える日は必ず来る】

●罪の苦しみの時に復活のイエスが現れて下さった使徒達。使徒伝承の起源

●病気で罪を知り、赦されて神の存在がわかると肉の病気も癒される不思議

●身体は故障し老化し消滅する。この嘆き悲しみが真の人生への門

【大苦難は「真の祭司」になるための必須条件】

●苦難にある人に同情できる能力を与えられる

●大苦難は真の祭司になるための必須条件。祭司は血を流す

●苦難により万物は復活するとの認識を与えられる

【「死の恐怖からの解放」はイエスの復活の使徒伝承】

●人類の究極の願いは「死の恐怖からの解放」。

●永遠の命を頂くにはどうしたらよいのか。 
●クリスチャンの一番大切なことは有体的復活の使徒伝承を継承すること

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●図書館まで徒歩で往復。一時間。●咳が少なくなって大分楽になった。

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パウロの失敗 ++++++++ 所感

2011/01/18 06:46

110118(火)4時45分目覚め。朝の黙示「パウロの失敗」●パウロの失敗とはパウロの伝道が理性への説明をして通じなかった失敗のことである。

塚本訳 Ⅰコリ2:2-3
2:2 あなた達の間では、イエス・キリスト以外には何も(言うまい)知るまいと、決心したからである、十字架につけられたあの方以外には!
2:3 [アテネではこの世の知恵で福音を説こうとしたので失敗した。]それでわたしは、弱く、恐れて、またひどく震えて、あなた達の所にいたのである。

●十字架にしても復活にしても、これを理性で納得させようとするのは誤りである。この真理の把握は大脳皮質の納得ではなく、霊の世界での「啓示」だからである。ここにおいて復活は証言は出来ても理性への説明は出来ない。だから伝道は行き詰る。空しい。これが福音が「血縁の者」には伝わりにくい原理でもある。イエスは次のように言う。

塚本訳マタ 11:23-25
11:23 それから、お前カペナウム、(わたしに特別に可愛がられたからとて、)まさか『天にまで挙げられる』などとは思っていないだろうね。(天に挙げられるどころか、)『お前は黄泉にまでたたき落されるであろう。』お前の所で行っただけの奇蹟をソドムで行ったなら、(あの堕落町でも、)きょうまで滅びずにいたにちがいないのだから。
11:24 ところでお前たちに言うが、裁きの日には、ソドムの地の方が、まだお前よりも罰が軽いであろう。」
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします

●現代でも頭の良さに自信を持つ人は神を信じない。それは馬鹿らしくまた弱い人間の逃げ場所に見えるからである。このことをパウロは次のように言う。

塚本訳Ⅰコリ1:18-25
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか。
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。
1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。
1:25 というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人よりも力があるからである。

●「空の墓」についても同じである。「空の墓」の史実を聞いて「胸が熱くなって」、有体的復活を信じられる長になった私の体験は聖霊の働き、啓示で目が開いたのであって、空の墓という物理的現象からは有体的復活の信仰はうまれない。このことは荒井献先生や佐藤研先生と確認し合った。だから「空の墓」の史実伝承だけから有体的復活の信仰は生まれない。だから伝道は空しい。空しいが中にはこれに「アーメン」と言ってくる人がいるから不思議である。しかし少ない。少なくてもいい。一人でもいればそれは真理だ。パウロは知識人に復活を説明して「馬鹿にされた。
 
塚本訳 使  17:32-34
17:32 死人の復活と聞くと、嘲る者もあり、「そのことはまたいつかあなたに聞こう」と言う者もあった。
17:33 こんなことで、パウロは彼らの中から出ていった。
17:34 しかし数人の者は、弟子になって信仰に入った。その中にはアレオパゴス法院の裁判官デオヌシオと、ダマリスという婦人と、なおその他の人がいた。

塚本訳 使  26:23-24
26:23 すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」
26:24 彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」

●リバースモ―ゲッジのことで某銀行と打ち合わせ。庶民の味方になっているこの銀行は将来伸びる●14:50 昭和女子大で建築の講義●19:00帰宅。自転車に乗る手が凍るように冷たかった●妻と経済計画懇談。妻は借りた金はすぐ返す。借金はなるべくしないという哲学。立派だ。●内村鑑三は借金はするなと言っている●一日働いた方が体の調子が良い。ヒルティが労働は「人間の分」(人間としての必須要件)だというのは真理だ●突然の仕事が入って、これで同時並行で3本の原稿に取り組む●ヒルティが言う「他人の仕事をやる方が良くく出来る」というのも真理のような気がする。●愛子から気管支喘息治癒の祈りをしていると手紙。感謝●愛犬の死で悲しみき暮れている福島の二人の孫に母親が「ジーク(犬の名前)は先に行って天国の入り口で待っているのよ」と慰めたので安心したとう。すばらしい慰めの言葉だ。仏教の輪廻転生思想ではこうはいかない。暗い。

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万物の復活 ++++++++ 所感

2011/01/17 09:26

110117(月)福島県にいる三男恵一家がこよなく愛していた愛犬ジークの事故死で昨日から頭が一杯であったが、今朝豁然と目が開けられた。「万物は復活する!」。パウロは次のように喝破する。アーメンだ。

文語訳 ロマ 8:21-23
8:21 然れどなほ造られたる者にも滅亡の僕たる状より解かれて、神の子たちの光榮の自由に入る望みは存れり
8:22 我らは知る、すべて造られたるものの今に至るまで共に嘆き、ともに苦しむことを
8:23 然のみならず、御靈の初の實をもつ我らも自ら心のうちに嘆きて、子とせられんこと、即ちおのが軆の贖はれんことを待つなり。


塚本訳 ロマ 8:21-23
8:21 創造物自身も、滅亡の奴隷になっている(現在の)状態から自由にされて、神の子供たちがうける栄光と自由とにあずかるのだから。
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの 呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

●最後の日に復活するのは人間だけでなく全被造物であるというと、高橋もいよいよボケはじめたかと思う向きもあるかもしれないが、ボケてないパウロがこう言っているのだ、●愛する者との再会は最後の日に可能である。●今度の 事故死は犬の綱を長くしておいた自分がいけなかったのだと息子の恵は非常に落ち込んでいると言う。嘆くな。●「死」というものに直面すると人は「自分を責める」ことが多い。●こういう時に真の慰めは「また会える」ということである。ジークは2歳であったそうだが長生きだけが幸福ではない。●「死」は周囲に必ず良いものをもたらす。私の場合はロマ書8章のパウロの言葉の「万物の復活」に豁然と目が開けられた。ジークの死に感謝。●私の場合は犬であったが、内村鑑三は愛嬢ルツ子を失ってその遺体を埋葬する時、「ルツ子さん万歳!!」と叫んだ。内村が復活信仰に深くなったのは此の時からであった。埋葬に立ち会った矢内原忠雄は内村の「万歳!!」の言葉に驚愕して信仰に目が開いたと言う。まことに「死」は無駄には終わらない。
●私にとってもジークの死によって「万物の復活」「来世での再会」に豁然と目を開け1られた。ジークには恩がある。ここで過去のブログから在りし日のジークの姿を再掲してレクエムとしたい。


