to 日記と感想 2012年02月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170706      TM誕生日
    170701      TT誕生日
    170628       IY誕生日
    170625(日)14:00羽村フィル、ゆとろぎ。モーツァルト40番、チャイコフスキー5番
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


涙の子は滅びない ++++++++ 所感

2012/02/29 06:32

1201229(水)3時半目覚め●床の中で啓示、黙想の数々。大苦難、大試練の渦中にある気の毒な人を思って「慰め」の言葉を書く。

●「涙の子は滅びない」
カトリック教会の祖であるアウグスチヌスは若い頃放蕩に身を持ち崩していた。その母モニカは毎日が「嘆きの日々」であった。(讃美歌284番3節)。あまりの辛さに、ミラノの大主教に嘆きを訴えると、主教は「涙の子は滅びません」と言った。そしてアウグスチヌスは大回心。カトリック教会の礎になった。人類第一級の人物になった。放蕩時代の悩みの経験と母モニカの祈りが書くなさしめた。モニカの呻き、嘆き、慟哭、涙は即それが「祈りだった」神はそれを聴いた。米国のサンタモニカ市は彼女の名前である。つまり「聖モニカ」である。母の祈りは世界を動かす人物を生んだ。「涙の子」は同時に「涙の夫」「涙の妻」「涙の母」「涙の父」「涙の兄弟」でもある。

口語訳 詩 126:5
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。

口語訳 詩 6:6
6:6 わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。


口語訳 詩 42:3
42:3 人々がひねもすわたしにむかって/「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間は/わたしの涙は昼も夜もわたしの食物であった。


●「重い苦難は神に愛されている証拠」
人生には不条理な不可解ない苦しみを負わされることがある。「何故だ」と言いたくなる。しかしそれが過ぎると神の愛から出たことが分かるひが来る。それまでじっと忍耐、時には神を恨み呪うこともあろう。それでいいのだ。それでいいのだ。「ナンノこれしき」と思って時間を稼ぐのだ。

塚本訳  ピリ 4:6-7
4:6 何事についても心配せず、君達の求めは感謝を添えた祈りと願いとにより、大小となく神に知らせよ。
4:7 そうすれば全く思いもよらぬ神の平安が君達の心と考えをキリスト・イエスにおいて守るであろう。


塚本訳  ヘブ 12:8-9
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。


口語訳 黙 3:19
3:19 すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。


塚本訳 Ⅰコリ11:32
11:32 たとい主に罰せられても、こらしめられるのであって、それはこの世と共に(永遠に)罰せられることのないためである。

塚本訳 Ⅰコリ7:13-14
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

●苦難は自分の罪を示されて低くされ、その結果人を赦せるようになる。
苦難は自分が望んで襲ってくるのではない。思いがけずに訪れる。それだからこそこれは「熱いお灸」である。「高い授業料」である。ヒルティはこういう苦難を「背中に畝(うね)を掘られる・。しかし神の側ではこれが木てである。この苦難で家庭は夫婦仲が改善されて家庭も子供も清められるのだ。

塚本訳 ピリ 4:6-7
4:6 何事についても心配せず、君達の求めは感謝を添えた祈りと願いとにより、大小となく神に知らせよ。
4:7 そうすれば全く思いもよらぬ神の平安が君達の心と考えをキリスト・イエスにおいて守るであろう。


塚本訳 ヘブ 12:8-9
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。


口語訳 黙 3:19
3:19 すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。


塚本訳 Ⅰコリ11:32
11:32 たとい主に罰せられても、こらしめられるのであって、それはこの世と共に(永遠に)罰せられることのないためである。

塚本訳 Ⅰコリ7:13-14
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。


●私の机の前に貼ってある塚本虎二先生の言葉
「一見、不条理な不可解なところに神の大なる恵みの知恵が隠されていると私は信じる。神はこれを以て私達に神の愛の何であるかを教えられるのである。」

塚本訳 ヘブ 12:11
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。


●苦難と苦しみで「慰めの子」(バルナバ)にさせられる。
神による苦難の目的はここにある。
他の人や家が不幸になったとき、「アーやっぱりなー」と思って「高見の見物」をしていた自分が変えられて、
同情が出来るようになり、「慰めの子」に造り変えられる。怒りっぽい性質が変えられる。きつい性格が変えられる。

塚本訳  使 4:36-37
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、
4:37 畑を持っていたので、売って、その金を持ってきて使徒たちの足元に置いた。

●人生の短さとはかなさと死を思い、終末再臨を祈るようにさせられる。

これによりクリスチャンとしての正しい認識を与えられる。

塚本訳 黙 22:20
22:20 これらのことを証明する者が言い給う、「然り、私は直に来る。」アーメン、主イエスよ、来たり給え!

●罪には必ず恐ろしい罰が臨むことを知って救いと執り成しの祈りをするようになる。
罪はどんなに小さなものえでも神は見逃さない。神は兎の毛ほどの罪をも見逃さないで罰する。嘘も金も犯罪も隠しおおせない。しかし神は正義の神だから、「こんなことぐらいよによくあることだ」などとタカをくくっているとパッシングされる。

口語訳 詩 32:5
32:5 わたしは自分の罪をあなたに知らせ、自分の不義を隠さなかった。わたしは言った、「わたしのとがを主に告白しよう」と。その時あなたはわたしの犯した罪をゆるされた。〔セラ

口語訳 詩 90:8
90:8 あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪をみ顔の光のなかにおかれました。

口語訳 箴 28:13
28:13 その罪を隠す者は栄えることがない、言い表わしてこれを離れる者は、あわれみをうける。   
 
●「十字架の生涯」に無理に引き込まれる。それは本能に反する栄光の道。真の伝道
十字架は重い、痛い。負いきれない。できる事なら負いたくない、逃げたい。しかし、これ本能に反する栄光の道だ。「自分の十字架」とはこの私に負わされた特別の十字架である。それは家族親族。伝道は説教ではない、宣教は使徒伝承の連鎖ではない。それは「自分の十字架を負う」ことなのだ。苦しく辛い嘆きと呻きと慟哭の道だ。

塚本訳 ルカ 14:27
14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。

塚本訳 マタ 16:24-25
16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
16:25 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから。

「自分の十字架とはなにか」について4年前に話したものがある。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/jibun.htm


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5時半。東の窓を開けると「雪だ!」讃美歌521番が心に浮かぶ

讃美歌521番


イエスよ、こころに宿りて
われを宮となしたまえ、
けがれにそみしこの身を
雪よりしろくしたまえ

(おりおかえし)
わがつみをあらいて
雪よりしろくしたまえ


イエスよ十字架のみもとに
われはふしてこいねがう、
ながれいずる血しおにて
つみの身をきよめたまえ。


イエスよ、きみのいさおにて
きよめらるるぞうれしき、
われをあらたにつくりて、
きみのものとなしたまえ。

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2階に上がって北の窓からあきる野台地の雪景色を見る。春はまだ遠い。

 
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庭の木に雪。いつも来る鳥も来ない。我慢我慢。もう少しで春だ。
 
●TSK日本語版Ⅰコリ15章。Ⅰコリの絶頂。雪やまず。
●11:30~12:00 雪の降る中で家の前の雪かき。まず半分。かなりの積雪。
●13:50~15:10 第二回目の雪かき、隣家の人が手伝って下さった。感謝。


  有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

   

    ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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若き日に負わされる苦しみは幸いに変わる ++++++++ 所感

2012/02/28 06:17

120228(火)5時半起床●朝の黙示「若き日に負わされる重荷は幸い」「神が共に呻いて下さる」「人生の苦楽はあざなえる縄の如し」「人を赦せない苦しみの時」「人生の地獄は来世の前触れ」「何か別の力が働く」・・・・関連聖句とその引照で黙想する。

口語訳 哀  3:27-29
3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。

新共同 哀  3:27-29
3:27 若いときに軛を負った人は、幸いを得る。
3:28 軛を負わされたなら/黙して、独り座っているがよい。
3:29 塵に口をつけよ、望みが見いだせるかもしれない。

新改訳 哀  3:27-29
3:27 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。
3:28 それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい。
3:29 口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。

塚本訳  ロマ 8:22-26
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。
8:25 しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって待たねばならない。
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。

塚本訳  ロマ 8:22-26
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。
8:25 しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって待たねばならない。
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。

塚本訳 マタ 26:39
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」

塚本訳Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳  Ⅰペテ2:5
2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

塚本訳 Ⅰコリ7:13-14
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。
 
塚本訳  ロマ 8:34
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。



  有体的復活の使徒伝承

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完全なるものは来る ++++++++ 所感

2012/02/27 07:23

120227(月)朝の黙想「完全なるもの」●昨夜は三男の恵と「科学技術の不確実性について懇談した。原発は不完全な技術であった。しかし人間の造り出すものに完全はないからといって、すぐ宗教に逃げ込む事は間違いである。●完全なものは来る。確実にくる。しあkしそれは人間の手によらず神の働きで来る。終末細心で来る。それを睨んで生きているうちはそれに一歩近づくように生きるべきだ。●何事も不幸(病気、家庭崩壊、夫婦の不和、科学義実の不確実性、会社経営の失敗、子供の非行・・・・・)になった時人間は「責任を追及する」。それは「二度と同じ過ちを犯さないようにするためであり、「改善点を見出す」ためである。しかし責任を追及して犯人を見出してもそれで服が無くなるわけではない。ここに不幸の神秘性がある。●「真の幸福は「どうしようもない不幸」から始まる。●しかし完全なるものは来る。涙を拭われる。宗教に逃げてこの世に無関心になる事ではない。●Jバイブルで「完全」をヒットして心に響くものを次に掲げる。
 
塚本訳  マタ 5:48
5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

塚本訳 マタ 19:21
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳  マタ 19:20-21
19:20 青年が言う、「それならみんな守っております。まだ何か足りないでしょうか。」
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳ロマ 10:5
10:5 その証拠には、モーセは律法による義について(こう)書いている、『これを行う人(だけ)がそれによって生きる』と。(しかしだれ一人律法を完全に行うことは出来ない。)

塚本訳  コロ 3:10
3:10 新しい人間を着よ。この新しい人間はいよいよ新しくされて、彼を創造り給うた御方の『像に肖(あやか)って』(遂に完全なる)知識に達するのである。

塚本訳 ロマ 13:8
13:8 (官憲ばかりでなく、)だれにも何も、借りがあってはならない。ただし、互に愛することだけは例外である。(この借りは、いつまでも返してしまわないように。)人を愛する者は(モーセ)律法を完全に果たしたのである。

塚本訳  Ⅰコリ13:10-12
13:10 完全なものが来る(最後の)時には、部分的なものは(みな)無くなるからである。
13:11 わたしが幼児であった時は、幼児のように語り、幼児のように思い、幼児のように考えていたが、おとなになると、幼児の時のことを捨ててしまった(のと同じである)。
13:12 わたし達はいまは(何事も)鏡でおぼろに見ているが、(完全なものが来る)その時には、顔と顔と相対してみるのである。いまはわたしは部分的に知っているが、その時には、(今神に)知りつくされているからそのようにわたしも知りつくすであろう。

塚本訳  Ⅰテサ5:23-24
5:23 願わくは、平和の神自ら君達を潔め尽くし、私達の主イエス・キリストの来臨の時咎められることの無いように、君達の霊と心と体を完全に守り給わんことを
5:24 君達を召し給うお方は真実だから、このことをも(きっと)成し遂げ給うであろう。

塚本訳  ヤコ 1:3-4
1:3 信仰の試験に及第することが忍耐を生み出すことを、君達は知っているのだから。
1:4 そして忍耐に完全な働きをさせて、如何なる点にも欠くることの無い、完全無欠な者となれ

塚本訳  Ⅰヨハ4:17-18
4:17 (そして最後の)裁きの日にわたし達が(喜びの)確信を持っていることによって、わたし達の側の愛は完全にされるのである。というのは、彼(イエス)が(神に、神も彼に留って)おられるため、(彼の愛が完全であるように、)わたし達(の愛)もこの世で同じくあり得るからである。恐れは愛にはない。
4:18 完全な愛は(平安で、すべての)恐れを追い払う。というのは、恐れは(つねに最後の裁きの日)の刑罰と関係があるのであって、恐れる者は(まだその)愛において完全になっていないのである

塚本訳  ヨハ 17:13
17:13 しかしわたしは今あなたの所に行きます。(だから彼らのことをお願いします。)そして(まだ)この世にいる間にこれを申し上げるのは、(彼らがこの祈りをきいて、自分たちがあなたに守られていることを信じ、)わたしのもっている喜びを、彼らも自分で完全にもつことが出来るためであります。

塚本訳  Ⅰヨハ1:4
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである。 
 
●昨夜泊った三男の恵と朝食後に福島原発問題を長懇談。同時の恵の進路や経済問題についても懇談。昨日の講演ではなく聖書的観点からの懇談をした。
●「桃栗3年柿8年、柚の馬鹿ヤロ18年、ミカンの間抜けは20年、人の救いは最後の日」と言うといたく感激して、そのテーマで本を書けばよいというので、「こんなことは既に聖書に書いてある」と話した。
●TSKの作業状況を見せた。
●ミルトン「失楽園」の平井正穂訳(岩波文庫)が読みたいと言うので持っていたものをあげることにした。平井正穂訳が名訳だと言う。
●私は結婚する前。平井正穂が自分の訳をラジオで朗読したの聴いたことがるがすばらしかった。
 ●恵は塚本虎二訳新約聖書と著作集に関心を示した。

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昨夜三男の恵が泊る。子供は親を超す。乗り越える。
玄関の靴。左から私、恵、妻。ドデカイ
なー。


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恵は昼食を食べて、福島県と宮城県に向って旅立った。神の祝福豊かにあれ。
讃美歌405番。
「神共にいまして、行く道を守り、雨の御糧もて力を与えませ。また会う日まで、また会う日まで、神の守り、汝(な)が身を離(はな)れざれ」


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歯医者の帰途、種が植えられるのを待つあきる野の大地を見た。
もうすぐ春だ。万物が甦える復活の春だ。人間は今は惨めでも最後の日に救いが完成する。

