to 日記と感想 2012年09月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


傷ついた葦、ほのぐらい灯心 ++++++++ 所感

2012/09/30 05:37

120930(日)3時45分目覚め起床●朝の啓示「傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、」

【口語訳】 イザ 42 章
 42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。
 42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、
 42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

●イザやが予言したこの人物は「キリスト」において実現した。福音書に書かれたイエスの言動がすべてその見える形である。事例多数。
●傷ついた葦、ほのぐらい灯心の持ち主は「失敗の人生だ」と悔やんでいる人のことだ。
●福音の道はそういう人のために備えられたものだが、それに出会うために障害物ができているから困る
●まずキリスト教的ヒューマニスト。ヒューマニストは「葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく」を自分の活動のプロパガンダにしている。これでは人間の顔は立っても神の顔は出てこない。
●次にキリスト教会、特にプロテスタント教会。現代無教会集会。これは「愛の親睦団体」に堕落して遊びの仲間づくりに熱心だから精神病者や離婚経験者を寄せ付けない。「来るものを拒み、去る者を追う」。年金受給の暇老人。悪しき長老。神学老人。職業的牧師。
●次に政治的クリスチャン。キリスト教をこの世の平和実現の手段と心得ているからその集会は政治結社に堕落。思想団体や社民党とかわらない。デモの参加を促される。キリストの香りがしない。
●ではどこに誰がその救いの道の実在か。これがまた難しいが「思わぬところに水が湧き出てくるものだ。人間の思わぬ方法で起こるということが神の顔が立つ理由なのだ。

【口語訳】 イザ 43 章
 43:19 見よ、わたしは新しい事をなす。やがてそれは起る、あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる。

【口語訳】 イザ 35 章
 35:1 荒野と、かわいた地とは楽しみ、さばくは喜びて花咲き、さふらんのように、
 35:2 さかんに花咲き、かつ喜び楽しみ、かつ歌う。これにレバノンの栄えが与えられ、カルメルおよびシャロンの麗しさが与えられる。彼らは主の栄光を見、われわれの神の麗しさを見る。

●福音は不思議な時に不思議な方法で不思議な人を通じて「神ご自身の力」で広まってゆく。
●具体的には「失敗の人生に泣いている人」の心に福音の光は射す。語られる。囁かれる。

塚本訳マタイ11:28-30
"401128","さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、
休ませてあげよう。"
"401129","
わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子に
なりなさい、そうすれば“魂の休息が得られよう。”"
"401130","
わたしの軛は甘く、わたしの荷は軽い。

●教会の門の標語で一番多いのはこれである。しかし教会や集会に入ると別の「重荷」を応用になるので問題だ。

塚本訳マタイ5:1-6
"400501","イエスはこれらの群衆を見て、(近くの)山に上られた。お坐りになると、弟子
たちがそばに来たので、"
"400502","
口を開き、こう言って教えられた。(群衆も集まってきて聞いた。)──"
"400503","
ああ幸いだ、神に寄りすがる“貧しい人たち、”天の国はその人たちのものとな
るのだから。"
"400504","
ああ幸いだ、“悲しんでいる人たち、”、(かの日に)“慰めていただく”のはその
人たちだから。"
"400505","
ああ幸いだ、“(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、”、“(約束の)地
(なる御国)を相続する”のはその人たちだから。"
"400506","
ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられる
のはその人たちだから。"

●山上の説教のこの冒頭の言葉は「招きの言葉」である。
●失敗の人生はいつかどこかで思わぬ方法でこの言葉の通りになるものだ。
●人間の頭では考えられない方法なのだ。人間の猿知恵はとうてい神のご計画に及ばないのだ。

塚本訳 一コリ1:25
460125","・コリント 1:25","というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、
それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人より
も力があるからである。"

●人の救いは人間の頭で考え出す方法では実現しない。「思わざる方法」「意外な方法」で福音は伝わるのだ。
●初代教会の福音の伝播は誰か偉い人の出現とか組織力ではなく「福音それ自身の力」で伸びていった。
●だからあの人もこの人も「いつかはきっと」神に捕まえらえるのだ。
●桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年。人の救いは最後の日。
●最後でよいのだ。最後の日でよいのだ。それは万人が栄光の復活の日なのだ。

【口語訳】 詩 19 篇
 19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
 19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

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朝の黙想おわり 
 
●集会は、土居(司会)、高橋トミ子(マルコ7;1-23洗わぬ手。福島事情)、横田(ブルガリア訪問の感想)
●マルコ7章6節。「あなた達は神の掟をすてて、人間の言伝えをかたく守っている」の言葉に感じるところがあった。
●現代のキリスト教は聖書よりも人間の書いたものを喜んで読む傾向がある。しかしこれは水で薄めた牛乳であって、力がない。栄養が薄い。

●秋の花4枚

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月下美人。一年に一晩だけ咲く。台風17号の暴風雨の夜に咲いた。

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台風17号上陸。猛烈な風のため、ベランダにルーバーをセットしたが、しなって心配。
建築士としては屋根が飛ばされるのではないかと心配。あのスカイツリーはどうだろうかとも心配。







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人との出会いは瞬間だ。 ++++++++ 所感

2012/09/29 06:56

120929(土)5時目覚め●昨夜は子供の一人の夢を見た。「何かあったのだろうか」。しかし子供は親元を離れると親としては手の届かないところを旅していくものだ。当事者でなければわからない深い事情があるものだ。●人生は人との出会いと別れの連続。それは宇宙の無数の星のようでいお互いが急接近しては永遠に飛び去って行くようなものだ。そのうち、妻、故、父母、兄弟、親類縁者というのは比較的急接近する星だ。しかしいつか必ず真っ暗な宇宙のかなたに飛び去って行き、永久に逢うことはことはない。楽しくもあり、淋しくもある。このことに関して聖書の思いつくところを挙げて黙想してみよう。

【口語訳】 創 2 章
2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。

●人世で一番強く深く長い出会いは夫婦の関係である。夫は妻次第、妻は夫次第である。しかしこれとても永遠のからみればその期間は瞬時・いつかは永久に別れねばならない。
●「人のところに連れてこられた。」ということが深い。出会いの形は様々だが、どういう形にせよそれは「神が連れてきて」出合わせてくれたのだ。
●「流れ星の消えないうちに願いごとを言えばかなえられる」というと5歳の孫娘は「好きな人と結婚できますように」と願うという。しかし人世「片思い」や「初恋の人」とは結ばれないことになっているのだ。彼女の将来を思うと心が重くなった。

【口語訳】 創 6 章
 6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
 6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
 6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

●人生、好きな人と結婚できれば幸せになれるだろうと思う。それのどこがいけないのだろう。「好き」という感情も神が与えられたものではないだろうか。
●「好き」という肉関感情を土台とせず、神が連れてくる人と結婚せよということか。恋愛よりも見合いが良いということか。どうもそうではないらしい。たとえ恋愛であっても「ひたすら祈って」神の顔を立てて判断を仰いで結婚すべきだ。

塚本訳 マタイ19:03-06 
"401903","そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理
由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」"
"401904","
答えて言われた、「造物者が始めから“彼らを男と女とに造られた”こと、"
"401905","
また、“それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる”と
言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。"
"401906","
従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛
におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはな
らない。」"

●「この結婚は神が合わせたものではないから離婚する」と言った人がいるらしいが。大間違い。「あの時は浮かされていたのだ」とも言ったという。結婚は一時的に「浮かされる」ものでもあるのだ。それで結婚したら分かれてはいけないのだ。
●塚本敷衍の(どんな理由があっても)は不条理だ。重い。厳しい。苦しい。辛い。悲しい。

塚本訳 ヨハネ4:16-18
 "430416","イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」"
"430417","
女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには
夫はありません』と言うのは、もっともだ。"
"430418","
五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったこ
とは本当だ。」"

●このだらしない女はバツ5である。ズタズタボロボロの人生。おそらく家族肉親にも「顔出しできない」のであろう。
●イエスはこういう女性を毛嫌いせず、自分の方から声をかけて救った
●それに比べて現代のプロテスタント教会は精神病者と離婚経験者を快く迎えない。なぜか救いの実力がなく、愛の親睦団体を目指しているからである。クタバレ。神の裁きは「神の家から始まる」(一ペテ4:17)


【口語訳】 申 22 章
 22:22 もし夫のある女と寝ている男を見つけたならば、その女と寝た男およびその女を一緒に殺し、こうしてイスラエルのうちから悪を除き去らなければならない。

●聖書の戒めは厳しい。堕落した人間(日本)はこれをせせら笑うが、そういう人間の末路は見ちゃーいられない。
●信仰を捨てて人妻と情死した有島武郎(一時内村鑑三の弟子)は愛人と二人で首つり自殺。その紐にはうじがぞろぞろと上り下りしていたという。この二人の出会いは不義だったんだなー。神に殺されたのだ。
●子供は親を離れて一人旅をはじめる。「かわいいものには旅をさせよ」。しかし旅先でサタンの餌食になることがないように祈る。サタンは「金と女」で人間を沈没させる。


【口語訳】 詩 90 篇
 90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

●一生は「骨折りと悩み」であることは至言。
●「われらは飛び去るのです」も至言。この年になると「あの人もこの人もいなくなった。飛び去った。

【口語訳】 創 47 章
 47:9 ヤコブはパロに言った、「わたしの旅路のとしつきは、百三十年です。わたしのよわいの日はわずかで、ふしあわせで、わたしの先祖たちのよわいの日と旅路の日には及びません」。

●寿命は70年か80年か120年か130年か。いずれにしても短い。
●地球誕生して45億年これをマラソンの距離に換算すると親指の爪ぐらいの長さだ。「飛び去る」とは至言だ。

塚本訳マタイ10:34-39
"401034","地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和で
はない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。"
"401035","
わたしは子を“その父と、娘を母と、嫁を姑と”仲違いさせるために来たのだ
から。"
"401036","
“家族が自分の敵となろう。”"
"401037","
わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたし
よりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。"
"401038","
また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)
に適しない。"
"401039","
(十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのため
に(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。"

●クリスチャンの宿命はこの世との別れ、それは最も親しい家族肉親との別れ。肉の親子、親族の交わりは短い。親子の出会いは短い。

塚本訳 ニコリ2:15-16
"470215","・コリント 2:15","というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の
間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。"
"470216","
・コリント 2:16","ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、
命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。"

●パウロの嘆き「一体だれにこんなことが勤まろう」は意味が深い。人間的なガンバリではとうてい勤まらない悲しい人生になるのだ。涙は枯れ果てるのだ。家族に泣き、自分に泣く。
●けれどもパウロにはこれが自分の力でなく、神の力いよってできるのだという自信があったのだ。それは次である。
●クリスチャンの涙は、最後は栄光の復活の体で終わる。必ず勝利で終わる。
●それを目指して「ガンバロー」。もう少しだ。

塚本訳 ニコリ 3:4-6
"470304","・コリント 3:4","しかしわたし達がこんな(大きな)自信を持つのは、キリス
トを通してであり、神にたよってである。(神がキリストを通してわたし達を使徒に任じ
られたからである。)"
"470305","
・コリント 3:5","これは自分でことを考え出すような能力が自分にあるという
のではない。わたし達の能力はみな神から来る。"
"470306","
・コリント 3:6","神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い
契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えに
なったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。"

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり
 
●佐川急便は昨日中に荷物を取りに来るということであったが21:30になっても来ず。
今日は正午になって別の便がやっと取りに来た。元凶の人物に電話で激怒すると昨日は忘れてしまったと正直に告白したので、上司との連名で謝罪文を出してもらうことにした。●こういうことはきっちりしておかないとビジネス作法上本人のためにもならない。ビジネスの世界は「約束を守る」ことが基本●私の知っている人で約束を平気ですっぽかす人間が二人いる。二人とも「神への恐れ」がない人だから人の顔をも平気で潰す。どうしようもない人間。彼の人生は悔い改めなければ人生お先真っ暗だ。
●11:30 妻は今井館。塚本虎二訳新約聖書音声データ版の説明会。自分の目が見えなくなった時のために欲しいという。私が死んだ後にそういうことにもなるのかなー
●16:30 上記のポカしたドライバーが謝罪に来た。何度も頭を下げた。彼は今後伸びそうな人物だ。彼の行く末に神の祝福あれ。


●秋の空と花3枚

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万人救済の聖書的根拠 ++++++++ 所感

2012/09/28 07:45

120928(金)4時半目覚め●朝の研究「万人救済の聖書的根拠」●聖書を公平に読めば、一部救済説、全員救済説は混在していて徹底的に他を圧伏できない。ここに聖書全体を絶対基準とする無教会の健全な立場がある。教派の信条を制定しないところが強みである。。一部救済説の有力な根拠は次である。

塚本訳 マタイ13:37-43
"401337","答えられた、「良い種をまく者は人の子(わたし)である。"
"401338","
畑は世界である。良い種、これは御国の子供たちである。毒麦は悪者[悪魔]
の子供たちであり、"
"401339","
それをまいた敵というのは悪魔である。また刈入れは世の終りであり、刈入れ
人は天使たちである。"
"401340","
だから世の終りには、ちょうど毒麦が抜き取られて火で焼きすてられるようで
あろう。"
"401341","
(すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、“(人を)誘惑する者と
不法を働く者とを”皆御国から抜き取って、"
"401342","
火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。"
"401343","
その時、“義人たちは”彼らの父の国で、太陽のように“照りかがやくであろう。”
耳のある者は聞け。"

●斉藤顕氏から雑誌「ミルトス」に寄稿された「塚本虎二の『万人救済』の信仰」のコピーを送られたが、次回の感話の必要のために2度読んで有益であった。●そもそも再臨信仰は「必要」や「要求」から生じるものだ。●塚本はロマ書は9-11章が絶頂であり、これなくしてロマ書は「骨抜き」であるという。この箇所はパウロが自分の心の痛みを解消しようとする思いがその根底にある。●つまりパウロも塚本も我々も同じである。親類縁者が救われないでいる現実の悩みが再臨要求の「必要」である。

塚本訳 ロマ9:1-3
"450901","ローマ 9:1","私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。
わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。"
"450902","ローマ 9:2","(わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知
れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。"
"450903","ローマ 9:3","ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためな
らば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)
願ったことであろう。"

●斉藤氏の論考は「人間の言葉(諸説)」の紹介が多いがなんといって引用された聖書の言葉の方が強い。その中でも福音書の言葉が圧倒的に胸を打つ。その中から3か所を掲げてみよう。

塚本訳 ヨハネ1:1-3
"430101","(世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉
は神であった。"
"430102","この方は(世の)始めに神とともにおられた。"
"430103","一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たも
のは、ただの一つもない。"

塚本訳 ヨハネ6:38-39
"430638","(放り出すわけがない。)わたしは、自分のしたいことをするために天から下っ
てきたのではない。わたしを遣わされた方の御心を行うためである。"
"430639","そして、わたしに下さったものを一つも無くさず、最後の日にそれを復活させ
ること、これがわたしを遣わされた方の御心である。"

塚本訳 ヨハネ12:31-33
"431231","今こそ、この世の裁きがおこなわれる。今こそ、この世の支配者([悪魔])が
(この世から)放り出される。(今わたしが天に挙げられるからである。)"
"431232","(しかし)わたしは地から挙げられた時、みんなをわたしの所に引き寄せるで
あろう。」"
"431233","このように(「挙げられる」と)言われたのは、自分がどんな死に方で死なねば
ならぬかを、(すなわち十字架による死を)暗示されたのである
。"

