to 日記と感想 2011年12月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


ダメ人間が救われる道 ++++++++ 所感

2011/12/31 09:49

111231(土)3時半起床。寒いので朝風呂●TSK日本語版ロマ3章。3章24節に胸を打たれた。●この一句に人類の希望がある。駄目人生、失敗人生、汚れた人生、悔いの人生もこれで救われる。救いの道が開かれている。●人生は不条理な事が多いが、それでもこの「救いの道」があるからいいじゃーないか。おあいこじゃーないか。タダで入れる神の国じゃーないか。 


塚本訳  ロマ 3:24
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。 


●翻訳比較

口語訳彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。
塚本訳(さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
前田訳しかし、代償なしに、神の恩恵によって、キリスト・イエスのあがないのおかげで、義とされるのです。
新共同ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。
NIVand are justified freely by his grace through the redemption that came by Christ Jesus.

●ここで塚本訳の「あがないの力で」は、力学を学んだ建築士としてはよく通じる。前田訳の「あがないのおかげで」は「おかげさまで」の心に通じ日本語になっている。新共同訳の「無償で」も経済に生きる人間としてはよくわかる。
 
●この事さえ共通の認識であればガラテヤ2:16のピスティスの翻訳が「キリスト・イエスを信ずる信仰」(文語、口後、新改訳、塚本)でも「イエス・キリストへの信仰」(新共同)でも「キリスト・イエスのまこと」(前田)でも構わない。聖霊の示しは言語を乗り越える。聖書は聖霊でのみ分かる。翻訳の差によって真理が伝わったり伝わらなかったりはしない。「文字は人を殺す」

 塚本訳 Ⅱコリ3:6
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。
文字は殺すが、霊は命を与えるからである。

塚本訳 ロマ 7:6
7:6 しかし今は縛られていた律法に対して死に、律法から解かれたので
、(律法の)古い文字によらず、(福音の)新しい霊において(神に)仕えるのである。

●各国引照より心に響くものをピックアップ。これらを聖霊で分からせられれば聖書を読んだことになる。永遠の生命を頂けた保証である。●これらはイエスもパウロも総て最後の審判を背景にしての言葉である。

●ネストレ27版(独) 

 塚本訳 エペ 2:8
2:8 然り、君達は恩恵の故に、信仰によって救われた者である。これは君達の力によるのでなく、神の賜物である。

  塚本訳 テト 3:7
3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

塚本訳  ロマ 8:23
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。


 塚本訳 コロ 1:14
1:14 私達は彼において贖罪すなわち罪の赦しを持っているのである。

 塚本訳  エペ 1:7
1:7 私達はこの愛され給う者において、神の豊かなる恩恵により、その血による贖いすなわち咎の赦免を戴いたのであり、

 塚本訳 エペ 1:14
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

 塚本訳 エペ 4:30
4:30 神の聖霊を悲しませるな。君達は贖いの日(に永遠)の(救いに入る)ためこの御霊をもって封印されたのである。

●新共同訳(日) 

  塚本訳 ヘブ 9:15
9:15 このゆえに、彼(キリスト)は新しい契約の仲介者である。彼は最初の(旧い)契約の下に犯された違反をあがなうために死なれたのであるから、(そのあとは神に)召された者が(すべて)永遠の相続財産の約束をいただくのである。

 塚本訳  エペ 2:8
2:8 然り、君達は恩恵の故に、信仰によって救われた者である。これは君達の力によるのでなく、神の賜物である。

塚本訳 ロマ 4:5
4:5 反対に、仕事をしない者、すなわち(善い行いは出来ずとも、信ずれば)どんな悪人でも義とするお方(神)を信ずる者に対しては、その信仰が義と見なされるのである。

●TSK(英米)の引照

 塚本訳  ロマ 4:16
4:16 そうであるから、(相続人にされるのは)信仰のゆえである。これは恩恵によらせるためであり、(アブラハムの)子孫全体に対して──ただ律法の子孫[ユダヤ人]だけでなく、アブラハムの信仰の(足跡を踏む)子孫[異教人]に対しても──(神の)約束が不動であるためである。彼はわたし達すべての者の(信仰の)父である。

塚本訳  ロマ 5:16-19
5:16 なお、(キリストの)賜物と一人の罪を犯した人の場合とは、同じではない。なぜなら、一人の人(の罪)に対する(神の)裁きは、(多くの人に)死の宣告を下したのであるが、(神の)賜物は、多くの(人をその)過ちから(救い出して)義とするからである。
5:17 一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。

 塚本訳 Ⅰコリ6:11
6:11 そして(かっては)あなた達も幾人かは、こうした者であった。しかしもはや(洗礼を受けて汚れを)洗っていただいたのであり、聖別されたのであり、義とされたのである、主キリストの名によって、またわたし達の神の霊によって。

塚本訳  エペ 2:7-10
2:7 これはキリスト・イエスにおいて私達に与えられた慈愛による神の恩恵の豊富絶大なることを、来るべき代々(の人達)に示し給わんためである。
2:8 然り、君達は恩恵の故に、信仰によって救われた者である。これは君達の力によるのでなく、神の賜物である。
2:9 業によるのではない──誇る者の無からん為である!
2:10 何故なら私達は神が予め準備し給うた善い業のため、その中を歩くために、キリスト・イエスにおいて創造られた神の作品である。

塚本訳 テト 3:5-7
3:5 私達がした義の行為からでなく、(ただ)その憐憫により、再生と聖霊による革新とを齎す水浴びをもって私達を救い給うた。
3:6 神はこの聖霊を我らの救い主イエス・キリストによって豊かに私達の上に注ぎ給うたが、
3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

塚本訳 マタ 20:28
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

 塚本訳 ロマ 5:9
5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。

 塚本訳 エペ 1:6-7
1:6 これはその愛し給う者において私達に賜うた恩恵の栄光が讃美されんためで、
1:7 私達はこの愛され給う者において、神の豊かなる恩恵により、その血による贖いすなわち咎の赦免を戴いたのであり、

塚本訳 コロ 1:14
1:14 私達は彼において贖罪すなわち罪の赦しを持っているのである。

 塚本訳 テト 2:14
2:14 彼は私達を『凡ての不法から贖い出し』、また(私達を)『潔めて』、善い仕事に熱心な『自分の選民にしよう』として、私達のために自分を与え給うたのである。

塚本訳 ヘブ 9:13-14
9:13 なぜなら、もし雄山羊や雄牛の血や(水にまぜた)雄牛の灰を、けがされた人々に注ぐことによって、肉体をきよめて、清潔にする(くらい)ならば、
9:14 まして永遠の御霊の力によって傷のない自分自身を神に捧げたキリストの血が、わたし達の良心を死ぬ行いから清めて、生ける神を礼拝させないことがあるだろうか。

塚本訳  黙  5:9
5:9 新しい(讃美の)歌をうとうて言う──貴方は巻き物を受け取り、その封印を開くに相応いたもう。貴方は屠られ給うて、その血(の価)によって凡ての種族と国語と民と国民と(の中)から人を神のために買い、
 
resize2120.jpg 

午後は妻の手伝いで庭の落ち葉掃き、良寛の辞世の句。

裏を見せ、表を見せて、散るもみじ。

仏教では輪廻転生だが、これは暗い。キリスト教では有体的復活。万物の甦りだ。

人間も終末の日に有体的復活で永遠の生命に生きる。だから私はキリスト教だ。


 有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

    

     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

   

    ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

 

 




 



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復活に関する問い合わせに歓喜。 ++++++++ 所感

2011/12/30 16:59

111230(金)6時起床●TSK日本語版ロマ2章アップロード

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

●いよいよパソコンの動きが悪くなった。しかしTSK日本語版の新約が終わるまであと14カ月は動いて欲しい●KMさんという方から初めてのメールで、「(高橋の)復活に関する論考を読みたい」と申し出があった。これは私を知るSTさんが「高橋という男に復活に関する論考がある」とKMさんに紹介があったためである。実にうれしい。霊の喜び、大歓喜である。そこで早速次のような返メールをそた。

「復活に関する論考」問い合わせに対する返事
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

KM 様

 

はじめまして。復活に関するお問い合わせ感謝です。歓喜です。

STさんは私の尊敬する信仰の大先輩です。お身体がお弱りになられた最近は

都心の集会にはおこしになれませんが、それまでは熱心においでになられ,かっては拙宅にまでおこしなられ

後輩に御指導下さいました。現在はお近くの集まりに御出席との事、私の理想とする信仰生活の姿です。

 さて小生は現在68歳、経歴プロフィールは次のホームページをもって自己紹介とさせていただきます。

 

http://www.asahi-net.or.jp/~ej2t-tkhs/

 

復活に関する論考はまず次です。「復活の喜び」

 

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/hukkatu.htm

 

これを簡潔にしたのが次です。この論考に関してはSTさんから数か所のミスタッチなどをご指摘頂きましたが、まだ修正していません。

 

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/guno-sisukeikou.htm

 

小生は集会(東京聖書読者会)で月一回第一日曜日に「感話」をしていますが、その時の配布資料をその都度ホームページにアップしています。次のURLです。随分たまりました。タイトルでご興味のあるものだけを御一瞥下さい。(この中の最後の方に上記二つの論考が含まれています)

 

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

 

私は毎日ブログを書いています。それは上記ホームページの中の「日記と感想」です。お時間があればこれも御一瞥下さい。

 

http://teruonikki.blog55.fc2.com/

 

私のホームページは世界15カ国から毎日平均120人が「覗き」にきます。と言いましても私が15カ国語できるのではなく、世界に散らばっている日本人からのアクセスです。「聖書で聖書を読む」というのが私の姿勢ですから、それに興味を持つ人が私のホームページに搭載してある聖書関連のものを見に来るのだと思います。

 

この度は「復活」という事で交信ができます事、霊の喜びです。喜悦、大歓喜です。ときどきこういう方が現れるのです。これこそ真の「主にある交わり」「真のエクレシア」です。クリスマスは過ぎましたが、本当のクリスマスの喜びです。

 

塚本訳 ルカ 2:14

2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

 

今後とも主にある御交誼よろしくお願い申し上げます。 2011.12.30 1645 

 

 

高橋照男

197-0828 東京都あきる野市秋留4-10-11

電話&FAX 042-558-9361 携帯 090-2443-9916

電子メール ej2t-tkhs@asahi-net.or.jp

ホームページ http://www.asahi-net.or.jp/~ej2t-tkhs/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「復活に関する論考」問い合わせに対する返事  終わり
  

 有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

   

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「何をすれば救われるか」の問いは間違い ++++++++ 所感

2011/12/29 16:02

111229(木)5時半起床●TSK日本語版ロマ2章●次回感話の準備。今日はマタイ25:36.ここは意見すると善行が救いの条件のようであるが、聖書全体からするとそうではない。●これを神学的に思考すると、混迷に陥る。ことにパウロに聞くと難しくなる。しかしイエスに聞くと優しい。神の光に照らされた者はたくまずして神にあって本当の善行を行えるのだと言うのdである。●イエスは太陽、パウロは月。これはパウロ自身も認めるであろう●神なき善行を神は嫌う。人間が自分の顔を立てようとするので神の顔が立たないからである。●神なき平和運動はヒューマニズムとなんら変わらず、神に最も嫌われる行為である。
 
次回感話の準備マタイ25:36
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』

 

[感話と引照]

●神なき善行では救われない。神の光が心に射し来る時に結果として善行になる
 

塚本訳 ルカ 18:18-23

18:18 ひとりの(最高法院の)役人が尋ねた、「善い先生、何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか。」

18:19 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

18:20 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『姦淫をしてはならない、殺してはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」

18:21 その人が言った、「それならみんな若い時から守っております。

18:22 イエスは聞いて言われた、「もう一つ欠けている。持っているものをことごとく売って、(その金を)貧乏な人に分けてやりなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

18:23 彼はこれを聞き、しょげてしまった。非常な金持であったのである。

 

塚本訳 ルカ 18:10-14

18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。

18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。

18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。』

18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。

18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」

 

塚本訳 ヨハ 3:3

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。

 

塚本訳 マタ 5:14-15

5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。

5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。

 

塚本訳 マタ 7:17-19

7:17 (そのように、)善い木は皆良い実を結び、わるい木は悪い実を結ぶ。

7:18 善い木に悪い実がなることは出来ず、わるい木に良い実がなることも出来ない。

7:19 良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。

 

口語訳 詩  1:3

1:3 このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。

 

口語訳 詩  92:13-15

92:13 彼らは主の家に植えられ、われらの神の大庭に栄えます。

92:14 彼らは年老いてなお実を結び、いつも生気に満ち、青々として、

92:15 主の正しいことを示すでしょう。主はわが岩です。主には少しの不義もありません。

 

塚本訳 ガラ 5:22-24

5:22 しかし霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実、

 

塚本訳 ヤコ 3:17-18

3:17 上からの知恵はまず聖く、次に平和を好み、親切で、温順で、憫れみと善き果実に満ちて居り、党派根性がなく、偽善でない。

3:18 そして(この)義の果実は平和を作る人(の心)に、(神によって)平和の裡に播かれるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次回感話の準備マタイ25:36 終わり

 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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男30~35歳は人生の転機 ++++++++ 所感

2011/12/28 09:35

111228(水)6時起床●朝の黙想。三男の恵が福島県での農業をやむなく撤退し、伴侶の実家である宮城県の美里町(東北本線小牛田の駅前)の老舗和風旅館に修業に入ることになった事に就いて考える事ある。
●故山本七平の指摘した事だが、男一匹、コレと言うことをした人は皆30~35歳の時に人生の転機が訪れて以後は何もかも捨ててその道に邁進して花と散ったのであるという。その観点から何人かを見てみよう。

