to 日記と感想 2014年10月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


救いは100%神の主権による ++++++++ 所感

2014/10/31 06:34

141031(金)キリスト者の皆様お早うございます。●目覚めの啓示は「救いは100%神の主権による」です。これは無教会主義のプロパガンダでもあります。●キリスト者にさせられた者はかえって心配と悩みが生じます。それは血を分けた身内の救いです。

塚本訳 ルカ 16:26-28
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 使  16:29-32
16:29 牢番は明りを持って来させて(牢の中に)駈けこみ、震えながらパウロとシラスとの前にひれ伏した。
16:30 そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどうしなければならないのですか。」
16:31 二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」
16:32 そして彼に、家中の者も一緒にして、神の言葉を語った。

●しかし人の救いは人間の説教や努力や批判断罪で罪を認めさせ悔い改めに導くという方法では効果がない。これは」正統信仰への覚醒についてもいえる。有体的復活を信じない人には何を行っても無理。

塚本訳 ルカ 16:30-31
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 Ⅰコリ15:35-36
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと。
15:36 訳のわからない人!あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。

塚本訳 マコ 12:23-25
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。

●救いは教会や先生の権威によらず100%神の主権の働きのよることを示す聖書の箇所を思いつくままに連想してみよう。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

塚本訳 マタ 19:24-26
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 マタ 22:9-13
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

塚本訳 ヨハ 3:3-5
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

塚本訳 マタ 11:25
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。

塚本訳 ヨハ 14:22-24
14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」
14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。
14:24 (しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わたしを遣わされた父上の言葉である。

塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

塚本訳 ヨハ 3:7-8
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ヤコ 5:16
5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある。

塚本訳 ロマ 9:19-24
9:19 するとあなたはわたしに(抗議して)言うにちがいない、それでは、なぜ神はなおも人を咎められるのか。(御自身が人の心を頑固にされるのなら、)だれも神の意志に逆らうことはできない訳ではないかと。
9:20 ああ人よ、いったい君は何者なれば、神に口答えをするのか。『作られたものが作った者に向かって、「なぜ『わたしをこんなものに造ったか」と言えるだろうか。』
9:21 それとも、『陶器師には、』同じ『粘土』の塊で、一つは尊い用途の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか。
9:22 それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろしさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、『滅びのために』つくられた』怒りの器[滅びる人]を辛抱された』とすれば、
9:23 またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこれ言うことはないではないか。)
9:24 神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。

塚本訳 ロマ 11:33-36
11:33 ああ、神の富と知恵と知識との深さよ!なんとその裁きの探りがたく、(なんと)その(お歩きになる)道の不可解なことよ!
11:34 『だれが主の御心を知ったか。だれがその顧問になったのであるか。
11:35 だれがまず主に差し上げてそのお返しをいただくことができるか。』
11:36 すべては、彼から出て、彼によって保たれ、彼に帰する。栄光は永遠に彼のものである、アーメン。

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。


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朝の黙想瞑想礼拝終わり。アーメン。栄光神にのみあれ

●10:45 池谷医院、定期健診。正常
●TSK日本語版イザヤ書43章。少しやり方を変えて聖書を通読することを第一にしたら、面白くなった。やはり聖書は通読するようにできているらしい。
●NHKTVで「ステップファミリーの問題」を見た。家族関係は難しい。
ステップファミリーとは子連れ再婚の場合の継母あるは継父と子供の関係の難しさである。二本では4家族に1家族が「スッテプファミリー」という多さに驚いた。見終わって、神の国には「血縁関係はない」というイエスの言葉のさわやかさを思い出した。

塚本訳 マコ 12:18-25
12:18 そこに、復活なしと主張するサドカイ人たちが来て、イエスにこう言って質問した、
12:19 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄が、』妻を残して『子をのこさない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
12:20 (ところでここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子をのこさずに死に、
12:21 次男が(この律法に従って)その女をめとったが、また子を残さずに死に、三男も同様で、
12:22 ついに七人とも子をのこさず、一番最後にその女も死んでしまいました。
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。







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神の知恵と力 ++++++++ 所感

2014/10/30 06:32

141030木)キリスト者の皆様お早うございます。今朝の目覚めと早朝散歩で「神の知恵と力」ということを啓示されました。キリスト者ならば、この言葉にビビッと来ると思います。そこで私なりに聖書のあちこちにこれを感じるところをピックアップしてみます。●なぜそれが関連するのかはこの世の学問的作法では認められないものです。霊感だからです。自分の頭から紡ぎだすところに意味があるのはそれぞれが霊感の糸でつながっているからです。

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早朝散歩。あけぼの。「神の知恵と力」という霊感が湧く


塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

塚本訳 Ⅱテモ3:16-17
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。

塚本訳 ロマ 11:33
11:33 ああ、神の富と知恵と知識との深さよ!なんとその裁きの探りがたく、(なんと)その(お歩きになる)道の不可解なことよ!

塚本訳 ロマ 11:36
11:36 すべては、彼から出て、彼によって保たれ、彼に帰する。栄光は永遠に彼のものである、アーメン。

口語訳 詩  23:2-3
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。


口語訳 詩  23:6
23:6 わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。

口語訳 創  5:23-24
5:23 エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。
5:24 エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。

口語訳 創  22:16-18
22:16 言った、「主は言われた、『わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、
22:17 わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、
22:18 また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである』」。


塚本訳 ロマ 4:3
4:3 では聖書は何と言っているか。『アブラハムは神を信じて、そのことが彼の義と見なされた』とある。(アブラハムが義とされたのは行いのゆえではなく、恩恵である。)

塚本訳 ロマ 4:16
4:16 そうであるから、(相続人にされるのは)信仰のゆえである。これは恩恵によらせるためであり、(アブラハムの)子孫全体に対して──ただ律法の子孫[ユダヤ人]だけでなく、アブラハムの信仰の(足跡を踏む)子孫[異教人]に対しても──(神の)約束が不動であるためである。彼はわたし達すべての者の(信仰の)父である。

塚本訳 ロマ 4:18
4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

塚本訳 ロマ 9:8
9:8 すなわち、(アブラハムの)血筋を引く子供が、当然に(彼の子孫として約束にあずかる)神の子供ではなく、約束の(言葉によって生まれた)子供(だけ)が、(彼の)子孫と見なされるのである。


塚本訳 ルカ 19:5
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」


塚本訳 ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 マタ 4:18-20
4:18 ガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、二人の兄弟、ペテロと言われたシモンとその兄弟アンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。
4:19 「さあ、ついて来なさい。人間の(漁をする)漁師にしてあげよう」と言われると、
4:20 彼らはすぐ網をすててイエスに従った。


塚本訳 マタ 3:16-17
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。


塚本訳 マタ 22:28-29
22:28 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。皆その女を妻にしましたから。」
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。

塚本訳 ロマ 1:16
1:16 わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。


塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

塚本訳 Ⅰコリ1:24
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。

塚本訳 Ⅱコリ13:3-4
13:3 あなた達はキリストがわたしにあって語っておられる証拠を求めているのだから、(願いどおり、彼がわたしによって働かれる力を見るであろう。)彼はあなた達に対して弱くない。いや、あなた達の間で強い。
13:4 ほんとうに、彼は弱さのゆえに十字架をつけられ(て死なれ)たけれども、神の力によって、いま生きておられるからである。同様に、わたし達も彼と結びついているので弱いけれども、彼と共に、神の力により、あなた達に対して(強く)生きるだろうからである。


塚本訳 エペ 3:5-7
3:5 この奥義は今は霊によりその聖なる使徒と預言者達とに(明らかに)顕されているが、他の時代の人の子らにはかく示されなかったもので、
3:6 異教人が福音により、キリスト・イエスにおいて(イスラエルと)共に(天上の王国の)相続人となり、共に一体となり、共に(恩恵の)約束に与る者となるということである。
3:7 そして私はこの福音の世話役となったのであるが、これは神の力が働いて私に与えられたもので、神の恩恵の賜物である。

塚本訳 使  9:4-5
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。

塚本訳 ルカ 13:23-25
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。

塚本訳 マタ 5:3-6
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


塚本訳 ロマ 11:4-6
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。
11:6 しかし恩恵による以上は、もはや行いのゆえではない。そうでなければ、恩恵がもはや恩恵でなくなるからである。


塚本訳 ルカ 2:13-14
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。


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朝の黙想瞑想礼拝終わり。神の知恵と力は不思議だ。意外なことはみな神の思うご計画だ。


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復活を信じない人の類型化 ++++++++ 所感

2014/10/29 06:20

141029(水)キリスト者の皆様お早うございます。●寒い朝、早朝散歩●今朝の黙想「復活を信じない人たちの類型化」。私達の周囲には復活などとうてい信じられない人がいます。これは今に限らずイエスパウロの時代でも同じでした。●そこで今朝は「復活を信じない人」を類型化したり、イエスやパウロが復活を信じない人に対して、どう対応したのかを見てみよう。

塚本訳 Ⅰヨハ4:3
4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。

塚本訳 ヨハ 20:24-25
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」


塚本訳 ヨハ 3:1-3
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 マコ 10:17-18
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

塚本訳 ルカ 16:30-31
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 ヨハ 3:11-12
3:11 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知っていることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受けいれない。
3:12 わたしが(いま)地上のことを言うのに、それを信じないから、天上のことを言うとき、どうして信じることができよう。

塚本訳 ヨハ 11:23-26
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している
。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。


塚本訳 マタ 13:22
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である


塚本訳 コリント人へのパウロの手紙第一1535-36(塚本試訳 昭和117月)

1535(以上私は復活が無ければならぬことを論じた。)しかし或る人は(なほ)言うであろう―――(假りに復活があるとしても、)如何(どう)して、(どんな風にして)死んだ者が復活するのか。(復活の時には)どんな體で来るのか、と。

1536(君は何といふ)愚か者(であらう) 君の播くものが(一旦)死ななければ、活かされ(て新しい芽となら)ない(ではないか。)


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朝の黙想瞑想礼拝終わり。十字架の意味、有体的復活の信仰は総て神の恩恵。しかし求めていれば与えられる。

●集会のKさんから電話。

●7:45 妻はYさん、Kさんと共に大岳山から日の出山へ小登山。夕方5時半に帰宅
●「高橋家の子供達」記録映像1977-1991年VHSを子供4人分DVDにコピー。











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「胸が熱くなった」ことによって見えたもの ++++++++ 所感

2014/10/28 19:54

141028(火)11月2日集会感話の準備

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「胸が熱くなった」ことによって見えたもの

・・・有体的復活、来世実在、使徒伝承、教会の本質、有体的再臨、・・・

2014.11.2 東京聖書読者会 高橋照男

① ルカ2432「胸の中が熱くなった」(塚本訳)の翻訳比較

 

①-1)塚本訳 ルカ 24:32

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

①-2)文語訳 ルカ 24:32

24:32 かれら互に言ふ『途にて我らと語り、我らに聖書を説明し給へるとき、我らの心、内に燃えしならずや』

 

①-3)口語訳 ルカ 24:32

24:32 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。

 

①-4)新改訳 ルカ 24:32

24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」

 

①-5)新共同 ルカ 24:32

24:32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った

 

 

②復活は見える姿。五感を通して福音を信じ易くして下さる神の知恵

②-1)塚本訳 使  2:32                               2:32 神は(救世主である)このイエスを(預言どおりに)復活させられました。わたし達は皆このことの証人です。(イエスの復活を目の当り見たのだから。)

 

②-2)塚本訳 使  10:39-40                             10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。

②-3)塚本訳 使  26:6-8                                26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。                  26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。            26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。                      

②-4)塚本訳 ヨハ 11:40-44
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば
神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


②-5)塚本訳 ヨハ 20:3-10
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。
20:10 それから二人の弟子は家にかえった。

②-6)塚本訳 ルカ 24:36-43
24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。
24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、
24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。
24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」
24:40 [無シ]
24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。
24:42 焼いた魚を一切差し上げると、
24:43 受け取ってみなの前で食べられた

②-7)塚本訳 ヨハ 20:27
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」


③ 復活のキリストの声は「聞こえた」

③-1)塚本訳 使  9:3-9
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6
さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである。
9:8 サウロは地から起きあがって目をあけたが、何も見えなかった。人々が手を引いて、ダマスコにつれて行った。
9:9 三日のあいだ目が見えず、また食べも飲みもしなかった。

 

④胸が熱くされることは有体的復活を信じ易くさせて下さる神の手段

④-1)塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

⑤ 新約聖書の中心的使信

⑤-1)塚本訳 コリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

 

⑤-2)塚本訳ヨハ 1:18

1:18 神を見た者は、いまだかつて一人もない。ただ、いつも父上の胸に寄り添っておられる独り子(のキリスト)だけが、(わたし達に神を)示してくださったのである。

 

⑤-3)塚本訳 Ⅰヨハ1:1-4

1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──

1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──

 

⑥ 有体的復活を信じない人

⑥-1)塚本訳 ルカ 16:28-31
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』

⑥-2)塚本訳 ヨハ 3:11-12

3:11 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知っていることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受けいれない。

3:12 わたしが(いま)地上のことを言うのに、それを信じないから、天上のことを言うとき、どうして信じることができよう。

 

⑥-3)塚本訳 Ⅰヨハ4:3

4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。

6)-4)塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

 

⑥-5)塚本訳 Ⅰコリ15:33

15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

 

⑥-6)塚本訳 コリント人へのパウロの手紙第一1535-36(塚本試訳 昭和117月)

1535(以上私は復活が無ければならぬことを論じた。)しかし或る人は(なほ)言うであろう―――(假りに復活があるとしても、)如何(どう)して、(どんな風にして)死んだ者が復活するのか。(復活の時には)どんな體で来るのか、と。

1536(君は何といふ)愚か者(であらう) 君の播くものが(一旦)死ななければ、活かされ(て新しい芽となら)ない(ではないか。)

 

⑥-7)塚本訳 Ⅱコリ2:14-16

2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。

2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

 

 

⑦来世実在は希望だけではない。生きているうちに今、信じられる

⑦-1)塚本訳 ヨハ 11:23-27

11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」

11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

 

⑦-2)塚本訳 ルカ 23:40-43

23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。

23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。」

23:43 イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。

 

⑦-3)塚本訳 Ⅰペテ1:8

1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

 

⑦-4)塚本訳 ヨハ 14:21-23

14:21 わたしの掟をたもち、これを守る者、それがわたしを愛する者である。わたしを愛する者はわたしの父上に愛され、わたしもその人を愛して、その人に自分を現わすであろう。(だからわたしを愛する者だけが、わたしを見ることができるのだ。)

14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」

14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。

 

⑦-5)塚本訳ロマ 4:18

4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

 

 

⑧ 有体的復活は人にではなく、神に教えられる。           

⑧-1)塚本訳 Ⅰヨハ2:27

2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

 

⑧-2)塚本訳 Ⅰコリ2:13

2:13 またその(賜物の)ことをわたし達が話すにも、人間的な知恵に教えられた言葉によらず、御霊に教えられた言葉による。霊のことに霊のことを当てはめ(て解しようとす)るのである。

 

 

⑨有体的復活を信じると、自然に有体的再臨を待望するようになる

⑨-1)新改訳 Ⅰテサ4:13-14

4:13 眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。

4:14 私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。

 

⑨-2)塚本訳 Ⅱペテ1:16-17

1:16 というのは、私達は私達の主イエス・キリストの能力と来臨とを君達に(告げ)知らせるのに、(一派の人達が)頭を捻(ひね)って考え出した作り話に従わなかった。否、(私達はおおけなくも)かの(変貌の)稜威の目撃者(として、その証人)となったのである。

1:17 というのは彼は(其処で)父なる神から尊貴と栄光とを受けられ、(私達はそれを見たのである。)且つ(その時、)「これは我が『愛子』なり、』わが心に適えり』」と、かような声が尊厳なる栄光の間から出た──

 

⑨-3)塚本訳 コロ 3:4

3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

 

⑨-4)塚本訳 テト 2:11-14

2:11 というのは、凡ての人を救うべき神の恩恵は(既に世に)顕れ、

2:12 私達を導いて、不敬虔とこの世の情欲とを離れ、考え深く、真直ぐに、また敬虔にこの世に生きさせ、

2:13 幸福な希望と、大なる神及びわれらの救い主キリスト・イエスの栄光の顕現(によってその希望が満たされること)とを待ち望ませるのである。──

2:14 彼は私達を『凡ての不法から贖い出し』、また(私達を)『潔めて』、善い仕事に熱心な『自分の選民にしよう』として、私達のために自分を与え給うたのである。

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11月2日集会感話準備 おわり

●「高橋家の子供たち」のVHSをDVDにコピー
●プリンタの廃液パットが満杯でストップ。データを妻のパソコンに送信して妻のプリンタで印刷した。しかし赤色が出ないので、赤字部分に赤線を引く。妻が手伝ってくれた。

 


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子供が親にねだる心 ++++++++ 所感

2014/10/27 17:00


141027(月)キリスト者の皆様こんにちは●金曜日から日曜日の三日間、福島の三男の家で過ごし、孫が親に「ねだる」様を見て、親と子の関係の聖句を思った。今日はそれを掲げてみように。頭に思いつくまま、順不同。


塚本訳 マタ 7:9
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか


塚本訳 ルカ 11:11-13
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか

11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 マタ 5:45-46
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。


塚本訳 マタ 22:10
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。


塚本訳 ルカ 15:25-32
15:25 兄は畑にいたが、家の近くに来ると鳴り物や踊りの音が聞えるので、
15:26 ひとりの下男を呼んで、あれはいったい何ごとかとたずねた。
15:27 下男が言った、『弟さんがかえってこられました。無事に取り戻したというので、お父様が肥えた小牛を御馳走されたのです。
15:28 兄はおこって、家に入ろうとしなかった。父が出てきていろいろ宥めると
15:29 父に答えた、『わたしは何年も何年もあなたに仕え、一度としてお言い付けにそむいたことはないのに、わたしには友人と楽しむために、(小牛どころか)山羊一匹下さったことがただの一度もないではありませんか。
15:30 ところがあのあなたの息子、きたない女どもと一しょに、あなたの身代をくらいつぶしたあれがかえって来ると、肥えた小牛を御馳走されるのはどういうわけですか。』
15:31 父が言った、『まあまあ、坊や、お前はいつもわたしと一しょにいるではないか。わたしの物はみんなお前のものだ。
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。



塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。


塚本訳 ヨハ 4:14-15
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」


塚本訳 マタ 6:5-15
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。
6:10 お国が来ますように。お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。
6:11 その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。


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黙想瞑想終わり


●子供たちが小さいころの影像を「高橋家の子供たち」VHSに残してあるが、それをテレビのデッキHDDにコピーした。
妻と二人でみて昔を懐かしんだ。14年間のことである。誰に似ている、誰にそっくりだという話で持ちきりであった。双方の亡き父母の姿が出てきた。ダビングして4人の子供達に送ろう。


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第41回塚本虎二先生記念会 ++++++++ 所感

2014/10/26 12:04

141026(日)

●7:15 二本松出発

●10:00 東京聖書読者会。私は福島県から、妻はあきる野から

川上(司会)、茂木(ステパノの説教)、横田(キリスト教史、十字軍)


●14:00 第41会塚本虎二先生記念会。斉藤みちさんから今度出版された「塚本虎二 新約聖書試訳」について経過報告。

私は「塚本虎二訳新約聖書 その敷衍に見る信仰の姿勢」として短く話した。そのほか出席者からスピーチ。

第41回塚本虎二先生記念会スピーチ
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塚本虎二訳新約聖書。その敷衍に見る信仰の姿勢

---「聖書で聖書を読む」方法で正統信仰を指向し継承している---

第41回塚本虎二先生記念会

 

2014年10月26日 東京聖書読者会 高橋照男

 

( )は敷衍


(という話)・・譬話の読み方。(マタ2512、マル128、ルカ10351682015

①-1)塚本訳ルカ 10:35-37(親切なサマリヤ人の話)
10:35
そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った
(という話)
10:36
(それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37
学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」

①-2)塚本訳 ルカ 16:8-9(不埒な番頭の譬、富の利用について)
16:8
すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた
(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。
16:9
それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

(次の譬を聞け)(なぜであろう)・・・前後の意味を通す。           

②-1)塚本訳ルカ 17:7(役に立たぬ僕)
17:7
ただ
(次の譬を聞け。)あなた達のうちに耕作、あるいは牧畜をする僕を持っている人があって、その僕が畑からかえって来たとき、『すぐここに来て食事をしなさい』とその人は言うだろうか。

②-2)塚本訳マタ 20:1(葡萄畑の労働者の譬)
20:1
(なぜであろう。)天の国は、家の主人が夜の引明けに出ていって、葡萄畑に労働者を雇うのに似ているからである。                             

③(どんな理由があっても)(皆まで聞かず)・・・伝道者の苦労

③-1)塚本訳 マタ 19:6(離婚問題)                           19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 ルカ 15:17 (放蕩息子の譬)                              15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……

塚本訳 ルカ 15:22 (放蕩息子の譬)                             15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

③-2)塚本訳 ルカ 20:38 (復活問答)                         20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

④(聖書に書いてある)・・・「聖書で聖書を読む」方法で正統信仰を継承      

④-1)塚本訳 ルカ 20:17 (悪い小作人)                             20:17 イエスは彼らをじっと見て言われた、「では、こう(聖書に)書いてあるのはなんの意味であるか。──』大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。』

④-2)塚本訳 マタ 22:31 (復活問答)                             22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

④-3)塚本訳 ルカ 24:44-46 (弟子たちへの最後の言葉)                           24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて            24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

④-4)塚本訳 ヨハ 5:37 (子に関する証明のいろいろ)                                                 5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、

④-5)塚本訳 Ⅰコリ15:3-4 (キリストの復活は福音の根拠)                            15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、                          15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

④-6)塚本訳 ルカ 4:16                           4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。

⑤(神の力)(どこででも、)・・・無教会主義の伝道の姿勢

⑤-1)塚本訳 ヨハ 1:12-13 (はしがき――言葉(ロゴス))                            1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。                 1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

⑤-2)塚本訳 マタ 16:16-17 (ペテロの告白)                           16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

⑤-3)塚本訳 ロマ 4:18 (律法の行いによらない)                              4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

⑤-4)塚本訳 ピリ 1:14(わたしの縄目が福音に役立ったことを喜ぶ)                               1:14 (そのため)主に在る多数の兄弟達は私の縄目に(神の力が働いていることを深く)信頼して、一層大胆に、恐るることなく神の言を語るようになった。

⑤-5)塚本訳 ヨハ 4:21 (サマリヤの女との問答)                              4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

⑥(裁きの日)(いつかは恥じて)(かの日)・・・社会問題に対する姿勢

⑥-1)塚本訳 ロマ 12:19-20 {愛をもて}                           12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」                                 12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)

⑥-2)塚本訳 マタ 5:5-6(幸いな人たち)                               5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。                     5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。

⑦(復活のキリストを見た)(釘の跡)(この耳で)・・・有体的復活の信仰

⑦-1塚本訳 使  23:6(最高法院の審問)                               23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)

⑦-2)塚本訳 ヨハ 20:27 (トマスの告白)                             20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

⑦-3)塚本訳 Ⅰヨハ1:1 (はしがき――手紙を書く目的)                               1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──

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第41回塚本虎二先生記念会スピーチ おわり






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孫の学芸会 ++++++++ 所感

2014/10/25 11:47

141025(土)二本松の三男の家で目覚め。非常に寒い。

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福島県二本松市原瀬小学校。、「学習発表会」(学芸会)。
全校生徒70名の全員合唱

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中段の左から3番目の孫(小3)から、「学芸会観に来てね。おじいちゃん、おばあちゃん長生きしてください」という葉書をもらったので、こりゃー行かないわけには行かないと思ったので来たのだ。

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原瀬小学校から安達太良山を望む。紅葉の後半だという。

小学校の建物はなかなか良かった。少人数教育+良い施設+良い自然環境

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近藤家の人々

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昨夜講義したトラス構造により、割りばしと輪ゴムで鉄塔を作る

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小6の孫が実力で作った鉄橋。頑丈だ。
 


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信仰は天性か求道か遺伝か ++++++++ 所感

2014/10/24 07:31

141024(金)キリスト者の皆様お早うございます。4時半起床です。●今朝の黙想は「信仰は天性か求道か遺伝か」です。●キリスト者を50年以上やっていると、このことを考えざるを得ません。●そこで今朝はこの三つの面について思い浮かぶ聖書を取りとめもなく「つれづれに」しかし「真剣に」並べてみよう。

●まず信仰は天性、宗教的才能によるのではないのかなー、生まれつきそういう才能が備わっているのではないのかなーと思わされる部分を並べてみよう。

塚本訳 マタ 1:20
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。


塚本訳 ルカ 1:28-30
1:28 天使は乙女の所に来て言った、おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。
1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。


塚本訳 ルカ 2:28-30
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです

塚本訳 ルカ 2:48-52
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』


塚本訳 マタ 2:1-2
2:1 さてイエスはヘロデ(大)王の代にユダヤのベツレヘムでお生まれになったが、そのとき、東の国の博士たちがエルサレムに来て
2:2 言った、「(今度)お生まれになったユダヤ人の王[救世主]はどこにおられるか。われわれはそのお方の星が出るのを見たので、おがみにまいった。」


塚本訳 マタ 3:16-17
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 ヨハ 1:47
1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼のことをこう言われる、「そら、あれは生粋のイスラエル人だ。すこしもごまかしがない。」

塚本訳 ロマ 1:1
1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──

塚本訳 使  26:14-16
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』
わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

塚本訳 ガラ 1:15-17
1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、
1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、
1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)


塚本訳 マタ 4:18-20
4:18 ガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、二人の兄弟、ペテロと言われたシモンとその兄弟アンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。
4:19 「さあ、ついて来なさい。人間の(漁をする)漁師にしてあげよう」と言われると、
4:20 彼らはすぐ網をすててイエスに従った。

塚本訳 ロマ 8:28-30
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。
8:29 というのは、神は(世の始まる前に)あらかじめお選びになった人たちをば御子(キリスト)と同じ姿にすることを、あらかじめお定めになったからである。──これは(こうして出来た)多くの兄弟たちの中で、彼を長男にするためである。──
8:30 そして(時が来ると)あらかじめお定めになった人たちを召し、お召しになった人たちを義とし、義とした人たちには栄光をお与えになるだろう。

塚本訳 ロマ 9:27
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。


塚本訳 ロマ 11:5
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。

●次に不幸や悲しみが原因で信仰を得た人達の姿を見てみよう。この人たちにとって不幸や悲しみは「恩恵」であった。

塚本訳 マタ 9:9-10
9:9 イエスはそこから出かけて、(湖のほとりで)マタイという人が税務所に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、立って従った。
9:10 イエスが家で食卓についておられるたときのこと、大勢の税金取りや罪人も来て、イエスや弟子たちと同席していた。


塚本訳 マタ 5:4-6
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。


塚本訳 マコ 9:22
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」


塚本訳 ルカ 7:13
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
塚本訳 ルカ 15:20
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

塚本訳 ルカ 15:20
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

塚本訳 マタ 20:34
20:34 イエスが不憫に思ってその目にさわられると、すぐ見えるようになって、イエスについてった。

●次に信仰は遺伝や環境ではないことを見てみよう。大伝道者、大先生の子供、必ずしも信仰をもたない。これは喜ばしいことである。信仰は一代。

塚本訳 マタ 1:3
1:3 ユダの(その嫁)タマルによる(不倫の)子はパレスとザラ、パレスの子はエスロン、エスロンの子はアラム、


塚本訳 マタ 1:5
1:5 サルモンの(遊女)ラハブによる子はボアズ、ボアズの(異教国モアブの女)ルツによる子はオベデ、オベデの子はエッサイ、


塚本訳 マタ 1:6
1:6 エッサイの子はダビデ王である。ダビデの(将軍)ウリヤの妻による子はソロモン


塚本訳 ヨハ 3:3-7
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

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朝の黙想黙想礼拝終わり。信仰は100%神からのもの

●10:30 福島県の孫の学芸会を観に行くために出発。初めて川越周りでまず大宮に行く。

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大宮から東北新幹線に乗る。この流線型の技術に感心。

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キリストの有体的復活の意味 ++++++++ 所感

2014/10/23 14:51

141023(木)キリスト者の皆様お早うございます。今朝は「キリストの有体的復活の意味」について黙想してみます。●キリスト教が難しいのは神の子が人の姿をとったこと、有体的に復活したことです。もしこれさえなければ特に日本ではキリスト教がもっとわかりやすいものなのになーと考える●実にキリストが神の子であることはつまずきの石であり、特にその有体的復活はキリスト教の内部分裂の原因でもある。●しかしキリスト抜きのキリスト教、有体的復活抜きのキリスト教であったら、キリスト教は2000年前に歴史の中に埋没していたに違いない。●では神はなぜこの分かりにくい特にヘンテコナ「有体的復活」などを備えたのだろうか。それは神を信じる人にとっては、信仰にとって強力な証拠、根拠、理性の安息になるからである。●ではキリストを信じ、十字架によって罪が清められた者にとってキリストの言動と「有体的復活」が来世実在の信仰の強烈な根拠となる聖句を並べてみよう。思いつくまま順不同。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 使 23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」


塚本訳 ヨハ 20:27
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


塚本訳 ヨハ 1:18
1:18 神を見た者は、いまだかつて一人もない。ただ、いつも父上の胸に寄り添っておられる独り子(のキリスト)だけが、(わたし達に神を)示してくださったのである


塚本訳 マコ 2:5-12
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」
2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、
2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」
2:8 イエスは彼らがひそかにこう考えているのを、すぐ霊で見抜いて、「なんで、そんなことを心の中で考えているのか。
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」

2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 使  9:3-9
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである。
9:8 サウロは地から起きあがって目をあけたが、何も見えなかった。人々が手を引いて、ダマスコにつれて行った。
9:9 三日のあいだ目が見えず、また食べも飲みもしなかった。


塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」


塚本訳 ヨハ 11:11-16
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」
11:16 するとトマスすなわち(ギリシヤ語で)デドモ(二子)が相弟子たちに言った、「(主の命があぶない。)わたし達も行って、主と一しょに死のう。」


塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」


塚本訳 ヨハ 11:40-44
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。
イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


塚本訳 ヨハ 20:3-10
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

20:10 それから二人の弟子は家にかえった。


塚本訳 ルカ 24:36-43
24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。
24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、
24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。
24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」
24:40 [無シ]
24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。
24:42 焼いた魚を一切差し上げると、
24:43 受け取ってみなの前で食べられた


塚本訳 ヨハ 20:24-28
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 16:28-31
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』