●つまりキリストの到来と復活と再臨は「神による裁きと救いの同時行為」である。
●終末と再臨で人は全員が裁かれて救われる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想、終わり

●9:30 阿伎留医療センターで胃カメラ。毎回のことながらなんとなく不安である。

【口語訳】 黙 20 章
 20:12 また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。

●最後の日には神は私の過去の全部を胃カメラのように覗いてその罪業を細かく調べるのだ。「ヤバイ」のだ。
●しかしその恥部はすべてキリストの贖罪の血潮で清められるから安心なのだ。こういうことを思いながら病院にむかった。

塚本訳マタイ28:20
"402820","わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終
りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」"

塚本訳ヨハネ 14:01-12
"431401","(あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信
ぜよ、またわたしを信ぜよ。"
"431402","
父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むこと
が出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけが
ないではないか。"
"431403","
(間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた
達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。"

●2年ぶりの胃カメラ。医療技術(喉の麻酔薬)の進歩のほかに恐怖を和らげる「言葉」も進歩した。
喉の麻酔をしてくれた人に「相変わらず苦しいんでしょうねー」と言うと、「苦しいかもね」という返事。「苦しくないですよ」と嘘は言わなかったことが、こちらの身になってくれていると感じて心が安んじた。
胃カメラの医師(女医)は喉にチューブを挿入したとたんに、もう通りましたよ。あとは楽にしてください」との言葉。なんだこんなに瞬間的なことだったのかと思った。
次に付添いの看護婦はずっと私の背中をさすったり、トントンと叩いてくれながら「大丈夫、大丈夫、うまくいってますよ」と声掛け。
この三者。すべて恐怖心を和らげるための「声掛け」「言葉のマジック」。こういうのも医療技術の進歩の一つかもしれない。メンタルの面である。
●欲を言えば好きな音楽を流してくれればなお楽になったかもしれない。
●今回はモニター画面を見られない姿勢になっていた。自分の胃の中が見えるのは興味津々だが苦しさはまぎれない。
●人は声を掛けられることで安心する。イエスは弟子たちの恐怖に声をかけtれで安心させた。
●それにしても病院のシステムは大変なものだ。人間の作り出す組織の中で最高のものだろう。
●人の救いに関しても組織力が良く働くと人を安心させるのではないか。「大丈夫、大丈夫。イエス様の血が過去のあらゆる罪を清めてくださるのです。安心していて結構です」というのがエクレシアの声掛けのシステムの本質ではないのか。

●13:00 田辺畳店が新しい畳を入れに来てくれた。老社長がまた20年前に亡くなった父の思い出を語ってくれた。「晋(シン)さん(私の父の名前)はいい人だったよー。人の悪口は一切言わない人だったよー」と言ってくれた。ちょうど彼岸の頃。父がきて私に無言の説教をしてくれたようだった。自戒。
●田辺畳の老社長に「昔から『畳と女房は新しい方がよい』と言われているがその意味は何ですか」と尋ねたところ「薫(かおり)が良いからではないでしょうか」と答えられた。私の場合、「畳は新しくできるが女房は新しくできない」と言った。
●香りと言えば「キリストの薫(かおり)」を連想する。

塚本訳 一コリ2:14-16
470214","・コリント 2:14","しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキ
リストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知ら
せる知識の薫りをお広めになる。"
"470215","
・コリント 2:15","というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の
間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。"
"470216","
・コリント 2:16","ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、
命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。"

●パウロの謙遜な言葉。救いは神の絶対主権によるものだから「滅びゆく者」も中にはいるのだという。16節「一体だれにこんなことが勤まろう」とはパウロの悲しみの言葉。苦悩の言葉。



●14:00 妻は自彊術へ。
●私はTSK日本語版創世記39章入力。「千里の道も一歩から」だ。カタツムリのごとく、亀のごとく、牛のごとく。












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自然との共生 ++++++++ 所感

2012/09/27 08:15

120927(木)4時半起床●朝の啓示「『今の時の苦しみ』は終末と再臨で楽になる」。これで次回感話の基本が一気にできあがった。その目次を次のようにした。

          終末と再臨は必ず来るというイエスの約束を信じて
           ・・・「今の時の苦しみ」は終末と再臨で楽になる・・・

   
         ① 旧約聖書・・・神は不義を裁き、人を殺す。終末への憧憬
  
         ② 福音書 ・・・終末と再臨は神の裁きと同時に救いの日

         ③ 書簡類 ・・・「今の時の苦しみ」は終末と再臨で必ず楽になる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想、おわり。
 
●最近無教会のKH氏と知り合いになり、メール交換をしている。今日は私から次のようなメールを送った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

KH様

 

色々と御教示感謝です。

無教会者のなかに

ラスキン協会会員(私も一時会員でした)

やナショナルトラスト会員を散見するのは不思議な事です。

雑誌に「ちるちんびと」というのがあり(図書館にはあるはずです)、衣食住の「自然的共生」を主題にしてます。(私も一回寄稿)

過日、キリスト教愛真高校に建築のことで行った時、石見銀山の町にある「群言堂」を訪問しました。

自然との共生を目指した作品(衣食住)を造っています。

私の家は木と漆喰と竹と紙でできています。太陽熱温水器です。

しかしダニ、ネズミも喜んで(?)共生しているのは困ったことです。

今年の夏はついにクーラーを一回もつけませんでいた。風が吹き抜けるように設計してあるからです。

食事は肉を食べません。

今後とも御教示下さい。

 

高橋照男
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●12:00 ふれあいコンサート(新條路子、高橋京子、栗原薫、小笠原千恵子)
スカルラッティを知った
●18:00 妻は「メサイア」の練習に東大和へ。
●次回感話の準備で、神は不義を裁き、人を殺すことが明快に聖書に書かれていることを読み、神を恐れた。

【口語訳】 創 38 章
 38:7 しかしユダの長子エルは主の前に悪い者であったので、主は彼を殺された。


【口語訳】 レビ 20 章
 20:10 人の妻と姦淫する者、すなわち隣人の妻と姦淫する者があれば、その姦夫、姦婦は共に必ず殺されなければならない。

【口語訳】 申 22 章
 22:22 もし夫のある女と寝ている男を見つけたならば、その女と寝た男およびその女を一緒に殺し、こうしてイスラエルのうちから悪を除き去らなければならない。

【新共同訳】 申 32 章
 32:35 わたしが報復し、報いをする/彼らの足がよろめく時まで。彼らの災いの日は近い。彼らの終わりは速やかに来る。





   
   
    
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復讐としての再臨祈願 ++++++++ 所感

2012/09/26 07:45

120926(水)5時半目覚め●朝の啓示「復讐としての再臨祈願」●次回(10月4日)の感話について黙想。●復讐は生ける当然の本能である。●キリスト教国イギリスの二人の首相の名演説を思う。
チャーチル首相。
「悪魔(ソ連)と手を握ってでもヒットラーに復讐する」
サッチャー首相。(チリ沖のフォークランド紛争の時。チリの侵略に関して)
「侵略は成功するということを証明させてはならない。」
いずれも国民を鼓舞する名演説であった。しかしこれは正義の貫徹というこの世の「復讐行為」である。
●これに比べて矢内原忠雄の言葉は同じく名演説であった。あるとき韓国人が矢内原先生の聖書集会に出席したときのこと。
「あなたたたち韓国人はまず自分の罪を神に赦していただきなさい。然る後に日本を許しなさい。」これは現在尖閣諸島問題で憤激している中国にも言える。しかし現在の日本には矢内原ほどの「人物」がいない。中国には「周恩来」ほどの人物がいない。
●聖書の再臨信仰は人間の理性では困難だが、これを全聖書の観点からみれば困苦の人間に対する真の慰藉であることがわかる。

【口語訳】 エレ 46 章
46:10 その日は万軍の神、主の日であって、主があだを報いられる日、その敵にあだをかえされる日だ。つるぎは食べて飽き、彼らの血に酔う。万軍の神、主が、北の地で、ユフラテ川のほとりで、ほふることをなされるからだ。
 

口語訳】 申 7 章
7:2 すなわちあなたの神、主が彼らをあなたに渡して、これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない。彼らとなんの契約をもしてはならない。彼らに何のあわれみをも示してはならない。
7:3 また彼らと婚姻をしてはならない。あなたの娘を彼のむすこに与えてはならない。かれの娘をあなたのむすこにめとってはならない。


【口語訳】 申 32 章
32:35 彼らの足がすべるとき、/わたしはあだを返し、報いをするであろう。彼らの災の日は近く、/彼らの破滅は、/すみやかに来るであろう。


●旧約では復讐は当然。是認されている。むしろ復讐は積極的である。

塚本訳 マタイ5:43-44
"400543","あなた達は(昔の人がモーセから、)“隣の人を愛し、”敵を憎まねばならない、
と命じられたことを聞いたであろう。"
"400544","しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
"

●こう言われても生身の人間位はこれができないのが自然の姿である。

塚本訳 ロマ12:17-20
"451217","ローマ 12:17","だれにも悪をもあって悪に報いず、どんな”人の前でも善をす
るように心がけよ。”"
"451218","ローマ 12:18","出来るなら、(少なくとも)あなた達の方では、どんな人とも仲
良くせよ。"
"451219","ローマ 12:19","愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒
りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、“仕返しはわたしのもの、”
わたしが“報いをする”と。」"
"451220","ローマ 12:20","むしろ、“あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇い
ているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつか
は恥じて悔改める。)”"

塚本訳 一コリ16:21-23
"461621","・コリント 16:21","(最後に、)パウロが自筆で挨拶する。"
"461622","・コリント 16:22","主を愛しない者があるなら、呪われよ!、マラナ、サ(主
よ、来てください)!"
"461623","・コリント 16:23","主イエスの恩恵、あなた達と共にあらんことを。"



●復讐心は道徳やヒューマニズムでは抑えられない。
パウロはその復讐心を神に任せよという。そして再臨を祈れという。
●それは「主イエスの恩恵」による平安が心になければできない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想おわり
●6:30 公園でラジオ体操。共産党議員のT氏が過日「赦す」という話があったので、上記矢内原忠雄の逸話を話した。すると「今日もまた良いお話をいただきました」と言われた。
●11:00 山木布団屋が来訪。布団の世界のことを聞いて勉強になった。
 







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主にのみ十字架を負わせまつり ++++++++ 所感

2012/09/25 05:45

120925(火)5時目覚め●朝の黙想「主にのみ十字架を負わせまつり」●東京聖書読者会の創立者であった故藤林益蔵先生(元最高裁判所長官)の入信のいきさつはよく語られていないが、自分の葬儀では讃美歌331番を歌ってもらいたいと漏らしておられた。●先生の葬儀は天皇陛下からの捧花のある大々的なものが青山葬儀j所で行われたが、それとは別に信者仲間で純信仰的に今井間で行われた。この讃美歌331番は次の通りである。先生はこの第一節に感動されてキリスト教にひかれたそうだ

讃美歌331番

1・主にのみ十字架を 負わせまつり
 
 われ知らずがおに あるべきかは

。●先生は幼くして父親を病死で失い、母親が幼少の藤林先生を抱えて親戚の醤油屋の倉庫の二階の片隅に寝泊まりしながら育たれた。友人から「今日は君の家に遊びに行く」と言われるたびにそれを断るのに苦労されたという。
●私の藤林先生の思い出には拙文がある。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/hujibayasi.htm

●シナイ写本の発見者で、敬虔主義の指導者チンチェンドルフは、ある時「キリストの十字架の絵」を見たとき、天から「君は私に何をしてくれるのか」と言う声が聞こえてきて愕然。その場で泣き崩れたという。そして俄然として立ち直り、その後偉大なる働きをした。
●そこで今朝はこれらに関連する聖句を思い浮かぶままに掲げて黙想してみよう。

塚本訳 ピリ1:29
"500129","ピリピ 1:29","君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、ま
彼のために苦しむことをも恵まれたからである。"

●信仰は恩恵でいただくが、苦しむことも恩恵sでいただく。
●信仰ゆえの苦しみはキリストに似せられ、最後は有体の体に復活させられる。感謝。希望。歓喜

塚本訳 コロ1:24
"510124","コロサイ 1:24","今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イ
エスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。"

●これがクリスチャンのライフワーク。主とともに苦しむことが仕事。
●年金もらって暇な平安な老後を送るのが理想ではない。自戒。
●内村鑑三も矢内原忠雄もその信仰の故にこの世から嫌われた。追放された。
●小なる我々も、親類縁者家族から嫌われることが「仕事」である。 

塚本訳 一ペテ3:8-9
"610308","・ペテロ 3:8","愛する者よ、“主の前では”一日が千年の如く、“千年”が一“日
の如く”である、この一つの事を忘れるな。"
"610309","
・ペテロ 3:9","主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが
遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到
ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。"
"610310","
・ペテロ 3:10","しかし主の日は盗人のように来るであろう。(そして)その日
天は轟然たる響きと共に消え失せ、日月星辰は燃えて解け去り、地とその上にある(人間
の)事業は燃え失せるであろう。"

●再臨は我々の艱難の後である。
●艱難が満たされてないから再臨は起こらないのでないだろうか。

  塚本訳 一ペテ 4:16
600416","・ペテロ 4:16","しかしもしクリスチャンとして(受難するの)ならば恥じるな、
むしろこの(クリスチャンたる)名において神の栄光を顕せ。"


●信仰ゆえの受難は栄光。
●信者になってこの世的に偉くなることが「神の栄光を表すこと」ではない。大間違い。

塚本訳 へブル11:40
 "581140","ヘブル 11:40","神がわたし達のために、(地上の幸福でなく、何か)これにまさ
る(偉大な)ことを計画されて(いて)、わたし達を抜きにしては、それは完成されない
からである。"

●クリスチャンはこの世では信仰のことで苦難がある。
●尖閣諸島を取られまいとすることは「地上の幸福」の争いである。つまらないことだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想 おわり

●妻はYさんと十里木、養沢、大悲願寺とハイキング。
●TSK日本語版創世記36章入力。アブラハムに末は天の星のように多くなった。族長も多くなった。

  
 
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父の夢を見た ++++++++ 所感

2012/09/24 05:30

20924(月)4時起床●昨夜はなぜか20年前に召された父の夢を見た。●父が私にしてくれた最大のことは私を信仰に導いて救いを祈ってくれたことである。●私は三人兄弟の二男であるが、私だけが信仰をいただいた。そういえばあのルカ15章の放蕩息子も二男であった。次男はどこでも救われやすいのではないか。●私が高校生の時に近くのプロテスタント教会に自らの思いで通うようになったある日、父は私のいないときにひそかにその牧師を訪問して「どうか息子を救ってくれ」と頼み込んだそうだ。これは後日そこで洗礼を受けることになったときその牧師から伺った。●私の洗礼式の日に父は出席してくれた。●人の救いは必ず誰かの祈りがあるものだ。関連聖句を思いだすままに掲げてみよう。

【口語訳】 ヨハ 4 章
4:47 この人が、ユダヤからガリラヤにイエスのきておられることを聞き、みもとにきて、カペナウムに下って、彼の子をなおしていただきたいと、願った。その子が死にかかっていたからである。

●子供が病気になったときの親の祈りは必死である。身代わりになりたい気持である。
●多くの親は神仏に願掛けする。それでよいのだ。それでよいのだ。それが神の計画なのだ。

