to 日記と感想 2017年01月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


「死んだら天国に行きます!」・・・信仰の完成。次は霊の世界。・・・ ++++++++ 所感

2017/01/31 06:07

170131(火)3時半目覚め、4時15分起床。朝の啓示黙想「死んだら天国に行く!・・・次は霊の世界・・・」さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。過日、難しい病にかかっている人にお見舞いの電話をすると、「死んだら天国に行きます!」と明るい声が返ってきた。私は今朝思った、彼女はこの一言で信仰が「完成」しているのだなー」と。●というのはこういうことである。●昨日は日本聖書協会「新翻訳」パイロット版の意見具申をしていて、次の句にぶつかった。

塚本訳 Ⅱコリ13:9
13:9 ほんとうに、わたし達は弱く(て何も出来なく)ても、あなた達が強い(ので善いことが出来るというの)なら、嬉しいのである。わたし達が祈るのは(結局)このこと、あなた達が完成されることである。


●信仰には「これで十分だ」ということはない。最後まで「信仰薄き者」である。ところが彼女の明るい声を思いだして、信仰の「完成」ということをわからされた。彼女はデキている。信仰が完成されている。そこで今朝は「信仰の完成」ということを巡って聖書のアチコチを連想してみよう。


塚本訳 マタ 8:10
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。


塚本訳 マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである

塚本訳 マコ 6:4
6:4 イエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と親族と家族のところだけである。」

塚本訳 ヨハ 15:18-19
15:18 (しかしわたしに愛される時、あなた達はこの世から憎まれる。だが)もしこの世があなた達を憎んだら、あなた達よりも先にわたしを憎んだと思え。
15:19 もしあなた達がこの世のものであったら、この世は自分のもの(であるあなた達を)愛するはずである。しかしあなた達は(もはや)この世のものではなく、わたしがこの世から選び出したのだから、この世はあなた達を憎むのである

塚本訳 マタ 12:48-50
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」


塚本訳 ルカ 12:25-28
12:25 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
12:26 それなら、こんな小さなことさえ出来ないのに、なぜほかのことを心配するのか。
12:27 花は紡ぐことも、織ることもしないのに、よく見てごらん。しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
12:28 きょうは野に花咲き、あすは炉に投げ込まれる草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことである。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 ヨハ 3:3
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)
人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 4:24-26
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

塚本訳 ヨハ 20:17
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 ヨハ 8:12
8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」


塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーションおわり。以上は総て神の子主の言葉。●人生「主の言葉」に賭けて悔いなし。騙されても平安あり。●一族郎党の者、「主の言葉」に聞け、ここに救いあり、幸福あり、この道を行け。人生失敗しても天国に行ける。





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旧約の歴史は救世主(キリスト)出現の土台・・・今、時代は変わった・・・ ++++++++ 所感

2017/01/30 05:54

170130(月)3時半目覚め、4時半起床。乾布摩擦、体重測定、湯沸し、パソコン開始●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。次回、2月5日のす東京聖書読者会の感話は、「イエスの系図(ルカ3:23-38)」である。その副題として次が示された。「旧約の歴史は救世主(キリスト)出現の土台・・・今、時代は変わった・・・」●ルカは歴史意識があるから神学者や聖書学者の興味の対象である。20世紀の聖書学の主流は「編修史」であるが、それはルカの神学の研究に端緒があった。●そこで「、「イエスの系図(ルカ3:23-38)」」を感話するに当っては、古典的名著、クルマンの「キリストと時」とコンツェルマンの「時の中心・・福音書神学の研究」に触れなければならないが、この二冊、昔少しかじったが、歯が立たなかった。第一に「面白くない」。●自論の「聖書で聖書を読む」(Bible by Bible]その方がずっと面白いし、力になる。これ聖書を仕事にしない無教会者の生き方である。今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを逍遥してみよう。

塚本訳 ルカ 1:1
1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)


塚本訳 ルカ 3:23
3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

塚本訳 ルカ 4:16
-21
塚本訳 ルカ 4:16
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』
4:20 イエスは(読み終ると、)聖書を巻き、係の者に返して坐られた。礼拝堂にいる者の目が皆彼にそそがれた。
4:21 イエスは、「(今)あなた達が聞いたこの聖書の言葉は、今日(ここで)成就した」と言って話を始められた。

口語訳 イザ 61:1-2
61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、
61:2 主の恵みの年と/われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、

塚本訳 ルカ 7:21-22
7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、
7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

塚本訳 ヨハ 4:22-23
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。

塚本訳 ヨハ 4:25-26
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」


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朝の啓示黙想ディボーション終わり。これで次回感話の主題がきまった。朝の啓示は神の示し。





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イエスの系図・・・主の恵みの時が来た。ルカの心に触れる・・・ ++++++++ 所感

2017/01/29 17:08

170129(日)2時半ごろ目覚めて寝付けず黙想。2月5日の感話をまとめる

2月5日集会感話
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              170129-2 263

 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

イエスの系図(ルカ323-38

・・・主の恵みの時が来た。ルカの心に触れる。・・・

 

