to 日記と感想 2014年12月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170706      TM誕生日
    170701      TT誕生日
    170628       IY誕生日
    170625(日)14:00羽村フィル、ゆとろぎ。モーツァルト40番、チャイコフスキー5番
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


孫娘の寝顔を見て ++++++++ 所感

2014/12/31 05:47

141231(水)大晦日。4時半起床。キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は孫娘の寝顔をじっと見た。ヒルティの幸福論Ⅲに「孫たちに幸あれ」がある。孫たちがシアワセな生涯を遅れますようにと願う。今朝はそのせいか「「寝る、夢、神の守り」に」関連する聖句が思い浮かんだ。

口語訳 詩  90:4-5
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。


口語訳 詩  90:10-11
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。

口語訳 詩  23:1-6
23:1 主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。
23:6 わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。
主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 マタ 6:9-13
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。
6:10 お国が来ますように。お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。
6:11 その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。

口語訳 詩  3:4-6
3:4 わたしが声をあげて主を呼ばわると、主は聖なる山からわたしに答えられる。〔セラ
3:5 わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ
3:6 わたしを囲んで立ち構える/ちよろずの民をもわたしは恐れない。


塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。


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朝の黙想おわり。孫娘はまだ夢の中だ。神の守りと導きが生涯彼女たち上にありますように。
昨夜寝る時に私は皆の前で「悪い夢を見ませんように」と祈った。人生は一夜の夢だ。

●2月1日の感話は向こう数か月に及ぶ「復活記事」の時間的概観。

標題は 復活記事におけるキリストの「現れ」方・・・有体的に復活したキリストが現れた歴史的順序の探求・・・
①女たち ②マグダラのマリヤ ③エマオの二人 ④十一弟子 ⑤トマス

●大分頭が整理された。それにしても塚本虎二の「イエス伝研究」は精緻である。疑問に思うところが、かゆいところに手が届くように研究解説されている。舌を巻いた。これに並びうる「イエス伝研究」は今後出ないであろう。

●TSK日本語版エレミヤ書34章
●庭の落ち葉清掃
●2日に2家族が集まるのでテーブる増設
●孫娘は風呂に入ってから完全武装して紅白歌合戦
●年越しそば

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孫娘(小3)が落ち葉掃きを手伝ってくれた。

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完全武装して紅白歌合戦を見る孫娘。「妖怪ウォッチ」の踊りをしている。
私達の知らない世界だ。





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食事の意味 ++++++++ 所感

2014/12/30 05:06

141230(火)夜中に3回トイレに起きた。「睡眠6時間トイレ3回はこの年齢なら一般的」と掛かりつけの医者から聞いた。こういうアドバイスは不安や心配を和らげる。言葉は大切だ。4時起床●今朝の課題、「食事の意味」。復活したイエスには食事する場面がつきものだ。「なぜ食事なのか」。今朝はこのことの探求を「聖書で聖書を読む」方法で考察してみよう。●復活論はパウロに聞くべきではなiい。それは大脳皮質での人間による「説明」に過ぎない。ヨハネの手紙に聞かない。それはグノーシスに対抗する思想だからだ。イエスの言動にのみ聞く。福音書のみに聞く。

●復活のイエスと食事。それは復活は肉体を持って復活したことの証明。有体的復活は歴史内の出来事。歴史的に確実。キリスト者の「理性の安息」

塚本訳 ルカ 24:36-48
24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。
24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、
24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。
24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」
24:40 [無シ]
24:41 喜びのあまり、
彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。
24:42 焼いた魚を一切差し上げると、
24:43 受け取ってみなの前で食べられた。

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。


塚本訳 使  10:39-41
10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。
10:40 (しかし)
神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。
10:41 (ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです


塚本訳 ヨハ 21:9-14
21:9 彼らが陸に上がって見ると、炭火がおこしてあって、上に魚が一匹のっており、またパンがあった。
21:10 イエスが彼らに言われる、「今捕った魚をすこし持ってきなさい。」
21:11 シモン・ペテロが(舟の)上にあがって網を陸へ引き上げると、百五十三匹もの大きな魚で一ぱいであった。こんなに大漁であったが、網は裂けなかった。
21:12 イエスが彼らに言われる、「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子のうちだれ一人、「あなたはどなたですか」と敢えて尋ねる者はなかった。主だと気づいた(が、何となく変だった)からである。
21:13 イエスは来て、パンを(手に)取って彼らに渡された。魚も同じようにされた
21:14 イエスは死人の中から復活されたのち、弟子たちに自分を現わされたのは、これですでに三度目である。

塚本訳 ルカ 24:29-35
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。


●死人を復活させた後に「食事命令」がある。「食事」は肉体が生きていることの証明ではなかろうか。

塚本訳 ルカ 8:51-55
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 マコ 5:38-43
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。
5:42 ただちに少女は立ち上がって歩きまわった。十二歳になっていたからである。見るなり、人々は気が遠くなるほど驚いた。
5:43 イエスはだれにもこのことを知られるなときびしく人々に言いつけ、また子供に(何か)食べさせるようにと言われた


●復活のイエスは単に霊の復活ではなかったことが、キリスト教がユダヤ教やイスラム教と決定的に違うところである。

塚本訳 ヨハ 1:1-5
1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった
1:2 この方は(世の)始めに神とともにおられた。
1:3 一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。
1:4 この方は命をもち、この命が人の光であった。
1:5 この光は(いつも)暗闇の中に輝いている。しかし暗闇(のこの世の人々)は、これを理解しなかった。


塚本訳 ヨハ 1:14-18
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。
1:15 ヨハネはこの方のことを証しして、叫んで言う、「『わたしのあとから来られる方は、わたしよりも偉い方である。わたしよりも前から、(世の始めから)おられたのだから』とわたしが言ったのは、この方のことであった。」
1:16 わたし達は一人のこらず、この方に満ちみちているものの中から、恩恵また恩恵を戴いた。
1:17 すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた。
1:18 神を見た者は、いまだかつて一人もない。ただ、いつも父上の胸に寄り添っておられる独り子(のキリスト)だけが、(わたし達に神を)示してくださったのである。

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示、黙想、霊想終わり。父なる神、子なるキリスト、復活のイエスが終生私と共にありますように。アーメン。
●復活のイエスが「食事」をされた意味はキリストが肉体をとってこの世に来られた子との証明であった。
●キリストの有体的復活は歴史的に確実。パウロはただそのことだけを言っているのだ。
●次のヨハネの手紙は人間の説明であって、イエスの言動に比べて劣るが、説明としては至言である。

塚本訳 Ⅰヨハ4:1-3
4:1 愛する者たちよ、(今わたしは神の霊と言ったが、)どの霊をも信じないで、(まず)それらの霊が神から出たのかどうかを吟味しなさい。というのは、多くの偽預言者が(キリストの集会をはなれたこの)世に出てきているからである。
4:2 (しかしこれを吟味することは難しくない。)あなた達はこのことで神の霊を知るのである。──どんな霊でも、イエス・キリストは肉体で(この世に)来られた(神の子である)ことを公然認めるものは、神から(出たの)であり、
4:3
どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。

●TSK日本語版エレミヤ書33章
●コンポ故障で、パナソニックに電話、対応がすこぶる良いのに感心した。
●農協へ入金、郵便局で郵便書留、ハードオフでミニコンポの物色。
●妻は餅づくり。
●孫娘二人はピアノの練習。
●妻と孫娘二人は洋服を買いに「しまむら」に出かける。
●録画してあった「井上芳雄のモーツァルトの旅」を見る
●その中で流れたモーツァルトK339の「ヴェスペレ」(荘厳晩課」をネットで調べる。一度訪れたことのあるザルツブルグ大聖堂のために作曲した夕べの祈りの曲2曲のうちの一曲。
●新しい音響システムの「ハイレゾ」の研究。これからは、「ハイレゾ」の時代になると思われるが、クラシック音楽だけに限っても発信されてハイレゾ音源の種類が、今のところ手持ちCD3000枚に比べて極端に少なく、導入には時期尚早。
●バッハのロ短調ミサ曲の冒頭を聞いた信者でない人の感想をネットで知る。「思わずスミマセンと言いたくなる(誰に)」。これでいいのだこれでいいのだ。なんとなくそんな気分になればいいのだ。
●夕食では、かなほ(小3)の食前の祈り
●就寝時、4人(孫娘二人と私達夫婦)が布団の上に丸く座って各人が有声音で祈りを捧げた。




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極度の悩み悲しみに泣く時に ++++++++ 所感

2014/12/29 06:16

141229(月)キリスト者の皆様お早うございます。孫の二人はまだ夢の中。●昨夜孫二人は私達の見慣れない民放娯楽番組を喜んで見て、わたしより遅く寝たらしい。しかし妻の指導で21時まで。彼女たちはとにかく違う世界に生きている。●今朝の啓示は「極度の悩み悲しみに泣く時に」●2月の集会感話の骨子は昨日のブログにまとめたが、今朝はそれに一つ追加する。それは「極度の悩み悲しみに泣く時の慰め」●神は人が極度の悩み悲しみ恐れに陥った時に不思議な方法で「姿」を現して慰め励ましてくださる。その宗教経験をした人は人生が起死回生する。今日でもその例を聞くが、今朝は福音書で「復活のイエス」が現れて慰め励ましてくれた場面を抜き出してみよう。この記事は今日の我々にも当てはまることだ。ヒルrティは神は導きのもとにある人間にしばし「恐れるな」という言葉を発するものだという。●人はこの「恐れ」をなくそうと人間的手だてをして文化文明が発達してきたが、罪と死の「恐れ」は消えない。そんな時人間を超える神の方から「恐れるな」という声を聞けば心が安んじるのである。教会ではなく、人間ではなく、神の直接の慰めである。万策尽きた時にのみ神が近づいてくださる。●以下に掲げるものは復活のイエスが「悩み悲しむ人に」、どこからともなく不思議な方法で姿を現してくださった場面である。今日においても同様なことが起こる。●復活は霊ではなく、有体的であった意味もこの観点から理解することが出来る。神の子は「人の姿をとって」この世に降り肉眼で見える形で神の心を教えてくださったのだ。

塚本訳 マコ 6:47-50
6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


塚本訳 ヨハ 21:4-6
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。

塚本訳 ルカ 24:13-21
24:13 するとちょうど同じ日に、二人の弟子がエルサレムから六十スタデオ[十一キロ半]離れたエマオという村へ歩いてゆきながら、
24:14 これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。
24:15 二人が(こうして)話したり議論したりしていると、(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが、
24:16 二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった
24:17 二人に言われた、「歩きながら何をそんなに論じ合っているのです。」暗い顔をして二人は立ち止まり、
24:18 一人のクレオパという方が答えた、「(見れば御巡礼のようだが、)エルサレムに滞在していながら、あなただけは、この二三日の間にそこで起ったことを何も知らないのですか。」
24:19 彼らに言われた、「なんのことです。」彼らが言った、「ナザレ人イエスのことです。──この方はだれが見ても、神の目にさえも、業に言葉に力のある預言者であったのに、
24:20 大祭司連をはじめ(最高法院の)役人たちが(ローマ人に)引き渡して死刑を宣告し、十字架につけてしまったのです。
24:21 ほんとうにわたし達は、この方こそイスラエル(の民)をあがなってくださる人だと望みをかけていたのに!そればかりが、かてて加えて、そのことがあってから、きょうはもう三日目になったのです。(もはや生き返られる望みもありません。)

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示、黙想おわり。神は人が極度の悩み悲しみに陥った時に近づいて慰めてくださる。ヒルティは人の目標は「慰めの子」になることだと言っている。しかし、そうなるには自分自身が「悩み悲しみ」の経験をしなければならないのだ。

塚本訳 使  4:36-37
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、
4:37 畑を持っていたので、売って、その金を持ってきて使徒たちの足元に置いた。

口語訳 イザ 53:2-4
53:2 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
53:3 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
53:4 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

●TSK日本語版エレミヤ書32章

2014_12290004.jpg 

照男、かなほ(小3)、初音(小6)、トミ子。
初音はついに妻の背を超えた。「年齢を重ねると、背が低くなるのよ」と妻がいう。
また子供を一人生むと歯が一本づつ無くなるらしい。
子供は成長し、老人は衰える。

塚本訳 ヨハ 3:28-30
3:28 『わたしは救世主ではない。ただあなた方の先駆けをするために遣わされた者である』とわたしが言ったことについては、あなた達自身がわたしの証人ではないか。
3:29 花嫁を持つものは花婿である。花婿の友達は花婿のそばに立っていて耳を傾け、花婿の(喜ぶ)声を聞いて喜びにあふれるのである。(花婿の友達である)わたしのこの喜びは、いま絶頂に達した。
3:30
あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。(それが神の御心である。)








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復活の喜び ++++++++ 所感

2014/12/28 05:03

141228(日)4時目覚め、朝の啓示「復活の喜び」●急いで身支度、厚着してエスキモー姿でパソコンに向かう●キリスト者の皆様お早うございます。今朝の啓示は「復活の喜び」です。●ある人が「高橋は十年一日のごとく『有体的復活』を」宣伝している」と言った。これは大光栄である。これ以上の讃辞はない。神の啓示は思想神学研究を突破する。バルトよりも内村、内村よりも聖書、聖書の中でも旧約やパウロよりも福音書。●「福音」とは良くつけた名前だ。それは「よきおとずれ」、人生の涙を拭う「喜びの音信」。これがあって「人生肯定」だ。●今朝はこのことを巡って、次の4点に絞って福音書から引用してみよう。旧約に行かない、パウロに行かない。いわんや内村や塚本に行かない。

①再会の喜び
②永遠の命の希望の喜び
③罪が清められる喜び
④信仰の篤い人と集う喜び

①再会の喜び

塚本訳 マコ 16:8-9
16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……
16:9 【さて週の第一日の朝早く復活して、まずマグダラのマリヤに自分を現わされた。以前に七つの悪鬼を追い出していただいた女である。

塚本訳 ヨハ 20:15-16
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)

塚本訳 マタ 28:8-9
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 ルカ 24:10-12
24:10 これを使徒たちに話したのは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤと、および、この女たちと一しょにいたほかの女たちとであった。
24:11 しかし使徒たちはこの話が冗談のように見えたので、女たちを信じなかった。
24:12 [無シ]

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ

塚本訳 ルカ 24:30-32
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 16:20-23
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。
16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない。
16:23 その時には、(もはや)何事もわたしに尋ねる必要はない。アーメン、アーメン、わたしは言う、(その時)あなた達が父上に何かお願いすれば、わたしの名でそれをかなえてくださるであろう。


②永遠の命の希望の喜び

文語訳 ヨハ 11:25
11:25 イエス言ひ給ふ
『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。


口語訳 ヨハ 11:25
11:25 イエスは彼女に言われた
、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。


新共同 ヨハ 11:25
11:25 イエスは言われた。
「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。


塚本訳 ヨハ 11:25
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 8:50-55
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 11:41-44
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

③罪が清められる喜び

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マコ 4:26-28
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

塚本訳 ヨハ 1:12-14
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。

塚本訳 ヨハ 8:9-11
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マコ 14:7-9
14:7 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるから、したい時に慈善をすることが出来る。だがわたしはいつも一しょにいるわけではない。
14:8 この婦人はできるかぎりのことをした。──前もってわたしの体に油をぬって、葬る準備をしてくれたのである。
14:9 アーメン、わたしは言う、世界中どこででも(今後)福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために(一しょに)語りつたえられるであろう。」

塚本訳 ルカ 22:14-19
22:14 (日が暮れて食事の)時間になると、イエスは席につかれた。使徒たちも一しょであった。
22:15 彼らに言われた、「わたしは苦しみをうける前に、あなた達と一しょにこの過越の食事がしたくて、たまらなかった。
22:16 わたしは言う、神の国でほんとうの過越の食事──(罪のあがないの記念の食事)──をする時まで、わたしはもう決して、この(エジプトからあがなわれた記念の)食事をしないのだから。」
22:17 そして(いつものように)杯を受け取り、(神に)感謝したのち、(弟子たちに)言われた、「これを取って、みなで回して飲みなさい。
22:18 わたしは言う、今からのち神の国が来るまで、わたしは決して葡萄の木から出来たものを飲まないのだから。」
22:19 またパンを(手に)取り、感謝して裂き、彼らに渡して言われた、「これはわたしの体である。[以下及び20無し

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

④信仰のあつい人と集う喜び

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 8:10-12
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 マタ 11:10-12
11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。

塚本訳 ヨハ 5:35-40
5:35 ヨハネは(光ではないが、まことの光に導く)燃えて輝く明りであった。しかしあなた達は(彼の言葉に従おうとせずに、)しばし彼の光にうち興じただけであった。
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。
5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38 また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。
ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない


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朝の啓示、黙想、霊想、終わり。以上の聖句は言語学的聖書学的文献批評学的には問題があるかもしれないが、霊解である。霊読である。

●10:00 妻と二人で家庭礼拝。私の祈り、讃美歌「わが身の望みは」「上記資料を朗読」「讃美歌わがよろこびわが望み」、妻の祈り。一時間で終了。
●15:18 娘愛子の子供二人(孫)を拝島に出迎え。二人は先にどんどん歩いて行く。この母親の愛子を亡き父母の家に連れて行くとき「あまつましみず」の讃美歌を歌いつつ行ったことを思い出した。孫の上に神の祝福が豊かにありますように。娘愛子の子供は三人とも教会学校に通っている。上の初音は「おじいちゃんの行っている教会には子供の教会学校はないの?」と聞かれた。無教会の弱点。

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悩み事はどんなことでも神が知ってくださる ++++++++ 所感

2014/12/27 06:07

141227(土)4時目覚め、石油クリーンヒーターに点火、床の中で黙想、5時起床、乾布摩擦、体重測定、ピーク時より7キロ減で下げ止まり、「急げ急げ」と言いながら厚着、ポットの湯を飲み、新しく湯を沸かす●キリスト者の皆様お早うございます。今朝は目覚めて、病気の治療、故障の修理、貧困の救済について聖書のアチコチを思いめぐらしました。●昨日は歯医者で痛む奥歯を抜歯しました。痛みが取れて医者のありがたさを思いつつ帰りましたが、最近は身の回しの電化製品故障の買い替えや修理も多くなりました。給湯ボイラー、電話機、電子レンジ、ウォッシュレット、台所の水栓金具、そのために臨時の出費がありました。しかしそのたびに修理「技術者のありがたさを実感しました●生きていく上ではさらに経済的困窮の悩みがあり、資金融資者の存在もありがたいものです。病気の治療も、電化製品の買い替修理も借金も費用が掛かります。世の中すべて「金」です。しかし金があっても直らないものもあります。それは罪と死の悩みです。●今朝は生きていくうえでのいろいろいろな困難について聖書はどう答えるのか、頭に浮かぶ聖書の箇所を並べてみよう。聖書をアチコチ並べてみると浮かび上がってきた結論は「悩み事はどんなことでも神が知ってくださる」ということです。これが子や孫に私が「言い残す」遺産であります。この認識こそ悩み多き人生を旅する時の「打ち出の小槌」です。子や孫にはこの存在を教えて死にたい。●ヒルティはその幸福論の「孫達に幸あれ」で、孫は聖書に導けと言っている。至言。なぜか。どんな扉をも開けられる「鍵」だからである。●今朝も主として「福音書」から思い出す。聖句の検索とアウトプットには「Jバイブル」を利用する。超便利。

