to 日記と感想 2011年08月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


死生観を正せ ++++++++ 所感

2011/08/31 14:15

110831(水)5時起床●5:40妻が郷里の叔父である佐藤政美の告別式に出席のため出発。帰りに二本松の恵に所によって生活応援。9月3日午後戻る●TSK日本語版ヨハネ●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●ネットで武田邦彦氏の国会参考人意見陳述を見る。扇動的な話し方でカリスマ的である。これでは多くの人が迷わされる●富永國比古先生、岩島清先生と電話懇談●肉の命の損失恐怖に関しては神を信じる人と信じない人とでは土俵が違うから話にならない。●東日本大震災と原発放射能汚染で日本人は「死生観を正せ」と言われているのだと思う。またクリスチャンには「終末と最新と有体的復活を正しく信ぜよ」ち云われたのだと思う。関連聖句と感話を述べる。

死生観関連聖句と感話
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
口語訳 創 2:7
2:7 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 
 
●命は神が与え神が取り去る。命は人間が創造操作加工できると思うところに「畏れ」というものがない。無知である。

口語訳 創 6:2-3
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。
 
 
●人間の寿命は長くても120年とは現実のことではあるまいか。

口語訳 詩 90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。 
 
●現実には70歳では早すぎると思うし、80歳ならマーマーと思う。しかし人生は長さでなない。神を知って永遠の命を喜ぶことができるかどうかだ。
 
口語訳 ヨブ 1:21
1:21 そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。

●ナニ、すべてを失っても裸で帰るのだ。
 
ルカ 23:46
23:46 その時イエスは大声をあげて言われた、「お父様、』わたしの霊をあなたにおあずけします。』」こう言われるとともに、息が絶えた。

●「死の定義」はこの世的には脳死だが宗教的には神が霊の命を抜き去るrとき

塚本訳 マタ 6:27
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

●現実的に延命はむずかしい。しかし人間の努力のほとんどがこの「延命」。しかしその後どこへ行くのか考えてないのが現実。天国に金も家族も家も持っていけない。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

●脳出血で入院していた時のこと。朝目覚めると「アー今日も一日生きられる」と喜んだものだ。死刑執行人は朝「お前は今日死刑執行だ」と言われないと喜ぶそうである。また一日生きられると思うからと言われる。人生も同じだ。一日一日が生きられれば喜ぶべきことなのだ。  
 
口語訳 詩  39:5
39:5 見よ、あなたはわたしの日をつかのまとされました。わたしの一生はあなたの前では無にひとしいのです。まことに、すべての人はその盛んな時でも/息にすぎません。〔セラ

●人生100年としたとして、地球誕生から今日までの45億年をマラソン距離に置き換えると僅か1センチメートル。

塚本訳 マタ 5:36
5:36 自分の頭にかけても誓ってはならない。(頭は神のもので、)あなたは髪の毛一本を、白くも黒くも出来ないのであるから。

●人間は髪を白くも黒くもできないとは真理。

塚本訳  Ⅰコリ12:18
12:18 しかし実際は、神は御心どおりに、器官をひとつびとつそれぞれ(の用途に従って、)体に配置された。
 
●どんなに科学が進歩しても人間は生命をゼロから創れない。 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 死生観関連聖句の感話 おわり

●15:00 小三の孫娘から電話「おジーちゃん!15メートル泳げて検定うかったよ!おジーちゃんのおかげだよ」。ジジバカは思った「ヨーシ。来年は25メートルだ」 ●福島の妻から電話。

 有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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    TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tsk0603.htm

 

  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

 






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God save the Queen ++++++++ 所感

2011/08/30 08:38

110830(火)5時15分起床●TSK日本語版ヨハネ19章。孫のため●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正。協働者(シドニーと福島)への送り状の添え書きを次のように書いた。


送り状の添え書き(一部改変)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄

 

日本は新しい首相(野田)が誕生する事になりました。

首相の「首」が変わっても世の中大きく変わる事はないと思います。

しかし、英国人が「God save the Queen」と国歌で歌って

いるように、野田新首相が彼の小事を神の祝福のうちに果たせるように祈ります。

キリスト信者としては新首相がイエスキリストの神に祝福されるようにとの祈りが大切と解します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
送り状の添え書き(一部改変) 終わり
 
●午後は自由時間。録画してあったNHKTVの「シベリヤ抑留」と「陸軍軍医の戦場」を観賞。日本とも身近な人が関係している。実際に戦争体験をした人は筆舌に尽くしがたい苦しみを舐めた●しかし人間の世界には戦争はやまない。終末までやまない●戦争の無い状態が平和ではない。人間が霊の救いに預かることが真の平和である。

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零戦、その栄光と悲劇 ++++++++ 所感

2011/08/29 20:15

110829(月)5時半起床。朝の啓示「隠れた祈りが神に聴かれる」●このことは人権主義者、行為主義者、唯物主義者、無神論者にはとうてい分からないことである。

塚本訳 マタ 6:4
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳  マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:18
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

●TSK日本語版●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●7:20気ままにクラシックのイントロクイズ。今日の答えはリストのピアノ協奏曲第一番第一楽章●次回感話の推敲●民主党代表選挙。野田氏が決定。誰がなっても神の祝福がありますように●レコーダーに録画してあったNHKアーカイブス「零戦、その栄光と悲劇」を見る。日本は戦力で負けたのではない。神の祝福が無かったので負けたのだ。否、神に打たれたのだ。●零戦の性能の良さは技術者として血沸き肉躍るものであったが、いかんせん神の祝福がなかった。米国は戦争後半に零戦に勝るF6A戦闘機を作って優位になった。●米軍パイロットは「逃げてっもいい」と教えられていたが日本は「人間を粗末にした」この違いが敗戦の理由である。

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若き音楽家の響演 ++++++++ 所感

2011/08/28 18:27

110828(日)5時半起床

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今日は暑くなりそうだ。森の向こうに朝日。人生は曇りでも太陽は照っている

●TSK日本語版●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●10:00妻と二人で家庭礼拝「ヨナの徴(復活の徴)以外の徴は与えられない・・・信仰の唯一の徴(根拠)はイエスの有体的復活・・・」●人生の悲惨、悲嘆は有体的復活によってのみ涙が拭われる。罪と死の恐怖からの救いの喜び。●羽村市の「@ゆとろぎ大ホールで「若き音楽家の響演」を妻と観賞。

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音楽会に行く途中、壁一面に日よけの朝顔を見た。やり過ぎ。

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羽村市の「ゆとろぎホール」は音響がすばらしい。演奏は青梅線沿線に住む「若き音楽家」達のフレッシュな演奏。
竹森真子さんのソプラノと外山道夫氏のバッハのゴールドベルグ変奏曲がすばらしかった。

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まほろばホールの外部空間の床は木製。子供達が遊んでいた。なかなか良い設計だ。

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あきる野市に戻ると夕暮れ。奥多摩連山に日が落ちる。今日は楽しい一日であった。

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十字架は負えなくてよいのだ ++++++++ 所感

2011/08/27 07:50

110827(土)5時起床。朝の黙想「十字架は負えなくてよい」

塚本訳マタ 16:24

16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

 

 

塚本訳マタ 27:31-32

27:31 こうしてなぶった後、外套を脱がせてもとの着物を着せ、十字架につけるために引いていった。

27:32 (都を)出ると、シモンと言うクレネ人に出くわしたので、兵卒らはこの人に有無を言わせずイエスの十字架を負わせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。)

 

黙想 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

●多くの人が、「教会に来る人の6割は精神の病である」と言っている。この世の医者では治せないことが多いから。人生の逆境は医者でなく教会でなく神自身が救う。

●信者は何らかの十字架(刺)を持っている。

●「十字架を負って我に従え」と言われるか、実際のところ、重すぎて負いきれない。いつまでも軽くならない。

●福島県人は十字架を負っている

●家人(夫、妻、子供、親、親族)が十字架である

●自分の病気は十字架である

●矢内原先生は東大の十字架を負った

●塚本先生は教会主義の十字架を負った

●牧師は教会員の、教会員は牧師の、信者はエクレシアの十字架を負う

●十字架は自力でガンバッテ負ってはいけない。イエスも負いきれずにクレネ人シモンに負ってもらった。

●十字架は負えなくて崩れ落ちるときに神にあって負えたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●10:00日本青年館で「日本有機農業研究会 40周年記念シンポジウム」に妻と出かける。

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●放射線汚染に対し有機農業が有効に働くという事実には目から鱗であった。
●チェルノブイリ以後ヨーロッパでは有機農業が右肩上がりで急増という発表
●母なる大地は、放射線汚染を食い止めてくれる
●植物がセシウムを吸収する率は少ない


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左から安西力(福島県二本松市、三男恵と一緒に働いている)、大内信一(シンポジスト福島県二本松市、三男恵の農業指導者、,無教会あだたら聖書集会)、高橋照男。 撮影は妻のトミ子。
●大内氏の見解。「今朝の新聞報道。二本松における早場米のセシウム検査で玄米一㎏あたり 22ベクレルで国が定めた暫定基準値500ベクレルを大幅に下回ったので安堵。今年の刈り入れでもまず大丈夫だろう。」
●野菜(キューリなど)のセシウムは無検出で高く売れていると安斉さんは喜ぶ。

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●シンポジストの一人槌田劭(つちだたかし、有機農業研究会)氏は「有機農業では食えない」という時の「食えない」という概念は「人並みの生活ができない」という内容であって、よくない考え方だと警告。●槌田氏ははじめ科学技術を専攻し、京都大学の助教授であったが、分業化のエゴが生み出すセクショナリズムに「組織悪」を感じ科学技術を放棄して大学を辞任した経歴を話された。●ただしこの考え方に高橋は異論がある。人間は皆各々「小事」で生きているのだ。

●終了は17:30 朝から7時間半の白熱した議論を聞いて疲れた。しかしこの会に全国から約300人ぐらいの熱心な有機農業者や食品関係者が出席したのは目を見張った。若い人がかなり出席していたことに心強さを感じた。

●二本松市で有機農業は可能という希望が出てきて感謝。

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人を赦せない苦しみ ++++++++ 所感

2011/08/26 10:34

110826(金)5時目覚め。朝の啓示「人を赦せない苦しみ」「主の霊のあるところに自由あり」●TSK日本語版ヨハネ●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●朝の迷走。人を赦せない時は人世苦のうちで最大の一つである。もがいても赦せない。一般道徳、儒教道徳でも赦せない。その苦しみの時「主の霊が降る」と不思議に赦せる。まるで魔法にかかったようである。思いついた関連聖句を掲げ、感話を書く。

塚本訳 ヨハ 8:31-34
8:31 すると信じたユダヤ人に言われた、「もしわたしの言葉に留まっておれば、あなた達は本当にわたしの弟子である。
8:32 真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」
8:33 しかし彼らは(その意味がわからずに)答えた、「わたし達はアブラハムの子孫で(自由人で)ある。いまだかつてだれの奴隷にもなったことはない。どうして『あなた達は自由になる』と言われるのか。」
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。

●やられた時にはやり返したくなるのが人間の本能。これ正義の貫徹である。正当防衛である。この感情を道徳で抑え込むのは無理。本能的にかつ生理的に無理。いつまでもネチネチ陰湿に恨む。我慢してもいつか「堪忍袋の緒が切れる」「爆発する」「暴走する」。するとすっきり、さっぱりする。せいせいする。しかし悩みは消えない。こういう罪に苦悩したのはパウロ。  

塚本訳 ロマ 7:23-25
7:23 わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。
7:25 ──神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!──従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである。

●この24節と25節の間に「主の霊」が降ったのであろう。パウロはそれで罪の苦しみ(赦せない苦しみなど)から解放され、自由にされたのである。


口語訳 Ⅱコリ3:17
3:17 主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。

●これは不思議な現象である。この世ならざる事実である。魔法にかかったようなものである。

塚本訳 ヨハ 8:32
8:32 真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」

●国立国会図書館ロビーの梁には少し違うがこの言葉がギリシャ語で書かれている。しかしこの「自由」の概念が分かる人は神に自由にされた人だけ。一般的には「自由」と言うと圧制からの自由など人権主義者が遣う概念となっている。

口語訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。
 
●この言葉を哲学的に解釈してはならない。この意味は「主の霊」の事である。

塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8 我らは眞理に逆ひて能力なく、眞理のためには能力あり。

●この句はA・シュヴァイツァーの特愛の句。この真理を正義ととらえて「戦争」の根拠とするから戦争はやまない。この真理は「主の霊」の事である。 

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

●人を赦せない苦しみで「もだえ苦しんで」いると、不思議に主の霊が降って楽になり赦せるようになるのだ。イエスが「もだえ」苦しんで祈っている時に、天使が現れたように、私達にも「主の霊」が」くだるものだ。 
 

塚本訳  ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』


●イエスの苦しみはゲッセマネの祈りが絶頂。その時の天使の助けで「勝利」したことにより、あとは肉体の苦痛だけであった。だから十字架上で「彼等を赦し給え」と祈れたのである。
 
塚本訳  ヘブ 2:17-18
2:17 そのため、彼はどの点からしても『兄弟』(である人間)に似ざるを得なかったのである。彼は(人間に対して)憐れみぶかい、神に関することについては忠実な大祭司となられた。それは民の罪を贖うためであった。
 
2:18 というのは、みずから誘惑にあって苦しみをうけたので、(同じく)誘惑にあう者を助けることが出来るからである。

●神の子イエスは「人の苦しみ」を知っておられたから、我々の「人間としての苦しみ」を知って救って下さる。 

塚本訳  マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15
人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

●初めに主の霊の降下による「罪の赦し」。然る後の神への祈りである。そうでないとこの「主の祈り」は論理的に矛盾する。

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神の創造の業を見る喜び ++++++++ 所感

2011/08/25 11:27

110825(木)6時15分起床、雨。昨夕は庭の散水栓の蛇口を閉め忘れて連続約5時間水が垂れ流しであった。寝る前に水の音がしたので気がついた。加齢は「うっかりミス」が多くて困る。水道代が大変だ●TSK日本語版ヨハネ●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●残りの人生の機関、神の創造の業を見て喜ぼう。楽しもう。その関連聖句をピックアップする。


口語訳 創  1:12
1:12 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた


●「よしとされた」はヘブライ語で「美しかった」という意味。良いものは美しい。

口語訳 創  1:28
1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。

●現代の問題。結婚しない(したくない)若者が多いのは「生きる喜び」[と「結婚生活に喜びを」見出せないから。これでは人口減で人類消滅だ。カトリックの神父の独身主義は誤り。イエスは結婚を祝福された。(カナの婚礼、ヨハネ2:1-12)。「家庭生活は愛の学校」と言ったのはヒルティ。家庭生活には苦があるがこれは「愛」を学ぶ道場。

口語訳 詩  119:71
119:71 苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを/学ぶことができました。

●家庭生活、職場の人間関係、親戚間の確執などはこれみな「試練」。これをとおして「神のおきて」なる「赦し」を否応なしに学ぶ。


口語訳 ヘブ 5:8-9
5:8 彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、
5:9 そして、全き者とされたので、彼に従順であるすべての人に対して、永遠の救の源となり、

●罪なきイエスも苦難で従順を学ばれたが、それは人間と同じ姿でこの世に降られたから。(ピリピ2:6-8)

口語訳 創  1:31
1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

●世界創造の時の美しさはいかばかりであったか。宇宙飛行士が宇宙から地球を見た時「地球は青かった」と言った。


口語訳 詩  19:1
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。


●白い雲、高い雲を見ると神が最高の芸術家であることを思う。

口語訳 詩  19:5
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。

●朝日がぐんぐん上る勢いは花婿の喜び。結婚は神の祝福したもうこと。イマドキのワカイモンは教育資金住宅事情から産児制限をする。神は泣いている。

口語訳 詩  121:1-3
121:1 わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。
121:2 わが助けは、天と地を造られた主から来る。
121:3 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。

●山岳信仰ではない。昔藤原藤男という伝道者は山は聖霊の盛り上がりのようだ」と言った。信仰がなければそういう見方はできない。「そこに山があるから登るのだ」などという水準の低い人間的な思いでは淋しい。

口語訳 ヨブ 9:8-9
9:8 彼はただひとり天を張り、/海の波を踏まれた。
9:9 彼は北斗、オリオン、/プレアデスおよび南の密室を造られた。


●宇宙の大きさ、夜空のすごさを見ると神を思わざるを得ないが、都会では星が見えなくなっている。

口語訳 詩  8:4
8:4 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。

●宇宙の大きさからしたら地球は塵。そのに住む人間はまた塵、人間の一生もまた瞬き。

口語訳 詩  84:1-3
84:1 万軍の主よ、あなたのすまいはいかに麗しいことでしょう
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。
84:3 すずめがすみかを得、つばめがそのひなをいれる巣を得るように、万軍の主、わが王、わが神よ、あなたの祭壇のかたわらに/わがすまいを得させてください。

●人間、どこに住むべきか。経済的な理由から決まるが、心は「主の家」に住まなければならない。大きな庭のある家だ。 
 
口語訳 詩  27:4
27:4 わたしは一つの事を主に願った、わたしはそれを求める。わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを

●これが人生最高の目的、しかも喜び。人類の至宝「ウェストミンスター小教理問答書」の代一問。「人生の主たる目的は何か」。答え「人生の主たる目的は、神の栄光を表し、永遠に神を喜ぶにある」。似ている。

口語訳 詩  146:2
146:2 わたしは生けるかぎりは主をほめたたえ、ながらえる間は、わが神をほめうたおう。

●私の余命、即ち「生けるかぎり」の人生観はこれだ。私の知人で「生けるかぎり、老後を遊び尽くそう」という雰囲気の人がいるが、おそらく決して真の喜びは得られないであろう。ヒルティはゲーテのような生き方を」大批判している。またヒルテイの国スイスに観光旅行に来る人に「決して真の安らぎは得られない」と水を差している。「そんなことどうだっていいじゃーないか」と言う「遊び人」とは付き合ってはいけない。身が汚れる。


口語訳 詩  133:1
133:1 見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう。


●夫婦、親子、兄弟、親族がいがみ合っているのは「神なき世界」だから。人間的和合では真の安らぎは得られない。

口語訳 詩  23:1-3
23:1 主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。


●人間には「主」が必要であるが、それが人間では安らげない。

口語訳 ヘブ 11:3
11:3 信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである


●信仰による世界観人生観は万巻の書を読むよりこの一句で足りる。

口語訳 ヘブ 11:1
11:1 さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。

●これ信仰の定義としてよく語られるが、前提として霊の働きが必要。それなしに信ぜよというのは理性の犠牲になる。


口語訳 ヘブ 11:13
11:13 これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。

●「望」は信仰、希望、愛のうちの重要なること。来世の希望無くして人生は空しい、淋しい。

口語訳 黙  21:3-4
21:3 また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、
21:4 人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

●「行って見たこともない」ものは信じて喜ぶものである。希望である。

口語訳 黙  22:1-5
22:1 御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、
22:2 都の大通りの中央を流れている。川の両側にはいのちの木があって、十二種の実を結び、その実は毎月みのり、その木の葉は諸国民をいやす。
22:3 のろわるべきものは、もはや何ひとつない。神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、
22:4 御顔を仰ぎ見るのである。彼らの額には、御名がしるされている。
22:5 夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照し、そして、彼らは世々限りなく支配する。

●聖書は「命の木」(創世記3:22)にはじまり、「いのちの木」(黙示22:2)でおわる。人生で最も喜ばしいことは「いのち」である。それは肉の命でなく「霊の命」
 
resize1963.jpg 

昨日の続きで今日は玄関周りの塗装。本職のようには上手くいかないが、自分でやった仕事というのは「美しく」見える。
天地創造の時、神は「これを見て良しとされた。」とあるが、この「良し」は「美しい」 という意味である。善なるものは美しい。自分で作る食事はおいしい。自分の子供はかわいい。

口語訳 創  1:17-1
1:17 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、
1:18 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた

 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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    TSK日本語版・目次

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  ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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病妻を抱えてしまった友人へ ++++++++ 所感

2011/08/24 08:17

110824(水)5時半起床●TSK日本語版ヨハネ18章。毎朝聖書に触れることは楽しい●夫人が思わざる病になってしまった友人にメール。人間、この世では悩みがある。人は必ず自分や家族親族に何かしらの刺(とげ)を抱えているものだ。人生は不完全なのだ。うまくいかないのだ。

病妻を抱えてしまった友人にメール、一部改変
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❍❍様
奥様が家事の道具も持てない筋肉の御病気とは、ひどいことですね。

それにしても貴兄も家事負担、御苦労様です。しかし一番の御心痛は奥様です。
建築の世界の事ですが、建築の部品は「疲労現象」があります。超高層ビルは常に風で揺れていて、鉄骨は「疲労破断」があるのでその寿命は100年です。

その点木造住宅は悪い部分の木材を取りかえる事が出来る(柱の根継ぎなど)ので長持ちできるのです。近代建築の柱などはそれが出来ません。人体も大分部が取り換える事が出来ません。取り換えると逆にまずいことが起こります。脳は取り替えられません。

東日本大震災による息子の行き詰まりに遭い、私はしきりに「早く終末がきてほしい」と祈るようになりました。「この世の悩み」の解決は終末による有体的復活以外にはあり得ないと思います。これ逃げではありません。正しい認識と思います。心が安定して初めてこの世の問題に立ち向かう事が出来るのです。来世観があって初めてこの世の小事に正しく熱心になれるのです。来世観なくしてこの世を見れば「絶望」あるのみです。


文語訳 ヨハ 16:33

16:33 此等のことを汝らに語りたるは、汝ら我に在りて平安を得んが爲なり。なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝てり』

 

口語訳 ヨハ 16:33

16:33 これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。
 
塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
病妻を抱えてしまったた友人にメール、一部改変 終わり

●郵便局、散髪、●散髪店の店主(一人)は私が予約した時間に行くとクラシックのCDをかけてくれる。●DYでペンキ購入。

resize1962.jpg 

~♫~夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬、遠い空~♫~

あの尾瀬の多くは東電が所有しているため乱開発が阻止されている。しかし今度の原発補償問題で手放さざるを得なくなるか。

●15:00外部の木部柱梁に塗装。但し手の届くところのみ。家はいつまでも美しくしておかなければならない。手の届かない2階は自然に黒くなるのを待つ。家も体も自然に生き、自然に朽ちるのが理想だ●塗装作業は暗くなって終了。ビールをグッと飲みたいところだが、酒は全然ダメ。体がメロメロになってその後がいけない。宴会ではもっぱらビール色しているウーロン茶。●17;40 妻はフォーレ・レクイエムの応援のために東大和市に練習に出かける●長生きの秘訣は何か好きな事に打ちこんでいればいいらしい。


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文字<画像<建築<霊 ++++++++ 所感

2011/08/23 22:11

110823(火)6時半起床●TSK]日本語版ヨハネ18章、ヨハネ福音書は信仰の説明書、パウロ書簡と同じ。だから説明書を読んでも信仰には到らない。●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●15:15妻と出発。水墨画「創世記」(岩波書店)。画家司修と訳者月本昭男の対談。於神田神保町、東京堂第一ビル。多くの人に会った。蜷川文子、山田光子、村上賢二、斉藤みち、阿部、田中、中尾美都子、山口周三・・・・・●最後のまとめで月本先生が「文字よりも画像の方が情報量が多いことがわかった。パソコンでもそうらしい」と言われたのが印象に残る●それを拡大すると文字よりも画像、画像よりも建築、建築よりも霊の方が情報量が多いということになる。画像は二次元、建築は3次元、霊は4次元だ。●月本先生は数カ国語に通じておられるから、その発言には重みがあった。●j諜報量の大きさを図式化すると次のようになる。
文字<画像<建築<霊 

●音楽は建築と霊の中間ぐらいか。●終了後、月本先生に立ち話で旧約のノアの洪水物語とギルガメシュ叙事詩の洪水伝説の関係について質問する●最近は無教会からカトリックに行く人、魅かれる人がいる。やむを得ない。無教会に「人物」がいなくなったからだ。しかしその人の無教会主義というのは「先生オッカケ主義」だったのだ。「先生で立つ人は先生で倒れる」●私もカトリックの知人がいるが、カトリシズムに魅かれたのではなく、シスターや神父、つまり人間に魅かれたらしいのだ。福音は人間を通して伝わる。●しかし「我カノッサに行かじ:」である。聖書中心のプロテスタントたれ。

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来世実在の信仰的根拠 ++++++++ 所感

2011/08/22 17:33

110822(月)4時45分起床●TSK日本語版ヨハネ。ヨハネ福音書は共観福音書の補完するもの。説明するもの。●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●NHKFM「気まクラ」イントロクイズ。今日も難問。セミプロに聴いても分からなかったが昼頃パッと思いだす。グリーグ「ホルベルグ組曲・前奏曲」●9月4日の感話の原稿。骨子を次のようにした。

9月4日感話骨子。(引照の中味はブログでは省略 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヨナの徴(復活の徴)以外の徴は与えられない

・・・信仰の唯一の徴(根拠)はイエスの有体的復活・・・

 

2011.9.4 すずめの会 感話 高橋照男

 

塚本訳 マタ 12:38-42 ヨナの徴

 

12:38 すると数人の聖書学者とパリサイ人が口を出して、イエスに言った、「先生、(では、神の子である証拠に)あなたの(不思議な)徴を見せてください。」

 

「感話と引照」

●「キリストは本当に神の子か」の問いは重要。どうしたらそれが分かるのか

塚本訳 マタ 16:1

● 信じるのに徴(奇蹟)を求めるのは人間として自然。裁判には証拠が必要

塚本訳 Ⅰコリ1:22


● 信仰に到るには物理的証拠だけでは役に立たない。
教会、洗礼聖餐、

塚本訳 ヨハ 3:1-3 

塚本訳 マコ 15:32

塚本訳ヨハ 12:37

12:39 彼らに答えられた、「この悪い、神を忘れた時代の人は、(信ずるのに)徴をほしがる。しかしこの人たちには、預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない。

 

「感話と引照」

●「証拠があれば神を信じたい」という人は理性の納得を要求している。

塚本訳マタ 16:4

 

●神は人を救うとき、まずその人に救いの願いを起こさせる。

塚本訳ピリ 2:13

 

●神は全人類を救おうと思っておられる。えこひいきはない。但し順序がある。

塚本訳ヨハ 10:16

 

●神と復活を信じられるのは神の主権が働く時で、理性の努力では不可能

塚本訳ヨハ 6:44 

塚本訳マタ 11:27

塚本訳 ヨハ 14:22-23

塚本訳 ヨハ 17:8

塚本訳 ヨハ 16:13

塚本訳 ヨハ 3:8

塚本訳 使  16:14

塚本訳 Ⅱコリ13:13

塚本訳 ヨハ 6:36-37

 

12:40 すなわち『ヨナが三日三晩大きな魚の腹の中にいた』ように、人の子(わたし)も三日三晩地の中におるのである。

 

「感話と引照」
 

●イエスの死と復活はヨナが海に投げ込まれ三日三晩闇の中にいたのと類似

新共同 ヨナ 2:1

新共同 ヨナ 2:11

塚本訳 ルカ 11:30

塚本訳 ルカ 24:46-47

 

●救われた人間には安息のために徴が必要。そのはイエスの復活とその伝承

塚本訳Ⅰコリ15:3-5

塚本訳 ロマ 1:4

 

●イエスの復活預言は史実か。イエスの生前の言葉は聖霊が降ることで分かる
塚本訳ルカ 24:7-9

塚本訳 ヨハ 13:19
塚本訳 ヨハ 14:26
塚本訳 ヨハ 16:4

●イエスの遺体の消失は衝撃であった。「三日目に」ということは歴史内の事

塚本訳 ルカ 24:31-32

 

●イエスの復活は弟子すらも疑った。人間の理性は有体的復活を疑うのは当然

塚本訳 ヨハ 20:25

塚本訳 マタ 28:16-17

12:41 しかし人々は信じない。(だから)ニネベの人がこの時代の人と一しょに(最後の)裁き(の法廷)にあらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、ニネベの人はヨナの説く言葉に従って悔改めたが、(この人たちは、)いまここにヨナよりも大きい者がいる(のに、その言葉に従わない)からである。

 

「感話と引照」

●ニネベの人はヨナの言葉に悔い改めた

口語訳 ヨナ 3:4

口語訳 ヨナ 3:10

 

●イエスに神の子の自覚があってもそれを人間が告白するのは聖霊の働き

塚本訳 マタ 16:13-17

塚本訳 マタ 26:63-66

塚本訳 ヨハ 10:30

塚本訳 ヨハ 10:32-33

塚本訳 ヨハ 14:6

 

●ヨナ書は4章と短いながら「裁きと赦し」がテーマで新約の曙である。

口語訳 ヨナ 4:1-2 

口語訳 ヨナ 4:9-11

 

●ラザロが復活してもイエスを信じなかった人達。人間は復活を信じられない。

塚本訳 ヨハ 12:9-11

塚本訳 ルカ 16:31

 

12:42 また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

 

「感話と引照」

●イエスの復活の霊の体はこの世の教会堂やその制度や組織よりも大きい。

塚本訳 ヨハ 2:19-22

塚本訳 マタ 12:4-6

 

●地上のエクレシアは「キリストの霊体」という世にも不思議な団体である

塚本訳 エペ 4:16-17

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9月4日感話骨子。(引照の中味はブログでは省略) 終わり 

復活の「使徒伝承」を連鎖的に受け継いでいる人が生きているだけで教会エクレシアは実在する。その人がどのような形の生き方でも構わない。聖職者でなくてもよい。生きていさえすればよい。なぜか、その人から地下水のように噴水のように水が湧き出てるからである。伝道しなくてもよい。活動しなくてもよい。行為しなくてもよい、「証」しなくてもよい。ただ生きていさえすればよいのだ。聖書的根拠は次だ。 


塚本訳 ヨハ 6:27-29
6:27 (食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい。これは人の子(わたし)があなた達に与えるのである。神なる父上が、(これを与える)全権を人の子に授けられたのだから。」
6:28 すると人々がたずねた、「(それをいただくために)神の(御心にかなう)業をするには、何をすればよいのでしょうか。」
6:29 イエスは答えられた、「神がお遣わしになった者を信ずること、これが(御心にかなうただ一つの)神の業である。


塚本訳 マコ 5:18-19
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った。
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。」

塚本訳 使  4:19-20
4:19 ペテロとヨハネとが答えた、「神よりもあなた方の言うことを聞く方が、神の前に正しいかどうか、判断してください。
4:20 わたし達は自分で見たり聞いたりしたことを、話さないわけにはゆかない。」

口語訳 エレ 20:7
20:7 主よ、あなたがわたしを欺かれたので、わたしはその欺きに従いました。あなたはわたしよりも強いので、わたしを説き伏せられたのです。わたしは一日中、物笑いとなり、人はみなわたしをあざけります。

口語訳 エレ 20:9
20:9 もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火の/わが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。

口語訳 アモ 3:8
3:8 ししがほえる、だれが恐れないでいられよう。主なる神が語られる、だれが預言しないでいられよう」。

口語訳 Ⅱサム23:2
23:2 「主の霊はわたしによって語る、/その言葉はわたしの舌の上にある。

塚本訳 使  1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」


塚本訳 使  2:4
2:4 すると彼らは皆聖霊に満たされ、御霊に言わせられるままに、いろいろな外国語で話し出した。


塚本訳Ⅰコリ9:16-17
9:16 なぜなら、たとい福音を伝えたところで、わたしの誇りにはならない。なぜなら、(神に)強要されているのだから。なぜなら、もし福音を伝えないならわたしは禍だからである。
9:17 なぜなら、わたしが自分から進んでこれをしているというのなら褒美もいただこうが、否応なしであってみれば、この職を(神に)託されているに過ぎないからである

 有体的復活の使徒伝承

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罪と死の恐怖からの救い ++++++++ 所感

2011/08/21 19:04

110821(日)4時半起床●TSK日本語版ヨハネ●妻と二人の聖日家庭礼拝のためにヨナ書の勉強。その骨子。

家庭礼拝資料 聖書引照の内容は省略

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

旧約の人間ヨナの限界

 

①・・・ヨナはなぜ神の命令を避けて逃げたのか

②・・・連れ戻されて再びニネベに遣わされたヨナの不平とは何であったのか

③・・・ヨナがニネベの滅びを見届けようと思ったのは正しかったか

④・・・ヨナの不平に対する神の答えは新約の曙だがヨナに納得できたのか

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

①・・・ヨナはなぜ神の命令を避けて逃げたのか

 

口語訳 ヨナ 1:1-3

1:1 主の言葉がアミッタイの子ヨナに臨んで言った、

1:2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって呼ばわれ。彼らの悪がわたしの前に上ってきたからである」。

1:3 しかしヨナは主の前を離れてタルシシへのがれようと、立ってヨッパに下って行った。ところがちょうど、タルシシへ行く船があったので、船賃を払い、主の前を離れて、人々と共にタルシシへ行こうと船に乗った。

 

感話と引照

●人間は神から声をかけられると逃げ隠れするものだ。しかし逃げられない。

 

口語訳 創  3:8-10

口語訳 詩  139:1-2

口語訳 詩  139:9-10

塚本訳 ヨハ 2:24-25

塚本訳 ヨハ 3:20-21

塚本訳 ヨハ 13:26-27 

塚本訳 ヨハ 13:30

 

②・・・連れ戻されて再びニネベに遣わされたヨナの不平とは何であったのか

 

口語訳 ヨナ 2:10

2:10 主は魚にお命じになったので、魚はヨナを陸に吐き出した。

 

口語訳 ヨナ 3:1-10

3:1 時に主の言葉は再びヨナに臨んで言った、

3:2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、あなたに命じる言葉をこれに伝えよ」。

3:3 そこでヨナは主の言葉に従い、立って、ニネベに行った。ニネベは非常に大きな町であって、これを行きめぐるには、三日を要するほどであった。

3:4 ヨナはその町にはいり、初め一日路を行きめぐって呼ばわり、「四十日を経たらニネベは滅びる」と言った。

3:5 そこでニネベの人々は神を信じ、断食をふれ、大きい者から小さい者まで荒布を着た。

3:6 このうわさがニネベの王に達すると、彼はその王座から立ち上がり、朝服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中に座した。

3:7 また王とその大臣の布告をもって、ニネベ中にふれさせて言った、「人も獣も牛も羊もみな、何をも味わってはならない。物を食い、水を飲んではならない。

3:8 人も獣も荒布をまとい、ひたすら神に呼ばわり、おのおのその悪い道およびその手にある強暴を離れよ。

3:9 あるいは神はみ心をかえ、その激しい怒りをやめて、われわれを滅ぼされないかもしれない。だれがそれを知るだろう」。

3:10 神は彼らのなすところ、その悪い道を離れたのを見られ、彼らの上に下そうと言われた災を思いかえして、これをおやめになった。

 

 

口語訳 ヨナ 4:1-3

4:1 ところがヨナはこれを非常に不快として、激しく怒り、

4:2 主に祈って言った、「主よ、わたしがなお国におりました時、この事を申したではありませんか。それでこそわたしは、急いでタルシシにのがれようとしたのです。なぜなら、わたしはあなたが恵み深い神、あわれみあり、怒ることおそく、いつくしみ豊かで、災を思いかえされることを、知っていたからです。

4:3 それで主よ、どうぞ今わたしの命をとってください。わたしにとっては、生きるよりも死ぬ方がましだからです」。

 

感話と引照

●「世に裁きを宣告したものは笑われる」。これ預言者や信者の宿命、悲しみ

 

塚本訳 マコ 6:3-4

塚本訳 ヨハ 4:43-44

塚本訳 ヨハ 7:14-15

塚本訳 Ⅰコリ1:17-18

口語訳 イザ 53:3

塚本訳 マタ 27:39-46

 

 

③・・・ヨナがニネベの滅びを「高見で見物」しようと思ったのがいけない

 

口語訳 ヨナ 4:5

4:5 そこでヨナは町から出て、町の東の方に座し、そこに自分のために一つの小屋を造り、町のなりゆきを見きわめようと、その下の日陰にすわっていた。

 

感話と引照

●信者は不信者の不幸を見て天罰だと思いがちだが、それは復讐する旧約人間。

 

口語訳 エレ 17:15

口語訳 エレ 17:18

塚本訳 マタ 5:38-48

 

④・・・ヨナの不平に対する神の答えは新約の曙だがヨナに納得できたのか

 

口語訳 ヨナ 4:6-9

4:6 時に主なる神は、ヨナを暑さの苦痛から救うために、とうごまを備えて、それを育て、ヨナの頭の上に日陰を設けた。ヨナはこのとうごまを非常に喜んだ。

4:7 ところが神は翌日の夜明けに虫を備えて、そのとうごまをかませられたので、それは枯れた。

4:8 やがて太陽が出たとき、神が暑い東風を備え、また太陽がヨナの頭を照したので、ヨナは弱りはて、死ぬことを願って言った、「生きるよりも死ぬ方がわたしにはましだ」。

4:9 しかし神はヨナに言われた、「とうごまのためにあなたの怒るのはよくない」。ヨナは言った、「わたしは怒りのあまり狂い死にそうです」。

 

口語訳 ヨナ 4:10-11

4:10 主は言われた、「あなたは労せず、育てず、一夜に生じて、一夜に滅びたこのとうごまをさえ、惜しんでいる。

4:11 ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」。

 

感話と引照

●大いなる魚(ヨナ1:7)もとうごまが枯れた(ヨナ4:7)のも御手のうち

 

塚本訳 マタ 21:19


●おなじ「死にたいくらいだ」でもヨナとイエスとでは質が違った。

塚本訳 マタ 26:37-39

塚本訳 Ⅱコリ7:10

 

●十字架の救いに預かれないで人を赦せない旧約人間ヨナには限界があった

 

塚本訳ルカ 23:33-34

塚本訳 ロマ 12:19-20

塚本訳 ルカ 17:3

塚本訳ヨハ 10:16

 

●ヨナは大きい人であったが、旧約人間。人を赦せる新約人間の方が大きい。

 

塚本訳 マタ 12:41

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

家庭礼拝資料 聖書引照の内容は省略  終わり

●イエスはマタ12:39で「預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない」と言っているが、これは復活が唯一の徴であることを示す。


塚本訳 マタ 12:39
12:39 彼らに答えられた、「この悪い、神を忘れた時代の人は、(信ずるのに)徴をほしがる。しかしこの人たちには、預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない。

●復活の徴とは、「キリストが三日目に死人の中から甦ったこと」、具体的には「墓が空になっていたこと」。これが復活の物理的証拠であるが、しかしそれが証拠となるには聖霊の働きが必要。その信仰の連鎖が教会の本質。ここが難しいのだ。
●イエスの死と復活が人間を「罪と死の恐怖」から救う。
●つまるところこれがキリスト教の本質である。一番大切な事である。だからパウロは次のように言う。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
 
●現在日本中が「ガンバロウ日本」の大合唱であるが、頑張ってどうするのだ。頑張って「罪と死の恐怖」から救われるとでも思っているのだろうか。人間、どう頑張っても「罪と死の恐怖」からは救われないのだ。キリスト教界も「物質的援助」が信仰の表現だと言っているから「罪と死の恐怖」からに救いが「援助の掛け声」のかき消されている。キリスト教は「本業」を忘れてはならない。

●図書館から「ふしぎなキリスト教」講談社現代新書(橋爪大三郎×大澤真幸著)を借りてきた。 目次から「イエスは自分が復活することを知っていたか」(P206)というところを読んだ。この二人の著者は復活がキリスト教の急所であるということを掴んだところは見上げたもので、社会的キリスト教の信者よりも上である。しかしそれからの内容がお粗末極まりない。復活信仰がない頭だけの知識人の書くところはこんな程度である。二人とも大学の教師であるが恥ずかしいというか、限界と言うか、気の毒というか。東代と千葉大の質を落としている。論ずるに足りない。前田訳を出版した講談社が「売らんかな」でこんな程度の低い本を出版するとは情けない。
●こういう不信仰人間に対しては大脳皮質という同じ土俵に上がらない方がよい。パウロが言うように「愚か者!」と一喝した方が相手に対する愛情だ。

文語訳 Ⅰコリ15:36
15:36 愚かなる者よ、なんぢの播く所のもの先づ死なずば生きず。
 


 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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福音の発信は見返りを期待しない ++++++++ 所感

2011/08/20 13:10

110820(土)4時半起床●クラシックのイントロクイズ(気ままにクラシック)の曲名探し。プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」か、ハチャトリアンの「仮面舞踏会か」。なにせ問題が一秒程度なので判定つかず、困った●TSK日本語版ヨハネ16章●黒崎幸吉詩篇註解WEB版第92篇校正。その送り状に下記のように書いた。

黒崎幸吉詩篇第92篇註解WEB版修正 億り状。一部追加
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄

 

人生において黒崎幸吉聖書註解WEB版の構築に参加させて頂き次のことを体験的に学べました。感謝です。

 

  福音は無料で発信すべきものであること。今までの教会(無教会も)は集客、集金、思想的教派的勢力拡大が主目的になりがちでした。福音の発信は一方的であるべきで見返りを期待しないことが大切だと思います。

  チームプレーが必要であること。無教会の個人訳(塚本、前田、関根)は重要な意義がありますが、その出版段階では強力な組織が必要でした。

  ITにより遠隔でも作業ができること。パウロはこの遠隔を「手紙」という手段で作業しました。それで霊の交わりが可能でした。

  復活のイエスはどこにでもいます。霊の交わりがあればITは有力な手段となる。しかし霊の交わりがなければITや手紙があっても交わりはない。聖書よりもITよりもまず復活のイエスの実在、霊の交わりが基礎。

  一方、イエスは直弟子を作って、その霊の重荷(特にユダ)を負いましたが、今後はITで新約聖書が望むエクレシアの形成(ガラ419、コロ124)は可能なのかという課題があります。私は、肉による団子状のエクレシア(物理的、地域的、先生の思想中心主義的)ではなく、霊による世界的な交わりこそが神の望む真のエクレシアだと思います。世界の本当の平和はこれが基礎と思います。

 

塚本訳ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたし はもう一度産みの苦しみをしている。

 

塚本訳コロ 1:24

1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
黒崎幸吉詩篇第92篇註解WEB版校正 億り状。一部追加 おわり
 

●岩島清先生、富永國比古先生と電話懇談●某氏から電話、引越しをするので、当地にある無教会集会を教えて欲しいという。引っ越しは来月なのに、先ず行くべき集会を心配しておられることは信仰がしっかりしている証拠。尊敬すべきことである。しかも「無教会集会」と指定された。●15:30 妻はコーラスの練習、19:15帰宅


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「変態カラス」に気をつけよ ++++++++ 所感

2011/08/19 07:11

110819(金)5時15分起床●紛失したメモ用紙を探すのに一時間損失。探索を放棄したとたん机の下からみつかった。●情報の紛失というのはこういう悩みがある。老化現象で一切を忘れると言うのは恩恵かもしれない●何か思い出せない時は一旦完全に思考を停止するとポッと思いだすことがある。特に人の名前など。●昨日の「キリスト教性教育研究会」で心に残ったこと

①シンポジストの一人、水谷潔(小さな命を守る会代表)の発言。「性教育に関する講演の依頼はほとんどが女子の学校から。そこで女生徒に『変態カラス』(変な男)に気をつけよと言っている。」・・・・すると72人の会衆のうち女子校の保健衛生の教師とおぼしき若い女性たちから「忍び笑い」が発せられた。これは聖書的には次だ。

塚本訳  Ⅰコリ6:15-16
6:15 あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリストの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、わたしはキリストの器官(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。
6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。

●だから男子校で話す場合は「変態メスガラス」に気をつけよ。「変態メスと一体になると自分が汚れる」と言えばいいのだとわたしは思う。

②シンポジストの一人、陳王仁氏の発言。「精子が膣から入り、子宮から卵管に上って行く数は一回に2~3億個。精子と卵子が出会うという受精は100/1億。その100個のうち受精卵になって着床するのはたったの1個。だから人の誕生は精子2~3億個分の1。まさに一人の人の誕生は驚くべき奇蹟。あなたはそのようにして誕生したのですよ」と教えている。・・・陳氏は、これ総理大臣になるよりも年末ジャンボ宝くじにあたるより確率の低いことだ」と教えているという。一回の性交で発射される精子の数は2~3億と聴いて、聖書的には次を思う。

口語訳 創  1:21-22
1:21 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。
1:22 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。

③上記水谷氏の報告。「未婚女性が妊娠するとほとんどの場合男は逃げる。10代の妊娠の70%は結果的に泣く泣く中絶。中絶理由の筆頭は経済的事情であるが、日本は経済大国なのだからおかしい。かつ日本人の性生活の満足度は15%で世界最低。」

●これを聞いて日本は経済大国であるが「性」の面で世界最低。神の創造である「性の喜び」を喪失して、性が暗黒で苦(特に弱い女性が苦しむ。そしてそのしわ寄せがそれより弱い胎児であって殺される運命になっている。・・・これを聞いて東日本大震災は神の裁きではなかったのかと思った。聖書的には次である。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  13:13
13:13 ソドムの人々はわるく、主に対して、はなはだしい罪びとであった

口語訳 創  19:24-25
19:24 主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、
19:25 これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。 

●シンポジウム全体の基調は、「性で失敗した人をフォローするのがキリスト教の役割」だということになった。しかし現代プロテスタント教会は精神病者と家庭崩壊者に冷たい。裁きは神の家から始まる。東日本大震災はキリスト信者に対する罰ではないか。聖書的には次である。 

塚本訳Ⅰペテ4:17
4:17 審判が神の家『から始まる』時(は既に近づいているの)だから。しかしもし(審判が)まず(神の家すなわちキリストを信ずる)私達から(始まる)とすれば、神の福音に従わぬ者の最後はどうであろう!

塚本訳 ルカ 12:48
12:48 しかし(主人の心を)知らない者は、打たれるようなことをしても、打たれ方が少ない。(神に)多く渡された者は皆多く請求され、(信頼して)多く任された者は一そう多く要求される。


 
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ヨブとヨナの共通点 ++++++++ 所感

2011/08/18 08:27

 110818(木)5時15分起床。冷房をつけないで寝るので汗びっしょりで夜中に一回着替え。●TSK日本語版。孫子のため。●「孫を聖書に向けるべし」とはヒルティの言葉●放射能汚染で苦悩している三男の恵のことを私があまりに心配しているので、他の兄弟の一人から注意のメールが来た。肉親の遠慮のない忠告と言うのはまた一味違ったものであり、ありがたく感じる。「良薬口に苦し」である。「老いては子に従え」か。


息子からのアドヴァイスのメール 一部改変
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

父殿

(季刊「無教会から」の3名の論考を添付した)メールありがとうございます。

祈りを続けていますが、心配しすぎて疲れないようにしてください。

こんなときはヨブ記に目を通すのがいいのでしょうか。

3人の友人は、結局、周りからアドバイス?をして終わりでした。

❍❍より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
息子からのアドヴァイスのメール 一部改変 おわり


●これに対する返礼のメールを次のように書いた。

息子への返礼メール一部改変
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
 


肉親としてのアドヴァイスありがとうございます。感謝

ナルホド、ヨブ記ですか。眼が開けられました。ヨブは周りからとやかく言われましたが、最後は神が直接ヨブに語りかけたのでヨブの眼が開かれたのですね。自戒です。

9月4日は茅ケ崎の金子さんの家で婦人たちの「すずめの会」があり、呼ばれて「ヨナ書」の話をします。○○君が過去に書いた教会への文章も勉強しました。自分のことを重ね合わせたよい「証」でした。

聖書は自分の問題について自分の目で読む事が大切ですね。

このヨナも神に追い詰められて最後は神に直接話しかけられたので自分の非を悟りますね。

ヨブとヨナはその点で似ています。○○君は良いところを掴んでいると思います。

以下省略

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

息子への返礼メール一部改変  終わり  

●妻と「キリスト教性教育研究会」(富永國比古会長)に出席のためにICUに行く。今回はキリスト教独立学園の伊東良和先生も話された。

resize1960.jpg 

キャンパスに入ると正面にICU教会が迎えてくれる。なかなかよいキャンパス計画だ。


resize1956.jpg 

チャペルの内部。壁も天井もベニヤ合板はグッド。

resize1961.jpg 

キャンパスの緑が美しい。

resize1957.jpg 

大学の本部棟はヴォーリズの設計。気品がある。

resize1958.jpg 

キリスト教性教育研究会で事務局担当の武田晶子さん(右)と妻

resize1959.jpg 

キリスト教性教育研究会は出席者72名。白熱した議論の後で。
左から稲葉裕、富永國比古、伊東良和、高橋照男。妻のトミ子が撮影。

●帰りのバスで三鷹駅まで富永先生と懇談。



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土壌を浄化できるかが鍵 ++++++++ 所感

2011/08/17 15:00

110817(水)5時半起床●TSK日本語版ヨハネ16章。聖書は一句でも全体につながっている●「季刊無教会」という雑誌に福島県二本松市で有機農業を営んでいる三男の恵が編集者頼まれて現況報告をしている。それに関して岩島清先生(今井館監事。元国立公衆衛生院放射線衛生学部長)から懇切丁寧な御意見を電話でいただいた。その要点は次の通り

福島県二本松市の放射線汚染に関する岩島清先生の御意見、要点
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

①放射線物質は植物はほとんど吸収しないことが分かってきたが、動物には蓄積することが分かってきた。それに伴い堆肥や肥料などの使用制限がなされてきたので、有機農業の本質である「循環型農業」は全くできなくなった、という論者(恵)の認識は重要である。
②無農薬を目指してきたのだから「無セシウム」と言わねばならないのなら、この二本松を去らねばならないという論者(恵)の見解であるが、世の中で「無セシウム」という状態はあり得ない。
③代議士、高級官僚などだれ一人反省の弁を語らないと論者(恵)は言うが、それに大学教授たちを加えねばならない。
結論として、土壌の汚染浄化が必要だが、これは一人の力ではできず、政府が乗り出さなければならない。もしそれが行われずに放射線の値が改善されなければ、二本松を脱出したほうがよい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
福島県二本松市の放射線汚染に関する岩島清先生の御意見 要点 おわり

●「誰も反省の弁が語られない」ということについて岩島先生に私の感想を述べた。福島原発でこうなったのは分業化社会の特徴で市場経済の構造的大欠陥である。建築の世界で言えば、建物に欠陥が生じると、設計者、施工者、役所の建築許可者、建築主の横暴等が原因だと4つどもえの責任のなすり合いで遂に犯人は出てこない。●アダムスミスの「国富論」で言う分業化の「有利性」は悪く働くと無責任社会になる。責任を取る者が見当たらない●政府は東電が悪い、東電は政府が悪い。東電と政府は口をそろえて国民も悪いと言わないまでも心の底で思っているから、反省の弁を語る人が出ないのだ。●過日NHKYVで視た「日本人はなぜ戦争に向かったのか」の第三部はマスコミと国民の熱狂もいけなかったのだということを取り上げた。マスコミのトップたるNHKがそこにも目をつけたのは慧眼であった。拍手である。●女子サッカー「なでしこジャパン」の選手に各県が県民栄誉賞を与ようと熱心(これ熱狂)になっているようでは国どうしの戦いである戦争は止まない。つまらないことに「栄誉」を与えるな。たかがボールの蹴り合いの勝ち負けのことではないか。

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安息日を聖とせよ。 ++++++++ 所感

2011/08/16 11:42

110816(火)朝の啓示「安息日を聖とせよ」●TSK日本語版ヨハネ15章●「安息日を聖とせよ」の勉強。これはモーセの十戒の第4戒。いかに大切なものであるかがわかる。

新共同 出 20:8-11
20:8 安息日を心に留め、これを聖別せよ。
20:9 六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、
20:10 七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。
20:11 六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。

感話
●この聖書の個所は、働き詰めでは健康に悪いから進退に休息を与えよと言う意味ではない。神を覚えよと言う意味である。
●但し、「6日働いて一日休む事は、健康のためにもよい」と言ったのは弁護士業で激務であった 「幸福論」の著者カール・ヒルティである。
●建築設計事務所に勤務していたときのこと。所長から「忙しいので明日は日曜出勤をしてくれないか」と言われたが「明日は礼拝に出席するので仕事は出来ません」と答えた。すると所長は私を褒めて「君がそう言うのはこの事務所における君のレゾンデートル(存在意義)を示している。その信念を貫いてくれたまえ」と言われた。その所長はすでに召されたが、最後の裁きの日には所長はこの一言の故に神に覚えられるであろう。
 
塚本訳 マコ 9:41
9:41 キリストの弟子だからとてあなた達に一杯の水を飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない


●その設計事務所で土日をかけて社員旅行があった時、土曜日の宴会は出たが翌日の聖日は早朝に旅館を出発して東京に戻って礼拝に出席した。
●仕事で米国ポートランドに行った時も日曜日には同行の人と別れて教会に行った。
●亡くなった母は、「照男は年中無休だ」と「大変そうに思って」くれていたが、実は日曜日の喜び のために6日があると思っていたので辛いとは一度も思ったことがなかった。
●安息日にも仕事で忙しくしている人は神に祝福されないからいくら「あくせく」働いても栄えないし儲からない。この事は詩篇にある。総ては神が与えて下さるののだから、感謝の気持ちから安息日を覚えよという意味はここにある。

口語訳 詩 127:1-3
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。
127:3 見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。

●札幌農学校の首席から数人は総てクリスチャン。彼らは月曜日ら試験であっても日曜日は勉強(学生にとっての仕事)をしなかった。もっとも彼らは普段から規則正しい生活で勉強に励んでいたから、前日の安息日に「泥縄」のようにあわてて勉強しなくてもよかったのであるが、それよりも神の祝福があったから試験当日も頭脳明晰になったのであろう。
●ロケットの糸川英夫がこういうことを言ったことがある。「ユダヤ人が頭が良いのは、安息日(ユダヤ教では土曜日)には完全に労働しないで頭を休めていることにあると思う」と。
●建築設計はいくら時間があっても最後の最後まで修正したいのでいつも時間が足りない。それでよく深夜作業になる。また設計には締め切り時間というものがある。建築設計は時間がたっぷりあればよい設計が出来るというものではない。上記詩篇127篇のように、「あくせく」働いてもすぐれた作品が生まれるわけではない。神の祝福と助力、これがどんな仕事にも第一に大切なことだ。これは唯物主義の無神論者にはとうてい分からないことだ。
●無教会主義を神学的に定着された塚本虎二先生は、あるとき驚くべきことを言われた。「キリスト教が2千年間続いてきた理由は聖日を守ってきたからだ」と。これは神学的理論を通り越して人生の実体験にもとづく経験則だ。礼拝をよく休む信者の信仰は薄い。特に無教会主義だから休んでもいいんだという論理はキリスト教も無教会も潰す。
●かくいう私が信仰を持ち続けられたのは故郷浦和の教会で16歳の時に洗礼を受けて以来、52年間礼拝を休まなかったことである。ただ、本年一月に初めて一回だけ休んだ。それは気管支喘息があまりにひどかったので帰る時の無念さは永久に忘れられないであろう。
●継続は力なり。また「急がずに休まずに」とはゲーテの言葉。
●小学校の時、プール教室の出席率がよかったので、「君はよく出席したから競技大会に出ないか」と言われたことがある。タイムは関係なかった。その先生のお名前はY先生である。その時の先生の目つきが忘れられない。
●父親を早く亡くされ、貧困家庭に育ちながらも最高裁判所長官にまでなられた故藤林益三先生は、ギリシャ語の勉強会における激励の挨拶で若い者たちに向かってこう語られた。「自分は学生の頃、数学が苦手だったが、その時間は決して欠席しなかった。しかも座る席は必ず最前列にして、授業の内容はあまり分からずとも講義する先生の目をじっと見続けていた。するとその態度故に合格点をもらえた」。
●終末の裁きの日も同じではないだろうか。神は言うに違いない「君は学問も聖書も信仰も人格もよくないが聖日だけはよく守ったので救おう」と。
●自分の所属する牧師の説教がまずい、自分の所属する集会に嫌な人かいる。それでも礼拝を守り続けることが信者としての義務である。
●しかし、礼拝に出席することを「律法」的に教会が強要するなら「我々は馬に乗って遊ぼう」と言ったのはあの宗教改革者マルチン・ルターである。
●クリスチャンは教会(集会)に大不満があって「いたたまれ」なくても、「我慢して」礼拝に出席するべきだ。そこに出席することがつまらなくてもまた身も心も汚れてしまいそうでもエクレシアに出席するべきだ。それは神を礼拝するのであって自分の楽しみではない。それがまた社会的信用の基盤でもある。●家で一人で聖書を学んでいますという信者は信用されない。 


塚本訳 ヘブ 10:25
10:25 (また、)ある人々がするように、集会を怠けず、むしろ互に勧め(合って出席す)るようにしなくてはいけない。その日が近づいていることをあなた達は知っているから、いよいよそうしなくては! 

●なぜ、一人集会は良くないか。それは信仰が「ひとりよがり」となるからだ。(コロ2:23)


resize1955.jpg 

家の前を通る五日市線沿線のひまわりプロジェクトが完成した 



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後で思い出すということ ++++++++ 所感

2011/08/15 08:24

110815(月)4時10分目覚め。そのまま寝つけず黙想「後で思い出すということ」●TSK日本語版ヨハネ15章。イエスの言葉は「後で分かる」というたぐいのものが多い。弟子たちはイエスが復活して聖霊を頂いてから、イエスが生前に語った謎の言葉が「その時」になって分かった。 これをTSKで調べる。こういうときTSKは便利。意味の同じところを教えてくれる。コンコルダンスとはまた違う。だからぜひ完成しなければならない。

塚本訳ルカ 24:7-9
24:7 『人の子(わたし)は罪人どもの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目に復活せねばならない』と言われたではないか。」
24:8 女たちはイエスの言葉を思い出して
24:9 墓から帰り、十一人(の使徒)とそのほかみんなの人に、一つのこらずこのことを知らせた。

塚本訳 ヨハ 2:17
2:17 (これを見て)弟子たちは、〃(神よ、)あなたの家に対する熱心が、わたしを焼きつくします〃と(詩篇に)書いてあるのを思い出した

塚本訳 ヨハ 12:16
12:16 弟子たちは初めこのことがわからなかったが、イエスが(復活して)栄光を受けられた時にはじめてこれはイエスのことを書いたもので、人々がこれを(預言どおり)彼にしたのであることに気づいた

塚本訳 ヨハ 14:26
14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう

塚本訳 ヨハ 16:4
16:4 それにもかかわらずこのことを話したのは、その(迫害の)時が来た時、わたしがこう言ったことをあなた達に思い出させるためである。このことを始めから言わなかったのは、一しょにいた(ので、必要がなかった)からである。

塚本訳 使  11:16
11:16 わたしは主の言葉を思い出した──『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は聖霊で洗礼を授けられるであろう』と主は言われた。

●人に聖霊が降った時、イエスが生前に話した事の意味がわかった。これは現代の我々にとっても救いである。信仰は家族の者に理解されないことになっている。 これクリスチャンたるものの避けて通れない宿命の苦しみである。しかし神はこの苦しみを総てことごとく御存知である。この苦しみが世の救いのために役に立つのだ。「いつかわかる。きっとわかる。神います」「主よ、来りませ」 。

塚本訳マタ 10:34-36
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』

塚本訳 マタ 13:56-57
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 ヨハ 4:43-44
4:43 二日ののち、そこを去ってガリラヤへ向かわれた。
4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。

● ヨハ 15:18-20
15:18 (しかしわたしに愛される時、あなた達はこの世から憎まれる。だが)もしこの世があなた達を憎んだら、あなた達よりも先にわたしを憎んだと思え
15:19 もしあなた達がこの世のものであったら、この世は自分のもの(であるあなた達を)愛するはずである。しかしあなた達は(もはや)この世のものではなく、わたしがこの世から選び出したのだから、この世はあなた達を憎むのである。
15:20 『僕はその主人よりもえらくはない』と言ったわたしの言葉を忘れないように。人々は(わたしにしたと同じことをあなた達にするであろう。)わたしを迫害したなら、あなた達をも迫害し、わたしの言葉を守ったなら、あなた達の言葉をも守るであろう。

●このヨハ15:20の「弟子はその師に勝らず」の聖書的意味は、イエスの苦しみほどの苦しみは弟子には負わせられない、という慰めである。しかしこの言葉はこの世的な事でしばしば見受けられる。
「売り家と唐様で書く三代目。」・・・企業の創業者は星雲の志を持って勢いがあって成功する。二代目は初代が築いたものを惰性でなんとか持ちこたえる。しかし三代目は苦労知らずの坊ちゃんで、大抵は会社を潰す。しかし金があるので手習いだけはやらされていて、習字は草書、行書意外に「唐様」(中国の書体)まで身に付けた。しかし書くものは何と「売家」。つまり三代目で潰れることが多いということ。
「軽井沢の別荘は三代は続かない」。これは軽井沢、星野温泉の星野嘉助氏(内村鑑三の弟子)の観察。そして軽井沢に別荘を持っている人は皆一様に淋しい心の持ち主であるという。
●「藝術、信仰」は一代」。名演奏家の子供必ずしもパッとしない。大宗教家、大伝道者の子供必ずしもクリスチャンにはならない。芸術や信仰は世襲ではないからである。

●生きているうちに誰にでも理解されるのは、キリスト教ではない。それでは神の力が働くという救いの原理が発揮されない。人間の栄光が上がっても神の栄光が上がらない。

●「ヨナの徴」のところでイエスは復活の預言をしたが、学者の中にはこれは復活以前の言葉だから真正のイエスの言葉にあらずという人がいるが、間違い。イエスの言葉は生前にはわからず聖霊が降る時に初めて分かるものである。神の国の真理が分かると言うことである。
これは「子をもって知る親の恩」というものとは違う。これは先人の苦労のほどが自らも体験して分かるということだが、イエスの言葉が後で分かるの言うのは聖霊が教えてくれるというのである。
 
●何事も困った時は自らの力を放棄して「神様、どうにかしてください」あるいは「神様、こういう場合はどうしたらよいのでしょうか」と祈る時に「祈りは聴かれた」という感情が起こる。
 
文語訳  マコ 11:24
11:24 この故に汝らに告ぐ、凡て祈りて願ふ事は、すでに得たりと信ぜよ、さらば得べし。

文語訳  ヨハ 16:33
16:33 此等のことを汝らに語りたるは、汝ら我に在りて平安を得んが爲なり。なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝てり

●東の窓に本格的なすだれ。外壁の「カビ」取り。・・・日曜大工大好き。その理由は「助かります」と言って感謝されるから●17:57 福島に行っていた妻が帰って来た。荷物が重いので東秋留の駅まで自転車で出迎え●夕食の時、二本松の恵の話し、いわき市の里の新盆の話し。●長倉先生から「吉武泰水山脈の人々」、高木博義さんから「南原繁と日本国憲法」、建設物価調査会から「総研リポート第6号」を頂く。感謝●季刊「無教会」に三男恵の論考が掲載された。諸先生に交じって切磋琢磨できるのは感謝。原発被害による二本松での農耕の懊悩苦悩の実態報告。気の毒だ●妻との会話で、「キリストの香り」。キリストの香りがするという人は、親切人間、愛の行為というのではなく、「赦す」事が出来る人。 「キリストの香り」のしない人は次の三種。まず第一に社会批判をする信者。社会批判がこの世を良くするのだと思っている。社会批判をする人間が勢力を増すことを目指している。これ人間の栄光が上がっても神に喜ばれない。第二に「ディレッタンティズム」の雑学知識の遊び人。大脳皮質に雑学のゴミを溜めこんでいる。こういう人間が教会や集会にはびこると、集まりがカルチャーセンターのようになる。第三に教会や集会の維持発展を目指す人間。これ教会や集会の維持継続発展が「神の国」のためと思っている。それは「自分の腹を神」として拝んでいるこの世的人間。

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今井館への協力27年 ++++++++ 所感

2011/08/14 14:54

110814(日)5時起床●NHKTV[こころの時代」。その一部に感銘。認知症の夫人を抱えて苦労されている佐々木孝氏は福島第一原発の北で緊急時避難地域の南相馬市に居住。氏は夫人のことを思って放射線の危険を知りつつも避難せずに留まることを決意。折しも黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正で詩篇90篇。人生は短い。氏のような苦労こそ天に宝を積むと言うのであろう。人生は長さではないと思った。●今日は一人礼拝、讃美歌191番を歌った。「いともとうとき主は降りて」。●かって某先生に「高橋さんは有体的復活と建築の関係をライフワークとしてください」とありがたい方向付けを示して下さった。その答えがこの讃美歌191番の1節である。

讃美歌191番1節

いともとうとき 主はくだりて
血のあたいもて 民をすくい
きよき住居(すまい)を つくりたてて
そのいしずえと なりたまえり

●今井館に協力奉仕して27年にもなる。今日はその人生の後半を今井館のために御尽力された今井館元理事長津上毅一氏の今井館に関する論考を三本読んだ。今井館は内村没後何度も苦難に遭遇したが不思議に生き伸びてきた。その歴史の重みは厚い。●私の信仰人生は無教会主義キリスト教によって支えられてきた。最大の恩恵は「聖書を自由に読んでよいことと、人物との出会いを頂いたこと」である。お礼として残りの生涯は「無教会主義キリスト教の真理」のために尽くしたい。
●折しも今井館から「今井館ニュース」に対する意見を求められたのでそのことを書いた。 
●外壁で手の届かないところにみっともない黒いカビが約2㎡。いろいろ工夫したが除去できなかったがホームセンターで「カビキラー」という薬品を購入。長い棒を利用して除去。強い薬だったのでどうにか除去できた。この薬品、困っている人にはありがたい。開発者に感謝。困っている人を助けるのが「仕事の本質」。
 

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日本人はなぜ戦争へと向かったのか ++++++++ 所感

2011/08/13 11:04

110813(土)4時15分起床●TSK日本語版ヨハネ●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●毎日やるべきことがあって(生涯の仕事)感謝である●NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」全4回をレコーダーに収録してあったものを今朝見終った。証言者100人に聴いた新資料にもとづくNHKの力作。●全4回の内容は①外交の失敗、孤立化への道 ②陸軍暴走へのメカニズム ③熱狂はこうして作られた ④敗戦。リーダー達の迷走 ●私の既成概念が崩れた。日米開戦に賛成する人は当時誰もいなかった。軍事的総合力は米国が数十倍も上であったからである。米国の日本に対する石油輸出の条件は中国戦線からの日本軍の撤兵。これを日本が飲むか飲まないかの会議で、陸軍を恐れてだれ一人「中国からの撤兵」を言いだす人はいなかった。ここが組織上の大欠陥。閣議に出席した人の誰からも「中国からの撤兵」を言いだせなかったので、消去法の結果から日米開戦に踏み切った結果になった、近衛首相は責任を回避するために内閣総辞職。しかたなく首相になったのは天皇に「イエスマン」であった無能な東条英機であった。●映像に「敗戦を噛みしめて」の著者ジョン・ダワ―が出演。戦争で兵士に死者がでるとその戦争はやめられないという心理があるものだ、つまり日本は中国戦線で多数の兵士の死者を出したので撤兵出来なかったのだと解説していたのは至言。
●聖書的には「人の顔を恐れて神を恐れなかった」日本の中枢の判断ミス。

塚本訳 ヨハ 7:12-13
7:12 イエスについて群衆の中にひそひそ話が盛んであった。「善い人だ」と言う者があり、「いや、民衆をまどわす者だ」と言う者があった。
7:13 それでもユダヤ人を恐れて、だれ一人おおぴらに彼のことを話す者はなかった

●人間としてのこの根源的な罪姓はいつの時代も同じ。神よりも人の顔を恐れるところから間違いが起こる。●矢内原先生が当局に呼ばれたのでその雑誌「嘉信」を担当者に見せると、その役人は表紙を見ただけで「フン」と言ってそばの椅子に投げ捨てたという。後年矢内原先生は「汝の『フン』が我が国を滅ぼしたのだ」と言った。●また戦時下では同士に「体を滅ぼしても魂を滅ぼす事のできない者を恐れるな」と言って励ました。●しかし開戦前の賀川豊彦の日米相呼応しての徹夜祈祷もむなしかった。●いまにして思えば日本のキリスト教は無力であった。それに比べて日本の中国侵略はやめるように迫った米国、また戦争中に米国の教会は日本の教会のために貯金していたという事実。キリスト教国アメリカの方が軍事力だけでなく精神的にもはるかに上であった。日本が負けたのは当然。御心であった。●終戦間際に無教会者の何人かが天皇に「無条件降伏」を迫ったが遅かった。●しかし人間が人間である以上、この世に戦争は止まない。戦争は終末の予兆。 「主よ来りませ。マラナ・サ」。 (Ⅰコリ16:22)

塚本訳  マタ 24:6-8
24:6 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞くであろうが、あわてないように注意せよ。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。
24:8 しかしこれは皆(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。
 
●戦時中浜松の方で、戦争反対を叫んだ無教会者(クリスチャンというよりこの世的人道主義者)が当局に呼ばれたときのこと。担当の役人が無教会の中にもこういう人がいるといって塚本虎二著「聖書知識」を見せられ、罰金刑を言い渡された。その人はその足で東京の塚本先生にいきさつを話すと、先生は「罰金」は私が払おうと言った。●宮内庁次官の関屋貞三郎氏は戦時中、塚本先生に「始まってしまった戦争のこと」を相談されると、塚本先生はルカ14:31-32を根拠に「無条件降伏を説かれた」。

塚本訳 ルカ 14:31-32
14:31 また、ある王が他の王と戦いを交えようとする時には、まず坐って、(自分の)一万(の兵)で、二万(の兵)を率いてすすんで来る敵をむかえ撃てるかどうかを考えないだろうか。
14:32 そして、もしかなわないと見たら、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を派遣して講和を申し出るであろう。

●表立ってやる平和運動(その大体は見せびらかし)と隠れてする祈りとではどちらが尊いかは明白。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

●戦時中には「迎撃ミサイル」の研究をしていた人が、戦後大々的に平和運動をやるようになった人がいた。自己反省の上から平和運動を「贖罪の行為としてやっていた」のかもしれないが、こういう転向人間の平和運動は「信用ならない」のだ。そういう人に限ってコロッと「転向」するからだ。
 

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暑くて死にたいくらいだ ++++++++ 所感

2011/08/12 15:00

110812(金)5時起床

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5時8分、あの太陽に今日も苦しめられるのか。今日は昨日よりも暑くなるという。

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仕事部屋への直射日光を避けるためにすだれを下げた。水平に射す太陽光は熱い。

●昨日から五日間、妻は福島へ行っているので一人身。なぜか時間が早く進む。
●室内気温35℃。クーラーなしで仕事。●暑さに悩まされて「死にたいくらいだ」と言ったのはヨナ。

口語訳 ヨナ 4:6-11
4:6 時に主なる神は、ヨナを暑さの苦痛から救うために、とうごまを備えて、それを育て、ヨナの頭の上に日陰を設けた。ヨナはこのとうごまを非常に喜んだ。
4:7 ところが神は翌日の夜明けに虫を備えて、そのとうごまをかませられたので、それは枯れた。
4:8 やがて太陽が出たとき、神が暑い東風を備え、また太陽がヨナの頭を照したので、ヨナは弱りはて、死ぬことを願って言った、「生きるよりも死ぬ方がわたしにはましだ」。
4:9 しかし神はヨナに言われた、「とうごまのためにあなたの怒るのはよくない」。ヨナは言った、「わたしは怒りのあまり狂い死にそうです」。
4:10 主は言われた、「あなたは労せず、育てず、一夜に生じて、一夜に滅びたこのとうごまをさえ、惜しんでいる。
4:11 ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」。

●ヨナにとって暑さの苦しみは人生の不平が原因。●神は暑さの苦痛からヨナを救うために日陰を作ったが、何と翌日になってその日陰を取り去った。なぜか。ヨナに「不平不満」の心を起こさせて、それが正しいものでないことを教えるためであった。●その点ヨブは偉かった。

口語訳 ヨブ 1:21
1:21 そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。
 
口語訳 ヨブ 2:10
2:10 しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。

●しかし暑いのは暑いと言ったヨナの方が正直で親近感がある。

●現在、日本聖書協会では次の「新標準訳」の翻訳を大勢の翻訳者で翻訳中らしいが、もしその翻訳者達が冷房の利いた快適な部屋で翻訳していたら、先ず東日本大震災で避難して暑さに耐えている人には通じない。●人に永遠の命の水を与えようとしたイエスは、十字架の上で自身が「渇く!」と叫ばれた。●苦しみなくして人は救えない。

塚本訳 ヨハ 7:37
7:37 祭の最後の大際の日に、イエスは立って叫ばれた、「渇く者はわたしの所に来て飲みなさい。

塚本訳  ヨハ 19:28
19:28 こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。


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心頭滅却すれば火もまた涼し ++++++++ 所感

2011/08/11 11:13

110811(木)TSK日本語版ヨハネ、黒崎詩篇註解WEB版校正●昨日も、今日も猛暑。扇風機使用、クーラーはやめる●しかし何かを一心不乱にやっていれば暑さもしのげる。禅の瞑想の境地に次の言葉がある。「心頭滅却すれば火もまた涼し」。これは無念無想の境地になれば火ののような暑さも凌げるという意味である。キリスト教は禅宗に負けてはならない。
●黒崎幸吉詩篇註解WEB版はシドニーのOM兄をリーダーとして福島のYT兄と東京の私の三人で進めている。シドニーは冬。シドニーの夏の場合、実際の気温よりマイナス10℃程度の快適な環境・・・これを建築用語で「体感気温」という・・・なのだそうだ。そこで、次のようなメールを送った。

シドニーのOM兄へのメール 一部改変
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OM兄
貴兄のメールにある「体感気温」というのは建築の最初に学ぶ「建築計画原論」に出てきます。
何度だから暑いとか寒いというのではなく、風とか湿度を考慮して「快適度」を総合的に判定します。
私としては、人間は一定の所に居住して、クーラーをぶんぶんつけて電力を消費したり、暖房で石油を消費するよりは「快適な地」に季節ごとに移住するのが地球環境のためにも良いと思っています。内村は軽井沢、黒崎は山中湖、塚本はいわき市に、それぞれ夏の間移住しました。
人間は「移住の動物」であることがまた良いと思います。頭の発想のためにも良いのではないでしょうか。あのカラヤンは家を三カ所(それも違う国)持っていたと思います。
ある建築家はこれからの人は家を二つ持つべきことを勧めています。家を二つと考えると費用が問題ですが、短期滞在の貸家のようなものもあります。日本は現在酷暑、今日は昨日より暑くなるそうです。現在8時半ですでに32℃。酷暑で有名な熊谷の今日は39℃の予想です。
近くならシドニーに飛んで行きたいという感じです。
暑さしのぎに昨日(10日)はブログで聖書の中の「暑さ」について考察しました。地獄では「体感気温」が非常に悪いものと思います。シドニーの夏の体感気温はー10℃とは天国ではありませんか(笑)。
お時間があれば御一瞥下さい。

高橋照男

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シドニーのOM兄へのメール 一部改変 おわり

●12:15妻のトミ子は今日から福島県行き。二本松の恵の所に2泊、その後いわき市に母の初盆。2泊 。15日夜帰宅。●5日分の食事の計画を聞く。


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天国に炎暑なし ++++++++ 所感

2011/08/10 10:03

110810(水)昨夜は熱帯夜。パジャマが汗でぐっしょり●5時45分起床●TSK日本語版ヨハネ●黒崎詩篇註解校正86篇●午前9時半なのに室内気温33℃。節電と体のためにクーラーなしで扇風機。その扇風機は生ぬるい風、●そこで扇風機の前後に無料で入手した保冷剤をぶら下げるといくらか冷たくなったが、すぐ水になっ てしまった。


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午前9時半で室内気温既に33℃。節電と体のためにクーラーなしで扇風機。しかし生温かい風なので 無料で入手してあった保冷剤を前後にぶら下げたが、すぐ水になってしまった。

●こういう時は何か仕事か勉強を一心不乱にすればいくらかは耐えられる。そこで聖書の中の「暑さ」について考察。

新共同 ヨナ 4:7-8
4:7 ところが翌日の明け方、神は虫に命じて木に登らせ、とうごまの木を食い荒らさせられたので木は枯れてしまった。
4:8 日が昇ると、神は今度は焼けつくような東風に吹きつけるよう命じられた。太陽もヨナの頭上に照りつけたので、ヨナはぐったりとなり、死ぬことを願って言った。「生きているよりも、死ぬ方がましです。」

●暑さ寒さも神の計らいだ。

新共同 創  8:21-22
8:21 主は宥めの香りをかいで、御心に言われた。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。
8:22 地の続くかぎり、種蒔きも刈り入れも/寒さも暑さも、夏も冬も/昼も夜も、やむことはない。」

●神は人を炎暑から守って下さる。
 
新共同 詩  121:5-7
121:5 主はあなたを見守る方/あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。
121:6 昼、太陽はあなたを撃つことがなく/夜、月もあなたを撃つことがない。
121:7 主がすべての災いを遠ざけて/あなたを見守り/あなたの魂を見守ってくださるように。

新共同 イザ 49:10
49:10 彼らは飢えることなく、渇くこともない。太陽も熱風も彼らを打つことはない。憐れみ深い方が彼らを導き/湧き出る水のほとりに彼らを伴って行かれる。

●外で労働する人のことを考えると屋根の下にいられるだけでもありがたい。

塚本訳 マタ 20:12
20:12 言った、『この最後の者は(たった)一時間しか働かなかった。われわれは一日中、重労働と暑さを辛抱したのに、あなたは同じ扱いをされたではないか。』

●黄泉や地獄の状態はどういうものか分からないが、居心地の良いところではないらしい。

塚本訳 ルカ 16:23-24
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』

● 行って見てきたわけではないが地獄というのは灼熱らしい。 
 
塚本訳 黙  18:8
18:8 だから(わずか)一日の中に(様々な)彼女の災厄、死と悲嘆と飢饉とが来、また火で焼かれるであろう。彼女を審き給うた主なる神は強くいまし給うからでる。


