to 日記と感想 2016年02月
Top | RSS | Admin

2016.01 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 » 2016.03


将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170706      TM誕生日
    170701      TT誕生日
    170628       IY誕生日
    170625(日)14:00羽村フィル、ゆとろぎ。モーツァルト40番、チャイコフスキー5番
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


心身の苦痛…主の苦しみは神の苦しみ・・・ ++++++++ 所感

2016/02/29 04:53

160229(月)キリスト者の皆様お早うございます。9時就寝4時起床は調子がよい。●昨日は黒岩英臣の指揮を前から3列目の席で聴いて、全身を大きく振っての指揮ぶりに、「主の肉体の苦しみ」というものを感じた。黒岩は桐朋を出て10年間カトリックの修道生活。修道生活は3時起床の肉体の苦の経験者。私は黒岩英臣のファンである。●主にある者の心身の苦しみは神の負わせたもう苦痛であるから、意味がある。無駄に終わらない。今朝はこのことに関する聖句を連想してみよう。

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

塚本訳 マタ 26:67-68
26:67 それから(法院の役人のある者は)イエスの顔に唾をかけ、拳でうち、ある者は(目隠しをして)棒でたたきながら、
26:68 「おい救世主、だれがぶったか、当ててみろ」と言った。

塚本訳 マタ 27:26-32
27:26 そこでピラトはバラバを赦してやり、イエスの方は鞭打ったのち、十字架につけるため(兵卒)に引き渡した。
27:27 それから総督の兵卒らはイエスを総督官舎(プライトリオン)に連れてゆき、(王の茶番狂言を見せるために)全部隊を彼のまわりに集めた。
27:28 そしてイエスの着物をはいで(自分たちの)緋の外套をきせ、
27:29 茨で冠を編んで頭にかぶらせ、右手に葦(の棒)をもたせて(王に仕立てたのち、)その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳!」と言ってなぶった。
27:30 それから唾をかけ、葦(の棒)を取りあげて頭をたたいた
27:31 こうしてなぶった後、外套を脱がせてもとの着物を着せ、十字架につけるために引いていった
27:32 (都を)出ると、シモンと言うクレネ人に出くわしたので、兵卒らはこの人に有無を言わせずイエスの十字架を負わせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。)

塚本訳 ヨハ 16:20-21
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

塚本訳 ロマ 9:2-3
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 コロ 1:22-24
1:22 今や神は君達をも御子の肉体の死によって(御自分と)和睦させ給うた。それは君達を御自分の前で聖い、瑕の無い、咎め所の無い者にしようとし給うたのである──
1:23 もし君達が(飽くまで)根強く堅く信仰に止まり、聞いた福音の希望から動かされることさえ無ければ!この福音は天の下の凡ての創造られたものに宣べ伝えられ、私パウロがその世話役となったのである。
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立のである。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 Ⅰコリ7:28
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰペテ2:18-19
2:18 奴隷達よ、(神に対する)あらん限りの畏れをもって主人に服従せよ、ただ善い、優しい主人だけでなく、気難しい主人にも(快く服従せよ。)
2:19 もし人が(自分を奴隷としたのは)神(であること)を意識して苦痛を忍び、不当に苦しむならば、これは(神に)喜ばれることであるからである。


塚本訳 黙  7:16-17
7:16 彼らは最早飢えず、最早渇かず、太陽も如何な暑さも(最早)彼らを襲わないであろう
7:17 玉座の真中にい給う仔羊が彼らを牧し、彼らを生命の水の泉に導き、また神は彼らの目から悉く涙を拭い去り給からである。」


塚本訳 黙  21:4
21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想おわり。人生は苦の連続。結婚生活の思わぬ苦、子育ての思わぬ苦。しかし主にあればそれらは総て神に覚えられて意味あるものになる。天に宝を積むことになる。

●Mさんが一昨年の暮れに亡くなっていたことを知って愕然。この年齢になると知っている人が次々と亡くなっていく。思いでが次々をよみがえる。淋しい。胸が圧される。イインダ、イインダ。我々の住まいは天にあるのだ。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:13
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 7:13

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

●主が不憫に思った場面。●主の心は神の心。

 

塚本訳 ヨハ 5:1-6

5:1 そののちユダヤ人の祭があって、イエスはエルサレムに上られた。

5:2 エルサレムの羊門のわきに、ヘブライ語でベテスダという池があり、(これを取り巻いて)五つの回り廊下があった。

5:3 廊下には大勢の病人──盲人、足なえ、やせ衰えた者などが寝ころがっていた。【水の動くのを待っていたのである。

5:4 それは、主の使がときどき池に下りてきて水をかきまわすので、水がかきまわされたとき真先に(池に)はいった者は、どんな病気にかかっていても、(きっと)直るからであった。】

5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。

5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

 

塚本訳 ヨハ 9:1-3

9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。

9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」

9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

 

塚本訳 マタ 9:20-22

9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。

9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである。

9:22 イエスは振り向いて、女を見ながら言われた、「娘よ、安心しなさい、あなたの信仰がなおした。」するとちょうどその時から、女はなおった。

 

塚本訳 マコ 12:41-43

12:41 それから賽銭箱の真向いに坐って、群衆が賽銭箱に金を入れるのを見ておられた。大勢の金持が沢山入れているとき、

12:42 ひとりの貧乏な寡婦が来て、レプタ銅貨[五円]二つ、すなわち(ローマの金で)一コドラントを入れた。

12:43 イエスは弟子たちを呼びよせて言われた、「アーメン、わたしは言う、あの貧乏な寡婦は、賽銭箱に入れただれよりも多く入れた。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420713すると主は彼女を見て、彼女に対して断腸の想いを覚え、彼女に言った、「泣くのは止めなさい」。

 

新共同訳1987

7:13 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。

 

前田訳1978

7:13 主は彼女を見てあわれみ、「泣かないで」といわれた。

 

新改訳1970

7:13 主はその母親を見てかわいそうに思い、「泣かなくてもよい。」と言われた。

 

塚本訳1963

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

 

口語訳1955

7:13 主はこの婦人を見て深い同情を寄せられ、「泣かないでいなさい」と言われた。

 

文語訳1917

"420713","主、寡婦を見て憫み『泣くな』と言ひて、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 Ⅰペテ3:18

3:18 というのはキリスト(御自身)すら罪の(贖いの)ために、義しい人でありながら義しからぬ人々のために、ただ一度死に給うたのである。これは君達を神に連れ行くためで、彼は肉では殺され給うたが、霊では活かされ、

 

塚本訳 使  9:40

9:40 ペテロはみんなを外に出し、ひざまずいて祈った。そして死体の方を向いて、「タビタ、立ちなさい!」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起きあがった。

 

塚本訳 マコ 8:2

8:2 「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしをはなれずにいるので、何も食べるものを持っていない。

 

塚本訳 ヨハ 11:33-35

11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、

11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

11:35 イエスが涙を流された。

 

塚本訳 ヘブ 2:17

2:17 そのため、彼はどの点からしても『兄弟』(である人間)に似ざるを得なかったのである。彼は(人間に対して)憐れみぶかい、神に関することについては忠実な大祭司となられた。それは民の罪を贖うためであった。

 

塚本訳 ヘブ 4:15

4:15 なぜなら、わたし達の大祭司は、わたし達の弱さに同感することの出来ない(ような)方でないからである。むしろどの点からしてもわたし達と(全く)同様に誘惑された。ただし罪は犯されなかった。

 

口語訳 エレ 31:15-16

31:15 主はこう仰せられる、「嘆き悲しみ、いたく泣く声がラマで聞える。ラケルがその子らのために嘆くのである。子らがもはやいないので、彼女はその子らのことで慰められるのを願わない」。

31:16 主はこう仰せられる、「あなたは泣く声をとどめ、目から涙をながすことをやめよ。あなたのわざに報いがある。彼らは敵の地から帰ってくると主は言われる。

 

塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

 

塚本訳 ヨハ 20:13

20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」

 

塚本訳 ヨハ 20:15

20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」

 

塚本訳 Ⅰテサ4:13

4:13 兄弟達よ、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい。

 

塚本訳 Ⅰペテ3:8

3:8 最後に、皆の者が同じ思いで、同情深く、兄弟仲よく、憐憫深く、謙遜であり、

 

塚本訳 ルカ 10:33

10:33 ところが旅行をしていたひとりのサマリヤ人は、この人のところに来ると、見て不憫に思い、

 

塚本訳 ルカ 9:38

9:38 すると群衆の中のひとりの人がこう言って叫んだ、「先生、お願いです、伜に目をかけてやってください。独り息子です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:13おわり

●17:20 山川歯科。暮れた奥多摩連山に向かいながら帰った。寒い夜。










スポンサーサイト
トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


福音は神が導き教えてくださる・・・・神が清めてくださる・・・ ++++++++ 所感

2016/02/28 06:22

160228(日)キリスト者の皆様お早うございます。9時就寝、4時目目覚めが調子よい。●今朝は来週の感話の一部を黙想する。

3月6日集会感話の一部
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 1:75

1:75 全生涯を主の前に清く、正しく。


●福音は神が導き教えてくださる・・・・神が清めてくださる・・・

 

塚本訳 ヨハ 3:3

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。

 

塚本訳 Ⅰヨハ3:9

3:9 すべて神(の力)によって生まれた者は罪を犯さない。神の(霊の)種がその人に留っているからである。彼は神(の力)によって生まれた(者である)から、罪を犯すことが出来ない。

 

塚本訳 Ⅱテモ1:10

1:9 神は私達を救い、また私達を聖ならしめんとして召し給うたのであるが、(もちろんそれは)私達の業によらず、神御自身の計画と恩恵によるのであって、これは(既に)永遠の昔キリスト・イエスにおいて私達に与えられ

1:10 今私達の救い主キリスト・イエスの顕れ給うたことによって(はじめて)あらわされたものである。すなわち彼は一方にては死を亡ぼし、他方にては福音により朽ちぬ生命を明らかにし給うた。

 

塚本訳 ヨハ 8:10-11

8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」

8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

 

塚本訳 Ⅰヨハ2:1

2:1 わたしの子供たちよ、わたしがこのことを書くのは、あなた達に罪を犯させないためである。万一罪を犯す者があっても、わたし達には父の所に弁護者、すなわち義なるイエス・キリストがある

 

塚本訳 Ⅰヨハ1:7

1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

塚本訳 ロマ 6:18

6:18 罪(の奴隷たる身分)から自由にされて、義の奴隷にしていただいたのである。

 

塚本訳 ロマ 12:1-2

12:1 (このように、神は偉大な計画によって人類を一人のこらず救おうとしておられるのであって、救いは確かである。)だから、兄弟たちよ、わたしは神のこの慈悲を指してあなた達に勧める。あなた達の体を(感謝のしるしとして神に)捧げよ。この生きた聖なる犠牲こそ、神のお気に入るものであり、(霊なる神を拝むにふさわしい、)あなた達の霊的な礼拝である。(あなた達の礼拝は動物を供えるような不合理なものでなく、全心全霊をささげる合理的な礼拝でなければならならない)

12:2 また、この世に調子を合わせてはならない。むしろ反対に、何が神の御心であるか、何が善であり、お気に入るものであり、また完全であるかを見分け得るために、(御霊によって)心を一新されて自分を造りかえていただけ。(そうすれば来るべき世への準備ができる。)

 

塚本訳 Ⅱコリ7:1

7:1 だから愛する者たちよ、こんな(神の)約束がわたし達にはあるのだから、肉と霊とのあらゆる汚れから自分を清め、神を恐れて完全に聖くなろうではないか。

 

塚本訳 ロマ 6:22

6:22 しかし今は、罪から自由にされて神の奴隷にしていただき、一つの実を得ている。この実はあなた達を聖め、最後は永遠の命に至らせるのである。

 

塚本訳 ヘブ 9:14

9:14 まして永遠の御霊の力によって傷のない自分自身を神に捧げたキリストの血が、わたし達の良心を死ぬ行いから清めて、生ける神を礼拝させないことがあるだろうか。

 

塚本訳 テト 2:12

2:12 私達を導いて、不敬虔とこの世の情欲とを離れ、考え深く、真直ぐに、また敬虔にこの世に生きさせ、

 

塚本訳 ロマ 5:1

5:1 だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。

 

口語訳 申  6:2

6:2 これはあなたが子や孫と共に、あなたの生きながらえる日の間、つねにあなたの神、主を恐れて、わたしが命じるもろもろの定めと、命令とを守らせるため、またあなたが長く命を保つことのできるためである。

 

口語訳 エレ 31:33-34

31:33 しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。

31:34 人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」。

 

口語訳 エレ 32:39-40

32:39 わたしは彼らに一つの心と一つの道を与えて常にわたしを恐れさせる。これは彼らが彼ら自身とその後の子孫の幸を得るためである。

32:40 わたしは彼らと永遠の契約を立てて、彼らを見捨てずに恵みを施すことを誓い、またわたしを恐れる恐れを彼らの心に置いて、わたしを離れることのないようにしよう。

