to 日記と感想 2015年12月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


御言葉を行う人とは何か・・・ヤコブ書一章22節の意味探求・・・ ++++++++ 所感

2015/12/31 05:52

151231(木)キリスト者の皆様お早うございます。●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版の意見具申をしている最中に「御言葉を行う」(ヤコブ書1:22)という著しい言葉に出会ったので今朝はその探求をしてみよう。

●翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995
590122自らを欺いて単なる聞き手〔で終るの〕でなく、御言葉の実行者となりなさい。

新共同訳1987
1:22 御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。

前田訳1978
1:22 みことばを行なう人におなりなさい。自らをあざむいて、たんに聞き手であってはなりません。

新改訳1970
1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。

塚本訳1963
1:22 御言の実行者となれ。(自分で)自分をごまかしてただの聴聞者となるな。

口語訳1955
1:22 そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。

文語訳1917
"590122","ただ御言を聞くのみにして、己を欺く者とならず、之を行ふ者となれ。"

●「言葉」ということで頭に浮かぶことは天地創造のはじまりは神の言葉。イエスの奇跡も「言葉」と共に行われた。福音は言葉で伝わる。
●信仰は伝道者の「言葉」を信じることから始まる。
●イエスは「私の言葉を信じなさい」ということを色々な場面で語った。
●ルターは「ヤコブ書」を藁の書簡と言って低く見たが、イエスの観点からすればそうとも言えない。
●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ。

塚本訳 マタ 7:21-25
7:21 わたしに『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るのではない。わたしの天の父上の御心を行う者(だけ)が入るのである。
7:22 (最後の裁きの)かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、(入れてください。)『わたし達はあなたの名で伝道し、』あなたの名で悪鬼を追い出し、あなたの名で奇蹟を沢山行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23 その時わたしは、はっきり彼らに言おう、『かってお前たちを弟子にした覚えはない。『この不届者、わたしを離れよ!』』と。
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。

塚本訳 マタ 12:50
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」


塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 6:46-48
6:46 (わたしを)『主よ、主よ』と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。
6:47 わたしの所に来て話を聞き、それを行う者が皆、だれに似ているか、おしえてあげよう。
6:48 それは、(地を)深く掘り下げ、岩の上に土台をすえて家を建てた人に似ている。洪水が出て、大水がその家にぶつかったが、丈夫に建ててあったので、びくともしなかった。


塚本訳 ルカ 11:28
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」


塚本訳 ルカ 12:47-48
12:47 主人の心を知っていながら用意せず、あるいは主人の心に従って行動しなかった僕は、(鞭で)打たれることが多い。
12:48 しかし(主人の心を)知らない者は、打たれるようなことをしても、打たれ方が少ない。(神に)多く渡された者は皆多く請求され、(信頼して)多く任された者は一そう多く要求される。


塚本訳 ヤコ 4:17
4:17 だから善を為ることを知ってしないのはその人にとって罪である。


塚本訳 ヨハ 13:17
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。


塚本訳 ロマ 2:13
2:13 なぜなら、律法を聞く者が神の目に義であるのでなく、律法を行う者が義とされるからである。


塚本訳 ピリ 4:8
4:8 最後に、兄弟達よ、(凡て)真なること、気高いこと、正しいこと、潔いこと、人の喜ぶこと、褒めることは何でも、徳という徳、誉れという誉れ、これら(凡て)を(常に)心に留め(、これを行おうと努め)よ。


塚本訳 コロ 3:17
3:17 凡て言うこと為ることは、皆主イエスの名において為よ。彼によって父なる神に感謝せよ。


塚本訳 Ⅰヨハ2:3
2:3 したがって、もし彼の掟を守るならば、そのことによって、わたし達は彼を知っていることがわかるのである。


塚本訳 Ⅰヨハ3:7
3:7 子供たちよ、あなた達はだれにも迷わされてはいけない。義を行う者は、神が義であるように、義である。


塚本訳 Ⅲヨハ1:11
1:11 愛する者よ、あなたは(そのような)悪をまねず、善をまねよ。善を行う者は神から(出たの)であり、悪を行う者は神を見たことがないのである。


塚本訳 黙  22:7
22:7 (イエスが言い給うた、)「そして視よ、私は直に来る。幸福なる哉、この書の預言の言を守る者!」

塚本訳 ヨハ 13:17
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 ヤコ 2:14-20
2:14 わが兄弟達よ、信仰を有っていると言う人があっても、もし行為がなければ何の役に立とう。(行為の伴わない)そんな信仰がその人を救い得る(と思う)か。
2:15 (君達の)兄弟か姉妹が裸でいて、その日の食物に事欠いている時、
2:16 君達の誰かがこれに、「(では)『お大事に』、温かにして、満腹しなさい」と言って体に必要なものを与らなければ、何の役に立とう。
2:17 同じように信仰にも行為が(伴わ)なければ、それは実質において死んだものである。
2:18 しかし(また、)「この人には信仰があり、かの人には行為がある。(何も信仰に行為が伴う必要はないではないか」)と言う人があるかも知れない。(よろしい)行為の無い君の信仰を私に見せてくれ。そうすれば私も私の行為によって信仰を見せてやろう!
2:19 君は神は唯一であると信ずるか。それはよいことである。(しかしその信仰だけでは足りない。)鬼ですら(それを)信じて慄くのである。
2:20 ああ間の抜けた人よ、君は行為のない信仰の駄目なことが知りたいのか。

塚本訳 ヤコ 4:11
4:11 兄弟達よ、互いに譏るな。兄弟を譏る者、兄弟を審く者は、律法を譏り、律法を審くのである。そして君達が律法を審けば、律法を行う者でなく(その)審判者である。


塚本訳 マタ 7:21
7:21 わたしに『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るのではない。わたしの天の父上の御心を行う者(だけ)が入るのである。


塚本訳 マタ 7:26
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。

塚本訳 マタ 12:34
12:34 蝮の末よ、あなた達(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう。心にあふれて口に出るのだから。


塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

●以上の聖句を読むと真の信仰者は自然に行為が外に溢れ出るように思われる。ヤコブ書の真精神は必ずしも「行為主義」ではない。

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朝の黙想おわり。私にとっての「御言葉を行う人」とは「御言葉に仕える」ことである。これが余生の仕事。
私を受け入れてくれる少数の人が相手。ダンテは謎の人であったが、彼を知る少数の人に天国への門を開いたと言われる。(クラウスのダンテ伝の結語。記憶)。親鸞の歎異抄は一人の老婆に語ったもの。塚本虎二の「聖書知識」の標準読者は明日の命も分からぬ療養所の女性。真剣勝負。

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大きくなった初音は妻のおせち料理作りの手伝いをする。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:8
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塚本訳 ルカ 6:8

6:8 イエスは彼らの考えを知って、手のなえた男に「立って真中に出てこい」と言われると、立ち上がって出てきた。

●イエスが奇跡を起こす時には声を発した。

 

塚本訳 マコ 1:40-42

1:40 すると(ある日)一人の癩病人がイエスの所に来てひざまずき、「清めてください。お心さえあれば、お清めになれるのだから」と言って願った。

1:41 イエスは(そのあわれな姿を見て悪魔に対する)怒りに燃え、手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、

1:42 たちまち癩病が消えうせて、その人は清まった。

 

塚本訳 マコ 2:10-12

2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、

2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」

2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

 

塚本訳 マコ 3:5-6

3:5 するとイエスは怒気をふくんで人々を見まわし、彼らの心の頑ななのをふかく悲しんで、その人に言われる、「手をのばせ。」のばすと手が直った。

3:6 パリサイ人たちは出ていって、すぐヘロデ党の者と、イエスを殺す相談をはじめた。

 

塚本訳 マコ 4:37-39

4:37 すると激しい突風がおこり、波が舟に打ち込んできて、もう舟にいっぱいになりそうになった。

4:38 しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。

4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。

 

塚本訳 マコ 7:33-35

7:33 イエスはその人をただ一人、群衆の中から連れ出して、指をその両耳にさしこみ、次に(指に)唾をしてその舌にさわり、

7:34 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる。

7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。

 

塚本訳 ヨハ 5:5-9

5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。

5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」

5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

 

塚本訳 ヨハ 11:43-44

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420608しかし、イエス自身は、彼らの思いを知って、萎えた手を持った人に言った、「起きなさい、そして、真中へ進み出なさい」。すると彼は起き上がって立った。

 

新共同訳1987

6:8 イエスは彼らの考えを見抜いて、手の萎えた人に、「立って、真ん中に出なさい」と言われた。その人は身を起こして立った。

 

前田訳1978

6:8 彼らの考えを悟って、彼は手のなえた人にいわれた、「起きて真ん中にお立ち」と。すると起きあがって立った。

 

新改訳1970

6:8 イエスは彼らの考えをよく知っておられた。それで、手のなえた人に、「立って、真中に出なさい。」と言われた。その人は、起き上がって、そこに立った。

 

塚本訳1963

6:8 イエスは彼らの考えを知って、手のなえた男に「立って真中に出てこい」と言われると、立ち上がって出てきた。

 

口語訳1955

6:8 イエスは彼らの思っていることを知って、その手のなえた人に、「起きて、まん中に立ちなさい」と言われると、起き上がって立った。

 

文語訳1917

"420608","イエス彼らの念を知りて、手なえたる人に『起きて中に立て』と言ひ給へば、起きて立てり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 3:3-5

3:3 イエスは(それと知って)、手のなえた人に「立って真中に出てこい」と言っておいて、

3:4 彼らに言われる、「安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと殺すのと、どちらが正しいか。」彼らは黙っていた。

3:5 するとイエスは怒気をふくんで人々を見まわし、彼らの心の頑ななのをふかく悲しんで、その人に言われる、「手をのばせ。」のばすと手が直った。

 

塚本訳 マタ 12:9-14

12:9 そこを去って、(ある安息日に)礼拝堂に入られた。

12:10 するとそこに、片手のなえた人がいた。(パリサイ派の)人々がイエスに、「安息日に病気をなおすことは正しいだろうか」と尋ねた。イエスを訴え出る(口実を見つける)ためであった。

12:11 彼らにこたえられた、「あなた達のうちには羊を一匹持っていて、もしそれが安息日に穴に落ち込めば、引っぱり上げてやらない者がだれかあるだろうか。

12:12 ところで、人間は羊よりもどれだけ大切だか知れない。だから安息日に良いことをするのは正しい。」

12:13 それからその人に言われる、「手をのばせ。」のばすと直って、片方の手のようによくなった。

12:14 パリサイ人たちは出ていって、イエスを殺すことを決議した。

 

塚本訳 ルカ 5:22

5:22 イエスは彼らの考えを見抜いて、「何を心の中で考えているのか。

 

塚本訳 ヨハ 2:25

2:25 また人のことをだれからも教えてもらう必要がなかったのである。自分で人の心の中がわかったからである。

 

塚本訳 ヨハ 21:17

21:17 三度目に言われる、「ヨハネの子シモン、あなたはわたしを愛しているのか。」ペテロは、イエスが三度も「あなたはわたしを愛しているのか」と言われたので悲しくなって、言った、「主よ、あなたはなんでも御存じです。わたしがあなたを愛していることはあなたが御存じです。」イエスが言われる、「わたしの羊を飼いなさい。

 

塚本訳 ヘブ 4:13

4:13 かくて創造物は(何一つ)神の前にあらわれないものはない。(然り、)神の目には万物が裸で姿をあらわし、わたし達はこのお方に対して、勘定を払わねばならないのである。

 

塚本訳 黙  2:23

2:23 そして、彼女の子供らを(も)疫病をもってうち殺すであろう。斯くして全教会は、私が(人の最も隠れた所である)腎臓をも心臓をも尋ね究め(て、彼らを罰す)る者であることを知る(に至る)であろう。そして(また、)私はお前達の業に従って一人一人に報ゆるであろう。

 

塚本訳 ピリ 1:28

1:28 何事においても敵に嚇かされないことを知ることが出来よう。そして(決して敵に嚇かされないという)このことは、(敵対する)彼らにとっては(遂に)滅び(ること)の兆である、君達には救いの兆であって、これは(何れも)神から賜わったものである。

 

塚本訳 マタ 9:4

9:4 イエスは彼らの考えを知って言われた、「なぜ悪いことを心の中で考えているのか。

 

塚本訳 ルカ 9:47

9:47 イエスは彼らの心の考えを知って、一人の子供の手を取り、自分のわきに立たせて、

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:8 おわり


●大晦日の夕飯。中学一年の初音は自ら進んで食前の祈りで年末の祈りを捧げた。感謝。
●それから孫娘の二人は完全武装して「紅白歌合戦」。知っている歌を合唱。私達に「エーッ!。この人知らないの」と言われることが多かった。






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結婚生活の喜怒哀楽・・・孫娘の縁談の夢を見て・・・ ++++++++ 所感

2015/12/30 06:27

151230(水)キリスト者の皆様お早うございます。●夜中に目が覚めてもう一度寝たら、孫娘の縁談の夢を見た。今日は孫娘二人(中学と小学校)が来る日だ。そこで床の中で、結婚に関する聖書の言葉がアチコチひらめいた。