塚本訳 使  26:4-11                     26:4 若い時からのわたしの生活は、初めから(ユダヤ)国民の中で、しかもエルサレムですごしましたので、ユダヤ人は皆知っております。26:5 以前からわたしを知っている彼らは、証人になる気さえあれば、わたしが国の宗教の最も厳格な派に従って、(すなわち)バリサイ人として生活したことを、知っているのです。           26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。                  26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。            26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。                      26:9 ところで実はこう言うわたしも、(かつては)ナザレ人のイエスの(救世主という)名に対して大いに反抗すべきであると考え、  26:10 エルサレムで実際それをやったのです。すなわち大祭司連から全権を受けて多くの聖徒を牢に閉じこめ、また彼らが処刑されるときそれに賛成したのは、だれあろうこのわたしでありました。   26:11 わたしはまたあらゆる礼拝堂でしばしば罰をもって彼らを強要して、(イエスを)冒涜させようとしました。そして彼にむかい猛り狂って、(ユダヤの)国の外の町々にまで行って、迫害をつづけたのであります。

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朝の啓示黙想瞑想礼拝終わり。キリストの有体的復活は不信者には躓きだが、信ずる者には信仰の強力な土台である。

9:30 公立阿伎留医療センター。過日の胃カメラの診断結果。非常にきれいだという。同時に泌尿器科で前立腺の検査。これは11月に精密検査。
●ノジマでカセットテープレコーダーの外付けマイクを物色。なかった。
●ルピアで三菱のボールペン「ジェットストリーム」の替え芯を購入。このボールペンはなめらかで、使ったらやめられない。お薦め。
●15:00 NHKTVプレミアムアーカイブ。11年前の影像。小沢征爾がボストンを去ってウィーン国立歌劇場に招かれた経過。日本の過疎の山村でオーケストラを演奏してクラシック音楽を知らない人たちに音楽の感動を与えていた。これを見て、聖書を全く知らない人に神の言葉をぶつけて反応を感じる喜びと同じだと思った。








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悪は裁くな。神が救う。 ++++++++ 所感

2014/10/22 06:44

141022(水)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示は「悪は裁くな、神が救う」です。世の悪を見て発覚し、猪突猛進天下国家を断罪批判する信者はマダマダ。それはヒューマニストでも行う。●クリスチャンは世の悪に対する神の裁きを信じてひたすら祈り、自分が裁かれないようにすべきである。これが新約聖書の精神である。今朝はこの精神が現れているところを掲げる。●ただしこれは神の力というものを信じない人には怠慢空論に見える。犬が星をみるようなものである。ただ吠える。●然り、社会問題の熱心さと信仰の深さは反比例する。●ある人が「高橋は社会問題をやっている人間は信仰の堕落だと言っている」と語った。敵は良くこちら側の本質を見極めてくれる。社会問題に熱心な人間は神の力を知らないので「信仰のみ」に徹する信者に敵愾心をもつ。なにか信者として「やましい気持・・・ヒューマニズムと同じだ・・・」を抱いているからだ。かみの力を信じてない「やましい」気持ちなのだ。


塚本訳 マタ 5:5-6
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。


塚本訳 マタ 26:51-54
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」


塚本訳 ロマ 12:19-20
12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

塚本訳 マタ 6:14-15
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。
盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 ロマ 14:13-15
14:13 だから、これからは互に裁き合うことをやめようではないか。(そして、これは信仰が強くてなんでも食べる人に言うのであるが、)あなた達はいっそ兄弟の前に躓きや邪魔物を置かないように、心に決めたらどうだ。
14:14 [(わたしが知りまた主イエスにあって確信しているところでは、その物自体、汚れているものは何もなく、ただ汚れていると思うその人にだけ、汚れているのである。(だから何を食べてもよく、人が食べるのを咎めてはならない。)]
14:15 なぜなら、食べ物のために兄弟(の良心)を苦しめるならば、あなたはもう愛によって歩いていないのだから。あなたの食べ物などで、兄弟を滅ぼしてはならない。キリストはその人の(救いの)ためにも死んでくださったのである。


塚本訳 マコ 10:28-31
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。
10:31 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。

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朝の啓示黙想瞑想礼拝終わり









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第41回塚本虎二先生記念会スピーチ ++++++++ 所感

2014/10/21 06:31

141021(火)キリスト者の皆様お早うございます。来る10月26日の午後は第41回「塚本虎二先生記念会」です。一人の人間の記念会を41回も連続して行うのは不思議なことです。それは先生の福音把握の方法が真理であったことにほかなりません。人間の記念ではなく福音自身の力の記念であります。今朝はその席でのスピーチの原稿をまとめましたのでそれを掲げます。




第41回塚本虎二先生記念会スピーチ
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塚本虎二訳新約聖書。敷衍の分析とその意義


----塚本虎二訳は「聖書で聖書を読む」方法を促している----


第41回塚本虎二先生記念会

 

2014年10月26日 東京聖書読者会 高橋照男

 


(という話)・・・・譬話の解読方法を誘導

-1)塚本訳 マタ 25:12-13
25:12
しかし主人は、『アーメン、わたしは言う。わたしはあなた達を知らない』と答えた
(という話)
25:13 だから(たえず)目を覚ましておれ。あなた達は(人の子が来る)その日も時間も知らないのだから。

①-2)塚本訳 マコ 12:8-12
12:8
つかまえて殺した上、葡萄畑の外に放り出してしまった
(という話)
12:9 (それで尋ねるが、)葡萄畑の持ち主はどうするだろうか。(もちろん)来て小作人たちを殺し、葡萄畑をほかの人に貸すにちがいない。
12:10
あなた達はこの聖書の句をすら読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。
12:11
これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』」
12:12
彼らはイエスが自分たちに当て付けてこの譬を言われたことを知ったので、(怒って)イエスを捕えようと思ったが、民衆(が騒ぎ出すの)を恐れた。それで、イエスをそのままにして立ち去った。

①-3)塚本訳 ルカ 10:35-37
10:35
そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った
(という話)
10:36
(それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37
学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」

①-4)塚本訳 ルカ 16:8-9
16:8
すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた
(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。
16:9
それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

①-5)塚本訳 ルカ 20:15
20:15
葡萄畑の外に放り出して殺してしまった
(という話)それで(尋ねるが、)葡萄畑の持ち主は小作人たちをどうするだろうか。


(次の譬を聞け)(なぜであろう)・・・前後の意味を通す。

②-1)塚本訳 ルカ 17:7
17:7
ただ
(次の譬を聞け。)あなた達のうちに耕作、あるいは牧畜をする僕を持っている人があって、その僕が畑からかえって来たとき、『すぐここに来て食事をしなさい』とその人は言うだろうか。

②-2)塚本訳マタ 20:1
20:1
(なぜであろう。)天の国は、家の主人が夜の引明けに出ていって、葡萄畑に労働者を雇うのに似ているからである。


③(どんな理由があっても)(従って子を産む必要がない)・・・伝道者精神

③-1)塚本訳 マタ 19:6                          19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

③-2)塚本訳 ルカ 20:36                              20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

 

 

④(聖書に書いてある)・・・「聖書で聖書を読む」方法を促す

④-1)塚本訳 マタ 4:4                                4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

④-2)塚本訳 マタ 4:10                               4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」

④-3)塚本訳 マタ 22:31                              22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

④-4)塚本訳 ルカ 8:9-10                              8:9 弟子たちがこの譬はどういう意味かと尋ねると、               8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである。

④-5)塚本訳 ルカ 24:44-46                            24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて         24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

④-6)塚本訳 ヨハ 5:36-37                             5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。                     5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、

④-7)塚本訳 ロマ 15:4

15:4 なぜなら、(聖書に)前に書かれたほどのことはみな、(後の時代の)わたし達の教訓のために書かれたもので、わたし達が聖書のあたえる忍耐と慰めとをもって、希望を持ちつづけるためである。

④-8)塚本訳 Ⅰコリ6:16                              6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。

 

⑤(神の力)(どこででも、)・・・・・無教会主義による福音の把握

5-1)塚本訳 ヨハ 1:12-13                             1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。                 1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

5-2)塚本訳 マタ 16:16-17                            16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

5-3)塚本訳 ロマ 4:18                               4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

5-4)塚本訳 ピリ 1:14                               1:14 (そのため)主に在る多数の兄弟達は私の縄目に(神の力が働いていることを深く)信頼して、一層大胆に、恐るることなく神の言を語るようになった。

5-6)塚本訳 ヨハ 4:21                               4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

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第41回塚本虎二先生記念会スピーチ 終わり


●妻はYさんの家から無教会研修所、月本昭男先生「エゼキエル書」講義
●嫁から手紙。
●TSK日本語版イザヤ書41章



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聖書中心主義 ++++++++ 所感

2014/10/20 06:11

141020(月)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示は「聖書中心主義」です。●昨日は地元あきる野市にある秋川キリスト集会(同信会系)で行われた「キリシタン黒田官兵衛」の講演会に行きました。するとそこにしばらく「教会遍歴」をされたご夫妻が非常に明るい顔でその講演会の受付案内などを積極的にやっておられました。妻tと私はこのご夫妻はここの集会に「水が合った」のだなーと喜び合いました。また質問の時間に私は「内村鑑三と塚本虎二の流れを汲む無教会」と自己紹介しました。●帰途、一人の御夫人から、「自分はプロテスタント教会に属しているが、一度カトリック教会に行ってみたら、そこで霊感のよなものを与えられた。しかしプロテスタント教会は聖書の言葉の説き明かしをするところが良い」と言われてこの方は「自分に合う)教会(集会)を求道しているようでありました。私は「マタイ6章にある密室の祈りが究極の礼拝の場所だ」と答えて別れました。●私は彼女が求めていればいつかきっと自分に「水の会う」教会または集会に出会うであろうと思いました。●翻って私の所属する「無教会」のことを考える。日本のキリスト教において無教会の発生は日本の土壌から誕生したはじめてのキリスト教の形として高く評価されてきた。(ブルンナー、桑田秀延など)。しかしその内実は「先生中心主義」であった。先生の名のもとに集まり、その思想行動に尊敬を払い、その思想生き方を伝承してきた。●無教会が教会側から尊敬されてきた原因はその正統信仰の把握と固辞であった。●しかしそれは内村、塚本、黒崎の大先生どまりであった。それ以後は聖書研究を「職業」とする学者が現れて、無教会は命を失い堕落した。思想やヒューマニズムに退化した。弱小政治団体の一種や思想研究の一分野にすぎなくなった●問題はその大先生以後の問題である。●私の所属する東京聖書読者会はその発足当時は「聖知読者会」という名称であった。「聖知」とは塚本虎二主筆の「聖書知識」という」聖書雑誌の略称である。●その後いろいろあって「東京聖書読者会」に変更になった。これはまことに良い名称だと思う。●つまり聖書中心とする集まり」である。●今や、カトリック、プロテスタント各派、無教会を通じての共通言語は「聖書」である。●キリスト教信仰において「聖書」が土台であることはイエスの考えでもあった。今朝はそのことを黙想してみよう。



塚本訳 マタ 12:3
12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。


塚本訳 マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」


塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている


塚本訳 マタ 22:31
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──



塚本訳 ルカ 16:31
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ルカ 24:44-46
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。


塚本訳 ヨハ 5:36-37
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。
5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、


塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 ヨハ 7:15-16
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 ヨハ 10:35
10:35 神はこの言葉をたまわった人たち(すなわち御自分に代って裁判をする者)を、神と言われたのであるから・・聖書がすたれることはあり得ないので・・


塚本訳 ルカ 8:9-10
8:9 弟子たちがこの譬はどういう意味かと尋ねると、
8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。
これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである。

●次にパウロ。パウロも聖書主義であった。エクレシア主義ではなかった。

塚本訳 ロマ 11:2
11:2 『神は』あらかじめ選んだ』御自分の民をお捨てにならなかった』(と書いてある。)それともあなた達は、聖書がエリヤの(ことを記した)所で何と言っているか、知らないのか。エリヤはイスラエル人をこのように神に訴えているではないか。──


塚本訳 Ⅰコリ6:16
6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、
あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。


塚本訳 Ⅰコリ15:3
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが
聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、


塚本訳 ロマ 16:26
16:26 今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである──


塚本訳 ロマ 1:2
1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、


塚本訳 ロマ 16:26-27
16:26 今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである──
16:27 このただひとりの賢い神に、イエス・キリストによって、栄光、永遠より永遠にあらんことを、アーメン。


塚本訳 ロマ 15:4
15:4 なぜなら、(聖書に)前に書かれたほどのことはみな、(後の時代の)わたし達の教訓のために書かれたもので、わたし達が聖書のあたえる忍耐と慰めとをもって、希望を持ちつづけるためである。


塚本訳 使  26:6-8
26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。
26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。
26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。

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朝の黙想瞑想礼拝終わり。キリスト教は教会主義、先生主義から「聖書で聖書を読む」主義にならなければならない


●10月26日スピーチの準備。
●TSK日本語版イザヤ書40章。急に調子が変わった。
●図書館、ハードオフ、









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神の国の愛は人間の愛とは異なる ++++++++ 所感

2014/10/19 06:32

141019(日)朝の啓示「神の国の愛は人間の愛とは異なる」●キリスト者の皆様お早うございます。集会の感話はここしばらくは「復活」に関しての話です。●今朝はルカ24:34-26の箇所の難解なところを「聖書で聖書を読む」方法で解明してみようと思います。●まず、翻訳比較。


塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

新共同 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた。「この世の子らはめとったり嫁いだりするが、
20:35 次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。
20:36 この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。

新改訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは彼らに言われた。「この世の子らは、めとったり、とついだりするが、
20:35 次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。
20:36 彼らはもう死ぬことができないからです。彼らは御使いのようであり、また、復活の子として神の子どもだからです。

口語訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは彼らに言われた、「この世の子らは、めとったり、とついだりするが、
20:35 かの世にはいって死人からの復活にあずかるにふさわしい者たちは、めとったり、とついだりすることはない。
20:36 彼らは天使に等しいものであり、また復活にあずかるゆえに、神の子でもあるので、もう死ぬことはあり得ないからである。

文語訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエス言ひ給ふ『この世の子らは娶り嫁ぎすれど、
20:35 かの世に入るに、死人の中より甦へるに相應しとせらるる者は、娶り嫁ぎすることなし。
20:36 彼等ははや死ぬこと能はざればなり。御使たちに等しく、また復活の子どもにして、神の子供たるなり。

●さて、この解釈(進学用語では釈義)は難しい。こういう時にすぐ「先生の著作」に飛びついてはいけない。そういうことをするからレギオンのような「教派」が生まれるのだ。自分の目で自分の」頭で聖霊の油で解釈しなければならない。


塚本訳 Ⅰヨハ2:20
2:20 そしてあなた達は聖者(キリスト)から油を注がれ(て聖者となっ)たのであるから、皆
、(何が真理で、何が嘘であるかを)知っている。


塚本訳 Ⅰヨハ2:27
2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

●天国に結婚生活はないということの意味はルカ20:34-36の平行記事であるマルコ12:24-25(あるいはマタ22:29-30)を読めば一歩解釈が進む。

塚本訳 マコ 12:24-25
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。

●さらに塚本訳ルカ20:36の敷衍である、(従って子を産む必要がない)はさらに解釈が進む。つまり天国では地上の愛がない、つまり恋愛がない状態らしい。
●考えてみれば恋愛、夫婦愛、親子愛、師弟愛、郷土愛などはこれ地上の愛であって、これがあらゆる事件やゴタゴタや争いの原点なのだ。国家間の紛争、基督教の教派争いもこの延長汚染上である。
●塚本訳の敷衍は解釈のためのヒント、霊のひらめきのために有益である。
●これに基づいて、聖書のあちこちが「いもずる」式に湧き上がってくる。それを掲げてみよう。思いつくまま、順不同。その関連は霊解による。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13
この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。


