to 日記と感想 2016年07月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


この方はいったいだれだろう・・・この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが・・・ ++++++++ 所感

2016/07/31 06:02

160731(日)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●3時半目覚め、4時起床。今日の家庭礼拝の準備。昨日のブログに追加編集

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/160731.htm

●朝の啓示黙想。主の言葉の権威。「この方はいったいだれだろう・・・この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが・・・」
●信仰は「権威」を欲する。それはどこにあるか。教会ではない。人間ではない。主の言葉にある。●今朝は「主の言葉」の権威について学ぶ。

塚本訳 ルカ 8:24-25
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。
8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。

●イエスの権威に対して驚いた群衆

塚本訳 マタ 7:29
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。


塚本訳 マタ 21:23-25
21:23 宮に来て教えておられると、大祭司連と国の長老たちが寄ってきて、言った、「なんの権威で(きのうのような)あんなことを(宮で)するのか。だれがあの権威を授けたのか。」
21:24 イエスは答えて言われた、「ではわたしも一つ尋ねる。それにこたえられたら、わたしも何の権威でそれをするかを言おう。
21:25 ──ヨハネの洗礼はどこから来たのか。天(の神)から(授かったの)か、それとも人間からか。」彼らはひそかに考えた、「もし『天から』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったか』と言うであろうし、


塚本訳 マコ 1:27
1:27 皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」

塚本訳 ヨハ 1:25
1:25 彼らはしつこく尋ねた。「救世主でも、エリヤでも、あの預言者でもないなら、なぜ、(なんの権威で)洗礼を授けるのです。」

塚本訳 ヨハ 7:15-16
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 ヨハ 5:37-39
5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38 また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、塚本訳 ヨハ 5:37-40
5:37 その上、わたしを遣わされた父上御自身が、わたしのことを(聖書で)証明してくれるからである。(ところがあんなにはっきり書いてあるのに、)あなた達はいまだかって父上の声を聞いたことも、姿を見たこともなく、
5:38 また御言葉があなた達の心に留まっていない。父上の遣わされた者を信じないのがその証拠だ。
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

 420825そして彼は彼らに言った、「あなたたちの信仰はどこにあるのか」。すると彼らは恐れ、驚いて互いに対して言った、「この人はいったい、誰だろう。この人が風や水にさえ言いつけると、〔それらですら〕この人に従うとは」。

 

新共同訳1987

 8:25 イエスは、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。弟子たちは恐れ驚いて、「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」と互いに言った。

 

前田訳1978

8:25 彼はいわれた、「あなた方の信仰はどこにあるのか」と。彼らはおそれ、おどろき、互いに語りあった、「この方はいったいだれだろう、お命じになると風も波も従うとは」と。 

 

新改訳1970

8:25 イエスは彼らに、「あなたがたの信仰はどこにあるのです。」と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。「風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」 

 

塚本訳1963

 8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。

 

口語訳1955

 8:25 イエスは彼らに言われた、「あなたがたの信仰は、どこにあるのか」。彼らは恐れ驚いて互に言い合った、「いったい、このかたはだれだろう。お命じになると、風も水も従うとは」。

文語訳 1917
"420825","かくて弟子たちに言ひ給ふ『なんぢらの信仰いづこに在るか』かれら懼れ怪しみて互に言ふ『こは誰ぞ、風と水とに命じ給へば順ふとは』"


●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 マコ 4:41
4:41 弟子たちはすっかりおびえてしまって、「この方はいったいだれだろう、風も湖もその言うことを聞くのだが」と語り合った。


塚本訳 マタ 8:27
8:27 人々は驚いて、「この方はどうした人だろう、風も湖も、その言うことを聞くのだが」と言った。


塚本訳 ルカ 5:5
5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」

塚本訳 マタ 8:26
8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。


塚本訳 マタ 14:30-31
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」


塚本訳 マタ 17:20
17:20 彼らに言われた、「信仰が無いからだ。アーメン、わたしは言う、もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、この山に向かい『ここからあそこに移れ』と言えば移り、あなた達に出来ないことは一つもない。」


塚本訳 ルカ 12:28
12:28 きょうは野に花咲き、あすは炉に投げ込まれる草でさえ、神はこんなに装ってくださるかには、ましてあなた達はなおさらのことである。信仰の小さい人た

口語訳 詩  46:2-3
46:2 このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
46:3 たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。〔セラ

口語訳 イザ 43:2
43:2 あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想ディボーションおわり。主の言葉に権威あり。教会に権威なし。人間の言葉に権威なし。だから
「主の言葉」を「主の言葉」で学ぶべし。

●10:00 妻と二人で家庭礼拝。
讃美歌492(かみの恵みは) 開会の祈り(トミ子) 
感話「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ」
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/160731.htm
閉会の祈り(照男)。讃美歌489(きよききしべに)

●13:00 妻はバッハの「クリスマスオラトリオ」の練習。
●ロッキングチェァーの改造改良。日曜大工大好き


 

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泣くな、少女は死んだのではない。眠っているのだ。・・・イエスは人間の悲しみを正した・・・ ++++++++ 所感

2016/07/30 05:59

160730(土)キリスト者の皆様お早うございます。3時半目覚め、4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソテル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示「泣くな、少女は死んだのではない。眠っているのだ。・・・イエスは復活観の誤りを正した・・・」●昨日の告別式で感じたこと。「死んだら神のところに行く」というのはキリスト教の信仰ではない。それは仏教と似たり寄ったりでである。日本人キリスト者の信仰は仏教的キリスト教であるから、死の嘆き悲しみに勝てない。キリスト教は難しくて仏教は分かりやすいと思われている。●また教会で洗礼を受ければ天国に行けるというのも同一精神である。●神の子イエスは人間の宿命としての死の悲しみを正した。●今朝はそのことを黙想しよう。

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ヨハ 11:24-27
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 11:33-34
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」
二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 16:22-25
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

塚本訳 マタ 10:28-32
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。
10:32 それだから(恐れずに説け。)だれでも人の前で(公然)
わたしを(主と)告白するものを、わたしも(裁きの日に)、わたしの天の父上の前で(弟子として)認める。

塚本訳 ルカ 9:23-26
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。
9:25 全世界をもうけても、自分(の命)を失ったり損したりするのでは、その人は何を得するのだろう。
9:26 (わたしを信ずると言いながら、)わたしとわたしの福音(を告白すること)とを恥じる者があれば、人の子(わたし)も、自分と父上と聖なる天使たちとの栄光に包まれて(ふたたび地上に)来る時、そんな(臆病)者を(弟子と認めることを)恥じるであろう。


塚本訳 ルカ 20:34-38
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 ヨハ 3:7-8
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マコ 4:26-28
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27
夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。

塚本訳 ルカ 17:31-37
17:31 その日には、屋根の上におる者は、(何か大切な)家財道具が家の中にあっても下におりて取り出そうとするな。畑におる者も同じく『(家に)もどる』な。
17:32 ロトの妻のことを思え。
17:33 (この世の)命を保とうとする者は(永遠の)命を失い、(この世の命を)失う者は、(永遠に)生きながらえるであろう。
17:34 わたしは言う、その晩、二人の男が一つ寝床にねていると、一人は(天に)連れてゆかれ、他の一人は(地上に)のこされる。
17:35 二人の女が一しょに臼をひいていると、一人は連れてゆかれるが、他の一人はのこされる。」
17:36 [無し]"
17:37 弟子たちが尋ねる、(いつ)どこで(その裁きはありますか。)」彼らに言われた、「(時が来れば、いつでも。)死体のある所に、鷲も集まる。」


塚本訳 マタ 8:5-12
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

塚本訳 ルカ 24:25-27
24:25 彼らに言われた、「ああ、預言者たちの言ったことを何一つ信じない、悟りの悪い、心の鈍い人たちよ!
24:26 救世主は栄光に入るために、そのような苦しみを受けねばならなかったのではないのですか。」
24:27 そして(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。


塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 6:36-39
6:36 しかしわたしは(前に)『あなた達はわたしを見たのに、信じない』と言った。
6:37 (だが、信じないのは父上の御心である。)父上がわたしに下さるものは皆、わたしの所に来、わたしの所に来る者を、わたしは決して放り出さない。
6:38 (放り出すわけがない。)わたしは、自分のしたいことをするために天から下ってきたのではない。わたしを遣わされた方の御心を行うためである。
6:39 そして、わたしに下さったものを一つも無くさず、最後の日にそれを復活させること、これがわたしを遣わされた方の御心である。

塚本訳 ヨハ 17:6-10
17:6 わたしは、あなたがこの世から(選び出して)わたしに下さったこの人たち((弟子たち))に、あなたの名を──(あなたについての一切のことを)──知らせてやりました。彼らはもとあなたのものであったのに、わたしに下さったのです。彼らは(わたしが教えた)あなたの言葉を守りました。
17:7 今彼らは、あなたがわたしに下さったものは、(言葉も業も)何もかも皆、(人間からでなく)あなたから来たことを知りました。
17:8 すなわち、わたしは賜わりました言葉を(そのまま)彼らに伝え、彼らはそれを受けいれて、わたしがあなたのところから出てきたことを本当に知り、あなたがわたしを遣わされたことを信じたのであります。
17:9 わたしがお願いするのは、この人たちのためであります。この世の(一般の人々の)ためでなく、わたしに下さった人たちのために、お願いするのです。というのは、(第一には、)あの人たちはあなたのもの、
17:10 ──わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものは(皆)わたしのもであります。──また、わたしは彼らによって(あなたの子と信じられ)栄光を受けたからであります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の啓示黙想ディボーションおわり。神の子イエスの「言葉」には力がある。死の時もこの言葉を信じたい。●人は、死後「神に再び起こされる」ことを信じ抜くことがイエスの望み給う復活観である。●「『主の言葉』を『主の言葉』で読む。」これはキリスト信者の究極の信仰態度。真の権威は「主の言葉」にある。●私は今まで「聖書を聖書で読む」という標語で生きてきたが、これからは「主の言葉を主の言葉で読む」ということにしたい。聖書の一句は人間の書いた本の百倍の力があり。主の言葉はそれ以外の聖書のこれまた百倍の力がある。これ私のライフワーク。










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夫を「父・御子・御霊の神」に導いた偉大なる夫人・・・故津上和子弔辞・・・ ++++++++ 所感

2016/07/29 05:59

160729(金)4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●今日は故津上和子の告別式。御遺族に依頼されて弔辞を述べることになったのでその準備をする。

故津上和子告別式弔辞
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
故津上和子さんは三年前に亡くなられた御主人の津上毅一さんを「父・御子・御霊の神」に導いた偉大なる夫人でありました。津上毅一さんの百歳の生涯の到達点はこの三位一体の信仰でした。それには和子夫人の信仰の影響がありました。御主人の津上毅一さんは初めは神道でありましたが、和子さんにより無教会の塚本虎二先生の集会に導かれ、ついにキリスト教の正統信仰に到達せられました。私はその和子さんの言葉の片鱗に触れたことがありました。その第一は「高橋さん。神の子が人の子の姿をとって来られたことが大切な事なのですね」という言葉でした。これはピリピ書2章6-7a節にあります。

塚本訳 ピリ 2:6-7a
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7a かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。


第二は「高橋さん。無教会の塚本虎二先生は教会を愛しておられたのですよ」。これはコロサイ書1章24節にあります。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

和子さんが私に立ち話で話されたこの二つの「寸鉄肺腑をえぐる」短い言葉はキリスト教正統信仰の本質であって、私の脳裏から今でも消えません。人をして「父・御子・御霊の神」への信仰に導き感化影響を与えた和子さんの御生涯は真に偉大でありました。福音は生活ぶりで伝わります。
私にも良い影響を与えてくださった和子様の霊、御許で安らかでありますように。今しばしの別れ、復活の朝に「また会う日まで」さようなら。

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故津上和子告別式弔辞 おわり

2016_07290004.jpg

●12:30 妻と津上和子(96歳)告別式に参列。於、セレモニー目黒、参列者数十人
簡素な良い式であった。司会鷲見八重子、司式浅野摂郎、弔辞3名。
●私の弔辞は上記の通りだが、最後に「復活とは神に起こされることだ」と話した。
●帰宅17:00 二人とも非常に疲れた。
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心の清い人は神を見る・・・聖書の難しいところは聖書に聞く・・・ ++++++++ 所感

2016/07/28 04:52

160728(木)4時起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日の吉村孝雄氏の八王子での伝道集会は、主題がマタイ5章8節の「心の清い人は神を見る」であった。氏はこの難しいところを詩編51篇9~14節で解読された。

口語訳 詩  51:10
51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。



●終了後の出席者各人感話で、私は次のように述べた。「これからの無教会は本日のように『聖書で聖書を読む』方法でなければならない。聖書の難解なところは人間に聞いては満足しない」。すると終了後、相沢忠一氏(元今井館理事長)が私に賛同の意見を放されたので固く握手した。私の主張する「聖書で聖書を読む」方法は普遍的な真理であるらしく、多くの人の共感を得る。●そこで今朝は難解なマタイ5章8節を私なりに「聖書で聖書を読む」ことをしてみよう。(Jバイブルと拙HO各種データ使用)これ朝の至福の時である。●これは教会無教会を問わず、キリスト者の究極の方法である。


●まず翻訳比較(フランシスコ会訳以外は拙HPの「聖書で聖書を読む」(BbB)を利用。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

400508幸いだ、心の清い者たち、その彼らこそ、神を見るであろう。 

 

新共同訳1987

 5:8 心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。

 

前田訳1978

 5:8 さいわいなのは心の清い人々、彼らは神を見ようから。

 

新改訳1970

 5:8 心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。

 

塚本訳1963

 5:8 ああ幸いだ、『心の清い人たち、』(御国に入って)神にまみえるのはその人たちだから。

 

口語訳1955

 5:8 心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。

 

文語訳1917

 "400508","幸福なるかな、心の清き者。その人は神を見ん。"

フランシスコ会訳2011
心の清い人は幸いである。その人たちは神を見る。

●次に自分の頭に浮かぶ箇所

口語訳 レビ 11:44-45
11:44 わたしはあなたがたの神、主であるから、あなたがたはおのれを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしは聖なる者である。地にはう這うものによって、あなたがたの身を汚してはならない。
11:45 わたしはあなたがたの神となるため、あなたがたをエジプトの国から導き上った主である。わたしは聖なる者であるから、あなたがたは聖なる者とならなければならない』」。


口語訳 レビ 20:7
20:7 ゆえにあなたがたは、みずからを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。


口語訳 レビ 20:26
20:26 あなたがたはわたしに対して聖なる者でなければならない。主なるわたしは聖なる者で、あなたがたをわたしのものにしようと、他の民から区別したからである。


口語訳 レビ 21:7
21:7 彼らは遊女や汚れた女をめとってはならない。また夫に出された女をめとってはならない。祭司は神に対して聖なる者だからである。



塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

塚本訳 ヨハ 14:8-10
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。
14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。

塚本訳 ヨハ 15:1-3
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。
15:3 あなた達はわたしが語った言葉(を受け入れること)によって(汚れを除かれ)、すでに奇麗になっている

塚本訳 ヨハ 13:8-11
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」
13:9 シモン・ペテロがうろたえて言う、「主よ、(それでは、)足だけでなく、手も、頭も、。」
13:10 イエスが言われる、「(一度)湯浴みした者は、(あとでよごれた)足のほかは洗う必要はない、全身が清いのだから。(もう)あなた達は清い。だが、(あなた達)みんながそうではない。」
13:11 イエスは自分を売る者(がだれであるか)を知っておられた。それで、「みんなが清いのではない」と言われたのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:14
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。

塚本訳 ロマ 7:23-25
7:23 わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。
7:25 ──神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!──従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである。

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(拙HP利用、重複あり)


塚本訳 ヘブ 12:14
12:14 すべての人との『平和を追い求めよ』、また聖潔を。聖潔がなければ、だれも主にまみえることはできない。


塚本訳 Ⅱコリ7:1
7:1 だから愛する者たちよ、こんな(神の)約束がわたし達にはあるのだから、肉と霊とのあらゆる汚れから自分を清め、神を恐れて完全に聖くなろうではないか。


塚本訳 Ⅰヨハ3:2
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)

塚本訳 Ⅰヨハ3:3
3:3 神にこんな希望を持っている者は皆、キリストが清くあるように、自分を清める。

塚本訳 黙  22:2-4
22:2 都の大通りの真中と河の此方彼方に生命の樹があって、(一年に)十二度実を結ぶ、すなわち月毎に実が生るのである。そしてその樹の葉は諸国の民(の凡ての病と傷と)を医す。
22:3 最早凡ての呪詛(じゅそ))が無いであろう。そして神と仔羊の玉座が都の中にあって、その僕達は(其処で)彼に仕え、
22:4 (おおけなくも目のあたり)御顔を拝し、その御名が彼らの額に(書いて)あるであろう。

口語訳 詩  18:26
18:26 清い者には、清い者となり、ひがんだ者には、ひがんだ者となられます。

口語訳 詩  51:11
51:11 わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。

塚本訳 マタ 23:25-28
23:25 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは杯や皿の外側は清潔にするが、内側は掠め取った物と不節制とでいっぱいだからだ。
23:26 目の見えないパリサイ人よ、まず杯の内(の物)を清潔にせよ。そうすれば外も(おのずと)清潔になるであろう。
23:27 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは白く塗った墓に似ているからだ。外側はりっぱに見えるが、内側は死人の骨とあらゆる汚れとでいっぱいである。
23:28 そのように君たちも、外側はいかにも信心深そうに人に見えるが、内側は偽善と不法とで一ぱいである。

口語訳 箴  22:11
22:11 心の潔白を愛する者、その言葉の上品な者は、王がその友となる。

口語訳 エゼ 36:25-27
36:25 わたしは清い水をあなたがたに注いで、すべての汚れから清め、またあなたがたを、すべての偶像から清める。
36:26 わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け、あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。
36:27 わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて、わが定めに歩ませ、わがおきてを守ってこれを行わせる。

塚本訳 使  15:8-9
15:8 また、(人の)心を御存じの神は、(ユダヤ人たる)わたし達と同じく彼ら(異教人)にも、(信仰で救われる)証拠として聖霊を与え、
15:9 信仰によって彼らの心を清めて、わたし達と彼らとの間になんの差別をもつけられなかった。


塚本訳 Ⅱコリ7:1
7:1 だから愛する者たちよ、こんな(神の)約束がわたし達にはあるのだから、肉と霊とのあらゆる汚れから自分を清め、神を恐れて完全に聖くなろうではないか。

塚本訳 テト 1:15
1:15 潔い者には凡てが潔く、穢れた、不信仰の者には一つも潔いものがなく、その理性も良心も穢れている。


塚本訳 ヘブ 9:14
9:14 まして永遠の御霊の力によって傷のない自分自身を神に捧げたキリストの血が、わたし達の良心を死ぬ行いから清めて、生ける神を礼拝させないことがあるだろうか。


塚本訳 ヘブ 10:22
10:22 だからわたし達は誠実な心と、堅い信仰をもって、(神に)近づこうではないか、心は(イエスの血で)洗い浄められて良心の呵責なく、体は(洗礼の)清い水で洗われて。


塚本訳 ヤコ 3:17
3:17 上からの知恵はまず聖く、次に平和を好み、親切で、温順で、憫れみと善き果実に満ちて居り、党派根性がなく、偽善でない。


塚本訳 ヤコ 4:8
4:8 神に近づけ、すると君達に近づき給うであろう。罪人達、手を(洗い)潔めよ、二心の者、心を聖くせよ。


口語訳 ヨブ 19:26-27
19:26 わたしの皮がこのように滅ぼされたのち、/わたしは肉を離れて神を見るであろう。
19:27 しかもわたしの味方として見るであろう。わたしの見る者はこれ以外のものではない。わたしの心はこれを望んでこがれる。


塚本訳 Ⅰコリ13:12
13:12 わたし達はいまは(何事も)鏡でおぼろに見ているが、(完全なものが来る)その時には、顔と顔と相対してみるのである。いまはわたしは部分的に知っているが、その時には、(今神に)知りつくされているからそのようにわたしも知りつくすであろう。


塚本訳 Ⅰヨハ3:2-3
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)
3:3 神にこんな希望を持っている者は皆、キリストが清くあるように、自分を清める。

口語訳 詩  24:3-4
24:3 主の山に登るべき者はだれか。その聖所に立つべき者はだれか。
24:4 手が清く、心のいさぎよい者、その魂がむなしい事に望みをかけない者、偽って誓わない者こそ、その人である。


口語訳 詩  73:1
73:1 神は正しい者にむかい、心の清い者にむかって、まことに恵みふかい。


塚本訳 Ⅰテモ1:5
1:5 しかし(真の)伝道の目標は清い心と善い良心と偽らない信仰から生まれる愛である。


塚本訳 Ⅱテモ2:22
2:22 だから若い時の情欲を避け、潔い心で主を呼び求むる者と共に義、信仰、愛、平和を追い求めよ。

口語訳 創  20:5-6
20:5 彼はわたしに、これはわたしの妹ですと言ったではありませんか。また彼女も自分で、彼はわたしの兄ですと言いました。わたしは心も清く、手もいさぎよく、このことをしました」。
20:6 神はまた夢で彼に言われた、「そうです、あなたが清い心をもってこのことをしたのを知っていたから、わたしもあなたを守って、わたしに対して罪を犯させず、彼女にふれることを許さなかったのです。

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朝の黙示、黙想、ディボーションおわり。清い心は神が創造してくださる。









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死、今の世の苦しみ・・・滅亡の奴隷から自由にされる希望・・・ ++++++++ 所感

2016/07/27 08:48

160727(水)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュス(子)、ソテル(救い主)=イクス(魚が) 。生けるるものの苦しみは「死」である。恐怖である。生物はみな「死ぬまい、死ぬまい」と思って「逃げまどう」。●昨日はBSフジが「癌患者の苦悩を救う言葉」というテーマを取り上げたので興味を憶えて、夜更かしした。●相模原市の障害施設で19名が刺殺された大事件も「死」の嘆きである。●人類はこの「死」の嘆きからいかにして救われるか。それは復活の希望である。そこで今朝はロマ書8章18節を黙想してみよう。


●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

 450818事実、私は、今この時の苦難は、私たちに啓示されるはずの来たるべき栄光に匹敵するものではない、と考えている。

 

新共同訳1987

8:18 現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。 

 

前田訳1978

 8:18 わたしは考えます。今の時の苦しみは、われらに現われようとする栄光に比べると、いうに足りません。

 

新改訳1970

 8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。

 

塚本訳1963

8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。 

 

口語訳1955

8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。 

 

文語訳1917

 "450818","われ思うに、今の時の苦難は、われらの上に顯れんとする榮光にくらぶるに足らず。"

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 ガラ 5:5
5:5 (キリストを信ずる)わたし達は、御霊によって、信仰により、(最後の日に)義とされる希望をもって待っているからである。


塚本訳 Ⅰヨハ2:3
2:3 したがって、もし彼の掟を守るならば、そのことによって、わたし達は彼を知っていることがわかるのである。

塚本訳 Ⅱコリ1:21-22
1:21 そしてあなた達と一緒にわたし達をキリストにしっかり立たせ、また油を注いで(聖別して)くださったお方はこの神であり、
1:22 このお方がまた、わたし達に(御自分のものという)証印をおし、その手付けとして御霊をわたし達の心の中にくださったのである。塚本訳 Ⅱコリ5:2-4
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 Ⅱコリ4:17-18
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。


塚本訳 Ⅰコリ2:9-10
2:9 しかし(聖書に)書いてあるとおり(に実現したの)である。『目も見ず耳も聞かず』、人の『心に起こらなかった』もの、『これを神は御自分を愛する者たちのために』用意された。
2:10 しかしわたし達には、神が御霊によって(すべてを)あらわしてくださった。(わたし達に住ませてくださる)その御霊は、すべてのことを、神の(御心の)深いところまでも、見抜かれるからである。


塚本訳 ロマ 8:22
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)


塚本訳 ロマ 5:5
5:5 そしてこの『希望は(必ず実現して、わたし達を)失望させることはない。』神はわたし達に聖霊を授け、それによって愛をわたし達の心の中に(いつも豊かに)注いでいてくださるからである。

塚本訳 Ⅱコリ5:2-4
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。


塚本訳 ピリ 1:21-23
1:21 何故なら、私にとって生きることはキリスト(を生きること、彼が私に生き給うことである。否、彼が私の生命)である。そして死ぬることは(完全にキリストと共に生きることであるから、私にはむしろ)利益である。
1:22 しかしもし肉体で生きることが私の役目であるなら、(それは)私にとっては(福音のために)活動き、(そ)の果実(を結ばせること)である。だから(生と死と)どちらを選ぶべきか、私は知らない。
1:23 私は(今)この二つの板挟みになっている。すなわち一方では(一日も早く悩みの)この世を去ってキリストと共にいたいという願いがあって──もちろんこの方が遥かにずっと勝れているのに──


塚本訳 ピリ 1:6
1:6 私は君達の間に善い仕事を始め給うたお方が、キリスト・イエスの(来臨の)日までに(必ずそれを)成し遂げ給うことを確信している。


塚本訳 ピリ 3:20-21
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。
3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!


