to 日記と感想 2012年10月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


悪霊を追い出す方法 ++++++++ 所感

2012/10/31 04:56

121031(水)4時目覚め●朝の黙想「悪霊を追い出す方法」●人生を不幸にする影の主役は「悪霊」の存在である。悪霊は神と同じく目に見えないが確実に存在する●聖書には「聖霊」という言葉は多いがそれに匹敵するぐらいに「悪霊」ないし「悪鬼」あるいは「悪しき者」rという言葉も多い。●だから「悪霊」を認識しないならば聖書は解読できない●11月の感話のテーマは「この世」、12月は「悪魔」。●この二つは関係がある。●11月の感話の表題は「新約聖書における『この世』」であるが、その結論は次である。
●「この世はそれ自身では悪いものではないが、悪霊は神と人間との仲を妬み人間をこの世に溺れさせ仲を裂く」
●これ人生の究極の大真理である。聖書の通奏低音であり、偉大なる文学のテーマでもある。ミルトン「失楽園」、ダンテ「神曲」、ドストエフスキー「罪と罰」、トルストイ「復活」●日本には「罪の意識」が希薄だから大文学は出ない●悪霊は観念ではなく実在の霊である。神や聖霊と同じく目に見えないが実在するので、その存在に人生をめちゃくちゃにされる。人生の破綻、失敗、結婚の破綻、家庭の崩壊、病(特に精神の)は背後に悪霊の暗躍がある●人間は「必ず」この強い者にやられる。負ける。神の介入がなければとうていこれに勝てない●そこで今朝はこの悪霊とどう戦うべきか、悪霊を追い出す方法を黙想する。

 
①悪魔からの防衛は日々の生活習慣と祈り

塚本訳マタイ
"400613","わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください"

塚本訳マタイ
"402639","そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、
出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願
いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」"
"402640","
やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、
「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。"
"402641","
目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が
弱いのだから。」"

塚本訳ロマ
"451311","ローマ 13:11","しかも、あなた達は今の時代を、すなわちもはや眠りからさめ
るべき時であることを、よく知っている(のだから、なおさらのことである。)今は、信
仰に入った時よりも、わたし達の救いが近づいているのである。"
"451312","
ローマ 13:12","夜がふけて、(最後の)日が近づいた。だから闇の業をぬぎすて、
光りの武具をつけようではないか。"
"451313","
ローマ 13:13","昼間にふさわしく、きちんとして生活しようではないか、酒宴
と酩酊でなく、淫楽と放蕩でなく、喧嘩と嫉妬でなく。"
"451314","ローマ 13:14","主イエス・キリストを着なさい。肉をいたわるのはよいが、情
欲に陥らないように。"


塚本訳 一コリ
"460731","・コリント 7:31","(つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、
しなくてはいけない。
この世の姿は(じきに)消え去るのだから。"

塚本訳 一コリ
"461533","・コリント 15:33","迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注
意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)"

●人生においてよい先生と友人は最大の「財産」
●悪い友人(特に伴侶)はこの身が地獄に導かれる
●姜尚中曰く「その人の価値は、それまでに出会い付き合ってきた人の総和」

②悪魔が近づいてきてその匂いがしたら躊躇せず一喝する。議論しない。イエスはよく「一喝」された。

塚本訳マタイ
"400410","そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)“あなたの神な
る主をおがめ、”“主に”のみ“奉仕せよ”と書いてあるのだ。」"
"400411","
そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。"

塚本訳マタイ
"401623","イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!
お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」"

塚本訳ヨハネ
"431327","ユダがそのパンを受け取(って食べ)ると、その時、悪魔がユダに入った。そ
こでイエスがユダに言われる、「しようとしていることをさっさとしたがよかろう。」"

③信仰の議論も「一喝」が必要。パウロは復活論争でそうした。毅然とした態度が必要。

塚本訳 一コリント(試訳」)
461536a (君はなんという)愚か者(であろう)!  

塚本訳エペソ
"490611","エペソ 6:11","悪魔の奸策(わる」だくみ)に対抗し得るよう、神の武具を著けよ。"
"490612","
エペソ 6:12","私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に
対するもの、「権力」に対するもの、この
暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、
天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである。"
"490613","エペソ 6:13","この故に神の武具を執れ。(悪魔が勢力を壇にする)悪い日にお
いて彼に抵抗し、凡てを征服してその立場を守り得るためである。
"

 ④悪魔は人間より強いから神の力に期待しなければならない。人間は悪魔に完全に無力

塚本訳ロマ
"450803","ローマ 8:3","律法が肉に妨げられて無力になったために出来なくなたことを、
神は(御子によって)成し遂げてくださった。すなわち(わたし達の)罪の(征服の)た
めにその子を罪の肉の形で(この世に)遣わし、その肉(を殺すこと)において罪を罰さ
れたのである。"
"450804","
ローマ 8:4","これはわたし達が(もはや)肉によって歩かず、霊によって歩き、
律法の要求することがわたし達において完全に果たされるためである。"

 塚本訳マルコ
"410928","マルコ 9:28","家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわ
たし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」"
"410929","
マルコ 9:29","彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)で
は決して出てゆかせることは出来ない。
"

塚本訳ヨハネ
"431711","また第二には、わたしはもうこの世にいなくなります。彼らはこの世にのこっ
ており、わたしはあなたの所に行ってしまいます。(だから)聖なるお父様、どうか(彼
らに知らせるため)わたしに下さいましたあなたの名で、(あとにのこっている)彼らを
お守りください。
わたし達(あなたとわたし)のように、彼らが一つとなるためでありま
す。"

塚本訳ヨハネ
"431715","(しかし)わたしの願いは、彼らを(早く)この世から(安全な所に)移して
いただくことでなく──(彼らには果たすべき務めがあります)──悪い者(悪魔)から
守っていただくことです。"


塚本訳マタイ
"401228","しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであっ
たら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。"
 

⑤最後の日に悪魔は神に完全に滅ぼされるという「希望」を持って今の世を「忍耐する」



塚本訳 黙示
"661209","黙示録 12:9","かくて(この)大きな竜は(天から)落とされた──(昔エバを
惑わしたあの)旧い蛇、悪魔またサタンと呼ばれ、全世界を惑わす者は、地に(叩き)落
とされた。その使い達もまた彼と共に落とされた


塚本訳ロマ
"450502","ローマ 5:2","そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵
の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光
にあずかる希望を誇っているのである。"
"450503","
ローマ 5:3","そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、"
"450504","
ローマ 5:4","忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。"
"450505","
ローマ 5:5","そしてこの“希望は(必ず実現して、わたし達を)失望させるこ
とはない。”神はわたし達に聖霊を授け、それによって愛をわたし達の心の中に(いつも
豊かに)注いでいてくださるからである。"


塚本訳一テサ
"520103","・テサロニケ 1:3","私達は私達の神また父の前に私達の主イエス・キリストに
よ(って君達が表してい)る、君達の信仰の働きと愛の労苦と希望の忍耐とを、絶えず思
い出しているのである。"

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朝の黙想 おわり


●TSK日本語版出エジプト21章入力
●カールリヒター指揮ミュンヘンバッハ合唱団&管弦楽団でバッハマタイ受難曲の後半を鑑賞。心が揺さぶられる名演奏。1958年版。
●音楽評論家の故吉田秀和は「「この演奏のペテロの否認の部分で泣かない者は音楽を聴く必要がない人である」と言っているそうだ。
●私自身の名演奏のベストスリーは①ベートーヴェン「合唱」フルトヴェングラー+バイロイト ②ベートーヴェン「田園」ワルター+コロンビア ③バッハ「マタイ受難曲」リヒター+ミュンヘンバッハ。
●リヒターはバッハに全人生を投入したので家庭を持たなかった。55歳、心臓麻痺ででの急逝は無念。しかし人生何かに賭けて「花と散る」のが理想かもしれない。馬齢を重ねるのは凡人の証拠かもしれない。
●私は楽器も声楽もできないが、集会で「受難物語」を話せるので満足しよう。 

●妻は中野の愛子の家に手伝い。
●夕食時に妻から報告を聞く。
●祈りは聞かれる







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なぜ救われない人がいるのか ++++++++ 所感

2012/10/30 05:57

121030(火)5時15分目覚め●朝の黙想「なぜ救われない人がいるのか」●次回感話の箇所に次がある。

塚本訳ヨハネ
"431422","イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし
達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」"
"431423","イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわた
しの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、
同居するであろう。"
"431424","(しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを
見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わ
たしを遣わされた父上の言葉である。"
"431425","わたしはこれだけのことを、(まだ)あなた達と一しょにおるあいだに話した。
(これ以上のことは話してもわからないからだ。)"
"431426","(わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖
霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるで
あろう。"


●私たちの身近に「救われない人」がいるのはクリスチャンの深い悩みである。きれ先に祝われたものが生きているうちに避けられない「呻き」「懊悩」である。
●上記でもその問題がイエスにぶつけられたが、その』イエスの言葉が「謎」であり、まるでニワトリが先か卵が先のようであり、」「禅問答」のようでもある。
●では聖書のほかの箇所を読んでその解明に努力しよう。
●しかしこの「解明」ということが問題なのだ。それは大脳皮質の安息を目的とするものだが、大脳異質での解明が安息ということではなさそうだ。「わからないけれども神の自由なるお心を信じることによって安息を得る」というのが聖書の示すところである。
●その関連聖句を掲げてみよう。


塚本訳マルコ
"410410","マルコ 4:10","ひとりでおられた時、弟子たちが十二人とともにこれらの譬(の
意味)を尋ねると、"
"410411","
マルコ 4:11","言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密が授けら
れたいる(のでありのままに話す)が、あの外の人たちには、すべてが譬をもって示され
る。"
"410412","
マルコ 4:12","これは(聖書にあるように)“彼らが見ても見てもわからず、聞
いても聞いても悟らないようにする”ためである。“そうでないと、心を入れかえて(わ
たし[神]に帰り、罪を)赦されるかも知れない。”」"


●ここに非常に不可解な言葉がある。神はユニヴァーサリズム(人類は全員が救われるという単純哲学)ではない。神の絶対主権なる自由意思がわからないとこの謎の言葉はわからない。
●イエスの真意を知るには次の箇所が当たっているだろう。つまり神の子イエスにもわからないのだ。

塚本訳マルコ
"410426","マルコ 4:26","また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を
蒔き、"
"410427","
マルコ 4:27","夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。


●イエスは「人の顔を見て法を説いた」。わかりそうもない人間に聖なる福音は説くな。 
 
塚本訳マタイ
"400706","(とはいえ、正しい判断は出来ねばならない。神に供えた肉など)神聖な物を
犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。豚はそれを足で踏みつけ、向き直ってあなた
達を噛み裂くかも知れない。"

塚本訳マルコ
410433","マルコ 4:33","イエスは聞く人々の力に応じて、このような多くの譬で御言葉を語られた。
"410434","マルコ 4:34","譬を使わずに語られることはなかった。が弟子たちには、人のいない時に何もかも説明された。


●パウロは同胞が救われていない現実の悩みに苦闘して次のように言う。

塚本訳ロマ
"450914","ローマ 9:14","するとどういうことになるのだろうか。神に不公平でもあるのか。
もちろん、そんなことはない。"
"450915","
ローマ 9:15","その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、“わたしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす”と。
"450916","ローマ 9:16","従って(憐れみも慈悲も、)それは(人間の)願望にも努力にも
よらず、ただ神の憐れみによるのである。"
"450917","
ローマ 9:17","(反対に、憐れみを奪われる場合も同じである。)現に聖書は、
パロ[エジプト王]にこう(神が仰せられたと)言っているではないか、”わたしがあな
たを(王として)立てたのは、(あなたの心を頑固にして私の命令にそむかせ、)あなたに
よってわたしの力を示すため、また、わたしの名が全世界に知れわたるため、ただそのた
めであった”と。"
"450918","
ローマ 9:18","従って神は思うままに、ある人を憐れみ、ある人を、”頑固にされる”(ことは明らかである。)


●救いは神の絶対主権である。今救われてない人も神の絶対主権の御手の中にある。
●パウロはエジプトのパロが心をかたくなにしたのも実は神の手の中にあったからだという。
●パウロの悩みはそういうことで自分を慰めている(ロマ9~11章)
●福音は「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」だが、それには順序がある。
●伝道の書を思う

【口語訳】 伝 3 章
 3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
 3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
 3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
 3:4 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
 3:5 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
 3:6 捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
 3:7 裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
 3:8 愛するに時があり、憎むに時があり、
戦うに時があり、和らぐに時がある。


●神は眠らない。なにもかも知っている。悪を裁く。悪霊を追い出す。

【口語訳】 詩 121 篇
 121:3 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。
 121:4 見よ、イスラエルを守る者は/
まどろむこともなく、眠ることもない。

●パウロは次のように凱歌をあげる。

塚本訳ロマ
"450831","ローマ 8:31","すると、それはどういうことになるのだろうか。──神がわたし
達の味方である以上、だれがわたし達に敵対できるか。"

"450832","
ローマ 8:32","御自分の子をさえなんの惜しげもなく、わたし達みんなのために
死に引き渡されたその神が、どうしてそれと共に、すべてのものをも賜わらないことがあ
ろうか。"
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想 終わり

2012_10300008.jpg 
東の窓を開けると朝焼け。神は無言の説教をしているなー









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一切の境遇に処する道 ++++++++ 所感

2012/10/29 06:11

121029(月)5時半起床●昨夜22時30分。寝たところにけたたましく電話。スワ、どなかかだ召されたかと思ったが、集会の先輩KT氏から「ピリピ4章12節」の「一切のことに」というところにに感激したのでどうしても高橋に話したかったからだという。●こういう通報は喜びである。かっては新幹線の中に「有体的復活、万歳」という携帯電話がかっかってきたこともあった。●そこで今朝は早速そのピリピ4:12の勉強。●まず翻訳比較と各国の引照。拙HP「聖書で聖書を読む(BbB)を利用するのが便利。

****************************************

ピリピ 4:10-13

君達のために喜ぶ


翻訳比較


岩波翻訳委員会訳1995

500410さて、私のための思いを抱いてくれるあなたがた〔の心〕が、ついに再び芽ばえてくれたことを、私は主にあって大いに喜んだ。なぜならば、あなたがたは〔私のことを〕思い抱いては来たのだが、しかし時機を逸してきたのだからである。

500411私は窮乏のゆえに〔こう〕言うのではない。私は、自分がおかれた〔どのような〕状態においても、自ら足ることを学んだからである。

500412私は卑賎に下ることをも知っているし、満ち溢れることをも知っている。私はありとあらゆることに精通して来ている。満腹することも、飢えることも、満ち溢れることも、窮乏することも。

500413私は私を強くして下さる方によって、すべてのことをなすことができるのだ。


新共同訳1987

4:10 さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。

4:11 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。

4:12 貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。

4:13 わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。


前田訳1978

4:10 主にあってわたしにたいへんうれしいことには、わたしのことを思う心があなた方に、今また芽ばえてきました。もっとも、あなた方はそれを心がけてくれましたが、機会がなかったのです。

4:11 わたしが乏しいからこういうのではありません。わたしは置かれた境遇で満ち足りることを学びました。

4:12 わたしは貧しくあることを知り、富むことを知っています。ありとあらゆることに秘義を受けています・・飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも。

4:13 わたしを力づけてくださる方によって何でもできます。


新改訳1970

4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、今ついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜んでいます。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。

4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。

4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。

4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。


塚本訳1963

4:10 君達が私のことを思ってくれる心にとうとうもう一度花を咲かせ、(私に贈り物をして)くれたことを私は主に在って非常に喜んだ──君達は(もちろん前から)いつも思っていてくれたのだが、(実行する好い)機会がなかったのだ。

4:11 これは(何も)貧乏をしているから言うのではない。私自身はどんな境遇にでも満足する稽古をしたのだから。

4:12 貧乏の道も知って居れば、有福の道も知っている。食い飽きることにも飢えることにも、有り余ることにも事欠くことにも、一切合切に通じている。

4:13 私を力づけ給うお方の御蔭で何でも出来る。


口語訳1955

4:10 さて、わたしが主にあって大いに喜んでいるのは、わたしを思う心が、あなたがたに今またついに芽ばえてきたことである。実は、あなたがたは、わたしのことを心にかけてくれてはいたが、よい機会がなかったのである。

4:11 わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。

4:12 わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。

4:13 わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。


文語訳1917

"500410","汝らが我を思ふ心の今また萌したるを、われ主にありて甚く喜ぶ。汝らは固より我を思ひゐたるなれど、機を得ざりしなり。"

"500411","われ窮乏によりて之を言ふにあらず、我は如何なる状に居るとも、足ることを學びたればなり。"

"500412","我は卑賎にをる道を知り、富にをる道を知る。また飽くことにも、飢ることにも、富むことにも、乏しき事にも、一切の秘訣を得たり。"

"500413","我を強くし給ふ者によりて、凡ての事をなし得るなり。"



****************************************

各国聖書引照編集



(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ピリ 1:18

1:18 だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。


新共同 ヨハ 15:5

15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。


(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ガラ 6:10

6:10 だから、機会のあるごとに、だれに対しても、とくに信仰の仲間に対して、善を行おうではないか。


口語訳 Ⅱコリ8:9

8:9 あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。


口語訳 Ⅱコリ3:4-5

3:4 こうした確信を、わたしたちはキリストにより神に対していだいている。

3:5 もちろん、自分自身で事を定める力が自分にある、と言うのではない。わたしたちのこうした力は、神からきている。


口語訳 Ⅱコリ12:9-10

12:9 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。

12:10 だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。


(日)新共同訳1987の引照

新共同 Ⅱコリ11:9

11:9 あなたがたのもとで生活に不自由したとき、だれにも負担をかけませんでした。マケドニア州から来た兄弟たちが、わたしの必要を満たしてくれたからです。そして、わたしは何事においてもあなたがたに負担をかけないようにしてきたし、これからもそうするつもりです。


新共同 ピリ 2:30

2:30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。


新共同 Ⅱコリ9:8

9:8 神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。


新共同 Ⅰテモ6:6-8

6:6 もっとも、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。

6:7 なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。

6:8 食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。


新共同 ヘブ 13:5

13:5 金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。


新共同 Ⅰコリ4:11

4:11 今の今までわたしたちは、飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せる所もなく、


新共同 Ⅱコリ12:9

12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。


新共同 Ⅰテモ1:12

1:12 わたしを強くしてくださった、わたしたちの主キリスト・イエスに感謝しています。この方が、わたしを忠実な者と見なして務めに就かせてくださったからです。


(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ピリ 1:4

1:4 あなたがた一同のために祈るとき、いつも喜びをもって祈り、


口語訳 ヘブ 13:5

13:5 金銭を愛することをしないで、自分の持っているもので満足しなさい。主は、「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた。


口語訳 Ⅱコリ12:9-12

12:9 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。

12:10 だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。

12:11 わたしは愚か者となった。あなたがたが、むりにわたしをそうしてしまったのだ。実際は、あなたがたから推薦されるべきであった。というのは、たといわたしは取るに足りない者だとしても、あの大使徒たちにはなんら劣るところがないからである。

12:12 わたしは、使徒たるの実を、しるしと奇跡と力あるわざとにより、忍耐をつくして、あなたがたの間であらわしてきた。


口語訳 コロ 1:29

1:29 わたしはこのために、わたしのうちに力強く働いておられるかたの力により、苦闘しながら努力しているのである。



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●次にピンポイントで4章12だけをTSK日本語版で見る。これも拙HPを利用。

●ピリ 4:12

4:12 わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。

*「わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。」

1 Corinthians 4:9-13

9わたしはこう考える。神はわたしたち使徒を死刑囚のように、最後に出場する者として引き出し、こうしてわたしたちは、全世界に、天使にも人々にも見せ物にされたのだ。 10わたしたちはキリストのゆえに愚かな者となり、あなたがたはキリストにあって賢い者となっている。わたしたちは弱いが、あなたがたは強い。あなたがたは尊ばれ、わたしたちは卑しめられている。 11今の今まで、わたしたちは飢え、かわき、裸にされ、打たれ、宿なしであり、 12苦労して自分の手で働いている。はずかしめられては祝福し、迫害されては耐え忍び、 13ののしられては優しい言葉をかけている。わたしたちは今に至るまで、この世のちりのように、人間のくずのようにされている。

2 Corinthians 6:4-10

4かえって、あらゆる場合に、神の僕として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、 5むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、 6真実と知識と寛容と、慈愛と聖霊と偽りのない愛と、 7真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、 8ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。わたしたちは、人を惑わしているようであるが、しかも真実であり、 9人に知られていないようであるが、認められ、死にかかっているようであるが、見よ、生きており、懲らしめられているようであるが、殺されず、 10悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。

2 Corinthians 10:1

1さて、「あなたがたの間にいて面と向かってはおとなしいが、離れていると、気が強くなる」このパウロが、キリストの優しさ、寛大さをもって、あなたがたに勧める。

2 Corinthians 10:10

10人は言う、「彼の手紙は重味があって力強いが、会って見ると外見は弱々しく、話はつまらない」。

2 Corinthians 11:7

7それとも、あなたがたを高めるために自分を低くして、神の福音を価なしにあなたがたに宣べ伝えたことが、罪になるのだろうか。

2 Corinthians 11:27

27労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。

2 Corinthians 12:7-10

7そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。 8このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。 9ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。 10だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。

*「わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。」

Deuteronomy 32:10

10主はこれを荒野の地で見いだし、/獣のほえる荒れ地で会い、/これを巡り囲んでいたわり、/目のひとみのように守られた。

Nehemiah 9:20

20またあなたは良きみたまを賜わって彼らを教え、あなたのマナを常に彼らの口に与え、また水を彼らに与えて、かわきをとどめ、

Isaiah 8:11

11主は強いみ手をもって、わたしを捕え、わたしに語り、この民の道に歩まないように、さとして言われた、

Jeremiah 31:19

19わたしはそむき去った後、悔い、教をうけた後、ももを打った。若い時のはずかしめが身にあるので、わたしは恥じ、

Matthew 11:29

29わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。

Matthew 13:52

52そこで、イエスは彼らに言われた、「それだから、天国のことを学んだ学者は、新しいものと古いものとを、その倉から取り出す一家の主人のようなものである」。

Ephesians 4:20-21

20しかしあなたがたは、そのようにキリストに学んだのではなかった。 21あなたがたはたしかに彼に聞き、彼にあって教えられて、イエスにある真理をそのまま学んだはずである。