塚本訳 マタ 13:51-52
13:51 あなた達はこれが皆わかったか。」「はい」と弟子たちがこたえる。
13:52 イエスは言われた、「(これがわかれば、すべてがわかるのである。)だから天の国のことに通じた学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものとを(心のままに)取り出す家の主人に似ている。(古い教えと新しい教えとを自由に使いこなすことが出来る。)」


●私は学者ではないが、少しく天の国のことを分からせていただいたものとして、結婚に関する「主の言葉」を黙想してみよう。

塚本訳 ヨハ 2:1-2
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。


●イエスは結婚制度を否定しなかった。祝福した。母がいたというのでおそらく親戚の結婚式。

塚本訳 マタ 19:3-12
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」
19:7 彼らが言う、「それでは、なぜモーセは『離縁状を渡して(妻を)離縁することを』命じているか。」
19:8 彼らに言われる、「モーセはあなた達の心が(神に対して)頑固なために、妻を離縁することを許したので、始めからそうではなかった。
19:9 わたしは言う、不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。
19:12 というのは、(同じ独身でも、)母の胎内から結婚できないように生まれついた者があり、また人から(無理に)結婚できないようにされた者があり、また天の国のために自分で(決心して)結婚しない者がある。(この最後のものが本当の独身である。)出来る者はしたがよかろう。」


●結婚は神の創造の人としての「分」。
●結婚は父と母を「捨てる」(塚本訳)ことだ。我が国の家制度と合わない。親としては寂しいが神の制度に従わなくてはならない。

新共同 創  27:46
27:46 リベカはイサクに言った。「わたしは、ヘト人の娘たちのことで、生きているのが嫌になりました。もしヤコブまでも、この土地の娘の中からあんなヘト人のをめとったら、わたしは生きているかいがありません。


●あのすばらしい婦人のリベカにしてこの態度。口やかましい姑。無教会の賢夫人に嫁は寄りつかない事例を知っているが、嫁は姑を捨てよ。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


●「なるまじきは親。持つまじきは子」。結婚生活は喜び楽しみも大きいが、悩み苦しみの割合の方が多い。しかしこれは親の宿命。結婚生活は煉獄、修行の期間だ。巡礼の旅だ。

塚本訳 Ⅰコリ7:26-28
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである


●結婚生活は「苦」。

口語訳 Ⅰコリ7:28
7:28 しかし、たとい結婚しても、罪を犯すのではない。また、おとめが結婚しても、罪を犯すのではない。ただ、それらの人々はその身に苦難を受けるであろう。わたしは、あなたがたを、それからのがれさせたいのだ。


新改訳 Ⅰコリ7:28
7:28 しかし、たといあなたが結婚したからといって、罪を犯すのではありません。たとい処女が結婚したからといって、罪を犯すのではありません。ただ、それらの人々は、その身に苦難を招くでしょう。私はあなたがたを、そのようなめに会わせたくないのです


新共同 Ⅰコリ7:28
7:28 しかし、あなたが、結婚しても、罪を犯すわけではなく、未婚の女が結婚しても、罪を犯したわけではありません。ただ、結婚する人たちはその身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにそのような苦労をさせたくないのです。


塚本訳 Ⅰコリ7:28
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである

文語訳 Ⅰコリ7:28
7:28 たとひ妻を娶るとも罪を犯すにはあらず。處女もし嫁ぐとも罪を犯すにあらず。然れどかかる者はその身、患難に遭はん、我なんぢらを苦難に遭はすに忍びず。


●パウロはこう言うものの、結婚生活のゴタゴタの苦によって 神の国のことが分かれば、しめたもの。結婚生活の目的はそこにある。
●カトリックのシスター渡辺和子の「置かれたところで咲きなさい」はベストセラー。しかし修道女は精神的に楽な道である。無教会の内村鑑三は言う。「貧家の良妻たれ」と。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。



●来世では恋愛の悩みなし。妻は妻ではない。妻は天使になっているのだ。
●孫娘は「王子様と永遠の愛を誓う」ことが理想らしいが、それは真の幸福ではない。
●真の幸福は王子様が迎えに来なくても王子様に捨てられても、神と主キリストに結ばれて天使になることだ。

塚本訳 ロマ 8:37-39
8:37 (もちろん、引き離すことのできるものはない。)そればかりか、わたし達を愛して(十字架につけられて)くださった方により、これらすべての(苦難の)中にあって、わたし達は悠々と勝つことができる。
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない


●孫娘たちの結婚がどうなるかわからないが、肉の王子様ではなく、神の子キリストに結ばれますように。
●ヒルテzィ幸福論Ⅲの「孫たちに幸あれ」は孫は聖書に導けが結論。至言。

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朝の黙想おわり。夜が明けた。心の整理がついた。今日は昼に駅まで孫娘を迎えに行く。

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孫娘の二人(中学一年のH。、小学三年のK)が来た。上の子の背は祖母をはるかに越えた。駅から歩いて来るとき、「ワタシ好きな人が出来てしまったの」と告白された。これが人間としての自然現象だ。いいんだ、いいんだ、それでいいんだ。問題は彼(同級生)が自分より背が低いのだという。悩み多きこの世なるかな。二人とも母親と共に教会に通っている。「孫たちに幸あれ」。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:7
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塚本訳 ルカ 6:7

6:7 聖書学者とパリサイ人たちが、イエスは安息日になおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る口実を見つけるためであった。

●聖書学者とパリサイ人はイエスの人気がいまいましかった。妬みからイエスを訴えようとした。●イエスが殺された原因は宗教家の妬み。

 

塚本訳 マタ 12:1-8

12:1 そのころ、ある安息日にイエスは麦畑の中を通られた。弟子たちは空腹を覚えたので、穂を摘んで食べ始めた。

12:2 パリサイ人が見てイエスに言った、「あなたの弟子は、あんな、安息日にしてはならぬことをしている。」

12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。

12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。

12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

12:6 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも大きい者が(今)ここにいる。

12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。

12:8 (わたしの弟子たちに罪はない。)人の子(わたし)は安息日の主人であるから。」

 

塚本訳 マタ 12:9-12

12:9 そこを去って、(ある安息日に)礼拝堂に入られた。

12:10 するとそこに、片手のなえた人がいた。(パリサイ派の)人々がイエスに、「安息日に病気をなおすことは正しいだろうか」と尋ねた。イエスを訴え出る(口実を見つける)ためであった。

12:11 彼らにこたえられた、「あなた達のうちには羊を一匹持っていて、もしそれが安息日に穴に落ち込めば、引っぱり上げてやらない者がだれかあるだろうか。

12:12 ところで、人間は羊よりもどれだけ大切だか知れない。だから安息日に良いことをするのは正しい。」

 

塚本訳 ルカ 13:10-17

13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。

13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。

13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って

13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。

13:14 すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息日の日にはいけない。」

13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。

13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

13:17 こう言われると、(監督はじめ)反対者は皆恥じ入り、群衆は一人のこらず、イエスが行われたあらゆる輝かしい御業を喜んだ。

 

塚本訳 ルカ 14:1-5

14:1 ある安息日に、パリサイ派に属する(最高法院の)ある役人の家に食事に(招かれて)行かれた時のこと、人々はひそかにイエスの様子をうかがっていた。

14:2 すると、水気をわずらった人がイエスの前にあらわれた。

14:3 イエスは自分の方から律法学者やパリサイ人たちに向かって口を切られた。「安息日に病気をなおすことは正しいか、正しくないか。」

14:4 彼らが黙っていると、その人(の手)をつかんで、病気を直してお帰しになった。

14:5 そして彼らに言われた、「あなた達のうちには、息子か牛かが井戸に落ちたとき、安息の日だからとてじきに引き上げてやらない者がだれかあるだろうか。」

 

塚本訳 ヨハ 5:9-18

5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

5:10 そこでユダヤ人(の役人たち)が病気のよくなった人に言った、「(きょうは)安息日だ、担架をかつぐのは規則違反だ。」

5:11 彼は答えた、「わたしを直してくれた人が、『担架をかついで歩け』と言ったのです。」

5:12 彼らが尋ねた、「『かついで歩け』と言った人はだれだ。」

5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。

5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した。

5:16 このためユダヤ人は、イエスを迫害しはじめた。安息日にたびたびそんなことをされたからである。

5:17 イエスは彼らに答えられた、「わたしの父上は、いまでもなお働いておられる。だからわたしも働く。」

5:18 このためユダヤ人は、いよいよイエスを殺そうと思った。安息日を破るばかりでなく、神を自分の父と言って、自分を神と等しくされたからである。

 

塚本訳 ヨハ 7:21-24

7:21 イエスは答えて言われた、「わたしが(この間安息日に三十八年の足なえを直すという)一つの業をしたので、あなた達は皆驚いている。

7:22 (しかし驚くことはない。)モーセがあなた達のために割礼の制度を設けたので──これは(実は)モーセから始まったのではなく、(大昔の)先祖(の時代)からであるが──あなた達は安息日にも人に割礼をほどこしている。

7:23 (割礼についての)モーセの律法を破るまいとして、人は安息日にも割礼を受ける以上、わたしが安息日に人の全身を直したからとて、なにも腹を立てることはないではないか。(ことに割礼は、ただ体の一部分を健康にするだけであるのに!)

7:24 うわべで裁くな、(律法の精神を見て、)正しい裁きをせよ。」

 

塚本訳 ヨハ 9:13-16

9:13 人々がもと盲のその男を、(最高法院の)パリサイ人たちの所につれてゆく。

9:14 イエスが泥をつくって目をあけられた日は安息日(で、モーセ律法違反)だったのである。

9:15 パリサイ人もふたたび、どうして見えるようになったかと尋ねた。彼がこたえた、「あの方が目に泥を塗ってくださったので、洗ったところ、こんなに見えるのです。」

9:16 するとパリサイ人の間に、「あれは神のところから来た人ではない、安息日を守らないから」と言う者と、「(いや、神からだ。)罪の人間に、どうしてこんな徴[奇跡]をすることが出来よう」と言う者があって、意見が分れた。

 

塚本訳 マタ 27:17-18

27:17 ピラトは人々が集まってきたとき言った、「どちらを赦してもらいたいか、バラバ(・イエス)か、救世主と言われるイエスか。」

27:18 ピラトは人々が妬みからイエスを引き渡したことを知っていたのである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420607すると律法学者たちとファリサイ人たちは、イエス一が安息日に癒すのかどうか、うかがっていた。彼を訴える〔口実を〕見つけようというのであった。

 

新共同訳1987

6:7 律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた。

 

前田訳1978

6:7 学者とパリサイ人は彼が安息日にいやしをなさるかと見守っていた。それは訴える口実を見つけるためであった。

 

新改訳1970

6:7 そこで律法学者、パリサイ人たちは、イエスが安息日に人を直すかどうか、じっと見ていた。彼を訴える口実を見つけるためであった。

 

塚本訳1963

6:7 聖書学者とパリサイ人たちが、イエスは安息日になおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る口実を見つけるためであった。

 

口語訳1955

6:7 律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。

 

文語訳1917

"420607","學者・パリサイ人ら、イエスを訴ふる廉を見出さんと思ひて、安息日に人を醫すや否やを窺ふ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 ルカ 5:21-22

5:21 聖書学者とパリサイ人は考え始めた、「冒涜を言うこの人はいったい何者だろう。ただ神のほか、だれが罪を赦せよう。」

5:22 イエスは彼らの考えを見抜いて、「何を心の中で考えているのか。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:7 おわり


●日本聖書協会「新翻訳」、パイロット版に対する意見具申。ヤコブ書3章。良質な邦語7訳を並べて読むと
ものすごい効果がある。パソコンで拙ホームページを利用すれば無料で可能。お奨め。

●福島の三男から正月二日にドバイの次男一家、福島の三男一家、それに東京に揃う三家族とスカイプで顔合わせのシステム準備。通信技術の発達はありがたい。パウロがいたらびっくりだろう。

●孫娘二人の百人一首に妻が付き合う。子供の管理は女性だ。男は地の管理。これ創造の宿命だ。

口語訳 創  3:16-19
3:16 つぎに女に言われた、/「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、/彼はあなたを治めるであろう」。
3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。











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信仰なき人の救い・・・神が目を覚ましてくださる・・・ ++++++++ 所感

2015/12/29 04:40

151229(火)3時半目覚め、朝の啓示、「信仰なき人の救い・・・神が目を覚ましてくださる・・・」●気合を入れて4時10分起床、乾布摩擦、体重測定73キロ、アト3キロ。3年前から12キロ減量、千里の道も一歩から。急いで厚着のエスキモー。気温13度、暖房はつけず●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は「救われる人は少ないか」の疑問に次の主の言葉を考察した。ブログ参照。

塚本訳 ルカ 13:23-25
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。


そして救いは本人の熱心、周囲の執り成しで可能であると認識した。しかしそれも必要であるが根本は 「主の熱心」があるというのが、新約聖書の精神である。●今朝はそのことを示す聖句を見てみよう。こういう難しいことは人間(パウロにも)に聞いてはいけない。神の子に直接聞かなければならない。

塚本訳 ヨハ 11:11
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。


塚本訳 ヨハ 11:43
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた


塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 ルカ 7:13-14
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