塚本訳  ロマ 8:23-24
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。


   有体的復活の使徒伝承

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祭司となれ ++++++++ 所感

2012/02/26 06:55

120226(日)4時45分目覚め●朝の黙想「神の出番がない無教会基督教葬儀の問題点」●昨日の桝本華子先生(基督教独立学園で60年間音楽を教えられた)の前夜式は故人の「音楽」で送ってほしいという遺言でその通り行われた。全体に簡素で短く、最近にないすがすがしいもので好感がもてた。●しかし一方、何か宗教性と言うものが欠けているようで真底満足はしなかった。●音楽ばかりで式辞が無く、あったのは教え子二人の「お別れの言葉」と、最後の祈祷者がいずれも遺影に向かって『先生、お世話になりました」という死人への「呼びかけ」のみ。故人の徳がたたえられ偲ばれたが神が顔を出す出番がなかった。●この「お祭り性」に日本のキリスト教の弱さが露呈していた。「華子先生は今頃先に逝った御主人と親しく語らっている事でしょう」などというくだりは、決定的に神不在のグノーシス的姿勢。死は眠りであって最後の日に神の主権で呼びさまされるのだ。そこに神の顔が立てられる出番がある。それなしに故人の徳をたたえるお祭りばかりでは神も不満のはず●そこで基督教2000年の行きついた事は「最後の日に、故人の罪が赦されて永遠の命の復活に預かれますように」という代祈としての執り成しが葬儀の本質になってきた。●現に司会者の報告では華子先生は最後の段階で夢の中ではあるが、御自分の罪に苦しまれたそうである。●その宗教性が無いと葬儀は「どんちゃん騒ぎ」のお祭りになる。●ある人が塚本先生に「先生、無教会主義と言うより、無祭司主義と言った方がよいのではないでしょうか」と尋ねたところ先生は「汝ら祭司になれ」と書いてある」と深いことを言われた。 
 
新共同 Ⅰペテ2:5
2:5 あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。

新共同 Ⅰペテ2:9
2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。

●クリスチャンはこの暗闇の罪の世俗に生きる時、「祭司」としての役目を負うべきである。
●私は現在具体的な悩みを抱えているが、こういう場合は次のように祈る。
 「神様、彼の不義に対して速やかに確実に鉄槌を降して下さい。しかしその後彼とその家庭を赦して清めて下さい」
●こういう祈りが世俗の中における無教会者の祭司的生き方である。
●この祭司性が「商売」になったのが職業としての祭司や牧師である。仏教の読経も同じ。読経に金をとる。
●我々はこの世のドロドロの世俗の中で「聖なる祭司」として十字架を負って生きなければならない。しかし苦しい生涯だ。誰にも感謝されず嫌われ、時に訴えられそうになる。

集会は川上、大山、横田。●13:30地元あきる野市のルピアホールで三男の恵が講演。
「さよなら原発~にしたま~」第5回集会。

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「さよなら原発~にしたま~」第5回集会。恵が講演。実体験を踏まえた話しには重みがあった。実際「心が傷ついた」と語った時は親の私もこたえた。もう一人の講演者は飯館村からの管野哲(ひろし)さん。故郷が無くなるという悲哀について語られた。

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恵を囲んでの懇談会。左側は恵をあきる野に呼んだ雨宮一好先生(恵の西秋留小学校5-6年の時の担任)。原発事故は誰の責任かという話題の時、恵は突き詰めて考えれば「人類の罪」と言ったのには同感であった。パウロも次のように言っている。 

塚本訳  ロマ 5:12
5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)


塚本訳 ロマ 5:18-19
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。

●パウロはこの世の諸悪の責任は人類の始祖であるアダムが神に反逆したからであるという。罪とは神への反逆である。だからその子孫である人間には責任が無い。しかしこの責任論は別の角度から解決する。それは行為なくして第二のアダムたるキリストの従順による贖罪によって人間は功なくして「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」が与えられる。だからいいじゃないかというのだ。●これは生まれつき盲人の責任は誰かという難問に対するイエスの答えと内的に一致する。つまり責任の追求は救いにはならない。直す方が先なのだ。
 
塚本訳  ヨハ 9:1-7
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。


  有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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洪水前の世の乱れ。終末を祈る ++++++++ 所感

2012/02/25 06:12

120225(土)5時目覚め。朝の啓示と黙想「洪水前の世の乱れ」」「神なき人間と家庭の惨状」「裁きは神の家から始まる」「終末を祈る。マラナ・サ(主よ来て下さい)」「信者に負わされる十字架」「地獄の苦しみはあってほしい」「信者の生涯は宥めの供え物」


新共同 創  6:11-13
6:11 この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。
6:12 神は地を御覧になった。見よ、それは堕落し、すべて肉なる者はこの地で堕落の道を歩んでいた。
6:13 神はノアに言われた。「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす。
 
●東北大震災による大洪水は「世の堕落」に対する神の裁き。「ガンバレ、ガンバレ」といっても神への恐れと悔い改めがなければ「復興」の人間的努力も神は祝福しない。
●この点、キリスト教界のメッセージが今一つ足りない。

新共同 創  6:1-3
6:1 さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。
6:2 神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした
6:3 主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった。

●いまどきのワカイモンは「イケメン」だ「可愛い子だ」などと恋愛に打ち興じているが、誤り。これ人間堕落の証明。そこに真の幸せはない。その道で結婚して「失敗したー」と思うのは時間の問題。

塚本訳 マタ 24:36-39
24:36 ただし(人の子の来る)その日と時間とは、ただ父上のほかだれも知らない。天の使いたちも知らない。
24:37 人の子の来臨は、ちょうどノアの(洪水の)時のようであるから。
24:38 すなわち洪水の前のあのころ、『ノアが箱船に入った』日まで、人々は飲んだり食ったり、嫁にやったり取ったりしていて、
24:39 洪水が来て一人のこらずさらってゆくまで、それに気づかなかった。人の子の来臨もこのようである。

●神なき人や家庭の惨状は目も当てられない。親達が「彼だ彼女だ」などとワカイモンと一緒になって堕落した人生観になっている。家庭崩壊は当然である。


口語訳 Ⅰペテ4:3
4:3 過ぎ去った時代には、あなたがたは、異邦人の好みにまかせて、好色、欲情、酔酒、宴楽、暴飲、気ままな偶像礼拝などにふけってきたが、もうそれで十分であろう。
 
●これを現代的に言えば、酒、煙草、ギャンブル、麻雀、女、ダンス、ゴルフ、金、アイドル追っかけ、・・・・
これは「異邦人の好み」「神なき人間の好み」である。その行くつく先は「空しさ」「心の空洞」である。これらで心が本当に満たされれば「教えて欲しい」


口語訳 ロマ 13:13
13:13 そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか。
 
●神なき人間とその家庭には夫婦間に「争い」がある。子供が家庭の冷たさに射かけがさして「非行」に走るのは必然。


口語訳 Ⅰペテ4:17
4:17 さばきが神の家から始められる時がきた。それが、わたしたちからまず始められるとしたら、神の福音に従わない人々の行く末は、どんなであろうか。

●救いを求めて教会や集会に行って見るとそこは「お遊びとお祭り」であって世のカルチャーセンターと変わらない。十字架、有体的復活、有体的再臨、処女降誕などの使徒伝承の基本が伝承されてない。
●こういう「信仰告白」をすると堕落信者が「あいつはあいつだ」などと陰口を囁く。裁きはまず教会や集会から始められる。神は裁く。教会(集会)は衰退してあとが続かない。裁きの証。 

新共同 Ⅱサム1:19-20
1:19 イスラエルよ、「麗しき者」は/お前の高い丘の上で刺し殺された。ああ、勇士らは倒れた。
1:20 ガトに告げるな/アシュケロンの街々にこれを知らせるな/ペリシテの娘らが喜び祝い/割礼なき者の娘らが喜び勇むことのないように。

●割礼なき者の娘、また割礼なき娘になる可能性が多い。そういう娘がいくら「美女」でも結婚してはいけない。人生を誤る。  

塚本訳  ルカ 13:4-5
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」
 
●東北地方の人の罪が特に重かったのか。ノ―。日本全体の乱れに神は「滅び」の対象である。

塚本訳  黙 18:15-16
18:15 これらの(物を商う)商人、(すなわち)彼女によって富んだ者達は、彼女の呵責の恐ろしさのため遠くに立ち、泣き悲しみつつ
18:16 言うであろう、『禍なる哉(ウワイ)、禍なる哉(ウワイ)、大なる都、細布と紫と緋の衣を着、金と宝石と真珠とにて(身を)飾っている者、 
 
●塚本訳の振り仮名にウワイ、ウアイとあるのが、共感する。この世の乱れとその惨状みるとただただ呻き「ウワイ、ウアイ」と言うのだ。

塚本訳  ロマ 8:26
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
 
●この呻きは神が知って下さり、神ご自身が共に呻いていて下さるとはありがたい。

塚本訳 Ⅰコリ16:21-23
16:21 (最後に、)パウロが自筆で挨拶する。
16:22 主を愛しない者があるなら、呪われよ!、マラナ、サ(主よ、来てください)!
16:23 主イエスの恩恵、あなた達と共にあらんことを。
 
世の乱れや堕落は主の再臨で清まる。終末はすぐだ。人生も短い。馳せ場を走り抜こう。

塚本訳 マタ 16:24
16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。 

●信者の使命は「十字架を負わされること」である。これ宿命である。苦しいが栄光の道である。
 
新共同 創  18:23
18:23 アブラハムは進み出て言った。「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。


新共同 創  18:32
18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」

●堕落街ソドムを神が滅ぼそうとした時、10人の義人がいれば滅ぼされなかった。これ家庭や一族でも同じ。夫が、妻が、子供が、親族が堕落に堕落を重ねて目も当てられない惨状であっても、「一人の祈り」で滅亡を免れる。これ教会や集会についても同じ。

塚本訳  Ⅰコリ7:26-27
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。

●パウロはこの世のゴタゴタの解決に「間もなく世の終わりが来る」という考えで総てを律した。結婚家庭生活の悩みの解決も同じである。それは次である。

塚本訳 Ⅰコリ7:29-32
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから
7:32 ただわたしはあなた達が、(この世のことに)気をつかわないでほしいのである。独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のこと(ばかり)に気をつかうが、 

塚本訳  Ⅰコリ7:13-16
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。
 
●伴侶の不義に対する苦しみは一方の十字架の祈りで救われるが、神は恐ろしいお方で不義そのものを決して赦さない。本人の滅びか死で神は裁く。報復する。

塚本訳  マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも
、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

●これ大なる慰めである。重荷は神が御存じで共に、否、全部負って下さる。
 
塚本訳  マタ 7:18-19
7:18 善い木に悪い実がなることは出来ず、わるい木に良い実がなることも出来ない。
7:19
良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。

地獄はあってほしい。あの人を地獄の責め苦で悔い改めに導いて欲しい
●地獄はあってもらわねば神の義が貫徹しない。
●ヒルティは、この苦しみの世を平安に渡るには「この世には倫理的世界秩序」というものが厳然とあるということを堅く信ずる」と言うことだと言う。神を信ずると信じないことに関係なく「悪いことは神が必ず裁く」という事だ。 


塚本訳  ロマ 3:25-26
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

●20年前に召された父があるとき、悩みの家族の一人に向って「照男を見ろ。神を宥めている」と言った。私が信仰の道に熱心だったからである。
●「宥めの供え物」とは何かを知ろうと思えば神学書や註解書を何ページも読まねばならないが、父のこの一言で氷解である。
●信者の生涯の目的は「宥めの供え物」になることだ。 

●基督教独立学園教諭故桝本華子前夜式。(於・かわさき北部斎苑)


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華子先生が「高橋さん。人生って意外な事が起きるわよ」と言ってくださったことが忘れられない。


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華子先生の遺影。一時間のすっきりした理想的な式であった。華子先生91歳。

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御遺体を取り囲んで讃美歌の合唱。4部に分かれた見事なものであった。
ライプチッヒ聖トーマス教会の会衆の讃美歌は「地鳴り」のような響きで驚いたものだが、今日のそれは劣らないものであった。


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族長ヨブに倣う ++++++++ 所感

2012/02/24 06:16

120224(金)明け方、火災の夢。以前勤務していた建築設計事務所の近くで火災が発生し類焼で既に庇に火が付いている。一人で水を掛けているが誰も仕事をしていて無関心。苦しんでいる時に目が覚めた。夢でよかった。●妻は中野の愛子の家に子守で出かける●過日、小学生の孫の一人が跳び箱で右手の骨を折ったと言う。その父親の息子に「なにせ孫が多くなると心配事も多くなる。孫6人だと指の骨だけでも120本もある」と言うと息子は「父さんは族長みたいだね―」と言った。●かねてから族長ヨブの偉さは次のところに感じてきた。

新共同 ヨブ 1:5
1:5 この宴会が一巡りするごとに、ヨブは息子たちを呼び寄せて聖別し、朝早くから彼らの数に相当するいけにえをささげた。「息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪ったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにした。


●妻との毎夕食前の祈りは4人の息子娘の家庭の事その子供達6人(孫)のことが多くなった。子や孫が増えるとそれなりに各家庭各人が問題を抱えて祈りの数も多くなる。各家庭ごとに苦難悩み悲しみがある。
●族長ヨブは七人の息子と三人の娘を持っていた(一章二節)。
●ヨブの祈りは各人の「この世的な安泰、無事(健康、経済、学業など)」ではなかった。それは「息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪ったかもしれない」という心配であった。ここがヨブの偉いところだ。さすがユダヤ人、しかも非常に古くからの伝承である。けれども内容は実に現代的だ。
●ヨブは朝早く起きて子供の数だけ燔祭の動物を焼いた。これは大変な事だ。燔祭として捧げる動物は傷が無く立派なものであった。それを10匹、それも毎日とはかなりの犠牲である。現代的には「出費」である。しかしヨブはそれを行った。
●ヨブも生きた俗っぽい人間だから息子娘達から「オヤジ批判」「オヤジ攻撃」を受けたであろう。しかしヨブはそれに甘んじて「各人の神に対する姿勢」を心配した。なぜか。人は神に対する姿勢が正しいところに真の幸福があるからである。だから「息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪」わないように祈ったのである。
●私の残りの人生も族長ヨブに倣おうと思う。

●TSK日本語版入力、今日はⅠコリ13章。私に欠けている事ばかりなので何度も胸が詰まった。これを書いたパウロと言う人物は偉い。

 文語訳 Ⅰコリ13:4-8
13:4 愛は寛容にして慈悲あり。愛は妬まず、愛は誇らず、驕らず、
13:5 非禮を行はず、己の利を求めず、憤ほらず、人の惡を念はず、
13:6 不義を喜ばずして、眞理の喜ぶところを喜び、
13:7 凡そ事忍び、おほよそ事信じ、おほよそ事望み、おほよそ事耐ふるなり。
13:8 愛は長久までも絶ゆることなし。然れど預言は癈れ、異言は止み、知識もまた癈らん。

resize2144.jpg 

今日は暖かい日だ。復活の春が近い。歯医者へ行く時、あきる野の畑を写した。
土は早く種を播いてくれと言っているようだ。ハイドンのオラトリオ「四季」から
「来よ、のどけき春」の曲を思い出す。

ハイドン「オラトリオ「四季」 「来よのどけき春」 

 来よ春よ のどけき春こよ
冬は去りて 春よ帰れ
ああ、来よ春 春よ帰れ
冬は去りて ああ、来よ春のどけき春
来よ春 のどけき春 
来よ春 来よ春 のどけき春

日ごと勝りゆく あめつちの光
初春のきざし
日ごと勝りゆく あめつち あめつちの光 

さあれ消えやらぬ さあれ消えやらぬ
遠 山辺の淡雪 梢わたり 空にまよう
遅冬の風


来よ春よ のどけき春こよ
なお待つ心に とく帰り来よ
のどけき春こよ 来よ春よ のどけき春
のどけき春こよ
なお待つ心に 来よ春よ のどけき春
来よ春!
 