2017年2月5日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 3:23-38

3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

3:24 ヘリはマタテの、マタテはレビの、レビはメルキの、メルキはヤンナイの、ヤンナイはヨセフの、

3:25 ヨセフはマタテヤの、マタテヤはアモスの、アモスはナホムの、ナホムはエリスの、エリスはナンガイの、

3:26 ナンガイはマハテの、マハテはマタテヤの、マタテヤはシメイの、シメイはヨセクの、ヨセクはヨダの、

3:27 ヨダはヨハナンの、ヨハナンはレサの、レサはゾロバベルの、ゾロバベルはサラテルの、サラテルはネリの、

3:28 ネリはメルキの、メルキはアデイの、アデイはコサムの、コサムはエルマダムの、エルマダムはエルの、

3:29 エルはヨシュアの、ヨシュアはエリエゼルの、エリエゼルはヨリムの、ヨリムはマタテの、マタテはレビの、

3:30 レビはシメオンの、シメオンはユダの、ユダはヨセフの、ヨセフはヨナムの、ヨナムはエリヤキムの、

3:31 エリヤキムはメレヤの、メレヤはメナの、メナはマタタの、マタタはナタンの、ナタンはダビデの、

3:32 ダビデはエッサイ④の、エッサイはオベデの、オベデはボアズの、ボアズはサラの、サラはナアソンの、

3:33 ナアソンはアミナダブの、アミナダブはアデミンの、アデミンはアルニの、アルニはエスロンの、エスロンはパレスの、パレスはユダの、

3:34 ユダはヤコブ⑤の、ヤコブはイサク⑥の、イサクはアブラハム⑦の、アブラハムはテラの、テラはナホルの、

3:35 ナホルはセルグの、セルグはレウの、レウはペレグの、ペレグはエベルの、エベルはサラの、

3:36 サラはカイナンの、カイナンはアルパクサデの、アルパクサデはセムの、セムはノア⑧の、ノアはラメクの、

3:37 ラメクはメトセラの、メトセラはエノクの、エノクはヤレデの、ヤレデはマハラレルの、マハラレルはカイナンの、

3:38 カイナンはエノスの、エノスはセツの、セツはアダム⑨の、アダムは神の子、である。

 


①イエス

塚本訳 ルカ 1:1-4

1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)                               1:2 最初から実際に見た人たちと御言葉の伝道にたずさわった人たちとが(語り)伝えてくれたとおりに、一つの物語に編もうと企てた人が数多くありますので、                                1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、         1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

塚本訳 ルカ 4:18-21                        4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』         4:20 イエスは(読み終ると、)聖書を巻き、係の者に返して坐られた。礼拝堂にいる者の目が皆彼にそそがれた。                  4:21 イエスは、「(今)あなた達が聞いたこの聖書の言葉は、今日(ここで)成就した」と言って話を始められた。

塚本訳 ルカ 7:21-22

7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、          7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

塚本訳 ルカ 16:16                         16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

②ヨセフ

塚本訳 ルカ 1:26-27                        1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。       1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。

塚本訳 ルカ 2:4                           2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

塚本訳 ルカ 3:23                          3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

塚本訳 ルカ 4:22-24                        4:22 皆がイエスを誉めそやし、かつその口をついて出る言葉のうるわしさに驚いて、「これはヨセフの息子ではないか」と言った。            4:23 彼らに言われた、「どの道あなた達は『自分をなおせ、お医者さん』という諺を引いて、『いろいろなことをカペナウムでしたと聞いたが、郷里のここでもやってみろ』とわたしに言うにちがいない。」            4:24 また言われた、「アーメン、わたしは言う、いかなる預言者も、その郷里では歓迎されない。

 

③ダビデ

塚本訳 ルカ 1:31-32                        1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。                                1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、

塚本訳 ルカ 1:69                          1:69 わたし達のために、僕『ダビデの』家に救いの(力強い)『角(なる救い主)をお立てになる』からである、

塚本訳 ルカ 2:4                           2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

塚本訳 ルカ 2:11                          2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である。

塚本訳 ルカ 18:38-39                       18:38 盲人は、「ダビデの子のイエス様、どうぞお慈悲を」と言って叫んだ。18:39 先頭に立っていた人たちが叱りつけて黙らせようとしたが、かえってますます、「ダビデのお子様、どうぞお慈悲を」と叫びつづけた。

塚本訳 ルカ 20:41-44                       20:41 イエスは人々に言われた、「人はどういう訳で、救世主はダビデの子である、と言うのであろうか。                      20:42 ダビデ自身が詩篇の中でこう言っているではないか。──『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、      20:43 わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足台にしてやるまで』と。』20:44 だから、ダビデが(このように)救世主を主と呼んでいるのに、どういう訳で(その救世主が)ダビデの子であろうか。」

 

④エッサイ

塚本訳 使  13:22                         13:22 彼を退けたのちに、ダビデを立てて王にし、こう言って賞賛された、『エッサイの子『ダビデを見つけた。』『この人はわたしの気に入った。』』なんでもわたしの思うことをするにちがいない』』と。

 

⑤ヤコブ

塚本訳 ルカ 1:32-33                        1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、                    1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」

塚本訳 ルカ 13:27-28                                                13:27 しかし主人は、『わたしはあなた達がどこの人だか知らない。『この悪者、みんな、わたしをはなれよ!』』と言うであろう。           13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。

塚本訳 ルカ 20:37                         20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。

 

⑥イサク

塚本訳 ルカ 13:28                         13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。

 

⑦アブラハム

塚本訳 ルカ 1:54-55                        1:54 永遠に『その憐れみを忘れず、』『その僕イスラエルの民を助けてくださるでしょう、』                           1:55 』われらの先祖たち、すなわちアブラハム』とその『子孫に』仰せられた『とおりに。』

塚本訳 ルカ 1:72-74                        1:72 主はこうして、『われらの先祖に憐れみを』ほどこし、また『その』聖なる『契約、』                             1:73 (すなわち)先祖『アブラハムにお立てになった』誓いを『おぼえ、』   1:74 わたし達を敵の手から救いだし、不安なく、主に奉仕させてくださるのである、

塚本訳 ルカ 3:8                           3:8 (ほんとうに悔改めたのか。)それなら(洗礼を受けるだけでなく、)悔改めにふさわしい実を結べ。『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などという考えを起してはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。

