to 日記と感想 2012年01月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


建物改修の優先順位 ++++++++ 所感

2012/01/31 21:12

120131(火)ホテル和光で目覚め。●10:00から建築会議。設計担当の杉本忠義氏が加わる。●私が建物改修の優先順位を整理して、学校側から出ている各種要望を次のように整理した。

①その改修をしないと、生命に危険があるもの。健康に支障をきたすこと。
③その改修をしないと、建物の機能が果たせないもの。校舎なら勉学性、寮なら生活性と勉強環境
③その改修をしないと、快適性が落ちるもの
④今すぐ改修をしなくてもよいこと。

予算に限度があれば①→④で積み上げ、限界を決める。

●15:30からそれを踏まえて再び職員会議。

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評判のよい中央廊下。「脱力」で設計したからよかったのだ。

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出会い。左から来栖順子、栗栖由喜(高校3年)、来栖達郎

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出会い。浦功矢(ウライザヤ)

●某女子学生と懇談。二つの分野を勉強すると良いとアドヴァイス。生物t学と化学が融合して生化学が生まれた。物理学と天文学が融合して天体物理が生まれた。だから調理と福祉の両方を学ぶとその両面が生きる。
●某女子学生と懇談。クリスチャンでない人と結婚してもうまくいくか。クリスチャンでない女性と結婚してもうまくいくか。 女性の最大問題は結婚問題。彼女の上に神の導きによる出会いあれ。しかし大概の場合、恋愛は現代における「バアル」。なぜか。それは肉の感情だから。恋愛は2年で冷める。そして「失敗した―」と思うが後の祭り。でも離婚してはいけない。
●一時的にでも相手に魅かれて結婚しないと、男も女も「適齢期」を超す。日本の人口は将来4000万人になるという報道があるそうだ。恋愛も真理だが神の恩恵の愛はそれ以上だ。
●某男子学生と懇談。昨年会った時、私が「聖書でメシを食うような道を選ぶな」と忠告した学生である。このことが機縁で彼は「神は存在するか。キリスト教だけが絶対か」、などを根本から考え直し始めたという。彼の精神的成長の為に喜んだ。「パウロが手に職を持ったことを見よ。君の10年後20年後を楽しみにしている」と言って握手した。 
●この高等学校には両親の影響で一応「自分の宗教はキリスト教である」という生徒が多いが、ある日両親を捨て、夫に逆らい、妻に逆らってでも神を信じるようにならなければいけない。それが本当の信仰の道である。
●最近は妻の嫌いな人は自分も嫌い。両親が集会をやめると自分もやめるという「ダラシナイ」男がいるから困る。そういう人間の信仰は本物ではない。 

 有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

    

     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

   

    ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

 

 

 

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上空から見る富士の美しさ ++++++++ 所感

2012/01/30 18:33

120130(月)今日から三日間、島根県江津市にあるキリスト教愛真高校の寮改修のアドヴァイス。14:15羽田発JALで出雲空港へ向う。 富士を左に見る。

resize2133.jpg 

羽田を飛び立つと間もなく左側に富士の優美な姿。この角度から見る姿は地上からとはまた違う美しさだ。 これを見ると日本人であることに喜びを感じる。霊感を感じる。
 

初夢

恵みのつゆ、富士山頂にくだり、
したたりてそのふもとをうるおし、
あふれて東西の二流となる。

その西の流れは海をわたり、
ペクトュを洗い、クンルンを浸し、
テンシャン、ヒマラヤのふもとに水注ぎ、
ユダの荒野に至ってつきる。

その東の流れは大平洋を横断し、
ロッキーのふもとに黄金崇拝の火をほろぼし、
ミシシッピー、ハドソンの岸に神の聖殿をきよめ、
大西洋の水に合してきえる。

アルプスの山々はこれを見て
あけぼのの星と共に声を上げて歌い、
サハラの砂漠は喜んで
サフランの花のごとくに咲く。

こうして水が大洋をおおうごとく、
エホバを知る知識が全地にみち、
この世の王国は化してキリストの王国となる。

私は眠りよりさめ、ひとり大声で叫んだ、
「アーメン、そのように成りますように。
み心が天に成るように地にも成らせて下さい」。

( 内村鑑三、1907年1月)



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JAL。飛行機の技術。サービス。組織の総合力を感じる。

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18:161島根県江津着。愛真高校から渡辺さんが出迎え。夕方の浅利海岸を撮影。夏であればここから見る漁火は美しい。

●改修担当の職員と夜21:30迄会議。
 

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喜んで下さい ++++++++ 所感

2012/01/29 06:47

120129(日)5時半起床●朝の黙想。今日の感話の骨子を練る。
 
●序

●キリスト教に若い人が遠のいている原因。オウム依頼宗教を敬遠。プロテスタント教会の遊び体質(バザー、歌、男女交際趣味教養、暇人のサロン)、無教会集団の「大先生懐かしのメロディー大会体質」。こういうとき「先生はこうされた」からこれでいいんだ。これでいいんだ。去る者は神のみこころだから追わずだ」という姿勢。
●私がインターネット導入してホームページを立ち上げたのは1996年(53歳)。今から15年前。初期にやったことは塚本虎二訳のWEB化(山下次郎先生の御許可、藤林先生とご相談)。毎日の「日記と感想」(日常生活の様々な事件や出来事を聖書的に考える営み)を発信し始めたのは1998年(55歳)。これブログという。1999年年には塚本虎二訳新約聖書をアップ。2006年にはBbB(聖書で聖書を読む)という引照集を完成アップ。各国の主要聖書の引照を収集。2009年には国宝と信ずる「黒崎幸吉新約聖書註解WEB版」をアップ。
●現在のアクセス数は世界15カ国から毎日平均120人。ほとんど全員が「覗き見」読者。誰が「覗き」にきたか分からないがカウンター数値があがることで人数が分かる。逆探知で国別が分かる。
●その結果。「喜んで下さい。覗き見読者から反応があります」「播いた種の芽が出始めました。」と報告したい。少数の「残りの者」に嬉しい反応があります。15年の年月がかかりました。「桃栗三年柿8年」。
●その少数の者はパソコンが出来る若者ですが、人生何等かの「悲しんでいる人」を持っている人で、救いを求めている人が多数です。特に最近は両親の離婚という「お気の毒な人」が多数います。
●今日のプリントの題は「救われるべき『残りの者』は確実にいる」
●副題は「慰めよ、わが民を慰めよ」(イザヤ40:1-2)。これは同名の論文がヒルティ「幸福論Ⅲ」に収められています。
●そこで今日の感話の内容は、私がブログでどのようなこrとを書いているか。そしてどのような応答があるかの御報告をします。後半は昨年の暮れに宮城県石巻で津波の惨状を見た感想と、東日本大震災および福島原発事故に対する考え方の多様生」について申し上げます。
 
●集会は宮崎、高橋(救われるべき「残りの人々」は確実にいる)。内容は次の通り。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/noko.htm

●後半講義の小寺利男さんから、「今の高橋の話しは霊に満ち溢れていた」と褒められたので労が報われた感じがした。感謝。

●14:00 三鷹市管弦楽団演奏会(風のホール)メンデルスゾーン:弦楽の為の交響曲10番、チャイコフスキー「白鳥の湖」抜粋7曲。シベリウス交響曲2番。

resize2132.jpg 

三鷹市文化センター、「風のホール」。音響がよい。2階席中央、前から2列目。
管楽器がなぜかドデカイ音に聞こえた。
チャイコフスキー「白鳥」の抜粋における、ヴァイオリンとチェロの独奏部分がイマイチであったが、素人合奏団なので我慢。 

●2階席中央前から2番目の席。オーケストラは2階席で観賞するに限る。チャイコフスキーの「白鳥」の終曲は全楽器が大きな音を足して感動。このホールのこの席は管楽器の音がドデカク聞こえる。シベリウスが終わった時、後ろの方で「ヨシッ」rという大声が発せられた。「ブラボー」よりいい。今度私もそうしよう。
●18:30 寒風の中を帰宅。夕飯が待っていた。感謝
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救われるべき「残りの人々」は確実にいる ++++++++ 所感

2012/01/28 17:20

12-128(土)4時半起床●黙想「残りの人々」とは●TSK日本語版ロマ15章入力。2000年前のパウロに今の私たちのことが手に取るように見られている。●明日の感話のタイトルは「救われるべき『残りの人々』は確実にいる」である。では「残りの人々とは誰か。この考え方で先生が一致しない。だからこれをめぐって教派が分裂する。●だから「聖書で聖書を読む」事にする。

●まずその言葉の前後を読む。 

塚本訳  ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。

塚本訳  使  15:12-19
15:12 すると会衆一同が黙った。そしてバルナバとパウロとが、自分たちをもって神がどんな徴や不思議なことを異教人の間で行われたかを話してきかせるのを、(静かに)聞いていた。 15:13 二人の話が終った後、(主の兄弟の)ヤコブが発言した。
15:14 「兄弟の方々、聞いてもらいたい。シメオン[ペテロ]は(集会が出来た)始めに、神がいかに御心にかけて、異教人のうちから御自分のために一つの民を得られたかを話してくれたが、
15:15 預言者たちの言葉はそれと一致している。(ある所に)こう書いてある。
15:16 『そのあとで[最後の日に]わたしは(イスラエルの民を)顧みて』『倒れたダビデの幕屋[王国]を建てなおす、その崩れた所を建てなおして幕屋を再建する、
15:17 これは残りの人々、すなわちわたしの名をもって呼ばれるすべての異教人にも、主をさがし出させるためである。このことをされる主はこう言われる、
15:18 『遠い昔から知っておられて。』
15:19 (このように、主は世の初めから、最後の日の御国に異教人を招こうとしておられるのである。)だからわたしはこういう意見である。異教人の中から(われわれの)神に転ずる人たちを、(面倒なモーセ律法で)困らせてはならない。

●パウロのとっては「律法に関係なく」救われた異教人が厳然といたことは動かぬことであった。この事実をどう考えるかであるが、考えよりも事実の方が上である。

●次に、ネストレ27版、新共同訳、TSKからの引照でまず「旧約。

口語訳 申  28:10
28:10 そうすれば地のすべての民は皆あなたが主の名をもって唱えられるのを見てあなたを恐れるであろう。

口語訳 Ⅱ列 19:4
19:4 あなたの神、主はラブシャケがその主君アッスリヤの王につかわされて、生ける神をそしったもろもろの言葉を聞かれたかもしれません。そしてあなたの神、主はその聞いた言葉をとがめられるかもしれません。それゆえ、この残っている者のために祈をささげてください』」。


●救いは神の選びか順序がある。つまり神の主権的意思である。旧約の段階でそれがあった。
●次に新約。これは主としてパウロの思想。

塚本訳  ロマ 9:11
9:11 なぜか。(同じ父母から生まれた二子であるのに、弟ヤコブの方が、兄エサウを差し置いて相続人になったのである。すなわち)二人がまだ生まれず、(従って)なんの善いことも悪いこともしない先に、──これは、神の選びの計画は不動であり、

塚本訳  ロマ 9:27
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。

塚本訳  ロマ 11:28
11:28 (思えば不思議な神の計画である。)彼らは、福音の点から言えば、あなた達(の救い)のために(福音をしりぞけて神の)敵になっており、(神の)選びの点から言えば、先祖たち(に対する契約)のお蔭で(今もなお神に)愛される者である。

塚本訳 エペ 1:5-6
1:5 御意の思いのままにイエス・キリストによりその子たるべく愛をもって予め定めたもうたのであった。
1:6 これはその愛し給う者において私達に賜うた恩恵の栄光が讃美されんためで、


●救いは誕生以前に決まっているかいないかという議論は「頭だけの神学」パウロの言わんとすることは人は神の主権で決まるのであって人間の側の行為では救われないという訳である。それを引きのばして「生まれながら決まっている」というのは割り切り過ぎである。神の思いは途中で変わることは福音書にある。(不埒な裁判官の譬)
●「残りの人々」h最初から決まっているわけではない。神の主権で目をつけられる一pのことである。ではどういう人が神に目をつけられるのか。それは山上の説教の冒頭にある「ああ幸いだ」である。それは「神の招き」の言葉である。 

塚本訳  マタ 5:3-12
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。
5:7 ああ幸いだ、憐れみ深い人たち、(かの日に)憐れんでいただくのはその人たちだから。
5:8 ああ幸いだ、『心の清い人たち、』(御国に入って)神にまみえるのはその人たちだから。
5:9 ああ幸いだ、平和を作る人たち、神の子にしていただくのはその人たちだから。
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

●救いは全くもってその時の神の主権、神の胸先三寸。これは人間の側では決められないから結果的に「選ばれた人々」、「残りの人々」に見える。生まれる前から決まっているわけではない。
 
●「残りの人々」の決定的な引照は次の一言である。

塚本訳  ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

●これは「あれ!」という平和運動家のような願望でなく。「あり!」である。今や神の主権で平和は来た。御心にかなう人に。という意味である。



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福島原発事故に対する考え方の多様性 ++++++++ 所感

2012/01/27 06:16

120127(金)4時目覚め。朝の黙想「福島原発事故に対する考え方の多様性」●間もなく3.11福島原発事故から一年がたつ。●この間、この事故のおかげでいろいろな方との出会いがあり、また「考え方」に接した。●それぞれの「考え方」を聖書的に考えてみる。

●「人災だ、人災だ」と叫びまくる人達

直感的にこれはクリスチャンの道ではないなと感じた。人を責める前に自分の平和的でない醜い顔を鏡で見よ。そういう人間はクリスチャンらしくないから、ヒューマニストマルキストの団体に入って活動せよ。
 