 

塚本訳 エペ 1:4

1:4 神は御前にて聖く瑕無き者とするため、天地開闢の前から私達をキリストにおいて選び、

 

塚本訳 エペ 2:10

2:10 何故なら私達は神が予め準備し給うた善い業のため、その中を歩くために、キリスト・イエスにおいて創造られた神の作品である。

 

塚本訳 エペ 4:24

4:24 真理の義と聖とにより神に肖って創造られた新しい人間を着るべき(ことを教えられたの)である。

 

塚本訳 Ⅰテサ4:7

4:7 神が私達を召し給うたのは不潔を行わせるためでなく、聖潔のためである。

 

塚本訳 テト 3:0

3:1 当局(と)官憲に服し従うべきこと、善い業は(何でも喜んでする)心用意をしていること、

 

塚本訳 Ⅰペテ1:14-16

1:14 従順の子らしく(振舞い、)以前の無知な時の情欲に順うことなく、

1:15 君達を召し給うた聖なるお方に倣って、君達も凡ての生活において聖くなれ。

1:16 「『われ聖ければ汝等も聖かれ』」と(聖書に)書いてあるからである。

 

塚本訳 テト 2:12

2:12 私達を導いて、不敬虔とこの世の情欲とを離れ、考え深く、真直ぐに、また敬虔にこの世に生きさせ、


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。今日は集会で妻が「放蕩息子の譬え」(ルカ15章)の感話をする。

●10:00 東京聖書読者会。川上(司会)、高橋トミ子(放蕩息子の譬え」ルカ15章。後半は福島訪問記)、村上(出エジプト記)
●午後、妻は有楽町で映画鑑賞「Maiko ふたたびの白鳥」
●私は東大和ハミングホールで音楽鑑賞.「ヴェートーヴェン、第九」

2016_02280002.jpg 

自由席ということもあるが、開場30分前なのに長蛇の列。ヴェートーヴェンの力は偉大。

2016_02280005.jpg 

東大和市民会館ハミングホール。
黒岩英臣指揮、東京都交響楽団団友オーケストラ、東大和市民合唱団「第九を歌う会」。
前半はヴェートーヴェン、エグモント序曲。
後半は、交響曲第九番。
エグモントの弦と黒岩の指揮英臣の指揮ぶりを見たいために前から三列目に座った。(自由席)
熱のこもった良い演奏会であった。満席。
指揮者の黒岩英臣は桐朋学園大学で故斎藤秀雄に師事、卒業後修道士になり10年間修道生活。聖書、神学、音楽を学ぶ。彼の宗教音楽は深い。私は彼のファンである。


 

トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


死を待つ人生ではいけない・・・初代教徒の再臨待望・・・ ++++++++ 所感

2016/02/27 06:13

160227(土)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日はあきる野市主催の介護教室に行き、「介護保険と施設のはなし」を聞いた。事例としして特別養護老人ホーム(いわゆる特養)が説明されたがそこに収容(?)されている方々の表情は希望がなく、「死を待つ家」のような雰囲気であった。●もしそこに収容(?)された人が初代教会の面々であったらどうだろうと考える。当時の彼らは「主はすぐ来る」と信じて、家庭問題、社会問題、人生問題、経済問題、健康問題などのもろもろの悩みはこの一言で解決し耐え抜いた。「有体的復活」を信じ貫いたので猛獣の餌食に奮えたが「希望」があった。彼らの生きがいは「主の再臨待望」であった。終末であった。●これは現代のキリスト教信者が見習うことでもある。5年前の東北大震災の苦難の時私は「世が早く終わってほしい」と真剣に祈った。●そこで今朝は初代教会が再臨と終末をいかに熱望していたかを見てみよう。新約聖書の編修は全部がその思想に満ちている。

塚本訳 ルカ 2:25-32
2:25 さて(そのころ)エルサレムに名をシメオンという人がいた。この人は正しい、信心深い人で、イスラエルの慰め(である救世主)を待ち望み、聖霊が彼をはなれなかった。
2:26 かつ主の救世主を見ないうちは決して死なないと、かねて聖霊からお告げを受けていた。
2:27 (この日)御霊に感じて宮に行くと、ちょうど両親が、律法の仕来りどおり幼児イエスに行おうとして彼をつれて入ってきたので、
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 ルカ 18:1-8
18:1 なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに話された、
18:2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官があった。
18:3 またその町に一人の寡婦がいた。いつもその裁判官の所に来ては、『(早く裁判をして)わたしのため敵に仕返しをしてください』と言っていた。
18:4 裁判官はしばらくの間は取り合おうとしなかったが、あとでひそかに考えた、『わたしは神を恐れず、人を人とも思わないが、
18:5 この寡婦はどうもうるさくて、やりきれないから、(裁判をして、)この女のために仕返しをしてやろう。そうしないと最後にはやって来て、わたしをどんなひどい目にあわせるか知れない。』」
18:6 それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!」

塚本訳 黙 6:9-11
6:9 また彼が第五の封印を開いた時、私は祭壇の下に、神の言のため、またその立てた証のために(かつて)殺された(殉教)者達の(多くの)霊を見た。
6:10 彼らは大声で叫んで言うた、「聖なる、真実なる主よ、何時まで審かず(に待ち給うのであるか。何時まで)地上に住む(不信)者どもに、(罪無くして流した)私達の血を復讐し給わないのであるか。(主よ、何時まで?)」
6:11 すると各自に白い上衣が与えられ、自分達と同じく殺されねばならぬ僕仲間と兄弟達と(が殺されて、神の定め給うたそ)の数が満つるまで、なお暫くの間休息んで(静かに待って)いるように彼らに言い聞かされた。

塚本訳 Ⅰペテ1:23-25
1:23 (君達は)朽つる種でなく、朽ちぬ種から、(すなわち)神の活ける、また(永遠に)消え失せぬ言によって新しく生まれたのである。
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である


塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

塚本訳 Ⅰコリ16:20-22
16:20 兄弟一同からあなた達によろしく。聖なる接吻で互に挨拶せよ。
16:21 (最後に、)パウロが自筆で挨拶する。
16:22 主を愛しない者があるなら、呪われよ!、マラナ、サ(主よ、来てください)!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想おわり。キリスト者は日々神のそばにいて、その喜びのうちに生き、いつ召されても良いように、突然終末がきてもよいように「準備」の喜びに生きるべきだ。老後生活の経済不安ナン」コレシキ。認知症になる不安ナンノコレシキ。神はその時になればなんとか良いようにしてくださる。そう信じ込む。希望の喜びに生きる。希望は有体的復活。死は眠り。チョット先に行くだけだ。一足先に逝くだけだ。またすぐに会うのだ。

塚本訳 ロマ 12:11-12
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。
12:12 希望をもって喜び、苦難に耐え、たゆまず祈れ。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:12
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 7:12

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。


●死別は嘆き。●一人息子の死。嘆きの寡婦。悲惨な人生。

 

塚本訳 マタ 2:18

2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。』

 

塚本訳 マタ 9:23-26

9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、

9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

9:26 この評判がその土地全体に広まった。塚本訳 ヨハ 11:22-27

11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」

11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」

11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

 

塚本訳 ヨハ 19:25-27

19:25 ところが一方、イエスの十字架のわきには、その母(マリヤ)と母の姉妹、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤが立っていた。

19:26 するとイエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」

19:27 それからその弟子に言われる、「これがあなたのおかあさんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

 

塚本訳 ヨハ 3:16

3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

 

口語訳 エレ 6:26

6:26 わが民の娘よ、荒布を身にまとい、灰の中にまろび、ひとり子を失った時のように、悲しみ、いたく嘆け。滅ぼす者が、にわかにわれわれを襲うからだ。

 

口語訳 アモ 8:10

8:10 あなたがたの祭を嘆きに変らせ、あなたがたの歌をことごとく悲しみの歌に変らせ、すべての人に荒布を腰にまとわせ、すべての人に髪をそり落させ、その日を、ひとり子を失った喪中のようにし、その終りを、苦い日のようにする」。

 

口語訳 ゼカ 12:10

12:10 わたしはダビデの家およびエルサレムの住民に、恵みと祈の霊とを注ぐ。彼らはその刺した者を見る時、ひとり子のために嘆くように彼のために嘆き、ういごのために悲しむように、彼のためにいたく悲しむ。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420712そこで彼が町の門に近づいた時、見よ、寡婦である母親の一人息子が死んで、担ぎ出されるところであつた。またその町の多数の群衆も彼女と一緒であった。

 

新共同訳1987

7:12 イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。

 

前田訳1978

7:12 町の門に近づかれると、ちょうど、あるひとりの息子が死んで、かつぎ出されるところであった。その母はやもめで、町のかなりの群衆がいっしょにいた。

 

新改訳1970

7:12 イエスが町の門に近づかれると、やもめとなった母親のひとり息子が、死んでかつぎ出されたところであった。町の人たちが大ぜいその母親につき添っていた。

 

塚本訳1963

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

 

口語訳1955

7:12 町の門に近づかれると、ちょうど、あるやもめにとってひとりむすこであった者が死んだので、葬りに出すところであった。大ぜいの町の人たちが、その母につきそっていた。

 

文語訳1917

"420712","町の門に近づき給ふとき、視よ、舁き出さるる死人あり。これは獨息子にて母は寡婦なり、町の多くの人々これに伴ふ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 使  9:40

9:40 ペテロはみんなを外に出し、ひざまずいて祈った。そして死体の方を向いて、「タビタ、立ちなさい!」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起きあがった。

 

口語訳 創  22:2

22:2 神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。

 

口語訳 創  22:11

22:11 主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。

 

口語訳 Ⅰ列 17:23

17:23 エリヤはその子供を取って屋上のへやから家の中につれて降り、その母にわたして言った、「ごらんなさい。あなたの子は生きかえりました」。

 

口語訳 Ⅱ列 4:20

4:20 彼を背負って母のもとへ行くと、昼まで母のひざの上にすわっていたが、ついに死んだ。

 

塚本訳 ルカ 8:42

8:42 十二歳ばかりの一人娘があって、それが死にかけていたのである。(ヤイロの家に)行かれる途中、群衆はイエスを押しつぶしそうであった。

 

口語訳 ヨブ 29:13

29:13 今にも滅びようとした者の祝福がわたしに来た。わたしはまたやもめの心をして喜び歌わせた。

 

塚本訳 使  9:39-41

9:39 ペテロは立って二人と一緒に行った。(ヨッパに)着くと、人々はペテロを二階の部屋に案内した。寡婦たちが皆彼のそばによって来て、ドルカスがまだ一緒にいたとき作ってくれたかずかずの下着や上着を、泣きながら見せた。

9:40 ペテロはみんなを外に出し、ひざまずいて祈った。そして死体の方を向いて、「タビタ、立ちなさい!」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起きあがった。

9:41 彼は手をかして立たせ、聖徒や寡婦たちを呼んで、彼女が生きていることを示した。

 

塚本訳 Ⅰテモ5:4-5

5:4 もし或る寡婦に子や孫があるなら、この人達にまず自分の家の者に孝行し、父祖に恩を報ゆることを学ばせよ。これは神の御前に喜ばれることであるから。

5:5 本当の寡婦で孤独の者は望みを神に置いて夜も昼も願い且つ祈り続ける。

 

塚本訳 ヤコ 1:27

1:27 父なる神の前に(真に)潔い、穢れのない信心とはこれである──孤児や寡婦をその患難の時に見舞うこと、この世から穢されぬように自分を守ること!

 

塚本訳 マコ 12:39-40

12:39 礼拝堂の上席、宴会の上座が好きである。

12:40 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」

 

塚本訳 マコ 12:39-40

12:39 礼拝堂の上席、宴会の上座が好きである。

12:40 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」

 

塚本訳 マコ 12:42-44

12:42 ひとりの貧乏な寡婦が来て、レプタ銅貨[五円]二つ、すなわち(ローマの金で)一コドラントを入れた。

12:43 イエスは弟子たちを呼びよせて言われた、「アーメン、わたしは言う、あの貧乏な寡婦は、賽銭箱に入れただれよりも多く入れた。

12:44 皆はあり余る中から入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていたものを皆、生活費全部を入れたのだから。」

 

塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

 

塚本訳 ヨハ 11:19

11:19 マルタとマリヤの所には、大勢のユダヤ人がラザロの悔やみに来ていた。

 

口語訳 Ⅰ列 17:17-24

17:17 これらの事の後、その家の主婦であるこの女の男の子が病気になった。その病気はたいそう重く、息が絶えたので、

17:18 彼女はエリヤに言った、「神の人よ、あなたはわたしに、何の恨みがあるのですか。あなたはわたしの罪を思い出させるため、またわたしの子を死なせるためにおいでになったのですか」。

17:19 エリヤは彼女に言った、「子をわたしによこしなさい」。そして彼女のふところから子供を取り、自分のいる屋上のへやへかかえて上り、自分の寝台に寝かせ、

17:20 主に呼ばわって言った、「わが神、主よ、あなたはわたしが宿っている家のやもめにさえ災をくだして、子供を殺されるのですか」。

17:21 そして三度その子供の上に身を伸ばし、主に呼ばわって言った、「わが神、主よ、この子供の魂をもとに帰らせてください」。

17:22 主はエリヤの声を聞きいれられたので、その子供の魂はもとに帰って、彼は生きかえった。

17:23 エリヤはその子供を取って屋上のへやから家の中につれて降り、その母にわたして言った、「ごらんなさい。あなたの子は生きかえりました」。

17:24 女はエリヤに言った、「今わたしはあなたが神の人であることと、あなたの口にある主の言葉が真実であることを知りました」。

 

口語訳 Ⅱ列 4:32-37

4:32 エリシャが家にはいって見ると、子供は死んで、寝台の上に横たわっていたので、

4:33 彼ははいって戸を閉じ、彼らふたりだけ内にいて主に祈った。

4:34 そしてエリシャが上がって子供の上に伏し、自分の口を子供の口の上に、自分の目を子供の目の上に、自分の両手を子供の両手の上にあて、その身を子供の上に伸ばしたとき、子供のからだは暖かになった。

4:35 こうしてエリシャは再び起きあがって、家の中をあちらこちらと歩み、また上がって、その身を子供の上に伸ばすと、子供は七たびくしゃみをして目を開いた。

4:36 エリシャはただちにゲハジを呼んで、「あのシュネムの女を呼べ」と言ったので、彼女を呼んだ。彼女がはいってくるとエリシャは言った、「あなたの子供をつれて行きなさい」。

4:37 彼女ははいってきて、エリシャの足もとに伏し、地に身をかがめた。そしてその子供を取りあげて出ていった。

 

塚本訳 ルカ 9:38

9:38 すると群衆の中のひとりの人がこう言って叫んだ、「先生、お願いです、伜に目をかけてやってください。独り息子です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:12 終わり

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版下読み意見具申。エフェソの信徒への手紙6章。
●図書館、寒い夜。






トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


神の愛の訓練・・・神は愛する者を鞭打ち給う・・・ ++++++++ 所感

2016/02/26 06:32

160226(金)キリスト者の皆様お早うございます。●キリスト者は通常かつ当然の幸福を次々と取り去られる。時にはそれが呪詛と思えるほど、不可解不条理と思えることである。。「なんでだよー」と言いたくなる。否、叫ぶ。●しかしそのもぎ取られ取り上げられものはこれすべて「この世の幸福」ばかりである。人も家庭も財産も、然り幸福なる人生が取り上げられるのだ。我々はそれを取り上げられて否応なしに心が天に向けさせられる。そして永遠の命に向かって目を真っすぐにさせられる。真人間にさせられる。●これは神の愛のなさしめることである。打たれている時はその意味はわからない。ただ呻き号泣するばかりである。しかし愛する者を鞭打つ神も痛い。しかし我々はこのことによって本当の幸福を知って愛の何であるかを教えられる。今朝は神の鞭に打たれつつある人に向けてその忍耐と慰めの句を掲げよう。みな私が慰められてきたものばかりである。神は総てをご存知だ。


口語訳 哀 3:27-29
3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 ヘブ 12:5-6
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』

塚本訳 ヘブ 12:10-11
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

塚本訳 使 14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

塚本訳 Ⅰコリ10:13
10:13 人間の力に余る試みが、あなた達をおそったことはないのである。神は誠実であられる。あなた達が耐えられない程に試みられることを、お許しにならない。試みに添えて、(かならず)逃げ道をもつくっておいてくださるので、それに耐え得るのである。

塚本訳 ロマ 12:11-12
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。
12:12 希望をもって喜び、苦難に耐え、たゆまず祈れ。

塚本訳 ピリ 3:19-20
3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。神は総てをご存知だ。間もなく人生は終わる。世も終わる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版下読み意見具申。エフェソ人への手紙5章
●13:30あきる野市主催「会護教室」(ルピア)。帰ってきてから妻に報告。老人施設には入らないで何とかこの家で過ごしたいということで意見が一致。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:11
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 7:11

7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。

●ナイン(ガリラヤ)はカペナウムの南南西約40キロメートル。(徒歩10時間ぐらいか)●イエスには群衆がついて回った。病気治療や死人を生き返らせた奇蹟の為。イエスの圧倒的な人気が宗教家たちの不安と妬みを買った。

 

塚本訳 マタ 4:25

4:25 ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、およびヨルダン川の向こう(のペレヤ)から来た大勢の群衆が、イエスについって回った。

 

塚本訳 マタ 5:1-2

5:1 イエスはこれらの群衆を見て、(近くの)山に上られた。お坐りになると、弟子たちがそばに来たので、

5:2 口を開き、こう言って教えられた。(群衆も集まってきて聞いた。)──

 

塚本訳 マタ 8:1

8:1 イエスが山を下りてこられると、多くの群衆がついて来た。

 

塚本訳 マタ 8:18

8:18 イエスは自分のまわりの群衆を見ると、向う岸に行くようにと(弟子たちに)命じられた。

 

塚本訳 マタ 9:38

9:38 だから刈入れの主人に、刈入れのため(多くの)働き手を送られるよう、お願いしなさい。」

 

塚本訳 マタ 13:2

13:2 大勢の群衆が集まってきたので、舟に乗って坐られた。群衆は皆岸に立っていた。

 

塚本訳 マタ 14:13

14:13 これを聞くと、イエスは自分(と弟子たち)だけ、そこから舟で人里はなれた所へ立ちのかれた。すると群衆はそれと聞いて、町々から陸を歩いてついて行った。

 

塚本訳 マタ 14:14-15

14:14 イエスは(舟から)上がって多くの群衆を見ると、かわいそうになり、その中の病人をなおされた。

14:15 夕方になると、弟子たちはイエスのそばに来て言った、「ここは人里はなれた所、それにもう時間も過ぎました。だから群衆を解散させ、村々に行って自分で食べる物を買わせてください。」

 

塚本訳 マタ 14:19

14:19 それから群衆に命じて草の上に座らせ、(いつも家長がするように、)その五つのパンと二匹の魚を(手に)取り、天を仰いで(神を)讃美したのち、パンを裂いて弟子たちに渡されると、弟子たちは群衆に渡した。

 

塚本訳 マタ 14:23

14:23 そして群衆を解散させると、祈りのため自分だけ山に上られた。暗くなってもひとりそこにおられた。

 

塚本訳 マタ 15:30-31

15:30 大勢の群衆が足なえ、片輪、盲人、唖、そのほか多くの者をつれてイエスの所に来て、足もとに置いたので、それをなおされた。

15:31 群衆は唖が物を言い、片輪が直り、足なえが歩きまわり、盲人が目が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を讃美した。

 

塚本訳 マタ 15:35-36

15:35 イエスは群衆に命じて地面にすわらせ、

15:36 その七つのパンと魚とを(手に)取り、(神に)感謝して(パンを)裂き、弟子たちに渡されると、弟子たちは群衆に渡した。

 

塚本訳 マタ 17:14

17:14 (山を下りて)群衆の所にかえると、ひとりの人がイエスに近寄り、ひざまずいて

 

塚本訳 マタ 19:2

19:2 すると大勢の群衆がついて来たので、そこで彼らの病気をなおされた。

 

塚本訳 マタ 20:29-31

20:29 一行がエリコ(の町)を出ると、大勢の群衆がイエスについて来た。

20:30 すると二人の盲人が道ばたに坐っていたが、イエスのお通りだと聞くと、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲を」と言って叫んだ。

20:31 群衆が叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます大声で、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲をと言って叫んだ。

 

塚本訳 マタ 21:8-11

21:8 おびただしい群衆がその着物を道に敷いた。木の枝を切ってきて道に敷く者もあった。

21:9 群衆は、イエスの前を行く者もあとについて行く者も、叫んで言った。──ダビデの子に『ホサナ!主の御名にて来られる方に祝福あれ。』いと高き所に『ホサナ!』

21:10 やがてエルサレムに着かれると、都中が「この人はだれだろう」と言って騒ぎたった。

21:11 「この人はガリラヤのナザレの預言者イエスだ」と群衆は言った。

 

塚本訳 マタ 23:1-2

23:1 それからイエスは群衆と弟子たちにむかって語られた、

23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)

塚本訳 ヨハ 6:15

6:15 イエスは人々が来て、自分を(エルサレムに)攫って王にしようと計画しているのを知り、自分ひとり、またも山に引っ込まれた。

塚本訳 ヨハ 11:47-48

11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。

11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

 

塚本訳 ヨハ 7:43-48

7:43 そこで群衆の間に、イエスのことで意見が分かれた。

7:44 なかには彼を捕えようと思う者もあったが、手をかける者はなかった。

7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」

7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」

7:47 パリサイ人が答えた、「君たちまでが迷わされたのではあるまいね。

7:48 (最高法院の)役人かパリサイ人のうちに、あれを信じた者がひとりでもあるというのか。

 

塚本訳 マタ 7:28-29

7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。

7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

塚本訳 ヨハ 11:45-49

11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。

11:46 しかし中には(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった。

11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。

11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

11:49 するとそのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが言った、「諸君は何もお解りにならない。

 

塚本訳 ヨハ 12:17-19

12:17 また、イエスがラザロを墓から呼び出して死人の中から生きかえらせた時に居合わせた人々は、そのことを証しした。

12:18 (今)群衆が出迎えたのは、イエスがこんな徴[奇蹟]をされたことを(その人たちに)聞いたからである。

12:19 そこでパリサイ人が互に言った、「見ろ、何もかもだめだ。世界中があんなに、あの男のあとについて行ってしまった。」

 

塚本訳 ルカ 16:16

16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

 

塚本訳 マタ 26:64-66

26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。

26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。

 

塚本訳 マタ 27:1

27:1 夜が明けると、大祭司連、国の長老たち(全最高法院)は満場一致でイエスを死刑にする決議をした。

 

塚本訳 マコ 14:62-64

14:62 するとイエスは(はじめて口を開いて)言われた、「そうだ、わたしだ。あなた方は『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に囲まれて来るのを』見るであろう。」

14:63 すると大祭司は自分の着物を引き裂いて言う、「これ以上、なんで証人の必要があろう。

14:64 諸君は(今、おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。(この者の処分について)御意見を承りたい。」満場一致で、死罪を相当とすると決定した。

 

塚本訳 マタ 27:17-18

27:17 ピラトは人々が集まってきたとき言った、「どちらを赦してもらいたいか、バラバ(・イエス)か、救世主と言われるイエスか。」

27:18 ピラトは人々が妬みからイエスを引き渡したことを知っていたのである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420711さて翌日、イエスがナインと呼ばれていた町へ赴いた際、彼の弟子たちと多くの群衆も彼に同行した。

 

新共同訳1987

7:11 それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。

 

前田訳1978

7:11 そののち、彼はナインと呼ばれる町へ行かれた。弟子たちと多くの群衆がお伴した。

 

新改訳1970

7:11 それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちと大ぜいの人の群れがいっしょに行った。

 

塚本訳1963

7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。

 

口語訳1955

7:11 そののち、間もなく、ナインという町へおいでになったが、弟子たちや大ぜいの群衆も一緒に行った。

 

文語訳1917

"420711","その後イエス、ナインといふ町にゆき給ひしに、弟子たち及び大なる群衆も共に往く。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 ルカ 1:65

1:65 近所の者に皆恐れが臨んだ。そしてこのことがことごとくユダヤの山地全体の評判になったので、

 

塚本訳 マタ 9:25-26

9:25 群衆が外に出されると、イエスは(部屋に)入っていって少女の手をお取りになった。すると少女は起き上がった。

9:26 この評判がその土地全体に広まった。

 

塚本訳 使  10:38

10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:11 おわり


トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


エクレシアは主にある友愛・・・その命は一代・・・ ++++++++ 所感

2016/02/25 06:33


160225(木)キリスト者の皆様おはようございます。●4時目覚め。朝の啓示「エクレシアは主にある友愛・・・その命は一代・・・」●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版の意見具申をしている最中に次の句にであった。

塚本訳 エペ 3:20-21(試訳)
3:20 願う、私達の衷に(御霊の)力を働かせて、私達が凡て求むるところ、然り、思うところに遥かに優って為し得給う御方に、
3:21 教会により、キリスト・イエスによって千代万代までも栄光あらんことを、アーメン!


●これは塚本訳の戦前の「試訳」である。

●これが最近新教出版社から発行された戦後の改訳となると21節の教会のところが「集会」になっていてルビにエクレシヤと附ってある。無教会主義の主唱者である塚本虎二が教会から集会に言葉を変えた事実がある。しかし邦語の違いはあっても「エクレシヤ」という認識は変わらなかった。●「エクレシア」は真理である。それは主にある友愛である。無教会主義の権化の塚本虎二もそれは認めている。カトリックの故ヘルマンホイヴェレス神父は、「教会は世にも不思議な団体である」と言った言葉が忘れられない。エクレシアは命なのでこれを定義できない。定義したらおしまいである。教会主義になる。だから無教会主義はエクレシヤの定義をしない。そして命だから一代限りである。継承できるかどうかは御心次第である。神が生み出し続けるかどうかである。基本的にはエクレシアは一代である。淋しいが人間的に継承亜するのは神に対する越権行為である。●そこで今朝はこのエクレシヤの命を「聖書で聖書を読む」方法で接近してみよう。カトリックの公教要理、バルトやブルンナーの「教会教義学」を読まない。内村塚本の「教会論」を読まない。文字による定義ではない。聖書によって命に触れようとするのである。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 ヨハ 3:3
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 マタ 16:16-18
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。

塚本訳 マタ 12:48-50
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」

塚本訳 ヨハ 2:1-4
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。
2:3 すると宴会の最中に酒が足りなくなったので、母がイエスに言う、「お酒がなくなりました。」
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」

塚本訳 ヨハ 19:26-27
19:26 するとイエスは母上と、そのそばに立っている自分の愛する弟子とを見て、母上に言われる、「女の方、これがあなたの息子さんです。」
19:27 それからその弟子に言われる、「これがあなたのおかあさんだ。」この時以来、その弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

塚本訳 使  1:13-14
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 Ⅱコリ6:14-18
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』
6:17 それゆえに、『あなた達は彼らの中から出よそして離れよ、』と主は仰せられる、そして『清くないものに触れるな』と。『そうすればわたしはあなた達を受け入れる、』
6:18 『わたしは』あなた達の『父になり、』あなた達は『わたし達の息子』娘『に』なる、『と全能者である主が仰せられる。』

塚本訳 Ⅰコリ7:27-28
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:39-40
7:39 妻は夫が生きている間は、(夫に)束縛されている。しかしもし夫が眠ったなら、望みの人と結婚することは自由である。ただ主にあって(信者とだけ)すべきである。
7:40 しかしもしそのままにしておれば、より仕合わせである。これはわたしの意見であるが、わたしも神の霊をいただいていると思う。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 Ⅰコリ9:4-8
9:4 わたし達には(集会の費用で)食べたり飲んだりする権利がないというのか。
9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。
9:6 それとも、わたしとバルナバとだけには、(生活のための)仕事をしない権利はないのか。
9:7 いったい手弁当で軍務に服する者があるのか。葡萄畑をつくっておいてその実を食べない者があるのか。また、群れを養っておいてその群れの乳を飲まない者があるのか。
9:8 わたしは(ただ)人間的にこれを主張するのであろうか。それとも、律法も同じことを言ってはいないのか。

塚本訳 ロマ 8:37-39
8:37 (もちろん、引き離すことのできるものはない。)そればかりか、わたし達を愛して(十字架につけられて)くださった方により、これらすべての(苦難の)中にあって、わたし達は悠々と勝つことができる。
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死んでも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。

塚本訳 Ⅰコリ15:54-57
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。
15:56 ──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。──
15:57 しかし神に感謝あれ、勝利をわたし達の主イエス・キリストによってわたし達にお与えになる神に!

塚本訳 ルカ 10:20
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」


塚本訳 黙  3:5
3:5 (しかし)勝利者は(誰でも皆、)このように白い着物を着せられるであろう。そして私はその名を決して生命の書から消さず、また、私の父の前とその御使い達の前でその名を告白するであろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の黙想おわり。我々には復活の希望がある!!

2016_02250006.jpg 
朝の黙想を終わって窓を開けると雪。
人はイエスの聖なる血潮で罪赦されると天国に行ける。
我が罪を洗いて、雪のごとくなしたまえ。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版下読み意見具申。エフェソ人への手紙4章。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:10
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 7:10

7:10 使の者が家に帰って見ると、僕は元気になっていた。

●信仰は「見ずして信ずる」ことだが、その結果を確認して信仰はますます固くなる。

 

塚本訳 ヨハ 3:1-3

3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。

3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

 

塚本訳 ヨハ 20:8-10

20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。

20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

20:10 それから二人の弟子は家にかえった。

 

塚本訳 ヨハ 20:19-20

20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。

20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

 

塚本訳 ヨハ 20:27-29

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

 

塚本訳 ヨハ 4:48-53

4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」

4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、

4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。

4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。

4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。

4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

 

塚本訳 マコ 2:10-12

2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、

2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」

2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

 

●翻訳比較(新約)

 

岩波翻訳委員会訳1995

420710そこで、送り出された人々が家に帰ってみると、例の僕は健やかにされていた。

 

新共同訳1987

7:10 使いに行った人たちが家に帰ってみると、その部下は元気になっていた。

 

前田訳1978

7:10 使いの人たちが家に帰ると、僕はなおっていた。

 

新改訳1970

7:10 使いに来た人たちが家に帰ってみると、しもべはよくなっていた。

 

塚本訳1963

7:10 使の者が家に帰って見ると、僕は元気になっていた。

 

口語訳1955

7:10 使にきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。

 

文語訳1917

"420710","遣されたる者ども家に歸りて僕を見れば、既に健康となれり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(重複あり)

 

塚本訳 マタ 8:13

8:13 それからイエスは百卒長に言われた、「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

 

塚本訳 マタ 15:28

15:28 そこでイエスは答えられた、「ああ、女の人、りっぱな信仰だ。願いどおりに成れ。」すると、ちょうどその時から、娘は直った。

 

塚本訳 マコ 9:23

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:10終わり



トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


この世のものは消えゆく・・・かろうじて救われる人・・・ ++++++++ 所感

2016/02/24 06:29

160224(水)キリスト者の皆様お早うございます。●生きてゆくのは辛い。愛するものが次々と消えてゆくのだ。「別れの辛さ」である。人、物、仕事、思い出・・・・私の体験談を語れば長くなる。然り、永遠と思われるエクレシアさえも高齢化で自然消滅の兆候がみられる。一体どこに我々の安息の地があるのだろう。聖書には慰めの言葉が無数にある。しかし現実の涙と悲しみはいかんともしがたい。●今朝はⅠコリ 3:15について研究してみよう。人に聞かない「聖書で聖書を読む」。

●まず翻訳比較(拙HPのBbB利用)

岩波翻訳委員会訳1995
460315もしもある者の仕事が焼かれてしまえば、その人は損失を受けるであろう。しかし、その人自身は救われるであろう ――火の中をとおってきたようにして。

新共同訳1987
3:15 燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。

前田訳1978
3:15 もしだれかのわざが焼ければ、その人は損をしますが、自らは火をくぐるようにして救われるでしょう。

新改訳1970
3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。

塚本訳1963
3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである。

口語訳1955
3:15 その仕事が焼けてしまえば、損失を被るであろう。しかし彼自身は、火の中をくぐってきた者のようにではあるが、救われるであろう。

文語訳1917
"460315","もし其の工(わざ)燒けなば損すべし。然れど己は火より脱れ出づる如くして救はれん。"


●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(拙HP利用。一部重複あり)

塚本訳 Ⅰペテ1:17
1:17 そして依怙贔屓をせず、一人々々の業に応じて審き給うお方を『父と呼ぶ』なら、畏れをもって(この地上の)仮住まいの時を過ごせ。


塚本訳 ユダ 1:23
1:23 或る人々を『火から引き出(すように)して』救い、また或る人々には同情せよ、(しかし)畏れをもって──肉に『穢された下着』すら憎め。


塚本訳 Ⅰコリ15:10
15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。


塚本訳 ロマ 15:20
15:20 ただしこの場合、キリストの御名がまだとなえられえていない所(だけ)で福音を伝えることを名誉とした。他人の(すえた)土台の上に(自分の事業を)建てないためであって、


塚本訳 Ⅱコリ11:13-15
11:13 こんな人たちは、キリストの使徒に変装している偽使徒、悪賢い働き手だからである。
11:14 そして驚くに当らない。悪魔自身が光の天使に変装するのだから、
11:15 だから、その(悪魔の)部下が義の部下に変装することはなんでもない。しかし彼らの最後は、その仕業相当であろう!


塚本訳 ガラ 4:9-11
4:9 しかし今あなた達は神を知っている、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてもう一度無力な、貧弱なあの元素の霊(の崇拝)に戻るのか。(どうして)もう一度あらためて(その奴隷として)仕えようと思うのか。
4:10 あなた達は(なおも元素の霊に仕えて、)日や、月や、季節や、年(の祭り)を守っている。
4:11 わたしは無駄骨折りをしたのではないかと、あなた達のために心配する。

塚本訳 Ⅰコリ4:3-5
4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない。
4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である。
4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。


塚本訳 Ⅰコリ1:8
1:8 キリストはなおも最後まであなた達をしっかり立たせてくださるであろう、わたし達の主イエス・キリストの(来臨の)日に、(すこしも)非難するところのないように。

塚本訳 Ⅰコリ5:5-6
5:5 こんな男は、悪魔に引き渡してその肉体を滅ぼさせることにしたのである。これはその霊が主の(裁きの)日に救われるためである。
5:6 (こんな仲間がいる中で、)あなた達の自慢は誉めたことではない。(一人だけだと言うかも知れないが、)少しのパン種が捏粉全体を発酵させることを、あなた達は知らないのか。


塚本訳 ロマ 2:5
2:5 こうしてあなたは頑固な悔改めない心によって、神の正しい裁きの現われる怒りの日に望む(神の)怒りを、自分のために貯蓄している。


塚本訳 Ⅰコリ3:8
3:8 植える者と水をやる者とは一つ(のことをするの)であり、ただ(働きが違うから、)めいめいが自分の骨折りに応じて、自分の褒美を受けるのである。


塚本訳 Ⅰテサ2:19
2:19 何故(こんなにも君達に対して熱心であるか)と言うのか。(兄弟達よ、)私達の主イエスの来臨の時、その御前で私達の希望(であり)、喜び(であり)、誇りの冠(である者)は(一体)誰であるか。(他の人達と共に)君達もそうではないのか。


塚本訳 Ⅱコリ6:16
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』


塚本訳 ロマ 8:11
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。


塚本訳 Ⅱコリ7:1
7:1 だから愛する者たちよ、こんな(神の)約束がわたし達にはあるのだから、肉と霊とのあらゆる汚れから自分を清め、神を恐れて完全に聖くなろうではないか。


塚本訳 ロマ 12:3
12:3 それでわたしは、(神から)賜わった恩恵、(この使徒の権威)によって、あなた達のひとりびとりに忠告する。思うべき限りをこえて思いあがらぬように、神がめいめいに分けあたえられた信仰の量を思って、謙遜な思いをもつように。


塚本訳 ロマ 15:20
15:20 ただしこの場合、キリストの御名がまだとなえられえていない所(だけ)で福音を伝えることを名誉とした。他人の(すえた)土台の上に(自分の事業を)建てないためであって、


塚本訳 Ⅰコリ3:11-14
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。
3:14 その(土台の)上に建てたある人の仕事がそのままのこれば、褒美を受け、


塚本訳 エペ 2:20
2:20 使徒と預言者なる土台の上に築き上げられた建物であって、キリスト・イエス御自身がその『首石』である。


塚本訳 Ⅰコリ4:5
4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。


塚本訳 Ⅰコリ1:8
1:8 キリストはなおも最後まであなた達をしっかり立たせてくださるであろう、わたし達の主イエス・キリストの(来臨の)日に、(すこしも)非難するところのないように。


塚本訳 Ⅱテサ1:7-10
1:7 また(これに反し今)苦しめられている君達には私達と一緒に安息をもって報い給うのであって、そのことは主イエスが天からその能力なる天使(の群)と共に『火焔の中に』現れ給う時に実現し、
1:8 (その時)主は『神を知ろうとせぬ(異教の)者』と、私達の主イエスの福音に『従順でない者に仕返しをし給う』ので、
1:9 これらの人達は罰を受けて『主の御顔とその御力の栄光とから』永遠に滅び失せる──
1:10 そしてこれは主が『聖徒達の間に崇められ』、凡ての信者の間にて【(もちろん君達の間にても)──私達の(福音の)証は君達の所で信じられたのだ!】『誉めたたえられんとて来たり給うかの日に』実現するのである。


塚本訳 Ⅱテモ1:12
1:12 そのためまたこの(縄目の)苦しみをもしなければならないのであるが、私は(決してこれを)恥としない、誰に信じているかを知り、またその御方は私が委ねられたものを(最後の)かの日まで守り得給うことを確信しているからである。


塚本訳 Ⅱテモ4:8
4:8 今や(ただ)義の冠が私を待っている(だけである)。かの日、義しい審判者である主は、私に、(否、)私だけでなくその顕現を待ち焦れた凡ての人に、これを賜うであろう。