塚本訳 ルカ 13:16                         13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

塚本訳 ルカ 13:28                         13:28 あなた達はアブラハムやイサクやヤコブや、またすべての預言者たちが神の国におるのに、自分は外に放り出されるのを見て、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。

塚本訳 ルカ 16:24-25                                   16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』              16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

塚本訳 ルカ 16:29-31                       16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』       16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』

16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

塚本訳 ルカ 19:9                          19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。

塚本訳 ルカ 20:37-38                       20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。          20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

塚本訳 使  7:8                           7:8 それから彼に『割礼の(規則の)契約を』お与えになった。こうしてアブラハムは、イサクが生まれると(契約に従って)『八日目に割礼を施した。』イサクの子はヤコブ、ヤコブの子は十二人の族長であった。

 

⑧ノア

塚本訳 ルカ 17:26-27                       17:26 ちょうどノアの(洪水の)時にあったようなことが、人の子の(来る)日にも起るであろう。                         17:27 ノアが箱船に入った』日まで、人々が飲んだり食ったり、嫁にやったり取ったりしていると、洪水が来て、一人のこらず滅ぼしてしまった。

 

⑨ アダム

塚本訳 ロマ 5:12                          5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)

塚本訳 ロマ 5:17-19                        5:17 一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──           5:18 従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。 5:19 すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。

塚本訳 Ⅰコリ15:45                        15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。

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2月5日集会感話 おわり

●10:00 東京聖書読者会。丹野(司会)、高橋(福音は死を突破する)

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170128.htm

高木(ロマ書3章)

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福音は死を突破する・・・有体的復活がその証明・・・ ++++++++ 所感

2017/01/28 06:47

170128(土)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●明日の集会感話の資料を土壇場で変更。毎朝変更を示される。●「福音は死を突破する・・・有体的復活がその証明・・・」●生ける者にとって死は最大の恐怖である。福音によるしの突破は、人間をその恐怖から救った。●現代に当てはめれば、認知症で神も人も信仰も聖書も解らなくなっても救いは神の側にある。



1月29日、東京聖書読者会感話資料
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 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

福音は死を突破する

・・・「有体的復活」がその証明・・・

 

2017年1月29日 東京聖書読者会 高橋照男

 

① イエスの復活の最古の伝承

② エルサレム集会が保有していたイエスの言葉と業の情報

③ 神は無から有を創造される「力がある」ことを「聖書」に読む

④ 初代教会の復活信仰の根拠は、イエスの「有体的復活」

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① イエスの復活の最古の伝承

①-1)塚本訳 コリ15:3-4
15:3
まえにわたしが(福音の)
一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に
復活しておられること、

①-2)塚本訳 Ⅰコリ15:8                         
15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのような
わたしにも御自分を現わされた。

①-3)塚本訳 コリ15:12-14
15:12
ところで、キリストが
死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13
しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14
キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ
根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。

①-4)塚本訳 コリ15:16-20                   
15:16
死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。 
15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。                 
15:18 従ってまたキリストを信じて
眠った者も滅びたのである。                      
15:19
もしただこの生涯でキリストに
望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20
しかしながら今、キリストは
死人の中から復活しておられる、眠った者(復活の)最初として。

①-5)塚本訳
コリ15:26
15:26
最後の敵として、
死が滅ぼされる。

①-6)塚本訳 コリ15:42-44
15:42
死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43
恥辱の姿でまかれて
栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44
(神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて
霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

①-7)塚本訳 コリ15:46-49
15:46
しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47
最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48
土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49
こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、
(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。

①-8)塚本訳 コリ15:51-53
15:51
いまここに
(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52
あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると
死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53
(というのは、神の国に入るためには、)この
死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

①-9)塚本訳 コリ15:54-55
15:54
そしてこの死滅すべきものが不滅を着、
この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。 

② エルサレム集会が保有していたイエスの言葉と業の情報

②-1)塚本訳 マコ 12:18
-27
                    
12:18 そこに、
復活なしと主張するサドカイ人たちが来て、イエスにこう言って質問した、                               (中略)                              
12:23
(もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」                               12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25
死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。
12:26
死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。
12:27
(ところで)
神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)あなた達は大間違いをしている。」

②-2)塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53
人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55
霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

②-3)塚本訳 ヨハ 11:11                         11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。

②-4)塚本訳 ルカ 7:13-16
7:13
主は母を見て不憫に思い、「
そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──
「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

②-5)塚本訳 ヨハ 11:23-26
11:23
イエスは言われる、
「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24
マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25
イエスがマルタに言われた、
「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 まただれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。

②-6)塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43
こう言ったのち、
大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44
死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

②-7)塚本訳 マタ 11:4-6                         
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること
見ていることをヨハネに報告しなさい。                      
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、
死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。    11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

②-8)塚本訳 ヨハ 2:21-22                        
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。     
2:22 だから
死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

②-9)塚本訳 ヨハ 20:8-9                         
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。  
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

②-10)塚本訳 マタ 28:5-6
28:5
天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6
ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。

②-11)塚本訳 ヨハ 20:16-18                       
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)
イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)                     20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
                      

②-12)塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26
八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27
それから(すぐ)トマスに言われる、
指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28
トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」


②-13)塚本訳 ルカ 24:32-34
24:32
二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、
胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33
時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34
「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。

③ 神は無から有を創造される「力がある」ことを「聖書」に読む

③-1)口語訳 創  1:1-3
1:1
はじめに神は天と地とを創造された。
1:2
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