ジーク、レクイエム。1999年7月25日のブログから 


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福島県二本松市で有機農業を営んでいる三男の近藤恵のところに行く。長男の見時(みと)が犬のジーク(ワーグナーの楽劇から命名したという)をかわいがっている。神は羊の一匹をも惜しんで愛する。

塚本訳ルカ 15:4
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。 


ジーク、レクイエム。1999年7月26日のブログから  

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恵が愛犬ジークの毛を刈る。ジークはおとなしくしている。

口語訳 イザ 53:7
53:7
彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●ジークよ「安らかに」。また会う日まで。


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ネズミがかじったリンゴ。これ赦せるか。赦すべきか。
BOX式のネズミ獲り機2ケを設置してから二日。さっぱり出てこない。

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ジークの死 ++++++++ 所感

2011/01/16 20:04

110116(日)6時35分起床●集会は高木、丹野、村上(民数記)●14:00中野ZEROでコンサート。「合奏団ZERO」。「フィガロの結婚序曲」「ハフナー」「スコットランド」「フィンガルの洞窟」。知人のヴィオリスト和田睦夫氏が出演。その礼状メール

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

和田睦夫様

 

先ほど家に戻りました。

本日は素晴らしい演奏会ありがとうございました。

かって「フィガロの結婚序曲」は超速くてまだ演奏できないと伺ったとき、和田さんがね―と思ったものでした。

そこで本日は和田さんに注目して拝聴しました。

完璧に演奏されたと思いきや、帰りにホールでお会いした時、実は「手抜き」(指抜き?)しましたと伺って、びっくり。最も指抜きしても周囲がカバーしてくれるから弦楽器群はいいなーとも思いました。

冗談はともかく、今回は弦楽器群が素晴らしいと思いました。

指揮も強弱のメリハリはがあってよかったです。

アンコールの「フィンガルの洞窟」も名演でした。

またこれだけの演奏会を「無料」とされる企画に脱帽です。

2月の府中でのコンサートも楽しみにしています。
 
高橋照男

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

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中野ZEROホール。座席数1292。とてもよいホールだ。


resize1727.jpg 
あきる野市に戻ると空気がよい。集会の帰り。前を歩くのは妻。遠景は奥多摩連山。
こういう状態はあと何年続くのか。


●今度は悲しいメール。福島の三男の一家がかわいがっていた愛犬のジークが事故で即死。そこで慰めのメールを次のように書いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

華子さん

 

ジーク、かわいそー、かわいそー、二人で嘆きました。

動物が大好きな華子さんはどんなに悲しんだことでしょうと話し合いました。

夕食の時には「華子さんの傷心を癒して下さい」と祈りました。

みんなも泣いて悲しんだでしょう。

3日ぐらい前に三枚フォトビジョンが送られた中にジークがいたのに、・・・・・あれは以前のものだったのですか。

私達の常々の願いは私達より先に子や孫が亡くならないようにとiうことです。

どうか、健康に気をつけて下さい。


以下省略

 

高橋照男

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私のHPとブログの目的 ++++++++ 所感

2011/01/15 08:53

110115(土)6時45分起床●朝の啓示黙想「HPとブログの目的」●関連聖句が浮かんだ。

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塚本訳  ルカ 8:39
8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした。

●「町中に」は今や「世界中に」である。

塚本訳使  1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」


●私のHPは世界11カ国から累計8万回以上。なぜか。「聖書を中心にしているから」であって。「暇人の遊び」ではないから。そして披歴することは「自分の恥と失敗」。恥は私に栄光は神に。ただ聖霊がくだらないと意味のないものになる。


塚本訳 マタ 10:27
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

●朝の目覚めの啓示は「こっそり」言われることである。私としてはこれを「大胆に」言わねばならない。

口語訳 アモ 3:8
3:8 ししがほえる、だれが恐れないでいられよう。主なる神が語られる、だれが預言しないでいられよう」。

●「預言」と言うほどではないが、なにかに突き動かされる

口語訳 エレ 20:7-9
20:7 主よ、あなたがわたしを欺かれたので、わたしはその欺きに従いました。あなたはわたしよりも強いので、わたしを説き伏せられたのです。わたしは一日中、物笑いとなり、人はみなわたしをあざけります。
20:8 それは、わたしが語り、呼ばわるごとに、「暴虐、滅亡」と叫ぶからです。主の言葉が一日中、わが身のはずかしめと、あざけりになるからです。
20:9 もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火の/わが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。

●口を開けば、無教会批判、人間批判。しかしこれを言わないと心のマグマが爆発するのだ。


塚本訳  使  4:19-20
4:19 ペテロとヨハネとが答えた、「神よりもあなた方の言うことを聞く方が、神の前に正しいかどうか、判断してください。
4:20 わたし達は自分で見たり聞いたりしたことを、話さないわけにはゆかない。」

●そうなんだ。ペテロとヨハネもそうだったのだ。

塚本訳 使  5:28-29
5:28 「あの(男の)名を使って教えてはならぬと(あれほど)堅く申し付けておいたのに、こんなにエルサレム(中)をお前たちの教義で一ぱいにしてしまった。お前たちはあの男の(流した)血(に対する罰)をわれわれに負わせようと思っているのだろう。」
5:29 ペテロを始め使徒たちが答えて言った、「人は人間(の命令)よりも神(の命令)の方に従うべきであります(から、神の命令にわたし達は従っているのです)

●人間、何に頭を下げるかで価値が決まる。それは人間ではいけない。全能者なる神に頭を下げるべきだ。

塚本訳  使  5:40-42
5:40 使徒たちを呼びいれて(鞭で)打ち、(今後決して)イエスの名を使って話をしてはならないと命令して、釈放した
5:41 さて、彼らは御名のために恥を受けるに足る者とされたことを喜びながら、法院から出ていった。
5:42 そして毎日、宮や家々で教えること、すなわち救世主イエスの福音を伝えることを、やめなかった

●過去に、この世の法律を振り回して私のブログは違反だから「やめろ」と言ってきた人物が3-4人いる。中には「訴えるぞ」などという者まで現れた。彼らに共通なのは自分の地位が危なくなると思って「恐れて、怯えて」いる人物ばかりである。使徒たちは迫害にもめげずにやめることをしなかったことが痛快である。そして懲りずに「毎日福音を伝えることをやめなかった」という。ところで、私をよく思わないあの3-4人、法の精神を知らずに自分の都合で法律を振り回す3流人間で人物がかなりダークだからこの世的にもぱっとしない人物ばかりである。神は見ている。 次のことが現実となるから神が恐ろしい。