【口語訳】 マル 9 章
9:17 群衆のひとりが答えた、「先生、口をきけなくする霊につかれているわたしのむすこを、こちらに連れて参りました。
9:18 霊がこのむすこにとりつきますと、どこででも彼を引き倒し、それから彼はあわを吹き、歯をくいしばり、からだをこわばらせてしまいます。それでお弟子たちに、この霊を追い出してくださるように願いましたが、できませんでした」。

●難しい病気は医者でも治らない。イチかバチかで「宗教」を信じて神頼みしなければならない。それでいいのだそれでいいのだ。
●この「むすこ」は家にいてイエスのもとに来られない。神の力は遠隔でも効き目がある。
●家のものを無理やり「教会」につれてきて教会の「交わり」に入れなくてもよい。
●放蕩息子の父親は「遠い国」で放蕩に身を持ち崩した息子のために毎日祈っていたのだろう。遠隔の力が働いて「放蕩息子」は悔い改めた。

【口語訳】 マル 2 章
2:1 幾日かたって、イエスがまたカペナウムにお帰りになったとき、家におられるといううわさが立ったので、
2:2 多くの人々が集まってきて、もはや戸口のあたりまでも、すきまが無いほどになった。そして、イエスは御言を彼らに語っておられた。
2:3 すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。
2:4 ところが、群衆のために近寄ることができないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床をつりおろした。
2:5 イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。


●病気を治してもらい時は恥も外聞もなく「なりふりかまわず」頼み込む。それでよいのだそれでよいのだ。
●自分の頑固さが破壊されるのだ。砕けるのだ。神の目的はそこにある。
●イエスは意外なことを言った「あなたの罪はゆるされた」と。病気の目的は「罪の赦し」である。
●プロテスタント教会の教理ではカトリックのような聖人の代祈はない。あくまでも本人の信仰である。
●しかしこの記事では周囲の人間の祈りで救われた。遠隔操縦のようである。
●聖書は教会の「教派神学」から自由である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝のディボーション(黙想)終わり。

●12:30 パスポート申請

2012_09240006.jpg 

百日紅大好き

2012_09240007.jpg 
16:00 昭和女子大のトルストイのデスマスク
昭和女子大の図書館で聖書写本のDVDを見た。シナイ写本のこと。

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18:30 昭和女子大学長主催教育懇談会で坂東真理子学長と。
私が進言したこと。「学長は昭和女子大の就職率が女子大で第一位を誇っておられますが、結婚率の高さを誇った方がずっと価値があります。妻にしたい女性が多いことの人気で昭和女子大は3位を下ったことはありません(週刊誌調査)。私は環境デザイン学科ですが授業の中で旧約聖書に出ている「ユダヤ人の理想の妻( 箴言31章10-30)を話題にしてます。就職よりも結婚の方が難しいです。それは全人格的なことだからです」
学長(ベストセラー「女性の品格」の著者)「それはとてもよいことを聞きました」

【口語訳】 箴 31 章
 31:10 だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い。
 31:11 その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
 31:12 彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない。
 31:13 彼女は羊の毛や亜麻を求めて、手ずから望みのように、それを仕上げる。
 31:14 また商人の舟のように、遠い国から食糧を運んでくる。
 31:15 彼女はまだ夜のあけぬうちに起きて、その家の者の食べ物を備え、その女たちに日用の分を与える。
 31:16 彼女は畑をよく考えてそれを買い、その手の働きの実をもって、ぶどう畑をつくり、
 31:17 力をもって腰に帯し、その腕を強くする。
 31:18 彼女はその商品のもうけのあるのを知っている、そのともしびは終夜消えることがない。
 31:19 彼女は手を糸取り棒にのべ、その手に、つむを持ち、
 31:20 手を貧しい者に開き、乏しい人に手をさしのべる。
 31:21 彼女はその家の者のために雪を恐れない、その家の者はみな紅の着物を着ているからである。
 31:22 彼女は自分のために美しいしとねを作り、亜麻布と紫布とをもってその着物とする。
 31:23 その夫はその地の長老たちと共に、町の門に座するので、人に知られている。
 31:24 彼女は亜麻布の着物をつくって、それを売り、帯をつくって商人に渡す。
 31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。
 31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。
 31:27 彼女は家の事をよくかえりみ、怠りのかてを食べることをしない。
 31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
 31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。
 31:30 あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる。
 31:31 その手の働きの実を彼女に与え、その行いのために彼女を町の門でほめたたえよ。


●帰途、学校のある三軒茶屋でずぶ濡れ。。眠って一駅乗り過ごす。21:30帰宅くたびれた







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神の存在がわかる人、わからない人 ++++++++ 所感

2012/09/23 07:40

120923(日)4時目覚め。●朝の啓示。「神の存在がわかる人、わからない人」●関連聖句を3か所掲げる。いずれも塚本訳。

"581103","ヘブル 11:3","(まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造ら
れたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。"

●信仰なきとき、この世界は物理科学の目できり見えない。

"470404","・コリント 4:4","彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪
魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないよ
うにしたのである。"

●神の存在がわからないから人間は堕落する。歯止めがないからである
●そういう人間になったのは本人のせいではない。悪魔の仕業なのだ。人間を責めることはできない

"470406","・コリント 4:6","というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と
言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、
わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。"

●神の霊がやどるときに神の存在がわかる
●それがわかるために、人間は「大不幸」「不条理不可解な特殊体験」をしなければならない。
●これクリスチャンになるための宿命。
●しかし大不幸に遭っても神への信仰に至らない人がいる。
●神の祝福が下るときに人は神の存在がわかる。

………………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の啓示で、昨夜用意しておいた本日の配布資料をつくりかえたので、あせった。
●10:00集会は川上、小寺(マタイ)、高橋(栄光とは何か)
●私は「神の栄光を表す」ことが人生の目的と言われているが、それは神を信じてこの世的に偉くなったり、幸福になることではなく、この世では信仰の故に苦しんで最後は有体的の復活体に変えられることだと大きな声で叫んだ。配布資料は次である。
 

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/120923.htm



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要求としての再臨 ++++++++ 所感

2012/09/22 07:03

120922(土)6時起床●暑さ寒さも彼岸までは真理●朝の啓示「再臨の信仰は要求のあるところに開示される。●人世苦という度の強い涙のレンズでなければ再臨の信仰はわからない。●思いつくままに関連聖句を挙げてみよう

ルカ17:20 塚本訳
"421720","パリサイ人から神の国はいつ来るのかと尋ねられたとき、答えられた、「神の国
は、(いつ来るのかと計算や)観測のできるようにしては来ない。"

●この質問者はおそらく暇人間。現代では年金受給の遊び人クリスチャン

ルカ17:21 塚本訳
"421721","また『そら、ここに(ある)』とか、『かしこに(ある)』とか言うことも出来な
い。神の国はあっと言う間に、あなた達の間にあらわれるのだから。」"

●この世は人間の運動で漸次的によくなるのではない。
●世界平和は空論である。
●キリスト教平和運動家はヒューマニストであってキリスト教徒ではない。

ヨハネ14:01-03 塚本訳
"431401","(あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信
ぜよ、またわたしを信ぜよ。"
"431402","
父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むこと
が出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけが
ないではないか。"
"431403","(間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた
達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。"

●これ、最後の晩餐の時の弟子の悲しみを慰めるキリスト自身の再臨予言。
●再臨の信仰は、人生が悲しみのどん底の人に語られる。
●再臨はその要求がある人にのみ、耳がある人にのみわかる。真剣勝負の人生の人にわかる。
●これは公開されたこと。塚本先生に私淑しておられた植木静江さんは若くして結核になり、ご主人は亡くなり、残された梅太郎君一人を抱えて途方に暮れた。とても育てられないと判断。無理心中を決行しようとしたとき、狂える如くに終末再臨を祈ったという。それを知った塚本虎二先生は集会員に向かって「誰か子供を引き取ってくれないか」と訴えた。すると村松家が引き受けることになった。一人息子の梅太郎君は実母と別れて成長。長じて東京農大の博士になった。母静江さんの告別式の時、彼は「母は自分は母ではないことを知りながら、最後まで私に対して母であろうとした」と話した時はみんなが泣いた。その後私は氏と知り合いになり、塚本虎二先生記念会で話をしてもらったことがある。彼は栃木県の竹内正一集会に所属していたが、最近竹内氏が召されると勇躍そのあとを引き継いだ。天国のご母堂はどんなに喜ばれていることか。
●植木静江さんのような方にのみ「再臨」の信仰はわかる。彼女にとって再臨は要求である。
●パウロの「主よ来りたまえ」の言葉も、黙示録の本質もその背後に大苦難がある。
●この私も福島原発事故、また親族の困難の時に「早くこの世が終わってほしい」と祈るものである。これは現実逃避ではない。神の真の裁きと救いを祈る祈りである。
●信者は苦難を負うことが「栄光」。そして復活体によみがえることが「栄光」。クリスチャンの真の人生観である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想おわり
●6:30 小雨なのでラジオ体操は室内で妻と。
●明日の感話の準備
●TSK日本語版創世記33章。弟のヤコブは兄のエソウえお敬っている。美しい話。
●創世記は人間の愛憎ドラマ。面白い
●某女子生徒。返事が来ないなーと思っていたらメールアドレスが変更になっていた。メールは人間関係をぎくしゃくするなー。
 
●妻は夕方からモーツァルトのレクイエムの練習。
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キリストの再臨で世は改まる ++++++++ 所感

2012/09/21 04:49

120921(金)3時半目覚め●朝の啓示「キリストの再臨で悪魔は滅びる」●人間は弱い存在なので悪魔の誘惑には負ける。これは道徳、常識、習慣、躾、修養、修行、荷風、克己心、ヒューマニズムなどではとうてい防げない。ただ神の霊の臨在,キリストの再臨のみが悪魔の手からこの世が救われる。「罪を憎んで人を憎まず」。愛する人を悪魔の手から奪還するには神の力以外にはありえない。●頭に思いつくまま関連の聖句を掲げてみよう。

【口語訳】 創 3 章
 3:4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
 3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
 3:6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

●人類の始祖は最初からサタン(悪魔)の攻撃にさらされた。サタンは蛇に象徴される。
●この蛇は黙示録で「竜」に象徴されていて、キリストの再臨終末でこの竜は滅びる。
●まことに人類の歴史はサタンの攻撃に始まりサタンの滅びで終わる
●我々の短い人生も同じである。サタンに攻撃されて悩み続ける。
●人生は悩みの連続であることは次である。

【口語訳】 ヨブ 14 章
 14:1 女から生れる人は/日が短く、悩みに満ちている。

【口語訳】 伝 5 章
 5:17 人は一生、暗やみと、悲しみと、多くの悩みと、病と、憤りの中にある。

【口語訳】 詩 90 篇
 90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
 90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

●人生が辛く苦しいものであるようになった元凶は悪魔の仕業である。
●サタンは人から「生きる喜び」を奪った。人は罪を犯すように産み付けられたからである。
●このことをパウロは次のように言う。

【口語訳】 ロマ 8 章
 8:20 なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、
 8:21 かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。
 8:22 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。


●人間は「女」から生まれる。生まれてみれば罪びとである。
●その責任は人類の始祖アダムにあるとパウロは言う。
●それでは人間は神に抗議したい。なぜか、人間に責任はないからである。
●しかし「無償で」「ただで」人類は罪から救われる道が設けられた。それがキリストの十字架であり、復活と再臨である。これを受け入れるか、あくまでも神に不満を持ち続けるかが人生を決定する。

塚本訳 マルコ1:40-42
"410140","マルコ 1:40","すると(ある日)一人の癩病人がイエスの所に来てひざまずき、
「清めてください。お心さえあれば、お清めになれるのだから」と言って願った。"
"410141","
マルコ 1:41","イエスは(そのあわれな姿を見て悪魔に対する)怒りに燃え、手
をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、"
"410142","
マルコ 1:42","たちまち癩病が消えうせて、その人は清まった。"

●イエスは病気は悪魔の仕業だという認識であった。もろもろの現代病も含む。特に精神の病、依存症(アルコール依存症、ギャンブル依存症、風俗依存症)などはサタンの業である。
●「罪を憎んで人を憎まず」は「サタンを憎んで人を憎まず」である。

塚本訳 マタイ12:30
"401230","(だからわたしは言う、ベルゼブルはすでに縛られている。神と悪魔との戦い
は始まっている。)わたしの側に立たない者は、わたしに反対する者、わたしと一しょに
集めない者は、散らす者である。"

●キリストの側に立つとき人生は悪魔に対して戦わずして勝利する。

塚本訳 ルカ13:15-16
"421315","主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を
小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。"
"421316","
この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたの
だ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」"

●この女性は病気の霊に十八年も散りつかれていた。(一節)
●するとイエスは「病気の霊=悪魔の業」という認識である。これは医学界では認められないかもしれないが、罪が赦されると肉の病が赦される現実をしると真理かもしれない
●各種依存症は悪魔の縛りから解き放たれるときに治る。

塚本訳 マルコ9:25-29
"410925","マルコ 9:25","イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊
を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二
度と入るな!」"
"410926","
マルコ 9:26","霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死ん
だようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。"
"410927","
マルコ 9:27","イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。"
"410928","
マルコ 9:28","家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわ
たし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」"
"410929","
マルコ 9:29","彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)で
は決して出てゆかせることは出来ない。」"

●悪霊は祈り以外の手段では追い出せない。
●叱咤、注意、刑罰では追い出せない。つまり人間の力、努力では無理である。
●神の全能の力でなければサタンは退散しない。 
 
塚本訳 ルカ10:17-20
"421017","七十二人が喜んで帰ってきてイエスに言った、「主よ、あなたの名を使うと、悪
鬼までがわたし達に服従します。」"
"421018","
彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
"
                 
"421019","
(悪魔の下働きをする)“蛇”や蝎“を踏みつけ、”また敵のあらゆる力に打ち
勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもな
い。"
"421020","
しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の
命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」"

●キリスト信者にも悪霊を追い出す能力を与えられるが、それははあくまで神の力なのであるからそれをあたかも自分の力だなどと思ってはいけないということだ。

塚本訳 マタイ6:13-15
"400613","わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。"
"400614","
(祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してや
れば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、"
"400615","
人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。"

●イエスがこう祈れお教えた中に「悪から守ってください」がある。これは悪魔から守られるためには「祈り」が必要だということだ。
●人は全員悪魔の誘惑に勝てないから、悪魔の誘惑に負けた人を裁くことができない。
●最後に黙示録から

塚本訳 黙示12:9-10
"661209","黙示録 12:9","かくて(この)大きな竜は(天から)落とされた──(昔エバを
惑わしたあの)旧い蛇、悪魔またサタンと呼ばれ、全世界を惑わす者は、地に(叩き)落
とされた。その使い達もまた彼と共に落とされた。"
"661210","
黙示録 12:10","すると大きな声が天で(こう)言うのを私は聞いた──今や我
らの神の救いと権能と王国と、そのキリストの権力とは来た。われらの兄弟達を訴うる者、
昼も夜も彼らを神の前に訴うる者が(地に)落とされたからである。"

塚本訳 黙示21:4-6
"662104","黙示録 21:4","彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲
嘆も叫喚も疼痛も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え
去ったからである。」"
"662105","
黙示録 21:5","すると玉座に坐し給う者が言い給うた、「視よ、われ凡てを新し
くする」と。また言い給う、「書け、この言は信ずべくまた真実であるから。」"
"662106","
黙示録 21:6","そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、
初また終である。渇く者には無代で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。"