③-2)口語訳 エゼ 37:4-6                         
37:4 彼はまたわたしに言われた、
「これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。                                           37:5 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。                                 
37:6 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。

③-3)塚本訳 マコ 7:34-35
7:34
天を仰いで溜息をつき、その人に
「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる。
7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。

③-4)塚本訳 マコ 4:38-41
4:38
しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。
4:39
イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、
「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。
4:40 彼らに言われた、「なんでそんなに臆病なのか。まだ信じないのか。」
4:41
弟子たちはすっかりおびえてしまって、
「この方はいったいだれだろう、風も湖もその言うことを聞くのだが」と語り合った。
                  

③-5)塚本訳 マコ 10:26-27
10:26
弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27
イエスは彼らをじっと見て言われる、
「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』

③-6)塚本訳 ルカ 1:36-37
1:36
実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。
石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37
『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」

③-7)塚本訳 ヨハ 6:45                          
6:45 預言書に、〃
(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

③-8
)塚本訳 ロマ 4:17                          
4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、
死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。



④ 初代教会の復活信仰の根拠は、イエスの有体的復活

④-1)塚本訳 使  23:6
23:6
そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

④-2)塚本訳 ロマ 8:11                      
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、
キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。

④-3)塚本訳 使  26:8
26:8
(あなた方は
イエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。

④-4)塚本訳 Ⅰペテ1:3                          
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、
イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、

④-5)塚本訳 Ⅰテサ5:10                         
5:10 主は、私達が(その日)目を覚ましていても
(あるいは既に墓に)眠っていても、(皆等しく)彼と共に生きることが出来るように、私達のために死に給うたのである。

④-6)塚本訳 Ⅰテサ4:14                         
4:14 私達が信ずるようにもし
イエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから

④-7)塚本訳 エペ 5:14                          
5:14 (そして神の光に照らされ罪を浄められる時その人自身が光となる。)然り、(光に)照らされるものは皆光である。故に
主は言い給う──眠る者、起きよ、死人の中より立ち上がれ、さすればキリストが汝を照らし給うであろう。

④-8)塚本訳 コロ 3:3-4                          
3:3
君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。                              3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

④-9)新共同 黙  21:4                          
21:4 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

④-10)塚本訳 Ⅱコリ4:16-18 
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである


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1月29日、東京聖書読者会感話資料 おわり

●9:30 あきる野市役所がん検診。死を突破する福音の宣教のために「長生き」しなければならない。

●明日の感話資料の用意。上記内容をHP「使徒伝承」にアップ。神の翼に乗って「行け!」。良い地に落ちよ!

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170128.htm



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天国では苦しみはない・・この人生は「拷問」・・・ ++++++++ 所感

2017/01/27 05:34

170127(金)4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日鑑賞した映画「沈黙」の中に、拷問を受ける前のキリシタン百姓がイポルトガル人宣教師でエズス会のパードレ(神父)に「神父様、天国へ行けば苦しみは無くなるのですよね」とすがるように聞く。すると尊父は「天国では年貢も労役もない」と慰め励ます。キリシタンを弾圧した日本に災いあれ。●初代キリスト教徒が野球の餌食になる時は震えながらも抱き合って励まし合った。皇帝ネロ二禍あれ。●太平洋戦争で、英国兵が手を縛られて生き埋めにされるとき、。仲間の兵士が柵の外から讃美歌を合唱して死にゆく仲間を励ました。日本軍に災いあれ。●ジャンヌダークは途中信仰がぐらついたが火刑に会う時も信仰を持ち直した。●思うに人生は「拷問」続きである。ヒルティは「幸福論」の最後(第3巻)で「苦しみは瞬時にして喜びは永遠なり」と言った。●白水社のヒルティ著作集の訳者中澤冾樹先生は奥様が最後10年間「植物人間」であった。先生はこのヒルティの言葉に励まされた。●私の周囲にも、人生の「拷問」に耐えている人がいる。「ひるむな」。天国では苦しみはない。神は「沈黙」しているようだが知っている。●遠藤周作は信仰が甘い。浅い。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 マタ 5:4
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 6:20
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。

塚本訳 ロマ 4:16-17
4:16 そうであるから、(相続人にされるのは)信仰のゆえである。これは恩恵によらせるためであり、(アブラハムの)子孫全体に対して──ただ律法の子孫[ユダヤ人]だけでなく、アブラハムの信仰の(足跡を踏む)子孫[異教人]に対しても──(神の)約束が不動であるためである。彼はわたし達すべての者の(信仰の)父である。
4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。

新共同 黙  21:4
21:4 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。人生は「拷問」。しかし「信仰を失うな」。神は知っている。

●妻は午後自彊術。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。Ⅱコリ12章。コリント教会のゴタゴタ。これは当事者でなければ分からない。

●明後日の集会感話の準備。演奏会の気持ちと同じ。聖書のメロディーを演奏する。

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泣くな、死んだのではない。眠っているのだ・・・死生観の大革命・・・ ++++++++ 所感

2017/01/26 06:06

170126(木)さかなのえ ●4時起床。朝の啓示「泣くな、死んだのではない。眠っているのだ・・・死生観の大革命・・・」これは新約聖書の中心的使信である。孫娘の「死んだらsどうなるのか」に対するこの』一か月の黙想に対する究極的な結論である。これはsイエスとパウロの答えである。真理は二人ないし三人の証言が必要。

塚本訳 マタ 18:16
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。


塚本訳 Ⅱコリ13:1
13:1 わたしはあなた達の所にこれで三度目の訪問をする。『すべての事は、二人もしくは三人の証人の証言によって定められる』(と律法にあるではないか、三度の訪問が三人の証言に当る。)


