to 日記と感想 2016年11月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


妻よりも神・・・キリスト教夫婦道・・・ ++++++++ 所感

2016/11/30 06:05

161130(水)4時起床。乾布摩擦、体重測定、84キロ、マイナス11キロ、減量成功、体脂肪率19、湯沸し。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の啓示「妻よりも神・・・キリスト教夫婦道・・・」●死因の半分は「癌」。離婚率は三分の一。これ国家存亡の危機である。国は経済で崩壊はしない。戦争で崩壊しない。家庭崩壊で崩壊する。ローマ帝国がその見本。●我が国は今「サタンの攻撃で家庭が音を立てて崩壊ししつつある。●いかにして夫婦の道を全うするか、これ喫緊の課題である。その結論は次の「主の言葉」である。

塚本訳 マタ 22:36-40
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38 これが最大、第一の掟である。
22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』
22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

●結婚している子供たち、これから結婚する孫たちに告ぐ。キリスト教夫婦道に関する聖句を並べてみよう。思いつくまま。

口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。


口語訳 創  2:22-23
2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。

口語訳 創  6:2-3
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

口語訳 箴  31:10-13
31:10 だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い。
31:11 その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
31:12 彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない。
31:13 彼女は羊の毛や亜麻を求めて、手ずから望みのように、それを仕上げる。

口語訳 箴  31:25-30
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。
31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。
31:27 彼女は家の事をよくかえりみ、怠りのかてを食べることをしない。
31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。
31:30 あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる。

口語訳 創  2:24
2:24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。


塚本訳 エペ 5:31
5:31 『この故に人は父と母とを捨ててその妻に結びつき、二人は一体となる』。

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 マタ 19:9-11
19:9 わたしは言う、不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。

口語訳 詩  127:1
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

口語訳 詩  84:4-7
84:4 あなたの家に住み、常にあなたをほめたたえる人はさいわいです。〔セラ
84:5 その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです。
84:6 彼らはバカの谷を通っても、そこを泉のある所とします。また前の雨は池をもってそこをおおいます。
84:7 彼らは力から力に進み、シオンにおいて神々の神にまみえるでしょう。

口語訳 詩  128:3
128:3 あなたの妻は家の奥にいて/多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んで/オリブの若木のようである。

塚本訳 ルカ 16:12-13
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 14:26
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 Ⅰコリ7:5
7:5 互に(夫婦の務めを)拒んではならない。ただ、祈りに身を捧げるため、申し合せの上でしばらく間をおき、あとでまた一しょになるような場合は別として。自制力が足りないのに乗じて、悪魔があなた達を誘惑することのないためである。

塚本訳 Ⅰペテ3:7
3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 マタ 5:28-29
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。

塚本訳 Ⅰコリ6:15-16
6:15 あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリストの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、わたしはキリストの器官(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。
6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。

塚本訳 Ⅰコリ6:13
6:13 (肉の欲と言っても一様にはゆかない。あなた達のいうとおり、)「食べ物は腹のため、腹は食べ物のためにある」。しかし神はそれをもこれをも消えゆかせられるのである。これに反して、体は不品行のためにあるのでなく、主の(御用の)ためにあり、主は(わたし達の)体のために(命をすてられたので)ある。

塚本訳 マタ 12:25
12:25 イエスは彼らの考えを知って言われた、「内輪割れをするいかなる国も荒れ果て、内輪割れをするいかなる町も家も立ってゆかない。


塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 ヨハ 4:13-18
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 マコ 5:33-34
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」

塚本訳 ヨハ 8:1-11
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ヨハ 5:13-14
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ルカ 7:37-38
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。


塚本訳 ルカ 7:47-50
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

口語訳 詩  126:5-6
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。


塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 ヨハ 4:32-35
4:32 言われた、「わたしにはあなた達の知らない食べ物がある。」
4:33 すると弟子たちが互に言った、「だれも食べる物を持ってくるはずはないのに。」
4:34 イエスが言われる、「わたしの食べ物は、わたしを遣わされた方の御心を行い、(任せられた)お仕事を成しとげることだ。
4:35 あなた達のあいだでは『刈入れの時の来るにはまだ四月』と言うではないか。しかしわたしは言う、目をあげて畑を見てごらん。(麦畑の間を押し寄せてくるあのスカルの人たちを!)畑は黄ばんで刈入れを待っている。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

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朝の啓示黙想ディボーション。家庭は「主の祝福」によって建ちつづける。子や孫に祝福あれ。しかし失敗しても回復される。

2016_11300001.jpg 
早朝散歩。寒い朝。

讃美歌23

来る朝毎に、朝日とともに
神の光を 心にうけて
愛の御胸をあらたに悟る

来る朝ごとに 罪を浄むる
恵みの露は 天よりkぅだり
神の幸をぞ あらたにそうる

来る朝ごtろに 業と言葉を
浄めわかちて 神に捧げば
捧ぐるたから いやましたまわん

来る朝毎に とるわがつとめ
人を愛して 己に勝たば
神に近づく 道とこそなれ

来る朝毎に 祈れるごとく
歩み正しく まさみちすすみ
聖き休みに いらしめたまえ



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皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ・・・信仰と行為の問題・・・ ++++++++ 所感

2016/11/29 06:17

161129(火)4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。●朝の啓示「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ・・・信仰と行為の問題・・・」

塚本訳 マタ 22:17-21
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

●信仰と行為、信仰と社会活動、信仰と政治の問題はキリスト教2000年間の尽きない論争である。この論争が起こると「またか」という感じがする。お互いが聖書を引いて思想闘争を繰り返していがみ合っている。これに対する「主のジャッジ]」は、上記の「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ」に尽きる。
●問題はこの難解な言葉の解釈である。そこで今朝はこの言葉を「主」に説明して貰おう。それには「主の言葉」をアチコチ読んで繋いでみると「主の心」が見えて来る。パウロに聞かない。人間に聞かない。ルター、カルヴァン、バルト、ボンヘッファー、内村、矢内原に聞かない。「主に聴く」。

塚本訳 マタ 5:38-42
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 マタ 17:24-27
17:24 彼らがカペナウムに来たとき、宮の奉納金の取立て人がペテロの所に来て言った、「あなた達の先生は奉納金を納めないのか。」
17:25 ペテロが「もちろん、納められる」と言う。そして(イエスの)家に行くと、イエスの方から言い出された、「シモン、どう思うか、この世の王たちは官税や税をだれから取るだろうか。自分の子供たちだろうか、それとも余所の人からだろうか。」
17:26 「余所の人から」と答える。イエスは言われた、「それでは(神の)子供たちには(納める)義務はない。
17:27 しかし人々をつまずかせないため、湖に出かけていって釣針を垂れよ。最初に釣れた魚を取って口をあけるとスタテル銀貨(二千円)が一つあるから、それを取って、わたしとあなたの分として取立て人に渡しなさい。」

塚本訳 マタ 24:15-19
24:15 それで、預言者ダニエルをもって言われた『(聖なる所を)荒らす忌わしいものが聖なる所に』立つのを見たら[読者はここに隠された意味をよく考えるがよい]、
24:16 その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ。
24:17 屋根の上におる者は、下におりて家にある物を取りだそうとするな。
24:18 畑におる者は上着を取りに『(家に)もどる』な。
24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、ああかわいそうだ!

塚本訳 マタ 26:62-64
26:62 そこで大祭司は立ち上がってイエスに言った、「何も答えないのか。この人たちは(あんなに)お前に不利益な証言をしているが、あれはどうだ。」
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。

16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マタ 6:30-34
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ルカ 9:22-24
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。御心のままに、神ママに。御心のままに、神ママに。人は人。行為主義者を批判しない。それぞれに「十字架」を負わせられる。

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早朝散歩の道。キリストは道だ。今日も寒い朝。

文語訳 ヨハ 14:6
14:6 イエス彼に言ひ給ふ『われは道なり、眞理なり、生命なり、我に由らでは誰にても父の御許にいたる者なし。


塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。



●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申エブライ人への手紙3章。著者や読者を知ると言わんとすることが見えて来る。

●妻がパンやケーキを作る時に使用するハンドミキサーの故障修理。修理大好き。これが終わらないと聖書の作業に手がつかない。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:33 神は悪霊を追い出して病気を癒す。

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心を聴く・・・神は願わずとも人の心を総てご存知・・・ ++++++++ 所感

2016/11/28 05:23

161128(月)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●4時15分起床、乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、湯沸し●キリスト者の皆様お早うございます。朝の啓示「心を読む・・・神は願わずとも総てをご存知・・・」●昨日は秋川キリスト集会で淀川キリスト教病院の元チャプレンの窪寺俊之氏の講演「スピリチュアル・ケアとは何か」を聴いた。それによると末期がん患者にはその心を聴くことが癒しに最も大切で効果のあるなことであるということを知った。「聞く」は事柄を知ることであるが、「聴く」とは心を読むことであるという。ホスピスの従事者で一番大切な事は患者の心をひたすら「聴く」サーバントであるべきであるという。医者は病気を治そうと「上から目線で」事柄を「聞く」が、スピリチュアルケアは患者の下に立って「心を聴く」(漢字が違う)ことをするのだと言う。これが最も大切な癒しの業であることを知った。何かをすることでなく、ボールを受けることに効果があると言う。それが「霊魂の救い」につながるのであると言う。●私は12年前に肺癌でホスピスで死んだ母のことを思って反省、自戒した。母の救いを願って必死に祈ったが、母にとってはそれが「子ともからの「説教」に聞こえたらしい。母は信仰を持たずして逝った。「聴かれざる祈祷」(内村鑑三)であった。●講演後の質問時間で、そのことを申し上げると、「神は大きな愛でお母さんを包んでくださっています」と慰めてくださったさすが百戦錬磨の元チャプレンだと思った。。●窪寺氏(77歳)は今でこそスピエリチュアルケアの第一人者であるが、、ご自身の子育ての失敗(二人の娘が2年間も家出)が敬虔になっているので話に説得力があった。
●そこで今朝は「神は願わずとも人の心を総てご存知」ということをテーマに、聖書のアチコチを思い浮かべてみよう。神の子イエスは立ち止まって人の心を読まれた。


塚本訳 マタ 9:9
9:9 イエスはそこから出かけて、(湖のほとりで)マタイという人が税務所に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、立って従った。


塚本訳 ヨハ 2:25
2:25 また人のことをだれからも教えてもらう必要がなかったのである。自分で人の心の中がわかったからである


塚本訳 ヨハ 4:15-18
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」


塚本訳 ルカ 19:5-6
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。


塚本訳 マコ 12:13-17
12:13 それから彼らは数人のパリサイ人とヘロデ党の者とを、イエスの所にやった。その言葉尻をとらえ(て訴え出)ようとするのである。
12:14 その人たちは来てイエスに言う、「先生、あなたは正直な方で、だれにも遠慮されないことをよく承知しております。人の顔色を見ず、本当のことを言って神の道を教えられるからです。(それでお尋ねしますが、わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきでないでしょうか。」
12:15 イエスは彼らの偽善を見抜いて言われた、「なぜわたしを試すか。デナリ銀貨を持ってきて見せなさい。」
12:16 持ってくると、言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」「皇帝のです」と彼らが言った。
12:17 イエスは言われた、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」彼らはイエスに驚いてしまった。


塚本訳 ルカ 7:12-14
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。


塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。


塚本訳 ヨハ 1:47-48
1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼のことをこう言われる、「そら、あれは生粋のイスラエル人だ。すこしもごまかしがない。」
1:48 ナタナエルが言う、「まあ、どうしてわたしを御存じですか。」イエスが答えて言われた、「ピリポが呼ぶ前に、あなたが無花果の木の下にいるのを見た。」


塚本訳 ロマ 8:22-24
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになってみの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)
8:23 しかし(苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。


塚本訳 ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。


塚本訳 使  14:8-10
14:8 当時ルステラに、足のきかない一人の男が坐っていた。母の胎内から足なえで、まだ一度も歩いたことがなかった。
14:9 この人がパウロの話を聞いていると、パウロはじっと見つめ、(足が)直るに必要な信仰があるのを見て、
14:10 大声で、「『自分の足で』まっすぐに『たちなさい!』」と言った。すると(たちまち)躍って歩きまわった。


塚本訳 マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』


塚本訳 マタ 19:25-26
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」


塚本訳 ヨハ 11:33-34
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」


塚本訳 ヨハ 11:41-42
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」


塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。


塚本訳 ルカ 11:12-13
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 マタ 5:45-46
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。神は人の呻き、嘆き、願いをことごとくご存知だ。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申ヘブライ人への手紙2章。難解だが、中心は十字架、贖罪、復活。

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夕方散歩。風が冷たい。


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金星、テニスンの辞世の詩「砂州超えて」を思う。来世で会える人がいる。迎えてくれる。

ネットからコピー
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砂州を越えて---辞世の詩
Crossing the Bar

Alfred Tennyson
アルフレッド・テニスン



             Sunset and evening star,
                And one clear call for me !
             And may there be no moaning of the bar,
                 When I put out to sea,

             But such a tide as moving seems to asleep,
                Too full for sound and foam,
             When that which drew from out the boundless deep
                Turns again home.

             Twilight and evening bell,
                And after that the dark !
             And may there be no sadness of farewell
                When I embark;

             For though from out our bourne of Time and Place,
                The flood may bear me far,
             I hope to see my Pilot face to face
                When I have crossed the bar.




                 陽は沈み夜空には星
                    澄んだ声がわたしを呼ぶ!
                 わたしが海へ踏み出すとき
                    砂州に呻きのないことを。

                 果てのない深みより寄せ来る波が
                    再び元へ戻るとき、
                 潮は満ちて音も泡もなく
                    眠るような動きであってほしい。

                 黄昏と晩鐘の響き
                    その後は暗い闇 !
                 わたしが船出するとき
                    別れの悲しみのないように。

                 時と処の境を超えて
                    流れがわたしを彼方へ運ぼうとも
                 わたしが砂州を越えるとき
                    案内人に顔を合わせたい。
                                     [翻訳:Tad]



 テニスンは81歳の時この詩を作り、これを「白鳥の歌」として自分の詩集の最後に載せてほしいと語ったという。「白鳥の歌」とは辞世の歌のことである。

 砂州とは河口または湾の入り口にある砂や岩石できた小さな堤で、これより内側にはあまり高い波は来ない。と同時に、この砂州は生命の分岐点を象徴している。これより先は死の世界である。 案内人とは神のことであろう。自分が死ぬときは、神の導きによって迷いなくこの世を船出したいとテニスンは願っているのであろう。

 死を取り上げた詩は必ずしも少なくない。以前は今ほど医学が進んでいなかったから、誰しもが死を意識し、死に直面したのであろうか。
 現代は医学が進歩したせいか、死を語るより医を語る人が増えた。長寿時代を迎えた。

 願わくば健康に生き、安らかにこの世を去りたいものだ。

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ネットからのコピー終わり。






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「一粒の麦の死」への旅のはじまり…12月4日集会感話骨子・・・ ++++++++ 所感

2016/11/27 05:30

161127(日)4時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●次回12月4日集会感話の骨子がまとまった。

12月4日集会感話の骨子
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 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む


                      イエス洗礼を受ける                                                          
              (ルカ3:21-22)
  
                                   
       ・・・「一粒の麦の死」への旅のはじまり・・・

 

2016年12月4日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 3:21

3:21 さて民衆が皆(ヨハネから)洗礼を受けた時、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開けて、

 

感話1  神は人の子の姿を取って世に降られ、ユダヤ人の世の伝統に服された。

 

塚本訳 ルカ 2:41-42

塚本訳 ピリ 2:6-8

塚本訳 ロマ 8:3

塚本訳 ヘブ 5:7-8

 

感話2 キリストは律法を守られた


塚本訳  マコ 10:19-2
塚本訳 マタ 5:17-18 

 

感話3 しかしキリストは律法の終わりになられた。

 

塚本訳 ルカ 16:16

塚本訳 ヨハ 1:29

塚本訳 マタ 4:14-16

 

塚本訳 ルカ 3:22

3:22 聖霊が鳩のような形で彼の上に下ってきた。そして「あなたは(いま)わたしの“最愛の子、”“わたしの心にかなった”」という声が天からきこえてきた。

 

感話1 人が大命を授かる時、人生の岐路に天から声が響く。ルカの人生観

 

塚本訳 ヨハ 12:27-30

塚本訳 ルカ 22:42-44

塚本訳 使  26:12-14

 

感話2 我々の場合も十字架と復活を信じられるというのは、神による業

 

塚本訳 ルカ 7:28

塚本訳 ルカ 24:31-32

塚本訳 Ⅰペテ1:8

塚本訳 ルカ 24:45-48

 

