to 日記と感想 2014年11月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


神の力の実効支配を信じてこの世を相対化せよ ++++++++ 所感

2014/11/30 05:10

141130(日)4時目覚め。4時半起床●キリスト者の皆様お早うございます。朝の啓示「神の実効支配を信じて、この世を相対化せよ」●今日は8時から町内会の一斉清掃である。それを済ませてから集会にかけつける。特に今期は私の家が組長なので休むわけにはいかない。いつもは妻が義務を果たしてから集会に来る(ぎりぎりに間に合う)が、今日は妻が感話なので遅刻するといけないので私が掃除に行く。●そこでキリスト者のこの世の義務について黙想する。●このことに関しては人間パウロの次の言葉を巡って、百家争鳴、思想闘争、いがみ合いはとどまることはない。

塚本訳 ロマ 13:1
13:1 人は皆上に立つ(国家の)官憲に服従せねばならない。神からではない官憲はなく、現存の官憲は(ことごとく)神から任命されたものであるから。


●これは教会では「福音派と社会派」の憎みあい、無教会では矢内原派(?)と塚本派(?)の相剋で、亀裂が入っている。その溝は埋まらない。●私には「高橋は社会運動は信仰の堕落と考えている」というレッテルが」貼られている●「町の靖国」「国旗、君が代」論争など思想戦争はとどまるところがない。●戦時中に教科書に墨を塗られた世代とそういう経験のない私の場合では溝がある。これは律法か福音かの問題にも発展してしまう。●そこでこの問題を人間パウロに聞かないで神の子キリストに聞いてみよう。●結論はおそらく「神の力の実効支配を信じてこの世は相対化せよ」ということだ。「この世のことは相対化せよ」というのではない。それは消極的な思想である。そうではなく「この世のことを積極的に利用して神の国に入る準備をせよ」というのである。●そのことを暗示するキリストの言葉を並べてみよう。順不同、思いつくまま。

塚本訳 マタ 4:1-11
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」
4:5 そこで悪魔はイエスを聖なる都(エルサレム)に連れてゆき、宮の屋根の上に立たせて
4:6 言った、「神の子なら、下へ飛びおりたらどうです。『神は天使たちに命じて、手にてあなたを支えさせ、足を石に打ち当てないようにしてくださる。』と(聖書に)書いてあります。(人々はそれを見て信じ、たちどころにあなたの国が出来ます。)」
4:7 イエスは言われた、「ところが、『あなたの神なる主を試みてはならない』とも書いてある。」
4:8 悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見せて
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」
4:11 そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。

塚本訳 ルカ 22:24-26
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った
、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マコ 12:14-17
12:14 その人たちは来てイエスに言う、「先生、あなたは正直な方で、だれにも遠慮されないことをよく承知しております。人の顔色を見ず、本当のことを言って神の道を教えられるからです。(それでお尋ねしますが、わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきでないでしょうか。」
12:15 イエスは彼らの偽善を見抜いて言われた、「なぜわたしを試すか。デナリ銀貨を持ってきて見せなさい。」
12:16 持ってくると、言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」「皇帝のです」と彼らが言った。
12:17 イエスは言われた、「皇帝(カイザル)のものは皇帝(カイザル)に、神のものは神に返せ。」彼らはイエスに驚いてしまった。

塚本訳 マコ 12:23-25
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、
もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マタ 6:16-21
6:16 また断食をしている時には、偽善者のように陰気な顔つきをしてはならない。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、(顔を洗わず、髭をそらず、わざと)顔を見苦しくするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:17 あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 16:28-31
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、
『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 マタ 6:16-20
6:16 また断食をしている時には、偽善者のように陰気な顔つきをしてはならない。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、(顔を洗わず、髭をそらず、わざと)顔を見苦しくするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:17 あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マタ 26:51-54
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」

塚本訳 マタ 15:12-13
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、
「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。

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朝の啓示黙想瞑想おわり。この世の問題はパウロの思想に聞くな。神の子キリストに聞け。論争は終末で止む。社会派の家は一代で終わる。後が続かない。●私を批判する社会派のキリスト者達よもちっとキリストの言葉を勉強せよ。●社会派の連中は信仰派に比べて金を出さない、献金の額が少ない。口は出すが金は出さない。

●8:00 町内会清掃。意外に早く終わった

2014_11300001.jpg 
町内会清掃の集合場所。あきる野公園の落ち葉

●10:00 集会に間に合う。
 丹野(司会)、高橋トミ子(弟子の覚悟、ルカ9:57-62。無教会全国集会における大内信一氏の話について)、横田(教会史)
●13:30 あきる野ルピアで「さよなら原発、西多摩」。小澤祥司氏「飯館村の今と、もう一つのエネルギー」。エネルギー問題の専門家だけあって、数値を根拠に説得力のある話で有益であった。この方は地元のあきる野市に在住。岩波新書「エネルギーを選び直す」の著者。息子のKのことを知っていた。同じくKのことを知っている、辻淑子、佐野泰道、矢島さんと懇親懇談。みな「命が滅びること」を心配している。それは当然だ。しかし神の子イエスの次の言葉を思う。

塚本訳 ルカ 12:22-34
12:22 それから(また)弟子たちに言われた、「だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。
12:23 命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)だから。(命と体とを下さった神が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
12:24 烏をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
12:26 それなら、こんな小さなことさえ出来ないのに、なぜほかのことを心配するのか。
12:27 花は紡ぐことも、織ることもしないのに、よく見てごらん。しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
12:28 きょうは野に花咲き、あすは炉に投げ込まれる草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことである。信仰の小さい人たちよ!
12:29 あなた達も、何を食べよう、何を飲もうと考えるな、また気をもむな。
12:30 それは皆この世の異教人の欲しがるもの。あなた達の父上は、それがあなた達に必要なことを御承知である。
12:31 あなた達はむしろ御国を求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
12:32 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから。
12:33 (ただ御国のために働けばよろしい。)持ち物を売って施しをしなさい。(すなわちそれによって)自分のために古び(て破れ)ることのない財布をつくり、泥坊が近づくことも、衣魚が食うこともない天に、使いつくすことのない宝をつんでおきなさい。
12:34 宝のある所に、あなた達の心もあるのだから。



2014_11300004.jpg 
会が終わって表に出るとこのイルミネーション。電気をこういうことに使って
よいのかなーと思った。



 



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祈りは離れてする方が効き目がある ++++++++ 所感

2014/11/29 07:31

141129(土)4時半目覚め。●朝の啓示「祈りは離れてする方が効き目がある」●4人の子供たちは独立して、それぞれに家庭を持ち、それぞれに子供が与えられました。私達は二人だけになり、今は毎夕食の祈りで、それぞれの家庭と孫達に神の祝福を祈っています。集会のご老人のためや親類のためにも祈っています。しかし物理的な交流はありません。それでいいのだ、これでいいのだ。●キリスト者はこの世の人のように「交流、交際の喜び」を追究しません。そのことに喜びを見出すのは間違いです。それは「お遊び」の教会主義と同じです。神抜きの人間の交流高裁に真の満足はありません。●主にある交わりがキリスト者の究極の喜びです。そして祈りはお互いに離れて祈るべきです。相手に分からないように祈るべきです。そうすると神は願いを聴いてくれます。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。


●人間同士の集まりを目指すのは、勢力を拡大するこの世の原理です。プロテスタント教会が「教勢」と言って教会員を増やそうとするのは間違いです。そてれは有名になって人間の名誉は上がっても神の名誉は上がりません。●今朝は「祈りは離れてする」方が真に神の栄光が上がることを聖書が語っているところを掲げてみよう。イエスの祈りは「遠隔」であった。私達にもそれを薦めます。頭に浮かぶもの。順不同。

塚本訳 マタ 6:6-8
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。

塚本訳 マタ 8:8-10
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない

塚本訳 ヨハ 4:49-53
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ヨハ 11:11-15
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 ヨハ 4:49-53
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53
父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ルカ 22:31-34
22:31 (そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあなた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。
22:32 しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。」
22:33 するとペテロは言った、「主よ、ご一しょに、牢に入っても、死んでもよい覚悟ができております。」
22:34 イエスは言われた、「ペテロ、わたしは言う、きょう(今夜、)三度、あなたがわたしを知らないと言うまで、鶏は鳴かない。」

塚本訳 ヘブ 12:7-10
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、
肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想瞑想終わり。祈りは隠れたところで、わからないように祈るべきだ。親兄弟妻子供孫、集会の方々。●真の祈りは世に隠れる。相手に分からないように祈る。ひそかに祈る。

●TSK日本語版エレミヤ書2章 一日37節はヘビー。
●妻は夕方からコーラスの練習、バッハロ短調ミサ。
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建築士の悲哀 ++++++++ 所感

2014/11/28 06:03

141128(金)5時起床。体重測定、冷水で洗顔●キリスト者の皆様お早うございます。●建築士として71歳。若き日に心血と情熱を傾けて手塩にかけて設計した建物も、売却や解体のご相談に乗ることがチラホラ出てくる。昨日もそのご相談であった。それは我が子を葬る(まだ経験はないが)ような気持ちで悲しく淋しいことである。建築した日の思い出が去来する。●ラスキンは、「それを建築しているときは楽しかったなーと思い出されるものが良い建物なのだ」だと言っている。これは私の慰めである。家は無くなるが、「思い出は残る」●売却、解体の原因は第一に「経済事情」であるが、中には家庭崩壊ということもある。こういう時、「売り家と唐様で書く三代目」と揶揄されることが思。これは家でも企業でも国家でも、初代は立志奮闘努力で隆盛にあり、二代目はその余韻でかろうじて維持できるが、三代目は苦労知らずで育ったために家を手放す例が多い。しかし裕福で育った(ボンボン)ので「手習い」だけは身につけているので唐様という「書」が書ける。しかし貼りt紙の内容は「売り家」だというのである。●軽井沢の星野温泉の初代、星野嘉助(内村鑑三の弟子)は、「軽井沢で別荘を持つ人は心が淋しい。そしてその別荘は三代と持たない」と言っている。●まことに建築士は寂しいのだ。●宗教学者、山折哲雄氏の座右の銘は「国破れて山河あり」「帰りなむいざ田園まさに荒れなんとす」である。しかしこの仏教的無常観はどこか淋しい。光がない。喜びがない。●そこで今朝は私「老建築士」が慰められる聖書の句を漁ってみよう。思いつくままだ。●信仰は一代、建築も一代。

塚本訳 マタ 18:8
18:8 (だから)もし手か足があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。両手両足があって永遠の火の中に投げ込まれるよりも、片手片足で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。


塚本訳 マタ 6:29-30
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚(しみ)も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい
。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 ルカ 12:16-21
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に
、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 マコ 3:23-26
3:23 イエスは彼らを呼びよせ、譬をもって話された、「悪魔にどうして悪魔が追い出せるか。
3:24 もし国が内輪で割れれば、その国は立ってゆけない。
3:25 また、もし家が内輪で割れれば、その家は立ってゆけない。
3:26 (同じように)悪魔(の国)が内輪もめで割れれば、立ってゆけず、ほろびてしまう
。(だからわたしが悪鬼どもの頭を使うわけはないではないか。)

塚本訳 ルカ 15:11-19
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。

15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 マタ 24:1-4
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」
24:3 オリブ山に坐っておられると、弟子たちだけでそばに来て言った、「(宮がくずれると言われますが、)そのことはいつ起るか、また、あなたの来臨と世の終りとには、どんな前兆があるか、話してください。」
24:4 そこでイエスが答えてこう話された。──「人に迷わされないように気をつけよ。

口語訳 イザ 64:10-11
64:10 あなたの聖なる町々は荒野となり、シオンは荒野となり、エルサレムは荒れすたれた。
64:11
われわれの先祖があなたをほめたたえた/聖なる麗しいわれわれの宮は火で焼かれ、われわれが慕った所はことごとく荒れはてた。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


塚本訳 ルカ 18:29-30
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のためにや妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 使  17:23-24
17:23 その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう。
17:24 『世界』とその中のもの』すべて『とをお造りになった
神は天地の』主であられるので、(人間の)手で造った宮などにお住みにならない。

塚本訳 マコ 14:57-58
14:57 すると数人の者があらわれ、イエスに不利な偽証をして言った、
14:58 「わたし達はこの人が
、『自分は(人間の)手で造ったこのお宮をこわして、手で造らない別のお宮を三日のうちに建てる』と言うのを聞いた。」

塚本訳 ヨハ 2:18-22
2:18 するとユダヤ人が口を出した、「あなたはこんなことをするが、(その権威を証明するために、)どんな徴[奇蹟]をして見せることができるのか。」
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 マコ 15:27-30
15:27 またイエスと共に二人の強盗を、一人をその右に、一人を左に十字架につけた。
15:28 (無し)
15:29 通りかかった人々が『頭をふりながら、』こう言ってイエスを冒涜した
、「へへえ、お宮をこわして三日で建てるという人、
15:30 自分を救ってみろ、十字架から下りてきて!」

塚本訳 ヘブ 11:8-11
11:8 信仰によって、アブラハムは財産として戴くべき(カナンの)場所に『出てゆけ』とのお召しを受け、(素直に)言うことを聞いた。そしてどこへ行くともわからず、『出ていった』。
11:9 信仰によって、彼は約束の地に他国人として『宿った』。彼は同じ約束の(ものの)共同相続人(である子)イサクおよび(孫)ヤコブと一しょに、天幕に住んだのである。
11:10 (どうしてこんな生活に甘んじたか。)彼は(堅固な)土台を持つ(天の)都を待ちのぞんでいたからである。その建設者また創造者は神である。
11:11 信仰によって、アブラハムはまた(その妻)サラと共に、子孫をつくる力を受けた、(すでに年齢が)盛りを過ぎていながら。彼は約束された方を誠実であると考えたのである。

塚本訳 ヘブ 11:13-14
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。
11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである


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朝の啓示黙想瞑想終わり。クリスチャンはこの世では家を持たない。持ったとしても仮の宿だ。

●8:30 郵便局
●9:00池谷医院。減量の結果、すべての値が非常に良くなった。あと3キロの減量(都合10キロ)が目標
●TSK日本語版。今日からエレミヤ書。
●妻は体操。市内の無教会者、Mさんを訪問。


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島に住む息子から名物の「柿」が沢山送られてきた。妻がその一部を干し柿にする。


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我が家のどうだんツツジがきれいな色になった



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「永遠の命」の証拠を走って知らせる ++++++++ 所感

2014/11/27 06:28

141127(木)キリスト者の皆様お早うございます。5時半に窓を開けるとまだ真っ暗でした。●今朝の啓示は「『永遠の命』の」証拠であるキリストの有体的復活を走って知らせる」です。●人間の究極の願望は「永遠の命」です。そのための文化文明です。健康長寿、快適な住まい、収入の安定、教育、戦争なき政治的平和。それは人間の願望ですから」「次第に、だんだん」と良くなっていきます。それが「この世」の文化文明の目的です。●しかしこれらが得られたとしてもなお人類は「渇きます」
不満足です。「永遠の命」には到達できないからです。●ところがこの「永遠の命」は神の方から与えられました。その物理的証拠が「キリストの有体的復活」です。「永遠の命」は「行為の努力」ではなく、信じる人にのみわかる神の恵みです。●神はこのことを教えるために、心の目を「こじ開けます」。それは不思議な恩恵で与えられます。●先に救われたキリスト者は、このことを身を挺して、生活を通して「証言」しなければなりません。相手が信じようが信じまいが「言うべきことは言わなけれなりません」。●イエスの墓が空であったことを女たちは「走って」知らせました。パウロの人生も「走って」いました。ヒルティは「性急」すぎると非難していますが、急ぎの知らせだったからです。●私は現在71歳。余命も少なくなってきました。健康年齢のうちに、最も大切なことを「走って」告げなければなりません。キリスト教は「福音、」、善きおとづれです。祖国日本の神道や仏教とは違うところです。●昨日は録画してあった「死について語る」(宗教学者・山折哲雄)を見ました。死とは自然に帰る、浄土に行くということであると語っていましたが、どうも暗い。それに対しキリスト教は「復活の喜び」です。それは「よろこばしきおとづれ」の上に立っています。天からの恩恵情報に土台があります。●今朝はこのことに関して頭に浮かぶ聖句を掲げてみます。


塚本訳 ルカ 2:8-11
2:8 (その晩、)数人の羊飼がそのあたりで、野宿をしながら群の夜番をしていた。
2:9 すると(突然)一人の主の使が(現われて)彼らに近づき、主の栄光が彼らのまわりを照らしたので、羊飼たちはすっかりおびえてしまった。
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。
2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


塚本訳 使  26:14-18
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』
と。

塚本訳 使  18:6
18:6 しかしユダヤ人にはこれに反対して(イエスを)冒涜するので、パウロは(絶縁のしるしに)上着の塵を払いおとして彼らに言った、「(最後の裁きの日に流す)あなた達の血の責任は、あなた達自身に負わされる!わたしは良心の咎めなく(あなた達をすてて、)今からのち異教人へ(伝道に)行く。」

塚本訳 マタ 28:6-9
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 マタ 11:4-5
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 マコ 1:14-15
1:14 (洗礼者)ヨハネが牢に入れられた後、イエスはガリラヤにかえり、神の福音を説いて
1:15 言われた、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔改めて福音を信ぜよ」
と。

塚本訳 Ⅰコリ9:15-17
9:15 しかしこのわたしは、それら(の特権)を何一つ用いたことがない。わたしがこのことを書いたのは、自分がそうしてもらいたいからではない。なぜなら、むしろわたしは死んだ方がよっぽど仕合わせだ、もし‥‥(いや)この、わたしの誇り、(びた一文厄介をかけずに福音を伝えるというこの誇り)を、だれも無にしてくれるな!
9:16 なぜなら、たとい福音を伝えたところで、わたしの誇りにはならない。なぜなら、(神に)強要されているのだから。なぜなら、もし福音を伝えないならわたしは禍だからである。
9:17 なぜなら、わたしが自分から進んでこれをしているというのなら褒美もいただこうが、否応なしであってみれば、この職を(神に)託されているに過ぎないからである。

塚本訳 使  20:22-27
20:22 (だがいよいよお別れだ。)さあ、わたしは御霊に縛られて、エルサレムにのぼって行く。そこでどんな目に会うか、わたしは知らない、
20:23 ただ、聖霊は(預言者たちをもって)到る所の町で、縄目と苦難とが(あそこで)わたしを待っていると証しをしてくださったことのほかは。
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。
20:25 さあ、もう二度と、あなた達みんなはわたしの顔を見ることはあるまい。わたしにはそれがわかっているのだ!ほんとうにわたしはあなた達の間を、御国(の福音)を説きながら回ったのだ
20:26 だから(わたしの福音を聞いた)何人が滅びようとも、わたしは良心のとがめがないことを、今日はっきりあなた達に言っておく。
20:27 わたしは人をはばかって、神の御心を全部あなた達に知らせないようなことは、しなかったのだから