塚本訳 Ⅰテモ5:19
5:19 長老に対する訴えは『二人または三人の証人』が無ければ受け付けるな。


塚本訳 ヘブ 10:28
10:28 モーセの律法をないがしろにする者があれば、憐れみなく、』『二人もしくは三人の証人(の証言)によって死ぬのである。』


●「死んだらどうなるのか」に対する証言の第一はほかならぬ神の子イエス。

塚本訳 マコ 12:26-27
12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。
12:27 (ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)あなた達は大間違いをしている。」

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 11:23-26
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

●第二の証言者はキリスト教会の祖であるパウロ

塚本訳 Ⅰコリ15:16-20
15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから
15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

●以上、二人の証言を信じれば人生は楽に渡れる。これ人類の死生観の大革命である。パウロはこの福音のために寝食を忘れて労苦した。昨日はこれを読んで「痛かったねー、お腹が空いたねー、寒かったねー」と叫んで眼がにじんだ。

塚本訳 Ⅱコリ11:24-27
11:24 ユダヤ人から「四十マイナス一」の笞の刑を五度受けた。
11:25 (ローマの)笞で打つ刑を三度受けた、一度石打ちされた、三度難船し、一度は一昼夜漂流した。
11:26 度々旅行して、川の危難、強盗の危難、同国人の危難、外国人の危難、都会の危難、荒野の危難、海の危難、偽兄弟の危難に遇った。
11:27 苦労し辛苦した、度々徹夜し、飢えまた渇いた、度々絶食し寒く着る物がなかった

●パウロはなぜこんな苦労をしなければならなかったのか。それは「有体的復活」の福音は人類の根源的な悩み悲しみである「罪と死」から解放するものだからだ。

塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから

塚本訳 Ⅱコリ2:15
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

●この二人の証言者は「世の人」から「アイツは狂っている」と思われた。

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 ヨハ 10:20
10:20 そのうち多くの者は、「あの人は悪鬼につかれて、気が狂っている。どうしてあなた達はあんな人の話を聞くのか」と言い、

塚本訳 使  26:24
26:24 彼がこのように弁明したとき、フェストが大声で(それをさえぎって)言う、「パウロ、お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせたのだ。」

●さらば、私も狂って死にたい。「有体的復活の喜びの福音」「人類の死生観の大革命」「人類の悩み悲しみを真に救う」のために。ナニ、私が脳出血で倒れて回復したとき、娘が「お父さんはやっぱり話すことがおかしい」と言ったものだ。そもそも私はあのとき死んだのだ。気が狂ったのだ。
●今年きた年賀状の中に「有体的復活を信じます」という添え書きがあるものがあった。この人と私の二人の証言の故に「有体的復活」は真理である。

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●朝の啓示黙想ディボーションおわり。神よ私をこの証言のために「長生き」させて下さい。「赦せ、この道」。残りの生涯はこの証言者として生き抜く。パウロに倣って走り抜く。


●上記の聖句に関してTSKを用いて、心に響くものを掲げる。TSKは信仰の補強、筋違である。有益だ。
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/bunshou/tsk.html

塚本訳 ロマ 4:17
4:17 『わたしはあなたを多くの国の人の父に決めた』と書いてあるとおりに。(ただし)それは、彼が信じた神、すなわち、死人を生かし、また無から有を呼び出される神の前においてである。


塚本訳 ロマ 14:9
14:9 キリストが死んで生き返られたのは、死んだ者と生きている者との主になるためであるから。


塚本訳 ヘブ 11:13-16
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。
11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである。
11:15 もしも彼らが出てきた所、(すなわちカルデヤのウル)のことを思ったのであったら、(いくらも)引き返す機会があったはずである。
11:16 しかし今や彼らは(地上のものに)まさる天の国を熱望しているのである。だから神も、彼らの神と言われることを恥とされない。彼は彼らのために(天に)都を用意されたのであるから。


塚本訳 マコ 12:24
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。

塚本訳 ヨハ 11:4
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」


塚本訳 ヨハ 11:11-13
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。

塚本訳 マタ 9:24
9:24 言われた、「あちらに行っておれ。少女は死んだのではない、眠っているのだから。」人々はあざ笑っていた。


塚本訳 マコ 5:39
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」


塚本訳 ヨハ 13:1
13:1 過越の祭の前、イエスはこの世から父上の所に移ってゆく時が(ついに)来たことを知って、この世で愛された弟子たちを、最後の瞬間まで愛しぬかれた。──


塚本訳 Ⅰコリ15:18
15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。


塚本訳 Ⅰコリ15:51
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。


塚本訳 Ⅰテサ4:14
4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。


塚本訳 Ⅰテサ5:10
5:10 主は、私達が(その日)目を覚ましていても(あるいは既に墓に)眠っていても、(皆等しく)彼と共に生きることが出来るように、私達のために死に給うたのである。


塚本訳 ヨハ 5:25
5:25 アーメン、アーメン、わたしは言う、死人が(一人のこらず)神の子(わたし)の声を聞く時が来る、いや、今もう来ている。しかし(ただ聞くばかりでなく、ほんとうに)聞き従う者(だけ)が生きる。


塚本訳 ヨハ 5:28
5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、


塚本訳 エペ 5:14
5:14 (そして神の光に照らされ罪を浄められる時その人自身が光となる。)然り、(光に)照らされるものは皆光である。故に主は言い給う──眠る者、起きよ、死人の中より立ち上がれ、さすればキリストが汝を照らし給うであろう。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 Ⅰコリ15:4-8
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。
15:7 そのあと(御兄弟の)ヤコブに、それから使徒一同に、御自分を現わされた。
15:8 しかし一番最後には、さながら月足らずのようなわたしにも御自分を現わされた。


