to 日記と感想 2013年09月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170706      TM誕生日
    170701      TT誕生日
    170628       IY誕生日
    170625(日)14:00羽村フィル、ゆとろぎ。モーツァルト40番、チャイコフスキー5番
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


聖書データの継承 ++++++++ 所感

2013/09/30 21:58

 130930(月)●TSK日本語版歴代誌下4章
●息子(三男)が所用で福島県から上京、聖書データの継承相談。私が死亡するとインターネットによるHPが閉じられることになる。そのとき、十数年かけて作成した聖書データのBbBとTSKおよび塚本訳電子データをどうするか。三男恵が自身のホームページで継承してくれることになった。感謝である。●三男が「自分が死んだらどうするのか」と聞くので、それはその時のことだと答えた。これはエクレシアの存続と同じ、福音の継承の問題と同じである。神が必要と思えば継続する。継承される。


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三男の恵は昨日は鎌倉に所用、その後浦安の長男新一の家に泊。あきる野の我が家には午前中に到着。私のホームページにある「聖書データ」の継承について打ち合わせをする。
雨宮先生を見舞い、15時過ぎに福島に帰った。 


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恵は自分の家がある福島県二本松市に帰る。帰り道と一家の無事を祈る。

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15:00 前職場の建設物価調査会に年一回行われる「JBCI委員会」に出席。東京スカイツリーが近くに見える。
17:30 委員会のメンバーで会食。私はノンアルコールビール。よい飲み物が出来たものだ。


21:15 あきる野に帰宅。疲れた。妻が「恵は『父さん、顔色が悪い』と言って帰った」という。

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生命の書にその名を書かれている者 ++++++++ 所感

2013/09/29 16:31

130929(日)4時半起床。今日の集会の原稿の修正。プリント。●ギリギリだが朝に良い思いが浮かぶからしょうがない。
●集会は高木(司会)、山本(感話)、高橋(生命の書にその名を書かれている者・・・神が目を留める人・・・)下記サイト

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1309295.htm

●今日の感話のお礼一人、批判一人。感話者はエクレシアで揉まれて育つ。
●昼食は小寺利男、七重、高橋照男、トミ子。
●帰宅してから今日の資料をHPにアップしたが、これが難儀。
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男は女に触れない方がよい ++++++++ 所感

2013/09/28 06:59

130328(土)3時半目覚め、明日の感話資料の推敲。4時半起床。●明日の感話の資料修正。●プリンターに印刷を仕掛けてから早朝散歩。 ●秋留台公園にて、夫婦での早朝散歩の姿を写す。

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結婚、夫婦生活、結婚生活は創造の目的

口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。



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妻は夫に従い、夫は弱い妻をいたわれ


塚本訳 Ⅰペテ3:1-7
3:1 同じく妻達よ、自分の夫に従え、或る夫が(伝道者の宣べる)御言には従わずとも、言葉でなく妻の行いによって、
3:2 (すなわち)お前達の神を畏れる潔い行いを見て捕えられんためである
3:3 お前達の飾りは髪を(綺麗に)編んだり、金(の装身具)をつけたり、(美しい)着物を着たりする外部のことでなく、
3:4 柔和な、典雅な心ばせを朽ちぬ飾りとする心の中の隠れた人でなければならぬ。これこそ神の前で値打あるものである。
3:5 昔神に望みをかけた妻達も、斯く(柔和と典雅な心をもって)その夫に従い、自らを飾ったではないか。
3:6 (例えば)サラが『「主」と呼んで』(夫)アブラハムに従順であったように。お前達も善いことをして、どんな『脅迫を』も』恐れなければ』、サラの子となったのである。
3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。
 

塚本訳 コロ 3:21
3:21 父達よ、子を怒らせて、いじけさせるな

 


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離婚してはいけない

塚本訳 マタ 19:6
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳
Ⅰコリ7:12
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない





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草むらの中の花。遠景は朝の奥多摩連山。


●目覚めの啓示「男は女に触れるな」 (Ⅰコリ 7:1) について黙想。

●翻訳比較

口語訳 Ⅰコリ7:1
7:1 さて、あなたがたが書いてよこした事について答えると、男子は婦人にふれないがよい。

新改訳 Ⅰコリ7:1
7:1 さて、あなたがたの手紙に書いてあったことについてですが、男が女に触れないのは良いことです。

新共同 Ⅰコリ7:1
7:1 そちらから書いてよこしたことについて言えば、男は女に触れない方がよい。

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。

文語訳 Ⅰコリ7:1
7:1 汝らが我に書きおくりし事に就きては、男の女に觸れぬを善しとす。

NKJV Ⅰコリ7:1
7:1 Now concerning the things of which you wrote to me: It is good for a man not to touch a woman.

TEV Ⅰコリ7:1
7:1 Now, to deal with the matters you wrote about. /A man does well not to marry.



●初めに自分の頭に浮かぶ聖句

塚本訳 マタ 19:10-12
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。
19:12 というのは、(同じ独身でも、)母の胎内から結婚できないように生まれついた者があり、また人から(無理に)結婚できないようにされた者があり、また天の国のために自分で(決心して)結婚しない者がある。(この最後のものが本当の独身である。)出来る者はしたがよかろう。」

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 マタ 5:27-28
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。


●次にBbBを見る

塚本訳 Ⅰコリ9:5
9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。


塚本訳 Ⅰコリ7:8
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。

塚本訳 Ⅰコリ7:26-28
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:8
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。

塚本訳 Ⅰテサ4:4
4:4 一人一人が聖潔と尊敬とをもって自分の妻を待(あしら)うことを学び、

塚本訳 Ⅰコリ7:37-38
7:37 しかし(ある人が)心に堅く決しており、(結婚の)必要もなく、自分の欲望を支配する力があり、また自分の処女をそのままにしておこうと心に決めている(ならば、その)人は(もちろん)よいことをするのである。
7:38 従って、自分の処女と結婚する者はよいことをするのであり、結婚しない者はよりよいことをするのである。

塚本訳 ロマ 12:6-8
12:6 (すなわち)わたし達は与えられた恩恵(の分量と種類と)に応じて、(ひとりびとりが)ちがった賜物を持っているのだから、(たとえば、)預言(の力)を持っているなら、信仰の量に応じて預言せよ。
12:7 (貧しい人の救済その他の)職務を持っているなら、その職務に、教師なら教育に、
12:8 伝道なら伝道に、精を出せ。施す者は純粋に、世話をする者は熱心に、慈善を行う者は喜んで、しなければいけない。


次にTSKを見る

塚本訳 Ⅰコリ7:37-38
7:37 しかし(ある人が)心に堅く決しており、(結婚の)必要もなく、自分の欲望を支配する力があり、また自分の処女をそのままにしておこうと心に決めている(ならば、その)人は(もちろん)よいことをするのである。
7:38 従って、自分の処女と結婚する者はよいことをするのであり、結婚しない者はよりよいことをするのである。

口語訳 創  20:6
20:6 神はまた夢で彼に言われた、「そうです、あなたが清い心をもってこのことをしたのを知っていたから、わたしもあなたを守って、わたしに対して罪を犯させず、彼女にふれることを許さなかったのです。

口語訳 箴  6:29
6:29 その隣の妻と不義を行う者も、それと同じだ。すべて彼女に触れる者は罰を免れることはできない。



●次に黒崎幸吉注解を見る

塚本訳 Ⅰコリ5:9-11
5:9 (前の)手紙で、決して不品行な者たちと付き合ってはならないと書いたが、
5:10 あれはこの世の不品行な者や貪欲な者、略奪者や偶像礼拝者などと決して付き合うなというのではない。もしそうならば、あなた達はこの世から出てゆかねばならないからである。
5:11 しかしわたしは(はっきり)書く。──もし兄弟と呼ばれる者が、不品行な者や貪欲な者や偶像礼拝者や罵る者や大酒飲みや掠奪者などであるならば、付き合ってはならない。そんな者とは一しょに食事もしてはならない。


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朝の黙想終わり。人間は霊に生きるのが本筋、肉の交わりは真の幸福ではない。真の喜びではない。



●9:30 昨日妻と買い物をしたイオンに忘れ物を取りに行く。ちゃんと保管されていた。一日30件(多いときは80件)の忘れ物があるそうだ。帰りながら日本は治安も良く、道徳も優れている国だとありがたく思った。
●イオンに行く途中に秋の景色を撮影する

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秋の空と雲はきれいだ。雑草たちも称えている。

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秋の空、群れ飛ぶ鳥、赤い柿

メキシコ民謡、シェリトリンド(きれいな空)を思う

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青い空、白い雲、白と赤のコスモス。あーきれいだなー

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コスモスに蝶が飛び回る。これで受粉をしているのだ。自然の共生。自然の妙。
神の創造の美、と賢さ。






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神に知られる人 ++++++++ 所感

2013/09/27 08:04

130927(金)5時目覚め。朝の啓示「神に知られる人」●人間、何が幸福かというと、この世の人間どもに知られ、賞賛されることよりも永遠の命の本源なる父なる神に永久に知られることが真の幸福である。●世間は「有名人」を忘れる。身近なことでも私は祖父の名前を知らない。従兄弟の名前も全部は知らない。まだいないがおそらく私の曾孫も私たち夫婦の名前は忘れるであろう。●第一にこの私自身が老化現象で人の名前がなかなか思い出せないことがある。ましてや認知症にでもなれば伴侶の名前、子供の名前すらも忘れるだろう。●現に集会のある御夫人を「施設」に見舞ったら、私たちのことを覚えてはいなかった。淋しくその施設を去った。●私が力を尽くして設計した家にしばらくぶりで伺った時に、その老夫人は私のことを忘れておられた。淋しかった。●しかし神はわたしのことを忘れない。「ラザロ、出て来い」と叫ばれた神の子イエスは終末の日には名前で私たちを一人一人呼ばれるはずだ。(ヨハネ11:43)。神は認知症にはならない。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

口語訳 出  33:17
33:17 主はモーセに言われた、「あなたはわたしの前に恵みを得、またわたしは名をもってあなたを知るから、あなたの言ったこの事をもするであろう」。


●今朝は「神に知られるという幸福」について思いつくままに聖句(神の言葉)を掲げる。こういうことは聖書辞典、コンコルダンス、註解書、TSK、引照には出ていない。自分の頭で納得する部分を自分の頭から紡ぎだすことが一番よい「営み」だ。

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、
隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳 マタ 15:12-13
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「
わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。

塚本訳 マタ 6:26-27
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

塚本訳 マタ 6:28-30
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 12:15-16
12:15 イエスはそれと知って、そこを立ちのかれた。すると大勢の者がついて来たので、一人のこらずその病気をなおして、
12:16 自分のことを世間に知らせるなと戒められた

塚本訳 マタ 6:1-2
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。

塚本訳 マタ 6:3-4
6:3
あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう


塚本訳 マタ 20:25-26
20:25 するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである
20:26 あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなりたい者は召使になれ。

塚本訳 ルカ 22:24-27
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。


口語訳 詩  139:12-13
139:12 あなたには、やみも暗くはなく、夜も昼のように輝きます。あなたには、やみも光も異なることはありません。
139:13 あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました

口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、


塚本訳 ガラ 1:15-17
1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、
1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、
1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)


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朝の黙想終わり。

●TSK日本語版歴代誌下開始 1章

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早朝散歩。5時35分。万物は日の出を待っている。

塚本訳 ロマ 8:18-19
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。

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早朝散歩。大好きなコスモス。遠景は富士。

文語訳 マタ 6:30 
6:30 今日ありて明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ


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早朝散歩のおわり。太陽照らされる我が家。我と我が親族一統を清めたまえ。

口語訳 詩  51:7
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。

口語訳 詩  119:147
119:147 わたしは朝早く起き出て呼ばわります。わたしはみ言葉によって望みをいだくのです。

口語訳 詩  119:105
119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です
 
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父母の墓参に秋川霊園に行く。コスモスが咲いていた。遠景は奥多摩連山

文語訳 マタ 6:28-29
6:28 又なにゆゑ衣のことを思ひ煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、勞せず、紡がざるなり。
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。

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父母の墓参

文語訳 Ⅰヨハ4:8
4:8 愛なき者は、神を知らず、神は愛なればなり

口語訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある

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弁当を食べてから、墓の草むしりをした。家族親族がずいぶん多くなった。

口語訳 創  22:17
22:17 わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、

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我が家の柿の木は十二年目に実がなった。
「桃栗三年。柿八年」と言うが、我が家の場合は十二年であった。
初めて食べる柿は甘かった。

塚本訳 ルカ 13:6-9
13:6 そこでこの譬を話された、「ある人が葡萄畑に一本の無花果の木を植えておいた。(ある日)実をさがしに来たが、見つからないので、
13:7 葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来ているのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたびれさせることがあろう。』
13:8 答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回りを掘って、肥料をやってみますから。
13:9 それで来年実を結べばよし、それでもだめなら、切ってください。』」






























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上れない階段 ++++++++ 所感

2013/09/26 06:14

130926(木)苦しい夢を見て4時半目覚め。内容はこうだ。見知らぬ駅の階段を上って行くと最後の段階で大きな穴が開いていて渡れない。出勤途中の大勢の人が詰まってしまって難儀している。何人かの人が「責任者の駅長を出せ。早く直せ」と怒号。私もその中にいる。駅長はこのことで悩んで急きょ入院。周り道して別のルートで目的地に着いたところ穴に鉄骨の橋が架けられて皆が渡れるようになっていた。若い駅員に「あの鉄骨の階段は誰が作ったのか」と聞くと、「近くの鉄工所が急いで作った」とニコニコしていた。ここで夢が覚めた。コレダ!。ここにキリストの救いの本質があり、又人生における「仕事」の意義もある。

●人は皆、上に上ろう、出勤しよう、幸福になろうと思っている。これ人間の「幸福追求」のエネルギーだ。マタイ5章冒頭に「幸福追求」のことが書いてある。人間は誰でも「幸福」になりたいものだ。


塚本訳 マタ 5:3-10
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。
5:7 ああ幸いだ、憐れみ深い人たち、(かの日に)憐れんでいただくのはその人たちだから。
5:8 ああ幸いだ、『心の清い人たち、』(御国に入って)神にまみえるのはその人たちだから。
5:9 ああ幸いだ、平和を作る人たち、神の子にしていただくのはその人たちだから。
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。



●ところがこの階段は途中までは登れても、思わぬ事故で階段に穴が開いていて最後の段階で向こうにどうしても渡れない。「思わぬ事故」とは「俺の人生はこんなはずではなかったのに」と嘆く「気の毒」な目に遭っている人の嘆きだ、病気、失業、リストラ、家庭崩壊、夫婦間の冷却、離婚、一家離散、子供の非行、犯罪・・・・・
ロマ書3章に「さりとて神の栄光は受けられなくなっている」ということが書いてある。またルカ16章には天国と地獄の間には深い溝があって「渡れない」と書いてある。 
 
塚本訳 ロマ 3:23-25
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──


塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。



●夢の中では誰かが壁に下がった綱を握ってアクロバットで渡るんだと熱心に説明している。しかし運動神経がイマイチの私には出来そうになくウロウロしている。これ自力での努力型宗教の教師、律法教師、道徳教師、ヒューマニストの声だ。これパウロが「律法を守ることでは救われない」 と言っていることなのだ。人間は道徳を守ることでは良くなることはない。

塚本訳 ロマ 3:20
3:20 というのは、律法が命ずる行いによっては『だれ一人神の前に義とされる者はない。』律法によって(は)罪を知る(ことができるだけで、人を罪から救うことはできない)からである。

塚本訳 ロマ 10:3
10:3 すなわち、彼らは(キリストを信ずることによって義とされる)神の義(の道が開けているの)がわからず、(自分の力で律法を守って)自分の義を立てようとしたため、神の義に服従しなかったのである

●何人かの人が「この惨状は駅長は知っているのか。「責任者を出せ!」と息巻いている。私もその中にいた。律法主義者であったパウロがステパノを殺す仲間の中にいたのと同じである。また これキリスト教の中の社会批判者の声、天下国家を断罪する声である。権威に抵抗し、たてついても平和は来ない。「責任者を出せ!」という声は東電の原発事故における東電の社長やはたまた当時の管首相にまで断罪の矛先を向けた心理と同じである。彼らが責任を感じて辞任しても解決しない。夢では「駅長はこのことで悩み入院中だ」ということだが、東電の清水社長が病気になったのと同じである。「盲人で生まれた子供は誰の責任か」とイエスに聞いたのに答えたイエスは「責任論」を論じない。原因究明は「今後はそうならないように」という改善策のためには重要だが、今現実に穴が開いている状態の修復には役に立たない。