●初めに結論

塚本訳 マタ 10:29-30
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。


塚本訳 マタ 6:7-8
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。

塚本訳 マタ 6:31-32
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。

塚本訳 マタ 6:27
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

●神は人間の悩み事をことごとくご存知でこれをことごとく直し、癒し、慰めるお方であることを神の子イエスを通じて私達に見せてくださった。その数々を順不同思いつくまま、関連するところも含めて並べてみよう。

塚本訳 マタ 11:3-6
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マコ 6:48-50
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる

塚本訳 マタ 4:4
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 ヨハ 21:4-6
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。

塚本訳 マコ 5:25-27
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、

5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。

塚本訳 マタ 9:11-12
9:11 パリサイ人はこれを見て、弟子たちに言った、「なぜあなた達の先生は、税金取りや罪人と一しょに食事をするのか。」
9:12 聞いて言われた、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である

塚本訳 ルカ 14:5
14:5 そして彼らに言われた、「あなた達のうちには、息子か牛かが井戸に落ちたとき、安息の日だからとてじきに引き上げてやらない者がだれかあるだろうか。」

塚本訳 ルカ 15:11-16
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14
すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。

塚本訳 ルカ 13:15-16
13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。
13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

塚本訳 ルカ 10:29-35
10:29 すると学者は照れかくしにイエスに言った、「では、わたしの隣り人とはいったいだれのことですか。」
10:30 イエスが答えて言われた、「ある人が(──それはユダヤ人であった──)エルサレムからエリコに下るとき、強盗に襲われた。強盗どもは例によって(着物を)はぎとり、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。
10:31 たまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ながら、向こう側を通っていった。
10:32 同じくレビ人もその場所に来たが、見ながら向こう側を通っていった。
10:33 ところが旅行をしていたひとりのサマリヤ人は、この人のところに来ると、見て不憫に思い、
10:34 近寄って傷にオリブ油と葡萄酒を注いで包帯した上、自分の驢馬に乗せて旅籠屋につれていって介抱した。
10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った(という話)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想、礼拝終わり。アーメン、人生の悩み事は神がことごとく先回りして心配して下さる。その悩みごとは「最も善いもの」「最も善い人生観」「最も善い信仰」を下さるための神の苦肉の賢い手の込んだ策なのだ。


●私も家を失い、脳内出血、子供の悩み事を通じて覚醒させられ、信仰を学んだ。失ったものより与えられたものの方が善いものであった。

●録画でピアニストの辻井伸行。スイスでの演奏旅行中にラフマニノフの別荘に行く。ラフマニノフは故国ロシアを追われて世界中を転々としてスイスに落ち着く。家庭的にも恵まれず、自ら精神の病。数々の名曲はその苦難がバネ。ベートーヴェンもバッハもヘンデルも同じ。名曲は苦難から生まれる。

艱難(かんなん)なしには何人も神の国に入ることをゆるされない。


塚本訳 使  14:21-22
14:21 二人は(しばらく)その町で福音を説き、だいぶ大勢弟子にしたので、(来た道をもどり、)ルステラ、イコニオムを経て(ピシデヤの)アンテオケに引き返した。
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

●TSK日本語版エレミヤ書30章
●玄関の蛍光灯、一本が切れたが、そのままにすることに決定。節電。
●集会の婦人会からクリスマスプレゼントを送ったFYさんからお礼の電話。93歳、駅の96段の階段を往復3回して足腰を鍛えているという。午前中は聖書通読、旧新約年3回読破、収入は年金だけで月数万だけ。立派。
●図書館。





















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神の子キリストの建築思想 ++++++++ 所感

2014/12/26 06:33

141226(金)キリスト者の皆様お早うございます。●最近は私が設計した家を手放される例が多くなって来た。過日もそのご相談であった。27歳の時に一級建築士を取得してから44年、そうなるのも時の流れだ。手放される理由は大半が経済的理由である。中には私自身のように火災で失った例もある。●一方嬉しいこともある。家を建てたご家庭から、「ミス着物」や「ミス〇〇大企業」や「著名な演奏家」などが輩出した。これは栄えである。●中でも最もうれしいのは、経済事情でビルを手放すしたが、逆に熱心な信仰を得た方がおられたことである。●建築人生で通して私は信仰と聖書を学んだ。●そこで今朝は神の子キリストの建築思想を思いめぐらせてみよう。旧約やパウロには振れない。それは無常観や頭の神学になるだけだ。●イエスの建築思想はこの世的栄華の表現(ヘレニズム・ギリシャ思想)でもなく精神論(ヘブライズム・ユダヤ思想)でもない。バランスのとれたものである。

塚本訳 ルカ 2:48-49
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」

塚本訳 ヨハ 2:13-16
2:13 ユダヤ人の過越の祭が近くなると、イエスは(弟子たちと)エルサレムに上られた。
2:14 宮の庭で牛や羊や鳩を売る者、また両替屋が坐っているのを見られると、
2:15 縄で鞭をつくって、何もかも、羊も牛も宮から追い出し、両替屋の銭をまき散らし、その台をひっくり返し、
2:16 また鳩を売る者に言われた、「それをここから持ってゆけ。わたしの父上の家を商店にするな。」

塚本訳 マタ 13:54-55
13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍のと兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚(しみ)や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上
に宝を積まず、
6:20 衣魚(しみ)も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 ルカ 16:19-20
16:19 (つぎに、利巧な番頭と反対に、神の国の準備をしなかった人の話を聞け。)一人の金持があった。紫(の上着)と細糸の亜麻布(の下着)を着て、毎日華やかに楽しく暮していた。
16:20 またその金持の門の前に、ラザロという出来物だらけの乞食がねていた。

塚本訳 マタ 6:25-32
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。

塚本訳 ルカ 7:24-25
7:24 ヨハネの使が立ち去ると、群衆にヨハネのことを話し出された。──「(さきごろ)あなた達は何を眺めようとして、荒野(のヨハネの所)に出かけたのか。風にそよぐ葦だったのか。(まさかそうではあるまい。)
7:25 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかい着物を着ている人か。見よ、りっぱな着物をきて贅沢をしている人ならば、宮殿にいる。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 14:1-2
14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。

塚本訳 マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」


塚本訳 ルカ 21:5-7
21:5 ある人たちが(イエスに)宮がりっぱな石と献納品とで飾られていることを話すと、言われた、
21:6 「あなた達が(今)見ているこれらの物は、このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまう日が来るであろう。」
21:7 彼らがイエスに尋ねた、「先生、では、そのことはいつ起りましょうか。また、(世の終りが来て)このことがおころうとする時には、どんな前兆がありましょうか。」

塚本訳 ヨハ 2:18-22
2:18 するとユダヤ人が口を出した、「あなたはこんなことをするが、(その権威を証明するために、)どんな徴[奇蹟]をして見せることができるのか。」
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 ヨハ 4:20-24
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ルカ 12:13-21
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 ヨハ 6:26-29
6:26 イエスが答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、あなた達がわたしをさがすのは、(パンの奇蹟でわたしが救世主である)徴を見たからでなく、パンを食べて満腹したからである。
6:27 (食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい。これは人の子(わたし)があなた達に与えるのである。神なる父上が、(これを与える)全権を人の子に授けられたのだから。」
6:28 すると人々がたずねた、「(それをいただくために)神の(御心にかなう)業をするには、何をすればよいのでしょうか。」
6:29 イエスは答えられた、「神がお遣わしになった者を信ずること、これが(御心にかなうただ一つの)神の業である。」

塚本訳 使  17:23-24
17:23 その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう。
17:24 『世界』とその中のもの』すべて『とをお造りになった
神は天地の』主であられるので、(人間の)手で造った宮などにお住みにならない。


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朝の黙想礼拝おわり

●9:30池谷医院、定期健診

●キララホールに行ってチケット購入。海老沢敏レクチャーN響メンバーコンサート
●TSK日本語版エレミヤ書29章
●理研、小保方問題。隠れた罪を神は見逃さない。故意に罪を犯した人がいたのではないかとの疑惑。



口語訳 詩  19:13-14
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
19:14 わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが/あなたの前に喜ばれますように。


新共同 詩  19:10-14
19:10 主への畏れは清く、いつまでも続き/
主の裁きはまことで、ことごとく正しい。
19:11 金にまさり、多くの純金にまさって望ましく/蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い。
19:12 あなたの僕はそれらのことを熟慮し/それらを守って大きな報いを受けます。
19:13
知らずに犯した過ち、隠れた罪から/どうかわたしを清めてください。
19:14 あなたの僕を驕りから引き離し/支配されないようにしてください。そうすれば、重い背きの罪から清められ/わたしは完全になるでしょう。


塚本訳 ヨハ 8:6-11
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。

8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 Ⅰヨハ1:8-9
1:8 もしわたし達が自分に罪はない、と言うならば、自分をごまかしているのであって、真理はわたし達の中にない。
1:9
もし罪を正直に言うならば、神は真実で、正しいお方であるから、わたし達の罪を赦し、あらゆる不義から清めてくださるのである。

塚本訳 ヨハ 3:20-21
3:20 悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。
3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」

口語訳 箴  28:1
28:1 悪しき者は追う人もないのに逃げる、正しい人はししのように勇ましい。


文語訳 Ⅱコリ13:8
13:8
我らは眞理に逆ひて能力なく、眞理のためには能力あり。

●真実は神のみがご存知。神は兎の毛ほどの罪も見逃さない。
●小保方さん。真実を正直に話せ。神は罪を赦す。そして救う。


●16:00 山川歯科。家も体もアチコチ故障だ。妻と慰め合った。
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私の「キリスト賛歌」 ++++++++ 所感

2014/12/25 06:29

141225(木)5時起床。外はまだ聖夜です。●キリスト者の皆様お早うございます。キリスト降誕の夜に天使は野宿の羊飼い(貧しい!)たちに次のように歌った。

文語訳 ルカ 2:14
2:14 『いと高き處には榮光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ』


口語訳 ルカ 2:14
2:14 「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。


塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!


NKJV ルカ 2:14
2:14 "Glory to God in the highest,And on earth peace, goodwill toward men!"

●この「御心にかなう人」とはだれか。ただ一人上げれば、長島愛生園(ライ施設)にいた玉木愛子でなかろうか。彼女はライ病で両眼と両手両足を失っても次のように歌った(うろおぼえ)

両眼と両手両足捧げて降誕祭

●キリスト教愛真高校の生徒たちが長島愛生園を慰問したとき、視力を失った人たちが愛真の生徒の名前を暗記していて「一人一人にだれだれさんですね」と言ったという。毎日祈りの中に覚えておられたのだ。
●昨日はCDでヘンデルの「メサイア」を鑑賞した。ヘンデルは晩年失明した。メサイアの曲はその弾むような明るさに、福音の喜びが溢れていてすばらしいが、そのオラトリオの台本はチャールズ・ジェンキンスが作ったもので、欽定訳(KJV1611)のあちこちの聖句をつなぎ合わせたものである。つなぎ合わせと言えどもその背後には一本の筋が通っている。最近はこの台本の方に関心がある。
●そこでクリスマスの今朝は私なりの「キリスト賛歌」を作ってみたい。思いつくままをつなぎ合わせるだけである。

口語訳 イザ 11:1-2
11:1 エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、
11:2 その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。


口語訳 イザ 11:10-11
11:10 その日、エッサイの根が立って、もろもろの民の旗となり、もろもろの国びとはこれに尋ね求め、その置かれる所に栄光がある。
11:11 その日、主は再び手を伸べて、その民の残れる者をアッスリヤ、エジプト、パテロス、エチオピヤ、エラム、シナル、ハマテおよび海沿いの国々からあがなわれる。

塚本訳 ルカ 1:46-55
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』
1:49 力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださったのです。『そのお方の名は聖で、』
1:50 『その憐れみは千代よろず代とかぎりなく、そのお方を恐れる者にのぞみましょう。』
1:51 『御腕にて』逞しきことを行い、心の思いの『高ぶる者を』『おい散らし、』
1:52 『権力者を』位から『引き下ろし、』『低い者を高うし、』
1:53 『飢えた者を宝で満たし、』『富める者を』『空手で追いかえされましょう。』
1:54 永遠に『その憐れみを忘れず、』『その僕イスラエルの民を助けてくださるでしょう、』
1:55 』われらの先祖たち、すなわちアブラハム』とその『子孫に』仰せられた『とおりに。』


塚本訳 ルカ 2:28-32
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 マタ 3:16-17
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

塚本訳 マタ 4:16-17
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』
4:17 この時から、イエスは「悔改よ、天の国は近づいた」と言って、教えを説き始められた。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 マタ 11:3-6
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」


塚本訳 マタ 21:42-43
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』
21:43 だからわたしは言う、神の国はあなた達から取り上げられて、神の国の実を結ぶ(ほかの)国民に与えられるであろう。

塚本訳 ヘブ 5:8-10
5:8 彼は御子であるにもかかわらず、苦しみをうけて従順を学び、
5:9 完成されたので、(今度は彼が、)彼に従順であるすべての人に対して『永遠の救の』本源となり、
5:10 神から『メルキゼデクと同等の』大祭司と呼ばれたのである。

塚本訳 ヘブ 7:25-26
7:25 それゆえ彼はまた、彼によって神に近づく人々を完全に救うことが出来る。彼は人々のために(神に)執成をしようとして常に生きておられるからである。
7:26 (わたしはイエスがメルキゼデクと同等の大祭司であることを、くどくどと述べてきた。なぜか。)こんな大祭司こそ、わたし達にふさわしいからである。聖なる、罪のない、汚れのない、罪人と分けられ、もろもろの天よりも高くされた大祭司!

塚本訳 ピリ 2:6-11
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。
2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 黙  22:16
22:16 私イエスが(諸)教会についてこれらのことをお前達に証明するために、私の使いを遣わしたのである。私はダビデの根また裔(すえ)輝く暁の明星である。」



塚本訳 ヘブ 13:8
13:8 イエス・キリストは、きのうも、きょうも、また永遠に、同じである。


NKJV ヘブ 13:8
13:8 Jesus Christ is the same yesterday, today, and forever.



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私達の救い主、その降誕日の「私のキリスト賛歌」終わり。アーメン

●子を失わなければならなかった父なる神の苦汁の心中いかばかりか。

●TSK日本語版エレミヤ書28章
●ATM、郵便局、図書館。


2014_12250002.jpg 

クリスマスの日の夕暮れ。

文語訳 ヘブ 13:8
13:8 イエス・キリストは昨日も今日も永遠までも變り給ふことなし。


●「生粋の無教会・・・坂上国蔵 遺稿追悼集」の私の回想を読んで、50年間の神の恩恵の導きの糸を感じて感謝であった。
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神ご自身が働いてくださる ++++++++ 所感

2014/12/24 05:48

141224(水)キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は9時前に寝たので、今朝は3時前に目が覚めて、あとは床の中で黙想、「神ご自身が働いてくださる」。このテーゼで聖書の箇所を探すと「聖書の全部」になる。どこからでも説明できる。●去る21日の集会の感謝会でのこと。TTさんは御夫婦揃って集会に熱心に通っておられるが、お孫さん(登戸学寮に在籍)が聖書を読むようになったという。これを伺って私は「神が働かれた」という思いがした。●またこれは集会の責任者であった故藤林益三先生がある日の集会の最後の報告で「間違ったことは神が注意してくださる」と言われた。これは集会の信者同士の争いや間違った感話をする人に対する我々の態度へのご注意であったと思う。●今朝は救いの道は神ご自身が働いて示してくださる、救ってくださる、ということに関連する聖句を並べて見よう。「神ご自身が働かれる」と言うが、ただ傍観していればよいというのでもない。神に働いていただくためには本人や周囲の人の熱心な祈りが必要なのだ。

●編集の言葉第一。「神ご自身が働いてくださる」。人間は手を出すな、口を出すな。

塚本訳 マタ 7:9-11
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか

塚本訳 ルカ 11:13
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マコ 4:26-28
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

塚本訳 ヨハ 6:49-53
6:49 あなた達の先祖は荒野でマナを食べたけれども、死んだ。(天から降って来たが、永遠の命がないからだ。)
6:50 それを食べれば死なないもの、これが(本当に)天から下ってくるパンである。
6:51 わたしが天から下ってきた、生きているパンである。このパンを食べる者は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、わたしの肉である。世を生かすために、わたしはこれを(世に)与える。」
6:52 するとユダヤ人は、「この人は、どうして自分の肉をわたし達に食べさせることができようか」と言って互に議論をはじめた。
6:53 イエスが言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)の肉を食べず、その血を飲まねば、あなた達の中に命はない。

塚本訳 ヨハ 4:14
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 1:9-13
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである

塚本訳 ルカ 15:1-4
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。


塚本訳 ルカ 15:8
15:8 また、どんな女でも、ドラクマ銀貨[五百円]を十枚持っていて、もしその銀貨を一枚無くしたとすれば、明りをつけて家(中)を掃き、それを見つけ出すまでは、丹念にさがしつづけるのではないだろうか。

塚本訳 ルカ 15:11-20
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

塚本訳 ルカ 19:1-10
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、
イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。




●次に神が働いて下さるためには本人や周囲の人の熱心な祈りが必要なことを見てみよう。これ編集の言葉第2である。

塚本訳 マタ 15:24-26
15:24 イエスは答えられた、「わたしはイスラエルの家のいなくなった羊だけにしか、遣わされていない。」
15:25 するとその女が来て、しきりに願って言った、「主よ、お助けください。」
15:26 イエスは答えられた、「子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」


塚本訳 マコ 2:3-5
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る。
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」

塚本訳 マコ 5:26-29
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである

5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。

塚本訳 ルカ 18:1-7
18:1 なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに話された
18:2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官があった。
18:3 またその町に一人の寡婦がいた。いつもその裁判官の所に来ては、『(早く裁判をして)わたしのため敵に仕返しをしてください』と言っていた。
18:4 裁判官はしばらくの間は取り合おうとしなかったが、あとでひそかに考えた、『わたしは神を恐れず、人を人とも思わないが、
18:5 この寡婦はどうもうるさくて、やりきれないから、(裁判をして、)この女のために仕返しをしてやろう。そうしないと最後にはやって来て、わたしをどんなひどい目にあわせるか知れない。』」
18:6 それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返しの裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか



塚本訳 マタ 8:5-8
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります

塚本訳 マコ 5:22-24
5:22 するとヤイロという一人の礼拝堂監督が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏し、
5:23 しきりに願って言う、「わたしの小さな娘が死にかかっています。助かって命びろいをするように、どうか行って、手をのせてやってください。」
5:24 イエスは彼と一しょに出かけられた。大勢の群衆がイエスについて行って押しまくった。


塚本訳 ヨハ 21:3-7
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。
21:7 するとイエスの愛しておられた弟子が気づいて、ペテロに「主だ!」と言う。主だと聞くと、シモン・ペトロは裸だったので(急いで)上っ張をひっかけ、湖に飛び込んだ。

塚本訳 マコ 6:46-50
6:46 そして群衆に別れると、祈りのため山に行かれた。
6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。


塚本訳 マタ 8:2
8:2 すると一人の癩病人が近寄ってきて、しきりに願って言った、「主よ、(清めてください。)お心さえあれば、お清めになれるのだから。」


塚本訳 マタ 9:18
9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」

塚本訳 マタ 26:51-53
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。


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朝の黙想おわり。ディダクトゥー・セウー(神に教えられる。ヨハ6:45)が無教会のプロパガンダ。神が教え、探し、導き、報復する。
しかし傍観するな。祈れ、祈れ。すると神が腰を上げてくださる。しつこく、なりふり構わず、正座して、単願せよ。受験の精神と同じだ。二心あってはいけない。


塚本訳 ヨハ 6:67-68
6:67 するとイエスが十二人(の弟子)に言われた、「まさか、あなた達まで離れようと思っているのではあるまいね。」
6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