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共に苦しみ共に泣け ++++++++ 所感

2012/02/23 06:30

120223(木)5時目覚め。朝の啓示「共に泣け」●黙想。パウロの最も美しい言葉の一つに次がある。

口語訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。


文語訳  ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共によろこび、泣く者と共になけ。

●泣く者と共に泣く事はできても喜ぶ者と共に喜ぶことはできない。なぜか。「妬み」が先走るからである。
●人の旅行談を聞くのは面白くない。
●しかし真に相手を愛していれば、その人の喜びを自分のものにする事が出来る。それは次である。


塚本訳  Ⅰコリ12:26
12:26 もし一つの器官が苦しみをうければ、(ほかの)すべての器官が一しょに苦しみ、もし一つの器官がとうとばれれば、(ほかの)すべての器官が一しょに喜ぶのである。

●これが エクレシアというものの本質である。相手の悩みや重荷を具体的に知って祈りあう事である。
●もしこれが無かったらキリスト教は単なる「思想団体」や「政治結社」に堕落するであろう。 


使  4:36-37
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、
4:37 畑を持っていたので、売って、その金を持ってきて使徒たちの足元に置いた。

●ヒルティは、人生はこのバルナバ(慰めの子)と呼ばれるようになりなさいと言う。
●人が「慰めの子」と呼ばれるようになるには自分自身が多くの苦しみや悩みを経験しなければならないのだ。
●同じ苦しみ悩みを味わった人だけが悩み苦しみの渦中にある人を慰める事が出来る。
●私の家が火災になった時、AAさんから間髪をいれずに段ボールが届いた。中味は筆記用具などのこまごまとしたものであった。AAさん自身が火災に遭った経験から、すぐに必要なものを御存じであったからだ。お手元にあったものばかりだった
●火災から3ヶ月後、脳内出血で倒れた時は同じAAさんから葉書がすぐ届いた。
「現代のヨブ(私のこと)よ倒るるなかれ。日本は今汝を要す。来りて我らを教えよ」。これはワーズワースがミルトンに捧げた言葉であり、それををもじったものだ。AAさんは私にとって「バルナバ」(慰めの子)であった。 

塚本訳  コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

口語訳 コロ 1:24
1:24 今わたしは、あなたがたのための苦難を喜んで受けており、キリストのからだなる教会のために、キリストの苦しみのなお足りないところを、わたしの肉体をもって補っている。

●これは私の知人の関西方面のある「田舎牧師」が語った言葉である。この教会は大教会ではないが神に祝福されている。
●有名牧師、有名教会でない方が神に知られる。
●これは家庭内問題の苦しみも同じである。家庭内問題の「呻き」はキリストの苦しみの欠けたるを補う業である。その家庭は主にあって祝福されている。その苦しみは救いの陣痛だ。
 
塚本訳 Ⅰコリ7:12-14
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

●不信者の夫が「道ならぬこと」を行った時の信者の妻の苦悩はキリストの苦しみである。神はこの苦しみを御存じだ。       
●こういう場合、不信者の夫は妻の執り成しの祈りで神の前に清められている。
●子供に罪はない。子供は清い。
 

塚本訳  ルカ 13:7-8
13:7 葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来ているのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたびれさせることがあろう。』
13:8 答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回りを掘って、肥料をやってみますから。

●この作男はキリストである。
●キリストは「もう一年、もう一年」と一生待ってくださる。
●たとえ一生実がならなくても最後の審判の時に悔い改めるチャンスがある。
●桃栗三年、柿八年、柚のバカヤロ十八年。人は最後の日に復興す。「それでいいんだ、それでいいんだ。臨終や来世での悔い改めでよいのだ。
●罪を犯した者のこの世の人生は「生き地獄」である。ただしそれは神による「お灸」。救いが待っている。


塚本訳  ヨハ 8:3-6
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
 

●イエスが何を書いたかは「永久の謎」。イエスの唯一の著作。
●しかしポイントは「身をかがめ」というところ。イエスは姦淫の女と同じ目線になったのだ。
●このイエスの姿勢は「罪人の一人に数えられた」 ということの表れだ。慰めの子だ。

新共同 イザ 53:12
53:12 それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし/彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで/罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い/背いた者のために執り成しをしたのは/この人であった。

●立ち上がったイエスは、罪の購いのために十字架に向った。罪には代償が必要なのである。これは決して動かない真理である。
 
塚本訳  ロマ 8:22-24
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。

塚本訳  ロマ 8:33-34
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。

●人間の罪は人間の執り成しでは救われない。罪なき神の子イエスの流した血で初めて清められるのだ。


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金は魔物だ ++++++++ 所感

2012/02/22 15:32

120222(水)5時半目覚め●朝の啓示「鼎は魔物」●ライフワークであるTSK日本語版作成のために妻に一部作業を手伝ってもらう。●その打ち合わせ30分。妻には蛍光ペンでマーキングの仕事を頼んだ。感謝。仕儀は二人でやれば三分の一にになる感じ。旧新約の完了は数年かかる。74歳ごろまで。既に新約はロマ書まで完成している。

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●「金は魔物」である。それは人を狂わせ、家庭を破壊させる。金はないよりもあった方がよいが、それは必要なだけ最小限がよい。人は大金を握ると人格が崩壊する。大金は確かにサタンの誘惑の釣り針である。聖書の個所を黙想する。 

塚本訳  ルカ 15:11-13
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。 

塚本訳  ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」 

塚本訳  ルカ 15:30
15:30 ところがあのあなたの息子、きたない女どもと一しょに、あなたの身代をくらいつぶしたあれがかえって来ると、肥えた小牛を御馳走されるのはどういうわけですか。』 

塚本訳  マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。 

塚本訳  ヨハ 12:3-8
12:3 そのときマリヤは混ぜ物のない、非常に高価なナルドの香油一リトラ(三百二十八グラム)をイエスの足に塗り、髪の毛でそれをふいた。香油の薫が家に満ちた。
12:4 弟子の一人で、イエスを売るイスカリオテのユダが言う、
12:5 「なぜこの香油を三百デナリ(十五万円)に売って、貧乏な人に施さないのだろうか。」
12:6 ユダがこう言ったのは、貧乏な人のためを考えたのではなく、(会計係であった)彼は泥坊で、あずかっている金箱の中に入るものをごまかしていたからであった。
12:7 イエスは言われた、「構わずに、わたしの埋葬の日のためにそうさせておきなさい。
12:8 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも一しょにいるわけではないのだから。」 

塚本訳  マタ 26:14-16
26:14 そのあと、イスカリオテのユダという十二人の(弟子の)一人が大祭司連の所に行って、
26:15 「いくらくれますか、あの男をあなた達に売ってもいいが」と言った。『彼らは(シケル)銀貨三十枚[六万円]を払い渡した。
26:16 この時からユダは、イエスを引き渡すよい機会をねらっていた。 

塚本訳  マタ 19:20-22
19:20 青年が言う、「それならみんな守っております。まだ何か足りないでしょうか。」
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
 
塚本訳 マタ 19:23-26
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 12:16-21
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、 12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」 

塚本訳  ルカ 16:1-4
16:1 また弟子たちにも話された、「ある金持に一人の番頭があった。主人の財産を使い込んでいると告げ口した者があったので、
16:2 主人は番頭を呼んで言った、『なんということをあなたについて聞くのだ!事務の報告を出してもらおう、もう番頭にしておくわけにはいかないから。』
16:3 番頭は心ひそかに考えた、『どうしたものだろう、主人がわたしの仕事を取り上げるのだが。(土を)掘るには力がないし、乞食をするには恥ずかしいし……
16:4 よし、わかった、こうしよう。こうしておけば仕事が首になった時、その人たちがわたしを自分の家に迎えてくれるにちがいない。』 

塚本訳  ルカ 16:9-10
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。 

塚本訳  ルカ 16:23-26
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』 

塚本訳  ルカ 6:20-21
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。 

塚本訳  ルカ 6:24-25
6:24 だが、ああ禍だ、富んでいるあなた達、もう慰めを受けたのだから。
6:25 ああ禍だ、今食べあきているあなた達、(かの日に)飢えるのだから。ああ禍だ、今笑っている人たち、(かの日に)泣き悲しむのはあなた達だから。

●これらを見ると、金は信仰と密接な関係があるものだ。そしてどちらかと言うと金は少ない方がよい。きちきち生活の方がよい。大金が入ると人間は弱いからこの世の楽しみにのめり込むものだ。人間は大金を握ると99%堕落する。信仰は低下する。●大金を得ても堕落しない人間はよほどの人物である。大金の使い方でその人物の質がわかる。
 
●女子大で教えていたりキリスト教愛真高校で若い女性と接して思うのだが、彼女らはいかなる人と結婚すれば「幸せな家庭生活」を営めるかということを真剣に考えている。結論は「イケメンや金持ちでなくても神を信じる真面目な人」と出会えれば最高である。●この点パウロは若い女性に対して結婚を積極的に奨めていない。(Ⅰコリ7章)。●少子化かつ晩婚の現在ではパウロの考えはいただけないかもしれないが、人間は国力増強のために結婚するのでも、家庭生活の喜びを享受するために結婚するのであってもいけない。事実結婚生活は精神的に安定し、子や孫を与えられる事は神の祝福であって楽しいが、一方同じだけ悩み苦しみがあるものだ。●Ⅰコリ7:28に次のようなパウロの言葉がある。これは聞き捨てならないので、その真意を知りたく思う。

Ⅰコリ7:28

まず,黒崎註解を見る。


7章28節 たとひつまめとるともつみをかすにはあらず。處女をとめもしとつぐともつみをかすにあらず。れどかかるものはその苦難くるしみはん、われなんぢらを苦難くるしみはすにしのびず。[引照]

口語訳しかし、たとい結婚しても、罪を犯すのではない。また、おとめが結婚しても、罪を犯すのではない。ただ、それらの人々はその身に苦難を受けるであろう。わたしは、あなたがたを、それからのがれさせたいのだ。
塚本訳しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。
前田訳たとえあなたが結婚しても罪を犯すのではありません。おとめが結婚しても罪を犯すのではありません。しかしそれらの人々は肉に苦しみを受けるでしょう。わたしはあなた方をその目にあわせたくありません。
新共同しかし、あなたが、結婚しても、罪を犯すわけではなく、未婚の女が結婚しても、罪を犯したわけではありません。ただ、結婚する人たちはその身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにそのような苦労をさせたくないのです。
NIVBut if you do marry, you have not sinned; and if a virgin marries, she has not sinned. But those who marry will face many troubles in this life, and I want to spare you this.
註解: パウロが現状維持を未婚の男女に薦むる所以の一は彼らを愛するからであつて、彼らが来る可き患難に際して彼らが結婚生活に入つて居るがために、その患難の益々大なるべきを思つたからであつた。或人の云う如く結婚が罪だからではなかつた。

以上、黒崎註解終わり。

●つまり、時は迫っているから何事も現状維持がよく、結婚すると独身生活よりも悩みが多いということなのだ。

●ところでパウロの言葉にもう一つ不思議なものがある。Ⅰテモ2:15である。これも黒崎註解を見てみよう。
 

2章15節 れどをんなもしつつしみて信仰しんかうあいきよきとにらば、むことにりてすくはるべし。[引照]

口語訳しかし、女が慎み深く、信仰と愛と清さとを持ち続けるなら、子を産むことによって救われるであろう。
塚本訳しかしもし婦人が慎みをもって信仰と愛と聖潔とを保っているならば、子を産むこと(、これを育てて母の務めを果たすこと)によって救われるであろう。(婦人は教会でなく家の中で働くべきである。)
前田訳しかし女性は良識をもって信仰と愛と聖潔のうちにとどまれば、子を生むことで救われましょう。
新共同しかし婦人は、信仰と愛と清さを保ち続け、貞淑であるならば、子を産むことによって救われます。
NIVBut women will be saved through childbearing--if they continue in faith, love and holiness with propriety.
註解: 前節までの記事によれば女子はキリスト者として何らの活動も為し得ず、果して女子は救わるるや否やを疑わしむるものがあるのであるが、パウロはそれに対して肯定的解決を与え、而して女子の為すべきことは社会的に教会的に活動することではなく、むしろ子を生むことすなわち家庭の母としての責務を全うするに在ることを教えている。ただし勿論子を生むことが条件の全部ではなく「慎みて信仰と愛と潔とに居る」ことを要することは当然である。また子無き女子が救われないというのでもない。女子として普通一般の場合を指しているのである。
辞解
[子を生むことに因りて] 救いの条件としてはあまりに奇抜に聞ゆるが故に(1)「子を生む場合にその危険より救われん」、(2)「子をよく育てることによりて救われん」、(3)マリヤがそのイエスを生める事実の功徳によりて救われん」その他種々の解あり、何れも適当ではない。
要義1 [パウロの婦人観]11-15節より見れば、パウロは婦人の地位を卑(ひく)く見ており、教会においては全く男子に対する隷属的地位にあるもののごとくであって、欧米キリスト教国の実情とは異なるものがあり、かえって我が国古来の婦徳に近きものあるを思わしめる。而してこれは実は婦人を卑(ひく)く見たり、また奴隷視しているのではなくかえって婦人の本性を重視しこれに最も相応しい処の態度を教えたのであって、神はかかるものたらしめんとて婦女子を造り給うたのである。而してこれが東洋においては往々男子の横暴を来す結果となっているけれども、これは男子の方の愛と義とによりて矯正せらるべきであって、女子の方よりの反抗または自己主張によりて男子に対抗すべきではない。欧米模倣を事とするキリスト者が我が国の婦徳を棄てて、聖書に違反せる欧米諸国の婦人の態度を真似んとするは、甚だしき軽薄である。
●以上黒崎註解引用おわり。