①イエスが家を捨てて伝道に入ったのは30歳。家族としては「気が狂ったと思って取り押さえに来たという。男も盛りの34歳で刑死。 

塚本訳  マコ 3:20-21
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

②パウロは熱心なユダヤ教主義者で新興のキリスト教徒を迫害したが、33歳の時に復活のイエスに出会って人生が変わった。、イエスこそがユダヤ教が待ち望んでいた神の子であると説き続け、3回の伝道旅行と獄中生活の結果、おそらく60歳でローマで殉教。 

塚本訳  使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

③パスカルは天才数学者、科学者として著名であったが、30歳を過ぎた頃啓示を受けて、それまでの名声をかなぐり捨て、「キリスト教弁証」の道にはいった。彼の数学や科学上の業績は時がたてば誰かがなし遂げたものである。
 
死後彼のチョッキの裏側に縫い付けられていた言葉「わたしはアブラハムの神、イサクの神・・・・・」。彼は神に打たれたのである。

④A・シュヴァイツァーは、それまでバッハの研究家、演奏家、神学者などの面で有名であったが、30歳ごろこれまた神の啓示を受けてその名声をかなぐり捨ててアフリカの黒人に仕えようと、それから医学を勉強してアフリカに渡った。周囲はそれまでの彼の業績を惜しがったが彼は耳を貸さなかった。 
 
当時のドイツにおいて牧師は社会的地位が高く、シュヴァイツァーの家庭は比較的裕福な部類であった。(シュヴァイツァーは牧師の子供であった。)幼い頃、同級生の少年と取っ組み合いの喧嘩をして、シュヴァイツァーが相手を組み伏せた時、相手の少年はシュヴァイツァーに向かって「俺だって、お前の家みたいに肉入りのスープを飲ませてもらえれば負けやしないんだ!」と叫んだ。これを聞いたシュヴァイツァーは心に激しい衝撃を受け、「同じ人間なのに、なぜ自分だけが他の子供たちと違って恵まれた生活をしているのか」と、子供心に本気で苦悩したという。この時にシュヴァイツァーが抱いた苦悩こそ、その後の彼の一生を決定付ける重要な出来事であった。(この部分wikipediaより) 

⑤ジョン・バニアン
キリスト教史上不朽の名著「天路歴程」の著者ジョン・バニアンが免許無しで伝道したかどで捕まったのが30歳。彼は満足に学校に行けなかった。今日の聖職者は無教会主義者が素人の立場で無免許で聖書を講じるのを不愉快に感じる。信仰の篤い女性と結婚したのが彼の信仰生活の成功の原因と私は睨む。

「天路歴程」の冒頭は主人公が家人の止めるのを聴くまいと両耳に指を突っ込み「永遠の生命!、永遠の生命、」と叫びつつ家を飛び出す。 
 
⑥軍人から伝道者へ
バリバリの軍人から「転向」してキリスト教の伝道に邁進するようないなった例は数多くある。「小事に忠」であったから神に目をかけられたのだ。
 
●イマドキのワカイモンはこれとは違う。男は勉強に励んで一流校に入り、「寄らば大樹の陰」とて一流企業に入り金と企業内地位に釣られて生涯を企業の奴隷になる。そしてほどほどに収入があってよい家庭を持ち、年金で経済的に心配なき老後で趣味に遊び抜き(クリスチャンは教会を親睦の場とする)馬齢を重ねる。そしてほどほどの寿命で妻子や孫に囲まれてこの世から褒められ惜しまれつつ大往生する、「サウイフヒトニワタシハナリタイ」と思っている。これ小人である。女はイケメンと金持ちと東大卒とこの世的に偉い人を追いかけまわす。これ「割礼なき女」という。それを人生の目標だ幸福だと無意識のうちに教えている教育者、親、マスコミメディアがの民度が低い。あーこういう若者達はまず本人が人間として満足しない。常に心が渇いている。男一匹一回限りの人生なら何かにかけて花と散るのが満足のゆく人生なのだ。人生は長さではない。人生は短くても質だ。QOL(Quality Of Life)を念頭に置け。 


 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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     TSK日本語版・目次

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    ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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石巻で津波の惨状を見る ++++++++ 所感

2011/12/27 20:29

111227(火)旭館で目覚める。恵は5時11の小牛田発東北本線で二本松に出発。残りの仕事を行う。ここ東北の地は非常に寒い。●華子さんと建築の打ち合わせ。物置を改造してピアノ室を設ける。子供のプレールームを兼ねる。●小牛田発9:27の石巻線で石巻へ●津波で建物がなぜ無残に壊れたかの疑問を解決しに行く。建築士の目で見たい。

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石巻海岸。廃車がうず高く積み上げられている。

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日和大橋付近の瓦礫集積場。木造家屋はなぜかくもこなごなに壊れたか。それは継手のところが外れたからだと判明。木造家屋の欠点がこのような時に如実に表れた。柱や梁が折れたのではない。継手が外れたのだ。納得。この瓦礫は処分できないで困っている。この瓦礫の様は人間の過去の罪のようだ。しかし人間の過去の罪という瓦礫はキリストの贖罪の血潮ですっかり清められ、きれいにさせらるのだ。感謝。 



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1-2階が壊滅した鉄筋コンクリートのマンション。津波が引いていく時の被害。多くの人が海に流されていったとタクシーの運転手が説明してくれた。


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日和山公園の高台から見た石巻海岸の惨状。息を飲んだ。イエスの十字架の惨状にも似ている。胸が騒いだ。なぜかくも「むごい」ことになったのか。「十字架を負った」方々。申し訳ない。妻が惨状をバックに私を「撮影しましょうか」と言ったが、とてもそんな気持ちにはなれなかった。ここに住んでいた人達の人生は狂った。家庭も破壊された。家屋も職場も失った。
 
この惨状を見て、
だから神などいないのだと言う人は三流人間
これは天罰だと思う人は二流人間
これを神の警告と感じて神を知るに到る人は一流。

さしずめ日本のマスコミは二流。
 
●一流人間の例にヨブがいる。ヨブは酷い病気になり、家を失い、家族を失い、妻にも冷たくされた。友人達は「お前に何か悪いところがあったのだ」と次々と説教に来る。これ二流人間。しかしヨブはつむじ風の中から直接神の声を聞く(ヨブ記40:6)。そして最後に次のように告白する。

口語訳 ヨブ 42:5-6
42:5 わたしはあなたの事を耳で聞いていましたが、/今はわたしの目であなたを拝見いたします。
42:6 それでわたしはみずから恨み、/ちり灰の中で悔います」。

●ヨブの人生が祝福されたのはそれからのことであった。財産は回復しされて2倍になり、その娘たちはとても美しかったと言う。(ヨブ記42:10-17)

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帰りの新幹線。福島郡山間で山を見る。息子はこの山のふもとでお世話になった。短い期間であったが、神の恩恵の時であった。感謝。この山のふもとに神の祝福末長くあれ。人生には悲しいことが多いなー。しかし有体的復活の希望の喜びがあってこの世の涙の谷も喜びに変わる。


新共同 詩  84:6-9
84:6 いかに幸いなことでしょう/あなたによって勇気を出し/心に広い道を見ている人は。
84:7 嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。
84:8 彼らはいよいよ力を増して進み/ついに、シオンで神にまみえるでしょう。
84:9 万軍の神、主よ、わたしの祈りを聞いてください。ヤコブの神よ、耳を傾けてください


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日も暮れたころ、我が家のあるあきる野市に到着。左は妻の後姿。わたし達の残りの人生にも神の守りがありますように。


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三男の移住先を訪問 ++++++++ 所感

2011/12/26 17:55

111226(月)三男恵の妻子は原発による放射能汚染から逃れて福島県二本松市から宮城県美里町(駅は東北本線小牛田)に7月末に移住。恵は米の刈り入れまで一人で二本松に留まっていたが、遂に12月に移住を決意。ようやく妻子と共に生活できるようになった。一安心である。伴侶の実家は小牛田駅前の老舗和風旅館。恵一家は農業に行き詰まったので当面仕事をその旅館業に関わることになった。そこで先方の御母堂に挨拶するために妻と出かけた。

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自宅から4時間で東北本線の小牛田駅前にある旅館旭館に到着。
新幹線は速い。
旭館は三男恵の伴侶華子の実家。駅から40歩の和風老舗旅館。
華子と風人(孫)が駅に出迎えてくれた。

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旭館の玄関。大きな和風の玄関ホールは立派。瓦に「旭」と銘があった。孫の風人(来年一年生)

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その晩は御母堂の京子様がご自身の御親戚が経営する「ふぐ料理店きたやま」(
古川市)に招いて下さった。恵は「板前の修業から始める」という。結構な事だ。
人生は「やり直し」が大切。仕切り直しは尊いことだ。

  
 
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三男の恵が身を寄せることになった旭館で。
夜は御母堂と長懇談。恵自身もすでに内部被曝の恐れあり、小牛田に招いて下さった御母堂に感謝御礼のご挨拶。御母堂が「客が『よい旅館でした』、と言って旅立たれる時が一番の喜びと生きがいです」と言われたので、それは建築の喜びと同じですと応じた。これ職業のあるべき共通の精神。ラスキンもそれを言う。「ヴェニスの石」「建築の七灯」。
また御母堂は「取り合えずまず旅館業10年です」と言って下さった。感謝。建築も見習い7年は必要。
孫たちも福島県二本松の友達」と別れたという大きな悲しみを背負っている。
恵はやむなく福島県での農業の仕事を放棄せざるを得ない、人生の大挫折。しかし挫折のあとには意外な門が開かれることを固く信ずる。この一家に神の祝福が末長くありますように。 

口語訳 イザ 46:4
46:4 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。

●内村鑑三の名著「基督信徒の慰め」第5章に次の歌が掲げられている。
 「落ちぶれて、袖に涙のかかるとき、人の心の奥ぞ知らるる。」

 (これは鹿児島県民謡の「串木野サノサ」の3番にある。・・・高橋調べ)

●私はこの歌の出典を時間をかけて探したところ、これは遠洋漁業に旅立つ人が歌うものであることを知った。さもあらん。人生はすべからく「遠洋漁業」なのだ。

 

●なんじ貧に迫るまで友人を信ずるなかれ。世の友人はわれらの影のごとし。彼らはわれらが日光に歩む間はわれらと共なれども、暗所に至ればわれらを離るる者なり。貧より来たる苦痛の中に、世の友人に冷遇される、これ悲嘆の第一とす。(内村鑑三「基督信徒の慰め」第5章「貧に迫りし時」より)


口語訳 イザ 30:21
30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

「キリスト・イエスを救い主と仰ぎて癒し難き悲痛あるなし」(内村鑑三)

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孫の風人(6歳、来年一年生)が得意のヨーヨーをやって見せてくれた。孫達の上に放射線内部被曝の禍がありませんように。 


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妻と二人でクリスマス礼拝 ++++++++ 所感

2011/12/25 16:44

111225(日)6時半起床●10:00 妻と二人だけでクリスマス礼拝。讃美歌「神の御子はこよいしも」。●次回の感話に準備したものの前半を話す。妻からよい意見があった。

家庭礼拝の感話。聖書引照は省略

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死人は全員復活して神の裁き(最後の審判)に服す

全聖書を貫徹する思想・・・イエスの復活はその証明

 

東京聖書読者会 2012.2.5 高橋照男

 

 

塚本訳マタ 25:31-46 人の子の裁き

 

25:31 (こんど)人の子(わたし)が栄光に包まれ、『すべての天使を引き連れて来る』時には、栄光の(裁きの)座につくのである。

 

[感話と引照]

●復活は旧約の思想、イエスの復活はその証明。幸いなのは霊魂の絶対絶命人間。

 

 

 

25:32 ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、

 

[感話と引照]

●死後全員が復活させられる時まで人の救いは決定しない。救いは死後に神が決定。

 

 

 

25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。

 

[感話と引照]

●最後の審判で山羊もまた悔い改めれば救われる。他の人の執り成しで救われる。

 

 

25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。

 

[感話と引照]

●救われる人は生前から決まっていない。神の自由なる主権による召命で決まる。

 

 

25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、

 

[感話と引照]

●信仰のない肉親は私にあの時善いことをしてくれた。あの人の為に執りなそう

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

家庭礼拝の感話。聖書引照は省略

●午後、妻はコーラスの練習。ブラームス。妻にはやりたいことをやらせておけば元気で長生きしてくれるだろう。


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クリスチャンも救われるか ++++++++ 所感

2011/12/24 05:52

1111224(土)寒い朝5時起床●TSK日本語版ロマ1章アップ。

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●朝の黙想「(天国の)裁判所とは」
●人は死ねば誰でも天国に行って神の懐に眠るというのは異教思想。キリスト教は違う。墓の中で眠っているものが起こされて、裁判の席に立たされる。
●だからキリスト教は嫌いだ。仏教の方がいいと思う人はキリスト教の門前で引き返すべきである。ダンテ「神曲」に「この門から入る者は一切の希望を捨てよ」とある。 
 

塚本訳  ヨハ 5:28-29
5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、
5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。


●生きているうちに悲惨な目に遭い、死んでからも罰を受けるとは不条理である。しかしこれがキリスト教である。甘くはない。 ●さしずめ「善いこと」ができなかった私は「(死の)罰を受ける」ために復活して地獄の火であぶられる。 


塚本訳  マタ 5:21-22
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。
5:22 しかしわたしはあなた達に言う、兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。

●「高橋節」で人を座頭一の如くに斬りまくっている私は「(天国)の裁判所」で地獄行き必定。地獄の火は熱いだろうなー。
●しかし唯一、逃れの道がある。キリストが「清い礼服」を無料で貸し出してくれるのだ。その消息は次のとおりである。