塚本訳 ロマ 8:11
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。


塚本訳 Ⅰコリ15:23
15:23 ただ(それには順序がある。)ひとりびとりが自分の(属する)組の番の時に(復活する。)最初は(すでに)キリストが、その次に、キリストの来臨の時にキリストのものである人たちが、


塚本訳 コロ 1:18
1:18 彼はまた体なる教会の頭であり給う。彼は始めであり、死人の中から最初に生まれた長子であり給う。これは凡てにおいて彼が第一人者たらんためである。


塚本訳 Ⅰペテ1:3
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、


塚本訳 黙  1:5
1:5 及び(第三に、死に至るまで)忠実な証人(であり、甦りによって、)死(から生命に生まれる)人(達)の長子(となり給うた者、そしてその故に)また地上の諸王の君侯であり給うイエス・キリスト(──この三方)からの恩恵と平安とが、君達に在らんことを! 願わくは、私達を愛し、その血によって私達を罪から釈き放ち、

塚本訳 使  24:15
24:15 (また)この人たち自身もいだいている(復活の希望、)正しい人と正しくない人との復活が来ようとしているという希望を、神に対して持っているのであります。


塚本訳 使  24:21
24:21 『わたしは死人の復活のためにきょうあなた達の前で裁判されているのです』と、みんなの中に立って叫んだその一言のほかに!」


塚本訳 使  26:6-8
26:6 それで、今わたしが(こうして)ここに立って裁判を受けているのは、神がわたし達の先祖に与えられた(救世主の)約束に対して希望を持っているからです。
26:7 わたし達十二族(全ユダヤ民族)は(今なお)この約束を実現していただきたいと望んで、夜昼熱心に(神に)奉仕しております。(ところが不思議なことに、)王よ、この約束の希望について、わたしは(同族の)ユダヤ人に訴えられたのです。
26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。


塚本訳 使  26:20
26:20 まずダマスコとエルサレムとの人たちに、ユダヤ全国に、それから異教人に、悔改めて神に帰り、悔改めにふさわしいわざをするようにと告げました。

●「クリスチャンは死んだら、終末までどこにいるのか。」この難問に対して、かって旧約の泰斗である中澤冾樹先生との往復書簡で先生は次の句で頻繁なやり取りの総括をされた。先生は奥様が10年以上「植物人間」であられた。先生は今ご郷里の高知に眠っておらrうぇる。「また会う日まで」

塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

●12:35 妻と地元の映画館で遠藤周作原作の米映画「沈黙」を観賞。キリシタン禁制の江戸時代におけえるポルトガル人宣教師の棄教の物語。イエズス会は日本への宣教に苦労があった。スコッティ監督は読みが深い。アカデミー賞の候補と言われるだけ力作である。
●しかしカトリックの遠藤文学に対しては昔から無教会から批判があった。それは信仰の軸が神か人間かの違いによる。
●信仰は神に軸があることを思う時、次の聖句を思う。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 マタ 19:25-26
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 使  1:6-7
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない

塚本訳 ヨハ 21:21-22
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」











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有体的復活を信じられる人・・・ある日ある時の不思議な体験・・・ ++++++++ 所感

2017/01/25 06:35

170125(水)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリストさ派の皆様お早うございます。●今年に来た年賀状で「有体的復活を信じます」という一言が添えてあったものがあった。天的な輝きがあった。こういう応答は有体的復活の真理召命である。現代における「来世実在」の証明、「死人の復活」の証明である。●こういう反応は私が十年一日の如くに「有体的復活」を叫んでいることの真理証明で真の喜びである。●今朝はこのことを巡って黙想してみよう。

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ヨハ 4:25-26
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マタ 14:26-27
14:26 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って肝をつぶし、恐ろしさのあまり叫んだ。
14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」


塚本訳 ヨハ 6:19-20
6:19 彼らは二十五か三十スタデオ[五キロか六キロ]ばかり漕ぎ出したとき、イエスが(あとから)湖の上を歩いて舟に近づいてこられるのを見て、こわくなった。
6:20 イエスが言われる、「わたしだ、こわがることはない。」

塚本訳 マコ 6:49-50
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ルカ 24:14-16
24:14 これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。
24:15 二人が(こうして)話したり議論したりしていると、(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが
24:16 二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった。

塚本訳 ヨハ 20:19-22
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである


塚本訳 ヨハ 2:19-22
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。

塚本訳 ヨハ 21:12-14
21:12 イエスが彼らに言われる、「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子のうちだれ一人、「あなたはどなたですか」と敢えて尋ねる者はなかった。主だと気づいた(が、何となく変だった)からである。
21:13 イエスは来て、パンを(手に)取って彼らに渡された。魚も同じようにされた。
21:14 イエスは死人の中から復活されたのち、弟子たちに自分を現わされたのは、これですでに三度目である

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 使  26:15-18
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。
これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 使  1:6-8
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない。
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 エペ 1:13-14
1:13 このキリストにおいて君達(異教人)もまた、真理の言すなわち君達の救いの福音を聴いたので──このキリストにおいて君達もまた、信ずることにより約束の聖霊をもって封印されたのであるが、
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。



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朝の啓示黙想ディボーション終わり。三位一体の有体的復活の主は今も生きたもう。不思議な悲しい体験を通じて主は「わたしだ」’(エゴーエイミ)とい言って、霊魂に現れる。人はその時霊の眼が開けられる。胸が熱くなって「有体的復活」を信じらる者にさせられる。


