to 日記と感想 2015年10月
Top | RSS | Admin

2015.09 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 » 2015.11


将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


失敗の人生・・・幸福を恵まれた女・・・ ++++++++ 所感

2015/10/31 06:31

151031(土)キリスト者の皆様お早うございます。夜半から朝方にかけて朝の啓示。「失敗の人生・・・幸福を恵まれた女・・・」●朝方、すっかりう疎遠になってしまった肉の兄弟の夢をみた。実際に会うとどうなっているのだろう。怖くて連絡も出来ない。●女子大で建築学の講師を9年間勤めたが、その結論的な感想は生徒はみな幸せをつかもうつかもうとしているということを感じたことである。これを感じたことが収穫であった。特に幸せな結婚を夢見ている。●彼女たちはみなその幸せを掴めただろうか。それとも失敗しただろうか。失ったのだろうか。●宗教を求める動機は、「貧・病・争」といわれている。みなその不幸な状態から逃れたいと思っている。●聖書はこれに対してただ一本の道「罪からの救い」を示している。これが幸せへの道なのだ。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


●、「貧・病・争」から逃れる決定的で一番大切な道、それは「罪の赦し」を通して神を知るの道である。イエスを神の子と信じる三位一体の信仰の道を見出せば、他の何物にも到達できず、また失ってもそれは真の幸福だ。この道を見出せば今まで幸せと思っていたものが色褪せて見えて来るのだ。不幸でも「ナンノコレシキ」と我慢できるのだ。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


●幸せな結婚が出来なかった人、不幸にも離婚に至った人、子供が出来なかった人、子を失った人、・・・・イエスはそういう女性の友となった。

塚本訳 ヨハ 4:13-21
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。


●この惨憺たる人生。肉の家族からも社交的な宗教者の集まりからもつまはじきされる暗い人生。彼女は人目を避けるように一人で井戸の水を汲みに来た。その気の毒な女性にイエスは声をかけたのだ。●プロテスタント教会はエクレシアと言いながらその実態は社交クラブ、精神病者や離婚経験者に冷たい。●無教会集会また同じ。故GS氏は若いころ矢内原集会に行ったが、「アソコは東大卒でなければ人間ではない」という雰囲気であったので辞めた」と言ったことがある。禍なるかな社交クラブの無教会集会。

塚本訳 マタ 19:5-6
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」


●これをイエスの律法ととらえると日本の三分の一は失格である。今やなんと離婚は三組に一組。それだけ貧困な家庭になり、子供は路頭に迷う。しかしイエスはそれを断罪しないで救った。

塚本訳 ヨハ 8:1-11
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


●姦淫の女を赦したイエスは自ら十字架に向かって行進した。律法は廃らないからその義を満たすためだ。彼女のためにキリストの血は流された。●彼女のその後の人生を聖書は語らない。しかし彼女はあのナルドの香油の女」ではあるまいか。重い十字架を背負って歩いたイエスに見え隠れしながらついて行った女性の一人ではあるまいか。

塚本訳 ヨハ 8:1-10
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
塚本訳 ルカ 7:36-38
7:36 (シモンという)ひとりのパリサイ人が一しょにお食事をと願ったので、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った


塚本訳 ルカ 7:44-50
7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた
7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない
。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

塚本訳 ヨハ 12:1-8
12:1 イエスは過越の祭の六日前に(また)ベタニヤに行かれた。ここにはイエスが死人の中から生きかえらせたラザロがいた。
12:2 するとそこでイエスのために宴会が催され、マルタは給仕をし、ラザロは相伴客の一人であった。
12:3 そのときマリヤは混ぜ物のない、非常に高価なナルドの香油一リトラ(三百二十八グラム)をイエスの足に塗り、髪の毛でそれをふいた。香油の薫が家に満ちた。
12:4 弟子の一人で、イエスを売るイスカリオテのユダが言う、
12:5 「なぜこの香油を三百デナリ(十五万円)に売って、貧乏な人に施さないのだろうか。」
12:6 ユダがこう言ったのは、貧乏な人のためを考えたのではなく、(会計係であった)彼は泥坊で、あずかっている金箱の中に入るものをごまかしていたからであった。
12:7 イエスは言われた、「構わずに、わたしの埋葬の日のためにそうさせておきなさい
12:8 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも一しょにいるわけではないのだから。」

塚本訳 ルカ 23:26-28
23:26 (兵卒らが)イエスを(刑場へ)引いてゆく時、シモンというクレネ人が野良から来(て通りかかっ)たので、つかまえて(イエスの)十字架を背負わせ、イエスの後から担いでゆかせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。)
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい


●彼女は誰か。あのマグダラのマリヤではなかったのか。聖書学的には同定できないが精神的には同定できる。私はそう読みたい。これ聖書の素人読み。


塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


●その後の彼女の人生はどうなったか。イエスの復活後の最初の集まりの中にいて「祈りに余念がなかった」のではあるまいか。幸せになった彼女。永遠の命に生きるようになった。!!

塚本訳 使  1:12-14
1:12 それから彼らは、(このことのあった)いわゆるオリブ山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日の旅行距離[八百八十メートル]ほど)であった。
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 黙  22:14
22:14 幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)都の門を入る権を得るために、その
上衣を洗う者!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想終わり。アーメン。不幸は幸福への門。不幸は真の幸福のために必要。そのために神は痛みを与える。

●これに関して次のサイトを参照。「わたしはモーだめでしょうか」。
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/mou.htm

もう14年も前のことだ。時々祈る。彼女は今何処!。幸せになれただろうか。もし天国で会えたならば彼女の目は澄んでいてそれはエリザベステーラー以上であろう。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:31
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


塚本訳 ルカ 4:31

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

 

●イエスの活動の本拠地は故郷ガリラヤ。礼拝堂。そこで安息日に教えられた

 

●福音書における地名の出現回数。(塚本訳、敷衍含む)検索

ユダヤ 124 エルサレム 83 ガリラヤ 67 ナザレ 26 サマリヤ 16 ベツレヘム 8

 

●福音書における、安息日and 教え 検索 塚本訳

 

塚本訳 マコ 1:21

1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。

 

塚本訳 マコ 6:2

6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。

 

塚本訳 ルカ 4:31

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

 

塚本訳 ルカ 4:23

4:23 彼らに言われた、「どの道あなた達は『自分をなおせ、お医者さん』という諺を引いて、『いろいろなことをカペナウムでしたと聞いたが、郷里のここでもやってみろ』とわたしに言うにちがいない。」

 

塚本訳 ルカ 6:6

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

 

塚本訳 ルカ 13:10

13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。

 

●福音書における、礼拝堂and 教え  塚本訳 検索

 

塚本訳 マタ 4:23

4:23 それからガリラヤ中を回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、また人々の中のありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

 

塚本訳 マタ 9:35

9:35 それからイエスは町や村をのこらず回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、またありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

 

塚本訳 マタ 13:54

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。

 

塚本訳 マコ 1:21

1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。

 

塚本訳 マコ 1:39

1:39 それからガリラヤ中にあるその礼拝堂で教えを説き、悪鬼を追い出しておられた。

 

塚本訳 マコ 6:2

6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。

 

塚本訳 ルカ 4:15

4:15 イエスはあちらこちらの礼拝堂で教え、皆にあがめられた。

 

塚本訳 ルカ 6:6

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

 

塚本訳 ルカ 13:10

13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。

 

塚本訳 ヨハ 6:59

6:59 これはカペナウムの礼拝堂で教えておられたときに、話されたものである。

 

塚本訳 ヨハ 9:34

9:34 彼らも負けずに言った、「罪だらけで生まれたお前が、このわれわれを教えるのか。」そして彼を(礼拝堂)追放にした。

 

塚本訳 ヨハ 18:20

18:20 イエスは答えられた、「わたしは世間にむかって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる礼拝堂や宮で教えて、何一つ隠れて話したことはない。

 

●イエスは聖書を教えられたが無資格であったが権威があった。

塚本訳 ヨハ 7:15

7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

 

塚本訳 マコ 1:22

1:22 人々はその教えに感心してしまった。聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

塚本訳 マタ 7:28-29

7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。

7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

塚本訳 ヨハ 12:10-11

12:10 そこで大祭司連はラザロをも殺す決意をした。

12:11 彼のことで多くのユダヤ人がだんだん離れていって、イエスを信じたからである。

 

塚本訳 ヨハ 7:43-46

7:43 そこで群衆の間に、イエスのことで意見が分かれた。

7:44 なかには彼を捕えようと思う者もあったが、手をかける者はなかった。

7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」

7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420431そして彼はガリラヤの町、カファルナウムにくだって行った。そして安息日に彼らを教えていた。

 

新共同訳1987

4:31 イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。

 

前田訳1978

4:31 そしてガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日にお教えになると

 

新改訳1970

4:31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして、安息日ごとに、人々を教えられた。

 

塚本訳1963

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

 

口語訳1955

4:31 それから、イエスはガリラヤの町カペナウムに下って行かれた。そして安息日になると、人々をお教えになったが、

 

文語訳1917

"420431","かくてガリラヤの町カペナウムに下りて、安息日ごとに人を教へ給へば、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 1:27-28

1:27 皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」

1:28 イエスの評判がたちまち(カペナウムの)周囲の、全ガリラヤ到る所に広まった。

 

塚本訳 マタ 4:13

4:13 それから(間もなく)ナザレを去って、(昔)ゼブルン(族)とナフタリ(族)との(領地であった)地方にある、(ガリラヤ)湖畔の(町)カペナウムに行って住まれた。

 

塚本訳 マコ 1:21

1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。

 

塚本訳 使  14:1-2

14:1 イコニオムでも、二人は同じようにユダヤ人の礼拝堂に入って(御言葉を)語ったところ、ユダヤ人とギリシヤ人との大勢の群が信者になった。

14:2 しかし信じようとしなかったユダヤ人は、(パウロ、バルナバだけでなく、)兄弟たち(全体)に対し、異教人の心を刺激して敵意を抱かせた。

 

塚本訳 使  17:1-3

17:1 彼らはアムポリスとアポロニヤ(の町々)を通過してテサロニケに行った。そこにはユダヤ人の礼拝堂があった。

17:2 パウロはいつものとおり入っていって、三度の安息日に聖書に由って彼らに話をした。

17:3 すなわち救世主は苦しみを受けて(十字架の上に死に、)死人の中から復活せねばならなかったこと、また、「わたしがあなた達に宣べ伝えているイエス、この人こそ救世主である」と説き明かし、論証した。

 

塚本訳 使  17:10-11

17:10 (テサロニケの)兄弟たちはすぐ夜の間に、パウロとシラスとをベレヤへ送り出した。二人はそこに着くと、ユダヤ人の礼拝堂に行った。

17:11 ここの人たちはテサロニケの者よりもりっぱであり、非常な熱心をもって御言葉を受け入れ、はたしてその通りであるかどうかと、毎日聖書を調べた。

 

塚本訳 使  17:16-17

17:16 パウロはアテネで二人を待っているあいだに、都が偶像だらけであるのを見て、その心が怒りに燃えた。

17:17 それで、礼拝堂ではユダヤ人や敬神家たち、また広場では毎日毎日そこに居合わせた人たちに、話をした。

 

塚本訳 使  18:4

18:4 パウロは安息日のたびごとに礼拝堂で話をして、ユダヤ人、異教人の別なく、説得しようとした。

 

塚本訳 マコ 1:16

1:16 ガリラヤ湖のほとりを通られるとき、シモンとシモンの兄弟のアンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。

 

塚本訳 マタ 4:12

4:12 イエスは(洗礼者)ヨハネが牢に入れられたと聞くと、(郷里)ガリラヤ(のナザレ)に引っ込まれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ4:31 おわり

●13:00 妻は「あきしま合唱祭」へ応援。
●「使徒伝承」追加。
●過日キリスト教性教育研究会で千葉明徳牧師から頂いた全日本リバイバルミッションの滝元明牧師の
説教をCDで聞いた。十字架の血が罪を清めるという単純明快なメッセージに感動。福音の内容はどこでも同じ。ただ学問や教養があるかないか。むきむきもある。






