to 日記と感想 2016年06月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


真の礼拝堂は「涙の奥座敷」・・・聖書は信仰の筋トレ・・・ ++++++++ 所感

2016/06/30 05:30

160630(木)4時起床●キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示「真の礼拝堂は『涙の奥座敷』・・・聖書は信仰の筋トレ・・・」●現役時代に、ヴァチカン宮殿(ローマ)、ウェストミンスター寺院(ロンドン)、トーマス教会(ライプチッヒ)などの有名な礼拝堂を訪れることができた。しかし神の子イエスは真の礼拝堂は奥座敷であるという。


文語訳 マタ 6:6
6:6 なんぢは祈るとき、己が部屋にいり、戸を閉ぢて、隱れたるに在す汝の父に祈れ。さらば隱れたるに見給ふなんぢの父は報い給はん。


塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


口語訳 マタ 6:6
6:6 あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。


新改訳 マタ 6:6
6:6 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。


新共同 マタ 6:6
6:6 だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

●そしてそこでの祈りは「涙の祈り」が神に聞かれる。

口語訳 詩  6:6
6:6 わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした


口語訳 詩  39:12
39:12 主よ、わたしの祈を聞き、わたしの叫びに耳を傾け、わたしのを見て、もださないでください。わたしはあなたに身を寄せる旅びと、わがすべての先祖たちのように寄留者です。


口語訳 詩  42:3
42:3 人々がひねもすわたしにむかって/「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間は/わたしの涙は昼も夜もわたしの食物であった。


口語訳 詩  56:8
56:8 あなたはわたしのさすらいを数えられました。わたしの涙をあなたの皮袋にたくわえてください。これは皆あなたの書に/しるされているではありませんか。


口語訳 詩  102:9
102:9 わたしは灰をパンのように食べ、わたしの飲み物に涙を交えました


口語訳 詩  119:136
119:136 人々があなたのおきてを守らないので、わが目の涙は川のように流れます。/ツァデー


口語訳 詩  137:1
137:1 われらは/バビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した

●真の礼拝堂は神と私との「祈りの中」にある。地上の礼拝堂は「祈りの家」。ところが地上の礼拝堂は儀式、遊び、勉強、人物崇拝、社会批判などの「巣」になっている。

塚本訳 マコ 11:17
11:17 それからこう言って教えられた、「『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである』と(聖書に)書いてあるではないか。ところがあなた達はそれを『強盗の巣』にしてしまっている。」


塚本訳 ヨハ 4:21-24
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ロマ 12:1
12:1 (このように、神は偉大な計画によって人類を一人のこらず救おうとしておられるのであって、救いは確かである。)だから、兄弟たちよ、わたしは神のこの慈悲を指してあなた達に勧める。あなた達の体を(感謝のしるしとして神に)捧げよ。この生きた聖なる犠牲こそ、神のお気に入るものであり、(霊なる神を拝むにふさわしい、)あなた達の霊的な礼拝である。(あなた達の礼拝は動物を供えるような不合理なものでなく、全心全霊をささげる合理的な礼拝でなければならならない)

口語訳 イザ 66:1-2
66:1 主はこう言われる、「天はわが位、地はわが足台である。あなたがたはわたしのためにどんな家を/建てようとするのか。またどんな所がわが休み所となるのか」。
66:2 主は言われる、「わが手はすべてこれらの物を造った。これらの物はことごとくわたしのものである。しかし、わたしが顧みる人はこれである。すなわち、へりくだって心悔い、わが言葉に恐れおののく者である。


塚本訳 マタ 15:7-9
15:7 偽善者たち!イザヤはあなた達のことをこう言って預言しているが、うまいものである。──
15:8 『この民は口先でわたし[神]を敬いながら、その心は遠くわたしから離れている。
15:9 彼らは(熱心に)わたしを拝むが無駄である、彼らが教えとして教えているのは、人間の(作った)規則であるから。』」

塚本訳 ヨハ 1:17
1:17 すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた。

口語訳 Ⅰ歴 29:17
29:17 わが神よ、あなたは心をためし、また正直を喜ばれることを、わたしは知っています。わたしは正しい心で、このすべての物を喜んでささげました。今わたしはまた、ここにおるあなたの民が喜んで、みずから進んであなたにささげ物をするのを見ました。


口語訳 エレ 4:2
4:2 また真実と正義と正直とをもって、『主は生きておられる』と誓うならば、万国の民は彼によって祝福を受け、彼によって誇る」。

口語訳 Ⅱコリ1:12
1:12 さて、わたしたちがこの世で、ことにあなたがたに対し、人間の知恵によってではなく神の恵みによって、神の神聖と真実とによって行動してきたことは、実にわたしたちの誇であって、良心のあかしするところである。


塚本訳 マタ 4:7
4:7 イエスは言われた、「ところが、『あなたの神なる主を試みてはならない』とも書いてある。」


塚本訳 マタ 4:10
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」

塚本訳 ロマ 15:3-5
15:3 キリストすら御自分を喜ばせる御生涯ではなかったのであるから。むしろ(聖書に)書いてあるとおりであった、』あなたを罵る者の罵りが、わたしの上に落ちた』と。
15:4 なぜなら、(聖書に)前に書かれたほどのことはみな、(後の時代の)わたし達の教訓のために書かれたもので、わたし達が聖書のあたえる忍耐と慰めとをもって、希望を持ちつづけるためである。
15:5 この忍耐と慰めとを賜わる神が、キリスト・イエスの心を体してあなた達が互に思いを同じくするようにさせられんことを。

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である

塚本訳 Ⅱテモ3:15-17
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。
3:16 聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり
3:17 かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。


口語訳 詩  119:81
119:81 わが魂はあなたの救を慕って絶えいるばかりです。わたしはみ言葉によって望みをいだきます

口語訳 詩  119:105
119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

塚本訳 ヨハ 12:50
12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

塚本訳 ヨハ 15:3
15:3 あなた達はわたしが語った言葉(を受け入れること)によって(汚れを除かれ)、すでに奇麗になっている

口語訳 黙  19:13-14
19:13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。
19:14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。


塚本訳 黙  19:13-14
19:13 彼は血で染められた(真赤な)衣を纏い、その名は「神の言」と呼ばれる。
19:14 そして天の軍勢が真白な潔い細布の衣を着、白い馬に乗って彼に従っていた。

●真の礼拝では「神の言」が語られ、聞かれる。それは「聖書である。イエスもパウロも信仰は聖書が土台になっていた。「~と聖書に書いてある」と言う論法が多い。

塚本訳 マタ 4:4
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」


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朝の啓示黙想ディボーション 終わり

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14:30 ピアノの調律に田岡親子が来訪。二人ともクリスチャン

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19:00 韓国 光州市立交響楽団演奏会に、東京芸術劇場に行く。 招待されたもの。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏した女流ピアニスト、ムン・ジョン(数多くの国際コンクールで優勝)は素晴らしかった。割れんばかりの拍手に対する丁寧なお辞儀が韓国式であったのには感激。音楽に国境はない。韓国に幸あれ。
三階席からは弦楽器のボーイングが揃っているのがよく見えてかっこよかった。

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23時過ぎに家に戻ると、年に一夜だけの「月下美人」咲いていた。




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子供の反抗は神に向かう霊の成長・・・親はうろたえるな・・・ ++++++++ 所感

2016/06/29 06:05

160629(水)3時半目覚め。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●「子供の反抗は神への霊の成長・・・親はうろたえるな・・・」●7月3日の感話の推敲をして、ルカ2:40-52の「イエスの成長・過越まいり」はイエスの親への反抗は霊の成長のありさまで、親のうろたえぶりが描かれている。これは律法宗教、神殿宗教が終わりを告げるというルカの見事な文学的な編集である。●イエスが親に反抗したのは肉の親から神の御用を」果たすための「一人旅」のプロローグであった。●イエスの孤独旅により人類は神への救いの道が開かれた。

塚本訳 ルカ 2:48-50
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった

塚本訳 マタ 16:22-23
16:22 するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そんなことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)
16:23 イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!

塚本訳 マコ 3:31-33
3:31 そこにイエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていてイエスを呼ばせた。
3:32 大勢の人がイエスのまわりに坐っていたが、彼に言う、「それ、母上と兄弟姉妹方が、外であなたをたずねておられます。」
3:33 イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ
」と答えて、

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 ルカ 2:34-35
2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った、「驚きなさるなよ、この幼児はイスラエルの多くの人を、(この方に対する態度によって)倒されたり立たせたりする、また、一つの目印となって(この世の烈しい)反対をうける、使命を負わされているのです。──
2:35 (母人よ、)あなたも劔で胸を刺しつらぬかれ(る苦しみをせ)ねばなりますまい。──これは多くの人の心の(隠れた)考えを外に出させるためなのです。」

塚本訳 マコ 3:31-33
3:31 そこにイエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていてイエスを呼ばせた。
3:32 大勢の人がイエスのまわりに坐っていたが、彼に言う、「それ、母上と兄弟姉妹方が、外であなたをたずねておられます。」
3:33 イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、

塚本訳 ルカ 19:46
19:46 こう言われた、「『わたしの家は祈りの家であらねばならぬ』と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを『強盗の巣』にしてしまった。」

塚本訳 ヨハ 2:19-22
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ヘブ 12:9-10
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

塚本訳 マコ 15:34
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。


塚本訳 ヨハ 19:30
19:30 イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると、「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された


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朝の黙想ディボーションおわり。神の子イエスの孤独な一人旅と苦難によって我々は救われた。

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老いの悲しみと喜び・・・祈りの実を見る・・・ ++++++++ 所感

2016/06/28 05:16

160628(火)キリスト者の皆様お早うございます。4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●3時目覚め、啓示黙想「老いの悲しみと喜び・・・祈りの実を見る・・」●床の中で取りとめもなく浮かぶ聖句をメモ帳に書く。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

口語訳 詩  90:15
90:15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください

口語訳 詩  90:9
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです

新共同 伝  12:1
12:1 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに年を重ねることに喜びはない」と/言う年齢にならないうちに。

口語訳 イザ 40:1-2
40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。


塚本訳 ヨハ 21:18
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」

塚本訳 Ⅱコリ2:14
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。

塚本訳 ヨハ 19:30
19:30 イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると、「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された。

口語訳 詩  6:6
6:6 わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした

口語訳 詩  37:25
37:25 わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が/食物を請いあるくのを見たことがない

口語訳 詩  39:12
39:12 主よ、わたしの祈を聞き、わたしの叫びに耳を傾け、わたしの涙を見て、もださないでくださいわたしはあなたに身を寄せる旅びと、わがすべての先祖たちのように寄留者です.

口語訳 詩  56:8
56:8 あなたはわたしのさすらいを数えられました。わたしの涙をあなたの皮袋にたくわえてください。これは皆あなたの書に/しるされているではありませんか。

新改訳 詩  56:8
56:8 あなたは、私のさすらいをしるしておられます。どうか私の涙を、あなたの皮袋にたくわえてください。それはあなたの書には、ないのでしょうか。


口語訳 詩  102:9
102:9 わたしは灰をパンのように食べ、わたしの飲み物に涙を交えました

口語訳 詩  119:136
119:136 人々があなたのおきてを守らないので、わが目の涙は川のように流れます。/ツァデー

塚本訳 ルカ 19:41
19:41 いよいよ(エルサレムが)近くなって(はじめて)都が見えると、イエスは都(に臨もうとしている裁き)を思い、声をあげて泣きだされた

塚本訳 ロマ 9:2-3
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう


口語訳 詩  126:5-6
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう


口語訳 詩  137:1
137:1 われらは/バビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した

文語訳 ロマ 8:28
8:28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る


塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない

塚本訳 ルカ 2:29-30
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

塚本訳 ルカ 2:36-38
2:36 また、アセル族のパヌエルの娘に、アンナという女預言者があった。非常に年を取っていて、娘時代の後、七年の結婚生活をおくり、
2:37 (その後)八十四歳(の今日)まで寡婦ぐらしをしていた
。(片時も)宮を離れず、夜も昼も断食と祈りとをもって(神に)奉仕していたが、
2:38 (シメオンが預言している)ちょうどその時、近寄ってきて(幼児について)神に感謝をささげ、またエルサレムの人々のあがないを待ち望むみんなの人に、この幼児のことを話した。

口語訳 詩  139:9-10
139:9 わたしがあけぼのの翼をかって海のはてに住んでも
139:10 あなたのみ手はその所でわたしを導き、あなたの右のみ手はわたしをささえられます。

口語訳 申  34:5-8
34:5 こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
34:6 主は彼をベテペオルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない。
34:7 モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった
34:8 イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間モーセのために泣いた。そしてモーセのために泣き悲しむ日はついに終った。

塚本訳 Ⅱコリ4:4-7
4:4 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。
4:5 なぜならわたし達が説いているのは自分のことでなく、ただキリスト・イエスは主であること、自分たちはイエスの(奴隷、いや彼の)ためにあなた達の奴隷であるということである。
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


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朝の黙想ディボーションおわり

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:9

●イエスの言動は天のことであったので常に謎であった。周囲はそれを尋ねた。

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塚本訳 ルカ 2:46-50

2:46 そして(都を出て)三日の後に、イエスが宮で教師たちの真中に坐って、話を聞いたり尋ねたりしているのを見つけた。

2:47 彼の話を聞いている人々は皆、その賢いうけこたえぶりに舌をまいていた。

2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」

2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」

2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。

 

塚本訳 ルカ 7:18-20

7:18 洗礼者ヨハネの弟子たちがこれら一切のことをヨハネに報告すると、彼は弟子を二人ほど呼びよせ、

7:19 主の所にやって、「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。

7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」

 

塚本訳 ヨハ 10:24-28

10:24 ユダヤ人が彼を取り囲んで言った、「いつまで気をもませるのです。救世主なら(救世主だと、)はっきり言ってください。」

10:25 イエスは答えられた、「言ったが、信じないではないか。父上の言いつけでわたしがしているその業が、わたしのことを証明している。

10:26 だが、あなた達は信じない。わたしの羊でないからだ。

10:27 わたしの羊はわたしの声を聞きわける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。

10:28 するとわたしが永遠の命を与え、彼らは永遠に滅びない。また彼らをわたしの手から奪い取る者はない。

 

塚本訳 ルカ 22:66-70

22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって

22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、

22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」

22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」

 

塚本訳 ルカ 13:23-24

13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、

13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ8:9一部 おわり

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孫たちに告ぐ。恋と愛は似ているが違う・・・恋は人の奴隷。真の愛は自由で、人を大切にする・・ ++++++++ 所感

2016/06/27 05:47

160627(月)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日は地元の秋川キリスト集会に来られたルーマニア人ソプラノ歌手のコンサートを聴いた。昨日ブログの最後を参照。トークがあって、彼女は離婚という大悲劇のためにストレスになり声が出なくなったが奇跡的に神の愛を知るに至った。99%がカトリックのルーマニアから1%弱のプロテスタントの日本に来てそれを知った。カトリックは自己の努力で救われようとするが福音の本質は、神の側の愛の努力で救われるということを認識して生き返ったという。彼女を理解した日本人の夫(牧師)と結婚して一男を恵まれた彼女の顔は輝いて 幸福そうであった。●そこで今朝は彼女がコンサート終了後私との会話で語ったこと。「恋と愛は似ているが違う・・・恋は人の奴隷。真の愛は自由で、人を大切にする・・・」について思い起こす聖句を並べてみよう。これから続々と恋の季節を迎える孫たちに告ぐ。


口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである

口語訳 申  6:5
6:5 あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない

口語訳 伝  3:1-2
3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり

口語訳 伝  3:6-8
3:5 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり
3:6 捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
3:7 裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
3:8 愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 マタ 6:30-33
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。            
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

塚本訳 マタ 7:9-10
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 マタ 15:17-20
15:17 すべて口に入るものは、腹を通って便所に落ちる(から、人をけがさない)ことが解らないのか。
15:18 しかし口から出るものは心から出るので、そちらは人をけがす。
15:19 心から悪い考えが出るからである。人殺し、姦淫、不品行、盗み、偽証、悪口(など)。
15:20 人をけがすのこれで、洗わぬ手で食事をすることは人をけがさない
。」

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない

塚本訳 ヨハ 3:7-8
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 8:30-34
8:30 こう話されると、多くの人がイエスを信じた。
8:31 すると信じたユダヤ人に言われた、「もしわたしの言葉に留まっておれば、あなた達は本当にわたしの弟子である。
8:32 真理を知り、その真理があなた達を自由にするであろう。」
8:33 しかし彼らは(その意味がわからずに)答えた、「わたし達はアブラハムの子孫で(自由人で)ある。いまだかつてだれの奴隷にもなったことはない。どうして『あなた達は自由になる』と言われるのか。」
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である

塚本訳 Ⅱコリ3:16-17
3:16 『しかし彼らの心が主に帰るならば、その時ベールは取り除かれる。』
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 Ⅰコリ7:1-2
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい
7:2 ただ不品行をさけるために、それぞれ自分の妻を持て、またそれぞれ自分の夫を持て。

塚本訳 Ⅰコリ15:50
15:50 兄弟たち、わたしの言うのはこのことである。血肉の人間は神の国を相続することは出来ず、死滅が不滅を相続することはない。

塚本訳 Ⅰコリ7:27-28
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。恋は不自由。人間の奴隷、霊は自由の喜び。人を真に大切に出来る。

●図書館。往復徒歩。暑い日。
●次回集会の準備。歩いていると頭が整理されれる。
●NHKFMクラシック番組「きらクラ」でまた私のコメントが読み上げられた。ラジオネームは「あきる野市のテルちゃん」
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。ロマ書13章。
●妻は歯科。神の御用を果たし終るまで、我々の健康が守られますように。
●子供達の家庭に霊肉共に神の祝福がありますように。神の栄光があがりますように。特に健康に恵まれますように。