塚本訳 Ⅰコリ6:19
6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか。


塚本訳 Ⅱコリ6:16
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』


塚本訳 エペ 2:21-22
2:21 そして建物全体は彼において(しっかり)つなぎ合わされて成長し、主に在る聖なる宮となるのであって、
2:22 君達も彼において一緒に建て合わされ、神の霊の御住居となるのである。


塚本訳 Ⅰテモ3:14-15
3:14 これらのことを君に書くのは、直に君の所に行こうと思っているが、
3:15 万一延引した場合、(皆が)神の家で如何に振舞うべきかを君(だけ)に(でも)知らせたいためである──神の家は活ける神の教会、真理の柱、また礎である。


塚本訳 ロマ 6:16
6:16 あなた達はこのことを知らないのか。──奴隷として服従するためにある人に自分をまかせれば、あなた達は服従するその人の奴隷であって、罪の奴隷になって死ぬか、それとも、(神に)従順の奴隷になって義とされ(て生き)るか、どちらかである。


塚本訳 Ⅰペテ2:4
2:4 彼は人からは(役に立たぬと)棄てられたが、神の前では、『選ばれた尊い』活きた『石』(である。)


塚本訳 Ⅰペテ1:7
1:7 これは君達の信仰が、火によって本物であると証明された(この世の)はかない金よりも尊い本物であることが判り、イエス・キリストの顕現の時に(君達の)面目また光栄また栄誉とならんためである。


塚本訳 Ⅱコリ6:16
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』

口語訳 詩  66:10
66:10 神よ、あなたはわれらを試み、しろがねを練るように、われらを練られた。



口語訳 詩  66:12
66:12 人々にわれらの頭の上を乗り越えさせられた。われらは火の中、水の中を通った。しかしあなたはわれらを広い所に導き出された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想終わり。この「聖書で聖書を読む」営みをしていて、何度も胸が詰まった。この世の業はこれ総て消え去る。無くなる。人も子も肉親も建物も著作も。然り、エクレシアも老齢化で消滅する。いいんだ、いいんだそれでいいんだ。地球も宇宙もなくなるのだ。●福音書以外の書は「主の言葉」とは違うが全部が「慰めの書簡」である。聖書に残っているわけはそこにある。手紙だからこれからその慰めを学べば目的は達せられる。むずかしく読む必要はない。


●8:00 妻は台東区のYIの家に出発。午後は二人で散策するという。妻の病気が癒えて感謝。後姿を見送った。お互いに長生きしたい。しかし御心次第。「御心のままに、御心のままに」。子供から「父さん、母さん。長生きして下さい」と言われている。

文語訳 マコ 5:34
5:34 イエス言ひ給ふ『娘よ、なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け、病いえて健かになれ』


新約聖書一日一節黙想 ルカ7:9
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 7:9

7:9 イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た群衆の方に振り向いて言われた、「わたしは言う、イスラエルの人の中でも、こんな(りっぱな)信仰を見たことがない。」

●(りっぱな)信仰

 

塚本訳 ヨハ 4:46-53

4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。

4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。

4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」

4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、

4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。

4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。

4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。

4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

 

塚本訳 マコ 5:25-34

5:25 すると十二年も長血をわずらって、

5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、

5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。

5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。

5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。

5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」

5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」

5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。

5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。

5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」

 

塚本訳 ルカ 23:42-43

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

 

塚本訳 マコ 9:22-29

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。

9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。

9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」

9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

 

●翻訳比較(新約)

 

岩波翻訳委員会訳1995

420709イエスはこれを聞いて百人隊長に驚き、自分に従っている群衆に振り向いて言った、「私はあなたたちに言う、私はイスラエルの中で、これほどの信仰を見いだしたことがない」。

 

新共同訳1987

7:9 イエスはこれを聞いて感心し、従っていた群衆の方を振り向いて言われた。「言っておくが、イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」

 

前田訳1978

7:9 イエスはこれを聞いて彼に驚嘆し、ついて来た群衆に振り返っていわれた、「わたしはいう、イスラエルの中にもこんな信仰を見たことはない」と。

 

新改訳1970

7:9 これを聞いて、イエスは驚かれ、ついて来ていた群衆のほうに向いて言われた。「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」

 

塚本訳1963

7:9 イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た群衆の方に振り向いて言われた、「わたしは言う、イスラエルの人の中でも、こんな(りっぱな)信仰を見たことがない。」

 

口語訳1955

7:9 イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。

 

文語訳1917

"420709","イエス聞きて彼を怪しみ、振反りて從ふ群衆に言ひ給ふ『われ汝らに告ぐ、イスラエルの中にだに斯かるあつき信仰は見しことなし』"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 8:11-13

8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、

8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

8:13 それからイエスは百卒長に言われた、「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

 

塚本訳 マタ 15:24-28

15:24 イエスは答えられた、「わたしはイスラエルの家のいなくなった羊だけにしか、遣わされていない。」

15:25 するとその女が来て、しきりに願って言った、「主よ、お助けください。」

15:26 イエスは答えられた、「子供たちのパンを取り上げて、(異教の)小犬どもに投げてやるのはよろしくない。」

15:27 しかし女は言った、「主よ、是非どうぞ!小犬どもも、御主人の食卓から落ちるパン屑をいただくのですから。」

15:28 そこでイエスは答えられた、「ああ、女の人、りっぱな信仰だ。願いどおりに成れ。」すると、ちょうどその時から、娘は直った。

 

塚本訳 ロマ 3:1-2

3:1 それでは、ユダヤ人の特権はどうなるのか、また何が割礼の利益であるか。

3:2 あらゆる点において多くの特権がある。まず第一には、神の言葉が彼らにまかせられた。

 

塚本訳 ロマ 9:4-5

9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。

9:5 (また、アブラハム、イサク、ヤコブなどの偉大な)祖先たちは彼らのものであり、救世主も人間としては彼らから出られたのである。一切のものの上におられる神なる彼は、永遠に賛美すべきである、アーメン。

 

塚本訳 ルカ 18:8
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)がるときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:9終わり


●16:00 池谷医院で心臓のエコー検査。結果の判定は来月。担当の臨床検査技師に、「孫娘があなたのようになりたい」と言っているといろいろ尋ねた。

トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


天に積む宝とは何か・・・神に覚えられて迎えられること・・ ++++++++ 所感

2016/02/23 06:00

160223(火)キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は、若き日に心血を注いで建てた某家の建物が「人手に渡る」のでその残務整理のために御遺族に協力した。思い出が彷彿とし、愛する子を失うように悲しく淋しい。心で何度も泣いた。後の日にそこに行って見れば表札が変わっていることだろう。しかし建物はそれを注文した建築主の死と共に終わる。まことに私の建築人生も終わったような気がして、夕飯の前に「一杯」やった。しかし半合。長い間苦楽を共にしてくれた妻もおちょこ一杯を付き合ってくれたのはうれしかった。これからは「天の家」の建築のために心血を注がなければならない。●この世の建物は「小事」である。しかしその小事を利用して人に仕えることにより「天に宝を積む」ことになる。●次の聖句は私の建築人生を決定した「主の言葉」である。「職業の神学」である。私のこの世での建築人生はこの言葉に賭けてきたのだ。「永遠の住居に迎えられる」とはマー何ともすばらしい高貴な言葉である。●しかしこの私は迎えられるであろうか。ソーダ主の十字架の故に迎えてもらおう。

塚本訳 ルカ 16:9-10
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。


●今朝はこの「永遠の住居に迎えられる」ということをめぐって思いつく聖句を並べてみよう。「小事」忠なることにより「天に宝を積む」。これキリスト者の究極の人生目標なのだ。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 マコ 10:28-31
10:28 ペテロがイエスに、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました」と言い出した。
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。
10:31 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。」

塚本訳 マタ 19:27-30
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。
19:30 しかし(決して油断をしてはならない。)一番の者が最後になり、最後の者が一番になることが多い。

塚本訳 マタ 10:34-39
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:39 (十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。


塚本訳 ルカ 12:51-53
12:51 あなた達は、地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うのか。そうではない、わたしは言う、平和どころか、内輪割れ以外の何ものでもない。
12:52 今からのち、一軒の家で五人が割れて、三人対二人、二人対三人に
12:53 割れるからである。父対息子』息子対父、』母対娘』娘対母、』姑対嫁』嫁対姑』!」

塚本訳 マタ 10:40-41
10:40 あなた達を迎える者は、わたしを迎えてくれるのであり、わたしを迎える者は、わたしを遣わされた方をお迎えするのである。
10:41 預言者を預言者として迎える者は、預言者と同じ褒美を戴き、義人を義人として迎える者は、義人と同じ褒美を戴くであろう。

塚本訳 マタ 25:34-40
25:34 それから王(なる人の子)は右側の者に言う、『さあ、わたしの父上に祝福された人たち、世の始めからあなた達のために用意された御国を相続しなさい。
25:35 あなた達はわたしが空腹のときに食べさせ、渇いたときに飲ませ、宿がなかったときに宿をかし、
25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢に入っていたときに訪問してくれたのだから。』
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

塚本訳 ルカ 18:24-27
18:24 彼を見ると、イエスは言われた、「物持が神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 Ⅰコリ3:10-15
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。
3:14 その(土台の)上に建てたある人の仕事がそのままのこれば、褒美を受け、
3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。天に宝を積む人生とは、神に覚えられて迎えられることだ。


●55歳の時に執筆した本の「あとがき」に「建築人生を顧みて」とタイトルを付けてまとめた。過去を捨てなければ前には進めない。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/160223.htm

塚本訳 ピリ 3:12-14
3:12 しかしこれは(何も)既に(それを)捉えたとか、既に完成されているとか言うのでは(もちろん)ない。ただもしや私も(それを)捉えることが出来はしないかと、走っているまでである。私もキリスト・イエスに捉えられたのだから。
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──
後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである


●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:8
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




塚本訳 ルカ 7:8

7:8 というのは、わたし自身も指揮権に服する人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」


●神の権威に対する信仰。神の力に対する絶対信頼。信仰には権威を認めて服従するという姿勢が必要。

 

塚本訳 マコ 11:20-24

11:20 (次の)朝早く、通るときに見ると、(きのうの)無花果の木は根元から枯れていた。

11:21 ペテロは思い出してイエスに言う、「先生、御覧なさい、お呪いになった無花果は枯れています。」

11:22 イエスが彼らに答えられる、「神(の力)を信ぜよ。

11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。

11:24 だからわたしは言う、(神に)祈り求めるものはなんでも、すでに戴いたと信ぜよ。そうすればそのとおりになる。

 

塚本訳 ルカ 17:5-6

17:5 使徒たちが主に言った、「もっと信仰を下さい。」

17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう。

 

塚本訳 ルカ 18:24-27

18:24 彼を見ると、イエスは言われた、「物持が神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。

18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」

18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」

18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

 

塚本訳 マコ 9:23-24

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

 

塚本訳 ロマ 12:3

12:3 それでわたしは、(神から)賜わった恩恵、(この使徒の権威)によって、あなた達のひとりびとりに忠告する。思うべき限りをこえて思いあがらぬように、神がめいめいに分けあたえられた信仰の量を思って、謙遜な思いをもつように。

 

塚本訳 ロマ 13:1

13:1 人は皆上に立つ(国家の)官憲に服従せねばならない。神からではない官憲はなく、現存の官憲は(ことごとく)神から任命されたものであるから。

塚本訳 Ⅰペテ2:17-18

2:17 凡ての者を敬え、すなわち教友を愛し、『神を畏れ、王を』敬え。

2:18 奴隷達よ、(神に対する)あらん限りの畏れをもって主人に服従せよ、ただ善い、優しい主人だけでなく、気難しい主人にも(快く服従せよ。)

 

●翻訳比較(新約)

 

岩波翻訳委員会訳1995

420708というのも、私も一つの権威の下に据えられている人間で、その私の下に〔もなお〕兵士たちがおります。そして私がある者に『行け』と言えば彼は行き、ほかの者に『来い』と言えば彼は来、また私の奴隷に『これをせよ』と言えば彼はそれをします。

 

新共同訳1987

7:8 わたしも権威の下に置かれている者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」

 

前田訳1978

7:8 わたしは権威に服する人間で、部下に兵卒がいます。これに『行け』といえば行き、別のに『来い』といえば来ます。僕に『これをせよ』といえばします」と。

 

新改訳1970

7:8 と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け。』と言えば行きますし、別の者に『来い。』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ。』と言えば、そのとおりにいたします。」

 

塚本訳1963

7:8 というのは、わたし自身も指揮権に服する人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」

 

口語訳1955

7:8 わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。

 

文語訳1917

"420708","我みづから權威の下に置かるる者なるに、我が下にまた兵卒ありて、此に「往け」と言へば往き、彼に「來れ」と言へば來り、我が僕に「これを爲せ」と言へば爲すなり』"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 ヤコ 5:14-15

5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。

5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。

 

塚本訳 使  22:25-26

22:25 (兵卒らが)鞭で打つため(拷問柱に)しばりつけた時、パウロはそこに立っていた百卒長に言った、「あなたたちはローマ市民たる者を、しかも(正式の)裁判もせずに、鞭打ってもよろしいのか。」

22:26 百卒長はこれを聞くと、(驚いて)千卒長のところに行って報告した、「なんということを、しようとされているのです。あの男はローマ市民です。」

 

塚本訳 コロ 3:22

3:22 奴隷達よ、何事によらずこの世の主人の言うことを聴け。御機嫌取りのように(主人の)眼の前だけでなく、主を畏れて真心で為よ。

 

塚本訳 Ⅰテモ6:1-2

6:1 軛の下に在る奴隷は皆、自分の主人(がどんな主人であっても、これ)をあらん限りの尊敬に値する者と考えよ、神の御名と、(主の)教えが涜されないためである。

6:2 また信者の主人をもつ奴隷は、主人が(主にある)兄弟であるからといって(これを)軽んぜず、むしろ却つて(熱心に)奉公しなくてはいけない。主人は信者で、神に愛される者であって、(凡ての人に、然り、奴隷にも)親切を尽くそうとしているのであるから。このことを教え且つ勧めよ。──

 

塚本訳 Ⅰテモ6:1-2

6:1 軛の下に在る奴隷は皆、自分の主人(がどんな主人であっても、これ)をあらん限りの尊敬に値する者と考えよ、神の御名と、(主の)教えが涜されないためである。

6:2 また信者の主人をもつ奴隷は、主人が(主にある)兄弟であるからといって(これを)軽んぜず、むしろ却つて(熱心に)奉公しなくてはいけない。主人は信者で、神に愛される者であって、(凡ての人に、然り、奴隷にも)親切を尽くそうとしているのであるから。このことを教え且つ勧めよ。──

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:8おわり

トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


人の思い出も消え去る・・・永遠に残るものは神の愛の福音・・・ ++++++++ 所感

2016/02/22 06:01

160222(月)キリスト者の皆様おはようございます。●昨日は40年前に建築した建物が売却されることになり、関係資料の問い合わせがあり、物置を探したが見当たらなかった。●また夜にはNHKTVが「無縁墓地の問題」について報じていた。●この二つのことから、世のものは永久ではない、思い出さえも消え去るものだということを感じた。同時に永遠に残るものは神の愛の福音だと再認識した。今朝はこれに関する聖句を思いつくままに掲げてみよう。こういうことも生きているうちに出来るものだ。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

塚本訳 ルカ 21:33
21:33 天地は消え失せる、しかし(今言った)わたしの言葉は決して消え失せない。

塚本訳 ルカ 21:5-6
21:5 ある人たちが(イエスに)宮がりっぱな石と献納品とで飾られていることを話すと、言われた、
21:6 「あなた達が(今)見ているこれらの物は、このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまう日が来るであろう。」

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

塚本訳 マタ 6:28-30
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 26:13
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マタ 28:19-20
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 10:20
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 黙  21:26-27
21:26 諸国の民はその光栄と栄誉とをここに持って来るであろう。
21:27 しかし凡ての穢れたもの、嫌悪むべきことと虚偽とをする者は、決してここに入れない。ただ仔羊の生命の書に(その名を)書かれている者だけがここに入るであろう。

塚本訳 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳 Ⅰコリ3:13-15
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。
3:14 その(土台の)上に建てたある人の仕事がそのままのこれば、褒美を受け、
3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである。

●今朝は上記の内、最後のⅠコリ 3:15の意味を探求してみよう。

●まず翻訳比較(拙HPのBbB利用)

●翻訳比較(新約)

 

岩波翻訳委員会訳1995

 460315もしもある者の仕事が焼かれてしまえば、その人は損失を受けるであろう。しかし、その人自身は救われるであろう ――火の中をとおってきたようにして。

 

新共同訳1987

 3:15 燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。

 

前田訳1978

 3:15 もしだれかのわざが焼ければ、その人は損をしますが、自らは火をくぐるようにして救われるでしょう。

 

新改訳1970
3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。

 

 

塚本訳1963

 3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである。

 

口語訳1955

 3:15 その仕事が焼けてしまえば、損失を被るであろう。しかし彼自身は、火の中をくぐってきた者のようにではあるが、救われるであろう。

 

文語訳1917

"460315","もし其の工燒けなば損すべし。然れど己は火より脱れ出づる如くして救はれん。"

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅰコリ15:10
15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。


塚本訳 Ⅰコリ1:8
1:8 キリストはなおも最後まであなた達をしっかり立たせてくださるであろう、わたし達の主イエス・キリストの(来臨の)日に、(すこしも)非難するところのないように。


塚本訳 Ⅰコリ3:8
3:8 植える者と水をやる者とは一つ(のことをするの)であり、ただ(働きが違うから、)めいめいが自分の骨折りに応じて、自分の褒美を受けるのである。


塚本訳 ロマ 8:11
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。


塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。


塚本訳 ロマ 12:3
12:3 それでわたしは、(神から)賜わった恩恵、(この使徒の権威)によって、あなた達のひとりびとりに忠告する。思うべき限りをこえて思いあがらぬように、神がめいめいに分けあたえられた信仰の量を思って、謙遜な思いをもつように。


塚本訳 Ⅰコリ1:8
1:8 キリストはなおも最後まであなた達をしっかり立たせてくださるであろう、わたし達の主イエス・キリストの(来臨の)日に、(すこしも)非難するところのないように。


塚本訳 Ⅱテサ1:7-10
1:7 また(これに反し今)苦しめられている君達には私達と一緒に安息をもって報い給うのであって、そのことは主イエスが天からその能力なる天使(の群)と共に『火焔の中に』現れ給う時に実現し、
1:8 (その時)主は『神を知ろうとせぬ(異教の)者』と、私達の主イエスの福音に『従順でない者に仕返しをし給う』ので、
1:9 これらの人達は罰を受けて『主の御顔とその御力の栄光とから』永遠に滅び失せる──
1:10 そしてこれは主が『聖徒達の間に崇められ』、凡ての信者の間にて【(もちろん君達の間にても)──私達の(福音の)証は君達の所で信じられたのだ!】『誉めたたえられんとて来たり給うかの日に』実現するのである。


塚本訳 Ⅱテモ4:8
4:8 今や(ただ)義の冠が私を待っている(だけである)。かの日、義しい審判者である主は、私に、(否、)私だけでなくその顕現を待ち焦れた凡ての人に、これを賜うであろう。


塚本訳 Ⅰコリ6:19
6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか。


塚本訳 エペ 2:20-22
2:20 使徒と預言者なる土台の上に築き上げられた建物であって、キリスト・イエス御自身がその『首石』である。
2:21 そして建物全体は彼において(しっかり)つなぎ合わされて成長し、主に在る聖なる宮となるのであって、
2:22 君達も彼において一緒に建て合わされ、神の霊の御住居となるのである。

口語訳 アモ 4:11
4:11 「わたしはあなたがたのうちの町を/神がソドムとゴモラを滅ぼされた時のように/滅ぼしたので、あなたがたは炎の中から取り出された/燃えさしのようであった。それでも、あなたがたはわたしに帰らなかった」と/主は言われる。


塚本訳 Ⅰペテ4:18
4:18 そして『もし義人すら辛うじて救われるとすれば、不敬虔な者や罪人は』(一体)どうなるのであろう』。


塚本訳 ユダ 1:23
1:23 或る人々を『火から引き出(すように)して』救い、また或る人々には同情せよ、(しかし)畏れをもって──肉に『穢された下着』すら憎め。

塚本訳 Ⅰコリ3:12-15
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。
3:14 その(土台の)上に建てたある人の仕事がそのままのこれば、褒美を受け、
3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである。


塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想おわり。我々は為した業が火で燃えても、恩恵によってかろうじて救われるのだ。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:7
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 7:7

7:7 だから自分でお願いに出る資格もないと考えたのです。(ここでただ)一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

●「神には力があることを信じる」信仰は神を動かす。

 

塚本訳 マコ 5:24-34

5:24 イエスは彼と一しょに出かけられた。大勢の群衆がイエスについて行って押しまくった。

5:25 すると十二年も長血をわずらって、

5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、

5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。

5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。

5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。

5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」

5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」

5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた。

5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。

5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」

 

塚本訳 マタ 26:52-53

26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。

26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。

 

塚本訳 ヨハ 11:25-27

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

 

塚本訳 マコ 9:21-24

9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

塚本訳 ルカ 18:24-27
18:24 彼を見ると、イエスは言われた、「物持が神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

●翻訳比較(新約)

 

岩波翻訳委員会訳1995

420707そのために、みもとに私自ら参るのもはばかりました。むしろひとこと〔だけ〕仰言って下さい。そして、私の僕が癒されますように。

 

新共同訳1987

7:7 ですから、わたしの方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕をいやしてください。

 

前田訳1978

7:7 それで、わたし自らお近くに出るのはふさわないと思いました。ただ、おことばでおっしゃって、僕をおなおしください。

 

新改訳1970

7:7 ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。

 

塚本訳1963

7:7 だから自分でお願いに出る資格もないと考えたのです。(ここでただ)一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

 

口語訳1955

7:7 それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。

 

文語訳1917

"420707","されば御前に出づるにも相應しからずと思へり、ただ御言を賜ひて我が僕をいやし給へ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 8:8

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

 

口語訳 出  15:26

15:26 言われた、「あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつてエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、あなたをいやすものである」。

 

口語訳 申  32:39

32:39 今見よ、わたしこそは彼である。わたしのほかに神はない。わたしは殺し、また生かし、/傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出しうるものはない。

 

口語訳 Ⅰサム2:6

2:6 主は殺し、また生かし、/陰府にくだし、また上げられる。

 

口語訳 詩  107:20

107:20 そのみ言葉をつかわして、彼らをいやし、彼らを滅びから助け出された。

 

塚本訳 マコ 1:27

1:27 皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」

 

塚本訳 ルカ 4:36

4:36 皆がびっくりして、互いにこう語り合った、「この言葉はいったいどうしたのだろう。権威と力があって、この人が命令されると、汚れた霊まで出てゆくのだが。

 

塚本訳 ルカ 5:13

5:13 イエスは手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、たちまち癩病が消えうせた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新約聖書一日一節黙想 ルカ7:7 おわり

●14:00水道局 15:00 山川歯科

●某売却建物の残務整理への協力。次の主の言葉を思った。

塚本訳 ルカ 16:9-12
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。

●オルガンの練習。「和音」。左手の低音部(和音)がうまく弾けない。指が短いためか?
●平成11年55歳の時に執筆した「プロジェクトマネジャーへの目覚め」を読み返して神の恩恵の導きを感じた。














トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


世の災いの救いから罪からの救いへの変化・・・その福音の喜び・・・ ++++++++ 所感

2016/02/21 05:28

160221(日)キリスト者の皆様お早うございます。●夜半の啓示「世の災いの救いから罪の救いへ・・・その福音の喜び・・」
次回感話「ザカリヤの賛美の歌(ルカ1:67-80)」の副題。●イスラエルは先祖の契約によって「世の災い」から何度も救われてきたが、「時が満ちて」その救いは「世の災い」からの救いでなく「罪からの救い」になった。これが「新しい契約」。その福音の先駆けの洗礼者ヨハネの誕生の喜び。これがベネディクトス(ルカ1:67-80)のザカリヤの賛美の歌の本質。●「世の災い」の救いから「罪からの救い」への変化。これが新約聖書を透徹する使信である。

3月6日集会感話
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

聖書で聖書を読む


             
ルカ福音書

ザカリヤの讃美の歌 (ルカ167-80

・・・「世の災いの救い」から「罪の救い」へ。その福音の喜び・・・

 

2016年3月6日 東京聖書読者会 高橋照男

 

●この歌の本質を聖書の他の箇所に探る。

 

塚本訳 使  13:23-25

13:23 このダビデの子孫から、神は約束によりイエスを救い主としてイスラエルに来させられたが、

13:24 (洗礼者)ヨハネがその登場の先駆けをして、イスラエルの民全体に悔改めの洗礼を前もって説いた。

13:25 そしてヨハネは(務めを果たして)走るべき道を終ろうとする時に、『あなた達がそれだと考えている者は、わたしではない。今すぐわたしのあとから来られる。わたしはその足の靴をぬがしてあげる資格もない者である』と言った。

 

塚本訳 エペ 3:5-6

3:5 この奥義は今は霊によりその聖なる使徒と預言者達とに(明らかに)顕されているが、他の時代の人の子らにはかく示されなかったもので、

3:6 異教人が福音により、キリスト・イエスにおいて(イスラエルと)共に(天上の王国の)相続人となり、共に一体となり、共に(恩恵の)約束に与る者となるということである。

 

 

塚本訳 ルカ 1:67

1:67 父ザカリヤはその時聖霊に満たされてこう預言した。──

●ザカリヤは「罪からの救い」の福音を聖霊によって啓示された。

 

塚本訳 Ⅱペテ1:21

1:21 というのは、預言はかつて人間の意志から出たことがなく、人が聖霊に駆り立てられ神(の霊)によって語ったものである。

 

塚本訳 ルカ 7:27-28

7:27 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使をやって、あなたの先駆けをさせ、』あなたの『前に道を準備させる』』と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。

7:28 わたしは言う、女の産んだ者の中には、ヨハネより大きい者は一人もない。しかし神の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

 

塚本訳 ルカ 1:46-47

1:46 マリヤが(神を讃美して)言った。──『わたしの心は主を』あがめ、

1:47 わたしの霊は、『救い主なる神を喜びたたえる、』

 

塚本訳 ルカ 1:68

1:68 『讃美すべきかな、イスラエルの神なる主!』『その民(イスラエル)を』心にかけて『あがないを』なし、

●神はイスラエルを「この世の災い」からあがなってきた。

 

口語訳 詩  72:18

72:18 イスラエルの神、主はほむべきかな。ただ主のみ、くすしきみわざをなされる。

 

口語訳 詩  111:9

111:9 主はその民にあがないを施し、その契約をとこしえに立てられた。そのみ名は聖にして、おそれおおい。

 

塚本訳 ヘブ 9:12

9:12 また、雄山羊や小牛の血をもってでなく、自分の血をもって、ただ一度かぎり(至)聖所に入り、永遠のあがないを得られたのである。

 

 

塚本訳 ルカ 1:69

1:69 わたし達のために、僕『ダビデの』家に救いの(力強い)『(なる救い主)をお立てになる』からである、

●救い主はダビデの末から出る。●角はヘブライ語で「力」の意味。

 

口語訳 詩  132:17

132:17 わたしはダビデのために/そこに一つの角をはえさせる。わたしはわが油そそがれた者のために/一つのともしびを備えた。

 

塚本訳 マタ 1:20

1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。

 

塚本訳 ヨハ 7:40-42

7:40 すると群衆のうちにこの言葉を聞いて、「確かにこの人は(世の終りに来る)あの預言者だ」と言う者があり、

7:41 「この人は救世主だ」と言う者もあり、また(反対して、)こう言う者もあった、「ガリラヤから救世主が出るとでも言うのか。

7:42 『救世主は〃ダビデの末〃から、ダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。」

 

塚本訳 ルカ 1:70

1:70 遠い昔から、聖なる預言者たちの口をもって仰せられたとおりに。

●福音の前史はイスラエルの「この世の災い」からの救い。真の救いは福音。

 

塚本訳 ルカ 24:26-27

24:26 救世主は栄光に入るために、そのような苦しみを受けねばならなかったのではないのですか。」

24:27 そして(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。

 

塚本訳 ルカ 24:44

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。

 

塚本訳 ロマ 1:1-4

1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──

1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、

1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、

1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

 

塚本訳 ルカ 1:71

1:71 そのこそ、われらの『敵から、』『また』すべてわたし達を『憎む者の手から、』すくう救いである。

●旧約の救いの概念は「この世の災い」からの救い。新約は「罪からの救い」

 

口語訳 詩  106:10

106:10 こうして主は彼らをあだの手から救い、敵の力からあがなわれた。

 

口語訳 詩  18:2

18:2 主はわが岩、わが城、わたしを救う者、わが神、わが寄り頼む岩、わが盾、わが救の角、わが高きやぐらです。

 

塚本訳 マタ 1:21

1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

 

塚本訳 ルカ 1:76-77

1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』

1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから

 

 

1:72 主はこうして、『われらの先祖に憐れみを』ほどこし、また『その』聖なる『契約、』

●ザカリヤは福音の先駆けヨハネの出現が神の憐みの契約の実現だと喜んだ。

 

口語訳 創  17:7

17:7 わたしはあなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。

 

口語訳 詩  105:8-9

105:8 主はとこしえに、その契約をみこころにとめられる。これはよろず代に命じられたみ言葉であって、

105:9 アブラハムと結ばれた契約、イサクに誓われた約束である。

 

塚本訳 ルカ 1:54-55

1:54 永遠に『その憐れみを忘れず、』『その僕イスラエルの民を助けてくださるでしょう、

1:55 』われらの先祖たち、すなわちアブラハム』とその『子孫に』仰せられた『とおりに。』

 

塚本訳 使  3:25

3:25 あなた達はこれらの預言者の子であり、神がアブラハムに、『またあなたの末(なる救世主)によって地上のすべての民族が祝福をうける』と仰せられて、あなた達の先祖と結ばれた契約は、当然あなた達に適用があるのです。

 

塚本訳 ロマ 11:28

11:28 (思えば不思議な神の計画である。)彼らは、福音の点から言えば、あなた達(の救い)のために(福音をしりぞけて神の)敵になっており、(神の)選びの点から言えば、先祖たち(に対する契約)のお蔭で(今もなお神に)愛される者である。

 

塚本訳 ルカ 1:73

1:73 (すなわち)先祖『アブラハムにお立てになった』誓いを『おぼえ、』

●ザカリヤという名前は「ヤーウェは覚えてい給う」の意味

 

口語訳 ミカ 7:20

7:20 昔からわれわれの先祖たちに誓われたように、真実をヤコブに示し、いつくしみをアブラハムに示される。

 

口語訳 レビ 26:42

26:42 そのときわたしはヤコブと結んだ契約を思い起し、またイサクと結んだ契約およびアブラハムと結んだ契約を思い起し、またその地を思い起すであろう。

 

塚本訳 ルカ 1:74

1:74 わたし達を敵の手から救いだし不安なく、主に奉仕させてくださるのである、

●キリスト信者は新しい「霊のイスラエル」で災いなし。罪と死の不安なし。

 

口語訳 イザ 45:17

45:17 しかし、イスラエルは主に救われて、とこしえの救を得る。あなたがたは世々かぎりなく、恥を負わず、はずかしめを受けない

 

口語訳 イザ 65:23-24

65:23 彼らの勤労はむだでなく、その生むところの子らは災にかからない。彼らは主に祝福された者のすえであって、その子らも彼らと共におるからである。

65:24 彼らが呼ばないさきに、わたしは答え、彼らがなお語っているときに、わたしは聞く。

 

塚本訳 ロマ 6:22

6:22 しかし今は、罪から自由にされて神の奴隷にしていただき、一つの実を得ている。この実はあなた達を聖め、最後は永遠の命に至らせるのである。

 

塚本訳 ロマ 8:15

8:15 なぜなら、あなた達が(神から)戴いた霊は、(あなた達を)もう一度(律法の支配の下に置いて)びくびくさせる奴隷の霊でなく、(神の)子の霊である。(その証拠には、)わたし達は(祈るとき、)その霊によって「アバ(お父様)、お父様」と大声で呼ぶではないか。

 

塚本訳 ロマ 8:28

8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

 

塚本訳 ロマ 8:35

8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

 

 

塚本訳 ルカ 1:75

1:75 全生涯を主の前に清く、正しく。

●福音によって新しく生まれた者は「霊のイスラエル」。生涯が清く正しい。

 

塚本訳 マタ 1:21

1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

 

塚本訳 エペ 2:10

2:10 何故なら私達は神が予め準備し給うた善い業のため、その中を歩くために、キリスト・イエスにおいて創造られた神の作品である。

 

塚本訳 Ⅱテモ1:9-10

1:9 神は私達を救い、また私達を聖ならしめんとして召し給うたのであるが、(もちろんそれは)私達の業によらず、神御自身の計画と恩恵によるのであって、これは(既に)永遠の昔キリスト・イエスにおいて私達に与えられ、

1:10 今私達の救い主キリスト・イエスの顕れ給うたことによって(はじめて)あらわされたものである。すなわち彼は一方にては死を亡ぼし、他方にては福音により朽ちぬ生命を明らかにし給うた

 

塚本訳 テト 2:11-13

2:11 というのは、凡ての人を救うべき神の恩恵は(既に世に)顕れ、

2:12 私達を導いて、不敬虔とこの世の情欲とを離れ、考え深く、真直ぐに、また敬虔にこの世に生きさせ、

2:13 幸福な希望と、大なる神及びわれらの救い主キリスト・イエスの栄光の顕現(によってその希望が満たされること)とを待ち望ませるのである。──

 

 

塚本訳 ルカ 1:76

1:76 お前、幼児よ、お前はいと高きお方の預言者と呼ばれる。『主の』先駆けをして『その道を用意し、』

 

塚本訳 マタ 3:1-3

3:1 そのころ、洗礼者ヨハネがあらわれて、ユダヤの荒野で教えを説いて、

3:2 言う、「悔改めよ、天の国は近づいた。」

3:3 この人は、預言者イザヤによってこう言われた人である。──『荒野に叫ぶ者の声はひびく、「主の道を用意し、』その『道筋をまっすぐにせよ。」』

 

塚本訳 マタ 11:10-11

11:10 『(神は言われる、)『見よ、わたしは使いをやって、あなたの先駆けをさせ、』、あなたの『前に道を準備させる』』、と(聖書に)書いてあるのは、この人のことである。

11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。

 

塚本訳 ヨハ 1:23

1:23 彼が言った、「わたしは、預言者イザヤが〃荒野に叫ぶ者の声はひびく、『主の道をまっすぐにせよ』〃と言ったあの声だ。」

 

塚本訳 ヨハ 3:28

3:28 『わたしは救世主ではない。ただあの方の先駆けをするために遣わされた者である』とわたしが言ったことについては、あなた達自身がわたしの証人ではないか。

 

塚本訳 ルカ 1:77

1:77 罪の赦しによる救いを民に知らせるのだから。

 

塚本訳 ヨハ 1:7-8

1:7 この人は証しのため、すなわち、光について証しをし、彼の証しによってすべての人を信仰にいれるために来たのであった。

1:8 彼は光ではなかった。ただ光について証しをするために来たのであった。

 

塚本訳 ヨハ 1:17

1:17 すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた。

 

塚本訳 ヨハ 1:29

1:29 あくる日、ヨハネはイエスが自分の方に来られるのを見て言う、「そら、あれが世の罪を取り除く神の小羊だ。

 

塚本訳 使  19:4

19:4 パウロが言った、「ヨハネは(水で)悔改めの洗礼を授けて、自分のあとに来られる方、すなわちイエスを信ずるように、(そしてその聖霊の洗礼を受けるように)と民に言ったのである。」

 

 

塚本訳 使  13:38-39

13:38 だから兄弟の方々、このイエスによる罪の赦しがいまあなた達に宣べ伝えられていることを、知ってください。モーセ律法では義とされることが出来なかったどんなことからでも、

13:39 信ずる者は一人のこらず、このイエスによって義とされるのです。

 

塚本訳 ロマ 3:25

3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

 

塚本訳 エペ 1:7

1:7 私達はこの愛され給う者において、神の豊かなる恩恵により、その血による贖いすなわち咎の赦免を戴いたのであり、

 

 

塚本訳 ルカ 1:78

1:78 これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、

 

塚本訳 エペ 2:4-5

2:4 しかし憐憫に富み給う神は、その大なる愛によって私達を愛し

2:5 咎によって死んでいたこの私達をもキリストと共に活かし──君達が救われたのは恩恵によるのだ──

 

塚本訳 ヨハ 3:16

3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

 

 

塚本訳 Ⅰヨハ4:9-10

4:9 神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。

4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

 

塚本訳 ルカ 1:79

1:79 暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、』われらの足を『平和の道』へと導くであろう。

●この世は「暗やみと死」。福音の光が現れた。それは「罪からの救い」

 

口語訳 イザ 9:2

9:2 暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った

 

塚本訳 マタ 4:16

4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』

 

塚本訳 ルカ 2:32

2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

 

塚本訳 ヨハ 8:12

8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

 

塚本訳 Ⅰテサ5:4-5

5:4 しかし兄弟達よ、君達は暗の中にいないから、その日が君達に盗人のように襲いかかることは無い。

5:5 光の子、昼の子なのだから。私達(主を信ずる者)は夜の者でも、暗の者でもない。

 

塚本訳 Ⅰヨハ1:7

1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

 

塚本訳 ルカ 1:80

1:80 幼児は大きくなり霊も強くなって、(洗礼者として)イスラエルの民の前にあらわれる日まで、荒野に(かくれて)いた。

●キリスト信者は霊のイスラエル。新しい「契約」「新約」による民。

 

塚本訳 ルカ 1:15-17

1:15 主の前に大いなる者となるからである。『彼は決して葡萄酒や強い酒を飲まない。』(そのかわり)母の胎内からすでに聖霊に満たされ、(それに)酔っている。

1:16 彼は多くのイスラエルの子孫を、彼らの神なる主に立ち返らせるであろう。

1:17 (そればかりか、)『(預言者)エリヤの』霊と力とをもって主(救世主)の先駆けをし、『父の心を(ふたたび)子に』(向けさせて家をきよめ、)また不従順な者を義人と同じ考えに『立ち返らせて、』準備のできた民を主のために用意するであろう。」

 

塚本訳 ヘブ 9:15

9:15 このゆえに、彼(キリスト)は新しい契約の仲介者である。彼は最初の(旧い)契約の下に犯された違反をあがなうために死なれたのであるから、(そのあとは神に)召された者が(すべて)永遠の相続財産の約束をいただくのである。

 

塚本訳 ロマ 9:8

9:8 すなわち、(アブラハムの)血筋を引く子供が、当然に(彼の子孫として約束にあずかる)神の子供ではなく、約束の(言葉によって生まれた)子供(だけ)が、(彼の)子孫と見なされるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の啓示と次回資料おわり。生きていられる限り、この福音のために挺身したい。

 
●10:00集会。土肥(司会)、丹野(塚本虎二「ヘブル書」、「信仰英雄列伝」)、横田(自由主義神学、カールバルト)
●妻は、馬込の愛子の家へ
●孫娘からクラシック音楽の曲名の問い合わせ。彼女は電話の向こうで「歌った」。「そんなの簡単だ。ドヴォルザークの『新世界』交響曲(第一楽章)だ」と答えた。孫からの質問はうれしい。 
●17:00 物置で探し物。死ぬときは身辺整理をしていかなければならない。多くの本とクラシックCDは妻や子から整理してから死んでほしいと言われている。
●NHKTVが「無縁仏」の問題を報じた。人は死ぬと思い出も消え去るものだ。カラヤン夫人に「カラヤンとの日々」という著作があるが、その夫人が亡くなれば思い出も消え去るものだ。

 

2016_02250005.jpg 

集会の帰途、家路。遠方は奥多摩連山。私の本当の家路は父なる神のところだ。





トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


教会のあるべき姿・・・本物の福音は説かれているか・・・ ++++++++ 所感

2016/02/20 06:09

160220(土)キリスト者の皆様お早ういございます。●昨日は千葉県佐倉市の教会の立てこもり事件が大々的に報道された。まだ真相はわからないが、世の中では「教会」といえばキリスト教の教会という概念になっていることを知った。天理教も「教会」と言っている。●しかし本物のキリスト教はどこにあるか、どこに行って求道すればよいかが問題である。カトリックかプロテスタントか無教会集会かあるいは個々の人物か。いずれにしても何らかの集団を形成している。個人といえどもどこかのグループに連なっている。その集団をエクレシヤと言う。その本質はキリストの霊である。●今朝はそのエクレシアについて黙想してみよう。それには次の句を探求する。初代教会においては既に教会の本質が探究されている。

塚本訳 エペ 2:16-22
2:16 かくてまた十字架によって二つの者を一つの体において神と和睦させ、十字架において(神と人との間の)敵意を殺すためである。
2:17 且つ来て、『遠い』君達に『平和の福音を宣べ、また近い者にも平和の福音を宣べ給うた』のである。
2:18 というのは、(今)私達二つの者が、(イスラエル人も異教人も、)一つの霊で父(なる神)に近づくことが出来るのは彼によるのであるからである。
2:19 だから、君達は最早余所の人でも居候でもなく、聖徒と同じ(天上の)市民また神の家族であり、
2:20 使徒と預言者なる土台の上に築き上げられた建物であって、キリスト・イエス御自身がその『首石』である。
2:21 そして建物全体は彼において(しっかり)つなぎ合わされて成長し、主に在る聖なる宮となるのであって、
2:22 君達も彼において一緒に建て合わされ、神の霊の御住居(すまい)となるのである。

●このうち20節を「聖書で聖書を読む」ことにする。人間に聞かない。

●まず翻訳比較(Jバイブルと拙HP利用)

●翻訳比較(新約)

 

岩波翻訳委員会訳1995

 490220使徒および預言者の基礎の上に築き上げられた〔建造体な〕のである。その隅の親石はキリスト・イエス自身であり、

 

新共同訳1987

 2:20 使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、

 

前田訳1978

 2:20 あなた方は使徒と預言者の土台に建てられ、そのかなめ石はキリスト・イエスご自身です。

 

新改訳1970

 2:20 あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。

 

塚本訳1963

 2:20 使徒と預言者なる土台の上に築き上げられた建物であって、キリスト・イエス御自身がその『首石』である。

 

口語訳1955

 2:20 またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。

 

文語訳1917

 "490220","汝らは使徒と預言者との基の上に建てられたる者にして、キリスト・イエス自らその隅の首石たり。"



●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(Jバイブルと拙HP利用。重複表示あり)

塚本訳 コロ 1:22
1:22 今や神は君達をも御子の肉体の死によって(御自分と)和睦させ給うた。それは君達を御自分の前で聖い、瑕の無い、咎め所の無い者にしようとし給うたのである──


塚本訳 エペ 4:24
4:24 真理の義と聖とにより神に肖って創造られた新しい人間を着るべき(ことを教えられたの)である。


塚本訳 Ⅱコリ5:17
5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!


塚本訳 マタ 5:9
5:9 ああ幸いだ、平和を作る人たち、神の子にしていただくのはその人たちだから。


塚本訳 マタ 5:18
5:18 アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。


塚本訳 エペ 6:15
6:15 平和の福音の用意を』(靴として)『足に』穿いて立て。


塚本訳 エペ 3:12
3:12 そして私達はキリストを信ずる信仰により、彼に在って勇気を得、安心して神に近づくことが出来るのである。


塚本訳 ヘブ 11:13
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。


塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』


塚本訳 エペ 4:12
4:12 これは(キリストに対する)奉仕の務めを果たし得るよう聖徒達を準備し、かくしてキリストの体(なる教会)が建て上げられんためである。


塚本訳 ピリ 3:3
3:3 (割礼は無いが、)私達こそ本当の割礼者である。(その証拠には、)私達は神の霊によって神に仕え、(ただ)キリスト・イエスを誇りとし、(決して)肉に、(人間の特権に)頼らないからだ──


塚本訳 ロマ 2:26
2:26 反対に、割礼のない者が律法の要求することを守れば、割礼はなくても、割礼があると同様にみなされるではないか。

塚本訳 ガラ 3:16-17
3:16 しかし(神の)約束は、アブラハムと、その『子とに』言われたのである。子たちとに、と多数の人を指して言うのでなく、一人を指すかのように『お前の子とに』と言う。この子はキリストである。
3:17 わたしの言う意味はこうである。──神によってあらかじめ有効に成立した遺言が、四百三十年後(モーセによって)律法が出来ても、反故にされて、その約束が無になるわけはない。


塚本訳 ロマ 10:13-15
10:13 ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)『主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。』
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


塚本訳 Ⅰコリ8:4-6
8:4 それで、偶像に供えた肉を食べること(の善し悪し)については、(問題は明らかである。)「世にいかなる偶像もなく、また、ただ一人のほかにいかなる神もない」ことを、わたし達は知っている。
8:5 なぜなら、たとい天にも地にもいわゆる神々があるとしても、──そして実際多くの神と多くの主とがあるけれども──
8:6 少なくともわたし達(信ずる者)には、ただ一人の父なる神があり、一切のものはこのお方から出て、わたし達もこのお方に帰する。またただ一人の主イエス・キリストがあり、一切のものはこの方によってでき、わたし達もこの方によるのである。(従ってまことの神でない偶像に供えた肉はただの肉で、これを食べることは信仰と無関係である。)


塚本訳 Ⅰコリ1:30
1:30 この神ゆえに、あなた達は(はじめて)キリスト・イエスにあるのであり、このキリストが、神から賜わるわたし達の知恵、また義、また聖さ、また(罪の)あがないになられたのである。


塚本訳 Ⅱコリ5:17
5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!


塚本訳 ガラ 3:28
3:28 (神の子には、)もはやユダヤ人もなければ異教人もなく、奴隷もなければ自由人もなく、男もなければ女もない。あなた達はみなキリスト・イエスによって一つであるからである。


塚本訳 ロマ 15:12
15:12 さらにイザヤは言う。『エッサイの根ははえ、起きあがる者[キリスト]があらわれる、異教人を支配するために。異教人は彼に望みをかけるであろう。』


塚本訳 ロマ 3:23-24
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。


塚本訳 Ⅰコリ12:12-13
12:12 なぜか。体はただ一つであって、それに多くの器官があるけれども、この体の器官が皆、多くあっても、一つの体を成しているように、キリスト(の体である集会)の場合も同じである。
12:13 また、わたし達は皆、ユダヤ人にせよ異教人にせよ、奴隷にせよ自由人にせよ、一つの体になるために、一つの御霊で洗礼を受けたからである。そしてわたし達は皆一つの御霊を飲まされた。


塚本訳 ロマ 6:6
6:6 わたし達はこのことを知っている。──(洗礼は十字架をあらわす。)古いわたし達は(キリストと)一しょに十字架につけられたが、これは罪の体がほろび失せて、わたし達がもう二度と罪の奴隷にならないためであると。


塚本訳 ピリ 3:20
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。


塚本訳 Ⅰコリ3:9-11
3:9 なぜならわたし達は神の共働者であって、あなた達は神の畑、神の建築物である。
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ

塚本訳 Ⅰコリ6:19
6:19 それとも、あなた達の体は神からいただいた聖霊の住んでおられるお宮で、自分のものでないことを、あなた達は知らないのか。

塚本訳 Ⅱコリ6:16
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』


塚本訳 Ⅰコリ3:16-17
3:16 (とにかく、)あなたは達は神のお宮であり、神の霊があなた達の中に住んでいてくださることを、あなた達は知らないのか。
3:17 (だから、争いなどで)この神のお宮をこわす者があれば、神がその人を滅ばされる。神のお宮は神聖だから。──あなた達はそのお宮である。

塚本訳 ロマ 8:9-11
8:9 しかしあなた達は肉にある者ではなく、霊にある者である、(すでにキリストを信じて)神の御霊があなた達の中に住んでおられる以上は。しかし(神の御霊すなわち)キリストの霊を持たないなら、その人はキリストのものではない。
8:10 しかしキリスト(の霊)があなた達におられるなら、(あなた達の)体は(アダムの)罪によって死んでいるが、霊は(キリストの)義によって生きている。
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

塚本訳 ヘブ 8:6
8:6 しかし今イエスは(天上の祭司となり、レビ)より秀でた祭司の務を受けられた。彼は(レビの場合に)まさる約束に基いて制定された、まさる契約の仲介者であるからである。


塚本訳 黙  21:14
21:14 また都の城壁には十二の土台石があり、その上に仔羊の十二人の使徒の十二の名が(書いて)ある。

塚本訳 エペ 4:12
4:12 これは(キリストに対する)奉仕の務めを果たし得るよう聖徒達を準備し、かくしてキリストの体(なる教会)が建て上げられんためである。


塚本訳 Ⅰペテ2:4-5
2:4 彼は人からは(役に立たぬと)棄てられたが、神の前では、『選ばれた尊い』活きた『石』(である。)
2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである。


口語訳 イザ 28:16
28:16 それゆえ、主なる神はこう言われる、「見よ、わたしはシオンに/一つの石をすえて基とした。これは試みを経た石、堅くすえた尊い隅の石である。『信ずる者はあわてることはない』。


塚本訳 マタ 16:18
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。


塚本訳 Ⅰコリ3:9-11
3:9 なぜならわたし達は神の共働者であって、あなた達は神の畑、神の建築物である。
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──


塚本訳 Ⅰコリ12:28
12:28 神はある人々を集会に置かれた、第一に使徒として、第二に預言者として、第三に教師として、次に奇蹟を、次に治療の賜物、援助、(集会の)管理、各種の霊言(など)を。


塚本訳 ガラ 2:9
2:9 こうして彼らは(神が)わたしに下さった恩恵をみとめたので、(エルサレム集会の)柱石と思われているヤコブとケパ[ペテロ]とヨハネとは、わたしとバルナバとに協同の(伝道をする)握手をした。わたし達は異教人に、あの人たちは割礼の人に(福音を伝えることにして)。


塚本訳 エペ 4:11-13
4:11 彼はまた或る者を使徒、或る者を予言者、或る者を伝道者、或る者を牧師また教師として(教会に)『与え給うた』。
4:12 これは(キリストに対する)奉仕の務めを果たし得るよう聖徒達を準備し、かくしてキリストの体(なる教会)が建て上げられんためである。
4:13 かくて遂に私達は皆信仰と神の子を知る知識とにおいて一致するに至り、(信仰において)大人となり、キリストの豊満(と同一)の程度の(熟成した)年令に達するのである。


口語訳 詩  118:22
118:22 家造りらの捨てた石は/隅のかしら石となった。


口語訳 イザ 28:16
28:16 それゆえ、主なる神はこう言われる、「見よ、わたしはシオンに/一つの石をすえて基とした。これは試みを経た石、堅くすえた尊い隅の石である。『信ずる者はあわてることはない』。


塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