スポンサーサイト
トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


神に教えられる時が来る・・・処女降誕と三位一体の不思議な信仰・・・ ++++++++ 所感

2015/10/30 09:37

151031(金)キリスト者の皆様お早うございます。明後日の集会感話の一部分を推敲。次のようにした。

11月1日集会感話一部
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結論⑤「処女降誕の三位一体の信仰は人間の知恵では分からないが、神に教えられる時が来る」

 

結論⑤-①)塚本訳 Ⅰコリ2:14

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

結論⑤-②)塚本訳ヨハ4:3
4:3
どんな霊でも、
イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。


結論⑤-③)塚本訳 ヨハ2:22-23
2:22
(それならば)だれが嘘つきか。イエスは救世主ではないと否認する者(、
すなわち彼を単なる人間と見る者でなくして、だれであろう)。こんな者こそ反キリストであって、父と(その)子とを否認する者である。
2:23
子を否認する者は皆、父をも持たず、子を公然告白する者は父をも持っている(からである)。

結論⑤-④)塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3
だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、
神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

結論⑤-) 塚本訳 ヨハ110-13
1:10
この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。
1:11
いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(
神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13
この人たちは、人間の血や、
肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

結論⑤-⑥)塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1
イエスは通りがかりに、
生まれつきの盲人を見られた。
9:2
弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。
ただ神の御業がこの人に現われるためである。

結論⑤-⑦)塚本訳 ヨハ 6:45
6:45
預言書に、
〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


結論⑤-⑧)塚本訳 ペテ3:8-9
3:8
愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9
主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである


結論⑤--2)塚本訳 マタ1513
15:13
イエスは答えられた、
「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14
あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

 


結論⑤-⑨)塚本訳 Ⅰコリ7:15-16

7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)

7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。


結論⑤-⑩)塚本訳 ルカ 10:10-11

10:10 しかしある町に入ったとき、人が歓迎しないなら、大通りに出て言え、

10:11 わたし達は足についたこの町の埃まで、あなた達に拭いてかえす。(縁を切った証拠だ。)しかし(あなた達には、恐ろしい裁きである)神の国が近づいたことを知れ』と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
11月1日集会感話一部 おわり

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:30
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 4:30

4:30 しかしイエスは人々の真中を通って、(目ざす所へ)進んでゆかれた。

 

●イエスは常に顔を前へ向けて進んだ。自分を受け入れない人の前からは逃げた。

 

塚本訳 ルカ 9:51

9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み、

 

塚本訳 ヨハ 11:7-11

11:7 そのあとで弟子たちに、「もう一度ユダヤに行こう」と言われた。

11:8 弟子たちが言う、「先生、ついこの間もユダヤ人があなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこに行かれるのですか。」

11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。

11:10 しかし夜歩けば、つまづく。その人の中に(心を照らす)光がないからである。」

11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」

 

塚本訳 マタ 26:30-35

26:30 (食事がすむと、)みなで賛美歌をうたったのち、オリブ山へ出かけた。(もう真夜中すぎであった。)

26:31 その時イエスは弟子たちに言われる、「今夜あなた達は一人のこらずわたしにつまずくであろう。(聖書に)『わたしは羊飼いを打つ、羊の群はちりぢりになるであろう』と書いてあるからである。(羊飼はわたし、羊はあなた達である。)

26:32 しかしわたしは復活した後、あなた達より先にガリラヤに行く。(そこでまた会おう。)」

26:33 するとペテロは答えた、「仰せのとおり皆があなたにつまずいても、このわたしは断じてつまずきません。」

26:34 イエスはペテロに言われた、「アーメン、わたしは言う、今夜、鶏が鳴く前に、三度、あなたはわたしを知らないと言う。」

26:35 ペテロが言う、「たとえご一しょに死なねばならなくても、あなたを知らないなどとは、決して申しません。」(ほかの)弟子たちも皆、口をそろえてそう言った。

 

塚本訳 ルカ 22:39-44

22:39 それから(都を)出て、例のとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たち(十一人)もついて行った。(もう真夜中すぎであった。)

22:40 いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」

22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って

22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」

22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

 

塚本訳 マタ 26:44-46

26:44 イエスは彼らをのこして、もう一度向こうに行き、また同じ言葉で、三度目に祈られた。

26:45 それから弟子たちの所に来て、(また眠っているのを見ると)言われる、「もっと眠りたいのか。休みたいのか。そら、人の子が罪人どもの手に渡される時が近づいた。

26:46 立て。行こう。見よ、わたしを売る者が近づいてきた!」

 

塚本訳 マタ 22:17-22

22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」

22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、

22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、

22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」

22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

22:22 彼らは聞いて驚き、イエスをそのままにして立ち去った。

 

塚本訳 マタ 21:24-27

21:24 イエスは答えて言われた、「ではわたしも一つ尋ねる。それにこたえられたら、わたしも何の権威でそれをするかを言おう。

21:25 ──ヨハネの洗礼はどこから来たのか。天(の神)から(授かったの)か、それとも人間からか。」彼らはひそかに考えた、「もし『天から』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったか』と言うであろうし、

21:26 もし『人間から』と言えば、民衆(の反対)がこわい。みんながヨハネを預言者と思っているのだから。」

21:27 そこで「知らない」とイエスに答えた。イエスも言われた、「ではなんの権威であんなことをするのか、わたしも言わない。

 

塚本訳 ルカ 22:66-70

22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって

22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、

22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」

22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」

 

塚本訳 マタ 10:12-15

10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。

10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)

10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

10:15 アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴモラの地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう。

 

塚本訳 マタ 24:15-19

24:15 それで、預言者ダニエルをもって言われた『(聖なる所を)荒らす忌わしいものが聖なる所に』立つのを見たら[読者はここに隠された意味をよく考えるがよい]、

24:16 その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ。

24:17 屋根の上におる者は、下におりて家にある物を取りだそうとするな。

24:18 畑におる者は上着を取りに『(家に)もどる』な。

24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、ああかわいそうだ!

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420430彼はしかし、彼らの只中を通り抜けて、歩き〔去って〕行った。

 

新共同訳1987

4:30 しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。

 

前田訳1978

4:30 しかし彼は人々の真ん中を通って去って行かれた。

 

新改訳1970

4:30 しかしイエスは、彼らの真中を通り抜けて、行ってしまわれた。

 

塚本訳1963

4:30 しかしイエスは人々の真中を通って、(目ざす所へ)進んでゆかれた。

 

口語訳1955

4:30 しかし、イエスは彼らのまん中を通り抜けて、去って行かれた。

 

文語訳1917

"420430","イエスその中を通りて去り給ふ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 6:5-6

6:5 (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。

6:6 イエスは人々の不信仰に驚かれた。それから村々をぐるぐる回りながら教えられた。

 

塚本訳 マタ 13:57-58

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

13:58 彼らの不信仰のゆえに、そこではあまり奇蹟を行われなかった。(出来なかったのである。)

 

塚本訳 ヨハ 8:57-59

8:57 するとユダヤ人がイエスに言った、「君はまだ五十にもならないのに、アブラハムに会ったのか。」

8:58 イエスは言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、アブラハムが生まれる前から、わたしはいたのだ。」

8:59 すると彼らは、(自分を神と同じにすると言って、)石を取ってイエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、宮から出てゆかれた。

 

塚本訳 ヨハ 10:39

10:39 そこで彼らはまたイエスを捕えようとしたが、その手から抜け出された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


新約聖書一日一節黙想 ルカ4:30おわり

 

トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


身代わりの祈りは聴かれる・・・母の祈り、妻の祈り、肉親の祈り・・・ ++++++++ 所感

2015/10/29 08:07

151029(木)キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「身代わりの祈りは聴かれる・・・母の祈り、妻の祈り、肉親の祈り,j十字架の祈り、・・・」
プロテスタント教会の教義では本人の信仰でなければ救われない。教会に導いて洗礼を授けることがゴール。カトリック教会ではマリヤ様の代祈で救われる。守護聖人がいる。では聖書はどうか。無教会はどうか。身代わりの祈りを神は聴いてくださる。その結果は様々。今朝はその証拠(?)を掲げてみよう。証拠も三っ以上あれば真理だ。

塚本訳 Ⅰコリ7:14
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。


塚本訳 マコ 9:14-29
9:14 (山を下りて、ほかの)弟子たちの所にかえって見ると、大勢の群衆が弟子たちを取り巻き、聖書学者たちがこれと議論をしていた。
9:15 群衆はイエス(の姿)を見るが早いか、皆びっくりして、駆けてきて歓迎した。
9:16 イエスが群衆に尋ねられた、「弟子たちと何を議論しているのか。」
9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。
9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」


塚本訳 ルカ 7:1-10
7:1 イエスはこれら一切の話を人々に聞かせ終った後、カペナウムにかえられた。
7:2 すると、ある百卒長の大事な僕が病気で、もう危篤であった。
7:3 百卒長はイエスのことを聞くと、ユダヤ人の長老たちをイエスの所に使にやって、是非僕を直しに来てほしいと頼ませた。
7:4 長老たちはイエスの所に来て、こう言って熱心に願った、「あの人はそうしていただいてもよい人です。
7:5 (異教人でありながら)わが国民に好意をもち、自分でわたし達に礼拝堂を建ててくれたのですから。」
7:6 イエスは彼らと連れ立って行かれた。しかし、すでにその家から程遠からずなったとき、百卒長は友人たちをやって言わせた、「主よ、ご足労くださらぬように。わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。
7:7 だから自分でお願いに出る資格もないと考えたのです。(ここでただ)一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
7:8 というのは、わたし自身も指揮権に服する人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
7:9 イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た群衆の方に振り向いて言われた、「わたしは言う、イスラエルの人の中でも、こんな(りっぱな)信仰を見たことがない。」
7:10 使の者が家に帰って見ると、僕は元気になっていた。

塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

塚本訳 ヨハ 11:28-44
11:28 こう言ったのち、マルタは行って姉妹のマリヤを呼び、「先生が来て、あなたを呼んでおられる」とささやいた。
11:29 これを聞くとマリヤは、急いで立ち上がってイエスの所に行った。
11:30 イエスはまだ村に入らず、マルタが出迎えたさっきの場所におられた。
11:31 マリヤと一しょに家にいて慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急に立って出て行くのを見ると、墓に泣きに行くものと思って、あとについて行った。
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 4:43-54
4:43 二日ののち、そこを去ってガリラヤへ向かわれた。
4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。
4:45 ところが、ガリラヤに行かれると、(予期に反して)ガリラヤ人は彼を歓迎した。これは、彼らも(過越の)祭に行ったので、イエスが祭の時にエルサレムでされたこと[奇蹟]を一つのこらず見たからである。
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。
4:54 イエスはこの第二の徴[奇蹟]を、ユダヤからガリラヤに行かれたときに行われた。

塚本訳 ヨハ 9:1-7
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。


塚本訳 マコ 2:1-12
2:1 数日の後、カペナウムにかえられると、家におられることがすぐ知れわたって、
2:2 もはや門口にも場所がないほど、大勢の人が集まってきた。この人たちに御言葉を語っておられると、
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」
2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、
2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」
2:8 イエスは彼らがひそかにこう考えているのを、すぐ霊で見抜いて、「なんで、そんなことを心の中で考えているのか。
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』


塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」


塚本訳 使 7:54-60
7:54 これを聞いて(法院にいた)人々は怒り心頭に発し、ステパノに向かって歯ぎしりした。
7:55 しかしステパノは聖霊に満ちて天をじっと見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見ると、
7:56 「おお、天が開けた、人の子が見える、神の右に立っておられる!」と言った。
7:57 すると彼らは大声で叫び、(冒涜の言葉を聞くまいとして)耳をふさぎ、一せいに襲いかかって、
7:58 彼を町の外に突き出し、石で打ち殺した。証人たちはぬいだ上着をサウロという青年の足下に置い(て、番をさせ)た。
7:59 ステパノは打ち殺されながら、イエスの名を呼んで、「主イエス様、わたしの霊をお受けください」と祈り、
7:60 それからひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞこの罪をこの人たちに負わせないでください!」こう言って、彼は眠りについた。