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天国での仕事・・・「困っている人」を助けること。それは地上の連続・・・ ++++++++ 所感

2016/06/26 06:33

160626(日)キリスト者の皆様おはようございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示「天国での仕事・・・「困っている人」を助けること。地上の連続・・・」●人は地獄でなく天国に行きたいと思うのはヤマヤマであるが、では天国では何をするのか。これが問題である。聖書には何も書いてない。●この疑問をイエスに聞けば「いつも言っているジャーないか。私の働きを見なさい」と言うに違いない。●過日、ソファーベッドに横たわって休んでいると、「聖書の仕事をする方が面白い」と思ってガバッと跳ね起きた。●先週21日は北海道の、そして昨日は宮城県の牧師から私のサイト「BbB(「聖書で聖書を読む)」が非常に役に立っていると感謝の言葉があった。これにより、人を助ける仕事、困っている人を助ける仕事が天国での仕事なのだと思った。

http://www.bbbible.com/

●天国とは「困っている人」を助ける仕事をする気分そのものが天国」なのである。オスカーワイルドの「幸福の王子」のストーリーは次のようである。「ある街に金の板が貼られた王子の銅像があった。一羽のツバメが偶然その肩ににとまると、王字があそこの困っている家庭に私の体から金の板をはがして届けてくらないかと頼む。ツバメは命令のままにアッチコッチの、困っている人のところに飛んで行って金の板のかけらを少しずつ届ける。最後はは王子のサファイヤの目も届ける。ある朝、人々がその銅像を見ると覆っていた金が全部無くなっていたので倒した。そばには仲間と一緒に南の国に帰るはずであったツバメが死んでいたというストーリー。●真にキリスト教文学である。「三浦綾子の小説は「キリスト教宣伝文学だ」(関根正雄の見解)●キリスト者の生きざまはキリストのキの字も言わないことが、日本にキリスト教が土着する道なのである。

塚本訳 Ⅱコリ2:15
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。


●私の場合は天国に行ったら、建築で困っている人を助け、説教で困っている牧師伝道者や聖書の解読に困っている人のために聖書データを整備するのがその仕事である。その仕事をしている時の「うれしい気分」「楽しい気分」「生きがいの気分」、その気分そのものがが「天国にいる」ことなのだ。すると天国は地上と地続きだ。●このことを聖書に見てみよう。


口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


塚本訳 Ⅰコリ7:13-14
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

塚本訳 使  20:35
20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」

文語訳 使  20:35
20:35 我すべての事に於て例を示せり、即ち汝らも斯く働きて、弱き者を助け、また主イエスの自ら言ひ給ひし「與ふるは受くよりも幸福なり」との御言を記憶すべきなり』

塚本訳 ルカ 9:48
9:48 言われた、「わたしの名を信ずるこの子供を迎える者は、わたしを迎えてくれるのである。わたしを迎える者は、わたしを遣わされた方をお迎えするのである。あなた達の間ではだれよりも一番小さい者が、一番えらい。」

塚本訳 ルカ 22:24-26
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。


塚本訳 ヨハ 13:12-17
13:12 さて、みんなの足を洗い終ると、上着を着てふたたび席について、言われた、「いまわたしは何をあなた達にしたか、(そのわけ)がわかるか。
13:13 あなた達はわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいるが、そう言うのは正しい。その通りだから。
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。
13:16 アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)
13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 使  3:6
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」

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朝の啓示と黙想ディボーションおわり

●10:00 東京聖書読者会。川上(司会)、土肥(良きサマリヤ人の譬)、横田(宇宙研究史)
●土肥さんの話は読みが深かった。
●妻は秋川流域合唱祭に出演のため集会は欠席。音楽も神からのもの。
●15:00 地元秋川キリスト集会でルーマニア人歌手アマリアさんの証しと独唱会。

2016_06260005.jpg 

アマリヤさんはルーマニアで一流のオペラ歌手であったが、離婚という辛い経験を通して
日本に逃げてこられ、ここで「罪人こそ救われる」という真の福音に接して人生き返ったという証。
冒頭に聖書の言葉を語られた。

新共同 ロマ 8:28
8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

●バッハ・グノーの「アヴェマリヤ」など数曲を歌った後のアンコールに小椋桂の「愛燦燦」を流暢な日本語で歌った。会場全体も声を合わせた。この歌の内容は上記ロマ書8章28節に似ている。

「♫♫~人生って不思議なものですねー♫♫」


アマリアさんは来日してルーテル教会の日本人牧師と結婚して子供(男児)が一人与えられた。

2016_06260010.jpg 

コンサート終了後に入り口でひとしきり信仰の話。

アマリアさんは言う。「恋と愛は違います。恋は動物にもあってそれは短いものです。しかし愛は創りあげるものです。」
アマリアさんはご自身の辛い経験から真の伝道者になられた。
私は「あなたの過去をすべて知った上で受け入れた牧師の御主人は偉い方です。」と言った。
彼女とその家庭の上に末永く神の祝福あれ。固く握手した。






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不和の原因はサタンの働き・・・サタンは神が滅ぼす・・・ ++++++++ 所感

2016/06/25 08:02

160625(土)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の黙示「不和の原因はサタンの働き・・・サタンは神が滅ぼす・・・」●生きていく上での悩みのうち、病気は大きいものであるが「不和」もどうしようもなく重いものである。心の不和は体の変調をももたらす。●サタンの語源は「訴える」。つまりそれは相手に不満を持ち、攻撃を仕掛ける。それが「正義」を旗に掲げるから始末が悪い。●サタンは身近な夫婦関係、家庭、親子、兄弟、親戚間、職場内、国家間、エクレシアにも侵入するから懊悩する。悩みの種である。●最後は自分で自分を裁く。●特にクリスチャンの家庭はサタンの攻撃目標である。特にクリスチャンの夫婦はサタンの格好の標的である。サタンはこの本丸を壊そうと死力を尽くして攻撃してくる。この強敵は儒教道徳や説教などではとうてい解決できない。神にのみサタンを滅ぼせる権威がある。●「不和」を恥じることはない。それはサタンが侵入してきた証拠なのだから、ついには神が追い出して、不和の反対の「平和」が到来する。それが聖書の説くところである。●今朝はこの真理をめぐって思い浮かぶままを掲げてみよう。希望は神にある。人間に出来ないことは神に出来る。

塚本訳 マコ 10:27
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。
今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

文語訳 ロマ 8:18
8:18 われ思うに、
今の時の苦難は、われらの上に顯れんとする榮光にくらぶるに足らず。


塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり


●我々の戦いは肉に対するものでなく、霊魂の平和のためである。だから私は社会運動を第一にやらない。それは徒労である。

塚本訳 ロマ 5:1
5:1 だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。

塚本訳 エペ 6:12
6:12 私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に対するもの、「権力」に対するもの、この暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである

塚本訳 Ⅰペテ5:8
5:8 真面目であれ、目を覚まして居れ。君達の敵なる悪魔が『獅子のように哮えながら』、呑む者を探しつつ歩きまわっている。

塚本訳 Ⅰヨハ3:8
3:8 しかし罪を犯す者は悪魔の子である。というのは、悪魔は始めから罪を犯したからである。神の子が自分を現わされたのはそのため、(すなわち)悪魔の業をこわすためであったのである

●悪魔は最も身近な人に入る。

口語訳 創  3:4-6
3:4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
3:6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた

塚本訳 マタ 16:23
16:23 イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

塚本訳 ルカ 22:3
22:3 すると(その時)悪魔が、十二人の(弟子の)数に入っていたイスカリオテと呼ばれるユダに入った。

塚本訳 マタ 24:10-12
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう。
24:11 また多くの偽預言者があらわれて、多くの人を迷わすにちがいない。
24:12 また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える

●サタンは神が滅ぼす

塚本訳 ルカ 11:19-20
11:19 またわたしがベルゼブルを使って悪鬼を追い出すとすれば、(同じことをしている)あなた達の弟子は、いったい何を使って(悪鬼を)追い出しているのか。(まさかベルゼブルではあるまい。だからこのことについては、)あなた達の弟子に裁判官になってもらったがよかろう。
11:20 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の指で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 ルカ 22:31-32
22:31 (そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあなた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。
22:32 しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。」

塚本訳 ロマ 8:37-39
8:37 (もちろん、引き離すことのできるものはない。)そればかりか、わたし達を愛して(十字架につけられて)くださった方により、これらすべての(苦難の)中にあって、わたし達は悠々と勝つことができる。
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死んでも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。

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朝の啓示と黙想ディボーションおわり。サタンは私に巣食う、(妻を怒鳴り散らす)。妻に巣食う(私に逆ギレしする。小言を言う)。子供に巣食う(親に反発する.。家出する)。兄弟に巣食う(疎遠になる)。エクレシアに巣食う(信仰を批判する)。しかし神はご総て存じてご自分の名誉のためにサタンを追い出す。しかし次が大切。

塚本訳 マタ 12:43-45
12:43 汚れた霊が(追い出されて)人間から出てゆくと、砂漠をあるき回って休み場所をさがすが見つからない。
12:44 そこで『出てきた自分の家にもどろう』と言って、かえって見ると、空家になっていて、掃除ができて、飾り付けがしてあった。
12:45 そこで行って、自分よりも悪い、ほかの七つの(汚れた)霊を一しょに連れてきて入りこみ、そこに住む。するとその人のあとの有様は、(追い出す前よりも)もっとひどくなるのである。この悪い時代の人も、それと同様であろう。」


●サタンのことは次のサイトを参照。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/121202.htm



http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1304074.htm


●13:30 元キリスト教独立学園校長の武祐一郎先生記念会(於・信濃町教会)に妻と出席。卒業生や父兄が120名ほど集まり、盛会。妻と一緒に何人かに挨拶した。

2016_06250004.jpg 

感話の佐藤真史君(49期生、恵は48期生)は牧師らしい心に染みる良い話をされた。


●妻は終了後大田区の愛子の家へ行く。







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主よ、終わりの日に私のことを思い出してください・・・天国に入るための祈り・・・ ++++++++ 所感

2016/06/24 06:01


160624(金)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日は図書館で山北宣久牧師の本を読んでいたら、「死ははじまり」というすごい言葉にぶつかった。普通の人生観では、死は人生の終わりであって、生きているうちに出来るだけ楽しく暮らし、成功して満足し、大往生しようという思いがある。しかし不運にも人生に失敗し、あるいは挫折すると宗教に走る。それはそれで結構だが、何か善行を積んで自力で天国を勝ち取ろうとする根性は少なくともキリスト教的ではない。反対に神は罪人をこそ救ってくださると言う「絶対他力」の神学概念(浄土真宗がこれ)にあぐらをかいているのも聖書的ではない。●では人が天国に入るためにはどうしたら良いのか。この難問は人に聞いてはいけない、パウロに聞いてもいけない。それは「頭だけ」のことになる。神の子キリストに聞かなければならない。その答えは次にある。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」


●この強盗は人生を失敗した。臨終の時に、たまたま隣の同じ死刑囚にイエスがいた。「大いなる出会い!」。イエスのこれまでの言動を知っていた強盗は最後に一縷の望みとして声をかけたのだ。イエスが神の子キリストかどうかなど研究している暇などない。絶体絶命、駄目でもともと、一か八かであった。●この罪人の姿勢と、イエスの答えに、キリスト教の救いの原理の深淵なことが現れている。これを解説すると分厚い本になる。パウロのような難解の手紙となる。神学論争のいがみ合いになる。●そこで今朝はこの言葉を聖書自身に解説してもらおう。これが小生の年来の主張である。「聖書で聖書を読む」方法である。人間に聞かない。教会に聞かない。ローマ法王に聞かない。教派の神学に聞かない。内村に聞かない。聖書に聞く。これがカトリック、プロテスタント、無教会を問わず、全キリスト者に望ましい姿勢だ。

●まず翻訳比較から。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

422342そして言った、「イエスよ、あなたがあなたの王国に入る時は、俺のことも覚えていて下さい」。

422343すると、イエスは彼に言った、「アーメン、私はあなたに言う、あなたは今日〔すでに〕、私と共に楽園にいるだろう」。

 

新共同訳1987

23:42 そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。

23:43 するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

前田訳1978

23:42 そしていった、「イエスさま、あなたが王としておいでのとき、わたしを思い出してください」と。3:43 彼はいわれた、「本当にいう、あなたはきょう、わたしといっしょに天国にいよう」と
23:43 彼はいわれた、「本当にいう、あなたはきょう、わたしといっしょに天国にいよう」と。


新改訳1970

23:42 そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」23:43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
23:43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

 

塚本訳1963

 

23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

 

口語訳1955

 

23:42 そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。

23:43 イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

 

文語訳1917

"422342","また言ふ『イエスよ、御國に入り給ふとき、我を憶えたまえ』"

"422343","イエス言ひ給ふ『われ誠に汝らに告ぐ、今日なんぢは我と偕にパラダイスに在るべし』"

●次に自分の頭に浮かぶ聖句。

塚本訳 ルカ 18:10-14
18:10 「二人の人が祈りのために(エルサレムの)宮に上った。一人はパリサイ人、他の一人は税金取りであった。
18:11 パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。
18:12 わたしは一週間に二度も断食し、(きまったものの一割税だけでなく、)一切の収入の一割税を納めております。』
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。
18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」


●次にBbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 使  20:21
20:21 わたしはユダヤ人にも異教人にも、神に帰る悔改めと、わたし達の主イエスに対する信仰とを、証ししたのであった。


塚本訳 ロマ 10:9-14
10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。
10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)
10:11 (なぜ信仰だけで救われるか。)『これ[キリスト]を信ずる者は』すべて、(最後の裁きの日に)『恥をかかないであろう』と聖書が言っているからである。
10:12 (「すべて」と言う以上、)ユダヤ人も異教人も、その間になんの差別もないのである。なぜなら、同じ一人の方がすべての人の主であって、御自分を呼ぶすべての人に、あり余る恩恵をお与えになるからである。
10:13 ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)『主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。』
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。


塚本訳 使  16:31
16:31 二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」



塚本訳 ルカ 19:10
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」


塚本訳 ヨハ 14:3
14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。


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●朝の黙想瞑想ディボーションおわり。救いの原理は、「イエス様頼みます」の一言でよい。


●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申 ロマ書11章。パウロの頭だけの自問自答。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:8
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塚本訳 ルカ 8:8

8:8 またほかのものは善い地に落ちた。生えて(育って)百倍の実を結んだ。」こう言ったあとで、「耳の聞える者は聞け」と叫ばれた。

●実を結ぶとは何か。●耳の聞こえる者とは初めから決まっていて宿命か。

●聞く耳はイエスとしてはどうしようも作りだせないので、ただ叫ぶばかりであった。

 

塚本訳 ヨハ 15:1-5

15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。

15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

15:3 あなた達はわたしが語った言葉(を受け入れること)によって(汚れを除かれ)、すでに奇麗になっている。

15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来ないように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない。

15:5 わたしが葡萄の木、あなた達は蔓である。わたしに留っており、わたしもその人に留っている人だけが、多くの実を結ぶのである。あなた達はわたしを離れては、何一つすることは出来ないのだから。

 

塚本訳 ヨハ 12:24

12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

 

塚本訳 ヨハ 13:8-10

13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

13:9 シモン・ペテロがうろたえて言う、「主よ、(それでは、)足だけでなく、手も、頭も、。」

13:10 イエスが言われる、「(一度)湯浴みした者は、(あとでよごれた)足のほかは洗う必要はない、全身が清いのだから。(もう)あなた達は清い。だが、(あなた達)みんながそうではない。」

 

塚本訳 Ⅰコリ7:12-14

7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。

7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。

7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

 

塚本訳 マコ 10:29-30

10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、

10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

 

塚本訳 ヨハ 6:44

6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。

 

塚本訳 ヨハ 9:35-39

9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」

9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」

9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」

9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

 

塚本訳 マタ 13:16-17

13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである

13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである

 

塚本訳 マタ 16:17

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳 Ⅰコリ2:14-15

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

2:15 反対に、霊の人はすべてのことを判断することができるが、しかし彼自身はだれからも判断されることがない。

 

塚本訳 ルカ 22:66-71

22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって

22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、

22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」

22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。

22:71 すると彼らが言った、「これ以上、なんで証言の必要があろう。われわれが(直接)本人の口から聞いたのだから。」

 

塚本訳 マコ 4:26-29

4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、

4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる

4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

 

塚本訳 ヨハ 3:5-8

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420808またほかのある種は善い地に落ちた。すると、〔その種は〕生え出て、

百倍の実を結んだ」。これらのことを語りながら、彼は叫び続けた、聞く耳ある者は聞け」。

 

新共同訳1987

8:8 また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスはこのように話して、「聞く耳のある者は聞きなさい」と大声で言われた。

 

前田訳1978

8:8 あるものはよい地に落ち、生えて百倍の実がなった」と。こういってから、「聞く耳のあるものは聞け」と叫ばれた。

 

新改訳1970

8:8 また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスは、これらのことを話しながら「聞く耳のある者は聞きなさい。」と叫ばれた。

 

塚本訳1963

8:8 またほかのものは善い地に落ちた。生えて(育って)百倍の実を結んだ。」こう言ったあとで、「耳の聞える者は聞け」と叫ばれた。

 

口語訳1955

8:8 ところが、ほかの種は良い地に落ちたので、はえ育って百倍もの実を結んだ」。こう語られたのち、声をあげて「聞く耳のある者は聞くがよい」と言われた。

 