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朝の啓示黙想瞑想おわり。パウロの気概が伝わる。

●TSK日本語版イザヤ書終了。88日間かかった。CDにコピーして物置に置いた。
●一段落して夕方散歩で図書館へ。

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すばらしい色彩。

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秋留台公園にて。私も小さいころ銀杏の葉を拾って家に持ち帰って母に見せたものだ。

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秋の夕暮れ。私の人生も「秋」。讃美歌「日くれて四方はくらく」♫



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神が「心の目」を明けてくださる恵みの時 ++++++++ 所感

2014/11/26 10:21

141126(水)キリスト者の皆様お早うございます。今朝は非常に寒い朝です。5時に起床して次の感話の準備をしました。建築設計と同じで、楽しい仕事の時は時間や環境を忘れます。

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神が心の目を明けてくださる恵みの時

・・・神に教えを受ける・・・

東京聖書読者会 2014.12.7 高橋照男
                      

塚本訳 ヨハ 6:15                                                      6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

①証拠を見せる

塚本訳 ヨハ 20:19-20                       20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。   20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ルカ 24:36-43                        24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。                           24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、        24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」24:40 [無シ]                           24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。                  24:42 焼いた魚を一切差し上げると、                 24:43 受け取ってみなの前で食べられた。               

塚本訳 ヨハ 20:27-28                       20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」       20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:28-32                       24:28 とかくするうちに目指す(エマオの)村に近づくと、なお先へ行くような様子をされたので、                        24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。                      24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、                 24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。                    24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 20:6-8                         20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。                           20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。                     20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。

 

②罪を悔いている人を赦す

塚本訳 ヨハ 4:13-19                        4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」                         4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」               4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」

4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。           4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」                          4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

塚本訳 ルカ 19:1-10                        19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。            19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。                           19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。                          19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。                    19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。         19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。                  19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」                               19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。                             19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 8:1-11                         8:1 イエスはオリブ山に行かれた。                   8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。                           8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、                    8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。    8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。

8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。     8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」   8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。       8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。                                8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」               8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」

塚本訳 ルカ 7:36-50                        7:36 (シモンという)ひとりのパリサイ人が一しょにお食事をと願ったので、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。             7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、   7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。    7:39 イエスを招待したパリサイ人が見て、ひそかに思った、「もしもこの人が(ほんとうの)預言者だったら、自分にさわっている者がだれだか、どんな女だか、──罪の女だと分るはずであるのに!」              7:40 イエスが言われた、「シモン、あなたに言わねばならぬことがある。」彼が言う、「先生、言ってください。」イエスが言われる、           7:41 「ある金貸しに二人の債務者があった。一人は五百デナリ(二十五万円)、一人は五十デナリ(二万五千円)を借りていた。             7:42 返すことができないので、金貸しは二人(の借金)をゆるしてやった。とすると、二人のうち、どちらが余計に金貸しを愛するだろうか。」      7:43 シモンが答えた、「余計にゆるしてもらった方だと思います。」イエスは「あなたの判断は正しい」と言って、                  7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。                   7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。            7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。                     7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」                                7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」      7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」                        7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

塚本訳 マタ 26:12-13                       26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。                               26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 ルカ 15:17-22                       15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……             15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。           15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。                           15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。    15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』  15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

塚本訳 使  26:9-11                         26:9 ところで実はこう言うわたしも、(かつては)ナザレ人のイエスの(救世主という)名に対して大いに反抗すべきであると考え、

26:10 エルサレムで実際それをやったのです。すなわち大祭司連から全権を受けて多くの聖徒を牢に閉じこめ、また彼らが処刑されるときそれに賛成したのは、だれあろうこのわたしでありました。               26:11 わたしはまたあらゆる礼拝堂でしばしば罰をもって彼らを強要して、(イエスを)冒涜させようとしました。そして彼にむかい猛り狂って、(ユダヤの)国の外の町々にまで行って、迫害をつづけたのであります。

塚本訳 使  26:12-18                        26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、                    26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。            26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。                               26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。                 26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。               26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』            26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

 

③病気の治療を通して

塚本訳 ヨハ 4:46-53                        4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。

4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。                           4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」                          4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、                     4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。             4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。                          4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ヨハ 11:23-27                       11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」         11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。                11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」                       11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 9:1-7                          9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。        9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」               9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。       9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。                9:5 世におる間、わたしは世の光である。」                9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。

塚本訳 ヨハ 9:35-39                        9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」                         9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」                          9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」                       9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。        9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

塚本訳 ルカ 17:11-19                       17:11 エルサレムへ進んでおられた時のこと、サマリヤとガリラヤとの間を通られた。                              17:12 とある村に入ると、十人の癩病人に出合われた。彼らは(規則どおりに)遠くの方で立ち止まったまま、                    17:13 声をはりあげて、「イエス先生、どうぞお慈悲を」と言った。     17:14 イエスは見て言われた、「(全快したことを世間に証明してもらうため、エルサレムの宮に)行って体を『祭司たちに見せなさい。』」すると行く途中で、(皆いつとはなしに体が)清まった。                17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、                         17:16 イエスの足下にひれ伏してお礼を言った。それはサマリヤ人であった。17:17 イエスは言われた、「十人とも清められたのではなかったか。九人はどこにいるか。                            17:18 この外国人一人のほかには、(九人のユダヤ人のうちに)帰ってきて神に栄光を帰する者はだれもないのか。」                17:19 そしてその人に言われた、「さあ立って行きなさい。あなたの信仰がなおしたのだ。」

 

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12月7日感話原稿 終わり

●TSK日本語版イザヤ書64,65章
●妻はYさんの家から揃ってコンサートへ。「けやきホール」。18:30 帰宅
●寒い日であった。電力節約のためホッカイロを3枚貼る。
●ドビュッシー「アラベスク第一番」をCDで、英国のプリン・ターフェルの歌でモーツァルト「アヴェヴェルムコルプス」をFMで観賞。 





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肉の快適性と心の快適性 ++++++++ 所感

2014/11/25 06:26

141125(火)4時目覚め。キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は地元で「建築家展」が開かれ。建築家+地元工務店のネットワークシステムの「アーキテクツ・スタジオ・ジャパン」という組織があることを知った。●そこで、小森美和子という女流建築家と我が家の老後の住まいについてアドバイスを受けた。私が先に逝って(予想)、妻の残る生涯が快適に暮らせるようにとの思いからの相談である。女性ならではの感覚のアドバイスでとても勉強になった。●この方面の技術や、費用の公的社会的援助などはこれからますます盛んになる。個人個人の問題課題悩みは100人百様であって、「その時になれば」何とかなるものだ。●この世のことは「革命」を起こさなくても「だんだん」良くなっていくものだ●私はかって高橋三郎先生の車椅子生活のための住宅改造を依頼され、先生の告別式のときに御遺族のご長男の誠さんから「父は高橋さんのおかげで長生きできました」とお礼を言われた。これの時は建築家冥利に尽きた。●建築はこの世の肉のことであるが、この小事を通じて天国に宝を積むことが建築家の使命である。●次のイエスの言葉は私が聖職者にならないで、建築士として貫くことになった「職業の神学」である。人生を決した神の子イエスの私への言葉である。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


●9節。この世のことは天のことと比べて何もかも不正なものである。小事である。しかしそれを利用して天に宝を積むことが「職業の神学である」。医療然り、教育然り、経済然り、政治然り、建築然り。
●しかしキリスト者はこの世が出来ないことをやらねばならない。この世のことで「必要なこと」は神が「その時になって与えた下さる」。我々キリスト者は肉の満足でなく心の満足にために働かなければならない今朝はそのことに関連する聖句を思いつくままに並べてみよう。●母を看取った小野寺という老齢の医師(夫人はクリスチャン)は癌の痛みは医療技術の進歩でこれからだんだん和らげられる。これからの課題は「メンタル(心)の癒しだ」と言っておられた。私達キリスト者の使命はこの心の「癒し」「平安」「快適性」。しかり、神の国を建設することにある。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 6:25-34
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33
あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 10:18-20
10:18 また、あなた達はわたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に引き出されるであろう。これは、その人たちと異教人とに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。

塚本訳 マタ 8:20-22
8:20 イエスはその人に言われる、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」
8:21 またほかの一人の弟子が言った、「主よ、(お共をする)その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
8:22 イエスはその人に言われる、「(今すぐ)わたしについて来なさい。死んだ者の葬式は、死んだ者にまかせよ。

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朝の啓示黙想瞑想おわり。この世のこと(小事、不正な富)は何とかなる。なぜか。神はこの世で我々が生きているうちにそれが「必要なこと」であるから与えて(革命で勝ち取るのではない!)くださるのだ。その時になって心配すればよいのだ。

●10:00 三菱銀行堀留支店で打ち合わせ。石川さん。
●12:10 細井建築設計、細井所長と懇親。内村鑑三のこと。
●14:10 建設物価調査会、橋本経済研究部長と懇親懇談
●14:45 再び、三菱銀行堀留支店へ。
●18:30 妻と家庭経済計画の懇談。
●20:00 鹿島出版会の私の建築の本が古本(アマゾン)で高値(2万円以上)がついているとのニュース。

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聖さにあずからせるために、訓練される ++++++++ 所感

2014/11/24 08:16

141124(月)キリスト者の皆様、お早うございます。●今朝は「聖さにあずからせるために、訓練される」という言葉が啓示されました。

●まず翻訳比較

文語訳 ヘブ 12:11
12:11 凡ての懲戒、今は喜ばしと見えず、反つて悲しと見ゆ、されど後これに由りて練習する者に、義の平安なる果を結ばしむ。

口語訳 ヘブ 12:11
12:11 すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

新改訳 ヘブ 12:11
12:11 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

新共同 ヘブ 12:11
12:11 およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。

塚本訳 ヘブ 12:11
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。


●これに関して連想される聖句。頭に浮かんだもの

塚本訳 使 26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの 呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである

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朝の黙想おわり。聖書の引照は少ない方がよい。ネストレ版ギリシャ語聖書の引照は少ない。しかし直球である。

●昨日の集会感話の内容は次の通り。

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「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」

・・・「孤独とどう向き合うか」・・・


東京聖書読者会 2014.11.23 高橋照男

独り息子に先立たれた母の悲しみ                塚本訳ルカ 7:11-17
7:11
そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。                           7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある
独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。                             7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──
若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。                  7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。
7:16 皆が
恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。       7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

12節。肉親の死の嘆き悲しみ。                    ①-1)口語訳 創  23:2
23:2
サラはカナンの地のキリアテ・アルバすなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは中にはいってサラのために悲しみ泣いた。

①-2)口語訳 サム18:33
18:33
王はひじょうに悲しみ、門の上のへやに上って泣いた。彼は行きながらこのように言った「わが子アブサロムよ。わが子、わが子アブサロムよ。ああ、わたしが代って死ねばよかったのに。アブサロム、わが子よ、わが子よ」。

●12節。特に子供を失った時の母親の嘆きは大きい。

①-3)塚本訳 マタ 2:18
2:18
『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』

                                                     ●13節。「そんなに泣くでない」という言葉には、イエスの「復活と永遠の命」の裏付けがあった。                         ①-4)文語訳マタ 5:4                           5:4 幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。

①-5)塚本訳 ヨハ20:15a                         20:15a イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」

①-6)塚本訳 ヨハ 14:27                         14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

①-7)塚本訳 ヨハ 16:33                         16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

14節。復活の時には個別の名前で呼び出される。神に認知症なし。            ①-8)塚本訳ヨハ 11:43-44                       11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。     11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

①-9)塚本訳 黙  3:5                           3:5 (しかし)勝利者は(誰でも皆、)このように白い着物を着せられるであろう。そして私はその名を決して生命(いのち)の書から消さず、また、私の父の前とその御使い達の前でその名を告白するであろう。

15節。来世では会いたい人に「また会える」ことは神の子キリストの約束。①-10) 塚本訳 ヨハ 162-24                                       16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない。             16:23 その時には、(もはや)何事もわたしに尋ねる必要はない。アーメン、アーメン、わたしは言う、(その時)あなた達が父上に何かお願いすれば、わたしの名でそれをかなえてくださるであろう。             16:24 いままであなた達は何一つわたしの名で(父上に)お願いしなかった。(わたしがまだ父上の所に行かなかったからである。しかし今は)お願いせよ、そうすれば戴ける。あなた達の喜びが完全なものとなるためである。

①-11)塚本訳ヨハ 15:7                          15:7 もしあなた達がわたしに留まっており、わたしの言葉があなた達に留まっておれば、なんでもほしいものを願いなさい。かならずかなえられる。

①-12塚本訳 マタ 28:5-7                         28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、                 28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。               28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」

①-13)塚本訳 ヨハ 11:21-26                       11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。               11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」                11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」         11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。                11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」                    

16節。「死人の復活」は人間の信仰や希望に産物ではなく異常なことだったので、皆が「恐れ」を抱いた。復活の信仰にはまず神を恐れる姿勢が必要。      ①-14)塚本訳 マタ 28:4-10                        28:4 見張りをしていた者たちは恐ろしさのあまり震え上がって、死人のようになった。                              

①-15)塚本訳 ルカ 16:31                         16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』

16節。神は「死人を甦らせる力」がある。キリストが死人を復活させたことで皆が恐れを抱いた。                        ①-15)口語訳 Ⅰ列 17:23-24                       17:23 エリヤはその子供を取って屋上のへやから家の中につれて降り、その母にわたして言った、「ごらんなさい。あなたの子は生きかえりました」。   17:24 女はエリヤに言った、「今わたしはあなたが神の人であることと、あなたの口にある主の言葉が真実であることを知りました」。

①-17))口語訳 Ⅱ列 4:36-37                                                     4:36 エリシャはただちにゲハジを呼んで、「あのシュネムの女を呼べ」と言ったので、彼女を呼んだ。彼女がはいってくるとエリシャは言った、「あなたの子供をつれて行きなさい」。                      4:37 彼女ははいってきて、エリシャの足もとに伏し、地に身をかがめた。そしてその子供を取りあげて出ていった。

①-18)塚本訳 ヨハ 5:21
5:21
それは、
父上が(心のままに)死人を生き返らせて命を与えられるように、子も自分の欲する者に命を与えるからである。

①-19)塚本訳 ヨハ 5:25
5:25
アーメン、アーメン、わたしは言う、
死人が(一人のこらず)神の子(わたし)の声を聞く時が来る、いや、今もう来ている。しかし(ただ聞くばかりでなく、ほんとうに)聞き従う者(だけ)が生きる。

①-20)塚本訳 ルカ 7:22-23                                                 7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。                                7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

①-21  塚本訳 ルカ 5:26
5:26
皆が感動して神を讃美し、
恐れに満たされて、「きょうは不思議なことを見た」と言った。

17節。神がキリストを復活させたことで、我々の復活にも希望が湧いた。①-22)文語訳 ヨハ 11:25-26                    11:25 イエス言ひ給ふ『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。                               11:26 凡そ生きて我を信ずる者は、永遠に死なざるべし。汝これを信ずるか』                         

①-23)塚本訳 Ⅰコリ15:12-14                       15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。              15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。                               15:14 キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。

ヤイロの娘の場合                          塚本訳 ルカ 8:40-42,49-55
8:40
イエスが(カペナウムに)帰ってこられると、群衆は喜んで迎えた。皆待っていたのである。                         8:41 するとそこに名をヤイロという人が来た。この人は礼拝堂の役人であった。イエスの足もとにひれ伏し、家に来ていただきたいと願った。
8:42
十二歳ばかりの一人娘があって、それが
死にかけていたのである。(ヤイロの家に)行かれる途中、群衆はイエスを押しつぶしそうであった。     8:43 -48省略                                                   8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」                     8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」                      8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」          8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。       8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、                            8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。                                                     

49節。「死人は生き返らない」というのがこの世の法律の基本。      ②-1)塚本訳 ヨハ 11:39
11:39
「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「
主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。

②-2)塚本訳 コリ7:39
7:39
妻は夫が生きている間は、(夫に)束縛されている。しかしもし
夫が眠ったなら、望みの人と結婚することは自由である。ただ主にあって(信者とだけ)すべきである。

52節。「死は眠り」。しかし死んではいない。神の秘儀として起こされる。                    ②-3)塚本訳 ヨハ 11:11-15
11:11
こう話して、またそのあとで言われる、「
わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう
11:12
弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13
イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14
そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15
わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。

●55節。「生きる」とは神により霊の命を吹き込まれて、保ち続けられること。「死ぬ」とは神によりその霊が引き取られること。「召される」と言う                            ②-4)新共同創  2:7                           2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

②-5)口語訳 エゼ 37:5-6                         37:5 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。                  37:6 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。

②-6)口語訳 ヨブ 1:20-21                        1:20 このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、  1:21 そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。

②-7)塚本訳 ヨハ ヨハ 20:21-23                 20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」          20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。  20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

③サマリヤの女との問答                   塚本訳 ヨハ 4:10
4:10
イエスは答えられた、「もし
神の(賜わる最上の)賜物が何であるか、『飲ませてくれないか』と(今)あなたに言っている者がだれであるかがあなたにわかっていたら、あなたの方からその人に頼み、その人があなたに清水[命の水]を与えたであろうに。」

③-1)塚本訳 ルカ 11:13
11:13
してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に
聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」                    

塚本訳 ヨハ 4:13-14                        4:13 イエスは答えられた「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

③-2)塚本訳 黙  7:16
7:16
彼らは最早飢えず、最早
渇かず、太陽も如何(どん)な暑さも(最早)彼らを襲わないであろう。                            

塚本訳 ヨハ 4:15-18                        4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」               4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」  4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。           4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

●18節。永遠の命を頂くためには罪の赦しが必要。神が清めてくださる。  ③-3)塚本訳ヨハ 6:34-35
6:34
彼らが言った、「主よ、(もしそうなら、)いつもそのパンを戴かせてください。」
6:35
イエスが言われた、「わたしが命のパンである。
わたしの所に来る者は決して飢えない。わたしを信ずる者は決して二度と渇かない          

塚本訳 ヨハ 4:21                          4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

●21節。キリストに同居していただくことがこの世の幸福に勝る霊の喜び。

③-4)塚本訳 ヨハ 14:23

14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。

 

③-5)塚本訳 ロマ 8:11

8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

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11月23日集会感話 終わり。原本はB5版。それをブログにコピーしたのできれいにいかない。


●TSK日本語版イザヤ書63章
●イオンモールで建築家展」。個別相談で独り身になった時の介護へルバーが楽なyぷな工夫を学んで勉強になった。老い仕度。




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悲しむ人に「神のことば」を取り次ぐ使命 ++++++++ 所感

2014/11/23 06:02

141123(日)5時起床。キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「悲しむ人に『神の言葉』を取り次ぐ使命」●牧師の御主人に57歳先立たれた御夫人から、「今も働き盛りの年齢の彼の姿が目に浮かびます。・・・・主人が生きていれば70歳。高橋様も71歳とのこと。主に守られて、使命を全うなさいますことをお祈り申し上げます」というメールを頂いた。その時以来、「私の使命とは何か」ということが何度も頭をよぎっていたが、それは今朝の啓示で「悲しむ人に『神の言葉』を取り次ぐ」ことなのだと自覚した。何人かの「悲しむ」や孤独の人に「神の言葉」を取り次いで元気を取り戻して感謝されたことが背景にある。そのとき「神の言葉」それ自身の威力を実感したのである。●そこでこの使命に関連する聖句を頭に思い浮かぶままに掲げてみよう。

