to 日記と感想 2015年07月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


家庭は一代、建物も一代、身体も一代、信仰も一代・・・さらば地上の旅・・・ ++++++++ 所感

2015/07/31 04:53

150731(金)キリスト者の皆様お早うございます。4時起床●最近、私の手がけた建物が次々と「人手」に渡ったり、解体されるという淋しい報告に接する。理由は様々である。●建物はオーダーの洋服と同じで、その人のためであり、一代である。だから人がいなくなると処分されて、建物と私とは関係がなくなる。ただ「思い出」だけが残る。●これは家庭や身体や信仰についても同じである。一代である。地上のものは永続性がない。いつか消滅していくものである。●今朝はこの悲しく淋しい現実を神はどう慰めてくれるのか、それを聖書に見てみよう。

口語訳 申 34:1-8
34:1 モーセはモアブの平野からネボ山に登り、エリコの向かいのピスガの頂へ行った。そこで主は彼にギレアデの全地をダンまで示し、
34:2 ナフタリの全部、エフライムとマナセの地およびユダの全地を西の海まで示し、
34:3 ネゲブと低地、すなわち、しゅろの町エリコの谷をゾアルまで示された。
34:4 そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない
34:7 モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。
34:8 イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい
。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 6:28-30
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 12:15-21
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 マタ 19:21-22
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

塚本訳 ルカ 10:19-20
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 黙  20:14-15
20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。
20:15 生命の書に(その名を)書かれていない者は(悉くこの)火の池に放り込まれた

塚本訳 マコ 3:21-22
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである
3:22 またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出している」とか言った。

塚本訳 マタ 5:11-12
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

塚本訳 マタ 10:21-24
10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。
10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。
10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)

塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない
。」

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


塚本訳 ヘブ 11:8-10
11:8 信仰によって、アブラハムは財産として戴くべき(カナンの)場所に『出てゆけ』とのお召しを受け、(素直に)言うことを聞いた。そしてどこへ行くともわからず、『出ていった』。
11:9 信仰によって、彼は約束の地に他国人として『宿った』。彼は同じ約束の(ものの)共同相続人(である子)イサクおよび(孫)ヤコブと一しょに、天幕に住んだのである。
11:10 (どうしてこんな生活に甘んじたか。)
彼は(堅固な)土台を持つ(天の)都を待ちのぞんでいたからである。その建設者また創造者は神である。

塚本訳 ヘブ 11:13-16
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。
11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである
11:15 もしも彼らが出てきた所、(すなわちカルデヤのウル)のことを思ったのであったら、(いくらも)引き返す機会があったはずである。
11:16 しかし今や彼らは(地上のものに)まさる天の国を熱望しているのである。だから神も、彼らの神と言われることを恥とされない。彼は彼らのために(天に)都を用意されたのであるから


塚本訳 ピリ 1:29-30
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。
1:30 (然り、)君達はかつて私に於て(目のあたり)見、今また私に就いて聞いているのと同じ戦いをしているのだ!

塚本訳 コロ 1:21-24
1:21 かつては君達も悪行を行って神に縁無き者(であり、)また心にてはその敵であったが
1:22 今や神は君達をも御子の肉体の死によって(御自分と)和睦させ給うた。それは君達を御自分の前で聖い、瑕の無い、咎め所の無い者にしようとし給うたのである──
1:23 もし君達が(飽くまで)根強く堅く信仰に止まり、聞いた福音の希望から動かされることさえ無ければ!この福音は天の下の凡ての創造られたものに宣べ伝えられ、私パウロがその世話役となったのである。
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

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朝の黙想おわり

新約聖書一日一節黙想 ルカ2:31
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塚本訳 ルカ 2:31

2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、

 

●救いは神に用意されたもの。目に見えるもの

塚本訳 ロマ 1:2-4

1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、

1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、

1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

 

塚本訳 ヨハ 1:29-34

1:29 あくる日、ヨハネはイエスが自分の方に来られるのを見て言う、「そら、あれが世の罪を取り除く神の小羊だ。

1:30 『わたしのあとからひとりの人が来られる。わたしよりも偉い方である。わたしよりも前からおられたのだから』とわたしが言ったのは、この方のことだ。

1:31 (最初)わたしはあの方が(救世主だと)わからなかった。しかしわたしはあの方(がそれであること)をイスラエルの民に知らせるため、水で洗礼を授けに来たのである。」

1:32 ヨハネはまたこう言って証しをした、「洗礼を授けると、御霊が鳩のように天から下ってきて、あの方の上に留るのをわたしは見た。

1:33 最初わたしはあの方がわからなかった。しかし水で洗礼を授けさせるためにわたしを遣わされた方(神)が、わたしに言われた、『御霊が下ってきて、ある人の上に留るのを見たら、その人が聖霊で洗礼を授ける人である』と。

1:34 わたしはそれを見た。それで、その方が神の子であると証しをしているのである。」

 

口語訳 創  8:20-22

8:20 ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。

8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。

8:22 地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420231それは、あなたがもろもろの国民の面前に備えられた〔救い〕、

 

新共同訳1987

2:31 これは万民のために整えてくださった救いで、

 

前田訳1978

2:31 この救いはあなたが万民の前にご用意のもの、

 

新改訳1970

2:31 御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、

 

塚本訳1963

2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、

 

口語訳1955

2:31 この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、

 

文語訳1917

"420231","是もろもろの民の前に備へ給ひし者、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

口語訳 詩  96:1-3

96:1 新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。

96:2 主にむかって歌い、そのみ名をほめよ。日ごとにその救を宣べ伝えよ。

96:3 もろもろの国の中にその栄光をあらわし、もろもろの民の中にそのくすしきみわざをあらわせ。

 

口語訳 イザ 42:1-4

42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。

42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、

42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

42:4 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。

 

口語訳 イザ 46:13

46:13 わたしはわが救を近づかせるゆえ、その来ることは遠くない。わが救はおそくない。わたしは救をシオンに与え、わが栄光をイスラエルに与える」。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:31 おわり











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子供の宗教教育・・・神の力に信じて任せる・・・ ++++++++ 所感

2015/07/30 06:32

150730(木)キリスト者の皆様お早うございます。4時目覚め、早朝散歩、良い思い●過日某夫人から「子供宗教教育はどうしたらよいか」との質問を受けた。●こういう質問をしてくる母親の熱意にはすでに母としての祈りが感じられた。●「母の祈りは聴かれる」(塚本虎二)と言われるが、信仰に生きた人の背後には母の祈りの姿が見え隠れする。

塚本訳 ルカ 2:48-52
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

口語訳 詩 22:7-10 (十字架の上でイエスは詩編22編が念頭にあった)
22:7 すべてわたしを見る者は、わたしをあざ笑い、くちびるを突き出し、かしらを振り動かして言う、
22:8 「彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と。
22:9 しかし、あなたはわたしを生れさせ、母のふところにわたしを安らかに守られた方です。
22:10 わたしは生れた時から、あなたにゆだねられました。母の胎を出てからこのかた、あなたはわたしの神でいらせられました

塚本訳 ヨハ 19:25-27
19:25 ところが一方、イエスの十字架のわきには、その母(マリヤ)と母の姉妹、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。
19:26 するとイエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」
19:27 それからその弟子に言われる、「これがあなたのおかあさんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った

塚本訳 ガラ 1:15-17
1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、
1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、
1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)

塚本訳 Ⅱテモ1:4-6
1:4 私は(別れた時の)君の涙を思い出しては、(最後の日が来る前に是非一度)君に会って心一杯に喜びたいと思い焦がれている。
1:5 (本当に)私は(君の純な信仰、)最初に君のお祖母さんロイスに、次にお母さんユニケに宿った、そして私の確信するところでは(今)君にも宿っている君の偽らない信仰を思い起こすのだ
1:6 そのため君に注意するが、どうか私の按手によって君が戴いている神の恩恵の火を(もう一度)煽(あお)るように、

●父親の影響(この父にしてこの子あり)

塚本訳 マタ 1:18-21
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した。
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。
1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

塚本訳 ルカ 15:18-24
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。


塚本訳 ヨハ 1:9-13
1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。
1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マタ 11:10-11
11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい

塚本訳 マタ 7:7-10
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 5:44-48
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。
5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。
5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

塚本訳 マタ 6:5-9
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。


塚本訳 マタ 6:24-34
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 10:28-31
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。

塚本訳 マタ 11:25
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。

塚本訳 ヨハ 14:9
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 ルカ 18:18-20
18:18 ひとりの(最高法院の)役人が尋ねた、「善い先生、何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか。」
18:19 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
18:20 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『姦淫をしてはならない、殺してはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」

塚本訳 マコ 7:9-13
7:9 また話しつづけられた、「あなた達は自分の言伝えを守ろうとして、神の掟をないがしろにしているが、うまいものだ!
7:10 モーセは、『父と母とを敬え、』また『父または母を罵る者はかならず死に処せられる』と言ったのに、
7:11 あなた達はこう言うのだから。──『もしある人が父または母にむかって、わたしがあなたに差し上げるはずのものはコルバン[すなわち(神への)供え物]にする、と言えば、
7:12 (扶養の義務をまぬかれて、)もはや父または母に何一つすることを許されない』と。
7:13 こうして、あなた達は自分で伝えてきた言伝えによって神の言葉を反故にしている。なお、これに似たことをあなた達は沢山している。」

塚本訳 マタ 15:12-13
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる

塚本訳 マタ 26:36-39
26:36 ほどなくイエスは弟子たちと一しょに(オリブ山の麓の)ゲッセマネという地所に着くと、弟子たちに言われる、「わたしがあちらへ行って祈っている間、ここに坐って(待って)おれ。」
26:37 そしてペテロとゼベダイの子二人(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)悲しみおののき始められた。
26:38 それから彼らに言われる、「『心がめいって』『死にたいくらいだ。』ここをはなれずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」

塚本訳 マタ 26:52-53
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。

塚本訳 ルカ 23:46
23:46 その時イエスは大声をあげて言われた、「お父様、』わたしの霊をあなたにおあずけします。』」こう言われるとともに、息が絶えた。

塚本訳 ヘブ 12:7-11
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。



●人は自分を愛してくれる人が信じている神を信ずるようになる。子供は両親が信じている神を信じるようになる。

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27
夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

塚本訳 マタ 13:31-33
13:31 またほかの譬を彼らに示して言われた、「天の国は芥子粒に似ている。ある人がそれを畑にまいた。
13:32 これはあらゆる種の中で一番小さいが、育つと、野菜の中で一番大きくなり、(大きな)木になって、『空の鳥が』来て『その枝に巣を作る』ようになるのである。」
13:33 またほかの譬を彼らに語られた、「天の国はパン種に似ている。女がそれを三サトン(二斗)の粉の中に混ぜたところ、ついに全体が発酵した。」


塚本訳 使  16:30-31
16:30 そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどうしなければならないのですか。」
16:31 二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」

塚本訳 Ⅰコリ7:12-14
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)
不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

●人は人を救えない。神のみが人を救える。

塚本訳 ヨハ 6:42-45
6:42 言った、「この人はヨセフの子イエスで、わたし達はその父も母も知っているではないか。どうして今「わたしは天から下ってきた』と言うのだろう、」
6:43 イエスが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 Ⅰコリ7:16
7:16 なぜか。
妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

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朝の黙想おわり。福音の種がその家庭に落ちれば必ず芽が出る。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ2:30
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塚本訳 ルカ 2:30

2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

 

●救いを目で見ることが理性の安息に大切なこと。神の子は人の姿をとってこの世に降られた。シメオンは幼子イエスを見てどうして「救い主」と分かったのか。

 

塚本訳 ヨハ 13:12-15

13:12 さて、みんなの足を洗い終ると、上着を着てふたたび席について、言われた、「いまわたしは何をあなた達にしたか、(そのわけ)がわかるか。

13:13 あなた達はわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいるが、そう言うのは正しい。その通りだから。

13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。

13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。

 

塚本訳 マタ 20:27-28

20:27 一番上になりたい者は奴隷になれ。

20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

 

塚本訳 マタ 26:26-28

26:26 (ユダが立ち去ったあと、)彼らが食事をしているとき、イエスは(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)賛美して裂き、弟子たちに渡して言われた、「取って食べなさい、これはわたしの体である。」

26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。

26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。

 

塚本訳 ヨハ 14:6-9

14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

14:7 しかしあなた達はわたしがわかったのだから、わたしの父上もわかるにちがいない。いや、いますでに父上がわかっており、また父上を見たのである。」

14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」

14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

 

塚本訳 ルカ 10:23-24

10:23 それから特に弟子の方へ振り向いて言われた、「あなた達が(いま)見ているものを見る目は幸いである。

10:24 わたしは言う、多くの預言者と王とは、あなた達が(いま)見ているものを見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。」

 

塚本訳 ヨハ 2:20-25

2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」

2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。

2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

2:23 過越の祭の時エルサレムにおられる間に、多くの人がイエスの行われたかずかずの徴[奇蹟]を見て、その名を信じた。

2:24 しかしイエスの方では、彼ら(の信仰)を信頼されなかった。彼にはだれでもわかり、

2:25 また人のことをだれからも教えてもらう必要がなかったのである。自分で人の心の中がわかったからである。

 

塚本訳 ヨハ 3:1-3

3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。

3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

 

塚本訳 ヨハ 20:24-29

20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。

20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

 

 

●翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

420230私の両の目は、あなたの救いを拝見したからです。

 

新共同訳1987

2:30 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。

 

前田訳1978

2:30 わが目があなたの救いを見ましたから。

 

新改訳1970

2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。

 

塚本訳1963

2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

 

口語訳1955

2:30 わたしの目が今あなたの救を見たのですから。

 

文語訳1917

"420230","わが目は、はや主の救を見たり。"

 

●BbB、TSK,黒崎を見て、心に響くものをピックアップ。

 

口語訳 創  49:3

49:3 ルベンよ、あなたはわが長子、/わが勢い、わが力のはじめ、/威光のすぐれた者、権力のすぐれた者。

 

塚本訳 ルカ 2:10-11

2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。

2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。

 

塚本訳 ルカ 3:5-6

3:5 すべての谷は埋められすべての山と丘とは低うされ、曲った道はまっすぐに、でこぼこ道は平らになるであろう。

3:6 かくして全人類一人のこらず神の救いにあずかるであろう。」』

 

塚本訳 使  4:10-12

4:10 あなた方御一同はもとより、イスラエル国民全体も、このことを知ってほしい。ナザレ人イエス・キリスト──あなた方が十字架につけ、神が死人の中から復活させられた方──その名で、この人がよくなって、あなた方の前に立っているのです。

4:11 この方は、(聖書にある)『大工の』あなた方から』投げ捨てられ、隅の土台石になった石』です。

4:12 この方のほかのだれによっても救いはない。天下ひろしといえども、わたし達が救われるべき名はこれ以外、人間に与えられていないからです。」

 

新共同 イザ 52:10

52:10 主は聖なる御腕の力を/国々の民の目にあらわにされた。地の果てまで、すべての人が/わたしたちの神の救いを仰ぐ。

 

新共同 ヨブ 19:27

19:27 このわたしが仰ぎ見る/ほかならぬこの目で見る。腹の底から焦がれ、はらわたは絶え入る。

 

新共同 ヨブ 42:5

42:5 あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。

 

新共同 詩  98:2-3

98:2 主は救いを示し/恵みの御業を諸国の民の目に現し

98:3 イスラエルの家に対する/慈しみとまことを御心に留められた。地の果てまですべての人は/わたしたちの神の救いの御業を見た。

 

新共同 詩  67:3

67:3 あなたの道をこの地が知り/御救いをすべての民が知るために。

 

新共同 イザ 40:5

40:5 主の栄光がこうして現れるのを/肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:30 おわり





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人は神の霊によって救われる・・・真に使徒伝承の行われるところが救いの機関・・・ ++++++++ 所感

2015/07/29 15:38


150729(水)キリスト者の皆様お早うございます。昨日は5人の「主にある交わり」は楽しくまた有益であった。そこで話し合われたのは信仰論、教会論であった。一日経った今思うのは「人は神の霊によって救われる・・・真に使徒伝承の行われるところが救いの機関・・・」である。●これに関する聖句を掲げてみよう。

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 ヨハ 4:20-21
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。


塚本訳 ヨハ 4:24-26
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

塚本訳 ルカ 24:30-32
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 マコ 14:9
14:9 アーメン、わたしは言う、世界中どこででも(今後)福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために(一しょに)語りつたえられるであろう。」

塚本訳 ヨハ 15:16
15:16 (しかも)あなた達がわたしを選んだのではなく、わたしがあなた達を(使徒に)選んで、あなた達が出かけていって(善い)実を結び、その実がいつまでものこるように、また(その必要のために)あなた達がわたしの名で父上にお願いすれば、なんでもかなえてくださるようにしてやったのである。

塚本訳 ヨハ 17:8
17:8 すなわち、わたしは賜わりました言葉を(そのまま)彼らに伝え、彼らはそれを受けいれて、わたしがあなたのところから出てきたことを本当に知り、あなたがわたしを遣わされたことを信じたのであります。

塚本訳 ヨハ 15:16
15:16 (しかも)あなた達がわたしを選んだのではなく、わたしがあなた達を(使徒に)選んで、あなた達が出かけていって(善い)実を結び、その実がいつまでものこるように、また(その必要のために)あなた達がわたしの名で父上にお願いすれば、なんでもかなえてくださるようにしてやったのである。

塚本訳 ヨハ 15:18-19
15:18 (しかしわたしに愛される時、あなた達はこの世から憎まれる。だが)もしこの世があなた達を憎んだら、あなた達よりも先にわたしを憎んだと思え。
15:19 もしあなた達がこの世のものであったら、この世は自分のもの(であるあなた達を)愛するはずである。しかしあなた達は(もはや)この世のものではなく、わたしがこの世から選び出したのだから、この世はあなた達を憎むのである。

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朝の黙想おわり

●新約聖書一日一節黙想 ルカ2:29
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塚本訳 ルカ 2:29

2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、

 

●「(この世に)暇乞いをする」ということ。命には限りがある。人生の目的は何か。安らかにこの世を去るということが老年の希望。お言葉の通りにとは何か。

 

口語訳 詩  90:12

90:12 われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。

 

塚本訳 ヨハ 17:1-5

17:1 イエスはこれらのことを話されると、目を天に向けて(祈って)言われた、「お父様、いよいよ時が来ました。子があなたの栄光をあらわすために、どうか(子を十字架につけて、)子に栄光を与えてください。

17:2 あなたは、子に下さいました者に一人のこらず永遠の命を与えさせるため、全人類を支配する全権を子に与えられたのですから。

17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

17:4 わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました。

17:5 だからお父様、(今度は)あなたが、わたしの栄光を──世界が出来る前にあなたのところで持っていたあの栄光を──今、あなたのところで持たせてください。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420229「今こそあなたは、あなたの僕を去らせて下さいます、ご主人様...

お言葉通り、平安のうちに。

 

新共同訳1987

2:29 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。

 

前田訳1978

2:29 「今や、君よ、あなたは僕をおことばどおり平和にお暇させてくださいます、

 

新改訳1970

2:29 「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。

 

塚本訳1963

2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、

 

口語訳1955

2:29 「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに/この僕を安らかに去らせてくださいます、

 

文語訳1917

"420229","『主よ、こそ御言に循ひて、僕を安らかに逝かしめ給ふなれ。"

 

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ。

 

口語訳 創  15:13-16

15:13 時に主はアブラムに言われた、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。

15:14 しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。

15:15 あなたは安らかに先祖のもとに行きます。そして高齢に達して葬られるでしょう。

15:16 四代目になって彼らはここに帰って来るでしょう。アモリびとの悪がまだ満ちないからです」。

 

口語訳 創  46:30

46:30 時に、イスラエルはヨセフに言った、「あなたがなお生きていて、わたしはあなたの顔を見たので今は死んでもよい」。

 

塚本訳 ピリ 1:23

1:23 私は(今)この二つの板挟みになっている。すなわち一方では(一日も早く悩みの)この世を去ってキリストと共にいたいという願いがあって──もちろんこの方が遥かにずっと勝れているのに──

 

塚本訳 黙  14:13

14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

 

塚本訳 ルカ 2:26

2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:29 おわり



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見時誕生日、湯浅先生、富永先生訪問 ++++++++ 所感

2015/07/28 11:46

150728(火)キリスト者の皆様お早うございます。三男恵のところで目覚め。

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近藤見時、満13歳の誕生日祝い。(写真は昨日のもの。左は見時、中一、右は風人小四)
全員で「ハッピーバースデーツーユー」を歌う。私は手品をやったが、逆に見時からトランプ手品などをやられた。世代交代。

塚本訳 ルカ 2:52
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』


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近藤家の朝。華子と子供の宗教教育について懇談。私も妻も「神に任せる。神ママがよい」ということを言った。
子供との生活は短いものだとも言った。


●10:00 華子に車で送られ、安達太良聖書集会の湯浅鉄郎先生ご夫妻にご挨拶に伺う。2時間懇親懇談。
●13:00 湯浅先生の車で郡山の富永國比古先生に御挨拶に伺う。

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主にある交わり。郡山ビッグアイで会食
左から湯浅鉄郎(安達太良聖書集会代表)、富永久美子、富永國比古(ロマリンダクリニック院長)、    高橋照男、高橋トミ子
富永先生の新著「銀河鉄道の夜と聖書」や教会論で盛り上がる。

私は、「信仰は一代、建物も一代、教派も一代」と語った。

文語訳 マタ 18:20
18:20 二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』



●18:00 帰宅。東京は暑かった。












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二本松城に登る ++++++++ 所感

2015/07/27 10:51

150727(月)キリスト者の皆様お早うございます。三男恵のところで4時半に目覚め。朝からセミの声。私達にとってここはすばらしいリゾート地だ。

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孫の二人(見時、風人)は早朝ランニングをする。おいてけぼりになった。

塚本訳 ルカ 1:80
1:80 幼児は大きくなり霊も強くなって、(洗礼者として)イスラエルの民の前にあらわれる日まで、荒野に(かくれて)いた。



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恵が車で二本松城址に案内してくれた。安達太良山が美しかった。
髙いところから恵の住む二本松市を眺めた。

口語訳 詩  121:1-3
121:1 わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。
121:2 わが助けは、天と地を造られた主から来る。
121:3 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。




詩篇16章5-6節(’黒崎註解)

16篇5節エホバはわが《うくべき*
嗣業(ゆづり)また酒杯(さかづき)なり、》【嗣業またわが酒杯にうくべき有なり】われ他に何物を所有せず、何をも飲まずとも、我が心は満足りて溢るるばかりなり。然のみならず、(なんぢ)はわが所領(しよりやう)をまもりたまはん。如何なる者来るともわが嗣業は動かさるることあらじ。

16篇6節わが所領を決定すべき*
準繩(はかりなは)はわが(ため)(たの)しき()におちたり。エホバわが嗣業なれば、これにまされる地はまたとはあらじ。(うべ)、われ*よき嗣業(ゆづり)をえたるかな。エホバを信ずることは、何物にも優れる最上の宝である。


口語訳 詩  16:5-6
16:5 主はわたしの嗣業、またわたしの杯にうくべきもの。あなたはわたしの分け前を守られる。
16:6 測りなわは、わたしのために好ましい所に落ちた。まことにわたしは良い嗣業を得た。


●13:00 恵にパソコンをレクチャーしてもらう。これで昨年10月以降途切れていたTSK日本語版のアップロードの継続に目鼻がついた。私のホームページの聖書関係プロジェクトは家族親族の共同作業。感謝


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恵が6月から新しく勤務しはじめた「飯館電力株式会社」の入るビル。(福島市)
飯館電力は「再生エネルギー」を目指す小さな会社。前途多難だが、福島で起業するところに意義があると思った。十字架だ。小林稔社長、千葉訓道専務、小林浩人(会計)に挨拶。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。





















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妻の両親の法事に行く ++++++++ 所感

2015/07/26 10:16

150726(日)キリスト者の皆様おはようございます。今日は妻の両親の法事に福島県いわき市に行きます。父は2003年8月22日に90歳、母は2010年8月13日に89歳で亡くなりました。二人とも長命でした。私もそれぐらいは生きたいと思います。


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仏教による法要の後に、墓に水を掛け、線香を捧げた。この地方は遺骨を骨壺に入れずに
底のないカロートの土に撒いてある。人は土に帰るという思想だ。

新共同 創  2:7
2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

新共同 詩  90:2-4
90:2 山々が生まれる前から/大地が、人の世が、生み出される前から/世々とこしえに、あなたは神。
90:3 あなたは人を塵に返し/「人の子よ、帰れ」と仰せになります。
90:4 千年といえども御目には/昨日が今日へと移る夜の一時にすぎません。


●湯本まで行って、親族7名で会食。私が献杯の音頭をとった。
●磐越東線で郡山に向かう。両側は良い景色であった。途中の夏井はその昔、沢歩きをしたところ。小野新町は父(草野茂直)の郷里。











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命の短さの悲しみはいかにして克服されるか・・・詩編92:12の研究・・・ ++++++++ 所感

2015/07/25 07:58

150725(土)キリスト者の皆様お早うございます。昨日は詩編90篇12節に引っかかりました。人の命には限界があることを知れということを「知恵」で知れということである。大脳皮質で知れ、ということで旧約の「諦念」「無常観」が現れている。今朝は「命の限界の悲しみはいかにして克服されるか・・・詩編90:12の研究・・・」ということで、黙想してみよう。

●まず翻訳比較。

口語訳 詩 90:12
90:12 われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。


新改訳 詩 90:12
90:12 それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。


新共同 詩 90:12
90:12 生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように。


NKJV 詩 90:12
90:12 So teach us to number our days,That we may gain a heart of wisdom.


TEV 詩 90:12
90:12 Teach us how short our life is, /so that we may become wise.

文語訳 詩 90:12
90:12  願はくはわれらにおのが日を数ふることををしへて知恵のこゝろを得しめたまへ

関根訳  詩90:12
90:12  われらの日数を正しく数えることを教え、知恵の心を得させ給え


●次にこの箇所をTSK(聖書知識の宝庫、英米200年の労作。日本語版は拙HPに搭載作業中)でみてみよう。心に響くものをピックアップ

口語訳 申  32:28-29
32:28 彼らは思慮の欠けた民、/そのうちには知識がない。
32:29 もし、彼らに知恵があれば、これをさとり、/その身の終りをわきまえたであろうに。


口語訳 詩  39:4
39:4 「主よ、わが終りと、わが日の数のどれほどであるかをわたしに知らせ、わが命のいかにはかないかを知らせてください。


口語訳 箴  2:2-6
2:2 あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を悟りに向け、
2:3 しかも、もし知識を呼び求め、悟りを得ようと、あなたの声をあげ、
2:4 銀を求めるように、これを求め、かくれた宝を尋ねるように、これを尋ねるならば、
2:5 あなたは、主を恐れることを悟り、神を知ることができるようになる。
2:6 これは、主が知恵を与え、知識と悟りとは、み口から出るからである。


口語訳 箴  4:7
4:7 知恵の初めはこれである、知恵を得よ、あなたが何を得るにしても、悟りを得よ。


口語訳 箴  16:16
16:16 知恵を得るのは金を得るのにまさる、悟りを得るのは銀を得るよりも望ましい。


●では「知恵」や「悟り」で人の命の短さの悲しみ嘆きを克服することが出来るだろうか、そこで次にBbB(聖書で聖書を読む。拙HP搭載)で心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅱペテ3:8
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。

塚本訳 マタ 6:30
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 Ⅰコリ3:7
3:7 従って、植える者も水をやる者もなんでもなく、成長させるお方、神だけが偉いのである。

塚本訳 ヤコ 1:11-12
1:11 (一度)日が出て熱い風が吹いて、『草を枯らすと、花は落ち』その麗しい顔は失せる。これと同じく、金持ちもその(儲け)仕事の最中に萎んでしまうであろう。
1:12 『幸福なるかな』、試練に『耐える』人、(これに)及第すると、主を愛する者に約束された生命の冠が戴けるのだから。

●では私自身はいかに慰められているかというと、神の子キリストの「有体的復活」である。それこそが神の「知恵」なのだ。涙が拭われることなのだ。「知恵」に注目して「Jバイブル」を利用して拾い上げてみよう。

塚本訳 マタ 11:27
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。


塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 ルカ 21:15
21:15 いかなる反対者も、反抗し弁駁することの出来ない言葉の知恵を、わたしが授けるから。


塚本訳 ロマ 11:33
11:33 ああ、神の富と知恵と知識との深さよ!なんとその裁きの探りがたく、(なんと)その(お歩きになる)道の不可解なことよ!

塚本訳 Ⅰコリ1:17-25
1:17 救世主がわたしをお遣わしになったのは、洗礼を授けさせるためでなく、福音を説かせるためなのだから。それも、言葉の上の知恵をもって(説くの)ではない。それでは(人間の言葉の力が大きくなり)、キリストの十字架(の救い)が空虚なものになる恐れがあるからである。
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか。
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。
1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、
1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、
1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。
1:25 というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人よりも力があるからである。

塚本訳 Ⅰコリ1:30
1:30 この神ゆえに、あなた達は(はじめて)キリスト・イエスにあるのであり、このキリストが、神から賜わるわたし達の知恵、また義、また聖さ、また(罪の)あがないになられたのである。

塚本訳 Ⅰコリ2:1-7
2:1 わたしもまた、兄弟たちよ、(はじめて)あなた達の所に行ったとき、(人間の)勝れた言葉や知恵を用いることなしに、神から賜った(福音の)証明を伝えていたのであった。
2:2 あなた達の間では、イエス・キリスト以外には何も(言うまい)知るまいと、決心したからである、十字架につけられたあの方以外には!
2:3 [アテネではこの世の知恵で福音を説こうとしたので失敗した。]それでわたしは、弱く、恐れて、またひどく震えて、あなた達の所にいたのである。
2:4 そしてわたしの話も説教も、人を感服させる知恵の言葉によらずに、(神の)霊と力との(直接の)立証によった。
2:5 それはあなた達の信仰が人間の知恵に基づくのでなく、神(御自身)の力に基づくためであった。
2:6 こうは言うものの、(霊的に)成人した人たちの前では、わたし達も知恵を話す。ただそれはこの世の知恵でも、やがて滅びるこの世の支配者ども(すなわち悪魔の手下)の知恵でもない。
2:7 わたし達が話すのは神から来る(神の)秘密を示す知恵であり、(世に)隠されていた知恵であり、神がわたし達に栄光を与えるために、世の始めの前からあらかじめお定めになった知恵である。

塚本訳 Ⅰコリ2:12-13
2:12 しかしわたし達はこの世の霊でなく、神から来るその霊を戴いた。それは、神から恩恵として賜わったもの(の何であるか)が、わかるためである。
2:13 またその(賜物の)ことをわたし達が話すにも、人間的な知恵に教えられた言葉によらず、御霊に教えられた言葉による。霊のことに霊のことを当てはめ(て解しようとす)るのである。

塚本訳 Ⅰコリ3:18
3:18 だれでも自分をごまかしてはならない。あなた達の中にこの世で知恵者だと思う者があるなら、まず馬鹿になれ。(本当の)知恵者になるために。

塚本訳 Ⅰコリ12:8-9
12:8 すなわち、ある人には御霊をもって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には同じ御霊によって知識の言葉が、
12:9 他の人には同じ御霊において信仰が、ほかの人にはその一つの御霊において治療の賜物が、

塚本訳 Ⅱコリ1:11-12
1:11 このことについてはあなた達も、わたし達のために祈りをもって加勢してくれている。こうして多くの人(の祈り)によってわたし達にいただくこの(救の)賜物が、多くの人によってわたし達のために(神に)感謝されることになるのである。(神は一人でも多くの人の感謝をお喜びになる。)
1:12 ところで(こう言えば、パウロがまた自慢していると言われるかも知れないが、)わたし達の自慢は、と言えば、わたし達がこの世において、とくにあなた達に対して、神の聖潔と純真とで、人間的の知恵によらずに神の恩恵によって振舞ったことを、わたし達の良心が証明してくれることである。

塚本訳 エペ 1:7-8
1:7 私達はこの愛され給う者において、神の豊かなる恩恵により、その血による贖いすなわち咎の赦免を戴いたのであり、
1:8 且つ神はこの恩恵を私達に溢れさせて凡ての知恵と悟りとを与え、

塚本訳 エペ 1:17
1:17 われらの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と黙示との霊を君達に与えて神の知識に至らせ給わんこと、

塚本訳 エペ 3:10-11
3:10 これは今教会によって神の多種多様な知恵が天上における「権威」や「権力」達に示されるためであって、
3:11 神の永遠の計画に基づくものであるが、(今)神は私達の主キリスト・イエスにおいてこれを実現し給うたのである。

塚本訳 コロ 1:8-9
1:8 彼はまた君達が(神の)霊による愛を持っていることを私達に明らかにしてくれた。
1:9 それ故私達もそのことを聞いた日から絶えず(神に)祈って、君達が御霊による凡ての知恵と聡明とを与えられて、神の御意を知る知識に満たされんことを求めている。

塚本訳 コロ 2:2-4
2:2 皆の心を励まし、愛によって教え、(かくて)豊富且つ完全なる凡ての聡明、(然り、)神の奥義すなわちキリストを知る知識に達せしめようとしているか、ということである。
2:3 『知恵』と知識と『の宝は』悉くこのキリストの中に『隠されている』のである。
2:4 君達が誰からもうまい言で言いくるめられることのないように、このことを言っておく。

塚本訳 コロ 2:23
2:23 そして(また)これら(の訓戒や教え)はお手製礼拝と(いわゆる)謙遜と禁欲とで(如何にも)知恵があるように思われているが、(実は)ただ肉の(感情の)満足に役立つだけである。

塚本訳 Ⅱテモ3:15
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。

塚本訳 ヤコ 3:14-15
3:14 しかし、もし君達の心に苦い嫉妬や争いがあるならば、(知恵があるなどと)誇って(はならぬ。それは虚言である。)真理に反して虚言をいってはならぬ。
3:15 そんな知恵は上から降ったものではない。地上のもの、血肉のもの、(然り、)悪鬼のものである。(真の知恵は謙遜であり、柔和である。)

塚本訳 ヤコ 3:17
3:17 上からの知恵はまず聖く、次に平和を好み、親切で、温順で、憫れみと善き果実に満ちて居り、党派根性がなく、偽善でない。

塚本訳 黙  5:12
5:12 大声で(仔羊を讃美して)言うた──屠られ給うた仔羊こそ、権能と富と知恵と権力と栄誉と栄光と讃美とを受くるに相応(ふさ)いたもう。

塚本訳 黙  7:12
7:12 言うた──アーメン、願わくは讃美と栄光と知恵と感謝と栄誉と権能とが、永遠より永遠に我らの神にあらんことを、アーメン!


●最後に自分の頭にある、「死の悲しみ」を克服する。聖書の言葉。

塚本訳 ルカ 8:50-52
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 ヨハ 20:5-10
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。
20:10 それから二人の弟子は家にかえった。

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 11:32-44
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 使  24:20-21
24:20 あるいはまた(ここにいる)この(エルサレムの)人たち自身も、わたしが最高法院の前に立ったとき、どんな不正が(わたしに)認められたか、言ってみたまえ!
24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」

塚本訳 使  26:21-24
26:21 そのためユダヤ人はわたしを宮でつかまえて、殺害しようと企てたのです。
26:22 しかし神の助けをこうむり、今日まで(こうして)立って、小さい者にも大きい者にも証しをしているのです。それも預言書とモーセ[聖書]とが、将来必ずおこると語った以外のことは、何も言いません。
26:23 すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」
26:24 彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」

塚本訳 Ⅱコリ5:12-13
5:12 (前にも言ったが、)わたし達はまたあなた達に「自分を推薦する」のではない。ただわたし達のことを誇る手掛りを与えて、内面でなく外面を誇るあの連中に受け答えできるようにするまでである。
5:13 なぜなら、もし(非難されているように)わたし達が「気が狂った」のなら、神に対して(熱心だから)である。もし正気なら、あなた達に対して(そのためを考えるから)である。

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


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朝の黙想おわり。パウロはキリストの有体的復活の事実に「気が狂った」。なぜか。これこそ人の根源的な悩み悲しみである「罪と死」から救う神の知恵、単に知恵でなく唯一の道だからである。万歳!。救いの道は開かれた。この宣伝のためにパウロに倣って我々も「気が狂おう」ではないか。●15年前に脳内出血で意識不明になって生還したとき、娘が「父さん、やっぱり頭がおかしい」と言った。そうだ、「俺は狂ったのだ」。またある人が「高橋は有体的復活を十年一日の如くに話している」と評した。そうだ、私は狂わされたのだ。

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地元あきるの市出身の全盲のソプラノ歌手橋本夏季(1989年生まれ)のコンサート。
東京藝術大学音楽学部声楽科に初の全盲の学生として入学、卒業時に賞を受賞。昨年3月に大学院を卒業。各方面で活躍中。「天使の歌声、癒しの響き」と言われるだけあって透き通るようなすばらしい声であった。「天は二物を与えず」。彼女は目は悪かったが声は良かった。ここまで育てられたご両親の御苦労のことを思う。彼女はあきる野市の誇りだ。

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コンサート終了後ロビーで、橋本夏季さんと。
「すばらしい声でした。あなたの声は天に届いていますよ」と励ましの声をかけた。
彼女は生まれつきの全盲。点字の楽譜に苦労したという。
父と母の顔を一目見てみたいだろうなー、と思って胸が詰まった。「なぜあなたが全盲になったのですか」
これは神にきりわからない。神は彼女の涙をご存知だ。

新約聖書一日一節黙想 ルカ2:28
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塚本訳 ルカ 2:28

2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──

 

●この幼児こそ救い主だと分かったシメオンは不思議な人だ。神を賛美したというところがポイント。

 

塚本訳 ルカ 3:16

3:16 ヨハネがみんなに言った、「わたしは水で洗礼を授けているが、わたしよりも力のある方が(あとから)来られる。わたしはその方の靴の紐をとく値打もない者である。その方は聖霊と(裁きの)火とで洗礼をお授けになる。

 

塚本訳 ルカ 7:26-28

7:26 それでは、何を見ようとして出かけたのか。預言者か。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。

7:27 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使をやって、あなたの先駆けをさせ、』あなたの『前に道を準備させる』』と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。

7:28 わたしは言う、女の産んだ者の中には、ヨハネより大きい者は一人もない。しかし神の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

 

塚本訳 マタ 16:13-17

16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」

16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」

16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳 ヨハ 1:12-13

1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。

1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

 

塚本訳 ヨハ 3:3-8

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

塚本訳 Ⅰコリ12:3

12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420228シメオン自らが幼子を両腕に受け取り、神を祝して言った、

 

新共同訳1987

2:28 シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。

 

前田訳1978

2:28 彼は幼子を両腕に抱き、神をたたえていった、

 

新改訳1970

2:28 すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。

 

塚本訳1963

2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──

 

口語訳1955

2:28 シメオンは幼な子を腕に抱き、神をほめたたえて言った、

 

文語訳1917

"420228","シメオン、イエスを取りいだき、神を讃めて言ふ、"

 

●BbB,TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 9:34-37

9:34 彼らは黙っていた。(自分たちのうちで)だれが一番えらいかと、道々論じ合っていたからである。

9:35 イエスは坐って、十二人を呼んで言われる、「一番上になりたい者は皆の一番下になれ、皆の召使になれ。」

9:36 それから、一人の子供(の手)を取って彼らの真中に立たせ、それを抱いて言われた、

9:37 「わたしの名を信ずる一人のこんな子供を迎える者は、わたしを迎えてくれるのである。わたしを迎える者は、わたしを迎えるのでなく、わたしを遣わされた方をお迎えするのである。」

 

口語訳 詩  33:1

33:1 正しき者よ、主によって喜べ、さんびは直き者にふさわしい。

 

塚本訳 マコ 10:14-16

10:14 イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた、「子供たちをわたしの所に来させよ、邪魔をするな。神の国はこんな(小さな)人たちのものである。

10:15 アーメン、わたしは言う、子供のように(すなおに)神の国(の福音)を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできない。」

10:16 それから子供たちを抱き、(頭に)手をのせて祝福された。

 

塚本訳 ルカ 1:46

1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、

 

塚本訳 ルカ 2:13-14

2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──

2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

 

塚本訳 ルカ 2:20

2:20 羊飼たちは、聞いたり見たりしたことがことごとく(天使の)話のとおりであったので、神を崇め、讃美しながら引き返した。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:28おわり

















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肉体はなぜ衰えるのか・・・永遠の命を望み見るため・・・ ++++++++ 所感

2015/07/24 06:22

150724(金)キリスト者の皆様お早うございます。3時半目覚め。起き上がると軽い目まい。スワ2年前(130711)の嘔吐騒ぎと同じか。その時は妻の付き添いでタクシーでかかりつけの医者で胃腸のウィルスが原因で熱中症ではなかった。今回の症状も似ている。妻は私のことを「夏に弱い」と言っている。●今朝はこのことで何故人間には「肉体の衰え」というものがあるのだろうかと考え、聖書のアチコチを思い浮かべた。人間は年齢を重ねると「勢い」がなくなる。力が減衰するものだ。これは淋しいことだ。仕事も子育ても「勢い」のあるうちだ。●老年になると力が減衰して淋しくなるのはそれによって「永遠の命」を望み見るようにさせられるためではあるまいか。

口語訳 創 6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


口語訳 申  34:4-7
34:4 そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7
モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。


口語訳 詩  90:4-10
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。
90:7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。
90:8 あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪をみ顔の光のなかにおかれました。
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。
90:12 われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください

口語訳 創  5:24
5:24 エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった

口語訳 詩  84:9-10
84:9 神よ、われらの盾をみそなわし、あなたの油そそがれた者の顔をかえりみてください。
84:10 あなたの大庭にいる一日は、よそにいる千日にもまさるのです。わたしは悪の天幕にいるよりは、むしろ、わが神の家の門守となることを願います。

口語訳 イザ 46:3-5
46:3 「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、わたしに負われ、胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、わたしに聞け。
46:4 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。
46:5 あなたがたは、わたしをだれにたぐい、だれと等しくし、だれにくらべ、かつなぞらえようとするのか。

新改訳 イザ 46:3-5
46:3 わたしに聞け、ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。
46:4 あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。
46:5 わたしをだれになぞらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。



口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

新共同 伝  12:1
12:1 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と/言う年齢にならないうちに。

中澤冾樹訳 伝  12:1
若き日におまえの造り主を憶えよ。そのうちに老境に入り、「おれにはもうなんの楽しみもない」という日が近づくから


口語訳 伝  3:1-11
3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
3:4 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
3:5 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
3:6 捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
3:7 裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
3:8 愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
3:9 働く者はその労することにより、なんの益を得るか。
3:10 わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。
3:11 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

新共同 伝  12:1
12:1 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と/言う年齢にならないうちに。

中澤冾樹訳 伝  12:1
若き日におまえの造り主を憶えよ。そのうちに老境に入り、「おれにはもうなんの楽しみもない」という日が近づくから。


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、
今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マコ 10:17-23
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
10:19 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、』奪い取ってはならない、『父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」


塚本訳 ヘブ 12:8-11
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから
12:11
あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:9-10
7:9 (とにかく)今は喜んでいる。(もちろん)あなた達が悲しんだからではなく、悲しんで悔改めたからである。あなた達は神の御心に沿って悲しんだ、だから何事においてもわたし達から害を受けなかったのである。
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25
『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

塚本訳 ルカ 2:25-30
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。
2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。


塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の
(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。



塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。
しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。
しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 マタ 6:26-30
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、
栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30
きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」


塚本訳 マタ 22:9-13
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』


塚本訳 コロ 3:2-4
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう

塚本訳 ヘブ 11:13-16
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。
11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである。
11:15 もしも彼らが出てきた所、(すなわちカルデヤのウル)のことを思ったのであったら、(いくらも)引き返す機会があったはずである。
11:16 しかし今や彼らは(地上のものに)まさる天の国を熱望しているのである。だから神も、彼らの神と言われることを恥とされない。彼は彼らのために(天に)都を用意されたのであるから。

塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」

21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


塚本訳 ヨハ 11:24-27
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。


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朝の黙想おわり。肉体の衰えの時に思おう。「永遠の命!、永遠の命!」。永遠の命には衰えなし。
有体的復活を思おう。神はイエスを有体的に復活させて、我々を老年の淋しさと、死の恐怖から救った。


新約聖書一日一節黙想 ルカ2:27
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塚本訳 ルカ 2:27

2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、

 

●御霊に感じての行動とは。

 

塚本訳 マタ 4:1

4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。

塚本訳 マタ 22:43

22:43 彼らに言われる、「ではダビデが御霊に感じて、救世主を主と呼んでいるのはどういう訳だろう。彼はこう言っている。──

 

塚本訳 ルカ 10:21

10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。

 

塚本訳 使  1:8

1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

 

塚本訳 ルカ 24:49

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

 

塚本訳 使  16:6-7

16:6 それから彼ら[パウロ一行]は(始め西海岸の各地に向かおうと計画したが、)アジヤで御言葉を語ることを聖霊に禁じられたので、(北に行くことにして、)フルギヤ(地方)とガラテヤ地方とを通った。

16:7 ムシヤ(地方)の境まで来たとき、(さらに北の)ビテニヤ(州)に進もうとしてみたけれども、(これも)イエスの御霊が許されなかったので、

 

塚本訳 ガラ 1:15-19

1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、

1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、

1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)

1:18 その後三年たって、ケパと近づきになろうとしてエルサレムにのぼり、彼の所で十五日泊った。

1:19 しかし別の使徒には会わなかった、主の兄弟のヤコブ以外には。

 

塚本訳 使  22:6-10

22:6 ところが進んでいってダマスコに近づくと、昼ごろ、突然、天から強い光がさしてわたしのまわりに輝いた。

22:7 わたしは地べたに倒れて、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』と言う声を聞いた。

22:8 わたしは答えた、『主よ、あなたはどなたですか。』わたしに言われた、『わたしだ、君が迫害しているナザレ人イエスだ。』

22:9 連れの者たちは光は見えたが、わたしにお話になる方の声は聞こえなかった。

22:10 わたしは言った、『主よ、何をしたらよいのでしょうか。』主は言われた、『起きてダマスコ(の町)まで行け。そうすればそこで一切は告げられる。君のすることは決めてある。』

 

口語訳 イザ 30:20-21

30:20 たとい主はあなたがたに悩みのパンと苦しみの水を与えられても、あなたの師は再び隠れることはなく、あなたの目はあなたの師を見る。

30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420227さて彼は,霊に駆られて神殿〔境内〕の中にやって来た。すると、幼子イェスの両親が、律法の慣習に従って彼に関する〔献納を〕行なうために、彼を連れて入って来たところ、

 

新共同訳1987

2:27 シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。

 

前田訳1978

2:27 彼は霊にあふれて宮へ行った。両親が幼子イエスに律法の習わしどおりに行なうために入って来たとき、

 

新改訳1970

2:27 彼が御霊に感じて宮にはいると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、はいって来た。

 

塚本訳1963

2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、

 

口語訳1955

2:27 この人が御霊に感じて宮にはいった。すると律法に定めてあることを行うため、両親もその子イエスを連れてはいってきたので、

 

文語訳1917

"420227","此とき御靈に感じて宮に入る。兩親その子イエスを携へ、この子のために律法の慣例に遵ひて行はんとて來りたれば、"

 

●BbB,TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ。

塚本訳 ルカ 4:1

4:1 さてイエスは聖霊に満たされ、ヨルダン川から(ガリラヤへ)帰られた。(その途中)御霊によって四十日のあいだ荒野を引き回されながら、

 

塚本訳 使  8:29

8:29 御霊がピリポに、「行って、あの車にぴったりついて歩け」と言った。

 

塚本訳 使  10:19

10:19 ペテロが(なおも)幻について考えこんでいると、御霊が言われた、「そら、二人の人があなたをたずねている。

 

塚本訳 使  11:12

11:12 御霊がわたしに、すこしもためらわずその人たちと一緒に行けと言われた。この六人の兄弟もわたしと一緒に行って、わたし達はその人の家に入った。

 

塚本訳 黙  1:10

1:10 (或る)主の日に私は御霊に感じた。そして(突然)私の後でラッパのような大きな声が(して、)こう言うのを聞いた、

 

塚本訳 黙  17:3

17:3 そして彼は私を霊にて荒野に連れて行った。私は(其処で一人の)女が、(神を)涜す名にて(全身を)蔽われた、七つの頭と十の角のある緋色の獣に乗っているのを見た。

 

塚本訳 ルカ 2:22

2:22 両親はモーセ律法による彼らの『清めの日(四十日)が過ぎる』と、幼児をつれてエルサレムに上った。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:27 おわり

●14:00 トミ子自彊術
●18:30 トミ子第九練習
●ヒルティ「幸福論Ⅱ」の「人生の段階」を読む。知的教養人の幸福論。聖園そのもの特に「主の言葉」の方がやさしくて力がある。

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不幸の星のもとに生まれた人・・・それは十字架の愛に巡り合う長旅のはじまり・・・ ++++++++ 所感

2015/07/23 04:54

150723(木)3時15分目覚め。朝の黙示「不幸の星のもとに生まれた人・・・それは十字架の愛に巡り合う長旅のはじまり・・・」。4時起床●キリスト者の皆様お早うございます。昨日はまた「『銀河鉄道の夜』と聖書」(椚山義次・富永國比古共著、キリスト新聞社2015)を読み続けたが、その副題である「ほんたうのさいはひ、十字架への旅」に惹かれた。宮沢「賢治のキリスト教理解はわれわれが想像する以上に広く深いものであると考えざるを得ない」というのが著者の一人富永國比古の言葉であってこれが本書の本質である。(P233)●賢治は熱心な法華経信者であったが、ついに十字架の愛に行きついたのかどうか、それは神のみぞ知る。彼は最後まで巡礼者であった。救いを望み見て37歳でその地上の旅は終わった。●おおよそ人類の名作は巡礼かつ探究の作品である。ダンテ「神曲」、ゲーテ「ウィルヘルムマイスター修業時代、遍歴時代」、バンヤン「天路歴程」、ルカ福音書15章「放蕩息子のたとえ話」、内村鑑三「基督信徒の慰め」、ワーグイナー「ローエングリン」、バッハ「マタイ受難曲」、チャイコフスキー「白鳥の湖」●日本でも次の歌は心に染みる。

幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく ・・・若山牧水
山のあなたの空遠く「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。・・・カール・ブッセ

●私も72年生きて、「不幸はなぜあるのか」ということを考える。キリストはその短い地上生活において「不幸」な人に多く出会った。そしてその「不幸な人」はその不幸を通して、否その不幸の故に「本当の幸福」である霊魂の救済を得た。●われわれもまた「俺の人生『こんなはずではなかった』」と嘆く涙を通してついに十字架の愛に巡り合うのだ。それは「長旅」である。あちこっち「あらぬもの」に引っかかる長旅である。しかしいくら長旅でもその「本当の愛」に巡り合えれば大成功の人生だ。そこに求めていた十字架の「本当の愛」があるのだ。永遠の命があるのだ。不幸は神と出会う巡礼の長旅の「門」である。人生は短くてもよい。


口語訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある


●では、「不幸の星のもとに生まれた」人が神の子キリストに出会って霊魂の救いという「本当の幸福」に巡り合った例をみてみよう。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 9:18-23
9:18 ユダヤ人は、彼が盲であったのに、見えるようになったことをまだ信ぜず、ついに、見えるようになった男の両親を呼んで
9:19 尋ねた、「これは確かにあなた達の息子で、あなた達が言うように盲で生まれたのか。それなら、どうしていま見えるのか。」
9:20 両親が答えて言った、「これがわたし達の息子で、盲で生まれたことは知っているが、
9:21 どうして今見えるのか、わかりません。また、だれが目をあけたのかも、わたし達は知りません。あれに聞いてください。もう大人だから、自分のことは自分で話すでしょう。」
9:22 両親がこう言ったのは、ユダヤ人を恐れたのである。ユダヤ人は、イエスを公然救世主と認める者があれば、礼拝堂追放にすることを、すでに決議していたからである。
9:23 両親が、「もう大人だから、あれに聞いてください」と言ったのは、このためである。

口語訳 詩  27:10
27:10 たとい父母がわたしを捨てても、主がわたしを迎えられるでしょう。

塚本訳 ヨハ 9:35-38
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

塚本訳 使  3:2-8
3:2 (ちょうどその時、)母の胎内からの足なえの男がかつがれて来た。彼は宮に入る人たちに施しを乞うため、宮の、いわゆる「美しい門」に毎日置かれたが、
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら

塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 マコ 5:24-34
5:24 イエスは彼と一しょに出かけられた。大勢の群衆がイエスについて行って押しまくった。
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」
5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」
5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。

塚本訳 マコ 9:17-25
9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。
9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

塚本訳 ヨハ 4:13-19
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

4:19 女が(びっくりして)言う、「
主よ、わかりました、あなたは預言者です。

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。


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●朝の黙想、人は不条理、不可解な不幸を通じて永遠の命という本当の幸福、十字架の愛に巡り合い、神存在を知るのだ。それは一生かかって、否この世でダメでも来世でそれが分かるのだ。それは「長旅」だ。


●宮沢賢治の決して長くない37年の巡礼求道の生涯はキリストの十字架の愛に向かってのものだった。次の句を思う。


塚本訳 マタ 10:40-42
10:40 あなた達を迎える者は、わたしを迎えてくれるのであり、わたしを迎える者は、わたしを遣わされた方をお迎えするのである。
10:41 預言者を預言者として迎える者は、預言者と同じ褒美を戴き、義人を義人として迎える者は、義人と同じ褒美を戴くであろう。
10:42 また(わたしの)弟子としてこの一人の小さな者に一杯の冷たい水でも飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない。」



●新約聖書一日一節黙想 ルカ2:26
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塚本訳 ルカ 2:26

2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。

 

●救世主を見るということ。

 

塚本訳 マタ 13:14-17

13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。

13:15 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているのだから。そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り、心を入れかえて(わたし[神]に帰り)、わたしに直されるかも知れない。』

13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。

13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。

 

塚本訳 ルカ 10:23-24

10:23 それから特に弟子の方へ振り向いて言われた、「あなた達が(いま)見ているものを見る目は幸いである。

10:24 わたしは言う、多くの預言者と王とは、あなた達が(いま)見ているものを見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。」

 

塚本訳 ルカ 23:8

23:8 ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。というのは、イエスの噂を聞いて、だいぶ前から会ってみたいと思っており、また何か奇跡をするのを見たいと望んでいたからである。

 

塚本訳 ルカ 11:30-31

11:30 すなわちヨナが(大きな魚の腹から出てきて)ニネベの人に徴となったように、人の子(わたしも地の中から出てきて)この時代の人に徴となるのである。

11:31 (しかし人々は信じない。だから)南の国(シバ)の女王がこの時代の人たちと一しょに(最後の)裁きの法廷にあらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

 

塚本訳 Ⅰペテ1:8-12

1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

1:9 信仰の目標なる霊魂の救いを獲るからである。

1:10 君達への恩恵について予言した予言者達はこの救いを穿鑿し、研究した。

1:11 (すなわち)彼らは自分達の中のキリストの霊が、キリストに臨む苦難とその後の栄光とについて予め証明し給うたのは、(そもそも)何時、如何なる時を指していたかを研究した。

1:12 そして(その結果、自分達はキリストの苦難と栄光を見ることが出来ず、かえって君達がその恩恵に与ること、(すなわち)彼らの奉仕は自分達のためでなく、(後の世の)君達に対するものであることを黙示されたのである。(そして)その奉仕したものこそ、天から遺わされた聖霊によって君達に福音を宣べ伝えている人達が今君達に告げているものであり、天使たちも一目見たいと願っているものである。

 

塚本訳 マタ 11:8-9

11:8 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかいものを着ている人か。見よ、柔らかいものをまとった人ならば、王の御殿にいる。

11:9 それでは、何のために出かけたのか。預言者を見るためか。そうだ、わたしは言う、(預言者だ。)預言者以上の者(を見たの)だ。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420226また、彼は、主のキリストを見るまでは死を見ることはない、と

聖霊からのお告げを受けていた。

 

新共同訳1987

2:26 そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。

 

前田訳1978

2:26 そして、主のキリストを見ないうちは死なないと聖霊に告げられていた。

 

新改訳1970

2:26 また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。

 

塚本訳1963

2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。

 

口語訳1955

2:26 そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。

 

文語訳1917

"420226","また聖靈に、主のキリストを見ぬうちは死を見ずと示されしが、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

口語訳 詩  25:15

25:15 わたしの目は常に主に向かっている。主はわたしの足を網から取り出されるからである。

 

口語訳 アモ 3:7

3:7 まことに主なる神は/そのしもべである預言者にその隠れた事を/示さないでは、何事をもなされない。

 

塚本訳 ルカ 9:27

9:27 本当にわたしは言う、(その時はじきに来る。)今ここに立っている者のうちには、死なずにいて、その神の国を見る者がある。」

 

塚本訳 ヨハ 8:54

8:54 イエスが答えられた、「もしわたしが自分に栄光を帰するなら、そんな栄光はなんにもならない。わたしに栄光を下さるのはわたしの父上で、あなた達が『われわれの神だ』と言っている方である。

 

塚本訳 ヘブ 11:5

11:5 信仰によって、エノクは死なずに(天に)移された。『神が彼をお移しになったのだから、(地上で)見つけ出されなかった』(と聖書は言う)。というのは、天に移される前、彼は『神のお気に入ったことを』証しされたのである。

 

口語訳 イザ 61:1

61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、

 

塚本訳 ヨハ 1:41

1:41 (あくる日)まずこの人が自分の兄弟のシモンに出会って、「メシヤを見つけた」と言う。[メシヤは訳すると「救世主」である。]

 

塚本訳 ヨハ 4:29

4:29 「さあ来て御覧なさい、わたしのしたことを何もかも言いあてた人がいる。もしかしたら、この人は救世主ではないでしょうか。」

 

塚本訳 ヨハ 20:31

20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。

 

塚本訳 使  2:36

2:36 だからイスラエルの家全体ははっきり知らねばならない、神はイエスを(立てて)主とし、救世主とされたのに、(人もあろうに)この方を、あなた達は十字架につけてしまったことを!」

 

塚本訳 使  9:20

9:20 すぐあちこちの礼拝堂で、イエスのことを、この方こそ神の子であると説きはじめた。

 

塚本訳 使  10:38

10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

 

塚本訳 使  17:3

17:3 すなわち救世主は苦しみを受けて(十字架の上に死に、)死人の中から復活せねばならなかったこと、また、「わたしがあなた達に宣べ伝えているイエス、この人こそ救世主である」と説き明かし、論証した。

 

塚本訳 ルカ 2:27

2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、

 

口語訳 詩  89:49

89:49 主よ、あなたがまことをもってダビデに誓われた/昔のいつくしみはどこにありますか。

 

口語訳 ヨハ 8:51

8:51 よくよく言っておく。もし人がわたしの言葉を守るならば、その人はいつまでも死を見ることがないであろう」。

 

口語訳 マタ 2:12

2:12 そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:26おわり



























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老人漂流社会・・・老年の希望と喜びは・・・ ++++++++ 所感

2015/07/22 06:33

150722(水)キリスト者の皆様お早うございます。起きる時、私に葬儀を依頼している人のために「今日一日の平安」を祈った。朝から30度、猛暑の気配。●早朝散歩、讃美歌「朝風静かに吹きて」を歌う。

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早朝散歩。朝日に照らされて元気一杯に鳩が頭上を飛んで行った。今日一日、行け!、飛べ!。

文語訳 マタ 6:26-27
6:26 空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遥に優るる者ならずや。
6:27 汝らの中たれか思ひ煩ひて身の長一尺を加へ得んや。

文語訳 マタ 10:29
10:29 二羽の雀は一錢にて賣るにあらずや、然るに、汝らの父の許なくば、その一羽も地に落つること無からん。

口語訳 詩  84:3
84:3 すずめがすみかを得、つばめがそのひなをいれる巣を得るように、万軍の主、わが王、わが神よ、あなたの祭壇のかたわらに/わがすまいを得させてください。

●昨日は昨年録画してあったNHKスペシャル「老人漂流社会・老後破産」を見た。政府は社会保障の充実を目指しているのがわかったが、独居老人の悲惨な実例を見て、そこに精神的な救いがないことの方が問題であることを感じた。私の肉親は多いから、決してひとごとではない。社会保障は肉の健康を目指しているが精神の病は経済では直せない。キリスト教の出番である。●これらの独居老人に向かってキリストだったらどう声をかけるであろうか。今朝はそれを黙想する。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 16:19-31
16:19 (つぎに、利巧な番頭と反対に、神の国の準備をしなかった人の話を聞け。)一人の金持があった。紫(の上着)と細糸の亜麻布(の下着)を着て、毎日華やかに楽しく暮していた。
16:20 またその金持の門の前に、ラザロという出来物だらけの乞食がねていた。
16:21 せめて金持の食卓から落ちる物で満腹できたらと思った。それどころか、犬まで来て出来物をねぶっていた。
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 ヨハ 11:17-27
11:17 さてイエスが(ベタニヤに)行って見られると、ラザロはもう四日も墓の中にあった。
11:18 ベタニヤはエルサレムの近くで、十五スタデオ(三キロ)ばかり離れていた。
11:19 マルタとマリヤの所には、大勢のユダヤ人がラザロの悔やみに来ていた。
11:20 マルタは、イエスが来られると聞くと出迎えにいったが、マリヤは家に坐っていた。
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ルカ 18:18-23
18:18 ひとりの(最高法院の)役人が尋ねた、「善い先生、何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか。」
18:19 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
18:20 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『姦淫をしてはならない、殺してはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
18:21 その人が言った、「それならみんな若い時から守っております。」
18:22 イエスは聞いて言われた、「もう一つ欠けている。持っているものをことごとく売って、(その金を)貧乏な人に分けてやりなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
18:23 彼はこれを聞き、しょげてしまった。非常な金持であったのである。

塚本訳 ルカ 12:13-23
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」
12:22 それから(また)弟子たちに言われた、「だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。
12:23 命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)だから。(命と体とを下さった神が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

塚本訳 使  3:2-8
3:2 (ちょうどその時、)母の胎内からの足なえの男がかつがれて来た。彼は宮に入る人たちに施しを乞うため、宮の、いわゆる「美しい門」に毎日置かれたが、
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら。

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早朝散歩で富士を見た。

口語訳 詩  90:2-3
90:2 山がまだ生れず、あなたがまだ地と世界とを造られなかったとき、とこしえからとこしえまで、あなたは神でいらせられる。
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。


口語訳 詩  121:1-2
121:1 わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。
121:2 わが助けは、天と地を造られた主から来る。


口語訳 詩  84:10
84:10 あなたの大庭にいる一日は、よそにいる千日にもまさるのです。わたしは悪の天幕にいるよりは、むしろ、わが神の家の門守となることを願います。



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朝の黙想 終わり

●老年の希望と喜び

口語訳 伝  3:1-11
3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
3:4 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
3:5 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
3:6 捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
3:7 裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
3:8 愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
3:9 働く者はその労することにより、なんの益を得るか。
3:10 わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。
3:11 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

新共同 伝  12:1
12:1 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と/言う年齢にならないうちに。

中澤冾樹訳 伝  12:1
若き日におまえの造り主を憶えよ。そのうちに老境に入り、「おれにはもうなんの楽しみもない」という日が近づくから。


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、
今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

口語訳 詩  126:5-6
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

塚本訳 ヘブ 12:8-11
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから
12:11
あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:9-10
7:9 (とにかく)今は喜んでいる。(もちろん)あなた達が悲しんだからではなく、悲しんで悔改めたからである。あなた達は神の御心に沿って悲しんだ、だから何事においてもわたし達から害を受けなかったのである。
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25
『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

塚本訳 ルカ 2:25-30
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。
2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

口語訳 申  34:4-7
34:4 そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7
モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。

口語訳 創  5:21-24
5:21 エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。
5:22 エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。
5:23 エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。
5:24 エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の
(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。


口語訳 イザ 46:3-4
46:3 「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、わたしに負われ、胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、わたしに聞け。
46:4 わたしはあなたがたの
年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。
しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。
しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 マタ 6:26-30
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、
栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30
きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」


塚本訳 マタ 22:9-13
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。
22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て
22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、
22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』


塚本訳 コロ 3:2-4
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう

塚本訳 ヘブ 11:13-16
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。
11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである。
11:15 もしも彼らが出てきた所、(すなわちカルデヤのウル)のことを思ったのであったら、(いくらも)引き返す機会があったはずである。
11:16 しかし今や彼らは(地上のものに)まさる天の国を熱望しているのである。だから神も、彼らの神と言われることを恥とされない。彼は彼らのために(天に)都を用意されたのであるから。

塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」

21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


●新約聖書一日一節黙想 ルカ2:25
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塚本訳 ルカ 2:25

2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。

 

●救い主を待ち望む心。それは聖霊がなさしめた。いつの世にも正しく宗教的な人がいるものだ。

 

塚本訳 マタ 16:13-17

16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」

16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」

16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳 ロマ 10:8-9

10:8 しかしこれはいったい何を言っているのか。(キリストはすでに天から下り、また死人の中から復活されたので、もうそんな努力の必要はない、これも聖書にあるように、)『言葉はあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある』(というのである。)すなわちこの言葉こそ、わたし達が説いている信仰の言葉[福音]である。

10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。

 

塚本訳 Ⅰコリ12:3

12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

塚本訳 Ⅱテモ3:16-17

3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、

3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。

 

塚本訳 Ⅰコリ2:14

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420225すると見よ、エルサレムにシメオンという名の人がいたが、この人物は義しく、敬虞で、イスラエルの慰め〔られること〕を待ち望んでいた。そして、聖霊が彼の上にあった。

 

新共同訳1987

2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。

 

前田訳1978

2:25 さて、エルサレムにシメオンという名の人があった。この人は正しく、つつしみ深く、イスラエルの慰めを待ち望み、聖霊がのぞんでいた。

 

新改訳1970

2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。

 

塚本訳1963

2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。

 

口語訳1955

2:25 その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。

 

文語訳1917

"420225","視よ、エルサレムにシメオンといふ人あり。この人は義かつ敬虔にして、イスラエルの慰められんことを待ち望む。聖靈その上に在す。"

 

●BbB、TSK、黒崎をみて心に響くものをピックアップ。

 

口語訳 創  6:9

6:9 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。

 

口語訳 ヨブ 1:1

1:1 ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。

 

口語訳 ヨブ 1:8

1:8 主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。

 

口語訳 ダニ 6:22-23

6:22 わたしの神はその使をおくって、ししの口を閉ざされたので、ししはわたしを害しませんでした。これはわたしに罪のないことが、神の前に認められたからです。王よ、わたしはあなたの前にも、何も悪い事をしなかったのです」。

6:23 そこで王は大いに喜び、ダニエルを穴の中から出せと命じたので、ダニエルは穴の中から出されたが、その身になんの害をも受けていなかった。これは彼が自分の神を頼みとしていたからである。

 

塚本訳 ルカ 1:6

1:6 二人とも主の掟と定めとを皆落度なく守って、神の目に(さえ)正しくあった。

 

塚本訳 使  10:1-2

10:1 さて、カイザリヤにコルネリオという人がいた。いわゆるイタリヤ部隊の百卒隊の百卒長で、

10:2 家族一同と共に、敬虔であり敬神家[なかばユダヤ教に帰依した者]であって、(ユダヤ)国民に多くの施しをし、また絶えず神に祈りをささげていた。

 

塚本訳 使  10:22

10:22 彼らが言った、「百卒長コルネリオは正しい人で敬神家で、ユダヤ国民全体に評判のよい人ですが、聖なる天使から、あなたを家に招いて御言葉を聞けとのお告げを受けたのです。」

 

口語訳 イザ 25:9

25:9 その日、人は言う、「見よ、これはわれわれの神である。わたしたちは彼を待ち望んだ。彼はわたしたちを救われる。これは主である。わたしたちは彼を待ち望んだ。わたしたちはその救を喜び楽しもう」と。

 

口語訳 イザ 40:1

40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、

 

塚本訳 マコ 15:43

15:43 名望の高い最高法院の議員であるアリマタヤ生まれのヨセフが来て、臆することなくピラトの所に行き、イエスの体(の下げ渡し)を乞うた。彼も神の国(の来るの)を待ち望んでいた一人であった。

 

塚本訳 ルカ 2:38

2:38 (シメオンが預言している)ちょうどその時、近寄ってきて(幼児について)神に感謝をささげ、またエルサレムの人々のあがないを待ち望むみんなの人に、この幼児のことを話した。

 

口語訳 民  11:25

11:25 主は雲のうちにあって下り、モーセと語られ、モーセの上にある霊を、その七十人の長老たちにも分け与えられた。その霊が彼らの上にとどまった時、彼らは預言した。ただし、その後は重ねて預言しなかった。

 

塚本訳 ルカ 1:41

1:41 エリザベツがマリヤの挨拶を聞いた時、児が胎内で躍った。エリサベツは聖霊に満たされ、

 

塚本訳 ルカ 1:67

1:67 父ザカリヤはその時聖霊に満たされてこう預言した。──

 

塚本訳 Ⅱペテ1:20-21

1:20 ただ聖書の預言はどれも自分勝手な解釈をしてはならぬことを第一に知らねばならない。

1:21 というのは、預言はかつて人間の意志から出たことがなく、人が聖霊に駆り立てられ神(の霊)によって語ったものである。

 

塚本訳 ルカ 1:6

1:6 二人とも主の掟と定めとを皆落度なく守って、神の目に(さえ)正しくあった。

 

口語訳 イザ 49:13

49:13 天よ、歌え、地よ、喜べ。もろもろの山よ、声を放って歌え。主はその民を慰め、その苦しむ者をあわれまれるからだ。

 

塚本訳 マコ 15:43

15:43 名望の高い最高法院の議員であるアリマタヤ生まれのヨセフが来て、臆することなくピラトの所に行き、イエスの体(の下げ渡し)を乞うた。彼も神の国(の来るの)を待ち望んでいた一人であった。

 

塚本訳 ルカ 2:38

2:38 (シメオンが預言している)ちょうどその時、近寄ってきて(幼児について)神に感謝をささげ、またエルサレムの人々のあがないを待ち望むみんなの人に、この幼児のことを話した。

 

塚本訳 ルカ 23:51-53

23:51 ──この人は(イエスの処分について、)同僚たちの(今度の)決議と行動とに賛成しなかった。──ユダヤの町アリマタヤ生まれで、神の国(の来るの)を待ち望んでいた。

23:52 この人がピラトの所に行ってイエスの体(の下げ渡し)を乞い、

23:53 これを(十字架から)下ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に穿った墓に納めた。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:25終わり

 




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「聖書の奇跡」に対する2種の反応・・・信仰は恩恵で与えられる・・・ ++++++++ 所感

2015/07/21 06:33

150721(火)4時目覚め、朝の啓示「『聖書の奇跡』に対する2種の反応・・・信仰は恩恵で与えられる・・・」●一昨日の感謝会である人の感話」。「聖書の奇跡」など信じられないという知人がいたという話。●また以前のことであるが某夫人が私に「主人は死人が生き返るなどという宗教は信じられないと言っています」という告白を聞いた。●聖書の奇跡は「躓き」である。これが躓き」でなくなるのは個人に「罪の赦しという奇跡」が臨んだときである。信仰は恩恵である。●今朝はこのことを巡って黙想しよう。


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早朝散歩。鳩が飛んでいた。

口語訳 創  1:20-22
1:20 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。
1:21 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。
1:22 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。


●奇跡は恩恵で分からされる日が来る。必ず来る。きっと来る。神がやってくださる。

塚本訳 ヨハ 20:25-28
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ヨハ 9:36-38
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

塚本訳 ルカ 1:42-45
1:42 声高らかにさけんだ、「あなたは女の中で、(一番)祝福された方、あなたの胎内のお子さまも(だれより)祝福されたお方です。
1:43 主の母上がわたしの所に来てくださるとは、まあどうしたのでしょう。
1:44 そら、あなたの挨拶の声がわたしの耳に入ると、児が胎内で喜んで躍りました。
1:45 主の仰せられたことはきっと成就すると信じたこの人は、なんと仕合わせでしょう。」

塚本訳 ヨハ 11:26-27
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 マコ 2:10-12
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。


塚本訳 ルカ 7:13-16
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。


塚本訳 ルカ 13:11-13
13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。
13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って
13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。


塚本訳 ルカ 17:14-15
17:14 イエスは見て言われた、「(全快したことを世間に証明してもらうため、エルサレムの宮に)行って体を『祭司たちに見せなさい。』」すると行く途中で、(皆いつとはなしに体が)清まった。
17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、


塚本訳 ルカ 18:41-43
18:41 「何をしてもらいたいのか。」彼がこたえた、「主よ、見えるようになりたい。」
18:42 そこでイエスが、「見えるようになれ。あなたの信仰がなおした」と言われると、
18:43 たちどころに見えるようになって、神を讃美しながらイエスについて行った。人々は皆これを見て、神に讃美をささげた。

塚本訳 ルカ 19:37
19:37 すでにオリブ山の降り口近くに来られたとき、弟子の群は皆喜んで、彼らが見た(イエスの)あらゆる奇跡の(すばらしさの)ゆえに、こう言って大声に神を讃美し始めた。──

塚本訳 ヨハ 9:16
9:16 するとパリサイ人の間に、「あれは神のところから来た人ではない、安息日を守らないから」と言う者と、「(いや、神からだ。)罪の人間に、どうしてこんな徴[奇跡]をすることが出来よう」と言う者があって、意見が分れた。

塚本訳 使  3:6-10
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら。
3:9 民衆はことごとく、その人が歩きまわったり、神を讃美したりするのを見て、
3:10 これが宮の美しい門のわきに坐っていて、施しを乞うていた者だと気がつくと、その身に起こったことに、ただ驚き呆れるばかりであった。

塚本訳 使  13:10-12
13:10 言った、「ああ、あらゆる悪巧み、あらゆるごまかしで一ぱいの、この悪魔の子よ、あらゆる正しいことの敵よ、『主の真直ぐな道を』曲げることをやめないのか。
13:11 さあ、主の御手がお前の上にくだるのだ。お前は盲になって、時が来るまで日の光が見えなくなる。」たちどころに暗い霞が彼の目にかかった。彼は手を引いてくれる人を手さぐりでさがしまわった。
13:12 すると総督はこの出来事を見て、信者になった。主の教え(の力)に驚いてしまったのである。

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朝の黙想。神は「この世の悩み」を奇跡をもって救い、霊魂の救いに導く。


●ATM,郵便局、JTB、農協。

●11:50 妻はYさんの家。夕方から今井館、月本先生の旧約講義。

●札幌の単立教会のE牧師からBbBのミスの指摘感謝。単立教会の存在は尊く貴重だ。


●新約聖書一日一節黙想 ルカ2:24
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塚本訳 ルカ 2:24

2:24 また(母親の清めについて)主の律法に、『山鳩一番か雛鳩二羽(を捧げねばならない)』とある規定によって、犠牲を供えるためであった。

 

●宗教には「清め」のために「犠牲」という習慣がある。罪には「償い」がなければならない。キリスト教の十字架には、ユダヤ教の贖罪概念が背景にある。

罪の償いには死が必要であることはどんな民族にも分かる概念が。ヨセフの家は貧しかったので小羊の犠牲ではなく、捧げものは鳩であった。

 

塚本訳 ロマ 6:23

6:23 なぜなら、罪が(奴隷に)払ってくれる給料は死であり、(従う者に与えられる)神の賜物は、わたし達の主イエス・キリストにおいての永遠の命だからである。

 

塚本訳 マタ 26:28

26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。

 

塚本訳 ロマ 3:25

3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

 

塚本訳 ヘブ 9:22

9:22 こうして律法にしたがえば、ほとんどすべてのものが血で清められ、血を流すことなしには(罪の)赦はない。

 

塚本訳 ヘブ 10:4

10:4 雄牛や雄山羊の血は罪を取去ることが出来ないからである。

 

塚本訳 Ⅰヨハ1:7

1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

 

塚本訳 黙  1:5-6

1:5 及び(第三に、死に至るまで)忠実な証人(であり、甦りによって、)死(から生命に生まれる)人(達)の長子(となり給うた者、そしてその故に)また地上の諸王の君侯であり給うイエス・キリスト(──この三方)からの恩恵と平安とが、君達に在らんことを! 願わくは、私達を愛し、その血によって私達を罪から釈き放ち、

1:6 斯くして私達を(来るべき)王国(の民となし、)その神また父への祭司となし給うた彼に、栄光と権力とが永遠より永遠にあらんことを! アーメン

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420224また、主の律法に言われていることに従って、山鳩の一つがい、あるいは家鳩の雛二羽を犠牲として供えるためであった。

 

新共同訳1987

2:24 また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。

 

前田訳1978

2:24 また、主の律法にあるとおり、山鳩ひとつがいか雛鳩二羽をいけにえとしてささげるためであった。

 

新改訳1970

2:24 また、主の律法に「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽。」と定められたところに従って犠牲をささげるためであった。

 

塚本訳1963

2:24 また(母親の清めについて)主の律法に、『山鳩一番か雛鳩二羽(を捧げねばならない)』とある規定によって、犠牲を供えるためであった。

 

口語訳1955

2:24 また同じ主の律法に、「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽」と定めてあるのに従って、犠牲をささげるためであった。

 

文語訳1917

"420224","また主の律法に『山鳩一つがひ或は家鴿の雛二羽』と云ひたるに遵ひて、犠牲を供へん爲なり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て、心に響くものをピックアップ

 

口語訳 レビ 12:2

12:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『女がもし身ごもって男の子を産めば、七日のあいだ汚れる。すなわち、月のさわりの日かずほど汚れるであろう。

 

口語訳 レビ 12:6-8

12:6 男の子または女の子についての清めの日が満ちるとき、女は燔祭のために一歳の小羊、罪祭のために家ばとのひな、あるいは山ばとを、会見の幕屋の入口の、祭司のもとに、携えてこなければならない。

12:7 祭司はこれを主の前にささげて、その女のために、あがないをしなければならない。こうして女はその出血の汚れが清まるであろう。これは男の子または女の子を産んだ女のためのおきてである。

12:8 もしその女が小羊に手の届かないときは、山ばと二羽か、家ばとのひな二羽かを取って、一つを燔祭、一つを罪祭とし、祭司はその女のために、あがないをしなければならない。こうして女は清まるであろう』」。

 

塚本訳 Ⅱコリ8:9

8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

 

口語訳 レビ 5:11

5:11 もし二羽の山ばとにも、二羽の家ばとのひなにも、手の届かないときは、彼の犯した罪のために、供え物として麦粉十分の一エパを携えてきて、これを罪祭としなければならない。ただし、その上に油をかけてはならない。またその上に乳香を添えてはならない。これは罪祭だからである。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:24終わり。

●猛暑、裸で作業。
















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早朝散歩で花を見た。遠景は奥多摩の山。

口語訳 創  1:11-12
1:11 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。
1:12 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。


●讃美歌を独唱する。
「ここも神の御国なれば、天地御歌をうたいかわし

●高校同期のマルキストT氏からメールで今回の安倍政権の安保法案強行採決について「同期の各位はどう思うか」と意見を求められた。数人がこれに応じた。それは左から右から率直な意見があって勉強になった。私はキリスト者の立場からいわば上から(天から)意見を書いた。そして過日7月16日のブログの全文を返信した。国の平和は人間の努力では来ない。キリスト者の「努力」は神の平和がこの地上になるように「祈りの努力」をすべきである。しかし神の力を信じないマルキストには分かるまい。T氏は矢内原忠雄もヒルティも無教会もよく知っている。●高校の時彼はドルストイの「戦争と平和」を読破、私はヒルティ、ヒルティであった。「雀百まで踊り忘れず」である。




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「別れ」の摂理・・・キリスト教は分離教・・・ ++++++++ 所感

2015/07/20 06:32

150720(月)4時半起床。●キリスト者の皆様お早うございます。早朝散歩

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早朝散歩。花が様々にあるように人も様々だ。

文語訳 マタ 6:28-30
6:28 又なにゆゑ衣のことを思ひ煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、勞せず、紡がざるなり。
6:29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。
6:30 今日ありて明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。


●昨日の午後は集会の前期感謝会で15名が残ってそれぞれに近況と関心ごとを話した。人の話を聞くことは「世界は広いなー」「人は様々だなー」ということを思わされて有益であった。●私は「神が信者を起こす」ということを実例を通して話した。また集会の某夫人の葬儀で「有体的復活」のこととラスキンのことを話したら、御親戚の某名士から「今日の話は良かった」と挨拶されたことを報告した。●私のことは「キリスト教のことで頭が一杯な人」と評価する人がいた。●またある人からは、東京聖書読者会(無教会主義集会)を去って、カトリックに帰依した人についての報告があった。その方の御子息の結婚披露宴の司会は私がやった。私は思う。「その方は集会に不満を抱いて去ってもキリストの信仰は捨てなかったのだ」と。もともとキリスト教は分離教である(内村鑑三)。
●ユダヤ教から分離したのがキリスト教、カトリックからプロテスタントが分離して数百の教派が誕生、そのプロテスタントから分離したのが無教会、そして今や無教会も各先生から分離して個人個人バラバラ。信仰の世界において分離は宿命である。キリスト教はこの世的に見れば全く不統一である。しかしながらこれは摂理である。●私が若いときに信仰に熱心になったが、そのころ母(すでに11年前に亡くなる)は「照男は素直ないい子だったのに教会に行くようになってから私にトゲトゲするようになった」と襖越しに泣いたことがある。ただし無教会になってからは不思議にそのようなことはなくなったのだが・・・。しかし私の子供は「父さんはいつも僕を攻撃する」と言って心が離れた。「こんな変な私に誰がした!!」。責任は神にとってもらいたい!。●人に去られるのはキリスト者の宿命だ。しかし今更キリストから離れられない。「赦せ。私にはこの道を行かせてくれ」。そこで今朝は人がキリストを信じると気が狂ったように「変な人間」になることを元祖のキリストと、聖書に見てみよう。イイヤ、イイヤ、終末の時に分かるさ。頭に思い浮かぶまま、順不同。表示のツールとしてパソコンソフトの「Jバイブル」は便利だ

口語訳 伝  3:1-4
3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
3:4 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、

口語訳 伝  3:11
3:11 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

塚本訳 ヨハ 15:16
15:16 (しかも)あなた達がわたしを選んだのではなく、わたしがあなた達を(使徒に)選んで、あなた達が出かけていって(善い)実を結び、その実がいつまでものこるように、また(その必要のために)あなた達がわたしの名で父上にお願いすれば、なんでもかなえてくださるようにしてやったのである。

塚本訳 ヘブ 8:11
8:11 そしてひとりびとりがその同胞に、ひとりびとりがその兄弟に、『主を知れ』と言って、教えることは決してないであろう、(その時)彼らは小より大に至るまで皆わたしを知るであろうから。

塚本訳 ヨハ 6:43-45
6:43 イエスが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 マタ 5:11-12
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

塚本訳 マタ 10:23-24
10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。
10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)

口語訳 詩  84:1-2
84:1 万軍の主よ、あなたのすまいはいかに麗しいことでしょう。
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。

塚本訳 ヨハ 6:67-68
6:67 するとイエスが十二人(の弟子)に言われた、「まさか、あなた達まで離れようと思っているのではあるまいね。」
6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

塚本訳 マタ 16:3-4
16:3 また朝早く、『きょうは荒れだ、空が雲って焼けているから』と言う。あなた達は空の模様を見分けることを知っていながら、時の(せまった)徴を見分けることが出来ないのか。
16:4 この悪い、神を忘れた時代の人は、徴をほしがる。しかしこの人たちには、ヨナの徴以外の徴は与えられない。」イエスは彼らをすてて立ち去られた。

塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。

塚本訳 ルカ 18:25-30
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 マタ 22:36-37
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』

口語訳 詩  1:1-2
1:1 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
1:2 このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。

塚本訳 ロマ 8:35
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

塚本訳 ロマ 8:39
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ルカ 12:14-15
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マタ 19:21
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 ルカ 12:19-20
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

塚本訳 使  26:22-25
26:22 しかし神の助けをこうむり、今日まで(こうして)立って、小さい者にも大きい者にも証しをしているのです。それも預言書とモーセ[聖書]とが、将来必ずおこると語った以外のことは、何も言いません。
26:23 すなわち、救世主は死なねばならないこと、彼は死人の中から最初に復活して、(イスラエルの)民にも異教人にも光を伝えねばならないことを…」
26:24 彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」
26:25 パウロが言う、「フェスト閣下、気は狂っておりません。わたしは正気で真理の言葉を話しています。

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 ヨハ 10:19-21
10:19 (イエスの)これらの言葉によって、ユダヤ人の間にまたもや意見が分れた。
10:20 そのうち多くの者は、「あの人は悪鬼につかれて、気が狂っている。どうしてあなた達はあんな人の話を聞くのか」と言い、
10:21 またこう言う者もあった、「悪鬼につかれた者にあんな話はできない。悪鬼に盲人の目をあけることが出来ようか。」

塚本訳 マタ 10:34-37
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 Ⅰコリ7:1-5
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。
7:2 ただ不品行をさけるために、それぞれ自分の妻を持て、またそれぞれ自分の夫を持て。
7:3 夫は妻に対して(夫婦の)務めを果たせ、妻も同様に夫に対して務めを果たせ。
7:4 (夫婦の体は共有で、)妻は自分の体を自由にする権利をもたない。夫がそれをもっている。夫も同様に、自分の体を自由にする権利をもたない。妻がそれをもっている。
7:5 互に(夫婦の務めを)拒んではならない。ただ、祈りに身を捧げるため、申し合せの上でしばらく間をおき、あとでまた一しょになるような場合は別として。自制力が足りないのに乗じて、悪魔があなた達を誘惑することのないためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:33
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅱコリ6:14-15
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。

塚本訳 マタ 13:12-13
13:12 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ。

塚本訳 マコ 14:61-62
14:61 しかしイエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。大祭司がふたたび問うて言う、「お前が、讃美されるお方の子、救世主か。」
14:62 するとイエスは(はじめて口を開いて)言われた、「そうだ、わたしだ。あなた方は『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に囲まれて来るのを』見るであろう。」


塚本訳 Ⅰコリ7:12-16
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

塚本訳 Ⅰコリ7:25-28
7:25 また、(伝道する者を助けている)処女について(あなた達が書いて来ているが、これに)は、(離婚の場合のような)主の命令がわたしには(まだ)ない。しかし主の憐れみをうけて信頼されている者として、(わたし自身の)意見を述べる。
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

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朝の黙想おわり。キリスト者はこの世では常に孤独なものだ。キリスト教は分離教で孤独教だ。


塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

2015_07200024.jpg 

孤独な鳥。人は孤独の時、神が近づいてくださる。

文語訳 マタ 6:26
6:26 空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遥に優るる者ならずや。

文語訳 マタ 10:29-30
10:29 二羽の雀は一錢にて賣るにあらずや、然るに、汝らの父の許なくば、その一羽も地に落つること無からん。
10:30 汝らの頭の髪までも皆かぞへらる。


●14:00 キララホールで合唱団コーロ・アミーカの演奏会。アイルランド民謡、ロンドンデリーの歌に胸が迫った。こ歌の訳者津川主一のように私も聖書の心を訳し続ける営みを続けたいものだと思った。

新約聖書一日一節黙想 ルカ2:22-23
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塚本訳 ルカ 2:22

2:22 両親はモーセ律法による彼らの『清めの日(四十日)が過ぎる』と、幼児をつれてエルサレムに上った。

 

●イエスの両親はユダヤ教の習慣に忠実であった。イエスは律法の」もとに生まれた。

 

塚本訳 マタ 3:13-17

3:13 ほどなくイエスはガリラヤからヨルダン川のヨハネの所に来られる。彼から洗礼を受けるためでであった。

3:14 しかしヨハネは、「わたしこそあなたから洗礼を受けるべきであるのに、あなたがわたしの所に来られるのか」と言って、しきりに辞退したが、

3:15 イエスは答えられた、「さあ、そう言わずに!こうして、せねばならぬことをなんでも為遂げることは、われわれ(二人)にふさわしいのだから。」そこでヨハネが譲った。

3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊が鳩のように自分の上に下って来るのを御覧になった。

3:17 するとその時、「これは(いま)わたしの『最愛の子、』『わたしの心にかなった』」と言う声が天から出た。

 

塚本訳 マタ 5:17-20

5:17 わたしが律法や預言書[聖書]を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するどころか、成就するために来たのである。

5:18 アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。

5:19 だから、これらの掟の中で一番小さいものを一つでも破り、またそのように人に教える者は、天の国で一番小さい者となり、反対に、これを行ない、また(そのように人に)教える者は、天の国で一番大きい者となろう。

5:20 わたしは言う、あなた達の行ないが聖書学者やパリサイ人以上にりっぱでなければ、決して天の国に入ることはできない。

 

塚本訳 マタ 11:10-11

11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。

11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

 

塚本訳 ロマ 1:3-4

1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、

1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420222さて、モーセの律法に従って、彼らの清めの日々が満ちた時、彼らはイエスを主に献げるためエルサレムに連れのぼった。

 

新共同訳1987

2:22 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。

 

前田訳1978

2:22 モーセ律法による清めの日が過ぎると、彼らは主にささげるため赤子を連れてエルサレムへ上った。

 

新改訳1970

2:22 さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムへ連れて行った。

 

塚本訳1963

2:22 両親はモーセ律法による彼らの『清めの日(四十日)が過ぎる』と、幼児をつれてエルサレムに上った。

 

口語訳1955

2:22 それから、モーセの律法による彼らのきよめの期間が過ぎたとき、両親は幼な子を連れてエルサレムへ上った。

 

文語訳1917

"420222","モーセの律法に定めたる潔の日滿ちたれば、彼ら幼兒を携へてGルサレムに上る。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て、心に響くものをピックアップ。

 

口語訳 レビ 12:2-6

12:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『女がもし身ごもって男の子を産めば、七日のあいだ汚れる。すなわち、月のさわりの日かずほど汚れるであろう。

12:3 八日目にはその子の前の皮に割礼を施さなければならない。

12:4 その女はなお、血の清めに三十三日を経なければならない。その清めの日の満ちるまでは、聖なる物に触れてはならない。また聖なる所にはいってはならない。

12:5 もし女の子を産めば、二週間、月のさわりと同じように汚れる。その女はなお、血の清めに六十六日を経なければならない。

12:6 男の子または女の子についての清めの日が満ちるとき、女は燔祭のために一歳の小羊、罪祭のために家ばとのひな、あるいは山ばとを、会見の幕屋の入口の、祭司のもとに、携えてこなければならない。

 

口語訳 レビ 12:6-8

12:6 男の子または女の子についての清めの日が満ちるとき、女は燔祭のために一歳の小羊、罪祭のために家ばとのひな、あるいは山ばとを、会見の幕屋の入口の、祭司のもとに、携えてこなければならない。

12:7 祭司はこれを主の前にささげて、その女のために、あがないをしなければならない。こうして女はその出血の汚れが清まるであろう。これは男の子または女の子を産んだ女のためのおきてである。

12:8 もしその女が小羊に手の届かないときは、山ばと二羽か、家ばとのひな二羽かを取って、一つを燔祭、一つを罪祭とし、祭司はその女のために、あがないをしなければならない。こうして女は清まるであろう』」。

 

塚本訳 ロマ 12:1

12:1 (このように、神は偉大な計画によって人類を一人のこらず救おうとしておられるのであって、救いは確かである。)だから、兄弟たちよ、わたしは神のこの慈悲を指してあなた達に勧める。あなた達の体を(感謝のしるしとして神に)捧げよ。この生きた聖なる犠牲こそ、神のお気に入るものであり、(霊なる神を拝むにふさわしい、)あなた達の霊的な礼拝である。(あなた達の礼拝は動物を供えるような不合理なものでなく、全心全霊をささげる合理的な礼拝でなければならならない)

 

塚本訳 ルカ 2:23

2:23 これは主の律法に、『はじめて生まれた男の子は皆主に聖別しなければならない』と書いてあるとおりに、これを主に捧げるため、

 

●「はじめてのもの」は尊いので感謝する心。初穂、初月給、長男、長女、初孫、処女航海。・・・・

 

塚本訳 ロマ 8:23

8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

 

塚本訳 ロマ 11:16

11:16 (こんな希望をもつことに不思議はない。神に供えた)初穂のパンが聖ければ、(残りの)捏粉も聖く、根が聖ければ、枝も聖い(ではないか。初穂であり根であるアブラハムその他の先祖が聖いのだから、その子孫のイスラエル人が聖いのは当然である。)

 

塚本訳 ロマ 16:5

16:5 彼らの家の集会にもよろしく。わたしの愛するエパネトによろしく。彼は(回心して)キリストのものになったアジヤ(州)の初穂である。

 

塚本訳 Ⅰコリ16:15

16:15 兄弟たちよ、あなた達に勧める。御承知のように、ステパナ一家は(アカヤで最初に信仰に入った言わば)アカヤの初穂で、聖徒たちへの奉仕に身を捧げた。

 

塚本訳 ヤコ 1:18

1:18 (のみならず、)彼は私達をその創造り給うた物の謂わば初穂たらしめようと思って、真理の言により私達を生み給うたのである。

 

塚本訳 黙  14:4

14:4 彼らは(その身を)女に汚されなかった人達である。(皆)童貞であるからである。彼らは(地上にあった時、)仔羊の行く所には何処にでも随いて行く(のを常とした)人達である。彼らは人々の中から買われて、神と仔羊とのために初穂(の献げ物)となった(人達である)。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420223主の律法に次のように書いてある通りである、母の胎を開くすべての男の子は、主にとって聖なる者と呼ばれるであろう。

 

新共同訳1987

2:23 それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。

 

前田訳1978

2:23 主の律法に、男の初子はすべて主に聖別されること、とあるのによったのである。

 

新改訳1970

2:23 ――それは、主の律法に「母の胎を開く男子の初子は、すべて、主に聖別された者、と呼ばれなければならない。」と書いてあるとおりであった。――

 

塚本訳1963

2:23 これは主の律法に、『はじめて生まれた男の子は皆主に聖別しなければならない』と書いてあるとおりに、これを主に捧げるため、

 

口語訳1955

2:23 それは主の律法に「母の胎を初めて開く男の子はみな、主に聖別された者と、となえられねばならない」と書いてあるとおり、幼な子を主にささげるためであり

 

文語訳1917

"420223","これは主の律法に『すべて初子に生るる男子は、主につける聖なる者と稱へらるべし』と録されたる如く、幼兒を主に獻げ、"

 

●BbB,TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

口語訳 出  13:2

13:2 「イスラエルの人々のうちで、すべてのういご、すなわちすべて初めに胎を開いたものを、人であれ、獣であれ、みな、わたしのために聖別しなければならない。それはわたしのものである」。

 

口語訳 出  13:12-15

13:12 あなたは、すべて初めに胎を開いた者、およびあなたの家畜の産むういごは、ことごとく主にささげなければならない。すなわち、それらの男性のものは主に帰せしめなければならない。

13:13 また、すべて、ろばの、初めて胎を開いたものは、小羊をもって、あがなわなければならない。もし、あがなわないならば、その首を折らなければならない。あなたの子らのうち、すべて、男のういごは、あがなわなければならない。

13:14 後になって、あなたの子が『これはどんな意味ですか』と問うならば、これに言わなければならない、『主が強い手をもって、われわれをエジプトから、奴隷の家から導き出された。

13:15 そのときパロが、かたくなで、われわれを去らせなかったため、主はエジプトの国のういごを、人のういごも家畜のういごも、ことごとく殺された。それゆえ、初めて胎を開く男性のものはみな、主に犠牲としてささげるが、わたしの子供のうちのういごは、すべてあがなうのである』。

 

口語訳 出  34:19

34:19 すべて初めに生れる者は、わたしのものである。すべてあなたの家畜のういごの雄は、牛も羊もそうである。

 

口語訳 民  3:13

3:13 ういごはすべてわたしのものだからである。わたしは、エジプトの国において、すべてのういごを撃ち殺した日に、イスラエルのういごを、人も獣も、ことごとく聖別して、わたしに帰せしめた。彼らはわたしのものとなるであろう。わたしは主である」。

 

口語訳 民  8:16-17

8:16 彼らはイスラエルの人々のうちから、全くわたしにささげられたものだからである。イスラエルの人々のうちの初めに生れた者、すなわち、すべてのういごの代りに、わたしは彼らを取ってわたしのものとした。

8:17 イスラエルの人々のうちのういごは、人も獣も、みなわたしのものだからである。わたしはエジプトの地で、すべてのういごを撃ち殺した日に、彼らを聖別してわたしのものとした。

 

口語訳 民  18:15

18:15 すべて肉なる者のういごであって、主にささげられる者はみな、人でも獣でも、あなたに帰する。ただし、人のういごは必ずあがなわなければならない。また汚れた獣のういごも、あがなわなければならない。

 

口語訳 レビ 12:2-8

12:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『女がもし身ごもって男の子を産めば、七日のあいだ汚れる。すなわち、月のさわりの日かずほど汚れるであろう。

12:3 八日目にはその子の前の皮に割礼を施さなければならない。

12:4 その女はなお、血の清めに三十三日を経なければならない。その清めの日の満ちるまでは、聖なる物に触れてはならない。また聖なる所にはいってはならない。

12:5 もし女の子を産めば、二週間、月のさわりと同じように汚れる。その女はなお、血の清めに六十六日を経なければならない。

12:6 男の子または女の子についての清めの日が満ちるとき、女は燔祭のために一歳の小羊、罪祭のために家ばとのひな、あるいは山ばとを、会見の幕屋の入口の、祭司のもとに、携えてこなければならない。

12:7 祭司はこれを主の前にささげて、その女のために、あがないをしなければならない。こうして女はその出血の汚れが清まるであろう。これは男の子または女の子を産んだ女のためのおきてである。

12:8 もしその女が小羊に手の届かないときは、山ばと二羽か、家ばとのひな二羽かを取って、一つを燔祭、一つを罪祭とし、祭司はその女のために、あがないをしなければならない。こうして女は清まるであろう』」。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:22-23 おわり





























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福音は高くない・・・コストの考え方・・・ ++++++++ 所感

2015/07/19 06:30

150719(日)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は新国立競技場白紙撤回をめぐって様々な意見があるのをTVその他で見て、「建築コストの予測」を専門とする立場から興味深く聞いていた。●コストの考え方は百人百様であるが、建築デザインとコストの関係にだけ絞って考えてみると、シドニーのオペラハウスはコンペで当選した基本設計(デンマーク人のウオッツォン)の案は水平に近い形で施工不可能故途中で設計変更、その時点でウオッツォンはクビ。設計変更案は今のように垂直に近い形になった。しかし当初予算(これがいつも問題。どこから出すのか。素人が前例や他との比較などという浅はかなことで決めるのか)の4倍で完成。行政面からは大失敗だが、あの建築がその観光収入でオーストラリアに及ぼした経済効果は計り知れない。●インドの世界遺産であるあのタージマハールはすばらしく美しいものである。一度訪れてみたかった。さぞコストがかかったに違いない。しかしあれは時の王が、亡き王女の思い出のために造ったものである。決断の責任者が一人格である場合は良い建築が出来るものだ。それが資本主義経済社会の物事の決め方はすぐにコスト、なんでもコスト、それも「役員会」という」愚衆のしかも多数決で決めるから芸術もなにもあったものではない。●今回の新国立競技場の白紙撤回も安倍政権の失地回復のためであったことは目に見えている。「世論」(時に愚衆)に屈したのだ。かわいそうなのは「現場」。特に設計やゼネコンの「時間不足」の苦労はひどいものになるだろう。●今朝はそんなこの世のゴタゴタに時間を費やすことはしない。私は「福音は高くない」というテーマを黙想したい。●戦前のことであるが、信州のある人が塚本と虎二先生の「聖書知識」は高いと言ってこられたとき、「永遠の命」を得るためには高くはないといってその人に講読断った。また卑近な例だが東京聖書読者会のある日、今日のような話だったら「金返せ」と言った。最も永遠の命の話をしていないからこうなったのだが。・・・・●主の言葉で永遠の命とコストのことを考えてみよう。

塚本訳 マタ 13:44
13:44 天の国は畑に隠されていた宝に似ている。人がそれを見つけると、(またそこに)隠しておいて喜んで立ち去り、持っているものをみな売って、その畑を買うのである。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 マタ 19:21
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 ルカ 12:16-20
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

塚本訳 マタ 22:36-37
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』

塚本訳 ルカ 13:24
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 マタ 26:7-11
26:7 一人の女が非常に価の高い香油のはいった石膏の壷を持って近寄り、食卓についておられるイエスの頭に(香油をすっかり)注ぎかけた。
26:8 弟子たちはこれを見て、憤慨して言った、「なぜこんなもったいないことをするのだろう。
26:9 これは高く売れて、貧乏な人に施しが出来たのに。」
26:10 それと知ってイエスは言われた、「なぜこの婦人をいじめるのか。わたしに良いことをしてくれたではないか。
26:11 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも(一しょに)いるわけではない。

塚本訳 ルカ 21:2-4
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 マコ 13:1-2
13:1 イエスが宮を出てゆかれるとき、一人の弟子が言う、「先生、御覧なさい、なんと大きな石、なんと堂々たる建築でしょう!」
13:2 イエスは言われた、「この大きな建築を見ているのか。このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

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朝の黙想おわり。永遠の命は高くない。全財産を費やしても髙くはない。なぜか永遠に生きられるから。

●10:00 集会は川上(司会)、丹野(塚本虎二「ヘブル書講義」)、村上(出エジプト記。9つの禍)
●13:00 感謝会、男性7名、女性8名。全員70歳以上。


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新国立競技場計画案白紙撤回・・・犠牲は無駄におわらない・・・ ++++++++ 所感

2015/07/18 06:34

150718(土)キリスト者の皆様お早うございます。昨日は新国立競技場計画案の白紙撤回のニュースで一杯であった。白紙撤回の理由は工事費が莫大になりすぎるということである。●こうなったことの責任論がやかましい●今後「デザインとコスト」のバランスをどうとるかで議論が高まっていって、日本の建築業界も改善に一歩前進するであろう。今回のゴタゴタは無駄に終わらない。●「コストの予測技術」を専門としてきた私に言わせれば神の子キリストの次の言葉に尽きる。

塚本訳 ルカ 14:28-33
14:28 (このように、わたしの弟子になるには最初の覚悟が必要である。)なぜか。(次の譬を聞きなさい。)あなた達のうちには櫓を建てようと思うとき、まず坐って、はたして造りあげるだけの金があるかと、その入費を計算しない者がだれかあるだろうか。
14:29 そうしないで、土台をすえただけで完成ができないと、見る人が皆、
14:30 『あの人は建てかけたが、完成できなかった』と言って笑うであろう。
14:31 また、ある王が他の王と戦いを交えようとする時には、まず坐って、(自分の)一万(の兵)で、二万(の兵)を率いてすすんで来る敵をむかえ撃てるかどうかを考えないだろうか。
14:32 そして、もしかなわないと見たら、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を派遣して講和を申し出るであろう。
14:33 だから同じように、(家族や財産など)一切合切、自分のものと別れなければ、あなた達のだれ一人、わたしの弟子になることは出来ない。

●新国立競技場の問題も結局はあと5年という「時間」に迫られて「ある方向で落ち着く」であろう。「時間」は決断の最重要要因である。今朝の黙想はこのようなこの世のゴタゴタではなく、「責任論」と「犠牲は無駄に終わらない」ことについて聖書の思想を見てみたい。

●こうなった責任は誰にあるか、どこにあるかの問題の時、われわれキリスト者にとって次の主の言葉は決定的である。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ
神の御業がこの人に現われるためである。

●次にここまで設計が進んできたことが白紙になるということの関係者の努力は無駄におわらないことを聖書的根拠で見てみたい。国際コンペ(応募作品46点)で一等になったイラン人建築家ザハ・ハディト氏とコンペ発注に関わった国土交通省のスタッフ、審査員スタッフ、また概算をはじいたゼネコンのコストチームのこれまでの努力を称賛したい。●彼らの呻きと慟哭の涙を感じる。私にも小さいながらそういう痛い経験がある●しかその涙は決して無駄に終わらない。神は憶えている。その涙の「犠牲」の上に新しい設計案が生まれるであろう。彼らの苦しみは新しいものが生まれるための「犠牲」であった。犠牲の悲しみ苦しみ涙であった。

塚本訳 マタ 21:42-43
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』
21:43 だからわたしは言う、神の国はあなた達から取り上げられて、神の国の実を結ぶ(ほかの)国民に与えられるであろう。

塚本訳 ヨハ 16:20-21
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ヨハ 15:12-14
15:12 わたしがあなた達を愛したように、互に愛せよ。──これがわたしの掟である。
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。
15:14 あなた達はわたしの命ずることを行ってさえおれば、わたしの友人である。


塚本訳 ルカ 9:22-23
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

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朝の黙想おわり。神は我々の呻きと涙をことごとくご存知でいてくださる。

新約聖書一日一節黙想 ルカ2:21
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塚本訳 ルカ 2:21

2:21 八日過ぎて割礼の日が来ると、人々は、胎内に宿る前に天使からつけられたイエスという名を、幼児につけた。

 

●人は皆神の祝福のうちに生まれてくる。●イエスはマリヤの胎内に宿る前から神に名前をつけられていた。神の約束の子供であった。人の罪を救うために生まれた。

 

口語訳 詩  139:13

139:13 あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。

 

口語訳 伝  11:5

11:5 あなたは、身ごもった女の胎の中で、どうして霊が骨にはいるかを知らない。そのようにあなたは、すべての事をなされる神のわざを知らない。

 

塚本訳 マタ 1:20-21

1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。

1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

 

塚本訳 ルカ 1:13-14

1:13 天使が言った、「ザカリヤ、『恐れることはない。あなたの』(かねての)祈りは『聞きいれられた。』妻エリサベツは男の子を産むであろう。その名をヨハネとつけよ。

1:14 この子はあなたの喜びであり、楽しみであり、多くの人もその誕生を喜ぶであろう。

 

塚本訳 ルカ 1:30-33

1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。

1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、

1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」

 

塚本訳 ヨハ 1:12-13

1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。

1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

 

塚本訳 ガラ 1:15-17

1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、

1:16 異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず、

1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420221さて、幼子に割礼を施すための八日が満ちた時、彼にイエスという名が付けられた。これは、彼が胎に宿される前に、御使いによって付けられた〔名〕である。

 

新共同訳1987

2:21 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。

 

前田訳1978

2:21 割礼すべき八日目になると、幼子はイエスと名づけられた。彼が胎にやどる前に、天使に名づけられたとおりである。

 

新改訳1970

2:21 八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子はイエスという名で呼ばれることになった。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。

 

塚本訳1963

2:21 八日過ぎて割礼の日が来ると、人々は、胎内に宿る前に天使からつけられたイエスという名を、幼児につけた。

 

口語訳1955

2:21 八日が過ぎ、割礼をほどこす時となったので、受胎のまえに御使が告げたとおり、幼な子をイエスと名づけた。

 

文語訳1917

"420221","八日みちて幼兒に割禮を施すべき日となりたれば、未だ胎内に宿らぬ先に御使の名づけし如く、その名をイエスと名づけたり。"

 

●BbB,TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

口語訳 創  17:12

17:12 あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない。

 

塚本訳 ガラ 4:4-5

4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった。

4:5 これは律法の下に(奴隷になって)いる者を贖い出して、わたし達に子たる身分を受けさせるためである。

 

塚本訳 ピリ 2:8

2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

 

塚本訳 マタ 1:21

1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

 

塚本訳 マタ 1:25

1:25 しかし、子が生まれるまでは、一緒にならなかった。そして(子が生まれると、)その名をイエスとつけた。

 

口語訳 レビ 12:3

12:3 八日目にはその子の前の皮に割礼を施さなければならない。

 

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新約聖書一日一節黙想 ルカ2:21 終わり

●14:00 図書館へ行って読書「『銀河鉄道の夜』と聖書」(椚山義次、富永國比古共著。キリスト新聞社2015)
宮沢賢治のこの本は何度読んでも難解であったが、本書による解説によって、「銀河鉄道の夜」の最後の9章で「十字架」とか「白いきものの人」という言葉が出てきて、これが巡礼文学としてのこの本の結論であることが分かった。宮沢賢治は一般に法華経信者であるとみなされているがその心は「聖書の示すキリストの救い」にあったことがうかがわれる。ただしこのことはキリスト教信仰がないと見えて来ない。。黙示録のようである。著者の二人は無教会のクリスチャンである。画期的な見解である。

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イエスの母マリヤ・・・神に負わされた苦難を信仰で耐え抜いた模範的女性・・・ ++++++++ 所感

2015/07/17 06:32

150717(金)4時起床●キリスト者の皆様お早うございます。朝の黙想「イエスの母マリヤ・・・神に負わされた苦難を信仰で耐え抜いた模範的女性・・・」●7月から始めた「聖書で聖書を読む・・・ルカ福音書」で、1-2章を学び、イエスの母マリヤが俄然心にクローズアップされてきた。イエスの苦難の信仰生涯信仰を思うと「この母にしてこの子」ありの感がする。●マリヤの生涯は神に負わされた不思議の連続であったが、彼女はその精神的苦悩を信仰で耐え抜いた、信者の模範である。●と言ってカトリックのように「無原罪聖母マリヤ」まで祭り上げるわけではないが、世の中の不正に対して果敢に「髪振り乱して飛び回り」政治結社の亜流になり下り、信仰の堕落の見苦しい姿を呈している無教会の女史連中に対して「爪の垢を煎じて」飲ませたい。●今朝はマリヤが神に負わされた精神的苦悩と彼女がそれを信仰で耐え抜いた姿を黙想してみる。

塚本訳 マタ 1:18-19
1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。
1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した。


塚本訳 マタ 2:13-15
2:13 博士たちが帰ってゆくと、見よ、主の使いが(また)夢でヨセフに現われて言った、「起きて幼児とその母とを連れてエジプトに逃げ、わたしが言うまでそこにおれ。ヘロデがその幼児をさがして殺そうともくろんでいるから。」
2:14 そこでヨセフは起きて、夜のあいだに幼児とその母とを連れてエジプトに立ちのき、
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。主が預言者(ホセア)をもって『わたしはエジプトからわが子を呼び出した』と言われた言葉が成就するためであった。


塚本訳 マタ 2:19-23
2:19 ヘロデが死ぬと、主の使いが夢でエジプトのヨセフに現われて
2:20 言った、「起きて、幼児とその母とを連れて、イスラエル(の民)の地に行け。その幼児の命をねらっていた者は死んだから。」
2:21 そこでヨセフは起きて、幼児とその母とを連れて、イスラエルの地にかえった。
2:22 しかしアケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞き、恐ろしくなってユダヤへ行かずにいると、また夢でお告げを受けたので、(ユダやをやめて)ガリラヤ地方に引っ込み、
2:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレ人と言われる」と、預言者たちをもって言われた言葉が成就するためであった。

塚本訳 ルカ 1:26-38
1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。
1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。
1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。
1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから
1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。
1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、
1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」
1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。」
1:35 天使が答えた、「聖霊があなたの上に臨み、いと高きお方の力があなたを掩いかくすであろう。それゆえ(あなたから)生まれるものは、『聖』であり、神の子『と呼ばれる。』
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

塚本訳 ルカ 1:39-45
1:39 その後間もなくマリヤは立って、大急ぎでユダの山地のある町に行き、
1:40 ザカリヤの家に入ってエリサベツに挨拶した。
1:41 エリザベツがマリヤの挨拶を聞いた時、児が胎内で躍った。エリサベツは聖霊に満たされ、
1:42 声高らかにさけんだ、「あなたは女の中で、(一番)祝福された方、あなたの胎内のお子さまも(だれより)祝福されたお方です。
1:43 主の母上がわたしの所に来てくださるとは、まあどうしたのでしょう。
1:44 そら、あなたの挨拶の声がわたしの耳に入ると、児が胎内で喜んで躍りました。
1:45 主の仰せられたことはきっと成就すると信じたこの人は、なんと仕合わせでしょう。」

塚本訳 ルカ 1:46-50
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』
1:49 力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださったのです。『そのお方の名は聖で、』
1:50 『その憐れみは千代よろず代とかぎりなく、そのお方を恐れる者にのぞみましょう。』

塚本訳 ルカ 2:1-7
2:1 そのころ、全(ローマ)帝国の人口調査の勅令が皇帝アウグストから出た。
2:2 これは(ローマ政府)第一回の人口調査で、クレニオがシリヤの総督であったときに行われたものである。
2:3 すべての人が登録を受けるために、それぞれ自分の(生まれた)町にかえった。
2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。
2:5 すでに身重であった妻マリヤと共に、登録を受け