●今日パウロが「ジェンダー論」に熱心な女性の前でこれを言ったらボコボコに打たれる。しかし黒崎が言うように、女性には男性には無い特有の能力があるとここから見るべきである。
●設計事務所20年の経験では、無から有を生み出す基本設計は女性は苦手である。様々な要求を切り落としていかなければ設計はまとまらない。全部の要求を取り入れていて敷地に収まらず予算にもおさまらない。そのカットオフが女性にはなかなかできないのである。何でもかんでも抱え込もうとする。
●これは女性の特性である。教育や子育てではいかなる人をも温かく抱え込もうとする。これは男にはなかなかできないものだ。ここに女性の「苦悩」がるのだ。そうしてこの苦悩が故にイエスの十字架の罪の赦しを学んで自分も救いに預かるというのであろう。
●塚本虎二先生は「十字架は義として見るよりも愛として見る方がその本質が良く分かる」と言われたそうだ。このことを伝承として私に聞かせてくれたのは女性であった。
●男対女、義と愛。その相克に神の苦悩があり、十字架で解決した。双方の「顔」が立って満足した。しかし「宝血」が流された。(讃美歌262番)
 


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家庭の悩みは救いへの陣痛 ++++++++ 所感

2012/02/21 08:26

120221(火)5時半起床●TSk日本語版Ⅰコリ11章マーキング●朝の黙想(devotion)「家庭の悩みは救いの陣痛」●夫婦は一体であるから家庭も子供を含めて一体である。だからその一人が病めば家族全員に悩みの重圧がかかる。この悩みは自己の病気と同じように、否、ある時はそれ以上に深い苦しみになる。関連聖句を見てみよう。●世の苦しみは人を聖書や教会に導く。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

塚本訳  Ⅰコリ12:26
12:26 もし一つの器官が苦しみをうければ、(ほかの)すべての器官が一しょに苦しみ、もし一つの器官がとうとばれれば、(ほかの)すべての器官が一しょに喜ぶのである。

●親にとって子供の病気は辛い。代われるものなら代わってやりたいと思う。
●夫の浮気や不義は妻の深刻な悩み。これが人生の始まり。「罪」ということをを知る入り口。 ●神は自分の罪を知ってそこから救われたいと思うことによってわかる。しかし一生かかる。
●子供の非行は夫婦が不和の贖罪。子供の病や行動がそのサイン。可哀そうなことである。
●非行と不登校は違うが、不登校は両親の不和の犠牲が多い。しかし良い家庭に悩み多し。

塚本訳  Ⅰコリ7:12-14
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、
現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

●夫が、また妻が悪くても子供は清い。親の罪は子供に生物学的には遺伝しない。
●その幼い子供の悩みは「贖罪の祈り」である。これは聴かれる。
●賀川豊彦は妾の子であったが、神の霊に清められ、ノーベル平和賞の候補にまでなった。
●新垣勉は両親に捨てられたが、城間牧師に拾われて、今や福音歌手として伝道している。 
 
口語訳 出  20:5-6
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

●これ弁護士生活が長いかった「幸福論」のヒルティの好きな言葉。
●親が性的にだらしないと子供も同じようになる。子供は「親だってこうしている」と心理的に歯止めがかからない。だから親の罪が子供に及ぶのは遺伝でなく感化。神の怒りが爆発。
●これに反して「ウルサイ親に叱られる」と常に心に歯止めがある子供は曲がらない。感化力
●IY先生が非行生徒の家を訪問したらその家庭が崩れていてどうしようもなかったそうだ。


塚本訳  マタ 18:10
18:10
この小さな者を一人でも軽んじることのないように注意せよ。わたしは言う、(わたしの父上は片時も彼らをお忘れにならない。)あの者たちの(守り)天使は、天でいつもわたしの天の父上にお目にかかっているのだから。

塚本訳  ルカ 18:15-16
18:15 イエスにさわっていただこうとして、人々が幼児たちまでもつれて来ると、弟子たちが見て咎めた。
18:16 イエスは幼児を呼びよせたのち、(弟子たちに)こう言われた、「子供たちをわたしの所に来させよ、邪魔をするな。神の国はこんな(小さな)人たちのものである。 

●神は子供の悩みを深ーく知って下さる。神は子供の味方。義人の祈りは聴かれる。
●純粋な子供の祈りや苦しみは神が聴き遂げて下さる。 御心にかなう祈りは聴かれる。
●悪いことは神ご自身が徹底的に注意して下さる。ときにそれは恐ろしい。


塚本訳  ロマ 8:26
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。
すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。

●これ20年前に召された父の特愛の言葉。私もこれを自分の子供達に伝える。家訓だ。
●深い悩み、深刻な悩みの時には「どう祈るべきか分からない」。ただ呻くだけ。しかしその呻きを神は聴いて下さるというのだ。ありがたいことではないか。 これありて人生も楽になる。
●子供達の非行は悩みを口には出せない「呻き」そのものなのだ。

  新共同 創  18:32-33
18:32 アブラハムは言った。「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」
18:33 主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムも自分の住まいに帰った。

●その家や、教会や、集会や、組織や国に、一人でも神の前に正しい人がいれば神はそれを滅ぼさない。

塚本訳  ロマ 5:15-19
5:15 しかし(神の)賜物は(アダムの)過ちと同じではない。なぜなら、一人の人(アダム)の過ちによってすら多くの人が死んだくらいであるから、まして神の恩恵と一人の人イエス・キリストによる恩恵の賜物とが、多くの人に満ちあふれるのはもちろんである。
5:16 なお、(キリストの)賜物と一人の罪を犯した人の場合とは、同じではない。なぜなら、一人の人(の罪)に対する(神の)裁きは、(多くの人に)死の宣告を下したのであるが、(神の)賜物は、多くの(人をその)過ちから(救い出して)義とするからである。
5:17 一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである

●罪は一人の人から入ってきたので人類は(家庭や教会や集会や組織や国)悩む。しかし一方一人の人キリストの犠牲の死で全人類が救われる。
●救いには犠牲者が出る。死は罪を清める。
●人生は罪と贖罪死、犠牲死の観点から見ないと読めない。

塚本訳  ロマ 5:8-10
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。
5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。
5:10
なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである。

●万歳、万歳。神が救いの道を開いて下さった。
●罪は代償があって初めて清められる。
●人間は代償無くしてキリストの宝血fで救われるのだ。感謝、感謝。ハレルヤ、アーメン。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●妻は知人と二人で奥多摩の散策。8時出発、16時帰宅。●奥多摩湖は子供達が小さいころに連れて行ったものだ。●夕食で今日の話を聞く。「奥多摩むかし道」というところを4時間ほど歩いたという。
 

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この世では悩みがあるものだ ++++++++ 所感

2012/02/20 20:23

120220(月)6時起床●TSK日本語版Ⅰコリ●この世では悩みがあることを黙想。クリスチャンはこの世では名状しがたい、得体の知れない、不条理ともいえる悩み悲しみに襲われる。これは実に不思議な事である。 


塚本訳  マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

塚本訳  ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

塚本訳  Ⅰコリ9:24-25
9:24 (だからあなた達も、競技場の闘士のように自制しなければならない。)競技場で走る者は皆走るけれども、たった一人が賞をもらうことを、あなた達は知らないのか。あなた達も、それを勝ち取るように走らなければならない
9:25 しかし競技する者は皆、何事にも自制する。ただ、あの人たちは朽ちはてる冠をもらうためであるが、わたし達は朽ちぬ冠のためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 ピリ 3:10-14
3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、彼と同じような死様をして、
3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。
3:12 しかしこれは(何も)既に(それを)捉えたとか、既に完成されているとか言うのでは(もちろん)ない。ただもしや私も(それを)捉えることが出来はしないかと、走っているまでである。私もキリスト・イエスに捉えられたのだから。
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである。

口語訳 詩  126:5-6
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。


●祈るべき事多し。悩み多し。罪はイエスの贖罪で赦されている。信ずればよいのだ。
●家庭内の問題はイエスの血で清められる。罪の贖いはイエスの死でなし遂げられている。
●クリスチャンは神に頼るから祈りの力によって無限の力を得る。「祈りは聴かれる」。死も悩みも病気も家庭お問題も、争い重、経済も、不和も然り死の悩みも突破する。
 
●某氏からメールが入っていたので次のように返信した。

某氏へのメール(一部改変)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
○○殿

信仰、聖書、キリスト教が分かるのは一重に「聖霊」だと解します。
「聖霊によらなければイエスを主と告白できません」
 
塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

無教会主義が健全と言われている理由のひとつに
貴殿の指摘されるように、「聖霊は自己の一時的興奮ではない」という事の認識です。これは無教会の先達(内村、塚本、黒崎たち)に感謝しなければならないことです。 私は聖霊は神経の興奮ではないことを無教会から学びました。
また無教会から学んだ重要な事は、聖霊はパウロのような劇的回心がなくても生涯の様々な苦難(病気、家庭問題、失業、不和争い、失敗、悩み・・・)を通して 静かに静かに徐々に徐々に降り注いで人を改心に導くものとものと解します。(例・ルカ15章放蕩息子の譬)。 無教会はこの「生き方の健全性」に貢献したことも重要な事です。
その意味で東日本大震災は「天罰でなくお灸」だと解します。人を生き返らせるためのお灸です。

口語訳 黙 3:19
3:19 すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。

聖霊を強調する新しい教会が音楽をガンガンやるのは神経の興奮であって、霊の興奮ではないのではないでしょうか。
ところが無教会も、霊に覚醒すると急に天下国家や社会悪を批判することが「信仰の展開」の道だと思ったり、「聖書学に目を開けられた」とか「社会奉仕こそ愛の道」だと言っているのは脳の一部の興奮の一種であります。彼らは「熱心であるが的を外しています」

 塚本訳 ロマ 10:1-2
10:1 兄弟たちよ、彼ら[イスラエル人]が救われること、これがわたしの切なる望み、また彼らのための神への願いである。
10:2 彼らは神に対して(ほんとうに)熱心だからである。そのことを彼らのために証明する。ただ、(残念なことに、その熱心が正しい)認識を欠いている。

ゴスペルにうち興ずる人種に「もっと静かに冷静に」と言っても「馬の耳に念仏」です。やらせておくべきです。体質的に参加は出来ますせん。ただし彼らから見ると無教会集会は「お通夜」です。
聖霊の形が音楽や外形になる時、それはお国柄や人柄があるのではないでしょうか。それが無教会が説く「キリスト教には国民性や個性ある」という思想ではないでしょうか。これが無教会が日本にまた世界に貢献したことの重要な一面だと解します。
作家の遠藤周作の営みは「キリスト教に和服を着せる」事でした。しかし成功したとは思いません。なぜか。ローマ法王を絶対とするカトリックだからです。ローマ法王に和服を着せることは不自然です。

以上これも様々な形の一つの「私の思想」だとしてお考えください。

高橋

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 某氏へのメール(一部改変) 終わり

 有体的復活の使徒伝承

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家庭生活の悩みは重き十字架 ++++++++ 所感

2012/02/19 17:10

120219(日)630愛子の家で目覚め愛子と懇談。「悩み多き家庭生活かな」。家庭生活には悩みがつきものだ。その悩みは十字架である。神は総て御存じである。その悩みは無駄には終わらない。救いの準備である。●700 喜明氏が大阪に出張で出かける初音、かなほ、照男の三人で百人一首の絵札で「ぼうずめくり}●900愛子、初音、かなほ、健太郎は日本基督教団中野教会へ。妻と私は無教会の東京聖書読者会へ●1000集会は、土肥、丹野、村上帰途、吉祥寺まで高木博義さんと懇談。高木さんから、私の3月4日の感話の時に昨日の「合唱フェスティバル」の感想に触れて欲しいと要望があった。「汚された大地」について聖書的に考えようか。

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おジーチャンはバカでした ++++++++ 所感

2012/02/18 15:40

120218(土)5時起床●TSK日本語版Ⅰコリ入力●集会の高木博義さんの紹介で15:00「合唱フェスティバル」(於・杉並公会堂)を観賞。福島県郡山から合唱団「はもる・かい」が招待されて合唱曲「安積野(あさかの)」を歌ったが、合唱王国福島県の実力が発揮された。指揮は今泉一八。最後に参加者全員がステージに登って「大地讃頌」を歌った時はスタンディングオ―ベ―ション●妻の属する合唱団「もくせい」の竹森尚子さん、鈴木正子さんと並んで観賞。●19:30 妻が先に行って待っていた中野の愛子の家に泊る。孫達と布団の上で丸くなって全員で夜の祈りを捧げる。ようやくしゃべれるようになった健太郎の祈り「神様、おジーちゃんはバカでした。アーメン」。これは真摯に受け止めなければならない●21:40 愛子が友人の結婚式・横浜)に出て帰宅。喜明氏迎え●喜明氏としばし懇談


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報われぬ仕事 ++++++++ 所感

2012/02/17 18:34

120217(金)5時半起床●TSK日本語版Ⅰコリ8章入力●次回感話プリントの準備●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●一連の仕事が終わったので夕方、東急まで蛍光ペンを買いに自転車を飛ばす。寒い夕暮れ●讃美歌535番の歌詞を心で呟いた。
讃美歌535番