塚本訳 ルカ 4:16-22
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』
4:20 イエスは(読み終ると、)聖書を巻き、係の者に返して坐られた。礼拝堂にいる者の目が皆彼にそそがれた。
4:21 イエスは、「(今)あなた達が聞いたこの聖書の言葉は、今日(ここで)成就した」と言って話を始められた。
4:22 皆がイエスを誉めそやし、かつその口をついて出る言葉のうるわしさに驚いて、「これはヨセフの息子ではないか」と言った。

●これはイエスの伝道「第一声」である。ブラームスのドイツレクイエムの冒頭は次の聖句である。

塚本訳 マタ 5:4
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

文語訳 マタ 5:4
5:4 幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。

口語訳 マタ 5:4
5:4 悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。


新共同 マタ 5:4
5:4 悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。

口語訳 イザ 61:2-3
61:2 主の恵みの年と/われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め
61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。

口語訳 イザ 42:2-4
42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、
42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。
42:4 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。

塚本訳 ルカ 7:20-23
7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」
7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、
7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

塚本訳 マタ 10:10-13
10:10 旅行には旅行袋も、着替えの下着も、靴も、杖も(なんの用意も)いらない。働く者が食べ物をいただくのは当然だから。
10:11 町なり村なりに入ったら、そこで然るべき人を捜して、(その土地を)立ってゆくまではその家に泊まっておれ。
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)                                                                10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

塚本訳 使  18:6
18:6 しかしユダヤ人にはこれに反対して(イエスを)冒涜するので、
パウロは(絶縁のしるしに)上着の塵を払いおとして彼らに言った、「(最後の裁きの日に流す)あなた達の血の責任は、あなた達自身に負わされる!わたしは良心の咎めなく(あなた達をすてて、)今からのち異教人へ(伝道に)行く。」


塚本訳 マタ 11:15-17
11:15 耳のある者は聞け。
11:16 だが、(気ままな)この時代(の人)を何にたとえようか。子供たちが市場に坐って(嫁入りごっこや弔いごっこをしながら)、こう言って他の子供たちに呼びかけるのに似ている。──
11:17 笛を吹いたのに、踊ってくれない。弔いの歌をうたったのに、悲しんでくれない。



塚本訳 ヨハ 20:22-23
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14
(祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 ヨハ 8:10-11
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。
イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』



塚本訳 使  9:15-16
9:15 主が彼に言われた、「(恐れることはない。)行け。あの人は、異教人と王たちとイスラエルの子孫との前に、わたしの名を運んでゆく(ために選んだ)わたしの選びの器であるから。
9:16 その証拠として、わたしの名のためにどんなに多くの苦しみをうけねばならぬかを、彼におしえてやる。」


塚本訳 使  26:12-18
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16
さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


塚本訳 ヨハ 6:44
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)
わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。


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朝の啓示、黙想、終わり。今日は集会感話。いざいかん。

●集会は川上(司会)、土居(詩編137篇)、高橋(「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ」.
内容は明日のブログに掲載予定)

●13:10 会議で一時帰国している息子のMと信濃町の駅で待ち合わせて3人で昼食懇談。世界を飛び回っているようだ。一家の健康を祈る。中座して、
●14:00 今井館で無教会研修所助言者会議。旧約学者の木幡藤子さんと初めて会う。
中座して
●17:.00 旧安田楠雄邸(文京区千駄木にある東京都指定名勝。旧安田財閥がナショナルトラストに寄贈した敷地450坪の庭園と180坪の大正8年に建築された和風建築)
坪の和風大邸宅もの)に於ける「音楽と建築」の催し物に行く。

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参加者全員で琴の練習。震動が体に伝わって心地よいものであった。

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庭の夜景をバックに琴と三味線の演奏。筝曲は日本家屋の中がよい。

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大きな洋間で、神三奈(ジンミナ)さんがドビュッシーのアラベスクと
ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」から第二楽章。私としてはこの音楽の方が良かった。

●筝曲は日本家屋、教会音楽は教会堂、オーケストラはコンサートホール。
●今日は異文化に接して有益であった。






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重い十字架を負わされた時 ++++++++ 所感

2014/11/22 06:07

141122(土)キリスト者の皆様お早うございます。朝方苦しい夢で目が覚めました。それは難しい仕事(報告書)を負わされて難儀していることでした。●こういう場合、故松島省三先生(稲の博士)から教えられた方法は、大量の仕事を細かく分けて一歩一歩こなしながら進んで行くのだという。●私も大学で「積算の仕事は『千里の道も一歩から』だ」とその心得を教えた。●しかしこれはこの世の仕事、人生には永久に終わらない仕事、解決のつかない難問に出くわすこともある。そういう時は神の方から「助け舟を出してくださる。「援軍」を送って下さる。●私には4人の子供たちが与えられたが、今は総て親元を離れて「仕事盛りの年齢」になっている。しかしそれぞれに「重い十字架を負っている」。そこで今朝は「重い十字架を負わされた時」というテーマで、心に思いつく聖句を並べてみよう。「安心せよ。主がご一緒だ」「神が一緒に悩み呻いてくださる」

塚本訳 ヘブ 12:5-14
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。
12:12 だから、『力の抜けた手と、しびれた膝をまっすぐに伸ばしなさい。』
12:13 そしてあなた達の『足で、まっすぐな道を歩きなさい』。足なえが脱臼することなく、むしろそれが直るように。
12:14 すべての人との『平和を追い求めよ』、また聖潔を。聖潔がなければ、だれも主にまみえることはできない。

塚本訳 マコ 6:47-50
6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ヨハ 21:1-6
21:1 そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──
21:2 シモン・ペテロと、トマスすなわちデドモと、ガリラヤのカナ生まれのナタナエルとゼベダイの子たち二人と、ほかの二人の弟子とが一緒にいた。
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5
イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。

塚本訳 マタ 26:51-54
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53
それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」

塚本訳 ロマ 3:22-26
3:22 この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。



塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。


塚本訳 ロマ 8:26-28
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 マタ 16:19
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。


塚本訳 マタ 18:18-19
18:18 アーメン、わたしは言う、
あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。

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朝の啓示、黙想瞑想終わり アー力が与えられた。

●NHKラジオ。6:30 著者に聞くは「結婚しない理由」。結婚しない方が小遣いが多いという。亡国の兆し。
●TSK日本語版イザヤ書62章
●13:30 みなとみらいホールで「大島富士子ソプラノリサイタル」アンコールのシューマン作曲、「献呈、(君にささぐ)」は胸がつまった。反対を押し切ってのクララとの結婚の日に作曲したもの。しかしシューマンは精神の病で若くして亡くなった。
 ●コンサートでは主にある多くの知人と出会って懇談した。山田光子、大島智夫、須山、宮部ご夫妻、服部依子姉妹、栗原庸夫、黒崎めぐみ(NHKアナウンサー。黒崎幸吉の孫。WEB黒崎新約聖書注解のことを知っていた)

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桜木町駅前からの横浜の景観。

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大島富士子ソプラノリサイタル。みなとみらい小ホール。多くの知人と歓談

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あきる野に戻るととっぷり暮れていた。遠くに御岳山の灯が見えた。

塚本訳 マタ 5:14
5:14 あなた達は世の光である。
山の上にある町は隠れていることは出来ない。







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人が神を知るとき ++++++++ 所感

2014/11/21 06:31

141121(金)5時半起床。寒い朝。早朝散歩。●朝の啓示。「人が神を知るとき」●人は人間の努力で神を知ることは出来ない。それは神の方でその姿を現す時である。では人間の側からの身とはないのかというと「求めれば」神はその姿を現してくださるのであって、あくまで神が主権を握っている。これがプロテスタンティズムの基本中の基本であって、また聖書の本質である。●神が人に霊の命を吹き込むときに人は神を知るに至る。多くの場合それは人生の苦難と涙を通して。「幸いなるかな悲しむ者」もその面からわかる。●今朝は「神が命の霊を吹き込むときに人は神を知る」ということに関連する聖句を頭に思い浮かぶままに掲げてみよう。これ朝の楽しみ。12月7日の集会感話の準備でもある。


口語訳 創  2:7
2:7 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。

口語訳 エゼ 37:5-6
37:5 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。
37:6 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。

塚本訳 ヨハ 9:35-38
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37
イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 ルカ 5:7-9
5:7 そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。
5:8
シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」
5:9 彼も一しょにいた者も皆、とれた魚(の多いの)に、びっくりしたのである。

塚本訳 マタ 16:15-17
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 すると
イエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヨハ 4:15-19
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18
五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

塚本訳 ヨハ 4:25-26
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26
イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 6:44-45
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ルカ 24:25-32
24:25 彼らに言われた、「ああ、預言者たちの言ったことを何一つ信じない、悟りの悪い、心の鈍い人たちよ!
24:26 救世主は栄光に入るために、そのような苦しみを受けねばならなかったのではないのですか。」
24:27 そして(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。
24:28 とかくするうちに目指す(エマオの)村に近づくと、なお先へ行くような様子をされたので、
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 Ⅰヨハ2:27
2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、
あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

塚本訳 使  9:3-9
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである。
9:8 サウロは地から起きあがって目をあけたが、何も見えなかった。人々が手を引いて、ダマスコにつれて行った。
9:9 三日のあいだ目が見えず、また食べも飲みもしなかった。

塚本訳 マコ 6:47-51
6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。
6:51 そして彼らの舟に乗られると、風はやんだ。弟子たちはすっかり呆気にとられてしまった。

塚本訳 ヨハ 21:1-6
21:1 そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──
21:2 シモン・ペテロと、トマスすなわちデドモと、ガリラヤのカナ生まれのナタナエルとゼベダイの子たち二人と、ほかの二人の弟子とが一緒にいた。
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 ルカ 24:44-49
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、
主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。


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朝の啓示黙想瞑想おわり。あー面白かった。楽しかった。

●体重、今朝の軽量でついに75㎏を切って74.8㎏。昨年7月からでマイナス8㎏。目標は10㎏の減。手法は朝食をジュース(リンゴ+人参、ミキサーで作る)とヨーグルトのみ。昼まで腹が減らないから不思議。自転車は使わず歩く。間食をしない。苦痛を伴う減量作戦(運動など)は失敗する。最近はエスカレータやエレベータを使わないで階段を使っている。
●9:00 池谷医院。採血。徒歩往復40分。
●10;00 妻の知人のご夫妻が来訪。我が家を見学。ご自宅建築のご相談。
●TSK日本語版イザヤ書61章。この辺はイエスが良く読んでいたところだと思う。
●12月23日感話資料のプリント


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若木、大木、老木、枯木、倒木 ++++++++ 所感

2014/11/20 06:28

141120(木)5時目覚め、寝床で黙想、メモ●5時半起床、早朝散歩●キリスト者の皆様、お早うございます。昨日はコンサートの後に晩秋の阿伎留台公園を通って帰りました。樹々は黄色い葉を着ていました。寒い風が吹いていて枯れ葉が地面に舞って入ました。●人生は樹木の成長に例えられます。若木、大木、老木、枯木、倒木。それぞれの時期にそれなりの特徴と意義と喜び悲しみがあります。神の定めた「時」です。●次の写真は昨日歩いた晩秋の秋留台公園です。

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昨日の写真。晩秋の秋留台公園。樹々は黄色い服をまとっていて、寒風に枯れ葉が舞っていた。

●今朝の黙想は聖書と木の関係を連想する箇所を頭に思い浮かぶままに並べてみよう。

口語訳 創  1:29
1:29 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。


口語訳 創  49:22
49:22 ヨセフは実を結ぶ若木、/泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は、かきねを越えるであろう。



口語訳 詩  1:1-3
1:1 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
1:2 このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
1:3
このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。

口語訳 詩  128:1-4
128:1 すべて主をおそれ、主の道に歩む者はさいわいである。
128:2 あなたは自分の手の勤労の実を食べ、幸福で、かつ安らかであろう。
128:3 あなたの妻は家の奥にいて/多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んで/オリブの若木のようである。
128:4 見よ、主をおそれる人は、このように祝福を得る。

口語訳 イザ 53:1-3
53:1 だれがわれわれの聞いたことを/信じ得たか。主の腕は、だれにあらわれたか。
53:2 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
53:3 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。


口語訳 詩  19:5-6
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。

口語訳 詩  127:3-5
127:3 見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。
127:4 壮年の時の子供は勇士の手にある矢のようだ
127:5 矢の満ちた矢筒を持つ人はさいわいである。彼は門で敵と物言うとき恥じることはない。

口語訳 伝  3:2
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり


口語訳 イザ 40:29-31
40:29 弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。
40:30 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。
40:31 しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。

口語訳 イザ 60:21
60:21 あなたの民はことごとく正しい者となって、とこしえに地を所有する。彼らはわたしの植えた若枝、わが手のわざ、わが栄光をあらわすものとなる。


口語訳 エゼ 37:1-6
37:1 主の手がわたしに臨み、主はわたしを主の霊に満たして出て行かせ、谷の中にわたしを置かれた。そこには骨が満ちていた。
37:2 彼はわたしに谷の周囲を行きめぐらせた。見よ、谷の面には、はなはだ多くの骨があり、皆いたく枯れていた。
37:3 彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨は、生き返ることができるのか」。わたしは答えた、「主なる神よ、あなたはご存じです」。
37:4 彼はまたわたしに言われた、「これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。
37:5 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。
37:6 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。


口語訳 エゼ 37:9-13
37:9 時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、息に預言せよ、息に預言して言え。主なる神はこう言われる、息よ、四方から吹いて来て、この殺された者たちの上に吹き、彼らを生かせ」。
37:10 そこでわたしが命じられたように預言すると、息はこれにはいった。すると彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる群衆となった。
37:11 そこで彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。見よ、彼らは言う、『われわれの骨は枯れ、われわれの望みは尽き、われわれは絶え果てる』と。
37:12 それゆえ彼らに預言して言え。主なる神はこう言われる、わが民よ、見よ、わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓からとりあげて、イスラエルの地にはいらせる。
37:13 わが民よ、わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓からとりあげる時、あなたがたは、わたしが主であることを悟る。

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。

塚本訳 ルカ 23:27-32
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた。
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。
23:29 いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。
23:30 その時人々は『山にむかっては、『われわれの上に倒れかかって(殺して)くれ』、丘にむかっては、『われわれを埋めてくれ』と言い』続けるであろう。
23:31 (罪のない)生木(のわたし)でさえ、こんな目にあわされるのだ。まして(罪にくされた)枯木は、どうなることであろうか!
23:32 ほかに二人の罪人も、処刑されるためイエスと共に引かれていった。


塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 マタ 13:1-9
13:1 その日イエスは家を出て、湖のほとりに坐って(教えて)おられたが、
13:2 大勢の群衆が集まってきたので、舟に乗って坐られた。群衆は皆岸に立っていた。
13:3 譬をもって多くのことを語られた。──「種まく人が種まきに出かけた。
13:4 まく時に、あるものは道ばたに落ちた。鳥が来て食ってしまった。
13:5 あるものは土の多くない岩地に落ちた。土が深くないため、すぐ芽を出したが、
13:6 日が出ると焼けて、しっかりした根がないので枯れてしまった
13:7 あるものは茨の(根が張っている)間に落ちた。茨が伸びてきて押えつけてしまった。
13:8 しかしあるものは良い地に落ちた。そしてあるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍の実がなった。
13:9 耳のある者は聞け。」

塚本訳 マタ 13:31-32
13:31 またほかの譬を彼らに示して言われた、「天の国は芥子粒に似ている。ある人がそれを畑にまいた。
13:32 これはあらゆる種の中で一番小さいが、育つと、野菜の中で一番大きくなり、(大きな)木になって、『空の鳥が』来て『その枝に巣を作る』ようになるのである。

塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」


塚本訳 黙  22:1-2
22:1 天使はまた神と仔羊の玉座から(流れ)出ている水晶のように輝いた生命の水の河を私に示した。
22:2 都の大通りの真中と河の此方彼方に生命の樹があって、(一年に)十二度実を結ぶ、すなわち月毎に実が生るのである。そしてその樹の葉は諸国の民(の凡ての病と傷と)を医す。


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朝の黙想おわり。人生は一本の木に例えられる。神に植えられ、実を結び、神に倒され、しかし復活させられる。

●7:30 妻は友人二人と陣馬山登山
●11月23日感話の準備「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」
●市役所に印鑑証明、図書館で本三冊借りる。
●小作の年金事務所に行き、年金証書を再発行してもらう。
●いなげやで買い物

●TSK日本語版イザヤ書60章。もう少しだ。
●18:35 妻帰宅。予想外に時間がかかり、冬の日の短さに反省しきり。途中は雨。




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信者同士の争いを聖書に聞く ++++++++ 所感

2014/11/19 06:13

141119(水)5時目覚め、黙想。●キリスト者の皆様おはようございます。今朝の黙想は「信者同士の争い」です。●この世の争いは「金と異性」を巡るものが主ですが、中でも宗教者同士のいがみ合いは激しいものでした。ユダヤ人対異教人、ユダヤ教対キリスト教、キリスト教の内部争いは正統信仰対グノーシス、カトリック対プロテスタント、プロテスタント内部では分裂に次ぐ分裂。●今日のプロテスタント教会ではどこもかしこも牧師批判、信者仲間批判が渦巻いている。●コトは信仰のことなので「神にかけて」争うから激しく醜い思想闘争になる。●ここで浮上するのが「無教会」の生き方である。神のみを見上げて横を見ない。批判しない。裁かない。爆撃しない。「神ママ」で生きる。組織を持たないから、「こうあるべきだ。これが」正統だ」という意識はない。総ては神まかせ、神ママである。●今朝はこれに関して思い浮かぶ聖書の箇所を並べてみよう。

塚本訳 ヨハ 2:13-22
2:13 ユダヤ人の過越の祭が近くなると、イエスは(弟子たちと)エルサレムに上られた。
2:14 宮の庭で牛や羊や鳩を売る者、また両替屋が坐っているのを見られると、
2:15 縄で鞭をつくって、何もかも、羊も牛も宮から追い出し、両替屋の銭をまき散らし、その台をひっくり返し、
2:16 また鳩を売る者に言われた、「それをここから持ってゆけ。わたしの父上の家を商店にするな。」
2:17 (これを見て)弟子たちは、〃(神よ、)あなたの家に対する熱心が、わたしを焼きつくします〃と(詩篇に)書いてあるのを思い出した。
2:18 するとユダヤ人が口を出した、「あなたはこんなことをするが、(その権威を証明するために、)どんな徴[奇蹟]をして見せることができるのか。」
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 ヨハ 4:20-26
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない
。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ロマ 1:5-7
1:5 わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている。
1:6 あなた達もその中にあり、イエス・キリストのものになるようにと(神に)召された者である。──
1:7 それでわたしは、
神に愛される人、(また)召された聖徒であるローマ(集会)のあなた達一同に、この手紙をおくる。わたし達の父なる神と主イエス・キリストから、恩恵と平安、あなた達にあらんことを。