●7:15 妻はKNさんと高尾山登山
●TSK日本語版エレミヤ書26章
●台所水栓、浴室水栓の修理。台所の混合水栓金具は私では修理不可能。すごいメカニックだ。
修理中、水が噴出してしまった。もう一つ吐水口があるので助かった。経済的に余裕が出来たら部品交換のメンテナンスを頼もう。
●庭木に絡んだつるの除去。妻の依頼。
妻は15:30 帰宅

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メリークリスマス。特に孤独の人、病める人に。

塚本訳 ルカ 2:8-14
2:8 (その晩、)数人の羊飼がそのあたりで、野宿をしながら群の夜番をしていた。
2:9 すると(突然)一人の主の使が(現われて)彼らに近づき、主の栄光が彼らのまわりを照らしたので、羊飼たちはすっかりおびえてしまった。
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。
2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。
2:12 あなた達はみどり児が産着にくるまれて飼葉桶に寝ているのを見る。それが(救世主の)目印である。」
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14
いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

妻と二人で、クリスマスイブ。「きよしこの夜」を歌って私たちの健康、子供たちの家庭、集会の方々の平安を祈る。ワインで乾杯。鳥の手羽、頂いたシュトーレン。こういう聖夜はあと何回か。

















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罪の赦しの道が開かれたことを「いと小さき者」に告げよ ++++++++ 所感

2014/12/23 08:02

141223(火)天皇誕生日●キリスト者の皆様お早うございます。●今朝もよい啓示を受けました。「罪の赦しの道が開かれたことを『いと小さき者』に告げよ」●12年間続けてきた「イエス伝」も来年の5月で終了する。最後は復活と昇天のところであるが、ここで難解なところは次である。

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」


塚本訳 ルカ 24:45-47
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

塚本訳 マコ 16:15-16
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる



●ということはキリスト者は人の罪を赦す生殺与奪の権威を身に帯びてしまっているのだ。この恐ろしいような、任に堪えないような権威はいかなるものであるか、今朝はこのことを黙想してみよう。この難問はやはり「聖書で聖書を読む」方法で探求するのが正しい方法であると解す。「Jバイブル」であちこち検索する。
●黙想を表現する方法として3ッつの額縁を造る。この額縁は聖書学でいう「編集の神学」である
①キリスト者に与えられた罪を赦す権威
②その権威は人間にはなく、遣わした神にある
③誰に向かって告知するべきか


①キリスト者に与えられた罪を赦す権威


塚本訳 ヨハ 20:23
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」


塚本訳 ルカ 24:47
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある


塚本訳 マタ 16:19
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)
あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」




②その権威は人間にはなく、遣わした神にある


塚本訳 ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか
。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


塚本訳 ヨハ 13:20
13:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしが遣わす者を受けいれる者は、わたしを受けいれるのであり、わたしを受けいれる者は、わたしを遣わされた方を受けいれるのである。」

塚本訳 Ⅰコリ3:3-8
3:3 まだ肉の人だから。あなた達の間に妬みや争いがあるかぎり、肉の人であって、人間的な思いで歩いているのではないか。
3:4 一人が「わたしパウロ(先生)に」と言い、他の一人が「わたしはアポロ(先生)に」と言うとき、あなた達は(ただの)人間ではないか。
3:5 それなら、いったいアポロはなんだ、パウロはなんだ、(ただ)使用人で、彼らによってあなた達が信仰に入ったまでであり、しかもそれは、それぞれ二人に主がお命じになったように働いたのである。
3:6 ──わたしは植えた、アポロは水をやった、しかし神がこれまで成長させてくださった。
3:7 従って、植える者も水をやる者もなんでもなく、成長させるお方、神だけが偉いのである。
3:8 植える者と水をやる者とは一つ(のことをするの)であり、ただ(働きが違うから、)めいめいが自分の骨折りに応じて、自分の褒美を受けるのである。



塚本訳 マタ 18:21-35
18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」
18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!
18:23 だから天の国は、王が家来たちとの貸し借りを清算しようとするのに似ている。
18:24 清算を始めると、(王に対し)一万タラント[三百億円]の借りのある家来がつれて来られた。
18:25 返すことができないので、主人は(その家来に、)自分も妻も子も持ち物も全部売って返すように命じた。
18:26 家来はひれ伏して、しきりに願った、『しばらく待ってください。全部お返ししますから。』
18:27 そこで主人は気の毒に思って、身柄をゆるした上、借金にまで棒を引いてやった。
18:28 ところがその家来は出ていって、自分に百デナリ[五万円]を借りているひとりの同僚に出合うと、これをつかまえ、喉頚をしめて、『借りているものを返せ』と言った。
18:29 同僚はひれ伏して、『ちょっと待ってくれ。返すから』と頼んだ。
18:30 しかし承知せず、(裁判官につれて)行って、負債を返すまで牢に入れた。
18:31 その人の同僚たちはこの出来事を見て非常に悲しみ、行って、出来事の一部始終を主人に報告した。
18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』
18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)
18:35 わたしの天の父上も、
もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」


③誰に向かって告知すべきか

塚本訳 ルカ 11:4
11:4 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を皆赦しておりますから。わたしたちを試みにあわせないでください。」


塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう


塚本訳 マタ 25:37-40
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

塚本訳 ルカ 10:33-37
10:33 ところが旅行をしていたひとりのサマリヤ人は、この人のところに来ると、見て不憫に思い、
10:34 近寄って傷にオリブ油と葡萄酒を注いで包帯した上、自分の驢馬に乗せて旅籠屋につれていって介抱した。
10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った(という話)。
10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」

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朝の一人礼拝終わり。キリスト者は罪の赦しの情報を握る権威を持っている。権威といっても人間の権威でなく神の権威である。我々はこの情報の権威を罪に悩んでいる「いと小さい」人に示さなければならない。教会の権威でなく、個人の権威である。」だからパウロは言う。あーだれがこの重い責任に耐えることが出来るのか。福音を受け入れず滅びゆく人を見るのは辛いのだとパウロは言う。同感だ。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である
2:16
ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

●TSK日本語版エレミヤ書26章
●妻の手伝い
●年賀状を書く。心の交わりは楽しい。
●年賀状を投函した帰りに、寒風の中の自動車の焼き鳥屋の主人と会話。

焼き鳥屋「毎日家にいて何してんだい」
私「聖書の勉強だ」
焼き鳥屋「キリストはなぜ殺されたのか」
私「誤解されて裏切られたのだ」
焼き鳥屋「可愛そうに」








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父上のお許しなしには地に落ちない ++++++++ 所感

2014/12/22 05:38

141222(月)3時目覚め、床で黙想。5時起床●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は録画してあった「らららクラシック」(NHKTVBS)で「きよしこの夜」を見た。日野原重明先生(103歳で現役の医師)が、自らこの歌を歌い、日本では自分が一番長くこの曲を歌っているだろうと話されていた。●先生を見て、人は一体何歳まで生きれば「満足」なのだろうと考えた。●今朝の床の中で人の寿命について聖書のアチコチを連想したが、突然次の言葉がひらめいた。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

●そうだ、人は何歳で死のうとも神がこの命を知っていてくだされば「大満足」なのだ。この人生観があれば、人生は成功、後方だ。この認識は子や孫にぜひ「言い残しておきたい」「伝えたい」喜びの人生観だ。この部分、ルカでは遅疑のようになっている。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。
しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

●この死生観は明るい、仏教や旧約は暗い。暗い人生観の代表を三つ掲げる。

裏を見せ、表を見せて散るモミジ。(良寛の辞世の句)。

この句を絶賛しているのが、カトリックの井上洋次洋治神父だから困るのだ。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかし
その一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

●これは諦念である。これでオイオイ泣いていたのでは救いはない。ヒルtティはこの句を引いて、たとえそうであってもキリストへの信仰を持てば「私の人生は幸福でした」と言えるのだ、と行っている。


「もっと光を」

●これはゲーテの辞世の言葉である。人生の最後にこんな言葉を遺した人について行っても幸福は得られないとヒルティは言う。
ゲーテはディレッタントで遊び人であった。ナポレオンは彼に会って「これは人間だ」お言ったという。キリスト者は「神の子」なのだ。人間のままであってはいけない。聖書のヨハネの手紙には次のようにある。これは明るい、光と喜びだ。


塚本訳 Ⅰヨハ3:1
3:1 見よ、父はなんとすばらしい愛を賜わったことか、わたし達は神の子(たるべき特権を与えられたの)であり、否、事実上すでに神の子である!この世は神を知らないために、わたし達(が神の子であること)を(も)知らないのである。


塚本訳 Ⅰヨハ4:15
4:15 イエスが神の子であることを告白すれば、その人に神は留っておられ、その人も
神に留っている。


塚本訳 Ⅰヨハ5:5
5:5 では、だれがこの世に勝つのであるか、イエスは神の子であると信ずる者でなくして。

塚本訳 Ⅰヨハ5:13
5:13 このことをあなた達に書いたのは、あなた達は(イエスを)神の子として信じているので、すでに永遠の命があることを知らせるためである。

●パウロは次のように言う。

塚本訳 Ⅰコリ15:54-55
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。

●しかしヨハネの手紙もパウロも「人間の言葉」である。冒頭のイエスの言葉を神の子キリストに解説してもらおう。

塚本訳 ルカ 12:7
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 8:23-27
8:23 舟に乗られると、弟子たちも従った。
8:24 するとにわかに湖に激しい嵐がおこって、ついに舟は波をかぶった。しかしイエスは眠っておられた。
8:25 弟子たちがそばに来て、「主よ、お助けください、溺れます」と言って起した。
8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。
8:27 人々は驚いて、「この方はどうした人だろう、風も湖も、その言うことを聞くのだが」と言った。

塚本訳 ルカ 8:49-55
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ルカ 7:12-16
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 11:43-45
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。
11:45 すると、マリヤの所に来て
イエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の黙想、瞑想、礼拝終わり。アーソーカ。この命は99%でなく、100%神に握られているのだ。覚えられているのだ。忘れられないのだ。病気もご存知、ボケになることもご存知、死の時もご存知。かくなる上は一日一日神まかせて行こう。召される時まで生きられることを日々感謝しよう。一日一句、それもイエスの言葉を学びながら生き抜くことをしよう。イエスは言う。

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。


パウロも次のように言う。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う



●TSK日本語版エレミヤ書25章。パソコン操作上の疑問が解決してうれしかった。
●ATM、郵便局、ノマ電気で、パソコン遠隔操縦の費用9800円/年を支払う。
●妻はコーラス。夕方から忘年会。夕食を用意しておいてくれた。












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神の国は宴会を催す時のようなものだ ++++++++ 所感

2014/12/21 06:32

141221(日)4時目覚め。」●朝方に「宴会の準備で苦労しているところで夢が覚めた●それから福音書を黙想した結果「神の国は宴会を催す時のようなものだ」との啓示。宴会に招かれる人は無条件に招かれる。祝儀は持って行かなくてよい。また宴会を催す方はそれなりの苦労がある。これは教会エクレシアの苦労を象徴している。●イエスの一言はパウロの百言に勝る。●神の国の晩餐会や宴会の譬の解説はブルンなーやドッドなどにあるが、「聖書で聖書を黙想する」と心一杯、胸一杯になってそれら人間の書いた本を読む気がしなくなる。これ聖書の分らないところを人間の書いたものに走るのはあまり有益でないことに繋がる。●そこで今朝は胸がいっぱいになった聖書の部分を並べて見よう。

●神の国の宴会の喜び、招待される喜び、無条件で招かれる喜び。礼服は貸してくれる(マタ22:11-13)、貴人と会える光栄、

塚本訳 マタ 8:10-11
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、


塚本訳 マタ 22:2-13
22:2 「天の国は、王子のために結婚披露の宴会を催す王にたとえられる
22:3 家来たちをやって宴会に招いた人たちを呼ばせたけれども、だれも来ようとはしなかった。
22:4 王は、招いた人たちにこう言え、と言って、重ねてほかの家来たちをやった、『いよいよ食事の用意ができました。牛と肥し飼いの家畜とを屠って、すっかり用意ができています。さあ、宴会においでください。』
22:5 しかし彼らはそれに構わず、一人は畑に、一人は商売に出かけ、
22:6 ほかの者は家来たちを捕らえてひどい目にあわせた上、殺してしまった。
22:7 王は憤り、軍隊をやってその人殺しどもをうち滅ぼし、その町を焼き払った。
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

塚本訳 ルカ 15:22-24
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

塚本訳 ルカ 19:5-7
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。

塚本訳 ルカ 15:8-10
15:8 また、どんな女でも、ドラクマ銀貨[五百円]を十枚持っていて、もしその銀貨を一枚無くしたとすれば、明りをつけて家(中)を掃き、それを見つけ出すまでは、丹念にさがしつづけるのではないだろうか。
15:9 そして見つけると、友だちや近所の女たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。無くした銀貨が見つかりましたから』と
15:10 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、神の使たちに喜びがあるのである。」

塚本訳 マタ 26:17-19
26:17 種なしパンの祭の初めの日(の朝)、弟子たちがイエスの所に来て言った、「どこで過越のお食事の支度をしましょうか。」
26:18 イエスは言われた、「都のだれそれの所まで行って、『わたしの時は近づいた。あなたの所で弟子たちと一しょに過越の食事をまもる、と先生が言われる』と言いなさい。」
26:19 弟子たちはイエスに命じられたとおりにして、過越の食事の支度をした。

塚本訳 マタ 26:26-29
26:26 (ユダが立ち去ったあと、)彼らが食事をしているとき、イエスは(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)賛美して裂き、弟子たちに渡して言われた、「取って食べなさい、これはわたしの体である。」
26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。
26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。
26:29 しかしわたしは言う、わたしの父上の国で、あなた達と一しょに新しいのを飲むその日まで、わたしは今後決して、この、葡萄の木から出来たものを飲まない。」

塚本訳 ルカ 24:28-32
24:28 とかくするうちに目指す(エマオの)村に近づくと、なお先へ行くような様子をされたので、
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

●宴会を催す側には裏方の苦労がある。ワカイモンに告ぐ。宴会の裏方の苦労を経験せよ。

塚本訳 ヨハ 2:1-10
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。
2:3 すると宴会の最中に酒が足りなくなったので、母がイエスに言う、「お酒がなくなりました。」
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」
2:5 母は召使たちに言う、「〃なんでもこの方の言われるとおりにしてください。〃」
2:6 そこに、ユダヤ人の清めの(儀式の)ために、石の水瓶が六つ置いてあった。いずれも二、三メトレタ[八十から百二十リットル]入りであった。
2:7 イエスは召使たちに言われる、「水瓶に水をいっぱい入れよ。」口まで入れると、
2:8 彼らに言われる、「さあ汲んで、宴会長に持ってゆきなさい。」彼らが持ってゆくと、
2:9 宴会長は酒になった水をなめてみて、──彼はその訳を知らなかったが、水を汲んだ召使たちは知っていた。──宴会長は花婿を呼んで
2:10 言う、「だでれも初に良い酒を出し、酔がまわったところに悪いのを出すのに、あなたは、よくもいままで良い酒をとっておいたものだ。」

塚本訳 ルカ 12:35-37
12:35 裾ひきからげ、明りをともしておれ
12:36 あなた達は、主人が宴会からかえって来て戸をたたいたときすぐあけられるように、帰りいつかと待ちかまえている人のようであれ。
12:37 主人がかえって来たとき、目を覚ましているところを見られる僕たちは幸いである。アーメン、わたしは言う、主人の方で裾をひきからげて、僕たちを食卓につかせ、そばに来て給仕をしてくれるであろう。

塚本訳 ヨハ 12:1-2
12:1 イエスは過越の祭の六日前に(また)ベタニヤに行かれた。ここにはイエスが死人の中から生きかえらせたラザロがいた。
12:2 するとそこでイエスのために宴会が催され、マルタは給仕をし、ラザロは相伴客の一人であった。

塚本訳 ルカ 10:38-42
10:38 さてみなが旅行をつづけるうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が家にお迎えした。
10:39 マルタにマリヤという姉妹があった。。マリヤは主の足もとに坐ってお話を聞いていた。
10:40 するといろいろな御馳走の準備で天手古舞をしていたマルタは、すすみ寄って言った、「主よ、姉妹がわたしだけに御馳走のことをさせているのを、黙って御覧になっているのですか。手伝うように言いつけてください。」
10:41 主が答えられた、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことに気を配り、心をつかっているが、
10:42 無くてならないものはただ一つである。マリヤは善い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

塚本訳 マコ 6:34-44
6:34 イエスは(舟から)あがって、多くの群衆が『羊飼のいない羊のように』しているのを見ると、かわいそうになり、多くのことを教え始められた。
6:35 とかくするうち、もう時間もおそくなったので、弟子たちはイエスのそばに来て言った、「ここは人里はなれた所、それにもう時間もおそいので、
6:36 人々を解散させ、まわりの部落や村に行って、自分で何か食べるものを買わせてください。」
6:37 イエスは答えて言われた、「あなた達が自分で食べさせてやったらよかろう。」彼らが言う、「わたし達が行って二百デナリ[十万円]のパンを買ってきて、食べさせるのでしょうか。」
6:38 彼らに言われる、「手許にいくつパンがあるか。見て来なさい。」確かめて来て言う、「五つ。それと魚が二匹です。」
6:39 そこで皆を一組一組、青い草の上に坐らせるよう弟子たちに命じられると、
6:40 あるいは百人ずつ、あるいは五十人ずつ、一列一列になってすわった。
6:41 イエスは(いつも家長がするように、)その五つのパンと二匹の魚を(手に)取り、天を仰いで(神を)讃美したのち、パンを裂き、人々に配るため弟子たちに渡された。二匹の魚も皆に分けられた。
6:42 皆が食べて満腹した
6:43 そして(パンの)屑を拾うと、十二の篭に一杯あった。魚の残りも拾った。
6:44 パンを食べた者は、男五千人であった。


塚本訳 ルカ 17:7-10
17:7 ただ(次の譬を聞け。)あなた達のうちに耕作、あるいは牧畜をする僕を持っている人があって、その僕が畑からかえって来たとき、『すぐここに来て食事をしなさい』とその人は言うだろうか
17:8 むしろ反対に、『夕食の用意をして、わたしが食事をすますまで裾をひきからげて給仕をし、そのあとで食事をしなさい』と言うのではあるまいか。
17:9 言いつけられたことをしたからとて、主人が僕に感謝するだろうか。

17:10 そのようにあなた達も、(神に)命じられたことを皆なしとげた時、『われわれは役に立たない僕だ、せねばならぬことをしたまでだ。(褒美をいただく資格はない)』と言え。」

塚本訳 ルカ 22:24-30
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。
22:28 しかしあなた達はわたしのかずかずの試みの時に、一しょに持ちこたえてくれた人たちだ。
22:29 だから父上がわたしに御国を委ねてくださったように、わたしもあなた達にわたしの国を委ね、
22:30 (そこで)わたしの食卓で飲み食いさせ、また王座につかせて、イスラエルの(民の)十二族を支配させるであろう。」

塚本訳 マタ 20:25-28
20:25 するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである。
20:26 あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなりたい者は召使になれ。
20:27 一番上になりたい者は奴隷になれ。
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 13:12-17
13:12 さて、みんなの足を洗い終ると、上着を着てふたたび席について、言われた、「いまわたしは何をあなた達にしたか、(そのわけ)がわかるか。
13:13 あなた達はわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいるが、そう言うのは正しい。その通りだから。
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。
13:16 アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