塚本訳 マタ 22:8-14
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」


●10節の「悪人でも善人でも」についての思い出。某無教会の御夫人から信仰を持たないで亡くなられた御主人(私の学校の恩師)の葬儀をキリスト教式で頼まれた。私がこのマタイ22:10を引いて式辞を述べた。するとその御夫人はすがるように「悪人でもですか」と聞いてこられた。私は「聖書(マタイ22:10)に書いてあります」と答えるとその御夫人はその晩家で読まれて「確かに書いてありました」と言われた。●そうだ死人の復活の時は上記ヨハネ5:29にあるようにまず全員が裁判に服すために有体的に復活するのだ。しかしその後が他の宗教と違う。身を清めてでなければ神の国に入れないのだ。神道の地鎮祭に於いて入り口で手を洗うのと同じである。しかし汚れ切った人生の汚れは誰でも自力では清めきれない。そこで「礼服」を貸してもらって汚れを隠す」のである。これが12節。
●集会でこの話しをしたところ聴いておられたTT氏が校言われた。「私がニューヨークに駐在していた時、あるパーティーにおいて入り口で「礼服」を貸してくれた」と。

●そうだ。死人は一旦全員復活する。眠っているところを起こされるのだ。信者も不信者も。そこで「(天国の)裁判所」で裁かれるのだ。そこで救われるのはキリストの贖罪にすがる者のみなのだ。救いの決定は「(天国の)裁判所」である。ここに無教会主義の根拠がある。地上の教会で頭から水をたらされたり、浸水で洗礼をうけたり、パン屋で購入したパンを食べる聖餐式に預かっても救いの保証はない。決着は「(天国の)裁判所」である。●クリスチャンも救われるかどうかわからない。●なぜなら救いの決定は「(天国)の裁判所」における裁判官(神)の決定によるから。●主よ、その時、この汚れた罪人の私に礼服を与えて下さい。罪を隠して下さい。私の母も、親戚も、子供にも「礼服」を与えて下さい。お願いします。
 
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10:30 黒田隆さん(90歳)を見舞い訪問。話題は黒田さんの建築界における功績。
日露戦争日本海海戦のT字型戦法の発案者は、建築界の岩下秀男先生の父親であった事。福島の息子の宮城県への移住。「死ぬ」ということはどういうことなのか。一時間で辞去。黒田さんは御夫人に先立たれてから急にお弱りになられた。今日は体がよろけた。背骨に入れた補強の鉄板が痛くてしょうがないと言われる。お気の毒。黒田さんは「復活」に関心を持っておられる。

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14:00 今井館聖書講堂で啓声会(高橋啓三門下生の会)によるヘンデル・メサイア。
粒ぞろいの若手プロ13名(誰もが輝かしい経歴の持ち主)の演奏はスゴかった。まずその声量。声の美しさ。今まで何度かメサイアの演奏を聴いたが今日のものが最高であった。指揮者の高橋啓三氏は今までで最高の出来であったことと、ホールの音響がよかったと挨拶。

最後のアーメンコーラスの前の曲。
If God be for us ,who can be againnst us?

神が私達に味方するならば、誰が私達と敵対するだろうか。 誰が選ばれた者を訴えることが出来るだろうか。いや誰もできはしないだろう。なぜならば神が義とするからである。誰が我々をとがめようとするだろうか。いや、誰もしないだろう。私達のために死んで、復活した方である主キリストが神の右に座して私たちのためにとりなしてくださるからである。
   ローマ署 8:31,33,34


●これを歌ったソプラノの辛島安妃子(写真左から2人目)の独唱は素晴らしかった。と同時にこういう歌唱力という賜物を与えられている人をうらやましくなった。
●しかしA・シュヴァイツァーは「音楽はこれを演奏する人とそれを理解観賞する人は同等の価値である」という言葉を思いだして自らを慰めた。
●これは次回感話にズバリ関係する内容だったので胸が詰まった。「これだ!!」。アーメン、アーメン。アーメン。ヘンデルの心が見えた。
 

塚本訳 ロマ 8:31-34
8:31 すると、それはどういうことになるのだろうか。──神がわたし達の味方である以上、だれがわたし達に敵対できるか。
8:32 御自分の子をさえなんの惜しげもなく、わたし達みんなのために死に引き渡されたその神が、どうしてそれと共に、すべてのものをも賜わらないことがあろうか。
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。


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指揮者の高橋啓三氏(福島県出身)にホールを褒められてうれしかった。
妻がこれを撮影する時、「私も福島出身です」と挨拶。

●演奏会が始まる前に今井館教友会の新井明理事長に会って、来年から7年間はTSKの作業に打ちこむ話しをした。「死ぬんじゃないぞ」と言われた。
●妻と新宿東急ハンズで買い物
●あきる野に到着して、妻と冬の星座を見ながら家路。シリウスとオリオンを見た。
今日はクリスマスイブ。これこそ本当のクリスマスイブだ。感謝、感謝。
●家にはクリスマスのメッセージが待っていた。
●孫の見時がインフルエンザで高熱。26日の」小牛田訪問の時間変更。


 有体的復活の使徒伝承

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救われる人は生前から決まっているのか ++++++++ 所感

2011/12/23 11:43

111222(木)4時半起床●TSK日本語版ロマ入力。今日は1:1-16 何度か心で泣いた●次回感話の人美。今日はマタイ25:34●救われる人は生前から決まっているのか、それとも生きているうちの行為で決まるのか。それとも神の主権による召命で決まるのか。●この難問は人間たる先生に聞いてはいけない。人間に聞くから各種教派に分裂するのだ。聖書それ自身に聞かなければならない。そして自分で黙想するところに恩恵が降る。これ聖書を読む時の王道●聖書はどちらにも「分」があるが。決定的なことは人間の手には握られていないことである。●つまり天地創造の前から救われる人は決まっているということと、神の主権によって救いが決められるということは「自分ではどうしようもない」ということで同じである。●しかし祈りで神の心は動く。神が救いに予定してなった人でも我々の執り成しの祈りで神の決定は変更される。
 

次回感話の一部 マタイ25:34
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。

 

[感話と引照]

●救われる人は生前から決まっているのか。神の主権による召命で決まるのか。

塚本訳 マタ 20:23

20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。

 

塚本訳 エペ 1:4-6

1:4 神は御前にて聖く瑕無き者とするため、天地開闢の前から私達をキリストにおいて選び、

1:5 御意の思いのままにイエス・キリストによりその子たるべく愛をもって予め定めたもうたのであった。

1:6 これはその愛し給う者において私達に賜うた恩恵の栄光が讃美されんためで、

 

塚本訳 ガラ 1:15-16

1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、

1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、

 

塚本訳 黙  13:8

13:8 かくて凡て地に住む者、宇宙開闢の時からその名を屠られた仔羊の生命の書に記されていなかった者は、彼を拝むであろう。

 

塚本訳 黙  21:27

21:27 しかし凡ての穢れたもの、嫌悪むべきことと虚偽とをする者は、決してここに入れない。ただ仔羊の生命の書に(その名を)書かれている者だけがここに入るであろう

 

 

塚本訳 マタ 22:11-14

22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て

22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、

22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。

 

塚本訳 マタ 5:3-4

5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。

5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

 

塚本訳 ルカ 16:25-26

16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。

 

塚本訳 ヤコ 2:5

2:5 聴け、愛するわが兄弟達よ、神はこの世の貧乏人を選んで信仰における金持ちとし、神を愛する者に約束し給うた御国の相続人となし給うたではないか。

 

塚本訳 ロマ 1:5-7

1:5 わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている。

1:6 あなた達もその中にあり、イエス・キリストのものになるようにと(神に)召された者である。──

1:7 それでわたしは、神に愛される人、(また)召された聖徒であるローマ(集会)のあなた達一同に、この手紙をおくる。わたし達の父なる神と主イエス・キリストから、恩恵と平安、あなた達にあらんことを。

 

塚本訳 Ⅰテサ2:12

2:12 あるいは勧め、あるいは励まし、あるいは厳命して君達をその御国と栄光とに召し給うた神の子らしく歩かせるようにしたかについては、君達(自身)がその証人であり、また神が証人であり給う。

 

塚本訳 マタ 4:18-20

4:18 ガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、二人の兄弟、ペテロと言われたシモンとその兄弟アンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。

4:19 「さあ、ついて来なさい。人間の(漁をする)漁師にしてあげよう」と言われると、

4:20 彼らはすぐ網をすててイエスに従った。

 

塚本訳 ヨハ 1:40-42

1:40 ヨハネから聞いてついて行った二人のうちの一人は、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。

1:41 (あくる日)まずこの人が自分の兄弟のシモンに出会って、「メシヤを見つけた」と言う。[メシヤは訳すると「救世主」である。]

1:42 シモンをイエスの所につれてゆくと、彼をじっと見て言われた、「あなたはヨハネの子シモンだ。あなたの名はケパがよかろう。」[ケパは(ヘブライ語であって、ギリシャ語に)訳するとペテロ(岩)。]

 

塚本訳ルカ 5:27-28

5:27 そのあとで、イエスは(湖のほとりに)出てゆき、レビという税金取りが税務署に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、

5:28 何もかも捨てて、立って従った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次回感話の一部 マタイ25:34  おわり
 
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あきる野駅のそばにこんなクリスマスツリーが飾られていた。ペットボトル。
イエスは「わたしが世の光だ」と言った。

 有体的復活の使徒伝承

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有体的復活の身体 ++++++++ 所感

2011/12/22 10:01

111222(木)6時15分起床。冬至。あまりに寒いので朝ぶろで暖まる。●朝の啓示[有体的復活体の身体」●過日YT兄から玉稿メールを頂いたが、それが頭から離れないでいた。あまりにも尊いものなので、私だけにとどめておくことはできない。
下記に公開する。

YT兄からの玉稿メール

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです。(ピリピ3:9-10 新共同訳)

 

信仰によって義とされ、主のものとされたキリスト者のこの世の旅路は、キリストの苦しみにあずかって、その死の姿にあやかる生涯ならざるべからず。(自戒)

 

彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。(ピリピ3:19-21 新共同訳)

 

キリストはこの朽つべき卑しいからだを、御自分の栄光あるからだと同じ形にかえてくださる。再臨待望、再臨耐望!

 

「御自分の栄光ある体と同じに」(新共同訳)

「ご自身の栄光のからだと同じかたちに」(口語訳)

「ご自身の栄光のからだと同じ姿に」(新改訳)

「御自分の栄光の体と同じに」(塚本訳)

 

然り、今や残っているのは「からだがあがなわれること」のみ!(ロマ8:23

 

http://www.youtube.com/watch?v=Viok5IpyMgU&feature=related

 

主に在りて

 YT

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
YT兄からの玉稿メール 終わり。

●このうち、ピリピ3:21について引照を利用して黙想して見る。新共同引照、ネストレ引照、TSK引照のなかからピンと来るものを掲載。●とにかく無から有を創造された神は我々の大脳皮質では考えられないような復活の身体を与えて下さるのだ。これ学問ではなく、信じるか信じないかだ。 

塚本訳 Ⅰコリ15:43-54
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。
15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。
15:46 しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。
15:50 兄弟たち、わたしの言うのはこのことである。血肉の人間は神の国を相続することは出来ず、死滅が不滅を相続することはない。
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52 あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』


塚本訳 Ⅱコリ3:18
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である。


塚本訳 コロ 3:4
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


塚本訳 ロマ 8:29
8:29 というのは、神は(世の始まる前に)あらかじめお選びになった人たちをば御子(キリスト)と同じ姿にすることを、あらかじめお定めになったからである。──これは(こうして出来た)多くの兄弟たちの中で、彼を長男にするためである。──


 塚本訳Ⅰコリ15:53
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。


 塚本訳ロマ 12:2
12:2 また、この世に調子を合わせてはならない。むしろ反対に、何が神の御心であるか、何が善であり、お気に入るものであり、また完全であるかを見分け得るために、(御霊によって)心を一新されて自分を造りかえていただけ。(そうすれば来るべき世への準備ができる。)


add 2 Ⅰヨハ3:2
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)


 塚本訳マタ 17:2
17:2 すると彼らの見ている前でイエスの姿が変った。顔は太陽のように照りかがやき、着物(まで)が光のように白くなった。


 塚本訳コロ 3:4
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


add 2 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。


 塚本訳ヨハ 5:25-29
5:25 アーメン、アーメン、わたしは言う、死人が(一人のこらず)神の子(わたし)の声を聞く時が来る、いや、今もう来ている。しかし(ただ聞くばかりでなく、ほんとうに)聞き従う者(だけ)が生きる。
5:26 父上は御自分で命を持っておられるように、子(たるわたし)にも命を持つことを許し、
5:27 かつ、裁きをする全権を子にお授けになった。人の子である(わたしは、人間の心がわかる)からである。
5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、
5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。


塚本訳 ヨハ 11:24-26
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

●電子メールにより世界のどこからでも「信仰告白」の交換ができることは幸いである。
●東急のJTBに行って26-27日の宮城県小牛田訪問の切符を購入。
●夕飯には冬至南瓜がでた。
●今日からTSK日本語版ロマ開始。 

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あと7年は死ねない ++++++++ 所感

2011/12/21 19:23

111221(水)6時起床●TSK日本語版使徒28章●夕方、使徒28章入力完了。3ヵ月と18日。これで新約の60%が完成。21か月かかった。新約終了まであと14カ月。その後パソコンを「XP」にして旧約に着手。旧約は6年かかる。ライフワーク。これが完了しないうちは死ぬことが出来ない。あと7年は死ねない●逐一HPにアップロードしてきた。

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●図書館、東急、●「有体的復活」という言葉に反応する人が時々出現するから嬉しい。これは不思議な言葉だ。今日も反応があった。神の国は東から西から(つまり遠くから)人が集まる。 

塚本訳マタ 8:11
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、 

●集会の杉崎孝さん(98歳)から、ヨハネ3:3の訳語についての電話。「見る」か「はいる」か。原語のギリシャ語に当たっての御指摘。

ヨハネ3:3 は「神の国を見る」の訳が多いが(文語、口語、新改訳、前田、新共同),塚本訳(岩波文庫、昭和38年)だけは「神の国にはいる」となっているのはなぜか、とのこと。ギリシャ語の辞書2冊に当たったが、不明。ギリシャ語を猛勉強したくなったが今からでは無理。「生兵法は大怪我のもと」 。探究はやめておこう。●ただし塚本訳の昭和7年の「試訳」では「見る」になっている●かって集会の講義で「生がじり」のギリシャ語に触れたら、」、聞いておられた杉崎さんから「ギリシャ語に言及するのはやめなさい」と御注意を受けたことがある。「生病法は大怪我の基」であった。●塚本先生は聖書は原語でなく日本語で読みなさいと言われる。●私が「素人は建築設計するなと」思うのと同じことなのだろう。専門の事は専門家に任せるべきだ.●素人が住宅の間どりを設計すると大体において階段を上がると頭がぶつかって2階に上がれないものになる●かって今井館資料館の設計を女子軍団に説明したら、某女史が壇上にツカツカと登ってきて「こうする事は出来ませんか」とのたまわった。私は「主権を侵害された」ようで頭にきた。人の専門領域内に下駄履きで上がるようなことはするな。


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山羊の祈り ++++++++ 所感

2011/12/20 20:17

111220(火)5時半起床●TSK日本語版使徒28章入力●昭和女子大KMの卒論を添削修正●次男のMが海外赴任先から近況報告。情報提供依頼。なにもかも日本にいるようにはいかず、難儀しているようだ。無事を祈る●15:00集会の釘本寛子さんは御高齢のために老人ホームに入られている。その令弟の釘本晴夫さんを妻と訪問。集会からのクリスマスプレゼントを渡す。

resize2104.jpg 
妻がガーデニングのすばらしい家があると言うので立ち寄って見る


●北朝鮮のキムジョンイルが17日に死亡。人間を偶像化する国は伸びない●次回感話の準備。今日はマタイ25:33。最後の審判で「山羊」と断定されたら、イエスの十字架にすがればよい。それが救いの道。救われた人は身内で同じく「山羊」と断定された人がいたら執り成しの祈りをすれば神は聴いて下さる。


マタイ25:33

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。

 

[感話と引照]

●山羊の祈り。最後審判での悔い改め。人は他の人の執り成しの祈りで救われる
 
 

塚本訳 ヨハ 5:28-30

5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、

5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。

5:30 わたしは自分では何一つすることが出来ない。(ただ父上から)聞いたとおりに裁く。だからわたしがする裁きは正しい。自分の考えでなく、わたしを遣わされた方の考えを行おうとするからである。

 

塚本訳 マタ 13:47-50

13:47 さらに、天の国は地曳網を海におろしてあらゆる種類(の魚)を取るのに似ている。

13:48 網が一ぱいになると岸に引き上げ、坐って、良いのは集めて入れ物にいれ、わるいのは投げすてるのである。

13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して、

13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。

 

塚本訳 ルカ 18:13-14

18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。

18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」

 

塚本訳 ルカ 7:37-38

7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、

7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。

 

塚本訳 ルカ 7:44-47

7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。

7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。

7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。

7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。

 

塚本訳 ルカ 16:23-24

16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、

16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。

 

塚本訳 ルカ 23:42-43

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。」

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

 

塚本訳 ルカ 15:21-22

15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』

15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

 

塚本訳 ルカ 23:34

23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

 

塚本訳 使  22:19-21

22:19 しかしわたしはこたえた、『主よ、このわたしは、(今まで)あなたを信ずる者を牢に入れたり礼拝堂で打たせたりしていたことが、あの人たちにはわかっております。

22:20 またあなたの殉教者ステパノの血が流された時、わたしもそばに立っていてそれに賛成し、ステパノをやっつける人たちの上着の番をしていました。

22:21 主はわたしに言われた、『行け、わたしが君を遠く異教人につかわすのだから。』」

 

塚本訳 ロマ 3:23-25

3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。

3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

 

塚本訳 マタ 22:8-14

22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。

22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』

22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て

22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、

22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マタ25:33 終わり

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執り成しの祈り ++++++++ 所感

2011/12/19 05:48

111219(月)5時目覚め●朝の啓示「執り成しの祈り」●昨日の感謝会では次のようにスピーチしrた。「人は全員が復活して神の裁きの座に引き出される。そのときは誰か他の人の執り成しによって救われる。私達はキリストの執り成しで救われる。だから私達も不信仰であった人を取りな成さなければならない。例えば『神様、母は生涯、私の為に尽くして良いことをしてくれました。どうか母を救ってください。私の息子は信仰を持つには至りませんでしたが、あの時私に良いことをしてくれましたからどうか救ってください』と」。●今朝はそのことをめぐって黙想。 

塚本訳  ロマ 8:34
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。

●人間は自力では救われない。御子イエスの執り成しで救われる。救われ続ける。赦されつずける。この人生も悠々勝つことが出来る。

塚本訳  ロマ 8:37
8:37 (もちろん、引き離すことのできるものはない。)そればかりか、わたし達を愛して(十字架につけられて)くださった方により、これらすべての(苦難の)中にあって、わたし達は悠々と勝つことができる。

●ああすればよかった、こうすればよかったと過去を悔む人生。しかしその悔みは神が御存じ。神は御子イエスの執り成しでこの罪人の私を救い続けて下さっている。今朝目が覚めたのもそのおかげだ。今日一日も生きられる。感謝



塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2
(わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

●偉大なるかなパウロ。同胞が救われる為には「このわたしは呪われて」地獄に落ちてもよいと祈るとは。!!。この祈りは自分の肉親の為にはあるいはできるかもしれない。原発を逃れて子供を抱えて移住した母の気持ちがそれに近い。しかしパウロは「同胞」のための執り成しであった。パウロには妻子は無かった。!!。
 
塚本訳 ロマ 5:7-8
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

●「善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。」というカ所は「母や子供の為ならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。」
と言えるかもしおれない。しかしイエスの場合もパウロの場合も全く赤の他人に対する無償の犠牲だ。人類の救いの希望はここにある。

塚本訳  ロマ 8:26-28
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●人生の失敗や苦難や思いがけずに起こった事件の悔みもこの句で救われる。ロマ書8章28節は20年前に召された父から耳にタコが出来るほど聞かされた。父が息を引き取る寸前に私は耳元で「ロマ書8章!、ロマ書8章!」と叫んだ。父はカッと目を見開いたままであった。父は認識できなくても神は知って下さったと思う。●このロマ書8章28節はヒルティの好きな句でもあった。●福島県人の十字架の苦の意味はここにあると信ずる。
 
 

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集会の年末感謝会 ++++++++ 所感

2011/12/18 20:33

111218(日)6時起床●TSK日本語版使徒28章●集会は茂木、高橋トミ子(金持ちと神の国マルコ18:24-27と無教会全国集会の報告、三男の恵が福島県を去って先に宮城県に移住している妻子のもとに行く事にした報告。恵に対する御好意の御礼)、村上(民数記)●13:00 年末感謝会14名。原発に関する感想が多かった。恵の宮城県への移住にホッとしたと言って下さった人がいた。感謝。
私のスピーチは、次回感話の予告。「人は全員が復活して神の裁きの座に引き出される。そのとき信仰なくして死んだ人は誰かの執り成しによって救われる。私達はキリストの執り成しで救われる。だから私達も不信仰のまま死んだ人を取りな成さなければならない。例えば『神様、母は生涯、私の為に尽くして良いことをしてくれました。どうか母を救ってください。私の息子はあの時私に良いことをしてくれましたからどうか彼を救ってください』と」。●この点パウロは偉かった。ロマ書には次のようにある。

塚本訳  ロマ 9:3
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

●これは自分は救いから漏れてもいいから例えば母や子供を救ってくださいと言うのだ。偉大なるかなパウロ!。私にその祈りができるだろうか。



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不足でも楽しい人生 ++++++++ 所感

2011/12/17 09:17

111217(土)5時15分起床●朝の啓示「不足でも楽しい人生」●TSK日本語版使徒27:1~30節。パウロの「海の難」。

塚本訳  Ⅱコリ11:26
11:26 度々旅行して、川の危難、強盗の危難、同国人の危難、外国人の危難、都会の危難、荒野の危難、海の危難、偽兄弟の危難に遇った。

●パウロとても人間。気の合うきれいな奥さんと可愛い子供がいる暖かい家庭で楽しい人生それは(誰にも赦されていえる普通の暮らし)を送りたかったに違いない。しかし彼は神に首根っこを掴まれて引きずりまわされた。惨めな人生になった。ズタズタになった。可哀そうな人生。主の為とはいえあまりにも気の毒な人生。 

塚本訳 Ⅰコリ9:5
9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。


●パウロには何もかも不足していた。経済も地位も家庭も子供も健康も家も。この世的に見れば大失敗の人生であった。しかし何がなくてもパウロにはこの宝があってこの世ならざる歓喜にあふれていた。我々はパウロ以上にこの世的には幸福である。少々の苦難は「ナンノコレアシキ」で忍ばねばならない。この言葉は時々妻とお見舞いする「午後三時祈りの友会」(苦難共同体)の全盲で難聴の御老人星野利男さんの言葉だ。星野さんは今は寝たきり●同じく家庭の温かさを持たなかったイエスは次のように言う。イエスは 常人が幸福と思えるものは何も持てなかった家庭も学問も寿命も。
 
塚本訳  マタ 5:29-30
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。
5:30 もしまた右の手があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。手足が一本無くなっても、全身が地獄へ行かない方が得であるから。


●人生、あれもこれも不足でも霊魂が神と共にあって、来世では永遠の命を頂ける方が「最高の幸福」であり、その望みに生きることが「最高の楽しい人生」なのだ。他人と比較して「不足でも楽しい人生なのだ」
 
塚本訳  マタ 10:24
10:24 弟子はその師にまさらず、僕はその主にまさらず、

塚本訳  マタ 10:24
10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)


●これはイエスが弟子に「君達に臨む苦難は私以上のものではない」と慰めた言葉である。塚本訳の敷衍で明快●しかし私達はこの世の苦難の程度に於いて師よりも軽い。その意味で「弟子は死に勝る」である。●我々はイエスやパウロ以上にこの世的には幸福である。少々の苦難や悲しみは「ナンノコレシキ」だ。不幸な思いは他人、他家との比較から生じる。 ●次回感話の準備。今日はマタイ25:33

マタイ25:33 感話準備

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

  

25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。

 

[感話と引照]

●死後の裁きは本当にあるのか。執り成しの祈りで全員に救いのチャンスがある。

 

塚本訳 ヨハ 5:28-30

5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、

5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。

5:30 わたしは自分では何一つすることが出来ない。(ただ父上から)聞いたとおりに裁く。だからわたしがする裁きは正しい。自分の考えでなく、わたしを遣わされた方の考えを行おうとするからである。

 

塚本訳 マタ 13:47-50

13:47 さらに、天の国は地曳網を海におろしてあらゆる種類(の魚)を取るのに似ている。

13:48 網が一ぱいになると岸に引き上げ、坐って、良いのは集めて入れ物にいれ、わるいのは投げすてるのである。

13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して、

13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マタイ25:33 感話準備 終わり

●妻は夕方からコーラスの練習 

●秋の写真

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樹木の秋、私の人生も秋、刈り入れの時に選り分けられるという。私は大丈夫だろうか。

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我が家の庭の落ち葉。濡れ落ち葉の老年ではいけないと言われている。

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普門禅寺の入り口。良寛辞世の句
「裏を見せ表を見せて散るもみじ」。この罪汚れと失敗の人生何を隠そう。
キリストの執り成しの宝血で救われるのだ。全員復活してその恩恵にあずかれるのだ。

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寒くて淋しい夕暮れ。讃美歌39番「日暮れてよもは暗くわが魂(たま)はいと淋し、よるべなき身の頼る主よ共に宿りませ」を歌いながらペダルを漕ぐ。NO!。淋しがってはいけない。有体的復活があるではないか。神はイエスをその初穂として見せてくれたではないか。証明してくれたではないか。有体的復活を信ずる複数の人達が証人として実在するではないか。
●淋しいのでバッハBWV508 「わが傍らにいま給え」を観賞。そうだ。神と共にあれば淋しいことはないのだ。キリテ・カナワのソプラノで聴くには次のYOUTUBEをクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=0ChCz09tYw4


     有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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     TSK日本語版・目次

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    ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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心で人を殺す時 ++++++++ 所感

2011/12/16 05:46

111216(金)4じ45分目覚め●朝の啓示。「心の中で人を殺すと神に裁かれる」●昨日の授業で私語する生徒三人に腹を立て、「授業態度の成績は霊点にしてやる―」(最後の審判)と思い名簿に☓印をつけて怒鳴りつけるのをかろうじてかわした。(昨日ブログも参照)。●彼女うちの一人は授業中に机の上に寝そべって携帯をかけていた。目が合わない。私を見るとき射るような眼つきをする●なぜだろうかと考えるに。前から彼女を心で殺していyたのだ。目で殺し続けていたのだ。。その復讐で彼女はああいう態度を態度を取っているのだ、と反省。彼女は逆襲しているのだ●すると今朝になって次のイエスの言葉が啓示された。 
 
塚本訳 マタ 5:21-22
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。
5:22 しかしわたしはあなた達に言う、兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。

●折しも次回感話はマタイ25:31-46「人の子の裁き」。死後、来世では神の裁判に遭う。私はたとえ心の中とはいえ彼女に腹を立てる事により彼女たちを殺していたのだ。しかしああいう態度に対して腹を立てない人がいるだろうか。だから人間は全員が罪人、神の絶対恩恵の十字架の救いにすがらなければ助からない。救われない。私の両手は血だらけなのだ●聖書は苦難が教えてくれる。

●マタイ5;22をTSKで調べると次のようである。心に響くものピックアップ 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●マタ 5:22

5:22 しかし、わたしはあなたがたに言う。兄弟に対して怒る者は、だれでも裁判を受けねばならない。兄弟にむかって愚か者と言う者は、議会に引きわたされるであろう。また、ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう。 