口語訳 申  30:7
30:7 あなたの神、主はまた、あなたを迫害する敵と、あなたを憎む者とに、このもろもろののろいをこうむらせられるであろう

●キリスト教の神は呪いの神、復讐の神である。かってNHK「宗教の時間で」哲学者の谷川徹三と仏教の泰斗鈴木大拙の対談があった。
谷川「キリスト教の神は罰を降す神、復讐する神ですね。それに比べて仏教は慈悲ですね」
鈴木「君!罰や復讐がなければ『愛』の効き目がないんだよ」
これを聞いた時、鈴木大拙は谷川徹三より2枚も3枚も上だなーと思った。然り。キリスト教の十字架の赦しは神の「罰」からの救済であるから、神は慈悲だなどと言ってあぐらをかいている人間にはキリスト教は分からない。まず自分の醜さや汚れに戦慄することなしに十字架の有り難さはわからない。

口語訳 出  20:5-6
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

●これはヒルティ特愛の言葉である。人生経験からの実感であったのだろう。かく言うわたしも
67歳になった今日、神や聖書やキリスト教を馬鹿にする人間とその家が栄えているのを見たことがない。大抵は道徳的堕落か家庭崩壊である。神の呪いは孫子にまで及ぶと言うのだから恐ろしい。しかし十字架がある。十字架の血潮でその呪いはその人一代で清められる。

塚本訳 テト 2:2-3
2:2 (すなわち)老人達には真面目で、謹厳で、考え深く、信仰、愛、忍耐に健全であるように語り、
2:3 老婦人達にも同様、(その)態度が聖者らしく、(人の)悪口を言わず、大酒の奴隷とならず、(凡ての)善いことの教師となり、

●「人の悪口を言わず」は自戒。組織の「長」になろうとすれば組織内人物の「悪口」を言わばければ周囲に担がれて自然に浮いてくるから「長」に押し上げられる。これ周囲の都合なのである。敵がない「人格円満」人物である。しかしそういう人物は歴史的に良い働きはしない。本当に良い働きをする人は「敵」がいて最後まで抵抗する。ヒルティは「敵を持て」という。50年後には真価が見出される。ダンテは政治的に追放されたが、あとで彼の真価がわかって凡人たちが遺骨の奪い合いになった。

塚本訳Ⅰコリ9:16
9:16 なぜなら、たとい福音を伝えたところで、わたしの誇りにはならない。なぜなら、(神に)強要されているのだから。なぜなら、もし福音を伝えないならわたしは禍だからである。

●昨夜はホセ・カレーラスの番組をTVで観賞した。あの美声は神の賜物だ、うらやましくもなったが、惜しいかな歌の内容はこの世の世のの事。声は悪くても神に強要されて讃美歌を歌う人間はカレーラスの美声に勝る。 それは次である。


塚本訳 ルカ 7:28
7:28 わたしは言う、女の産んだ者の中には、ヨハネより大きい者は一人もない。しかし神の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

●福音を分かららせられた者は、法王、枢機卿よりも大きい。それを分からないから無教会は「自分の先生」を法王のように担いで宣伝し、使徒伝承でなく、先生伝承に一生懸命である。人物崇拝の偶像礼拝の罪である。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-4
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

●人生は短い。「一番大切なこと」やって死ななければならない。それは「有体的復活のしと伝承。パウロはそれをやりきった。

塚本訳  Ⅰテサ5:14
5:14 兄弟達よ、なお勧める、ふしだらな者を戒め、気の小さい者を励まし、(心の)弱い者の面倒を見てやり、誰に対しても寛大であれ。

●信者の交わりは「励まし」であって、遊びではない。「御交わり」ではない。教会は遊び、無教会は学習。いずれもピンjトが外れている。

塚本訳 ヘブ 10:24-25
10:24 また、わたし達は愛と善い業とを励まし合うように互に心掛けようではないか。(堅い信仰と動かぬ希望と愛の励み、この三つこそ最も尊い神の賜物である。)
10:25 (また、)ある人々がするように、集会を怠けず、むしろ互に勧め(合って出席す)るようにしなくてはいけない。その日が近づいていることをあなた達は知っているから、いよいよそうしなくては!

●無教会者と自称している者のなかにもっともな理屈をつけて「平気で」集会を休む人がいる。そういう人はまず99%信仰があやしいとと思わなければならない。集会出席率が信仰程度のバロメータである。●無教会主義者は教会主義者以上に集会と「有体的復活の使徒伝承」を説く教師を大切にする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●昨夜はネズミ捕り(ネズミを見ないで処理できるBOX型)を台所に仕掛けたが獲れなかった、今日は衣裳室に置いてあったリンゴをかじられた。こんなに私達を困らせる奴は「赦せない」。「死刑決定」は文句なし。私の思想はこれでいいのかな―。建築士としてはネズミがどこから侵入してくるか疑問だが、敵ながらあっぱれと思う。●図書館、党内会回覧



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実のならない樹 ++++++++ 所感

2011/01/14 07:08

 110114(金)5時目覚め。朝の啓示と黙想「実のならない樹」●2月6日のイエス伝感話はマタイ21:18-22.。その感話の課題が与えられた。

➀実のならない樹とは何か
②種まきの譬。育たないところに撒いたのは神の失敗か
③パウロの言う、御霊の実とはなにか
④ヨハネ15勝。実のならない枝は切られる
⑤毒麦とは何か
⑥神の植えない樹は抜かれるとは何か
⑦マタイ7章。御心を行う者とは何か。実とは「良い行いか」
⑧世の中に実のならない樹があるのはなぜか。何が悪いのか。
⑨3年待ってくれ。それで実を結ばなければ切ってくれ
➉神は見捨てない。忍耐強く待つ神。

●朝起きると、妻からの報告で「また台所にネズミが出た。」という。相談の上、「死刑執行」に決定。神様、シュヴァイツァー様御赦しください。しかしその方法はネズミの苦しむ様子を見ないですむ方法にするため、そのような器具を購入することにした。人間の「手を汚さない」身勝手な考え。●命を殺す事はやはり気が重い。出てきたネズミは親ネズミで子供がいるのかもしれないなー●18年前に召された父の言葉を思い出した。「生き物は逃がしてやれ」。
●0:30NHKハイビジョンで「ヴァチカン」のこと。見終っての印象。カトリックの大組織はこれ完全に「政治」。無教会でよかった。この自由なる立場はローマ法王や枢機卿の地位とも取り替えられない.●人間であるローマ法王を神の代理と信仰する人の気がしれない。まてまて、無教会も自分の先生をローマ法王のように「絶対」と考えるひとがいるから困る●しかしあれだけの伝統と文化を構築したカトリックの世界から貧相な「無教会」に来る人はまずいないだろう。無教会にあるのは「自由」だが、最近は使徒信条という伝統を継承しはじめたから目も当てられない●カトリックにの「福者」という特別な立場の人になった例が放映されたが、審査に30年もかかった。福者の条件は「奇蹟」を行ったかどうか。医学では説明できない病気の治癒を行った人が福者になれる。どこかおかしいなー。●「奇蹟」という言葉に刺激されて、次回臨時感話の内容を若干変更

●来る1月23日の臨時感話の骨子を追加整理

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直りにくい病気になった友人110112

              東京聖書読者会 2011.1.23 高橋照男

 