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朝の黙想おわり。宴会に呼ばれる背後に招く方の労苦(経済的、肉体的、人選、会場設営、料理の準備)がある。これ地上のエクレシアの姿。招かれるのは無条件。そこに喜びがある。

●10:00 妻と集会へ、。川上(司会)、丹野(塚本「ヘブル書」)、高木(一回一章、マルコ7章)
●12:40 感謝会。主にある和気あいあいの集い。15名
●私の感謝の言葉「4人の子供たちは皆さまに愛されて常に心の中にあり、その名前と動向を見つめていてくださっている。無教会における福音の伝播は説教でなく、生き様の感化である。子供たちはそれぞれに十字架を負っている。塚本先生は忘れられても『神に教えられて』信仰は継承される。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。





























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「実母は別にいる!」。イエスは神の子、マリヤは人間 ++++++++ 所感

2014/12/20 06:32

141220(土)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は録画でNHKのファミリーヒストリー」を妻と見た。教育評論家尾木直樹氏の実母静枝さん(故人)の出生の秘密をNHKが追ったものである。尾木氏本人の知らないことも、小樽や能登に飛んで遠戚や古い写真や手紙を探求したNHKの追跡に敬服。●静枝さん(才女)は高校受験の時に戸籍を取り寄せて、初めて実母は別にいることを知って衝撃。つまり継母に育てられたのであった。●しかし彼女は幸せな結婚をして、子供三人を育てた●その子供の尾木氏は受験に失敗、学業も行き詰ったその「挫折経験」が後に教育評論家になる土台になった。●「実母は別にいる!」「親子の生き別れ」等の出生の秘密を知った時の静枝さんの衝撃と悩みはいかばかりであったろう。●しかしこういう衝撃に遭遇した人は多い。これを知るときは人生の逆境の時だ。奈落に突き落とされたようなショックである。私の関係でも私の母を含めて5人いる。それはそれぞれにいろいろないきさつや理由があって「話せば長くなる」●昨日このテレビを見てから、イエスにも出生の秘密があったことを思い返した。そして生みの母マリヤはカトリックが祭り上げているような「聖母」ではなく、普通の人間であることも改めて認識した。●我々の実の父と母は肉の父母ではない。神が真の親だ。●今朝はこの信仰を巡って、否、事実を巡って、聖書の思いつくところを掲げてみよう。

口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、


塚本訳 マタ 1:3
1:3 ユダの(その嫁)タマルによる(不倫の)子はパレスとザラ、パレスの子はエスロン、エスロンの子はアラム、

塚本訳 マタ 1:5
1:5 サルモンの(遊女)ラハブによる子はボアズ、ボアズの(異教国モアブの女)ルツによる子はオベデ、オベデの子はエッサイ、

塚本訳 マタ 1:6
1:6 エッサイの子はダビデ王である。ダビデの(将軍)ウリヤの妻による子はソロモン、

塚本訳 マタ 1:16
1:16 ヤコブの子はマリヤの夫ヨセフで、
このマリヤから救世主と呼ばれるイエスがお生まれになった。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった
1:13
この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 ルカ 2:48-51
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。

塚本訳 マタ 3:16-17
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時
、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

塚本訳 ヨハ 2:1-4
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。
2:3 すると宴会の最中に酒が足りなくなったので、母がイエスに言う、「お酒がなくなりました。」
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マタ 12:46-50
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に
、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」

塚本訳 マタ 13:54-57
13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 ヨハ 4:13-18
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ヨハ 8:1-5
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」

塚本訳 ヨハ 8:10-11
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

塚本訳 ルカ 23:28-29
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。
23:29 いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである

塚本訳 ヨハ 16:20-21
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21
女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

塚本訳 Ⅰコリ11:11-12
11:11 とにかく、主に(ある関係に)おいては(同等で)、男がなければ女もなく、女がなければ男もない。
11:12 なぜなら、女が男から出たように、男も女によるのであるから。だが
、(男にせよ女にせよ、)すべては神から出たのである。

塚本訳 ガラ 3:27-28
3:27 すなわちキリストへと洗礼を受け(て彼のものとなっ)たあなた達はみな、キリストを着たからである。
3:28 (神の子には、)もはやユダヤ人もなければ異教人もなく、奴隷もなければ自由人もなく、男もなければ女もない。あなた達はみなキリスト・イエスによって一つであるからである

塚本訳 Ⅰヨハ1:7
1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

塚本訳 ヘブ 9:13-14
9:13 なぜなら、もし雄山羊や雄牛の血や(水にまぜた)雄牛の灰を、けがされた人々に注ぐことによって、肉体をきよめて、清潔にする(くらい)ならば、
9:14 まして永遠の御霊の力によって傷のない自分自身を神に捧げたキリストの血が、わたし達の良心を死ぬ行いから清めて、生ける神を礼拝させないことがあるだろうか

塚本訳 ロマ 3:21-26
3:21 しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。
3:22 この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。
このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。


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朝の黙想礼拝終わり。人は誰でも人には言えない「出生の秘密」を抱えている。それは人間の欲望と罪の結果である。しかし神はキリストの十字架の血で、その汚れた過去の秘密を一切清めて神の子にしてくださる。喜べ「実母と生き別れた」悲しみの人よ。その悲しみ嘆きを通して、神の霊に生まれて真の家族、天の家族の一員となれるのだ。神の子になれるのだ。

●TSK日本語版エレミヤ書23章
●妻と話。「残る生涯は短い。神が日本に与えた無教会のキリスト教のために尽くし貫こう」
●寒い日。妻は雨の中を買い物







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もう人間をやめたい ++++++++ 所感

2014/12/19 05:30

141219(金)5時起床●日本は寒波で寒い●過日NHKTV「心の時代」で宗教学者の山折鉄雄氏(仏教徒)が「人は、もう人間をやめたいと思う時が来るものだ」という言葉を発した。●これは良い言葉だ。ゲーテは「向上する人は迷うものだ」と言っている。人は一生懸命真面目に生きていても不可解不条理な不幸が襲ってくるものだ。●そのとき人間は「呻く」のだ。その時は泣けばよいのだ。失った幸福のために心から朝まで泣けばよいのだ。●今朝は聖書で「不条理な苦しみや悲しみ」に関連する部分を思いつくままに掲げて黙想してみよう。●と言って「慰めよう」などと思うのではない「人間をやめたい」という嘆きに合わせて、「泣くものと共に泣く」ことをするのだ。(ロマ12:15)

口語訳 創 3:16
3:16 つぎに女に言われた、/「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、/彼はあなたを治めるであろう」。


口語訳 創 3:17-19
3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。


口語訳 創 6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 ヨブ 1:18-19
1:18 彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「あなたのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいると、
1:19 荒野の方から大風が吹いてきて、家の四すみを撃ったので、あの若い人たちの上につぶれ落ちて、皆死にました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。


口語訳 ヨブ 2:7-9
2:7 サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。
2:8 ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった。
2:9 時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。


口語訳 詩 90:3-10                                               90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。                                               90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。
90:7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。
90:8 あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪をみ顔の光のなかにおかれました。
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

塚本訳 ルカ 13:34
13:34 ああエルサレム、エルサレム、預言者を殺し、(神から)遣わされた者を石で打ち殺して(ばかり)いる者よ、雌鳥がその雛を翼の下に集めるように、何度わたしはお前の子供たちを(わたしの所に)集めようとしたことか。だがお前たち(エルサレムの者)はそれを好まなかった。

塚本訳 ルカ 19:41-42
19:41 いよいよ(エルサレムが)近くなって(はじめて)都が見えると、イエスは都(に臨もうとしている裁き)を思い、声をあげて泣きだされた
19:42 そして言われた、「(ああエルサレム、)お前ももし(「平安を見る」という自分の名のように、)きょうでも平安への道が見えたなら(まだ遅くはないのに!)しかし今それはお前の目に隠されている。


塚本訳 マタ 2:18
2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』

塚本訳 ルカ 7:12-14
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」
と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

塚本訳 ヨハ 5:5-7
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

塚本訳 ヨハ 8:1-5
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」

塚本訳 ヨハ 9:1-2
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」

塚本訳 ロマ 5:17-19
5:17 一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである



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朝の黙想おわり。人間が遭遇する悲しみや苦しみは不可解不条理だ。しかしキリストの十字架によって無条件に幸福にさせられるので「おあいこ」だ。まーこれで人生も良しとするか。












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不老長寿の願いは永遠の命の喜びで満たされる ++++++++ 所感

2014/12/18 06:08

141218(木)5時起床、乾布摩擦、体重測定、厚着、この間「急げ、急げ」と言いながらやれば寒さもなんのその。永平寺の修行僧や塚本先生が毎朝水浴びをしていたことを思う。昨日のお湯をポットから出して飲む。湯沸し●キリスト者の皆様お早うございます。今朝も』寒い朝です。●今朝示されたテーマは「不老長寿の願いは永遠の命の喜びで満たされる」です。●一昨日集会のKHさんの家に集会からのクリスマスプレゼントをお届けしました。KHさん85歳は施設に入っておられ、御令弟と懇談した。KHさんは認知症で、御令弟が月に一回思舞いに行っても分からなくなってしまっている。そして御令弟(81歳)と、お互いにボケたくないと話し合った。●日本は男女とも世界最高の長寿国になったが、その先は不老長寿の永遠の命だ。それには新約聖書の示す「永遠の命」に関心を持たなければならない。●バッハカンタータ147番からマイラヘスが編曲した「主よ、人の望みの喜びよ」は人の最高の目標である。バッハは最高最深の伝道者だ。
●その喜びは確実に必ず神が復活のキリストを通して満たしてくれる。●人間の心の底にある「不老長寿」は「永遠の命の喜び」で見たされる。●今朝はこれに関する聖句をアチコチ黙想してみよう。

塚本訳 マタ 6:25-27
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか


塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」


塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)


塚本訳 Ⅰコリ13:12
13:12 わたし達はいまは(何事も)鏡でおぼろに見ているが、(完全なものが来る)その時には、顔と顔と相対してみるのである。いまはわたしは部分的に知っているが、その時には、(今神に)知りつくされているからそのようにわたしも知りつくすであろう


塚本訳 Ⅱコリ3:18
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である


塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

塚本訳 使  17:23
17:23 その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう。

塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

塚本訳 マタ 16:26-27
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。
16:27 (永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

塚本訳 マコ 10:17-21
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
10:19 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、』奪い取ってはならない、『父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが
永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ルカ 11:11-13
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 ヘブ 8:4-5
8:4 それで、もし彼が地上におられたならば、祭司ではあり得ないはずである、(ここにはすでに)律法によって供物を捧げる(レビの)祭司たちがいたのであるから。
8:5 彼らは天上のことの模型と影とに奉仕しているのである、モーセが幕屋を建てようと(計画)したときお告を受けたとおりである。いわく、『心して、すべてのものを、山であなたに示された型をまねて造れ』と。

塚本訳 ヘブ 10:1
10:1 つまり(モーセ)律法には、(ただキリストがもたらす)来るべき幸福の影があるばかりで、その事の(まことの)姿それ自身がないのである。毎年たえず捧げる同じ(雄牛や雄山羊の)犠牲では、(神に)近づく者[祭司と一般の人](の罪)を(永久に清めて)完全にすることは、決して出来ないからである。

塚本訳 マタ 28:19-20
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 マタ 10:28-31
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。

塚本訳 ルカ 2:25-26
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた


塚本訳 ヨハ 6:49-51
6:49 あなた達の先祖は荒野でマナを食べたけれども、死んだ。(天から降って来たが、永遠の命がないからだ。)
6:50 それを食べれば死なないもの、これが(本当に)天から下ってくるパンである。
6:51 わたしが天から下ってきた、生きているパンである。このパンを食べる者は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、わたしの肉である。世を生かすために、わたしはこれを(世に)与える。」

塚本訳 ヨハ 8:51
8:51 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を守る者は(わたしに名誉を帰する者で、決して裁かれない。だから)永遠に死なない。」


塚本訳 ヨハ 11:26
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


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朝の啓示、一人礼拝、黙想おわり。この肉体には限界があり、衰えていくが、永遠の命の喜びは変わらない。感謝

●12:50 庭のサボテンの鉢を2個2階に運び上げる。百日紅の枝を払う
●TSK日本語版エレミヤ書21章
●16:50 妻は登戸学寮に「大島富士子クリスマスチャリティコンサート」に出発。帰宅は遅くなる。
●18:00 妻が用意しておいてくれた夕食(カレーライス)を食べる。
●北海道、東北は猛吹雪。福島の家族が思いやられる。





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神は復活を信じられるように肉眼で見えるようにしてくださった。 ++++++++ 所感

2014/12/17 06:39

141217(水)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝示された課題は「神は復活を信じられるように肉眼で見えるようにしてくれた」です。●イエスは弟子たちの信仰が小さいとき、「ああ、信仰の小さい人よ」と言いながらも、不思議なる奇跡で神の力を示して病気を直し、復活の体を見せたりして信仰を深めた。福音書の弟子教育の記事はそれが多い。弟子たちの記憶はそれが残って口伝で残ったらしい。●キリスト者も「自分の信仰の経験」は生涯忘れられない記憶になる。その経験談が他人に伝わって歴史的に運ばれる。●今朝は「神は復活を信じやすくしてくださった」というテーマで、思いつくままに聖書の箇所を並べてみよう。大脳皮質ではどうしても信じにくい「復活」を弟子たちは「肉眼で見える体験」で信じられるようにされた。●2月1日の感話がこれがポイント、焦点である。

塚本訳 ルカ 24:29-32
24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。
24:30
一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ルカ 24:36-43
24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。
24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、
24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。
24:39
わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」
24:40 [無シ]
24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。
24:42 焼いた魚を一切差し上げると、
24:43 受け取ってみなの前で食べられた。



塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 ヨハ 20:24-28
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」


塚本訳 マタ 28:16-17
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった

塚本訳 マコ 16:14
16:14 その後、十一人(の弟子)が食事をしているとき自分を現わして、彼らの不信仰と心の頑固とをお責めになった。復活されたのを見た人々(の言うこと)を信じなかったからである

塚本訳 ヨハ 21:1-14
21:1 そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──
21:2 シモン・ペテロと、トマスすなわちデドモと、ガリラヤのカナ生まれのナタナエルとゼベダイの子たち二人と、ほかの二人の弟子とが一緒にいた。
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。
21:7 するとイエスの愛しておられた弟子が気づいて、ペテロに「主だ!」と言う。主だと聞くと、シモン・ペトロは裸だったので(急いで)上っ張をひっかけ、湖に飛び込んだ。
21:8 ほかの弟子たちは、魚の(はいっている)網を引っ張りながら舟で来た。陸から遠くなく、二百ペキュン(百メートル)ばかりしか離れていなかった。
21:9 彼らが陸に上がって見ると、炭火がおこしてあって、上に魚が一匹のっており、またパンがあった。
21:10 イエスが彼らに言われる、「今捕った魚をすこし持ってきなさい。」
21:11 シモン・ペテロが(舟の)上にあがって網を陸へ引き上げると、百五十三匹もの大きな魚で一ぱいであった。こんなに大漁であったが、網は裂けなかった。
21:12 イエスが彼らに言われる、「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子のうちだれ一人、「あなたはどなたですか」と敢えて尋ねる者はなかった。主だと気づいた(が、何となく変だった)からである。
21:13 イエスは来て、パンを(手に)取って彼らに渡された。魚も同じようにされた。
21:14 イエスは死人の中から復活されたのち、弟子たちに自分を現わされたのは、これですでに三度目である。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-8
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。
15:7 そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた。
15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた。

塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。



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朝の啓示、黙想、一人礼拝終わり。あー神は復活を信じられない人にも信じられるようにしてくださる。神の愛は深い。どんな頑固者でも神の手にかかれば信仰を持つようになる。人間の証明は効がない。説教も効き目がない。

●TSK日本語版エレミヤ書20章
●録画でウィーン少年合唱団。
●4年前に葬儀を司った学校の恩師五十嵐永吉先生の未亡人順子さん(無教会新宿集会)から贈られたお歳暮(ズワイガニ)に対する御礼電話。このカニは姿が立派なので正月に孫たちが来たら食べようと冷凍庫に収納
●妻は市内のYMさんを訪問。
●去る21日の青梅クリスマス講演会で渡辺晴季先生(元キリスト教愛真高校校長)の講演(「苦難の意味」が心に残る。先生は昨年お嬢様に先立たれ、今年は奥様に先立たれた。その時、「天に目を向けよ」という声が胸に響いたというのだ。
●先生に私の子供が負わされた「十字架、苦難」を申し上げると、先生は私の目をしっかり見て、「高橋さん。きっと良くなります」と慰めてくださった。ご自身が苦難を負われたので、その言葉には真実味があった。

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父が好きであった白雲。妻が管理する出窓のポインセチア(贈られたもの)。
クリスマスが近い。



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政治に対する姿勢をキリストに聞く ++++++++ 所感

2014/12/16 06:19

141216(火)3時半目覚め。石油のクリーンヒーターを点火、エアコンはつかわない。電気を熱エネルギーにするのは筋が違う。無駄。寝床で黙想、「政治に対する姿勢」●5時起床、乾布摩擦、体重測定、急いで厚着、エスキモーになる。ポットの湯を一杯、持病の「しもやけ」で指が腫れていて指を握ると痛い。しもやけの薬を塗る。●キリスト者の皆様お早うございます。この世は衆議院選挙の話題で一杯。こんな時キリスト者は政治に対していかなる態度を取るべきか。これを聖書に聞く。聖書と言っても人間パウロに聞かない。パウロの言葉は「人間の思想」。たとえば次の言葉は多くの議論を呼び、いがみ合い、憎しみ合い、蜂の巣をつついたようになる。その方面を専門とする人たちの思想戦になる。職業上、商売上の用語が飛び交って難しい話になる。建築士の私は政治には素人だ。専門のことは専門家にまかせる。●逆に建築のことには素人が口を出さないでほしい。男子厨房に入らず。

塚本訳 ロマ 13:1-3
13:1 人は皆上に立つ(国家の)官憲に服従せねばならない。神からではない官憲はなく、現存の官憲は(ことごとく)神から任命されたものであるから。
13:2 従って官憲に反抗する者は、神の命令に違反する者である。違反する者は、自分で自分に(神の)裁きを招くであろう。(この世で罰を受けるばかりでなく、最後の日にも。)
13:3 役人が恐ろしいのは、善いことをする者でなく、悪いことをする者である。(だから)あなたは官憲を恐れたくなければ、善いことをせよ。そうすれば官憲から誉められる。


●これはパウロの大脳皮質の「思想」。喧嘩になる。●だから神の子キリストに聞く。順不同寝床で思いついたまま。●私の聖書引照を「御言葉の洪水」と言った人がいるが、多くの引照に当たると焦点が絞れてピントがはっきりしてくる。テレビでもカメラでも画素数が多いと画像がはっきりしてくるのと同じだ。●というわけで、今朝も多くの聖書引照を並べる。と言っても「福音書」だけにする。パウロの思想には触れない。

塚本訳 マタ 4:12-16
4:12 イエスは(洗礼者)ヨハネが牢に入れられたと聞くと、(郷里)ガリラヤ(のナザレ)に引っ込まれた。
4:13 それから(間もなく)ナザレを去って、(昔)ゼブルン(族)とナフタリ(族)との(領地であった)地方にある、(ガリラヤ)湖畔の(町)カペナウムに行って住まれた。
4:14 預言者イザヤをもって言われた言葉が成就するためであった。──
4:15 『(ガリラヤの)湖に向かった、ゼブルン(族)の地とナフタリ(族)の地、ヨルダン川の向こう(のペレヤ)、異教人の(住む)ガリラヤ──
4:16
暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』