文語訳1917

"420808","良き地に落ちし種あり、生え出でて百倍の実を結べり』これらの事を言ひて呼はり給ふ『きく耳ある者は聽くべし』"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(重複あり)

 

塚本訳 マコ 4:8-9

4:8 またあるものは良い地に落ちた。伸びて育ってみのって、三十倍、六十倍、百倍の実がなった。」

4:9 そして「耳の聞える者は聞け」と言われた。

 

塚本訳 マタ 13:23

13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」

 

 

塚本訳 マコ 4:20

4:20 また良い地にまかれたものとはこれである、それは御言葉を受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちである。」

 

 

塚本訳 ルカ 8:15

8:15 しかし良い地のもの、これは御言葉を聞くと、りっぱな善い心でこれをしっかり守り、忍耐をもって実を結ぶ人たちである。

 

 

塚本訳 ヨハ 1:12-13

1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。

1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

 

 

塚本訳 ヨハ 3:3-5

3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

 

 

塚本訳 エペ 2:10

2:10 何故なら私達は神が予め準備し給うた善い業のため、その中を歩くために、キリスト・イエスにおいて創造られた神の作品である。

 

 

塚本訳 コロ 1:1

1:1 神の御意によってキリスト・イエスの使徒たる(われ)パウロと、兄弟テモテ、

 

口語訳   20:12

20:12 聞く耳と、見る目とは、ともに主が造られたものである。

 

 

塚本訳   2:7

2:7 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者には、神の楽園にある生命の樹からその実を食うことを許すであろう。

 

 

口語訳 エレ 25:4

25:4 主はたゆまず、そのしもべである預言者を、あなたがたにつかわされたが、あなたがたは聞かずまた耳を傾けて聞こうともしなかった。

 

 

塚本訳   2:11

2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

 

口語訳   26:12

26:12 イサクはその地に種をまいて、その年に百倍の収穫を得た。このように主が彼を祝福されたので、

 

 

塚本訳 マタ 13:43

13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。




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ギリシャ文明対福音・・・「福音の美」は神が賜る・・・ ++++++++ 所感

2016/06/23 04:54

160623(木)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日は、「古代ギリシャ展」の講義を聞いた(昨日ブログの最後を参照)。そのギリシャ文明、特に芸術性は歴史上最高のものであるが、福音の前には光を失った。一方は「人間の美」、一方は「神が賜る美」である。「福音の美」である。●かって聖地旅行をしてカイザリヤに行った時、ローマの水道橋の美しさに感心。こと建築美に関してはヘブライズムはヘレニズムにはかなわないと感じたものだ。同じく建築藝術もギリシャのものは優れているが、ユダヤ教には見るべきものがない。キリスト教はギリシャ文化を「偶像礼拝だとして駆逐したというが、そのキリスト教がもたらす美とは何か。それは「福音の美」である。●信仰の純粋を追及する無教会は「芸術美」を毛嫌いする。その原因は内村鑑三にあることは、かって次の論考にまとめた。「内村鑑三の建築観と芸術観を批判する」(2007.6.7)

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/uchimura4.htm


●しかしこの論考は事情があって雑誌に発表するに至らなかったが、今朝読み返してみて今でも同感で、我ながら胸がすっきりした。●しかし福音にとってギリシャ文明は悪い事ばかりではない。第一に新約聖書が書かれたのはギリシャ語であった。私のブログの標題ともいうべき  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚)はギリシャ文字である。
●そこで今朝は、ギリシャに関するところを頭に浮かぶまま掲げてみよう。

塚本訳 ヨハ 19:20
19:20 多くのユダヤ人がこの捨札を読んだ。イエスが十字架につけられた場所は、都に近かったからである。かつ捨札は、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書いてあった(ので、だれにでも読むことが出来た。こうしてピラトは、イエスが救世主であることを全世界に証ししたのであった。)


塚本訳 ロマ 1:14
1:14 わたしはギリシャ人にも野蛮人にも、教養のある者にも教養のない者にも、(福音を伝える)義務がある。

新共同 ヨハ 12:20
12:20 さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。


塚本訳 ヨハ 12:20-24
12:20 この祭にお参りするため上ってきた人たちの中に、数人の(改宗した)異教人があった。
12:21 ガリラヤのベッサイダの人ピリポの所に来て、こう言って頼んだ、「君、イエスにお会いしたいのですが。」
12:22 ピリポは行ってアンデレに話し、アンデレはピリポと行ってイエスに話した。
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

新共同 使  16:1
16:1 パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。

新共同 ロマ 1:16
1:16 わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。

新共同 ロマ 3:9
3:9 では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです。

新共同 Ⅰコリ1:22-23
1:22 ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが
1:23 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、

新共同 Ⅰコリ1:24
1:24 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。

新共同 Ⅰコリ12:13
12:13 つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。

新共同 ガラ 3:28
3:28 そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。

新共同 コロ 3:11
3:11 そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。

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朝の黙想 ディボーションおわり。使徒パウロはギリシャの中心地アテネに突進した。彼の最後はその後どうなったのかはわからない。パウロよ安かれ。あなたの蒔いた「有体的復活」の福音の種は世界中に根を張った。私も真似たい。

塚本訳 使  17:22-25
17:22 パウロはアレオパゴス法院の真中に進み出て言った。「アテネ人諸君、あなた達はどの点からしても、最高に信心深いようにわたしには見えます。
17:23 その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう。
17:24 『世界』とその中のもの』すべて『とをお造りになった神は天地の』主であられるので、(人間の)手で造った宮などにお住みにならない。
17:25 また何か不自由があるかのように、人間の手によって奉仕されることはない。(むしろ反対に、)彼みずからすべての者に命と『息』と(その他)すべてのものとを『お与えになる』のだから。


























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霊の成長・・・世の救いはイエスに負わされた試練によって開かれた・・・・ ++++++++ 所感

2016/06/22 05:08

160622(水) キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●キリスト者は晩年になっても試練が続く。それは信仰が強められるためである。イエスの次の言葉を注目すべきである。

塚本訳 ヨハ 11:15
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」


●人は肉体や知恵ばかりでなく霊も成長する。

塚本訳 ルカ 1:80
1:80 幼児は大きくなり霊も強くなって、(洗礼者として)イスラエルの民の前にあらわれる日まで、荒野に(かくれて)いた。


●人生の不可解、不条理な、手に負えない、医者にも直せない、どうしようも身動きが出来ない、呻くような、懊悩するような、悩み苦しみは、これすべて神が負わせた試練で、神はそれにより世に救いの道を開く。信仰の成長はそのプロセスである。今朝は、神の子イエスといえども我々と同じ試練を受けられ、神に労苦を負わされることによって新時代が開かれたことを黙想ディボーションしてみよう。●キリスト者が晩年になっても試練が続く意義もここにある。人生、最後まで信仰の成長が続く。それは本人のため、世の救いのためである。神います。ひるむな。



塚本訳 ルカ 2:52

2:52 イエスは知恵も身の丈も、『また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

 

塚本訳 ルカ 3:21-22

3:21 さて民衆が皆(ヨハネから)洗礼を受けた時、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開けて、

3:22 聖霊が鳩のような形で彼の上に下ってきた。そして「あなたは(いま)わたしの『最愛の子、』わたしの心にかなった』」という声が天からきこえてきた。

 

塚本訳 マタ 4:1
4:1
間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。

塚本訳 マタ 4:10-11
4:10
そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔(サタン)!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」
4:11
そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。

塚本訳 マタ 6:13
6:13
わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。

塚本訳 マタ 16:22-23
16:22
するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そんなことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)
16:23
イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔(サタン)、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

塚本訳 ルカ 22:40-46
22:40
いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」
22:41
そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42
言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44
イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。
22:45
やがて祈りから立ち上がって弟子たちの所に来て、彼らが悲しさのあまり寝入っているのを見ると、
22:46
言われた、「なぜ眠るのか。誘惑に陥らないように、立ち上がって祈っていなさい。

 

塚本訳 マコ 15:33-34

15:33 昼の十二時になると、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。

15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

 

塚本訳 ヨハ 19:28-30

19:28 こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。

19:29 酸っぱい葡萄酒の一ぱい入った器がそこに置いてあった。人々はその[酸っぱい葡萄酒を]一ぱい含ませた海綿をヒソプの(茎の先)につけて、イエス(の口許)に差し出した。

19:30 イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると、「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された。

 

塚本訳 ヘブ 2:10

2:10 なぜなら、多くの子たちを栄光に導くため、彼らの救の創始者(であるイエス)を苦しみによって完成することは、万物が彼のため、また万物が彼によ(って存在す)る神に、(いかにも)ふさわしいことであった。

 

塚本訳 ヘブ 12:5-6

12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。

12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』


塚本訳 ヘブ 12:9-12
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。
12:12 だから、『力の抜けた手と、しびれた膝をまっすぐに伸ばしなさい。』

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の黙想ディボーションおわり。ディズニーの名作「バンビ」の一場面が忘れられない。バンビの母が撃たれて死んだときバンビは悲しみに暮れて倒れる。降り注ぐ雪。その時、天から父親の声が聞こえる。「バンビ、起きなさい」。●パウロも倒れた時、天から声が聞こえた。

塚本訳 使  26:15-18
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

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13:30.妻と市内のまほろばホールに行き、「古代ギリシャ展(於・国立博物館)」の解説講演会(国立博物館の専門家)を聴いた。この高度な文明はキリスト教により偶像崇拝とされ、消えて行ったという。
霊魂不滅のギリシャの宗教は有体的復活のキリスト教の前に力を失ったのは当然と思った。翻って霊魂不滅の我が国の仏教も有体的復活を信じる真のキリスト教の前には衰退する運命にあるのだが、日本のキリスト教は「有体的復活」を心から信じてないから力がない。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申ロマ書9章。パウロの懊悩、苦闘。神の懐に眠るパウロの霊魂安らかなれ。





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悩みの日に我を呼べ・・・神に直せない病はない・・・ ++++++++ 所感

2016/06/21 06:32

160621(火)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日は直りにくい病気(ホルモンバランスのが精神に変調をもたらす)を抱えた人からメールがきた。どうしようもなく「手に負えない」悩みらしい。●人類には病気の大流行の歴史があったが、どれ一つをとっても真の救いのために益であった。
一世紀末ローマ帝国は性道徳の紊乱が原因で人口減、帝国崩壊寸前の暗い社会に一陣の聖いさわやかな風をもたらせたのが初代キリスト教徒の群れであった。これによって帝国は甦えった。(ヒルティ「幸福論」Ⅲ。驚くべき導き、冒頭)。ローマ帝国がキリスト教を国教にしたのは4世紀。●14世紀ヨーロッパ全土にペストが大流行、人口の1/3~2/3が死んだ。この暗き世界は宗教改革前夜であった。●我が国は20世紀初頭に「結核」が大流行、私の父も感染。そのおかげで「信仰」に導かれた。キリスト教無教会主義が結核の療養所に根付いたのもこの頃であった。●そして21世紀現在の日本は精神の病が蔓延。いじめ、不登校、晩婚化(生きる喜びの欠如)による少子化、夫婦不和(離婚率1/3)により路頭に迷う子供の増大。正に「世紀末」の様相である。しかしこれは「夜明け前」の苦しみと感じる。御心と感じる。●こんな時「聖書」に救いの声を聞こう。「宗教に走った」などと笑うな。人間には「手に負えない」、どうしようもない「恩恵の時」が来るのだ。人はその時初めて「救いの門」の前に立つ。「門を叩け」。あらぬものに走るな。享楽に走るな、人間(異性)に走るな、医学や思想や政治に走るな。そこに救いはない。聖書に走れ、神に走れ。落ちつきはそこにある。真の教養人はそこに走る。

文語訳 マタ 7:7
7:7 求めよ、さらば與へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん


塚本訳 マタ 7:7
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。

文語訳 ルカ 13:24
13:24 イエス人々に言ひたまふ『力を盡して狭き門より入れ。我なんぢらに告ぐ、入らん事を求めて入り能はぬ者おほからん。

塚本訳 ルカ 13:24
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

口語訳 詩  50:15
50:15 悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう」。


新改訳 詩  50:15
50:15 苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」


新共同 詩  50:15
50:15 それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって/お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」

文語訳 マタ 11:28
11:28 凡て勞する者・重荷を負ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません


新改訳 マタ 11:28
11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。


新共同 マタ 11:28
11:28 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう


文語訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエス答へて言ひ給ふ『すべて此の水をのむ者は、また渇かん。
4:14 されど我があたふる水を飲む者は、永遠に渇くことなし。わが與ふる水は彼の中にて泉となり、永遠の生命の水湧きいづべし』


塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」


新共同 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」

塚本訳 マタ 8:9-10
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 マタ 9:20-21
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである


塚本訳 ルカ 7:50
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」


文語訳 ルカ 7:50
7:50 ここにイエス女に言ひ給ふ『なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け


文語訳 マコ 5:34
5:34 イエス言ひ給ふ『娘よ、なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け、病いえて健かになれ


塚本訳 マコ 5:34
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」


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朝の黙想おわり。神は苦しみをいつまでも続けておかれない。目的を達すると苦しみは去り、平安になる。今少しの辛抱だ。神はすべてをご存知。ナンノコレシキと思え。神は子供を親から引き離して導きご自分のものにする。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。ロマ8章。洗練された訳だ。
●妻は台東区のYさんの家から月本昭男先生のイザヤ書講義の聴講。
●札幌の牧師から節ホームページのBbB(聖書で聖書を読む)に対する感謝の言葉と誤りの指摘。聖書を熱心に読む人はこのサイトに行きつく。福音宣教の働きを激励した。


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建物の寿命、人の寿命・・・全うするまでの費用は神から与えられる・・・ ++++++++ 所感

2016/06/20 05:53

160620(月)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●3時頃目覚めて床の中で黙想。「建物の寿命、人の寿命・・・全うするまでの費用は神から与えられる・・・」●昨日は今井館総会に妻と出席、事務局長から今井館聖書講堂改修計画の報告を聞いた。すでに今井館の理事は退任しているので楽に聞けた。●そこで思ったことは、「神は建物が必要な時、改修が必要な時は、その費用を与えてくださるものだなー」ということである。これは人の寿命もこれを全うするまでは必要な「費用」が神から与えられるということに繋がる。●今朝はこのことをめぐって聖書のアチコチを黙想してみよう。

口語訳 詩  51:18
51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、エルサレムの城壁を築きなおしてください

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

口語訳 伝  3:1-3
3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 マタ 6:25-34
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である

塚本訳 ルカ 12:15-21
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

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●朝の黙想ディボーションおわり。神は必要なものは必要なだけ良いときに与えられる。

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混声合唱団謳歌第3回コンサート(指揮富澤裕)に妻と行く。
前川國男の渾身の力作東京文化会館。上は大ホールホワイエ。


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コンサートの行われた小ホール649席。至る所デザインされている。
設計に時間をかけている。

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この建物は1962年の建築業協会章。
向かい側のコルビジェの西洋美術館(世界遺産)よりもパワーを感じる。



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キリストの権威・・・土の器から発する不思議な引力・・・ ++++++++ 所感

2016/06/19 05:35

160619(日)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●今朝の啓示「キリストの権威・・・土の器から発する不思議な引力・・・」●昨日は故量義治氏の「無教会のエクレシア論」を散見したが、結論は「エクレシアの中核にはキリストの権威が備わった人格が存在しなければならない」ということであった。●かって某無教会集会を主宰するN氏に会った時、氏に不思議な権威を感じた。エクレシアというのはこういう人物のもとに群がる人々で形成される。その権威は不思議な引力である。●先月ある講演会でその御夫人に隣り合わせたので、「御主人は立派な方ですから、夫婦喧嘩などしないんでしょうね」と尋ねたところ、「いいえ。夫婦喧嘩が私の生きがいです」と返って来た。●多くの人を引き付けたあの塚本虎二先生もある時奥さんに馬乗りになって殴るほどの夫婦喧嘩をされた。●その他にも伝道活動で多くのの成果を上げている方の御夫人からも「夫に対する不満」があることを漏れ聞いたことがある。これらの例はみな神に召されて活躍している人ははいわゆる「人格者」ではない。外では尊敬され慕われているかが内では「くそみそ」である。●そこで、次の聖句を思う。

塚本訳 Ⅱコリ4:7
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではなことがわかるためである。

文語訳 Ⅱコリ4:7
4:7 我等この寶を土の器に有てり、これ優れて大なる能力の我等より出でずして、神より出づることの顯れんためなり。

新共同 Ⅱコリ4:7
4:7 ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。

新改訳 Ⅱコリ4:7
4:7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。

口語訳 Ⅱコリ4:7
4:7 しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。

NKJV Ⅱコリ4:7
4:7 But we have this treasure in earthen vessels, that the excellence of the power may be of God and not of us.


TEV Ⅱコリ4:7
4:7 Yet we who have this spiritual treasure are like common clay pots, in order to show that the supreme power belongs to God, not to us.


