to 日記と感想 2015年03月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


神に教えられる・・・真理理解の道・・・ ++++++++ 所感

2015/03/31 05:30

150331(火)3時半目覚め4時起床●キリスト者の皆様おはようございます。私の母が逝って今年の3月で満11年になります。母は不運の成育だったので、わたしとしては何とか救いの喜びを知ってもらおうと祈り続けてきましたが、かないませんでした。生前母は「キリスト教は難しい。仏教の方が分かりやすい」「照男は私に向かって説教する」と言ったことがあります。キリストの救いの道は難しいというのは本当のところだと思います。なぜかというと「理解する」「分かる」という生来の人間の大脳皮質の営みでは到達できないからです。●一方「信仰が分かった」という人にはあるとき「十字架の真理がすっと心に落ちた」という証言がある。これは人間の側の力ではない。神の力、神が教えてくださった。神の霊が降されたということにほかならない。●だからキリスト教理解、信仰理解、聖書理解の道は難しいのである。神が教えて下さらなければわからない道なのだ。
●ずっと昔に廃刊になった「キリスト教常識」(塚本虎二+斉藤茂編集)の表紙の標題は「神に教えられる」であった。無教会精神が現れていたが、両先生が亡くなるとこの雑誌も消えた。キリスト教の真理は人間がいなくなっても継続されなければならない。その点無教会には問題がある。先生がいなくなると集会は解散になる。いさぎよい。花と散るだが・・・。●マテマテ、神は新たに人を起こす。キリスト教の真理は不連続の連続で続く。人間の思い出やしがらみが拭われて真理だけが継承される。これでいいのだ、これがいいのだ。●塚本先生が主宰されていたあの有名な「丸の内集会」は先生の御病気で解散された。周囲の要請で次に立ったT先生に対して、古参信者から「塚本先生とはやり方が違う」と不満が湧いた。このことを主だった人が塚本先生にご相談に行くと塚本先生は「T先生流に新しくやるべきだ」と言われたという。さすが塚本先生、無教会流という「伝統」を続けてもらおうとはされなかった。しかし先生は亡くなってもキリスト教の真理という「伝統」は先生の死や集会の解散で消滅するものではない。神いましたもう限り真理は継承される。神が教え続けられる。●今朝はキリスト教の真理は「神に教えられる」ということを巡って頭に浮かぶ聖句を並べてみよう。●並べる聖句相互に論理的神学的整合性はない。しかし霊において関係がある。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


塚本訳 Ⅰテサ4:9
4:9 兄弟愛については(かれこれ)書く必要はあるまい。互いに相愛すべきことは君達自ら神に教えられ

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない

塚本訳 ヨハ 7:14-16
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 ヨハ 14:5-7
14:5 トマスが言う、「主よ、どこへ行かれるのか、わたし達にはわかりません。どうすればその道がわかるでしょうか。」
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。
14:7 しかしあなた達はわたしがわかったのだから、わたしの父上もわかるにちがいない。いや、いますでに父上がわかっており、また父上を見たのである。」

塚本訳 ヨハ 14:17
14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。


塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。


塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。


塚本訳 Ⅰヨハ4:6
4:6 わたし達は神から(出たの)である。(だから)神を知っている者はわたし達の言うことを聞くが、神から出たのでない(この世の)者は、わたし達の言うことを聞かない。このことで、真理の霊と迷いの霊(との区別)をわたし達は知るのである

塚本訳 ヨハ 5:36-38
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。
5:37 その上、
わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38 また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 ルカ 24:31-35
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。

塚本訳 使  1:8-9
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」
1:9 イエスはこう言って、彼らの見ている前で(天に)上げられ、雲が彼を迎えて見えなくなった。

塚本訳 マタ 16:17-18
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。

塚本訳 Ⅱコリ13:12-13
13:12 聖なる接吻で互に挨拶せよ。(この地の)聖徒たちみんなからあなた達によろしくとのことである。
13:13
主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを。

塚本訳 Ⅱテモ3:14-17
3:14 しかし君は(先輩達から)学んだこと、(自ら)確信したことに(しっかり)留まって居れ。誰から(それを)学んだか、
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。

塚本訳 Ⅰコリ2:14
2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

塚本訳 ヨハ 3:3-6
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である
(から)。


塚本訳 ヨハ 3:31
3:31 上から来られる方は、すべての者の上におられる。地から出た者は地上の者で、話すことも地上のことである。天から来られる方は、すべての者の上におられ、

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朝の啓示と黙想おわり。私の愛する人々に神の霊が降りますように。キリスト教の救いの真理が啓示されますように。

●一日一節。本日のノルマ。ルカ1:6

●まず翻訳比較


TEV ルカ 1:6
1:6 They both lived good lives in God's sight and obeyed fully all the Lord's laws and commands.

NKJV ルカ 1:6
1:6 And they were both righteous before God, walking in all the commandments and ordinances of the Lord blameless.


●頭に浮かぶ黙想。洗礼者ヨハネは旧約の最大人間、祭司の家系で育ちがよかった。しかし律法の時代は終わった。

塚本訳 マタ 11:8-12
11:8 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかいものを着ている人か。見よ、柔らかいものをまとった人ならば、王の御殿にいる。
11:9 それでは、何のために出かけたのか。預言者を見るためか。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。
11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。


塚本訳 マコ 10:17-22
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
10:19 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、』奪い取ってはならない、『父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。
家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

岩波翻訳委員会訳1995

420106そして二人とも神の御前に義(ただ)しく、主のすべての掟と義の規定の中を落ち度なく歩んでいた。

 

新共同訳1987

1:6 二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。

前田訳1978

1:6 ふたりとも神の前に正しく、主のいましめと定めをすべてつつがなく守っていた。

 

新改訳1970

1:6 ふたりとも、神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行なっていた。

 

口語訳1955

1:6 ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。

 

文語訳1917

"

40106","二人ながら神の前に正しくして、主の誡命と定規とを、みな缺なく行へり。"


塚本訳 マコ 12:28-34
12:28 一人の聖書学者がこの議論を聞いていたが、イエスがあざやかに答えられたのを見ると、進み出て尋ねた、「どの掟がすべてのうちで第一ですか。」
12:29 イエスは答えられた、「第一はこれである。──『聞け、イスラエルよ、われわれの神なる主はただ一人の主である。
12:30 心のかぎり、精神のかぎり、』思いのかぎり、『力のかぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
12:31 第二はこれ。──『隣の人を自分のように愛せよ。』これら(二つ)よりも大事な掟はほかにはない。」
12:32 聖書学者が言った、「先生、ごりっぱです。『神はただ一人である、彼のほかに神はない』とは、本当のことを言われました。
12:33 また『心のかぎり、知恵のかぎり、力のかぎり神を愛する』ことと、『隣の人を自分のように愛する』こととは、どんな『燔祭や犠牲』にも勝っております。」
12:34 イエスは彼がかしこく答えたのを見て、「あなたは神の国から遠くない」と言われた。もうだれ一人、問おうとする者はなかった。

塚本訳 マタ 3:11
3:11 わたしは悔改めのために水で洗礼を授けているが、わたしのあとから来られる方はわたしよりも力がある。わたしはその靴をぬがしてあげる値打もない者である。その方は聖霊と(裁きの)火とで洗礼をお授けになる。

塚本訳 マタ 11:11-13
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。
11:13
すべての預言書と律法と[聖書]が預言しているのは、ヨハネ(の現われる時)まで(で、天の国はすでに来ているの)だから。

塚本訳 ヨハ 3:25-30
3:25 すると、ヨハネの弟子たちと一人のユダヤ人とのあいだに、(二人のうち、どちらの洗礼が)清めの(力をもっているかという)ことについて、議論がおこった。
3:26 弟子たちがヨハネの所に来て言った、「先生、あなたと一しょにヨルダン川の向こうにいた、そしてあなたが世に紹介されたあの人が、どうでしょう、洗礼を授けております。そして、みんなその方へ行きます。」
3:27 ヨハネが答えた、「人は天から与えられないかぎり、何も(自分で)取ることは出来ない。
3:28 『わたしは救世主ではない。ただあなた方の先駆けをするために遣わされた者である』とわたしが言ったことについては、あなた達自身がわたしの証人ではないか。
3:29 花嫁を持つものは花婿である。花婿の友達は花婿のそばに立っていて耳を傾け、花婿の(喜ぶ)声を聞いて喜びにあふれるのである。(花婿の友達である)わたしのこの喜びは、いま絶頂に達した。
3:30
あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。(それが神の御心である。)

●次に拙BbBとTSKでこの節に関するものを見て、心に響くものをピックアップする。


口語訳 創  6:9
6:9 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。


口語訳 ヨブ 1:1
1:1 ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。


口語訳 ヨブ 1:8
1:8 主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。


口語訳 ヨブ 9:2
9:2 「まことにわたしは、その事の/そのとおりであることを知っている。しかし人はどうして神の前に正しくありえようか。


塚本訳 ルカ 16:15
16:15 そこで彼らに言われた、「あなた達は人の前では信心深そうな顔をしているが、神はあなた達の心を見抜いておられる。人の中で尊ばれるものは、神の前では嫌われるものである。


塚本訳 ピリ 3:6-9
3:6 (ユダヤ教に対する)熱心の点では、(キリストの)教会の迫害者、律法による義の点では非難の打ち処ない者であった。
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──


塚本訳 コロ 1:22
1:22 今や神は君達をも御子の肉体の死によって(御自分と)和睦させ給うた。それは君達を御自分の前で聖い、瑕の無い、咎め所の無い者にしようとし給うたのである──

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想ノルマ終わり。人は神の霊ですべてを教えられ、清められる。

●TSK日本語版ダニエル書12章 完了。CDに焼き付けて物置にストック。
●ATM、東急にコピー用紙、図書館でコンツェルマン「時の中心」。精緻な研究は「職人業」。信仰とは違う。塚本先生は「聖書学者になるな」と言っておられる。ムラウチホビー
●福島の母子が台湾キャンプ(日本基督教団主催)が来訪。成田からあきる野に来てくれた。これで孫が3人揃った。愛子の長女は奥多摩の古里にバイブルキャンプ。教会は偉い。
●台湾の土産話。6人で夕食

2015_03310003.jpg 

あきる野市さくら通り。 満開だ。





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イエスの有体的「昇天」 ++++++++ 所感

2015/03/30 06:32

150330(月)4時目覚め、4時半起床。睡眠熟睡8時間。昨日の疲れがとれた。聖書の話は全身全霊の投球だから綿のように疲れる。●昨日はコンツェルマンの「時の中心」を拾い読みしたが、イエスが復活後40日間以上生きていたということに関心があったので、そこを集中的に調べた。精緻な資料分析は歯が立たず、結局は聖書の使信を信じるほかはないと思う。以下は次週4月5日の集会感話の準備

●聖書の使信は信ずべきものである。「聖書で聖書を読む」ことをすれば間違いない。

塚本訳 ルカ 1:1-4
1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)
1:2 最初から実際に見た人たちと御言葉の伝道にたずさわった人たちとが(語り)伝えてくれたとおりに、一つの物語に編もうと企てた人が数多くありますので、
1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、
1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。



●イエスの有体的昇天の聖書の基本情報。昇天は霊的な事ではなく、場所と時が特定されている歴史内の出来事であった。

塚本訳 マコ 16:13-19
16:14 その後、十一人(の弟子)が食事をしているとき自分を現わして、彼らの不信仰と心の頑固とをお責めになった。復活されたのを見た人々(の言うこと)を信じなかったからである。
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる。
16:17 そして信じた者(の伝道)には、次のような(不思議な)徴が伴うであろう。──わたしの名を使って悪鬼を追い出し、新しい(霊の)言葉を話し、
16:18 蛇をつかむことができ、たとえ毒を飲んでも決して害をうけず、病人に手をのせれば(かならず)癒えるであろう。」
16:19 主は(このように)彼らに語った後、『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』
塚本訳 マコ 16:20a
16:20 a弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 


塚本訳 ルカ 24:50-53
24:50 それから、彼らを(オリブ山の頂上の)ベタニヤ道のところまでつれてゆき、手を挙げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、(天へと)はなれてゆかれた。
24:52 彼らは大喜びでエルサレムに帰り、
24:53 いつも宮にいて、神をほめたたえていた。


塚本訳 使  1:9-11
1:9 イエスはこう言って、彼らの見ている前で(天に)上げられ、雲が彼を迎えて見えなくなった。
1:10 イエスがのぼって行かれる時、彼らが天をじっと見つめていると、突然、白い着物を着た二人の人が彼らのそばに立って
1:11 言った、「ガリラヤ人たちよ、なぜ(ぼんやり)立って天を見ているのか。あなた達の所から天にあげられたあのイエスは、(いま)天にのぼって行かれるのを見たと同じようにして、(また下って)来られるであろう。」


●イエスは復活後、昇天までの40日間の行動

塚本訳 使 1:1-3
1:1 テオピロよ、(さきに)わたしは(本書の)第一巻[ルカ福音書]を著わして(あなたにささげた。それには)イエスが行われたことまた教えられたことを、ことの始めからことごとく書きしるし、
1:2 お選びになった使徒たちに、聖霊によって(全世界への伝道を)命令されたのち、(天に)あげられた日に及んだ。(わたしは今ここに、その第二巻をあなたにささげようと思う。)
1:3 イエスは(十字架の)苦しみを受けて(死なれ)た後も、多くの証拠をもって使徒たちに御自分が生きていることを示し、四十日の間彼らに現われて、神の国のことをお話になった

塚本訳 ルカ 24:44-49
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

●有体的昇天はイエス自身の言葉にさかのぼる。それは有体的再臨の預言と結びついていた。

塚本訳 マコ 14:61-62
14:61 しかしイエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。大祭司がふたたび問うて言う、「お前が、讃美されるお方の子、救世主か。」
14:62 するとイエスは(はじめて口を開いて)言われた、「そうだ、わたしだ。あなた方は『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に囲まれて来るのを』見るであろう。」

塚本訳 マタ 26:64
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ルカ 22:66-71
22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって
22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。
22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」
22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」
22:71 すると彼らが言った、「これ以上、なんで証言の必要があろう。われわれが(直接)本人の口から聞いたのだから。」


●有体的昇天のパウロの信仰への反響

塚本訳 ロマ 8:33-35
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

塚本訳 Ⅰコリ15:35-38
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと
15:36 訳のわからない人!あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。
15:37 そしてあなたのまくものは、やがて出来る体をまくのではなく、たとえば麦にしても何かほかの種類にしても、裸の粒にすぎないのである。
15:38 しかし神は御心のままにそれに体をお与えになる、しかもそれぞれの種に独得の体を。

塚本訳 ロマ 8:18-23
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)
その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。
8:21 創造物自身も、滅亡の奴隷になっている(現在の)状態から自由にされて、神の子供たちがうける栄光と自由とにあずかるのだから。
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである

塚本訳 ロマ 8:28-30
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。
8:29 というのは、神は(世の始まる前に)あらかじめお選びになった人たちをば御子(キリスト)と同じ姿にすることを、あらかじめお定めになったからである。──これは(こうして出来た)多くの兄弟たちの中で、彼を長男にするためである。──
8:30 そして(時が来ると)あらかじめお定めになった人たちを召し、お召しになった人たちを義とし、義とした人たちには栄光をお与えになるだろう。

●有体的昇天の初代教会への反響。後の三位一体の信仰への発展。

塚本訳 ピリ 2:6-11
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。
2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。


塚本訳 ヘブ 8:1-2
8:1 しかし(ここに言う)要点はこうである。わたし達にはこんな大祭司があって、天で(神の)御稜威の御座の『右に坐っておられ』、
8:2 聖所、すなわち人間でなく、『主が建てられた』本当の『幕屋の』奉仕者である、ということである。


塚本訳 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを

●ヨハネへの反響。

塚本訳 ヨハ 1:1-3
1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。
1:2 この方は(世の)始めに神とともにおられた。
1:3 一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。

塚本訳 ヨハ 20:30-31
20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

●処女降誕(聖霊降誕)の信仰へ

塚本訳 マタ 1:18-19
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した。


塚本訳 ルカ 1:34-35
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。」
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』


●現代の我々への反響。有体的復活、有体的昇天、有体的再臨の信仰は信仰生活の土台

塚本訳 コロ 3:1-4
3:1 だからもし君達が(洗礼によって)キリストと共に(死に、共に)甦ったのであるならば、キリストいまして『神の右に坐し給う』(天)上のものを求めよ。
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

塚本訳 Ⅰペテ1:7-8
1:7 これは君達の信仰が、火によって本物であると証明された(この世の)はかない金よりも尊い本物であることが判り、イエス・キリストの顕現の時に(君達の)面目また光栄また栄誉とならんためである。
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 Ⅰテサ4:13-14
4:13 兄弟達よ、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい。
4:14
私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。有体的復活、有体的昇天、有体的再臨を真一文字に固く信じていれば、後は神が万事万般何とかしてしてくださる。

●4月5日集会資料作成。新しいことを学ぶから聖書勉強はやめられない。
●TSK日本語版ダニエル書11章
●かなほと秋留野公園に行き、買い物。百円ショップ。女の子らしい買い物をする。
●15:40 山川歯科

●今日のノルマ、一日一節。ルカ1:5

塚本訳 ルカ 1:5
1:5 ユダヤのヘロデ(大)王の代に、ザカリヤというアビヤ組の祭司があった。。妻は、(これも大祭司)アロンの末で、名をエリサベツといった。

●年代の確定。ヘロデ大王の在位は(前37-前4年)

塚本訳 マタ 2:1-2
2:1 さてイエスはヘロデ(大)王の代にユダヤのベツレヘムでお生まれになったが、そのとき、東の国の博士たちがエルサレムに来て
2:2 言った、「(今度)お生まれになったユダヤ人の王[救世主]はどこにおられるか。われわれはそのお方の星が出るのを見たので、おがみにまいった。」

塚本訳 マコ 6:14-29
6:14 イエスの噂が高くなったので、ヘロデ(・アンテパス)王の耳にはいった。──「洗礼者ヨハネが死人の中から生きかえったのだ。それだからあんな(不思議な)力が彼の中に働いている」とある人々は言った。
6:15 しかし、「預言者エリヤだ」言う者もあり、「(昔の)普通の預言者のような預言者だ」と言う者もあった。
6:16 しかしヘロデは聞いて、「わたしが首をはねたヨハネ、あれが生きかえったのだ」と言った。
6:17 それにはこういう訳がある。──このヘロデは(前に)その兄弟ピリポの妻ヘロデヤと結婚したことから、ヨハネを捕えさせて牢につないだことがあった。
6:18 ヨハネがヘロデに、「あなたは自分の兄弟の妻を妻にするのはよろしくない」と言ったからである。
6:19 (そのため)ヘロデヤはヨハネを恨んで、殺したいと考えていたが、出来なかった。
6:20 それはヘロデがヨハネを正しい聖なる人と知って、これを恐れ、保護を加えていたからである。ヘロデはヨハネに話を聞くと非常に当惑したが、それでも喜んで聞いていたのである。
6:21 すると(ヘロデヤにとり)好い機会がきた。ヘロデが自分の誕生祝いに、大官、将軍、ガリラヤの名士たちを招待して宴会を催した時、
6:22 ヘロデヤの娘が席に出て舞をまい、ヘロデと列座の人々とを喜ばせたのである。王が少女に言った、「ほしいものがあったら言ってみよ。褒美にやろう。」
6:23 また、「願いとあらば、『国の半分でも』やろう」と誓った。
6:24 少女は出ていって母にきいた、「何を願いましょうか。」「洗礼者ヨハネの首を」と母がこたえた。
6:25 少女は大急ぎですぐ王の前に出て、「洗礼者ヨハネの首を盆にのせてすぐに戴かせてください」と願った。
6:26 王は非常に悲しんだが、客の前で立てた誓いの手前、拒みたくなかった。
6:27 そこで王はすぐヨハネの首を持ってくるように命令して、首斬役をやった。首斬役は行って牢でヨハネの首をはね、
6:28 その首を盆にのせて持ってきて少女に渡し、少女はそれを母に渡した。
6:29 ヨハネの弟子たちはこれを聞くと、来てなきがらを引き取り、墓に納めた。


●アビヤ(祭司アロンの子孫)

語訳 Ⅰ歴 24:6-10
24:6 レビびとネタネルの子である書記シマヤは、王とつかさたちと祭司ザドクとアビヤタルの子アヒメレクと祭司およびレビびとの氏族の長たちの前で、これを書きしるした。すなわちエレアザルのために氏族一つを取れば、イタマルのためにも一つを取った。
24:7 第一のくじはヨアリブに当り、第二はエダヤに当り、
24:8 第三はハリムに、第四はセオリムに、
24:9 第五はマルキヤに、第六はミヤミンに、
24:10 第七はハッコヅに、第八はアビヤ


口語訳 Ⅰ歴 24:19
24:19 これは、彼らの先祖
アロンによって設けられた定めにしたがい、主の家にはいって務をなす順序であって、イスラエルの神、主の彼に命じられたとおりである。

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秋留の公園のしだれざくら

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孫娘のかなほ(今春小3)、一人で泊まるのは初めて。姉の初音は教会のバイブルキャンプ
(青梅の先の古里)



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救われる人はあらかじめ決まっているのではないだろうか ++++++++ 所感

2015/03/29 03:38

150329(日)3時起床。キリスト者の皆様お早うございます。2時半頃に目が覚めて、今日の感話資料の変更をしなければならないことになった。それは「救われる人はあらかじめ決まっているのではないだろうか・・・キリスト教はヒューマニズムではない」という項目の大変更である。これから3時間で仕上げなければならない。差し替え。

塚本訳 使 13:48
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。



塚本訳 マタ 25:34
25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。


塚本訳 マタ 13:30
13:30 両方とも刈入れまで育つままにしておけ。刈入れの時、わたしが刈入れ人たちに言いつける、まず毒麦を抜き取り、束にしばって焼きすてよ、麦の方は集めて倉に入れよ、と。』」



塚本訳 マタ 13:41-42
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。


塚本訳 マタ 13:49-50
13:49 世の終りもそれと同じであろう。すなわち天使たちがあらわれ、義人の中から悪人どもを引き出して、
13:50 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。



塚本訳 マタ 25:31-33
25:31 (こんど)人の子(わたし)が栄光に包まれ、『すべての天使を引き連れて来る』時には、栄光の(裁きの)座につくのである。
25:32 ありとあらゆる国の人がその前に集められ、人の子は羊飼が羊と山羊とを分けるように彼らを互にえり分け、
25:33 羊(である正しい人)を右に、山羊(である悪い人)を左に立たせるであろう。



塚本訳 マタ 21:43-44
21:43 だからわたしは言う、神の国はあなた達から取り上げられて、神の国の実を結ぶ(ほかの)国民に与えられるであろう。
21:44 そして(救世主なる)この石の上に(つまずき)倒れる人は打ち砕かれ、(最後の裁きの日に)この石が倒れかかる人は、粉微塵になるであろう。」



塚本訳 ルカ 13:28-29
13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:29 また人々が『東から西から北から南から』来て、神の国で宴会につらなるであろう。



塚本訳 マタ 13:19-23
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」


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朝の啓示終わり。神は侮れない。恐ろしいお方だ。神と対等に口をきけると思ったら大間違い。神を畏れる怖れが必要。
滅びる者があったとしても神に知られつつ滅びるなら安心だ。これ身内の救いに対しての慰めだ。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。


●妻と集会へ
●10:00 東京聖書読者会、茂木(司会)、高木(塚本訳の試訳と改訳の比較)、高橋(救われる者は少ないか)
●午後、妻は孫の「かなほ」を五反田からあきる野に連れてくる。
●私はキララホールに音楽会。