【こんなはずではなかったのにと泣く失敗の人生 

●人生において不可解、不条理に遭遇した時に「なぜだ」と思うのは当然

  盲で生まれた子供の「なぜ」    J92

  無実の罪で殺されたイエスの「なぜ」MT2746

●「神がいるならなぜ不幸があるのか」との疑問

  神がいるなら自分を救ってみろ        MT2742-44

  盲人は癒せても生き返らせることはできまい。 J1137

●「祈りで病気は直るのか」との疑問。奇蹟は理性では信じられない

  人間は水の上を歩けない      MT1428-33

  有体的復活は理性では信じられない LK24:36-40 MT28:16

 

【人世ここ一番の必至の祈り。
「あなたに出来ないことはありません」】

●「もしかすれば、神なら直せるかもしれない」とまで追い込まれる人生の時

  もしお出来になるなら  MK9.22-23

  全能の力を信じた百卒長 MT88-1

●神は不幸のときに近づいて下さる

  ナインの若者              LK712-16

  ベテスダの池の足なえ          JN5:5-6

●信仰はかすかな芥子粒ほどでも良い。しかし全身全霊で疑わないで信じ込め

  医者に見放された女  MK525-28

  取り返しのつかない過去を贖って下さる  LK717-49

●病気になった時に唱える祈り。「あなたに出来ないことはありません」

  祈りによって非常識なことが起こる     LK1:36-37  MT1720

  イエスが追い詰められた時のここ一番の祈り   MK1436

 

【不幸や病気になってよかったと思える日は来る】

●罪の咎めのある時に有体的復活のイエスが現れて赦して下さった

  さめざめと泣いたペテロの咎め       LK22:61-62

  無辜の信者を迫害したパウロの咎め     AC224

●病気で罪を知り赦されて神の存在がわかると病気が直る

  医者のいるのは病人            MK2:17

  信仰が病を癒す              MT9:27-32

 

●身体は故障し老化し消滅する。この嘆き悲しみが真の人生への門

  病という不幸こそ栄光の始まり    J1227-28

  神の御心に沿った悲しみ       Ⅱコリ710

 

【大苦難は「真の祭司」になるための必須条件】

 

●大きな苦しみは神に愛されている証拠 ヘブ127-8 Ⅰペテ412-13

●大苦難は真の祭司になるための必須条件 ヘブ1216-18 ガラ617 

●苦難は大伝道の前ぶれ ルカ58-10

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(来る1月23日の臨時感話の骨子を追加整理)終わり 

resize1725.jpg

あきる野の夕べ。中央に西に向かって飛ぶカラスが僅かに写った。
淋しい。チャイコフスキーの曲を連想する。

人世、復活がないところ何をしても淋しい。私はやはりキリスト教に救いを求めて
よかった。この景色を見ての讃美歌には次のようなものがある。キリスト教は希望がある。
明るい。「死んだら神の所へ行く」という復活観ではない。神に呼びさまされて有体的に復活する復活観でなければならない。

   讃美歌 49

 1. ゆうひ おちて そら くらく,

   ね に ゆく とり かげ きえぬ.

   ほし は さめて はな ねむり,

   きょ うは さりて よる は きぬ.

 2. かみ よ, こよい よ も すがら

   みふところ に やすませて,

   てり かがやく みすがた を

   みさせ たまえ, ゆめじ にも.

 3. なみ に のれる ふなびと も,

   みち に くれし たびびと も,

   めざす かた え ともないて

   つかせ たまえ, やすらか に.

 4. あくる まで わ みつかい の

   つばさ を もて おおい つつ,

   こころ きよき もの と して

   さまし たまえ, わが かみ よ.

 



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真の祭司になるための必須条件 ++++++++ 所感

2011/01/13 06:30

110113(木)5時40分目覚め。朝の啓示「苦難は大使命の予兆」●神が御自分の業を人に負わせる時は必ずその人をまず苦難のるつぼに叩き込んで、その人をこの世的なるものから焼き切って退路を断つ。試練を与える。●神の御用をしたほどの人は決まって必ず大病や大苦難が与えられて目と心を神に向けさせられる●イエスの荒野の誘惑という試練がそれであった。 

塚本訳 マタ 4:9-11
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」
4:11 そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた

塚本訳 ルカ 5:8-10
5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」
5:9 彼も一しょにいた者も皆、とれた魚(の多いの)に、びっくりしたのである。
5:10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様であった。イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今から後、あなたは人間を生け捕る(漁師になる)のだ。(きょうの漁は、あなたの大伝道の前ぶれである。)」 


●初代教会の人々は「苦難」を次のように慰め合った。

塚本訳  ヘブ 12:7-8
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。

 塚本訳 ヤコ 1:2-3
1:2 わが兄弟達よ、種々な試練に遭った時には、(それを)無上の喜びと思え
1:3 信仰の試験に及第することが忍耐を生み出すことを、君達は知っているのだから。 

塚本訳  ヤコ 1:12
1:12 『幸福なるかな』、試練に『耐える』人、(これに)及第すると、主を愛する者に約束された生命の冠が戴けるのだから。

塚本訳  ヘブ 12:11
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

塚本訳 Ⅰペテ4:12-13
4:12 愛する者よ、試練のため君達に起こった烈火の苦難を(何か)異常なことが臨んだかのように(驚き)異しむな。
4:13 むしろキリストの苦難に与れば与るだけ喜べ。(最後の日)その栄光の顕るる時にも歓びに喜ぶ(ことが出来る)ためである。

塚本訳  黙  2:10
2:10 お前はまだ苦しむであろうが、(決して)それを恐れるな。視よ、悪魔はお前達の中から(幾人かを)牢屋に投げ込もうとしている。それはお前達が試練を受けるためである。お前達は十日の間患難を受けるであろう。(しかしただ少しの間の我慢である。)お前は死ぬるまで私に忠実であれ。そうすればお前に生命の冠を与えるであろう。

●大苦難は真の祭司になるための必須条件

塚本訳 ヘブ 2:16-18
2:16 然り、イエスは天使たちを世話(しようとは)されない。『彼は(人類を)、アブラハムの子孫を世話される』。
2:17 そのため、彼はどの点からしても『兄弟』(である人間)に似ざるを得なかったのである。彼は(人間に対して)憐れみぶかい、神に関することについては忠実な大祭司となられた。それは民の罪を贖うためであった。
2:18 というのは、みずから誘惑にあって苦しみをうけたので、(同じく)誘惑にあう者を助けることが出来るからである。

塚本訳 ガラ 6:17
6:17 今後、だれもわたしに迷惑をかけてくれるな。
このわたしの体にはイエスの焼印があるのだから


●台所にあったサツマイモがネズミにかじられていた。このネズミどこから入ってきたのだろう。ネズミ捕りを仕掛けるべきかどうか悩む。生命の畏敬を唱えたA・シュヴァイツァーのことを思った。ネズミも食事に困っているのだなー。

●病気がなかなか直らなくて困ったら、毎日居ずまいを正して「あなたに出来ないことはありません」と10回唱えればよい。時間はかかるかもしれないが、必ず直る。●風邪であったら2-3日。不登校、ひきこもりであったら数年。アトピー性皮膚炎であyたら2-3年。嘘は言わない。裏付けがある。●しkしそのあとが大切。祈りの努力で直ったのどぇはなく、神の力でなおったのだからかみに栄光を帰さなければならない。