*「わたしはあなた方に言う」

Matthew 5:28

 28しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。

Matthew 5:44

 44しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 

*「怒る者」

Genesis 4:5-6

5しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。  6そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。

Genesis 37:4

 4兄弟たちは父がどの兄弟よりも彼を愛するのを見て、彼を憎み、穏やかに彼に語ることができなかった。

Genesis 37:8

 8すると兄弟たちは彼に向かって、「あなたはほんとうにわたしたちの王になるのか。あなたは実際わたしたちを治めるのか」と言って、彼の夢とその言葉のゆえにますます彼を憎んだ。

1 Kings 21:4

4アハブはエズレルびとナボテが言った言葉を聞いて、悲しみ、かつ怒って家にはいった。ナボテが「わたしは先祖の嗣業をあなたに譲りません」と言ったからである。アハブは床に伏し、顔をそむけて食事をしなかった。

2 Chronicles 16:10

 10するとアサはその先見者を怒って、獄屋に入れた。この事のために激しく彼を怒ったからである。アサはまたそのころ民のある者をしえたげた。

Esther 3:5-6

 5ハマンはモルデカイのひざまずかず、また自分に敬礼しないのを見て怒りに満たされたが、  6ただモルデカイだけを殺すことを潔しとしなかった。彼らがモルデカイの属する民をハマンに知らせたので、ハマンはアハシュエロスの国のうちにいるすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの属する民をことごとく滅ぼそうと図った。

Psalms 37:8

 8主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。おのが道を歩んで栄える者のゆえに、悪いはかりごとを遂げる人のゆえに、心を悩ますな。

Daniel 2:12-13

 12これによって王は怒り、かつ大いに憤り、バビロンの知者をすべて滅ぼせと命じた。  13この命令が発せられたので、知者らは殺されることになった。またダニエルとその同僚をも殺そうと求めた。

Daniel 3:13

 13そこでネブカデネザルは怒りかつ憤って、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴを連れてこいと命じたので、この人々を王の前に連れてきた。

Daniel 3:19

 19そこでネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴにむかって、顔色を変え、炉を平常よりも七倍熱くせよと命じた。

Ephesians 4:26-27

26怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。  27また、悪魔に機会を与えてはいけない。 

*「兄弟に対して」

Deuteronomy 15:11

11貧しい者はいつまでも国のうちに絶えることがないから、わたしは命じて言う、『あなたは必ず国のうちにいるあなたの兄弟の乏しい者と、貧しい者とに、手を開かなければならない』。

Nehemiah 5:8

 8彼らに言った、「われわれは異邦人に売られたわれわれの兄弟ユダヤ人を、われわれの力にしたがってあがなった。しかるにあなたがたは自分の兄弟を売ろうとするのか。彼らはわれわれに売られるのか」。彼らは黙してひと言もいわなかった。

Obadiah 10

 10あなたはその兄弟ヤコブに暴虐を行ったので、恥はあなたをおおい、あなたは永遠に断たれる。

Obadiah 12

 12しかしあなたは自分の兄弟の日、すなわちその災の日をながめていてはならなかった。あなたはユダの人々の滅びの日に、これを喜んではならず、その悩みの日に誇ってはならなかった。

Matthew 5:23-24

 23だから、祭壇に供え物をささげようとする場合、兄弟が自分に対して何かうらみをいだいていることを、そこで思い出したなら、  24その供え物を祭壇の前に残しておき、まず行ってその兄弟と和解し、それから帰ってきて、供え物をささげることにしなさい。

Matthew 18:21

 21そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。

Matthew 18:35

 35あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」。

Romans 12:10

 10兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい。

1 Corinthians 6:6

6しかるに、兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか。

1 Thessalonians 4:6

 6また、このようなことで兄弟を踏みつけたり、だましたりしてはならない。前にもあなたがたにきびしく警告しておいたように、主はこれらすべてのことについて、報いをなさるからである。

1 John 2:9

 9「光の中にいる」と言いながら、その兄弟を憎む者は、今なお、やみの中にいるのである。

1 John 3:10

 10神の子と悪魔の子との区別は、これによって明らかである。すなわち、すべて義を行わない者は、神から出た者ではない。兄弟を愛さない者も、同様である。

1 John 3:14-15

 14わたしたちは、兄弟を愛しているので、死からいのちへ移ってきたことを、知っている。愛さない者は、死のうちにとどまっている。  15あなたがたが知っているとおり、すべて兄弟を憎む者は人殺しであり、人殺しはすべて、そのうちに永遠のいのちをとどめてはいない。

1 John 4:20-21

 20「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者は、偽り者である。現に見ている兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできない。  21神を愛する者は、兄弟をも愛すべきである。この戒めを、わたしたちは神から授かっている。

1 John 5:16

 16もしだれかが死に至ることのない罪を犯している兄弟を見たら、神に願い求めなさい。そうすれば神は、死に至ることのない罪を犯している人々には、いのちを賜わるであろう。死に至る罪がある。これについては、願い求めよ、とは言わない。 

(*「理由なく」)

Psalms 7:5

5もしわたしの友に悪をもって報いたことがあり、ゆえなく、敵のものを略奪したことがあるならば、

Psalms 25:3

 3わが神よ、わたしはあなたに信頼します。どうか、わたしをはずかしめず、わたしの敵を勝ち誇らせないでください。

Psalms 35:19

 19わたしは大いなるつどいの中で、あなたに感謝し、多くの民の中で、あなたをほめたたえるでしょう。

Psalms 69:5

 5ゆえなく、わたしを憎む者は/わたしの頭の毛よりも多く、偽ってわたしの敵となり、わたしを滅ぼそうとする者は強いのです。わたしは盗まなかった物をも/償わなければならないのですか。

Psalms 109:3

 3彼らは悪しき口と欺きの口をあけて、わたしにむかい、偽りの舌をもってわたしに語り、

Lamentations 3:52

 52ゆえなくわたしに敵する者どもによって、わたしは鳥のように追われました。

John 15:25

 25それは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と書いてある彼らの律法の言葉が成就するためである。

*「受けねばならない」

Matthew 5:21

21昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 

*「だれでも」

1 Samuel 20:30

30その時サウルはヨナタンにむかって怒りを発し、彼に言った、「あなたは心の曲った、そむく女の産んだ子だ。あなたがエッサイの子を選んで、自分の身をはずかしめ、また母の身をはずかしめていることをわたしが知らないと思うのか。

2 Samuel 16:7

 7シメイはのろう時にこう言った、「血を流す人よ、よこしまな人よ、立ち去れ、立ち去れ。

John 7:20

 20群衆は答えた、「あなたは悪霊に取りつかれている。だれがあなたを殺そうと思っているものか」。

John 8:48

 48ユダヤ人たちはイエスに答えて言った、「あなたはサマリヤ人で、悪霊に取りつかれていると、わたしたちが言うのは、当然ではないか」。

Acts 17:18

 18また、エピクロス派やストア派の哲学者数人も、パウロと議論を戦わせていたが、その中のある者たちが言った、「このおしゃべりは、いったい、何を言おうとしているのか」。また、ほかの者たちは、「あれは、異国の神々を伝えようとしているらしい」と言った。パウロが、イエスと復活とを、宣べ伝えていたからであった。

1 Corinthians 6:10

10貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。

Ephesians 4:31-32

 31すべての無慈悲、憤り、怒り、騒ぎ、そしり、また、いっさいの悪意を捨て去りなさい。  32互に情深く、あわれみ深い者となり、神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、あなたがたも互にゆるし合いなさい。

Titus 3:2

 2だれをもそしらず、争わず、寛容であって、すべての人に対してどこまでも柔和な態度を示すべきことを、思い出させなさい。

1 Peter 2:23

 23ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。

1 Peter 3:9

 9悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである。

Jude 9

 9御使のかしらミカエルは、モーセの死体について悪魔と論じ争った時、相手をののしりさばくことはあえてせず、ただ、「主がおまえを戒めて下さるように」と言っただけであった。 

*「愚か者」

James 2:20

 20ああ、愚かな人よ。行いを伴わない信仰のむなしいことを知りたいのか。 

「議会」

Matthew 10:17

17人々に注意しなさい。彼らはあなたがたを衆議所に引き渡し、会堂でむち打つであろう。

Matthew 26:59

 59さて、祭司長たちと全議会とは、イエスを死刑にするため、イエスに不利な偽証を求めようとしていた。

Mark 14:55

 55さて、祭司長たちと全議会とは、イエスを死刑にするために、イエスに不利な証拠を見つけようとしたが、得られなかった。

Mark 15:1

 1夜が明けるとすぐ、祭司長たちは長老、律法学者たち、および全議会と協議をこらした末、イエスを縛って引き出し、ピラトに渡した。

John 11:47

 47そこで、祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った、「この人が多くのしるしを行っているのに、お互は何をしているのだ。

Acts 5:27

 27彼らを連れてきて、議会の中に立たせた。すると、大祭司が問うて

*「ばか者」 

Psalms 14:2

2愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、善を行う者はない。

Psalms 49:11

 11まことに賢い人も死に、愚かな者も、獣のような者も、ひとしく滅んで、その富を他人に残すことは人の見るところである。

Psalms 92:7

 7鈍い者は知ることができず、愚かな者はこれを悟ることができません。

Proverbs 14:16

 16知恵ある者は用心ぶかく、悪を離れる、愚かな者は高ぶって用心しない。

Proverbs 18:6

 6愚かな者のくちびるは争いを起し、その口はむち打たれることを招く。

Jeremiah 17:11

 11しゃこが自分が産んだのではない卵を抱くように、不正な財産を得る者がある。その人は一生の半ばにそれから離れて、その終りには愚かな者となる。 

「地獄」

Matthew 5:29-30

29もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。  30もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。

Matthew 10:28

 28また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。

Matthew 18:8-9

 8もしあなたの片手または片足が、罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。両手、両足がそろったままで、永遠の火に投げ込まれるよりは、片手、片足になって命に入る方がよい。  9もしあなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。両眼がそろったままで地獄の火に投げ入れられるよりは、片目になって命に入る方がよい。

Matthew 25:41

 41それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。

Mark 9:47

 47もし、あなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出しなさい。両眼がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、片目になって神の国に入る方がよい。

Luke 12:5

 5恐るべき者がだれであるか、教えてあげよう。殺したあとで、更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。そうだ、あなたがたに言っておくが、そのかたを恐れなさい。

Luke 16:23-24

 23そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。  24そこで声をあげて言った、『父、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの火炎の中で苦しみもだえています』。

Revelation of John 20:14

 14それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マタイ5:22のTSKピックアップ終わり

●アーすっきりさっぱりした。悩みの原因がわかった。私の方が彼女を心の中で殺していたのが原因だったのだ。私は最後の審判で地獄行き。イエスの贖罪にすがろう。聖書の力は永遠だ●ゼネコンにいた時に工事部長の役員から聞いた話。「下請けを金でいじめるな。二度と付いてこない」。●この事も「心でいじめて金を支払わない」事であって、人を殺すことなのだ。
 
●次回感話の準備。今日はマタイ25:33

25:32 ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、

 

[感話と引照]

●死後全員が復活させられる時まで人の救いは決定しない。救いは死後に神が決定。
 

口語訳 エゼ 34:17

34:17 主なる神はこう言われる、あなたがた、わが群れよ、見よ、わたしは羊と羊との間、雄羊と雄やぎとの間をさばく。

 

新共同 マラ 3:17-18

3:17 わたしが備えているその日に/彼らはわたしにとって宝となると/万軍の主は言われる。人が自分に仕える子を憐れむように/わたしは彼らを憐れむ。

3:18 そのとき、あなたたちはもう一度/正しい人と神に逆らう人/神に仕える者と仕えない者との/区別を見るであろう。

 

 

塚本訳 マタ 13:47-50

13:47 さらに、天の国は地曳網を海におろしてあらゆる種類(の魚)を取るのに似ている。

13:48 網が一ぱいになると岸に引き上げ、坐って、良いのは集めて入れ物にいれ、わるいのは投げすてるのである。

13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して、

13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。

 

塚本訳 マタ 13:40-41

13:40 だから世の終りには、ちょうど毒麦が抜き取られて火で焼きすてられるようであろう。

13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、

13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。

13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

 

塚本訳 マタ 22:8-13

22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。

22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』

22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て

22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、

22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

 

塚本訳 マタ 3:12

3:12 その手に箕をもっておられるので、(すぐ)脱穀場の掃除をされる。すなわち麦は集めて倉にいれ、籾殻は消えぬ火で焼きすてられるであろう。(聖霊と火の洗礼とはこれである。)」

塚本訳 マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

 

塚本訳 Ⅱコリ5:10

5:10 なぜなら、わたし達は(最後の日に)一人のこらずキリストの裁判席の前に自分を現し、ひとりびとりがその体によってしたことに従い、善いことにせよ悪いことにせよ報いを受けねばならないからである

 

塚本訳 黙  20:12-15

20:12 また私は死人が大なる者も小なる者も(悉く)玉座の前に立っているのを見た。すると(人の業を記した)数多の書が開かれた。また(もう一冊)他の書が開かれた。それは生命の書である。死人達は前の(数多の)書に書いてあることにより、(すなわち)彼らの業に応じて審判された。

20:13 海はその中にあった死人を出し、死も陰府もその中にあった死人を出し、各々その業に応じて審判された。

20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。

20:15 生命の書に(その名を)書かれていない者は(悉くこの)火の池に放り込まれた。

●14:00 98歳の杉崎孝さんが「有体的復活」の拙稿(下記URL)

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/guno-sisukeikou.htm



を熟読して下さり、転換ミスや聖書引用の誤りを数カ所指摘して下さった。驚くべき聖書人間。「サウイフモノニワタシハナリタイ」(宮澤賢治、アメニモマケズ)●またまた「有体的復活にピンとくる人が現われて感謝。●来世での宴会では東から西から(つまり遠くから、思いもよらぬ人、見知らぬ人)大勢集まるらしい。 


塚本訳  マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

●妻から「末期がんの方に対する食事の奉仕を週一回依頼されたがどうするか」との相談。相手がクリスチャンである事、キリスト教と私の家の事を第一にするという条件で許可した。 

 

 


 有体的復活の使徒伝承

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幸いなるかな絶体絶命人間 ++++++++ 所感

2011/12/15 07:19

111215(木)5時半起床●朝の啓示「幸いなるかな霊の絶体絶命人間」●次回感話の準備。まずタイトル。
「死人は全員復活して、神の裁き(最後の審判)に服す」副題は「全聖書を貫徹する思想・・・イエスの復活はその証明」●
●次にマタイ25:31について黙想。十字架の上の強盗は間もなく絶命する寸前に大なる信仰告白をした。第一に復活を信じた。次にイエスが再臨して裁きを行うことを信じた。第三に人生の過去が惨めで失敗でも、つまり死の直面した時に絶対絶命でも、最後の最後にお願いすれば救われる事を知っていた。かすかな望みを(からし種の信仰)を持った。●だから幸いなのは人生失敗して絶対絶命になった人間の最後である。必死に救いを求めるからである。●マタイ5:3の「幸いなるかな貧しき者」というのは経済的な貧しさではない「霊の貧しさ」である。


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死人は全員復活して神の裁き(最後の審判)に服す

全聖書を貫徹する思想・・・イエスの復活はその証明

東京聖書読者会 2012.2.5 高橋照男

 

 

塚本訳マタ 25:31-46 人の子の裁き

 

25:31 (こんど)人の子(わたし)が栄光に包まれ、『すべての天使を引き連れて来る』時には、栄光の(裁きの)座につくのである。

 

[感話と引照]

●復活は旧約の思想、イエスの復活はその証明。幸いなのは霊の絶対絶命人間。

 

新共同 ゼカ 14:5

14:5 あなたたちはわが山の谷を通って逃げよ。山あいの谷はアツァルにまで達している。ユダの王ウジヤの時代に/地震を避けて逃れたように逃げるがよい。わが神なる主は、聖なる御使いたちと共に/あなたのもとに来られる。

 

塚本訳 マコ 12:26-27

12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。

12:27 (ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)あなた達は大間違いをしている。」

 

塚本訳ヨハ 5:27-29

5:27 かつ、裁きをする全権を子にお授けになった。人の子である(わたしは、人間の心がわかる)からである。

5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、

5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。


塚本訳 マタ 16:27

16:27 (永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

 


塚本訳 黙  20:13-14

20:13 海はその中にあった死人を出し、死も陰府もその中にあった死人を出し、各々その業に応じて審判された。

20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。

塚本訳ルカ 23:39-43

23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」

23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。

23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 マタ 5:3

5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。 

塚本訳 Ⅰコリ15:12-20

15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。

15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。

15:14 キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。

15:15 またわたし達は神の偽証者ともなるであろう。というのは、死人が復活しないということがもし事実なら、神が復活させられることもなかったキリストを、復活させられたと言って、わたし達は神に逆らう証言をしたことになるからである。

15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。

15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。

15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。

15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。

15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。


 

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●午後、昭和女子大でK教授と二人でKMの卒論指導。K教授の指導は厳しい。KMはこのハードルを乗り越えられるか。提出期限は間近。祈らざるを得ない。●授業で私語する学生がいて困った。しかしグッと我慢して激怒爆発しなくて済んだ。帰宅途中気分が悪くてどうしようもなかった。妻にこぼすと「あなた又大声で怒鳴りつけたのではないでしょうね」・・・トホホホー。


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ヒッグス粒子 ++++++++ 所感

2011/12/14 08:30

111214(水)5時45分起床●今朝は新聞もラジオも「ヒッグス粒子確認か」という話題で持ちきりである。ヒッグス粒子というのは1960年代に英国人科学者のピーター・ヒッグス博士によって、その存在が理論的に提唱されたものだが今までその存在が検証されていなかった。しかし物質の存在に特別の役割をしていることから「神の粒子」と言われていた。ジュネーブ郊外のアトラスという大型実験装置(一周約27キロ、研究者数千人、日本人も約100人が参加)で50年ぶりで検証される寸前という。●この「神の粒子」ということに興味をもった。存在は分かるが、見える形では見えなかった。それが見えたというのは、神の子キリストの到来の事だ。また有体的復活の事だ。聖書的には次である。

塚本訳  ヨハ 1:1-5
1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。
1:2 この方は(世の)始めに神とともにおられた。
1:3 一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。
1:4 この方は命をもち、この命が人の光であった。
1:5 この光は(いつも)暗闇の中に輝いている。しかし暗闇(のこの世の人々)は、これを理解しなかった。

塚本訳  Ⅰヨハ1:1-2
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──

塚本訳  ヨハ 14:8-9
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳  マタ 13:17
13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。

塚本訳  ヘブ 1:3
1:3 彼は神の栄光の放射であり、本質の像である。彼はまたその力ある言葉をもって万物を保たれる。彼は(この世に降り)、罪の潔めを成し(とげて、ふたたび)高き所にのぼり、(神の)御稜威の『右にお坐りになっている』。



●マスコミの報道によれば「ヒッグス粒子」が検証されれば、ノーベル賞級の成果というが、ノーベル賞が何だ。あれはその時の仲間内の褒め合いである。現にDDTは第一回目のノーベル賞を受賞したが、今では公害の元凶である。 
 
塚本訳  ヨハ 5:44
5:44 互に(この世の)名誉をやり取りして、ただひとりの神からの名誉を求めないあなた達が、どうして(わたしに対する)信仰をもつことが出来ようか。

●この世の「賞」は仲間内における「順番」による褒め合いである。建築学会賞(鹿島出版会が文化賞で受賞した時、そこで4冊の本を出版した私は表彰式に呼ばれたことがある)の作品賞は同じ建築家には2度目の賞を与えない事になっているが、建築家の伊藤豊雄が2度目の受賞をしたとき、周囲はあれでは建築ガッカリ賞だと残念がった。●この世の「名誉」は糞食らえ!。「名誉教授」も「博士号」も推薦人や推薦母体がないと受賞できない事になっている。実にこの世的な順番の褒め合いの産物である。人間からの賞である。神の前には全く価値がないばかりか、その自慢の荷物の為や鼻の高さの為に 「狭い門」をくぐれない事になっている。信仰には不利である。●私の知る限り「名誉教授」や「博士」で信仰の深い人はいない。  自分は偉い人間だと思っていて頭を下げないからである。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

●身内の老人介護の7割は女性と言われる。この涙の苦労は実に親族身内からも評価されないことが多い。私もそうであった。しかし人間から評価されないけれども神だけに評価されればよいのだ。神からのノーベル賞の方が価値があるのだ。

塚本訳 マタ 6:3-4
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。 

●語身内の老人介護に重い苦労を負われた方に励ましのメールを書いた。

励ましのメールの一部。若干変更
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○○様
 

御家の御苦難に、私達自身が「明日は我が身」の思いがします。

御家の御苦難、祈りに覚えされて頂きます。

神は肉体の苦を通して霊魂への目覚めを促しているのではないかと思っています。

僭越ながらパウロなら次のように言うかもしれません。これは私の父が最晩年に好んだ句です

 

塚本訳 Ⅱコリ4:16

4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

 

 

建築士の私としては常日頃「土の器」ということに興味を持っています。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:47-49

15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。

15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。

15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:7

4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

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励ましのメールの一部。若干変更。終わり

 


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死人の復活 ++++++++ 所感

2011/12/13 11:15

111213(火)6時起床●tSK日本語版使徒25章後半ニュウrチョクしてWEBにアップ。もう少しだ●昨日は目が洗われるような「復活論」のメールを頂いた。復活に関してはこれで鬼に金棒だ。胸があふれて自分だけにとどめておくのはとてもできないので全文を公開する。

「死人の復活」に関する来信メール
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高橋兄

いつもブログ楽しみにしています。

 

今日(註111212)の記事では下記引用個所に心惹かれました。

 

塚本訳 使 24:21
24:21
『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」


パウロは「主イエスの復活のため」とは言わず「死人の復活のために」裁判されていると言っています。Ⅰコリ15:13,16と同じです。主イエスの復活は主ならではの特殊なケースではなく、万人の復活の初穂であることをパウロは信じて宣べ伝えたり弁明したりしていたことがわかり慰められ励まされます。万人が主の裁きの前に立つことになります。「愛」なる神が救い主として遣わされた御子イエスがどのような裁きをなさるのか....

驚嘆と讃美の声が挙がり神の栄光が顕れることだけははっきりと信じることができます。

 

YT
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「死人の復活」に関するメール 終わり

●このメールで聖書を貫徹する復活論に目が覚めた。そこで次のように返信した。

復活論の返信
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YT兄

アーメンです。万人が復活することを貴兄の御指摘でますます明らかになりました。

イエスの復活観も同じです。またⅠコリ1513,16はこれで氷解です。その証明のために「万人の復活の初穂」として

神はイエスを有体的に霊体で復活された。これまたアーメンです。復活認識が進み感謝です。

 

主にありて 高橋

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
復活論の返信 終わり

上記メールにある第一コリント15:13,16は次の通り。


本訳  Ⅰコリ15:13
15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。


塚本訳 Ⅰコリ15:16
15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。


●電子機器での「信仰告白」の励まし合い。霊の交流。全地球的なので素晴らしい。
●「有体的復活」というと「犬が星を見ている」ような顔をしたり、態度の人が、いわゆるクリスチャンと自認している人に多いから泣けてくる。泣いても泣いても癒されない。パウロの悲しみを感じる。川のような嘆きである。●しかし上記のメールのような交わりがあるから感謝である。励ましである。交わりは数ではない、質である。ニ人三人でよい。

●有体的復活を言うと、犬が星を見ているような態度を取る人は次の通り。 

①学問教養社会的地位のある人がクリスチャンであるとそれを喜ぶ偶像崇拝者。
②社会批判をすることが信仰の証だと考えている無神論的活動家
③聖書を学問的に(聖書学で)読むことを面白いと思う人。聖書学はつまらない
④福音の本質は発信なのに集客だと勘違いして、人や金を集める事に熱心な人
⑤エクレシヤを遊びの場や懐かしのメロディーの老人会だと心得ている枯れ木人間
⑥信仰を商売にしている聖職者、
⑥聖書で飯を食っている学者人間
⑦聖書の周辺の本ばかりに興味を持つ俗人
⑧立派な先生(人間)の書いた本を読む方が聖書よりも面白いと感じる先生主義者

まだまだあるが、これらの人は「言っても言っても、聞いても聞いても」わからないから相手にするだけ無駄。イエスやパウロのように「こりゃー駄目だ」と思ったらさっさと別の方角に行くべきである。人間、見極める能力を持たないと人生の残り時間が無駄になる●多くのすぐれた音楽家を育成した斉藤秀雄(指揮者、チェリスト)は学生を一目見て「見込みがなさそう」と思ったらその人に時間を割かなかったという。自分の時間が無駄になるからというのがその理由。しかし「こいつはモノになりそうおだ」と思ったら徹底的に「しごいた」という。その「しごき」にあったのが小沢征爾。彼はモーツァルトのディベルティメントニ長調K-136を振ると師を思いだして涙を流す。●今日は妻は友人二人と共に高尾山に登って夕方5時に帰ってきた。富士山がきれいにみえたという。ケーブルカーを使わないで3時間かけて下から登ったという。私はとても駄目だ。




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キリスト教無害論 ++++++++ 所感

2011/12/12 13:59

1111212(月)5時半起床TSK日本語版使徒25章a●今日も使徒行伝からすばらしいことを学んだ。それは終末や復活を説く事はこの世とは戦うことにならないということである。それは使徒行伝の次の5か所からも明快である。

塚本訳 使  24:14-16
24:14 しかしわたしは次のことは正直に認めます。わたしは(キリストの)道に従って、(この人たちと同じ)祖先の神を礼拝しております、この人たちはこれを異端と言って(そしって)おりますが。すなわちわたしは(モーセ)律法と預言書[聖書]とに書いてあることを全部信じ、
24:15 (また)この人たち自身もいだいている(復活の希望、)正しい人と正しくない人との復活が来ようとしているという希望を、神に対して持っているのであります。
24:16 それでわたし自身も(裁きの日の近いことを思って、)神と人とに対しやましくない良心を持つように、絶えず努力しているのであります。

塚本訳 使  24:21
24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」

塚本訳  使  25:8
25:8 パウロの方では、「わたしはユダヤ人の律法に対しても、宮に対しても、皇帝に対しても、何も罪を犯したことはありません」と弁明した。

塚本訳 使  25:10-11
25:10 パウロが言った、「いまわたしは皇帝の裁判席の前に立っております。ここで裁判されるべきです。あなたも十分御承知のように、わたしはユダヤ人に対して、何も不正をした覚えはありません。
25:11 だから、もしわたしに不正が在り、何か死罪に当ることをしたのなら、わたしは(決して)死を免れようとする者ではありません。しかしもしこの人たちがわたしを告発することに何一つ根拠がなければ、何人もわたしを彼らに引き渡すことは出来ません。わたしは皇帝に上訴します。」

塚本訳 使  25:25
25:25 しかしわたしには、彼が何一つ死罪に当ることをしていないことがわかった。かつこの人自身が、(皇帝)陛下に上訴したので、わたしは(ローマに)送ることに決定した。

●特に上記使徒25:8は決定的である。パウロの説く終末と有体的復活の話しは、ユダヤ教にも、神殿制度にも、ローマ帝国にもなんら害を与えないと言うのである。つまり政治宗教には無害であるという。●今日のキリスト教徒の一部がキリスト教を土台にしてこの世を改造しようとするならば、その人間の信仰は間違っている。この世的宗教になり下がっている。彼らの目指す平和は地上王国である。●真の平和は終末に到来する。肉体の真の癒しは有体的復活である。●そうではない。「御心の天になるごとく地にもならせたまえ」とあるではないか。人間の活動努力を怠ってはならないという思想の持ち主は、もちっと真面目に聖書それ自身を学ぶ必要がある。平和運動家や体制への抵抗者の「思想」や行動に倣ってはいけない。それは人間の教えである。平和活動をしてもよいが、キリスト教の看板を下ろして、「ヒューマニズムの立場である」ことを明快にして欲しい。言っておくがヒューマニズムでは平和は到来しない。それは活動家の自己満足に過ぎない。神の栄光が上がらない。


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バビロン川のほとりで泣く。 ++++++++ 所感

2011/12/11 21:32

111211(日)5時半起床●日記と感想一週間分のまとめ●集会は宮崎、高木、山本。高木博義氏は詩篇136~138編を講じ、137篇1節のところを取り上げた。
 

口語訳 詩  137:1
137:1 われらは/バビロンの川のほとりに座り、シオンを思い出して涙を流した。

この節の解説で次のように述べられた。

福島の人たちは、阿武隈川のほとりに座って、泣いている。「神は私たちを見捨てたのか」と。

そして第2節

どうして歌う事が出来ようか、主の為の歌を、異郷の地で

これまた肺腑をつく言葉である。

●終了後高木さんに「今日の講義は私の三男へのレクイエム(鎮魂曲)であったと感謝の言葉を述べた。現に福島を去った人達は故郷の川を思って泣いている。

●14:00 青梅クリスマス講演会に行く。有賀政夫、渡辺晴季氏の講演。帰途は坂内義子さんと原発問題を語りながら帰った。●この活動家に対して私は「今度の福島原発で息子が窮地に陥った時、生まれて初めて終末を必死に祈った」と語った。●終末には地震と飢饉がある。

塚本訳  マタ 24:7
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。

●クリスチャンは「復活の使徒伝承」という本業を忘れて自己満足と見せびらかしの活動や集客という遊びをしてはいけない。これ神に最も嫌われる道である。この道は「次が続かない」という事実を持って神に裁かれている。手を降さなくても放っておけば立ち枯れる。「懐かしのメロディーを歌う老人クラブ」は朽ちゆくべき運命。●昨日は集会で「黙過の罪」ということを教えられた。駄目な人間に駄目だと言わなくてよいものだろうか。言わないでいるのは「黙過の罪」ではあるまいか。後ろから毒蛇が近づいているのに黙っているのと同じではないのか。 

●20:00 女子大KMの卒論をパソコンを見ながら電話で指導

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復活の証明はイエスの復活 ++++++++ 所感

2011/12/10 12:58

111210(土)5時20分起床●TSK日本語版使徒24章完了してアップ●人間は死後に復活することはは旧約時代の信仰であったが、それを事実分かりやすく説明するために神はイエスを復活させて主命した。パウロはそれを説くために命を書けた、。それは使徒24:21に出ている。


塚本訳 使徒24:21
24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」


●そして使徒24:15にはパウロの復活論がある 


塚本訳  使  24:14-15
24:14 しかしわたしは次のことは正直に認めます。わたしは(キリストの)道に従って、(この人たちと同じ)祖先の神を礼拝しております、この人たちはこれを異端と言って(そしって)おりますが。すなわちわたしは(モーセ)律法と預言書[聖書]とに書いてあることを全部信じ、
24:15 (また)この人たち自身もいだいている(復活の希望、)正しい人と正しくない人との復活が来ようとしているという希望を、神に対して持っているのであります。

●この15節に関する内容をTSK(口語訳対応)で見ると次のようであるが、聖書の分からないところは聖書で読むのが効果的である。

*「正しい者も正しくない者も、やがてよみがえるとの希望を、」

Job 19:25-26

25わたしは知る、/わたしをあがなう者は生きておられる、/後の日に彼は必ず地の上に立たれる。  26わたしの皮がこのように滅ぼされたのち、/わたしは肉を離れて神を見るであろう。

Daniel 12:2

 2また地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。

Matthew 22:31-32

 31また、死人の復活については、神があなたがたに言われた言葉を読んだことがないのか。  32『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。

John 5:28-29

 28このことを驚くには及ばない。墓の中にいる者たちがみな神の子の声を聞き、  29善をおこなった人々は、生命を受けるためによみがえり、悪をおこなった人々は、さばきを受けるためによみがえって、それぞれ出てくる時が来るであろう。

Acts 23:6-8

 6パウロは、議員の一部がサドカイ人であり、一部はパリサイ人であるのを見て、議会の中で声を高めて言った、「兄弟たちよ、わたしはパリサイ人であり、パリサイ人の子である。わたしは、死人の復活の望みをいだいていることで、裁判を受けているのである」。  7彼がこう言ったところ、パリサイ人とサドカイ人との間に争論が生じ、会衆は相分れた。  8元来、サドカイ人は、復活とか天使とか霊とかは、いっさい存在しないと言い、パリサイ人は、それらは、みな存在すると主張している。

1 Corinthians 15:12-27

12さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。  13もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。  14もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。  15すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。  16もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。  17もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。  18そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。  19もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる。  20しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。  21それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。  22アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。  23ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、  24それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。  25なぜなら、キリストはあらゆる敵をその足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。  26最後の敵として滅ぼされるのが、死である。  27「神は万物を彼の足もとに従わせた」からである。ところが、万物を従わせたと言われる時、万物を従わせたかたがそれに含まれていないことは、明らかである。

Philippians 3:21

 21彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

1 Thessalonians 4:14-16

 14わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。  15わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。  16すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、

Revelation of John 20:6

 6この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。

Revelation of John 20:12-13

 12また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。  13海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。

●17:00 トミ子が帰って来る。弟の手術の経過は順調
●19:00 班長会議
●某邸 ドラフト2 作成
 
●皆既月食。その寸前に少し見て寝る。不気味な赤色。

 

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胸がワクワクどきどきするとき。 ++++++++ 所感

2011/12/09 20:14

111209(金)5時半起床●TSK日本語版使徒24章前半入●8:45 妻は弟の病気見舞いにいわき市に出発●我が家を建築してくれた加藤久雄棟梁に呼ばれて加藤邸に行く。  

●我が家を建築してくれた加藤久雄棟梁に呼ばれて、加藤邸の床構造を見学。我が家の時からまた工法が進歩している。
 
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●我が家の家を造ってくれた加藤久雄棟梁には「人がつく」。下請け関係者の集まりをすると、30人ぐらいが来るという。人間「人がつく」ことが大切。聖書的には「実がなる」「実る」ということである。この棟梁は冗談が多いが話しに嘘がない。ナタナエルのようだ。
 

塚本訳  ヨハ 1:47
1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼のことをこう言われる、「そら、あれは生粋のイスラエル人だ。すこしもごまかしがない。」


●三男一家が移住した宮城県美里町(小牛田)の旭館(老舗旅館)のリフォームの設計。
●18:30.三男夫婦と電話ウrチ合わせ。建築設計は基本計画段階で胸がワクワクどきどきしなければ失敗する。もししなかったら設計が悪いので直ちに計画をしなければならない。それはお金も無駄遣いであえる。
●縁談もまた同じ、決まる結婚はススッと決まる。もたもたするのはやめた方がよい。

●新約聖書のルカと使徒行伝は同じ著者の作で、その本質は対ローマ帝国に対するキリスト教無害論。●つまり新興基キリスト教、ナザレのイエスを救い主と仰ぐ人間たちはローマの政権を転覆することが目的ではない事を言っている。その一部を次の個所に見た。終末、再臨、復活はこの世の主権とは世界が違うので、正面衝突の争いは起こらない。●起こるべきだ、戦うべきだと言う人がいたら、その人の信仰がこの世的なものである。そういう人が現実にいるから(十年一日の如く天皇制反対などという)困る。そういう人の思いは人間活動でこの世天国を作ろうと思っている不信者の仲間である。そういう行動なら共産党のほうがよっぽど徹底している。社会批判ばかりしてないでもちっと聖書そのものを深く読むべきである。●使徒24:15には終末の裁きの事が言われているが、あそれはこの世の裁きではない。、 

塚本訳 使  23:27-30
23:27 この者がユダヤ人に捕えられ、処刑されようとしているのを、ローマ市民であると聞いたので、手勢を率いて行って救い出しました。
23:28 そしてユダヤ人が彼を訴える罪状を調査しようと思い、彼らの最高法院につれて行きましたところ、
23:29 彼らの律法の問題について訴えられたことがわかり、死罪または監禁に当るいかなる犯罪もなく、
23:30 かえって、この者に対して(ユダヤ人による暗殺の)陰謀があると通告されましたので、とりあえず閣下のもとに送ることにしました。告発人にも(直接)閣下の前で彼に対して供述するようにと、命じておきました。」

塚本訳  使  24:14-16
24:14 しかしわたしは次のことは正直に認めます。わたしは(キリストの)道に従って、(この人たちと同じ)祖先の神を礼拝しております、この人たちはこれを異端と言って(そしって)おりますが。すなわちわたしは(モーセ)律法と預言書[聖書]とに書いてあることを全部信じ、
24:15 (また)この人たち自身もいだいている(復活の希望、)正しい人と正しくない人との復活が来ようとしているという希望を、神に対して持っているのであります。
24:16 それでわたし自身も(裁きの日の近いことを思って、)神と人とに対しやましくない良心を持つように、絶えず努力しているのであります。

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御心にかなう人とは誰か ++++++++ 所感

2011/12/08 20:39

111208(木)5時半起床●朝の啓示黙想「御心にかなう人」●TSK日本語版使徒23章入力●石巻市役所復興対策室に電話。住宅が津波で壊れるとどのような姿になるかを視察するにはどこが良いかを質問した。日和(ひより)大橋付近に「がれき集積所」があるからそこがよいと教えられた●クリスマスが近づく。イエス誕生の夜、野宿をしていた数人の羊飼いに天使の群れが現れて神を賛美して大合唱した。 

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

●ここで「御心にかなう人」とは誰か。イエスの言動を一貫しているものは、次の言葉である。
 

塚本訳  マタ 21:31
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

●その実例を見てみよう。


塚本訳  ルカ 18:10-14
18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。
18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。
18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。』
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。
18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」

塚本訳  ルカ 7:37-48
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。
7:39 イエスを招待したパリサイ人が見て、ひそかに思った、「もしもこの人が(ほんとうの)預言者だったら、自分にさわっている者がだれだか、どんな女だか、──罪の女だと分るはずであるのに!」
7:40 イエスが言われた、「シモン、あなたに言わねばならぬことがある。」彼が言う、「先生、言ってください。」イエスが言われる、
7:41 「ある金貸しに二人の債務者があった。一人は五百デナリ(二十五万円)、一人は五十デナリ(二万五千円)を借りていた。
7:42 返すことができないので、金貸しは二人(の借金)をゆるしてやった。とすると、二人のうち、どちらが余計に金貸しを愛するだろうか。」
7:43 シモンが答えた、「余計にゆるしてもらった方だと思います。」イエスは「あなたの判断は正しい」と言って、
7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。
7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」

●終末の「人の子の裁き」には次のようにある。


塚本訳  マタ 25:31-41
25:31 (こんど)人の子(わたし)が栄光に包まれ、『すべての天使を引き連れて来る』時には、栄光の(裁きの)座につくのである。
25:32 ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、
25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。
25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。
25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、
25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』
25:41 それから王は左側の者に言う、『わたしを離れよ、この罰当りども、悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入れ。

●これによると羊(である正しい人)とは「わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にした」人である。この観点からすると、次の個所がそれに当たる。 
  

塚本訳  マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳  マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


●これらに共通の事は「砕けた魂」と「神を相手に生きた人」が「御心にかなう人」である。そしてこのような人になろうとしたら人間の努力ではできない。神の力でそうさせられなければならない。●「御心にかなう人」は神の絶対主権でのみ生みだされる。
●13:50 調和女子大。KMに卒論指導。14:50 建築講義。ほとんどの人が真っ黒なリクルートスーツを着ていたのにびっくり。講義終了後に2-3人と進路の話し。
●三男の恵から電話。宮城の家のリフォームの件。加藤棟梁に我が家の床工事はどのようであったかを聞く。我が家は10年前のものだが最近はさらに進歩したようだ。 


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人類の悲願である有体的復活 ++++++++ 所感

2011/12/07 08:01

111207(水)5時半起床●啓示「人類の悲願である有体的復活」●ネットで有体的復活を信ずる人との「信仰告白」の交流。これが「聖徒の交わり」信仰の励まし合い。有益●パウロの戦いは「復活」の弁明であった。それを「知」で行わず「体験」で説いた。頭でっかちの連中には「体験経験」できり伝えられない。

塚本訳  使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

●パウロの激しい罪責意識は、彼が無辜のキリスト信者を殺した事である。すると彼に殺された無名のキリスト信者が「一粒の麦」であって、その人達がキリスト教を産みだしたのだ。


塚本訳  使  22:19-20
22:19 しかしわたしはこたえた、『主よ、このわたしは、(今まで)あなたを信ずる者を牢に入れたり礼拝堂で打たせたりしていたことが、あの人たちにはわかっております。
22:20 またあなたの殉教者ステパノの血が流された時、わたしもそばに立っていてそれに賛成し、ステパノをやっつける人たちの上着の番をしていました。
 
●ノジマデンキで電話子機の電池。●13:30今井館クリスマスコンサート(司会はトミ子)。テノール倉石真、ピアノ伊坪淑子。このご夫婦は息があっていた。淑子さんの演奏は「音楽性」があって素晴らしかったので直接感想を言った。「建築には建築性、音楽には音楽性、クリスチャンには宗教性が必要だ」とも言った。淑子さんはフランスで修業された。●恵と電話。26-27日小牛田訪問の件、●20:00 昭和女子大KMの卒論をパソコンと電話で指導。締め切り間際で戦争状態。