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●「アーソウカ」。パウロの人生はめちゃくちゃ、肉体も鞭で打たれて満身創痍。この世の幸福とは程遠い人生。しかし目はらんらんと喜びに満ち溢れていたに違いない。
●我々の人生もメチャクチャでいいのだ、この世の人が「幸福」と思われるものとは縁のないものでいいのだ。罪が赦されて有体的復活の希望、永遠の命の希望。
●我々は鞭で打たれることはない、家がある。妻がいる。一応食べられる。「弟子はその師に勝らず。
●これは弟子は師よりも苦労が小さいというイエスの慰め。
 
塚本訳マタイ
"401021","また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、“子は親にさ
からい立って”これを殺すであろう。"
"401022","
あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍
ぶ者は救われる。"
"401023","
この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、
人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来
るのだから。"
"401024","
弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害される
のは当り前である。)"

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朝の黙想終わり






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「わたしの荷は軽い」とは ++++++++ 所感

2012/10/28 05:48

121028(日)4時目覚め●朝の啓示「わたしの荷は軽い」●負わされる十字架は重い。時にそれは耐えきれない。追い切れない。しかしその十字架は軽いという不思議な言葉がある。

塚本訳マタイ
401128","さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、
休ませてあげよう。"
"401129","わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子に
なりなさい、そうすれば“魂の休息が得られよう。”"
"401130","わたしの軛は甘く、わたしの荷は軽い。」"

●この意味の深いところを知るためにはまず翻訳比較をする。次に各国の聖書引照をみる。
それには拙ホームページの「聖書で聖書を読む。(BbB)」のコーナーに行くと便利。 

http://www.bbbible.com/ 

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マタイ11:28-30

「疲れている者は来なさい」

翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

401128私のもとに来なさい。あなたたち、労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこの私が、あなたたちに安らぎを与えよう。

401129私の軛(くびき)をとって自分に負い、私から学びなさい。なぜなら私は柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見いだすであろうから。

401130私の軛は担いやすく、私の荷は軽いからである」。

新共同訳1987

11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。

11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

前田訳1978

11:28 すべて疲れたもの、重荷を負うものは、わたしのところに来たれ。休ませてあげよう。

11:29 わたしは柔和で高ぶらないから、わが軛を取ってわたしに学びなさい。そうすれば心にいこいを得よう。

11:30 わが軛はやさしく、わが荷は軽いから」と。

新改訳1970

11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。

11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

塚本訳1963

11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

11:30 わたしの軛は甘く、わたしの荷は軽い。」

口語訳1955

11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

11:29 わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。

11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

文語訳1917

"401128","凡て勞する者・重荷を負ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません。"

"401129","我は柔和にして心卑ければ、我が軛を負ひて我に學べ、さらば靈魂に休息を得ん。"

"401130","わがbは易く、わが荷は輕ければなり』"

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各国聖書引照

(日)並行個所・・・・・・塚本虎二訳

・・・・

(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照

・・・・

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 7:22-25

7:22 すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、

7:23 わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。

7:24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

7:25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。

口語訳 ガラ 5:1

5:1 自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。

口語訳 Ⅱコリ10:5

10:5 神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ、

口語訳 ロマ 7:23-25

7:23 わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。

7:24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

7:25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。

口語訳 Ⅱコリ1:4-5

1:4 神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。

1:5 それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストによって満ちあふれているからである。

口語訳 Ⅱコリ12:9-10

12:9 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。

12:10 だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。

(日)新共同訳1987 の引照

新共同 Ⅰコリ4:21

4:21 あなたがたが望むのはどちらですか。わたしがあなたがたのところへ鞭を持って行くことですか、それとも、愛と柔和な心で行くことですか。

新共同 ガラ 5:23

5:23 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。

新共同 ガラ 6:1

6:1 兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、“霊”に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい。

新共同 使 15:10

15:10 それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。

新共同 エペ 4:20

4:20 しかし、あなたがたは、キリストをこのように学んだのではありません。

新共同 Ⅰペテ2:21

2:21 あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。

新共同 Ⅰヨハ2:6

2:6 神の内にいつもいると言う人は、イエスが歩まれたように自らも歩まなければなりません。

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

・・・


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●次にピンポイントで「わたしの荷は軽い」の意味を探求してみよう。それには人間の解説書を読むより聖書そのものに解説してもらった方が安心、かつ力強い。本当は自分で引照を探すのが一番良いのだが、これまた拙ホームページの「TSK日本語版」を利用すると便利。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm


●マタ 11:30

11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

*「わたしのくびきは負いやすく」

Proverbs 3:17

17その道は楽しい道であり、その道筋はみな平安である。

Micah 6:8

8人よ、彼はさきによい事のなんであるかを/あなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。

Acts 15:10

10しかるに、諸君はなぜ、今われわれの先祖もわれわれ自身も、負いきれなかったくびきをあの弟子たちの首にかけて、神を試みるのか。

Acts 15:28

28すなわち、聖霊とわたしたちとは、次の必要事項のほかは、どんな負担をも、あなたがたに負わせないことに決めた。

Galatians 5:1

1自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。

Galatians 5:18

18もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。

1 John 5:3

3神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。

*「わたしの荷は軽いからである」

John 16:33

33これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。

2 Corinthians 1:4-5

4神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。 5それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストによって満ちあふれているからである。

2 Corinthians 4:17

17なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。

2 Corinthians 12:9-10

9ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。 10だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。

Philippians 4:13

13わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


●これを読めば「アーソウカ」という思いがする。そもそも世にある注解書は結論として聖書の句に行って終わる。

朝の黙想終わり。

●集会は高橋トミ子(司会)、土肥(詩編)、横田(教会史)
●14:00 第39回塚本虎二先生記念会。司会横田、進行高木
感話、斉藤顕、高橋照男。その他お客様の感話数名。終わりの挨拶山本。
●私の感話は、次の通り
●あと15年もすると高齢化のため内村鑑三記念会、塚本虎二記念会は消滅するであろう。残ったとしてもそれは「思想」の研究会となり下がるであろう。一方神が日本に植えた「無教会」という形は何らかの形で残るであろう。インターネットで聖書関連データを提供しているとパソコンのできる若い世代の応答があるので日本には「残りの者」(ロマ11:5)が確実にいることが感じられる」






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万策尽きた時の祈り ++++++++ 所感

2012/10/27 05:40

121027(土)5時起床●朝の黙想「万策尽きた時の祈り」●人生には人間の力ではどうしようもない「万策尽きる」時がくるものだ。●そういう不幸な時は実は幸いな時である。神の国が近いのだ。真の幸福の門への入り口にたっているのだ。もう少しだ。もう少しだ。●このどうしようもなく「行き詰まった」時に読むべき聖書の箇所を思いつくままいくつか挙げてみよう。

塚本訳マルコ
"410525","マルコ 5:25","すると十二年も長血をわずらって、"
"410526","
マルコ 5:26","大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、
なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、"
"410527","
マルコ 5:27","イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろか
らその着物にさわった。"
"410528","
マルコ 5:28","「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのであ
る。"
"410529","マルコ 5:29","はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。"

●この女は12年もの長患い。12年は」長いが、直れば短い。それは恩恵の時であった。
●この女、方々の医者にかかったがダメで、万策尽きて「苦しむ者の神頼み」。
●イチかバチかで「新興宗教」の祖に縋り付いた。
●なりふり構わず縋り付いた。これでいいのだ、これでいいのだ。
●キリスト教の信仰に入るときは「勉強して」神の存在は?、聖書は信じられるか?、キリストは神か人か?、奇跡は信じられるか?、原罪はあるか?・・・・などと研究し疑っているうちは信仰にほど遠い。
●あらゆる宗教を遍歴してもよい。自己の魂が砕けることが重要。デカルト的近代精神では救われないことをまず悟るべきだ。
●人生のゴタゴタ(病気、貧困、不和、・・・)をきかっけに自分の罪がわかって窒息するような懊悩のとき、「助けてくれー」と心で叫ぶ。そういう時は神が存在するかどうかもわからないのに天に向かって「なりふり構わず」叫ぶのだ。「キリストの父なる神様、仏様、アラーの神様」と自分以外の者に縋り付くのだ。ただ、どの神様かに単願しなければならない。入学試験と同じだ。
●するとキリストの父なる神の場合は聖霊が降ってまず自分の罪が十字架で赦され、人生のゴタゴタもなんとなく好転してうまくいくようになる。
●心が平安になる、家庭が穏やかになる、子供の心も落ち着く、勉強に仕事に身が入るから、貧困も解消する。
●宗教はいろいろあるが、罪の赦しの宗教は寡聞にもキリストの福音きりない。教会ではない、無教会ではない、聖書ではない。福音そのものである。
●人は様々な方法でこの「罪の赦しの福音」にたどりつくそのルートと形は一様ではない。

塚本訳ルカ
"421801","なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに
話された、"
"421802","
「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官があった。"
"421803","
またその町に一人の寡婦がいた。いつもその裁判官の所に来ては、『(早く裁判
をして)わたしのため敵に仕返しをしてください』と言っていた。"
"421804","
裁判官はしばらくの間は取り合おうとしなかったが、あとでひそかに考えた、
『わたしは神を恐れず、人を人とも思わないが、"
"421805","
この寡婦はどうもうるさくて、やりきれないから、(裁判をして、)この女のた
めに仕返しをしてやろう。そうしないと最後にはやって来て、わたしをどんなひどい目に
あわせるか知れない。』」"
"421806","
それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。"
"421807","
(こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々の
ために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。"

●一節、「気を落さずに常に祈るべきことについてとイエスは言う。
●祈りは聞かれる。いつか聞かれる。どのように聞かれるかわからないが、いつの間にか聞かれる。
●それには条件がある。7節の「夜昼叫ぶ」ような熱心な祈りが必要なのだ。
●心が砕けてそのような姿勢になるまで、病気は直りませんように、貧困が解消しませんように、仕事がうまくいきませんように、家庭内の不和が解消しませんように、教会が繁盛しませんように、無教会の衰退傾向に歯止めがかかりませんように。
●なぜであるか。それは神の痛い恩恵の鞭だからだ。


塚本訳 二ペテ
"610310","・ペテロ 3:10","しかし主の日は盗人のように来るであろう。(そして)その日
天は轟然たる響きと共に消え失せ、日月星辰は燃えて解け去り、地とその上にある(人間
の)事業は燃え失せるであろう。"
"610311","
・ペテロ 3:11","これらのものが皆このように解け去るとすれば、【君達は】如
何に聖い行いと敬虔とにあって、"
"610312","
・ペテロ 3:12","神の日の到来を待ち望みつつ(これを)早め(ることに努力せ)
ねばならぬことであろう!
その日“天は”焼けて解け去り、日月星辰は燃えて“溶けるで
あろう”。"
"610313","
・ペテロ 3:13","しかし私達は彼の約束によって、義の住む“新しい天”と“新
しい地”とを待ち望む。"
"610314","
・ペテロ 3:14","だから愛する者よ、これを待ち望むならば、(その日)神に汚
点のない、疵のない、平安にある者として見られるよう努力せよ。"

●人の救いは神の業だから人間の努力ではない。「事業」(10節)ではない。しかし救われたクリスチャンに努力はある。それは終末の新天新地の到来の祈りの努力である。
●信仰が堕落している人間は「地上王国」の完成に猪突猛進、「海山をけけ廻って」賛同者を集めている。(マタ23:15)。

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朝の黙想終わり

●TSK日本語版出エジプト17章入力
●学校から借りてきたDVD「罪と罰」(ドストエフスキー原作)をついに見終わる。約10時間。
衝撃。娼婦ソーニャは神の愛の具現化だということがわかった。ラスコリーニコフはソーニャの説得で自首。シベリヤに流刑になるが、ソーニャはついて行く。ラストシーンは凍てつく荒野に二人が並んで腰を下ろしているがラスコーリニコフの頭は囚人なので坊主。
●神の子キリストは「人の子の姿をとってこの世に降ったその精神がソーニャ。ソーニャは娼婦という罪の人間の姿で殺人犯のラスコーリニコフに最後まで寄り添う。ラスコーリニコフは変わる。自分の思想が粉々に破砕する。
●ラスコーリニコフは人生を失敗したが、ソーニャを通じて神の愛に出会う。成功の人生になった。
●世の女性という女性はすべてソーニャのような生き方をが理想だ。男性も同じ。なぜか、神の愛の具現化だからだ。
●早速、図書館に走って行き、「罪と罰」のキリスト教からの評論を求めた。佐古純一郎著「罪と罰ノート」が国会図書館にあるというので取り寄せてもらうことにした。
●ドストエフスキーの」「罪と罰」を聖書の言葉で示すと次のようになる。

塚本訳ピリピ
"500204","ピリピ 2:4","各々自分のことだけでなく、各々他人のことをも顧みよ。"
"500205","
ピリピ 2:5","キリスト・イエスに在る思いで互いを思え。"
"500206","
ピリピ 2:6","彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄
て難いことと思わず、"
"500207","
ピリピ 2:7","かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給
うたのである。そして人の様で現れた彼は、"
"500208","
ピリピ 2:8","自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父な
る神に)従順であり給うた。"
"500209","ピリピ 2:9","それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を
与え給うた。"
"500210","
ピリピ 2:10","これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下
にある“万物が膝を屈め、"
"500211","
ピリピ 2:11","凡ての舌が”「イエス・キリストは主なり」と“告白して”父な
る“神に”、栄光を帰せんためである。"



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良心の呵責は神の杖 ++++++++ 所感

2012/10/26 05:48

121026(金)4時半目覚め。●朝の啓示「良心の呵責は神の杖」●大学の図書館で借りてきている2007年ロシアの大作、ドストエフスキーの「罪と罰」(DVD4枚)を見ているが、ドストエフスキーの言わんとしていることが読めた。それは人間に備わっている「良心の呵責の苦しみは神が救いに導く杖」だということだ。●悔い改めて自首しない限りその呵責の苦しみは一生涯続くものだ。●娼婦ソーニャ(配役は娼婦らしくなく、きれいな顔をしている)はラスコーリニコフに言う。「あなたはこのまま一生苦しみ続けるの?」と●神はちょうどよい時にちょうど良い人を遣わして人を永遠の命の救いへと導く●良心の呵責というのは人間の誰にでも備わっているものだが、それは地獄の責め苦は罰である。来世を待たずして「この世」でそれが与えられる。しかしそれは同時に救いへの杖でもある。●ドストエフスキーの名作「罪と罰は大作でなかなか読み切れないが、その本質は聖書の短い言葉で言い表されている。●思い浮かぶままにそれを列挙してみよう。

【新共同訳】 詩 23 編
 23:1 【賛歌。ダビデの詩。】主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
 23:2 主はわたしを青草の原に休ませ/憩いの水のほとりに伴い
 23:3 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく/わたしを正しい道に導かれる。
 23:4 死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。
あなたの鞭、あなたの杖/それがわたしを力づける。

●人間は誰でも迷い過ちを犯すものだ。しかし神はその鞭と杖で「正しい道」に導かれる。
●「良心の呵責」という人間に本来備わっているものは、信仰のあるなしにかかわらずそれは神の杖、神の鞭だ。
●罪を犯した人間は「良心の呵責」という地獄の苦しみでこの世で罰を受ける。しかしそれは神の痛い鞭なのだ。
●郷里浦和の中学校の担任の恩師古戸泰先生は、あるときこのドストエフスキーの「罪と罰」の内容を話してくださった。こういう先生に教えられる生徒は幸いである。後年知ったことだが、先生は塚本虎二先生からの手紙をお持ちであったのでコピーさせていただいた。
●古戸先生が何か信仰上のことで塚本先生に質問をされたその返事であったが、塚本先生は「私にもわかりません」というものであった。
●人生には「わからない」「不可解」「不条理」ということがあるものだ。それでいいのだ、その苦しみが神の杖が働くときなのだ。 
 
【口語訳】 イザ 6 章
 6:5 その時わたしは言った
、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」。

●この一句は東方文学史上最高のものだと言われる。人は神の光に照らされると自分の犯した罪に震えおののく。これ良心の呵責の大苦悩である。

【口語訳】 詩 51 篇
 51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
 51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。 
 51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
 51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
 51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
 51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
 51:7
ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。

●これ罪の自覚の時の人間の懊悩である。ドストエフスキーの「罪と罰」はこれに尽きる。
●人間は、どんな罪人も良心の呵責があるので必ず必ず悔い改めに導かれる。この世でなければ来世で。
 
【口語訳】 詩 139 篇
 139:7 わたしはどこへ行って、あなたのみたまを離れましょうか。わたしはどこへ行って、あなたのみ前をのがれましょうか。
 139:8 わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。わたしが陰府に床を設けても、あなたはそこにおられます。
 139:9 わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも、
 139:10 あなたのみ手はその所でわたしを導き、あなたの右のみ手はわたしをささえられます。

●神の前を逃れても神は追いかけてくる。
●罪の記憶はこれを消せないから生涯苦しむ。
●早く自白して楽になった方がよい
●ラスコーリニコフは警察には自白したくないがソーニャには自白した。
●ソーニャとの対話で「自分には悪魔がとりついた」と言う。ここで悪魔という言葉がでてくる。
●その悪魔から人間が奪還されるのはラスコーリニコフを思うソーニャのような「捨て身の愛」なのだ。
●富士山の頂上でご来光を見たとき朝日が東から西にサーッと駆けた。このときこの詩編の「あけぼのの翼をかって海のはてに住んでも」という言葉をおもったものだ。
●ルカ15章の放蕩息子は父の財産のわけまえを手にして「遠い国」に行って放蕩に身をもちくずしたが、神は彼を追いかけて救った。
●人間は愛想を尽かして見捨てても神の愛は罪人を追いかけて救う。

塚本訳ルカ
"421501","さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄
ってきた。"               
"421502","パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎する
し、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」"
"421503","
そこで彼らにつぎの譬を話された。"
"421504","
「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったと
き、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさ
がし歩くのではないだろうか。"
"421505","
そして見つけると、喜んで肩にのせて、"
"421506","
家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一し
ょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。"
"421507","わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九 十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。"



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朝の黙想終わり

●TSK日本語版出エジプト16章入力。出エジプトのルートに興味を持った。
●妻は朝から中野の愛子の家に手伝い
●午後、まだDVD「罪と罰」(ドストエフスキー原作ロシア2007年。長編の大作)を鑑賞。世のためなら殺人も可なりというラスコーリニコフの論理。
●「良心があれば苦しむ。それが罰です」という言葉が出てきた。アーメンだ。
●何が善で何が悪かは神ご自身が決定される。ラスコーリニコフの論理は神の前では通用しない。

塚本訳ヨハネ
"431607","しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達の
ために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を
遣わすからである。"
"431608","
そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考
えの)誤りを認めさせるのであろう。
"

●悪はあの世で苦しむのではなく、現世で良心が苦しむ。これが裁きだ。
●悪友の論理は悪魔の論理。クリスチャンの中にも不信仰の遊び人がいるからエクレシアは気をつけなければいけない。真似してはいけない。深い付き合いをしてはいけない。
●日本では「魔が差した」という言葉があるがそれは悪魔に誘われたということだ
●悪魔からの誘いをはねつける野には人間の力では無理。神の祝福がなけrふぇばダメだ。
●だからイエスは次のように祈れと言われた。

【口語訳】 マタ 6 章
 6:13 わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。

【新共同訳】 マタ 6 章
 6:13 わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。』


【新改訳改訂3】 マタ 6 章
 6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください


塚本訳マタイ
"400613","わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。"






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死人の復活という「希望」 ++++++++ 所感

2012/10/25 05:54

121025(木)4時半目覚め●朝の啓示「希望」という救い。

●新約聖書には「希望」というすばらしい言葉がある。その希望とはすべて「この世的幸福の充足」ではなく、神のご経綸の完成という満足の希望である。主な箇所を掲げてみよう。
 
【口語訳】 ロマ 5 章
 5:2 わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。
 5:3 それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、
 5:4 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。
 5:5 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。

【口語訳】 一コリ 13 章
 13:13 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

【口語訳】 エペ 2 章
 2:12 またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。

●母が肺癌末期で臨終のとき、肩で息して苦しんでいるのを見て思わず「天国に行けば楽になるよ」と叫ぶように言った。すると信仰を負っていなかった母はじろっと私の顔を見て「行ってみてきたの」と聞いた。それは真剣勝負の目つきであった。
●「坊主、見てきたゆな嘘を言い」という。
●それ以来私は母のような状況の人に何と言って声をかけるべきか逡巡している。
●翻ってこの私自身はどういう理由で神、キリスト、復活、永遠の命を信じているのだろうかと考え続けている。母の真剣勝負の目は私に「なまじなことは言いなさんな」という叱りでもあった。
●それは「聖霊」の実存である。聖霊の実在が「希望」を生み出してくれるのである。

【新共同訳】 ロマ 15 章
 15:13 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように

●この聖霊の実在なくして人に「希望」を語れない。聖霊によらない希望は所詮この世的充足の希望である。家庭の平和、国家の平和、長寿健康、自己実現、・・・これらはたとえ得られたとしても真の満足にはならない。
●「聖霊、聖霊」といってもあるキリスト教の一派のような狂信的なものではない。
●人生のドン底に落ち込んでドロドロ人生、めちゃくちゃ人生になり、家庭を壊し、周囲にも親族にも迷惑をかけ、自らも「ダメ人間、人間失格」と失望しているときに不思議な方法で神の霊がその人に臨む。そして十字架の贖罪による救いに預かること。これが聖霊がその人に降って神tとの平和が得られることなのだ。
●そうだ。このとき復活と永遠の命への「希望」が湧くのだ。
●結核の苦しみで信仰を与えられた人は、今度はこの肉体の回復はなくてもよいとまで思うゆになる。なぜか。肉の健康よりも霊魂の癒しの方が喜びだからだ。
●立身出世の希望、この世の名誉の獲得の希望、楽しい家庭の建設の希望、国家繁栄の希望、経済の安定の希望、子や孫の健やかな成長、子供の結婚、教会の教勢増強の希望、集会の成長維持・・・・・これらはすべてこの世的希望だ。聖霊による真の希望を与えられた者はこれらの希望に対して「クソくらえ」と言わなければならない。パウロがそう言っているではないか。、

