to 日記と感想 2015年04月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


「真の教会」は信者の個人的苦難という形になる ++++++++ 所感

2015/04/30 09:35

150430(木)キリスト者の皆様おはようございます。●今朝は次回5月3日の集会感話のために「真の礼拝」について黙想しました。その結果当日の配布する資料の一部を次のようにまとめました。●「心は形をとる」ことは真理ですが、これを無教会主義に当てはめると、その形とは個人的な「苦難」であることに考えが落ち着きました。

5月3日集会感話 一部分

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   永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ

・・・福音書の最後が共通に告げること。「聖霊の時」の到来・・・

       2015年5月3日 東京聖書読者会 高橋照男

①福音書の最後が共通に告げること。「聖霊の時」の到来
   ・・・イスラエルの時、キリストの時、教会(聖霊)の時・・・
       

①-1)塚本訳 マコ 16:20                       
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると
主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く)御言葉(の正しいこと)を保証された。】 

①-2)塚本訳 マタ 28:20
28:20
わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。

①-3)塚本訳 ルカ 24:47-49
24:47
また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48
あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49
待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」                                  

①-4)塚本訳 ヨハ 20:31
20:31
しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。      

①-5)塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23
しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の
礼拝者と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24
神は霊である。だから礼拝者真理とをもって礼拝せねばならない。」

①-6)塚本訳 ヨハ 14:6
14:6
イエスは言われる、「わたしが道である。また
真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

①-7)塚本訳 マタ 16:16-18
16:16
シモン・ペテロが答えて言った、あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18
それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。

②信者は「天の国の鍵」を預けられるという重大使命を負わされる。しかし「真の教会」は不可解で不条理な個人的苦しみという形になる。それは宿命。

②-1)塚本訳 マタ 16:19
16:19
わたしはあなたに
天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。

②-2)塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21
すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23
人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」                           

②-3)塚本訳 Ⅰペテ2:9
2:9
しかし君達は『選ばれた種族、王なる
祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業(いさおし)を宣べるためである』。

②-4)塚本訳 Ⅱコリ3:6
3:6
神はわたし達に、新しい契約のための
世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。

②-5)塚本訳 Ⅱコリ5:18
5:18
しかしこれらすべてのことは神から(の恩恵)である。
神はキリストによってわたし達(人類)を御自分と和睦させ、わたし達(使徒)にこの和睦の(福音を伝える)役目をお与えになった。

③「神・キリスト・聖霊」(三位一体)の関係は、頭ではなく霊でのみ分かる

③-1)塚本訳ルカ 22:66-70
22:66
朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって
22:67
言った、「お前が救世主
(キリスト)なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68
尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69
しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。

③-2)塚本訳 ヨハ 14:16-17
14:16
そうすればわたしも父上に願って、(わたしに代わる)ほかの
弁護者をおくっていただき、いつまでもあなた達と一しょにおるようにしてあげる。14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。

③-3)塚本訳 ヨハ 14:26
14:26
(わたしが去ったあとで、)
父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。

③-4)塚本訳 ヨハ 15:26
15:26
(また)
わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

③-5)塚本訳 ヨハ 16:7
16:7
しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。
行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである

③-6)塚本訳 ヨハ 16:13-14
16:12
まだ沢山言うことがあるが、
(今は言わない。)あなた達にはいまそれを理解する力がない。
16:13
真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからであるまた将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

③-7)塚本訳 ヨハ 16:14-15
16:14
彼は(こうして)わたしの栄光をあらわすのである。というのは、彼はわたしのものの中から取ってあなた達に知らせる(ので、
結局わたしに代って仕事をつづける)のだから。
16:15 父上のものはことごとく、わたしのものである。だから(いま)、わたしのものの中から取ってあなた達に知らせる、と言ったのである。

③-8)塚本訳 使  2:32-33
2:32
神は(救世主である)このイエスを(預言どおりに)復活させられました。わたし達は皆このことの証人です。(イエスの復活を目の当り見たのだから。)2:33 こうして彼は神の右に挙げられ、
父上から約束の聖霊を受けて、(いま)あなた達が見もし聞きもするこの聖霊を、(わたし達に)注いでくださったのです。──

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5月3日集会感話 一部分おわり。

●9:00 妻はYさんの車で都民の森へ。ハイキング。
●TSK日本語版ヨナ書1章
●ルカ一日一節 1:30

岩波翻訳委員会訳1995

420130そこで御使いが彼女に言った、

  「〔もう〕恐れるな、マリヤムよ、なぜなら、あなたは神からの恵みを得たのだ。

 

新共同訳1987

1:30 すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。

 

前田訳1978

1:30 天使がいった、「おそれずに、マリヤよ、あなたは神からお恵みを受けましょう。

 

新改訳1970

1:30 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。

 

塚本訳1963

1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

 

口語訳1955

1:30 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。

 

文語訳1917

"420130","御使いふ『マリヤよ、懼るな、汝は神の御前に惠を得たり。"


●神の恵みは人間には「恐れ」としか写らない。その恐れがやわらげられるために神から「恐れるな」という言葉が発せられる。
●Jバイブルで「恐れるな」をヒットしてみる。

検索 恐れるな [口語訳] 新約
ヒット数 検索 12

マタ   10: 26 [口語

だから彼らを恐れるな。おおわれたもので、現れてこないものはなく、隠れているもので、知られてこないものはない。

マタ   10: 28 [口語

また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。

マタ  28:5-6
[口語
28:5 この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、
28:6 もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。

ルカ   1: 13 [口語

そこで御使が彼に言った、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。

ルカ   1: 30 [口語

すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。

ルカ   2: 10 [口語

御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。

ルカ   12: 4 [口語

そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにもできない者どもを恐れるな

ルカ   12: 32 [口語

恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。

ルカ   21: 9 [口語

戦争と騒乱とのうわさを聞くときにも、おじ恐れるな。こうしたことはまず起らねばならないが、終りはすぐにはこない」。

ヨハ   12: 15 [口語

「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、あなたの王が/ろばの子に乗っておいでになる」/と書いてあるとおりであった。

使    18: 9 [口語

すると、ある夜、幻のうちに主がパウロに言われた、「恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。

使    27: 24 [口語

『パウロよ、恐れるな。あなたは必ずカイザルの前に立たなければならない。たしかに神は、あなたと同船の者を、ことごとくあなたに賜わっている』。

黙    1: 17 [口語

わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、

●神は我々についている。味方である。不幸悲惨が重なると「呪詛」ではないかと思えることも、結局は神の大なる恵みのなせる知恵であったと後になってわかるものだ。

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春のあきる野

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歯科の帰りに、奥多摩連山の春の夕暮れを見た。このままでは仏教の無常、諦念。
キリスト教は「復活」。「喜び」。「希望」。あの山の向こうに「行って見なくても」霊が教えてくれる。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。






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人生の岐路に立たされた時 ++++++++ 所感

2015/04/29 06:33

150429(水)キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は「人生の岐路」に立たされて悩んでいる人の夢を見た。●そこで71歳になった自分の人生経験から今思っていることを聖書的根拠を踏まえながら書いてみよう。●ヒルティはこの人生の最大の悩みについて、幸福論Ⅲの「驚くべき導き」で聖書に基づいてアドバイスしている。ヒルティがこれを書いたのは66歳、私は71歳だから、年齢の上だけからして、わたしにもアドバイスする資格は少しはあるだろう。●結論から言えば、「神は愛だから、人はどの道を行っても、『永遠の命』という最終的な幸福に導かれる」ということだ。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

文語訳 ロマ 8:28
8:28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。


●「このすべての事」ということが、大体において人の目には「不幸」に思える悲惨な事なのだ。

文語訳 Ⅱコリ7:10
7:10 それ神にしたがふ憂は、悔なきの救を得るの悔改を生じ、世の憂は死を生ず。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

●人生の惰眠から目覚めた人間の第一声は「何をすればよいのだろう」である。ここで人間は俄然「猪突猛進」、キリストの冠の付く仕事や団体や学校に飛び込むが、それは実は「自分の腹」を拝んでいることで御心ではない。今まで通りの与えられた仕事を真面目にやっていれば良いのだ。置かれた立場での「本分」を果たせばよい。学生は勉強、夫人は家事、男は勤務先の仕事。

塚本訳 ルカ 3:9-14
3:9 斧はいますでに木の根に置いてある。だから、良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。」
3:10 群衆が尋ねた、「では、わたし達はどうすればよいのですか。」
3:11 ヨハネが答えた、「下着を二枚持っている者は、持たない者に分けてやれ。食べる物を持っている者も、同じようにせよ。」
3:12 税金取りも洗礼を受けに来たが、ヨハネに言った、「先生、わたし達はどうすればよいのですか。」
3:13 彼らに言った、「きまったもの以上、何も取り立てるな。」
3:14 兵卒も「このわたし達は、どうすればよいのですか」と尋ねると、言った、「だれをもゆすらず、しぼり取らず、給料で満足せよ。」

塚本訳 ルカ 18:18-20
18:18 ひとりの(最高法院の)役人が尋ねた、「善い先生、何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか。」
18:19 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
18:20 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『姦淫をしてはならない、殺してはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」

●神が人を神の国のために「利用」(酷使、血祭り)するときは無理にスカウトする。たとえスカウトされなくても信者としての価値は落ちない。

塚本訳 マタ 4:18-20
4:18 ガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、二人の兄弟、ペテロと言われたシモンとその兄弟アンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。
4:19 「さあ、ついて来なさい。人間の(漁をする)漁師にしてあげよう」と言われると、
4:20 彼らはすぐ網をすててイエスに従った。

塚本訳 マタ 9:9
9:9 イエスはそこから出かけて、(湖のほとりで)マタイという人が税務所に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、立って従った。

塚本訳 使  22:6-10
22:6 ところが進んでいってダマスコに近づくと、昼ごろ、突然、天から強い光がさしてわたしのまわりに輝いた。
22:7 わたしは地べたに倒れて、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』と言う声を聞いた。
22:8 わたしは答えた、『主よ、あなたはどなたですか。』わたしに言われた、『わたしだ、君が迫害しているナザレ人イエスだ。』
22:9 連れの者たちは光は見えたが、わたしにお話になる方の声は聞こえなかった。
22:10 わたしは言った、
『主よ、何をしたらよいのでしょうか。』主は言われた、『起きてダマスコ(の町)まで行け。そうすればそこで一切は告げられる。君のすることは決めてある。』

塚本訳 ルカ 9:57-62
9:57 彼らが道を進んでいると、ある人がイエスに言った、「どこへでもおいでになる所はお供をします。」
9:58 イエスはその人に言われた、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」
9:59 またほかの一人に言われた、「わたしについて来なさい。」その人が言った、「その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」

塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。

●自分から進んで神の国の仕事と思われることを申し出るとイエスはそれを拒否する。大体子供の進路を親の欲が決めるのは良くない。子供をダメにする原因は親の浅はかな欲。キリスト教ヒューマニズムは「自分の腹」を拝んでいるので「キリストの十字架の敵」

塚本訳 マタ 20:20-23
20:20 その時、ゼベダイの子(ヤコブとヨハネと)の母がその(二人の)子をつれてイエスの所に来て、ひざまずき、何かお願いしようとした。
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。」
20:22 イエスが答えられた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。(ヤコブとヨハネに聞くが、)わたしが飲まねばならない(苦難の)杯を飲むことが出来るのか。」「出来ます」と二人がこたえる。
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 ピリ 3:18-19
3:18 何故なら、度々君達に言ったように、今また涙を流して言うように、キリストの十字架の敵として歩いている者が多いのだから!──
3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!

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朝の啓示と黙想おわり。神は「愛の紐」で人生を導く。人生の岐路で悩む人は人間的欲望で道を決定せず、神にその道をゆだねよ。


口語訳 エレ 10:23-24
10:23 主よ、わたしは知っています、人の道は自身によるのではなく、歩む人が、その歩みを/自分で決めることのできないことを。
10:24 主よ、わたしを懲らしてください。正しい道にしたがって、怒らずに懲らしてください。さもないと、わたしは無に帰してしまうでしょう。


口語訳 詩  23:1-6
23:1 主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる
23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。
23:6 わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。


●TSK日本語版オバデヤ書 一章 完了
●昨日TSK日本語版アモス書が終わったので、塚本虎二先生の「預言者アモスをして今日本にあらしめれば」。(昭和12年11月14日明治生命館講演)を読む。(聖書知識96号)特高が混じって聞いているいる中での講演。前講は矢内原忠雄。決死の講演は命がある。福音を説く時はこのように決死の覚悟が必要だ。

●ルカ一日一節 1:29

岩波翻訳委員会訳1995

420129しかし彼女は、この言葉にまったく心を乱され、この挨拶はいったいなんのことだろうと想いめぐらしていた。

 

新共同訳1987

1:29 マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。

 

前田訳1978

1:29 彼女はこのことばにおどろき、このあいさつは何ごとかと思いめぐらした。

 

新改訳1970

1:29 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。

 

塚本訳1963

1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。

 

口語訳1955

1:29 この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。

 

文語訳1917

"420129","マリヤこの言によりて心いたく騒ぎ、斯る挨拶は如何なる事ぞと思ひ廻らしたるに、"



●神の恵みは人の目には驚くべき、不思議なことである。人間マリヤは不思議に思った。無理もない。気の毒なマリヤ。どんなに驚いたことだろう。著者ルカの言いたいことはこれである。

口語訳 出  34:10
34:10 主は言われた、「見よ、わたしは契約を結ぶ。わたしは地のいずこにも、いかなる民のうちにも、いまだ行われたことのない不思議を、あなたのすべての民の前に行うであろう。あなたが共に住む民はみな、主のわざを見るであろう。わたしがあなたのためになそうとすることは、恐るべきものだからである

 
口語訳 詩  139:6
139:6 このような知識はあまりに不思議で、わたしには思いも及びません。これは高くて達することはできません。


塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』


口語訳 ヨブ 26:14
26:14 見よ、これらはただ彼の道の端にすぎない。われわれが彼について聞く所は/いかにかすかなささやきであろう。しかし、その力のとどろきに至っては、/だれが悟ることができるか」。


口語訳 ヨブ 42:3
42:3 『無知をもって神の計りごとをおおう/この者はだれか』。それゆえ、わたしはみずから悟らない事を言い、/みずから知らない、測り難い事を述べました。


口語訳 詩  40:5
40:5 わが神、主よ、あなたのくすしきみわざと、われらを思うみおもいとは多くて、くらべうるものはない。わたしはこれを語り述べようとしても/多くて数えることはできない。

塚本訳 ロマ 11:33
11:33 ああ、神の富と知恵と知識との深さよ!なんとその裁きの探りがたく
、(なんと)その(お歩きになる)道の不可解なことよ!

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ルカ一日一節。これが聖書の「信仰読み」。聖書の正しい読み方。ルカに喜ばれる読み方。

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あきる野の春。菜の花の群生

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都立秋留台公園の展望台。赤、白、青。

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白い雲とハナミズキ。亡き父は「白い雲」が大好きであった。逝ってもう23年も経ったんだなー。

●コンビニから妻の作ったケーキと草もちを送る。

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「罪の値は死」とは本当ですか。・・・神は人を殺す・・・ ++++++++ 所感

2015/04/28 06:25

150428(火)キリスト者(元罪人、今も毎日罪人)の皆様お早うございます。●昨夜22時ごろ、寝入った時に見知らぬ人から突然の電話。「夜分、申し訳ありません。『罪の値は死』とはあまりに厳しいことではありませんか」●これに対して私は「しょうがない。それだから神の子キリストが身代わりで死んでくださったのだ」と答えた。●すると「そうですかぁー」と言った。何かせっぱつまったような感じであった。よほどのことらしい。事情はわからない。別の宗教用語を使っていたから、まじめな求道者のような感じがした。●神は人を殺す。それほど人を愛して下さっておられるのだ。●電話番号を知っているところからすると私のブログを見ている人らしいので昨夜の続きで今朝はその聖書的根拠を掲げる。しかしこういう時「聖書」を振り回すのは良い方法ではないらしい。なぜか。「文字は人を殺す」からである。人を生かすのは霊である。神学や教義は文字だから人を救わない。見知らぬ彼の上に神の霊の祝福が豊かにありますように祈る。「主よ、来りませ」。彼を救いたまえ。●人間、一度は自殺したくなるような事を経験しなければ真の幸福は得られない。一人前になれない。男になれない。●人間は「霊」を造り出せないが「言葉」という手段でその存在を伝えることは出来る。だから見知らぬ彼の上に神の霊が降りますように。ブログ読者の皆様、御加祷願います。●以下「Jバイブル」と「TSK」利用。これがなければ生きてゆけない。助言できない。

口語訳 創  2:17
2:17 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。


口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


口語訳 エゼ 18:20
18:20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。


塚本訳 ロマ 5:12
5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)


塚本訳 Ⅰコリ6:9-10
6:9 それとも、不正な人たちは神の国を相続しないことを、あなた達は知らないのか。思い違いをするな。不品行な者も、偶像礼拝者も、姦淫する者も、男娼も、男色をする者も、
6:10 泥坊も、貪欲な者も、大酒飲み、罵る者、掠奪者も、神の国を相続することはない

塚本訳 ガラ 1:4-5
1:4 キリストはわたし達の父なる神の御心にしたがい、わたし達を悪い現在の世から救いだそうとして、わたし達の罪のために自分を与え(て十字架につけ)られたのである。
1:5 栄光は永遠より永遠に神のものであれ、アーメン。


塚本訳 ガラ 6:7-8
6:7 思違いをするな、神は侮るべきではない。人は(自分で)蒔いたものを、また刈取らねばならない。
6:8 というのは、肉に蒔く者は肉から滅亡を刈取り、霊に蒔く者は(最後の日に神の)霊から永遠の命を刈取であろう。

塚本訳 ヤコ 1:15
1:15 かくて慾が孕むと罪を産み、罪が熟すると死を生む


塚本訳 ロマ 6:20-23
6:20 なぜなら、あなた達が罪の奴隷であった時には、義に対して自由(の身)であって(勝手放題な生活をしてい)たが、
6:21 その時いったいどんな実を得たのであったか。今なら恥ずかしいものではないか。それらのものの最後は死だからである。
6:22 しかし今は、罪から自由にされて神の奴隷にしていただき、一つの実を得ている。この実はあなた達を聖め、最後は永遠の命に至らせるのである。
6:23 なぜなら、罪が(奴隷に)払ってくれる給料は死であり、(従う者に与えられる)神の賜物は、わたし達の主イエス・キリストにおいての永遠の命だからである。

塚本訳 Ⅱコリ3:6
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。

塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である

塚本訳 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 20:31
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

塚本訳 Ⅰヨハ1:2-4
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである

塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない

塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。


塚本訳 ヨハ 14:16-17
14:16 そうすればわたしも父上に願って、(わたしに代わる)ほかの弁護者をおくっていただき、いつまでもあなた達と一しょにおるようにしてあげる。
14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。


塚本訳 ヨハ 14:26
14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。


塚本訳 ヨハ 16:7
16:7 しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである


塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 ヨハ 16:14-15
16:14 彼は(こうして)わたしの栄光をあらわすのである。というのは、彼はわたしのものの中から取ってあなた達に知らせる(ので、結局わたしに代って仕事をつづける)のだから。
16:15 父上のものはことごとく、わたしのものである。だから(いま)、わたしのものの中から取ってあなた達に知らせる、と言ったのである。

塚本訳 使  2:32-33
2:32 神は(救世主である)このイエスを(預言どおりに)復活させられました。わたし達は皆このことの証人です。(イエスの復活を目の当り見たのだから。)
2:33 こうして彼は神の右に挙げられ、父上から約束の聖霊を受けて、(いま)あなた達が見もし聞きもするこの聖霊を、(わたし達に)注いでくださったのです。──

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朝の勤め終わり。人間の存在の本質は「霊」である。教会と集会や人間や家庭からこれが去ると、肉的存在になり、その結果の姿は、思想、ヒューマニズム、遊び、運動、イベント、争い、神学、教勢の発展、人間先生の思想宣伝、道徳、律法・・・・になる。●OT氏が知人に内村鑑三を教えたら、「これは儒教と同じですね」と言ったという。無教会が先輩の立派な行為ばかりを宣伝しているのは信仰の堕落である。儒教道徳は思想である。霊ではない。

塚本訳 ヨハ 6:51
6:51 わたしが天から下ってきた、生きているパンである。このパンを食べる者は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、わたしの肉である。世を生かすために、わたしはこれを(世に)与える。」

●TSK日本語版アモス書9章。完了
●ルカ一日一章 1:28

岩波翻訳委員会訳1995

420128そこで彼は〔家に〕入ると、彼女に対して言った、「こんにちは、めぐまれた女(ひと)、主があなたと共に」。

 

新共同訳1987

1:28 天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」

 

前田訳1978

1:28 天使はおとめのところに来ていった、「ごきげんよう、恵まれた人、主があなたとごいっしょです」と。

 

新改訳1970

1:28 御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」

 

塚本訳1963

1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」

 

口語訳1955

1:28 御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。

 

文語訳1917

"420128","御使、處女の許にきたりて言ふ『めでたし、惠まるる者よ、主なんぢと偕に在せり』"

"

●洗礼者ヨハネとイエスの誕生は神が「無から有を生み出される」お方であり、福音は全く神の意志で生みだされたものであることを言わんとしている。洗礼者ヨハネも「福音のうち」。


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御心にかなう人はいる・・・聖書密着人間・・・ ++++++++ 所感

2015/04/27 05:26

150427(月)3時目覚め4時起床●朝の啓示「御心にかなう人はいる・・・聖書密着人間・・・」●日本のキリスト者人口は1%程度で韓国の30%程度に比べて非常に少ないのですが、さりとて人間の努力や運動で増えるわけではなし、どう考えたらよいのか、不明である。●ただし有難いことに宗教としての「キリスト教」は、「聖書」「アーメン」などの言葉で良く知られている●ところが信者になるとなると、いろいろなしがらみがあって「改宗」まではいかない。●翻って、そこをかいくぐって信者になった人の姿を見ると、そこに神の「引き」のようなものを感じる。●集会の某氏は僧侶の息子。父親にキリスト信者になると言ったら、「檀家に申し訳ない。腹を切って死ぬ」とまで言われた。彼はそこをかいくぐって信者になったが、今は集会を離れた。理由は聞いてない。●過日は、拙ブログのうち、聖書のミスプリを指摘してくださった方がいた。兵庫県の一大学生であった。名前も素性も知らないが、神に「引かれた」、聖書密着人間と感じる。彼の生涯に末永く神の祝福あれ。●こういう人は日本全国、否世界中にちらほらいるものだ。ただし一握りである。ただしこのような人の存在が信仰の励み、ホームページやブログの営みの励みである。彼らは神の目に「世の光」「地の塩」である。●残る生涯はこのような「御心にかなう、未知のの人」に聖書読みの便利のために尽くしたい。●今朝はそのことを巡って頭に浮かぶ聖句を掲げてみる。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 使  13:46-48
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった

塚本訳 使  18:9-10
18:9 するとある夜主が幻でパウロに言われた、「『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10 『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」

塚本訳 ロマ 9:24-27
9:24 神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。
9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』
9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。

塚本訳 マタ 10:11-13
10:11 町なり村なりに入ったら、そこで然るべき人を捜して、(その土地を)立ってゆくまではその家に泊まっておれ。
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


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朝の啓示黙想終わり。神は天国への「道連れ」を与えてくださる。たとえ一人でも二人でもいいのだ。彼らは真理の証明者だ。

●5月3日集会感話の一部

②信者は「天の国の鍵」を預けられるという重大責任を負わされる。しかしそれは同時に重荷と苦しみを負わされることでもある。それは信者の宿命。

②-1)塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21
すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23
人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

②-2)塚本訳 マタ 16:16-19
16:16
シモン・ペテロが答えて言った、あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18
それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19
わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。

②-3)塚本訳 Ⅰペテ2:9
2:9
しかし君達は『選ばれた種族、王なる
祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業(いさおし)を宣べるためである』。

②-4)塚本訳 Ⅱコリ3:6
3:6
神はわたし達に、新しい契約のための
世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。

②-5)塚本訳 Ⅱコリ5:18
5:18
しかしこれらすべてのことは神から(の恩恵)である。
神はキリストによってわたし達(人類)を御自分と和睦させ、わたし達(使徒)にこの和睦の(福音を伝える)役目をお与えになった。

⑦信者が「この世」から憎まれて労苦するのは、それによって福音を証しする機会を与えられるため。我々の労苦は神が世を救う御経綸の一翼を担っている

⑦-1)塚本訳マコ 13:9
13:9
しかしあなた達は(こんな外の出来事よりも)自分のことに気をつけておれ。あなた達は裁判所に引き渡され、礼拝堂で打たれる。
また、わたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に立たされるであろう。これは、その人たちに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。

⑦-2)塚本訳 マタ 24:14
24:14
すなわち、あらゆる国々の人に(わたしとわたしの業を)証しするために、
(まず)この御国の福音が全世界に説かれ、それから最後(の裁きの日)が来るのである。

⑦-3)塚本訳コロ 1:24
1:24
今私は君達のために苦しむことを喜びとし、また
キリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

⑦-4)塚本訳ガラ 4:19
4:19
わたしの子供たちよ、
あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

⑦-5)塚本訳ピリ 1:29-30
1:29
君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。
1:30
(然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているのと同じ戦いをしているのだ!