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イマドキの若い無教会者は ++++++++ 所感

2011/12/06 07:05

111206(火)午前中は聖書●次回感話「人の子の裁き」(マタ25:31-46)について、YT氏と「信仰告白」の述べ合い。有体的復活を信じている人との信仰の交わり、励まし合いは楽しい。また有益。これが真のエクレシア。エクレシアは遊びの場所ではない。●イマドキの若い無教会者はエクレシアを遊びの集まりと考えている。嘆かわしさを通り越して禍である。この世の趣味習い事の遊びと同じレベルである。真面目な人間はそのような暇人とは仲間にはなろうとは思わない。●午後は徒歩で図書館に「黒崎幸吉」のリクエスト・町内会の班長としての仕事。資料配布。冷たい雨が降っていた。

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クリスマスツリーの飾り付けがしてある暖かそうな家。アンデルセンの「マッチ売りの少女」
を思いだす。現代では身も心も寒い人が多い。震災で両親を亡くした子供は1500人も
いるという。身の温かさは物理的なもの。それは次第に改善される。クリスチャンの使命は
心の隙間風の寒さからの救済だ。


●20:00 昭和女子大のKMに卒論の指導。人に教えると自分が学べる。その生徒はアルバイトで体験したことが「問題の所在」となっていて、それが卒論の「研究目的」となっている。これは善い事だ。何事も、「問題、模索、解決」のステップで進む。

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あきる野の紅葉 ++++++++ 所感

2011/12/05 18:45

111205(月)5時半起床●TSK日本語版使徒22章前半入力。無理しないことにした●集会のHYさんは88歳。午前中聖書を4時間読まれる。午後はカラオ(市民会館で無料)。一年間に旧新約聖書を4回も読まれるという。私の理想的な老年生活。月の収入は国民年金の5万円だけ。ご令息の家に住まわれる。家に半分入れて残りが小遣い。しかし心は豊かで、年に2回も団体のバス旅行に行かれる。●あきる野の紅葉を撮影する。

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我が家のドウダンツツジ とカエデは白壁とマッチングしているなー

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ドウダンツツジとカエデの色彩はすばらしいなー

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HY氏に倣って午前は聖書、午後は遊び。だから今日の午後は散歩。林の紅葉

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秋留台公園の銀杏。陽に映えて美しかった。

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秋留台公園の林。夏はここでカブトムシが採れるのだ。虫たちは土の中だなー

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秋留台公園の展望台に登って、秋の奥多摩連山を眺める。
私達も「人生の秋」。しかしその後は有体的復活が待っているんだ。
パウロは大切なものは「信仰、希望、愛、」と言う。

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秋の秋留台公園運動場。長男がここから撮影した写真が入選した事があったなー

●海外赴任した次男のMからメールが来た。情報関係は劣悪らしい。海外勤務は苦労だらけだ。激励の返メールを送信したが、うまく届くのか。
●岩島清先生からお電話。気の毒な方や召された方の事等の話し合いのあとに「有体的復活の希望」について。アーメン。主にある「聖徒の交わり」は楽し。復活の希望は生きる喜び、感謝。
 

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善い信者と悪い信者 ++++++++ 所感

2011/12/04 16:57

111204(日)4時45分起床。朝の啓示で今日の感話の原稿を全面的に変更。全部プリントやり直し。しかし途中一時プリンターがおかしくなってヒヤッとしたが、出かける30分前に終了。●集会は藤巻、小寺(マタイ)、高橋(善い信者と悪い信者) ●高木博義氏に三男恵の事で挨拶。そのとき量義治氏(哲学者、カンダエクレシア代表)が召された事を伺った。80歳。先には泉治典氏が召されて、無教会の神学的支柱を失った感じで淋しい●今日の配布資料の内容は次の通り。引照の内容は紙幅の都合でブログでは省略。全文を見たい場合は次をクリック。 

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/yoi.htm


12月4日 感話資料。引照内容は省略

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善い信者と悪い信者

神を恐れて終末と再臨を待ちかまえる姿勢の人生観であれ

 

東京聖書読者会 2011.12.4 高橋照男

 

塚本訳 マタ 24:45-51 善い僕と悪い僕の譬

 

24:45 (旅行に出かける)主人が一人の僕を(えらんで)奉公人たちの上に立て、時間時間に食事を与えさせることにした場合に、いったいどんな僕が忠実で賢いのであろうか。

 

[感話と引照]

●これは聖職者への譬ではない。総て人間は常に終末を念頭において生きるべし。

 

塚本訳 ルカ 12:40-43

塚本訳ルカ 16:8-10

塚本訳 マタ 25:35-36,40

塚本訳 Ⅰペテ4:11

塚本訳 使  20:33-35

塚本訳 マタ 25:2-9

 

 

24:46 それは主人がかえって来たとき、言いつけられたとおりにしているところを見られる僕で、その僕こそ幸である。

 

[感話と引照]

●この世からの称賛を求めず、神に知られようとするのが天に宝を積む真の幸福。

 

塚本訳 マタ 6:3-4

塚本訳 マタ 6:6

塚本訳 マタ 6:19-20

塚本訳 ルカ 12:37

塚本訳 ルカ 16:27-31

 

 

24:47 アーメン、わたしは言う、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。

 

[感話と引照]

●この世の小事たる世俗の実学で人に仕え、神に知られようとするのが真の人生観

 

塚本訳 ルカ 16:11-13

塚本訳 マタ 25:22-23

塚本訳 ルカ 19:16-17

 

 

24:48 しかしそれが悪い僕で、主人はおそい、と心の中で考えて、      

 

[感話と引照]

●現代における悪い僕(信者)は神を恐れず終末、再臨、復活を信じていない

 

塚本訳 ルカ 19:22 

新共同 Ⅱペテ3:3-6

 

 

24:49 仲間をなぐり始め、酔っぱらいどもと一しょに飲んだり食ったりしていると、

 

[感話と引照]

●終末の準備とは善い行為ではなく「人の罪を赦すこと」。これ目立たない事。

 

塚本訳 マタ 18:24-28

塚本訳 マタ 6:14-15

塚本訳 ルカ 23:33-34

塚本訳 ルカ 13:23-24

塚本訳 マタ 13:22

塚本訳 ロマ 16:18

塚本訳 ルカ 21:34

塚本訳 エペ 5:18

塚本訳 ルカ 12:19-21

塚本訳 ピリ 3:19

塚本訳 ガラ 5:1

口語訳 Ⅰペテ2:16

 

 

24:50 予期せぬ日、思いもよらぬ時間に、その僕の主人がかえってきて、   

 

 [感話と引照]

●主人の「帰りいつかと待ちかまえる」姿勢で終末と再臨と復活の「時」を待て。

 

塚本訳 ルカ 12:33-36

塚本訳 マタ 24:42-44

塚本訳 マタ 25:7-13

塚本訳 マタ 21:31

塚本訳 ルカ 23:42-43

塚本訳 ルカ 16:16

塚本訳 黙  3:3

塚本訳 Ⅰペテ5:8

塚本訳 Ⅰテサ5:2-3

 

 

24:51 僕を八つ裂きにし、偽善者と同じ目にあわせるにちがいない。そのとき彼はわめき、歯ぎしりするであろう。

 

[感話と引照]

●終末の審判を知りながら「神を恐れかしこむ」ことをしない人は特に打たれる。

 

塚本訳 ルカ 12:47-48

塚本訳 ルカ 19:22-28

塚本訳 ヘブ 12:8

塚本訳 ルカ 19:27 

塚本訳 マタ 25:30

塚本訳 ルカ 13:28

口語訳 ヘブ 12:27-28


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12月4日 感話資料。引照内容は省略。終わり
 
●妻と集会から大急ぎで帰ってきて、福岡国際マラソン。教員の川内が日本人最高の第3位。マラソン大好き。前を向いてひたすらゴールを目指すその一生懸命な姿が美しい。聖書的には次である。
 
塚本訳 Ⅰコリ9:23-26
9:23 わたしは福音のためには、どんなことでもする。福音(の恩恵)を共有する者になるためである。
9:24 (だからあなた達も、競技場の闘士のように自制しなければならない。)競技場で走る者は皆走るけれども、たった一人が賞をもらうことを、あなた達は知らないのか。あなた達も、それを勝ち取るように走らなければならない。
9:25 しかし競技する者は皆、何事にも自制する。ただ、あの人たちは朽ちはてる冠をもらうためであるが、わたし達は朽ちぬ冠のためである。
9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする。

●15:00 録画してあった「名曲探偵アマデウス。マーラー5番」を妻と観る
●癌予防のため人参ジュース(人参二本+リンゴ一個・・・これで二人分)をジューサーで作る。かれこれ2ヶ月続いている。
●海外赴任した次男のMからメール。まず情報通信環境がよくないらしい。苦労が多いだろう。神の守りを祈る。
 

  有体的復活の使徒伝承

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苦難が聖書を分からせてくれた ++++++++ 所感

2011/12/03 07:20

111203(土)5時半起床●朝の黙想「人生の苦難は聖書を分からせてくれる」●TSK日本語版使徒21章前半入力●「苦難が聖書を分からせてくれた」

①15歳。父の結核再発。貧困。人生の意味、職業観。・・・貧しき者は幸いなり        ②41歳。息子の不登校。十字架による贖罪。・・・キリストが身代わりで死んで下さった。
③57歳。家屋の全焼。本当の住まい。天国の家。・・・この世の建築は来世の家の影
④57歳。脳内出血で意識不明。有体的復活・・・命は99%でなく100%神の手中にある
⑤61歳。母の死。万人救済。本人の信仰の有無にに関わらず神はその主権で救う
⑥67歳。東日本大震災。終末と再臨。・・・地震は神が人間を呼び醒ます愛

●聖書の深い意味は苦難がこれを教えてくれる。現在上記6っつの苦難にある人に対して、私は実体験から慰める事ができる。内村鑑三の最初の著作は「基督信徒の慰め」である。内村はそれを貧困、死別、失敗、病気などの苦難の経験による涙の中で書いた。●内村の著作は膨大だが、一つあげるとするとこの著作である。僅か61ページ。私は何度かこの本の上に涙を9落とした●教文館版の内村鑑三著作集は第一番目にこれが編集されているのは慧眼である。これを読めば内村を読んだことになる。●過日、月本昭男先生から頂いたメールに「

贖罪も復活も再臨も、現代のキリスト教は顧みない傾向にありますが、しっかり受け止めねばならない信仰の課題だと思います。(一部分、ママ)」とあった。キリスト教がこれを顧みなくなったら世も末である。いよいよ「終末」か。

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妻に「我が家のどうだんツツジともみじがきれいになったわよ」と言われたので撮影 


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郵便局まで徒歩で行った帰り道。紅葉と秋の空。徒歩また楽し。

●妻は夕方からコーラスの練習。●今日の夕食は私が得意の野菜炒めを作る。●声楽家の倉石真君から電話。12月7日のクリスマスコンサートの讃美歌選曲の件。その後、長時間の音楽談義は楽し。倉石君は世界の倉石になった。来年3月はパリ(夕鶴)、4月はジェノバ(ツーランドッド)、で演奏会だという。

 
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仕事が仕事を呼ぶ ++++++++ 所感

2011/12/02 18:54

111202(金)5時起床●朝の黙想、「神の愚かさは人間の賢さに勝る」●TSK日本語版使徒入力、21章前半●9:00 池谷医院。寒くなったので血圧が高め(140-89)なので降圧剤を変更● 人間は知識から神を知る事が出来ない。それをパウロは第一コリントで次のように言う。
 

塚本訳 Ⅰコリ1:18-27
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか。
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。
1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。
1:25 というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人よりも力があるからである。
1:26 論より証拠、あなた達のお召しのことを考えてみるがよい。兄弟たちよ、この世的には、(あなた達の中に)多くの知恵者がなく、多くの有力者がなく、多くの高貴の人がないではないか。
1:27 それどころか、世の馬鹿なものを神はお選びになった、知恵者に恥をかかせるためである。また世の無力なものを神はお選びになった、力のあるものに恥をかかせるためである。


塚本訳 Ⅰコリ2:14
2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

塚本訳 Ⅰコリ3:18-19
3:18 だれでも自分をごまかしてはならない。あなた達の中にこの世で知恵者だと思う者があるなら、まず馬鹿になれ。(本当の)知恵者になるために。
3:19 この世の知恵は、神の目には馬鹿なことであるから。『彼は知恵者達を、彼ら(自身)の策略を用いて捕らえられる』と書いてあるではないか。

●17:30 我が家を建設して下さった加藤久雄棟梁(62歳)が来訪。妻を交えて歓談懇談。体のあちこちを怪我しながらも、その誠実な態度で仕事には事欠かず、既に向こう8棟もの仕事が待っているという。総てお客さんが「待ってくれている」というから御立派。「建築主から工期を聞かれると「やってみなければ分からない」と答えるという。この真理性が好かれる原因。では費用はどう答えるかというと、自分が手がけた似たような建物を見せに連れて行って、これがいくらで出来たから、この程度の値段でできまますと答えると言う。これも大真理。●加藤棟梁はその誠実さから「仕事が仕事を呼んでいる」。●私達夫婦のどちらかが一人になったら、この家を売却する運命になるかもしれない、と言ったら、「いいんです。高橋さんの家をやらせていただいた思い出が残れば私はそれでいいんです」とこれも大真理を語られた。大工という実学を通して書物からでは得られない人生の大真理を身につけておられるようだ。12年の長い付き合い。●今年の3.11の地震やその後の台風でもクレームが無かったという。御立派。建築主との関係がよいから少々のクレームもクレームにならないというのが真相であろう。●建築する者は建築主に赦されなければ仕事が出来ない●無教会の中に社会的に弱い立場の建築業社を正義の観点からと言って「とことん」いじめた人物がいた。あの人は無教会の顔に泥を塗った。福音の宣教は口ではない、生活態度だ。あの人は神に罰される事必至である。神は見ている。必ず報復する。彼の業は何をやっても栄えない。



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