塚本訳 黙  20:9-10
20:9 彼らは地の面に上って、聖徒の陣営と(神に)愛された都(エルサレム)とを取り囲んだ。すると天から火が降って彼らを焼き尽くした。
20:10 そして彼らを惑わす悪魔は火と硫黄との池に放り込まれた。其処には獣も偽預言者も(放り込まれて)いた。彼らは昼となく夜となく永遠より永遠に苦しめらるるであろう


塚本訳  黙  20:13-15
20:13 海はその中にあった死人を出し、死も陰府もその中にあった死人を出し、各々その業に応じて審判された。
20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。
20:15 生命の書に(その名を)書かれていない者は(悉くこの)火の池に放り込まれた。

●この異常気象による暑さは終末の予兆ではあるまいか。

塚本訳  マタ 24:29-30
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。
24:30 するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。

 新共同 創  19:24-25
19:24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、
19:25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。
新共同 創  19:28 19:28 ソドムとゴモラ、および低地一帯を見下ろすと、炉の煙のように地面から煙が立ち上っていた。

●天国に炎暑なし。

口語訳 黙  21:1
21:1 わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。


口語訳 黙  21:4
21:4 人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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「聖書で聖書を読む」効果 ++++++++ 所感

2011/08/09 09:05

110809(火)5時50分起床●TSK日本語版ヨハネ13章●「聖書で聖書を読む」効果を如実に体験した。
●次回感話の「ヨナの徴」(マタ12:38-42 ルカ11:16,29-32)においてヨナが三日三晩「大きな魚の腹の中にいた」ことはイエスが復活を予告していることになっているという解釈が主流。これに対してこの時イエスはまだ死んでいないので復活を預言するわけはない、これはマタイとルカがイエスの口に入れたものである(マタ11:40 ルカ11:30)と近代聖書学は言う。ではイエスは死と復活を予告していなかったのか。それが史実だとすると多くの「イエスによる受難予告」は総て事後預言となって新約聖書は成立しなくなる。●ここにおいて聖書の次の個所はこの疑問に答える。
 
塚本訳 ヨハ 13:19-20
13:19 事のおこらない先に、いまから言っておく。事がおこった時に、わたしがそれ(救世主)であることをあなた達が信ずるためである。
13:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしが遣わす者を受けいれる者は、わたしを受けいれるのであり、わたしを受けいれる者は、わたしを遣わされた方を受けいれるのである。」

●上記ヨハ13:19に限らず、イエスはよく事前に予告をされた。不思議と言えば不思議。この不思議を受け入れるところに「使徒伝承」が生じてエクレシアが誕生する。上記ヨハ13:20.。だからこの不思議を受け入れないのではいくら近代聖書学が語られ研究されてもエクレシアは誕生しない。エクレシアは教養娯楽知的遊びの団体ではないからである。●今日、教会も無教会も衰退気味なのはこのエクレシアの本質である使徒伝承を見失っているからである。餅屋に餅が売ってないのと同じである●無教会で言えば内村、塚本、黒崎あたりまでは「餅」を売っていたが、そのあとはあやしい。聖書を信仰の書ではなく研究対象、自分の商売の種にしているのである。●聖書は「聖書学」で読むと大脳皮質は面白いが、信仰は継承出来ない。かrと言って聖書学が全くないと今度は理性が納得しない。信仰と学問の一致調和が無教会の本領であったが、聖書を学問の対象(商売の種)にする学者に奪われてから衰退がはじまった●聖書を学者たちの手から奪還せよ。聖書学者になるな。聖書は聖書学者の説で読むな。先生の説で読むな。「聖書で聖書を読め」
●黒崎詩篇註解WEB版校正、85篇。


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「良い習慣」 ++++++++ 所感

2011/08/08 20:04

110808(月)6時起床●TSK日本語版ヨハネ。孫子のため●7:20「気ままにクラシック」「気まクラDON」(最初の2秒か2小節のイントロクイズ)今日は難問だがようやくヴェートーヴェンピアノソナタ第20番第2楽章と分かる。これが正解なら40勝11敗。●ヒルティの幸福論の第1巻に「良い習慣」がある。日常の細かいことで良い習慣をつけなければなならないと言うのである。ヒルティの言うところは高邁で格調の高いものであるが、卑近な例で私なりに書いてみたい。

①約束を守ること。これは特に孫のような小さい人に対して特に大切である。
小さい人は大人が約束を守らない時は重大な裏切りにあったように思う。
私の周りに「約束を平気でスッポカス」人間がいる。そう言う人間は「不道徳人間」だから天罰があたって当然。
 
②お礼はすぐ言うこと。私の知る人で、どんなに小さなことでも長く覚えていて「あの時はありがとうございました」と必ず言う。贈答品を受け取ったら、必ず「即」自筆で礼状を書くべきである。「品物着ききましたか」と言われる前に手紙ないし電話メールでお礼を言うべきである。ヒルティはどんなに忙しくても「ありがとう」と一言言えない程忙しい人はいないはずだ」といっている。言えないのは言おうとする心がないからであって人間として「先がない」。先がないからどんなにあくせく働いても成功しない。私の知人で贈答品の礼状が印刷文になっていて品物名と相手の名前の所だけを書き込むようになっているのを出している人がいる。心が全然通わない

③請求書が出されたら「即刻」支払うこと。金銭のやりとりは相手への礼儀である。どんな小額でも誠実に即刻支払うべきである。某氏から聞いた話。米国では納品書と請求書と領収書が一まい綴りの紙になっているという。支払いをためらったり値切ったりしないキリスト教のよい精神が浸透している。私の関係する会の経理担当者が経理内容にケチをつけられたので嫌気がさしてその会を即刻やめてしまった。

④建築上の欠点をあげつらうな。建築は5部品からなる。建築上の欠陥を建築関係者の人格的欠陥のように避難する人間がいるが、そういう人間とは金輪際付き合わない方がよい。建築の欠陥ではなく人間攻撃のために建築欠陥を理由にしているだけだから。

⑤クリスチャンである前に、普通道徳、普通常識、親切人間であるべきだ。

⑦信者は人の罪を断罪したり、疑ったりする人間が多い。かって某にキリスト教団体の電話窓口の女性が実に慇懃無礼であったので「怒鳴った」。優秀な一般企業の女性の方がはるかに優秀である。ああいう女性はキリストの顔に泥を塗っている。
 
⑧某牧師の息子、クリスチャンの親が難くて「祈祷会」の席にバケツの水を播き散らしたという。親にどんな不満があったとしてもこれは」ひどい話だ。信仰は普通道徳の上に立つから、この青年はまず「人間えであること」からやり直さなければならない。無教会の某先生が自宅で聖書集会を開いていた時、その息子は玄関にくる客の顔ににたばこの煙を吹きかけたという。彼は今頃どこでどうしているのだろう。まず普通道徳の普通常識の礼儀を知る人間であれ。 

⑨学歴出身校で人を見るな。特に信仰の世界では高学歴、有名出身校および雑学肥大脳およびこの世的人脈と信仰の深さは一般的に反比例する。信仰の浅い人間は人をこの世的尺度で見るから困る。「目がない」。またやたらと過去の栄光(有名校卒や中学校では秀才だったことや家系)をちらちらと自慢する人間は今現在有益な働きをしていない証拠。だから過去だけを自慢する。パウロは「ローマの市民権」を振り回さなかった。 

➉、恐怖心を持たないこと。恐怖の根は罪にある。恐怖があると逆襲攻撃して目つきが悪くなる。


口語訳 ピリ 3:8-9
3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、
3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。 

 
●室内気温34℃。扇風機は熱風。たまらず保冷材を首に巻く。
●妻の帰省の切符を買いに駅まで散歩。帰りに「いなげや」へ買い物。
●夕べの祈り。家族一同(子や孫)の霊魂の救い、肉体の健康、家庭の幸福。


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故郷浦和への旅 ++++++++ 所感

2011/08/07 23:21

110807(日)5時「こころの時代、アーカイブス」。アルフォンス・デーケン。「死の哲学」もいいが、カトリックの司祭なのだからズバリ「有体的復活」を説いて欲しかった。それは哲学でなく真に人に安心をもたらす道だ。 ●TSK日本語版ヨハネ。子孫への信仰の遺産

●故郷浦和への一人旅。7時50分出発。妻は家で一人礼拝。

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電車を乗り継いで故郷浦和に到着。16歳の時に洗礼を受けた日本ナザレン教団(ウェスレーの流れ)浦和教会の礼拝に参列。一年に一度訪問することにしている。関谷忍牧師が御病気で話しが半分聴きとれなったが、しかし肝心の「十字架、復活、恩寵、光、命、終末」という言葉は明瞭であった。浦和を去って50年の信仰生活の御礼を皆さんの前で申し上げた。塚本虎二先生に師事したことも話した。関谷先生のお話は半分は聴きとれなかったが、肝心なところは分かった。あとは聞こえなくてよい内容だと皆さんを御慰めした。 

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エクレシアの方々。清水さん 高橋 増田愛子さん。主にある交わりは50年経っても 変わらない。「来年また会う日まで」

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浦和の東口に18階建て超高層マンション「ブランシェラ浦和」(長谷工企画施工)が出来ていたので生まれた家の付近が見えるかもしれないと思って。16階のモデルルームを見学。

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16階のモデルルームからの眺望。これは素晴らしい。
生まれて20歳まで住んでいた方面、懐かしい森が見える。ドイツは森の国と言われるが浦和も森が多い。
価格は80.73㎡で5898万円、角部屋93.33㎡で7348万円。あきる野の家と土地を売却しても届かない。

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「ザ浦和」という屋敷。浦和の風景の特徴は大谷石の生け垣。これ懐かしい心象風景。

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延命寺にある大澤胖君の墓参り「☨大澤胖二〇〇一年七月二日五六歳」と刻んであった。早かったなー。あれから もう10年も経つのか。中学の時からの音楽と信仰の友。


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故大澤胖君の御遺族をお訪ねしようと思って行ったが、お留守であった。庭が整備されていた。 大澤邸の建築設計と葬儀司式をした。「大澤君、また会う日まで」

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その足で故郷浦和の小中学校の友人、比企紀和君を訪問。JICA(ジャイカ・(国際協力機構)の要請でインドネシアに2年行っていたが、今春に帰国した。
インドネシアのスラウェジ島マカッサルの観光開発に関する政府へのアドヴァイザーとして単身赴任。土産話と旧交を温めて2時間歓談した。美弥子夫人によれば「帰国してからは主人が朝食を作ってくれるようになったのが最大の喜び」だと言う。美弥子夫人はお姑さんに25年も仕えたので主人が2年も解放してくれたのはご褒美だと思うとも言われた。写真はその美弥子夫人の撮影。比企君の家は30年前に故鈴木忠昭君と設計。

●雷雨の中あきる野の家に19時20分到着。浦和の超高層マンションよりもやはりここの家がよい。落ち着く。 

●妻が録画しておいてくれたNHK「100年インタビュー、立花隆」を見る。「知の巨人」立花隆は本の山にうずまっている。先ずこの姿を見て、「知」が評論家の商売とは言え、「コリャー駄目だ。大脳皮質への雑学蓄積では真理には到達しないと思った。論客立花隆の生育は無教会クリスチャンのご両親の影響が大。その御母堂は一度「東京聖書読書会」に来られたことがあり、昼食会だったので、隣席でお話を伺ったことがある。評論は「田中角栄の研究、その人脈と金脈」から後年サイエンスにシフトしたのはそういう政治研究に嫌気がさしたからだと言う。そしてそのサイエンスも「宇宙からの帰還」という本で宇宙飛行士の多くは地球を外から見て人生観が変わることに興味を持つようになる。伝道者になった人もいる。そして71歳の現在、残りの生涯はアリストテレスの形而上学に打ち込みたいと言う。この人、母の祈りが聴かれて、遂に神を見出し、有体的復活は真理だということを言いだす論客になるかもしれない。しかし形而上学という「哲学」から遂に 信仰には到らない。 


塚本訳 Ⅰコリ1:19-24
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか。
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。
1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。

 

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不信者がいる悩み ++++++++ 所感

2011/08/06 07:21

110806(土)4時起床

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午前4時28分、東の窓を開けると「夜明け前」

●TSK日本語版ヨハネ。孫子への遺産


●信者にとって血を分けた同胞が救われずにいるのは非常な苦しみである。 

塚本訳 ルカ 16:27-28
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

塚本訳 使  16:30-31
16:30 そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどうしなければならないのですか。」
16:31 二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」

塚本訳 ヨハ 21:21-22
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」

塚本訳ロマ 9:2-3
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。


●この非常なる悩みと心配に対して聖書はどういうか。それは「信じない人間も神の認識のうちにあるということを信じよ。」 と示している。

塚本訳 ヨハ 6:35-37
6:35 イエスが言われた、「わたしが命のパンである。わたしの所に来る者は決して飢えない。わたしを信ずる者は決して二度と渇かない。
6:36 しかしわたしは(前に)『あなた達はわたしを見たのに、信じない』と言った。
6:37 (だが、信じないのは父上の御心である。)父上がわたしに下さるものは皆、わたしの所に来、わたしの所に来る者を、わたしは決して放り出さない。

●神は全人類を救おうとなさっておられる。

塚本訳 ヨハ 10:16
10:16 ・・なおわたしには、この檻のものでない、ほかの羊がある。(彼らはまだ野山をさまよっている。)わたしはそれをも導いてやらねばならない。彼らはわたしの声を聞きわけ、かくて群一つ、羊飼一人となるであろう。・・


塚本訳 ロマ 11:25-26
11:25 兄弟たちよ、この秘密を知らずにいてもらいたくない、あなた達(異教人諸君)が、自分は賢い(からこの特権を得た)などとうぬぼれることのないために。一部のイスラエル人が頑なになって(キリストを信ぜずに)いるのは、異教人が(信仰に)入って定数に満ちるまでであり、
11:26 こうして(イスラエル人は異教人が妬ましくなり、悔改めて信仰に入り、)イスラエル人全部が救われる、ということである。(聖書に)書いてあるとおりである。『シオンから救済者が来て、ヤコブ(の子孫)から不信心を遠ざけるであろう。


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無教会主義の真理証明 ++++++++ 所感

2011/08/05 06:21

110805(金)5時半起床●朝の黙想。ヨハネ12:23の意味は何か。


新改訳 ヨハ 12:23
12:23 すると、イエスは彼らに答えて言われた。「人の子が栄光を受けるその時が来ました。


新共同 ヨハ 12:23
12:23 イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。


文語訳 ヨハ 12:23
12:23 イエス答へて言ひ給ふ『人の子の榮光を受くべき時きたれり。


塚本訳  ヨハ 12:23
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。

●イエスに会いたいと言ってきた異教のギリシャ人がいたことに対してイエスは喜んだ(文語)感動した(塚本)。この意味は何か。膝元のユダヤ人は駄目だったが異教人が求めて来たことに感動し喜んだのである。自分の信仰の内容が外部的に裏付けられたからである。●信仰は五感の手段で裏付けられる。この世に生きている限り、五感の裏付けがあって安心安定する。しかしそれは裏付けであって、目的ではない。●私が「有体的復活」を叫ぶと一握りの人が応答してくれる。これは感動である。私の「胸が熱くなる経験」は私だけのことえでゃなかったことが外部的裏付けだからである。●教会も無教会集会も集客と集金に腐心しているのは大間違い。それは結果であって目的ではない。これが2000年間の教会史の苦闘。
 
●黒崎註解WEB判はシドニーと福島と東京という遠隔の地で作業しているが、この事実は無教会主義の真理証明である。シドニーと福島の両兄に次のようにメールした。

シドニーと福島へのメール
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両兄

 

WEB黒崎の作業を離れたところで行えていることは、ITの技術もさることながら

「霊の交わり」は物理的に限定されないことの証明であり、これこそ「無教会主義」の真理証明ではないでしょうか。塚本先生も「肉では自分を知らない方がよい」とどこかで言っておられます。

 

塚本訳 Ⅱコリ5:15-17

5:15 そして彼がすべての人の身代りに死なれたのは、(彼と一緒に死んで新しい命にいま)生きている者たちが、もはや自分のために生きず、身代りに死んで復活された方のために生きるようにというのである。

5:16 だからこのわたし達は、今からのちだれをも人間的に知ろうとはしない。たとい(以前は)キリストをも人間的に知っていたにせよ、今はもはや(そのように)知りはしない。

5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
シドニーと福島へのメール おわり


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この初音も大きくなって讃美歌を弾けるようになればいいなー

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祖父母の家に5泊6日の夏休み。クロールを覚えた初音。二人とも蜘蛛を怖がった。
ミンミンゼミを珍しがった。「また会う日まで」。さようなら

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中野まで見送り。母親の愛子に引き渡す。怪我や病気なしで「ホッ」とした。

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あきる野に戻ってホッとした。今日は急に暑い。



 
  有体的復活の使徒伝承

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福島の地は呪われたのか ++++++++ 所感

2011/08/04 08:08

110804(木)5時目覚め、朝の啓示「世にある限り」

讃美歌502番 「おりかえし」

世にあるかぎり
きみのさかえと
いつくしみとを
かたりつたえん

●人生には時間に限りがある。その時間内で何をすればよいのか。何か大事業をして世間で有名になることではないのだ。神に覚えられることが人生の目的であり、その恩恵を語ることが幸福である。

塚本訳  ヨハ 6:27-29
6:27 (食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい。これは人の子(わたし)があなた達に与えるのである。神なる父上が、(これを与える)全権を人の子に授けられたのだから。」
6:28 すると人々がたずねた、「(それをいただくために)神の(御心にかなう)業をするには、何をすればよいのでしょうか。」
6:29 イエスは答えられた、「神がお遣わしになった者を信ずること、これが(御心にかなうただ一つの)神の業である。」


t塚本訳 マコ 5:18-19
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った。
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。」

塚本訳  ヨハ 12:34-36
12:34 すると群衆が答えた、「われわれは律法[聖書]で、救世主は〃永遠に〃(地上に)生きながらえると聞いていたのに、あなたはどういう訳で、人の子は(死んで天に)挙げられねばならぬと言われるのですか。その人のことはいったいだれのことです。」
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。
12:36 光のある間に光を信じて、光の子になりなさい。」、こう話すと、イエスは(そこを)立ち去って、彼らから姿をお隠しになった。(イエスの伝道はこれで終ったのである。)

●穀物と野菜を食べよ

新共同 創  1:29
1:29 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。

●しかし福島産のものは放射能の害があるから食べるなとは、一体何が悪かったのか。神に呪われた地なのか。


●神は地を呪うことがある。

申    30: 19 [新共同

わたしは今日、天と地をあなたたちに対する証人として呼び出し、生と死、祝福と呪いをあなたの前に置く。あなたは命を選び、あなたもあなたの子孫も命を得るようにし、

ヨブ   24: 18 [新共同

「大水に遭えば彼はたちまち消え去る。この地で彼の嗣業は呪われ/そのぶどう畑に向かう者もいなくなる。

詩    37: 22 [新共同

神の祝福を受けた人は地を継ぐ。神の呪いを受けた者は断たれる。

イザ   8: 21 [新共同

この地で、彼らは苦しみ、飢えてさまよう。民は飢えて憤り、顔を天に向けて王と神を呪う。

イザ   24: 6 [新共同

それゆえ、呪いが地を食い尽くし/そこに住む者は罪を負わねばならなかった。それゆえ、地に住む者は焼き尽くされ/わずかの者だけが残された。

●神は砂漠を回復する
 
新共同 イザ 35:1-2
35:1 荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ/砂漠よ、喜び、花を咲かせよ/野ばらの花を一面に咲かせよ。
35:2 花を咲かせ/大いに喜んで、声をあげよ。砂漠はレバノンの栄光を与えられ/カルメルとシャロンの輝きに飾られる。人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。

●万物は復興する。毒の食べ物は無くなる。創世記1:29の原初の姿が回復するのだ。終末を祈る。

塚本訳  ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
 
●孫娘二人を連れて東急ストア―の遊び場へ。

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メリーゴーラウンド。この遊具西部園この子らの母にも乗せたことがある。

●景品をつかむゲームをやったが全部失敗なので、係の人に内緒でお願いして採れやすくしてもらったら一回で三個も採れて大喜び。●神は聴いてあげる願いを祈らせるものだ。

●寝る時に布団の上に丸くなって4人がそれぞれに祈った。●それから寝かしつける為に今日はシンデレラの話し。ガラスの靴に合う人がいた家に王子様が行って見ると、シンデレラは意地悪なおねえさんをホウキで殴っていました。それを見た王子様はすっかりシンデレラを嫌いになりました。そこで「初音」か「かなほ」(孫娘の名前)の方がいいなーと考えるようになりました。ここまで話すと二人は「ワタシ」「ワタシ」と喧嘩を始めたので、「王子様は一晩寝て考えよう」と言いました。すると二人の孫娘は急にまた声を出して祈り始めた。「神様、今晩、いい夢を見させて下さい」と。・・・しばらくしてスヤスヤと寝はじめた・・・・・身近な事を真剣に祈る態度は良いことだ。祈りは「自分のこと」「自分の願い」でよいのだ。


    有体的復活の使徒伝承

   http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/index.html

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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    TSK日本語版・目次

    http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/denshou/tsk0603.htm

 

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霊による第二の誕生  ++++++++ 所感

2011/08/03 12:44

110803(水)5時目覚め●朝の啓示「霊によって生まれること」「第二の誕生」●TSK日本語版ヨハネ●黒明幸吉詩篇註解WEB判校正●次回感話の準備の一部。霊による第二の誕生を考察
 
9月4日感話(茅ヶ崎金子邸)準備の一部
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●人に神と復活が分かるのは神がその主権で個人的に御自分を示される時

塚本訳マタ 11:27

11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない

 

塚本訳 ルカ 24:45-46

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

 

塚本訳 ヨハ 14:22-23

14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」

14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう

 

塚本訳 ヨハ 3:8

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

塚本訳 使  16:14

16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた

 

塚本訳 ルカ 2:14

2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり

 

塚本訳 Ⅱコリ13:13

13:13 主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを

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9月4日感話(茅ヶ崎金子邸)準備の一部 おわり

●岩島清先生(今井館教友会監事・元国立公衆衛生院放射線衛生学部長)から福島県二本松市の今年の秋の米の放射線の値は国の値を下回るであろうという嬉しいお知らせを頂く。
感謝。●最近行われた小麦の放射線の値は20~22ベクレル/㎏で国の基準500ベクレル/㎏より大幅に下回っている。●次の日曜日は故郷浦和のナザレン教団浦和教会に行くので増田愛子さんに連絡。消息を伺う。Kご夫妻は8年前に召されていた。「信仰は一代」ということについて懇談。


●孫を秋留台公園の噴水池(ジャブジャブ池)に連れて行って遊ばせる。


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秋留台公園の噴水池(ジャブジャブ池)で遊ぶ孫娘


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秋留台公園のコスモスの丘で。妻と孫娘



resize1932.jpg 

奥多摩連山に黒雲。夕立が来ない前に引き上げることにした。
兄弟姉妹はいつまでも仲良く。


●神と人間と人世に不満がある人に告ぐ。
某氏「神がいるなら抗議したい」と言った。某氏の夫人は生涯病弱。しかしその不幸を通じて真の幸福を見出すようにさせられているんだがなー。「不満」等を言っていては贅沢だ。メンツを捨てて「なりふり構わず」神に頭を下げなければ一生を棒にふる。彼に人間に依るのではなく神の直接の力が降り、霊の目が開きますように。


●身から出た錆で、自分の人生も家庭も子弟もまたその家庭もメチャクチャの人に告ぐ。彼は中学校では成績が良かったが、父親の病気で大学進学を断念。それが原因で人生が堕落、今に至っても過去の栄光を自慢してばかりいる。空しいことだ。
その不幸を通じて自分が汚泥にどっぷりつかっていることを知って「なりふり構わず救いを求める」気持になることを祈る。神は砕けた心の人を救う。十字架の血潮で過去の罪をすっかり清めて下さる。神がその人を導いて下さることを祈る。
 
●20:30 孫娘二人の就寝。私と妻と孫娘二人の4人が布団の上に正座してそれぞれが祈った。夕食と就寝の「今日は楽しかったです」という孫娘の祈りは素晴らしい。彼女たちの人生の最後もこのように祈りになれますように。あと80年も先のことだ。
 
●孫娘を寝かしつける時に「赤ずきん」の話し。(30年も前に自分の子供たちにも話したもの)。しかし今度は少し変えた。最後におばあさんと赤ずきんは狼を切り裂いて焼き肉にしてお母さんにお土産にしたという話。


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孫娘に好きな人ができる。 ++++++++ 所感

2011/08/02 08:30

110802(火)5時15分起床●TSK日本語版、これは孫子のため●昨日は娘が末の子を連れて中野に帰ったので今日から上の二人が宿泊●今朝の孫娘との対話
H(小3)「ワタシYくんにラブレター書いたんだけど、お母さんに見せたら早すぎます」と止められてしまったノ」。
私「どういうふうに書いたの」
H「Yくん。こんどヒマだったら。デートしましょう」
私「書き方が下手だったんだよ。ヒマだったらというところがいけない。よーし、じゃーおジーちゃんと一緒に書いてみよう」。
H「でもワタシの友達もY君のことが好きなノ」。 
H[おジーちゃんはr小さいときに好きな人と結婚していたら今シアワセだったかしら」
私「うーん。幸せにはなれなかったと思うよ」

 ●人生は小さい頃から真剣勝負で悩みが多いもんだなー


口語訳 ヨブ 14:1
14:1 女から生れる人は/日が短く、悩みに満ちている。

新改訳 ヨブ 14:1
14:1 女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。

新共同 ヨブ 14:1
14:1 人は女から生まれ、人生は短く/苦しみは絶えない。


●夏休みの宿題を応援することは私の楽しみだったなー。しかしやり過ぎだったのかなー。人生は失敗や負け犬で泣く 事の方が深く広くなって真理が分かりやすくなる。「かわいい者には旅をさせましょう」とはかって隅谷三喜男先生が私にアドヴァイスして下さった言葉。
●13:00 妻と共に市民プールで二人の孫娘を連れて行って遊ぶ。初音はクロールが出来るようになったが今度は息継ぎの練習だ。もう大丈夫、時間の問題。●16:30 池谷医院。過日子供の一人から「父さんも、母さんも長生きしてください」というメールをもらったが、長生きとは「永遠の命」に生きることだなー、と思った。肉の命は長生きすると故障が多くなる。 


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