塚本訳 ルカ 20:37-38
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

●これらを読むと死は眠りであって永遠の滅亡ではなく、神の意志で目を覚まされる時が来ると言うのである。来世は地続きである。来世にも神の力が及ぶ。及んでいる。だから信仰jなくして死んだ人も来世で救われる。残された身内の祈りで救われる。またこの世で現在神もキリストも信じない人は「今は眠っている」のだから、周囲の熱心や主の熱心で目を覚まされる。アーメン、主は生きておられる。「主の言葉」を信じる。

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朝の黙想おわり。「主の言葉」に心安らぐ。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版 ヤコブ一章意見具申。7種類の翻訳比較するので勉強になる。面白い。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:6
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                      聖書で聖書を読む 

                                                        ルカ福音書     

手なえ(ルカ66-11)

 

201 年 月 日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 6:6

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

●ユダヤ人の安息日規定は厳しかった。今日でも厳しい。イエスは安息日に治療行為をして律法違反をした。

 

塚本訳 マタ 12:1-8

12:1 そのころ、ある安息日にイエスは麦畑の中を通られた。弟子たちは空腹を覚えたので、穂を摘んで食べ始めた。

12:2 パリサイ人が見てイエスに言った、「あなたの弟子は、あんな、安息日にしてはならぬことをしている。」

12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。

12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。

12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

12:6 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも大きい者が(今)ここにいる。

12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。

12:8 (わたしの弟子たちに罪はない。)人の子(わたし)は安息日の主人であるから。」

 

塚本訳 マタ 12:9-12

12:9 そこを去って、(ある安息日に)礼拝堂に入られた。

12:10 するとそこに、片手のなえた人がいた。(パリサイ派の)人々がイエスに、「安息日に病気をなおすことは正しいだろうか」と尋ねた。イエスを訴え出る(口実を見つける)ためであった。

12:11 彼らにこたえられた、「あなた達のうちには羊を一匹持っていて、もしそれが安息日に穴に落ち込めば、引っぱり上げてやらない者がだれかあるだろうか。

12:12 ところで、人間は羊よりもどれだけ大切だか知れない。だから安息日に良いことをするのは正しい。」

 

塚本訳 マコ 1:32-34

1:32 夕方になって日が沈むと(安息日が終ったので)、人々は病人や悪鬼につかれた者を皆イエスの所につれて来て、

1:33 町中(の人)が門口に集まった。

1:34 イエスはさまざまな病気にかかっている大勢の病人をなおし、多くの悪鬼を追い出された。そして悪鬼どもがイエスを(救世主と)知っているので、口をきくことをお許しにならなかった。

 

塚本訳 マコ 2:23-28

2:23 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)歩きながら穂を摘み始めた。

2:24 パリサイ人がイエスに言った、「なぜあの人たちは、あんな、安息日にしてはならぬことをするのか。」

2:25 イエスが言われるには、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供の者も食べるものがなくて空腹の時に何をしたか、(まだ聖書で)読んだことがないのか。

2:26 ──彼が大祭司アビアタルの時、神の家に入って、祭司のほかだれも食べてはならない、『供えのパンを』食べ、供をしている者にもわけてやったことを。」

2:27 また彼らに言われた、「安息日は人のためで、人が安息日のためにあるのではない。

2:28 だから人の子(わたし)はまた安息日の主人である。」

 

塚本訳 マコ 3:1-4

3:1 ふたたび(ある安息日に)礼拝堂に入られると、そこに片手のなえている人がいた。

3:2 (パリサイ派の)人々がイエスは安息日にこの人をなおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る(口実を見つける)ためであった。

3:3 イエスは(それと知って)、手のなえた人に「立って真中に出てこい」と言っておいて、

3:4 彼らに言われる、「安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと殺すのと、どちらが正しいか。」彼らは黙っていた。

 

塚本訳 ルカ 4:40

4:40 日が沈むと、(安息日が終ったので、)さまざまな病人をかかえている人々は皆、それをイエスの所につれてきた。イエスはひとりびとりに手をのせてなおされた。

 

塚本訳 ルカ 6:1-9

6:1 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)穂を摘み、手でもんで食べていた。

6:2 パリサイ人が言った、「なぜあなた達は、安息日にしてはならぬことをするのか。」

6:3 イエスが答えて言われた、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供をしている者も空腹の時にしたことを、(聖書で)読んだことすらないのか。

6:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも食べてはならない『供えのパンを』取って食べ、供の者にわけてやったことを。」

6:5 また彼らに言われた、「人の子(わたし)は安息日の主人である。」

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

6:7 聖書学者とパリサイ人たちが、イエスは安息日になおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る口実を見つけるためであった。

6:8 イエスは彼らの考えを知って、手のなえた男に「立って真中に出てこい」と言われると、立ち上がって出てきた。

6:9 イエスが彼らに言われた、「尋ねるが、安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと、滅ぼすのと、どちらが正しいだろうか。」

 

塚本訳 ルカ 13:10-17

13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。

13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。

13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って

13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。

13:14 すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息日の日にはいけない。」

13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。

13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

13:17 こう言われると、(監督はじめ)反対者は皆恥じ入り、群衆は一人のこらず、イエスが行われたあらゆる輝かしい御業を喜んだ。

 

塚本訳 ルカ 14:1-5

14:1 ある安息日に、パリサイ派に属する(最高法院の)ある役人の家に食事に(招かれて)行かれた時のこと、人々はひそかにイエスの様子をうかがっていた。

14:2 すると、水気をわずらった人がイエスの前にあらわれた。

14:3 イエスは自分の方から律法学者やパリサイ人たちに向かって口を切られた。「安息日に病気をなおすことは正しいか、正しくないか。」

14:4 彼らが黙っていると、その人(の手)をつかんで、病気を直してお帰しになった。

14:5 そして彼らに言われた、「あなた達のうちには、息子か牛かが井戸に落ちたとき、安息の日だからとてじきに引き上げてやらない者がだれかあるだろうか。」

 

塚本訳 ルカ 23:50-56

23:50 さてここにヨセフという人があった。最高法院の議員で、りっぱな、信心深い人であった。

23:51 ──この人は(イエスの処分について、)同僚たちの(今度の)決議と行動とに賛成しなかった。──ユダヤの町アリマタヤ生まれで、神の国(の来るの)を待ち望んでいた。

23:52 この人がピラトの所に行ってイエスの体(の下げ渡し)を乞い、

23:53 これを(十字架から)下ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に穿った墓に納めた。

23:54 この日は支度日[金曜日]であったが、(もう夕方で、)安息日[土曜日]が始まろうとしていた。

23:55 イエスと一しょにガリラヤから来た女たちは(ヨセフの)あとについて行って、墓と、イエスの体が(そこに)納められる様子とを見とどけ、

23:56 帰って、香料と香油を用意した。女たちは掟に従って安息日を休み、

 

塚本訳 ヨハ 5:9-18

5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

5:10 そこでユダヤ人(の役人たち)が病気のよくなった人に言った、「(きょうは)安息日だ、担架をかつぐのは規則違反だ。」

5:11 彼は答えた、「わたしを直してくれた人が、『担架をかついで歩け』と言ったのです。」

5:12 彼らが尋ねた、「『かついで歩け』と言った人はだれだ。」

5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。

5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した。

5:16 このためユダヤ人は、イエスを迫害しはじめた。安息日にたびたびそんなことをされたからである。

5:17 イエスは彼らに答えられた、「わたしの父上は、いまでもなお働いておられる。だからわたしも働く。」

5:18 このためユダヤ人は、いよいよイエスを殺そうと思った。安息日を破るばかりでなく、神を自分の父と言って、自分を神と等しくされたからである。

 

塚本訳 ヨハ 7:21-24

7:21 イエスは答えて言われた、「わたしが(この間安息日に三十八年の足なえを直すという)一つの業をしたので、あなた達は皆驚いている。

7:22 (しかし驚くことはない。)モーセがあなた達のために割礼の制度を設けたので──これは(実は)モーセから始まったのではなく、(大昔の)先祖(の時代)からであるが──あなた達は安息日にも人に割礼をほどこしている。

7:23 (割礼についての)モーセの律法を破るまいとして、人は安息日にも割礼を受ける以上、わたしが安息日に人の全身を直したからとて、なにも腹を立てることはないではないか。(ことに割礼は、ただ体の一部分を健康にするだけであるのに!)

7:24 うわべで裁くな、(律法の精神を見て、)正しい裁きをせよ。」

 

塚本訳 ヨハ 9:13-16

9:13 人々がもと盲のその男を、(最高法院の)パリサイ人たちの所につれてゆく。

9:14 イエスが泥をつくって目をあけられた日は安息日(で、モーセ律法違反)だったのである。

9:15 パリサイ人もふたたび、どうして見えるようになったかと尋ねた。彼がこたえた、「あの方が目に泥を塗ってくださったので、洗ったところ、こんなに見えるのです。」

9:16 するとパリサイ人の間に、「あれは神のところから来た人ではない、安息日を守らないから」と言う者と、「(いや、神からだ。)罪の人間に、どうしてこんな徴[奇跡]をすることが出来よう」と言う者があって、意見が分れた。

 

塚本訳 ヨハ 19:31-34

19:31 ところで、その日は支度日、(すなわち安息日の前の日(金曜日))であったので──(ことに)その安息の日は(過越の祭りの第一日で)大切な日であったから──ユダヤ人は安息日に(三人の)体を十字架の上にのこしておかないために、脛を折って(体を)取りおろしてくれとピラトに願い出た。

19:32 そこで兵卒らが来て、イエスと一しょに十字架につけられた第一の者と、もう一人の者との脛を折った。

19:33 しかしイエスのところに来て、すでに死んであられるのを見ると、脛を折らずに、

19:34 (死をたしかめるため、)一人の兵卒が槍でその脇腹を突いた。すぐ血と水がながれ出た。

 

塚本訳 ヨハ 19:38-42

19:38 そのあとで、アリマタヤ生まれのヨセフが、──この人はユダヤ人(の役人たち)を恐れて、隠れてイエスの弟子になっていた人である──ピラトに、イエスの体を取りおろしたいと願い出た。ピラトが許すと、彼は行って体を取りおろした。

19:39 すると以前に、夜、イエスの所に来たニコデモも、没薬と沈香とを混ぜた物を百リトラ(三十二キロ八百グラム)ばかり持って来た。

19:40 彼らはイエスの体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、香料をふりかけた亜麻布でこれを巻いた。

19:41 ところがイエスが十字架につけられた場所(の近く)に園があって、園の中に、まだだれも納められたことのない、新しい墓があった。

19:42 その日はユダヤ人の支度日であったので、その墓が近いのをさいわい、(安息日が始まらないうちにと、急いで)そこにイエスを納めた。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420606さて、また別の安息日に、彼が会堂に入り、教えていた際、そこに一人の人がいたが、その右手は萎えていた。

 

新共同訳1987

6:6 また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。

 

前田訳1978

6:6 別の安息日に、彼が会堂に入って教えられたときのこと、そこに右手のなえた人がいた。

 

新改訳1970

6:6 別の安息日に、イエスは会堂にはいって教えておられた。そこに右手のなえた人がいた。

 

塚本訳1963

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

 

口語訳1955

6:6 また、ほかの安息日に会堂にはいって教えておられたところ、そこに右手のなえた人がいた。

 

文語訳1917

420606","又ほかの安息日に、イエス會堂に入りて教をなし給ひしに、此處に人あり、其の右の手なえたり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 ルカ 4:31-35

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

4:32 人々はその教えに感心してしまった。話に権威があったからである。

4:33 そのとき、礼拝堂に汚れた悪鬼の霊につかれた一人の人がいたが、大声をあげて叫んだ、

4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

4:35 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。すると悪鬼はその人をみなの真中に投げ倒して、出ていった。何も怪我はなかった。

 

塚本訳 ヨハ 5:3

5:3 廊下には大勢の病人──盲人、足なえ、やせ衰えた者などが寝ころがっていた。【水の動くのを待っていたのである。

 

塚本訳 マタ 4:23

4:23 それからガリラヤ中を回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、また人々の中のありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:6 おわり






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信仰なき人は救われないか・・・本人の熱意、周囲の祈りで救われる・・・・ ++++++++ 所感

2015/12/28 16:28

151228(月)キリスト者の皆様お早うございます。●4時20分起床●黙想。キリスト者の最大の悩みは、神もキリストも信じない人間は救われないか。という深刻な問題である。特に肉親の救いの問題はのっぴきならない現実問題である。●これに関しては人間に聞いてはいけない。聖書のうちパウロに聞いてもや安んじない。神の子イエスの胸ぐらをつかんで聞かなければならない。

塚本訳 ルカ 13:23-25
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。


●ここにすべてが答えられている。100%である。つまりイエスは人類は全員救われることになっているとか、救われる人は予定されているのだとかの頭をスッキリさせるような神学的な答えをされなかった。それは頭はすっきりしても心は安心はしない。イエスは「神にお願いすれば、今からでも大丈夫だ」という生きた、血の通った答えをされた。これが答えの総てである.。この証明が福音書のイエスの言動に多く出ている。
●だから、縁がなくて神もキリストも信じないで死んだ人でも、周囲が祈れば全能の神は何とかして「今からでも」救ってくださる。私は神の子イエスのこの言葉を信じぬく。
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黙想おわり。

12:00 日本聖書協会、新翻訳「パイロット版」に対する意見具申のうち、一テサを送信。早速「貴重なコメント感謝」との返事が来た。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:5
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塚本訳 ルカ 6:5

6:5 また彼らに言われた、「人の子(わたし)は安息日の主人である。」


●人は神の子イエスの霊の支配によって律法、道徳、しきたりから解放されて自由になる。キリスト教の本質。

 

塚本訳 ヨハ 8:30-36

8:30 こう話されると、多くの人がイエスを信じた。

8:31 すると信じたユダヤ人に言われた、「もしわたしの言葉に留まっておれば、あなた達は本当にわたしの弟子である。

8:32 真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」

8:33 しかし彼らは(その意味がわからずに)答えた、「わたし達はアブラハムの子孫で(自由人で)ある。いまだかつてだれの奴隷にもなったことはない。どうして『あなた達は自由になる』と言われるのか。」

8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。

8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。

8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

 

塚本訳 ヨハ 8:56-59

8:56 あなた達の父アブラハムは、生きてわたしの日、(わたしが来て神の契約を成就するその日)を見ることを、楽しみにしていた。そして(実際)それを見て、喜んだ。」

8:57 するとユダヤ人がイエスに言った、「君はまだ五十にもならないのに、アブラハムに会ったのか。」

8:58 イエスは言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、アブラハムが生まれる前から、わたしはいたのだ。」

8:59 すると彼らは、(自分を神と同じにすると言って、)石を取ってイエスに投げつけようとしたが、イエスは身を隠して、宮から出てゆかれた。

 

塚本訳 ロマ 9:5

9:5 (また、アブラハム、イサク、ヤコブなどの偉大な)祖先たちは彼らのものであり、救世主も人間としては彼らから出られたのである。一切のものの上におられる神なる彼は、永遠に賛美すべきである、アーメン。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420605そして彼は彼らに言った、「人の子は、安息日の主である」。

 

新共同訳1987

6:5 そして、彼らに言われた。「人の子は安息日の主である。」

 

前田訳1978

5また彼らにいわれた、「人の子は安息日の主である」と。

 

新改訳1970

6:5 そして、彼らに言われた。「人の子は、安息日の主です。」

 

塚本訳1963

6:5 また彼らに言われた、「人の子(わたし)は安息日の主人である。」

 

口語訳1955

6:5 また彼らに言われた、「人の子は安息日の主である」。

 

文語訳1917

6:5 また言ひたまふ『人の子は安息日の主たるなり』

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 2:27-28

2:27 また彼らに言われた、「安息日は人のためで、人が安息日のためにあるのではない。

2:28 だから人の子(わたし)はまた安息日の主人である。」

 

塚本訳 マタ 12:7-8

12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。

12:8 (わたしの弟子たちに罪はない。)人の子(わたし)は安息日の主人であるから。」

 

塚本訳 エペ 1:22

1:22 然り、神は『万物を彼』(キリスト)『の足の下に屈伏せしめ』、彼を万物の上にある頭として教会に与え給うた。

 

塚本訳 マタ 11:5-8

11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

11:7 ヨハネの弟子たちがかえってゆくと、イエスは群衆にヨハネのことを話し出された。──「(さきごろ)あなた達は何を眺めようとして、荒野(のヨハネの所)に出かけたのか。風にそよぐ葦だったのか。(まさかそうではあるまい。)

11:8 それでは、何を見ようとして出かけたのか。柔らかいものを着ている人か。見よ、柔らかいものをまとった人ならば、王の御殿にいる。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:5おわり

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マリヤの歌(マニフィカト)・・・・ルカは最高のキリスト教詩人・・・ ++++++++ 所感

2015/12/27 06:44

151227(日)4時目覚め、4時半起床。キリスト者の皆様お早うございます。●今朝は来年1月31日にで感話する「マfリヤのの賛美の歌(ルカ1:46-56)」、いわゆるマニフィカト(冒頭の句のラテン語であるわが心は主を崇め)について学んだ。●ルカは最高のキリストk教詩人であると思った。●人の友愛を歌ったシラーの「歓喜の歌」は霊の歌ではないから心が満たされない。ましてや日本の演歌や花鳥風月を愛でる歌は人の心を永遠に満たさない。それは人の心の渇きを癒さない。●このマニイカトには多くの作曲かが曲をつけて、教会の音楽としている、●無教会は教会、典礼、音楽がなく、枯れた谷であるが、マニフィカトの源流である聖書を身読して「胸が熱く」なれば、その瞬間が大教会の典礼にまさるものである。●以下にその日の資料の初めの部分を掲げる。

2016年1月31日集会感話冒頭
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聖書で聖書を読む 151227-1                       

ルカ福音書

マリヤの讃美の歌(ルカ1:46-56)

・・・旧約から新約への喜びの歌・・・

2016年1月31日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 1:46

1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしのは主を』あがめ、

●マリヤの賛歌。マニフィカト Magnificat。ルカは最高のキリスト教詩人。

●ルカ福音書の4大讃歌(キャンティカムCanticum)の共通点は、福音の喜び

 

①マニフィカト(Magnificat) ルカ146-55 ・・・モンテヴェルディ(聖母マリヤのための夕べの祈り・晩課)、バッハ(カンタータ10番BWV10、マニフィカトBWV243)、モーツァルト(K339荘厳晩課ヴェスペレ)、讃美歌95、529
塚本訳 ルカ 1:46-48
1:46
マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47
わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48
この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』

②ベネディクトゥス(Benedictus) ルカ167-79・・・讃美歌94
塚本訳 ルカ 1:76-77
1:76
お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』
1:77
罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。
1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、

1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。

 

③グローリア(Gloria in excelsis Deo)ルカ214・・・、讃美歌106、115、119

塚本訳 ルカ 2:14

2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

 

④ヌンク・ディミティス(Nunc dimitis)ルカ229-32・・・讃美歌97
塚本訳 ルカ 2:31-32
2:31
この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32
『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

 

塚本訳 ルカ 1:47

1:47 わたしのは、『救い主なる神を喜びたたえる、

●キリストの到来は新約時代の喜び。

 

塚本訳 ルカ 2:10

2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。

 

塚本訳 ルカ 10:9

10:9 その町の病人をなおし、また(町の)人々に、『あなた達には神の国(の喜び)が近づいた』と言え。

 

塚本訳 ユダ 1:25

1:25 我らの救い主(なる)唯一の神に、我らの主イエス・キリストによって、永遠の前も、今も、永遠の後までも、栄光、稜威、権力の帰せんことを! アーメン。

 

塚本訳 ルカ 1:48

1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』


●このダメな私も神に目をかけていただけること。この一句にパウロの神学の全部が入る。

 

口語訳 Ⅰサム2:8

2:8 貧しい者を、ちりのなかから立ちあがらせ、/乏しい者を、あくたのなかから引き上げて、/王侯と共にすわらせ、/栄誉の位を継がせられる。地の柱は主のものであって、/その柱の上に、世界をすえられたからである。

 

口語訳 詩  136:23

136:23 われらが卑しかった時に/われらをみこころにとめられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。

 

塚本訳 Ⅰコリ1:28-29

1:28 また世の身分の低いもの、軽蔑されているもの、(いや、あっても)無い(ように思われている)ものを神はお選びになった、ある(と思われている)ものを無にするためである。

1:29 こうして、だれ一人神の前で誇ることのないようにされたのである。

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 2016年1月31日集会感話冒頭 終わり

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:4
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塚本訳 ルカ 6:4

6:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも食べてはならない『供えのパンを』取って食べ、供の者にわけてやったことを。」

●宗教的特権階級の規則を打ち破ったイエス。イエスは旧約聖書を熟知していた。

 

塚本訳 マコ 2:26

2:26 ──彼が大祭司アビアタルの時、神の家に入って、祭司のほかだれも食べてはならない、『供えのパンを』食べ、供をしている者にもわけてやったことを。」

 

塚本訳 マタ 12:5-7

12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

12:6 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも大きい者が(今)ここにいる。

12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420604[すなわち]彼は、神の家に入り、供えのパンを取って食べ、また共にいる者たちにも与えたのだが、これら、〔のパン〕は、ただ祭司たちのほかは誰にも食べることが許されていないものなのだ」。

 

新共同訳1987

6:4 神の家に入り、ただ祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを取って食べ、供の者たちにも与えたではないか。」

 

前田訳1978

彼が神の家に入って、祭司のほか食べることがゆるされない供えのパンを取って食ベ、お伴にも与えたことを」と。

 

新改訳1970

6:4 ダビデは神の家にはいって、祭司以外の者はだれも食べてはならない供えのパンを取って、自分も食べたし、供の者にも与えたではありませんか。」

 

塚本訳1963

6:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも食べてはならない『供えのパンを』取って食べ、供の者にわけてやったことを。」

 

口語訳1955

6:4 すなわち、神の家にはいって、祭司たちのほかだれも食べてはならぬ供えのパンを取って食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。

 

文語訳1917

6:4 即ち神の家に入りて、祭司の他は食ふまじき供のパンを取りて食ひ、己と偕なる者にも與へたり』

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

口語訳 レビ 24:5-9

24:5 あなたは麦粉を取り、それで十二個の菓子を焼かなければならない。菓子一個に麦粉十分の二エパを用いなければならない。

24:6 そしてそれを主の前の純金の机の上に、ひと重ね六個ずつ、ふた重ねにして置かなければならない。

24:7 あなたはまた、おのおのの重ねの上に、純粋の乳香を置いて、そのパンの記念の分とし、主にささげて火祭としなければならない。

24:8 安息日ごとに絶えず、これを主の前に整えなければならない。これはイスラエルの人々のささぐべきものであって、永遠の契約である。

24:9 これはアロンとその子たちに帰する。彼らはこれを聖なる所で食べなければならない。これはいと聖なる物であって、主の火祭のうち彼に帰すべき永久の分である」。

 

塚本訳 ヘブ 9:2

9:2 (その構造はつぎのとおり。)すなわち(聖所は二つの幕屋に分れ、前方に)第一の幕屋が設けてあって、その中には燭台と机と供えのパンとがあった。この幕屋を聖所と呼んだ。

 

新共同 Ⅰサム21:6-7

21:6 ダビデは祭司に答えて言った。「いつものことですが、わたしが出陣するときには女を遠ざけています。従者たちは身を清めています。常の遠征でもそうですから、まして今日は、身を清めています。」

21:7 普通のパンがなかったので、祭司は聖別されたパンをダビデに与えた。パンを供え替える日で、焼きたてのパンに替えて主の御前から取り下げた、供えのパンしかなかった。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:4 終わり

●10:00 妻と二人で家庭礼拝。次回感話の「マロヤの賛美の歌」。リハーサル
●日本聖書協会 新翻訳 パイロット版 下読み意見具申 一テサ5章
●夕方散歩で 道が見えなくなる不思議な体験をした。急いで戻った。



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神の国は来始めた・・・御心にかなう人の胸に・・・ ++++++++ 所感

2015/12/26 06:21

151226(土)4時目覚め、石油クリーンヒーター点火、黙想、4時半起床、乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、急いで厚着、お湯を一杯、小梅ニケ、●キリスト者の皆様お早うございます。今朝の啓示「神の国は来始めた・・・御心にかなう人の胸に・・・」●新約聖書を通じての牢固たる真理は、キリストの出現によって神の国は御心にかなう人々の胸に来始めたことである。来始めたのであって、再臨による完成はまだである。●今朝はこれを聖書のアチコチを見て補強しよう。ヒルティ後方論Ⅱの「神の国はいかにして来るか」。ドッドの「実現された終末論」、内村鑑三の論考、』は読まない、読んでもおそらく聖書ほど力は得られないだろう。ひたすら「聖書で聖書を読む」。それが、ヒルティ、ドッド、内村に喜ばれる方法だろう。

塚本訳 ルカ 1:46-48
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』


塚本訳 ルカ 1:76-79
1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』
1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。
1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、
1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。

塚本訳 ルカ 2:13-14
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!


塚本訳 ルカ 2:28-32
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31
この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』
であります。


塚本訳 ルカ 7:18-23
7:18 洗礼者ヨハネの弟子たちがこれら一切のことをヨハネに報告すると、彼は弟子を二人ほど呼びよせ、
7:19 主の所にやって、「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」
7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、
7:22 答えられた、「
行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

塚本訳 ルカ 11:14-20
11:14 (ある日)悪鬼を追い出しておられた。それは唖(の霊)であった。その悪鬼が出てゆくと(すぐ)唖が物を言うようになったので、群衆が驚いた。
11:15 しかしそのうちには、「あれは悪鬼どもの頭ベルゼブル(悪魔)を使って悪鬼を追い出している」と言った者もあり、
11:16 またある者は(イエスを)試そうとして、(神の子である証拠に)天からの(不思議な)徴を彼に求めた。
11:17 イエスは彼らの思いを知って言われた、「内輪で割れるいかなる国も荒れ果てて、家が重なり合って倒れる。
11:18 (同じように)悪魔(の国)も内輪で割れれば、どうしてその国が立ってゆこう。あなた達は、わたしがベルゼブルを使って悪鬼を追い出していると言うのだが。
11:19 またわたしがベルゼブルを使って悪鬼を追い出すとすれば、(同じことをしている)あなた達の弟子は、いったい何を使って(悪鬼を)追い出しているのか。(まさかベルゼブルではあるまい。だからこのことについては、)あなた達の弟子に裁判官になってもらったがよかろう。
11:20 しかし、もし(そうでなく、)わたしが
の指で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ルカ 10:23-24
10:23 それから特に弟子の方へ振り向いて言われた、「
あなた達が(いま)見ているものを見る目は幸いである。
10:24 わたしは言う、多くの預言者と王とは、あなた達が(いま)見ているものを見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。」

塚本訳 マタ 12:38-42
12:38 すると数人の聖書学者とパリサイ人が口を出して、イエスに言った、「先生、(では、神の子である証拠に)あなたの(不思議な)徴を見せてください。」
12:39 彼らに答えられた、「この悪い、神を忘れた時代の人は、(信ずるのに)徴をほしがる。しかしこの人たちには、預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない。
12:40 すなわち『ヨナが三日三晩大きな魚の腹の中にいた』ように、人の子(わたし)も三日三晩地の中におるのである。
12:41 しかし人々は信じない。(だから)ニネベの人がこの時代の人と一しょに(最後の)裁き(の法廷)にあらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、ニネベの人はヨナの説く言葉に従って悔改めたが、(この人たちは、)いまここにヨナよりも大きい者がいる(のに、その言葉に従わない)からである。
12:42 また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、
あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また
聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、
人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ロマ 9:27-28
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。
9:28 なぜなら主は(間もなく約束の)御言葉を完了し打ち切って、(裁きと救いとを)地上に実現されるからである。』


塚本訳 ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。


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朝の啓示と黙想おわり

●正月に孫を迎えるための準備の買い物

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:3
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塚本訳 ルカ 6:3

6:3 イエスが答えて言われた、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供をしている者も空腹の時にしたことを、(聖書で)読んだことすらないのか。

●律法遵守は人を殺す。ダビデは空腹を憐れんで律法を破った。

 

新共同 Ⅰサム21:7

21:7 普通のパンがなかったので、祭司は聖別されたパンをダビデに与えた。パンを供え替える日で、焼きたてのパンに替えて主の御前から取り下げた、供えのパンしかなかった。

 

塚本訳 マコ 2:25-27

2:25 イエスが言われるには、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供の者も食べるものがなくて空腹の時に何をしたか、(まだ聖書で)読んだことがないのか。

2:26 ──彼が大祭司アビアタルの時、神の家に入って、祭司のほかだれも食べてはならない、『供えのパンを』食べ、供をしている者にもわけてやったことを。」

2:27 また彼らに言われた、「安息日は人のためで、人が安息日のためにあるのではない。

 

●翻訳比較

 

新共同訳1987

6:3 イエスはお答えになった。「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。

 

前田訳1978

3イエスは答えられた、「ダビデが自分もお伴も飢えたときしたことを読まなかったのか。

 

新改訳1970

6:3 イエスは彼らに答えて言われた。「あなたがたは、ダビデが連れの者といっしょにいて、ひもじかったときにしたことを読まなかったのですか。

 

塚本訳1963

6:3 イエスが答えて言われた、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供をしている者も空腹の時にしたことを、(聖書で)読んだことすらないのか。

 

口語訳1955

6:3 そこでイエスが答えて言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが飢えていたとき、ダビデのしたことについて、読んだことがないのか。

 

文語訳1917

6:3 イエス答へて言ひ給ふ『ダビデその伴へる人々とともに飢ゑしとき、爲しし事をすら讀まぬか。

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 12:3-8

12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。

12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。

12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

12:6 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも大きい者が(今)ここにいる。

12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。

12:8 (わたしの弟子たちに罪はない。)人の子(わたし)は安息日の主人であるから。」

 

塚本訳 エペ 1:22

1:22 然り、神は『万物を彼』(キリスト)『の足の下に屈伏せしめ』、彼を万物の上にある頭として教会に与え給うた。

 

塚本訳 マタ 12:5

12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

 

塚本訳 マタ 21:42

21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

 

塚本訳 マタ 22:31

22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

 

口語訳 Ⅰサム21:3-6

21:3 ところで今あなたの手もとにパン五個でもあれば、それをわたしにください。なければなんでも、あるものをください」。

21:4 祭司はダビデに答えて言った、「常のパンはわたしの手もとにありません。ただその若者たちが女を慎んでさえいたのでしたら、聖別したパンがあります」。

21:5 ダビデは祭司に答えた、「わたしが戦いに出るいつもの時のように、われわれはたしかに女たちを近づけていません。若者たちの器は、常の旅であったとしても、清いのです。まして、きょう、彼らの器は清くないでしょうか」。

21:6 そこで祭司は彼に聖別したパンを与えた。その所に、供えのパンのほかにパンがなく、このパンは、これを取り下げる日に、あたたかいパンと置きかえるため、主の前から取り下げたものである。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:3 おわり
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御心にかなう人は何処・・・それは辺境にいる・・・・ ++++++++ 所感

2015/12/25 05:14

151225(金)4時半起床●キリスト者の皆様おはようございます。●昨日、クリスマスイブの夕食前に買い物に出かけると、スーパーいなげやの壁にもたれかかって缶ビールを飲んでいた初老の人がいた。イブの夜なのに家庭がないのかなーと2度ほど振り返ってみた。●今朝の啓示は「御心にかなう人は何処・・・それは辺境にいる・・・・」●辺境とは人生の辺境、地理的辺境、過疎、経済的辺境。孤独の人。神はこういう辺境にいる人に「眼をつける」。泣いて悲しんでいる人に心が向く。●今朝はこのことをめぐって聖書のアチコチを思い出してみよう。

口語訳 創  27:46
27:46 リベカはイサクに言った、「わたしはヘテびとの娘どものことで、生きているのがいやになりました。もしヤコブがこの地の、あの娘どものようなヘテびとの娘を妻にめとるなら、わたしは生きていて、何になりましょう」。

口語訳 創  28:1
28:1 イサクはヤコブを呼んで、これを祝福し、命じて言った、「あなたはカナンの娘を妻にめとってはならない

●かって大切な建築主さんから「嫁選び」を依頼された。手を尽くして探している最中に某氏から「高橋さん、東京にはいい女性はいない。城下町から探せ」というので、九州は佐賀から候補が上がったが、うまくいかなかった。東京には信仰の篤い女性は少ない。それは田舎にいる。辺境にいる。過疎地にいる。東京にはクリスマスイブにイチャイチャする男女ばかりだ。心が重くなる。東京はバビロン。間もなく天から罰が降る。

塚本訳 マタ 8:10-12
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

●信仰のあつい人は物理的に集中してない。大教会にいない。大先生のところにいない。いわんや最高学府や一流企業や名家にはいない。政治宗教の最高権力の地位の人にもいない。
●黒崎幸吉新約聖書註解WEB版のアクセス回数は数年間で実に23万回、それも世界35か国から。文字通り「東から西から」である。これにはパウロもビックリ、黒崎先生もびっくりだ。

塚本訳 ルカ 2:8-14
2:8 (その晩、)数人の羊飼がそのあたりで、野宿をしながら群の夜番をしていた。
2:9 すると(突然)一人の主の使が(現われて)彼らに近づき、主の栄光が彼らのまわりを照らしたので、羊飼たちはすっかりおびえてしまった。
2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。
2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。
2:12 あなた達はみどり児が産着にくるまれて飼葉桶に寝ているのを見る。それが(救世主の)目印である。」
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

●クリスマスイヴに天使が現れたのは、野宿をしていた羊飼い。それは社会的に低く貧しい人。天使カトリック教会の深夜のミサ、プロテスタント教会のキャンドルサービスの騒がしいお遊び、勉強ばかりしている無教会者の書斎に現れない。貧困や病気に泣く孤独な人に現れる。
●塚本訳の「御心にかなう人々にあり」がポイント。地上の平和はキリスト降誕で実現した。人間の「平和運動」では来ない。

塚本訳 ルカ 16:19-25
16:19 (つぎに、利巧な番頭と反対に、神の国の準備をしなかった人の話を聞け。)一人の金持があった。紫(の上着)と細糸の亜麻布(の下着)を着て、毎日華やかに楽しく暮していた。
16:20 またその金持の門の前に、ラザロという出来物だらけの乞食がねていた。
16:21 せめて金持の食卓から落ちる物で満腹できたらと思った。それどころか、犬まで来て出来物をねぶっていた。
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ

●金持ちから家の設計を依頼されて、そのご相談をして帰る時に門の外に乞食がいるのではないかと思うものだ。
●ライプチッヒの聖トーマス教会に行った時、門のところに乞食がいて物乞いをしていたのを思い出す。


塚本訳 使  13:45-46
13:45 すると(神の言葉は自分たちだけのものと思っていた)ユダヤ人たちは、(異教人の)群衆を見て嫉妬にかられ、(イエスを)冒涜しながら、パウロの話すことに反対した。
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

●エルサレム本山は福音をはねつけた。神はパウロを起用して福音を異教(辺境)に広めた。

塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と


●神は福音のために人を立てる。人を遣わす。立たされた人の人生はメチャクチャになる。栄達のコースをダメにされる。伴侶を失う。子供に背かれる。親戚から嫌われる。家庭を失う。

塚本訳 マタ 13:56-57
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」


●伝道者、牧師の息子娘は親を嫌う。これ宿命。犠牲。ナンノコレシキと思わなければならzない。

塚本訳 ヨハ 4:21-23
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。


●福音は異教に流れた。御心にかなう人は辺境にいる。

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。


●神は辺境に向かう。山越え谷越え探す。

塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

●神は罪人に向かう。

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

●神はこの世の尺度とは違う。

塚本訳 ロマ 9:25-27
9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』
9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。

●拙ホームページは見知らぬ人からの応答がある。彼らはどこの誰だか分からない。しかしそれは「残りの者」だ。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが
、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

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朝の黙想おわり。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:2
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塚本訳 ルカ 6:2

6:2 パリサイ人が言った、「なぜあなた達は、安息日にしてはならぬことをするのか。」

 

●すべての規則、道徳、律法は必要はないのか。否、成就できる時代が来た。

 

塚本訳 マタ 5:17-20

5:17 わたしが律法や預言書[聖書]を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するどころか、成就するために来たのである。

5:18 アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。

5:19 だから、これらの掟の中で一番小さいものを一つでも破り、またそのように人に教える者は、天の国で一番小さい者となり、反対に、これを行ない、また(そのように人に)教える者は、天の国で一番大きい者となろう。

5:20 わたしは言う、あなた達の行ないが聖書学者やパリサイ人以上にりっぱでなければ、決して天の国に入ることはできない。

 

塚本訳 マタ 22:36-40

22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」

22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』

22:38 これが最大、第一の掟である。

22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』

22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

 

塚本訳 マタ 23:2-3

23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)

23:3 だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。

 

塚本訳 ロマ 3:21-24

3:21 しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。

3:22 この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。

3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。

3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420602すると、ファリサイ派のある者たちが言った、「お前たちはなぜ、安息日に許されていないことをするのか」。

 

新共同訳1987

6:2 ファリサイ派のある人々が、「なぜ、安息日にしてはならないことを、あなたたちはするのか」と言った。

 

前田訳1978

2すると何人かのパリサイ人がいった、「なぜあなた方は安息日にしてならぬことをするのか」と。

 

新改訳1970

6:2 すると、あるパリサイ人たちが言った。「なぜ、あなたがたは、安息日にしてはならないことをするのですか。」

 

塚本訳1963

6:2 パリサイ人が言った、「なぜあなた達は、安息日にしてはならぬことをするのか。」

 

口語訳1955

6:2 すると、あるパリサイ人たちが言った、「あなたがたはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのか」

 

文語訳1917

6:2 パリサイ人のうち或者ども言ふ『なんぢらは何ゆゑ安息日に爲まじき事をするか』

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 2:24

2:24 パリサイ人がイエスに言った、「なぜあの人たちは、あんな、安息日にしてはならぬことをするのか。」

 

塚本訳 マタ 12:2

12:2 パリサイ人が見てイエスに言った、「あなたの弟子は、あんな、安息日にしてはならぬことをしている。」

 

塚本訳 エペ 1:22

1:22 然り、神は『万物を彼』(キリスト)『の足の下に屈伏せしめ』、彼を万物の上にある頭として教会に与え給うた。

 

塚本訳 マタ 23:23-24

23:23 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは薄荷や蒔蘿やクミンの(収穫の)一割税は(神妙に)納めるが、律法の中でもっと大切な正義と憐れみと忠実とをすてて顧みないからだ。しかしこれこそ行うべきである。だがあれもすててはならない。

23:24 目の見えない案内人よ、君たちは(律法を守るために、酒の中に落ちた)一匹の蚋をこし出しながら、駱駝を飲みこんでいる。

 

塚本訳 ルカ 5:33

5:33 彼らがイエスに言った、「(洗礼者)ヨハネの弟子はしばしば断食をし、祈りをするのに、あなたの弟子は(平気で)飲み食いしている。」

 

塚本訳 ルカ 6:7-9

6:7 聖書学者とパリサイ人たちが、イエスは安息日になおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る口実を見つけるためであった。

6:8 イエスは彼らの考えを知って、手のなえた男に「立って真中に出てこい」と言われると、立ち上がって出てきた。

6:9 イエスが彼らに言われた、「尋ねるが、安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと、滅ぼすのと、どちらが正しいだろうか。」

 

塚本訳 ヨハ 5:9-11

5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

5:10 そこでユダヤ人(の役人たち)が病気のよくなった人に言った、「(きょうは)安息日だ、担架をかつぐのは規則違反だ。」

5:11 彼は答えた、「わたしを直してくれた人が、『担架をかついで歩け』と言ったのです。」

 

塚本訳 ヨハ 5:16

5:16 このためユダヤ人は、イエスを迫害しはじめた。安息日にたびたびそんなことをされたからである。

 

塚本訳 ヨハ 9:14-16

9:14 イエスが泥をつくって目をあけられた日は安息日(で、モーセ律法違反)だったのである。

9:15 パリサイ人もふたたび、どうして見えるようになったかと尋ねた。彼がこたえた、「あの方が目に泥を塗ってくださったので、洗ったところ、こんなに見えるのです。」

9:16 するとパリサイ人の間に、「あれは神のところから来た人ではない、安息日を守らないから」と言う者と、「(いや、神からだ。)罪の人間に、どうしてこんな徴[奇跡]をすることが出来よう」と言う者があって、意見が分れた。

 

口語訳 出  22:10

22:10 もし人が、ろば、または牛、または羊、またはどんな家畜でも、それを隣人に預けて、それが死ぬか、傷つくか、あるいは奪い去られても、それを見た者がなければ、

 

口語訳 出  31:15

31:15 六日のあいだは仕事をしなさい。七日目は全き休みの安息日で、主のために聖である。すべて安息日に仕事をする者は必ず殺されるであろう。

 

口語訳 出  35:2

35:2 六日の間は仕事をしなさい。七日目はあなたがたの聖日で、主の全き休みの安息日であるから、この日に仕事をする者はだれでも殺されなければならない。

 

口語訳 民  15:32-35

15:32 イスラエルの人々が荒野におるとき、安息日にひとりの人が、たきぎを集めるのを見た。

15:33 そのたきぎを集めるのを見た人々は、その人をモーセとアロン、および全会衆のもとに連れてきたが、

15:34 どう取り扱うべきか、まだ示しを受けていなかったので、彼を閉じ込めておいた。

15:35 そのとき、主はモーセに言われた、「その人は必ず殺されなければならない。全会衆は宿営の外で、彼を石で撃ち殺さなければならない」。

 

口語訳 イザ 58:13

58:13 もし安息日にあなたの足をとどめ、わが聖日にあなたの楽しみをなさず、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、

 

口語訳 出  20:8-10

20:8 安息日を覚えて、これを聖とせよ。

20:9 六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。

20:10 七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:2 おわり














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電話で讃美歌合唱・・・胸が熱くなるその喜び・・・ ++++++++ 所感

2015/12/24 05:03

151224(木)3時起床。睡眠5時間なので十分。キリスト者の皆様お早うございます。昨日から石油ストーブをつける。●昨日は電話でHさんとルカ1章のマリヤの賛美の歌(マニフィカト)についての話をした。Hさんからそれは讃美歌95番になっていることを教えられた時、二人の口が自然にその讃美歌を歌意い、電話を通して合唱した。二人とも不思議に胸が熱くなった。聞くところによればHさんの父上(故人)はこの讃美歌をよく口ずさんでいたそうである。とするとあのt時は三部合唱だったわけである。主のことを語る時には不思議に胸が燃える。今朝はこのことをめぐって聖書のアチコチを黙想してみよう。

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

塚本訳 ルカ 1:64
1:64 するとたちどころにザカリヤの口が開け舌が動き出してものが言えるようになり、神をほめたたえた

塚本訳 ピリ 2:9-11
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。
2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである

塚本訳 ロマ 10:9-10
10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。
10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)

塚本訳 エペ 5:19-20
5:19 聖歌と讃美歌と霊の歌をもって互いに語り、心をもって主に歌いまた奏で、
5:20 事毎に私達の主イエス・キリストの名において父なる神に常に感謝せよ

塚本訳 コロ 3:16
3:16 キリストの言をして豊かに君達の間に住ませよ。あらゆる知恵をもって互いに教えまた諭せ。感謝の心に溢れて、聖歌と讃美歌と霊の歌を神にうたえ

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ロマ 8:34-35
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

塚本訳 使  1:14
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった

塚本訳 エペ 1:14
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 Ⅱコリ5:4-5
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。
5:5 このことがわたし達に出来るようにされたお方は神であり、このお方がその手付けとして御霊を下さったのである

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朝の黙想。主にある交わりは楽しく永遠の喜び。幸いな関係。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:1
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  聖書で聖書を読む

                        
  ルカ福音書                                      

安息日に穂を積む (ルカ61-5)

 

201 年 月 日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 6:1

6:1 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)穂を摘み、手でもんで食べていた。

●空腹は人間の本能的欲求。神はそれを否定しない。」

 

塚本訳 マタ 4:1-4

4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。

4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。

4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」

4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

 

塚本訳 マタ 7:8-9

7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。

7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。

 

塚本訳 ルカ 11:11-13

11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。

11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。

11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

 

塚本訳 ルカ 11:5-8

11:5 また彼らに言われた、「あなた達のうちのだれかに友人があって、夜中にその友人の所に行き、『友よ、パンを三つ貸してくれ

11:6 旅先からわたしの友人が来たのに、何も出すものがないから』と言ったとき、

11:7 その友人は内から、『勘弁してくれ。もう戸締りをしてしまったし、子供たちもわたしと一しょに寝ている。起きてかしてやるわけにはゆかない』と答えるにちがいない。

11:8 しかしわたしは言う、(その人がなおもせがんで止まなければ、)友人だからというのでは起きて(パンを)かしてやらなくても、その厚かましさにはかなわず、起き上がって、必要なだけのものをかしてやるにちがいない

 

塚本訳 ヨハ 4:13-15

4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、

4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

 

塚本訳 マタ 10:41-42

10:41 預言者を預言者として迎える者は、預言者と同じ褒美を戴き、義人を義人として迎える者は、義人と同じ褒美を戴くであろう。

10:42 また(わたしの)弟子としてこの一人の小さな者に一杯の冷たい水でも飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない。

 

塚本訳 マタ 25:44-46

25:44 その時、彼らも答える、『主よ、いつわたし達は、あなたが空腹であったり、渇いたり、お宿がなかったり、裸でおられ、御病気であり、牢に入っておられたりするのを見て、お世話をしてあげませんでしたか。』

25:45 その時、王は答える、『アーメン、わたしは言う、このいと小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのと同じである。』

25:46 こうして、『この(悪い)人たちは永遠の』刑罰に、正しい人たちは『永遠の命に』入るであろう。」

 

塚本訳 マタ 19:3-6

19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」

19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、

19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。

19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

 

塚本訳 マタ 15:32-39

15:32 イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしをはなれずにいるので、何も食べるものを持っていない。空腹のままで帰したくない。途中でへたばってしまうかも知れない。

15:33 弟子たちが言う、「この荒野で、いったいどこから、こんなに大勢の人を満腹させるほど沢山のパンを買って来ましょうか。」

15:34 イエスが言われる、「手許にいくつパンがあるか。」「七つ、それと小魚が少しです」とこたえた。

15:35 イエスは群衆に命じて地面にすわらせ、

15:36 その七つのパンと魚とを(手に)取り、(神に)感謝して(パンを)裂き、弟子たちに渡されると、弟子たちは群衆に渡した。

15:37 皆が食べて満腹した。そして余った(パンの)屑を拾うと、七つの篭に一ぱいあった。

15:38 食べた者は、女、子供ぬきで、男四千人であった。

15:39 イエスは群衆を解散させたのち、舟に乗ってマガダン地方に行かれた。

 

塚本訳 ヨハ 4:31-34

4:31 その間に弟子たちが、「先生、お食事を」と催促すると、

4:32 言われた、「わたしにはあなた達の知らない食べ物がある。

4:33 すると弟子たちが互に言った、「だれも食べる物を持ってくるはずはないのに。」

4:34 イエスが言われる、「わたしの食べ物は、わたしを遣わされた方の御心を行い、(任せられた)お仕事を成しとげることだ

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420601なお、彼が安息日に麦畑を通り過ぎていた際、彼の弟子たちは穂を摘み、〔それを〕手で揉みながら食べ始めた。

 

新共同訳1987

6:1 ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは麦の穂を摘み、手でもんで食べた。

 

前田訳1978

1ある安息日に麦畑を通り抜けられたときのこと、弟子たちが穂を摘み、手でもんで食べていた。

 

新改訳1970

6:1 ある安息日に、イエスが麦畑を通っておられたとき、弟子たちは麦の穂を摘んで、手でもみ出しては食べていた。

 

塚本訳1963

6:1 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)穂を摘み、手でもんで食べていた。

 

口語訳1955

6:1 ある安息日にイエスが麦畑の中をとおって行かれたとき、弟子たちが穂をつみ、手でもみながら食べていた。

 

文語訳1917

6:1 イエス安息日に麥畠を過ぎ給ふとき、弟子たち穗を摘み、手にて揉みつつ食ひたれば、

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 2:23

2:23 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)歩きながら穂を摘み始めた。

 

塚本訳 マタ 12:1

12:1 そのころ、ある安息日にイエスは麦畑の中を通られた。弟子たちは空腹を覚えたので、穂を摘んで食べ始めた。

 

口語訳 出  12:15

12:15 七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。

 

口語訳 レビ 23:7

23:7 その初めの日に聖会を開かなければならない。どんな労働もしてはならない。

 

口語訳 レビ 23:15

23:15 また安息日の翌日、すなわち、揺祭の束をささげた日から満七週を数えなければならない。

 

口語訳 申  16:9

16:9 また七週間を数えなければならない。すなわち穀物に、かまを入れ始める時から七週間を数え始めなければならない。

 

口語訳 申  23:25

23:25 あなたが隣人の麦畑にはいる時、手でその穂を摘んで食べてもよい。しかし、あなたの隣人の麦畑にかまを入れてはならない。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:1 おわり

●日本聖書協会の「新翻訳」のパイロット版に意見具申、一テサ2章。みっちり半日かかる。

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クリスマスイブの夜。この家はどういう家なのだろかなー

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クリスマスイブの夜道。帰る家がないのではないかとおぼしき人がいた。
アンデルセン「マッチ売りの少女」、ディッケンズ「幸福の王子」、
ヴァン・ダイク「4人目の博士」、ルカ福音書「金持ちとラザロ」を思い出した。

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我が家のクリスマス会は妻と二人。感謝の祈り。
クリスマスディナーは、ぶどージュース(なぜか酔った)、ゴーバルの肉。
食後にKさんからいただいたケーキ。



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聖書はハーモニー(和音)またカノン(輪唱)・・・それが聴こえる人、聴こえない人・・・ ++++++++ 所感

2015/12/23 06:32

151223(水)4時起床、乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、急いで厚着、室内気温10度、暖房はつけない。気合。●床の中で、日本聖書協会から依頼があった「新翻訳」パイロット版の下読み作業の構想。無教会の立場は教派の神学に縛られないので自由でよい。しかし自由と言っても「正統信仰」が堅持されているのは内村、塚本、黒崎など先人の功績である。●朝の黙想「聖書はハーモニー(調和)またカノン(輪唱)・・・それが聴こえる人、聴こえない人・・・」。キリスト教の歴史は教会がぐらつくと聖書に戻ってきた。ウィクリフ、フス、ルター、内村。●今朝は聖書がハーモニー(調和)またカノン(輪唱)の喜びにあることをアチコチを見てみよう。イエスもパウロも信仰のバックボーンに「聖書」があった。力の基であった。

塚本訳 マタ 4:4
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」


塚本訳 マタ 4:7
4:7 イエスは言われた、「ところが、『あなたの神なる主を試みてはならない』とも書いてある。」


塚本訳 マタ 4:10
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」


塚本訳 マタ 12:3-5
12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。
12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。
12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。


塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。

塚本訳 マコ 12:26
12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。

塚本訳 マタ 21:16
21:16 イエスに言った、「あの子供たちがなんと言っているのか、聞えているのか。」イエスは言われた、「聞えている。あなた達は『(神よ、)あなたは幼児と乳飲み子との口によって、(御自分のために)賛美をお備えになった』と詩篇にあるのを、まだ読んだことがないのか。(大人が黙っているから、子供が叫ぶのだ。)」

塚本訳 マタ 18:16
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。


塚本訳 マタ 23:2-3
23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)
23:3 だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。


塚本訳 ヨハ 6:31
6:31 わたし達の先祖は、(モーセが天から降らせた)マナを荒野で食べました。(聖書に)〃神は天からのパンを彼らに食べさせられた〃と書いてあるとおりです。(あなたもモーセのような徴を見せてください。」


塚本訳 ヨハ 7:23
7:23 (割礼についての)モーセの律法を破るまいとして、人は安息日にも割礼を受ける以上、わたしが安息日に人の全身を直したからとて、なにも腹を立てることはないではないか。(ことに割礼は、ただ体の一部分を健康にするだけであるのに!)


塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』


塚本訳 マタ 22:31
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

塚本訳 ヨハ 5:39
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、


塚本訳 Ⅰペテ1:10-11
1:10 君達への恩恵について予言した予言者達はこの救いを穿鑿し、研究した。
1:11 (すなわち)彼らは自分達の中のキリストの霊が、キリストに臨む苦難とその後の栄光とについて予め証明し給うたのは、(そもそも)何時、如何なる時を指していたかを研究した。

塚本訳 マタ 5:17-18
5:17 わたしが律法や預言書[聖書]を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するどころか、成就するために来たのである。
5:18 アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。

塚本訳 マタ 22:36-40
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38 これが最大、第一の掟である。
22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』
22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

塚本訳 マタ 18:16
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。


塚本訳 マタ 23:2-3
23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)
23:3 だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。

塚本訳 ルカ 24:44
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」


塚本訳 ヨハ 6:31
6:31 わたし達の先祖は、(モーセが天から降らせた)マナを荒野で食べました。(聖書に)〃神は天からのパンを彼らに食べさせられた〃と書いてあるとおりです。(あなたもモーセのような徴を見せてください。」


塚本訳 ヨハ 7:23
7:23 (割礼についての)モーセの律法を破るまいとして、人は安息日にも割礼を受ける以上、わたしが安息日に人の全身を直したからとて、なにも腹を立てることはないではないか。(ことに割礼は、ただ体の一部分を健康にするだけであるのに!)

塚本訳 Ⅱテモ3:15-17
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり、
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。

塚本訳 ヘブ 4:12
4:12 というのは、神の言葉は生きていて、活動し、あらゆる諸刃の剣よりも鋭く、精神と霊魂と、関節と骨髄との境までも突きいって、心の考えと思いとを裁くからである。

塚本訳 マタ 10:14
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。


塚本訳 Ⅰコリ15:33
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)


塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。


塚本訳 マタ 18:17
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。


塚本訳 ヨハ 4:9
4:9 サマリヤの女が言う、「ユダヤ人のあなたが、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲み物をお求めになるのです。」(女が不審に思ったのは、)ユダヤ人はサマリヤ人と交際をしないからである。


塚本訳 使  10:28
10:28 彼らに言った、「御承知のとおり、(わたし達)ユダヤ人は他国人と交際すること(はおろか、その家に)立ち寄ることを(すら)律法上許されない。しかし神は(こんど)わたしに、どんな人をも不浄とか汚れているとか言ってはならぬとお示しになった。

塚本訳 マタ 13:12-14
13:12 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ。
13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

塚本訳 マコ 7:33-35
7:33 イエスはその人をただ一人、群衆の中から連れ出して、指をその両耳にさしこみ、次に(指に)唾をしてその舌にさわり、
7:34 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる。
7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。


塚本訳 ヨハ 9:7
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。

塚本訳 ヨハ 9:39-41
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」
9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」
9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。


塚本訳 ルカ 24:27
24:27 そして(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。


塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ルカ 24:44-49
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」


塚本訳 使  17:1-2
17:1 彼らはアムポリスとアポロニヤ(の町々)を通過してテサロニケに行った。そこにはユダヤ人の礼拝堂があった。
17:2 パウロはいつものとおり入っていって、三度の安息日に聖書に由って彼らに話をした。

塚本訳 ロマ 1:1-4
1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──
1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、
1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

塚本訳 ロマ 16:25-27
16:25 わたしの福音すなわちイエス・キリストを説く言葉によって、あなた達を強くすることの出来るお方に──この福音は長い間秘められた秘密の啓示であり、
16:26 今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである──
16:27 このただひとりの賢い神に、イエス・キリストによって、栄光、永遠より永遠にあらんことを、アーメン。

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朝の黙想。聖書は信仰の基礎だ。福音は言葉が土台。


口語訳 詩  19:2-4
19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。


新約聖書一日一節黙想 ルカ5:39
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塚本訳 ルカ 5:39

5:39 また、古い酒を飲んだ者は、新しいのをほしがらない。『古い方が甘い』と言って。」

 

●旧約には旧約の意義がある。

 

塚本訳 マタ 22:36-40

22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」

22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』

22:38 これが最大、第一の掟である。

22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』

22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

 

塚本訳 ルカ 16:16-17

16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

16:17 しかし(神の言葉はすたったのではない。)律法(と預言書と)の一画がくずれ落ちるよりは、天地の消え失せる方がたやすい。

 

塚本訳 マタ 5:17-20

5:17 わたしが律法や預言書[聖書]を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するどころか、成就するために来たのである。

5:18 アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。

5:19 だから、これらの掟の中で一番小さいものを一つでも破り、またそのように人に教える者は、天の国で一番小さい者となり、反対に、これを行ない、また(そのように人に)教える者は、天の国で一番大きい者となろう。

5:20 わたしは言う、あなた達の行ないが聖書学者やパリサイ人以上にりっぱでなければ、決して天の国に入ることはできない。

 

塚本訳 ルカ 24:44

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」

 

塚本訳 ルカ 24:25-27

24:25 彼らに言われた、「ああ、預言者たちの言ったことを何一つ信じない、悟りの悪い、心の鈍い人たちよ!

24:26 救世主は栄光に入るために、そのような苦しみを受けねばならなかったのではないのですか。」

24:27 そして(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。

 

塚本訳 ロマ 1:1-4

1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──

1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、

1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、

1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420539[また]誰も、古い〔葡萄酒〕を飲んでいる時、新しい〔葡萄酒〕を欲しがる者はいない。〔人は〕『古い〔葡萄酒の〕方がよろしい』、と言うからだ」。

 

新共同訳1987

5:39 また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』と言うのである。」

 

前田訳1978

5:39 また、古い酒を飲んだ人は新しいものを欲しない。『古いのはよい』とその人はいう」と。

 

新改訳1970

5:39 また、だれでも古いぶどう酒を飲んでから、新しい物を望みはしません。『古い物は良い。』と言うのです。」

 

塚本訳1963

5:39 また、古い酒を飲んだ者は、新しいのをほしがらない。『古い方が甘い』と言って。」

 

口語訳1955

5:39 まただれも、古い酒を飲んでから、新しいのをほしがりはしない。『古いのが良い』と考えているからである」。

 

文語訳1917

"420539","誰も舊き葡萄酒を飲みてのち、新しき葡萄酒を望む者はあらじ。「舊きは善し」と云へばなり』"

 

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 9:17

9:17 新しい酒を古い皮袋に入れることもしない。そんなことをすれば、皮袋が破れて酒は流れ出し、皮袋もだめになる。新しい酒は新しい皮袋に入れる。そうすれば両方とも安全である。」

 

口語訳 エレ 6:16

6:16 主はこう言われる、「あなたがたはわかれ道に立って、よく見、いにしえの道につき、良い道がどれかを尋ねて、その道に歩み、そしてあなたがたの魂のために、安息を得よ。しかし彼らは答えて、『われわれはその道に歩まない』と言った。

 

塚本訳 マコ 7:7-13

7:7 彼らは(熱心に)わたしを拝むが無駄である、彼らが教えとして教えているのは、人間の(作った)規則であるから。』

7:8 あなた達は神の掟をすてて、人間の言伝えをかたく守っている。」

7:9 また話しつづけられた、「あなた達は自分の言伝えを守ろうとして、神の掟をないがしろにしているが、うまいものだ!

7:10 モーセは、『父と母とを敬え、』また『父または母を罵る者はかならず死に処せられる』と言ったのに、

7:11 あなた達はこう言うのだから。──『もしある人が父または母にむかって、わたしがあなたに差し上げるはずのものはコルバン[すなわち(神への)供え物]にする、と言えば、

7:12 (扶養の義務をまぬかれて、)もはや父または母に何一つすることを許されない』と。

7:13 こうして、あなた達は自分で伝えてきた言伝えによって神の言葉を反故にしている。なお、これに似たことをあなた達は沢山している。」

 

塚本訳 ヨハ 2:10

2:10 言う、「だでれも初に良い酒を出し、酔がまわったところに悪いのを出すのに、あなたは、よくもいままで良い酒をとっておいたものだ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ5:39 おわり

●14:00 集会の釘本寛子さん(施設入所中)の令弟釘本晴夫氏(あきる野市在住)を妻と訪問、婦人の会のプレゼントを届け、寛子さんの御様子を伺う。
●散髪
●日本聖書協会の「新翻訳」パイロット版意見具申、テサロニケ人への手紙第一章。本日から午後はこの作業になる。一日一章。






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キリスト者の交わり・・・近くなる人、遠くなる人・・・ ++++++++ 所感

2015/12/22 06:32

151222(火)4時半目覚め、朝の黙想キリスト者の交わり・・・近くなる人、遠くなる人・・・」●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は年賀状を書いたが、人の交際とはどういうものだろうかと考えた。血縁、地縁、夫婦の縁、親子の縁、金銭縁、趣味の縁・・・しかしキリスト者として長続きするのは主にある交わり、霊の縁である。儒教思想のわが国では「新しい教え」である。そこにキリスト者の涙がある。ナンノコレシキ。キリスト者がこの世から嫌われるのは宿命だ。●今朝はこの「縁」について、聖書のアチコチを頭に浮かんだままに列挙してみよう。

口語訳 創 2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


口語訳 創 2:21-24
2:21 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。
2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。


塚本訳 マタ 19:4-5
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。

塚本訳 マタ 12:48-49
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 マタ 10:34-37
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

塚本訳 マタ 28:19-20
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。


塚本訳 Ⅰコリ15:33
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅰコリ5:9-12
5:9 (前の)手紙で、決して不品行な者たちと付き合ってはならないと書いたが、
5:10 あれはこの世の不品行な者や貪欲な者、略奪者や偶像礼拝者などと決して付き合うなというのではない。もしそうならば、あなた達はこの世から出てゆかねばならないからである。
5:11 しかしわたしは(はっきり)書く。──もし兄弟と呼ばれる者が、不品行な者や貪欲な者や偶像礼拝者や罵る者や大酒飲みや掠奪者などであるならば、付き合ってはならない。そんな者とは一しょに食事もしてはならない。
5:12 なぜというのか。(主を信じない)外の人たちを、なんでわたしが裁くことがあろう。あなた達は、内輪の者たちだけを裁くべきではないのか。

塚本訳 マタ 22:17-21
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 ロマ 13:1
13:1 人は皆上に立つ(国家の)官憲に服従せねばならない。神からではない官憲はなく、現存の官憲は(ことごとく)神から任命されたものであるから。

塚本訳 Ⅰペテ2:10
2:10 (誠に)君達はかつては、「『非民』」(であったが)今や神の民、(前には神に)『憐れまれぬ者』(であったが)今や憐れまれる者(となった)。


塚本訳 Ⅰテモ6:2
6:2 また信者の主人をもつ奴隷は、主人が(主にある)兄弟であるからといって(これを)軽んぜず、むしろ却つて(熱心に)奉公しなくてはいけない。主人は信者で、神に愛される者であって、(凡ての人に、然り、奴隷にも)親切を尽くそうとしているのであるから。このことを教え且つ勧めよ。──


塚本訳 エペ 5:21-25
5:21 キリストを畏れて互いに服従し合え。
5:22 妻達よ、主に対するように自分の夫に服従せよ。
5:23 キリストが教会の頭であり給うように、夫は妻の頭であるから──しかも彼は(同時に)その体(なる教会)の救い主であり給う。(この点においてキリストと夫とはもちろん異なる。)──
5:24 しかし教会がキリストに服従するように、妻もまた何事によらず夫に服従せよ。
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──

塚本訳 Ⅰペテ3:1-2
3:1 同じく妻達よ、自分の夫に従え、或る夫が(伝道者の宣べる)御言には従わずとも、言葉でなく妻の行いによって、
3:2 (すなわち)お前達の神を畏れる潔い行いを見て捕えられんためである。

塚本訳 Ⅰヨハ1:3-5
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである。
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである。
1:5 さて、わたし達が彼(キリスト)から聞いて、(いま)あなた達に告げしらせるおとずれ(というの)は、これである。──神は光であって、彼にはすこしも暗闇がないということである。

塚本訳 マコ 10:28-30
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 ルカ 18:29-30
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」


塚本訳 マタ 16:24
16:24 あとでイエスは弟子たちに言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ルカ 14:25-30
14:25 大勢の群衆がイエスと一しょに旅行をしていると、振り向いて言われた、
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。
14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。
14:28 (このように、わたしの弟子になるには最初の覚悟が必要である。)なぜか。(次の譬を聞きなさい。)あなた達のうちには櫓を建てようと思うとき、まず坐って、はたして造りあげるだけの金があるかと、その入費を計算しない者がだれかあるだろうか。
14:29 そうしないで、土台をすえただけで完成ができないと、見る人が皆、
14:30 『あの人は建てかけたが、完成できなかった』と言って笑うであろう。

塚本訳 Ⅰコリ9:4-5
9:4 わたし達には(集会の費用で)食べたり飲んだりする権利がないというのか。
9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。


塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

塚本訳 マタ 10:13-15
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。
10:15 アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴモラの地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう。

塚本訳 ヨハ 1:11-13
1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 Ⅱコリ6:15-18
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』
6:17 それゆえに、『あなた達は彼らの中から出よそして離れよ、』と主は仰せられる、そして『清くないものに触れるな』と。『そうすればわたしはあなた達を受け入れる、』
6:18 『わたしは』あなた達の『父になり、』あなた達は『わたし達の息子』娘『に』なる、『と全能者である主が仰せられる。』


塚本訳 マタ 18:17
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。

塚本訳 Ⅰコリ15:33-34
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)
15:34 真にまじめになれ、罪を犯すな。(あなた達の)中には、(神を知っていると思いながら)神の知識を持たない者があるのだから。辱しめるために、あなた達に言うのだ。


塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 ルカ 5:35-38
5:35 しかしいまに(悲しみの)時が来て、花婿が奪いとられたら、その時、彼らは(いやでも)断食をするであろう。」
5:36 なお一つの譬を彼らに話された、「新しい着物を切って、古い着物に継ぎをする者はない。そんなことをすれば、新しい着物も疵ものになり、新しいのから切った継ぎも古いのにあわない。
5:37 また新しい酒を古い皮袋に入れる者はない。そんなことをすれば、新しい酒は皮袋を破って流れ出し、皮袋もだめになるであろう。
5:38 新しい酒は新しい皮袋に入れねばならない。

新共同 ルカ 9:52-55
9:52 そして、先に使いの者を出された。彼らは行って、イエスのために準備しようと、サマリア人の村に入った。
9:53 しかし、村人はイエスを歓迎しなかった。イエスがエルサレムを目指して進んでおられたからである。
9:54 弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った。
9:55 イエスは振り向いて二人を戒められた。

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朝の黙想おわり。「イエスキリスト・神の子・救い主」と信じる者は自然に集まり、近くなるものだ。信じない者は自然に疎遠になるものだ。ここに儒教国日本のキリスト者の涙がある。不義理をするようになってしまうからだ。

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冬至の日の東の窓。 午前6時 室内気温10度。省エネのために暖房をつけないで
厚着。気合を入れれば寒くない。聖書を読めば心は温かい。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ5:38
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塚本訳 ルカ 5:38

5:38 新しい酒は新しい皮袋に入れねばならない。

●福音は新しい形をとる。

 

塚本訳 ヨハ 4:21

4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

 

塚本訳 マタ 24:1-4

24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)

24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

24:3 オリブ山に坐っておられると、弟子たちだけでそばに来て言った、「(宮がくずれると言われますが、)そのことはいつ起るか、また、あなたの来臨と世の終りとには、どんな前兆があるか、話してください。」

24:4 そこでイエスが答えてこう話された。──「人に迷わされないように気をつけよ。

 

塚本訳 マタ 23:25-26

23:25 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは杯や皿の外側は清潔にするが、内側は掠め取った物と不節制とでいっぱいだからだ。

23:26 目の見えないパリサイ人よ、まず杯の内(の物)を清潔にせよ。そうすれば外も(おのずと)清潔になるであろう。

 

塚本訳 マタ 12:1-8

12:1 そのころ、ある安息日にイエスは麦畑の中を通られた。弟子たちは空腹を覚えたので、穂を摘んで食べ始めた。

12:2 パリサイ人が見てイエスに言った、「あなたの弟子は、あんな、安息日にしてはならぬことをしている。」

12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。

12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。

12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。

12:6 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも大きい者が(今)ここにいる。

12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。

12:8 (わたしの弟子たちに罪はない。)人の子(わたし)は安息日の主人であるから。」

 

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16

7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)

7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420538そうではなく、新しい葡萄酒は新しい革袋にいれらるべきである。

 

新共同訳1987

5:38 新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。

 

前田訳1978

5:38 新しい酒は新しい皮袋に入れるものである。

 

新改訳1970

5:38 新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければなりません。

 

塚本訳1963

5:38 新しい酒は新しい皮袋に入れねばならない。

 

口語訳1955

5:38 新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。

 

文語訳1917

"420538","新しき葡萄酒は、新しき革嚢に入るべきなり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 2:22

2:22 また新しい酒を古い皮袋に入れる者はない。そんなことをすれば、酒は皮袋を破って、酒も皮袋もだめになる。」

 

塚本訳 マタ 9:17

9:17 新しい酒を古い皮袋に入れることもしない。そんなことをすれば、皮袋が破れて酒は流れ出し、皮袋もだめになる。新しい酒は新しい皮袋に入れる。そうすれば両方とも安全である。」

 

塚本訳 Ⅱコリ5:17

5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!

 

口語訳 エゼ 36:26

36:26 わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け、あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。

 

塚本訳 ガラ 2:4

2:4 すなわち忍び入った偽兄弟がいて、(わたし達の中に)忍び込み、わたし達がキリスト・イエスによって持っている自由を待伏せして、奴隷にしようとしていたので、

 

塚本訳 ガラ 2:12-14

2:12 彼はヤコブのところから(割礼の)人々が来る前は、異教人(クリスチャン)と一緒に食事をしていたのに、彼らが来ると、この割礼の人々を恐れ、離れて身を引いたからである。

2:13 そしてほかのユダヤ人(クリスチャン)たちも彼と一緒に偽善をやり、ついにはバルナバまでが彼らの偽善にさらわれたからである。

2:14 しかし彼らが福音の真理に従って正直に行動しないのを見て、わたしはみんなの前でケパに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人のようでなく、異教人のように生活するではないか。それだのに、どうして異教人(クリスチャン)を強要してユダヤ人のように生活させるのか。」

 

塚本訳 ガラ 4:9-11

4:9 しかし今あなた達は神を知っている、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてもう一度無力な、貧弱なあの元素の霊(の崇拝)に戻るのか。(どうして)もう一度あらためて(その奴隷として)仕えようと思うのか。

4:10 あなた達は(なおも元素の霊に仕えて、)日や、月や、季節や、年(の祭り)を守っている。

4:11 わたしは無駄骨折りをしたのではないかと、あなた達のために心配する。

 

塚本訳 ガラ 5:1-6

5:1 自由を与えるためにキリストはわたし達を自由にされた。だからしっかり立って、二度と奴隷の軛につながれるな。

5:2 見よ、このパウロがあなた達に言う、もし割礼を受けるなら、キリストはあなた達に何の役にも立たない。

5:3 割礼を受けるすべての人にもう一度はっきり言う。その人は律法の全体を行なう義務がある。

5:4 律法によって義とされようとするあなた達は、実はキリストから離れ、恩恵から落ちているのである。

5:5 (キリストを信ずる)わたし達は、御霊によって、信仰により、(最後の日に)義とされる希望をもって待っているからである。

5:6 キリスト・イエスを信ずる者においては、割礼があるのも、割礼がないのも、なんの価値もない。ただ信仰(、信仰だけ)が愛によって働くのだから。

 

塚本訳 ガラ 6:13-14

6:13 というのは、割礼を受けている彼ら自身が、律法を守らない。彼らがあなた達に割礼を受けさせたいのは、あなた達の肉において誇ろうとするのである。

6:14 しかし少なくともわたしは、わたし達の主イエス・キリストの十字架以外に、誇ることがないように!この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対して、十字架につけられている。

 

塚本訳 ピリ 3:5-7

3:5 私は(モーセ律法に拠って)八日目に割礼された者で、イスラエルの血族、(殊に名誉ある)ベニヤミン族の出、ベブライ人中のヘブライ人、律法の点では(最も厳格な)パリサイ人、

3:6 (ユダヤ教に対する)熱心の点では、(キリストの)教会の迫害者、律法による義の点では非難の打ち処ない者であった。

3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。

 

塚本訳 ヘブ 13:9-10

13:9 あなた達はさまざまな、異様の教義に惑わされてはいけない。(近ごろ食物が救いに役立つように言う人があるが、それは大きな誤りである。)なぜなら、食物によらず、(神の)恩恵によって、心を確かにされることがよろしいからである。食物によって(信仰の道を)歩いた者たちは、(食物ではすこしも)益されなかったではないか。

13:10 (なるほど旧約と同じように、新約の)わたし達にも一つの祭壇がある。(すなわち聖晩餐の食卓であるが、新約の)幕屋に奉仕する者は、そこから(いただいて)食べる権利を持たない。

 

塚本訳 黙  21:5

21:5 すると玉座に坐し給う者が言い給うた、「視よ、われ凡てを新しくする」と。また言い給う、「書け、この言は信ずべくまた真実であるから。」

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新約聖書一日一節黙想 ルカ5:38 おわり











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伴侶が認知症になりし時・・・神の慰め・・・ ++++++++ 所感

2015/12/21 05:28

151221(月)4時起床。妻が冬用の部屋着のズボンを出しておいてくれた。感謝。●朝の黙示「伴侶が認知症になりし時・・・神の慰め・・・」●キリスト者の皆様お早うございます。世界一長寿国になった日本にとって「認知症」は大きな悩みである。NHKは「認知症キャンぺーン」で、私もその録画本数は10本以上になっている。●伴侶が認知症になり、私の顔を認識できなくなるとは、死別より残酷である。元気な日々、喧嘩した日々のことを思えば思うほど悲しい。慟哭号泣である。人生は酷い。神は愛ではない。●この人生の嘆き悲しみを神は「どうしてくれるのか!」。●内村鑑三の名著「基督信徒の慰め」に「愛する者の失せし時」の一章がある。今それを読まない。読む気がしない。それは人間内村の言葉である。●もし内村が日本にいれば「伴侶が認知症になりし時」という一章を加えるかもしれない。●今朝はこの嘆き悲しみを神に聴く。神の胸ぐらを掴んで揺さぶって聞く。具体的には聖書に聴く。

塚本訳 ルカ 8:50-55
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。


塚本訳 マタ 10:28-29
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。


●神は人は「一人では良くない」と言われ「結婚」を創造の秩序とされた。人は伴侶があって一人前である。完全である。ヒルティは「結婚の神聖」の中で、妻を失った自分はもはや完全ではないと言った。又結婚して間もなく夫人を関東大震災で失った先生はある方に「私はカタワだー、カタワだー」と嘆きを吐露されたという。

口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


口語訳 創  2:24
2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。


●しかし「ナンノコレシキ」。これも試練、神がご存知だ。伴侶が認知症になってから、面倒を見る骨折りの日々が本当に「伴侶」になる日だ。修行の日々なのだ。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。


●神の究極の慰めは「復活」。その日、伴侶は在りし日の姿でよみがえる。目がはっきりして、再びこの私に発破をかける。叱る。文句と不平不満をぶつけて喧嘩を仕掛ける。

塚本訳 ヨハ 11:33-40
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」


塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


塚本訳 マコ 5:39-43
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。
5:42 ただちに少女は立ち上がって歩きまわった。十二歳になっていたからである。見るなり、人々は気が遠くなるほど驚いた。
5:43 イエスはだれにもこのことを知られるなときびしく人々に言いつけ、また子供に(何か)食べさせるようと言われた。



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朝の黙想おわり。伴侶が認知症になる日、ナンノコレシキ、神がご存知だ。人生苦は信仰で突破。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ5:36
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塚本訳 ルカ 5:36

5:36 なお一つの譬を彼らに話された、「新しい着物を切って、古い着物に継ぎをする者はない。そんなことをすれば、新しい着物も疵ものになり、新しいのから切った継ぎも古いのにあわない。


●新しい時代になると古い習慣が廃棄される。キリスト到来の喜び。

 

塚本訳 マタ 11:3-5

11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。

11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。

11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

 

塚本訳 ルカ 4:18-19

4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』

4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

 

塚本訳 ルカ 6:1-11

6:1 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)穂を摘み、手でもんで食べていた。

6:2 パリサイ人が言った、「なぜあなた達は、安息日にしてはならぬことをするのか。」

6:3 イエスが答えて言われた、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供をしている者も空腹の時にしたことを、(聖書で)読んだことすらないのか。

6:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも食べてはならない『供えのパンを』取って食べ、供の者にわけてやったことを。」

6:5 また彼らに言われた、「人の子(わたし)は安息日の主人である。」

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

6:7 聖書学者とパリサイ人たちが、イエスは安息日になおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る口実を見つけるためであった。

6:8 イエスは彼らの考えを知って、手のなえた男に「立って真中に出てこい」と言われると、立ち上がって出てきた。

6:9 イエスが彼らに言われた、「尋ねるが、安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと、滅ぼすのと、どちらが正しいだろうか。」

6:10 そして一同を見まわして、その人に言われた、「手をのばせ。」その通りにすると、手が直った。

6:11 彼らは狂わんばかりに怒って、イエスをどうしょうかと話し合った。

 

塚本訳 ルカ 6:1-11