●10:30 妻は今井館屁ヘ。ウィークデノ集い、企画会議

●日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)、パイロット版意見具申。Ⅱコリ11章。次を読んで胸が詰まった。パウロは何でこれほどまで苦労して福音を伝えたか。「死人の復活」という人類最奥最深の悲しみからの救いのためであった。パウロは狂ったのだ。

塚本訳 Ⅱコリ11:24-29
11:24 ユダヤ人から「四十マイナス一」の笞の刑を五度受けた。
11:25 (ローマの)笞で打つ刑を三度受けた、一度石打ちされた、三度難船し、一度は一昼夜漂流した。
11:26 度々旅行して、川の危難、強盗の危難、同国人の危難、外国人の危難、都会の危難、荒野の危難、海の危難、偽兄弟の危難に遇った。
11:27 苦労し辛苦した、度々徹夜し、飢えまた渇いた、度々絶食し寒く着る物がなかった。
11:28 (その上、)ここで言えないことは別として、毎日わたしに押し寄せる(山のような)事件、すべての集会のための心配。
11:29 ああ、だれかが弱って、わたしが弱らないことがあるか、だれかが罪にいざなわれて、このわたしが(悲しみに)燃えないことがあるか。


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真の礼拝・・・復活の主の現臨・・・ ++++++++ 所感

2017/01/24 06:28

170124(火)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は古屋安雄(元ICU教授)の「キリスト教と日本人」(教文館2005)に中の第9章「宗教改革の意外な影響」を読んだ。無教会に言及している。そして今朝は日本に無教会主義が神学的に定着した塚本虎二の「真の礼拝とは何ぞや」(昭和2年6月、7月)を読んだ。●「無教会主義キリスト教」は今や不信者の間にも知られる存在になった。内村、塚本、黒崎達の苦闘から100年、今や日本に定着している。●しかしこの頃、しきりに無教会から離脱したり、無教会批判を耳にする。●日本に無教会主義が起こった時には新教教会から無教会にパラパラと走った人がいた。私もその一人。無教会で水を得て落ち着いた。幸福であった。しかし今や無教会からカトリックに走る人がパラパラと出始めた。どちらもそれなりに同情すべき理由がある。●教会、無教会論争の聖書的根拠をここに繰り返さない。お互いに聖書のアチコチを根拠にする。●今朝は「真の礼拝・・・復活の主の現臨・・・」という観点からこのどうしようもない問題を前向きに建設的に黙想してみよう。パウロを引きあいに出すとそれは頭のことなので収拾がつかないからイエスに聞く。神学論でなく、三位一体の復活の主の現臨がディボーションの目的である。これにはカトリック教会もプロテスタント教会も無教会も異存はないはずだ。然り、イエスもパウロも。●問題はいかにして復活の三位一体の主に現臨して頂けるのかである。

塚本訳 ヨハ 4:23-26
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」


塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ルカ 17:20-21
17:20 パリサイ人から神の国はいつ来るのかと尋ねられたとき、答えられた、「神の国は、(いつ来るのかと計算や)観測のできるようにしては来ない。
17:21 また『そら、ここに(ある)』とか、『かしこに(ある)』とか言うことも出来ない。神の国はあっと言う間に、あなた達の間にあらわれるのだから。」

塚本訳 ルカ 6:12
6:12 このころのこと、イエスは祈りのため山に行って、神に祈りながら夜をあかされた

塚本訳 マコ 6:46
6:46 そして群衆に別れると、祈りのため山に行かれた

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 使  1:4-5
1:4 そして一緒に食事をしておられたとき、彼らに命じられた、──エルサレムを離れずにいて、「あなた達がわたしから聞いた」父上のお約束のものを待つように。
1:5 「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は幾日もたたぬうちに、聖霊で洗礼を授けられるであろうから」と。

塚本訳 使  1:6-8
1:6 さて彼らは集まっていたとき、こう言ってイエスに尋ねた、「主よ、(聖霊で洗礼を授けられる)その時に、あなたはイスラエルのために(約束の)国を回復されるのですか。」
1:7 彼らに言われた、「(その時ではない。回復の)時と、(それまでの)期間とは、父上が御自分の権力で決めておられるのであって、あなた達の知るべきことではない
1:8 ただ聖霊があなた達にくだるとき、あなた達は力を戴いて、エルサレムをはじめユダヤ全体、またサマリヤ、さては世界の果てまでも、わたしの証人になるであろう。」

塚本訳 使  1:12-14
1:12 それから彼らは、(このことのあった)いわゆるオリブ山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日の旅行距離[八百八十メートル]ほど)であった。
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 使  2:1-4
2:1 五旬節の祭の日(すなわち五旬節最後の日)になって、(使徒たちが)皆一緒に集まっていると
2:2 突然、天から激しい風が吹いてきたようなざわめきがしてきて、座っていた家中にひびきわたった。
2:3 そして火のようなかずかずの舌が、分れ分れに自分たちひとりびとりの上に留まるのが彼らに見えた。
2:4 すると彼らは皆聖霊に満たされ、御霊に言わせられるままに、いろいろな外国語で話し出した。


塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない

塚本訳 ヨハ 14:9
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 マタ 16:16-19
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」

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朝の啓示黙想ディボーション終わり。

キリストよ!今あれかし。日本は今汝を要す、来りて我らを教えよ。


●ワーズワースによるミルトンへの献辞は、

ミルトンよ!今あれかし。英国は今汝を要す、来りて我らを教えよ。

●16年前に私が脳出血で倒れたとき、新井明先生は間髪入れずに葉書をくださった。

高橋照男よ!倒るるなかれ。日本は今汝を要す。きたりて我らを教えよ。

●あれから16年生きられて感謝。その新井先生は今お具合がすぐれないという。

●日本聖書協会「新翻訳」(2018刊行予定)パイロット版2コリ11章。パウロのコリント教会を思う気持ちは深い。



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復活信仰の間違い・・・神は無から有を創造される・・・ ++++++++ 所感