塚本訳 黙示22:2-4
"662202","黙示録 22:2","都の大通りの真中と河の此方彼方に生命の樹があって、(一年
に)十二度実を結ぶ、すなわち月毎に実が生るのである。そしてその樹の葉は諸国の民(の
凡ての病と傷と)を医す。"              
"662203","
黙示録 22:3","最早凡ての呪詛が無いであろう。そして神と仔羊の玉座が都の中
にあって、その僕達は(其処で)彼に仕え、"
"662204","
黙示録 22:4","(おおけなくも目のあたり)御顔を拝し、その御名が彼らの額に
(書いて)あるであろう。"

塚本訳 黙示22:13-17
"662213","黙示録 22:13","私はアルパまたオメガ、最初また最後、初また終である。"
"662214","
黙示録 22:14","幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)
都の門を入る権を得るために、その上衣を洗う者!"
"662215","
黙示録 22:15","(しかし都の)外には(この権を有たぬ穢れた)犬、魔術を行
う者、淫行の者、殺人者、偶像礼拝者、すべて虚偽を愛しまた行う者がいるであろう。"
"662216","
黙示録 22:16","私イエスが(諸)教会についてこれらのことをお前達に証明す
るために、私の使いを遣わしたのである。私はダビデの根また裔、輝く暁の明星である。」
"
"662217","
黙示録 22:17","すると御霊と新婦とが(答えて)言う、「来たり給え」と。聞く
者も(また)「来たり給え」と言え。渇く者は来い。望む者は無代で生命の水を受けよ。

●黙示録の本質は再臨待望。それもローマ帝国の撲滅ではなく、悪魔の撲滅を願うものである。

塚本訳 一コリ15:52-58
461552","・コリント 15:52","あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパ
が鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させら
れるのである。"
"461553","
・コリント 15:53","(というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきも
のが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。"
"461554","
・コリント 15:54","そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきもの
が不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。“死は(神の)勝
利に飲みこまれてしまった。”"
"461555","
・コリント 15:55","“死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣
は”。"
"461556","
・コリント 15:56","──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。─
"
"461557","
・コリント 15:57","しかし神に感謝あれ、勝利をわたし達の主イエス・キリス
トによってわたし達にお与えになる神に!"
"461558","
・コリント 15:58","だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、
動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、
あなた達は知っているのだから。"

塚本訳 一コリ16:22-23
"461621","・コリント 16:21","(最後に、)パウロが自筆で挨拶する。"
"461622","
・コリント 16:22","主を愛しない者があるなら、呪われよ!、マラナ、サ(主
よ、来てください)!"
"461623","
・コリント 16:23","主イエスの恩恵、あなた達と共にあらんことを。

●キリストの再臨なくして世は改まらない。速やかな終末と主の再臨を祈る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。

●今朝は雨なので公園でのラジオ体操へは行かず、妻と二人で室内で行う。 

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阿伎留医療センターの帰途。良い並木道を見た。

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8畳の部屋の畳替え。寸法の測り方は特殊技術。日本建築の伝統だ。
田辺畳店の親子が来訪。畳職人が一人前になるには10年はかかるという。
畳表の進歩で、紙を拠ったものが開発されたことを知り、それを注文した。

2012_09210012.jpg 
田辺畳店。田辺時雄社長(中央)。20年前に召された私の父のことをよーく知っていてくれて、晋(しん)さん。晋(しん)さん。と思い出を語ってくれたのはうれしかった。
左は息子の和弘氏。畳の専門学校に3年通ったという。どの道でも一人前になるには時間が
かかるものだ。同じ仕事を親子で継承するのは心温まる。日本の建築の良さだ。
建築は「心の交わり」。






 



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信者の苦悩は栄光の復活体が与えられる証拠 ++++++++ 所感

2012/09/20 06:11

120920(木)5時目覚め●朝の啓示「信者の苦悩は栄光の復活体が与えられる証拠」●次回の感話は「栄光」がテーマ。Jバイブルで「栄光」をヒットすると約300か所が出るのでそれを全部よんだ。●「聖書で聖書を読む」手法ほど迫力があるものはない。それは人間の言葉ではなく神の言葉だからである。それを整理すると次のようになる。

旧約聖書  ・・・神の威力の顕現。しかし僅かに感じるのみ
福音書    ・・・キリストは神の栄光の放射。奇跡、受難、復活
書簡類    ・・・信者の苦悩は栄光の復活体が与えられる証拠

●このうち信者特有の苦悩について考える

【口語訳】 ヨハ 16 章
 16:33 これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。

●信者にはこの世で特有の苦悩がある。なまじキリスト教になったばかりに「この世」といさかいが起きる。
●しかし神はイエスの苦悩を示して、それを教訓ではなく、復活のイエスとして慰めを与えてくださる。

【口語訳】 ロマ 8 章
 8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。

●この栄光とは何か。
●全聖書から見るとそれは「復活体」のこと。天地万有の支配ではない。

【口語訳】 ピリ 3 章
 3:21 彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

【口語訳】 一コリ 15 章
 15:44 肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。

●死んだら霊魂が肉体から抜け出て神のところに安らうというのは凡百の宗教の説くところ。それはキリスト教ではない。
●キリスト教が福音である所以は、死後の終末での有体的復活である。栄光の姿である。
●この信仰があったから初代の殉教者たちは、体が車裂きにあっても耐え忍んだ。肉体の苦しみは瞬時だと思った。

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朝の黙想 終わり

●8:15 公立阿伎留医療センターへ胃カメラの予約に行く。
●妻は夕方からヘンデル「メサイア」の練習へ。アルトパートはやりがいがあるという。他のパートを支えるからだという。また英語は難しく、ラテン語の宗教宗教曲の方が良いともいう。
●かって同じ職場にいたAN氏から詩集が贈られた。内容はかなり宗教的なもの、聖書的なものだ。神は隠れたところで隠れた人を起こすものだなー。







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義が真の美を生む ++++++++ 所感

2012/09/19 06:55

120919(水)5時半起床●朝の施策「義が真の美を生む」●無教会者の家を27棟設計して感じることは総じて無教会者は「美」を排斥はしないが無関心である。●その最たるものはキリスト教独立学園の建物のみぐるしさである。これは初代鈴木校長の美意識、情操観の責任でもある。●資金が不足であったことは理由にならない●後年山形の建築家である本間利雄氏が鈴木校長を助けて安い設計料で応援し始めたので次第によくなった。●これに比べてクエーカー派の学校であるフレンド学園(東京・三田)はまことに美しい。●私は両方の建物の企画段階にタッチした●ここにおいて無教会の信仰は負けている。美しくないものを生んでいるからである。信仰の内容に欠陥があるのではないか。●かって私は「内村鑑三の建築観と芸術観を批判する」と題して一文を書いたが発表するには至らなかった。●内容は無教会者の美意識のまずさの原因は内村鑑三にあるということが結論。内村は「芸術の盛んなるところ信仰は低い」と喝破している。これだからその追随者たちが「美は陶酔に陥るから信仰に危険である」という。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/uchimura4.htm

●ところが過日(9月17日)の「内村村鑑三研究会」で講演者の原島正氏から内村に「美と義」なる一文(教文館信仰著作い全集第14巻261ページ、1923年10月「聖書の研究」)があることを教えられて今朝それを読んで「ギャフン」となった。内村の芸術観は深くて広い。これをもっと前から知っていれば上記の拙論考も少しは違ったであろう。●無教会者の芸術観の拙劣さは内村鑑三になくその追随者達にある。何事も内村の文章を教条化している。それが内村が最も嫌った教派意識につながる●無教会者が内村鑑三という人間の言葉のすごさの呪縛から脱出するためには、内村がそうであったように各人が聖書に立ち返らなければならない。●そこで、上記内村の「美と義」の文中に引用された聖書と、私自身の頭に浮かぶ聖句を掲げて感話する。


口語訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 「人はみな草のごとく、/その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、/花は散る。
1:25 しかし、主の言葉は、とこしえに残る」。これが、あなたがたに宣べ伝えられた御言葉である。


●若い時に美しい人は老年になっても美しいが、それには神の命と繋がっていなければならない。信仰なくして「美しさ」なし。

口語訳 ゼカ 9:13
9:13 わたしはユダを張って、わが弓となし、エフライムをその矢とした。シオンよ、わたしはあなたの子らを呼び起して、ギリシヤの人々を攻めさせ、あなたを勇士のつるぎのようにさせる。

●美と芸術の一等国ギリシャは今「落ち目」。
●内村は義を追い求めるユダヤは美を追い求めるギリシャに勝るという。

口語訳 イザ 53:2-3
53:2 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
53:3 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

●キリストは風采が上がらなかったようだ。これはパウロも同じ。

口語訳 黙  19:8
19:8 彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。

●女性たちよ美しい信者をめざせ。

口語訳 Ⅱコリ4:6
4:6 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。


●キリストの美しさは、信仰なくして、つまり心が神の霊で照らされなければわからない。

口語訳 ヨハ 1:14
1:14 そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。


●聖霊を頂かないと「栄光」「めぐみ」「まこと」のすごさと美しさを感知できない。

口語訳 ルカ 9:29
9:29 祈っておられる間に、み顔の様が変り、み衣がまばゆいほどに白く輝いた。


●信仰者には顔の美しさがあるものだ。

口語訳 マタ 17:2
17:2 ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。

口語訳 Ⅱコリ4:6
4:6 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。

●ここに「キリストの顔」の輝きが語られている。
●「聖衣」という映画では信仰がなかった主人公tが信仰を与えられると、キリストが使ったという杯が急に輝いてみえるようになる。
●私にもそういう経験がある。若い時のこと信仰を頂いたときに石が急に輝いて見えたことがある。
●内村鑑三の弟子に室賀という人がいて名句を詠んだ。

「あるものの内に宿りしその日より輝き渡る雨土(あめつち)の色」

口語訳 マタ 6:22-23
6:22 目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。
6:23 しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。


●その人の信仰は目をみれば分かるものだ。
●信仰の深い人の目は輝いている。
●目に輝きの無い人。金儲けに狂奔する人、遊びごとに狂奔している人。暗く濁っている。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想 終わり

●8:00 妻はウィークデーの集い(今井館)に出発。

 有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

    

     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

      ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 


 

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人生を失敗した人の友 ++++++++ 所感

2012/09/18 06:18

120918(火)4時目覚め●朝の啓示「人生を失敗した人の友」●福音は人生を失敗した人のためにある。天下国家をよくするためにあるのではない。人格の陶冶のためにはない。幸福の手段ではない●私の職業上の本の一冊に「コストプランニングの失敗」という章がある。某氏はこの「失敗」という言葉に痛く感激された。世に成功談の本はあるが「失敗談」の本はないと。●神は人生の失敗者を探し出して救う。思いつくままに聖句を掲げ黙想してみよう。

【口語訳】 ルカ 19 章
 19:10 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

●税金取りザアカイ(おそらく淋しい人生であった)の人生にイエスは介入した。イエスの方から進んで介入した。

【口語訳】 マタ 18 章
 18:12 あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。
 18:13 もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。
 18:14 そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではない。

【口語訳】 ルカ 15 章
 15:7 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。

●福音は人生を迷い出た人、失敗して嘆いている人のためにある。
●イエスは次のように言った。

【口語訳】 マタ 15 章
 15:22 すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて、「主よ、ダビデの子よ、わたしをあわれんでください。娘が悪霊にとりつかれて苦しんでいます」と言って叫びつづけた。
 15:23 しかし、イエスはひと言もお答えにならなかった。そこで弟子たちがみもとにきて願って言った、「この女を追い払ってください。叫びながらついてきていますから」。
 15:24 するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」。

●これは無慈悲な態度だ。なぜか。病気治療よりも霊魂の救いの方が胎セルなのであった。
●いわんや天下国家の政治的平和よりも神と人間との平和の方が重要なのだ。

【口語訳】 ヘブル 1 章
 1:1 神は、むかしは、預言者たちにより、いろいろな時に、いろいろな方法で、先祖たちに語られたが、
 1:2 この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。

●終わりの時には神の子キリストがこの罪の世に介入した。それは裁くためではなく、救いのため。

【口語訳】 ヨハ 12 章
 12:47 たとい、わたしの言うことを聞いてそれを守らない人があっても、わたしはその人をさばかない。わたしがきたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うためである。

●罪を犯した人は世間に顔出しができない。日陰者でその生涯をおくる。親戚縁者にも顔出しができない。それでますます「罪の友達」と遊ぶ。傷を舐めあう。
●しかしそれでも安らぎはこない。真の救いに至らなければ一生暗い。
 
【口語訳】 ルカ 23 章
 23:39 十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
 23:40 もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。
 23:41 お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
 23:42 そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。
 23:43 イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。


●この強盗は人生を失敗した。しかしドタンバで悔い改めて救われた。
●私の知人曰く「宗教は死ぬ前の老人になってからのことでよいと自分は思う」と。
●しかしそれまでの貴重な人生は罪と悩みのれんぞくでよいのだろうか。
●神と共の「生きる喜び」に溢れる人生でなくてよいのだろうか。

【口語訳】 使 13 章
 13:46 パウロとバルナバとは大胆に語った、「神の言は、まず、あなたがたに語り伝えられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向をかえて、異邦人たちの方に行くのだ。

●福音はダメな人間には入っていかない。宗教家、名士、金持ち。
●イエスはサドカイ人を相手にしなかった。彼らは祭司階級であって「この世の地位で十分に満足」。復活をも信じていなかった。
●救世軍のブース大将の夫人は金持ちには福音は入りにくいと言っていたそうだ。(ヒルティ)
●救いを求めない人に福音は説くな。それは時間の無駄だ。
●人生を失敗して尾羽打枯らして「ヘルプ」の声を出すとき、人生がズタズタになるときに人間は初めて目覚める。
●これが人生に不幸というものが存在する理由だ。病気、経済的破綻、家庭崩壊、受験や就職の失敗、結婚の失敗、子育ての失敗、事業の失敗、会社経営の失敗、仕事の失敗、・・・・これらはみな神の招きの証拠だ。

【口語訳】 マタ 5 章
 5:3 「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。

【口語訳】 マタ 5 章
 5:4 悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。

【口語訳】 ルカ 6 章
 6:20 そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
 6:21 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。

●山上の説教は招きの言葉だ。泣き悲しんでいる人を今こそ招こうとしているのだ。

【口語訳】 使 13 章
 13:47 主はわたしたちに、こう命じておられる、/『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためである』」。
 13:48 異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。
 13:49 こうして、主の御言はこの地方全体にひろまって行った。
 13:50 ところが、ユダヤ人たちは、信心深い貴婦人たちや町の有力者たちを煽動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出させた。
 13:51 ふたりは、彼らに向けて足のちりを払い落して、イコニオムへ行った。
 13:52 弟子たちは、ますます喜びと聖霊とに満たされていた。

●世の中には福音を求めている人がいる。救いを求めている人がたくさんいる。
●「主の山に備えあり」
●「行け!」「沖へ出でよ」

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朝の黙想終わり。

●妻はブリジストン美術館に「ドビュシー、音楽と絵画」。夕方から無教会研修所、月本昭男先生講義」













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救いの願いを起こさせる神 ++++++++ 所感

2012/09/17 07:21

120917(月)敬老の日。クリスチャンに定年なし。老年なし。「今日が一番若い日」(渡辺和子)●朝の黙想「救いの願を起こさせる神」

【口語訳】 一ペテ 1 章
 1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、
 1:4 あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。