塚本訳 ルカ 15:18-32
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。
15:25 兄は畑にいたが、家の近くに来ると鳴り物や踊りの音が聞えるので、
15:26 ひとりの下男を呼んで、あれはいったい何ごとかとたずねた。
15:27 下男が言った、『弟さんがかえってこられました。無事に取り戻したというので、お父様が肥えた小牛を御馳走されたのです。
15:28 兄はおこって、家に入ろうとしなかった。父が出てきていろいろ宥めると、
15:29 父に答えた、『わたしは何年も何年もあなたに仕え、一度としてお言い付けにそむいたことはないのに、わたしには友人と楽しむために、(小牛どころか)山羊一匹下さったことがただの一度もないではありませんか。
15:30 ところがあのあなたの息子、きたない女どもと一しょに、あなたの身代をくらいつぶしたあれがかえって来ると、肥えた小牛を御馳走されるのはどういうわけですか。』
15:31 父が言った、『まあまあ、坊や、お前はいつもわたしと一しょにいるではないか。わたしの物はみんなお前のものだ。
15:32 だが、喜び祝わずにはおられないではないか。このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、いなくなっていたのに見つかったのだから。』」


塚本訳 ロマ 9:1-5
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。
9:5 (また、アブラハム、イサク、ヤコブなどの偉大な)祖先たちは彼らのものであり、救世主も人間としては彼らから出られたのである。一切のものの上におられる神なる彼は、永遠に賛美すべきである、アーメン。

塚本訳 コロ 1:24-29
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている
1:25 そして私は神からその(教会の)世話役たる(尊い)職を賜わったので、君達に神の言を充分に伝えようとしているのである──
1:26 この神の言は世々代々隠されていた奥義であるが、今や神の聖者達に顕されたのであって、
1:27 神はこの奥義が異教人にとって如何ばかり大なる栄光の富であるかを知らせようと欲し給うたのである。そして奥義とは(取りも直さず)君達の中にい給うキリストのことであって、(これがまた)栄光の希望である。
1:28 私達はこのキリストを宣べ伝え、あらん限りの知恵をもって凡ての人を諭し、凡ての人を教えて、凡ての人をキリストにおいて完全な者にしようとしているのである。
1:29 そしてまた私の中に力強く働き給う御力に応じて、このため奮闘努力しているのである。

塚本訳 ヨハ 21:19-23
21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。
21:20 ペテロが(ついて行きながら)振り返ると、イエスの愛しておられた弟子が(あとから)ついて来るのが見えた。この弟子は(最後の)夕食の時に、イエスの胸にもたれかかって、「主よ、あなたを売る者はだれですか」と言った者である。
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」
21:23 このために、この(イエスの愛)弟子は死なないという噂が兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは「死なない」と言われたのではない。ただ、「たといわたしが来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない」と言われたまでである。

口語訳 ヨブ 1:1-5
1:1 ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
1:2 彼に男の子七人と女の子三人があり、
1:3 その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。
1:4 そのむすこたちは、めいめい自分の日に、自分の家でふるまいを設け、その三人の姉妹をも招いて一緒に食い飲みするのを常とした。
1:5 そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。

口語訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。
3:9 ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。
(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり Jバイブルは便利。塚本訳の標題は便利。ルカの編集力はすばらしい

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:29
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 4:29

4:29 総立ちになってイエスを町の外に突き出し、町の建っている山の崖のところまでつれていった。(そこから)突き落そうと思ったのである。

 

●イエスは命を狙われていた。

 

塚本訳 マタ 21:42

21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

 

塚本訳 マタ 16:21-23

16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

16:22 するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そんなことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)

16:23 イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

 

塚本訳 マタ 17:22-23

17:22 一行がガリラヤを旅行しているとき、イエスは(また)弟子たちに言われた、「人の子(わたし)は人々の手に引き渡されねばならない。

17:23 彼らに殺されるが、三日目に復活する。」弟子たちは非常に悲しんだ。

 

塚本訳 マタ 20:17-19

20:17 いよいよエルサレムへ(の道を)上り出されるとき、イエスはまた十二人(の弟子)だけをそばに呼んで、道々こう話された、

20:18 「さあ、いよいよわたし達はエルサレムへ上るのだ。そして人の子(わたし)は(そこで)大祭司連と聖書学者たちとに引き渡される。彼らは死刑を宣告して

20:19 異教人に引き渡し、異教人はなぶり、鞭で打ち、ついに十字架につけるのである。しかし三日目に復活する。」

 

塚本訳 ヨハ 11:5-10

11:5 イエスはマルタとその姉妹ラザロとを愛しておられた。

11:6 ところでイエスはラザロが病気と聞かれると、おられたところに(なお)二日留っていて、

11:7 そのあとで弟子たちに、「もう一度ユダヤに行こう」と言われた。

11:8 弟子たちが言う、「先生、ついこの間もユダヤ人があなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこに行かれるのですか。」

11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。

11:10 しかし夜歩けば、つまづく。その人の中に(心を照らす)光がないからである。」

 

塚本訳 ヨハ 11:45-48

11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。

11:46 しかし中には(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった。

11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。

11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

 

塚本訳 ヨハ 11:53-54

11:53 そこで彼らはその日以来、イエスを殺す決意をしていた。

11:54 それでイエスは、もはや公然とユダヤ人の中を歩きまわることをせず、そこを去って荒野に近い地方のエフライムという町に行き、弟子たちと一しょにそこにおられた。

 

塚本訳 マタ 5:10-12

5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。

5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。

5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

 

塚本訳 マタ 10:16-25

10:16 いまわたしがあなた達を送り出すのは、羊を狼の中に入れるようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように純真であれ。

10:17 人々に気をゆるすな。あなた達を裁判所に引き渡し、礼拝堂で鞭打つからである。

10:18 また、あなた達はわたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に引き出されるであろう。これは、その人たちと異教人とに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。

10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。

10:20 言うのはあなた達でなく、父上の霊があなた達によって言われるのである。

10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。

10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。

10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)

10:25 弟子は先生のよう、僕は主人のようであれば、それで満足すべきである。家の主人(たるわたし)が(悪鬼の頭)ベルゼブルと(悪口を)言われたのだから、その家族(たるあなた達)はなおさらのことである。

 

塚本訳 ヨハ 7:1

7:1 そののち、イエスはガリラヤを巡回しておられた。ユダヤ人が殺そうとしていたので、ユダヤは巡回したくなかったのである。

 

塚本訳 ヨハ 5:17-18

5:17 イエスは彼らに答えられた、「わたしの父上は、いまでもなお働いておられる。だからわたしも働く。」

5:18 このためユダヤ人は、いよいよイエスを殺そうと思った。安息日を破るばかりでなく、神を自分の父と言って、自分を神と等しくされたからである。

 

塚本訳 ヨハ 10:28-31

10:28 するとわたしが永遠の命を与え、彼らは永遠に滅びない。また彼らをわたしの手から奪い取る者はない。

10:29 (というのは、彼らを)わたしに下さった父上はすべての者より強いので、(彼らを)父上の手から奪い取ることの出来る者はだれもなく、

10:30 しかもわたしと父上とは一つである(からだ)。」

10:31 これを聞くと、またもやユダヤ人は、イエスを石で打ち殺そうとして(外から)石を持ってきた。

 

塚本訳 ヨハ 10:33

10:33 ユダヤ人が答えた、「善い業のために石で打ち殺すのではない、冒涜のためだ。君が人間の分際で、神様気取りでいるからだ。」

 

塚本訳 ヨハ 11:3

11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。

 

塚本訳 マコ 14:61-65

14:61 しかしイエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。大祭司がふたたび問うて言う、「お前が、讃美されるお方の子、救世主か。」

14:62 するとイエスは(はじめて口を開いて)言われた、「そうだ、わたしだ。あなた方は『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に囲まれて来るのを』見るであろう。」

14:63 すると大祭司は自分の着物を引き裂いて言う、「これ以上、なんで証人の必要があろう。

14:64 諸君は(今、おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。(この者の処分について)御意見を承りたい。」満場一致で、死罪を相当とすると決定した。

14:65 (法院の役人たちの)中にはイエスに唾をかけ、目隠しをして拳でうちながら、「(だれだか)当ててみろ」と言った者もあった。下役らはイエスにいくつも平手打ちをくらわせた。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420429立ち上がって、彼を町の外に投げ出し、彼らの町が据(す)えられている山の絶壁まで彼を連れて行こうとした。〔そこから〕彼を突き落とすためであった。

 

新共同訳1987

4:29 総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。

 

前田訳1978

4:29 総立ちになって、彼を町の外に追い出し、町の建っている山の崖まで連れて行って突き落とそうとした

 

新改訳1970

4:29 立ち上がってイエスを町の外に追い出し、町が立っていた丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとした。

 

塚本訳1963

4:29 総立ちになってイエスを町の外に突き出し、町の建っている山の崖のところまでつれていった。(そこから)突き落そうと思ったのである。

 

口語訳1955

4:29 立ち上がってイエスを町の外へ追い出し、その町が建っている丘のがけまでひっぱって行って、突き落そうとした。

 

文語訳1917

"420429","起ちてイエスを町より逐ひ出し、その町の建ちたる山の崖に引き往きて、投げ落さんとせしに、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 ヨハ 7:1

7:1 そののち、イエスはガリラヤを巡回しておられた。ユダヤ人が殺そうとしていたので、ユダヤは巡回したくなかったのである。

 

塚本訳 ヨハ 5:17-18

5:17 イエスは彼らに答えられた、「わたしの父上は、いまでもなお働いておられる。だからわたしも働く。」

5:18 このためユダヤ人は、いよいよイエスを殺そうと思った。安息日を破るばかりでなく、神を自分の父と言って、自分を神と等しくされたからである。

 

塚本訳 ヨハ 10:28-31

10:28 するとわたしが永遠の命を与え、彼らは永遠に滅びない。また彼らをわたしの手から奪い取る者はない。

10:29 (というのは、彼らを)わたしに下さった父上はすべての者より強いので、(彼らを)父上の手から奪い取ることの出来る者はだれもなく、

10:30 しかもわたしと父上とは一つである(からだ)。」

10:31 これを聞くと、またもやユダヤ人は、イエスを石で打ち殺そうとして(外から)石を持ってきた。

 

塚本訳 ヨハ 10:33

10:33 ユダヤ人が答えた、「善い業のために石で打ち殺すのではない、冒涜のためだ。君が人間の分際で、神様気取りでいるからだ。」

 

塚本訳 ヨハ 11:3

11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。

 

塚本訳 ヨハ 8:40

8:40 ところがあなた達は、今わたしを殺そうとしている。神から聞いた真理を語っているこの人間を!アブラハムはそんなことはしなかった。

 

塚本訳 ヨハ 8:59

8:59 すると彼らは、(自分を神と同じにすると言って、)石を取ってイエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、宮から出てゆかれた。

 

塚本訳 ヨハ 15:24-25

15:24 もしわたしがほかのだれもしたことのない業を彼らの間でしなかったら、彼らに罪はなかった。しかし今彼らは(わたしの言葉と業とによって)わたしをも父上をも見て、しかも憎んだのである。

15:25 しかしこれは、彼らの律法[聖書]に〃彼らはゆえなくわたしを憎んだ〃と書いてある言葉が成就するためである。

 

塚本訳 使  7:57-58

7:57 すると彼らは大声で叫び、(冒涜の言葉を聞くまいとして)耳をふさぎ、一せいに襲いかかって、

7:58 彼を町の外に突き出し、石で打ち殺した。証人たちはぬいだ上着をサウロという青年の足下に置い(て、番をさせ)た。

 

口語訳 詩  37:32-33

37:32 悪しき者は正しい人をうかがい、これを殺そうとはかる。

37:33 主は正しい人を悪しき者の手にゆだねられない、またさばかれる時、これを罪に定められることはない。

 

塚本訳 ヘブ 13:12

13:12 だからイエスも(これと同様に、しかし獣の血でなく)自分の血をもって、民をきよめるために、(エルサレムの)門の外で(十字架の)苦しみをうけられたのである。(すなわち贖罪と同じように、血は天の聖所の中に持って入られたけれども、その肉体は門の外のゴルゴダで滅び失せたのである。だから新約の祭壇では、食べる肉は無い。聖晩餐のパンがキリストの肉である訳はないではないか。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ4:29おわり