塚本訳 ヨハ 3:5-6
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。


塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた
、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。


塚本訳 ルカ 18:29-30
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。


塚本訳 マタ 22:36-38
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38 これが最大、第一の掟である。

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」


塚本訳 マタ 4:2-4
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 19:9-12
19:9 わたしは言う、不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。
19:12 というのは、(同じ独身でも、)母の胎内から結婚できないように生まれついた者があり、また人から(無理に)結婚できないようにされた者があり、また天の国のために自分で(決心して)結婚しない者がある。(この最後のものが本当の独身である。)出来る者はしたがよかろう。」

●以上は福音書から神の子イエスの言葉。力がある。真理に迫る。次に人間パウロの言葉。頭絵dの」説明だから神学論争に発展する。しかし掲げてみよう。イエスの言葉の解釈のヒントにはなる。


塚本訳 Ⅰコリ7:7-11
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。
7:9 しかし自制ができないのなら、結婚せよ。情欲に燃えるより、結婚する方が善いからである。
7:10 しかし結婚した者に命ずる、命ずるのはわたしではなく主である。妻は夫と別れてはならない。
7:11 ──しかし別れたのなら、独身でいるか、夫と仲直りをせよ。──
夫も妻と離婚してはならない。


塚本訳 Ⅰコリ7:25-28
7:25 また、(伝道する者を助けている)処女について(あなた達が書いて来ているが、これに)は、(離婚の場合のような)主の命令がわたしには(まだ)ない。しかし主の憐れみをうけて信頼されている者として、(わたし自身の)意見を述べる。
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ15:49-50
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。
15:50 兄弟たち、わたしの言うのはこのことである。血肉の人間は神の国を相続することは出来ず、死滅が不滅を相続することはない。

塚本訳 ガラ 5:19-22
5:19 肉の行いは明らかである。──それは不品行、汚れ、放蕩、
5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、激怒、我利、仲違い、党派心、
5:21 そねみ、酩酊、酒宴等々である。前もって言ったことであるが、(今もう一度)あらかじめ言っておく、こんなことをする者は、神の国を相続することがないであろう。
5:22 しかし
霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実、

塚本訳 ロマ 13:13-14
13:13 昼間にふさわしく、きちんとして生活しようではないか、酒宴と酩酊でなく、淫楽と放蕩でなく、喧嘩と嫉妬でなく。
13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉をいたわるのはよいが、情欲に陥らないように

塚本訳 ロマ 14:1-4
14:1 信仰の弱い人をも(あなた達の)仲間に入れてやりなさい。(その人の)考えの違いをかれこれ言わずに。
14:2 (信仰は人それぞれで、たとえば、)ある人は(信仰が強くて肉でも)なんでも食べてよいと信じており、(信仰の)弱い人は野菜(だけ)を食べる。
14:3 (肉)を食べる人は食べない人を軽蔑してはならないし、(肉を)食べない人は食べる人を裁いてはならない。神はその人をも(聖徒の)仲間にお入れになったのだから。
14:4 いったい何者なれば、あなたは他人[主キリスト]の僕(であるその人)を裁くのか、(あなた自身も僕でありながら。)彼が立っているのも倒れるのも、その主人(の考え)によるのである。しかし彼はしっかり立っていることができるであろう。主人は彼を立てる力をもっているのだから。

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朝の啓示黙想瞑想礼拝終わり。「聖書で聖書を読む」方法は面白い。やめられない。

●妻と集会へ。茂木(司会)、山本(中山博一著作集より)、丹野(塚本虎二著使徒信条、「罪の赦し」)
●14:00 秋川キリスト集会で「キリシタン・黒田官兵衛」。講演者、雑賀信行(さいかのぶゆき)
黒田官兵衛(NHK大河ドラマの主人公)は41歳で洗礼を受け、最後まで信仰を捨てなかったという結論。私の質問
①「官兵衛が入信した動機をもう少し詳しく教えてほしい」
②「秀吉の伴天連追放は歴史の謎だが、高山右近や黒田官兵衛などの優秀な大名が次々とキリシタンになって行き、脅威をを感じたのではないだろうか」。この2問に対していずれも納得のいく回答は得られなかった。
●それにしてもイエズス会の宣教師の影響の大きさに感じ入った。また戦国のキリシタン大名には骨があった。プロテスタントとは違うと思った。
●妻は中座してコーラスの練習へ。








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「万策尽きた時」の信仰 ++++++++ 所感

2014/10/18 06:11

141018(土)今朝の啓示「万策尽きた時の信仰」●これは2年前のブログに書いたが、その直後に見知らぬ人から応答があった。こういうときブログの喜びがある。「赦せ、私はこの道を行く。」●その時のブログを次に掲げる。今朝書きたいこととほぼ一致している。●71年間の日記データは便利だ。パソコンの検索能力はありがたい。


121027のブログ再掲
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121027(土)5時起床●朝の黙想「万策尽きた時の祈り」●人生には人間の力ではどうしようもない「万策尽きる」時がくるものだ。●そういう不幸な時は実は幸いな時である。神の国が近いのだ。真の幸福の門への入り口にたっているのだ。もう少しだ。もう少しだ。●このどうしようもなく「行き詰まった」時に読むべき聖書の箇所を思いつくままいくつか挙げてみよう。

塚本訳マルコ
"410525","マルコ 5:25","すると十二年も長血をわずらって、"
"410526","マルコ 5:26","大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、
なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、"
"410527","マルコ 5:27","イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろか
らその着物にさわった。"
"410528","マルコ 5:28","「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのであ
る。"
"410529","マルコ 5:29","はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。"

●この女は12年もの長患い。12年は」長いが、直れば短い。それは恩恵の時であった。
●この女、方々の医者にかかったがダメで、万策尽きて「苦しむ者の神頼み」。
●イチかバチかで「新興宗教」の祖に縋り付いた。
●なりふり構わず縋り付いた。これでいいのだ、これでいいのだ。
●キリスト教の信仰に入るときは「勉強して」神の存在は?、聖書は信じられるか?、キリストは神か人か?、奇跡は信じられるか?、原罪はあるか?・・・・などと研究し疑っているうちは信仰にほど遠い。
●あらゆる宗教を遍歴してもよい。自己の魂が砕けることが重要。デカルト的近代精神では救われないことをまず悟るべきだ。
●人生のゴタゴタ(病気、貧困、不和、・・・)をきかっけに自分の罪がわかって窒息するような懊悩のとき、「助けてくれー」と心で叫ぶ。そういう時は神が存在するかどうかもわからないのに天に向かって「なりふり構わず」叫ぶのだ。「キリストの父なる神様、仏様、アラーの神様」と自分以外の者に縋り付くのだ。ただ、どの神様かに単願しなければならない。入学試験と同じだ。
●するとキリストの父なる神の場合は聖霊が降ってまず自分の罪が十字架で赦され、人生のゴタゴタもなんとなく好転してうまくいくようになる。
●心が平安になる、家庭が穏やかになる、子供の心も落ち着く、勉強に仕事に身が入るから、貧困も解消する。
●宗教はいろいろあるが、罪の赦しの宗教は寡聞にもキリストの福音きりない。教会ではない、無教会ではない、聖書ではない。福音そのものである。
●人は様々な方法でこの「罪の赦しの福音」にたどりつくそのルートと形は一様ではない。

塚本訳ルカ
"421801","なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに
話された、"
"421802","「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官があった。"
"421803","またその町に一人の寡婦がいた。いつもその裁判官の所に来ては、『(早く裁判
をして)わたしのため敵に仕返しをしてください』と言っていた。"
"421804","裁判官はしばらくの間は取り合おうとしなかったが、あとでひそかに考えた、
『わたしは神を恐れず、人を人とも思わないが、"
"421805","この寡婦はどうもうるさくて、やりきれないから、(裁判をして、)この女のた
めに仕返しをしてやろう。そうしないと最後にはやって来て、わたしをどんなひどい目に
あわせるか知れない。』」"
"421806","それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。"
"421807","(こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々の
ために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。"

●一節、「気を落さずに常に祈るべきこと」についてとイエスは言う。
●祈りは聞かれる。いつか聞かれる。どのように聞かれるかわからないが、いつの間にか聞かれる。
●それには条件がある。7節の「夜昼叫ぶ」ような熱心な祈りが必要なのだ。
●心が砕けてそのような姿勢になるまで、病気は直りませんように、貧困が解消しませんように、仕事がうまくいきませんように、家庭内の不和が解消しませんように、教会が繁盛しませんように、無教会の衰退傾向に歯止めがかかりませんように。
●なぜであるか。それは神の痛い恩恵の鞭だからだ。


塚本訳 二ペテ
"610310","・ペテロ 3:10","しかし主の日は盗人のように来るであろう。(そして)その日
天は轟然たる響きと共に消え失せ、日月星辰は燃えて解け去り、地とその上にある(人間
の)事業は燃え失せるであろう。"
"610311","・ペテロ 3:11","これらのものが皆このように解け去るとすれば、【君達は】如
何に聖い行いと敬虔とにあって、"
"610312","・ペテロ 3:12","神の日の到来を待ち望みつつ(これを)早め(ることに努力せ)
ねばならぬことであろう!その日“天は”焼けて解け去り、日月星辰は燃えて“溶けるで
あろう”。"
"610313","・ペテロ 3:13","しかし私達は彼の約束によって、義の住む“新しい天”と“新
しい地”とを待ち望む。"
"610314","・ペテロ 3:14","だから愛する者よ、これを待ち望むならば、(その日)神に汚
点のない、疵のない、平安にある者として見られるよう努力せよ。"

●人の救いは神の業だから人間の努力ではない。「事業」(10節)ではない。しかし救われたクリスチャンに努力はある。それは終末の新天新地の到来の祈りの努力である。
●信仰が堕落している人間は「地上王国」の完成に猪突猛進、「海山をかけ廻って」賛同者を集めている。(マタ23:15)。

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朝の黙想終わり

●以上は121027のブログの再掲であるが今朝はもう少し別の角度、「復活信仰」がらみで黙想してみよう。
●人が信仰に入るプロセスは大抵がこの世のゴタゴタからである。病気、貧困、争い。・・・・しかしそれらはこの世的手段でその悩みが解決すればその宗教は捨てられる。しかしこれらのゴタゴタからついに罪の煩悶苦しみにブチ当り、罪の赦しを与えられた場合は信仰を捨てない。捨てられない。なぜか。永遠の喜びを与えられるから、健康、裕福、平和よりずっとよい状態に入れられるからである。
●キリストが病気を直した場合は「黙っていろ」と沈黙命令を出されたのはこの面からもわかる。キリストの降世は病気の治癒、経済発展、この世の平和のためではなかったからだ。
●「復活の希望の喜び」はこの世ががいかに「これぞ幸福だ」と思うことよりもずっと高く深い喜びなのだ。
●感話の準備。これは苦にならない。
●N響定期コンサート(録画)。モーツァルト交響曲だい40番、チャイコフスキー交響曲5番。プロムシュテット。練習風景に興味を持った。
●午後、図書館。新規開店のハードオフでカメラとレンズを引き取ってもらった。レンズは使えるらしく、予想より高値。これで本が買える。

2014_10180012.jpg 



秋と言えば刈り入れ。次の句を思う。


口語訳 詩  126:5-6
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

塚本訳 ヨハ 4:35
4:35 あなた達のあいだでは『刈入れの時の来るにはまだ四月』と言うではないか。しかしわたしは言う、目をあげて畑を見てごらん。(麦畑の間を押し寄せてくるあのスカルの人たちを!)畑は黄ばんで刈入れを待っている。

塚本訳 ヨハ 15:6
15:6 人はわたしに留っていなければ、蔓のように投げ出されて枯れる。すると集められ、火の中に投げ込まれて焼かれる


●終末の日、はたして私は刈り入れの主なる神に刈り取られて焼き捨てられるのではないかなー。そのときはキリストの十字架にすがろう。








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「死人の復活」を信じた信仰の篤い人 ++++++++ 所感

2014/10/17 06:23

141017(金)朝の啓示「『死人の復活』を信じた信仰の篤い人」●5時20分早朝散歩。急に寒くなった●キリスト者の皆様お早うございます。聖書には信仰の篤い人についての記述はたくさんあるが、11月30日の集会感話に向けて、その中から「『死人の復活』を信じた信仰の篤い人」について黙想してみよう●人生の残り時間で、毎朝示される啓示の項目について「わば信仰辞典」のようなものを完成させたいものだと思う。それはたとえば「信仰の篤い人」という表題で、それに関する聖句を多く並べるもの。それを読む人は聖霊を頂かないとその意味が分からないものである。●辞典と言えばキッテルの「新約聖書神学辞典」がある。これは「神」とか「王国」とかう言葉の項目について書かれたものであるが、神学的である。●私の目指すものは「コンコルダンス」とも「TSK」とも違い、「信仰辞典」である。●そこで今朝はまず手始めに「『死人の復活』を信じた信仰の篤い人」について書いてみよう。書くというよりひらめいた聖句を並べることである。相互の神学的聖書学的語学的整合性を意に介さず、霊感直観で押す。

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、
「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ルカ 1:36-38
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

塚本訳 ルカ 1:39-45
1:39 その後間もなくマリヤは立って、大急ぎでユダの山地のある町に行き、
1:40 ザカリヤの家に入ってエリサベツに挨拶した。
1:41 エリザベツがマリヤの挨拶を聞いた時、児が胎内で躍った。エリサベツは聖霊に満たされ、
1:42 声高らかにさけんだ、「あなたは女の中で、(一番)祝福された方、あなたの胎内のお子さまも(だれより)祝福されたお方です。
1:43 主の母上がわたしの所に来てくださるとは、まあどうしたのでしょう。
1:44 そら、あなたの挨拶の声がわたしの耳に入ると、児が胎内で喜んで躍りました。
1:45
主の仰せられたことはきっと成就すると信じたこの人は、なんと仕合わせでしょう。」

塚本訳 使  1:12-14
1:12 それから彼らは、(このことのあった)いわゆるオリブ山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日の旅行距離[八百八十メートル]ほど)であった。
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 ルカ 23:39-43
23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 4:46-54
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。
4:54 イエスはこの第二の徴[奇蹟]を、ユダヤからガリラヤに行かれたときに行われた。

塚本訳 ルカ 7:1-10
7:1 イエスはこれら一切の話を人々に聞かせ終った後、カペナウムにかえられた。
7:2 すると、ある百卒長の大事な僕が病気で、もう危篤であった。
7:3 百卒長はイエスのことを聞くと、ユダヤ人の長老たちをイエスの所に使にやって、是非僕を直しに来てほしいと頼ませた。
7:4 長老たちはイエスの所に来て、こう言って熱心に願った、「あの人はそうしていただいてもよい人です。
7:5 (異教人でありながら)わが国民に好意をもち、自分でわたし達に礼拝堂を建ててくれたのですから。」
7:6 イエスは彼らと連れ立って行かれた。しかし、すでにその家から程遠からずなったとき、百卒長は友人たちをやって言わせた、「主よ、ご足労くださらぬように。わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。
7:7 だから自分でお願いに出る資格もないと考えたのです。(ここでただ)一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
7:8 というのは、わたし自身も指揮権に服する人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
7:9 イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た群衆の方に振り向いて言われた、「わたしは言う、イスラエルの人の中でも、こんな(りっぱな)信仰を見たことがない。」

7:10 使の者が家に帰って見ると、僕は元気になっていた。

塚本訳 マタ 9:18-26
9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」
9:19 イエスは立ち上がって彼について行かれた、弟子たちも一しょに。
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである。
9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。
9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。
9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。
9:26 この評判がその土地全体に広まった。