塚本訳 ロマ 5:2
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。


塚本訳 Ⅰテサ5:8
5:8 しかし私達は昼の者だから、信仰と愛の『鎧と、救いの』希望の『兜とに身を固め』て、白面でいようではないか。


塚本訳 ロマ 2:7
2:7 すなわち、忍耐して善を行うことによって栄光と栄誉と不滅とを求める者には、神は永遠の命をおあたえになるが、


塚本訳 ロマ 8:23
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。


塚本訳 Ⅱコリ4:17
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。


塚本訳 Ⅰペテ4:13
4:13 むしろキリストの苦難に与れば与るだけ喜べ。(最後の日)その栄光の顕るる時にも歓びに喜ぶ(ことが出来る)ためである。


塚本訳 ピリ 1:20
1:20 そして私の切なる期待と望みは、私が何事にも恥をかかされず、かえって、いつものように今度も、キリストが正々堂々と私の体で、(私の)生によっても死によっても、(勝を得て)崇められ給わんことである。(然り、私の死によっても!)


塚本訳 Ⅱペテ3:13
3:13 しかし私達は彼の約束によって、義の住む『新しい天』と『新しい地』とを待ち望む。


塚本訳 黙  21:1
21:1 また私は新しい天と新しい地とを見た。初めの天と初めの地とは消え去ったのである。最早海も無い。


塚本訳 ロマ 5:3-4
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。


塚本訳 ロマ 7:24
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。


塚本訳 Ⅱコリ5:2-4
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)
5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。


塚本訳 ロマ 8:19
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。


塚本訳 Ⅱコリ4:18
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。


塚本訳 ヘブ 11:1
11:1 (では信仰とは何であるか。)信仰とは、希望することの実現であり、(目に)見ぬ事の確信である。


塚本訳 Ⅰテサ1:3
1:3 私達は私達の神また父の前に私達の主イエス・キリストによ(って君達が表してい)る、君達の信仰の働きと愛の労苦と希望の忍耐とを、絶えず思い出しているのである。

塚本訳 ロマ 8:22-23
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

塚本訳 ロマ 5:2-5
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。
5:5 そしてこの『希望は(必ず実現して、わたし達を)失望させることはない。』神はわたし達に聖霊を授け、それによって愛をわたし達の心の中に(いつも豊かに)注いでいてくださるからである。


塚本訳 Ⅰペテ5:1
5:1 だから、(君達と)同じ長老(であり)、キリストの苦難の証人(であり)、またまさに顕れんとする栄光の共有者(である)私は、君達の中の長老達に勧告する、


塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


塚本訳 Ⅰヨハ3:2
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)


塚本訳 Ⅱペテ3:12-13
3:12 神の日の到来を待ち望みつつ(これを)早め(ることに努力せ)ねばならぬことであろう!その日『天は』焼けて解け去り、日月星辰は燃えて『溶けるであろう』。
3:13 しかし私達は彼の約束によって、義の住む『新しい天』と『新しい地』とを待ち望む。


塚本訳 黙  21:1
21:1 また私は新しい天と新しい地とを見た。初めの天と初めの地とは消え去ったのである。最早海も無い。

塚本訳 マタ 5:11-12
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。


塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。


塚本訳 ヘブ 11:25-26
11:25 一時的の罪の享楽をするよりは、むしろ神の民と一しょに虐待されることを選んだ。
11:26 彼は『キリストの(受けられる)罵りを(受けることは)』、エジプトの宝にまさる大なる富と考えたのである。(来るべき天からの)報いに目を向けていたからである。


塚本訳 ヘブ 11:35
11:35 婦人たちはその死んだ者を復活させてもらった。しかしほかの(男の)人々は、それにまさる復活に達するため、釈放を願わずに、車裂きにされた。


塚本訳 Ⅰヨハ1:6-7
1:6 もし神と交わりがあると言いながら、暗闇を歩いているならば、わたし達は嘘をつくのであって、真理を行ってはいない。
1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互に(まことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)


塚本訳 コロ 3:4
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


塚本訳 Ⅱテサ1:7-10
1:7 また(これに反し今)苦しめられている君達には私達と一緒に安息をもって報い給うのであって、そのことは主イエスが天からその能力なる天使(の群)と共に『火焔の中に』現れ給う時に実現し、
1:8 (その時)主は『神を知ろうとせぬ(異教の)者』と、私達の主イエスの福音に『従順でない者に仕返しをし給う』ので、
1:9 これらの人達は罰を受けて『主の御顔とその御力の栄光とから』永遠に滅び失せる──
1:10 そしてこれは主が『聖徒達の間に崇められ』、凡ての信者の間にて【(もちろん君達の間にても)──私達の(福音の)証は君達の所で信じられたのだ!】『誉めたたえられんとて来たり給うかの日に』実現するのである。


塚本訳 Ⅱテサ2:14
2:14 私達の主イエス・キリストの栄光を得させようとして、私達の福音によって君達をも召し給うたからである。


塚本訳 Ⅰペテ1:13
1:13 だから君達の心の腰に帯をして、真面目で(あれ。そして)イエス・キリストの顕れ給う時君達に齎される恩恵に全き希望を置け。

塚本訳 マコ 13:7-10
13:7 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞いた時に、あわてるな。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
13:8 (世の終りが来る前に、)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がる』のだから。またここかしこに地震があり、飢饉がある。(だが)これは(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。
13:9 しかしあなた達は(こんな外の出来事よりも)自分のことに気をつけておれ。あなた達は裁判所に引き渡され、礼拝堂で打たれる。また、わたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に立たされるであろう。これは、その人たちに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。
13:10 (終りの日が来る前に)福音はまずすべての国の人に説かれねばならないのだから。

塚本訳 Ⅱコリ4:10-11
4:10 わたし達はいつもイエスの死の苦しみを体に受けて持ち回っている。それはわたし達の体にイエスの命も現れるためである。
4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

塚本訳 使  9:15
9:15 主が彼に言われた、「(恐れることはない。)行け。あの人は、異教人と王たちとイスラエルの子孫との前に、わたしの名を運んでゆく(ために選んだ)わたしの選びの器であるから。

塚本訳 ロマ 8:19-20
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。キリストの有体的復活により、人類の永遠の敵である「死」は克服された。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。テトスへの手紙1章。教会主義の萌芽。

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吉村孝雄氏の伝道集会が八王子で行われ、世話人(永井信子さん)から誘われたので出かけた。




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キリストは人の子の姿をとって来られた・・・一番大切な事・・・ ++++++++ 所感

2016/07/26 05:50

160726(火)キリスト者の皆様お早うございます。4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●新宿集会(旧関根正雄集会)の津上和子さんが去る24日午前1時13分に召された。96歳。告別式は29日、「セレモニー目黒」。家族葬。●津上和子さんの思い出として次の二つの言葉が忘れられない。いずれも今井館で立ち話で短く言われた。「高橋さん。キリストが人の子の姿をとって来られたのが一番大切な事なのですね」。「高橋さん。塚本先生は教会を愛しておられたのですよ。」。いずれも「寸鉄肺腑をえぐる」言葉であった。真理の言葉は短い。●津上和子さんは初め塚本集会、後に関根正雄集会。神道であった御主人(故津上毅一氏)をその短い言葉でキリストに導かれた。。●今朝はこの二つの言葉を巡って連想する聖句を黙想してみよう。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マコ 8:34-35
8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 エペ 5:25
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──

塚本訳 ロマ 15:3
15:3 キリストすら御自分を喜ばせる御生涯ではなかったのであるから。むしろ(聖書に)書いてあるとおりであった、』あなたを罵る者の罵りが、わたしの上に落ちた』と。

塚本訳 Ⅱコリ8:9
8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

塚本訳 ヘブ 2:9
2:9 ただわたし達は、このイエスが『少しのあいだ(だけ)天使たちよりも小さくされ(て地上に遣わされ)た』が、死の苦しみのゆえに『栄光と栄誉との冠をさずけられた』のを見るのである。(そしてここに預言の実現がある。)彼が死ぬことは、神の恩恵によって、万人の(救の)ためであった。


塚本訳 ヘブ 2:14
2:14 だから、『子らは』血と肉とを共有しているので、(イエス)彼自身も、(全く)同じようにこれを保たれた。(これはその)死によって、死の権力をもっている者、すなわち悪魔をほろぼし


塚本訳 ヘブ 2:17-18
2:17 そのため、彼はどの点からしても『兄弟』(である人間)に似ざるを得なかったのである。彼は(人間に対して)憐れみぶかい、神に関することについては忠実な大祭司となられた。それは民の罪を贖うためであった。
2:18 というのは、
みずから誘惑にあって苦しみをうけたので、(同じく)誘惑にあう者を助けることが出来るからである。


塚本訳 ヘブ 12:2
12:2 (かの)信仰の創始者また完成者であるイエスを見上げて!彼は自分の前にある喜びを捨て、恥をもいとわず十字架を耐え忍んで
、(いまや)神の御座の『右に坐られているのである』。


塚本訳 ヘブ 13:3
13:3 (主のための)囚人を、同囚人として記憶せよ。虐待されている人たち(のこと)を記憶せよ、あなた達自身も(なお)肉体においてあるのだから。


口語訳 イザ 53:11
53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また
彼らの不義を負う。


口語訳 エゼ 34:23-24
34:23 わたしは彼らの上にひとりの牧者を立てる。すなわちわがしもべダビデである。彼は彼らを養う。彼は彼らを養い、彼らの牧者となる。
34:24 主なるわたしは彼らの神となり、わがしもべダビデは彼らのうちにあって君となる。主なるわたしはこれを言う。


塚本訳 マタ 12:18
12:18 『これがわたしの選んだ僕、心にかなったわたしの最愛の者。わたしは彼にわたしの霊を与え、彼は異教人に(わたしの)正義を告げる。


塚本訳 マタ 20:28
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」


塚本訳 マコ 10:44-45
10:44 一番上になりたい者は皆の奴隷になれ。
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」


塚本訳 ルカ 22:27
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている


塚本訳 ヨハ 13:3-5
13:3 イエスは、父上が一切のものを自分の手におまかせになっていること、また自分が神のところから出てきて、(今また)神に帰ってゆく(身の上である)ことを知りながら、
13:4 夕食の席から立って、上着をぬぎ、手拭を取って腰に巻かれた。
13:5
それから盥に水を入れて、ひとりびとり弟子たちの足を洗っては、(腰に)巻いた手拭で拭き始められた。


塚本訳 ヨハ 13:13-14
13:13 あなた達はわたしを『先生』とか『主』とか呼んでいるが、そう言うのは正しい。その通りだから。
13:14 してみると、主であり先生
であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。

塚本訳 ロマ 15:8-9
15:8 (キリストが神の栄光をあらわされたと)わたしの言う意味はこうである。──キリストは神の(救いの約束の)真実を証明するために、割礼のある者[ユダヤ人]の世話役になられた。これは、(一方では彼らの)先祖に与えられたその約束を確かにするためであり、
15:9 他方では、異教人が(彼によって神の家族の仲間入りができるという大なる)憐れみのゆえに、神をあがめるためである。(異教人の救いについては聖書に)書いてあるとおりである。『このためにわたしは異教人の中であなたを讃美し御名をほめ歌います。』


塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


塚本訳 ロマ 8:3
8:3 律法が肉に妨げられて無力になったために出来なくなったことを、神は(御子によって)成し遂げてくださった。すなわち(わたし達の)罪の(征服の)ためにその
子を罪の肉の形で(この世に)遣わし、その肉(を殺すこと)において罪を罰されたのである。


塚本訳 ガラ 4:4
4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、
律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった。


塚本訳 ヘブ 2:14-17
2:14 だから、『子らは』血と肉とを共有しているので、(イエス)彼自身も、(全く)同じようにこれを保たれた。(これはその)死によって、死の権力をもっている者、すなわち悪魔をほろぼし
2:15 死を恐れ、全生涯(その)奴隷になっている彼ら(人類)を(のこらず)釈放するためであった。
2:16 然り、イエスは天使たちを世話(しようとは)されない。『彼は(人類を)、アブラハムの子孫を世話される』。
2:17 そのため、彼はどの点からしても『兄弟』(である人間)に似ざるを得なかったのである。彼は(人間に対して)憐れみぶかい、神に関することについては忠実な大祭司となられた。それは民の罪を贖うためであった。


塚本訳 ヘブ 4:15
4:15 なぜなら、わたし達の大祭司は、わたし達の弱さに同感することの出来ない(ような)方でないからである。
むしろどの点からしてもわたし達と(全く)同様に誘惑された。ただし罪は犯されなかった。


口語訳 イザ 50:5-6
50:5 主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは、そむくことをせず、退くことをしなかった。
50:6 わたしを打つ者に、わたしの背をまかせ、わたしのひげを抜く者に、わたしのほおをまかせ、恥とつばきとを避けるために、顔をかくさなかった。

口語訳 イザ 53:7
53:7 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった

塚本訳 マタ 26:39-42
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」
26:40 やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。
26:41 目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が弱いのだから。」
26:42 また二度目に向こうへ行って、祈られた、「お父様、どうしてもわたしが飲まねば通りすぎない杯ならば、どうかお心のままになさってください。」

塚本訳 ヘブ 5:8-9
5:8 彼は御子であるにもかかわらず、苦しみをうけて従順を学び、
5:9 完成されたので、(今度は彼が、)彼に従順であるすべての人に対して『永遠の救の』本源となり、


塚本訳 ヨハ 14:31
14:31 だが、わたしが父上を愛し、父上の命令のとおり行うことをこの世に知らせるために(わたしはあれに身をまかせる。)──立て。さあ出かけよう


塚本訳 ガラ 3:13
3:13 キリストはわたし達(ユダヤ人)のために(十字架にかけられ、みずから)呪となって、わたし達を律法の呪から贖い出してくださった。『木にかけられる者はみな呪われている』と書いてある。


塚本訳 テト 2:14
2:14 彼は私達を『凡ての不法から贖い出し』、また(私達を)『潔めて』、善い仕事に熱心な『自分の選民にしよう』として、私達のために自分を与え給うたのである


塚本訳 ヘブ 12:2
12:2 (かの)信仰の創始者また完成者であるイエスを見上げて!彼は自分の前にある喜びを捨て、恥をもいとわず十字架を耐え忍んで、(いまや)神の御座の『右に坐られているのである』。


塚本訳 Ⅰペテ2:24
2:24 彼は『自ら私達の罪を』自分の身に『負って』木の上に『上り給うた』。私達が罪によっては死に、義によっては生きるためである。彼の『傷によって君達は医された』。


塚本訳 Ⅰペテ3:18
3:18 というのはキリスト(御自身)すら罪の(贖いの)ために、
義しい人でありながら義しからぬ人々のために、ただ一度死に給うたのである。これは君達を神に連れ行くためで、彼は肉では殺され給うたが、霊では活かされ、

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●朝の黙想瞑想ディボーションおわり。良いことを教えてくださった津上和子さんの霊、御許で安らかなれ。しばしの別れ。復活の朝に「また会う日まで」さようなら。


●9:00 妻は埼玉県の土呂の姪の家で妹と会うために出かける。得意の手作りのパンを持って出かけた。兄弟の仲がよいのはうらやましい。私はダメだった。何がいけなかったのだろう。ナニ、イエスだって生前は肉の兄弟とは仲が良くなかった。しかし復活して心の交流ができた。終末復活再臨ですべてが解決するのだ

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。テモテへの手紙二.

日本聖書協会翻訳部への送信メール
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日本聖書協会 翻訳部 〇〇〇〇様

テモテへの手紙二 です。

基本資料の翻訳比較もお送りします。

 

 

著者はパウロではないというのが学会の趨勢のようですが(総説新約聖書・・川島貞雄、岩波翻訳委員会・・保坂高殿)

4章13節の、「外套を持って来てください」とか、「書物、とりわけ羊皮紙のものを持って来てください」などから、素人目には真正パウロ書簡と思わざるをえません。

目倉蛇におじずの素人読みの強みです。

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日本聖書協会翻訳部への送信メール おわり

●録画してあったNHKTV「臨床宗教師」を見る。若い僧侶が余命短き人に寄り添った記録。
復活がないから仏教の死生観は暗い。私の使命はキリストの有体的復活の使信を伝える「臨床宗教師」だ。それは永遠の命、復活、喜び、希望。








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イエスに批判的であった主の兄弟・・・ヤコブは復活の主に出会って変わった・・・ ++++++++ 所感

2016/07/25 10:08

160725(月)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●今朝は「主の兄弟」ということについて、特にヤコブについて手元にある少ない邦語文献で学んだ。その中で、l「主の兄弟たち」は初めイエスの批判的であったが、後に主の復活に出会って変わったことが胸に残った。特にヤコブは後にエルサレム教会の柱、指導者になった。原因は復活体験をしたからである。このことさえつかめば、「ヤコブ書」はパウロの信仰義認論と異なるというルターの批判などの神学論争などはつまらない。現に真正面から素直に読んで「ヤコブ書」は行為を重んじているからと言って違和感を感じない。●人は永遠の霊、復活のイエスに出会うとすっかり変わるのだ。イエスの母も変わったのだ。●人が神を信ずるに至るのは霊に目覚めること、復活のイエスに出会うこと、このことに尽きる。

塚本訳 ルカ 8:19-21
8:19 (ある時)イエスの母と兄弟たがイエスの所に来たが、人だかりのため、そばへ行くことができなかった。
8:20 人々が「母上と兄弟がたが、お会いしたいと外に立っておられます」と知らせると、
8:21 イエスは答えられた、「わたしの母、わたしの兄弟は、神の御言葉を聞いて行う人たちである。」

塚本訳 マコ 3:20-21
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 マコ 6:3-4
6:3 これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。)
6:4 イエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と親族と家族のところだけである。」

塚本訳 使  15:12-15
15:12 すると会衆一同が黙った。そしてバルナバとパウロとが、自分たちをもって神がどんな徴や不思議なことを異教人の間で行われたかを話してきかせるのを、(静かに)聞いていた。
15:13 二人の話が終った後、(主の兄弟の)ヤコブが発言した。
15:14 「兄弟の方々、聞いてもらいたい。シメオン[ペテロ]は(集会が出来た)始めに、神がいかに御心にかけて、異教人のうちから御自分のために一つの民を得られたかを話してくれたが、
15:15 預言者たちの言葉はそれと一致している。(ある所に)こう書いてある。

塚本訳 使  21:17-19
21:17 エルサレムにつくと、兄弟たちが喜んで迎えてくれた。
21:18 翌日パウロはわたし達と一緒に(主の兄弟の)ヤコブの所に行った。長老たちも皆集まっていた。
21:19 パウロは彼らに挨拶したあと、神が自分の伝道によって異教人の間でされたことを、詳しく話してきかせた。

塚本訳 ガラ 1:17-19
1:17 また、先輩の使徒たちに会いにエルサレムにのぼりもせず、アラビヤに行き、ダマスコに戻った。(このようにわたしの福音はキリストの啓示によるもので、人からのものではない。)
1:18 その後三年たって、ケパと近づきになろうとしてエルサレムにのぼり、彼の所で十五日泊った。
1:19 しかし別の使徒には会わなかった、主の兄弟のヤコブ以外には。

塚本訳 使  1:12-14
1:12 それから彼らは、(このことのあった)いわゆるオリブ山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日の旅行距離[八百八十メートル]ほど)であった。
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想瞑想ディボーションおわり。儒教では親子兄弟子弟の絆を重んじるが、キリスト教では主にある絆を第一にする。ここが異教国日本のクリスチャンの涙の谷。しかしわかる復活のイエスに出会えばわかる。終末再臨でわかる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。2テモ3章。
3章12節の新共同訳「キリストに結ばれて」に心打たれた。

 

12キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする者は皆、迫害を受けます。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

550312キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする人もまた皆迫害を受けるだろう。

 

 

新共同訳1987

3:12 キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます。

 

 

前田訳1978

3:12 およそキリスト・イエスにあって敬虔に生きようとするものは皆迫害されます。

 

 

新改訳1970

3:12 確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。

 

 

塚本訳1963

3:12 (私だけでなく、)キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする者は皆迫害される。

 

 

口語訳1955

3:12 いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。

 

 

文語訳1917

"550312","凡そキリスト・イエスに在りて敬虔をもて一生を過さんと欲する者は迫害を受くべし。"


●孫息子の誕生祝に絵手紙を書く。

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天国の裁判所・・・真実は神が知っていて神が裁く・・ ++++++++ 所感

2016/07/24 05:59

169724(日)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●昨日はNHKTVでロッキード事件の真相に迫る秀作を21時を突破して見た。あの事件から40年、関係者の多くが死亡したからできた番組なのかもしれない。テーマは「検察の威信」であったが、実はその「威信」なるものは人間の功名心であると見た。真の裁きは神が行う。田中角栄側の見解は司法は検察に協力したという。すると真の裁判はこの世では行われないのか。否、人は見てなくても神は見ている。心の中を見ておられて真の裁きは神が行う。あのロッキード事件は正義の名のもとに行動した検察が逆に天国の裁判所で神に裁かれるのかもししれない。●人間の裁きは不確かで最終的なものではない。真実は神が知っておられる。人間の裁判所は最終のものではない。これが神の子イエスの見解だ。今朝はこのことを巡って聖書をみてみよう。●かって裁判官であった集会の長老は、私に「自分が裁判官をしていられたのは最終的には神という裁き主が控えているからだ」と言われた。至言。。●これは民主主義という制度についても言える。民主主義や選挙も最終の姿ではない。神による支配が真の政治である。またこれは子供に対する「教育」についても言える。人間の教育は不完全でよく間違えるが、真の教育は神が行う。人間の教育は親や教師のエゴや功名心。最終的には神が真の教育をする。


塚本訳 マタ 5:21-22
5:21 (だからわたしの戒めは彼らよりもきびしい。)──あなた達は昔の人が(モーセから、『人を)殺してはならない、』殺した者は裁判所で罰せられる、と命じられたことを聞いたであろう。
5:22 しかしわたしはあなた達に言う、兄弟に腹をたてる者は皆、(ただそれだけの理由で、天国の)裁判所で罰せられる。兄弟に馬鹿と言う者は、最高法院で罰せられる。畜生と言う者は、火の地獄で罰せられる。

塚本訳 マタ 7:1-4
7:1 (人を)裁くな、自分が(神に)裁かれないためである
7:2 (人を)裁く裁きで、あなた達も裁かれ、(人を)量る量りで、あなた達も量られるからである
7:3 なぜあなたは、兄弟の目にある塵が見えながら、自分の目に梁があるのに気付かないのか。
7:4 また、どうして兄弟にむかって、『あなたの目の塵を取らせてくれ』と言うのか。そら、自分の目に梁があるではないか。

塚本訳 マタ 5:27-29
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。

塚本訳 マタ 5:33-34
5:33 さらにあなた達は昔の人が(モーセから)、『偽りの誓いをしてはならない、』また『誓ったことは主に対して果たさねばならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:34 しかしわたしはあなた達に言う、いっさい誓ってはならない。神の御名はもちろん、『天』にかけても(誓ってはならない)。(天は)『神の御座である』から。

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』
隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 23:1-7
23:1 それからイエスは群衆と弟子たちにむかって語られた、
23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)
23:3 だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。
23:4 すなわち思い荷をたばねて人の肩にのせながら、自分では(担ってやるどころか、)指一本でこれを動かしてやろうともしない。
23:5 そのすること為すことがことごとく、人に見せびらかすためである。たとえば、(人の目につくように)経箱の幅を広くしたり、上着の総を大きくしたりする。
23:6 また宴会の上座や礼拝堂の上席、
23:7 市場で挨拶されることや人から先生と呼ばれることを喜ぶ。


塚本訳 マタ 23:13
23:13 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!
君たちは人々を天の国から締め出して、自分が入らないばかりか、入ろうとする者をも入らせないからだ。

塚本訳 ルカ 20:45-47
20:45 民衆が皆聞いているまえで、弟子たちに言われた。
20:46 「聖書学者に用心せよ。あの人たちは(人の目につくように)長い衣を着て歩くことが好きで、市場で挨拶されることや、礼拝堂の上席、宴会の上座を喜び、
20:47 また寡婦の家を食いつぶし、長く、見かけばかりの祈りをする。あの人たちは人一倍きびしい裁きを受けるであろう。」

塚本訳 ヤコ 3:1-2
3:1 兄弟達、あまりに多く教師になるな。君達が知っているように、私達教師は(人一倍)厳しい審判を(神から)受けるのに、
3:2 皆しばしば失策をするからである。もし言において失策をしない者があるなら、それは全身にも轡をつけることの出来る完全な人である。