●人に影響を与えるこの不思議な権威の力は、勉強や人格の修練努力で得られるものではなく、全く100%神から備えられるものである。だからそれは自分の功績ではない。●だから「目と耳のない人」にはこの権威が見えない感じない●教会も無教会も神からのこの不思議な権威がなければいくら「教会論」「無教会論」があっても自然消滅して行く。●キリストには群衆が喜んで聞き従う言動があった。今朝はこれらのことをめぐって聖書のアチコチを黙想瞑想ディボーションしてみよう。便利な「Jバイブル」を利用して検索し、アップする。

塚本訳 マタ 13:55-57
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。


塚本訳 ヨハ 7:15
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。


塚本訳 マコ 11:30-33
11:30 ──ヨハネの洗礼は天(の神)から(授かったの)であったか、それとも人間からか、それに答えよ。」
11:31 彼らはひそかに考えた、「もし『天から』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったか』と言うであろうし、
11:32 それとも『人間から』と言おうか。」──(だが)民衆(の反対)がこわかった。みんながヨハネをほんとうに預言者だと思っていたからである。
11:33 そこで「知らない」とイエスに答える。彼らに言われる、「ではなんの権威であんなことをするか、わたしも言わない。」

塚本訳 ルカ 4:31-36
4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、
4:32 人々はその教えに感心してしまった。話に権威があったからである
4:33 そのとき、礼拝堂に汚れた悪鬼の霊につかれた一人の人がいたが、大声をあげて叫んだ、
4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」
4:35 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。すると悪鬼はその人をみなの真中に投げ倒して、出ていった。何も怪我はなかった。
4:36 皆がびっくりして、互いにこう語り合った、「この言葉はいったいどうしたのだろう。権威と力があって、この人が命令されると、汚れた霊まで出てゆくのだが。

塚本訳 ヨハ 5:43-44
5:43 (その証拠には、)わたしが父上の権威で来たのに、あなた達はわたしを受けいれず、だれかほかの人[偽救世主]が自分の権威で来れば、その人を受け入れるのである。
5:44 互に(この世の)名誉をやり取りして、ただひとりの神からの名誉を求めないあなた達が、どうして(わたしに対する)信仰をもつことが出来ようか。

塚本訳 マコ 11:18
11:18 大祭司連と聖書学者たちはこれを聞いて、どうしてイエスを殺そうかと(その手段を)考えていた。民衆が皆その教えに感心しきっていたので、イエス(の勢力)を恐れたのである。


塚本訳 ヨハ 7:18
7:18 自分で勝手に話す者は、自分の名誉を求める。(そしてその言うことが偽りである。)しかし自分を遣わされた方の言葉を語って、その方の名誉を求める者は、真実であり、(すこしも)偽りがない。


塚本訳 ヨハ 7:45-46
7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」
7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」


塚本訳 ヨハ 8:47
8:47 神から出た者は(わたしが話す)神の言葉に聞き従う。あなた達は神から出たのでないから、(わたしの言葉に)従わないのである。」


塚本訳 ヨハ 12:49
12:49 わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである


塚本訳 ヨハ 14:10
14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである

塚本訳 ヨハ 15:4-6
15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来ないように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない
15:5 わたしが葡萄の木、あなた達は蔓である。わたしに留っており、わたしもその人に留っている人だけが、多くの実を結ぶのである。あなた達はわたしを離れては、何一つすることは出来ないのだから。
15:6 人はわたしに留っていなければ、蔓のように投げ出されて枯れる。すると集められ、火の中に投げ込まれて焼かれる。


塚本訳 ヨハ 14:12-13
14:12 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしを信ずる者は、わたしがするのと同じ業をすることができる。いや、それよりももっと大きな業をすることができる。わたしが父上の所に行って、
14:13 あなた達がわたしの名で願えば、なんでもかなえてあげるからだ。これは父上が子によって栄光をお受けになるためである。

塚本訳 ヨハ 18:37-38
18:37 そこでピラトが言った、「では、やっぱりお前は王ではないか。」イエスが答えられた、「王だと言われるなら、御意見にまかせる。わたしは真理について証明するために生まれ、またそのためにこの世に来たのである。真理から出た者はだれでも、わたしの声に耳をかたむける。」
18:38 ピラトがたずねる、「真理とは何か。」、ピラトはこう言ったのち、またユダヤ人の所に出ていって言う、「あの人にはなんらの罪も認められない。

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朝の黙想ディボーションおわり。

●妻と集会へ。高木(司会)、丹野(塚本「ヘブル書講義」)、村上(十戒)
●神宮外苑のベンチで妻と昼食。
●15:00 今井館総会に妻と出席。今井館講堂の改修計画の説明があった。









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人は「とりなしの祈り」で救われる・・本人に信仰がなくてもよい・・・ ++++++++ 所感

2016/06/18 06:22

160618(土)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の大啓示「人は『とりなしの祈り』で救われる・・本人に信仰がなくても・・・」●この命題に対する聖書的根拠は無数である。●教会の教派神学では救いの条件が規定されていて、それはあくまで「本人の信仰告白」である。しかし聖書を公平に読むとそうではない。本人に信仰が無くても周囲の人、遠隔の祈りで救われる。然り、信仰無くして死んだ人も執り成しの祈りで神に「起こされる」。●イエスが神殿を粛清して「私の家は祈りの家と唱えられるべきである」と言った真意が読めた。その家とは「執り成しの祈り」をする場所なのだ。●今朝はこの真理の聖書的根拠を数多く掲げてみよう。●聖書は本人が自由に読んでよい。教会教派の神学にとらわれてはいけない。聖書は自分で読んで「アーソーカ」と思う時に福音が土着したことになる。

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 ヨハ 12:34-35
12:34 すると群衆が答えた、「われわれは律法[聖書]で、救世主は〃永遠に〃(地上に)生きながらえると聞いていたのに、あなたはどういう訳で、人の子は(死んで天に)挙げられねばならぬと言われるのですか。その人のことはいったいだれのことです。」
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。

塚本訳 マコ 2:3-5
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る。
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」

塚本訳 マタ 8:8-13
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」
8:13 それからイエスは百卒長に言われた
、「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

塚本訳 ヨハ 4:46-53
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが
「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ルカ 7:12-14
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

塚本訳 マコ 5:38-41
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。

塚本訳 ヨハ 13:6-8
13:6 こうしてシモン・ペテロの所まで来られると、ペテロが(こばんで)言う、「主よ、わたしの足を、あなたが洗われるのですか。」
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』



塚本訳 ロマ 8:33-35
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。


塚本訳 ロマ 5:8
5:8 しかし
わたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:12-14
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられていからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。



塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう


塚本訳 ルカ 15:20
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、
まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

口語訳 ヨブ 1:5
1:5 そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、
朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。

塚本訳 マタ 21:12-13
21:12 イエスは宮に入って、宮(の庭)で物を売る者や買う者を皆追い出し、両替屋の台や、鳩を売る者の腰掛けを倒された。
21:13 それからこう言われた、「『わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである』と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを『強盗の巣』にしている。」

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである


塚本訳 ヨハ 4:20-26
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マタ 16:19
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」


塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る
。」

塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである
と。


塚本訳 ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。今日は信仰なくして死んだ黒田隆さんの葬儀、しかし祈れば最後の日に復活させられる。黒田さんは私に良いことをしてくれたのだ。

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故黒田隆葬儀。目黒区 羅漢会館 火葬は桐ケ谷斎場、無宗教式。参列者はご身内だけ。

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故黒田隆、享年94歳。老衰。

高橋照男の弔辞要旨
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黒田さんは戦時中、関東軍の中でも鉄壁の守りと言われた第一方面隊の経理担当の工兵でした。
6年間のシベリヤ抑留の後に帰国され建設会社に就職され積算部門で御苦労されました。その御体験が基になり、積算という「苦業」から若者を救おうと我が国の積算技術や積算体系を開発されました。この私も若いころ黒田さんのおかげで救われそれ以来40年もの長い御交誼を頂きました。昨年12月17日に老人施設にお見舞いすると『私は間もなくだが、高橋君は元気で長生きしてください』と言われ、2度泣かれました。そして今日、このようにお見送りできますことは感謝であります。晩年黒田さんは、「高橋君と出会って最大のことは『復活ということがある』という話が聞けたことである」と言われました。今日の式は無宗教式です。しかし本日流れている音楽は「主よ、人の望みの喜びよ」で黒田さんがお好きであったバッハの作曲です。私はクリスチャンですが、これですっかり満足しました。人は死後、神の一声で復活します。黒田さんはそれを信じて逝かれました。来世では必ず黒田さんとお会いできると信じます。黒田さん「また会う日まで」、さようなら。それまで安らかにお眠り下さい。
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弔辞要旨おわり






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病気の時の祈り・・・神は総てをご存知だ・・・ ++++++++ 所感

2016/06/17 06:26

160617(金)5時起床。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●明け方に身内の病者の夢を見て苦しかったので目が覚めた。●「病気」は人生苦の中で罪と死と共に重い悩みである。今朝はこの深い悩みを神の子イエスに癒されようと「主の言葉」に聞いてみよう。これが「聖書で聖書を読む」「真の礼拝」だ。●福音書には神の子キリストによる「病気治療」の事例が多く出ていて有難い。みな身内の、身近な人の病気の悩みや嘆きである●。老年の使命は病気の人、病人を抱えている人の悩みのために祈ることだ。●身内に病人を抱えている人に告ぐ。神は病気の細部までご存知だ。●「恐れるな」「神に信じればよい」「信じれば直るのだ」。「病気は信仰の試練だ」。「必死に祈れ、十字架にすがれ」

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちなのである。

塚本訳 ルカ 12:4-7
12:4 あなた達、わたしの友人に言う、体を殺しても、そのあと、それ以上には何もできない者を恐れるな
12:5 恐るべき者はだれか、おしえてあげよう。殺したあとで、地獄に投げ込む権力を持っておられるお方を恐れよ。ほんとうに、わたしは言う、そのお方(だけ)を恐れよ。
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 ルカ 12:24-25
12:24 烏をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか

塚本訳 マタ 8:5-10
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
・・・・・・・・・・・・・・
8:13 それからイエスは百卒長に言われた、「
お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

塚本訳 マコ 5:22-23
5:22 するとヤイロという一人の礼拝堂監督が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏し、
5:23 しきりに願って言う、
「わたしの小さな娘が死にかかっています。助かって命びろいをするように、どうか行って、手をのせてやってください。」

・・・・・・
5:35 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家から人々が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。どうしてこの上、先生にご迷惑をかけられるのですか。」
5:36 イエスはそう言っているのをそばで聞いて、監督に言われた、「こわがることはない。ただ信じておれ。」
5:37 そしてペテロとヤコブの兄弟のヨハネとのほかには、だれもついて来ることを許されなかった。
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。
5:42 ただちに少女は立ち上がって歩きまわった。十二歳になっていたからである。見るなり、人々は気が遠くなるほど驚いた。
5:43 イエスはだれにもこのことを知られるなときびしく人々に言いつけ、また子供に(何か)食べさせるようにと言われた。



塚本訳 ヨハ 4:46-53
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ヨハ 5:3-9
5:3 廊下には大勢の病人──盲人、足なえ、やせ衰えた者などが寝ころがっていた。【水の動くのを待っていたのである。
5:4 それは、主の使がときどき池に下りてきて水をかきまわすので、水がかきまわされたとき真先に(池に)はいった者は、どんな病気にかかっていても、(きっと)直るからであった。】
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ヨハ 5:14-15
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」
5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した。

文語訳 マコ 5:33-34
5:33 女おそれ戰き、己が身になりし事を知り、來りて御前に平伏し、ありしままを告ぐ。
5:34 イエス言ひ給ふ『娘よ、なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け、病いえて健かになれ

塚本訳 ヨハ 9:1-7
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った

塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

塚本訳 ヨハ 11:3-5
11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」
11:5 イエスはマルタとその姉妹ラザロとを愛しておられた

塚本訳 ヨハ 11:14-15
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 11:41-45
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。
11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。


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●朝の啓示、黙想、ディボーション、祈り。おわり。神は知っている。病気を知っている。神ご自身の力で癒して健康にして下さる。私も脳出血で倒れたことがあるが、奇跡的に「起こされて」直った。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申ロマ書7章
●18:30 妻がアルトで出演する「メサイア」を鑑賞する。(武蔵小金井駅前の宮地楽器ホール)

2016_06170002.jpg 
ヘンデル「メサイア」。合唱団員50名。妻はアルト。
独唱人とトランぺッターが上出来。
指揮にはイマイチ宗教性が欲しかった。
最後の For ever and  ever  Amen (小羊の)栄光 世々 限りなくありますように アーメン
は私も心で歌った。



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キリストの香りとはほのぼのとした温かさ・・・漫画サザエさんを生んだ信仰の長谷川家の雰囲気・・・ ++++++++ 所感

2016/06/16 05:23

160616(木)4時目覚め起床。●キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示「キリストの香り」。昨日の今井館ウィークデーの集いでは漫画サザエさんを生んだ長谷川町子さん一家の紹介が長谷川家と交流のあった方々から伺った。「(サザエさんの)作者長谷川町子さんは無教会の矢内原忠雄先生、塚本虎二先生、酒枝義旗先生など無教会の先生に、信仰を学ばれ親しく交わりを持っていました。」(高木謙次選集第二巻P229)●その結果、長い間わからなかった「キリストの香り」とは「ほのぼのとした温かさ」であることを知った。知ったというより感じ圧倒された。●長谷川町子さんはマスコミに出たがらなかったので私としても「謎の人」であったが、ある日、一新聞記者がお会いした時の感想が忘れられない。それは「上品で聡明な美人」であったという。●罪の赦しは人や家庭に「ほのぼのとした温かさ」を生む。無教会キリスト教は神学、聖書学、教会の教勢拡大を目指さない。福音の真理の本質に一途に生きる。その結果生まれるのが「ほのぼのとした温かささ」である。漫画サザエさんを生み出した長谷川家には信仰が生み出した雰囲気があり、サザエさんの漫画はその結果である。キリスト教が生み出す文化とはこういうものであることを学んだ。●そこで今朝は「キリストの香り」とは何であるかを探求したい。否、嗅いで見よう。聖句を連想してみよう。鼻のあるものは嗅げ。●しかし文字やメディヤやパソコンではその香は発しないから、文書伝道、、ネット伝道等には限界があるというものだ。自戒。●「香」は悪臭の一つ。信仰も方向を間違えると悪臭になる。

文語訳 Ⅱコリ2:14-15
2:14 感謝すべきかな、神は何時にてもキリストにより、我らを執へて凱旋し何處にても我等によりてキリストを知る知識の馨をあらはし給ふ。
2:15 救はるる者にも亡ぶる者にも、我らは神に對してキリストの香ばしき馨なり。


塚本訳 Ⅱコリ2:14-15
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

口語訳 創  1:2-3
1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった

塚本訳 マタ 4:16
4:16 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、』

口語訳 詩  19:3-6
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない

口語訳 雅  2:1
2:1 わたしはシャロンのばら、谷のゆりです

口語訳 イザ 35:1-2
35:1 荒野と、かわいた地とは楽しみ、さばくは喜びて花咲き、さふらんのように
35:2 さかんに花咲き、かつ喜び楽しみ、かつ歌う。これにレバノンの栄えが与えられ、カルメルおよびシャロンの麗しさが与えられる。彼らは主の栄光を見、われわれの神の麗しさを見る

塚本訳 Ⅱコリ4:6-7
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである

文語訳 Ⅱコリ4:16
4:16 この故に我らは落膽せず、我らが外なる人は壞るれども、内なる人は日々に新なり

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく

塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた

口語訳 詩  45:2
45:2 あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。


塚本訳 ヨハ 14:9
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 Ⅰヨハ1:1-2
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──

塚本訳 マタ 13:16-17
13:16 だが、あなた達の目は見、耳は聞くから幸いである。
13:17 アーメン、わたしは言う、多くの預言者と義人とは、あなた達が(いま)見ているものを見たい見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたい聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。


塚本訳 マタ 16:17
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヨハ 9:2-3
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ
神の御業がこの人に現われるためである。神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ガラ 5:22-23
5:22 しかし霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実、
5:23 柔和、節制である。これらのものに対しては律法は(力が)ない。

塚本訳 エペ 5:18-20
5:18 また『酒に酔うな』──これが放蕩(の始まり)である──むしろ御霊に満たされよ。(これに酔え。)
5:19 聖歌と讃美歌と霊の歌をもって互いに語り、心をもって主に歌いまた奏で
5:20 事毎に私達の主イエス・キリストの名において父なる神に常に感謝せよ。


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朝の黙想、ディボーションおわり

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神第一に生きよ・・・この世で「安息」が与えられる・・ ++++++++ 所感

2016/06/15 05:31

160615(水)3時半目覚め、黙想、4時起床。●キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日は父の24回目の墓参に行った。墓は人間の落ち着き場所である。キリスト者は神のもとに生きるからと言っても対社会的には墓が必要である。●「霊は形をとる」ことは聖書的真理である。根拠は無数。●しかし神なきこの世はその形の方を目指してばかりいてその本質の「霊」には到達できない。●主はその「霊」を求めれそれはどんな形であるにせよ与えられると言われる。●キリスト者の墓のあり方も同じである。教会エクレシアの形も同じである。●無教会主義の権化である塚本虎二先生も「霊は形をとる」という真理から、エクレシアの大切さを認めている。●キリスト者は生きている間に「自分の心が落ち着く教会エクレシア」が必要である。そしてそれはいつか必ずどんな形にせよ個性に応じて与えられるものだ。導かれるものだ。●今朝の黙想瞑想の結論。「神第一に生きよ・・・この世で「安息」が与えられる・・」。なぜか。神がおられるからだ。肉に生きる人間にはそれが必要と感じておられるからだ。●キリスト者は「霊肉のバランス」が必要だ。この結論を聖書に見てみよう。全部「主の言葉」だ。

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 7:7-11
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。
ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか。

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない


塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」


塚本訳 ヨハ 5:14
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 ルカ 2:13-15
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり
2:15 天使たちが彼らをはなれて天に去ると、羊飼たちは互に言った、「さあ、ベツレヘムに行って、主が知らせてくださった出来事を見てこよう。」


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●朝の啓示、黙想、ディボーション おわり。肉なる私が求めるものは、健康長寿、国や家庭の平和、富、・・・しかしこれは「異教人のほしがるもの」(マタ6:20 上記)。必要ならば必要なだけ必要な時に与えられる。