塚本訳 使  7:54-60
7:54 これを聞いて(法院にいた)人々は怒り心頭に発し、ステパノに向かって歯ぎしりした。
7:55 しかしステパノは聖霊に満ちて天をじっと見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見ると、
7:56 「おお、天が開けた、人の子が見える、神の右に立っておられる!」と言った。
7:57 すると彼らは大声で叫び、(冒涜の言葉を聞くまいとして)耳をふさぎ、一せいに襲いかかって、
7:58 彼を町の外に突き出し、石で打ち殺した。証人たちはぬいだ上着をサウロという青年の足下に置い(て、番をさせ)た。
7:59 ステパノは打ち殺されながら、イエスの名を呼んで、「主イエス様、わたしの霊をお受けください」と祈り、
7:60 それからひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞこの罪をこの人たちに負わせないでください!」こう言って、彼は眠りについた。



●そうこうするうちに誰かがどっかから急ごしらえの鉄板の橋の階段が架けられていた。誰が手配したのか。「思わぬ道」である。
「私は道である」というイエスの言葉とパウロの「神は道を設けた」という言葉を思う。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない


塚本訳 ロマ 3:24
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。



●若い駅員に「誰がつくったのか」と聞くと、「近くの鉄工所」が急いで作ったのだという。一般に町の鉄工所は名もない零細企業である。そこが今やっている仕事を中断して急ぎの仕事を先にしたのだろう。それは儲からない仕事である。しかし困っている人を助ける仕事である。鉄の階段製作は「小事」である。しかし現実に多くの人が「この世のこと」で困っている状態を救った。ここに職業の本質を見る。企業はその仕事の一割ぐらいはあまり儲からない仕事をやるべきだ。そうすると残りの九割の仕事も評判を呼んで良くなる。ルカ16章にイエスの職業観、人生観が書かれている。就職するのは有名大企業でなくてもよい。名もなき町の零細企業でもよい。そこで「親切」な行為をすれば「命の書にその名が記される」のだ。 結婚相手また同じ。社会的に有名な企業や地位tの人と結婚しなくても(できなくても)よい。運命の出会いの人に主に会って尽くし貫けば天国に迎えられるのだ。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


塚本訳 ルカ 16:14-15
16:14 金の好きなパリサイ人の人々は一部始終を聞いて、イエスを鼻で笑った。(富は信仰の褒美と考えていたのである。)
16:15 そこで彼らに言われた、「あなた達は人の前では信心深そうな顔をしているが、神はあなた達の心を見抜いておられる。人の中で尊ばれるものは、神の前では嫌われるものである。


●キリスト教が伝えることは以上のことである。「記念」すべきことはこのことである。無教会は人間を記念してないでイエスの死を記念すべきである。

塚本訳 マタ 26:11-13
26:11 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも(一しょに)いるわけではない。
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 Ⅰコリ11:24-25
11:24 (神に)感謝して裂いて、言われた、「これはあなた達のためにわたすわたしの体である。わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。
11:25 食事の後、杯を同じように(感謝)して(分けて、)言われた、「この杯はわたしの『血』の犠牲を払った『新しい約束』である。(今から後、)飲むたびごとに、わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。


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朝の黙想終わり。「行け!パウロ」。次の句を思う。

塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と

●渡れない川をキリストによって渡れる事を歌った讃美歌は482番の4-5節

讃美歌482番


死の波路の闇のかなた
天なる岸辺の輝く見ゆ


父の神よ その波路を
救いの舟にて乗り越えゆかん


●NHKTV。8:15「アサイチ」で若井晋君ご夫妻(元高橋三郎先生集会)が出た。若井君とは24歳の頃、美ヶ原の聖書合宿会(教師は大島智夫、杉山好、内田芳明他)で一緒。彼は最後は東大医学部、脳神経学の教授になったが、あろうことか自分が「若年性アルツハイマー」になられた。始めは自暴自棄になり奥さんの克子さんは苦労された。克子さんは拙宅の新築祝いに来てくださったことがある。しかし彼はその後落ち着き、「認知症になっても私は私、人格は変わらない」という持論を持つようになられた。若井君は「認知症」になってから多くの同病者を慰め励ませるようになった。これ神の摂理だと私は思う。克子夫人は恥を忍んで「夫の病気を公表してよかった」と言われる。若井君万歳!。「若井晋」君については下記参照。
http://www.dipex-j.org/dementia/de/de05/2683.html 

自分の病気や家庭のゴタゴタをひた隠しに隠しているのは誰だ。誰の役にも立たない。 人生、恥をかけ。

●終日TSK日本語版歴代誌上29章。今日で歴代誌上は完成、CDに焼き付けて物置にしまった。巣から歴代誌下。あと2年。
●図書館に行きながら、夕方散歩往復40分。デジカメで秋の夕空を撮影

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来世(あるいは黄泉)ではこの美しい空を見ることが出来るのだろうか。
見えると信ずる。その聖書的根拠は次だ。

塚本訳 ルカ 16:22-25
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。










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悪いことは神が注意してくださる ++++++++ 所感

2013/09/25 08:43

130925(水)4時半目覚め。目覚めの啓示「悪いことは神が注意してくださる。」●関連聖句を掲げる

口語訳 出 14:14
14:14 主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。


塚本訳 ルカ 18:5-8
18:5 この寡婦はどうもうるさくて、やりきれないから、(裁判をして、)この女のために仕返しをしてやろう。そうしないと最後にはやって来て、わたしをどんなひどい目にあわせるか知れない。』」
18:6 それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!」


塚本訳 ロマ 12:19
12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」


塚本訳 Ⅰテサ5:15
5:15 誰も悪で悪に仕返しせぬように注意し、互いに、また何人にも、常に親切であるように努めよ。


塚本訳 Ⅱテサ1:5-9
1:5 (実はかく)君達が苦しんでいることが(とりも直さず)神の正しい(最後の)審判の(既に切迫している)兆であり、(またそれにより)君達が神の国に相応しい者とされるためであって、君達は(今)その御国のために苦しんでいるので、
1:6 神は(きっと)──これは神において正しいことであるから──(今)君達を苦しめている者達には患難をもって、
1:7 また(これに反し今)苦しめられている君達には私達と一緒に安息をもって報い給うのであって、そのことは主イエスが天からその能力なる天使(の群)と共に『火焔の中に』現れ給う時に実現し、
1:8 (その時)主は『神を知ろうとせぬ(異教の)者』と、私達の主イエスの福音に『従順でない者に仕返しをし給う』ので、
1:9 これらの人達は罰を受けて『主の御顔とその御力の栄光とから』永遠に滅び失せる──

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

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朝の黙想終わり。悪人に手向かうな(マタイ5:38-42)は、神が注意してくださるという背景を認識しないと、単なるヒューマニズムの「我慢」では耐えられないものだ。神は少しの悪をも絶対に見逃さずに罰する。自戒。






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隠れているものは現れる ++++++++ 所感

2013/09/24 06:32

130924(火)3時半目覚め。目覚めの啓示「隠れているたものは現れる」●これは「恐れずに福音を説け」と言う脈絡のイエスの言葉。(マタイ10:26-28)人の心に落ちた福音の種は努力しないでも自然に芽が出るということだ。そこに「いかにしたら福音を伝承できるか」「いかにしたら教会や集会が成長維持できるか」等の人間的心配はいらない。種が本物ならば、たくまずして、努力なしに実がなる。福音は広まる。●関連聖句を掲げてみよう。

塚本訳 マタ 10:26-28
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。


塚本訳 マタ 10:16-21
10:16 いまわたしがあなた達を送り出すのは、羊を狼の中に入れるようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように純真であれ。
10:17 人々に気をゆるすな。あなた達を裁判所に引き渡し、礼拝堂で鞭打つからである。
10:18 また、あなた達はわたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に引き出されるであろう。これは、その人たちと異教人とに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。
10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。

塚本訳 使  22:6-10
22:6 ところが進んでいってダマスコに近づくと、昼ごろ、突然、天から強い光がさしてわたしのまわりに輝いた。
22:7 わたしは地べたに倒れて、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』と言う声を聞いた。
22:8 わたしは答えた、『主よ、あなたはどなたですか。』わたしに言われた、『わたしだ、君が迫害しているナザレ人イエスだ。』
22:9 連れの者たちは光は見えたが、わたしにお話になる方の声は聞こえなかった。
22:10 わたしは言った、『主よ、何をしたらよいのでしょうか。』主は言われた、『起きてダマスコ(の町)まで行け。そうすればそこで一切は告げられる。君のすることは決めてある。』


塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 ルカ 8:15-16
8:15 しかし良い地のもの、これは御言葉を聞くと、りっぱな善い心でこれをしっかり守り、忍耐をもって実を結ぶ人たちである。
8:16 (しかし外の人たちに神の国の秘密が隠されるのは、)だれも明りをつけて器でおおい隠したり、寝台の下に置いたりする者はない。(部屋に)入ってくる者にその光が見えるように、かならず燭台の上に置くのである。

塚本訳 マタ 13:23
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

塚本訳 ルカ 11:33
11:33 だれも明りをつけて片隅に置いたり、枡をかぶせたりする者はない。(部屋に)入ってくる者にその光が見えるように、かならず燭台の上に置くのである。(そのように人の子が来たのも世を照らすためである。それを見わけられないのは、見る人の心が暗いからである。)

塚本訳 ヨハ 1:9-10
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。

塚本訳 ピリ 2:15
2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。

塚本訳 マタ 4:15-16
4:15 『(ガリラヤの)湖に向かった、ゼブルン(族)の地とナフタリ(族)の地、ヨルダン川の向こう(のペレヤ)、異教人の(住む)ガリラヤ──
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』

塚本訳 ルカ 1:78-79
1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、
1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう

塚本訳 ルカ 2:32-35
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。
2:33 幼児のことをこのように言うのを父と母とが不思議に思っていると、
2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った、「驚きなさるなよ、この幼児はイスラエルの多くの人を、(この方に対する態度によって)倒されたり立たせたりする、また、一つの目印となって(この世の烈しい)反対をうける、使命を負わされているのです。──
2:35 (母人よ、)あなたも劔で胸を刺しつらぬかれ(る苦しみをせ)ねばなりますまい。──これは多くの人の心の(隠れた)考えを外に出させるためなのです。」

塚本訳 ヨハ 3:20-21
3:20 悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。
3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」


塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ヨハ 12:35-36
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。
12:36 光のある間に光を信じて、光の子になりなさい。」、こう話すと、イエスは(そこを)立ち去って、彼らから姿をお隠しになった。(イエスの伝道はこれで終ったのである。)


塚本訳 ヨハ 12:46
12:46 わたしが光として世に来たのは、わたしを信ずる者はだれも、暗闇の中に留っていないようにするためである。

塚本訳 マタ 7:16-19
7:16 (結ぶ)実で偽預言者はわかる。茨から葡萄が、薊から無花果がとれようか。
7:17 (そのように、)善い木は皆良い実を結び、わるい木は悪い実を結ぶ。
7:18 善い木に悪い実がなることは出来ず、わるい木に良い実がなることも出来ない。
7:19 良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。

塚本訳 マタ 12:33-34
12:33 木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を悪いとするなら、その実をも悪いとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのである。
12:34 蝮の末よ、あなた達(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう。心にあふれて口に出るのだから。


塚本訳 Ⅰペテ3:15-16
3:15 ただ心に『主』キリスト『を(畏れこれを)聖とせよ』。君達にある希望について説明を求むる者には誰にでも、何時でも弁明の用意をして居れ。
3:16 しかし柔和と、(主に対する)恐れとをもってせよ。また(恥ずることのない)善い良心をもて。君達のキリストにおける善い行いを罵っている者達が、その譏っている事柄について恥をかかせられるためである。


塚本訳 使  18:8-10
18:8 しかし礼拝堂監督のクリスポは全家族そろって主を信じた。また多くのコリント人もパウロの話を聞き、つぎつぎに信じて洗礼を受けた。
18:9 するとある夜主が幻でパウロに言われた、「『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10 『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」

塚本訳 マタ 10:10-14
10:10 旅行には旅行袋も、着替えの下着も、靴も、杖も(なんの用意も)いらない。働く者が食べ物をいただくのは当然だから。
10:11 町なり村なりに入ったら、そこで然るべき人を捜して、(その土地を)立ってゆくまではその家に泊まっておれ。
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

塚本訳 使  18:5-6
18:5 しかしシラスとテモテとがマケドニアから下ってきてからは、パウロは(生活の心配がなくなったので)ただ御言葉(を伝えること)に身をゆだね、ユダヤ人にイエスが(彼らの待ち望んでいる)救世主であることを証しした。
18:6 しかしユダヤ人にはこれに反対して(イエスを)冒涜するので、パウロは(絶縁のしるしに)上着の塵を払いおとして彼らに言った、「(最後の裁きの日に流す)あなた達の血の責任は、あなた達自身に負わされる!わたしは良心の咎めなく(あなた達をすてて、)今からのち異教人へ(伝道に)行く。」

塚本訳 ロマ 10:8-10
10:8 しかしこれはいったい何を言っているのか。(キリストはすでに天から下り、また死人の中から復活されたので、もうそんな努力の必要はない、これも聖書にあるように、)『言葉はあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある』(というのである。)すなわちこの言葉こそ、わたし達が説いている信仰の言葉[福音]である。
10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。
10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)

口語訳 詩  19:1-4
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

塚本訳 ロマ 1:20
1:20 すなわち神の性質は、永遠の能力も神性も、人の目には見えないものであるが、世界創造の時から、理性の目をもって造られた物の中に見ることができるのである。従って(全然)言い訳は立たない。

口語訳 ロマ 1:20
1:20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

塚本訳 ロマ 1:20
1:20 すなわち神の性質は、永遠の能力も神性も、人の目には見えないものであるが、世界創造の時から、理性の目をもって造られた物の中に見ることができるのである。従って(全然)言い訳は立たない。

塚本訳 使  6:7
6:7 こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた。

塚本訳 使  11:24
11:24 バルナバという人はりっぱな、聖霊と信仰とに満ちた人であったからである。そして大勢の人が主に導かれた。

塚本訳 使  12:24
12:24 こうして主の御言葉は成長し、信者の数はふえていった。

塚本訳 使  19:20
19:20 こうして主の言葉は勢いよく成長し、また力を増した。

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朝の黙想終わり

●6:30 ラジオ体操
●匿名氏から次のようなうれしいいメールが来た。

匿名氏からのメール
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いつもHPを利用させてもらっています。

 

創世記13章が表示されないことを報告させていただきます。

 

このHPを見つけれたことはとても感謝です。

 

これからもキリストと共にあられますように。

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●これだから聖書資料データの発信はやめられない。そこで次のように返信メールをした。

返信
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ときどき貴殿のような匿名氏からのご連絡をいただけますことは感謝です。

HPがお役に立ててうれしいです。

主にある純粋な関係です。「残りのもの」(ロマ11:5)の関係です。

創世記13章確かに抜けていました。

しかし小生は目下TSK日本語版に全力投球、すぐには直せませんのであしからず、お許しください。

 

高橋照男

●上記返信のロマ書11:5

塚本訳 ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。


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14:30
私の専門である建築コストの師匠である黒田隆さんを見舞う。介護老人有料施設「まどか川崎」(尻手) 。御夫人の遺影と、お子様お孫さんの写真が飾られていて。私も妻に先立たれて最後はこうなるのかもしれないと思うと暗然となった。
大分お弱りになられた。奥様に先立たれて4年、現在92歳。昔の話に花を咲かせたが、シベリヤ抑留の思い出に話が及ぶと泣き出された。辛い労働と凍土に埋葬してきた戦友を思い出されたのだろうか。人生において私に出会ったことで聞いた話の中で最大のことは「復活」のことだと言われる。アーメン。
 施設を去るとき、二度三度後ろを振り返った。「また会う日まで」。