塚本訳 マタ 2:9-11
2:9 王の言葉を聞いて博士たちが出かけると、見よ、(前に東の国で)出るのを見た星が彼らの先に立って、幼児のいる所の上まで行って止まった。
2:10 彼らはその星を見たとき、大喜びに喜んだ。
2:11 家に入って、幼児が母マリヤと共にいるのを見ると、ひれ伏しておがみ、宝箱を開いて、『黄金、乳香、』没薬を『贈物として』捧げた。

塚本訳 ルカ 2:13-15
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!
2:15 天使たちが彼らをはなれて天に去ると、羊飼たちは互に言った、「さあ、ベツレヘムに行って、主が知らせてくださった出来事を見てこよう。」

塚本訳 ルカ 2:25-32
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた
2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります


塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

塚本訳 ヨハ 9:5
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」

塚本訳 ヨハ 12:35-36
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。
12:36 光のある間に光を信じて、光の子になりなさい。」、こう話すと、イエスは(そこを)立ち去って、彼らから姿をお隠しになった。(イエスの伝道はこれで終ったのである。)

塚本訳 ヨハ 6:14-15
6:14 人々はイエスが行われた徴[奇蹟]を見て、「確かにこの人は、世(の終り)に来るあの預言者だ」と言った。
6:15 イエスは人々が来て、自分を(エルサレムに)攫って王にしようと計画しているのを知り、自分ひとり、またも山に引っ込まれた

塚本訳 マタ 11:1-5
11:1 イエスは十二人の弟子に指図を終えられると、町々で教えまた(福音を)説くために、そこを去られた。
11:2 さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』
と。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 4:6-7
4:6 言った、「神の子なら、下へ飛びおりたらどうです。『神は天使たちに命じて、手にてあなたを支えさせ、足を石に打ち当てないようにしてくださる。』と(聖書に)書いてあります。(人々はそれを見て信じ、たちどころにあなたの国が出来ます。)」
4:7 イエスは言われた、「ところが、『あなたの神なる主を試みてはならない』とも書いてある。」

塚本訳 マタ 4:8-10
4:8 悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見せて
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」
4:11 そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。

塚本訳 ヨハ 11:46-54
11:46 しかし中には(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった。
11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。
11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

11:49 するとそのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが言った、「諸君は何もお解りにならない。
11:50 また、一人の人が民(全体)に代って死んで全国民が滅びない方が、諸君にとって得であることも考えておられない。」
11:51 しかしこれは、カヤパが自分から言ったのではない。その年の大祭司であった彼は、イエスが国民のために死なねばならぬことを、(自分ではそれと気付かずに、神の預言者として)預言したのである。
11:52 ──ただ、(ユダヤ)国民のためだけでなく、(世界中に)散らばっている(今はまだ異教人である)神の子たちを、一つに集めるために。
11:53 そこで彼らはその日以来、イエスを殺す決意をしていた。
11:54 それでイエスは、もはや公然とユダヤ人の中を歩きまわることをせず、そこを去って荒野に近い地方のエフライムという町に行き、弟子たちと一しょにそこにおられた。

塚本訳 マタ 22:17-21
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 マタ 17:24-27
17:24 彼らがカペナウムに来たとき、宮の奉納金の取立て人がペテロの所に来て言った、「あなた達の先生は奉納金を納めないのか。」
17:25 ペテロが「もちろん、納められる」と言う。そして(イエスの)家に行くと、イエスの方から言い出された、「シモン、どう思うか、この世の王たちは官税や税をだれから取るだろうか。自分の子供たちだろうか、それとも余所の人からだろうか。」
17:26 「余所の人から」と答える。イエスは言われた、「それでは(神の)子供たちには(納める)義務はない。
17:27 しかし人々をつまずかせないため、
湖に出かけていって釣針を垂れよ。最初に釣れた魚を取って口をあけるとスタテル銀貨(二千円)が一つあるから、それを取って、わたしとあなたの分として取立て人に渡しなさい。」



塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

塚本訳 マタ 5:43-44
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。

塚本訳 ルカ 19:8-10
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 マタ 6:19-24
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。
6:22 目は体の明りである。だからあなたの目が澄んでおれば、体全体が明るいが、
6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。
あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13
しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから


塚本訳 マタ 1:16
1:16 ヤコブの子はマリヤの夫ヨセフで、このマリヤから救世主と呼ばれるイエスがお生まれになった。

塚本訳 ルカ 19:26-28
19:26 わたしは言う、だれでも持っている人は(さらに)与えられるが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。
19:27 ところで、わたしを王に戴くことを好まなかったあの敵どもをここに引っ張ってきて、わたしの見ている前で斬り殺してしまえ。』」
19:28 このことを話したのち、イエスは進んでエルサレムへと上って行かれた。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う
、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」



塚本訳 マタ 27:11-14
27:11 さて、イエスが総督の前に立たれると、総督はイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。(お前はその廉で訴えられているが。)」イエスは言われた、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」
27:12 大祭司連、長老たちから(いろいろと)訴えられたが、何もお答えにならなかった。
27:13 するとピラトが言った、「あんなにお前に不利益な証言をしているのが聞えないのか。」
27:14 イエスはただの一言もお答えにならなかったので、総督は不思議でならなかった。


塚本訳 マタ 21:9
21:9 群衆は、イエスの前を行く者もあとについて行く者も、叫んで言った。──ダビデの子に『ホサナ!主の御名にて来られる方に祝福あれ。』いと高き所に『ホサナ!


塚本訳 マタ 26:51-54
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。

26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」


塚本訳 マタ 27:29
27:29 茨で冠を編んで頭にかぶらせ、右手に葦(の棒)をもたせて(王に仕立てたのち、)その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳!」と言ってなぶった。

塚本訳 マタ 27:37
27:37 イエスの頭の上にはこれはユダヤ人の王イエスであると書いた罪状が掲げられた。

塚本訳 マタ 28:18-20
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


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朝の礼拝おわり。これで政治に対する態度を学べた。キリスト者は何事も天の神相手でなければならない。神ママで生きるべきである。祈りで神 の意見を聞くべきだ。

●「聖書で聖書を読む」聖書勉強の方法は強力かつ絶大な効果がある。万巻の人間の註解書を読むよりも力が得られる。キリストの言葉はキリストが教えてくれる。

●9:00 NHKアーカイブス。エチオピアのキリスト教。ラリベラへの巡礼。風習は異なっても聖書は同じであることに感動。
●11:10 小雨の中を郵便局に宅急便
●11:40 妻は根津のYさんの家に習い事。その後月本昭男先生の旧約講義を聴講に行く。夕飯を用意して行ってくれた。出先から、食器は洗わないでそのままにしておいてほしいと電話が入る。
●13:20 集会の釘本寛子さん(施設に入所)の留守宅におられる御令弟、釘本晴雄さんに集会の「すずめの会」(婦人会)からのクリスマスプレゼントを届ける。
●TSK日本語版エレミヤ書19章
●妻の用意してくれた夕食を食す。

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聖霊による洗礼 ++++++++ 所感

2014/12/15 06:31

141215(月)4時目覚め。布団の中で黙想「聖霊による洗礼」●5時起床、素早厚着。ファンヒーターをつける。お湯を沸かす。●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は青梅クリスマス講演会に出た。●そこでKY氏から「イマドキのワカイモンはキリストの言葉に感動しない」とう発言があった。そこで私は次の言葉を示した。、

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。


新共同 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。
7:29 彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。


●そして、イエスの言葉に感心する人間は「少数」、そして無教会は最近聖書を読まなくなった」と語った。

●その後の茶話会の席上である御夫人が「長い事プロテスタント教会に行っているが、肌に合わないので無教会に惹かれている」という発言があった。教会から無教会に来る人の多くにこのような思いがある。そのお子様は子供を無教会のキリスト教愛真高校に入れた。●この「肌に合わない」という感情は大切な事である。内村鑑三とその流れはは「日本的キリスト教」を強調した。つまり日本人の肌に合うキリスト教を目指したのである。●KY氏の嘆きも、「ある御夫人」も「いかなrふキリスト教が心休まる」ものであるかを追及している。これは日本のキリスト教の重大な課題である。●しかし福音の本質は世界共通で不変的(カトリック)えある。それが各国各人に入って様々な形となる。無教会はその日本的展開の姿であることは多くの人の認めるところである。●しかしながらあまりに日本的過ぎて福音の本質を逸脱しては砂の中に消えた川(ダイスマン)である。●今朝はこのことを巡って聖書のアチコチが思い浮かんだので、寝床で書いたメモのままに「Jバイブル」を駆使して表現してみよう。

塚本訳 マタ 28:18-20
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。
安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


塚本訳 マコ 1:7-8
1:7 彼は説いて言った、「わたしよりも力のある方が、わたしのあとから来られる。わたしは、かがんでその方の靴の紐をとく値打もない者である。
1:8 わたしは水で洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

塚本訳 ヨハ 1:30-33
1:30 『わたしのあとからひとりの人が来られる。わたしよりも偉い方である。わたしよりも前からおられたのだから』とわたしが言ったのは、この方のことだ。
1:31 (最初)わたしはあの方が(救世主だと)わからなかった。しかしわたしはあの方(がそれであること)をイスラエルの民に知らせるため、水で洗礼を授けに来たのである。」
1:32 ヨハネはまたこう言って証しをした、「洗礼を授けると、御霊が鳩のように天から下ってきて、あの方の上に留るのをわたしは見た。
1:33 最初わたしはあの方がわからなかった。しかし水で洗礼を授けさせるためにわたしを遣わされた方(神)が、わたしに言われた、『御霊が下ってきて、ある人の上に留るのを見たら、その人が聖霊で洗礼を授ける人である』と。

塚本訳 ヨハ 19:4-5
19:4 ピラトはまた外に出ていって、ユダヤ人に言う、「見よ、あの人をお前たちの前に引き出す。あの人にはなんらの罪も認められない訳がわかろう。」
19:5 イエスが茨の冠をかぶり紫の上着をまとって、(しずかに)出てこられた。ピラトが言う、「見よ、この人だ。」

塚本訳 ヨハ 5:44
5:44 互に(この世の)名誉をやり取りして、ただひとりの神からの名誉を求めないあなた達が、どうして(わたしに対する)信仰をもつことが出来ようか

塚本訳 ヨハ 7:16-18
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。
7:17 その方の御心を行おうと決心する者には、わたしの教えが神から出たものか、それともわたしが自分で勝手に話しているかがわかるであろう。
7:18 自分で勝手に話す者は、自分の名誉を求める。(そしてその言うことが偽りである。)しかし自分を遣わされた方の言葉を語って、その方の名誉を求める者は、真実であり、(すこしも)偽りがない。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


塚本訳 ヨハ 18:37-38
18:37 そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。」
18:38 ピラトがたずねる、「真理とは何か。」、ピラトはこう言ったのち、またユダヤ人の所に出ていって言う、「あの人にはなんらの罪も認められない。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 Ⅰコリ3:10-13
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。

塚本訳 使  20:22-24
20:22 (だがいよいよお別れだ。)さあ、わたしは御霊に縛られて、エルサレムにのぼって行く。そこでどんな目に会うか、わたしは知らない、
20:23 ただ、聖霊は(預言者たちをもって)到る所の町で、縄目と苦難とが(あそこで)わたしを待っていると証しをしてくださったことのほかは。
20:24 しかし
わたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 使  23:6-8
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」
23:7 彼がこう言うと、パリサイ人とサドカイ人とのあいだに意見の対立がおこり、法院が分裂した。
23:8 なぜならサドカイ人は復活も天使も霊もないと主張するのに対して、パリサイ人はこれを認めるからである。

塚本訳 使  24:19-21
24:19 見たのはアジヤから来た数人のユダヤ人ですが、あの人たちはわたしに対して何か告発することがあるのなら、(自分で)あなたの前に出て(堂々と)告発すべきであったのです。
24:20 あるいはまた(ここにいる)この(エルサレムの)人たち自身も、わたしが最高法院の前に立ったとき、どんな不正が(わたしに)認められたか、言ってみたまえ!
24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」

塚本訳 使  5:30-33
5:30 わたし達の先祖の神は、あなた方が(十字架の)『木にかけて』殺害したイエスを復活させられました。
5:31 この方を神は、イスラエルに悔改めと罪の赦しとを与えるために、(命の)先達また救い主として御自分の右に挙げられたのです。
5:32 わたし達はこれらの事柄の証人であります。神が御命令に従う者にお与えになる聖霊も、同じくその証人であります。」
5:33 これを聞いた者たちは真赤になっておこり、彼らを殺そうと思った。

塚本訳 使  26:4-8
26:4 若い時からのわたしの生活は、初めから(ユダヤ)国民の中で、しかもエルサレムですごしましたので、ユダヤ人は皆知っております。
26:5 以前からわたしを知っている彼らは、証人になる気さえあれば、わたしが国の宗教の最も厳格な派に従って、(すなわち)バリサイ人として生活したことを、知っているのです。
26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。
26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。
26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。


塚本訳 ヘブ 3:1-6
3:1 それゆえ、聖なる兄弟たちよ、天の選択にあずかった者よ、わたし達が告白する使徒また大祭司(である)イエスに心を向けよ。
3:2 彼は『モーセが神の全家に』忠実であったように、彼を創造された方に対して『忠実』であった。
3:3 家を造った者が家(そのもの)より大きな尊敬を受けると同様、彼はモーセ以上に大きな栄光に価する者にされたのである。(モーセは神の家、すなわちイスラエル人の一員であったが、イエスはその家を造られた方であるから。)
3:4 [(一体)家はみな人によって造られる。(従って神の家にもこれを造った人があり、それはイエスである。)しかし万物を造られた方は(もちろん)神である。]
3:5 なお『モーセは』、(将来預言者たちにより、また御子によって)語られるべきことを証するために、『(一人の)僕』として、『神の全家に忠実』であったが、
3:6 キリストは『神の家』の御子として忠実であった。そして(キリストを信ずる)わたし達は、そのキリストの家(の者)である。もしわたし達が(大胆な)信頼と、希望の誇りとを最後まで堅く守っているならば。

塚本訳 使  17:22-24
17:22 パウロはアレオパゴス法院の真中に進み出て言った。「アテネ人諸君、あなた達はどの点からしても、最高に信心深いようにわたしには見えます。
17:23 その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう。
17:24
『世界』とその中のもの』すべて『とをお造りになった神は天地の』主であられるので、(人間の)手で造った宮などにお住みにならない。


塚本訳 ヨハ 2:19-22
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。


塚本訳 Ⅰコリ6:18-19
6:18 不品行から逃げよ。人のおかすどんな罪も、体の外にある。しかし不品行をする者は、自分の体、(キリストの体、神のお宮)に対して罪を犯すのである。
6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 エペ 2:19-22
2:19 だから、君達は最早余所の人でも居候でもなく、聖徒と同じ(天上の)市民また神の家族であり、
2:20 使徒と預言者なる土台の上に築き上げられた建物であって、キリスト・イエス御自身がその『首石』である。
2:21 そして建物全体は彼において(しっかり)つなぎ合わされて成長し、主に在る聖なる宮となるのであって、
2:22 君達も彼において一緒に建て合わされ、神の霊の御住居(すまい)となるのである



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朝の黙想礼拝おわり。人間が聖霊の住む宮。我々の肉体は尊い。だから自殺は器物破壊の罪だ。


●TSK日本語版エレミヤ書18章
●衆議院選挙で自民+公明の与党が圧勝。投票率52%hが戦後最低。有権者の政治離れ、シラケ。野党のふがいなさが目立つ。
キリスト者の立場からすれば政治は大切だが、政治で世の中良くはならない。カイザルのものはカイザルだ。永遠の命に生きる者はこの世のことは相対化するべきだ。

塚本訳 マタ 22:17-21
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」







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神に喜ばれる真の礼拝者 ++++++++ 所感

2014/12/14 06:00

141214(日)5時起床●朝の黙想「神に喜ばれる真の礼拝者」●去る12月11日に日本聖書協会主催のクリスマス礼拝が日本基督教団の富士見町教会で行われた。そこで「教会的雰囲気、会話」に接してイヤーな感じがした。●かくいう無教会者の私も人を悪くは言えない。●去る10月4日には無教会全国集会に出席したが、そこには政治的雰囲気があって、社民党の亜流のようであった。自分はさしおいて天下国家の罪悪に目覚めてこれをを断罪することが信仰の道だと誤った考えが主流であった。すぐ「思想闘争」になる。●神の喜び給う「真の礼拝者はどこにいるか」。それは人間の目には見えない。神にのみ見える。教会にいない。無教会にいない。神の心の中にいる。神の「お眼鏡」にかなった人がそれである。●たとえば皇室の侍従のうち約三分の一は無教会的クリスチャンだそうだ。(「天皇とロザリオ」)。旧約の中澤冾樹先生の告別式弔辞は三笠宮殿下であった●また今日の平和憲法、教育基本法制定の背後には内村鑑三の弟子筋の働きが隠然たる力を持っていた。●現天皇の英語教師はクリスチャンにせよとの命令を出したのは昭和天応であった。美智子皇后を選ぶときは3人の重鎮が当ったが、これもクリスチャンが主流であった●マッカーサーが連合国軍総司令官として日本に来日した時、真っ先に賀川豊彦に「天皇の処遇」について意見を聞いた。その時賀川は直立不動の姿勢を」とったという●このように真の礼拝者はこの世で隠れた存在で隠然たる力を発揮している。無教会者の一部に口を開けば「天皇制批判」「社会悪断罪」を」する「外野席」がいるが、大間違い。世の中を良くしようと思ったら、外野席ではなくグランウンドに降りてプレーをしなければならない。そしてそのプレートは「自分の十字架を負う」ことだ。「置かれたところで咲きなさい」(渡辺和子)●そこで今朝は神に喜ばれる真の礼拝者」について、そのイメージを彷彿させられる部分を思いつくままに掲げてみよう。



塚本訳 ヨハ 4:21-24
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:5-8
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 ルカ 7:1-5
7:1 イエスはこれら一切の話を人々に聞かせ終った後、カペナウムにかえられた。
7:2 すると、ある百卒長の大事な僕が病気で、もう危篤であった。
7:3 百卒長はイエスのことを聞くと、ユダヤ人の長老たちをイエスの所に使にやって、是非僕を直しに来てほしいと頼ませた。
7:4 長老たちはイエスの所に来て、こう言って熱心に願った、「あの人はそうしていただいてもよい人です。
7:5
(異教人でありながら)わが国民に好意をもち、自分でわたし達に礼拝堂を建ててくれたのですから。」


塚本訳 ルカ 10:35-37
10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った(という話)。
10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」

塚本訳 マタ 25:31-40
25:31 (こんど)人の子(わたし)が栄光に包まれ、『すべての天使を引き連れて来る』時には、栄光の(裁きの)座につくのである。
25:32 ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、
25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。
25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。
25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、
25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』
25:37
その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』


塚本訳 マタ 10:37-38
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また
自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。


塚本訳 マタ 27:19-20
27:19 ピラトが裁判席に着いているとき、その妻が彼の所に人をやって、「その正しい人に関係しないでください。その人のおかげで、昨夜夢で散々な目にあいましたから」と言わせた。
27:20 しかし大祭司連、長老たちは、バラバの命乞いをして、イエスを殺してもらえと群衆を説きつけた。


塚本訳 ルカ 23:26-28
23:26 (兵卒らが)イエスを(刑場へ)引いてゆく時、シモンというクレネ人が野良から来(て通りかかっ)たので、つかまえて(イエスの)十字架を背負わせ、イエスの後から担いでゆかせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。)
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。