今日をも送りぬ 主につかえて
世の日かげ うつれども
あまついのち 日に日に
ちかくぞある

(おりかえし)
みむねかしこみ
いそしめる身に
いこいを告ぐる
ゆうべの鐘


今日をも送りぬ 主につかえて
みめぐみを 世につたえ
み名のさかえ かたるは
たのしきかな


いかに幸なる わがつとめや
なやみにも のぞみあり
主よ、みむねに かなわば
あすもつくさん


●歌いながらクリスチャンとして生きるのは「報われない人生だ」と思って涙が止まらなかった。クリスチャンはその真面目な生き方の故に「この世から」「親戚から」「家族から」「友人知人から」嫌われるのだ。馬鹿にされるのだ。宿命とはいえ涙の人生だ。
 

塚本訳  マタ 5:11
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。

塚本訳  マタ 10:22
10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

塚本訳 マタ 24:9
24:9 その時あなた達は苦しめられ、殺される。またわたしの弟子であるために、すべての国の人から憎まれる。

塚本訳 Ⅰコリ4:10
4:10 わたし達はキリストのために(こんなに)馬鹿である、あなた達はキリストにあって(そんなに)賢い。わたし達は弱い、あなた達は強い。あなた達には名声がある、わたし達には屈辱がある。

塚本訳 Ⅱコリ4:11
4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。



●過去に何度も葬儀をおこなったが、ほとんどの場合御家族とはそれきりである。縁がなくなる。

●あるとき今井館に御遺族から段ボールで何個ものキリスト教の書籍が届けられた。御遺族が御帰りになるその後ろ姿を見送ったとき、同じ理事のTK氏はこう言った「いいか高橋君。あの家はこれでキリスト教とはおさらばという意味なんだよ」●わたしは悲しい、淋しい。空しい●ノー。あとで分かる。いつか分かる。終末で分かる●救いは神の方で追いかけるのだ。人は無力でも神には力がある。●桃栗三年柿八年、柚のバカヤロ18年。人間は一生かかって神が分かるのだ。来世の最後の審判で神に会うのだ。●讃美歌535番の3節だ。復活の希望だ。 

塚本訳 ルカ 13:6-9

13:6 そこでこの譬を話された、「ある人が葡萄畑に一本の無花果の木を植えておいた。(ある日)実をさがしに来たが、見つからないので、

13:7 葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来ているのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたびれさせることがあろう。』

13:8 答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回りを掘って、肥料をやってみますから。

13:9 それで来年実を結べばよし、それでもだめなら、切ってください。』」

 

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9

3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。

3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

 

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復活の告知で生きる意欲が湧いた人 ++++++++ 所感

2012/02/16 18:23

120216(木)5時起床●TSK日本語版入力Ⅰコリ7章。一日40節できる見通しがついた。一日一一章をノルマにしよう●黒崎幸吉詩篇註解WEB版校正●KTさんから電話。KTさんは90歳。3年前に御夫人に先立たれてからめっきり精神的に落ち込まれた。私から「復活」の話しを聞くのを喜びとされ、「高橋さんから復活の話しを聞くと生きる意欲が湧くよ」と何度も言われる。●[讃美歌の歌詞で『また会う日まで』というのを知っていいる」と言われた。●信者さんではないが、死を目前にされておられる方が「復活の話しを聞きたい」と言われるのは永遠の命を求めているのである。●神よ、KTさんに救いと復活の希望の門を開いてください。●日本で福音が浸透しない原因を最近特に感じる。それは死んだらどうなるかさっぱり分からない。復活体はわからないなどという不可知論がこともあろうにクリスチャンの中に多いことである。●「先のことは分からない、来世のことは分からない」ということを信仰の「美徳」と考えている。パウロが天で泣いている●これでは「芽の出ない種」を播いているのと同じである。そういう不可知論者に限ってこの世の勢力拡大維持か知識を重んじて学歴や権威者に膝まづいている。また享楽主義の遊び人である。●こういうクリスチャンはキリスト教にとって百害あって一利なしであるからサッサと違う宗教に改宗すべきである。マルクス主義になるべきである。●こういうキリスト信者は汎神論、仏教的グノーシスであるからキリスト教の最大の敵である。●初代キリスト教の最大の敵はローマ帝国ではなく、グノーシス主義であった。●日本は仏教的なグノーシス主義の地盤だから「有体的復活」の信仰が根を下ろさない。日本の地盤は泥沼であるから根が腐る。●TSk日本語版を入力していてⅠコリ7:21-24にぶつかり大いに感じるところがあった。

塚本訳  Ⅰコリ7:21-24
7:21 あなたは奴隷として召されたのか。それを気にすることはない。かえって、(釈放されて)自由人になることが出来るとしても、むしろ(奴隷たる身分を)利用せよ。(そのままにしていたがよい。)
7:22 なぜなら、奴隷として召されて主にある者は、(罪の奴隷の状態から)主によって釈放された自由人であり、同様に、自由人として召された者は、キリストの奴隷(になったの)であるから。
7:23 あなた達は(自由人にせよ奴隷にせよ、キリストの血の)代価を払って買われたのである、人間の奴隷になるな。
7:24 兄弟たちよ、各自が召された時の状態で神の前に留まっておれ。


●これはキリスト教が社会改良改造教と思って人には打撃である。
●ヒューマニストにも打撃である。
●この世の束縛から「自由」になりたいと思っている人にも打撃である。
●私の知人で無教会キリスト教で華々しく結婚した二人がいたが、妻が夫に「私を自由にさせてください」と言って夫から去った。彼女は自由になれたのかどうかわからない。おそらく精神的に不自由な人生になったであろう。。自由とは物理的自由ではないのだ。彼女は既に老人。
 
塚本訳  Ⅰコリ7:39
7:39
妻は夫が生きている間は、(夫に)束縛されている。しかしもし夫が眠ったなら、望みの人と結婚することは自由である。ただ主にあって(信者とだけ)すべきである。

口語訳 Ⅱコリ3:17
3:17 主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある

●鳥は空気抵抗が邪魔だからと言って真空の世界に行ったら今度は飛べない。
●定年になれば「サー自由だ。趣味や遊びに興じよう」と思う人が多いが、「仕事がないというのは経済的にも精神的にも大不自由である」
●定年退職になった時、大阪の方の方から「クリスチャンに定年はありません」と叱られたれた。至言である。
●聖路加の日野原先生は3.11事件の一ヶ月後に東北の惨状を見られ、「サーこれから仕事がある」と思われたそうである。そのとき先生は99歳であられた。
●ヒルティの幸福論の本質は「神とともにあって労働すること。」そしてその労働とはこの世的には見栄えのしない「どんな小事でも」という。
●最近某無教会集会で自分の店をたたんで神学校に行き、キリスト教社会運動や伝道に邁進しようとする人が現われた。決して褒めた事ではない。彼に告ぐ。このパウロの言うことを深ーく読むべきである。モチット聖書それ自身を真面目に勉強せよ。
●彼のような人物の行動を褒めるその無教会集会の「行為主義的信仰」は問題である。
そういう無教会主義集会に所属する人間は偶像的先生がいなくなるとマリヤ様のいるカトリックにパラパラと走り行くのは当然である。プロテスタンティズムの信仰がワカッチャナイ。。
●神学校で学ぶことは大脳皮質の肥大化そのもので、そのゴミ溜めのような知識で人を救うことはできない。救いは神の業であることを知るべきである。人間にできることは「祈り」。
●伝道や聖書でメシを食ってはいけない。先生と呼ばれる地位を目指してはいけない。
●この世の「小事」に信仰的意義を見出せない人は「小事」に汗水流している人には伝道出来ない。彼らから献金をまきあげるな。パウロが怒る。
 
口語訳 Ⅰコリ4:11-12
4:11 今の今まで、わたしたちは飢え、かわき、裸にされ、打たれ、宿なしであり、
4:12 苦労して自分の手で働いている。はずかしめられては祝福し、迫害されては耐え忍び、

口語訳 エペ 4:28
4:28 盗んだ者は、今後、盗んではならない。むしろ、貧しい人々に分け与えるようになるために、自分の手で正当な働きをしなさい

口語訳 Ⅰテサ4:11
4:11 そして、あなたがたに命じておいたように、つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働きなさい。

口語訳 Ⅱテサ3:8
3:8
人からパンをもらって食べることもしなかった。それどころか、あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた。



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わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである ++++++++ 所感

2012/02/15 17:09

120215(水)4時半目覚め。床の中で黙想、祈り。●TSK日本語版Ⅰコリ入力●黒崎詩篇註解校正●所用で外出●次回感話の最難関を聖書で聖書を読む方法で突破。聖書の分からに所は「人間に聞いてはいけない」黒崎や塚本の註解は「聖書をPして聖書を語らしめる」方法である。神の国の真理は「植物の譬」が一番分かりやすい。「善い木には良い実がなるから、善行を善行と思わない」


マタイ25:40の感話準備
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

 

 [感話と引照]

●これはヒューマニズムか。「わたしのいと小さい兄弟たち」とは誰か。

 

塚本訳 ルカ 10:25-29

10:25 するとそこに、ひとりの律法学者があらわれて、イエスを試そうとして言った、「先生、何をすれば永遠の命がいただけるのでしょうか。」

10:26 イエスは言われた、「律法[聖書]に何と書いてあるか。解釈はいかに。」

10:27 学者が答えた、「『心のかぎり、精神のかぎり、力のかぎり、』思いのかぎり、『あなたの神なる主を愛せよ。』また』隣の人を自分のように愛せよ』です。」

10:28 彼に言われた、「その答は正しい。『それを実行しなさい。そうすれば(永遠に)生きられる。』」

10:29 すると学者は照れかくしにイエスに言った、「では、わたしの隣り人とはいったいだれのことですか。

 

塚本訳 使  9:36

9:36 またヨッパ(の町)にタビタ、(ギリシヤ語に)訳するとドルカス(羚羊かもしか)というひとりの女信者がいた。この人は山のような善行と慈善とをした人であった

 

塚本訳 使  10:22

10:22 彼らが言った、「百卒長コルネリオは正しい人で敬神家で、ユダヤ国民全体に評判のよい人ですが、聖なる天使から、あなたを家に招いて御言葉を聞けとのお告げを受けたのです。」

 

塚本訳 使  22:12

22:12 すると(ダマスコに)アナニヤという人がいた。律法的に信心深く、そこに住むユダヤ人全体に評判がよかったが、

 

○生まれ変わった者の「愛」や「親切」は相手が信者か否かを問わない。

 

新共同 箴  19:17

19:17 弱者を憐れむ人は主に貸す人。その行いは必ず報いられる。

 

新共同 箴  14:31-32

14:31 弱者を虐げる者は造り主を嘲る。造り主を尊ぶ人は乏しい人を憐れむ。

14:32 神に逆らう者は災いのときに退けられる。神に従う人は死のときにも避けどころを得る。

 

新共同 シラ書[集会の書] 7:32

7:32 貧しい人に援助の手を差し伸べよ。そうすれば、お前は豊かに祝福される

 

新共同 シラ書[集会の書] 7:35

7:35 病人を見舞うのをためらうな。それによって、お前は愛されるようになる

 

塚本訳 ルカ 10:36-37

10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」

10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)

 

塚本訳 マタ 6:1-4

6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。

6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。

6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。

6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

 

塚本訳  使  20:35

20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」

 

塚本訳使  9:4-5

9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。

9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ

 

塚本訳 マタ 10:41-42

10:41 預言者を預言者として迎える者は、預言者と同じ褒美を戴き、義人を義人として迎える者は、義人と同じ褒美を戴くであろう。

10:42 また(わたしの)弟子としてこの一人の小さな者に一杯の冷たい水でも飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない。

 

塚本訳 マタ 18:5

18:5 またわたしの名を信ずるこんな一人の子供を迎える者は、わたしを迎えてくれるのである。

 

塚本訳 ヨハ 19:26-27

19:26 するとイエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」

19:27 それからその弟子に言われる、「これがあなたのおかあさんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

 

塚本訳 ヨハ 21:15-19

21:15 やがて食事がおわると、イエスはシモン・ペテロに言われる、「ヨハネの子シモン、(今でも)あなたは、この人たち(が愛する)以上に、わたしを愛しているのか。」イエスに言う、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたが御存じです。」彼に言われる、「わたしの小羊を飼いなさい。」

21:16 二度目にまた言われる、「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛しているのか。」イエスに言う、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたが御存じです。」彼に言われる、「わたしの羊の番をしなさい。」

21:17 三度目に言われる、「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛しているのか。」ペテロは、イエスが三度も「あなたはわたしを愛しているのか」と言われたので悲しくなって、言った、「主よ、あなたはなんでも御存じです。わたしがあなたを愛していることはあなたが御存じです。」イエスが言われる、「わたしの羊を飼いなさい。

21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」

21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。

 

塚本訳 Ⅰヨハ5:1-2

5:1 どんな人でも、イエスが救世主であると信ずる者は、神(の力)によって生まれたのであり、またどんな人でも、自分を生んでくださったお方を愛する者は、彼(の力)によって生まれた者(、すなわち同じ父から生まれた者)を愛する。

5:2 神を愛し、その掟を行う時、そのことによって、わたし達は神の子(なる兄弟)たちを愛していることがわかるのである。

 

塚本訳 マコ 3:34-35

3:34 自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

3:35 神の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母である。

 

塚本訳 エペ 5:28-30

5:28 これと同様に夫【もまた】自分の妻を自分の体のように愛すべき義務がある。自分の妻を愛する者は自分自身を愛するのである。

5:29 何故なら、未だ曽て自分の「肉」を悪んだ者は無く、何人もこれを養い育てる。同じようにキリストも教会を養い育て給う。

5:30 私達は彼の体の肢(えだ)である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マタイ25:40の感話準備 終わり

●妻は浅井よしえさんの葬儀(18:00.日本基督教団、原町田教会)に参列のために夕方から出かける。浅井さんには我が家が火災になった時「愛の負債」がある。94歳。安らかにお眠りください。復活の日まで。●
日本基督教団、原町田教会をネットで調べると歴史のある大教会である。一時は毎月数人の受洗者があったという。それだけ「キリストの苦しみの欠けたるを補う」苦労が大だからであろう。