口語訳 ヤコ 3:1-2
3:1 わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち多くの者は、教師にならないがよい。わたしたち教師が、他の人たちよりも、もっときびしいさばきを受けることが、よくわかっているからである。
3:2 わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。

塚本訳 ルカ 21:1-3
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前が、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 マタ 27:11
27:11 さて、イエスが総督の前に立たれると、総督はイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。(お前はその廉で訴えられているが。)」イエスは言われた、
「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」

塚本訳 ロマ 14:10-12
14:10 それなのに、あなたはなんで自分の兄弟を、(肉を食べるからとて)裁くのか。またあなたも、なんで自分の兄弟を、(野菜ばかり食べるとて)軽蔑するのか。(裁くお方は神、)わたし達は(最後の日に)一人のこらず、神の裁判席の前に出なければならないのである。
14:11 こう書いてあるではないか。『主は(御自分を指して誓って)言われる、わたしは生きている!』『すべての膝はわたしの前にかがみ、すべての舌は神を讃美するであろう。』
14:12 従って、
わたし達は(人を裁くどころか、裁きの日には)ひとりびとり、神に自分のことを弁明せねばならない。

塚本訳 ヘブ 12:9-10
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。

塚本訳 Ⅰコリ4:1-5
4:1 いずれにしても(わたし達はキリストの福音のために働いているのであるから、)人はわたし達をキリストの部下、神の秘密の管理人と考えなくてはいけない。
4:2 この際、管理人にはなお、その人が(主人に)忠実であることが求められる。
4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない。
4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である。
4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。

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朝の黙想ディボーションおわり、人間の判断でまるいは裁判所で「罪あり」と裁かれた人も、神は赦して救う。否、そういう人こそ救いに近い。神に目をかけられる。

●10:00 東京聖書読者会は夏休みなので妻と二人で家庭礼拝。

妻との家庭礼拝 讃美歌9 ちからの主を 初めのいのり 妻
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聖書は「老い」について触れてない・・・終末再臨の喜びの時は「間もなく」だから・・・

                

茅ヶ崎「すずめの会」感話 2016年9月4日

 高橋照男

老いの嘆きと悲しみは旧約聖書の基調である。

口語訳 創  6:3
6:3
そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  17:17
17:17
アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」。

口語訳 創  18:11-13
18:11
さてアブラハムとサラとは年がすすみ、老人となり、サラは女の月のものが、すでに止まっていた。
18:12
それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。
18:13
主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。

口語訳 詩  90:10
90:10
われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです

口語訳 詩  90:12
90:12
われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。

口語訳 詩  90:15
90:15
あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。

口語訳 ヨブ 1:21
1:21
そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。

ところが新約になるとその悲しみは出てこない。永遠の命と、有体的復活と、有体的再臨の喜びにかき消されている。悲しみではなく、喜びが基調である。

文語訳 ヨハ 3:16
3:16
それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16
そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳コリ15:3-5
15:3
まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5
またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ルカ 17:34-37
17:34
わたしは言う、その晩、二人の男が一つ寝床にねていると、一人は(天に)連れてゆかれ、他の一人は(地上に)のこされる。
17:35
二人の女が一しょに臼をひいていると、一人は連れてゆかれるが、他の一人はのこされる。」
17:36
[無し]"
17:37
弟子たちが尋ねる、(いつ)どこで(その裁きはありますか。)」彼らに言われた、「(時が来れば、いつでも。)死体のある所に、鷲も集まる。」

塚本訳 マタ 24:27-30
24:27
人の子(わたし)の来臨は、ちょうど稲妻が東から西に輝きわたるよう(に、はっきりわかるの)であるから。
24:28
死骸のある所には、どこにでも鷲が集まる。
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう
24:30
するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして
『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。

塚本訳 マタ 26:64
26:64
イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、
あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45
預言書に、
〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 16:12-13
16:12
まだ沢山言うことがあるが、(今は言わない。)
あなた達にはいまそれを理解する力がない。
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 マタ 10:22-23
10:22
あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで
耐え忍ぶ者は救われる。
10:23
この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、
人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。

塚本訳コリ7:21-24
7:21
あなたは奴隷として召されたのか。それを気にすることはない。かえって、(釈放されて)自由人になることが出来るとしても、むしろ(奴隷たる身分を)利用せよ。(そのままにしていたがよい。)
7:22
なぜなら、奴隷として召されて主にある者は、(罪の奴隷の状態から)主によって釈放された自由人であり、同様に、自由人として召された者は、キリストの奴隷(になったの)であるから。
7:23
あなた達は(自由人にせよ奴隷にせよ、キリストの血の)代価を払って買われたのである、人間の奴隷になるな
7:24
兄弟たちよ、各自が召された時の状態で神の前に留まっておれ

塚本訳コリ7:26-28
7:26
それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい
7:27
あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな
7:28
しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳コリ7:29-31
7:29
兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30
泣いている者は泣いていない者のように、
喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31
(つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから

塚本訳テモ6:14
6:14
我らの主イエス・キリストの顕れ給う時まで欠くる所なく、一点非難の打ち所なく(私の)この命令を守れ。

塚本訳コリ16:21-22
16:21
(最後に、)パウロが自筆で挨拶する。
16:22
主を愛しない者があるなら、呪われよ!、マラナ、サ(主よ、来てください)!

塚本訳コリ15:52-55
15:52
あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである
15:53
(というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。
15:54
そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55
『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。

塚本訳コリ4:16
4:16
このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく

塚本訳コリ5:6-9
5:6
だから、わたし達はいつも心強くあり、また、この体に同居しているあいだは主から離れて別居していることを知っている、
5:7 ──
というのも(いま)わたし達は(主を)見ることによってではなく、信仰によって歩いているからである。──
5:8
それで、わたし達は心強くはあるけれども、むしろこの体を離れて別居し、主の所に同居したいと望んでいる。
5:9
この故にまた、(この体と)同居していようが、別居していようが、(ただ)主のお気に入ることだけを名誉とするのである。

塚本訳テモ1:9-10
1:9
神は私達を救い、また私達を聖ならしめんとして召し給うたのであるが、(もちろんそれは)私達の業によらず、神御自身の計画と恩恵によるのであって、これは(既に)永遠の昔キリスト・イエスにおいて私達に与えられ、
1:10
今私達の救い主キリスト・イエスの顕れ給うたことによって(はじめて)あらわされたものである。すなわち彼は一方にては
死を亡ぼし、他方にては福音により朽ちぬ生命を明らかにし給うた

塚本訳 黙  5:5
5:5
すると(かの)長老の一人が私に言う、「
泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13
また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 マタ 11:28
11:28
さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25
イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13
主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15
すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36
復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42
それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43
「イエスが言われた、「
アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽
(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31
(その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32
二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、
胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 使  4:10-11
4:10
あなた方御一同はもとより、イスラエル国民全体も、このことを知ってほしい。ナザレ人イエス・キリスト──
あなた方が十字架につけ、神が死人の中から復活させられた方──その名で、この人がよくなって、あなた方の前に立っているのです。
4:11 この方は、(聖書にある)『大工の』あなた方から』投げ捨てられ、隅の土台石になった石』です。

塚本訳コリ15:3-5
15:3
まえにわたしが(福音の)
一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5
またケパに、それから十二人(の弟子)に、
御自分を現わされたことである

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて
「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55
霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。


塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43
こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44
死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


塚本訳 ヨハ 3:4-8
3:4
ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5
イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6
肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7
『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8
風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである
。」

塚本訳 マタ 10:26-28
10:26
だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28
体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

塚本訳 マタ 26:40-41
26:40
やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。
26:41
目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が弱いのだから。」

塚本訳 使  20:24
20:24
しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う

口語訳 使  20:24
20:24
しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。

塚本訳 ルカ 16:9
16:9
それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して
、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

塚本訳 ルカ 2:28-30
2:28
シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29
今こそ、
主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30
わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

塚本訳 ルカ 2:36-38
2:36
また、アセル族のパヌエルの娘に、アンナという女預言者があった。
非常に年を取っていて、娘時代の後、七年の結婚生活をおくり、
2:37
(その後)八十四歳(の今日)まで寡婦ぐらしをしていた。
(片時も)宮を離れず、夜も昼も断食と祈りとをもって(神に)奉仕していたが、
2:38
(シメオンが預言している)ちょうどその時、近寄ってきて(幼児について)神に感謝をささげ、また
エルサレムの人々のあがないを待ち望むみんなの人に、この幼児のことを話した。

文語訳 黙  21:4
21:4
彼らの目の涙をことごとく拭ひ去り給はん。今よりのち死もなく、悲歎(かなしみ)も號叫(さけび)も苦痛(くるしみ)もなかるべし。前のもの既に過ぎ去りたればなり』

塚本訳 黙  21:4
21:4
彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆も叫喚も疼痛も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●妻との家庭礼拝 おわり。讃美歌403かみによりて 終わりの祈り私。


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山の上にある町は隠れていることは出来ない・・・福音は土の器(失敗の人生)から漏れ出る・・・ ++++++++ 所感

2016/07/23 05:02




山の上にある町は隠れていることは出来ない・・福音は土の器(失敗の人生)から漏れ出る・・・
++++++++ 所感

2016/07/23 05:02

160723(土)キリスト者の皆様お早うございます。  ΙΧΘΥΣ・イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)=イク() 4時目覚め、4時半起床。朝の啓示と黙示「山の上にある町は隠れていることは出来ない・・・福音は土の器(失敗の人生)から漏れ出る・・・」昨日は「新約聖書一日一節黙想 」でルカ8:17を行い、大いに感ずるところがあったので今朝はそれを巡ってディボーションする。


まず翻訳比較。岩波翻訳委員会の「あらわなものと化(か)さずにすむものはなく、」と「口語訳の「ついには知られ」が身に染みる。信仰は隠せないのだ。匂いが出るのだ。伝道しなくても生活の生きざまで知られてしまうのだ。

●翻訳比較

岩波翻訳委員会訳1995

420817たしかに、隠されているもので、あらわなものと化(か)さずにすむものはなく、また秘められたもので、知られず、あらわにならずにすむものはない。

 

新共同訳1987

8:17 隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。

 

前田訳1978

8:17 隠れたものであらわにならぬものはなく、秘められたもので知られぬままで明るみに出ないものはない。

新改訳1970
8:17
隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現われないものはありません。

塚本訳1963

8:17 隠れているものであらわにならぬものはなく、隠されているもので(人に)知られず、また現われないものもないからである。

口語訳1955

8:17 隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘密にされているもので、ついには知られ、明るみに出されないものはない。

文語訳1917

 "420817","それ隱れたるものの顯れぬはなく、秘めたるものの知られぬはなく、明かにならぬはなし。"


思い浮かぶ聖句の数々。

塚本訳 ルカ 8:45-47
8:45
イエスが言われた、「わたしにさわったのはだれか。」皆が知らないとこたえると、ペテロが言った、「先生、(なにしろ)群衆が(こんなに)あなたを取り巻いて、もみ合っているのですから。」
8:46
イエスが言われた、「(確かに)だれかがさわった。わたしの中から力が出ていったのを感じたから。」
8:47
女は隠しおおせないのを見て、震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、さわった訳と、たちどころに直ったこととを皆の前で話した。

 

塚本訳 マコ 4:26-28

4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、

4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ぶので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる

塚本訳マタ1027-28

10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

 

塚本訳 マタ 10:17-19

10:17 人々に気をゆるすな。あなた達を裁判所に引き渡し、礼拝堂で鞭打つからである。

10:18 また、あなた達はわたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に引き出されるであろう。これは、その人たちと異教人とに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである

10:19 人々があなた達を(裁判所や役人に)引き渡した時には、いかに、何を言おうかと心配するな。何を言うべきかは、その時に(神から)授かるのだから。

 

塚本訳 マタ 13:43-46

13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

13:44 天の国は畑に隠されていた宝に似ている。人がそれを見つけると、(またそこに)隠しておいて喜んで立ち去り、持っているものをみな売って、その畑を買うのである。

13:45 さらに、天の国は良い真珠をさがしている商人に似ている。

13:46 高価な真珠を一つ見つけると、持っているものをことごとく売って、それを買うのである。

 

塚本訳 マタ 5:14-15

5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。

5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。

 

塚本訳 ロマ 4:18

4:18 (まことに)アブラハムは(神の力を確信して、)望み得ないことを望んで信じたので、『あなたの子孫はあのように、(空の星のように多く)なるであろう』と言われた言葉のとおり、『多くの国の人の父』になったのである。

 

塚本訳 ピリ 2:15

2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。

塚本訳 ルカ 11:33

11:33 だれも明りをつけて片隅に置いたり、枡をかぶせたりする者はない。(部屋に)入ってくる者にその光が見えるように、かならず燭台の上に置くのである。(そのように人の子が来たのも世を照らすためである。それを見わけられないのは、見る人の心が暗いからである。)

 

塚本訳 マコ 4:22

4:22 隠れているもので現わされるためでないものはなく、隠されているもので現われるためでないものもないからである。

 

塚本訳 マタ 13:12

13:12 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。

 

塚本訳 Ⅰコリ4:5

4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。

 

口語訳 伝  12:14

12:14 神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである。

 

塚本訳 マタ 10:26

10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである

 

塚本訳 ルカ 12:2-3

12:2 覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはない。

12:3 (伝道も同じである。)だからあなた達が暗闇で(こっそり)言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の部屋で耳にささやいたことは、屋根の上で宣伝される(時が来る)のである

 

塚本訳 マコ 4:22

4:22 隠れているもので現わされるためでないものはなく、隠されているもので現われるためでないものもないからである。

 

塚本訳 ルカ 12:2

12:2 覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはない。

 

塚本訳 Ⅰコリ4:1-5

4:1 いずれにしても(わたし達はキリストの福音のために働いているのであるから、)人はわたし達をキリストの部下、神の秘密の管理人と考えなくてはいけない。

4:2 この際、管理人にはなお、その人が(主人に)忠実であることが求められる。

4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない

4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である

 

塚本訳 ロマ 2:16

2:16 そしてこれらのことは、わたしの福音によれば、神がキリスト・イエスをもって人の隠れたことを裁かれる(最後の)日に、すべて明らかになるであろう

塚本訳 Ⅱコリ4:6-7
4:6
というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7
しかし
この宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである


塚本訳 マタ 21:31-32
21:31
この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう
21:32
そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ルカ 7:37-38
7:37
すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38
泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。

塚本訳コリ2:14-16
2:14
しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫をお広めになる
2:15
というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫りである。
2:16
ある者には、死から死へみちびくであるが、ある者には、命から命へみちびくである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

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朝の啓示黙示ディボーションおわり

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。2テモテ1章。パウロの愛弟子テモテ。福音は人から人へ。愛する人から人へ。
●ロッキングチェアー改造。
●誕生祝に絵手紙を送った孫からお礼の電話。「サッカーと同じぐらいに勉強も頑張ってね」というと「ウフフフ」。口での説教はいけないなー。自戒。
●録画してあった「コルビジェ」のTVを見る。
●図書館。期日前投票
●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:18 「聖書で聖書を読む」営みは面白い。
●YOUTUBEでアンドレプレヴィン+N響のラフマニノフ交響曲第2番第3楽章。、これは名演。コメントの多くが「涙、涙」。演奏者の一人は涙で楽譜が見えなくなったという。聖書読みもかくありたい。

https://www.youtube.com/watch?v=JVcAqmyMyfU

●妻は夕方からバッハの「クリスマスオラトリオ」の練習。私の夕食を作ってから出かけた。

 

 

 

 

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耳ある者は聞け・・・耳は神が開く・・・ ++++++++ 所感

2016/07/22 06:33

160722(金)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソテル(救い主)=イクス(魚) ●4時半起床。朝の啓示「耳ある者は聞け・・・耳は神が開く・・・」●種まきの譬え(マルコ4:1-9、マタイ13:1-5、ルカ8:4-8)は有名である。そこでは道ばた、岩の上、茨の中、善い地に落ちた四種類の種の運命が書かれている。初めの三つは信仰が根付かない種。最後は良く育って実を結ぶ種。●これは深刻な問題である。身近な親や伴侶や子供や同胞が「長年の祈り」むなしく福音を受け入れない。受け入れないばかりかそのまま死んでいく。この現実をどう考えたらよいのか。信仰は宿命ではないのか。●この譬の共観福音書のそれぞれの最後は「「耳の聞こえる者は聞け」(マルコ、ルカ)、「耳のある者は聞け」(マタイ)と結ばれていてイエスの言葉は冷たい。救われる人間は初めから決まっているのではないのか。そうするといくら人間が祈っても伝道してもそれは無理なことではないのか。イエスでさえ「耳の聞こえる者」と「聞こえない者」があることが前提になっているのではないか。●ところが聖書はイエスは人が絶対に不可能と思うことも可能にする奇跡を起こしたことを示している。●今朝はこのことを巡ってアチコチ見てみよう。聖書の各節は点であるが、「聖書で聖書を読む」方法でアチコト読むと点が線になり、形に見える。幾何の問題の補助線を引くようなものである。

●「種まきの譬」に続く部分を見て、信仰は宿命でないことを見てみよう。塚本訳敷衍の「外の人たちに神の国の秘密が隠されるのは、ただしばらくである。)は重みがある。耳は神が開く。人生は「しばらく」である。
この世でダメなら来世においてでも。

塚本訳 マコ 4:21-22
4:21 また彼らに言われた、「(しかし外の人たちに神の国の秘密が隠されるのは、ただしばらくである。)明りを持って来るのは、枡の下や寝台の下に置くためであろうか。燭台の上に置くためではあるまいか。
4:22 隠れているもので現わされるためでないものはなく、隠されているもので現われるためでないものもないからである。

塚本訳 ルカ 8:16-17
8:16 (しかし外の人たちに神の国の秘密が隠されるのは、ただしばらくである。)だれも明りをつけて器でおおい隠したり、寝台の下に置いたりする者はない。(部屋に)入ってくる者にその光が見えるように、かならず燭台の上に置くのである。
8:17 隠れているものであらわにならぬものはなく、隠されているもので(人に)知られず、また現われないものもないからである。


●今、耳の聞こえない人も神はいつかその耳を開く。この真理をイエスの言動に見てみよう。

塚本訳 マコ 7:32-35
7:32 人々が(つんぼ)で舌のまわらぬ人をつれて来て、手をのせて(直して)ほしいと願う。
7:33 イエスはその人をただ一人、群衆の中から連れ出して、指をその両耳にさしこみ、次に(指に)唾をしてその舌にさわり、
7:34 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる

7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。

塚本訳 マタ 15:29-31
15:29 それからイエスはそこを去って、ガリラヤ湖のほとりにかえり、山に上ってそこに坐られた。
15:30 大勢の群衆が足なえ、片輪、盲人、唖(おし)そのほか多くの者をつれてイエスの所に来て、足もとに置いたので、それをなおされた。
15:31 群衆は(おし)が物を言い、片輪が直り、足なえが歩きまわり、盲人が目が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を讃美した。


●神は心の耳を開いてくださる。鼓膜の震動で聞こえる音よりも神の声が聞こえるようになることの方が幸福だ。

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。



●私の知人で癲癇
(てんかん)の娘を抱える人がいる。神の祝福がその親子に」ありますように。

塚本訳 マコ 9:20-29
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」


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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。心の(つんぼ)は神が開いてくださる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。一テモテ6章。

日本聖書協会翻訳部への送信メール
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日本聖書協会 翻訳部 IJ様

 

テモテへの第一の手紙 です。

改訂案の抽出と、基礎資料の翻訳比較を添付します。

教会組織が出来上がっていく産みの苦しみの戦いを感じます。

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日本聖書協会本訳部への送信メール おわり。

新約聖書一日一節黙想 ルカ8:17 福音書の勉強は面白い。





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聖書は「老いの悲しみ」に触れてない・・・待て、終末再臨の喜びの時は「間もなくだ」・・・ ++++++++ 所感

2016/07/21 09:13

160721(木)3時半目覚め、黙想、4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示と黙想「聖書は『老いの悲しみ』に触れてない・・・終末再臨の喜びは「間もなくだ」・・・」●過日、今井館でM氏と隣り合わせになった時、「聖書には老いについて触れていない」ことが話題になった。それはなぜか。「終末再臨の喜びの期待にかき消されている」というのが私の結論である。

●老いの嘆きと悲しみは旧約聖書の基調である。

口語訳 創  6:3
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  17:17
17:17 アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」。

口語訳 創  18:11-13
18:11 さてアブラハムとサラとは年がすすみ、老人となり、サラは女の月のものが、すでに止まっていた。
18:12 それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。
18:13 主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです

口語訳 詩  90:12
90:12 われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。

口語訳 詩  90:15
90:15 あなたがわれらを苦しめられた多くの日と、われらが災にあった多くの年とに比べて、われらを楽しませてください。

口語訳 ヨブ 1:21
1:21 そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。

●ところが新約になるとその悲しみは出てこない。永遠の命と、有体的復活と、有体的再臨の喜びにかき消されている。悲しみではなく、喜びが基調である。

文語訳 ヨハ 3:16
3:16 それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 ルカ 17:34-37
17:34 わたしは言う、その晩、二人の男が一つ寝床にねていると、一人は(天に)連れてゆかれ、他の一人は(地上に)のこされる。
17:35 二人の女が一しょに臼をひいていると、一人は連れてゆかれるが、他の一人はのこされる。」
17:36 [無し]"
17:37 弟子たちが尋ねる、(いつ)どこで(その裁きはありますか。)」彼らに言われた、「(時が来れば、いつでも。)死体のある所に、鷲も集まる。」

塚本訳 マタ 24:27-30
24:27 人の子(わたし)の来臨は、ちょうど稲妻が東から西に輝きわたるよう(に、はっきりわかるの)であるから。
24:28 死骸のある所には、どこにでも鷲が集まる。
24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう
24:30 するとその時、人の子(わたし)の徴が天に現われる。するとその時、『地上の民族はことごとく(これを見て)悲しむであろう。』そして
『人の子(わたし)が』大いなる権力と栄光とをもって、『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。

塚本訳 マタ 26:64
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、
あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 16:12-13
16:12 まだ沢山言うことがあるが、(今は言わない。)あなた達にはいまそれを理解する力がない。
16:13
真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 マタ 10:22-23
10:22 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
10:23 この町で迫害された時には、次の町に逃げてゆけ。アーメン、わたしは言う、
人の子(わたし)は(すぐに)、あなた達がイスラエル人の町々を回りつくさぬうちに来るのだから。

塚本訳 Ⅰコリ7:21-24
7:21 あなたは奴隷として召されたのか。それを気にすることはない。かえって、(釈放されて)自由人になることが出来るとしても、むしろ(奴隷たる身分を)利用せよ。(そのままにしていたがよい。)
7:22 なぜなら、奴隷として召されて主にある者は、(罪の奴隷の状態から)主によって釈放された自由人であり、同様に、自由人として召された者は、キリストの奴隷(になったの)であるから。
7:23 あなた達は(自由人にせよ奴隷にせよ、キリストの血の)代価を払って買われたのである、人間の奴隷になるな
7:24 兄弟たちよ、各自が召された時の状態で神の前に留まっておれ

塚本訳 Ⅰコリ7:26-28
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:29-31
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、
喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから

塚本訳 Ⅰテモ6:14
6:14 我らの主イエス・キリストの顕れ給う時まで欠くる所なく、一点非難の打ち所なく(私の)この命令を守れ。

塚本訳 Ⅰコリ16:21-22
16:21 (最後に、)パウロが自筆で挨拶する。
16:22 主を愛しない者があるなら、呪われよ!、マラナ、サ(主よ、来てください)!

