to 日記と感想 2014年05月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


耳ある人 ++++++++ 所感

2014/05/31 10:25

140531(土)2時目覚め、5時間熟睡したから良しとしよう●朝の啓示「耳ある人」●昨日ネットサーフィンであの指揮者の小沢征爾がNHK交響楽団を追われた時、追放の急先鋒であった楽団員の一人が「アイツ(小沢征爾)は耳が悪い」と批判したという。●これに刺激され、聖書で「耳」という言葉がどう使われているかを「Jバイブル」で調べてみた。旧新約で3秒、新約2秒で「耳」を含む節が全文ズラーッと出る。「耳」は赤字で出るから便利。このうち口語新約の71か所全部読んでみた。全部を読むのに20分はかからない。すると頭が改造され、「アーソウカ」と思う。こういう聖書の読み方が最高峰である。これをやったらやめられない。神学や聖書学よりはるかに面白い。新約71か所のうち、心に響くもの50か所を次にコピーする。このコピーペーストも簡単。

 

<口語訳> 検索:

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【口語訳】マタ  10:27 わたしが暗やみであなたがたに話すことを、明るみで言え。にささやかれたことを、屋根の上で言いひろめよ。

 

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【口語訳】マタ  11:5 盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病人はきよまり、しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。

 

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【口語訳】マタ  11:15 のある者は聞くがよい。

 

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【口語訳】マタ  13:15 この民の心は鈍くなり、そのは聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。

 

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【口語訳】マタ  13:16 しかし、あなたがたの目は見ており、は聞いているから、さいわいである。

 

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【口語訳】マタ  13:43 そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。のある者は聞くがよい。

 

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【口語訳】マル  4:9 そして言われた、「聞くのある者は聞くがよい」。

 

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【口語訳】マル  7:32 すると人々は、が聞えず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。

 

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【口語訳】マル  7:33 そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、

 

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【口語訳】マル  7:35 すると彼のが開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった。

 

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【口語訳】マル  8:18 目があっても見えないのか。があっても聞えないのか。まだ思い出さないのか。

 

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【口語訳】マル  12:37 このように、ダビデ自身がキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」。大ぜいの群衆は、喜んでイエスにを傾けていた。

 

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【口語訳】ルカ  1:44 ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしのにはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。

 

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【口語訳】ルカ  4:21 そこでイエスは、「この聖句は、あなたがたがにしたこの日に成就した」と説きはじめられた。

 

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【口語訳】ルカ  7:22 答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしたことを、ヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病人はきよまり、しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。

 

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【口語訳】ルカ  8:8 ところが、ほかの種は良い地に落ちたので、はえ育って百倍もの実を結んだ」。こう語られたのち、声をあげて「聞くのある者は聞くがよい」と言われた。

 

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【口語訳】ルカ  9:44 「あなたがたはこの言葉をにおさめて置きなさい。人の子は人々の手に渡されようとしている」。

 

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【口語訳】ルカ  12:3 だから、あなたがたが暗やみで言ったことは、なんでもみな明るみで聞かれ、密室でにささやいたことは、屋根の上で言いひろめられるであろう。

 

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【口語訳】ルカ  14:35 土にも肥料にも役立たず、外に投げ捨てられてしまう。聞くのあるものは聞くがよい」。

 

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【口語訳】ルカ  16:31 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とにを傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。

 

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【口語訳】ルカ  19:48 民衆がみな熱心にイエスにを傾けていたので、手のくだしようがなかった。

 

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【口語訳】ヨハ  18:37 そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声にを傾ける」

 

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【口語訳】使  2:14 そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことにを傾けていただきたい。

 

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【口語訳】使  7:51 ああ、強情で、心にもにも割礼のない人たちよ。あなたがたは、いつも聖霊に逆らっている。それは、あなたがたの先祖たちと同じである。

 

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【口語訳】使  7:57 人々は大声で叫びながら、をおおい、ステパノを目がけて、いっせいに殺到し、

 

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【口語訳】使  8:6 群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、こぞって彼の語ることにを傾けた。

 

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【口語訳】使  16:14 ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることにを傾けさせた。

 

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【口語訳】使  16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちはをすまして聞きいっていた。

 

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【口語訳】使  17:21 いったい、アテネ人もそこに滞在している外国人もみな、何か新しいことを話したり聞いたりすることのみに、時を過ごしていたのである。

 

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【口語訳】使  28:27 この民の心は鈍くなり、/そのは聞えにくく、/その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、/で聞かず、/心で悟らず、悔い改めて/いやされることがないためである』。

 

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【口語訳】ロマ  11:8 「神は、彼らに鈍い心と、/見えない目と、聞えないとを与えて、/きょう、この日に及んでいる」/と書いてあるとおりである。

 

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【口語訳】一コリ  2:9 しかし、聖書に書いてあるとおり、/「目がまだ見ず、がまだ聞かず、/人の心に思い浮びもしなかったことを、/神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」/のである。

 

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【口語訳】一コリ  12:16 また、もしが、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。

 

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【口語訳】一コリ  12:17 もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体がだとすれば、どこでかぐのか。

 

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【口語訳】一コリ  14:21 律法にこう書いてある、「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしにを傾けない、と主が仰せになる」。

 

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【口語訳】コロ  1:9 そういうわけで、これらの事をにして以来、わたしたちも絶えずあなたがたのために祈り求めているのは、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力とをもって、神の御旨を深く知り、

 

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【口語訳】二テモ  4:3 人々が健全な教に耐えられなくなり、ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、

 

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【口語訳】二テモ  4:4 そして、真理からはをそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。

 

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【口語訳】ヘブル  5:11 このことについては、言いたいことがたくさんあるが、あなたがたのが鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。

 

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【口語訳】ヘブル  12:19 また、ラッパの響や、聞いた者たちがそれ以上、にしたくないと願ったような言葉がひびいてきた山ではない。

 

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【口語訳】ヤコブ  5:4 見よ、あなたがたが労働者たちに畑の刈入れをさせながら、支払わずにいる賃銀が、叫んでいる。そして、刈入れをした人たちの叫び声が、すでに万軍の主のに達している。

 

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【口語訳】一ペテ  3:12 主の目は義人たちに注がれ、/主のは彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう」。

 

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【口語訳】黙  2:7 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べることをゆるそう』。

 

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【口語訳】黙  2:11 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者は、第二の死によって滅ぼされることはない』。

 

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【口語訳】黙  2:17 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある』。

 

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【口語訳】黙  2:29 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。

 

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【口語訳】黙  3:6 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。

 

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【口語訳】黙  3:13 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。

 

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【口語訳】黙  3:22 のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』」。

 

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【口語訳】黙  13:9 のある者は、聞くがよい。

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アーソウカ。新約聖書でいう「耳」とは心の耳だ。特に次の聖句は聖書からの剛速球

使  7:51 ああ、強情で、心にもにも割礼のない人たちよ。

圧倒された。これですっきり。これだから「聖書で聖書を読む」道楽は辞められない。

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短い命を一生懸命に咲いている。これでいいんだ、これがいいのだ。
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「死人の復活」は神の恩恵 ++++++++ 所感

2014/05/30 04:37

140530(金)3時目覚め、4時起床●明後日の集会感話は次のもので最終稿とする。

2014.6.1東京聖書読者会 感話原稿
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「死人の復活」は神の恩恵。その喜び。

・・・復活とは神の力によって死人が「起こされる」こと・・・

 

               東京聖書読者会 2014.6.1 高橋照男 

塚本訳 ヨハ 19:33-35

19:33 しかしイエスのところに来て、すでに死んでおられるのを見ると、脛を折らずに、

19:34 (死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。

19:35 (実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

 

①福音の一番大切なことはイエスが一度確実に死んだ後に復活したことの史実。

①-1)塚本訳 Ⅰコリ15:1-6

15:1 また、わたしが思い出してもらいたいのは、兄弟たちよ、(以前)あなた達に伝え、あなた達が(喜んで)受けいれてくれて、(今日まで)それに立っている、あの(死人の復活についての)福音である。

15:2 どんな言葉でわたしがその福音を伝えたにせよ、あなた達がそれを守っていさえすれば、軽々しく信仰に入ったのではない限りは、あなた達もその福音で救われる。

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事してあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

 

①-2)塚本訳 コリ15:20
15:20
しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。

 

②イエスが死んだことは史実復活を信じない人間による証言もあった。

②-1)塚本訳 マコ 15:44-47

15:44 ピラトはイエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百卒長を呼んで、とうに死んだかどうかを尋ね

15:45 百卒長からそうと聞くと、なきがらをヨセフに下げ渡した

15:46 そこでヨセフは(日が暮れぬうちにと大急ぎで)亜麻布を買い、イエスを(十字架から)下ろして亜麻布で巻き、岩に掘ってあった墓に横たえ、墓の入口に石をころがしておいた。

15:47 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、なきがらの納められた所を見ていた。

 

②-2)塚本訳 マタ 27:63-64

27:63 言った、「閣下、あの嘘つきがまだ生きている時、『自分は(死んで)三日の後に復活する』と言ったことを思い出しました。

27:64 だから三日目まで墓を警備するように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て盗んでいって、人々に『イエスは死人の中から復活した』と言いふらさないとはかぎりません。そうなると、このあとの方の嘘は、(自分は救世主だと言った)前の(嘘)よりも始末が悪いでしょう。

 

②-3)塚本訳 マタ 28:11-15

28:11 女たちが(まだ)歩いているあいだに、数人の番兵は都に行って、出来事の一部始終を大祭司連に報告した。

28:12 大祭司連は長老たちと集まって決議し、(警備をしていた)兵卒らにたっぷり金をやって、

28:13 言った、「『夜、弟子たちが来て、わたし達が寝入っているあいだにイエスを盗んでいった』と言え。

28:14 もしこのことが総督の耳に入ったら、われわれが執成して、お前たちには心配をかけないようにするから」と。

28:15 兵卒らは金を受け取って、教えられたとおりにした。こうしてこの話は、今日までユダヤ人の間にひろまっている。

 

③復活とは神の力によって「起こされる」(Resurrection)こと。高く挙げられること。神はそのことをイエスによってこの世に見える形で示してくれた。

③-1)塚本訳 ルカ 7:12-16

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

 

③-2)塚本訳 マコ 9:26-27

9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った

9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった

 

③-3)塚本訳 マタ 9:23-25

9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、

9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

 

③-4)塚本訳 ヨハ 11:11-14

11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」

11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」

11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。

11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ

 

③-5)塚本訳 ヨハ 11:43-44

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。

 

③-6)塚本訳 使  26:14-16

26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました

26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。

26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

 

③-6)塚本訳 ピリ 2:6-11

2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、

2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、

2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。

2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、

2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

 

④イエスやパウロが人間の裁判所で裁判された理由は、大脳皮質では理解し難い復活について語ったから

④-1)塚本訳 マコ 14:55-59

14:55 大祭司連をはじめ全最高法院は、イエスを死刑にするためしきりにイエスに不利な証言をさがしたが、見つからなかった。

14:56 イエスに不利な偽証をする者は多かったが、その証言は合わなかったのである。

14:57 すると数人の者があらわれ、イエスに不利な偽証をして言った、

14:58 「わたし達はこの人が、『自分は(人間の)手で造ったこのお宮をこわして、手で造らない別のお宮を三日のうちに建てる』と言うのを聞いた。」

14:59 しかし今度も証言が合わなかった。

 

④-2)塚本訳 使  24:20-21

24:20 あるいはまた(ここにいる)この(エルサレムの)人たち自身も、わたしが最高法院の前に立ったとき、どんな不正が(わたしに)認められたか、言ってみたまえ!

24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」

 

⑤復活のイエスに出会った人達はその意外性に驚くと共に爆破的喜びが湧いた

⑤-1)塚本訳 マタ 28:8-15

28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった

28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。」

 

⑤-2)塚本訳 マコ 16-8

16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……

 

⑤-3)塚本訳 ルカ 24:41

24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。

 

⑤-4)塚本訳 ヨハ 20:16-17

20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)

20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくなまだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

 

⑤-6)塚本訳 ヨハ 20:19-20

20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。

20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ

 

⑤-7)塚本訳 ヨハ 20:27-28

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!

 

⑥イエスはパウロにも姿を現した。復活は神の恩恵による「姿の現し」

⑥-1)塚本訳 Ⅰコリ15:5-9

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

15:7 そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた

15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた

 

⑥-2)塚本訳 ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

⑦「信ずれば神の栄光が見られる」。祈りは神の恩恵の心を動かす。

⑦-1)塚本訳 ヨハ 11:39-40

11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」

11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

 

⑦-2)塚本訳 マコ 9:22-24

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

 

⑦-3)塚本訳 マコ 9:28-29

9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」

9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。

 

⑦-4)塚本訳 ルカ 15:31-32

15:31 父が言った、『まあまあ、坊や、お前はいつもわたしと一しょにいるではないか。わたしの物はみんなお前のものだ。

15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』

 

⑦-5)塚本訳 ルカ 23:41-43

23:41 れ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

 

⑧老化、命の短さ、死の悲しみを癒すものは、「死人を起こす」神の力への信仰。

⑧-1)塚本訳 ヨハ 11:3-4

11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。

11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」

 

⑧-2)塚本訳 マタ 10:28

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

 

⑧-3)塚本訳 コリ4:16
4:16
このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

 

⑧-4)塚本訳 ロマ 4:19-20

4:19 すなわち彼は信仰が弱らずに、ほとんど百歳であったので、自分の体が死んでしまっており、(妻)サラの胎も死んでいるのをよく知っていながら、

4:20 不信仰をもって神の約束を疑わないばかりか、かえって信仰が強くなり、神に栄光を帰した、

 

 

            日本人キリスト者の復活観の誤解。塚本虎二

  ・・・福音としての「復活」は仏教の霊魂不滅の考え方とは異なる・・・

 

●「聖書知識」第283号。丸の内講壇コリント前書1512-19。(塚本虎二著作集続P136)

 

「キリストの復活の事実は歴史的研究の範囲外でただ人間の霊魂が永遠なるものに接触する時始めてわかるものである」という(リーツマン。イエス伝227講の終わりの方を見よ)。即ちこれら6種の人達(①ケパ、②十二弟子、③五百人以上の兄弟、④ヤコブ、⑤すべての使徒、⑥パウロ・・・・高橋注)は信仰の証人であって、歴史的証人ではない。その全生涯が復活者との面会によって一変したところの『生きた証人』である。(カ・ハイム)。・・・(中略)・・・ただ、復活を信じないクリスチャンとは脳みそのない人間というようなもので、そんなものがあり得よう訳はないが、パウロがこんなに懸命に議論している所を見ると。コリント教会に実際いたに違いない。・・・中略・・・最後に、キリストと死人の復活との関係について一言する。キリストは死人の復活の初穂であるということは、死人は当然復活するものであって、キリストはただその皮切りとして、第一番目に復活した、というのではない。キリストの復活によって死人の復活なるものが始めて可能となったのである。人間は罪の故に永遠の死に定められていて、彼らに復活の希望はない。ただキリストがその死によって罪を贖い給うたので死が征服され、まず彼自身が復活したのである。そしてその結果、凡ての死人に復活の希望が生まれたのである。死人の復活がなければキリストの復活はないと言うのは、死人の復活を前提をとしての議論ではない。反対に、キリストの復活によって死人の復活があることは確かである、ということを、裏から言ったものである。」」

 

●「聖書知識」第284号。丸の内講壇コリント前書1520-28〕。(塚本虎二著作集続P136)

 

「復活の話をしながらいつも感ずることは、聞く人があまり感激を示さないばかりか、何だか神学の講義でも聞くかのような、うるさい、くどいといったような表情さえすることである。これは復活の誤解から来たもので、・・・・(中略)・・・実際復活の必要を感じていないからである。私達は不平を言いながらも、この世で満足しているか、満足しようとしているのである。丁度不老不死の人が、生命保険勧誘員の宣伝を聞いているような気持である。・・・(中略)・・・パウロの復活は道徳問題であり、したがって神の宇宙経綸上重大な地位を占めている。だからパウロは真剣にこの問題を論議するのである。パウロだけでなく、初代教会がこの信仰に重点を置き、基督教自体も復活なしには立ち得ないのである。

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2014.6.1 集会感話原稿おわり

●TSK日本語版詩編106編
●妻は池谷医院へ健康診断

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4時起床、東の窓を開けるとこの景色。美しい空だなー
天は神の栄光を現す。


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復活とは神の力によって「起こされる」(Resurrection)こと。 ++++++++ 所感

2014/05/29 08:28

140529(木)3時半目覚め●次回感話の推敲。

次回感話の一部
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③復活とは神の力によって「起こされる」(Resurrection)こと。高く挙げられること。神はそのことをイエスによってこの世に見える形で示してくれた。

③-1)塚本訳 ルカ 7:12-16

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

 

③-2)塚本訳 マコ 9:26-27

9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った

9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった

 

③-3)塚本訳 マタ 9:23-25

9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、

9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

 

③-4)塚本訳 ヨハ 11:11-14

11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」

11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」

11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。

11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ

 

③-5)塚本訳 ヨハ 11:43-44

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。

 

③-6)塚本訳 使  26:14-16

26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました

26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。

26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

 

③-6)塚本訳 ピリ 2:6-11 

2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、

2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、

2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。

2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、

2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

 
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朝の黙想おわり。復活は神の力を信じないときは信じられない。神は暴力をもってある人に「ここぞ」と言う時に信じさせる。●時に呪詛とも思える不幸はそのことだ。

塚本訳 ヨハ 11:3-4
11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」



●TSK日本語版詩編106篇
●メールの返事3通
●13:00  ATM,散髪、図書館


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5月、美しく短く楽しく咲いている。きれいだなー

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月見草。我が家で咲いて我が家で命を終える。美しく咲いているなー。感謝
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信仰の敵 ++++++++ 所感

2014/05/28 05:34

140528(水)6時間熟睡で、3時目覚め。●朝の黙示「信仰の敵」●頭に浮かぶ信仰の敵は体験上次の事柄である。
血縁、金、恋愛、知恵知識、地位名誉、教会組織、地上の平和、善政、成功の人生、聖書研究、伝道。これらは皆一般常識であってこれらを追及することは「善」でありむしろその念願成就は「後押し」されるべきものである。しかし信仰的にはこれらは皆「敵」なのだ。●これらに一つ一つ言及すると「話が長くなる」ので、神の子イエスに短刀直入の剛速球で答えてもらおう。

●血縁
塚本訳 ルカ 14:25-27
14:25 大勢の群衆がイエスと一しょに旅行をしていると、振り向いて言われた、
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。
14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。

●金
塚本訳 マコ 10:25-27
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」


●恋愛
塚本訳 マコ 12:28-31
12:28 一人の聖書学者がこの議論を聞いていたが、イエスがあざやかに答えられたのを見ると、進み出て尋ねた、「どの掟がすべてのうちで第一ですか。」
12:29 イエスは答えられた、「第一はこれである。──『聞け、イスラエルよ、われわれの神なる主はただ一人の主である。
12:30 心のかぎり、精神のかぎり、』思いのかぎり、『力のかぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
12:31 第二はこれ。──『隣の人を自分のように愛せよ。』これら(二つ)よりも大事な掟はほかにはない。」


●知恵知識
塚本訳 ルカ 10:21-22
10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。
10:22 (──知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)が何であるかを知る者は一人もなく、また、子と、子が父上をあらわしてやる者とのほかに、父上が何であるかを知る者はない。」


●地位名誉
塚本訳 ヨハ 5:41-44
5:41 (こう言うのは、自分を認めてもらいたいからではない。)わたしは人間の名誉などほしくない。
5:42 しかし(それをほしがる)あなた達は、心の中に神に対する愛を持たない。わたしはそれを知っている。
5:43 (その証拠には、)わたしが父上の権威で来たのに、あなた達はわたしを受けいれず、だれかほかの人[偽救世主]が自分の権威で来れば、その人を受け入れるのである。
5:44
互に(この世の)名誉をやり取りして、ただひとりの神からの名誉を求めないあなた達が、どうして(わたしに対する)信仰をもつことが出来ようか。

●教会組織
塚本訳 ヨハ 4:21-24
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。


●地上の平和
塚本訳 マタ 10:34-36
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』

●善政
塚本訳 ルカ 22:24-27
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。

●成功の人生
塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24
(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

●聖書研究
塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39
あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

●伝道
塚本訳 マタ 23:15
23:15 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君
たちはたった一人の改宗者を作るために海と陸とを飛びまわり、そして(改宗者が)できると、自分たちより倍も悪い地獄の子にするからだ。

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●これらを敵とする人生観の人間はどのような生涯になるのか。「人には知られず、マスコミの話題にもならず、神にのみ知られる。貧しい奴隷状態のみじめな人生だ」。●次の画を思う。

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今まで出会ったキリスト像で一番ぴったりのイメージ。一介の貧農の姿。       「フランス、アルザス地方のコルマール、ウンターリンデン美術館。マティアス・グリューネルワルト作『イーゼンハイムの祭壇画』」。
神はこの犠牲の小羊を復活させた。


●過日、篤信の御夫人から「主人が地上での生涯を終え、永遠の天の御国に移されました」とお手紙を頂いた。そしてご主人のお元気な頃の写真があり、その下に

TILL we meet  again 

と書かれてあった。復活を信じるキリスト信者の死は少しも暗くない。キリスト信者にとっては、身内の死によって「神の栄光」が現われる。こういうことで福音が広まる。 凱旋万歳!