【口語訳】 ピリ 2 章
 2:13 あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。

●願を起こさせるのは神であることは安心である。「すべてのことには時がある」(伝道の書)であって、人間の側にはないからである。
●日本のキリスト教人口が少ないことをキリスト教界は嘆き、原因をあれこれ論じられるが、あまり効果はない。
●救いには順序があって神は必ず全員を救うことはパウロの思想である。ロマ書9殻11章
●これらのことを黙想するためには自分のひらめきのほかにTSK日本語版が有益である。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

●これに目を通して自分の心に響くものを掲げてみよう。

【新共同訳】 ロマ 11 章
 11:13 では、あなたがた異邦人に言います。わたしは異邦人のための使徒であるので、自分の務めを光栄に思います。
 11:14 何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです。


●「自分もああいう字とになりたい」と思わせるような品格の人が理想である。
●ああいう人がクリスチャンならキリスト教にはなりたくないとおもわせたら、クリスチャン失格
●教会や集会が暇人や遊び人や政治結社の集まりならば誰もクリスチャンにはなりたくない。
●集会の故古田あやさんは非常に安らかに召された。私が司式をしたその告別式で、病院の院長の鴨下重彦先生は、「自分のあのように安らかな死に方をしたい」と弔辞された。
●これがクリスチャンの最大の伝道だ。

【口語訳】 エズ 7 章
 7:27 われわれの先祖の神、主はほむべきかな。主はこのように、王の心に、エルサレムにある主の宮を飾る心を起させ、

●これは私の仕事上のこと。建築は建築主の発心から始まる。それは天の時である。

【口語訳】 ヨハ 6 章
 6:65 そしてイエスは言われた、「それだから、父が与えて下さった者でなければ、わたしに来ることはできないと、言ったのである」。

●救いは神の発心に始まる

【口語訳】 ヨハ 6 章
 6:65 そしてイエスは言われた、「それだから、父が与えて下さった者でなければ、わたしに来ることはできないと、言ったのである」。

【口語訳】 エペ 2 章
 2:4 しかるに、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、
 2:5 罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである――

●神の発心は「気の毒な人だなー」と思う心。それは私たちにもある。

【口語訳】 二テサ 2 章
 2:13 しかし、主に愛されている兄弟たちよ。わたしたちはいつもあなたがたのことを、神に感謝せずにはおられない。それは、神があなたがたを初めから選んで、御霊によるきよめと、真理に対する信仰とによって、救を得させようとし、
 2:14 そのために、わたしたちの福音によりあなたがたを召して、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせて下さるからである。

●神の救いの発心の理由は様々だ。それは神秘敵だ。恐れ多いことだ。

【口語訳】 ロマ 9 章
 9:14 では、わたしたちはなんと言おうか。神の側に不正があるのか。断じてそうではない。
 9:15 神はモーセに言われた、「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ」。
 9:16 ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。
 9:17 聖書はパロにこう言っている、「わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである」。
 9:18 だから、神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである。

●神に依怙贔屓はない。

【口語訳】 一コリ 7 章
 7:16 なぜなら、妻よ、あなたが夫を救いうるかどうか、どうしてわかるか。また、夫よ、あなたも妻を救いうるかどうか、どうしてわかるか。

●家族が救われるかどうかは100%神の主権のうちにある。人間の熱心によらない。ただ周囲の熱心な祈りが神の発心を促すことは確かだ。

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今朝の黙想 おわり

●14:00「第35回内村鑑三研究会」(今井館)
原島正・・・・「と」に生きた人・内村鑑三-----歴史的研究
佐藤全弘・・・内村鑑三と新渡戸稲造

2012_09170004.jpg 

前列右より 佐藤全弘、原島正、渋谷浩、高橋照男
後列右より ゾンタークミラ、斉藤みち、大山綱夫、高木謙次、中村某、斉藤顕、
撮影は千葉真

二つの講演とも有益であった。
終了後の茶話会(上記写真に写っている人)で尖閣諸島問題が話題に出た。
新渡戸(国連事務次長を歴任)だったらなんと言うかということが話し合われた。
佐藤全弘先生は、北方領土はも自治区にすべきだと言われた。













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重荷を負う者、自分だけで苦労するな。 ++++++++ 所感

2012/09/16 05:31

120916(日)4時目覚め。朝の啓示。

【口語訳】 マタ 11 章
 11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

●キリスト教会の門の標語で一番多いのがこの言葉である。
●それは教会にいらっしゃいということであるが、今日の教会や集会では真に人生の重荷を受容してくれるとは言い難い。
●一歩入れば、「お交わり」と称する「愛の親睦団体」か天下国家を断罪する」政治結社の類であるから救われない。
●これは具体的にどういうことなのだろう
●日本人は識字率が高いから各自聖書に向かうべきだ。
●そこでこの意味を「聖書で聖書を読む」方法で読み解いてみよう。頭に浮かぶまま関連する聖書の箇所を掲げてみよう。

【口語訳】 ロマ 8 章
 8:21 かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。
 8:22 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。
 8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

●まことに人生は「うめき」の連続である。「涙の谷」であるいわゆる「幸福」の日は少ない。これでいいのだ。それでいいのだ。それが人生の本質だ。

【口語訳】 ロマ 8 章
 8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。
 8:27 そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。

●ここにも「うめき」ということがでてくる。まことに人生はこれ「うめき」である。
●しかし神がこれを知って共に呻いてくださるとはありがたい。これ同質の原理である。
●呻いているのは自分一人ではない。
●悲しいとき、淋しいときは「悲しく淋しい」音楽を聴けとは日野原重明先生の言葉である。(音楽力)

【口語訳】 マタ 28 章
 28:20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

●ここは後半が重要。終末で万物は復興し「呻き」から解放されるが。その日まで復活のイエスが共にそばにいてくださるというのだ。涙の谷を一緒に歩んでくださるというのだ。

【口語訳】 一ペテ 5 章
 5:7 神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。

●これは素晴らしい言葉だ。「いっさい」ということが重要。神は弁護士でありカウンセラー。真に悩み事を受け入れてくださる。
 
【口語訳】 マタ 6 章
 6:25 それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
 6:26 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。

●思い煩いの大半は「人並みに」という他人との比較からくる。学歴、習い事、容姿、経済、・・・
●絶対生活に立てば不足ではないことを集会の長老、Fさんから学ぶ。Fさんは95歳ぐらい。国民年金の5万円だけで生活、いつもニコニコしていて年に旧新約聖書を4回通読する。午前中は聖書一本。町内ではF氏を慕う人の輪ができて時々安い団体旅行に行くから驚き。「高橋君はだめだなー」といつも叱られる。叱ってくださる。

【口語訳】 哀 3 章
 3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
 3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
 3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。

●人生の苦難は若いうちがよい。鉄は熱いうちに打て。
●「なお望みがあるであろう」とは人間的には全く100%絶望でも死人を復活させた神を信ずれば「望み」はあるのだ。

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朝の黙想終わり
 
●中野の孫たちに返礼の手紙●8:00 妻と集会に出発 ●集会は茂木(司会)、丹野(塚本虎二「信仰の四段階)、村上(申命記四章)●小寺ご夫妻と昼食。小寺利男氏出席は感謝。しかし足が弱られた。今年は集会の三名が白内障の手術をされた。















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復讐は神が必ず行う ++++++++ 所感

2012/09/15 05:17

120915(土)3時40分起床●朝の啓示「復讐は神が必ず行う」●生きていく上では人間関係で「クソッ!」と思うことがししばしばあるものだ。その時人間の動物的本能は相手を復讐したくなるものだ。「ぶっ殺したくなる」ものだ。それでよい、それでよいのだ。聖書はそれが通奏低音のように流れている。●最近の報道で、中高生の自殺願望の原因調査の結果、第一位が「理由不明」で第二位が「親や教師からの叱責」。今日流行の「いじめ」は非常に少ない」●これでわかることは「叱責」は人を救わず殺す」という事実である。●つまり「叱責は人を殺す」●人間の「叱責」の動機は「復讐心」である。しかしこれでは人は救われないことが明快になった。●しかし人は本能的に自分に害を与えた者に復讐をしたくなる」。●そのはやる心を戒めるものがイエスの「裁くな」である。しかしこの言葉では人間は収まらない。ではどうしたら良いのか。義を満足させるためにはどうすればよいのか。●神の復讐に任せることある。自分では手を下さない方がよい。なぜか。人間の復讐は相手を殺すことにあるが、神の復讐は人を救うことが目的だからである。●関連聖句を掲げてみよう。

【口語訳】 ヘブル 10 章
 10:30 「復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と言われ、また「主はその民をさばかれる」と言われたかたを、わたしたちは知っている。

【口語訳】 ロマ 12 章
 12:19 愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。

●しかしこれを頭で勉強していても心が穏やかにならず、突然本能が爆発して相手を叱責してしまうものだ。どうしても「憎き相手の死を願って」しまう」ものだ●ではどうすべきか、怒りの心をひたすら祈りで神に訴えて神による復讐を願うことだ。●神の復讐には背後に「救い」があるからその復讐が実行されるときに人は「悔い改め」「痛悔(カトリックの用語)」という現象が起こるのだ」\\。●このとき信者の「義」は「愛」とともに満足するのだ。●しかしそれは生きているうちは見られず、この自分が死んでから後にでも確実に実現するものと固く信ずる。●桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年。人の救いは最後の日。●だからクリスチャンは終末が早く来るようにひたすら祈るべきなのだ●これがキリスト教的復讐の精神なのだ。自戒、自戒。

●「赦すことが最大の裁きである」「十字架は義として見るより愛として見たほうがよくわかる」・・・塚本虎二
●無教会の井上伊之助氏は父親が台湾の首狩り族である高砂族に殺された。その復讐として戦後その高砂族に神の赦しの福音の伝道に身を捧げた。
●米国人マッケイ氏は真珠湾を不意打ち攻撃した日本が憎くて憎くてしょうがなかったが、ある時背中に激痛が走り「日本に宣教せよ」という神の声を聞いて、断然栄達の道を捨てて日本への宣教師になった。この二人の行動はキリスト教的「復讐」である。見習うべきだなー。
●戦時中、米国の教会は日本の教会のために献金をしていた。終戦後この話を聞いた小寺利男氏は「日本は戦力不足で負けたのではなく、精神面で負けたのだ」と悟り、キリスト教信仰の道に導かれた。私の子供たちが信仰に導かれたのは小寺氏の祈りによる。親は子供に伝道できにくい。叱責するばかりだ。その小寺氏は現在病になった。回復を祈ること切である。

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●以上、朝の黙想終わり
●妻はコンサート。その後モーツアルト「レクイエム」の練習。過日TV「題名のない音楽会」で87歳の老女が「この道」を歌ってグランプリを受賞。非常に上品な人であった。「感謝でございます」という言葉が出たので、あるいはクリスチャンか。声は若々しかった。
●私はTSK日本語版創世記27章入力、。

2012_09150003.jpg 
秋留台公園のラジオ体操会場。光量が少なくうまく写らなかったが数十名はいる。


2012_09150004.jpg 
残暑厳しい日。雲がきれいだなー。

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この素晴らしい景色は来世に行っても見られるのかなー



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息子の結婚に条件をつけた父親 ++++++++ 所感

2012/09/14 19:42

120914(金)TSK日本語版の創世記を入力していて次の句にぶつかり、考えさせられた。 
 
口語訳 創  24:3-4
24:3 わたしはあなたに天地の神、主をさして誓わせる。あなたはわたしが今一緒に住んでいるカナンびとのうちから、娘をわたしの子の妻にめとってはならない。
24:4 あなたはわたしの国へ行き、親族の所へ行って、わたしの子イサクのために妻をめとらなければならない」。

●親は子供の結婚にどこまで口を出すべきか、あるいは出してはいけないのか。
●人生の先輩として「そーら、やっぱりこうなったか」と後悔しないように、親として言うべきことは言っておかなければならない。
●この聖書の場合は父アブラハムが息子のイサクの結婚に「条件」をつけた。
●親としてやむにやまれぬこと「これだけは」ということが「カナンの女と結婚するな」ということであった。
●この聖書の意味を探るにはどうしたらよいのか。普通は註解書か有名先生の本に走ることををするが、それでは「思想論争」となって、これが教派争いや「我が師尊し」の喧嘩の元になる。
●ではどうするか、年来の主張の「聖書で聖書を読む」方法とTSK日本語版えお利用してこの意味することを探ってみよう。
●まず、「聖書で聖書を読む」を見てそのなかから心に響いたものを掲げる。 

http://www.bbbible.com/ 

口語訳 Ⅱコリ6:14-17
6:14 不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。
6:15 キリストとベリアルとなんの調和があるか。信仰と不信仰となんの関係があるか。
6:16 神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、/「わたしは彼らの間に住み、/かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となるであろう」。
6:17 だから、「彼らの間から出て行き、/彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。

口語訳 マタ 12:39
12:39 すると、彼らに答えて言われた、「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。

●次にプロテスタントの国が200年かけて作り上げた「TSK」を見てみよう。
 
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

●これを見て、自分で「アーソウカ」と感じる個所を掲げてみよう。

口語訳 創  6:2-4
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。
6:4 そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。

口語訳 創  26:34-35
26:34 エサウは四十歳の時、ヘテびとベエリの娘ユデテとヘテびとエロンの娘バスマテとを妻にめとった。
26:35 彼女たちはイサクとリベカにとって心の痛みとなった。

口語訳 創  28:1-2
28:1 イサクはヤコブを呼んで、これを祝福し、命じて言った、「あなたはカナンの娘を妻にめとってはならない。
28:2 立ってパダンアラムへ行き、あなたの母の父ベトエルの家に行って、そこであなたの母の兄ラバンの娘を妻にめとりなさい。

口語訳 創  28:8
28:8 彼はカナンの娘が父イサクの心にかなわないのを見た。

口語訳 Ⅰコリ7:39
7:39 妻は夫が生きている間は、その夫につながれている。夫が死ねば、望む人と結婚してもさしつかえないが、それは主にある者とに限る。

●人はどんないきさつであれ、結婚は神が合わせ給うもの。これを壊してはならない。またたとえ破壊されても神はそれを利用して神ご自身の経綸を為される。神の名誉を挙げられる。





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今日が一番若い日 ++++++++ 所感

2012/09/13 18:55

 120913(木)3時半起床

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まだ夜は明けない。星と月が出ている。

●昨夜仕掛けたネズミ捕獲の粘着テープに小さいネズミがかかっていた。近づくとキューキューと泣いた。ネズミはチューチューではない。「助けてくれー」と叫んでいるようでかわいそうになったが、妻を困らせた憎いネズミだ。心を鬼にして「ならぬ」と思いながら、庭に穴を掘って手厚く埋葬(?)。ネズミも神の被造物だ。妻が起きる前に終了した。
 
●妻は千駄ヶ谷に会場手続き、中野の愛子のところに手伝い。それから東山大和にメサイアの練習。人間、頼られている内が花だと話し合った。

●TSK日本語版入力は偶然にも埋葬の箇所はアブラハムが妻サラを埋葬する箇所 

 【口語訳】 創 23 章
 23:1 サラの一生は百二十七年であった。これがサラの生きながらえた年である。
 23:2 サラはカナンの地のキリアテ・アルバすなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは中にはいってサラのために悲しみ泣いた。