⑦-6)塚本訳使  14:22
14:22
(道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、
「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

⑦-7)塚本訳 ヨハ 21:18
21:18
アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、
年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19
このように言われたのは、ペテロが
どんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。

⑧福音の真理に従う者は神が味方だから他人の批評を「恐れるな」。神の力は不思議な方法で人を新しく「霊に生まれさせる」。巧まずして自然に実を結ぶ。

⑧-1)塚本訳 マタ 10:27-30
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28
体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

⑧-2)塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8
というのは
わたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来るからである。

⑧-3)塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5
イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、
人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7
『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8
風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

⑧-4)塚本訳使  13:47-48
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48
これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、
永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった

⑧-5)塚本訳 ヨハ 6:45
6:45
預言書に、
〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃(高橋註イザヤ54:13、エレミヤ3134と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

③-6)塚本訳使  18:9-10
18:9
するとある夜主が幻でパウロに言われた、「
『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10
『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」

⑧-7)塚本訳 ロマ 9:27
9:27
(預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、
(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。

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●感話原稿の一部終わり

●NHKあさイチで「うつ病」。原因不明。多様。心当たりがある。神の力でなければ治らないと思った。
●妻はコーラスの練習に。




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永延の命の希望の喜び ++++++++ 所感

2015/04/26 06:10

150426(日)4時目覚め、4時40分起床。●朝の啓示。「永遠の命の希望の喜び」。●ヨハネ福音書は20章で終わりである。その結語は次である。結論は「永遠の命である。

塚本訳 ヨハ 20:31
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)を持たせるためである。


●次のヨハネ21章の標題は、付録(塚本訳)、エピローグ(フランシスコ会訳)などとなっている。聖書学的にはこの21章は増補改訂第2版の際に追加されたのであることは定説である。●ではなぜ追加されたのか。その意味は長い間分からなかったが、その謎が解けた。●それはヨハネ20章の最後は上記のように「永遠の命」で終わっているが、ではその「永遠の命」とは何か、「証拠」は何かに答えるのが21章であると考える。●もとより、「永遠」の概念は有限の人間には入らない(英国の哲学者バートランドラッセル・・・不信者)。持てない。それに答えるのが21章である。その疑問質問に応えるために21章が増補追加されたのであると信ずる。●この観点から21章を見ると、それは有体的復活のキリストの地上での姿である。有限の人間に永遠なるものが見えて触れたのである。

塚本訳 Ⅰヨハ1:1-3
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである。


●聖書学的にはどうかわからないが、ヨハネの手紙の著者はヨハネ伝の著者と同じであると信じる。つまり「永遠の命」は目で見えて触れたのである。イエス・キリストがその証拠だ。ここに人の究極の深い悲しみである「死」が克服される。
●母は11年前に肺癌で亡くなったが、最後は肺の9割に水が溜まり、ゴーゴーと肩で息をしていて苦しそうであった。それを見た私は思わず、「天国に行けば楽になる」と言った。すると母は苦しそうな呼吸の中でジロッと私の顔をみて「行って見てきたの?」と真剣な顔で聞いた。長き祈りむなしく母は信仰に目覚めることなく逝った。私は力が抜けて泣いた。●後日、このことを「Jバイブル」の開発者で家に来られた某牧師に言ったら、「見てきたのだと言えばよかったのだ。」と言われた。爾来この母の質問は喉に刺さった骨のように抜けなかった。●最近になって、ヨハネ21章が追加編修された動機は「永遠の命は見えて、触れたのである事を言いたいのであることが分かった。有体的復活のキリストがその証拠であるということを言いたいのであることが分かった。私はヨハネ21章を追加編集した人の「心」が見えた。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。


●命短い人生の悲しみは「死」。このどうしようもない悲しみを克服する道は「永遠の命の希望の喜び」に生きるほかはない。●バッハ、カンタータ147番「心と口と行い」の中の一曲はオルガニストのマイラ・ヘスが編曲して有名になった。「主よ、人の望みの喜びよ」である。これは娘の結婚式に友人によってオルガン演奏されたが、私の葬儀でも流してもらいたいと思っている。なぜか。これが私の究極の目標、また喜びであるからである。●今朝は新約聖書で「永遠」と「命」のワードが同時に含まれる節を検索してみよう。塚本訳で68節出てくるものを全部掲げる。全部読むところに意味がある。頭が改造される。「Jバイブル利用」。源泉は聖書だから、なまじの神学書よりも強力。パソコンの威力大。

マタ  10: 39

(十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。

マタ  16: 25

(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るのだから。

マタ  16: 26

たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

マタ  16: 27

(永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

マタ  18: 8

(だから)もし手か足があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。両手両足があって永遠の火の中に投げ込まれるよりも、片手片足で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

マタ  18: 9

もしまた目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。両目があって火の地獄に投げ込まれるよりも、片目で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

マタ  19: 16

するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」

マタ  19: 17

イエスは言われた、「なぜ善いことについってわたしに尋ねるのか。善いお方はただ一人(神)である。(永遠の)命に入りたければ、(神の)掟を守りなさい。」

マタ  19: 29

そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。

マタ  25: 46

こうして、『この(悪い)人たちは永遠の』刑罰に、正しい人たちは『永遠の命に』入るであろう。」

マコ  8: 35

(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。

マコ  8: 37

また、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができようか。

マコ  9: 43

もし手があなたを罪にいざなうなら、切ってすてよ。両手があって地獄の消えぬ火の中へ行くよりも、片手で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

マコ  9: 45

もし足があなたを罪にいざなうなら、切ってすてよ。両足があって地獄に投げ込まれるよりも、片足で(永遠の)命に入るほうが仕合わせである。

マコ  10: 17

旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」

マコ  10: 30

今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

ルカ  9: 24

(十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

ルカ  10: 25

するとそこに、ひとりの律法学者があらわれて、イエスを試そうとして言った、「先生、何をすれば永遠の命がいただけるのでしょうか。」

ルカ  10: 37

学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」

ルカ  17: 33

(この世の)命を保とうとする者は(永遠の)命を失い、(この世の命を)失う者は、(永遠に)生きながらえるであろう。

ルカ  18: 18

ひとりの(最高法院の)役人が尋ねた、「善い先生、何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか。」

ルカ  18: 30

この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

ヨハ  3: 15

それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。

ヨハ  3: 16

そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

ヨハ  3: 36

(だから従順に)御子を信ずる者は永遠の命を持つが、御子に不従順な者は命にはいることができないばかりか、神の怒りがその人からはなれない。」

ヨハ  4: 14

わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

ヨハ  4: 36

すでに、刈る人は報酬を受けている。すなわち永遠の命にいたる実を集めている。まく人も刈る人も、同時に喜ぶためである。

ヨハ  5: 24

アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を聞き、わたしを遣わされた方を信ずる者は、(今すでに)永遠の命を持っていて、(最後の日に)罰を受けない。その人はもはや死から命に移っているのである。

ヨハ  5: 29

(墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。

ヨハ  5: 39

あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、

ヨハ  6: 27

(食べれば)無くなる食べ物のためでなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい。これは人の子(わたし)があなた達に与えるのである。神なる父上が、(これを与える)全権を人の子に授けられたのだから。」

ヨハ  6: 47

アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしを)信ずる者は永遠の命を持つ。

ヨハ  6: 49

あなた達の先祖は荒野でマナを食べたけれども、死んだ。(天から降って来たが、永遠の命がないからだ。)

ヨハ  6: 54

わたしの肉を食い、わたしの血を飲む者は、永遠の命を持つ。わたしはその人を最後の日に復活させる。

ヨハ  6: 68

シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

ヨハ  10: 28

するとわたしが永遠の命を与え、彼らは永遠に滅びない。また彼らをわたしの手から奪い取る者はない。

ヨハ  12: 25

[(この世の)命をかわいがる者は(永遠の)命を失い、この世で命を憎む者は、命を守って永遠の命にはいるであろう。

ヨハ  12: 50

わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

ヨハ  17: 2

あなたは、子に下さいました者に一人のこらず永遠の命を与えさせるため、全人類を支配する全権を子に与えられたのですから。

ヨハ  17: 3

永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

ヨハ  20: 31

しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

使   11: 18

これを聞いて人々は沈黙し、「それでは異教人にも、神は(永遠の)命を得させる悔改めをお与えになったのだ」と言って、神を讃美した。

使   13: 34

なお、神がイエスをもう二度と朽ち果ててしまうことのない者として、死人の中から復活させられたことについては、『わたしは『ダビデに約束した永遠不動の聖なる賜物[永遠の命]をあなた達に』与えよう』とこう言われた。

使   13: 46

そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

使   13: 48

これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。

ロマ  2: 7

すなわち、忍耐して善を行うことによって栄光と栄誉と不滅とを求める者には、神は永遠の命をおあたえになるが、

ロマ  5: 17

一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──

ロマ  5: 20

(それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる。

ロマ  5: 21

これは罪が死を持って支配したように、恩恵も義をもって支配し、わたし達の主イエス・キリストによって、(わたし達を)永遠の命に入れるためである。

ロマ  6: 22

しかし今は、罪から自由にされて神の奴隷にしていただき、一つの実を得ている。この実はあなた達を聖め、最後は永遠の命に至らせるのである。

ロマ  6: 23

なぜなら、罪が(奴隷に)払ってくれる給料は死であり、(従う者に与えられる)神の賜物は、わたし達の主イエス・キリストにおいての永遠の命だからである。

ロマ  16: 26

今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである──

ガラ  6: 8

というのは、肉に蒔く者は肉から滅亡を刈取り、霊に蒔く者は(最後の日に神の)霊から永遠の命を刈取るであろう。

エペ  4: 18

彼らは理解力が曇っており、彼らの中に在る無知の故に、またその頑迷な心の故に、神の(賜わる永遠の)生命に縁無き者となっている。

Ⅰテモ 1: 16

しかし(罪人の第一人者たる)この私が(特に)憐れみを蒙ったのは、イエス・キリストが(まず救いの)第一人者として私にあらん限りの寛容を示し、(私をして今後)彼を信じて永遠の生命に入ろうとする者の典型たらしめんために外ならなかった。

Ⅰテモ 6: 12

信仰の善い戦いを戦い、永遠の生命を捉えよ。君はこの生命に召されて、多くの証人達の前で(信仰の)よき告白をしたのである。

テト  1: 2

(何れも)永遠の生命の希望に基づくもので(あって、)欺き給わぬ神はこの生命を(与えんことを)永遠の昔において約束し給うた。

テト  3: 7

これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。

ヘブ  7: 28

(なぜ一度で十分であるか。)律法は弱さをもつ人々を大祭司に任命するけれども、律法の後に来たこの誓約の御言葉は、『永遠に』完成された『御子(イエス)を』任命するからである。

Ⅰヨハ 1: 2

この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──

Ⅰヨハ 2: 25

そして彼(キリスト)がわたし達に約束された約束のものこそ、この永遠の命である。

Ⅰヨハ 3: 15

兄弟を憎む者は皆、人殺しである。そして、すべて人殺しには、永遠の命が留っていないことを、あなた達は知っている。

Ⅰヨハ 5: 11

そして(神の)証しというのはこれである。──(わたし達が御子を信じたとき、)神が永遠の命を与えられたこと、この命は御子がもっておられるということである。

Ⅰヨハ 5: 12

(だから、)御子を持つ者は(永遠の)命を持ち、神の御子を持たない者は命を持たない。

Ⅰヨハ 5: 13

このことをあなた達に書いたのは、あなた達は(イエスを)神の子として信じているので、すでに永遠の命があることを知らせるためである。

Ⅰヨハ 5: 20

しかしわたし達は知っている、神の子が来て、(唯一の)まことの者(なる神)を知る知識力をわたし達に与えられたことを。そしてわたし達はこのまことの者の中に、(然り、)御子イエス・キリストの中に、あるのである。この方はまことの神であり、また永遠の命である。

ユダ  1: 21

(賜わった)神の愛において自分を守り、永遠の生命に入れ給う私達の主イエス・キリストの憐憫を待ち望め。

黙   17: 8

お前が見た獣は以前にはいたが今はいない。しかし(直にまた)奈落(の底)から上って来るであろう。そして(時期が来ると再び永遠の)滅亡に(落ち)行くのである。そして地に住む者で、宇宙開闢の時からその名を生命の書に記されていない者は、その獣が以前にはいたが今はいず、再び来るのを見て驚くであろう。

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●人生は短く、かつ悲惨な目に遭って辛く悲しい。そして最後は「死だ」。いいことない。しかし「絶対恩恵の無条件の罪の赦し」と「永遠の命の希望の喜び」を頂いたのだから「おあいこ」だ。「マーいいか」。否、神の栄光を見られたのだ。感謝だ。「生きる喜び」だ。
●10:00 妻と東京聖書読者会。川上(司会)。茂木(サマリヤ)、横田(教会史。これは人間の罪の歴史だから聞きようによってはキリスト教が嫌いになる人間がでるだろう。)
●妻は「ロ短調ミサ曲」の練習。
●ルカ一日一節 1:27

岩波翻訳委員会訳1995

420127それは、ダビデの家の〔末裔である、〕ヨセフという名の男性と婚約していた、一人の乙女のもとに遣わされたのであり、その乙女の名はマリヤムといった。

 

新共同訳1987

1:27 ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。

 

前田訳1978

1:27 それはヨセフというおとこと婚約したおとめのところへであった。おとこはダビデ家の出で、おとめの名はマリヤといった。

 

新改訳1970

1:27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。

 

塚本訳1963

1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。

 

口語訳1955

1:27 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。

 

文語訳1917

"420127","この處女はダビデの家のヨセフといふ人と許嫁せし者にて、其の名をマリヤと云ふ。"

●自分の罪が赦されて新しい霊の生命が湧きあがった者にとっては神の子キリストの「処女降誕」は何でもなく信じられる。新生の経験のない人には復活も処女降誕も全く信じられない。


塚本訳 ヨハ 1:9-13
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 ヨハ 3:3-7
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

塚本訳 ヨハ 3:8-9
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、
どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」

塚本訳 マコ 4:26-28
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27
夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。


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ルカ一日一節おわり。神の力を信じる時、イエスは異常なる生まれ方をしたことが信仰の「要求になる」。

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東秋留の駅に行く「道」

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


文語訳 ヨハ 14:6
14:6 イエス彼に言ひ給ふ『われは道なり、眞理なり、生命なり、我に由らでは誰にても父の御許にいたる者なし。

●TSKでヨハネ14:6を見る

*「わたしは道であり、」

Isaiah 35:8-9

8そこに大路があり、その道は聖なる道ととなえられる。汚れた者はこれを通り過ぎることはできない、愚かなる者はそこに迷い入ることはない。  9そこには、ししはおらず、飢えた獣も、その道にのぼることはなく、その所でこれに会うことはない。ただ、あがなわれた者のみ、そこを歩む。

Matthew 11:27

 27すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子を知る者は父のほかにはなく、父を知る者は、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほかに、だれもありません。

John 10:9

 9わたしは門である。わたしをとおってはいる者は救われ、また出入りし、牧草にありつくであろう。

Acts 4:12

 12この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。

Romans 5:2

 2わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。

Ephesians 2:18

 18というのは、彼によって、わたしたち両方の者が一つの御霊の中にあって、父のみもとに近づくことができるからである。

Hebrews 7:25

 25そこでまた、彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。

Hebrews 9:8

8それによって聖霊は、前方の幕屋が存在している限り、聖所にはいる道はまだ開かれていないことを、明らかに示している。

Hebrews 10:19-22

 19兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、  20彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、  21さらに、神の家を治める大いなる祭司があるのだから、  22心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、まごころをもって信仰の確信に満たされつつ、みまえに近づこうではないか。

1 Peter 1:21
1:21 あなたがたは、このキリストによって、彼を死人の中からよみがえらせて、栄光をお与えになった神を信じる者となったのであり、したがって、あなたがたの信仰と望みとは、神にかかっているのである。




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「永遠の救い」とは何か ++++++++ 所感

2015/04/25 05:39


150425(土)3時目覚め、黙想、5時起床。キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は「永遠の救い」とは何か。という課題を与えられました。典拠はマルコ16:20の付録の次の箇所です。

岩波翻訳委員会訳1995

補遺1

[彼女たちは,命じられたことすべてをペテロのもとにいる者たちに手短に報告した。その後,イエス自身が、東から西に至るまで、彼らを通して,永遠の救いに関する聖なる不滅の宣教を送り出した。アーメン。]

  

新共同訳1987

 

結び二

 

〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して,永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

 

前田訳1978

異本に

〔女たちは命じられたことのすべてをペテロたちに手短に伝えた。そののち,イエスご自身も、永遠の救いの聖なる朽ちない音信(おとずれ)を,彼らを通じて東から西まで送られた。〕

 

新改訳1970

別の追加文

〔さて、女たちは,命じられたすべてのことを、ペテロとその仲間の人々にさっそく知らせた。その後、イエスご自身、彼らによって、きよく、朽ちることのない、永遠の救いのおとずれを,東の果てから,西の果てまで送り届けられた。〕

 

塚本訳1963

 別 の 附 録

【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】


フランシスコ会訳1962

補遺

〔婦人たちは、命じられたことを全部かいつまんで、ペトロと仲間の人たちとに告げた。そののち、イエズスご自身、かれらをとおして、聖なる朽ちることのない、永遠の救いのおとずれを、日の出るところから日の沈む所まで送られた。〕

 

口語訳1955

 

文語訳1917



●聖書にある、異本、追加、付録などは近代聖書学では重要視されないが、信仰的には有益である。このマルコ16:20の付録もそうである。特に上記赤字の部分は魂が奮い立たせられ、震撼させられる部分で、この部分に新約聖書の全部が込められている。このうち「永遠の救い」という注目すべき言葉について研究しようと思って、手元の参考書を見たが、異本、付録、なのでこれと言ったものが見つからなかった。
●そこで「Jバイブル」を利用して「永遠の救い」というワードから探っていくと次が網にかかった。

塚本訳 ヘブ 5:8-10
5:8 彼は御子であるにもかかわらず、苦しみをうけて従順を学び、
5:9 完成されたので、(今度は彼が、)彼に従順であるすべての人に対して『永遠の救の』本源となり、
5:10 神から『メルキゼデクと同等の』大祭司と呼ばれたのである。

塚本訳 ヘブ 7:15-16
7:15 なお一層明白なことは、『メルキゼデク』と同じ『ような』ほかの『祭司(イエス)が』あらわれた以上、
7:16 彼は肉にかんする掟の法則によらず、不滅の命の力によって立てられていることである。

塚本訳 ヘブ 9:11-12
9:11 しかしキリストは来るべき善いことの大祭司として(ついに地上に)あらわれ、手で造らない、すなわち、この世界に属しない、より大なる、より完全な幕屋を通って、
9:12 また、雄山羊や小牛の血をもってでなく、自分の血をもって、ただ一度かぎり(至)聖所に入り、永遠のあがないを得られたのである。

塚本訳 ヘブ 9:28
9:28 キリストも、ただ一度『多くの人の罪を負う』ために捧げられ、(それから)二度目に、(しかし今度は)罪と関係なく、救のため、彼を待っている者に自分をあらわされるのである。



●アーソウカ、これで分かった。「永遠の救い」とは天にいる大祭司キリストによる「永遠のとりなし」のことなのだ。解読の鍵はヘブル書にあった。ヘブル書に集中していた。
●「聖書で聖書を読む」ことの威力を感じる。聖書のわからないところは聖書に聞くのが間違いない。人間に聞いても「だろう」「おそらく」で終始するから信仰の益とはならない。

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朝の黙想おわり。大先生なきあとの無教会のプロパガンダは「聖書で聖書を読む」である。

●7:20 妻は友人たちと千葉県の鹿島神宮へ小旅行。東京からバスで2時間とは遠いところだ。
●TSK日本語版アモス書6章
●昼食後、録画してあった「相続」関連のTVを観る。非常に面倒なので専門家に任せるのが一番良いが、大方針は「天に宝を積む」精神にしたい。「子に財産を遺さない」(子に美田を遺さず)。建築の仕事をしていると、遺産相続で骨肉の争いに遭遇したことがある。ああいうことにはなってもらいたくない。
●ルカ一日一節 1:26

岩波翻訳委員会訳1995

420126さて、六月目に、御使いのガブリエルが、神からガリラヤのナザレという名の町に遣わされた。

 

新共同訳1987

1:26 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。

 

前田訳1978

1:26 六か月目に、天使ガブリエルが神からガリラヤのナザレという町へつかわされた。

 

新改訳1970

1:26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。

 

塚本訳1963

1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。

 

口語訳1955

1:26 六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。

 

文語訳1917

"420126","その六月めに、御使ガブリエル、ナザレといふガリラヤの町にをる處女のもとに、神より遣さる。"

●ザカリヤに現れたのと、マリヤに現れた天使は同じガブリエルという同じ天使であったことに意味がある。洗礼者ヨハネの誕生とイエスの誕生は一連のことで神の意志であった。

●イエスの誕生はベツレヘムであったが、エジプトに逃げたあと、ナザレに引っ込んだ。

塚本訳 マタ 2:19-23
2:19 ヘロデが死ぬと、主の使いが夢でエジプトのヨセフに現われて
2:20 言った、「起きて、幼児とその母とを連れて、イスラエル(の民)の地に行け。その幼児の命をねらっていた者は死んだから。」
2:21 そこでヨセフは起きて、幼児とその母とを連れて、イスラエルの地にかえった。
2:22 しかしアケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞き、恐ろしくなってユダヤへ行かずにいると、また夢でお告げを受けたので、(ユダやをやめて)ガリラヤ地方に引っ込み、
2:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレ人と言われる」と、預言者たちをもって言われた言葉が成就するためであった。



●イエスは無名の地、ナザレで育った。

塚本訳 マコ 1:9
1:9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼をお受けになった。

塚本訳 ルカ 4:16
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。


●イエスは両親の郷里であるナザレに住まわれた。

塚本訳 マタ 2:23
2:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレ人と言われる」と、預言者たちをもって言われた言葉が成就するためであった。


塚本訳 ルカ 1:26
1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。


塚本訳 ルカ 2:4
2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

塚本訳 ルカ 2:39
2:39 両親は主の律法のさだめをすべて果すと、ガリラヤの自分の町ナザレに帰った。

塚本訳 ルカ 2:41
2:41 さてイエスの両親は、過越の祭には毎年エルサレムに行った。

●ナザレはあまり知られた町ではなかった。

塚本訳 ヨハ 1:45-46
1:45 (すると今度は)ピリポがナタナエルに出合って言う、「わたし達はモーセが律法に書き、預言者たちも書いている人を見つけた、ヨセフの子、ナザレ人イエスだ。」
1:46 ナタナエルが言った、「あのナザレから何か善いものが出るだろうか。」ピリポが言う、「来なさい、そうすればわかる。」

塚本訳 使  10:38
10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。


●イエスは郷里ナザレの会堂で教えられたが、地元の人は受け入れなかった。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 マタ 13:53-58
13:53 イエスはこれらの譬を終えると、そこを去り、
13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。
13:58 彼らの不信仰のゆえに、そこではあまり奇蹟を行われなかった。(出来なかったのである。)

塚本訳 ヨハ 7:14-16
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。



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ルカ一日一節おわり。イエスの生まれは無名の地。名門の出ではなく、エリートコースではなかった。













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祭司の仕事とは何か ++++++++ 所感

2015/04/24 06:32

 150424(金)3時半目覚め4時半起床●キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示は「祭司の仕事とは何か」です。●しかし信仰と政治の問題についてネットサーフィンしていたら5時半になり、政治という小事とはいえ、無駄な時間を費やしてしまった。政治の領域は「その道の専門家」の世界なので関わることは出来ない。私が建築士であるのと同じく、政治は専門家の領域だ。●私は聖書の素人読みの世界に逃げ込んで生きたい。●ある人が塚本先生に「無教会主義ではなく無祭司主義と言った方が良いのではないでしょうか」と尋ねたら、先生は聖書に「汝ら祭司たれ」とあると答えられた。

塚本訳 Ⅰペテ2:5
2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである。

塚本訳 Ⅰペテ2:9
2:9 しかし君達は『選ばれた種族、王なる祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業を宣べるためである』。


●祭司の役目

塚本訳 Ⅱコリ3:6
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。


塚本訳 Ⅱコリ5:18
5:18 しかしこれらすべてのことは神から(の恩恵)である。神はキリストによってわたし達(人類)を御自分と和睦させ、わたし達(使徒)にこの和睦の(福音を伝える)役目をお与えになった。


●祭司も人の子、自分の罪が問題。そこに涙がある。

塚本訳 ヘブ 7:26-28
7:26 (わたしはイエスがメルキゼデクと同等の大祭司であることを、くどくどと述べてきた。なぜか。)こんな大祭司こそ、わたし達にふさわしいからである。聖なる、罪のない、汚れのない、罪人と分けられ、もろもろの天よりも高くされた大祭司!
7:27 彼は(レビ系の)大祭司たちのように、まず自分の罪のために、つぎに民の罪のために、毎日犠牲を捧げるに及ばない。(あとにも先にも)ただ一度かぎり、(山羊や小牛でなく)自分自身を捧げて、これをなしとげられたからである。
7:28 (なぜ一度で十分であるか。)律法は弱さをもつ人々を大祭司に任命するけれども、律法の後に来たこの誓約の御言葉は、『永遠に』完成された『御子(イエス)を』任命するからである。

塚本訳 マタ 18:32-35
18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』
18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)
18:35 わたしの天の父上も、もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」

塚本訳 ヨハ 8:7
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」

口語訳 ヨブ 1:5
1:5 そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが
「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。

塚本訳 マタ 5:27-29
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。

塚本訳 マタ 5:21-22
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。
5:22 しかしわたしはあなた達に言う、
兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。

塚本訳 マタ 7:1-5
7:1 (人を)裁くな、自分が(神に)裁かれないためである。
7:2 (人を)裁く裁きで、あなた達も裁かれ、(人を)量る量りで、あなた達も量られるからである。

7:3 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。
7:4 また、どうして兄弟にむかって、『あなたの目の塵を取らせてくれ』と言うのか。そら、自分の目に梁があるではないか。
7:5 偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目の塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

塚本訳 ロマ 7:16-24
7:16 ところで、したくないと思うことばかりをしているのなら、律法が良いものであることを認めているわけである。
7:17 そうすると、それをしているのはもはやこのわたしではなく、わたしの中に住み込んでいる罪である。
7:18 なぜなら、わたしの中には、すなわちわたしの肉の中には、(何一つ)善いものが住んでいないことを、わたしは知っている。良いことをしたいと思う意志はいつもわたしにあるが、(悲しいかな、)する力がないのである
7:19 したいと思う善いことはせずに、したくないと思う悪いことばかりを、するからである。
7:20 ところで、したくないと思うことばかりをしているのだから、それをしているのはもはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪である。
7:21 だから、わたしが良いことをしたいと思えば、かならず悪いことがわたしに生まれるという法則があることを、発見する。
7:22 すなわち、(わたしの中に二つのわたしがあって、)内の人としてのわたしは神の律法を喜ぶが、
7:23 わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか


●失敗の祭司。しかし天上のキリストが大祭司だから清めてくださる。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 ヘブ 5:7
5:7 彼はその(地上における)肉の日に、烈しい叫び声と涙とをもって、彼を死から救い得るお方に向かって祈りや嘆願を捧げ、その敬虔のゆえに聞きいれられた(方である)。


塚本訳 Ⅰヨハ1:9
1:9 もし罪を正直に言うならば、神は真実で、正しいお方であるから、わたし達の罪を赦し、
あらゆる不義から清めてくださるのである。


塚本訳 Ⅰヨハ2:1
2:1 わたしの子供たちよ、わたしがこのことを書くのは、あなた達に罪を犯させないためである。万一罪を犯す者があっても、わたし達には父の所に弁護者、すなわち義なるイエス・キリストがある

塚本訳 Ⅰヨハ1:7
1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

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朝の黙想おわり。キリスト者は皆祭司。しかしそこは人間、自分の罪に泣く。自分の家族親族のために泣く。泣いている。しかし大祭司キリストが天上で呻いて助けて下さる。

●ルカ一日一章 1:25

岩波翻訳委員会訳1995

420125「主は、人々の間での私の恥を取り去ってやろうと心に留めて下さった時、私に、このようにして下さいました」。

 

新共同訳1987

1:25 「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」

 

前田訳1978

1:25 「わが恥を人の前にそそぐために、主はいまこのようにわたしにしてくださった」といった。

 

新改訳1970

1:25 「主は、人中で私の恥を取り除こうと心にかけられ、今、私をこのようにしてくださいました。」

 

塚本訳1963

1:25 「主はわたしに目をかけ、人中で『(子供のない)わたしの恥をそそいで』やろうとて、いまこの時にこのようにしてくださった」と。

 

口語訳1955

1:25 「主は、今わたしを心にかけてくださって、人々の間からわたしの恥を取り除くために、こうしてくださいました」と言った。

 

文語訳1917

"420125","『主わが恥を人の中に雪がせんとて、我を顧み給ふときは、斯く爲し給ふなり』
"

●神は人の恥を取り除くことを通してご自分の栄光を現す。神は神を信ずる者にいつまでも苦しみを与えない。子が生まれないのは「恥」か。

新共同 創  30:23
30:23 ラケルは身ごもって男の子を産んだ。そのときラケルは、「神がわたしの恥をすすいでくださった」と言った。

塚本訳 ルカ 1:46-50
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』
1:49 力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださったのです。『そのお方の名は聖で、』
1:50 『その憐れみは千代よろず代とかぎりなく、そのお方を恐れる者にのぞみましょう。』

塚本訳 ルカ 1:67-69
1:67 父ザカリヤはその時聖霊に満たされてこう預言した。──
1:68 『讃美すべきかな、イスラエルの神なる主!』『その民(イスラエル)を』心にかけて『あがないを』なし、
1:69 わたし達のために、僕『ダビデの』家に救いの(力強い)『角(なる救い主)をお立てになる』からである、

塚本訳 マタ 12:46-50
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの
兄弟、姉妹、また母であるから。」

塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

塚本訳 ルカ 23:28-29
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。
23:29 いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。

塚本訳 ルカ 20:33-36
20:33 すると(もし復活があるなら、)復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも女を妻にしましたから。」
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。

塚本訳 Ⅰコリ7:25-28
7:25 また、(伝道する者を助けている)処女について(あなた達が書いて来ているが、これに)は、(離婚の場合のような)主の命令がわたしには(まだ)ない。しかし主の憐れみをうけて信頼されている者として、(わたし自身の)意見を述べる。
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか


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ルカ一日一節黙想おわり。結婚は目標でなく、救いでもない。究極の幸福ではない。それは天国行きの手段。準備。道場。修羅場。

●TSK日本語版アモス書5章
●午後、妻は体操(自彊術)それから夜は「第九」。
●ノジマへ往復徒歩2時間、私の運動。プリンターのイエローを購入。

2015_04240001.jpg 
春の我が家

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八重桜。光量が少なくて残念。

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転落人生を救うのは神による「罪の赦し」・・・十字架の血による贖い・・・ ++++++++ 所感

2015/04/23 06:17

150423(木)4時半起床。朝の啓示「転落人生を救うのは神による『罪の赦し』・・・十字架の血による贖い・・・」●昨日は本田哲郎神父の「釜ヶ崎と福音」を読んだ。ただ残念ながら転落した人間の救いの道が書かれてない。人は食が足りても経済が足りても霊魂は救われない。人が真に欲しているものはこの世の充足ではなく、神の子の尊厳の回復。それには罪の赦しを通して霊魂が清められなければならない。この世的自由ではなく、霊魂の自由。●そこで今朝はいかにしたら転落人生の救いが可能かを探ってみたい。●コンツェルマンの「時の中心」によれば今は教会の時代だが、これは「聖霊の時代」だという。教会や集会は「集客」が目的、これは自己中心的。無教会の「先生記念会」の本質は人間を記念して集客をし、そのことで福音を広めようとしているが、誤り。それは偶像礼拝。無教会の衰退はその罰である。●福音は集客でなく、発信でなければならない。今日イエスが来たら教会や集会にはいかない。自ら釜ヶ崎や山谷に出かけて行くだろう。福音は発信だからである。イエスは罪人や転落人間を求めて歩いた。罪人に招かれて食事した。●大切なのは社会改造でなく、罪の赦しと清めによる人間の尊厳回復。真の自由の回復。

塚本訳 マタ 26:11-13
26:11 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも(一しょに)いるわけではない。
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 Ⅰコリ11:23-26
11:23 なぜというか。わたしは(晩餐のことを)主から授かり、それをまたあなた達に伝えたのであるが、それはこうである。──主イエスは(敵に)引き渡された夜、パンを手に取り、
11:24 (神に)感謝して裂いて、言われた、「これはあなた達のためにわたすわたしの体である。わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。
11:25 食事の後、杯を同じように(感謝)して(分けて、)言われた、「この杯はわたしの『血』の犠牲を払った『新しい約束』である。(今から後、)飲むたびごとに、わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。
11:26 すなわち、主が(ふたたび)来られるまで、あなた達はこのパンを食べこの杯を飲むたびごとに、主の死(の意味)を、(このことを行なうことによって)宣べ伝えるのである。

塚本訳 ルカ 15:11-19
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』
と。

塚本訳 ヨハ 4:13-18
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ルカ 19:2-10
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 8:31-34
8:31 すると信じたユダヤ人に言われた、「もしわたしの言葉に留まっておれば、あなた達は本当にわたしの弟子である。
8:32 真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」
8:33 しかし彼らは(その意味がわからずに)答えた、「わたし達はアブラハムの子孫で(自由人で)ある。いまだかつてだれの奴隷にもなったことはない。どうして『あなた達は自由になる』と言われるのか。」
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、
罪を犯す者は皆罪の奴隷である。

塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8 というのはわたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来るからである。

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朝の啓示終わり。イエスの流された血は罪を贖い清める。その宝血がこの世の悩み難問からの一切の救い。


●本田神父のことを過去日記で検索したら、130109に本日と同じようなことを書いているので再掲する。


130109ブログ再掲
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転落人生の救い ++++++++ 所感

2013/01/09 06:29

130109(水)5時目覚め朝の啓示「転落人生の救い」人生は一生懸命生きれば生きるほど失敗したときの落胆や嘆きは大きい。その寂しさに「魔が射して」(これは良い日本語だ。魔とは聖書的には悪魔のことだ)人生転落する。それはそれはひどい姿になる。精神の病気にもなる。商売もうまくいかなくなる。家庭も崩壊する。勤務先から追放される。教会員から毛嫌いされる(!!)。親類縁者に顔出しができないようになる。妻子から馬鹿にされる。菊池寛「父帰る」。ルカ伝15章「放蕩息子のたとえばなし」の兄、ヨハネ伝8章「姦淫の女」などがそれを示すとにかく「この世」から相手にされなくなる。ところが神はこういう人を救う。キリスト教の本質はここにある。福音の正客はこのような人だ。今朝はこれに関する聖書の箇所を黙想してみよう。しかしこのような人はおそらくパソコンなどは手にしてないだろうから、パソコンのできる若い牧師や伝道者に向けて書く。彼ら転落者は困窮者だから教会員にしても経済的メリットはない。「パンを水の上に投げよ」「金銀我になし。されどキリストイエスの名によって歩め」の精神で行け。世には「転落人生者」は多い。刈り入れる麦は多いが、刈り入れ人は少ない。

塚本訳マタイ
"400543","
あなた達は(昔の人がモーセから、)隣の人を愛し、敵を憎まねばならない、
と命じられたことを聞いたであろう。"
"400544","
しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
"
"400545","
あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善
人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

"
"400546","
自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われる
あの)税金取りでも同じことをするではないか。"
"400547","
また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教
人でも同じことをするではないか。"

これは常識人間にはできないことだ。「その人を判断するには友人を見よ」と言われているからだ。
私は息子の一人に「あんな悪い友達と遊んではいけない」と言ったことでその息子に躓かれた。「お父さんは日曜日に聖書の話をしているときと普段の日とどちらが本当なのか」と。アーキリスト信者の道は辛い。「男はつらいよ」。妻子に躓かれる。

塚本訳マタイ
"400910","
イエスが家で食卓についておられるたときのこと、大勢の税金取りや罪人も来
て、イエスや弟子たちと同席していた。"
"400911","
パリサイ人はこれを見て、弟子たちに言った、「なぜあなた達の先生は、税金取
りや罪人と一しょに食事をするのか。」"
"400912","
聞いて言われた、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。"
"400913","“わたしは憐れみを好み、犠牲を好まないという(神の言葉の)意味を、行
って、勉強したがよかろう。わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来
たのである。」"


かって勤務先の近くにあった富士見町教会(東京では有数の大教会)で弱小教会の牧師の話があった。その内容は「地方から東京に出稼ぎにきた男が悪い女に溺れて転落し、妻子から見放されたが悔いて鼻水と涙が混ざって泣きながら救いを求めに来た。教会は彼を受け入れた。小さい教会には大きい教会にはないこのようなことがある」というものであった。大教会にはキリスト信者でこの世的に偉い名士がウヨウヨいるから「転落人生」の人間には敷居が高くて入れないのだ。
教会の敷居が高いことに関しては拙HPの次を参考にしていただきたい。

「私はモーだめでしょうか」「贖罪の道がある」

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/mou.htm

塚本訳マタイ
"402006","
(最後に)五時ごろ出ていって見ると、(まだ)ほかの労働者が立っていたので、
言う、『なぜ一日中何もせずに、ここに立っているのか。』"
"402007","
彼らがこたえる、『だれも雇ってくれないのです。』彼らに言う、『(まだ一時間
は働ける。)あなた達も葡萄畑に行きなさい。』"
"402008","
さて夕方になると、葡萄畑の主人が監督に言う、『労働者たちを呼んで、賃金を
払ってやりなさい、(逆に)最後の者から始めて最初の者まで。』"
"402009","
そこで(まず)五時ごろの者が来て、一デナリずつ貰った。"
"402010","
最初の者は来て、(あの連中が一デナリなら、)自分たちは余計に貰えるものと
思っていたところ、彼らも一デナリずつ貰った。"
"402011","
そこで貰ったとき、家の主人に向かって不平を"
"402012","
言った、『この最後の者は(たった)一時間しか働かなかった。われわれは一日
中、重労働と暑さを辛抱したのに、あなたは同じ扱いをされたではないか。』"
"402013","
主人がその一人に答えた、『君、わたしは何も間違ったことをあなたにした覚え
はない。一デナリの約束ではなかったのか。"
"402014","
自分の分を取って帰りたまえ。わたしはこの最後の人に、あなたと同じだけや
りたいのだ。"


これはこの世の論理で通じない。
ここでは人生失敗してこの世的には何も「見るべきこと」ができなかった人にも神の救いは及ぶということを示している。
ラスキンの「Unto This Last (日本語の題名は「この最後の者にも」)はこの聖書の箇所が思想的な根底。
英国の政治家が理想とするのはこのラスキンの精神。弱者には多少の痛みがあるのは仕方がないと言った元首相の小泉純一郎とは全勢んちがう。
これに関しては拙HPの次を参照していただきたい。

「市場経済の次に来るのは『人格経済』」

http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/bunshou/sijyou.html


塚本訳マタイ
"402128","
いったいあなた達はどう思うか。──ある人に二人の息子があった。長男の所
に行って、『坊や、きょう葡萄畑に行って働いてくれ』と言うと、"
"402129","
長男は『いやです』と答えたが、あとで後悔して出かけた。"
"402130","
つぎに次男の所に行って同じように言うと、こちらは、『お父さん、承知しまし
た』と答えたが、行かなかった。"
"402131","
この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼
らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あ
なた達よりも先に神の国に入るであろう。
"
"402132","
そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜ
ず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改
めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。"

親鸞の悪人正機説と似ているが、違う。親鸞の説は「思想」。キリストは自らが血を流して救う贖罪。罪は死を持って清まる。
大阪の釜ヶ崎に飛び込んだ「本田哲郎神父」の講演を聞いたことがある。本田神父は無料散髪で奉仕していたが、ある時、同じホームレスの人が同僚(?)のホームレスに「俺もお前と同じなんだ」と言ったことが同僚を真に励ましたことに感動したという。
私に言わせれば、本田神父は「上から目線」でホームレスに接していたのだ。それに比べてホームレスの同僚の目線は同じレベルであった。これ同質の原理と言う。同質の原理が真に人を慰める。「説教」が人に通じない原理もこの辺にある。

塚本訳ヨハネ
"430802","
次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教え
ておられた。"
"430803","
すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。
みんなの真中に立たせて、"
"430804","
イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。"
"430805","
モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなた
はなんと言われますか。」"
"430806","
こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。
エスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。"


イエスは座っていたが、「姦淫の女」が皆に責められると一緒にうずくまった。ここに同じレベルの目線の姿がある。
「わたしも罰しない」(811)と言ったイエスはその後、一人で十字架に向かう生涯になった。
「悪人正機」の思想ではない。自らが血を流しての贖罪の道を開いたのだ。
それは律法の峻厳さと神の愛の矛盾を一致させる「苦しい道」があったのだ。


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130109 ブログ再掲おわり。告知すべきことは変わらない。


また、080524  にも本田神父のことが書いてあるのでその部分を再掲する

080524ブログ再掲
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080524(土)●13:30教文館ビルで「聖書セミナー第3回。本田哲郎フランシスコ会司祭「3つの聖書を翻訳して」。学者の説で訳した聖書が釜ケ崎のホームレスたちには通じないことを痛感。そこに入り込んで一緒になろうとしたが、貧しく低くなりきれなくて挫折。質問時間に私が次のように発言「今日の話は相手の低さにまで降りようとして失敗挫折したまでは感動的であったが、その後彼らと連帯して生きていこうという結論は竜頭蛇尾。それでは社会主義と同じだ」。帰宅すると某氏から私の発言がよかったと「エールのメール」。ガッツポーズである。

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080524ブログ再掲おわり

●13:30 妻と五日市のまほろばホールで「大英博物館・・100のモノが語る世界の歴史」関連文化講演会。講師は東京都美術館学芸員水田有子。展覧会の見どころを教えてもらった。それにしても英国はよくもこんなに世界の遺産を収集したものだなー。大英博物館が保有する人類の遺産は700万点。膨大な収集の原因は世界ナンバーワンの国としての自覚があったのか。キリスト教もローマカトリックに従属しないで独自の英国国教会(聖公会)を打ち立てたのはその「自覚」があったからだろうか。とにかくすごい民族だ。

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講演会の帰途16:00頃、大塚公園の前で見事なハナミズキを見た。前方を歩くのは妻。
妻は足が速い。

●ルカ一日一節 1:24

岩波翻訳委員会訳1995

420124これらの日々ののち、彼の妻エリザベトは身重になり、五月(いつつき)の間引きこもっていた。そして〔次のように〕言っていた、

 

新共同訳1987

1:24 その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。

 

前田訳1978

1:24 そののち妻エリサベツは身ごもり、五か月の間引きこもっていたが、

 

新改訳1970

1:24 その後、妻エリサベツはみごもり、五か月の間引きこもって、こう言った。

 

塚本訳1963

1:24 数日の後、妻エリザベツはみごもって、五か月のあいだ(家に)引き篭っていたが、彼女はこう考えるのであった、

 

口語訳1955

1:24 そののち、妻エリサベツはみごもり、五か月のあいだ引きこもっていたが、

 

文語訳1917

"

"420124","此の後その妻エリザベツ孕りて、五月ほど隱れをりて言ふ、"


●イエスが、「女の生んだものの中で最大人物」(マタ11:10-11、ルカ7:28-29)と言った「福音の先駆け」である洗礼者ヨハネの誕生は「人間の思い」ではなかった。こういうことをここに読めば正解だ。



塚本訳 ルカ 7:27-28
7:27 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使をやって、あなたの先駆けをさせ、』あなたの『前に道を準備させる』』と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである
7:28 わたしは言う、女の産んだ者の中には、ヨハネより大きい者は一人もない。しかし神の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

塚本訳 ルカ 1:25
1:25 「主はわたしに目をかけ、人中で『(子供のない)わたしの恥をそそいで』やろうとて、いまこの時にこのようにしてくださった」と。

塚本訳 ルカ 1:64-66
1:64 するとたちどころにザカリヤの口が開け舌が動き出してものが言えるようになり、神をほめたたえた。
1:65 近所の者に皆恐れが臨んだ。そしてこのことがことごとくユダヤの山地全体の評判になったので、
1:66 聞いた者は皆これを胸におさめ、「この幼児はいったい何になるのだろう」と考えた。主の(恵みの)御手もまたたしかにこの幼児に働いていたのである。


塚本訳 ルカ 1:26-38
1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。
1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。
1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。
1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。
1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。
1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、
1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。」
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った
、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

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●ルカ一日一節おわり。聖書は学者読みではなく、素人読みがよい。信仰読みが良い。











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子供がパンを求める時。 ++++++++ 所感

2015/04/22 06:11


150422(水)4時半起床●キリスト者の皆様お早うございます●昨夜は孫の一人から「おばあちゃんの作るパウンドケーキはおいしいのでまた作ってほしい」とただそのことだけの不思議な電話があった。妻は留守だったので帰宅後早速そのことを伝えた。このことは非常に不思議であり、神の子キリストが信仰を語る時、神を父と呼べと語ったことを思い出した。●神の子キリストが神を「父」と呼べと言ったところに聖書と福音の本質が籠められている。今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを思い浮かぶままに掲げてみよう。こういう勉強方法ははドイツの聖書学者コンツェルマンの難解な「時の中心」を読むよりずっとためになる。なぜか。人には必ず「親」があるものだから。●この勉強は語学、神学、聖書学は必要ない。孫は不思議な電話をくれたものだ。今後の聖書勉強と生き方を示唆してくれた。

塚本訳 ルカ 2:18-20
2:18 聞く者は皆羊飼たちの話を不思議に思った。
2:19 しかしマリヤはこのことを皆胸にひめて、一人でじっと考えていた
2:20 羊飼たちは、聞いたり見たりしたことがことごとく(天使の)話のとおりであったので
神を崇め、讃しながら引き返した。

塚本訳 ルカ 2:48-52
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』


塚本訳 マタ 7:7-11
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか

7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか。

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

口語訳 詩  84:11
84:11 主なる神は日です、盾です。主は恵みと誉とを与え、直く歩む者に良い物を拒まれることはありません。


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである

塚本訳 マタ 6:8-9
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。


塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ルカ 15:20-24
15:20 そして立ってそのの所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかしは(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。

●これが分かれば全聖書の本質が分かったことになる。しかしこれは「学問」ではわからない。聖霊を頂くことによってわかる。私は今後こういう営みをしながら、「聖書を読む人生」を子や孫に伝えたい。こういう生き方が「幸福」であることを教えたい、伝えたい。讃美歌214(きたのはてなる)、502(いともかしこき」)
●文字は人を殺す。霊は人を生かす。
●子供がパンを求める時に「親としては何が何でも応じる」「頭が真っ白になって大金を支払う気になる」。それが心親心であることが「オレオレ詐欺」が後を絶たない理由である。もし神の子キリストが「オレオレ詐欺」を知ったならば次のように言うかもしれない。「人の子の親でさえ『オレオレ詐欺』に簡単に応じるではないか。ましてや天の父は子が求めてくれば心やすく応じるだろう」と

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●朝の黙想おわり。この人生はどんなに些細な事、また大不幸、悲惨な事、不条理な事、不可解な事も結局は「神の愛」を知るためにある。備わっている。しかしそれが分かるためには時間がかかる。人は痛い目に遭って、悲惨な目に遭って、そのことをわからされる。この世で駄目なら来世へ延長戦になる。パウロはいう。

塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。





●ルカ一日一節 1:23


岩波翻訳委員会訳1995

420123そして、彼の奉仕の日々が満ちた時、彼は自分の家に帰って行った。

 

新共同訳1987

1:23 やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。

 

前田訳1978

1:23 つとめの日が終わると、彼は家に帰った。

 

新改訳1970

1:23 やがて、務めの期間が終わったので、彼は自分の家に帰った。

 

塚本訳1963

1:23 そして(その組の七日の)務の日が終ると、家にかえった。

 

口語訳1955

1:23 それから務の期日が終ったので、家に帰った。

 

文語訳1917

"420123","かくて務の日滿ちたれば、家に歸りぬ。"




●人には勤めの時間と自分の時間、公的な時間と私的な時間がある。

●「自分の家」というのは私的空間である。どんなにみすぼらしくても「家は家」だ。心の居場所である。

●「家で死にたい」という人の割合は7割。これには何か宗教的に深い理由、人間の根源的要求があると思われる。建築士として多くの「家」を造れたのは幸福であった。

●ここで思い出す聖書を掲げてみよう。


口語訳 詩  84:1-3
84:1 万軍の主よ、あなたのすまいはいかに麗しいことでしょう。
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。
84:3 すずめがすみかを得、つばめがそのひなをいれる巣を得るように、万軍の主、わが王、わが神よ、あなたの祭壇のかたわらに/わがすまいを得させてください。


塚本訳 ルカ 2:49-50
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。


塚本訳 ルカ 15:17-18
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。


塚本訳 ヨハ 13:1
13:1 過越の祭の前、イエスはこの世から父上の所に移ってゆく時が(ついに)来たことを知って、この世で愛された弟子たちを、最後の瞬間まで愛しぬかれた。──


塚本訳 ヨハ 14:2
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。


塚本訳 ヨハ 16:28
16:28 (くりかえして言う、)わたしは父上のところから出てこの世に来たが、またこの世を去って父上の所にかえるのである。」


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●ルカ一日一節。これは楽しい仕事だ。

●TSK日本語版アモス書3章
●図書館でコンツェルマン「時の中心」、本田哲郎神父「釜ヶ崎と福音」。後者はホームレスの救いの道が書いてないのが良くない。次の聖句には及ばない。

塚本訳 ルカ 15:14-18
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。


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赤、黄、緑 春が盛り

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ハナミズキ。この花が咲くと、15年前に家屋が焼失したことを思い出す。あの時は神にぶんなぐられたのだ。

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外に散歩に出た妻の携帯から「虹が出ているわよ」とかかってきたので、外に出て写す。
火災の翌日、長男が「父さん虹が出ている」と教えてくれた。その時次の聖句を思ったものだ。

口語訳 創  8:20-21
8:20 ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。
8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、
もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない

口語訳 創  9:13-17
9:13 すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
9:14 わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
9:15 こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
9:16 にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。
9:17 そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。

●9:00 WBC世界フライ級タイトルマッチを観る。ボクシング大好き。無駄のない動きの芸術。
判定は2-1で挑戦者井岡一翔の勝利。判定スコアを見るとなぜこうなるのか素人には不明。
ただ、井岡のパンチの方が的確に当っていたことは分かった。パウロもボクシングを観た。

塚本訳 Ⅰコリ9:25-26
9:25 しかし競技する者は皆、何事にも自制する。ただ、あの人たちは朽ちはてる冠をもらうためであるが、わたし達は朽ちぬ冠のためである。
9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする


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弟子たちへの最後の言葉・「聖霊の時代」到来の予告 ++++++++ 所感

2015/04/21 10:35

150421(火)キリスト者の皆様お早うございます。●神の存在証明は「ユダヤ人」だと言われています。●キリスト教の真理性は「キリスト信者が世から憎まれる」という事実にあると思います。これは不思議な現象です●また教会の本質はキリスト信者が信仰故に「労苦」することにあると思います。●昭和の初期に岩下壮一神父が「無教会主義が真理ならば、キリストがこの世に降らなくてもよかった。見えない徴は徴ではない」と言った。(岩下壮一「信仰の遺産」)●では無教会主義は何をもってイエスの遺言を継承するかというと、それは「聖霊の時代」に信者が信仰ゆえに労苦する事である。このことを踏まえて、来る5月3日の集会感話を次のようにまとめた・

5月3日 東京聖書読者会 配布資料
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弟子達への最後の言葉

・・・福音書の最後に共通のイエスの遺言。「聖霊の時代」到来の予告・・・

      2015年5月3日 東京聖書読者会 高橋照男


①福音書の最後に共通のイエスの遺言。「聖霊の時代」到来の予告

①-1)塚本訳 マコ 16:15-20                       
16:15 彼らに言われた、
「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。  
16:16
信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる。     
16:17 そして信じた者(の伝道)には、次のような(不思議な)徴が伴うであろう。──わたしの名を使って悪鬼を追い出し、新しい(霊の)言葉を話し、
16:18 蛇をつかむことができ、たとえ毒を飲んでも決して害をうけず、病人に手をのせれば(かならず)癒えるであろう。」
              
16:19 主は(このように)彼らに語った後、『天にあげられて』『神の右にお座りになり、』
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると
主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 

①-2)塚本訳 マタ 28:16-20
28:20
わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。

①-3)塚本訳 ルカ 24:45-49
24:45
それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46
言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47
また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48
あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49
待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

①-4)塚本訳 ヨハ 4:21-24
4:21
イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する
時が来る
4:22
ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23
しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)
本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24
神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

①-5)塚本訳 ヨハ 20:31
20:31
しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである

救いの権威は神から「聖霊」を賜った人間に負わされる。

②-1)塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21
すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23
人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

②-2)塚本訳 マタ 16:16-19
16:16
シモン・ペテロが答えて言った、あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18
それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19
わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。

塚本訳 ロマ 10:14
10:14
ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。
説く者がなくて、どうして聞くことができようか

 

③この結果「神・キリスト・聖霊」(三位一体)の信仰箇条が誕生した

③-1)塚本訳 マタ 28:18-20
28:18
イエスは近寄ってきて十一人に言われた、
「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20
わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。

③-2)塚本訳使  18:9-10
18:9
するとある夜主が幻でパウロに言われた、「『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10
『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」

③-3)塚本訳ヨハ 14:1-3
14:1
(あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。

14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。
14:3
(間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。

③-4)塚本訳 Ⅱコリ13:13
13:13
主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを。


④信者は「永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ」の重大使命を託される

④-1)塚本訳 マコ 16: 20                  
別 の 附 録                                                                        【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、
永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

④-2)塚本訳 マタ 28:7-8
28:7
それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8
女たちは恐ろしいが、また
嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。

④-3)塚本訳 使  20:24
20:24
しかしわたしは、
自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

④-4)塚本訳 ロマ 9:1
9:1
私は
キリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。

④-5)塚本訳 ルカ 1:3-4
1:3
テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを
閣下に奉呈して、
1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

④-6)塚本訳 ロマ 12:11
12:11
熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。

 

⑤福音が真理である証拠は、信者は「この世」から憎まれるという現象の事実

⑤-1)塚本訳マタ 10:34-39
10:34
地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35
わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36
『家族が自分の敵となろう。』
10:37
わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38
また
自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39
(十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、
(永遠の)命を得るであろう。

⑤-2)塚本訳 ル21:1-17                       。                                        21:16 あなた達はまた親、兄弟、親族、友人からまで(裁判所に)引き渡される。殺される者もあろう。                      
21:17 またわたしの弟子であるために皆から憎まれる。


⑤-3)塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8
というのは
わたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来るからである。

 

⑥初代教会にける福音の伝播は一人の偉人の力ではなく、「福音の真理それ自身の力」であった。

⑥-1)塚本訳 ヨハ 15:26
15:26
(また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる
真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

⑥-2)塚本訳 使  14:3
14:3
それでも二人はかなり長い間(そこに)滞在していて、主を信じて堂々と語り、主は彼らの手で徴や不思議なことをおこなわせながら、(彼らが説く)主の(救いの)恩恵の言葉の正しいことを証明された。

⑥-3)塚本訳使  16:14
16:14
するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、
主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

⑥-4)塚本訳コリ2:4-5
2:4
そしてわたしの話も説教も、
人を感服させる知恵の言葉によらずに、(神の)霊と力との(直接の)立証によった。
2:5
それはあなた達の信仰が人間の知恵に基づくのでなく、神(御自身)の力に基づくためであった。

⑥-5)塚本訳コリ3:6-9
3:6 ──
わたしは植えた、アポロは水をやった、しかし
神がこれまで成長させてくださった。
3:7
従って、植える者も水をやる者もなんでもなく、成長させるお方、神だけが偉いのである。

⑦キリスト信者が「この世」から憎まれるのは、神がそれによって福音を広めるため。憎まれる「労苦」には意味がある。

⑦-1)塚本訳マコ 13:9
13:9
しかしあなた達は(こんな外の出来事よりも)自分のことに気をつけておれ。あなた達は裁判所に引き渡され、礼拝堂で打たれる。
また、わたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に立たされるであろう。これは、その人たちに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。

 

⑦-2)塚本訳 マタ 24:14
24:14
すなわち、あらゆる国々の人に(わたしとわたしの業を)証しするために、
(まず)この御国の福音が全世界に説かれ、それから最後(の裁きの日)が来るのである。

⑦-3)塚本訳コロ 1:24
1:24
今私は君達のために苦しむことを喜びとし、また
キリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

⑦-4)塚本訳ガラ 4:19
4:19
わたしの子供たちよ、
あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

⑦-5)塚本訳ピリ 1:29-30
1:29
君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。
1:30
(然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているのと同じ戦いをしているのだ!

⑦-6)塚本訳使  14:22
14:22
(道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、
「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

 

⑧福音を信仰告白する時には神がついている。だから人の批評を「恐れるな」

⑧-1)塚本訳 マタ 10:27-33
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28
体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29
雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30
ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31
だから
恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。
10:32
それだから(恐れずに説け。)だれでも人の前で(公然)わたしを(主と)告白するものを、わたしも(裁きの日に)、わたしの天の父上の前で(弟子として)認める。
10:33
しかしだれでも人の前でわたしを否定する者を、わたしも天の父上の前で否認するであろう。

⑧-2)塚本訳 ヨハ 21:18
21:18
アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、
年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19
このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、
「わたしについて来なさい」と言われる。

⑧-3)塚本訳使  13:46-47
13:46
そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)
しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」

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朝の仕事終わり。5月3日 東京聖書読者会 配布資料

●TSK日本語版アモス書2章
●妻は文京区のYさんの家に。それから月本先生の旧約講義
●14:30 歯茎が腫れて痛いので山川歯科に飛び込み治療

●ルカ一日一章 1:22

岩波翻訳委員会訳1995

420122すると彼は出て来たが、彼らに語ることができなかった。そこで彼らは、彼が聖所の中で幻を見たことがわかった。また彼の方も、彼らにうなずく〔だけで、〕口は利けないままであった。

新共同訳1987

1:22 ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。

 

前田訳1978

1:22 出てくると口がきけなかったので、彼が聖所で幻を見たことが民衆にわかった。彼は彼らに合図するばかりで唖者のままであった。

 

新改訳1970

1:22 やがて彼は出て来たが、人々に話をすることができなかった。それで、彼は神殿で幻を見たのだとわかった。ザカリヤは、彼らに合図を続けるだけで、おしのままであった。

 

塚本訳1963

1:22 やがて出てくるには出てきたが、(仕来りの)祝福を人々に与えることが出来なかったので、人々は彼が聖所の中で幻を見たことを知った。ザカリヤは身振りで示すばかりで、口がきけずにいた。

 

口語訳1955

1:22 ついに彼は出てきたが、物が言えなかったので、人々は彼が聖所内でまぼろしを見たのだと悟った。彼は彼らに合図をするだけで、引きつづき、口がきけないままでいた。

 

文語訳1917

"420122","遂に出て來りたれど語ること能はねば、彼らその聖所の内にて異象を見たることを悟る。ザカリヤは、ただ首にて示すのみ、なほ唖なりき、

"


●人は天的なものに打たれると変わる。


口語訳 出  34:29
34:29 モーセはそのあかしの板二枚を手にして、シナイ山から下ったが、その山を下ったとき、モーセは、さきに主と語ったゆえに、顔の皮が光を放っているのを知らなかった


口語訳 出  34:30
34:30 アロンとイスラエルの人々とがみな、モーセを見ると、彼の顔の皮が光を放っていたので、彼らは恐れてこれに近づかなかった。


口語訳 出  34:34-35
34:34 しかしモーセは主の前に行って主と語る時は、出るまで顔おおいを取り除いていた。そして出て来ると、その命じられた事をイスラエルの人々に告げた
34:35 イスラエルの人々はモーセの顔を見ると、モーセの顔の皮が光を放っていた。モーセは行って主と語るまで、また顔おおいを顔に当てた。


口語訳 申  34:10
34:10 イスラエルには、こののちモーセのような預言者は起らなかった。モーセは主が顔を合わせて知られた者であった。

塚本訳 マタ 17:1-2
17:1 (それから)六日の後、イエスはペテロとヤコブとその兄弟のヨハネだけを連れて、高い山にのぼられた。
17:2 すると彼らの見ている前でイエスの姿が変った。顔は太陽のように照りかがやき、着物(まで)が光のように白くなった。


塚本訳 使  22:6-11
22:6 ところが進んでいってダマスコに近づくと、昼ごろ、突然、天から強い光がさしてわたしのまわりに輝いた。
22:7 わたしは地べたに倒れて、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』と言う声を聞いた。
22:8 わたしは答えた、『主よ、あなたはどなたですか。』わたしに言われた、『わたしだ、君が迫害しているナザレ人イエスだ。』
22:9 連れの者たちは光は見えたが、わたしにお話になる方の声は聞こえなかった。
22:10 わたしは言った、『主よ、何をしたらよいのでしょうか。』主は言われた、『起きてダマスコ(の町)まで行け。そうすればそこで一切は告げられる。君のすることは決めてある。』
22:11 わたしはその光のまばゆさのために目が見えないので、連れの者たちに手を引かれてダマスコに行きました。


●19:00 福島の孫から「おばあちゃんの作るパウンドケーキはおいしいのでまた作って」と伝えてほしいというお願いの電話。このこ「お願い」だけで電話が来たことを非常に不思議に思った。
●21:30 そのおばあちゃん(妻)が勉強から帰って来たので早速伝えた。妻から今日の出来事の報告。塚本先生に学んだ古き先輩が亡くなった。次第に「肉の塚本虎二を知る人」が
ポツリポツリといなくなる。「これでいいんだ。これが自然だ」。消えてはいけないことだけが残るのだ。それは永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ」。(マルコ16:20)





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神は人生の失敗を通して「救い」に導く ++++++++ 所感

2015/04/20 06:38

150420(月)キリスト者の皆様おはようございます。昨日は代々木公園の「アースディ2015」に行き、そこに出展していた「ゴーバル」と「APLA」のコーナーにかなり刺激を受けました。違う文化圏に触れた感じです。アーミッシュを思いました。昨日のブログ参照。「ゴーバル」については http://gobar.jp/ を見てください。彼らの一人に「生活は大丈夫なのか」と聞いたところ笑顔で「十分です」という答えが返ってきたのにはビックリ。●今日、労働の不満から「組合運動」を通して「賃上げ闘争」に明け暮れているのは大企業社員、工場労働者など、経営の効率と拡大を目指している世界。ゴーバルの職員にはそんな雰囲気はなかった。●その秘密はヒルティの言う「汗は血の薬」。みな生き生きとして労働というものに不満はないようだ。●キリスト教独立学園の創始者であった鈴木弼美校長は「経済発展は神の罰」と言ったそうだが至言。●ゴーバルは年間に親豚100頭が3000頭を産んで、それにより20人の職員の生活が養われているという。神に養われているのだと思う。

塚本訳 マタ 6:26
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。


●そのコーナーでソーセージを食べた。自然食で健康な味がした。次の句を思う。

塚本訳 ルカ 15:23-24
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。

●旧約では人の罪を清めるために傷なき小羊を屠って罪の贖いの儀式をした。神の子キリストは傷なき「神の小羊」でその十字架の血は人類の罪を清める。
●今日の日本において、癌、認知症、離婚の率は30%以上。分母は様々だが、驚くべき高率。然り、死は100%。「明日は我が身」で皆恐怖である。戦々恐々、かくいう私も「自戒」。
●癌、認知症は医学の分野の事だが、離婚や死はその根本原因は「罪」だがらこれは宗教問題。


塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

●神は離婚、家庭崩壊という人生の失敗を通して人に「罪」というものを気づかせ、これを赦して十字架の血で贖い、清め、永遠の命に導く。
●人生は神に帰ることをもってはじまり、そして終わる。失敗は成功の元。
●今朝はこのこと巡って聖書のアチコチを思い出すままに列挙してみよう。

塚本訳 マコ 16:20
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 

別 の 附 録
【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

塚本訳 ヨハ 4:15-18
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ヨハ 8:2-11
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 マタ 5:27-28
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。

塚本訳 ルカ 15:28-32
15:28 兄はおこって、家に入ろうとしなかった。父が出てきていろいろ宥めると、
15:29 父に答えた、『わたしは何年も何年もあなたに仕え、一度としてお言い付けにそむいたことはないのに、わたしには友人と楽しむために、(小牛どころか)山羊一匹下さったことがただの一度もないではありませんか。
15:30 ところがあのあなたの息子、きたない女どもと一しょに、あなたの身代をくらいつぶしたあれがかえって来ると、肥えた小牛を御馳走されるのはどういうわけですか。』
15:31 父が言った、『まあまあ、坊や、お前はいつもわたしと一しょにいるではないか。わたしの物はみんなお前のものだ。
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』」

塚本訳 マタ 21:30-31
21:30 つぎに次男の所に行って同じように言うと、こちらは、『お父さん、承知しました』と答えたが、行かなかった。
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう

塚本訳 マタ 7:26-27
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 マタ 5:13-16
5:13 (預言者と同じく)あなた達は地の塩である。(世の腐敗を防ぐのが役目である。)しかしもし塩が馬鹿になったら、何で(もう一度)塩気をもどすか。外に捨てられて人に踏まれるほか、もはや何の役にも立たない。
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 ロマ 5:20
5:20 (それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。


塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ
神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 3:17
3:17 神は世を罰するためにその子を世に遣わされたのではなく、子によって世を救うためである。


塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。


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朝の黙想おわり。アーメン。神よこの有難い告知のために残りの人生を使いたまえ。


●5月3日感話準備
●妻はコーラス「もでらあと」の練習
●TSK日本語版アモス書1章

●ルカ一日一章 1:21

岩波翻訳委員会訳1995

420121さて、民はザカリヤを待っていたが、彼が聖所の中で手間取っているのでいぶしがっていた。

 

新共同訳1987

1:21 民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。

 

前田訳1978

1:21 民衆はザカリヤを待ちうけていたが、彼が聖所の中に長くいるのを不思議がっていた。

 

新改訳1970

1:21 人々はザカリヤを待っていたが、神殿であまり暇取るので不思議に思った。

 

塚本訳1963

1:21 (外で)待っている人々は、ザカリヤが聖所の中で暇どるのを不思議に思った。

 

口語訳1955

1:21 民衆はザカリヤを待っていたので、彼が聖所内で暇どっているのを不思議に思っていた。

 

文語訳1917

"420121","民はザカリヤを俟ちゐて、其の聖所の内に久しく留まるを怪しむ。"

●新約では神と人との間に祭司職は無くなった。その理論はヘブル書に詳しい。しかしこれは頭の神学だ。

塚本訳 ヘブ 10:18
10:18 (すでに)こんな(罪の)赦しがある以上、もはや罪のための捧げ物(の必要)はない。(旧約による祭司制度も礼拝の行われる聖所も、全然必要がなくなったのである。)


塚本訳 ヘブ 4:14-16
4:14 (話を本筋にもどしたい。)──それで、わたし達には、(この世の大祭司が聖所を通って至聖所に入るように、)もろもろの天を通(って天の至聖所に入)られた、(この)偉大なる大祭司、神の子イエスがあるのだから、わたし達の告白(する信仰)を固く守っていようではないか。
4:15 なぜなら、わたし達の大祭司は、わたし達の弱さに同感することの出来ない(ような)方でないからである。むしろどの点からしてもわたし達と(全く)同様に誘惑された。ただし罪は犯されなかった。
4:16 だからわたし達は安心して恩恵の御座に近づこう。そして(彼から)憐れみを受け、また時宜を得た助けとなる寵愛を得ようではないか。


塚本訳 ヘブ 5:1-4
5:1 なぜなら、(イエスという大祭司は一方ではアロン、他方ではメルキゼデクと同様で、完全である。元来)人の中から選ばれる(この世の)大祭司は皆、人に代って神に関すること(を司るため)、すなわち罪のために供物や犠牲を捧げるために、任命されるものである。
5:2 彼は自分自身も(人間で、彼が代って犠牲を捧げる人々と同様、人としての)弱さを身に帯びているので、無知の人々、また(罪に)迷う人々を思いやることが出来るのである。
5:3 そしてこの弱さのゆえに、彼は民のためにするように、自分自身のためにも罪祭を捧げねばならない。
5:4 また(大祭司は)、アロンもそうであったように、神に召されなければ、だれもこの名誉職を自分で取る者はない。


塚本訳 ヘブ 5:8-10
5:8 彼は御子であるにもかかわらず、苦しみをうけて従順を学び、
5:9 完成されたので、(今度は彼が、)彼に従順であるすべての人に対して『永遠の救の』本源となり、
5:10 神から『メルキゼデクと同等の』大祭司と呼ばれたのである。

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ルカ一日一章おわり。




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熱心にさせられること・・・「永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ」・・・ ++++++++ 所感

2015/04/19 05:20

150419(日)3時目覚め。寝付けず床の中で黙想「熱心にさせられること・・・『永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ』・・・」。4時半起床。●キリスト者の皆様お早うございます。大分暖かくなったので朝も楽になりました。●世間にはよく「熱心なクリスチャン」という言葉があります。クリスチャンになると「熱心」にさせられます。●集会の故TT氏は御兄弟から「彼はキリストを「や」っていた」と言われました。また塚本先生の弟子の白井きくさんは御茶ノ水の同期生から「あの人はキリストに凝っている」と言われていました。●人間は何かに凝るものです。競輪競馬、金、酒、女・・・・神なき世はあらぬものに凝るものだ。しかし何をやっても満たされない。●クリスチャンは「キリストに凝る」ことができて幸いである。「熱心なクリスチャン」と言われるようになれば本物である。なぜキリストに熱心にさせられるかと言えば、それは次のマルコ福音書の最後の言葉である。

新改訳 マコ 16:20-21
16:20 そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕
16:21 〔さて、女たちは、命じられたすべてのことを、ペテロとその仲間の人々にさっそく知らせた。その後、イエスご自身、彼らによって、きよく、朽ちることのない、永遠の救いのおとずれを、東の果てから、西の果てまで送り届けられた。〕

塚本訳 マコ 16:20-21
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】

新共同 マコ 16:20-21
16:20 一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。〕
◇結び 二
16:20 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕

●「永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれ」。熱心になるべきもの、凝るべきもの、熱心になるべきものといってこれ以上栄光のものはない。今朝はこの聖句を巡って、頭に思い浮かぶものを列挙してみよう。

塚本訳 マコ 16:20-22
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 

塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 24:49
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

塚本訳 使  1:8
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

●救いの権威は「聖霊」を賜った人に負わせられる。

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」


塚本訳 マタ 16:16-19
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」

塚本訳 ルカ 19:9-10
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。

●熱心にさせられるということ

塚本訳 マタ 28:7-8
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、
兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 ロマ 12:11
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。

塚本訳 ルカ 1:3-4
1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、
1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、
決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

●人の顔を恐れずに説け。

塚本訳 マタ 10:26-33
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。
10:32 それだから(恐れずに説け。)だれでも人の前で(公然)わたしを(主と)告白するものを、わたしも(裁きの日に)、わたしの天の父上の前で(弟子として)認める。
10:33 しかしだれでも人の前でわたしを否定する者を、わたしも天の父上の前で否認するであろう。

塚本訳 Ⅱコリ13:8
13:8 というのはわたし達は神の真理に逆らっては何も出来ないが、真理のためには何でも出来からである。


●福音の宣教には「労苦」が伴う

塚本訳 マタ 10:34-42
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39 (十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。
10:40 あなた達を迎える者は、わたしを迎えてくれるのであり、わたしを迎える者は、わたしを遣わされた方をお迎えするのである。
10:41 預言者を預言者として迎える者は、預言者と同じ褒美を戴き、義人を義人として迎える者は、義人と同じ褒美を戴くであろう。
10:42
また(わたしの)弟子としてこの一人の小さな者に一杯の冷たい水でも飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない。」


塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。


塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 マコ 13:9
13:9 しかしあなた達は(こんな外の出来事よりも)自分のことに気をつけておれ。あなた達は裁判所に引き渡され、礼拝堂で打たれる。また、わたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に立たされるであろう。これは、その人たちに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。

塚本訳 ピリ 1:29-30
1:29
君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。
1:30 (然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているのと同じ戦いをしているのだ!

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている


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朝の黙想おわり。世の人は我々のことを「聖書やキリストに凝っている」「その道の人」と思っている。喜ぼう。栄光の道だ。


●7:55 妻と集会に出発
●10:00 東京聖書読者会 土肥裕子(司会)、丹野(塚本虎二「ヘブル書講義」)、村上(出エジプト記)
●13:30 新宿に、妻の親戚のSK、SSが出展している写真展に行く。4人で昼食。
●16:00 代々木公園で開かれている「アースディ東京2015」に行く。ゴーバルとAPLAのコーナーで、恵や愛子の友人知人たちと会う。


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天に宝を積む人々 ++++++++ 所感

2015/04/18 06:32

150418(土)キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の黙示は「天に宝を積む人々」です。●現役時代に購入した本を引っ張り出すと、この時期には良くもこんなに高価な本を買ったものだなーと、年金生活の現在との違いを思います。●聖書では物質的豊さと信仰の深さが反比例する思想があります。●物質的豊かさには大脳皮質の雑学も含まれます。過日図書館から借りた佐藤優の「神学の思考」は一部を読んで「神学」というものがますます信仰には無益であることを感じました。●佐藤優は西の知の巨人、東の巨人は立花隆と言われています。いずれも「永遠の生命」には通じないと思います。●立花隆のご両親は無教会の塚本虎二先生門下。立花隆氏自身は初め無教会の「登戸学寮」に在籍していたが途中で飛び出した。私は氏が登戸学寮に在籍していた時の文章を読んだことがある。難解。●信仰の道、永遠の生命の道は「神と富とに兼ね仕えることはできない」の真理が通じる。富と知識は人を真に救わない。●同じく、聖書学は信仰の敵ではないが、それだけでは永遠の命に導かれない。それは理系の学問に似ている。コンツェルマン等のドイツの聖書学者に切り刻まれては福音書の著者達も快くは思わないであろう。●私は孫に手品をするのが好きだが、初めは「エーッ!」と驚いてくれていたが、最近は後ろ側に回って「タネ」を見破ろうとする。聖書学、例えば「編修史」などはいわば「タネ」の発見。著者としては快くないはずだ。と言って福音書は「手品」ではないが・・・●今朝は神の子イエスが「天に宝を積め」というその真意を福音書に探ってみたい。

塚本訳 ルカ 20:46-47,21:1-4
20:46 「聖書学者に用心せよ。あの人たちは(人の目につくように)長い衣を着て歩くことが好きで、市場で挨拶されることや、礼拝堂の上席、宴会の上座を喜び、
20:47 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」

21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マタ 6:19-23
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから
6:22 目は体の明りである。だからあなたの目が澄んでおれば、体全体が明るいが、
6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。



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朝の黙想おわり

●ルカ一日一節 1:20

岩波翻訳委員会訳1995

420120そこで見よ、これらのことが起こる日まで、あなたは口が開かず、ものが言えなくなるであろう。あなたが私の言葉を信じなかったためである。私の言葉は、その時が到来すれば、〔必ず〕満たされるのである」。

 

新共同訳1987

1:20 あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」

 

前田訳1978

1:20 いま、あなたは唖者になり、このことがおこるその日まで、ものがいえなくなるでしょう。これは、時が来れば成就するわがことばを信じなかったからです」と。

 

新改訳1970

1:20 ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、おしになって、ものが言えなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」

 

塚本訳1963

1:20 だからいま、あなたは唖になり、このことが成るその日まで、ものを言うことが出来ないであろう。これは、時が来ればかならず成就するわたしの言葉を信じなかった罰である。」

 

口語訳1955

1:20 時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起る日まで、ものが言えなくなる」。

 

文語訳1917

"420120","視よ、時いたらば必ず成就すべき我が言を信ぜぬに因り、なんぢ物言へずなりて、此らの事の成る日までは語ること能はじ』"

●信じないことに対する罰。疑うことに対する罰

口語訳 創  18:13-15
18:13 主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。
18:14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。
18:15 サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた、「いや、あなたは笑いました」。


口語訳 民  20:12
20:12 そのとき主はモーセとアロンに言われた、「あなたがたはわたしを信じないで、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを現さなかったから、この会衆をわたしが彼らに与えた地に導き入れることができないであろう」。


塚本訳 マタ 14:27-31
14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」
14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

塚本訳 ルカ 13:1-5
13:1 ちょうどその時、人が来て、(総督ピラトが犠牲をささげている)ガリラヤ人たちを殺し、その血が彼らの犠牲(の血)にまじったことをイエスに報告した。
13:2 その人たちに言われた、「そのガリラヤ人たちはそんな目にあったので、(ほかの)すべてのガリラヤ人よりも罪人だったと思うのか。
13:3 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同じように滅びるであろう。
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」


塚本訳 ルカ 19:43-44
19:43 やがて時が来て、敵はお前のまわりに塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め立て、
19:44 お前と、そこにいる『お前の子供たちを地べたに叩きつけ、』お前の中に、そのまま重なっている石が一つもないようにするであろう。恩恵の時を知らなかった罰である。」

塚本訳 マコ 16:14
16:14 その後、十一人(の弟子)が食事をしているとき自分を現わして、彼らの不信仰と心の頑固とをお責めになった。復活されたのを見た人々(の言うこと)を信じなかったからである

塚本訳 ヨハ 3:18
3:18 彼を信ずる者は罰されない。信じない者は(今)すでに罰されている。彼を神の独り子として信じていないからである。

塚本訳 ヨハ 16:8-9
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう。
16:9 すなわち、罪についてとは、人々がわたしを信じないこと(が罪であること。)
16:10 義についてとは、わたしが父上の所に行って、あなた達がもはやわたしを見ることができなくなること(が、わたしの父上に義とされた証拠であること。)
16:11 また罰についてとは、この世の支配者[悪魔]が(わたしを殺したのは、わたしが罰されたのでなく、自分が)罰されたのであること。──(この三つのことを認めさせるのである。)

塚本訳 ルカ 1:43-45
1:43 主の母上がわたしの所に来てくださるとは、まあどうしたのでしょう。
1:44 そら、あなたの挨拶の声がわたしの耳に入ると、児が胎内で喜んで躍りました。
1:45 主の仰せられたことはきっと成就すると信じたこの人は、なんと仕合わせでしょう

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朝の黙想おわり。神の愛を受けながらこれを信じない者は罰される。

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春本番のあきる野台地。菜の花は春を忘れない。神に覚まされるのだ。

●妻は夕方からバッハ「ロ短調ミサ曲」の練習に行く
●図書館でコンツェルマン「時の中心」を読む。今日は第一部、ルカの構成要素としての地理的表象
ルカ4:31-5:36。ルカの地理的認識についてコンツェルマンにズタズタに考察されている。これではルカもたまったものではない。
●TSK日本語版ヨエル書3章


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いかなる「執り成しの祈り」が神に聴かれるか。 ++++++++ 所感

2015/04/17 06:32

150417(金(キリスト者の皆様お早うございます。●夜中に悪い夢を見て、今朝4時に目覚めた時には汗を書いていた。それから眠れずに床の中で黙想。課題は「いかなる『執り成しの祈り』が神に聴かれるか」。●この課題を巡って聖書のアチコチを思い浮かぶまま掲げてみよう。順不同。

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』


塚本訳 使  7:59-60
7:59 ステパノは打ち殺されながら、イエスの名を呼んで、「主イエス様、わたしの霊をお受けください」と祈り、
7:60 それからひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞこの罪をこの人たちに負わせないでください!」こう言って、彼は眠りについた。


塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6
あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3
あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳 ロマ 9:1-4
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。


塚本訳 マタ 18:21-22
18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」
18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る
。」


塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 マタ 18:32-35
18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』
18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)
18:35 わたしの天の父上も、もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」


口語訳 創  18:32-33
18:32 アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。
18:33 主はアブラハムと語り終り、去って行かれた。アブラハムは自分の所に帰った。

口語訳 創  8:21
8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。


塚本訳 ルカ 17:6
17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──
この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう。

塚本訳 マコ 11:24
11:24 だからわたしは言う
、(神に)祈り求めるものはなんでも、すでに戴いたと信ぜよ。そうすればそのとおりになる。

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。


塚本訳 ヨハ 8:7-11
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


塚本訳 Ⅰコリ15:33-34
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)
15:34 真にまじめになれ、罪を犯すな。(あなた達の)中には、(神を知っていると思いながら)神の知識を持たない者があるのだから。辱しめるために、あなた達に言うのだ。


塚本訳 マタ 23:37
23:37 ああエルサレム、エルサレム、預言者を殺し、(神から)遣わされた者を石で打ち殺して(ばかり)いる者よ、雌鳥がその雛を翼の下に集めるように、何度わたしはお前の子供たちを(わたしの所に)集めようとしたことか。だがお前たち(エルサレムの者)はそれを好まなかった。


塚本訳 黙  8:13
8:13 すると(その時)私は見た、そして一羽の(大)鷲が中空を飛びながら大声で(こう)言うのを聞いた、「禍なる哉、禍なる哉、禍なる哉、地に住む者、三人の御使いが吹こうとしている残るラッパの声の故に!」


塚本訳 ルカ 15:13-19
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 ルカ 15:21-23
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。

塚本訳 ロマ 12:20
12:20 むしろ、
『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。


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朝の黙想おわり。私は無条件に罪を赦されたのだから、相手が悔い改める前に無条件に罪を赦そう。神に執り成しの祈りをひそかに捧げよう。

●TSK日本語版ヨエル書2章
●13:45 妻は自彊術(体操)
●15:00 山川歯科
●18:30 妻は「第九」の練習

●ルカ一日一節 1:19

岩波翻訳委員会訳1995

420119すると御使いは、答えて彼に言った、「この私は、神の御前に立つガブリエルである。そして私は、あなたに語るため、またあなたにこれらの良きことを〔福音として〕告げ知らせるために遣わされたのだ。

 

新共同訳1987

1:19 天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。

、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」

 

前田訳1978

1:19 天使は答えた、「わたしは神の前に立つガブリエルで、あなたに話しかけてこのよろこびのおとずれを伝えるためにつかわされました。

 

新改訳1970

1:19 御使いは答えて言った。「私は神の御前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この喜びのおとずれを伝えるように遣わされているのです。

 

塚本訳1963

1:19 天使が答えた、「わたしは(もったいなくも)神の前に立つガブリエルである。あなたにこの喜びのおとずれを伝えるために遣わされたのである。

 

口語訳1955

1:19 御使が答えて言った、「わたしは神のみまえに立つガブリエルであって、この喜ばしい知らせをあなたに語り伝えるために、つかわされたものである。

 

文語訳1917

"420119","御使こたへて言ふ『われは神の御前に立つガブリエルなり、汝に語りてこの嘉き音信を告げん爲に遣さる。"


●「喜びのおとずれ」は福音のこと。すると洗礼者ヨハネの出現も「福音」のうち。

塚本訳 マコ 1:1-4
1:1 イエス・キリストの福音はこうして始まった。──
1:2 預言書(マラキと)イザヤに、『(神は言われる、)「見よ、わたしは使をやって、あなたの先駆けをさせ、』あなたの『道を準備させる」』
1:3 『荒野に叫ぶ者の声はひびく、「主の道を用意し、』その『道筋をまっすぐにせよ」』と書いてあるとおりに、
1:4 洗礼者ヨハネが(主救世主の道を準備するため、ユダヤの)荒野にあらわれて、罪を赦されるための悔改めの洗礼を説いた。

塚本訳 ルカ 7:27
7:27 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使をやって、あなたの先駆けをさせ、』あなたの『前に道を準備させる』』と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。

塚本訳 ヨハ 5:31-35
5:31 (今わたしの裁きは正しいと言ったが、)もしわたしが自分で自分のことを証明するのであったら、わたしの証明は信用できない。
5:32 わたしのことを証明してくださるお方はほかにあるのである。そしてわたしは、わたしのことを証明されるその(方の)証明が、信用すべきであることを知っている。
5:33 しかし(それは、あなた達が考えるように洗礼者ヨハネではない。)あなた達はヨハネに使をやり、彼は(わたしが)真理(であること)について証明したが、
5:34 わたしは人間(ヨハネ)から証明してもらう必要はない。
わたしがヨハネのことを言うのは、ただあなた達が(彼の証明によりわたしを信じて)救われるためである
5:35 ヨハネは(光ではないが、まことの光に導く)燃えて輝く明りであった。しかしあなた達は(彼の言葉に従おうとせずに、)しばし彼の光にうち興じただけであった。










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心は永遠の保養に生きる・・・ルカ16:9-13 の理解 ++++++++ 所感

2015/04/16 06:33

150416(木)キリスト者の皆様お早うございます。昨日は今井館で飯田瑞穂さん(日本基督教団溝の口教会飯田輝明牧師夫人。伝道師、)から「チェルノブイリから福島を考える」という講演を伺いました。(昨日のブログご参照ください)●私はフロアーから甲状腺がんに対処する「保養」の医学的効果につて質問したところ、松本市長の菅谷昭(すがのやあきら)医師が権威者であることを教えられました。●講師を囲む昼食会で隣り合わせになり、「我々は心が永延に保養しているから、この世の小事(ルカ16:9-13)に熱心になれる」ということで意見が一致した。●彼女は自分の子供(4人)を抱える身でありながらチェルのブイリの子供をしばらく保養のために家に預かった。その子供らは「元気になって」ロシアに帰って行ったという。「自分たちは愛されている」というメンタル面の補強になったのだと思うと言われた。●私はこのことでルカ16:9-13の解釈に新しい光が射した。


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


●これは私の「建築人生」を決した言葉である。ここを読み間違えるとこの世の小事に熱心な者は即それだけで神抜きでも神に良しとされるという交換条件のように受け取られがちだが誤り。そうなら信仰なきマルキストの方がこの世の改造に熱心である。
●キリスト者の心は永遠保養、永久保養しているからこそ、生きている間には「この世の小事」に熱心かつ忠実になれるというのだ。
●今回は原発被災地の子供の救援対策には一時的に被災地を避難する「保養」の医学的効果と、飯田瑞穂さんがそれを実際に実行され効果があったことを伺い大きな刺激を受けた。
●キリスト者の「戦法」は「相手の救いを祈りつつ一旦神のもとに逃げる」ことである。そして心は神のもとで「保養」しつつ、再びこの世にリターンすることだ。この世の小事に関わることだ。●第二次世界大戦において、マッカーサー司令官は一時フィリッピンを撤退した。、「I Shall Return」と言って「逃げた。しばらくして反撃に出て勝利した。●キリスト者はいったん心を神の懐に避難・保養して、否心は永久に保養してそれからこの世の「置かれた場所」、家庭、小事、職場に「I Shall Return」と言いつつ戻るのだ。神と共に。●そこで今朝はこれに関する聖句を思い浮かぶままに掲げてみる。


塚本訳 マタ 24:7-8
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。
24:8 しかしこれは皆(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。

塚本訳 ヨハ 16:20-21
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21
女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。


塚本訳 マタ 24:15-16
24:15 それで、預言者ダニエルをもって言われた『(聖なる所を)荒らす忌わしいものが聖なる所に』立つのを見たら[読者はここに隠された意味をよく考えるがよい]、
24:16 その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ

塚本訳 マタ 10:12-14
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。



塚本訳 マタ 10:27-29
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 マタ 25:37-41
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』
25:41 それから王は左側の者に言う、『わたしを離れよ、この罰当りども、悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入れ。

塚本訳 ルカ 10:34-37
10:34 近寄って傷にオリブ油と葡萄酒を注いで包帯した上、自分の驢馬に乗せて旅籠屋につれていって介抱した
10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払うから』と言った(という話)。
10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る。)」


塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 ヨハ 14:1-3
14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。
14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。



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朝の黙想おわり。私の心はは神のもとに避難、保養できているのだ。



●ルカ一日一節 1:18

岩波翻訳委員会訳1995

420118するとザカリヤは、御使いに言った、「私は、何によってそのようなこと〔が本当だと〕知り得ましょう。この私は老人ですし、私の妻ももう年長けておりますのに」。

 

新共同訳1987

1:18 そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」

 

前田訳1978

1:18 ザカリヤは天使にいった、「どうしてそれがわたしにわかりましょう。わたしは年よりで、妻も年をとっています」と。

 

新改訳1970

1:18 そこで、ザカリヤは御使いに言った。「私は何によってそれを知ることができましょうか。私ももう年寄りですし、妻も年をとっております。」

 

塚本訳1963

1:18 ザカリヤが天使に言った、「(子をさずかる)その』証拠は何でしょうか。』わたしは老人で、妻ももう年を取っております。」

 

口語訳1955

1:18 するとザカリヤは御使に言った、「どうしてそんな事が、わたしにわかるでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています」。

 

文語訳1917

"420118","ザカリヤ御使にいふ『何に據りてか此の事あるを知らん、我は老人にて、妻もまた年邁みたり』
"


●神の子イエスに聞く

塚本訳 ヨハ 3:1-8
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 20:24-29
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 マタ 12:37-39
12:37 なぜなら、あなたはあなたの言葉で義とされ、あなたの言葉で罪とされるのだから。」
12:38 すると数人の聖書学者とパリサイ人が口を出して、イエスに言った
、「先生、(では、神の子である証拠に)あなたの(不思議な)徴を見せてください。」
12:39 彼らに答えられた、「この悪い、神を忘れた時代の人は、(信ずるのに)徴をほしがる。しかしこの人たちには、預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない。

塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。
このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 マタ 14:27-31
14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」
14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる
、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

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ルカ一日一節終わり

●TSK日本語版ヨエル書2章
●13:30 図書館へ行ってコンツェルマン著田川建三訳「時の中心」を一時間読む。P55以下「ルカb4:16-30.」ルカの地理的認識の疑問。ルカはこのドイツの学者に完膚なきまでにやられている。●こういうのを著者の編集神学を探求する「編集史」の研究と言うが、素人の信仰のためにはならないと感じた。
●小児甲状腺がんの権威者、菅谷昭医師の本を2冊、DVDを一本借りてきた。
●20:00 ボクシングWBC世界バンタム級選手権。チャンピオン山口慎介の鮮やかな7回KO勝ち。ボクシングは藝術だ。動きに無駄がない。相手は23戦無敗のアルゼンチンの強者。アナウンサーがさかんに山口の左パンチを「神の左」と言っていたのは面白かった。先日来「神の右」とは何かで頭を悩ましているからである。
●ダメな信者、家庭、教会(集会)、教派は神の「左」に立たされて「処分される」。おそらく左手で。

塚本訳 マタ 25:41-46
25:41 それから王は左側の者に言う、『わたしを離れよ、この罰当りども、悪魔とその使いのために用意された永遠の火に入れ。
25:42 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせず、渇いたときに飲ませず、
25:43 宿がなかったときに宿をかさず、裸のときに着せず、病気のとき、牢に入っていたときに見舞ってくれなかったのだから。』
25:44 その時、彼らも答える、『主よ、いつわたし達は、あなたが空腹であったり、渇いたり、お宿がなかったり、裸でおられ、御病気であり、牢に入っておられたりするのを見て、お世話をしてあげませんでしたか。』
25:45 その時、王は答える、『アーメン、わたしは言う、このいと小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのと同じである。』
25:46 こうして、『この(悪い)人たちは永遠の』刑罰に、正しい人たちは『永遠の命に』入るであろう。」

塚本訳 ヨハ 15:6
15:6 人はわたしに留っていなければ、蔓のように投げ出されて枯れる。すると集められ、
火の中に投げ込まれて焼かれる。


無教会の堕落の姿は、信仰がヒューマニズムまたは儒教道徳に転落していることである。キリストが有体的再臨をするときに無教会はあるかどうかわからない。否そういう教派はあってはならない。

塚本訳 ルカ 18:8-14
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!
18:9 なお、自分(だけ)は信心深いとうぬぼれて人を軽蔑している者たちにも、この譬を話された
18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。
18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。
18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。』
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。
18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」
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人の死により「永遠を思う心」が与えられる ++++++++ 所感

2015/04/15 06:16

150415(水)キリスト者の皆様お早うございます。昨日は録画してあった「らららクラシック」で「マーラー、アダージエット」を見ました。これで初めて分かったことは、マーラーは両親と多くの兄弟と死別の経験があの交響曲第5番を生んだ背景にあった事でした。バッハのあの深い宗教曲の誕生の背後には多くの子供達との死別の経験があったことは感じていましたがマーラーにもそれがあったとは初めて知りました。神にある者にとっては「死は良き時」です。バッハBWV106「神の時こそいと良き時」。死別は悲しみです。それも予想外の死は悲惨です。しかしそれによって「永遠を思う心」が生まれれば、それは「御心」です。●今朝は「永遠を思う心」について頭に浮かぶ聖句をとりとめもなく掲げてみます。思うにこの人生のいろいなことはこれすべて人が「神に至る」ために神に周到に準備されているものだと信じます。●一見不可解、不条理と思われるところに、神の恵みの知恵が隠されているのだと信じます。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

新共同 伝  3:11
3:11 神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。

口語訳 詩  90:1-6
90:1 主よ、あなたは世々われらのすみかで/いらせられる。
90:2 山がまだ生れず、あなたがまだ地と世界とを造られなかったとき、とこしえからとこしえまで、あなたは神でいらせられる。
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。

90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。

口語訳 詩  90:9-15
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。
90:12 われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。
90:13 主よ、み心を変えてください。いつまでお怒りになるのですか。あなたのしもべをあわれんでください。
90:14 あしたに、あなたのいつくしみをもって/われらを飽き足らせ、世を終るまで喜び楽しませてください。
90:15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください



塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


塚本訳 マコ 5:38-42
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。
5:42 ただちに少女は立ち上がって歩きまわった。十二歳になっていたからである。見るなり、人々は気が遠くなるほど驚いた。


塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」


塚本訳 マタ 9:24
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

口語訳 詩  8:4
8:4 人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。

口語訳 創  22:17-18
22:17 わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、
22:18 また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである』」。

塚本訳 マタ 19:16
19:16 するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」


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朝の黙想おわり。永遠の命!、永遠の命!


●10:30 今井館ウィークデーの集い「チェルノブイリから福島を考える」飯田瑞穂(日本基督教団溝の口教会伝道師)。チェルノブイリの現地に足を運んでの調査報告。一時的に被爆地を離れる「保養」の医学的効果について強調されたので、わたし達夫婦にとっても有益であった。一時的保養で免疫力とメンタル面がアップするそうだ。


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尻手にあるベネッセの老人施設に仕事上の恩師である黒田隆さん(94)を久しぶりに
訪問。「良く来てくださった」と2回も泣かれてしまった。35年もの長いおつきあい。
出会いの始まりはダンテの神曲。

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あきる野に戻ると奥多摩連山に陽が落ちる。



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神の子イエスに聞く ++++++++ 所感

2015/04/14 06:31

150414(火)3時半目覚め、5時起床。体重測定一晩で1.2キロ減少。この調子だと今年中にあと3キロ、合計マイナス10キロの目標も夢ではない。「千里の道も一歩から」●今朝の啓示は「神の子イエスに聞く」●昨日は今年7月から始めるルカ福音書の準備のためにコンツェルマンの「時の中心・・・ルカ神学の研究・・・」を図書館で読んだが難解。建築設計図の細部を素人に披瀝しているようなものだ。と言って学問を否定するわけではない。聖書学は信仰が曲がらないために必要。保守化ドグマ化教会化しないために必要。●その点、無教会は訳者の田川建三の応援団である。しかし残念ながら氏には信仰の匂いがしない。キリストの香りがしない。めっぽうギリシャ語や写本に強いが」信仰は学べない。いただけない。氏の私塾は「祈り」をしないそうだ。その私塾には牧師も集まるというのだから世も末である。●氏が東京で講演したとき、主宰者がこの人(高橋)は塚本虎二に学んだということを氏に紹介すると、氏は穴のあくほど私の目を見つめた。氏は無教会がなければ自分は無かったと言っている。●塚本虎二は学問の高さと信仰の深さにおいて群を抜いていた。信仰と学問の一致が生涯の目的であった。●「時の中心」で、洗礼者ヨハネのところを読んでその難解さに辟易として家に帰ってイエスが洗礼者ヨハネについて語る次の言葉を読んで氷解。聖書や信仰の難しいところは直接神の子イエスに聞くべきだ。聖書の一句、それもキリストの言葉(パウロではない)は百千の註解書神学書に勝る。

塚本訳 ヨハ 5:35-36
5:35 ヨハネは(光ではないが、まことの光に導く)燃えて輝く明りであった。しかしあなた達は(彼の言葉に従おうとせずに、)しばし彼の光にうち興じただけであった
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。


●15年前の火災で多くの本(いま考えれば読まなくてもよいもの)が焼けた。
●その後、私は今日まで、「聖書で聖書を読む」と」いう姿勢を貫いてきたが、実際的に真に有益だったのは「イエスの言葉」であった。そこでこれからは「神の子イエスに聞く」という姿勢に変更したい。人生の的をそこに絞りたい。パウロに聞かないのはいかんせんパウロは「人間」だ。パウロに聞くと頭はすっきりするが心は燃えない。喧嘩が始まる。いわんやルター、カルヴァン、ウェスレー、内村などの人間に聞かない。●そこで今朝は「神の子イエスに聞く」という姿勢を補強する聖句を見てみよう。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 6:68-70
6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。
6:69 あなたこそ神の聖者(救世主)であると、わたし達は信じております。また知っております。」
6:70 イエスが彼らに答えられた、「あなた達十二人を選んだのは、このわたしではなかったのか。ところが、そのうち一人は悪魔だ!」

塚本訳 マタ 19:27-28
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 7:15-20
7:15 偽預言者に用心せよ。(やさしい)羊の皮をかぶって来るが、内側は強盗の狼である。
7:16 (結ぶ)実で偽預言者はわかる。茨から葡萄が、薊から無花果がとれようか。
7:17 (そのように、)善い木は皆良い実を結び、わるい木は悪い実を結ぶ。
7:18 善い木に悪い実がなることは出来ず、わるい木に良い実がなることも出来ない。
7:19 良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる。
7:20 それだから、(結ぶ)実で、偽預言者はわかるのである

塚本訳 マタ 11:3-6
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

塚本訳 マタ 24:10-13
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう。
24:11 また多くの偽預言者があらわれて、多くの人を迷わすにちがいない。
24:12 また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える。
24:13 しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

塚本訳 マタ 24:23-31
24:23 その時『そら、ここに救世主が』とか、『ここに』とか言う者があっても、信ずるな。
24:24 偽救世主たち、『偽預言者たちが』あらわれて、大がかりな『奇蹟や不思議なことをして、』あわよくば、選ばれた人々までも迷わそうとするのだから。
24:25 この通り、あなた達には前もって言っておく。
24:26 だから、たとえ『そら、(救世主は)荒野にいる』と言う者があっても、出て行くな。『そら、奥の部屋に』と言っても、信ずるな
24:27 人の子(わたし)の来臨は、ちょうど稲妻が東から西に輝きわたるよう(に、はっきりわかるの)であるから。
24:28 死骸のある所には、どこにでも鷲が集まる。
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。
24:30 するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。
24:31 すると(その時、)人の子は『大いなるラッパの響きと共に』自分の使いたちをやって、『天のこの果てからかの果てまで』『四方から、』選ばれた人々を『集めさせるであろう。』


●讃美歌501番。この曲は教会を脱し、初めて無教会主義集会に行った時に聞いたものである。爾来50有余年、キリストの言葉を信じて歩んできて間違いはなかった。いろいろなことがあったが幸福であった。

讃美歌501番

生命(いのち」)のみことば たえにくすし
見えざる御神(みかみ)のむねをしめし
つかえまつるみちをおしう

(おりかえし)
生命(いのち」)のみことば たえなるかな
いのちの御言葉(みことば) くすしきかな


主イエスの御言葉(みことば) いとしたわし
普(あまね)くひびこて 世のちまたに
なやむ子らを あめにまねく


うれしき音(おと)」ずれ たえずきこえ
ゆるしと和(やわらぎ たもうかみの
ふかき恵み 世にあらわる

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朝の黙想おわり。神の子イエスの言葉を聖書を通じて読めることは感謝だ。今のところ目と頭は大丈夫だ。「我は行く」「この道」をひとすじに行く。
親しき血縁で神もキリストも信じない人に言う。私の力ではどうにもならない。万策尽きた。「神による救いの祝福があるように」。「サヨナラ、達者で暮らせ」

塚本訳 ルカ 2:28-29
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり
安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、


塚本訳 ルカ 7:50
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』


塚本訳 ヨハ 8:11
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


●TSK日本語版ホセア書13-14章、ホセア書終了。CDに焼き付けて庭のスチール物置に収納。
●ルカ一日一章。ルカ1章16節。

岩波翻訳委員会訳1995

420116また彼は、イスラエルの子らの多くを、立ち帰らすであろう、

   彼らの神なる主のもとに。

 

新共同訳1987

1:16 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。

 

前田訳1978

1:16 イスラエルの多くの子らを彼らの神である主に立ち帰らせよう。

 

新改訳1970

1:16 そしてイスラエルの多くの子らを、彼らの神である主に立ち返らせます。

塚本訳1963


1:16 彼は多くのイスラエルの子孫を、彼らの神なる主に立ち返らせるであろう。

 

口語訳1955

1:16 そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。

 

文語訳1917

"420116","また多くのイスラエルの子らを、主なる彼らの神に歸らしめ、"

●TSK

●ルカ 1:16

1:16 そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。

 

*「節全体」

Isaiah 40:3-5

3呼ばわる者の声がする、「荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。  4もろもろの谷は高くせられ、もろもろの山と丘とは低くせられ、高低のある地は平らになり、険しい所は平地となる。  5こうして主の栄光があらわれ、人は皆ともにこれを見る。これは主の口が語られたのである」。

Isaiah 49:6

 6主は言われる、「あなたがわがしもべとなって、ヤコブのもろもろの部族をおこし、イスラエルのうちの残った者を帰らせることは、いとも軽い事である。わたしはあなたを、もろもろの国びとの光となして、わが救を地の果にまでいたらせよう」と。

Daniel 12:3

 3賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう。

Malachi 3:1

 1「見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。

Matthew 3:1-6

 1そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、  2「悔い改めよ、天国は近づいた」。  3預言者イザヤによって、「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」と言われたのは、この人のことである。  4このヨハネは、らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。  5すると、エルサレムとユダヤ全土とヨルダン附近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところに出てきて、  6自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。

Matthew 21:32

 32というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった。

Luke 1:76

 76幼な子よ、あなたは、いと高き者の預言者と呼ばれるであろう。主のみまえに先立って行き、その道を備え、


●WEB黒崎注解

1章16節 また(おほ)くのイスラエルの()らを、(しゅ)なる(かれ)らの(かみ)(かへ)らし[め、](むべけらばなり。)[引照]

口語訳そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。
塚本訳彼は多くのイスラエルの子孫を、彼らの神なる主に立ち返らせるであろう。
前田訳イスラエルの多くの子らを彼らの神である主に立ち帰らせよう。
新共同イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。
NIVMany of the people of Israel will he bring back to the Lord their God.


註解:
第四の最も重要なる点はヨハネの公的使命である。すなわち神に背けるイスラエルの多くの子らを悔改めしめ、主なる彼らの神に向き還らしめることであった。ヨハネは立派にこの使命を果し、多くの人をイエスに導き、イエスによって神に立ち還らしめた。






●ルカ一日一節、1:17

岩波翻訳委員会訳1995

420117また、彼自らが、主の御前で先立って進むであろう、

エリヤの霊と力のうちに。

父たちの心をその子供たちに立ち帰らせ、

不従順な者たちを義人たちの思いに〔帰らせ〕、

整いのすんだ〔一つの〕民を、主のために備えんがために」。

 

新共同訳1987

1:17 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」

 

前田訳1978

1:17 彼はエリヤの霊と力をもって主の先駆けをし、父の心を子に向け、背くものを義人の考えに立ち帰らせ、整えられた民を主にそなえよう」と。

 

新改訳1970

1:17 彼こそ、エリヤの霊と力で主の前ぶれをし、父たちの心を子どもたちに向けさせ、逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして、整えられた民を主のために用意するのです。」

 

塚本訳1963

1:17 (そればかりか、)『(預言者)エリヤの』霊と力とをもって主(救世主)の先駆けをし、『父の心を(ふたたび)子に』(向けさせて家をきよめ、)また不従順な者を義人と同じ考えに『立ち返らせて、』準備のできた民を主のために用意するであろう。」

 

口語訳1955

1:17 彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。

 

文語訳1917

"420117","且エリヤの靈と能力とをもて、主の前に往かん。これ父の心を子に、戻れる者を義人の總明に歸らせて、整へたる民を主のために備へんとてなり』"



●TSK日本語版


●ルカ 1:17

1:17 彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。

 

*「みまえに先立って行き、」

Luke 1:16

16そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。

John 1:13

 13それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。

John 1:23-30

 23彼は言った、「わたしは、預言者イザヤが言ったように、『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」。  24つかわされた人たちは、パリサイ人であった。  25彼らはヨハネに問うて言った、「では、あなたがキリストでもエリヤでもまたあの預言者でもないのなら、なぜバプテスマを授けるのですか」。  26ヨハネは彼らに答えて言った、「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの知らないかたが、あなたがたの中に立っておられる。  27それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしはその人のくつのひもを解く値うちもない」。  28これらのことは、ヨハネがバプテスマを授けていたヨルダンの向こうのベタニヤであったのである。  29その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。  30『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである。

John 1:34

 34わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」。

John 3:28

 28『わたしはキリストではなく、そのかたよりも先につかわされた者である』と言ったことをあかししてくれるのは、あなたがた自身である。

 

*「霊と力とをもって、」

Malachi 4:5-6

5見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。  6彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。

Matthew 11:14

 14そして、もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである。

Matthew 17:11-12

 11答えて言われた、「確かに、エリヤがきて、万事を元どおりに改めるであろう。  12しかし、あなたがたに言っておく。エリヤはすでにきたのだ。しかし人々は彼を認めず、自分かってに彼をあしらった。人の子もまた、そのように彼らから苦しみを受けることになろう」。

Mark 9:11-13

 11そしてイエスに尋ねた、「なぜ、律法学者たちは、エリヤが先に来るはずだと言っているのですか」。  12イエスは言われた、「確かに、エリヤが先にきて、万事を元どおりに改める。しかし、人の子について、彼が多くの苦しみを受け、かつ恥ずかしめられると、書いてあるのはなぜか。  13しかしあなたがたに言っておく、エリヤはすでにきたのだ。そして彼について書いてあるように、人々は自分かってに彼をあしらった」。

John 1:21-24

 21そこで、彼らは問うた、「それでは、どなたなのですか、あなたはエリヤですか」。彼は「いや、そうではない」と言った。「では、あの預言者ですか」。彼は「いいえ」と答えた。  22そこで、彼らは言った、「あなたはどなたですか。わたしたちをつかわした人々に、答えを持って行けるようにしていただきたい。あなた自身をだれだと考えるのですか」。  23彼は言った、「わたしは、預言者イザヤが言ったように、『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」。  24つかわされた人たちは、パリサイ人であった。

Revelation of John 20:4

 4また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。

 

*「エリヤの」

Matthew 3:4

4このヨハネは、らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。

Matthew 3:7-12

 7ヨハネは、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けようとしてきたのを見て、彼らに言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。  8だから、悔改めにふさわしい実を結べ。  9自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。  10斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。  11わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。  12また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう」。

Matthew 14:4

 4すなわち、ヨハネはヘロデに、「その女をめとるのは、よろしくない」と言ったからである。

 

*「父の心を子に向けさせ、」

Malachi 4:6

6彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。

Luke 3:7-14

 7さて、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出てきた群衆にむかって言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、のがれられると、おまえたちにだれが教えたのか。  8だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。  9斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ」。  10そこで群衆が彼に、「それでは、わたしたちは何をすればよいのですか」と尋ねた。  11彼は答えて言った、「下着を二枚もっている者は、持たない者に分けてやりなさい。食物を持っている者も同様にしなさい」。  12取税人もバプテスマを受けにきて、彼に言った、「先生、わたしたちは何をすればよいのですか」。  13彼らに言った、「きまっているもの以上に取り立ててはいけない」。  14兵卒たちもたずねて言った、「では、わたしたちは何をすればよいのですか」。彼は言った、「人をおどかしたり、だまし取ったりしてはいけない。自分の給与で満足していなさい」。

 

*「逆らう者に義人の思いを持たせて、」

Isaiah 29:24

24心のあやまれる者も、悟りを得、つぶやく者も教をうける」。

Matthew 21:29-32

 29すると彼は『おとうさん、参ります』と答えたが、行かなかった。  30また弟のところにきて同じように言った。彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた。  31このふたりのうち、どちらが父の望みどおりにしたのか」。彼らは言った、「あとの者です」。イエスは言われた、「よく聞きなさい。取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる。  32というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった。

1 Corinthians 6:9-11

 9それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、  10貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。  11あなたがたの中には、以前はそんな人もいた。しかし、あなたがたは、主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われ、きよめられ、義とされたのである。

 

*「整えられた民を主に備えるであろう」

1 Samuel 7:5

5サムエルはまた言った、「イスラエルびとを、ことごとくミヅパに集めなさい。わたしはあなたがたのために主に祈りましょう」。

1 Chronicles 29:18

 18われわれの先祖アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ、あなたの民の心にこの意志と精神とをいつまでも保たせ、その心をあなたに向けさせてください。

2 Chronicles 29:36

 36この事は、にわかになされたけれども、神がこのように民のために備えをされたので、ヒゼキヤおよびすべての民は喜んだ。

Psalms 10:17

 17主よ、あなたは柔和な者の願いを聞き、その心を強くし、耳を傾けて、

Psalms 78:8

 8彼らをして神に望みをおき、神のみわざを忘れず、その戒めを守らせるためである。

Psalms 111:10

 10主を恐れることは知恵のはじめである。これを行う者はみな良き悟りを得る。主の誉は、とこしえに、うせることはない。

Amos 4:12

 12「それゆえイスラエルよ、わたしはこのようにあなたに行う。わたしはこれを行うゆえ、イスラエルよ、あなたの神に会う備えをせよ」。

Acts 10:33

33それで、早速あなたをお呼びしたのです。ようこそおいで下さいました。今わたしたちは、主があなたにお告げになったことを残らず伺おうとして、みな神のみ前にまかり出ているのです」。

Romans 9:23

 23かつ、栄光にあずからせるために、あらかじめ用意されたあわれみの器にご自身の栄光の富を知らせようとされたとすれば、どうであろうか。

Colossians 1:12

 12光のうちにある聖徒たちの特権にあずかるに足る者とならせて下さった父なる神に、感謝することである。

2 Timothy 2:21

 21もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。

1 Peter 2:9

 9しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。

2 Peter 3:11-14

 11このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、  12極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。  13しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。  14愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに出られるように励みなさい。

1 John 2:28

28そこで、子たちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、彼が現れる時に、確信を持ち、その来臨に際して、みまえに恥じいることがないためである。


●WEB黒崎

1章17節 [(かつ)]((しか)して(かれ)(みずか)ら)エリヤの(れい)能力(ちから)とをもて、(しゅ)(まへ)()かん。[引照]

口語訳彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。
塚本訳(そればかりか、)“(預言者)エリヤの”霊と力とをもって主(救世主)の先駆けをし、“父の心を(ふたたび)子に”(向けさせて家をきよめ、)また不従順な者を義人と同じ考えに“立ち返らせて、”準備のできた民を主のために用意するであろう。」
前田訳彼はエリヤの霊と力をもって主の先駆けをし、父の心を子に向け、背くものを義人の考えに立ち帰らせ、整えられた民を主にそなえよう」と。
新共同彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」
NIVAnd he will go on before the Lord, in the spirit and power of Elijah, to turn the hearts of the fathers to their children and the disobedient to the wisdom of the righteous--to make ready a people prepared for the Lord."
註解: エリヤの霊と能力につきてはⅠ列17、18章を見よ。またメシヤの来臨の前駆として預言者エリヤが遣されることにつきてはマラ4:5参照。バプテスマのヨハネはこのエリヤであると考えられた(マタ11:14。17:10-13。マコ9:11-13)。すなわち主キリスト・イエスの先駆者としてその前に往くべき預言者であった。

これ(ちち)(こころ)()に、(もど)れる(もの)義人(ぎじん)聰明(さとき)(かへ)らせて、(ととの)へたる(たみ)(しゅ)のために(そな)へんとてなり』

註解: 主キリストの来臨に対する準備である。神に逆き戻っている結果、すなわち人倫中の最も重要なる根本たる親子間の愛情が冷却し正しき理解力をすら失っているごとき世界に、主イエス・キリストが来り給うても、それは彼らにとって無意義である。ゆえに親子の間の真情を常態に復し、神に対する不信の結果、何が正義か何が不義かをすら見分け得ざるに至っている者を神に向き帰らせて正しき人々の聡明さを取り返さしめ、かくしてメシヤ王国の建設のために、充分にその道具立てを完備せる者として準備をととのえるためである。ヨハネはキリストの来臨に先立ちて、この任務を全うすべきものとして生れたのであった。
辞解
[父の心を子に] 前に引用せるマラ4:5には「子女の心にその父を思わしめん」が加えられているが本節にはさらにこれをイスラエルの民と神との関係に拡大している。
[戻れる] apeitheis は不信仰、不従順等の意。
[整へたる] kataskeuasmenon は材料や道具立てが揃っていること。


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●図書館でコンツェルマン「時の中心」を読む。荒野の誘惑。
●明日の訪問に持っていく手土産を買う。




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神の国が宴会に譬えられる意味・・・心は形になる・・・ ++++++++ 所感

2015/04/13 06:37

150413(月)3時半目覚め、5時起床、朝の黙想「神の国が宴会に譬えられる意味・・・心は形になる・・・」●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は上野公園でほとんど散った桜の下で、花見客が三々五々、シートの上で宴会を開いていました(昨日のブログの写真を御一瞥ください)。共通点はみな和気あいあいと語らいを楽しんでいることでした。「花より団子」でなく「花より語らい」という様子でした。●もう20年ぐらいも前に私も職場の同僚と上野公園で夜桜の花見の宴会をしたことがあります。●新約聖書ははよく「宴会」を引きあいに出すところをみると、人生において「宴会」は昔も今も変わらない人生における風習のようです。●今朝はその宴会を巡って「神の国が宴会に譬られる意味」を聖書に探ってみました。順不同頭に思いつくまま。

●喜びの表現としての「宴会」。心は形になる。これはキリスト者が集まる「礼拝」や「愛餐会」の意味にも通じるものがある。

塚本訳 ルカ 15:21-24
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。

口語訳 イザ 25:6
25:6 万軍の主はこの山で、すべての民のために肥えたものをもって祝宴を設け、久しくたくわえたぶどう酒をもって祝宴を設けられる。すなわち髄の多い肥えたものと、よく澄んだ長くたくわえたぶどう酒をもって祝宴を設けられる。

口語訳 詩  23:1-6
23:1 主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
23:2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。
23:3 主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
23:5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。
23:6 わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。

●宴会には費用の心配がある。東京聖書読者会には昔から「昼食会」というものがあって外部の食堂を利用していたが、その昔、かなり貧困の生活をしている某氏が「あの昼食会には出られない」とつぶやいたことがある。その会に出席する人は名士ぞろいでかなり(と言ってもカレーライス程度〕高いものを注文するかららしい。●神の国には費用の心配はいらない。神が心配する。

塚本訳 マタ 15:32-38
15:32 イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしをはなれずにいるので、何も食べるものを持っていない。空腹のままで帰したくない。途中でへたばってしまうかも知れない。」
15:33 弟子たちが言う、「この荒野で、いったいどこから、こんなに大勢の人を満腹させるほど沢山のパンを買って来ましょうか。」
15:34 イエスが言われる、「手許にいくつパンがあるか。」「七つ、それと小魚が少しです」とこたえた。
15:35 イエスは群衆に命じて地面にすわらせ、
15:36 その七つのパンと魚とを(手に)取り、(神に)感謝して(パンを)裂き、弟子たちに渡されると、弟子たちは群衆に渡した。
15:37 皆が食べて満腹した。そして余った(パンの)屑を拾うと、七つの篭に一ぱいあった。
15:38 食べた者は、女、子供ぬきで、男四千人であった。

塚本訳 ヨハ 2:1-11
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。
2:3 すると宴会の最中に酒が足りなくなったので、母がイエスに言う、「お酒がなくなりました。」
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」
2:5 母は召使たちに言う、「〃なんでもこの方の言われるとおりにしてください。〃」
2:6 そこに、ユダヤ人の清めの(儀式の)ために、石の水瓶が六つ置いてあった。いずれも二、三メトレタ[八十から百二十リットル]入りであった。
2:7 イエスは召使たちに言われる、「水瓶に水をいっぱい入れよ。」口まで入れると、
2:8 彼らに言われる、「さあ汲んで、宴会長に持ってゆきなさい。」彼らが持ってゆくと、
2:9 宴会長は酒になった水をなめてみて、──彼はその訳を知らなかったが、水を汲んだ召使たちは知っていた。──宴会長は花婿を呼んで
2:10 言う、「だでれも初に良い酒を出し、酔がまわったところに悪いのを出すのに、あなたは、よくもいままで良い酒をとっておいたものだ。」
2:11 イエスはこの最初の徴[奇蹟]をガリラヤのカナで行って、(神の子たる)その栄光をお現わしになった。弟子たちが彼を信じた。


塚本訳 マタ 6:26-27
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。


塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

●「宴会」はこれを用意する人の労苦がある。花見の席にシートを敷く用意するのは大抵は若い人だが、混雑する時は随分前からしいて「場所取り」を」しなければならない。また食べ物の用意もしなければならない。「お・も・て・な・し」の心が必要である。ここに神の国の真理がある。

塚本訳 ルカ 22:25-27
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。

塚本訳 ルカ 4:38-39
4:38 イエスは立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。シモンの姑がひどい熱病に苦しんでいた。人々が彼女のことを願うと、
4:39 近寄って身をかがめ、熱病を叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした

塚本訳 ヨハ 14:2-3
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。
14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。


●神の国は飲み食いではなく、神の霊の交わり。

塚本訳 ルカ 10:38-42
10:38 さてみなが旅行をつづけるうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が家にお迎えした。
10:39 マルタにマリヤという姉妹があった。。マリヤは主の足もとに坐ってお話を聞いていた。
10:40 するといろいろな御馳走の準備で天手古舞をしていたマルタは、すすみ寄って言った、「主よ、姉妹がわたしだけに御馳走のことをさせているのを、黙って御覧になっているのですか。手伝うように言いつけてください。」
10:41 主が答えられた、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことに気を配り、心をつかっているが、
10:42 無くてならないものはただ一つである。マリヤは善い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

塚本訳 ロマ 14:15-17
14:15 なぜなら、食べ物のために兄弟(の良心)を苦しめるならば、あなたはもう愛によって歩いていないのだから。あなたの食べ物などで、兄弟を滅ぼしてはならない。キリストはその人の(救いの)ためにも死んでくださったのである。
14:16 だから、あなた達がもっている善いもの[福音の自由]を人にあざけられてはならない。
14:17 神の国は(なんでも自由に)食べることや飲むことではなく、義と平安と聖霊による喜びとであるから。

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朝の黙想おわり。心は形になる。


●TSK日本語版ホセア書12章
●NHKFMのクラシック番組「きらクラ」のイントロクイズが楽しみ、今まで71勝55敗。大抵は手持ちのCDでチェック。今日の回答は管弦楽組曲第1番より「パディネリ」。出題者の苦労を思う。やさしくなく、さりとてあまり難しくなく。授業と同じだと思った。●企業の毎年の成長目標は120%が良いと言われている。高すぎずさりとて低すぎず。
●14:30 あきる野図書館でコンツェルマン「時の中心」(国会から取り寄せのため館内閲覧)の第一部一章「洗礼者ヨハネ」を読む。この難解な書物も唸りながら読むと少しは分かるところもある

●ルカ一日一節 1章15節

岩波翻訳委員会訳1995

420115実に彼は、主の御前にて大いなる者となるであろう。

   また彼は、葡萄酒と酔う飲み物とを飲むことなく、

   また、聖霊に満たされているであろう、

   その母の胎内にいる時よりすでに。

 

新共同訳1987

1:15 彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、

 

前田訳1978

1:15 彼は主の前に重んじられ、ぶどう酒や強い酒を飲まず、母の胎内からすでに聖霊に満たされ、

 

新改訳1970

1:15 彼は主の御前にすぐれた者となるからです。彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ、

 

塚本訳1963

1:15 主の前に大いなる者となるからである。『彼は決して葡萄酒や強い酒を飲まない。』(そのかわり)母の胎内からすでに聖霊に満たされ、(それに)酔っている。

 

口語訳1955

1:15 彼は主のみまえに大いなる者となり、ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、

 

文語訳1917

"420115","この子、主の前に大ならん、また葡萄酒と濃き酒とを飲まず、母の胎を出づるや聖靈にて滿されん。"

NKJV ルカ 1:15
1:15 "For he will be great in the sight of the Lord, and shall drink neither wine nor strong drink. He will also be filled with the Holy Spirit, even from his mother's womb.

TEV ルカ 1:15
1:15 John will be great in the Lord's sight. He must not drink any wine or strong drink. From his very birth he will be filled with the Holy Spirit,







●拙HPのTSKより心に響くものをピックアップ

●ルカ 1:15

1:15 彼は主のみまえに大いなる者となり、ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、

 

*「彼は主のみまえに大いなる者となり、」

Genesis 12:2

2わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。

Joshua 4:14

 14この日、主はイスラエルのすべての人の前にヨシュアを尊い者とされたので、彼らはみなモーセを敬ったように、ヨシュアを一生のあいだ敬った。

Matthew 11:9-19

 9では、なんのために出てきたのか。預言者を見るためか。そうだ、あなたがたに言うが、預言者以上の者である。  10『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』と書いてあるのは、この人のことである。  11あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい。  12バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。  13すべての預言者と律法とが預言したのは、ヨハネの時までである。  14そして、もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである。  15耳のある者は聞くがよい。  16今の時代を何に比べようか。それは子供たちが広場にすわって、ほかの子供たちに呼びかけ、  17『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、胸を打ってくれなかった』と言うのに似ている。  18なぜなら、ヨハネがきて、食べることも、飲むこともしないと、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、  19また人の子がきて、食べたり飲んだりしていると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。しかし、知恵の正しいことは、その働きが証明する」。

Luke 7:28

 28あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない。しかし、神の国で最も小さい者も、彼よりは大きい。

John 5:35

35ヨハネは燃えて輝くあかりであった。あなたがたは、しばらくの間その光を喜び楽しもうとした。

 

*「ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、」

Numbers 6:2-4

2「イスラエルの人々に言いなさい、『男または女が、特に誓いを立て、ナジルびととなる誓願をして、身を主に聖別する時は、  3ぶどう酒と濃い酒を断ち、ぶどう酒の酢となったもの、濃い酒の酢となったものを飲まず、また、ぶどうの汁を飲まず、また生でも干したものでも、ぶどうを食べてはならない。  4ナジルびとである間は、すべて、ぶどうの木からできるものは、種も皮も食べてはならない。

Judges 13:4-6

 4それであなたは気をつけて、ぶどう酒または濃い酒を飲んではなりません。またすべて汚れたものを食べてはなりません。  5あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生れた時から神にささげられたナジルびとです。彼はペリシテびとの手からイスラエルを救い始めるでしょう」。  6そこでその女はきて夫に言った、「神の人がわたしのところにきました。その顔かたちは神の使の顔かたちのようで、たいそう恐ろしゅうございました。わたしはその人が、どこからきたのか尋ねませんでしたが、その人もわたしに名を告げませんでした。

Matthew 11:18

 18なぜなら、ヨハネがきて、食べることも、飲むこともしないと、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、

Luke 7:33

 33なぜなら、バプテスマのヨハネがきて、パンを食べることも、ぶどう酒を飲むこともしないと、あなたがたは、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、

 

*「聖霊に満たされており、」

Zechariah 9:15

15万軍の主は彼らを守られるので、彼らは石投げどもを食い尽し、踏みつける。彼らはまたぶどう酒のように彼らの血を飲み、鉢のようにそれで満たされ、祭壇のすみのように浸される。

Acts 2:4

 4すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。

Acts 2:14-18

 14そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。  15今は朝の九時であるから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではない。  16そうではなく、これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである。すなわち、  17『神がこう仰せになる。終りの時には、/わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、/若者たちは幻を見、/老人たちは夢を見るであろう。  18その時には、わたしの男女の僕たちにも/わたしの霊を注ごう。そして彼らも預言をするであろう。

Ephesians 5:18

 18酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、

 

*「母の胎内にいる時からすでに」

Psalms 22:10

10しかし、あなたはわたしを生れさせ、母のふところにわたしを安らかに守られた方です。

Jeremiah 1:5

 5「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生れないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした」。

Galatians 1:15

 15ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかたが、



●洗礼者ヨハネは4福音書に等しくイエスが登場する前に出てくる。その代表的なところは次の3か所である。


塚本訳 マタ 3:1-6
3:1 そのころ、洗礼者ヨハネがあらわれて、ユダヤの荒野で教えを説いて、
3:2 言う、「悔改めよ、天の国は近づいた。」
3:3 この人は、預言者イザヤによってこう言われた人である。──『荒野に叫ぶ者の声はひびく、「主の道を用意し、』その『道筋をまっすぐにせよ。」』
3:4 このヨハネは駱駝の毛の外套を着、腰のまわりに皮の腰衣をつけ、蝗と野蜜とがその食べ物であった。
3:5 するとエルサレムをはじめとしてユダヤ全体、またヨルダン川沿岸の地全体の人々がヨハネの所にでて来て、
3:6 自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた


塚本訳 マタ 3:11-12
3:11 わたしは悔改めのために水で洗礼を授けているが、わたしのあとから来られる方はわたしよりも力がある。わたしはその靴をぬがしてあげる値打もない者である。その方は聖霊と(裁きの)火とで洗礼をお授けになる。
3:12 その手に箕をもっておられるので、(すぐ)脱穀場の掃除をされる。すなわち麦は集めて倉にいれ、籾殻は消えぬ火で焼きすてられるであろう。(聖霊と火の洗礼とはこれである。)」

塚本訳 マタ 3:13-17
3:13 ほどなくイエスはガリラヤからヨルダン川のヨハネの所に来られる。彼から洗礼を受けるためでであった。
3:14 しかしヨハネは、「わたしこそあなたから洗礼を受けるべきであるのに、あなたがわたしの所に来られるのか」と言って、しきりに辞退したが
3:15 イエスは答えられた、「さあ、そう言わずに!こうして、せねばならぬことをなんでも為遂げることは、われわれ(二人)にふさわしいのだから。」そこでヨハネが譲った。
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。
3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。



●洗礼者ヨハネの意義については優に一つの大論文になる。しかしこれを神の子イエスに聞いてみよう。イエスに聞けば間違えることはない。塚本訳の敷衍も読むとわかりやすい。

塚本訳 マタ 11:9-19
11:9 それでは、何のために出かけたのか。預言者を見るためか。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。
11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。

11:13 すべての預言書と律法と[聖書]が預言しているのは、ヨハネ(の現われる時)まで(で、天の国はすでに来ているの)だから。
11:14 (今わたしが言ったことを)信ずる気があなた達にあるなら(わかることだが、)ヨハネこそ、(救世主の先駆けとして)来るべき(預言者)エリヤである。
11:15 耳のある者は聞け。
11:16 だが、(気ままな)この時代(の人)を何にたとえようか。子供たちが市場に坐って(嫁入りごっこや弔いごっこをしながら)、こう言って他の子供たちに呼びかけるのに似ている。──
11:17 笛を吹いたのに、踊ってくれない。弔いの歌をうたったのに、悲しんでくれない。
11:18 なぜならその人たちは、ヨハネが来て飲み食いしないと『悪鬼につかれている』と言い、
11:19 人の子(わたし)が来て飲み食いすると、『そら、大飯食いだ、飲兵衛だ、税金取りと罪人の仲間だ』と言うのだから。しかし(神の)知恵の正しいことは、(ヨハネと人の子とによる)その業が証明した。


塚本訳 ヨハ 5:31-38
5:31 (今わたしの裁きは正しいと言ったが、)もしわたしが自分で自分のことを証明するのであったら、わたしの証明は信用できない。
5:32 わたしのことを証明してくださるお方はほかにあるのである。そしてわたしは、わたしのことを証明されるその(方の)証明が、信用すべきであることを知っている。
5:33 しかし(それは、あなた達が考えるように洗礼者ヨハネではない。)あなた達はヨハネに使をやり、彼は(わたしが)真理(であること)について証明したが、
5:34 わたしは人間(ヨハネ)から証明してもらう必要はない。わたしがヨハネのことを言うのは、ただあなた達が(彼の証明によりわたしを信じて)救われるためである。
5:35 ヨハネは(光ではないが、まことの光に導く)燃えて輝く明りであった。しかしあなた達は(彼の言葉に従おうとせずに、)しばし彼の光にうち興じただけであった。
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。
5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38 また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ルカ一日一節おわり。洗礼者ヨハネは「光」ではなかった。同じことがパウロにもルター、カルヴァン、内村にも言える。人間は導くが救えない。一時的にうち興じているだけである。人を救うのは神ご自身である。ヨハね福音書は次のように言う。至言。

塚本訳 ヨハ 5:35-36
5:35 ヨハネは(光ではないが、まことの光に導く)燃えて輝く明りであった。しかしあなた達は(彼の言葉に従おうとせずに、)しばし彼の光にうち興じただけであった
5:36 わたしには、ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。






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信仰なきヒューマニズムは羊の皮をかぶった狼 ++++++++ 所感

2015/04/12 06:19

150412(日)3時半目覚め、5時起床。朝の黙示「信仰なきヒューマニズムは羊の皮をかぶった狼」●日本は戦争で悲惨な目にあったが、戦後湧きあがったのは「民主主義」の運動であった。キリスト者も信仰なきヒューマニストの尻馬に乗って「民主主義」や「自由平等」「地上の平和」の「運動」に狂奔したのを見ると、日本のキリスト教は底が浅かった。「神を畏れる恐れ」にまでに至らなかった。日本にキリスト教が土着しないのは信仰がヒューマニズムに堕落していたからである。日本のキリスト教指導者の罪は重い。●同じことが今般の東日本大震災にも言える。私はあのとき終末の様を見た。そして「早くこの世が終わって欲しい」と思ったものだ。あのとき「神を畏れる畏れ」を叫んだキリスト者がいただろうか。大抵はニューマニズムか「原因追及」と「天下国家への断罪であった」ああいうことは何もキリスト教信者でなくてもできる。否、今もやっている。こういう運動はかえって信仰のない人の方が徹底抗戦できる。●しかしここに落とし穴がある。そういう運動は神の顔を立てないで人の顔をたてるばい菌が含まれている。その運動や思想は「この世」の」人に理解できて「受ける」。ところがこういう人間(キリスト者!!)は信仰に最も有害。それは「羊の皮をかぶった狼」「偽預言者」である。羊に命を与えないで信仰を失わせる。「信仰なんかは役に立たない」と最もらしいことを言う。●その運動は長続きしない。その運動者の命が終わる時に消え去る。あとを継ぐ者がいない。神に祝福されないからだ。●今朝はこれに関する聖句を掲げてみよう。信仰の浅いキリスト者に告ぐ。モチット深くキリストの(パウロではなく)言葉を勉強せよ。●この世の改革は信仰をもって神の祝福のもとで行え、そうでないと無益、徒労、挫折だ。この世の人から「その活動はいいことだ、立派だ」と褒められるときそれは」神に嫌われる。

塚本訳 ルカ 16:15
16:15 そこで彼らに言われた、「あなた達は人の前では信心深そうな顔をしているが、神はあなた達の心を見抜いておられる。人の中で尊ばれるものは、神の前では嫌われるものである


塚本訳 ルカ 13:1-5
13:1 ちょうどその時、人が来て、(総督ピラトが犠牲をささげている)ガリラヤ人たちを殺し、その血が彼らの犠牲(の血)にまじったことをイエスに報告した。
13:2 その人たちに言われた、「そのガリラヤ人たちはそんな目にあったので、(ほかの)すべてのガリラヤ人よりも罪人だったと思うのか。
13:3 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同じように滅びるであろう。
13:4 またシロアムの(池の)近くの
櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう
。」

塚本訳 ヨハ 7:18
7:18 自分で勝手に話す者は、自分の名誉を求める。(そしてその言うことが偽りである。)しかし自分を遣わされた方の言葉を語って、その方の名誉を求める者は、真実であり、(すこしも)偽りがない。


塚本訳 ヨハ 10:1-17
10:1 アーメン、アーメン、あなた達に言う、羊の檻に入るのに、門を通らず、ほかの所を乗り越えてくる者は、泥坊である、強盗である。
10:2 門を通って入る者が、(ほんとうの)羊飼である。
10:3 羊飼には門番が(門を)あけてやり、羊はその声を聞き分ける。羊飼は一匹一匹、自分の羊の名を呼んで(檻から)つれだし、
10:4 自分の羊を皆出すと、その先に立って歩く。羊はその声を知っているので、あとについて行く。
10:5 しかしほかの人には決してついて行かない、かえって逃げる。ほかの人たちの声を知らないからである。」
10:6 イエスはこの譬をパリサイ人に話されたが、彼らは何を話されているのかわからなかった。
10:7 そこでイエスはまた話された、「アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしが羊への門である。(羊飼はわたしを通らずに、羊に近づくことはできない。)
10:8 (わたしより)前に来た者は皆(羊飼でなく、)泥坊であり、強盗である。羊は彼らの言うことを聞かなかった。
10:9 (また、)わたしが(羊の出入りするための)門である。わたしを通って入る者(羊)は救われる。(いつもこの門を)入ったり出たりして、牧草を得るであろう。
10:10 泥棒が来るのは、ただ(羊を)盗み、殺し、滅ぼすだけのためである。わたしは(羊に)命を持たせるため、あり余るほど(の命を)持たせるために来たのである
10:11 わたしが良い羊飼である。良い羊飼は羊のために命を捨てる。
10:12 (本当の)羊飼でない雇人(である羊飼)は、羊が自分のものでないので、狼が来るのを見ると、羊をすてて逃げる。・・すると狼は羊を奪い、また追い散らすのである。・・
10:13 雇人であって、羊のことなどどうでもよいからである。
10:14 わたしが良い羊飼である。わたしはわたしの羊を知っており、わたしの羊もわたしを知っている。
10:15 父上がわたしを知っておられ、わたしが父上を知っているのと同じである。そしてわたしは羊のために命を捨てる。
10:16 ・・なおわたしには、この檻のものでない、ほかの羊がある。(彼らはまだ野山をさまよっている。)わたしはそれをも導いてやらねばならない。彼らはわたしの声を聞きわけ、かくて群一つ、羊飼一人となるであろう。・・
10:17 だから父上はわたしを愛してくださる。(羊のために)命を捨てるからである。しかしわたしが捨てるのは、(まことの命として)ふたたび取るためである。

塚本訳 ヨハ 10:24-27
10:24 ユダヤ人が彼を取り囲んで言った、「いつまで気をもませるのです。救世主なら(救世主だと、)はっきり言ってください。」
10:25 イエスは答えられた、「言ったが、信じないではないか。父上の言いつけでわたしがしているその業が、わたしのことを証明している。
10:26 だが、あなた達は信じない。わたしの羊でないからだ。
10:27
わたしの羊はわたしの声を聞きわける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。

塚本訳 マタ 7:14-16
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!
7:15 偽預言者に用心せよ。(やさしい)羊の皮をかぶって来るが、内側は強盗の狼である
7:16 (結ぶ)実で偽預言者はわかる。茨から葡萄が、薊から無花果がとれようか。

塚本訳 マタ 24:3-14
24:3 オリブ山に坐っておられると、弟子たちだけでそばに来て言った、「(宮がくずれると言われますが、)そのことはいつ起るか、また、あなたの来臨と世の終りとには、どんな前兆があるか、話してください。」
24:4 そこでイエスが答えてこう話された。──「人に迷わされないように気をつけよ。
24:5 いまに多くの人があらわれて、『救世主はわたしだ』と言ってわたしの名を騙り、多くの人を迷わすにちがいないから。
24:6 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞くであろうが、あわてないように注意せよ。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから。
24:8 しかしこれは皆(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。
24:9 その時あなた達は苦しめられ、殺される。またわたしの弟子であるために、すべての国の人から憎まれる。
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう。
24:11 また多くの偽預言者があらわれて、多くの人を迷わすにちがいない
24:12 また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える。
24:13 しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
24:14 すなわち、あらゆる国々の人に(わたしとわたしの業を)証しするために、(まず)この御国の福音が全世界に説かれ、
それから最後(の裁きの日)が来るのである。

塚本訳 マタ 24:23-29
24:23 その時『そら、ここに救世主が』とか、『ここに』とか言う者があっても、信ずるな。
24:24 偽救世主たち、『偽預言者たちが』あらわれて、大がかりな『奇蹟や不思議なことをして、』あわよくば、選ばれた人々までも迷わそうとするのだから。
24:25 この通り、あなた達には前もって言っておく。
24:26 だから、たとえ『そら、(救世主は)荒野にいる』と言う者があっても、出て行くな。『そら、奥の部屋に』と言っても、信ずるな。
24:27 人の子(わたし)の来臨は、ちょうど稲妻が東から西に輝きわたるよう(に、はっきりわかるの)であるから。
24:28 死骸のある所には、どこにでも鷲が集まる
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。

塚本訳 マタ 6:2-5
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:5 また祈る時には、
偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。

塚本訳 マタ 6:16-17
6:16 また断食をしている時には、
偽善者のように陰気な顔つきをしてはならない。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、(顔を洗わず、髭をそらず、わざと)顔を見苦しくするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:17 あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。


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朝の黙想おわり。キリスト教は神の顔を立てるか「神のため」と思って「己が腹」を立てるかの」相剋。神の恩恵がこの争いをやめさせる。

●ルカ一日一節 1:14

岩波翻訳委員会訳1995

420114そしておまえは、喜び、子踊りすることになろう、

   また、多くの者が、彼の誕生を喜ぶであろう。

 

新共同訳1987

1:14 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。

 

前田訳1978

1:14 あなたのよろこびと感激は大きく、多くの人が彼の誕生をよろこぼう。

 

新改訳1970

1:14 その子はあなたにとって喜びとなり楽しみとなり、多くの人もその誕生を喜びます。

 

塚本訳1963

1:14 この子はあなたの喜びであり、楽しみであり、多くの人もその誕生を喜ぶであろう。

 

口語訳1955

1:14 彼はあなたに喜びと楽しみとをもたらし、多くの人々もその誕生を喜ぶであろう。

 

文語訳1917

"420114","なんぢに喜悦と歡樂とあらん、又おほくの人もその生るるを喜ぶべし。"

NKJV ルカ 1:14
1:14 "And you will have joy and gladness, and many will rejoice at his birth.


TEV ルカ 1:14
1:14 How glad and happy you will be, and how happy many others will be when he is born!

●待ち望んでいた子供は「喜び」「楽しみ」であった。1:7によればエリサベツは石女で年をとっていたので子が生まれるとは考えられず、生まれるとしたら「奇跡」である。イエスの誕生も奇跡だが洗礼者ヨハネの誕生も奇跡である。人はすべてこのように神に望まれて出生するものである。最近はそうではない出生があるから悲惨である。洗礼者ヨハネがこのような出生の仕方であったので、洗礼者ヨハネより大きいと言われるキリスト者は当然神の望みで霊に誕生させられるのだ。それはまさしく奇跡なのだ。

塚本訳 ルカ 1:34-38
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。」
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

塚本訳 マタ 11:7-14
11:7 ヨハネの弟子たちがかえってゆくと、イエスは群衆にヨハネのことを話し出された。──「(さきごろ)あなた達は何を眺めようとして、荒野(のヨハネの所)に出かけたのか。風にそよぐ葦だったのか。(まさかそうではあるまい。)
11:8 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかいものを着ている人か。見よ、柔らかいものをまとった人ならば、王の御殿にいる。
11:9 それでは、何のために出かけたのか。預言者を見るためか。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。
11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。
11:13 すべての預言書と律法と[聖書]が預言しているのは、ヨハネ(の現われる時)まで(で、天の国はすでに来ているの)だから。
11:14 (今わたしが言ったことを)信ずる気があなた達にあるなら(わかることだが、)ヨハネこそ、(救世主の先駆けとして)来るべき(預言者)エリヤである。


塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。


塚本訳 ヨハ 3:3-8
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

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ルカ一日一節おわり。洗礼者ヨハネの誕生は奇跡。ましてやヨハネより大きいと言われるキリスト者の霊による誕生は奇跡中の奇跡だ。

●7:55妻と集会に出発。結婚以来欠かすことがなかったのは感謝。一度だけ咳き込んで駅で引き返したことがあるが。
●キリスト者の聖日厳守はこれを「律法的」に死守すべきものである。これは信仰人生を全うするのに最も大切な事である。
●集会は茂木(司会)、高木(マルコ11章)、山本(第二テモテ4章)
●集会のMTさんが出展している「光陽展」のために上野の東京都美術館に行く。途中MTさんと「神の右」をめぐって意見交換。今回出展した絵画に神の手の位置について一週間も悩み抜いたという。

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上野公園、清水観音堂と桜。


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上野公園の交番。東京芸大建築科の学生の設計。象を彷彿とさせる
なかなかのデザインだ。

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東京都美術館。前川國男設計。これは立派だ。
MTさんからご自分の絵画、「メサイア・復活」のご説明を受ける。

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救いの権威はどこにあるか ++++++++ 所感

2015/04/11 08:25

150411(土)5時目覚め、5時半起床●朝の黙示「救いの権威はどこにあるか」●最近、無教会からパラパラとカトリックに転向する話を耳にする。しかし真実の権威は教会に無く、人間(先生)に無く、聖書と信者の罪の赦しの体験証言にある。●聖書も福音書に権威がある。それは「神の子イエスの言動」が書かれているからだ。そのことを証明してくれるのは神の力、聖霊である。●このことを踏まえて6月7日の集会感話資料の素案をまとめた。それは13年続いた「イエス伝」の最終回である。

6月7日集会感話資料素案
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付録であるヨハネ福音書21章の意義

・・復活のイエスの現れ方、ペテロを中心とせよ、福音書と信者の存在の権威・・


      2015年6月7日 東京聖書読者会 高橋照男


①復活のイエスの現れ方。「悲しんでいる時」に「どこからともなく現れる」

塚本訳 ヨハ 21:1
21:1
そのあとで、イエスはテベリヤ湖のほとりで、
かさねて弟子たちに現わされた。現わされ方はこうであった。──

塚本訳 ヨハ 21:3-6
21:3
シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。
しかしその晩は何も捕れなかった。
21:4 もう夜も明けたころに、イエスが(どこからともなく)岸に出てこられた。それでも、弟子たちはイエスだと気づかなかった。
21:5
イエスが彼らに言われる、
「子どもたち、何も肴があるまい。」「ありません」と彼らが答えた。
21:6
イエスが言われた、「舟の右側に網を打って御覧、獲物があるから。」
網を打つと、(はたして捕れた)魚が多く、もはや網を引き上げることが出来なかった。

 

塚本訳 ヨハ 21:11-14
21:11
シモン・ペテロが(舟の)上にあがって網を陸へ引き上げると、百五十三匹もの大きな魚で一ぱいであった。こんなに大漁であったが、網は裂けなかった。
21:12
イエスが彼らに言われる、「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子のうちだれ一人、「あなたはどなたですか」と敢えて尋ねる者はなかった。
主だと気づいた(が、何となく変だった)からである。
21:13 イエスは来て、パンを(手に)取って彼らに渡された。魚も同じようにされた。
21:14
イエスは死人の中から復活されたのち、弟子たちに自分を現わされたのは、これですでに三度目である。

塚本訳 ルカ 5:4-10
5:4
話がすむと、シモンに言われた、「沖に漕ぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。」
5:5
シモンが答えた、「先生、
わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」
5:6
そしてその通りにすると、沢山の魚の群が入って網が裂けかかった。
5:7
そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。

5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」
5:9
彼も一しょにいた者も皆、とれた魚(の多いの)に、びっくりしたのである。
5:10
シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様であった。イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今から後、あなたは人間を生け捕る(漁師になる)のだ。(きょうの漁は、あなたの大伝道の前ぶれである。)」

塚本訳 マコ 6:45-51
6:45
それからすぐイエスは弟子たちを強いて舟に乗らせ、向う岸のベッサイダに先発させられた、自分では群衆を解散させる間に。
6:46
そして群衆に別れると、祈りのため山に行かれた。
6:47
暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。
6:48
そして
向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50
イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。
6:51
そして彼らの舟に乗られると、風はやんだ。弟子たちはすっかり呆気にとられてしまった。

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19
その日すなわち週の初めの日の晩であった。
ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20
そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21
すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23
人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。

塚本訳 ルカ 24:13-18
24:13
するとちょうど同じ日に、二人の弟子がエルサレムから六十スタデオ[十一キロ半]離れたエマオという村へ歩いてゆきながら、
24:14
これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。
24:15
二人が(こうして)話したり議論したりしていると、
(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが、
24:16
二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった。
24:17
二人に言われた、「歩きながら何をそんなに論じ合っているのです。」
暗い顔をして二人は立ち止まり、
24:18
一人のクレオパという方が答えた、「(見れば御巡礼のようだが、)エルサレムに滞在していながら、あなただけは、この二三日の間にそこで起ったことを何も知らないのですか。」

塚本訳 マタ 5:4
5:4
ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

塚本訳 黙  1:17-18
1:17
私は(この荘厳極まりない)彼(の異象)を見た時、死んだように(なって)その足許に倒れた。すると彼はその右の手を私の上に於て言い給うた──「
懼れるな。私は最初の者、最後の者、
1:18
また(永遠に)活きる者である。(だからかつて)死んだけれども、視よ、(今)私は(再び)永遠より永遠に活きる者である。私は死と陰府の(門の)鍵を有つ。(私には凡てのものを活かし、また殺す権能がある。)

塚本訳 ヨハ 3:7-8
3:7
『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8
風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。

塚本訳 マコ 4:26-28
4:26
また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27
夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28
(すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

②イエスはペテロに羊を飼うことを命じた。

塚本訳 ヨハ 21:15-17
21:15
やがて食事がおわると、イエスはシモン・ペテロに言われる、「ヨハネの子シモン、(今でも)あなたは、この人たち(が愛する)以上に、わたしを愛しているのか。」イエスに言う、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたが御存じです。」彼に言われる、
「わたしの小羊を飼いなさい。」
21:16 二度目にまた言われる、「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛しているのか。」イエスに言う、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたが御存じです。」彼に言われる、「わたしの羊の番をしなさい。」

21:17 三度目に言われる、「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛しているのか。」ペテロは、イエスが三度も「あなたはわたしを愛しているのか」と言われたので悲しくなって、言った、「主よ、あなたはなんでも御存じです。わたしがあなたを愛していることはあなたが御存じです。」イエスが言われる、「わたしの羊を飼いなさい。
21:18
アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。

塚本訳 マタ 16:15-19
16:15
彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17
するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、
「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19
わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)
あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」

塚本訳 マタ 6:12-15
6:12
罪を赦してください、
わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13
わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14
(祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15
人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 マタ 18:21-22
18:21
その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」
18:22
イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

塚本訳 ルカ 24:32-35
24:32
二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33
時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34
ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35
それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3
まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5
また
ケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ヨハ 6:66-68
6:66
(このはげしい言葉の)ために、多くの弟子がはなれていって、もはやイエスと一しょに歩かなくなった。
6:67
するとイエスが十二人(の弟子)に言われた、「まさか、あなた達まで離れようと思っているのではあるまいね。」
6:68
シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

 

③目撃者が書いた福音書と信者の存在に真実の権威がある。

塚本訳 ヨハ 21:24-25
21:24
これらのこと([ヨハネ福音書全体]が
真実であること)を証明し、かつこれらのことを書いたのは、この(イエスの愛)弟子である。わたし達はこの弟子の証明が信用すべきであることを知っている。
21:25
しかし、イエスのなさったことはこのほかにまだ山ほどあって、もしそれをひとつびとつ書きつけるならば、全世界にも、
書いた書物の置場があるまいと思う。

塚本訳 ヨハ 19:32-35
19:32
そこで兵卒らが来て、イエスと一しょに十字架につけられた第一の者と、もう一人の者との脛を折った。
19:33
しかしイエスのところに来て、すでに死んであられるのを見ると、脛を折らずに、
19:34
(死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。
19:35
実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

塚本訳 ヨハ 5:36-40
5:36
わたしには、
ヨハネの証明よりも有力な証明がある。父上がわたしに成しとげさせようとして賜った仕事、すなわちわたしがしている仕事そのものが、わたしが父上に遣わされたことを証明してくれるからである。
5:37
その上、
わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38
また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。
5:39
あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40
あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 ルカ 1:1-4
1:1
わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)
1:2
最初から実際に見た人たちと御言葉の伝道にたずさわった人たちとが(語り)伝えてくれたとおりに、一つの物語に編もうと企てた人が数多くありますので、
1:3
テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、
1:4
閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、
決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

塚本訳 ヨハ 7:18
7:18
自分で勝手に話す者は、自分の名誉を求める。(そしてその言うことが偽りである。)しかし自分を遣わされた方の言葉を語って、その方の名誉を求める者は、
真実であり、(すこしも)偽りがない。

塚本訳 ヨハ 7:28
7:28
すると宮で教えていたイエスは、こう言って叫ばれた、「なるほどあなた達はわたしを知っている。どこから来たかも知っている。だが、わたしは自分で勝手に来たのではない。わたしを遣わされた
真実な方がある。あなた達はその方を知らないが、

塚本訳 ヨハ 8:26
8:26
あなた達について言うべきこと、裁くべきことが沢山あるにはあるが。(言ってもなんの役にも立つまい。)それでもわたしを遣わされた方は
真実であるから、わたしもその方から聞いたことを、この世に語らないわけにゆかない。(あなた達がわかってもわからなくても。)」

塚本訳 ヨハ 20:19-23
20:19
その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20
そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21
すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも
(全権を授けて)あなた達を遣わす。
20:22
こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、
「聖霊を受けよ。
20:23
人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

 
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 6月7日集会感話資料素案 終わり

●TSK日本語版ホセア書10章
●13:00 図書館に行ってコンツェルマン「時の中心」の序章を読む。P26
 時代の3区分。(1)イスラエルの時
        (2)イエスの時
        (3)教会の時
 (3)の教会の時は「聖霊の時」と考えてもよいと」あって、我が意を得たりであった。

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本格的に春が来た。ハイドンオラトリオ「四季」、来よのどけき春。
ヨハンシュトラウス「春の声」、ヴェートーヴェンヴァイオリンソナタ「スプリング」

 
●ルカ一日一節 1章13節

岩波翻訳委員会訳1995

420113すると御使いは、彼に対して言った、

   「〔もう〕恐れるな、ザカリヤよ、

   お前の祈願が、聞き入れられたゆえである。

   すなわちお前の妻エリザベトは、お前に一人の息子を産み、

   その名をお前はヨハネと呼ぶであろう。

 

新共同訳1987

1:13 天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。

 

前田訳1978

1:13 天使は彼にいった、「おそれるな、ザカリヤよ、あなたの祈りは聞かれた。妻エリサベツはあなたに男の子をもうけよう。その名をヨハネとつけよ。

 

新改訳1970

1:13 御使いは彼に言った。「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。

 

塚本訳1963

1:13 天使が言った、「ザカリヤ、『恐れることはない。あなたの』(かねての)祈りは『聞きいれられた。』妻エリサベツは男の子を産むであろう。その名をヨハネとつけよ。

 

口語訳1955

1:13 そこで御使が彼に言った、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。

文語訳1917

"420113","御使いふ『ザカリヤよ、懼るな、汝の願は聽かれたり。汝の妻エリザベツ男子を生まん、汝その名をヨハネと名づくべし。"

NKJV ルカ 1:13
1:13 But the angel said to him, "Do not be afraid, Zacharias, for your prayer is heard; and your wife Elizabeth will bear you a son, and you shall call his name John.


TEV ルカ 1:13
1:13 But the angel said to him, "Don't be afraid, Zechariah! God has heard your prayer, and your wife Elizabeth will bear you a son. You are to name him John.


●「天使」は重要な場面で出てくる。頭に浮かぶ箇所を列記してみよう。昔も今も神も復活も信じない人は天使の存在も信じない。神を信じる人は「天使」を信じる。●ヒルティは「恐れるな」という励ましは「神の導き」の」もとにある人だけにかけられる言葉だと幸福論Ⅲの「驚くべき導き」(岩波版)で言っている。●神の啓導に身を任せる人生観の人には百人百様だが人生の曲がり角で不思議な体験があるものだ。●人生で神のもとに導く人は天使である。ダンテにとってヴァージル。ある人にとっては先生、妻、夫、親、牧師、伝道者。

塚本訳 使  23:7-9
23:7 彼がこう言うと、パリサイ人とサドカイ人とのあいだに意見の対立がおこり、法院が分裂した。
23:8 なぜならサドカイ人は復活も天使も霊もないと主張するのに対して、パリサイ人はこれを認めるからである。
23:9 とうとう大騒ぎになった。数人のパリサイ派の聖書学者は立ち上がり、こう言ってはげしく論争した、「この人には何の悪いことも認められない。それに、もし彼に(ダマスコで)霊か天使かが語ったのだったら──(それこそ大変だ!)


塚本訳 ルカ 1:28-30
1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこ