to 日記と感想 2016年01月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


何が最高の喜びか・・・この世の大きさ、高さ、強さ、平和、安心でなく神の霊との交わり・・・ ++++++++ 所感

2016/01/31 06:23

160131(日)キリスト者の皆様お早うございます。今日は「主の日」です。三男の家の手伝いに福島県二本松に行っていた妻は早朝に出立、「主の集まり」で会う。●朝の黙想「何が最高の喜びか・・・この世の大きさ、高さ、強さ、平和、安心でなく神の霊との交わり・・・」●今日の集会は私が当番で、話の内容は昨日のブログにアップした。マニフィカトの冒頭に圧倒され、心一杯胸一杯である。

文語訳 ルカ 1:46-4
1:46 マリヤ言ふ、『わがこころ主をあがめ、
1:47 わが靈はわが救主なる神を喜びまつる。


口語訳 ルカ 1:46-47
1:46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、
1:47 わたしの霊は救主なる神をたたえます。


新改訳 ルカ 1:46-47
1:46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。


新共同 ルカ 1:46-47
1:46 そこで、マリアは言った。
1:47 「わたしの魂は主をあがめ、/わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。


塚本訳 ルカ 1:46-47
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』


NKJV ルカ 1:46-47
1:46 And Mary said:"My soul magnifies the Lord,
1:47 And my spirit has rejoiced in God my Savior.


TEV ルカ 1:46-47
1:46 Mary said, /"My heart praises the Lord;
1:47 my soul is glad because of God my Savior,


●「こころ」なのか「霊」なのか、心と霊は違うのか、語学的なことはわからないが、その実態真理はわかる。聖書の読み方はここにある。
●その真理は新約聖書の中心的使信である。一つだけ挙げれば次である。


塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


●8:00 東京聖書読者会へ出発。途中中村陸郎先生(医者・無教会渋谷集会)と渋谷まで懇親懇談。集会で今朝二本松を出立した妻と会う。高木(司会、ローズンゲンから選定)、横田(神の存在証明、トマスアクイナス、神学大全、)、高橋(マリヤの賛美の歌)●昼食は小寺ご夫妻と4名。

●今朝の中村先生のお話では現代の最大の問題は「無神論」であることだと言われる。神が分かる、信じられると言う人は昔も今も少ない。しかし今の世にも神を信じる人は少数だが必ずいるということで意見が一致してそれぞれの集会に別れた。

塚本訳 ロマ 9:27
9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。


塚本訳 ロマ 11:4-5
11:4 ところが彼に対する神のお告げはどうであるか。──「『わたしは(異教の神)バアルに膝をかがめなかった男子七千人を』自分のために『残しておいた。』」
11:5 だから、同じように今の世にも、恩恵の選びによる残りの者がある。


塚本訳 ヨハ 6:45-46
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。
6:46 (聞き、学ぶと言っても、)これはだれかが父上を見たというのではない。神のところから来た者、(すなわちわたし)だけが、父上を見たのである。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。










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明日の感話・・・マリヤの賛美の歌・・・ ++++++++ 所感

2016/01/30 10:04

160130(土)キリスト者の皆様お早うございます。4時起床。明日の集会感話をまとめた。

1月31日集会感話原稿
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聖書で聖書を読む                            ルカ福音書

マリヤの讃美の歌(ルカ1:46-56)

・・・新しき時代来る。福音の喜びの歌・・・

2016年1月31日 東京聖書読者会 高橋照男

●序

・マリヤはわが子の死の悲しみからその有体的復活に接して喜びに変わった

序―①)塚本訳 ヨハ 19:25

19:25 ところが一方、イエスの十字架のわきには、その母(マリヤ)と母の姉妹、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。

 

・わが子が目の前で十字架で惨殺されるのを見たことは、人間として、女性として、母としてこれ以上の不幸悲しみは無い。

・死別の悲しみ。「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」。ベルゴレージ、パレストリーナ、ドヴォルザークなどの音楽。ミケランジェロの「ピエタ」。

 

序―②)塚本訳 使  1:13-14

1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。

1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった

 

・ルカは、マリヤの心が喜びに変わったことを知っていてマリヤが神の子を身ごもった場面において新時代到来の歌を歌わせた。これが「マリヤの讃美の歌」で、この詩によって我々はルカの信仰に接する。イエスの「時代変化の意識」もこの歌と通じる。後にダンテはマリヤを「乙女なる母、自分の子の娘」と歌った。(「神曲」の最終歌「天国篇第33歌」)。マリヤは有体的復活の証人である使徒達に囲まれていて、これが彼女の「生活の座」であった。

 

序―③)塚本訳 ルカ 4:18-21

4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』

4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』

4:20 イエスは(読み終ると、)聖書を巻き、係の者に返して坐られた。礼拝堂にいる者の目が皆彼にそそがれた。

4:21 イエスは、「(今)あなた達が聞いたこの聖書の言葉は、今日(ここで)成就した」と言って話を始められた。

 

序―④)塚本訳 ルカ 16:16

16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と[聖書](の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

 

序―⑤)塚本訳 Ⅱコリ6:2

6:2 『恵みの時にわたしはあなたの願いを聞きとどけ、救いの日にわたしはあなたを助けた。』と神は仰せられるではないか。見よ、今や『大いなる恵みの時』、見よ今や『救いの日』!

 

塚本訳 ルカ 1:46

1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしのは主を』あがめ、

・マリヤの賛歌。マニフィカト Magnificat。ルカは最高のキリスト教詩人。

・ルカ福音書の4大讃歌(キャンティカムCanticum)の共通点は、福音の喜び

 

46-①)マニフィカト(Magnificat) ルカ146-55 ・・・モンテヴェルディ(聖母マリヤのための夕べの祈り・晩課)、バッハ(カンタータ10番BWV10、マニフィカトBWV243)、モーツァルト(K339荘厳晩課ヴェスペレ)、讃美歌95 Mary’s Song

 

46-②)ベネディクトゥス(Benedictus) ルカ167-79・・・バッハ(ロ短調ミサ曲BWV232)、讃美歌94

 

46-③)グローリア(Gloria in excelsis Deo)ルカ214・・・、バッハ(ロ短調ミサ曲BWV232)、讃美歌106、115、119

 

46-④)ヌンク・ディミティス(Nunc dimitis)ルカ229-32・・・讃美歌97

塚本訳 ルカ 1:47

1:47 わたしのは、『救い主なる神を喜びたたえる、

・キリストの降誕と有体的復活は人類救済の証明の喜び。ルカ福音書「マニフィカト」。ヴェートーヴェン交響曲第九番「歓喜の歌」もこれに遠く及ばない。

 

47-①)塚本訳 ルカ 2:10

2:10 天使が言った、「こわがることはない。いまわたしは、(イスラエルの)民全体への大きな喜びのおとずれを、あなた達に伝えるのだから。

 

47-②)塚本訳 ルカ 10:9

10:9 その町の病人をなおし、また(町の)人々に、『あなた達には神の国(の喜び)が近づいた』と言え。

 

塚本訳 ルカ 1:48

1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』

・このダメでみじめな私にも神が目をかけてくださった。この一句にパウロの神学の全部が入る。

 

48-①)口語訳 Ⅰサム2:8  (ハンナの祈り)

2:8 貧しい者を、ちりのなかから立ちあがらせ、/乏しい者を、あくたのなかから引き上げて、/王侯と共にすわらせ、/栄誉の位を継がせられる。地の柱は主のものであって、/その柱の上に、世界をすえられたからである。

 

48-②)口語訳 詩  136:23

136:23 われらが卑しかった時に/われらをみこころにとめられた者に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。

 

48-③)塚本訳 Ⅰコリ1:28-29

1:28 また世の身分の低いもの、軽蔑されているもの、(いや、あっても)無い(ように思われている)ものを神はお選びになった、ある(と思われている)ものを無にするためである。

1:29 こうして、だれ一人神の前で誇ることのないようにされたのである。

 

塚本訳 ルカ 1:49

1:49 力の強いお方がわたしに大きなことをしてくださったのです。『そのお方の名は聖で、』

・「わたしに大きなことをしてくださった」という喜びの実感が神への感謝。

 

49-①)口語訳 詩  126:2-3

126:2 その時われらの口は笑いで満たされ、われらの舌は喜びの声で満たされた。その時「主は彼らのために大いなる事をなされた」と/言った者が、もろもろの国民の中にあった。

126:3 主はわれらのために大いなる事をなされたので、われらは喜んだ。

 

49-②)口語訳 イザ 57:15

57:15 いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえられる者がこう言われる、「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。

 

49-③)塚本訳 ルカ 7:16

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

 

塚本訳 ルカ 1:50

1:50 『その憐れみは千代よろず代とかぎりなく、そのお方を恐れる者にのぞみましょう。』

・神を恐れる恐れは人間のあるべき姿。人としての究極の目的。

 

50-①)口語訳 詩  118:4

118:4 主をおそれる者は言え、「そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と。

 

50-②)口語訳 箴  1:7

1:7 主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

 

50-③)塚本訳 ピリ 3:3

3:3 (割礼は無いが、)私達こそ本当の割礼者である。(その証拠には、)私達は神の霊によって神に仕え、(ただ)キリスト・イエスを誇りとし、(決して)肉に、(人間の特権に)頼らないからだ──

 

塚本訳 ルカ 1:53

1:53 飢えた者を宝で満たし、』『富める者を』『空手で追いかえされましょう。』

・人は神と富に同時に仕えることはできない。キリスト信者の富は神への信仰。

 

53-①)口語訳 詩  146:6-7

146:6 主は天と地と、海と、その中にあるあらゆるものを造り、とこしえに真実を守り、

146:7 しえたげられる者のためにさばきをおこない、飢えた者に食物を与えられる。主は捕われ人を解き放たれる

 

53―②)塚本訳 ルカ 16:13

16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

 

53‐③)塚本訳 ルカ 18:13-14

18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。

18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。

 

塚本訳 ルカ 1:54

1:54 永遠に『その憐れみを忘れず、』その僕イスラエルの民を助けてくださるでしょう、

・神の心と旧約の預言はイエスの言動と有体的復活で成就した。ここに喜び有

 

54-①)口語訳 イザ 46:3-4

46:3 「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、わたしに負われ、胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、わたしに聞け。

46:4 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。

 

54-②)口語訳 イザ 49:15

49:15 「女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。

 

54-③)塚本訳 ルカ 15:4

15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

 

54-④)塚本訳 ルカ 19:5

19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」

 

塚本訳 ルカ 1:55

1:55 『われらの先祖たち、すなわちアブラハム』とその『子孫に』仰せられた『とおりに。』

・救い主の誕生は神の約束。神は約束を忘れず、契約を破られなかった。

 

55-①)口語訳 創  26:4

26:4 またわたしはあなたの子孫を増して天の星のようにし、あなたの子孫にこれらの地をみな与えよう。そして地のすべての国民はあなたの子孫によって祝福をえるであろう

 

55-②)口語訳 エレ 33:14-15

33:14 主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家に約束したことをなし遂げる日が来る。

33:15 その日、その時になるならば、わたしはダビデのために一つの正しい枝を生じさせよう。彼は公平と正義を地に行う。

 

55-③)塚本訳 ルカ 1:72-74

1:72 主はこうして、『われらの先祖に憐れみを』ほどこし、また『その』聖なる『契約、

1:73 (すなわち)先祖『アブラハムにお立てになった』誓いを『おぼえ、』

1:74 わたし達を敵の手から救いだし、不安なく、主に奉仕させてくださるのである、

 

塚本訳 ルカ 1:56

1:56 マリヤは三か月ほどエリサベツと一しょにいて、家に帰った

・救いを頂いて神を信じられた人は、元の普通の自分の生活に戻るために「家に帰る」ところに意味がある。その後は神に希望を置いて生きるように変わる。

 

56-①)塚本訳 ヨハ 4:49-51

4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、

4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった

4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。

 

56-②)塚本訳 ルカ 8:38-39

8:38 (帰ろうとされる時に、)悪鬼を追い出された男がお供をしたいと願ったが、(許さず、)こう言ってお帰しになった

8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした

 

56-③)塚本訳 Ⅰペテ2:9-10

2:9 しかし君達は『選ばれた種族、王なる祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業いさおし)を宣べるためである』

2:10 (誠に)君達はかつては、「『非民』」(であったが)今や神の民、(前には神に)『憐れまれぬ者』(であったが)今や憐れまれる者(となった)。

 

●結論

・「マリヤの讃美の歌」は神の子キリストの降世と有体的復活により人類に新しき時代が来た喜びの歌。「信仰による希望」に生きる喜びの時代になった。バッハカンタータ第147番BWV147より「主よ、人の望みの喜びよ」

 

結論-①)塚本訳 黙 5:5
5:5
すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

結論-②)塚本訳 ペテ1:3
1:3
讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、

結論-③)塚本訳 コリ5:1
5:1
なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

結論-④)塚本訳 黙  14:13

14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


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1月31日集会感話原稿終わり

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:37
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塚本訳 ルカ 6:37

6:37 (人を)裁くな、そうすれば(神に)裁かれない。(人を)罪に落すな、そうすれば罪に落されない。赦してやれ、きっと(神に)赦される。


●この世の裁判制度の否定か。●「裁く」とはどういうことか●神による「赦し」が先行する。●神の赦しを知っていながら人を裁いたが故に神に裁かれた例●「裁くな」の命令は「神の赦し」の先行がある人に向けられた言葉。●裁かないで「贖いの道」を歩め。そかしそれは「十字架の苦」。

 

塚本訳 マタ 6:12-15

6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。

6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。

6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

 

塚本訳 マタ 7:1-6

7:1 (人を)裁くな、自分が(神に)裁かれないためである。

7:2 (人を)裁く裁きで、あなた達も裁かれ、(人を)量る量りで、あなた達も量られるからである。

7:3 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。

7:4 また、どうして兄弟にむかって、『あなたの目の塵を取らせてくれ』と言うのか。そら、自分の目に梁があるではないか。

7:5 偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目の塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

7:6 (とはいえ、正しい判断は出来ねばならない。神に供えた肉など)神聖な物を犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。豚はそれを足で踏みつけ、向き直ってあなた達を噛み裂くかも知れない。

 

塚本訳 マタ 18:21-35

18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」

18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

18:23 だから天の国は、王が家来たちとの貸し借りを清算しようとするのに似ている。

18:24 清算を始めると、(王に対し)一万タラント[三百億円]の借りのある家来がつれて来られた。

18:25 返すことができないので、主人は(その家来に、)自分も妻も子も持ち物も全部売って返すように命じた。

18:26 家来はひれ伏して、しきりに願った、『しばらく待ってください。全部お返ししますから。』

18:27 そこで主人は気の毒に思って、身柄をゆるした上、借金にまで棒を引いてやった。

18:28 ところがその家来は出ていって、自分に百デナリ[五万円]を借りているひとりの同僚に出合うと、これをつかまえ、喉頚をしめて、『借りているものを返せ』と言った。

18:29 同僚はひれ伏して、『ちょっと待ってくれ。返すから』と頼んだ。

18:30 しかし承知せず、(裁判官につれて)行って、負債を返すまで牢に入れた。

18:31 その人の同僚たちはこの出来事を見て非常に悲しみ、行って、出来事の一部始終を主人に報告した。

18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。

18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)

18:35 わたしの天の父上も、もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」

 

塚本訳 ヨハ 8:4-9

8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。

8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」

8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。

8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」

8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。

8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。

 

塚本訳 ヨハ 8:10-11

8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」

8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420637そして、あなたたちはさばくな、そうすればさばかれることはないだろう。また、あなたたちは罪に定めるな、そうすれば罪に定められることもないだろう。あなたたちは赦せ、そうすれば赦してもらえるだろう。

 

新共同訳1987

6:37 「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。

 

前田訳1978

6:37 裁くな、そうすれば裁かれまい。陥れるな、そうすれば陥れられまい。ゆるせ、そうすればゆるされよう。

 

新改訳1970

6:37 さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。

 

塚本訳1963

6:37 (人を)裁くな、そうすれば(神に)裁かれない。(人を)罪に落すな、そうすれば罪に落されない。赦してやれ、きっと(神に)赦される。

 

口語訳1955

6:37 人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。

 

文語訳1917

"420637","人を審くな、さらば汝らも審かるる事あらじ。人を罪に定むな、さらば、汝らも罪に定めらるる事あらじ。人を赦せ、さらば汝らも赦されん。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 6:12-15

6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。

6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。

6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

 

塚本訳 マタ 5:48

5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

 

塚本訳 マタ 18:18

18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。

 

塚本訳 マタ 7:1-6

7:1 (人を)裁くな、自分が(神に)裁かれないためである。

7:2 (人を)裁く裁きで、あなた達も裁かれ、(人を)量る量りで、あなた達も量られるからである。

7:3 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。

7:4 また、どうして兄弟にむかって、『あなたの目の塵を取らせてくれ』と言うのか。そら、自分の目に梁があるではないか。

7:5 偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目の塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

7:6 (とはいえ、正しい判断は出来ねばならない。神に供えた肉など)神聖な物を犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。豚はそれを足で踏みつけ、向き直ってあなた達を噛み裂くかも知れない。

 

塚本訳 マタ 18:21-35

18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」

18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

18:23 だから天の国は、王が家来たちとの貸し借りを清算しようとするのに似ている。

18:24 清算を始めると、(王に対し)一万タラント[三百億円]の借りのある家来がつれて来られた。

18:25 返すことができないので、主人は(その家来に、)自分も妻も子も持ち物も全部売って返すように命じた。

18:26 家来はひれ伏して、しきりに願った、『しばらく待ってください。全部お返ししますから。』

18:27 そこで主人は気の毒に思って、身柄をゆるした上、借金にまで棒を引いてやった。

18:28 ところがその家来は出ていって、自分に百デナリ[五万円]を借りているひとりの同僚に出合うと、これをつかまえ、喉頚をしめて、『借りているものを返せ』と言った。

18:29 同僚はひれ伏して、『ちょっと待ってくれ。返すから』と頼んだ。

18:30 しかし承知せず、(裁判官につれて)行って、負債を返すまで牢に入れた。

18:31 その人の同僚たちはこの出来事を見て非常に悲しみ、行って、出来事の一部始終を主人に報告した。

18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。

18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)

18:35 わたしの天の父上も、もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」

 

塚本訳 マタ 15:14

15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

 

塚本訳 ロマ 2:1-2

2:1 だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。

2:2 わたし達が知っているように、(いま言った)こんなことをする者を、神は真理によってお裁きになる。

 

塚本訳 ロマ 14:3-4

14:3 (肉)を食べる人は食べない人を軽蔑してはならないし、(肉を)食べない人は食べる人を裁いてはならない。神はその人をも(聖徒の)仲間にお入れになったのだから。

14:4 いったい何者なれば、あなたは他人[主キリスト]の僕(であるその人)を裁くのか、(あなた自身も僕でありながら。)彼が立っているのも倒れるのも、その主人(の考え)によるのである。しかし彼はしっかり立っていることができるであろう。主人は彼を立てる力をもっているのだから。

 

塚本訳 Ⅰコリ4:3-5

4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない。

4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である。

4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。

 

塚本訳 Ⅰコリ5:3

5:3 現にわたしとしては、体ではそこにいないが、霊では居合わせて、そんなことを仕出かした者に対し、(わたし自身が)居合わせたかのように、すでに決断を下してしまった。

 

塚本訳 ロマ 2:21

2:21 それで、人を教えながら、あなたは自分を教えないのか。盗んではならないと説きながら、盗むのか。

 

塚本訳 ロマ 14:4

14:4 いったい何者なれば、あなたは他人[主キリスト]の僕(であるその人)を裁くのか、(あなた自身も僕でありながら。)彼が立っているのも倒れるのも、その主人(の考え)によるのである。しかし彼はしっかり立っていることができるであろう。主人は彼を立てる力をもっているのだから。

 

塚本訳 Ⅰコリ13:4-7

13:4 愛はじっと辛抱する、愛は親切である。妬まない、愛は自慢しない、得意にならない。

13:5 無作法をしない、自分勝手をしない。激昂しない、『(人の)悪いことを根にもたない』。

13:6 偽りを見て喜ばない、むしろ真理を喜ぶ。

13:7 すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐え忍ぶ。

 

塚本訳 ピリ 3:12

3:12 しかしこれは(何も)既に(それを)捉えたとか、既に完成されているとか言うのでは(もちろん)ない。ただもしや私も(それを)捉えることが出来はしないかと、走っているまでである。私もキリスト・イエスに捉えられたのだから。

 

塚本訳 ロマ 2:21

2:21 それで、人を教えながら、あなたは自分を教えないのか。盗んではならないと説きながら、盗むのか。

 

塚本訳 ヤコ 2:13

2:13 憐憫を行わぬ者には憐憫なき審判があるのである。憐憫は審判に向かって勝ち誇る。

 

塚本訳 ロマ 14:10-16

14:10 それなのに、あなたはなんで自分の兄弟を、(肉を食べるからとて)裁くのか。またあなたも、なんで自分の兄弟を、(野菜ばかり食べるとて)軽蔑するのか。(裁くお方は神、)わたし達は(最後の日に)一人のこらず、神の裁判席の前に出なければならないのである。

14:11 こう書いてあるではないか。『主は(御自分を指して誓って)言われる、わたしは生きている!』『すべての膝はわたしの前にかがみ、すべての舌は神を讃美するであろう。』

14:12 従って、わたし達は(人を裁くどころか、裁きの日には)ひとりびとり、神に自分のことを弁明せねばならない。

14:13 だから、これからは互に裁き合うことをやめようではないか。(そして、これは信仰が強くてなんでも食べる人に言うのであるが、)あなた達はいっそ兄弟の前に躓きや邪魔物を置かないように、心に決めたらどうだ。

14:14 [(わたしが知りまた主イエスにあって確信しているところでは、その物自体、汚れているものは何もなく、ただ汚れていると思うその人にだけ、汚れているのである。(だから何を食べてもよく、人が食べるのを咎めてはならない。)]

14:15 なぜなら、食べ物のために兄弟(の良心)を苦しめるならば、あなたはもう愛によって歩いていないのだから。あなたの食べ物などで、兄弟を滅ぼしてはならない。キリストはその人の(救いの)ためにも死んでくださったのである。

14:16 だから、あなた達がもっている善いもの[福音の自由]を人にあざけられてはならない。

 

塚本訳 ヤコ 4:11-12

4:11 兄弟達よ、互いに譏るな。兄弟を譏る者、兄弟を審く者は、律法を譏り、律法を審くのである。そして君達が律法を審けば、律法を行う者でなく(その)審判者である。

4:12 立法者また審判者は、(人を)救いまた滅ぼすことの出来る彼(ただ)一人である。(神に代わって)隣人を審く君は(一体)何者だ!

 

塚本訳 マタ 5:7

5:7 ああ幸いだ、憐れみ深い人たち、(かの日に)憐れんでいただくのはその人たちだから。

 

塚本訳 マコ 11:25-26

11:25 なお立って祈っている時に、だれかに恨みがあったら赦してやれ。これは天の父上からも、あなた達の過ちを赦していただくためである。」

11:26 (無し)

 

塚本訳 ルカ 17:3-4

17:3 (人を罪にいざなわぬように注意せよ。(また)もし兄弟が(あなたに対して)罪を犯したら、これを咎め、悔改めたら、赦してやりなさい。

17:4 あなたに対して一日に七度罪を犯しても、七度『すまなかった』と言って、あなたの所へもどってきたら、七度赦してやらねばならない。」

 

塚本訳 エペ 4:32

4:32 互いに親切で、憐憫深く、神がキリストにおいて君達を赦し給うたように互いに赦し合え。

 

塚本訳 コロ 3:13

3:13 互いに我慢して、たとい誰かに対して不平があっても、互いに赦し合え。主が君達を赦し給うたように、君達も赦せ。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:37 終わり


●15:15 さよなら原発にしたま主催、映画上映会「知っていますか?原発のすべて」。
三男一家が原発の被害に遭ったことは不幸であったが、それにより彼は十字架がわかったことは神の摂理であった。神はヤッテくれた。神が教えてくれた。

文語訳 ヨハ 6:45
6:45 預言者たちの書に「彼らみな神に教へられん」と録されたり。すべて父より聽きて學びし者は我にきたる。


口語訳 ヨハ 6:45
6:45 預言者の書に、『彼らはみな神に教えられるであろう』と書いてある。父から聞いて学んだ者は、みなわたしに来るのである。


新改訳 ヨハ 6:45
6:45 預言者の書に、『そして、彼らはみな神によって教えられる。』と書かれていますが、父から聞いて学んだ者はみな、わたしのところに来ます。


新共同 ヨハ 6:45
6:45 預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。


塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


●この世の不幸は神を知るために備えられる。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。


●息子はパウロの「人類は呻いている」という」言葉に捕えられて号泣し、十字架を分からせていただいた。

塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版「ヨハネの黙示録」の意見具申を終えて、最後の審判は「第二の死」からの救いであることを知り、大なる益であった。黙示録怖くない。小羊の死で我々は救われ、永遠の命を頂ける。これさえあればこの世の不幸は「ナンノコレシキ」だ。

塚本訳 黙  2:11
2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。


塚本訳 黙  20:6
20:6 幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。


塚本訳 黙  20:14
20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。


塚本訳 黙  21:8
21:8 しかし臆病者、不信の者、嫌悪むべき者、(また)殺人者、淫行の者、魔術を行う者、(また)偶像礼拝者、凡ての虚偽者──彼らの運命は、火と硫黄の燃えている池に投げ込まれることである。これは第二の死、(すなわち最後の死)である。」



 

 

 

 

 

 

 

 

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芥子粒ほどの信仰・・・・追い詰められた時に神を信じ込むこと・・・ ++++++++ 所感

2016/01/29 05:30

160129(金)キリスト者の皆様お早うございます。4時起床。昨夜は建築の耐震補強に「強い鉄筋」を用いるアイデアの夢を見た。文字通り「筋金入り」の工法である。●翻って「筋金入りの信仰」とは何かを黙想した。それは全能の神を「芥子粒ほどの信仰」でもよいから信じ込む」ことである。主は我々にそのことを口を酸っぱくして教えた。それが苦難多きこの人生を安らかに渡って行く鍵である。●今朝はこのことをイエスの実際教育を通して見てみよう。

塚本訳 ルカ 17:5-6
17:5 使徒たちが主に言った、「もっと信仰を下さい。」
17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう。

塚本訳 マタ 6:7-8
6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。
6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である

塚本訳 マタ 9:20-22
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである
9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。

塚本訳 ルカ 23:42-44
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」
23:44 すでに昼の十二時ごろであったが、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。

塚本訳 ルカ 7:6-9
7:6 イエスは彼らと連れ立って行かれた。しかし、すでにその家から程遠からずなったとき、百卒長は友人たちをやって言わせた、「主よ、ご足労くださらぬように。わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。
7:7 だから自分でお願いに出る資格もないと考えたのです。(ここでただ)一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
7:8 というのは、わたし自身も指揮権に服する人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
7:9 イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た群衆の方に振り向いて言われた、「わたしは言う、イスラエルの人の中でも、こんな(りっぱな)信仰を見たことがない。」

塚本訳 ヨハ 4:46-50
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった

塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 11:39-44
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 14:25-32
14:25 第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ、)イエスは湖の上を歩いて彼らの所に来られた。
14:26 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って肝をつぶし、恐ろしさのあまり叫んだ。
14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」
14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」
14:32 そして二人が舟に乗ると、風はやんだ。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 6:26-30
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。
しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。



塚本訳 ルカ 23:42-44
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」
23:44 すでに昼の十二時ごろであったが、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。昨日は御高齢の某女から自分の今後の生活についてご心配のお電話を頂いた。私としては上記の「主の言葉」のいくつかを話して、励ました。しかしこれは私自身の心配でもある。明日は我が身。自戒。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:36
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塚本訳 ルカ 6:36

6:36 あなた達の(天の)父上が慈悲深くあられるように、慈悲深くあれ。

●(天の)父上のようになれとは。慈悲深くあれとは。

 

塚本訳 マタ 18:21-22

18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」

18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

 

塚本訳 ルカ 17:3-4

17:3 (人を罪にいざなわぬよう)に注意せよ。(また)もし兄弟が(あなたに対して)罪を犯したら、これを咎め、悔改めたら、赦してやりなさい。

17:4 あなたに対して一日に七度罪を犯しても、七度『すまなかった』と言って、あなたの所へもどってきたら、七度赦してやらねばならない。」

 

塚本訳 マタ 18:28-33

18:28 ところがその家来は出ていって、自分に百デナリ[五万円]を借りているひとりの同僚に出合うと、これをつかまえ、喉頚をしめて、『借りているものを返せ』と言った。

18:29 同僚はひれ伏して、『ちょっと待ってくれ。返すから』と頼んだ。

18:30 しかし承知せず、(裁判官につれて)行って、負債を返すまで牢に入れた。

18:31 その人の同僚たちはこの出来事を見て非常に悲しみ、行って、出来事の一部始終を主人に報告した。

18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。

18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

 

塚本訳 マタ 5:44-45

5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。

5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

 

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9

3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。

3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

 

塚本訳 ヨハ 5:18-19

5:18 このためユダヤ人は、いよいよイエスを殺そうと思った。安息日を破るばかりでなく、神を自分の父と言って、自分を神と等しくされたからである。

5:19 そのとき、イエスは彼らに答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、子は父上のなさることを見て(それを真似るので)なければ、自分では何一つすることが出来ない。父上のなさるのと同じことを、子もまたするのだから。

 

塚本訳 ヨハ 12:49-50

12:49 わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。

12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

 

塚本訳 ヨハ 15:4-5

15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来ないように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない。

15:5 わたしが葡萄の木、あなた達は蔓である。わたしに留っており、わたしもその人に留っている人だけが、多くの実を結ぶのである。あなた達はわたしを離れては、何一つすることは出来ないのだから。

 

塚本訳 マタ 12:33-34

12:33 木を良いとするなら、その実をも良いとせよ。また、木を悪いとするなら、その実をも悪いとせよ。木(の良し悪し)は実で知られるのである。

12:34 蝮の末よ、あなた達(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう。心にあふれて口に出るのだから。

 

塚本訳 ヨハ 8:37-38

8:37 あなた達がアブラハムの子孫であることをわたしは知っている。ところがあなた達は(わたしを信ずるには信じたが、)わたしを殺そうとしている。(それは当然だ。)わたしの言葉が、あなた達の(心の)中で根を張らないのだから。

8:38 わたしは父上のところで見たことを語り、あなた達も同じく(自分の)父から聞いたことをする。」

 

塚本訳 ヨハ 14:8-12

14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」

14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。

14:11 (だから)あなた達は、わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを信ぜよ。しかしもしそれができないなら、(わたしがする)業そのものによって信ぜよ。

14:12 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしを信ずる者は、わたしがするのと同じ業をすることができる。いや、それよりももっと大きな業をすることができる。わたしが父上の所に行って、

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420636あなたたちの父が情け深いように、あなたた[]情け深くなれ。

 

新共同訳1987

6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

 

前田訳1978

6:36 慈悲深くあれ、あなた方の父が慈悲深くいますように。

 

新改訳1970

6:36 あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。

 

塚本訳1963

6:36 あなた達の(天の)父上が慈悲深くあられるように、慈悲深くあれ。

 

口語訳1955

6:36 あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。

 

文語訳1917

"420636","汝らの父の慈悲なるごとく、汝らも慈悲なれ。"

 

BbBTSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 5:48

5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

 

塚本訳 マタ 7:1-5

7:1 (人を)裁くな、自分が(神に)裁かれないためである。

7:2 (人を)裁く裁きで、あなた達も裁かれ、(人を)量る量りで、あなた達も量られるからである。

7:3 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。

7:4 また、どうして兄弟にむかって、『あなたの目の塵を取らせてくれ』と言うのか。そら、自分の目に梁があるではないか。

7:5 偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目の塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

 

塚本訳 ルカ 5:36

5:36 なお一つの譬を彼らに話された、「新しい着物を切って、古い着物に継ぎをする者はない。そんなことをすれば、新しい着物も疵ものになり、新しいのから切った継ぎも古いのにあわない。

 

塚本訳 ロマ 2:1-2

2:1 だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。

2:2 わたし達が知っているように、(いま言った)こんなことをする者を、神は真理によってお裁きになる。

 

塚本訳 ロマ 14:3-4

14:3 (肉)を食べる人は食べない人を軽蔑してはならないし、(肉を)食べない人は食べる人を裁いてはならない。神はその人をも(聖徒の)仲間にお入れになったのだから。

14:4 いったい何者なれば、あなたは他人[主キリスト]の僕(であるその人)を裁くのか、(あなた自身も僕でありながら。)彼が立っているのも倒れるのも、その主人(の考え)によるのである。しかし彼はしっかり立っていることができるであろう。主人は彼を立てる力をもっているのだから。

 

塚本訳 Ⅰコリ4:3-5

4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない。

4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である。

4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。

 

塚本訳 ロマ 14:4

14:4 いったい何者なれば、あなたは他人[主キリスト]の僕(であるその人)を裁くのか、(あなた自身も僕でありながら。)彼が立っているのも倒れるのも、その主人(の考え)によるのである。しかし彼はしっかり立っていることができるであろう。主人は彼を立てる力をもっているのだから。

 

塚本訳 Ⅰコリ13:4-7

13:4 愛はじっと辛抱する、愛は親切である。妬まない、愛は自慢しない、得意にならない。

13:5 無作法をしない、自分勝手をしない。激昂しない、『(人の)悪いことを根にもたない』。

13:6 偽りを見て喜ばない、むしろ真理を喜ぶ。

13:7 すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐え忍ぶ。

 

塚本訳 ロマ 2:21

2:21 それで、人を教えながら、あなたは自分を教えないのか。盗んではならないと説きながら、盗むのか。

 

塚本訳 エペ 4:31

4:31 凡ての苦いこと、憤怒、怒り、喧噪、誹謗、並びに凡ての悪意を君達から除け。

 

塚本訳 エペ 5:1-2

5:1 (これらは要するに愛である。)だから、(既に神の愛子となった君達は)愛子らしく(愛なる)神を真似る者となれ。

5:2 そして愛に歩め──キリストが君達を愛し、私達のために自分を『献げ物また犠牲』として献げ、神への『馨しい香りとなり』給うたように。

 

塚本訳 Ⅰペテ1:15-16

1:15 君達を召し給うた聖なるお方に倣って、君達も凡ての生活において聖くなれ。

1:16 「『われ聖ければ汝等も聖かれ』」と(聖書に)書いてあるからである。

 

塚本訳 ロマ 5:8

5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:36おわり

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版「哀歌」2章意見具申。
●13:30 ルピアで「介護教室」今日のテーマは遺言と相続。
●アルプスでコロッケ3ケ。100円ショップどぇレッグウォーマー
●サンドラッグで風邪薬。

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病の益・・・神と永遠の命を知る門・・・ ++++++++ 所感

2016/01/28 07:12

160128(木)5時起床。キリスト者の皆様お早うございます。昨日は風邪気味だったが次の聖日は感話なので病気などしていられないと思い8時間熟睡。まだ喉が痛いが、私の一番の弱点である「発熱」は免れた。SA氏は私に「人間、使命があるうちは死なない」と言ってくださったことがある。●今朝の黙想は「病の益・・・神と永遠の命を知る門・・・」。病に対する世の慰めは「同情」であって救いはない。下重暁子の「家族という病」、大島渚の「失って得る。・・・脳出血で倒れて新しい自分と出会う・・・」。いずれも体験談なので「上から目線」でないところがすぐれている。しかしそこに「本当の救い」がない。本当の救いは「神と永遠の命」を知るの道である。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう
。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 マタ 7:7-11
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者にい物を下さらないことがあるだろうか。

塚本訳 マタ 5:45
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 ヨハ 17:1-3
17:1 イエスはこれらのことを話されると、目を天に向けて(祈って)言われた、「お父様、いよいよ時が来ました。子があなたの栄光をあらわすために、どうか(子を十字架につけて、)子に栄光を与えてください。
17:2 あなたは、子に下さいました者に一人のこらず永遠の命を与えさせるため、全人類を支配する全権を子に与えられたのですから。
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである


●「老人ホーム」に行くとそこは「死を待つ人の谷」のようで、希望と明るさがなく、光がない。老人ホームばかりでなく、世界一長寿の日本の老人は「死を待つ」だけの「老年の時」であって暗い。昨日は介護疲れから長年連れ添った伴侶を殺したという痛ましいニュースが入ってきた。●老人ばかりではない。若者も「生きる喜び」を見いだせないでいる。●若者の晩婚化は「結婚生活」や「家庭」に喜びを見いだせないということが原因だ。単に「良い人」に巡り合うことができないという理由ではない。親が喧嘩しているのを見ると結婚がイヤになってしまっているのだ。暗い家庭を創っている親たちに責任がある。●肉体の病、家族という病、老醜という病、これらはみな神と永遠の命を見出すための門である。病は不幸であるが、これが契機で永遠の命を知ることができれば、「不幸亦益」である。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。


塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

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朝の黙想おわり。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:35
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塚本訳 ルカ 6:35

6:35 しかし、あなた達は敵を愛せよ、親切をせよ、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美をどっさりいただき、かつ、いと高きお方の子となるであろう。いと高きお方は恩知らずや悪人にも、憐れみ深くあられるのだから。

●「いと高きお方の子」とはどういう人か。

●愛敵はヒューマニズムや思想や根性論では実行不可能。

●「光の子」になるには「神につながっていれば可能」と言うが。

●神に栄光を帰する道で可能。

 

塚本訳 マタ 5:16

5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

 

塚本訳 マタ 5:47-48

5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。

5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

 

塚本訳 マタ 7:12

7:12 だから、何事によらず自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい。これが律法と預言書(と[聖書]の精神)である。

 

塚本訳 マタ 5:44-46

5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。

5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。

 

塚本訳 ルカ 16:8

16:8 すると主人はこの不埒な番頭の利巧な遣り口を褒めた(という話)。この世の人は自分たちの仲間のことにかけては、光の子(が神の国のことに利口である)よりも利巧である。

 

塚本訳 ヨハ 12:36

12:36 光のある間に光を信じて、光の子になりなさい。」、こう話すと、イエスは(そこを)立ち去って、彼らから姿をお隠しになった。(イエスの伝道はこれで終ったのである。)

 

塚本訳 エペ 5:8

5:8 君達はかつては暗であったが、今は主に在って光である。光の子らしく歩け──

 

塚本訳 Ⅰテサ5:4-6

5:4 しかし兄弟達よ、君達は暗の中にいないから、その日が君達に盗人のように襲いかかることは無い。

5:5 皆光の子、昼の子なのだから。私達(主を信ずる者)は夜の者でも、暗の者でもない。

5:6 だから、他の人のように眠っていずに、(いつも)目を覚まし、白面でいようではないか。

 

塚本訳 Ⅰヨハ1:7

1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

 

塚本訳 ピリ 2:15

2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。

 

塚本訳 マタ 4:16

4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』

 

塚本訳 ヨハ 15:1-5

15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。

15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

15:3 あなた達はわたしが語った言葉(を受け入れること)によって(汚れを除かれ)、すでに奇麗になっている。

15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来ないように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない。

15:5 わたしが葡萄の木、あなた達は蔓である。わたしに留っており、わたしもその人に留っている人だけが、多くの実を結ぶのである。あなた達はわたしを離れては、何一つすることは出来ないのだから。

 

塚本訳 ヨハ 15:7-9

15:7 もしあなた達がわたしに留まっており、わたしの言葉があなた達に留まっておれば、なんでもほしいものを願いなさい。かならずかなえられる。

15:8 あなた達が多くの実を結んで、わたしの弟子たることを示すならば、父上はこれによって、栄光を受けられるであろう。

15:9 父上がわたしを愛されたように、わたしもあなた達を愛した。わたしの愛に留っておれ。

 

塚本訳 ヨハ 14:12-13

14:12 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしを信ずる者は、わたしがするのと同じ業をすることができる。いや、それよりももっと大きな業をすることができる。わたしが父上の所に行って、

14:13 あなた達がわたしの名で願えば、なんでもかなえてあげるからだ。これは父上が子によって栄光をお受けになるためである。

 

塚本訳 ヨハ 3:20-21

3:20 悪いことをしている者は皆、光を憎んで光に来ない。自分の行いが明るみに出されたくないのである。

3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」

 

塚本訳 ヨハ 13:35

13:35 互に愛を持つならば、皆がそれによって、あなた達がわたしの弟子であることを知るであろう。」

 

塚本訳 Ⅰヨハ1:7

1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

 

塚本訳 マタ 7:24-29

7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。

7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。

7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。

7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。

7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420635そうではなく、あなたたちの敵を愛せよ、また〔彼らに〕良くせよ、また少しも失望することなく、金を貸せ。そうすれば、あなたたちの報いは多くなるだろうし、あなたたちはいと高き者の子らとなるだろう。なぜならば、いと高き者こそ、恩知らずの者たちにも、悪しき者たちにも、親切だからだ。

 

新共同訳1987

6:35 しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。

 

前田訳1978

6:35 しかし、あなた方は敵を愛し、人によくし、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美は多かろう。そしていと高き方の子となろう。彼は恩知らずや悪者にも恵み深くいますから。

 

新改訳1970

6:35 ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。

 

塚本訳1963

6:35 しかし、あなた達は敵を愛せよ、親切をせよ、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美をどっさりいただき、かつ、いと高きお方の子となるであろう。いと高きお方は恩知らずや悪人にも、憐れみ深くあられるのだから。

 

口語訳1955

6:35 しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。

 

文語訳1917

"420635","汝らは仇を愛し、善をなし、何をも求めずして貸せ、さらば、その報は大ならん。かつ至高者の子たるべし。至高者は、恩を知らぬもの惡しき者にも、仁慈あるなり。"

 

BbBTSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 5:44-47

5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。

5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。

5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。

 

塚本訳 ルカ 1:76-79

1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』

1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。

1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、

1:79 『暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。

 

塚本訳 Ⅱコリ8:9

8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

 

塚本訳 ロマ 5:8-10

5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。

5:10 なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである。

 

塚本訳 ガラ 6:10

6:10 従って、わたし達は時のある間に、すべての人に対し、とくに信仰仲間に対して、善を行なおうではないか。

 

塚本訳 ロマ 12:14

12:14 (あなた達を)迫害する者に(神の)祝福を求め、祝福して呪うな。

 

塚本訳 Ⅰペテ3:9

3:9 悪で悪に、あるいは悪口で悪口に報いず、むしろ反対に、祝福せよ。祝福を相続するために召されたのであるから。

 

口語訳 レビ 25:35-37

25:35 あなたの兄弟が落ちぶれ、暮して行けない時は、彼を助け、寄留者または旅びとのようにして、あなたと共に生きながらえさせなければならない。

25:36 彼から利子も利息も取ってはならない。あなたの神を恐れ、あなたの兄弟をあなたと共に生きながらえさせなければならない。

25:37 あなたは利子を取って彼に金を貸してはならない。また利益をえるために食物を貸してはならない。

 

口語訳 詩  37:25-26

37:25 わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が/食物を請いあるくのを見たことがない。

37:26 正しい人は常に寛大で、物を貸し与え、その子孫は祝福を得る。

 

口語訳 詩  112:5

112:5 恵みを施し、貸すことをなし、その事を正しく行う人はさいわいである。

 

口語訳 箴  19:17

19:17 貧しい者をあわれむ者は主に貸すのだ、その施しは主が償われる。

 

口語訳 箴  22:9

22:9 人を見て恵む者はめぐまれる、自分のパンを貧しい人に与えるからである。

 

塚本訳 Ⅰヨハ3:10-14

3:10 神の子と悪魔の子と(の区別)は、この点において明らかである。──(義を行う者、すなわち兄弟を愛する者は神から出た者であり、)すべて義を行わない者、また兄弟を愛しない者は、神から(出た者)ではない。

3:11 なぜなら、わたし達は互に愛さねばならぬこと、これがあなた達が(イエスが来られた)始めから聞いたおとずれだからである。

3:12 カインのようであってはならない。彼は悪者[悪魔]から出て、弟(のアベル)を殺害したのである。何ゆえに弟を殺害したか。彼の行いは悪く、弟の行いは正しかったからである。

3:13 世があなた達を憎むことを、兄弟たちよ、驚くに及ばない。

3:14 わたし達は(神の子を信ずると同時に、もといた悪魔の支配する)死(と憎みとの世界)から、命(と愛との世界)に移っていることを知っている。なぜなら、わたし達は兄弟を愛するからである。愛しない者は(今もなお)死に留っている。

 

塚本訳 Ⅰヨハ4:7-11

4:7 愛する者たちよ、互に愛しようではないか。愛は神から(出たの)であり、(どんな人でも)愛する者は神から生まれ、また神を知っている(からである)。

4:8 愛さない者は、神を知らない。神は愛であるから。

4:9 神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。

4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

4:11 愛する者たちよ、神はこのようにわたし達を愛されたのだから、わたし達も互に愛する義務がある。

 

口語訳 詩  145:8

145:8 主は恵みふかく、あわれみに満ち、怒ることおそく、いつくしみ豊かです。

 

塚本訳 使  14:17

14:17 それでも、天から雨を振らせて実りの季節を与え、(豊かな)食べ物の楽しみであなた達の心を満たすなど、かずかずの恩恵を施されたのであって、御自分のことを証明せずにおられたわけではない。」

 

口語訳 レビ 25:35-37

25:35 あなたの兄弟が落ちぶれ、暮して行けない時は、彼を助け、寄留者または旅びとのようにして、あなたと共に生きながらえさせなければならない。

25:36 彼から利子も利息も取ってはならない。あなたの神を恐れ、あなたの兄弟をあなたと共に生きながらえさせなければならない。

25:37 あなたは利子を取って彼に金を貸してはならない。また利益をえるために食物を貸してはならない。

 

口語訳 詩  37:25-26

37:25 わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が/食物を請いあるくのを見たことがない。

37:26 正しい人は常に寛大で、物を貸し与え、その子孫は祝福を得る。

 

口語訳 詩  112:5

112:5 恵みを施し、貸すことをなし、その事を正しく行う人はさいわいである。

 

口語訳 箴  19:17

19:17 貧しい者をあわれむ者は主に貸すのだ、その施しは主が償われる。

 

 

口語訳 箴  22:9

22:9 人を見て恵む者はめぐまれる、自分のパンを貧しい人に与えるからである。

 

塚本訳 Ⅰヨハ3:10-14

3:10 神の子と悪魔の子と(の区別)は、この点において明らかである。──(義を行う者、すなわち兄弟を愛する者は神から出た者であり、)すべて義を行わない者、また兄弟を愛しない者は、神から(出た者)ではない。

3:11 なぜなら、わたし達は互に愛さねばならぬこと、これがあなた達が(イエスが来られた)始めから聞いたおとずれだからである。

3:12 カインのようであってはならない。彼は悪者[悪魔]から出て、弟(のアベル)を殺害したのである。何ゆえに弟を殺害したか。彼の行いは悪く、弟の行いは正しかったからである。

3:13 世があなた達を憎むことを、兄弟たちよ、驚くに及ばない。

3:14 わたし達は(神の子を信ずると同時に、もといた悪魔の支配する)死(と憎みとの世界)から、命(と愛との世界)に移っていることを知っている。なぜなら、わたし達は兄弟を愛するからである。愛しない者は(今もなお)死に留っている。

 

塚本訳 Ⅰヨハ4:7-11

4:7 愛する者たちよ、互に愛しようではないか。愛は神から(出たの)であり、(どんな人でも)愛する者は神から生まれ、また神を知っている(からである)。

4:8 愛さない者は、神を知らない。神は愛であるから。

4:9 神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。

4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

4:11 愛する者たちよ、神はこのようにわたし達を愛されたのだから、わたし達も互に愛する義務がある。

 

口語訳 詩  145:8

145:8 主は恵みふかく、あわれみに満ち、怒ることおそく、いつくしみ豊かです。

 

塚本訳 使  14:17

14:17 それでも、天から雨を振らせて実りの季節を与え、(豊かな)食べ物の楽しみであなた達の心を満たすなど、かずかずの恩恵を施されたのであって、御自分のことを証明せずにおられたわけではない。」

 

塚本訳 ルカ 6:27

6:27 しかし(今わたしの話を)聞いているあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を憎む者に親切をつくし、

 

口語訳 詩  37:26

37:26 正しい人は常に寛大で、物を貸し与え、その子孫は祝福を得る。

 

口語訳 詩  112:5-6

112:5 恵みを施し、貸すことをなし、その事を正しく行う人はさいわいである。

112:6 正しい人は決して動かされることなく、とこしえに覚えられる。

 

塚本訳 ルカ 6:30

6:30 求める者にはだれにでも与えよ、あなたの物を奪った者から取り返すな。

 

塚本訳 ルカ 1:30-33

1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。

1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、

1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」

 

塚本訳 マタ 5:9

5:9 ああ幸いだ、平和を作る人たち、神の子にしていただくのはその人たちだから。

 

塚本訳 Ⅱテモ3:1-5

3:1 しかしこのことを知れ──最後の日には(本当に)難しい時が来る。

3:2 (その時)人は(皆)利己主義、金好き、法螺吹き、横柄、冒涜者、親不孝、恩知らず、無道者、

3:3 無情者、頑固者、悪口家、放埒な、粗野な、善の敵、

3:4 裏切り者、向こう見ず、思い上がった、神を愛するより快楽を愛する者になるからである。

3:5 彼らは敬虔を装うが(真面目な生活をしようとせず、)その(乱れた生活によってかえって敬虔の)能力を否定している。彼らを離れよ。

 

塚本訳 ルカ 6:27

6:27 しかし(今わたしの話を)聞いているあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を憎む者に親切をつくし、

 

口語訳 詩  25:7-9

25:7 わたしの若き時の罪と、とがとを/思い出さないでください。主よ、あなたの恵みのゆえに、あなたのいつくしみにしたがって、わたしを思い出してください。

25:8 主は恵みふかく、かつ正しくいらせられる。それゆえ、主は道を罪びとに教え、

25:9 へりくだる者を公義に導き、へりくだる者にその道を教えられる。

 

口語訳 詩  86:5

86:5 主よ、あなたは恵みふかく、寛容であって、あなたに呼ばわるすべての者に/いつくしみを豊かに施されます。

 

知恵の書 151

          ◆神は不滅を与えてくださる

151節 神よ、あなたは慈しみ深く、真実な方。怒るに遅く、すべてを治める憐れみ深い方。


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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:35 おわり

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版「哀歌一章」意見具申」。
●夕飯は自炊。得意の野菜炒めと餅2ケ。
●福島県二本松の三男のところに手伝いに行っている妻から電話で、H子の骨髄液提供の手術が無事終了したとの報告。感謝。
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祈りの力・・・主が我々に期待する能力・・・ ++++++++ 所感

2016/01/27 06:22

160127(水)4時起床。昨夜仕掛けた石油温風ヒーターが3時に作動。機械の強み。●キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は19時から名医の実態を放映していた。病気の原因を探り当てる「能力」「眼力」に感心した。●キリスト信者も「この人は信仰を持っているかどうか」は匂いで分かる。見分ける「眼力」が備わってくるものだ。

塚本訳 使 14:8-10
14:8 当時ルステラに、足のきかない一人の男が坐っていた。母の胎内から足なえで、まだ一度も歩いたことがなかった。
14:9 この人がパウロの話を聞いていると、パウロはじっと見つめ、(足が)直るに必要な信仰があるのを見て、
14:10 大声で、「『自分の足で』まっすぐに『たちなさい!』」と言った。すると(たちまち)躍って歩きまわった。

●あれほど口を酸っぱくして「伝道者になるな」と言っておられた無教会主義の権化の塚本虎二先生は生涯でたった三人だけ「君には伝道者になってもらいたい」と言われた人がいた。TS、AM、OT氏である。私はその三名と接することができたが、「ナルホド」と思わされ、塚本先生の「眼力」の高さに感心したものだ。
●人が長年一つの仕事に従事しているとそれなりの「眼力」というか「カン」が」身につくものだ。これは学校では教えられない能力だ。
●不肖この私も建築の仕事を長年やってきたが、「この人は建物を建てるだけの能力があるかどうか」が初対面のときに分かるようになった。
●イエスも「私について来い」とも「やめろ」とも人によって違うことを言われた。おそらく顔を見てわかったのであろう。

塚本訳 ルカ 9:57-62
9:57 彼らが道を進んでいると、ある人がイエスに言った、「どこへでもおいでになる所はお供をします。」
9:58 イエスはその人に言われた、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」
9:59 またほかの一人に言われた、「わたしについて来なさい。」その人が言った、「その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」

塚本訳 ルカ 14:28-33
14:28 (このように、わたしの弟子になるには最初の覚悟が必要である。)なぜか。(次の譬を聞きなさい。)あなた達のうちには櫓を建てようと思うとき、まず坐って、はたして造りあげるだけの金があるかと、その入費を計算しない者がだれかあるだろうか。
14:29 そうしないで、土台をすえただけで完成ができないと、見る人が皆、
14:30 『あの人は建てかけたが、完成できなかった』と言って笑うであろう。
14:31 また、ある王が他の王と戦いを交えようとする時には、まず坐って、(自分の)一万(の兵)で、二万(の兵)を率いてすすんで来る敵をむかえ撃てるかどうかを考えないだろうか。
14:32 そして、もしかなわないと見たら、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を派遣して講和を申し出るであろう。
14:33 だから同じように、(家族や財産など)一切合切、自分のものと別れなければ、あなた達のだれ一人、わたしの弟子になることは出来ない。

●クリスチャン全員が保持すべき「能力」は「祈りの力」である。主が我々に期待している能力である。今朝はこのことをめぐってアチコチ黙想してみよう。

塚本訳 ヨハ 14:12-13
14:12 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしを信ずる者は、わたしがするのと同じ業をすることができる。いや、それよりももっと大きな業をすることができる。わたしが父上の所に行って、
14:13 あなた達がわたしの名で願えば、なんでもかなえてあげるからだ。これは父上が子によって栄光をお受けになるためである

塚本訳 ヨハ 15:7-11
15:7 もしあなた達がわたしに留まっており、わたしの言葉があなた達に留まっておれば、なんでもほしいものを願いなさい。かならずかなえられる。
15:8 あなた達が多くの実を結んで、わたしの弟子たることを示すならば、父上はこれによって、栄光を受けられるであろう
15:9 父上がわたしを愛されたように、わたしもあなた達を愛した。わたしの愛に留っておれ。
15:10 わたしの掟を守っておれば、わたしの愛に留っているであろう。わたしが父上の命令を守って、その愛に留っているのと同じである。
15:11 このことを話したのは、わたしのもっている喜びが(また)あなた達のものとなり、あなた達のその喜びが完全なものとなるためである。

塚本訳 ヨハ 17:3-5
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります
17:4 わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました
17:5 だからお父様、(今度は)あなたが、わたしの栄光を──世界が出来る前にあなたのところで持っていたあの栄光を──今、あなたのところで持たせてください。

塚本訳 ヨハ 11:41-42
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」

塚本訳 マタ 21:21-22
21:21 イエスは答えられた、「アーメン、わたしは言う、もしあなた達に信仰があって疑わないならば、この無花果におこった(と同じ)ことをすることができるばかりか、この山にむかい『立ち上がって海に飛び込め』と言っても、その通りになる。
21:22 信じて祈れば、求めるものはなんでも、戴くことができる
。」

塚本訳 ルカ 17:5-6
17:5 使徒たちが主に言った、「もっと信仰を下さい。」
17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう。

塚本訳 マコ 9:22-29
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、
「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 マタ 8:5-10
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「
アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 ヨハ 4:46-50
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった

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朝の黙想おわり。主が我々に等しく期待する「能力」は「祈りの力」である。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:34
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塚本訳 ルカ 6:34

6:34 また、取りもどすつもりで貸したからとて、どんな恵みがいただけよう。不信者でも同じだけのものを取り戻そうとして、不信者に貸すのである。

●貸したものは戻ってこないと思え。挨拶して返事がなくても怒るな。

 

塚本訳 マタ 18:28-33

18:28 ところがその家来は出ていって、自分に百デナリ[五万円]を借りているひとりの同僚に出合うと、これをつかまえ、喉頚をしめて、『借りているものを返せ』と言った。

18:29 同僚はひれ伏して、『ちょっと待ってくれ。返すから』と頼んだ。

18:30 しかし承知せず、(裁判官につれて)行って、負債を返すまで牢に入れた。

18:31 その人の同僚たちはこの出来事を見て非常に悲しみ、行って、出来事の一部始終を主人に報告した。

18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。

18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

 

塚本訳 マタ 5:38-42

5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。

5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。

5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。

5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。

5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

 

塚本訳 ルカ 14:12-14

14:12 また自分を招いた人にも言われた、「朝飯や夕飯の会を催す時には、友人も、兄弟も、親族も、近所の金持も呼ぶな。そうでないと、その人たちもあなたを招待してお返しをするかも知れない。

14:13 御馳走をする時には、むしろ貧乏人、片輪、足なえ、盲人を招きなさい。

14:14 この人たちはお返しができないから、あなたは幸いである。(最後の日)義人の復活の時に、あなたは(神から)お返しをうけるのだから。」

 

塚本訳 マタ 23:5-7

23:5 そのすること為すことがことごとく、人に見せびらかすためである。たとえば、(人の目につくように)経箱の幅を広くしたり、上着の総を大きくしたりする。

23:6 また宴会の上座や礼拝堂の上席、

23:7 市場で挨拶されることや人から先生と呼ばれることを喜ぶ。

 

塚本訳 マタ 23:8-12

23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。

23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから。

23:10 『師』と呼ばれてもいけない。あなた達の師はただ一人、救世主である。

23:11 あなた達のうちで一番えらい者が召使になれ。

23:12 だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう。

 

塚本訳 ヤコ 3:1-2

3:1 兄弟達、あまりに多く教師になるな。君達が知っているように、私達教師は(人一倍)厳しい審判を(神から)受けるのに、

3:2 皆しばしば失策をするからである。もし言において失策をしない者があるなら、それは全身にも轡をつけることの出来る完全な人である。

 

塚本訳 ルカ 22:25-26

22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。

22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

 

塚本訳 ルカ 10:4

10:4 (だからただ信仰で武装せよ。)財布も旅行袋も持ってゆかず、靴もはくな。だれにも道で挨拶をするな。

 

塚本訳 ルカ 20:46-47

20:46 「聖書学者に用心せよ。あの人たちは(人の目につくように)長い衣を着て歩くことが好きで、市場で挨拶されることや、礼拝堂の上席、宴会の上座を喜び、

20:47 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」

 

塚本訳 ルカ 17:7-10

17:7 ただ(次の譬を聞け。)あなた達のうちに耕作、あるいは牧畜をする僕を持っている人があって、その僕が畑からかえって来たとき、『すぐここに来て食事をしなさい』とその人は言うだろうか。

17:8 むしろ反対に、『夕食の用意をして、わたしが食事をすますまで裾をひきからげて給仕をし、そのあとで食事をしなさい』と言うのではあるまいか。

17:9 言いつけられたことをしたからとて、主人が僕に感謝するだろうか。

17:10 そのようにあなた達も、(神に)命じられたことを皆なしとげた時、『われわれは役に立たない僕だ、せねばならぬことをしたまでだ。(褒美をいただく資格はない)』と言え。」

 

塚本訳 ロマ 12:20

12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

 

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9

3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。

3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

 

塚本訳 Ⅱコリ8:9

8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

 

塚本訳 使  20:35

20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420634また、取り〔返す〕望みのある者たちに金を貸したとて、あなたたちにはどのような恵み[〔が与えられる〕というの]か。罪人たちでも、自分のものを取り戻すつもりで、罪人たちに金を貸しているのだ。

 

新共同訳1987

6:34 返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。

 

前田訳1978

6:34 取り返すつもりで貸しても何の恵みがあろう。罪びとでも同じものを取り返そうとして罪びとに貸す。

 

新改訳1970

6:34 返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。

 

塚本訳1963

6:34 また、取りもどすつもりで貸したからとて、どんな恵みがいただけよう。不信者でも同じだけのものを取り戻そうとして、不信者に貸すのである。

 

口語訳1955

6:34 また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。

 

文語訳1917

"420634","なんぢら得る事あらんと思ひて人に貸すとも、何の嘉すべき事あらん、罪人にても均しきものを受けんとて罪人に貸すなり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 5:45-47

5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。

5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。

 

塚本訳 ロマ 12:19-21

12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」

12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

12:21 悪に勝たれるな、善によって悪に勝て。

 

塚本訳 ロマ 12:14

12:14 (あなた達を)迫害する者に(神の)祝福を求め、祝福して呪うな。

 

塚本訳 Ⅰコリ6:7

6:7 その上、そもそも(信仰の兄弟でありながら)、互に裁判沙汰にすることが、すでにあなた達の失敗である。なぜむしろ不正をさせないのか。なぜむしろ奪い取られないのか。

 

塚本訳 Ⅱコリ9:6-14

9:6 わたしの言うのはこのことである。──(まき方の)けちな者はけちな刈り取りをし、(まき方の)豊かな者は豊かな刈り取りをするであろう。

9:7 めいめいが、しぶしぶでなくあるいは強いられてでもなく、心に決めたとおりにせよ。『神は喜んで与える人を』愛されるのだから。

9:8 しかし神はあなた達にすべての恩恵をあふれさせることがお出来になるので、あなた達はすべてのものに、あなた達はすべての時に、すべての点で十分な暮らしをし、(その上)すべての善い行いにあふれるのである。

9:9 『彼は散らして貧乏人に与えた、彼の善行は永遠に無くならない。』と(聖書に)書いてあるとおりである。

9:10 それで、『種まく人に種を』授け、『食べるためのパンを』授けられるお方はあなた達にもまくべき種をふやし、『あなた達の善行の実を』成長させられる。

9:11 (このように、)あなた達はどんなものにも豊かであるので、どんなことにも物惜しみをしない心となるのである。この心がわたし達(の手)を通じて(それを受ける人に)神への感謝を起こさせるのである。

9:12 というのは、この援助は、ただ聖徒たちの乏しさを補うばかりではなく、また神に対する多くの感謝の祈りであふれるばかりになるからである。

9:13 この援助が成功することによって、彼ら(聖徒たち)は、あなた達が、従順にキリストの福音への信仰の告白をしたことと、彼らひいてはすべての(信ずる)者に対し、物惜しみをしない交りのしるし(の醵金)をもって協力したこととの故に、神を賛美するであろう。

9:14 そして、あなた達に示された神の著しい恩恵のゆえに、彼らはあなた達のために祈り、あなた達を慕うであろう。

 

塚本訳 ロマ 5:1-10

5:1 だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。

5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。

5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、

5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。

5:5 そしてこの『希望は(必ず実現して、わたし達を)失望させることはない。』神はわたし達に聖霊を授け、それによって愛をわたし達の心の中に(いつも豊かに)注いでいてくださるからである。

5:6 なぜなら、わたし達がまだ弱くあったとき、当時まだ不信心者の(わたし達の)ために、キリストは死んでくださったからである。

5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。

5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。

5:10 なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである。

 

塚本訳 ルカ 23:33-37

23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。

23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

23:35 民衆は立って『見物していた。』最高法院の)役人たちは『鼻で笑って』言った、「人を救ったのだ、(今度は)自分を救えばいいのに、神の救世主、(神に)選ばれた者なら!」

23:36 兵卒らも近寄って、』酸っぱい葡萄酒を』(その口許に)差し出しながら、イエスをなぶって

23:37 こう言った、「お前がユダヤ人の王様なら、自分を救ってみろ。」

 

塚本訳 使  7:60

7:60 それからひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞこの罪をこの人たちに負わせないでください!」こう言って、彼は眠りについた。

 

塚本訳 Ⅰペテ3:9

3:9 悪で悪に、あるいは悪口で悪口に報いず、むしろ反対に、祝福せよ。祝福を相続するために召されたのであるから。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:34 おわり

●日本聖書協会 「新翻訳」パイロット版意見具申、黙示録完了


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人から褒められる業は神の栄光が上がらない・・・キリスト信者の生き方・・・ ++++++++ 所感

2016/01/26 09:09

160126(火)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は録画してあった本田神父の釜ヶ崎での奮闘ぶりを観た。

本田 哲郎(ほんだ てつろう、1942年(昭和17年) - )は、日本のカトリック教会の聖職者。 台湾・台中市生まれ。1965年上智大学神学部卒業、フランシスコ会に入会する。1971年司祭叙階。72年上智大学大学院神学部修士課程修了。78年ローマ教皇庁立聖書研究所卒業。89年大阪市西成区あいりん地区の社会福祉法人ふるさとの家施設長、98年退任。91年より、大阪釜ケ崎にて、日雇い労働者に学びつつ聖書を読み直し、また「釜ケ崎反失業連絡会」などの活動に取り組んでいる。新共同訳聖書の編集委員。(ウィキpウェディアより)

●かって私は、日本聖書協会の集まりで、本田神父の釜ヶ崎での活動を「上から目線」だと本人に満座の前で直撃批判したことがある。神の栄光が上がってないと思ったのである。すると案の定昨日見た録画の中で一人の日雇い労働者が「(本田)先生がいくらここで死んでも俺たちには何の役にも立たない」と言った。本田神父はそれに心打たれたという。(あたりまえだ)●キリスト信者の業は人に誉められれるときは神に嫌われる。神の栄光が上がらない●今朝はキリスト信者の生き方について黙想してみよう。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マコ 12:40-44
12:40 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」
12:41 それから賽銭箱の真向いに坐って、群衆が賽銭箱に金を入れるのを見ておられた。大勢の金持が沢山入れているとき、
12:42 ひとりの貧乏な寡婦が来て、レプタ銅貨[五円]二つ、すなわち(ローマの金で)一コドラントを入れた。
12:43 イエスは弟子たちを呼びよせて言われた、「
アーメン、わたしは言う、あの貧乏な寡婦は、賽銭箱に入れただれよりも多く入れた。
12:44 皆はあり余る中から入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていたものを皆、生活費全部を入れたのだから
。」

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:16-18
6:16 また断食をしている時には、偽善者のように陰気な顔つきをしてはならない。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、(顔を洗わず、髭をそらず、わざと)顔を見苦しくするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:17 あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、
隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)


塚本訳 ルカ 18:10-14
18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。
18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。
18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。』
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。
18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」



塚本訳 ルカ 16:15
16:15 そこで彼らに言われた、「あなた達は人の前では信心深そうな顔をしているが、神はあなた達の心を見抜いておられる。人の中で尊ばれるものは、神の前では嫌われるものである。

塚本訳 ルカ 22:25-27
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。

塚本訳 マタ 25:44-45
25:44 その時、彼らも答える、『主よ、いつわたし達は、あなたが空腹であったり、渇いたり、お宿がなかったり、裸でおられ、御病気であり、牢に入っておられたりするのを見て、お世話をしてあげませんでしたか。』
25:45 その時、王は答える、『アーメン、わたしは言う、このいと小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのと同じである。』

塚本訳 ピリ 3:19-20
3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。


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朝の黙想おわり。地上の平和運動、抵抗運動、慈善活動の多くは人間の名誉は上がっても神の栄光は上がらないから「罪」。効果がなく、続かない。神の祝福が得られていないからである。神の栄光が上がる生き方は人の目から隠れる。マスコミに出ない。

●本田哲郎神父に関するブログ再掲
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080524(土)●1330教文館ビルで「聖書セミナー第3回。本田哲郎フランシスコ会司祭『3つの聖書を翻訳して』。学者の説で訳した聖書が釜ケ崎のホームレスたちには通じないことを痛感。そこに入り込んで一緒になろうとしたが、貧しく低くなりきれなくて挫折。質問時間に私が次のように発言「今日の話は相手の低さにまで降りようとして失敗挫折したまでは感動的であったが、その後彼らと連帯して生きていこうという結論は竜頭蛇尾。それでは社会主義と同じだ」。帰宅すると某氏から私の発言がよかったと「エールのメール」。ガッツポーズである。

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●本田哲郎神父に関するブログ再掲 おわり。もう8年も前のことか。人を批判したが、私の業は神に覚えられているだろうか。自戒。

●8:00 妻は郷里いわき市から三男の家に出発。4日間三男の家の手伝い。KHが骨髄液提供の手術のため入院。提供するよりもそれを受ける人の方がリスクが大きい。KHは「そちらの人の方を祈ってください」という。身を削ってのドナー。子供たちに良い影響を与えると励ました。

文語訳 使  20:35
20:35 我すべての事に於て例を示せり、即ち汝らも斯く働きて、弱き者を助け、また主イエスの自ら言ひ給ひし「與ふるは受くよりも幸福なり」との御言を記憶すべきなり』


口語訳 使  20:35
20:35 わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。

新改訳 使  20:35
20:35 このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」


新共同 使  20:35
20:35 あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」


塚本訳 使  20:35
20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」


●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:33
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塚本訳 ルカ 6:33

6:33 親切にしてくれる者に親切にしたからとて、どんな恵みがいただけよう。不信者でも同じことをするのだから。

●親切にしてくれる者にのみ親切にするというのは、人間性の自然でこの世の常識。国家間の同盟、宗派争い、同一教派内の結束、家族関係、エクレシア内の信者関係。キリスト者はそうであってはならないと神の子キリストは言う。

 

塚本訳 ルカ 14:12-14

14:12 また自分を招いた人にも言われた、「朝飯や夕飯の会を催す時には、友人も、兄弟も、親族も、近所の金持も呼ぶな。そうでないと、その人たちもあなたを招待してお返しをするかも知れない。

14:13 御馳走をする時には、むしろ貧乏人、片輪、足なえ、盲人を招きなさい。

14:14 この人たちはお返しができないから、あなたは幸いである。(最後の日)義人の復活の時に、あなたは(神から)お返しをうけるのだから。」

 

塚本訳 マタ 22:8-10

22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。

22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』

22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

 

塚本訳 マタ 5:45

5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

 

塚本訳 ロマ 12:20

12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420633また、[実のところ、]あなたたちに良くしてくれる者たちに良くしたとて、あなたたちにはどのような恵みが〔与えられる〕というのか。罪人たちでも同じことをしているのだ。

 

新共同訳1987

6:33 また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。

 

前田訳1978

6:33 自らによくするものによくしても、何の恵みがあろう、罪びとでも同じことをするから。

 

新改訳1970

6:33 自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、同じことをしています。

 

塚本訳1963

6:33 親切にしてくれる者に親切にしたからとて、どんな恵みがいただけよう。不信者でも同じことをするのだから。

 

口語訳1955

6:33 自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。

 

文語訳1917

"420633","汝等おのれに善をなす者に善を爲すとも、何の嘉すべき事あらん、罪人にても然するなり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 5:46-47

5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。

5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。

 

塚本訳 マタ 7:12

7:12 だから、何事によらず自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい。これが律法と預言書(と[聖書]の精神)である。

 

塚本訳 ロマ 12:17-21

12:17 だれにも悪をもあって悪に報いず、どんな』人の前でも善をするように心がけよ。』

12:18 出来るなら、(少なくとも)あなた達の方では、どんな人とも仲良くせよ。

12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」

12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

12:21 悪に勝たれるな、善によって悪に勝て。

 

塚本訳 ロマ 12:14

12:14 (あなた達を)迫害する者に(神の)祝福を求め、祝福して呪うな。

 

塚本訳 使  7:60

7:60 それからひざまずいて、大声で叫んだ、「主よ、どうぞこの罪をこの人たちに負わせないでください!」こう言って、彼は眠りについた。

 

塚本訳 Ⅰコリ6:7

6:7 その上、そもそも(信仰の兄弟でありながら)、互に裁判沙汰にすることが、すでにあなた達の失敗である。なぜむしろ不正をさせないのか。なぜむしろ奪い取られないのか。

 

塚本訳 Ⅱコリ8:9

8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

 

塚本訳 Ⅱコリ9:11-14

9:11 (このように、)あなた達はどんなのもにも豊かであるので、どんなことにも物惜しみをしない心となるのである。この心がわたし達(の手)を通じて(それを受ける人に)神への感謝を起こさせるのである。

9:12 というのは、この援助は、ただ聖徒たちの乏しさを補うばかりではなく、また神に対する多くの感謝の祈りであふれるばかりになるからである。

9:13 この援助が成功することによって、彼ら(聖徒たち)は、あなた達が、従順にキリストの福音への信仰の告白をしたことと、彼らひいてはすべての(信ずる)者に対し、物惜しみをしない交りのしるし(の醵金)をもって協力したこととの故に、神を賛美するであろう。

9:14 そして、あなた達に示された神の著しい恩恵のゆえに、彼らはあなた達のために祈り、あなた達を慕うであろう。

 

塚本訳 ロマ 5:8-10

5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

5:9 それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。

5:10 なぜなら、(神の)敵であったのに、その御子の死によって神と和睦ができたくらいならば、すでに和睦をしたわたし達が、御子の(復活の)命によって救われるのは、もちろんである。

 

塚本訳 ガラ 6:10

6:10 従って、わたし達は時のある間に、すべての人に対し、とくに信仰仲間に対して、善を行なおうではないか。

 

塚本訳 Ⅰペテ3:9

3:9 悪で悪に、あるいは悪口で悪口に報いず、むしろ反対に、祝福せよ。祝福を相続するために召されたのであるから。

 

口語訳 レビ 25:35-36

25:35 あなたの兄弟が落ちぶれ、暮して行けない時は、彼を助け、寄留者または旅びとのようにして、あなたと共に生きながらえさせなければならない。

25:36 彼から利子も利息も取ってはならない。あなたの神を恐れ、あなたの兄弟をあなたと共に生きながらえさせなければならない。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:33 おわり








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信仰による希望の喜び・・・「主よ、人の望みの喜びよ」・・・ ++++++++ 所感

2016/01/25 06:20

160125(月)キリスト者の皆様お早うございます。3時起床、朝風呂、冷水洗顔、厚着、梅干し、お湯を一杯、●昨日のコンサートのアンコールは、バッハのカンタータ147番から「主よ、人の望みの喜びよ」であった。無教会・経堂聖書会の白石光隆君が我があきる野に来てこの曲を奏でてくれたのはうれしかった。今朝の黙想、「信仰による希望の喜び・・・「主よ、人の望みの喜びよ」・・・」これは人生究極の喜び、満足、歓喜である。三位一体の信仰の喜びである。死ぬ時はこの「信仰による希望の喜び」を胸に固く抱いて顔を固く神に向けて逝きたい。関連聖句を思い着くままに掲げる。

塚本訳 ルカ 1:46-48
1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ
1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』
1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』

塚本訳 ルカ 2:29-32
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 黙 5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 使 23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 使 26:6-7
26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。
26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。

塚本訳 使 28:20
28:20 こんな訳で、わたしはあなた達に会って話したいと願ったのです。わたしは(神のお約束による)イスラエル人の希望のために、この鎖につながれているのですから。」

塚本訳 ロマ 8:38-39
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。

塚本訳 ロマ 12:11-12
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。
12:12 希望をもって喜び、苦難に耐え、たゆまず祈れ。

塚本訳 ロマ 15:13
15:13 希望の源である神が、(彼を)信ずることにおいて来る無上の喜びと平安とであなた達を満たし、聖霊の力によって(豊かな)希望に溢れさせられんことを


塚本訳 Ⅰペテ1:3
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、


塚本訳 Ⅰテモ4:10
4:10 私達の奮闘も努力も畢竟この生命の約束を目的としている──私達は凡ての人、特に信者の救い主である活ける神に希望を置いているのであるから!

塚本訳 ロマ 15:4
15:4 なぜなら、(聖書に)前に書かれたほどのことはみな、(後の時代の)わたし達の教訓のために書かれたもので、わたし達が聖書のあたえる忍耐と慰めとをもって、希望を持ちつづけるためである

塚本訳 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

塚本訳 エペ 1:17-21
1:17 われらの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と黙示との霊を君達に与えて神の知識に至らせ給わんこと、
1:18 また【君達の】心の目を明らかにして、神に召され(ることによって得)た希望の何であるか、『聖徒の受くる』光栄ある(天の)『相続財産』の富の何であるか、
1:19 また私達信者に対する神の能力の如何に絶大であるかを知らせ給わんことを願っている──この力強く働く神の威力こそ、
1:20 彼がこれをキリストの中に働かせ、彼を死人の中から蘇らせ、天上において、『己が右』、
1:21 凡ての「権威」「権力」「能力」「支配者」の上、またこの代ばかりでなく来世においてもありとあらゆる名という名の上に『坐らせ給うた』力である。

塚本訳 コロ 1:27
1:27 神はこの奥義が異教人にとって如何ばかり大なる栄光の富であるかを知らせようと欲し給うたのである。そして奥義とは(取りも直さず)君達の中にい給うキリストのことであって、(これがまた)栄光の希望である。

塚本訳 Ⅱテサ2:16-17
2:16 願わくは、私達の主イエス・キリスト彼自らと、私達を愛し、恩恵により永遠の慰めと善き希望を与え給うた私達の父なる神とが、
2:17 君達の心を慰め、あらゆる善き業と言とにおいて(君達を)健くし給わんことを!

塚本訳 Ⅰテモ1:1
1:1 われらの救い主なる神とわれらの希望なるキリスト・イエスの命によってキリスト・イエスの使徒たる(われ)パウロより、

塚本訳 テト 1:2
1:2 (何れも)永遠の生命の希望に基づくもので(あって、)欺き給わぬ神はこの生命を(与えんことを)永遠の昔において約束し給うた。

塚本訳 テト 2:13
2:13 幸福な希望と、大なる神及びわれらの救い主キリスト・イエスの栄光の顕現(によってその希望が満たされること)とを待ち望ませるのである。──

塚本訳 ヘブ 10:39-11:1
10:39 しかしながら、わたし達は『あとに退いて』滅びに行く(臆病)者でなく、『信仰によって』命を救う者である。
11:1 (では信仰とは何であるか。)信仰とは、希望することの実現であり、(目に)見ぬ事の確信である

塚本訳 Ⅰペテ1:18-21
1:18 君達は『銀』や金のような朽つる物によらず、
1:19 瑕のない穢れのない小羊のようなキリストの尊い血によって、祖先伝来の空な生活から『贖われた』ことを知っているからである。
1:20 彼は天地開闢の前に選ばれてい給うたが、(この)末の世になって(はじめて)君達のために顕れ給うた。
1:21 (そして)君達は彼によって、彼を死人の中から甦らせて栄光を給うた神を信ずる者となり、斯くして君達の信仰はまた神に対する希望となった。

塚本訳 Ⅰペテ3:14-15
3:14 しかし仮に正義のため苦しんでも、幸いである。『彼ら(異教人達)の恐ろしさを恐れず、また驚かされず』、
3:15 ただ心に『主』キリスト『を(畏れこれを)聖とせよ』。君達にある希望について説明を求むる者には誰にでも、何時でも弁明の用意をして居れ。

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朝の黙想おわり。人間は希望なくして生きられない。しかしその希望は「主にある信仰による希望」でなければならない。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:31
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塚本訳 ルカ 6:31

6:31 あなた達は自分にしてもらいたいと思うとおり、人にしなさい。

●「自分にしてもらいたいと思う」こととは何だろう。罪を赦してもらいたい。困った時に助けてもらいたい。食べ物に困らないようにしてもらいたい。親類縁者一族郎党を救ってもらいたい。子や孫が平安かつ無事で過ごさせてもらいたい。愛してもらいたい。安らかに死なせてもらいたい。永遠の命に生きられれるようにしてもらいたい。つまり罪の赦しと永遠の命。

 

塚本訳 マタ 6:7-8

6:7 また祈るとき、異教人のようにベラベラしゃべるな。彼らは口数が多ければ、聞いてもらえるものと思っている。

6:8 彼らの真似をしてはならない。神はあなた達の父上である。求める前から、あなた達に必要なものをよく御承知である。

 

塚本訳 マタ 6:31-32

6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。

6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。

 

塚本訳 マタ 4:1-4

4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。

4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。

4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」

4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

 

塚本訳 ヨハ 3:16

3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

 

塚本訳 ルカ 15:4-6

15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、

15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。

 

塚本訳 ルカ 19:5

19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」

塚本訳 ヨハ 8:11

8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

 

塚本訳 マタ 18:21-22

18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」

18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!

 

塚本訳 マタ 6:12-15

6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。

6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。

6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

 

塚本訳 マタ 6:12-15

6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。

6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。

6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

 

塚本訳 ルカ 23:42-43

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

 

口語訳 イザ 30:20-21

30:20 たとい主はあなたがたに悩みのパンと苦しみの水を与えられても、あなたの師は再び隠れることはなく、あなたの目はあなたの師を見る。

30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。

 

口語訳 イザ 30:20-21

30:20 たとい主はあなたがたに悩みのパンと苦しみの水を与えられても、あなたの師は再び隠れることはなく、あなたの目はあなたの師を見る。

30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420631そして、あなたたちが人々からして欲しいと思うように、あなたたちも同じく彼らにせよ。

 

新共同訳1987

6:31 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。

 

前田訳1978

6:31 人にしてもらいたく思うそのとおりに人にせよ。

 

新改訳1970

6:31 自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。

 

塚本訳1963

6:31 あなた達は自分にしてもらいたいと思うとおり、人にしなさい。

 

口語訳1955

6:31 人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。

 

文語訳1917

"420631","なんぢら人に爲られんと思ふごとく、人にも然せよ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 7:12

7:12 だから、何事によらず自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい。これが律法と預言書(と[聖書]の精神)である。

 

塚本訳 マタ 28:20

28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

 

塚本訳 Ⅱコリ5:14

5:14 なぜというか。キリストの愛がわたし達を駆り立てるからである。わたし達はこう考える、──ただの一人の人(キリスト)がすべての人の身代りに死なれた、従ってすべての人は(キリストと一緒に一度)死んだのである、

 

塚本訳 ヤコ 2:8-16

2:8 もちろん君達が聖書に従って、「『己の如く汝の隣人を愛せよ』」という王者律を全うするならば、それはよいことである。(だから君達が金持ちを愛するのは悪いことではない。)

2:9 ただもし偏頗なことをすれば、罪を犯すのであって、律法から犯人と定められる。

2:10 律法全体を守っても(ただ)一点において失策る者は、全体を犯したことになるからである。

2:11 というのは、「『姦通するな』」と言い給うた御方がまた「『殺すな』」と言い給うたのであるから、たとい姦通せずとももし殺せば、律法(全体)の犯人となるのである。

2:12 (だから死んだ文字でなく、霊の)自由の律法をもって審かるべき者らしく語りまた行動せよ。

2:13 憐憫を行わぬ者には憐憫なき審判があるのである。憐憫は審判に向かって勝ち誇る。

2:14 わが兄弟達よ、信仰を有っていると言う人があっても、もし行為がなければ何の役に立とう。(行為の伴わない)そんな信仰がその人を救い得る(と思う)か。

2:15 (君達の)兄弟か姉妹が裸でいて、その日の食物に事欠いている時、

2:16 君達の誰かがこれに、「(では)『お大事に』、温かにして、満腹しなさい」と言って体に必要なものを与らなければ、何の役に立とう。

 

トビト記 415

415節 自分が嫌なことは、ほかのだれにもしてはならない。ぶどう酒を酔うまで飲んではならない。また、酔うことが習慣となってはならない。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:31おわり

●新約聖書一日一節黙想 ルカ6:32
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塚本訳 ルカ 6:32

6:32 自分を愛する者を愛すればとて、(神から)どんな恵みがいただけよう。不信者でも自分を愛する者を愛するのだから。

●「自分を愛してくれる人を愛す」のはこの世の真理。習慣。道理。不信者は自分を愛する者を愛す。「自分を愛さない人を愛する」のがキリスト信者の道。敵の救いを祈る祈り。崇高な愛。

塚本訳 マタ 6:2-4

6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。

6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。

6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

 

塚本訳 マタ 6:5-6

6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。

6:6