【口語訳】 創 23 章
 23:19 その後、アブラハムはその妻サラをカナンの地にあるマムレ、すなわちヘブロンの前のマクペラの畑のほら穴に葬った。

●過日、NHKTV「こころの時代」でカトリックのシスター渡辺和子(85歳)が次のような良いことを語った。「明日の私は今日よりも年を取っている。だから私は今日が一番若い日なのです」。
●これを朝のラジオ体操で共産党の市会議員に言うと感心していた。しかし共産党は世の中は物質だけで神などいないというのだから野蛮である。金だけが幸福ではない。
●マルキシズムは富に対する嫉妬だというのは至言。

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初秋の空に赤とんぼが舞っていたがよくは映らなかった。

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朝は犬の散歩の時間だ。大きな犬だなー。餌代が大変だろうなー。

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ミミズにアリの大群が攻めている。なでしこジャパンのチームプレーを思い出す。



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愛する子を捧げよとは ++++++++ 所感

2012/09/12 04:35

120912(水)4時目覚め●朝の黙想「愛する子を捧げよ」とは」●昨日鑑賞したDVD「天地創造」のアブラハムが愛子イサクを神に捧げることについて考える。●そのいきさつは次の通りである。

【口語訳】 創 22 章
 22:2 神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。

【口語訳】 創 22 章
 22:10 そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、
 22:11 主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。
 22:12 み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。

【口語訳】 創 22 章
 22:13 この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。
 22:14 それでアブラハムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」と言う。


●アブラハムにとってイサクは晩年になってようや授かった一人息子である。(創世記17章)
●その愛子イサクを燔祭にささげるために殺せとは理不尽な神である。子供殺しの罪である。
●人間としてこれはどうしても承服しかねることである。映画ではアブラハムが「いやだ」と言って悩み苦しむ場面が印象的。
●ではここで聖書は一体何を言うのであろうか。
●思い浮かべる聖句は次である。

【口語訳】 ルカ 14 章
 14:26 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。

●信仰の道は険しい。自分にとって最も大切なものを神は奪う。子供を、家庭を,職場を、進学を、健康を、恋人を、婚約者を、夫を、妻を、一流学校を、一流企業を、高い地位を、経済を、家屋を、財産を。その時人間は葛藤する煩悶する。嘆き悲しむ。泣いて神に文句を言う。神を疑う。それでいいのだ、それでいいのだ。
●何人も自分で「自分の命を捨て」ることはできない。イエスもゲッセマネの祈りでこれを煩悶した。

【口語訳】 マタ 26 章
 26:39 そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

●神はその人が「神より大切だ」』と思って握って離さないものを強引に奪われる。そのとき人間は狂う。
●この時人間は2種類に分かれる。一方は堕落である。そういう人を私は知っている。俊英と目されてたいた人が家庭の事情で大学に進学できずに就職したが、「女に走って」堕落。後日「あの時自分は淋しかったんだ」と述懐された。
●一方は世をはかなんで「人生とは、生きるとは」を深く考えるに至り、ついに「永遠の命」の道を見出した人もいる。
●神はキリスト信者になった人間にも最後まで信仰の試練を与える。
●しかしそれは結局神の愛から出ることなのだ。人間が握って離さないものを神は無理やり暴力で引き離し、真の喜びを与える。人の思いに勝る永遠の喜びを与える。

【口語訳】 一ペテ 4 章
 4:12 愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、
 4:13 むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、キリストの栄光が現れる際に、よろこびにあふれるためである。

【口語訳】 一ペテ 1 章
 1:6 そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。
 1:7 こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。

【口語訳】 ヘブル 12 章
 12:11 すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

【口語訳】 一コリ 10 章
 10:13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上、朝の黙想おわり。

●早朝散歩と公園でラジオ体操
●昨夜仕掛けたネズミ捕獲粘着板にかかっていなかったので今夜また仕掛ける。食べ物を食い散らかしていたので「赦せない」。
●TSK日本語版創世記22章入力。アブラハムがイサクを献げるところ。
●ウィンドウズ「7」になかなか慣れない。今日はSWORDとバイブルデスクトップのインストール。途中で行き詰った。かって脳出血になった時、前夜遅くまでパソコンの難しいことをやっていたことが遠因だったかもしれないので、妻から注意された。



 有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

    

     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

      ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 







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主による縁の喜びと肉親との別れの悲しさ ++++++++ 所感

2012/09/11 06:06

120911(火)4時半起床。●朝の黙想「主による縁の喜びと肉親との別れの悲しさ」●クリスチャンの宿命として主にある出会いの喜びと同時に血縁との別れの悲しさがある。今朝はこのことを黙想してみよう。

【口語訳】 ヘブル 11 章
11:8 信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。

【口語訳】 創 12 章
12:1 時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。

●信仰の道は険しい。国を捨て、親族を捨てる宿命がある。「父の家を離れ」とは日本の儒教道徳道徳とは異なる。

【口語訳】 創 2 章
2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。

【口語訳】 マタ 19 章
19:3 さてパリサイ人たちが近づいてきて、イエスを試みようとして言った、「何かの理由で、夫がその妻を出すのは、さしつかえないでしょうか」。
19:4 イエスは答えて言われた、「あなたがたはまだ読んだことがないのか。『創造者は初めから人を男と女とに造られ、
19:5 そして言われた、それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである』。
19:6 彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。

●息子は嫁に散られるのが現実。しかしそれは創造の原理にかなっている。
●娘は何があっても「実家に戻って」きてはいけない。
●九州地方の週刊では四里里の時実家は娘の茶碗を割る。「絶対に戻ってくるな」という意味。
●口語訳の「父母を離れ」は塚本訳では「父母をすてて」となっている。
●一昨日のNHKTV「こころの時代」はカトリックの渡辺和子。親に口答えしないと厳しくしつけられたが、
初めて反抗したのは「洗礼」を受ける時。この時彼女は親をすてたのだ。これ親不孝の親孝行。

【口語訳】 マタ 12 章
12:48 イエスは知らせてくれた者に答えて言われた、「わたしの母とは、だれのことか。わたしの兄弟とは、だれのことか」。

【口語訳】 ヨハ 2 章
2:1 三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。
2:3 ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。
2:4 イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。


●人が親に反抗するときはただ人生でただ一度「信仰に入るとき」だけであるべきだ。そうでなくなんでもかんでも反抗していたら神の栄光があがらない。福音が伝わらない。「あの子が反抗したのは初めてだ。キリスト教はよっぽどのことだ」と思われなければならない。

【口語訳】 ヨハ 1 章
1:9 すべての人を照すまことの光があって、世にきた。
1:10 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
1:11 彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。
1:12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
1:13 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。


●出生の秘密は誰にでもある。人は親を選べない。泣くな。不幸の星のもとに生まれた子よ。本当の誕生は霊によって新しく生まれ変わることなのだ。

【口語訳】 ルカ 2 章
2:34 するとシメオンは彼らを祝し、そして母マリヤに言った、「ごらんなさい、この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています。――
2:35 そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう。――それは多くの人の心にある思いが、現れるようになるためです」。

●母マリヤはこのシメオンの予言が的中した。息子に胸を刺し貫かれた。母も子も涙涙だ。

口語訳】 ヨハ 3 章
3:4 ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。
3:5 イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。
3:6 肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。
3:7 あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。
3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。
3:9 ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。

●これが肉親との別れの根本原理なのだ。


【口語訳】 マタ 10 章
10:34 地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。
10:35 わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。
10:36 そして家の者が、その人の敵となるであろう。
10:37 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。
10:38 また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。
10:39 自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。

【口語訳】 マタ 10 章
10:21 兄弟は兄弟を、父は子を殺すために渡し、また子は親に逆らって立ち、彼らを殺させるであろう。
10:22 またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての人に憎まれるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

●古代ローマの殉教者ヴィクトリアは、処刑台に立った時兄が近づいてきて「妹とよ、生き延びて老いた両親に孝行しなさい。一言『ローマ皇帝が主だ』と言えば助かるのだ」と囁いたが、ヴィクトリアは断然それを拒否。
●かってローマのカタコンベを訪れたとき、首に切り裂かれたあとのある女性の像があった。あれはヴィクトリアだったのか。キリスト教はローマに勝利した。
●親にも兄弟にも憎まれるとき、それは真のクリスチャンの証だ。喜び喜べ。

【口語訳】 一テモ 5 章
5:8 もしある人が、その親族を、ことに自分の家族をかえりみない場合には、その信仰を捨てたことになるのであって、不信者以上にわるい。

●これは難解。これがわからないからすぐ修道院にはいる人間がいる。主にあって親兄弟の救いを祈り続けて「普通の人」で生きるべきなのだ。
●私は主を信じてこの世限りの建築という「小事」に邁進してきたの

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●以上朝飯前の仕事●公園でラジオ体操。毎月11日は全国のラジオ体操会場で福島のために募金。500円を投じた。
●8:00NHKTV朝ドラ「梅ちゃん先生」
●TSK日本語版創世記21章入力。創世記は面白い。
●TSK日本語版士師記入力準備
●13:001966年米国「THE BIBLE」(日本語名は『天地創造』)のDVDを100円で借りてきたものを妻と鑑賞。アブラハムは神の命令とあらば晩年にようやく授かった一人息子のイサクを捧げるその絶対従順の信仰に感心した。40年以上も前に映画館で見たものだが、新しい視点で見ることができた。
●アブラハムの信仰の試練について妻と話し合う。私はアブラハムのような信仰を持つことができるだろうか。
●神への絶対従順はこの世のものは一切捨てなければならない。

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秋留台公園のひまわり。みんな笑っているようだなー

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秋留台公園のコスモス。コスモス大好き。風に逆らわずにしなやかに揺れるところが
信仰の生き方に似ている。自然体で生きる。頑張らないで生きる。そういう信仰の人を知っている。こういう人の方が強い生き方になれる。

【口語訳】 一コリ 15 章
 15:43 卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、

【口語訳】 一コリ 1 章
 1:25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。

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ダルメシアンという種類の猟犬だそうだ。気性が荒くて扱いにくいという。 




















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見逃してくれた駅員 ++++++++ 所感

2012/09/10 05:37

120910(月)4時15品目覚め●朝の啓示「失敗は正直に告白せよ。●昨日の集会(信濃町)の帰りの事。自宅がある駅に降りる時にどうしても切符が見つからない。支払うことを覚悟で駅員に訳を話すと見逃して通してくれた。心の中で「あの駅員に神の祝福があるように」とつぶやいた。●そこで今朝浮かんだのが次の聖句。

塚本訳 Ⅰヨハ1:9
1:9 もし罪を正直に言うならば、神は真実で、正しいお方であるから、わたし達の罪を赦し、あらゆる不義から清めてくださるのである。

●この意味の関連聖句を探るのにはコンコルダンスでは不便。拙HPのTSK日本語版が便利有効。
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm


口語訳 レビ 26:40-42
26:40 しかし、彼らがもし、自分の罪と、先祖たちの罪、すなわち、わたしに反逆し、またわたしに逆らって歩んだことを告白するならば、
26:41 たといわたしが彼らに逆らって歩み、彼らを敵の国に引いて行っても、もし彼らの無割礼の心が砕かれ、あまんじて罪の罰を受けるならば、
26:42 そのときわたしはヤコブと結んだ契約を思い起し、またイサクと結んだ契約およびアブラハムと結んだ契約を思い起し、またその地を思い起すであろう。


口語訳 詩  32:6
32:6 このゆえに、すべて神を敬う者はあなたに祈る。大水の押し寄せる悩みの時にも/その身に及ぶことはない。


口語訳 詩  51:3-6
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。


口語訳 箴  28:13
28:13 その罪を隠す者は栄えることがない、言い表わしてこれを離れる者は、あわれみをうける。


口語訳 ダニ 4:4-5
4:4 われネブカデネザルはわが家に安らかにおり、わが宮にあって栄えていたが、
4:5 わたしは一つの夢を見て、そのために恐れた。すなわち床にあって、その事を思いめぐらし、わが脳中の幻のために心を悩ました。


塚本訳 マタ 3:6
3:6 自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。


口語訳 申  7:9
7:9 それゆえあなたは知らなければならない。あなたの神、主は神にましまし、真実の神にましまして、彼を愛し、その命令を守る者には、契約を守り、恵みを施して千代に及び、


塚本訳 Ⅰコリ1:9
1:9 神は誠実であられる。この神によって、御子なるわたし達の主イエス・キリストとの交わりに、あなた達は召されたのである。


塚本訳 テト 1:15
1:15 潔い者には凡てが潔く、穢れた、不信仰の者には一つも潔いものがなく、その理性も良心も穢れている。


塚本訳 ヘブ 10:23
10:23 また、わたし達は(洗礼のとき)告白した(主の再臨の)希望を、動かさずに守っていようではないか。──(これを)約束された方は忠実であるから。──


塚本訳 ヘブ 11:11
11:11 信仰によって、アブラハムはまた(その妻)サラと共に、子孫をつくる力を受けた、(すでに年齢が)盛りを過ぎていながら。彼は約束された方を誠実であると考えたのである。


塚本訳 ロマ 3:6
3:6 もちろん、そうではない。もしそうだとすれば、どうして神はこの世をお裁きになることができよう。


塚本訳 ヘブ 6:10
6:10 というのは、神は不公平ではないから、あなた達のした(善い)ことや、御名のために聖徒たちの世話をし、今もなお世話をしつつ、示したその愛を、お忘れになることはないからである。


塚本訳 黙  15:3
15:3 彼らは神の僕モーセの歌と仔羊の歌をうたって言う──主なる神よ、全能者よ、御業は大なるかな、驚くべきかな!諸々の国の王よ、なんじの道は義しきかな、真実なるかな!


口語訳 詩  19:13
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。


口語訳 詩  51:3
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。


口語訳 エレ 33:8
33:8 わたしは彼らがわたしに向かって犯した罪のすべてのとがを清め、彼らがわたしに向かって犯した罪と反逆のすべてのとがをゆるす。


口語訳 エゼ 37:23
37:23 彼らはまた、その偶像と、その憎むべきことどもと、もろもろのとがとをもって、身を汚すことはない。わたしは彼らを、その犯したすべての背信から救い出して、これを清める。そして彼らはわが民となり、わたしは彼らの神となる。


塚本訳 Ⅰコリ6:11
6:11 そして(かっては)あなた達も幾人かは、こうした者であった。しかしもはや(洗礼を受けて汚れを)洗っていただいたのであり、聖別されたのであり、義とされたのである、主キリストの名によって、またわたし達の神の霊によって。


塚本訳 Ⅰヨハ1:7
1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)


塚本訳 テト 2:14
2:14 彼は私達を『凡ての不法から贖い出し』、また(私達を)『潔めて』、善い仕事に熱心な『自分の選民にしよう』として、私達のために自分を与え給うたのである。

●以上を読んで思うこと。
●失敗したら神に正直に体当たりで告白せよ。神はきっと赦して下さる。あの駅員のように。
●それを下手に「屁理屈をつけて」反抗すると神は赦さない。
●アダムとイブが神の戒めを破ってリンゴを食べた時、理由をしてのせいにして減りつくをつけた。いちじくの葉で恥を隠したのは「理論武装」である。人類の始祖はこれがいけなかった。「おいしそうだったのでつい食べてしまいました」と正直に言えばよかったのだ。そうすれば神はもっと食べろと言ったに違いないのだ。
●猪苗代湖畔にある野口英世の生家の庭には石碑があってそこに
 Honestly is  the best  policy   と掘ってある。これは「正直は最良の生き方」とでも訳すべきか。
●キリスト教独立学園の鈴木校長の逸話。バスの乗車券を渡して降りようとしたところなぜが運転手がいない。そこで切符を出さないで下車。ここで一般凡人は「シメタ。一枚儲かった」と思う。しかし鈴木校長はあとでその切符を破いて捨てたという。
●これが教育の根本だ。独立学園の講堂の壁には「主を畏れるは知識のはじめなり」(箴言1:7)と書いてある。
●かって某団体の建物が雨漏りした時のこと。総務部長という人間が「雨漏するような建物なんか造るんじゃーない」とみんなの前で私を怒鳴った。彼の顔は汚かった。神はきっと彼の人生を祝福しないであろう。
●反省。あの時「スミマセン」と正直謝ってだけいればよかったのになー。屁理屈つけたことがいけなかったんだなー。自戒。
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●13:00 池谷医院。
●15:30 生命保険の契約に地元郵便局の局長Y氏と事務員のTさんが来訪。懇談。

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4時半の東の窓。夜明け前 まだ星が見える

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秋の空、秋の雲。美しいなー。生きている喜び。

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「私はで道あり真理である。」とイエスは言う。最後までこの道を歩めますように。
永遠の命の有体的復活を望み見る。


 有体的復活の使徒伝承

   http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/index.html

   

 

 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

      ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

 

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集会後期開始 ++++++++ 所感

2012/09/09 20:35

120909(日)4時半起床●公園のラジオ体操で共産党の市会議員T氏と並ぶ。
T氏「(出かける用意をしてますが)今日はどちらかにお出かけですか」
私「私はクリスチャンなので集まりに行きます」
T氏「私もヨハネ伝は知ってます。19章に税金取りが石で打ち殺されそうになるところです」
私「そんなところはないですよ。私は10年ぐらいヨハネ伝を勉強しました」
T氏「私の家内はアーメンをラーメンといっています」
私「あなたは家族ともども救われ難いですねー」
●市会議員ともなると誰とでも交流しようとするが、聖書に関してこの程度では情けない。第一に神などいないという思想では話にならない。
●集会は後期開始。司会宮崎、感話高木、感話山本(第二コリント4章)●ご高齢の方々のご病気が報告された●高木さんと中野まで●妻は午後コーラスの練習。モーツァルトレクイエム

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日の出

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朝日が差し込む書斎

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秋の空

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百日紅(さるすべり)大好き

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あきる野名物の栗。秋だなー

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朽ちることのない栄光の復活体 ++++++++ 所感

2012/09/08 05:29

120908(土)4時目覚め●朝の黙示「朽ちることのない栄光の復活体・・それは苦しみによって与えられる」●この地上の肉の体は病気や老化で朽ちゆくものである。●しかしキリストの福音は「信ずる者は朽ちない栄光の復活体に変貌させられる」ことを告げる。これこそ福音の本質である。これが永遠の命である。永遠の命とは概念ではない。また霊魂が肉体から抜け出て神の懐に憩うという凡百の宗教やグノーシスや仏教の思想とも違う●主が有体的に復活されたように我々もまた栄光の復活体に変えられるのだ。●初代キリスト教はローマの迫害に遭って「車裂き」の苦しみされてもこの復活の希望をもって苦しみに耐えた。●なぜか。主イエスがそうであったように「栄光の復活体」に甦るのは「苦しみを通さなければばらない」からであった。初代の殉教者はそれを信じていた。●だから現代の我々も栄光の復活体に預かるために「この世の苦しみを耐えぬこうではないか」「ナンノコレシキ」「我々には復活の希望があるのだ。」●関連聖句を掲げる。


塚本訳ヨハ 11:4
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」
 

塚本訳 ヨハ 12:28
12:28 『お父様、(どうかわたしを御心のままになさって、)あなたの御名の栄光をあらわしてください!』」すると天から声がひびいた、「わたしは(あなたの業で)すでに(わたしの)栄光をあらわした。(今)また(あなたの苦しみによって)栄光をあらわすであろう。


塚本訳 ヨハ 13:31
13:31 ユダが出てゆくと、イエスは(顔をかがやかせながら、別れの言葉を弟子たちに)言われる、「今、人の子は(神に命じられた仕事を成しとげて、神から)栄光を与えられた。神も人の子(が仕事を成しとげたこと)によって、栄光をお受けになった。


塚本訳 ヨハ 13:32
13:32 彼によって栄光をお受けになった以上は、神も(彼を天に挙げることによって、)彼に御自分の栄光を与えられるであろう。いますぐにも栄光を与えられるであろう。


塚本訳 ロマ 6:4
6:4 だからこの死への洗礼によって、彼とい一しょに(死んで一しょに)葬られたのである。これはキリストが父上の栄光によって死人の中から復活されたように、わたし達も(復活して)新しい命をもって歩くためである。


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。


塚本訳 ロマ 8:21
8:21 創造物自身も、滅亡の奴隷になっている(現在の)状態から自由にされて、神の子供たちがうける栄光と自由とにあずかるのだから。


塚本訳 ロマ 8:23
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。


塚本訳 ロマ 15:7
15:7 このゆえに、キリストが(命をすてて)あなた達(みんな)を(神の聖なる家族の)仲間に入れ、神の栄光をあらわされたように、あなた達も互を仲間に入れなさい。


塚本訳 Ⅰコリ15:43
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。


塚本訳 Ⅱコリ3:18
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である。


塚本訳 ピリ 3:21
3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!


塚本訳 コロ 1:27
1:27 神はこの奥義が異教人にとって如何ばかり大なる栄光の富であるかを知らせようと欲し給うたのである。そして奥義とは(取りも直さず)君達の中にい給うキリストのことであって、(これがまた)栄光の希望である。


塚本訳 コロ 3:4
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


塚本訳 Ⅰテモ3:16
3:16 そして確かに(私達の)信仰の奥義は偉大である。(讃美歌にうたう通りである──)彼(キリスト)は肉にて顕され、霊にて義とされ、御使いたちに見られ、諸国の民に宣べ伝えられ、世に信ぜられ、挙げられて栄光に入り給うた。


塚本訳 Ⅰペテ4:13
4:13 むしろキリストの苦難に与れば与るだけ喜べ。(最後の日)その栄光の顕るる時にも歓びに喜ぶ(ことが出来る)ためである。


塚本訳 Ⅰペテ4:14
4:14 もし君達がキリストの名において罵られるならば幸福である、(それは、その時)栄光の霊と『神の霊が』君達の上に『留まっている』(証拠である)から。


塚本訳 Ⅰペテ4:16
4:16 しかしもしクリスチャンとして(受難するの)ならば恥じるな、むしろこの(クリスチャンたる)名において神の栄光を顕せ。


塚本訳 Ⅰペテ5:10
5:10 しかしキリストにおいて君達を永遠の栄光へと召し給うたあらゆる恩恵の神は、暫く受難せねばならぬ君達を自ら武装し、強め、力づけ、堅く立て給うであろう。


●夏の終わりの積乱雲。入道雲大好き。何かを物語っているようだ。


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  有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

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     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

      ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

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他人と比較するな ++++++++ 所感

2012/09/07 05:03

120907(金)4時目覚め●朝の啓示「裸で生まれた。裸で帰ろう」

【口語訳】 ヨブ 1 章
1:21 そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。

●人生における不満不平の悲しみや嘆きは他人との比較からくるもので絶対的な苦悩ではない。
●絶対的な苦悩は「自分の罪の穢れによる懊悩」である。それは窒息するぐらいの苦しみで、それから楽になるにはキリストの十字架による罪の赦しにすがるより方法はない。キリストの血潮は苦痛を和らげる血清注射である。ほかにあるなら教えていただきたい。
●他人との比較による不平不満は次の通りだ。頭脳、学歴、容姿、体重(!)、着物、地位、職場、教会(集会)、給料、収入、退職金、家庭、子供、孫、結婚、家系、親族、家屋、財産、健康、体力、時間、自由・・・・・
●人生はこれらが「足りない、足りない、不完全」という飢餓感がバネになって生きている。
●他人との比較の悩みから解放されるのには神と二人だけの「絶対生活」に生きることである。「新しく生まれ変わって」「永遠の生命」に生きることである。すると飢餓感から自由になれる。

【口語訳】 一コリ 3 章
 3:21 だから、だれも人間を誇ってはいけない。すべては、あなたがたのものなのである。
 3:22 パウロも、アポロも、ケパも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、ことごとく、あなたがたのものである。

●なぜ、窮屈と思われるキリスト教を信じ続けるか。それは神の子にさせられるので精神の自由の喜びに生き、全世界のものが自分のものになった「気分」になれるからである。
●するとこの世の不足による不平や不満は「ナンノコレシキ」と思えるのだ。
●このパウロの言葉ですごいのは将来のものが自分のものだということだ。これは「永遠」が自分のものだというのである。
●人間の究極の願いは「永遠の命」。それが生きているうちに手に入るのだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
15:15録画しておいた「巨大戦艦大和・・・乗組員が見つめた生と死」3時間。NHKの力作。
●感想。戦争はヒューマニズムでは止められなかった。また止められない。やれるならやってみろ。精神論ではだめなのだ。
●人間が人間のままであっては争いはなくならない。
●次回感話のヒントを得られた。神の介入が世を清める。
●妻と二人の夕食。虫の音が大きい。
●TSK日本語版創世記17章。千里の道も一歩から。

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幸福を失うとき ++++++++ 所感

2012/09/06 05:20

120906(木)5時目覚め●朝の黙想「幸福を失う時」●過日孫たちが夏休みで家に来ていた時のこと。5歳の孫娘が「流れ星が流れている間に願いごとを祈ればかなえられる」と言うので「○○○ちゃんは何を祈るの」と聞いたところ「好きな人と結婚できますように」と祈るという。この孫娘、誰に似たのか非常にマセている。今から心配だ。●しかしその後思った。「好きな人と結婚できなかったら」「好きな人に振られたら」「幸福な家庭を失ったら」「夫や子供に先立たれたら」「幸福を失ったら」・・・などなど彼女の小さい純なハートの将来に起こるべき悲しみを思って胸が痛んだ。●大体、人間は初恋の人とは結ばれないものなのだ。それは片思いか振られる運命なのだ。●しかし神は意外な方法で真の愛へ導いてくれるものだ。そのとき人は思うものだ「あーあの好きな人と結ばれなくてよかったなー」と。●人は幸福を失うものだ。願いはかなえられないものだ。不可解で不条理な運命にもてあそばれるのだ●しかしそこに神が真の愛、真の幸福に人を導く「恵みの知恵」が隠されている。その真の愛、真の幸福に埋もれるとき、涙は拭われる。それは「新しく生まれること」「永遠の命に生きること」●5歳の孫娘が「年頃」になるとき、私は生きているかどうかわからない。彼女が神に見いだされ、神を信ずる
人になれますように。関連成句を掲げる。

【口語訳】 創 2 章22-24
 2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
 2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。
 2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。


●憧れの人との良い結婚は確かに幸福である。嫌いな人と結婚させられるのは不幸である。しかしその好き嫌いが問題なのだ。

【口語訳】 創 3 章
 3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
 3:6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

●人類の始祖はこの態度がいけなかった。神の顔を潰したのだ。これが罪の本質で、人類に不幸が流れ込んだ原因なのだ。ここに「好ましい」という言葉が出てくる。人間本位の落とし穴。
●しかし煩悩は罪ではない。煩悩も神の備えたもうものである。神の顔を潰したことが「罪」だったのである。これが「善悪を自己判断」することが神を無視したことなのだ。これが神の怒りの本質だったのだ。
●食前の祈りが大切なのはここにある。結婚相手も神からいただくのが「道」である。

【口語訳】 創 6 章
 6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
 6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
 6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

●ここにも「好む者」という言葉が出てくる。人間は神第一で生きるべきで、心の欲するままに生きてはいけないのだ。
●孫娘に言ったものだ。(イケメンではなく)「神様を信じている人と結婚しなさい」。しかしそういう「王子様」はいるのかなー。 
 
【口語訳】 ルカ 6 章
 6:21 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。

●涙は必ず喜びに変わる。なぜか。神は「父」だからだ。
●神は人の流す涙や呻きの全部をご存じだ。聞いておられる。体験的にそれを言う。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
13:30 八王子の小寺利男さんのお宅に伺い、塚本虎二講演「エペソ書」(キリスト教図書出版)の校正を届けながら懇親懇談。
19:30 キリスト教図書出版のオカノユキオ社長と塚本虎二講演「エペソ書」について懇談。キリスト教図書出版にとって最大最高のものになると意見を言った。
 
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早朝散歩。公園でラジオ体操。秋の空に向かって伸びる植物。空を飛ぶ鳥。
静かな朝、すべてよし。神が支えている。

●次回感話の「栄光」について、Jバイブルで「栄光」が出てくる箇所を全部読む。289箇所。
これで心に沈殿するものがある。これはパソコンでなければできない業。
●その結論。神の栄光とは人間の五感で認識できる神の不思議な威力。
●新約に出てくる「栄光」153か所(塚本訳)は、まず旧約聖書の「栄光」136か所を読めば大体の方向が見えてくる。


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人生の淋しき日に ++++++++ 所感

2012/09/05 06:17

120905(水)朝の啓示「私には何の楽しみもないと言うようにならない前に」。

口語訳 伝 12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

●朝晩めっきり秋らしくなった。こうなると「淋しさ」ということを思う。老年は淋しさの門である。●人生はこの時期に何によって楽しみを得るべきか。●趣味教養、習い事、子や孫の成長を見る。これらは真のまた永続的な楽しみではない。●信仰の世界は何というか。人類の最高傑作と言われる「ウェストミンスター小教理問答書」の第一問は次の通りである。

問い「人生の主たる目的は何ですか」
答え「人生の主たる目的は神の栄光を表し、永遠に神を喜ぶにある」

●見事な回答である。さすが英国である。「神を喜ぶ」。ここに老年の淋しさを癒す究極の答えがある。
●カナダ在住の山口はるさんは来日して塚本先生を訪して尋ねた。「先生、無教会主義もわかりますが、淋しくはありませんか」。すると先生は毅然として居ずまいを正し「神様が御一緒なら、淋しいことはありません」と答えられたという。塚本先生は結婚生活2年で夫人に先立たれた。以来生涯独身二人の子を育て、人生の辛酸を舐められた。あるとき親しい人に「私の家は不完全だー、不完全だー」と嘆かれたことがあるという。先生の聖書の読みの深さにはこのような背景がある。
 
●伝道の書12;1のTSKを見てみよう


Job 30:2

2彼らの手の力からわたしは何を得るであろうか、/彼らはその気力がすでに衰えた人々だ。

Psalms 90:10

 10われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。

Ecclesiastes 11:8

 8人が多くの年、生きながらえ、そのすべてにおいて自分を楽しませても、暗い日の多くあるべきことを忘れてはならない。すべて、きたらんとする事は皆空である。

Hosea 7:9

 9他国人らは彼の力を食い尽すが、彼はそれを知らない。しらがが混じってはえても、それを悟らない。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ●8:00 妻は婦人の読書会「塚本虎二著作集」」。今日は「湖上を歩く」」のところだというので、あれは弟子たちに神の全能の力を示そうと思ったのであの通りに起こったのだと話した。
●奇跡でキリスト教に躓く人は救いに「見込みがない」人だ
●神を知る道は自分の罪と穢れに苦しみぬいて十字架の贖罪にあずかるときにのみにあるのだ。
●自分の穢れを恥と感じない人は人間的にも「見込みがない」
●妻は午後は中野の愛子のところに手伝い。ご苦労様である。
●次回感話は9月23日。テーマは「栄光」。Jバイブルで「栄光」を289か所全部読む。すると心に沈殿するものが出来た。栄光とは神の力と光。
●聖書はパソコンで読め。特定の言葉で難しいところは「Jバイブル」で必ず全部読め。その時心に沈殿するものがあれば、聖書が読めたことになる。
●あと10年もすれば、パソコンは電話並みになる。
 
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荘厳な朝日。天地創造の有様もこのようだったのだろう。

 有体的復活の使徒伝承

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血を分けた兄弟との疎遠 ++++++++ 所感

2012/09/04 07:15

120904(火)5時半目覚め●朝の啓示「キリストは我等の平和」●私の悩みの一つに血を分けた兄弟との疎遠がある。私がクリスチャンであることが原因ではあるまいかと聖書に聞いてみる。

口語訳 詩  133:1
133:1 見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう。
●亡くなった父の口癖は「兄弟仲良く」であった。父は兄弟仲がよかった。次男の父は兄思い妹思いであった。

塚本訳  ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、
兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

●パウロの家族は不明。しかし恐らく「血を分けた兄弟姉妹」がいたのであろう。
●その人の救いのためなら自分は救いから漏れてもよいとは、偉大なるパウロ。私にはとてもその気になれない。
●脳出血で倒れた時、自分の子供が救われればこの命と引きかえてもよいと思ったことがあるが。・・・・

塚本訳 ルカ 16:28
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

●この「金持ちも兄弟の救いを心配している。

塚本訳 ルカ 16:26-31
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

●人間的な思いで「兄弟仲よく」してもそれが真の仲ではない。
●信者と不信者の間には「溝」があってそれは人間の努力では埋められない。
●聖書があっても救われない。
●死人が復活しても信じない人は救われない。
●これは、今日有体的復活や処女降誕を信じない「俗信者」にも言える。枯れたにはいくら言っても溝があるから交流はできない。
●今日、教会が弱いのは「有体的復活」と「有体的再臨」を信じることが出来ないからである。神の祝福がないからそうなった。

塚本訳  エペ 2:14-16
2:14 何故なら、彼(キリスト)が私達の』平和』であって、(今まで離反していたイスラエルと異教人の)両者を一つにし、(その仲を割いていた)仕切りの籬なる敵意を取り除け給うたからである。すなわちその肉で、
2:15 (あらゆる)命令規則から成る律法を廃止し給うたのである。これは(今まで敵であった)この二つの者を己において一つの新しい人に創造りかえて平和を作るため、
2:16 かくてまた十字架によって二つの者を一つの体において神と和睦させ、十字架において(神と人との間の)敵意を殺すためである。

●肉の兄弟はキリストの救いに預かって初めて「本当の兄弟」になれる。
●この世的和合は和合ではない。酒宴をしたところでそれは一時的な事だ。
●「キリストは我等の平和」は故エミールブルンナーが教会と無教会を仲直りさせようとして仕組んだ「連合礼拝」の標語。
●しかし原理的に無理。なぜか。無教会には派閥意識、教派意識はないから。
塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13
この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

●これだから、肉の兄弟と疎遠になってしまうのだ。

塚本訳 ヨハ 2:4
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」

●これはイエスは自分の母に向って「アンタ」と言ったようなものだ。
●母マリヤにとってこれはなんと残酷なことだったか。肉親との別れであった。

塚本訳  ヨハ 3:5-7
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

●これなんだ。これがクリスチャンがこの世の人から「付き合いにくい奴だ」と思われる原因なのだ。宿命。

塚本訳  Ⅱコリ6:14-15
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。

●これを無視しして「好きな人」「イケメン」「金持ち」「東大卒」などの眼がくらんで信仰を二の次にするから結婚を失敗するのだ。
●ブスでも貧乏でも学歴がなくても「神を信ずる人と結婚するように」子弟を教育せよ。

塚本訳 マタ 12:48-50
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」

●これだからクリスチャンは困るのだというのは当たらない。霊と肉との争いなのだ。

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

●平和は人間の運動や努力では来ない。神の主権ですでに「御心にかなう人に』到来している。あれという願望でなく、「あり」である。
●不信者の兄弟との亀裂は人間的努力寛容ではうまらない。終末が来なければ真の和解はできない。御心のままに、御心のままに。
」だ

新共同 コロ 1:19-20
1:19 神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、
1:20 その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。

●真の平和は十字架の血によって来たる。終末で完成する。
●過日、自分の意見を表明するためと言って「原発反対のデモに参加する」と書いてよこした人がいたので、「そんな暇があったら、具合の悪い奥さんの手伝いをしたらどうか」と激白したら、「家事なら照男の10倍はやっている」と逆切れの手紙が来た。こんなやりとりは無駄だ。神が裁く。

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夫婦喧嘩の夢 ++++++++ 所感

2012/09/03 22:37

120903(月)明け方、夫婦喧嘩の夢を見た。喧嘩は人生観の違いや、物の取りあいが原因である。尖閣列島の領有権亜争いも同じ。●「喧嘩」は罪である。

塚本訳 ロマ 1:28-29
1:28 こうして彼らは神を知ることを役に立たぬものと考えたので、神の方でも、彼らの心が役に立たなくなるに任せられた。その結果彼らは(人として)なすべからざることをするようになったのである。
1:29 彼らはあらゆる不道徳・悪意・欲張り・悪念に満ちた者、妬み・人殺し・喧嘩・悪巧み・よこしまで一ぱいな者、陰口をきく者、


●この夢で教えられたのは、喧嘩のあと妻が「何もする気がなくなった」と言ったことである。生きる喜びは人に愛されていると感じる時である●建築設計も依頼者のまなざしを背中に感じている時に力が出るものだ。●不登校は親の愛を感じなくなった時に起こる。これ親子の仲妬んでこれをを裂こうとするサタンの働きである。●結婚したくない若者が多いのは両親の不和を見て、結婚生活に喜びというものを感じないからである。これも人類を破滅させようとするサタンの働きだ●久しぶりに都心に出た。●13:00 細井真澄建築設計に行き、細井君と懇親。独立して30年は御立派。設計料を払ってくれない悪い建築主のことを話し合った。引き下がらないで毅然とした態度をすべきだというのが結論。●15:00 建設物価調査会でJBCI委員会。13年目でまた新しく進歩するようだ。若手研究者の台頭は頼もしい。継続は力なり●懇親会で芝浦工大の藤上教授から「3.5次元」の不思議な話しを伺って刺激された。●疲れて21:30帰宅。
 
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秋留台公園でのラジオ体操。出席は励まし合い。エクレシアと同じ。

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秋留台公園にある門。集会の95歳の長老曰く、「死は天国への門だ」




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老いの衰えと寿命の悲しさ ++++++++ 所感

2012/09/02 05:49

120902(日)5時起床●朝の黙想「老いの衰えと寿命の悲しさ」●この人類にとって根源的な問題を聖書に聞いてみよう。●人間に寿命があることの悲しさは、神がそのように定めたからだとある。それは神への反抗でこれを「罪」と聖書は言う。創世記2:5-7 創世記6:1-3。●神はその罰として洪水で人間に死刑にした。・・創世記6章。●」しかし神は自らの残虐行為を悔いて二度とこのようなむごいことはすまいと心に誓った。・・創世記7章21-22●十字架の源流はここにある。●そしてついに神の子の贖罪の死で人類の罪が許されこれを信ずる者には「永遠の命」の道が開かれた。●そして世の終わりには人類を不幸に陥れたあのサタンが滅ぼされる.●かくして人類は老いの衰えと寿命の悲しさ」から解放された。

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11時。「すずめの会」(東京聖書読者会の婦人会)。
茅ケ崎金子幸子邸にて
宮崎トキ、高橋トミ子、丹野竹子、茂木洋子
高橋照男、川上邦子、金子幸子、横山ひさ 

私の感話
「肉体の衰えの悲しみ。有体的復活の栄光の喜び」
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/120902.htm

「永遠の生命への希望」.
 http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/120903.htm

信仰の篤い大先輩達の前での話は私の「訓練」になる。
お身体が悪く御欠席されたK氏のために祈った。 
午後は会食と懇親懇談「老後の生き方、理想的な死に方など」談論風発の生きた体験談。趣味教養の親睦団体ではなく純粋な主にある霊の交わりは楽し。
 

   有体的復活の使徒伝承

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クリスチャンの苦難苦しみは神の栄光 ++++++++ 所感

2012/09/01 06:14

69歳2か月。平均余命13年(生命保険会社統計)、4745日、11万3800時間。この時間をすべてキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、親類縁者のため、気の毒な人のため。
 
120901(土)5時目覚め。●朝の黙想「クリスチャンの苦難苦しみは神の栄光」
●人間に普通与えられる苦難や苦しみは神がその人間を悔い改めに導くためにあるものだが、悔い改めて十字架で救われてクリスチャンにさせられた者には、その後得体の知れないどうしようもなく不可解な苦難や苦しみが負わされる。●新約聖書(特にパウロの手紙)はその慰めや励ましの為にあると言ってもよい。また別に黙示録の本質もそこにある。●クリスチャンはこの世の人が悩まなくてもよいことを悩み、苦しまなくてもよいことを苦しむ。不可解な苦しみを負わされる。ことに金や性の問題でこの世と人生観の違いで苦しむ。●この苦しみはなぜか。それに意義はあるのか。そしてその苦難や苦しみを耐えるにはどうすればよいのか。関連聖句を頭に浮かぶままに挙げてみよう。●結論は、クリスチャンにとっての苦しみは神が栄光を表すために無理に神に負わされる「十字架」であってそれが神の栄光の現れなのだ。●我々はなまじクリスチャンになったばかりに「苦しみを負う」。しかしこれが栄光の人生なのだ。

塚本訳  ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。

●信仰は人間の努力ではない。100%神に恵まれることによって神とキリストを信じられるようになったのである。しかしそれと同時に「苦しむことをも恵まれる」。これはクリスチャンの不思議な宿命だ。
●集会の故松島省三先生(ノーベル賞級の世界的な稲の博士。結核で生涯片肺で御苦労された。先生の晩年には私がそのお住まいを設計。葬儀は私が頼まれた)が出征するとき、駅に見送りに来られた夫人の信子さんが一枚の紙片を先生のポケットにあわててねじ込んだ。列車が走り出してから先生がそれを見ると、このピリピ1:29が文語訳で走り書きされていた。先生はそれを読んで涙が止まらなかったと言う。そして「つくづくクリスチャンの女房をもらってよかった」と思ったそうだ。(クリスチャンの女房はこうじゃなくてはいけない)●戦争から帰還すると子供の一人が亡くなっていた。その時の先生の落胆嘆きや如何に。●以下のことは公表されているから書くが、生き残った子供の御次男はあのルカ15章の「放蕩息子」以上の「大放蕩息子」になった。御母堂の信子さんはどんなに苦しまれたことか。●ところが、神います。その御次男は先生が亡くなられると見事に回心、熱心なクリスチャンになられた。そして御母堂の告別式を御自分が属されていた教会で立派になされた。私達夫婦も出席した。●そうだ「祈りは死後に聞かれる」のだ。それは人間ではなく神の栄光が上がるためだ。 ●終末の日、先生は有体的復活をされて両肺で思いきり深呼吸をされることであろう。万歳。 
 
塚本訳  コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。


●キリストの救いの力は完結した。しかしそれに従うものの生涯は同じように苦しむ。これが神の救いのエクレシアによる継続で、終末まで続く。エクレシアの本質はここにある。
●私の知人(在関西)の牧師のモットーはこの句である。牧師や伝道者は苦しむためにその生涯の意義がある。
●クリスチャンに負わされる「自分の十字架」はだんだん重くなる。軽くはならない。そしてその重みでついに潰される。いいのだ、いいのだ。それでいいのだ。●クリスチャンは神を信じてこの世で「ハスの花の上で居眠り」をしているのとは違う。得体の知れない不可解な苦しみを負わされて「呻く」のだ。呻き続ける生涯なのだ。楽にならなくていいのだ。●私の家が全焼し、直後に脳出血で倒れた時、ある人が「真面目な君がねー」と言ってくれた。しかしその秘密は私のみが知っている。「天国の家は焼けない」「命は99%でなく100%神が握っておられる」という大真理を分からせていただけた。これは机上の勉強では身につかない。

塚本訳 ロマ 8:23
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。



●偉大なるかなパウロ。クリスチャンの「呻き」を言う。「呻き」はクリスチャンの宿命だと言う。
●しかもそれは「天下国家の悪のため」だなどというカッコイイことではない。自分のため、自分が「正式に神の子にされる」ことのためであるという。自分の体の贖いのためにである
●クリスチャンにとって神の訓練は死ぬまで続く。十字架は重くこそなれ軽くはならない。
●しかし希望がある。それは有体的復活、朽ちることのない栄光の体にされるためである。「希望」「希望」。クリスチャンはこの希望が生きるバネ、忍耐の秘訣である。「今の時の苦難(くるしみ)は、われらの上に顕(あらわ)れんとする栄光にくらぶるに足らず」(ロマ8:18文語訳。私の父の特愛の句)。「ナンノコレシキ」(祈りの友会、全盲の星野利男さんの呟き) 


塚本訳  Ⅱコリ1:4
1:4 どんな苦難の時にもわたし達を慰めてくださる神、こうしてわたし達自身も神に慰めていただくその慰めをもって、どんな苦難の中にいる人たちをも慰めることが出来るのである。

●クリスチャンの受ける苦難はこの世の人が受ける苦難と同じである。4節の「どんな苦難」という言葉は「あらゆる苦難」「苦難という苦難」という意味で通常人間が遭遇する苦難一般のことであろう。
●しかしそれを神によって「慰められれば」その慰めを持って同じ苦難の中にある人を神への信仰の道によって慰めることが出来る。これが真の伝道である。
●私の所属する「午後三時祈りの友」という 会は父のあとを継いで入会したものだが、結核に苦しむ人の「苦難共同体」である。会員は結核の体験者。しかし私のように結核の体験のない人も「加祈者」として入っている。信仰の関係は純粋である。教派ではないからである。教派の神学や教条がないからである。名簿を見ると、不思議に無教会の方が多く見られる。 

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過日 福島の孫が家に泊っていた時、弱っていたセミを助けて庭に放したが、その セミらしきものが窓にきてじっとしている。 
あのとき、孫を褒めて「生き物を助けるとお礼に来る」という話しをしておいた。「浦島太郎」「鶴の恩返し」など。

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早朝散歩。空には鳥が舞う。創世記の創造物語には鳥が多く出てくる。

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今日は時折強い雨が降った。雨上がりの空は美しかった。


  有体的復活の使徒伝承

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 「黒崎幸吉著 註解新約聖書Web版」

      http://stonepillow.dee.cc/

    

     TSK日本語版・目次

    http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

   

      ちたた農園日誌(三男が福島県で独立経営する農場)

    http://chitata.blogspot.com/

 

 

 



 


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