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18:00
昭和女子大学、学長主催教育懇談会。於・昭和女子大学本館。
左、坂東眞里子学長。「人間を創ってほしい」と挨拶。 本学は3年連続就職率第一位との事。
中、英語コミュニケーション学科講師、藤守義光氏。49歳。「聖書研究」という一科目をお持ちで、英語で聖書を教えておられ、30人の学生が非常に熱心に聴講していると言われる。生徒が熱心なのは聖書が「神の言葉」だからであろうと意見が一致。聖書はそれ自身を単純に素読することが一番力があることでも意見が一致。そのほかに別科目で「啓示宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)」も教えておられるという。 昭和女子大のために喜ぶべきことだ。 ご本人はボストン大学卒、日本キリスト教会柏木教会会員。
右、環境デザイン学科講師、高橋照男。私は建築の講義中に時々聖書的根拠を話す。
 

●21:30 帰宅。三軒茶屋から2時間は疲れる。
しかし70歳なので今年度限りだ。



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世には知られなくても ++++++++ 所感

2013/09/23 05:49

130923(月)秋分の日。4時半目覚め。朝の啓示「世には知られなくても神に覚えられる人生」●来る9月29日の感話の骨子を固めた。

東京聖書読者会感話骨子
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生命の書にその名を書かれている者 

       ――世には知られなくても神に覚えられる人生――

東京聖書読者会 2013.9.29 高橋照男

 

●教文館発行「日本キリスト教歴史大事典 改定増補版」(鈴木範久委員長)は1988-2009年に物故された人物を増補し、2014年に完成予定。

●高橋に執筆を依頼された人物5名

 石河光哉(画家500字)、白井きく(数学教師500字)、善養寺康之(写真家250字)、平沢彌一郎(運動神経生理学者250字)、藤林益三(法律家750字)

●執筆途中の感想

全員が聖書やキリスト教を職業としないでこの世の職業内で苦闘しながら信仰を生き抜いた。それは常にこの世の人には理解されず、未完成且つ不完全、不満足に終わった。ただ神のみがその呻きを覚えたと思う。

●5人の生き様から「キリスト信者の呻きと希望」ということを学んだ。

●しかし真の「キリスト教歴史大事典」は「生命の書に(その名を)書かれている者」である。それは神のみが御存知なので人には書けない。

●神は気の毒な人や罪人に積極的に目を留められて記憶に留める。救いは人には不可能でも神には可能。我々の「呻き」は終末万物完成の日に止む。

 

①キリスト信者の地上での「呻きと希望」

 

塚本訳 Ⅱコリ5:2-4
5:2
どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3
ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4
それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

 

4)塚本訳 ロマ 8:22-24

8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)

8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。

 

 

13)塚本訳 ガラ 4:19

4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

 

14)塚本訳 コロ 1:24

1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

 

 

生命(いのち)(ふみ)に(その名を)書かれている者

塚本訳 黙  21:27
21:27
しかし凡ての穢れたもの、嫌悪むべきことと虚偽とをする者は、決してここに入れない。ただ仔羊の
生命(いのち)(ふみ)に(その名を)書かれている者だけがここに入るであろう。


1)塚本訳 マタ
6:3-4
6:3
あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。

6:4
これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


2)塚本訳 マタ 6:6
 6:6
あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』
隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

3)塚本訳 マタ 6:19-20
6:19
(このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、

6:20
衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)


4)塚本訳 マタ
25:37-40
25:37
その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。

25:38
また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。

25:39
また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』

25:40
すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

5)塚本訳 ルカ 6:43-44
6:43
わるい実を結ぶ良い木はなく、また良い実を結ぶ悪い木もない。

6:44
木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。


6)塚本訳 黙
  14:13
14:13
また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

7)塚本訳 コリ15:58
15:58
だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。
 
                

8)新改訳 詩  19:1-4                      
19:1 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。  
19:2 昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。          
19:3 話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない
。        
19:4 しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。


③神が目を留める人。救いは人間ではなく神の主権に存在する。

塚本訳 ヨハ 5:6
5:6
イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた


1)塚本訳 ルカ
21:1-3
21:1
それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。

21:2
またある
貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。


2)塚本訳 ヨハ
4:6-7
4:6
そこには(有名な)ヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、いきなり井戸のわきに腰をおろされた。昼の十二時ごろであった

4:7
一人のサマリヤの女が水を汲みに来る。「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた。


3)塚本訳 ヨハ
9:1-3
9:1
イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた

9:2
弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」

9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ルカ 23:42-43

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。

 

10)塚本訳   21:4

21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)叫喚(さけび)疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

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東京聖書読者会感話骨子  おわり

●終日TSK日本語版歴代誌上26章
●東急ストアーまで買い物徒歩往復一時間
●図書館に岩波の「世界」10月号を読みに行く。「浅見仙作」。
●DOCOMOショップに寄って、タブレット端末について聴く。今日入力したTSK日本語版歴代誌上26章が見られる。しかし私のホームページを今の「スマホ世代」は見ないだろう。

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早朝散歩でよく会う犬。今年の夏に体重が1キロ増したと言う。人間に換算すれば10キロだそうだ。

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秋留台公園に咲いた彼岸花。今日は彼岸の中日。よくぞ彼岸を忘れないものだなー。驚きだ。

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昼食はおはぎ。21年前に召された父は妻の作る「おはぎ」をいつも楽しみにしていたものだ。
来世では食事の楽しみはあるのかなー

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救いの光の幻 ++++++++ 所感

2013/09/22 05:58

130922(日)4時目覚め。朝の啓示「救いの光の幻」●久しく待ち望んでいたことが実現するようになることは人生で大きな喜びである。こういう時は理屈抜きで神の祝福ということを実感するものである。今朝はその喜びに関連する聖句を頭に思い浮かぶままに掲げよう。

口語訳 詩 139:13
139:13 あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました

塚本訳 ガラ 1:15-17
1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、
1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、
1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)

塚本訳 マタ 1:18-23
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。
1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」
1:22 これはみな、主が預言者(イザヤ)をもって言われた言葉が成就するためにおこったのである。──
1:23 『見よ、乙女が身重になって男の子を産み、人はその(子の)名をインマヌエルと呼ぶであろう。』インマヌエルを訳すると『神はわれらと共なり』である。

塚本訳 ルカ 1:5-7
1:5 ユダヤのヘロデ(大)王の代に、ザカリヤというアビヤ組の祭司があった。。妻は、(これも大祭司)アロンの末で、名をエリサベツといった。
1:6 二人とも主の掟と定めとを皆落度なく守って、神の目に(さえ)正しくあった。
1:7 しかしエリサベツが石女であったので、子がなく、かつふたりとももう年を取っていた。

塚本訳 ルカ 1:13-16
1:13 天使が言った、「ザカリヤ、『恐れることはない。あなたの』(かねての)祈りは『聞きいれられた。』妻エリサベツは男の子を産むであろう。その名をヨハネとつけよ。
1:14 この子はあなたの喜びであり、楽しみであり、多くの人もその誕生を喜ぶであろう。
1:15 主の前に大いなる者となるからである。『彼は決して葡萄酒や強い酒を飲まない。』(そのかわり)母の胎内からすでに聖霊に満たされ、(それに)酔っている。
1:16 彼は多くのイスラエルの子孫を、彼らの神なる主に立ち返らせるであろう。


塚本訳 ルカ 1:28-33
1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。
1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。
1:31 見よ、あなたは子をさずかり、
男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。
1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、
1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」

1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』

1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』
1:49 力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださったのです。『そのお方の名は聖で、』
1:50 『その憐れみは千代よろず代とかぎりなく、そのお方を恐れる者にのぞみましょう。』

塚本訳 ルカ 1:76-79
1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』
1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。
1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、
1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』
われらの足を『平和の道』へと導くであろう。


塚本訳 ルカ 2:10-15
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。
2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。
2:12 あなた達はみどり児が産着にくるまれて飼葉桶に寝ているのを見る。それが(救世主の)目印である。」
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!
2:15 天使たちが彼らをはなれて天に去ると、羊飼たちは互に言った、「さあ、ベツレヘムに行って、主が知らせてくださった出来事を見てこよう。」


塚本訳 ルカ 2:28-32
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。
2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 マタ 4:16-17
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』
4:17 この時から、イエスは「悔改よ、天の国は近づいた」と言って、教えを説き始められた。

塚本訳 ルカ 1:80
1:80 幼児は大きくなり霊も強くなって、(洗礼者として)イスラエルの民の前にあらわれる日まで、荒野に(かくれて)いた


塚本訳 ルカ 2:40
2:40 幼児は大きくなり強くなって、知恵満ち、神の恵みが彼をはなれなかった

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朝の黙想おわり。神は御心をなし給う。讃美歌494番

讃美歌494番

わが行くみち いついかに
なるべきかは つゆ知らねど
手はみこころ なしたまわん

(おりかえし)
備えたもう 主のみちを
ふみてゆかん ひとすじに


こころたけく たゆまざれ
ひとはかわり 世はうつれど
手はみこころ なしたまわん


あらうみをも うちひらき
すなはらにも マナをふらせ
手はみこころ なしたまわん

●早朝散歩で秋の空をみ見て、詩編19:2-4を思った。同時に15年前に召され私が葬儀をしたISさんのことを思った。彼女は3節のように言葉は少なかったが、その影響は深く、あの人もこの人も彼女の影響で信仰に導かれた。

新改訳 詩  19:2-4
19:2 昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。
19:3 話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない
19:4 しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。


●福音は「友人から友人に」伝わる。これは2節の解説になる。人間関係が良いところに福音は歌わる。兄弟の仲が良いと福音は兄弟に伝わる。母の祈りは聴かれる。
●塚本集会に初めて出席した人の感想で、その静粛さにびっくりしたというのを複数聞いた。
●それに比べ、(以下高橋節)、今の教会(集会)は老人ホームの待合室同然、ペチャクチャペチャクチャ、それを楽しみに来ている人に注意したことがあるが、「無い袖は振れない」。元の木阿弥。天国に行ったら、牧師の口と信者の耳きりなかったという笑い話もある。
●初代教会の成長は「福音それ自身の力」(ダイスマン?)であったという。

塚本訳 マタ 4:18-22
4:18 ガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、二人の兄弟、ペテロと言われたシモンとその兄弟アンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。
4:19 「さあ、ついて来なさい。人間の(漁をする)漁師にしてあげよう」と言われると、
4:20 彼らはすぐ網をすててイエスに従った。
4:21 またそこから進んでいって、ほかの二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟のヨハネとが、父ゼベダイと一しょに舟で網を繕っているのを見て、お呼びになった。
4:22 彼らはすぐ舟と父とをのこして、イエスに従った。


●福音は人間関係の良好なところに広まる。
 
●8:00 集会に出発
●10:00 集会は川上(司会)、高橋トミ子(姿が変わる。マタイ17:1-8。福島の子供たち)、横田(ルーマニアのキリスト教)
●帰宅してからTSK日本語版25章



















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心の中でのグローリヤ ++++++++ 所感

2013/09/21 06:31

130921(土)5時起床。デジカメ持って早朝散歩。

2013_09210001.jpg 
これらの草は夜の間に神が成長させたのだ。胎の子や子供や孫、家庭の成長また同じ。
人の手には及ばないことがあるのだ。 


新共同 マコ 4:27
4:27 夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。


2013_09210008.jpg 
西に沈む月。昨夕は赤かったが今朝は白い。

菜の花や月は東に日は西に」(与謝蕪村)。一面に続く菜の花畑、東の空からは月が昇り、西には赤い夕陽が沈んで行く。春の季節の満月前後の 菜の花畑の夕景を詠んだもの。


2013_09210012.jpg 
秋留台公園運動場には東から朝日。召された者は救われているのだから走れ。
これ救われた者の生きる姿勢。

口語訳 ピリ 3:14
3:14 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。


2013_09210019.jpg 
秋だ。コスモス大好き。信仰の深い人の生きる姿勢。頑張らない。

文語訳 マタ 6:29-30
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服装(よそおい)この花の一つにも及(し)かざりき。
6:30 今日ありて明日、爐(ろ)に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装(よおお)ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。

●今朝の啓示「 心の中でのグローリヤ」について黙想。

新共同 Ⅰ歴 23:5
23:5 四千人は門衛に、
四千人は、ダビデが賛美するために作った楽器を奏でて、主を賛美する者になった。

●四千人の大合唱団とはスゴイナー。圧倒されるだろうなー。しかしこれで神の栄光が上がっていると言えるのかなー
●一万人の「第九」というのが大阪城ホールで毎年あるが、ヴェートーヴェンもびっくりかも。
●ヘンデルのメサイアは初め少人数であったが次第に大合唱団になり、ついにアメリカで千人にもなった。しかし反省して次第に少なくなりつつある。スェーデン放送協会合唱団(世界最高水準)もバッハコレギウムジャパンも合唱団は一列だった。しかし粒ぞろい。

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


●大教会の大合唱団必ずしも神に喜ばれない。隠れたところでボソボソ祈る祈りが神に喜ばれる。
●次に悲しんでいた人がイエスに癒された人が神を賛美した箇所を見てみよう。これが「心の中での神に対する一人のグローリヤ」であって神に真に喜ばれることである。

塚本訳 ルカ 1:46-48
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』

塚本訳 ルカ 5:24-25
5:24 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われた、「あなたに命令する、起きて、寝床をかついで家にかえりなさい。」
5:25 すると彼は即座に人々の目の前で立ち上がり、床をかついで、神を讃美しながら家にかえって行った。

塚本訳 ルカ 13:11-13
13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。
13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って
13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 17:14-15
17:14 イエスは見て言われた、「(全快したことを世間に証明してもらうため、エルサレムの宮に)行って体を『祭司たちに見せなさい。』」すると行く途中で、(皆いつとはなしに体が)清まった。
17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、

塚本訳 ルカ 18:42-43
18:42 そこでイエスが、「見えるようになれ。あなたの信仰がなおした」と言われると、
18:43 たちどころに見えるようになって、神を讃美しながらイエスについて行った。人々は皆これを見て、神に讃美をささげた。

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●朝の黙想終わり。一人讃美が真に神に喜ばれる。

●終日TSK日本語版歴代誌上25章

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昼食前に図書館往復徒歩50分。きれいな秋の空、暑い日である。










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汝の罪赦されたり、起きよ! ++++++++ 所感

2013/09/20 06:24

130920(金)朝の啓示「汝の罪赦されたり、起きよ!」●早朝散歩の写真と黙想

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西の空。奥多摩連山に沈みゆく朝の月。アッシジの聖フランシスコ(1182-1226)が作詞の讃美歌75番は素晴らしい。
1972年、英国とイタリア合作の映画で彼の半生を描いた「brother sun sister moon  」というのがあったそうだが観ていない。妹が先に死んで人生が変化した宮沢賢治、娘ルツが死んで再臨の信仰に目覚めた内村鑑三を思う。
人の死は無駄に終わらない。キリストの死は「一粒の麦」であった。

文語訳 ヨハ 12:24
12:24 誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。



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東の空。燃える太陽。手前は大好きなコスモス。昨夜は日の入りと月の出が同じ時刻の日であったそうだ。それを今朝体験した。
なぜコスモスが好きか。風が吹くと頭を下げるところで「信仰の従順」という言葉を思うのだ。

口語訳 ロマ 1:5
1:5 わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、

塚本訳 使  6:7
6:7 こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた


塚本訳 ロマ 16:26
16:26 今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである──


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我が家の近くの狭い踏切。普通車以上は通れない。普通車未満なら通れる。神の国へ入れるのに似ている。この世の財産、知識、教養、家系、学歴があっても入れない。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう

●頑張って狭い門(有名大学、有名企業、良縁)に人を押しのけて入れと言うのでは」ない。人生は失敗して泣かなければこの狭い門を見つけられないというのだ。負け犬の遠吠ええではない。真の幸福、命への道なのだ。

塚本訳 ルカ 18:22-27
18:22 イエスは聞いて言われた、「もう一つ欠けている。持っているものをことごとく売って、(その金を)貧乏な人に分けてやりなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
18:23 彼はこれを聞き、しょげてしまった。非常な金持であったのである。
18:24 彼を見ると、イエスは言われた、「物持が神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