塚本訳  ルカ 6:37
6:37 (人を)裁くな、そうすれば(神に)裁かれない。(人を)罪に落すな、そうすれば罪に落されない。赦してやれ、きっと(神に)赦される。

塚本訳 ルカ 6:41-42
6:41 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。
6:42 自分の目にある梁が見えずに、どうして兄弟にむかって、『兄弟、あなたの目にある塵を取らせてくれ』と言うことが出来ようか。偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目にある塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

●科学技術の不確実性を嘆く人々

事故原因を「人災」だけとは思わず、かなり冷静な科学技術的観察をする。しかし科学技術そのものに救いはない。津波を防ぐ堤防を10メートル以上構築するところもあると言うが、何かむなしい。

新共同 詩 127:1-2
127:1 【都に上る歌。ソロモンの詩。】主御自身が建ててくださるのでなければ/家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ/町を守る人が目覚めているのもむなしい。
127:2 朝早く起き、夜おそく休み/焦慮してパンを食べる人よ/それは、むなしいことではないか/主は愛する者に眠りをお与えになるのだから。

●子供を抱える母親の不安

「ただち健康に害を与えるものではない」と政府は慰めるが、母親としては自分達の子供が生きるのは「ただちのその後」だと思って、その言葉を受け入れない。幼い子供を抱えて見よ。

塚本訳 マタ 2:18
2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』

●逃げる人々

福島県には無駄な抵抗はせずにさっさと逃げる人が多い。これかなり賢い方法である。イエスもパウロも「逃げまくった」。人間的抵抗は人の顔が上がっても神の顔は立たない。信者の方々は早い段階から揃ってわたしに「福島の息子さんはすぐに逃げよ」と忠告して下さったのは驚きであった。この世的なものに未練を残してない方々の言葉である。
 
新共同 創  19:24-26
19:24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、
19:25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。
19:26
ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。

塚本訳 マタ 2:13-15
2:13 博士たちが帰ってゆくと、見よ、主の使いが(また)夢でヨセフに現われて言った、「起きて幼児とその母とを連れてエジプトに逃げわたしが言うまでそこにおれ。ヘロデがその幼児をさがして殺そうともくろんでいるから。」
2:14 そこでヨセフは起きて、夜のあいだに幼児とその母とを連れてエジプトに立ちのき
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。主が預言者(ホセア)をもって『わたしはエジプトからわが子を呼び出した』と言われた言葉が成就するためであった。

●私でなくてよかったと思う人達

これ福島県以外の人達の偽らざる気持であろう。しかしそれで良いのか。福島県が十字架を負ったのではあるまいか。

塚本訳  ルカ 13:2-5
13:2 その人たちに言われた、「そのガリラヤ人たちはそんな目にあったので、(ほかの)すべてのガリラヤ人よりも罪人だったと思うのか。
13:3 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同じように滅びるであろう。 13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう

●終末を感じ、自己の救いに熱心になろうとする人

地震は終末のサインである。時の迫った徵を感じて自分自身が覚醒したり、生き方を反省する人は神に喜ばれる。 

塚本訳  マタ 24:6-7
24:6 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞くであろうが、あわてないように注意せよ。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。

塚本訳  ロマ 13:11-14
13:11 しかも、あなた達は今の時代を、すなわちもはや眠りからさめるべき時であることを、よく知っている(のだから、なおさらのことである。)今は、信仰に入った時よりも、わたし達の救いが近づいているのである。
13:12 夜がふけて、(最後の)日が近づいた。だから闇の業をぬぎすて、光りの武具をつけようではないか。
13:13 昼間にふさわしく、きちんとして生活しようではないか、酒宴と酩酊でなく、淫楽と放蕩でなく、喧嘩と嫉妬でなく。
13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉をいたわるのはよいが、情欲に陥らないように。

●人生の転機 と考える人 

口語訳イザ 46:4
46:4
わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。

口語訳イザ 30:21
30:21
また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28
そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。 
 

 
●様々な緊急援助をして下さった方々
 
福島で有機農業を営んでいる三男のことを御心配下さった方々の「とっさの愛」「走り出す愛」「明快な指針」は特筆すべき事である。影に陽に「右手のすることを左手に知らせない」「隠れた愛の業が現れた。最後の日に「神からお礼」をしていただいてもらいたい。
 
塚本訳ロマ 12:11-13
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。
12:12 希望をもって喜び、苦難に耐え、たゆまず祈れ。
12:13 力を合わせて
聖徒の欠乏をおぎない、旅人の接待に努めよ。

塚本訳 ロマ 15:26
15:26 それは、マケドニヤ(州)とアカヤ(州)と(の兄弟たち)が、エルサレムの貧しい聖徒たちのためにいささか交わりのしるし(の醵金)をすることに決心した(ので、持参せねばならない)からである。

塚本訳 マタ 25:37-40
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』






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科学技術の不確実性と神の祝福の必要性 ++++++++ 所感

2012/01/26 05:04

1120126(木)4時半起床。朝の啓示「詩篇127篇1節」●まず翻訳比較。複数の信頼できる母国語で読む。

文語訳 127篇1節 ヱホバ家いえをたてたまふにあらずば 建たつるものの勤勞きんらうはむなしく ヱホバ城しろをまもりたまふにあらずば衞士ゑじのさめをるは徒勞むなしきことなり

口語訳 127篇1節 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

新改訳 詩  127:1
127:1 主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。

関根訳 127篇1節 ソロモンの都もうでの歌。ヤハヴェが家を建て給わなければ建てる者の労苦は空しくヤハヴェが町を守り給わなければ番人が目を覚ましていても空むなしい。

新共同 127篇1節 【都に上る歌。ソロモンの詩。】主御自身が建ててくださるのでなければ 家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ 町を守る人が目覚めているのもむなしい。 
 
●次に黒崎幸吉の解説を読む。短くて心に響く。普通の詩篇註解は長くて困る。それに信仰が深くない。
●後は自分自身でその人生体験で自分流に「感じたこと」を黙想すればよい。「自分で読む」というところが聖書が血となり肉となる方法である。
●昨日は「低線量内部被曝」の危険値について二つの検査機関に電話で尋ねたが、2カ所とも危険度数値については要領を得なかった。
●また昨日は録画してあった「大阪大学の白熱教室(科学技術論)」を見た。結論は「科学技術は不確実なものである」ということ。津波対策をいくらやっても隕石が落ちれば大爆発する。
●もうひとつの録画。「低線量被曝」を見る。安全基準値は人間の頭で「エイヤッ」と線引きしたようだ。国際基準では生涯に浴びる放射線が100ミリシーベルト(msv)だと癌の発生率が0.5%上昇するという。0.5%は少ないと思うが1万人いれば50人。
●上から鳥瞰的にみれば100:0.5であるが、被曝した人からすればそれは1:0であって、由々しき問題になる。
●「直ちに健康を害する事にはならない」という政府や専門家の見解は子供を抱えた「母親」の不安を拭わない。「直ち」の先が問題なのだ。親たちはいいとしても子どもたちは「直ち」のその先に生きるのである。
●こうなると科学技術や工学の中に生きている人間は安心して生きられない。電車や飛行機に乗れない。知らない人が作った食品も買えない、薬も飲めない。ビルや家にも住めない。
●この不確実性の不安による心配からの宗教帰依はいけない。それは気休めである。
●国産ロケット打ち上げの失敗が連続した時、関係者は揃って神社に行って祈願した。しかし成功すれば「日本の技術は進んだものだ」と思って神を忘れる。
●サッカーのワールドカップのとき関係者は神社にサッカーボールを捧げて祈願した。それを受け入れた神主も神主だ。 彼らは勝てば「練習の成果であった」と思って神を忘れる。、
●日本人の宗教観はこの程度の「御利益主義」(家内安全、健康長寿、商売繁盛、恋愛成就、志望校合格、)だから無神論者から軽蔑されるのだ。
●不確実性による恐怖や不安からの信仰は本物ではない。不安がなくなれば神を忘れる。
●自己の罪の発見とその苦しみ。そして「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」から神に霊眼が開けられて信仰を持つようになるのが「王道」。
●そうして真の信仰を抱くとあのどうしようもない「将来の不安や恐怖」から救われる。
●信仰の先輩(原子物理学が専門)から言われた。「被曝による危険不安の値は、統計的線引きに過ぎない。人体はうまくできていて、解毒作用が働く」
●私が腎臓に穴を開けて手術する時に、失敗率は5%と言われて非常に不安になった。そのとき娘は「お父さんには神様がついているから大丈夫」と「聖書の先生」に言ったという。
●東京衛生病院で腸の手術をする時のこと。かってそこに勤務していた娘から、「あの病院は手術の前に医師看護婦が揃ってお祈りを捧げる」ということを聞いていたので、こういう人たちのやることが万一失敗して死んでも本望だという安心感があった。
●科学技術はどんなに高度になっても「不確実性」から逃れられない。それは人間の業だからである。
●巨大津波に耐えるように堤防をますます高くするらしい。電源が落ちても大丈夫なように何重の安全設計をしても、電源が全部落ちるかもわからない。といって「予防」の人間的努力を否定することはしない。けれども「むなしい」と感じる。その努力もいいがそだけでは「汝、なお一つ欠く」という気がする。神に祝福されなければ人間の小なる技術だけではこの人生そのものの将来が「不確実」なので不安の一生である。
●この人生の大不安から逃れて「安らかに」歩める人生観は、次である。 

口語訳イザ 46:4
46:4
わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。

口語訳イザ 30:21
30:21
また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28
そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。 


●そして何よりも大切なことは「有体的復活」の希望と信仰を堅く抱くことである。

 

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矢内原忠雄先生の肉声 ++++++++ 所感

2012/01/25 09:35

120125(水)4時半起床●TSK日本語版ロマ13章入力。キリスト教はこの世の政治勢力を転覆するものsではない。これはルカ文書(ルカ福音書、使徒の働き)も同じ思想。●「キリスト教の敵はローマ帝国にあらずしてグノーシス主義であった」と言われている。●WEB黒崎詩篇註解校正●昨日は矢内原忠雄先生が1958年にNHKの「人生読本」で話された肉声を聞いた。今井館ホームページにアップされた。

http://www.imaikankyoyukai.or.jp/

事務局の労に感謝して次のように感想をメールした。

感謝のメール

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今井館事務局 F様

 

ただ今、「矢内原忠雄先生講演」の放送を聞き終わりました。感想をと言うことですので箇条書きにして書かせていただきます。

 

●音声明瞭でよく聞き取れました

●写真も適切なもので内容と一致してました。

●全部で4っつの部分に分かれていましたが、それぞれの時間(分)が示されていれば便利です。

●バックして聞きたい(聞き直し)機能があれば便利です。あるいはできるのかもしれませんが。・・・

●矢内原先生は著書で存じ上げていただけでしたが肉声をお聞きますと随分温和な方だなーと思いました。

●先生のような方がやはり「罪と死」の問題でキリスト教に接近したことがわかり親近感を覚えました。

●アドビーのインストールに若干時間がかかりました。初めての方にユーチューブのように一発で出るようにはできないでしょうか。

●「伝道」の業として素晴らしいものであると思います。

●今後次々と「音声」を入れられるとは素晴らしいことです。今井館のアーカイブズとしての本領が発揮されたと思います。

●ただ、「懐かしのメロディー」「懐古趣味」になってはいけないと思います。

●塚本虎二先生もNHKで「キリストを信じて50年」という講演をされたと記憶してます。今後ぜひお願いしたいと思います。

●今井館で保存している各先生方の録音テープからでも今回のようなことができるのでしょうか。

●まさか内村鑑三先生の肉声は無理でしょうか。!!。余談ですが、鈴木俊郎先生は内村先生の声色(コワイロ)がうまかったそうです。

●素晴らしいシステム構築をありがとうございます。感謝申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
感謝のメール 終わり
 

●妻は「今井館ウィークデーの集い」の企画会議。10時出発18:30帰宅。
●原発事故問題の議論では、「死んではいけない」「死ぬのは禍だ」「癌にはなりたくない」という前提があるから(それは肉の人間としては当然)、復活と永遠の生命の希望を頂いているキリスト信者とは意見が会わない。これは戦争問題、平和の議論に就いても同じ。

まず。「人災人災」と狂い叫ぶ人間がいるが、この世の禍のその根本はアダムの罪である。聖書的には次である。 
 
塚本訳  ロマ 5:12
5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)


塚本訳  ロマ 5:18-19
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。

●つまり、この世の禍の責任は始祖のアダムである。私達に責任はない。しかし終わりの時に今度は私の功績ではないキエリストの血で永遠の命と復活が与えられるのだから「マーいいじゃーないか」というのがパウロの論旨である。しかしこれ頭で考えても何となく納得いかない。なぜか。この今の不幸の苦しみは現実的な問題で、復活と永遠の命はまだこれからの事だからである。
●しかし来世の保証は「聖霊」とその「喜び」である。これは生きているうちに頂けるものである。聖書的には次である。  
 
口語訳 エペ 1:13-14
1:13 あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救の福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。
1:14 この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである。



●この聖霊とその喜びが来世の喜びの「担保」であるというのは。コンサートのチケットのようなものである。まだ音楽を聴いていないのにチケットを握りしめみながら喜ぶあの気持である。かってカラヤン指揮ベルリンフィル日本公演のチケットをゲットしたときは胸がドキドキしたものだ。
●私は大病をする癖があるが、50代半ばで腎臓結石の手術で入院した。立川病院のベッドでサッチモ(ルイ・アームストロング)の「この素晴らしい世界」が流れてきたとき思わず涙が止まらなくなった。その歌詞から次のように連想した。「この世は貧困、病気、家庭問題などなど嘆きも多いが結構いいこともあるじゃーないか」と思ったのである。パウロの「マーいいじゃーないか」という気持ちと同じだ。否。来世の喜びの方が長くて大きいのだ。この事をパウロは次のように言うではないか。
 