感話3 天からの声は、「一粒の麦の死」へ門出の言葉

 

口語訳 イザ 53:11

53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う

 

塚本訳 ルカ 9:22

9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。

 

塚本訳 ルカ 9:23-24

9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

 

塚本訳 ヨハ 12:24

12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

 

塚本訳 マコ 15:31-32

15:31 同じように大祭司連も、聖書学者と一しょに、こう言って(イエスを)なぶり合った、「あの男、人は救ったが、自分は救えない

15:32 救世主、イスラエルの王様が!今すぐ十字架から下りてくるがよい。見たら信じてやるのに!」一しょに十字架につけられた二人(の強盗)も、イエスを罵った。

 

塚本訳 Ⅰコリ15:37-38

15:37 そしてあなたのまくものは、やがて出来る体をまくのではなく、たとえば麦にしても何かほかの種類にしても、裸の粒にすぎないのである。

15:38 しかし神は御心のままにそれに体をお与えになる、しかもそれぞれの種に独得の体を。

 

塚本訳 マコ 10:44-45

10:44 一番上になりたい者は皆の奴隷になれ。

10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。

 

塚本訳 ガラ 1:4

1:4 キリストはわたし達の父なる神の御心にしたがい、わたし達を悪い現在の世から救いだそうとして、わたし達の罪のために自分を与え(て十字架につけ)られたのである。

 

塚本訳 ルカ 9:51

9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み、

 

感話4 死人の復活という喜びの福音・・・人の心に思い浮かばなかったこと

 

塚本訳 ルカ 7:12-14

7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。

7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、

7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

 

塚本訳 ルカ 8:52-55

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた

8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、

8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

 

塚本訳 Ⅰコリ2:8-9

2:8 この世の支配者のだれ一人、これのわかっていた者はなかった。もしわかったならば、栄光の主(キリスト)を十字架につけなかったはずであるから。

2:9 しかし(聖書に)書いてあるとおり(に実現したの)である。『目も見ず耳も聞かず』、人の『心に起こらなかった』もの、『これを神は御自分を愛する者たちのために』用意された。

 

塚本訳 ヨハ 11:25-27

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

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 12月4日集会感話の骨子 おわり

●8:00 町内会清掃。今日は妻が集会感話なので私が変わって聖想。それから急いで集会へ。
●10:00 集会は川上(司会)、高橋トミ子(パリサイ人と税金取り、伊東彊自先生のご家庭のこと。福島自然エネルギーのこと)
●妻はバッハ「クリスマスオラトリオ」の練習
●14:00秋川キリスト集会(代表・有馬平吉)講演会窪寺俊之「スピリチュアル・ケアとは何か」
 (聖学院大学教授・元淀川キリスト教病院チャプレン)。「聞く」と「聴く」の違い。スピリチュアルケアの本質は心を聴くことにあるという結論にいたく感激。医療従事者は常に「上から目線」。チャプレンの立場は聴き役としてのサーバントの徹することだと言う。ご自身の子育ての失敗。二人の娘が家出。「お父さんの顔を見たくない」と2年間も家に帰らなかったという正直な告白。私は反省、自戒。




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私達は「死人の復活という喜び」の福音に生きています・・・2017年賀状・・・ ++++++++ 所感

2016/11/26 04:43

161126(土)3時15分起床。種を蒔け。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●2017年賀状準備。「私達は「死人の復活という喜び」の福音に生きています・・・2017年賀状・・・」●2時半ごろ目覚め、そのまま寝付けずに床の中で聖句をあっちこっちメモする。順不同、示されるまま。

塚本訳 ルカ 12:25
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。


塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。


塚本訳 ルカ 7:13-14
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。


塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」


塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。


塚本訳 マタ 19:16
19:16 するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」


塚本訳 ルカ 19:9
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。

塚本訳 マタ 5:3
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから


塚本訳 ルカ 6:20
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。


塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。


塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」


塚本訳 ヨハ 3:3
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」


塚本訳 ヨハ 20:7-9
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中いるのだから。」


塚本訳 Ⅰヨハ1:3
1:3 わたし達が見たもの、また聞いたものを、あなた達にも告げる。あなた達もわたし達と(霊の)交わりを持つためである。しかしわたし達のこの交わりは、(他方においては)父(なる神)とその子イエス・キリストとの交わりである。


塚本訳 ルカ 11:13
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

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朝の啓示、黙想、瞑想、ディボーション。死人の復活の希望に生きる

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早朝散歩。寒い朝。讃美歌を歌いながら出発。

●日本聖書協会「新翻訳」パイオロット版意見具申。ヘブライ人への手紙1章。
神学である。頭の運動である。なじまない。切りあい、いがみ合い、喧嘩の種。




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私達は ++++++++ 所感

2016/11/26 03:54

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兵糧攻め・・・神の作戦・・・ ++++++++ 所感

2016/11/25 05:00

161125(金) 4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は妻と相談してネズミを殺さずに「兵糧作戦」に出ることにした。ネズミに食べ物を全くかじられないような作戦にした。そうすれば数日でネズミは我が家から去るであろうと考えたのである。●「兵糧作戦」は神の方法である。干ばつ、飢饉、食糧難。これみな神の方法である。罰ではない悔い改めを促す神の方法だ。

塚本訳 ルカ 15:14-16
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。

塚本訳 ルカ 15:17-18
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました

塚本訳 マコ 13:8
13:8 (世の終りが来る前に、)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がる』のだから。またここかしこに地震があり、飢饉がある。(だが)これは(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

塚本訳 マタ 5:38-40
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14
あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

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朝の黙想ディボーションおわり。無抵抗主義で生きよう。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ16章。いわゆる「マルコの最後」についてt次のように意見具申。「新翻訳」は聖書学的にも最先端を行くものでなければ」ならない。

結び一

 

●改訂案・・・「結び一」は「付録」(塚本訳)ないし「補遺」(岩波翻訳委員会、フランシスコ会、)が良い。

●理由・・・・マルコの本文は16章8節までであったことは聖書学的に定説。

        9~20節は後の写本の加筆だから明快に区分しておいた方がよい。

●東部図書館まで晩秋のあきる野を散歩。1万968歩。

●昨夜不具合であった風呂の給湯が直ったので今日はゆっくり入浴できる。

 






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記念伝承すべきこと・・・主があなたにしてくれたことを話しなさい・・・ ++++++++ 所感

2016/11/24 05:46

161124(木)さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ● 4時半起床、寒い朝。乾布摩擦、体重測定、3年でマイナス11.6キロ。冷水洗顔、湯沸し。●今日は我が家の台所を攻撃するネズミを退治する日。ネズミといえども命を殺すことは気が重いが、妻を「いじめる」ものから「自主防衛」をせねばならない。●朝の啓示「記念伝承すべきこと・・・主があなたにしてくれたことを話しなさい・・・」●伝道は簡単だ。自分が滅びから主の力で救われたことを宣伝すればよいことだけなのだ。


塚本訳 ルカ 8:38-39
8:38 (帰ろうとされる時に、)悪鬼を追い出された男がお供をしたいと願ったが、(許さず、)こう言ってお帰しになった、
8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした。

塚本訳 マタ 19:25-26
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」


塚本訳 エペ 2:1-5
2:1 君達も(私達と同様に)自分の咎と罪によって死んだ者であって
2:2 かつてはこの世の世界の流れに従い、すなわち空中の権威と、今も不従順の子らの中に働いている(悪)霊との首領に従って、その咎と罪の中を歩いたのであった。
2:3 (否、)私達も皆かつてはこの人達に伍して自分の肉の欲の中に生活し、肉と欲望の欲するままに振舞って、他の(異教)人達のように生まれながら(神の)怒りの(審判に定められた)子であった。
2:4
しかし憐憫に富み給う神は、その大なる愛によって私達を愛し、
2:5 咎によって死んでいたこの私達をもキリストと共に活かし──君達が救われたのは恩恵によるのだ──

塚本訳 ガラ 1:4-5
1:4 キリストはわたし達の父なる神の御心にしたがい、わたし達を悪い現在の世から救いだそうとして、わたし達の罪のために自分を与え(て十字架につけ)られたのである。
1:5 栄光は永遠より永遠に神のものであれ、アーメン。

塚本訳 マコ 14:9
14:9 アーメン、わたしは言う、世界中どこででも(今後)福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために(一しょに)語りつたえられるであろう。

塚本訳 Ⅱコリ11:29-31
11:29 ああ、だれかが弱って、わたしが弱らないことがあるか、だれかが罪にいざなわれて、このわたしが(悲しみに)燃えないことがあるか。
11:30 (ああ、なんと弱い人間であろう!なんの誇りがわたしにあろう!)もし(使徒の権威を示すために)自慢せねばならないなら、わたしは自分の弱いことを自慢しよう。
11:31 永遠に讃美すべきお方、主イエスの神また父は、わたし達が嘘をつかないことを御存じである。

塚本訳 ピリ 3:7-11
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──
3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、彼と同じような死様をして、
3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。

塚本訳 Ⅱコリ12:7-10
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。
わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから。

塚本訳 ロマ 5:19-21
5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである
5:20 (それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる
5:21 これは罪が死を持って支配したように、恩恵も義をもって支配し、わたし達の主イエス・キリストによって、(わたし達を)永遠の命に入れるためである。

塚本訳 ヘブ 12:14-15
12:14 すべての人との『平和を追い求めよ』、また聖潔を。聖潔がなければ、だれも主にまみえることはできない。
12:15 よく注意して、神の恩恵に入ることができぬ者が(一人も)ないように、(また、)『(一本の)苦い(毒草の)根が生え出てやっかいをかけ』、それによって多くの人が(罪に)よごされ(るものが一つも)ないように

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朝の啓示黙想瞑想おわり。主が救う。人間には出来ないことが神には出来る。

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早朝散歩で初雪。11月の初雪は54年ぶりだという。

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雪の我が家。我が家と我が一統を罪から清め給え。

讃美歌521

イェスよ こころに宿りて われを宮となしたまえ、
けがれにそみしこの身を 雪よりしろくしたまえ

わが罪をあらいて 雪よりしろくしたまえ


●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ15章。マルコはアト一章。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:32
 ガダラの豚。神は悪霊を追い出す。

●クリスチャンの信仰の足腰を強くする聖書の読み方は、自分の力で「聖書で聖書を読む」。

●妻は小寺七重さんと八王子で会う。

●家の前の雪かき。




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死人の復活という喜びの「福音」・・・人の心に思い浮ばなかったこと・・・ ++++++++ 所感

2016/11/23 05:14

161123(水)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。3時45分3度目の目覚め。トイレ。4時起床。キリスト者の皆様お早うございます。今朝の啓示「死人の復活という喜びの福音・・・人の心に思い浮ばなかったこと・・・」●これを語ると不思議に少数であるが、私に面会に来る人がいる。本当か、と確かめに来るのだ。本当だ、嘘ではない。見たのか、見ない。「胸が熱くなって信じられるようになったのだ。●残りの人生、急げ、急げ。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


塚本訳 ヨハ 11:37-40
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか
。」

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 11:45-48
11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。
11:46 しかし中には(彼を信ぜず、)パリサイ人の所に行って、イエスのされたことをあれこれと報告した者もすこしあった

11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが。
11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 20:7-10
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。
20:10 それから二人の弟子は家にかえった。

塚本訳 マタ 28:14-17
28:14 もしこのことが総督の耳に入ったら、われわれが執成して、お前たちには心配をかけないようにするから」と。
28:15 兵卒らは金を受け取って、教えられたとおりにした。こうしてこの話は、今日までユダヤ人の間にひろまっている。
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった

塚本訳 ヨハ 20:25-27
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 Ⅰコリ15:35-39
15:35 しかし、ある人は言うかも知れない、(かりに復活があるとしても、)どんな風にして死人が復活するのか、どんな体で来るのかと。
15:36 訳のわからない人!あなたがまくものは、死ななければ生かされないのだ。
15:37 そしてあなたのまくものは、やがて出来る体をまくのではなく、たとえば麦にしても何かほかの種類にしても、裸の粒にすぎないのである。
15:38 しかし神は御心のままにそれに体をお与えになる、しかもそれぞれの種に独得の体を。
15:39 すべての肉が同じ肉ではない。人間の(肉)がちがい、家畜の肉がちがい、鳥の肉がちがい、魚の(肉)がまたちがう。

塚本訳 Ⅰコリ2:7-9
2:7 わたし達が話すのは神から来る(神の)秘密を示す知恵であり、(世に)隠されていた知恵であり、神がわたし達に栄光を与えるために、世の始めの前からあらかじめお定めになった知恵である。
2:8 この世の支配者のだれ一人、これのわかっていた者はなかった。もしわかったならば、栄光の主(キリスト)を十字架につけなかったはずであるから
2:9 しかし(聖書に)書いてあるとおり(に実現したの)である。『目も見ず耳も聞かず』、人の『心に起こらなかった』もの、『これを神は御自分を愛する者たちのために』用意された

塚本訳 マコ 3:20-21
3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 Ⅱコリ5:14-17
5:14 なぜというか。キリストの愛がわたし達を駆り立てるからである。わたし達はこう考える、──ただの一人の人(キリスト)がすべての人の身代りに死なれた、従ってすべての人は(キリストと一緒に一度)死んだのである、
5:15 そして彼がすべての人の身代りに死なれたのは、(彼と一緒に死んで新しい命にいま)生きている者たちが、もはや自分のために生きず、身代りに死んで復活された方のために生きるようにというのである
5:16 だからこのわたし達は、今からのちだれをも人間的に知ろうとはしない。たとい(以前は)キリストをも人間的に知っていたにせよ、今はもはや(そのように)知りはしない。
5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう

塚本訳 ピリ 3:7-11
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──
3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、彼と同じような死様をして、
3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示、黙想瞑想ディボーションおわり。御言葉を蒔く。少数でよい、「耳のある者は聞け」。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ15章前半。
後半の岩波版データが欠如。原本からスキャナして横書きにする作業に往生。

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羽村フィルのコンサート。「くるみ割り人形組曲」。中学時代を思いお出して胸が詰まった。

2016_11230004.jpg 

羽村ゆとろぎホールの前の公園。 秋。

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クリズマススリー。
クリスマスは「死人の復活の喜びの福音をもたらしてくださった主イエスの誕生の祝い」。










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脳梗塞3回、弱視、骨折、母と死別、独り身・・・これでもか、これでもか・・・ ++++++++ 所感

2016/11/22 05:57

161122(火)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚)● 昨日の早朝散歩で、杖をついている人と出会ったので、いつものように近づいて「脳をやったのですか」と声をかけた。すると「63歳、脳梗塞3回、弱視、骨折、数年前に母と死別、独り身、食事は毎日カップラーメン。もう地獄でもどこへでも行くよ」という。後姿を見ながら思った。イエスだったら彼にどう声をかけるのだろう。●今朝はそれを想定してみよう。●今朝もまたあの人に会うかもしれない。神が彼に現れて霊魂の救いに至りますように。彼がいま生きているのは、神が「これでもか、これでもかと打って、なお生かして、「霊魂の救いの福音」を聞かせようとしているのではあるまいか。彼は聖書も読めない、パソコンンも出来ない。暗い人生だ。


塚本訳 マタ 11:4-5
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 ヨハ 5:5-9
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」
5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」
5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

塚本訳 ヨハ 5:14
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ヨハ 8:10-11
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである

塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 使  3:1-8
3:1 さて昼の三時の祈りの時間に、ペテロとヨハネとが宮に上ろうとすると、
3:2 (ちょうどその時、)母の胎内からの足なえの男がかつがれて来た。彼は宮に入る人たちに施しを乞うため、宮の、いわゆる「美しい門」に毎日置かれたが、
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら。

塚本訳 Ⅱコリ12:7-10
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから。

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朝の啓示黙想瞑想おわり。キリスト者は、苦難、嘆き、悲しみににあったら心に念じよう。「ナンノコレシキ」と。これは晩年に御夫人に先立たれ、失明し、寝たきりになった星野利男さんの言葉だ。星野さんの顔は輝いていた。来世を信じていた。

文語訳 ロマ 8:18
8:18 われ思うに、今の時の苦難は、われらの上に顯れんとする榮光にくらぶるに足らず


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。
今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。


●5時59分福島県に大地震、沿岸に津波の前兆。7時3分に福島県二本松市の三男から、7時40分に千葉県浦安市の長男からいずれも「無事」との情報が妻の携帯に入る。妻はいわき市の実家に電話、無事。感謝
●地震は神による目を覚ませとの警告。