【口語訳】 ピリ 3 章
 3:7 しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。
 3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、

●このところは各種翻訳で次の通り。ピリピ3:7-8

岩波翻訳委員会訳1995

500307[しかし]私にとって益であったものすべてを、〔然り〕それらを、私はキリストのゆえに損失と思うようになってしまっている。

500308否、そればかりか、私は私の主キリスト・イエスについての知識の卓越したすばらしさのゆえに、すべてのものを損失であるとさえ思っている。そのキリストのゆえに、私はすべてを失った。そして私は、〔それらを〕と思っている。それは、私がキリストを得、500309彼のうちに見いだされるためである。〔その際、〕私は律法による私の義を与えられているのではなく、むしろキリストヘの信仰による義、信仰に基づく神からの義を与えられているのである。

新共同訳1987

3:7 しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。

3:8 そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、

前田訳1978

3:7 しかしわたしに益であったこんなものを、キリストのゆえに損と思いました。 3:8 そして今も、わが主キリスト・イエスを知ることのすばらしさのゆえに、すべてをと思っています。彼のゆえにすべてを損しましたが、キリストを得、
3:9 彼に属すると認められるために、それらをごみと思っています。律法から来るわが義を持たず、キリストのまことによる義、まことに応えて神から来る義をもつのです。

新改訳1970

3:7 しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。

3:8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、

塚本訳1963

3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。                                                                                  3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、

口語訳1955

3:7 しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。

3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、

文語訳1917

"500307","されど曩に我が益たりし事はキリストのために損と思ふに至れり。"

"500308","然り、我はわが主キリスト・イエスを知ることの優れたるために、凡ての物をなりと思ひ、彼のために既に凡ての物を損せしが、之を塵芥のごとく思ふ。"

●ではクリスチャンの「希望」とは何か。この世的希望をのぞまないとすれば何を人生の希望とするべきか。それは復活の希望、永遠の命への希望である。パウロは上記ピリピの箇所に続けて次のように言う。

塚本訳ピリピ

"500311","ピリピ 3:11","あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。
"

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想 終わり。今日は「説教調」になってしまった。これではいかん。亡くなった母に叱られる。

●TSK日本語版出エジプト15章入力
●14:50 昭和女子大建築講義。終了後2-3名と進路相談。就職の姿勢がなってないので活を入れた。
●妻は「メサイア」の練習。
●石原都知事が任期途中で辞職、新党結成へ。記者会見で「80歳の自分がやらなきゃならないとは(なさけない)。若い奴らしっかりしろよ。」とか、「文部省は『ゆとり教育』などをやってバカばかりを作った」など、自由な発言をすることは立派だが、戦争放棄の憲法の改正はいただけない。 


 








前田訳1978

3:7 しかしわたしに益であったこんなものを、キリストのゆえに損と思いました。

3:8 そして今も、わが主キリスト・イエスを知ることのすばらしさのゆえに、すべてを損と思っています。彼のゆえにすべてを損しましたが、キリストを得、

3:9 彼に属すると認められるために、それらをごみと思っています。律法から来るわが義を持たず、キリストのまことによる義、まことに応えて神から来る義をもつのです。

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家庭崩壊の原因は罪 ++++++++ 所感

2012/10/24 05:41

121024(水)悩みごとで午前2時半に目覚め、以後寝つけずに5時起床●朝の啓示「家庭崩壊の原因は罪」●死亡率の30%は癌。それと同じじく家庭崩壊の率も30%近く。●悪魔の高笑いが聞こえる●関連聖句を挙げてみよう。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

塚本訳 Ⅱコリ6:14-15
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また
信者は不信者となんの共同があろう。

塚本訳 ヨハ 3:20-21
3:20 悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。
3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」

口語訳 詩  1:4-5
1:4 悪しき者はそうでない、風の吹き去るもみがらのようだ。
1:5 それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。
罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。

●では、世の中救われないか。ノー。神の全能の力でサタンは滅ぼされ、人間は救われる。神の一人子キリストの犠牲の宝血で人間は一切の罪という罪から救われる。
●あのいまわしい過去、恥ずかしい過去から救われる。

新共同 Ⅰコリ6:10-11
6:10 泥棒、強欲な者、酒におぼれる者、人を悪く言う者、人の物を奪う者は、決して神の国を受け継ぐことができません。
6:11 あなたがたの中にはそのような者もいました。しかし、主イエス・キリストの名とわたしたちの神の霊によって洗われ、聖なる者とされ、義とされています。

新共同 エペ 5:10-14
5:10 何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。
5:11 実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。
5:12 彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。
5:13 しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。
5:14 明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」

塚本訳  ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●この世のゴタゴタはすべて「救いに役立つ」のである。国家の崩壊可なり、家庭崩壊可なり、教会の消滅可なり、各種集会団体の消滅可なり。これらの失敗不幸を通じて「個人の霊魂」が救われれば可なり。

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朝の黙想 おわり

●6:30 公園でラジオ体操
●TSK日本語版出エジプト14章。モーセに不満を言う民衆。群集心理は今も昔も同じ。
●大学で借り出したDVD「罪と罰」(2007年ロシア制作の大作)。全4枚のうち3枚目までを鑑賞。罪の呵責に苦しむ殺人犯ラスコーリニコフが娼婦のソーニャに聖書の「ラザロの復活」の箇所を読んでくれと願う。ソーニャが手に取った聖書はラスコーリニコフが殺した二人のうちの一人の形見。ドストエフスキーのものすごい設定。
●ラスコーリニコフはソーニャに「一緒に死んでくれ」という。理由は「お前も私も共に穢れていて死んでいるものだから」というのが理由。福音の光は人生の最底辺どん底の暗いところに射す。
●死ぬなら一人で死ね。女を道連れにするな。有島武郎のように人妻と情死するな。女々しく自殺するな。これだから情死を美化する日本の文学は低級なのだ。 
●人間、落ちるところまで落ちないと神に出会わない。

塚本訳ロマ
"450520","ローマ 5:20","(それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立た

ないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しか
し(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる。"

塚本訳マタイ
"400414","預言者イザヤをもって言われた言葉が成就するためであった。──"
"400415","
“(ガリラヤの)湖に向かった、ゼブルン(族)の地とナフタリ(族)の地、ヨ
ルダン川の向こう(のペレヤ)、異教人の(住む)ガリラヤ──"
"400416",
"暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこ
の人々に光がのぼった
、”"



●ギリシャ語に強いIHさん(82歳)と久しぶりに電話懇談。ご夫人に先立たれて8年、毎日聖書の勉強だというからご立派。車いすの生活になられたという。


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犠牲死という愛のみが人を悪魔の囚われから救う ++++++++ 所感

2012/10/23 05:30

121023(火)5時起床●朝の啓示「犠牲死という愛のみが人を悪魔の囚われから救う」●これが新約聖書の根本原理であり、イエスが自分の死をもって示し、それを理解したパウロが命を賭けて説いたものである。しかしこれは大脳皮質の理性ではわからないこと、難しいことである。ある日ある時に神の霊がその人に降ることによって-----多くの場合人生の苦難や悲しみを通じて------初めてわかることなのだ。だからキリスト教は難しい。●悪魔に囚われて「呻いている」人間の救出は欲望を断つ人間的修養努力では不可能●神の子イエスの犠牲の愛のみが悪魔に囚われている人間を救出する。その犠牲愛がその人に直接触れることによって囚われ人は悪魔から救出される。●関連聖句を思いつくままに挙げてみよう。
 
塚本訳ヨハネ
"431513","(わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛は
ないのだ。"

●これは真似できない。神に無理に十字架を負わされてできる。

塚本訳マタイ
"401038","また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)
に適しない。"
"401039","
(十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのため
に(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。"


●「犠牲死」は難しい。野球の犠打は監督の指示による。イエスの犠牲死は」神の指示。」

塚本訳マタイ
"402025","するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世
間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである。"
"402026","
あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなり
たい者は召使になれ。"
"402027","
一番上になりたい者は奴隷になれ。"
"402028
","人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人
のあがない金としてその命を与えるためである。」
"

●「キングオブキングズ」は「犠牲死」を遂げた。

塚本訳ルカ
"421311","その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、
真直ぐに伸ばすことが出来なかった。"
"421312","
イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って"
"421313","
手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。"
"421314","
すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群
衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息
日の日にはいけない。」"                          
"421315","
主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を
小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。"
"421316","
この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたの
だ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」"

●この世のもろもろの悩みの原因は「悪魔」の支配による。人間は悪魔に囚われているから「不自由」なのだ。金に地位に異性に賭け事に胸をときめかせて人生を滅ぼす。
●その奴隷状態からの救いは教育躾努力修養では絶対に無理。神の子イエスの犠牲死の愛によって、神自身の働きがその悪魔の囚人直接望むことによって可能
●米国でのこと。囚人の夫を救うために妻がヘリコプターを飛ばして救出。新聞記事の見出しは「外助の功」。神の救いも外部からだ。「外部の愛」。自力で救われるとは慢心、』神の栄光があがらない。

塚本訳ガラテヤ
"480104","ガラテヤ 1:4","キリストはわたし達の父なる神の御心にしたがい、わたし達を
悪い現在の世から救いだそうとして、わたし達の罪のために自分を与え(て十字架につけ)
られたのである。"


●これはヨハネ3:16とともに「小聖書」だ。
●しかしこれがわからない。難しい。一人の死がどうして全員の救済になるのか。それは虫のよい話ではないか。
●救いは個人的に外部から救出されなければならない。わからされなければならない。


塚本訳 一コリ
461558","・コリント 15:58","だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、
動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、
あなた達は知っているのだから。"


●初代教会の最大の課題は主のための「労苦」。現代の我々も同じ。これ犠牲死につながる。「天に宝を積む」行為。

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朝の黙想 終わり

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崩壊家庭の修復は可能か ++++++++ 所感

2012/10/22 05:56

121022(月)5時半起床●朝の啓示「崩壊家庭の修復は可能か」●現実問題として崩壊家庭の修復はありえない。東洋のことわざに「覆水盆に返らず」 というのがあり、一般的常識になっている。その意味は次の通りである。(NET調べ)

覆水盆(ぼん)に返らず

〔漢の朱買臣の妻は夫に愛想をつかして別れたが出世するや復縁求めてきた。しかし、は盆のを地にこぼし、これをもとに戻したら応じようと答えたという「漢書朱買臣伝)」の故事から。「拾遺記」には太公望の話として同様の故事見える。「盆」は洗面用などの平たい鉢をいう〕
(1)
夫婦一度別れたら、もとには戻らないということ
(2)
一度してしまったことは取り返しがつかないということ

●事例としてはあの内村鑑三は最初の妻タケ(旧姓浅田)と家庭内の金銭問題でこじれ離縁(離婚原因についてはひ孫の日永康氏が証言)した。お腹に鑑三の子供を宿していたタケは後に鑑三に復縁を申し入れたが鑑三が拒否、覆水は盆にもどらなかった。
●しかし神のなさることは不思議。お腹にいたその内村の子供の子孫から日永氏のような伝道者が輩出した。●私は日永氏と交流あり、息子を紹介もした。

●NETで調べた上記の説明のうち、特に(2)の「一度してしまったことは取り返しがつかない」ということを読んで、オー、ノーと心が叫んだ。
●上記の中国の故事や日本の一般常識ではそうかもしれないが、神の力、聖書の世界では違う。神は何でもおできになる。
●その代表的なところは次である。

塚本訳使徒
"441630","使徒 16:30","そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどう
しなければならないのですか。」"
"441631","
使徒 16:31","二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族
も救われる。」"
"441632","
使徒 16:32","そして彼に、家中の者も一緒にして、神の言葉を語った。"
"441633","使徒 16:33","すると夜のそんな時刻であったが、牢番は二人を(井戸端に)連
れていって打ち傷を洗い、一家こぞってその場で洗礼を受けた。"
"441634","
使徒 16:34","なお二人を(二階にあった)その家に案内してご馳走をし、自分
が神を信ずる者となったことを全家族と共に大いに喜んだ。"


塚本訳ヨハネ
"430449","王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてくださ
い」と言いつづけると、"
"430450","
イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの
言われた言葉を信じて、かえっていった。"
"430451","
しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。"
"430452","
そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」
とこたえた。"
"430453","
父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知
り、彼はもちろん、全家族が信じた。"

●この二か所に「家族」という言葉が出てくる。
●家の中で一人が救われれば「家族全員が救われる。
●キリストの救いは東洋思想や一般常識を突破する。
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朝の黙想終わり

●TSK日本語版出」エジプト12章入力。パロの頑固さに神はついにエジプトの初子を皆殺しにする策に出る。そしてついに心を入れ替えて、イスラエルを手放すことにする。
●神はヒューマニストではない。人が悔い改めるまでには実にひどいことをなさる。人を」奪う、人を殺す。
●夕方、妻は立川で愛子と会い、作った菓子を手渡す。
●NHKTV19:30。ソーシャルネットワーク依存症という新種の病気が頻発しているらしい。それに時間をとられ、勉強も家事もおろそかになるらしい。そうい依存症から抜け出すための専門の治療施設までできた。
●原因は自分が書くものに対して応答があって褒められると脳のドーパミンが働いて「快楽」を感じるという。主婦は夫への不満、子育ての困難、子供は親への不満などをソーシャルネット(スマートフォン、フェイスブック)に吐き出すことに」よってのめりこんではまってしまってしまいついに抜けられなくなるのだという。
●世の中にはこういう「依存症」もあることを知った。依存症はアルコール、ギャンブル、不倫、風俗だけではないことを知った。
●これらの依存症に共通なことは現実に不満があって、逃げ込むところが「依存」の対象なのだ。
●これらの依存から抜け出るためにはもっと強烈な「神の霊」「神の愛」に触れなければ、単なる「説教」や注意だけでは不可能だと思う。
●真の神につながるところ人生が健全になる。
●人間は神なきとき、あらぬものに「依存」するものだ。酒、ギャンブル、異性、風俗・・・・・






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本当の愛はどこにあるのか ++++++++ 所感

2012/10/21 07:47

121021(日)5時半起床●朝の黙想「本当の愛はどこにあるのか」●人間は生まれ落ちたときから「愛」を求めている。赤子と幼児は母の、青年は女性の、女性は男性の、夫は妻の、妻は夫の、・・・・しかし長続きしないものだ満足しない、得られない。裏切られるものだ。捨てられるものだ。ではどこに「本当の愛」「本当の幸福」があるか。これを聖書に聞いてみよう。いささか「説教」のようになるが、聖書には「ここに愛がある」という素晴らしい言葉がある。


【口語訳】 一ヨハ 4 章
4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。


●では「本当の愛」について人間にではなく聖書そのものに聞いてみよう。思いつくままに掲げる。 
 
【口語訳】 ヨハ 15 章
 15:13 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。

塚本訳マタイ18:21
"401821","その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した
とき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」"
"401822","
イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度ま
で! "


塚本訳マタイ
"400538","あなた達は(昔の人がモーセから、)“目には目、歯には歯”──(人の目をつ
ぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と
命じられたことを聞いたであろう。"
"400539","
しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあな
たの右の頬を打ったら、左をも向けよ。"
"400540","
(裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。"
"400541","
だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミ
リオン行ってやれ。"
"400542","
求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。"
"400543","
あなた達は(昔の人がモーセから、)“隣の人を愛し、”敵を憎まねばならない、
と命じられたことを聞いたであろう。"
"400544","
しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
"
"400545","
あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善
人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳ルカ
"422332","ほかに二人の罪人も、処刑されるためイエスと共に引かれていった。"
"422333","
髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人
も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。"
"422334","
するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何を
しているか知らずにいるのです。」“
彼らは籤を引いて、”イエスの“着物を自分たちで分
けた。”"

塚本訳ヨハネ
"430810","イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。
だれもあなたを罰しなかったのか。」"
"430811","
「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。お
かえり。
今からはもう罪を犯さないように。」"

塚本訳一コリ
"461306","・コリント 13:6","偽りを見て喜ばない、むしろ真理を喜ぶ。"
"461307","
・コリント 13:7","すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐
え忍ぶ。"


塚本訳ロマ
【口語訳】 ロマ 12 章
 12:19 愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。

【口語訳】 ヘブル 10 章
 10:30 「復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と言われ、また「主はその民をさばかれる」と言われたかたを、わたしたちは知っている。
 10:31 生ける神のみ手のうちに落ちるのは、恐ろしいことである。

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朝の黙想終わり。

●結論は、「赦ことが最大の裁き、最大の愛」
●赦す愛。ここにキリスト教の本質がある。
 
●妻と集会へ。10:00 集会は川上(司会)、丹野(凱歌)、村上(申命記)●小寺夫妻と昼食。●昨日のコンサートのスナップを二名に郵送●TSK日本語版出エジプト記11章入力。パロのかたくなさに驚く。人間は「脅かし」では神を信じない。






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淋しき日に ++++++++ 所感

2012/10/20 05:12


121020(土)3時半目覚め5時起床●朝の啓示「淋しき日に」●結論は、淋しさは神の霊の実在に触れることで癒される。●淋しさはいわゆる「幸福」というものから見放された時の感情である。健康、家庭、夫、妻、子供、金、学歴、勤務先、エクレシア、牧師、婚約者、愛・・・・・●なんだこれはみな「この世」の幸福ではないか●小集会でのこと。故人KM氏には婚約者がいたが、自らが結核になり、その婚約者から見捨てられた。その昔話をされたとき、氏は体をワナワナと震わせた。するとそばにいたこれまた故SYさんは氏の袖を引っ張り、「もういいじゃない、もういいじゃない」と言われた。●なんでもういいのか。KM氏は「永遠の命の喜び」にあずかったからだ。氏の笑顔はいつも清く美しくあった。●関根正雄先生は、幕屋運動内に起きた「モミ殺し事件」の責任を感じて(直接関与はしてなかったが)、自分の雑誌の「預言と福音」の筆を折られた。すると師の塚本虎二先生は「服役の期は終わった」と言われ、関根先生を慰められた。これもまた「もういいじゃない、もういいじゃない」である。そばに寄り添う癒しである。●人生の極度の悲しみや淋しさの時は神がそばに来てくださる。これが真の癒し慰めである。自らの失敗による悔いの悲しみの時ほど神が慰めてくださる。「もういい、もういい」と言われる。●関連聖句を掲げてみよう。

塚本訳ヨハネ
"430803","すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。
みんなの真中に立たせて、"
"430804","
イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。"
"430805","
モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなた
はなんと言われますか。」"
"430806","
こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イ
エスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。"
"430807","
しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で
罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」"
"430808","
そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。"
"430809","
これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり
出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。"
"430810","
イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。
だれもあなたを罰しなかったのか。」"
"430811","
「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。お
かえり。今からはもう罪を犯さないように。」"


●この世は「性の失敗」「家庭の崩壊の失敗」を原因を指摘して責める。しかし神は「もういい、もういい」といって赦す。
●しかし「罪そのままでは」赦されないので、イエスはこの後に彼女の罪をあがなうために十字架に向かったのだ。
●罪は裁きなくして赦されない。イエスはその罪を一身に引き受けたのだ。


塚本訳ルカ15:11-
"421511","また話された、「ある人に二人の息子があった。"
"421512","
『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分
けてやった。"
"421513","
幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に
行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。"
"421514","
すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果
てた。"
"421515","
そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わ
せた。"          
"421516","
彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れよう
とする人はなかった。"
"421517","
ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あ
んなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え
死にしようとしている。……"
"421518","
よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の
神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。"
"421519","
もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてくださ
い』と。"
"421520","
そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父
は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。"
"421521","
息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を
犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』"
"421522","
しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をも
って来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。"
"421523","
それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしよ
うではないか。"
"421524","
このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかっ
たのだから。』そこで祝賀会が始まった。"

●15:22の塚本訳敷衍((皆まで聞かず)がすばらしい。これも「もういい、もういい」である。
●しかし強情な人間はいつまでも反省の色を示さない。すると神は徹底的に人生の最後まで大苦難大不幸を下す。


塚本訳ニコリ7:10
"470710","・コリント 7:10","なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れ
る悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもた
らすからである。"

●悲しみという悲しみ、淋しさと言う淋しさは結局この世の幸福を捨てて真の幸福である「永遠の命」に目覚めさせる神の賢い導きの手なのだ。
●それを知らずして、人間的な癒しを求めてアルコールにギャンブルに風俗に不倫に走るのは間違いだ。なぜか。それに落ち込むと「これはイカン」と思いつつ抜け出ることができずに身を家庭を滅ぼすのが現実である。
●これから脱出できる道は唯一、「神の愛」である。

【口語訳】 一ヨハ 4 章
 4:9 神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
 4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。


●「ここに愛がある」とはすばらしい言葉だ。いいかえれば「ここに幸福がある」である。金にない、異性にない。

塚本訳一コリ6:15
"460615","・コリント 6:15","あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリス
トの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、わたしはキリストの器官
(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。"
"460616","
・コリント 6:16","それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、
あなた達は知らないのか。“二人は一体となる”と(聖書は)言うではないか。"
"460617","
・コリント 6:17","しかし主に結びつく者は(主と一つの体、)一つの霊になる
のである。"
"460618","
・コリント 6:18","不品行から逃げよ。人のおかすどんな罪も、体の外にある。
しかし不品行をする者は、自分の体、(キリストの体、神のお宮)に対して罪を犯すので
ある。"

●クリスチャンにさせられた者は自分に価値が出てくる。だから意地でもこの身を汚すことはできない。

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今朝の黙想終わり 

●コンサートに行く前に時間があったので東京スカイツリーを近くに寄ってみた。あまりに高いのでカメラに入らない。ケルンの大寺院やウィーンのシュテファン寺院もそうだったなー
 