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早朝散歩の黙想終わり



●今朝の啓示「汝の罪赦されたり、起きよ!」に関連する聖句を思い浮かぶままに掲げる。これは新約聖書の本質である。これを言うために私の残りの人生はある。

文語訳 マコ 2:10-12
2:10 人の子の地にて罪を赦す權威ある事を、汝らに知らせん爲に』・・中風の者に言ひ給ふ・・
2:11 『なんぢに告ぐ、起きよ、床をとりて家に歸れ』
2:12 彼おきて直ちに床をとりあげ、人々の眼前いで往けば、皆おどろき、かつ神を崇めて言ふ『われら斯くの如きことは斷えて見ざりき』

口語訳 イザ 40:1-2
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。


塚本訳 ヨハ 8:11
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあってもわたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから


塚本訳 ルカ 7:47-48
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」


塚本訳 マコ 5:33-34
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。


塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである


塚本訳 マタ 11:2-5
11:2 さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 ヨハ 11:39-43
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。


塚本訳 使  26:15-18
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   朝の啓示に対する関連聖句の黙想おわり。めちゃくちゃ人生の人も家庭もこの福音で「立てる」「歩ける」「清まる」

●終日TSK日本語版歴代誌上23章
●岩波の「世界」9月号、ノンフィクションライター田中伸尚(のぶまさ)「未完の戦時下抵抗 浅見仙作」を読む。インタビューと関係資料をよく読んでいるのに感心した。 

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近くのSさんの家の芙蓉の花の樹は大きくて立派だ。

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夕方の散歩。東の空から赤い月。昨日は満月だった。家に帰り、
夕食の用意をしていた妻に声をかけて玄関前で一緒に見た。












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孫が病気になる ++++++++ 所感

2013/09/19 06:57

130919(木)昨夜愛子から妻に携帯メールが入って、子供二人の喉がゼーゼーしているという。以前にもこういうことがあって、低気圧(台風)のせいかもしれないという。子供が病気になった時の親の苦悩は深い。

●今朝の聖書。
 
新共同 詩 139:23
139:23 神よ、わたしを究め/わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知ってください。

口語訳 詩  119:109
119:109 わたしのいのちは常に危険にさらされています。しかし、わたしはあなたのおきてを忘れません。

口語訳 詩 51:9
51:9 み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください


口語訳 詩 51:12-13
51:12 あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。
51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者に/あなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。

口語訳 詩 51:18
51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、エルサレムの城壁を築きなおしてください。

新共同 詩 119:133
119:133 仰せのとおり/わたしの足どりを確かなものにしてください。どのような悪もわたしを支配しませんように。


新共同 詩 119:153
119:153 わたしの苦しみを顧みて助け出してください。わたしはあなたの律法を/決して忘れたことはありません。

口語訳 詩  119:170
119:170 わが願いをみ前にいたらせ、み言葉にしたがって、わたしをお助けください

新共同 詩 119:176
119:176 わたしが小羊のように失われ、迷うとき/どうかあなたの僕を探してください。あなたの戒めをわたしは決して忘れません。


●病気は神の方が先刻知っていてくださる。「御心のままに、御心のままに」

塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

●祈りは聴かれる

塚本訳 ヤコ 5:14-15
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう

塚本訳 マタ 18:18-20
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

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朝の黙想終わり。祈りの課題が多くなった。しかし二人以上の祈りは病を癒し、病人を立たせる。エクレシヤの意義はここにある。

●TSK日本語版歴代誌上22章

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「祈りの友」会員の星野利男さんを妻と見舞う。91歳全盲、難聴、腰痛,
13年前に夫人に先立たれる。ほとんど寝たきり。声をかけると顔が輝いた。まさしく信仰による霊の命の輝き。キリストの輝き。逆に励まされた。私もこのようでありたい。
お嬢様と懇談。「父は100歳まで生きると言っています」と言われた。

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。


星野さんの家を出るとコスモス、彼岸花、それに柿の実がなっていた。 

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星野さんのお見舞いの帰り、秋川を見る。命の川は尽きることはない。

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旧暦の8月15日が通称十五夜で、中秋の名月
その日は新暦によれば毎年異なり、今年2013年においては本日9月19日(木)
それが満月と重なった。こういう組み合わせになるのは次は8年後だそうだ。 

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口語訳 詩  121:5-8
121:5 主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。
121:6 昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない
121:7 主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。
121:8 主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。



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今夜はお月見だと言うので妻が「お団子」を作ってくれた。感謝。







 






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お前は気が狂っている ++++++++ 所感

2013/09/18 06:47

130918(水)信仰者は霊の世界に生きるものだから、この世からは理解されない。摩擦がある。4次元人間が3次元世界に生きるのだからその行動は「不思議」に思われる。そこに信仰者の悩み苦しみがあるしかし信仰の先人たちは先に苦労しているのでそのことを見て、頭に思いつくままに掲げてみよう。

口語訳 創  6:11-14
6:11 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた
6:12 神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。
6:13 そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。
6:14 あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい


●乱れた汚れた世はノアの行動を「気が狂った者」と思ったに違いない。

塚本訳 ヘブ 11:7
11:7 信仰によって、ノアはまだ見ないもの[洪水]について(神の)お告げを受け、自分の家族を救うために恐れかしこんで箱船を造った。この信仰(の行い)のゆえに(残りの)世界の罪は決まり、彼は信仰による義の相続人となった。


●信仰者には「神のお告げ」があるのだ。これが3次元世界の人間にはわからないことなのだ。
●ジャンヌダークはこの「神のお告げ」で行動して、あろうことか時のフランスの宗教界から断罪され処刑された。彼女は軍事的に救った祖国フランスから捨てられたのだ。

口語訳 創  12:1
12:1 時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい


●信仰者にはこの声がかかるのだ。だからその行動は家庭騒動になるのだ。親を泣かす行動になるのだ。そういう人を複数知っている。
●しかし、修道院には入るな。 この世のツマラナイ職場や家庭が「修道院」なのだ。
●ただし、クリスチャンになること(洗礼を受ける事)を親に反対されたら「親不孝の親孝行」をしなければならない。

塚本訳 使  7:2-5
7:2 ステパノが言った。──「兄弟の方々、お父さん方、聞いてください。(御承知のように、)『栄光の神は、』わたし達の先祖アブラハムがカランに住む前、まだメソポタミヤにいるとき、現われて
7:3 『言われた、『あなたの国、あなたの親類から出て、わたしが示す地に来い』と。』
7:4 そこでカルデヤ人の地(ウル)を出て、カランに住んだ。そしてその父の死んだ後、そこから、今あなた方が住んでいるこの(カナンの)地に、神は彼を移住させられた。
7:5 しかしそこには(何一つ)財産を、『一歩の幅の土地をすら、与えず、』ただ『彼と彼の後の子孫とに、その地を所有として与えようと』約束されただけであった、(その時まだ)彼には子が無かったのに


●アブラハムは「故郷」と「財産」を捨てる行動に出た。現在東日本大震災で故郷を離れざるを得ない人が大勢いる。「故郷がそんなに大切か!」。それは死と共に別れなければならないこの世の楽しみと喜びではないか。その喜びは永遠ではない。日本人の思想は浅い。

塚本訳 マタ 5:10-12
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである


●信仰者がこの世の無理解(それは3次元世界の人間だから当然)に遭遇するときはこの言葉はなぐさめである。

塚本訳 マタ 10:19-25
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。
10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう
10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。
10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)
10:25 弟子は先生のよう、僕は主人のようであれば、それで満足すべきである。家の主人(たるわたし)が(悪鬼の頭)ベルゼブルと(悪口を)言われたのだから、その家族(たるあなた達)はなおさらのことである


●子供は親を「この世の法律」に訴えようとする場面も生じる。あー家庭は幸福の条件ではない。

塚本訳 マコ 3:20-22
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。
3:22 またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出している」とか言った。


●身内の者たちはイエスの行動を「気が狂っている」と思った。涙なくしては読めない。
●また健全な(?)聖書学者たいはイエスの行動を、悪魔に取りつかれているとみなした。

塚本訳 マタ 10:34-38
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

●36節、「家族が自分の敵となろう」。はクリスチャンとして一人前になるには通らねばならない涙の谷だ。
●親としても子供の一人や二人に「家出」をされなければ一人前の男親になれない。
●子や孫の中から「神のお告げ」を聞いて「気が狂う」人間が出ないかなー。
●この世の親の悩みは子供が「女、金、酒、ギャンブル」などに狂って親や家庭を捨てることだ。終末が来なければ世は改まらない。清まらない。「主よ、来りませ、マラナサ」

塚本訳 マタ 26:63-68
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」
26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。
26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。
26:67
それから(法院の役人のある者は)イエスの顔に唾をかけ、拳でうち、ある者は(目隠しをして)棒でたたきながら、
26:68 「おい救世主、だれがぶったか、当ててみろ」と言った。


●これは次回10月6日の集会感話の一部。
●いつの世も真の信仰者の敵は宗教家やこの世の裁判官だ。なぜか。彼らはこの世(3次元世界)の常識にどっぷりだからだ。

塚本訳 使  26:22-25
26:22 しかし神の助けをこうむり、今日まで(こうして)立って、小さい者にも大きい者にも証しをしているのです。それも預言書とモーセ[聖書]とが、将来必ずおこると語った以外のことは、何も言いません。
26:23 すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」
26:24 彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」
26:25 パウロが言う、「フェスト閣下、気は狂っておりません。わたしは正気で真理の言葉を話しています。
 
●クリスチャンたるものは一度は「お前は気が狂っている」と言われるようにならなければ本物ではない。一般常識で福徳円満なクリスチャンは一代限りの「善い人」だけであって「後が続かない」。信仰が継承しない。                                                   ●パウロよ今あれかし日本は今汝を要す。来りて我らを教えよ

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朝の黙想おわり。

●妻は今井館ウィークデーの集い。
●終日TSK日本語版歴代誌21章

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早の散歩。朝日。畑のビニールシートが光る

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昼の散歩。赤トンボが飛び始めた。

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夕の散歩。奥多摩連山に夕陽が沈む。これから草木も眠る。













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救いは最後の日に神がお決めになる ++++++++ 所感

2013/09/17 05:57

130917(火)5時起床、早朝散歩。昨日の嵐が去って静かな朝。今朝は寒い。
グリーグ作曲。ペールギュント組曲「朝」。

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万物は救いの光を待つ。人類は万物の復興を待ち望む

塚本訳 ロマ 8:18-19
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。


塚本訳 ロマ 8:23
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである
 


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昨日は暴風雨。今朝は太陽。

塚本訳 マタ 5:44-45
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから


讃美歌75番。アッシジの聖ウランチェスコ(1182-1226)の作詞

ものみなこぞりて みかみをたたえよ
  ハレルヤ ハレるヤ
光のもとなる 日を造りましし、
  みかみをたたえよ、
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ


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朝日の我が家。我が家と親族一統が神の目に倒れない家であり得ますように。

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」


●不幸にも倒れてしまっても、神は再建してくださることを祈る。

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早朝散歩の黙想終わり

朝の聖句黙想

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」


●疑問。世の中になぜ岩地、茨の地、良い地があるのか。神はなぜ岩地や茨にも撒くのか。この難問を「聖書で聖書を読む」方法で解明してみよう。
●肉の兄弟の中でも信仰に反対する人、嫌う人、無関心な人、神を敵視する人、信者を卑しむ人、軽蔑する人など様々であるからこの聖書の箇所は切実な問題である。
●世の有名な伝道者の兄弟でもその肉の兄弟は信仰にサッパリ関心がないという人がいる。
●この種まきの譬のすぐ後に次のような説明がある。

塚本訳 マタ 13:11
13:11 答えられた、「あなた達(内輪の者)には、天の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、あの(外の)人たちには授けられていないのだ


塚本訳 マタ 13:13
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ

塚本訳 マタ 13:16
13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである


●これによれば、人間は初めから岩地か茨の地か良い地かに生まれつき運命的宿命的に決まっているように見える。
●これは神の子イエスにもどうしようにもないことなのだろうか。
●神の子イエスもその地がどのような地であるかはわからずに手当たり次第に撒くのではないだろうか。次の箇所からそれがうかがわれる。

塚本訳 マタ 13:24-26
13:24 またほかの譬を群衆に示して言われた、「天の国は畑に良い種をまく人にたとえられる。
13:25 人々が(夜)眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦をまいて行った。
13:26 苗が芽生えて実を結ぶと、その時毒麦も現われた

塚本訳 マタ 13:47-50
13:47 さらに、天の国は地曳網を海におろしてあらゆる種類(の魚)を取るのに似ている。
13:48 網が一ぱいになると岸に引き上げ、坐って、良いのは集めて入れ物にいれ、わるいのは投げすてるのである。
13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して、
13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。


●しかし人の救いにはラストチャンスがある。この世では、ある人は岩地、ある人は茨の地、ある人は良い地かもしれない。しかし本当の救いは「最後の日」なのだ。
●野球で言えば9回ツーアウトからの逆転満塁ホームランでも勝は勝だ。
ボクシングで言えばそれまで判定的に不利であっても最終ラウンドでラッキーパンチでノックアウト勝ということもあるのだ。それを暗示するのが次である。

塚本訳 マタ 22:1-14
22:1 イエスは言葉をつづけ、また譬をもって(パリサイ人たちに)話された、
22:2 「天の国は、王子のために結婚披露の宴会を催す王にたとえられる。
22:3 家来たちをやって宴会に招いた人たちを呼ばせたけれども、だれも来ようとはしなかった。
22:4 王は、招いた人たちにこう言え、と言って、重ねてほかの家来たちをやった、『いよいよ食事の用意ができました。牛と肥し飼いの家畜とを屠って、すっかり用意ができています。さあ、宴会においでください。』
22:5 しかし彼らはそれに構わず、一人は畑に、一人は商売に出かけ、
22:6 ほかの者は家来たちを捕らえてひどい目にあわせた上、殺してしまった。
22:7 王は憤り、軍隊をやってその人殺しどもをうち滅ぼし、その町を焼き払った。
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」

●この譬話にパウロ書簡の全部が入っている。
●10節。神の国は一応「悪人」も呼ばれる。
●ある無信仰の方の葬儀をした。そのときこの譬を引いて話をしたところクリスチャンであったご婦人から「主人は神を信じていなかったのですが、救われますか」と真剣な面持ちで聴かれた。私はこの10節を根拠に「悪人でも招かれます」と答えた。するとその御夫人はその晩に聖書のその箇所を読んで私に「高橋さん。本当に書いてありました」と喜んで言われた。
●しかし「招かれはするが、中には入れてもらえない」。中に入るには「貸してくれる礼服」を着なければならない。
●この御婦人の残りの生涯は、最後の日に御主人がその貸衣装を素直に受け取るように祈り続けることだ。
●人は、その地上での生涯が、岩地かもしれない、茨の地かもしれない、あるいは良い地かもしれない。しかしそれで救いが決定するわけではない。ラストチャンスがある。
●自分と家族は「良い地」だと思っていてもどうなるかわからない。救いは神ご自身が最後の日にお決めになられることなのだ。それが次である。

塚本訳 マタ 19:29-30
19:29 そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。
19:30 しかし(決して油断をしてはならない。)
一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い


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●朝の黙想終わり。救いは100%神がお決めになる。それは最後の日。だから希望を持とう。

●終日TSK日本語版、歴代誌上、19章20章。BK。
●妻が午後から月本昭男先生の旧約講義に出発。私の夕飯を用意してから出かけた。
●16:30 夕方散歩。台風一過の夕方の秋空は非常に美しかった。何度も詩篇第19編の一節を思った。21年前に亡くなった父の特愛の句であった。
●父は生前、方々に詩を投稿していた。私は父の死後その詩を集めて小冊子にした。そして本の題名を「白い雲」とした。父の詩には「白い雲」という言葉が頻繁に出てくるからであった。

文語訳詩  19:1
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、穹蒼(おほそら)は御手のわざを示す。

口語訳 詩  19:1
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらはし、大空はみ手のわざをしめす。

新改訳 詩  19:1
19:1 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。

関根訳 19:1
19:1もろもろの天は神の栄光を語り大空はそのみ手の業を示す。

NKJV 詩  19:1
19:1 The heavens declare the glory of God;And the firmament shows His handiwork.