塚本訳 ルカ 13:1-5
13:1 ちょうどその時、人が来て、(総督ピラトが犠牲をささげている)ガリラヤ人たちを殺し、その血が彼らの犠牲(の血)にまじったことをイエスに報告した。
13:2 その人たちに言われた、「そのガリラヤ人たちはそんな目にあったので、(ほかの)すべてのガリラヤ人よりも罪人だったと思うのか。
13:3 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同じように滅びるであろう
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」

●8:00 妻は愛子と前から計画していた千葉県の養老渓谷へのバスツァーの旅に出発。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ14章。受難物語の絶頂、息詰まる裁判。
●イエスはなぜ殺されたか。
 ①イエスの人気に対する宗教家の妬み
 ②貧しい人に善行をしようとしたことをとがめられたユダの逆恨み
 ③地上の王を期待していた民衆の期待外れ
●この三者が一致。これらは皆「この世」の考え。イエスの考えと全く違った。この世は「聞く耳」がなかった。
●14:30 歯が痛くなったので、山川歯科に「飛び込み」
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死の恐怖に悩む人に「福音」を運べ・・・特攻準備・・・ ++++++++ 所感

2016/11/21 05:58

161121(月)3時目覚め、4時起床。朝の啓示「死の恐怖に悩む人に「福音」を運べ・・・特攻準備・・・」 さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●「Jバイブル」の開発者の一人は、現在死刑囚の霊魂を救う働きをしている。私も心惹かれるものがあり、何とか彼とコンタクトを取りたいと念じて手を打った。●思うに人間はこれみな「死刑囚」の身である。現実に収監されている人は一足早く救いに招かれているのだ。彼らに救いの福音の道があることを「伝道」しなければならない。●キリスト者はみな自分や家族や教会や国の救いに汲々としていてはいけない。刈り取る穂は色づいて待っている。時は満ちた。残りの人生の特攻準備をせよ。残り時間は少ない。●問題は霊魂の救いの福音の真理を握っているかどうかだ。もしそれが本物なら、無理をしなくてもたくまずして光りは漏れ出る。●人は遅かれ早かれどっちみち死ぬのだ。霊魂が救われて永遠の命、有体的復活に生きられるかどうかだ。


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)
どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


塚本訳 マタ 5:14-15
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。


塚本訳 マタ 10:26
10:26 だから彼らを恐れるな、(すべてはじきに明らかになるであろう。)覆われているものであらわされないものはなく、隠れているもので(人に)知られないものはないからである

塚本訳 ヨハ 4:35-38
4:35 あなた達のあいだでは『刈入れの時の来るにはまだ四月』と言うではないか。しかしわたしは言う、目をあげて畑を見てごらん。(麦畑の間を押し寄せてくるあのスカルの人たちを!)畑は黄ばんで刈入れを待っている。
4:36 すでに、刈る人は報酬を受けている。すなわち永遠の命にいたる実を集めている。まく人も刈る人も、同時に喜ぶためである。
4:37 『まく人、刈る人、別の人』という諺は、そのままここに当てはまるからである。
4:38 (すなわち)わたしはあなた達をやって、あなた達が自分で苦労しなかったものを刈り取らせる。ほかの人々が苦労し、あなた達はその苦労(の実)を取り入れるのである。(あなた達はわたしがまいたものを、ただ取り入れるだけでよいのだ。)

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う

塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである
』と。

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ルカ 12:19-20
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

塚本訳 マコ 13:8-13
13:8 (世の終りが来る前に、)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がる』のだから。またここかしこに地震があり、飢饉がある。(だが)これは(まだ、新しい世界が生まれるための)陣痛の始めである。
13:9 しかしあなた達は(こんな外の出来事よりも)自分のことに気をつけておれ。あなた達は裁判所に引き渡され、礼拝堂で打たれる。また、わたし(の弟子であるが)ゆえに、総督や王の前に立たされるであろう。これは、その人たちに(福音を)証しする(機会を与えられる)ためである。
13:10 (終りの日が来る前に)福音はまずすべての国の人に説かれねばならないのだから。
13:11 人々があなた達を引いていって(裁判所や役人に)引き渡した時には、何を言おうかと取越し苦労をするな。なんでもその時に(神から)授かるもの、それを言えばよろしい。言うのはあなた達でなく、聖霊だから。
13:12 また兄弟は兄弟を、父は子を、殺すために(裁判所に)引き渡し、『子は親にさからい立って』これを殺すであろう。
13:13 あなた達はわたしの弟子であるために皆から憎まれる。しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる

塚本訳 ルカ 12:24-26
12:24 烏をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、
心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
12:26 それなら、こんな小さなことさえ出来ないのに、なぜほかのことを心配するのか。

塚本訳 ルカ 21:17-19
21:17 またわたしの弟子であるために皆から憎まれる。
21:18 しかしあなた達の髪の毛一本も決して無くならない。
21:19 あなた達は忍耐によって、自分の(まことの)命をかち取ることができる。

塚本訳 ルカ 22:36-38
22:36 彼らに言われた、「しかし今は(もうそれではいけない。)財布を持っている者は持ってゆけ。旅行袋も同様。剣を持たない者は、(もし金がなかったら、)上着を売ってでも買いなさい
22:37 わたしは言う、『彼は咎人の一人に数えられた』と(聖書に)書いてあること、をわたしは成就せねばならないのだから。そしてわたしの務は(いよいよこれで)果てるのだ。(あなた達も戦いの準備をするがよい。)」
22:38 彼らが言った、「主よ、剣ならばここに二振あります。」イエスが(笑いながら)言われた、「それで沢山々々。」

塚本訳 マタ 26:51-53
26:51 すると、見よ、イエスと一しょにいた一人の人が手をのばして剣を抜き、大祭司の下男に切りかかって片耳をそぎ落してしまった。
26:52 その時イエスが言われる、「
剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。

塚本訳 ロマ 2:6-8
2:6 神は『ひとりびとりの行いに応じて報いられる』(と聖書は言う。)
2:7 すなわち、忍耐して善を行うことによって栄光と栄誉と不滅とを求める者には、神は永遠の命をおあたえになるが、
2:8 自分本意で、真理に従わず偽りに従う者には、怒りと憤りとが待っている。

塚本訳 ロマ 5:2-4
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。

塚本訳 ロマ 8:24-25
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。
8:25 しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって待たねばならない。


塚本訳 ロマ 15:4-5
15:4 なぜなら、(聖書に)前に書かれたほどのことはみな、(後の時代の)わたし達の教訓のために書かれたもので、わたし達が聖書のあたえる忍耐と慰めとをもって、希望を持ちつづけるためである。
15:5 この忍耐と慰めとを賜わる神が、キリスト・イエスの心を体してあなた達が互に思いを同じくするようにさせられんことを。


塚本訳 Ⅱコリ6:2-11
6:2 『恵みの時にわたしはあなたの願いを聞きとどけ、救いの日にわたしはあなたを助けた。』と神は仰せられるではないか。見よ、今や『大いなる恵みの時』、見よ今や『救いの日』!
6:3 わたし達は(神に託された)この役目が嘲けられないように、何事にも何一つ躓きを与えていない。
6:4 そればかりではなく、あらゆることによって、神に仕える世話役として自分を推薦している、すなわち、(あるいは)大いなる忍耐によって、──たとえば苦難により、艱難により、苦悩により、
6:5 打たれることにより、牢に入れられることにより、暴動をおこされることにより、労働により、徹夜により、飢餓によって──であり、
6:6 (あるいは)純潔により、知識により、寛容により、親切により、聖霊により、偽らぬ愛により、
6:7 真理の言葉により、神の力によってであり、(あるいは)右と左とに持つ義の武器をもって、
6:8 名誉と恥辱とをもって、悪評と好評とをもってである。(あるいはまた)嘘つきと言われながら、真実な者として、
6:9 (世間では)無名人でありながら、(神の前では)有名人として、『死にかけてい』ながら、いまここに『わたし達は生きている!』『そしてまた(神に)こらしめられるが、殺されない者』として
6:10 悲しんでいるが、しかしいつでも喜んでいる者として、貧乏であるが、しかし多くの人を金持にする者として、何一つ持たないで、何もかも持っている者としてである。
6:11 コリント人たちよ、(気持ちはすっかり直った。)わたし達の口はあなた達に向かって開いている。『心は広くなっている。

塚本訳 Ⅱテモ2:10-13
2:10 この故に私は選ばれた人達のために凡てを忍耐する、彼らにもキリスト・イエスにおける救いと、永遠の栄光とを得させるためである。
2:11 これは信ずべき言である──そは、もし(キリストと)共に死んだなら私達もまた(彼と)共に生きるであろう。
2:12 もし忍耐するなら私達もまた共に王となるであろう。もし(彼を)否むなら彼もまた私達を否み給うであろう。
2:13 たとい私達は不真実でも彼は(いつも)真実であり給う、自分を否み給うことが出来ないのだから!

塚本訳 Ⅱテモ3:10-11
3:10 しかし(他人はともあれ、)君は私の教え(を守り、私の)行状、意向、信仰(を理解し、寛容、愛、忍耐(を見習い、)
3:11 (また)アンテオキヤ、イコニウム、リストラで私が遭った(数々の)迫害、苦難に(もよく)随って来た。(ああ、)何という(ひどい)迫害を耐え忍んだことか! しかし主は(これら)凡て(の迫害)から私を救い出してくださった。


塚本訳 テト 2:1-2
2:1 しかし君は健全な教えに相応しいことを語れ──
2:2 (すなわち)老人達には真面目で、謹厳で、考え深く、信仰、愛、忍耐に健全であるように語り、

塚本訳 Ⅱテサ3:5
3:5 願わくは主が君達の心を、神の愛とキリストによる忍耐とに導き給わんことを!
塚本訳 Ⅰテモ6:10-11
6:10 あらゆる悪の根は金を欲しがることにあるから。或る人はこれに憧れて信仰から迷い、多くの苦痛で自分を刺し通した。
6:11 ああ、しかし神の人よ、君はこれを避け、義、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めよ。


塚本訳 ヘブ 6:12-14
6:12 これはあなた達が怠け者とならずに、信仰と忍耐とをもって、(神の)約束(のもの、すなわちキリストによる救)を相続する人たちの真似をする者となるためである。
6:13 (あなた達はあのアブラハムの真似をしなければならない。)というのは、神はアブラハムに約束をされるとき、(全能の神で、ご自分より)大なる者を指して誓うことができなかったので、『御自分を指して誓い』、
6:14 『わたしはかならずあなたを恵みに恵むであろう、また』あなたを『ふやしにふやすであろう』と言われた。


塚本訳 ヘブ 10:36
10:36 あなた達が神の御心を行って約束のものを受けるには、忍耐の必要があるからである。


塚本訳 ヘブ 12:1
12:1 それゆえ、わたし達も、こんなに雲のような(大勢の)証人に囲まれているのであるから、(信仰の障害となる)すべての煩わしさと、すぐにからみつく罪とをぬぎすてて、わたし達の前に置かれている競走を、忍耐をもって走ろうではないか。


塚本訳 ヤコ 1:3-4
1:3 信仰の試験に及第することが忍耐を生み出すことを、君達は知っているのだから。
1:4 そして忍耐に完全な働きをさせて、如何なる点にも欠くることの無い、完全無欠な者となれ。


塚本訳 ヤコ 5:7-11
5:7 だから兄弟達よ、主の来臨(の時)まで忍耐せよ。見よ、農夫は地の尊い果実が『前の雨と後の雨を』受けるまで、忍耐して待っている(ではないか)。
5:8 君達も忍耐せよ、心を強くせよ、主の来臨は近づいたから。
5:9 兄弟達よ、審かれないために、互いに呟くな。見よ、審判者は戸の前に立って居られる。
5:10 兄弟達よ、主の名において語った預言者達を、辛抱と忍耐の手本にせよ。
5:11 見よ、』私達は待ち堪えた者の幸福を讃える』。君達はヨブの(大なる)忍耐(の物語)を聞いた、また主の(来らせ給うたそのめでたい終局を見た、『主は憐れみに富み、また慈悲深くあり給う』ではないか。


塚本訳 Ⅰペテ2:20
2:20 何故なら、もし罪を犯して打たれて忍耐したとて、何の名誉になろう。しかし善行によって苦しめられて忍耐するならば、これこそ神の前に喜ばれることである。


塚本訳 黙  2:8-11
2:8 また、スミルナ教会の御使いに(斯く手紙を)書け、最初の者、最後の者、(一度)死んで(今)また活きた者(である人の子)が斯く言うと──
2:9 私はお前(が私の名のために受けた、また受けつつある数々)の患難と、(またお前の)貧しさとを知っている──しかし(貧しいのはただ外見だけであって、神の前では)お前は(一番)富んでいる(のである。)──また、(自分で)自分をユダヤ人であると称え(て誇り)ながら、(その実、決して真の)ユダヤ人でなく、むしろ
サタンの会堂に属する者達からの罵詈を(お前が受けていることを、)私は知っている。(お前が今日までよくこれに耐えて来たことを私は褒める。)
2:10 お前はまだ苦しむであろうが、(決して)それを恐れるな。視よ、悪魔はお前達の中から(幾人かを)牢屋に投げ込もうとしている。それはお前達が試練を受けるためである。お前達は十日の間患難を受けるであろう。(しかしただ少しの間の我慢である。)お前は
死ぬるまで私に忠実であれ。そうすればお前に生命の冠を与えるであろう。
2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

塚本訳 黙  13:10
13:10 牢屋に行かねばならぬならば(素直に)牢屋に行け。剣で他人を殺すならば、自分が剣で殺されねばならぬであろう。ここに聖徒の忍耐と信仰がある!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の啓示、黙想、瞑想、ディボーションーおわり。御心のままに、御心のままに行かせたまえ。


2016_11210001.jpg

秋留公園で楽しそうな親子を見た。コローの「モルトフォンテーヌの思い出」を連想した。

コロー「モルトファンテーヌの思い出」。私はこの画が好きで写真複製を持っていた。
妻が子供と遊んでいるところを画いたもの。結婚して良かったなーという感情が溢れている。

●12月4日の集会感話の準備
●妻はコーラスの練習、夜はコーラス団体の会議。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ14章。ゲッセマネ。







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与えるは受けるよりも幸い・・・愛の一方通行。お礼は神から・・・ ++++++++ 所感

2016/11/20 05:11

161120(日)3時40分起床。6時間睡眠で十分。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。●今朝の啓示「与えるは受けるよりも幸い・・・神にお礼を頂くことを期待せよ・・・」●返事や返礼を期待して行為をしながら、それが思うとおりにならないときは人間憤慨するものだ。しかし、キリスト者はそうであってはならない。愛は一方通行でなければならない。朝はこのことを黙想してみよう。頭に浮かぶまま。

文語訳 使  20:35
20:35 我すべての事に於て例を示せり、即ち汝らも斯く働きて、弱き者を助け、また主イエスの自ら言ひ給ひし「與ふるは受くよりも幸福なり」との御言を記憶すべきなり』


塚本訳 使  20:35
20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 ルカ 17:5-10
17:5 使徒たちが主に言った、「もっと信仰を下さい。」
17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう。
17:7 ただ(次の譬を聞け。)あなた達のうちに耕作、あるいは牧畜をする僕を持っている人があって、その僕が畑からかえって来たとき、『すぐここに来て食事をしなさい』とその人は言うだろうか。
17:8 むしろ反対に、『夕食の用意をして、わたしが食事をすますまで裾をひきからげて給仕をし、そのあとで食事をしなさい』と言うのではあるまいか。
17:9 言いつけられたことをしたからとて、主人が僕に感謝するだろうか。
17:10 そのようにあなた達も、(神に)命じられたことを皆なしとげた時、『われわれは役に立たない僕だ、せねばならぬことをしたまでだ。(褒美をいただく資格はない)』と言え。」

塚本訳 マタ 5:39-42
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな

塚本訳 マタ 6:3-4
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 6:16-18
6:16 また断食をしている時には、偽善者のように陰気な顔つきをしてはならない。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、(顔を洗わず、髭をそらず、わざと)顔を見苦しくするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:17 あなたが断食をするときは、頭に油をぬり、顔を洗いなさい。
6:18 これは断食をしていることを人に見せず、隠れた所においでになるあなたの父上に、見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


塚本訳 マタ 5:43-48
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。
5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。
5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである
。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。


塚本訳 ロマ 12:20
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)』

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 15:11-19
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと
、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 ヨハ 5:13-14
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 ヨハ 11:21-25
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「
わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。愛は一方通行であるべきだ。見返りを期待するのはやめよう。返事は神から貰おう。天に宝を積もう。

●かって集会で私の話が終わった時の事。信仰の深い先輩に、「今日の話はあれでよかったですか」と尋ねた。するとその先輩は「馬鹿だなー、高橋君は」と言われた。そうだ集会の話は神から命ぜられたことを一方通行で話すべきであって、感謝の言葉を期待してはいけないのだ。
●プロテスタント教会では礼拝が終わると牧師が入り口に立っていて信者から挨拶を受ける。あれはいけない。人間からお礼を言われているからあの牧師は神からお礼を言われない。

塚本訳 マタ 23:2-11
23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)
23:3 だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。
23:4 すなわち思い荷をたばねて人の肩にのせながら、自分では(担ってやるどころか、)指一本でこれを動かしてやろうともしない。
23:5 そのすること為すことがことごとく、人に見せびらかすためである。たとえば、(人の目につくように)経箱の幅を広くしたり、上着の総を大きくしたりする。
23:6 また宴会の上座や礼拝堂の上席、
23:7 市場で挨拶されることや人から先生と呼ばれることを喜ぶ。
23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから。
23:10 『師』と呼ばれてもいけない。あなた達の師はただ一人、救世主である。
23:11 あなた達のうちで一番えらい者が召使になれ。

●集会は、横田(司会)、丹野(塚本虎二「聖書の読み方」)、村上(出エジプト)
●14:00、妻と三鷹市管弦楽団定期演奏会。風のホール

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早朝散歩、霧。讃美歌「聖なる、聖なる、聖なるかな」を歌いながら歩調を合わせる。

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早朝散歩 秋留台公園、銀杏

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三鷹市管弦楽団定期演奏会。三鷹市「風のホール」

ボロディン「中央アジアの草原にて」
ハチャトリアン「仮面舞踏会」
ドボルザーク「交響曲第8番」
指揮中島章博

この交響楽団の水準は高かった。ブラボーと一発放った。

●恵から電話。家屋のこと。









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神の残酷さ・・・不幸は罰でなく永遠の命への招き・・・ ++++++++ 所感

2016/11/19 05:09

161119(土)2時半目覚め、黙想、4時起床。朝の啓示「神の残酷さ・・・不幸は罰でなく永遠の命への招き」。37歳の時にスイスのベルンにヒルティの墓に詣でた時、墓碑銘にはカール・ヒルティと夫人のヨハンナ・ヒルティの下に息子のエドガー・ヒルティの名前が刻まれているのを発見した。帰国してから調べるとエドガーは生涯病弱で、カール・ヒルティの悩みの種であったという。「幸福論」や「眠られぬ夜のために」を書いた父カールの「秘密の悲しみ」はここにあったことを知った。●人には誰でも知られたくない「秘密の悲しみ」がある。私が司式した集会のH・Aさんは、遺体解剖の結果、肺に若い日に患った結核の病巣があったことを医者のご令息が知った。H・Aさんの秘密は「胸の傷」であった。それが彼女をして永遠の命へ導いた。不幸は幸福への門(ヒルティ)であった。万歳H・Aさん。神は残酷であるがそれは永遠の命の喜びへのへ愛の一撃であった。H・Aさんは若き日にそれを一発食らった。祖手により彼女は「慰めの人」になった。。彼女の祈りで御兄弟の多くが救いに導かれた。私の子ども達にも祈りが注がれた

口語訳 哀 3:27-29
3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう


●H・Aさんの告別式の式辞は次の通りである。今読み返して「我ながら、良い式辞であった」と思うが、それも彼女の信仰の深さの影響である。

http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/bunshou/hurutaayakokubetu.htm

●「御言葉の種」を蒔け。今朝も「主の言葉」を蒔く。「耳ある者は聞け」。神が耳を開けてくださいますように。

塚本訳 マコ 4:14
4:14 種まく人は(神の)御言葉をまく


塚本訳 ルカ 8:11
8:11 譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である。


塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

塚本訳 マコ 4:8-9
4:8 またあるものは良い地に落ちた。伸びて育ってみのって、三十倍、六十倍、百倍の実がなった。」
4:9 そして「耳の聞える者は聞け」と言われた。


塚本訳 マコ 4:21-23
4:21 また彼らに言われた、「(しかし外の人たちに神の国の秘密が隠されるのは、ただしばらくである。)明りを持って来るのは、枡の下や寝台の下に置くためであろうか。燭台の上に置くためではあるまいか。
4:22 隠れているもので現わされるためでないものはなく、隠されているもので現われるためでないものもないからである。
4:23 耳の聞える者は聞け
。」

●神は残酷。しかし不幸は真の幸福である永遠の命の喜びへのはじまり。秘密の悲しみは神の賜物。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。


塚本訳 ルカ 6:20-21
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。


塚本訳 ヨハ 5:13-14
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ルカ 15:14-19
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 ルカ 12:24-25
12:24 烏をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

塚本訳 マタ 5:36
5:36 自分の頭にかけても誓ってはならない。(頭は神のもので、)あなたは髪の毛一本を、白くも黒くも出来ないのであるから。

塚本訳 マコ 9:43
9:43 もし手があなたを罪にいざなうなら、切ってすてよ。両手があって地獄の消えぬ火の中へ行くよりも、片手で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

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●朝の啓示黙想ディボーションーおわfり」。不幸に悩み悲しんでいる人に告ぐ。それは罰ではなく神の愛の招きだ。赦しの始まりだ。
●ある修道女が不可解不条理な不幸に遭った時、「ニコッ」と笑ったという。神の手が降った兆候だと思ったからだという。(ヒルティ)




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悩み事、心配事・・・「主よ大変です。起きててください」・・ ++++++++ 所感

2016/11/18 06:25

16118(金)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●人生の旅には「悩み事、心配事」が絶えない。しかし父なる神は我々の創り主だからそのすべてをことごとくご存知だ。ここが信仰耐のしどころ。「我慢のしどころ」ではない)!●人生の苦難は天国入るための「信仰の道場」だ。こういう時、励ましとなるのは「主の言葉」である。今朝はあたまにひらめいた、言葉をかかげる。Jバイブルでアップ。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 ヨハ 11:3-4
11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」


塚本訳 マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 ルカ 8:24
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ルカ 14:4-5
14:4 彼らが黙っていると、その人(の手)をつかんで、病気を直してお帰しになった。
14:5 そして彼らに言われた、「あなた達のうちには、息子か牛かが井戸に落ちたとき、安息の日だからとてじきに引き上げてやらない者がだれかあるだろうか。」

塚本訳 ルカ 13:15-17
13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。
13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」
13:17 こう言われると、(監督はじめ)反対者は皆恥じ入り、群衆は一人のこらず、イエスが行われたあらゆる輝かしい御業を喜んだ。

塚本訳 マタ 18:10
18:10 この小さな者を一人でも軽んじることのないように注意せよ。わたしは言う、(わたしの父上は片時も彼らをお忘れにならない。)あの者たちの(守り)天使は、天でいつもわたしの天の父上にお目にかかっているのだから。

塚本訳 マタ 10:42
10:42 また(わたしの)弟子としてこの一人の小さな者に一杯の冷たい水でも飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない。」

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 ヨハ 4:14
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」


塚本訳 ルカ 9:37-43
9:37 次の日、山から下ってくると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。
9:38 すると群衆の中のひとりの人がこう言って叫んだ、「先生、お願いです、伜に目をかけてやってください。独り息子です。
9:39 かわいそうに霊がつくと、灸にどなり出し、またひきつけさせて泡をふかせ、なかなか離れないで、すっかり弱らせてしまいます。
9:40 それで、霊を追い出すことをお弟子たちに願いましたが、お出来になりませんでした。」
9:41 イエスが答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達の所にいてあなた達に我慢しなければならないのか。息子をここにつれてきなさい。」
9:42 しかし来るうちに、悪鬼がもうその子を投げ倒して、ひどくひきつけさせた。イエスは汚れた霊を叱りつけて子をいやし、父親に返された。
9:43 皆が神の御威光に驚いてしまった。イエスのされたすべてのことに皆が驚いていると、(また)弟子たちに言われた、


塚本訳 マタ 8:5-13
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」
8:13 それからイエスは百卒長に言われた、「お帰り。あなたの信じたとおりに成れ。」するとちょうどその時に、下男は直った。

塚本訳 マタ 8:16-17
8:16 夕方になると、人々は悪鬼につかれた者を大勢イエスのところにつれて来た。イエスは言葉をもって霊どもを追い出し、また一人のこらず病人をなおされた。
8:17 『彼はわたし達の煩いを除き、病気を取り去るであろう』と、預言者イザヤをもって言われた言葉が成就するためであった。

塚本訳 マコ 9:19-29
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 11:17-27
11:17 さてイエスが(ベタニヤに)行って見られると、ラザロはもう四日も墓の中にあった。
11:18 ベタニヤはエルサレムの近くで、十五スタデオ(三キロ)ばかり離れていた。
11:19 マルタとマリヤの所には、大勢のユダヤ人がラザロの悔やみに来ていた。
11:20 マルタは、イエスが来られると聞くと出迎えにいったが、マリヤは家に坐っていた。
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 4:46-53
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 ヨハ 11:32-44
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。
11:38 そこでイエスはまたも心に憤りながら、(ラザロの)墓に来られる。墓は洞穴で、入口に石を置いて(ふさいで)あった。
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」
11:41 人々が石をのけた。するとイエスは目を天に向けて言われた、「お父様、(まだお願いしないのに、もう)わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します。
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 6:25-30
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。「主よ大変です起きてください」というとき、グーグー眠っていたイエスは信仰の天才だ。

●ソファーベッドに車を付けて移動しやすくした。日曜大工大好き。聖書勉強はやっていられない。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ13章


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夕暮れ散歩。飛行機雲。昨日行った奥多摩方面を望む。                              奥多摩連山を見ると数々の楽しい思い出が湧く。

歩きながら使徒信条の最後を心で念じる。                                                 

私は聖霊と
聖なる公会と、聖徒の交わりと、
罪の赦しと、
身体(からだ)のよみがえりと、
永遠の命を信ずる。

キリストを信じて57年。今これらを心から信じることが出来るようになって感謝だ。


●夕食後、妻とDVD(図書館から借りたもの)「疎開した40万冊の図書」を見る。戦争前に、日比谷図書館の本が、あきる野市と志木に疎開した記録。




















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失せた望みのために・・・泣け、思い切り泣け・・・ ++++++++ 所感

2016/11/17 05:46

161117(木)3時目覚め、啓示、黙想。4時起床。主の言葉の種を蒔け。バルナバ(慰めの子)になれ。

塚本訳 マコ 4:14
4:14 種まく人は(神の)御言葉をまく

塚本訳 ルカ 8:11
8:11 譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である

塚本訳 使 4:36-37
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、
4:37 畑を持っていたので、売って、その金を持ってきて使徒たちの足元に置いた。


●ヒルティ「眠られぬ夜のために第一巻2月12日は忘れ得ぬ言葉で私の人生目標。

「バルナバ![慰めの子]、これはすべてのキリスト者がまさに負うべき美しい名である。キリスト者はtるねに慰めを与え得るものでなけrればならない。」


さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。朝の啓示「失せた望みのために・・・泣け、思い切り泣け・・・」●聖書は慰め、特に主の言葉は慰めである。極度の嘆き悲しみのときに主が近づいてくださる。天からの慰めの言葉がかかる。●神戸照子さんは、婚約者が戦死したときに塚本虎二先生のところに泣きに行った。先生は「タオルでは足りない。毛布がぐしょぐしょになるまで泣きなさい」と諭された。神戸さんはこの言葉で人生が立ち直り、生涯「慰めの子」の働きをされた。後年、婚約者が戦死した南の島を尋ねた時、撃沈した海に向かって砂浜を右に左に行きかいながら大声で婚約者の名前を呼んで砂浜に泣き崩れたという。神戸さんのその後を知りたくて群馬県の老人ホームに問い合わせたところすでに召されていた。「神戸照子」さんの晩年に接した人の手記があったので次にかかげる。美しく老いた方だったようだ。


神戸照子さんの思い出。「美しく老いた」人。著者不明
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12月23日(木)
  
明日は Christmas Eve 。
クリスマスといえばプレゼント。
私が印象に残っているクリスマスプレゼントは、サンタに初めてもらったお人形。
(本当にサンタさんから送られたのだと信じていた頃のことです)
それと、3年前のクリスマスにイスラエルの友人バラさんからいただいたプレゼントです。
「今年のプレゼントは、素敵な女性を紹介することにしました」というカードに、神戸照子先生の名前と住所がありました。

 私は神戸先生の名前を全く知りませんでしたし、またバラさんが教えてくれたのは名前と住所だけ。
気になりながらも仕事に追われて、群馬県中之条をお訪ねしたのは、夏休みが終わろうとする頃でした。
関越自動車道を沼田で降り、草津方面へいくと万葉でも有名な沢渡温泉があり、その少し先に先生のお住まいの”美ら寿”があります。

 山の中腹まで登ると、明るいモダンな建物が見えてきました。
迎えに出て下さった神戸先生は82歳の小柄なエプロン姿のおばあさまです。
でもお会いした瞬間、この方は普通の方ではないと感じ足が震えました。
何と表現すればいいのでしょう!!!
先生のお姿には、美しい魂を求め続けて来た人だけが持つ本物の美しさがありました。

 お茶とお菓子をいただきながら一時間半ほどお話しました。
先生と向き合っているうちに、私が現代の、また都会の汚れをいっぱい運んで行ったことに気がつきました。
柔和なお顔でお話される内容は凛として、思わず背筋が伸びます。
帰りがけに「こんなものお読みになりますう~?」と一冊の本を頂きました。

 本を読んで知りました。
やはり、ただのおばあさまではなかったのです。
東大の助教授だったご主人を戦争で亡くされました。 義理のお父様は京大の教授や京都市長をなさった方です。
先生は一人、都下の鶴川で農家の手伝い(作女)をしながら、戦後の混乱の中で近所の人達にお花やお裁縫を教えました。
また聖書の勉強サークルなど30年間続けられたのでした。

 そんな先生に群馬県中之条に30万坪の山野を提供する方が現れました。
また若者達のボランティアで、1971年に健康村”美ら寿”(ミラージュ)が完成することになるのです。
そこは老人ホームとは違い、老人を中心に「人が本当の人になれる場所」を目指して作られたのです。
ですから、自分たちで山羊やミツバチを飼ったり、農作業をしたり自分の出来ることをするのです。
当時は相当に話題になり新聞やラジオでも紹介されたようです。

 照子先生の頑張りはそれで終わりではありませんでした。
老人は病気になりやすいので町に病院をつくりました。 そして次は老人ホーム。
私が伺った時は、病院や老人ホームで働く優しい看護婦さんを育成するための看護大学の建設に熱中されていたのでした。

 私は照子先生のバックグラウンドは何にも知らずにずかずかとお伺いし、後で本当にビックリ。
すっかり恐縮し穴があったら入りたい気持ちでした。
後でバラさんは双方の感想が聞きたかったと意地悪なことを言っていました。 (--;)
その後も照子先生と文通するなかで、いろいろお教え頂きました。
「生きる原点は、何もかも一度捨ててみることよ。そうすれば必要なものはただ一つだと見えてくるわよ」
「よいと思ったらすぐに始めなさい。ぐずぐずしてる時間はないのよ」などのお言葉は今も耳に残っています。

 こんなに素晴らしい生き方をしている方に出会わせて下さったクリスマスプレゼントは忘れることが出来ません。
この喜びを紹介して、HPを読んで下さるかたへのクリスマスプレゼントにしたいと思います。


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神戸照子さんの思い出。「美しく老いた」人。著者不明 おわり

●塚本先生は結婚後二年で奥さんに先立たれた。二人の子を抱えて人生辛酸を舐めつくされた。塚本先生の告別式(女子学院)で南原繁先生は塚本先生のことを「美しく老いた人だった」と言われた。私は裏方でテープの係をしていて楽屋で一人で泣いた。先生は88歳で逝かれた、私はあと15年。

塚本訳 ヨハ 11:21-27
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」


文語訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエス言ひ給ふ『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。
11:26 凡そ生きて我を信ずる者は、永遠に死なざるべし。汝これを信ずるか』

●8:15 あきる野市主催の市内深訪「深沢の石灰岩はおもしろい」に妻と参加

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市民解説員が石灰岩の山がどうしてできたかの説明。地質学は日進月歩であり、2-30年前学説は
全く古くなってしまったと言う。参加者は約20名。石川さん、岡安さんと会う。

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約3億年前のサンゴの死骸が積み重なってできた石灰岩の上に。幹周6.5メートル高さ20メートルの
ウラジロカシ。見ていて飽きない不思議な枝ぶり。

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16:00 我が家に帰着。21000歩歩いた。
















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幸福とは何か・・・イエスを神の子と信じられること、永遠の命と有体的復活の希望を持てること・・・ ++++++++ 所感

2016/11/16 04:38

161116(水)キリスト者の皆様お早うございます。3時半目覚め、4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日はヒルテイのことで一杯であった。その幸福の定義は「神と共にあって人に仕える労働をする」ということである。その聖書的根拠を示せば次の一か所である。私はこの思想によって建築という「生業」に生き続けることができた。神学や聖書学や牧師の仕事に就かなくて幸福であった。

塚本訳 ルカ 16:9-13
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。
16:12 もし他人のもの[この世のこと]に忠実でなかったならば、だれがあなた達のもの[天のもの]をあなた達に与えようか。
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

●ヒルテイの「幸福論」と共に50年、今この年齢(73歳)になってヒルティ先生に申し上げたいことがある。それは「イエスを神の子と信じられること、永遠の生命と有体的復活の希望の喜びを持つことが幸福であることをもっと強調すべきではなかったですかねー」と。●ヒルティは天国で言うに違いない。「そーだねー、そーだねー、君のいうとおりだねー」と。
●そこで今朝は、そのことを強調している聖書の箇所を黙想してみよう。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 11:23-26
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 24:30-32
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱なったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 Ⅰペテ1:7-8
1:7 これは君達の信仰が、火によって本物であると証明された(この世の)はかない金よりも尊い本物であることが判り、イエス・キリストの顕現の時に(君達の)面目また光栄また栄誉とならんためである。
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。幸福とは「イエスを神の子と信じられること、永遠の命と有体的復活の希望を持てること」。これにはヒルティも異存はないであろう。

●過日作成した「今井館ウィークディの集い・クリスマスコンサート」のお知らせを私のHPでも宣伝してほしいと言う要望があったので掲げる。

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今井館ウィークディの集い

クリスマスコンサート

合唱 お江戸コラリアーず

指揮 山脇卓也  

 

 

20161211日(日) 開演:1400

場所:今井館聖書講堂(東横線都立大学駅下車10分)                      演奏曲目 クリスマスソング 世界の歌 日本の歌 ほか

 第62~68回全日本合唱コンクール全国大会金賞6回

入場料:500円    問い合せ先:高橋トミ子 042-558-9361

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早朝散歩。スーパームーン

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早朝散歩。朝日はいつも新しい。

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秋留台公園の秋。私たちの人生も秋。復活の日を望む。






 

 

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アリアードネの糸・・・ヒルティの幸福論に追加強調すべきこと・・・ ++++++++ 所感

2016/11/15 05:02

161115(火)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●3時40分起床。今朝の黙想課題。「アfリアドネの糸・・・神の導き、キリストの啓導・・・」。高校生の時に熱心に読んだヒルティ(塚本虎二先生の指導)に次の文章があった。私はここで言われている「アリアードネの糸」に人生を懸けけて来た。今73歳。この世的には見るべきものはないが、この道は間違ってなかった。幸福の道であった。

ヒルティ「眠られぬ夜のために第一巻3月3日(白水社版ヒルテイ著作集「眠られぬ夜のために第一巻」3月3日。小池辰雄訳。)
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人がひとたび、あらゆる境遇における神の導きを堅く信じることができ、ヨハネ15:7にあることをしばしば体験したならば、地上で担うべき最大の困難もまた恐怖も、まったくおのずから消え失せ、人生のすべての困難は皆この信仰の鍛錬のためとなるばかりである。しかもこの鍛錬は、この地上で最も活き活きした幸福であるところの勝利をもって終わる。もし私が人生の三十路(みそじ)において、すなわち「我らの生涯(いのち)の旅路半(なか)ばで」、人生を貫き導くアリアードネの糸を決然として掴み、どんな境遇にあってもこれをしっかり把握していかなかったならば、おそらく私は半ばあるいは全部失敗した生涯を送ったであろう。ハバクク3:18-19.同胞教団讃美歌768,685
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●この言葉の個々に聖書を連想するので、今朝はそれを黙想しよう。ヒルティがこれを執筆したのは1901年64歳のときであった。73歳の私の今朝の営みをヒルティは喜んでくれると思う。1980年37歳の時に仕事で欧州に行った際、スイスのベルンを尋ね、ヒルテイの墓参をした。

●「神の導き」

文語訳 詩篇23編(ヒルティ特愛。植村正久の名訳)

 ダビデの歌
23:1 ヱホバは我が牧者なり われ乏しきことあらじ
23:2 ヱホバは我をみどりの野にふさせ いこひの水濱(みぎは)にともなひたまふ
23:3 ヱホバはわが霊魂(たましひ)をいかし名のゆゑをもて我をただしき路(みtり)にみちびき給ふ
23:4 たとひわれ死のかげの谷をあゆむとも禍害をおそれじ なんぢ我とともに在せばなり なんぢの笞なんぢの杖われを慰む
23:5 なんぢわが仇のまへに我がために筵をまうけ わが首にあぶらをそそぎたまふ わが酒杯はあふるるなり
23:6 わが世にあらん限りはかならず恩惠と憐憫とわれにそひきたらん 我はとこしへにヱホバの宮にすまん

●「堅く信じる」(イエスが信仰を誉めた人物は異教国のローマ人であった)

塚本訳 マタ 8:8-10
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

●「ヨハネ15:7」(りっぱな信仰)

塚本訳 ヨハ 15:7
15:7 もしあなた達がわたしに留まっており、わたしの言葉があなた達に留まっておれば、なんでもほしいものを願いなさい。かならずかなえられる。

塚本訳 マコ 9:22-25
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」


●「地上で担うべき最大の困難」 (イエスは一瞬神を見失った。神は追いすがる子を振り捨てた)

塚本訳 ヨハ 12:27
12:27 今、わたしは胸がどきどきしてならない。ああ、なんと言っ(て祈っ)たらよいだろう。『お父様、この(試みの)時からわたしを救ってください』(と祈ろうか。)いやいや、わたしはこのため、この時のために(この世に)来たのだ。



塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。


塚本訳 マコ 15:33-34
15:33 昼の十二時になると、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

●「恐怖も、まったくおのずから消え失せ」


口語訳 イザ 55:12
55:12 あなたがたは喜びをもって出てきて、安らかに導かれて行く。山と丘とはあなたの前に声を放って喜び歌い、野にある木はみな手を打つ。

口語訳 詩  126:5-6
126:5 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
126:6 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 ピリ 4:6-7
4:6 何事についても心配せず、君達の求めは感謝を添えた祈りと願いとにより、大小となく神に知らせよ。
4:7 そうすれば全く思いもよらぬ神の平安が君達の心と考えをキリスト・イエスにおいて守るであろう。

●「信仰の鍛錬」

塚本訳 ヘブ 12:4-11
12:4 あなた達はまだ、罪と戦って血を流すまでに抵抗したことがない。
12:5 また、(親がその)子に話すようにして話される(神の)励ましを忘れてしまっている。──『わが子よ、主の訓練を軽んずるな、処罰されるときに、ひるむな。
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない
12:9 かつまた、わたし達は訓練をする者として肉の父を尊敬した(とするならば)、まして霊魂の父に服従して、(永遠に)生きないことがあるだろうか。
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

●「地上で最も活き活きした幸福」

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 テト 2:13
2:13 幸福な希望と、大なる神及びわれらの救い主キリスト・イエスの栄光の顕現(によってその希望が満たされること)とを待ち望ませるのである。──


塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。


●「勝利をもって終わる」(死は凱旋)

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

塚本訳 ヨハ 19:28-30
19:28 こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。
19:29 酸っぱい葡萄酒の一ぱい入った器がそこに置いてあった。人々はその[酸っぱい葡萄酒を]一ぱい含ませた海綿をヒソプの(茎の先)につけて、イエス(の口許)に差し出した。
19:30 イエスは酸っぱい葡萄酒を受けると、「(すべて)すんだ」と言って、首を垂れて霊を(神に)渡された

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


●「我らの生涯(いのち)の旅路半(なか)ばで」(ダンテ「神曲の冒頭の言葉。西欧では一生は70歳とみなしていた。ヒルティは1909年76歳で死去。心臓麻痺。誰もいないところで一人で逝った。婦人(ヨハンな)は13「年前に先立っていた。息子のエドガーは生涯病弱でヒルティの悩みの種であった。両親の墓に眠っていた。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

ヒルティは別のところでこの詩編90:10を引いて言う「神に導かれて歩んだ人災はそれでも幸福でした」と言ううことが出来る」と。

●「人生を貫き導く」(神に導きを任せる人生の安心)

口語訳 イザ 30:20-21
30:20 たとい主はあなたがたに悩みのパンと苦しみの水を与えられても、あなたの師は再び隠れることはなく、あなたの目はあなたの師を見る。
30:21 また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く

塚本訳 ヨハ 10:11-15
10:11 わたしが良い羊飼である。良い羊飼は羊のために命を捨てる。
10:12 (本当の)羊飼でない雇人(である羊飼)は、羊が自分のものでないので、狼が来るのを見ると、羊をすてて逃げる。・・すると狼は羊を奪い、また追い散らすのである。・・
10:13 雇人であって、羊のことなどどうでもよいからである。
10:14 わたしが良い羊飼である。わたしはわたしの羊を知っており、わたしの羊もわたしを知っている。
10:15 父上がわたしを知っておられ、わたしが父上を知っているのと同じである。そしてわたしは羊のために命を捨てる。


●「アリアードネの糸」 (訳者小池辰雄の解説)

アリアードネの糸、はギリシャ神話による。アリアードネはくれた島やエーゲ海の島峡に関係のある女神。ミノス王の娘でアテネ人の若いダンジョン犠牲を喰う怪物ミノタウエルスwくぉ退治しようとする勇士テーゾイスに、糸毬を与えて、地下の迷宮に入らせた。首尾よく怪物を屠ったテーゾイスはアzリアードネのの糸に従って無事に還ることが出来という。しかしここでヒルティがここに言うアリアードネの糸は、神の導き、キリスtロの啓導を意味する。

●「決然として掴み」

塚本訳 ルカ 9:51
9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み

塚本訳 ルカ 22:36-38
22:36 彼らに言われた、「しかし今は(もうそれではいけない。)財布を持っている者は持ってゆけ。旅行袋も同様。剣を持たない者は、(もし金がなかったら、)上着を売ってでも買いなさい。
22:37 わたしは言う、『彼は咎人の一人に数えられた』と(聖書に)書いてあること、をわたしは成就せねばならないのだから。そしてわたしの務は(いよいよこれで)果てるのだ。(あなた達も戦いの準備をするがよい。)」
22:38 彼らが言った、「主よ、剣ならばここに二振あります。」イエスが(笑いながら)言われた、「それで沢山々々。」


●「どんな境遇・・・失敗した生涯」

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 マタ 21:31
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

●「ハバクク3:18-19」

口語訳 ハバ 3:18-19
3:18 しかし、わたしは主によって楽しみ、わが救の神によって喜ぶ。
3:19 主なる神はわたしの力であって、わたしの足を雌じかの足のようにし、わたしに高い所を歩ませられる。これを琴に合わせ、聖歌隊の指揮者によって歌わせる。


●「同胞教団」

ヒルティが所属していたのはドイツのルター派から生まれた敬虔主義(ピエチィスムス)と言われる一派。これは「同胞教団」あるいはヘルンフート派とも言われ、ヒルティが召された時には卓上にその「日々の祈祷のことば」(おそらくローズンゲン)が置かれてあった。この敬虔主義と無教会主義の関係は、白水社「ヒルティ著作集」第二期の第10巻月報(1979年10月)に「無教会主義の系譜におけるヒルティ」として一文を寄せた。


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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。子や孫に告ぐ。、「アリアードネの糸、・・・神の導き、キリストの啓導・・・」を掴んでほしい。来年1月8日の集会感話はこれにしよう。


●妻は台東区のYさんの家から、夜は月本昭男先生の「イザヤ書講義」(無教会研修所)
●郵便局へパイロット版の送金、東急で能率手帳2017年版、ムラウトホビー
●日本聖書協会「新翻訳」パイオロット版意見具申マルコ11章。


























































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神の導きは不思議・・・意外なことが起こる・・・ ++++++++ 所感

2016/11/14 06:02

161114(月)4時起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●過日は福島県の三男のところに一泊して帰る日の朝、4人に「聖句」をメモ紙に書いて渡してきた。人は若き日に進路に悩むものであるが、主に一身を捧げていれば神は良いように導いてくださる。不思議な事、意外なことをしてくださり、歩むべき道を明快にしてくださる。良い不幸、良い人との出会い、などは不思議なことである。73年を振り返って、思わぬ道を歩まされたものだなーと感じる。そこで今朝はヒルティの言う、「驚くべき導き」「不思議な導き」について、出エジプト34:10を学んでみよう。

まず、翻訳比較

文語訳
出エジプト記
34:10 ヱホバ言たまふ視よ我契約をなす我未だ全地に行はれし事あらず何の國民の中にも行はれし事あらざるところの奇跡を汝の總躰の民の前に行ふべし汝が住ところの國の民みなヱホバの所行を見ん我が汝をもて爲ところの事は怖るべき者なればなり

口語訳 出  34:10
34:10 主は言われた、「見よ、わたしは契約を結ぶ。わたしは地のいずこにも、いかなる民のうちにも、いまだ行われたことのない不思議を、あなたのすべての民の前に行うであろう。あなたが共に住む民はみな、主のわざを見るであろう。わたしがあなたのためになそうとすることは、恐るべきものだからである。

新改訳 出  34:10
34:10 主は仰せられた。「今ここで、わたしは契約を結ぼう。わたしは、あなたの民すべての前で、地のどこにおいても、また、どの国々のうちにおいても、かつてなされたことのない奇しいことを行なおう。あなたとともにいるこの民はみな、主のわざを見るであろう。わたしがあなたとともに行なうことは恐るべきものである。

新共同 出  34:10
34:10 主は言われた。「見よ、わたしは契約を結ぶ。わたしはあなたの民すべての前で驚くべき業を行う。それは全地のいかなる民にもいまだかつてなされたことのない業である。あなたと共にいるこの民は皆、主の業を見るであろう。わたしがあなたと共にあって行うことは恐るべきものである。

●頭に浮かぶ聖句。主の導きは人智を超えて起こる。

ピリピ4:6-7

文語訳 ピリ 4:6-7
4:6 何事をも思ひ煩ふな、ただ事ごとに祈をなし、願をなし、感謝して汝らの求を神に告げよ。
4:7 さらば凡て人の思にすぐる神の平安は、汝らの心と思とをキリスト・イエスによりて守らん。

口語訳 ピリ 4:6-7
4:6 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
4:7 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。

塚本訳 ピリ 4:6-7
4:6 何事についても心配せず、君達の求めは感謝を添えた祈りと願いとにより、大小となく神に知らせよ。
4:7 そうすれば全く思いもよらぬ神の平安が君達の心と考えをキリスト・イエスにおいて守るであろう。


箴言19:14

文語訳 箴言19:14
19:14 家と資財とは先祖より承嗣ぐもの 賢き妻はヱホバより賜ふものなり

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである


新改訳 箴  19:14
19:14 家と財産とは先祖から受け継ぐもの。思慮深い妻は主からのもの


新共同 箴  19:14
19:14 家と財産は先祖からの嗣業。
賢い妻は主からいただくもの。

マルコ14:36


文語訳 マコ 14:36
14:36 『アバ父よ、父には能はぬ事なし、此の酒杯を我より取り去り給へ。されど我が意のままを成さんとにあらず、御意のままを成し給へ


口語訳 マコ 14:36
14:36 「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」。


塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」


新改訳 マコ 14:36
14:36 またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。


新共同 マコ 14:36
14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように

岩波翻訳委員会訳 マコ 14:36

411436そして言った、「アバ、お父さん、あなたには何でもおできになります。この杯を私から取り除いて下さい。しかし、私の望むことではなく、あなたの望まれることを」。

前田訳 マコ 14:36
14:36 いわれた、「アバ、父上、あなたはなんでもおできです。この杯をわたしからお取りのけください。しかしわが意でなく、あなたのみ心を」と。


 
Ⅱコリ12:7-9



文語訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 我は我が蒙りたる默示の鴻大なるによりて高ぶることのなからん爲に、肉體に一つの刺を與へらる、即ち高ぶることなからん爲に我を撃つサタンの使なり。
12:8 われ之がために三度まで之を去らしめ給はんことを主に求めたるに、
12:9 言ひたまふ『わが恩惠なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり』さればキリストの能力の我を庇はんために、寧ろ大に喜びて我が微弱を誇らん。


口語訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。
12:8 このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。
12:9 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。


新改訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。
12:8 このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。
12:9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。


新共同 Ⅱコリ12:7-9
12:7 また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。
12:8 この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。
12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。


塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。

●天変地異、病気、不幸、失敗、これまた主の導き。

塚本訳 ロマ 8:24-26
8:24 なぜなら、わたし達は(最後の日に救いが完成されるという)望みをもって、救われているからである。目に見ることのできる望みは望みではない。人はいま現に見ているものを、なんでその上望む必要があろうか。
8:25
しかしわたし達が見ていないものを望むとすれば、忍耐をもって待たねばならない。
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである


塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち
(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。


塚本訳 ロマ 8:34-36
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か
8:36 こう書いてある。──『あなた[神]のためにわたし達は一日中死の危険にさらされている、わたし達は屠られる羊のように考えられた。』


塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 15:11-18
15:11 また話された、「ある人に二人の息子があった。
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり、来年一月の集会感話の骨子ができた。

●来年1月8日の感話準備
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申マルコ10章。やはり「主の言葉」は不思議な力がある。
●TVでドヴォルザークのチェロ協奏曲、チャイコフスキーの「悲愴」
●15:00 妻は池谷医院


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福島から集会へ ++++++++ 所感

2016/11/13 15:16

161113(日)福島の恵の家で4:30起床。恵の机で聖書。見時、風人。華子。恵のそれぞれに主にある励ましの手紙を書く。朝食は私達と恵夫妻。6:00 恵の車で二本松へ。二本松6:24発、信濃町の集荷場に9:;30到着。新幹線は速い。●集会は茂木(司会)高木(ロマ書3章1-8)山本(第一ペテロ5章)。●福音の外側の形は様々であるが、中心である「福音」は変わりないことを認識した。●午後、妻はバッハのクリスマスオラトリオの練習。

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新幹線から安達太良山を望む

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住いのあるあきる野に戻る。きれいな空、きれいな花。





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自分を捨てることは出来ない・・・永遠の命は不条理を通して与えられる・・・ ++++++++ 所感

2016/11/12 05:43

161112(土)3時半起床。啓示「自分を捨てることは出来ない・・・永遠の命は不条理を通して与えられる・・・」

 ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●過日、日本聖書協会「新翻訳」パイロット版の意見具申をsじていいてマルコ8:34-35にぶつかった。これは現行の口語訳と新共同訳では次の通りである。

口語訳 マコ 8:34-35
8:34 それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
8:35 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。

新共同 マコ 8:34-35
8:34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
8:35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。

●このうち35節はなかなか意味が解らないが、塚本訳は敷衍があるので分かりやすい。

塚本訳 マコ 8:34-35
8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。


●ところが聖書はどんなに翻訳がよくても、それが実行できなければ自分のものにならない。特に34節の「自分を捨てる」ということは本能に反することなので生物としての人間には絶対に不可能である。
●今朝は、神はこのマルコ8:34-35を「聖書で聖書を読む」方法で学習してみよう。説教ではない。

●まず、人は「自分を捨てることは出来ない」「神を信じることは出来ない」「有体的復活を信じられない」という現実を見てみよう。

塚本訳 ルカ 18:22-23
18:22 イエスは聞いて言われた、「もう一つ欠けている。持っているものをことごとく売って、(その金を)貧乏な人に分けてやりなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
18:23 彼はこれを聞き、しょげてしまった。非常な金持であったのである。

塚本訳 マタ 5:28
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。

塚本訳 マタ 5:39-44
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ

塚本訳 マコ 9:43
9:43 もし手があなたを罪にいざなうなら、切ってすてよ。両手があって地獄の消えぬ火の中へ行くよりも、片手で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

塚本訳 ヨハ 20:25
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

塚本訳 マタ 28:16-17
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかしう者もあった

塚本訳 Ⅰコリ15:6
15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

塚本訳 ヨハ 11:33-37
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」
11:37 しかし中には、「盲人の目をあけたこの人にも、このラザロが死なないように出来なかったのか」と言う者もあった。

塚本訳 マコ 2:5-7
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われる、「子よ、いまあなたの罪は赦された。」
2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、
2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」

塚本訳 マコ 14:62-64
14:62 するとイエスは(はじめて口を開いて)言われた、「そうだ、わたしだ。あなた方は『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に囲まれて来るのを』見るであろう。」
14:63 すると大祭司は自分の着物を引き裂いて言う、「これ以上、なんで証人の必要があろう
14:64 諸君は(今、おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。(この者の処分について)御意見を承りたい。」満場一致で、死罪を相当とすると決定した。


●ところが神は人間の理性には無理を承知で人の心を開いて最高の喜びである「永遠の命」を賜る。そのため人に不可解不条理な苦しみを下し、神や救いを求める気を起こさせる。神による霊魂の手術は高度なもので成功率は100%。


塚本訳 マタ 19:23-26
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 15:14-18
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた。
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。

塚本訳 マタ 7:7-8
7:7 (ほしいものはなんでも天の父上に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
7:8 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。

塚本訳 ルカ 24:45-48
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

塚本訳 ルカ 4:5-8
4:5 すると悪魔はイエスを高い所につれてゆき、瞬くまに世界中の国々を見せて、
4:6 言った、「あの(国々の)全支配権と栄華とをあげよう。あれは(神から)わたしに任されていて、だれにでも好きな人にやってよいのだから。
4:7 それで、もしあなたがわたしをおがむなら、あれは皆あなたのものになります。」
4:8 イエスは答えられた、「『あなたの神なる主をおがめ、『主に』のみ『奉仕せよ』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 ルカ 5:4-8
5:4 話がすむと、シモンに言われた、「沖に漕ぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。」
5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」
5:6 そしてその通りにすると、沢山の魚の群が入って網が裂けかかった。
5:7 そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。
5:8 シモン・ペテロはこれを見て、イエスの足もとにひれ伏して言った、「主よ、あちらに行ってください。わたしは罪人です。」

塚本訳 ヨハ 5:14
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ヨハ 8:11
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ルカ 6:20-21
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 23:40-43
23:40 するともう一人の者が彼をたしなめて言った、「貴様は(このお方と)同じ(恐ろしい)罰を受けていながら、それでも(まだ)神様がこわくないのか。
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイスにはいることができる。」

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。2017年1月8日の感話の準備ができた。

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14:00 福島市音楽堂大ホールでヘンデル「メサイア」を鑑賞。
華子がオルガニストで出演(右端)。

メサイア2016福島メモりアル合唱団・管弦楽団演奏
すばらしい演奏であった。
指揮者の渡辺善忠は、日本基督教団巣鴨教会牧師。全曲暗譜であった。

最後のコーラス Revelation5.14

5:14 
FOR EVER AND EVER AMENf  世々限りなく、アーメン

2016_11130016.jpg 
終演後、華子を囲んでホールで家族写真。

19:00 二本松の恵の家で今日の演奏会の感想懇親懇談。楽譜を見せてもらって演奏するのは尋常なことではないことを知った。ヘンデルのメサイアが聖書(KJV)を中心にしてあること。「聖書で聖書を読む」ことが良いことで意見が一致したことは感謝

22:30 就寝。




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福音の歴史性・・・救いの確かさ・・・ ++++++++ 所感

2016/11/11 06:29

161111(金)4時目覚め。黙想「福音の歴史性・・・救いの確かさ・・・」。」5時起床、乾布摩擦、洗顔、ストーブ点火、湯沸し、
さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●12月4日の集会感話の準備。ルカ3:212-22(イエスの受洗)で著者ルカが言わんとすることは、神が人の子の姿になって世に現れたのは、救いを見える形で示そうとされたからである。ここに福音の歴史性がある。大脳皮質は救いの歴史的確かさを要求する。この点キリストの救いは仏教とは異なる。哲学とは異なる。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 マタ 26:26-28
26:26 (ユダが立ち去ったあと、)彼らが食事をしているとき、イエスは(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)賛美して裂き、弟子たちに渡して言われた、「取って食べなさい、これはわたしの体である。」
26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。
26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血であるから。


塚本訳 マタ 28:18-20
28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。
28:19 それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」


塚本訳 マタ 26:12-13
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 Ⅰコリ11:23-26
11:23 なぜというか。わたしは(晩餐のことを)主から授かり、それをまたあなた達に伝えたのであるが、それはこうである。──主イエスは(敵に)引き渡された夜、パンを手に取り、
11:24 (神に)感謝して裂いて、言われた、「これはあなた達のためにわたすわたしの体である。わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。
11:25 食事の後、杯を同じように(感謝)して(分けて、)言われた、「この杯はわたしの『血』の犠牲を払った『新しい約束』である。(今から後、)飲むたびごとに、わたしを記念するためにこのことを行ないなさい」。
11:26 すなわち、主が(ふたたび)来られるまで、あなた達はこのパンを食べこの杯を飲むたびごとに、主の死(の意味)を、(このことを行なうことによって)宣べ伝えるのである。

塚本訳 ロマ 8:3
8:3 律法が肉に妨げられて無力になったために出来なくなったことを、神は(御子によって)成し遂げてくださった。すなわち(わたし達の)罪の(征服の)ためにその子を罪の肉の形で(この世に)遣わし、その肉(を殺すこと)において罪を罰されたのである。

●神の残酷は「永遠の命」の喜びを与えんがためである。




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十字架の生涯の門出・・・苦難の暗示・・・ ++++++++ 所感

2016/11/10 05:18

161110(木)3時起床。睡眠6時間は十分。朝の啓示「十字架の生涯の門出・・・苦難の暗示・・・」次回12月4日の集会感話、ルカ3;21-22」の結論が示された。

塚本訳 ルカ 3:21-22
3:21 さて民衆が皆(ヨハネから)洗礼を受けた時、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開けて、
3:22 聖霊が鳩のような形で彼の上に下ってきた。そして「あなたは(いま)わたしの『最愛の子、』わたしの心にかなった』」という声が天からきこえてきた。


12月4日集会感話の結論
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感話3 十字架の生涯の門出。苦難の暗示。

 

口語訳 イザ 42:1-4

42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。

42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、

42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

 

口語訳 イザ 53:11

53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う

 

塚本訳 ロマ 3:25-26

3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

 

塚本訳 ルカ 2:34-35

2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った、「驚きなさるなよ、この幼児はイスラエルの多くの人を、(この方に対する態度によって)倒されたり立たせたりする、また、一つの目印となって(この世の烈しい)反対をうける、使命を負わされているのです。──

2:35 (母人よ、)あなたも劔で胸を刺しつらぬかれ(る苦しみをせ)ねばなりますまい。──これは多くの人の心の(隠れた)考えを外に出させるためなのです。」

 

塚本訳 ヨハ 12:24

12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

 

塚本訳 マコ 10:45

10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

 

塚本訳 マタ 16:21

16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

 

塚本訳 マコ 14:35-36

14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って

14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。

 

塚本訳 マタ 26:56

26:56 しかしこれはみな、(救世主は罪人のようにあつかわれるという)預言者たちの聖書の言葉が成就するためにおこったのである。」その時弟子たちは皆イエスをすてて逃げた。

 

塚本訳 マコ 15:34

15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

 

塚本訳 マコ 8:34-35

8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。

 

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16

2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。

2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

 

塚本訳 ルカ 9:51

9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み、

 

塚本訳 使  20:22-24

20:22 (だがいよいよお別れだ。)さあ、わたしは御霊に縛られて、エルサレムにのぼって行く。そこでどんな目に会うか、わたしは知らない、

20:23 ただ、聖霊は(預言者たちをもって)到る所の町で、縄目と苦難とが(あそこで)わたしを待っていると証しをしてくださったことのほかは。

20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う

 

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12月4日集会感話の結論 終わり

●12月4日集会感話の準備

●寒いのでストーブを入れる。昨日は木枯らし。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申「マルコ9章」

●今井館ウィークディの集い「クリスマスコンサート」のチラシ作製。妻への協力。

●小学校5年の孫息子(K・F)が「面白いよ」と薦めてくれた「レンタルロボット」は読めたが、それよりも面白いという「ワンダー」は歯が立たないのでついに斜め読み。この本、どこに興味があったのだろう。

●米国大統領はトランプ氏が当選。日本の防衛は自分でやるべきだという意見は正論。ただし日本も核武装をせよというのはいただけない。核武装せずに国を守れるかどうかは信仰の有無で天地の差。神の力、神の守りを信じない者とは全く話が合わない。永遠に越えられない溝がある。

塚本訳 ルカ 16:26
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

●非武装中立は神の守りを信じない者には説けない。話のは徒労。

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。


 


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私の遺産・・・金銀我になし。この聖句で歩め・・・ ++++++++ 所感

2016/11/09 05:18

161109(水)3時目覚め、4時起床。朝の黙想「私の遺産・・・金銀我になし。この聖句で歩め・・・」●キリスト者の皆様お早うございます●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●人生、艱難辛苦の時に励ましになるyのは短い聖句である。もう24年も前に召された父からことあるごとに聞かされてきた聖句は艱難辛苦の時の慰めの聖句であった。●今その境地にあって、父の顔が浮かぶ。生涯病弱で不運であった父自身が神から慰め励ましを与えられたのであろう。父には遺産はなかったが、「信仰の遺産」(岩下壮一)があった。

文語訳 使  3:6
3:6 ペテロ言ふ『金銀は我になし、然れど我に有るものを汝に與ふ、ナザレのイエス・キリストの名によりて歩め』

塚本訳 使  3:6
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」

●父の遺言ともいうべき「聖句」は次のものである。私は自分の孫子にもこの聖句を遺産として残したい。デズニーの「バンビ」の一場面。バンビの母が死んだ時、うずくまって悲しんでいるときに、雪が降ってきて、そこに父親らしき影が現れ「バンビ、立ちなさい」と声をかける。●我々も人生、艱難辛苦の極度の悲しみの時に、天から声がかかるのだ。●孫子に告ぐ。艱難辛苦の人生を渡りきるために次の四つの句を覚えよ。暗記せよ。



文語訳 ロマ 8:18
8:18 われ思うに、今の時の苦難は、われらの上に顯れんとする榮光にくらぶるに足らず。


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。



文語訳 ロマ 8:26
8:26 斯くのごとく御靈も我らの弱を助けたまふ。我らは如何に祈るべきかを知らざれども、御靈みづから言ひ難き歎きをもて執成し給ふ。


塚本訳 ロマ 8:26
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである。



文語訳 マコ 14:36
14:36 『アバ父よ、父には能はぬ事なし、此の酒杯を我より取り去り給へ。されど我が意のままを成さんとにあらず、御意のままを成し給へ』


塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」



文語訳 マコ 5:34
5:34 イエス言ひ給ふ『娘よ、なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け、病いえて健かになれ』




塚本訳 マコ 5:34
5:34 イエスは言われた、「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」


●これに関する聖句を掲げよう。


塚本訳 ヨハ 12:27-30
12:27 今、わたしは胸がどきどきしてならない。ああ、なんと言っ(て祈っ)たらよいだろう。『お父様、この(試みの)時からわたしを救ってください』(と祈ろうか。)いやいや、わたしはこのため、この時のために(この世に)来たのだ
12:28 『お父様、(どうかわたしを御心のままになさって、)あなたの御名の栄光をあらわしてください!』」すると天から声がひびいた、「わたしは(あなたの業で)すでに(わたしの)栄光をあらわした。(今)また(あなたの苦しみによって)栄光をあらわすであろう。」
12:29 そこに立っていてこれを聞いた群衆は、雷が鳴ったと言った。「天使がイエスと話した」と言う者もあった。
12:30 イエスは答えて言われた、「あの声がきこえてきたのは、わたしのためではない。あなた達のため(あなた達の信仰を強くするため)である。

塚本訳 使  2:1-4
2:1 五旬節の祭の日(すなわち五旬節最後の日)になって、(使徒たちが)皆一緒に集まっていると、
2:2 突然、天から激しい風が吹いてきたようなざわめきがしてきて、座っていた家中にひびきわたった。
2:3 そして火のようなかずかずの舌が、分れ分れに自分たちひとりびとりの上に留まるのが彼らに見えた。
2:4 すると彼らは皆聖霊に満たされ、御霊に言わせられるままに、いろいろな外国語で話し出した。


塚本訳 使  7:54-56
7:54 これを聞いて(法院にいた)人々は怒り心頭に発し、ステパノに向かって歯ぎしりした。
7:55 しかしステパノは聖霊に満ちて天をじっと見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見ると、
7:56 「おお、天が開けた、人の子が見える、神の右に立っておられる!」と言った。


塚本訳 使  26:12-16
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。




●6:30 妻は友人と西沢渓谷に紅葉観賞。車が迎えに来た。

●生まれ故郷浦和の教会の様子を、その教会の増田愛子さんに伺う。髪の教会に祝福あれ。

●17:30 妻が西沢渓谷から無事戻る。













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「どうしたらいいんでしょう」・・・主は今も生きて働いて導いてくださる・・・ ++++++++ 所感

2016/11/08 05:13

161108(火)ある葬儀でオープンリールのテープの音が出なくて焦っているところで夢が覚めた。「夢でよかった」。人生も悪夢か。人生に」終わりがあるのは救いか。初代教徒が終末再臨を必死に願ったことがわかる。●4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は某夫人から家庭問題の悩みで「私の身の振り方はどうしたらよいのでしょうか」というご相談で延々40分間の電話。●これに対し、「明日のことは思い煩うな。現状維持で行きましょう。」と答えた。

文語訳 マタ 6:34
6:34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。


●しかしわたしのアドバイスは「言葉だけのもの」ではないだろうかと反省した。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。


●「明日のことは思い煩うな」という「主の言葉」はわたし自身身にも当てはまることなので、今朝はこの「主の言葉」を研究してみよう。

●まずマタイ6:34の翻訳比較。

文語訳 マタ 6:34
6:34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。

口語訳 マタ 6:34
6:34 だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

新改訳 マタ 6:34
6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

前田訳
6:34 あすのため心配するな。あすのことはあす自体が心配しよう。一日にとってはその日の苦労で十分である。


新共同 マタ 6:34
6:34 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

岩波翻訳委員会訳                                                        400634だから明日のことを思い煩うな。なぜなら、明日は明日自身が思い煩ってくれる。今日の苦しみ〔だけ〕で、今日はもう十分である。


田川建三訳
6:34だから明日のことを思い煩うな。明日のことは明日みずからが思い煩ってくれる。その日の悪はその日で十分なのだ。

フランシスコ会訳
だから、明日のことは煩ぃてはならない。明日のことは明日が思い煩う。その日の苦労はその日だけで十分である。


●次に私の頭に浮かぶ「主の言葉」

塚本訳 マタ 10:28-30
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

塚本訳 マコ 6:48-50
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ルカ 15:4-7
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:26-28
7:26 それで、わたしの考えでは、患難が目の前に迫っているのだから、これがよろしい、すなわち人は現状維持がよろしい。
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。
わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 マタ 4:1-4
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」


●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 ルカ 12:22-31
12:22 それから(また)弟子たちに言われた、「だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。
12:23 命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)だから。(命と体とを下さった神が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
12:24 烏をよく見てごらん。まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神はそれを養ってくださるのである。ましてあなた達は、鳥よりもどれだけ大切だか知れない。
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
12:26 それなら、こんな小さなことさえ出来ないのに、なぜほかのことを心配するのか。
12:27 花は紡ぐことも、織ることもしないのに、よく見てごらん。しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
12:28 きょうは野に花咲き、あすは炉に投げ込まれる草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことである。信仰の小さい人たちよ!
12:29 あなた達も、何を食べよう、何を飲もうと考えるな、また気をもむな。
12:30 それは皆この世の異教人の欲しがるもの。あなた達の父上は、それがあなた達に必要なことを御承知である。
12:31 あなた達はむしろ御国を求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。


塚本訳 ピリ 4:6
4:6 何事についても心配せず、君達の求めは感謝を添えた祈りと願いとにより、大小となく神に知らせよ。


塚本訳 ロマ 8:32
8:32 御自分の子をさえなんの惜しげもなく、わたし達みんなのために死に引き渡されたその神が、どうしてそれと共に、すべてのものをも賜わらないことがあろうか。


塚本訳 ロマ 14:17
14:17 神の国は(なんでも自由に)食べることや飲むことではなく、義と平安と聖霊による喜びとであるから。


塚本訳 Ⅰペテ5:7
5:7 『君達の心配を』悉く彼に『投げかけよ』。(いつも)君達のことを心にかけて居られるのだから。

塚本訳 ヤコ 4:13-14
4:13 さあ来い、「今日か明日どこそこの町に行き、一年其処に居り商売をして儲けてやろう」と言う者達!
4:14 (だが)君達は明日のことを知らないのだ。君達の生命は何か。君達は一寸見えて、(直)またあとで見えなく成る湯気ではないか。

塚本訳 マタ 6:11
6:11 その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。


塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

口語訳 Ⅰ列 17:4-6
17:4 そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。
17:5 エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。
17:6 すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。


口語訳 Ⅰ列 17:14-16
17:14 『主が雨を地のおもてに降らす日まで、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない』とイスラエルの神、主が言われるからです」。
17:15 彼女は行って、エリヤが言ったとおりにした。彼女と彼および彼女の家族は久しく食べた。
17:16 主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。


塚本訳 ヘブ 13:5-6
13:5 金銭を愛せぬ生活をせよ。(現在)もっているもので満足せよ。神がこう言われたからである、『わたしは決してあなたを見殺しにしない、また決してあなたを見捨てない』と。
13:6 だからわたし達は確信して言う(ことができる)。──『主はわたしの助け人、わたしは(何ものも)恐れない。何を人間がわたしにすることができようか。』


塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」


塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。


塚本訳 Ⅰテサ3:3-4
3:3 (斯くして)この(大なる)患難の際に(君達の中の)誰一人も揺すぶられることの無いためである。──私達(キリストを信ずる者)が斯く運命づけられていることは、君達自身が(よく)承知しているはずだ。
3:4 何故なら、私達が患難に遭わねばならぬことは、君達と一緒にいた時分に予め話して置いたことでもあり、それが(果たして)その通りになって、君達が(今自分で経験してそれを)知ったまでであるから。──


塚本訳 ロマ 5:2-3
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、


塚本訳 マタ 6:30
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


塚本訳 マタ 8:26
8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。


塚本訳 マタ 14:31
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」


塚本訳 マタ 8:8
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。


塚本訳 ロマ 5:2-3
5:2 そうだ、キリストにより、信仰で、わたし達はいまいるこの恩恵の状態に入ることができ、また(最後の日に)神の(子になることを信じて、その)栄光にあずかる希望を誇っているのである。
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、

口語訳 詩  37:4
37:4 主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる。


口語訳 詩  37:25
37:25 わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が/食物を請いあるくのを見たことがない。

口語訳 出  16:8
16:8 モーセはまた言った、「主は夕暮にはあなたがたに肉を与えて食べさせ、朝にはパンを与えて飽き足らせられるであろう。主はあなたがたが、主にむかってつぶやくつぶやきを聞かれたからである。いったいわれわれは何者なのか。あなたがたのつぶやくのは、われわれにむかってでなく、主にむかってである」。


口語訳 出  16:12-15
16:12 「わたしはイスラエルの人々のつぶやきを聞いた。彼らに言いなさい、『あなたがたは夕には肉を食べ、朝にはパンに飽き足りるであろう。そうしてわたしがあなたがたの神、主であることを知るであろう』と」。
16:13 夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。
16:14 その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。
16:15 イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「これはなんであろう」。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、「これは主があなたがたの食物として賜わるパンである。

口語訳 出  16:16-21
16:16 主が命じられるのはこうである、『あなたがたは、おのおのその食べるところに従ってそれを集め、あなたがたの人数に従って、ひとり一オメルずつ、おのおのその天幕におるもののためにそれを取りなさい』と」。
16:17 イスラエルの人々はそのようにして、ある者は多く、ある者は少なく集めた。
16:18 しかし、オメルでそれを計ってみると、多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しなかった。おのおのその食べるところに従って集めていた。
16:19 モーセは彼らに言った、「だれも朝までそれを残しておいてはならない」。
16:20 しかし彼らはモーセに聞き従わないで、ある者は朝までそれを残しておいたが、虫がついて臭くなった。モーセは彼らにむかって怒った。
16:21 彼らは、おのおのその食べるところに従って、朝ごとにそれを集めたが、日が熱くなるとそれは溶けた。


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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。アーソーカ。神います。神が保証、補償、保障してくださる。心配するのは信仰が薄いからだ。
●素人のこういう聖書の読み方は最善で、世界最高、最強。聖書は教会や聖書学者から奪還しなければならない。
●12:10 妻と秋川キララホール「エントランスロビーコンサート」に行く。ユーフォニュームとチューバのカルテット演奏会。

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秋川キララホールの紅葉 左は妻

●12月4日集会感話「イエス洗礼を受ける」(ルカ3:21-22)の準備。ルカの心が見えて来る。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版ルカ8章意見具申。

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線路の両側の樹木が伐採されたので我が家の眺めが良くなった。
家と言うのは北側のロケーションが良いものだ。

●FMで第九を聴く。コンヴィッチニー+ライプチッヒゲヴァントハウス。これは名演奏であった。
この曲に関係した思い出の人の顔が数名次々と浮かんだ。














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天からの声・・・十字架の生涯の門出に対する「はなむけの言葉」・・・ ++++++++ 所感

2016/11/07 06:42

161107(月)4時目覚め、5時起床。朝の啓示「天からの声・・・負わされる十字架の生涯・・・」。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●次回12月4日の感話はルカ3:21-22の「イエス洗礼を受ける」(塚本訳標題)である。この標題に私なりに副題をつけると「天からの声・・十字架の生涯の門出に対する「はなむけの言葉」・・・」である。

塚本訳 ルカ 3:21-22
3:21 さて民衆が皆(ヨハネから)洗礼を受けた時、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開けて、
3:22 聖霊が鳩のような形で彼の上に下ってきた。そして「あなたは(いま)わたしの『最愛の子、』わたしの心にかなった』」という声が天からきこえてきた。

●洗礼者ヨハネが入獄すると(昨日の感話「ヨハネの入獄、ルカ3:18-20)イエスの出番になった。これが旧約が終わって新約が始まる分岐点であった。洗礼者ヨハネの死がイエスが腰を上げる契機となった。その「はなむけけの言葉」が神から出た。それが次回感話のポイントである。しかしその「はなむけの言葉」背後に十字架を負わされる悲劇の生涯が隠されていようとは!!。この世の「はなむけの言葉」は成功の人生への期待であるが、神のキリストへの「はなむけけの言葉」は十字架の苦難。失敗の人生。皆に捨てられ、逃げられることが秘められている。しかし人からではなく「天からのはなむけけの言葉」であることが強みである「。福音書記者ルカの編集力はすごい。●今朝はこのルカの心に合わせて感じたことを掲げてみよう。
●「はなむけ」の由来は土佐日記の「馬の鼻向け」であって、旅に出る前に安全を祈願して、馬の鼻先を行き先の方角に向けていた風習が門出の前に贈る言葉になっていったそうである。
●神の「はなむけの言葉」は十字架の生涯を暗示する。

文語訳 哀歌3:27
3:27
人わかき時に軛を負は善し

口語訳 哀  3:27-29
3:27 人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
3:28 主がこれを負わせられるとき、ひとりすわって黙しているがよい。
3:29 口をちりにつけよ、あるいはなお望みがあるであろう。

塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 マタ 16:21
16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

塚本訳 ヨハ 12:23-24
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


塚本訳 ルカ 9:51
9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み、

塚本訳 マコ 14:35-36
14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」


塚本訳 マタ 26:55-56
26:55 その時イエスは群の人々に言われた、「強盗にでも向かうように、剣や棍棒を持ってつかまえに来たのか。わたしは毎日宮で坐って教えていたのに、捕えずにおいて、(どうして今、こんな真夜中に来たのか。)
26:56 しかしこれはみな、(救世主は罪人のようにあつかわれるという)預言者たちの聖書の言葉が成就するためにおこったのである。」その時弟子たちは皆イエスをすてて逃げた。

塚本訳 マコ 15:34
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり



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怒りの子・・・翻訳の違いによって読み違えることはない・・・ ++++++++ 所感

2016/11/06 05:49

161106(日)4時起床。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●本日の主界感話資料、ドタンバで推敲変更。●聖書は翻訳の違いによって読み違えることはない。●エペソ2:3の邦語翻訳の変遷は次の通りである。

文語訳1917

2:3 我等もみな前には彼らの中にをり、肉の慾に從ひて日をおくり、肉と心との欲する隨をなし、他の者のごとく生れながら怒の子なりき。

口語訳1955

2:3 また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。

塚本訳1963

2:3 (否、)私達も皆かつてはこの人達に伍して自分の肉の欲の中に生活し、肉と欲望の欲するままに振舞って、他の(異教)人達のように生まれながら(神の)怒りの(審判に定められた)子であった。

新改訳1970

2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。

前田訳1978

2:3 われらも同様で、皆かつては肉欲のうちに歩み、肉と官能の押すままをしました。生まれながらではわれらも他の人同様、怒りの子でした。

新共同訳1987

2:3 わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。

岩波翻訳委員会訳1995

490203これらの〔子らの〕中にあって私たちもまたかつては皆、私たちの肉の欲望の只中で生活し、、肉や想念の欲することを行ない、他の人々と同様、生まれつき〔神の〕怒り〔を受けるべきところ〕の子であつた

日本聖書協会「新翻訳」2018予定 パイロット版
2:3わたしたちも皆、かつては彼らの聞にあって、肉の欲のままに生き、肉や思いの欲することを行いほかの人々と同じように、生まれながらに神の怒りを受けるべき子でした。

●これを「怒りっぽい者であった」と読んでも間違いではない。福音の真理は、聖書翻訳の違い、教会教派の違い、伝道者の違いで異なることはない。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。

●10:00 東京聖書読者会、宮崎((司会)、山本(塚本講義「エペソ書」)、高橋(ヨハネの入獄)

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/161105.htm

http://stonepillow.dee.cc/herod.html


●昼食は、神谷光子さん、林光子さんと一緒。歓談。
●妻は秋川流域合唱祭。


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戦うな・・・神の力を信じて一目散に逃げよ・・・ ++++++++ 所感

2016/11/05 05:46

161105(土)3時目覚め、4時起床。頭は朝が冴える。昼間の3倍以上。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●今週はサロメの研究(?)で振り回された。確かにこの女は「魔性の女」であった。この女から解放されるのは「逃げ」の一手きりない。●昨日のブログで、洗礼者ヨハネの首を持った少女の名前は聖書からでは」なく、ヨセフスの「ユダヤ古代誌」からそれは「サロメ」とされている。この「女性」が聖書に出てくる十字架の許、イエスの墓に行ったった「サロメ」と同じであるかどうかは無教会の「聖書の百姓読み」(信仰は学問的見解に立たないという立場)で解放された。学問から逃げたのである。●信仰にはこの「逃げる哲学」が必要dせある。●今朝はこの信仰生活における「逃げの哲学」について黙想してみよう。●キリスト者にとっては「神の力を信じて36計逃げるが勝ち」である。

塚本訳 マタ 22:18-21
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」


塚本訳 マコ 13:14
13:14 しかし『(聖なる所を)荒す忌わしい者が』立ってはならない(聖なる)所に立つのを見たら[読者は(ここに隠された意味を)よく考えるがよい]、その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ


塚本訳 マタ 14:13
14:13 これを聞くと、イエスは自分(と弟子たち)だけ、そこから舟で人里はなれた所へ立ちのかれた。すると群衆はそれと聞いて、町々から陸を歩いてついて行った。

塚本訳 マコ 6:46-47
6:46 そして群衆に別れると、祈りのため山に行かれた
6:47 暗くなって、(弟子たちの)舟はもう湖の真中に出ていたが、イエスはひとり陸におられた。

塚本訳 ルカ 22:40-42
22:40 いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」

塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ルカ 22:67-69
22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」

塚本訳 マコ 11:32-33
11:32 それとも『人間から』と言おうか。」──(だが)民衆(の反対)がこわかった。みんながヨハネをほんとうに預言者だと思っていたからである。
11:33 そこで「知らない」とイエスに答える。彼らに言われる、「ではなんの権威であんなことをするか、わたしも言わない。」

塚本訳 マタ 4:8-10
4:8 悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見せて
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」

塚本訳 マタ 18:17
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、
それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

塚本訳 Ⅰコリ15:33
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。

塚本訳 Ⅰコリ6:15-16
6:15 あなた達は知らないのか、あなた達の体は(すでに)キリストの器官であることを。(もちろん、知っているはずだ。)では、わたしはキリストの器官(であるこのわたしの体)を取って、遊女の器官にしてよいだろうか。もっての外だ。
6:16 それとも、遊女に結びつく者はそれと一つの体であることを、あなた達は知らないのか。『二人は一体となる』と(聖書は)言うではないか。

塚本訳 ルカ 16:13
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。
あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ピリ 3:19-20
3:19 あの人達の最後は破滅、その神は自分の腹、その光栄(と考えているもの)は(実は)恥であって、あの人達は(ただ)地のこと(ばかり)に気を取られているのだ!
3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。

塚本訳 ピリ 3:13-14
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである


塚本訳 ヨハ 21:20-22
21:20 ペテロが(ついて行きながら)振り返ると、イエスの愛しておられた弟子が(あとから)ついて来るのが見えた。この弟子は(最後の)夕食の時に、イエスの胸にもたれかかって、「主よ、あなたを売る者はだれですか」と言った者である。
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」

塚本訳 ロマ 12:19-20
12:19 愛する者たちよ、自分で仕返しをするな、(裁きの日の神の)怒りにまかせよ。こう書いてあるではないか、「主は言われる、『仕返しはわたしのもの、』わたしが『報いをする』と。」
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

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朝の啓示黙想瞑想ディボーション終わり。戦うな。神の力を信じて、一目散に逃げよう。サタンや癌と戦うな逃げよう。卑怯怠慢ではない。神の力を信じるからそういう態度になるのだ。

●明日の集会感話の配布資料を完成して、ホームページの使徒伝承にアップ。種まきだ。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/161105.htm


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早朝散歩 奥多摩連山。寒い朝

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早朝散歩の道




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一粒の麦・・・洗礼者ヨハネの死は汚れた家庭の不幸なサロメを救うことになった・・・ ++++++++ 所感

2016/11/04 08:29

161104(金)2時半目覚め、黙想、感話準備、4時起床。さかなのえ  ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。明後日の感話の結論をまとめた。

11月6日感話の結論

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感話・結論

●洗礼者ヨハネの死は「一粒の麦の死」であった。イエスを立ち上がらせた。

塚本訳 1:14-15
1:14
(洗礼者)ヨハネが牢に入れられた後、イエスはガリラヤにかえり、神の福音を説いて
1:15
言われた、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔改めて福音を信ぜよ」と。

塚本訳 マタ 4:12                                   4:12 イエスは(洗礼者)ヨハネが牢に入れられたと聞くと、(郷里)ガリラヤ(のナザレ)に引っ込まれた。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24
アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

 

●汚れた家系のヘロデ王朝内を転々としたヘロデヤの娘(サロメ)は不運であったが、最後にキリストの贖いの血で救われた。

マルコ622-28のエピソードに出てくる少女の名前は通称「サロメ」となっているが、新約聖書では「ヘロデヤの娘」とだけあって、名前はない。通称の由来はヨセフスの「ユダヤ古代史」(第8巻5-1,2)である。(山本書店の「ユダヤ古代誌」全11冊は亡くなられたヤ・キさんの遺品。今に役に立った。)ここにこのエピソードの少女の名前は「サロメ」と書かれている。以後2000年間、この世はこの少女を絵画に小説に音楽にとはじめの舞いと同じく「見世物」にしている。では真相はどうなのか。
サロメがユダヤ王朝内を転々としたことは、WEB黒崎でビジュアル化された。これで「ヘロデ王朝の系図」で明解に知ることができる。

http://stonepillow.dee.cc/herod.html

1)少女(通称サロメ)は父ヘロデ(ピリポ)と母ヘロデヤの子として生まれた。しかし父は別の無名のヘロデではないかとの説もある(田川)                      2)母ヘロデヤは父ヘロデ(ピリポ)の異母兄弟(弟)のヘロデ(アンティパス・・・イエスを裁判した。ルカ236-12)と「恋におちいり」(ユダヤ古代誌・新約時代篇P65)夫と離婚。
3)一方ヘロデ(アンティパス)の方は先妻を捨ててヘロデヤと結婚した。                            4)そのヘロデヤは娘(通称サロメ)を連れ子として嫁いだ。     
5)そして育ての親であるヘロデ(アンティパス)の余興で舞をまった。(マルコ
618-28                       6)成長し、異母兄弟のピリポに嫁ぐが夫は紀元44年に死別。子はなかった。
7)それで、夫の遠戚のアンストポロに嫁ぐ。ここでは三人の子宝に恵まれる。(ユダヤ古代誌・新約時代篇P65
8)その後の彼女の歩みは聖書ではわからない。
9)聖書に「サロメ」の名前が出てくるのはマルコの二か所である。

塚本訳 マコ 15:40                                  15:40 また遠くの方から眺めていた女たちもいた。そのうちにはマグダラのマリヤ、小男ヤコブとヨセとの母マリヤ、およびサロメもいた。

塚本訳 マコ 16:1                                  16:1 (翌日、日が暮れて)安息日が終ると、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエス(の体)に油を塗りに行くために、(油にまぜる)香料を買いととのえた。

10)このサロメがロデヤの娘で、ユダヤ王朝内を転々としたヨセフスのユダヤ古代誌に出てくる通称「サロメ」ではあるまいか。

11)学問的に確定はしてないが無教会の素人読み、百姓読み、信仰的にそう読み込む。

12)人生の辛酸を舐め、悲哀を感じた「通称サロメ」はついに「世の光」「命の泉」に出会ったのだと私は信じる。

13)十字架の許にいてイエスの遺体に油を塗りに行くようにまでなったサロメ。彼女は肉の汚れの世界から贖われ、霊の人になった。万歳「サロメ」!。この世の不運不幸悲惨が幸いした。永遠に淋しさのない復活の人、天国人になった。

塚本訳 ヨハ 3:4-7                                                   3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」                                        3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。                             3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。                                3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

塚本訳 マタ 11:11-15                                11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい

塚本訳 ルカ 20:35-36                                20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。                                        20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

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11月6日感話の結論 おわり

●8:30 9月に召された、故大塚節子さんの前夜式と告別式(9月26日)の録音CDを妻と聴く。神のなさることは不思議だ。大塚家とは大塚ビルを建築したときから深く関わりを持つようになった。


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不運な少女の救い・・・ヘロデ王朝内を転々としたヘロデヤの娘(サロメ)を思う・・・ ++++++++ 所感

2016/11/03 05:53

161103(木)キリスト者の皆様お早うございます。●今日は47回目の結婚記念日さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は次回感話の準備であのヘロデヤの娘「サロメ」に終日振り回された。結論は「不運な少女の救い・・・ヘロデ王朝内を転々としたヘロデヤの娘(サロメ)を思う・・・」。十字架の許にいた女性、イエスの墓に香油を塗りにいった「サロメ」は汚れて退廃したヘロデ放蕩の中を転々とした「不運な女」、あのヘロデヤの」娘の「サロメ」ではなかったのか。素人の聖書読みでそう読み込む。学問的に間違っていても信仰でそう読む。信じ込む。

塚本訳 マコ 6:18-28
6:18 ヨハネがヘロデに、「あなたは自分の兄弟の妻を妻にするのはよろしくない」と言ったからである。
6:19 (そのため)ヘロデヤはヨハネを恨んで、殺したいと考えていたが、出来なかった。
6:20 それはヘロデがヨハネを正しい聖なる人と知って、これを恐れ、保護を加えていたからである。ヘロデはヨハネに話を聞くと非常に当惑したが、それでも喜んで聞いていたのである。
6:21 すると(ヘロデヤにとり)好い機会がきた。ヘロデが自分の誕生祝いに、大官、将軍、ガリラヤの名士たちを招待して宴会を催した時、
6:22 ヘロデヤの娘が席に出て舞をまい、ヘロデと列座の人々とを喜ばせたのである。王が少女に言った、「ほしいものがあったら言ってみよ。褒美にやろう。」
6:23 また、「願いとあらば、『国の半分でも』やろう」と誓った。
6:24 少女は出ていって母にきいた、「何を願いましょうか。」「洗礼者ヨハネの首を」と母がこたえた
6:25 少女は大急ぎですぐ王の前に出て、「洗礼者ヨハネの首を盆にのせてすぐに戴かせてください」と願った。
6:26 王は非常に悲しんだが、客の前で立てた誓いの手前、拒みたくなかった。
6:27 そこで王はすぐヨハネの首を持ってくるように命令して、首斬役をやった。首斬役は行って牢でヨハネの首をはね、
6:28 その首を盆にのせて持ってきて少女に渡し、少女はそれを母に渡した。


●この少女の名前は通説では「サロメ」となっているが、「ヘロデヤの娘」とだけあって、「聖書にはない」。この通説の源流はヨセフの古代史(8巻5-1,2)である。(山本書店の「ユダヤ古代誌」全11冊は亡くなられたヤ・キさんの遺品である。今に役に立った。)この中にこのエピソードの主の名前は「サロメ」と書かれている。以後2000年、この世はこの少女を絵画に小説に音楽にはじめと同じく「見世物」にしている。では真相はどうなのか。
●サロメがユダヤ王朝内を転々としたことは、WEB黒崎でビジュアル化された「ヘロデ王朝の系図」で明解に見ることがことができる。

http://stonepillow.dee.cc/herod.html

1)父ヘロデ(ピリポ)と母ヘロデヤの子として生まれたv
2)母ヘロデヤは父ヘロデ(ピリポ)の異母兄弟(弟)のヘロデ(アンティパス)と「恋におちいり」(上記ユダヤ古代誌・新約時代篇P65)夫を捨てた。
3一方ヘロデ(アンティパス)の方は先妻を捨てた。ヘロデヤは娘通説サロメ」)を連れ子として嫁いだ。そしてあるときおじさんであるヘロデ(アンティパス)の前で踊らされた。(マルコ6:18-28)
4)成長し、これまた異母兄弟のピリポに嫁ぐが夫は紀元44年に死別。子はなかった。
5)それで、夫の甥のアンストポロに嫁ぐ。ここでは三人の子宝に恵まれる
6)その後の彼女の歩みはわからない。
7)聖書に「サロメ」の名前は出てくるのは次の二か所である。これがヘロデヤの娘でユダヤ王朝内を転々としたヨセフスのユダヤ古代誌に出てくる通説「サロメ」ではあるまいか。わたしは信仰の目でそう読み込む。人生の辛酸を舐め、悲哀を感じた「サロメ」はついに「世の光」「命の泉」に出会ったのだと私は信じる。十字架の許にいて墓にまでいった女になった。万歳「サロメ」!。あなたはこの世での不運が幸いした。天国で大きな者になった。

塚本訳 マコ 15:39-40
15:39 イエスと向かい合ってそばに立っていた百卒長は、こんなにして息が絶えたのを見て、「この方は確かに神の子であった」と言った。
15:40 また遠くの方から眺めていた女たちもいた。そのうちにはマグダラのマリヤ、小男ヤコブとヨセとの母マリヤ、およびサロメもいた。

塚本訳 マコ 16:1
16:1 (翌日、日が暮れて)安息日が終ると、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエス(の体)に油を塗りに行くために、(油にまぜる)香料を買いととのえた。

●我々の家系も汚れていて、醜悪であるが、サロメのような人生でありたい。「主の言葉」が響く。

塚本訳 ヨハ 8:3-11
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
(中略)
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 マタ 11:11-15
11:11 アーメン、わたしは言う、女の産んだ者の中に、洗礼者ヨハネより大きい者はまだ出たことがない。しかし天の国で一番小さい者でも、彼より大きい。
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている。
11:13 すべての預言書と律法と[聖書]が預言しているのは、ヨハネ(の現われる時)まで(で、天の国はすでに来ているの)だから。
11:14 (今わたしが言ったことを)信ずる気があなた達にあるなら(わかることだが、)ヨハネこそ、(救世主の先駆けとして)来るべき(預言者)エリヤである。
11:15 耳のある者は聞け。

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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。

●13:00 学士会館で「南原繁シンポジウム主題「南原繁の戦後体制構想」。天皇制の問題など、現実の諸問題などが討論された。
●結婚記念日なので、ケーキを購入。小さいもの。夕食時にび47年間の長旅感謝の祈り。

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菊。47年前の結婚式には菊が多く飾られた。あのときに御参列くださった多くの方々は逝かれた、

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家路。三日月が見えた










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不完全家庭の祝福・・・天国ではめとることもなく嫁ぐこともない・・・ ++++++++ 所感

2016/11/02 05:59

161102(水)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●3時目覚め、4時起床、朝の啓示「不完全家庭の祝福・・・天国ではめとることもなく嫁ぐこともない・・・」●次回感話「ヨハネの入獄(ルカ3:18-20)」で、ヘロデ家の系図を学びその乱脈ぶりにつくずく肉の汚れが嫌になった。ヘロデ家の汚れの系図yは次のサイトにビジュアルとして良く出ている。

http://stonepillow.dee.cc/herod.html

この』汚れと暗さを見ると、次の「主の言葉」が慕わしくなる。なにがなんでもこの聖句を深く知りたい。


塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

主は結婚は神の祝福したもうことであって禁欲独身生活を勧めてはいない。

塚本訳 ヨハ 2:1-2
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。

塚本訳 マコ 10:2-12
10:2 そこにパリサイ人たちが進み出て、イエスを試そうとして尋ねた、「夫は妻を離縁してもよろしいか。」
10:3 彼らに答えられた、「モーセはあなた達になんと命じているか。」
10:4 彼らが言った、「モーセは、『離縁状を書いて(妻を)離縁することを』許した。」
10:5 イエスは彼らに言われた、「モーセはあなた達の心が(神に対して)頑固なために、この掟を書いたのである。
10:6 しかし(天地)創造の始めから、『神は彼らを男と女とに造られた。』
10:7 『それゆえに人はその父と母とをすてて、
10:8 二人は一体となる』(とモーセは書いている。)従って、もはや二人ではない、一体である。
10:9 だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。人間がこれを引き離してはならない。」
10:10 家で弟子たちが、またこのことをお尋ねした。
10:11 彼らに言われる、「妻を離縁してほかの女と結婚する者は、妻に対して姦淫を犯すのである。
10:12 もし妻が夫を離縁してほかの男と結婚すれば、(これも)姦淫を犯すのである。」

●このように主は肉の結婚を良しとした。それにも関わらず、天国では結婚生活がないというのはどういうことだろろ。
この謎の解明の鍵は「復活の体」である。あの世は「霊の世界」である。霊の世界は永遠で、肉の生殖行為による子孫繁栄の必要はない。このことを考えると「主の言葉」が見えてくる。

塚本訳 ヨハ 3:3-7
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。

塚本訳 ヨハ 4:24-26
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マコ 3:31-35
3:31 そこにイエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていてイエスを呼ばせた。
3:32 大勢の人がイエスのまわりに坐っていたが、彼に言う、「それ、母上と兄弟姉妹方が、外であなたをたずねておられます。」
3:33 イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、
3:34 自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
3:35 神の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母である。」

塚本訳 ルカ 11:27-28
11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

塚本訳 ルカ 23:28-29
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。
23:29 いまに人々が、『石女と、(子を)産んだことのない胎と、飲ませたことのない乳房とが羨ましい』と言う(恐ろしい)日が来るのだから。

塚本訳 マタ 5:27-30
5:27 あなた達は(昔の人がモーセから、)『姦淫をしてはならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:28 しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。
5:30 もしまた右の手があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。手足が一本無くなっても、全身が地獄へ行かない方が得であるから。

塚本訳 マタ 18:7-8
18:7 この世は罪のいざないがあるから禍だ、罪のいざないの来るのを避けることができないからである。しかしいざないを来させる人は禍だ。
18:8 (だから)もし手か足があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。両手両足があって永遠の火の中に投げ込まれるよりも、片手片足で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27 わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。


塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

塚本訳 ヨハ 7:16-17
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。
7:17 その方の御心を行おうと決心する者には、わたしの教えが神から出たものか、それともわたしが自分で勝手に話しているかがわかるであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわfり。祝福されるべき家庭は、サタンの侵入で崩壊する。目もあてられない汚れた系図となる。洗礼者ヨハネは律法でヘロデの系図を批判したが、批判では救われない。ヨハネの死はイエスを立ちあがらせ、イエスは世の汚れを贖った。ヘロデ家の汚れも聖めたことになる。ヘロデ家の汚れた系図は我々の系図である。しかし主の宝血はこれを完全に聖める。泣くな汚れた系図のもとに生まれて悩む若者よ。今の世で聖められるのだ。清浄になれるのだ。血が清められ、神の子になれるのだ。


●10:00 妻は塚本虎二著作集の読書会(今井館)。24年前に召された伊東彊自先生の御長男が出席。
●午後は、世田谷美術館に「志村ふくみ」展。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。マルコ6章。
●次回感話の準備として「サロメ」の研究に終日振り回されたが、信仰的によい結論が得られて感謝。
●妻から今日の報告。



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