塚本訳 ルカ 17:15-19
17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、
17:16 イエスの足下にひれ伏してお礼を言った。それはサマリヤ人であった。
17:17 イエスは言われた、「十人とも清められたのではなかったか。九人はどこにいるか。
17:18 この外国人一人のほかには、(九人のユダヤ人のうちに)帰ってきて神に栄光を帰する者はだれもないのか。」
17:19 そしてその人に言われた、「さあ立って行きなさい。あなたの信仰がなおしたのだ。」

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神は不幸を御存知 ++++++++ 所感

2011/01/12 07:00

110112(水)5時半目覚め。朝の啓示「神は御存知」●故TK氏は生まれつき足が悪くて生涯歩けなかった。御両親の嘆きはいかばかりであっただろう。氏は生涯で三回「歩けなくてつまらない」と言って泣かれたという。これを聞いて多くの人が涙した。御母堂はその都度TK氏に「神様が御存じだからいいのよ」と言われたと言う。●不治の病の方を慰める言葉としてこれに勝る言葉を聞いたことが ない。これは御母堂の深い信仰から出た、苦渋の言葉であると思う。●思うに仁人世の不条理、不可解な事は、これ総て全知全能の神が御存知無いわけはない。●神が全能ならなぜこのような不幸があるのかと思うが、考えるに幸不幸はこれ総て他人との比較から来るものである。●神は少しばかりの不幸を通して真の幸福に導かれる●私が43年前に美ヶ原の聖書合宿会に参加ときの私の筆記録が知人のMM氏(故人)からTK氏に渡ったところそれに非常なる感心を持たれたと言う。TK氏は外出出来なかったのでそういう集まりには行きたくても行けなかったのである。●今、TK氏の遺骨は御両親の骨壷に挟まれて墓に眠っておられる。「有体的復活の朝」を待っておられる●TK氏は音楽を観賞するのが趣味であった。父上が買われたレコード類であった。●人生は短い。けれどもその間に永遠の命を知れば不幸もまた幸いであったと言わざるをえない。イエスの次の言葉を思う。 


塚本訳 マコ 9:45
9:45 もし足があなたを罪にいざなうなら、切ってすてよ。両足があって地獄に投げ込まれるよりも、片足で(永遠の)命に入るほうが仕合わせである。

●イエスが不幸や悲しみを「じっと」見つめられて声をかけられた例は多い。神は人の悲しみを総て御存知。 


塚本訳 ヨハ 5:1-9
5:1 そののちユダヤ人の祭があって、イエスはエルサレムに上られた。
5:2 エルサレムの羊門のわきに、ヘブライ語でベテスダという池があり、(これを取り巻いて)五つの回り廊下があった。
5:3 廊下には大勢の病人──盲人、足なえ、やせ衰えた者などが寝ころがっていた。【水の動くのを待っていたのである。
5:4 それは、主の使がときどき池に下りてきて水をかきまわすので、水がかきまわされたとき真先に(池に)はいった者は、どんな病気にかかっていても、(きっと)直るからであった。】
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

●終日、黒崎詩篇註解8篇校正。かなりへばった。●気管支喘息が直らず困った。次の祈りを祈らされた。人が追い込められた時に祈る祈りだ。


塚本訳マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

●この「アバ」はアラム語で「父ちゃん」という意味である。こお祈りを祈らされて次回感話の骨子を変えさせられた。


(1月23日、臨時感話の骨子)

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        直りにくい病気になった友人110112

              東京聖書読者会 2011.1.23 高橋照男

 

こんなはずではなかったと泣く失敗の人生 

●人生において不可解、不条理に遭遇した時に「なぜだ」と思うのは当然

  盲で生まれた子供の「なぜ」    J92

  無実の罪で殺されたイエスの「なぜ」MT2746

●「神がいるならなぜ不幸があるのか」「祈りで病気は直るのか」との疑問

  神がいるなら自分を救ってみろ        MT2742-44

  盲人は癒せても生き返らせることはできまい。 J1137

●神は不幸のときに近づいて下さる

  ナインの若者              LK712-16

  ベテスダの池の足なえ          JN5:5-6

 

【人世ここ一番の祈り。「あなたに出来ないことはありません」】

●「もしかすれば、神なら直せるかもしれない」とまで追い込まれる時

  もしお出来になるなら  MK9.22-23

  全能の力を信じた百卒長 MT88-1

●信仰はかすかな芥子粒ほどで良い。しかし全身全霊で疑わないで信じ込め

  医者に見放された女  MK525-28

  取り返しのつかない過去を贖って下さる  LK717-49

●病気になった時に唱える祈り。「あなたに出来ないことはありません」

  祈りによって非常識なことが起こる     LK1:36-37  MT1720

  イエスが追い詰められた時のここ一番の祈り   MK1436

 

【不幸や病気になってよかったと思える日は必ず来る】

●罪の咎めのある所に有体的復活のイエスが現れて赦して下さった

  さめざめと泣いたペテロの咎め       LK22:61-62

  無辜の信者を迫害したパウロの咎め     AC224

●病気で罪を知り赦されて神の存在がわかると病気が直る

  医者のいるのは病人            MK2:17

  信仰が病を癒す              MT9:27-32

●身体は故障し老化し消滅する。この嘆き悲しみが真の人生への門

  病という不幸こそ栄光の始まり    J1227-28

  神の御心に沿った悲しみ       Ⅱコリ710

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(1月23日、臨時感話の骨子)おわり 

 有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

 

   TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

 

  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 


 





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思わぬ失敗の人生 ++++++++ 所感

2011/01/11 06:10

110111(火)6時起床、昨夜は咳き込まず楽であった●朝の黙想「思わぬ失敗の人世 ●1月23日の感話の内容を変更

(1月23日臨時感話の骨子)

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直りにくい病気になった友人

           
   東京聖書読者会 
2011.1.23 高橋照男

 

【失敗の人生。こんなはずではなかったという嘆き悲しみ】

●人生において不可解、不条理に遭遇した時に「なぜだ」と思うのは当然

  盲で生まれた子供の「なぜ」    J92

  無実の罪で殺されたイエスの「なぜ」MT2746

●「神がいるならなぜ不幸があるのか」「祈りで病気は直るのか」との疑問

  神がいるなら自分を救ってみろ        MT2742-44

  盲人は癒せても生き返らせることはできまい。 J1137

●神は不幸のときに近づいて下さる

  不思議な大漁          LK5:5-8

  ザアカイの家に泊まったイエス  LK195-6 9-10

 

【嘆き悲しみは神が御存知・・・病は直る】

●「もしかすれば、神なら直せるかもしれない」とまで追い込まれる時

  もしお出来になるなら  MK9.22-23

  全能の力を信じた百卒長 MT88-1

●信仰はかすかな芥子粒ほどで良い。しかし全身全霊で疑わないで信じ込む。            

  深い罪も清められる  LK17:6

  医者に見放された女  MK525-28

●病は一途な信仰で直る

  周囲の熱心な信仰で直る         MK25

  信仰があるかないかは顔を見れば分かる  AC14:9-10

 