2012_10200011.jpg

15:30 スミダトリフォニーホールでメンデルスゾーン、オラトリオ「聖パウロ」を鑑賞。
この大曲を日本人がよく演奏した。演奏は湘南フィルハーモニー合唱団(チケットは団員のHMさんから)。総勢約200名のプロ並みの演奏は立派。字幕が出てすべて聖書の言葉だったので堪能した。メンデルスゾーンのこの曲は明るい。パウロを称えている。
●ロビーでプラハへの演奏旅行(2008年)で一緒だったKSさん(中央)と経堂聖書会のAM氏(右)と出会った。こういう席で知人と偶然に会うというのは人生の喜びの一つだ。







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神は悪いこの世から人をを救いだす ++++++++ 所感

2012/10/19 07:06

121019(金)5時目覚め●朝の啓示「神は悪いこの世から人を救いだす」●次回の感話では「この世」がテーマーであるが、こういう言葉の一語の意味の探索をするにはまずその言葉を「全聖書にわたって」必ず自分で読むことが必須である。●それにはパソコンの検索機能という文明の利器が有効である●「この世」の言葉は旧約では10か所(新共同訳)に比べて新約聖書では161か所(塚本虎二訳)と圧倒的である。●これは光に浴したものは過去の暗闇の「この世」との違いがはっきり識別できるようになったためではあるまいか。」●その全171か所(旧約10+新約161)をちょむと、人は生まれた時から「この世」にどっぷりうかっていて「呻き」「もがく」が自分ではどうしようもそこから脱出できないことがわかる。人は生まれつき「この世」的人間なのだ。

【口語訳】 創 6 章
6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
6:6 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
6:7 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。

【口語訳】 創 8 章
8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。


●人は生まれながら罪人であるという考えは悲しいかな現実である。孫の激しい喧嘩を見るとそれがわかる。
●現代的に言えば、様々な「欲」の奴隷状態になって、各種依存症になって自分自身が苦しみぬく。(アルコール、ギャンブル、風俗、不倫、金の亡者・・・・)
●そういうこの世どっぷりの悲しい人間の性(さが)から救われるには人間自身の努力や躾や修養や、反省や悔い改めではとうてい不可能である。イエスが「新しく生まれ直さなければ神の国入ることはできない」
 ●神に頭を下げないでできると思うならマーやってみるんだな。

塚本訳ヨハネ
"430303","イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信
じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来な
い。」"

●そして「全聖書の結論」は次の一句に集約できる。

塚本訳ガラテヤ 
"480104","ガラテヤ 1:4","キリストはわたし達の父なる神の御心にしたがい、わたし達を
悪い現在の世から救いだそうとして、わたし達の罪のために自分を与え(て十字架につけ)
られたのである。"

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朝の黙想終わり


●6:30 公園でのラジオ体操。隣の共産党市議のT氏に「今朝の聖書」
●「人は新しく生まれなければ神の国入ることはできない」(ヨハネ3:3)
●氏はそれを口で反復しておられた。
●その解説として「平和は平和な心から来る。人間は神との平和をもたなければいけない」と言った。

2012_10190005.jpg 
妻が「一年に一度きり咲かないハイビスカスが咲いたわよ」と教えて
くれたので撮影。次の句を思い出した。

【新共同訳】 一ペテ 1 章
 1:24 こう言われているからです。「人は皆、草のようで、/その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、/花は散る。
 1:25 しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。

●16:00 妻と「新約聖書、ヨハネの福音書」の後半を鑑賞。(無料で借りられたDVD)
●イエスの遺体は亜麻布でくるまれていた(ヨハネ20:5)がそこから抜け出て有体的に復活されたが、弟子たちの前に現れたときは(ヨハネ20:19-23)はちゃんと衣服を着ていた。
●見ながら妻に「あの衣服はどこで入手」したのだろう」というと妻が「裸で歩くわけにはいかないでしょう。神様にはできないことはありません。わたしは聖書に書いてある通りに信じています」と言われて。ギャフンとなった。
●信仰は女性である。こと信仰に関しては女性にはかなわない。
●同時にイエスの復活体はパウロの言うような「復活の体」という霊体を連想させる(一コリ15:35-49)ものではなく実際の肉体であったと思わされた。このDVDは信仰的に有益であった。









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神の仕打ちの不可解さ ++++++++ 所感

2012/10/18 07:13

121018(木)5時目覚め●「神の仕打ちの不可解さの本音」●次回感話の超難解な箇所は次である。

塚本訳ヨハネ
"431422","イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし
達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」"

"431423","イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわた
しの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、
同居するであろう。"
"431424","(しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを
見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わ
たしを遣わされた父上の言葉である。"

●ユダの質問は我々にとっても深刻な問題であれる。
●これに対するイエスの返答がまた不可解なものである。
●イエスの答えは大脳皮質を満足させない。
●「聖書で聖書を読む」方法で「啓示によって」わかる。
●このイエスの答えにならない答えの真意は次の聖句によってわかる。

塚本訳マタイ
"401311","答えられた、「あなた達(内輪の者)には、天の国の秘密をさとる力が授けられ
ている(のでありのままに話す)が、あの(外の)人たちには授けられていないのだ。"
"401312","
だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っ
ているものまでも取り上げられるのである。"
"401313","
だから、あの人たちには譬をもって話すのである。“見ても見えず、聞いても聞
えず、また悟らない”からだ。"
"401314","こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──“あなた達は聞いても聞
いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。"
"401315","
この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているのだから。
そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り、心を入れかえて(わたし[神]に帰
り)、わたしに直されるかも知れない。”
"
"401316","
だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。"

●神はいじわるである。人の目に神をわからなくして人生や家庭を不幸にする。なぜか。
●この』苦渋の悩みをパウロ先生に泣きついて聞いてみよう。
●パウロにもこの悩みがあったが、パウロは自分でつぎのように解決した。

塚本訳ロマ
"450914","ローマ 9:14","するとどういうことになるのだろうか。神に不公平でもあるのか。
もちろん、そんなことはない。"
"450915","
ローマ 9:15","その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、“わ
たしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす”と。"
"450916","
ローマ 9:16","従って(憐れみも慈悲も、)それは(人間の)願望にも努力にも
よらず、ただ神の憐れみによるのである。"
"450917","
ローマ 9:17","(反対に、憐れみを奪われる場合も同じである。)現に聖書は、
パロ[エジプト王]にこう(神が仰せられたと)言っているではないか、”わたしがあな
たを(王として)立てたのは、(あなたの心を頑固にして私の命令にそむかせ、)あなたに
よってわたしの力を示すため、また、わたしの名が全世界に知れわたるため、ただそのた
めであった”と。"
"450918","ローマ 9:18","従って神は思うままに、ある人を憐れみ、ある人を、”頑固にさ
れる”(ことは明らかである。)"
"450919","
ローマ 9:19","するとあなたはわたしに(抗議して)言うにちがいない、それで
は、なぜ神はなおも人を咎められるのか。(御自身が人の心を頑固にされるのなら、)だれ
も神の意志に逆らうことはできない訳ではないかと。"
"450920","
ローマ 9:20","ああ人よ、いったい君は何者なれば、神に口答えをするのか。“作
られたものが作った者に向かって、「なぜ“わたしをこんなものに造ったか」と言えるだ
ろうか。”"
"450921","
ローマ 9:21","それとも、“陶器師には、”同じ“粘土”の塊で、一つは尊い用途
の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか。"
"450922","
ローマ 9:22","それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろ
しさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、“滅びのために”つ
くられた”怒りの器[滅びる人]を辛抱された”とすれば、"
"450923","
ローマ 9:23","またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救
われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこ
れ言うことはないではないか。)"
"450924","
ローマ 9:24","神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただ
ユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。"
"450925","
ローマ 9:25","(異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではな
い。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。“わたしはわたしの民でない者をわ
たしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。”"
"450926","
ローマ 9:26","“「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生
ける神の子と呼ばれるであろう。”"
"450927","
ローマ 9:27","(預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。“たとえ
イスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数
の)残りの者(だけ)が救われる。"
"450928","
ローマ 9:28","なぜなら主は(間もなく約束の)御言葉を完了し打ち切って、(裁
きと救いとを)地上に実現されるからである。”"
"450929","
ローマ 9:29","さらにイザヤは前もってこう言われている。“もし万軍の主がわ
たし達に(まことのイスラエルの)子孫を残されなかったなら、わたし達はソドムのよう
になりゴモラと同じになっ(て滅び)たにちがいない。”"
"450930","
ローマ 9:30","すると、どういうことになるのだろうか。義を追い求めなかった
異教人が(かえって)義を勝ち取った。すなわち(行いによらない)信仰による義である。
"
"450931","
ローマ 9:31","反対に、イスラエル人は義を約束する律法を(熱心に)追い求め
たが、(ついに)律法に(よって義に)達することができなかったのであるが。"
"450932","
ローマ 9:32","なぜか。イスラエル人は信仰によってでなく行いによって(義と
され得るか)のように考え(て、追い求め)たからである。彼らは”躓きの石に“躓いた。
"
"450933","
ローマ 9:33","(聖書に)書いてあるとおりである。“見よ、”“躓きの石と邪魔
の岩とを”“シオンに”置く、“これを信ずる者は恥をかかないであろう。”"
"451001","
ローマ 10:1","兄弟たちよ、彼ら[イスラエル人]が救われること、これがわた
しの切なる望み、また彼らのための神への願いである。"
"451002","
ローマ 10:2","彼らは神に対して(ほんとうに)熱心だからである。そのことを
彼らのために証明する。ただ、(残念なことに、その熱心が正しい)認識を欠いている。"
"451003","
ローマ 10:3","すなわち、彼らは(キリストを信ずることによって義とされる)
神の義(の道が開けているの)がわからず、(自分の力で律法を守って)自分の義を立て
ようとしたため、神の義に服従しなかったのである。"
"451004","
ローマ 10:4","(では律法を守ることが、なぜいけないか。律法はキリストによ
って目的を達し、もうなくなってしまったからである。)すなわち、キリストは(御自分
を)信ずる者が一人のこらず義とされるために、律法の終りとなられたのである。"


●これで私自身も解決。ある人が神を知らず、普通道徳以下に堕落してもそれは結局は神の敬神がその人にまたその家庭に臨むためである。
●神の「仕打ち」は畏れかしこむべきものである」。
●神は計り知れない迂遠な方法で「絶対恩恵の罪の赦し」をこの世に知らしめる。
●日本にも少数の「残りの者(9:27)がいる。若い人がいる。
●塚本先生は長い伝道生活のご経験から「日本の場合は文書伝道」だと言われた。
●今や「ホームページ」によるインターネット伝道だ。パンを水の上に投げよ。
●キリスト教出版社はすでに2社倒産。また岩波文庫の塚本虎二訳「使徒の働き」、関根正雄訳旧約の数々はすでに絶版。福音宣教の手段たる書籍が営利目的の出版会社の判断で発信されなくなる。これは問題だ。
●昨日の今井館での「塚本虎二訳新約聖書編集の経緯」の発表(藤本悦子)の席上、私の知らない人が、「高橋照男さんのホームページにある塚本訳を便利に使っているが新教出版社版とどう違うか」という質問があったという。妻からの報告。 
●藤本さんは「高橋さんのHPのものとは違います」と答えたというが、わたしとしては「便利に」使っているという証言があったことは超うれしかった。神はこれからは伝道にネットを使われることは確実。安く、早く、遠くへ、かつ覗き見自由である。ちなみに小生のホームページへの「覗き見」は一日平均100人である。日本にも「残りの者」がいることを実感している。それもパソコンンを動かせる若い世代である。
●この問題をイエスやパウロに聞けば」言うに違いない「どんな翻訳でも福音の真理は伝わる」と。
●塚本先生は「翻訳の優劣で福音が伝わったり伝わらなかったり』することはない。どんなにまずい翻訳でも『神は愛なり』という真理は訳出される」と言われる。
●モーツァルトもベートーヴェンも音楽を楽しめればどういう「版」でもいいよ。というに違いない。ましてやどういう指揮者が何年にレコーデンングしたものでもよいというに違いない。

塚本訳ロマ
"451107","ローマ 11:7","それでは、どうだろうか。(結局)イスラエル人は(全体として)
自分のほしがっているものを得ることはできず、(ただ小数の)選ばれた者がこれを得た
のである。ほかの者は(みな)頑なにされてしまった。"
"451108","
ローマ 11:8","“神は彼らに”“麻酔の霊を”“与えて、目を見えなくし、耳を聞
こえなくされた、今日に至るまで。”
と書いてあるとおりである。"

●「麻酔の霊」を打たれている。これが次回感話の難解の箇所の根源的解決である。
●そして長い黙想(ロマ9-11章)の最後にパウロは次のように叫ぶ。これは希望の凱歌である。

塚本訳ロマ
"451132","ローマ 11:32","つまり神はすべての人を不従順の中に閉じこめられたが、これ
はすべての人に憐れみを施すためであった。"
"451133","ローマ 11:33","ああ、神の富と知恵と知識との深さよ!なんとその裁きの探り
がたく、(なんと)その(お歩きになる)道の不可解なことよ!"
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり 

2012_10180005.jpg 
秋留台公園のモニュメント。祈りの手のようだなー

 
●超下手な字の手紙が来た。しかし味がある。誠実さがにじみ出ている。
●かってこれまた超下手な字の筆記で某先生の聖書講義を少数の人に配布した人がいた。あまりに下手なためか、本人は「ペン習字」を習って読みやすくなったのはいいが味がなくなった。よそよそしくなった。
●ペン習字の字はどれもこれも同じで個性がない。今人気のAKB48の面々の顔と同じでみな似ている。ペン習字を習うとみな同じ字体になる。
●ところで上記の講義を筆記した人はしばらくしてペン習字で習った字体は元に戻ってしまったが、その方が味があって心が伝わるようになった。
●私の字もへたくそ。そうだ、人生の歩き方も「超へたくそ」でいいのだ。
●人生の歩きかたが超へたくそで失敗していればいるほど味があって神に覚えられるのだと自分で自分を慰める。
●判で押したような品行方正の人生は味がない。AKB48の面々の顔のようだと印象に残らない。
 
●TSK日本語版出エジプト記8章入力。
●妻は中野の愛子の家に手伝い。夜はヘンデルのメサイアの練習。
●14:30 昭和女子大。図書館でDVD「罪と罰」(ドストエフスキー)を借りる。本当は本で読まなければならないのであろうが、登場人物が多いので面倒。時間がない。
●14:50 建築講義。18:55 帰宅。




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「あの世」に入る資格 ++++++++ 所感

2012/10/17 07:04

121017(水)3時起床●今日は今井館ウィークデーの集いで藤本悦子さんが「塚本虎二訳新約聖書の経緯」について発表があり、妻のトミ子が司会をするので、整理の参考資料を作成した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「新約聖書」塚本虎二訳の各種

番号 略称   年代      内容   編集主務者   発行・形態

1  試訳  1944(昭和19年) 完成   塚本虎二  雑誌「聖書知識」

2  改訳  1975(昭和50年) 未完   塚本虎二  分冊

3  合本  1976(昭和51年) 完成   山下次郎  分冊の合本

4  私家版 1999(平成11年) 完成   高橋照男  インターネット

5  藤本版 2011(平成23年) 完成   藤本悦子  新教出版社


編集の底本については複雑すぎるので省略。

                     高橋照男(2012.10.17)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●良いものは各種の「版」が流布する。
●いろいろな版が流布するのは「元」がすぐれたものである証拠
●モーツァルトのレクイエム、フォーレのレクイエム、ヘンデルのメサイアなどには各種の版がある。しかしその細部の違いは素人には不明
●また演奏でも何年版、というものがある。フルトヴェングラーのベートーヴェン「運命」は5種類ぐらいある。またブラームスの交響曲はカラヤン(得意)のものが複数ある。
●塚本虎二訳新約聖書の「改訳」は未完成であった。しかし世の中に「未完成」で有名になっているものがある。 シューベルトの交響曲第8番「未完成」、斉藤秀三郎の英和辞典は「K」までで未完成。しかし価値がある。
●人間も未完成のまま去るのでいいのじゃーないかなー
●ある建築工事の竣工引き渡しの日に建築主が「不完全」なところを建設会社(私が勤務)の専務に話たら、その専務は「世の中には未完成交響曲というものがありますなー」と言って自分で笑った。私はそばで聞いていたがこういう冗談はいけないなー。
●ブルトマンには弟子ができて師の学説に弟子たちが甲論乙駁、しかしA・シュヴァイツァーの「イエス伝研究史」には弟子が続かなかった。新約聖書学の世界ではブルトマンに真理性があった証拠。

●ルカ20:35には「あの世にはいる資格」(塚本虎二訳)という著しい言葉がある。人間、「この世」では資格ばやり、かくいうわたしも建築関連で5種類の資格をもっている。
●この世を渡っていくには「資格」が武器である。
●しかし人間で一番大切で関心の深いものは「あの世にはいる資格」である。この部分の各種翻訳比較をしてみよう。

岩波翻訳委員会訳1995

422035しかし、かの世と死人のうちからの甦りとにふさわしいとされた者らは、娶らず、嫁がない。

新共同訳1987

20:35 次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。

前田訳1978

20:35 しかし、あの世に入って、死人から復活するにふさわしいとされるものは、めとりもとつぎもしない。

新改訳1970

20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません

塚本訳1963

20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。

口語訳1955

20:35 かの世にはいって死人からの復活にあずかるにふさわしい者たちは、めとったり、とついだりすることはない。

文語訳1917

"422035","かの世に入るに、死人の中より甦へるに相應しとせらるる者は、娶り嫁ぎすることなし。"


●「あの世」に入るには努力はいらない。受験勉強もいらない。「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」で誰でも入れる。悔い改めと祈りと願いで入れる。

●天国には定員なし。

塚本訳ヨハネ
 "431402","父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むこと
が出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけが
ないではないか。"
"431403","
(間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた
達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。"


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり

●TSK日本語版出エジプト記7章入力。面白い。パロの心をかたくなにしたのは神。これ今日でも同じ。神を信じないのは神にそうさせられているのだ。原因は神にある。
●夕方妻が帰宅、今日の今井館ウィークデーの集い「塚本虎二訳新約聖書編集の経緯」の報告を受ける。塚本訳の読者はしるひとぞ知る。
●17:15 無料のDVDで「ヨハネによる福音書のイエス伝」を妻と鑑賞。今日は前半。二つの聖書の箇所が浮かんだ。

塚本訳ヨハネ
"431217","また、イエスがラザロを墓から呼び出して死人の中から生きかえらせた時に居
合わせた人々は、そのことを証しした。"
"431218","
(今)群衆が出迎えたのは、イエスがこんな徴[奇蹟]をされたことを(その
人たちに)聞いたからである。"
"431219","
そこでパリサイ人が互に言った、「見ろ、何もかもだめだ。世界中があんなに、
あの男のあとについて行ってしまった。」"

●何が真理かは民衆が決定する。聖書の翻訳のよしあしも民意が決める。
●権威や規則を作る宗教家たちはイエスの人気を妬んだ。
●イエスが殺されたのは宗教家の妬み。

塚本訳マルコ
"410301","マルコ 3:1","ふたたび(ある安息日に)礼拝堂に入られると、そこに片手のな
えている人がいた。"
"410302","
マルコ 3:2","(パリサイ派の)人々がイエスは安息日にこの人をなおされるか
どうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る(口実を見つける)ためであった。"
"410303","
マルコ 3:3","イエスは(それと知って)、手のなえた人に「立って真中に出てこ
い」と言っておいて、"
"410304","
マルコ 3:4","彼らに言われる、「安息日には、善いことをするのと悪いことをす
るのと、命を救うのと殺すのと、どちらが正しいか。」彼らは黙っていた。"
"410305","
マルコ 3:5","するとイエスは怒気をふくんで人々を見まわし、彼らの心の頑な
なのをふかく悲しんで、その人に言われる、「手をのばせ。」のばすと手が直った。"
"410306","
マルコ 3:6","パリサイ人たちは出ていって、すぐヘロデ党の者と、イエスを殺
す相談をはじめた。"

●聖書や福音の宣教方法もいまやネット。
●この方法を妬んで人間の作った法律(それは商業道徳)で妨害するのは御心ではない。
●ソーシャルネットワーク社会が今や主流。世論を決定する。
●「霞が関」「NHK」「東大」が世論を方向づけない。
●「真理に反応する民意」が世論を決定する。



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救い主の出現を待つ心 ++++++++ 所感

2012/10/16 05:50

121016(火)5時起床●朝の啓示「救い主の出現を待つ心」●神の国は救い主の出現によって来るものであって、キリスト信者の物理的増加で来るものではない。●この辺の考えが間違っているから「人間の運動や活動」に狂奔し、それに参加しない人を白眼視する。大間違い。●昨日DVDで見た「十戒」。エジプト人の強制労働に苦しんでいるイスラエル人が救い主の出現を望んでいた姿が描かれていた。昔も今も世が改まるのは救い主の出現である。今朝はこのテーマで聖書の思いつく箇所を黙想してみよう。

塚本訳ルカ
"420225","さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、
信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかっ
た。"
"420226","
かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受
けていた。"
"420227","
(この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼
児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、"
"420228","
シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──"
"420229","
今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇
乞いをさせてくださいます、"
"420230","わたしの目が“もうあなたの救いを拝見しました”からです。"
"420231","
この救いこそ、あなたが“全人類の(ため、その)目の前で”用意されたもの、
"
"420232","
“異教人には啓示を、”あなたの民“イスラエルには栄光をあたえる”“光”で
あります。"

●この老シメオンの祈りは救い主の出現を祈る心。
●私もあの人、この人の救いをこの目で見ない内は死ねない。

塚本訳マタイ
"400201","さてイエスはヘロデ(大)王の代にユダヤのベツレヘムでお生まれになったが、
そのとき、東の国の博士たちがエルサレムに来て"
"400202","
言った、「(今度)お生まれになったユダヤ人の王[救世主]はどこにおられるか。われわれはそのお方の星が出るのを見たので、おがみにまいった。」"

●東方の国も救い主の出現を期待していた。

塚本訳ルカ
"420718","洗礼者ヨハネの弟子たちがこれら一切のことをヨハネに報告すると、彼は弟子
を二人ほど呼びよせ、"
"420719","主の所にやって、「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
"420720","その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」 
"420721","その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、
多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、"
"420722","
答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさ
い。──“盲人は見えるようになり、”足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、
死人は生きかえり、“貧しい人は福音を聞かされている”と。"
"420723","
わたしにつまずかぬ者は幸いである。」"