塚本訳 ロマ 8:17-18
8:17 (すでに神の)子供であるならば、また相続人である。神の相続人であり、キリストと共同相続人である、(キリストと)一しょに栄光を受けるため、(こうして彼と)一しょに苦しんでいる以上は。
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。
今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。



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「残りの人々」は存在する ++++++++ 所感

2012/01/24 06:01

120124(火)3時半目覚め●朝の黙想「残りの人々はいる」●インターネットのホームページの応答を知ると異教の我が国にもそして若者にも救われるべき「残りの人々」が確実にいることを実感する。●聖書的にはズバリ次である。

塚本訳  使  15:12-19
15:12 すると会衆一同が黙った。そしてバルナバとパウロとが、自分たちをもって神がどんな徴や不思議なことを異教人の間で行われたかを話してきかせるのを、(静かに)聞いていた。
15:13 二人の話が終った後、(主の兄弟の)ヤコブが発言した。
15:14 「兄弟の方々、聞いてもらいたい。シメオン[ペテロ]は(集会が出来た)始めに、神がいかに御心にかけて、異教人のうちから御自分のために一つの民を得られたかを話してくれたが、
15:15 預言者たちの言葉はそれと一致している。(ある所に)こう書いてある。
15:16 『そのあとで[最後の日に]わたしは(イスラエルの民を)顧みて』『倒れたダビデの幕屋[王国]を建てなおす、その崩れた所を建てなおして幕屋を再建する、
15:17 これは残りの人々、すなわちわたしの名をもって呼ばれるすべての異教人にも、主をさがし出させるためである。このことをされる主はこう言われる、
15:18 『遠い昔から知っておられて。』
15:19 (このように、主は世の初めから、最後の日の御国に異教人を招こうとしておられるのである。)だからわたしはこういう意見である。異教人の中から(われわれの)神に転ずる人たちを、(面倒なモーセ律法で)困らせてはならない。

●この「残りの人々」とは誰か。TSKで調べる。イスラエルも異教人も区別は泣く全世界から「御心にかなう人」が選らばれるのである。 

口語訳 イザ 11:10
11:10 その日、エッサイの根が立って、もろもろの民の旗となり、もろもろの国びとはこれに尋ね求め、その置かれる所に栄光がある。

口語訳 イザ 43:7
43:7 すべてわが名をもってとなえられる者をこさせよ。わたしは彼らをわが栄光のために創造し、これを造り、これを仕立てた」。

口語訳 イザ 65:1
65:1 わたしはわたしを求めなかった者に/問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に/見いだされることを喜んだ。わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。

口語訳 ゼカ 2:11
2:11 その日には、多くの国民が主に連なって、わたしの民となる。わたしはあなたの中に住む。

●この事を決定的に認識したのはパウロである。 
 
塚本訳  ロマ 1:13-15
1:13 兄弟たちよ、このことを知らずにいてもらいたくない。──ほかの異教人の中でと同様あなた達の中でも、何か(福音の)実を刈り取るため、わたしは幾たびもあなた達の所に行こうと思い立った。ただし今まで妨げられている。
1:14 わたしはギリシャ人にも野蛮人にも、教養のある者にも教養のない者にも、(福音を伝える)義務がある。
1:15 だからローマのあなた達にも福音を伝えることが、わたしの願いである。


●この真理の源流はイエスにある。イエスが信仰を褒めたローマの軍人は「残りの人」の一例である。

塚本訳  マタ 8:10-12
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」 


resize2131.jpg 

初めての雪。2階北の窓から撮影。

●私と妻を2~3日悩まし続けたネズミ(2匹目)が粘着板にかかっていた。朝起きて近づくと「キューキュー」と鳴いている。「助けてくれ―」と言っているように聞こえたが、心に「ならぬ。アンタも悪いんだぞ」と自分に言い聞かせて庭に埋めた。これっていいことなのかな―。


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悲しむ者は幸いか ++++++++ 所感

2012/01/23 06:09

120123(月)5時目覚め。朝の啓示と黙想「悲しむのは幸いか」●悲しみ苦しみは不幸である。それを「幸いだ」というのは職業宗教家の「商売」である。「坊主、見てきたような嘘を言い」である。当の宗教家自身がこの世ではかなり「幸福」である。●だからこの難問は人間に聞いてはいけない。教会に聞いても納得いかない。聖書それ自身に聴かなければならない。

塚本訳  マタ 5:4
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。


●神に慰めていただけるから幸いなのであるという。しかもそれは塚本訳によれば「来世」においてであるという。しかし来世は「行ってみなければわからない」


塚本訳  Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

●神の御心に沿った悲しみというが、神はなぜ不幸を降すのか。そういう神を信ずることは難しい。 
 

塚本訳  マタ 2:18
2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』

●お子様を失われた方を慰めようとされた塚本先生であったが、その母親は全然受付なかった。、そのとき塚本先生はこの句を引いて「私としたことが馬鹿なことをしたものだ」と反省された。

塚本訳  ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。


●これ、失敗人生の人間のはかない希望ではないのか。パウロとて「行って見てきたわけではあるまい」

塚本訳  ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。


一緒に泣いてくれる人が最大の慰めである。神父よ、牧師よ、伝道者よ、信者たちよ「説教しないでくれ」。「一人で思いっきり泣かせてくれ」。●「悲しい時は悲しい曲を聴け(同質の原理)」(日野原重明) ●死別の悲しみの時に聴く曲としては、次がお勧め。ラベル「亡き王女の為のパバーヌ」、これは友人が若くして逝った時に聴いた。バッハ「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043」これは母が逝った時に聴いた。

塚本訳 ルカ 23:27-28
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた。
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。


●ゴルゴダへの道を重い十字架を負わされて歩くイエスを見て「女たち」は泣きながらついて行った。しかしイエスは「わが爲に泣くな」(文語)と言った。これ神の子にして初めて言える言葉だ。この言葉ありて一個人の嘆き悲しみ不幸は癒される。

●黒崎詩篇WEB版校正●今井館HPで矢内原忠雄の講演を聞く。意外に優しい人だと感じた。キリスト教に引かれたのは「罪と死の問題●TSK日本語版ロマ12章。パウロはなぜローマの集会の実情をよく知っているような書き方をしているのはなぜだろう。


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イエズス会日本宣教の労苦 ++++++++ 所感

2012/01/22 20:51

120122(日)5時半起床●ネズミはかかってなかった。●集会は川上、高木(詩篇)、横田(キリスト教史)●14:00教文館ビルでキリシタン文献「ひですの経」新発見の講演会。折井善果、白井純、豊島正之。・・・400年前にイエズス会が日本宣教のために刊行されたキリシタン本の「ひですの経は長い間行方不明であったが、2009年にハーバード大学図書館で発見された。その校註本が完成されたので発表があった。●「ひです」とは信仰のことで、この本の内容は使徒信条の解説。●講演を聞いて、イエズス会宣教師達の苦労のほどがしのばれた●まず訳語の苦労。神は「大日」「天道」「天主」「天尊」「天帝」「Deus].。天国は浄土」「Paraiso」、十字架は「十文字」「Cruz」などあれこれ●一番興味があったのは「霊魂」を「アニマ」としていること。聖霊を「霊」とすると「おどろおどろしいもの」と思われて日本人に受容されないと思ったのではないかと折井氏の解説。●「復活」はどのように訳しているのか知りたい。なぜかというと日本にはない概念だから。●同時に印刷術の手間もかかったことを知り、今の我々が何の苦労も無く本や電子機器で「聖書」を読めることをありがたく思った。●キリシタン版に興味を持つ大勢の人が集まった。●帰宅19:00


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教会とは何か ++++++++ 所感

2012/01/21 14:45

120121(土)5時半起床●またネズミが出たので、昨夜ネズミ捕り粘着板を仕掛けておいたがにネズミなし。しかし台所のゴミを荒した形跡あり。今晩再挑戦。●しかし生き物を殺すのはいいことなのかな―●電子機器が発達してきたので信者の交流は物理的に集まらなくても心が通うようになってきている。ここで改めてエクレシアと言うことを考える。●教会の定義は昔も今も次のか所である。

塚本訳  マタ 16:16-18
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会(エクレシヤ)を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。

●教会はこのペテロの信仰告白と同じ告白をする人格に存在する。
●その信仰告白は頭脳でなく神による示しで初めて可能
●「企業は人なり」というが同じように「教会は人、それも信仰告白をする人」である。人格である。 
●聖霊が信仰告白をさせるから、その人格のあるところが一人であっても「教会」エクレシアである。

塚本訳  Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。


●マタイ16:16-18に関するTSKの引照をみて、心に響くものを掲載する。これ万巻の「教会論」以上に強い。これを読んで胸にビリビリッとくればその人に、その人格に連鎖反応として教会が誕生する。教会とは何かを「聖書で聖書を読」めば絶対に間違える事はない。人間に聞いてはいけない。 

塚本訳 ヨハ 20:31
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

塚本訳 ロマ 1:4
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

塚本訳 ヘブ 1:2-5
1:2 (いよいよ)この最後の日には、御子[キリスト]をもってわたし達に語られたのである。神はこの御子を万物の相続人と定め、彼によって(この)世界をお造りになった。
1:3 彼は神の栄光の放射であり、本質の像である。彼はまたその力ある言葉をもって万物を保たれる。彼は(この世に降り)、罪の潔めを成し(とげて、ふたたび)高き所にのぼり、(神の)御稜威の『右にお坐りになっている』。
1:4 (ことに)彼が天使たちより秀でた(子なる)御名を相続されただけ、彼は彼らにまさっておられる。
1:5 なぜか。神はかつて天使のだれにこう言われたか。『あなたはわたしの子、わたしが今日あなたを生んだ。』またさらに』わたしは彼の父になり、彼はわたしの子になるであろう。』

塚本訳Ⅰヨハ4:15
4:15 イエスが神の子であることを告白すれば、その人に神は留っておられ、その人も神に留っている。

 塚本訳マタ 26:63
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」

塚本訳ピリ 2:11
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

 塚本訳マタ 13:16-17
13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。
13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。

 塚本訳Ⅰペテ1:3-5
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、
1:4 君達のために天に保管されている、朽ちぬ、穢れぬ、萎まぬ相続財産に与らせ給うたのである。
1:5 (そして)君達は最後の時に顕れる準備の(既に)出来ている救いに入るために、信仰によって神の力に護られる。

塚本訳 ガラ 1:11-12
1:11 なぜなら、あなた達に知らせる、兄弟たちよ、わたしが説いた福音は、人間的のものではない。
1:12 というのは、わたしは人からそれを受けいれたのでも、また教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によったのである。

塚本訳ガラ 1:16
1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、

 塚本訳マタ 11:25-27
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。
11:26 ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。

 塚本訳ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

 塚本訳ヨハ 17:6-8
17:6 わたしは、あなたがこの世から(選び出して)わたしに下さったこの人たち((弟子たち))に、あなたの名を──(あなたについての一切のことを)──知らせてやりました。彼らはもとあなたのものであったのに、わたしに下さったのです。彼らは(わたしが教えた)あなたの言葉を守りました。
17:7 今彼らは、あなたがわたしに下さったものは、(言葉も業も)何もかも皆、(人間からでなく)あなたから来たことを知りました。
17:8 すなわち、わたしは賜わりました言葉を(そのまま)彼らに伝え、彼らはそれを受けいれて、わたしがあなたのところから出てきたことを本当に知り、あなたがわたしを遣わされたことを信じたのであります。

塚本訳Ⅰコリ2:9-12
2:9 しかし(聖書に)書いてあるとおり(に実現したの)である。『目も見ず耳も聞かず』、人の『心に起こらなかった』もの、『これを神は御自分を愛する者たちのために』用意された。
2:10 しかしわたし達には、神が御霊によって(すべてを)あらわしてくださった。(わたし達に住ませてくださる)その御霊は、すべてのことを、神の(御心の)深いところまでも、見抜かれるからである。
2:11 なぜなら、(たとえば)人間のことも、その人間の中にある霊のほかに、いったいだれがわかっていよう。そのように神のことも、神の霊のほかに、わかった方はいままでなかった。
2:12 しかしわたし達はこの世の霊でなく、神から来るその霊を戴いた。それは、神から恩恵として賜わったもの(の何であるか)が、わかるためである。

塚本訳 エペ 1:17-18
1:17 われらの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と黙示との霊を君達に与えて神の知識に至らせ給わんこと、
1:18 また【君達の】心の目を明らかにして、神に召され(ることによって得)た希望の何であるか、『聖徒の受くる』光栄ある(天の)『相続財産』の富の何であるか、

塚本訳エペ 2:8
2:8 然り、君達は恩恵の故に、信仰によって救われた者である。これは君達の力によるのでなく、神の賜物である。

塚本訳Ⅰヨハ4:15
4:15 イエスが神の子であることを告白すれば、その人に神は留っておられ、その人も神に留っている。

塚本訳 Ⅰヨハ5:20
5:20 しかしわたし達は知っている、神の子が来て、(唯一の)まことの者(なる神)を知る知識力をわたし達に与えられたことを。そしてわたし達はこのまことの者の中に、(然り、)御子イエス・キリストの中に、あるのである。この方はまことの神であり、また永遠の命である。