塚本訳  コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。


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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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人にした親切を忘れてしまう人 ++++++++ 所感

2012/02/14 20:34

120214(火)4時起床○TSK日本語版Ⅰコリ入力●朝の黙想。次回感話の準備。「人にした親切を忘れてしまう人」

次回感話の準備。マタイ25:37-39

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25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。

 

25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。

 

25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』

 

[感話と引照]

●人に与えた親切は覚えているが、人から受けた親切は忘れやすいものだ

 

塚本訳 ルカ 22:25

22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる

 

塚本訳 マコ 10:42

10:42 イエスは彼らを呼びよせて言われる、「あなた達が知っているように、世間ではいわゆる主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである

 

○神に召されると、人への親切を忘れてしまう人にさせられる。

 

塚本訳 マタ 12:33

12:33 木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を悪いとするなら、その実をも悪いとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのである

 

塚本訳 ガラ 5:22

5:22 しかし霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実

 

口語訳 Ⅰ歴 29:14

29:14 しかしわれわれがこのように喜んでささげることができても、わたしは何者でしょう。わたしの民は何でしょう。すべての物はあなたから出ます。われわれはあなたから受けて、あなたにささげたのです。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:10

15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。

 

塚本訳 マタ 6:1-4

6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。

6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。

6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。

6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次回感話の準備。マタイ25:37-39 終わり 

●聖書は聖書で読むべし

塚本訳 マタ 16:6
16:6 するとイエスは弟子たちに、「パリサイ人の(パン種)とサドカイ人のパン種に注意し、警戒せよ」と言われた。

●この難解な言葉はパウロの次の言葉から解明できる。

塚本訳 Ⅰコリ5:6-8
5:6 (こんな仲間がいる中で、)あなた達の自慢は誉めたことではない。(一人だけだと言うかも知れないが、)少しのパン種が捏粉全体を発酵させることを、あなた達は知らないのか。
5:7 新しい捏粉であり得るために、古いパン種を掃き出せ。実際あなた達は種なしパンなのだから。また、わたし達の『過越の小羊』キリスト『は屠られた』のだから。
5:8 それゆえに、古いパン種をもってでなく、また悪と悪意とのパン種をもってでなく、純潔と真実との種なしパンをもって、(永遠の過越の)祭りをしようではないか。

●聖書の分からないところは「人間」に聞くな。混乱するばかりだ。「聖書に聞け」。

●今日は昭和女子大生による拙宅の木造住宅見学会。今年は熱心な生徒一名であったが、インフルエンザの為に欠席。残念であったが、おかげで家の中が片付いてきれいになった。

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東日本大震災事故を聖書的に考える ++++++++ 所感

2012/02/13 18:10

120213(月)5時目覚め。床の中で黙想と祈り。@東日本大震災と事故を聖書敵に考える。浮かんだ聖句の数々。

朝の黙想
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塚本訳  ルカ 12:15
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

●金で永遠の命は買えない。いくら生命保険に入ってても来世には行けない。

塚本訳 ルカ 12:16-20
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

●いくら安全な原発を造っても、今夜命が失われればむなしい。

塚本訳  マタ 6:18-20
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

●地上に宝を積むと悩みのもと。金持ちはそれを失うまいと常に不安。

塚本訳  ルカ 16:12-13
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

●神に真に帰依するとこの世のものが祝福として与えられる。命も財産も家庭も信者も。

口語訳 詩  127:1
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

●「建つ建物は建つ」。これ50年の建築人生の結論。建築哲学。神が原発を造るのでなければ計画はむなしい。挫折する。

塚本訳  Ⅱコリ4:6-7
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

●科学技術は不確実。人間の造るものは「土の器」。人間の体も土の器。

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朝の黙想終わり。

●TSK日本語版Ⅰコリ4章入力● 新約は今年の夏まで。それまでパソコンが壊れないように祈る。旧約はその後数年はかかる。健康で過ごせますように祈る●それが終了すれば「Jバイブル」(聖書ソフト)にTSKを連動される。これライフワーク。日本への置き土産。●女子大の採点終了。「レターパック」で大学に送る。授業態度が超悪かった二人は出席率がちょかったのでかろうじて合格。ホットした。●テストに自信が無い人は出席率で稼げばよい。●某先生は数学が苦手」。しかし授業中に一番前の席に座って先生の化をを「じーっ」と見つめていたら合格点を与えられたと言う●今年来た年賀状に「娘は小学校から12年間無欠席でした」とあった。このお嬢さんの就職、結婚、家庭生活間違いなし。●ある青年に塚本先生が「キリスト教を分かりたいと思ったら、黙って10年集会に来たまえと諭した。至言。

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家族に病人を抱えてしまった時 ++++++++ 所感

2012/02/12 21:02

120212(日)5時目覚め●啓示、黙想、祈り●10:00妻と集会へ。集会は藤巻、高木(詩篇、福島原発)、山本(Ⅰコリ15章。復活体の問題)●帰途、吉祥寺まで高木博義さんと福島原発問題を語り合う●家族に病人を抱えてしまった人は多い。その苦悩の重圧から少しでも楽になるには、その苦悩を外に向かって語ることである。 少し楽になる。●最も力になるのは共に祈ってくれる信仰の友を持つことである。今日はその人の信仰が崩れないように2通メールをしたが、その一部は次の通り。改変し箇条書きにする。

●人間の体は「土の器」で特に老年になると肉体的にも精神的にも故障が多くなると思います。
●私の知人はかって仕事で失敗し、「うつ病」になりました。その時は自殺願望が強く心配しましたが、直りました。
●また別の知人の夫人は20年前ごろから「うつ病的」な病になり、これは改善してません。気の毒かつ不憫でなりません。
●重い病気を(自分でなく)家族に抱えた人は「神がいるなら抗議したい」とか「お祈りなんて聴かれない」と思っています
●人にはそれぞれ家庭的に「聴かれざる祈祷」(内村鑑三)があるものと思います。
しかし希望があります。神はすべてを御存じだと思います。
●お祈りいたします。人生は苦難続きです。
●Ⅱコリ4:7を黒崎幸吉の新約聖書註解で読みました。
 
黒崎幸吉新約聖書註解第二コリント4:7
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4章7節 我等(われら)この寶(たから)を土(つち)の器(うつは)に有(も)てり、[
 
口語訳 しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
塚本訳 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。
前田訳 われらはこの宝を土の器に持っています。それはあふれる力が神のもので、われらからでないためです。
新共同 ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。
NIV But we have this treasure in jars of clay to show that this all-surpassing power is from God and not from us.

註解: (▲7-18節はパウロ反対の人々がパウロに多くの苦難が臨んで来るのは彼が真の使徒ではない証拠であるとして彼を非難したのに対して、パウロは苦難の意義と使徒としての苦難の重要さを示したのであった。)「この宝」は福音の使徒たる職を意味し「土の器」はパウロ等の肉を意味する。一方に福音の使徒たる職の光栄が、モーセの光栄にも優る事を知りながら、他方これを授けられし使徒自身の肉の弱さと醜さとを見る時、この光栄ある職を盛る器としては全く不適当であり、これにつきて誇る事は如何にも狂か愚かの如くに人には見える事をパウロは知っていた。しかしパウロはこれを恥とせず、容器の卑しきを見て内容そのものを賤むは誤っているのみならず、却って其処に深き神の御旨があることを確信していた

これ優(すぐ)れて大(おほい)なる能力(ちから)の我等(われら)より出(い)でずして、神(かみ)[より出(い)づることの](のものなるこご(あらは)れんためなり。

註解: これ福音の偉大なる力が、その使徒たる人より出づるが如くに思わるる事を避けんが為である。すなわちこの力は神より出づるのであって神のみ崇められ給わんが為に、かかる卑しき土の器にこの至宝が盛られたのである。故に自らを高しとしその宝の貴さを顕さない使徒は真の使徒ではない。偽の使徒はパウロの肉の弱さを嘲けり、自己の肉に誇る事によりてパウロの使徒たる事を否定していたのであろう(11:18-23。11:30。12:5-10)。

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黒崎幸吉新約聖書註解第二コリント4:7 終わり


●次はもう一通。一部改変
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○○様
 

私も母の癌の最後の日々、刻々と変わる母の変化に私自身に「心の重圧」がありました。そこでブログに書き、またコピーして親戚の各位に一週間ごとに送ったものです。心の苦しみは誰かに言って重荷を下ろしたいものです。○○様の場合は周囲に御親戚の方がおられてお幸せです。しかし傍にいる人が一番苦労します。私の場合は妻が助けてくれました。母が逝って来月で満8年になります。

ゲッセマネの祈りのイエスは弟子達に心の重荷を言おうと思ったら弟子は眠っていました。イエスの嘆きの気持が分かります。

 

塚本訳 マタ 26:40

26:40 やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。

 

○○様の信仰が崩れないように祈ります。否、崩れてもいいのではないかと思います。イエスは「祈りは聴かれる」と人に教えつつ、いざ自分の時になると「はしたなく」「見苦しく」「なりふりかまわず」取り乱しました。

 

高橋 2011.2.12 1735

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次はもう一通。一部改変 終わり



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山羊の救い ++++++++ 所感

2012/02/11 19:24

120211(土)5時目覚め。床のなかで様々な啓示、黙想、祈り●TSK日本語の入力の改善。習熟度アップ。●最後の審判では善人である羊は右側に分けられて永遠の命を頂き、悪人である山羊は左側に分けられて永遠の刑罰に落とされる。●悪人とは次のような人物である。

塚本訳  マタ 25:41-43
25:41 それから王は左側の者に言う、『わたしを離れよ、この罰当りども、悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入れ。
25:42 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせず、渇いたときに飲ませず、
25:43 宿がなかったときに宿をかさず、裸のときに着せず、病気のとき、牢に入っていたときに見舞ってくれなかったのだから。』

●これによれば私は完全に左側に分けられる山羊である。●一人でいるある夜。粗末な洋服を着た人が玄関に来て、[あなたはクリスチャンですか。私は今晩食べるお金が無いのです、必ずお返ししますから一食分を貸して下さい。」。付近であの家はクリスチャンだと聞いたのかもしれない。●そこで返してもらう期待も無いまま1000円を渡そうと思ったが、ふと足元を見るとピカピカの靴を履いている。これは詐欺だと思った私は「交番に行って事情を話せ」とすぐ追い返した。しかジャンバルジャンを赦したミリエル神父のことを思い出して反省、すぐ追いかけて行ったがその姿はかき消すようになかった。交番にも行ったがそういう人物は来なかったという。あれは私を試そうとしてきたキリストではなかったのか。●そのほか金を無心してきた人を断ったこと2回。これらの事で私は完全に山羊である。私は冷たい男だ。弁解できない。
 
塚本訳  マタ 25:45
25:45 その時、王は答える、『アーメン、わたしは言う、このいと小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのと同じである。』

●こんな私もまた救われるか。救われない。永遠の刑罰に入ること必至。●しかし唯一の望みはキリストの十字架の贖罪である。●最後の審判ではキリストの十字架にすがろう。●妻は夕方からコーラスの練習。●CDでモーツアルト「レクイエム」を観賞。

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真の困窮は「罪の悔いと死の恐怖」 ++++++++ 所感

2012/02/10 16:08

120210(金)5時起床●朝の啓示「真の困窮とは罪の悔いと死の恐怖」●TSK日本語版Ⅰコリ入力●黒崎詩篇WEB版校正●録画TVで「イサベル女王とアルハンブラ宮殿」。争いというのは「この世の諸物の奪いあい」」。土地も人も思想も文化も。●次回感話の準備。人の子の裁き・・(2)。マタイ25:35-36●某氏に旧約と新約の見解についてメール。

旧約と新約に関する見解一部改変。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
○○ 様

小生の旧約と新約に対する見解は次の通りです。

●新約の親は旧約。旧約なくして新約なし
●旧約あっての新約、逆に新約あっての旧約。
●旧約は一階部分、新約は二階部分、一階なくしてニ階なし。
●ただし外から梯子で一気にニ階に登っても救われる(住める)
●塚本先生はかって「旧約は聖書にあらず」とまで言い切りました。(昭和37年5月聖書知識) 
 これにはびっくりしましたが、先生は当時ヘブル書の敷衍訳の最中で、8章7-13の小見出しは「旧約の消滅」と されました。
●私は旧約は新約の光で読むとその意味が初めて分かるのではないかと思考します。
●○○様の「詩篇は新約と旧約の間に置かれたレンズ」とは至言と思います。
●新約からそのレンズを覗くわけですね。親の偉大さ、ありがたさが分かると言うことですね。
●しかし親(=旧約)は親。子(=新約)は子でもあると思います。
●「結婚は親を捨てること」だという塚本訳の激しさを思います。

塚本訳 マコ 10:7-8
10:7 『それゆえに人はその父と母とをすてて、
10:8 二人は一体となる』(とモーセは書いている。)従って、もはや二人ではない、一体である。

塚本訳 エペ 5:31
5:31 『この故に人は父と母とを捨ててその妻に結びつき、二人は一体となる』。

●ただし、これ結婚する者が親に向って言ってはならない。親は「カツン」とくる。
●肉の親を捨てて霊の親なる神に帰依する時、肉の親に真に孝行できる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
旧約と新約に関する見解一部改変。 おわり

●人間の真の困窮は貧困でも病気でも戦争でもない。それは人間の力で「なんとかなる」。しかし「何ともならない」のが過ぎ去った過去の罪に対する「悔い」とこれから襲ってくる「死の悲しみ恐怖」。過去と将来。この二つの間に挟まった人間は「どうしようもない」困窮に陥っている。●聖書はこの困窮からの救済の道が書かれて入る。神の子キリストの贖罪による「罪の赦し」で楽になれる事。神の子イエスの「有体的復活」の事実で「この私も」来世で永遠の命に生きることが出来る「希望」を抱く事が出来て「楽になれる事」●これ、人間としての真の困窮から救済される道。

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彼女達の上に幸あれ ++++++++ 所感

2012/02/09 16:04

120209(木)5時半起床●朝の啓示。「失敗と悔いの人生の人へ」●TSK日本語版第一コリント入力●キリスト教主義学校や寮がこと「信仰」「福音宣教」にうまくいかない原因は簡単である。この世のエリートに福音を説こうとしているからである。その姿勢は聖書に逆行している。●福音は「失敗と悔いの人生」に嘆き悲しんでいる人に向って宣教すべきである。パウロは次のよぷに言っているではないか。

塚本訳  Ⅰコリ1:26-28
1:26 論より証拠、あなた達のお召しのことを考えてみるがよい。兄弟たちよ、この世的には、(あなた達の中に)多くの知恵者がなく、多くの有力者がなく、多くの高貴の人がないではないか。
1:27 それどころか、世の馬鹿なものを神はお選びになった、知恵者に恥をかかせるためである。また世の無力なものを神はお選びになった、力のあるものに恥をかかせるためである。
1:28 また世の身分の低いもの、軽蔑されているもの、(いや、あっても)無い(ように思われている)ものを神はお選びになった、ある(と思われている)ものを無にするためである。


●女子大のリポートテストの採点。苦労して播いた種を刈り取る喜びがある。●各人の顔写真を見ながら採点した●「自分の将来の希望を書きなさい」という部分では若者らしい夢と希望にあふれたことが書かれていて頼もしく思うのと同時に「これからどんな苦難や不運」が待ち構えているのかと思うと悲しくなった。彼女達の上に幸あれと心で祈った。●レポートの中に次のようなコメントもあって嬉しくなった。彼女達の応答に私の姿が写っているようだ。

A・(先生の)講義はとてつもなく共感しました。
B・自分で建てた建物をお施主さんに喜んでもらえたとき、「この仕事してて良かったbな―と  
  思う」とおっしゃっていたことは、聞いている私も素敵だなーと思いました。
C・私達に話しているとき、とても顔がかがやいていました。 先生にとって建築のお仕事は生
  きがいなのだと、仕事に対しての情熱と使命感が私に伝わりました。
D・私はインテリアか建築関係に進みたいと思います。恋愛結婚したいです。先生が奥さんと
  喧嘩したあとにアイスクリーム を二個買ってきて、一個を奥さんに渡すとき「君を愛す(ア
  イス)」というお話がとても好きでした。

●このようなコメントを書いてくれた人の点数よくした。??!!●建築というこの世限りのこと(小事)に一生懸命になれるようになったのは永遠の生命に生きられることを知ったからだ。●若き日に職業選択に悩み、この世の建築に信仰的意義を見出せななかったことを思うと、我が身が変わったことに感慨深いものがある。次の聖句の意味が塚本虎二先生の解説で分かったからだ。感謝。 
 
塚本訳  ルカ 16:9-12
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
 

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人生は短くてはかないなー ++++++++ 所感

2012/02/08 15:45

120208(水)5時半起床●今日からTSK日本語版第一コリント開始●池谷医院、散髪、郵便局、ムラウチホビー(ネズミ捕獲粘着板)●妻は今年から知人の紹介で末期がんの御夫人の世話に行っていたが、その知人からの連絡で昨日召されたという。人生のはかなさを思い、何ともやりきれなくなって、同信のクリスチャンんの方に次のようなメールを送った。


同信のクリスチャンんへのメール

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○○様
 

妻は、知人の紹介で今年からクリスチャン御夫婦の夕食づくり(週一回)を手伝っていましたが、先ほどその知人から御夫人が召されたとの電話がありました。僅か2回だけの手伝いでしたが、不思議な御縁でした。

たまたま来ていた御夫人の姉が髪を整え、体を拭いた後、ちょっとした隙にあっという間に逝ったそうです。癌でした。「家からの旅立ち」でした。

 

詩篇90篇10節を思います。御夫人は70歳にはなってなかったのです。(中略)「春までは持たないだろう」と医者が言った段階で妻が最後の手伝いにその家に行きましたが、「内村鑑三の流れに所属する者」と自己紹介をしたら御主人が「ホッ」としたと言います。日本における無教会の信用度の高さが評価されたようで喜びました。

 

以下黒崎幸吉詩篇註解。

 

9010われらが寿命を全うする場合でも(とし)をふる()七十歳(なゝそぢ)にすぎず、あるひは(すこや)かにして八十歳(やそぢ)にいたらん、されどその長き生涯に於て(ほこ)るところは人の目には如何に華やかに見ゆるにしても結局はただ《勞苦(らうく)》【勤勞】と《悲哀(ひあい)》【かなしみ】とのみ、そはその()りゆくこと(すみやか)にして蜉蝣(かげろう)の如くわれらも(また)飛去(とびさ)れり。

文語訳

9010われらが(とし)をふる()七十歳(ななそぢ)にすぎず あるいは(すこや)かにして八十歳(やそぢ)にいたらん されどその(ほこ)るところはたゞ勤勞(きんらう)とかなしみとのみ その()りゆくこと(すみや)かにして われらもまた飛去(とびさ)れり

口語訳

9010われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

関根訳

9010それ故われらはの(よわい)七十歳(ななそじ)長くて八十歳(たそじ)に達してもその誇るところはただ労苦と(むな)しさ、楽しみはげにつかの間でわれらもまた飛び去る。

新共同

9010人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても 得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。

 

 同信のクリスチャンんへのメール 終わり

●人生は短くてはかない。誠に黒崎幸吉が註解するように人生は「かげろう」の如くだ。
●どうせ死ぬなら、罪を赦され、復活の希望に満ち満ちて死にたいものだと思った。
●淋しい人生。悲しい人生。気の毒な人生。しかし神はキリストを世に降して罪の赦しと復活の希望を与えて下さった。マーいいいか。 
●妻は夕方からモーツァルト「レクイエム」の応援の為に東大和へ。練習
●TSK日本語版Ⅰコリ入力。
 

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天国に入るための条件 ++++++++ 所感

2012/02/07 17:11

120207(火)5時目覚め。●TSK日本語版入力ロマ書完成。新約の66%完了。●主にあるお二人の方の御家庭に大苦難。熱祈し、そのうちの一人に次のようにメールした。

大苦難渦中の方へのメール
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○○ 様
 

御母堂の「眠り」の時は神がお決めになっていると信じます。

そして主のもとでの「長い眠り」(否、間もなく)。それから神の声で復活。

終末の神の裁きの座では貴殿を苦しんで生み、苦労して育てたということで神に褒められると信じます。

次回感話の中心的主題の解明に拍車がかかりました。

 

文語訳 マタ 25:40

25:40 王こたへて言はん「まことに汝らに告ぐ、わが兄弟なる此等のいと小き者の一人になしたるは、即ち我に爲したるなり」

 

引き続き祈らせていただきます。

ご家族の皆様の「労」の上に神の祝福と慰めがありますように。

 

高橋 120207

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大苦難渦中の方へのメール 終わり


●午後は収録ビデオで「ミケランジェロ『最後の審判』」を見る。ミケランジェロがなぜキリストをプロレスラーのように描いたかがわかった。肉体が神の創造物として最高のものだと考えたから。天地創造の画のアダムやダビデ像も同じ精神。しかしなんとなくしっくりいかない●次回3月4日の感話の準備。人の子の裁きの第二回目。今日はマタイ25:35.

次回感話の準備
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天国に入るための条件 120207

・・・霊によって生まれた人だけが善い実を結び天国に入れる・・・

東京聖書読者会 2012.3.4 高橋照男

 

塚本訳マタ 25:35-46 人の子の裁き・・・(2)

 

25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、

 

●愛の行為は旧約の教え。努力目標ではあるが天国に入るには厳しい条件だ

 

新共同 箴  19:17

19:17 弱者を憐れむ人は主に貸す人。その行いは必ず報いられる。

 

新共同 イザ 58:7-8

58:7 更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与え/さまよう貧しい人を家に招き入れ/裸の人に会えば衣を着せかけ/同胞に助けを惜しまないこと。

58:8 そうすれば、あなたの光は曙のように射し出で/あなたの傷は速やかにいやされる。あなたの正義があなたを先導し/主の栄光があなたのしんがりを守る。

 

新共同 エゼ 18:7

18:7 人を抑圧せず、負債者の質物を返し、力ずくで奪わず、飢えた者に自分のパンを与え、裸の者に衣服を着せ、

 

塚本訳 ルカ 10:25

10:25 するとそこに、ひとりの律法学者があらわれて、イエスを試そうとして言った、「先生、何をすれば永遠の命がいただけるのでしょうか。」

 

塚本訳 ルカ 10:33-37

10:33 ところが旅行をしていたひとりのサマリヤ人は、この人のところに来ると、見て不憫に思い、

10:34 近寄って傷にオリブ油と葡萄酒を注いで包帯した上、自分の驢馬に乗せて旅籠屋につれていって介抱した

10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った(という話)。

10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」

10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)

 

塚本訳 マタ 19:16-22

19:16 するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」

19:17 イエスは言われた、「なぜ善いことについってわたしに尋ねるのか。善いお方はただ一人(神)である。(永遠の)命に入りたければ、(神の)掟を守りなさい。」

19:18 「どの掟を」と彼が言う。イエスはこたえられた、「『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、

19:19 父と母とを敬え、』また『隣の人を自分のように愛せよ。』」

19:20 青年が言う、「それならみんな守っております。まだ何か足りないでしょうか。」

19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。

19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

 

○新約の教えは新しい。「貧乏で善行が出来なかった人でも救われる」と言う。

 

塚本訳 ルカ 18:9-14

18:9 なお、自分(だけ)は信心深いとうぬぼれて人を軽蔑している者たちにも、この譬を話された。

18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。

18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。

18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。

18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った

18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」

 

塚本訳ルカ 21:1-4

21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。

21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、

21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。

21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

 

○救われた者の道徳。これは救いの結果の実であって救われる条件ではない

 

塚本訳 ヤコ 2:15-16

2:15 (君達の)兄弟か姉妹が裸でいて、その日の食物に事欠いている時、

2:16 君達の誰かがこれに、「(では)『お大事に』、温かにして、満腹しなさい」と言って体に必要なものを与らなければ、何の役に立とう。

 

塚本訳 Ⅰヨハ3:16-17

3:16 (神の子である)キリストがわたし達のために命を捨てられた(その)ことで、わたし達は(はじめて)愛を知った。だからわたし達も兄弟のために命をすてねばならない。

3:17 (手近な例であるが、)この世の財産を持っていて、その兄弟の必要を見ながら、しかも彼に対して憐れみの心を閉じる者があれば、どうして神の愛がその人に留っていることができよう

 

塚本訳 ロマ 12:13

12:13 力を合わせて聖徒の欠乏をおぎない、旅人の接待に努めよ

 

塚本訳 ヘブ 13:2

13:2 (また、)旅人の接待を忘れないように。というのは、このことにより(アブラハム、サラなど)ある人々は、(自分でも)知らずに天使を泊め(て、神の恩恵を受け)たからである。

 

塚本訳 ロマ 12:13

12:13 力を合わせて聖徒の欠乏をおぎない、旅人の接待に努めよ

 

塚本訳 ロマ 12:20

12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)

 

塚本訳 ヘブ 13:2

13:2 (また、)旅人の接待を忘れないように。というのは、このことにより(アブラハム、サラなど)ある人々は、(自分でも)知らずに天使を泊め(て、神の恩恵を受け)たからである。

 

塚本訳 ヘブ 13:16

13:16 しかし(同様に、)慈善と同情とを忘れるな。こんな犠牲こそ神のお気に召すからである。

 

塚本訳 ルカ 14:12-14

14:12 また自分を招いた人にも言われた、「朝飯や夕飯の会を催す時には、友人も、兄弟も、親族も、近所の金持も呼ぶな。そうでないと、その人たちもあなたを招待してお返しをするかも知れない。

14:13 御馳走をする時には、むしろ貧乏人、片輪、足なえ、盲人を招きなさい。

14:14 この人たちはお返しができないから、あなたは幸いである。(最後の日)義人の復活の時に、あなたは(神から)お返しをうけるのだから。

 

塚本訳 使  4:32

4:32 信者の団体は一つ心一つ思いで、一人として持ち物を自分のものと言わず、一切の物が共有であった。

 

塚本訳 Ⅱコリ8:9

8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

 

塚本訳 使  9:36

9:36 またヨッパ(の町)にタビタ、(ギリシヤ語に)訳するとドルカス(羚羊)というひとりの女信者がいた。この人は山のような善行と慈善とをした人であった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次回感話の準備 終わり 

●18:30頃、昨日仕掛けておいたネズミ捕獲粘着板に一匹かかっていた。まだ生きていたが心を鬼ににして心で「ごめんな。ごめんな」と言いながら庭に埋めた。殺生は気持の良いいものではない。もうこの家には来ないでほしい。よその家の方がおいしいものがあるぞ。
 

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バッハが「音楽の父」と呼ばれる理由 ++++++++ 所感

2012/02/06 06:47

120206(月)5時半目覚め。朝の黙示を書く以下①と②

①「バッハが音楽の父」と呼ばれるようになった理由。

バッハには最初の結婚によって7人、2度目の結婚によって13人の子供が生まれた。しかしその半数は生まれて間もなく、 1人は20代で亡くなった。結局5人の息子と4人の娘が長生きただけである。バッハの曲が多くの人を慰める理由はここにある。私は特に次の曲に癒される。母が逝った時に何度聴いたかわからない。二つのヴァイオリンの為の協奏曲第二楽章。次をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=SZ_1QFkaWBQ

●人間、多くの子供や孫に囲まれて馬齢を重ねて大往生をする人生では世の為人の為に何のよい影響も与えない。真の遺産を残さない。生きている意味はない。第一に本人の心が満足しない。バッハの音楽の源流は幼くして死んだ多くの子供達である。その子供達はバッハに命を捧げたのだ。

②復活を否定する人間の種類。

●十年一日の如くに「有体的復活」を叫んでいるが、これに対して何年もクリスチャンを「ヤッテ」いる人の中にも犬が星を見ているような顔をする人間がいる。その種類は次の3種。

第1種)神学者、聖書学者。サドカイ人のような人。
 
塚本訳 ルカ 20:27
20:27 復活の存在を否定するサドカイ人が数人近寄って、イエスにこう言って質問した、

塚本訳 使  23:8
23:8 なぜならサドカイ人は復活も天使も霊もないと主張するのに対して、パリサイ人はこれを認めるからである。

塚本訳  Ⅰコリ15:12
15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか

●こういう人たちに対しては次のような冷たい態度であるべきだ。 

文語訳 Ⅰコリ15:35-36
15:35 されど人あるひは言はん、死人いかにして甦へるべきか、如何なる體をもて來るべきかと。
15:36 愚かなる者よ、なんぢの播く所のもの先づ死なずば生きず。
 
塚本訳  ルカ 16:31
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』

第2種)金持ち、現世主義、地上王国目的主義、遊び人

塚本訳  ルカ 12:16-21
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

第3種)不品行人間

塚本訳  使  24:25
24:25 ところがパウロの話は、義と、節制と、来るべき(最後の)裁きとについてだったので、ペリクスは恐ろしくなって、「本日はこれで帰ってよろしい。よい折があったら、また呼びにやるから」と言った。

●こういう人には次のような態度であるべきだ。イエスはダメ人間、見込みのない人間には冷たかった。

新共同 マタ 7:6
7:6 神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。」


塚本訳 マタ 13:42-43
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

●またネズミ。サツマイモをかじった跡がある。
妻「どこから入って来るんでしょう」。私「それが分かれば問題は無いんだ」。妻「原因が分からなければイタチごっこだわ」。私(心の中で)「戦争も原因が不明。かくなる上は無抵抗主義で、食べたいだけ食べさせておくか」。

●7:20NHKFM「気ままにクラシック」イントロクイズ。今日も難問で分からない。悩みの日々が続く。●12:00方法の体で 分かった。ベートーベン、ピアノ協奏曲第4番の第3楽章冒頭。
●TSK日本語版ロマ書入力
 ●町内会の回覧を配る●17:15 山川歯科。年4回の掃除。生涯「入れ歯」なしで過ごしたい。 
●20:00 ネズミ捕りの粘着板を仕掛ける。明日の死骸処理に気が滅入る。


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無益な議論には一喝せよ ++++++++ 所感

2012/02/05 06:26

120205(日)5時目覚め、朝風呂で体を温める●朝の啓示「無益な議論には一喝せよ」●「有体的復活」「終末の審判」「復活体とは」等の話をすると「大反応」があるかあるいは「沈黙」または「あいつはあいつだ」などとこれを無視する人に分かれる。●過日は「この人は」と思う人と「復活体」の議論をしたところ見解が分かれた。そして「またにしよう」という態度をされたのでがっくり。それ以来悩み続けた。●そこで聖書それ自身に救いを求めよう。 
 

塚本訳(昭和11年) Ⅰコリ15:35-36

15:35(以上私は復活が無ければならぬことを論じた。)しかし或る人は(なお)言うであろう――(仮に復活があるとしても、)如何(どう)して、(どんな風にして)死んだ者が復活するのか。(復活の時には)どんな体で来るのか、と。

15:35(君はなんという)愚か者(であろう)! 君の播くものが(一旦)死ななければ、活かされ(て新しい芽となら)ない(ではないか)。

●「復活論」「復活体論」「教会・無教会論」は大脳皮質では理解できないことだから、「愚か者!」と一喝した方が早い。


塚本訳 Ⅰテモ1:4
1:4 昔話や果てしもない系図(の穿鑿)に気を取られないようにしてもらいたい。これらはただ理窟をこねるだけで、
信仰による神の救いの計画の成就には(少しも)役立たない。

●これは今日的に言えば「各種の教派論争」である。「カトリックと無教会」の論争でもある。カトリックの故岩下壮一神父が「『一人一教会主義の先生』(明らかに塚本虎二先生のこと・・高橋注)の弟子という者まで現われた」と痛烈批判した事がある。(「信仰の遺産」)


塚本訳  テト 3:9
3:9 しかし愚かな論議と(下らぬ)系図(論)と争いと律法に関する論争に遠ざかれ。これらは無益で無駄であるから。

●信仰に議論は「無益で無駄」。なぜか。救いは神による働きかけだから。「桃栗三年柿八年、クリスチャンは二十年だ。

塚本訳  マタ 13:40-43
13:40 だから世の終りには、ちょうど毒麦が抜き取られて火で焼きすてられるようであろう。
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け
 
  

●信仰は大脳皮質が満足するように「丁寧に親切に優しく」説明するのは無益。聖霊によらなければわいからないからだ。イエスは冷たかった。「耳ある者は聞け」と言った。 

 

 

塚本訳 使  24:25

24:25 ところがパウロの話は、義と、節制と、来るべき(最後の)裁きとについてだったので、ペリクスは恐ろしくなって、「本日はこれで帰ってよろしい。よい折があったら、また呼びにやるから」と言った。

●不品行でまずい生活をしている人は「終末の裁き」が恐ろしい。そういう人には「その話はまたにしよう」と逃げられるだけ。また社会的地位に安住している人(当時はサドカイ人)は復活はないと思っていた。禍である。 

●今日の集会会場は渋谷の第一ヒラゼンビル。茂木、小寺、高橋(「死は眠り。終末には総ての人が復活させられて裁きの座につく」) 
内容は次をクリック。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/120205.htm

●14:00鷲見八重子さんの御紹介で講演会に出席。於・吉祥寺南町コミュニティセンター。
「フクシマを思うシリーズ4 放射能汚染から農業は取り戻せるのか?――チェルyノブイリと福島――」河田昌東、金子あい、橘政愛。●二本松農園の佐藤氏が感謝の挨拶をされた。●二本松産のタクアンを購入した。 
●次の町内会班長の中澤さんに引き継ぎ。御主人が「社会生活の義務です」と言ってくれたのはうれしかった。

 

 
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来世での再会はあるか ++++++++ 所感

2012/02/04 06:32

120204(土)5時目覚め●朝の黙示「来世での再会はあるか」●「先に逝った愛する人と天国で会いたい」と思うのは人間の自然の感情である●ところが聖書はその消息を書いてない。むしろ「天国では結婚生活はないらしいので、もう妻や夫とは会えないらしい。

塚本訳  ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

●ここにイエスは「復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子である」とあるが、これはパウロもその認識である。


塚本訳  Ⅰコリ15:47-49
15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう

●では、来世では全員が「天使」のようであれば地上のような人格や個性がないので、妻子や我が子や父母兄弟の見分けがつかないのか。この辺のことも聖書には書いてないが、しかし眼光紙背に徹すれば次のことが分かる。神の子イエスは口でなく理論でなく不思議な行動でそれを暗示してくれた。その共通点は生前に非常に愛していた人と死別した嘆き悲しみの人と「再会」できることの希望を抱かせてくれる。

 ●ナインの若者

塚本訳 ルカ 7:11-16
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

 ●ヤイロの娘

塚本訳 ルカ 8:50-55
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた

 ●ラザロ生きかえる

塚本訳  ヨハ 11:39-44
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

 ●マグダラのマリヤに現われる

塚本訳 ヨハ 20:15-18
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

●上記4例に共通なことは愛する人と死別して嘆き悲しんでいる人にイエスは現われて奇蹟を起こしたことである。「嘆き悲しみ」が神による来世での再会の条件であることが暗示される。イエスはそれを行動で見せて来世のことを信じられるようにしてくれた。

塚本訳 マタ 5:4
5:4
ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 6:21
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。


●逆に考えれば地上で嫌いな人とは天国で会えないように神はして下さるのではないか。

●またまた「復活の体」についての黙想。5箇所


塚本訳  ルカ 20:36
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 Ⅰコリ15:49
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう

塚本訳  ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 マタ 13:41-43
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

塚本訳 マタ 17:2
17:2 すると彼らの見ている前でイエスの姿が変った。顔は太陽のように照りかがやき、着物(まで)が光のように白くなった。


●これらに共通のことは、復活体は単なる霊体ではなく、それは栄光に輝く天の体、復活の体らしい。肉でもなく霊えdもなく、天の姿、栄光の姿であえる。ここに「死の恐怖」から救われる大なる希望と喜びがある。
●15:00 妻が私の下着(暖かいもの)を買うと言うので一緒に東急ストア―ついて行った。


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復活体の問題 ++++++++ 所感

2012/02/03 10:58

120203(金)5時起床●寒いので朝風呂●第73回NHKFM「気ままにクラシック」イントロクイズ。今回は超難問。出張中ずっと考えていたが分からず遂にぎブアップ。友人のヴィオリストにテープを聴いてもらったところ、さすがヴィオリスト、「それはドボルザーク弦楽四重奏曲アメリカです」と教えられた。アーすっきり、さっぱり●昨日から「復活体」の問題と格闘。この問題はパウロがⅠコリ15章で格闘している。その結果は「復活体は天の者の姿である」という。これもすっきり、さっぱりである。
 

塚本訳(昭和11年) Ⅰコリ15:12

15:12 それであるのに(――斯く)キリストは死人の中から復活し給うたと宣べ伝えられているのに、君達の中の或る人達が死人の復活(などというもの)は無いというのは如何(どう)したことであるか

 

塚本訳(昭和11年) Ⅰコリ15:35-36

15:35(以上私は復活が無ければならぬことを論じた。)しかし或る人は(なお)言うであろう――(仮に復活があるとしても、)如何(どう)して、(どんな風にして)死んだ者が復活するのか。(復活の時には)どんな体で来るのか、と。

15:35(君はなんという)愚か者(であろう)! 君の播くものが(一旦)死ななければ、活かされ(て新しい芽となら)ない(ではないか)

 

塚本訳(昭和11年) Ⅰコリ15:49

15:49 そして私達は(今まで)土の者の姿を帯びていた(が、丁度その)ように(今度復活の時、)天の者の姿を帯びるであろう
 

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死人はすべて復活させられる ++++++++ 所感

2012/02/02 21:10

120202(木) 5時半起床●寒いので朝風呂●次回感話の準備●教文館で小高毅「クレド」。購入●途中、銀座教会の正午礼拝に出席。

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日本基督教団銀座教会の正午礼拝に出席。終了後に出口で伊藤副牧師に「この教会は20年前に召された父が若い日に初めてキリスト教に出会ったところです」と挨拶した。

●聖書協会翻訳部の高橋裕子さん、島先克臣氏と懇談。●島先氏とは「復活体」について懇談,議論。復活体について意見が分かれた。島先氏は「高橋が復活体は『霊の体』だというがそれはグノーシス的ではないか」と指摘された。●復活体の問題はⅠコリ15章でパウロが詳しく論じている。パウロは復活体は「天の者の姿」という。 
 

次回感話の原稿(引照内容は省略)
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死人はすべて復活させられて神の前に立たされる

その時キリストの執り成しで清められる者は救われる

東京聖書読者会 2012.2.5 高橋照男

 

塚本訳マタ 25:31-34 人の子の裁き・・・(1)

 

25:31 (こんど)人の子(わたし)が栄光に包まれ、『すべての天使を引き連れて来る』時には、栄光の(裁きの)座につくのである。

 

[感話と引照]

●現代人はこの黙示文学的表現を信じられない。サドカイ人も復活を否定した

 

塚本訳マタ 26:63-65

塚本訳 ルカ 20:27

塚本訳 使  5:17-18

 

○死人の復活は旧約からの思想、イエスの復活はその証明。但し神の裁きあり。

 

塚本訳 マコ 12:26-27

塚本訳 ヨハ 5:28-29

塚本訳  ヨハ 11:43-44

塚本訳 マタ 9:24-25

口語訳 Ⅰコリ15:19-20

塚本訳 ロマ 14:10

塚本訳 ルカ 23:42-43

口語訳 Ⅰテサ4:14

塚本訳 Ⅰコリ15:12-14

塚本訳 使  23:6

 

 

25:32 ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、

 

[感話と引照]

●死後に裁きはあるか。人生は苦しい。その上、死後に裁かれるとは不条理
 

○死人はすべて復活しさせられて神の前に立たされる。福音を聞かされる。

 

塚本訳 Ⅱコリ5:10

塚本訳 マタ 22:8-10

塚本訳 マタ 13:47-50

塚本訳 マタ 13:27-30

塚本訳 マタ 13:40-41

塚本訳 マタ 8:11-12

 

25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。

 

[感話と引照]

●正しい人とは誰か、悪い人とは誰か。それは善行という行為なのか。

塚本訳 マタ 19:16

○最後の審判で山羊も悔い改めれば救われる。他の人の執り成しで救われる。

 

塚本訳 ルカ 18:13-14

塚本訳 ルカ 7:37-38

塚本訳 ルカ 15:21-22

塚本訳 使  22:19-20

塚本訳 ロマ 3:23-25

塚本訳 マタ 22:11-14

 

 

25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。

 

[感話と引照]

●救われる人は、生前から決まっているなら、求道は空しい。伝道も空しい。

 

塚本訳 ロマ 11:4-5

塚本訳 ガラ 1:15-16

塚本訳 エペ 1:4-5

 

○救われる人は生前から決まっていない。神の主権による召命で決まる。

 

塚本訳 ロマ 1:5-7

塚本訳 Ⅰテサ2:12

塚本訳 マタ 20:23

塚本訳 ヤコ 2:5

塚本訳 ルカ 11:9-13

塚本訳 マタ 5:3-5

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 次回感話の原稿(引照内容は省略)・・・終わり 

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新共同 伝  9:11-12

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「いかにして我が天職を知らんか」 ++++++++ 所感

2012/02/01 21:16

68歳6か月。平均余命14年(生命保険会社統計)、5110日、12万2640時間。この時間をすべてキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、親類縁者のため、気の毒な人のため。

120201(水)ホテル和光。暴風雨が窓に叩きつける音で夜半に目覚める。●愛真高校の朝礼拝。別れの挨拶で次の3冊を読むように勧めた。

①内村鑑三「いかにして我が天職を知らんか」
②ルカ13:1-13.塚本訳
③ヒルティ「眠られぬ夜の為に」第一巻末尾の「なおりたいのか」 

●そして最後に「イケメンや美女と結婚しようと思うな。神を信じている人と結婚せよ」というと反応があった。

塚本訳 ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。

●現代の若い人が膝を屈めるバアルは「イケメン、美女、高学歴、高収入」。これに真の幸福なし。人生を誤る。
 
●この全寮制の小さな高等学校が真剣に「主を呼び求めて」いるのは不思議だ。神の祝福がある。
 
●安昌美校長他3名と懇談。●10:32江津発で帰路。


冬の日本海2枚
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●強風の中を無事羽田に到着。帰宅17:40



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