塚本訳 Ⅰコリ15:52-55
15:52 あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55
『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく

塚本訳 Ⅱコリ5:6-9
5:6 だから、わたし達はいつも心強くあり、また、この体に同居しているあいだは主から離れて別居していることを知っている、
5:7 ──というのも(いま)わたし達は(主を)見ることによってではなく、信仰によって歩いているからである。──
5:8 それで、わたし達は心強くはあるけれども、むしろこの体を離れて別居し、主の所に同居したいと望んでいる。
5:9 この故にまた、(この体と)同居していようが、別居していようが、(ただ)主のお気に入ることだけを名誉とするのである。

塚本訳 Ⅱテモ1:9-10
1:9 神は私達を救い、また私達を聖ならしめんとして召し給うたのであるが、(もちろんそれは)私達の業によらず、神御自身の計画と恩恵によるのであって、これは(既に)永遠の昔キリスト・イエスにおいて私達に与えられ、
1:10 今私達の救い主キリスト・イエスの顕れ給うたことによって(はじめて)あらわされたものである。すなわち彼は一方にては死を亡ぼし、他方にては福音により朽ちぬ生命を明らかにし給うた


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 使  4:10-11
4:10 あなた方御一同はもとより、イスラエル国民全体も、このことを知ってほしい。ナザレ人イエス・キリスト──あなた方が十字架につけ、神が死人の中から復活させられた方──その名で、この人がよくなって、あなた方の前に立っているのです。
4:11 この方は、(聖書にある)『大工の』あなた方から』投げ捨てられ、隅の土台石になった石』です。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである


塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。



塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


塚本訳 ヨハ 3:4-8
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである
。」

塚本訳 マタ 10:26-28
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

塚本訳 マタ 26:40-41
26:40 やがて弟子たちの所に来て、彼らが眠っているのを見ると、ペテロに言われる、「あなた達、そんなに、たった一時間もわたしと一しょに目を覚ましておられないのか。
26:41 目を覚まして、誘惑に陥らないように祈っていなさい。心ははやっても、体が弱いのだから。」

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う

口語訳 使  20:24
20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。

塚本訳 ルカ 16:9
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して
、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

塚本訳 ルカ 2:28-30
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。

塚本訳 ルカ 2:36-38
2:36 また、アセル族のパヌエルの娘に、アンナという女預言者があった。非常に年を取っていて、娘時代の後、七年の結婚生活をおくり、
2:37 (その後)八十四歳(の今日)まで寡婦ぐらしをしていた
(片時も)宮を離れず、夜も昼も断食と祈りとをもって(神に)奉仕していたが、
2:38 (シメオンが預言している)ちょうどその時、近寄ってきて(幼児について)神に感謝をささげ、また
エルサレムの人々のあがないを待ち望むみんなの人に、この幼児のことを話した。

文語訳 黙  21:4
21:4 彼らの目の涙をことごとく拭ひ去り給はん。今よりのち死もなく、悲歎(かなしみ)も號叫(さけび)も苦痛(くるしみ)もなかるべし。前のもの既に過ぎ去りたればなり』


塚本訳 黙  21:4
21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆も叫喚も疼痛も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

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朝の啓示黙想ディボーション終わり。9月の茅ヶ崎集会の準備ができた。

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失せた望みのために泣け。手放しで泣け・・・いいんだ。いいんだ。それでいいんだ・・・ ++++++++ 所感

2016/07/20 06:32

160719(水)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●4時目覚め、4時半起床。朝の黙示「泣け。手放しで泣け・・・失せた望みの時に・・・」●昨日は、録画してあった「復興コンサート」を見て「音楽の力」の偉大さに感じた。これは東日本大震災の直後に仙台フィルハーモニーの面々が各所を慰問に訪れて演奏したドキュメントであった。●ある仮設住宅での演奏会のこと。それまで我慢に我慢を重ねてきた一人の御夫人は管英三子(ソプラノ。日本キリスト教団仙台北教会会員)の歌を聴いて、滂沱の涙。「いいんだ、いいんだ。泣いていいんだ」と思ったという。これを見た私は音楽の持つ不思議なt力を感じた。仙台フィルハーモニーの面々も「こんな時に音楽なんて役に立つのだろうか。演奏中に石でも投げつけられるのではないか」と思った人もあった。しかし実際は逆で音楽は被災者を励ますのだということを知ったと言う。●信仰や聖書も同じである。かって某氏が私に「宗教なんて役に立たない」と激怒批判したことがある。その人は身内に手に負えない病の人を抱えた。その逆境、苦難が神の愛からであることを知る時が来ることを祈る。この世でダメなら来世でも。●人は「失せた望み」の時に泣く時が来る。大泣きする。手放しで泣く。私の場合は、父の結核再発、火災による家屋喪失、脳出血、母の死。●家屋全焼の時は焼け跡にクリスチナロゼッティの詩集を探した。彼女の身の上から出た詩。「お泣き、心からお泣き。朝が来れば微笑(ほほえみ)」というくだりを読んで彼女に慰めてもらいたかったのだ。この詩集の翻訳者大原三ハ雄氏は広島原爆の被爆者。またSさんは「神様はムゴイネー」と言って電話の先で泣いてくださった。故人になられた。私は弔辞を述べた。Sさんの霊、御許で安かれ。●母が死んだときは不幸な育ちをした母がついに神がわからにまま死んだことに力を落として泣いていたときに、ホスピスのO医師が「いいんだ、いいんだ、それでいいんだ」と肩に手をかけてくださった。そのO医師の夫人(クリスチャン)は過日召された。●神は悲しみの時に現れてくださる。某女のこと。御主人に裏切られた夜。畳の目が見えなくなるほど泣き明かした。すると初めて「永遠の命」ということが分かったと言って来られた。●東日本大震災では信仰を失った人もいると聞く。逆に信仰が分かった人もいる。神は人を泣かせてその人が思う以上、望む以上の尊い幸福を下さる。●父母の墓碑銘は「神は愛なり」。私たちもそう遠くはない日にそこに眠る。

文語訳 ルカ 6:21b
6:21b 幸福なる哉、いま泣く者よ、汝ら笑ふことを得ん。


塚本訳 ルカ 6:21b
6:21 bああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。

文語訳 Ⅰヨハ4:16
4:16 我らに對する神の愛を我ら既に知り、かつ信ず。神は愛なり、愛に居る者は神に居り、神も亦かれに居給ふ。


塚本訳 Ⅰヨハ4:16
4:16 わたし達は神がわたし達に対して持たれる愛を、知りまた信じているのである。神は愛である。愛に留っている者は神に留っており、神も彼に留っておられる。

文語訳 Ⅰヨハ5:3
5:3 神の誡命を守るは即ち神を愛するなり、而してその誡命は難からず


塚本訳 Ⅰヨハ5:3
5:3 神の掟を守ること、それが神を愛することだからである。そしてその掟は、むずかしいものではない

文語訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 愛といふは、我ら神を愛せしにあらず、神われらを愛し、その子を遣して我らの罪のために宥の供物となし給ひし是なり


塚本訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

口語訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。

文語訳 Ⅱコリ7:10
7:10 それ神にしたがふ憂は、悔なきの救を得るの悔改を生じ、世の憂は死を生ず。


塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、
神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。


●ロマ種8章28節は私の父も幸福論の」カールヒルティも特愛の句であった。ヒルティ著作集の本質。

文語訳 ロマ 8:28
8:28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となを我らは知る。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである


文語訳 黙  5:5
5:5 長老の一人われに言ふ『泣くな、視よ、ユダの族の獅子・ダビデの萌蘗、すでに勝を得て巻物とその七つの封印とを開き得るなり。


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」



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朝の啓示黙想ディボーションおわり


●信者の某女から長電話。黙って聞くのも不親切。聖徒の交わりは「敬虔な空気」が必要。

●ちょうど日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申を書いている最中。1テモテ4章。4章7節に意見。



 

7俗悪で愚かな作り話を退けなさい。敬虔さのために自分を鍛えなさい。

●改訂案・・・「愚かな」は直訳の「老女じみた」が良い

●理由・・・・プロテスタント教会は、老人病院の待合室。特に老女の「おしゃべり」が多い。牧師や伝道者はこういう人間に時間を取られてはいけない。神への敬虔を目指せ。

       岩波、前田、新改訳、塚本訳、フランシスコ会。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

540407老婆好みの卑俗な作り話は退けなさい。そうではなく、敬虔の方向に自分自身を鍛錬しなさい。

 

新共同訳1987

4:7 俗悪で愚にもつかない作り話は退けなさい。信心のために自分を鍛えなさい。

 

前田訳1978

7俗で老婆向きの作り話は避けて、自らを敬虔へと訓練なさい。

 

新改訳1970

4:7 俗悪な、年寄り女がするような空想話を避けなさい。むしろ、敬虔のために自分を鍛練しなさい。

 

塚本訳1963

4:7 俗悪な、年寄り女がするような空想話を避けなさい。むしろ、敬虔のために自分を鍛練しなさい。

 

 

口語訳1955

4:7 しかし、俗悪で愚にもつかない作り話は避けなさい。信心のために自分を訓練しなさい。

 

文語訳1917

"540407","されど妄なる談と老いたる女の昔話とを捨てよ、また自ら敬虔を修行せよ。"

 



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血を分けた同胞の救い・・・一番大切なことは、有体的復活伝承の歴史的連鎖・・・ ++++++++ 所感

2016/07/19 05:13

160719(火)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●4時半起床。体重測定、湯沸し、窓開け、

●昨日もまた「血を分けた兄弟の救い」に思いを巡らしていると、救いは神とその人との関係であるから、わたし自身はひたすら神に向かって歩いていればいいのだと思った。すると途端に「祈りは聞かれた」と感じ体から力が抜けた。これは妻子や孫に対する態度にも通じるものである。無教会の将来に対する心配にも通じる。

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。


塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 ヨハ 21:21-22
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」



●朝の啓示と黙想「一番大切なこと・・・有体的復活伝承の歴史的連鎖・・・」

口語訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、
15:4 そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、
15:5 ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。


新改訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
15:4 また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、
15:5 また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。


新共同 Ⅰコリ15:3-5
15:3 最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、
15:4 葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、
15:5 ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


文語訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 我が第一に汝らに傳へしは、我が受けし所にして、キリスト聖書に應じて我らの罪のために死に、
15:4 また葬られ、聖書に應じて三日めに甦へり、
15:5 ケパに現れ、後に十二弟子に現れ給ひし事なり。


●これがパウロの使信の本質。使徒伝承の歴史的連鎖で教会の本質である。
●聖書は最初の目撃者の記録である。それが2千年連鎖してきたのが使徒的教会の本質である。人はこの歴史的連鎖の使信を信じ受け入れることによって救われる。
●有体的復活の使信が行われるところに教会がある。歴史的無教会も教会である。
●私としてはこの千古不易の真理に身を捧げて悔いることはない。この使信が人を罪と死の悩みから救い、永遠の命に導くものだからである。

岩波翻訳委員会訳1995

 442024しかし、私は自分の走るべき道のりを走り尽くし、神の恵みの福音を証しするという主イエスから受けた任務をまっとうするためならば、自分のいのちのことなど口にする値打ちもないと思っています。

 

新共同訳1987

 20:24 しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。

 

前田訳1978

 20:24 しかしわたしは、走るべき道のりを終え、神の恩恵の福音を伝えるという主イエスから受けたつとめを全うするためならば、わがいのちには何の値打ちも認めません。

 

新改訳1970

 20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

 

塚本訳1963

 20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

 

口語訳1955

20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。 

 

文語訳1917

"442024","然れど我わが走るべき道程と、主イエスより受けし職、すなわち神の惠の福音を證する事とを果さん爲には、固より生命をも重んぜざるなり。"

●人はだれか周囲の人に「執り成しの祈り」を捧げられて神に覚えられて、神に救われる。

塚本訳 マタ 8:5-10
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

●「救いの福音は友から友へ」。告知する言葉だけではなく、行いによって伝えられる。(ブルンナー、著作集第4巻、P155,3~11行)


塚本訳 Ⅰコリ7:12-14
7:12 しかしそのほかの人たちに、わたしが言う、主ではない。ある兄弟が不信者の妻を持ち、彼女が彼と一しょに生活することを喜ぶなら、離婚してはならない。
7:13 また、不信者の夫を持ち、その夫が彼女と一しょに生活することを喜ぶ場合の妻は、夫と離婚してはならない。
7:14 (夫婦は結婚生活で一体となるため、)不信者の夫は(信者の)妻によってすでにきよめられており、不信者の妻は兄弟(すなわち信者の夫)によってすでにきよめられているからである。そうでなければ、あなた達の子供は清くないはずであるが、現に彼らはきよい(と認められている)ではないか。



塚本訳 Ⅰペテ3:1-2
3:1 同じく妻達よ、自分の夫に従え、或る夫が(伝道者の宣べる)御言には従わずとも、言葉でなく妻の行いによって、
3:2 (すなわち)お前達の神を畏れる潔い行いを見て捕えられんためである。


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●朝の黙想ディボーションおわり。神は我々の悩みを深くご存知で、祈りを聞いてくださる。今朝の黙想は9月4日茅ヶ崎集会での感話の一部準備。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。1テモテ3章。初代信徒が「教会」を生み出そうとする苦闘
●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:15 実を結ぶとは何か。・・・神が実を結ばせる。
●猛暑。
●妻はYさんの家から月本先生の旧約講義へ。
●サッカーをやっている孫の誕生祝いに葉書にサッカー少年のイラストを描く。

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神は悔いた心を受け入れられる・・・ハラハラと涙を流す「その時」は必ず来る・・・ ++++++++ 所感

2016/07/18 05:35

160718(月)3時半目覚め。朝の啓示「神は悔いた心を受け入れられる・・・ハラハラと涙を流す「その時」は必ず来る・・・」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●何年か前の年賀状の添え書きに「真面目に生きようと思います」と一言あった。彼とはその後音信は途絶えた。年賀状の返信も来ない。その人に何があったのかはわからないが、一瞬でもその人にそのような心があったのは神は彼の心を受け入れるのだと思う。●無教会は教会の牧師がするようないわゆる「牧会」「魂の看取り」は行わない。それは神ご自身が最上の方法でちょうど良いときに必ず「悔い改め」に導いてくださるると信じる。●今朝はそのことを巡って思いつく聖書の言葉をパソコンソフトの「Jバイブル」を駆使して掲げてみよう。

口語訳 詩  51:17
51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を/かろしめられません

口語訳 詩  51:1-4
51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。

口語訳 詩  51:7
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう

口語訳 イザ 57:15
57:15 いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえられる者がこう言われる、「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。

口語訳 イザ 66:2
66:2 主は言われる、「わが手はすべてこれらの物を造った。これらの物はことごとくわたしのものである。しかし、わたしが顧みる人はこれである。すなわち、へりくだって心悔い、わが言葉に恐れおののく者である。

口語訳 イザ 40:2
40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。

口語訳 ヨブ 42:5-6
42:5 わたしはあなたの事を耳で聞いていましたが、/今はわたしの目であなたを拝見いたします。
42:6 それでわたしはみずから恨み、/ちり灰の中で悔います」。

塚本訳 ルカ 15:14-18
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。

塚本訳 ルカ 7:37-38
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。

塚本訳 ルカ 7:47-50
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 マタ 5:27-30
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。
5:30 もしまた右の手があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。手足が一本無くなっても、全身が地獄へ行かない方が得であるから

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらす
けれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない。
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ

塚本訳 マタ 10:26-27
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである。
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

塚本訳 マコ 1:14-15
1:14 (洗礼者)ヨハネが牢に入れられた後、イエスはガリラヤにかえり、神の福音を説いて
1:15 言われた、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔改めて福音を信ぜよ」と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーション終わり。人生は神を知るように向けられて誕生させられ、そして終わる。悔い改めの時は必ずくる。この世でダメなら来世においてでも。


→ more・・ ・
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キリストの体なる教会・・・見えざる神の救いの現象・・・ ++++++++ 所感

2016/07/17 06:35

160717(日)4時半目覚め。朝の啓示「キリストの体なる教会・・・見えざる神の救いの現象・・・」●キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ
ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●「キリストの体なる教会」を教会の牧師が言うと、我田引水の律法主義のような気がして俄かに信じがたいが、無教会者がこれを言うと私利私欲なしに言えるので楽である。●神の存在理由は「ユダヤ人」と言われている。またカトリックの神父にして考古学者のティヤールド・シャルダンがは「現象としての人間」を書いた。●私が十年一日のごとくに「有体的復活」を叫んでいると、時々ではあるが、「私も信じる、私も信じる」という人が現れる現象がある。これが使徒信条の「聖なる公同の教会、聖徒の交わり」の現象である。自分の信仰を確かめる行為である。●こういう場合、使徒信条の文言ではなく聖書の文字の方が何倍も力があるので、今朝は「キリストの体なる教会」についてその真理を「聖書で聖書を読む」(BbB)行為をしてみよう。

●まずはじめに「Jバイブる」で「キリスト」と「体」をand検索する。するとコrウェだけで心一杯胸一杯である。特に日本における無教会現象の神学的根拠を打ち立てた、塚本虎二訳に「キリストの体なる教会」という訳語が出てくるのは、真理現象である。無教会主義は二元論、グノーシスではない。

塚本訳 ロマ 12:5
12:5 わたし達(信者)も大勢が(全体としては)キリストにおいて一つの体であり、一つ一つとしては互が互の器官であ(って、互に補い合うからであ)る。


塚本訳 Ⅰコリ6:15
6:15 あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリストの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、わたしはキリストの器官(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。


塚本訳 Ⅰコリ6:20
6:20 なぜというのか。あなた達は(キリストの血の)代価を払って買われたのである。だからあなた達の体をもって神を賛美せよ。


塚本訳 Ⅰコリ12:12
12:12 なぜか。体はただ一つであって、それに多くの器官があるけれども、この体の器官が皆、多くあっても、一つの体を成しているように、キリスト(の体である集会)の場合も同じである。


塚本訳 Ⅰコリ12:27
12:27 (同じことをあなた達についても言うことが出来る。)あなた達はキリストの体であり、ひとりびとりとしては器官である。


塚本訳 ガラ 2:20
2:20 わたしはもはや生きていない。キリストがわたしの中に生きておられる。いまわたしが肉体で生きるのは、わたしを愛し、このわたしのために自分をすてられた神の子を信ずる信仰によって生きているのである。


塚本訳 エペ 3:6
3:6 異教人が福音により、キリスト・イエスにおいて(イスラエルと)共に(天上の王国の)相続人となり、共に一体となり、共に(恩恵の)約束に与る者となるということである。


塚本訳 エペ 4:12
4:12 これは(キリストに対する)奉仕の務めを果たし得るよう聖徒達を準備し、かくしてキリストの体(なる教会)が建て上げられんためである。


塚本訳 エペ 4:17
4:17 (かく君達はキリストの体を建てねばならないの)だから、(今)私は主にあってこのことを言いまた厳命する──君達は最早、異教人が空っぽの考えで歩いているように歩いてはならない。


塚本訳 エペ 5:23
5:23 キリストが教会の頭であり給うように、夫は妻の頭であるから──しかも彼は(同時に)その体(なる教会)の救い主であり給う。(この点においてキリストと夫とはもちろん異なる。)──


塚本訳 ピリ 1:20
1:20 そして私の切なる期待と望みは、私が何事にも恥をかかされず、かえって、いつものように今度も、キリストが正々堂々と私の体で、(私の)生によっても死によっても、(勝を得て)崇められ給わんことである。(然り、私の死によっても!)


塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。


塚本訳 コロ 2:9
2:9 (君達はこんなものに惑わされず、ただキリストに拠れ。)何故なら、彼の中には豊満なる神性が悉く形体を取って宿って居り、


塚本訳 コロ 2:19
2:19 (キリストなる)頭にくっついていない。体(なる教会)全体はこの頭から靭帯と腱とによって支えられ、結び合わされ、(かくして)神に育てられて成長するのである。


塚本訳 ヘブ 10:10
10:10 この(神の)『御心』によって、イエス・キリストの『体が捧げられること』により、わたし達はただ一度かぎりで、きよめられているのである


塚本訳 ヘブ 13:12
13:12 だからイエスも(これと同様に、しかし獣の血でなく)自分の血をもって、民をきよめるために、(エルサレムの)門の外で(十字架の)苦しみをうけられたのである。(すなわち贖罪と同じように、血は天の聖所の中に持って入られたけれども、その肉体は門の外のゴルゴダで滅び失せたのである。だから新約の祭壇では、食べる肉は無い。聖晩餐のパンがキリストの肉である訳はないではないか。)


塚本訳 Ⅰペテ4:1
4:1 かくキリストは肉体で受難し給うたのであるから、君達も同じ考えで自分を武装せよ──(罪なくして)肉体で受難した者は(既に)罪(の生活)を断ったのであるから──


塚本訳 Ⅰペテ4:6
4:6 何故なら、肉体では人間的に(既に罪人として)審かれ(て死んだが、)霊では神に倣って(永遠に)生きるため、(陰府に在る)死者にも(キリストによって)福音が宣べ伝えられたからである。


塚本訳 Ⅰヨハ4:2-3
4:2 (しかしこれを吟味することは難しくない。)あなた達はこのことで神の霊を知るのである。──どんな霊でも、イエス・キリストは肉体で(この世に)来られた(神の子である)ことを公然認めるものは、神から(出たの)であり、
4:3 どんな霊でも、イエス(が肉体を取られた神の子であること)を公然認めないものは、神から(出たの)ではない。それは反キリストの霊である。それが来ることを、あなた達は(かねがね)聞いていたのであり、今やすでに、それがこの世におるのである。


塚本訳 Ⅱヨハ1:7
1:7 というのは、イエス・キリストが肉体で来られたことを告白しない誘惑者が、多く(この)世に出てきたのである。これが誘惑者であり、また(最後の日に現われるかの)反キリストである。

●無教会主義者の私が以上の箇所を引用すると、教会の牧師は喜ぶが、無教会者達は「信仰の堕落」と言うかもしれない。しかし無教会者は教会の成長を自己目的としないから「キリストの体」と口では言わないが結果的に教会以上に「キリストの体」を形成している。教会では信者が(特に悪い長老)が牧師をいじめるが無教会ではそういうことはない。集会を大切にし、聖書講義する人間を尊敬する。これ逆説である。●日本の無教会集団を愛したスイスのエミールブルンナーが日本を去る時、塚本先生の「聖書知識」誌に別れの言葉として次の言葉を送った。

塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中に
キリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

●教会も無教会もこれを「自己目的」にすると行き詰まり、消滅してそれを失う。

塚本訳 ルカ 17:33
17:33 (この世の)命を保とうとする者は(永遠の)命を失い、(この世の命を)失う者は、(永遠に)生きながらえるであろう。

塚本訳 マタ 10:39
10:39 (十字架を避けてこの世の)命を得る者は(永遠の)命を失い、わたしのために
(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を得るであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想ディボーション おわり。私の信仰が丸くなったのか。信仰の堕落か。

●今日も妻と集会に行く。無教会の集会は信仰の支配者がいないので風通しがよいから自由で楽である。

●集会は川上(司会)、丹野(塚本虎二「ヘブル書講義」)、村上(モーセの実在性)
●午後、前期感謝祭。老齢化で墓の話が複数出た。

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実を結ぶとは何か・・・眠りは神に覚まされる・・・ ++++++++ 所感

2016/07/16 04:46

160716(土)4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示「実を結ぶとは何か・・・眠りは神に覚まされる・・・」●イエスの有名な「種まきの譬」に良い地に播かれた種は30倍60倍になるという。

塚本訳 マタ 13:8
13:8 しかしあるものは良い地に落ちた。そしてあるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍の
実がなった。


塚本訳 マタ 13:23
13:23 しかし良い地にまかれたもの、これは御言葉を聞いて悟る人で、きっと実を結び、あるいは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍になるのである。」


●では、「実を結ぶ」とは具体的にどういうことなのか、これが今朝の黙想課題である。至福の時である。結論は神に目覚めさせられ、起こされ、実を結ぶようにさせられ、実るようにさせられることである。●20歳の頃、建築現場で、ある御夫人に聖書の話をしたところ「ウチはトーチャンがダメだから私は教会にいけない」と返ってきた。これは異教国日本の現実である。深刻である。福音の種は道ばたに、岩地に、茨の中に、播かれる。実に様々なところに落ちる。けれどもほとんどが育たない。実らない。人は聖書や教会に一時は接近するがすぐ来なくなる。●しかし偶然に良い地に落ちた種は実を結ぶ。家のものが信仰に入るのは偶然であり、神の祝福である。大部分が祈りむなしく「信仰なくして」この世の別れをする。●この悩み悲しみを神は「どうしてくれるのか」。●結論は我々の「悩み悲しみ」以上に神が「悩み悲しんで」、「眠りから目覚めさせてくださる。起こしてくださる。この世でかなわなけfれば来世においてでも。●これに関し思い浮かぶ聖句を「Jバイブル」を酷使して書く。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


塚本訳 ヨハ 15:1-2
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

塚本訳 ヨハ 15:3-4
15:3 あなた達はわたしが語った言葉(を受け入れること)によって(汚れを除かれ)、すでに奇麗になっている
15:4 わたしに留っておれ。そうすればわたしもあなた達に留っている。ちょうど蔓が葡萄の木に留っていなければ、自分で実を結ぶことが出来なように、あなた達もわたしに留っていなければ、実を結ぶことは出来ない

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 ロマ 9:14-18
9:14 するとどういうことになるのだろうか。神に不公平でもあるのか。もちろん、そんなことはない。
9:15 その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、『わたしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす』と。
9:16 従って(憐れみも慈悲も、)それは(人間の)願望にも努力にもよらず、ただ神の憐れみによるのである

9:17 (反対に、憐れみを奪われる場合も同じである。)現に聖書は、パロ[エジプト王]にこう(神が仰せられたと)言っているではないか、』わたしがあなたを(王として)立てたのは、(あなたの心を頑固にして私の命令にそむかせ、)あなたによってわたしの力を示すため、また、わたしの名が全世界に知れわたるため、ただそのためであった』と。
9:18 従って神は思うままに、ある人を憐れみ、ある人を、』頑固にされる』(ことは明らかである。)

塚本訳 ロマ 9:19-24
9:19 するとあなたはわたしに(抗議して)言うにちがいない、それでは、なぜ神はなおも人を咎められるのか。(御自身が人の心を頑固にされるのなら、)だれも神の意志に逆らうことはできない訳ではないかと。
9:20 ああ人よ、いったい君は何者なれば、神に口答えをするのか。『作られたものが作った者に向かって、「なぜ『わたしをこんなものに造ったか」と言えるだろうか。』
9:21 それとも、『陶器師には、』同じ『粘土』の塊で、一つは尊い用途の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか。
9:22 それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろしさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、『滅びのために』つくられた』怒りの器[滅びる人]を辛抱された』とすれば
9:23 またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこれ言うことはないではないか。)
9:24 神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも


塚本訳 マタ 15:13-14
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マタ 21:18-19
21:18 (次の)朝早く都に帰られるとき、イエスは空腹であった。
21:19 それで道ばたに一本の無花果の木があるのを見て、そこに行かれた。が見ると、ただ葉ばかりで何もなかった。イエスはその木に言われる、「もはやいつまでも、お前には実がなってはならない!」無花果の木は見る間に枯れてしまった。

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」


塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。


塚本訳 ルカ 16:15-16
16:15 そこで彼らに言われた、「あなた達は人の前では信心深そうな顔をしているが、神はあなた達の心を見抜いておられる。人の中で尊ばれるものは、神の前では嫌われるものである。
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、
その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

塚本訳 ルカ 3:7-9
3:7 それでヨハネは、彼から洗礼を受けようとしてでて来た群衆に言った、「蝮の末ども、(わたしから洗礼を受けて)来るべき(神の)怒り(の裁き)を免れるようにと、だれがおしえたのか。
3:8 (ほんとうに悔改めたのか。)それなら(洗礼を受けるだけでなく、)悔改めにふさわしい実を結べ。『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などという考えを起してはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。
3:9 斧はいますでに木の根に置いてある。だから、良い実を結ばない木はどんな木でも、切られて火の中に投げ込まれる
。」

塚本訳 ルカ 3:10-14
3:10 群衆が尋ねた、「では、わたし達はどうすればよいのですか。」
3:11 ヨハネが答えた、「下着を二枚持っている者は、持たない者に分けてやれ。食べる物を持っている者も、同じようにせよ。」
3:12 税金取りも洗礼を受けに来たが、ヨハネに言った、「先生、わたし達はどうすればよいのですか。」
3:13 彼らに言った、「きまったもの以上、何も取り立てるな。」
3:14 兵卒も「このわたし達は、どうすればよいのですか」と尋ねると、言った、「だれをもゆすらず、しぼり取らず、給料で満足せよ。」

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである


塚本訳 ルカ 16:22-25
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

塚本訳 ヨハ 21:21-23
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」
21:23 このために、この(イエスの愛)弟子は死なないという噂が兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは「死なない」と言われたのではない。ただ、「たといわたしが来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない」と言われたまでである。

塚本訳 Ⅰテサ5:4-11
5:4 しかし兄弟達よ、君達は暗の中にいないから、その日が君達に盗人のように襲いかかることは無い。
5:5 皆光の子、昼の子なのだから。私達(主を信ずる者)は夜の者でも、暗の者でもない。
5:6 だから、他の人のように眠っていずに、(いつも)目を覚まし、白面でいようではないか。
5:7 眠る者は夜眠り、(酒に)酔う者は夜酔うのである。
5:8 しかし私達は昼の者だから、信仰と愛の『鎧と、救いの』希望の『兜とに身を固め』て、白面でいようではないか。
5:9 何故なら神が私達に定め給うた運命は御怒りによる滅亡でなく、私達の主イエス・キリストによって救いを得ることであるから。
5:10 主は、私達が(その日)目を覚ましていても(あるいは既に墓に)眠っていても、(皆等しく)彼と共に生きることが出来るように、私達のために死に給うたのである
5:11 だから、今既にそうしているように、互いに慰め合い、また互いに励まし合え。

塚本訳 ロマ 13:11
13:11 しかも、あなた達は今の時代を、すなわちもはや眠りからさめるべき時であることを、よく知っている(のだから、なおさらのことである。)今は、信仰に入った時よりも、わたし達の救いが近づいているのである。

塚本訳 コロ 2:13-14
2:13 (異教人たる)君達は(前には)咎と肉に割礼無きこととの故に死んだ者であったが、神は私達の凡ての咎を赦して、君達をもキリストと共に生かし給うた。
2:14 すなわち(厳しい)規則をもって私達に敵し私達を責める証文(すなわちモーセ律法)に棒を引き、これを十字架に釘づけて取り除き給うた。

新改訳 Ⅰペテ4:1-3
4:1 このように、キリストは肉体において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉体において苦しみを受けた人は、罪とのかかわりを断ちました。
4:2 こうしてあなたがたは、地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです
4:3 あなたがたは、異邦人たちがしたいと思っていることを行ない、好色、情欲、酔酒、遊興、宴会騒ぎ、忌むべき偶像礼拝などにふけったものですが、それは過ぎ去った時で、もう十分です

塚本訳 コロ 1:6
1:6 (そして今や)この福音は君達の所まで来て、君達の間でも真に神の恩恵を聴き知った(最初の)日から、全世界におけると同様、(豊かに)果実を結び成長しているのである。

塚本訳 ユダ 1:12-13
1:12 この人達は君達の愛餐の汚点であって、(君達と)一緒に臆面もなく(席について)腹をふくらしている。(彼らは)また『自分を牧する』(牧者であり、)風に吹きまくられる水の無い雲、二度枯れて死んで根こそぎにされる晩秋の実の無い木、
1:13 自分の恥辱を泡立たせる海の荒浪、また迷い星であって、彼らのために暗い闇が永遠に取って置かれている。

塚本訳 Ⅰコリ3:5-7
3:5 それなら、いったいアポロはなんだ、パウロはなんだ、(ただ)使用人で、彼らによってあなた達が信仰に入ったまでであり、しかもそれは、それぞれ二人に主がお命じになったように働いたのである。
3:6 ──わたしは植えた、アポロは水をやった、しかし神がこれまで成長させてくださった。
3:7 従って、植える者も水をやる者もなんでもなく、成長させるお方、神だけが偉いのである。

塚本訳 使  6:7
6:7 こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた。


塚本訳 使  12:24
12:24 こうして
主の御言葉は成長し、信者の数はふえていった。


塚本訳 使  19:20
19:20 こうして主の言葉は勢いよく成長し、また力を増した


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーション おわり。神が主役。神が植え、育て,目覚めさせる。99%でなく100%握っておられる。

妻は所属する合唱団の指揮者の峯崎先生が指導する別の合唱団の演奏会を聴きに行く。

日本聖書協会「新翻訳」意見具申。今日からテモテへの手紙一。初代教会が正統信仰を生み出す戦い。苦悩。


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財産は命の足しにはならない・・・通信費のウェート増大・・・ ++++++++ 所感

2016/07/15 05:42

160715(金)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●3時半目覚め。4時起床。朝の啓示「財産は命の足しにはならない」

塚本訳 ルカ 12:15
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

●昨日は、家計の経理をやっている妻が通信費(電話、インターネット、テレビなど)の増大に疑問が生じたので、近くのドコモショップに一緒に行って理由を聞いてきた。●家計において水道光熱費と同じぐらいに通信費のウェートが大きい。これは現代文明の特長である。財産のうちには大脳皮質の雑学知識の増大も含まれる。ところがそれは神の国に入る足しにはならない。●建築人生で知り得たことは「蔵書量と信仰の深さは反比例する」ことである。(自戒)。吹き抜けの壁面一杯に本棚を設計した家があった。上の方の本は梯子を使って登るようにした。●評論家の立花隆氏(ご両親は無教会)は自宅以外に書庫のビルがある。情報が商売とはいえ、アレジャー天国には行けない。●そこで今朝は「財産は命の足しにはならない」という主の言葉を「聖書で聖書を読む」方法で学んでみよう。これ至福の時。

●まず翻訳比較(拙ホームページ「聖書で聖書を読む」(BbB)利用)

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

 421215また彼は彼らに言った、「心して、あらゆる貧欲を警戒せよ。ある人に〔たとえ資産が〕有り余るほどあったとしても、彼のいのちは彼の財産から出て来るものではないからだ」。

 

新共同訳1987

 12:15 そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」

 

前田訳1978

 12:15 そして人々にいわれた、「すべての欲望に注意し、心せよ。あり余っていても財産からいのちは出て来ないから」と。

 

新改訳1970

 12:15 そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」

 

塚本訳1963

12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」 

 

口語訳1955

12:15 それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。 

 

文語訳1917

 "421215","かくて人々に言ひたまふ『愼みて凡ての慳貧をふせげ、人の生命は所有の豐なるには因らぬなり』"

●次にBbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(拙ホームページ利用)

塚本訳 Ⅰコリ15:32
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。


塚本訳 ピリ 3:19
3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!


塚本訳 ロマ 2:5
2:5 こうしてあなたは頑固な悔改めない心によって、神の正しい裁きの現われる怒りの日に望む(神の)怒りを、自分のために貯蓄している。


塚本訳 Ⅱコリ6:10
6:10 悲しんでいるが、しかしいつでも喜んでいる者として、貧乏であるが、しかし多くの人を金持にする者として、何一つ持たないで、何もかも持っている者としてである。


塚本訳 使  18:15
18:15 問題が(宗教の)教義や、(救世主という)人物や、あなた達の律法に関するものなら、自分で始末したがよかろう。わたしはそんなことの裁判官になりたくない。」


塚本訳 ロマ 2:1-3
2:1 だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。
2:2 わたし達が知っているように、(いま言った)こんなことをする者を、神は真理によってお裁きになる。
2:3 ああ人よ、あなたはこんなことをする者たちを裁きながら、自分で同じことをしているが、それで自分(だけ)は神の裁きを免れると思っているのか。


塚本訳 Ⅰテモ6:6-10
6:6 信心はたしかに大きな「金儲け」である──足るを知るなら!
6:7 本当に私達は何一つ持たずにこの世に来たのである。従って何一つ持って(この世を)去ることは出来ない。
6:8 だから(とにかく)食う物と着る物があれば、それで足れりとしよう。
6:9 しかし金持ちになろうとする者は誘惑と罠と、愚にして有害な種々の慾とに陥る。そしてこれが人を堕落と滅亡とに突き落とすのである。
6:10 あらゆる悪の根は金を欲しがることにあるから。或る人はこれに憧れて信仰から迷い、多くの苦痛で自分を刺し通した。


塚本訳 ヘブ 13:5
13:5 金銭を愛せぬ生活をせよ。(現在)もっているもので満足せよ。神がこう言われたからである、『わたしは決してあなたを見殺しにしない、また決してあなたを見捨てない』と。


塚本訳 ヤコ 5:1-5
5:1 さあ、金持ち、君達に臨もうとする不幸を嘆きながら泣き叫べ。
5:2 君達の富は腐れた。君達の着物は紙魚に食われた。
5:3 君達の金と銀とは錆びた。その錆が君達の(罪の)証拠になり、『火』のように君達の肉を食うであろう。君達は最後の日において(なおも)『宝を積んだ』。
5:4 見よ、畑を刈った労働者に君達が払わなかった『賃金は叫び』、刈り入れをした者たちの叫び声は『万軍の主の耳に』入った。
5:5 君達は地上で贅沢をし享楽をして、『「屠りの日」に』心を肥やし(太らせ)た。


塚本訳 ヤコ 4:14
4:14 (だが)君達は明日のことを知らないのだ。君達の生命は何か。君達は一寸見えて、(直)またあとで見えなく成る湯気ではないか。


塚本訳 Ⅰコリ15:32
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。


塚本訳 Ⅰテモ6:18
6:18 善を行うように、善い仕事に富むように、物惜しみせず分け好きであるように、


塚本訳 ヤコ 2:5
2:5 聴け、愛するわが兄弟達よ、神はこの世の貧乏人を選んで信仰における金持ちとし、神を愛する者に約束し給うた御国の相続人となし給うたではないか。


塚本訳 黙  3:17-18
3:17 お前は、「自分は金持ちである。金持ちになった。何も足りないものは無い」と言うて(いる。なるほどお前には金がある。しかし)自分(の精神)が(どんなに)惨めな、かわいそうな、貧乏な、盲目な、裸な者である(かという)ことを知らない(。
3:18 だ)から私はお前に勧める──(一つ)私から火で煉った金を買って(本当の)金持ちになり、白い着物を買って、着て、お前の裸体の恥じが露されないようにし、目に塗る眼薬を買って、見えるようになれ。


塚本訳 ヤコ 4:13-15
4:13 さあ来い、「今日か明日どこそこの町に行き、一年其処に居り商売をして儲けてやろう」と言う者達!
4:14 (だが)君達は明日のことを知らないのだ。君達の生命は何か。君達は一寸見えて、(直)またあとで見えなく成る湯気ではないか。
4:15 その代わりに君達はこう言わねばならぬ、「主の御心ならば、私達はいきていてこのことあのことを為よう!」


口語訳 詩  10:3
10:3 悪しき者は自分の心の願いを誇り、むさぼる者は主をのろい、かつ捨てる。


口語訳 詩  119:37-38
119:37 わたしの目をほかにむけて、むなしいものを見させず、あなたの道をもって、わたしを生かしてください。
119:38 あなたを恐れる者にかかわる約束を/あなたのしもべに堅くしてください。


塚本訳 ルカ 8:14
8:14 茨の中に落ちたもの、これは(御言葉を)聞く(と、しばらくは信じている)が、とかくするうちに人生の心配や富や快楽に押えつけられて、実の熟さない人たちである。


塚本訳 ルカ 16:14
16:14 金の好きなパリサイ人の人々は一部始終を聞いて、イエスを鼻で笑った。(富は信仰の褒美と考えていたのである。)


塚本訳 ルカ 21:34
21:34 注意せよ、大酒を呑み、二日酔いをし、またこの世のことを心配して、頭が鈍くなっていると、『罠が』落ちるように、だしぬけにかの日があなた達に臨まないとはかぎらない。


口語訳 箴  23:4-5
23:4 富を得ようと苦労してはならない、かしこく思いとどまるがよい。
23:5 あなたの目をそれにとめると、それはない、富はたちまち自ら翼を生じて、わしのように天に飛び去るからだ。


口語訳 エレ 6:13
6:13 「それは彼らが、小さい者から大きい者まで、みな不正な利をむさぼり、また預言者から祭司にいたるまで、みな偽りを行っているからだ。


口語訳 ミカ 2:2
2:2 彼らは田畑をむさぼってこれを奪い、家をむさぼってこれを取る。彼らは人をしえたげてその家を奪い、人をしえたげてその嗣業を奪う。


口語訳 ハバ 2:9
2:9 わざわいなるかな、災の手を免れるために高い所に巣を構えようと、おのが家のために不義の利を取る者よ。


塚本訳 マコ 7:21-22
7:21 内から、つまり、人の心からは、邪念が出るからである。(すなわち)不品行、盗み、人殺し、
7:22 姦淫、欲張り、悪意、悪巧み、道楽、妬み、悪口、高ぶり、愚かさ(など)。


塚本訳 Ⅰコリ5:10-11
5:10 あれはこの世の不品行な者や貪欲な者、略奪者や偶像礼拝者などと決して付き合うなというのではない。もしそうならば、あなた達はこの世から出てゆかねばならないからである。
5:11 しかしわたしは(はっきり)書く。──もし兄弟と呼ばれる者が、不品行な者や貪欲な者や偶像礼拝者や罵る者や大酒飲みや掠奪者などであるならば、付き合ってはならない。そんな者とは一しょに食事もしてはならない。


塚本訳 Ⅰコリ6:10
6:10 泥坊も、貪欲な者も、大酒飲み、罵る者、掠奪者も、神の国を相続することはない。


塚本訳 エペ 5:3-5
5:3 しかし淫行やあらゆる汚穢また貪欲は、聖徒に似つかわしく、君達の間では口にもするな。
5:4 また卑下たことや馬鹿話また冗談を言うな。これは(聖徒に)相応しくない。むしろ(神に)感謝を述べよ。
5:5 淫行の物や汚穢を行う物や貪欲な者すなわち偶像礼拝者は皆、キリストと神との王国の相続権を有たないことは、君達が(よく)知って居りまた認めていることではないか!


塚本訳 コロ 3:5
3:5 だから、地上のものである(体の)肢の様々の慾、すなわち淫行、汚穢、情慾、邪慾、また偶像礼拝なる貪慾を(悉く)殺せ。

塚本訳 Ⅱテモ3:2-4
3:2 (その時)人は(皆)利己主義、金好き、法螺吹き、横柄、冒涜者、親不孝、恩知らず、無道者、
3:3 無情者、頑固者、悪口家、放埒な、粗野な、善の敵、
3:4 裏切り者、向こう見ず、思い上がった、神を愛するより快楽を愛する者になるからである。


塚本訳 Ⅱペテ2:3
2:3 且つ彼らは貪欲のため言巧みに君達を(も)手に入れる(けれども、)既に永い間彼らに対する審判は怠らず、滅亡は微睡まない!


口語訳 ヨブ 2:4
2:4 サタンは主に答えて言った、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます。


口語訳 詩  37:17
37:17 悪しき者の腕は折られるが、主は正しい者を助けささえられるからである。


口語訳 箴  15:16
15:16 少しの物を所有して主を恐れるのは、多くの宝をもって苦労するのにまさる。


口語訳 箴  16:16
16:16 知恵を得るのは金を得るのにまさる、悟りを得るのは銀を得るよりも望ましい。


口語訳 伝  4:6-8
4:6 片手に物を満たして平穏であるのは、両手に物を満たして労苦し、風を捕えるのにまさる。
4:7 わたしはまた、日の下に空なる事のあるのを見た。
4:8 ここに人がある。ひとりであって、仲間もなく、子もなく、兄弟もない。それでも彼の労苦は窮まりなく、その目は富に飽くことがない。また彼は言わない、「わたしはだれのために労するのか、どうして自分を楽しませないのか」と。これもまた空であって、苦しいわざである。


塚本訳 マタ 6:25-26
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。


口語訳 伝  5:10-16
5:10 金銭を好む者は金銭をもって満足しない。富を好む者は富を得て満足しない。これもまた空である。
5:11 財産が増せば、これを食う者も増す。その持ち主は目にそれを見るだけで、なんの益があるか。
5:12 働く者は食べることが少なくても多くても、快く眠る。しかし飽き足りるほどの富は、彼に眠ることをゆるさない。
5:13 わたしは日の下に悲しむべき悪のあるのを見た。すなわち、富はこれをたくわえるその持ち主に害を及ぼすことである。
5:14 またその富は不幸な出来事によってうせ行くことである。それで、その人が子をもうけても、彼の手には何も残らない。
5:15 彼は母の胎から出てきたように、すなわち裸で出てきたように帰って行く。彼はその労苦によって得た何物をもその手に携え行くことができない。
5:16 人は全くその来たように、また去って行かなければならない。これもまた悲しむべき悪である。風のために労する者になんの益があるか。

塚本訳 Ⅰテモ6:6-10
6:6 信心はたしかに大きな「金儲け」である──足るを知るなら!
6:7 本当に私達は何一つ持たずにこの世に来たのである。従って何一つ持って(この世を)去ることは出来ない。
6:8 だから(とにかく)食う物と着る物があれば、それで足れりとしよう。
6:9 しかし金持ちになろうとする者は誘惑と罠と、愚にして有害な種々の慾とに陥る。そしてこれが人を堕落と滅亡とに突き落とすのである。
6:10 あらゆる悪の根は金を欲しがることにあるから。或る人はこれに憧れて信仰から迷い、多くの苦痛で自分を刺し通した。


塚本訳 ヘブ 13:5
13:5 金銭を愛せぬ生活をせよ。(現在)もっているもので満足せよ。神がこう言われたからである、『わたしは決してあなたを見殺しにしない、また決してあなたを見捨てない』と。


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朝の啓示と黙想ディボーションおわり。聖書の研究も命の足しにはならない。自戒。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの
聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。


●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版」意見具申。「コロサイの信徒への手紙」が終了したので日本聖書協会翻訳部に送信した。その送り状は次の通り。


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日本聖書協会 翻訳部 ○○○ 様

 

パイロット版意見具申 コロサイの信徒への手紙 の「改訂案抽出」とその基礎資料の「改訂案と翻訳比較」を添付でお送りします。

 

本書の著者問題は学会で二分してます。パウロか、パウロ以外かです。

 

小生は学者の意見に振り回されずに虚心坦懐に読みました。

初めは思想的にパウロらしくないと思い、次はコロサイの教会の内部事情に詳しいパウロ以外の人、そして最後は4章18節の「わたしが獄中にあることを心に留めてください」

を読んで、やはり伝統的な説の「パウロの真筆」の感じがしました。聖書は学者の説ではなく自分で読んで「感じる」ことが大切であると思いました。

 

著者が誰であるにせよ初代教会に固まりつつある「正統信仰」の「空気」に触れることが出来て感謝です。

意見具申の作業は自分自身のために有益です。

 

引き続きテモテ(1,2) を行います。

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日本聖書協会 翻訳部 への送り状 おわり



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残りの日々をどう生きるか・・・十年一日の如く、「有体的復活」を叫び続ける・・・ ++++++++ 所感

2016/07/14 06:25

160714(木)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●目覚めの黙想「残りの日々をどう生きるか・・・十年一日の如く、「有体的復活」を叫び続ける・・・」●昨日は73歳の誕生日で妻や子や孫から祝福の言葉を頂いて感謝であった。生命保険会社の統計によれば私の平均余命はあと10年。この10年で何をするか。何をすれば喜びか。充実の人生か。それは「有体的復活」を叫ぶことである。集会の某氏が「高橋は『十年一日の如くに有体的復活を言っている』」と評してくださったが、平均余命はあと十年だから残り十年も同じことを続けよう。●このことはパウロの次の言葉に学ぶ。

塚本訳 使  20:22-24
20:22 (だがいよいよお別れだ。)さあ、わたしは御霊に縛られて、エルサレムにのぼって行く。そこでどんな目に会うか、わたしは知らない、
20:23 ただ、聖霊は(預言者たちをもって)到る所の町で、縄目と苦難とが(あそこで)わたしを待っていると証しをしてくださったことのほかは。
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。


●そこで今朝は「聖書で聖書を読む」(BbB)方法でこの使徒20:24の勉強をしよう。

●まず翻訳比較。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

 442024しかし、私は自分の走るべき道のりを走り尽くし、神の恵みの福音を証しするという主イエスから受けた任務をまっとうするためならば、自分のいのちのことなど口にする値打ちもないと思っています。

 

新共同訳1987

 20:24 しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。

 

前田訳1978

 20:24 しかしわたしは、走るべき道のりを終え、神の恩恵の福音を伝えるという主イエスから受けたつとめを全うするためならば、わがいのちには何の値打ちも認めません。

 

新改訳1970

 20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

 

塚本訳1963

 20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

 

口語訳1955

20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。 

 

文語訳1917

"442024","然れど我わが走るべき道程と、主イエスより受けし職、すなわち神の惠の福音を證する事とを果さん爲には、固より生命をもお重んぜざるなり。"

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅰテサ1:5
1:5 何故なら、私達の福音が君達の中に入ったのは、ただ言だけでなく、また能力と聖霊と大なる確信とによった(のであって、これこそ君達が選ばれている証拠である)からである。──そして私達が君達の間で君達のために如何に行動したかは御承知の通りである。


塚本訳 ロマ 12:11
12:11 熱心で倦まず、(神の)霊に燃え、主に仕えよ。


塚本訳 使  21:13
21:13 その時パウロは答えた、「あなた達は泣いて、わたしの心をくじいて、どうしようというのか。わたしは主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることはもちろん、死ぬことさえも覚悟しているのだ。」


塚本訳 ルカ 12:32
12:32 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから。


塚本訳 Ⅰテモ3:5
3:5 【自分の家を(すらよく)おさめることを知らない者に、どうして神の(家である)教会の世話が出来ようか。】


塚本訳 Ⅰコリ4:12
4:12 自分の手で働きながら苦労している。罵られては(神の)祝福を求め、迫害されては我慢し、


塚本訳 ロマ 1:1
1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──

塚本訳 Ⅰコリ15:10
15:10 しかし神の恩恵によって、いまあるような者であり、わたしに対するその恩恵はむだでなく、わたしは彼ら(使徒)一同よりも余計に働いた。しかしそれはわたしでなく、わたしを助けた神の恩恵である。