塚本訳 Ⅰコリ15:33
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。
ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩か
ぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。


塚本訳 Ⅰヨハ2:27
2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、
だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。
塚本訳 Ⅰヨハ2:20
2:20 そしてあなた達は聖者(キリスト)から油を注がれ(て聖者となっ)たのであるから、皆、(何が真理で、何が嘘であるかを)知っている。


塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14
あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

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朝の黙想おわり。信仰上の」争いは終末までやまない。何が真実であるかは神がお決めになる。悪い人は神が裁く。

●08:30 妻は今井館ウィークデーの集いへ
●TMから電話
●12:00 ふれあいセンターで、栗原薫、高橋京子、ピアノ演奏会。ショパン、シューベルト
●BKと各種打ち合わせ。電話は便利だ。
●讃美歌39番3節、「ときの間も去りまさで」の意味は「ほんの少しの間も去ることはなく」という意味。日本基督教団出版局の若い女性に聞いて初めてわかったが、彼女もすぐにはわからず、あとで答えが来た。文語は難しい。





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負わされる十字架に意味あり ++++++++ 所感

2014/11/18 06:33

141118(火)5時半起床、早朝散歩●キリスト者の皆様、お早うございます。●短いようで長い人生の旅では得体のしれない不可解な不幸に襲われるものです。「こんなはずではなかった」と思います。それは不条理です。しかしそこに神の深き恵みの手があったことを後になって知るものです。●今朝は負わされた十字架に苦しむ友に少しは役に立つかと思い、思いつく聖句を掲げます。

塚本訳 マタ 16:24
16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


塚本訳 ヨハ 13:12-17
13:12 さて、みんなの足を洗い終ると、上着を着てふたたび席について、言われた、「いまわたしは何をあなた達にしたか、(そのわけ)がわかるか。
13:13 あなた達はわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいるが、そう言うのは正しい。その通りだから。
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。
13:16 アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 マタ 5:13-16
5:13 (預言者と同じく)あなた達は地の塩である。(世の腐敗を防ぐのが役目である。)しかしもし塩が馬鹿になったら、何で(もう一度)塩気をもどすか。外に捨てられて人に踏まれるほか、もはや何の役にも立たない。
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16
そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 マタ 10:18
10:18 また、あなた達はわたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に引き出されるであろう。
これは、その人たちと異教人とに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39
しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

塚本訳 コロ 1:22
1:22 今や神は君達をも御子の肉体の死によって(御自分と)和睦させ給うた。それは
君達を御自分の前で聖い、瑕の無い、咎め所の無い者にしようとし給うたのである──

塚本訳 Ⅰペテ2:4-5
2:4 彼は人からは(役に立たぬと)棄てられたが、神の前では、『選ばれた尊い』活きた『石』(である。)
2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである


新共同 ピリ 1:28-29
1:28 どんなことがあっても、反対者たちに脅されてたじろぐことはないのだと。このことは、反対者たちに、彼ら自身の滅びとあなたがたの救いを示すものです。これは神によることです。
1:29 つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです

塚本訳 ルカ 23:39-41
23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。
今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳 コロ 1:24
1:24
今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 ヘブ 12:4-11
12:4 あなた達はまだ、罪と戦って血を流すまでに抵抗したことがない。
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11
あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

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朝の啓示黙想おわり。苦しみには意味がある。神はご存知。否神から出たものだ。神の救いの知恵だ。

●9:00 皮膚科のナナクリニックで足の「魚の目」を処置。この院長は良心的だ。繁盛するのには理由がある。
●TSK日本語版イザヤ書58章
●録画してあった「ヴェートーンヴェンファイル」(独映画〕を妻と鑑賞。ヴェートーヴェンは耳の病がなかったら人類にこれだけ貢献できなかっただろうというまとめの解説は良かった。
●ヴェートーヴェンは1800年、耳が聴こえなくなってから「傑作」が続出。脱帽。
●15:15 妻は月本昭男先生の「旧約講義」に出発。帰宅は21時過ぎ。
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世には知られずとも神に知られる喜び ++++++++ 所感

2014/11/17 06:32

141117(月)4時半目覚め、5時15分起床●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は妻と「聖書考古学の現在」という講演会に行ってまいりました。月本昭男先生からは、旧約時代の埋葬法について学び、長谷川修一氏からは憎い人が後の世の人の記憶から消されるという実例を学んで有益でした。●そこで今朝は「世には知られずとも神に知られる喜び」についてあれこれ聖句を思い出してみよう●人間にとって「忘れられる」ということほど淋しいことはない。そこで人は何とか後世に名を遺そうと必死になるが、人間の努力は効果がない。差し迫った問題として、墓の問題がある。妻に認知症になると私のことを忘れられる。あーこの世のことは永久ではない。忘れられる。たとえ家族でも3代も後になれば私の「照男」という名前は忘れられるに違いない。しかし神はこの名前を永久に忘れない。ここに人生の究極の喜びがある。

口語訳 申 34:5-8
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7 モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。
34:8 イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った。

塚本訳 マコ 16:5-8
16:5 墓に入ると、白い衣をきた一人の青年が右手の方に坐っているのを見たので、ぎょっとした。
16:6 青年は彼らに言う、「驚くに及ばない。あなた達は十字架につけられたナザレ人イエスをさがしているが、もう復活されて、ここにはおられない。そら、ここがお納めした場所だ。
16:7 さあ行って、弟子たち、とりわけペテロに、『イエスはあなた達より先にガリラヤに行かれる。(前に)あなた達に言われたとおり、そこでお目にかかれる』と言いなさい。」
16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……

塚本訳 ルカ 6:26
6:26 皆の人に良く言われる時、あなた達は禍である。あの人達の先祖も、同じことを偽預言者たちにしたのである。

塚本訳 ルカ 11:47-48
11:47 ああ禍だ、君たちは!君たちは預言者の記念碑を建てるが、その預言者を殺したのは君たちの先祖だからだ。
11:48 それゆえ君たちは先祖がした(預言者殺しの)業の証人であり、またその賛成者である。先祖は殺し、君たちは(その記念碑を)建てるからだ。

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マコ 10:17-18
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 ルカ 10:17-20
10:17 七十二人が喜んで帰ってきてイエスに言った、「主よ、あなたの名を使うと、悪鬼までがわたし達に服従します。」
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 黙  3:5-6
3:5 (しかし)勝利者は(誰でも皆、)このように白い着物を着せられるであろう。そして私はその名を決して生命の書から消さず、また、私の父の前とその御使い達の前でその名を告白するであろう。
3:6 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に何と言い給うかを聴け。

塚本訳 黙  21:22-27
21:22 都の中には宮を見なかった。全能者たる主なる神と仔羊とがその宮であるからである。
21:23 また都はそれを照らすのに太陽をも月をも必要としない。神の栄光がそれを照らし、仔羊がその燈火であるからである。
21:24 諸国の民はその光の中を歩むであろう。また地の王達は彼らの(有つ凡ての)光栄をここに持って来る。
21:25 その門は一日中決して閉ざされないであろう、其処には夜が無いのである。
21:26 諸国の民はその光栄と栄誉とをここに持って来るであろう。
21:27 しかし凡ての穢れたもの、嫌悪むべきことと虚偽とをする者は、決してここに入れない。ただ仔羊の生命の書に(その名を)書かれている者だけがここに入るであろう。


口語訳 イザ 49:14-15
49:14 しかしシオンは言った、「主はわたしを捨て、主はわたしを忘れられた」と。
49:15 「女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。

塚本訳 ルカ 16:9-11
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。


口語訳 詩  27:9-10
27:9 み顔をわたしに隠さないでください。怒ってあなたのしもべを退けないでください。あなたはわたしの助けです。わが救の神よ、わたしを追い出し、わたしを捨てないでください。
27:10 たとい父母がわたしを捨てても、主がわたしを迎えられるでしょう

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。

15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

塚本訳 マタ 26:6-13
26:6 イエスがベタニヤで癩病人シモンの家におられるとき、
26:7 一人の女が非常に価の高い香油のはいった石膏の壷を持って近寄り、食卓についておられるイエスの頭に(香油をすっかり)注ぎかけた。
26:8 弟子たちはこれを見て、憤慨して言った、「なぜこんなもったいないことをするのだろう。
26:9 これは高く売れて、貧乏な人に施しが出来たのに。」
26:10 それと知ってイエスは言われた、「なぜこの婦人をいじめるのか。わたしに良いことをしてくれたではないか。
26:11 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも(一しょに)いるわけではない。
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

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朝の黙想瞑想おわり。人生、人の世に忘れられても神に知られれば大なる喜悦である。

●次回感話資料の推敲
●TSK日本語v版イザヤ書56-57章
●妻はコーラスの練習
●図書館で本を6冊借りる。東急でコピー用紙購入。
●寒い一日であった。



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聖書考古学 ++++++++ 所感

2014/11/16 20:14

141116(日)讃美歌39番3節の「ときの間も去りまさで」の意味の探求。ルカ24:29が原点らしいがなお「まさで」の言い回しが不明。延長戦


口語訳 ルカ 24:29
24:29 そこで、しいて引き止めて言った、「わたしたちと一緒にお泊まり下さい。もう夕暮になっており、日もはや傾いています」。イエスは、彼らと共に泊まるために、家にはいられた。


新改訳 ルカ 24:29
24:29 それで、彼らが、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから。」と言って無理に願ったので、イエスは彼らといっしょに泊まるために中にはいられた。


新共同 ルカ 24:29
24:29 二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。


塚本訳 ルカ 24:29
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。


文語訳 ルカ 24:29
24:29 強ひて止めて言ふ『我らと共に留れ、時夕に及びて、日も暮れんとす』乃ち留らんとて入りたまふ。

●集会は、高木(司会)、丹野(塚本虎二「使徒信条講義」)横田(教会史・十字軍)
●13:0 妻と「聖書の世界を発掘する・・・聖書考古学の現在・・・」上智大学に行く。
 講演者、月本昭男、長谷川修一。
●感想。学問は信仰の敵ではないが、信仰なき学問はつまらない.学問を重ねても信仰には到達できない。信仰は100%神からの賜物。不信者との間には越えられない溝がある。

 
 


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寂しかった人々 ++++++++ 所感

2014/11/15 09:50

141115(土)5時15分目覚め、起床●早朝散歩で黙想「淋しかった人々」●人間の行動の原点は「淋しさの癒し」である。

幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく  若山牧水

●漢字で「寂しい」と「淋しい」は両方とも「サビシイ」と読むが、前者は静かな空間、後者は感情の状態を表すときに使うようだ。聖書では「寂しい」とは人里離れた場所という場所の概念、「淋しい」とは人がいなくなって心が淋しいと概念に使っているようだ。頭の毛が少なくなっている時は「頭の毛が寂しい」という。(笑)。しかし、聖書では「寂」も「淋」も用例が少ない。神を信ずる者には淋しいことはないからなのかもしれない。
●しかし淋しい人には神の愛とか喜びを説くよりも、その人の身になって一緒に悲しんだ方がよっぽど当人の慰めになる。癒しになる。「音楽力」という本(日野原重明、湯川れい。海竜社)には悲しい時は悲しい曲を聴け、とある。これ同質の原理なのであるという。聖書には「泣くものとともに泣け」とある。私は母が逝った時に、バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調」第二楽章ラルゴで癒された。その他「淋しさの癒し」にはラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」やアルビノーニの「アダージョ」がおすすめ。特に後者の曲はは落馬して記憶を失った人が米国に行って音楽療法の治療を受けた時、この曲を何度も聴かせられたら回復したという。
●しかい一緒に泣いているばかりでは真の解決にはならない。「泣く者と共に泣け」(ロマ12:15)と言ったパウロは同時に復活を強烈に説いた。
●今朝は神の子イエスが泣いている人と一緒に泣いて、真の癒しと喜びの永遠の命へと導いた様を見てみよう。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

本訳 ヨハ 8:5-11
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ルカ 5:27-32
5:27 そのあとで、イエスは(湖のほとりに)出てゆき、レビという税金取りが税務署に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、
5:28 何もかも捨てて、立って従った。
5:29 レビがイエスのために家で大宴会を催すと、税金取り、その他の人々が大勢、(イエスや弟子たちと)共に食卓についていた。
5:30 パリサイ人とパリサイ派の聖書学者が弟子たちに向かってつぶやいた、「なぜあなた達は税金取りや罪人と一しょに飲み食いするのか。」
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 11:32-36
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」

塚本訳 ルカ 23:27-29
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた。
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。

23:29 いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。


塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43
「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25
イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 19:25-27
19:25 ところが一方、イエスの十字架のわきには、その母(マリヤ)と母の姉妹、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。
19:26 すると
イエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」
19:27 それからその弟子に言われる、「これがあなたのおかあさんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


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朝の黙想おわり。人生の悲しみの時神に「じっと」見つめられる人は幸いだ。永遠の命に導かれるからだ。

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早朝散歩。都心のビル群が見える。

●TSK日本語版イザヤ書55勝
●妻は「聖書の世界を発掘する・・・聖書考古学の現在・・・」講演会
●16:30国立音楽大学演奏会。



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「玉川上水を」歩く。ウィーンで歩いたヴェートーヴェンの散歩道を思い出した。

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国立音楽大学大ホールで、音楽会

国立音楽大学合唱部160名.国立音楽大学管弦楽団。指揮永井宏。
ラインべルガーのレクイエムとミサ曲。
ヴェートーヴェン「荘厳ミサ曲」
合唱団は「若さ」が素晴らしく、高音が楽に出ていた。さすがプロの卵。
ソプラノ独唱の佐竹由美は良かった。さすが宗教音楽家としての定評が髙いだけあった。
この水準の高い演奏会が「無料」とはかたじけない。軽部さんご夫妻に会う。

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来世では会いたい人に会える ++++++++ 所感

2014/11/14 06:35

141114(金)5時15分目覚め、起床。睡眠6時間●キリスト者の皆様お早うございます。早朝散歩で白い富士を見ました。富士を見るといつも思うのだが、多くの建築設計を手掛けた同僚のS君を思うのだ。彼とはあの富士に一緒に登ったことがある。彼は還暦を待たずして逝った。彼の亡骸に向かって私は言った。「S君起きな。時間だよ」。しかし彼は起きなかった。●彼はあるとき私に言った。「高橋君、聖書ってそんなに面白いものなのかい」と。●残されたご母堂にお悔やみに行くと取りすがられて泣かれた。彼は独り息子だったのだ。●愛する者に先立たれる悲しみ。人生にはこういう残酷な琴があるものだ。

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早朝散歩。白い富士。今朝は寒い。

●神が愛ならば、この極度の悲しみをも救ってくださるはずだ。来世では「会いたい人に会える」と信ずる。その聖書的根拠を見てみよう。こういう場合は人間パウロではなく、神の子イエスの言動に根拠を置かなければならない。パウロの「思想」は神学を生み、いがみ合いになる。


塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは
『彼を母に渡された。』


塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。


塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ヨハ 16:22-23
16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない
16:23 その時には、(もはや)何事もわたしに尋ねる必要はない。アーメン、アーメン、わたしは言う、(その時)あなた達が父上に何かお願いすれば、わたしの名でそれをかなえてくださるであろう。

塚本訳 マタ 28:5-7
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」


塚本訳 ヨハ 15:7
15:7 もしあなた達がわたしに留まっており、わたしの言葉があなた達に留まっておれば、なんでもほしいものを願いなさい。かならずかなえられる。
塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。


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朝の啓示黙想瞑想終わり。死後はある。来世はある。会いたい人に会おうと思えば会える。これ神の子イエスの約束の言葉だ。

●12:50 妻は大田区の愛子の家に手伝い(留守番、子守)に行く。感謝。
●TSK日本語版イザヤ書53-54章

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夕方散歩。左から三分の一付近に今朝見た富士が見える。
秋の夕暮れ。こういう景色を見るとなぜか胸が潰されるようになるのだ。
NO!。泣くな。永遠の命を頂いているのだ。

讃美歌39
命の暮れ近づき、わが魂はいと淋し、
・・・・
とこしえにさむるまで、
主よ共に宿りませ

讃美歌 43
御神の賜いし、この日も暮れけり、いざや今朝のごと、御恵みをたたえん。

讃美歌509
世のたのしみ 失せされ、ひとのほまれ 消えゆけ
・・・・
いざや別れん 浮世に いざや迎えん 常世を
いざや迎えん 主のみむんwに よりて行こう その日を

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信仰は一流でなければならない ++++++++ 所感

2014/11/13 11:56

141113(木)キリスト者の皆様お早うございます。世の中は「一流」を目指して熱心です。一流校、一流企業、一流住宅、一流ホテル・・・・、しかしクリスチャンは信仰が一流でなければなりません。神はそれを望んでいます。●今朝は12月7日の集会感話の準備をしました。

12月7日感話準備
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神に教えを受ける

・・・人間にはできないが神にはなんでも出来る・・・

東京聖書読者会 2014.12.7 高橋照男

神に教えを受ける                       

塚本訳 ヨハ 6:41-45                        6:41 ユダヤ人はイエスが「わたしが天から下ってきたパンである」と言われたので、彼のことをつぶやいて                     6:42 言った、「この人はヨセフの子イエスで、わたし達はその父も母も知っているではないか。どうして今「わたしは天から下ってきた』と言うのだろう、」6:43 イエスが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。          6:44(わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。                              6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

44節。信仰は神の引きによる

塚本訳 ヨハ 18:37                         18:37 そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。

塚本訳 Ⅰヨハ2:20                         2:20 そしてあなた達は聖者(キリスト)から油を注がれ(て聖者となっ)たのであるから、皆、(何が真理で、何が嘘であるかを)知っている。

塚本訳 マタ 18:19-20

18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。                   18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ロマ 1:5-7                          1:5 わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている。   1:6 あなた達もその中にあり、イエス・キリストのものになるようにと(神に)召された者である。──                        1:7 それでわたしは、神に愛される人、(また)召された聖徒であるローマ(集会)のあなた達一同に、この手紙をおくる。わたし達の父なる神と主イエス・キリストから、恩恵と平安、あなた達にあらんことを。

●45節 人を真に導くのは神。無教会は教会の司祭や牧師の行ういわゆる「牧会」をしない。神ご自身、聖書自身の力が人を正しく導いて「牧会」する。

塚本訳 マタ 19:23-26                       19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。                     19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」                            19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」                 19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 マコ 9:18-19                        9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」                     919-27 省略                           9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」

9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

 

②「神の力」は人智を超える                        

塚本訳 ヨハ 3:3-9                          3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」                        3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」                3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。           3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。                             3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。                      3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」                          3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」                     3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、それくらいなことがわからないのか。