●妻はYさんの車で三頭山に行く。平地歩き。足が直って感謝。
●TSK日本語版詩編105篇

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朝の食事。腰痛治療のため、医者の指導。人参とリンゴのジュース(ミキサー)+ヨーグルト+日本茶 。これで昼までお腹が空かないから不思議。5キロ痩せた。腰痛改善。 妻も一緒のメニューで減量できた。
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我々の力の及ばない死後への希望 ++++++++ 所感

2014/05/27 07:26

140527(火)3時半目覚め。次回感話の推敲

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死人の復活。我々の力の及ばない死後への希望

・・・復活とは神の力によって「起こされる」こと・・・

 

          東京聖書読者会 2014.6.1 高橋照男 140527-2

塚本訳 ヨハ 19:33-35

19:33 しかしイエスのところに来て、すでに死んでおられるのを見ると、脛を折らずに、

19:34 (死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。

19:35 (実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

 

①福音の一番大切なことはイエスが一度死んで復活したことの事実。その喜び

①-1)塚本訳 Ⅰコリ15:1-6

15:1 また、わたしが思い出してもらいたいのは、兄弟たちよ、(以前)あなた達に伝え、あなた達が(喜んで)受けいれてくれて、(今日まで)それに立っている、あの(死人の復活についての)福音である。

15:2 どんな言葉でわたしがその福音を伝えたにせよ、あなた達がそれを守っていさえすれば、軽々しく信仰に入ったのではない限りは、あなた達もその福音で救われる。

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事してあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

 

①-2)塚本訳 コリ15:20
15:20
しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。

 

②イエスが死んだことは確実であった

②-1)塚本訳 マコ 15:44-47

15:44 ピラトはイエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百卒長を呼んで、とうに死んだかどうかを尋ね

15:45 百卒長からそうと聞くと、なきがらをヨセフに下げ渡した

15:46 そこでヨセフは(日が暮れぬうちにと大急ぎで)亜麻布を買い、イエスを(十字架から)下ろして亜麻布で巻き、岩に掘ってあった墓に横たえ、墓の入口に石をころがしておいた。

15:47 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、なきがらの納められた所を見ていた。

 

③復活とは神の力によって「起こされる」(Resurrection)こと。高く挙げられること。神はそれをイエスを通じて見える形で示してくれた。

③-1)塚本訳 ルカ 7:12-16

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

 

③-2)塚本訳 マコ 9:26-27

9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った

9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった

 

③-3)塚本訳 マタ 9:23-25

9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、

9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

 

③-4)塚本訳 ヨハ 11:43-44

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。

 

③-5)塚本訳 使  26:14-16

26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました

26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。

26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

 

③-6)塚本訳 ピリ 2:6-11

2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、

2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、

2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。

2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、

2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

 

④イエスが裁判された理由は、理性では理解できない復活の預言をしたから

④-1)塚本訳 マコ 14:55-59

14:55 大祭司連をはじめ全最高法院は、イエスを死刑にするためしきりにイエスに不利な証言をさがしたが、見つからなかった。

14:56 イエスに不利な偽証をする者は多かったが、その証言は合わなかったのである。

14:57 すると数人の者があらわれ、イエスに不利な偽証をして言った、

14:58 「わたし達はこの人が、『自分は(人間の)手で造ったこのお宮をこわして、手で造らない別のお宮を三日のうちに建てる』と言うのを聞いた。」

14:59 しかし今度も証言が合わなかった。

 

④-2)塚本訳 マタ 28:11-15

28:11 女たちが(まだ)歩いているあいだに、数人の番兵は都に行って、出来事の一部始終を大祭司連に報告した。

28:12 大祭司連は長老たちと集まって決議し、(警備をしていた)兵卒らにたっぷり金をやって、

28:13 言った、「『夜、弟子たちが来て、わたし達が寝入っているあいだにイエスを盗んでいった』と言え。

28:14 もしこのことが総督の耳に入ったら、われわれが執成して、お前たちには心配をかけないようにするから」と。

28:15 兵卒らは金を受け取って、教えられたとおりにした。こうしてこの話は、今日までユダヤ人の間にひろまっている。

 

⑤復活のイエスに出会った人達はその意外性に驚くと共に爆破的喜びが湧いた

⑤-1)塚本訳 マタ 28:8-15

28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった

28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。」

 

⑤-2)塚本訳 マコ 16-8

16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……

 

⑤-3)塚本訳 ルカ 24:41

24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。

 

⑤-4)塚本訳 ヨハ 20:1-2

20:1 (翌々日、すなわち)週の初めの日(日曜日)の朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に来てみると、墓(の入口)から石がのけてあった。

20:2 そこでシモン・ペテロと、イエスが可愛がっておられたもう一人の弟子との所に走って行って言う、「主を墓から取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」

 

⑤-5)塚本訳 ヨハ 20:16-17

20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)

20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくなまだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

 

⑤-6)塚本訳 ヨハ 20:20

20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ

 

⑤-7)塚本訳 ヨハ 20:27-28

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!

 

⑥イエスは最後にパウロに姿を現した。復活は神の力による「姿の現し」

⑥-1)塚本訳 Ⅰコリ15:5-9

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

15:7 そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた

15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた

 

⑦パウロが裁判されたのは、大脳皮質で「そんなことは絶対にありえない」と考える「死人の復活」を宣伝したから。しかし信じられないことが起こった。

⑦-1)塚本訳 使  17:31-32

17:31 神は一つの日を決め、その日に御自分の定めた一人の人(イエス)を使って『正しく(全)世界を裁こうと』計画しておられるからです。そして彼を死人の中から復活させて、すべての人に(彼が世界を裁くべき人であるという)その保証をお与えになったのであります。」

17:32 死人の復活と聞くと、嘲る者もあり、「そのことはまたいつかあなたに聞こう」と言う者もあった。

 

⑦-2)塚本訳 使  23:6-7

23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)

23:7 彼がこう言うと、パリサイ人とサドカイ人とのあいだに意見の対立がおこり、法院が分裂した。

 

⑦-3)塚本訳 使  24:20-21

24:20 あるいはまた(ここにいる)この(エルサレムの)人たち自身も、わたしが最高法院の前に立ったとき、どんな不正が(わたしに)認められたか、言ってみたまえ!

24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」

 

⑧「信ずれば神の栄光が見られる」。宿命観ではなく神の力を信じる信仰の道。

⑧-1)塚本訳 ヨハ 11:39-40

11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」

11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

 

⑧-2)塚本訳 マコ 9:21-24

9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

 

⑧-3)塚本訳 マコ 9:28-29

9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」

9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。

 

⑧-4)塚本訳 ルカ 23:41-43

23:41 れ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

 

⑧-5)塚本訳 ロマ 4:17-20

4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。

4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

4:19 すなわち彼は信仰が弱らずに、ほとんど百歳であったので、自分の体が死んでしまっており、(妻)サラの胎も死んでいるのをよく知っていながら、

4:20 不信仰をもって神の約束を疑わないばかりか、かえって信仰が強くなり、神に栄光を帰した、

 

⑨老化、命の短さ、死の悲しみを癒すものは、「死人を起こす」神の力への信仰。

⑨-1)塚本訳 コリ4:16
4:16
このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく

 

⑨-2)塚本訳 マタ 10:26-28

10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。

10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

 

⑨-3)塚本訳 ロマ 8:18

8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

 

 

日本人キリスト者の復活観の誤解。塚本虎二

・・・福音の「復活」は仏教の霊魂不滅の考え方とは異なる・・・

 

●「聖書知識」第283号。丸の内講壇コリント前書1512-19。(塚本虎二著作集続P136)

 

「キリストの復活の事実は歴史的研究の範囲外でただ人間の霊魂が永遠なるものに接触する時始めてわかるものである」という(リーツマン。イエス伝227講の終わりの方を見よ)。即ちこれら6種の人達(①ケパ、②十二弟子、③五百人以上の兄弟、④ヤコブ、⑤すべての使徒、⑥パウロ・・・・高橋注)は信仰の証人であって、歴史的証人ではない。その全生涯が復活者との面会によって一変したところの『生きた証人』である。(カ・ハイム)。・・・(中略)・・・ただ、復活を信じないクリスチャンとは脳みそのない人間というようなもので、そんなものがあり得よう訳はないが、パウロがこんなに懸命に議論している所を見ると。コリント教会に実際いたに違いない。・・・中略・・・最後に、キリストと死人の復活との関係について一言する。キリストは死人の復活の初穂であるということは、死人は当然復活するものであって、キリストはただその皮切りとして、第一番目に復活した、というのではない。キリストの復活によって死人の復活なるものが始めて可能となったのである。人間は罪の故に永遠の死に定められていて、彼らに復活の希望はない。ただキリストがその死によって罪を贖い給うたので死が征服され、まず彼自身が復活したのである。そしてその結果、凡ての死人に復活の希望が生まれたのである。死人の復活がなければキリストの復活はないと言うのは、死人の復活を前提をとしての議論ではない。反対に、キリストの復活によって死人の復活があることは確かである、ということを、裏から言ったものである。」」

 

●「聖書知識」第284号。丸の内講壇コリント前書1520-28〕。(塚本虎二著作集続P136)

 

「復活の話をしながらいつも感ずることは、聞く人があまり感激を示さないばかりか、何だか神学の講義でも聞くかのような、うるさい、くどいといったような表情さえすることである。これは復活の誤解から来たもので、・・・・(中略)・・・実際復活の必要を感じていないからである。私達は不平を言いながらも、この世で満足しているか、満足しようとしているのである。丁度不老不死の人が、生命保険勧誘員の宣伝を聞いているような気持である。・・・(中略)・・・パウロの復活は道徳問題であり、したがって神の宇宙経綸上重大な地位を占めている。だからパウロは真剣にこの問題を論議するのである。パウロだけでなく、初代教会がこの信仰に重点を置き、基督教自体も復活なしには立ち得ないのである。

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次回感話推敲終わり。福音は早起きして「告知せよ」。次を思う

塚本訳 マタ 10:26-28
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

●TSK日本語版詩編104篇
●妻は郷里いわき市の同窓生と浅草で懇親。夕方戻る


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裁きの日にこの身は救われるか ++++++++ 所感

2014/05/26 05:54

140526(月)朝の黙示「最後の日にこの身は救われるか」●この難問中の難問、不安中の不安、心配中の心配を聖書に聞く。順不同、寝床でメモした聖書の箇所を掲げる。 心に感じるもの。

塚本訳 マタ 7:21-23
7:21 わたしに『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るのではない。わたしの天の父上の御心を行う者(だけ)が入るのである。
7:22 (最後の裁きの)かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、(入れてください。)『わたし達はあなたの名で伝道し、』あなたの名で悪鬼を追い出し、あなたの名で奇蹟を沢山行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23 その時わたしは、はっきり彼らに言おう、『かってお前たちを弟子にした覚えはない。『この不届者、わたしを離れよ!』
』と。

塚本訳 マタ 22:8-14
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」



塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか
。」

塚本訳 マタ 28:19-20
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。

塚本訳 マタ 16:18-19
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」


塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


塚本訳 エペ 1:13-14
1:13 このキリストにおいて君達(異教人)もまた、真理の言すなわち君達の救いの福音を聴いたので──このキリストにおいて君達もまた、信ずることにより約束の聖霊をもって封印されたのであるが、
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 ガラ 4:5-6
4:5 これは律法の下に(奴隷になって)いる者を贖い出して、わたし達に子たる身分を受けさせるためである。
4:6
しかしあなた達が(いまや神の)子であることは、神がわたし達の心に、「アバ[お父様]、お父様」と呼ぶ御子の霊をお遣わしになったことによって(、知り得るの)である。

塚本訳 ルカ 16:26-31
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』



塚本訳 マタ 12:31-32
12:31 (あなた達はわたしをもって働く神の霊の働きをベルゼブルの働きと罵った。)だからわたしは言う、人の(犯す)いかなる罪も冒涜も赦していただけるが、御霊の冒涜は赦されない。
12:32
人の子(わたし)を冒涜する者ですら赦していただけるが、聖霊を冒涜する者は、この世でも来るべき世でも(決して)赦されない。


塚本訳 マタ 12:33-37
12:33 木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を悪いとするなら、その実をも悪いとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのである。
12:34 蝮の末よ、あなた達(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう。心にあふれて口に出るのだから。
12:35 善人は(心の)善い倉から善い物を取り出し、悪人は(心の)悪い倉から悪い物を取り出す。
12:36 わたしは言う、人の話すいかなる無駄言も、(最後の)裁きの日にかならずそれについて責任を問われる。
12:37 なぜなら、あなたはあなたの言葉で義とされ、あなたの言葉で罪とされるのだから。」


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朝の黙想おわり。●来世の救いへの準備は聖書を読む生活。祈りの生活。あとは神まかせ。救いの保証に人間的手だてはない。教会員となること、洗礼、聖餐。●裁かれる時は裁かれよう。神に裁かれるなら間違いはない。栄光神にあれ。
●TSK日本語版詩編93篇
●14:30 妻が私の靴を買うと言うので東急について行った。靴は履いてみなければわからないからだ。●私はその後「伊藤整形外科」左足の甲の腫れがまだひかない。

次回感話の一部

⑧「信ずれば神の栄光が見られる」。宿命観や諦念ではない信仰の道。祈りの力。

⑧-1)塚本訳 ヨハ 11:39-40

11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」

11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

 

⑧-2)塚本訳 マコ 9:21-24

9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

 

⑧-3)塚本訳 マコ 9:28-29

9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」

9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。

 

⑧-4)塚本訳 ロマ 4:17-20

4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。

4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

4:19 すなわち彼は信仰が弱らずに、ほとんど百歳であったので、自分の体が死んでしまっており、(妻)サラの胎も死んでいるのをよく知っていながら、

4:20 不信仰をもって神の約束を疑わないばかりか、かえって信仰が強くなり、神に栄光を帰した、

 





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人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし。 ++++++++ 所感

2014/05/25 05:38

140524(日)5時起床。睡眠5時間、睡眠導入剤なしでも熟睡できた●昨日の「なにわコラリアーズ」演奏会のアンコールは八木重吉作詞、多田武彦作曲の「雨」。これは名曲だ。中間部にテナーのソロが入るが、このソロを歌った木林氏は聞くところによると本物のクリスチャン。彼は「リン」として前方上方を向き、その声はあくまで澄んできれいであった。終わると「ブラボー」の大声があった。●次のサイトは昨年2013/5/3の「なにわコラリアーズ」第19回定期演奏会の演奏。

http://www.youtube.com/watch?v=Jm19mKo8npw


八木重吉 「雨」

雨の音が聞こえる
雨が降っていたのだ

あの音のようにそっと
世のために働いていよう

雨があがるように
静かに死んでいこう

●八木重吉は結核で29歳の若さで召され、彼が深く愛した二人の子供もその後結核で夭折。夫人は驚くほどに熱心なクリスチャン。彼は「自分の詩は必ずひとつひとつ十字架を負っている」と言う。
●「そっと静かに死んでいこう」というところに胸を打たれる。
●私達の結婚祝いに八木重吉の詩の本を下さった方(重吉と同じ英語教師)がおられた。私はその方の家を設計したが、御夫人は病弱であった。夫人は「私が寝込んだら窓から林が見える位置に病室を設計してください」と言われたものだ。ご夫妻はその後いかがされたか。
●アンコール曲を聴きながらこ子や孫たちに言おうと思った。「母さんが死んも泣いてはいけない」と。「それは神を固く信じていた『母さん』を一番悲しませることだ」と。泣くな。前方上方を向け。
●今朝は「死と愛」について思いつくままに掲げてみよう。

塚本訳 ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。


文語訳 ヨハ 15:13
15:13 人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし。


塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マタ 9:23-24
9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 エペ 5:25
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──


塚本訳 エペ 5:29-30
5:29 何故なら、未だ曽て自分の「肉」を悪んだ者は無く、何人もこれを養い育てる。同じようにキリストも教会を養い育て給う。
5:30 私達は彼の体の肢である。

塚本訳 マタ 19:16-19
19:16 するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」
19:17 イエスは言われた、「なぜ善いことについってわたしに尋ねるのか。善いお方はただ一人(神)である。(永遠の)命に入りたければ、(神の)掟を守りなさい。」
19:18 「どの掟を」と彼が言う。イエスはこたえられた、「『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、
19:19 父と母とを敬え、』また『隣の人を自分のように愛せよ。』」

口語訳 黙 14:13
14:13 またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。

新共同 黙 14:13
14:13 また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」"霊"も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」

塚本訳 Ⅱコリ5:16
5:16 だからこのわたし達は、今からのちだれをも人間的に知ろうとはしない。たとい(以前は)キリストをも人間的に知っていたにせよ、今はもはや(そのように)知りはしない。

塚本訳 ルカ 9:59-60
9:59 またほかの一人に言われた、「わたしについて来なさい。」その人が言った、「その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」

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朝の黙想 おわり

●10:00 集会は川上(司会)、土肥(悪い小作人ルカ20:9-19) 横田(教会史、アベラールとエロイーズ)●妻は町内会の清掃を済ませてから来た。そして横田氏の話は退室(午後のコンサートに行くため)●帰途、高木博義氏と車中懇談●14:00 あきる野市役所ロビーコンサート(もでらあと。妻が出演)

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「コーラスもでらあと」あきる野市役所ロビー。右端が妻のトミ子
第二部は客席が参加。歌を良く知っている人が多かった。

●私の残りの生涯のミッション(使命)


「聖書で聖書を読む」ためにホームページで情報提供

●翻訳比較。(文語、口語、塚本、新改訳、新共同、関根、前田、岩波)●各国聖書引照。(ネストレ27版、TSK(Treasury of Scripture Knoledge)、KJV,スコフィールド、ニューエルサレムバイブル、ルター、新共同訳)以上はBbB●TSK日本語版。新約完了、旧約工事中。完成すると14万ページ。出版は不可能●註解書。黒崎幸吉註解新約聖書及旧約聖書略註詩篇WEB版。●「日記と感想」。聖書に権威を認める。パソコンソフト「Jバイブル」利用。旧新約の語句検索は3秒。一語について聖書全体の観点から読む。



●「神の力」の宣教・・・私の残りの生涯で全力を注ぐこと。


塚本訳 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。


塚本訳 ロマ 1:16
1:16 わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。

塚本訳 Ⅰコリ1:18-19
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。


塚本訳 Ⅰコリ1:23-24
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。

























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肉の病を通して霊魂の病を知る ++++++++ 所感

2014/05/24 06:20

140524(土)5時起床、今まで睡眠導入剤を飲んでいたが、認知症になりやすいことを知って昨夜は飲むのをやめてみた。すると夜半に2度トイレに起きて今朝は壮快ではない。●朝の黙想「肉の病を通して霊魂の病を知る」。これが新約聖書の本質、イエスの活動の本質、苦難の意義の本質。●清瀬の某医師、ご自分の患者に対して「あの人は何か霊魂の病を抱えている」と言われたという。その患者、その医師は霊魂の治療をして下さる神のもとに導かれただろうか。その医師の言葉を教えてくださったSさんはすでに召された。●清瀬は戦前は「結核のメッカ」。そのころ結果と言えば「死病」とされ、嫁の来てががなかった。今の癌と同じ。私の父も結核であったが、そんな身の自分に嫁いできてくれた母をいつも感謝していた。●今は晩婚化が進んでいるが、男は「こんな男のもとに良く来てくれた」と思い、女は「こんな私を良く受け入れてくれた」と思えばこの世的にみじめでもよい結婚が成立する。●「肉の病を通じて霊魂の病を知る」事に関して頭に思い浮かぶ聖書を順不同に並べる。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。


塚本訳 ルカ 11:46
11:46 イエスが言われた、「ああ禍だ、君たち律法学者も!君たちは人には負いきれない荷を負わせながら、自分では(担ってやるどころか、)ただの指一本、その荷にさわってやらないからだ。


塚本訳 Ⅱコリ5:4
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。


塚本訳 ガラ 6:2-5
6:2 (互が)互の重荷を負え。そうすれば救世主の律法を成就することができる。
6:3 なぜなら、もしなんでもない人が自分を何かであるように思うならば、その人は自分をごまかしているのである。
6:4 一人一人、自分のすることをしらべてみよ。するとその時、誇る理由は自分自身にだけあって、(決して)他人に(比較して誇るべきで)ない(ことに気づく)であろう。
6:5 一人一人がそれぞれの重荷を負っているからである。

塚本訳 黙 2:22-23
2:22 (だから)視よ、私は彼女を(その快楽の床から疫病の)床の中に投げ入れる。そして彼女と姦淫を犯している者も、もし彼女(から惑わされた淫行)の(忌まわしい)行為から悔い改めないならば、大きな患難に投げ入れる(であろう)。
2:23 そして、彼女の子供らを(も)疫病をもってうち殺すであろう。斯くして全教会は、私が(人の最も隠れた所である)腎臓をも心臓をも尋ね究め(て、彼らを罰す)る者であることを知る(に至る)であろう。そして(また、)私はお前達の業に従って一人一人に報ゆるであろう。

塚本訳 ロマ 7:23-25
7:23 わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。
7:25 ──神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!──従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである。

口語訳 出 23:25
23:25 あなたがたの神、主に仕えなければならない。そうすれば、わたしはあなたがたのパンと水を祝し、あなたがたのうちから病を除き去るであろう。


口語訳 イザ 53:4-5
53:4 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。


塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ヨハ 9:5
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」


塚本訳 ヨハ 11:9
11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。


文語訳 マタ 5:3
5:3 『幸福なるかな、心の貧しき者。天國はその人のものなり。


塚本訳 ルカ 2:31-32
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。


塚本訳 マタ 4:16
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』


塚本訳 ルカ 1:76-79
1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』
1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。
1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、
1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。


塚本訳 ヨハ 16:7-8
16:7 しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである。
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう。


塚本訳 ヨハ 9:35-41
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」
9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」
9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。


塚本訳 Ⅰヨハ5:20
5:20 しかしわたし達は知っている、神の子が来て、(唯一の)まことの者(なる神)を知る知識力をわたし達に与えられたことを。そしてわたし達はこのまことの者の中に、(然り、)御子イエス・キリストの中に、あるのである。この方はまことの神であり、また永遠の命である。

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●朝の黙想おわり。真の安らぎ、真の平和は人の霊魂が神に帰るところにある。それまでは人間は常に「渇き」、あてどもなくさ迷い歩く。
●肉の病は霊魂の病を気づかせる為にある。
●肉の病とは、肉体の病、失敗の人生、財産の喪失、失業、リストラ、結婚の失敗、失恋、悲恋、人間関係の争い、国家間の争い、家庭内の争い、子育ての失敗、子供の非行、受験の失敗、留年、落第、就職の失敗、教会内の争い、信者同士の争い、教派間の争い・・・・・・・・、
●聖書翻訳に関して数冊の著書がある四国の浜島敏氏からメール。次のように返信した。

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浜島様

 

聖書翻訳に関する本を数冊書かれたとは、碩学と出会えて感謝です。

私の「聖書読み」は全くの素人読みです。無教会主義集会の「東京聖書読者会」(上下関係なしの全員素人集団)で聖書感話をして(小生は月一回当番)31年目です。

聖書は教会の権威でなく、聖書学者の権威でなく、聖書それ自身の権威によって「読まされ、頭が改造される」ことが

「聖書の読み方」の最高の方法ではないでしょうか。

そのために「Jバイブル」を利用して一語、一概念について全聖書の観点から読む道に導かれました。

今後ともご指導いただきたくよろしくお願い申し上げます。四国が近くなりました。

 

高橋照男


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●18:00 妻とコンサート。息子が所属する「なにわコラリアーズ」第20回定期演奏会(於・紀尾井ホール。ただし息子は海外赴任中なので出演せず。

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上智大学の土手を紀尾井ホールに向かう。途中大きな石に座って妻が作ってきた
サンドイッチの夕食。

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第20回なにわコラリアーズ定期演奏会。紀尾井ホール。
男声合唱のハーモニーは素晴らしい。休憩時間に偶然知人のN氏に会うと、氏はこの合唱団は日本一だと評価した。また別の人はこの合唱団は日本が世界に誇るべきものだと言った。

なにわコラリアーズは全日本合唱コンクール10年連続金賞。これは異常。
●なぜうまいのか。その秘密はプログラムのあった団員の一人の次の言葉だと思う。
「最初は互いに負けじと己の得意な声をぶつけ合うような音でしたが、次第に互いの個性を理解し合唱本ライン面白さを知り、カリスマ指導者のいない中、自然と指揮者も歌い手も練習中に意見を言い合いながら試行錯誤する練習スタイル(わたしがなにコラで最も好きな部分)が生まれ、今日までなんとか団を続けて来ることができました。」
●これは無教会主義集会のあるべき姿に似ている。カリスマ先生がいない。信仰の上下関係、信仰箇条や教派神学の締め付けなし。全員が聖書の素人読みで自由。風通しがよい。ほおっておいた方が自由で生き生きとする。間違いは神が正してくださる。
●福島県立安積黎明(あさかれいめい)高等学校は1980年より連続34回連続金賞。その練習の特徴は先生がビシビシやらない「自主練習」。
























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神は「岩」. ++++++++ 所感

2014/05/23 07:58

140523(金)朝の黙想「神は岩」●高校生の時に塚本虎二先生二よりヒルティに出会い、その後人生の諸段階で難問に遭遇するたびにヒルティの本を紐解いてきた。ヒルティが指差すところはただ一つ「聖書」である。●ヒルティ著作集の日本語の訳者は大半が無教会者であることは意味が深い●ヒルティは人生の諸段階の「恐れ」について次のように言っていることが忘れられない。

「生まれつきのままの人間の生活には、どんな人の場合にも、自覚がめざめた瞬間からその消え去る瞬間まで恐怖がつきまとっている。少年は絶えず増大する学校の課業を恐れ、青年と壮年は生計の必要が嵩むことを恐れ、老人は力の衰弱と、最後に最後になお死をも恐れる。まさに死は多分新しい未知の恐ろしさへの入口にほかならないからである。生まれつきのままの人間は、最初の幼年時代においてだけ恐怖から自由であり、それ故に幼年時代には、極めてしばしば幸福なものとして賛美される。
 人間が本来、あらゆる感情のなかで最も恐れているものは、まさに恐怖の感情に他ならない」
(ヒルティ「幸福論Ⅲ」。わが汝になさんとするは、驚くべき事なり」(白水社第一期判99ページ)

●私自身は、進路問題、職業選択問題、教会問題、結婚問題、生計の問題、職場転職問題、子供の教育の問題、孫の問題、などなど人生の諸段階の難問の時にヒルティに聞き、本は赤線だらけになっている。
●1979年、白水社第二期の「ヒルティ著作集」では藤林益三先生のご推薦でその第10巻「人間教育」(高橋三郎訳)に「月報」を書いた。標題は「無教会主義の系譜におけるヒルティ」である。
●1980年37歳の時、仕事で欧州に行った折りに皆と別れて一人スイスのベルンにヒルティの墓を訪れた。カール・ヒルティと夫人のヨハンナ・ヒルティの下に長男エドガー・ヒルティの名前が刻まれてあった。伝記にヒルティの伝記によれば彼は生涯病弱であったらしい。両親と一緒に眠っている所を見ると、おそらく家庭は持てなかったのではなかろうかとその時知った。ヒルティは息子が悩みの種であった。胸が詰まった。
●今朝は「神は岩」という概念について黙想してみよう。地上のエクレシアは教会も無教会も破れていてズタズタである。そのような時、神ご自身は「揺るがぬ岩」である。時代を超え、地域を越え、教派を超え、変わらぬ岩である。信者はどこに所属していようともこの不動の岩に落ちついていなければならない。 そこに安息を求めるべきである。
●「Jバイブル」で「岩」(語句検索で3秒で出る)を全聖書で読む。全144か所を全部読んで心に響くものを掲げてみよう。


<口語訳> 検索:「岩」全144か所から心に響くものだけをピックアップ。
 

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【口語訳】創  49:24 しかし彼の弓はなお強く、/彼の腕は素早い。これはヤコブの全能者の手により、/イスラエルのなる牧者の名により、

 

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【口語訳】出  33:22 わたしの栄光がそこを通り過ぎるとき、わたしはあなたをの裂け目に入れて、わたしが通り過ぎるまで、手であなたをおおうであろう。

 

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【口語訳】申  32:4 主はであって、そのみわざは全く、/その道はみな正しい。主は真実なる神であって、偽りなく、/義であって、正である。

 

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【口語訳】申  32:15 しかるにエシュルンは肥え太って、足でけった。あなたは肥え太って、つややかになり、/自分を造った神を捨て、/救のを侮った。

 

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【口語訳】申  32:18 あなたは自分を生んだを軽んじ、/自分を造った神を忘れた。

 

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【口語訳】申  32:31 彼らのはわれらのに及ばない。われらの敵もこれを認めている。

 

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【口語訳】申  32:37 そのとき主は言われるであろう、/『彼らの神々はどこにいるか、/彼らの頼みとしたはどこにあるか。

 

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【口語訳】サム上  2:2 主のように聖なるものはない、/あなたのほかには、だれもない、/われわれの神のようなはない。

 

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【口語訳】サム上  23:28 そこでサウルはダビデを追うことをやめて帰り、行ってペリシテびとに当った。それで人々は、その所を「のがれの」と名づけた。

 

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【口語訳】サム下  22:2 彼は言った、/「主はわが、わが城、わたしを救う者、

 

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【口語訳】サム下  22:3 わが神、わが。わたしは彼に寄り頼む。わが盾、わが救の角、/わが高きやぐら、わが避け所、/わが救主。あなたはわたしを暴虐から救われる。

 

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【口語訳】サム下  22:32 主のほかに、だれが神か、/われらの神のほか、だれがであるか。

 

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【口語訳】サム下  22:47 主は生きておられる。わがはほむべきかな。わが神、わが救のはあがむべきかな。

 

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【口語訳】サム下  23:3 イスラエルの神は語られた、/イスラエルのはわたしに言われた、/『人を正しく治める者、/神を恐れて、治める者は、

 

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【口語訳】詩  18:2 主はわが、わが城、わたしを救う者、わが神、わが寄り頼む、わが盾、わが救の角、わが高きやぐらです。

 

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【口語訳】詩  18:31 主のほかに、だれが神でしょうか。われらの神のほかに、だれがでしょうか。

 

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【口語訳】詩  18:46 主は生きておられます。わがはほむべきかな。わが救の神はあがむべきかな。

 

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【口語訳】詩  19:14 わが、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが/あなたの前に喜ばれますように。

 

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【口語訳】詩  27:5 それは主が悩みの日に、その仮屋のうちにわたしを潜ませ、その幕屋の奥にわたしを隠し、の上にわたしを高く置かれるからである。

 

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【口語訳】詩  28:1 主よ、わたしはあなたにむかって呼ばわります。わがよ、わたしにむかって/耳しいとならないでください。もしあなたが黙っておられるならば、おそらく、わたしは墓に下る者と等しくなるでしょう。

 

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【口語訳】詩  31:2 あなたの耳をわたしに傾けて、すみやかにわたしをお救いください。わたしのためにのがれのとなり、わたしを救う堅固な城となってください。

 

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【口語訳】詩  31:3 まことに、あなたはわたしの、わたしの城です。み名のためにわたしを引き、わたしを導き、

 

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【口語訳】詩  40:2 主はわたしを滅びの穴から、泥の沼から引きあげて、わたしの足をの上におき、わたしの歩みをたしかにされた。

 

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【口語訳】詩  42:9 わたしはわがなる神に言う、「何ゆえわたしをお忘れになりましたか。何ゆえわたしは敵のしえたげによって/悲しみ歩くのですか」と。

 

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【口語訳】詩  61:2 わが心のくずおれるとき、わたしは地のはてからあなたに呼ばわります。わたしを導いて/わたしの及びがたいほどの高いに/のぼらせてください。

 

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【口語訳】詩  62:2 神こそわが、わが救、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはない。

 

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【口語訳】詩  62:6 神こそわが、わが救、わが高きやぐらである。わたしは動かされることはない。

 

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【口語訳】詩  62:7 わが救とわが誉とは神にある。神はわが力の、わが避け所である。

 

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【口語訳】詩  71:3 わたしのためにのがれのとなり、わたしを救う堅固な城となってください。あなたはわが、わが城だからです。

 

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【口語訳】詩  78:35 こうして彼らは、神は彼らの、いと高き神は/彼らのあがないぬしであることを思い出した。

 

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【口語訳】詩  81:16 わたしは麦の最も良いものをもってあなたを養い、から出た蜜をもってあなたを飽かせるであろう」。

 

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【口語訳】詩  89:26 彼はわたしにむかい『あなたはわが父、わが神、わが救の』と呼ぶであろう。

 

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【口語訳】詩  92:15 主の正しいことを示すでしょう。主はわがです。主には少しの不義もありません。

 

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【口語訳】詩  94:22 しかし主はわが高きやぐらとなり、わが神はわが避け所のとなられました。

 

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【口語訳】詩  95:1 さあ、われらは主にむかって歌い、われらの救のにむかって喜ばしい声をあげよう。

 

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【口語訳】詩  144:1 わがなる主はほむべきかな。主は、いくさすることをわが手に教え、戦うことをわが指に教えられます。

 

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【口語訳】詩  144:2 主はわが、わが城、わが高きやぐら、わが救主、わが盾、わが寄り頼む者です。主はもろもろの民をおのれに従わせられます。

 

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【口語訳】イザ  8:14 主はイスラエルの二つの家には聖所となり、またさまたげの石、つまずきのとなり、エルサレムの住民には網となり、わなとなる。

 

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【口語訳】イザ  17:10 これはあなたがたが自分の救の神を忘れ、自分の避け所なるを心にとめなかったからだ。それゆえ、あなたがたは美しい植物を植え、異なる神の切り枝をさし、

 

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【口語訳】イザ  26:4 とこしえに主に信頼せよ、主なる神はとこしえのだからである。

 

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【口語訳】イザ  30:29 あなたがたは、聖なる祭を守る夜のように歌をうたう。また笛をならして主の山にきたり、イスラエルのなる主にまみえる時のように心に喜ぶ。

 

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【口語訳】イザ  33:16 このような人は高い所に住み、堅いはそのとりでとなり、そのパンは与えられ、その水は絶えることがない。

 

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【口語訳】イザ  44:8 恐れてはならない、またおののいてはならない。わたしはこの事を昔から、あなたがたに聞かせなかったか、また告げなかったか。あなたがたはわが証人である。わたしのほかに神があるか。わたしのほかにはない。わたしはそのあることを知らない」。

 

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【口語訳】エレ  18:14 レバノンの雪が、どうしてシリオンのを離れようか。山の水、冷たい川の流れが、どうしてかわいてしまおうか。

 

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【口語訳】エレ  51:25 主は言われる、全地を滅ぼし尽す滅ぼしの山よ、見よ、わたしはおまえの敵となる、わたしは手をおまえの上に伸べて、おまえをからころばし、おまえを焼け山にする。

 

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【口語訳】マタ  7:24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。

 

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【口語訳】マタ  7:25 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。を土台としているからである。

 

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【口語訳】マタ  16:18 そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこのの上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。

 

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【口語訳】ルカ  6:48 それは、地を深く掘り、の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。

 

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【口語訳】ロマ  9:33 「見よ、わたしはシオンに、/つまずきの石、さまたげのを置く。それにより頼む者は、失望に終ることがない」/と書いてあるとおりである。

 

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【口語訳】一コリ  10:4 みな同じ霊の飲み物を飲んだ。すなわち、彼らについてきた霊のから飲んだのであるが、このはキリストにほかならない。

 

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【口語訳】一ペテ  2:8 また「つまずきの石、妨げの」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。

 
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●このように「岩」の概念を全聖書から読めば、ペテロが教会の岩だというマタイ16:18はカトリック教会が唯一の権威であるということではないことが分かる。血で血を洗う教会論争の終焉である。
●聖書のわからないところは、一語に関してパソコンの検索能力(Jバイブルが便利)を利用して全聖書の観点から読む。そうでないと教会や人間(先生、学者)の権威にひれ伏す。そうすると奴隷状態になる。だから教派分裂が起こる。そうではいけない。聖書それ自身の権威を認める読み方が王道である。イエスもパウロもそうであった。
●妻は歯科。飛び込み。
●TSK日本語版詩編の第100篇が終了、51~100篇をCDに焼き付けて庭の物置に収納。




 

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神とこの世はなぜ対立するのか ++++++++ 所感

2014/05/22 06:32

 140522(木)目覚めの啓示「神とこの世はなぜ対立するのか」●神と富(この世)はなぜ対立するのか。これは人生の最大問題である。これを心得ないから、少しばかり金が入るとあらぬものに金をつぎ込んで人生堕落する。●今朝は神とこの世(富)とを巡る対立に関して、人間ではなく聖書それ自身に聞いてみよう。●頭に思い浮かぶ聖書を順不同に掲げて黙想してみよう。

口語訳 士 10:10
10:10 そこでイスラエルの人々は主に呼ばわって言った、「わたしたちはわたしたちの神を捨ててバアルに仕え、あなたに罪を犯しました」。


●罪とは煩悩ではない。煩悩が罪なら人間はこの世に生きていけない。

口語訳 Ⅰ列 18:21
18:21 そのときエリヤはすべての民に近づいて言った、「あなたがたはいつまで二つのものの間に迷っているのですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならば、それに従いなさい」。民はひと言も彼に答えなかった。


●「男らしく左右を決せよ」。内村鑑三はキリスト教は「武士道」に接ぎ木されると言ったが、至言。しかし人間それが困難なのだ。「神か富(この世)かの二元論ではなく、人間論なのだ。これが煩悶。

口語訳 レビ 20:17
20:17 人がもし、その姉妹、すなわち父の娘、あるいは母の娘に近づいて、その姉妹のはだを見、女はその兄弟のはだを見るならば、これは恥ずべき事である。彼らは、その民の人々の目の前で、断たれなければならない。彼は、その姉妹を犯したのであるから、その罪を負わなければならない。


●過日UAEを訪れた時、イスラム教はモーセ五書も啓典にしていることが分かったが、女性が肌や体の線を見せないように、目だけを明けた黒装束(アバヤ)を着ていたがその根拠はここか。

塚本訳 マタ 5:28-29
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。
体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。


●子供の一人がかって、「聖書の禁止命令、それが守れないんだよなー」と言った。彼は正直である。信仰は正直の上に立つ。結構なことだ。

新改訳 Ⅱサム11:2-3
11:2 ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。
11:3 ダビデは人をやって、その女について調べたところ、「あれはヘテ人ウリヤの妻で、エリアムの娘バテ・シェバではありませんか。」との報告を受けた。


●こののちのダビデの行為がまずかった。バテシバは子を孕んだ。それがソロモン。その子孫から人類の救世主が生まれた。キリストの系図は汚れていた。そのルーツは不倫の子。喜べ不倫の子よ。ダビデの不倫がなければキリストは生まれなかった。キリストは人間の最奥の悲しみに下ってくださっている。

塚本訳 マタ 1:6
1:6 エッサイの子はダビデ王である。ダビデの(将軍)ウリヤの妻による子はソロモン


●キリストの系図は汚れていた。そのルーツは不倫の子。喜べ不倫の子よ。ダビデの不倫がなければキリストは生まれなかった。キリストは人間の最奥の悲しみに下ってくださっている。

口語訳 詩  51:5-7
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました
51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。


●詩編51編はダビデの悔い改めの詩。いいんだ、いいんだ、人間ならばこれでいいんだ。このダビデの悔いの涙に人類の罪の救世主のルーツがある。

口語訳 Ⅰサム16:7
16:7 しかし主はサムエルに言われた、「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。


●女子大で教えていた時、「イケメンと結婚してはいけない。イケメンは金も教養もない」と言った。すると「エーッ!。先生今のイケメンはお金持っています」と反論が来た。先が思いやられる。
●ストリップ劇場に入った牧師がいた。その動機は悲しい身の上の踊り子たちの心を見たかったと言うのだ。立派。イエスの心に似ている。

塚本訳 ロマ 1:3-4
1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。


●親が悪くても子は清い。喜べダメな親の子供よ。人間のDNAは神が清めて改造する。

塚本訳 Ⅰコリ7:14
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。


●親が汚れていても子供は主にあれば清い。キリストの血が輸血されるのだ。

塚本訳 Ⅰコリ7:15
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)


●かって、キリスト者学生会の人から聞いた話。交際している男性が体を要求してきたとき、女性(信者)が拒むと、「神を取るか、俺を取るか」と迫ったと言う。そんな愚かな男とはきっぱり別れよ。結婚しても無理があるから、家庭は破綻するのは目に見えている。
●夫婦間の問題は第三者が立ち入れないが、片方がキリスト者の家庭の破綻の原因は「神か俺か」と迫られることにある。涙の谷だ。でも離婚してはいけない。この世はすぐ終わる。

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。


●これは不思議な真理だ。なぜこうなっているのだろう。「武士道」で考えれば少しわかる。

塚本訳 マタ 19:23-26
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」


●生まれつきの人間はこの世を愛するようにできているのだ。神に引かれない限りこの世からは離れられない。

塚本訳 ルカ 16:9-14
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」
16:14 金の好きなパリサイ人の人々は一部始終を聞いて、イエスを鼻で笑った。(富は信仰の褒美と考えていたのである。)


●「この世を愛するな」と言うだけなら、話は簡単。それは「聖職者の精神」。イエスは「富はこれを利用せよ」という。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

●神はこの世を愛する。しかしそれはこの世に執着する愛ではなく、救う愛だ。

塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ


●友達を見れば、その人が分かる。主にある人と友達になれれば最高。結婚が試金石。
●この世的な匂いがしたら、血肉の関係たる、親でも親戚でも、涙を流して交際を断て。永久に断て。

塚本訳 Ⅰコリ5:9-10
5:9 (前の)手紙で、決して不品行な者たちと付き合ってはならないと書いたが、
5:10 あれはこの世の不品行な者や貪欲な者、略奪者や偶像礼拝者などと決して付き合うなというのではない。もしそうならば、あなた達はこの世から出てゆかねばならないからである。


●ここがこの世に生きる信者の十字架。周囲はみな不品行な者たちであるとき、その環境は神に負わされた十字架。主はそのような場所で生きることを望まれる。修道院に飛び込むな。

塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

●遺産の相続をめぐって骨肉の争いに巻き込まれたことがある。建築士として関わされたことになったのだ。
●人は金を見ると「豹変する」。

塚本訳 ルカ 12:19-21
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」


●富の蓄積は悪い事ではないが、神を忘れてはいけない。富は神を忘れさせるのである。

塚本訳 マコ 10:17-21
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
10:19 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、』奪い取ってはならない、『父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」


●大金持ちで信仰の篤い人は見かけない。神ではなく金に頼る心理になるから

塚本訳 ヘブ 13:5
13:5 金銭を愛せぬ生活をせよ。(現在)もっているもので満足せよ。神がこう言われたからである、『わたしは決してあなたを見殺しにしない、また決してあなたを見捨てない』と。


●年金生活は苦しいが、与えられるだけのもので満足しなければならない。自戒。
●年金生活者の職業は「国家公務員」。国家公務員は薄給が常だ。
●集会の故Oさんは年金暮らしだったが、周囲から「あなたは大金持ちに見えますね」と言われていた。
●集会のFさんの月収は年金の5万円だけ。それでも顔が輝いていて、その地区で氏を慕う人の集まりが出来ている。その人たちと年に2~3回は安いバス旅行に行くというのだから立派。 氏は歩けるところは歩かれる。1992年、私の父の葬儀の時は立川からバスのところを時間をかけて歩いてこられた。
●集会のMさんは3.11福島原発事故以降、テレビは見ない。節電のため。                       ●知人のK君は大学教授だが最近ドイツに行ってその節電精神に感化され、電気カミソリはやめて手で剃っている。
●世の中、「便利」を追求する元凶の一つに建築業界がある。外国人が日本に来て驚くのは自動扉、アフリカの人は扉が急に開いたので飛びのいたそうだ。日本は便利の哲学を見直すべきだ。「暑さ寒さも我慢」「便利は幸福ではない」。自戒。                                               ●大企業の労働組合で賃上げ闘争に狂奔する人間の言い分は「俺たちは食えない」。彼らの給料はいくら上がっても「渇き」は止まらない。金で心は満たされないから。
●共産主義の本質は「金と地位への嫉妬」。彼らの平和運動の熱心さも動機は同じ。高尚な精神ではないから相手に出来ない。
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朝の黙想おわり。

●TSK日本語版詩編99篇。
●録画してあった「らららクラシック」でシューベルトの「魔王」を聴く。ゲーテの「魔王」には150もの曲があるが、シューベルトのものがその精神を良くとらえていると言う。そしてその精神とは子供の不安より、子を失う、子と別れるという父親の悲しみを表していると言う解説。子を持つ親として同感。目から鱗が落ちた。
●図書館に往復徒歩一時間。

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図書館に出かけるときは「雷鳴」。
ヴェートーヴェン、交響曲第六番「田園」第四楽章。「雷雨、嵐」

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図書館の帰り、すっかり晴れてきれいな空。
ヴェートーヴェン、交響曲第六番「田園」第五楽章。
「牧人の歌~嵐のあとの喜びと感謝の気持ち」

●田園の演奏は中学の時はエーリッヒクライバー+アムステルダムコンセルトへボウ。
私の「田園」はこの演奏で耳が出来ていた。しかし、最近はブルーノワルター+
コロンビア交響楽団。これに出会ってすばらしいいなーと思っていたら案の定、音楽家達の
批評であの不動の一位であったフルトヴェングラー+バイロイト祝祭歌劇場の「第九」を抜いて第一位になった。
●聖書は聖書で読むのが一流の読み方。本物。なぜか。聖書の意味は聖書自身が説明してくれるから間違いようがないから。




























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「淋しい」という思い ++++++++ 所感

2014/05/21 06:03

140521(水)朝の啓示「『淋しい』という思い●「淋しい」という思いはどこから来るのか、今朝はそれを探求してみよう。なぜか。罪の源流に「淋しさを癒す」という動機があるからだ。ヒットラーとフセインは、3歳までの幼少期に母親の愛情を受けずに育ったため、大人になってその愛情を確保しようとして「人間に注目される愛」を求めてあのようになったのだと言わrうぇる。「犯罪の陰に女あり」ではない。一歩進んで考えると「犯罪の陰に『淋しさ』の感情あり」。罪はその淋しさを癒そうとして人倫の壁を突き破ることなのだ。人としてあらぬ行動に走るのだ。●神から離れた人間はもともと「淋しい」として生まれ落ちるのだ。●この「淋しい」という感情を癒さんとする「人間の歌」の数々を見てみよう。


幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく」

●作者の牧水は酒浸りだったように側聞する

山のあなたの空遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。

●作者のカールブッセはドイツの詩人だが、本国よりも日本で有名になったのは上田敏の名訳が原因。心に染みる。
本国よりも日本で有名になっているのはヘルマンヘッセ。全世界の出版数の三分の一は日本。作家の古井由吉によ   ればヘッセの文学の底流には「旅」とい う感情があるからだと優れた解析をしている。ヘッセの夫人は結婚後、精神   の病になった!!
  ●「山のあなた」「尋(と)めゆきて」など現代では使われない言葉があるのである人が小学生向けに訳したものが NE  Tにあったので次に掲げるが、この歌は各人が各様に意訳できるものだなー。

山のはるか向こうに、幸せがあるという。その話を聞き、私もはるか山を越してきた。そこにいる人の話に、私は愕然とする。「山の、まだはるか遠くに、幸せがあると聞いています。「演歌」は淋しさを癒すためにあると言ってもよいが、人気ランキングのトップは美空ひばりの「川のながれのように」である。カールブッセの詩に似ていて日本人の心に入る。

川の流れのように  

作詞 秋元康
作曲 見岳章
唄 美空ひばり

第2節

生きることは旅すること
終わりのないこの 道
愛する人 そばに連れて
夢探しながら
雨に降られて ぬかるんだ道でも
いつかは また 晴れる日が来るから
ああ川の流れのように
おだやかに
この身をまかせていたい
ああ川の流れのように
移りゆく
季節 雪どけを待ちながら

これが我々日本人の多くの諦念の人生観であろう。私はヘッセ ゲーテと遍歴してついに無教会キリスト教に出会った。
ヘッセの家系はピエティスムス(敬虔派)であったように記憶する。彼の家系からグンデルトが出て、内村を慕って来日した。
内村はピューリタンよりも敬虔派の影響を受けた。ヒルティも敬虔派であった。
●敬虔派の集会は信仰の上下関係がなくいから、聖書も自由に読む。信仰の支配、被支配がない。無教会の精神である。
●そこで今朝は聖書に「淋しい」と言うことを学ぼう。 口語訳では「寂しい」である。


<口語訳> 検索:

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【口語訳】サム下  13:20 兄アブサロムは彼女に言った、「兄アムノンがあなたと一緒にいたのか。しかし妹よ、今は黙っていなさい。彼はあなたの兄です。この事を心にとめなくてよろしい」。こうしてタマルは兄アブサロムの家に寂しく住んでいた。

 

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【口語訳】哀  1:1 ああ、むかしは、民の満ちみちていたこの都、国々の民のうちで大いなる者であったこの町、今は寂しいさまで座し、やもめのようになった。もろもろの町のうちで女王であった者、今は奴隷となった。

 

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【口語訳】マタ  14:13 イエスはこのことを聞くと、舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた。しかし、群衆はそれと聞いて、町々から徒歩であとを追ってきた。

 

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【口語訳】マタ  14:15 夕方になったので、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「ここは寂しい所でもあり、もう時もおそくなりました。群衆を解散させ、めいめいで食物を買いに、村々へ行かせてください」。

 

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【口語訳】マル  1:35 朝はやく、夜の明けるよほど前に、イエスは起きて寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。

 

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【口語訳】マル  1:45 しかし、彼は出て行って、自分の身に起ったことを盛んに語り、また言いひろめはじめたので、イエスはもはや表立っては町に、はいることができなくなり、外の寂しい所にとどまっておられた。しかし、人々は方々から、イエスのところにぞくぞくと集まってきた。

 

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【口語訳】マル  6:31 するとイエスは彼らに言われた、「さあ、あなたがたは、人を避けて寂しい所へ行って、しばらく休むがよい」。それは、出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。

 

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【口語訳】マル  6:32 そこで彼らは人を避け、舟に乗って寂しい所へ行った。

 

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【口語訳】マル  6:35 ところが、はや時もおそくなったので、弟子たちはイエスのもとにきて言った、「ここは寂しい所でもあり、もう時もおそくなりました。

 

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【口語訳】ルカ  4:42 夜が明けると、イエスは寂しい所へ出て行かれたが、群衆が捜しまわって、みもとに集まり、自分たちから離れて行かれないようにと、引き止めた。

 

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【口語訳】ルカ  5:16 しかしイエスは、寂しい所に退いて祈っておられた。

 

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【口語訳】ルカ  9:12 それから日が傾きかけたので、十二弟子がイエスのもとにきて言った、「群衆を解散して、まわりの村々や部落へ行って宿を取り、食物を手にいれるようにさせてください。わたしたちはこんな寂しい所にきているのですから」。

 

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●イエスは寂しいところが好きだった。神とのみ交わるためであった。
●無教会でカナダ在住のYさんが来日したとき塚本先生をお尋ねしてお聞きした。
「先生、無教会の生き方もわかりますが、淋しくはありませんか」。すると塚本先生はキッと居住まいを正され、神様が御一緒なら淋しくはありません」とお答えになられたという。結婚生活2年、二人の子供を遺して夫人に先立たれ、人生の辛酸を舐めつくされた塚本先生の言葉は重い。おそらくそのYさんはもうこの世にはおられないであろう。
●人は、一人で生まれて一人で神のもとに帰るのが宿命なのだ。ヒルティも、塚本も、バルトも、家人がいないときに一人で飛び立ったのだ。 私の父もそうだった。
●神を信ずる者は「淋しさ」を嘆いてはいけない。「神共にいます」。

口語訳 ヨブ 1:21
1:21 そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。

口語訳 伝  5:15
5:15 彼は母の胎から出てきたように、すなわち裸で出てきたように帰って行く。彼はその労苦によって得た何物をもその手に携え行くことができない。


口語訳 詩  90:3
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。


口語訳 詩  90:9-10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです

●妻は今井館に「ウィークデーの集い」。講師は大津惠子。「ハーグ条約について」。
●TSK日本語版詩編98篇
●図書館。往復徒歩一時間。石飛幸三著「家族と迎える平穏死」を返す。
注目すべきことが書いてあった。「認知症でもその人らしさというのはいつまでも損なわれないで済む。どんな人にもその人らしい看取りはある。それを見つめることが、後悔のない看取りへとつながる大切な過程なのです。」
●私の若き日からの知人W君は若年性アルツハイマー。しかし氏は講演で「自分は自分なのだ」と言って人格は変わらない考えていた。講演後挨拶するとじっと私を見つめてたが、わかったのかわからなかったのか、淋しかった。
●妻が帰宅。夕食の時、今日の大津さんの話の内容を聞いた。海外で外国人と結婚し、夫から暴力を受けてことが原因で子供を連れて帰国した場合、海外では妻が子供をさらって行ったとみなすそうだ。日本も今年「ハーグ条約」に加盟したのでその辺のところをしっかり認識しなければならないのだそうだ。
●雨の寒い日であった。













 

 












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真に落ち着ける礼拝所はどこにあるか ++++++++ 所感

2014/05/20 06:32

10520(火)目覚めの黙想「真に落ち着ける礼拝所はどこにあるか」●昔はプロテスタント教会内のゴタゴタに嫌気がさして無教会に走った人が少なくなかった。しかしそれは大抵「大先生」という人格に惹かれたのであった。しかし現在の無教会ではその「大先生」がいなくなって落ち着かず、若者は「無教会難民」と囁かれている。またカトリックに走る人を散見する。落ち着かないからである。無教会内部は社会問題に対する姿勢で四分五裂、。無教会は間もなく雲散霧消となるであとう。●しかしこれは当然である「一人一教会」を標榜するからである。しかしその信仰においても不一致、これがキリスト教かと思わされる変な信者が出ている。仏教的キリスト教ともいえるものである。「南無キリスト」とか「信仰無用」などを標榜するものもあらわれる始末。これでは弥陀の救いの浄土真宗と似たり寄ったり、三位一体のキリスト教の匂いがしない。●田川建三は日本において1930~60年代において無教会が批判的学問な研究でリードしてきたが、今や昔日の栄光はなく、ひどく保守化してしまい、古臭い師弟関係を強調して教会の権威の代わりに個人=師匠の権威が生じた。無教会の時代はそろそろ終わりをつげているという。(「書物としての聖書」P690~691)●田川は「無教会がなければ自分の研究の立場はなかった」とどこかに書いている。 ●それでは真に心やすらげる礼拝の場所とはどこか、聖書に聞いてみよう。

塚本訳 ヨハ 4:20-24
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」


塚本訳 マタ 6:5-8
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。

塚本訳 マタ 18:18-20
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


●無教会の意義を論じるにはこの三か所で十分である。しかし最近の無教会には「礼拝」という認識が薄れてきているので、今朝は聖書で「礼拝」について「聖書に学ぶ」。
●まず「礼拝」という語句を「Jバイブル」を利用して旧新約全部65か所を読む。これで聖書の「礼拝」が鳥瞰出来て頭が改造される。 検索は3秒、それをワードにコピーして全部読むのに15分。これが百の註解書に勝る「最強の聖書の読み方」である。コンコルダンスでは日が暮れてしまう。その全65か所を小文字で掲げて見よう。

「礼拝」<口語訳> 検索:
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【口語訳】創 22:5 そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。

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【口語訳】出 4:31 民は信じた。彼らは主がイスラエルの人々を顧み、その苦しみを見られたのを聞き、伏して礼拝した。

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【口語訳】出 12:27 あなたがたは言いなさい、『これは主の過越の犠牲である。エジプトびとを撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越して、われわれの家を救われたのである』」。民はこのとき、伏して礼拝した。

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【口語訳】出 24:1 また、モーセに言われた、「あなたはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共に、主のもとにのぼってきなさい。そしてあなたがたは遠く離れて礼拝しなさい。

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【口語訳】出 33:10 民はみな幕屋の入口に雲の柱が立つのを見ると、立っておのおの自分の天幕の入口で礼拝した。

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【口語訳】申 26:10 主よ、ごらんください。あなたがわたしに賜わった地の実の初物を、いま携えてきました』。そしてあなたはそれをあなたの神、主の前に置いて、あなたの神、主の前に礼拝し、

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【口語訳】士 7:15 ギデオンは夢の物語とその解き明かしとを聞いたので、礼拝し、イスラエルの陣営に帰り、そして言った、「立てよ、主はミデアンの軍勢をあなたがたの手にわたされる」。

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【口語訳】サム上 1:19 彼らは朝早く起きて、主の前に礼拝し、そして、ラマにある家に帰って行った。エルカナは妻ハンナを知り、主が彼女を顧みられたので、

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【口語訳】サム上 1:28 それゆえ、わたしもこの子を主にささげます。この子は一生のあいだ主にささげたものです」。そして彼らはそこで主を礼拝した。

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【口語訳】サム上 15:23 そむくことは占いの罪に等しく、/強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。あなたが主のことばを捨てたので、/主もまたあなたを捨てて、王の位から退けられた」。

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【口語訳】サム下 15:8 それは、しもべがスリヤのゲシュルにいた時、誓いを立てて、『もし主がほんとうにわたしをエルサレムに連れ帰ってくださるならば、わたしは主に礼拝をささげます』と言ったからです」。

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【口語訳】サム下 15:32 ダビデが山の頂にある神を礼拝する場所にきた時、見よ、アルキびとホシャイはその上着を裂き、頭に土をかぶり、来てダビデを迎えた。

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【口語訳】列王上 12:30 この事は罪となった。民がベテルへ行って一つを礼拝し、ダンへ行って一つを礼拝したからである。

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【口語訳】列王下 5:18 どうぞ主がこの事を、しもべにおゆるしくださるように。すなわち、わたしの主君がリンモンの宮にはいって、そこで礼拝するとき、わたしの手によりかかることがあり、またわたしもリンモンの宮で身をかがめることがありましょう。わたしがリンモンの宮で身をかがめる時、どうぞ主がその事を、しもべにおゆるしくださるように」。

*******
【口語訳】列王下 10:19 それゆえ、今バアルのすべての預言者、すべての礼拝者、すべての祭司をわたしのもとに召しなさい。ひとりもこない者のないようにしなさい。わたしは大いなる犠牲をバアルにささげようとしている。すべてこない者は生かしておかない」。しかしエヒウはバアルの礼拝者たちを滅ぼすために偽ってこうしたのである。

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【口語訳】列王下 10:21 エヒウはあまねくイスラエルに人をつかわしたので、バアルの礼拝者たちはことごとく来た。こないで残った者はひとりもなかった。彼らはバアルの宮にはいったので、バアルの宮は端から端までいっぱいになった。

*******
【口語訳】列王下 10:22 その時エヒウは衣装をつかさどる者に「祭服を取り出してバアルのすべての礼拝者に与えよ」と言ったので、彼らのために祭服を取り出した。

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【口語訳】列王下 10:23 そしてエヒウはレカブの子ヨナダブと共にバアルの宮に入り、バアルの礼拝者たちに言った、「調べてみて、ここにはただバアルの礼拝者のみで、主のしもべはひとりも、あなたがたのうちにいないようにしなさい」。

*******
【口語訳】列王下 18:22 しかしあなたがもし「われわれは、われわれの神、主を頼む」とわたしに言うのであれば、その神はヒゼキヤがユダとエルサレムに告げて、「あなたがたはエルサレムで、この祭壇の前に礼拝しなければならない」と言って、その高き所と祭壇とを除いた者ではないか。

*******
【口語訳】列王下 19:37 その神ニスロクの神殿で礼拝していた時、その子アデランメレクとシャレゼルが、つるぎをもって彼を殺し、ともにアララテの地へ逃げて行った。そこでその子エサルハドンが代って王となった。

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【口語訳】歴代下 25:14 アマジヤはエドムびとを殺して帰った時、セイルびとの神々を携えてきて、これを安置して自分の神とし、これを礼拝し、これにささげ物をなした。

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【口語訳】歴代下 29:28 そして会衆は皆礼拝し、歌うたう者は歌をうたい、ラッパ手はラッパを吹き鳴らし、燔祭が終るまですべてこのようであったが、

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【口語訳】歴代下 29:29 ささげる事が終ると、王および彼と共にいた者はみな身をかがめて礼拝した。

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【口語訳】歴代下 29:30 またヒゼキヤ王およびつかさたちはレビびとに命じて、ダビデと先見者アサフの言葉をもって主をさんびさせた。彼らは喜んでさんびし、頭をさげて礼拝した。

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【口語訳】歴代下 32:12 このヒゼキヤは主のもろもろの高き所と祭壇を取り除き、ユダとエルサレムに命じて、「あなたがたはただ一つの祭壇の前で礼拝し、その上に犠牲をささげなければならない」と言った者ではないか。

*******
【口語訳】エズ 4:2 ゼルバベルと氏族の長たちのもとに来て言った、「われわれも、あなたがたと一緒にこれを建てさせてください。われわれはあなたがたと同じく、あなたがたの神を礼拝します。アッスリヤの王エサル・ハドンがわれわれをここにつれて来た日からこのかた、われわれは彼に犠牲をささげてきました」。

*******
【口語訳】イザ 36:7 しかし、あなたがもし「われわれはわれわれの神、主を頼む」とわたしに言うならば、ヒゼキヤがユダとエルサレムに告げて、「あなたがたはこの祭壇の前で礼拝しなければならない」と言って除いたのは、その神の高き所と祭壇ではなかったのか。

*******
【口語訳】イザ 37:38 その神ニスロクの神殿で礼拝していた時、その子らのアデラン・メレクとシャレゼルがつるぎをもって彼を殺し、ともにアララテの地へ逃げていった。それで、その子エサルハドンが代って王となった。

*******
【口語訳】イザ 66:23 「新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て礼拝する」と/主は言われる。

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【口語訳】エレ 26:2 「主はこう仰せられる、主の宮の庭に立ち、わたしがあなたに命じて言わせるすべての言葉を、主の宮で礼拝するために来ているユダの町々の人々に告げなさい。ひと言をも言い残しておいてはならない。

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【口語訳】エゼ 23:49 あなたがたの淫乱の報いは、あなたがたの上にくだり、あなたがたはその偶像礼拝の罪を負い、そしてわたしが主なる神であることを知るようになる」。

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【口語訳】エゼ 46:2 君たる者は、外から門の廊をとおってはいり、門の柱のかたわらに立て。そのとき祭司たちは、燔祭と酬恩祭とをささげ、彼は門の敷居で、礼拝して出て行くのである。しかし門は夕暮まで閉じてはならない。

*******
【口語訳】エゼ 46:3 国の民は安息日と、ついたちとに、その門の入口で主の前に礼拝をせよ。

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【口語訳】エゼ 46:9 国の民が、祝い日に主の前に出る時、礼拝のため、北の門の道からはいる者は、南の門の道から出て行き、南の門の道からはいる者は、北の門の道から出て行け。そのはいった門の道からは、帰ってはならない。まっすぐに進んで、出て行かなければならない。

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【口語訳】ヨハ 4:20 わたしたちの先祖は、この山で礼拝をしたのですが、あなたがたは礼拝すべき場所は、エルサレムにあると言っています」。

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【口語訳】ヨハ 4:21 イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。

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【口語訳】ヨハ 4:22 あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。

*******
【口語訳】ヨハ 4:23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。

*******
【口語訳】ヨハ 4:24 神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。

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【口語訳】ヨハ 12:20 祭で礼拝するために上ってきた人々のうちに、数人のギリシヤ人がいた。

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【口語訳】使 7:7 それから、さらに仰せになった、『彼らを奴隷にする国民を、わたしはさばくであろう。その後、彼らはそこからのがれ出て、この場所でわたしを礼拝するであろう』。

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【口語訳】使 8:27 そこで、彼は立って出かけた。すると、ちょうど、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財宝全部を管理していた宦官であるエチオピヤ人が、礼拝のためエルサレムに上り、

*******
【口語訳】使 13:2 一同が主に礼拝をささげ、断食をしていると、聖霊が「さあ、バルナバとサウロとを、わたしのために聖別して、彼らに授けておいた仕事に当らせなさい」と告げた。

*******
【口語訳】使 24:11 お調べになればわかるはずですが、わたしが礼拝をしにエルサレムに上ってから、まだ十二日そこそこにしかなりません。

*******
【口語訳】ロマ 9:4 彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのもの、

*******
【口語訳】ロマ 12:1 兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。

*******
【口語訳】一コリ 5:10 それは、この世の不品行な者、貪欲な者、略奪をする者、偶像礼拝をする者などと全然交際してはいけないと、言ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世から出て行かねばならないことになる。

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【口語訳】一コリ 5:11 しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった。

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【口語訳】一コリ 6:9 それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、

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【口語訳】一コリ 10:7 だから、彼らの中のある者たちのように、偶像礼拝者になってはならない。すなわち、「民は座して飲み食いをし、また立って踊り戯れた」と書いてある。

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【口語訳】一コリ 10:14 それだから、愛する者たちよ。偶像礼拝を避けなさい。

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【口語訳】ガラ 5:20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、

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【口語訳】エペ 5:5 あなたがたは、よく知っておかねばならない。すべて不品行な者、汚れたことをする者、貪欲な者、すなわち、偶像を礼拝する者は、キリストと神との国をつぐことができない。

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【口語訳】ピリ 3:3 神の霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇とし、肉を頼みとしないわたしたちこそ、割礼の者である。

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【口語訳】コロ 2:18 あなたがたは、わざとらしい謙そんと天使礼拝とにおぼれている人々から、いろいろと悪評されてはならない。彼らは幻を見たことを重んじ、肉の思いによっていたずらに誇るだけで、

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【口語訳】コロ 2:23 これらのことは、ひとりよがりの礼拝とわざとらしい謙そんと、からだの苦行とをともなうので、知恵のあるしわざらしく見えるが、実は、ほしいままな肉欲を防ぐのに、なんの役にも立つものではない。

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【口語訳】コロ 3:5 だから、地上の肢体、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪欲、また貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。

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【口語訳】ヘブル 9:1 さて、初めの契約にも、礼拝についてのさまざまな規定と、地上の聖所とがあった。

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【口語訳】ヘブル 9:6 これらのものが、以上のように整えられた上で、祭司たちは常に幕屋の前の場所にはいって礼拝をするのであるが、

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【口語訳】ヘブル 11:21 信仰によって、ヤコブは死のまぎわに、ヨセフの子らをひとりびとり祝福し、そしてそのつえのかしらによりかかって礼拝した。

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【口語訳】一ペテ 4:3 過ぎ去った時代には、あなたがたは、異邦人の好みにまかせて、好色、欲情、酔酒、宴楽、暴飲、気ままな偶像礼拝などにふけってきたが、もうそれで十分であろう。

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【口語訳】黙 5:14 四つの生き物はアァメンと唱え、長老たちはひれ伏して礼拝した。

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【口語訳】黙 9:20 これらの災害で殺されずに残った人々は、自分の手で造ったものについて、悔い改めようとせず、また悪霊のたぐいや、金・銀・銅・石・木で造られ、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を礼拝して、やめようともしなかった。

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【口語訳】黙 11:1 それから、わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。

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【口語訳】黙 22:3 のろわるべきものは、もはや何ひとつない。神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、

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この全65か所を読んでの感想。ユダヤの民は「礼拝する民」。過日UAEのドバイを訪れてイスラム教の民も礼拝の民であることを知った。基督教徒も「礼拝の民」であるべきだ。 それが、社会批判や遊びの民に堕落しているのは情けなさを通り越して神の天罰が降ることを恐れる。

●TSK日本語版詩編97篇。
●語句検索による全聖書の読みはJバイブル、句の意味はTSK。翻訳比較はBbB、これ最強の聖書読み。教会の権威によらず、学者や先生の権威によらず、聖書自身の権威による。「聖書で聖書を読む」。
●妻はYさんの新居へ。根津。それから月本昭男先生の旧約講義。
●図書館へ返却。
●夕飯は妻の指示通り。








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信仰なき者の祈り ++++++++ 所感

2014/05/19 06:32

 140518(月)朝の黙想「信仰なき者への祈り」。●かって作家の大江健三郎が東京女子大(だったか、失念)で「信仰なき者の祈り」と題して講演したら多くの人が涙を流したと言う。すると夫人に「いい御嬢さんたちを泣かせてはいけませんよ」とたしなめられたという。●氏の長男は脳瘤(脳ヘルニア)のある障害者,私は彼の作曲した音楽のCDを2枚持っているが、心の中の静けさが表現されている●私の周囲に「高橋君。聖書ってそんなに面白いのかい」と言った古くからの友人がいた。彼は還暦を待たずに突然逝った。彼は一体どうなるのだろう。●先に救われたクリスチャンの共通の心配は「身内で信仰のない者の運命」に対する心配である。それは福音書にもある。

塚本訳 ルカ 16:27-28
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

塚本訳 マタ 19:24-25
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、
救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 マコ 9:22-24
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」


●これらを読むと、生きているうちに神も救いも信じない人、信じられない人はどうなるかという疑問や心配に対してイエスは明快な答えを出してない。しいて言えば、救いの主権は神にあるから子なる私には神学的に「救われるとも救われるとも言えない」という所だろう。すっきりしない。●これに対し人間パウロはこの心配に苦悩しながら自問自答しつつ、万人救済の思想に立ちながら、救いには順序があるという思想に立っている。神学は頭をすっきりさせる効果があるが、なお落ちtかない。安息を得ない。それは大脳皮質の安息を得ようとしているからである。人間の限界だ。

塚本訳 ロマ 9:1-4
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。

塚本訳 ロマ 8:31-32
8:31 すると、それはどういうことになるのだろうか。──神がわたし達の味方である以上、だれがわたし達に敵対できるか。
8:32 御自分の子をさえなんの惜しげもなく、わたし達みんなのために死に引き渡されたその神が、どうしてそれと共に、すべてのものをも賜わらないことがあろうか。


塚本訳 Ⅰコリ15:54-56
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』
15:56 ──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。──

塚本訳 Ⅰコリ15:23-26
15:23 ただ(それには順序がある。)ひとりびとりが自分の(属する)組の番の時に(復活する。)最初は(すでに)キリストが、その次に、キリストの来臨の時にキリストのものである人たちが、
15:24 それから(最後に)残りの人たちが。この時、キリストはすべての支配(天使)、すべての権威(天使)と権力(天使)とを滅ぼした後、神にして父なるお方にその王国を引き渡される。
15:25 彼はすべての『敵を(征服して)足の下に置く』(まで、地上に)王であらねばならないからである。
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされる


●聖書には「滅びる者」と言う思想もある。「Jバイブル」で「滅」をヒットすると旧約で756回(口語)、新約で85回(口語)、塚本訳で54回。出現する。今朝はこの塚本訳54回を全部精読して、心に響くものを掲げて自分の頭と心を「改造」させられよう。こういうのが最高の聖書の読み方だ。



●万人救済の思想を持つパウロにも「滅び」という概念抱いている。代表的な部分を掲げる。

 滅 [塚本訳] 

Ⅰコリ 1: 18

なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

Ⅱコリ 2: 15

というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

●これでは心が落ち着かない。万人の救い主神の子イエスには「滅び」という思想があるのだろうか。


 滅 [塚本訳] 新約

マタ  7: 13

狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。

マタ  10: 28

体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

マタ  22: 7

王は憤り、軍隊をやってその人殺しどもをうち滅ぼし、その町を焼き払った

マタ  26: 52

その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる

ルカ  4: 34

「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもをぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

ルカ  13: 5

そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」

ルカ  17: 29

ロトがソドムから出た日に、『(神は)天から火と硫黄とを降らせて、『一人のこらず滅ぼしてしまわれた。

ヨハ  3: 16

そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

ヨハ  10: 28

するとわたしが永遠の命を与え、彼らは永遠に滅びない。また彼らをわたしの手から奪い取る者はない。

ヨハ  17: 12

わたしが一しょにいた間は、わたしに下さいましたあなたの名で彼らを守り、また保護していました。だから彼らのうちだれ一人滅びた者はありません。ただ聖書が成就するために、あの滅びの子(ユダ)が滅びただけです

●まとめ。人間は「神ともあろうものが人を滅ぼすことはありえない」と思うのが人情だが、イエスの思いは違う。神は義で罪を憎み、滅ぼす。その前提があっての神の子イエスの身代わりの死なのだ。ワカッタ。


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朝の黙想おわり。被造物の人間は「神を畏れる畏れ」がないのだ。これはいけない。 神は人を滅ぼす。●過日訪問したUAEでは不倫は噂だけで国外追放、イスラム教国ではエイズは少ないそうだ。 

●TSK日本語版詩篇96篇
●減量5㎏。履けなかったなかったズボンが履けるようになったので妻が買わなくて良くなったと喜ぶ。
●気ままにクラシックを聴く。イントロクイズに回答。 難しくなった。
●拙宅見学申し込み
●夕方散歩で写真。5月の花2枚

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口語訳 雅  2:1-2
2:1 わたしはシャロンのばら、谷のゆりです。
2:2 おとめたちのうちにわが愛する者のあるのは、いばらの中にゆりの花があるようだ。


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文語訳 マタ 6:29
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、                       その服装この花の一つにも及かざりき。
















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真の喜び ++++++++ 所感

2014/05/18 05:42

140518(日)5爾目覚め●朝の啓示「真の喜び」●昨日は主にある楽しみ」ということについて聖書に聞いたが、今朝は「喜び」とは何かを聖書に聞いてみよう。●それには人間の書いた本ではなく聖書それ自身に聞いてみよう。経験上質の違う答えが得られる。経験上、聖書は神の言葉だ。●それを考察する手段としてパソコンソフトの「Jバイブル」を利用する。●全聖書で「喜」は632回、そのうち詩篇は153回、この詩編だけを全部読んで圧倒され、頭が改造された。●学んだことは次の通り。喜びと楽しみは一体、喜び歌え、主をほめたたえるよろこび、喜びは苦しみの後に来る、神に敵対する者を喜ばせないでください、集まって共に喜べ、神を喜ぶ、主を喜ぶ、飽きたる、心の正しい者に喜びあり、葡萄酒を飲んで喜べ、家庭と母の喜び(113:9)、正しい道に喜びあり、おきてを喜ぶ(119編)、義を喜ぶ(145:7)、軍事力を喜ぶな(147:10)。●詩編の心は新約に結集している。●主にある者は集まって主を喜び歌う。これがエクレシアの本質。目に見える耳に聞こえるこの世への告知。●今日は主の日、妻と共に出かける。

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朝の黙想おわり。心一杯、胸一杯

●妻と集会へ、高木(司会)、丹野(塚本虎二「使徒信条講義」)、村上(申命記31章)

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●14:00 新宿文化センターで、新宿フィルハーモニーのコンサート。和田睦夫氏の招待
開演前に夫人の聖子さんに挨拶。オールベートーヴェンプログラム。レオノーレ第3番、田園、運命。アマチュアオーケストラの最高水準。3曲ともヴェートーヴェンは耳が悪くなってからの作品。彼は心の中でこの音楽がちゃんと響いていたのだなーと妻に語った。「ブラボー」はヴェートーヴェンに向かって放ったつもり。


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帰途、花園神社を通る。祭りで混んでいた。


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あきる野に戻る。讃美歌43番を心で歌う

みかみのたまいし この日も暮れけり
いざやけさのごと 身恵みをたたえん

妻に三角に尖った山の名前を聞く。「日の出山かしら」と言う。






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「太く、短く、楽しく」生きたい ++++++++ 所感

2014/05/17 05:27

140517」(土)4時半起床。

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4時半。東の窓を明ける。

塚本訳 マタ 4:16
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』


●涙で暗黒の人生の背後に「神の光」が射すものだ。

●朝の黙想。「太く、短く、楽しく」。●3.11東北大震災と東電福島第一発電所事故」により人生が揉まれに揉まれた人の口から「太く、短く、楽しく生きたい」という言葉を聞いた。これは実にすばらしい見上げるべき人生観であると思った。●放射能汚染除去が遅々として進まず、被害にあった人やその罪もない子供たちのことを考えると、その言葉は「こうなった以上は、人生は短くても太く、楽しく生きたい」というように受け取った。「泣く者と共に泣く」。●と同時に不条理な苦難にあって、このような人生観に否応なしに追い込まれたことは「大成功の人生」であると思う。「可愛い者には旅をさせよ」であった。●平均寿命まで健康に生きて人並みの生活をしてこの世から賞賛され、惜しまれて大往生する」のが成功の人生、幸福の人生であると普通は思う。その中の一つでも欠けると「不幸な人生」と思うものだ。傍からも「気の毒だなー」と思うものだ。●しかし気の毒、みじめになったなーと思うことの中に神の大なる恵みの知恵が隠されていて、その嘆きは無駄な嘆きではないことを知る。「人生短くても太く楽しく生きる」という人生観を与えられたことが成功人生の徴である。●「福島の子供たち」の人生観も「かくあれかし」と思えば親として最も高い優れた教育目標である。●ところが現代日本の幸福感は「認知症になっても細く長く生きる」ことが目標になっている。日本の社会保障政策や医療政策の費用は莫大。金の使い方がなにか的外れではないかなー、「健康で長生き」は幸福ではあるが、それが真の幸福ではない。現に定年後、オーストラリアのパースに移住してゴルフ三昧の生活をしていた人は2~3年でそいういう生活に飽きが来たそうだ。(元オーストラリア領事、現昭和女子大、坂東万里子学長の談)●定年後に時間と金のゆとりで「趣味三昧」に生きる人をやっかむな。それが幸福ではないことは、そういう生活をしばらく続けていても飽きが来て長続きしないことが証明する●今朝は「太く、短く、楽しく」という人生観に刺激されたので、聖書の思いつくところを黙想し、感想を書いてみよう。


塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇が、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」


●この世的幸福は常に「渇く」。過日NHKTVで老後の人生のことをやっていた。ある老人「ゴルフがうまくなっても、詩吟がうまくなってもそれはそれだけのことだ」と言っていた。●そういう遊びをやっている人に向かって「そこに幸福はない」と説教するのは無駄なことだ。ほおっておけば馬鹿でない限り2~3年で飽きるものだ。その渇きが真の幸福追究への門だ。


塚本訳 ルカ 12:13-21
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」



●これは実に現代的な話だ。特に19節「長年分の財産」ということが人間の幸福追究の基本である。●人が一流校、一流会社、金持ちと結婚したがる動機がこれである。しかし今やSONYや日本航空も経営がおかしくなった。一流会社と言えども安心ではない。公務員でも部下の失敗で連帯責任を取らされて失脚する。そして50過ぎると後ろがつかえているので「肩たたき」で民間に「飛ばされる」。天下りも3回までは役所が面倒を見るが、そのあとは放り出される。●大会社の良い地位にいた人や高官(退職金が莫大)の晩年の人に接してもそんなに幸福そうではない。●高官は天下りするたびに退職金をもらう。うらやむな。そこに喜びはない。●15節「物があり余っても」真の喜びは得られない。常に「渇く」から次から次に習い事をする。しかし満たされない。●ここで「物」とは資産、退職金、社会的地位、肉体の健康、相続財産、土地、家屋、子孫、地位、名誉、人からの賞賛、●18節。建築業者は「大きいのを建て」という噂を聞けば営業が飛んでいく。建築士の私としても人のことは悪く言えない。自戒。


口語訳 詩  119:71
119:71 苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを/学ぶことができました。



●真に心が満たされる幸福の道は「苦しみ」がその門である。ヒルティ著作集の結論はこの一語に尽きる。この一句を涙でわからせられればヒルてィ著作集を読まなくてもよい。●「あなたのおきて」ということが重要。「艱難汝を玉にす」などの「人生訓」を学ぶのではない。 神の心を学ぶのだ。
●人生の涙。それが真の幸福のなんであるかを私達に教える。詩編に限ってそれを見よう。

詩    6: 6 [口語

わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとにをもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。

詩    42: 3 [口語

人々がひねもすわたしにむかって/「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間は/わたしのは昼も夜もわたしの食物であった。

詩    80: 5 [口語

あなたは涙のパンを彼らに食わせ、多くのを彼らに飲ませられました。

詩    102: 9 [口語

わたしは灰をパンのように食べ、わたしの飲み物にを交えました。

詩    119: 136 [口語

人々があなたのおきてを守らないので、わが目のは川のように流れます。/ツァデー

詩    126: 5 [口語

をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。

詩    126: 6 [口語

種を携え、を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

詩    137: 1 [口語

われらは/バビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出してを流した。


●「太く」生きるとは何だろう。次を思う。真理に生きる、義に生きることだ。「ズ太く」生きることだ。

口語訳 詩  25:4
25:4 主よ、あなたの大路をわたしに知らせ、あなたの道をわたしに教えてください。

口語訳 詩  25:10
25:10 主のすべての道はその契約とあかしとを守る者には/いつくしみであり、まことである。

口語訳 イザ 40:3
40:3 呼ばわる者の声がする、「荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。

口語訳 詩  84:5
84:5 その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです。

口語訳 詩  86:11
86:11 主よ、あなたの道をわたしに教えてください。わたしはあなたの真理に歩みます。心をひとつにしてみ名を恐れさせてください。

口語訳 詩  119:1
119:1 おのが道を全くして、主のおきてに歩む者はさいわいです。

口語訳 詩  128:1
128:1 すべて主をおそれ、主の道に歩む者はさいわいである。

口語訳 イザ 35:8
35:8 そこに大路があり、その道は聖なる道ととなえられる。汚れた者はこれを通り過ぎることはできない、愚かなる者はそこに迷い入ることはない。

口語訳 イザ 62:10
62:10 門を通って行け、通って行け。民の道を備えよ。土を盛り、土を盛って大路を設けよ。石を取りのけ。もろもろの民の上に旗をあげよ。

口語訳 詩  84:2
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。

塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8 というのはわたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来るからである。


●次に「短く」とはどういうことだろう。本当は長寿が望ましいが、不幸にも命が短いときの慰めの言葉を見てみよう。人生は長さでなく「質」だ。 これは5月12日のブログを再掲する。

口語訳 創 3:17-19
3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、
彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  19:24-26
19:24 主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、
19:25 これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。
19:26 しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった

口語訳 詩  90:3-6
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。
90:7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。


口語訳 詩  90:10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10
われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

口語訳 申  34:7-8
34:7 モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。
34:8 イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った。


塚本訳 マタ 2:18
2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』


塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」

塚本訳 マタ 9:23-26
9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。
9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。
9:26 この評判がその土地全体に広まった。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 6:47
6:47 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしを)信ずる者は永遠の命を持つ。

塚本訳 ヨハ 11:25
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。


●次に「楽しく」とは何だろう。{Jバイブル」で「楽し」を検索すると179箇所が出てくる。そのうち、詩編のなかから心に響くものをピックアップして掲げる「人は主にあることが楽しい」というものばかりである。

詩    9: 2 [口語

いと高き者よ、あなたによって/わたしは喜びかつ楽しみ、あなたの名をほめ歌います。

詩    14: 7 [口語

どうか、シオンからイスラエルの救が出るように。主がその民の繁栄を回復されるとき、ヤコブは喜び、イスラエルは楽しむであろう。

詩    16: 11 [口語

あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。

詩    21: 6 [口語

まことに、あなたは彼をとこしえに恵まれた者とし、み前に喜びをもって楽しませられる

詩    31: 7 [口語

あなたのいつくしみを喜び楽しみます。あなたがわたしの苦しみをかえりみ、わたしの悩みにみこころをとめ、

詩    32: 11 [口語

正しき者よ、主によって喜び楽しめ、すべて心の直き者よ、喜びの声を高くあげよ。

詩    35: 9 [口語

そのときわが魂は主によって喜び、その救をもって楽しむでしょう。

詩    36: 8 [口語

あなたの家の豊かなのによって飽き足りる。あなたはその楽しみの川の水を彼らに飲ませられる。

詩    45: 15 [口語

彼らは喜びと楽しみとをもって導かれ行き、王の宮殿にはいる。

詩    51: 8 [口語

わたしに喜びと楽しみとを満たし、あなたが砕いた骨を喜ばせてください。

詩    53: 6 [口語

どうか、シオンからイスラエルの救が出るように。神がその民の繁栄を回復される時、ヤコブは喜び、イスラエルは楽しむであろう。

詩    55: 14 [口語

われらはたがいに楽しく語らい、つれだって神の宮に上りました。

詩    67: 4 [口語

もろもろの国民を楽しませ、また喜び歌わせてください。あなたは公平をもってもろもろの民をさばき、地の上なるもろもろの国民を導かれるからです。〔セラ

詩    68: 3 [口語

しかし正しい者を喜ばせ、神の前に喜び踊らせ、喜び楽しませてください

詩    70: 4 [口語

すべてあなたを尋ね求める者は/あなたによって喜び楽しむように。あなたの救を愛する者は/つねに「神は大いなるかな」ととなえるように。

詩    90: 14 [口語

あしたに、あなたのいつくしみをもって/われらを飽き足らせ、世を終るまで喜び楽しませてください。

詩    90: 15 [口語

あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。

詩    133: 1 [口語

見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう


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朝の黙想おわり。クリスチャンは「短くても、真理の道に、主にあって楽しく」生きるべきだ。子や孫にもこの道を教えるのが「信仰の遺産」だ。

●これで9月の集会感話の準備が出来た。

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我が家の石楠花(しゃくなげ)。この花がきれいに群生していると教えてくれたKさんを思う。
どうしておられるか。


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駅に行く途中にきれいなつつじが咲いていた。この花を見ると還暦を
待たずして逝ったS君を思う。彼は建築主から「さつきとツツジの違いは?」と聞かれた時
答えに詰まって「親戚です」と名答(迷答?)したものだ。

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振り返ると良く晴れた5月の奥多摩連山がきれいであった。
コンサートに出かけるのを見送ってくれる。


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妻と渋谷区文化総合センターに混声合唱団「謳歌」のコンサート。
知人の森田裕子(クリスチャン)さんの招待。このビルにはプラネタリウムがある。

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伝承ホール。「コンサートの内容は全部日本の歌。「故郷」「浜辺の歌」「花」
「荒城の月」「鯉のぼり」。こういう歌を生み出した日本は滅んではいけないと感じた。
集団的自衛権で戦争に参画するより、丸腰で無抵抗の方が「国民の生命と財産」を守れる。
コンサートを聴きながらこう思ったので、終了後指揮者の富沢裕氏に感想を述べた。
「日本を自覚する」と言いう点で意見が一致。握手した。

2014_05170010.jpg 
あきる野市に戻って。夕方の丹沢渓谷方面を眺める。
石楠花(しゃくなげ)が群生する西沢渓谷はあの方角だ。
その昔、妻とハイキングに行ったことがあるなー。もう随分前のことだ。

●妻は合唱団「もくせい」。

 









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墓の彼方への希望 ++++++++ 所感

2014/05/16 07:48

140516(金)●朝の黙示「墓の彼方への希望・・・復活とは神に起こされること」●7月6日の感話はマタイ27:62-66であるがそこに次の言葉がある。

岩波翻訳委員会訳1995

402763言った、「主よ、私どもは、あの惑わし者がまだ生きている時に、『三日後に私は起こされるであろう』と言っていたのを思いだしました。

●復活は神に起こされることである。今朝はこのことの勉強をする。

●まず翻訳比較

新共同訳1987

27:63 こう言った。「閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。


前田訳1978

27:63 「閣下、あのうそつきがまだ生きているとき『わたしは三日ののちによみがえる』といったことが思い出されます。


新改訳1970

27:63 こう言った。「閣下。あの、人をだます男がまだ生きていたとき、『自分は三日の後によみがえる。』と言っていたのを思い出しました。


塚本訳1963

27:63 言った、「閣下、あの嘘つきがまだ生きている時、『自分は(死んで)三日の後に復活する』と言ったことを思い出しました。


口語訳1955

27:63 「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。 


文語訳1917

"402763","『主よ、かの惑はすもの生き居りし時「われ三日の後に甦へらん」と言ひしを、我ら思ひいだせり。"

【KJV】 Mat 27 章
 27:63 Saying, Sir, we remember that that deceiver said, while he was yet alive, After three days I will rise again.

NKJV マタ 27:63
27:63 saying, "Sir, we remember, while He was still alive, how that deceiver said, 'After three days I will rise.'


TEV マタ 27:63
27:63 and said, "Sir, we remember that while that liar was still alive he said, "I will be raised to life three days later.'

●復活とは「霊肉の分離」で霊魂が神のもとに合流合体することではなく、人間外の神の力が働いて復活体に「起こされる」ことである。外力がこの詩の身体の私に働くのである。新約聖書全体からそれを考察する。「墓から出てきた」というのは一度死んで全く無力になった状態から神の意志で呼び覚まされるのである。聖書には「墓」という言葉が重要である。それは絶対の無力、人間の力が全く働かなくなった状態を言う。復活はその状態から神に「起こされる」のである。思いつくままに書いてみよう。

塚本訳 マタ 27:51-53
27:51 その途端に、宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして地が震い、岩が裂け、
27:52 墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり、
27:53 墓から出てきて、イエスの復活の後、聖なる都(エルサレム)に入って多くの人に現われた。

塚本訳 マコ 16:6-8
16:6 青年は彼らに言う、「驚くに及ばない。あなた達は十字架につけられたナザレ人イエスをさがしているが、もう復活されて、ここにはおられない。そら、ここがお納めした場所だ。
16:7 さあ行って、弟子たち、とりわけペテロに、『イエスはあなた達より先にガリラヤに行かれる。(前に)あなた達に言われたとおり、そこでお目にかかれる』と言いなさい。」
16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……

塚本訳 ヨハ 5:28-29
5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、
5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。


塚本訳 ヨハ 11:44
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


塚本訳 ヨハ 12:17
12:17 また、イエスがラザロを墓から呼び出して死人の中から生きかえらせた時に居合わせた人々は、そのことを証しした。


塚本訳 ヨハ 20:2
20:2 そこでシモン・ペテロと、イエスが可愛がっておられたもう一人の弟子との所に走って行って言う、「主を墓から取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」


●「葬る」という言葉や概念も復活とは何かを考察する上で大切な言葉である。

塚本訳 マタ 14:12
14:12 ヨハネの弟子たちは来てなきがらを引き取って葬り、行ってイエスに報告した。


塚本訳 マタ 26:12
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。


塚本訳 マコ 14:8
14:8 この婦人はできるかぎりのことをした。──前もってわたしの体に油をぬって、葬る準備をしてくれたのである。


塚本訳 ルカ 16:22
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。


塚本訳 ルカ 23:53
23:53 これを(十字架から)下ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に穿った墓に納めた。


塚本訳 使  2:29
2:29 兄弟の方々、(この預言をした)祖先ダビデについては、彼は死んで葬られて、その墓は今日までわたし達の間にあると、あなた達にざっくばらんに言ってもよかろう。(彼はすべての人と同じように朽ち果てた。)──


塚本訳 使  5:6
5:6 若者たちは立って彼(の死体)を包み、かついでいって葬った


塚本訳 ロマ 6:4
6:4 だからこの死への洗礼によって、彼とい一しょに(死んで一しょに)葬られたのである。これはキリストが父上の栄光によって死人の中から復活されたように、わたし達も(復活して)新しい命をもって歩くためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-4
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、


塚本訳 コロ 2:12
2:12 (然り、キリストの)洗礼(こそ真の割礼であって、君達はこれ)によって彼と共に(死んで)葬られ(たのである。そして)また彼を死人の中から甦らせ給うた神の力を信ずることによって、彼に於て共に甦ったのである。


塚本訳 ヘブ 11:22
11:22 信仰によって、ヨセフは臨終のとき、(将来)イスラエルの子孫が(エジプトを)脱出することを思い、自分の骨(をいかに葬るべきか)について命令した。


●次に復活は「神に起こされる」のだという思想を並べて見よう。

塚本訳 ルカ 23:42
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください


塚本訳 エペ 1:18-21
1:18 また【君達の】心の目を明らかにして、神に召され(ることによって得)た希望の何であるか、『聖徒の受くる』光栄ある(天の)『相続財産』の富の何であるか、
1:19 また私達信者に対する神の能力の如何に絶大であるかを知らせ給わんことを願っている──この力強く働く神の威力こそ、
1:20 彼がこれをキリストの中に働かせ、彼を死人の中から蘇らせ、天上において、『己が右』、
1:21 凡ての「権威」「権力」「能力」「支配者」の上、またこの代ばかりでなく来世においてもありとあらゆる名という名の上に『坐らせ給うた』力である。


塚本訳 使  5:30
5:30 わたし達の先祖の神は、あなた方が(十字架の)『木にかけて』殺害したイエスを復活させられました。


塚本訳 使  10:39-40
10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。
10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。


塚本訳 使  13:29-30
13:29 そして彼について(聖書に)書いてあることを一つのこらず完了すると、(十字架の)木から(死体を)下ろして墓に納めた。
13:30 しかし神は彼を死人の中から復活させられ



塚本訳 使  13:36-37
13:36 というのは、『ダビデは』彼の時代の人々に奉仕したのち神の御心によって『眠り、先祖たち(の中)に』加えられて朽ち果てたのであるが、
13:37 神が復活させられたイエスは、朽ち果てられなかった。


塚本訳 ヘブ 11:17-19
11:17 信仰によって、『アブラハムは(神に)試されたとき、(燔祭として)イサクを捧げた。その独り子を』捧げようとしたのである。彼は(神の)約束を受け、
11:18 『イサクから生まれる者が、あなたの子孫となるべきである』と語られた者であった。
11:19 神は死人の中からでも生きかえらせる力があると考えたからであった
。そのため(この信仰に対する報いとして、)彼はその子を(キリストの死と復活との)比喩として返してもらったのである。



●イエスが死人を生き返らせた事例から神のb全能の力というものを信じよう


塚本訳 ヨハ 11:11-14
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ


塚本訳 ヨハ 11:17
11:17 さてイエスが(ベタニヤに)行って見られると、ラザロはもう四日も墓の中にあった

塚本訳 ヨハ 11:23
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」

塚本訳 ヨハ 11:33-40
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」



塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。



塚本訳 マコ 5:38-43
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。
5:42 ただちに少女は立ち上がって歩きまわった。十二歳になっていたからである。見るなり、人々は気が遠くなるほど驚いた。
5:43 イエスはだれにもこのことを知られるなときびしく人々に言いつけ、また子供に(何か)食べさせるようにと言われた。


塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。


●パウロはこの神の呼びかけによる「力学」「外圧」をどう考えるたか。

塚本訳 Ⅰコリ15:15
15:15 またわたし達は神の偽証者ともなるであろう。というのは、死人が復活しないということがもし事実なら、神が復活させられることもなかったキリストを、復活させられたと言って、わたし達は神に逆らう証言をしたことになるからである。


塚本訳 Ⅰコリ15:20
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。


塚本訳 Ⅰコリ15:21-22
15:21 というのは、一人の人によって死が来たので、同じく一人の人によって死人の復活が来るのである。
15:22 (一人の人)アダムとのつながりのゆえにすべての人が死ぬのと同じように、(一人の人)キリストを信じてすべての人が命を与えられるのである


塚本訳 Ⅰコリ15:23-24
15:23 ただ(それには順序がある。)ひとりびとりが自分の(属する)組の番の時に(復活する。)最初は(すでに)キリストが、その次に、キリストの来臨の時にキリストのものである人たちが、
15:24 それから(最後に)残りの人たちが。この時、キリストはすべての支配(天使)、すべての権威(天使)と権力(天使)とを滅ぼした後、神にして父なるお方にその王国を引き渡される。


塚本訳 Ⅰコリ15:35-36
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと。
15:36 訳のわからない人!
あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。


塚本訳 Ⅰコリ15:41-49
15:41 (天のものの輝きにしても、)太陽の輝きがちがい、月の輝きがちがい、星の輝きがまたちがう。その上、星はひとつびとつ輝きが相違している。
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。
15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。
15:46 しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、
(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:50-57
15:50 兄弟たち、わたしの言うのはこのことである。血肉の人間は神の国を相続することは出来ず、死滅が不滅を相続することはない。
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである
15:52 あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。
15:56 ──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。──
15:57 しかし神に感謝あれ、勝利をわたし達の主イエス・キリストによってわたし達にお与えになる神に!


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朝の黙想おわり。パウロは「墓の彼方、死の彼方を固く信じていた」。キリスト教はイスラム教とは違う。神の子イエスの贖罪に預かったものは、最後の日に有体的に復活させられる
●パウロにはヨブをはじめ、旧約の預言者たちに見えないものが見えていた。
●これで7月6日の感話の方針が固まった。

●TSK日本語版詩編93,94,95編 。土日の分も先取り。

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五日市線の下を貫通する難工事。電車を一度も止めないで完成した鉄建建設は立派。

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ラジオで録音しておいた「福島の母親の苦悩」に関する放送を聞いた後に見たあきる野の空。
外に出て胸いっぱい空気を吸えない福島の人たち、特に子供を抱えた母親の苦悩はいかばかりか。






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聖書は神の祝福が降った人に分かる ++++++++ 所感

2014/05/15 06:12

140515(木)3時半。目覚めの啓示「聖書は神の祝福が降った人に分かる」●聖書の言葉はこれを分かる人と分からない人がいる。それは大脳皮質の雑学にはよらない。克己奮励努力によらない。●それは神が心を開く人に分かる。恩恵である。●福音の伝承も同じ。いくら正統信仰を口で宣伝しても神の祝福が伴わないと伝わらない。だから信徒の獲得、教会(集会)の維持に躍起になっても徒労。神の祝福が去るところ、人も家も教会(集会)も衰退し、思い出の中に消え去って行く。「アーそういう人もいたっけなー」ということになる。●しかし救われる人も救われない人も神の記憶の中にある。●神の祝福がなければ聖書はわからない。神の霊が降らなければ聖書はわからない。聖書は神の霊が降った人にのみ分かる。

塚本訳 ヨハ 5:36-40
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。
5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38 また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない


塚本訳 ルカ 24:28-35
24:28 とかくするうちに目指す(エマオの)村に近づくと、なお先へ行くような様子をされたので、
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。

塚本訳 ルカ 24:44-48
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

塚本訳 ルカ 16:27-31
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 使  16:13-15
16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。
16:15 彼女が家族と共に洗礼を受けた時、「あなた達がもしわたしを(ほんとうに)主を信ずる者とお考えなら、家に来て泊まってください」と言って願い、わたし達を無理に連れていった。

塚本訳 ロマ 11:7-8
11:7 それでは、どうだろうか。(結局)イスラエル人は(全体として)自分のほしがっているものを得ることはできず、(ただ小数の)選ばれた者がこれを得たのである。ほかの者は(みな)頑なにされてしまった。
11:8 『神は彼らに』『麻酔の霊を』『与えて、目を見えなくし、耳を聞こえなくされた、今日に至るまで。』と書いてあるとおりである。

塚本訳 ルカ 8:8-10
8:8 またほかのものは善い地に落ちた。生えて(育って)百倍の実を結んだ。」こう言ったあとで、「耳の聞える者は聞け」と叫ばれた。
8:9 弟子たちがこの譬はどういう意味かと尋ねると、
8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである。

塚本訳 ヨハ 2:19-22
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから
死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 ヨハ 20:3-9
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8
すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」


塚本訳 ヨハ 16:7-8
16:7 しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである。
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう


塚本訳 ロマ 11:11-12
11:11 それで、わたしは考える、彼らが躓いたのは、倒れて滅びるためではあるまいかと。もちろん、そうではない。むしろ反対に、(キリストを信じなかった)彼らの過ちによって救いが異教人に来た。(そのことが刺激になって)彼らに『妬みをおこさせ、』(彼らも信仰を求めて、ついに救われ)るためである。
11:12 しかしもし、彼らの過ちが、(福音を外に溢れさせて異教人の)世界を富ませ、また彼らの失敗が異教人を富ませることになったとすれば、まして彼らが(一人のこらず信仰に入って神の御心を)満たす時(の幸福と喜びと)は、どんなであろう。


塚本訳 ロマ 11:32-33
11:32 つまり神はすべての人を不従順の中に閉じこめられたが、これはすべての人に憐れみを施すためであった
11:33 ああ、神の富と知恵と知識との深さよ!なんとその裁きの探りがたく、(なんと)その(お歩きになる)道の不可解なことよ!

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朝の黙想おわり。聖書は神に祝福された時に分かる。今わからない人も神はご存知でいつか分かる。神は「父」なる神だから。


●TSK日本語版詩編92編。詩編は嘆きの書祈りの書。紀元前によくこれだけの書が出来たものだ。
●昨日から貸会場の問題。東中野の守田貸会場の守田氏(無教会、面識あり)と話。キリスト教の集まりなら参加者一人当たり激安で貸してくださると言う。捨てる神あれば拾う神あり。
●その昔、中野に無教会者の散髪屋があって、一人100円。理髪組合に入らず孤高を守っていたが繁盛していた。私が行った時はバッハの管弦楽組曲。の話をしながら刈ってくださった。氏は使った道具は必ず元の位置に戻しておく主義であった。英活の知恵であった。
●図書館で原発と子供の病気の本。6冊借りる。
徒歩往復一時間
●大相撲
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聖書の価値 ++++++++ 所感

2014/05/14 06:16

140514(水)朝の黙示「聖書の価値」●毎日、聖書聖書と言っているが一体聖書の科学的価値は何であろうか。それを聖書自身に探ってみよう。

●まず「聖書を読んだことがないのか」というイエスの叱責。Jバイブル利用。 全9か所。ユダヤ人にとっての「読み書きそろばん」「常識だ」 というような意味。

塚本訳 マタ 12:3
12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。

塚本訳 マタ 12:5
12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか

塚本訳 マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 マタ 22:31
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

塚本訳 マタ 22:43-44
22:43 彼らに言われる、「ではダビデが御霊に感じて、救世主を主と呼んでいるのはどういう訳だろう。彼はこう言っている。──
22:44 『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足の下に置くまで』と。』


塚本訳 マコ 2:25
2:25 イエスが言われるには、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供の者も食べるものがなくて空腹の時に何をしたか、(まだ聖書で)読んだことがないのか

塚本訳 マコ 12:10
12:10 あなた達はこの聖書の句をすら読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。


塚本訳 マコ 12:26
12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。


●次に「知らないのか」をJバイブルでヒットし、聖書を知らなければならないことを見る。ユダヤ人の一般常識、現代の「共通一時試験」か。

塚本訳 ロマ 7:1
7:1 それとも、あなた達は知らないのか、兄弟たちよ、──
これは法律を知っている人たちに言うのだが──法律は人が生きている間だけ人を支配するのである。


塚本訳 ロマ 11:2
11:2 『神は』あらかじめ選んだ』御自分の民をお捨てにならなかった』(と書いてある。)それともあなた達は、聖書がエリヤの(ことを記した)所で何と言っているか、知らないのか。エリヤはイスラエル人をこのように神に訴えているではないか。──


塚本訳 Ⅰコリ3:16
3:16 (とにかく、)あなたは達は神のお宮であり、神の霊があなた達の中に住んでいてくださることを、あなた達は知らないのか


塚本訳 Ⅰコリ6:9
6:9 それとも、不正な人たちは神の国を相続しないことを、あなた達は知らないのか。思い違いをするな。不品行な者も、偶像礼拝者も、姦淫する者も、男娼も、男色をする者も、


塚本訳 Ⅰコリ6:16
6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。


塚本訳 Ⅰコリ9:13
9:13 お宮で聖なる務めを行なう者はお宮のものを食べ、祭壇に奉仕する者は祭壇のものの分け前をいただくことを、あなた達は知らないのか


塚本訳 ヤコ 4:4
4:4 姦婦達、世に対する愛情は神への敵対であることを知らないのか。だから誰でも世の友になろうと思う者は自分を神の敵とするのである。


●次に「わからいのか」をJバイブルでヒット。これは一歩進んで「応用問題が解けないのか」という意味。

塚本訳 マコ 4:13
4:13 また彼らに言われる、「この(一番簡単な)譬がわからないのか。それで、どうしてほかの譬がわかろう。(では説明しよう。)──


塚本訳 ルカ 12:56
12:56 この偽善者たち、天地の模様を見ることを心得ていながら、どうしてこの時(のせまった様子)がわからないのか


塚本訳 ヨハ 3:10
3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、
それくらいなことがわからないのか。


塚本訳 ロマ 2:4
2:4 それとも、神の豊かな慈愛と忍耐と寛容とを誤解し、憐れみ深いこのお方があなたを悔改めさせようとしておられることが、
わからないのか。


塚本訳 ガラ 3:3
3:3 あなた達はこんなに物がわからないのか。(信仰、すなわち)霊で始めたのに、今、(律法の行い、すなわち)肉で完成しようとするのか。


塚本訳 ガラ 4:21
4:21 (モーセ)律法の下にいたいと思う人たちよ、言ってくれ、あなた達は律法がわからないのか

●次に聖書を知るということは大脳皮質の雑学肥大ではないことを見る。これはTSKを利用

塚本訳 ヨハ 7:15
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである

塚本訳 マタ 22:21-22
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」
22:22
彼らは聞いて驚き、イエスをそのままにして立ち去った。

塚本訳 マタ 22:33
22:33 民衆はこれを聞いて、その教えに感心してしまった

塚本訳 ヨハ 7:45-46
7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」
7:46 下役らが答えた、
「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」


塚本訳 マタ 13:54
13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。


塚本訳 マコ 6:2-3
6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。
6:3 これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。)


塚本訳 ルカ 4:22
4:22 皆がイエスを誉めそやし、かつその口をついて出る言葉のうるわしさに驚いて、「これはヨセフの息子ではないか」と言った。


塚本訳 ルカ 20:38-39
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」
20:39 すると数人の聖書学者までが、「先生、りっぱなお答えです」と言った。


塚本訳 使  2:7-13
2:7 そして驚きあきれて言った、「見よ、話しているあの人たちはみんな、ガリラヤ人ではないか。
2:8 それだのにどうしてわたし達は、それぞれ自分の生まれ故郷の国語(でこの人たちが話しているの)を、聞くのだろうか。
2:9 わたし達は(世界中から来ている。)パルテヤ人とメジヤ人とエラム人とがあり、メソポタミヤ、ユダヤとカパトキヤ、ポントとアジヤ、
2:10 フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネ(の町)に近いリビヤの部分とに住んでいる者、またここに来て仮住いしているローマ人があって、
2:11 ユダヤ人と(異教からの)改宗者、クレテ人とアラビヤ人であるのに、そのわたし達が、(いま)自分の言葉で、あの人たちが神の大きな御業を話しているのを聞くというのは、どうしたことだろう。」
2:12 皆が呆気にとられ、すっかり不安になって互に言った、「これはいったいどうしたというのだ。」
2:13 しかし「あの人たちは新酒に酔っぱらっている」と言って、嘲弄する者もあった。


口語訳 アモ 7:14-15
7:14 アモスはアマジヤに答えた、「わたしは預言者でもなく、また預言者の子でもない。わたしは牧者である。わたしはいちじく桑の木を作る者である
7:15 ところが主は群れに従っている所からわたしを取り、『行って、わが民イスラエルに預言せよ』と、主はわたしに言われた。

●信仰は情報の上に建つ。聖書は情報。聖書の意義、エクレシアの意義。信者の存在意義。

塚本訳 Ⅰコリ15:3
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、


塚本訳 ロマ 10:13-15
10:13 ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)『主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。』
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

塚本訳 Ⅱテモ3:14-17
3:14 しかし君は(先輩達から)学んだこと、(自ら)確信したことに(しっかり)留まって居れ。誰から(それを)学んだか、
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。


塚本訳 ルカ 24:46-47
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と
(聖書に)こう書いてある。

塚本訳 ルカ 24:26-27
24:26 救世主は栄光に入るために、そのような苦しみを受けねばならなかったのではないのですか。」
24:27 そして
(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。


塚本訳 使  3:18
3:18 しかし神はすべての預言者の口をもって、その救世主が苦しみをうけることを予告しておられたのであって、それをこんな風に成就されたのです。


塚本訳 Ⅰペテ1:11
1:11 (すなわち)彼らは自分達の中のキリストの霊が、キリストに臨む苦難とその後の栄光とについて予め証明し給うたのは、(そもそも)何時、如何なる時を指していたかを研究した。

塚本訳 ルカ 24:46-47
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある


塚本訳 ロマ 6:17
6:17 しかし神に感謝する、あなた達は(かつて)罪の奴隷であったが、(神から信仰の)教えの型に入れられて心からそれに服従し、


塚本訳 ロマ 16:25-26
16:25 わたしの福音すなわちイエス・キリストを説く言葉によって、あなた達を強くすることの出来るお方に──この福音は長い間秘められた秘密の啓示であり、
16:26 今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである──


塚本訳 使  13:26
13:26 兄弟の方々──アブラハムの子孫の方々と、あなた達の中の敬神家の方々よ、(神から)わたし達に、この(イエスの)救いを知らせる『言葉は送られたのです。』

塚本訳 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。


塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 ルカ 24:45
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて


塚本訳 使  17:2
17:2 パウロはいつものとおり入っていって、三度の安息日に聖書に由って彼らに話をした。


塚本訳 ロマ 1:2
1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、


塚本訳 Ⅱペテ3:16
3:16 これについて述べているその凡ての手紙においても同様であるが、その中には難解なものも少なくないので、教養のない者や心の定まらない者は他の(聖)書と同様これをも曲解して自分の亡滅を招いている。


塚本訳 Ⅰペテ1:10-12
1:10 君達への恩恵について予言した予言者達はこの救いを穿鑿(せんさく)し、研究した
1:11 (すなわち)彼らは自分達の中のキリストの霊が、キリストに臨む苦難とその後の栄光とについて予め証明し給うたのは、(そもそも)何時、如何なる時を指していたかを研究した。
1:12 そして(その結果、自分達はキリストの苦難と栄光を見ることが出来ず、かえって君達がその恩恵に与ること、(すなわち)彼らの奉仕は自分達のためでなく、(後の世の)君達に対するものであることを黙示されたのである。(そして)その奉仕したものこそ、天から遺わされた聖霊によって君達に福音を宣べ伝えている人達が今君達に告げているものであり、天使たちも一目見たいと願っているものである。


塚本訳 ヨハ 10:35
10:35 神はこの言葉をたまわった人たち(すなわち御自分に代って裁判をする者)を、神と言われたのであるから・・聖書がすたれることはあり得ないので・・


塚本訳 ロマ 15:4
15:4 なぜなら、(聖書に)前に書かれたほどのことはみな、(後の時代の)わたし達の教訓のために書かれたもので、わたし達が聖書のあたえる忍耐と慰めとをもって、希望を持ちつづけるためである。


塚本訳 ヘブ 4:12
4:12 というのは、神の言葉は生きていて、活動し、あらゆる諸刃の剣よりも鋭く、精神と霊魂と、関節と骨髄との境までも突きいって、心の考えと思いとを裁くからである。


塚本訳 使  1:16
1:16 「兄弟の方々、イエスを捕らえる者たちを手引したユダについては、聖霊がダビデ(王)の口をもって預言された聖書の言葉が成就しなければならなかった。


塚本訳 Ⅱペテ1:19-21
1:19 かくして私達に預言の言が一層確かなものとなった。どうか(この言を)真暗な所に輝く燈火として、日が照り出で暁の明星が君達の心の中に出るまで、これに注意してもらいたい。
1:20 ただ聖書の預言はどれも自分勝手な解釈をしてはならぬことを第一に知らねばならない。
1:21 というのは、預言はかつて人間の意志から出たことがなく、人が聖霊に駆り立てられ神(の霊)によって語ったものである。

口語訳 詩  19:8-12
19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
19:9 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
19:10 これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
19:11 あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。これらを守れば、大いなる報いがある。
19:12 だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。


口語訳 詩  119:131
119:131 わたしはあなたの戒めを慕うゆえに、口を広くあけてあえぎ求めました。


口語訳 箴  6:23
6:23 戒めはともしびである、教は光である、教訓の懲らしめは命の道である



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朝の黙想おわり。心一杯、胸一杯。毎日、聖書聖書と言っているのは間違いではない。 百の註解書、百の名説教も聖書本文の一節には及ばない

●6月29日集会感話の準備
●TSK日本語版詩篇第91篇
●録画ビデオを妻と観る。
 
 
ネビルマリナ(90歳)ー+N響 ドボルザーク交響曲第7番 8番。8番はいい。
ウフィッツ美術館の謎。サヴォナローラが出てきた。聖俗の戦い
●17:00 夕方散歩
 
 
●17:30 大相撲 大関横綱戦
























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人生の目的 ++++++++ 所感

2014/05/13 06:32

140513(火)5時起床●朝の啓示「人生の目的は三位一体の真理に開眼させられること」●これは開眼「する」のではなく開眼「させられる」のである。多くの場合、それは痛い目に遭って●この摩訶不思議な真理は受験やスポーツのように人間の克己奮励努力の末に獲得できるものではなく、神の恩恵によって「人生泣いたときに神から賜るもの」である。●この真理に開眼させられれば成功の人生である。社会的にはどんなにみじめであっても最高の人間である。最高に成功の金メダルの人生である。●人生、一度泣かなければ、号泣しなければこの真理は開眼させられない。

塚本訳 マタ 11:11
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

●アウグスチヌスは「三位一体」がどうしてもわからなかった。それは大脳皮質で考えていたからである。科学的思考では絶対に分からない。復活も同じである。永遠なるものが触れないとこの真理は永久にわからない。神によって痛い目に遭わされて心から泣く時にこの論理が分からされる。洗礼者ヨハネよりもアウグスチヌスよりも偉大なる人間にさせられる。

塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


●今度、息子一家の招待でアラブ首長国連邦を訪れたが、行く前にイスラム教徒の聖典であるコーランを少し学んだ。彼らはイエスを預言者の一人とみなし、「神の子」とは信じない。だからクリスチャンはどんなにみじめ人間であってもどんなイスラム教徒よりも大きい。

塚本訳 ルカ 6:21
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。


●「満腹する」ように奮闘努力するのはマルキスト。彼らの論理は分かりやすい。人間の原始的且つ本能的な欲望の充足活動である。キリスト教は違う。神に「満腹させられる」のであって神が一枚かんでいる。最近の無教会にマルキスト的活動に似ている人間がいるが、信仰の堕落であるからマルキストの垢を洗い流して清めてくるがよい。まだ残っているマルキストの尻尾を切ってくるがよい。無教会の堕落現象の一つである。ヒューマニズムは信仰の敵だ。堕落現象のもう一つは「人脈および知的遊び」。その遊びで自分は幅が広い人間だと思っているから滑稽である。雑学(神学や聖書学や語学も)の幅が広いが底が浅い。浅い池には悪臭が漂う。

塚本訳 ヨハ 14:8-10
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。
14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。


●「三位一体」という言葉は聖書にはないが、ヨハネ福音書にはその概念が多くでてくる。しかし大脳皮質の分野の概念であるから、概念の神学研究ではその本質がわからない。永遠なる者が接近して触れるとき、人は霊眼が」開かれるのである。復活の理解、終末再臨の理解、神の存在理解また同じ。
●「私には神の霊が触れない」と言って胡坐(あぐら)をかいている人には神は姿を現さない。贅沢な態度である。「求めよ、さらば与えられん」

口語訳 イザ 6:4-7
6:4 その呼ばわっている者の声によって敷居の基が震い動き、神殿の中に煙が満ちた。
6:5 その時わたしは言った、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」。
6:6 この時セラピムのひとりが火ばしをもって、祭壇の上から取った燃えている炭を手に携え、わたしのところに飛んできて、
6:7 わたしの口に触れて言った、「見よ、これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの悪は除かれ、あなたの罪はゆるされた」。


●この部分は「東方文学」で最高の部分であると言われるが、聖書の本質でもある。つまり罪の自覚が神が分かる門である。人間は人生の嘆き悲しみを通して、つまり罪故の失敗を通して泣く時に神が近づいて神の存在を分からせて下さる。

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朝の黙想おわり。。今朝は人生の不運に泣いている人に話した。その涙が、神が近づいて神の愛の知恵を分からせてくださいますように。 ●今朝はいささかプロテスタント教会の牧師の説教のようになっていかん.。神が説教する。神が注意する。人間の説教で人は覚醒しない。

●私の4人の子供、7人の孫はそれぞれに「十字架を負った」。否「負わされた」。しかしそれは神の深い愛の導きであったと分かる日が来ますように。たとえ短い人生であっても。この世でなければ来世でも。

●TSK日本語版詩編90編。心に染み入る。
●ブラームス交響曲第二番の最初を鑑賞
●図書館。徒歩1時間。
●6月29日感話の準備。誤ってデータを消してしまったので打ち直し。3時間ロス。ドンマイドンマイ。こういう時、キュリー夫人は何度も失敗し、何度もやり直したことを思い出して自分で自分を励ます。
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命の短さ ++++++++ 所感

2014/05/12 10:01

140512(月)朝の黙想「命の短さ」●福島県の子供は命が短いのかもしれない。私の孫達のことだから真剣にならざるを得ない。特に福島県の母親の嘆きには当事者でなければ分からない深いものがある。身内の病気を治してほしいとイエスのところに来た人はほとんど半狂乱である。●では命は平均まで生きればそれでいいのか。満足なのか。●今朝は命の長さについて聖書はどう言っているか思いつくままに見てみよう。

口語訳 創 3:17-19
3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、
彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  19:24-26
19:24 主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、
19:25 これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。
19:26 しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった

口語訳 詩  90:3-6
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6
あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。
90:7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。


口語訳 詩  90:10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10
われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

口語訳 申  34:7-8
34:7 モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。
34:8 イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った。


塚本訳 マタ 2:18
2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』



塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」

塚本訳 マタ 9:23-26
9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。
9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。
9:26 この評判がその土地全体に広まった。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 6:47
6:47 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしを)信ずる者は永遠の命を持つ。

塚本訳 ヨハ 11:25
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。


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朝の黙想おわり。「永遠の命」という言葉は旧約では、1回(ダニ12:2) 新約では42回。人類は旧約というトンネルを抜けて新約の光が射した。


●NHK朝ドラ「花子とアン」を見る。
●TSK日本語版詩編89編。52節はヘビーであった。
●図書館から借りた武田邦彦著「子どもを放射能汚染から守りぬく方法」を読み始める。建築士として貢献出来ることは何だろう。
●妻は歯科
●図書館、徒歩往復一時間。
●大相撲は大関以上を見る


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背後に働く見えない神の力 ++++++++ 所感

2014/05/11 07:37

140511(日)目覚めの啓示「背後に働く見えない神の力」●キリストを50年以上も「ヤッテ」いると「勘」というものが出来てくる●人に出会うと、その人の背後に神の見えない力が働いているのかどうかが「匂い」や「勘」で分かるようになるものだ。●今朝はこの「臭い」や「勘」に関連する「見えざる手」(In visible hand アダムスミスの国富論)にういて黙想してみよう。

口語訳 イザ 30:21-22
30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く
30:22 その時、あなたがたはしろがねをおおった刻んだ像と、こがねを張った鋳た像とを汚し、これをきたない物のようにまき散らして、これに「去れ」と言う。


●本物に出会うと偽物の見分けがつくものだ。

口語訳 詩 127:1
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。


●建築設計事務所勤務20年。これは「立ちあがる」プロジェクトか潰れるプロジェクトかどうかは最初に「勘」「臭い」で分かる。

塚本訳 マコ 10:21-23
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」


●信仰に接近するがこれに入らない人が多い。塚本訳の(うしろ姿を見送っておられたが、)は涙なしには読めない。

塚本訳 ルカ 22:31-32
22:31 (そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあなた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。
22:32 しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。」


●一度信仰に入ったら神が責任を持って生涯導いてくださる。一生保証だ。

口語訳 エゼ 20:9
20:9 しかしわたしはわたしの名のために行動した。それはエジプトの地から彼らを導き出して、周囲に住んでいた異邦人たちに、わたしのことを知らせ、わたしの名が彼らの目の前に、はずかしめられないためである。


●神が一度救った者を生涯持ち運ぶのは、神ご自身の名誉のため。


塚本訳 ロマ 1:1
1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──


●パウロには「選ばれた」という意識が濃厚。しかしその道は「苦難」の道だ。重荷の道だ。

塚本訳 使 26:15-18
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


●「立て。お前の道は守る」と神は言われる。
●神は「これぞ」と睨む人物に自分を現す。モーセ、ペテロ、パウロ・・・・


塚本訳 使  22:8-9
22:8 わたしは答えた、『主よ、あなたはどなたですか。』わたしに言われた、『わたしだ、君が迫害しているナザレ人イエスだ。』
22:9 連れの者たちは光は見えたが、わたしにお話になる方の声は聞こえなかった。


●「連れの者」(身内や周囲の人)でも福音を聞かない、聞こえない人がいる。

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。


●香水は悪臭の一種。キリストの薫も強すぎると「滅びゆく者」には悪臭。
●そんな人を見ていなければならないとは、「。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。」とはパウロの嘆き。塚本訳の(ああ)には胸が詰まる。

塚本訳 マコ 14:35-36
14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。


●ルターも藤井武も苦難の時に、夫人から励まされた。「御心のままに、御心のままに」。

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朝の黙想おわり

●故高橋三郎先生の御夫人の美佐子さんが召されたとの知らせ。
高橋邸改修の時、感謝されて「建築とはこういうものなのですね」と言われた。ご長女を失われた時、「子供はは死んではいない。眠っているのだ」というイエスの言葉でお慰めしたら、とても慰められたと丁重なご返事を頂いた。イエスの言葉には力があることを知ったものだ。


塚本訳 マコ 5:38-39
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」 


●7:55 集会に出発。妻は歩けるて、感謝。
●10:00 東京聖書読者会。茂木(司会)、小寺(塚本先生エペソ書講義)、山本(第二テサロニケ)
●集会後小寺夫妻と昼食。七重さん病癒えて久しぶり。



























 

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史実としての死人の復活。その爆発的喜び ++++++++ 所感

2014/05/10 17:00

140510(土)次回6月1日の集会感話の原稿を作成する。

6月1日集会感話
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史実としての死人の復活。その喜び

・・・復活したイエスは一度は確かに死んだのだ・・・

 

          東京聖書読者会 2014.6.1 高橋照男 

塚本訳 ヨハ 19:33-35

19:33 しかしイエスのところに来て、すでに死んでおられるのを見ると、脛を折らずに、

19:34 (死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。

19:35 (実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

 

●福音の一番大切なことはイエスが復活したことの喜び

塚本訳 Ⅰコリ15:1-6

15:1 また、わたしが思い出してもらいたいのは、兄弟たちよ、(以前)あなた達に伝え、あなた達が(喜んで)受けいれてくれて、(今日まで)それに立っている、あの(死人の復活についての)福音である。

15:2 どんな言葉でわたしがその福音を伝えたにせよ、あなた達がそれを守っていさえすれば、軽々しく信仰に入ったのではない限りは、あなた達もその福音で救われる。

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事してあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

 

●イエスが死んだことは確実であった

塚本訳 マコ 15:44-47

15:44 ピラトはイエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百卒長を呼んで、とうに死んだかどうかを尋ね

15:45 百卒長からそうと聞くと、なきがらをヨセフに下げ渡した

15:46 そこでヨセフは(日が暮れぬうちにと大急ぎで)亜麻布を買い、イエスを(十字架から)下ろして亜麻布で巻き、岩に掘ってあった墓に横たえ、墓の入口に石をころがしておいた。

15:47 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、なきがらの納められた所を見ていた。

 

●イエスが裁判されたのは死人を復活させて「評判」が上がってきたから

 

塚本訳 ルカ 7:12-17

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

 

塚本訳 マタ 9:23-26

9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、

9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

9:26 この評判がその土地全体に広まった。

 

塚本訳 ヨハ 11:43-48

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。

11:46 しかし中には(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった。

11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。

11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

 

 

●イエスが裁判された理由は、「復活」の預言

 

塚本訳 マコ 14:55-59

14:55 大祭司連をはじめ全最高法院は、イエスを死刑にするためしきりにイエスに不利な証言をさがしたが、見つからなかった。

14:56 イエスに不利な偽証をする者は多かったが、その証言は合わなかったのである。

14:57 すると数人の者があらわれ、イエスに不利な偽証をして言った、

14:58 「わたし達はこの人が、『自分は(人間の)手で造ったこのお宮をこわして、手で造らない別のお宮を三日のうちに建てる』と言うのを聞いた。」

14:59 しかし今度も証言が合わなかった。

 

塚本訳 マタ 27:62-66

27:62 あくる日、すなわち支度日[金曜日]の次の日[安息日]に、大祭司連とパリサイ人とはピラトの所に集まって

27:63 言った、「閣下、あの嘘つきがまだ生きている時、『自分は(死んで)三日の後に復活する』と言ったことを思い出しました

27:64 だから三日目まで墓を警備するように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て盗んでいって、人々に『イエスは死人の中から復活した』と言いふらさないとはかぎりません。そうなると、このあとの方の嘘は、(自分は救世主だと言った)前の(嘘)よりも始末が悪いでしょう。」

27:65 ピラトが言った、「番兵をかしてやる。行って、せいぜい(墓を)警備するがよかろう。」

27:66 そこで彼らは行って(入口の)石に封印し、番兵を置いて墓を警備した。

 

塚本訳 マタ 28:11-15

28:11 女たちが(まだ)歩いているあいだに、数人の番兵は都に行って、出来事の一部始終を大祭司連に報告した。

28:12 大祭司連は長老たちと集まって決議し、(警備をしていた)兵卒らにたっぷり金をやって、

28:13 言った、「『夜、弟子たちが来て、わたし達が寝入っているあいだにイエスを盗んでいった』と言え。

28:14 もしこのことが総督の耳に入ったら、われわれが執成して、お前たちには心配をかけないようにするから」と。

28:15 兵卒らは金を受け取って、教えられたとおりにした。こうしてこの話は、今日までユダヤ人の間にひろまっている。

 

 

●復活したイエスに出会った人たちの驚きと爆破的な喜びの数々

 

塚本訳 マタ 28:8-15

28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった

28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。」

 

塚本訳 マコ 16:6-8

16:6 青年は彼らに言う、「驚くに及ばない。あなた達は十字架につけられたナザレ人イエスをさがしているが、もう復活されて、ここにはおられない。そら、ここがお納めした場所だ。

16:7 さあ行って、弟子たち、とりわけペテロに、『イエスはあなた達より先にガリラヤに行かれる。(前に)あなた達に言われたとおり、そこでお目にかかれる』と言いなさい。」

16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……

 

塚本訳 ルカ 24:41

24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。

 

塚本訳 ヨハ 20:1-2

20:1 (翌々日、すなわち)週の初めの日(日曜日)の朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に来てみると、墓(の入口)から石がのけてあった。

20:2 そこでシモン・ペテロと、イエスが可愛がっておられたもう一人の弟子との所に走って行って言う、「主を墓から取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」

 

塚本訳 ヨハ 20:6-9

20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。

20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。

20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた

20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

 

塚本訳 ヨハ 20:16-18

20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)

20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくなまだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

 

塚本訳 ヨハ 20:20

20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ

 

塚本訳 ヨハ 20:27-28

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!

 

 

●イエスは最後にパウロに姿を現した

 

塚本訳 Ⅰコリ15:5-9

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

15:7 そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた

15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた

15:9 ほんとうにわたしは、使徒の中で一番小さい者である、いや、わたしは使徒と言われる値打もない、神の集会を迫害したからである。

 

塚本訳 使  7:58

7:58 彼を町の外に突き出し、石で打ち殺した。証人たちはぬいだ上着をサウロという青年の足下に置い(て、番をさせ)た。

 

塚本訳 使  8:1-3

8:1 サウロは(石は投げなかったが、)ステパノを殺すことに賛成であった。その日エルサレムの集会に対して大迫害がおこり、使徒たち以外(の信者)は皆、ユダヤとサマリヤとの田舎に散らばった。

8:2