塚本訳 Ⅱコリ1:12
1:12 ところで(こう言えば、パウロがまた自慢していると言われるかも知れないが、)わたし達の自慢は、と言えば、わたし達がこの世において、とくにあなた達に対して、神の聖潔と純真とで、人間的の知恵によらずに神の恩恵によって振舞ったことを、わたし達の良心が証明してくれることである。


塚本訳 ピリ 2:3
2:3 何事も(決して)利己心や虚栄心からせず、謙遜をもって互いに(他人を)自分よりも勝れていると考え、


塚本訳 Ⅱコリ2:4
2:4 わたしは非常な苦悩と心の痛みとから、多くの涙のうちにあれを書いたのであって、あなた達が悲しませられるためではなく、わたしがあなた達に対して特に持っている愛を知ってもらいたかったためである。


塚本訳 ピリ 3:18
3:18 何故なら、度々君達に言ったように、今また涙を流して言うように、キリストの十字架の敵として歩いている者が多いのだから!──


塚本訳 Ⅱコリ11:30
11:30 (ああ、なんと弱い人間であろう!なんの誇りがわたしにあろう!)もし(使徒の権威を示すために)自慢せねばならないなら、わたしは自分の弱いことを自慢しよう。


塚本訳 Ⅰコリ15:3
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、


塚本訳 Ⅱコリ7:10
7:10 なぜなら、神の御心に沿った悲しみは、(人を)救いに入れる悔いのない悔改めをもたらすけれども、この世(的)の悲しみは、(絶望と)死をもたらすからである。


塚本訳 ロマ 1:16
1:16 わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。


塚本訳 Ⅰテサ3:3
3:3 (斯くして)この(大なる)患難の際に(君達の中の)誰一人も揺すぶられることの無いためである。──私達(キリストを信ずる者)が斯く運命づけられていることは、君達自身が(よく)承知しているはずだ。


塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。


塚本訳 Ⅱコリ4:1-2
4:1 わたし達は(神の)憐れみをうけて、この(モーセにまさる)役目を託されているのであるから、(どんな場合にも)気を落さない。
4:2 いや、(一切の)恥かしい隠し事を絶った、計略を用いて歩かず、神の言葉をごまかしもせず、ただ(福音の)真理を明らかにすることによって、神の前ですべての人間の良心に自分を推薦しているのである。


塚本訳 Ⅱコリ3:6
3:6 神はわたし達に、新しい契約のための世話役、(すなわち古い契約にある律法の)文字のためではなく、(神の)霊のための世話役たる能力をお与えになったのである。文字は殺すが、霊は命を与えるからである。


塚本訳 Ⅱコリ5:18-19
5:18 しかしこれらすべてのことは神から(の恩恵)である。神はキリストによってわたし達(人類)を御自分と和睦させ、わたし達(使徒)にこの和睦の(福音を伝える)役目をお与えになった。
5:19 すなわち神はキリスト(の死)において、この世を御自分と和睦させて、(世の)人々の過ちを彼らの勘定につけず、わたし達に和睦を告げる御言葉を賜わったのである。


塚本訳 ガラ 1:1
1:1 人々から(使徒にされたの)でなく、また人によってでもなく、(すなわち人間的の命令や委任によってでなく、)イエス・キリストと、彼を死人の中から復活させられた父なる神とによって使徒となったパウロと、


塚本訳 ロマ 14:17
14:17 神の国は(なんでも自由に)食べることや飲むことではなく、義と平安と聖霊による喜びとであるから。


塚本訳 Ⅰテサ2:4
2:4 私達は神に(心の中を)験され(た後、選ばれ)て福音を託されたのであるから、そのように──人間の気に入ろうとせず、(ただ)私達の『心を験し給う』神の御意に適うように──語るのである。


塚本訳 Ⅰコリ9:26-27
9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする。
9:27 いや、自分の体を打ちたたいて征服する。人には(福音を)説きながら、自分では失格するようなことのないためである。


塚本訳 Ⅰコリ12:8-11
12:8 すなわち、ある人には御霊をもって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には同じ御霊によって知識の言葉が、
12:9 他の人には同じ御霊において信仰が、ほかの人にはその一つの御霊において治療の賜物が、
12:10 ほかの人には奇蹟の力の働きが、ほかの人には預言が、ほかの人には霊の見分けが、他の人には各種の霊言が、(また)ほかの人には霊言の解釈が、与えられる。
12:11 しかしこれら一切のことはただ一つの同じ御霊が行なうのであって、その思いどおりに、それぞれの人にそれ特有のものを分けてくださるのである。


塚本訳 Ⅰテサ2:13
2:13 この故にまた私達が絶えず神に感謝しているのは、君達が私達から神の言を聞いた時、(これを)人間の言とせず、事実通り神の言として受け、それが(今)君達(テサロニケの)信者の間に(強く)働いていることである。


塚本訳 ロマ 8:17
8:17 (すでに神の)子供であるならば、また相続人である。神の相続人であり、キリストと共同相続人である、(キリストと)一しょに栄光を受けるため、(こうして彼と)一しょに苦しんでいる以上は。


塚本訳 Ⅱコリ11:9
11:9 そしてあなた達の所にいて不自由したときも、だれの厄介にもならなかった。わたしの不自由は(みな)マケドニヤから来た兄弟たちが補ってくれたのだから。こうして、わたしはあらゆることで自分があなた達の重荷にならないようにしていた。これからもそのつもりである。

塚本訳 Ⅰテサ2:9
2:9 兄弟達よ、私達の労苦と骨折りを(まだ)憶えているであろう。私達は君達の誰にも厄介をかけまいとして夜も昼も働きながら、君達に神の福音を伝えたのであった。


塚本訳 Ⅰテサ4:11
4:11 また静かに生活し、自分の仕事を励み、(曩に)命じたように手ずから働くことをもって名誉とせよ。


塚本訳 Ⅰコリ8:9
8:9 しかし気をつけよ、(強い)あなた達のその自由が、弱い人たちにつまずきにでもなることがないように。


塚本訳 Ⅱコリ8:9
8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。


塚本訳 ピリ 4:17-20
4:17 これは贈り物が欲しいからではない。君達の貸の勘定を殖やす信仰の果実が欲しいのである。
4:18 とにかく(今)私は凡てを受け取ったので有り余っている。エパフロデトから君達の贈り物を貰ったので満ち溢れているのだ──(本当に君達の贈り物は)『馨しい香り』、神の喜び受け給う献げ物である。
4:19 そして私の神はその(満ち足る)富により、君達の乏しいものを何でもキリスト・イエスをもって輝かしく満たし給うであろう。
4:20 願う、私たちの父なる神に栄光世々限りなくあらんことを、アメーン!


塚本訳 コロ 2:5
2:5 私は肉でこそ離れて居れ、霊では(いつも)君達と一緒にいて、キリストに対する君達の信仰の秩序正しいことと、堅固なこととを見て喜んでいるのである。


塚本訳 Ⅱテモ4:7
4:7 ああ、善い戦いを戦った、競争を終わった、忠誠を守った。


塚本訳 ピリ 2:30
2:30 彼は生命賭けで、君達に私の世話の出来ない所を補おうとして、キリストの仕事のためにほとんど死のうとしたのである。


塚本訳 Ⅰペテ5:2-3
5:2 君達の中の神の群れを飼え。不承不承でなく、神のように心から、また汚い金儲けのためでなく、献身的に(せよ。)
5:3 また(自分の)持ち分たる群れの支配者のようでなく、その群れの手本となれ。


塚本訳 使  21:13
21:13 その時パウロは答えた、「あなた達は泣いて、わたしの心をくじいて、どうしようというのか。わたしは主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることはもちろん、死ぬことさえも覚悟しているのだ。」


塚本訳 Ⅱコリ4:16-18
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。


塚本訳 Ⅱコリ12:10
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから。


塚本訳 エペ 3:13
3:13 だからどうか君達のために私の受ける(種々な)患難に気を落とさぬように。この患難こそ(実は)君達の光栄(のため)である。


塚本訳 Ⅰテサ2:2
2:2 否、君達が知っている通り、私達は(君達の所に行く)前にピリピで苦しめられ、虐待されたにも拘らず、私達の神によって勇気を得、苦しい戦いをしながら君達に神の福音を語ったのである。


塚本訳 Ⅰテサ3:3
3:3 (斯くして)この(大なる)患難の際に(君達の中の)誰一人も揺すぶられることの無いためである。──私達(キリストを信ずる者)が斯く運命づけられていることは、君達自身が(よく)承知しているはずだ。


塚本訳 Ⅱテモ1:12
1:12 そのためまたこの(縄目の)苦しみをもしなければならないのであるが、私は(決してこれを)恥としない、誰に信じているかを知り、またその御方は私が委ねられたものを(最後の)かの日まで守り得給うことを確信しているからである。


塚本訳 Ⅱテモ3:11
3:11 (また)アンテオキヤ、イコニウム、リストラで私が遭った(数々の)迫害、苦難に(もよく)随って来た。(ああ、)何という(ひどい)迫害を耐え忍んだことか! しかし主は(これら)凡て(の迫害)から私を救い出してくださった。


塚本訳 Ⅱテモ4:17
4:17 しかし私によって宣教が全うされ、異教人が皆(これを)聴く(ことが出来る)ために、主は私を援け、力づけ給うて、私は『獅子の口から』救い出されたのである。


塚本訳 Ⅱコリ5:8
5:8 それで、わたし達は心強くはあるけれども、むしろこの体を離れて別居し、主の所に同居したいと望んでいる。


塚本訳 ピリ 1:20-23
1:20 そして私の切なる期待と望みは、私が何事にも恥をかかされず、かえって、いつものように今度も、キリストが正々堂々と私の体で、(私の)生によっても死によっても、(勝を得て)崇められ給わんことである。(然り、私の死によっても!)
1:21 何故なら、私にとって生きることはキリスト(を生きること、彼が私に生き給うことである。否、彼が私の生命)である。そして死ぬることは(完全にキリストと共に生きることであるから、私にはむしろ)利益である。
1:22 しかしもし肉体で生きることが私の役目であるなら、(それは)私にとっては(福音のために)活動き、(そ)の果実(を結ばせること)である。だから(生と死と)どちらを選ぶべきか、私は知らない。
1:23 私は(今)この二つの板挟みになっている。すなわち一方では(一日も早く悩みの)この世を去ってキリストと共にいたいという願いがあって──もちろんこの方が遥かにずっと勝れているのに──


塚本訳 ピリ 2:17
2:17 否、(ただに苦労だけでなく、)たとい私が君達の信仰を供え物として(神に)献ぐる時(潅奠としてそれに)血をも注がねばならぬとしても、私は喜ぶ。君達皆と共に喜ぶ。


塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。


塚本訳 Ⅰヨハ3:16
3:16 (神の子である)キリストがわたし達のために命を捨てられた(その)ことで、わたし達は(はじめて)愛を知った。だからわたし達も兄弟のために命をすてねばならない。


塚本訳 黙  12:11
12:11 (然り、今や)彼ら(兄弟達)は仔羊の血により、また彼らの(立てた)証明の言によって、彼に勝ったのである。──彼らは死に至るまで(羊のために戦い、少しも)自分の生命を愛しなかった。


塚本訳 ヨハ 17:4
17:4 わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました。


塚本訳 Ⅰコリ9:24-27
9:24 (だからあなた達も、競技場の闘士のように自制しなければならない。)競技場で走る者は皆走るけれども、たった一人が賞をもらうことを、あなた達は知らないのか。あなた達も、それを勝ち取るように走らなければならない。
9:25 しかし競技する者は皆、何事にも自制する。ただ、あの人たちは朽ちはてる冠をもらうためであるが、わたし達は朽ちぬ冠のためである。
9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする。
9:27 いや、自分の体を打ちたたいて征服する。人には(福音を)説きながら、自分では失格するようなことのないためである。


塚本訳 ピリ 3:13-15
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである。
3:15 だから(兄弟達よ、既に)完成した者は皆(──君達も私も──)このことを心がけようではないか。そしてもし君達に何か考え違いがあれば、それも神が示し給うに違いない。


塚本訳 使  9:15
9:15 主が彼に言われた、「(恐れることはない。)行け。あの人は、異教人と王たちとイスラエルの子孫との前に、わたしの名を運んでゆく(ために選んだ)わたしの選びの器であるから。


塚本訳 使  22:21
22:21 主はわたしに言われた、『行け、わたしが君を遠く異教人につかわすのだから。』」


塚本訳 使  26:17-18
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。


塚本訳 Ⅰコリ9:17-18
9:17 なぜなら、わたしが自分から進んでこれをしているというのなら褒美もいただこうが、否応なしであってみれば、この職を(神に)託されているに過ぎないからである。
9:18 では、わたしの褒美とはいったい何であるか。それは、わたしが福音を伝えるとき、無報酬で福音を提供し、福音にあってもつわたしの権利を利用しないことである。


塚本訳 ロマ 3:24-26
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。


塚本訳 テト 2:11
2:11 というのは、凡ての人を救うべき神の恩恵は(既に世に)顕れ、


塚本訳 Ⅰペテ5:12
5:12 忠実な兄弟と私が確信しているシルヴァノによって手短に君達に(この手紙を)書き、勧告し、且つ君達が(今)いるこの恩恵こそ神の真の恩恵であることを証明する。


塚本訳 使  13:25
13:25 そしてヨハネは(務めを果たして)走るべき道を終ろうとする時に、『あなた達がそれだと考えている者は、わたしではない。今すぐわたしのあとから来られる。わたしはその足の靴をぬがしてあげる資格もない者である』と言った。


塚本訳 Ⅱテモ4:7
4:7 ああ、善い戦いを戦った、競争を終わった、忠誠を守った。


塚本訳 ピリ 2:29-30
2:29 だからどうか主に在って大いに彼を歓迎してくれ。且つこのような人達を尊敬せよ。
2:30 彼は生命賭けで、君達に私の世話の出来ない所を補おうとして、キリストの仕事のためにほとんど死のうとしたのである。


塚本訳 使  21:13
21:13 その時パウロは答えた、「あなた達は泣いて、わたしの心をくじいて、どうしようというのか。わたしは主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることはもちろん、死ぬことさえも覚悟しているのだ。」

塚本訳 使  1:21-22
1:21 だから、主イエスがわたし達と行き来された全期間を通して、
1:22 すなわち、ヨハネの聖霊(の時)以来イエスがわたし達の所から(天に)あげられた日までの間、いつもわたし達と一緒にいた者の一人が、わたし達と共に主の復活の証拠にならねばならない。」


塚本訳 使  20:32
20:32 今わたしは(神なる)主とその恩恵の御言葉とに、あなた達をお任せする。この御言葉にはあなた達を造りあげ、『すべてのきよめられた人たち』の仲間に入れ、『(御国の)相続財産を』与える力がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーション終わり。「聖書で聖書を読む」(BbB)ことは信仰の足腰を強くする。残り十年、走り抜け。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。



塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マコ 4:20
4:20 また良い地にまかれたものとはこれである、それは御言葉を受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちである。」

●15:30 夕立。

●16:00 妻とドコモショップに行って、電話代金などの経理上の疑問を聞く。家の経理は妻がやってくれているので安心。感謝。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申「コロサイの信徒への手紙」3章。素人の直感で著者はパウロではないが、コロサイの教会のこtろを良く知っている人。正統信仰から逸脱しないように「怒っている」。








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聖書学者のようでなく・・・「聖書で聖書を読む」方法で正統信仰の権威に連なれ・・・ ++++++++ 所感

2016/07/13 05:38

160713(水)4時半起床。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●今日は満73歳の誕生日。神から誕生祝のすばらしいプレゼントの「啓示」。「『聖書で聖書を読む』方法で正統信仰の権威に連なれ」●信仰の権威は、教会でなく聖書学者の権威でなく、聖書それ自身に置くべきである。それには「聖書を聖書で読む」ことが究極の方法である。●昨日は日本聖書協会「新翻訳」パイロット版の意見具申で「コロサイの信徒への手紙」を開始した。そこでまず本書の著者問題を手元にある本で調べたら、全く不明。現代の第一線の聖書学者たちの説では「パウロの真筆ではない」ことが大勢であって、それが定説。では執筆者は誰であるかはわからない。ただ第一章を読んだ限りでは「何といなく」パウロらしくないことを感じる。でははなぜ冒頭の1章1節に「パウロから」とあるのか。●その答えは、異端に曲がろうとしているコロサイの信徒を不明の著者がパウロの名を語ることによって「正統信仰の権威」に導こうとした。●昨日はこれらのことを手元の乏しい資料から学んで初代教会に生まれつつあった「正統信仰の権威」に触れることができて喜悦であった。●ルターは聖書を教会の権威から」奪還した。ところがその後プロテスタント教会も無教会も聖書を学者の権威(「聖書学会の趨勢」)に奪われてしまっている。我々素人は「聖書を聖書で読む」方法で学者から聖書の解釈権を奪還しなければならない。この方法により、現代の我々は初代教会が生み出した「正統信仰」に触れてこれに連なることができる。私の残る生涯はこの「聖書で聖書を読む」方法の伝道者になろうと思う。パソコンが出来る若い人に向かう。「若者よ奮起せよ」。●これが73歳の誕生日に神から与えられた啓示の「プレゼント」である。

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく権威を持つ者のように教えられたからである。

塚本訳 ヨハ 7:15-16
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 ヨハ 14:17
14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。


塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。


塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 4:28-29
4:28 すると女は水瓶を置いたまま町に行って、人々に言う、
4:29 「さあ来て御覧なさい、わたしのしたことを何もかも言いあてた人がいる。もしかしたら、この人は救世主ではないでしょうか。」

塚本訳 ヨハ 4:39-42
4:39 さて、この町の大勢のサマリヤ人は、「あの人はわたしのしたことを何もかも言いあてた」と証しするこの女の言葉によって、イエスを信じた。
4:40 それでサマリヤ人はイエスの所に来ると、自分たちのところに(しばらく)泊まっていてほしいと頼んだ。イエスはそこに二日泊まられた。
4:41 すると、さらに多くの人がイエスの言葉によって信じた。
4:42 そして彼らは女に言った、「われわれはもうあなたの話しで信ずるのではない。自分たちで(直接)聞いて、この方こそ確かに世の救い主だとわかっからである。」

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる


●そこで早速(と言ってもいつもの通り)「聖書で聖書を読む」方法を実行しよう。今朝は第一ペテロ3:7.

まず翻訳比較(拙ホームページのBbB「聖書で聖書を読む」)を利用。

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

 600307夫たる人々も同様で、妻たる人がより弱い器であることを弁(わきま)えて、彼女と共に暮らしなさい。命の恵みを共に受け継ぐものなのだから尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはないであろう。

 

新共同訳1987

 3:7 同じように、夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません。

 

前田訳1978

3:7 夫たちも同様です。より弱い器としての妻とともに知識に従って住み、いのちの恵みを共に継ぐものとして(妻を)尊んでください。それはあなた方の祈りが妨げられないためです。 

 

新改訳1970

 3:7 同じように、夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて妻とともに生活し、いのちの恵みをともに受け継ぐ者として尊敬しなさい。それは、あなたがたの祈りが妨げられないためです。

 

塚本訳1963

3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。 

 

口語訳1955

3:7 夫たる者よ。あなたがたも同じように、女は自分よりも弱い器であることを認めて、知識に従って妻と共に住み、いのちの恵みを共どもに受け継ぐ者として、尊びなさい。それは、あなたがたの祈が妨げられないためである。 

 

文語訳1917

"600307","夫たる者よ、汝らその妻を己より弱き器の如くし、知識にしたがひて偕に棲み、生命の恩惠を共に嗣ぐ者として之を貴ベ。これ汝らの祈に妨害なからん爲なり。"

●次にBbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(拙ホームページ利用、Jバイブルで表現)

塚本訳 Ⅰコリ7:3
7:3 夫は妻に対して(夫婦の)務めを果たせ、妻も同様に夫に対して務めを果たせ。


塚本訳 Ⅰテサ4:4-5
4:4 一人一人が聖潔と尊敬とをもって自分の妻を待うことを学び、
4:5 (決して)『神を知らぬ異教人』のように情慾をもって(これに対)してはならぬこと、


塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 エペ 5:25-33
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──
5:26 キリストは洗礼の水浴びにより、(その際述べられる告白の)言葉をもって、教会を潔めて聖なるものとなし、
5:27 かくて汚点も皺もかかるものの何も無い、聖なる瑕なき輝かしい教会を自分で自分のために建てようとし給うたのである。――
5:28 これと同様に夫【もまた】自分の妻を自分の体のように愛すべき義務がある。自分の妻を愛する者は自分自身を愛するのである。
5:29 何故なら、未だ曽て自分の「肉」を悪んだ者は無く、何人もこれを養い育てる。同じようにキリストも教会を養い育て給う。
5:30 私達は彼の体の肢である。
5:31 『この故に人は父と母とを捨ててその妻に結びつき、二人は一体となる』。
5:32 この奥義は大きい。私はキリストを指し、また教会【を指して】言っている。
5:33 何れにせよ、君達も一人一人自分の妻を自分自身のように愛せよ。そして妻は夫を畏れよ。

塚本訳 コロ 3:19
3:19 夫達よ、妻を愛し、辛くあたるな。

塚本訳 Ⅰペテ3:1
3:1 同じく妻達よ、自分の夫に従え、或る夫が(伝道者の宣べる)御言には従わずとも、言葉でなく妻の行いによって、

口語訳 創  2:23-24
2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。
2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。


口語訳 箴  5:15-19
5:15 あなたは自分の水ためから水を飲み、自分の井戸から、わき出す水を飲むがよい。
5:16 あなたの泉を、外にまきちらし、水の流れを、ちまたに流してよかろうか。
5:17 それを自分だけのものとし、他人を共にあずからせてはならない。
5:18 あなたの泉に祝福を受けさせ、あなたの若い時の妻を楽しめ。
5:19 彼女は愛らしい雌じか、美しいしかのようだ。いつも、その乳ぶさをもって満足し、その愛をもって常に喜べ。


口語訳 マラ 2:14-16
2:14 「なぜ神は受けられないのか」と尋ねる。これは主があなたと、あなたの若い時の妻との間の、契約の証人だったからである。彼女は、あなたの連れ合い、契約によるあなたの妻であるのに、あなたは彼女を裏切った。
2:15 一つ神は、われわれのために命の霊を造り、これをささえられたではないか。彼は何を望まれるか。神を敬う子孫であるゆえ、あなたがたはみずから慎んで、その若い時の妻を裏切ってはならない。
2:16 イスラエルの神、主は言われる、「わたしは離縁する者を憎み、また、しえたげをもってその衣をおおう人を憎むと、万軍の主は言われる。ゆえにみずから慎んで、裏切ることをしてはならない」。

塚本訳 マタ 19:3-9
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」
19:7 彼らが言う、「それでは、なぜモーセは『離縁状を渡して(妻を)離縁することを』命じているか。」
19:8 彼らに言われる、「モーセはあなた達の心が(神に対して)頑固なために、妻を離縁することを許したので、始めからそうではなかった。
19:9 わたしは言う、不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」


塚本訳 エペ 5:25-28
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──
5:26 キリストは洗礼の水浴びにより、(その際述べられる告白の)言葉をもって、教会を潔めて聖なるものとなし、
5:27 かくて汚点も皺もかかるものの何も無い、聖なる瑕なき輝かしい教会を自分で自分のために建てようとし給うたのである。――
5:28 これと同様に夫【もまた】自分の妻を自分の体のように愛すべき義務がある。自分の妻を愛する者は自分自身を愛するのである。


塚本訳 Ⅰコリ12:22-24
12:22 いや反対に、体の中でわりあいに弱いと見える器官こそかえって必要であり、
12:23 また体の中でわりあいにりっぱでないとわたし達が思う器官は、これにことさらにりっぱなものをまとわせるのである。またわたし達の見苦しい部分はことさらに体裁よくするが、
12:24 (始めから)体裁のよい部分は、その必要がない。むしろ、神は劣っている部分にことさらにりっぱなものを与えて、体(全体)を統合された。


塚本訳 Ⅰテサ4:4
4:4 一人一人が聖潔と尊敬とをもって自分の妻を待うことを学び、


塚本訳 エペ 3:6
3:6 異教人が福音により、キリスト・イエスにおいて(イスラエルと)共に(天上の王国の)相続人となり、共に一体となり、共に(恩恵の)約束に与る者となるということである。


塚本訳 テト 3:7
3:7 これはその(キリストの)恩恵により義とされて、私達が望む永遠の生命の相続人となるためである。


塚本訳 ヘブ 1:14
1:14 (要するに、)天使とはみな(ただ)奉仕する霊であり、救を相続すべき者のために務めをなすべく(神から)派遣されたものではないか。(御子にくらべられないのは当然である。)