【病の不幸により神を信じる真の人生を得る幸福】

●罪の咎めのある所に有体的復活のイエスが現れて赦して下さった

  さめざめと泣いたペテロの咎め       LK22:61-62

  無辜の信者を迫害したパウロの咎め     AC224

●病気で罪を知り赦されて神の存在がわかると病気が直る

  医者のいるのは病人            MK2:17

  信仰が病を癒す              MT9:27-32

●身体は故障し老化し消滅する。この不条理が真の人生への門

  神の御心に沿った悲しみ Ⅱコリ710

  ゲッセマネの祈り    MT2638-39

  病の不幸こそ栄光    J1227-28


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(1月23日臨時感話の骨子)終わり

  


 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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   TSK日本語版・目次

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直りにくい病気になった友人 ++++++++ 所感

2011/01/10 16:30

110110(月)6時45分起床●気管支喘息が止まらず、困った●7:20気ままにクラシック。イントロクイズはハチャトゥリアン「仮面舞踏会」から「ワルツ」。妻に助けてもらった●WEB黒崎詩篇、8篇からの校正再開。●1月23日の臨時感話の内容を練る。●日本建築積算協会の藤上輝之会長と電話懇談●オットー「聖なるもの」(岩波文庫428)を読み返す。宗教的なるものに「畏怖」がある。それなくして聖書勉強も単なる大脳皮質の遊びに過ぎない。●「有体的復活」との出会いはキリスト教の「一番大切な事」(Ⅰコリ15:3以下)であるが、それは「胸が熱くなったり」「畏怖」を感じる事がらである。●「有体的復活」を軽視する者たちの集団は「聖書のカルチャーセンター」に過ぎないから、キリスト教の顔に泥を塗る。「間違った信仰」は世の中の人を躓かせるだけだから直ちにクリスチャンの看板を下ろすべきである。●「有体的復活」を信じないところ、決まって「人間崇拝教」か「社会改造教」か「教会員拡大教」に堕落する。

(1月23日臨時感話の骨子)
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直りにくい病気になった友人のことを思う

              東京聖書読者会 2011.1.23 高橋照男

 

➀人生において不可解、不条理に遭遇した時に「なぜだ」と思うのは当然

  盲で生まれた子供の「なぜ」    J92

  無実の罪で殺されたイエスの「なぜ」MT2746

②現代人は「祈りで病気は直るのか」と疑問を持つのは当然。

  盲人は癒せても生き返らせることはできまい。 J1137

  神がいるなら自分を救ってみろ        MT2742-44

③「もしかすれば、神なら直せるかもしれない」とまで追い込まれる時

  もしお出来になるなら  MK9.22-23

  全能の力を信じた百卒長 MT88-1

④信仰はかすかな芥子粒ほどで良い。しかし全身全霊で疑わないで信じ込む。            

  深い罪も清められる  LK17:6

  医者に見放された女  MK525-28

⑤神は不幸のときに近づいて下さる

  不思議な大漁          LK5:5-8

  ザアカイの家に泊まったイエス  LK195-6 9-10

⑥神による奇蹟は人間に「驚き」の感情をもたらす。

  悪霊を追い出す  MT932-33

  少女を生き返らす MR544-42

⑦人間が「聖なるもの」に出会う時の「恐れ」の感情

  「主よ私から離れて下さい。私は罪人です」 MK5:7-8

  従う者が恐れた              MK10:32

⑧罪を悔む人に有体的復活のイエスは近づいて下さる。キリスト教の根本。

  罪人に招かれたら積極的に行くイエス  LK152

  罪の女が赦される           LK4:47-48

⑨悲しんでいる人に復活のイエスが現れて下さった例

  エマオの二人に復活のイエスが現れた  LK2415-17

  マグダラのマリヤ  J2015

➉身体は故障し老化し消滅する。この不条理な不幸こそ神に愛されている証拠

  神の御心に沿った悲しみ Ⅱコリ710

  ゲッセマネの祈り    MT2638-39

  苦難こそ栄光      J1227-28

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1月23日臨時感話の骨子) 終わり


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詩篇・関根正雄訳入力完成 ++++++++ 所感

2011/01/09 20:05

110109(日)6時起床●10:00集会は藤巻、土肥(税金取りとパリサイ人)、山本(第一コリント)。新年はじめての集会●午後は妻がコーラスの練習。私はWEB黒崎詩篇のための関根訳詩篇のまとめ。約半年かかった関根訳詩篇が完成した。感謝。●リバースモーゲッジ(土地を担保に借り入れをして死亡時に土地を融資者に渡す方法)の研究。天国に家屋敷は持って行けない。

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ミラノスカラ座のすごさ ++++++++ 所感

2011/01/08 21:44

110108(土)終日関根訳詩篇のまとめ●午後、妻はキララホールに「わかき音楽家フェスタ」を観賞●20:00ミラノスカラ座特集。建築+音楽+衣裳+オペラ=芸術の粋。ソロモンノ栄華とはこういうものであったのだろう。

文語訳 マタ 6:29
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。

●2008年にここのボックスシートでメリーウィドーを観賞したが、もう二度とあるまい。●しかしイタリアはイタリア。日本は日本独自の文化であるべきだ。真似は笑われるし、出来っこない●キリスト教も同じ。日本は日本独自のキリスト教の姿があるべきだ。

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この世の不幸は「永遠の幸福」への神による誘い ++++++++ 所感

2011/01/07 06:25

110107(金)4時15分起床。薬が効いて昨夜は咳きがでなかった●次回の臨時感話のためにヒルティの「不幸に於ける幸福」(白水社版、ヒルティ著作集第7巻」を読む。●これは40歳の時に読んだものだが、今67歳の時に散見して再び感銘を受けた。それは次の⒊つである。

➀苦難や思い煩いのない階級や職業はない。(P49)
②苦難はほかの人々のための苦難でもある(P58)
③キリスト者の生活においても不幸は存在しなければならない。(P67) 
 
●白水社版ヒルティ著作集の第7巻はヒルティの「新書簡」の全訳である。その総てが具体的な問題を抱えた人に対する手紙(というよりも論考)であるので、命があり説得力がある。慰めである。そして「真のキリスト教」を指差している。●私もメールやブログやHPを使用して、ヒルティが慰めの書簡を書いたような姿勢で残る生涯を生きたい。●ヒルティの理想的人物は「慰めの子」になることである。 


塚本訳  使  4:36-37
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、
4:37 畑を持っていたので、売って、その金を持ってきて使徒たちの足元に置いた。

●次回感話を次のように変更。そのレジュメ

(感話レジュメ)
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  この世の不幸は「永遠の幸福」への神の誘い

         
              東京聖書読者会 2011.1.23 高橋照男

  