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アンサンブルポエム+入間市民混声合唱団。フォーレ「レクイエム」 キララホール
ソプラノの山田英津子が素晴らしかった。

●16:00 図書館に寄って、コンツェルマン著田川建三訳「時の中心」を読む。国会図書館から借りたもので、館外持ち出し禁止。職人技的な精緻な学問で歯が立たない。これを読みこなしても信仰が深まるとは思えない。しかし学問は信仰の敵ではないが、信仰なき聖書学は禍である。盲人を導く盲人である。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」



●夕飯は孫のかなほ(今春小3)と一緒。
私「神様を信じている人と結婚するといいよ」
かなほ「教会に来る人でイケメンと結婚する」
私「ダーッ」
●孫娘と三人で就寝の祈り。かなほはしっかり祈れるようになった。彼女の生涯は見届けられないがこれなら「神がついて」いるから大丈夫そうだ。寝顔を見る。

今日の集会感話の配布資料
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救われる者は少ないか

・・・「永遠の命へあらかじめ定められている者」とは・・・

 

2015年3月29日 東京聖書読者会 高橋照男

 

「大きな悲しみと、心に絶えざる痛み」

 

●塚本訳 ロマ 9:2

9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。

 

●塚本訳 ルカ 13:23a

13:23a するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。

 

●塚本訳 ルカ 16:28

16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。

 

●塚本訳 ヨハ 14:22
14:22
イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」

①救われる人はあらかじめ定められているのではないだろうか。

①-1)塚本訳 使 13:48                                                  13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。

①-2)塚本訳 ルカ 2:14                          2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

①-3)塚本訳 マタ 10:13-14                       10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)    10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

①-4)塚本訳 マタ 24:21-22                       24:21 その時、『世の始めから今日までになかった、』また(これからも)決してない『ような、』大きな『苦難が』臨むのだから。           24:22 もしそれらの(苦難の)日が短くされなかったら、だれ一人助かる者はあるまい。しかし選ばれた人々のために、それらの日が短くされるであろう。

①-5)塚本訳 マタ 24:31                         24:31 すると(その時、)人の子は『大いなるラッパの響きと共に』自分の使いたちをやって、『天のこの果てからかの果てまで』『四方から、』選ばれた人々を『集めさせるであろう。』

①-6)塚本訳 マタ 25:34                         25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。

①-7)塚本訳 ルカ 13:28-29                       13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。                          13:29 また人々が『東から西から北から南から』来て、神の国で宴会につらなるであろう。                              

①-8)塚本訳 マタ 13:19-23                    13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20
岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21
自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22
茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23
しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

②救われる人は少ないのではないだろうか

②-1)塚本訳 マタ 7:13-14
7:13
狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14
命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

②-2)塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23
するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24
「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。                  

②-3)塚本訳 マタ 13:10-11
13:10
弟子たちが進み寄って、「あの人たちにはなぜ譬をもって話をされますか」とたずねると、
13:11
答えられた、「あなた達(内輪の者)には、天の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、あの(外の)人たちには授けられていないのだ。                            

神は「悲惨」ということを通じて、人を「悪い地」から「良い地」に耕す。救いの願望を起こさせて霊の目を明け、「永遠の命」を与えて下さる。

③-1)塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1
イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2
弟子たちが尋ねた、
「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

③-2)塚本訳ヨハ 9:35-39
9:35
イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36
彼が答えた、
「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37
イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39
イエスは言われた「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

③-3)塚本訳 ルカ 15:12-14
15:12
『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13
幾日もたたないうちに、
弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。

③-4)塚本訳 ルカ 15:18-24
15:18
よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19
もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と

15:20
そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21
息子は父に言った
『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……
15:22
しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

③-5)塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13
イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15
女が言う、
「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16
イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17
女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18
五人の夫とは別れ、
今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

③-6)塚本訳 ヨハ 4:25-26
4:25
女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26
イエスは言われる、
「あなたと話しているわたしが、それだ。」

③-7)塚本訳 ピリ 2:13
2:13
(しかしもちろんこれは君達の力では出来ない。)何故なら、(救いに関わる)御旨を成し遂ぐるため、
君達のうちに働いて、(救いの)願望を起こさせ、これを成就せしめ給う者は、神であるからである。

③-8)塚本訳 マコ 10:17-18
10:17
旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、
「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

③-9)塚本訳 マコ 10:22-27                        10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23
イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25
金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26
弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27
イエスは彼らをじっと見て言われる、
「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

③-10)塚本訳ヨハ 3:1-2
3:1
ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2
ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」

③-11)塚本訳 ヨハ 3:3-5
3:3
イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4
ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5
イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、
人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

③-12」塚本訳ヨハ 20:24-25
20:24
十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25
そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、
「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

③-13)塚本訳ヨハ 20:27-28
20:27
それから(すぐ)トマスに言われる
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28
トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」


神は「失われている者」(神に反抗している者)に注目し、救おうとして自ら腰を上げて積極的に行動して下さる。救いは人間の努力ではなく、神の主権にもとづく「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」

④-1)塚本訳 ルカ 15:2-4
15:2
パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った
「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4
「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、
見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

④-2」塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5
イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、
「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7
皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8
しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9
イエスが(人々に)言われた、
「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10
人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

④-3)塚本訳 マタ 21:31
21:31
この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、
「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

④-4)塚本訳 マタ 22:9-14
22:9
だから町の出口の所に行って、
出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。
22:10
家来たちは道に出ていって、出会った者を
悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11
王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12
その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13
王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──
招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。

④-5)塚本訳 ルカ 16:25
16:25
しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、
あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

神には死人を生き返らせる主権があるから、信仰なくして死んだ人も来世で救われる。そのために必要なのは周囲の祈り。人間は絶対的無力だが神は全能。

⑤-1)塚本訳 ヨハ 11:38-43
11:38
そこでイエスはまたも
心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39
「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、
「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41
人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(
まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42
(願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。
11:43
こう言ったのち、
大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

⑤-2)塚本訳 マタ 11:27-28
11:27 ──
(知恵も力も、その他)
一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。
11:28
さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

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今日の集会感話配布資料終わり



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「間違いでなかったこと」を知っていただく・・・イエスの出来事を正確に報告する・・・ ++++++++ 所感

2015/03/28 06:16

150328(土)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝は「間違いでないことを伝える」ということを黙想しました。今日のノルマはルカ1:4です。

塚本訳 ルカ 1:4
1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。


●真理はそれを発見した人の人格によらず真理です。イエスの出来事を報告する人は自分の身を顧みずに「我が身に起こった不思議なこと」を巷に宣伝します。●この節で「閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話」とはおそらく次の事情が背景と思われる。閣下と言われたローマ帝国の高官の名はテオピロ(ルカ1:3)。伝説によれば彼の夫人はクリスチャンであった。テオピロがキリスト教に帰依したので夫婦は引き裂かれ島流し。テオピロは殉教したらしい。とすると夫人から聞いていた「イエスの出来事」をルカが精密に調べて(ルカ1:3)、夫人の言うことが間違いでないことを弁明したと考えられる。●ルカ福音書の背後には夫人の存在を感じる●ルカ福音書と同じ著者の「使徒のはたらき」はキリスト者は決してこの世のローマ帝政の「体制を転覆する」者ではないことを言わんとしていることが執筆の精神であることは今日の聖書学の定説である。これは素人の私も感じる。具体的な箇所はこれから始めるルカの「読み」で明らかになるであろう。
●まず翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

420104それによって、これまで学ばれたことのたしかであることをご確認なさいますように〔と、お願い申し上げる次第であります〕。

 

新共同訳1987

1:4 お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。

前田訳1978

1:4 それはお聞き及びの話についての確かなところをよく知っていただくためであります。

 

新改訳1970

1:4 それによって、すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたいと存じます。

 

塚本訳1963

1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

 

口語訳1955

1:4 すでにお聞きになっている事が確実であることを、これによって十分に知っていただきたいためであります。

 

文語訳1917

"420104","テオピロ閣下よ、汝の教へられたる事の慥なるを悟らせん爲に、これが序を正して書き贈るは善き事と思はるるなり。"

【リビングバイブル】
ルカ
 1:4 それによって、教わっていたことはみな正確な事実であることが、よくおわかりいただけると思います。

NKJV ルカ 1:4
1:4 that you may know the certainty of those things in which you were instructed.


TEV ルカ 1:4
1:4 I do this so that you will know the full truth about everything which you have been taught.

【KJV】
Luk
 1:4 That thou mightest know the certainty of those things, wherein thou hast been instructed.


●信仰は家庭や集会の雰囲気、空気で保存され、伝承されることについてはイエスを裁判したピラトの妻を連想する。テオピロの妻と似ている。

塚本訳 マタ 27:18-19
27:18 ピラトは人々が妬みからイエスを引き渡したことを知っていたのである。
27:19 ピラトが裁判席に着いているとき、その妻が彼の所に人をやって、「その正しい人に関係しないでください。その人のおかげで、昨夜夢で散々な目にあいましたから」と言わせた。

●「知っていただこうと思った」(塚本)、「知っていただきたい」(口語)、「分かっていただきたい」(新共同)などの姿勢は福音をこの世の目上の人に伝える時の姿勢である。相手に悔い改めを迫ったり、この世の体制を批判したり、断罪する精神ではさらさらない。これは次に示すパウロの姿勢からもわかる。


塚本訳 使  13:16
13:16 そこでパウロが立ち上がり、手で合図をして、それから言った。「イスラエル人諸君、ならびに敬神家の方々、聞いてください。


塚本訳 使  13:26
13:26 兄弟の方々──アブラハムの子孫の方々と、あなた達の中の敬神家の方々よ、(神から)わたし達に、この(イエスの)救いを知らせる『言葉は送られたのです。』


塚本訳 使  15:6-7
15:6 使徒たちと長老たちとがこの事を解決するために集まった。(集会の人々も一緒であった。)
15:7 長らく争論があったのち、ペテロが立ち上がって言った、「兄弟の方々、(集会が出来た)始めの時から、神は異教人がわたしの口によって福音の言葉を聞いて信ずるようにと、あなた達の間でわたしを選ばれたことは御承知のとおりである。


塚本訳 使  16:37
16:37 しかしパウロは警官らに言った、「長官たちは(いやしくも)ローマ市民たるわたし達を、(正式の)裁判もせず公然となぐって、牢に放り込んでおきながら、今になってこっそり出そうとするのか。いけない、実に!自分が来て、わたし達をつれだしたらよかろう。」


塚本訳 使  17:22
17:22 パウロはアレオパゴス法院の真中に進み出て言った。「アテネ人諸君、あなた達はどの点からしても、最高に信心深いようにわたしには見えます。


塚本訳 使  21:19
21:19 パウロは彼らに挨拶したあと、神が自分の伝道によって異教人の間でされたことを、詳しく話してきかせた。


塚本訳 使  21:39
21:39 パウロが言った、「わたしはユダヤ人です。キリキヤの名もない町ではないタルソの市民です。お願いします、あの民衆に話をすることを許してください。」


塚本訳 使  22:1-3
22:1 「兄弟の方々、お父さん方、聞いてください、今弁明します。」──
22:2 ヘブライ語で話しかけるのを聞くと、人々はますます静かになった。パウロは言う。──
22:3 「わたしはキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この(エルサレムの)都で育てられ、ガマリエル(先生)の膝下で先祖の律法によって厳格な教育をうけ、今日の皆さんと同様、神に対して熱心家でありました。


塚本訳 使  23:1
23:1 パウロは最高法院(の役人たち)を見つめて言った、「兄弟の方々、わたしは今日まで、神の前において良心に少しのやましい所なく歩いてきたのです。」


塚本訳 使  24:10
24:10 そこでパウロが答えた、総督が話すようにと合図をしたのである。「あなたが長年この国民の裁判官であ(り、よく下情に通じておられ)ることを承知しておりますので、安心して自分のことを弁明いたします。


塚本訳 使  25:7-8
25:7 パウロがあらわれると、エルサレムから下ってきていたユダヤ人たちは彼のまわりに立ち、多くの重い罪状を並べ立てたが、証明することが出来なかった。
25:8 パウロの方では、「わたしはユダヤ人の律法に対しても、宮に対しても、皇帝に対しても、何も罪を犯したことはありません」と弁明した。


塚本訳 使  26:2-6
26:2 「アグリッパ王よ、わたしはユダヤ人に起訴されている一切のことについて、きょう王の前に弁明できる自分を仕合わせと思います。
26:3 あなたはユダヤ人のあらゆる慣例や、(面倒な)問題を、最もよく知っておられる方だからです。ついては、どうかしばらく御清聴を願います。
26:4 若い時からのわたしの生活は、初めから(ユダヤ)国民の中で、しかもエルサレムですごしましたので、ユダヤ人は皆知っております。
26:5 以前からわたしを知っている彼らは、証人になる気さえあれば、わたしが国の宗教の最も厳格な派に従って、(すなわち)バリサイ人として生活したことを、知っているのです。
26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。


塚本訳 使  26:19-23
26:19 アグリッパ王よ、(こんな栄光ある職を受けたのです。)それゆえ、わたしはこの天からの示しにそむかず、
26:20 まずダマスコとエルサレムとの人たちに、ユダヤ全国に、それから異教人に、悔改めて神に帰り、悔改めにふさわしいわざをするようにと告げました。
26:21 そのためユダヤ人はわたしを宮でつかまえて、殺害しようと企てたのです。
26:22 しかし神の助けをこうむり、今日まで(こうして)立って、小さい者にも大きい者にも証しをしているのです。それも預言書とモーセ[聖書]とが、将来必ずおこると語った以外のことは、何も言いません。
26:23 すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。福音が「間違いのない」ことは神が証明する。●キリスト信徒は正統信仰(罪の赦しの体験、有体的復活、昇天、再臨の信仰)を固く信じて前向きの姿勢で生きていればあとは神が「何とかしてくださる」●福音は福音そのものの力で広まる。

●TSK日本語版ダニエル書10章

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家から徒歩30分のところにある「切欠」(八王子との境)にカタクリを鑑賞に行く。

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カタクリの群生。ちょうど良い時期だ。カメラマンが来ていた。

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バレリーナを思う。チャイコフスキー、バレエ音楽「白鳥の湖」大好き。






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崩壊家庭に救いの光が射す ++++++++ 所感

2015/03/27 06:32

150327(金)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は、キリスト教性教育研究会で児童養護施設に引き取られる気の毒な子供の実態についての報告を聞いた。(昨日ブログ参照)。●こういう施設に身を投じて献身的に働く若い人がいることは救いである。天下泰平で自分の楽しみだけを追求しているイマドキのワカイモンの中で彼らは「世の光」である。●彼らは国や県から給料をもらっているいわば国家公務員である。国家予算もこういうところに使われていることに「一条の光」を見る●私は「年金生活」であるが、これもいわば国家公務員である。だから一心に主のために身を捧げなければならない●ところで親から虐待される児童の背景には親の不倫があるようだ。父や母が別の人と関係していることを知った子供は人格が崩壊する。そして自分も親と同じ道に落ちて行く。「親がやっているんだからいいじゃーないか」と心理的に歯止めがかからない。地すべり状態になる。●一見外側からは何でもない夫婦関係でもよく見ると崩壊しているという。夫婦の不和、不仲。長い結婚生活ではお互いにズレ、キシミ、食い違いが出てくるというものだ。●どの家庭でも起こるこの「人生最奥」の悩みは、エゴの罪から来る。罪の現実はヒューマニズムでは救えない。穢れを清めるキリストの血潮の効能に与らなければならない。●昨日の話し合いの中で私は詩編27:10を発言した。●家庭の崩壊はどの家庭でも陥る可能性のある「悲惨」である。
●しかしその「悲惨」は人を神の救いに追いやる。ここまで児童を導かなければヒューマニズムの「児童福祉」も空しい。●しかしそれは人間の力ではできない。深い家庭にこそ救いの光が射す。神のみがそれを行える●今朝は詩編27:10を黙想してみよう。
●まず翻訳比較



口語訳 詩 27:10
27:10 たとい父母がわたしを捨てても、主がわたしを迎えられるでしょう。


新改訳 詩 27:10
27:10 私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。


新共同 詩 27:10
27:10 父母はわたしを見捨てようとも/主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます。

文語訳詩27:10
わが父母われをすつるともエホバわれを迎えたまはん

フランシスコ会 詩27:10
例え、父母が見捨てても、主がわたしを迎え入れてくださる

bunngoyaku
NKJV 詩 27:10
27:10 When my father and my mother forsake me,Then the Lord will take care of me.


TEV 詩 27:10
27:10 My father and mother may abandon me, /but the Lord will take care of me.

●次に頭に思い浮かぶもの

塚本訳 ロマ 8:35-39
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。
8:36 こう書いてある。──『あなた[神]のためにわたし達は一日中死の危険にさらされている、わたし達は屠られる羊のように考えられた。』
8:37 (もちろん、引き離すことのできるものはない。)そればかりか、わたし達を愛して(十字架につけられて)くださった方により、これらすべての(苦難の)中にあって、わたし達は悠々と勝つことができる。
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない

塚本訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、
すべてのことが救いに役立つのである。



●次にTSKとBbBを見て、心に響くものをピックアップ。

塚本訳 ルカ 2:37
2:37 (その後)八十四歳(の今日)まで寡婦ぐらしをしていた。(片時も)宮を離れず、夜も昼も断食と祈りとをもって(神に)奉仕していたが、

口語訳 イザ 40:11
40:11 主は牧者のようにその群れを養い、そのかいなに小羊をいだき、そのふところに入れて携えゆき、乳を飲ませているものをやさしく導かれる


口語訳 イザ 49:15
49:15 「女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない


塚本訳 ヨハ 16:32
16:32 見ていなさい、みなちりぢりになって自分の家にかえり、わたしを独りぼっちにする時が来るから、いや、もう来ている。
しかしわたしは独りぼっちではない、父上がいつも一しょにいてくださるのだから。


塚本訳 Ⅱテモ4:16
4:16 私の始めの弁明の時には誰一人扶けてくれず、皆私を棄てた──この罪が彼らに帰せられないように!──

塚本訳 Ⅰヨハ1:1-4
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである。
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである。

塚本訳 マタ 11:2-6
11:2 さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」




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朝の黙想おわり。崩壊家庭にこそ救いの光が射す。日本にhが崩壊家庭が多い。子供の成育は家庭の安定だが、真の安定はキリストの血の清めによる。万歳!家庭の崩壊。真の家庭が頂ける。





●本日のノルマ。ルカ1:3


塚本訳 ルカ 1:3
1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、



●ここでは、「精密」ということと、「順序を正しく」ということを注目する。ここに科学的精神が溢れている。福音は歴史的事実の報告である。作り話や思想ではない。このことを頭に浮かぶままに掲げる。


塚本訳 ヨハ 1:14-17
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。
1:15 ヨハネはこの方のことを証しして、叫んで言う、「『わたしのあとから来られる方は、わたしよりも偉い方である。わたしよりも前から、(世の始めから)おられたのだから』とわたしが言ったのは、この方のことであった。」
1:16 わたし達は一人のこらず、この方に満ちみちているものの中から、恩恵また恩恵を戴いた。
1:17 すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた。

塚本訳 Ⅰヨハ1:1-4
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである。
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである。

塚本訳 マタ 11:2-6
11:2 さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」


●TSK日本語版ダニエル書9章
●妻はころりん村幼児園の仲間と昼食


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春が来た庭。花が咲き、ヒヨドリが歩いている。来世というのもこういう光景か。
来世は見えるものがこのようにカラーではないだろうか。

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18:00 キララホールで青梅市立泉中学校吹奏楽部 定期演奏会。
指揮は小玉公二。この吹奏楽部は優秀で数々の賞を受賞。吹奏楽は指揮者次第。
ファリャのバレエ音楽「恋は魔術師」をやってのけたのにはビックリ。「小玉サウンド」、水準が高い。小玉公二氏があきる野市立西中学校の時に三男の恵(トランペット)が指導を受けた。

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語り伝えてくれたとおりに ++++++++ 所感

2015/03/26 06:16

150326(木)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝はルカ1:2です。この節では「語り伝えてくれたとおりに」に注目します。●福音は使徒の目撃情報の「伝承」です。イエスの出来事の告知です。出来事のニュースです。自分の思想の披瀝でなく、ありのままの「事件」を報告することです。教会は教会主義でそれを伝承しますが、無教会では「聖書」でその目撃「出来事」情報に連なります。イエスの言葉を「この世に」ぶつけます。●ですから楽です。伝道とは自分を捨てて、「この身に起こった良い事」を飾らずに告知すればよいのです。それはまず自分を捨てなければできないことです。●まず翻訳比較


GREEK ルカ1:2
kaqw.j pare,dosan h`mi/n oi` avpV avrch/j auvto,ptai kai. u`phre,tai geno,menoi tou/ lo,gou(


フランシスコ会聖書研究所訳2011                                       1:1-2 わたしたちの間で成し遂げられた出来事を、最初から目撃し、言葉の奉仕者となった人々がわたしたちに伝えてくれたとおりに、書きつづろうと、すでに、多くの人々が手をつけました。

岩波翻訳委員会訳1995

420102初めからの目撃者たちと御言葉に仕えるに至った者たちとが私どもに伝えました通りに、物語り連ねようと多くの人々が手を染めましたが、

 

新共同訳1987

1:1 -2わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。

 

前田訳1978

1:2 その事どもは、はじめから目撃者でことばの使いであった人たちがわれらに伝えたものであります。

 

新改訳1970

1:2 初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、

 

塚本訳1963

1:2 最初から実際に見た人たちと御言葉の伝道にたずさわった人たちとが(語り)伝えてくれたとおりに、一つの物語に編もうと企てた人が数多くありますので、

 

口語訳1955

1:2 御言に仕えた人々が伝えたとおり物語に書き連ねようと、多くの人が手を着けましたが、

 

文語訳1917

"420102","御言の役者となりたる人々の、我らに傳へし其のままを書き列ねんと、手を著けし者あまたある故に、"


【KJV】 Luk 1 章
 1:2 Even as they delivered them unto us, which from the beginning were eyewitnesses, and ministers of the word;

【NIV】 Luk 1 章
 1:2 just as they were handed down to us by those who from the first were eyewitnesses and servants of the word.


【NKJV】 Luk 1 章
 1:2 just as those who from the beginning were eyewitnesses and ministers of the word delivered them to us,

【TEV】 Luk 1 章
 1:2 They wrote what we have been told by those who saw these things from the beginning and who proclaimed the message.