4節。9節。「そんなことはありえない」と思うのが生まれつきの人間の偽らざる疑問

塚本訳 ヨハ 11:35-40                       11:35 イエスが涙を流された。                    11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」                         11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。             11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。            11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」          11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 20:24-29                       20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。            20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」                                20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。          20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」       20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」 20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

●6,7,10節。「霊によって生まれる」ということは人智(大脳皮質)では絶対に到達できない。

塚本訳 ヨハ 1:9-13                         1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。                           1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。                             1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。       1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 Ⅰコリ2:13-14                        2:13 またその(賜物の)ことをわたし達が話すにも、人間的な知恵に教えられた言葉によらず、御霊に教えられた言葉による。霊のことに霊のことを当てはめ(て解しようとす)るのである。                   2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

塚本訳 Ⅰコリ1:23-25                        1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、      1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。            1:25 というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人よりも力があるからである。

塚本訳 マタ 22:23-31                       22:23 同じ日にサドカイ人たちが近寄って、復活なしと主張しながら、イエスにこう言って質問した。                       22:24 「先生、モーセは(その律法に)、『もし人が子がなくて死んだ場合には、弟に兄嫁をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』と言っています。  22:25 ところがわたし達のところに七人の兄弟があって、長男が結婚して死に、子がなかったので、その妻を弟にのこしました。            22:26 同じように、次男も三男も、ついに七人まで(子をのこさずに)死んで、              22:27 一番しまいにその女も死んでしまいました。           22:28 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。皆その女を妻にしましたから。」      22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。                           22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。                            22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

塚本訳 ルカ 24:29-32                       24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。                      24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、                 24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。                    24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 使  16:11-15                        16:11 そこでわたし達はトロアスから船出してサモトラケ(島)に直航し、翌日ネアポリス(の港)についた。                    16:12 そこから(歩いて、)マケドニヤ第一区の町で(ローマの)植民地であるピリポに行った。わたし達は数日この町に滞在していた。       16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。                             16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。    16:15 彼女が家族と共に洗礼を受けた時、「あなた達がもしわたしを(ほんとうに)主を信ずる者とお考えなら、家に来て泊まってください」と言って願い、わたし達を無理に連れていった。

③一流の信仰。僅かな信仰でもあれば神に力を発揮していただける。

塚本訳 マタ 17:19-21                       17:19 あとで弟子たちは人のいない時にイエスの所に来て言った、「なぜわたし達には悪鬼を追い出せなかったのでしょうか。」           17:20 彼らに言われた、「信仰が無いからだ。アーメン、わたしは言う、もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、この山に向かい『ここからあそこに移れ』と言えば移り、あなた達に出来ないことは一つもない。

●20節。信仰の姿勢が一流なら、蚊が泣くような祈りでも神に聴かれる。

塚本訳マコ 9:17-23                        9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。                        9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」                     9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)     9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。 9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。                 9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」                        9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳マタ 8:5-13                         8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って      8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」                             8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」                         8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。                         8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」              8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。                          8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、                                8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」            8:13 それからイエスは百卒長に言われた、「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

塚本訳ヨハ 4:46-54                        4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。                       4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。                           4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」                          4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、                     4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。             4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。                          4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた                4:54 イエスはこの第二の徴[奇蹟]を、ユダヤからガリラヤに行かれたときに行われた。

塚本訳マタ 9:20-22                        9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。                    9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである。                              9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。

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朝の黙想 12月7日感話準備おわり

●午後教文館。編集部倉沢さん、聖書図書館高橋さん。エレベーターで斉藤みちさんとばったり。
●18:00 富阪キリスト教センターで「キリスト教性教育研究会」。講師の千葉明徳氏と共通の知り合いについて懇談、富永國比古先生と懇談、高木実氏と懇談、武田晶子さんに挨拶。帰宅22:00

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早朝散歩。すばらしい日の出

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午後都心に出かける途中で。青、白、赤が美しい。


 




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「血を流すまで抵抗する」とは ++++++++ 所感

2014/11/12 06:13

141112(水)4時半起床。●キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の朝の啓示は「血を流すまで戦ったことはない」(へブル12:4)●これは以前から腑に落ちない言葉でした。世の革命家の発する言葉のように聞こえたからです。そこでこの言葉の真の意味を探ろうと思います。

●翻訳比較(Jバイブル便利)

塚本訳 ヘブ 12:2-5
12:2 (かの)信仰の創始者また完成者であるイエスを見上げて!彼は自分の前にある喜びを捨て、恥をもいとわず十字架を耐え忍んで、(いまや)神の御座の『右に坐られているのである』。
12:3 あなた達も倦怠し、無気力になることがないように、彼が(御子でありながら、)『罪人どもの自分に対する』あんな敵対を耐え忍ばれたことを考えなくては。
12:4 あなた達はまだ、罪と戦って血を流すまでに抵抗したことがない。
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。


口語訳 ヘブ 12:2-5
12:2 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。
12:3 あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。
12:4 あなたがたは、罪と取り組んで戦う時、まだ血を流すほどの抵抗をしたことがない。
12:5 また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、/「わたしの子よ、/主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。


新改訳 ヘブ 12:2-5
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
12:3 あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。
12:4 あなたがたはまだ、罪と戦って、血を流すまで抵抗したことがありません
12:5 そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。


新共同 ヘブ 12:2-5
12:2 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。
12:3 あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。
12:4 あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません
12:5 また、子供たちに対するようにあなたがたに話されている次の勧告を忘れています。「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、/力を落としてはいけない。

●目的の言葉の探求にはその言葉の前後を見ればよい。そうすると「イエスに学べ」というように読める。そこでイエスはどのように「血を流されたのか」「どのような生き方をされたのか」をみればよいわけだ。自分の頭に浮かぶイエスの言動を掲げてみよう。

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな


塚本訳 ルカ 6:27-35
6:27 しかし(今わたしの話を)聞いているあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を憎む者に親切をつくし、
6:28 呪う者に(神の)祝福を求め、いじめる者のために祈れ。

6:29 あなたの頬を打つ者には、ほかの頬をも差し出し、上着を奪おうとする者には、下着をこばむな。
6:30 求める者にはだれにでも与えよ、あなたの物を奪った者から取り返すな。
6:31 あなた達は自分にしてもらいたいと思うとおり、人にしなさい。
6:32 自分を愛する者を愛すればとて、(神から)どんな恵みがいただけよう。不信者でも自分を愛する者を愛するのだから。
6:33 親切にしてくれる者に親切にしたからとて、どんな恵みがいただけよう。不信者でも同じことをするのだから。
6:34 また、取りもどすつもりで貸したからとて、どんな恵みがいただけよう。不信者でも同じだけのものを取り戻そうとして、不信者に貸すのである。
6:35 しかし、あなた達は敵を愛せよ、親切をせよ、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美をどっさりいただき、かつ、いと高きお方の子となるであろう。いと高きお方は恩知らずや悪人にも、憐れみ深くあられるのだから。

塚本訳 マタ 27:26-31
27:26 そこでピラトはバラバを赦してやり、イエスの方は鞭打ったのち、十字架につけるため(兵卒)に引き渡した。
27:27 それから総督の兵卒らはイエスを総督官舎(プライトリオン)に連れてゆき、(王の茶番狂言を見せるために)全部隊を彼のまわりに集めた。
27:28 そしてイエスの着物をはいで(自分たちの)緋の外套をきせ、
27:29 茨で冠を編んで頭にかぶらせ、右手に葦(の棒)をもたせて(王に仕立てたのち、)その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳!」と言ってなぶった
27:30 それから唾をかけ、葦(の棒)を取りあげて頭をたたいた
27:31 こうしてなぶった後、外套を脱がせてもとの着物を着せ、十字架につけるために引いていった。

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 マタ 5:5-6
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。

塚本訳 マタ 5:10-11
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 ヨハ 12:24-26
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)
12:25 [(この世の)命をかわいがる者は(永遠の)命を失い、この世で命を憎む者は、命を守って永遠の命にはいるであろう
12:26 わたしに仕えようとする者は、わたしに従い(わたしと同じ道を歩き)なさい。そうすれば、わたしに仕える者もわたしがおる所におることができる。父上はわたしに仕える者に、(そんな)栄誉をくださるのである。]

塚本訳 マタ 16:24
16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 Ⅰペテ2:21
2:21 君達はこのために召されたのであるから。というのはキリストも君達のために苦しみ、
君達をその足跡に随わせようとして模範を遺し給うたのである。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ヨハ 13:12-14
13:12 さて、みんなの足を洗い終ると、上着を着てふたたび席について、言われた、「いまわたしは何をあなた達にしたか、(そのわけ)がわかるか。
13:13 あなた達はわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいるが、そう言うのは正しい。その通りだから。
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある

塚本訳 ヘブ 13:12
13:12 だからイエスも(これと同様に、しかし獣の血でなく)自分の血をもって、民をきよめるために、(エルサレムの)門の外で(十字架の)苦しみをうけられたのである。(すなわち贖罪と同じように、血は天の聖所の中に持って入られたけれども、その肉体は門の外のゴルゴダで滅び失せたのである。だから新約の祭壇では、食べる肉は無い。聖晩餐のパンがキリストの肉である訳はないではないか。)


塚本訳 使  5:40
5:40 使徒たちを呼びいれて(鞭で)打ち、(今後決して)イエスの名を使って話をしてはならないと命令して、釈放した。

塚本訳 Ⅱコリ11:22-27
11:22 あの人たちはヘブライ人だというのか、わたしもだ。イスラエル人だというのか、わたしもだ。アブラハムの子孫だというのか、わたしもだ。
11:23 キリストに仕える者だというのか、気違いになって言う、わたしはもっとそうだ。(伝道の)苦労において(彼らより)なお一層、牢屋に入れられることにおいてなお一層、打たれることにおいて(彼らより)もっともっと、死の危険において度々だ。
11:24 ユダヤ人から「四十マイナス一」の笞の刑を五度受けた。
11:25 (ローマの)笞で打つ刑を三度受けた、一度石打ちされた、三度難船し、一度は一昼夜漂流した。
11:26 度々旅行して、川の危難、強盗の危難、同国人の危難、外国人の危難、都会の危難、荒野の危難、海の危難、偽兄弟の危難に遇った。
11:27 苦労し辛苦した、度々徹夜し、飢えまた渇いた、度々絶食し寒く着る物がなかった。

塚本訳 Ⅰテサ3:3-4
3:3 (斯くして)この(大なる)患難の際に(君達の中の)誰一人も揺すぶられることの無いためである。──私達(キリストを信ずる者)が斯く運命づけられていることは、君達自身が(よく)承知しているはずだ。
3:4 何故なら、私達が患難に遭わねばならぬことは、君達と一緒にいた時分に予め話して置いたことでもあり、それが(果たして)その通りになって、君達が(今自分で経験してそれを)知ったまでであるから。──

塚本訳 コロ 3:13
3:13 互いに我慢して、たとい誰かに対して不平があっても、互いに赦し合え。主が君達を赦し給うたように、君達も赦せ。

塚本訳 使  14:19-22
14:19 するとアンテオケとイコニオムとからユダヤ人がおしかけて来て、群衆を説いて味方にし、パウロを石で打って町の外に引きずり出した。死んでしまったと思ったのである。
14:20 (主の)弟子たちが(来て)彼を取り囲んで(見守って)いると、(やがて)立ち上がり、町に入った。翌日バルナバと一緒にデベルへ向かって出発した。
14:21 二人は(しばらく)その町で福音を説き、だいぶ大勢弟子にしたので、(来た道をもどり、)ルステラ、イコニオムを経て(ピシデヤの)アンテオケに引き返した。
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。


塚本訳 ヘブ 10:32-34
10:32 あなた達が(前に聖霊に)照らされ(てキリストを信じ)た(すぐ)あとで、苦しみの激しい戦を耐え忍んだ前の日のことを思出しなさい。
10:33 それは、あるいは罵りや苦難のうちに(多くの人に)見世物にされたり、あるいは、こんな目に会っている人々の仲間になったりすることであった。
10:34 しかり、あなた達は(信仰のための)囚人たちと苦しみをわかち、また自分がもっとまさった、いつまでもなくならない持物を持っていることを知っているので、自分の財産の奪われるのを喜んで忍んだではないか。

塚本訳 Ⅱテサ1:5
1:5
(実はかく)君達が苦しんでいることが(とりも直さず)神の正しい(最後の)審判の(既に切迫している)兆であり、(またそれにより)君達が神の国に相応しい者とされるためであって、君達は(今)その御国のために苦しんでいるので、

塚本訳 ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また
彼のために苦しむことをも恵まれたからである。

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朝の啓示黙想礼拝終わり。残る生涯に起こるであろう艱難辛苦が来世に躍り込む準備に変わりますように。


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。
今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

●9:10 広徳寺へ出発

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8年ぶりに広徳寺に散歩した。大イチョウ。後ろは山門。

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本堂の裏手にある池。この池にはモリアオガエルがいるのだそうだ。カメラマンが大勢いた。

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本堂裏手のケヤキ。紅葉が素晴らしかった。

●「子や孫が私達より先に逝かないように願う」と妻と話し合いながら帰途に就く。12時半帰宅。
●TSK日本語版イザヤ書52章
●図書館に宮田光雄著「私の聖書物語」を返却。期限が過ぎているので図書館内で大急ぎで流し読み。急げば30~60分で読める。そのコツは目次で読みべき所を決める。読むと決めた章は著者の「受け売り論考」は斜め読み。この本でいえばパウロの復活論は他の本の焼直し、受け売り。そうではなく著者独自の体験である、出会いの人物や本のところは読む。大体こういうのは「はじめに」hか「あとがき」にある。こうしてこの本は30分で読んで返却。
●本書で「敬虔主義」の聖書の読み方も絶対ではないことを知った。聖書は生活を通して体当たりで読むべきことを思った。帰宅17:30 それから大相撲、これはいつも大関戦と横綱戦のみを見る。







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この世の幸福に勝る霊の喜び ++++++++ 所感

2014/11/11 06:33

141111(火)キリスト者の皆様、お早うございます。今朝の啓示は「この世の幸福に勝る霊の喜び」でした。●この世は「世の与える幸福」を必死に求めるが、それを得たところで渇きはやまない。かくいう私も29歳の時に「マイホーム」を建てたが、「何だこんなものであったのか」という寂寥感に襲われたものだ。「世の与える幸福は渇く」。結婚、学歴、家庭団らん、人の愛、健康、経済の発展安定、政治的平和、老後の安逸、平安死、・・・・・・
これらは必要であるがそれが満たされたところで、決して満たされない。人間はそんなに低級ではない。今朝はこれに関する聖書の言葉を黙想してみよう。

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない
。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 ヨハ 6:34-35
6:34 彼らが言った、「主よ、(もしそうなら、)いつもそのパンを戴かせてください。」
6:35 イエスが言われた、「わたしが命のパンである。わたしの所に来る者は決して飢えない。わたしを信ずる者は決して二度と渇かない。

塚本訳 ヨハ 14:23
14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。

塚本訳 ロマ 8:9-11
8:9 しかしあなた達は肉にある者ではなく、霊にある者である、(すでにキリストを信じて)神の御霊があなた達の中に住んでおられる以上は。しかし(神の御霊すなわち)キリストの霊を持たないなら、その人はキリストのものではない。
8:10 しかしキリスト(の霊)があなた達におられるなら、(あなた達の)体は(アダムの)罪によって死んでいるが、霊は(キリストの)義によって生きている。
8:11
しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

塚本訳 ロマ 8:5-6
8:5 なぜ(霊によって歩けばそれができる)か。肉による者[生まれながらの人]は肉のことを追い求めるが、霊による者[キリストを信ずる者]は霊のことを追い求めるからである。
8:6 肉を追い求めることは死をもたらすが、霊を追い求めることは命と平安とをもたらすからである


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

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朝の啓示黙想礼拝終わり

●9:00  皮膚科のナナクリニック。今日は特別に魚の目の治療
●図書館。
●信仰上の難しい電話。こういう電話は「わからない、わからない」で逃げた方がよい。
●TSK日本語版イザヤ書51章
●次回(11月23日)の感話資料。
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神に教えを受ける ++++++++ 所感

2014/11/10 06:15

141110(月)キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は2時過ぎに目がさめて、12月7日の感話のテーマが与えられました。それは「神は個別に様々な方法で人を救う」です。●「何を話すべきか」困っていると神はテーマを与えてくれます。

塚本訳 マタ 10:19
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから


●神は「人の顔を顔を見て法を説く」。サマリヤの女、ザアカイ、トマス、放蕩息子、ナインの若者の母、金持ちの青年、ニコデモ・・・・その方法は48手、その人に最もふさわしい時にふさわしい方法で永遠の命の道を教えまた与える。
●もう一つ与えられた啓示は「真理から出たものはキリストの声に耳をかたむける」です。ウィーンに旅をしたとき、音楽家の多く(モーツアルト、ハイドン、ヴェートーヴェン・・・・)はなぜウィーンに集まったのかという疑問を解くことが課題でもあった。すると同行の人が「優秀な音楽家がいたから」と言ったのに合点がいった。つまり「類は類を呼ぶ」のである。信仰の世界も同じだ。鐘や太鼓を叩いてもキリスト教には関心をもたない。神に召された人のみが集まるのだ。
●そこで今朝はこれに関する聖句を連想してみよう。

塚本訳 ヨハ 18:37
18:37 そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る

塚本訳 ヨハ 4:20-21
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

塚本訳 ヨハ 4:25-26
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 使  1:13-14
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった

塚本訳 Ⅰヨハ2:20
2:20 そしてあなた達は聖者(キリスト)から油を注がれ(て聖者となっ)たのであるから、皆、(何が真理で、何が嘘であるかを)知っている。

塚本訳 Ⅰヨハ2:27
2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

新共同 イザ 51:12
51:12 わたし、わたしこそ神、あなたたちを慰めるもの。なぜ、あなたは恐れるのか/死ぬべき人、草にも等しい人の子を

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ロマ 1:5-7
1:5 わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている。
1:6 あなた達もその中にあり、イエス・キリストのものになるようにと(神に)召された者である。──
1:7 それでわたしは、神に愛される人、(また)召された聖徒であるローマ(集会)のあなた達一同に、この手紙をおくる。わたし達の父なる神と主イエス・キリストから、恩恵と平安、あなた達にあらんことを。

●上記のうち、ヨハネ6:45の「神に教えを受ける」がカトリック、プロテスタント、無教会を問わず千古不易の大真理である。
●「神に教えを受ける」はdidaktoi. qeou/\「ディダクトイ・セウー」で、「キリスト教常識」誌(無教会の同人誌、今は廃巻)の表紙の下部に表示されていた。無教会主義の神髄であるが、「同人誌」はこと信仰に関しては長続きしない。なぜか。水平方向の横の「仲良しクラブ」のお遊びであって、命がけの「伝道の精神」が見られない。信仰は命がけの「人格」によって伝わる。否、神から直接教えを受けるものである。