塚本訳 マタ 27:55-56
27:55 またそこには、遠くの方から眺めていた女たちが沢山いた。これはガリラヤからイエスについて来て、仕えていた人たちである。
27:56 そのうちにはマグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、およびゼベダイの子らの母がいた。


塚本訳 ルカ 23:54-56
23:54 この日は支度日[金曜日]であったが、(もう夕方で、)安息日[土曜日]が始まろうとしていた。
23:55
イエスと一しょにガリラヤから来た女たちは(ヨセフの)あとについて行って、墓と、イエスの体が(そこに)納められる様子とを見とどけ、
23:56 帰って、香料と香油を用意した。女たちは掟に従って安息日を休み、


塚本訳 ルカ 24:1
24:1
(翌日、すなわち)週の始めの日[日曜日]、夜の引明けに、用意しておいた香料(をまぜた香油)を持って墓場に行った。

塚本訳 ヨハ 20:11-15
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」


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朝の礼拝終わり。神は隠れた祈りを聞かれる。真の礼拝者は神相手である。

●10:00 集会は茂木(司会)、高木(清水望先生追悼)、山本(第一テモテ)
●午後、妻は「すずめの会)
●14:00 青梅クリスマス講演会、有賀政夫(命を守る)、渡辺晴季(苦難の意味)、
出会いの人、小舘夫妻、斉藤みち、吉村薫、 茶話会に残ってスピーチした。


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幸福を失って永遠の命の喜びを知る ++++++++ 所感

2014/12/13 06:32

141213(土)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝方、子供の一人に先立たれた夢を見た。●常日頃妻と「子や孫に先立たれないことを願う」と話し合っている。しかしこれだけは運命というか宿命というか摂理というべきか人間にはどうしようもないことなのだ。●去る11日に日本聖書協会主催のクリスマス礼拝が富士見町教会で行われた。理事長の大宮博牧師の説教で「東日本大震災では信仰を失った人がいた」という話を伺った。「神はこんな残酷なことをするはずはない」と神を疑ったのだという。あの大地震で多くの人が「幸福」を失った。人間に地震は防げない。●私達を結んでくださった故OYさんは一度妊娠されたが流産、それ以後お子様は授からなかった。私達には何人も子供が与えられた。ある時、彼女は「子供が亡くなったら私が慰めてあげるわよ」と言った。●幸福論の著者ヒルティは人生の目的は「慰めの子」になることだと言っている。

口語訳 使  4:36-37
4:36 クプロ生れのレビ人で、使徒たちにバルナバ(「慰めの子」との意)と呼ばれていたヨセフは、
4:37 自分の所有する畑を売り、その代金をもってきて、使徒たちの足もとに置いた。

塚本訳 使  4:36-37
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、
4:37畑を持っていたので、売って、その金を持ってきて使徒たちの足元に置いた。


●彼女は今郷里のいわき市に眠っている。彼女が亡くなった時、「お墓は何処にあるのか。墓参したい」と聞いてきた人が6人もあった。いかに彼女が多くの人に「慰めの子」であったかが分かる。●私達に長男を授かったとき、お祝いにくださったぬいぐるみの白い小さい象を忘れられない●人は棺桶の蓋を閉じてからその真価が現れると言われている。その墓石には塚本先生の筆跡を拡大した、次の言葉が刻まれている。

文語訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 『人はみな草のごとく、その光榮はみな草の花の如し、草は枯れ、花は落つ。
1:25 されど主の御言は永遠に保つなり』、汝らに宣傅へたる福音の言は即ちこれなり。


●生前、彼女の顔はいつも輝いていた。永遠の命に生きていたのだ●主にあっては幸福を失えば永遠の命の喜びにますます強く生きることが出来るのだ。●今朝はこのことを巡って思いつく聖書を引っ張り出してみよう。パウロではなく、イエスの言葉だけにする。●泣いている時は「神ご自身が」慰めてくださる。


塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


塚本訳 ルカ 6:21
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。
ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。


塚本訳 ルカ 8:51-52
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた
、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」


塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた
、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

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朝の黙想礼拝終わり。「永遠の命!、永遠の命」。これを頂ければこの世の幸福は無くても真の幸福


●「高橋家の子供達」のDVDで1979年のものを妻と観て懐かしんだ。
●妻はコーラスの練習、バッハ「ロ短調ミサ曲」
●TSAK日本語版エレミヤ書16章




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聖書の権威 ++++++++ 所感

2014/12/12 06:32

141212(金)3時半目覚め。睡眠6j間で十分●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は日本聖書協会主催の村岡崇光(世界的なセム語研究家)の講演とクリスマス礼拝が新装なった富士見町教会で行われた。(昨日ブログ参照)。そこで聖書協会の大宮理事長から学んだこと。①新共同訳(1987)のが30年ぶりに訳しなおされる作業は現在鋭意作業中だがまだ20%きり終わっていない。②新共同訳の時、カトリックがそれまでの「イエズス」を「イエス」に変えたこtごは英断であった。③現在において日本の聖書は口語訳とフランシスコ会訳が双璧である。④今度出版する聖書はいわば「標準訳」とでも言うべきものである。●また村岡氏の講演の中では内村鑑三や関根正雄の名前が上がり、私としては聖書の学問的分野に対する無教会の貢献について感ずるところがあった。今日まで、カトリックとプロテスタント、それに無教会はそれぞれに主義の主張があって、分裂していたが、こと「聖書」に対する姿勢では一致していることを改めて知った。●現在、集会で緩和している「イエス伝」(4福音書対象一覧による)は来年の5月に福音書の目的(ヨハネ20:30-31、21:24-25)で終わるが、そこでは聖書の権威について触れてみようと思う。イエス伝は12年間かかった。イエスの伝道期間(3~4年)】よりも長かった!。しかしやりがいがあった。●そこで今朝はその5月の感話の準備の先取りとして「聖書の権威」について黙想してみよう。これはカトリックもプロテスタントも無教会も依存あるまい。●難しいことは抜きにして私としては毎日聖書に触れていると「胸が熱くなる」のである。この姿勢で生涯を終えたいものだ。

①聖書の権威

塚本訳 ヨハ 20:30-31
20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである


塚本訳 ヨハ 21:24-25
21:24 これらのこと([ヨハネ福音書全体]が真実であること)を証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明が信用すべきであることを知っている。
21:25 しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。

塚本訳 Ⅱテモ3:15-17
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。

②イエスが聖書的根拠を示した例

塚本訳 マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である

塚本訳 マタ 21:13
21:13 それからこう言われた、「『わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである』と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを『強盗の巣』にしている。」


塚本訳 マタ 22:31
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──


塚本訳 マタ 26:24
26:24 人の子(わたし)は聖書に書いてあるとおりに死んでゆく。だが人の子を売るその人は、ああかわいそうだ!生まれなかった方がよっぽど仕合わせであった。」


塚本訳 マタ 26:31
26:31 その時イエスは弟子たちに言われる、「今夜あなた達は一人のこらずわたしにつまずくであろう。(聖書に)『わたしは羊飼いを打つ、羊の群はちりぢりになるであろう』と書いてあるからである。(羊飼はわたし、羊はあなた達である。)


塚本訳 マタ 16:21
16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

塚本訳 ヨハ 10:33-34
10:33 ユダヤ人が答えた、「善い業のために石で打ち殺すのではない、冒涜のためだ。君が人間の分際で、神様気取りでいるからだ。」
10:34 イエスが答えられた、「あなた達の律法[聖書]に、〃あなた達は神だ、とわたしは言った〃と書いてあるではないか

塚本訳 マタ 26:52-54
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」


③パウロが聖書的根拠を示した例

塚本訳 Ⅰコリ15:3-4
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること


④聖書が分かるとは

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ルカ 24:44-47
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

塚本訳 使  16:13-15
16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。
16:15 彼女が家族と共に洗礼を受けた時、「あなた達がもしわたしを(ほんとうに)主を信ずる者とお考えなら、家に来て泊まってください」と言って願い、わたし達を無理に連れていった。

塚本訳 ヨハ 7:15-17
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。
7:17 その方の御心を行おうと決心する者には、わたしの教えが神から出たものか、それともわたしが自分で勝手に話しているかがわかるであろう。


塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 使  8:30-31
8:30 ピリポが駈けよってゆくと、その人がイザヤ預言書を読んでいるのが聞こえたので、たずねた、「どうです、読んでおられるところが読めていますか。」
8:31 彼がこたえた、「だれかに手引をしてもらわねば、とてもわたしには読めません。」そして(車に)乗って一緒に坐ってもらいたいとピリポに頼んだ。

塚本訳 使  14:21-22
14:21 二人は(しばらく)その町で福音を説き、だいぶ大勢弟子にしたので、(来た道をもどり、)ルステラ、イコニオムを経て(ピシデヤの)アンテオケに引き返した。
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、
神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

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朝の啓示、礼拝、黙想、瞑想 終わり



●TSK日本語版エレミヤ書15章

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秋川駅前のイルミネーション。今話題の青色LDE照明。しかし本当の光はキリスト。

塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」



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光のトンネル

塚本訳 エペ 5:8
5:8 君達はかつては暗であったが、今は主に在って光である。光の子らしく歩け──


塚本訳 Ⅰヨハ1:7
1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)


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神のところにある「美」は気品 ++++++++ 所感

2014/12/11 06:33

141211(木)キリスト者の皆様お早うございます。●一昨日、某夫人と電話懇談している時「孫が某大デパートの『ミス着物』に選ばれました」と嬉しそうに報告された。●それ以前は別の御夫人から「娘が某大企業の『ミス○○○(企業名)』に選ばれました」と言われた。●二人とも私が設計した家からの「ミス」の排出。これは確率が高いと言わねばならない。●その理由は分かる。その美しさは「命の輝きの美」なのだ。『ミス○○○(企業名)』の父親は家が完成したときにその娘(その時はまだ小さかった)に「家がきれいになっても心がきれいでなければいけないよ」とやさしく諭していた。この父にしてこの子あり。果たしてその娘は成長して『ミス○○○(企業名)』になった。このことは建築士の私にとって喜悦である。●また「美の基準」がこの世の美人感覚とは違う「命の輝きの美」であることも思わされた。気品の美しさなのだ。●また別に音楽の演奏家も輩出したこれも喜びである。●そこで今朝は聖書が「神のところにある美」を連想させる箇所を思い浮かべてみよう。順不同、思いつくまま。

口語訳 創 1:31
1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ
。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  39:6
39:6 そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった。

口語訳 創  39:6-7
39:6 そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった。
39:7 これらの事の後、主人の妻はヨセフに目をつけて言った、「わたしと寝なさい」。

口語訳 出  2:1-3
2:1 さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった。
2:2 女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て、三月のあいだ隠していた
2:3 しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂とを塗って、子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。

口語訳 Ⅰサム16:12-13
16:12 そこで人をやって彼をつれてきた。彼は血色のよい、目のきれいな、姿の美しい人であった。主は言われた、「立ってこれに油をそそげ。これがその人である」。
16:13 サムエルは油の角をとって、その兄弟たちの中で、彼に油をそそいだ。この日からのち、主の霊は、はげしくダビデの上に臨んだ。そしてサムエルは立ってラマへ行った。

口語訳 Ⅰサム16:6-7
16:6 彼らがきた時、サムエルはエリアブを見て、「自分の前にいるこの人こそ、主が油をそそがれる人だ」と思った。
16:7 しかし主はサムエルに言われた
、「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。


口語訳 詩  45:1-2
45:1 わたしの心はうるわしい言葉であふれる。わたしは王についてよんだわたしの詩を語る。わたしの舌はすみやかに物書く人の筆のようだ。
45:2 あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。

口語訳 ヨブ 42:15-17
42:15 全国のうちでヨブの娘たちほど美しい女はなかった。父はその兄弟たちと同様に嗣業を彼らにも与えた。
42:16 この後、ヨブは百四十年生きながらえて、その子とその孫と四代までを見た。
42:17 ヨブは年老い、日満ちて死んだ。

口語訳 箴  31:24-31
31:24 彼女は亜麻布の着物をつくって、それを売り、帯をつくって商人に渡す。
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。
31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。
31:27 彼女は家の事をよくかえりみ、怠りのかてを食べることをしない。
31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。
31:30 あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる。

31:31 その手の働きの実を彼女に与え、その行いのために彼女を町の門でほめたたえよ

塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


塚本訳 マタ 6:22-24
6:22 目は体の明りである。だからあなたの目が澄んでおれば、体全体が明るいが、
6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 ピリ 2:15
2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。

塚本訳 黙  21:1-2
21:1 また私は新しい天と新しい地とを見た。初めの天と初めの地とは消え去ったのである。最早海も無い。
21:2 また聖なる都新しいエルサレムが、
夫のために飾った新婦のように身支度をして、天から、神(の御許)
から降って来るのを私は見た。

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朝の啓示黙想終わり。神の国の美は「気品」。それはひたすらなる信仰から来る。神に与えられる。


●11:30 飯田橋、「房州っ子」で昼食。連合設計社に勤務していた時によく来た店。その店主は4年前に膵臓がんで亡くなったという。74歳
●12:00 連合設計社市谷建築事務所に顔を出す。
●13:00 富士見町教会で世界的なセム語学者の村岡崇光の講演会。(日本聖書協会主催」)
●15:00 引き続きクリスマス礼拝(日本聖書協会主催」)

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新装なった富士見町教会。都市計画の大工事に伴い新築。
屋根の角度はライプチッヒ聖トーマス教会の60度に近い。

2014_12110002.jpg 
日本聖書教会主催のクリスマス礼拝。
パイプオルガンの伴奏で讃美歌2曲を大合唱。いい気持ちであった。
YNさんと会う。
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不思議な人格 ++++++++ 所感

2014/12/10 05:41

141210(水)3時半目覚め。朝の啓示と黙想「不思議なる人格」●キリスト者の皆様お早うございます。キリストをヤッテいるとたまに「不思議な人格」の人に出会うことがある。過日ST氏の葬儀の時のことである。葬儀に参列したNT氏に御挨拶をしたときにそれを感じた。もう一人は今井館でOH氏にそれを感じた。この二人は共に大学の学長であった。この不思議な権威は職業がなさしめたものではないらしい。現にOH氏にそれを感じたのは氏が学長になる前のことであった。またそれ以前に全国集会で出会った医者の某氏(氏名失念)にもそれを感じた。この三名からはゆるぎない「壁」のようなものを感じた。●これはパウロの言う「キリストの薫」というものではあるまいか●内村鑑三の前座を勤めていた塚本虎二の講義を聞かれたO氏(故人)は「内村鑑三の話よりも塚本虎二の講義の方が「胸がポカポカ」したと話された。これは塚本虎二もすごかったが、それを聞いて感ずる者があったO氏にも聖霊の働きが降っていたのだ。私がそのO氏のビルを設計したとき、氏はビルが完成しないうちに召された。●私は建築士としてこういう「キリストの薫」がする方々の住いを設計する時は楽である。その人格にふさわしいものを形に表現すればよいのだから。一般に建物を見れば建築主の「人格と品格」が分かるというものだ。●ゲーテは「それ、偉大なるものは人格なり」と言っている。●翻ってキリスト者に備えられるのは「不思議な人格」である。これは神に与えられるものである。ところがその「不思議」を」感じる人とサッパリ感じない人がいる。神の子キリストはその事で悲哀の連続であった。「預言者はその故郷では敬われない」「「家族がその敵になる」などと言った。●不肖この私も信仰の篤い人達の前で話すと「吸い込まれそうになる」経験をする。身体をかたむけて全身で聞いてくださるからである。私は職業牧師ではないが、「牧師は教会員がつくる」とは良く言ったものだ。私が40歳の時に集会で感話を始めた時、そのころ最前列にズラーと席を占めていた塚本先生の薫陶を受けられた髪の白い御婦人たちの雰囲気、その不思議な人格に感じるものがあった。私が少しでも曲がった話をすると、「空気が変わった」。空気が人を造る。空気で教育された。●音楽CDでも、ライブ録音盤は異様な熱気も録音されている。福音書のキリストの言葉はこれすべて「ライブ録音盤」である。命がある。●今朝はキリスト者に与えられるこの「不思議な人格」に関して、思い当たる聖句を掲げてみよう。

塚本訳 マタ 10:19-20
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである

塚本訳 マタ 3:16-17
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

塚本訳 マタ 17:5
17:5 ペテロの言葉がまだ終らぬうちに、見よ、光る雲が彼ら(イエスとモーセとエリヤと)を掩い、そのとき、「これはわたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった。』『彼の言うことを聞け』」と言う声が雲の中から出た。

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである


塚本訳 マタ 13:54-57
13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 ヨハ 7:14-16
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた
、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。


塚本訳 ヨハ 7:45-48
7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」
7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」
7:47 パリサイ人が答えた、「君たちまでが迷わされたのではあるまいね。
7:48 (最高法院の)役人かパリサイ人のうちに、あれを信じた者がひとりでもあるというのか。

塚本訳 ヨハ 12:48-50
12:48 (だが、)わたしを排斥し、わたしの言葉を受け入れない者を罰する者が(ほかに)ある。わたしが話した言葉、それが最後の日にその人を罰するのである。
12:49
わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。
12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

塚本訳 ヨハ 14:8-11
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。
14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。
14:11 (だから)あなた達は、わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを信ぜよ。しかしもしそれができないなら、(わたしがする)業そのものによって信ぜよ。

塚本訳 マタ 17:5
17:5 ペテロの言葉がまだ終らぬうちに、見よ、光る雲が彼ら(イエスとモーセとエリヤと)を掩い、そのとき、「これはわたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった。』『彼の言うことを聞け』」と言う声が雲の中から出た。

塚本訳 マタ 17:2-4
17:2 すると彼らの見ている前でイエスの姿が変った。顔は太陽のように照りかがやき、着物(まで)が光のように白くなった。
17:3 すると見よ、モーセとエリヤとが彼らに現われた。二人はイエスと話していた。
17:4 ペテロが口を出してイエスに言った、「主よ、わたし達(三人)がここにいるのは、とても良いと思います。もしよろしければ、わたしはここに小屋を三つ造りましょう。あなたに一つ、モーセに一つ、エリヤに一つ。」

塚本訳 ヨハ 2:18-22
2:18 するとユダヤ人が口を出した、「あなたはこんなことをするが、(その権威を証明するために、)どんな徴[奇蹟]をして見せることができるのか。」
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかし
イエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 使  1:5-11
1:5 「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は幾日もたたぬうちに、聖霊で洗礼を授けられるであろうから」と
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない。
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」
1:9 イエスはこう言って、彼らの見ている前で(天に)上げられ、雲が彼を迎えて見えなくなった。
1:10 イエスがのぼって行かれる時、彼らが天をじっと見つめていると、突然、白い着物を着た二人の人が彼らのそばに立って
1:11 言った、「ガリラヤ人たちよ、なぜ(ぼんやり)立って天を見ているのか。あなた達の所から天にあげられたあのイエスは、(いま)天にのぼって行かれるのを見たと同じようにして、(また下って)来られるであろう。」

塚本訳 使  2:1-4
2:1 五旬節の祭の日(すなわち五旬節最後の日)になって、(使徒たちが)皆一緒に集まっていると、
2:2 突然、天から激しい風が吹いてきたようなざわめきがしてきて、座っていた家中にひびきわたった。
2:3 そして火のようなかずかずの舌が、分れ分れに自分たちひとりびとりの上に留まるのが彼らに見えた。
2:4 すると彼らは皆聖霊に満たされ、御霊に言わせられるままに、いろいろな外国語で話し出した。

塚本訳 Ⅰコリ6:18-20
6:18 不品行から逃げよ。人のおかすどんな罪も、体の外にある。しかし不品行をする者は、自分の体、(キリストの体、神のお宮)に対して罪を犯すのである。
6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか。
6:20 なぜというのか。あなた達は(キリストの血の)代価を払って買われたのである。だからあなた達の体をもって神を賛美せよ。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 ロマ 11:4-6
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。
11:6 しかし恩恵による以上は、もはや行いのゆえではない。そうでなければ、恩恵がもはや恩恵でなくなるからである。

塚本訳 使  16:13-15
16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

16:15 彼女が家族と共に洗礼を受けた時、「あなた達がもしわたしを(ほんとうに)主を信ずる者とお考えなら、家に来て泊まってください」と言って願い、わたし達を無理に連れていった。

塚本訳 ピリ 2:15
2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである

塚本訳 マタ 5:14
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。

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朝の啓示黙想瞑想おわり

●TSK日本語版エレミヤ書13章
●午後は、年賀状。葉書ソフトを利用しても昨日半日、今日半日かかった。現役を引退したので「年賀状だけの付き合いになった人」が多くなったが、これでいいのだ、これが良いのだと思った。


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復活のキリストを礼拝する時代の到来 ++++++++ 所感

2014/12/09 06:33

1341209(火)キリスト者の皆様お早うございます。●去る7日に本年の感話の当番が終わり、次回は来年の2月1日、イエス伝も最後の復活の段階になっている。何をテーマにしようかと思案していたが、今朝啓示された。語るべきことはその都度与えられるということは真理だ。

塚本訳 マタ 10:19-20
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。


●今朝の啓示は「復活のキリストを礼拝する時代の到来」。●ブルンナーは教会制度というのは中心的なことが周辺的なものになっている姿であると言っている。(教義学第3巻だったと思う)。●同じく、周辺的なっているものはヒューマニズム、思想、グノーシス、社会運動、先生懐かしの親睦会、集会主義、仲良しクラブ、趣味教養の類、・・・・・●これらを拝むのは偶像礼拝であるから命が無く、新生命の誕生がない。●キリスト教は復活のキリストを礼拝する新時代の到来である。これがあの巨大なユダヤ教からキリスト教が分かれ出た真の原因である。●今朝はその「新時代の到来」の聖書的根拠を思いつくままに掲げてみよう。

塚本訳 ヨハ 4:21-26
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 16:21-22
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。
16:22 だから、(同じく)あなた達にも今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなた達に会うのだから、(その時)あなた達の心は喜ぶであろう。そしてあなた達からその喜びを奪う者はだれもない。

塚本訳 ヨハ 11:24-25
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

塚本訳 マタ 11:3-6
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」


塚本訳 ルカ 2:10-14
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。
2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一
人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。
2:12 あなた達はみどり児が産着にくるまれて飼葉桶に寝ているのを見る。それが(救世主の)目印である。」
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 ルカ 2:29-32
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 マタ 4:15-17
4:15 『(ガリラヤの)湖に向かった、ゼブルン(族)の地とナフタリ(族)の地、ヨルダン川の向こう(のペレヤ)、異教人の(住む)ガリラヤ──
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』
4:17 この時から、イエスは「悔改よ、天の国は近づいた」と言って、教えを説き始められた


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朝の啓示黙想おわり。福音は「時」の概念が重要だ

●9:00 ナナクリニック。
●10:30 期日前投票。原発中止を選挙のスローガンにしている政党は良くない。
かって「郵政改革」をスローガンにして勝った小泉自民党。あのスローガンは何処へ行ったのか。
●TSK日本語版エレミヤ書12章
●年賀状印刷


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困った時は「必死に祈れ」 ++++++++ 所感

2014/12/08 06:13

141208(月)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は娘の愛子と今井館から自由が丘まで歩いた。孫の二人が一緒であった。そのとき私は「信仰があれば大丈夫だ」と言った。彼女は「祈りが得意技」で、それだけが取り柄なのだ。●私の言ったことは口先だけのものではない。気休めの「励まし」ではないのだ。実効がともなうものなのだ。●かって身内の一人が「お祈りなんて効き目がない」と私を非難したことがある。はたしてそうか。これは一生かかって「実験」してみるべきものなのだ。人生、痛い目に遭って泣く泣くわかってくるものなのだ。●そこで今朝は「困った時は必死に祈れ」というテーマでアチコチ示されたことを並べてみよう。●NHK交響楽団の一人の女性ヴィオラ奏者は楽譜を見る目つきが「必死」であるのを見た。それ以来彼女に注目していたら、案の定今は最前列に座っている。さもあらん。人間「必死なる」顔つきと目つきは美しいものだ。人間何に「必死」になるべきか。少なくともキリスト者は神への祈りに「必死」になるべきだ。それは気休めではなく、実効を伴うのだ。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 マコ 5:21-29
5:21 イエスが舟でまた向う岸に渡られると、大勢の群衆が彼のところに集まってきた。彼は湖のほとりにおられた。
5:22 するとヤイロという一人の礼拝堂監督が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏し、
5:23 しきりに願って言う、「わたしの小さな娘が死にかかっています。助かって命びろいをするように、どうか行って、手をのせてやってください。」
5:24 イエスは彼と一しょに出かけられた。大勢の群衆がイエスについて行って押しまくった。
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。


塚本訳 マコ 7:24-30
7:24 そこを立って、ツロ地方に行かれた。ある家に入って、だれにも知られたくないと思っておられた。しかし隠れていることが出来ず、
7:25 汚れた霊につかれた小さい娘を持つ一人の女が、すぐイエスのことを聞きつけ、来て足下にひれ伏した
7:26 この女は異教人で、スロフェニキア生まれであったが、娘から悪鬼を追い出してほしいとイエスに願った。
7:27 女に言われた、「まず子供たち(イスラエル人)を満腹させなくてはいけない。子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」
7:28 しかし女は答えた、「主よ、是非どうぞ!食卓の下の小犬どもも、子供さんたちのパン屑をいただきます。」
7:29 イエスは言われた、「それほど言うなら、よろしい、帰りなさい。悪鬼はもう娘から出ていった。」
7:30 女が家にかえって見ると、子供は寝床にねており、悪鬼はもう出ていた。

塚本訳 ルカ 18:1-8
18:1 なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに話された、
18:2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官があった。
18:3 またその町に一人の寡婦がいた。いつもその裁判官の所に来ては、『(早く裁判をして)わたしのため敵に仕返しをしてください』と言っていた。
18:4 裁判官はしばらくの間は取り合おうとしなかったが、あとでひそかに考えた、『わたしは神を恐れず、人を人とも思わないが、
18:5 この寡婦はどうもうるさくて、やりきれないから、(裁判をして、)この女のために仕返しをしてやろう。そうしないと最後にはやって来て、わたしをどんなひどい目にあわせるか知れない。』」
18:6 それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!」

塚本訳 マタ 18:18-19
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。

塚本訳 マタ 22:34-40
22:34 イエスがサドカイ人を言いこめられたと聞くと、パリサイ人は一しょに(イエスの所に)集まった。
22:35 そしてそのうちの一人の律法学者がイエスを試そうとして尋ねた、
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38 これが最大、第一の掟である。

22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』
22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

塚本訳 ヨハ 4:46-53
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた

塚本訳 マタ 8:8-10
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マコ 2:1-5
2:1 数日の後、カペナウムにかえられると、家におられることがすぐ知れわたって、
2:2 もはや門口にも場所がないほど、大勢の人が集まってきた。この人たちに御言葉を語っておられると、
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る。
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)
屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」

塚本訳 マタ 8:2-3
8:2 すると一人の癩病人が近寄ってきて、しきりに願って言った、「主よ、(清めてください。)お心さえあれば、お清めになれるのだから。」
8:3 イエスは手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、たちまち癩病が清まった。

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朝の黙想おわり。必死なる「祈りは聴かれる」。聖書がそれを言う。

●NHKFM「きらクラ」。イントロクイズはドビュッシー「月の光」
●TSK日本語版エレミヤ書10章
●寒い、寒い。エアコンはつけないで厚着をしてホッカイロ3枚。耳も寒いので毛糸の帽子をかぶって耳を包む。
●りそな銀行で来年のカレンダーをもらう。毎年のお気に入り。図書館で子供向けの駄洒落の本を借りる。正月に孫が来るのでその迎撃のため。
●AA先生の御様子をSTさんにお伺いしたがはっきりしない。

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冬の日の庭。正面は蝋梅。


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出窓のポインセチア。贈られたもの





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「あなた達の信仰を強める」 ++++++++ 所感

2014/12/07 07:06

141207(日)3時半目覚め。朝の啓示「あなた達の信仰を」強める」(ヨハネ11:15)●今日の感話のポイントが示された。
●キリスト者の皆様お早うございます。集会の篤信の御夫人から、「高橋さんのお話はあっちこっちに飛んで焦点が定まりません」と苦言が出ている。●まず今日の感話のプリントを次に掲げる。原稿はB5.それからこのブログにコピーしたので不揃い。

東京聖書読者会12月7日感話
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「神に教えを受ける」

・・・神は不思議な方法で「心の目」を開けてくださる・・・

東京聖書読者会 2014.12.7 高橋照男
                      

塚本訳 ヨハ 6:45                                                      6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

①神はイエスの傷を見せて、それが神の心であることを教えられる

①-1)塚本訳 ルカ 24:1728-32                  24:17 二人に言われた、「歩きながら何をそんなに論じ合っているのです。」暗い顔をして二人は立ち止まり、                     2418-27(表記省略)                          24:28 とかくするうちに目指す(エマオの)村に近づくと、なお先へ行くような様子をされたので、                        24:29 二人はこう言って無理に引き留めた、「わたし達のところにお泊まりなさい。間もなく夕方で、日もはや傾いたから。」そこで彼らのところに泊まるために、(家に)入られた。                      24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、                 24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。                    24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

①-2)塚本訳 ルカ 24:36-43                        24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。                           24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、        24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」24:40 [無シ]  口語訳24:40 〔こう言って、手と足とをお見せになった。〕                           24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。                  24:42 焼いた魚を一切差し上げると、                 24:43 受け取ってみなの前で食べられた。

①-3)塚本訳 ルカ 24:44-47                       24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」                24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて       24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

①-4)塚本訳 ヨハ 20:27-28                       20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」       20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」  20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

①-5)塚本訳 ルカ 5:7-9                          5:7 そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。      5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」            5:9 彼も一しょにいた者も皆、とれた魚(の多いの)に、びっくりしたのである。

①-6)塚本訳 マコ 6:47-50                        6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。                         6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。                   6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。                                           6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

①-7)塚本訳 マタ 28:5-6                         28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、                 28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。               

②人生を失敗して悔やんでいる人に、罪の赦しを宣言される                     ②-1)塚本訳 ヨハ 4:13-19                      413イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」                         4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」               4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」  4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。           4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」                          4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

②-2)塚本訳 ルカ 19:5-10                                            19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。          19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。                    19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」                               19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。                             19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

②-3)塚本訳 ヨハ 8:3-11                                                    8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、                    8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。    8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」                     8:6-8 (表記省略)                              8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。                                8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」               8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」

②-4)塚本訳 ルカ 7:36-50                        7:36 (シモンという)ひとりのパリサイ人が一しょにお食事をと願ったので、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。             7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、   7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。      739-44 略                            7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。                   7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。            7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。                     7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」                                7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」      7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」                        

②-5)塚本訳 マタ 26:12-13                       26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。                               26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

②-6)塚本訳 マタ 21:31-32                       21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。           21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

②-7)塚本訳 ルカ 15:14-20                       15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。                            15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。                            15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。                       15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……             15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。           15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。                           15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。    

②-8)塚本訳 ルカ 23:41-43                       23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」             23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。    23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

②-9)塚本訳 使  26:9-10                         26:9 ところで実はこう言うわたしも、(かつては)ナザレ人のイエスの(救世主という)名に対して大いに反抗すべきであると考え、         26:10 エルサレムで実際それをやったのです。すなわち大祭司連から全権を受けて多くの聖徒を牢に閉じこめ、また彼らが処刑されるときそれに賛成したのは、だれあろうこのわたしでありました。               

②-10)塚本訳 使  26:14-18                                    26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。                               26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。                 26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。               26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』            26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

③難病の人に、治療してイエスが神の子であることを示される                     

③-1)塚本訳 ヨハ 4:46-53                        4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。                       4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。                           4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」                          4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、                     4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。             4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。                          4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

③-2)塚本訳 ヨハ 9:1-7                          9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。        9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」               9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。       9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。                9:5 世におる間、わたしは世の光である。」                9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。

③-3)塚本訳 ヨハ9:35-38                          9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」                         9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」                          9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」                       9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。        

③-4)塚本訳 マタ 11:27-28                       11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。   11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。                

④死別の悲しみの人に、復活再開の希望と神への信仰を与えられる                  

④-1)塚本訳 ルカ 7:12-16                        7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。                             7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、      7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。                  7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

④-2)塚本訳 マタ 6:2634                    6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。                       6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。                        6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。                         629-33(表記省略)                          6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。
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12月7日 東京聖書読者会感話 プリント 終わり。

●このプリントをもとに口で次のように話そうと思う。
●標題の「神に教えを受ける」は昭和21年(1946年)に創刊され1980年に終刊になった塚本虎二・斉藤茂編集の「キリスト教常識」の表紙にギリシャ語で書かれていたものである。これは塚本先生の「聖書知識」の表紙にある「教会の外に救いあり」から一歩前進した積極的なスローガンで、無教会主義の本質が現されている。
●つまり、「教会の外に救いあり」は良いが、ではそれはどこにあるのかが問題である。無教会はこれを「先生」という人間を指差したから偶像崇拝になり、今日の衰退を生み、若者たちは「無教会難民」となって、たどり着く島がない。
●ここにおいて、無教会の落ち着く「島」は聖書そのものであり、その本質は「神に教えを受ける」ことである。
●副題の「・・・神は不思議な方法で『心の目』を開けてくださる・・・・」は今日の話の焦点で、神はいかなる方法で「心の目」を開けてくださったか、そして今日もまた聖霊を通して開け続けてくださるのか、その数々を見てみよう。
●神は人生の苦難不幸悲しみを通して不思議な方法で、意外な出来事を通して次第に究極の目的である「心の目」を開けてくださる。それは一生の時がかかるのだ。しかしこれによって人は「一流の信仰」に導かれるのだ
●結論は次の難解な言葉に」かかっている。聖書の難解なところは人間の解説ではなく、聖書自身がよい。イエスが別の箇所で教えている。それを探るのが「聖書の読み」である。

塚本訳 ヨハ 11:14-15
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」


●次に「一流の信仰」を示す最上の箇所

塚本訳 マタ 8:9-10
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 ヨハ 4:48-53
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、
彼はもちろん、全家族が信じた。

●10:00 東京聖書読者会、宮崎(司会)、小寺(塚本講演のエペソ書)、高橋(「神に教えを受ける。内容は上記)。今日の話にMさんとTさんから応答と注文。
●14:00 今井館で「子供とたのしいクリスマスコンサート」ピアノ白石光隆。ジュリアード音楽院卒、東京芸大、御茶ノ水女子大非常勤講師。経堂聖書会)。14曲全部暗譜。最後に讃美歌111番「かみのみこは」を全員合唱。アンコールはバッハチェンバロ協奏曲第5番、第二楽章、アリオーゾ。司会トミ子。

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白石光隆氏が子供達にピアノを開けて構造を説明した。

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白石光隆氏と一緒に
左から私、伊勢健太郎、伊勢かなほ、白石光隆、伊勢愛子、トミ子

白石氏と懇談
顔を見て「ピアノを弾けるようになれるかどうか、見分けがつくか」と尋ねたところ、「ピアノの前に座ってわがもの顔になっていればを弾ける」という。

帰途、自由が丘まで愛子と話しながら帰った。管理栄養士の腕を生かし、「在宅勤務」で頑張っている。今共働き世帯は70%。「信仰さえあれば何とかなる」と。孫達の「ギャグ」には参った。

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あきる野に着く。今日は満月。
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神に熱心な不思議な人 ++++++++ 所感

2014/12/06 06:19

141206(土)キリスト者の皆様お早うございます。今朝も寒い朝ですが「朝の啓示黙想」を書くために起きました。●今朝のテーマは「神に熱心な不思議な人」です。●私達は信仰に熱心になればなるほど、この世の人からは「変わっている」「不思議な人だ」「宗教に凝っている」「弱い人」「愚かだ」などと軽蔑というか、そのようなイメージを持たれている。
●集会の故TTさんは生まれ出てくるとき臍の緒が首にからみついて脳が損傷、読み書きに不自由を生じ、この世的には不遇であった。TTさんが亡くなられて葬儀を行う時、氏の顔にかけられた白い布を剥ぐと、なんと「ニコニコ」していた。そばにいた夫人が「今にも起きて来そうでしょう」と言われた。私は感じた。「TTさん万歳、勝利だ。凱旋だ」●その後に御遺族と墓のご相談をしたとき、令兄から「Tはキリストをやっていたから」という言葉が発せられた。もう25年も前のことだが、TT氏は私の心に今も生きている「神に熱心な不思議な人」であった。氏が親しくしていた人は皆信仰に熱心な「不思議な人」であった。信仰的に信用のおける人であった。●塚本先生も氏に一目置いておられた。信仰の琴線に触れたのであろう。●今朝は「神に熱心」になった人に関する箇所を思いつくままに並べて見よう。皆この世の人からは不思議と思われた。少しおかしいと思われていたのだ。●クリスチャンと言われたければアイツは了見が狭い、ガリガリだ、バカは死ななきゃ直らない、狂信的だと言われるぐらいでなければ本物ではない。喜べ「狂信者」よ。信仰が本物になった証だ。証拠だ。証明だ。●人類に大貢献した人は人生の半ばで「非常識」な行動に出た。キリスト、パスカル、シュヴァイツァー、・・・・・皆収入が激減した。家のものから「気が狂った」と言われた。この世の人からは「惜しい」と言われた。●皆、神に気を狂わされたのである。

塚本訳 ルカ 2:46-52
2:46 そして(都を出て)三日の後に、イエスが宮で教師たちの真中に坐って、話を聞いたり尋ねたりしているのを見つけた。
2:47 彼の話を聞いている人々は皆、その賢いうけこたえぶりに舌をまいていた。
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

塚本訳 マコ 3:19-22
3:19 イスカリオテのユダ。この人は(あとで)イエスを売った。
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。
3:22 またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出している」とか言った。

塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである


塚本訳 ヨハ 7:45-47
7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」
7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」
7:47 パリサイ人が答えた、「君たちまでが迷わされたのではあるまいね。

塚本訳 ヨハ 7:14-16
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15
ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 マタ 22:35-38
22:35 そしてそのうちの一人の律法学者がイエスを試そうとして尋ねた、
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ
。』
22:38 これが最大、第一の掟である。

塚本訳 マタ 19:28-29
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そして
わたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。

塚本訳 マタ 5:10-11
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない
悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。

塚本訳 ロマ 12:10-12
12:10 親身の兄弟のように互に愛し合い、尊敬し合って互に(人を自分より)えらく思え。
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。
12:12 希望をもって喜び、苦難に耐え、たゆまず祈れ。


塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う

塚本訳 使  26:23-25
26:23 すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」
26:24 彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」
26:25 パウロが言う、「
フェスト閣下、気は狂っておりません。わたしは正気で真理の言葉を話しています。

塚本訳 Ⅰコリ1:18-23
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか。
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。
1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、

塚本訳 Ⅱコリ11:30
11:30 (ああ、なんと弱い人間であろう!なんの誇りがわたしにあろう!)
もし(使徒の権威を示すために)自慢せねばならないなら、わたしは自分の弱いことを自慢しよう。

塚本訳 Ⅰコリ4:9-13
4:9 なぜなら、わたしはこう思うのだ。神は使徒であるわたし達を(人間の中で)一番下の者、(闘技場の)死刑囚のようにされたと。というのは、わたし達はこの世に対し、天使と人間とに対して、見せ物になっているからである。
4:10 わたし達はキリストのために(こんなに)馬鹿である、あなた達はキリストにあって(そんなに)賢い。わたし達は弱い、あなた達は強い。あなた達には名声がある、わたし達には屈辱がある
4:11 いまこの時まで、わたし達は空腹で、渇いて、裸で、ぶたれて、宿なしで、
4:12 自分の手で働きながら苦労している。罵られては(神の)祝福を求め、迫害されては我慢し、
4:13 そしられては親切な言葉をかける。いまでもなお、
この世の屑、すべての人のかすのようになっている。

3:7 夫たる者よ。あなたがたも同じように、女は自分よりも弱い器であることを認めて、知識に従って妻と共に住み、いのちの恵みを共どもに受け継ぐ者として、尊びなさい。それは、あなたがたの祈が妨げられないためである。


塚本訳 Ⅱコリ12:10
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから

塚本訳 ピリ 1:29
1:29
君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想瞑想終わり。かってこの私は世の人から「あいつは視野が狭い、馬鹿は死ななきゃ直らない、アレはアレだ、信仰者達と意気投合している、祈りは効き目がない、御利益がなかった」などと言われたことがある。逆に良く言われたこともある。「熱心なクリスチャン、不思議な人」。総ては最後の日に分かる。今に見ておれ。神は知っている。神は見ている。

●アルプスに買い物。
●TSK日本語版エレミヤ書9章。聖書に触れれているとなぜか心が燃える。不思議な書物だ。
●妻はYさんの展覧会からコーラスの練習。バッハ「ロ短調ミサ曲」
●妻がいつまでも若く美しくボケないでいるためには、勉強をすることと好きなことをしてもらっていればよいのだと夫は心得る。

新共同 Ⅰペテ3:7
3:7 同じように、夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません。

塚本訳 Ⅰペテ3:7
3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。


文語訳 Ⅰペテ3:7
3:7 夫たる者よ、汝らその妻を己より弱き器の如くし、知識にしたがひて偕に棲み、生命の恩惠を共に嗣ぐ者として之を貴ベ。これ汝らの祈に妨害なからん爲なり。



●CDでメサイア(ビーチャム)、クリスマスキャロル、ウィーン少年合唱団。ウェストミンスター教会聖歌隊。しかし本当のクリスマスは教会の「お祭り騒ぎ」にはなさそうだ。
●かってレコードがCDに変わったとき、耳に聴こえない音域がカットされていたのでレコードで育った私は不満足であった。今度「ハイレゾ」というシステムが開発され、その耳に聴こえない音域も取り込むようになったという。朗報。そうすると間もなくCDの時代は終わりになる。早く亡くなった音楽の友人(クリスチャン)はCDを4000枚所有していたので私もそれぐらい持とうと思い今3100枚程度になっている。しかし「ハイレゾ」が普及すればそれに乗り換えたいので、もうCDの収集はやめにしたい。
●また腰が痛くなった。気温が低いせいか。そこでサンドラッグで「ホッカイロ」を購入。

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何歳まで生きるべきか ++++++++ 所感

2014/12/05 05:49

141205(金)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の課題は「キリスト者は何歳まで生きるべきか」です●一昨日はウォッシュレットを取り換えて、「寿命」ということを考えました。(12月3日ブログ参照)●昨日は我が家を施工してくださったKH棟梁ご夫妻をお迎えし、30年前の動画を見ながら「若いことはいいことだなー」と感じました。●そして夕方散髪に行ってすっかり髪が白くなった老いの顔を自ら見て、少々淋しくなりました。●妻からは私の言葉の端端に「老いの弱気、弱音が出ている」と発破をかけられています。また子供の一人から「父さん母さん、長生きしてください」と言われたことがあります●こういうことが背景にあって、今朝は「人間は一体何歳まで生きれば満足なのかなーと黙想しました。●私に関係する人で100歳の寿命は珍しくなくなりました。そこで私も図書館で「100歳まで生きる秘訣」のたぐいの本を大量に借りて来ましたが、ほとんど読まずに昨日期限が切れて大部分を返却しました。その内容のほとんどが肉体の健康、延命、ボケ防止、に関する「人間の知恵」です。●「馬齢を重ねる」と言いますが、人間、長寿であることの満足はただそれだけのことであり、真の喜びではありません。長寿は確かに神の祝福です。旧約に「白髪は正しく生きた証拠」だとか「孫は老人の冠」だということがあります。●ではクリスチャンの死生観、寿命観はいかなるものであるべきなのか、今朝はそれを聖書ののあちこちを思い浮かぶまま黙想してみます。順不同。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


口語訳 伝  11:9
11:9 若い者よ、あなたの若い時に楽しめ。あなたの若い日にあなたの心を喜ばせよ。あなたの心の道に歩み、あなたの目の見るところに歩め。ただし、そのすべての事のために、神はあなたをさばかれることを知れ。


口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

口語訳 箴  5:18
5:18 あなたの泉に祝福を受けさせ、あなたの若い時の妻を楽しめ

口語訳 詩  1:3
1:3 このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。

口語訳 詩  128:3
128:3 あなたの妻は家の奥にいて/多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んで/オリブの若木のようである。

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである

口語訳 創  5:24
5:24 エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった

口語訳 申  34:5-8
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7 モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。
34:8 イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った。

口語訳 申  34:10
34:10 イスラエルには、こののちモーセのような預言者は起らなかった。モーセは主が顔を合わせて知られた者であった

口語訳 詩  90:3-10
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。
90:7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。
90:8 あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪をみ顔の光のなかにおかれました。
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

口語訳 レビ 19:32
19:32 あなたは
白髪の人の前では、起立しなければならない。また老人を敬い、あなたの神を恐れなければならない。わたしは主である。

口語訳 イザ 46:4
46:4 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶわたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。

口語訳 箴  16:31
16:31
しらがは栄えの冠である、正しく生きることによってそれが得られる。

口語訳 箴  17:6
17:6
孫は老人の冠である、父は子の栄えである。

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

塚本訳 ルカ 2:25-26
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。

塚本訳 ルカ 2:29-30
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

塚本訳 ルカ 2:36-38
2:36 また、アセル族のパヌエルの娘に、アンナという女預言者があった。非常に年を取っていて、娘時代の後、七年の結婚生活をおくり、
2:37 (その後)八十四歳(の今日)まで寡婦ぐらしをしていた
。(片時も)宮を離れず、夜も昼も断食と祈りとをもって(神に)奉仕していたが、
2:38 (シメオンが預言している)ちょうどその時、近寄ってきて(幼児について)神に感謝をささげ、またエルサレムの人々のあがないを待ち望むみんなの人に、この幼児のことを話した。

塚本訳 ヨハ 8:56-57
8:56 あなた達の父アブラハムは、生きてわたしの日、(わたしが来て神の契約を成就するその日)を見ることを、楽しみにしていた。そして(実際)それを見て、喜んだ。」
8:57 するとユダヤ人がイエスに言った、「君はまだ五十にもならないのに、アブラハムに会ったのか。」

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 ヨハ 17:2-3
17:2 あなたは、子に下さいました者に一人のこらず永遠の命を与えさせるため、全人類を支配する全権を子に与えられたのですから。
17:3
永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

塚本訳 ルカ 9:20-22
9:20 彼らに言われた、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」ペテロが答えて言った、「神の(お約束の)救世主!」
9:21 イエスは弟子たちを戒めて、このことをだれにも言うなと命じられた。
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。


塚本訳 マタ 26:39
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」

塚本訳 マタ 26:52-54
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54
しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」

塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8
この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。


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朝の黙想おわり。人は神がお決めになるだけ生きる、生きねばならない。それは自分では決められない。神がご存知。今日一日だけ生きれば良いのだ。御心のままに、御心のままに。

●TSK日本語版エレミヤ書8章
●サンドラッグで目薬とココア
●妻は体操教室とヘアーカット
●暖房機の灯油を注文。




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あしたのことを心配するな ++++++++ 所感

2014/12/04 06:13

141204(木)4時半起床。また今日も寒い。特急で着物を着る。厚着をしてエアコンはつけない。冷水で洗顔。お湯を沸かす。●キリスト者の皆様おはようございます。今朝目覚めに与えられた聖句は「あしたのことを心配するな」(マタイ6:34)●昨日はトイレのウォッシュレットを特急の7時間で直したが、私がいたからいいものの妻が独り身になったらこのような業は出来ないなーと心配した。このことに限らず、常日頃、わたし達のどちらかが先に逝って、独り身になったらどうしようと心配(経済、身動き、家の不具合など)の話をすることがある。そのたびに妻は「その時はその時で何とかなる。神様が何とかして下さる」と言い、話はおわる。これ信仰による希望である。●建築士の私は職業柄「先のことを心配する」のが性分になっている。取りこし苦労をしがちである。●妻は「施設には入りたくない。この家で死にたい。介護ヘルパーの世話になりたい」と言っている。私自身も「施設」には入りたくない。●もし妻が残っても(多分そうなるが)大丈夫なように私が元気なうちに出来ることはいろいろ準備しておきたい。●そんな時にイエスの「あしたのことは心配するな」という言葉は強烈である。その時はその時に神が何とかしてくださるというのである。そこで今朝はこの句を巡って黙想してみよう。●「一日一句。聖書で聖書を読む」。これ私のプロパガンダ。

●まず翻訳比較。マタイ6:34

文語訳 マタ 6:34
6:34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。


口語訳 マタ 6:34
6:34 だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。


新改訳 マタ 6:34
6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。


新共同 マタ 6:34
6:34 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」


塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。


●次にこの句を理解するための励ましの聖句を思いつくまま連想する。「聖書で聖書を読む」のがクリスチャンの究極の信仰生活の姿。イエスもパウロもそうした。無教会の祖が示したのもこの「道」。

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

塚本訳 マタ 10:18-20
10:18 また、あなた達はわたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に引き出されるであろう。これは、その人たちと異教人とに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ルカ 12:29-32
12:29 あなた達も、何を食べよう、何を飲もうと考えるな、また気をもむな
12:30 それは皆この世の異教人の欲しがるもの。あなた達の父上は、それがあなた達に必要なことを御承知である
12:31 あなた達はむしろ御国を求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは、(求めずとも)つけたして与えられるであろう
12:32 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから。

塚本訳 Ⅱコリ4:14-16
4:14 というのは、主イエスを生きかえらせたお方は、イエスと一体としてわたし達をも生きかえらせ、あなた達と一所にその(御座の)前に立たせてくださることを知っているからである
4:15 何もかもあなた達のためにするのである。これは恩恵が増すにつれていよいよ多くの(信ずる)人たちが感謝にあふれ、神の栄光が揚がるためである。
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

塚本訳 マコ 6:47-50
6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 マタ 11:27-28
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

塚本訳 マタ 6:25-34
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「一日一句。聖書で聖書を読む」おわり。将来を心配するのは信仰の小さい証拠。自戒。夜が明けた。

●13:00 我が家を施工してくれたKH棟梁ご夫妻をお招きして歓談。28年も前のKH棟梁が写っている映画のDVDを見せて喜ばれた。
●理髪店
●TSK日本語版エレミヤ書6章
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寿命、宿命、運命 ++++++++ 所感

2014/12/03 05:52

141203(水)5時起床、体重測定、夜中に2度トイレに行くから一晩で1.2キロ減少。この分だと夢の10キロ減量も夢ではない。冷水で洗顔。今朝は超寒い。室内気温9度。●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日はトイレのウォッシュレットが故障したので、TOTOのメンテナンスセンターに電話したら、いろいろ聞かれて、「寿命かも知れません」と言われて妙に納得した。科学技術の世界でも「寿命」という概念が入ると納得するのはなぜだろう。今日は早速TOTOの人が来て、診断する。最近は頻繁に器具に寿命が来て、買い換えた。給湯ボイラー、電子レンジ、電話機。その前はテレビ、パソコン。こう考えるとこれは皆電気製品であり、「便利」のための器具である。日本の経済は「便利」のための産業が栄え、そのメンテナンス費用のウェートも大きいいと感じる。「建築」という装置もその一種であるから自戒である。●今朝は3時ごろ目覚めて床の中で聖書に出てくる「寿命、宿命、運命」の概念について瞑想した。これに関してはあれこれ思い浮かべてきりがないが、少しに絞って黙想したい。頭に浮かぶもの。

●寿命について。寿命という言葉には人間ではどうしようもないものが立ちはだかっている。

塚本訳 マタ 6:26-30
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

口語訳 詩  90:9-10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。


●宿命について。これはイエスの受難が連想される。


塚本訳 マコ 8:31
8:31 (この時から、)イエスは、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日の後に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と弟子たちに教え始められた。


塚本訳 マタ 26:36-39
26:36 ほどなくイエスは弟子たちと一しょに(オリブ山の麓の)ゲッセマネという地所に着くと、弟子たちに言われる、「わたしがあちらへ行って祈っている間、ここに坐って(待って)おれ。」
26:37 そしてペテロとゼベダイの子二人(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)悲しみおののき始められた
26:38 それから彼らに言われる、「『心がめいって』『死にたいくらいだ。』ここをはなれずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」

塚本訳 マタ 26:52-54
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」


●運命について。これは大体において人との出会いに関して使われる。今春まで勤務していた女子大の一生徒の私に対する質問。「先生にとって奥様は『運命の人』だったのですか?」。結婚は良くも悪しくも「運命の人」との出会いだ。神が良く考えて「無理に」与えてくださるものなのだ。恋愛でも見合いでも。子供にとっては親や兄弟が、親にとっては子供が「運命の人」なのだなー。

口語訳 箴  19:13-14
19:13 愚かな子はその父の災である、妻の争うのは、雨漏りの絶えないのとひとしい。
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

塚本訳 マタ 10:34-38
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」


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朝の黙想瞑想終わり。キリスト者にとっては寿命も宿命も運命もみな神からのもの。無常ではない。総てが救いのために役立つ。

文語訳 ロマ 8:28
8:28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。


塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである



●9:45 TOTOのサービスマンが来てウオッシュレットを検査。内部はまるでパソコン。故障の原因は結露による電気系統の劣化。この機種は古くて交換部品がないので新規に購入してもらいたいとの事。電気製品は結露と埃が大敵であるという。原発事故による放射能の拡散もいわば「埃」のようなものだ。専門家の診断で納得。
●ムラウチホビーで新規購入。専門家が来て15:30取り付け終了。この間7時間のスピード。日本のメンテナンス体制は大したものだ。金額は31,800円。調子がよい。
●TSK日本語版エレミヤ書5章







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信仰のあつい人が東から西から ++++++++ 所感

2014/12/02 08:41

141202(火)キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は2時半に目覚めて次回感話原稿の推敲。もう少し寝なければならないと思っていると明け方に眠れて、会いたいと思っていた人が夢に出てきた。その人とは信仰の話をした。●キリスト者が集まるのはこの世的な事では集まらない。伝統的な習慣、趣味教養遊び、思想の一致、先生が同じという同窓会・・・・これらの動機はキリスト者の中にも蔓延しているから困る。●キリスト者が集まる動機は「キリストの名」である。それ以外の党派心や思想闘争や運動であってはならない。「わが師尊し」の先生(それは人間)を担ぐやくざ集団(それは異様な雰囲気)でもいけない。●キリストは「わが名によって集まれ」と言っている。今朝はこれに関する聖句を黙想してみよう。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


塚本訳 マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

塚本訳 ルカ 14:23-24
14:23 主人が僕に言った、『田舎道や垣根のところに行き、(そこにいるひとたちに)無理にも来てもらって、家をいっぱいにしなさい。』
14:24 ──あなた達に言う、(神の国もこのとおり。最初に)招いた人たちで、わたしの宴会に連なる者は一人もあるまい。」

塚本訳 使  10:45
10:45 ペテロと一緒に来た割礼のある信者たちは、(割礼のない)異教人にも聖霊の賜物が注がれたのに、あきれかえった

塚本訳 ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。

塚本訳 使  14:27
14:27 彼らは(アンテオケに)着くと、集会の人々を集めて、
神が自分たちと一緒にいてしてくださったことをのこらず、また異教人に信仰への門を開いてくださったことを、報告した。

塚本訳 ロマ 15:9-13
15:9 他方では、異教人が(彼によって神の家族の仲間入りができるという大なる)憐れみのゆえに、神をあがめるためである。(異教人の救いについては聖書に)書いてあるとおりである。『このためにわたしは異教人の中であなたを讃美し御名をほめ歌います。』
15:10 さらに言う。『異教人よ、彼の民と共に楽しめ。』
15:11 さらに。』すべての異教人よ、主をたたえよ、すべての民よ、彼を誉めたたえよ。』
15:12 さらに
イザヤは言う。『エッサイの根ははえ、起きあがる者[キリスト]があらわれる、異教人を支配するために。異教人は彼に望みをかけるであろう。』
15:13 希望の源である神が、(彼を)信ずることにおいて来る無上の喜びと平安とであなた達を満たし、聖霊の力によって(豊かな)希望に溢れさせられんことを。


塚本訳 ガラ 3:28-29
3:28 (神の子には、)もはやユダヤ人もなければ異教人もなく、奴隷もなければ自由人もなく、男もなければ女もない。あなた達はみなキリスト・イエスによって一つであるからである。
3:29 そしてキリストのものである以上、それこそあなた達はアブラハムの子であり、約束による相続人である。

塚本訳 エペ 2:11-14
2:11 だから記憶せよ、かつて君達は肉的には「異教人」で、手で施した肉的のいわゆる割礼者から「無割礼の者」と呼ばれ、
2:12 その当時はキリスト無く、またイスラエルの民籍に縁無く、(従ってアブラハムとその子孫に対する神の大なる)約束に基づく種々な契約にも与らず、この世において希望なく、また神無き人であった。
2:13 しかしながら今やキリスト・イエスに在って、かつては『遠く』あった君達が、キリストの血によって『近く』なったのである。
2:14 何故なら、彼(キリスト)が私達の』平和』であって、(今まで離反していたイスラエルと異教人の)両者を一つにし、(その仲を割いていた)仕切りの籬なる敵意を取り除け給うたからである
。すなわちその肉で、


塚本訳 エペ 3:6
3:6 異教人が福音により、キリスト・イエスにおいて(イスラエルと)共に(天上の王国の)相続人となり、共に一体となり、共に(恩恵の)約束に与る者となるということである。


塚本訳 コロ 3:11
3:11 そして其処──(この新しい人間の住む世界)──には(最早)ギリシヤ人とユダヤ人、割礼(の者)と無割礼(の者、また)野蛮人、スキテン人、奴隷、自由人(の別)がなく、ただ凡てがキリスト、凡てにキリストである。


塚本訳 ヨハ 20:19
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた


塚本訳 ヨハ 20:26
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。

塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 黙  21:3-4
21:3 そして私は玉座から大きな声が(出てこう)言うのを聞いた、「視よ、人と共に神の幕屋がある! 神が彼らと共に住み、彼らは神の民となり、神自ら彼らと共にいまして、
21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆も叫喚も疼痛も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

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朝の啓示黙想瞑想終わり。神共にいますところに平安と一致がある。

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