リビングバイブル サブ聖書ウインドウ No.1

◆神様を愛する親愛なる友へ。
 1:1 -2イエス・キリストの伝記は、最初からの目撃者であり弟子であった人たちの証言をもとに、すでに幾つかでき上がっています。


●「(語り)伝えてくれたとおりに、」に関する黙想。頭に浮かぶもの。

塚本訳 マコ 16:20
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 


別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】


塚本訳 マコ 5:18-19
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った。
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。」

塚本訳 使  1:1-3
1:1 テオピロよ、(さきに)わたしは(本書の)第一巻[ルカ福音書]を著わして(あなたにささげた。それには)イエスが行われたことまた教えられたことを、ことの始めからことごとく書きしるし、
1:2 お選びになった使徒たちに、聖霊によって(全世界への伝道を)命令されたのち、(天に)あげられた日に及んだ。(わたしは今ここに、その第二巻をあなたにささげようと思う。)
1:3 イエスは(十字架の)苦しみを受けて(死なれ)た後も、多くの証拠をもって使徒たちに御自分が生きていることを示し、四十日の間彼らに現われて、神の国のことをお話になった。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

●マルコ福音書の成立はペテロの説教がもとになっていて、それは4段階である。これがもとになってその他の福音書もすべて4段階(4幕)で構成されている。(英国の聖書学者ドッドの発見。様式史の最高峰)マルコはペテロの通訳であったらしい。とすればペテロ
が「(語り)伝えてくれたとおりに、」マルコは「マルコ福音書」を書き、ルカはそれを土台にした。


塚本訳 使  10:37-43 [ペテロの説教第六] マルコの基礎となる四区分

①・・・10:37 あなた達は(洗礼者)ヨハネが洗礼を説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ中にゆきわたった出来事を知っておられる。

②・・・10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

③・・・10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。

④・・・10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。

10:41 (ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです。

10:42 そして神はわたし達に命じて、この方こそ神に定められた、生きている者と死んだ者との審判者であると、国民に説きまた証しさせられるのです。

10:43 預言者たちは皆、彼を信ずる者はことごとく、その名のゆえに罪の赦しを受けることを、彼について証明しています。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。キリスト教は史実の伝承の上に立つ。有体的復活、有体的昇天。この史実が有体的再臨の信仰を生む。しかし、その再臨の時に人々に「信仰があるだろうか」とイエスは心配していた。

塚本訳 ルカ 18:8
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!」


●TSK日本語版ダニエル書8章
●18:00 キリスト教性教育研究会(富坂キリスト教センター)
「児童養護施設における性教育の実践について」
   基督教児童福祉会 バット博士記念ホーム 副園長・心理士 佐藤治美
 家庭にいられなくなった児童を引き取って育てる「労苦」は尊いものだと思った。
 富永國比古先生、高木実氏、武田晶子さんと会う。帰宅22:00









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福音は歴史上一回完結した出来事 ++++++++ 所感

2015/03/25 06:20

150325(水)4時半目覚め、5時起床、冷水洗顔、室内気温9度。寒い朝。室内気温9度。しかし「しもやけの薬」は中止。あと一週間で4月だ。●キリスト者の皆様お早うございます。今日から「福音書一日一節」として「聖書で聖書を読む」方法でルカ福音書を始める。これから約15年。福音書を縦に読み、引照で横に読む。この方法に浸って神に従い、復活と永遠の命の希望を抱いて死ねれば満足だ。●今朝はまずルカ福音書一章一節。まず翻訳比較

greekルカ 1:1

VEpeidh,per polloi. evpecei,rhsan avnata,xasqai dih,ghsin peri. tw/n peplhroforhme,nwn evn h`mi/n pragma,twn(


フランシスコ会聖書研究所訳2011

1:1-2 わたしたちの間で成し遂げられた出来事を、最初から目撃し、言葉の奉仕者となった人々がわたしたちに伝えてくれたとおりに、書きつづろうと、すでに、多くの人々が手をつけました。


岩波翻訳委員会訳1995

420101私どものもとで成し遂げられた〔さまざまの〕事柄について、


新共同訳1987

1:1 -2わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。


前田訳1978

1:1 多くの人が、われらの間になしとげられた事どもについての物語をまとめようと手をつけました。


新改訳1970

1:1 私たちの間ですでに確信されている出来事については、(V.2挿入)多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、


塚本訳1963

1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)


口語訳1955

1:1 わたしたちの間に成就された出来事を、最初から親しく見た人々であって、


文語訳1917

"420101","我らの中に成りし事の物語につき、始めよりの目撃者にして、"


NKJV ルカ 1:1
1:1 Inasmuch as many have taken in hand to set in order a narrative of those things which have been fulfilled among us,


TEV ルカ 1:1
1:1 Dear Theophilus: /Many people have done their best to write a report of the things that have taken place among us.

NIV ルカ 1:1
 1:1 Many have undertaken to draw up an account of the things that have been fulfilled {[1] Or <been surely believed>} among us,

KJV
ルカ 1:1
1:1 Forasmuch as many have taken in hand to set forth in order a declaration of those things which are most surely believed among us,



●「完結した出来事」についての黙想

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 マコ 16:20
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】


塚本訳 ヘブ 10:10-13
10:10 この(神の)『御心』によって、イエス・キリストの『体が捧げられること』により、わたし達はただ一度かぎりで、きよめられているのである。
10:11 そして──(くどいが、もう一度くり返して言う)──祭司(という祭司)は皆、(聖所に)立って毎日務をし、決して罪を
取除くことの出来ない同じ犠牲を幾たびも捧げているのに反して、
10:12 彼(キリスト)は罪のために(ただ)一つの犠牲(として御自身)を捧げ、(天に入って)たえず『神の右に座っておられ』、
10:13 そのあとは、『彼の敵がその足台にされるまで、』(ただ)待っておられるのである。

塚本訳 ピリ 2:6-11
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。
2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

●BbBとTSKから心に響くものをピックアップ


塚本訳 使  11:4
11:4 ペテロは順序ただしく(次のように)説明をはじめた。


塚本訳 使  1:21-22
1:21 だから、主イエスがわたし達と行き来された全期間を通して、
1:22 すなわち、ヨハネの聖霊(の時)以来イエスがわたし達の所から(天に)あげられた日までの間、いつもわたし達と一緒にいた者の一人が、わたし達と共に主の復活の証拠にならねばならない。」

塚本訳 使  26:16
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。


塚本訳 Ⅰテモ3:16
3:16 そして確かに(私達の)信仰の奥義は偉大である。(讃美歌にうたう通りである──)彼(キリスト)は肉にて顕され、霊にて義とされ、御使いたちに見られ、諸国の民に宣べ伝えられ、世に信ぜられ、挙げられて栄光に入り給うた。


塚本訳 Ⅱペテ1:16-18
1:16 というのは、私達は私達の主イエス・キリストの能力と来臨とを君達に(告げ)知らせるのに、(一派の人達が)頭を捻って考え出した作り話に従わなかった。否、(私達はおおけなくも)かの(変貌の)稜威の目撃者(として、その証人)となったのである。
1:17 というのは彼は(其処で)父なる神から尊貴と栄光とを受けられ、(私達はそれを見たのである。)且つ(その時、)「これは我が『愛子』なり、』わが心に適えり』」と、かような声が尊厳なる栄光の間から出た──
1:18 然り、私達はこの声が天から出たのを彼と共に聖なる山にいて聞いたのでる。


塚本訳 Ⅰヨハ1:1
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──


塚本訳 ヨハ 15:27
15:27 またあなた達も、始めからわたしと一しょにいたのだから、わたしの証人である



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朝の黙想。福音は歴史的に一度起こった「出来事」でそれは完成している。だから仏教や、思想運動とは異なる。異教人に対すルカの低姿勢かつ真剣なる態度を学ぶ。


●TSK日本語版ダニエル書7章
●妻はKさん宅から東大和にロ短調ミサ曲の練習
●サンドラックに買い物。
●ドイツの航空機事故。TVで死亡した佐藤淳一氏の父親が「自慢の息子であった。不慮の事故とはいえ残念です。と言って涙を拭った。ところが次のニュースは息子が両親を殺害、精神を病んでいたらしい。アーこの世は「悲惨」だ。、


塚本訳 使  8:4
8:4 さて(この迫害で各地に)散らばった者は、あるき回りながら御言葉を伝えた

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福音告知の目的と姿勢・・・ルカ福音書の冒頭に学ぶ・・・ ++++++++ 所感

2015/03/24 06:21

150324(火)5時起床。●キリスト者の皆様お早うございます。朝の啓示は「福音告知の目的と姿勢・・・ルカ福音書の冒頭に学ぶ・・・」です。●集会の感話で13年間続けて来た「4福音書共観表」によるイエス伝は6月で終了するが、その次に「ルカ福音書を学ぶ。これは150項目あるので、おそらく15年間はかかる。86歳。健康寿命の限界。●イエス伝に引き続き、またまた「神の子キリスト」の言動に学ぶ。これはパウロに比べてキリストの言葉の方が圧倒的に力があるからである。●また「なぜ「ルカ福音書か」というと、振り返ってみてルカに学ぶことが大きかったからである。●ルカを感話しながら健康寿命が来て、筆を折っても悔いはない。●手始めに7月5日は「福音告知の目的・・・ルカ福音書の冒頭に学ぶ・・・」とする●ルカ福音書の聖書学は履いて捨てるほどある。聖書学の最高峰はルカである。(コンツェルマン著「時の中心」・・ルカ福音書神学の研究・・)しかし素人の私は神学をやらない、やれない。数か国語を駆使しなければならない釈義はやらない。やれない。第一に4000冊程度あった本は火災で消失した。取り上げられた。「それは読むな」ということだった。人生苦をバネにして「聖書で聖書を読む」方法にする。そうせざるを得ない。いわばエベレストの無酸素登山である。しかし神が引き上げてくださるであろう。賛同してくれる人はいる。特に女性。●聖書で飯を食っている専門家には笑われるかもしれないが、私の武器は「人生苦」と「聖霊」だ。素人の直観だ。●聖書学の世界で一時話題になった「12部族連合」を学ぼうとM・ノートの「モーセ五書伝承史」を購入してあったが、手を付けずにいると「それはもう古い」ということになったので、読まなくてよかった。ヨハネと言えばブルトマンであったが、最近のヨハネはブルトマンを言わないらしい。これもブルトマンをやらなくてよかった。ATD,NTDは編集史的手法による聖書注解であるが、その「編集史」がすでに過去のものになったらしい。集会の感話でATD、NTDを作わなくてよかった。そうすると決して古びないのは「聖書で聖書を読む」方法。それもイエスの言葉はイエスの言葉で、パウロの思想はパウロの思想で読むのが間違いがない。●ルカの冒頭1-4節には著者ルカの福音を告知する目的と姿勢が書いてあって、全パウロが入っている。●今朝は「福音告知の目的と姿勢」について聖書のアチコチを思う。順不同思いつくまま。

塚本訳 ルカ 1:1-4
1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)
1:2 最初から実際に見た人たちと御言葉の伝道にたずさわった人たちとが(語り)伝えてくれたとおりに、一つの物語に編もうと企てた人が数多くありますので、
1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、
1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである

塚本訳 マタ 10:26-27
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

塚本訳 使  13:46-47
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」

塚本訳 マコ 16:20
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

塚本訳 ルカ 7:22
7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。


塚本訳 ロマ 10:13-15
10:13 ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)『主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。』
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


塚本訳 マコ 5:18-20
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った。
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。」
5:20 すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、デカポリスに言いふらし始めた。皆が驚いた。


塚本訳 ルカ 10:18-20
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20
しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 Ⅰコリ1:18-25
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。
1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。

1:25 というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人よりも力があるからである。

塚本訳 ロマ 1:8-10
1:8 まずもってあなた達の信仰が世界中で評判になっていることを、イエス・キリストにより、あなた達一同のために、わたしの神に感謝したい。
1:9 わたしはこの神を霊をもって、すなわち、その御子の福音を伝えることをもって、礼拝しているのであるが、神がわたしの証人として、
1:10 わたしが祈りのたびごとに絶えずあなた達を思い、いつか一度は、神の御心によって都合よくあなた達の所に行けるようにとお願いしていることを、証明してくださるであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。

●TSK日本語版ダニエル書5-6章
●図書館に本を3冊返す。3週間の期限内に読み切れなったものは思い切って返却することが時間の節約法だ。残り時間は少ない。






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青少年の心の空白は神によって満たされる ++++++++ 所感

2015/03/23 06:33

150323(月)4時目覚め、4時半起床。●朝の啓示「青少年の心の空白は神によって満たされる」●体重測定、冷水洗顔、湯沸し●キリスト者の皆様お早うございます●昨日の「内村鑑三記念キリスト教講演会」(昨日ブログ参照)の「講師を囲む懇談会」で私が次のようにスピーチした。

内村鑑三記念キリスト教講演会。「講師を囲む懇談会」におけるスピーチ
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本日の講演者の第一席大塚寿雄(ひさお)氏は人生の途上で全盲になるという「悲惨」に遭遇した。しかしそのことによって「霊の目」が開かれて永遠の命を与えられた。又第二席の三浦永光氏の結論は「内村鑑三の言葉」でなく、次の「キリストの言葉」で締めくくったのは的を得ていた。

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。


●今年でオウム真理教のサリン事件から20年だが、報道によれば今もってオウムに参入する青年が後を絶たない。
●イスラム国(IS)には世界中の青年が集まる。
●この二つの現状に共通のことは「青少年の心の空白」である。人は全世界を儲けても心は空白である。
●これに対してキリスト者は「一番大切なこと」をしなければならない。それは次である。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


●神は人生の悲惨を通して人の心の目を開け、永遠の命を賜う。「大塚さん万歳!」

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スピーチ終わり。
私は大塚寿雄氏(講演途中で絶句された)の手を固く握り、隣にずっと手引きをされておられた御夫人にも「労をねぎらった」。

●この懇談会に刺激されて次回の集会感話の一部を次のようの変更する。外に出かけて行って「人に会う」ことはいいことだ。アウフヘーベン(止揚)される。

③神は「悲惨」を通じて本人に「救いを求める気を起こさせ」、霊の目を開けて「永遠の命」を賜わる。

塚本訳 ピリ 2:13
2:13 (しかしもちろんこれは君達の力では出来ない。)何故なら、(救いに関わる)御旨を成し遂ぐるため、君達のうちに働いて、(救いの)願望を起こさせ、これを成就せしめ給う者は、神であるからである

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。


塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ

9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」


塚本訳 ルカ 15:11-14
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。


塚本訳 ルカ 15:18-24
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と

15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べて祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」


塚本訳 ヨハ 4:25-26
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マコ 10:17-18
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

塚本訳 マコ 10:23-27
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。

塚本訳 ヨハ 3:1-2
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」

塚本訳 ヨハ 3:3-8
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 20:24-25
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、
「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる
、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

④神は「失われている者」に注目し、救おうとして自ら積極的に行動して下さる。救いは人間の努力ではなく、神の主権にもとづく「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」

塚本訳 ルカ 15:2-4
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、
見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、
「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 マタ 21:31
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、
「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

塚本訳 マタ 22:9-14
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。

⑤神は死人を生き返らせる主権をお持ちだから、信仰なくして死んだ人をも救われる。そのために必要なのは祈り。

塚本訳 ヨハ 11:38-43
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた

塚本訳 ルカ 16:25-28
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

塚本訳 マタ 11:27-28
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

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朝の黙想 終わり ラジオ体操

●9:15 池谷医院。定期健診。「頻尿」対策の薬を追加。
●13:30 あきる野市役所、終活のため予約してあった個人面接「税務相談」。相続税、贈与税の相談。時間切れで次回は5月11日午後13:30 青山税理士。
●15:30 BSプレミアム。「東北・水輝く四季」妻と一緒に見る。すばらしい映像。東北は妻の故郷だ。よその国では見られない日本の美しい四季。福音の真理がどのように浸透して行くのかなーと思った。
●キリスト教の信仰は聖日をきちっと礼拝で守ることによって保たれると思う。聖日厳守。


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「主の家」とは何か・・・神の子キリストに聞く ++++++++ 所感

2015/03/22 06:37

150322(日)5時起床。●朝の啓示「『主の家』●新約聖書の「教会観」に関する本は、これを職業にしている人の手によって無数にある。例えばE・シュヴァイツァー「新約聖書における教会像」(新教出版社)などは比較的学問的なものだが1986.9.26に購入したまま全く読んでいない。引力がない●無教会主義の私は「主の家」について神の子キリストの思いを福音書に探ってみる。思いつくまま。人間パウロに聞かない。人間パウロに聞くと教派が出来る。

塚本訳 ルカ 2:48-51
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。


塚本訳 マコ 11:15-17
11:15 エルサレムに来た。イエスは宮に入り、宮(の庭)で物を売る者や買う者を追い出し始め、両替屋の台や、鳩を売る者の腰掛を倒された。
11:16 (また近道をするために)器物を持って宮(の庭)を通り抜けることを許されなかった。
11:17 それからこう言って教えられた、「『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである』と(聖書に)書いてあるではないか。ところがあなた達はそれを『強盗の巣』にしてしまっている。」

塚本訳 ヨハ 4:20-21
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
塚本訳 ヨハ 4:23-26
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マタ 6:5-7
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。

塚本訳 マタ 6:9-15
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。
6:10 お国が来ますように。お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。
6:11 その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 マタ 6:3-4
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 5:13-15
5:13 (預言者と同じく)あなた達は地の塩である。(世の腐敗を防ぐのが役目である。)しかしもし塩が馬鹿になったら、何で(もう一度)塩気をもどすか。外に捨てられて人に踏まれるほか、もはや何の役にも立たない。
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。

塚本訳 マコ 12:38-44
12:38 またその教えの中で(こんなことを)言われた、「聖書学者に気をつけよ。あの人たちは(人の目につくように)長い衣を着て歩くことや、市場で挨拶されることや、
12:39 礼拝堂の上席、宴会の上座が好きである。
12:40 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」
12:41 それから賽銭箱の真向いに坐って、群衆が賽銭箱に金を入れるのを見ておられた。大勢の金持が沢山入れているとき、
12:42 ひとりの貧乏な寡婦が来て、レプタ銅貨[五円]二つ、すなわち(ローマの金で)一コドラントを入れた。
12:43 イエスは弟子たちを呼びよせて言われた、「アーメン、わたしは言う、あの貧乏な寡婦は、賽銭箱に入れただれよりも多く入れた。
12:44 皆はあり余る中から入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていたものを皆、生活費全部を入れたのだから。」

塚本訳 マタ 18:15-16
18:15 それで、もし兄弟が罪を犯し(て悔改めなかっ)たら、行って、あなたと二人だけの間で忠告をしてやりなさい。もし言うことを聞けば、あなたは(天の国のために)兄弟を一人もうけたのである。
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。

塚本訳 マタ 18:17-18
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 16:17-19
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。

塚本訳 マタ 28:18-20
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 24:46-49
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 使  1:6-8
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない。
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

塚本訳 マタ 11:11-13
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。
11:13 すべての預言書と律法と[聖書]が預言しているのは、ヨハネ(の現われる時)まで(で、天の国はすでに来ているの)だから

塚本訳 ルカ 17:20-21
17:20 パリサイ人から神の国はいつ来るのかと尋ねられたとき、答えられた、「神の国は、(いつ来るのかと計算や)観測のできるようにしては来ない。
17:21 また『そら、ここに(ある)』とか、『かしこに(ある)』とか言うことも出来ない。神の国はあっと言う間に、あなた達の間にあらわれるのだから。

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない


塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、
人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ルカ 9:22-23
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、
毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ルカ 19:37-46
19:37 すでにオリブ山の降り口近くに来られたとき、弟子の群は皆喜んで、彼らが見た(イエスの)あらゆる奇跡の(すばらしさの)ゆえに、こう言って大声に神を讃美し始めた。──
19:38 『主の御名にて来られる』王に、『祝福あれ。』天には平安、いと高き所には栄光あれ!
19:39 群衆の中にいた数人のパリサイ人がイエスに言った、「先生、お弟子たちを叱ってください。」
19:40 答えて言われた、「わたしは言う、この人たちが黙ったら、石が叫ぶであろう。」
19:41 いよいよ(エルサレムが)近くなって(はじめて)都が見えると、イエスは都(に臨もうとしている裁き)を思い、声をあげて泣きだされた。
19:42 そして言われた
、「(ああエルサレム、)お前ももし(「平安を見る」という自分の名のように、)きょうでも平安への道が見えたなら(まだ遅くはないのに!)しかし今それはお前の目に隠されている。
19:43 やがて時が来て、敵はお前のまわりに塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め立て、
19:44 お前と、そこにいる『お前の子供たちを地べたに叩きつけ、』お前の中に、そのまま重なっている石が一つもないようにするであろう。恩恵の時を知らなかった罰である。」
19:45 やがて(エルサレムに着いて)イエスは宮に入り、物を売る者を追い出し始めて、
19:46 こう言われた、「『わたしの家は祈りの家であらねばならぬ』と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを『強盗の巣』にしてしまった。」



塚本訳 マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」
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朝の黙想おわり。これから集会に行く。今日は妻が感話をする。


●10:00集会。川上(司会)、高橋トミ子(夜中の友人の譬・・・厚かましく祈れ・・・)、横田(教会史。異端のカタリ派など)
●14:00 内村鑑三記念キリスト教講演会(今井館)
司会 山本浩
大塚寿雄 ひtろたびは死にし身も
三浦永光 「物質的豊かさと恐怖」よりも「簡素な生活と助け合い」
●16:10 講師を囲む懇談会



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「よきおとずれ」を告げる者・・・福音は人から人に伝わる・・・ ++++++++ 所感

2015/03/21 06:33

150321(土)4時半目覚め5時起床。冷水洗顔、体重測定、室内気温15度。湯沸し。●キリスト者の皆様お早うございます。明け方に夢の中に集会の安芸基雄先生が現れて、「最近は聖書をしっかり説く人がいなくなったなー」と私に語られた。●この言葉に刺激されたので今朝は「『よきおとずれ」を告げる者』・・・福音は人から人に伝わる・・・」ということを黙想押してみよう。●よきおとずれは福音である。霊魂の救いの告知である。これに邁進したパウロの言葉は無数であるが、パウロは人間。パウロに聞くと人間的に鼓舞されるだけなので、「福音書」に聞いてみよう。4福音書の結尾部をみる。●パウロ神学をやると喧嘩になる。ルカ神学(コンツェルマン「時の中心」(ルカ神学の研究)・・・田川建三訳)をやると喧嘩になる。田川建三は「喧嘩田川」。喧嘩を面白がって見る(読む)人の信仰は三流。「神学」は喧嘩の種、武器。だから「聖書で聖書を読む」。「御霊の剣」が武器。●人生の難問は教派の神学(ローマ法王、ルター、カルヴァン、内村、先生)に聞いてはいけない。それは人間だから力がない。喧嘩になるだけ。聖書それ自身から神の子キリストに聞く。

塚本訳 マコ 16:15-20
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる。
16:17 そして信じた者(の伝道)には、次のような(不思議な)徴が伴うであろう。──わたしの名を使って悪鬼を追い出し、新しい(霊の)言葉を話し、
16:18 蛇をつかむことができ、たとえ毒を飲んでも決して害をうけず、病人に手をのせれば(かならず)癒えるであろう。」
16:19 主は(このように)彼らに語った後、『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

新共同 マコ 16:20-21
16:20 一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。〕
◇結び 二
16:20 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。


塚本訳 ルカ 24:41-49
24:41 喜びのあまり、彼らがまだ信じられずに怪しんでいると、「ここに何か食べるものがあるか」と言われた。
24:42 焼いた魚を一切差し上げると、
24:43 受け取ってみなの前で食べられた。
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい
。」

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

●福音書ではないが使徒のはたらきの1章には次のようにある。

塚本訳 使  1:3-5
1:3 イエスは(十字架の)苦しみを受けて(死なれ)た後も、多くの証拠をもって使徒たちに御自分が生きていることを示し、四十日の間彼らに現われて、神の国のことをお話になった。
1:4 そして一緒に食事をしておられたとき、彼らに命じられた、──エルサレムを離れずにいて、「あなた達がわたしから聞いた」父上のお約束のものを待つように。
1:5 「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は幾日もたたぬうちに、聖霊で洗礼を授けられるであろうから
」と。


塚本訳 使  1:6-11
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない。
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」
1:9 イエスはこう言って、彼らの見ている前で(天に)上げられ、雲が彼を迎えて見えなくなった。
1:10 イエスがのぼって行かれる時、彼らが天をじっと見つめていると、突然、白い着物を着た二人の人が彼らのそばに立って
1:11 言った、「ガリラヤ人たちよ、なぜ(ぼんやり)立って天を見ているのか。あなた達の所から天にあげられたあのイエスは、(いま)天にのぼって行かれるのを見たと同じようにして、(また下って)来られるであろう。」

●以上の箇所は、パウロの行動のすべて、パウロ書簡の総てが暗示されている。「聖書は新約聖書、新約は福音書と使徒のはたらき、」が中心、しかも「キリストの言葉」が重要。それは「神の子の言葉」
●福音は人から人に伝わるのは真理だが、人間止まりだから無数の教派が出来てしまう。「聖書で聖書を読む」自由の立場に立つべきだ。
●エクレシアは、牧師が教会員の信仰を「管理」してはいけない。先生が弟子の信仰を管理制約」してはいけない。真の統率は神ご自身がなさる。プロテスタントは分裂が宿命。分裂の極みに統率あり。「一人一教会」が理想。しかし「一人一教会主義の先生の弟子」ということは大間違い。先生が泣いている。
●福音は文字では伝わらない。人格、教会(集会)の空気(雰囲気)で伝わる。それは霊の実在だから。音楽は楽譜では伝わらない。演奏で伝わる。それも生演奏の方が良く伝わる。音の波は皮膚に伝わる。

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朝の黙想おわり。6:30

●TSK日本語版ダニエル書4章
●午後、妻は「ロ短調ミサ曲」の練習
●3月29日の感話「救われる者は少ないか」の結論を次のようにまとめた。

④神は「失われている者」に注目し、救おうとして自ら行動してくださる。「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」。

④-1)塚本訳 ルカ 15:2-7
15:2
パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。
15:3
そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4
「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6
家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7
わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

④-2」塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5
イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6
ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7
皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8
しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」                               19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10
人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。

④-3)塚本訳マタ 21:31-32                       21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

④-4)塚本訳 マタ 22:7-14
22:7
王は憤り、軍隊をやってその人殺しどもをうち滅ぼし、その町を焼き払った。
22:8
それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9
だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10
家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11
王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12
その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13
王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──
招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」 

⑤信仰なくして死んだ人も来世で救われる。神は死人をも生き返らせることができる。救いの主権は来世でも神にある。そのために必要なのは周囲の祈り

⑤-1)塚本訳 ヨハ 11:38-43
11:38
そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39
「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40
イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41
人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42
(願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43
こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

⑤-2)訳 ルカ 16:25-28
16:25
しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

⑤-3)塚本訳 マタ 11:27-28
11:27 ──
(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。 




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ヨハネ福音書の最後・・・永遠の命のために ++++++++ 所感

2015/03/20 06:15

150320(金)4時目覚め、4時半起床。体重測定、一晩で1.4キロ減量。あと3キロで目標減量10キロ。冷水洗顔。室内気温16度。楽になった。●キリスト者の皆様お早うございます。今朝は来る5月31日の集会感話の資料を変更推敲しました。●何を話すべきかは明け方に啓示されるものです。昔イスラエルの民は朝毎にその日の食物であるマナを与えられたのに似ています。そのマナは備蓄できないものsでした。●ヒルティも仕事は時間の大海を前にしてやるのではなく、目の前の仕事を少しずつこなしていけと言っている。●キリストも「明日のことは患うな」とも「取り越し苦労はするな」と言っている。

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マコ 13:10-11
13:10 (終りの日が来る前に)福音はまずすべての国の人に説かれねばならないのだから。
13:11 人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。

5月31日集会感話
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ヨハネ福音書の最後。永遠の命のために

・・・私が復活だ、命だ、わたしを信じている者は永遠に死なない・・・

 

2015年5月31日 東京聖書読者会 高橋照男

 

①福音書の目的は永遠の命。人間が根源的に欲しているもの。

 

塚本訳 ヨハ 20:30-31                        20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。                         20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

塚本訳 ヨハ 21:24-25                        21:24 これらのこと([ヨハネ福音書全体]が真実であること)を証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明が信用すべきであることを知っている。          21:25 しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。

 

塚本訳ヨハ 11:25-26
11:25
イエスがマルタに言われた、
「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16
そのゆえは、
神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 8:50-51
8:50
しかしわたしは自分の名誉を求めない。(だからそんなことはなんでもない。ただわたしのために)これを求め、(わたしを侮辱する者をかならず)裁く方である。
8:51
アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を守る者は(わたしに名誉を帰する者で、決して裁かれない。だから)永遠に死なない。

塚本訳 ヨハ 11:11-15
11:11
こう話して、またそのあとで言われる、「
わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。
11:12
弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13
イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14
そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15
わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 ヨハ 11:33-34
11:33
イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、
(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34
(マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

塚本訳 ルカ 8:49-55
8:49
イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50
イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、
「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51
家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53
人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55
霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 マコ 5:35-39
5:35
イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家から人々が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。どうしてこの上、先生にご迷惑をかけられるのですか。」
5:36
イエスはそう言っているのをそばで聞いて、監督に言われた、
「こわがることはない。ただ信じておれ。」
5:37 そしてペテロとヤコブの兄弟のヨハネとのほかには、だれもついて来ることを許されなかった。
5:38
やがて監督の家に着いて、
人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39
(家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」



この世の和合に幸福なし。肉の関係を捨てて永遠の命を目指して生きよ。

塚本訳 マタ 10:34-39
10:34
地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35
わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36
『家族が自分の敵となろう。』
10:37
わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38
また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39
(十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、
(永遠の)命を得るであろう。

塚本訳 マタ 16:24-27
16:24
あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
16:25
(十字架を避けて
この世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから。
16:26
たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。
16:27 (永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

塚本訳ヨハ 6:26-29                        6:26 イエスが答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、あなた達がわたしをさがすのは、(パンの奇蹟でわたしが救世主である)徴を見たからでなく、パンを食べて満腹したからである。                6:27 (食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい。これは人の子(わたし)があなた達に与えるのである。神なる父上が、(これを与える)全権を人の子に授けられたのだから。」                          6:28 すると人々がたずねた、「(それをいただくために)神の(御心にかなう)業をするには、何をすればよいのでしょうか。」             6:29 イエスは答えられた、「神がお遣わしになった者を信ずること、これが(御心にかなうただ一つの)神の業である。」

塚本訳 マコ 3:20-21
3:20
家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21
身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 マコ 3:31-35
3:31
そこにイエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていてイエスを呼ばせた。
3:32
大勢の人がイエスのまわりに坐っていたが、彼に言う、「それ、母上と兄弟姉妹方が、外であなたをたずねておられます。」
3:33
イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、
3:34
自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
3:35 神の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母である。

塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27
こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28
しかしイエスは言われた、「いや、
仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34
イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36
復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28
体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。
ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

塚本訳マタ 5:29
5:29
それで、もし右の目が
あなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。

塚本訳 ルカ 12:8-10
12:8
それで、わたしは言う、
恐れずに説け。)だれでも人の前で公然わたしを(主と)告白する者を、人の子(わたし)も(裁きの日に、)神の使たちの前で(弟子として)認める。
12:9 しかし人の前でわたしを否認する者は、神の使たちの前で(わたしから)否認されるであろう。
12:10
また、人の子(わたし)を冒涜する者ですら、皆、赦していただけるが、
聖霊を冒涜する者は(決して)赦されない

塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13
すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14
イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15
人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、
財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マタ 6:25-27
6:25
だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26
空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27
(だいいち、)
あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16
(こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17
イエスが言われる
「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

 

●福音はキリストの権威と、それを信じる人の真実性によって広まる。

 

塚本訳 マタ 7:28-29

7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。

7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

塚本訳 マタ 8:26-27

8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。

8:27 人々は驚いて、「この方はどうした人だろう、風も湖も、その言うことを聞くのだが」と言った。

 

塚本訳 マタ 9:33

9:33 悪鬼が追い出されると、唖が物を言うようになった。群衆が驚いて、「こんなことはかってイスラエル人の中で起ったためしがない」と言った

 

塚本訳 ヨハ 7:45-49

7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」

7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」

 

塚本訳 マタ 13:54

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう

 

塚本訳 ヨハ 3:34

3:34 神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである

 

塚本訳 ヨハ 6:63

6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

 

塚本訳 ヨハ 7:14-16

7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、

7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

 

塚本訳 ヨハ 18:37

18:37 そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。

 

塚本訳 ヨハ 19:34-35

19:34 (死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。

19:35 (実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

 

塚本訳 ヨハ 15:26-27

15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

15:27 またあなた達も、始めからわたしと一しょにいたのだから、わたしの証人である。

 

塚本訳 Ⅲヨハ1:11-12

1:11 愛する者よ、あなたは(そのような)悪をまねず、善をまねよ。善を行う者は神から(出たの)であり、悪を行う者は神を見たことがないのである。

1:12 あのデメテリオは、すべての人からも、また真理そのものからも、(正しいことを)証しされている。わたし達もまた(そのことを)証しする。あなたはわたし達の証しが、真実であることを知っている。

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朝の作業おわり、ラジオ体操


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我が家の梅が満開。我が家に良く咲いてくれた。この気持ちは
妻や子供について言える。

 

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永遠の救いの聖なる朽ちざるおとずれ・・・恐れずに説け・・・ ++++++++ 所感

2015/03/19 05:44

150319(木)4時目覚め、4時半起床。体重測定、冷水洗顔、17度。楽になった。湯沸し。●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は残り時間をどうすごすべきかという思いが湧きあがった。●13年かかったイエス伝が間もなくおわるので、その後どうしようかという思いからである。●すると明け方に目を覚ますとすばらしい言葉を啓示された。それは福音書の原本である、マルコの最後の最後である。●「永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ」という驚くべき言葉である。私はこれを恐れずに説いて「花と散る」ことが人生の最終目標である。栄光の目標である。●5月3日の集会感話の内容を変更。


5月3日感話

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  永遠の救いの聖なる朽ちざるおとずれ                                                    

・・・神がご一緒だ。地の果てまで恐れず福音を説け・・・



 2015年5月3日 東京聖書読者会 高橋照男




塚本訳 マコ 16:20
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 

別 の 附 録                                                                        【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】


新共同 マコ 16:20
16:20 一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。〕

(見出挿入による分割)
16:20 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

●このマルコの最後にイエス昇天後のキリスト者のあるべき姿があますところなく示されている。

●永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ

塚本訳 ロマ 1:1-4
1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──
1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、
1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 20:31
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ルカ 1:1-4
1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)
1:2 最初から実際に見た人たちと御言葉の伝道にたずさわった人たちとが(語り)伝えてくれたとおりに、一つの物語に編もうと企てた人が数多くありますので、
1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、
1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります

●伝道には「不思議」が伴う

塚本訳 使  14:3
14:3 それでも二人はかなり長い間(そこに)滞在していて、主を信じて堂々と語り、主は彼らの手で徴や不思議なことをおこなわせながら、(彼らが説く)主の(救いの)恩恵の言葉の正しいことを証明された。


塚本訳 使  14:8-10
14:8 当時ルステラに、足のきかない一人の男が坐っていた。母の胎内から足なえで、まだ一度も歩いたことがなかった。
14:9 この人がパウロの話を聞いていると、パウロはじっと見つめ、(足が)直るに必要な信仰があるのを見て、
14:10 大声で、「『自分の足で』まっすぐに『たちなさい!』」と言った。すると(たちまち)躍って歩きまわった。


塚本訳 ロマ 15:19
15:19 奇跡や不思議の力によって、聖霊の力によって、働かれたということでなければ。こうしてエルサレムから、各地をまわってイルリコまで、わたしはキリストの福音(の伝道)を達成した。


塚本訳 Ⅰコリ2:4-5
2:4 そしてわたしの話も説教も、人を感服させる知恵の言葉によらずに、(神の)霊と力との(直接の)立証によった
2:5 それはあなた達の信仰が人間の知恵に基づくのでなく、神(御自身)の力に基づくためであった。


塚本訳 Ⅰコリ3:6-9
3:6 ──わたしは植えた、アポロは水をやった、しかし神がこれまで成長させてくださった。
3:7 従って、植える者も水をやる者もなんでもなく、成長させるお方、神だけが偉いのである
3:8 植える者と水をやる者とは一つ(のことをするの)であり、ただ(働きが違うから、)めいめいが自分の骨折りに応じて、自分の褒美を受けるのである。
3:9 なぜならわたし達は神の共働者であって、あなた達は神の畑、神の建築物である。


塚本訳 ヘブ 2:4
2:4 神も徴と不思議(なこと)とさまざまの奇跡と、御心のままに聖霊を分け与えることとによって、賛成の意を表されたのである。

●イエス自身が働かれる

塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


塚本訳 使  18:9-10
18:9 するとある夜主が幻でパウロに言われた、「『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10 『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」


塚本訳 ヨハ 14:1-3
14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。
14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


塚本訳 使  26:17
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』


 ●東から西まで、地の果てまで

塚本訳 マコ 16:15
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。


塚本訳 使  1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」


塚本訳 使  13:46-47
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」

塚本訳 使  26:14-18
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


●4福音書の最後に共通のことは、神がご一緒だ。地の果てまで福音を恐れずにを説け。

塚本訳 マコ 16:15-20
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる。
16:17 そして信じた者(の伝道)には、次のような(不思議な)徴が伴うであろう。──わたしの名を使って悪鬼を追い出し、新しい(霊の)言葉を話し、
16:18 蛇をつかむことができ、たとえ毒を飲んでも決して害をうけず、病人に手をのせれば(かならず)癒えるであろう。」
16:19 主は(このように)彼らに語った後、『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 


別 の 附 録                                                                        【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから
。」

塚本訳 ルカ 24:45-49
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した



●福音の宣教には労苦が伴うことになっている。神の国に入るためには、多くの苦難を通らねばならない

塚本訳 ピリ 1:29-30
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである
1:30 (然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているのと同じ戦いをしているのだ!

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている


塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 Ⅱテモ3:11-12
3:11 (また)アンテオキヤ、イコニウム、リストラで私が遭った(数々の)迫害、苦難に(もよく)随って来た。(ああ、)何という(ひどい)迫害を耐え忍んだことか! しかし主は(これら)凡て(の迫害)から私を救い出してくださった。
3:12 (私だけでなく、)キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする者は皆迫害される

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

●恐れずに説け。有体的再臨ですべてが明らかになる。その時我々は楽になる。

塚本訳 マタ 10:25-27
10:25 弟子は先生のよう、僕は主人のようであれば、それで満足すべきである。家の主人(たるわたし)が(悪鬼の頭)ベルゼブルと(悪口を)言われたのだから、その家族(たるあなた達)はなおさらのことである。
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 マコ 13:9-11
13:9 しかしあなた達は(こんな外の出来事よりも)自分のことに気をつけておれ。あなた達は裁判所に引き渡され、礼拝堂で打たれる。また、わたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に立たされるであろう。これは、その人たちに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。
13:10 (終りの日が来る前に)福音はまずすべての国の人に説かれねばならないのだから。
13:11
人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。

塚本訳 マタ 24:29-31
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。
24:30 するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。
24:31
すると(その時、)人の子は『大いなるラッパの響きと共に』自分の使いたちをやって、『天のこの果てからかの果てまで』『四方から、』選ばれた人々を『集めさせるであろう。』


塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の黙想おわり。有体的再臨で我々は楽になれる。


●12:10キララホール ロビーコンサート。金管アンサンブル
●図書館
●13:30ドコモショップで携帯電話の操作方法を習う。

●15:00 山川歯科
●TSK日本語版ダニエル書2章













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福音書の目的は「永遠の命」・・・私が復活だ、命だ、わたしを信じている者は永遠に死なない・・・ ++++++++ 所感

2015/03/18 06:33

150318(水)4時目覚め。4時半起床。朝の啓示「福音書の目的は『永遠の命』」●「暑さ寒さも彼岸まで」。朝は大分楽になった。室内気温17度●キリスト者の皆様お早うございます。●三男の嫁の父は過日召されたが、昨日その嫁と電話で話してしている時に、「父は亡くなってから急に近くなって、いつもそばにいるような感じがする」と嫁が言うので「それはお父さんが永遠の命に生きていた証拠だ」と言った。キリスト者の死生観は明るい。この光が伝道の本質だ●そこで5月31日の集会感話を急遽変更、「福音書の目的は永遠の命」ということにする。順序からしてもヨハネの最後で13年間もやってきたイエス伝の最後なのでちょうどよい。「難問は神の子キリストに聞く」●人が身内の死に嘆く時、神の子イエスはよくこれを叱った。人も「激怒」するときに物事の真実が現れる。

6月7日集会感話

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
              福音書の目的は永遠の命
    ・・・・・私が復活だ、命だ、わたしを信じている者は永遠に死なない・・・・

             2015年5月31日 東京聖書読者会 高橋照男

塚本訳 ヨハ 20:30-31
20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。


塚本訳 ヨハ 21:24-25
21:24 これらのこと([ヨハネ福音書全体]が真実であること)を証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明が信用すべきであることを知っている。
21:25 しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである

塚本訳 ヨハ 8:50-51
8:50 しかしわたしは自分の名誉を求めない。(だからそんなことはなんでもない。ただわたしのために)これを求め、(わたしを侮辱する者をかならず)裁く方である。
8:51 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を守る者は(わたしに名誉を帰する者で、決して裁かれない。だから)永遠に死なない。

塚本訳 ヨハ 11:11-15
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 ヨハ 11:33-34
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

塚本訳 ルカ 8:49-55
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 マコ 5:35-39
5:35 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家から人々が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。どうしてこの上、先生にご迷惑をかけられるのですか。」
5:36 イエスはそう言っているのをそばで聞いて、監督に言われた、「こわがることはない。ただ信じておれ。」
5:37 そしてペテロとヤコブの兄弟のヨハネとのほかには、だれもついて来ることを許されなかった。
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ
。」




●この世の和合に幸福なし。肉の関係を捨てて永遠の命を目指して生きよ。

塚本訳 マタ 10:34-39
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39 (十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、永遠の)命を得るであろう。

塚本訳 マタ 16:24-27
16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
16:25 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから。
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。
16:27 (永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

塚本訳 ヨハ 6:26-29                        6:26 イエスが答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、あなた達がわたしをさがすのは、(パンの奇蹟でわたしが救世主である)徴を見たからでなく、パンを食べて満腹したからである。                6:27 (食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい。これは人の子(わたし)があなた達に与えるのである。神なる父上が、(これを与える)全権を人の子に授けられたのだから。」                          6:28 すると人々がたずねた、「(それをいただくために)神の(御心にかなう)業をするには、何をすればよいのでしょうか。」             6:29 イエスは答えられた、「神がお遣わしになった者を信ずること、これが(御心にかなうただ一つの)神の業である。」


塚本訳 マコ 3:20-21
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21
身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 マコ 3:31-35
3:31 そこにイエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていてイエスを呼ばせた。
3:32 大勢の人がイエスのまわりに坐っていたが、彼に言う、「それ、母上と兄弟姉妹方が、外であなたをたずねておられます。」
3:33 イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、
3:34
自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
3:35 神の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母である
。」

塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない
、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ


塚本訳 マタ 5:29
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。

塚本訳 ルカ 12:8-10
12:8 それで、わたしは言う、(恐れずに説け。)だれでも人の前で公然わたしを(主と)告白する者を、人の子(わたし)も(裁きの日に、)神の使たちの前で(弟子として)認める。
12:9 しかし人の前でわたしを否認する者は、神の使たちの前で(わたしから)否認されるであろう。
12:10 また、人の子(わたし)を冒涜する者ですら、皆、赦していただけるが、聖霊を冒涜する者は(決して)赦されない

塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マタ 6:25-27
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

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朝の黙想おわり。6月7日感話準備終わり。

●有賀政夫氏から「佐伯美佐子先生と家庭集会」という記念冊子が送られてきた。佐伯先生は東京聖書読者会に出席しながら月に一回家庭集会を25年300回も継続され,2005年に96歳で召天された。●典型的な「無教会の家庭集会」。神は日本にこのようなエクレシアを誕生させたかったのではあるまいか。無教会集会の理想形を見た。●その家庭集会には家族が家族を誘い、無理なく自然に集まった。佐伯先生は集会を去って行った人に深い思いを寄せておられた。暖かいものを感じる。キリストの愛を感じる。説教や伝道ではなく聖書の真理に徹した集会であった。●佐伯先生は生涯独身で最後まで小学校の教師であられたが、先生が担任されたクラスの生徒は皆態度が良かったらしい。「樹はその実によって知らるる」

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」
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イエスは復活後に有体的姿を現された・・・使徒たちの目撃証言に聖書を通じて連なる・・・ ++++++++ 所感

2015/03/17 06:31

150317(火)3時50分目覚め、朝の啓示「真理とは何か」。4時起床。●体重測定、冷水洗顔、湯沸し、特急で着替え、●キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は「キリスト教問答」をやっている夢を見た。先週の土曜日に高校の同窓会があり、昨日はまた小学校の友人の青木孝君から電話があって、「今何しているんだ」との問いに返答したことも関係しているのかもしれない●古来、キリスト教には「問答」がある。真理は「問答」ではっきりさせられるからだ。●今朝はピラトがイエスを裁判したときの質問「真理とは何か」について黙想してみよう、●人は、信仰のあるなしにかわらず、真理には「ひれ伏す」ことをしなければならない。「富士山はある」というのは真理であるから万人が認めなければならない。しかし神は実在するか、イエスは神の子か、などというのは真理把握の方法として富士山の実在を認めるのとは方法が違う●昭和の初期に岩下(壮一、カトリック司祭)、塚本(虎二・無教会)論争があった。(教文館発行「日本キリスト教歴史大事典」に中澤冾樹先生の解説がある)。この論争は「真理論争」であった。岩下は「信仰は鰯の頭も信心から」のように主観であってはいけない。「信仰は客観的に真理でなければならない」「無教会が真理ならばキリストがこの世に降り賜わなくてもよかった」と無教会主義を鋭く攻撃した。●これに対して塚本は「信仰は主観と言えば主観、客観と言えば客観、私の信仰は主観でも客観でもなく『我が内なる生けるキリスト』だ」と言って反論した。これは無教会主義が理論的、神学的に教会主義と分離した論争であり、後に神学者の北森嘉蔵が「日本に無教会主義が誕生したのは内村鑑三からではなく、塚本虎二からだと」言ったのはこのことだと思われる。無教会主義が真理であるかどうかはその後の歴史が決着したが、その本質は「生けるキリスト」がそこに実在」するかイ否かにかかっている。●これは現代の無教会の問題点でもある。社会批判や聖書の批判的解釈やヒューマニズムが信仰の展開だと思っている現代無教会の姿は「信仰の堕落」であり、教会主義にはかなわない。無教会の腐敗の状況を慨嘆しても始まらない。●無教会主義は「生けるキリスト」に立っている時にのみその存在意義がある。現代の無教会には生けるキリストが実在しないから「下火」である。根がないから実が結ばないのである●今朝は信仰の真理論争に関して聖書のあちこち、思うところを並べて見よう。これは6月7日の集会感話の準備でもある。テーマはイエスは復活後に有体的姿を現された・・・使徒たちの目撃証言に聖書を通じて連なる・・・「」

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朝の黙想おわり

6月7日感話
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イエスは復活後に有体で姿を現わされた

・・・聖書を通して使徒たちの目撃証言に連なる・・・

2015年6月7日 東京聖書読者会 高橋照男

①イエスは復活後に有体で姿を現された

塚本訳 ヨハ 21:1
21:1
そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、
かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──                      

塚本訳 ヨハ 21:14                               21:14 イエスは死人の中から復活されたのち、弟子たちに自分を現わされたのは、これですでに三度目である。

一度目

塚本訳 ヨハ 20:18-23
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「
わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。
20:19
その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20
そしてそう言いながら、
手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21
すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23
人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」


二度目

塚本訳 ヨハ 20:24-26
20:24
十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25
そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26
八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。
戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。

三度目

塚本訳 ヨハ 21:10-14
21:10
イエスが彼らに言われる、「今捕った魚をすこし持ってきなさい。」
21:11
シモン・ペテロが(舟の)上にあがって網を陸へ引き上げると、百五十三匹もの大きな魚で一ぱいであった。こんなに大漁であったが、網は裂けなかった。
21:12
イエスが彼らに言われる、「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子のうちだれ一人、「あなたはどなたですか」と敢えて尋ねる者はなかった。主だと気づいた(が、何となく変だった)からである。
21:13
イエスは来て、パンを(手に)取って彼らに渡された。魚も同じようにされた。
21:14
イエスは死人の中から復活されたのち、弟子たちに自分を現わされたのは、これですでに三度目である。


パウロの認識

塚本訳 コリ15:3-5
15:3
まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5
またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

ルカの認識


塚本訳 使  1:1-3
1:1
テオピロよ、(さきに)わたしは(本書の)第一巻[ルカ福音書]を著わして(あなたにささげた。それには)イエスが行われたことまた教えられたことを、ことの始めからことごとく書きしるし、
1:2
お選びになった使徒たちに、聖霊によって(全世界への伝道を)命令されたのち、(天に)あげられた日に及んだ。(わたしは今ここに、その第二巻をあなたにささげようと思う。)
1:3
イエスは(十字架の)苦しみを受けて(死なれ)た後も、多くの証拠をもって使徒たちに御自分が生きていることを示し、四十日の間彼らに現われて、神の国のことをお話になった。

塚本訳 使  13:29-31
13:29
そして彼について(聖書に)書いてあることを一つのこらず完了すると、(十字架の)木から(死体を)下ろして墓に納めた。
13:30
しかし
神は彼を死人の中から復活させられ、
13:31
彼はガリラヤからエルサレムに一緒に上ってきた人たちに、幾日もの間御自分をお現わしになったので、(この復活の主を目のあたり見た)この人たちが、今(イスラエルの)民に対して彼の証人になっています。


有体的復活は真理、真実、証人、証し、証明、信用、見た、触った、聞いた

塚本訳 ヨハ 21:24
21:24
これらのこと([ヨハネ福音書全体]が真実であること)を
証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明信用すべきであることを知っている。

塚本訳 ヨハ 19:34-35
19:34
(死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。
19:35
(実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを
証明している。──その証明信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

塚本訳 ヨハ 15:24-27
15:24
もしわたしがほかのだれもしたことのない業を彼らの間でしなかったら、彼らに罪はなかった。しかし今彼らは(わたしの言葉と業とによって)わたしをも父上をも見て、しかも憎んだのである。
15:25
しかしこれは、彼らの律法[聖書]に〃彼らはゆえなくわたしを憎んだ〃と書いてある言葉が成就するためである。
15:26
(また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる
真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。
15:27
またあなた達も、始めからわたしと一しょにいたのだから、わたしの証人である。


塚本訳 ヨハ 1:14-17
1:14
この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。
1:15
ヨハネはこの方のことを
証しして、叫んで言う、「『わたしのあとから来られる方は、わたしよりも偉い方である。わたしよりも前から、(世の始めから)おられたのだから』とわたしが言ったのは、この方のことであった。」
1:16
わたし達は一人のこらず、この方に満ちみちているものの中から、恩恵また恩恵を戴いた。
1:17
すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と
真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた。

塚本訳 ヨハ1:1
1:1
(世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)
聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──

塚本訳 ヨハ1:11-12
1:11
愛する者よ、あなたは(そのような)悪をまねず、善をまねよ。善を行う者は神から(出たの)であり、悪を行う者は神を見たことがないのである。
1:12
あのデメテリオは、すべての人からも、また真理そのものからも、(正しいことを)証しされている。わたし達もまた(そのことを)証しする。あなたはわたし達の
証しが、真実であることを知っている。

塚本訳 ヨハ 18:36-38
18:36
イエスが答えられた、「
わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであったら、わたしの手下の者たちが、わたしをユダヤ人に渡すまいとして戦ったはずである。しかし実際のところ、わたしの国はこの世のものではない。」
18:37
そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは
真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。」
18:38
ピラトがたずねる、「
真理とは何か。」、ピラトはこう言ったのち、またユダヤ人の所に出ていって言う、「あの人にはなんらの罪も認められない。


塚本訳 ヨハ 14:6
14:6
イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。



キリスト信者の存在は使徒たち目撃者の伝承の連鎖反応。聖書の意義。

塚本訳 ヨハ 21:25
21:25
しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ
書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。

塚本訳 ヨハ 20:30-31                             20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。                         20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

●福音書の成立の源流は目撃者ペテロの説教。マルコの基礎となる4区分

 

                                         塚本訳 使  2:22-24 [ペテロの説教第二の一部]

2:22 イスラエル人諸君、(わたしの)この言葉をお聞きなさい。──あのナザレ人イエスは、神が彼によってあなた達の中でかずかずの奇蹟や不思議なことや徴を行い、(救世主であることを)あなた達に証明された人であります。このことはあなた達自身が知っているとおり。

2:23 このイエスを、神は一定の御計画と予見とによってくれてやられたところ、あなた達は律法を知らぬ(異教の)人々の手で磔にして殺してしまった。

2:24 しかし神は彼を死の苦痛から解いて復活させられた。死に捕らえられていることが出来なかったからです。

 

塚本訳 使  10:37-43 [ペテロの説教第六] マルコの基礎となる四区分

①・・・10:37 あなた達は(洗礼者)ヨハネが洗礼を説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ中にゆきわたった出来事を知っておられる。

②・・・10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

③・・・10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。

④・・・10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。

10:41 (ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです。

10:42 そして神はわたし達に命じて、この方こそ神に定められた、生きている者と死んだ者との審判者であると、国民に説きまた証しさせられるのです。

10:43 預言者たちは皆、彼を信ずる者はことごとく、その名のゆえに罪の赦しを受けることを、彼について証明しています。」

 

 

●神の子キリストの言葉が書かれている聖書に権威がある理由。

 

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28
イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29
自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。 

 

塚本訳 マタ 13:54

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう

塚本訳 ヨハ 7:40-49

7:40 すると群衆のうちにこの言葉を聞いて、「確かにこの人は(世の終りに来る)あの預言者だ」と言う者があり、

7:41 「この人は救世主だ」と言う者もあり、また(反対して、)こう言う者もあった、「ガリラヤから救世主が出るとでも言うのか。

7:42 『救世主は〃ダビデの末〃から、ダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。」

7:43 そこで群衆の間に、イエスのことで意見が分かれた

7:44 なかには彼を捕えようと思う者もあったが、手をかける者はなかった。

7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」

7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。

7:47 パリサイ人が答えた、「君たちまでが迷わされたのではあるまいね。

7:48 (最高法院の)役人かパリサイ人のうちに、あれを信じた者がひとりでもあるというのか。

7:49 (信じたのは民衆だけだ。)律法(聖書)を知らないあんな民衆は、呪われたがいい!」

 

 塚本訳 ヨハ 3:34

3:34 神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである

 

塚本訳 ヨハ 6:63

6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

 

塚本訳 ヨハ 7:14-16

7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、

7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

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 6月7日感話 終わり

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妻と墓参。この墓は昭和54年4月吉日に建てたものだから、もう36年も
前のことだ。



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墓掃除と草むしりを終えて



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墓から、我が家の方面を望む。この墓はモニュメントとして残したいものだ。


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途、春の平井川を通る。子供たちと遊びに来たことを思い出す。

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ノジマに寄って妻の音楽練習用にテープレコーダーを購入
奥多摩連山の夕陽が美しかった。




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永遠の命に定められる人は宿命か・・神は人を「良い地」に耕作する ++++++++ 所感

2015/03/16 06:19

150316(月)3時半目覚め、4時半起床。朝の啓示「永遠の命にあらかじめ定められる人は宿命か。・・・神は人を『良い地』に耕作する」
次回3月29日の集会感話のテーマが与えられた。●キリスト者にとって身内の救いは「心配の種」である。矢内原忠雄が内村鑑三に初めて会った時の質問は「母は信仰なくして死にましたがどうなるのでしょうか」であった。これに対して内村鑑三は「サー分らんねー」であった。●人はこの重大問題を人に聞くからいけない。パウロ、カルヴァン、内村鑑三・・・・●キリスト者の「だれでもが抱くこの最重要の問題は神の子キリストに聞かなければならない。今朝はそのことを黙想しよう。

●救われる人はあらかじめ決まっているのではないだろうか。宿命ではないだろうか。

塚本訳 使 13:46-48
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。

塚本訳 ロマ 11:5-7
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある
11:6 しかし恩恵による以上は、もはや行いのゆえではない。そうでなければ、恩恵がもはや恩恵でなくなるからである。
11:7 それでは、どうだろうか。(結局)イスラエル人は(全体として)自分のほしがっているものを得ることはできず、(ただ小数の)選ばれた者がこれを得たのである。ほかの者は(みな)頑なにされてしまった。

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

塚本訳 マタ 20:20-23
20:20 その時、ゼベダイの子(ヤコブとヨハネと)の母がその(二人の)子をつれてイエスの所に来て、ひざまずき、何かお願いしようとした。
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。」
20:22 イエスが答えられた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。(ヤコブとヨハネに聞くが、)わたしが飲まねばならない(苦難の)杯を飲むことが出来るのか。」「出来ます」と二人がこたえる。
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」


●救われる人は少ないのではないだろうか

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう

塚本訳 ルカ 13:22-27
13:22 イエスは町々村々を通って教えながら、エルサレムへの旅行をつづけておられた。
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多のだから。
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。
13:26 その時あなた達はこう言い出すにちがいない、『わたし達はご一しょに飲んだり食べたりした者です。あなたはわたし達のところの大通りで教えてくださいました』と。
13:27 しかし主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない。『この悪者、みんな、わたしをはなれよ!』』と言うであろう。

塚本訳 ルカ 16:25-28
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

塚本訳 マタ 13:10-17
13:10 弟子たちが進み寄って、「あの人たちにはなぜ譬をもって話をされますか」とたずねると、
13:11 答えられた、「あなた達(内輪の者)には、天の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、あの(外の)人たちには授けられていないのだ。
13:12 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ
13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。
13:15 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているのだから。そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り、心を入れかえて(わたし[神]に帰り)、わたしに直されるかも知れない。』
13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。
13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである

塚本訳 ヨハ 14:22-24
14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」
14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。
14:24 (しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わたしを遣わされた父上の言葉である。


●神は宿命を打破する。「悪い地」を種が成長する「良い地」に耕作変更する。人には出来ないと思うことも神には出来る。

塚本訳 ルカ 12:13-21
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。

12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。

12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 ルカ 15:11-19
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。

15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 マコ 10:20-27
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」                                10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」

10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」



塚本訳 ヨハ 3:1-11
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」
3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、それくらいなことがわからないのか。
3:11 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知っていることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受けいれない。

塚本訳 ヨハ 20:24-29
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 マコ 9:17-29
9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。
9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。



塚本訳 マタ 11:27-28
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。


●信仰なくして死んだ人は救われないか。神は死人を生き返らせる。来世でチャンスがある。悪人も救われる

塚本訳 ヨハ 11:33-44
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 22:1-14
22:1 イエスは言葉をつづけ、また譬をもって(パリサイ人たちに)話された、
22:2 「天の国は、王子のために結婚披露の宴会を催す王にたとえられる。
22:3 家来たちをやって宴会に招いた人たちを呼ばせたけれども、だれも来ようとはしなかった。
22:4 王は、招いた人たちにこう言え、と言って、重ねてほかの家来たちをやった、『いよいよ食事の用意ができました。牛と肥し飼いの家畜とを屠って、すっかり用意ができています。さあ、宴会においでください。』
22:5 しかし彼らはそれに構わず、一人は畑に、一人は商売に出かけ、
22:6 ほかの者は家来たちを捕らえてひどい目にあわせた上、殺してしまった。
22:7 王は憤り、軍隊をやってその人殺しどもをうち滅ぼし、その町を焼き払った。
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」


●神は「失われている者」の方が気がかりである。「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである

塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」


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朝の啓示黙想おわり 6時30分。神の救いは「絶対恩恵による無条件の罪の赦し」。神は失われている人を見つけ出すまで探し歩く。来世でも救いのチャンスがある.。神には出来ないことはない。矢内原先生、質問する相手が悪かった。


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永遠の命にあらかじめ定められている人とは・・・「岩地」が「良い地」に変えられる時・・・ ++++++++ 所感

2015/03/15 05:32

150315」(日)3時目覚め、4時半起床。朝風呂、体重測定、冷水洗顔、特急で着替え、湯沸し●キリスト者の皆様お早うございます●昨日は高校の同窓会があり、この会は「福音が落ちる適地」ではないなーと思って帰ってきました。(昨日のブログ参照)●しからば「福音の種が落ちて伸びる『良い地』とは何か。それが本日の課題です。●ちょうど前回3月1日の感話では時間が足りず、「永遠の命に定められた人」について言及できませんでしたので、次回3月29日は予定を変更して「永遠の命に定められた人とは・・・「岩地」が「良い地」に変えられる時・・・」という題にします。●とにかく「人に会う」ということは刺激になり、良いことを得ることが出来ます。昨日は拙ブログを「覗き見」している人から「聖書の高橋訳を出せ」というありがたい意見を頂いた。これは非情なる刺激であった。「覗き見」をしている人は何を望んでいるのかを知ることが出来たからである●今更この年齢になって「高橋訳」を」出すことは能力的にも時間的にも無理。しかし「聖書で聖書を読む」方法でアタックする方法が求められていることを自覚する。●かって某氏が「聖書で聖書を読む」方法は「間違いようがない」から良いことだ言ってくれた。この方法は無教会の先人が示した方法で、おそらくカトリックからも褒められる方法だと思う。否キリスト自身からも褒められる方法であると思う。
●まず、前回の感話でやり残した部分は次である。



⑧福音を拒否する人に対するパウロの姿勢・・神に定められている人に向かえ             

⑧-1)塚本訳 ロマ 9:2-3                               9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。                    9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

⑧-2)塚本訳 使  13:46-48                                                13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。                              13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」                              13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者みな信者になった

⑧-3)塚本訳 使  16:14                         16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。



⑧-4)塚本訳ロマ 11:5-7                           11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。      11:6 しかし恩恵による以上は、もはや行いのゆえではない。そうでなければ、恩恵がもはや恩恵でなくなるからである。                          11:7 それでは、どうだろうか。(結局)イスラエル人は(全体として)自分のほしがっているものを得ることはできず、(ただ小数の)選ばれた者がこれを得たのである。ほかの者は(みな)頑なにされてしまった。

●この部分において⑧-2)の使徒13:48の「永遠の命へあらかじめ定められていた者」が注目すべき言葉である。まず翻訳比較

塚本訳 使 13:48
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。

口語訳 使 13:48
13:48 異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。

新改訳 使 13:48
13:48 異邦人たちは、それを聞いて喜び、主のみことばを賛美した。そして、永遠のいのちに定められていた人たちは、みな、信仰にはいった。


新共同 使 13:48
13:48 異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。


文語訳 使 13:48
13:48 異邦人は之を聽きて喜び、主の言をあがめ、又とこしへの生命に定めたる者はみな信じ、

NKJV 使 13:48
13:48 Now when the Gentiles heard this, they were glad and glorified the word of the Lord. And as many as had been appointed to eternal life believed.

TEV 使 13:48
13:48 When the Gentiles heard this, they were glad and praised the Lord's message; and those who had been chosen for eternal life became believers.


●これに関して思い当たる聖書は次である。

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 15:12-13
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる

塚本訳 マコ 4:20
4:20 また良い地にまかれたものとはこれである、それは御言葉を受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちである。」

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、
主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

塚本訳 ロマ 11:5-7
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。
11:6 しかし恩恵による以上は、もはや行いのゆえではない。そうでなければ、恩恵がもはや恩恵でなくなるからである。
11:7 それでは、どうだろうか。(結局)イスラエル人は(全体として)自分のほしがっているものを得ることはできず
、(ただ小数の)選ばれた者がこれを得たのである。ほかの者は(みな)頑なにされてしまった。

塚本訳 ルカ 10:21
10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、
ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

塚本訳 ヨハ 7:5
7:5 兄弟たちも彼を信じなかったからである。(彼らはイエスの国がこの世のものでないことを知らなかった。)

塚本訳 ヨハ 18:36
18:36 イエスが答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであったら、わたしの手下の者たちが、わたしをユダヤ人に渡すまいとして戦ったはずである。しかし実際のところ、わたしの国はこの世のものではない。」

塚本訳 マタ 22:20-21
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

塚本訳 Ⅰコリ15:32-33
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 ルカ 5:36-38
5:36 なお一つの譬を彼らに話された、「新しい着物を切って、古い着物に継ぎをする者はない。そんなことをすれば、新しい着物も疵ものになり、新しいのから切った継ぎも古いのにあわない。
5:37 また新しい酒を古い皮袋に入れる者はない。そんなことをすれば、新しい酒は皮袋を破って流れ出し、皮袋もだめになるであろう。
5:38 新しい酒は新しい皮袋に入れねばならない

塚本訳 マタ 12:33
12:33 木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を悪いとするなら、その実をも悪いとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのである。

新共同 マコ 4:26-27
4:26 また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、
4:27 夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、
どうしてそうなるのか、その人は知らない。


●「だれが救われるか」。この深刻な問題はパウロでなく神の子キリストに聞いてみよう。まず種まきの譬を読む。

塚本訳 マタ 13:1-9
13:1 その日イエスは家を出て、湖のほとりに坐って(教えて)おられたが、
13:2 大勢の群衆が集まってきたので、舟に乗って坐られた。群衆は皆岸に立っていた。
13:3 譬をもって多くのことを語られた。──「種まく人が種まきに出かけた。
13:4 まく時に、あるものは道ばたに落ちた。鳥が来て食ってしまった。
13:5 あるものは土の多くない岩地に落ちた。土が深くないため、すぐ芽を出したが、
13:6 日が出ると焼けて、しっかりした根がないので枯れてしまった。
13:7 あるものは茨の(根が張っている)間に落ちた。茨が伸びてきて押えつけてしまった。
13:8 しかしあるものは良い地に落ちた。そしてあるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍の実がなった。
13:9 耳のある者は聞け。」

●神の子キリストはこの大切な問題をなぜ「譬」をもって分かりにくく話したのか。天の国の秘密は大脳皮質では分からず、「わかる人には分かり、わからない人には何を言ってもわからない」仕組みになっているからである。この謎のような話し方をする理由はキリストが次のように言う。

塚本訳 マタ 13:10-17
13:10 弟子たちが進み寄って、「あの人たちにはなぜ譬をもって話をされますか」とたずねると、
13:11 答えられた、「あなた達(内輪の者)には、天の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、あの(外の)人たちには授けられていないのだ
13:12 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ。
13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。
13:15 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているのだから。そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り、心を入れかえて(わたし[神]に帰り)、わたしに直されるかも知れない。』
13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。
13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。

●世の中になぜ救われる人とそうでない人がいるのか、この深刻な問題は初代教会の問題でもあった。パウロもロマ書9-11章で「自問自答」しているが、これは頭だけのパウロ神学であるから、この解釈を巡って神学論争になる。不毛。「種まきの譬」の解釈を神の子キリストに聞いてみよう。しかしこれは聖書学的に言えば初代教会の加筆らしい。なんとなく薄めた牛乳で原酒らしくない。

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」


●「道ばた」「岩地」「茨の中」はこれすべて福音が根付かない「悪い地」である。これは具体的にどういう人であるのか、今これをイエスが接した人々を例にとってみよう。

ニコデモ
トマス
柔らかい衣を着た人を見に行こうとする人
ゼベダイの子の母親
金持ちの青年。後姿を見送って、
聖書の研究をする人(ヨハネ)

●「良い地」とはどういう人か

来たるべき人はあなたですか
イザヤの巻物、伝道第一声
ベテスダ
ツロフェニキヤ 衣を触れば                                           ザアカイ
マグダラのマリヤ
税金取りや罪人が集まった
「取税人や遊女」が先に天国に入る
金持ちとラザロ
幸いなるかな貧しき者、泣くもの


●人は「岩地」から「良い地」に変われるか。人生の悲惨が変えてくれる

「救われる人は少ないか」
「今からで遅くはない。求めよ」

●キリスト者にさせられて、一番の悩みは「身内の救い」である。来世の実在を信ずるとしても、自分だけ天国に行って、身内が地獄の火に焼かれているのを見ると、天国も天国ではなくなる。

塚本訳 ルカ 13:23
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、

塚本訳 ルカ 16:28
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』

塚本訳 マタ 22:28
22:28 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。皆その女を妻にしましたから。」

●救われない人の存在について、パウロは深刻な悩みであった。

塚本訳 ロマ 9:1-4
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである
。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。

●パウロは「救われる人は確実にいる」という信念であった。残りの者はは存在する。

塚本訳 ロマ 9:25-28
9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』
9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。
9:28 なぜなら主は(間もなく約束の)御言葉を完了し打ち切って、(裁きと救いとを)地上に実現されるからである。』

塚本訳 使  13:45-49
13:45 すると(神の言葉は自分たちだけのものと思っていた)ユダヤ人たちは、(異教人の)群衆を見て嫉妬にかられ、(イエスを)冒涜しながら、パウロの話すことに反対した。
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。
13:49 こうして主の言葉がこの地全体に広まった。


●キリストは失われている者の方が気がかりである。

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

塚本訳 ルカ 19:1-10
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

●妻と集会へ
●集会は土肥(司会)、丹野(塚本ヘブル書講義)、村上(出エジプト)
●妻は吉田さんの「書」の展覧会からロ短調ミサ曲の練習へ
●あきる野ルピアで「さよなら原発」主催の」映画を観る。河合弘之監督「日本と原発」。感情論、イデオロギー論でなく、数値を土台にした説得力のある主張。技術者の私の感想は「原発はまだ技術が完成していない。ブレーキのない自動車、トレレのないマンション」。原発は絶対悪ではない。もしこれが絶対悪なら技術の発展を否定しなければならず、高層ビルも新幹線も否定することになる。原発議論にイデオロギーが入ってくるのは良くない。無教会が民社党のエピゴネンのようになっているのは「信仰の堕落」である。●帰途、佐野氏と田中ヨシ子先生に会う。












































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不信者の夫は信者の妻によって清められている。・・・とりなしの祈りをする家族 ++++++++ 所感

2015/03/14 06:28

150314(土)3時半目覚め、5時起床●キリスト者の皆様お早うございます。聖書のわからないところは聖書を読むことが信者の王道ですが、実は真に教えてくれるのは神の霊です。●私の場合は目覚めの時、明け方の3時ごろです。●ですから、引照をいくら読んでも神の霊が降らなければ聖書の真理はわかりません。

塚本訳 ヨハ 14:26
14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。


塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。


●私が長い間わからなかったところは次の箇所です。具体的には身内に起こった事件でこの言葉の解明は深刻なものになりました。

塚本訳 Ⅰコリ7:14
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

●これは総てのキリスト者の家庭において逃れられない深刻な現実である。「世界の果て」「地の果て」とは自分が今立たされているここ、この家庭である。いわゆる「世界伝道」ではない。大教会での牧会ではない。高い地位についてのキリスト教の証しではない。

塚本訳 使  1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」


塚本訳 使  13:47
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」


●では本人の悔い改めではなく、どうして他人の祈りで救われるのだろうか。この難解な答えは「とりなしの祈り」の効き目ということで分かる。今朝はこのことを黙想してみよう。聖書の真理は明け方に示される。

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳 ロマ 3:25
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──


塚本訳 Ⅰヨハ2:2
2:2 そして彼こそわたし達の罪のための宥め(の供物)である。しかしただわたし達の罪のためだけでなく、この世全体のためでもある。


塚本訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

塚本訳 ロマ 3:23-24                                       3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。                                         3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
 

塚本訳 ロマ 5:12                                     5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)

塚本訳 ロマ 8:19-21                                                  8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。                    8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。8:21 創造物自身も、滅亡の奴隷になっている(現在の)状態から自由にされて、神の子供たちがうける栄光と自由とにあずかるのだから。


口語訳 ヨブ 1:4-5
1:4 そのむすこたちは、めいめい自分の日に、自分の家でふるまいを設け、その三人の姉妹をも招いて一緒に食い飲みするのを常とした。
1:5 そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、
彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。


本訳 マコ 10:44-45
10:44 一番上になりたい者は皆の奴隷になれ。
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ピリ 2:15
2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである


塚本訳 ヨハ 16:7
16:7 しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである。

塚本訳 使  4:36
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、

塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


塚本訳 ロマ 5:6-10
5:6 なぜなら、わたし達がまだ弱くあったとき、当時まだ不信心者の(わたし達の)ために、キリストは死んでくださったからである。
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである

5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。
5:10 なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである

塚本訳 ロマ 5:19
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、
一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。

塚本訳 ロマ 5:20-21
5:20 (それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる。
5:21 これは罪が死を持って支配したように、恩恵も義をもって支配し、わたし達の主イエス・キリストによって、(わたし達を)永遠の命に入れるためである。

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、
「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 ルカ 9:22-23
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

口語訳 詩  126:1-6
126:1 主がシオンの繁栄を回復されたとき、われらは夢みる者のようであった。
126:2 その時われらの口は笑いで満たされ、われらの舌は喜びの声で満たされた。その時「主は彼らのために大いなる事をなされた」と/言った者が、もろもろの国民の中にあった。
126:3 主はわれらのために大いなる事をなされたので、われらは喜んだ。
126:4 主よ、どうか、われらの繁栄を、ネゲブの川のように回復してください。
126:5
涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。


口語訳 詩  90:14-17
90:14 あしたに、あなたのいつくしみをもって/われらを飽き足らせ、世を終るまで喜び楽しませてください。
90:15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。
90:16 あなたのみわざを、あなたのしもべらに、あなたの栄光を、その子らにあらわしてください。
90:17 われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、われらの手のわざを、われらの上に/栄えさせてください。われらの手のわざを栄えさせてください。



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朝の黙想おわり。人生の「悲惨」は神がご存知。きっと修復してくださる。

●同窓会に出席する前に日本橋界隈を散策

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日本橋の上に高速道路。景観を壊している。


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12:00 日本橋三越の中央吹き抜けホールでパイプオルガンの演奏
大空間に響く音を聴いてヨーロッパの大聖堂を思い、教会堂と音楽の芸術の
深さを思った。


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●13:00 東京工大付属工業高校同窓会。黒龍八重洲ビル。幹事は田中、富塚。逝去者は4名。
卒業後53周年。病気の話が多かった。余命は85歳までのあと15年間とは新しい認識。
「高橋の最後は十字架だ。ゴルゴダだ」と野次が飛び、T氏からは「高橋はヒルティ、ヒルティだったナー」と言われた。
●帰りがけブログを見ているというI氏から
「高橋訳の聖書を出せ」と言われた。これはインスピレーションであった。
●同窓会は福音の適地ではない。同じく敵地ではないところは、「家族、故郷、趣味の団体、金もうけの団体である職場」。
●福音の適地は病気の人、貧しい人である。「救いを求める心」のあるところである。

●18:10 住いのあるあきる野市に着くと空気がおいしい。住むなら都心でない方がよい。

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キリスト者の夫婦道 ++++++++ 所感

2015/03/13 05:32

150313(金)4時目覚め。5時起床●体重測定、一晩で1.4キロの減。夜中に何度もトイレに行くからだ。冷水洗顔。特急で着替え。●今朝の啓示は「キリスト者の夫婦道・・・イエスに聞く」●今日、離婚率は3割以上。晩婚化の問題も多い、晩婚化ではなく非婚化になっている。●キリスト者の家庭でもそういう問題が多発。これを神の子キリストに聞いてみよう。今まで「聖書で聖書に聞く」という姿勢であったが、事結婚問題に関してはいかに聖書と言えども人間パウロに聞いてはいけない。薄っぺらの思想だから、争いになる。いわんやルター、内村に聞いてはいけない。●神の子キリストの言葉はキリスト自身に聞かなければならない。その意味でこれからは「福音書で福音書を読む」という方針に切り替えよう。●以下は結婚問題に関する福音書の部分であるが、ただ聖句を羅列するわけではない。聖句と聖句の背後に霊の導きがあるのだ。「インビジブルハンド」(見えざる手)が働くのだ。聖書は理解でなく霊解が王道で本質。理性でなく霊性で初めて納得するのである。理解するというのではない。心が響くのである。ヘンデルの「メサイア」は聖句の羅列。その背後に神の見えざる糸がある。それを感じなければ「メサイア」を聴いたことにならない。●聖書の人間による解説は力がない。「種まきの譬」はマタイ13章1-9節にあるが、18-23節は「種まきの譬の説明」である。説明となると急に力が無くなる。薄めた牛乳である。頭は納得するが解釈で喧嘩が始まる。おそらく後代教会の加筆。イエスの言葉は原酒。原酒の方が力がある。

塚本訳 ルカ 5:38-39
5:38 新しい酒は新しい皮袋に入れねばならない。
5:39 また、古い酒を飲んだ者は、新しいのをほしがらない。『古い方が甘い』と言って。」

塚本訳 マタ 13:52
13:52 イエスは言われた、「(これがわかれば、すべてがわかるのである。)だから天の国のことに通じた学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものとを(心のままに)取り出す家の主人に似ている。(古い教えと新しい教えとを自由に使いこなすことが出来る。)」


●結婚問題、夫婦問題に関する福音書の言葉。ただ並べるだけで感話をしない。感話は牛乳を水で薄めるようなものだ。

塚本訳 マコ 10:2-12
10:2 そこにパリサイ人たちが進み出て、イエスを試そうとして尋ねた、「夫は妻を離縁してもよろしいか。」
10:3 彼らに答えられた、「モーセはあなた達になんと命じているか。」
10:4 彼らが言った、「モーセは、『離縁状を書いて(妻を)離縁することを』許した。」
10:5 イエスは彼らに言われた、「モーセはあなた達の心が(神に対して)頑固なために、この掟を書いたのである。
10:6 しかし(天地)創造の始めから、『神は彼らを男と女とに造られた。』
10:7 『それゆえに人はその父と母とをすてて、
10:8 二人は一体となる』
(とモーセは書いている。)従って、もはや二人ではない、一体である。
10:9 だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。人間がこれを引き離してはならない。」
10:10 家で弟子たちが、またこのことをお尋ねした。
10:11 彼らに言われる、「妻を離縁してほかの女と結婚する者は、妻に対して姦淫を犯すのである。
10:12 もし妻が夫を離縁してほかの男と結婚すれば、(これも)姦淫を犯すのである。」

塚本訳 マタ 19:3-12
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」
19:7 彼らが言う、「それでは、なぜモーセは『離縁状を渡して(妻を)離縁することを』命じているか。」
19:8 彼らに言われる、「モーセはあなた達の心が(神に対して)頑固なために、妻を離縁することを許したので、始めからそうではなかった。
19:9 わたしは言う、不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。
19:12 というのは、(同じ独身でも、)母の胎内から結婚できないように生まれついた者があり、また人から(無理に)結婚できないようにされた者があり、また天の国のために自分で(決心して)結婚しない者がある。(この最後のものが本当の独身である。)出来る者はしたがよかろう。」

塚本訳 ルカ 20:27-40
20:27 復活の存在を否定するサドカイ人が数人近寄って、イエスにこう言って質問した、
20:28 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄に、』妻があって『子がない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
20:29 ところで(ここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子がなくて死に、
20:30 (この律法に従って、)次男、
20:31 三男と、(つぎつぎに)その女をめとり、ついに七人とも同様に子を残さず死んで、
20:32 しまいにはその女も死んでしまいました。
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない

20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」
20:39 すると数人の聖書学者までが、「先生、りっぱなお答えです」と言った。
20:40 彼らはもう何一つ、問おうとしなかった。

塚本訳 マタ 22:23-33
22:23 同じ日にサドカイ人たちが近寄って、復活なしと主張しながら、イエスにこう言って質問した。
22:24 「先生、モーセは(その律法に)、『もし人が子がなくて死んだ場合には、弟に兄嫁をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』と言っています。
22:25 ところがわたし達のところに七人の兄弟があって、長男が結婚して死に、子がなかったので、その妻を弟にのこしました。
22:26 同じように、次男も三男も、ついに七人まで(子をのこさずに)死んで、
22:27 一番しまいにその女も死んでしまいました。
22:28 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。皆その女を妻にしましたから。」
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。
22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである

22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──
22:32 『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神である』と。(ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども復活して、今生きているわけではないか。」
22:33 民衆はこれを聞いて、その教えに感心してしまった。

塚本訳 ヨハ 1:9-13
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。


塚本訳 マコ 12:28-34
12:28 一人の聖書学者がこの議論を聞いていたが、イエスがあざやかに答えられたのを見ると、進み出て尋ねた、「どの掟がすべてのうちで第一ですか。」
12:29 イエスは答えられた、「第一はこれである。──『聞け、イスラエルよ、われわれの神なる主はただ一人の主である。
12:30 心のかぎり、精神のかぎり、』思いのかぎり、『力のかぎり、あなたの神なる主を愛せよ
。』
12:31 第二はこれ。──『隣の人を自分のように愛せよ。』これら(二つ)よりも大事な掟はほかにはない。」
12:32 聖書学者が言った、「先生、ごりっぱです。『神はただ一人である、彼のほかに神はない』とは、本当のことを言われました。
12:33 また『心のかぎり、知恵のかぎり、力のかぎり神を愛する』ことと、『隣の人を自分のように愛する』こととは、どんな『燔祭や犠牲』にも勝っております。」
12:34 イエスは彼がかしこく答えたのを見て、「あなたは神の国から遠くない」と言われた。もうだれ一人、問おうとする者はなかった。

塚本訳 マタ 22:34-40
22:34 イエスがサドカイ人を言いこめられたと聞くと、パリサイ人は一しょに(イエスの所に)集まった。
22:35 そしてそのうちの一人の律法学者がイエスを試そうとして尋ねた、
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38 これが最大、第一の掟である。
22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ
。』
22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ルカ 5:1-8
5:1 (ある日)群衆がおしかけてきて神の言葉を聞いていた時のこと、イエスはゲネサレ湖のほとりに立っておられて、
5:2 湖のほとりにある二艘の小舟がお目にとまった。漁師たちは舟から下りて網を洗っていた。
5:3 イエスはその一艘のシモンの舟に乗り、彼に頼んで陸からすこし漕ぎ出させ、坐って、舟の中から群衆を教えられた。
5:4 話がすむと、シモンに言われた、「沖に漕ぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。」
5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」
5:6 そしてその通りにすると、沢山の魚の群が入って網が裂けかかった。
5:7 そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。
5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」

塚本訳 ルカ 23:33-41
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』
23:35 民衆は立って『見物していた。』最高法院の)役人たちは『鼻で笑って』言った、「人を救ったのだ、(今度は)自分を救えばいいのに、神の救世主、(神に)選ばれた者なら!」
23:36 兵卒らも近寄って、』酸っぱい葡萄酒を』(その口許に)差し出しながら、イエスをなぶって
23:37 こう言った、「お前がユダヤ人の王様なら、自分を救ってみろ。」
23:38 イエスの(頭の)上には こ れ が ユ ダ ヤ 人 の 王と書いた札までも(悪ふざけに)かけてあった。
23:39 磔にされている罪人の一人がイエスを冒涜した、「お前は救世主じゃないか。自分とおれ達を救ってみろ。」
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 マタ 12:46-50
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから
。」

塚本訳 マコ 3:20-22
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。
3:22 またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出している」とか言った。

塚本訳 マコ 10:28-31
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。
10:31 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。」


塚本訳 マタ 19:27-30
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。
19:30 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。


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朝の啓示黙想おわり。自戒。

●9:30 損保ジャパンの石坂元宏氏が来て、火災保険の延長の手続き。5年ごとに契約更改。次の5年間の無事を願う。保険というのは人の「心配」を和らげるシステムだが、「認知症」の不安を静める保険はないかということを質問した。
●TSK日本語版エゼキエル書45章。明日は出かけるので46章も済ませた。
●午後妻は自彊術(体操)。
●6月7日からはルカ福音書に取り組むので、その第一回の「はしがき」に手をつけた。標題は150項目あるので一回に一標題だと150回。15年かかる。「神の子キリストの言葉」に取り組むのは喜悦である。「聖書で聖書を読む」方法で挑戦しよう。
●夕方、秋留台公園に散歩。ルカの執筆度動機を思い、私の残りの生涯はどうあるべきかをの姿勢と重ね合わせた。毎日が貴重。
●大相撲春場所を観る。


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神からお礼をして頂ける人 ++++++++ 所感

2015/03/12 06:16

150312(木)4時目覚め。啓示「神からお礼をしていただける人」。5時起床。体重測定あと3キロで目標の10キロ減量。減量は徐々に徐々に。冷水洗顔。急いで着替え。●キリスト者の皆様お早うございます。昨日はふとKY氏のことを思い出した。この人は15年前、私が家屋を焼失したときに普段お付き合いのない人だったのに多額の見舞金をくださった方である。どうしておられるかを調べたら、4年前に亡くなられていた。こういう人には今更「お礼の言葉」を申し上げられない。この方には神がお礼をしてくださるであろうと思った。●これに限らず、最近召されたTY先生にはお礼を言えなかった。KK氏は呼吸不全の身で今年は年賀状のご返事をいただけなかった。●これらの方々は「神が報いてくださると思う。私からでなく神ご自身が褒美を下さると思う。●私の子や孫に言いたい。伝えたい。「神からお礼をしていただける人になりなさい」。●そこで今朝はこの精神を示す聖書の箇所を思いつくままに並べてみよう。順不同。

塚本訳 マタ 25:37-40
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

塚本訳 ルカ 14:12-14
14:12 また自分を招いた人にも言われた、「朝飯や夕飯の会を催す時には、友人も、兄弟も、親族も、近所の金持も呼ぶな。そうでないと、その人たちもあなたを招待してお返しをするかも知れない
14:13
御馳走をする時には、むしろ貧乏人、片輪、足なえ、盲人を招きなさい。
14:14 この人たちはお返しができないから、あなたは幸いである。(最後の日)義人の復活の時に、あなたは(神から)お返しをうけるのだから。」

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある
貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 ルカ 18:9-14
18:9 なお、自分(だけ)は信心深いとうぬぼれて人を軽蔑している者たちにも、この譬を話された。
18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。
18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。
18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。』
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。
18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。
自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」


塚本訳 マタ 6:2-4
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう


塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 マタ 6:16-18
6:16 また断食をしている時には、偽善者のように陰気な顔つきをしてはならない。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、(顔を洗わず、髭をそらず、わざと)顔を見苦しくするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:17
あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 ロマ 13:7-9
13:7 (彼らに対して、信ずる者には普通の人以上の、言わば借りがある。)すべての役人にこの借りを返しなさい。貢取りには貢を、官税取りには官税を、恐るべき者には恐れを、尊敬すべき者には尊敬を。
13:8 (官憲ばかりでなく、)だれにも何も、借りがあってはならない。ただし、互に愛することだけは例外である。(この借りは、いつまでも返してしまわないように。)人を愛する者は(モーセ)律法を完全に果たしたのである。
13:9 なぜなら、『姦淫をしてはならない、殺してはならない、盗んではならない、(人のものを)欲しがってはならない』など、このほかにどんな掟があっても、『隣の人を自分のように愛せよ』というこの一言に帰するからである。

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


塚本訳 ロマ 5:7-8
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8
しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

塚本訳 ピリ 2:8-11
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。

2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

塚本訳 ルカ 9:23-25
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。
9:25 全世界をもうけても、自分(の命)を失ったり損したりするのでは、その人は何を得するのだろう。

塚本訳 ルカ 22:24-26
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「
世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 ロマ 12:19-21
12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」
12:20 むしろ
、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』
12:21 悪に勝たれるな、善によって悪に勝て。

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朝の黙想おわり。人から賞賛を受けようとするな、神から注目される人になれ。

●人は見ていなくても神は見ている。
●内村鑑三はその「いかにして我が天職を知らんか」において、理想の地位や仕事として「貧家の良妻」「平民の伝道者」を」上げている。
●私に洗礼を施してくださったS牧師は「田舎牧師」という言葉に関心があった。先生は今重病で面会謝絶になっておられる。私のお礼の言葉は届かなくても神が恩恵を降してくださるであろう。
●無教会では「愛の一方通行」という言葉が好きである。しかしこれはこの世では通じない。かって私は親戚から「照男はお返しをよこさない」と非難されたことがある。
●夫婦はお互いにその人生を相手に捧げるようにできているのだ。隠れて苦労するようにできているのだ。
●11:30 妻は文京区のYさん宅へ出発
●5月3日の集会感話資料作成。
 神の子キリストの権威ある言葉を世に放つ・・・聖書で聖書を読むことの意義・・・
●TSK日本語版エゼキエル書44章


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18:00 自転車で図書館へ。奥多摩連山が暮れる。子や孫の「歓声」が聞こえる。思い出が湧く。
借りてきた本は「父という病」と「母という病」。4人の子供達は今「親業」真っ盛りだ。それぞれの子や孫が「幸福な生涯」でありますように祈る。









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イエス最後の言葉・・・遺言・福音書の目的・・・ ++++++++ 所感

2015/03/11 10:17

150311(水)4時目覚め。5時起床。朝の啓示「イエス最後の言葉・・・わたしは世の終わりまで一緒にいる・・・」●キリスト者の皆様お早うございます。4月5日の感話はイエス伝№364-367でイエスの地上での最後の言葉。今朝はこの箇所を探求します。●各福音書の最後の言葉は「遺言」で、その後のキリスト教が歩むべき道が示されています。

塚本訳 マコ 16:15-20
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる。
16:17 そして信じた者(の伝道)には、次のような(不思議な)徴が伴うであろう。──わたしの名を使って悪鬼を追い出し、新しい(霊の)言葉を話し、
16:18 蛇をつかむことができ、たとえ毒を飲んでも決して害をうけず、病人に手をのせれば(かならず)癒えるであろう。」
16:19 主は(このように)彼らに語った後、『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから
。」

塚本訳 ルカ 24:45-53
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」
24:50 それから、彼らを(オリブ山の頂上の)ベタニヤ道のところまでつれてゆき、手を挙げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、(天へと)はなれてゆかれた。
24:52 彼らは大喜びでエルサレムに帰り、
24:53 いつも宮にいて、神をほめたたえていた。

塚本訳 使  1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

塚本訳 ヨハ 20:30-31
20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。


塚本訳 ヨハ 21:24-25
21:24 これらのこと([ヨハネ福音書全体]が真実であること)を証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明が信用すべきであることを知っている
21:25 しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。

●このうち、マルコとヨハネは「付録」(塚本訳)となっていて聖書学的には価値なきものとされていますが、マタイとルカを読めば内的一致があるので、4福音書を大局的にみればその精神は一致しています。

●有体的復活と有体的昇天の目撃者は聖霊を頂くと不思議な力を頂いて「思想信条」を捨てて立ちあがる。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した

塚本訳 ルカ 24:30-33
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、

●この精神を受け継いだパウロの場合を見てみよう。パウロは救われる人「残りの者」は必ずいると信じて異邦に向かった。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである


塚本訳 使  13:46-48
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。

塚本訳 使  26:14-18
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


塚本訳 ロマ 9:25-27
9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』
9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる

塚本訳 ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。

●救われる人(残りの者)は少ないか。わたしの身内はどうなるのか。。今からでも後の世であっても遅くはない。熱心に「求めよ」。

塚本訳 マタ 7:14
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう

塚本訳 マタ 22:13-14
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」

塚本訳 ルカ 13:22-25
13:22 イエスは町々村々を通って教えながら、エルサレムへの旅行をつづけておられた。
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。

塚本訳 マタ 13:18-23
13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──
13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。
13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、
13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。
13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

●私は聖霊として世の終わりまで一緒にいて、最後の日に有体的に再臨する

塚本訳 ヨハ 14:15-20
14:15 あなた達は(皆別れを悲しんでいるが、本当に)わたしを愛するなら、わたしの掟を守り(互に愛し)なさい。
14:16 そうすればわたしも父上に願って、(わたしに代わる)ほかの弁護者をおくっていただき、いつまでもあなた達と一しょにおるようにしてあげる。
14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。
14:18 わたしは父上の所に行くけれども、あなた達を孤児にはしておかない。(すぐ)かえって来る。
14:19 もう少しするとこの世(の人)はもはやわたしを見ることができなくなるが、あなた達は(間もなく)わたしを見ることができる。わたしは(死んでまた)生き、(それによって)あなた達も生きるからである。
14:20 その時あなた達は、わたしが父上の中に(おるように)、あなた達がわたしの中に、わたしがあなた達の中におることを知るであろう。

塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 マタ 24:29-31
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。
24:30 するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。
24:31 すると(その時、)人の子は『大いなるラッパの響きと共に』自分の使いたちをやって、『天のこの果てからかの果てまで』『四方から、』選ばれた人々を『集めさせるであろう。』

塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」


●福音の宣教には労苦が伴う。楽して天国には行けない。大往生は望めない。伝説によればペテロもパウロも殉教。

塚本訳 ルカ 9:22-23
9:22
そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。
9:23
それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ピリ 1:29-30
1:29
君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである
1:30
(然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているのと同じ戦いをしているのだ!


塚本訳 コロ 1:24
1:24
今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ガラ 4:19
4:19
わたしの子供たちよ、
あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 Ⅰテサ3:3
3:3 (斯くして)この(大なる)患難の際に(君達の中の)誰一人も揺すぶられることの無いためである。──私達(キリストを信ずる者)が斯く運命づけられていることは、君達自身が(よく)承知しているはずだ。

塚本訳 Ⅱテモ3:11-12
3:11 (また)アンテオキヤ、イコニウム、リストラで私が遭った(数々の)迫害、苦難に(もよく)随って来た。(ああ、)何という(ひどい)迫害を耐え忍んだことか! しかし主は(これら)凡て(の迫害)から私を救い出してくださった。
3:12 (私だけでなく、)キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする者は皆迫害される


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。

福音の宣教には労苦が伴う。我々は楽して天国には行けない。労苦なくして伝道なし。



●15:00 ナナクリニック                                               ●今日は東日本大震災4周年。この悲惨で信仰を失った人もいるが、逆に信仰を得た人もいる。
●イタリアと日本の合同演奏でモーツアルト「レクイエム」を演奏していた。主にある者は泣くな。嘆くな。

塚本訳 Ⅰテサ4:13-14
4:13 兄弟達よ
、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい。
4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。

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あきる野の春。ハイドンオラトリオ「四季」より「来よのどけき春」を口づさむ。
春は万物復活のとき。父が愛した白い雲。


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福音書の目的・・・キリストは罪を贖い復活して今も生きておられる ++++++++ 所感

2015/03/10 06:34

150310(火)4時半目覚め5時起床。次第に暖かくなっているので起床も楽だ・室内気温13度℃。●キリスト者の皆様お早うございます。●4月5日の感話のポイントが示された。「福音書の目的」。●何を話そうかと悩んでいると明け方になってそれが示されるから不思議だ。

塚本訳 ルカ 12:11-12
12:11 人々があなた達を礼拝堂や役所や官庁に引っ張っていった時には、いかに、何と弁明しようか、
何を言おうかと、心配するな。
12:12 言うべきことは、その時に聖霊が教えてくださるのだから。」

塚本訳 マタ 10:19-22
10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。
10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである
10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し
、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。
10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

塚本訳 マタ 10:26-28
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

●誰に向かって宣教すべきかはイエスとパウロでは言い方が若干違う。パウロによれば「永遠の命に定められた人」であって、これが「神学論争」のもと、喧嘩の原因である。、まずパウロ。

塚本訳 使  13:46-48
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった


塚本訳 使  26:12-18
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16
さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

塚本訳 ロマ 9:25-28
9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』
9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、
(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。
9:28 なぜなら主は(間もなく約束の)御言葉を完了し打ち切って、(裁きと救いとを)地上に実現されるからである。』

塚本訳 ロマ 11:4-6
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか
。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。

11:6 しかし恩恵による以上は、もはや行いのゆえではない。そうでなければ、恩恵がもはや恩恵でなくなるからである。



●福音の宣教をイエスが話すと喧嘩にならないから不思議だ。やはりパウロは人間だから言うことに限界があるのだ。

塚本訳 ルカ 4:15-20
4:15 イエスはあちらこちらの礼拝堂で教え、皆にあがめられた。
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り
、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』
4:20 イエスは(読み終ると、)聖書を巻き、係の者に返して坐られた。礼拝堂にいる者の目が皆彼にそそがれた。

塚本訳 ルカ 7:18-26
7:18 洗礼者ヨハネの弟子たちがこれら一切のことをヨハネに報告すると、彼は弟子を二人ほど呼びよせ、
7:19 主の所にやって、「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」
7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、
7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」
7:24 ヨハネの使が立ち去ると、群衆にヨハネのことを話し出された。──「(さきごろ)あなた達は何を眺めようとして、荒野(のヨハネの所)に出かけたのか。風にそよぐ葦だったのか。(まさかそうではあるまい。)
7:25 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかい着物を着ている人か。
見よ、りっぱな着物をきて贅沢をしている人ならば、宮殿にいる。
7:26 それでは、何を見ようとして出かけたのか。預言者か。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。


●ここで4月5日の感話の主題を考察する。「福音書の目的」。それは各福音書の最後に出ている。

塚本訳 マコ 16:19-20
16:19 主は(このように)彼らに語った後、『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』
16:20
弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

塚本訳 マタ 28:16-20
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19
それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 24:45-53
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」
24:50 それから、彼らを(オリブ山の頂上の)ベタニヤ道のところまでつれてゆき、手を挙げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、(天へと)はなれてゆかれた。
24:52
彼らは大喜びでエルサレムに帰り、
24:53 いつも宮にいて、神をほめたたえていた。

塚本訳 ヨハ 20:30-31
20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)
これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

塚本訳 ヨハ 21:24-25
21:24 これらのこと([ヨハネ福音書全体]が真実であること)を証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明が信用すべきであることを知っている。
21:25 しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、書いた書物の置場があるまいと思う。

●救われる人は定められていて少ないのか。「求めよ」。今からでも遅くはない。

塚本訳 マタ 7:14
7:14
命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 マタ 22:13-14
22:13
王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』
22:14 ──
招かれる者は多いが、選ばれる者は少ないのだから。」

塚本訳 ルカ 13:22-25
13:22
イエスは町々村々を通って教えながら、エルサレムへの旅行をつづけておられた。
13:23
するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24
「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。
13:25
家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。

塚本訳 マタ 13:18-23                                       13:18 だからあなた達には種まく人の譬を説明してあげよう。──            13:19 だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。                  13:20 岩地にまかれたもの、これは御言葉を聞いてすぐ喜んで受けいれるが、                                          13:21 自分の中に(しっかりした信仰)の根がなく、ただその当座だけであるから、御言葉のために苦難や迫害がおこると、すぐ信仰から離れおちる人である。                                        13:22 茨の中にまかれたもの、これは御言葉を聞くが、(しばらく信じているうちに、)この世の心配や富の惑わしが御言葉を押えつけて、みのらない人である。                                        13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

塚本訳 マコ 4:26-29                                        4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、      4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。                                   4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。                                         4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

●復活の目撃者は聖霊を頂いて力を得て証言し始める。あとは神が動く

 

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

 

塚本訳 使  1:8-9

1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。

1:9 イエスはこう言って、彼らの見ている前で(天に)上げられ、雲が彼を迎えて見えなくなった。

 

塚本訳 ヨハ 20:17-18

20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

 

塚本訳 ルカ 24:30-33

24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、

 

塚本訳 使  26:14-16

26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。

26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。

26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

 


塚本訳 マコ 5:18-19
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った。
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。


神は全員が救われるように願っていて、復活のキリスト自身が救出する

 

塚本訳 マタ 18:12-14

18:12 あなた達はどう思うか。ある人が羊を百匹もっていて、その一匹が道に迷ったとき、その人は九十九匹を山にのこしておいて、迷っている一匹をさがしに行かないだろうか

18:13 そしてもし見つけようものなら、アーメン、わたしは言う、この一匹を、迷わなかった九十九匹以上に喜ぶにちがいない

18:14 このように、この小さな者たちが一人でも滅びることは、あなた達の天の父上の御心ではない。

 

塚本訳 ルカ 19:10

19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。

塚本訳 ピリ 1:29-30
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。
1:30 (然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているの同じ戦いをしているのだ!



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朝の黙想おわり。6時半、


●4月5日の感話のタイトルが決定
「福音書の目的・・・キリストは罪を贖い、復活して今も生きておられる」

●TSK日本語版エゼキエル書42章
●14:00 山川歯科。昨日抜歯した部分の消毒。痛みが取れた
●歯科の生き返りに白い雲が浮かぶ春のきれいな青空を見た。来世でもこのようなすばらしい
景色を見ることが出来るのかなーと思った。必ず見られると思った。




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この世の富と人の愛に安心なし ++++++++ 所感

2015/03/09 06:34

150309(月)4時目覚め。床の中で黙想「この世の富と人の愛に安心なし」●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は集会でTH氏から、今話題のトマ・ピケティ著「21世紀の資本」(みすず書房2014)の紹介があった。来日した著者の講演会は超満員であったという。本の内容は「新自由主義」は金が金を産む仕組みになっていてこれが格差社会を生み出す原因だというもの。●これに対し、TH氏はマルコ10章の「金持ちの青年」「金持ちと神の国」「すてる者の幸福」から神の国の富について感話された。●終了後私はTH氏にタラントの譬を引き「神の国の経済は『持てる者はさらに富が増しくわえられる』といういわゆるマタイ現象(マタイ25:28)がある。この場合、「富」の概念規定がこの世とは異なると感想を述べた。●人は経済的格差を不幸な事とする「前認識」があるが、たとえ経済的格差が無くなって平等になっても「安心」はない。人間、富が得られると次はこの世の名声、愛を渇望するのである。成金は政界に進出したがるのである。これが汚職の原因。大地主はホテル業をやって町の名士になりたがる。しかし満たされない。つまるところ人は「この世の富と人の愛に安心なし」である。●今朝はこれらのことを巡って、神の国の富について黙想してみよう。順不同、思いつくまま。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい
。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 6:23-24
6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう


塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 ヨハ 4:13-18
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。
そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 6:20-21
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。


塚本訳 ルカ 6:24-25
6:24 だが、ああ禍だ、富んでいるあなた達、もう慰めを受けたのだから。
6:25 ああ禍だ、今食べあきているあなた達、(かの日に)飢えるのだから。ああ禍だ、今笑っている人たち、(かの日に)泣き悲しむのはあなた達だから。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 4:5-7
4:5 そこで悪魔はイエスを聖なる都(エルサレム)に連れてゆき、宮の屋根の上に立たせて
4:6 言った、「神の子なら、下へ飛びおりたらどうです。『神は天使たちに命じて、手にてあなたを支えさせ、足を石に打ち当てないようにしてくださる。』と(聖書に)書いてあります。(人々はそれを見て信じ、たちどころにあなたの国が出来ます。)」
4:7 イエスは言われた、「ところが、『あなたの神なる主を試みてはならない』とも書いてある
。」


塚本訳 マタ 4:8-10
4:8 悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見せて
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」

塚本訳 ルカ 22:24-26
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 ルカ 12:13-21
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』
と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである
。」

塚本訳 使  3:2-6
3:2 (ちょうどその時、)母の胎内からの足なえの男がかつがれて来た。彼は宮に入る人たちに施しを乞うため、宮の、いわゆる「美しい門」に毎日置かれたが、
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」

塚本訳 使  20:33-35
20:33 わたしはだれに対しても、金銀や、(高価な)衣服を欲しがったことはない。
20:34 この二つの手が、わたしの必要のためにも、わたしと一緒にいる者たちのためにも働いたことは、あなた達自身が知っている。
20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」

塚本訳 マコ 12:41-43
12:41 それから賽銭箱の真向いに坐って、群衆が賽銭箱に金を入れるのを見ておられた。大勢の金持が沢山入れているとき、
12:42 ひとりの貧乏な寡婦が来て、レプタ銅貨[五円]二つ、すなわち(ローマの金で)一コドラントを入れた。
12:43 イエスは弟子たちを呼びよせて言われた
、「アーメン、わたしは言う、あの貧乏な寡婦は、賽銭箱に入れただれよりも多く入れた。

塚本訳 マコ 14:7-9
14:7 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるから、したい時に慈善をすることが出来る。だがわたしはいつも一しょにいるわけではない。
14:8 この婦人はできるかぎりのことをした。──前もってわたしの体に油をぬって、葬る準備をしてくれたのである
14:9 アーメン、わたしは言う、世界中どこででも(今後)福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために(一しょに)語りつたえられるであろう。」

口語訳 ルカ 12:20-21
12:20 すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
12:21 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。



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朝の黙想。神のところに富む者でありたい。


口語訳 ルカ 12:20-21
12:20 すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
12:21 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。

新改訳 ルカ 12:20-21
12:20 しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
12:21 自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」


新共同 ルカ 12:20-21
12:20 しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」


塚本訳 ルカ 12:20-21
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」


NKJV ルカ 12:20-21
12:20 "But God said to him, 'Fool! This night your soul will be required of you; then whose will those things be which you have provided?'
12:21 "So is he who lays up treasure for himself, and is not rich toward God."


TEV ルカ 12:20-21
12:20 But God said to him, "You fool! This very night you will have to give up your life; then who will get all these things you have kept for yourself?"'
12:21
And Jesus concluded, "This is how it is with those who pile up riches for themselves but are not rich in God's sight."

●「聖書で聖書を読む」方法はプロテスタントの究極の姿。これをやったら面白くてやめられない。

塚本訳 マタ 13:51-52
13:51 あなた達はこれが皆わかったか。」「はい」と弟子たちがこたえる。
13:52 イエスは言われた、「(これがわかれば、すべてがわかるのである。)だから天の国のことに通じた学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものとを(心のままに)取り出す家の主人に似ている。(古い教えと新しい教えとを自由に使いこなすことが出来る。)」

塚本訳 ルカ 5:39
5:39 また、古い酒を飲んだ者は、新しいのをほしがらない。『古い方が甘い』と言って。」

●TSK日本語版エゼキエル書41章
●妻はコーラス「もでらあと」の練習
●妻が用意していおいてくれた昼食を食す。
●図書館
●15:00 山川歯科。痛む右上の奥歯を抜歯。抜歯された歯をみて50年以上世話になったと思うと愛おしく感じた。
●最近家電、携帯電話などと共に体にもガタが来ている。





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復活のイエスは人がそれを察知するとすぐ姿を消す ++++++++ 所感

2015/03/08 06:39

150308(日)5j半起床●冷水洗顔、体重測定一晩で一キロ以上減量する。急いで着替え。日曜日の下着はいつも妻が白いものを用意してくれる。●キリスト者の皆様お早うございます。今朝の啓示「復活のイエスは人がそれを察知するとすぐ姿を消す」。●なぜ、一瞬その姿を現すかというと、人が極度の悲しみに陥っている時に信仰を喚起するために励ましまた慰め力づけるためである。そしてその目的を達すると忽然と姿を消す。これは現代の我々もしばしば体験することである。「幸いなるかな悲しむ者」である。●今朝はその例を思いつくままに掲げる。

塚本訳 ヨハ 20:15-18
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る
。」

塚本訳 ヨハ 21:1-7
21:1 そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──
21:2 シモン・ペテロと、トマスすなわちデドモと、ガリラヤのカナ生まれのナタナエルとゼベダイの子たち二人と、ほかの二人の弟子とが一緒にいた。
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。
21:7 するとイエスの愛しておられた弟子が気づいて、ペテロに「主だ!」と言う。主だと聞くと、シモン・ペトロは裸だったので(急いで)上っ張をひっかけ、湖に飛び込んだ。


塚本訳 ルカ 24:13-21
24:13 するとちょうど同じ日に、二人の弟子がエルサレムから六十スタデオ[十一キロ半]離れたエマオという村へ歩いてゆきながら、
24:14 これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。
24:15 二人が(こうして)話したり議論したりしていると、(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが、
24:16 二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった。

24:17 二人に言われた、「歩きながら何をそんなに論じ合っているのです。」暗い顔をして二人は立ち止まり、
24:18 一人のクレオパという方が答えた、「(見れば御巡礼のようだが、)エルサレムに滞在していながら、あなただけは、この二三日の間にそこで起ったことを何も知らないのですか。」
24:19 彼らに言われた、「なんのことです。」彼らが言った、「ナザレ人イエスのことです。──この方はだれが見ても、神の目にさえも、業に言葉に力のある預言者であったのに、
24:20 大祭司連をはじめ(最高法院の)役人たちが(ローマ人に)引き渡して死刑を宣告し、十字架につけてしまったのです。
24:21 ほんとうにわたし達は、この方こそイスラエル(の民)をあがなってくださる人だと望みをかけていたのに!そればかりが、かてて加えて、そのことがあってから、きょうはもう三日目になったのです。(もはや生き返られる望みもありません。)

(中略)

24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。

塚本訳 ルカ 24:50-53
24:50 それから、彼らを(オリブ山の頂上の)ベタニヤ道のところまでつれてゆき、手を挙げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、(天へと)はなれてゆかれた。
24:52 彼らは大喜びでエルサレムに帰り、
24:53 いつも宮にいて、神をほめたたえていた。

塚本訳 使  1:6-11
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない。
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」
1:9 イエスはこう言って、彼らの見ている前で(天に)上げられ、雲が彼を迎えて見えなくなった。
1:10 イエスがのぼって行かれる時、彼らが天をじっと見つめていると、突然、白い着物を着た二人の人が彼らのそばに立って
1:11 言った、「ガリラヤ人たちよ、なぜ(ぼんやり)立って天を見ているのか。あなた達の所から天にあげられたあのイエスは、(いま)天にのぼって行かれるのを見たと同じようにして、(また下って)来られるであろう。」

塚本訳 使  26:12-18
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。

26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』
と。

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●朝の啓示終わり
●これらに共通のことは、復活のイエスに遭遇した人は、「すぐ」立ちあがってそれを報告しに出かけた。これが「伝道の精神」である。

●10:00 妻と集会へ。今日の会場は渋谷の名取りビル。無教会はジプシー。無教会は会堂を持たないのが強みだが、ジプシーの悩みもある。
●集会は茂木(司会)、高木(マルコ10章。後半は今話題のトマ・ピケティ著「21世紀の資本」の紹介)、山本(第二テモテ3章)。」妻は同じビルで午後「すずめの会」(婦人会)
●急いで帰って、NHKFM「きらクラ」を聞く。イントロクイズ「亡き王女のためのパヴァーヌ」正解。69勝53敗
●TSK日本語版エゼキエル書40章



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キリストの有体的昇天は弟子たちの目撃情報 ++++++++ 所感

2015/03/07 09:35

150307(土)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示「キリストの有体的昇天は弟子たちの目撃情報」●昨日の「新翻訳事業」懇談会で、実務主務者のS氏(日本聖書協会翻訳部)と立ち話をした。「キリストの有体的昇天は史実」であることで意見が一致。胸が熱くなった。わたしだけではない。●キリストの先在、処女降誕、有体的復活、有体的昇天、有体的再臨、万物の復興。が透徹して見えた。
●3月29日の集会感話の概要を考えた。

3月29日集会感話の概要
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      キリストの有体的昇天は弟子たちの目撃情報

 キリストの先在、処女降誕、有体的復活、有体的昇天、有体的再臨、万物復興の信仰の土台

①キリストの有体的昇天は、弟子たちの目撃情報であった。神の恩恵であった。
②初代教会への反響、三位一体の信仰の原点。
③新約聖書誕生の原点。キリストの先在、処女降誕、有体的復活、有体的再臨
④パウロへの反響。我々の復活、万物復興、の信仰
⑤現代の我々への反響。有体的復活への「希望」

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朝の啓示と黙想終わり、有体的昇天の目撃情報がキリスト教の土台中の土台。
このことを抜きにして、教会(集会)の継続発展成長を目論んだり、思想的展開をしたり、ヒューマニズムの活動をしたり、天下国家を批判して世の中を改造しようなどという活動はその人一代で枯れる。神に祝福されない。

●妻は、ロ短調ミサ曲の練習
●3月29日の集会資料作成
●TSK日本語版エゼキエル書39章
●妻が用意しておいてくれた夕飯を食べる
●愛子と電話。長話。信仰の試練について認識が進歩している。「総ての悩みは神がご存知で、支えて下さっている。あなたは信仰が取り柄です」と話した。信仰のことを子供と話せるのは幸福である。子供たちは皆それぞれに十字架を負っている。

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若いときに軛を負った人は幸いだ ++++++++ 所感

2015/03/06 06:30

150306(金)5時起床。朝の啓示「若いときに軛を負った人は幸いだ」●キリスト者の皆様お早うございます。私達の人生、また周囲の人々、親類縁者には多くの悩みや艱難があります。その苦しみから逃れて平安な幸福の道を歩むためにはどうしたらよいのか。これ人生の最大の課題です。●今朝は旧約聖書「哀歌」3:27-33を巡って「思うところ」「感じるところ」を思いつくままに聖書のアチコチを並べてみよう。●高校生の頃ヒルティ(塚本虎二先生の紹介)はわたしの「人生の師」であった。その代表作「眠られぬ夜のために」の上巻の最後に「なおりたいのか」という小論がある。数々の人生観を引き合いに出した上で、こういう人生観ではなく「神の啓導に身を任せる」ことが真の幸福にたどり着く道であると言って、聖書の句を羅列する。●若い私はこの人生観に懸けた。今71歳。それは間違いでなかったと告白できる。●上記「なおりたいのか」の副題はヨハネ5:6である。この句はわたしの好きな句で、今この年齢になってヒルティ(1909年76歳で没)と同じ心境になったのはうれしい。若い人へのj助言と慰めである。●建築人生で、時にはヒルティのような「教養人」の世界とは程遠い環境にいた時は「ヒルティよさらば」という思いもしたが、結局はヒルティの指し示す人生観を歩み続けられたことは感謝である。

塚本訳 ヨハ 5:6
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。


●では今朝の本論である「若き日の艱難」「若き日に負わされた軛」について。まず翻訳比較。

口語訳 哀 3:27-33
3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。
3:30 おのれを撃つ者にほおを向け、満ち足りるまでに、はずかしめを受けよ。
3:31 主はとこしえにこのような人を/捨てられないからである。
3:32 彼は悩みを与えられるが、そのいつくしみが豊かなので、またあわれみをたれられる。
3:33 彼は心から人の子を/苦しめ悩ますことをされないからである。


新改訳 哀 3:27-33
3:27 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。
3:28 それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい。
3:29 口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。
3:30 自分を打つ者に頬を与え、十分そしりを受けよ。
3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。
3:32 たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。
3:33 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。


新共同 哀 3:27-33
3:27 若いときに軛を負った人は、幸いを得る。
3:28 軛を負わされたなら/黙して、独り座っているがよい。
3:29 塵に口をつけよ、望みが見いだせるかもしれない。
3:30 打つ者に頬を向けよ/十分に懲らしめを味わえ。
3:31 主は、決して/あなたをいつまでも捨て置かれはしない。
3:32 主の慈しみは深く/懲らしめても、また憐れんでくださる。
3:33 人の子らを苦しめ悩ますことがあっても/それが御心なのではない。


●これに関してヒルティがやったように思いつく聖句を並べてみよう。

新共同 申  32:11-12
32:11 鷲が巣を揺り動かし/雛の上を飛びかけり/羽を広げて捕らえ/翼に乗せて運ぶように
32:12 ただ主のみ、その民を導き/外国の神は彼と共にいなかった。

口語訳 詩  23:4-5
23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。

塚本訳 ヘブ 12:5-8
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。

塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。
今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、
すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


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朝の黙想おわり。わたしはこの道を歩んできて幸福であった。苦難にある若い人に教えたい。間違いのない道だ。

●TSK日本語版エゼキエル書37章
●18:30 日本聖書協会主催の「聖書事業懇談会」。新共同訳の変わる「新翻訳」について経過と内容について説明があった(於・大手町朝日生命ビル)。まだ半分も進んでおらず、完成は4-5年後だという。
●編集委員、翻訳者の顔ぶれを見ると、カトリック、プロテスタント、無教会の「学者」のオールスター。
●聴衆は約100名。皆「聖書密着人間」の顔をしている。ただし、知っている無教会の人はK氏一人であったのは寂しかった。K氏に「無教会は聖書を読まなくなった」と言った。
●日本聖書協会翻訳部の」S氏と「有体的昇天」について信仰が一致して固く握手した。氏は今回の「新翻訳」の聖書協会側の実務主務者。「新翻訳」が氏のような人にまとめられれば安心だ。
●ただし翻訳の良し悪しにより、福音の真理が伝わったり、伝わらないということはない。と思った。人を生かすものは霊の実在であって肉(文字)ではない。

2015_03060003.jpg 
日本聖書協会主催の「聖書事業懇談会」が行われた朝日生命大手町ビルより。
東京駅方面の夜景を眺める。都心は活気があって気持ちがよい。
帰宅は22:15

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イエスの言葉は神の慰め ++++++++ 所感

2015/03/05 06:36

150305(木)3時目覚め、床の中で黙想「イエスの言葉は神の慰め」。4時15分起床、体重測定、冷水洗顔、急いで着替え、暖房機点火、●キリスト者の皆様お早うございます。内村鑑三の処女作「基督信徒の慰め」は内容の総てが、内村自身の体験に基づくものであるから読む者の肺腑をつくものである。私自身も「貧に迫りし時」に幾度か涙した。特に「落ちぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるる」は内村の悲愴なる体験である。見かねた友人が内村を夕食に招いたら、彼はスープを最後の一滴までウマソーに飲み干したという。こんなとき内村には食事のマナーなど無かった。「人を信ずるなかれ。人は金があって隆々としていれば寄ってくるが、落ちぶれると潮が引くように去っていく」とは内村の実感の言葉だ。●パウロの言葉も、慰めである。パウロ書簡は実態が背景にあるから、力がある。●しかし、イエスの慰めの言葉は何か不思議な天的な響きがする。やはり神の子の言葉だからであろう。●イエスの言動はこれすべて「人生の慰め」に役立つものばかりである。イエスの言動が歴史に埋もれずに「運ばれ」「伝承」され続けたのにはこれが真に人を慰める力を持っているからであろう。●そこで今朝は現代の諸問題に対してイエスの言葉はどのように効き目があるかをイエスの言葉は「この世」の人間的な慰めごは質一味違って「天の響き」がするのだ。●だから今朝も「聖書で聖書を読む」。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。


●人生を失敗して「落ちぶれた」時

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 マタ 22:1-10
22:1 イエスは言葉をつづけ、また譬をもって(パリサイ人たちに)話された、
22:2 「天の国は、王子のために結婚披露の宴会を催す王にたとえられる。
22:3 家来たちをやって宴会に招いた人たちを呼ばせたけれども、だれも来ようとはしなかった。
22:4 王は、招いた人たちにこう言え、と言って、重ねてほかの家来たちをやった、『いよいよ食事の用意ができました。牛と肥し飼いの家畜とを屠って、すっかり用意ができています。さあ、宴会においでください。』
22:5 しかし彼らはそれに構わず、一人は畑に、一人は商売に出かけ、
22:6 ほかの者は家来たちを捕らえてひどい目にあわせた上、殺してしまった。
22:7 王は憤り、軍隊をやってその人殺しどもをうち滅ぼし、その町を焼き払った。
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

●「来月どうやって暮らそうか」と思う時

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 6:25-26
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。


塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である


●貧困で学校に行けずに学歴がなく、学問知識も身につかなかった人に

塚本訳 ヨハ 7:14-16
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「
この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。



塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである


●経営がうまくいかないとき

塚本訳 マコ 6:48-51
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。
6:51 そして彼らの舟に乗られると、風はやんだ。弟子たちはすっかり呆気にとられてしまった。

塚本訳 ヨハ 21:3-6
21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5 イエスが彼らに言われる、「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6 イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。



●肉親の死に遭遇したとき

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が
皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25 イエスがマルタに言われた、「
わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」


塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)
あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

●長患いしている人に

塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「
直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 マタ 9:20-25
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである
9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。
9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。
9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

塚本訳 ルカ 13:11-16
13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。
13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って
13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。
13:14 すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息日の日にはいけない。」
13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。
13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

●直りにくい精神病や心の病に陥っている人に

塚本訳 マコ 7:25-30
7:25 汚れた霊につかれた小さい娘を持つ一人の女が、すぐイエスのことを聞きつけ、来て足下にひれ伏した。
7:26 この女は異教人で、スロフェニキア生まれであったが、
娘から悪鬼を追い出してほしいとイエスに願った。
7:27 女に言われた、「まず子供たち(イスラエル人)を満腹させなくてはいけない。子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」
7:28 しかし女は答えた、「主よ、是非どうぞ!食卓の下の小犬どもも、子供さんたちのパン屑をいただきます。」
7:29 イエスは言われた、「それほど言うなら、よろしい、帰りなさい。悪鬼はもう娘から出ていった。」
7:30 女が家にかえって見ると、子供は寝床にねており、悪鬼はもう出ていた。

塚本訳 マコ 9:14-24
9:14 (山を下りて、ほかの)弟子たちの所にかえって見ると、大勢の群衆が弟子たちを取り巻き、聖書学者たちがこれと議論をしていた。
9:15 群衆はイエス(の姿)を見るが早いか、皆びっくりして、駆けてきて歓迎した。
9:16 イエスが群衆に尋ねられた、「弟子たちと何を議論しているのか。」
9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。
9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

塚本訳 マコ 9:25-29
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

●余命少ないと思う日に

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


塚本訳 マタ 10:26-31
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。


●身内が思わざる罪を犯したとき

塚本訳 マタ 18:21-35
18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」
18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!
18:23 だから天の国は、王が家来たちとの貸し借りを清算しようとするのに似ている。
18:24 清算を始めると、(王に対し)一万タラント[三百億円]の借りのある家来がつれて来られた。
18:25 返すことができないので、主人は(その家来に、)自分も妻も子も持ち物も全部売って返すように命じた。
18:26 家来はひれ伏して、しきりに願った、『しばらく待ってください。全部お返ししますから。』
18:27 そこで主人は気の毒に思って、身柄をゆるした上、借金にまで棒を引いてやった。
18:28 ところがその家来は出ていって、自分に百デナリ[五万円]を借りているひとりの同僚に出合うと、これをつかまえ、喉頚をしめて、『借りているものを返せ』と言った。
18:29 同僚はひれ伏して、『ちょっと待ってくれ。返すから』と頼んだ。
18:30 しかし承知せず、(裁判官につれて)行って、負債を返すまで牢に入れた。
18:31 その人の同僚たちはこの出来事を見て非常に悲しみ、行って、出来事の一部始終を主人に報告した。
18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』
18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)
18:35 わたしの天の父上も、もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」

塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は
、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

●両親が離婚した不運の人に

塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「
わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

●身内に離反された時

塚本訳 マコ 3:20-21
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21
身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 マタ 13:55-57
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、
「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 マタ 10:21-25
10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。
10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。
10:24
弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)
10:25 弟子は先生のよう、僕は主人のようであれば、それで満足すべきである。家の主人(たるわたし)が(悪鬼の頭)ベルゼブルと(悪口を)言われたのだから、その家族(たるあなた達)はなおさらのことである。

塚本訳 マタ 10:34-39
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36
『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また
自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39 (十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。

●社会的に高い地位に就けなかった人に                                     

塚本訳 マタ 20:20-23
20:20 その時、ゼベダイの子(ヤコブとヨハネと)の母がその(二人の)子をつれてイエスの所に来て、ひざまずき、何かお願いしようとした。
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。」
20:22 イエスが答えられた
、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。(ヤコブとヨハネに聞くが、)わたしが飲まねばならない(苦難の)杯を飲むことが出来るのか。」「出来ます」と二人がこたえる。
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 ルカ 22:25-27
22:25 するとイエスが言われた、「
世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。


●失恋した時

塚本訳 ルカ 23:27-29
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた。
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「
エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。
23:29 いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。

塚本訳 ヨハ 20:15-17
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

●子宝に恵まれなかった人に

塚本訳 ルカ 11:27-29
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた
、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」
11:29 群衆がなおも押し寄せてきたとき、イエスは話し出された、「この時代は悪い時代である。(だから信ずるのに)徴を求める。しかしこの時代には、(預言者)ヨナの徴以外の徴は与えられない。


塚本訳 ルカ 23:28-29
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。
23:29
いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。

塚本訳 ルカ 20:27-36
20:27 復活の存在を否定するサドカイ人が数人近寄って、イエスにこう言って質問した、
20:28 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄に、』妻があって『子がない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
20:29 ところで(ここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子がなくて死に、
20:30 (この律法に従って、)次男、
20:31 三男と、(つぎつぎに)その女をめとり、ついに七人とも同様に子を残さず死んで、
20:32 しまいにはその女も死んでしまいました。
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「
この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

●この世の仕事に信仰的な意義を見いだせない人、毎日のつまらない仕事に生きがいを見いだせない人


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、
あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10
ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。イエスの言葉は人生の慰め。神の慰め。

●TSK日本語版エゼキエル書37章。枯骨の復活。
●次回集会感話のために「昇天」の探求。聖書で聖書を読む。結果として「昇天は史実」と信じられた。これで有体的復活、有体的昇天、有体的再臨が透徹して信じられ、すっきりし、力が湧いた。
●図書館。キリスト教年鑑を借りる。「はじめて読む聖書」「放蕩息子の精神史」は延長。
●NTTドコモショップ。妻の携帯の買い替え手続き



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神はPTSD(心的外傷ストレス障害)をも直してくださる ++++++++ 所感

2015/03/04 06:36

150304(水)3時半目覚め。床の中で黙想。「神はPTSD(心的外傷ストレス障害)をも直してくださる」●5時起床、体重測定徐々に減量、あと3キロで累計10キロの減。冷水洗顔、急いで着替え●キリスト者の皆様お早うございます●昨日はPTSDを患った米兵の家庭問題と最後は自分がケアした同僚のPTSDの患者に殺される実話の映画を観て、深くため息をついた。(昨日のブログの最後を参照)●その時代時代において、癒し難き病気というものがあfる。イエスの時は次のようであった。

塚本訳 マタ 11:3-5
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。




●このうち、前半は物理的肉体的疾患の治療であるが、最後の「福音を聞かされている」というのは「罪の赦し」という心の病という内面のことである。●現代において最難関の病は「心の病」である。川崎の中学三年生が高校生に殺害された事件、「イスラム国」に世界中の青年」が終結する事実などの背後には「心の空白」がある。「いじめ」の問題も同じである。PTSD(心的外傷ストレス障害)も根は同じである。●肉体の病は心の病である「罪」(神からの離反)から来るので、神はまず罪を清めることによって肉体の病を癒した。●今朝は「罪の赦しが肉の病の赦し」であった聖書の箇所を見てみよう。

塚本訳 マコ 2:5-12
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」
2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、
2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」
2:8 イエスは彼らがひそかにこう考えているのを、すぐ霊で見抜いて、「なんで、そんなことを心の中で考えているのか。
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 マコ 5:25-34
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」
5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」
5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」


塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった
。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ルカ 17:11-19
17:11 エルサレムへ進んでおられた時のこと、サマリヤとガリラヤとの間を通られた。
17:12 とある村に入ると、十人の癩病人に出合われた。彼らは(規則どおりに)遠くの方で立ち止まったまま、
17:13 声をはりあげて、「イエス先生、どうぞお慈悲を」と言った。
17:14 イエスは見て言われた、「(全快したことを世間に証明してもらうため、エルサレムの宮に)行って体を『祭司たちに見せなさい。』」すると行く途中で、(皆いつとはなしに体が)清まった
17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、
17:16 イエスの足下にひれ伏してお礼を言った。それはサマリヤ人であった。
17:17 イエスは言われた、「十人とも清められたのではなかったか。九人はどこにいるか。
17:18 この外国人一人のほかには、(九人のユダヤ人のうちに)帰ってきて神に栄光を帰する者はだれもないのか。」
17:19 そしてその人に言われた、「さあ立って行きなさい。あなたの信仰がなおしたのだ。」


塚本訳 マコ 7:31-37
7:31 それからイエスはツロ地方を出て、シドンを通り、またガリラヤ湖の近く、デカポリス地方の真中に来られた。
7:32 人々が聾で舌のまわらぬ人をつれて来て、手をのせて(直して)ほしいと願う
7:33 イエスはその人をただ一人、群衆の中から連れ出して、指をその両耳にさしこみ、次に(指に)唾をしてその舌にさわり、
7:34 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる
7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった
7:36 イエスはだれにも言ってはならぬと人々に命じられたが、命ずれば命ずるだけ、ますます言いふらした。
7:37 そして驚きはてて言った、「あの方のされたことは、何もかも良いことばかりだ。聾や唖に、聞かせたり、物を言わせたりされるのだから。」

塚本訳 ヨハ 8:7-11
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ヨハ 9:35-41
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」
9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」
9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)


塚本訳 マコ 10:46-52
10:46 彼らはエリコ(の町)に来る。イエスが弟子たちや多くの群衆と一しょにエリコを出られると、テマイの子のバルテマイという盲の乞食が道ばたに坐っていた。
10:47 ナザレのイエス(のお通り)だと聞くと、「ダビデの子イエス様、どうぞお慈悲を」と言って叫び出した。
10:48 多くの人が叱りつけて黙らせようとしたが、かえってますます「ダビデのお子様、どうぞお慈悲を」と叫びつづけた。
10:49 イエスは立ち止まって、「あれを呼べ」と言われた。人々が盲人を呼んで言う、「安心せよ。起きよ。お呼びだ。」
10:50 盲人は上着をぬぎ捨て、躍り上がってイエスの所に来た。
10:51 イエスが彼に言われた、「何をしてもらいたいのか。」盲人がこたえた、「先生、見えるようになりたい。」
10:52 そこでイエスが、「お帰り。あなたの信仰がなおした」と言われると、すぐ見えるようになって、イエスの旅行について行った。

塚本訳 使  3:16
3:16 そしてあなた達が現に見ており知っているこの人は、イエスの名を信じたので、その名が彼(の足)を強くしたのであり、またその名によって働いた信仰が、あなた達みんなの目の前で、彼を全快させたのです。


塚本訳 使  14:9-10
14:9 この人がパウロの話を聞いていると、パウロはじっと見つめ、(足が)直るに必要な信仰があるのを見て、
14:10 大声で、「『自分の足で』まっすぐに『たちなさい!』」と言った。すると(たちまち)躍って歩きまわった。


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朝の黙想おわり。罪が赦されて肉の病が直る。罪が清められるとPTSDも直る。

●妻は婦人の読書会(塚本虎二著作集)のために今井館。その後井上勇夫人の個展に。
●山川歯科。右奥歯が痛くて飛び込み。来週、抜歯するという。

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梅が満開。ハイドン、オラトリオ「四季」。来よ、のどけき春。


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梅を写生する人々。

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聖書が分かりにくい理由 ++++++++ 所感

2015/03/03 06:32

150303(火)4時半目覚め、黙想、5時起床、体重測定、着替え、冷水洗顔、湯沸し●キリスト者の皆様お早うございます。次回の集会感話は3月29日。「復活と昇天」です。●有体的復活は「耳にタコ」が出来るほど語ってきたことである。日本聖書協会の翻訳部のS氏は私のことを「有体的復活の高橋」と認識し、会うといつも「固い握手」を交わす。●しかし次回の感話は「昇天」に的を絞る●ドイツでは降誕祭や復活祭よりも「昇天日」を大きく祝うそうである。これは日本のキリスト者にはわかりにくいことである。キリスト者でなくてもわかりにくいことなのに信者でもわかりにくいことであるのは、これが大脳皮質での理解でなく、霊によって認識させられることだからである。●一般にモノゴトがわかるというのは大脳皮質での「納得」である。また「子を持って知る親の恩」のように「経験」で認識することである。ところが信仰がわかるというのはこれらとは違い「霊によって心の目が開けられる」ことによって「わかる」ものである。●聖書が分かりにくいのはこの「霊眼を開けられた人」が書いた言葉だからである。それはこの世の常識からすれば実に「ヘンテコリン」な「俄かに信じがたきことである。「信仰に凝った人間」が生みだした言葉を編集したものだからである。特に「先在のキリスト」(ヨハネ1:1-3)、「処女降誕」、「イエスは神の子」「復活」「昇天」「再臨」「永遠の命」などの「使徒信条」に書かれていることは理性では全く理解できないものばかりである。信じる方が「おかしい」のである。●最近はキリスト教を信じようとする若者が少ないという嘆きがあるが、それはそもそもキリスト教が分かりにくい」からである。説き方が悪いわけではない。●これは現代に限ったことではない。新約聖書の中にすでに信仰はわかりにくいものだということが書いてある●イエスが神の子であること、それに復活と再臨が当時の人にもわからないものであったことが次の問答で分る。

塚本訳 ヨハ 3:3-7
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」

16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 ヨハ 20:25-27
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

塚本訳 マタ 26:63-68
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。
26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。
26:67 それから(法院の役人のある者は)イエスの顔に唾をかけ、拳でうち、ある者は(目隠しをして)棒でたたきながら、
26:68 「おい救世主、だれがぶったか、当ててみろ」と言った。

塚本訳 マタ 22:23-29
22:23 同じ日にサドカイ人たちが近寄って、復活なしと主張しながら、イエスにこう言って質問した
22:24 「先生、モーセは(その律法に)、『もし人が子がなくて死んだ場合には、弟に兄嫁をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』と言っています。
22:25 ところがわたし達のところに七人の兄弟があって、長男が結婚して死に、子がなかったので、その妻を弟にのこしました。
22:26 同じように、次男も三男も、ついに七人まで(子をのこさずに)死んで、
22:27 一番しまいにその女も死んでしまいました。
22:28 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。皆その女を妻にしましたから。」
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている

●処女降誕、先在のキリスト、神の懐に隠される命、三位一体などの信仰も「新しく霊に生まれたもの」だけが持つ信仰告白である。

塚本訳 ヨハ 1:1-3
1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。
1:2 この方は(世の)始めに神とともにおられた。
1:3 一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。

塚本訳 マタ 1:18-19
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した。

塚本訳 ルカ 1:34-35
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。」
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』

塚本訳 ヨハ 1:9-13
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12
しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 ロマ 10:8-9
10:8 しかしこれはいったい何を言っているのか。(キリストはすでに天から下り、また死人の中から復活されたので、もうそんな努力の必要はない、これも聖書にあるように、)『言葉はあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある』(というのである。)すなわちこの言葉こそ、わたし達が説いている信仰の言葉[福音]である。
10:9 つまり、
あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。

塚本訳 Ⅰコリ15:35-38
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと。
15:36 訳のわからない人!あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。
15:37 そしてあなたのまくものは、やがて出来る体をまくのではなく、たとえば麦にしても何かほかの種類にしても、裸の粒にすぎないのである。
15:38
しかし神は御心のままにそれに体をお与えになる、しかもそれぞれの種に独得の体を。

塚本訳 コロ 3:1-4
3:1 だからもし君達が(洗礼によって)キリストと共に(死に、共に)甦ったのであるならば、キリストいまして『神の右に坐し給う』(天)上のものを求めよ。
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

●このようにして新しく霊に生まれたものは人間であって人間ではない。だからここにキリスト信者が「この世」とうまくう\行かない原因がある。涙がある。

塚本訳 マタ 11:7-11
11:7 ヨハネの弟子たちがかえってゆくと、イエスは群衆にヨハネのことを話し出された。──「(さきごろ)あなた達は何を眺めようとして、荒野(のヨハネの所)に出かけたのか。風にそよぐ葦だったのか。(まさかそうではあるまい。)
11:8 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかいものを着ている人か。見よ、柔らかいものをまとった人ならば、王の御殿にいる。
11:9 それでは、何のために出かけたのか。預言者を見るためか。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。
11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

塚本訳 ヨハ 5:34-36
5:34 わたしは人間(ヨハネ)から証明してもらう必要はない。わたしがヨハネのことを言うのは、ただあなた達が(彼の証明によりわたしを信じて)救われるためである。
5:35 ヨハネは(光ではないが、まことの光に導く)燃えて輝く明りであった。しかしあなた達は(彼の言葉に従おうとせずに、)しばし彼の光にうち興じただけであった。
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。

●「昇天」の理解。

塚本訳 マコ 16:19
16:19 主は(このように)彼らに語った後、
『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』


塚本訳 ルカ 24:50-51
24:50 それから、彼らを(オリブ山の頂上の)ベタニヤ道のところまでつれてゆき、手を挙げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、(天へと)はなれてゆかれた


塚本訳 マタ 26:64
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が

塚本訳 ヨハ 16:25-28
16:25 以上わたしは(天のことを地上の事柄になぞらえて)謎のように話したが、(間もなく)もはや謎のように話さず、そのものずばりに父上のことを知らせる時が来る。
16:26 その時あなた達は、(前に言ったように)わたしの名で(父上に)お願いするのである。しかし(わたしの名で、と言っても、)それはわたしがあなた達のために父上に願ってあげると言うのではない。(その必要はない。)
16:27 なぜなら、あなた達がわたしを愛し、またわたしが神のところから出てきたことを信じたので、父上御自身で(直接)あなた達を愛しておられるからである。
16:28 (くりかえして言う、)わたしは父上のところから出てこの世に来たが、またこの世を去って父上の所にかえるのである。」


塚本訳 コロ 3:1
3:1 だからもし君達が(洗礼によって)キリストと共に(死に、共に)甦ったのであるならば、
キリストいまして『神の右に坐し給う』(天)上のものを求めよ。


塚本訳 ヘブ 8:1
8:1 しかし(ここに言う)要点はこうである。わたし達にはこんな大祭司があって、天で(神の)御稜威の御座の『右に坐っておられ』、

塚本訳 Ⅰコリ16:21-23
16:21 (最後に、)パウロが自筆で挨拶する。
16:22 主を愛しない者があるなら、呪われよ!、
マラナ、サ(主よ、来てください)!
16:23 主イエスの恩恵、あなた達と共にあらんことを。


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朝の啓示終わり。6時半。
●アーメン、主よ来りませ。

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●11:30、キララホールで「横坂源チェロリサイタル」ピアノ伴奏 魚谷絵奈。本人の挨拶。「音楽仲間から素晴らしいと評判のホールでコンサートが出来るのは光栄」。前から3列目の席でチェロを間近に聴けて良かった。チェロは1710年製のもの。



●13:40 イオンシネマ日の出で「アメリカンスパイダー」を鑑賞。武藤陽一氏の薦め。イラクに派遣された米兵のPTSD(心的外傷ストレス障害)の実話。戦争は勝っても負けても心に深い傷を負う。神の罰だなーと思った。
●武藤陽一氏と長い電話懇談。





』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ヨハ 20:17
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」


塚本訳 ヨハ 16:16-20
16:16 しばらくするとあなた達はもはやわたしを見ることができない。またしばらくするとわたしに会うことができる。
16:17 するとある弟子たちは互にこう言った、「『しばらくするとあなた達はわたしを見ることができない。またしばらくするとわたしに会うことができる』とか、『わたしは父上の所に行く』とか言われるが、あれはいったい何事だろう。」
16:18 彼らはつまりこう言ったのである、「『しばらく』と言われるが、あれはいったい何事だろう。何を思っておられるのかわからない』と。
16:19 イエスは自分に尋ねたがっているのを知って言われた、「『しばらくするとあなた達はわたしを見ることができない。またしばらくするとわたしに会うことができる』と言ったことを話し合っているのか。
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
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ヒューマニズムは信仰の敵 ++++++++ 所感

2015/03/02 06:47

150302(月)5時起床。湯沸し、冷水洗顔●キリスト者の皆様お早うございます。昨日の「若者と語るシンポジウム」の懇談会(ブログ参照)では信仰のみ主義と社会運動主義の相剋があったので、「この席にキリストがいたら次のように言うであろうと」発言した。

塚本訳 マタ 26:8-13
26:8 弟子たちはこれを見て、憤慨して言った、「なぜこんなもったいないことをするのだろう。
26:9 これは高く売れて、貧乏な人に施しが出来たのに。」
26:10 それと知ってイエスは言われた、「なぜこの婦人をいじめるのか。わたしに良いことをしてくれたではないか。
26:11 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも(一しょに)いるわけではない。
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。

26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 マタ 22:17-21
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」


●そして「今日のシンポジストの発言に『神の力』という認識がなかった」と言い、さらに「初代教会のキリスト信者はローマ帝国に徹底抗戦せず、「ペラ」に逃げた。歴史は徹底抗戦(ヒューマニズムと根は同じ)派は消滅し、神の力を信じてペラに逃げた「信仰派」から福音が成長した」、「ヒューマニズムの活動が信仰の展開だと思うのは大間違いだ」と発言。
●するとIK氏から「高橋さんはペラに逃げて下さい」と発言があった。終了後「社会派」のI氏に握手しながら「あなたはわたしの『天敵』です」と言った。氏は私の友人である。
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朝の黙想おわり。
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