塚本訳 マタ 5:23-24
5:23 だからもし、あなたが祭壇に供え物を捧げるとき、そこで兄弟に恨まれていることを思い出したなら、
5:24 供え物をそこに、祭壇の前に置き、まず行ってその兄弟と仲直りをし、それからかえって来て供え物を捧げよ。


塚本訳 マタ 18:19
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。


塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。


塚本訳 エペ 4:30
4:30 神の聖霊を悲しませるな。君達は贖いの日(に永遠)の(救いに入る)ためこの御霊をもって封印されたのである。


塚本訳 エペ 6:18
6:18 (最後に祈りで武装せよ。すなわち)あらゆる祈りと願いをもって常に御霊において祈れ。そしてそのため(いつも)目を覚まし、あらん限りの根気をもって聖徒達一同のために祈って居れ。

塚本訳 Ⅰテサ4:3-4
4:3 然り、神の御旨は君達が潔くなること、すなわち淫行を避け、
4:4 一人一人が聖潔と尊敬とをもって自分の妻を待うことを学び、


口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


口語訳 Ⅰコリ7:5
7:5 互に拒んではいけない。ただし、合意の上で祈に専心するために、しばらく相別れ、それからまた一緒になることは、さしつかえない。そうでないと、自制力のないのに乗じて、サタンがあなたがたを誘惑するかも知れない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーションおわり。感謝。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、コロサイの信徒への手紙2章。正統信仰への土台は初代教会全体の雰囲気。パウロだけではない。

●妻と子や孫から誕生日の祝福メッセージをもらう。感謝。
















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信仰は史実の上に立つ・・・有体的復活の歴史性・・・ ++++++++ 所感

2016/07/12 06:31

160712(火)4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュオス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示「信仰は史実の上に立つ・・・有体的復活の歴史性・・・」●十年一日のごとくに「有体的復活」を叫んでいると、時々ではあるが応答がある。この応答の存在はまた信仰の確かさの根拠になり、感謝である。応答は史実であり、信仰の歴史的根拠である。私以外にも有体的復活を信じる人が存在する。●初代教会の面々は、まともに信仰告白すると迫害されるので、魚のマークさかなのえ を画いて信仰の真理を確かめ合った。彼らは猛獣の餌食となるとき抱き合って耐えた。彼らの平安な死に顔を見た皇帝ネロは驚いて「これは何だ」と言った。●ある為政者が伝道者に向かって「神の存在理由は?」と問うた時、「閣下、それはユダヤ人です」と答えた。これは今日でも言える。神の存在証明は無数のキリスト信者、無数の教会の数である。●今朝は信仰は歴史性を要求することを巡って、聖書のアチコチを思いつくままに見てみよう。順不同。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである


塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである
。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 使  26:14-16
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。


塚本訳 ヨハ 4:52-53
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ヨハ 4:52-53
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 マタ 28:5-7
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」

塚本訳 ヨハ 20:7-9
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:18
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、
手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ヨハ 20:25
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。

塚本訳 ヨハ 20:27
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

塚本訳 マタ 26:64
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 ヨハ 20:18
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


塚本訳 Ⅰコリ9:1
9:1 わたしは(すべての律法から釈放されて)自由ではないか。わたしは(とくに神に選ばれた)使徒ではないか。(このことを疑う者があるようだが、)わたしはわたし達の主、(復活の)イエスにお目にかかったではないか。あなた達は主におけるわたしの作品ではないか。

塚本訳 ルカ 24:33-34
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。

塚本訳 ヨハ 12:22-24
12:22 ピリポは行ってアンデレに話し、アンデレはピリポと行ってイエスに話した。
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


塚本訳 マコ 5:19
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。


塚本訳 マコ 11:17
11:17 それからこう言って教えられた、「『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである』と(聖書に)書いてあるではないか。ところがあなた達はそれを『強盗の巣』にしてしまっている。」

口語訳 詩  128:3
128:3 あなたの妻は家の奥にいて/多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んで/オリブの若木のようである。

口語訳 詩  1:1-3
1:1 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
1:2 このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
1:3 このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると
実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。

塚本訳 ガラ 5:22-23
5:22 しかし霊の実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善良、忠実、
5:23 柔和、節制である。これらのものに対しては律法は(力が)ない。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ルカ 11:20
11:20 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の指で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである

塚本訳 Ⅰペテ3:7
3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。


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朝の啓示と黙想ディボーションおわり。信仰の歴史性は理性の安息をもたらす。

●9:30 池谷医院定期健診。順調。減量はマイナス12キロで成功。これでストップ。あとは太らないように必要以上の水は飲まないようにとの事。
●籐椅子を改造して作ったロッキングテェアーを手直し。日曜大工大好き。
●15:30 妻は池谷医院に定期健診。順調。それから買い物。
●主にある海外の知人のレスポンスがなかったので心配していたが、久しぶりにメールが来て病気ではなかったことが分かり、安堵した。
●途絶えていた交流が回復することは人生の喜びである。、




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文明の求めるところは福音で満たされる・・・古代ギリシャ展の結論でうれし泣き・・・ ++++++++ 所感

2016/07/11 05:25

160711(月)4時起床。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュス(子)、ソテル(救い主)=イクス(魚) 
●今朝の黙想課題「文明の求めるところは福音で満たされる・・・古代ギリシャ展の結論でうれし泣き・・・」。●昨日は上野の国立博物館で「古代ギリシャ展」を見た。日本とギリシャ国の総力を挙げての史上最大規模であった。全国にも回る。●そのコンセプトは「人類の文化文明の基礎はヘレニズムの文化文明にある」というものである。藝術、政治、スポーツ・・・・●私は終始キリスト者の聖書的観点からこれを見て回ったが、その最後の最後「ヘレニズムとローマ」の部屋にあった第325番目の遺物「男性頭部」(紀元253~268年のもの。アテネ出土、アテネ国立考古学博物館)の額に刻まれた十字架を見て心で「うれし泣き」をした。●人類最高のギリシャ文明はキリスト教の福音によって偶像だといって滅ぼされたというのが歴史の観点であるが、私は真逆に「人類の文明の求めるところは福音で満たされた」と見た。うれし泣きである。さすが「神の子の十字架の福音である」。●人類が心の底から希求しているものは総て神が満たしてくれる。死後の命は永遠の命。この世の政治体制は、「エクレシア(神に呼び集められる者)」の形体。医学(治癒神アスクレピオス)はイエスの病気治療、理想の人体像は有体的復活、理想の神殿は活けるキリストが神の神殿。理想の「男女間の愛」はキリストによる霊の交わり。・・・・これらすべてが聖書に書かれている。●キリストの福音はマケドニアのアレキサンダー大王が制覇した国々に進展していった。聖書はコイネギリシャ語で書かれた。●ギリシャ文明は福音が伸びて行く「道を用意した」。●パウロはアテネのパルテノン神殿のあるアテネのあのアレオパゴスの丘で「知られざる神を拝んでいるアテネ人諸君に」と言って有体的復活の福音を説いた。


塚本訳 使  17:16-18
17:16 パウロはアテネで二人を待っているあいだに、都が偶像だらけであるのを見て、その心が怒りに燃えた。
17:17 それで、礼拝堂ではユダヤ人や敬神家たち、また広場では毎日毎日そこに居合わせた人たちに、話をした。
17:18 数人のエピクロス派やストア派の哲学者も彼と会談したが、「このお喋りはいったい何が言いたいのだろう」と言う者もあれば、「どうも外国の神々の宣伝者らしい」と言う者もあった。パウロがイエスと復活のこととを伝えていたからである


塚本訳 使  17:22-23
17:22 パウロはアレオパゴス法院の真中に進み出て言った。「アテネ人諸君、あなた達はどの点からしても、最高に信心深いようにわたしには見えます。
17:23 その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう



2016_07100003.jpg 

建築芸術の原点パルテノン神殿。アテネ。
アテネ市街からここに向かっていく途中にアレオパゴスの丘があるそうだからパウロはおそらくこの建物をも見たはずだ。
使徒のはたらき17章はギリシャ文明の中に有体的復活の福音が突入した劇的な場面である。

●翻って我が国のことを見ると、かって神道の側から「神道の目指すものはキリスト教に結実している」という学的報告があって、キリスト教の指導者が喜んだことがあった。神道に限らず仏教も儒教もその目指すところは「キリストの福音」にあると考える。ギリシャ文明は福音に変わったと同じように、我が国の宗教も福音に変わることを祈る。私は「有体的復活を十年一日のごとく説いている男」と言われているが、残る生涯は「この道」を行くしかない。

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朝の黙想おわり。キリストの有体的復活の福音こそ人の救いである。パウロはこれが一番大切な事だと次のように言う。

文語訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 我が第一に汝らに傳へしは、我が受けし所にして、キリスト聖書に應じて我らの罪のために死に、
15:4 また葬られ、聖書に應じて三日めに甦へり
15:5 ケパに現れ、後に十二弟子に現れ給ひし事なり。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

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手に負えない病に罹った時に・・・神に直せない病気はない・・・ ++++++++ 所感

2016/07/10 05:33

160710(日)4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) 
●朝の黙示「手に負えない病に罹った時に・・・神に直せない病気はない・・・」●「人の手に負えない病」「医者には直せない病」「つける薬がない病」。「どうしたらよいのか途方に暮れる病」・・・・長い人生にはそういう病に遭遇する時がある。●しかしこういう時こそ「神の招き」の時であると思う。なぜか。追い詰められてなりふり構わず、恥も外聞も振り捨てて神に向かうからである。しかし実際の場合はそういう時は「祈ること」も出来ない。呻くだけである。●しかし神は見ている。知っている。必ず救い出してくださる。本人に祈りが無くても、信仰が無くても助けて下さる。●信仰を求める人には直りにくい精神の病に陥っている人がいる。そういう人を抱えた家庭がある。しかしそれは神の招きである。救いの門である。恩恵の時である。神が介入する時である。●今朝はこのことを巡って聖書の思いつくところを書いてみよう。

塚本訳 ルカ 5:30-31
5:30 パリサイ人とパリサイ派の聖書学者が弟子たちに向かってつぶやいた、「なぜあなた達は税金取りや罪人と一しょに飲み食いするのか。」
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である

塚本訳 マタ 11:27-29
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

塚本訳 マコ 5:25-28
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである

塚本訳 ルカ 15:1-2
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」


塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マタ 17:14-20
17:14 (山を下りて)群衆の所にかえると、ひとりの人がイエスに近寄り、ひざまずいて
17:15 言った、「主よ、どうぞ伜にお慈悲を。癲癇で、ひどく苦しんでおります。幾たびも幾たびも火の中、水の中に倒れるのです
17:16 それでお弟子たちのところにつれて来ましたが、なおおしになれませんでした。」
17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」
17:18 そしてイエスが悪鬼を叱りつけられると、悪鬼が出ていって、その時から子はなおった。
17:19 あとで弟子たちは人のいない時にイエスの所に来て言った、「なぜわたし達には悪鬼を追い出せなかったのでしょうか。」
17:20 彼らに言われた、「信仰が無いからだ。アーメン、わたしは言う、もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、この山に向かい『ここからあそこに移れ』と言えば移り、あなた達に出来ないことは一つもない。」


塚本訳 マコ 9:20-29
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 4:33-34
4:33 そのとき、礼拝堂に汚れた悪鬼の霊につかれた一人の人がいたが、大声をあげて叫んだ、
4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

塚本訳 ルカ 8:26-35
8:26 かくて一行はガリラヤの向い側にあるゲラサ人の地に渡った。
8:27 イエスが陸にあがられると、その町の者で、悪鬼につかれた一人の男が迎えた。この男は長い間着物を着ず、また家にすまずに墓場にすんでいた。
8:28 イエスを見ると、叫びながらその前にひれ伏し、大声で言った、「いと高き神の子のイエス様、『放っておいてください。』お願いです、わたしを苦しめないでください。」
8:29 これはイエスが汚れた霊に、その人から出てゆけと命じたからである。汚れた霊は何度も何度もその人をつかんだ。いかに鎖と足桎でつながれ監視されていても、その繋ぎをひきちぎり、悪鬼に追われて荒野にいったのである。
8:30 「あなたの名はなんというか」とイエスがお尋ねになると、「軍団です」とこたえた。悪鬼が大勢、(一軍団も)彼の中に入りこんでいたからである。
8:31 また、地の底に行くことをお命じにならぬようにと願った。
8:32 折から、そこの山で多くの豚の群が草を食っていた。悪鬼どもは、それに乗り移ることを許されたいと願った。お許しになると、
8:33 悪鬼どもはその人から出ていって豚に乗り移った。すると群は(気がちがったように)けわしい坂をどっと湖へなだれこみ、溺れて死んだ。
8:34 豚飼たちはこの出来事を見て逃げ出し、町や部落に知らせた。
8:35 人々はこの出来事を見に出て来たが、イエスの所に来て、悪鬼を追い出された人が着物をき、正気にかえって、イエスの足もとにじっと坐っているのを見ると、恐ろしくなった。

塚本訳 マタ 8:33-34
8:33 豚飼たちは逃げ出して町に行き、ことの一部始終、ことに悪鬼につかれていた者に起ったことを知らせた。
8:34 すると町中(の者)がイエスに会いに出てきて、イエスに会うと、その土地を去られるようにと頼んだ。

塚本訳 ルカ 11:20-26
11:20 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の指で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。
11:21 強い者が武装して自分の城を守っている時には、その持ち物は安全であるが、
11:22 より強い者が襲ってきてこれに打ち勝つと、その頼みにしている武具を奪い、分捕品を分けるのである。
11:23 (だからわたしは言う、神と悪魔との戦いはすでに始まっている。)わたしの側に立たない者は、わたしに反対する者、わたしと一しょに集めない者は、散らす者である。
11:24 汚れた霊が(追い出されて)人間から出て行くと、砂漠をあるき回って休み場所をさがすが見つからないので、『出てきた自分の家にもどろう』と言って、
11:25 かえって見ると、(家は)掃除ができて、飾り付けがしてあった。
11:26 そこで行って、自分よりも悪い、ほかの(汚れた)霊を七つも連れてきて入りこみ、そこに住む。するとその人のあとの有様は、(追い出す)前よりも、もっとひどくなるのである。」

塚本訳 マタ 8:5-13
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」
8:13 それからイエスは百卒長に言われた、
「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

塚本訳 ヨハ 4:49-53
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 マタ 8:1-3
8:1 イエスが山を下りてこられると、多くの群衆がついて来た。
8:2 すると一人の癩病人が近寄ってきて、しきりに願って言った、「主よ、(清めてください。)お心さえあれば、お清めになれるのだから。」
8:3 イエスは手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、たちまち癩病が清まった。

塚本訳 マコ 1:21-28
1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。
1:22 人々はその教えに感心してしまった。聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。
1:23 そのとき、その礼拝堂に汚れた霊につかれた一人の人がいたが、たちまち声をあげて叫んで
1:24 言った、「ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたにちがいない。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

1:25 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。
1:26 すると汚れた霊はその人をひきつけさせ、大声をあげて出ていった。
1:27 皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」
1:28 イエスの評判がたちまち(カペナウムの)周囲の、全ガリラヤ到る所に広まった。



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●朝の黙想ディボーションおわり。神は難しい精神の病を治してくださる。それを抱えて悩み苦しんでいる人や家庭は神が介入する前兆である。必ずその人とその家庭に安らぎが訪れる。神が悪霊を追い出してくださるからである。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、
神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●10:00 妻と東京聖書読者会。茂木(司会)、高木(ロマ書2章)、山本8第一ペテロ2章)
●妻は合唱団「もくせい」。バッハ「クリスマスオラトリオ」。その後「反省会」。
●私は上野の国立博物館に「古代ギリシャ展」。史上最大規模だけあって長時間かかった。沢山の見学者がいて、日本人の水準の高さを感じた。最後の最後の大理石の胸像の額に十字架が彫られていたのが印象的であった。高度なギリシャ文明はキリスト教によって偶像だとみなされて滅んだのである。









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どう祈るべきかわからないとき・・・神・キリストの霊の介入・・・ ++++++++ 所感

2016/07/09 05:47

160709(土)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) 。●人生は艱難辛苦の連続である。楽で楽しい日々は続かない。常に重荷や悩みが襲ってくる。悲しみが降ってくる。子供たちの各家庭も自分たちの子供が難しい年頃になって悩みが増えてくる。「子を持って知る親の恩」。●「耐えがたき夜」「眠られぬ夜」は辛い。そんな時、わたし達以上に艱難辛苦の経験をした人の言葉は慰めである。人の子イエス、パウロ、ヒルティ、内村鑑三、信仰の諸先輩の言葉が胸に響く。苦難の音楽家たち(バッハ、vベートーヴェン、ラフマニノフ)の曲が響く。しかし、それらは「人間の言葉」だから究極の慰めにはならない。然り「聖書の言葉」は慰めにはなっても救いにはならない。●エクレシアは励ましにはなっても「救い」になならない●真の救いは神・キリストの霊の実在である。


文語訳 ロマ 8:26-27
8:26 斯くのごとく御靈も我らの弱を助けたまふ。我らは如何に祈るべきかを知らざれども、御靈みづから言ひ難き歎きをもて執成し給ふ。
8:27 また人の心を極めたまふ者は御靈の念をも知りたまふ。御靈は神の御意に適ひて聖徒のために執成し給へばなり


塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。


新改訳 ロマ 8:26-27
8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。
8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。


新共同 ロマ 8:26-27
8:26 同様に、"霊"も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、"霊"自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです
8:27 人の心を見抜く方は、"霊"の思いが何であるかを知っておられます。"霊"は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。

岩波翻訳委員会 ロマ 8:26-27

450826同様にして、霊もまた私たちの弱さを助けてくれる。なぜならば私たちは、しかるべき仕方で何を祈るべきかを知らないが、しかし霊自らが、言葉にならないうめきをもって、執り成しをしてくれるからである

450827〔人の〕心を探り知る方は、霊の思いが何であるのかを知っておられる。霊は、神に従って、聖なる者たちのために執り成しをしてくれるからである。

●パウロの救いは神・キリストの霊の実在であった。パウロの「律法主義者たち」との戦い、その迫害に耐えたのはキリストの霊の実在であった。今、日本聖書協会「新翻訳」パイロット版の意見具申のうちガラテヤ書をやっていてその息吹を感じる。

塚本訳 ガラ 3:2
3:2 わたしはあなた達からこのことだけを聞かせてもらいたい、あなた達が御霊をいただいたのは、律法を行なうことによってか、それとも、信仰(の福音)を聞いて信じたことによってか。


塚本訳 ガラ 3:5
3:5 では(もう一度たずねるが)、神が御霊を授け、あなた達の中に(不思議な)力を働かせられたのは、(あなた達が)律法を行なうことによってか、それとも、信仰を聞い(て信じ)たことによってか。


塚本訳 ガラ 3:14
3:14 これは、(モーセ律法を知らぬ)異教人に、(律法を行なわずとも、)イエス・キリスト(につながっているというだけの理由)によってアブラハムの祝福が臨むため、(然り、キリストを信ずる)信仰によって、(アブラハムに対する)約束の御霊をわたし達がいただくためである。


塚本訳 ガラ 5:25
5:25 もしわたし達が(かく)霊によって生きているのなら、またに従おうではないか。


塚本訳 ガラ 6:1
6:1 兄弟たち、もし何か過ちを犯した人があったら、あなた達霊の人は、柔和な心でこんな人を正しい道に引戻さねばならない。(ただ)あなたも(一緒に)誘惑されないように、自分に注意せよ。

塚本訳 ガラ 6:8
6:8 というのは、肉に蒔く者は肉から滅亡を刈取り、霊に蒔く者は(最後の日に神の)霊から永遠の命を刈取であろう。

塚本訳 ガラ 6:18
6:18 わたし達の主、イエス・キリストの恩恵、あなた達の霊と共にあらんことを、兄弟たちよ、アーメン。


●「聖書の言葉」も「人の言葉」も救いにはならない。神、キリスト、信仰、十字架、有体的復活、有体的再臨、聖書、三位一体、等キリスト教の本質は恩恵による「神・キリストの霊の介入」で初めてわかるものだ。●だから「霊とは何か」を探求しようとしたがやめた。探求というのは大脳皮質の知的行為だから宗教的真理はわからない。キリスト教の真理は「霊の介入でわかり、人生の「極度の悲しみ」からの救いもここにある。●我々の救い主は次のように言う。

塚本訳 ヨハ 14:15-17
14:15 あなた達は(皆別れを悲しんでいるが、本当に)わたしを愛するなら、わたしの掟を守り(互に愛し)なさい。
14:16 そうすればわたしも父上に願って、(わたしに代わる)ほかの弁護者をおくっていただき、いつまでもあなた達と一しょにおるようにしてあげる。
14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。


塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

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朝の黙想おわり。神は全部をご存知で導いて救って平安にしてくださる。神は時に本当に「むごい」ことをなさるが、それでも神は愛だ。その酷いことも真の愛を知らせんがためであると信じる。否、信じ込む。騙されても、嘘であっても信じ貫く。

●妻は歯科から参議院議員選挙、期日前投票に行く。

●午後私も参議院議員選挙、期日前投票に行く。明日投票できない理由を書く「覧」に「礼拝」と書いた。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、ガラテヤ書が終了したので日本聖書協会翻訳部に送信。この意見具申は私自身が勉強になり有益である。














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神の栄光は問題児を通して現れる。・・・悩みを恐れるな・・・ ++++++++ 所感

2016/07/08 06:34

180708(金)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●夜半に目覚めて啓示


詩篇
50:16 なやみの日にわれをよべ我なんぢを援けん而してなんぢ我をあがむべし

口語訳 詩  50:15
50:15 悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう」。

新共同 詩  50:15
50:15 それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって/お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」


●この具体例はイエスの行動を福音書に読めば沢山出てくる。今朝はそれを書かなお去る6月21日のブログもこの句に言及したがそこに書かなかったことを書く。神は我々の「悩み」をご存知で必ず助けて下さる。天使が現れて「力づけてくださる」。

塚本訳 ルカ 22:41-44
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。


●我々が神の国に入るには地上で苦しみを、得体のしれない不可解な、不条理な苦難を受けなければならない。これはクリスチャンの宿命だ。

塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 ヘブ 12:5-6
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』

文語訳 ヘブ 12:5-6
12:5 また子に告ぐるごとく汝らに告げ給ひし勸言を忘れたり。曰く、『わが子よ、主の懲戒を輕んずるなかれ、主に戒めらるるとき捲むなかれ、
12:6 そは主、その愛する者を懲らしめ、凡てその受け給ふ子を鞭うち給へばなり』、と。


●私が家を設計した故松島省三先生(稲の博士)が出征するとき、走り去る列車に信子夫人(故人)が追いかけて紙切れを渡した。そこにはピリピ1:29が書かれていた。

文語訳 ピリ 1:29
1:29 汝等はキリストのために啻に彼を信ずる事のみならず、また彼のために苦しむ事をも賜はりたればなり


塚本訳 ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである


●これを読まれた先生は滂沱の涙。この時程「クリスチャンを妻にもってよかった」と思ったことはないと思ったそうだ。南方で御苦労されて帰国してみると愛する二人の子供が亡くなっていた。その時の先生の嘆きはいかばかりであったか。生き延びたお子様の一人は「問題児」になり、ご両親を悩ませたが、先生の死後に回心してクリスチャンになられた。その洗礼式で教会員の歌う讃美歌にその「問題児」は号泣。神の栄光は、「問題児」を通して現れる。世の親よ、「問題児」を隠すな。悩みを恐れるな。


文語訳 ヨハ 12:24
12:24 誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし
死なば、多くの果を結ぶべし。

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朝の黙想ディボーションおわり 不可解な不条理な苦難は神による信仰の訓練。
神の目的が達すれば楽になる。パウロは信仰は忍耐だという。これは不思議な言葉だ。

塚本訳 ロマ 5:2-4
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。ガラテヤ5章
パウロが渾身の力を入れて説く律法からの自由は神の霊の介入があってのことである。

●妻は、午後に自彊術。

●夕方、東部図書館。





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結婚生活の苦・・・夫婦の不和は神が修復してくださる・・・ ++++++++ 所感