●洗礼者ヨハンネも救い主の出現を期待していた。

塚本訳ルカ
"420315","民衆は(救世主を)待ち望んでいたので皆心の中で、もしかしたらこのヨハネ
が救世主ではあるまいかと考えていると、"
"420316","
ヨハネがみんなに言った、「わたしは水で洗礼を授けているが、
わたしよりも力
のある方が(あとから)来られる。わたしはその方の靴の紐をとく値打もない者である。
その方は聖霊と(裁きの)火とで洗礼をお授けになる。"

●民衆も救い主の出現を待ち望んで」いた。
●ローマの圧政からの解放の願であったが、神の子キリストの解放は、人類を罪から解放すること。悪魔の奴隷状態から人間を解放することであった。 

塚本訳マタイ
"402663","しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれ
にこたえよ。お前が、神の子救世主か。」"
"402664","
イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見
にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後“人の子(わたし)が”“大能の(神
の)右に坐り、”“天の雲に乗って来るのを”見るであろう。」"

●世が改まるのは信者の増加でなく、「人の子の来臨」である

塚本訳ヨハ
"431907","ユダヤ人が答えた、「われわれには律法があって、その律法によると、当然死刑
です。神の子気取りでいるのだから。」"
"431908","
ピラトはこの(神の子という)言葉を聞くと、いよいよ薄気味悪くなり、"
"431909","
また総督官舎に入ってイエスにたずねる、「お前はいったいどこから来たのか。
(本当に天から来たのか。)」イエスは返事をされなかった。"
"431910","
するとピラトが言う、「このわたしに口をきかないのか。わたしはお前を赦す権
力があり、お前を十字架につける権力があることを、知らないのか。」
"
"431911","
イエスは答えられた、「あなたは上[神]から授けられないかぎり、わたしに対
してなんの権力もない。だから(あなたの罪はまだ軽いが、)わたしをあなたに売った者
[ユダ]の罪は、あなたよりも重い。(あなたは官憲として神の命令を行なうだけだが、
彼は自分の発意でやったのだから。」"
"431912","
このためにピラトは(ますます恐ろしくなり、なんとかして)彼を赦そうと思
ったが、ユダヤ人が叫んだ、「この男を赦せば、あなたは皇帝の忠臣ではない。自分を王
とする者はだれであろうと、皇帝の敵である。(それを助けるのだから。)」"

●この世の権威は人にとって真の権威ではない。
●エジプトで苦役を強いられたイスラエルにとっての救い主はモーセ」であった。
●中国人にとっての解放者は毛沢東であった。
●ロシア人にとっての解放者はマルクスレーニンの理論であった。
●しかしこれらはみな「地上からでたもの」。政治的救済者。長続きしなかった。
●真の救い主は天からくる来臨のキリスト。

塚本訳二ペテ
"610312","・ペテロ 3:12","神の日の到来を待ち望みつつ(これを)早め(ることに努力せ)
ねばならぬことであろう!
その日“天は”焼けて解け去り、日月星辰は燃えて“溶けるで
あろう”。"
"610313","
・ペテロ 3:13","しかし私達は彼の約束によって、義の住む“新しい天”と“新
しい地”とを待ち望む。"
"610314","
・ペテロ 3:14","だから愛する者よ、これを待ち望むならば、(その日)神に汚
点のない、疵のない、平安にある者として見られるよう努力せよ。"


●信者の努力は終末が早くくることを熱心に祈ることだ。
●神の力も信仰も信じない人にはこれがわからないから話にならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり 

●朝食時の妻との会話。「人間には誰にも良心というものが備わっている。これを世界法という。だからこの良心に咎められればいつか恥じる」
●この「良心の存在」を堅く信ずるということは、ヒルティに言わせれば「この世には倫理的世界秩序が厳然と存在することを信ずることが悪の世を安らかに渡っていく時の方法だ」ということだ。
●殺人犯は良心に咎められていつか「自首する。この世でなければ来世で。

塚本訳ルカ
421507","わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九
十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。"

●TSK日本語版出エジプト記6章入力
●妻は夕方から月本昭男先生旧約講義。イザヤ書。
●FAXと携帯がつながらなくてイライライライラ。文明の利器は不具合の場合は神経を病むものだなー。
 
●夜に帰宅した妻から今日の講義の報告を受ける。イエスの頭には詩編とイザヤ書」が詰まっていたという興味深い講義であったという。  














 
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悩み苦しみの特効薬は聖書の言葉 ++++++++ 所感

2012/10/15 05:35

121015(月)5時目覚め●朝の啓示「悩み苦しみの特効薬は聖書の言葉」●今朝思い浮かんだ聖書を掲げる。

【口語訳】 詩 119 篇
119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

●導きと慰めは人の言葉ではなく、神の言葉である聖書。
●「言葉」は力である
●イエスもゲッセマネの苦しいで天使から励まされた。

塚本訳ルカ
"422242","言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。
しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」"
"422243","
そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた"
"422244","
イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポ
タポタ)地上に落ちた。
"

●人世、もだえ苦しむときは恩恵の時、なぜか。神がその祈りを聞いてくださるから。
●イエスの場合も天使が現れた。
●HT氏のお孫さんが交通事故で脳挫傷になられたとき、HT氏は夜を徹して熱祈。汗でぐっしょり。するとsのお孫さんは奇跡的に回復、頭も良くなって留学も敬虔。祈りは聴かれる。


【口語訳】 詩 9 篇
 9:18 貧しい者は常に忘れられるのではない。
苦しむ者の望みはとこしえに滅びるのではない。


●悪い人間に苦しめられるときは、復讐や滅びを願うことでは心が安らがない。その人が救われる希望を持つことが安らぎの道だ、

【口語訳】 箴 19 章
 19:18
望みのあるうちに、自分の子を懲らせ、これを滅ぼす心を起してはならない。


●「鉄は熱いうちに打て」。神の方法がそれである。人の子の親に似ている。
●それは人の目には「不幸」と思える。
●父が子供を叱ったり懲らしめたり説教をするのは本人の」救いのためなのに、これに反発するものがいるのは淋しい。
●人間、説教されたり、また文句や不平を言われなくなったらオシマイである、
●イエスはパリサイ人は相手にしたが、祭司階級の」サドカイ人は相手に」しなかった。自分の地位に安住して「聞く耳」」をもたなかったからである。
●クリスチャンもマルキストや「行為主義者」や「先生数回主義者」を相手にしてはいけない。彼らは自分の思想や行為や先生に安住しているから「聞く耳」を持たない。時間の無駄だ。

【口語訳】 哀 3 章
 3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。 
 3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
 3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。

●耐
えられないような苦しみは生涯にわたって襲ってくる。
●苦しみ』悩みは「溶鉱炉で滓が吹分けられる鉄だ」とヒルティは」言う。
●そうだ人間は生涯にわたって浄化されていくのだ。

【口語訳】 詩 23 篇
 23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
 23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
 23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。


●神の「むち」は我々を「正しい道」に導かれるための愛の業だ。
●最後は神から祝いの酒を盛られるのだ。

 
塚本訳
"441630","使徒 16:30","そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどう
しなければならないのですか。」"
"441631","
使徒 16:31","二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」"
"441632","使徒 16:32","そして彼に、家中の者も一緒にして、神の言葉を語った。"


●家族で一人でも神を信じていればその家は滅びない。

【口語訳】 二ペテ 3 章
 3:8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。
 3:9 ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。

●神も忍耐されている。一緒に呻いていてくださる、
●「ひとりも滅びることがなく」とは慰めの言葉である。

●箴言には「親と子」の関係の教訓が多く出てくるそれをピックアップしてみよう。

【口語訳】 箴 1 章
 1:8 わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない。

【口語訳】 箴 3 章
 3:12 主は、愛する者を、戒められるからである、あたかも父がその愛する子を戒めるように

【口語訳】 箴 13 章
 13:1
知恵ある子は父の教訓をきく、あざける者は、懲らしめをきかない。

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朝の黙想 おわり

●次回感話の準備。新約聖書における「この世」199か所を全部読ん分析整理。頭が改造された。
●TSK日本語版出エジプト記5章入力」
●15:30 ツタヤでシニアは旧作無料というのでセシル・B・デミルの「十戒」(DVD,1958年米国)を妻と鑑賞。夕食をはさんで3時間40分。信仰的に作られているのはキリスト教国アメリカの作品だからだ。モーセが赤ん坊の時にナイル川で拾われて以降、成人してミデアンの地に行く時までの期間は聖書にない。映画はその空白期間を埋めている。
●50年も前に一度観た映画だが、思いを新たにできた。
●宗教的作品、音楽、絵画、映画、建築、彫刻・・・・などはすべて深い信仰がないと本物にはならない。家庭生活また同じ、エクレシアまた同じ。教育また同じ。一個の人生また同じ。英字や社会活動また同じ。医療また同じ。対人関係また同じ。会社勤めまた同じ。
●湘南フィルハーモニー合唱団のHMさんからメンデルスゾーン、オラトリオ「聖パウロ」(10月20日、すみだトリフォニー)を頂く。感謝。きれいな曲だという。


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信仰で忍耐するとは ++++++++ 所感

2012/10/14 06:15

121014(日)5時目覚め●朝の啓示「信仰で忍耐するとは」●「人生の海の嵐」(聖歌)に遭遇した時には、なまじの人間的な励ましやなぐさめでは耐えきれない。それはあまりに「ひどい」状態だからである。●人間的慰めとは「よくあることだ」「艱難汝を玉にす」「そのうちに過ぎ去る」「我慢我慢」「葉をくいしばれ」・・・・●しかし思い苦しみはこれらの人間の言葉ではとうてい耐えきれないものだ。それは自分の罪の自覚をした時のあの懊悩ににている。窒息するほどの苦しみなのだ。●ヒルティはこういう時はただ神に「ヘルプ!」と叫べばよいのだと言っている。そこデカンの言葉たる聖書は何を言っているのかを見てみよう。


塚本訳マタイ24:44
"402744","一しょに十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスを罵った。"
"402745","
昼の十二時から地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。"
"402746","
三時ごろ、イエスは大声を出して“エリ エリ レマ サバクタニ!”と叫ば
れた。これは“わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!”
である。"

●救われるべき「強盗」から罵られたときにイエスの苦しみは絶倒に達した。それは肉体の痛み以上であった。われわれも身内から罵られるときが一番つらい。

塚本訳 マタイ26:52-
"402651","すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭
司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。"
"402652","
その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅
びる。"
"402653","
それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくこと
が、わたしに出来ないと思うのか。
"
"402654","
しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就する
のか。」"

●この弟子は耳だけでなく「八つ裂き」にしようと思ったに違いない。「それでいいんだ。それでいいんだ。それが人間として普通の感情だ」
●神だって人間の悪行を嘆いて人類を皆殺しにしようと思われたではないか。ノアの洪水。
●しかしイエスは人間の思いの「無抵抗主義」ではなかった。
●神の援軍が来ると思っていた「すぐ」という言葉が信仰の忍耐の極致である。
●しかし援軍はこなかった。イエスは父なる神に「見殺し」にされた。だから上記の「エリ、エリ」の叫びになったのだ。
●しかし神はイエスの復活をもって人類に「復讐」した。わが子を殺して救いの道を開くという「復讐」である。
●われわれもまた「八つ裂き」にしたくなるほどの苦悩懊悩に遭遇したときは「エリ、エリ」と叫べば、ひたすら叫べばよいのだ。
●神はエジプト人のしえたげに苦悩していたイスラエル人の「叫び」を聞いてモーセを立てて「乳と蜜の流れる」平安な国に導かれたではないか。神はまどろむ」ことは「ない。
●終末は「すぐ」だ。終末は近い。
●20年前に召された父は最後近くにベッドから起き上がって「御国は近い。御国は近い」とつぶやくようにいっていたものだ。
●「主の日」は近い。すぐ来る。こういって忍耐するのがクリスチャンの忍耐だ。
●終末は突然に来る。東海地震も「予期せぬ時」にくる。

【新共同訳】 一コリ 15 章
 15:57 わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。
 15:58 わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。


●「こういうわけですから」というのは我々もまた終末の日には栄光の復活体」に」させられるんだから、ということである。
●「苦労が無駄にならない」ということが最大の慰め、忍耐のし甲斐がある言葉である。
●我らの結果は必ず「勝利」で終わる。それは決まっているのだ。意外な方法で
●9回ツーアウトからの起死回生の勝利になる。神います。意外な方法で勝利が来る。それを信じ続けよう。

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朝の黙想おわり

●妻と集会に行く。宮崎トキ(司会)、高木博義(福音書における詩編の引用。新渡戸稲造のオーランド諸島紛争裁定)、山本政則(ニコリ5章。特に3節の「着る」か「脱ぐ」かの問題。)
●クリスチャンはこの世の着物(肉体、名誉、地位・・・・)を脱ぎ、復活の栄光の体を(与えられて)着る。
●高木さんと懇談しながら帰る。今日の高木さんの講義は「聖書で聖書を読む」方法だから力があった。
●数人で昼食。
●塚本虎二訳は今回の新教出版社版を含めて数種類ある。あのルター訳も複数の「版」がある。
●名曲にも複数の「版」がある。良いものは複数の「版」ができる。そもそも聖書の写本の数は無数にある。その研究は正文批評というが、これ」頭を突っ込むと面白いので人生を失うと言われている。
●妻は夕方からモーツァルトの「レクイエム」の練習。
●そもそもこのレクイエムはジェスマイヤー版が有名。






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神は罪を罰する。衝撃の聖書読み ++++++++ 所感

2012/10/13 04:54

121013(土)4時目覚め●朝の啓示「神は罪を罰する。衝撃の聖書読み」

●神は罪を必ず「ひどい」方法で罪を罰する。神は見ている。知っている。
●神は心の中の思いの「兎の毛ほどの罪」をも許したまわない。
●神の復讐は贖罪による「救い」


【口語訳】 詩 1 篇
 1:4 悪しき者はそうでない、風の吹き去るもみがらのようだ。
 1:5 それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。
 1:6 主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。

●人はどんなに品行方正の人格者であっても全員が罪人であって神のさばきに耐えない。
●罪人の道は「滅びる」。人間が滅ぼさなくても神が滅ぼす。

【口語訳】 出 20 章
 20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
 20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、


●一家の主人が神ならぬ金とか女とか遊びに夢中になり、家庭を顧みないときは神は必ずその人間を滅ぼす。仕事や家庭がうまくいかないのは「罰」であるから、早く目覚めなければならない。経営破綻や病気はその警告。
●夫婦仲が冷えると必ず子供が非行に走る。家が「安らぎ」の場ではないからである。
●その意味で「父の罪を子に報いて、三、四代」は深い現実的な真理。血が穢れている。

塚本訳マタイ1012-
"401012","家に入ったらば、まず平安を祈れ。"
"401013","
もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)
平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどって
くる。(そしてあなた達のものとなるのである。)"
"401014","
しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(す
ぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の
埃を払いおとせ。"
"401015","アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴ
モラ
の地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう。"

●「家」ということが罰の」大将であるから、幼い子は気の毒である。
●この世は堕落町のソドムやゴモラ。

塚本訳マタイ
"402412","また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える。"
"402413","
しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。"
"402414","
すなわち、あらゆる国々の人に(わたしとわたしの業を)証しするために、(ま
ず)この御国の福音が全世界に説かれ、それから最後(の裁きの日)が来るのである。"
"402415","
それで、預言者ダニエルをもって言われた“(聖なる所を)荒らす忌わしいもの
が聖なる所に”立つのを見たら[読者はここに隠された意味をよく考えるがよい]、"
"402416
","その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ。"
"402417","
屋根の上におる者は、下におりて家にある物を取りだそうとするな。"
"402418","
畑におる者は上着を取りに“(家に)もどる”な。"

"402419","
それらの日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、ああかわいそうだ!"
"402420","
逃げるのが冬や安息日にならないように祈れ。"
"402421","
その時、“世の始めから今日までになかった、”また(これからも)決してない
“ような、”大きな“苦難が”臨むのだから。"
"402422","
もしそれらの(苦難の)日が短くされなかったら、だれ一人助かる者はあるま
い。しかし選ばれた人々のために、それらの日が短くされるであろう。"

●東京は大淫婦バビロン(黙示録)。あと何年かすると東海大地震で壊滅する。人は」逃げ惑う。心ある人は田舎に逃げよ。
●神は「この世」を罰して「正義を貫徹」する。ヒューマニストが騒いでも神は「人を殺す」。大量虐殺する。ノアの洪水の時のように。

塚本訳ルカ15:08-10
"421508","また、どんな女でも、ドラクマ銀貨[五百円]を十枚持っていて、もしその銀
貨を一枚無くしたとすれば、明りをつけて家(中)を掃き、それを見つけ出すまでは、丹
念にさがしつづけるのではないだろうか。"
"421509","
そして見つけると、友だちや近所の女たちを呼びあつめてこう言うにちがいな
い、『一しょに喜んでください。無くした銀貨が見つかりましたから』と。"
"421510","
わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、神の使たちに喜びがあ
るのである
。」"

●ここに「どんな女でも」とあって、「女」の性質があらわれている。
●私が「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」というと、反応するのは女性である」。

塚本訳 一ペテ
"610307","・ペテロ 3:7","そして今の天と地は同じ(神の)言によって、(今度は)火(に
よる滅亡)のために蓄えられ、(最後の)審判と不敬虔な人達の滅亡との日のために取っ
て置かれているのである。"
"610308","
・ペテロ 3:8","愛する者よ、“主の前では”一日が千年の如く、“千年”が一“日
の如く”である、この一つの事を忘れるな。"
"610309","
・ペテロ 3:9","主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが
遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到
ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。"
"610310","
・ペテロ 3:10","しかし主の日は盗人のように来るであろう。(そして)その日
天は轟然たる響きと共に消え失せ、日月星辰は燃えて解け去り、地とその上にある(人間
の)事業は燃え失せるであろう。"

●終末の裁きはもうすぐだ。すぎ来る。突然にくる。
●再臨の待望。マラナ・サ。主よ早く来てください。
●その日、サタンは滅ぼされ、人間は「神の子の不朽の愛」によって救われるであろう。

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朝の黙想 終わり

●聖書はこれを通読することがよい。集会のHYさんは旧新約を通読すること年に4回。午前中を聖書の読みにあとぇるという。
●それと同じように効果があるのはある一語をパソコンで検索して聖書全部を読むことである。
●次回の感話のために「この世」をJバイブルでヒット」すると新約聖書で174箇所出てくるので全部読んだら「衝撃」であった。頭が改造された。
●この検索はJバイブルを使わなくてもできる。ごく検索で次々と読めばいいのだ。
●13:30 8年前に母が肺癌で召された日の出が丘病院ホスピスでの講演会を聞きに行く。始まる前に母を看取ってくださった沖医師および」小野寺医師と懇談。8年も前のことであるが母のことを覚えていてくださった。母の面倒を見てくださった看護婦の押見さんのこと。10年もたてば癌の激痛はなくなる。そのころには家で終末期を迎えるようになれるが難しいものの2割はやはり病院でなければならないとのこと。大蔵理事長とも懇談。ご長女の坂井典子さんが副理事長になられて司会をされた。
●小野寺医師から「高橋さんは平均余命のあと13年より長く生きます」と言われたのでうれしくなった。
●講演は熊谷幸子さん80歳、演題は「喪失を受け入れるまで」。熊谷さんはクリスチャン。内容は、「死の予習、死の実感、死の受容。」。死に様は人それぞれでいろいろあるというところに感銘を受けた。
 
2012_10130002.jpg 
8年前の3月18日に母はあの端の部屋から召された。秋の空。

●帰途、図書館に寄って、ドストエフスキーの「罪と罰」を借りる。主人公のラスコーリニコフが売春婦のソーニャ』から新約聖書の「ラザロの復活」を聞かされることを詳しく知りたいため。
●福音は売春婦から伝わるというドストエフスキーの設定はスゴイナー。
●それもイエス自身の姿勢からでているのだから聖書が源流だ。






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神に差された杯は飲み干せ ++++++++ 所感

2012/10/12 08:08

121012(金)5時半目覚め●朝の啓示「神に射された杯は飲み干せ」。関連聖句を思いつくまま列挙しよう。

塚本訳マタイ
"402638","それから彼らに言われる、「“心がめいって”“死にたいくらいだ。”ここをはな
れずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」"
"402639","
そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた
、「お父様、
出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願
いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」"

●神に差される杯は苦い、おいしくない。しかし「神に差された」のだと思えばいくらか楽になる。これが初代教会の信徒たちの「忍耐」 
 
塚本訳マタイ16:21-25
"401621","この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、
大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばな
らないことを弟子たちに示し始められた。"
"401622","
するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そん
なことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられ
なかったのである。)"
"401623","
イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!
お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」"
"401624","あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う
者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。"
"401625","
(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わた
しのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから。"

●ペテロの考えはこの世の幸福。「人間のことを考えている」
●イエスの使命は十字架。
●信仰はこの世の幸福を満たすためにあるのだと思うのは大間違いだ。

塚本訳 マタイ26:50-
"402650","イエスはユダに言われた、「友よ、そのために来たのではあるまいが!」その時
人々が進み寄って、イエスに手をかけて捕えた。"
"402651","
すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭
司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。"
"402652","
その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅
びる。"
"402653","
それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくこと
が、わたしに出来ないと思うのか。"
"402654
","しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就する
のか。」"


●イエスの苦難、十字架は神の救いの経綸
●神の国は運動や啓蒙ではならない。神の子の苦難で来る。
●それが弟子たちにはわからなかった。

塚本訳ピリピ 1:28-
"500128","ピリピ 1:28","何事においても敵に嚇かされないことを知ることが出来よう。そ
して(決して敵に嚇かされないという)このことは、(敵対する)彼らにとっては(遂に)
滅び(ること)の兆である、君達には救いの兆であって、これは(何れも)神から賜わっ
たものである。"
"500129","
ピリピ 1:29","君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また
彼のために苦しむことをも恵まれたからである。"