塚本訳 Ⅰコリ15:12-19
15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14 キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。
15:15 またわたし達は神の偽証者ともなるであろう。というのは、死人が復活しないということがもし事実なら、神が復活させられることもなかったキリストを、復活させられたと言って、わたし達は神に逆らう証言をしたことになるからである。
15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。
15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。


塚本訳 Ⅰコリ15:35-45
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと。
15:36 訳のわからない人!あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。
15:37 そしてあなたのまくものは、やがて出来る体をまくのではなく、たとえば麦にしても何かほかの種類にしても、裸の粒にすぎないのである。
15:38 しかし神は御心のままにそれに体をお与えになる、しかもそれぞれの種に独得の体を。
15:39 すべての肉が同じ肉ではない。人間の(肉)がちがい、家畜の肉がちがい、鳥の肉がちがい、魚の(肉)がまたちがう。
15:40 天の体があり、地の体がある。しかし天のものの輝きは別であり、地のもののはまた別である。
15:41 (天のものの輝きにしても、)太陽の輝きがちがい、月の輝きがちがい、星の輝きがまたちがう。その上、星はひとつびとつ輝きが相違している。
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。
15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。

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朝の黙想瞑想礼拝終わり。信仰の天才を目指せ。天才的信仰を目指せ。
●この世がほめそやす天才はスポーツにしても芸術にしてもすべて「この世」のことである。私達が目指すものは信仰のノーベル賞。それは人に知られない、新聞にでない、神にのみ知られ、神から賞を頂ける。






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来世への希望 ++++++++ 所感

2014/10/16 07:36

141016(木)キリスト者の皆様お早うございます。今朝は次の3点について黙想します。

①来世への希望
②その希望の喜びは生きているうちにこの世で与えられる
③その平安は苦難と悲しみによって与えられる

これは信仰を持てずに逝った人、御主人に先立たれた御夫人、子供を失った母親に対するレクイエム(鎮魂曲)です。
11月30日集会感話の準備です。

①来世への希望

塚本訳 黙 21:4
21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 マタ 5:4-6
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。

②その希望の喜びは生きているうちにこの世で与えられる


塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」


塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30
今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。


塚本訳 ルカ 8:49-56
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。


塚本訳 ロマ 8:16-17
8:16 御霊自身が、今すでにわたし達が神の子供であることを、わたし達の霊に保証してくださるのである
8:17 (すでに神の)子供であるならば、また相続人である。神の相続人であり、キリストと共同相続人である、(キリストと)一しょに栄光を受けるため、(こうして彼と)一しょに苦しんでいる以上は。


塚本訳 Ⅱコリ1:22
1:22 このお方がまた、わたし達に(御自分のものという)証印をおし、その手付けとして御霊をわたし達の心の中にくださったのである。


塚本訳 エペ 1:14
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。


塚本訳 エペ 4:30
4:30 神の聖霊を悲しませるな。君達は贖いの日(に永遠)の(救いに入る)ためこの御霊をもって封印されたのである


塚本訳 テト 3:6-7
3:6 神はこの聖霊を我らの救い主イエス・キリストによって豊かに私達の上に注ぎ給うたが、
3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

塚本訳 Ⅰペテ1:3-8
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、
1:4 君達のために天に保管されている、朽ちぬ、穢れぬ、萎まぬ相続財産に与らせ給うたのである。
1:5 (そして)君達は最後の時に顕れる準備の(既に)出来ている救いに入るために、信仰によって神の力に護られる
1:6 (もちろん)その時には(大いに)喜ぶ(であろう)が、もし(御意により)必要ならば、今は少し様々な試練に(悩み)悲しまねばならない。
1:7 これは君達の信仰が、火によって本物であると証明された(この世の)はかない金よりも尊い本物であることが判り、イエス・キリストの顕現の時に(君達の)面目また光栄また栄誉とならんためである。
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。


③その平安は苦難と悲しみによって与えられる

塚本訳 マタ 19:27-29
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そして
わたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。



塚本訳 ロマ 5:2-4
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。

塚本訳 Ⅰコリ15:12-14
15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14 キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである

塚本訳 ヤコ 1:12
1:12 『幸福なるかな』、試練に『耐える』人、(これに)及第すると、主を愛する者に約束された生命の冠が戴けるのだから

塚本訳 ヘブ 12:5-11
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。

12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。


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朝の黙想瞑想礼拝終わり。来世への希望をもってこの世を渡りきる。残りの時間を生ききる。駆けぬける。もう第4コーナーを回った。これが真の幸福だ。


●9:30 阿伎留医療センターで胃カメラ。悪いところはなかった。何度目かで慣れたが、それにしても精神的に疲れる。検査費用は1230円。安いのは1割負担だから。

●路地の店で長ネギを購入する。



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神は「滅びゆく人」のことをご存知で心にかける ++++++++ 所感

2014/10/15 06:53

 141015(水)5時目覚め。5時20分早朝散歩。

2014_10150001.jpg 

早朝散歩。
讃美歌を歌いながら歩く。

讃美歌
聖なる聖なる聖なるかな、三つにいまして一つなる、神の御名をば
朝まだき、起き出でてこそほめまつれ

聖なる聖なる聖なるかな、罪ある目には見えねども、みいつくしみの
満ちたれり 神のさかえぞたぐいなき

●キリスト者の皆様お早うございます。早朝散歩中に12月7日の感話のテーマが与えられました。それは「神は『滅びゆく人』のことをご存知で心にかける」です。
●普通キリスト教は「愛の宗教」でどんな人をも救う宗教と思われがちだが、
そうではない。聖書には前提としてまず「滅びゆく人」という思想がある。神は義である。兎の毛ほどの微細な罪をも赦し給わない。
●その点、基督教はヒューマニズムとは違う。罪の価は死である。
●ここで罪とは煩悩ではない。神への反抗心、不平不満である。神に対してのトッポイ思いである。神に不従順な心である。神を畏れない心である。神を無視し、その顔を潰すことである。神の顔に泥を塗ることである。そこから放埓な不道徳な生活が生まれるのである。
●今日の無教会が真の信仰から逸脱して、ヒューマニズムの抵抗運動になったのは「信仰の堕落」である。民社党が退化した姿である。独立自立成長だという美名のもとに何かというと体制に「つっかかる」態度。それが神に奉仕しているのだという間違った考え。
●キリストの十字架は「滅びゆく人」の存在が前提である。
●神の裁きなくして十字架の救いはない。
●キリストが人の姿をとってこの世に降られたのはこの「滅びゆく人」を探して救うためであった。イエスの言動の多くがそれを示す。
●「有体的復活」を信じない人にも何とかして信じさせようとしたのが、「トマスの告白」である。
●私達は身内で神もキリストも信じない人がいる時、神は私達以上にその人の救いを願って救おうとされていることを信じる。
●神の救いに人間が口を挟んではいけない。神に100%行動していただけるように「必死に祈る」ことが大切だ。

●「滅びゆく人」

塚本訳 ルカ 13:32
13:32 彼らに言われた、「(忠告はありがたいが、)行って、あの狐(のヘロデ)にこう言ってもらいたい、『見よ、わたしはきょうとあしたは、(まだここにいて)悪鬼を追い出し治療を行い、三日目に(仕事が終って)全うされる。

塚本訳 ルカ 13:25-26
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。
13:26 その時あなた達はこう言い出すにちがいない、『わたし達はご一しょに飲んだり食べたりした者です。あなたはわたし達のところの大通りで教えてくださいました』と。

塚本訳 マタ 7:23
7:23 その時わたしは、はっきり彼らに言おう、『かってお前たちを弟子にした覚えはない。『この不届者、わたしを離れよ!』』と。

塚本訳 ヨハ 5:29
5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。

塚本訳 マタ 8:12
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」


塚本訳 マタ 13:40-42
13:40 だから世の終りには、ちょうど毒麦が抜き取られて火で焼きすてられるようであろう。
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう


塚本訳 マタ 13:47-50
13:47 さらに、天の国は地曳網を海におろしてあらゆる種類(の魚)を取るのに似ている。
13:48 網が一ぱいになると岸に引き上げ、坐って、良いのは集めて入れ物にいれ、わるいのは投げすてるのである。
13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して
13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう


塚本訳 マタ 22:11-13
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、
『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』


塚本訳 マタ 24:45-51
24:45 (旅行に出かける)主人が一人の僕を(えらんで)奉公人たちの上に立て、時間時間に食事を与えさせることにした場合に、いったいどんな僕が忠実で賢いのであろうか。
24:46 それは主人がかえって来たとき、言いつけられたとおりにしているところを見られる僕で、その僕こそ幸である。
24:47 アーメン、わたしは言う、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。
24:48 しかしそれが悪い僕で、主人はおそい、と心の中で考えて、
24:49 仲間をなぐり始め、酔っぱらいどもと一しょに飲んだり食ったりしていると、
24:50 予期せぬ日、思いもよらぬ時間に、その僕の主人がかえってきて、
24:51
僕を八つ裂きにし、偽善者と同じ目にあわせるにちがいない。そのとき彼はわめき、歯ぎしりするであろう。


塚本訳 マタ 25:29-30
25:29 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
25:30 さあ、この役に立たない僕を外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』


塚本訳 ルカ 13:26-27
13:26 その時あなた達はこう言い出すにちがいない、『わたし達はご一しょに飲んだり食べたりした者です。あなたはわたし達のところの大通りで教えてくださいました』と。
13:27 しかし主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない。『この悪者、みんな、わたしをはなれよ!』』と言うであろう。

塚本訳 ヨハ 15:1-2
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。


塚本訳 ヨハ 15:6
15:6 人はわたしに留っていなければ、蔓のように投げ出されて枯れる。すると集められ、火の中に投げ込まれて焼かれる

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。
妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

塚本訳 ロマ 9:20-23
9:20 ああ人よ、いったい君は何者なれば、神に口答えをするのか。『作られたものが作った者に向かって、「なぜ『わたしをこんなものに造ったか」と言えるだろうか。』
9:21 それとも、『陶器師には、』同じ『粘土』の塊で、一つは尊い用途の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか。
9:22 それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろしさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、『滅びのために』つくられた』怒りの器[滅びる人]を辛抱された』とすれば、
9:23 またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこれ言うことはないではないか。)

塚本訳 ルカ 19:41-44
19:41 いよいよ(エルサレムが)近くなって(はじめて)都が見えると、イエスは都(に臨もうとしている裁き)を思い、声をあげて泣きだされた。
19:42 そして言われた、「(ああエルサレム、)お前ももし(「平安を見る」という自分の名のように、)きょうでも平安への道が見えたなら(まだ遅くはないのに!)しかし今それはお前の目に隠されている。
19:43 やがて時が来て、敵はお前のまわりに塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め立て、
19:44 お前と、そこにいる『お前の子供たちを地べたに叩きつけ、』お前の中に、そのまま重なっている石が一つもないようにするであろう。恩恵の時を知らなかった罰である。」


塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない

塚本訳 マタ 10:15
10:15 アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴモラの地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう。


塚本訳 ルカ 10:13-15
10:13 ああ禍だ、お前コラジン!ああ禍だ、お前ベツサイダ!わたしがお前たちの所で行っただけの奇跡をツロやシドンで行ったなら、(あの堕落町でも、)とうの昔に粗布を着、灰の中に坐って悔改めたにちがいないのだから
10:14 ところで、裁きの時には、ツロやシドンの方が、まだお前たちよりも罰が軽いであろう。
10:15 それから、お前カペナウム、(わたしに特別に可愛がられたからとて、)まさか『天にまで挙げられる』などとは思っていないだろうね。(天に挙げられるどころか、)
『お前は黄泉にまでたたき落されるであろう。』

塚本訳 マタ 23:38-39
23:38 そら、『お前たちの町は(宮もろとも神に)見捨てられ(て荒れ果て)るのだ。』
23:39 お前たちに言っておく、お前たちが(わたしを迎えて)、『主の御名にて来られる方に祝福あれ。』と言う時まで、わたしを見ることは今後決してないであろう。」

塚本訳 マタ 21:18-19
21:18 (次の)朝早く都に帰られるとき、イエスは空腹であった。
21:19 それで道ばたに一本の無花果の木があるのを見て、そこに行かれた。が見ると、ただ葉ばかりで何もなかった。イエスはその木に言われる、「もはやいつまでも、お前には実がなってはならない!」無花果の木は見る間に枯れてしまった

塚本訳 マタ 25:41-46
25:41 それから王は左側の者に言う、『わたしを離れよ、この罰当りども、悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入れ。
25:42 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせず、渇いたときに飲ませず、
25:43 宿がなかったときに宿をかさず、裸のときに着せず、病気のとき、牢に入っていたときに見舞ってくれなかったのだから。』
25:44 その時、彼らも答える、『主よ、いつわたし達は、あなたが空腹であったり、渇いたり、お宿がなかったり、裸でおられ、御病気であり、牢に入っておられたりするのを見て、お世話をしてあげませんでしたか。』
25:45 その時、王は答える、『アーメン、わたしは言う、このいと小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのと同じである。』
25:46 こうして、
『この(悪い)人たちは永遠の』刑罰に、正しい人たちは『永遠の命に』入るであろう。」

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、
「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 ガラ 5:19-21
5:19 肉の行いは明らかである。──それは不品行、汚れ、放蕩、
5:20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、激怒、我利、仲違い、党派心、
5:21 そねみ、酩酊、酒宴等々である。前もって言ったことであるが、(今もう一度)あらかじめ言っておく、
こんなことをする者は、神の国を相続することがないであろう。


塚本訳 ヘブ 6:4-6
6:4 というのは、
一度(福音の光に)照らされていながら、(すなわち)天からの賜物を味わい、聖霊を授かる者となり、
6:5 また、神の良い御言葉と、来るべき世の力とを味わっていながら、
6:6 堕落した者は、(今度は)自分で神の子を十字架につけ、晒しものにするのであるから、(彼らを)もう一度新しくして悔改めさせることは出来ないからである。

塚本訳 黙  20:13-14
20:13 海はその中にあった死人を出し、死も陰府もその中にあった死人を出し、各々その業に応じて審判された。
20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である


塚本訳 黙  21:6-8
21:6 そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。
21:7 勝利者はこの幸福を相続し、我は彼の神となり、彼はわが子となるであろう。
21:8 しかし臆病者、不信の者、嫌悪むべき者、(また)殺人者、淫行の者、魔術を行う者、(また)偶像礼拝者、凡ての虚偽者──彼らの運命は、火と硫黄の燃えている池に投げ込まれることである。これは第二の死、(すなわち最後の死)である。」

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 6:24-26
6:24 だが、ああ禍だ、富んでいるあなた達、もう慰めを受けたのだから。
6:25 ああ禍だ、今食べあきているあなた達、(かの日に)飢えるのだから。ああ禍だ、今笑っている人たち、(かの日に)泣き悲しむのはあなた達だから。
6:26 皆の人に良く言われる時、あなた達は禍である。あの人達の先祖も、同じことを偽預言者たちにしたのである。


塚本訳 ロマ 3:23
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない

塚本訳 ロマ 6:23
6:23 なぜなら、罪が(奴隷に)払ってくれる給料は死であり、(従う者に与えられる)神の賜物は、わたし達の主イエス・キリストにおいての永遠の命だからである。

塚本訳 ロマ 3:10-12
3:10 (聖書に)こう書いてある
。──『正しい人がいない、一人もいない、
3:11 物のわかる人がいない、神をさがし求める人がいない。
3:12 だれもかれも迷って、みんな堕落してしまった。善をする人がいない、ただの一人もいない。』