➀人生において不可解、不条理に遭遇した時に「なぜだ」と思うのは人として当然

  盲で生まれた子供の「なぜ」    J92

  無実の罪で殺されたイエスの「なぜ」MT2746

②現代人は「祈りで病気は直るのか」と疑問を持つのは当然

  盲人は癒せても生き返らせることはできまい。 J1137

  神がいるなら自分を救ってみろ        MT2742-44

③「もしかすれば、神なら直せるかもしれない」とまで人生追い込まれる事が幸福

  もしお出来になるなら  MK9.22-23

  全能の力を信じた百卒長 MT88-10

④信仰は全身全霊で信じ込む事。それはかすかな芥子粒ほどの信仰で良い

  深い罪も清められる  LK176

  医者に見放された女  MK525-28

⑤信仰は神の方から近づいて与えて下さる。不幸は神に目をかけられる前段。

  不思議な大漁          LK5:5-8

  ザアカイの家に泊まったイエス  LK195-6 9-10

⑥神による奇蹟は人間に「驚き」の感情をもたらす。

  悪霊を追い出す  MT932-33

  少女を生き返らす MR544-42

⑦罪を悔む人にこそ有体的復活のイエスは近づく

  罪人に招かれたら積極的に行くイエス  LK152

  罪の女が赦される           LK4:47-48

⑧悲しんでいる人に復活のイエスが現れて下さった例

  エマオの二人に復活のイエスが現れた  LK2415-17

  マグダラのマリヤ  J2015

⑨解決のつかない不可解で不条理な不幸こそ真の幸福である永遠の命への誘い

  神の御心に沿った悲しみ Ⅱコリ710

  ゲッセマネの祈り    MT2638-39

  苦難こそ栄光      J1227-28
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(感話レジュメ)おわり

●省みて、私の大不幸は三つある。しかしこの大不孝を通じてそれに倍する恩恵を与えられた。

➀若き日に父が結核を再発して家の経済が傾き、子供達三人の大学進学がかなえられなかった。
しかしこのおかげで、わたしの場合は「主を畏れるは学問のはじめ」という箴言の言葉を知った。つまり学問よりも主を畏れる方が先だということを学んだ。またこの世の職業観をルカ16:9-111を通して学べた。この世は来世のための準備であることを知った。
②2000年。私が設計して愛していた家屋が全焼した。住宅ローンを払い終わって「老後の住まいと」思っていたのであった。しかしこのことで「天国の家は焼けない」ということを学んだ。この世への退路を断たれた。
③その3ヶ月後に今度は職場で脳出血。一時意識不明になった。しかしこのことで、「有体的復活」の信仰を固くされた。

学歴?、それは大脳皮質に雑学が蓄積していることだ。その雑学は「ふん土」だ。家屋?、それは火で焼かれ滅びる「ふん土」だ。健康?、肉体は病気になって腐って死にゆく「ふん土」だ。この世のものは皆「ふん土」だ。それらを求めあこがれる道にはもう戻れない。神によって橋を落とされ、退路を断たれた。家族には苦労をかけ申し訳なかった。頭は白くなった。しかし「罪の赦し、永遠の命、有体的復活」を与えられた。感謝。大感謝。私にとってのこの世の不幸はことごとく「永遠の幸福」への神の誘いであった。感謝。感謝。 「耳ある者は聞け!」「自分は不幸だと思う者は聖書に来たれ。そこに永遠の命への真の幸福がある」。


 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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   TSK日本語版・目次

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人生の悲しみに聖書はどう答えるのか ++++++++ 所感

2011/01/06 20:07

110106(木)薬のおかげで咳きが少なくなって、説く眠れた。6時45分起床●WEB黒崎のために関根訳詩篇入力。だい150篇、最終が終わった。シドニーのMO氏(責任者)と福島県の協働者YT氏に送信する時の文面

(送り状メール)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄へ

黒崎先生の最終第150篇に対する解説は次の通りです。
「本篇は、全詩篇の中に充満して巨る苦難や涙や怒りの人生が、結局に於てエホバに対する讃美を以て終るべきものである事を示す意味においてまことに適切である。まことに人生の帰趣は全心全霊を以てエホバに栄光を帰するより外に何ものもない」
アーメン、アーメンです。詩篇は途中嘆きや復讐心などがあって新約とはトーンが違うように多々見受けられましたが、この黒崎先生の解説で落ち着きました。
関根訳詩篇入力が完成できて感謝です。入力と言っても、YT兄御提供のものがあったのでそれにルビを括弧にしたのと、若干のミスを記録したことが主たる仕事でした。また黒崎引照のピックアップも勉強になりました。
(中略)途中も最後も気管支喘息になりましたが、何とか健康が守られまして感謝です。詩篇は今から29世紀近くも前のユダヤ民族の作品だとは驚きでした。
神は信仰の民ユダヤ人を選んでそれを母体とし、そこからから救い主を産みだしたこともうなずけます。

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(送り状メール)終わり

●咳止め、痰切り、アレルギー抑制、炎症止めのシロップを飲んだせいか、猛烈に眠くなり、午前中はボーっとして仕事にならなかった
●YM氏から23日に感話前半部分の依頼を受けた。その日に感話前半の予定であったOH氏が倒れて緊急入院したからである。●ちょうど良い時に感話の依頼があったものだ。難しい病気をされた方に慰めの手紙を書こうとしていた矢先であったので、テーマが決まった。その感話の骨子は次の通り。

(23日感話前半の骨子)
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      人生の悲しみに聖書はどう答えるのか

       悲しんでいる人に神は姿を現す

 東京聖書読者会 2011.1.23

 高橋照男

 

➀不可解、不条理に遭遇した時に思う「なぜだ」という当然の疑問

  盲で生まれた子供の「なぜ」 J92

  無実の罪で殺されたイエスの「なぜ」MT2746

②祈りで病気は直るのか

  盲人は癒せても生き返らせることはできまい。 J1137

  神がいるなら自分を救ってみろ MT2742-44

③「もしかすれば」神なら直せるかもしれないというからし粒ほどの信仰

  もしお出来になるなら MK9.22-23

  全能の力を信じた百卒長MT88-10

④信仰は全身全霊で信じ込む事。それはかすかなもので良い

  深い罪も清められる  LK176

  医者に見放された女  MK525-28

⑤信仰は神の方から近づいて与えて下さる

  不思議な大漁       LK5:5-8

  ザアカイの家に泊まったイエス  LK195-6 9-10

⑥神の奇蹟は人間に「驚き」をもたらす。

  悪霊を追い出す  MT932-33

  少女を生き返らす MR544-42

⑦後ろめたい思いの人に有体的復活のイエスが現れた

  罪人に招かれたら進んで行くイエス  LK152

  天から光が射す        AC 2613-14

⑧悲しんでいる人に復活のイエスが現れて下さる

  エマオの二人に復活のイエスが現れた  LK2415-17

  マグダラのマリヤ  J2015
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(23日感話前半の骨子)


 有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

 

   TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

 

  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

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神には何でも出来る ++++++++ 所感

2011/01/05 21:38


67歳6か月。平均余命15年(生命保険会社統計)、5475日、13万1400時間。この時間をすべてキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の悲しみを克服する「十字架の贖罪の福音と有体的復活の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、親類縁者のため、気の毒な人のため。 


110105(水)昨夜も咳きこんで苦しかった●9:15 池谷医院。気管支喘息と診断され、薬を沢山処方された。●妻は婦人の読書会で千駄ヶ谷に行く。塚本著作集●妻はその後、従兄のKTさんの家に行く。肉の関係者が主にある兄弟姉妹でもあるというのは幸せだ●薬のおかげで少し楽になる●NHKオンデマンドに登録する。●直りにくい難しい病気になった知人が「テルオさんのことを思いだした」と言って過日メールを下さった。●病気になった時に私を思い出してくれたということでうれしかった。●私の経験のどこに感じる事があったのだろう。労苦は無駄にならない。苦難は人を呼ぶ。次の句を思う。

口語訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

●彼の病気は直りにくい。絶望に近い。しかし「神には出来ないことはない」とある。治癒まえには時間がかかるがきっと直る。いやこの世では直らなくても有体的復活では身体が直っている。次の句を思う。

塚本訳マコ 10:27
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」


口語訳 マコ 10:27
10:27 イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」。


新改訳 マコ 10:27
10:27 イエスは、彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。」


新共同 マコ 10:27
10:27 イエスは彼らを見つめて言われた。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」


文語訳 マコ 10:27
10:27 イエス彼らに目を注めて言ひたまふ『人には能はねど、神には然らず、夫れ神は凡ての事をなし得るなり』

●「神には何でも出来る」は旧約の引用


口語訳 創  18:14
18:14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。


口語訳 ヨブ 42:2
42:2 「わたしは知ります、/あなたはすべての事をなすことができ、/またいかなるおぼしめしでも、/あなたにできないことはないことを。

●マルコ10:27のTSK

*「人にはできないが、神にはできる。」

Genesis 18:13-14

13主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。  14主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。

Numbers 11:21-23

 21モーセは言った、「わたしと共におる民は徒歩の男子だけでも六十万です。ところがあなたは、『わたしは彼らに肉を与えて一か月のあいだ食べさせよう』と言われます。  22羊と牛の群れを彼らのためにほふって、彼らを飽きさせるというのですか。海のすべての魚を彼らのために集めて、彼らを飽きさせるというのですか」。  23主はモーセに言われた、「主の手は短かろうか。あなたは、いま、わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」。

2 Kings 7:2

 2時にひとりの副官すなわち王がその人の手によりかかっていた者が神の人に答えて言った、「たとい主が天に窓を開かれても、そんな事がありえましょうか」。エリシャは言った、「あなたは自分の目をもってそれを見るであろう。しかしそれを食べることはなかろう」。

Zechariah 8:6

 6万軍の主は、こう仰せられる、『その日には、たとい、この民の残れる者の目に、不思議な事であっても、それはわたしの目にも、不思議な事であろうか』と万軍の主は言われる。

Matthew 19:26

 26イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」。

Luke 18:27

 27イエスは言われた、「人にはできない事も、神にはできる」。

 

*「神はなんでもできるからである」

Job 42:2

2「わたしは知ります、/あなたはすべての事をなすことができ、/またいかなるおぼしめしでも、/あなたにできないことはないことを。

Jeremiah 32:17

 17『ああ主なる神よ、あなたは大いなる力と、伸べた腕をもって天と地をお造りになったのです。あなたのできないことは、ひとつもありません。

Jeremiah 32:27

 27「見よ、わたしは主である、すべて命ある者の神である。わたしにできない事があろうか。

Luke 1:37

 37神には、なんでもできないことはありません」。

Philippians 3:21

 21彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

Hebrews 7:25

 25そこでまた、彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。

Hebrews 11:19

 19彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていたのである。だから彼は、いわば、イサクを生きかえして渡されたわけである。


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なんでだよ― ++++++++ 所感

2011/01/04 21:16

110104(火)深夜2時半に激しく咳きこんで目が覚める。困った。また気管支喘息だ。●明日は医者の予約日だから滑り込みだ●昨日ピアノ曲を聞いたが、その演奏者のOO氏のことが頭から離れない●人生には「ナンデダヨー」と言って神に泣く事があるものだ。然り、それは人間たるものに「平等に来る」ものだ。

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孫達が去って、静寂になった居間。

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図書館の帰り。夕暮れのあきる野市。遠景は奥多摩連山

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夕暮れの富士。人生の涙は「有体的復活」でのみ拭われる。

●咳きが激しくて困った。今晩寝るのが恐怖。


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脳の病、精神の病、認知症  ++++++++ 所感

2011/01/03 21:39

110103(月)5時起床●WEB黒崎詩篇入力●伊勢喜明氏(愛子の夫)と懇談。●愛子と懇談。教会の事●13:00 伊勢嘉明、愛子一家が中野に帰る。駅まで送って行った。サヨウナラ。また会う日まで。●健太郎は大きくなった。
 
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「母」としての娘の愛子。健太郎の成長には驚いた。

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伊勢嘉明氏にぶら下がる子供たち。

●病気のうち、目に見えないものがむずかしい。脳、精神、認知症、鬱病(うつびょう)・・・・イエスの言葉に感じ入る。
この種の病気はただひたすら、祈るほかにはh方法がないと言う事。

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

●OO氏ピアノ演奏のCDを妻と聴く。素人ながらスタインウェイで演奏。彼にはベートーヴェンのピアノソナタを解説してもらったことがある●人生には「ナンデダヨーと神の胸を叩いて」泣く時があるものだ。しかし神は総て御存じだ。





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寒中お見舞い申し上げます ++++++++ 所感

2011/01/02 09:49

110102(日)5:00起床●今年の年賀状は昨年義母が亡くなりましたので次のようにご挨拶申し上げます。

(寒中見舞い書状)

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 寒中お見舞い申し上げます

    昨年8月13日にトミ子の母が90歳で

          召されましたので、新年のご挨拶はご遠申し上げます。

よい年でありますようにお祈り申し上げます

                          2011年(平成23年)1月

 

 母の最後は認知症になりましたが、常に笑みを絶やさず安らかに逝きました。子供達に看護されて幸せであったと思います。私達も「人生の秋」を迎えますが、死後の有体的復活を信じカール・ヒルティが勧めるように「仕事中に召される」ことを望んでいます。

             高 橋 照 男  ト ミ 子

197-0828 あきる野市秋留4-10-11   電話&FAX 042-558-9361

Email    ej2t-tkhs@asahi-net.or.jp 

HomePage     http://www.asahi-net.or.jp/~ej2t-tkhs

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  (寒中見舞い書状) おわり

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2011年 高橋家新年会. 於・あきる野市の我が家にて。
 

大人8人子供4人合計12人、福島の三男一家(大人2人、子供2人の4人)は
ソフトバンク社製のフォトビジョンで参加。食前に「家族が神に守られ感謝です」という祈りを捧げた。
 
resize1719.jpg 

三男がソフトバンク社製の「フォトビジョン」という機械を送ってくれた。
携帯で写した写真が即送られてくる。写真は福島の三男一家4名。
フォトビジョンはパソコンが出来ない老人に遠方の子供が家族の様子を写真で送る手段の機械として有名らしい。





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