塚本訳エペ 2:19-22
2:19 だから、君達は最早余所の人でも居候でもなく、聖徒と同じ(天上の)市民また神の家族であり、
2:20 使徒と預言者なる土台の上に築き上げられた建物であって、キリスト・イエス御自身がその『首石』である。
2:21 そして建物全体は彼において(しっかり)つなぎ合わされて成長し、主に在る聖なる宮となるのであって、
2:22 君達も彼において一緒に建て合わされ、神の霊の御住居となるのである。

 塚本訳Ⅰコリ3:9
3:9 なぜならわたし達は神の共働者であって、あなた達は神の畑、神の建築物である。

 塚本訳使  2:47
2:47 神を讃美し、世間の人全体に好意を持たれていた。主は救われた者を日ごとに(増し)加えて一つにされた。

 塚本訳エペ 5:25-27
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──
5:26 キリストは洗礼の水浴びにより、(その際述べられる告白の)言葉をもって、教会を潔めて聖なるものとなし、
5:27 かくて汚点も皺もかかるものの何も無い、聖なる瑕なき輝かしい教会を自分で自分のために建てようとし給うたのである。――

塚本訳ヘブ 12:28
12:28 だからわたし達は(永遠に)揺り動かぬ国を授かったのだから、(神に)感謝しようではないか、それによって敬虔と畏怖とをもって、お気に入るように神を礼拝しようではないか。

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いかにして復讐すべきか ++++++++ 所感

2012/01/20 09:13

120120(金)5時目覚め。朝の黙示「いかにして復讐すべきか」●昨日の講義で授業態度の悪い生徒が一向に直らないのを見て、怒り心頭に来た。今回は終始よこを横を向いてナント漫画を読んでいた。しかしが先週のようには怒鳴らなかったがいかにしても気持が悪い。●そこであの生徒をどうすべきかが頭から離れない。モヤモヤモヤモヤ。

①呼びあげて注意するか。
②テストのうち「授業態度」を0点にする。
③あのままではどこへ行っても人生うまくいかないので「教師として」訓導すべきか
④放って於いて、人生行き詰って反省するのを待つか。
⑤もう一度授業中に激怒するか。
⑥私の知人(故人)は生徒の一人が黒メガネをかけてきたとき、これでは心が通わないからと 言って即座に教師(専門学校)をやめた。

●この6つの方法いずれにも聖書的根拠がある。しかしこの6つの方法は総て「復讐心」が根底にある。そこで「復讐の方法について聖書に学ぶ。

塚本訳  マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

●悪人は悪人のままにしておいて、自滅し失敗するのを「高見の見物」していてよいのか。それとも自らて何等か「復讐」して「義を貫徹」してすっきりすべきか。

塚本訳 ロマ 12:19
12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」

●これによると「悪の裁き」はあるべきというのが前提。これでまずすっきりする。但しそれは自ら手を降すな、神の裁きに任せよという。神の報復は恐ろしい。それは「裁きの日の神の怒り」なので永久の滅却である。

●ロマ12:18とヘブル10:30にある引照は次である。

口語訳 申  32:35
32:35 彼らの足がすべるとき、/わたしはあだを返し、報いをするであろう。彼らの災の日は近く、/彼らの破滅は、/すみやかに来るであろう。

口語訳 詩  94:1
94:1 あだを報いられる神、主よ、あだを報いられる神よ、光を放ってください。

口語訳 Ⅰテサ4:6
4:6 また、このようなことで兄弟を踏みつけたり、だましたりしてはならない。前にもあなたがたにきびしく警告しておいたように、主はこれらすべてのことについて、報いをなさるからである。

口語訳 Ⅱテモ4:14
4:14 銅細工人のアレキサンデルが、わたしを大いに苦しめた。主はそのしわざに対して、彼に報いなさるだろう。

口語訳 ヘブ 10:30
10:30 「復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と言われ、また「主はその民をさばかれる」と言われたかたを、わたしたちは知っている。


●これらを見ると「復讐はするな」とは言ってない、復讐は神に任せよという。義の貫徹は厳然としてあるべきである。但しそれは神がなさる。人間たる私が神の代理でやることはいけない。
●祈り。「神様、あの人を強く撃って下さい。注意して下さい。目覚めさせて下さい。どんなに失礼な態度であるかを気付かせて下さい。しかし同時に救ってください。私にはその能力はありません。義を貫徹して下さいしかし愛も貫徹してください」。
●あの生徒だけが急に反抗的になった理由を考えた。あるとき「イケメンと結婚しようとするな」「ブランド企業を目指すな」などを講義中に言った時、彼女の目に一瞬悪魔が走った。図星だったのだろうか。彼女が反抗的になったのはそれが原因か。そうだとしたら「やるべきことはやった」「言うべきことは言った」ので光栄だ。何も恥じることはない。関連聖句は次だ。

文語訳マタ 5:10-12
5:10 幸福なるかな、義のために責められたる者。天國はその人のものなり。
5:11 我がために、人なんぢらを罵り、また責め、詐りて各様の惡しきことを言ふときは、汝ら幸福なり。
5:12 喜びよろこべ、天にて汝らの報は大なり。汝等より前にありし預言者たちをも、斯く責めたりき。

文語訳 マタ 5:44
5:44 されど我は汝らに告ぐ、汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。

塚本訳 ロマ 12:14
12:14 (あなた達を)迫害する者に(神の)祝福を求め、祝福して呪うな。

塚本訳Ⅰコリ4:12
4:12 自分の手で働きながら苦労している。罵られては(神の)祝福を求め、迫害されては我慢し


●人生、いやな奴、嫌いな奴のことも積極的にその救いを祈らなければならない。ここまできてようやkぅ心が落ち着いた。感謝。 


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11;00~17:00 アッセンブリーズオブゴッド教団の能城一郎牧師が来訪。延々6時間歓談。認知症、聖書翻訳、ヘブル12:2の「喜び」の翻訳の問題と解釈、黒崎註解、塚本訳新約聖書、TSKとJバイブルの連動、パソコンを「ウィンドウズ7」に買い替えた時の問題、ADDONの件、●ヘブル12:2の「喜び」はこの世の喜びのことか来世の喜びのことかを研究。 

文語訳 ヘブ 12:2
12:2 信仰の導師また之を全うする者なるイエスを仰ぎ見るべし。彼はその前に置かれたる歡喜のために、恥をも厭はずして十字架をしのび、遂に神の御座の右に坐し給へり。

口語訳 ヘブ 12:2
12:2 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。

新改訳 ヘブ 12:2
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

新共同 ヘブ 12:2
12:2 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。

塚本訳 ヘブ 12:2
12:2 (かの)信仰の創始者また完成者であるイエスを見上げて!彼は自分の前にある喜びを捨て、恥をもいとわず十字架を耐え忍んで、(いまや)神の御座の『右に坐られているのである』。 

 

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パウロの万人救済論 ++++++++ 所感

2012/01/19 11:27

120119(木)5時半起床●TSK日本語版ロマ書11章●パウロの万人救済論に圧倒された。それは次である。 

塚本訳  ロマ 11:25-26
11:25 兄弟たちよ、この秘密を知らずにいてもらいたくない、あなた達(異教人諸君)が、自分は賢い(からこの特権を得た)などとうぬぼれることのないために。一部のイスラエル人が頑なになって(キリストを信ぜずに)いるのは、異教人が(信仰に)入って定数に満ちるまでであり、
11:26 こうして(イスラエル人は異教人が妬ましくなり、悔改めて信仰に入り、)イスラエル人全部が救われる、ということである。(聖書に)書いてあるとおりである。『シオンから救済者が来て、ヤコブ(の子孫)から不信心を遠ざけるであろう。

塚本訳  ロマ 11:30-32
11:30 すなわち、かつては神に不従順であったあなた達が、今はこの人たちの不従順によって(神に)憐れみを施されたと同じに、
11:31 この人たちも今はあなた達の受ける憐れみに対して不従順になっているが、これは今(すぐにも)憐れみを施されるためである。
11:32 つまり神はすべての人を不従順の中に閉じこめられたが、これはすべての人に憐れみを施すためであった。

塚本訳 ロマ 11:36
11:36 すべては、彼から出て、彼によって保たれ、彼に帰する。栄光は永遠に彼のものである、アーメン。

●万人救済の根本精神は、神はご自分でおつくりになられた者を「持ったいなく」で滅ぼさないからだ。万物は復興する。
 
●14:50 女子大建築講義。またしても授業態度の悪い生徒がいる。神の罰ということも完全にありうると思った。そうでなければ神の義が立たない。神に反抗的な人間(これが罪の本質)は悔い改めない限り灼熱地獄に投げ込まれると聖書には恐ろしいことが書いてるが、それも当然だと思った。●授業終了後次年度の打ち合わせ。●世田谷線で帰ってみる。意外に速い。車中でヒルティ「j幸福論Ⅱ」の「わが民を慰めよ」を読む。人間は「恐怖」を最も嫌うが、「恐怖」は神を信じない人間につきもので、その根は「罪」であるという。至言。自戒●20:00 冷たい雨の中を帰宅。


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慰めよ、わが民を慰めよ・・・服役の期は終わった ++++++++ 所感

2012/01/18 07:10

120118(水)3時半目覚め。朝の啓示「慰めよ、わが民を慰めよ」●この句の啓示に圧倒されて、次回感話のタイトルの決定●この句に就いて黙想。

まず、翻訳比較

口語訳 イザ 40:1-2
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。


新改訳 イザ 40:1-2
40:1 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。
40:2 「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」


新共同 イザ 40:1-2
40:1 慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。
40:2 エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。

●この冒頭の句は「イザヤ書研究」の権威の故中澤樹先生が「ヘンデル、メサイア」のハレルヤコーラスを聴くよりも心が揺さぶられると言ったところ。
●関根正雄先生がいわゆる「異言派のもみ殺し事件」のとき一時的にせよ「異言派」に連なっていたことを反省し、個人雑誌「預言と福音」を廃刊した。すると恩師塚本虎二先生は「服役の期は終わった」と慰められた。「預言と福音」は生き返った。
●ヘンデルの「メサイア」は序曲に続いていきなりテノールがこのイザヤ書40章の1-3節を語る(レジタティーブ)。ヘンデルの気持がよく分かる。
●東北の人の御苦労を思うとき、「服役の期は終わった」という思いが強い。これからニ倍以上の「大恩恵」が降るにちがいない。
●ヒルティの幸福論Ⅱに「わが民を慰めよ」がある。
●イエスの伝道開始の第一声は同じイザヤ書であり、それは61:1-2と58:6 である。内容としては一致する。イエスの生涯を一言でいえばこれである。ここでいう「福音」 とは罪の赦しである。
●イエス、ヘンデル、ヒルティ、みな同じ霊に満たされている。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』
 
●TSK日本語版ロマ書入力。ロマ書を読む時と福音書を読む時に働く脳の部位は違うのではないか。パウロに言うことは分かるがやや理屈っぽい、●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●14:30、妻はMさんの介護に出かける。18:00帰宅。御苦労である。


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ホームページで涙を拭え ++++++++ 所感

2012/01/17 08:07

120117(火)3時目覚め。朝の啓示、続々●その中から一つ「ホームページで涙を拭え」●パソコンでブログを始めてから12年余。最近になって「知られざる覗き見読者」からのうれしい応答がある。●蒔いた種は必ず出る。遅くなっても出る。 

新改訳 伝  11:1

11:1 あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。

 

●気の毒なSさんに慰めの文章をホームページに書いてから10年余。このSさんの友人はホームページを覗き見しているらしく、最近賀状をくれるようになった。播いた種は遅くなっても必ず出る。種は思わぬ場所に落ちるものだ。(讃美歌536)「桃栗3年、柿8年、梅はスイスイ13年、梨はゆるゆる15年、柚(ゆず)の大バカ18年、ミカンのマヌケは20年」(臨済宗)。馬鹿間抜けでも結構、芽は芽。臨終での救いでもよい。否、終末の審判での悔い改めでも救いは救い。不信者にも望みあり。
 

塚本訳 マコ 4:26-28

4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、

4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

 

口語訳 コロ 1:6

1:6 そして、この福音は、世界中いたる所でそうであるように、あなたがたのところでも、これを聞いて神の恵みを知ったとき以来、実を結んで成長しているのである。


●クリスチャンの慰めは、言葉だけのものではなく、祈りによって相手に「聖霊が降る」という実質的なものである。この世的な慰めは「同情」か「激励」に過ぎない。イエスはつぎのように言う。音楽的遊び。歌の遊び。勉強の遊び。趣味教養の遊び。遊び遊び遊び。教会(集会)は遊びの場所ではない。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れ
にのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、
この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

●人間の口先だけの慰めは絶望と死をもたらす。パウロは次のように言う。クリスチャンは気の毒な人に聖書の救いを指し示さなければならない。「教会(集会)に遊びに来い。歌を歌いに来い」などと誘ってはならない。 
●妻が中野の愛子の家から戻って来る。仕事上のトラブルで難問発生。新聞店の経営者として大試練。この世では悩み多し。「真実一路」「正直一路」で行けば解決しない問題はない。争い事は双方に何らかの落ち度がある。人生何事も勉強。お灸。祈り×祈りで突破せよ。

 塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

 塚本訳  ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。 


●この世のトラブルで「示談」という道があるが、聖書には示談にあたる概念はあるか。ズバリマタイ5:25である。問題は相手が示談に応じるかどうかだ。 誠意×誠意で行け。

塚本訳 マタ 5:23-25
5:23 だからもし、あなたが祭壇に供え物を捧げるとき、そこで兄弟に恨まれていることを思い出したなら、
5:24 供え物をそこに、祭壇の前に置き、まず行ってその兄弟と仲直りをし、それからかえって来て供え物を捧げよ。
5:25 また告訴人とは、一しょに(裁判所へ)行く途中で、早く示談にするがよい。そうでないと、告訴人は裁判官に、裁判官は下役にあなたを引き渡して、牢に入れられるにちがいない。 