●こうなると人間は自力で救われることが出来ない。100%神の力で、神の方から垂らされた綱で引き上げられなければ救われない。

塚本訳 マコ 2:5-7
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」
2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、
2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」

塚本訳 マタ 9:1-8
9:1 それから舟に乗って(湖を)渡り、自分の町(カペナウム)に来られた。
9:2 するとそこに、人々が寝床にねている一人の中風の者をつれて来た。イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われた、「子よ、安心せよ、いまあなたの罪は赦された。」
9:3 すると数人の聖書学者がひそかに思った、「この人は神を冒涜している。」
9:4 イエスは彼らの考えを知って言われた、「なぜ悪いことを心の中で考えているのか。
9:5 あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、いったいどちらがたやすい(と思う)か。
9:6 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と言っておいて、中風の者に言われる、「起きて寝床をかついで、家に帰りなさい。」
9:7 すると彼は起き上がって、家に帰って行った。
9:8 群衆はそれを見て恐ろしくなり、こんな全権を人に授けられた神を賛美した


塚本訳 マタ 9:9-13
9:9 イエスはそこから出かけて、(湖のほとりで)マタイという人が税務所に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、立って従った。
9:10 イエスが家で食卓についておられるたときのこと、大勢の税金取りや罪人も来て、イエスや弟子たちと同席していた。
9:11 パリサイ人はこれを見て、弟子たちに言った、「なぜあなた達の先生は、税金取りや罪人と一しょに食事をするのか。」
9:12 聞いて言われた、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
9:13 『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味を、行って、勉強したがよかろう。わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来たのである。」

塚本訳 マタ 10:28-31
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。

塚本訳 ルカ 19:1-7
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、
イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。


塚本訳 ルカ 19:7-10
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 マタ 5:44-45
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ
。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マタ 22:8-10
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

塚本訳 ロマ 3:21-25
3:21 しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。
3:22 この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

塚本訳 ヨハ 20:24-28
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ヨハ 9:4-7
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで
盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。


塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」



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朝の黙想瞑想礼拝終わり。神の福音は「絶対恩恵による無条件の罪の赦し。

●8:00 妻のトミ子は今井館ウィークデーの集い。
●上記12月7日の感話をそっくり変更。テキストの「トマスの告白」に焦点を絞った。

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      神が「疑い深い深い人間」を救う方法
   ・・・神は実証実験して見せて信じられるように」した・・・

                       2014年12月7日 東京聖書読者会・高橋照男

●「疑う心」と神による救い。
  引照 多数
                

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●TSK日本語版イザヤ書35章






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どうしたら「来世の実在」を信じられるか ++++++++ 所感

2014/10/14 08:38

141014(火)5時半起床。早朝散歩。キリスト者の皆様お早うございます。

2014_10140007.jpg 
早朝散歩 台風19号による風雨は小さかった。台風一過の美しい東の空。
台風の被害を恐れただけに、平穏な朝を迎えられたことはうれしい。

聖歌「人生の海の嵐に、もまれきしこの身も、不思議なる神の手により、命拾いしぬ。
いと静けき港に着き、我は今安ろう。救い主イエスの手にある、身はいとも安し」

●今朝の黙想課題「どうしたら『来世の実在』を信じられるか」。
聖書を信じる。基督者を信じる。教会を信じる。エクレシヤを信じる。勉強でなく、信じることによってそれは得られる。

●来世のことは明快に聖書に書いてない。それは理解して確かめて信じるのではなく、人を信じることによって安心を得るようにできているからだ。神はそのためにキリストを世に遣わして、その言動を通して来世の実在を暗示した。それを見た人、言葉を聞いた人に聖霊が降ると、初めてそれが本当であることを信じられるようになる。
●今朝は、イエスの言動で来世を暗示している聖書の部分を掲げてみよう。思いつくまま、順不同。


 (ナインの若者の復活)
塚本訳 ルカ 7:15-17
7:15
すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16
皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17
イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。


(ヤイロの娘の復活)

塚本訳 ルカ 8:52-56

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。

8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、

8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。


(ラザロの復活)
塚本訳 ヨハ 11:43-46
11:43
こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44
死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。
11:45
すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。
11:46
しかし中には
(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった。



塚本訳 ヨハ 11:23-26
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)
私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ヨハ 20:5-9
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである


塚本訳 ルカ 12:15-21
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


塚本訳 ルカ 16:19-26
16:19 (つぎに、利巧な番頭と反対に、神の国の準備をしなかった人の話を聞け。)一人の金持があった。紫(の上着)と細糸の亜麻布(の下着)を着て、毎日華やかに楽しく暮していた。
16:20 またその金持の門の前に、ラザロという出来物だらけの乞食がねていた。
16:21 せめて金持の食卓から落ちる物で満腹できたらと思った。それどころか、犬まで来て出来物をねぶっていた。
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』


塚本訳 マタ 19:27-29
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。


塚本訳 マタ 8:10-12
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」


塚本訳 ルカ 20:33-38
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

塚本訳 マコ 12:24-25
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。


塚本訳 マタ 5:3-11
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられのはその人たちだから。
5:7 ああ幸いだ、憐れみ深い人たち、かの日に)憐れんでいただくのはその人たちだから。
5:8 ああ幸いだ、『心の清い人たち、』(御国に入って)神にまみえるのはその人たちだから。
5:9 ああ幸いだ、平和を作る人たち、神の子にしていただくのはその人たちだから。
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。

塚本訳 ロマ 8:16-17

8:16 御霊自身が、今すでにわたし達が神の子供であることを、わたし達の霊に保証してくださるのである。

8:17 (すでに神の)子供であるならば、また相続人である。神の相続人であり、キリストと共同相続人である、(キリストと)一しょに栄光を受けるため、(こうして彼と)一しょに苦しんでいる以上は。

 

塚本訳 Ⅱコリ1:22

1:22 このお方がまた、わたし達に(御自分のものという)証印をおし、その手付けとして御霊をわたし達の心の中にくださったのである

 

塚本訳 エペ 1:14

1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

 

塚本訳 エペ 4:30

4:30 神の聖霊を悲しませるな。君達は贖いの日(に永遠)の(救いに入る)ためこの御霊をもって封印されたのである

 

塚本訳 テト 3:6-7

3:6 神はこの聖霊を我らの救い主イエス・キリストによって豊かに私達の上に注ぎ給うたが、

3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

 


●以上のことは頭で理解するのではなく、信じるか、信じないかである。信じない者には百万言説いても道は開けない。ではどうしたらこれを信じられるか。それは次に答えがある。


塚本訳 Ⅰヨハ2:27

2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

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図書館から帰って我が家を写す。台風一過、強い風、美しい夕暮れ。
明日目覚めるまで。今宵も我が家に平安を下さい。
妻、子供たちの夫婦、孫達の上に神の恩恵が末永く豊にありますように。
母が肺癌で苦しんでいた時、思わず「天国に行けば楽になるよ」と言った時「照男さん。行って見てきたのですか?」と真剣な顔で言われた。母の死に顔は私に語っていた。
「説教しない人になりなさい」と。残る生涯心にある人たちの救いのために必死に祈る身でありたい。これが私のライフワークだ。


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朝の黙想瞑想礼拝おわり。教会では牧師が最後に祝祷をする。「聖霊が会衆一同の上にとこしえにありますように」と。アーメン。








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「胸が熱くなる」とはどういうことか ++++++++ 所感

2014/10/13 17:12

141013(月)11月2日の感話の準備をして有益であった。

11月2日感話
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「胸が熱くなる」とはどういうことか

十字架と有体的復活を信じられるようにさせられた時

2014年11月2日 東京聖書読者会 高橋照男


 

①ルカ24:32「胸の中が熱くなった」(塚本訳)の翻訳比較

文語訳 ルカ 24:32

24:32 かれら互に言ふ『途にて我らと語り、我らに聖書を説明し給へるとき、我らの心、内に燃えしならずや』

 

口語訳 ルカ 24:32

24:32 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。

 

新改訳 ルカ 24:32

24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」

 

新共同 ルカ 24:32

24:32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

 

塚本訳 ルカ 24:32

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

②原語はどうか。「燃える」か「熱くなる」か。「聖書で聖書を読む」方法で探求する。

kaiome,nh  カイオメネー  ともす。点火する。

 

 

③旧約では神の「言葉」「さとし」「戒め」が人の心を照らし、神を分からせてくれる

口語訳   19:8

19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする

 

口語訳   43:3

43:3 あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に/わたしをいたらせてください。

 

口語訳   119:98

119:98 あなたの戒めは常にわたしと共にあるので、わたしをわが敵にまさって賢くします。

 

口語訳   119:105

119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

 

口語訳   119:130

119:130 み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。

 

 

④旧約に「聖霊」という言葉はない。新約で「聖霊」とはキリストの霊のこと。

塚本訳 ルカ 1:76-79

1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』

1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。

1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、

1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。

 

塚本訳 ヨハ 8:12

8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光であるわたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

 

塚本訳 使  26:18

26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:4

4:4 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:6

4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。

 

塚本訳 Ⅱペテ1:19

1:19 かくして私達に預言の言が一層確かなものとなった。どうか(この言を)真暗な所に輝く燈火として、日が照り出で暁の明星が君達の心の中に出るまで、これに注意してもらいたい。

 

 

④福音は人の言葉ではなく聖霊に解らせられる。これは頭では到達できない不思議。

塚本訳 マコ 13:11

13:11 人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。

 

塚本訳 ルカ 11:13

11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

 

塚本訳 ルカ 12:12

12:12 言うべきことは、その時に聖霊が教えてくださるのだから。」

 

塚本訳 ルカ 24:49

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

 

塚本訳 ヨハ 14:26

14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。

 

塚本訳 ヨハ 20:22-23

20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ

20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

 

塚本訳 使  1:4-5

1:4 そして一緒に食事をしておられたとき、彼らに命じられた、──エルサレムを離れずにいて、「あなた達がわたしから聞いた」父上のお約束のものを待つように。

1:5 「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は幾日もたたぬうちに、聖霊で洗礼を授けられるであろうから」と。

 

塚本訳 使  4:8

4:8 そこでペテロは聖霊に満たされて彼らにこたえた、「国の役人と長老の方々、

 

塚本訳 使  8:29-32

8:29 御霊がピリポに、「行って、あの車にぴったりついて歩け」と言った

8:30 ピリポが駈けよってゆくと、その人がイザヤ預言書を読んでいるのが聞こえたので、たずねた、「どうです、読んでおられるところが読めていますか。」

8:31 彼がこたえた、「だれかに手引をしてもらわねば、とてもわたしには読めません。」そして(車に)乗って一緒に坐ってもらいたいとピリポに頼んだ。

8:32 読んでいた聖書の文句はこれであった。『屠り場に引いてゆかれる羊のように、毛を切る者の前に黙っている小羊のように、彼は口を開かない。

 

塚本訳 使  8:34-38

8:34 宦官がピリポに答えた、「お願いです、この預言者はだれのことを言っているのでしょうか。自分のことですか、それともだれかほかの人のことですか。(教えてください。)

8:35 そこでピリポは口を開いて、この聖書の句から始めて、イエスの福音を伝えた

8:36 そして道を進んでゆきながら、とある水辺に来ると、宦官が言う、「水がある!洗礼を受けてはいけないでしょうか。」

8:37 [無シ]

8:38 そこで車を止めさせ、ピリポと宦官は、二人とも水の中に下りて、ピリポが宦官に洗礼を授けた。

 

塚本訳 使  16:6

16:6 それから彼ら[パウロ一行]は(始め西海岸の各地に向かおうと計画したが、)アジヤで御言葉を語ることを聖霊に禁じられたので、(北に行くことにして、)フルギヤ(地方)とガラテヤ地方とを通った。

 

塚本訳 ロマ 5:5

5:5 そしてこの『希望は(必ず実現して、わたし達を)失望させることはない。』神はわたし達に聖霊を授け、それによって愛をわたし達の心の中に(いつも豊かに)注いでいてくださるからである。

 

塚本訳 ロマ 15:12-13

15:12 さらにイザヤは言う。『エッサイの根ははえ、起きあがる者[キリスト]があらわれる、異教人を支配するために。異教人は彼に望みをかけるであろう。』

15:13 希望の源である神が、(彼を)信ずることにおいて来る無上の喜びと平安とであなた達を満たし、聖霊の力によって(豊かな)希望に溢れさせられんことを

 

塚本訳 ロマ 15:16

15:16 この恩恵とは、わたしが(神に選ばれて)異教人のためにキリスト・イエスにつかえる者になり、神の福音のために祭司の職をすることであって、こうして異教人が聖霊によって聖別され、御心にかなう捧げ物になるようにしているのである。

 

塚本訳 Ⅰコリ6:19

6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか。

 

塚本訳 Ⅰコリ12:3

12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

 

塚本訳 マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳 ロマ 8:16-17

8:16 御霊自身が、今すでにわたし達が神の子供であることを、わたし達の霊に保証してくださるのである。

8:17 (すでに神の)子供であるならば、また相続人である。神の相続人であり、キリストと共同相続人である、(キリストと)一しょに栄光を受けるため、(こうして彼と)一しょに苦しんでいる以上は。

 

塚本訳 Ⅱコリ1:22

1:22 このお方がまた、わたし達に(御自分のものという)証印をおし、その手付けとして御霊をわたし達の心の中にくださったのである

 

塚本訳 エペ 1:14

1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

 

塚本訳 エペ 4:30

4:30 神の聖霊を悲しませるな。君達は贖いの日(に永遠)の(救いに入る)ためこの御霊をもって封印されたのである

 

塚本訳 テト 3:6-7

3:6 神はこの聖霊を我らの救い主イエス・キリストによって豊かに私達の上に注ぎ給うたが、

3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

 

塚本訳 Ⅰヨハ2:27

2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

 

 

⑤新約で「聖霊」又は「御霊」とは復活のキリストの霊。これが三位一体のリアリティ。

塚本訳 ロマ 8:9

8:9 しかしあなた達は肉にある者ではなく、霊にある者である、(すでにキリストを信じて)神の御霊があなた達の中に住んでおられる以上は。しかし(神の御霊すなわち)キリストの霊を持たないなら、その人はキリストのものではない。

 

塚本訳 ロマ 8:11

8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

 

塚本訳 ロマ 8:14-15

8:14 神の御霊に導かれている者はことごとく、神の子だからである。

8:15 なぜなら、あなた達が(神から)戴いた霊は、(あなた達を)もう一度(律法の支配の下に置いて)びくびくさせる奴隷の霊でなく、(神の)子の霊である。(その証拠には、)わたし達は(祈るとき、)その霊によって「アバ(お父様)、お父様」と大声で呼ぶではないか

 

塚本訳 ガラ 4:6

4:6 しかしあなた達が(いまや神の)子であることは、神がわたし達の心に、「アバ[お父様]、お父様」と呼ぶ御子の霊をお遣わしになったことによって(、知り得るの)である。

 

塚本訳 ロマ 8:25-26

8:25 しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって待たねばならない。

8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。

 

塚本訳 ロマ 12:2

12:2 また、この世に調子を合わせてはならない。むしろ反対に、何が神の御心であるか、何が善であり、お気に入るものであり、また完全であるかを見分け得るために、(御霊によって)心を一新されて自分を造りかえていただけ。(そうすれば来るべき世への準備ができる。)

 

塚本訳 Ⅰコリ2:13-14

2:13 またその(賜物の)ことをわたし達が話すにも、人間的な知恵に教えられた言葉によらず、御霊に教えられた言葉による。霊のことに霊のことを当てはめ(て解しようとす)るのである。

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

 

塚本訳 Ⅱコリ3:17

3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。

 