●10:30 今井館ウィークデーの集い
「箱根とサザエさんと私」助川光子
サザエさんの作者である長谷川町子さんはマスコミに出なかったので謎の人であったが、その実像がよく分かった、ご母堂が無教会のクリスチャン。お父上は臨終のときに入信、万歳と言って召された。漫画サザエさんの背後にはキリスト教に裏打ちされたほのぼのとした明るさがある。キリストが文化に浸透した良い例。ことさらキリスト教を振り回さないところが無教会らしい。
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信仰無くして死んだ人の運命は?・・・死後にもチャンスがある・・・ ++++++++ 所感

2016/06/14 05:13

160614(火)3時40分起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソテル(救い主)=イクス(魚) ●昨日は建築の仕事上で40年もお世話になった黒田隆さんが95歳の御高齢で亡くなられた。黒田さんは晩年「高橋君から『復活』ということを学べたことが最大のことであった」と言われた。しかしキリストへの信仰を持つに至らずに逝った。葬儀は無宗教で行われるという。私に良くしてくださった黒田さんの霊魂の運命はどうなるのだろうかという疑問が昨日から脳裏を離れない。3時前に目覚めて、聖書のアチコチを黙想してみたが、こういう人生の難問は「神の子イエス」に聞かなければならない。キリストの胸ぐらを掴んで揺さぶって「どうなるんだヨー」と聞かなければならない。パウロに聞くな。人に聞くな。それは人間だ。●いろいろ思いめぐらせた結果、次のように落ち着いた。「復活は神が呼び起こすことだから、死後にもチャンスがある。今からでも遅くはない。だから祈りあるのみ」。この結論の聖書的根拠を掲げてみよう。すべて神の子「主の言葉」だ。

文語訳 ヨハ 11:25-26

11:25 イエス言ひ給ふ『我は復活(よみがへり)なり、生命(いのち)なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。

11:26 凡そ生きて我を信ずる者は、永遠(とこしへ)に死なざるべし。汝これを信ずるか


 塚本訳 ルカ 7:14-15

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

 

 塚本訳 マコ 5:39

5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」  (540略)

5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。

 

 塚本訳 ヨハ 11:43-44

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた

塚本訳 ルカ 13:23-25
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。
13:25 家の主人が立ち上がって戸をしめたあとで、あなた達が外に立って、『ご主人、あけてください』と言って戸をたたきつづけても、主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない』と答えるであろう。

塚本訳 ヨハ 21:21-22
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」

塚本訳 ルカ 20:37-39
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」
20:39 すると数人の聖書学者までが、「先生、りっぱなお答えです」と言った。

塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、
あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 マコ 9:38-40
9:38 ヨハネがイエスに言った、「先生、わたし達の仲間でない者が、あなたの名を使って悪鬼を追い出しているのを見たので、止めるように言いました。仲間にならないからです。(しかし言うことを聞きませんでした。)」
9:39 イエスは言われた、「止めさせるに及ばない。わたしの名を使って奇蹟を行ったすぐそのあとで、わたしの悪口の言える者はないのだから。
9:40
反対しない者はわたし達の味方である。

塚本訳 マタ 12:31-32
12:31 (あなた達はわたしをもって働く神の霊の働きをベルゼブルの働きと罵った。)だからわたしは言う、人の(犯す)いかなる罪も冒涜も赦していただけるが、御霊の冒涜は赦されない。
12:32 人の子(わたし)を冒涜する者ですら赦していただけるが、
聖霊を冒涜する者は、この世でも来るべき世でも(決して)赦されない。

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●朝の黙想ディボーションおわり。復活とは無から有を創りだす全能の神に「起こされる」こと。復活のことを英語聖書ではresurerection(復活)と言い、それにtheが付けば「キリストの復活」を意味する。この世とあの世は地続きだから、死んでもまだ救いのチャンスがある。だから我々は信仰なくして死んだ人の救いを祈ろう。神は無から有を起こす全能のお方だ。

●10:00 6月9日は父の24年目命日だったので秋川霊園に墓参に行く。墓を見るのが好きだ。墓誌に刻まれた享年を見て、思いを深くする。天寿に近い人もいれば当年とあって一年も生きない人もいる。キリスト教の墓は少ない。
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八王子セブンスデーアドベンチスト教会の合同墓地。「復活(よみがえり)」とある。
信徒が一緒に眠るのはエクレシアの喜びの延長。


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高橋家の墓「神は愛なり」と彫った。もう26年も前に建立したものだ。
妻が庭のアジサイを切った。12年前に眠った母は庭の花を飾るのを好んだ。


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父、母、母方の祖父母が眠っている。祈っていれば終わりの日に神の一声で起こしてくださる。

●11:30 池谷医院定期健診。決められた日まで、召される日まで健康でいられますように。






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祈りは聴かれる・・全能の父なる神の力を信ぜよ・・・ ++++++++ 所感

2016/06/13 09:03

160613(月)4時半起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト新聞の社説」に、キリスト教系大学で初めてキリスト教に出会った学生の「キリスト教学」に対する感想をまとめたサイトが、約一か月で6万回以上の閲覧数を記録しているというので「覗き見」した。

http://togetter.com/li/960104

●信仰を真剣に求めてない人間にキリストのことを語るとこういう反応になることが分かり有益であった。信仰の道は求めていない人には通じないものだ。「キリスト教学」を学校の一単位として教える教師の辛さを思う。●「来るものを拒まず、去る者を追わない」無教会主義集会の「風のように語る」態度は正解だ。人は人生の大苦難に遭遇して初めて「福音」に目が明く。それまでは人間が何を言っても説教しても無理だ。「その時」が来なくては駄目だ。●それにしても日本にはキリスト教系の学校が多い。しかしそこを卒業した人間が信者になるというわけではない。人生の苦難と「神の引き」で人は「求道」するようになる。人が信仰に目覚める「時」がある。神は知っている。神はその時を握っている。ある人は一生かかる。否その時は「来世」でかもしれない。●キリストのところに救いを求めて来た人の動機は「病気、死、罪」など、人の手にはどうにも出来ないことばかりの事柄である。だからキリスト信者はその悩みから人を救い出す「実力」を備えていなければならない。●現代のキリスト者にそれは出来ない。だからそれが出来る「全能の神」に祈らなければならない。●今朝はこのことをめぐって聖書のアチコチを思うままに掲げてみよう。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

塚本訳 マタ 7:7-9
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか

塚本訳 マタ 6:31-32
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。

塚本訳 ヨハ 14:12-13
14:12 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしを信ずる者は、わたしがするのと同じ業をすることができる。いや、それよりももっと大きな業をすることができる。わたしが父上の所に行って、
14:13 あなた達がわたしの名で願えば、なんでもかなえてあげるからだ。これは父上が子によって栄光をお受けになるためである。

塚本訳 マタ 21:21
21:21 イエスは答えられた、「アーメン、わたしは言う、もしあなた達に信仰があって疑わないならば、この無花果におこった(と同じ)ことをすることができるばかりか、この山にむかい『立ち上がって海に飛び込め』と言っても、その通りになる。

塚本訳 マコ 9:22-24
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、
「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」


塚本訳 ヤコ 5:14-15
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう

塚本訳 マタ 8:9-10
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 ルカ 10:20
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」


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朝の黙想ディボーションおわり。祈りが聴かれるかどうかはわからないが、聴かれると信じて信じ込むところに神の祝福がある。

●建築の仕事上長い間ご指導いただいた黒田隆さんが95歳の御高齢で安らかに亡くなられた。御遺族からお知らせを頂いた。黒田さんは晩年「人生で高橋君と会えて最大のことは『復活がある』ということを知り得たことであった」と言われた。葬儀(18日)は御身内だけにより無宗教で行われるという。●人の救いは信仰によらず、葬儀の形でもないと思った。●黒田さんの霊が神の御許で安らかに眠り、最後の日に再会出来ることを祈る。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。ロマ書3章。救いの原理の「説明」。頭は整理できるが、霊が満足しない。
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宮沢賢治の洞察・・・キリスト教は三位一体・・・ ++++++++ 所感

2016/06/12 05:48

160612(日)4時起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日の内村鑑三研究セミナーで、富永國比古医師から、宮沢賢治はキリスト教に三位一体の神を洞察したという結論を伺った。さすが宮沢賢治だと感心した。●「敵はよくこちらの本質を見抜く」と言う。宮沢賢治は」「敵」ではないが、法華経信者として聖書の本質を見抜いた。●私は逆説的だが、無教会主義によって三位一体の「キリストの体なる教会」の真理を知った。●聖書には「三位一体」という言葉はないが、その実態本質を現すキリストやパウロの言動がある。今朝はそれを拾い出してみよう。


塚本訳 使  17:3
17:3 すなわち救世主は苦しみを受けて(十字架の上に死に、)死人の中から復活せねばならなかったこと、また、「わたしがあなた達に宣べ伝えているイエス、この人こそ救世主である」と説き明かし、論証した。

塚本訳 ヨハ 8:38
8:38 わたしは父上のところで見たことを語り、あなた達も同じく(自分の)父から聞いたことをする。」

塚本訳 ヨハ 14:7-9
14:7 しかしあなた達はわたしがわかったのだから、わたしの父上もわかるにちがいない。いや、いますでに父上がわかっており、また父上を見たのである。」
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 ヨハ 12:49
12:49 わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。


塚本訳 ヨハ 14:10
14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。


塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 ルカ 10:23-24
10:23 それから特に弟子の方へ振り向いて言われた、「あなた達が(いま)見ているものを見る目は幸いである。
10:24 わたしは言う、多くの預言者と王とは、あなた達が(いま)見ているものを見たいと思ったが見られず、あなた達が(いま)聞いているものを聞きたいと思ったが、聞かれなかったのである。」

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ピリ 2:6-9
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。


塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想ディボーションおわり。神が日本に無教会を与えたのは、内村鑑三により、三位一体の信仰、キリスト教の本質を教えるためであった。

●妻と集会へ、茂木(司会)、高木(ロマ書、ヨナ書)、山本(第一ペテロ)
●妻は午後、すずめの会、それから馬込の愛子の家。焼いたパンを届ける。
●私はキララホールにコンサート
2016_06120001.jpg 

キララホール。武蔵野室内アンサンブル。指揮 加門伸行
ハイドン交響曲90番
メンデルスゾーン 交響曲第5番 「宗教改革」

小編成ながら水準の高い演奏であった。
後ろから5列目は音響がベスト。
チケットは妻の友人から頂いた。



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恩恵の使徒職・・・天から与えられたパウロの自覚・・・ ++++++++ 所感

2016/06/11 06:21

160611(土)キリスト者の皆様お早うございます さかなのえ   ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申でローマの信徒への手紙」をやっていて「恩恵の使徒職」という著しい言葉にぶち当たった。パウロの自覚は人からでなく天からのものであった。今朝はこの言葉を黙想ディボーションして見よう。

塚本訳 ロマ 1:5
1:5 わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている。


●まず頭に浮かぶ言葉

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

塚本訳 ヨハ 7:15-16
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。


塚本訳 ヨハ 7:15
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

塚本訳 使 26:15-18
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


塚本訳 ロマ 1:1
1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──

塚本訳 ガラ 1:1
1:1 人々から(使徒にされたの)でなく、また人によってでもなく、(すなわち人間的の命令や委任によってでなく、)イエス・キリストと、彼を死人の中から復活させられた父なる神とによって使徒となったパウロと、

塚本訳 マタ 10:27
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

塚本訳 Ⅰコリ1:1
1:1 神の御心によって、召された、キリスト・イエスの使徒であるパウロと、(主にある)兄弟のソステネとから、

塚本訳 Ⅱコリ1:1
1:1 神の御心によってキリスト・イエスの使徒であるパウロと、(主にある)兄弟のテモテとから、コリントにある神の集会、および全アカヤ州にいる聖徒一同に、この手紙をおくる。


●次に翻訳比較


岩波翻訳委員会訳1995

450105その彼をとおして、私たちは恵みと使徒職とを受けたのであり、〔その使徒職は、〕すべての異邦人たち〔の間〕において、彼の名のゆえの信仰の従順をめざすものである。


新共同訳1987

1:5 わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました


前田訳1978

1:5 われらはそのみ名のために信仰の従順がすべての民に及ぶようにと、彼によって恩恵と使徒性を受けました。


新改訳1970

1:5 このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためなのです。

塚本訳1963

1:5 わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている。

口語訳1955

1:5 わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、

文語訳1917

"450105","我等その御名の爲にもろもろの國人を信仰に從順ならしめんとて、彼より恩惠と使徒の職とを受けたり。"

●次に BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 ガラ 1:15
1:15 しかし『わたしが母の胎内にいる時から』(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって『召された』お方[神]が、


塚本訳 ガラ 1:10
1:10 そもそもわたしは今、人の気に入ろうとしているか、それとも神か。それとも人を喜ばせようとしているか。もし今もなお人を喜ばせているのだったら、わたしは(人の奴隷で、)キリストの奴隷ではない。


塚本訳 ピリ 3:6-7
3:6 (ユダヤ教に対する)熱心の点では、(キリストの)教会の迫害者、律法による義の点では非難の打ち処ない者であった。
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。


塚本訳 Ⅰコリ15:8-10
15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた。
15:9 ほんとうにわたしは、使徒の中で一番小さい者である、いや、わたしは使徒と言われる値打もない、神の集会を迫害したからである。
15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。


塚本訳 Ⅱコリ11:5
11:5 だが、わたしは何一つあの「特別使徒諸君」に劣っていないと思っている。


塚本訳 エペ 1:1
1:1 神の御意によってキリスト・イエスの使徒となったパウロから、【エペソに】ある聖徒、またイエス・キリストを信ずる人達にこの手紙を遺る。


塚本訳 ロマ 15:16
15:16 この恩恵とは、わたしが(神に選ばれて)異教人のためにキリスト・イエスにつかえる者になり、神の福音のために祭司の職をすることであって、こうして異教人が聖霊によって聖別され、御心にかなう捧げ物になるようにしているのである。


塚本訳 ロマ 9:3
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。


塚本訳 ロマ 12:3
12:3 それでわたしは、(神から)賜わった恩恵、(この使徒の権威)によって、あなた達のひとりびとりに忠告する。思うべき限りをこえて思いあがらぬように、神がめいめいに分けあたえられた信仰の量を思って、謙遜な思いをもつように。


塚本訳 Ⅱコリ10:4-6
10:4 なぜなら、わたし達の戦いの武器は人間的のものではなく、(霊の武器であり、)神のために(あくまで)強力であって、(福音の邪魔をするすべての)砦を打ち破るからである。わたし達は(すべての)詭弁と、
10:5 神を知る知識に逆らい立つすべての(高慢の)櫓とを打ち破り、すべての(悪魔の)たくらみを捕虜にして、従順にキリストを受けいれさせようとしているのである。
10:6 そしてあなた達の(集会の)従順が完全になりさえすれば、すべての不従順(な者ども)を(それぞれ厳重に)処罰する用意がある。


塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


塚本訳 Ⅰコリ1:9
1:9 神は誠実であられる。この神によって、御子なるわたし達の主イエス・キリストとの交わりに、あなた達は召されたのである。


塚本訳 Ⅰテサ2:12
2:12 あるいは勧め、あるいは励まし、あるいは厳命して君達をその御国と栄光とに召し給うた神の子らしく歩かせるようにしたかについては、君達(自身)がその証人であり、また神が証人であり給う。


塚本訳 Ⅰコリ1:2
1:2 コリントにある神の集会、すなわちキリスト・イエスにあって聖別され、(神に)召された聖徒たちに、および、到る所でわたし達の──わたし達ばかりでなくまた彼らの──主イエス・キリストの名を呼ぶ人一同に、この手紙をおくる。


塚本訳 ロマ 9:25
9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』


塚本訳 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを。

塚本訳 Ⅰコリ9:1
9:1 わたしは(すべての律法から釈放されて)自由ではないか。わたしは(とくに神に選ばれた)使徒ではないか。(このことを疑う者があるようだが、)わたしはわたし達の主、(復活の)イエスにお目にかかったではないか。あなた達は主におけるわたしの作品ではないか。

塚本訳 黙 17:14
17:14 彼らは仔羊と戦い、仔羊が彼らに勝ち給うであろう。(彼こそ)主の主、王の王にいまし給うからである。また召されて彼と共にある者、選ばれた者、忠実な者が共に戦い、共に勝つであろう。」


塚本訳 使 15:14
15:14 「兄弟の方々、聞いてもらいたい。シメオン[ペテロ]は(集会が出来た)始めに、神がいかに御心にかけて、異教人のうちから御自分のために一つの民を得られたかを話してくれたが、


塚本訳 Ⅰペテ2:9-10
2:9 しかし君達は『選ばれた種族、王なる祭司、聖き民族、』神の『所有物なる民』(である。そして君達がかく神の所有物となったのは、)君達を暗から驚くべき光へと召し給うたお方の『功業を宣べるためである』。
2:10 (誠に)君達はかつては、「『非民』」(であったが)今や神の民、(前には神に)『憐れまれぬ者』(であったが)今や憐れまれる者(となった)。

塚本訳 ロマ 12:3
12:3 それでわたしは、(神から)賜わった恩恵、(この使徒の権威)によって、あなた達のひとりびとりに忠告する。思うべき限りをこえて思いあがらぬように、神がめいめいに分けあたえられた信仰の量を思って、謙遜な思いをもつように。


塚本訳 ロマ 15:15
15:15 ところが、(この手紙の)あちらこちらでだいぶ思い切って書いたのは、わたしが神から賜わった恩恵によって、(あなた達がすでに知っていることを)いま一度思いおこしてもらうためである。


塚本訳 Ⅰコリ3:10
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。


塚本訳 Ⅰコリ15:10
15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。


塚本訳 エペ 3:1-3
3:1 この故に君達異教人のためにキリスト・イエスの囚人となっている私パウロは…
3:2 君達への(使徒たるべき)恩恵の職が神から私に与えられたこと、
3:3 すなわち黙示によって(大いなる救いの)奥義が私に示されたことを君達は聞いたに違いない。前に手短に書いた通りである。


塚本訳 エペ 3:7
3:7 そして私はこの福音の世話役となったのであるが、これは神の力が働いて私に与えられたもので、神の恩恵の賜物である。


塚本訳 使 1:25
1:25 ユダが自分の行くべき所に行くために捨ててしまったこの使徒職を継ぐものとして。」


塚本訳 ロマ 15:15
15:15 ところが、(この手紙の)あちらこちらでだいぶ思い切って書いたのは、わたしが神から賜わった恩恵によって、(あなた達がすでに知っていることを)いま一度思いおこしてもらうためである。

塚本訳 ガラ 2:7-8
2:7 むしろ反対に、ペテロが割礼の人[ユダヤ人]への福音を(神から)まかせられたように、わたしも割礼のない人[異教人]への福音をまかせられていることを、彼らは知ったので、
2:8 ──というのは、ペテロに働いて割礼の人の使徒にされたお方[神]が、わたしにも働いて異教人の使徒にされたのであるが──


塚本訳 使 9:15
9:15 主が彼に言われた、「(恐れることはない。)行け。あの人は、異教人と王たちとイスラエルの子孫との前に、わたしの名を運んでゆく(ために選んだ)わたしの選びの器であるから。


塚本訳 ロマ 9:24
9:24 神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。


塚本訳 Ⅰコリ1:9
1:9 神は誠実であられる。この神によって、御子なるわたし達の主イエス・キリストとの交わりに、あなた達は召されたのである。

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朝の黙想ディボーションおわり。「恩恵の使徒職」は同時に苦しむことをも負わされる。その苦しみが人の心に通じるのだ。

塚本訳 ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。

●12:00出発。妻と第31回内村鑑三研究セミナーに行く。池袋の立教大学

キリスト教文学としての「銀河鉄道の夜」・・・宮沢賢治と内村鑑三を結ぶもの・・・ 富永國比古(ロマリンダクリニック院長)
内村鑑三における「霊の体」・・・岩野祐介(関西学院大学准教授)

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左より富永國比古 椚山義次  「銀河鉄道の夜」と聖書 共著者。 右は高橋照男



→ more・・ ・
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霊の成長とは・・・神の恵みにより、苦難を通して信仰が固くなる・・ ++++++++ 所感

2016/06/09 15:34

160610(金)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクスス(魚) ●次回7月3日の集会感話は「イエスの成長・過越まいり(ルカ2:40-52)である。ここにある「成長」という言葉は霊の成長のことである。今朝はこの「霊の成長」について黙想してみよう。キリスト信者の子弟教育に大切なことである。●神なき我が国は知力、体力の成長には熱心であるが「霊の成長」の概念は全くない。ところが聖書には霊の成長の概念がある。

新共同 Ⅰサム3:19-20
3:19 サムエルは成長していった。主は彼と共におられ、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。
3:20 ダンからベエル・シェバに至るまでのイスラエルのすべての人々は、サムエルが主の預言者として信頼するに足る人であることを認めた。

塚本訳 ルカ 1:80
1:80 幼児は大きくなり霊も強くなって、(洗礼者として)イスラエルの民の前にあらわれる日まで、荒野に(かくれて)いた。

塚本訳 ルカ 2:52
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

塚本訳 Ⅱテモ3:15
3:15 また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。

塚本訳 ヘブ 12:9-10
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓されるのであるから。


●霊が成長するときは悪に誘惑されるこtごが多くなるがそれに抗する力も与えられる。

塚本訳 ルカ 2:34
2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った、「驚きなさるなよ、この幼児はイスラエルの多くの人を、(この方に対する態度によって)倒されたり立たせたりする、また、一つの目印となって(この世の烈しい)反対をうける、使命を負わされているのです。──


塚本訳 マタ 4:1
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた


塚本訳 マタ 4:10-11
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔(サタン(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」
4:11 そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。

塚本訳 マタ 6:13
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください

塚本訳 マタ 16:22-23
16:22 するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そんなことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)
16:23 イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔(サタン)、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

塚本訳 ルカ 22:40-46
22:40 いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。
22:45 やがて祈りから立ち上がって弟子たちの所に来て、彼らが悲しさのあまり寝入っているのを見ると、
22:46 言われた、「なぜ眠るのか。誘惑に陥らないように、立ち上がって祈っていなさい。」

●心配や不安の克服

塚本訳 マタ 6:30-34
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

●死の悩み苦しみの突破

塚本訳 マタ 9:23-24
9:23 やがてイエスは役人の家に着いて、笛吹き男と騒いでいる群衆とを見ると、
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。

塚本訳 ヨハ 11:24-26
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 マコ 15:33-34
15:33 昼の十二時になると、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

塚本訳 ヨハ 19:28-30
19:28 こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。
19:29 酸っぱい葡萄酒の一ぱい入った器がそこに置いてあった。人々はその[酸っぱい葡萄酒を]一ぱい含ませた海綿をヒソプの(茎の先)につけて、イエス(の口許)に差し出した。
19:30 イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると
、「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された。


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朝の啓示黙想、ディボーション終わり。霊は神の恵みにより苦難によって成長する。信仰が固くなる。

塚本訳 ロマ 8:35-39
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。
8:36 こう書いてある。──『あなた[神]のためにわたし達は一日中死の危険にさらされている、わたし達は屠られる羊のように考えられた。』
8:37 (もちろん、引き離すことのできるものはない。)そればかりか、わたし達を愛して(十字架につけられて)くださった方により、これらすべての(苦難の)中にあって、わたし達は悠々と勝つことができる。
8:38 なぜなら、
わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエス
による神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申ロマ書開始。 頭には面白いが霊が燃えない。これでは思想闘争になり、いがみ合いが始まる。パウロは人間。



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キリスト教の左傾化・・・有体的復活の使信の型は右でも左でもなく垂直型・・・ ++++++++ 所感

2016/06/09 08:49

160609(木)キリスト者の皆様お早うございます。 さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は、以前に拙宅に来られたカトリックのT氏のその後の消息を調べていたら、カトリックにも左傾化があり、世界のキリスト教全体が左傾化になっていることを次のサイトで知った。


http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150402


●キリスト教の左傾化は無教会だけでなく世界全体の傾向であることを知り、小生が声を大にして言っている「有体的復活」の使信はますます重要なことであり、残りの生涯の「使命」を感じた。

●そこで今朝は「有体的復活」の使信はでも左型でもなく右型でもなく天からの垂直型であることを聖書アチコチで見てみよう。無限にある。●これは無教会はカトリックでもプロテスタントなく両教会主義の全く外に存在する信仰の「型」であることにも通じる。今後どうなるかはこれを植えた神のみぞ知る。無教会は神が日本という土壌に撒いた福音の種の実験だ。

塚本訳 ピリ 3:19
3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、
あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!

塚本訳 Ⅰコリ4:3-4
4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない。
4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である

塚本訳 Ⅰペテ4:17
4:17 審判が神の家『から始まる』時(は既に近づいていの)だから。しかしもし(審判が)まず(神の家すなわちキリストを信ずる)私達から(始まる)とすれば、神の福音に従わぬ者の最後はどうであろう!

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。


塚本訳 マタ 22:17-22
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」
22:22 彼らは聞いて驚き、イエスをそのままにして立ち去った。

塚本訳 ルカ 22:66-70
22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって
22:67 言った
、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。
22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」
22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」


塚本訳 使  26:15-18
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』
と。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、
自分の命のことなど口にする値打もないと思う。


口語訳 使  20:24
20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない


文語訳 使  20:24
20:24 然れど我わが走るべき道程(みちのり)と、主イエスより受けし職(つとめ)、すなわち神の惠の福音を證(あかし)する事とを果さん爲には、固(もと)より生命をも重んぜざるなり。


新共同 使  20:24
20:24 しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示、黙想、ディボーション おわり。 私の使命、子や孫や兄弟や集会やブログ読者に「有体的復活を叫び続けること。最後までそれができればこの命は惜しくない。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:7
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 8:7

8:7 またほかのものは茨の(根が張っている)中に落ちた。茨が一しょに生えて押えつけてしまった。

●茨の(根が張っている)中に落ちた種とは何か

 

塚本訳 ルカ 8:14

8:14 茨の中に落ちたもの、これは(御言葉を)聞く(と、しばらくは信じている)が、とかくするうちに人生の心配や富や快楽に押えつけられて、実の熟さない人たちである。

 

塚本訳 ヨハ 15:4-6

15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来ないように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない。

15:5 わたしが葡萄の木、あなた達は蔓である。わたしに留っており、わたしもその人に留っている人だけが、多くの実を結ぶのである。あなた達はわたしを離れては、何一つすることは出来ないのだから。

15:6 人はわたしに留っていなければ、蔓のように投げ出されて枯れる。すると集められ、火の中に投げ込まれて焼かれる。

 

塚本訳 ヘブ 6:4-6

6:4 というのは、一度(福音の光に)照らされていながら、(すなわち)天からの賜物を味わい、聖霊を授かる者となり、

6:5 また、神の良い御言葉と、来るべき世の力とを味わっていながら、

6:6 堕落した者は、(今度は)自分で神の子を十字架につけ、晒しものにするのであるから、(彼らを)もう一度新しくして悔改めさせることは出来ないからである。

 

塚本訳 Ⅰテモ6:20-21

6:20 ああ、テモテよ、委ねられたもの(、すなわち健全な教え)を守れ。信仰的でない無駄話と名ばかりの「知識」の反対論を離れよ。

6:21 或る人はこの「知識」にかぶれて信仰から離れ落ちたのである。恩恵君達と共にあらんことを。

 

塚本訳 Ⅱコリ11:2-3

11:2 わたしは神(御自身)の熱愛をもってあなた達を熱愛しているのだから。なぜなら、(わたしは自分の子である)あなた達を、(来臨の時)キリストに嫁入りさせるため、純潔な処女として、たった一人の夫(であるそのキリスト)の許嫁にしたのである。

11:3 しかしわたしは、『あの蛇が』計略を使ってエバを惑わし(、彼女と夫とが神に背い)たように、あなた達の考えが誘惑されて、キリストに対する単純な信頼と純潔とから離れるようなことになってはと、心配しているのだ。

 

塚本訳 ガラ 1:6-7

1:6 わたしが(実に)不思議に思うことは、あなた達が、キリストの恩恵によって召されたお方[神]からこんなに早く別の福音に離れおちつつあることであるが、                               1:7 (実は)ほかの福音はない。これはただある人たちがあなた達を騒がせて、救世主の福音を(福音でない反対なものに)ひっくりかえそうとしているのである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420807また他のある種は茨の只中に落ちた。すると茨が一緒に生え出て、その〔種の〕息の根を止めてしまった。

 

新共同訳1987

8:7 ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。

 

前田訳1978

8:7 あるものは茨の間に落ちた。すると茨がいっしょに生えて押えつけた。

 

新改訳1970

8:7 また、別の種はいばらの真中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。

 

塚本訳1963

8:7 またほかのものは茨の(根が張っている)中に落ちた。茨が一しょに生えて押えつけてしまった。

 

口語訳1955

8:7 ほかの種は、いばらの間に落ちたので、いばらも一緒に茂ってきて、それをふさいでしまった。

 

文語訳1917

"420807","茨の中に落ちし種あり、・煖、に生え出でて之を塞ぐ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(重複あり)

 

塚本訳 マコ 4:9

4:9 そして「耳の聞える者は聞け」と言われた。

 

口語訳 創  3:18

3:18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。

 

 

口語訳 エレ 4:3

4:3 主はユダの人々とエルサレムに住む人々に/こう言われる、「あなたがたの新田を耕せ、いばらの中に種をまくな。

 

 

塚本訳 ルカ 21:34

21:34 注意せよ、大酒を呑み、二日酔いをし、またこの世のことを心配して、頭が鈍くなっていると、『罠が』落ちるように、だしぬけにかの日があなた達に臨まないとはかぎらない。

 

塚本訳 ヘブ 6:6-8

6:6 堕落した者は、(今度は)自分で神の子を十字架につけ、晒しものにするのであるから、(彼らを)もう一度新しくして悔改めさせることは出来ないからである。

6:7 『地が』たびたびその上に降りそそぐ雨を(よく)吸込んで、耕す人々のために有益な『作物を』産すれば、神の祝福にあずかる(ことができる)。

6:8 だが、『茨や薊をはやすならば』、(地は)益なきものとなり、『呪われ』、その最後は、焼かれるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:7おわり


●妻はNさんと映画観賞に行く。松井久子監督の「不思議なクニの憲法」(渋谷シネパレス)
戻ってきたので感想を聞く。日本の憲法は米国の「押し付け憲法」で、ノーと言えない日本人の態度がよくないというのが結論だったという、まさに「左傾」の映画。監督自身の前認識、人生観があるからキリスト教信仰とは無縁である。憲法論で日本の救いはない。」




 





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一瞬の出会い・・・神は知っている・・・ ++++++++ 所感

2016/06/08 05:44

160608(水)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●今日一日生きられると思うとうれしい。感謝●朝方に夢を見た。16年前に消失した家にこれまたすでに亡くなった職場の同僚が尋ねて来た。家も人も一瞬の出会いであった。思い出だけが残るものだ。親、兄弟、妻、子、孫との別れもある。人生にとって出会いは一瞬だ。集会の方々も御高齢で櫛の歯が抜けていくように召されていく。また新しい人も来ては去り、来ては去る。ブログによる出会いはそもそも初めから誰であるか分からずに一生が過ぎる。一度も会うことなく、終わることが大半だ。●間もなく73歳。そのうちに一度会おう会おう、お礼を言おう言おうと思っている内にその人が亡くなってしまう。私に洗礼を授けてくれたS牧師は今年の初めに召された。お礼を言えなかったのが心残りであった。S牧師は50年牧会した教会と悲しい別れをして追われるようにして去った。●そうだ、自分自身の人生との出会いとも一瞬なのだ。地球の寿命65億年をマラソンの距離に比べると足の親指の長さ程なのだ。然り、一歩よりンも短い。アー人生は悲しい、淋しい。誰がこの嘆きから救ってくれるのか●今朝は以前から深く知りたいと思っていた次の句を黙想ディボーションしてみよう。

文語訳 Ⅱコリ2:15
2:15 救はるる者にも亡ぶる者にも、我らは神に對してキリストの香ばしき馨なり。


●探求課題は「亡ぶる者」とはだれか。「馨」とは何か。

●まず翻訳比較。

 

岩波翻訳委員会訳1995
470215 なぜならば私たちは、救われる者たちの中にあっても滅びる者たちの中にあっても、神にとってはキリストの芳しい香りだからである。

 

 

新共同訳1987

 2:15 救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても、わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです。

 

前田訳1978

 2:15 われらは、救われるものに対しても、滅びるものに対しても、神のためキリストのよい香りです。

 

新改訳1970

 2:15 私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。

 

塚本訳1963

 2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

 

口語訳1955

 2:15 わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。

 

文語訳1917

 2:15 救はるる者にも亡ぶる者にも、我らは神に對してキリストの香ばしき馨なり。

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。


塚本訳 ロマ 15:18-19
15:18 なぜなら、わたしは(これ以外)何も敢えて語らないからである、キリストがわたしを用いて異教人を(福音に)従順にするために、言葉や業をもって、
15:19 奇跡や不思議の力によって、聖霊の力によって、働かれたということでなければ。こうしてエルサレムから、各地をまわってイルリコまで、わたしはキリストの福音(の伝道)を達成した。


塚本訳 ロマ 11:22
11:22 神の慈愛と厳しさとを見よ。(不信仰のゆえに)倒れた者には厳しさ、あなたには神の慈愛!(もちろん、)もしあなたがその慈愛を信じ続けているならば、である。そうでなければ、あなたも切り落される。


塚本訳 Ⅱコリ3:5-6
3:5 これは自分でことを考え出すような能力が自分にあるというのではない。わたし達の能力はみな神から来る。
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。


塚本訳 Ⅰコリ15:10
15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。


塚本訳 Ⅱコリ1:12
1:12 ところで(こう言えば、パウロがまた自慢していると言われるかも知れないが、)わたし達の自慢は、と言えば、わたし達がこの世において、とくにあなた達に対して、神の聖潔と純真とで、人間的の知恵によらずに神の恩恵によって振舞ったことを、わたし達の良心が証明してくれることである。


塚本訳 ロマ 6:17
6:17 しかし神に感謝する、あなた達は(かつて)罪の奴隷であったが、(神から信仰の)教えの型に入れられて心からそれに服従し、


塚本訳 コロ 2:15
2:15 かくて(また)「権威」と「権力」とに武装を解かせて公然(これを)曝しものにし、キリストに於て彼らを捕虜として凱旋行列に引き廻し給うたのである。


塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。


塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。


塚本訳 エペ 5:2
5:2 そして愛に歩め──キリストが君達を愛し、私達のために自分を『献げ物また犠牲』として献げ、神への『馨しい香りとなり』給うたように。

塚本訳 ピリ 4:18
4:18 とにかく(今)私は凡てを受け取ったので有り余っている。エパフロデトから君達の贈り物を貰ったので満ち溢れているのだ──(本当に君達の贈り物は)『馨しい香り』、神の喜び受け給う献げ物である。


塚本訳 Ⅱコリ2:14
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。


塚本訳 Ⅰペテ2:7-8
2:7 だから信ずる君達は光栄に与る(ことが出来る)が、信ぜぬ人達には』建築師が(役に立たぬと)棄てた石で、これが隅の首石、』
2:8 また』蹉跌の石、躓きの岩となった』。彼らは御言(を聴きながらこれ)に従わないので、(遂に)蹉跌するのであって、それはまた(神によって)彼らに定められたことである。


塚本訳 Ⅱコリ3:5-6
3:5 これは自分でことを考え出すような能力が自分にあるというのではない。わたし達の能力はみな神から来る。
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。


塚本訳 Ⅰテサ2:4
2:4 私達は神に(心の中を)験され(た後、選ばれ)て福音を託されたのであるから、そのように──人間の気に入ろうとせず、(ただ)私達の『心を験し給う』神の御意に適うように──語るのである。


塚本訳 Ⅰペテ4:11
4:11 (例えば)もし或る人が(預言の賜物を与えられて)語るならば、(自分の言をまじえず、ただ)神の言として(語れ。)もし(また)或る人が(職務を行う賜物を与えられそれを以て)奉仕するならば、(自分の力を以てせず、)神が授け給うた力によって(これを行え。)これはイエス・キリストにより何事においても神が栄光を受け給わんためである。栄光と権力とは代々限りなく彼のものである、アーメン。


塚本訳 エペ 5:2
5:2 そして愛に歩め──キリストが君達を愛し、私達のために自分を『献げ物また犠牲』として献げ、神への『馨しい香りとなり』給うたように。


塚本訳 コロ 2:15
2:15 かくて(また)「権威」と「権力」とに武装を解かせて公然(これを)曝しものにし、キリストに於て彼らを捕虜として凱旋行列に引き廻し給うたのである。

口語訳 創  8:21
8:21 主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。


口語訳 出  29:18
29:18 その雄羊をみな祭壇の上で焼かなければならない。これは主にささげる燔祭である。すなわち、これは香ばしいかおりであって、主にささげる火祭である。


口語訳 出  29:25
29:25 そしてあなたはこれを彼らの手から受け取り、燔祭に加えて祭壇の上で焼き、主の前に香ばしいかおりとしなければならない。これは主にささげる火祭である。


口語訳 エゼ 20:41
20:41 わたしがあなたがたをもろもろの民の中から導き出し、かつてあなたがたを散らした国々から集める時、こうばしいかおりとして、あなたがたを喜んで受けいれる。そしてわたしは異邦人の前で、あなたがたの中に、わたしの聖なることをあらわす。


塚本訳 エペ 5:2
5:2 そして愛に歩め──キリストが君達を愛し、私達のために自分を『献げ物また犠牲』として献げ、神への『馨しい香りとなり』給うたように。


塚本訳 ピリ 4:18
4:18 とにかく(今)私は凡てを受け取ったので有り余っている。エパフロデトから君達の贈り物を貰ったので満ち溢れているのだ──(本当に君達の贈り物は)『馨しい香り』、神の喜び受け給う献げ物である。


塚本訳 Ⅱコリ4:3-4
4:3 しかしそれでもなおわたし達の説く福音が(ベールで)覆われている(からわからないのだと言う)なら、それは滅びゆく者にとって(だけ)覆われているのである。
4:4 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。


塚本訳 Ⅱテサ2:10
2:10 あらん限りの不義の眩惑とをもって、亡び行く人達に向かうのである。というのは、この人達は彼らを救う(福音の)真理に対する愛を(少しも有たず、福音を示されながら遂にこれを)受けなかったからである。


塚本訳 Ⅱコリ2:14
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーションおわり。何度か涙がこぼれた。この私は「土の器」、私の親兄弟、私の家族も「土の器」。私の過去も「土の器」。しかしいいんだ、いいんだ。これでいいのだ。その割れ目からキリストのの救いの光と香が漏れ出るのだ。讃美歌「ナルドの壺」。

文語訳 Ⅱコリ4:7
4:7 我等この寶を土の器に有てり、これ優れて大なる能力の我等より出でずして、神より出づることの顯れんためなり。

塚本訳 Ⅱコリ4:7
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。


●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申ヨハネ福音書完了、新しい発見があって有益であった。明日からロマ書。気が重い。

日本聖書協会への送信メール
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○○ 様

 

ヨハネによる福音書です。

ヨハネは共観福音書の補完、その著者は「イエスの愛する弟子」でイエスの直弟子のヨハネである

ことにますます理解が深まりました。

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日本聖書協会への送信メール





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神は失せた者を探す・・・見つけると大喜びする・・・ ++++++++ 所感

2016/06/07 06:46

160607(火)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●次回感話で話すべき中心主題が与えられた。
神は失せた者を探す・・・見つけると大喜びする・・・」●何を話すべきかはその都度与えられるのは感謝である。

塚本訳 マコ 13:10-13
13:10 (終りの日が来る前に)福音はまずすべての国の人に説かれねばならないのだから。
13:11 人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。
13:12 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。
13:13 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

塚本訳 マタ 10:26-28
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。


●中心主題は次の一句である。

塚本訳 ルカ 2:48
2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」


●これは次の句に関連する。

塚本訳 ルカ 15:4
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか

塚本訳 ルカ 15:8
15:8 また、どんな女でも、ドラクマ銀貨[五百円]を十枚持っていて、もしその銀貨を一枚無くしたとすれば、明りをつけて家(中)を掃き、それを見つけ出すまでは、丹念にさがしつづけるのではないだろうか

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである

塚本訳 ロマ 9:21-23
9:21 それとも、『陶器師には、』同じ『粘土』の塊で、一つは尊い用途の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか。
9:22 それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろしさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、『滅びのために』つくられた』怒りの器[滅びる人]を辛抱された』とすれば、
9:23 またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこれ言うことはないではないか。)


●次のポイントは神を信じるとこの世的肉的な関係と別れが生じるということ。

塚本訳 ルカ 2:49
2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」

塚本訳 ヨハ 2:3-4
2:3 すると宴会の最中に酒が足りなくなったので、母がイエスに言う、「お酒がなくなりました。」
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」

塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた。
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 マタ 19:3-5
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。


●肉の別れを通じることによる霊での再会の喜び

塚本訳 ルカ 2:50-51
2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった
2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

塚本訳 ルカ 15:5-7
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と

15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

塚本訳 ルカ 15:9-10
15:9 そして見つけると、友だちや近所の女たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。無くした銀貨が見つかりましたから』と
15:10 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、神の使たちに喜びがあるのである。」

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。キリスト者は肉の別れを通じて霊の体でこの世を生きる。

●午後郵便局で送金
●図書館で「パウロをどうとらえるか」。聖書学者にはなりたくない。喧嘩ばかり。
●その後、菊池寛の「父帰る」を読む。、(大正6年(1917年)に発表された戯曲。)人情に訴えるが救いはない。救いはルカ15章の「放蕩息子の譬」にある。
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救いの福音は無料・・・「信ずる」ことだけが条件・・・ ++++++++ 所感

2016/06/06 06:45

160606(月)キリスト者の皆様お早うございます。● さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエース(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュイス(子)、ソーール(救い主)=イクュス ● 朝の夢。パソコンの分からないことを聞こうとしたら質問の内容ごとに有料だと言われて、「じゃー聞かない」と電話を切ったところで目が覚めた。●これで黙想の課題が与えられた。「救いの福音は無料・・・「信ずることだけが条件」●昨日の集会感話終了後、「聖書で聖書を読む」ことがとても分かりやすかったと二人の人から応答があった。ガッツポーズ。これプロテスタンティズムの究極の姿、無教会主義集会のあるべき姿。キリストの言動を今に再現するのである。イエスの説教や病気の治癒は「無料」であった。●ところが教会は「金、金、金」である。ヤレ牧師への謝礼、会堂建築(修理)のための献金、会堂の光熱費、などすべて「有料」●かって日本基督教団S教会」の信徒が「月定献金の多い信徒に対する牧師の頭の下げ方が違う」と嘆いていた。●ところが無教会では金にまつわるゴタゴタの話は聞かないが、集会の「あり方論」という不満がある。それは「集会を信仰のワンピース」と考える立派な教会主義である。大体「使徒伝承」を信仰の基軸としてない不信者からその不満の議論が出てくる。●その前に無教会には「三位一体、有体的復活、有体的再臨」の信仰が希薄になっていて、この世の趣味思想の遊興団体、弱小政治団体、信仰の仏教化に堕落。これでは「一番大切なこと」が連鎖されてない。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


●マテマテ、他人を批判できない。私は私の道を行こう。救いの道の存在を無料で発信しよう。集客しない、発信あるのみ。「来るものを拒まず、去る者を追わず」。
●今朝は「救いの福音は無料・・・「信ずることだけが条件」を黙想しよう。順不同思いつくまま。相互に神学的思想の整合性と関連なし。

塚本訳 ヨハ 4:21
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る

塚本訳 ロマ 3:23-24
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

塚本訳 ロマ 10:9-10
10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。
10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)

塚本訳 ヨハ 11:26
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ロマ 10:13-15
10:13 ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)『主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。』
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


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朝の黙想おわり。福音は神に始まる。神が主役。

●7月3日の集会感話「イエスの成長・過越まいり(ルカ:20・40-52)。ルカはルカで読むのが有益。ルカを読むのはルカの信仰に従うのだから、引照はルカと使徒から引っ張ってくると思想の連絡がある。
●ファミリ^マートでコンサートのチケット購入。z親切な店員が機械操作をしてくれた。感謝。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。ヨハネ20章。ますますヨハネは共観福音書の「補強」である感じがする。
●15:00 妻は歯医者
●19:00 妻は秋川流域合唱祭出演団体代表者の打ち合わせに出かける。こういう役目は体が動くうちだと言う。キリスト教関係の仕事も同じだ。
●私の集会感話やパソコンによるバイブルワークスも同じ。あと何年できるか。
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本日の感話の結論・・・泣くな有体的復活がある・・・ ++++++++ 所感

2016/06/05 06:21

160605(日)3時45分起床。本日の感話プリント、土壇場で結論の追加。「泣くな!有体的復活がある」

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1606052.htm

●キリスト者の皆様お早うございます。 

さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエース(イエス)、クリースス(キリスト)、セス(神)、ヒュイス(子)、ソーール(救い主)=イクュス(魚)

●睡眠6時間爆睡で十分。福音のためなら体が衰えることはないはずだ。

●昨日は9月4日の茅ヶ崎での「すずめの会」の感話依頼があった。「老いの悩みと有体的復活の希望の喜び」という題にしようと思った。
●人は誰でも老いる。最後は周囲の人に迷惑をかける。そして最も深い嘆きは誰からも、然り広い宇宙からも忘れられることである。しかし「泣くな。神は忘れない。無から有を生み出した神はこの私の人格、人となりを永遠にに忘れず、最後の日に有体的に復活させてくださる。その希望の喜びと安らぎは知的理解でなく、神とキリストを「信じる」ことによって得られる。

文語訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエス言ひ給ふ『我は復活(よみがへり)なり、生命(いのち)なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん
11:26 凡そ生きて我を信ずる者は、永遠に死なざるべし。汝これを信ずるか


文語訳 Ⅱコリ4:16
4:16 この故に我らは落膽せず、我らが外なる人は壞るれども、内なる人は日々に新なり。


塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

●10:00東京聖書読者会 宮崎(司会)、山本(塚本「エペソ書講義」)高橋(ルカ福音書2:21-39.
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1606052.htm

●妻と昼食。
●私は黒崎幸吉記念記キリスト教講演会・今井館
 「南半球で過ごした二週間」 新川 新帆(東京大学文科一類二年)
 「私が今取り組んでいること」 岸本尚毅(日本卸電力」取引所総務部長・俳人 登戸学寮OB)





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「悩みの子」を抱えた親の嘆き・・・救いは神に ある・・・ ++++++++ 所感

2016/06/04 05:14

160604(土)3時15分悪夢から目覚め、黙想、4時20分起床。●キリスト者の皆様お早うございます。
さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエース(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュイス(子)、ソーール(救い主)=イクュス(魚)●ウナギを二匹鞄に抱えてきて、どうやって飼おうかと悩んでいる時に目が覚め、「夢でよかった」と思った。●この変な夢から黙想の開始。●昨日は北海道の山中に親から置き去りにされ、行方不明になっていた小学二年(7歳)が6日ぶりに見つかって日本中が喜んでいる。●と同時に教育評論家などから親の躾としてあれでよかったのか等と非難がある。●しかし神なき日本の良識はいま一歩浅い。「悩みの子」を抱えた親の嘆きの救いは何処にあるのか、これはヒューマニズムや教育方論の果てしない議論にに救いはない。神による救いの道にそれが見いだせる。●親は誰でも「悩みの子」「悩みの夫(妻)」「悩みの兄弟」を抱えるものだ。それが人生の宿命だ。今朝はその救いを聖書に読もう。

●まず先週の集会感話(http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/160529.htm)からその一部分を抜粋する。

①楽園からの追放・・・創世記の著者により表現された人間の罪の本質

①-1)口語訳 創  1:31

1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

 

①-2)口語訳 創  3:17

3:17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。

 

①-3)口語訳 創  3:22-23

3:22 主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。

3:23 そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

 

②神の怒りとしての災害・・・人類の絶滅計画

②-1)新共同 創  6:5-7

6:5 主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、

6:6 地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた

6:7 主は言われた。「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」

 

②-2)新共同 創  6:17

6:17 見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える


●次に、「悩みの子」「悩みの夫(妻)」「悩みの兄弟」を抱えた時の嘆きについて見てみよう。

口語訳 伝  5:17
5:17
人は一生、暗やみと、悲しみと、多くの悩みと、病と、憤りの中にある。口語訳 箴  29:17
29:17
あなたの子を懲らしめよ、そうすれば彼はあなたを安らかにし、またあなたの心に喜びを与える。


口語訳 箴  10:1
10:1 ソロモンの箴言。知恵ある子は父を喜ばせ、愚かな子は母の悲しみとなる。


口語訳 箴  11:29
11:29 自分の家族を苦しめる者は風を所有とする、愚かな者は心のさとき者のしもべとなる。


口語訳 箴  15:5
15:5 愚かな者は父の教訓を軽んじる、戒めを守る者は賢い者である。


口語訳 箴  15:20
15:20 知恵ある子は父を喜ばせる、愚かな人はその母を軽んじる


口語訳 箴  17:21
17:21
愚かな子を生む者は嘆きを得る、愚か者の父は喜びを得ない。


口語訳 箴  17:25
17:25
愚かな子はその父の憂いである、またこれを産んだ母の痛みである。


口語訳 箴  19:13
19:13 愚かな子はその父の災である、妻の争うのは、雨漏りの絶えないのとひとしい


塚本訳 ロマ 9:2-3
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。



●神は「悩みの子」「悩みの夫(妻)」「悩みの兄弟」のことを知っていて、自ら「救おう、救おう」としておられる。だから悩みは神に訴えよう。祈りは神に注ぎだそう。

口語訳 詩  142:2
142:2 わたしはみ前にわが嘆きを注ぎ出し、み前にわが悩みをあらわします

口語訳 イザ 50:2
50:2 わたしが来たとき、なぜひとりもいなかったか。わたしが呼んだとき、なぜひとりも答える者がなかったか。わたしの手が短くて、あがなうことができないのか。わたしは救う力を持たないのか。見よ、わたしが、しかると海はかれ、川は荒野となり、その中の魚は水がないために、かわき死んで悪臭を放つ。


口語訳 イザ 59:1
59:1 見よ、主の手が短くて、救い得ないのではない。その耳が鈍くて聞き得ないのでもない

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。


塚本訳 Ⅱコリ5:4
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。


新改訳 ガラ 6:2-5
6:2 互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。
6:3 だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。
6:4 おのおの自分の行ないをよく調べてみなさい。そうすれば、誇れると思ったことも、ただ自分だけの誇りで、ほかの人に対して誇れることではないでしょう。
6:5 人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるのです


塚本訳 マタ 9:6
9:6 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と言っておいて、中風の者に言われる、「起きて寝床をかついで、家に帰りなさい。」


塚本訳 マタ 18:33-35
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』
18:34 そこで主人は怒って、負債を全部返すまでその男を獄吏に引き渡した、(いう話。)
18:35 わたしの天の父上も、もしあなた達ひとりびとりが心から兄弟を赦さないならば、同じようにあなた達になさるであろう。」


塚本訳 マタ 26:27-28
26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。
26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。


塚本訳 ルカ 17:3
17:3 (人を罪にいざなわぬように注意せよ。(また)もし兄弟が(あなたに対して)罪を犯したら、これを咎め、悔改めたら、赦してやりなさい


塚本訳 ルカ 18:13
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。

塚本訳 マタ 18:21-22
18:21 その時ペテロが進み寄ってたずねた、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したとき、何度赦してやらねばなりませんか。七度まででしょうか。」
18:22 イエスがこたえられた、「いや、あなたに言う、七度までどころか、七十七度まで!


塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう


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朝の黙想終わり。躾で子供は良くならない。祈りでよくなる。神が躾けてくれるからだ。

●明日の感話の資料推敲(結論追加)とプリント。
●妻と集会の御老齢の方々の安否を話し合う。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。ヨハネ19章。翻訳者の苦労を思う。
●妻は午後「メサイア」の練習。
●明日の集会感話をアップロード「割礼と初詣」

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/160604.htm
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我を信ずる者は死ぬとも生きん・・・キリスト降世の目的・・・ ++++++++ 所感

2016/06/03 05:44

160603(金)5時間爆睡で2時40分目覚め、啓示、床の中で黙想、4時起床。年を取ると眠りが浅くて困る。しかしカトリックの修道院もこんなもの」らしい。無教会は在家仏教ならぬ在家修道院。●キリスト者の皆様おはようございます。 さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエース(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュイス(子)、ソーール(救い主)=イクュス(魚)●バイブルワークス開始。ヨハネ11:25の「我を信ずる者は死ぬとも生きん」は復活論の急所であるが、この解釈が難しい。翻訳者の神学によってまちまちである。しかし翻訳に振り回されずに神の啓示で解釈させられると単純だ。復活はResurrectionで神に「起こされる」ことなのだ。神はそれをわかりやすく信じ易くしてくださった。それが次の箇所である。

塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 マコ 5:38-42
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。
5:42 ただちに少女は立ち上がって歩きまわった。十二歳になっていたからである。見るなり、人々は気が遠くなるほど驚いた。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 20:5-9
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。

20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


●以上が、復活とは神に「起こされる」ことであることを信じさせようとする史的報告。一般的に共観福音書は史実の報告、ヨハネはその霊的解釈と説明、パウロ書簡は福音の知的説明。だから共感福音書が一番力があり、生命にみなぎっている。
●ヨハネ福音書11:25は復活の説明であるが、説明でもパウロの復活r論(Ⅰコリ 15章)よりはやさしい。

●まず翻訳比較。

岩波翻訳委員会訳1995

431125イエスが言った、「私は甦りであり、命である。私を信じている人は、たとえ死んでも生きることになる。

 

新共同訳1987

11:25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。

 

前田訳1978

11:25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。

 

新改訳1970

11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

 

塚本訳1963

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

 

口語訳1955

11:25 イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる

 

文語訳1917

"431125","イエス言ひ給ふ『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん"

 

 フランシスコ会訳2011
11:25 イエスは仰せになった、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きる。


●キリスト教はギリシャ哲学の霊魂不滅哲学でもなく、仏教の輪廻転生思想でもなく、有体的復活教である。それは肉体が死んでも終わりの日に霊体で復活するという「有体的復活」の使信である。今朝はこれに関する聖句を黙想する。

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ。啓示の補強。

塚本訳 ロマ 4:17
4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。

塚本訳 ロマ 4:25
4:25 このイエスこそ、
わたし達の過ちのために死に引き渡され、またわたし達を義とするために復活された方である。

塚本訳 Ⅱコリ3:18
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる

。御霊である主がなさるのであるから当然である。

塚本訳 Ⅱコリ4:6-7
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。


塚本訳 ガラ 4:4
4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった。

塚本訳 ヨハ 5:21
5:21 それは、父上が(心のままに)死人を生き返らせて命を与えられるように、子も自分の欲する者に命を与えからである。

塚本訳 ロマ 5:18-19
5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである

塚本訳 ロマ 8:11
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:20-26
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。
15:21 というのは、一人の人によって死が来たので、同じく一人の人によって死人の復活が来るのである。
15:22 (一人の人)アダムとのつながりのゆえにすべての人が死ぬのと同じように、(一人の人)キリストを信じてすべての人が命を与えられるのである。
15:23 ただ(それには順序がある。)ひとりびとりが自分の(属する)組の番の時に(復活する。)最初は(すでに)キリストが、その次に、キリストの来臨の時にキリストのものである人たちが、
15:24 それから(最後に)残りの人たちが。この時、キリストはすべての支配(天使)、すべての権威(天使)と権力(天使)とを滅ぼした後、神にして父なるお方にその王国を引き渡される。
15:25 彼はすべての『敵を(征服して)足の下に置く』(まで、地上に)王であらねばならないからである。
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされる。


塚本訳 Ⅰコリ15:43-57
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。
15:46 しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。
15:50 兄弟たち、わたしの言うのはこのことである。血肉の人間は神の国を相続することは出来ず、死滅が不滅を相続することはない。
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52 あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。
15:56 ──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。──
15:57 しかし神に感謝あれ、勝利をわたし達の主イエス・キリストによってわたし達にお与えになる神に!


塚本訳 Ⅱコリ4:14
4:14 というのは、主イエスを生きかえらせたお方は、イエスと一体としてわたし達をも生きかえらせ、あなた達と一所にその(御座の)前に立たせてくださることを知っているからである。


塚本訳 ピリ 3:20-21
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。
3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!

塚本訳 使  3:15
3:15 (とうとう)命の先達(であるイエス)を殺してしまった。しかし神はその方を、死人の中から復活させられました。わたし達はそのことの証人です


塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう

塚本訳 Ⅰヨハ5:11-12
5:11 そして(神の)証しというのはこれである。──(わたし達が御子を信じたとき、)神が永遠の命を与えられたこと、この命は御子がもっておられるということである
5:12 (だから、)御子を持つ者は(永遠の)命を持ち、神の御子を持たない者は命を持たない

塚本訳 ルカ 23:43
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ロマ 4:17
4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。

塚本訳 ロマ 8:10-11
8:10 しかしキリスト(の霊)があなた達におられるなら、(あなた達の)体は(アダムの)罪によって死んでいるが、霊は(キリストの)義によって生きている。
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう

塚本訳 Ⅱコリ5:1-8
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。
5:5 このことがわたし達に出来るようにされたお方は神であり、このお方がその手付けとして御霊を下さったのである。
5:6 だから、わたし達はいつも心強くあり、また、この体に同居しているあいだは主から離れて別居していることを知っている、
5:7 ──というのも(いま)わたし達は(主を)見ることによってではなく、信仰によって歩いているからである。──
5:8 それで、わたし達は心強くはあるけれども、むしろこの体を離れて別居し、
主の所に同居したいと望んでいる。

塚本訳 Ⅰテサ4:14
4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、
神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。

塚本訳 黙  1:17-18
1:17 私は(この荘厳極まりない)彼(の異象)を見た時、死んだように(なって)その足許に倒れた。すると彼はその右の手を私の上に於て言い給うた──「懼れるな。私は最初の者、最後の者、
1:18 また(永遠に)活きる者である。(だからかつて)死んだけれども、視よ、(今)私は(再び)永遠より永遠に活きる者である。私は死と陰府の(門の)鍵を有つ。(私には凡てのものを活かし、また殺す権能がある。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーションおわり。神は無から有を創りだすお方。その力で我々も罪の故に体が死んでも霊の身体で有体的に復活させられる。これが福音の本質。キリスト教の本質。






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今日なんぢは我と偕にパラダイスに在る・・・この世を天国に生きる・・・ ++++++++ 所感

2016/06/02 05:40

160602(木)4時半起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエース(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュイス(子)、ソーール(救い主)=イクュス(魚)●朝の啓示「今日なんぢは我と偕にパラダイスに在る・・・この世を天国に生きる・・・」●昨日、妻は塚本虎二著作集」の読書会で「金持ちとラザロの譬」(ルカ16:19-31)を学んだ。それは価値の転倒である。●帰宅して二人でキリスト者の天国観について話し合い、私としてはそれは「主にあって人に仕えることがキリスト者の幸福であり、それはこの世ではじまっている」と思った。●十字架に掛けられた強盗が悔い改めた時にイエスに掛けられた言葉(ルカ23:43)は難解である。これはキリスト信者のこの世での幸福観にも通じる。今朝はこの超難解な言葉の意味を「聖書で聖書を読む」方法で解読してみよう。

●まず翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

422343すると、イエスは彼に言った、「アーメン、私はあなたに言う、あなたは今日〔すでに〕、私と共に楽園にいるだろう」。

新共同訳1987

23:43 するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

前田訳1978


23:43 彼はいわれた、「本当にいう、あなたはきょう、わたしといっしょに天国にいよう」と。

新改訳1970

23:43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

塚本訳1963

23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

口語訳1955

23:43 イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

文語訳1917

"422343","イエス言ひ給ふ『われ誠に汝らに告ぐ、今日なんぢは我と偕にパラダイスに在るべし』"

●ここで難解なのは「今日」という言葉である。キリスト者はこの世をはかなんで来世に望みをかけて生きる惨めな人間だと思われがちである。「宗教に駆け込む」弱い人間だと思われている。しかし主の真意はそうではないらしい。キリスト信者はすでにこの世で天国に生きる者であるというのである。ただし「主にあって」この世に生きる、つまり「わたしと一緒に」「今日」を生きる。それがこの言葉の真意らしい。そしてその短い生涯の活動は「仕えられるよりも仕える者」として生きる時に「天国の心」に満たされるというのだ。これはヒルティの「幸福論」の本質である「神と共にあって仕事をする」ということに通じる。

●十字架の強盗は今まさに臨終である。罪の過去の結果である。そのみじめな間際でも悔い改めればまだ生きている残りの短い時間がすでに天国なのだ。主はそれを「今日、天国に生きる」というのだ。これは我々の人生の縮図だ。

●この結論を補強するために聖書のアチコチを頭に思い浮かぶままを掲げてみよう。それは去る5月26日のブログ、「天国では何をするのか・・・神と富あって人の世話をする」に掲げた聖句と同じである。つまり天国では偉くなって人に仕えられるよりも人に仕える方が幸福なのであるというのだ。

塚本訳 ルカ 22:24-26
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「
世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。


塚本訳 マタ 19:27-28
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。

塚本訳 マタ 20:25-28
20:25 するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである。
20:26 あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなりたい者は召使になれ
20:27 一番上になりたい者は奴隷になれ
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 13:3-8
13:3 イエスは、父上が一切のものを自分の手におまかせになっていること、また自分が神のところから出てきて、(今また)神に帰ってゆく(身の上である)ことを知りながら、
13:4 夕食の席から立って、上着をぬぎ、手拭を取って腰に巻かれた。
13:5 それから盥に水を入れて、
ひとりびとり弟子たちの足を洗っては、(腰に)巻いた手拭で拭き始められた。
13:6 こうしてシモン・ペテロの所まで来られると、ペテロが(こばんで)言う、「主よ、わたしの足を、あなたが洗われるのですか。」
13:7 イエスが答えて言われた
、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた
、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 10:33-37
10:33 ところが旅行をしていたひとりのサマリヤ人は、この人のところに来ると、見て不憫に思い
10:34 近寄って傷にオリブ油と葡萄酒を注いで包帯した上、自分の驢馬に乗せて旅籠屋につれていって介抱した。
10:35 そればかりか、次の日、デナリ銀貨[五百円]を二つ出して旅篭の主人に渡し、『この方を介抱してくれ。費用がかさんだら、わたしが帰りに払から』と言った(という話)。
10:36 (それで尋ねるが、)この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣の人であったとあなたは考えるか。(同国人の祭司か、レビ人か、それとも異教のサマリヤ人か。)」
10:37 学者はこたえた、「その人に親切をした(サマリヤの)人です。」イエスが言われた、「行って、あなたも同じようにしなさい。(そうすれば永遠の命をいただくことが出来る

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである

塚本訳 ルカ 15:10
15:10 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、神の使たちに喜びがあるのである。」


●しかし今朝はさらに深く考える。臨終の強盗は囚人の故に残りの時間で何も出来なくても、病人は病人の故に何も活動できなくても、貧困な人は貧困で何も出来なくても、「イエスを神の子と信じられた」ことだけで大なる業績を遺すことになるのだ。それが成功の人生だ。主の言葉で補強しよう。

塚本訳 マタ 5:3-5
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 21:2-3
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた


塚本訳 ルカ 7:47
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります


塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」


塚本訳 ルカ 16:24-26
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。



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朝の黙想ディボーション終わり。残り少ない人生でも「イエスを神の子とい信じ」続ければ成功の人生になる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申ヨハネ18章、ヨハネは思想だから命がない。
●数か所所用、自転車。












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父の愛・・・イエスは神を父のようなものだと認識した・・・ ++++++++ 所感

2016/06/01 06:02

13日で満72歳11か月。残り時間のすべてをキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、エクレシヤのため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。

160601(水)キリスト者の皆様お早うございます。爆睡7時間で5時目覚め起床。● 
さかなのえ  ΙΧΘΥΣ ・イエース(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュイス(子)、ソーール(救い主)=イクュス(魚) ●昨日は6月5日の集会感話の準備(「割礼と初詣」ルカ2:21-39)をしていて、イエスが如何に両親の宗教的感化を受けて育ったかに感じ入った。父ヨセフはイエスの若いころに亡くなったらしく、その人となりはわからない。しかしイエスが「神は父のようなものだと認識」していたことだけでそれが分かるというものだ。●高等学校の聖書研究会の先輩にマさんがいた。彼は早くに父を亡くし、教会の牧師を「おとうちゃん」と呼んでいた。しかしその後人生の荒波で信仰を失った。後日手紙をもらった。「高橋君、(自分が信仰を失ったことを)そんなに怒らないでくれよ」と。彼は一体どうなるのだろう。神は知っている。神の方では忘れない。●今朝は「父の愛」と言うことをイエスの言葉から探ってみよう。尊敬する聖書学者のエレミヤスはイエスは、神を「アッバ(父ちゃん)」と呼びかけていたが、それはそれまでにはなかったことだ」と言っている。しかし今朝はそれを読まない(36歳の時に購入した「イエスの宣教」という良書にその論考がある)。学者読みをしない。素人の「聖書で聖書を読む」方法にする。

塚本訳 ヨハ 14:9
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 ヨハ 5:16-17
5:16 このためユダヤ人は、イエスを迫害しはじめた。安息日にたびたびそんなことをされたからである。
5:17 イエスは彼らに答えられた、「わたしの父上は、いまでもなお働いておられる。だからわたしも働く。」

塚本訳 ヨハ 15:1-2
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

塚本訳 ルカ 11:11-13
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」

塚本訳 マタ 5:43-48
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。
5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。
5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

塚本訳 マタ 6:9
6:9 だからあなた達は、このように祈りなさい。──、わたしたちの天のお父様、お名前がきよまりますように。

塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

塚本訳 マタ 5:17-18
5:17 わたしが律法や預言書[聖書]を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するどころか、成就するために来たのである
5:18 アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。

塚本訳 ヨハ 10:11-17
10:11 わたしが良い羊飼である。良い羊飼は羊のために命を捨てる
10:12 (本当の)羊飼でない雇人(である羊飼)は、羊が自分のものでないので、狼が来るのを見ると、羊をすてて逃げる。・・すると狼は羊を奪い、また追い散らすのである。・・
10:13 雇人であって、羊のことなどどうでもよいからである。
10:14 わたしが良い羊飼である。わたしはわたしの羊を知っており、わたしの羊もわたしを知っている。
10:15 父上がわたしを知っておられ、わたしが父上を知っているのと同じである
。そしてわたしは羊のために命を捨てる。
10:16 ・・なおわたしには、この檻のものでない、ほかの羊がある。(彼らはまだ野山をさまよっている。)わたしはそれをも導いてやらねばならない。彼らはわたしの声を聞きわけ、かくて群一つ、羊飼一人となるであろう。・・
10:17 だから
父上はわたしを愛してくださる。(羊のために)命を捨てるからである。しかしわたしが捨てるのは、(まことの命として)ふたたび取るためである。

塚本訳 ヨハ 13:1
13:1 過越の祭の前、イエスはこの世から父上の所に移ってゆく時が(ついに)来たことを知って、この世で愛された弟子たちを、最後の瞬間まで愛しぬかれた。──

塚本訳 ヨハ 14:21-24
14:21 わたしの掟をたもち、これを守る者、それがわたしを愛する者である。わたしを愛する者はわたしの父上に愛され、わたしもその人を愛して、その人に自分を現わすであろう。(だからわたしを愛する者だけが、わたしを見ることができるのだ。)」
14:22 イスカリオテでない方のユダが言う、「主よ、いったいどういうわけで、わたし達だけに御自分を現わし、この世(の人)にはそうしようとされないのですか。」
14:23 イエスは答えられた、「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る。するとわたしの父上はその人を愛され、わたし達は(父上もわたしも)、その人のところに行って、同居するであろう。
14:24 (しかし)わたしを愛しない者は、わたしの言葉を守らない。(だからわたしを見ることができない。)あなた達が(わたしから)聞く言葉はわたしの言葉ではない、わたしを遣わされた父上の言葉である。

塚本訳 ヨハ 14:28-31
14:28 『わたしは離れてゆくが、すぐかえって来る』と言ったのを、あなた達は聞いたであろう。(もし本当に)あなた達がわたしを愛しているなら、わたしが父上の所に行くのを喜ぶはずである。父上はわたしよりもえらい(ので、行けば栄光をいただける)からである。
14:29 今事のおこらぬさきにこれを言うのは、事がおこった時、あなた達がそのことを信じ得るためである。
14:30 もはやあなた達と多く話さない。(間もなく)この世の支配者(悪魔)が来るからだ。あれはわたしに指一本触れることはできない。
14:31 だが、わたしが父上を愛し、父上の命令のとおり行うことをこの世に知らせるために(わたしはあれに身をまかせる。)──立て。さあ出かけよう!

塚本訳 ヨハ 15:9-10
15:9 父上がわたしを愛されたように、わたしもあなた達を愛した。わたしの愛に留っておれ。
15:10 わたしの掟を守っておれば、わたしの愛に留っているであろう。わたしが父上の命令を守って、その愛に留っているのと同じである。

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』


塚本訳 ルカ 23:46-47
23:46 その時イエスは大声をあげて言われた、「お父様、』わたしの霊をあなたにおあずけします。』」こう言われるとともに、息が絶えた。
23:47 百卒長はこの出来事を見て、「この方はほんとうに正しい人であった」と言って神を讃美した。


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朝の黙想ディボーション終わり。神はイエスを愛し、イエスは世の父親を愛し、父は子供を愛する。かくて子供は父を通してイエスをも神をも愛するようになる。

●8:00 妻は今井館へ「塚本虎二著作集」読書会。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、ヨハネ17章。ヨハネは共観福音書におけるイエスの心の内面を語っている。















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