    
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悪いことは神ご自身が注意して下さる ++++++++ 所感

2012/01/16 20:07

120116(月)5時起床●昨夜仕掛けた粘着晩に悩みのネズミがかかっていたので妻が起きないうちに庭に穴を掘って埋葬。埋める時、「悪いなーアバヨ」と心で逝った。●前回ネズミで悩まされたのは昨年の2月●次回臨時感話の準備。使徒信条の信仰告白は人が神に祝福され聖霊によらなければできない。「無い袖は振れない」から聖霊なき人に「使徒信条の信仰告白が出来ない人に向って慨嘆するのは意味がない。●黒崎幸吉詩篇註解WEB版108篇校正●7:20NHKFM「気ままにクラシック」イントロクイズ。教の解答はショパンの「英雄ポロネーズ」これで通算57勝14敗。●昨日のコンサートの感想を出演した和田睦夫氏に送る●富永國比古先生からメール。その返事を書く●かって職場で「平気でウソをつく人」(この題名の本があった)に悩まされたが、最近は「平気で約束を破る人」に悩まされている。●人は何故「嘘」をつくのだろう。また何故約束を破るのだろう。スッポカスのだろう。それは神と人とに対する愛と恐れがないからである。不誠実になるのである。約束や時間を守らなくても何とも思わないのである。こういう不誠実の人は地獄の灼熱地獄で焼かれねばならない。正義は貫徹されねばならない。キリスト教の本質は母性の愛ではなく、まず父性の義である。●平気でウソをついたり平気で約束をすっぽかしたり、平気で時間を守らない人は「神と人に対する恐れと誠実さがない」ことが原因である。パウロは御霊の身として次のyとうに言うが、その中に「誠実」という言葉がある。

新共同 ガラ 5:22-23
5:22 これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実
5:23 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。

●平気で約束を破る不誠実無人に対しては神や聖書を持ち出すまでもない。人間として社会的制裁を受けなけrふぇばならない。●この世には確実に「正義」というものがある。だからあの人は必ず罰される。●このような時にはヒルティの慰めがある。「この世には厳然として正義というものががあるということを固く信ぜよ」●信仰の先輩の言葉も慰めである「悪いことは髪が注意して下さる」●平気で約束を破るアノ人もアノ人がいる団体も先がない。滅びるばかりだ●17:00 中野の愛子から「子守をしていてくれ」とSOSの電話。仕事上の難問解決のために夫婦で出かけなければならいという。そこで妻が夕食を取らずに急行する。●子育てが終わっても孫の子守で忙しい。これも老人の役目。クリスチャンに定年なし。老後なし。死ぬまで現役。動けなくなったら祈りで加勢●愛子に電話で「祈りなさい。私も祈っている」と激励。 

塚本訳 マタ 7:12
7:12 だから、何事によらず自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい。これが律法と預言書(と[聖書]の精神)である。
 

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実がなるのには時間がかかる。 ++++++++ 所感

2012/01/15 07:40

120115(日)6時起床●朝の啓示「実がなるのには時間がかかる」●昨秋から今年にかけてブログの「覗き見読者」のうち若い人に芽が出て実がなりそうな気配があって嬉しい。10年~15年目である。●次の言葉は臨済宗のもので、「努力せよ」という意味である。

「桃栗3年、柿8年、梅はスイスイ13年、梨はゆるゆる15年、柚(ゆず)の大バカ18年、ミカンのマヌケは20年」

●ところがキリスト教は違う。それは次である。 
 
塚本訳  ルカ 13:4-9
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」
13:6 そこでこの譬を話された、「ある人が葡萄畑に一本の無花果の木を植えておいた。(ある日)実をさがしに来たが、見つからないので、
13:7 葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来ているのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたびれさせることがあろう。』
13:8 答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回りを掘って、肥料をやってみますから。
13:9 それで来年実を結べばよし、それでもだめなら、切ってください
。』」

●人間は自己努力では実がならない。実は神がならせて下さる。それは次である。 
 

塚本訳  マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶ
ので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

●時間がたっても実を結ばない樹は結局切り取られるというのもキリスト教の特徴。死んだら全員仏(ホトケ)になるというのではない。 

塚本訳  ヨハ 15:1-5
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。
15:3 あなた達はわたしが語った言葉(を受け入れること)によって(汚れを除かれ)、すでに奇麗になっている。
15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来ないように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない。
15:5 わたしが葡萄の木、あなた達は蔓である。わたしに留っており、わたしもその人に留っている人だけが、多くの実を結ぶのである。あなた達はわたしを離れては、何一つすることは出来ないのだから。

●ところが、新約聖書は、その一生が失敗の人生で実を結ばなかった人の救いの実例が多い。世の人は「身から出た錆だといって冷笑する」が神はそういう人を救う。●何年かかっても救いは救いだ。臨終の時に救われるのでも成功の人生だ。 

●集会は高木、丹野、村上(民数記)●14:00杉並公会堂で合奏団ZERO定期演奏会。友人のヴィオリスト和田睦夫氏が出演。ベートーヴェン「フィデリオ」序曲、モーツァルトクラリネット協奏曲(生方正好)、ヴェートーヴェン「田園」。●2階席最前列中央で観賞。オケの観賞は2階席がよい。田園をこういう席で観賞したのは初めて。全員の一生懸命の姿が見えて感動。生演奏は弦が風のざわめきのように聞こえてくるので素晴らしい。クラリネットは音色もテクニックもよかった。ブラボーを叫んだ。田園でもブラボーで喉が痛くなった。指揮者の松岡究は団員をよく統率した。名演奏に酔った。

resize2128.jpg 

杉並公会堂。2600名収容。とてもよいホールだ。


resize2129.jpg 

帰り道に見た、デザインしている住宅。しかしなぜか住んではいないようだった。内村鑑三の「ホームとキリスト教」を思った。 大切なのはハウスでなくホームである。中味である。 


 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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真の癒しはどこにあるか ++++++++ 所感

2012/01/14 17:55

120114(土)5時起床。寒い朝。冷水で洗顔●TSK日本語版ロマ書10章入力●パウロは救いの体験を頭で「説明」している。●人間は頭に向って説明されたものを信じても救われない。救いの内容を言葉に変化された「信条」を信じても救われない。●神学というものはパウロが作った。しかし肉で生きて頭を持った人間としてはそれしか方法はない。なぜか。人間は霊の命を作れないから。●だから人間は人の救いを祈るしか方法がない。●20年も前にTさんから頂いた「癒し系」の音楽テープを観賞、サティ、フォーレ、ドビュッシー、チャイコフスキー・・・などなど私のすくな曲ばかりだ。聴きながらTさんの生涯を忍んだ。Tさんは銀行勤め出あったが若くして胸を病んだ。回復してT氏の後妻になり先妻のお子様の面倒をみられた。御自分のお子様には恵まれなかった。葬儀はどういう形であったか不明。後にOさんと妻がT氏の家にお悔みに逝った。そのT氏も既に逝った●聖書によれば人は支配するよりも「仕える」ほうが偉いのであるとある。Tさんは生涯人に「仕えた」。●この世的には恵まれなかったが、終末の日には罪の赦しと有体的復活にあずかることで彼女のような人が慰められ神に癒される。●黒崎幸吉詩篇註解WEB版107篇の校正。4人の主にある作業は楽し●6:00 故溝口勲夫氏の通夜に妻が出かける。セレモニーホールあきる野。69歳。短かかった。お子様は3人、そのうちの一人息子を中学生の時に亡くされた。氏はそれを機に人生発奮され、新聞社の社長にもあきる野市の教育委員長にもなられた。しかし二人の娘の結婚は見ることがなかった。我が家と溝口家は家族ぐるみでよく知りあっていた。●人間の真の癒しはこの世的なものにはない。●人の真の癒しは神による罪の赦しと有体的復活、そして永遠の命だ。「また会う日まで」●人は罪と死の悲しみ淋しさを通して神に目が向く。
 

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両親が離婚という逆境 ++++++++ 所感

2012/01/13 07:04

120113(金)4時50分起床●昨日は女子大講義の前に「話がある」という一生徒と懇談。御両親が離婚したことと、就職のこと、経済のこと、健康のこと、御家族の御病気のことなどなど。●このうち経済や健康のことはそのうちに何とかなるものだが、御両親の離婚のことには大いに同情した。彼女の一生のハンデ、重荷、悲しみ、汚点だからだ●そこで私は言った「あなたは今逆境です,が、きっとそれがよいことに変わります」と。●私の言葉の背後には「逆境は神の恩恵に変わる」という認識がある●今の日本は離婚率4割という目を疑う数値の惨状。これで非常に多くの若い人が「逆境」の人生に突き落とされている。。●両親の離婚は心に影を落とし、人格が円満に生育しない。●この暗闇からの救いは「キリストの血」でまず自分の過去の罪が悉く清められるときに人生回復する。それが良いことに変わることなのだ。●「刈り入れは多いが刈り入れ人は少ない」。  
  

塚本訳  マタ 9:35-38
9:35 それからイエスは町や村をのこらず回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、またありとあらゆる病気や煩いをなおされた。
9:36 そして『羊飼いのいない羊が』疲れきって、(地に)倒れている『ような』群衆を見られて、かわいそうに思われた。
9:37 そこで弟子たちに言われる、「刈入れは多いが、働き手は少ない。
9:38 だから刈入れの主人に、刈入れのため(多くの)働き手を送られるよう、お願いしなさい。」

●かってこれまた両親の離婚」という逆境について書いたものがある。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/n.htm 
 

●もう10年も前に御両親がクリスチャンでも離婚した気の毒な女性がいた。その時書いたのが次の文章である。WEBにアップしたが彼女は見たかどうか分からない。
彼女は今いずこ!。私は「パンを水の上に投げる」。いつか思い出してくれるかもしれない。10年はかかると考えよう。
 
10年前に書いた文章
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Sさんへ

 

あなたのクリスチャンのご両親が離婚されたとことはあなたにとって痛手でした。クリスチャンは離婚をしないということを信じていただけに、あなたにはショックだったでしょう。お父さんはあなたがまだ小学生の時に、10歳も年上の女性と結婚して家を捨てて去ったという。その後お母さんはあなた達二人の子供を育てるために経済的にご苦労されました。

本当の父母、本当の家とは地上にないことを思います。クリスチャンホームといえども堅固ではありません。しかしあなたにとってはまずお父さんを赦してそして自分の罪も神から赦してもらうことが大切です。幸いお兄さんもお母さんもおばあさんも信仰の道を歩んでおられるとのこと。あなたも悲しみを通じて真の父なる神に出会うことが大切です。地上の家庭の破壊は真の家族、真の幸福に出会うために必要なことだったのです。あなたの涙は決して無駄には終わりません。人生は涙の谷ですが真の喜びが待っています。「その時」私が語った詩篇は84編です。あなたの流した涙は決して無駄には終わらないと信じます。あなたの将来に神の豊かな祝福がありますように。

2001.9.30 高橋照男

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

10年前に書いた文章 おわり

 

新改訳 伝  11:1
11:1 あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。

●このSさんを御慰めして詩篇84篇を語っていた時、そばでこれを聞いていたそのとき彼女の友人であった某君から今年年賀状が来た。福音はどこにどう飛び散るかわからない。主にある労苦は無駄に終わらない。「その時」から10年だ。
 

塚本訳  Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。
骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。




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ついに激怒爆発 ++++++++ 所感

2012/01/12 05:27

120112(木)5時起床●RSK日本語版ロマ書9章入力。次の言葉を黙想。偉大なるかなパウロ。第一級の人物だ。 

塚本訳  ロマ 9:3
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

●この事に関して終日考え込んだ。果たして生身の人間は「人の為に命を捨てることはできるのだろうか」。関連聖句を思った。 次の句が浮かんだ。


塚本訳  ロマ 5:7-8
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

塚本訳  ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。
 

塚本訳  ルカ 10:26-28
10:26 イエスは言われた、「律法[聖書]に何と書いてあるか。解釈はいかに。」
10:27 学者が答えた、「『心のかぎり、精神のかぎり、力のかぎり、』思いのかぎり、『あなたの神なる主を愛せよ。』また』隣の人を自分のように愛せよ』です。」
10:28 彼に言われた、「その答は正しい。『それを実行しなさい。そうすれば(永遠に)生きられる。』」

●しかしこれは肉の人間には原理的には不可能な事である。霊の世界のことを視野に入れないと、「人の為に命を捨てる」事はできそうにない。これはまた次の言葉を連想する。  
  
塚本訳  ルカ 18:21-23
18:21 その人が言った、「それならみんな若い時から守っております。」
18:22 イエスは聞いて言われた、「もう一つ欠けている。持っているものをことごとく売って、(その金を)貧乏な人に分けてやりなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
18:23 彼はこれを聞き、しょげてしまった。非常な金持であったのである。

●この22節の文語訳は名訳である。

塚本訳  ルカ 18:22
18:22 イエス之をききて言ひたまふ『なんぢなほ足らぬこと一つあり、汝の有てる物をことごとく賣りて、貧しき者に分ち與へよ、然らば財寳を天に得ん。かつ來りて我に從へ』

●さらにこれに関するのは次である。 
 
塚本訳  Ⅰヨハ3:16-17
3:16 (神の子である)キリストがわたし達のために命を捨てられた(その)ことで、わたし達は(はじめて)愛を知った。だからわたし達も兄弟のために命をすてねばならない。
3:17 (手近な例であるが、)この世の財産を持っていて、その兄弟の必要を見ながら、しかも彼に対して憐れみの心を閉じる者があれば、どうして神の愛がその人に留っていることができよう。

●午後、昭和女子大で講義。いつも平気で私語をしている二人に今日は我慢ならずついに激怒爆発。「そこの二人!。話すのなら廊下に出てしゃべれ。!!」。すると教室全体がシーンとなった。怒鳴ってみるもんだなー。こっちは真剣に講義しているのだと心に思った。すると主犯格が顔を伏せて眠り始めた。●終末の裁きの勉強中だが、神もしんけんなのだからそれに人間が応えて生きないと、激怒されるのだと思った。神の裁きは厳しい。その裁きに遭うひとは地獄で悔む。 
 

塚本訳 マタ 13:41-42
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう

●この「わめき、歯ぎしりするであろう」という言葉は福音書に6回も出てくる。神は本気なのだ。あなどれない。

●この「私語」は学校ばかりではない。かって集会の前に雑談をしている3人に向って「礼拝の前は静かにしてください」と怒鳴った。彼らの雑談は病院の待合室の老人たちのおしゃべりに似ている。集会を親睦団体と心得ているから困る。神の激怒必至。祝福が去った証拠。真剣味が足りない。「わめき、歯ぎしり」の運命になること必至。●かって塚本先生の集会(約300人)の礼拝の前は実に静粛で針を落としても音が聞こえるほどであったという。●この静粛さに驚いた人の話を伺った事がある。会の静粛さと信仰の程度は比例する。●しかし、どんな場合でも一度怒鳴った相手とは生涯心の修復はできない。相手の心に傷をつけ5たことになえる。次の聖句を思う。

塚本訳  マタ 5:21-22
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。 5:22 しかしわたしはあなた達に言う、兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。

●夕食後は「池上彰の宗教で世界情勢を読む」を見る。着眼点はいいが「イマイチ」突っ込みがたりない。しかしバチカンにおける世界情勢収集能力興味をもった。●中東情勢などを見ても、今や世界ははマスコミではなく電子機器による個人個人の 自由なj諜報で動く。だからカトリックが常に先端を言っていることを尊敬する。
 
●溝口勲夫氏逝去のニュース。元日刊建設工業新聞社長、肺血種、69歳。近所であったので御家族ともどもよく存じ上げていた。御夫人の正恵さんは長男のH君を小学生の時に、また今度は御主人をこれからという時に亡くされた。勲夫氏はお二人のお嬢様の嫁入り姿も見ずに逝った。●H君の学校には彼を記念して樹木が植えてある。もう大分大きくなっただろう●人生は逆境の連続。告別式は15日。妻が出席する。●こういう方に向って「天国で会える」という慰めは禁句なのか。
 

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塚本訳敷衍の「という話」で人生決定 ++++++++ 所感

2012/01/11 08:17

120111(水)5時半起床●8:00 妻は夫人の読書会(塚本虎二著作集)に千駄ヶ谷に出発。●昨日と今日、イエスの譬話の読み方について妻と懇談。イエスの譬話を偶諭(寓話)的に読むとわかりにくい上に力がない。王は神、失敗者は人間などと一つ一つが何を指しているかをこと細かに当てはめて解釈するのが偶諭(寓話)的解釈。アウグスチヌスはこの名人。ところがこういう解釈に革命をおこしたのがユーりヒャーの「イエスのたとえ話」(1886,1899)であった。それはたとえ話の結論にある「一言」を言うための手段としてたとえ話を利用したのだというのである。この新約聖書学の立場は定説になった。この立場で翻訳されたのが塚本虎二訳である。塚本訳にはたとえ話が終わったところに「という話」という敷衍を挿入している。(マタ25:12、マコ12:8、ルカ18:35、ルカ16:8、ルカ20:15)●このうちルカ16:8の(という話)の僅か4文字の敷衍で私の人生は決定した。それは次である。

塚本訳  ルカ 16:8-9
16:8 すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。 

●この解釈で私は「キリスト教」に関係する仕事に就かずとも世俗の仕事を主にあって一生懸命行うことが即天国に宝を積む事である事を知った。それでこの世限りの「建築」を生業とし続けることができた。 これに続くイエスの言葉は次である。これがイエスの言わんとするこrとで、「救われた者の生き方」を示している。ロマ書12:1-2の精神に通じる(塚本訳xでd明快) 

塚本訳 ルカ 16:9-10
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。


●この解釈を知らないからイマドキのワカイモンは短絡的に「キリストの名前」がついた仕事に就きたがる。これは聖書の読みが浅い。またキリストの名をかざして天下国家を裁く行動に熱心。そういうことをやってないと「信仰してない」と思っているのである。それなら共産党に学べ。よっぽど「この世の完成」に熱心である。もちっと聖書それ自身を真面目に深く勉強しなければならない。●キリスト教の教会や集会や団体の責任者は集客にばかり腐心している。人が大勢集まることが宣教の証だと思っている。それは営利会社の精神である。福音は反応を期待しない発信あるのみである。集客ではない。 ●真理は宣伝しなくても集客運動をしなくれも自然に流れ出る。匂う。そしてダメなものは人でも教会(集会)でも団体でも自然に枯れる。枯木伐採の労力はするな時間が無駄である。●なお塚本虎二訳の敷衍が優れていることは、千葉惠氏(北大教授、哲学)が「本のひろば」2012.1)でも述べている。●しかしユーりヒャーの「イエスのたとえ話」(1886,1899)はその後新鋭の聖書学者たちによって続々と対決的に問い直された。(この辺は聖書学を生業としている人達のするのことだから、よくわからない)しかし反論が出るのは元のものに真理があった」ことの証明である。ブルトマンの聖書学には反論する弟子が出たが、A・シュヴァイツァーの聖書学には弟子が出なかった。


●1月29日感話ピンチヒッターの用意。骨子
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ホームページによる交流 9題

           東京聖書読者会 2012.1.29 高橋照男

 

①霊の喜び。「福音は聖霊で分かる」事の開眼者。ブログ。(111126)

 

②使徒伝承。最重要の事は「使徒信条」だとの理解者へ。メール(111125)

 

③信仰告白。「復活論考の問い合わせ」へ。メール (111130)
 

④霊の交わり。「死人は全員が復活する」ことの聖書解釈(111212)

⑤報告。「石巻で津波の惨状を見る」写真2葉。(111227)

 

⑥慰め。「人生は挫折の後に新しい道が開ける」ブログ(111226)

 

⑦励まし。「人生の転機が訪れた人へ」ブログ (111228)

 

⑧霊の来信。「有体的復活を信じます!!」との嬉しい年賀 (120101)

 

⑨求道来信。病気の快癒で「生きている意味」を考え始めた人。(120101)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●1月29日感話ピンチヒッターの用意。骨子 おわり
 
●妻は今日から週一回3時間、M家に介護の奉仕。不思議な出会いだ。



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ロマ書8章は人類の希望 ++++++++ 所感

2012/01/10 09:13

120110(火)3時45分起床●TSK日本語版ロマ8章14~26節入力。何度か胸が詰まり目がうるんだ。●ロマ書8章は人類の希望。ここが分かれば「罪と死の恐怖」から解放される●この章が分かれば人生は勝利。その中でも17~23節が絶頂。●ここに福音が恐縮している。罪からの解放、来世への有体的復活、永遠の生命の喜び。●偉大なるかな使徒パウロ●ここさえわかればこの世の苦難なぞ「ナンノコレシキ」である。●特に23節の「(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである」は東日本大震災の悩み悲しみを突破する究極の答えである。●残る生涯、このロマ書8章だけにかけても悔いはない。

 
塚本訳  ロマ 8:17-26
8:17 (すでに神の)子供であるならば、また相続人である。神の相続人であり、キリストと共同相続人である、(キリストと)一しょに栄光を受けるため、(こうして彼と)一しょに苦しんでいる以上は。
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。
8:21 創造物自身も、滅亡の奴隷になっている(現在の)状態から自由にされて、神の子供たちがうける栄光と自由とにあずかるのだから。
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。
8:25 しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって待たねばならない。
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。


●20年前に召された父は、口癖のように私に「ロマ書8章!、ロマ書8章!」と言っていたので私は「耳にタコができるほどであった」●寝たきにりなった時、「御国は近い、御国は近い」とつぶやいていた●臨終の時、私は父の耳に口をつけて「ロマ書8章!、ロマ書8章!」と叫んだ。父はカッと目を見開いたままであったが、聞こえたのであろうか。間もなくして心臓が停止した。87歳であった。万歳、万歳●来世では家族関係は無いらしいが、父らしき人には会えるのであろう。それは主にある人だ。見かけたら遠くから感謝しよう。 
●1月29日の集会感話予定者が場合によっては都合が悪くなるかもしれないので、「ピンチヒッター」の用意を依頼されたのでその原稿をまとめた。

1月29日臨時感話 骨子
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ホームページ読者との交流と応答 9題

           東京聖書読者会 2012.1.29 高橋照男

 

①「福音は聖霊で分かる」事に同感の人。ブログ(2011.11.26)

②「使徒信条の継承」に同感の人へ応答。(2011.11.25)

③「復活論考の問い合わせ」への応答 (2011.12.3     ④「死人は一旦全員が復活する」ことの同感者(2011.12.12)

⑤石巻で津波の惨状を見る。写真2葉 ・・・ブログより (2011.27

⑥慰め「人生は挫折の後に新しい道が開ける」ブログ                 (2011.12.26)

⑦励まし。「人生の転機が訪れた人へ」ブログ (2011.12.28)

「有体的復活を信じます!!」との嬉しい年賀状  (2012.1.1)
⑨病気を通して「生きている意味」を考え始めた人。年賀状(2012.1.1)


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1月29日臨時感話 骨子 おわり 

 有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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罪と死の恐怖からの解放 ++++++++ 所感

2012/01/09 17:11

120109(火9聖人の日。●TSK日本語版。いよいよロマ8章●いきなりすごい「句」にぶつかった。

文語訳  ロマ 8:2
8:2 キリスト・イエスに在る生命の御靈の法は、なんじを罪と死との法より解放したればなり。

口語訳 ロマ 8:2
8:2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。

新改訳 ロマ 8:2
8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

新共同 ロマ 8:2
8:2 キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。

塚本訳 ロマ 8:2
8:2 なぜなら、キリスト・イエスによる命の霊の法則が、死と罪との法則からあなたを自由にしたからである。

●この一句があって「聖書」である●なぜか。人間の最大の悩み苦しみそして恐怖は「罪と死」である。それから解放するのが福音である。聖書はそのことが書いてある。●生まれつきの人間は「マジカヨ」と思う。マジだから今日までキリスト教が続いてきたのだ。この一句を引照でディボーション(黙想、瞑想)してみよう。 


塚本訳  ヨハ 8:31-32
8:31 すると信じたユダヤ人に言われた、「もしわたしの言葉に留まっておれば、あなた達は本当にわたしの弟子である。
8:32 真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」

塚本訳 ヨハ 8:36
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

塚本訳  ロマ 6:13-14
6:13 またあなた達の肢体を不道徳の武器にして罪にまかせていてはならない。あなた達は死人の中から命によみがえった者であるから、自分を神に、すなわち自分の肢体を義の武器にして神にまかせよ。
6:14 なぜなら、罪はもうあなた達の主人として支配することはないからである。あなた達は律法の下にいるのでなく、恩恵の下にいるのである

塚本訳ロマ 6:17-18
6:17 しかし神に感謝する、あなた達は(かつて)罪の奴隷であったが、(神から信仰の)教えの型に入れられて心からそれに服従し、
6:18 罪(の奴隷たる身分)から自由にされて、義の奴隷にしていただいたのである

塚本訳  ロマ 7:4
7:4 だから、わたしの兄弟たちよ、(あなた達と律法との関係も同じである。)キリストの体(が十字架の上で死んだこと)によって、あなた達も律法との関係では(一しょに)殺されたのである。これはあなた達が(古い夫である律法の束縛をはなれ、)ほかの者、
すなわち死人の中から復活された方、(新しい夫キリスト)のものになって、わたし達が神のために(善い)実を結ぶためである。

口語訳 Ⅱコリ3:17
3:17 主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。

塚本訳 Ⅱコリ3:17
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。

塚本訳  ロマ 7:23-24
7:23 わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。
7:24
なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。

塚本訳  ヨハ 4:14
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳  ヨハ 6:63
6:63
霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

塚本訳 ヨハ 7:38-39
7:38 わたしを信ずる者は、聖書が言っているように、『そのお腹から、清水が川となって流れ出るであろう。』」
7:39 これは、彼を信ずる者が受けるべき御霊のことを言われたのである。イエスは(その時)まだ栄光を受けておられなかったため、御霊がまだ下っていなかったからである。(「であろう」と言われたのはそのためである。)

塚本訳 ロマ 8:10-11
8:10 しかしキリスト(の霊)があなた達におられるなら、(あなた達の)体は(アダムの)罪によって死んでいるが、霊は(キリストの)義によって生きている。
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、
キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

塚本訳  Ⅰコリ15:45
15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。

塚本訳  Ⅱコリ3:6
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。
文字は殺すが、霊は命を与えるからである。

塚本訳  ロマ 6:22
6:22
しかし今は、罪から自由にされて神の奴隷にしていただき、一つの実を得ている。この実はあなた達を聖め、最後は永遠の命に至らせるのである。

塚本訳  ガラ 5:1
5:1
自由を与えるためにキリストはわたし達を自由にされた。だからしっかり立って、二度と奴隷の軛につながれるな。

塚本訳 ロマ 5:21
5:21
これは罪が死を持って支配したように、恩恵も義をもって支配し、わたし達の主イエス・キリストによって、(わたし達を)永遠の命に入れるためである。

塚本訳  ロマ 7:20-21
7:20 ところで、したくないと思うことばかりをしているのだから、それをしているのはもはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪である。
7:21
だから、わたしが良いことをしたいと思えば、かならず悪いことがわたしに生まれるという法則があることを、発見する。

塚本訳  ロマ 7:24-25
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。
7:25 ──神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!──従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである

●この引照をじっくり全部読めば。「罪と死の法則」という最大の悩み恐怖からの救いは神の靈の実在であることが分かる。
●救いは大脳皮質での理解ではない。聖霊の実在、聖霊を頂く帰途である。救いは聖書ではない、教会ではない、先生ではない。信仰ではない。神の靈を頂く事である。
●しかしこの神の霊というのは「聖霊派」が強調するような異常なる体験ではない。春雨がしとしとと降るように、人生の長い時間をかけて暖かいものが少しずつ降り注いで「心の目」が開かrうぇていくのである。ある人は人生の挫折を通し、ある人は病気の治癒を通して感謝の気持から神や信仰に関心を持つようになる。総て神の測りがたい恵みの知恵である。
●その神の靈、聖霊はいかにしたら得られるかというrと神に直接祈り求めれば必ず得られる。キリスト教を求道すれば得られる。その聖書的根拠は次である。
 

塚本訳  ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

●聖書の分からないところは聖書自身で分かろうとするのが一番安全で力がある。迫力がある。●これを「聖書で聖書を読む」という。●そのためには聖書の引照をなるべく大量に読むべきである。パソコンの利用が有効である。●人間は「罪と死の恐怖」から逃れようとして金や健康を必死に求める。しかしうまく得られない。たとえ得られたとしても安心立命には到達できない.
●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正の為の準備。詩篇107ぁら119篇。校正は主として妻の作業。●聖書研究は地味な下積みの作業にもとずく●キリスト教というと「義」を振り回し、勇敢なる人物の業績を振り回す事だと思っているのは大間違い。●具体的には「内村鑑三を今日日本にあらしめれば」などという思考は最もいけない。反キリスト教である。「罪と死の法則」をもたらす使徒伝承の行為ではない。福音が広まらないのは当たりまえである。 


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来世では家族関係なし ++++++++ 所感

2012/01/08 20:15

120108(日)6時起床●朝の啓示「来世では家族関係なし」●家族というのはこの世では幸福の条件である。だから誰もが善い家庭を持とうとあらゆる努力をする。しかしそれが得られなかったり、崩壊すると「家族」ほど惨めになるものはない。そのとき「家族」は悩みの種である。だから「家族関係」は苦しみの原因でもある●聖書では来世では「家族関係なし」という。その聖書の根拠を2個所当たって、黙想する。 


塚本訳  ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである


●来世の様子は聖書にはあまり書かれてないがここで僅かに消息が分かる。●この句は先に逝った伴侶に会いたい、父母に会いたい、子供に会いたいと望む総ての人の切なる願いを裏切る。●この真剣な問題を探究するには人間の書いたものでは満足しない。「聖書で聖書を読む」手法でなければならない。●そこで引照で探究する。

塚本訳  ルカ 17:27
17:27 『ノアが箱船に入った』日まで、人々が飲んだり食ったり、
嫁にやったり取ったりしていると、洪水が来て、一人のこらず滅ぼしてしまった。

塚本訳 ルカ 16:8
16:8 すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。

塚本訳  Ⅰコリ7:1-10
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。
7:2 ただ不品行をさけるために、それぞれ自分の妻を持て、またそれぞれ自分の夫を持て。
7:3 夫は妻に対して(夫婦の)務めを果たせ、妻も同様に夫に対して務めを果たせ。
7:4 (夫婦の体は共有で、)妻は自分の体を自由にする権利をもたない。夫がそれをもっている。夫も同様に、自分の体を自由にする権利をもたない。妻がそれをもっている。
7:5 互に(夫婦の務めを)拒んではならない。ただ、祈りに身を捧げるため、申し合せの上でしばらく間をおき、あとでまた一しょになるような場合は別として。自制力が足りないのに乗じて、悪魔があなた達を誘惑することのないためである。
7:6 (今わたしは妻を持った方がよいと言ったが、)しかしこれは(あなた達の弱さを思いやって)譲歩して言うのであって、命令するのではない。
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。
7:9 しかし自制ができないのなら、結婚せよ。情欲に燃えるより、結婚する方が善いからである。
7:10 しかし結婚した者に命ずる、命ずるのはわたしではなく主である。妻は夫と別れてはならない。

塚本訳 エペ 5:31
5:31 『この故に人は父と母とを捨ててその妻に結びつき、二人は一体となる』。

塚本訳  ヘブ 13:4
13:4 婚姻はすべての点において尊ばれよ。また
夫婦の床が汚れないように。神は不品行の者と姦淫する者とを罰されるからである。

塚本訳  Ⅱテサ1:5
1:5 (実はかく)君達が苦しんでいることが(とりも直さず)神の正しい(最後の)審判の(既に切迫している)兆であり、(またそれにより)君達が神の国に相応しい者とされるためであって、君達は(今)その御国のために苦しんでいるので、

塚本訳  使  24:15
24:15 (また)この人たち自身もいだいている(復活の希望、)正しい人と正しくない人との復活が来ようとしているという希望を、神に対して持っているのであります。

塚本訳  ヘブ 11:35
11:35 婦人たちはその死んだ者を復活させてもらった。しかしほかの(男の)人々は、それにまさる復活に達するため、釈放を願わずに、車裂きにされた。

●これらを読むと、来世では「霊の存在」になるのでこの世の肉的関係は無くなる。ここに地上ではかくも悩みの種であった家庭的なゴタゴタは一切なくなる。この世の家庭の楽しさ以上のものがあるらしい。●そこで次の句を探究する。
 
塚本訳  ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」 
 
 
●この句の意味を引照で探究する。


塚本訳 マタ 28:9
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。
女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 マタ 12:48-49
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳  ロマ 8:29
8:29 というのは、神は(世の始まる前に)あらかじめお選びになった人たちをば御子(キリスト)と同じ姿にすることを、あらかじめお定めになったからである。──これは(こうして出来た)多くの兄弟たちの中で、彼を長男にするためである。──

 塚本訳 ヘブ 2:11-12
2:11 というのは、(人を)聖別する者(なるイエス)も、聖別される彼ら(人類)も、皆一つ(の本現たる神)から出た者であるからである。それゆえに、彼は彼ら(人類)を『兄弟』と呼ぶことを恥じられない。
2:12 いわく──『わたしはお名前をわたしの兄弟たちに告げ、集会の中であなたをほめ歌うであろう。』

塚本訳  ヨハ 16:28
16:28
(くりかえして言う、)わたしは父上のところから出てこの世に来たが、またこの世を去って父上の所にかえるのである。」

 塚本訳 ルカ 10:4
10:4 (だからただ信仰で武装せよ。)財布も旅行袋も持ってゆかず、靴もはくな。
だれにも道で挨拶をするな。

塚本訳  ルカ 24:49-51
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」
24:50 それから、彼らを(オリブ山の頂上の)ベタニヤ道のところまでつれてゆき、手を挙げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、(天へと)はなれてゆかれた。

塚本訳 ヨハ 13:3
13:3 イエスは、父上が一切のものを自分の手におまかせになっていること、また自分が神のところから出てきて、(今また)神に帰ってゆく(身の上である)ことを知りながら

塚本訳 ヨハ 14:2
14:2
父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「
わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳  ヨハ 14:28
14:28
『わたしは離れてゆくが、すぐかえって来る』と言ったのを、あなた達は聞いたであろう。(もし本当に)あなた達がわたしを愛しているなら、わたしが父上の所に行くのを喜ぶはずである。父上はわたしよりもえらい(ので、行けば栄光をいただける)からである。

口語訳 Ⅰペテ1:5
1:5
あなたがたは、終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、信仰により神の御力に守られているのである。

塚本訳 Ⅰヨハ3:2
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)

●これらを読むと来世における人間関係は天的な関係であり、肉的なべたべたの関係ではなさそうだ。だからイエスはマリヤが喜びのあまり肉的なべたべたの関係を持とうとしたのを拒否したのだ。イエスもマリヤを抱こうとしたのかもしれない。しかしそれを抑えて、「私にさわるな。天に昇ってから再び降ってきて霊の関係になるまで待て」と言ったのだろう。ペテロがイエスが受難で死ぬことを引きとめたとき「さがれサタン」と激しく叱責した気持に似ている。イエスとて「人の子」。「王になりたい、愛する女性を抱きたい」。その人間的感情を自ら抑えたのだ。●大切なのは「霊の交わり」●だから天国では家族の関係はない。この世の肉的家族関係より霊の交わりの方が喜ばしいのだ。●カトリックでは祭司もシスターも結婚しない。

●ダンテ「神曲」地獄篇第一歌。人生の道に迷ったダンテは絶望して人影らしき者に向って叫ぶ。「お助け下さい、人であれ影であれ、この私をお救い下さい。」すると彼を導くッヴァージルは言う。「いまは人ではないがかっては人だった」。
●我々も人生を絶望した時には力を振り絞って言うべきである。「お助け下さい、人であれ影であれ、この私をお救い下さい。」と。

●集会は、藤巻、土肥、山本●集会後小寺夫妻と私たちで会食。恵の移住先訪問と石巻視察を報告。 


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善い業は神から出る ++++++++ 所感

2012/01/07 17:13

120107(土)5時起床●黒田隆さんの原稿をワープロで打つ。まだブラインドタッチはできない●集会原稿●サッカー準決勝(国立競技場)、福島県尚志高校対三重県四日市中央工業高校をTVで観戦。尚志高校は震災の苦境の中、よくぞここまで勝ち抜いた。拍手、しかし敗退。●妻はキララホールでコンサート観賞。それからコーラスの練習●感話の準備。人の子の裁きー2.マタイ25:36-40..紙幅の都合で引照の内容は掲載しない。


25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』

 

[感話と引照]

●神なき善行では救われない。神の光が心に射し来る時に結果として善行になる。

 

塚本訳  ルカ 18:18-23

塚本訳  ルカ 18:10-14

塚本訳  ヨハ 3:3

塚本訳 ロマ 3:20

塚本訳 マタ 7:17-19

口語訳  詩  1:3

口語訳  詩  92:13-15

塚本訳  ガラ 5:22-24

塚本訳 ヤコ 3:17-18

 

25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。

 

[感話と引照]

●善い業は神に引っ張られて可能。善い業をする人は自分の業だとは思わない

 

塚本訳 ルカ 17:5-10

塚本訳  ヨハ 15:5-8

塚本訳 マタ 6:1-4

塚本訳 ヨハ 5:19

塚本訳 ヨハ 5:25-29

口語訳  箴  19:17

塚本訳 Ⅰコリ15:10

塚本訳 Ⅰヨハ4:10-11

口語訳  Ⅱコリ4:5

 

25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。

25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』

 

[感話と引照]

●良い実を結んだかどうかで救われるのではない。行為を自慢する人は救われない。

 

塚本訳  ヨハ 15:1-2

塚本訳 ルカ 18:9-14

塚本訳 ルカ 23:39-43

塚本訳 ロマ 3:23-26

塚本訳 ロマ 3:31

塚本訳 ロマ 4:4-5


 

25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

 

[感話と引照]

●キリスト信者は信者同士の愛は強いが、神が創造されたものをもすべて愛する

 

塚本訳 マタ 12:49-50

塚本訳 ヨハ 21:17-18

塚本訳 Ⅰヨハ5:1-2

塚本訳 使  9:4-5



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父の愛と母の愛 ++++++++ 所感

2012/01/06 06:08

120106(金)5時半目覚め。昨夜の続きで「父の愛と母の愛」について次々と思い浮かべる。

●昨日、孫娘を母親に渡すために中野の駅に連れて行った。孫娘二人は母親愛子(私の一人娘)を見つけるやいなや、「ママだ!」と叫びながらダッシュしてしがみついた。この場面は聖書の次の場面を思い起こさせる。ペテロは「イエスに深く愛されていたことが分かる。言葉でなくその行動で分かる。「母の愛」という言葉は聖書にはないが、人間の「生」そのものが母の愛に包まれているのかもしれない。

塚本訳 ヨハ 21:6-7
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。
21:7 するとイエスの愛しておられた弟子が気づいて、ペテロに「主だ!」と言う。主だと聞くと、シモン・ペトロは裸だったので(急いで)上っ張をひっかけ、湖に飛び込んだ。


●人間は、父の愛と母の愛が一体となって子供は育つのではないのか。創世記の次の言葉はその観点からも考えさせられる。

新共同 創  2:18
2:18 主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」

口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

●子供は両性のもとで生まれるものだから、子供がありながら夫婦が離婚するのは子供に対して最大の罪悪である。

●現在の讃美歌312番は「いつくしみ深き友なるイェスは」であるが、このメロディーの古い讃美歌(437番)の歌詞は「母君に勝る友や世にある」であった。賀川豊彦の伝記映画で知った。

●離婚でないが不幸にも片親になった家庭を沢山知っている。

●塚本虎二先生の夫人は関東大震災のとき、家の中にいた二人の幼い子供を助け出そうとして家に飛び込んだが、大きな梁の直撃を頭に受けて即死。先生の書斎はニ階だったので重かった。

●塚本先生は心赦せる夫人に口ぐせのように嘆かれたという。「わたしの家庭は片綸だー、片輪だー」と。

●私の知人のM氏は夫人に病死で先立たれた。二人の子供が残された。私がその葬儀を行った。最後の遺族挨拶でM氏が「妻と最初に出会ったのは秋だった。その時の妻はこの白菊のように美しかった」と話した時は泣けた。

●その後M氏は子供の一人を全寮制の中学に送りだす時、少しでも母親の真似をしようと慣れない「縫物」をしたという。その子供は自殺を何度か図ったが総て未遂だった。M氏はこの世的には日本の最高学府と世界的な大学を出て出世していたが家庭的には苦労され、人生の辛酸を嘗めつくした。M氏はその後信仰を失ったのか。音信はなくなった。私は悲しい。淋しい。こういう人生、どう考えたらよいのか。

●ルターによる宗教改革の原点は「神の義」の意味の発見によると言われる。ルターは若い時に神は裁く神で恐ろしく思って「苦しんだ」がロマ書1:17の「神の義」とは冷たく恐ろしい裁き(父性)ではなく、暖かい福音(母性)のことであるということが分かって「神の義はその福音のうちに現われ」の意味を発見した。これで宗教改革が始まり、人類の歴史は変わった。
 
●かってドイツを旅したとき、頭から離れなかったのが、この「神の義はその福音のうちに現われ」の言葉だった。この真理が枯野に火がついたように世界を席巻したのだ。「真理は運動ではなく真理自身で伝わる」


文語訳  ロマ 1:17
1:17 神の義はその福音のうちに顯れ、信仰より出でて信仰に進ましむ。録して『義人は信仰によりて生くべし』とある如し。

●これで聖書には「母の愛」という「言葉」がない事の意味が氷解した。昨日からの探究は終わった。安息した。神は愛なり。私は「神は愛なり」と刻んである父母の眠る秋川霊園の墓に入る。しかし永久には眠らない。最後の日に神に起こされる。万物は総て復活するのだ。そして神の子の執り成しで地上で犯した罪の総てが赦され、永遠の命に生きるのだ。それはそう遠くないことだ。その永遠の命に生きる時は父なく、母なく、兄弟なく、妻なく子が無いのだ。その聖書的根拠は次だ。●永遠の命に生きる「希望」のあるところ、この有限な短い地上生活の悲しみは「ナンのコレシキ」だ。●信仰・希望・愛。「希望」は愛の次に価値のあることなのだ。

口語訳 Ⅰコリ13:13
13:13 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。


塚本訳 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

●「希望」とは有体的復活の「希望」!
 

塚本訳  ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。



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泣いて行く向こうに母や春の風 ++++++++ 所感

2012/01/05 21:04

120105(木)6時起床●TSK日本語版ロマ6章●今日は次の個所に打たれた。


塚本訳 2 ロマ 6:5
6:5 なぜなら、わたし達が(洗礼によって)彼と合体してその死にあやかる者になった以上、復活にもあやかるのは当然だからである。


塚本訳  ロマ 6:8
6:8 しかしキリストと一しょに死んだ以上は、一しょに生きることをもわたし達は信じている

塚本訳 ロマ 6:9
6:9 キリストは死人の中から復活されたのであるから、もう二度と死なれることはなく、もう死が彼を支配することはできないことを、わたし達は知っているのである。

●これらからパウロは完全に終末の日の「裁きと救い」を前提にしていることが分かる。
●終末の裁きは「敗者復活戦」である。しかしこの世のスポーツとは違ってもう戦わなくてもよい。神の恩恵で逆転で救われる。勝利する。その根拠は次である。

塚本訳  ルカ 16:24-26
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

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正月の三日間、あきる野の我が家に来ていた孫二人(愛子の娘)を中野の駅まで送って行った。 改札口に母親を見つけた孫娘二人は駈け出して母親に抱きついた。それを見て加賀千代の歌を思い出した。

  泣いてゆく向こうに母や春の風

●泣いてゆく母がいる子供は幸せだ。その母がいない人、またいなかった人を知っている。この人生は残酷だ。こういう気の毒な人は誰に慰められるのだろうか。
●東日本大震災による孤児は1500人。この世的に何とかしたい気持ちがあるがマテマテ。それより悲惨な事がある。罪と死の苦しみである。その救済の方が急務だ。
●高校生の時のこと。同期のN君が言った「高橋君。俺の母親は本当の母親ではないのだ。ひとつ教会というところに連れて行ってみてくれないか」。彼と一緒に教会に行ったのは一回だけであった。その後彼の消息を一度調べたが追求を辞めた。彼の深い悲しみは人間の慰めではとうてい効き目がないと思ったからである。
●私の母はいわゆる継母に育てられた。生みの母に会ったことはあるが親子の情はなかったという。母の不幸な育ちj方はこの世的にはハンディであった。
●母に神の贖罪愛を知ってもらおうと祈り続けたがかなわなかった。私の生涯の悔いである。
●最後の日に、全員が復活するとある。それが母にとってのラストチャンスだ。神自身の力によって救われて欲しい。聖書にはこの世で不幸だった人は来世では幸福になれると言う。 

塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。 

●母の無い子の淋しさと、子の無い女性の悲しみとは同質ではないのか。
●しかし「人間」には必ず母がいる。それもただ一人だ。そして母は子を産む時に必ず苦しむ。
●神の愛は母の愛によく似ていると思うが聖書には「父の愛」はあっても「母の愛」という言葉は見つからない。なぜ無いのだろう。研究課題だ。色々黙想する。
●救世軍の山室軍平は幼少の頃に重い病気にかかった。そのとき母親は「卵断ち」して神仏に祈願した。そして軍平の病が癒えた後にも神仏への約束だからと言って生涯卵を食べなかったという。この母にしてこの子ありだ。 
●男が失恋した時の悲しみは母親が子供を失ったときのそれよりも大きいといわれる。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」に同感した男の多くが自殺したという。愛を失った悲しみと同質である。
●最近召されたS先生は幼い頃に母親がS先生を捨てて再婚した。S先生は祖母に育てられた。S先生は母親の葬式にはついに出なかった。自分を捨てて行った母親をどうしても赦せなかったのである。
●キリストは教会の為に命を捧げた。この辺に父の愛と母の愛の違いがあるのかもしれない。 
 
塚本訳 エペ 5:25
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。── 


●敵を愛せよとは男に向けられたのものか。この辺にも聖書に「母の愛」がでてこない秘密があるのかも知れない。
 
塚本訳 ロマ 5:6-11
5:6 なぜなら、わたし達がまだ弱くあったとき、当時まだ不信心者の(わたし達の)ために、キリストは死んでくださったからである。
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。
5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。
5:10 なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである。
5:11 そのことばかりではない。主イエス・キリストによって今すでにこの和睦を得たわたし達は、彼によって神を誇るのである。(自分を誇らない。キリストを誇り、神を誇る。)





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シンデレラになった夢 ++++++++ 所感

2012/01/04 20:02

120104(水)5時15分起床●孫娘の「かなほ」が起きてきて「おジーちゃんおはよう。わたし夕べ『シンデレラ』になった夢みたの」と言う。昨夜寝かしつける時にシンデレラの話しをしたかららしい●TSK日本語版ロマ書5章入力。パウロの終末理解に感じ入った。

塚本訳 ロマ 5:2
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。

塚本訳 ロマ 5:9
5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。

塚本訳 ロマ 5:10
5:10 なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである。

●孫娘はシンデレラ姫のようになるのが「希望」。クリスチャンの「希望」は最後の日の審判でキリストの執りなしで救われ、永遠の命に生きることだ。それには生きているうちに神の贖罪を信じて、最後の日の審判の座でもふたたびその贖罪に預かることだ。私たちの「希望」は有体的復活による「永遠の命」
●死んだら靈になって神の命のなかに合流するという思想はキリスト教ではない。聖書にはそういうことは書いてない。有体的に復活させられて最後の裁きに遭うのである。そのとき我々は有体的に復活したキリストがどんな罪人でも執りなしてくださることで救われる。
●だから「有体的復活」を信じない人は「最後の日の裁き」における救いに望みがない。そういう信者は「福音の敵」であるから「宣教の種」がない。日本に福音が広まらないのはその信仰に有体的復活」がなく、グノーシス的かつ仏教的だからである。クリスチャンたることを即刻やめた方がよい。
●初代信者は死んでも有体的に復活出来ることを固く信じていたので猛獣の餌食になっても「希望」があった。
 ●午後は孫娘二人と秋留台公園に遊ぶ。

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兄弟姉妹は生涯仲良くできれば幸いだ。自戒

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サッカー.
子供たちの速い動きにはついていけない。子供は風の子。

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秋留台公園の展望台で。奥多摩連山をパックに撮影。「寒いから早く帰ろう。家ではおばーちゃんが
おやつを用意してくれているはずだ」と言った。

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「孫達に幸あれ」(ヒルティ幸福論)。行き帰りに讃美歌を歌いながら歩いた。

●夕食の時。私「イケメンと結婚しようと思ってはいけない。神様を信じる人と結婚しなさい。そうすれば幸せになれます」
私はこの子供達の結婚青手を見ることはあるまい。幸せに、幸せに。明日は帰ってゆく。 
●この孫娘達の母親の愛子のところで仕事上の難しい問題が発生。神は総てを御存知。祈ることが得きる愛子には切り開けない難問はない。神がついている。祈った。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 Ⅰコリ10:13
10:13 人間の力に余る試みが、あなた達をおそったことはないのである。神は誠実であられる。あなた達が耐えられない程に試みられることを、お許しにならない。試みに添えて、(かならず)逃げ道をもつくっておいてくださるので、それに耐え得るのである。
 

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イエスは何故復活したのか ++++++++ 所感

2012/01/03 18:57

120103(火)5時半起床●TSK日本語版ロマ4章●今日はロマ4章25節に感動した。
 
口語訳 ロマ 4:25
4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。


新改訳 ロマ 4:25
4:25 主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。


新共同 ロマ 4:25
4:25 イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。


文語訳 ロマ 4:25
4:25 主は我らの罪のために付され、我らの義とせられん爲に甦へらせられ給へるなり。


塚本訳  ロマ 4:25
4:25 このイエスこそ、わたし達の過ちのために死に引き渡され、またわたし達を義とするために復活された方である。


●25節後半の解釈についてTSKによりその本質がわかる。人間の頭で書いた神学書よりはるかに力がある。それは事実上つまらない。   

 *「わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。」

Romans 8:33-34

33だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。  34だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。

1 Corinthians 15:17

 17もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。

Hebrews 4:14-16

 14さて、わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。  15この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。  16だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。

Hebrews 10:12-14

 12しかるに、キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座し、  13それから、敵をその足台とするときまで、待っておられる。  14彼は一つのささげ物によって、きよめられた者たちを永遠に全うされたのである。

1 Peter 1:21

 21あなたがたは、このキリストによって、彼を死人の中からよみがえらせて、栄光をお与えになった神を信じる者となったのであり、したがって、あなたがたの信仰と望みとは、神にかかっているのである。 


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孫達とトランプで遊ぶ。「神経衰弱」では初音(8歳)とかなほ(5歳)に負けてしまった。
いよいよ頭が固くなった。 この写真は三脚+セルフタイマーで撮影。

 

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新年会 ++++++++ 所感

2012/01/02 08:53

120102(火)5時半起床●冷水で洗顔。塚本先生は水をかぶった●朝の啓示「神が全員を復活させ裁きの座に引きだすのは結局は罪を赦すためである」●福音書は罪人が人間どもの裁きの座に引き出された時にイエスが赦した場面がある。姦淫の女、放蕩息子など。その神が最後の審判で不幸にも罪を犯すようになった人、思いがけずにも惨めになった人を裁くわけはない。裁かれるのは神の差し出す「礼服」「義の衣」を頑なに拒む人、それが真の罪人。●神は最後の最後まで忍耐される。地曳網の譬、99匹の羊、毒麦の譬。神は最後の審判の席で悔い改めを期待する。そのために全員がまず復活する。有体的に復活する。●死んだら信者は神のもとに行き、不信者は神のもとに行けないとう思想は異教と同じ。こういう思想だから、「信仰なしに死んだ肉親はどうなるのか」という深刻な悩みが昔から絶えない。 
●12:00 中野の伊勢喜明氏の新居マンションで新年会。私が現役の頃のマンションとは設備が格段に高級になっている。この家に末長く神の祝福がありますように。


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伊勢喜明氏の新居マンション(中野)で新年会。妻の開会の祈り、照男のマジックで3時半終了。愛子は3児の母、妻、主婦で奮闘。
●初音(小学校3年生)が通信簿を見せてくれた。最近は3段階評価。「よくできる」「できる」「がんばろう」
●イエスの目にはこれが逆に写る。「よくできる」というのはみんなからダメだと思われている人で神に必死にすがりつく人。「できる」というのは普通の信者」、「がんばろう」というのは聖職者で「自分のような職業なら大丈夫救われる」と自認している人で、神にダメダナーと思われている人。 
●初音とかなほをあきる野の家に連れてくる。3泊予定。
●かなほが言う「わたしが結婚する時はおばーちゃんは死んでいるかもね」。おばーちゃん「わたしは生きているワヨ」
●あきる野の我が家での夕食は初音とかなほの祈りから始まる。二人とも教会学校に通っている。また紅白歌合戦の歌手の名前をよく知っている。●二人の孫娘に言う。「あなた達のママは神様を信じています。そういうところを真似しなさい。ビールを飲むところは真似をしないように」。 
●寝る時に布団の上に丸くなって4人(私、妻、孫娘二人)がそれぞれ声をだしてに神に祈る。 ●二人に「赤ずきん」の話しをしながら寝かしつけた。この話はこの子等の母親にも聞かせたものだ。少し内容を変更した。
 
 

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