TEV 詩  19:1
19:1 How clearly the sky reveals God's glory! /How plainly it shows what he has done!


●この一節をTSKで見て、心に響くものを掲げてみよう。

口語訳 詩  8:3
8:3 わたしは、あなたの指のわざなる天を見、あなたが設けられた月と星とを見て思います。


口語訳 詩  33:6
33:6 もろもろの天は主のみことばによって造られ、天の万軍は主の口の息によって造られた。


口語訳 詩  148:3-4
148:3 日よ、月よ、主をほめたたえよ。輝く星よ、みな主をほめたたえよ。
148:4 いと高き天よ、天の上にある水よ、主をほめたたえよ。


口語訳 詩  150:1-2
150:1 主をほめたたえよ。その聖所で神をほめたたえよ。その力のあらわれる大空で主をほめたたえよ。
150:2 その大能のはたらきのゆえに主をほめたたえよ。そのすぐれて大いなることのゆえに/主をほめたたえよ。


口語訳 創  1:6-8
1:6 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
1:7 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。
1:8 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。


口語訳 創  1:14-15
1:14 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、
1:15 天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。


塚本訳 ロマ 1:19-20
1:19 というのは、神について知り得るほどのことは、彼らに明らかなのである。神が現わしてくださったから。
1:20 すなわち神の性質は、永遠の能力も神性も、人の目には見えないものであるが、世界創造の時から、理性の目をもって造られた物の中に見ることができるのである。従って(全然)言い訳は立たない。


●写真は44枚撮影中の7枚をピックアップする。

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イエス自身に「神の子意識」はあったのか ++++++++ 所感

2013/09/16 06:31

130916(土)5時起床。朝から大型台風18号のために暴風雨。●10月6日集会感話「汝はキリスト、神の子なるか」のうちの「イエス自身に神の子の自覚(いわゆる「イエスの尊厳意識」)はあったのか」の部分を構築。 これは霊に教えらえて分かる。注解書でも、先生でも語学でもわからない。

●マタイ2664 「あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」とは何か。

・・イエス自身に神の子の自覚(いわゆる「尊厳意識」はあったのか・・

 

口語訳 ダニ 7:13

7:13 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。

 

塚本訳 ルカ 18:7-8

18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。

18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!」

 

塚本訳 マタ 22:41-45

22:41 イエスは(そこに)集まっているパリサイ人にお尋ねになった、

22:42 あなた達は救世主のことをどう思うか。だれの子だろうか。」「ダビデの子」と答えると、

22:43 彼らに言われる、「ではダビデが御霊に感じて、救世主を主と呼んでいるのはどういう訳だろう。彼はこう言っている。──

22:44 『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足の下に置くまで』と。』

22:45 だから、ダビデが(このように)救世主を主と呼んでいる以上、どういう訳で(その救世主が)ダビデの子であろうか。」

 

塚本訳 マタ 16:27

16:27 (永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

 

塚本訳 マタ 24:29-30

24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。

24:30 するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。

 

塚本訳 ヨハ 4:10

4:10 イエスは答えられた、「もし神の(賜わる最上の)賜物が何であるか、『飲ませてくれないか』と(今)あなたに言っている者がだれであるかがあなたにわかっていたら、あなたの方からその人に頼み、その人があなたに清水[命の水]を与えたであろうに。」

 

塚本訳 マタ 13:17

13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。

 

塚本訳 ルカ 11:29-31

11:29 群衆がなおも押し寄せてきたとき、イエスは話し出された、「この時代は悪い時代である。(だから信ずるのに)徴を求める。しかしこの時代には、(預言者)ヨナの徴以外の徴は与えられない。

11:30 すなわちヨナが(大きな魚の腹から出てきて)ニネベの人に徴となったように、人の子(わたしも地の中から出てきて)この時代の人に徴となるのである。

11:31 (しかし人々は信じない。だから)南の国(シバ)の女王がこの時代の人たちと一しょに(最後の)裁きの法廷にあらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

 

塚本訳 ヨハ 10:31-33

10:31 これを聞くと、またもやユダヤ人は、イエスを石で打ち殺そうとして(外から)石を持ってきた。

10:32 するとイエスは言われた、「わたしは父上の(命令による)善い業を沢山あなた達にして見せたが、そのうちのどの業のために、わたしを石で打ち殺すのか。」

10:33 ユダヤ人が答えた、「善い業のために石で打ち殺すのではない、冒涜のためだ。君が人間の分際で、神様気取りでいるからだ。

 

塚本訳 ヨハ 10:37-38

10:37 もしわたしが父上の業をしていないなら、わたしを信ぜずともよろしい。

10:38 しかしもし、しているなら、わたし(の言葉)を信ぜずとも、その業(が父上の業であること)を信ぜよ。そうすれば(父上とわたしとが一つで、)父上がわたしの中に、わたしが父上の中におることを、知りまた知るであろう。

 

塚本訳 ヨハ 14:9-10

14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。

 

塚本訳 マタ 12:28

12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである

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イエス自身に神の子の自覚はあったのか、黙想終わり。

●千葉真氏から電話で本日午後2時からの「内村鑑三研究会」は台風のため急遽中止。

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風速35メートルの暴風雨。2階の窓から写す。11時ごろ


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数十年に一度という大型台風(18号)が去っての青空。
16時頃。

ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」
第4楽章の「嵐」
第5楽章「嵐のあとの感謝」
を想う。
 
しかし東北が心配だ。

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秋留公園。葉も枝も落ちた。聖歌「人生の海の嵐に」を口づさむ。









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大型台風18号接近 ++++++++ 所感

2013/09/15 19:40

130915(日)夢。息子の一人に仕事のことで盛んに仕込んでいる夢をみた。だれか仕事で行き詰っている人がいるのかなー。聖書の次の箇所を思った。

口語訳 詩 127:1
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。


●建築は「建つものは建つ」というのが50年の建築人生で得られた信念だ。生まれるものは生まれる。結婚の成立も同じ。「決まる結婚はススッと決まる」というのが故藤林益三先生のお考えであった。

●大型台風18号接近というので風雨対策。ベランダにルーバー。雨漏り対策。

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大型台風18号接近 ベランダにルーバーをセット。建築士として家のことが心配。


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台風による強い雨の中を集会に向かう。前方を行くのは妻。
アメニモマケズ、カゼニモマケズ。

●集会は茂木、丹野、村上(申命記)。





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エクレシヤは不思議なる霊の生命体 ++++++++ 所感

2013/09/14 06:56

130914(土)朝の啓示「エクレシヤは不思議なる霊の生命体」●早朝散歩出発5:10

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今朝は都立秋留台公園運動場の誰もいないトラックを一周歩いて見た。向こうの森は
今年孫とカブトムシを見つけに来た場所だ。
トラックを歩いていると、観衆の声が聞こえるようだ。

塚本訳 ヘブ 12:1
12:1 それゆえ、わたし達も、こんなに雲のような(大勢の)証人に囲まれているのであるから、(信仰の障害となる)すべての煩わしさと、すぐにからみつく罪とをぬぎすてて、わたし達の前に置かれている競走を、忍耐をもって走ろうではないか。


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夫婦で早朝散歩している。

塚本訳 マタ 19:5-6
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」


●離婚はなぜいけないのか。それは自分の肉的欲望、我がまま、エゴが原因だからだ。

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昨年、この踏切で飛び込み自殺があった。誰かが花を手向けている。命日なのかなー。
自殺はなぜいけないのか。肉体は神に頂いたものだから、自らこれを壊すのは「器物損壊」の罪なのだ。

口語訳 創  1:22
1:22 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。


口語訳 詩  24:1
24:1 地と、それに満ちるもの、世界と、そのなかに住む者とは主のものである。


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早朝散歩の黙想終わり

●今朝の啓示「エクレシヤは不思議なる霊の生命体」について思い浮かぶ聖句を掲げて感想を書く。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


塚本訳 マタ 16:16-18
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会(エクレシヤ)を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。


塚本訳 ヨハ 4:20-23
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。


塚本訳 コロ 1:16-18
1:16 万物は彼において創造られたからである。(然り、)天上のものも地上のものも、見ゆるものも見えぬものも、また(あらゆる天使達、すなわち)「王座」も「支配者」も「権威」も「権力」も、万物ことごとく彼によって、また彼のために創造られた。
1:17 そして彼は万物より先にあり給う。且つ万物は彼によって存在する。
1:18 彼はまた体なる教会の頭であり給う。彼は始めであり、死人の中から最初に生まれた長子であり給う。これは凡てにおいて彼が第一人者たらんためである。


塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている


塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。


塚本訳 ロマ 12:4-5
12:4 なぜなら、わたし達には一つの体に多くの器官があるが、すべての器官が同じ働きをしないと同様に、
12:5
わたし達(信者)も大勢が(全体としては)キリストにおいて一つの体であり、一つ一つとしては互が互の器官であ(って、互に補い合うからであ)る。

塚本訳 Ⅰコリ6:15
6:15 あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリストの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、わたしはキリストの器官(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。


塚本訳 Ⅰコリ12:11-14
12:11 しかしこれら一切のことはただ一つの同じ御霊が行なうのであって、その思いどおりに、それぞれの人にそれ特有のものを分けてくださるのである。
12:12 なぜか。体はただ一つであって、それに多くの器官があるけれども、この体の器官が皆、多くあっても、一つの体を成しているように、キリスト(の体である集会)の場合も同じである。
12:13 また、わたし達は皆、ユダヤ人にせよ異教人にせよ、奴隷にせよ自由人にせよ、一つの体になるために、一つの御霊で洗礼を受けたからである。そしてわたし達は皆一つの御霊を飲まされた。
12:14 ほんとうに、体は一つの器官でなく、多くの器官から成っているのである。


塚本訳 Ⅰコリ12:20-27
12:20 しかし実際は、器官は多いが、体は一つなのである。
12:21 目は手に、「お前はいらない」、あるいはまた頭は足に、「お前たちはいらない」と言うことは出来ない。
12:22 いや反対に、体の中でわりあいに弱いと見える器官こそかえって必要であり、
12:23 また体の中でわりあいにりっぱでないとわたし達が思う器官は、これにことさらにりっぱなものをまとわせるのである。またわたし達の見苦しい部分はことさらに体裁よくするが、
12:24 (始めから)体裁のよい部分は、その必要がない。むしろ、神は劣っている部分にことさらにりっぱなものを与えて、体(全体)を統合された。
12:25 これは体の間に仲間割れがなく、(多くの)器官が一致して互に心を配り合うためである。
12:26 もし一つの器官が苦しみをうければ、(ほかの)すべての器官が一しょに苦しみ、もし一つの器官がとうとばれれば、(ほかの)すべての器官が一しょに喜ぶのである。
12:27 (同じことをあなた達についても言うことが出来る。)
あなた達はキリストの体であり、ひとりびとりとしては器官である。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、
肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。


塚本訳 ヨハ 3:3-6
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、
本人はその訳を(すら)知らない。

塚本訳 ピレ 1:10
1:10 あなたにお願いするのは、わたしが縄目のあいだに(福音によって)生んだわたしの子オネシモのことである。

塚本訳 ロマ 16:1
16:1 ケンクレヤの集会の執事である、わたし達の姉妹のフィベを紹介する。

塚本訳 マタ 1:18
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。

塚本訳 マタ 1:20
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。
胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。

塚本訳 ルカ 1:34-38
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

塚本訳 マタ 12:48-50
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた
、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」

塚本訳 Ⅱコリ4:16-17
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのである、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


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「エクレシヤは不思議なる霊の生命体」黙想終わり。
●今や無教会はこの霊の生命体。神が日本に産んだ形。動かしがたい事実。これは否定できない。形は様々である。頭で統一的定義はできない。しかし神が生んだものだから潰れない。人はムキムキで自分に「しっくり」いくエクレシヤに落ち着く。ある人はカトリック教会、ある人はプロテスタント教会、ある人は無教会主義集会。無教会主義集会も様々。学究的、社交的、政治結社的、同窓会的。人にはその人に「落ち着くエクレシヤ」が与えられる。
●終日、TSK日本語版。満72歳の誕生日に完成する。
●15:10 プリンターのインクを購入に行く。機械は安くてもインク代がかかって困る。こういう商法は何とかならないものだろうか。






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執り成しの祈りは本当に聞かれるのか ++++++++ 所感

2013/09/13 06:26

130913(金)5:00朝の啓示「執り成しの祈り」●すぐ早朝散歩。自然の中で聖書の句が浮かんでくるものだ。    


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塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27
夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

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秋留台公園展望台。ここに立つと50年前に旅立った故郷浦和の方面が見える。今住んでいる あきる野市の我が家の方面が見える。将来眠ることになる秋川霊園の方面が見える。この人生、感謝の道程であった。

口語訳 申  34:1-7
34:1 モーセはモアブの平野からネボ山に登り、エリコの向かいのピスガの頂へ行った。そこで主は彼にギレアデの全地をダンまで示し、
34:2 ナフタリの全部、エフライムとマナセの地およびユダの全地を西の海まで示し、
34:3 ネゲブと低地、すなわち、しゅろの町エリコの谷をゾアルまで示された。
34:4 そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7
モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった



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都立秋留台公園運動場

塚本訳 ヘブ 12:1
12:1 それゆえ、わたし達も、こんなに雲のような(大勢の)証人に囲まれているのであるから、(信仰の障害となる)すべての煩わしさと、すぐにからみつく罪とをぬぎすてて、わたし達の前に置かれている競走を、忍耐をもって走ろうではないか



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都立秋留台公園の石のモニュメント に朝日がかかる。このモニュメントは
祈りの手のようだなー。

塚本訳 マタ 6:9-15
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。
6:10 お国が来ますように。お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。
6:11 その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。



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秋! コスモス大好き。風ママにしなる。うなだれる。神ママに生きる信仰者のようだ。

文語訳 マタ 6:29-30
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。
6:30 今日ありて明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ


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朝の散歩終わり。途中で出会った婦人に「(体が)すっきりしましたねー」と言われた。言葉は励みになる。

●朝の黙想、「執り成しの祈りは本当に聴かれるか」。「聖書にその答えを聴こう」

塚本訳 マタ 7:7-11
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか

塚本訳 ルカ 17:5-6
17:5 使徒たちが主に言った、「もっと信仰を下さい。」
17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である

塚本訳 ロマ 3:25-26
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

塚本訳 マタ 20:28
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 マタ 26:27-29
26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。
26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。
26:29 しかしわたしは言う、わたしの父上の国で、あなた達と一しょに新しいのを飲むその日まで、わたしは今後決して、この、葡萄の木から出来たものを飲まない。」

塚本訳 ヤコ 5:14-16
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。
5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある

塚本訳 Ⅰペテ3:12
3:12 傾く主の目は義人の上に注がれ耳は彼らの祈りに、しかし主の御顔は悪を行う者にうち向かう』。(と詩篇にある。)


塚本訳 ロマ 8:22
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、
一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、
御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 ロマ 8:34
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。

●アーソウカ。あの悩みの人、あの悩みの家庭の救いは今、この今、復活の主イエスが我々の「呻き」を聞いて、神に執り成していてくださるのだ!!。本人の悔い改めを期待しなくてよい。教導しなくてよい。説教しなくてよい。神ご自身が救いに導いて下さる。人間が人間を救わなくてよい。我々は執り成しの祈りあるのみ。
御心にかなう祈りは必ず聞かれる。

●終日TSK日本語版歴代志上15章。午前中の作業が一瞬のパソコン誤操作で消えてしまった。電子データは怖い。午後やり直した。実験を何度も失敗いしてもめげなかったキュリー夫人を思う。
●17:45夕方の散歩。

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我が家の軒樋に泥が詰まっていた。そこに落ちた種が芽を出した。
あの芽は伸びるのか枯れるのか。

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。

13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」


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秋留台公園のバラ園。夜の姿。

塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


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18:30 家に到着。妻の夕飯が待っている。

塚本訳 マタ 6:11
6:11 その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。


塚本訳 マタ 6:31-32
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
















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神が目を留める人 ++++++++ 所感

2013/09/12 06:54

130912(木)5:10 早朝散歩出発


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この時間に秋留台公園のトラックでランニングをする若い人。この人の人生は成功する。

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林の陰から朝日。今日は暑い日になるらしい。

口語訳 詩  19:1-7
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。
19:7 主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。 


讃美歌 353                                                  

1. いずみ と あふるる いのち の いのち よ,

   あさひ と かがやく ひかり の ひかりよ.

2. この よ の あたうる さち より のがれて,

   こよなき きみ へ と わが み は あこがる.

3. きみ こそ とこよ に かわらぬ よろこび,

   くめども つきせぬ めぐみ の もと なれ.

4. みかお を あおげば, うれい は さりゆき,

   みうで に たよれば, ちから は わき いず.

5. しゅ イエス よ, たえせず わが み に ともない,

   ひかり の みち を ば あゆませ たまえ や.

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朝日の我が家。秋の花が咲きだした。今日一日も我が身と親族に神の守りがありますように。

口語訳 ヨブ 1:5
1:5 そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、
朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。

●私の「災いの日」(家屋全焼、脳出血)が続いた時、故TKさん(生涯独身)は「高橋さんは現代のヨブのようですね」と言われた。また故OKさん(お子様なし)はヨブ記の最後(財産が回復され幸福になる)を喜んで読むようになったら、その人はオシマイだ」と言われた。

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早朝散歩終わり

●神が目を留める人について黙想

塚本訳 ヨハ 5:6
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。


塚本訳 ルカ 21:1-3
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。


塚本訳 ヨハ 4:6-7
4:6 そこには(有名な)ヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、いきなり井戸のわきに腰をおろされた。昼の十二時ごろであった
4:7 一人のサマリヤの女が水を汲みに来る
。「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた。


塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。


塚本訳 マタ 9:9
9:9 イエスはそこから出かけて、(湖のほとりで)マタイという人が税務所に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、立って従った。


塚本訳 マコ 10:21-22
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

塚本訳 マコ 5:32-34
5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」


塚本訳 ルカ 22:61-62
22:61 主が振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう(今夜)、鶏が鳴く前に、わたしを三度、知らないと言う」と言われた主の言葉を思い出し、
22:62 外に出ていって、さめざめと泣いた。

●これらは皆イエスの方から積極的に「じっと」見たのである。見つめたのである。私が映画監督ならイエスの目をクローズアップする。俳優は「アラビヤのロレンス」を演じたピーターオトゥールを起用したい。
●イエスを見た者は神を見たのである。神は気の毒な人や病人や罪人を「じっと見つめて」「直りたいのか」と声をかけてくださるのだ。人間ではだめだ。

塚本訳 ヨハ 14:9
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。
 
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16:50 図書館へ往復徒歩1時間。きれいな夕日。
讃美歌「御神の賜いしこの日も暮れけり」を歌いながら歩く。
人間は「礼拝」という行為が必要だ。





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一夜でしぼんだ花 ++++++++ 所感

2013/09/11 07:19

130911(水)起きてすぐ早朝散歩。

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玄関の咲いたハイビスカス。
妻が「一晩きり咲かないわよ」と言うので昨夜(10日)20:00頃撮影。

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今朝(11日)5時半。本当だ。しぼんでいる。その命はわずか一日であった。

塚本訳 マタ 6:30
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。


口語訳 詩  90:4-6
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです


口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

塚本訳 マタ 21:19
21:19 それで道ばたに一本の無花果の木があるのを見て、そこに行かれた。が見ると、ただ葉ばかりで何もなかった。イエスはその木に言われる、「もはやいつまでも、お前には実がなってはならない!」無花果の木は見る間に枯れてしまった

塚本訳 マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

口語訳 イザ 1:7
1:7 あなたがたの国は荒れすたれ、町々は火で焼かれ、田畑のものはあなたがたの前で外国人に食われ、滅ぼされたソドムのように荒れすたれた。


口語訳 イザ 5:9
5:9 万軍の主はわたしの耳に誓って言われた、「必ずや多くの家は荒れすたれ、大きな麗しい家も住む者がないようになる


口語訳 イザ 6:11
6:11 そこで、わたしは言った、「主よ、いつまでですか」。主は言われた、「町々は荒れすたれて、住む者もなく、家には人かげもなく、国は全く荒れ地となり


口語訳 イザ 32:14
32:14 宮殿は捨てられ、にぎわった町は荒れすたれ、丘と、やぐらとは、とこしえにほら穴となり、野のろばの楽しむ所、羊の群れの牧場となるからである。


口語訳 イザ 61:4
61:4 彼らはいにしえの荒れた所を建てなおし、さきに荒れすたれた所を興し、荒れた町々を新たにし、世々すたれた所を再び建てる


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朝の黙想終わり。人生は短い。生きるも死ぬも神の手に握られている。

●花の命も、人生も短い。これを「はかない」「淋しい」「むなしい」「悲しい」と嘆くのは異教の日本の宗教だ。諦念だ。仏教の葬式だ。このはかなさを慰め合っても「元気」にはならない。
●13年前に脳出血で一時意識不明になって、一か月病院のベッドに寝ている時、朝起きると「アー今日も生きられる。生きるということはこんなにもありがたくうれしいものなのか」と思ったものだ。同時にこの命は「99%でなく100%神の手に握られていることを悟った。

口語訳 詩  90:3
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。


口語訳 詩  90:11
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。

口語訳 ヨブ 12:10
12:10 すべての生き物の命、/およびすべての人の息は彼の手のうちにある


口語訳 詩  146:4
146:4 その息が出ていけば彼は土に帰る。その日には彼のもろもろの計画は滅びる

口語訳 伝  12:7
12:7 ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。


塚本訳 ルカ 12:32
12:32 小さな群よ、恐れることはない。
あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから。






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命の書に名が書かかれている者 ++++++++ 所感

2013/09/10 06:24

130910(火)早朝散歩でデジカメ。5時15分出発。

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敷地境界からはみ出した我が家の百日花。境界(律法、規則)をはみ出して行動する子供や孫を思った。

塚本訳 ロマ 7:21-24
7:21 だから、わたしが良いことをしたいと思えば、かならず悪いことがわたしに生まれるという法則があることを、発見する。
7:22 すなわち、(わたしの中に二つのわたしがあって、)内の人としてのわたしは神の律法を喜ぶが、
7:23 わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。


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5時25分。シャッターチャンス。旭日

口語訳 詩  19:5-6
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。


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秋の雲。

塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」


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早朝散歩の祈りの道

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


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白い家が我が家

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。


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小鳥。子供たちが小さいころ「小鳥はとっても歌が好き」という讃美歌を一緒に歌ったことを思い出す。私達の4羽の小鳥はすべて巣立った。飛び立って行った。「人生の海の嵐」(聖歌)を神の守りで乗り切ってもらいたい。

塚本訳 マタ 6:25-26
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
 

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早朝散歩による朝の黙想終わり。自然は聖書の真理を教えてくれる。 

●教文館「日本キリスト教歴史大事典、第二版」(鈴木範久委員長)の出版にあたり私は5名の人物について執筆を依頼された。そこに共通なことは「キリスト信者の呻き」ということである。それと同時にISさん(あえて名前を伏せる)がクローズアップされてきた。この人もあの人もISさんの紹介でキリスト教に導かれたのである。●ISさんの葬儀は15年前に私が執り行ったがその時は私自身がISさんの隠れた行為を知らず、今に至るまでも知らなかった●信仰は友人から友人へ。教師から生徒へ、母の祈りは聴かれる。仲の良い兄弟は福音が伝わる。ということは真理である。●撒いた種は思わぬ人に思わぬ時に芽が出る●ISさんのような方は「キリスト教大事典」には載らない。天の「大事典」にその名前が記される。●「キリスト教名士」というのはありえない。それはこの世的に有名な人がたまたまクリスチャンである」というに過ぎない。●神が知る本当の信仰の名士はこの世には出ない。隠れている。今朝はこの真理を黙想して思いつくものを掲げてみよう。

塚本訳 マタ 6:2-4
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳 マタ 6:17-18
6:17 あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:31-32
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。


塚本訳 マタ 7:9-11
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マコ 10:21
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 マタ 25:35-40
25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、
25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』


塚本訳 ルカ 6:43-44
6:43 わるい実を結ぶ良い木はなく、また良い実を結ぶ悪い木もない。
6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。

文語訳 ルカ 6:43-44
6:43 惡しき果を結ぶ善き樹はなく、また善き果を結ぶ惡しき樹はなし。
6:44 樹はおのおの其の果によりて知らる。茨より無花果を取らず、野荊より葡萄を収めざるなり。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


文語訳 黙  14:13
14:13 我また天より聲ありて『書き記せ「今よりのち主にありて死ぬる死人は幸福なり」御靈も言ひたまふ「然り、彼等はその勞役を止めて息まん。その業これに隨ふなり」』と言ふを聞けり。

口語訳 黙  14:13
14:13 またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。


●「そのわざは彼らについていく」とはどういう意味だろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 ガラ 6:7-8
6:7 思違いをするな、神は侮るべきではない。人は(自分で)蒔いたものを、また刈取らねばならない。
6:8 というのは、肉に蒔く者は肉から滅亡を刈取り、霊に蒔く者は(最後の日に神の)霊から永遠の命を刈取るであろう。

塚本訳 黙  21:27
21:27 しかし凡ての穢れたもの、嫌悪むべきことと虚偽とをする者は、決してここに入れない。ただ仔羊の生命の書に(その名を)書かれている者だけがここに入るであろう。


●アーソウカ。キリスト信者の隠れた呻き(祈り)は神に覚えられるのだ。この業が後世に残るのだ。ついていくとはこのことだ。信仰による呻きの業は残るのだ。伏流水のように何年かの後に出てくるのだ。●その時、種を撒いた人はこの世にはいない。それでよいのだ。それが良いのだ。


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(天の住まい)を上に着たいという呻き ++++++++ 所感

2013/09/09 06:25

130909(月)朝の啓示「(天の住まい)を上に着たいという呻き」●教文館「日本キリスト教歴史大事典、第二版」のための原稿を、5人分執筆完了したが、5人に共通なことは、自分の職業内での「呻き」である。それはⅡコリ5:4でもある。●去る9月1日に婦人会の話にもここを引用したが、昨日の集会の司会者もそこを朗読した。●そこで今朝はその部分を探求してみよう。●勉強のための資料は「聖書で聖書を読む」ための次の三データ。

BbB(Bible by Bible 聖書で聖書を読む http://www.bbbible.com/

TSK(Treasury of Scripture Knoledge 日本語版  http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm 

黒崎幸吉注解新約聖書WEB版(http://stonepillow.dee.cc/


●まずⅡコリ5:4の翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

470504なぜならば、この幕屋のうちにある私たちが圧迫されてうめいているのも、脱ぐことを願っているからではなく、むしろ上に着ることを〔願っているのだ〕からである。それは、死ぬべきものが生命によって呑み込まれてしまうためである。

新共同訳1987

5:4 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。

前田訳1978

5:4 われらは幕屋にいるあいだ重荷にうめいています。それを脱ぎたいからではなく、上に着たいからです。それは死すべきものがいのちに呑み込まれるためです。

新改訳1970

5:4 確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。

塚本訳1963

5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

口語訳1955

5:4 この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえている。それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためである。

文語訳1917

"470504","我等この幕屋にありて重荷を負へる如くに歎く、之を脱がんとにあらで此の上に著んことを欲すればなり。これ死ぬべき者の生命に呑まれん爲なり。"

●次に次の「聖書で聖書を読む」諸データから心に響くものを掲げる。 

塚本訳 ロマ 8:22-24

8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)

8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26
しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27
しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 Ⅰコリ15:53-54

15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』

塚本訳 Ⅱペテ1:12-14

1:12 だから私は君達にこの(最も大切な)ことをいつも思い出させようと思う、君達は(もちろんこれを)知って居り、且つ(伝えられて今)君達の所に来ている真理において強くされている(にはいる)けれども。

1:13 私はこのテントにいる間に(斯く)君達にこれを思い出させ目を覚まさせておくことを、義務と考える。

1:14 私達の主イエス・キリストも私に示し給うたように、私のテントを脱ぎ棄てるのが間もないことを知っているからである。

塚本訳 Ⅱコリ5:1

5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:16

4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

塚本訳 コロ 3:10

3:10 新しい人間を着よ。この新しい人間はいよいよ新しくされて、彼を創造り給うた御方の『像に肖って』(遂に完全なる)知識に達するのである。

 

塚本訳 エペ 4:22-24

4:22 然り、君達は情欲に(あざむ)かれて破滅すべき、以前の生活に属する旧い人間を脱ぎ棄て

4:23 君達の霊も心も(すっかり)新しくされ、

4:24 真理の義と聖とにより神に肖って創造られた新しい人間を着るべき(ことを教えられたの)である。

塚本訳 ロマ 7:24

7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか

塚本訳 ヘブ 13:14

13:14 わたし達にはここにいつまでもなくならない都はなく、ただ来るべき(天の)都をさがし求めているからである

 

塚本訳 ヘブ 11:13-14

11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。

11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである。

 

塚本訳 コロ 3:3-4

3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。

3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

塚本訳 Ⅱコリ4:16-17
4:16
このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17
なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。

塚本訳 ガラ 4:19

4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

 

塚本訳 コロ 1:24

1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

塚本訳 コリ15:40-44
15:40
天の体があり、地の体がある。しかし天のものの輝きは別であり、地のもののはまた別である。
15:41
(天のものの輝きにしても、)太陽の輝きがちがい、月の輝きがちがい、星の輝きがまたちがう。その上、星はひとつびとつ輝きが相違している。
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43
恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

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朝の黙想終わり。死は終わりではない。始まりである。永遠の命への門だ。神を信じない者は死を怖がる。病気を怖がる。貧困を怖がる。

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早朝散歩。秋の気配。ニラの花が伸びる。夜の間に成長したのだろう。

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない

●「本人はその訳を知らない」とはどういう意味か。翻訳比較をして見よう。

岩波翻訳委員会訳1995

410426また彼は言った、「神の王国とは次のようなものだ。すなわち、一人の人が大地に種を蒔き、

410427夜寝て朝起き〔ることをくり返し〕ていると、彼自身の知らない間に種は芽を出し、成長する。

410428大地がおのずから実を結ばせるのであって、まず茎、次に穂、次にその穂の中に豊かな穀粒を造りなす。

新共同訳1987

4:26 また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、

4:27 夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない

4:28 土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。

前田訳1978

4:26 またいわれた、「神の国はこのようである。ある人が地に種をまく。

4:27 夜昼寝起きするうち、種は芽生えて育つが、その人はわけを知らない

4:28 地はひとりでに実を結ぶ。まず茎、次に穂、次に穂の中に塾した粒。

新改訳1970

4:26 また言われた。「神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、

4:27 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。

4:28 地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実がはいります。

塚本訳1963

4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、

4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない

4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

口語訳1955

4:26 また言われた、「神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。

4:27 夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。

4:28 地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。

 文語訳1917

"410426","また言ひたまふ『神の國は、或人たねを地に播くが如し、"

"410427","日夜起臥(おきふし)するほどに、種はえ出でて育てども、その故を知らず。"

"410428","地はおのづから實を結ぶものにして、初には苗、つぎに穂、つひに穂の中に充ち足れる穀なる。


●アーソウカ。神の育てたもうものは植物も胎の子供も人の知らないところで神が成長させるのだ。
●細胞分裂の神秘を知ると人は神の存在を信じざるを得ない。 


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早朝散歩。秋の空に向かって伸びる草。昭和天皇は「雑草という名の植物はない」と言われた。神は人間一人一人を「その名を持って」知られる。 生も死も知っていてくださる。


口語訳 出  33:17-18
33:17 主はモーセに言われた、「あなたはわたしの前に恵みを得、またわたしは名をもってあなたを知るから、あなたの言ったこの事をもするであろう」。
33:18 モーセは言った、「どうぞ、あなたの栄光をわたしにお示しください」。



●TSK日本語版歴代誌上11章。

●ラジオでドヴォルザークのセレナードホ長調(作品22)を聴いた。第一楽章がよい。風が吹き渡るようなメロディーだ。








 



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2020東京五輪開催決定 ++++++++ 所感

2013/09/08 07:33

130908(日)朝から2020年五輪東京決定の喜びのニュース。若い人の喜びが多いのに感じ入った。2020年は私たちは元気でいられるだろうかと妻と話し合った。●「喜び」という言葉から、「天の喜び」ということを連想した。

塚本訳 ルカ 2:8-11
2:8 (その晩、)数人の羊飼がそのあたりで、野宿をしながら群の夜番をしていた。
2:9 すると(突然)一人の主の使が(現われて)彼らに近づき、主の栄光が彼らのまわりを照らしたので、羊飼たちはすっかりおびえてしまった。
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。
2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。

塚本訳 ルカ 15:6-7
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。


塚本訳 ルカ 15:9-10
15:9 そして見つけると、友だちや近所の女たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。無くした銀貨が見つかりましたから』と。
15:10 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、神の使たちに喜びがあるのである。」


塚本訳 ルカ 15:31-32
15:31 父が言った、『まあまあ、坊や、お前はいつもわたしと一しょにいるではないか。わたしの物はみんなお前のものだ。
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』」


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朝の黙想。人間にとって「国」意識は根強い。聖書でも「神の国」という。我々の喜びは「神の国」の喜びだ。

●10:00 集会。宮崎、高木、山本(今日から第一テサロニケ)。
●集会後、某夫人から、「私の父母は神を信じないで死にましたが、どうなるのでしょうか」と聞かれたので、「人間には終末の日というラストチャンスがある。これが他の宗教と違うキリスト教の特徴だ。その日、体は罪で汚れていても神がただで貸してくださる『義の衣』をなにくわぬ顔で着れば救われる。」と答えマタイ22:10-3を話した。そしてあなたが祈っていれば大丈夫でしょう」と答えると安心された。
●真理は問答で伝えられる。イエスの言葉は背景に「質問」がある。真剣勝負の問答である。

塚本訳 マタ 22:10-13
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

●「あなたが祈っていれば大丈夫でしょう」という自らの答えに感心した。これが「執り成しの祈り」、エクレシアの本質だ。親は子の救いを祈り、妻は夫の救いを祈り続ける。これがクリスチャンの人生の本質だ。

●帰宅してからTSK日本語版歴代誌上10章
●20:00. NHKTV「八重の桜」。日本精神がキリスト教と結びつくとしっかりした信仰になる。


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貧乏はなぜ幸いか ++++++++ 所感

2013/09/07 05:44

130907(土)5時早朝散歩。 小雨。

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早朝散歩。小雨に煙る五日市線線路。まだ一番電車はまだ来ない。みんな寝ている。

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早朝散歩。祈りの道。小雨で街灯が煙る。腰が悪そうな老人に声をかけた。「うつ伏せに寝たら痛みが和らいだよ」。

●朝の黙想、「貧乏はなぜ幸いか」。

●人は誰でも「貧乏になるまい、貧乏になるまい」と思って努力する。親は親で子供に「貧乏にさせたくない」と思って「良い学校」「丈夫な体」「良い結婚」を望む。それでよい。それでよいのだ。それが自然だ。
●しかし不幸にも貧困になり、学校にも行けず、病院にも行けず、良い結婚も出来なかったら、神が目をかけてくださる。これが「貧乏は幸いである」ことの聖書的理由である。
●「貧乏なら発奮するからこの世的に成功する」ので幸いだというのは単なる精神論のやせ我慢であって、この世的なレヴェルの低い考。それは聖書的ではない。
●聖書では「貧乏な人は神の目に止まるから幸いなのだ」という。「幸い」の概念が全く違うのだ。「神に贔屓される」から幸いなのだ。「全能の神がついてくださる」から幸いなのだ。3次元の「この世的「幸い」の概念とは次元が異なるのだ。 4次元の世界観なのだ。
●これで子供や孫たちの将来に「安心の心」が与えられた。彼らには生涯まことの父なる神がついている。
●これに関連する聖書の箇所を思いつくままに掲げてみよう。



塚本訳 ルカ 6:20
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから


●これが原形。迫力がある。

塚本訳 マタ 5:3
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。

●これはマタイの改変。これで聖書が精神論になってしまい「貧しくなければ神に寄りすがる必要はないだ」と無神論者から反論される。冷笑される。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

●これは「パンがなければうどんか米で養ってくださる」というのではない。空腹で困ったら「父なる神が何とかしてくださる。目をかけてくださる」という絶対信頼の言葉だ。
●この「何とか」が「何とか」なのだ。人間の頭に及びもつかないことなのだ。
●かって私の家が全焼したら、隣の地主(キリスト教とは無縁の方)がすぐ来られて「あなたの土地を売ってください」と言い、相場より高く購入してくれた。
●私の家に孫が来たときのこと。握り飯を持っていた。でかけるとき「お父さんが『お腹がすいたらこれを食べなさい』と握ってくれた」のだという。心で泣いた。神の我々に対する愛を思ったのだ。

塚本訳 ルカ 21:1-3
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。


●この3節の中に「見る」という言葉が2回出てくる。神は貧しい人を見ておられる。
●都内、日本キリスト教団の有名なS教会。そこの一信者が私に言った。「ウチの牧師は礼拝後献金の多い信者には玄関まで見送りに行く。私なんかは一度も見送られたことはない」と。
●プロテスタント教会の牧師は金を握っている長老の鼻息をうかがっている。そういう長老は教会を経営の一種と心得ている。大体不勉強。信仰が薄い。

塚本訳 ルカ 16:23-25
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った
、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

●これは前述のルカ6:20とリンクする。
●この世と来世は正反対らしい。

塚本訳 ヨハ 7:15-16
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。


●聖書の真理は貧乏にならないとわからない。貧困に泣かないとわからない。神学校ではわからない。
●内村鑑三が貧乏で、友人に食事を御馳走になったとき、スープを最後の一滴までうまそうにすすったという。

口語訳 詩  42:3
42:3 人々がひねもすわたしにむかって/「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間は/わたしの涙は昼も夜もわたしの食物であった


●これは父が私に語った言葉


口語訳 詩  102:9
102:9 わたしは灰をパンのように食べ、わたしの飲み物に涙を交えました


●これはS先生に障碍児がうめれた時の心境。ご飯に涙をまぶして食べるようだったという。

口語訳 詩  126:6
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。


●神は人が涙を流す時を知っている。
●ゲーテの「ウィルヘルムマイスターの修行時代」だったと思うが、「涙を流してパンを食べる」経験をしないものは人生はわからない」と言っている。


塚本訳 マタ 9:20-22
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである。
9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。


●神は大病の人を知っている。目をかける


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朝の黙想終わり。神は人が貧困で泣く時、この世ならざる恩恵を降してくださる。子や孫よ「安心せよ」。


●TSK日本語版歴代誌上9章

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14:00 練馬文化センターで「混声合唱団かわせみ第21回演奏会」に妻と行く。
ヴィヴァルディ「グローリヤ」ほか。ソプラノとアルトの独唱がすばらしかった。ドイツ、チェコに演奏旅行に行った人達に会った。

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混声合唱団かわせみの指揮者山本義人氏と。

























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赦す愛は執り成しの祈りになる ++++++++ 所感

2013/09/06 07:57

130906(金)今日は午後、音楽会。仕事は午前中に済ます。●早朝散歩で黙想「赦す愛は執り成しの祈りになる」。思い浮かんだ聖書の句を掲げる。

塚本訳 ルカ 23:33-39
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』
23:35 民衆は立って『見物していた。』最高法院の)役人たちは『鼻で笑って』言った、「人を救ったのだ、(今度は)自分を救えばいいのに、神の救世主、(神に)選ばれた者なら!」
23:36 兵卒らも近寄って、』酸っぱい葡萄酒を』(その口許に)差し出しながら、イエスをなぶって
23:37 こう言った、「お前がユダヤ人の王様なら、自分を救ってみろ。」
23:38 イエスの(頭の)上には こ れ が ユ ダ ヤ 人 の 王と書いた札までも(悪ふざけに)かけてあった。
23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」


●為政者はイエスを殺して「勝利」と思い、「鼻で笑った」。俗人は十字架の下でイエスの着物を分けるギャンブルをして遊んでいた。
●神の復讐はイエスを復活させたことだ。人は自分で復讐するな。悪は悪自身で滅びる。

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。


●イエスは着物をはがされた。しかし赦した。人生を奪われた。それでも赦した。
●シリアが化学兵器を使っているのはアサド政権ではないかと疑って米国が軍事攻撃をしようとしているのに対し、ロシアのプーチン大統領は「米国のオバマ大統領はノーベル賞を受賞したのではないか」と批判。無神論のロシアの人間からもこう言われては米国建国の精神が泣く。
●英国議会は軍事攻撃に反対。英国健全なり。日本は米国追随。

塚本訳 Ⅰペテ4:14-15
4:14 もし君達がキリストの名において罵られるならば幸福である、(それは、その時)栄光の霊と『神の霊が』君達の上に『留まっている』(証拠である)から。
4:15 君達のうち誰も人殺し、あるいは泥坊、あるいは悪者として、あるいはおせっかい屋として受難してはならない。


●米国はシリアにおせっかいをするな。悪は神が滅ぼす。正義の貫徹は「執り成しの祈り」だ。
●NHKTV大河ドラマ「八重の桜」の新島襄役の演技はうまい。「ヤソ」と呼ばれて追い返されて、倒されて、怪我をしても相手を赦してにこやかな顔をしている。 


塚本訳 ロマ 12:19-20
12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』


●これ実行できるか。報復はしなくてもせいぜい「無関心」になるぐらいではないか。しかし「執り成しの祈りはしなければならない。
●塚本訳の敷衍(いつかは恥じて悔改める。)は重い。祈りと希望の敷衍。
●「赦すことが最大の裁きだ」(塚本虎二)
●第二次世界大戦終了後のこと。軍部に対してカトリック高円寺教会の司祭は戦争が終わったので教会を返してほしいと憲兵に逝ったところ、「生意気な」と言って射殺された。教会は裁判に訴えようとしたが、「それで死んだ司祭が戻ってくるわけではない。それよりも犯人の救いを祈ろうと決議」。何年もしてその教会に佐々木某という男が尋ねてきて「あの時の犯人はこの私です。どうしたらよいでしょうか」と言ってきた。万歳、祈りは聴かれる。神います。神がやってくれた。

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朝の黙想終わり。義と愛の板挟みの苦しみは「執り成しの祈り」で平心。

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早朝散歩。雑草も天に向かって伸びる。天の父のようになろうとしているように見えた。

塚本訳 マタ 5:43-48
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。
5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。
5:48 だから
あなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

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早朝散歩。この林は故郷浦和の林に少し似ている。もう故郷には戻ることはない。

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早朝散歩。今朝の奥多摩連山は緑が映えている。私の「ついの住処はここあきる野市だ。
 
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14:30 妻と歩いてキララホールへ。外山啓介ピアノ演奏会。
バッハ、シューマン、シューベルト、ラヴェル、ショパン、
新進気鋭の演奏家。若いというのは素晴らしい。
ピアノのスタインウェイの響きはコロコロと転がるような黄金の輝き。

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演奏会の帰り。畑を見る妻。徒歩25分で家に着く。近くによいコンサートホールが
あるのはありがたい。






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人は如何にしてイエスを神の子救い主と告白するに至るか ++++++++ 所感

2013/09/05 07:06

130905(木)朝の啓示「人は如何にしてイエスを神の子救い主と告白するに至るか」●来る10月4日の集会感話の題は「汝はキリスト、神の子なるか」(マタイ26:63文語訳)である●人がイエスを神の子救い主」と信じ告白するに至るには、実に不思議な神秘的な「神の手」がそこに働く。それは常人の理性の追求では全く不可能である。だからイエスはこの質問(大祭司カヤパ)に対して沈黙していた。鼓膜を通じて大脳に働きかけても到底わからないことなのだ。●こういう時に牧師や伝道者の紋切型の答えは「聖霊が降ればわかる」である。これでは求道者は永久にキリスト教がわからないのだ。「あなたは家系が悪いから救われない」と言われるのと等しく絶望である。●そこで人がいかなるプロセスでイエスを「主」と告白するに至ったかの実例をみて、最後にそこに共通する「あること」を解明してみよう。

塚本訳 ヨハ 20:27-28
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、
「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 5:6-9
5:6 そしてその通りにすると、沢山の魚の群が入って網が裂けかかった。
5:7 そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。
5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」
5:9 彼も一しょにいた者も皆、とれた魚(の多いの)に、びっくりしたのである。

塚本訳 ルカ 22:60-62
22:60 しかしペテロは言った、「君、あなたの言っていることはわからない。」するとたちまち、まだその言葉の終らぬうちに、鶏が鳴いた。
22:61 主が振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう(今夜)、鶏が鳴く前に、わたしを三度、知らないと言う」と言われた主の言葉を思い出し、
22:62 外に出ていって、さめざめと泣いた


塚本訳 ルカ 15:20-21
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』


塚本訳 ヨハ 9:35-41
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」
9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」
9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)


塚本訳 使 26:12-18
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。



●以上は、トマス、ペテロ、放蕩息子、生まれつきの盲人、パウロの例である。これらに共通の事は神による「罪の赦し」が先行して「罪の自覚が生じ」、そしてイエスを「主」と告白している。神の不思議なる罪の赦しが「神の子告白」の原因である。教会の牧師や伝道者が人に罪を自覚させ、悔い改めに導くのではない。それは教会か人間の奴隷になる。
●真の救いは教会や人を介さずに神ご自身の罪の赦しで実現される。
 ●人がイエスを神の子救い主と告白するの至るのは神の赦しの先行による罪の自覚と悔い改めである。 それは不思議な出来事である。
●このことを聖書は次のように言う。


新共同 Ⅰテモ1:13-14
1:13 以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました
1:14 そして、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。


塚本訳 ロマ 5:20
5:20 (それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる


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朝の黙想終わり あーそーか。どんなにみじめで罪汚れに陥ってめちゃくちゃの人間も「神の手」が触れれば、清められ、「イエスを神の子救い主」と告白するに至るのだ。それが神の御心だ。安心していよう。神の手は不思議なる方法で4降る。

●TSK日本義版歴代誌上6章、今日は81節ヘビーであった。
●図書館え本を2冊借りる
日野原重明監修「うつぶせ寝健康法」。(KKベストセラーズ)少し試みて効果があったので、その原理を知りたい。面白そうだ。
赤江達也著「『史上の教会』と日本近代」。(岩波書店)無教会の指導者たちの思想が博士論文や卒論の対象になっている。これで信仰は伝わるのだろうか。無教会は書籍になった思想を対象とすると見誤る。本当の無教会は隠れキリシタンならぬ「隠れ無教会」だからだ。


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早朝散歩。祈りの道


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図書館に行く途中。一生懸命向上しようとしている野の花。


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あきる台地の雲。夏も終わりだ。


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夕暮れに飛ぶ飛行機。



 












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キリスト信者の呻きと希望 ++++++++ 所感

2013/09/04 06:08

130904(水)朝の啓示「キリスト信者の呻きと希望」●昨日で、「日本キリスト教歴史大事典第二版」(教文館)の私に割り当てられた5名の執筆が一応完成した。その5人に共通のことは「この世を信仰に生きることの呻き」である。●しかし同時に「希望」があった。希望があったからこそ呻きつつ耐えられた。生き抜いた!。ここにキリスト信者のレゾンデートル(存在意義)がある。呻きそのものがが人生の目的である。今朝はこのことを黙想しよう。●「聖書で聖書を読む」の諸データの助けを借りよう。

BbB(Bible by Bible 聖書で聖書を読む http://www.bbbible.com/

TSK(Treasury of Scripture Knoledge 日本語版 http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

黒崎幸吉注解新約聖書WEB版(http://stonepillow.dee.cc/


塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
 
塚本訳 Ⅱコリ5:2-4
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 Ⅱコリ4:16-17
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。

塚本訳 Ⅰペテ4:13
4:13 むしろキリストの苦難に与れば与るだけ喜べ。(最後の日)その栄光の顕るる時にも歓びに喜ぶ(ことが出来る)ためである。

塚本訳 ロマ 5:3-4
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。

塚本訳 Ⅱコリ1:21-22
1:21 そしてあなた達と一緒にわたし達をキリストにしっかり立たせ、また油を注いで(聖別して)くださったお方はこの神であり、
1:22 このお方がまた、わたし達に(御自分のものという)証印をおし、その手付けとして御霊をわたし達の心の中にくださったのである。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 Ⅱコリ1:4-5
1:4 どんな苦難の時にもわたし達を慰めてくださる神、こうしてわたし達自身も神に慰めていただくその慰めをもって、どんな苦難の中にいる人たちをも慰めることが出来るのである。
1:5 というのは、キリストの苦しまれた(苦しみをわたし達は共に苦しむので、その)苦しみがわたし達に満ちあふれるのと同じように、わたし達の慰めもキリストを通じて満ちあふれるからである。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の黙想終わり。アーソウカ。キリスト信者の呻きはエクレシアの継承なのだ。苦しみ呻き悩み重荷は神がご存知だ。復活のキリストが執り成してくださっている。一緒に呻いていてくださる。


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雲の流れが南から北に(右から左に)飛ぶように速い。どこに行くのだ。

口語訳 詩  90:9-10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです


●妻は読書会(塚本虎二著作集)、千駄ヶ谷へ。午後は10月8日の集会会場を見に行く。無教会は会堂を持たないので追われ追われのジプシーだ。今度の会場(使用頻度は少ないが)は讃美歌が歌えないという。ナニ、初代教会のキリスト教徒はユダヤ人を恐れ、また日本の隠れキリシタン達も「ひっそり」集まっていたのだ。問題は信仰の中身だ。
●妻はその後、上野の東京都美術館での「ルーヴル美術館展・・地中海世界・・・」に小寺七重さん共。




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地の開発と管理・・・小事に忠実なれ ++++++++ 所感

2013/09/03 06:56

130903(火)朝方の夢。●東急沿線の開発とボーリング場建設のコンセプト執筆で関係者と議論。昔取った杵柄で血が湧いた。ここで目が覚めた。●たかが私鉄営利会社のためそれも娯楽施設となると、その聖書的神学的意義はなかなか見いだせない。特にキリスト教聖職者特にプロテスタントの牧師や指導者にはそれを見いだせない。だから彼らは「この世」の仕事に携わる人間に対して彼らに指導力はない。●この世で稼いだ金を教会に献金せよと言うのが彼らの言い分である。●これが日本のキリスト教の浅いところである。足腰が弱い。「文化の神学」が脆弱である。すぐ修道院やキリストの名前の冠の付く団体に飛び込む。これでは福音は土着しない。キリスト教が日本に土着するにはあと300年はかかるかもしれない。●若き日にキリストへの信仰を持った男性は職業の選択に悩む。女性は結婚問題に悩む。●そこで、今朝は「地の開発と管理」の聖書的神学的意義について思いつくままに」黙想してみよう。

口語訳 創  1:28
1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。


●中国の産児制限、日本の生命科学は悪魔の業である。

口語訳 創  2:15
2:15
主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。

●これが人間の労働の基本である。他人(神)のものの「開発と管理」である。神に愛されている時の労働は苦痛ではない。地のことは信仰的に意義がある。

口語訳 創  3:17-19
3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。


●依頼人(神)と心が通わなくなると労働は苦痛になる。「地は呪われる」とはこのことだ。ヒルティは言う。「労働は頼まれてする時はどんな小さなことやつまらないものでもやりがいがあるものだ」と。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。


●この僅か5節が私を建築士であり続けさせてくださった聖書的神学的根拠である。職業の精神はほかならぬ神の子イエスの言葉に会った。
●建築は「地のこと」で小事である。しかしこれを依頼人を愛して一生懸命やることが「天に宝を積む」ことなのだ。
●講壇から聖書を説いたり、天下国家を断罪批判、体制に抵抗したり、神学思想を受け売りしたり、やたらと戦後のドイツの生き方を崇拝したり、米国の日本政策を尊敬したりすることは「地に足のついてない」信仰である。
●しかし神ではなく富に仕えてはならない。結果的に依頼人を裏切ることになる。
●教会に遊びにいってはいけない。遊び交友の場としてはいけない。特にプロテスタント教会に通う信者に告ぐ。

塚本訳 ルカ 19:16-19
19:16 第一の者があらわれて言った、『御主人、あなたの一ミナは十ミナをかせぎました。』
19:17 主人が言った、『感心々々、善い僕よ、ごく小さなことに忠実であったから、十の町の支配権を持たせる。』
19:18 第二の者が来て言った、『御主人、あなたの一ミナは五ミナをこしらえました。』
19:19 これにも言った、『あなたも五つの町を支配せよ。』


●これ現実の企業でも行われている。地方の一つの小さな支店をしっかり治めると次第に多くの支店を統括させられる。
●ヒルティは言う。「仕事の報酬は仕事だ」と。
●忙しい人はますます忙しくなる。それが報酬だ。

塚本訳 Ⅰコリ10:25-27
10:25 (それで、)肉市場で売っているものはなんでも、良心のために何も詮議をせずに食べなさい。
10:26 『地とそれに満ちているものとは主のもので、(すべて聖で)ある』からである。
10:27 あなた達がある不信者に招待されて、行こうと思うなら、出されるものはなんでも、良心のために何も詮議をせずに食べなさい。


●感謝して受ければ、どんな仕事でも結婚相手でも食事でも「まずい」ものはない。一見キリスト教と関係ない仕事でも不信仰な夫や妻でも感謝して頂けばそれが「主の業」なのだ。これを知らないからこの仕事は信仰に関係ない仕事だと思って簡単に捨てる。離婚したくなる。聖書的に全く間違い。
●不幸にも神を信じない男と結婚してしまったら、「私としたことがなぜこんな人と結婚してしまったのだろう」と悔やむ日は「すぐ」来る。しょうがない。一生十字架だ。主の尊い道だ。天国で褒美が待っている。一生は短い。

塚本訳 Ⅰコリ7:12-14
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。


●不信者の夫や妻や子供や親は、信者の妻や夫や親や子供の「とりなしの祈り
(神に赦しを乞う祈り)で神に覚えられ、その場で清められている。

塚本訳 ルカ 5:5-11
5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」
5:6 そしてその通りにすると、沢山の魚の群が入って網が裂けかかった。
5:7 そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。
5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」
5:9 彼も一しょにいた者も皆、とれた魚(の多いの)に、びっくりしたのである。
5:10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様であった。イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今から後、あなたは人間を生け捕る(漁師になる)のだ。(きょうの漁は、あなたの大伝道の前ぶれである。)」
5:11 彼らは舟を陸に引き上げ、何もかもすててイエスに従った。


●神の言うままに行動すれば成果が上がる。
●キリスト教的ヒューマニズムの精神で「一晩中働いても」(5節)、伝道の成果はあがらない。
●職業の選択、結婚相手の選択、これ自分を捨てて神の思うままに従えば正しい道を歩め、「成果」が上がるのだ。

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


●これは後代教会の作らしいが、「人間の思想の宣伝はするな。神の命令で働け」と解する時正しく読んだことになる。
●外国の宣教師が地の果てまで、「すべての国の人」(19節)を弟子にして支配しようと日本にも乗り込んでくるが大間違い。信者にとって「地の果て」とはいま置かれているところ(家庭や職場)が「地の果て」なのだ。十字架を負う場なのだ。

塚本訳 ピリ 2:6-11
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。
2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

●神が「人の姿をとって」この世に来たとき、それは「奴隷の姿」になった。ここに信者の生き方がある。この世のことは大切である。

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朝の黙想終わり。この世のことは聖書的神学的に意義がある。

●TSK日本語版歴代誌上3章
●教文館「日本キリスト教歴史大事典第2版」原稿執筆。これで5人終了
●10月4日集会感話資料「汝はキリスト、神の子なるか」
●17:00 夕方散歩写真4枚

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夏の暑さも終わりか。あきる野台地

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夕暮れの雲

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夕陽に向かって飛ぶ飛行機。近くに米軍横田基地がある。あのパイロットは残業かなー。

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奥多摩連山に沈みゆく太陽。キリストは太陽。 身内親族の無事と救いを祈った。
妻に18:00に戻るよと言って出かけた。。夕飯を作ってくれている妻に感謝。






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神の領域を恐れよ ++++++++ 所感

2013/09/02 08:32

130902(月)朝の黙想「神の領域を恐れよ」●聖書には神に対する恐れということが通奏低音にある。人間にはできないことをなさる。これを無視すると「人生破滅」となる。棘ある鞭を蹴ることは無駄だ。●だから聖書には「不思議」ろいう言葉が多い。●神が生命を創造することも恐れであり、不思議である。この精神に連想する箇所を掲げてみよう。

口語訳 創 1:1-3
1:1 はじめに神は天と地とを創造された。
1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。


●神は無から有を生み出すお方である。これを「聖書は迷信だ」と思う人は信仰への「タチ」がない。

口語訳 創 3:22
3:22 主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。


●人間は生命をも自由にしようとしたので、神の逆鱗に触れた。今日の「生命科学」のおごりは必ず天罰が下る。原子力開発問題の禍は、新しい物質を作り出そうとした人間のおごりに対する神の天罰だ。おご理に対する警告だ。
●今日の「生命科学」は加工技術はできても生命を生み出すことはできない。

口語訳 箴 1:7
1:7 主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。


●頭が悪くても、主を恐れれば最高の知恵を獲得したことになる。
●これキリスト教独立学園の講堂の外壁に書かれている。

塚本訳 ヨハ 3:3-5
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。


●神は人を「霊によって」新しく産み直しをなされる。そうでなければこのイエスの言葉はない。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


●人類は延命処置のために莫大なる費用をつぎ込むが、それは肉の命。その先の命は金で買えない。

塚本訳 マタ 1:18
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、
まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。


塚本訳 ルカ 1:34-35
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』


●クリスチャンと自称する人で、処女降誕を信じない人がいる。恥ずかしくなく公然と「信じない」と言う。私はその人の信仰を疑う。信じない。

塚本訳 マタ 3:9
3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、
神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。

●無教会は「血が濃い」。誰の子供、誰の親類で、ひどいのになると誰の嫁だの誰の婿、どこそこ学校を出たのなどというまるでトンチンカンなことを自慢する人間がいる。悪習紛々である。そういう血統を誇る人間のもとからはクリスチャンは出ない。

塚本訳 ヨハ 2:9-11
2:9 宴会長は酒になった水をなめてみて、──彼はその訳を知らなかったが、水を汲んだ召使たちは知っていた。──宴会長は花婿を呼んで
2:10 言う、「だでれも初に良い酒を出し、酔がまわったところに悪いのを出すのに、あなたは、よくもいままで良い酒をとっておいたものだ。」
2:11 イエスはこの最初の徴[奇蹟]をガリラヤのカナで行って、(神の子たる)その栄光をお現わしになった。弟子たちが彼を信じた。


●生命を生み出す能力を持つ神は水をぶどう酒に変えられる。福島の汚染水も神の能力ならば清くなる。

塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

●神は人間が寝ている間に生命をはぐくみ、育てつ。人間はその原理ウィ知らない。

塚本訳 Ⅱコリ5:17
5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!


●クリスチャンは神が生み出す。古い過去という汚水はキリストの血清ですっかり清められる。

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朝の黙想。クリスチャンは神が生む。本人の回心によらない。悔い改めによらない。だから希望がある。クリスチャンは神によればあっという間に誕生する。ここに望みがある。

●9:00 池谷医院定期健診、薬局。70歳を過ぎたので医療費薬代が今までの三分の一になって助かる。東急の眼鏡店で視力検査。3年前に作った眼鏡のままでよいということになった。しかし老眼の気配。

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夏の名残の雲。大好きなコスモスが一つ咲いた。秋が来た。















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神への感謝の歌 ++++++++ 所感

2013/09/01 05:35

70歳2か月。平均余命12年(生命保険会社統計)、4500日、10万8000時間。この時間をすべてキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、親類縁者のため、気の毒な人のため。


130901(日)昨夜朗報が飛び込んできたので、今朝は3時半に目覚め、聖書の言葉が次々に湧いてきた。その中から詩編を掲げる。詩編は神への嘆きであると同時に感謝の歌でもある。どちらかというと喜びの方が大きい。

口語訳 詩 23:1-6
23:1 主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます
23:6 わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。



口語訳 詩 84:1-3
84:1 万軍の主よ、あなたのすまいはいかに麗しいことでしょう。
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。
84:3 すずめがすみかを得、つばめがそのひなをいれる巣を得るように、万軍の主、わが王、わが神よ、あなたの祭壇のかたわらに/わがすまいを得させてください。



口語訳 詩 126:1-6
126:1 主がシオンの繁栄を回復されたとき、われらは夢みる者のようであった
126:2 その時われらの口は笑いで満たされ、われらの舌は喜びの声で満たされた。その時「主は彼らのために大いなる事をなされた」と/言った者が、もろもろの国民の中にあった。
126:3 主はわれらのために大いなる事をなされたので、われらは喜んだ。
126:4 主よ、どうか、われらの繁栄を、ネゲブの川のように回復してください。
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。


口語訳 詩 136:1-4
136:1 主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない
136:2 もろもろの神の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
136:3 もろもろの主の主に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
136:4
ただひとり大いなるくすしきみわざを/なされる者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。

●苦しみ悩み嘆きの後に喜びが与えられる。その時初めて人間は神が全能にいますこと、愛にいますことを知って感謝の祈りを捧げることが出来る。恩恵が先で感謝があと。救いが先で信仰はあと。これに関する聖句は次である。

口語訳 イザ 40:1-2
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。


口語訳 詩  118:18-19
118:18 主はいたくわたしを懲らされたが、死にはわたされなかった。
118:19 わたしのために義の門を開け、わたしはその内にはいって、主に感謝しよう

塚本訳 ルカ 15:4-7
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらす
けれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 ルカ 17:13-19
17:13 声をはりあげて、「イエス先生、どうぞお慈悲を」と言った。
17:14 イエスは見て言われた、「(全快したことを世間に証明してもらうため、エルサレムの宮に)行って体を『祭司たちに見せなさい。』」すると行く途中で、(皆いつとはなしに体が)清まった。
17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、
17:16 イエスの足下にひれ伏してお礼を言った。それはサマリヤ人であった。
17:17 イエスは言われた、「十人とも清められたのではなかったか。九人はどこにいるか。
17:18 この外国人一人のほかには、(九人のユダヤ人のうちに)帰ってきて神に栄光を帰する者はだれもないのか。」
17:19 そしてその人に言われた、
「さあ立って行きなさい。あなたの信仰がなおしたのだ。」

塚本訳 マタ 4:15-16
4:15 『(ガリラヤの)湖に向かった、ゼブルン(族)の地とナフタリ(族)の地、ヨルダン川の向こう(のペレヤ)、異教人の(住む)ガリラヤ──
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』

塚本訳 Ⅰコリ10:13
10:13 人間の力に余る試みが、あなた達をおそったことはないのである。神は誠実であられる。あなた達が耐えられない程に試みられることを、お許しにならない。試みに添えて、(かならず)逃げ道をもつくっておいてくださるので、それに耐え得るのである。


口語訳 ヨブ 42:10-16
42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブの繁栄をもとにかえし、そして主はヨブのすべての財産を二倍に増された。
42:11 そこで彼のすべての兄弟、すべての姉妹、および彼の旧知の者どもことごとく彼のもとに来て、彼と共にその家で飲み食いし、かつ主が彼にくだされたすべての災について彼をいたわり、慰め、おのおの銀一ケシタと金の輪一つを彼に贈った。
42:12 主はヨブの終りを初めよりも多く恵まれた。彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭をもった。
42:13 また彼は男の子七人、女の子三人をもった。
42:14 彼はその第一の娘をエミマと名づけ、第二をケジアと名づけ、第三をケレン・ハップクと名づけた。
42:15 全国のうちでヨブの娘たちほど美しい女はなかった。父はその兄弟たちと同様に嗣業を彼らにも与えた。
42:16
この後、ヨブは百四十年生きながらえて、その子とその孫と四代までを見た。

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朝の黙想おわり。主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。(詩編136:1)


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茅ヶ崎市の金子幸子さんの家で行われたすずめの会(東京聖書読者会の婦人会)
川上、小寺、横山、高橋、茂木、宮崎、高橋トミ子、小寺七重、丹野
私が感話を述べた「眠りとしての死、罪の赦しと復活の希望」。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1309028.htm

信仰の篤い方々の集まり。良い会であった。

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35年前に設計した茅ヶ崎市の金子幸子さんの木と漆喰の家。家。非常にきれいに使ってくださっている。 













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