 

⑥聖霊のリアリティが新しい信者を生む。命が命を生むのがエクレシア連鎖の原理。

塚本訳 使  1:2

1:2 お選びになった使徒たちに、聖霊によって(全世界への伝道を)命令されたのち、(天に)あげられた日に及んだ。(わたしは今ここに、その第二巻をあなたにささげようと思う。)

 

塚本訳 使  1:8

1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

 

塚本訳 使  9:31

9:31 さて、集会は(サウロの回心と共に)ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ全体を通じて平和を得、基礎が固まり、主を恐れて日を過ごし、(迫害の後に)聖霊の慰めをうけて信者の数がふえていった。

 

塚本訳 Ⅰテサ1:6-7

1:6 且つ君達は大なる患難の中にあっても、聖霊の賜う喜びをもって(私達の伝える)御言を受け容れて、私達と主(キリスト)との模倣者(もほうしゃ)となり、

1:7 遂にマケドニヤとアカヤとにおける信者全体の模範となったのである。

 

塚本訳 Ⅰペテ1:8

1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

 

塚本訳 ヘブ 13:8

13:8 イエス・キリストは、きのうも、きょうも、また永遠に、同じである

 

⑦どうすれば「聖霊」をいただけるか。必死に祈れば神は必ず願いを聴いてくださる。

塚本訳 ルカ 11:11-13

11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。

11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。

11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。

 

塚本訳 使  8:14-17

8:14 エルサレムにいた使徒たちは(ピリポによって)サマリヤ(の人々)が神の言葉を受け入れたと聞くと、(さっそく)ペテロとヨハネとをそこにやった。

8:15 二人は下っていって、サマリヤの人々が聖霊を受けるようにと祈った

8:16 彼らには、まだだれにも聖霊が下っていなかったからである。ただ主イエスの名で洗礼を受けていただけであった。

8:17 そこで二人が彼らに手をのせると、聖霊を受けた

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11月2日感話 終わり

●11:15 妻のトミ子は上野へ。台風19号は夜に接近という情報。それまでに帰って来る。ウフィッツ美術館展と奏楽堂でのピアノコンサート。無事の帰宅を祈る。
●TSK日本語版イザヤ書33章
●NHK全国学校音楽コンクール中学生の部を鑑賞。上位入賞と感じた学校がやはり入賞した。



 

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道に迷った悪夢 ++++++++ 所感

2014/10/12 06:33

141012(日)5時半、キリスト者の皆様お早うございます。今朝は悪夢で目が覚めました。「夢でよかった」。●悪夢の内容は次の通り。初めての会場での集会。それは丘陵地に立つ病院で3棟に分れ、集会はその一室。私は後半に話をすることになっていて開会前にトイレに行ったが、迷って元に戻れない。3棟の高さがずれているので階数感覚がずれたのだ。私が話をする時間に間に合いそうもなく焦っているところに妻が迎えに来たが、妻とともに迷ってしまった。途中に受付があったので聞いたがまた迷い、次の受付の女性に聞いてやっと戻れた。前半の話を聞けなかったのでその人に詫びを入れようと思って、周囲の人に「この病院は設計が悪い」と不平を言っているところで夢が覚めた。あー夢でよかった。●ここで「道に迷う」ということを瞑想しました。ダンテの神曲はその冒頭で主人公ダンテが人生に迷った時、(それは人生の半ば)どこからともなく人影(ヴァージル)が現れる。ダンテは「影にもあれ人にもあれ我を救いたまえ」と叫ぶ。するとヴァージルはダンテを連れて三界(地獄、煉獄、天国)を旅し、最後はヴェアトリーチェに導かれて天国に入る。バンヤンの「天路歴程」は罪の重荷を背負って苦しんでいる人生において「基督者」に出会って天国に導かれる。次はヒルティ、その「眠られぬ夜のために第一巻3月3日」に人生において迷宮に迷い込んだら「人生を導く糸」(ヒルティはギリシャ神話の女神アリアードネの故事を引用し、キリストがその糸だという)を決然と掴めという。私はこれを高校生の時に読んでキリストの導きに従う人生観を与えられた。●人はその人にとってのヴァージルに出会わなければ安心立命の境地に到達できない。私にとってのヴァージルは塚本虎二とヒルティであった。●ゲーテは「努力する人は迷うものだ」と言っている。また14年前に脳出血で倒れ、回復してからのある日、勤務先に行こうとしたが、神田からの道が分からなくなり、次々と違う景色が現れてあせった事があった●そこで今朝はこの二人(ヒルティと塚本虎二)が指し示す「聖書」から「道に迷う」というテーマで関連個所を思いつくままに掲げて黙想してみよう。思いつくまま、順不同である。

口語訳 詩 119:105
119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

口語訳 詩 17:5
17:5 わたしの歩みはあなたのに堅く立ち、わたしの足はすべることがなかったのです。

口語訳 詩 37:31
37:31 その心には神のおきてがあり、その歩みはすべることがない

口語訳 詩 66:9
66:9 神はわれらを生きながらえさせ、われらの足のすべるのをゆるされない

口語訳 詩 94:18
94:18 しかし「わたしの足がすべる」と思ったとき、主よ、あなたのいつくしみは/わたしをささえられました。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳 使 4:12
4:12 この方のほかのだれによっても救いはない。天下ひろしといえども、わたし達が救われるべき名はこれ以外、人間に与えられていないからです。」

塚本訳 ロマ 3:23-24
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

塚本訳 使 9:3-6
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

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朝の黙想瞑想終わり。人生は努力すればするほど迷うものだ(ゲーテ)。しかしその暗い道、迷いの道で活けるキリストの啓導で歩めば人生は安らかで、最後は永遠の命の国に入れるのだ。これを私は子や孫に言っておきたい。

●妻と集会へ。茂木(司会)、高木(宮田光雄著「私の聖書物語」により復活論)、胸が熱くなった。終了後高木さんにお礼を言った。山本(テモテ第一、4章)
●午後は昭島市合唱祭。

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昭島市合唱祭(昭島公会堂)混声合唱団もくせい。バッハロ短調ミサ曲から2曲。
ノーフラッシュで撮影。前列右から3番目が妻のトミ子。




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「胸が熱くなる」とはどういうことか ++++++++ 所感

2014/10/11 09:40

141011(土)キリスト者の皆様お早うございます。今から17年も前の54歳の時、イエスの墓が空になったことは史実かと探求していた時、急に「胸が熱くなって」、それは真実のことだと信じられるようになりました。●この体験が間違ったものであってはならないと思い、新約学の泰斗である荒井献先生にお手紙したところ「佐藤研(新約学者)と確かめ合ったが、それは高橋に聖霊が降った」からだ」とご返事を頂いた。●胸が熱くなるという現象はルカ24:32に聖書的根拠がある。これをめぐって来る11月2日の集会感話の準備をする。

11月2日集会感話準備
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「胸が熱くなる」とはどういうことか

十字架と有体的復活を神の力によって解らされる時

2014年11月2日 東京聖書読者会 高橋照男

 

①ルカ24:31-32の翻訳比較

 

文語訳 ルカ 24:31-32

24:31 彼らの目開けてイエスなるを認む、而してイエス見えずなり給ふ。

24:32 かれら互に言ふ『途にて我らと語り、我らに聖書を説明し給へるとき、我らの心、内に燃えしならずや』

 

口語訳 ルカ 24:31-32

24:31 彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿が見えなくなった。

24:32 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。

 

新改訳 ルカ 24:31-32

24:31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。

24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」

 

新共同 ルカ 24:31-32

24:31 すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

24:32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

 

塚本訳 ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

 

②原語はどうか。「燃える」か「熱くなる」か

kaiome,nh  カイオネー  ともす。点火する。

 

③旧約では神の言葉が心を照らし、分からせるという意味

 

口語訳   13:3-4

13:3 わが神、主よ、みそなわして、わたしに答え、わたしの目を明らかにしてください。さもないと、わたしは死の眠りに陥り、

13:4 わたしの敵は「わたしは敵に勝った」と言い、わたしのあだは、わたしの動かされることによって/喜ぶでしょう。

 

口語訳   19:8

19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする

 

口語訳   43:3

43:3 あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に/わたしをいたらせてください。

 

口語訳   119:98

119:98 あなたの戒めは常にわたしと共にあるので、わたしをわが敵にまさって賢くします。

 

口語訳   119:105

119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

 

口語訳   119:130

119:130 み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。

 

 

④新約ではキリストの霊が福音の真理を教える

 

塚本訳 エペ 5:12-13

5:12 何故なら、彼らが隠れて行うことは(これを)口にするさえ恥ずかしいことである。

5:13 しかし明るみに出され(てその正体を暴露され)るものは皆(神の)光によって照らされる。

 

塚本訳 Ⅱペテ1:19

1:19 かくして私達に預言の言が一層確かなものとなった。どうか(この言を)真暗な所に輝く燈火として、日が照り出で暁の明星が君達の心の中に出るまで、これに注意してもらいたい。

 

塚本訳 ルカ 1:76-79

1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』

1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。

1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、

1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。

 

塚本訳 使  26:18

26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:4

4:4 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:6

4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。

 

 

④福音は人の言葉ではなく聖霊に解らせられる。これは不思議な時である。

 

塚本訳 マコ 13:11

13:11 人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。

 

塚本訳 ルカ 10:21

10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。

 

塚本訳 ルカ 11:13

11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

 

塚本訳 ルカ 12:12

12:12 言うべきことは、その時に聖霊が教えてくださるのだから。」

 

塚本訳 ルカ 24:49

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

 

塚本訳 ヨハ 1:33

1:33 最初わたしはあの方がわからなかった。しかし水で洗礼を授けさせるためにわたしを遣わされた方(神)が、わたしに言われた、『御霊が下ってきて、ある人の上に留るのを見たら、その人が聖霊で洗礼を授ける人である』と。

 

塚本訳 ヨハ 14:26

14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。

 

塚本訳 ヨハ 20:22-23

20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ

20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

 

塚本訳 使  1:2

1:2 お選びになった使徒たちに、聖霊によって(全世界への伝道を)命令されたのち、(天に)あげられた日に及んだ。(わたしは今ここに、その第二巻をあなたにささげようと思う。)

 

塚本訳 使  1:5

1:5 「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は幾日もたたぬうちに、聖霊で洗礼を授けられるであろうから」と。

 

塚本訳 使  1:8

1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

 

塚本訳 使  2:33

2:33 こうして彼は神の右に挙げられ、父上から約束の聖霊を受けて、(いま)あなた達が見もし聞きもするこの聖霊を、(わたし達に)注いでくださったのです。──

 

塚本訳 使  4:8

4:8 そこでペテロは聖霊に満たされて彼らにこたえた、「国の役人と長老の方々、

 

塚本訳 使  8:34-38

8:34 宦官がピリポに答えた、「お願いです、この預言者はだれのことを言っているのでしょうか。自分のことですか、それともだれかほかの人のことですか。(教えてください。)

8:35 そこでピリポは口を開いて、この聖書の句から始めて、イエスの福音を伝えた

8:36 そして道を進んでゆきながら、とある水辺に来ると、宦官が言う、「水がある!洗礼を受けてはいけないでしょうか。」

8:37 [無シ]

8:38 そこで車を止めさせ、ピリポと宦官は、二人とも水の中に下りて、ピリポが宦官に洗礼を授けた。

 

口語訳 使  8:37

8:37 〔これに対して、ピリポは、「あなたがまごころから信じるなら、受けてさしつかえはありません」と言った。すると、彼は「わたしは、イエス・キリストを神の子と信じます」と答えた。〕

 

塚本訳 使  9:31

9:31 さて、集会は(サウロの回心と共に)ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ全体を通じて平和を得、基礎が固まり、主を恐れて日を過ごし、(迫害の後に)聖霊の慰めをうけて信者の数がふえていった。

 

塚本訳 使  16:6

16:6 それから彼ら[パウロ一行]は(始め西海岸の各地に向かおうと計画したが、)アジヤで御言葉を語ることを聖霊に禁じられたので、(北に行くことにして、)フルギヤ(地方)とガラテヤ地方とを通った。

 

塚本訳 ロマ 5:5

5:5 そしてこの『希望は(必ず実現して、わたし達を)失望させることはない。』神はわたし達に聖霊を授け、それによって愛をわたし達の心の中に(いつも豊かに)注いでいてくださるからである。

 

塚本訳 ロマ 9:1

9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる

 

塚本訳 ロマ 15:12-13

15:12 さらにイザヤは言う。『エッサイの根ははえ、起きあがる者[キリスト]があらわれる、異教人を支配するために。異教人は彼に望みをかけるであろう。』

15:13 希望の源である神が、(彼を)信ずることにおいて来る無上の喜びと平安とであなた達を満たし、聖霊の力によって(豊かな)希望に溢れさせられんことを

 

塚本訳 ロマ 15:16-19

15:16 この恩恵とは、わたしが(神に選ばれて)異教人のためにキリスト・イエスにつかえる者になり、神の福音のために祭司の職をすることであって、こうして異教人が聖霊によって聖別され、御心にかなう捧げ物になるようにしているのである。

15:17 だからわたしは誇りをもっているが、それは(ただ)キリスト・イエスにおいて、神(の福音)に関してのことである。

15:18 なぜなら、わたしは(これ以外)何も敢えて語らないからである、キリストがわたしを用いて異教人を(福音に)従順にするために、言葉や業をもって、

15:19 奇跡や不思議の力によって、聖霊の力によって、働かれたということでなければ。こうしてエルサレムから、各地をまわってイルリコまで、わたしはキリストの福音(の伝道)を達成した。

 

塚本訳 Ⅰコリ6:19

6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか。

 

塚本訳 Ⅰコリ12:3

12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

 

塚本訳 エペ 1:14

1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

 

塚本訳 Ⅰテサ1:3-6

1:3 私達は私達の神また父の前に私達の主イエス・キリストによ(って君達が表してい)る、君達の信仰の働きと愛の労苦と希望の忍耐とを、絶えず思い出しているのである。

1:4 神に愛せられる兄弟達よ、君達が(神に)選ばれた者であることを私達は知っている。

1:5 何故なら、私達の福音が君達の中に入ったのは、ただ言だけでなく、また能力と聖霊と大なる確信とによった(のであって、これこそ君達が選ばれている証拠である)からである。──そして私達が君達の間で君達のために如何に行動したかは御承知の通りである。

1:6 且つ君達は大なる患難の中にあっても、聖霊の賜う喜びをもって(私達の伝える)御言を受け容れて、私達と主(キリスト)との模倣者(もほうしゃ)となり、

 

塚本訳 Ⅰテサ1:5-6

1:5 何故なら、私達の福音が君達の中に入ったのは、ただ言だけでなく、また能力と聖霊と大なる確信とによった(のであって、これこそ君達が選ばれている証拠である)からである。──そして私達が君達の間で君達のために如何に行動したかは御承知の通りである。

1:6 且つ君達は大なる患難の中にあっても、聖霊の賜う喜びをもって(私達の伝える)御言を受け容れて、私達と主(キリスト)との模倣者となり、

 

塚本訳 テト 3:6-7

3:6 神はこの聖霊を我らの救い主イエス・キリストによって豊かに私達の上に注ぎ給うたが、

3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

 

塚本訳 Ⅰヨハ2:27

2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

 

⑤「御霊」の働きは復活のキリストの霊の働き、三位一体の神のリアリティ

塚本訳 ロマ 8:9

8:9 しかしあなた達は肉にある者ではなく、霊にある者である、(すでにキリストを信じて)神の御霊があなた達の中に住んでおられる以上は。しかし(神の御霊すなわち)キリストの霊を持たないなら、その人はキリストのものではない。