●信仰をいただいて「幸福」な生活をしていると、そのうち「ドカン」と大苦難が来る。
●ヒルティによれば、これは神が背中に畝を耕す」ということだという。神の愛の手。
●人世の失敗や不幸はこういうところに意味があるのだいう。
●世の中には自分より不幸な人がたくさんいる。贅沢を言ってはいけない。

塚本訳
"450822","ローマ 8:22","わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、
一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの 呻き
に耳を傾けられないことがあろうか。)"   
"450823","
ローマ 8:23","しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身
も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、
自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すな
わちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)る
ことを、待っているのである。"
"450824","
ローマ 8:24","なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望
みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人は
いま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。"
"450825","
ローマ 8:25","しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって
待たねばならない。"



●」みじめな自分、みじめな家庭、みじめな人生、みじめな子供、みじめな学歴、みじめな先祖、
●夫婦仲が悪いと子供が非行に走るのは決定的。
●しかしそこから「驚くべき」良いことも生まれてくる。

塚本訳」ロマ8:26
"450826","ローマ 8:26","しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、
御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を
祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)
執り成してくださるのである。"
"450827","
ローマ 8:27","しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めている
か、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられること
を、(もちろん)御存じである。"
"450828","
ローマ 8:28","そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かで
ある。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召
された者には、すべてのことが救いに役立つのである。"

●これは「艱難汝を玉にす」。「良い家に苦難多し」という人間的な慰めとは違う。
●「救いに役立つ」ということで、目的は「救い」である。最後の日に栄光の復活の姿にさせられるための準備なのだ。

塚本訳 一コリント
"471123","・コリント 11:23","キリストに仕える者だというのか、気違いになって言う、
わたしはもっとそうだ。(伝道の)苦労において(彼らより)なお一層、牢屋に入れられ
ることにおいてなお一層、打たれることにおいて(彼らより)もっともっと、死の危険に
おいて度々だ。"
"471124","
・コリント 11:24","ユダヤ人から「四十マイナス一」の笞の刑を五度受けた。"
"471125","
・コリント 11:25","(ローマの)笞で打つ刑を三度受けた、一度石打ちされた、
三度難船し、一度は一昼夜漂流した。"
"471126","・コリント 11:26","度々旅行して、川の危難、強盗の危難、同国人の危難、外
国人の危難、都会の危難、荒野の危難、海の危難、偽兄弟の危難に遇った。"
"471127","
・コリント 11:27","苦労し辛苦した、度々徹夜し、飢えまた渇いた、度々絶食
し寒く着る物がなかった。"
"471128","
・コリント 11:28","(その上、)ここで言えないことは別として、毎日わたしに
押し寄せる(山のような)事件、すべての集会のための心配。"


●」パウロ肉体はあざだらけだったなー
●毎日」押し寄寄せる山のような苦難があったとは・・・・
●集会のための心配とは主として信仰問題なのだろう。信仰の堕落、遊び人の増大、
●現代のエクレシアに当てはめれば、イエスを主と心から信じない勢力の増大。

塚本訳 ニコリ
"471207","・コリント 12:7","そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢に
ならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわ
たしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。"
"471208","
・コリント 12:8","この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度
まで主に願ったが、"
"471209","
・コリント 12:9","主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分
だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、
それでわたしはキリストの力がわたしに住み
ついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。"
"471210","
・コリント 12:10","それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦
悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえっ
て)強いのであるから。"


●だから、人の幸福を妬んではいけない。他人の家庭の幸福を羨んではいけない。
●「妬み」はサタンの本質。神と人間の親しさを妬んでその仲を裂こうとすることがその行動の本質。
●かって教会の人が「無教会主義は教会と信徒の仲を裂こうとするいじわる姑のようだ」と言っいて、中澤冾樹先生(故人)を慌てさせたことがある。しかし聖書をよく勉強する人の間ではもはやこういう人はいないが、不勉強で教会活動にばかり」熱心な人は今でも」そういう感情をもっいて無教会主義者を白眼視する人がいる。私も被害に遭った方だ。
●」マーしょうがないか。内村鑑三は「無教会主義というの教会に対して般若の面のようだがしの面の下は優しい羊だ」と言った。

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朝の黙想おわり

●TSK日本語版 出エジプト2章入力。面白い。
●23年前に購入した電気スタンドが壊れたのでノジマに買いに行ったら驚いたv。すべてLED照明のもの。10年は持つので球が切れたら買い替えだという。
●妻は中野の愛子の家に手伝い。夜遅く帰宅。
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第三の力(神の力)を信ぜよ ++++++++ 所感

2012/10/11 04:26

121011(木)3時半起床●朝の啓示「第三の力(神の力)を信ぜよ」●世界が「この世」と自分だけであったら、自分が何かしなければならないと思うが、そうだとするとかなり絶望的である。●ところがここに「第三の力」たる神の力が加わると信ずると楽である。●幸福論のカールヒルティは「この厳しい人生をわたっていくには、この世界世には倫理的世界秩序というものが厳然と横たわっていることを固く信ずることだ」という。つまりこの世が神を信ずるか否かにかかわらず、悪は罰せられるという「法則」があるということだ。また内村鑑三の弟子、田中耕太郎(最高裁長官、国際司法裁判所判事を歴任)は「世界法」というものがあって世界のどんな民族にも共通の倫理(世界法)があるという。●また私の所属する東京聖書読者会の世話役であった故藤林益三先生(元最高裁判所長官)はあるとき「集会の中で間違った(信仰や態度や行動)の人がいたら神様が注意してくださる」と言われた。これが第三の力の存在を信ず『という態度である。●ヒルティは「悪は悪自身で滅びる」と言っているらしい。●アダムスミスは経済の世界では「(神の)見えざる手、イン・ビジブル・ハンド』が働いて各自が自分の欲望のままに動いて無秩序に見える経済社会もうまく世界が調和していくものだ」と言っている(国富論●この第三の力を信じられない人間が「計画経済」などと言って人間の頭だけで世界を動かそうとしたからソ連は70年で崩壊、末期は上層部の汚職がひどかった●この世は神を信じその力を信じて生きるか、神の存在とその力を信じないかのどちらかである。●人生、楽なコースは前者である。後者だといつも人を疑い、目を見張っていなければならず、戦々恐々たる人生観になる

【口語訳】 詩 121 篇
121:1 わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。
121:2 わが助けは、天と地を造られた主から来る。
121:3 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。
121:4 見よ、イスラエルを守る者は/まどろむこともなく、眠ることもない。
121:5 主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。
121:6 昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。
121:7 主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。
121:8 主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。


●讃美歌301番「やまべにむかいて」はこの詩編を歌っている。

塚本訳 ロマ12:17-21
451217","ローマ 12:17","だれにも悪をもあって悪に報いず、どんな”人の前でも善をす
るように心がけよ。”"
"451218","
ローマ 12:18","出来るなら、(少なくとも)あなた達の方では、どんな人とも仲
良くせよ。"
"451219","
ローマ 12:19","愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒
りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、“仕返しはわたしのもの、”
わたしが“報いをする”と。」"
"451220","
ローマ 12:20","むしろ、“あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇い
ているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつか
は恥じて悔改める。)”
"
"451221","
ローマ 12:21","悪に勝たれるな、善によって悪に勝て。"

●塚本敷衍の(いつかは恥じて悔い改める)は重い。これを固く信じよう。相手は禽獣でなく人間だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり

●今日は忙しい日であった。
朝飯前にTSK日本語版出エジプト1章入力、公園でラジオ体操、立川でBK、ミネで新規パスポート受領、有楽町12時15分、銀座教会の正午礼拝、永山牧師に「20年前に召された父は友人に初めて連れてこられたのがこの教会でした。私自身は塚本虎二先生に信仰を学んだ者です」と玄関で挨拶。塚本先生というと多くの人が襟をただす。しかしそういう人は次第に少なくなってくる。13::00教文館で佐竹明「ヨハネ黙示録の下」購入。聖書図書館、14:50 三軒茶屋、昭和女子大建築講義。ラスキンとアダムスミス18:00 富阪キリスト教センターで「キリスト教性教育研究会(富永國比古会長)」。22:15 帰宅。
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人を注意せず、身代わりで死ね ++++++++ 所感

2012/10/10 06:16

121010(水)4時半目覚め。朝の啓示「人を注意せず、身代わりで死ね」。●これに関する聖句を何も見ないで頭に浮かぶものを列挙し黙想する。

塚本訳マタイ18:12-18
"401812","あなた達はどう思うか。ある人が羊を百匹もっていて、その一匹が道に迷った
とき、その人は九十九匹を山にのこしておいて、迷っている一匹をさがしに行かないだろ
うか。"
"401813","
そしてもし見つけようものなら、アーメン、わたしは言う、この一匹を、迷わ
なかった九十九匹以上に喜ぶにちがいない。 "
"401814","
このように、この小さな者たちが一人でも滅びることは、あなた達の天の父上
の御心ではない
"
"401815","
それで、もし兄弟が罪を犯し(て悔改めなかっ)たら、行って、あなたと二人
だけの間で忠告をしてやりなさい
。もし言うことを聞けば、あなたは(天の国のために)
兄弟を一人もうけたのである。"
"401816","
しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆく
がよい。“すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる”(というモーセ
の掟に従う)ためである。"
"401817","
しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞
かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りの
ように思ってよろしい。"

●前半はイエスの言葉だが、後半の15節以下は後代教会の加筆であることは聖書学の素人でも臭いでわかる。
●「二人だけの間で忠告をしてやりなさい」とは今日の教師の心得。しかしじっさいのところこれは復讐、断罪、攻撃であって、人を救わない。

塚本訳ヨハネ15:12-14
"431512","わたしがあなた達を愛したように、互に愛せよ。──これがわたしの掟である。
"
"431513","
(わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛は
ないのだ
"
"431514","
あなた達はわたしの命ずることを行ってさえおれば、わたしの友人である。"

●律法の終わりとなった(パウロ)が掟を作った。それは「身代わりで死ね」ということだ。
●しかしこの掟は実際のところ実行不可能。生存本能に縛られているから。
●これが実行できるのは神に無理やり強いられるとき。十字架の死は無理。

塚本訳ルカ23:33-36
"422333","髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人
も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。"
"422334","
するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何を
しているか知らずにいるのです。
」“彼らは籤を引いて、”イエスの“着物を自分たちで分
けた。”"
"422335","
民衆は立って“見物していた。”最高法院の)役人たちは“鼻で笑って”言った、
「人を救ったのだ、(今度は)自分を救えばいいのに、神の救世主、(神に)選ばれた者な
ら!」"

●この「とりなしの祈り」は十字架につけた人たちにも両側の強盗にも否全世界の人のためであった。
●神の子イエスのこの一言で世に「救われない人」はいない
●葬儀では故人に対してこの「とりなし」の代祈(だいとう)が必要なのに、故人の思い出や徳をたたえる雰囲気になっている。現代無教会の葬儀では故人は「行けるところに行けない」

【新共同訳】 ヨブ 1 章
 1:5 この宴会が一巡りするごとに、ヨブは息子たちを呼び寄せて聖別し、朝早くから彼らの数に相当するいけにえをささげた。「息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪ったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにした。

●ヨブは子供たちの罪のために毎日祈った。これ「とりなしの祈り」である。
●こういうヨブであったが、神の試練で病に陥り、妻からも「神を呪って死になさい」などと冷たくされた。あー人生は不条理だなー。

塚本訳 江ペソ4:31-5:2
"490431","エペソ 4:31","凡ての苦いこと、憤怒、怒り、喧噪、誹謗、並びに凡ての悪意を
君達から除け。"
"490432","
エペソ 4:32","互いに親切で、憐憫深く、神がキリストにおいて君達を赦し給う
たように互いに赦し合え。"
"490501","
エペソ 5:1","(これらは要するに愛である。)だから、(既に神の愛子となった
君達は)愛子らしく(愛なる)神を真似る者となれ"
"490502","
エペソ 5:2","そして愛に歩め──キリストが君達を愛し、私達のために自分を
“献げ物また犠牲”として献げ、神への“馨しい香りとなり”給うたように。"

●「神を真似よ」とはまた高度な要求だ。しかしこれがクリスチャンの人生目標、野心だ。理想は高い方がよい。ノーベル賞以上だ。

塚本訳江ペソ5:24-25
"490524","エペソ 5:24","しかし教会がキリストに服従するように、妻もまた何事によらず
夫に服従せよ。"
"490525","
エペソ 5:25","夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会(エクレシヤ)を愛し、
そのために自分を棄て給うたように。──"
 


●命を捨てるのは男だから女は一段低いものだと解説している人がいたが間違い。
●女はそういう男に「助け手」として命を捧げるのだ。
●実際のところ、現代日本の寝たきり老人の介護の7割は妻か嫁。これ命を捧げていることだ。

塚本訳 ヨハネ8:4-11
"430804","イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。"
"430805","
モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなた
はなんと言われますか。」"
"430806","
こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イ
エスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。"
"430807","
しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で
罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」"
"430808","
そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。"
"430809","
これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり
出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。"
"430810","
イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。
だれもあなたを罰しなかったのか。」"
"430811","
「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。お
かえり。今からはもう罪を犯さないように。」
"

●旧約の律法では、姦淫は男も女も死刑。この点において日本の倫理観は低級。とうてい世界の一流国にはなれない。
●ではこういう風潮は道徳、律法、教養教育、躾で直るのか。直らなかったのが旧約の歴史。そこで最後に神は「絶対恩恵の罪の赦し」で救いの道を開かれた。キリストの贖罪死は「律法の終わり。
●「わたしも罰しない」と言われたイエスは、ゴルゴダの十字架に向かって歩いて行ったのだ。神の義を満足させるため、身代わりの死を遂げるために。

塚本訳 マタイ16:23-26
"401623","イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!
お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」"
"401624","
あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う
者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。"
"401625","
(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わた
しのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから。"
"401626","
たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。
それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すこと
ができるのだろうか。"

●負うべき十字架は各自によって違う。夫、妻、子供、孫、父母、親類縁者、エクレシア、・・・・
●だから「自分の十字架」なのだ。
●しかし十字架は負えない。重すぎる。重くて潰されたときに十字架を負えたことになる。なぜか。代祈をしつつの死が「友のために死ぬ」ことだから。

塚本訳使徒 7:58-60
"440758","使徒 7:58","彼を町の外に突き出し、石で打ち殺した。証人たちはぬいだ上着を
サウロという青年の足下に置い(て、番をさせ)た。"
"440759","
使徒 7:59","ステパノは打ち殺されながら、イエスの名を呼んで、「主イエス様、
わたしの霊をお受けください」と祈り、"
"440760","
使徒 7:60","それからひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞこの罪をこ
の人たちに負わせないでください!」
こう言って、彼は眠りについた。"

●サウロ(後のパウロ)はパウロ殺害の一味。
●ステパノの祈りはパウロも含む。
●パウロのあるのはステパノの祈りであった。

塚本訳 一テサ4:9-12
520409","・テサロニケ 4:9","兄弟愛については(かれこれ)書く必要はあるまい。互い
に相愛すべきことは君達自ら神に教えられ、"
"520410","
・テサロニケ 4:10","しかもそれをマケドニヤ中にいる凡ての兄弟達に対して実
行しているのだから。しかし(愛する)兄弟達よ、君達に勧める。なお一層(そのことに
おいて)進歩し、"
"520411","
・テサロニケ 4:11","また静かに生活し、自分の仕事を励み、(曩に)命じたよ
うに手ずから働くことをもって名誉とせよ。"
"520412","
・テサロニケ 4:12","これは(主を信じない)外部の人に対して(信者らしい)
見苦しからぬ生活をし、また誰の厄介にもならずにすむためである。"

塚本訳 ニテサ3:7-8
"530307","・テサロニケ 3:7","どう私達を真似ねばならぬかを、君達は自分で(よく)知
っているはずだから。
私達は君達の所で(決して)ふしだらな生活をせず、"
"530308","
・テサロニケ 3:8","また無代で他人のパンを食ったこともないではないか。否、
誰にも厄介をかけまいとして、苦労し骨折りながら夜も昼も(手ずから)働いた。"


●パウロの職業観は「人に迷惑をかけないため」という程度であって、低い。
●しかし現実を見ると、まじめに働かないで「人や家庭に迷惑をかけて」いるものが多い。
●特に家庭を顧みないでギャンブル、アルコール、風俗、金もうけ、遊びなどに依存している人間は人間失格だから「死刑」である。
●「仕事」という言葉は「仕える事」である。パウロの職業観は引くようだが「本質」である。



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朝の黙想 終わり

2012_10100011.jpg 
朝焼け。すごいなー。

●6:30 公園でラジオ体操。いつも一緒になるあきる野市議会共産党のTH氏は昨日私のことを「高橋牧師」とメールしてきたので「私は牧師ではありません」と返信した。すると今朝ラジオ体操会場で「すみませんでした」と謝られた。
●私は聖書の言葉は取り次ぐが、説教はしない。「牧師のイメージ」を持たれたとしたら、私の方が悪いのある。
●11:40 TSK日本語版創世記終了。8月17に始めたので55日。創世記は50章、一章を約一日であった。
●創世記第50章を終了したとき、フーッとため息が出た。あのバッハのマタイ受難曲を聞き終えるとため息が出るのと似ていた。ヤコブの子供がイスラエル十二部族の父祖である。最後の「ヨセフ物語」が面白かった。それにしても創世記は骨肉の争いが書かれていて、慰めにもなった。
●TSK日本語版目次は次 

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

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新約聖書における「この世」の概念 ++++++++ 所感

2012/10/09 08:12

121009(火)5時半起床●朝の啓示「この世」。●次回の感話のテーマは「この世」。●こういう時はJバイブルを使用すると公開的。●新約聖書で「この世」をヒットさせると塚本訳で176か所の節が出る。●これを全部よんだところ、頭が改造された。●ある言葉の研究は人間に聞くな「聖書で聖書を読む」ことをせよ。その全箇所を整理すると大略次のようになる。

①この世は悪い世
②この世の支配者
③この世の知恵は神の国の知恵とは違う
④この世は神を悟らない、悟れない
⑤神はこの世を愛された。小さいものを愛される
⑥この世に忠実たれ
⑦この世的な人とは友達になるな
⑧悪はこの世で罰される
⑨この世の富、この世の金、この世の命

●聖書のわからないところ、難しいところは全聖書的観点から読めばわかる。一か所をほじくってはいけない。聖書全体はこれ「和音」である。
 
●今朝の「この世」の黙想の結論は次の句に尽きる

塚本訳 ガラテヤ 1:4-5 
480104","ガラテヤ 1:4","キリストはわたし達の父なる神の御心にしたがい、わたし達を
悪い現在の世から救いだそうとして、わたし達の罪のために自分を与え(て十字架につけ)
られたのである。"
"480105","
ガラテヤ 1:5","栄光は永遠より永遠に神のものであれ、アーメン。"


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朝の黙想、終わり

●公園でのラジオ体操に向かうとき今朝読んだ「この世」が頭を駆け巡ったが、同時に讃美歌の「ここも神の御国なれば」が口にでた。この世はすばらしい景色だたからだ。
●私のこの世の命も残り少なくなった。しかし復活の希望がある。
 
●今年のノーベル医学・生理学賞に京大の山中教授が受賞。また京大。記者会見での「野球は3割打者なら大選手。科学の分野では9割失敗で1割成功なら大成功」。という言葉に感銘。『またダメだったか」という失敗と落胆の連続だったらしい。受賞は部下と家族のおかげという感謝の言葉は美しかった。●記者会見の夫人同席はさもあらんと思った。この夫人にしてこの夫あり。麗しかった。





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夫をダメにする妻、妻をダメにする夫 ++++++++ 所感

2012/10/08 21:15

121008(月)体育の日、休日●朝の黙想「夫を支える妻、ダメにする妻」●夫を神に導く妻が最高。反対に夫を神から引き離す妻は最悪。これ悪魔。●同じことが「妻をダメにする夫」ということにも当てはまる●二人は一体だからそういうことになる。

塚本訳 19:03-06
"401903","そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理
由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」"
"401904","答えて言われた、「造物者が始めから“彼らを男と女とに造られた”こと、"
"401905","また、“それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる”と
言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。"
"401906","従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛
におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはな
らない。」"

●夫婦は神が一つの軛(くびき)につなげたものというのは言いえて妙である。実際問題として結婚すると落ち着くが不自由にもなる。
●結婚生活を長続きさせる秘訣は「神への従順が真の自由」ということを心得ることである。
●愛が冷めたら「別れる」というのはかえって不自由人生になる。神への不従順のダメ人生になる。
●塚本訳マタイ19:06の敷衍(どんな理由があっても)は重い。
●夫婦が別れるのは「死の時」だけ。
●来月11月3日は私たちの43回目の結婚記念日である。別れずにすんだのは神の祝福があったから。
●家庭生活には暴風雨があるものだ。神の助けなくして乗り切れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり

●TSK日本語版創世記47章
●12:45 妻は「自閉症」のドキュメンタリー映画を観に行く(ふれあいセンター)
●がん予防のために毎日ニンジンジュースを作っていたジューサー(贈り物)が故障、直すと高いのでミキサーの安いのに買い替えた。
●台所の電球が切れたのでLEDランプに交換。

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慰めと励ましの主の再臨の約束 ++++++++ 所感

2012/10/07 05:25

1201007(日)4:30朝の啓示「慰めと励ましの主の再臨の約束」●今日の感話のタイトルを変更。急遽配布資料の印刷変更。最終的に次のようにした。


慰めと励ましの主の再臨の約束。救いの完成

主の約束を信じ「今の時の苦しみ」を忍耐せよ

2012年10月7日 東京聖書読者会 高橋照男

① 旧約聖書・・・神の人類創造の悔い。新天新地再創造への思い
② 福音書・・・慰めと励ましの主の再臨の約束。救いの完成
③ 書簡類・・・主の約束を信じ「今の時の苦しみ」を忍耐せよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●本日の感話の概略。

●創世記6:5によれば神は人間を創造したことを悔いた。人が悪いことばかりをしているからである。そしてやり直そうとして洪水で人類を皆殺しにしようとされたが、ノアだけを残したのが失敗。そのDNAが残って再び悪がこの世に蔓延。今度は予言者を送って矯正しようと試みたがこれも失敗。ついにわが子を殺して無条件の罪の赦しの「救いの道」を開かれた。再臨はその完成の日である。
●神が悔いたことは我々に大いなる慰めである。結婚の失敗。子育ての失敗は神の悔いと同質である。
●こういう時、律法(道徳、躾)でもよくならない。離婚でも心安らがない。親子断絶でも安らがない。
●救いの完成としての「再臨待望」である。その日全人類、全万物が初めて神の前に「よし」とされる再創造が完成するのだ。
●何の幸いか生きているうちにキリストの「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」をいただいた者は再臨の日まで「この世」から嫌われ迫害されるがそれは「忍耐」で乗り切れ。
 
●本日の感話資料をHPの「使徒伝承」にアップロードした。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/121007.htm

●10:00 集会は茂木(司会)、小寺(「十字架の言葉」高橋三郎、より) 高橋(「慰めと励ましの主の再臨の約束」上記サイト)
●帰途は高木博義さんと駅まで。塚本訳ヨハネ11:31の「この世の支配者(悪魔)」の問題。
●13:30 妻とスミダトリフォニーホールへ。TGY合唱団「ハイドンのレクイエム、モーツァルトのレクイエム」。山本義人指揮。ほぼ満席。良い演奏会であった。
●東京スカイツリーを近くに見た。

2012_10100003.jpg 
スミダトリフォニーホール。新日本フィルハーモニーの本拠地
とても良いホールだ

2012_10100004.jpg 
ホールに」あったワーグナーチューバ、ワーグナーは自分の曲のために
特別に楽器を作った


2012_10100001.jpg  
 
錦糸町の駅からホールに歩いていく途中で東京スカイツリーを見た。


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キリスト教の駆け込み寺 ++++++++ 所感

2012/10/06 07:46

121006(土)4時半起床●明日の感話の準備●朝の黙想「神に逃げ込め」。●人生の海の嵐に「どうしようもなくなる時」が襲ってくる。普通の考えではどこかに逃げ込む。●人間の教え、自分の信念、人間の思想哲学、またあろうことか金や女に逃げ込むバカな人間がいる。●ではキリスト教は何というか。どこに逃げるべきか。教会か。NO !。集会か NO!、人間か NO!、聖書かNO!。
ではどこに?。関連聖書を黙想してみよう。

塚本訳 へブル6:18
"580618","ヘブル 6:18","これは神が嘘をつくことの出来ない二つの不変のこと(、すなわ
ち約束と誓と)によって、(わたし達に──自分の)前にある希望をしっかり持っている
ため(キリストの福音に)のがれてきているわたし達に──力強い奨励をお与えになろう
とするのである。"

●「福音に逃れてきている私達」とはエクレシアのことである。
●ではどこのエクレシアかというとこれが人間の頭では指定できない。決定できない。

塚本訳 一コリ10:13-14
"461013","・コリント 10:13","人間の力に余る試みが、あなた達をおそったことはないの
である。神は誠実であられる。あなた達が耐えられない程に試みられることを、お許しに
ならない。試みに添えて、(かならず)逃げ道をもつくっておいてくださるので、それに
耐え得るのである。"
"461014","
・コリント 10:14","それゆえに、わたしの愛する者たちよ(主題にもどろう)、
偶像礼拝から逃げよ。"

●逃げ道は神が備えてくださる。自分や他人が備えてはくれない。
●それはたいてい「不思議なる」「意外なる」「思わざる」道である。これこそ神の手である。

塚本訳 ヨハネ4:20-21
"430420","(それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神
を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われ
ます。(どういう訳でしょうか。)」"
"430421","
イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あ
なた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。"


●ここへ行けば救われる。この先生につけば救われる。洗礼をう受ければ救われる、というのではない。神は救おうとする人に「霊の風を吹かせて」救うのだ。
●人は神の自由なる絶対主権の力で救われる。そのことは次に書いてある。

塚本訳 ヨハネ3:3-8
"430303","イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信
じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来な
い。」"
"430304","
ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれな
おすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかな
いではありませんか。」"
"430305","
イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生
まれなければ、神の国に入ることは出来ない。"
"430306","
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である
(から)。"
"430307","
『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも
不思議がることはない。"
"430308
","風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに
行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」


●人は神の霊が吹いてくるときに新しく生まれ変わる。
●そのためには「この人(夫、妻、父母、兄弟、子供、孫)に強い霊風を吹きつけてください」と熱心に祈り続けなければならない。神は聞いてくださる。

【口語訳】 民 35 章
 35:15 これらの六つの町は、イスラエルの人々と、他国の人および寄留者のために、のがれの場所としなければならない。すべてあやまって人を殺した者が、そこにのがれるためである。

【口語訳】 民 35 章
 35:25 すなわち会衆はその人を殺した者を血の復讐をする者の手から救い出して、逃げて行ったのがれの町に返さなければならない。その者は聖なる油を注がれた大祭司の死ぬまで、そこにいなければならない。

●現代の「逃れの町(場所)はどこにあるか」
●それはある。人間の頭では作り出せないが不思議な方法でその道が備えられる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。

●10:00ヤマキ布団店が新しい敷布団を2枚作って持ってきてくれた。インドの綿。布団の世界のことを話してくれた。この布団で死ぬのか。もう一回新しくしたもので死ぬのか。家で楽に死ねれば最高。
●12:30あきる野ふれあいセンターであきる野市民劇団の「天草四郎時貞」を妻と一緒に鑑賞。最後の場面。鉄砲で撃たれたキリシタンが力を振り絞って裏切り者を打つところに感動。

明日の感話の資料に追加。

塚本訳 マタイ26:51-54
"402651","すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭
司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。"
"402652","
その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅
びる。"
"402653","
それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくこと
が、わたしに出来ないと思うのか。"
"402654","
しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就する
のか。」"

●これはイエスが弟子に直接語った言葉としては最後のもの。クリスチャンは自分で復讐してはいけない。復讐は神がしてくださる。 
●人間の自然的感情として「復讐」は許されるのではないかなー。「剣を鞘におさめよ」とイエスが言ったとき。「もう良い」「もう良い」という同情があったのじゃーないかなー
 
秋の空3枚

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●メキシコの音楽に「シェリトリンド」(きれいな空)というものがあったなー

●ワーグナー「タンホイザー」から「歌の殿堂をほめたたえよう」を
ベルリン国立歌劇場合唱団とウィーン国立歌劇場合唱団で聴き比べ。前者は男性的、後者は女性的。血が騒ぐ名曲。
●もし私に歌う能力があれば一度でいいからこれを歌ってみたい。
●聖書は全巻がこれ「和音」。これを感話できるのは、この曲を歌うことよりも感謝だ。
●ヘンデルの「メサイア」は聖書のあっちこっちを引いてきたストーリーを曲にした。
●妻は夕方から合唱団もくせいのモーツァルト「レクイエム」の練習。
●明日は集会感話。「再臨」。資料のプリント。エプソンのプリンターはタフだ。 









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主の再臨の約束を信ずる ++++++++ 所感

2012/10/05 11:50

121005(金)4時半起床●啓示、黙想「主の再臨の約束を信ずる」●明後日の感話の準備。全面的に塗り替える。

主の再臨の約束。それは救いの完成

主の約束を信じ抜いて「今の時の苦しみ」を忍耐せよ

2012年10月7日 東京聖書読者会 高橋照男

 

① 旧約聖書・・・神の悔いと新天新地再創造への思い

② 福音書・・・主の再臨の約束の言葉。それは救いの完成

③ 書簡類・・・主の約束を信じて「今の時の苦しみ」を忍べ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

①の引照

口語訳 創  6:5-7

6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。

6:6 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、

6:7 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。


②の引照 

塚本訳ヨハ 14:1-3

14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。

14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。

14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。


③の引照

塚本訳 黙  22:6-7

22:6 彼が私に言うた、「(凡て)これらの言は信ずべくまた真実である。預言者達の霊の主なる神がその使いを遣わして、(必ず)直に起こるべき(これらの)ことをその僕達に示し給うたのである。

22:7 (イエスが言い給うた、)「そして視よ、私は直に来る。幸福なる哉、この書の預言の言を守る者!


●エクレシアはキリストご自身の再臨の約束の言葉を信じる連鎖をすることがその使命である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり

●今日の性道徳の無軌道ぶりは「神を畏れる畏れ」という「畏れ」「畏怖」という気持ちがなくなっているからである。生徒は先生を「友達扱い」する。子供は親に「畏れ」の気持ちがないからいくつになっても反抗の対象になっている。妻は夫のことが「主人」となっていない。社員は上司に生意気な態度をとるから職場の秩序が保たれない。
●学校でも家庭でも「畏怖」の存在がないところ秩序がないから道徳的に崩れる。よくはならない。
●それだけ親や教師は「畏怖」の対象になっていないことが原因だが、神への畏れが親にもないから子供が堕落する。
●親が性道徳に堕落していると子供の心に倫理的歯止めがかからないから同じように堕落する。
●終末、再臨が来ないと世は改まらない。
●人は金や女よりも神に従順にならなければならない。

【口語訳】 申 22 章
 22:22 もし夫のある女と寝ている男を見つけたならば、その女と寝た男およびその女を一緒に殺し、こうしてイスラエルのうちから悪を除き去らなければならない。

●これを読んで「二人だけの間のことだから神も親も関与するな」という人間は神を畏れる畏れがない証拠。こういう人間は親の意見を無視したり忠告を聞かないので神の祝福をいただけないから人生も家庭も破滅する。とにかく人生も家庭も仕事もなんとなくうまくいかないのだ。
●ところが聖書はこういう「男女は死刑」にすべしという。恐るべきことだ。
●その理由は「イスラエルのうちから悪を除き去らなければならない。」からである。
●ユダヤ民族の倫理観性道徳の高さよ。神の前に対する態度を問題にし、個人のことではなくイスラエル全体のことにしている。
●なぜか。一人の「性道徳の不義」は個人を家庭を勤務先を、然り国を滅ぼすのだ。だから「他人のことに口を出すな」という意見は当たらない。




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終末と再臨を望む忍耐 ++++++++ 所感

2012/10/04 05:36

121004(木)4時半目覚め●朝の啓示と黙想「サタンの攻撃に対抗する方法」●聖書は一貫してサタン(悪魔)の人間に対する攻撃の物語である。●サタンは神と人間の親密な仲をねたんでこれを裂こうとするのがその攻撃目的である●弱い人間はこの悪魔の攻撃に常に負ける。100%の無力である。これに勝とうとして人間的努力をしても最後に負ける●それにはサタンより強い神に出ていただかなければならない。●サタンは信仰の篤い人や家庭をめがけて攻撃してくる。それで人生破壊、家庭崩壊となる。●しかし聖書の結末はそのサタン(竜)が天から落とされて終わる。これが黙示録。●信者はそれを信じて「終末と再臨を望んで忍耐する」のがその人生観である。●サタンの攻撃を防衛する方法は、尖閣諸島と竹島を防衛する方法よりも急務である。●聖書に悪魔の働きとこれに対抗する方法について関連個所を思いつくままに列挙してみよう。 
 
【口語訳】 創 3 章
 3:4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
 3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
 3:6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。
 3:7 すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。

●サタンは蛇に入ってエバを誘惑。善悪を知るという木の実が魅力であったエバ。善悪の判断の主権を神から奪えば「気兼ねなく好きなこと」「良心のとがめなく遊べる」のである。神と対等になれるのだ。頭がよくなるのだ。
●イチジクの葉は罪の弁解、理論武装である。「なんでいけないんだ。みんなやっているジャーないか」という心である。

【口語訳】 創 3 章
 3:12 人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。
 3:13 そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。


●アダムは責任をエバに擦り付け、エバは責任を蛇になすりつけた。かくして家庭崩壊。サタンの勝利である。
●サタンは神とアダム+エバの仲を裂いた。
●この時エバに語りかけた蛇の言語は古代アッカド語でも古代セム語でもなく蛇(ヘビ)ル語であった。(受け売りギャグ)
●過日このギャグを笑ってくれなかった信者がいたが「先がない」

【口語訳】 創 6 章
 6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
 6:6 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
 6:7 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。

●アダムとエバの子孫から人間は親の血をひいて「悪いことばかり」をするようになった。それで神は人間を創造したことを悔いた。これでサタンの勝利。連勝である。

【口語訳】 ヨブ 1 章
 1:6 ある日、神の子たちが来て、主の前に立った。サタンも来てその中にいた。
 1:7 主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
 1:8 主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。
 1:9 サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
 1:10 あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。
 1:11 しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
 1:12 主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った。


●サタンは神とヨブの仲をねたんでこれを裂こうとする。このときあろうことかサタンはヨブの妻に入った(またしても女に!)。サタンは最も側近の人間に入る。それが次である。

【口語訳】 ヨブ 2 章
 2:7 サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。
 2:8 ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった。
 2:9 時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。
 2:10 しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。


●アーなんということか。この妻は夫に向かって「神を呪って死ね」と言う。これでヨブ夫妻の仲は冷えて家庭分裂崩壊。夫婦仲がしっくりいかないから家庭は暗くなる重苦しくなる。信仰が一致しない夫婦は常に心中に争いが絶えない。またしてもサタンの勝利。

塚本訳 マタイ3:17-4:4
"400317","するとその時、「これは(いま)わたしの“最愛の子、”“わたしの心にかなった”」
と言う声が天から出た。"
"400401","
間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。 "
"400402","
四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。"
"400403","
すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひも
じい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」"
"400404","
しかし答えられた「“パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそ
のお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる”と(聖
書に)書いてある。」"

●神に愛されたイエス。そのイエスと神の仲をサタンはねたんで裂こうとする。
●悪魔はイエスを「食事」で釣る。エバに対してはリンゴ、イエスに対してはパン。私の場合はナスの油いため(笑)
●これに対して、イエスは神の顔を潰すような神の敵である悪魔に頭をさげなかった。
●4節「パンがなくても生きていける」の塚本訳は名訳。「人はパンのみにて生きるあらず」と訳すと「でも腹がすいては戦ができないぞ」とマルキストに反撃される。

塚本訳 マタイ4:5-7
"400405","そこで悪魔はイエスを聖なる都(エルサレム)に連れてゆき、宮の屋根の上に
立たせて"
"400406","
言った、「神の子なら、下へ飛びおりたらどうです。“神は天使たちに命じて、
手にてあなたを支えさせ、足を石に打ち当てないようにしてくださる。”と(聖書に)書
いてあります。(人々はそれを見て信じ、たちどころにあなたの国が出来ます。)」"
"400407","
イエスは言われた、「ところが、“あなたの神なる主を試みてはならない”とも
書いてある。」"

●サタン(悪魔)は人間を「偉くなる」ことで釣る。神の力を利用して「偉大なる人物」「人に拝まれる人物」「恩人と呼ばれる人物」にさせようと誘惑する。
●小学唱歌の「あおげば尊し」の中にある「身を立て名をあげ、やよはげめよ」は悪魔の教え。

塚本訳 マタイ4:8-11
"400408","悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見
せて"
"400409","
言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」"
"400410","
そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)“あなたの神な
る主をおがめ、”“主に”のみ“奉仕せよ”と書いてあるのだ。」"
"400411","
そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。"

●政治家になるには「悪魔」と握手しなければならない。
●あの英国のチャーチルは「悪魔(ソ連)と手を握ってでもヒットラーを打つ」と名演説して国民を鼓舞した。
●クリスチャンは悪魔と手を握らなくても神を信じたとたんに世界中が自分のものになるのだ。それは次である。

塚本訳 一コリ」3:21-23
"460321","・コリント 3:21","従って、(自分の先生はだれだ、彼だなどと、)人間のことを
自慢する者があってはならない。万物はあなた達のものではないか。"
"460322","
・コリント 3:22","パウロでもアポロでもケパでも、世界でも命でも死でも、現
在起こっていることでも将来起こることでも、万物はあなた達のものである。"
"460323","
・コリント 3:23","しかしあなた達はキリストのもの、キリストは神のものであ
る。"

●心が神と共にあって永遠の命に生きるときに初めてこの世の「小事」に力を尽くせる。

塚本訳マルコ1:40-44
"410140","マルコ 1:40","すると(ある日)一人の癩病人がイエスの所に来てひざまずき、
「清めてください。お心さえあれば、お清めになれるのだから」と言って願った。"
"410141","
マルコ 1:41","イエスは(そのあわれな姿を見て悪魔に対する)怒りに燃え、手
をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、"
"410142","
マルコ 1:42","たちまち癩病が消えうせて、その人は清まった。"
"410143","
マルコ 1:43","イエスはいきり立ち、すぐその人を追い出して"
"410144","
マルコ 1:44","言われる、「だれにも何も言わないように気をつけよ。ただ全快
したことを世間に証明するため、(エルサレムの宮に)行って体を“祭司に見せ、”モーセ
が命じたものを清めのために捧げよ。」"

●身体の疾患は悪魔の武器。人生や家庭をめちゃくちゃにする。

塚本訳 マルコ 3:21-20
"410321","マルコ 3:21","身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウ
ムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。"
"410322","
マルコ 3:22","またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼ
ブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出して
いる」とか言った。"
"410323","
マルコ 3:23","イエスは彼らを呼びよせ、譬をもって話された、「悪魔にどうし
て悪魔が追い出せるか。"
"410324","
マルコ 3:24","もし国が内輪で割れれば、その国は立ってゆけない。"
"410325","
マルコ 3:25","また、もし家が内輪で割れれば、その家は立ってゆけない。"
"410326","
マルコ 3:26","(同じように)悪魔(の国)が内輪もめで割れれば、立ってゆけ
ず、ほろびてしまう。(だからわたしが悪鬼どもの頭を使うわけはないではないか。)"
"410327","
マルコ 3:27","まず強い者を縛りあげずに、だれも強い者の家に入って家財道具
を掠め取ることは出来ない。縛ったあとで、その家を掠めるのである。(だから悪鬼が追
い出されるのは、悪魔がすでに縛られた証拠だ。)"
"410328","
マルコ 3:28","アーメン、わたしは言う、人の子らの(犯す)罪も、また、いか
なる冒涜の言葉でも、すべて赦していただける。」"
"410329","
マルコ 3:29","しかし聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠の罪に処せられ
る。」"
"410330","
マルコ 3:30","こう言われたのは、彼らが(聖霊によるイエスの業を罵って)、「あ
れは汚れた霊につかれている」と言ったからである。"

●イエスの奇跡をみてこの世の人は悪魔の働きだと誤解した。

塚本訳マルコ9:17-29
"410917","マルコ 9:17","群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜を
あなたの所につれて来ました。"
"410918","
マルコ 9:18","この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りし
て、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、
おできになりませんでした。」"
"410919","
マルコ 9:19","彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであ
なた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子
をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)"
"410920","
マルコ 9:20","人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、そ
の子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。"
"410921","
マルコ 9:21","イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいにな
るか。」父親がこたえた、「子供の時からです。"
"410922","
マルコ 9:22","霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込
みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思っ
て、お助けください。」"
"410923","
マルコ 9:23","イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信
ずる者にはなんでも出来る。」"
"410924","
マルコ 9:24","即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けく
ださい。」"
"410925","
マルコ 9:25","イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊
を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二
度と入るな!」"
"410926","
マルコ 9:26","霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死ん
だようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。"
"410927","
マルコ 9:27","イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。"
"410928","
マルコ 9:28","家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわ
たし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」"
"410929","
マルコ 9:29","彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)で
は決して出てゆかせることは出来ない。」"

●精神病のようなものは神の力でなければ治らない。それには祈りだ。

塚本訳マタイ6:12-13
"400612","罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。"
"400613","
わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。"

●悪魔の誘惑には人間は1005負ける。だから自分以外の神の力が必要だ。

塚本訳ルカ 22:31-32
"422231","(そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあ
なた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。"
"422232","
しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だ
から一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強
めてやってほしい。」"

●神はサタンを利用している。

塚本訳塚本訳 16:21-25
401621","この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、
大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばな
らないことを弟子たちに示し始められた。"
"401622","
するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そん
なことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられ
なかったのである。)"
"401623","
イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!
お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」"
"401624","
あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う
者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。"
"401625","
(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わた
しのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから

●悪魔はイエスの側近中の側近のペテロに入って神の経綸をくじこうとした。イエスの従順による神の仲を裂こうとした。


塚本訳ヨハネ13:02
"431302","(祭の前日の)夕食のとき、すでに悪魔はシモンの子イスカリオテのユダの心
に、イエスを売ろうとする考えを吹き込んだ。"

塚本訳 ヨハネ13:27
"431327","ユダがそのパンを受け取(って食べ)ると、その時、悪魔がユダに入った。そ
こでイエスがユダに言われる、「しようとしていることをさっさとしたがよかろう。」"


●ユダは悪くない。サタンが悪いのだ。

塚本訳江ペソ 2:1-2
490201","エペソ 2:1","君達も(私達と同様に)自分の咎と罪によって死んだ者であって、
"
"490202","
エペソ 2:2","かつてはこの世の世界の流れに従い、すなわち空中の権威と、今
も不従順の子らの中に働いている(悪)霊との首領に従って、その咎と罪の中を歩いたの
であった。"


●人間は救われる前は全員が悪魔の奴隷であった。

塚本訳 ニコリ 12:7-9 
"471207","・コリント 12:7","そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢に
ならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわ
たしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。"
"471208","
・コリント 12:8","この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度
まで主に願ったが、"
"471209","
・コリント 12:9","主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分
だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住み
ついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。"

●悪魔はパウロに襲い掛かったが、パウロはそれを益と考えた。さすがパウロ。


●塚本訳 江ペソ6:10-18
"490610","エペソ 6:10","最後に(言う、)主にあって、またその逞しい威力によって強く
なれ。"
"490611","
エペソ 6:11","悪魔の奸策に対抗し得るよう、神の武具を著けよ。"
"490612","
エペソ 6:12","私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に
対するもの、「権力」に対するもの、この暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、
天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである。"
"490613","
エペソ 6:13","この故に神の武具を執れ。(悪魔が勢力を壇にする)悪い日にお
いて彼に抵抗し、凡てを征服してその立場を守り得るためである。"
"490614","
エペソ 6:14","だから“腰に真理の帯をしめ、義の鎧を著け、" 
"490615","
エペソ 6:15","平和の福音の用意を”(靴として)“足に”穿いて立て。"
"490616","
エペソ 6:16","その上になお信仰の盾を執れ。これで悪者の(投ぐる)凡ての火
箭を消すことが出来よう。"
"490617","
エペソ 6:17","また“救いの兜”と、“神の言”なる“御霊の剣”を取れ。"
 "490618","エペソ 6:18","(最後に祈りで武装せよ。すなわち)あらゆる祈りと願いをもっ
て常に御霊において祈れ。そしてそのため(いつも)目を覚まし、あらん限りの根気をも
って聖徒達一同のために祈って居れ。"

●これがクリスチャンの真の平和運動。

塚本訳黙示録12:9-10
"661209","黙示録 12:9","かくて(この)大きな竜は(天から)落とされた──(昔エバを
惑わしたあの)旧い蛇、悪魔またサタンと呼ばれ、全世界を惑わす者は、地に(叩き)落
とされた。その使い達もまた彼と共に落とされた。"
"661210","
黙示録 12:10","すると大きな声が天で(こう)言うのを私は聞いた──今や我
らの神の救いと権能と王国と、そのキリストの権力とは来た。われらの兄弟達を訴うる者、
昼も夜も彼らを神の前に訴うる者が(地に)落とされたからである。
"

●聖書は悪魔の敗北で終わる。
●来りませ終末と再臨。

塚本訳 ロマ8:38-39
"450838","ローマ 8:38","なぜなら、わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支
配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、"
"450839","
ローマ 8:39","高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、
わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。"

●パウロの凱歌。キリストと自分との仲を悪魔は裂くことができない。
●なぜか。神が自らの愛する子イエスを殺して(仲を裂いて)まで私たちを愛してくださったから

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり

●9:00 阿伎留医療センター。胃カメラの結果。問題なし。
●14:50 昭和女子大講義。昨年より受講生が少ない。一年ぶりだが疲れ方が大きい。
●妻は夕方から」「メサイア」の練習
 























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いかに祈るべきかを知らざりし時 ++++++++ 所感

2012/10/03 06:17

121003(水)4時半目覚め●朝の黙想「いかに祈るべきかを知らざりし時」●人生の苦悩のうち、肉体の苦痛も大きいが、最大の苦悩は精神的な重荷である。関連聖句を思いつくままに掲げて黙想してみよう。

塚本訳 マタイ11:28-30
"401128","さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、
休ませてあげよう。"
"401129","
わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子に
なりなさい、そうすれば“魂の休息が得られよう。”"
"401130","
わたしの軛は甘く、わたしの荷は軽い。"

●教会の看板に掲げてある言葉ではこれが多い。
●しかし物理的組織の教会それ自身には救いはない。
●無教会主義集会にもない。それは先生の思想勉強集団、政治結社。暇な老人のおしゃべり集団。「懐かしのメロディー」集団。それに今や聖書を勉強してない。裁きは無教会主義集会から始まる。
 ●無教会主義集団が、「愛の親睦団体」を目指してその維持継続発展を願っているのは教会主義よりも悪質。なぜか。集客心はあっても福音の発信力がないからである。
●「無教会に昔日の栄光なし」(田川健三「書物としての聖書」)
●今日、キリスト教の最大の敵はキリスト教的ヒューマニズム。信仰とは水と油。神はヒューマニストではない。「人を殺す」。恐れ多いことである。
●ではどこに救いの「器官」があるかというと神の主権に基づいて祝福された「人格」にある。
●その人格が失せると神は新しく「人物を起こす」
●無教会主義は「教派」ではない。教会に対して「十字架を負う道」である。「祈る道」である。無教会者は教会を愛す。
●無教会主義が「一派」を形成するようになったらそれはおしまいの時である。「歴史的使命」が終了する時である。
●私の子供や孫たちはみな「教会」に通っている。通い続けてもらいたい。
●ヒルティは「教会を壊すな、そこにはまだ祝福が残っている」という。至言。
●エクレシアは終末の日まで不完全。完成しない。「呻く」

塚本訳マタイ5:3-6
"400503","ああ幸いだ、神に寄りすがる“貧しい人たち、”天の国はその人たちのものとな
るのだから。"
"400504","
ああ幸いだ、“悲しんでいる人たち、”、(かの日に)“慰めていただく”のはその
人たちだから。"
"400505","
ああ幸いだ、“(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、”、“(約束の)地
(なる御国)を相続する”のはその人たちだから。"
"400506","
ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられる
のはその人たちだから。"

●逸楽になるか。慰められるか。それはこの世ではない。塚本訳の敷衍のように「かの日」。つまり終末再臨の日である。
●この姿勢を嫌って、猪突猛進「運動」をする者は「自分の腹を神とする」この世的人間。
彼らに共通なことは「終末再臨」を願う祈りがない。クリスチャンとして怠慢である。
●彼らは「聖書を勉強している人間」を怠慢だというが、それは人間的な怠慢の概念。クリスチャンの熱心は「お国が来ますように」という祈りであって「運動」ではない。

塚本訳 ロマ8:24-28
"450824","ローマ 8:24","なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望
みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人は
いま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。"
"450825","
ローマ 8:25","しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって
待たねばならない。"
"450826","
ローマ 8:26","しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、
御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を
祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)
執り成してくださるのである。"
"450827","
ローマ 8:27","しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めている
か、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられること
を、(もちろん)御存じである。"
"450828","
ローマ 8:28","そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かで
ある。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召
された者には、すべてのことが救いに役立つのである。"
"450829","
ローマ 8:29","というのは、神は(世の始まる前に)あらかじめお選びになった
人たちをば御子(キリスト)と同じ姿にすることを、あらかじめお定めになったからであ
る。──これは(こうして出来た)多くの兄弟たちの中で、彼を長男にするためである。
──"

●ここはパウロの絶頂。聖書の絶頂。苦難の渦中にある人への絶頂の言葉である。
●26節は20年前に逝った父から耳にタコができるほど聞かされた言葉である。
●いまままた私自身が人の子の親となって「子供の苦難」に際して伝授すべき言葉である。


本訳 ルカ22:39-46
"422239","それから(都を)出て、例のとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たち(十一人)
もついて行った。(もう真夜中すぎであった。)"
"422240","
いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさ
い。」"
"422241","
そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って"
"422242","
言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。
しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」"
"422243","
そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。"
"422244","
イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポ
タポタ)地上に落ちた。"
"422245","
やがて祈りから立ち上がって弟子たちの所に来て、彼らが悲しさのあまり寝入
っているのを見ると、"
"422246","
言われた、「なぜ眠るのか。誘惑に陥らないように、立ち上がって祈っていなさ
い。」"

塚本訳ヨハネ 12:27-28
"431227","今、わたしは胸がどきどきしてならない。ああ、なんと言っ(て祈っ)たらよ
いだろう。『お父様、この(試みの)時からわたしを救ってください』(と祈ろうか。)い
やいや、わたしはこのため、この時のために(この世に)来たのだ。"
"431228","
『お父様、(どうかわたしを御心のままになさって、)あなたの御名の栄光をあ
らわしてください!』」すると天から声がひびいた、「わたしは(あなたの業で)すでに(わ
たしの)栄光をあらわした。(今)また(あなたの苦しみによって)栄光をあらわすであ
ろう。」"

塚本訳 マタイ26:37-42
"402637","そしてペテロとゼベダイの子二人(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急
に)悲しみおののき始められた。"
"402638","
それから彼らに言われる、「“心がめいって”“死にたいくらいだ。”ここをはな
れずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」"
"402639","
そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、
出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願
いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」"
"402640","
やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、
「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。"
"402641","
目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が
弱いのだから。」"
"402642","
また二度目に向こうへ行って、祈られた、「お父様、どうしてもわたしが飲まね
ば通りすぎない杯ならば、どうかお心のままになさってください。」"

●神の子イエスにして十字架を避けようと祈ったが、思い直して「いやいや、わたしはこのため、この時のために(この世に)来たのだ。」(ヨハ12:27)という。これクリスチャンの苦しい人生の目的である。「自分の十字架を負え」
●同じくマタイ26:39「、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」
これも信者としての苦しい人生の祈りである。
●しかしこういう人は神の国の栄光が与えられる。

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朝の黙想終わり








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聖書はサタンの物語 ++++++++ 所感

2012/10/02 06:17

121002(火)5時目覚め●朝の黙想●「聖書はサタンの物語」●人間はサタンの誘惑に100%負けることになっている。それを克己心や道徳や修行で防ぐことができると思ったら、聖書もキリスト教も不要である。悪魔は人間よりも強い。●聖書は一面そのサタンの物語でもある。イブを誘惑した蛇、予言者たちの警告を聞かないようにした働き、ヨブを誘惑したサタン、イエスを荒野で誘惑したサタン、イエスに十字架で死ぬことを思いとどまらせようとペテロに入ったサタン、ユダに入ったサタン、各種病気悪霊を送り込むサタン。そして黙示録ではついにそのサタン(竜)が天から落とされる。●聖書はこれを全聖書的に通観するときに見えてくるものがある。●偉大なる文学芸術はこのサタンがテーマ。ダンテ(「神曲」の冒頭)、ミルトン「失楽園」、チャイコフスキー(白鳥の湖)●サタンは人生も家庭もめちゃくちゃにする●サタンは人間に入って近づいて誘惑する。金、女、地位、●サタンを憎んで人を憎まず。●人間はサタンに100%負けるものだから次の祈りをしなければならないのだ。
 

塚本訳マタイ6:13
400613","わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。"

●ここを深く黙想するためにTSK日本語版を見てみよう。
 http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

●マタ 6:13

6:13 わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。

*「試みに会わせないで」

Genesis 22:1

1これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。

Deuteronomy 8:2

2あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを導かれたそのすべての道を覚えなければならない。それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どうかを知るためであった。

Deuteronomy 8:16

16先祖たちも知らなかったマナを荒野であなたに食べさせられた。それはあなたを苦しめ、あなたを試みて、ついにはあなたをさいわいにするためであった。

Proverbs 30:8

8うそ、偽りをわたしから遠ざけ、貧しくもなく、また富みもせず、ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。

Matthew 26:41

41誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。

Luke 22:31-46

31シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。 32しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」。 33シモンが言った、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」。 34するとイエスが言われた、「ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が泣くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。 35そして彼らに言われた、「わたしが財布も袋もくつも持たせずにあなたがたをつかわしたとき、何かこまったことがあったか」。彼らは、「いいえ、何もありませんでした」と答えた。 36そこで言われた、「しかし今は、財布のあるものは、それを持って行け。袋も同様に持って行け。また、つるぎのない者は、自分の上着を売って、それを買うがよい。 37あなたがたに言うが、『彼は罪人のひとりに数えられた』としるしてあることは、わたしの身に成しとげられねばならない。そうだ、わたしに係わることは成就している」。 38弟子たちが言った、「主よ、ごらんなさい、ここにつるぎが二振りございます」。イエスは言われた、「それでよい」。 39イエスは出て、いつものようにオリブ山に行かれると、弟子たちも従って行った。 40いつもの場所に着いてから、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈りなさい」。 41そしてご自分は、石を投げてとどくほど離れたところへ退き、ひざまずいて、祈って言われた、 42「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。 43そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。 44イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。 45祈を終えて立ちあがり、弟子たちのところへ行かれると、彼らが悲しみのはて寝入っているのをごらんになって 46言われた、「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らないように、起きて祈っていなさい」。

1 Corinthians 10:13

13あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。

2 Corinthians 12:7-9

7そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。 8このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。 9ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。

Hebrews 11:36

36なおほかの者たちは、あざけられ、むち打たれ、しばり上げられ、投獄されるほどのめに会った。

1 Peter 5:8

8身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている。

2 Peter 2:9

9こういうわけで、主は、信心深い者を試錬の中から救い出し、また、不義な者ども、

Revelation of John 2:10

10あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。

Revelation of John 3:10

10忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。

*「悪しき者」

1 Chronicles 4:10

10ヤベヅはイスラエルの神に呼ばわって言った、「どうか、あなたが豊かにわたしを恵み、わたしの国境を広げ、あなたの手がわたしとともにあって、わたしを災から免れさせ、苦しみをうけさせられないように」。神は彼の求めるところをゆるされた。

Psalms 121:7-8

7昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。 8主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。 [121:9] 主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。

Jeremiah 15:21

21わたしはあなたを悪人の手から救い、無慈悲な人の手からあがなう」。

John 17:15

15わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。

Galatians 1:4

4キリストは、わたしたちの父なる神の御旨に従い、わたしたちを今の悪の世から救い出そうとして、ご自身をわたしたちの罪のためにささげられたのである。

1 Thessalonians 1:10

10そして、死人の中からよみがえった神の御子、すなわち、わたしたちをきたるべき怒りから救い出して下さるイエスが、天から下ってこられるのを待つようになったかを、彼ら自身が言いひろめているのである。

2 Timothy 4:17-18

17しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、すべての異邦人に聞かせるように、主はわたしを助け、力づけて下さった。そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである。 18主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し、天にある御国に救い入れて下さるであろう。栄光が永遠から永遠にわたって主にあるように、アァメン。

Hebrews 2:14-15

14このように、子たちは血と肉とに共にあずかっているので、イエスもまた同様に、それらをそなえておられる。それは、死の力を持つ者、すなわち悪魔を、ご自分の死によって滅ぼし、 15死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた者たちを、解き放つためである。

1 John 3:8

8罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。

1 John 5:18-19

18すべて神から生れた者は罪を犯さないことを、わたしたちは知っている。神から生れたかたが彼を守っていて下さるので、悪しき者が手を触れるようなことはない。 19また、わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。

Revelation of John 7:14-17

14わたしは彼に答えた、「わたしの主よ、それはあなたがご存じです」。すると、彼はわたしに言った、「彼らは大きな患難をとおってきた人たちであって、その衣を小羊の血で洗い、それを白くしたのである。 15それだから彼らは、神の御座の前におり、昼も夜もその聖所で神に仕えているのである。御座にいますかたは、彼らの上に幕屋を張って共に住まわれるであろう。 16彼らは、もはや飢えることがなく、かわくこともない。太陽も炎暑も、彼らを侵すことはない。 17御座の正面にいます小羊は彼らの牧者となって、いのちの水の泉に導いて下さるであろう。また神は、彼らの目から涙をことごとくぬぐいとって下さるであろう」。

Revelation of John 21:4

4人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

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朝の黙想 終わり

●次回感話の箇所の探求。
 
【口語訳】 創 6 章
 6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
 6:6 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、

【口語訳】 創 8 章
 8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。

●これが人間は生まれつきだれもかれも罪びとであることの聖書的根拠である。
●かって某女子高生が「原罪ななんてありえないわよ」と言った。これを聞いた男子生徒が「目を開けられ」たという。「原罪」とは自分で自覚しなければ「ありえない」と思うだけだ。この二人、人生の長旅で自らの苦しい悲しい経験として「原罪」を知り、ついに神によってサタンを滅ぼしてもらわなければどうしようもなくなる恩恵の日が訪れることを祈る。
●上記聖句のうち、創世記6:5 と8:21をTSK日本語版で見てみよう。
 
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●創 6:5

6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。

*「主は人の悪が地にはびこり、・・・・見られた。」

Genesis 13:13

13ソドムの人々はわるく、主に対して、はなはだしい罪びとであった。

Genesis 18:20-21

20主はまた言われた、「ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重いので、 21わたしはいま下って、わたしに届いた叫びのとおりに、すべて彼らがおこなっているかどうかを見て、それを知ろう」。

Psalms 14:2-5

2愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、善を行う者はない。 3主は天から人の子らを見おろして、賢い者、神をたずね求める者が/あるかないかを見られた。 4彼らはみな迷い、みなひとしく腐れた。善を行う者はない、ひとりもない。 5すべて悪を行う者は悟りがないのか。彼らは物食うようにわが民をくらい、また主を呼ぶことをしない。

Psalms 53:3

3神は天から人の子を見おろして、賢い者、神を尋ね求める者があるかないかを見られた。

Romans 1:28-31

28そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。 29すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、 30そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、 31無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。

Romans 3:9-19

9すると、どうなるのか。わたしたちには何かまさったところがあるのか。絶対にない。ユダヤ人もギリシヤ人も、ことごとく罪の下にあることを、わたしたちはすでに指摘した。 10次のように書いてある、/「義人はいない、ひとりもいない。 11悟りのある人はいない、/神を求める人はいない。 12すべての人は迷い出て、/ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、/ひとりもいない。 13彼らののどは、開いた墓であり、/彼らは、その舌で人を欺き、/彼らのくちびるには、まむしの毒があり、 14彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。 15彼らの足は、血を流すのに速く、 16彼らの道には、破壊と悲惨とがある。 17そして、彼らは平和の道を知らない。 18彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。 19さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。

*「すべて・・・思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを

Genesis 8:21

21主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。

Deuteronomy 29:19

19そのような人はこの誓いの言葉を聞いても、心に自分を祝福して『心をかたくなにして歩んでもわたしには平安がある』と言うであろう。そうすれば潤った者も、かわいた者もひとしく滅びるであろう。

Job 15:16

16まして憎むべき汚れた者、/また不義を水のように飲む人においては。

Proverbs 6:18

18悪しき計りごとをめぐらす心、すみやかに悪に走る足、

Ecclesiastes 7:29

29見よ、わたしが得た事は、ただこれだけである。すなわち、神は人を正しい者に造られたけれども、人は多くの計略を考え出した事である。

Ecclesiastes 9:3

3すべての人に同一に臨むのは、日の下に行われるすべての事のうちの悪事である。また人の心は悪に満ち、その生きている間は、狂気がその心のうちにあり、その後は死者のもとに行くのである。

Jeremiah 17:9

9心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。

Ezekiel 8:9

9彼はわたしに言われた、「はいって、彼らがここでなす所の悪しき憎むべきことを見よ」。

Ezekiel 8:12

12時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、イスラエルの家の長老たちが暗い所で行う事、すなわちおのおのその偶像の室で行う事を見るか。彼らは言う、『主はわれわれを見られない。主はこの地を捨てられた』と」。

Matthew 15:19

19というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、

Mark 7:21-23

21すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、 22姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。 23これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

Ephesians 2:1-3

1さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、 2かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。 3また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。

Titus 3:3

3わたしたちも以前には、無分別で、不従順な、迷っていた者であって、さまざまの情欲と快楽との奴隷になり、悪意とねたみとで日を過ごし、人に憎まれ、互に憎み合っていた。

*「その心に

Jeremiah 4:14

14エルサレムよ、あなたの心の悪を洗い清めよ、そうするならば救われる。悪しき思いはいつまで/あなたのうちにとどまるのか。
 



●創 8:21

8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。

*「人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。

Genesis 6:5

5主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。

Job 14:4

4だれが汚れたもののうちから清いものを/出すことができようか、ひとりもない。

Job 15:14-16

14人はいかなる者か、どうしてこれは清くありえよう。女から生れた者は、どうして正しくありえよう。 15見よ、神はその聖なる者にすら信を置かれない、/もろもろの天も彼の目には清くない。 16まして憎むべき汚れた者、/また不義を水のように飲む人においては。

Psalms 51:5

5わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。

Psalms 58:3

3否、あなたがたは心のうちに悪い事をたくらみ、その手は地に暴虐を行う。

Proverbs 20:9

9だれが「わたしは自分の心を清めた、わたしの罪は清められた」ということができようか。

Ecclesiastes 7:20

20善を行い、罪を犯さない正しい人は世にいない。

Isaiah 47:12

12あなたが若い時から勤め行ったあなたの魔法と、多くの魔術とをもって立ちむかってみよ、あるいは成功するかもしれない、あるいは敵を恐れさせるかもしれない。

Isaiah 47:15

15あなたが勤めて行ったものと、あなたの若い時からあなたと売り買いした者とは、ついにこのようになる。彼らはめいめい自分の方向にさすらいゆき、ひとりもあなたを救う者はない。

Isaiah 48:8

8あなたはこれを聞くこともなく、知ることもなく、あなたの耳は、いにしえから開かれなかった。わたしはあなたが全く不信実で、生れながら反逆者ととなえられたことを/知っていたからである。

Isaiah 53:6

6われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。

Jeremiah 8:6

6わたしは気をつけて聞いたが、彼らは正しくは語らなかった。その悪を悔いて、『わたしのした事は何か』という者はひとりもない。彼らはみな戦場に、はせ入る馬のように、自分のすきな道に向かう。

Jeremiah 17:9

9心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。

Jeremiah 18:12

12しかし彼らは言う、『それはむだです。われわれは自分の図るところに従い、おのおのその悪い強情な心にしたがって行動します』と。

Matthew 15:19

19というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、

John 3:6

6肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。

Romans 1:21

21なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。

Romans 3:23

23すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、

Romans 8:7-8

7なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。 8また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。

Ephesians 2:1-3

1さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、 2かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。 3また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。

James 1:14-15

14人が誘惑に陥るのは、それぞれ、欲に引かれ、さそわれるからである。 15欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す。

James 4:1-2

1あなたがたの中の戦いや争いは、いったい、どこから起るのか。それはほかではない。あなたがたの肢体の中で相戦う欲情からではないか。 2あなたがたは、むさぼるが得られない。そこで人殺しをする。熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。あなたがたは、求めないから得られないのだ。

1 John 5:19

19また、わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。

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●感想。世界の情勢も一個人、一家庭の事件も悩みもこの聖書の言葉のとおりである。
●9:00 池谷医院健康診断。良好
●散髪。この主人は私が行くとクラシック音楽をかけてくれる
●TSK日本語版創世記43章入力。創世記は面白い。骨肉の争いが赤裸々。

2012_10020001.jpg 

秋留台公園、一昨日の台風で倒れていた樹木が直されていた。次を思った。

 
塚本訳 ルカ13:5-9
"421305","そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるで
あろう。」"
"421306","
そこでこの譬を話された、「ある人が葡萄畑に一本の無花果の木を植えておいた。
(ある日)実をさがしに来たが、見つからないので、"
"421307","
葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来て
いるのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたび
れさせることがあろう。』"
"421308","
答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回り
を掘って、肥料をやってみますから。"
"421309","
それで来年実を結べばよし、それでもだめなら、切ってください。』」"



 










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