●妻は3箇所に出かけて20時10分帰宅
●図書館で100歳まで元気に生きる方法の本を沢山借りてきた。ある本に、コンビニに寄らない、階段を使うとあったのでギクッ。
●お嬢さんが国際結婚をされた「花嫁の父」から返メール。心中やいかに。
●TSK日本語版イザヤ書50章


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失敗の人生 ++++++++ 所感

2014/11/09 06:32

141109(日)キリスト者の皆様お早うございます。今朝与えられたテーマは「失敗の人生」●一度このテーマで書こうと思っていた。しかし、そうすることによって人間たる私が不遇の人を聖書の言葉で慰めようとするのではない。人の嘆き悲しみを慰め¥ることのできるお方は神のみである。神の霊の付与のみが人の目から涙を拭い取ってくださる。●人は何かを失敗したとき原因を探る。それは正統である。常識である。ことに科学技術の世界では当然の正しい道である。「二度と失敗を繰り返さないための方法である。●ところが聖書はその失敗を通じてこの世的「成功」よりももっと高い次元に人を招くのである。その時「失敗は成功のもと」である。この「負け惜しみ」はこの世の人にはわからない。マスコミにはわからない。●イエスの言動を見るとこの人生の失敗者にイエスが接したことが多く書かれているが、それは神の人への接近の見える形えあった。●人生の失敗と言って「生まれつき」不幸というどうしようもない悲しみがある。これに対しては人間の慰めは効かない。限界がある。●その代表例が「生まれつきの盲人」の話である。

塚本訳 ヨハ 9:1-7
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。


●注目すべきは、3節の「ただ神の御業がこの人に現われるためである。」である。この物語において「神の御業」とはこの盲人の霊魂の目が開けられたことである。肉眼が開けられたことはその見える形に過ぎない。この物語の結論は次にある。

塚本訳 ヨハ 9:35-41
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」
9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」
9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)


●生まれつきの盲人はその悲しみから霊眼が開けられるに至る方が幸福だというのだが、そのプロセスでキリストは慰めでなく実際に肉眼を開けてから霊眼を開ける。だから生まれつきに盲目であることは結果的に幸いであったというのだ。これ人生のすべての不幸艱難の謎を解く鍵である。
●罪だらけの人は人を真に慰めることは出来ない。

塚本訳 ヨハ 9:32-34
9:32 開闢以来、(ただの)人間で、盲で生まれた者の目をあけたなどと、聞いたことがない。
9:33 もしあの方が神のところから来たのでなかったら、なんにも出来なかったはずです。」
9:34 彼らも負けずに言った、「罪だらけで生まれたお前が、このわれわれを教えるのか。」そして彼を(礼拝堂)追放にした。


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朝の啓示黙想礼拝終わり。人の不幸を慰めてくださるのは、神ご自身のみ。

●妻と集会へ。茂木(司会) 、高木(マルコ6章、佐藤優の信仰は全うであるということ)、山本(第一テモテ5章)
●小寺ご夫妻と私たちで昼食
●帰宅してTSK日本語版イザヤ書49章











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永遠の命への門は狭い ++++++++ 所感

2014/11/08 05:51

141108(土)4時目覚め。朝の啓示「門」●キリスト者の皆様お早うございます。今朝の啓示は「門」です。●71歳にもなると残りの人生とその後の生命について深く思いを巡らせるようになります。そんな時、キリストの「狭き門より入れ」という言葉は効き目があります。つまり、永遠の命を得るには「狭き門」より入らなければならないというのだ。●これはこの世の「狭き門」とは違い押し合いへし合い、人を蹴落として入るものではなく。「見出しにくい」といういものである。●エルサレムの城壁には大きな門がいくつかあるが、その脇に狭い小さな門があるというのだが、旅行したとき私はそれを見逃してしまった。●今朝は起床までの一時間に寝床で思いついたものと、机に座ってから「Jバイブル」(これ超便利)によって引きだした聖句を書いてみよう

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 マコ 10:17-24
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
10:19 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、』奪い取ってはならない、『父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。


塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳 ヨハ 10:9
10:9 (また、)わたしが(羊の出入りするための)門である。わたしを通って入る者(羊)は救われる。(いつもこの門を)入ったり出たりして、牧草を得るであろう。

新共同 Ⅰテモ2:5
2:5 神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。

新共同 使  4:11-12
4:11 この方こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』/です。
4:12 ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」

塚本訳 ルカ 12:14-15
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マタ 19:23-26
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 マタ 6:31-33
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

塚本訳 ヨハ 14:1-3
14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。
14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。


塚本訳 マコ 10:29-31
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。
10:31 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。」

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。


塚本訳 Ⅰコリ7:6-8
7:6 (今わたしは妻を持った方がよいと言ったが、)しかしこれは(あなた達の弱さを思いやって)譲歩して言うのであって、命令するのではない。
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。

塚本訳 Ⅰコリ9:5
9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。

塚本訳 マタ 10:34
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。


塚本訳 ルカ 12:51
12:51 あなた達は、地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うのか。そうではない、わたしは言う、平和どころか、内輪割れ以外の何ものでもない。


塚本訳 ルカ 12:51-53
12:51 あなた達は、地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うのか。そうではない、わたしは言う、平和どころか、内輪割れ以外の何ものでもない。
12:52 今からのち、一軒の家で五人が割れて、三人対二人、二人対三人に
12:53 割れるからである。父対息子』息子対父、』母対娘』娘対母、』姑対嫁』嫁対姑』!」

塚本訳 マタ 10:34-39
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39 (十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。


塚本訳 ルカ 22:35-38
22:35 それから彼らに言われた、「(前に)財布も旅行袋も靴も持たせずに、あなた達を(伝道に)やった時、何か足りない物があったか。」彼らが答えた、「いえ、何も。」
22:36 彼らに言われた、「しかし今は(もうそれではいけない。)財布を持っている者は持ってゆけ。旅行袋も同様。剣を持たない者は、(もし金がなかったら、)上着を売ってでも買いなさい。
22:37 わたしは言う、『彼は咎人の一人に数えられた』と(聖書に)書いてあること、をわたしは成就せねばならないのだから。そしてわたしの務は(いよいよこれで)果てるのだ。(あなた達も戦いの準備をするがよい。)」
22:38 彼らが言った、「主よ、剣ならばここに二振あります。」イエスが(笑いながら)言われた、「それで沢山々々。」


塚本訳 使  9:4-6
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」

塚本訳 使  18:6
18:6 しかしユダヤ人にはこれに反対して(イエスを)冒涜するので、パウロは(絶縁のしるしに)上着の塵を払いおとして彼らに言った、「(最後の裁きの日に流す)あなた達の血の責任は、あなた達自身に負わされる!わたしは良心の咎めなく(あなた達をすてて、)今からのち異教人へ(伝道に)行く。」

塚本訳 マタ 10:14
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

塚本訳 ルカ 10:10-11
10:10 しかしある町に入ったとき、人が歓迎しないなら、大通りに出て言え、
10:11 『わたし達は足についたこの町の埃まで、あなた達に拭いてかえす。(縁を切った証拠だ。)しかし(あなた達には、恐ろしい裁きである)神の国が近づいたことを知れ』と。

塚本訳 使  13:50-51
13:50 しかしユダヤ人は敬神家の上流婦人や町の有力者をそそのかし、パウロとバルナバとに向かって迫害を起こさせ、二人をその土地から追い出した。
13:51 二人は彼らに対し(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとして(そこを去り、)イコニオムへ行った。

塚本訳 ヤコ 1:2-3
1:2 わが兄弟達よ、種々な試練に遭った時には、(それを)無上の喜びと思え。
1:3 信仰の試験に及第することが忍耐を生み出すことを、君達は知っているのだから。


塚本訳 ヤコ 1:12
1:12 『幸福なるかな』、試練に『耐える』人、(これに)及第すると、主を愛する者に約束された生命の冠が戴けるのだから。

塚本訳 Ⅰペテ1:5-6
1:5 (そして)君達は最後の時に顕れる準備の(既に)出来ている救いに入るために、信仰によって神の力に護られる。
1:6 (もちろん)その時には(大いに)喜ぶ(であろう)が、もし(御意により)必要ならば、今は少し様々な試練に(悩み)悲しまねばならない。


塚本訳 Ⅰペテ4:12
4:12 愛する者よ、試練のため君達に起こった烈火の苦難を(何か)異常なことが臨んだかのように(驚き)異しむな。


塚本訳 黙  2:10
2:10 お前はまだ苦しむであろうが、(決して)それを恐れるな。視よ、悪魔はお前達の中から(幾人かを)牢屋に投げ込もうとしている。それはお前達が試練を受けるためである。お前達は十日の間患難を受けるであろう。(しかしただ少しの間の我慢である。)お前は死ぬるまで私に忠実であれ。そうすればお前に生命の冠を与えるであろう。

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朝の啓示と黙想礼拝終わり。永遠の命への門は狭くて厳しい。しかし活きているうちに希望と喜びがある。

●10:30 元愛真高校校長渡辺晴季先生夫人(「さえ子」さん脳腫瘍、独立学園8期生)告別式。青梅市民斎場。トミ子参列
●私は12:00 千葉の海浜幕張へ。宍倉司朗氏長男瞭(りょう)君の7歳祝賀会に出席、(於・ホテルニューオータニ幕張)

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ホテルニューオータニの入り口ロビー「メリークリスマス」

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宍倉瞭君7歳の祝賀会。於・ホテルニューオータニ幕張。
宍倉司朗一家。中央が長男の瞭(りょう)君(7歳)

私の乾杯の挨拶。
「26年前に宍倉司朗氏の住いが入る『白樺フラッツ』(共同住宅、於・千葉市)を設計したのが御縁で宍倉家と今日まで御交誼を頂き、本日このようにお招き戴き感謝です。建築を通しての長き御交誼を頂き、本日またこのようにお招き頂きましたことは建築士冥利に尽きます。宍倉家のますますのご繁栄を祈念して乾杯をさせて頂きます。乾杯!」

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瞭君のお姉さん二人のピアノ演奏。
ベートーヴェン「エリーゼのために」、モーツァルト「トルコ行進曲」
この二人はキリスト教の教会学校に通っている。

●建築というこの世の小事(それはこの世限りのもの)を通じて人に尽くすことが出来るのは喜悦である。

塚本訳 ルカ 16:9-10
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。




















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人の救いは神の恵みの光による ++++++++ 所感

2014/11/07 10:35

141107(金)3時目覚め、啓示の聖句「光」、5時半早朝散歩、「人の救いは神の恵みの光による」

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早朝散歩5時半。西の奥多摩連山にビックリするぐらいの大きな明るい月が沈む

●キリスト者の皆様お早うございます。今朝は「光」について黙想します。私の父が初めて福音に接したのは「晋(父の名前、シンと呼べれていた)さん、本当の神様を教えてあげる」と言われて、銀座教会に誘われて行ったr時である。そこで歌った歌が、讃美歌87Aであった。

讃美歌87A


恵みの光は わが行きなやむ
闇路をてらせり 神は愛なり
我らも愛せん 愛なる神を

●父は若き日に胸を病み、危篤の時に十字架の啓示を受けて救われた。回復して結婚したが、働き盛り、3人の子供が就学中に再発し、家計は4割減、家庭内は暗くなった。母はよく病の父を助けた。●父は子供3人に「光」に関する名前を付けた。長男は光男、二男の私は照男、三男は靖男、これは晴れるという意味だそうだ。晩年になって父は「自分の病気のために子供たちに希望通り進学させられなかった。」と悔やんだ。そのとき」私は言った。「いいよ、いいよ。僕は『幸いなるかな貧しき者』(マタイ5:3)という聖書の言葉が分かったのだから」と言って慰めた。父は87歳の信仰の生涯を全うした。●臨終のとき私は父の耳元で大声で叫んだ「ロマ書8章!、ロマ書8章!」●父母が眠る墓の墓碑銘は「神は愛なり」。その秋川霊園の丘からは私の家の方向が見える●救いには「時がある」。それは悩み悲しむ時である。悩み悲しみはむやみやたらと来ない。それはことごとく神がご存知だ。「すべのことが益となる」(ロマ8:28)は父の特愛の言葉であった。私の祈りは兄と弟が救われることである。●今朝は父が若きときに接した「光」について、関連聖句を霊感で掲げてみよう。

口語訳 創  1:3
1:3 神は「あれ」と言われた。するとがあった。


口語訳 詩  19:5-6
19:5 は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。

口語訳 詩  119:105
119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道のです。


塚本訳 マタ 4:16-17
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなるを見、死の陰の地に住まうこの人々にがのぼった、』
4:17 この時から、イエスは「悔改よ、天の国は近づいた」と言って、教えを説き始められた。


塚本訳 ルカ 2:8-10
2:8 (その晩、)数人の羊飼がそのあたりで、野宿をしながら群の夜番をしていた。
2:9 すると(突然)一人の主の使が(現われて)彼らに近づき、主の栄光が彼らのまわりを照らしたので、羊飼たちはすっかりおびえてしまった。
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。

塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ヨハ 9:4-5
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」

塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。

塚本訳 ヨハ 12:36
12:36 光のある間に光を信じて、光の子になりなさい。」、こう話すと、イエスは(そこを)立ち去って、彼らから姿をお隠しになった。(イエスの伝道はこれで終ったのである。)


塚本訳 マタ 5:14
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない

塚本訳 ヨハ 1:6-9
1:6 (そこで)一人の人が(この世に)あらわれた。神から遣わされたのである。その名はヨハネ。
1:7 この人は証しのため、すなわち、光について証しをし、彼の証しによってすべての人を信仰にいれるために来たのであった。
1:8 彼は光ではなかった。ただ光について証しをするために来たのであった。
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。


塚本訳 使  9:3-6
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 使  26:12-14
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。


塚本訳 マタ 17:1-2
17:1 (それから)六日の後、イエスはペテロとヤコブとその兄弟のヨハネだけを連れて、高い山にのぼられた。
17:2 すると彼らの見ている前でイエスの姿が変った。
顔は太陽のように照りかがやき、着物(まで)が光のように白くなった。

塚本訳 ピリ 2:15
2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。

塚本訳 Ⅱペテ1:18-19
1:18 然り、私達はこの声が天から出たのを彼と共に聖なる山にいて聞いたのでる。
1:19 かくして私達に預言の言が一層確かなものとなった。どうか(この言を)真暗な所に輝く燈火として、日が照り出で暁の明星が君達の心の中に出るまで、これに注意してもらいたい。

塚本訳 黙  2:26-28
2:26 勝利を得て最後まで私(に対する信仰)の業を保つ者には、諸国の民の支配権を与え、
2:27 彼は(聖書にあるように、)鉄の杖を以て彼らを牧し、(彼に手向かう者を)土の器のように打ち砕くであろう。
2:28 そして私が私の父から(それを)戴いたように、彼にもまた暁の明星を与えるであろう。(彼は斯くして新しい救いの光に接することが出来るであろう。)


塚本訳 黙  22:5
22:5 また(昼夜の別が消え失せ)最早夜が無いであろう。(其処では)燈火の光も太陽の光も必要がない。主なる神が彼らを照らし給うから。そして彼らは永遠より永遠に王となるであろう。


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朝の啓示黙想瞑想終わり。私がうけた天からの光が子や孫達に引き継がれますように。

●TSK日本語版イザヤ書47章
●16:10公立阿伎留医療センターの泌尿器科で前立腺の検査。異常なし。15:30の予約を忘れていて、「すぐ来てください」との呼び出し。仲野谷先生は待っていてくださって検査をしてくださり、詳しく説明してくださった。前立腺癌の率が多くなっているが、私の場合は今のところ問題なし。







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悲しみは永遠の命への門 ++++++++ 所感

2014/11/06 06:17

141106(木4時半目覚め。朝の啓示「死の悲しみは永遠の命への門」●キリスト者の皆様お早うございます。イエスは独り息子を亡くした悲しみの母(スターヴァトマーテル)に対して「そんなに泣くでない」と言って慰めた(ルカ7:13)が、それは言葉だけでなく実態が伴った。裏付けがあった。それは永遠の命の実際的付与だったのだ。●イエスの地上での言動はこの一言に尽きる。私の残りの生涯も「そんなに泣くでな」と悲しみの人の涙を拭うものででありたい。●塚本虎二先生の数ある著作はこれすべて悲しんでいる人の「涙を拭う」チリ紙のようなものだとご自身で言われている。決して思想体系、翻訳を目指すのが目的ではなかった。現に畢生の努力を傾けた戦後の「改訳」作業は御病気で中断、未完に終わった。先生の改訳の完成よりも仕事が未完に終わった悲しみの方が完成の喜びよりもよく我々に慰めを与える。●音楽でも翻訳本に関しても、「本家争い」「御真筆論争」の醜い争いがあるのは、作曲家や著者や訳者など本人の意図するところではない。●ルカ7:13の翻訳比較をしてみる。

文語訳 ルカ 7:13
7:13 主、寡婦を見て憫み『泣くな』と言ひて、


口語訳 ルカ 7:13
7:13 主はこの婦人を見て深い同情を寄せられ、「泣かないでいなさい」と言われた。


新改訳 ルカ 7:13
7:13 主はその母親を見てかわいそうに思い、「泣かなくてもよい。」と言われた。


新共同 ルカ 7:13
7:13 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。


塚本訳 ルカ 7:13
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、


NKJV ルカ 7:13
7:13 When the Lord saw her, He had compassion on her and said to her, "Do not weep."


TEV ルカ 7:13
7:13 When the Lord saw her, his heart was filled with pity for her, and he said to her,
"Don't cry."

●それぞれに味わいがあり、これがベストとは言い難い。このイエスの言葉の背後にあるものに触れてみよう。それが「聖書で聖書を読む」方法の神髄である。頭に思い浮かぶまま、順不同。●聖書の引照は「自分で見つける」のが一番良いのは、見つけるという行為の背後に聖霊の働きがあるから尊いのである。そうでなければ他人の示した引照は「頭だけ」のものになるし、どうしてその引照があるのか、その関連がわからないのだ。

新共同 伝  12:1
12:1 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と/言う年齢にならないうちに。


口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

塚本訳 ヨハ 16:21
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

塚本訳 ヨハ 16:22
16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない。

文語訳 マタ 5:4
5:4 幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

新共同 Ⅰコリ15:58
15:58 わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

塚本訳 Ⅰペテ1:5-6
1:5 (そして)君達は最後の時に顕れる準備の(既に)出来ている救いに入るために、信仰によって神の力に護られる。
1:6 (もちろん)その時には(大いに)喜ぶ(であろう)が、もし(御意により)必要ならば、今は少し様々な試練に(悩み)悲しまねばならない。

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

塚本訳 マタ 28:19-20
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 1:28-30
1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。
1:30 天使が言った、
「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

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朝の啓示黙想礼拝終わり。心一杯胸一杯。


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孤独が癒される道 ++++++++ 所感

2014/11/05 09:48

141105(水)3時半目覚め●朝の黙想「孤独が癒される道」●キリスト者の皆様お早うございます。人生にとって「孤独」は行動のバネです。癒そうとするからです。どうすればその孤独を癒されるか。イエスの「サマリヤの女との問答」(ヨハネ4:1-26)からそれを黙想してみよう。

塚本訳 ヨハ 4:10
4:10 イエスは答えられた、「もし神の(賜わる最上の)賜物が何であるか、『飲ませてくれないか』と(今)あなたに言っている者がだれであるかがあなたにわかっていたら、あなたの方からその人に頼み、その人があなたに清水[命の水]を与えたであろうに。」


塚本訳 ルカ 11:13
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう
。」


塚本訳 黙  7:16
7:16 彼らは最早飢えず、最早渇かず、太陽も如何な暑さも(最早)彼らを襲わないであろう。

塚本訳 ヨハ 4:15-18
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ヨハ 6:34-35
6:34 彼らが言った、「主よ、(もしそうなら、)いつもそのパンを戴かせてください。」
6:35 イエスが言われた、「わたしが命のパンである。わたしの所に来る者は決して飢えない。わたしを信ずる者は決して二度と渇かない。

塚本訳 ルカ 15:17-18
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。

塚本訳 ヨハ 4:21
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。


塚本訳 ヘブ 10:18
10:18 (すでに)こんな(罪の)赦しがある以上、もはや罪のための捧げ物(の必要)はない。(旧約による祭司制度も礼拝の行われる聖所も、全然必要がなくなったのである。)

塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 14:23
14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。


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朝の黙想瞑想礼拝終わり。二度と渇かない生活はキリストに「同居」して頂くこと。

●元キリスト教愛真高校校長渡辺晴季先生の御夫人が召されたとの訃報。
●TSK日本語版イザヤ書45章
●2002年に編集した「高橋家の子供達」というVHSは過日DVDにコピーしが、今日はそれを子供たちに発送した。孫達が見ることを想像すると喜びである。8ミリフィルム(なき母から送られた撮影機)からVHSにそして今回はそれをDVDに。時代は変わる。子供は成長する。


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孤独とどう向き合うか ++++++++ 所感

2014/11/04 06:18

141104(火)キリスト信者の皆様お早うございます。次回の感話は一週早くなって11月23日になりました。そこで今朝は「神による直接の慰め」をテーマに、キリストが地上でいかに悲しむ人を慰めたかの事例を数多く見て、神が人を慰める方法を知ろうと思う。思うにキリストが世に降ったのも見えない神が見える形で人類を慰めたことなのだ。●人の百言よりも神の子キリストの一言。人の慰めよりも神の直接の慰め。キリストが直接に語りかけることによって人は初めて慰められる。キリスト無き現代の我々は、聖霊(復活のキリスト)によって直接神から慰められる。内村の百言よりもキリストの一言。


11月23日集会感話 準備

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「孤独とどう向き合うか」

・・・「また会える」とは神の子イエスの約束の言葉・・・

東京聖書読者会 2014.11.23 高橋照男

隠れた罪の重荷のある女を清めて救ったイエス

塚本訳 ヨハ 4:7-26
4:7
一人のサマリヤの女が水を汲みに来る。
「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた。
4:8 弟子たちは食べ物を買いに、町に行っていたのである。
4:9
サマリヤの女が言う、「ユダヤ人のあなたが、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲み物をお求めになるのです。」(女が不審に思ったのは、)ユダヤ人はサマリヤ人と交際をしないからである。
4:10
イエスは答えられた、「もし
神の(賜わる最上の)賜物が何であるか、『飲ませてくれないか』と(今)あなたに言っている者がだれであるかがあなたにわかっていたら、あなたの方からその人に頼み、その人があなたに清水[命の水]を与えたであろうに。」
4:11
女が言う、「主よ、あなたは釣瓶も持たれず、(この辺は)井戸も深いのに、どこからその清水を汲んで来られるのですか。
4:12
あなたはわたし達の先祖ヤコブよりもえらいのでしょうか。(まさかそうではありますない。)彼のおかげで、わたし達のこの井戸もあるのです。彼も、その子たちも、家畜も、この井戸から飲みました。」
4:13
イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15
女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16
イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17
女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18
五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19
女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。
4:20
(それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21
イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。
(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23
しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24
神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25
女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26
イエスは言われる、
「あなたと話しているわたしが、それだ。」

7節。悲しむ人にはイエスの方から声をかけた。

塚本訳 ルカ 19:2-6
19:5
イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。

10節。神の賜る最上の賜物とは永遠の生命。それは永遠に渇かない。

塚本訳 ルカ 11:10-13
11:10
だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11
あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12
また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13
してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に
聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。


15節。救いは求める者に与えられる。求めよ、さらば与えられん。

塚本訳 マタ 7:7-11
7:7
(ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
7:8
だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10
また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。


16節。神を知るには罪を知ることが条件。自分の罪が赦されて神が分かる。人は人生に失敗して罪を知り、はじめて神を知るに至る。

塚本訳 ルカ 15:14-19
15:14
すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15
そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16
彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17
ここで
(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18
よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう
『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と


18節。五人の夫との別れ。それは性格の不一致、あるいは死別か、いずれにせよ悲しんでいた。夫だけが悪いのではない、おそらく女の方にも落ち度があったのだ。おの女は夫の罪を赦すことによって自分は救われる。

塚本訳 マタ 6:12-14
6:12
罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。


21節。救いは教会の専売特許ではない。イエスの無教会主義。神殿宗教からの解放。罪の自覚のある人は善男善女の集う教会には敷居が高くて近づけない。こういう場合、教会主義は人に救いの門を閉ざす。           

塚本訳 ロマ 3:21-26
3:21
しかしながら今、
律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。
3:22
この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。
3:23
なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24
(さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26
今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

塚本訳 ヘブ 10:15-18
10:15
しかし(このことは)聖霊もわたし達に証しをして、
10:16
『「これこそわたしが』彼らと『結ぶ契約である、かの日の後に」と主は言われる、「わたしは彼らの心にわたしの律法を与え、彼らの悟りにそれを書きしるすであろう。」』と言われたあとで、
10:17
「『もはや絶対に彼らの罪』と彼らの不法と『を記憶しないであろう』」とつけくわえられたからである。
10:18
(すでに)こんな(罪の)赦しがある以上、もはや罪のための捧げ物(の必要)はない。(旧約による祭司制度も礼拝の行われる聖所も、全然必要がなくなったのである。)


26節。神は悲しむ人に直接声をかける。「どこからともなく」現れる。この世のゴタゴタn事件を通して、極度の悲しみの時に、神は不思議な方法でスッと現れて下さる。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19
その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、
イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ルカ 24:13-18

24:13 するとちょうど同じ日に、二人の弟子がエルサレムから六十スタデオ[十一キロ半]離れたエマオという村へ歩いてゆきながら、

24:14 これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。

24:15 二人が(こうして)話したり議論したりしていると、(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが、

24:16 二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった。

24:17 二人に言われた、「歩きながら何をそんなに論じ合っているのです。」暗い顔をして二人は立ち止まり、

24:18 一人のクレオパという方が答えた、「(見れば御巡礼のようだが、)エルサレムに滞在していながら、あなただけは、この二三日の間にそこで起ったことを何も知らないのですか。」

塚本訳 ヨハ 21:1-6
21:1
そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──
21:2
シモン・ペテロと、トマスすなわちデドモと、ガリラヤのカナ生まれのナタナエルとゼベダイの子たち二人と、ほかの二人の弟子とが一緒にいた。
21:3
シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4
もう夜も明けたころに、
イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5
イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6
イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。


一人息子に先立たれた母親の悲しみ

塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11
そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12
町の門の近くに来られると、ちょうど、ある
独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた
7:13
主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──
若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15
すると死人が起き上がって物を言い出した。
イエスは『彼を母に渡された。
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17
イエスについてのこの(二つの)言葉は、
ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

12節。死は嘆きであり、悲しみである。その時、人は泣く。それが自然。

口語訳 創  23:2
23:2
サラはカナンの地のキリアテ・アルバすなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは中にはいってサラのために悲しみ泣いた。

口語訳 サム18:33
18:33
王はひじょうに悲しみ、門の上のへやに上って泣いた。彼は行きながらこのように言った「わが子アブサロムよ。わが子、わが子アブサロムよ。ああ、わたしが代って死ねばよかったのに。アブサロム、わが子よ、わが子よ」。

口語訳 申  34:5-8
34:5
こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6
主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7
モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。
34:8
イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った。

●12節。子供を失った時の親の嘆きは大きい。母親は号泣する。

塚本訳 マタ 2:18
2:18
『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』

●12節。家族が死ぬと多くの人が慰めてくれる

塚本訳 ヨハ 11:31
11:31
マリヤと一しょに家にいて慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急に立って出て行くのを見ると、墓に泣きに行くものと思って、あとについて行った。

                                                     ●13節。「そんなに泣くでない」は伝道者の経験訳。

塚本訳 ヨハ 20:14-16                       20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。                                20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」                               20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)          20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

 

塚本訳 Ⅰテサ4:13                         4:13 兄弟達よ、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい


14節。復活の時には名前で呼び出される。

塚本訳 ヨハ 11:43-44                       11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。     11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

15節。来世では会いたい人に会えることの予兆。再会の喜び。「また会える」とは神の子イエスの約束の言葉だ。(ヨハネ1620-24、マタイ28-5-10

塚本訳 ヨハ 16:20-24                       16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。              16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。                  16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない。             

塚本訳 マタ 28:5-7                         28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、                 28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。               28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」                   28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。         28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。                28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。

塚本訳 Ⅰペテ1:8                          1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。


16節。「死人の復活」は人間の思想や運動ではではなく異常なことなので、皆が「恐れ」を抱く。復活の信仰には神を恐れる恐れということが必要。      

塚本訳 マタ 28:4-10                        28:4 見張りをしていた者たちは恐ろしさのあまり震え上がって、死人のようになった。                              28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、                 28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。               28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」                   28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。          28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。                28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。」

 

塚本訳 ルカ 16:31                         16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』


16節。神は「死人を甦らせる」。旧約の事実。新約はイエスの復活。

口語訳 Ⅰ列 17:23-24                       17:23 エリヤはその子供を取って屋上のへやから家の中につれて降り、その母にわたして言った、「ごらんなさい。あなたの子は生きかえりました」。   17:24 女はエリヤに言った、「今わたしはあなたが神の人であることと、あなたの口にある主の言葉が真実であることを知りました」。

口語訳 Ⅱ列 4:32-37                        4:32 エリシャが家にはいって見ると、子供は死んで、寝台の上に横たわっていたので、                              4:33 彼ははいって戸を閉じ、彼らふたりだけ内にいて主に祈った。    4:34 そしてエリシャが上がって子供の上に伏し、自分の口を子供の口の上に、自分の目を子供の目の上に、自分の両手を子供の両手の上にあて、その身を子供の上に伸ばしたとき、子供のからだは暖かになった。          4:35 こうしてエリシャは再び起きあがって、家の中をあちらこちらと歩み、また上がって、その身を子供の上に伸ばすと、子供は七たびくしゃみをして目を開いた。                              4:36 エリシャはただちにゲハジを呼んで、「あのシュネムの女を呼べ」と言ったので、彼女を呼んだ。彼女がはいってくるとエリシャは言った、「あなたの子供をつれて行きなさい」。                      4:37 彼女ははいってきて、エリシャの足もとに伏し、地に身をかがめた。そしてその子供を取りあげて出ていった。

口語訳 エゼ 37:3-10
37:3
彼はわたしに言われた、「
人の子よ、これらの骨は、生き返ることができるのか」。わたしは答えた、「主なる神よ、あなたはご存じです」。
37:4
彼はまたわたしに言われた、「これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。
37:5
主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。
37:6
わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。
37:7
わたしは命じられたように預言したが、わたしが預言した時、声があった。見よ、動く音があり、骨と骨が集まって相つらなった。
37:8
わたしが見ていると、その上に筋ができ、肉が生じ、皮がこれをおおったが、息はその中になかった。
37:9
時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、息に預言せよ、息に預言して言え。主なる神はこう言われる、
息よ、四方から吹いて来て、この殺された者たちの上に吹き、彼らを生かせ」。
37:10
そこでわたしが命じられたように預言すると、息はこれにはいった。
すると彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる群衆となった。

塚本訳 ヨハ 5:21
5:21
それは、
父上が(心のままに)死人を生き返らせて命を与えられるように、子も自分の欲する者に命を与えるからである。

塚本訳 ヨハ 5:25
5:25
アーメン、アーメン、わたしは言う、
死人が(一人のこらず)神の子(わたし)の声を聞く時が来る、いや、今もう来ている。しかし(ただ聞くばかりでなく、ほんとうに)聞き従う者(だけ)が生きる。

塚本訳 ヨハ 5:28-29
5:28
あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。
時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、
5:29
(墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。

塚本訳 ヨハ 11:25
11:25
イエスがマルタに言われた
「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

塚本訳 ロマ 4:17
4:17
『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、
死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。

塚本訳 使  26:7-8                         26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。                          26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。


17節。イエスの噂は理屈抜きに周囲に広まった。イエスが神の子であることの証明。                              

塚本訳 ルカ 7:18-23                        7:18 洗礼者ヨハネの弟子たちがこれら一切のことをヨハネに報告すると、彼は弟子を二人ほど呼びよせ、                      7:19 主の所にやって、「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。              7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」                   7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、            7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。                                7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」


  
塚本訳 ルカ 5:26
5:26
皆が感動して神を讃美し、
恐れに満たされて、「きょうは不思議なことを見た」と言った。

塚本訳 マタ 4:24
4:24
そこでイエスの評判が全シリヤに広まり、人々がさまざまな病気や痛みに苦しむ病人、(中でも)悪鬼につかれた者、癲癇、中風の者を皆イエスのところにつれて来たので、それをなおされた。

塚本訳 マコ 1:27-28
1:27
皆がびっくりして、評議して言った
「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」
1:28
イエスの評判がたちまち(カペナウムの)周囲の、全ガリラヤ到る所に広まった。

塚本訳 マコ 6:14-15
6:14
イエスの噂が高くなったので、ヘロデ(・アンテパス)王の耳にはいった
──「洗礼者ヨハネが死人の中から生きかえったのだ。それだからあんな(不思議な)力が彼の中に働いている」とある人々は言った。
6:15
しかし、「預言者エリヤだ」言う者もあり、「(昔の)普通の預言者のような預言者だ」と言う者もあった。

 

ヤイロの娘の場合

塚本訳 ルカ 8:40-42,49-56
8:40
イエスが(カペナウムに)帰ってこられると、群衆は喜んで迎えた。皆待っていたのである。
8:41
するとそこに名をヤイロという人が来た。この人は礼拝堂の役人であった。イエスの足もとにひれ伏し、家に来ていただきたいと願った。
8:42
十二歳ばかりの一人娘があって、それが死にかけていたのである。(ヤイロの家に)行かれる途中、群衆はイエスを押しつぶしそうであった。
8:43 -48
省略                                                   8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、
「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50
イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51
家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55
霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56
両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。


49節。「死人は生き返らない」というのが人間世界の常識、法則。

塚本訳 ヨハ 11:39
11:39
「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「
主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。

塚本訳 コリ7:39
7:39
妻は夫が生きている間は、(夫に)束縛されている。しかしもし
夫が眠ったなら、望みの人と結婚することは自由である。ただ主にあって(信者とだけ)すべきである。

塚本訳 マコ 12:18-23
12:18
そこに、復活なしと主張するサドカイ人たちが来て、イエスにこう言って質問した、
12:19
「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄が、』妻を残して『子をのこさない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
12:20
(ところでここに)七人の兄弟があって、
長男が妻をめとったが、子をのこさずに死に、
12:21
次男が(この律法に従って)その女をめとったが、また子を残さずに死に、三男も同様で、
12:22
ついに七人とも子をのこさず、一番最後にその女も死んでしまいました。
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」

52節。「泣くな。死は眠りだ」。                    

塚本訳 ヨハ 11:11-15
11:11
こう話して、またそのあとで言われる、「
わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。
11:12
弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13
イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14
そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15
わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 Ⅰテサ4:13-14                        4:13 兄弟達よ、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい。         4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。


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11月23日集会感話 準備 終わり


●妻は婦人の読書会(塚本著作集)から、馬込の愛子の家に手伝い(子守)


●以下の写真三様は去る10月25日、福島県二本松市の三男一家の写真。なぜかアップロードを忘れていたので、今日ここに掲げる。


2014_10250022.jpg 

近藤家の人々

2014_10250031.jpg 
昨夜講義したトラス構造により、割りばしと輪ゴムで鉄塔を作る

2014_10250037.jpg 

小6の孫が実力で作った鉄橋。頑丈だ。


 

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命の輝き ++++++++ 所感

2014/11/03 21:51

141103(月)結婚記念日45回目。神に守られての歩み感謝●今朝の黙示「命の輝き」

口語訳 詩 45:2
45:2 あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。


口語訳 箴 31:24-25
31:24 彼女は亜麻布の着物をつくって、それを売り、帯をつくって商人に渡す。
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。


塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


塚本訳 マタ 17:2
17:2 すると彼らの見ている前でイエスの姿が変った。顔は太陽のように照りかがやき、着物(まで)が光のように白くなった。

塚本訳 ヨハ 14:8-9
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

●13:00 学士会館で、第11回南原繁シンポジウム。「南原繁と平和」。基調講演は千葉真。後半の討論では「平和」の概念が地上の平和か神との平和かで、かみ合わなかった。数人の知人と懇談
●18:00 連合設計社市谷建築事務所。吉田桂二の個展。吉田桂二と懇親懇談。







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人生はゲッセマネの祈りの連続 ++++++++ 所感

2014/11/02 06:32

141102(日)3時目覚め、寝床で黙想「人生はゲッセマネの祈りの連続」●私には4人の子供が与えられたが、それぞれに十字架も与えられた。負わされた。その十字架を思う時、子育てに終わりはない。十字架の重荷の励ましをしなければならない。これは老年の使命なのかもしれない。

塚本訳 ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。

塚本訳 使  4:36
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、


●ヒルティはクリスチャンはバルナば(訳すれば「慰めの子」)となるのが目標だと言っている。そこで今朝は十字架の重荷に呻吟している人々に「励ましの言葉」を探し出して掲げる。これらはすべて私自身が慰められ、力づけられたものばかりである。「恐れるな。気落ちするな。神は総てご存知だ」

塚本訳 ルカ 22:39-44
22:39 それから(都を)出て、例のとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たち(十一人)もついて行った。(もう真夜中すぎであった。)
22:40 いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた
22:44
イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

塚本訳 マタ 26:51-56
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」
26:55 その時イエスは群の人々に言われた、「強盗にでも向かうように、剣や棍棒を持ってつかまえに来たのか。わたしは毎日宮で坐って教えていたのに、捕えずにおいて、(どうして今、こんな真夜中に来たのか。)
26:56 しかしこれはみな、(救世主は罪人のようにあつかわれるという)預言者たちの聖書の言葉が成就するためにおこったのである。」その時弟子たちは皆イエスをすてて逃げた。


塚本訳 Ⅱコリ12:7-10
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから。

塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 コロ 1:24-25
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。
1:25 そして私は神からその(教会の)世話役たる(尊い)職を賜わったので、君達に神の言を充分に伝えようとしているのである──

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 ヘブ 12:4-11
12:4 あなた達はまだ、罪と戦って血を流すまでに抵抗したことがない。
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである

塚本訳 ヘブ 12:12-13
12:12 だから、『力の抜けた手と、しびれた膝をまっすぐに伸ばしなさい。』
12:13 そしてあなた達の『足で、まっすぐな道を歩きなさい』。足なえが脱臼することなく、むしろそれが直るように。

塚本訳 使  26:12-18
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と

塚本訳 使  18:6
18:6 しかしユダヤ人にはこれに反対して(イエスを)冒涜するので、パウロは(絶縁のしるしに)上着の塵を払いおとして彼らに言った、「(最後の裁きの日に流す)あなた達の血の責任は、あなた達自身に負わされる!わたしは良心の咎めなく(あなた達をすてて、)今からのち異教人へ(伝道に)行く。」

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14
あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 マタ 7:26-27
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 黙  8:13
8:13 すると(その時)私は見た、そして一羽の(大)鷲が中空を飛びながら大声で(こう)言うのを聞いた、「禍なる哉(ウワイ)、禍なる哉(ウワイ)、禍なる哉(ウワイ)、地に住む者、三人の御使いが吹こうとしている残るラッパの声の故に!」


塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15
人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 ルカ 12:27-33
12:27 花は紡ぐことも、織ることもしないのに、よく見てごらん。しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
12:28 きょうは野に花咲き、あすは炉に投げ込まれる草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことである。信仰の小さい人たちよ!
12:29 あなた達も、何を食べよう、何を飲もうと考えるな、また気をもむな
12:30 それは皆この世の異教人の欲しがるもの。あなた達の父上は、それがあなた達に必要なことを御承知である。
12:31 あなた達はむしろ御国を求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは、(求めずとも)つけたして与えられるであろう
12:32 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから。
12:33
(ただ御国のために働けばよろしい。)持ち物を売って施しをしなさい。(すなわちそれによって)自分のために古び(て破れ)ることのない財布をつくり、泥坊が近づくことも、衣魚が食うこともない天に、使いつくすことのない宝をつんでおきなさい。

塚本訳 マコ 1:40-42
1:40 すると(ある日)一人の癩病人がイエスの所に来てひざまずき、「清めてください。お心さえあれば、お清めになれるのだから」と言って願った。
1:41 イエスは(そのあわれな姿を見て悪魔に対する)怒りに燃え、手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、
1:42 たちまち癩病が消えうせて、その人は清まった。

塚本訳 ルカ 13:10-17
13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。
13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。
13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って
13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。
13:14 すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息日の日にはいけない。」
13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。
13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」
13:17 こう言われると、(監督はじめ)反対者は皆恥じ入り、群衆は一人のこらず、イエスが行われたあらゆる輝かしい御業を喜んだ。

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朝の黙想瞑想礼拝終わり。神ご自身がこの世を清めてくださる。

●10:00 集会は宮崎(司会)、小寺(塚本エペソ書講義)、高橋(「胸が熱くなった」ことによって見えたもの)

高橋感話
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「胸が熱くなった」ことによって見えたもの

・・・有体的復活、来世実在、使徒伝承、教会の本質、有体的再臨・・・

2014.11.2 東京聖書読者会 高橋照男

① ルカ2432「胸の中が熱くなった」(塚本訳)の翻訳比較

 

①-1)塚本訳 ルカ 24:32

24:32 二人は語り。合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

①-2)文語訳 ルカ 24:32

24:32 かれら互に言ふ『途にて我らと語り、我らに聖書を説明し給へるとき、我らの心、内に燃えしならずや』

 

①-3)口語訳 ルカ 24:32

24:32 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。

 

①-4)新改訳 ルカ 24:32

24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」

 

①-5)新共同 ルカ 24:32

24:32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

②復活は見えた。五感を通して福音を信じ易くして下さる神の知恵     

②-1)塚本訳 使  2:32                               2:32 神は(救世主である)このイエスを(預言どおりに)復活させられました。わたし達は皆このことの証人です。(イエスの復活を目の当り見たのだから。)

②-2)塚本訳 使  10:39-40                             10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。

②-3)塚本訳 使  26:6-8                                26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。                              26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。                          26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。                      

②-4)塚本訳 ヨハ 11:40-44
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば
神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

②-5)塚本訳ヨハ 20:3-10
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。
20:10 それから二人の弟子は家にかえった。

②-6)塚本訳ルカ 24:36-43
24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。
24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、
24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。
24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」
24:40 [無シ] 24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。
24:42 焼いた魚を一切差し上げると、
24:43 受け取ってみなの前で食べられた

②-7)塚本訳ヨハ 20:27
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

③ 復活のキリストの声は「聞こえた」                  

③-1)塚本訳使  9:3-9
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6
さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである。
9:8 サウロは地から起きあがって目をあけたが、何も見えなかった。人々が手を引いて、ダマスコにつれて行った。
9:9 三日のあいだ目が見えず、また食べも飲みもしなかった。

④胸が熱くされることは有体的復活を信じ易くさせて下さる神の手段     ④-1)塚本訳ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

⑤ 新約聖書の中心的使信                    

⑤-1)塚本訳 コリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

⑤-2)塚本訳 ヨハ 1:18

1:18 神を見た者は、いまだかつて一人もない。ただ、いつも父上の胸に寄り添っておられる独り子(のキリスト)だけが、(わたし達に神を)示してくださったのである。

 

⑤-3)塚本訳 Ⅰヨハ1:1-4

1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──

1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──

⑥ 復活を信じない理由。非科学的、現世主義、神の力を知らない

(復活は非科学的という理由)                     ⑥-1)塚本訳 ヨハ 20:25                                                20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。

⑥-2)塚本訳ヨハ 3:3                                                                                     3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。

(神を恐れぬ現世主義)                        ⑥-3)塚本訳 ルカ 12:19-20                                               12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』                              12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

⑥-4)塚本訳 ルカ 23:39-40                            23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」                           23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。

(神の力を知らない)                         ⑥-5)塚本訳 マコ 12:24-25                            12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。                             12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。

⑥-6)塚本訳 Ⅰコリ15:33

15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

 

⑥-7)塚本訳 コリント人へのパウロの手紙第一1535-36(試訳昭和11年)

1535(以上私は復活が無ければならぬことを論じた。)しかし或る人は(なほ)言うであろう――(假りに復活があるとしても、)如何(どう)して、(どんな風にして)死んだ者が復活するのか。(復活の時には)どんな體で来るのか、と。

1536(君は何といふ)愚か者(であらう) 君の播くものが(一旦)死ななければ、活かされ(て新しい芽となら)ない(ではないか。)

 

⑥-9)塚本訳 Ⅱコリ2:14-16

2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。

2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

 

⑦来世実在は希望だけではない。生きているうちに今、信じられる

 

⑦-1)塚本訳 ヨハ 11:23-27

11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」

11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

 

⑦-2)塚本訳 ルカ 23:40-43

23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。

23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。」

23:43 イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。

 

⑦-3)塚本訳 Ⅰペテ1:8

1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

 

⑦-4)塚本訳 ヨハ 14:21-23

14:21 わたしの掟をたもち、これを守る者、それがわたしを愛する者である。わたしを愛する者はわたしの父上に愛され、わたしもその人を愛して、その人に自分を現わすであろう。(だからわたしを愛する者だけが、わたしを見ることができるのだ。)

14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」

14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。

 

⑦-5)塚本訳ロマ 4:18

4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

 

⑧ 有体的復活は人にではなく、神に教えられる。           

 

⑧-1)塚本訳 Ⅰヨハ2:27

2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。

 

⑧-2)塚本訳 Ⅰコリ2:13

2:13 またその(賜物の)ことをわたし達が話すにも、人間的な知恵に教えられた言葉によらず、御霊に教えられた言葉による。霊のことに霊のことを当てはめ(て解しようとす)るのである。

 

⑨有体的復活を信じられると、自然に有体的再臨を待望するようになる

 

⑨-1)新改訳 Ⅰテサ4:13-14

4:13 眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。

4:14 私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。

 

⑨-2)塚本訳 Ⅱペテ1:16-17

1:16 というのは、私達は私達の主イエス・キリストの能力と来臨とを君達に(告げ)知らせるのに、(一派の人達が)頭を捻(ひね)って考え出した作り話に従わなかった。否、(私達はおおけなくも)かの(変貌の)稜威の目撃者(として、その証人)となったのである。

1:17 というのは彼は(其処で)父なる神から尊貴と栄光とを受けられ、(私達はそれを見たのである。)且つ(その時、)「これは我が『愛子』なり、』わが心に適えり』」と、かような声が尊厳なる栄光の間から出た──

 

⑨-3)塚本訳 コロ 3:4

3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

 

⑨-4)塚本訳 テト 2:11-14

2:11 というのは、凡ての人を救うべき神の恩恵は(既に世に)顕れ、

2:12 私達を導いて、不敬虔とこの世の情欲とを離れ、考え深く、真直ぐに、また敬虔にこの世に生きさせ、

2:13 幸福な希望と、大なる神及びわれらの救い主キリスト・イエスの栄光の顕現(によってその希望が満たされること)とを待ち望ませるのである。──

2:14 彼は私達を『凡ての不法から贖い出し』、また(私達を)『潔めて』、善い仕事に熱心な『自分の選民にしよう』として、私達のために自分を与え給うたのである。


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高橋感話おわり

●14:00 新宿文化センターでコンサート。シベリウス(フィンタンディア)、グリーグ(ピアノ協奏曲)、ラフマニノフ(交響曲第2番)。指揮小西功祐、ピアノ石岡千弘。
出演したヴィオリストへの礼状
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WM様

 

本日は、新宿フィルからのご招待はがきにより

鑑賞させていただきました。私一人で行かせていただきました。グリーグはピアノの響きがものすごくよかったので、休憩時間に

舞台の袖でステマネに聞いたところ、スタインウェイにもバラツキがあり、かつホールとの相性もあるとのことでした。勉強になりました。

それにしてもピアノの石岡さんは名演奏でした。思わず「ブラボー」でした。

以下略

 

高橋照男

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不完全家庭の悩み ++++++++ 所感

2014/11/01 05:22

13日で満71歳4か月。平均余命11年(生命保険会社統計)、4015日、9万6000時間。この時間をすべてキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。

141101(土)4時目覚め、5時起床。キリスト者の皆様お早うございます。昨夜のNHKTV「特報首都圏」では「ステップファミリーの親子の悩み」についてでした。ステップファミリーとは親が伴侶と別れ(死別か離婚)て子連れで再婚した場合の継父または継母と血のつながりのない子供との関係がうまくいかない悩みを取り上げた。こういう家庭は4組に1組という多さに驚いたが、私の周囲を見回しても10家庭がそうであるので、なるほどなーと思った。●NHKは良くこの問題を取り上げた。取り上げた家庭での悩みは継母、継父にとどまらず、継母継父に育てられた子供の心情にもスポットを当てた。●まことにこの問題は日本にとどまらず世界的な事情であり、人類全体の悩み悲しみである。●そこで今朝は「家庭」「親子」「夫婦」の不完全さとそこからいかに「安らぎ」の道に行けるかを念頭に聖書に聞いてみたい。●私の知人の一人は高校の時に言った、「高橋君。俺の母は本当の母ではないのだ。ひとつ教会という所に連れていってみてくれないか」。私はそのいきさつを「恐ろしくて」聞けなかった。実母は死別か離婚だったのか。いずれにしても実母に育てられなかった彼は寂しかったに違いない。●私は彼をあるプロテスタント教会に案内したが、それきりであった。あの時から50年以上経った。風の噂で彼は地方公務員になったそうだが、追求しなかった。生きていれば今はもうとうに定年を過ぎている。私と同じ71歳だ。彼のその後の人生はどうだったのだろう。詩篇の句を思うのだ。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

●イエスは家庭とか結婚についてどのように考えていたのか。

塚本訳 ルカ 2:48-52
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

塚本訳 マコ 3:20-21
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 マコ 3:31-35
3:31 そこにイエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていてイエスを呼ばせた。
3:32 大勢の人がイエスのまわりに坐っていたが、彼に言う、「それ、母上と兄弟姉妹方が、外であなたをたずねておられます。」
3:33 イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、
3:34 自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
3:35 神の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母である。」

塚本訳 マタ 10:19-21
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。
10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。

塚本訳 ルカ 3:23
3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

塚本訳 マコ 6:1-5
6:1 そこを去って郷里(ナザレ)に行かれた。弟子たちもついて行った。
6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。
6:3 これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。)
6:4 イエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と親族と家族のところだけである。」
6:5 (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。

塚本訳 マコ 10:28-30
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」



塚本訳 マタ 19:25-28
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。



塚本訳 マコ 12:22-25
12:22 ついに七人とも子をのこさず、一番最後にその女も死んでしまいました。
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである


塚本訳 ルカ 20:30-36
20:30 (この律法に従って、)次男、
20:31 三男と、(つぎつぎに)その女をめとり、ついに七人とも同様に子を残さず死んで、
20:32 しまいにはその女も死んでしまいました。
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである


塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

●次にパウロはどのように言うかを見てみよう。

塚本訳 Ⅰコリ9:4-6
9:4 わたし達には(集会の費用で)食べたり飲んだりする権利がないというのか。
9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。
9:6 それとも、わたしとバルナバとだけには、(生活のための)仕事をしない権利はないのか。

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える
。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。


塚本訳 Ⅰコリ7:7
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)


塚本訳 Ⅰコリ7:8-11
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。
7:9 しかし自制ができないのなら、結婚せよ。情欲に燃えるより、結婚する方が善いからである。
7:10 しかし結婚した者に命ずる、命ずるのはわたしではなく主である。妻は夫と別れてはならない
7:11 ──しかし別れたのなら、独身でいるか、夫と仲直りをせよ。──夫も妻と離婚してはならない

塚本訳 Ⅰコリ7:12
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない


塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか

塚本訳 Ⅰコリ7:25-28
7:25 また、(伝道する者を助けている)処女について(あなた達が書いて来ているが、これに)は、(離婚の場合のような)主の命令がわたしには(まだ)ない。しかし主の憐れみをうけて信頼されている者として、(わたし自身の)意見を述べる。
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:29-34
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから。
7:32 ただわたしはあなた達が、(この世のことに)気をつかわないでほしいのである。
独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のこと(ばかり)に気をつかうが、
7:33 結婚している男は、どうしたら妻に喜ばれるかと、この世のことに気をつかって、
7:34 心が割れるのである。また独身の女と処女とは、身も霊もきよくあろうとして、主のこと(ばかり)に気をつかうが、結婚している女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、この世のことに気をつかうのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:36-38
7:36 しかし(あなた達が言うように)、ある人が彼の処女に対して折り目正しくないものを覚えるならば、また自分の精力が余り、そうせねばならない(と考える)ならば、望みのことをせよ。彼は罪を犯すのではない。二人は結婚すべきである。
7:37 しかし(ある人が)心に堅く決しており、(結婚の)必要もなく、自分の欲望を支配する力があり、また自分の処女をそのままにしておこうと心に決めている(ならば、その)人は(もちろん)よいことをするのである。
7:38 従って、自分の処女と結婚する者はよいことをするのであり、結婚しない者はよりよいことをするのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:39-40
7:39 妻は夫が生きている間は、(夫に)束縛されている。しかしもし夫が眠ったなら、望みの人と結婚することは自由である。ただ主にあって(信者とだけ)すべきである。
7:40 しかしもしそのままにしておれば、より仕合わせである。これはわたしの意見であるが、わたしも神の霊をいただいていると思う。


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朝の黙想礼拝終わり。イエスもパウロも結婚や家庭生活に積極的に賛成ではなかった。なぜか。家庭生活の楽しみ、「家庭団らん」の楽しみは人生で究極の喜びではないからである。この世の人は老いも若きも「結婚生活と子育て」が人生の最大の喜びと思っているが・・・・

●塚本虎二先生は結婚2年目で関東大震災に遭い、最愛の夫人を亡くされた。二人のお子様が遺された。2番目のお子様はわずか4か月。その後生涯独身。人生の辛酸を舐め尽くされた。先生の聖書翻訳は命がけであった。
●先生は後年、ある御夫人に「私の家はカタワ(不完全)だー、カタワ(不完全)だー」とこぼされたという。
●神戸照子さんという方のご主人は南方の海上で若くして戦死。塚本先生のところに泣きに行くと先生は聖句などを引用せず、「タオルでは足りない。毛布がぐしょぐしょになるまで泣きあかしなさい」とアドバイス。この一言で彼女は立ち直り、生涯YWCAのために尽くされた。晩年照子さんは南方の島に行き、撃沈したであろう海の砂浜を行ったり来たりしながら亡き夫の名前を思い切り呼び続けて砂浜に泣き崩れたという。過日、私は彼女の消息を知りたくて調べたが、すでに故人になられていた。照子さんへのアドバイスは塚本先生にして初めて言えた言葉だ。慰めの言葉は経験者にのみ可能だ。
●また山口キクさんという在カナダの御夫人が来日されて塚本先生をご訪問された時のこと。山口さんが「先生、無教会主義もわかりますが、それでは淋しくありませんか」とお尋ねになられた。異国での淋しさが背景のご質問であったと思われる。すると塚本先生はキッと居ずまいを正して「神様がご一緒ならば淋しいことはありません」と言われたという(側聞)。彼女を見送った先生の心中やいかに。
●中澤冾樹先生ご夫妻が聖地旅行のスライドを見せに塚本先生宅にお伺いされた時。先生は二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送られたという。先生がご発病されたのは間もなくであった。その後中澤先生の奥様の生子さんは約10年間、反応がないご病気(いわゆる植物人間)。その御夫人の病中、私は中澤先生と「復活論」で何度も手紙のやり取りをして教えられた。我々の永遠の生命は神の懐に隠されていてこれが死後に復活させられることは「秘儀」であるというのが中澤先生の信仰であられた。(コロサイ3:3-4)。中澤先生の御葬儀の弔辞は三笠宮様であった。中澤先生にはお子様が恵まれなかった。

塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4
(しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

●9:10 妻は孫(初音)の日舞発表会を観に、中野ZEROホールに出発。その後コーラス(バッハ「ロ短調ミサ」)の練習。帰宅は19:30予定
●エプソンのプリンター(カラリオ)の廃液パット交換をヤマト便で水曜日に出したら中二日で到着。エプソンは優秀。お薦め。
●集会のK氏のために週刊日記(週刊誌と称す)を作成。
●プリンタが直ったので、明日の集会配布資料をプリント。Kさんの要望で文字を大きくした。
●TSK日本語版イザヤ書44章。
●DVD「高橋家の子供達」の送り状を書く。






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