 

塚本訳 ロマ 8:11

8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

 

塚本訳 ロマ 8:14

8:14 神の御霊に導かれている者はことごとく、神の子だからである。

 

塚本訳 ロマ 12:2

12:2 また、この世に調子を合わせてはならない。むしろ反対に、何が神の御心であるか、何が善であり、お気に入るものであり、また完全であるかを見分け得るために、(御霊によって)心を一新されて自分を造りかえていただけ。(そうすれば来るべき世への準備ができる。)

 

塚本訳 Ⅰコリ2:13-14

2:13 またその(賜物の)ことをわたし達が話すにも、人間的な知恵に教えられた言葉によらず、御霊に教えられた言葉による。霊のことに霊のことを当てはめ(て解しようとす)るのである。

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

 

塚本訳 Ⅱコリ1:22

1:22 このお方がまた、わたし達に(御自分のものという)証印をおし、その手付けとして御霊をわたし達の心の中にくださったのである

 

塚本訳 Ⅱコリ3:17

3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある

 

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朝の黙想瞑想礼拝終わり。十字架と有体的復活は神の力によって信じられるようにさせられる。その時は各自に必ず来る。神の用意周到で必ず時が来る。

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















 

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塚本虎二訳新約聖書における敷衍の意義 ++++++++ 所感

2014/10/10 08:13

141010(金)キリスト者の皆様、お早うございます。早朝散歩

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早朝散歩。朝の景色はすばらしい。霊感が湧く。

新共同 詩  19:2
19:2 天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す


●今朝は来る10月26日、「塚本虎二先生記念会」でのスピーチの準備をします。題は「塚本虎二訳新約聖書における敷衍の意義」です。●塚本先生の敷衍は他の聖書にはない独特の「敷衍」があります。これについては故前田護郎先生が資である塚本先生に敷衍を亡くすように進言したことがある。また塚本先生の女婿の山下次郎先生は塚本虎二著作集においける共観福音書異同一覧(この作成には故大熊一雄さんの手伝いで私が作業した)の塚本訳からは敷衍は削除した。●それには理由がある。塚本訳はネストレの22~25版が底本になっているので(現在は28版)、それ以降の時代の学問には耐えられないというのがその理由であろう。●しかし塚本先生は敷衍の意義を、療養所で仰向けに寝ている病人が聖書を読む時、分厚い注解書を見なくても「意味が通る」ようにとの愛の心からのものである。●また塚本訳が当初は6冊の分冊になっていたのも、同じく仰向けで読む人のために軽くしたのである。先生は最高の神学校は明日にも命のわからない人が入る療養所だと言われている。彼らは真剣勝負だからだ。●普通聖書翻訳者は数十冊の註解に目を通すらしいが、経済的に安定した生活で冷暖房の効いた部屋で訳していたのでは「活きた」翻訳は出来ない(失礼!)●人類の文化を作った聖書のラテン語訳(ブルガダ)はヒエロニムスが電気も冷暖房もない洞窟で苦闘しながら訳した。イスラエルで見た彼の銅像の足元には頭蓋骨があった。ヒエロニムスを助けた補助者のものだ。みな命がけであった。●素人の私としては塚本訳の敷衍で聖書の意味が通じる。そのベストスリーを掲げてみよう。●このうち、(という話)はイエスの譬話の読み方の定説になった「ユーリッヘル」によるものであるが、もしこの(という話)という敷衍がなければ、私自身がユーリッヘルやその他の本を言語で読まねばならず、時間がかかる。聖書のプロでない私にはその能力も時間もない。


①(という話)


塚本訳 マタ 25:12-13
25:12 しかし主人は、『アーメン、わたしは言う。わたしはあなた達を知らない』と答えた(という話)。
25:13 だから(たえず)目を覚ましておれ。あなた達は(人の子が来る)その日も時間も知らないのだから。


塚本訳 マコ 12:8-12
12:8 つかまえて殺した上、葡萄畑の外に放り出してしまった(という話)。
12:9 (それで尋ねるが、)葡萄畑の持ち主はどうするだろうか。(もちろん)来て小作人たちを殺し、葡萄畑をほかの人に貸すにちがいない。
12:10 あなた達はこの聖書の句をすら読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。
12:11 これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』」
12:12 彼らはイエスが自分たちに当て付けてこの譬を言われたことを知ったので、(怒って)イエスを捕えようと思ったが、民衆(が騒ぎ出すの)を恐れた。それで、イエスをそのままにして立ち去った。


塚本訳 ルカ 10:35-37
10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った(という話)。
10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」


塚本訳 ルカ 16:8-9
16:8 すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。


塚本訳 ルカ 20:15
20:15 葡萄畑の外に放り出して殺してしまった(という話)。それで(尋ねるが、)葡萄畑の持ち主は小作人たちをどうするだろうか。


②(次の話を聞け)

塚本訳 ルカ 17:7
17:7 ただ(次の譬を聞け。)あなた達のうちに耕作、あるいは牧畜をする僕を持っている人があって、その僕が畑からかえって来たとき、『すぐここに来て食事をしなさい』とその人は言うだろうか。


③(なぜであろう)

塚本訳 マタ 20:1
20:1 (なぜであろう。)天の国は、家の主人が夜の引明けに出ていって、葡萄畑に労働者を雇うのに似ているからである。

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朝の黙想おわり




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病院に行く途中。柿が生った。

文語訳 マタ 12:33
12:33 或は樹をも善しとし、果をも善しとせよ。或は樹をも惡しとし、果をも惡しとせよ。樹は果によりて知らるるなり。

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病院に行く。コスモス大好き。神の霊なる風に頭を下げる。信仰的な姿。

文語訳 マタ 6:29
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服装
この花の一つにも及(し)かざりき。 

●9:00 ナナクリニック。優秀な医者は流行る。18番目。
●12月2日の感話「胸が熱くなった」とはどういうことだろう。・・・福音は人間ではなく聖霊が教えてくれる・・・
●16:40 妻はコンサート鑑賞のために武蔵野文化会館に出発。シューベルトミサ曲第二番ト長調ほか。



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悲しみに暮れる時に神は現れてくださる ++++++++ 所感

2014/10/09 05:13

141009(木)5時起床。キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示は「悲しみに暮れる時に神は現れてくださる」●人生にはどうにも癒しがたき極度の悲しみがある。そんな時にのみ神はその姿を現してくださる●「キリストイエスを救い主と信じて癒し難き悲痛あるなし」(内村鑑三)●なぜか。神の命が向こうからから接近してくださるからである。命の命がそばに来てくださるからである。この世の人間の慰めの言葉では得られない神の命が近づいてくださるからである。●今朝はこの千古不易の大真理を聖書に見てみよう。ブラームスの「ドイツレクイエム」の冒頭は「幸いなるかな悲しむ者」(マタイ5:4)である。世々の藝術家もこの真理を扱っている。●神を信ずるキリスト者にとっても、愛する人が失われた時は極度の悲しみがある。そのとき「本当に来世でまた会えるのかなー」と思うものであるが、聖書にはそのことが書いてないのは不思議である。しかしイエスの言動でそれが可能であることを信じさせてくれる箇所がある。ナインの若者(ルカ7:12-16)、ヤイロの娘(ルカ8:49-56)、ラザロの復活(ヨハ11:38-44)。これらの事件は来世でまた会えることを行動で見える形で示してくださったものだ。●「会える、会えない」という神学的答えをしてない。それは大脳皮質に向かっての回答であって、パウロ的である。しかしそれでは慰められない。「会える」言われても「会えない」と言われてもそのどちらでも慰められないものだ。●ここは神の子イエスの言動に聞かなければならない。まずはじめにこの三か所を見てみよう。●今朝のブログが悲しみにくれている人に届きますように。●この三つの事例は来世で愛する者に再び会えることを神はイエスの行動でもって現してくれた。

塚本訳 ルカ 7:12-16
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。


塚本訳 ルカ 8:49-56
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。


塚本訳 ヨハ 11:38-44
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


●これらは「死別の悲しみ」であるが、死別でなくても人生には様々な行き詰まりや悩み悲しみに暮れる時がある。そんなときにも神は姿を現してくださる。頭に浮かんだ関連聖句を並べてみよう。

口語訳 イザ 42:1-4
42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす
42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、
42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす
42:4 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。

塚本訳 ヨハ 20:11-16
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)

塚本訳 ルカ 24:13-18
24:13 するとちょうど同じ日に、二人の弟子がエルサレムから六十スタデオ[十一キロ半]離れたエマオという村へ歩いてゆきながら、
24:14 これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。
24:15 二人が(こうして)話したり議論したりしていると、(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが、
24:16 二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった。
24:17 二人に言われた、「歩きながら何をそんなに論じ合っているのです。」暗い顔をして二人は立ち止まり、
24:18 一人のクレオパという方が答えた、「(見れば御巡礼のようだが、)エルサレムに滞在していながら、あなただけは、この二三日の間にそこで起ったことを何も知らないのですか。」

塚本訳 マタ 19:27-29
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ルカ 16:25-31
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 ヨハ 16:16-22
16:16 しばらくするとあなた達はもはやわたしを見ることができない。またしばらくするとわたしに会うことができる。」
16:17 するとある弟子たちは互にこう言った、「『しばらくするとあなた達はわたしを見ることができない。またしばらくするとわたしに会うことができる』とか、『わたしは父上の所に行く』とか言われるが、あれはいったい何事だろう。」
16:18 彼らはつまりこう言ったのである、「『しばらく』と言われるが、あれはいったい何事だろう。何を思っておられるのかわからない』と。
16:19 イエスは自分に尋ねたがっているのを知って言われた、「『しばらくするとあなた達はわたしを見ることができない。またしばらくするとわたしに会うことができる』と言ったことを話し合っているのか。
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。
16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」


塚本訳 ヨハ 21:1-6
21:1 そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──
21:2 シモン・ペテロと、トマスすなわちデドモと、ガリラヤのカナ生まれのナタナエルとゼベダイの子たち二人と、ほかの二人の弟子とが一緒にいた。
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。

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朝の黙想瞑想礼拝終わり。信仰上の疑問はイエスの言動で知るべし。パウロに聞くと頭はすっきりするが心は燃えない。そして神学論争になる。

●TSK日本語版イザヤ書30章
●ブラームス、ドイツレクイエムをCDで鑑賞。カラヤン+ベルリンフィル+ウィーン国立歌劇場合唱団+グンドラヤノヴィッツ(S)というベストメンバー 
●16:00 元祈りの友会メンバーの星野利男さん(全盲)を妻と見舞い。三人で祈った。
●秋の夕暮れ、妻と歩く。秋は日の暮れるのが早い。

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秋川の「秋の夕暮れ」。日が落ちるのは早い。流れは変わらない。


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主の光と風 ++++++++ 所感

2014/10/08 07:51

141008(水)キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「主の光と風」。●日経朝刊第一面に「ノーベル賞 赤崎・天野・中村氏」と大きな文字で書かれ、「照明など広く応用」と書いてある。●しかしキリスト者の照明は「神の光、霊の光、主の光」である。この光は永久に消えない。心を満たす。涙を拭う。



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早朝散歩。上り五日市線。神の霊、主の霊は「光」。光に向かって歩め

●「神の光と風」の関を連黙想する。思いつくまま、順不同

口語訳 創  1:3
1:3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。


塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ヨハ 9:5
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」


塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。

塚本訳 マタ 6:21-23
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。
6:22 目は体の明りである。だからあなたの目が澄んでおれば、体全体が明るいが、
6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。



塚本訳 黙  21:22-24
21:22 都の中には宮を見なかった。全能者たる主なる神と仔羊とがその宮であるからである。
21:23 また都はそれを照らすのに太陽をも月をも必要としない。神の栄光がそれを照らし、仔羊がその燈火であるからである。
21:24 諸国の民はその光の中を歩むであろう。また地の王達は彼らの(有つ凡ての)光栄をここに持って来る。

口語訳 創  2:7
2:7 主なる神は土のちりで人を造り、
命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。

口語訳 エゼ 37:7-10
37:7 わたしは命じられたように預言したが、わたしが預言した時、声があった。見よ、動く音があり、骨と骨が集まって相つらなった。
37:8 わたしが見ていると、その上に筋ができ、肉が生じ、皮がこれをおおったが、息はその中になかった。
37:9 時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、息に預言せよ、息に預言して言え。主なる神はこう言われる、息よ、四方から吹いて来て、この殺された者たちの上に吹き、彼らを生かせ」。
37:10 そこでわたしが命じられたように預言すると、
息はこれにはいった。すると彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる群衆となった。

口語訳 詩  19:5-6
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。
その暖まりをこうむらないものはない。

口語訳 詩  39:3
39:3 わたしの心はわたしのうちに熱し、思いつづけるほどに火が燃えたので、わたしは舌をもって語った。

口語訳 アモ 3:8
3:8 ししがほえる、だれが恐れないでいられよう。主なる神が語られる、だれが預言しないでいられよう」。


塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う

口語訳 詩  119:105
119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

口語訳 詩  119:130
119:130 み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます

塚本訳 マタ 6:21-23
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。
6:22 目は体の明りである。だからあなたの目が澄んでおれば、体全体が明るいが、
6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)
もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。

口語訳 ヨブ 38:1
38:1 この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた

塚本訳 ロマ 12:20
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』


口語訳 マタ 26:41
26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。

塚本訳 マタ 3:16-17
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 ヘブ 1:1-2
1:1 神は昔、(多くの)預言者たちをもって、(一つの御旨を)多くに分け、多くの方法で先祖たちに語られたが、
1:2 (いよいよ)この最後の日には、御子[キリスト]をもってわたし達に語られたのである。神はこの御子を万物の相続人と定め、彼によって(この)世界をお造りになった。

塚本訳 ヨハ 3:8-9
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」


塚本訳 ヨハ 3:34
3:34 神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。
神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである。


塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。
いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。


塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13
この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。


塚本訳 マタ 16:17
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。
これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 ルカ 1:28
1:28 天使は乙女の所に来て言った、
「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」


塚本訳 マタ 1:20
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。
胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。

塚本訳 Ⅰペテ2:9
2:9 しかし君達は『選ばれた種族、王なる祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業を宣べるためである』。

塚本訳 Ⅰコリ7:14
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、
不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

塚本訳 Ⅰペテ1:23
1:23 (君達は)朽つる種でなく、朽ちぬ種から、(すなわち)神の活ける、また(永遠に)消え失せぬ言によって新しく生まれたのである


塚本訳 Ⅱテモ3:16-17
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。


塚本訳 ヨハ 14:8-9
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 ヨハ 10:25
10:25 イエスは答えられた、「言ったが、信じないではないか。
父上の言いつけでわたしがしているその業が、わたしのことを証明している。


塚本訳 ヨハ 10:37-38
10:37 もしわたしが父上の業をしていないなら、わたしを信ぜずともよろしい。
10:38 しかしもし、しているなら、わたし(の言葉)を信ぜずとも、その業(が父上の業であること)を信ぜよ。そうすれば(父上とわたしとが一つで、)父上がわたしの中に、わたしが父上の中におることを、知りまた知るであろう。」


塚本訳 ヨハ 12:49-50
12:49 わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。
12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」


塚本訳 ルカ 2:13-14
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14
いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!


塚本訳 ヨハ 12:23-24
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 Ⅱコリ3:15-17
3:15 いやむしろきょうまでモーセ(律法)が朗読される度毎に、ベールは彼らの心にかかって(いるので、そのほんとうの意味が隠されて)いる。
3:16 『しかし彼らの心が主に帰るならば、その時ベールは取り除かれる。』
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。
主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの