to 日記と感想 2011年05月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


神は貧しく悲しんでいる人を選んで福音を聞かせる ++++++++ 所感

2011/05/31 08:43

110531(火)5時半起床●TSK日本語版ルカ最終章●YT氏の御案内お勧めで、キリスト教FEBC番組の田村誠喜牧師の入信の証を聞いた。とてもよい話であった。そこでYT氏へ次のようにお礼のメールを送った。

YT氏へのお礼のメール
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YT兄

 

下記メールの御案内(キリスト教FEBC番組http://www.febcjp.com/main/index.html田村誠喜牧師(福音キリスト教会連合、東村山教会)の証を拝聴しました。よいお知らせありがとうございました。感想を書かせていただきます。

により、

18年前に召された私の父の入信の姿と重なりました。

父は小西六写真に入社した時、会社の先輩から「英語でも勉強してみろ」と言われ、神田美土代町にあったYMCAで夜間に英語を学びました。

ここで、キリスト教世界に出会ったようです。田村牧師も勤務先(電気関係の会社)でキリスト教に出会ったのですから、神の手は教会だけではなく不思議に働くものだと思った次第です。神の選びは不思議な方法です。田村牧師は田舎の山奥で12人兄弟の末っ子、背も小さく育った。神は彼を「じっと」見て、選んで御自分のものとされました。実に「貧しき者は幸いなり」「悲しむ者は幸いなり」「貧しい人は福音を聞かされる」(マタ115)です。それと共に次の句が浮かびました。

 

塚本訳 Ⅰコリ1:26

1:26 論より証拠、あなた達のお召しのことを考えてみるがよい。兄弟たちよ、この世的には、(あなた達の中に)多くの知恵者がなく、多くの有力者がなく、多くの高貴の人がないではないか。

 

新共同 Ⅰコリ1:26

1:26 兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。

 

口語訳 Ⅰコリ1:26

1:26 兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない。

 

高橋照男

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YT氏へのお礼のメール 終わり

●次回感話(6月5日)はマタイ23章13-28の「聖書学者、パリサイ人」の攻撃の個所であるが、その歴史的背景を学んだ。マタイの教会(シリヤか?)にはユダヤ人キリスト者が多くいたが、彼らの中に古巣ユダヤ教の習慣から脱しきれない人がいたらしい。そこでマタイの著者は内部批判としてこの23章を編集したのではあるまいか。そこで配布資料のタイトルを次のように変更した。

     ユダヤ教から脱しきれていない教会内キリスト信者に対する内部批判
     ・・・キリストを主と信じる者はまさか古巣と同じようなことはすまい・・・

●もしこの読みが当たっていれば、ユダヤ教はそのまま「この世」と読み変えられるのである。

  
   有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

 

    TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tskmo.htm

 

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主にある交わりの楽しさ ++++++++ 所感

2011/05/30 17:31

110530(月)5時起床●TSK日本語版ルカ最終章●昨日のお礼をメールでお二人に送る。●折り返しに岩島さんからお電話をいただく。主にある交わりの喜び、うれしさ。こういうものを使徒信条の「聖徒の交わり」というのだろう。この喜びは実在の真理だ。●昨日頂いた「岩島調査書」をEXPACK500で福島の息子に送りだす●6月5日の感話の原稿。マタイ23:27を次のようにした。
 
マタイ23:27塚本訳

 

23:27 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは白く塗った墓に似ているからだ。外側はりっぱに見えるが、内側は死人の骨とあらゆる汚れとでいっぱいである。

 

 

 

 


*「立派」というのはこの世的な尺度で一種の徴。この世的偉さと信仰は無関係

 

塚本訳  ヨハ 3:3

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。

●図書館でアエラ5月30日号「放射能と子ども」を借りる。「福島から子どもがいなくなる」という記事もある。幼児を抱える親としては一刻も早く福島を去りたいというのが本音だろう。

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あきる野の夕暮れ。こういう景色を見るとなぜか泣けてくる。人生の終わりを感じるからか。いやいや。復活だ。死は復活の門だ。泣いてはいけないのだ。





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命を失う恐れ ++++++++ 所感

2011/05/29 06:34

110529(日)5時目覚め.朝の啓示「命を失う恐れ」●人間は生まれた時から「命を失う恐怖」の連続である。これは生物としての人間の当然の姿である。どんな小さな生き物でも「死ぬまい、死ぬまい」と逃げ回る。●私も長い人生で「自分の命、健康が失われること」に異常に恐怖心を抱く人(それは生きる者として当然であるが)に何人か出会った事がある。この恐怖は軽視できない●古来人間はこの恐怖から逃れようと様々な努力が積み重ねられてきた。科学技術や医学や宗教。しかし決定的な解決は得られなかった。●哲学や信念でこの恐怖から逃れられると思ったらやってみればよい。なかには「私はへっちゃらよ」と言う人がいたが、それは自己修養を薦めるものであって恐怖の底にいる人間を慰めない、救わない。仏教や哲学にそれが多い。また各種娯楽も救わない●この怖れを解消するために頭に浮かぶのはヒルティの「幸福論第二巻・罪と憂い」である。真の信仰にその解決があるというものである。キルケゴールには「怖れとおののき」があって、アブラハムが神の命令で我が子に手をかけることをテーマにしてキリストへの信仰を説いているらしいが読んでない。●反対者はそういう恐怖があるからこそ人間社会の文化文明が発達する。信仰は「逃げ」と言うであろうが、人間の努力は目的を達しない。達していない。原発は人を真の幸福に導かなかった。少しは便利になったが、電気の便利さは「死の恐怖」から人を救わない●それより真の信仰に立つ人間の方が逆説的だが真の功績をあげている。民主主義制度、赤十字、救世軍活動、がん末期の苦痛緩和(ホスピス)、などこれら身近なものは皆信仰者から発想されて実行されている。●私もこの「怖れとおののき」から親しい人を救うためにささやかではあるが尽くしたい●かってキリスト教主義の学生寮において「有体的復活」について語った時、若い学生が水を打ったように静かに聞いていた。そこの理事長は「今までこんなことはなかった」と驚いて言って下さった。若いと言えども「死の恐怖」が各自の心の根底にあったからだ。自分自身のことであったからだ。●死の恐怖から人を救う尤も短い言葉は「神様は総て御存知」というものである。神は「あなたの恐怖の原因を知って下さっている」と言うのである●聖書にそれを求めればイエスの次の言葉である。

文語訳 マタ 6:27
6:27 汝らの中たれか思ひ煩ひて身の長一尺を加へ得んや

口語訳 マタ 6:27
6:27 あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか

新改訳 マタ 6:27
6:27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

新共同 マタ 6:27
6:27 あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。

塚本訳 マタ 6:27
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

●これに続いてイエスは言う。


文語訳 マタ 6:30
6:30 今日ありて明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ

口語訳 マタ 6:30
6:30 きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ

新改訳 マタ 6:30
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち

新共同 マタ 6:30
6:30 今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。

塚本訳 マタ 6:30
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

●「神は最善をして下さる」と信じつづけることこそ、この人生の荒波を安らかに通過する秘訣である。それに決定的な信仰は「有体的復活」である。この人生は短く、練習であり準備である。本当の命は霊魂の命、来世の復活の命である。●あとは議論は無用。この道を歩もうとするかどうかの各自の決断である。

●7:00市役所からの放送。雨の為市内一斉清掃は来週に延期●それで妻と二人で集会へ●10:00高木(開会祈祷の中で終末の様相について触れる)、川上(イエスの病気治療は病者本人に信仰がある時にのみ可能であった、という非常に素晴らしい結論)、横田(「教会史」。教理論争史の解説で「みなさんお分かりになりますか」との問いに、会場の一人が大声で「全然わかりません」。つまらない話しには遠慮なくつまらないという人が出るところに無教会主義集会の特徴がよく現れた。よくぞ大声で言ってくれた)●14:30今井館理事会。困難な問題を多く抱える。人も組織も学問も技術も歴史的使命が終わるということがあるものだと感じた●人生は散り際、往生際が大切。その時は見苦しくなくいさぎよく美しく去る必要がある●17:30,理事会終了後、自由が丘駅前の喫茶店で岩島清さん(放射線衛生学。今井館監事、元国立公衆衛生院放射線衛生学部長)から三男の恵が有機農業を営んでいる「福島県二本松市は農耕に適しているか」の私の問い(去る5月27日)対する78ページにも及ぶ詳細なレポートを頂きその解説をしていただいた。浅野摂郎さん(原子物理学、今井館理事。元東京大学教養学部長)もご臨席頂いた。御老体(80歳)に鞭打っての僅か二日間での78ページものレポート作成に驚嘆感謝のほかはない。主の愛が迫る。結論は次の通り。公的な事もあり、かつ私自身の心の安らぎと記録の為にブログに掲載する。

1・新聞等で報じられている全国主要都市の放射線量の数値によれば、福島市の値はダントツに非常に悪いがそれで生活が出来ないというわけではない。もし生活出来ないとなると飯館村のように福島市民全員が即刻避難)しなければならない。二本松市の値は福島市に匹敵するぐらいの悪い数値であるが、生活ではなく、農耕に適しているかどうかの判定にはピンポイントの調査ではなく面的な詳細調査が必要である。その調査を関係機関に依頼する運動をせよ。
2・二本松市で農耕をし続けるか、撤退するかはその詳細調査による科学的根拠に基づいて「監督官庁ではなく本人が納得して」行動するのがよい。もし、どこか他のよい職場からお呼びがかかったら躊躇なくその道を選択せよ。家庭生活を大切にせよ。

●帰宅21:30 冷たい雨が降っていた。人生にはこういう厳しい選択を迫られることがあるものだ。しかし神は必ず最善の道を備えて下さると信ずる。苦難の意味はあとで分かるものだ。●パウロの言葉は19年前に召された父から「耳にタコが出来るほど」教えられた言葉で「信仰の遺産」である。

文語訳  ロマ 8:28
8:28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。


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非礼な奴には冷たくせよ ++++++++ 所感

2011/05/28 10:37

110528(土)午前0時20分突然の電話で熟睡中を起こされた。遠戚の女性(年賀状もいただいた事があるが普段付き合いが全くない)から「一万円を貸して下さい。6月15日には必ずお返ししますから」という。熟睡中を起こされて困ったとつれない返事をすると「申し訳ない」と言って電話が切れた。自分の実名を名乗ったので「オレオレ詐欺」ではない。●ただ電話を切ってから思った。「彼女は私がキリスト者であることは知っているので何でも赦して助けてくれると思ったら大間違いだ」と。どんなに困ったことか分からないが第一に午前0時過ぎにしかも一万円だけ貸してくれとは何たる非礼人間●こういう奴には冷たくした方が本人の為だ。またキリスト信者がこんなことに甘いと思わせてもいけない。キリスト者は信者である前に一般常識人であるべきだ。これは内村塚本から学んだ道だ。「信者である前に一般常識人であれ」と。●「教会詐欺」というのが居る。教会に行けば金をだまし取れると思うのである。日本の教会がそんなに甘く見られているのは大問題である。●真夜中に叩き起こされたことで次の聖書を思い出した。 

塚本訳 ルカ 11:5-8
11:5 また彼らに言われた、「あなた達のうちのだれかに友人があって、夜中にその友人の所に行き、『友よ、パンを三つ貸してくれ。
11:6 旅先からわたしの友人が来たのに、何も出すものがないから』と言ったとき、
11:7 その友人は内から、『勘弁してくれ。もう戸締りをしてしまったし、子供たちもわたしと一しょに寝ている。起きてかしてやるわけにはゆかない』と答えるにちがいない
11:8 しかしわたしは言う、(その人がなおもせがんで止まなければ、)友人だからというのでは起きて(パンを)かしてやらなくても、その厚かましさにはかなわず、起き上がって、必要なだけのものをかしてやるにちがいない。

●ここで急に心が弱くなった。私の態度は果たして良かったのかなー。聖書には次の句がある。

塚本訳 マタ 5:42
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

塚本訳  ルカ 6:30
6:30 求める者にはだれにでも与えよ、あなたの物を奪った者から取り返すな。

塚本訳  ルカ 6:35
6:35 しかし、あなた達は敵を愛せよ、親切をせよ、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美をどっさりいただき、かつ、いと高きお方の子となるであろう。いと高きお方は恩知らずや悪人にも、憐れみ深くあられるのだから。

塚本訳 マタ 25:35-40
25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、
25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

口語訳 箴  19:17
19:17 貧しい者をあわれむ者は主に貸すのだ、その施しは主が償われる。

塚本訳  ロマ 12:20
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

塚本訳  ヤコ 1:27
1:27 父なる神の前に(真に)潔い、穢れのない信心とはこれである──孤児や寡婦をその患難の時に見舞うこと、この世から穢されぬように自分を守ること!

塚本訳  ヤコ 2:16
2:16 君達の誰かがこれに、「(では)『お大事に』、温かにして、満腹しなさい」と言って体に必要なものを与らなければ、何の役に立とう。

塚本訳 Ⅰヨハ3:16-18
3:16 (神の子である)キリストがわたし達のために命を捨てられた(その)ことで、わたし達は(はじめて)愛を知った。だからわたし達も兄弟のために命をすてねばならない。
3:17 (手近な例であるが、)この世の財産を持っていて、その兄弟の必要を見ながら、しかも彼に対して憐れみの心を閉じる者があれば、どうして神の愛がその人に留っていることができよう。
3:18 子供たちよ、わたし達は言葉や舌でなく、業と真理とをもって愛しようではないか。

●聖書の言葉を律法化すると私は信者失格だ。私の人生は細部においてこのようなことの連続だ。果たして私は救われるだろうか。●ビクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」では、主人公のジャンバルジャンが教会の銀の食器を盗んで捕まったが、ミリアム神父は「それは君にあげたものではないか。どうしてもっと持っていかなかったのか」と言って赦した。この一言でジャンバルジャンの人生は立ち直った。●これに比して私の態度はなっていなかった。神よ私はどうすればよかったのですか。●妻は午後から自彊術とコーラスのレッスン●町内会回覧配りと図書館。●アエラ5月(23日?)号は福島県の被曝特集。●中には前向きの記事として「被曝を帳消しにする方法」として、禁酒禁煙、減量と野菜摂取を上げている。また福島県は健康に注意することにより健康立県になるべきだとあった。
 

 有体的復活の使徒伝承

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第一線を去る淋しさ ++++++++ 所感

2011/05/27 17:02

110527(金)5時起床●TSK日本語版ルカ●放射線量測定器のことで調査●福島原発の今後の見通しのことで今井館理事岩島清氏(元国立公衆衛生院放射性衛生学部第二代目部長)におたづねする●同じく今井館理事浅野摂郎氏(東大名誉教授、元物性研、元東大教養学部長)におたづねする●福島の華子と電話懇談。●次回感話のレジュメ。タイトルは「ユダヤ教とキリスト教の分水嶺・・・イエスが神の子と見えず復活を信じない人達の姿」

次回感話の資料の一部
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マタイ

23:13 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは人々を天の国から締め出して、自分が入らないばかりか、入ろうとする者をも入らせないからだ。

 

 

 

 

 


*イエスが神の子と見えず復活を信じないと、そこには神の霊がないから結果として制度主義(教会主義、形式主義、宗教規則など)か無制度主義の場合は、集会固執主義、あるいは先生懐古の密教的集団になってしまう。肉の人間である内村鑑三先生を知らないと無教会主義集会には入りにくいというのもその悪例。違和感があるといって排除される。
 

マタイ 

23:15 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちはたった一人の改宗者を作るために海と陸とを飛びまわり、そして(改宗者が)できると、自分たちより倍も悪い地獄の子にするからだ。

 

 

 *神が働くという事を信じないと、人間の努力が神の国到来の条件と思うから。行為に熱心になってよく飛びまわる。そして信者の数が神の国興隆のバロメータだと勘違いする。神の国は人間の行為ではこない。神の意思により終末に完成する

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次回感話の資料の一部 おわり

●日本建築積算協会からガイドブックが送られてきた。20年も経つと私の本が全く参考文献に上げられていない。建築技術は日進月歩。第一線を去る淋しさが襲ってきた●退路を断たれた感じ。私にはやるべき仕事がある。イエスの有体的復活による罪の赦しと永遠の命への希望。その使徒伝承の継承。このほうが大切だ。万人の為になる。

 有体的復活の使徒伝承

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私が大嫌いな女 ++++++++ 所感

2011/05/26 07:06

110526(木)5時起床、●TSK日本語版ルカ●昨夜はNHKTVで孫文の妻「宋慶齢」を観た。いっぺんでこの「革命女」を嫌いになった。彼女に限らず日本にもキリスト信者のなかに「革命女」がいるが、ゲジゲジをみるような感じで大嫌いである。その理由を書いてみよう。

1・たとえ活動や運動や啓蒙や勇気で民主主義革命が成功して民衆から感謝され人間の栄光は上がっても神の栄光が上がらない。神の顔が立たない。
2・彼女の考える事、目指すところはすべて地上王国の建設で肉の幸福である
3・終末で神の国が完成するという聖書の真理を信じていない。終末論がない。祈りがない。祈りの力を信じてない
4・有体的復活を信じていない
5・自分は知的に勝っているのだと自負して世の中を「啓蒙」しようとする
6・上に立つ人間や制度に噛みつく勇気を持っていることを誇りに思っている
7・そういう活動家は神の力を信じないから、信者というより「ヒューマニスト」である。信者たることを表明することを即刻やめよ。キリスト教の顔に泥を塗る。
8・地上王国を実現する活動家に共通のことは、私が「その活動は人間の業だ」と指摘すると食ってかかってくること。それが同じような態度なのが不思議だ。自分の行動の原理になにかやましいことがあるような雰囲気だ。
9・そういう人間は「聖書」を勉強していない。その上に「あいつは聖書ばかり勉強しているから駄目なのだ」と暴言を吐く。即刻信者たることをやめよ。
10・主の祈りの「御国を来らせ給え」を人間活動のスローガンにしているので聖書に半可通である。 「主よ来りませ」という聖書の言葉をよく知らない。
11・政治活動に乗り出すから「キリストの香り」がしない。むしろ政治活動一本で生きよ。
12・自分の活動や運動が神の国到来に「ひとかど」のことをしていると思っている。聖書を誤解している。
13・聖書の勉強や祈りばかりしている人間が「怠慢」に見えてしまう。ルカ10:38-42のマルタとマリヤを詳しく深く真面目に学べ
14・そういう人間は「放っておけ」とイエスは言うであろう。その理由は後継者が続かないから自然に枯れるから(マタ15:13)
13・多くの識者が言うとおり、革命家の活動の動機は富と権力への嫉妬である。然り同感。
14・人の欠点や罪をあげつらう癖がある。罪を暴くことが正義の為と思っている。福島原発を「人災だ、人災だ」と叫ぶ。モノを作る人間の苦労を知らない。 技術者は真面目なのだ。
13・「平和、平和」と叫ぶ人間は人間関係で常に「闘争的」である
14・「平和、平和」と叫ぶ人間の家庭は夫婦関係は全然平和ではないことが多い。
15・女性の人権、平等、などを叫ぶ人間は政治家達から「あれは信者らしいが自分達の仲間」だと思われて誘われる

まだあるがきりがないのでやめる。神は見ている。神が裁く 

●黒崎幸吉詩篇注解WEB版の校正●内村鑑三「伝道の精神」の最初を読む。よくぞこれだけ言える。その理由は内村は「組織人間」ではなかったから。●東電の事故原因の一つに原発を国策として実行する時に市場経済の組織悪が働いたから。●その後の事故処理でもこの組織悪の為に情報がスピーディーではない。現場の技術者は「言いたいことも言えない」のではないだろうか。真実が覆い隠されているのではないだろうか。●だからこの組織悪の殻を打ち破るのは自国では駄目で外側の外国の力を借りなければならない。IAEAの調査に期待する。 

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我が家の石楠花(シャクナゲ)は今年はよく咲いている。かって西沢渓谷に石楠花を見に行ったが「あのときはまあまり咲いていなかったねー 」と妻と話した。
 
●19:30NHKBSTV「近代中国に君臨した女性たち」の第4回目、「江青」を観る。またまた中国のこの「革命女」が嫌いになった。文化大革命、紅衛兵、毛沢東、毛語録などを調べようとしたが、時間の無駄だと思いやめた。結局人間の権力闘争なのでためにならない。最後は四分五裂で江青は首つり自殺。むなしいことだ。むなしい人生だ。●その中国のGDPは日本を抜いて現在世界第二位。いくら経済が興隆しても中味の質がない国は尊敬できない。マテマテ、日本も中国が毛沢東を崇めたようにかっては人間を現人神と狂信的に祭り上げていたのだ。人のことは言えない●第二次世界大戦で世界が日本を攻撃した理由の一つに「人間を神と祭り上げている低劣野蛮な国」ということがあった。日本は負けて良かったが、キリスト教が伸びないのはどういうわけだろう。


 有体的復活の使徒伝承

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福島県の悩みは日本のトゲ ++++++++ 所感

2011/05/25 09:33

110525(水)TSK日本語版ルカ●ルターの言葉と言われてもの。「明日、この世が終わりになるとしても私は今日リンゴの木を植えるであろう」●福島原発には何か意味がありそうだ。米国では障害児神にキスされた人と認識するのだという。また我が国の鹿児島県では障害児のことを「お宝さま」と言うそうだ。●そう考えると自分の身近な人は全員「お宝さま」なのだ。特に家の中の障害児に限らず手こずらせる「とげ」と思われる人を抱える場合、はこれはその家の大切な「お宝さま」だと思おう。。●解決不可能な深い悩みは人生のとげ」である。しかしそれは実は宝なのかもしれない。「一病息災」というこれは何か一つ常に自分を悩ます病気を持っていた方がかえって健康に気をつけるから長生きできるという意味である。●パウロにも畝に悩ませる「とげ」があった。病名は眼病だとも癲癇だとも言われている。しかしパウロはそれをバネにして前向きに生きた。人智で解決不可能な悩みは「恩恵のトゲ」である。

塚本訳 Ⅱコリ12:6-7
12:6 もっともわたしが(こんな啓示を)自慢したところで、「馬鹿者」(と言われるほどのこと)ではなかろう。本当のことを言うのだから。しかし差し控える。わたしを見、あるいはわたしから聞く以上に、(何か特別のものでもあるように)だれかがわたしを買いかぶらないためである。
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。

●福島県の悩みは日本のトゲ。しかしそれは神に狙い撃ちされて刺されたトゲ。いつか大恩恵に変わる。 


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神の導きの道 ++++++++ 所感

2011/05/24 07:06

110524(火)5時目覚め。朝の黙想「神の導きの道は『開かれた戸口』」●人生は何度か大きな岐路に立たされる。カール・ヒルティ「幸福論Ⅲ」の中にある「驚くべき導き」(岩波文庫)、「わがなんじになさんとするは、驚くべき事なり」(白水社、ヒルティ著作集)はそんな時に読むべき本である。私の白水社版のこの部分は人生の岐路に立った時や難問が襲って来た時に何度も読んだのでヨレヨレになっている。今までに何回読んだか、書き込みを調べてみると次の通りである。
 
1962年(19歳)までに4回
1974年(31歳)
1977年(34歳)
1987年(44歳)
1997年(54歳)
1998年(54歳)
2002年(59歳)
2003年(59歳)
2004年(61歳)
2011年(61歳)
2011年(67歳)

合計14回も読んだことになる。部分的には暗記している。晩年になるまで悩みは尽きない。今ここにそのヒルティの論考を簡単にまとめると次のようになる。

神の導きに身を委ねて歩く人生が幸福の道である。人生の岐路に立つとき、そのような人は常に「開かれた戸口」を通って安らかに行く。その幸福の道を歩むことを願うなら、普通常識と思われるような人間の当然の欲望も捨てなければならない事がある。もしロトの妻のようにこの世のものに未練があって後ろを振り返ると「塩の柱」になる。この世のものとは一般常識である。それは「家、土地、学歴、職場、社会的地位、子供、親、」そして自分の命。これらはみな異教人の欲しがるもの。

塚本訳 マタ 6:31-32
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。

塚本訳 マコ 10:29-31
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。
10:31 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。」

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳  ルカ 14:26
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。

●長寿がそんなに大切か。●学歴がそんなに大切か ●「立身出世による社会的地位名声」がそんなに大切か●「人並み」「世間並み」の生活がそんなに大切か ●世間並の収入がそんなに大切か ●凡庸な人生を送るな ●短い「肉の命がそんな大切か ●「家庭団欒」がそんなに大切か ●家族親族の幸福がそんなに大切か ●地球環境がそんなに大切か ●大切なのは、否、幸福なのは罪赦されて有体的復活の永遠の命に生きることだ、●この世の名声の一切をかなぐり捨てて一身に神にささげるようになる道は大体30歳代に訪れる。イエス、パスカル、シュヴァイツァー、みな若くして「花と散った」。幸福な老後を目指しての安逸な人生を送らなかった。●日本の医学は長寿延命を最終目標にするから認知症老人が多くなるのだ。医学界に見るべき人生観なし。●神の導きに身を委ねるには「祈りの生活」が大切。大脳皮質で考えてもよい道は発見できない。●神の導きの道に歩めば多少してもまた元の道に連れ戻されたり、総てのことが良く働く


塚本訳  ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである
 
●ヒルテイのこの論考の最後は次の言葉で締めくくられている。

ついに君は、深く顧みて言うであろう。
神は、すべてをなし遂げ給うた、と
(同胞教団讃美歌178番)

●この同胞教団とはチェコのモラヴィア地方発祥ピエティスムス(敬虔主義)で、日本の無教会主義はこれによく似ている。この事は白水社のヒルティ著作集第10巻の月報に書いた。1980年、37歳の時に仕事でスイスに行った時にベルンにヒルティの住んでいた家を訪れ、また墓参をした。2008年(65歳)、妻のプラハでの演奏会のときにチェコを訪れたが、遠くにモラヴィア方面を望んだものだ。●ヒルティは私の人生の伴走をしてくれた。●4:30 夕方に秋留台公園のバラを見に行く。何事もなかったように咲いていた●東電福島第一発電所、2号機3号機メルトダウンしていたことが今になってわかった●妻と原発問題で懇談。放射能のことは全くに近く鞭なので楽観も悲観もできない。東電は官邸の指示待ちと言うが信者は神の指示待ちだ。神は最善の道を考えて下さる。
 
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夕方、秋留台公園のバラ園に行く

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バラは、色彩も匂いも素晴らしい。しかしイマイチ日本的ではない。外人女性のようだ。

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公園内にある門、イエスは自分は「門」であると言った。死は来世への門だ。
人生には嗣がある。復活がある。


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イエスとパウロに賭ける ++++++++ 所感

2011/05/23 17:48

110523(月)5時起床●TSK日本語版ルカ●昨日の感話「救世主(キリスト)はだれの子か・・・イエスを神の子と告白する霊」をHPの「使徒伝承にアップするがトラブルがあって難儀した。

http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/haku.htm

●テレビのコードレスヘッドホンの調子が悪いのでオーディオテクニカの技術者に問い合わせて解決。製品トラブルはそれを産みだした会社に聞くのが一番良い●月から木曜日4夜連続の「近代中国に君臨した女たち」をDVDレコーダーに予約。歴史は女性が作ると言われるがどのようなものか。第3回目の孫文夫人の宋慶齢に注目。●徳田修平氏が来訪、懇談。●息子が白血病で亡くなったのはチェルノブイリ事故の影響ではないかと思っているという方と懇談。自分がその地に行くことを容認してしまったことを死後4年間苦しんだという。福島原発の影響下にある三男の事を考えて深刻になった●人生、先が見えない時の苦しみは大きい。右に行くか左に行くか、またはどの道に行くか。悩みは大きい。脳漿をしぼりだしても決定できない。男は職業の選択、女性は結婚相手の決定。いずれも悩みは深刻。その理由は先が見えないから。●そんな時の解決で、私は内村鑑三の短文「いかにして我が天職を知らんか」が救いであった。その要旨は「天職は頭で考えてもわかるものではなく、一歩一歩そこに導かれて行くものである」と言うのである。67年の人生を振り返って、これは誠に真理だと思う。人生、不安が先だって先が全く見えない時、それは「今日一日だけ生きよう。今夜はぐっすり寝よう」。と思えばよい。明日はまた何か新しい情報が入ったり、事件が起きたり、思わぬ人が来たりして次第次第に道が開けるものだ。神は愛。我々に悪いようなことはしない。神は我々に常に最善の道を備えて下さる。

塚本訳  マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●私の場合。父の結核再発による家庭経済の傾き。進路問題。結婚問題。教育費の問題。子供の病気や結婚の問題。職場問題。両親の病気と死。家屋焼失の問題。脳出血の問題。親族の問題。福島原発の問題。定年後の問題。人生は問題の連続だ。しかし振り返ってみれば神は常に最善を備えて下さった。今後もイエスとパウロの言葉に賭けよう。●夜、妻が福島の恵と華子と長電話。


 

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災難は天罰ではない ++++++++ 所感

2011/05/22 06:53

110522(日)4時15分起床●本日の感話資料の最後の修正。プリント差し替え●NHK教育TV「心の時代」。津波の被害に遭った宮城県大船渡市の医師山浦玄嗣。「3.11ようがす引き受けた」。山浦氏は福音書を地元の人にわかりやすい「ケセン語」に訳された。ルーテルが聖書の翻訳者は街角ごとにいるべきだと言ったが、それを地で言っている人。番組の中で感じた事。山浦氏は「人生は災難続きであるが、それは罪の結果ではない」と断言。聖書的根拠として次をケセン語訳で朗読した。


塚本訳ルカ 13:1-5
13:1 ちょうどその時、人が来て、(総督ピラトが犠牲をささげている)ガリラヤ人たちを殺し、その血が彼らの犠牲(の血)にまじったことをイエスに報告した。
13:2 その人たちに言われた、「そのガリラヤ人たちはそんな目にあったので、(ほかの)すべてのガリラヤ人よりも罪人だったと思うのか。
13:3 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同じように滅びるであろう。
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」

●最後は復活で話をまとめたのはアーメンであった。人生、どんな不幸災難も「有体的復活」の希望があれば耐えられる。

●内村鑑三の言葉。「キリスト・イエスを救い主と仰ぎて癒し難き悲痛あるなし」

●過日真面目な勉強家の青年から長い電話。話しの内容は省略するが、私が大きな声で怒鳴ったのは「聖書でメシを食うな!」。そして内村鑑三の「いかにして我が天職を知らんか」にあるように、信者がキリスト教関係の仕事に就くのは簡単だ。汗を流す仕事に就け。キリスト教とは関係のない低い地味な仕事を目指せ、とこんこんと話した。●私はこの世のことに関わる「建築士」でよかった。
 
●8:00妻と集会に向うもJR事故で西武線周りで間に合う。●集会は長島、山本、高橋(救世主<キリスト>はだれの子か)。集会後にTH先輩から今日の話は難しかったと言われ反省。勉強した話だったから背伸びしていたのであろう。脱力でやらねばならない●新宿で途中下車して所要。妻はコーラスの練習。

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イエスは King of Kings ++++++++ 所感

2011/05/21 14:11

110521(土)6時起床●TSK日本語版ルカ●明日の感話の資料作りで往生した。建築設計と同じで最後の最後まで修正したくなる。「救世主(キリスト)はだれの子か・・・・イエスを神の子と告白する霊」。その解説を次のようにした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
塚本訳 マタ 22:44
22:44 『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足の下に置くまで』と。』

  
*これは詩篇110篇1節の引用である。邦訳では「主」が並んでいるので分かりにくい。この詩の原初の姿は「ある王」(不明)の即位式に王の臣下である詩人が王を「わが主」と称えて歌ったもの。第一の「主」は神(ヤハウェ)で二番目の「わが主」は不明の「ある王」のことであって同じ主でも別人格である。マルコ(マタイ)は70人訳詩篇(ギリシャ語)からそのまま引用しているのでそこでは両方とも「主」(キュリオス)という訳になっている。これが邦訳(口語、新共同訳)ではここの意味が分かりにくくなっている原因である。これは別人格であるということをはっきりと示すために、邦訳のうち第一の「主」を文語は「エホバ」、新改訳は「主」を太字、塚本訳は敷衍で区別している。また欽定訳(KJV)は「The LORD」と太文字にしている。イエスの時代にはこの詩人はダビデで二番目の不明の「ある王」はユダヤ人が理想の王として待望するメシヤだと認識されるに到りこの詩はメシヤ預言の詩となっていた。イエスも当時のこの解釈に立って、その理想の「ある王」であるメシヤはこの私(イエス)自身のことを指しているのだと認識して発言した。この発言からイエスにはメシヤの自覚(尊厳意識)があったことがわかる。 

塚本訳 マタ 22:45
22:45 だから、ダビデが(このように)救世主を主と呼んでいる以上、どういう訳で(その救世主が)ダビデの子であろうか。」 

*イエスには自分は神の子としての救世主(キリスト)であるという自覚(いわゆる尊厳意識)があった。しかしこの事が「目の開いていない」聖書学者や大祭司連、パリサイ人達にはわからなかった。キリスト信者の我々はイエスが霊界の王、(King of kings・・・ヘンデルのハレルヤコーラスは黙示録11:15の敷衍)を信じている


塚本訳  マタ 22:46
22:46 これにはだれ一人、一言も答えることが出来ず、またその日以後、もう問おうとする者もなかった。
 

*イエスという驚異の人物が実在し、その時代の人はその言動に驚愕したのは史実。

  

*並行記事マルコ12:37bは次の「聖書学者、パリサイ人攻撃」の理解へ道を開く。ネストレ、文語、塚本、口語などは段落を設けて次の部分への冒頭であることを示す。マタイ22:45-46を並行記事のマルコ12:37bと比較して見るとそこにはイエスの話しを喜んで聞いた「霊の目のあいている人」の存在があったことが分かる。これに次に続くマタイ23章はイエスが「学者、パリサイ人」を「目の見えない案内人」と批判するところである。マタイ23章のイエスの批判は宗教家の堕落生活そのものへの批判ではなく、22章の「キリストはだれの子か」に続くものでイエスを神の子と信じない人間の生活(特に宗教生活)はこうなるのだと言うのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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イエスにじっと見つめられる時 ++++++++ 所感

2011/05/20 09:54

110520(金)5時起床●朝の黙想。「イエスにじっと見つめられる時」

塚本訳 マタ 9:20-22
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである。
9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。

●マルコによればこの女性はいろいろな医者通いをしたが直らず、財産を使い果たしてしまっていた。そんな時イエスは彼女をイエスは「じっと」見つめた。
 

塚本訳 ヨハ 4:6-7
4:6 そこには(有名な)ヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、いきなり井戸のわきに腰をおろされた。昼の十二時ごろであった。
4:7 一人のサマリヤの女が水を汲みに来る。「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた。

●この女性は離婚歴五回のワケアリ人間。昼の一二時ごろに出てきたのは人目を避けていたから。おそらく家族からもつまはじきにされていたに違いない。そんな「どーしようもない女」をイエスは声をかけた。始めはじっと見つめていたに違いない。


塚本訳  ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

●38年病気とは実に気の毒。そんな男をイエスはじっと見つめた二ちがいない。そして声を書けた。しかし本人の意思を聴きだした。「直りたいか」。これ医者の患者に対する常套句。「どうして欲しいのか」。それなしに医者は治療できない。●神がいるならどうしてこの世に病気という不幸があるのか。その答えはこの「直りたいのか」という呼びかけをするためにある。

塚本訳ヨハ 9:1-2
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」

●人間は不幸になるとその理由を探る。大脳皮質の安息を求めるためである。

塚本訳 マタ 20:32-34
20:32 イエスは立ち止まって、二人を呼んで言われた、「何をしてもらいたいのか。」
20:33 彼がこたえる、「主よ、目があくといい。」
20:34 イエスが不憫に思ってその目にさわられると、すぐ見えるようになって、イエスについて行った。

●ここでも立ち止まったイエス。「じっと見つめた」に違いない。

塚本訳  ルカ 19:5-6
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。

●ここでもイエスは立ち止まってじっと見つめたにちがいない。ザアカイはこの声に応答して木をおりてきた。もし木から下りなかったら、イエスはザアカイの家に行かなかったはずだ。そしてザアカイに救いはなかった。

塚本訳 使  26:14
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。

●復活のイエスはサウロに声をかけたのである。サウロには密かな罪責の負い目があったに違いない。無辜のクリスチャンを殺した負い目である。人間ならだれでも殺人には対しては負い目がある。福島第一原発による国と東電の老い目は重い。賠償金を支払っただけでは済まない。このために人間も動物も死んだ。しかし神は十字架の故にその追い切れない罪を赦す。


塚本訳 マコ 10:21-23
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」

●イエスはこの真面目な青年に「見込みあり」と思って「じっと見て」言った。しかし金の魔力には勝てずにイエスを去った。イエスは彼の後姿をおそらくじっと見送っていたにちがいない。そして残念に思ったにちがいない。「惜しい青年だ」と悔しがったに違いない。

●イエスは「見込みのない人間」には声をかけない。イエスはパリサイ人には「見込みあり」と思ってしきりに声をかけたが、祭司階級のサドカイ人は相手にしなかった。自分の宗教的地位を失いたくないためにイエスの言葉に聞かなかったのである。●これ無教会を言うと職業牧師が警戒するのと同じ●また最高法院の審問の時のピラトの姿勢も同じ。イエスを赦そうとしたが、民衆の声に負けて自分の地位保全の為にイエスを殺すことに同意した。役人にはこの保身術が多い。福島原発事故の対応で国と東電にはそれが見られる。情報を隠すな。そのピラトの質問に対してイエスは次のように冷たく応じた。イエスはピラトに見込みなしと思ったのある。


塚本訳  マタ 27:11-14
27:11 さて、イエスが総督の前に立たれると、総督はイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。(お前はその廉で訴えられているが。)」イエスは言われた、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」
27:12 大祭司連、長老たちから(いろいろと)訴えられたが、何もお答えにならなかった。
27:13 するとピラトが言った、「あんなにお前に不利益な証言をしているのが聞えないのか。」
27:14 イエスはただの一言もお答えにならなかったので、総督は不思議でならなかった。

●同じく、大祭司連や聖書学者にも冷たく応じた。

塚本訳 ルカ 22:66-70
22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって
22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。
22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」
22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」

●イエスは聖書や復活に関心のない人間には声をかけるなという。しかし永久に救われないというのではなく、彼にはまだその「時」が来ていないおいう意味にとりたい

塚本訳 ルカ 16:28-31
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

●聖書や復活について話しても相手が関心を示さないようであれば「深追いはするな」。「時を待て」

塚本訳  マタ 10:13-14
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

●「この足の埃を払いおとせ」を最近の翻訳方法である「スコポス理論」に従えば「塩を撒いて縁を切れ」ということになるだろう。伝道は人間の力ではない、伝道者の栄光が上がってはならない。「神のここぞと思われる時」があるのだ。


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修道院の魅力 ++++++++ 所感

2011/05/19 08:44

110519(木)6時起床●YSK日本語版ルカ●午前中は感話の準備●昨夜からしきりに修道院生活のことを考えている●若い時から「祈りと労働」にあけくれる修道院生活に魅かれるものがあったが無教会の三谷隆正の「真理観想」(修道院における幸福)による幸福よりも「真理協働」(プロテスタントの神と共にこの世俗で苦難のうちに働くという幸福論)に納得し、修道士にならずに無教会主義の建築士として生きて来た。結婚して家庭を築いた。もし修道士になっていたら私には子供も孫もなかった●しかし今でも修道院を尊敬するのはそこから先進技術や医療技術が誕生していることである。以下はヤフーから引用する。

(ヤフーの引用)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

修道院と先進技術・医療行為 [
編集]
グレゴール・ヨハン・メンデル

修道院が先進技術の発展に貢献した例は多数ある。14世紀・15世紀において戦乱によって農業技術の革新が遅れていたロシアに西欧の輪作技術を導入したのは、ロシア正教会荒野修道院群であった。カトリック教会聖アウグスチノ修道会の修道士かつ司祭であり、のちには修道院長も務めたグレゴール・ヨハン・メンデル (1822-1884) は、遺伝に関する法則(メンデルの法則)を発見した事で有名である。

また、医療、病院もそのルーツは修道院にある。旅人を宿泊させる巡礼者を歓待する修道院、巡礼教会をいうホスピス(hospice)が、がんで余命いくばくもない人が最後の時間を心やすく過ごすための施設、ホスピスに転嫁したこと、歓待する(hospitality)が、病院(hospital)の語源でもある。修道院でリキュール(薬草酒として発達した面もある)が製造されているのもこうした医療行為に由来する

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (ヤフーの引用)おわり

●スイスの時計が高級であるのは、フランスのプロテスタントの一派であるユグノー教徒がカトリックに迫害されてスイスの山中に逃げ込んだが、その中に時計職人が居たのが原因である。●神と共にこの世の(見栄えのしない)労働にいそしむ時、そこに「この世の子ら」に勝る素晴らしいものが生まれるのである.  
●建築の分野では、フランスのシトー会の「ル・トロネ・修道院」は修道士たち自らが石を積み上げて作った礼拝堂である。始めこれを写真で見た時に、何度も言えない感動を覚えた。後に知ったことであるが。近代建築の神様であるるコルビジェはこの修道院に触発されて自らの作風になった。また日本の著名な建築家である磯崎新の著作に「中世の光と影」(写真・篠山紀信)があり、それは同修道院の写真集である。この修道院は窓からの光が闇の中に射し来る設計になっていれ、思わず祈らずにはいられない雰囲気を作る。このように、建築の世界にも修道院が生み出した建築が非常に影響が深い。その理由は彼ら修道士たちが生み出す建築には「精神性」があるからだ。●近代建築のように機能性、経済性、技術性を目指すのとは違い「精神性」を目指している。●日本の桂離宮は、ドイツ人ブルーノタウトを痛く感動させたもので、ル・トロネ修道院にその精神性において似ているが、残念ながらそこに「日本的な美」はあるが「宗教性」が感じられない。●拙宅は一度焼けて、今の家は別の土地に建てたものである。初めの家も今の家も桂離宮を念頭において設計した。材料は木と漆喰と竹と和紙である。見る人は、特に女性は「素敵なお家ネー。高かったのでしょうねー」と口々にいうが、実は高くはないのである。素材が安いからである。おそらくフランスの「ル・トロネ修道院」も私の見るところ、非常に安く出来ているものと思う。●拙宅の完成時にICUのTS教授がお祝いに来て下さったが、氏は一見して「シンプル、ソリッド、ノーブル」と英語で叫んだ。私にとって忘れ得ぬ最大の賛辞を頂いた。これ21世紀の科学技術の方針であるべきだ●原子力発電所にはこの言葉の中のノーブルの精神が欠けていたので多くの人を苦しめている                                      

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カトリック、シトー派の「ル・トロネ修道院」(南フランス、1175年建立)。多くの建築家に建築の精神性を教えた。建築家に好きな建築は?と聞くとその4割がこの建物だと答えると言われる。一歩足を踏み込むと思わず「息を飲む」のだそうだ。一度は訪れてみたいがもう無理だ。 



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金に困った時 ++++++++ 所感

2011/05/18 09:40

110518(水)昨夜、月本昭男先生に詩篇110篇のことで電話でお伺いしたところ、深夜0時50分ごろメールでお答えくださっていた事が今朝分かった。感謝。●昨夜は妻と家庭経済のことで打ち合わせ●人生、金に困ることが何度かある。その場合に残酷にも神になされることはこの世の欲望や希望を一切捨てさせられることである。「貧しき者は幸いなり」は私の人生体験で真理である。
●大体「金に困る」と思う時は「人並みの生活、人並みの学問、学歴、語学、人並みの就職、人並みの学校、人並みの家、人並みの地位、人並みの結婚、人並みの子供、家庭、人並みの健康、人並みの寿命、安心の老後生活、・・・・を持ちたい等、すべて人並の人生を送りたい子供に送らせたい」という心理がその根底にある。●ところが残酷な神はそれらをバタバタともぎ取る。その意味はそれらこの世の幸福を獲得よりももっとすぐれた幸福な富を与え。それに気づかせようとするかららしい。●この事を考える時に次の聖書の個所は全くその通りだと思う。

塚本訳 ルカ 12:13-21
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

●福島原発事故関連で、責任論、補償問題で持ちきりである。もしこの国難をイエスに聞いたとしたら何と答えられるか。きっと上記聖書の個所のように「君、だれが私を裁判官に任命したのか」と言っておいて「一切の貪欲に注意し、用心せよ。財産は命の足しにはならない」と言うに違いない。●この世の肉の幸福、物や学問や地位の充足は本当の幸福ではない。罪赦されて霊の世界に生きることが最高最大の喜びまた幸福なのだ●この余のことは本当の世界である霊の世界の影。●ところでこの本当の世界である霊の世界に生きれば不思議にこの世の「必要」もマタされるものだ。これは私の人生で真理であった●56歳の時に家屋が全焼した。妻が友人に叫ぶように言われた。「寝るところある?、食べるものある?、着るものある?」。あった。総て充たされた。これ神の存在証明である。聖書の言葉の真理証明であった。
 
塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

●私の経験では蔵書の多い人間、大脳皮質が雑学で肥大している人間、家系や人脈を自慢する人、聖書学に精通している人間、高学歴をちらつかせる人間などはことごとく信仰が薄い。否、この量と信仰の深さは反比例している。●イマドキの女性は年収が300万円以下の男性とは結婚したくないという統計調査がある。そういう女性は人を見る目がない。相手の何を見るか、どこを見るかでその女性の幸福が決まる。年収やイケメン度で相手を選ぼうとする女性の多くを作りだす学校教育に問題がある。親に問題がある。●人生、「名刺で勝負するな」「学歴で勝負するな」「金で勝負するな」「家柄で勝負するな」「スタイルや服装で勝負するな」。人間をそれらで判断するな。●8:00 妻は今井館ウィークデーの集いに行く。18:00帰宅
、   
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東北の方々の苦しみは私の罪の為 ++++++++ 所感

2011/05/17 08:40

110517(火)5時半起床●私の属する東京聖書読者会では、「東方の方々の苦しみは私の罪の為です」という涙ながらの祈りや感話が複数ある。これは真に神に聞かれる祈りである。

讃美歌138

1. ああ しゅは たが ため よ に くだりて,

かく まで なやみ を うけ たまえる.


2. わが ため じゅじか に なやみ たもう

こよなき みめぐみ はかり がたし.


3. とが なき かみ の こ とが を おえば,

てる ひ も かくれて やみ と なりぬ.


4. じゅじか の みもと に こころ せまり,

なみだ に むせびて ただ ひれふす.


5. なみだ も めぐみ も むくい がたし,

この み を ささぐる ほか は あらじ.


讃美歌140

1. いのち の いのち に まします いえす よ,

しゅ いえす は わが ため その み を すてて,

ほろび の ふち より みちびき いだし,

くちぬ いのち を あたえ たまえり.


2. ああ しゅよ, しゅいえす は はじをも しのび,

わがため のろいを みに おい たまい,

あくま の わな より すくい いだして,

とわ の やすき を さずけ たまえり.


3. ああ しゅ は わが ため じゅじか を とりて,

たかぶり おごり を みな うちくだき,

しぬ べき つみ より あがないいだし,

あまつ さかえ を えさせ たまえり.


4. わが み に かわりて しに たる いえす よ,

じゅじか を あおげば なぐさめ つきず,

なやみ も おそれ も すべて きえゆく,

しゅ の みめぐみ は ありがたき かな.



讃美歌136-2

2. しゅ の くるしみ は わが ためなり,

われ は しぬ べき つみびと なり.

かかる わが み に かわり ましし

しゅ の みこころ は いと かしこし.
 

●今回の福島第一原発事故は「人災だ」と息巻いて、断罪趣味を発揮している社会派クリスチャンがいるが、上記各種讃美歌を何度も繰り返して歌うべきだ。
●塚本先生の「聖書知識誌に出ていたこと。ウロ覚え。「ドイツの教会でのこと。貧しい寡の指輪を騙し取った人が教会員の中にいた。激怒した牧師は、『即刻悔い改めてその指輪を私のもとに送らなければ『名前を来週の礼拝でバラす』。と言った。すると多くの人から指輪が牧師のもとに送られてきた」という話し。こんな権威のある牧師のいる牧師を持つドイツの教会はさすがである。またその教会員の多くが「私がいけなかったのです。勘弁して下さい」と思ったのはさすがドイツである。
●かってベルリンを訪れた時、都市の真ん中にホロコーストの謝罪記念墓碑があった。その広さは丸の内全体ぐらいの大きさであった。さすがドイツ人。誤り方も見上げたものである。
●10年前に私の家が全焼した時のこと。今井館から見舞金が送られてきたが、理事の連名で「高橋さんの家が焼けたのは私達の罪のためです」という手紙が添えてあった。忘れられない。
●その国に、一人でも神によしとされる人がいれば、神はその国を滅ぼさない。 堕落町ソドムでもそのなかに一人の正しい人がいれば町は滅ぼされない。これ家庭、学校、職場、国家、みな同じ。その一人になれるように生きる事が信者の生き方である。社会批判や社会を断罪して世の中を改造しようと思っている信者は即刻キリスト教を去るべきである。

新共同 創  18:32
18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」

●15:30妻は月本昭男先生の「旧約講義」を受講するために出発21:30帰宅
●21:30より、緊急の家庭内経済会議。さすがに妻は「金を握っている」だけによい案が出る。専門のことは専門家に任せるべきである。なぜか。応用の発想がでるのである。
 

塚本訳 マタ 13:52
13:52 イエスは言われた、「(これがわかれば、すべてがわかるのである。)だから天の国のことに通じた学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものとを(心のままに)取り出す家の主人に似ている。(古い教えと新しい教えとを自由に使いこなすことが出来る。)」

●それにしても、福島の原発問題での官吏の発表には命がない。東電から受けた情報を語っているだけ。責任感のある顔ではない。痛みを感じていない。だから天下り人間は良くないのだ。自己の地位の保身術に満ちていてよい発想がない。


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救世主(キリスト)はだれの子か ++++++++ 所感

2011/05/16 20:33

110516(月)6時起床●TSK日本語版・・・・朝の一時間半の作業は胸が燃えて面白い。やめられない。聖書はなせ胸を熱くするのだろう●6月5日の感話準備、「聖書学者、パリサイ人の偽善・・・目の見えない案内人」イエスが攻撃したのは宗教者の堕落ではなく、霊の目が開いていない人の姿はこうなるのだと言うように読むのが正解。イエスは社会批判をしたわけではなかった。彼らを批判してもよくはならない。目が開いていないのだから注意してもしょうがない


塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」


●5月22日の感話準備。「救世主(キリスト)はだれの子か・・・イエスを神の子と告白する霊」。難解な次の個所の勉強。

口語訳 マタ 22:44
22:44 すなわち『主はわが主に仰せになった、あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、わたしの右に座していなさい』。

●これは詩篇110:1の引用であるが、日本語訳では「主」が2回出てきて難解である。これを次のようにまとめた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*これは詩篇110篇の引用である。この原初の姿は「ある王」(不明)の即位式に王の臣下である詩人が王を「わが主」と称えて歌ったもの。その詩は、第一の主は神(アドナイ)で二番目の「わが主」は不明の「ある王」のことであって別人格である。マルコ(マタイ)は70人訳詩篇(ギリシャ語)から引用しているので両方とも「主」(キュリオス)になっている。これがここの意味が分かりにくくなった原因。これは別人格であるということを示すために、第一の「主」を文語は「エホバ」、新改訳は「主」を太字、欽定訳(KJV)は「The LORD」と太文字にしている。塚本訳は敷衍で区別。イエスの時代にはこの不明の「ある王」はユダヤ人が理想の王として待望するメシヤだと認識されてメシヤ預言の詩となっていた。イエスは当時のこの認識に立って、その理想の「ある王」であるメシヤはこの私(イエス)自身のことを指しているのであると認識しかつ発言した。

文語訳 詩 110:1
エホバわが主にのたまふ 我なんぢの仇をなんぢの承足(しょうそく)とするまではわが右にざすべし

新改訳 詩 110:1
110:1 主は、私の主に仰せられる。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」

欽定訳(KJV) 詩 110:1
1 The LORD said unto my Lord, Sit thou at my right hand, until I make thine enemies thy footstool.


塚本訳 ルカ 20:41-42
20:41 イエスは人々に言われた、「人はどういう訳で、救世主はダビデの子である、と言うのであろうか。
20:42 ダビデ自身が詩篇の中でこう言っているではないか。──『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●19:40 黒崎詩篇註解第43篇校正




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人生が行き詰った時 ++++++++ 所感

2011/05/15 20:52

110515(日)5時起床●TSK日本語版●妻と集会へ。茂木、丹野、村上(民数記)●14:00アンサンブルポエムの演奏会、於キララホール。イギリス世俗曲集より、水本誠作品集より、サリエリ「レクイエム」。水準の高い合唱団であった●あきる野図書館で、原発関係の本●福島の恵と電話懇談。放射線のことは専門外なのでさっぱり分からない。専門分野のことは専門外の人間にはわからないということで意見が一致した●原発問題は右翼系、左翼系の学者がいて政治的になっている。何が何だかわからない●原発問題は、信用できる人の意見に従うのがよいと思う。●私の信者の立場としては、「人間はいつかは死ぬ」。そのことを心得るためによい機会である。●こう言うと高橋はこの世のことを放棄していると批判するオメデタイ人間がいる。●来世に軸足を置いた人生観の方がこの世に正しい働き、効果的な働きが出来る。●宗教や祈りなど効き目がないと言う人間のやみくもの行動は的を得ていない。祈りつつ行動する方が「良い案」が浮かぶ。●人間の仕事は神の祝福がないとうまくいかない。 ●人生が行き詰って「途方に暮れる時」は祈りが突破の手段である。神の祝福を受けるためである。●私は57歳の時に家屋全焼、書籍4000冊消失、その3ヶ月後に脳出血で意識不明。人生「呆然」となったが道が開けた。家も土地も大きなものが与えられ、退院直後はよくしゃべれなかったが今では従前よりよくしゃべるようになれた。(笑)。●人生行き詰れば祈りが効き目がある。神も仏もあるものかと思う時ほど、イチかバチかで祈れる。人生追いつめられるからである。●病気、失業、家庭崩壊、貧困、など人生ボロボロの時の祈り。神はそういう悪い環境を作って人に祈りを教えるのかもしれない。●だから人間は頑張ってはいけないのだ。●頑張れ東日本!は「この世の掛け声」。神には届かない。なぜならそれは人間の栄光は上がっても神の栄光が上がらないからである。そこに祈りがない。●「サンデー毎日:2月20日号P133。長寿の秘訣の中に「祈る」というのがあった。人生は、人間としてまず祈りが大切。●私が35愛の時に建設会社から設計事務所に招かれたのは「彼は祈ることが出来る人間だ」というのも理由であった。


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聖書は読むな、これに聞け。 ++++++++ 所感

2011/05/14 09:07

110514(土)4時半目覚め、5時半起床●TSK日本語版●黙想「聖書は読むのではなくこれに聞く」。関根義夫氏の「浦和集会20周年記念文集」を頂いたが、その中にこの名言があった。同感。また聖書一本と言うことも同感。意味の通らない時は注解を読むが、始めから註解書を読むのは筋が違う●音楽はまず耳で聴きいて、分からないことがあったら音楽辞典を目で見て頭で学ぶのに似ている。●これに関して連想される聖書の個所は次のところ。Jバイブルで検索

マタ   10: 14 [塚本訳

しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

●「高橋君。俺はクラシック音楽はみんな同じように聞こえてしまうんだ」と言った人がいたが、こういう人には音楽の楽しみや喜びを説いても無駄。縁を切るほかない。聖書また同じ。人のの耳はこじ開けられない。それは心の耳だから

マタ   10: 27 [塚本訳

わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

●拙HPは耳打ちされたことを公開するもの。これに同感する者、ムッと来る者、忠告する者、怒る者、迫害しようとする者。それで人間が類型化出来る。大体において耳のない「この世的な人間」

マタ   11: 15 [塚本訳

耳のある者は聞け。

●聖書で「耳のない人、目のない人(マタ23:16,17,19,24)」、と言うのは心の耳、心の目である。それが開いてない人は「この世のことばかりを見たり聞いたり」している。しかし人間の力でその人の心の目や心の耳をこじ開けられないから困難なのだ。神の手術を期待しなければならない。

マタ   12: 42 [塚本訳

また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

●イエスはソロモンより大きい「神の子」であると見える人は神の力で見えるようにさせられた幸いな人(マタ16:15-17)

マタ   13: 15 [塚本訳

この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているのだから。そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り、心を入れかえて(わたし[神]に帰り)、わたしに直されるかも知れない。』

●ここはすごく難解なところだが、神に心の目と耳を開かれていない人間が肉の目と耳とで神の国の秘密を知られるようになっては困ると言う意味。

マタ   13: 16 [塚本訳

だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。

●心の目と耳が開かれてイエスが神の子であることを信じられるようになる人が最高に幸いな人。人生最高の幸福。

黙    2: 7 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者には、神の楽園にある生命の樹からその実を食うことを許すであろう。

黙    2: 11 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

黙    2: 17 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者には隠されたマナを与えるであろう。また白い石を与えるであろう。その石の上には、(それを)貰った者でなければ誰も(その意味を)知らない新しい名が書かれてある。

黙    2: 29 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。

黙    3: 6 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に何と言い給うかを聴け。

黙    3: 13 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に何と言い給うかを聴け。

黙    3: 22 [塚本訳

耳を有っている者は、御霊が(全)教会に何と言い給うかを聴け。

黙    13: 9 [塚本訳

(聞く)耳あらば(私の言を)聴け──

●これら黙示録の「耳ある者は聴け」は、皆同じ。「分かる人に向って言うのだ」。という勢い●拙HPで「使徒伝承」を発信すると「耳ある者」には聞かれる。耳のない人には右から左に通過するだけ。逆にケチを付けられる。それが普通。応答を期待する方が間違いだ。パウロは次のように言った。

塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

塚本訳 Ⅰコリ1:21
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。

●東日本大震災で、多くの人が「死」について考えさせられたに違いない。その思いもかけなかった短い残酷な死。これを納得するのは「復活」きりない。人生はもともと短いのだ。しかし次があるのだ。この人生は次の世界への準備なのだ。無残な死に方を通して来世に希望をつなぐことが出来れば、大震災もまたよいものだったと言えるのだ。復活なくしてこの短い、残酷な、苦しい、淋しい人生は納得できない。

●妻はコーラスの練習に出かけた。


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淋しさを癒すもの ++++++++ 所感

2011/05/13 07:10

110513(金)4時40分起床末●TSK日本語版ルカ●黙想「人生の淋しさ」●淋しさの原因は孤独。人に忘れられる事、分かれる事。具体的には死別、離婚、捨てられる事、終末●この淋しさからの数位は人格の交わりの回復●この事を聖書に見てみよう


塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

●マルタは愛していた兄弟が死んで嘆き悲しんだ。そのときイエスは「復活」だと言った。死の悲しみを癒すものは復活。それも遠い先のことではなく、今ここに復活の人格との交わりがある。「生きている意味が分からなくなった。高橋さんはいいなー。復活を信じられて」と最近言われた。


口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

●結婚は男女の人格の交わり。「二人は一体になる」とは人格的一体の結合。結婚式の儀式を見るのは楽しい、それは神の定めた制度が目に見える形になるからだ。特に結婚は「自分への死」であるから誓約の時が最高。「死の宣言」だからである。

塚本訳  マタ 19:5-6
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

●子は親から離れるのが本能。最近はいつまでも結婚できないマザコン男がいるがそれではいけない。親を捨てて家を出よ。

塚本訳 ルカ 21:26
21:26 全世界に臨もうとしていることを思って、恐ろしさのあまり悶え死にする者があろう。『もろもろの天体が』震われるからである。

●東日本大震災は終末を思わせた。しかし終末では全世界に臨むというのだから「恐ろしさのために悶え死にする」とある。東日本大震災の死者行方不明者が2万人を越える。伴侶や子供や親との死別は何とも痛ましいが、「死別」はいずれだれにでも来るのである。「復活の希望」のみがこのどうしようもない悲しみから癒される。

塚本訳 マタ 24:35
24:35 天地は消え失せる、しかし(いま言った)わたしの言葉は決して消え失せない。
塚本訳  ルカ 21:27
21:27 するとその時、人々は『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『雲に乗って来るのを』見るであろう。

●この地球、宇宙はいずれは消滅する。科学の世界からもそういう。すると人間の思い出という思い出、歴史という歴史の一切が消え去る。この恐怖の悲しみを癒すものはイエスの来臨と復活と永遠の生命。埋まり永遠の人海的交わりsである。 


塚本訳  マタ 24:6-14
24:6 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞くであろうが、あわてないように注意せよ。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。
24:8 しかしこれは皆(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。
24:9 その時あなた達は苦しめられ、殺される。またわたしの弟子であるために、すべての国の人から憎まれる。
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう。
24:11 また多くの偽預言者があらわれて、多くの人を迷わすにちがいない。
24:12 また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える。
24:13 しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
24:14 すなわち、あらゆる国々の人に(わたしとわたしの業を)証しするために、(まず)この御国の福音が全世界に説かれ、それから最後(の裁きの日)が来るのである。

●東日本大震災は「陣痛の始め」。これは起こらねばならなかった事(マタ24:6)

塚本訳  マタ 24:34-35
24:34 アーメン、わたしは言う、これらのことが一つのこらずおこってしまうまでは、この時代は決して消え失せない。
24:35 天地は消え失せる、しかし(いま言った)わたしの言葉は決して消え失せない。

●この世の災害は終末を迎えるための必然

塚本訳 ルカ 12:53
12:53 割れるからである。父対息子』息子対父、』母対娘』娘対母、』姑対嫁』嫁対姑』!」

●兄弟別れ、親子別れも終末が来る前の必然。淋しいことだが、全員が救われるための「陣痛の苦」だと思えばしょうがない。生まれ出る喜びを望む(ヨハネ16:20-22) 

塚本訳 Ⅰテサ4:17
4:17 それから私達(その時まで)生き残っている者が主に会うため彼らと一緒に雲に乗って空中に奪い去られる。かくして私達はいつも主と共に居るのである。 
 
●終末の「陣痛」を耐えるには復活でイエスと会えること。死んだ人は有体的に復活させらえること。生きているうちに終末が来たら、身体が霊体に変化して空中に引き上げられて、イエスという人格に会える。そして「いつも主と共に居る」ことが出来る。

塚本訳  ヨハ 8:9-11
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

●女性は愛する男性に体を赦して人生を失敗した。世間の目や律法に責められ、絶体絶命の時にイエスが「味方」になってくれた。淋しい人生。そのとき赦して下さる人格が近寄って下さった。

塚本訳 ヨハ 4:9
4:9 サマリヤの女が言う、「ユダヤ人のあなたが、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲み物をお求めになるのです。」(女が不審に思ったのは、)ユダヤ人はサマリヤ人と交際をしないからである。

●このサマリヤの女はふしだらな人生で離婚歴5回。人間的にはどうしようもない「女」。おそらく今日ででプロテスタント教会も受け入れないであろう。先ず牧師が「嫌な顔」をするであろう。淋しい人生。友達がいない。しかしそんな「卑しい女」にイエスは近づいて救った。
 

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泣く者と共に泣けない ++++++++ 所感

2011/05/12 09:58

110512(木)4時半起床●TSK日本語版ルカ●昨日のことを妻から聞く。塚本虎二著作集読書会。愛子の家。福音ルーテル東京教会における所沢バッハアカデミーの演奏会。帰宅は22:30.●110512のブログの内容の「喜ぶ者と喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ロマ12:15)について、YT氏からご感想を頂く。感謝。その礼状を次のように認めた。

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YT様
 
信仰の深い交わりに感謝。私はこうも黙想します。
神の愛がこの世の出来ごとに翻訳されるとき「刑罰代受説」になるのではないでしょうか。

藤井武はこのことで愛だけが大切で十字架は不要という考えを書いたところ、内村は「この論考は自分の雑誌に掲載するわけにはいかない」と言って「睨みあい」、内村は火鉢の炭が着物に飛んでじりじりと焼け始めたのにも気がつかない程であったと言う事でした。後に藤井は自分が誤りであったことを内村に詫びたそうです。考えるにこの対決が慈悲の仏教である日本宗教の土壌から贖罪のキリスト教を救ったと言えると思います。ある父親が子供を殴ろうとしたとき、その妻が「殴るなら私を殴って下さい」と言ったそうです。この母親の態度が子供に対して神の義を立て、愛をも立てる「刑罰代受説」の姿ではないでしょうか。

 貴兄が「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に」泣け。これは生来の人間には出来ません。「喜ぶ者を妬み、泣く者を見て「自分でなくてよかった」(と思うのが普通です)と言われることはアーメンです。

テノール歌手の新垣勉氏は生まれた時に看護婦の点眼薬の間違いで即全盲、米兵の父親は妻子を捨てて帰国。荒れた新垣青年は牧師(沖縄の城間牧師)に「俺の人生はなぜこうなったのだ。納得させてくれ」と取りすがって泣いたそうです。すると頭の上に冷たいものが落ちてきてそれは自分の為に一緒に泣いてくれる人が「この世にいる」ことを生まれて初めて知ったそうです。新垣青年の心はこのことが契機で少しずる癒され、遂に「心の目が開いて」神が分かり、今では伝道者として全国を飛び回っています。私は一時彼の後援会に入っていました。「泣く者とともに泣いた」城間牧師と新垣少年を家族の一人にして家に引き取った城間牧師夫人は偉かったと思います。私も泣く者とともに泣けるような「サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」(宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の最後の言葉)と思っています。

高橋照男

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傷ついた葦、くすぶる燈心 ++++++++ 所感

2011/05/11 09:17

110511(水)5時半起床●TSK日本語版ルカ●朝の黙示。「傷ついた葦を彼は折らず、くすぶる燈心を消さない』●イエスは
傷ついた葦やくすぶる燈心のような悲しめる人を探し求めて歩いた。

塚本訳 マタ 12:20a
12:20a 傷ついた葦を彼は折らず、くすぶる燈心を消さない、。

●一国の上層階級をキリスト教に帰依させて、その国をキリスト教化しようとするのはカトリックの手法。戦後カトリックは天皇に洗礼を授けて日本をキリスト教化しようとしたが失敗した。「天皇とロザリオ」。●キリスト教は上からでなく下から入る。ローマ帝国がキリスト教になったのは奴隷階級にキリスト教が浸透し信者の人口が増えたからである。その方が政治がやり易くなったからである。キリスト教は下からである。神の子は「僕の形」を取ってこの世に来られた。
 

塚本訳 2 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

●現在、宮内庁侍従の三分の一はクリスチャンであると言われる(「天皇とロザリオ」)。おそらく「隠れキリシタン」。これはキリスト教が浸透する真の姿を示している。上からでなく下からである。戦後宮中の侍従長、侍従次長は無教会者が3人その役目を果たした。MT,SS、MN氏●また昭和天皇は皇太子の英語教師は「クリスチャン」であることを条件として選任した(天皇とロザリオ)。その結果クェーカーのヴァイニング夫人が選ばれた。これなども僕の姿で宮中にキリストが侵入した姿である。

●マタイ12:20aをTSKで引いて、心に響くものを黙想する。

口語訳 詩  147:3
147:3 主は心の打ち砕かれた者をいやし、その傷を包まれる。

口語訳 イザ 40:1
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、

口語訳 イザ 57:15
57:15 いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえられる者がこう言われる、「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。

口語訳 イザ 61:1-3
61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、
61:2 主の恵みの年と/われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、
61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。

口語訳 エゼ 34:16
34:16 わたしは、うせたものを尋ね、迷い出たものを引き返し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くし、肥えたものと強いものとは、これを監督する。わたしは公平をもって彼らを養う。

口語訳 マタ 11:28
11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

口語訳 ルカ 4:18
4:18 「主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、

口語訳 Ⅱコリ2:17
2:17 しかし、わたしたちは、多くの人のように神の言を売物にせず、真心をこめて、神につかわされた者として神のみまえで、キリストにあって語るのである。
 
●「上からでなく、下から」の姿勢がPTSD(心的外傷後のストレス障害)患者に対する治療の本質。「私は何かあなたを助けることが出来ますか」という姿勢。この治療で上から励ますつもりで説教するのが一番いけないとされる。その点私は失格であった。●母が亡くなったとき。その「死に顔」から「説教しない人になりなさい」という声が聞こえてきた。●「泣く者とともに泣け」 ロマ12:15。これが総ての人間関係の本質。私には出来なかった。「弟子はその師に勝らず」。私は救われるだろうか。神は赦してくれるだろうか。

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牧師は黙っていろ ++++++++ 所感

2011/05/10 17:57

110510(火)5時半起床●TSK日本語版ルカ●10:10 「Jバイブル」の開発者能城一郎牧師が一年ぶりで来訪。家内を交えて懇親懇談5時間。健康のこと、震災のこと、御母堂の肺癌のこと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)患者への対応のこと。特に放射能恐怖症の人に対するメンタルケアの実際について学び私達も心が楽になった。この治療方法では米国が進んでいることも分かった。●PTSD患者に対処する方法の一つに「牧師は黙っていろ」ということが言われていると教えらて感じ入った。その本質は「泣く者と泣け」であって、牧師の説教的慰めは有害なのだ言う


塚本訳ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。


●八王子では教会と病院と警察が連係プレーして自殺願望者を救う体制をとっていると言う●午後からパソコン「Jバイブル2008の件」。私の為に特注プログラムを制作して下さるとは感謝。また私のパソコンの寿命はまだ約3年も大丈夫そうであると診断して下さったのはありがたかった。 ●塚本虎二著「聖書知識」の欠号31冊をコピーして差し上げた。
 ●PTSDとはPost Traumatic Stress Disorder  のことで心的外傷後のストレス障害。1995年(平成7)の阪神・淡路大震災後、被災者に多数みられたもの。そのケアの方法は米国のベトナム戦争の兵士たちを治療するために進歩したと言われる。●今回の東日本大震災のPTSDの患者に対しては基督教が乗り出さなければならないと思った。

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能城一郎牧師をお迎えして。PTSD(心的外傷後のストレス障害)についての教会の
役目を伺い、私達も幾分心が楽になった。 ●PTSDの治療においては「牧師は黙っていろ」 と言われているが最後は「祈りの力」が効力を発すると説明されてホッとした。「祈りなんて効き目がない」と思っている無神論者はPTSDから救われない。


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神に喜ばれる人 ++++++++ 所感

2011/05/09 10:56

110509(月)昨夜は咳きこんで、朝は起きにくかった。昨夜の祈りは「どうか私の健康を取り戻して下さい」●神に喜ばれる人は、何か善行をする人ではない。人格の陶冶ではない。人品卑しからぬ人ではない。「罪を悔いて心が砕けた人である」●私はそういう人を複数知っている。その人はこの世の人からは軽蔑されているが、神には最も喜ばれる人である。神の愛(それは母の愛に似ている)はそういう人を先に救う。

詩    34: 18 [口語

主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。

詩    51: 17 [口語

神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を/かろしめられません。

塚本訳  ルカ 15:18-24
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。

塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

●福島第一原発による農家の苦難は大変なものである。福島在住の三男の状況を知ってその深刻さに心を痛めている。この件に関して、過日YH氏、YT氏と懇談したが、その席で良い考えを伺った。そこで次のように返メールを書いた。

(送信メール)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(前略)

地震津波の復興は「時間」の問題。しかし原発の被害は20年30年後の人体に結果が現れるとなると深刻です。

チェルノブイリでは作物にカリウムを蒔くとそれが先に吸収されるので、放射線によるセシウムを吸収しないのでそうしている。

また各自が放射線量を計測する機械を持っていて「自己チェック」しているとNHKは報じていました。

過日の三者懇談(5月6日)で貴兄が、『日本の農家も自分で「放射線量計測器」(そんなに高くないそうです)を備えて作物を「自己チェック」し、自己の責任(名前入り)のもとに出荷するのがよい』とは素晴らしい案です。義援金はそのように賢く使うことに賛成です。国に頼らず「自己防衛」です。それが真の「自由主義経済」であると解します。神は「途方に暮れる時」に人間が考えもつかなかいよい道を開いて下さるものと思います。神の配慮は各個人に対してであって「国を通さない」と思います。貴兄の案は国としては言い出しません。自分の権威が落ちるからです。
 
高橋

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(送信メール)終わり
 
●NHKFM「気ままにクラシック」のイントロクイズは趣味。逃さずに聞いている。先週の問題にはモーツァルトの歌劇「ドンジョバンニ」序曲冒頭、と回答したが見事に外れた。正解率は過去最低の13%。がっくり。鼻をへし折られた。これで通算31章7敗。正解はドボルザーク、スラブ舞曲第一巻の第8番冒頭。これを正解した人は相当クラシックのオタクだ。


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母の愛、父の義。 ++++++++ 所感

2011/05/08 21:04

110508(日)TSK日本語版ルカ●7:55 妻と集会に出発。歩きながら、こういう日はあと何年続けられるかなーと思った●集会は宮崎、高木(詩篇、大震災と原発に思う)山本(第一コリント、大震災に思う)●MK氏から息子(三男)への励ましの言葉。感謝●13:30妻は合唱の練習●帰宅してTVで「ヴェートーヴェンが愛した女性たち」。マーピッツ氏の新説が面白かった。「エリーゼのために」のエリーゼとは「エリーザベト・レッケル」ではないかという。彼女はベートーヴェン最後の病床を見舞った。ベートーベンはウィーンで40回以上も引っ越しをしたのは新しい楽想を浮かべるためと言う●妻に母の日の祝の花が届いた●神の愛は母の愛に似ている。絶対恩恵による無条件の罪の赦し。私も妻もすでに母はいない●母が居る人はせいぜい親孝行をしておくものだ。人生は短い。墓に布団はかけられない。孝行したいときには親はなし。●集会で、「母の愛は神の愛、父の義は神の義」ということが語られた。しかし父の役割はあまり感謝されないので割が合わない。いいさ、いいさ。義は愛なのである。

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悪夢が覚めない日、鬱病になる日 ++++++++ 所感

2011/05/07 09:58

110507(土)苦しい悪夢を見た。キリスト教の会で司会をやっていたが、プログラムが不備で、話して頂く人が不明かつ順序が混乱。焦っていると聴衆はぞろぞろと帰り始め、近しい人からは司会者が悪いと責められているところで目が覚めた。本当に「夢でよった」と思った。●人生の行き詰まりからの救いは何か。「悪夢から覚める」ことである。●人生で、朝に目覚めても現実のく苦しい日々が続く時がある。悪夢が覚めない時がある。しかしそれは長くは続かない。「この苦しみは長く続く」と事前の恐怖の方が人体に悪影響をおよぼす。それが長く続くと鬱病になる。だからイエスは次のように言ったのだろう。


文語訳  マタ 6:34
6:34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。

口語訳 マタ 6:34
6:34 だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

新共同 マタ 6:34
6:34 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

●神を信ずる者に鬱病なし。なぜか。今の時の苦しみは神が御存知であり、将来のことは総て神が握っておられるtと信じるからである。これなくして将来の見えない不安の人生は安らげない。人生を苦労したパウロは次のように言う。


塚本訳  ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。


塚本訳  ロマ 8:26-28
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。 

●終日次回感話の準備。
「キリストはだれの子か・・・キリストを肉的に見るか霊的に見るか・・・」
●人野場合もその人を肉的に見るのは、学歴、家系、姿形。霊的に見るのはその人を霊として見ること。神の働きをその人に見ること。

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「私だ、恐れるな」 ++++++++ 所感

2011/05/06 21:44

110506(金)福島県二本松市の三男恵の家に泊まる●午前1時30分。地震で目覚める。午前3時半また地震。この時「私だ。恐れるな」という神の声が聞こえたような気がして安心した。●イエスがたびたび「恐れるな」と言った背後にはイエスが神の愛を強く実感していたことがある。これで次回の「感話」が出来た。●7:30見時が顔にマスク、手には手袋と言う完全武装でがっこうに出発。可哀そうになった●9:30華子が離れのピアノ室にあるオルガン(新規購入、ローランド社製)でバッハの「いと高き神に栄光あれ」日本語讃美歌68番の原曲(BWV662)を弾いて解説してくれた。

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華子が讃美歌68番のバッハ原曲を弾いて解説してくれた。神、キリスト、聖霊の三位一体が歌われている。バッハの信仰の深さに感じ入った。これでまた次回感話のインスピレーションを得た。「御子は人間としてはダビデの末から生まれ、聖なる霊としては死人のなかから復活して力ある神の子と定められた方、私達の主イエス・キリスト」(ロマ1:3-4)の意味が啓示された。

●10:30 あだたら聖書集会の湯浅鉄郎先生宅にご挨拶に伺う。送ってくれた華子と三人で懇親懇談。原発を信仰者としてどうとらえるか。
●湯浅邸(あだたら聖書集会室を含む)の地震被害を調査。一部ひび割れがあったが、さししつかえなし。
●13:00 郡山ビッグアイの「はたの」で湯浅鉄郎先生、富永國比古先生と懇親懇談。原発被害のこと。
●15:00 郡山発で東京に向かい18:30帰宅。

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子育ては十字架 ++++++++ 所感

2011/05/05 06:48

110505(木)6時起床●朝の黙想「子育ては十字架」。子育ては肉体的にも経済的にも精神的にも一生涯十字架の重荷である。そのために親は精根をすり減らす。一生涯悩みの連続である●子育ての報酬は子供からは来ない。かえって痛め続けられる。うとまれる。殺されることもある。●親の臨終に立ち会わない子供もいる。生きているうちは親を憎み恨み挙句の果ては親が死んでさっぱりしたというトンデモナイ子供もいる。●そういう人間に対して神は来世ではなくこの世で「天罰」を与える。病気(肉体的、精神的、家庭崩壊)私はそれを知っている。神は正義をこの世で実行する。●神の子イエスは愛したイスラエルから殺された。しかし神は復活させた。ユダヤ人は神に打たれた。神は見ている。これ夫婦関係も同じ。兄弟関係も同じ●子育ては十字架を負わされることである。神はその報酬を有体的復活で報いる●子育ての報酬を生きているうちに老後に報いられると考えるとは間違いだ。子育ての十字架は一生軽くならない●神にそむいた人間の天罰を見なければならないこともまた十字架の苦しみだ。●社会が子を育てる。そのうちに分かるなどと思うのは間違い。子供は悪くなってもよくはならない。それを知るのも苦悩である●「それはもう聞いた」「さっきも言ったように」等と言うのは相手を思いやれない罪人である。●人の心は「目を見れば分かる」。相手を卑しく見る目、睥睨する目、疑う目。人を判断するのは学歴、家系、姿形ではない。心を見よ。●東北の方々の苦しみは日本のため、この私の罪のため。●罰は神の愛の何であるかを示されるため。聖書は天罰の歴史ではなく十字架の愛を示すものだ。 ●連休中に福島県二本松市から来ていた三男の子供二人を福島に送る。

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10:08東京駅20番線ホームから「やまびこ257号」に乗車。見時(左)はこれで新幹線に乗るのは4度目だと言う。妻が持たせたおにぎりを発車直後に食べ始め、引き続きポテチも食べ終わったのは大宮駅。旺盛な食欲は頼もしい

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地震による三男恵の家(福島県二本松市)の被害状況を調査。向って左側の地盤が下がった影響で家も若干下がっている。しかし住むのには差し支えないあと2-30年は大丈夫と診断。

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地割れが 4センチメートルほど。地面が下がった証拠。とにかくトランポリンのように揺れたと言う。

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家の近くにある墓地に行って見ると、ひどい倒れ方をしている墓がかなりあった。
地震の大きさは直後に墓に行って見ると分かると言われる。

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自分の家に戻った見時は落ち着いた。
 

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父(恵)に「よく帰って来たね―」と言われた風人。やはり落ち着いている。


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昭和記念公園に遊ぶ ++++++++ 所感

2011/05/04 09:32

110504(水)5時起床●TSK日本語版ルカ●THから関根清三論考「キリスト教の光と闇」8東大出版会2011.5)を読むようにコピーを頂いたのでその感想を書いた。自分と無教会の反省の為に有益であった。また次回(5月22日)の感話「救世主(キリスト)はだれの子か」(マタイ22:41-46)の探究の為にもなった。
 
●11:00 4家族で昭和記念公園に遊ぶ。

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(あきる野から)高橋照男、トミ子。(浦安から)高橋新一、衣純。(中野から)伊勢喜明、愛子、初音、かなほ、健太郎。(福島県から)近藤見時、風人。計11人。家族が多いというのは喜びも大きいが、悩み悲しみ苦悩も多いものだ。家族が集まるこういう時というのも短い人生の一コマに過ぎない。「苦しみは瞬時にして喜びは永遠」

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各家庭持ち寄りの弁当で昼食。心赦す人との食事は楽しい。

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「みんなの広場」も満員。本日の入園者数は約6万人。アイスランドポピーが満開。

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かき氷を買ってもらって、満足、満足。

●人間関係は「悩み」「苦悩」の種。しかし終末では人類全体が清められる。そのときは悩みが無くなる。人生は短い。キリスト信者の生涯は十字架の苦悩続き。しかし苦悩の重さほど天に積む宝の重さは重い。忍耐、忍耐。耐え忍べ。

 
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孫達の喧嘩の生態 ++++++++ 所感

2011/05/03 09:34

110503(火)5時半起床●TSK日本語版ルカ19章●孫の取っ組み合いの激しい喧嘩。物(怪獣カード)の取り合いが原因。「ドロボー!」「馬鹿たれ!」「お前なんかどっかに行ってしまえ!」「いいよ出て行くから」●私が仲裁に入ると、「おジーちゃんはあっちに行っていろ!」。妻は私に「二人にやらせておきなさい。二人で解決します」●しばらくするとケロッと仲直りするから大したものだ。この点大人は見習わなければならない。●こういう喧嘩の時に「敵を愛せ」などという説教は全く通じない●大人の世界の争いもこの世の物の取り合いが争いの原因。先生の取り合い、聴衆の人気の取り合い、領土争い、食糧争い、神学論争、学問論争、学歴競争の争い、信仰論争。・・・・・「これらはつまらないことだな―」と思った。●孫達の激しい喧嘩を見て、この世は終末まで戦争は絶対になくならないことを学んだ。イエスは次のように言う。


塚本訳 マタ 24:6-7
24:6 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞くであろうが、あわてないように注意せよ。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。

●10:00小寺利男さんが孫に模型飛行機のキットを持ってきて下さる。

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航空工学を学ばれた小寺先生は模型飛行機を作るのが御趣味。
孫達に模型飛行機のキットを持ってきて下さった。
孫達が小寺先生、小寺先生と言って組み立て方を教えていただいた

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昨夜の写真。怪獣カードをしっかり握って寝た孫(風人)。子供が寝れば大人はホッとする。
何の夢を観ているのだろう。 


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生きがいを失う時 ++++++++ 所感

2011/05/02 10:32

110502(月)気が重い朝。人間関係の悩み●生きがいを失う理由は神の霊を頂いてないことと仕事が無くて暇な時。●ヒルティの「幸福論」の結論は「幸福とは神と共にあることと仕事」である。。この結論と一致する●ヒルティは仕事は人間の「分」であるというが、それは「仕事は人間の本分である」と言うことである。その本分を失う時に人間は幸福を失う●神とともにあることだけではいけない。それと共に労働がなければならない。だからカトリックの瞑想生活だけではいけない。そこからエネルギーを得て、「この世」で働かなければならに●その働きは神と共にある時に「その人にふさわしい、仕事や職場に導かれる」●逆に神なき「労働」もまた空しい。それは行動の動機が金や名誉欲や、優越感という、神に与えられた労働の本質を逸脱しているからである。●福島原発のあおりで、福島の野菜農家の人が自殺した。なぜか。原発で仕事が無くなったからである。仕事がないと言うが、ペイする仕事がないだけであって、仕事ならイマドキ沢山ある。片付け仕事でもよいのだ。また神と共にないから「神が何とかしてくださる」という信仰による粘りがない。●人間としては「神もなく、仕事もない」としたらば自殺もやむをえない。生きがいが失われるからである。「生きていてもしょうがない」とは偽らざる心境である。●「愛の対象を失う時」の自殺の原因は何か。愛する人に献げる「労働」を失うからである。この時神と共にあれ真のば愛の対象が見えてくる。それは「お返し」を期待しない労働だ。「無償の愛」。●失恋して修道院に入る例を知っている。プロテスタントは違う。愛の対象を失って、真の愛の対象に出会うのだ。人間的愛(夫婦、親子、親戚、子弟)を失って真の愛の対象が見えてくる。イエスは家族を捨てよ、財産を捨てよ、そして自分の命をも捨てよという。


塚本訳 ルカ 14:26
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。
 
口語訳 マタ 19:21-22
19:21 イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
19:22 この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
 
●昨日集会で感話したときに配布したプリント、「神が人類を滅ぼす『怒りの日』・・・洪水を悔いた神、新約の源流」をHPの使徒伝承にアップロード

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昼食は焼きそば。妻の手伝いをする、見時と風人。

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妻が家の前で孫を相手にサッカー。


●寝る時は私が「兎と亀」の話し。結局は兎が勝つ改変番にした。それぞれの将来を聴いたら、見時は「陸上選手」。風人は「プロレスラー」。

    
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