●18:00キリスト教性教育研究会、於・富阪キリスト教センター。発題者富永國比古「性教育を崩壊させる『HPVワクチン接種』という考え」。性道徳の崩壊は国家の崩壊につながる。キリスト教世界でも怪しいらしい。 22:15帰宅。
















トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


救いが先で聖書が後・・・イエスの誕生物語のとらえかた・・・ ++++++++ 所感

2015/10/28 06:11

151028(水)キリスト者の皆様お早うございます。●次の集会の感話原稿の冒頭を推敲

 11月1日集会感話冒頭
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 聖書で聖書を読む
                          
 
ルカ福音書

イエスの誕生のお告げ(ルカ1:26-38)

●なぜ処女降誕か・・・世の罪をとりのぞく為には罪なき「神の小羊」が必要    
●聖書の使信・・・神は人の罪を贖われた。罪なきイエスの死はその見える徴

2015年11月1日 東京聖書読者会 高橋照男


●基本信条(世界信条)


 ①使徒信条。2世紀
       ・・・・・・・・・・その御子、我らの主、
処女より生まれ

②ニカイアコンスタンティノポリス信条。4世紀
・・・・・・・聖霊と
処女マリヤより肉体をとりて人となり

③カルケドン信条。5世紀

・・・・・・・・神の母なる処女マリヤより生まれたまえり

④アタナシウス信条(トレド会議版)。5~6世紀
・・・・・・・
処女マリヤの胎(異本、胎内において聖化)

 

・キリスト教各派はこのいずれかに依拠。「処女より」という言葉が共通。
主は神の意志で生まれた事の信仰表明。これが2千年間連鎖してきた三位一体の信仰。大脳皮質では把握できず、霊の啓示で初めて共感できる不思議な真理。

・無教会は「聖書自身」が信条。その本質である三位一体の正統信仰を信じることよって2千年の教会史に接続している。

・無教会は内村以来「三位一体」という神学用語を使用せずに、強固な三位一体の信仰に立ってきた。これが無教会の歴史的使命。エクレシアはこの信仰を失うと迷走し、衰退消滅する。

 

●イエスの誕生記事をどうとらえるか・・・目に見えない霊の喜びの表現方法は様々。礼拝、典礼、言葉・・・。マタイ1~2章とルカ2章の誕生記事は、物語(ルカ12)の形式をとった信仰告白(クレド)。「救いが先で聖書は後」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想 終わり

2015_10280011.jpg 

6:10 妻に促されて西に沈む大きな月を見る。

2015_10280012.jpg 

東の空を見る。「アー麗しきシオンの朝」

●次の集会では最後に次の讃美歌を歌う

讃美歌5番


こよなくかしこし わが主のみさかえ
よろずのくにたみ みまえにひれふせ


みことのまにまに ものみな成りけり
みいかりうけなば ものみな消えうせん


塵よりひとをも つくれるみちから
さからうものなく あおがぬものなし


そらよりひろけし わが主のみめぐみ
ときわにたえせじ わが主のみおきて


くにぐにことなる よろずのことばの
たたえのうたごえ みとのをゆるがさん





●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:28
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 4:28

4:28 これを聞くと、礼拝堂にいた者が皆非常に憤慨し、

 

●イエスは「ユダヤ人には分かるまい」と思っていたのでユダヤ人は怒っていた。

 

塚本訳 マタ 13:13-14

13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ。

13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。

 

塚本訳 マコ 4:12

4:12 これは(聖書にあるように)『彼らが見ても見てもわからず、聞いても聞いても悟らないようにする』ためである。『そうでないと、心を入れかえて(わたし[神]に帰り、罪を)赦されるかも知れない。』」

 

塚本訳 ルカ 8:10

8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである。

 

塚本訳 ルカ 22:66-69

22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって

22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、

22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」

 

塚本訳 ヨハ 8:26

8:26 あなた達について言うべきこと、裁くべきことが沢山あるにはあるが。(言ってもなんの役にも立つまい。)それでもわたしを遣わされた方は真実であるから、わたしもその方から聞いたことを、この世に語らないわけにゆかない。(あなた達がわかってもわからなくても。)」

 

塚本訳 ルカ 5:20-23

5:20 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き、中風の者に)言われた、「君、あなたの罪は赦されている。」

5:21 聖書学者とパリサイ人は考え始めた、「冒涜を言うこの人はいったい何者だろう。ただ神のほか、だれが罪を赦せよう。」

5:22 イエスは彼らの考えを見抜いて、「何を心の中で考えているのか。

5:23 あなたの罪は赦されている、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。

 

塚本訳 マタ 26:65-66

26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。

26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420428すると会堂にいた彼らは、これら〔の話〕を聞いて皆憤りに満たされ、

 

新共同訳1987

4:28 これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、

 

前田訳1978 

4:28 それを聞いて会堂にいたものは皆怒りに満ち、

 

新改訳1970

4:28 これらのことを聞くと、会堂にいた人たちはみな、ひどく怒り、

 

塚本訳1963

4:28 これを聞くと、礼拝堂にいた者が皆非常に憤慨し、

 

口語訳1955

4:28 会堂にいた者たちはこれを聞いて、みな憤りに満ち、

 

文語訳1917

"420428","會堂にをる者みな之を聞きて憤恚に滿ち、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 22:11-13

22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て

22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、

22:13 王は家来たちに言った、『あの者の手足を縛って、外の真暗闇に放り出せ。そこでわめき、歯ぎしりするであろう。』

 

塚本訳 ヨハ 8:58-59

8:58 イエスは言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、アブラハムが生まれる前から、わたしはいたのだ。」

8:59 すると彼らは、(自分を神と同じにすると言って、)石を取ってイエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、宮から出てゆかれた。

 

塚本訳 使  13:46

13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

 

口語訳 Ⅱ歴 24:20-21

24:20 そこで神の霊が祭司エホヤダの子ゼカリヤに臨んだので、彼は民の前に立ち上がって言った、「神はこう仰せられる、『あなたがたが主の戒めを犯して、災を招くのはどういうわけであるか。あなたがたが主を捨てたために、主もあなたがたを捨てられたのである』」。

24:21 しかし人々は彼を害しようと計り、王の命によって、石をもって彼を主の宮の庭で撃ち殺した。

 

塚本訳 ルカ 6:11

6:11 彼らは狂わんばかりに怒って、イエスをどうしょうかと話し合った。

 

塚本訳 ルカ 11:53-54

11:53 イエスがそこを出てゆかれると、聖書学者とパリサイ人とは(イエスに対して)ひどく敵意をいだき、いろいろな質問をあびせ始めた。

11:54 あわよくば、その口から何か言葉質をとろうと狙っていたのである。

 

塚本訳 使  5:33

5:33 これを聞いた者たちは真赤になっておこり、彼らを殺そうと思った。

 

塚本訳 使  22:21-23

22:21 主はわたしに言われた、『行け、わたしが君を遠く異教人につかわすのだから。』」

22:22 (静かに聞いていた)人々は、(主から異教人につかわされたのだという)パウロのこの言葉まで聞くと、声を張りあげて言った、「こんな奴は地の上から片付けろ。生かしておいてはならない!」

22:23 こう叫んで、(石打ちをしようと)上着を脱ぎすてたり、砂を空中にまき散らしたりしたので、

 

塚本訳 Ⅰテサ2:15-16

2:15 主イエスをも豫言者をも殺し、また私達(イエスの福音を伝える者)をも迫害した同胞! 神の御意に適わず、凡ての人に敵意をもち、

2:16 私達が異教人の救いのために伝道することを妨げて、いつも自分の『罪の枡目を充たしている』(あの同胞ユダヤ)人達! しかし(神の)御怒りは(今や)遂に彼らに臨んでいる!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ4:28おわり

●8:00 妻は知人と高尾山

●ノジマにプリンターのインクを買いに行く。帰途、桜並木で妻の弁当を食す。
●13:30 ルピアで「あきる野市健康指導教室」個人指導。あと2キロ程度痩せなくてはならない。




トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


信仰のない人の姿・・・しかし神は何とかして救ってくださる・・・ ++++++++ 所感

2015/10/27 06:49

151027(火)●キリスト者の皆様お早うございます●2時半目覚め、11月1日の感話の原稿推敲。

結論⑤(信仰のない人の姿。しかし神はなんとかして救ってくださる。)

 

結論⑤-①)塚本訳 Ⅰコリ2:14

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

結論⑤-②)塚本訳 ヨハ1:7
1:7
というのは、
イエス・キリストが肉体で来られたことを告白しない誘惑者が、多く(この)世に出てきたのである。これが誘惑者であり、また(最後の日に現われるかの)反キリストである。


結論⑤-③)塚本訳 ヨハ2:22-23
2:22
(それならば)だれが嘘つきか。イエスは救世主ではないと否認する者(、
すなわち彼を単なる人間と見る者でなくして、だれであろう)。こんな者こそ反キリストであって、父と(その)子とを否認する者である。
2:23
子を否認する者は皆、父をも持たず、子を公然告白する者は父をも持っている(からである)。

結論⑤-④)塚本訳 ヨハ4:3
4:3
どんな霊でも、
イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。

結論⑤-⑤)塚本訳 コリ12:3
12:3
だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、
神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。


結論⑤-⑥)塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1
イエスは通りがかりに、
生まれつきの盲人を見られた。
9:2
弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。
ただ神の御業がこの人に現われるためである。


結論⑤-⑦)塚本訳ヨハ 6:45
6:45
預言書に、
〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


結論⑤-⑧)塚本訳 ペテ3:8-9
3:8
愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9
主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである


結論⑤-⑧)塚本訳 マタ 15:12-14
15:12
あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13
イエスは答えられた、
「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14
あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」


結論⑤-⑨)塚本訳 Ⅰコリ7:15-16

7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)

7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。


結論⑤-⑩)塚本訳 ルカ 10:10-11

10:10 しかしある町に入ったとき、人が歓迎しないなら、大通りに出て言え、

10:11 わたし達は足についたこの町の埃まで、あなた達に拭いてかえす。(縁を切った証拠だ。)しかし(あなた達には、恐ろしい裁きである)神の国が近づいたことを知れ』と。

 

結論⑥(神は人の罪を贖われた。罪なきイエスの死と復活はその見える徴

 

結論⑥-①)塚本訳 黙 21:6
21:6
そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代(ただ)で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。


結論⑥-②)塚本訳 黙 22:14
22:14
幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)都の門を入る権を得るために、その上衣を洗う者!


結論⑥-③)塚本訳 黙 5:12・・・ヘンデル「メサイア」の最後の大合唱

5:12 大声で(仔羊を讃美して)言うた──屠られ給うた仔羊こそ、権能と富と知恵と権力と栄誉と栄光と讃美とを受くるに相応(ふさ)いたもう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想、お勤め終わり。

●10:30 あきる野市癌健診。胃、肺、前立腺、大腸。2600円。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:27
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 4:27

4:27 また預言者エリシャの時、イスラエル人の中に多くの癩病人がいたのに、そのだれも清まらず、(異教人である)シリヤ人ナアマンだけがきよまった。(神の恵みはかえって異教人に与えられる。)」

 

●神の恵みは意外な人に注がれる。福音はユダヤ人がはねつけたので異教に流れた。

 

塚本訳 マタ 15:22-28

15:22 すると、その地方生まれの一人のカナンの女が出てきて叫んだ、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲を。娘がひどく悪鬼に苦しめられています。」

15:23 しかしイエスは一言も答えられなかった。弟子たちが来て、願って言った、「願いをかなえてやって、(早く)この女を追い払ってください。どなりながらついて来ますから。」

15:24 イエスは答えられた、「わたしはイスラエルの家のいなくなった羊だけにしか、遣わされていない。」

15:25 するとその女が来て、しきりに願って言った、「主よ、お助けください。」

15:26 イエスは答えられた、「子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」

15:27 しかし女は言った、「主よ、是非どうぞ!小犬どもも、御主人の食卓から落ちるパン屑をいただくのですから。」

15:28 そこでイエスは答えられた、「ああ、女の人、りっぱな信仰だ。願いどおりに成れ。」すると、ちょうどその時から、娘は直った。

 

塚本訳 使  13:46

13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

 

塚本訳 ロマ 9:14-18

9:14 するとどういうことになるのだろうか。神に不公平でもあるのか。もちろん、そんなことはない。

9:15 その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、『わたしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす』と。

9:16 従って(憐れみも慈悲も、)それは(人間の)願望にも努力にもよらず、ただ神の憐れみによるのである。

9:17 (反対に、憐れみを奪われる場合も同じである。)現に聖書は、パロ[エジプト王]にこう(神が仰せられたと)言っているではないか、』わたしがあなたを(王として)立てたのは、(あなたの心を頑固にして私の命令にそむかせ、)あなたによってわたしの力を示すため、また、わたしの名が全世界に知れわたるため、ただそのためであった』と。

9:18 従って神は思うままに、ある人を憐れみ、ある人を、』頑固にされる』(ことは明らかである。)

 

塚本訳 ロマ 9:25-33

9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』

9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』

9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。

9:28 なぜなら主は(間もなく約束の)御言葉を完了し打ち切って、(裁きと救いとを)地上に実現されるからである。』

9:29 さらにイザヤは前もってこう言われている。『もし万軍の主がわたし達に(まことのイスラエルの)子孫を残されなかったなら、わたし達はソドムのようになりゴモラと同じになっ(て滅び)たにちがいない。』

9:30 すると、どういうことになるのだろうか。義を追い求めなかった異教人が(かえって)義を勝ち取った。すなわち(行いによらない)信仰による義である。

9:31 反対に、イスラエル人は義を約束する律法を(熱心に)追い求めたが、(ついに)律法に(よって義に)達することができなかったのであるが。

9:32 なぜか。イスラエル人は信仰によってでなく行いによって(義とされ得るか)のように考え(て、追い求め)たからである。彼らは』躓きの石に『躓いた。

9:33 (聖書に)書いてあるとおりである。『見よ、』『躓きの石と邪魔の岩とを』『シオンに』置く、『これを信ずる者は恥をかかないであろう。』

 

口語訳 エゼ 20:9

20:9 しかしわたしはわたしの名のために行動した。それはエジプトの地から彼らを導き出して、周囲に住んでいた異邦人たちに、わたしのことを知らせ、わたしの名が彼らの目の前に、はずかしめられないためである。

 

口語訳 エゼ 20:14

20:14 わたしはわたしの名のために行動した。それはわたしが彼らを導き出して見せた異邦人の前に、わたしの名が汚されないためである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420427また、預言者エリシャの頃、イスラエルには多くのらい病者がいたが、彼らのうち清められた者は一人もなく、ただ、シリア人ナアマンのみ〔が清められた〕」。

 

新共同訳1987

4:27 また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった。」

 

前田訳1978

4:27 また、預言者エリシャのときイスラエルにらい者は多かったのに、清められたのはそのいずれでもなく、シリアのナアマンだけであった」と。

 

新改訳1970

4:27 また、預言者エリシャのときに、イスラエルには、らい病人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリヤ人ナアマンだけがきよめられました。」

 

塚本訳1963

4:27 また預言者エリシャの時、イスラエル人の中に多くの癩病人がいたのに、そのだれも清まらず、(異教人である)シリヤ人ナアマンだけがきよまった。(神の恵みはかえって異教人に与えられる。)」

 

口語訳1955

4:27 また預言者エリシャの時代に、イスラエルには多くのらい病人がいたのに、そのうちのひとりもきよめられないで、ただシリヤのナアマンだけがきよめられた」。

 

文語訳1917

"420427","また預言者エリシヤの時、イスラエルの中に多くの癩病人ありしが、其の一人だに潔められず、唯シリヤのナアマンのみ潔められたり』"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 ロマ 9:15

9:15 その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、『わたしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす』と。

 

口語訳 Ⅰ列 19:19-21

19:19 さてエリヤはそこを去って行って、シャパテの子エリシャに会った。彼は十二くびきの牛を前に行かせ、自分は十二番目のくびきと共にいて耕していた。エリヤは彼のかたわらを通り過ぎて外套を彼の上にかけた。

19:20 エリシャは牛を捨て、エリヤのあとに走ってきて言った、「わたしの父母に口づけさせてください。そして後あなたに従いましょう」。エリヤは彼に言った、「行ってきなさい。わたしはあなたに何をしましたか」。

19:21 エリシャは彼を離れて帰り、ひとくびきの牛を取って殺し、牛のくびきを燃やしてその肉を煮、それを民に与えて食べさせ、立って行ってエリヤに従い、彼に仕えた。

 

塚本訳 マタ 12:4

12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。

 

口語訳 Ⅱ列 5:1-27

5:1 スリヤ王の軍勢の長ナアマンはその主君に重んじられた有力な人であった。主がかつて彼を用いてスリヤに勝利を得させられたからである。彼は大勇士であったが、らい病をわずらっていた。

5:2 さきにスリヤびとが略奪隊を組んで出てきたとき、イスラエルの地からひとりの少女を捕えて行った。彼女はナアマンの妻に仕えたが、

5:3 その女主人にむかって、「ああ、御主人がサマリヤにいる預言者と共におられたらよかったでしょうに。彼はそのらい病をいやしたことでしょう」と言ったので、

5:4 ナアマンは行って、その主君に、「イスラエルの地からきた娘がこういう事を言いました」と告げると、

5:5 スリヤ王は言った、「それでは行きなさい。わたしはイスラエルの王に手紙を書きましょう」。そこで彼は銀十タラントと、金六千シケルと、晴れ着十着を携えて行った。

5:6 彼がイスラエルの王に持って行った手紙には、「この手紙があなたにとどいたならば、わたしの家来ナアマンを、あなたにつかわしたことと御承知ください。あなたに彼のらい病をいやしていただくためです」とあった。

5:7 イスラエルの王はその手紙を読んだ時、衣を裂いて言った、「わたしは殺したり、生かしたりすることのできる神であろうか。どうしてこの人は、らい病人をわたしにつかわして、それをいやせと言うのか。あなたがたは、彼がわたしに争いをしかけているのを知って警戒するがよい」。

5:8 神の人エリシャは、イスラエルの王がその衣を裂いたことを聞き、王に人をつかわして言った、「どうしてあなたは衣を裂いたのですか。彼をわたしのもとにこさせなさい。そうすれば彼はイスラエルに預言者のあることを知るようになるでしょう」。

5:9 そこでナアマンは馬と車とを従えてきて、エリシャの家の入口に立った。

5:10 するとエリシャは彼に使者をつかわして言った、「あなたはヨルダンへ行って七たび身を洗いなさい。そうすれば、あなたの肉はもとにかえって清くなるでしょう」。

5:11 しかしナアマンは怒って去り、そして言った、「わたしは、彼がきっとわたしのもとに出てきて立ち、その神、主の名を呼んで、その箇所の上に手を動かして、らい病をいやすのだろうと思った。

5:12 ダマスコの川アバナとパルパルはイスラエルのすべての川水にまさるではないか。わたしはこれらの川に身を洗って清まることができないのであろうか」。こうして彼は身をめぐらし、怒って去った。

5:13 その時、しもべたちは彼に近よって言った、「わが父よ、預言者があなたに、何か大きな事をせよと命じても、あなたはそれをなさらなかったでしょうか。まして彼はあなたに『身を洗って清くなれ』と言うだけではありませんか」。

5:14 そこでナアマンは下って行って、神の人の言葉のように七たびヨルダンに身を浸すと、その肉がもとにかえって幼な子の肉のようになり、清くなった。

5:15 彼はすべての従者を連れて神の人のもとに帰ってきて、その前に立って言った、「わたしは今、イスラエルのほか、全地のどこにも神のおられないことを知りました。それゆえ、どうぞ、しもべの贈り物を受けてください」。

5:16 エリシャは言った、「わたしの仕える主は生きておられる。わたしは何も受けません」。彼はしいて受けさせようとしたが、それを拒んだ。

5:17 そこでナアマンは言った、「もしお受けにならないのであれば、どうぞ騾馬に二駄の土をしもべにください。これから後しもべは、他の神には燔祭も犠牲もささげず、ただ主にのみささげます。

5:18 どうぞ主がこの事を、しもべにおゆるしくださるように。すなわち、わたしの主君がリンモンの宮にはいって、そこで礼拝するとき、わたしの手によりかかることがあり、またわたしもリンモンの宮で身をかがめることがありましょう。わたしがリンモンの宮で身をかがめる時、どうぞ主がその事を、しもべにおゆるしくださるように」。

5:19 エリシャは彼に言った、「安んじて行きなさい」。ナアマンがエリシャを離れて少し行ったとき、

5:20 神の人エリシャのしもべゲハジは言った、「主人はこのスリヤびとナアマンをいたわって、彼が携えてきた物を受けなかった。主は生きておられる。わたしは彼のあとを追いかけて、彼から少し、物を受けよう」。

5:21 そしてゲハジはナアマンのあとを追ったが、ナアマンは自分のあとから彼が走ってくるのを見て、車から降り、彼を迎えて、「変った事があるのですか」と言うと、

5:22 彼は言った、「無事です。主人がわたしをつかわして言わせます、『ただいまエフライムの山地から、預言者のともがらのふたりの若者が、わたしのもとに来ましたので、どうぞ彼らに銀一タラントと晴れ着二着を与えてください』」。

5:23 ナアマンは、「どうぞ二タラントを受けてください」と言って彼にしい、銀二タラントを二つの袋に入れ、晴れ着二着を添えて、自分のふたりのしもべに渡したので、彼らはそれを負ってゲハジの先に立って進んだが、

5:24 彼は丘にきたとき、それを彼らの手から受け取って家のうちにおさめ、人々を送りかえしたので、彼らは去った。

5:25 彼がはいって主人の前に立つと、エリシャは彼に言った、「ゲハジよ、どこへ行ってきたのか」。彼は言った、「しもべはどこへも行きません」。

5:26 エリシャは言った、「あの人が車をはなれて、あなたを迎えたとき、わたしの心はあなたと一緒にそこにいたではないか。今は金を受け、着物を受け、オリブ畑、ぶどう畑、羊、牛、しもべ、はしためを受ける時であろうか。

5:27 それゆえ、ナアマンのらい病はあなたに着き、ながくあなたの子孫に及ぶであろう」。彼がエリシャの前を出ていくとき、らい病が発して雪のように白くなっていた。

 

口語訳 Ⅰ列 17:9

17:9 「立ってシドンに属するザレパテへ行って、そこに住みなさい。わたしはそのところのやもめ女に命じてあなたを養わせよう」。

 

口語訳 Ⅱ列 5:14

5:14 そこでナアマンは下って行って、神の人の言葉のように七たびヨルダンに身を浸すと、その肉がもとにかえって幼な子の肉のようになり、清くなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新約聖書一日一節黙想 ルカ4:27終わり

 



トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


反キリストの霊は放っておけ・・・三位一体の正統信仰の秘儀は神が教える・・・ ++++++++ 所感

2015/10/26 06:07

151026(月)キリスト者の皆様お早うございます。朝の啓示「反キリストの霊は放っておけ・・・三位一体の正統信仰の秘儀は神が教える・・・」●次回11月1日の感話準備をする。三位一体の正統信仰に反する「反キリスト」の霊の見分け方は簡単である。自分のやっていることに対する「弁解」が多い。キリストの匂いがしない。●昨日は文京シビックホールでモーツァルトのミサ曲ハ短調を鑑賞した。ミサ曲には「信仰告白(クレド)」があるが、無教会における藝術表現は何であろうかと考えた。それは生活を通しての「聖書読み」であると思う。その意味でバッハのカンタータ147番「心と口と行いと行いで」はぴったりする。●嫁(教会のオルガニスト)の一人が「お父様この言葉は無教会のようですね」と言ってくれたのはうれしかった。●次回11月1日の私の集会感話は「イエスの誕生のお告げ(ルカ1:26-38)であるが、これを「聖書で聖書を読む」。これ無教会の儀式(サクラメント)だ。●その一部分に「反キリストの霊は神が教える」ということを加える。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 Ⅱヨハ1:7
1:7 というのは、イエス・キリストが肉体で来られたことを告白しない誘惑者が、多く(この)世に出てきたのである。これが誘惑者であり、また(最後の日に現われるかの)反キリストである。


塚本訳 Ⅰヨハ2:22-23
2:22 (それならば)だれが嘘つきか。イエスは救世主ではないと否認する者(、すなわち彼を単なる人間と見る者でなくして、だれであろう)。こんな者こそ反キリストであって、父と(その)子とを否認する者である。
2:23 子を否認する者は皆、父をも持たず、子を公然告白する者は父をも持っている(からである)。

塚本訳 Ⅰヨハ4:3
4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである


塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、
神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。三位一体の正統信仰の秘儀は神が教える




トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


肉体の衰えと霊の希望・・・聖書の励まし・・・ ++++++++ 所感

2015/10/25 05:24

151025(日)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は集会の責任者から、11月1日の高橋と共に感話の予定をしている人が御高齢なので体調に不具合があったら、高橋が感話の時間を延長せよと命令があった。そこで今朝は「肉体の衰えと霊の希望」について聖書に励まされるところを掲げてみよう。順不同、思いつくまま。

塚本訳 マタ 6:26-27
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか

塚本訳 マタ 10:29
10:29は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか
。」



塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

塚本訳 Ⅱコリ4:6-10
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。
4:8 わたし達はあらゆることで悩まされる、しかし行き詰まらない。当惑する、しかし絶望しない。
4:9 迫害される、しかし(神に)見捨てられない。打ち倒される、しかし死にはしない。
4:10 わたし達はいつもイエスの死の苦しみを体に受けて持ち回っている。それはわたし達の体にイエスの命も現れるためである。

塚本訳 ピリ 3:21
3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ヘブ 11:34-36
11:34 (あるいは)火の力を消して(害を受けず、あるいは)剣の刃を免れ、(あるいは霊肉の)弱い状態から強くされ、(あるいは)戦に強くなり、(あるいは)敵軍を打ち負かした。
11:35 婦人たちはその死んだ者を復活させてもらった。しかしほかの(男の)人々は、それにまさる復活に達するため、釈放を願わずに、車裂きにされた。
11:36 また他の人々は、嘲りや鞭打ちや、そのほか縄目や牢の試みを受けた

塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 コロ 3:2-4
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)
私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


塚本訳 Ⅰテサ4:14
4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから

塚本訳 Ⅰコリ6:14
6:14 そして神は主を生きかえさらせたばかりか、(最後の日には)わたし達(の体)をも御力をもって生きかえらせてくださるのである


塚本訳 ロマ 8:23
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達
のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

塚本訳 Ⅰペテ1:3-5
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、
1:4 君達のために天に保管されている、朽ちぬ、穢れぬ、萎まぬ相続財産に与らせ給うたのである。
1:5 (そして)君達は
最後の時に顕れる準備の(既に)出来ている救いに入るために、信仰によって神の力に護られる。

塚本訳 ロマ 8:38-39
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 ロマ 12:11-12
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。
12:12 希望をもって喜び、苦難に耐え、たゆまず祈れ

塚本訳 Ⅰコリ13:12-13
13:12 わたし達はいまは(何事も)鏡でおぼろに見ているが、(完全なものが来る)その時には、顔と顔と相対してみるのである。いまはわたしは部分的に知っているが、その時には、(今神に)知りつくされているからそのようにわたしも知りつくすであろう。
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳 Ⅰコリ15:25-26
15:25 彼はすべての『敵を(征服して)足の下に置く』(まで、地上に)王であらねばならないからである。
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされる。

塚本訳 Ⅰコリ15:53-58
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。
15:56 ──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。──
15:57 しかし神に感謝あれ、勝利をわたし達の主イエス・キリストによってわたし達にお与えになる神に!
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 Ⅰコリ15:19-20
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

塚本訳 Ⅰテサ5:8-10
5:8 しかし私達は昼の者だから、信仰と愛の『鎧と、救いの』希望の『兜とに身を固め』て、白面でいようではないか。
5:9 何故なら神が私達に定め給うた運命は御怒りによる滅亡でなく、私達の主イエス・キリストによって救いを得ることであるから。
5:10 主は、私達が(その日)目を覚ましていても(あるいは既に墓に)眠っていても
、(皆等しく)彼と共に生きることが出来るように、私達のために死に給うたのである。

塚本訳 ピリ 3:20
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである


塚本訳 ヘブ 10:24-25
10:24 また、わたし達は愛と善い業とを励まし合うように互に心掛けようではないか。(堅い信仰と動かぬ希望と愛の励み、この三つこそ最も尊い神の賜物である。)
10:25 (また、)ある人々がするように、集会を怠けず、むしろ互に勧め(合って出席す)るようにしなくてはいけない。その日が近づいていることをあなた達は知っているから、いよいよそうしなくては!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。信仰で生き抜く。信仰で突破。第4コーナーは回った。美しく駆けぬく。花と散る。

●10:00 妻と集会へ 川上(司会)、高橋トミ子(救われる者は少ないか。全国集会報告)、横田(教会史、スコラ哲学)
●14:00 第42回塚本先生記念会。27名。塚本先生を知る人が少なくなった。

2015_10250001.jpg 

●17:00 第4回TGY合唱団演奏会。指揮山本義人に妻と行く。文京シビックホール
ベートーヴェン 合唱幻想曲、モーツァルトミサ曲ハ短調

2015_10250002.jpg 

文京シビックホールは客席の背もたれに空調の吹き出し口がある。

2015_10250003.jpg 

文京シビックホールのロビーデザインンはグッド。池袋の芸術劇場よりもよい。



トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


失敗の人生・・・三位一体の救いは要求・・・ ++++++++ 所感

2015/10/24 05:41

151024(土)キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「失敗の人生・・・三位一体の救いは要求・・・」●来る11月1日は「イエス誕生のお告げ」(ルカ1:26-38)を読む●三位一体の救いは頭で理解することは困難だが、人生を失敗して汚れた過去を持つ人にとっては三位一体の救いは「要求」である。そういう人はなりふり構わず救いを必死に求めるものだ。神はその涙の人を愛して三位一体の秘儀を示し、清めて天国の正客とされる。●今朝はそのことを黙想してみよう。

塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている

塚本訳 ルカ 5:30-32
5:30 パリサイ人とパリサイ派の聖書学者が弟子たちに向かってつぶやいた、「なぜあなた達は税金取りや罪人と一しょに飲み食いするのか。」
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 マタ 11:3-5
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 ルカ 7:37-50
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。
7:39 イエスを招待したパリサイ人が見て、ひそかに思った、「もしもこの人が(ほんとうの)預言者だったら、自分にさわっている者がだれだか、どんな女だか、──罪の女だと分るはずであるのに!」
7:40 イエスが言われた、「シモン、あなたに言わねばならぬことがある。」彼が言う、「先生、言ってください。」イエスが言われる、
7:41 「ある金貸しに二人の債務者があった。一人は五百デナリ(二十五万円)、一人は五十デナリ(二万五千円)を借りていた。
7:42 返すことができないので、金貸しは二人(の借金)をゆるしてやった。とすると、二人のうち、どちらが余計に金貸しを愛するだろうか。」
7:43 シモンが答えた、「余計にゆるしてもらった方だと思います。」イエスは「あなたの判断は正しい」と言って、
7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。
7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかし
イエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

塚本訳 マタ 26:10-13
26:10 それと知ってイエスは言われた、「なぜこの婦人をいじめるのか。わたしに良いことをしてくれたではないか
26:11 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも(一しょに)いるわけではない。
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。この福音を告げるために長生きしたい。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:25
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






塚本訳 ルカ 4:25

4:25 本当にわたしは言う、(郷里でえらい働きをした預言者がどこにあるか。預言者)エリヤの時代に、三年六か月、天が閉じて(雨が降らず、)国中に大飢饉があった際、イスラエル人の中に多くの寡婦がいたのに、

 

●預言者は故郷では尊敬されず、キリスト者は身内には受け入れられない宿命

 

塚本訳 マタ 5:10-12

5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。

5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。

5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

 

塚本訳 マタ 10:21-25

10:21 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。

10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。

10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)

10:25 弟子は先生のよう、僕は主人のようであれば、それで満足すべきである。家の主人(たるわたし)が(悪鬼の頭)ベルゼブルと(悪口を)言われたのだから、その家族(たるあなた達)はなおさらのことである。

 

塚本訳 マタ 10:34-36

10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。

10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。

10:36 『家族が自分の敵となろう。』

 

塚本訳 マタ 10:12-14

10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。

10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)

10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

 

塚本訳 マコ 3:21

3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

 

塚本訳 使  13:45-46

13:45 すると(神の言葉は自分たちだけのものと思っていた)ユダヤ人たちは、(異教人の)群衆を見て嫉妬にかられ、(イエスを)冒涜しながら、パウロの話すことに反対した。

13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

 

塚本訳 使  10:38-39

10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。

 

塚本訳 マコ 7:26-28

7:26 この女は異教人で、スロフェニキア生まれであったが、娘から悪鬼を追い出してほしいとイエスに願った。

7:27 女に言われた、「まず子供たち(イスラエル人)を満腹させなくてはいけない。子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」

7:28 しかし女は答えた、「主よ、是非どうぞ!食卓の下の小犬どもも、子供さんたちのパン屑をいただきます。」

 

口語訳 Ⅰ列 17:1

17:1 ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう」。

 

口語訳 Ⅰ列 18:1-2

18:1 多くの日を経て、三年目に主の言葉がエリヤに臨んだ、「行って、あなたの身をアハブに示しなさい。わたしは雨を地に降らせる」。

18:2 エリヤはその身をアハブに示そうとして行った。その時、サマリヤにききんが激しかった。

 

塚本訳 ヤコ 5:17

5:17 エリヤは私達と同じ(ただの)人間であるが、雨が降らないように切に祈ると、地上に三年六か月雨が降らなかった。

 

塚本訳 黙  11:6

11:6 彼らはその預言する日の間雨を降らせぬ(ようにする)ため、天を閉ずる権力を有っている。また彼らは水を変えて血となし、また思うままに(何時でも)幾度でも、あらゆる災厄を以て地を撃つ権力を有っている。

 

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420425また、まことに私はあなたたちに言う、エリヤの時代にイスラエルには多くの寡婦がいた。そのとき、天は三年と六月の間閉じられ、大飢饉が全地を襲った。

 

新共同訳1987

4:25 確かに言っておく。エリヤの時代に三年六か月の間、雨が降らず、その地方一帯に大飢饉が起こったとき、イスラエルには多くのやもめがいたが、

 

前田訳1978

4:25 本当に、エリヤの時代、三年六か月の間天が閉じて雨がなく、全国に大飢饉があったとき、イスラエルにやもめは多かったのに、

 

新改訳1970

4:25 わたしが言うのは真実のことです。エリヤの時代に、三年六か月の間天が閉じて、全国に大ききんが起こったとき、イスラエルにもやもめは多くいたが、

 

塚本訳1963

4:25 本当にわたしは言う、(郷里でえらい働きをした預言者がどこにあるか。預言者)エリヤの時代に、三年六か月、天が閉じて(雨が降らず、)国中に大飢饉があった際、イスラエル人の中に多くの寡婦がいたのに、

 

口語訳1955

4:25 よく聞いておきなさい。エリヤの時代に、三年六か月にわたって天が閉じ、イスラエル全土に大ききんがあった際、そこには多くのやもめがいたのに、

 

文語訳1917

"420425","われ實をもて汝らに告ぐ、エリヤのとき三年六个月、天とぢて、全地大なる饑饉なりしが、イスラエルの中に多くの寡婦ありたれど、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 6:5-6

6:5 (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。

6:6 イエスは人々の不信仰に驚かれた。それから村々をぐるぐる回りながら教えられた。

 

塚本訳 マタ 13:57-58

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

13:58 彼らの不信仰のゆえに、そこではあまり奇蹟を行われなかった。(出来なかったのである。)

 

塚本訳 ヨハ 8:59

8:59 すると彼らは、(自分を神と同じにすると言って、)石を取ってイエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、宮から出てゆかれた。

 

塚本訳 使  7:55-58

7:55 しかしステパノは聖霊に満ちて天をじっと見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見ると、

7:56 「おお、天が開けた、人の子が見える、神の右に立っておられる!」と言った。

7:57 すると彼らは大声で叫び、(冒涜の言葉を聞くまいとして)耳をふさぎ、一せいに襲いかかって、

7:58 彼を町の外に突き出し、石で打ち殺した。証人たちはぬいだ上着をサウロという青年の足下に置い(て、番をさせ)た。

 

塚本訳 マコ 7:26-28

7:26 この女は異教人で、スロフェニキア生まれであったが、娘から悪鬼を追い出してほしいとイエスに願った。

7:27 女に言われた、「まず子供たち(イスラエル人)を満腹させなくてはいけない。子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」

7:28 しかし女は答えた、「主よ、是非どうぞ!食卓の下の小犬どもも、子供さんたちのパン屑をいただきます。」

 

口語訳 Ⅰ列 17:1

17:1 ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう」。

 

口語訳 Ⅰ列 18:1-2

18:1 多くの日を経て、三年目に主の言葉がエリヤに臨んだ、「行って、あなたの身をアハブに示しなさい。わたしは雨を地に降らせる」。

18:2 エリヤはその身をアハブに示そうとして行った。その時、サマリヤにききんが激しかった。

 

塚本訳 ヤコ 5:17

5:17 エリヤは私達と同じ(ただの)人間であるが、雨が降らないように切に祈ると、地上に三年六か月雨が降らなかった。

 

塚本訳 黙  11:6
11:6 彼らはその預言する日の間雨を降らせぬ(ようにする)ため、天を閉ずる権力を有っている。また彼らは水を変えて血となし、また思うままに(何時でも)幾度でも、あらゆる災厄を以て地を撃つ権力を有っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ4:25 おわり

トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


わが民を慰めよ・・・救いの道は開かれた・・・ ++++++++ 所感

2015/10/23 05:48

151023(金)朝の啓示「わが民を慰めよ・・・救いの道は開かれた・・・」●3時半、ガバッと起きて気合を入れてパソコンに向かう。

口語訳 イザ 40:1-2
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。

塚本訳 ルカ 4:17-19
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

塚本訳 マタ 11:3-5
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。


塚本訳 マタ 11:27-28
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。


塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」


塚本訳 ロマ 3:23-24
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

塚本訳 マタ 20:28
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ルカ 5:30-32
5:30 パリサイ人とパリサイ派の聖書学者が弟子たちに向かってつぶやいた、「なぜあなた達は税金取りや罪人と一しょに飲み食いするのか。」
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想おわり。イザヤ書40:1-2が残る生涯の方針になった。


文語訳 イザヤ書40:1-2
40:1 なんぢらの神いひたまはく なぐさめよ汝等わが民をなぐさめよ
40:2 懇ろにヱルサレムに語り之によばはり告よ その服役の期すでに終り その咎すでに赦されたり そのもろもろの罪によりてヱホバの手よりうけしところは倍したり


口語訳 イザ 40:1-2
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。


新改訳 イザ 40:1-2
40:1 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。
40:2 「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」


新共同 イザ 40:1-2
40:1 慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。
40:2 エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。


NKJV イザ 40:1-2
40:1 "Comfort, yes, comfort My people!"Says your God.
40:2 "Speak comfort to Jerusalem, and cry out to her,
That her warfare is ended,That her iniquity is pardoned;For she has received from the Lord's handDouble for all her sins."


TEV イザ 40:1-2
40:1 "Comfort my people," says our God. "Comfort them!
40:2 Encourage the people of Jerusalem. /
Tell them they have suffered long enough /and their sins are now forgiven. /I have punished them in full for all their sins."



45歳の時から始めた「聖書で聖書を読む」のデータ作成が72歳の今日、ようやく完成した。万歳三唱。私にとっての三種の神器はBbB、TSK、黒崎。 これは日本のキリスト者の信仰の足腰を強くする杭打ち工事であった。自画自賛であるが自称「後世への最大遺物」(内村鑑三)である。
ヒルティの幸福論Ⅱに「孫たちに幸あれ」があって、それは「孫は聖書に導け」ということである。それは「主の言葉」に導く事である。孫たちもこの三種の神器に導かれてほしい。
肩の荷が下りた。いつ死んでもよい。今後はこの三種の神器を使って「聖書で聖書を読む」方法に生き、また発信したい。




●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:24
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 4:24

4:24 また言われた、「アーメン、わたしは言う、いかなる預言者も、その郷里では歓迎されない。

 

●家族、職場、教会、エクレシア内でも同じ

●なぜそういうことになるのか。

●我々が神に密着していると、この世は我々を憎む。それはこの世は神を憎むからである。

 

塚本訳 マタ 10:23-27

10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。

10:24 弟子は先生以上でなく、僕は主人以上ではない。(だからあなた達が迫害されるのは当り前である。)

10:25 弟子は先生のよう、僕は主人のようであれば、それで満足すべきである。家の主人(たるわたし)が(悪鬼の頭)ベルゼブルと(悪口を)言われたのだから、その家族(たるあなた達)はなおさらのことである。

10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。

10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

 

塚本訳 マタ 10:34-37

10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。

10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。

10:36 『家族が自分の敵となろう。』

10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

 

塚本訳 ヨハ 7:7

7:7 この世はあなた達を憎むことはできないが、わたしを憎む。(あなた達はこの世のものだが、)わたしはこの世の(ものではなく、この世の人々の)することを悪いとはっきり言うからだ。

 

塚本訳 ヨハ 15:19

15:19 もしあなた達がこの世のものであったら、この世は自分のもの(であるあなた達を)愛するはずである。しかしあなた達は(もはや)この世のものではなく、わたしがこの世から選び出したのだから、この世はあなた達を憎むのである。

 

塚本訳 ヨハ 15:21-23

15:21 ところが、彼らはあなた達がわたしの弟子であるために、(憎み、迫害など)すべてこれらのことを、あなた達にするであろう。わたしを遣わされた方を知らないからである。

15:22 もしわたしが(この世に)来て(何も)語らなかったら、(父上を知らぬことについて)彼らに罪はなかったが、(すでにわたしからそれを聞いた)今は、(父上に対し)その罪の弁解はできない。

15:23 わたしを憎む者は父上をも憎むのであるから。

 

塚本訳 Ⅰヨハ3:13-15

3:13 世があなた達を憎むことを、兄弟たちよ、驚くに及ばない。

3:14 わたし達は(神の子を信ずると同時に、もといた悪魔の支配する)死(と憎みとの世界)から、命(と愛との世界)に移っていることを知っている。なぜなら、わたし達は兄弟を愛するからである。愛しない者は(今もなお)死に留っている。

3:15 兄弟を憎む者は皆、人殺しである。そして、すべて人殺しには、永遠の命が留っていないことを、あなた達は知っている。

 

塚本訳 ロマ 8:4-8

8:4 これはわたし達が(もはや)肉によって歩かず、霊によって歩き、律法の要求することがわたし達において完全に果たされるためである。

8:5 なぜ(霊によって歩けばそれができる)か。肉による者[生まれながらの人]は肉のことを追い求めるが、霊による者[キリストを信ずる者]は霊のことを追い求めるからである。

8:6 肉を追い求めることは死をもたらすが、霊を追い求めることは命と平安とをもたらすからである。

8:7 というのは、肉を追い求めることは神への敵対である。肉は神の律法に服従せず、服従することも出来ないからである。

8:8 肉にある者は神をお喜ばせすることは出来ない。

 

塚本訳 ヨハ 3:18-21

3:18 彼を信ずる者は罰されない。信じない者は(今)すでに罰されている。彼を神の独り子として信じていないからである。

3:19 すなわち、光が世に来たのに、人々は自分たちの行いが悪いので、光よりも暗さの方を愛したこと、それが罰である。

3:20 悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。

3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」

 

塚本訳 ヨハ 3:18-21

3:18 彼を信ずる者は罰されない。信じない者は(今)すでに罰されている。彼を神の独り子として信じていないからである。

3:19 すなわち、光が世に来たのに、人々は自分たちの行いが悪いので、光よりも暗さの方を愛したこと、それが罰である。

3:20 悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。

3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420424彼はまた言った、「アーメン、私はあなたたちに言う、自分の故郷で受け入れられる預言者は一人もいない。

 

新共同訳1987

4:24 そして、言われた。「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。

 

前田訳1978

4:24 そしていわれた、「本当にいう、どの預言者も故郷ではもてはやされない。

 

新改訳1970

4:24 また、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。預言者はだれでも、自分の郷里では歓迎されません。

 

塚本訳1963

4:24 また言われた、「アーメン、わたしは言う、いかなる預言者も、その郷里では歓迎されない。

 

口語訳1955

4:24 それから言われた、「よく言っておく。預言者は、自分の郷里では歓迎されないものである。

 

文語訳1917

"420424","また言ひ給ふ『われ誠に汝らに告ぐ、預言者は己が郷にて喜ばるることなし。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 6:3-5

6:3 これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。)

6:4 イエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と親族と家族のところだけである。」

6:5 (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。

 

塚本訳 マタ 13:55-58

13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。

13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

13:58 彼らの不信仰のゆえに、そこではあまり奇蹟を行われなかった。(出来なかったのである。)

 

塚本訳 ヨハ 8:55-59

8:55 あなた達はその方を知らない。わたしは知っている。もしわたしが『知らない』と言えば、あなた達と同じく嘘つきになろう。わたしはその方を知っており、またその言葉を守っている(からだ)。

8:56 あなた達の父アブラハムは、生きてわたしの日、(わたしが来て神の契約を成就するその日)を見ることを、楽しみにしていた。そして(実際)それを見て、喜んだ。」

8:57 するとユダヤ人がイエスに言った、「君はまだ五十にもならないのに、アブラハムに会ったのか。」

8:58 イエスは言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、アブラハムが生まれる前から、わたしはいたのだ。」

8:59 すると彼らは、(自分を神と同じにすると言って、)石を取ってイエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、宮から出てゆかれた。

 

塚本訳 ロマ 6:13-14

6:13 またあなた達の肢体を不道徳の武器にして罪にまかせていてはならない。あなた達は死人の中から命によみがえった者であるから、自分を神に、すなわち自分の肢体を義の武器にして神にまかせよ。

6:14 なぜなら、罪はもうあなた達の主人として支配することはないからである。あなた達は律法の下にいるのでなく、恩恵の下にいるのである。

 

塚本訳 ロマ 6:16-18

6:16 あなた達はこのことを知らないのか。──奴隷として服従するためにある人に自分をまかせれば、あなた達は服従するその人の奴隷であって、罪の奴隷になって死ぬか、それとも、(神に)従順の奴隷になって義とされ(て生き)るか、どちらかである。

6:17 しかし神に感謝する、あなた達は(かつて)罪の奴隷であったが、(神から信仰の)教えの型に入れられて心からそれに服従し、

6:18 罪(の奴隷たる身分)から自由にされて、義の奴隷にしていただいたのである。

 

塚本訳 ロマ 6:16-18

6:16 あなた達はこのことを知らないのか。──奴隷として服従するためにある人に自分をまかせれば、あなた達は服従するその人の奴隷であって、罪の奴隷になって死ぬか、それとも、(神に)従順の奴隷になって義とされ(て生き)るか、どちらかである。

6:17 しかし神に感謝する、あなた達は(かつて)罪の奴隷であったが、(神から信仰の)教えの型に入れられて心からそれに服従し、

6:18 罪(の奴隷たる身分)から自由にされて、義の奴隷にしていただいたのである。

 

塚本訳 使  22:1-4

22:1 「兄弟の方々、お父さん方、聞いてください、今弁明します。」──

22:2 ヘブライ語で話しかけるのを聞くと、人々はますます静かになった。パウロは言う。──

22:3 「わたしはキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この(エルサレムの)都で育てられ、ガマリエル(先生)の膝下で先祖の律法によって厳格な教育をうけ、今日の皆さんと同様、神に対して熱心家でありました。

22:4 わたしはこの(キリストの)道を迫害し、男女の別なく(信者を)しばって牢に入れ、殺すことをも辞さなかったのであります。

 

塚本訳 使  22:18-22

22:18 主にお目にかかった。主は言われた、『急いで、すぐさまエルサレムを出てゆけ。ここの人々は君がわたしの証しをしても、受け入れないのだから。』

22:19 しかしわたしはこたえた、『主よ、このわたしは、(今まで)あなたを信ずる者を牢に入れたり礼拝堂で打たせたりしていたことが、あの人たちにはわかっております。

22:20 またあなたの殉教者ステパノの血が流された時、わたしもそばに立っていてそれに賛成し、ステパノをやっつける人たちの上着の番をしていました。』

22:21 主はわたしに言われた、『行け、わたしが君を遠く異教人につかわすのだから。』」

22:22 (静かに聞いていた)人々は、(主から異教人につかわされたのだという)パウロのこの言葉まで聞くと、声を張りあげて言った、「こんな奴は地の上から片付けろ。生かしておいてはならない!」

 

塚本訳 ヨハ 4:44

4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新約聖書一日一節黙想 ルカ4:24 おわり

●11:50 子供の一人からのプレゼント。省エネの冷蔵庫が届く。
これで生涯使えるであろう。感謝。メーカーはパナソニックで以前のものと似ているので使いやすい。
パナソニックはサービス体制が充実していて、そのたびに松下幸之助の偉さを思う。

2015_10230006.jpg 

子供の一人から贈られた省エネ型の冷蔵庫。一生使える。感謝

●午後妻は自彊術体操
●13:30 ルピアで「ジェネリック医薬品って何?」の講演会。さつき薬局秋川店 森山賢一郎氏
 日本は薬漬けで医療費が莫大であるから、国の施策としてジェネリックを勧めるようになったという。

 




トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


不思議な人・・・イエスは肉体をとって来られた神の子であると信じられる人・・・ ++++++++ 所感

2015/10/22 06:31

151022(木)キリスト者の皆様お早うございます。●夜半の啓示「霊の見分け方」

塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。


塚本訳 Ⅰヨハ4:1-3
4:1 愛する者たちよ、(今わたしは神の霊と言ったが、)どの霊をも信じないで、(まず)それらの霊が神から出たのかどうかを吟味しなさい。というのは、多くの偽預言者が(キリストの集会をはなれたこの)世に出てきているからである。
4:2 (しかしこれを吟味することは難しくない。)あなた達はこのことで神の霊を知るのである。──どんな霊でも、イエス・キリストは肉体で(この世に)来られた(神の子である)ことを公然認めるものは、神から(出たの)であり、
4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない
。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。



塚本訳 Ⅱヨハ1:7
1:7 というのは、イエス・キリストが肉体で来られたことを告白しない誘惑者が、多く(この)世に出てきたのである。これが誘惑者であり、また(最後の日に現われるかの)反キリストである。


●ヨハネの手紙は当時初代教会に蔓延してきた「仮現論」(グノーシス主義)に対抗するものである。キリスト教の敵はローマ帝国ではなくてグノーシス主義であったと言われる。グノーシス主義とは何か、それは範囲が広くて難しいが、ヨハネの手紙を裏返しにしてみれば分かりやすい。つまり神の心はキリストという肉体になって現れたという信仰である。●しかしこれが正統信仰だとして文字化、理論化してキリスト教会のドグマになると「人を斬る」ことになる。これが教会史である。●では何でもよいとなると浄土真宗でもよくなる。現にわが国ではキリスト教の敵はこの世の悪ではなくてヒューマニズムや法然の新宗や親鸞の浄土真宗である。●法然の浄土宗は「南無阿弥陀仏」と念じれば極楽浄土へ行け鵜というもの。法然の弟子の親鸞の浄土真宗とは「阿弥陀如来の本願力を『信じる』ことで往生するという「絶対他力」である。母はキリスト教より仏教の方が分かり安いと言って死んだ。●他力本願の仏教は一見キリスト教と酷似しているが、そこにはキリストの十字架がない。ここが仏教とキリスト教の違いであって、ヨハネの手紙が言う「霊の見分け方」にも通じる。●しかしキリスト教は分かりにくい。神の親切が仇になっている。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳 ヨハ 14:9
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 ルカ 10:23-24
10:23 それから特に弟子の方へ振り向いて言われた、「あなた達が(いま)見ているものを見る目は幸いである
10:24 わたしは言う、多くの預言者と王とは、あなた達が(いま)見ているものを見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。」

塚本訳 使  4:12
4:12 この方のほかのだれによっても救いはない。天下ひろしといえども、わたし達が救われるべき名はこれ以外、人間に与えられていないからです。」


●今朝は塚本訳 Ⅰヨハ4:2について「聖書で聖書を読む」ことをしてみよう。

塚本訳 Ⅰヨハ4:2

4:2 (しかしこれを吟味することは難しくない。)あなた達はこのことで神の霊を知るのである。──どんな霊でも、イエス・キリストは肉体で(この世に)来られた(神の子である)ことを公然認めるものは、神から(出たの)であり、

 


●翻訳比較

岩波翻訳委員会訳
1995

 620402あなたがたは神からの霊をこうして知る。すべてイエス・キリストが肉体において到来したことを告白する霊はすべて神から出たものである。

 

新共同訳1987

4:2 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 

 

前田訳1978

 4:2 神の霊を知る道はこれです・・すべてイエス・キリストが肉体で来られたと告白する霊は神からであり、

 

新改訳1970

 4:2 人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。

 

塚本訳1963

 4:2 (しかしこれを吟味することは難しくない。)あなた達はこのことで神の霊を知るのである。──どんな霊でも、イエス・キリストは肉体で(この世に)来られた(神の子である)ことを公然認めるものは、神から(出たの)であり、

 

口語訳1955

4:2 あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、 

 

文語訳1917
"620402","凡そイエス・キリストの肉體にて來り給ひしことを言ひあらはす靈は神より出づ、なんぢら之によりて神の御靈を知るべし。"

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。


塚本訳 Ⅱペテ2:1
2:1 しかし(昔イスラエルの)民の中に(真の預言者の外に)偽預言者がいたが、そのように君達の中にも偽の先生が出て来て、(帰依者を)滅亡(に陷れるか)の(勝手な)教義を持ち込み、(高い値をもって)彼らを買い取り給うた主人(イエス・キリスト)をさえ否定して、忽ち滅亡を身に招くのである。


塚本訳 Ⅱヨハ1:7
1:7 というのは、イエス・キリストが肉体で来られたことを告白しない誘惑者が、多く(この)世に出てきたのである。これが誘惑者であり、また(最後の日に現われるかの)反キリストである。

塚本訳 Ⅰヨハ2:18
2:18 小さい人たちよ、(いまや)最後の時である。反キリストが現われるとかつてあなた達が聞いたように、今や沢山の反キリストが出ている。このことから、(いまが)最後の時であることをわたし達は知るのである。

塚本訳 Ⅰヨハ2:22-23
2:22 (それならば)だれが嘘つきか。イエスは救世主ではないと否認する者(、すなわち彼を単なる人間と見る者でなくして、だれであろう)。こんな者こそ反キリストであって、父と(その)子とを否認する者である。
2:23 子を否認する者は皆、父をも持たず、子を公然告白する者は父をも持っている(からである)。

塚本訳 Ⅱテサ2:3-4
2:3 誰が何と言っても決して騙されてはならない。何故なら、(主の日が来る前には必ず)まず背教が起こり、そして不法の人、(すなわち)滅亡の子が顕れねばならにぬからである。
2:4 これは『凡て神』とか聖なるものとか呼ばれるものに反抗して自ら『高ぶり』、斯くして(遂に)『神の』聖殿『に坐り込み』、自分を』神』なりとする者である。


塚本訳 ヨハ 16:13-15
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。
16:14 彼は(こうして)わたしの栄光をあらわすのである。というのは、彼はわたしのものの中から取ってあなた達に知らせる(ので、結局わたしに代って仕事をつづける)のだから。
16:15 父上のものはことごとく、わたしのものである。だから(いま)、わたしのものの中から取ってあなた達に知らせる、と言ったのである。


塚本訳 Ⅰヨハ5:1
5:1 どんな人でも、イエスが救世主であると信ずる者は、神(の力)によって生まれたのであり、またどんな人でも、自分を生んでくださったお方を愛する者は、彼(の力)によって生まれた者(、すなわち同じ父から生まれた者)を愛する。


塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


塚本訳 Ⅰテモ3:16
3:16 そして確かに(私達の)信仰の奥義は偉大である。(讃美歌にうたう通りである──)彼(キリスト)は肉にて顕され、霊にて義とされ、御使いたちに見られ、諸国の民に宣べ伝えられ、世に信ぜられ、挙げられて栄光に入り給うた。


塚本訳 Ⅰヨハ4:3
4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。イエスが肉体をとって来られた神の子であると信じられる人は、罪の悩みと死の悲しみから救われる幸いな人である。









トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


究極の幸福・・・イエスは神の子と示されること・・・ ++++++++ 所感

2015/10/21 06:27

151021(水)キリスト者の皆様お早うございます。2時半に目覚めて頭が冴えて寝付けず黙想、5時15分起床。人間5時間熟睡すれば十分という話を聞いたことがある。●朝の黙想「究極の幸福・・・イエスは神の子と示されること・・・」


塚本訳 ルカ 1:28-30
1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」
1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。
1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 黙 5:12
5:12 大声で(仔羊を讃美して)言うた──屠られ給うた仔羊こそ、権能と富と知恵と権力と栄誉と栄光と讃美とを受くるに相応(ふさ)いたもう。


塚本訳 黙 21:6
21:6 そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代(ただ)で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。

塚本訳 黙 22:14
22:14 幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)都の門を入る権を得るために、その上衣を洗う者!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。過去がめちゃめちゃでもイエスを神の子と信じられれば大成功の人生。

●ダンテの「神曲」は恩恵によってキリストの中に神性と人生が一致していることを知っておわる。

●妻はウィークデーの集い。於・今井館

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:22
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 4:22

4:22 皆がイエスを誉めそやし、かつその口をついて出る言葉のうるわしさに驚いて、「これはヨセフの息子ではないか」と言った。

 

●「言葉」を信ずるということは相手の人格を信ずるということである。

●イエスの言動はその時代の人に衝撃であったが、語る「言葉」自身には「うるわしさ」があった。

 

口語訳 詩  45:2

45:2 あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。

 

口語訳 詩  19:8-10

19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。

19:9 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。

19:10 これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。

 

口語訳 詩  119:103

119:103 あなたのみ言葉はいかにわがあごに/甘いことでしょう。蜜にまさってわが口に甘いのです。

 

口語訳 詩  119:105

119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

 

口語訳 詩  119:114

119:114 あなたはわが隠れ場、わが盾です。わたしはみ言葉によって望みをいだきます。

 

口語訳 詩  119:125

119:125 わたしはあなたのしもべです。わたしに知恵を与えて、あなたのあかしを知らせてください。

 

口語訳 詩  119:127

119:127 それゆえ、わたしは金よりも、純金よりもまさってあなたの戒めを愛します。

 

口語訳 詩  119:130

119:130 み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。

 

口語訳 詩  119:147

119:147 わたしは朝早く起き出て呼ばわります。わたしはみ言葉によって望みをいだくのです。

 

口語訳 詩  119:160

119:160 あなたのみ言葉の全体は真理です。あなたの正しいおきてのすべては/とこしえに絶えることはありません。/シン

 

塚本訳 ヨハ 6:68

6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

 

塚本訳 ヨハ 1:1

1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。

 

塚本訳 ヨハ 1:9

1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。

 

塚本訳 ヨハ 4:21

4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

 

塚本訳 ヨハ 4:40-41

4:40 それでサマリヤ人はイエスの所に来ると、自分たちのところに(しばらく)泊まっていてほしいと頼んだ。イエスはそこに二日泊まられた。

4:41 すると、さらに多くの人がイエスの言葉によって信じた。

 

塚本訳 ヨハ 5:24

5:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を聞き、わたしを遣わされた方を信ずる者は、(今すでに)永遠の命を持っていて、(最後の日に)罰を受けない。その人はもはや死から命に移っているのである。

 

塚本訳 ヨハ 7:14-16

7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、

7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

 

塚本訳 マコ 6:3

6:3 これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。)