2016/07/07 06:11

160707(木)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セオス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の黙想課題「結婚生活の苦・・・夫婦の不和は神が修復してくださる・・・」●過日、私の知人が離婚した。「性格の不一致」が原因だという。成人前の子供が二人もいる。今頃どうしているのだろう。子供は夫婦の仲がよいと安心できるので良く育つと言う。●国も社会も家庭が基礎だから、これが壊れると国家社会の滅亡に繋がる。我が国の離婚率は三分の一。国家社会壊滅の前兆。あのローマ帝国は性道徳の紊乱で家庭が崩壊、人口減で滅びた。そこに新風をもたらしたのが初代キリスト教徒たちの聖く明るく生き生きとした生活ぶりであった。これで世界はよみがえったのだとヒルティは幸福論Ⅲでいう。日本にもこれが必要である。政治経済問題よりも先に必要だ。●聖い家庭になるためには「儒教道徳」「人間道徳」「根性論」「性格の一致論」、つまり異教思想ではダメで神の祝福が必要である。神は壊れてギクシャクした夫婦関係(それは人間の手に負えない困難な病気)をご自身の名誉のために修復してくださる。なぜなら結婚制度は、それがいかなる経緯であったにせよ神が男女を一つの軛(くびき)につなげるものである。性格の違うものを繋げられるのが結婚である。だから時にはそこに「無理」「ぎくしゃく」「不和」が生じるのである。しかし神はいつまでも二人を「不和」「ギクイシャク」のままにはしておかない。神はその病気をご自身の名誉のために必ず治してくださる。●夫婦の不和は竹の節、竹は節があるから強くなる。●今朝はこれらのことを巡って、人生経験を通じて思い当たる「聖書の言葉」を書いてみよう。「聞け!。子や孫たちよ」

口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

口語訳 創  2:21-23
2:21 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。

新共同 創  6:2-3
6:2 神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした
6:3 主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった

口語訳 創  39:6-7
39:6 そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった
39:7 これらの事の後、主人の妻はヨセフに目をつけて言った、「わたしと寝なさい」。

口語訳 出  20:14
20:14 あなたは姦淫してはならない


口語訳 出  20:17
20:17 あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。



口語訳 Ⅰサム16:7
16:7 しかし主はサムエルに言われた、「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。


口語訳 Ⅰサム16:12
16:12 そこで人をやって彼をつれてきた。彼は血色のよい、目のきれいな、姿の美しい人であった。主は言われた、「立ってこれに油をそそげ。これがその人である」。

口語訳 Ⅰサム17:42
17:42 ペリシテびとは見まわしてダビデを見、これを侮った。まだ若くて血色がよく、姿が美しかったからである。

口語訳 詩  45:1-2
45:1 わたしの心はうるわしい言葉であふれる。わたしは王についてよんだわたしの詩を語る。わたしの舌はすみやかに物書く人の筆のようだ。
45:2 あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。

口語訳 Ⅱサム11:2-3
11:2 さて、ある日の夕暮、ダビデは床から起き出て、王の家の屋上を歩いていたが、屋上から、ひとりの女がからだを洗っているのを見た。その女は非常に美しかった
11:3 ダビデは人をつかわしてその女のことを探らせたが、ある人は言った、「これはエリアムの娘で、ヘテびとウリヤの妻バテシバではありませんか」。

塚本訳 マタ 5:27-28
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。


口語訳 箴  6:23-26
6:23 戒めはともしびである、教は光である、教訓の懲らしめは命の道である。
6:24 これは、あなたを守って、悪い女に近づかせず、みだらな女の、巧みな舌に惑わされぬようにする。
6:25 彼女の麗しさを心に慕ってはならない、そのまぶたに捕えられてはならない
6:26 遊女は一塊のパンのために雇われる、しかし、
みだらな女は人の尊い命を求める。


口語訳 伝  3:1-5
3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある
3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
3:4 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
3:5 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり

口語訳 詩  127:1-5
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。
127:3 見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。
127:4 壮年の時の子供は勇士の手にある矢のようだ。
127:5 矢の満ちた矢筒を持つ人はさいわいである。彼は門で敵と物言うとき恥じることはない


口語訳 詩  128:1-3
128:1 すべて主をおそれ、主の道に歩む者はさいわいである
128:2 あなたは自分の手の勤労の実を食べ、幸福で、かつ安らかであろう。
128:3 あなたの妻は家の奥にいて/多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んで/オリブの若木のようである

口語訳 箴  12:4
12:4 賢い妻はその夫の冠である、恥をこうむらせる妻は/夫の骨に生じた腐れのようなものである。


口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

口語訳 箴  27:15-16
27:15 雨の降る日に雨漏りの絶えないのと、争い好きな女とは同じだ。
27:16 この女を制するのは風を制するのとおなじく、右の手に油をつかむのとおなじだ。

口語訳 箴  31:10-12
31:10 だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い
31:11 その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
31:12 彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない。

口語訳 箴  31:23-25
31:23 その夫はその地の長老たちと共に、町の門に座するので、人に知られている
31:24 彼女は亜麻布の着物をつくって、それを売り、帯をつくって商人に渡す。
31:25
力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。

口語訳 ヨブ 2:7-10
2:7 サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。
2:8 ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった。
2:9 時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。
2:10 しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった


塚本訳 マタ 19:5-10
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」
19:7 彼らが言う、「それでは、なぜモーセは『離縁状を渡して(妻を)離縁することを』命じているか。」
19:8 彼らに言われる、「モーセはあなた達の心が(神に対して)頑固なために、妻を離縁することを許したので、始めからそうではなかった。
19:9 わたしは言う、
不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」

塚本訳 Ⅱコリ6:14-15
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう


塚本訳 Ⅰコリ6:15-16
6:15 あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリストの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、
わたしはキリストの器官(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。
6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。


塚本訳 エペ 5:25-33
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──
5:26 キリストは洗礼の水浴びにより、(その際述べられる告白の)言葉をもって、教会を潔めて聖なるものとなし、
5:27 かくて汚点も皺もかかるものの何も無い、聖なる瑕なき輝かしい教会を自分で自分のために建てようとし給うたのである。――
5:28 これと同様に夫【もまた】自分の妻を自分の体のように愛すべき義務がある。自分の妻を愛する者は自分自身を愛するのである。
5:29 何故なら、未だ曽て自分の「肉」を悪んだ者は無く、何人もこれを養い育てる。同じようにキリストも教会を養い育て給う。
5:30 私達は彼の体の肢である。
5:31 『この故に人は父と母とを捨ててその妻に結びつき、二人は一体となる』。
5:32 この奥義は大きい。私はキリストを指し、また教会【を指して】言っている。
5:33 何れにせよ、君達も一人一人自分の妻を自分自身のように愛せよ。そして妻は夫を畏れよ


塚本訳 Ⅰテサ4:4-5
4:4 一人一人が聖潔と尊敬とをもって自分の妻を待うことを学び、
4:5 (決して)『神を知らぬ異教人』のように情慾をもって(これに対)してはならぬこと

塚本訳 Ⅰペテ3:1-5
3:1 同じく妻達よ、自分の夫に従え、或る夫が(伝道者の宣べる)御言には従わずとも、言葉でなく妻の行いによって、
3:2 (すなわち)お前達の神を畏れる潔い行いを見て捕えられんためである。
3:3 お前達の飾りは髪を(綺麗に)編んだり、金(の装身具)をつけたり、(美しい)着物を着たりする外部のことでなく、
3:4 柔和な、典雅な心ばせを朽ちぬ飾りとする心の中の隠れた人でなければならぬ。これこそ神の前で値打あるものである。
3:5 昔神に望みをかけた妻達も、斯く(柔和と典雅な心をもって)その夫に従い、自らを飾ったではないか。

塚本訳 Ⅰペテ3:7
3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。


塚本訳 黙  17:5
17:5 そしてその額には(こういう)一つの名、すなわち奥義が書きつけてあった、「大バビロン、淫婦らと地の嫌悪むべきものとの母!


塚本訳 黙  17:15
17:15 すると天使が私に言う、「お前が見た(あの)淫婦の坐っている(多くの)水(というの)は、(諸々の)民と群衆と、国と国語である。


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朝の黙想。世の中がよくなるのは家庭が清められること。子供が良く育つのは夫婦の仲が良いこと。

●猛暑。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:12
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塚本訳 ルカ 8:12

8:12 道ばたのものとは、(御言葉を)聞くと、あとで悪鬼が来て、彼らを信じて救われることのないように、その心から御言葉をさらってゆく人たちである。

●宗教、信仰、聖書などのことを初めから受け付けない人。それは悪魔の仕業だという。

塚本訳 ヨハ 1:9-11

1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。

1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに世はこの方を認めなかった。

1:11 いわば自分の家に来られたのに、家の者が受け入れなかったのである。

 

塚本訳 ヨハ 8:42-43

8:42 イエスは言われた、「もしも神があなた達の父であったら、あなた達はわたしを愛するはずである、わたしは神から出て、(ここに)来ているのだから。わたしは自分で勝手に来たのではない、神がわたしを遣わされたのである。

8:43 なぜわたしの言葉が通じないのだろうか。(神から委ねられた)わたしの福音を聞く耳がないからだ

 

塚本訳 マタ 13:12-15

13:12 だれでも持っている人は(さらに)与えられてあり余るが、持たぬ人は、持っているものまでも取り上げられるのである。

13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ。

13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。

13:15 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、その目は閉じてしまっているのだから。そうでないと、彼らは目で見、耳で聞き、心で悟り、心を入れかえて(わたし[神]に帰り)、わたしに直されるかも知れない。

 

塚本訳 塚本訳 ロマ 8:3-5

8:3 律法が肉に妨げられて無力になったために出来なくなったことを、神は(御子によって)成し遂げてくださった。すなわち(わたし達の)罪の(征服の)ためにその子を罪の肉の形で(この世に)遣わし、その肉(を殺すこと)において罪を罰されたのである。

8:4 これはわたし達が(もはや)肉によって歩かず、霊によって歩き、律法の要求することがわたし達において完全に果たされるためである。

8:5 なぜ(霊によって歩けばそれができる)か。肉による者[生まれながらの人]は肉のことを追い求めるが、霊による者[キリストを信ずる者]は霊のことを追い求めるからである。

 

塚本訳 ロマ 9:14-18

9:14 するとどういうことになるのだろうか。神に不公平でもあるのか。もちろん、そんなことはない。

9:15 その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、『わたしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす』と。

9:16 従って(憐れみも慈悲も、)それは(人間の)願望にも努力にもよらず、ただ神の憐れみによるのである。

9:17 (反対に、憐れみを奪われる場合も同じである。)現に聖書は、パロ[エジプト王]にこう(神が仰せられたと)言っているではないか、』わたしがあなたを(王として)立てたのは、(あなたの心を頑固にして私の命令にそむかせ、)あなたによってわたしの力を示すため、また、わたしの名が全世界に知れわたるため、ただそのためであった』と。

9:18 従って神は思うままに、ある人を憐れみ、ある人を、』頑固にされる』(ことは明らかである。)

 

塚本訳 ロマ 10:3

10:3 すなわち、彼らは(キリストを信ずることによって義とされる)神の義(の道が開けているの)がわからず、(自分の力で律法を守って)自分の義を立てようとしたため、神の義に服従しなかったのである。

 

塚本訳 ロマ 10:21

10:21 彼はまたイスラエル人について言っている、』(神は言われる、)「一日中、この不従順な反抗ばかりしている民に、わたしは手を伸べていた」(と。)』(だから彼らが信じないのは、頑なで自分の義を立てようとしたからであって、弁解の言葉はない。)

 

塚本訳 ロマ 11:7-8

11:7 それでは、どうだろうか。(結局)イスラエル人は(全体として)自分のほしがっているものを得ることはできず、(ただ小数の)選ばれた者がこれを得たのである。ほかの者は(みな)頑なにされてしまった。

11:8 『神は彼らに』『麻酔の霊を』『与えて、目を見えなくし、耳を聞こえなくされた、今日に至るまで。』と書いてあるとおりである。

 

塚本訳 Ⅰコリ2:14

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

 

塚本訳 ヨハ 3:5-8

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

塚本訳 ヨハ 6:45

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

 

塚本訳 ルカ 24:44-46

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

 

塚本訳 使  16:13-14

16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。

16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

 

塚本訳 ヨハ 20:21-23

20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」

20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。

20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。

 

塚本訳 ガラ 3:2-5

3:2 わたしはあなた達からこのことだけを聞かせてもらいたい、あなた達が御霊をいただいたのは、律法を行なうことによってか、それとも、信仰(の福音)を聞いて信じたことによってか。

3:3 あなた達はこんなに物がわからないのか。(信仰、すなわち)霊で始めたのに、今、(律法の行い、すなわち)肉で完成しようとするのか。

3:4 あれほどまでの経験を(すっかり)無駄にするのか。まさか無駄にするのではあるまい。

3:5 では(もう一度たずねるが)、神が御霊を授け、あなた達の中に(不思議な)力を働かせられたのは、(あなた達が)律法を行なうことによってか、それとも、信仰を聞い(て信じ)たことによってか。

 

塚本訳 ガラ 3:14

3:14 これは、(モーセ律法を知らぬ)異教人に、(律法を行なわずとも、)イエス・キリスト(につながっているというだけの理由)によってアブラハムの祝福が臨むため、(然り、キリストを信ずる)信仰によって、(アブラハムに対する)約束の御霊をわたし達がいただくためである

 

塚本訳 ルカ 11:11-13

11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。

11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。

11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。

 

塚本訳 ルカ 12:11-12

12:11 人々があなた達を礼拝堂や役所や官庁に引っ張っていった時には、いかに、何と弁明しようか、何を言おうかと、心配するな。

12:12 言うべきことは、その時に聖霊が教えてくださるのだから。」

 

塚本訳 ヨハ 14:17

14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。

 

 

塚本訳 ヨハ 15:26

15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

 

塚本訳 ヨハ 16:13

16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。


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新約聖書一日一節黙想 ルカ8:12



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至福なることは霊の交わり・・・イエス、パウロ、ヨハネの祈り、 ++++++++ 所感

2016/07/06 08:55

60706(水)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の黙想。Ⅱコリ13:13


文語訳 Ⅱコリ13:13
13:13 願くは主イエス・キリストの恩惠・神の愛・聖靈の交感、なんぢら凡ての者と偕にあらんことを。


口語訳 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恵みと、神の愛と、聖霊の交わりとが、あなたがた一同と共にあるように。


新改訳 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。


新共同 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。


塚本訳 Ⅱコリ13:13
13:13 主イエス・キリストの恩恵と、神の愛と、聖霊の交りとが、あなた達一同と共にあらんことを。


NKJV Ⅱコリ13:14
13:14 The grace of the Lord Jesus Christ, and the love of God, and the communion of the Holy Spirit be with you all. Amen.


TEV Ⅱコリ13:13
13:13 The grace of the Lord Jesus Christ, the love of God, and the fellowship of the Holy Spirit be with you all.


●人間は至福を求めて行動するがなかなか得られない。しかし聖書の告げるところによればそれは「霊の交わり」である。人間の求める交わりは、この世の交わり、肉の交わりである。平和、平和と叫んでもその目的は人間どおしの交わりである。教会も社交クラブになっている。これではいけない。至福は神の霊との交わりだ。●ヒルティは「神の友」と呼ばれていたらしい。今朝はこのことについて聖書のアチコチを黙想してみよう。

塚本訳 マタ 28:18-20
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ヨハ 4:13-17
4:13 イエスは答えられた、「
この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。

塚本訳 ルカ 12:15-21
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『
愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである
。」

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。

塚本訳 ロマ 5:1
5:1 だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた

塚本訳 Ⅰコリ1:7-9
1:7 それであなた達はどんな恩恵にも事欠くことなく、(安心して)わたし達の主イエス・キリストが(ふたたび)現われるのを待っているのである。
1:8 キリストはなおも最後まであなた達をしっかり立たせてくださるであろう、わたし達の主イエス・キリストの(来臨の)日に、(すこしも)非難するところのないように。
1:9 神は誠実であられる。この神によって、御子なるわたし達の主イエス・キリストとの交わりに、あなた達は召されたのである。

本訳 ピリ 2:1-4
2:1 (斯く君達は心を一つにして敵と戦うの)だから、もしキリストにおける勧めなるものが(あって君達にそれを受ける心が)あるのなら、もし(神の)愛による励ましなるものが(あって何かの役に立つもので)あるのなら、もし霊の交わりなるものがあ(って私たちが一つに結ばれてい)るのなら、もし同情と憐れみなるものがあるのなら、
2:2 どうか私を心一杯喜ばせてもらいたいのである──すなわち思いを同じうし、同じ愛をもち、心を共にし、思いを一つにし、
2:3 何事も(決して)利己心や虚栄心からせず、謙遜をもって互いに(他人を)自分よりも勝れていると考え、
2:4 各々自分のことだけでなく、各々他人のことをも顧みよ。


塚本訳 Ⅰコリ7:1-2
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。
7:2 ただ不品行をさけるために、それぞれ自分の妻を持て、またそれぞれ自分の夫を持て。

塚本訳 Ⅰペテ4:2-3
4:2 これは君達が最早人間の情欲によらず、神の御心によって肉体の残りの時を生きるためである。
4:3 というのは君達は過去を(神の御意ならぬ)異教人の意欲を行いながら放埒、情欲、大酒、酒宴、酒乱と禁断の偶像礼拝とに過ごしたが、(もう)充分だからである


塚本訳 エペ 5:25-28
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──
5:26 キリストは洗礼の水浴びにより、(その際述べられる告白の)言葉をもって、教会を潔めて聖なるものとなし、
5:27 かくて汚点も皺もかかるものの何も無い、聖なる瑕なき輝かしい教会を自分で自分のために建てようとし給うたのである。――
5:28 これと同様に夫【もまた】自分の妻を自分の体のように愛すべき義務がある。自分の妻を愛する者は自分自身を愛するのである。

塚本訳 Ⅰヨハ1:3-7
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである。
1:4 わたし達が(この手紙を)書くのは、(あなた達がわたし達との交わりに入り、)わたし達(が父と子と)の(交わりにおいてもっている)喜びが、完全なものとなるためである。
1:5 さて、わたし達が彼(キリスト)から聞いて、(いま)あなた達に告げしらせるおとずれ(というの)は、これである。──神は光であって、彼にはすこしも暗闇がないということである。
1:6 もし神と交わりがあると言いながら、暗闇を歩いているならば、わたし達は嘘をつくのであって、真理を行ってはいない。
1:7 しかしもし神が光の中にあるように、わたし達も光の中を歩いているならば、(神と交わりを持ち、従って)互にまことの)交わりを持つ(ことができる)のである。そして(たとい罪を犯すことがあっても)、その子イエスの血があらゆる罪から清めてくださる。(かくてわたし達は光の子となるのである。)

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朝の黙想ディボーションおわり

●8:00 妻は今井館に出発。婦人の読書会「塚本虎二著作集」今日はルカ福音書17章。信仰者の交わりは霊の交わり。




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泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)・・・有体的復活の希望の喜び・・ ++++++++ 所感

2016/07/05 04:52

160705(火)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエス(イエス)、クリスス(キリスト)、セス(神)、ヒュス(子)、ソル(救い主)=イクス(魚) ●朝の啓示

文語訳 黙  5:5
5:5 長老の一人われに言ふ『泣くな、視よ、ユダの族の獅子・ダビデの萌蘗、すでに勝を得て巻物とその七つの封印とを開き得るなり。


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 ルカ 7:12-14
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

●イエスが殺された理由は死人ラザロの有体的復活のためであった。これが歴史の真相であった。宮清めの暴挙ではない。死人の復活は信ずる者には希望であるが、信じない者には躓きであった。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。
11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた
11:46 しかし中には(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった。
11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。
11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない

●残りの生涯はイエスの「有体的復活」以外のことは口にすまい。高橋照男はこれを怒鳴りながら死んでいったと言われれば本望で光栄である。

文語訳 使  20:24
20:24 然れど我わが走るべき道程と、主イエスより受けし職(つとめ)、すなわち神の惠の福音を證する事とを果さん爲には、固(もと)より生命をもお重んぜざるなり。

口語訳 使  20:24
20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。


新改訳 使  20:24
20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。


塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 Ⅰコリ15:1-5
15:1 また、わたしが思い出してもらいたいのは、兄弟たちよ、(以前)あなた達に伝え、あなた達が(喜んで)受けいれてくれて、(今日まで)それに立っている、あの(死人の復活についての)福音である。
15:2 どんな言葉でわたしがその福音を伝えたにせよ、あなた達がそれを守っていさえすれば、軽々しく信仰に入ったのではない限りは、あなた達もその福音で救われる。
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。



●有体的復活を信じて生きる希望の喜び


塚本訳 ヨハ 11:23-27
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか
。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」


塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った
、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 16:9-11
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。


塚本訳 ルカ 20:34-38
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

●神に祈れば信仰がなくて死んだ人の有体的復活の希望を持てる。

塚本訳 マタ 8:5-13
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」
8:13 それからイエスは百卒長に言われた、
「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

塚本訳 ヨハ 4:46-53
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53
父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

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●朝の黙想ディボーションおわり

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昨日は既存の籐椅子を改造してロッキングチェアーにした。
ロッキングチェアーは人間工学の観点からして心地よいものである。
テニスンの「イノックアーデン」に出てくる。
海で遭難したイノックは何年振りかで故郷に戻ってくる。そっと窓から家の中を覗くと
悩みぬいた後に再婚した妻が子供たちに囲まれてロッキングチェアーで編み物をしている.
これを見たイノックはそっと去って行く。こういうのがキリスト教文学である。
この場合ロッキングチェアーは「幸福の象徴」になっている。
ヒルティもロッキングチェアーが好きだったようである。

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ベルンの書斎でのヒルティ。ロッキングチェアーだ。
眠られぬ夜のためにⅡ(白水社ヒルティ著作集第5巻)口絵。
1980年6月、37歳の時にこの家を訪れた。

●9:30 池谷医院、採血と尿検査。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:11

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塚本訳 ルカ 8:11

8:11 譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である。

●神の国の真理は「言葉」で伝わる。神の思いは「言葉」で表現される。言葉の原因は「霊」だから、霊が存在しなければ真理は通じない。

 

口語訳 創  1:1-3

1:1 はじめに神は天と地とを創造された。

1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。

1:3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

1:4 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。

 

口語訳 創  1:26

1:26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。

 

口語訳 創  1:31

1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

 

塚本訳 ヘブ 11:1-3

11:1 (では信仰とは何であるか。)信仰とは、希望することの実現であり、(目に)見ぬ事の確信である。

11:2 実際、(昔の偉大な)先祖たちは、この信仰において(神から聖書で)有名にされた。

11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

 

塚本訳 ヨハ 1:1

1:1 (世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。

 

塚本訳 ヨハ 1:2-4

1:2 この方は(世の)始めに神とともにおられた。

1:3 一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。

1:4 この方は命をもち、この命が人の光であった。

 

塚本訳 ヨハ 3:34

3:34 神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである。

 

塚本訳 ヨハ 4:24

4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ヨハ 6:63

6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

 

口語訳 詩  19:1-4

19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。

19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。

19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、

19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

 

口語訳 詩  119:103-107

119:103 あなたのみ言葉はいかにわがあごに/甘いことでしょう。蜜にまさってわが口に甘いのです

119:104 わたしはあなたのさとしによって知恵を得ました。それゆえ、わたしは偽りのすべての道を憎みます。/ヌン

119:105 あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

119:106 わたしはあなたの正しいおきてを守ることを誓い、かつこれを実行しました。

119:107 わたしはいたく苦しみました。主よ、み言葉に従って、わたしを生かしてください。

 

口語訳 イザ 40:1-2

40:1 あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ

40:2 ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた」。

 

塚本訳 Ⅰコリ1:17-18

1:17 救世主がわたしをお遣わしになったのは、洗礼を授けさせるためでなく、福音を説かせるためなのだから。それも、言葉の上の知恵をもって(説くの)ではない。それでは(人間の言葉の力が大きくなり)、キリストの十字架(の救い)が空虚なものになる恐れがあるからである。

1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

 

塚本訳 マタ 3:3

3:3 この人は、預言者イザヤによってこう言われた人である。──『荒野に叫ぶ者の声はひびく、「主の道を用意し、』その『道筋をまっすぐにせよ。」』

 

塚本訳 マコ 1:27

1:27 皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」

 

塚本訳 マコ 9:25-26

9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。

 

塚本訳 ルカ 8:25

8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。

 

塚本訳 ヨハ 6:68-69

6:68 シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

6:69 あなたこそ神の聖者(救世主)であると、わたし達は信じております。また知っております。」

 

塚本訳 ヨハ 11:40-43

11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。

11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」

11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。

 

塚本訳 黙  19:11-13

19:11 また私は天が開いているのを見た。すると視よ、白い馬が顕れて、それに乗り給う者は「忠実且つ真実なる者」と呼ばれ、義をもって審きまた戦い給う。

19:12 その目は焔(のようであり)、頭には多くの冠があり、自分でなければ、誰も(その意味を)知らない名が(それに)書いてある。

19:13 彼は血で染められた(真赤な)衣を纏い、その名は「神の言」と呼ばれる。

 

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25

1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』

1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

 

塚本訳 ロマ 10:8-10

10:8 しかしこれはいったい何を言っているのか。(キリストはすでに天から下り、また死人の中から復活されたので、もうそんな努力の必要はない、これも聖書にあるように、)『言葉はあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある』(というのである。)すなわちこの言葉こそ、わたし達が説いている信仰の言葉[福音]である。

10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。

10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)

 

塚本訳 ロマ 10:14-15

10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。

10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。