2017/01/23 05:51

170123(月)4時起床。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ● 朝の啓示「復活信仰間違い・・神は無から有を創造される・・・」●キリスト者の皆様お早うございます。復活の信仰は有限に生きる人間にとっては非常に困難なことです。某夫人曰く「ウチの主人は死人が復活するというキリスト教は信じられないと言っているのです」と。●敵はよく味方のの本質を見抜く。キリスト教の本質は「死人の復活を信ずる」ことなのだ。

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 使  17:18-19
17:18 数人のエピクロス派やストア派の哲学者も彼と会談したが、「このお喋りはいったい何が言いたいのだろう」と言う者もあれば、「どうも外国の神々の宣伝者らしい」と言う者もあった。パウロがイエスと復活のこととを伝えていたからである
17:19 そこで彼を引っ張ってアレオパゴス[アレスの丘]法院につれてゆき、こう言った、「あなたが語っているその新しい教義はいったい何か、教えてもらう訳にゆくまいか。

塚本訳 使  17:31-32
17:31 神は一つの日を決め、その日に御自分の定めた一人の人(イエス)を使って『正しく(全)世界を裁こうと』計画しておられるからです。そして彼を死人の中から復活させて、すべての人に(彼が世界を裁くべき人であるという)その保証をお与えになったのであります。」
17:32 死人の復活と聞くと、嘲る者もあり、「そのことはまたいつかあなたに聞こう」と言う者もあった

塚本訳 Ⅰコリ15:19
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。


塚本訳 Ⅰコリ15:32
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。

●しかし復活信仰の困難さは生身の人間は復活は信じられないのが「科学的常識」である。理性が納得しない。

塚本訳 マタ 28:16-17
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった

塚本訳 ヨハ 20:25
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

塚本訳 Ⅰコリ15:12
15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。



●しかし人が聖霊、つまり永遠なるものに触れると死人の復活もまた信じられるようになる。

塚本訳 エペ 1:14
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ロマ 8:11
8:11 しかしイエスを死人の中から復活させたお方の御霊があなた達の中に住んでおられるなら、キリスト・イエスを死人の中から復活させたそのお方は、あなた達の中に住んでおられるその御霊によって、あなた達の死ぬべき体をも生かしてくださるであろう。


●復活、特に有体的復活が信じにくいこことの理由を復活などいうことはないと言うサドカイ人に対してイエスは次のように言う。

塚本訳 マコ 12:24
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。


●今朝はこの「聖書も神の力も知らない」という言葉について黙想してみよう。これが復活信仰を可能にする「キーワード」である。復活信仰は人間が「神の霊」に触れるときに初めてわかるものだ。そのとき、人間は、「神は無から有を創造されるお方」であることを信じることができる。●クリスチャンの「センター試験」は「有体的復活を信じられているのかどうか」である。もし信じられないならば信仰は思想、運動、事業、社会批判、遊興、先生礼賛に堕落する。否、現にしている。●逆に神の霊に満たされれば天然、自然、自分の罪の赦しの体験、聖書の全部が「復活」のありうることを証明、補強してくれる。●「復活は神学者聖書学者よりも農業者の方が信じられている」とは内村鑑三の言葉である。農業者は毎日植物の生育に接しているからだ。神様サマサマなのだ。

口語訳 創  1:1-3
1:1 はじめに神は天と地とを創造された。
1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった

口語訳 エゼ 37:4-6
37:4 彼はまたわたしに言われた、「
これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。
37:5 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。
37:6 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。


塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ヨハ 11:33-35
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」
二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。
イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マコ 7:34-35
7:34 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる。
7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。

塚本訳 マコ 4:38-41
4:38 しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。
4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。
4:40 彼らに言われた、「なんでそんなに臆病なのか。まだ信じないのか。」
4:41 弟子たちはすっかりおびえてしまって、「この方はいったいだれだろう、風も湖もその言うことを聞くのだが」と語り合った。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。


塚本訳 マコ 10:26-27
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 エペ 1:19-21
1:19 また私達信者に対する神の能力の如何に絶大であるかを知らせ給わんことを願っている──この力強く働く神の威力こそ、
1:20 彼がこれをキリストの中に働かせ、彼を死人の中から蘇らせ、天上において、『己が右』、
1:21 凡ての「権威」「権力」「能力」「支配者」の上、またこの代ばかりでなく来世においてもありとあらゆる名という名の上に『坐らせ給うた』力である。


塚本訳 ピリ 3:21
3:21 (その時)彼は
私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!

塚本訳 ルカ 1:36-37
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。
石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」


塚本訳 使  26:8
26:8 (あなた方はイエスの復活を信ぜず、従って彼が約束の救世主であることを信じようとされませんけれども、)
神が死人を生きかえらせるということが、あなた方にはなぜそんなに信じ難いことと思われるのでしょうか。

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朝の啓示黙想瞑想ディボーション終わり。人生の喜びは「復活を信じられる」ようになることである。これなくして短い人生は暗く淋しい
















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力を尽くして狭き門より入れ・・・失敗の人生は永遠の命への門・・・ ++++++++ 所感

2017/01/22 06:28

170122(日)4時目覚め。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は妻が孫のピアノ発表会に行った。帰りに学習院大学(目白」)の門の前を通った時、小4の孫娘がしきりに拝んだと言う。●この報告を聞いて、今朝の啓示と黙想課題が与えられた。聖書勉強は「活人生」が基礎。
「力を尽くして狭き門より入れ・・・失敗の人生は永遠の命への門・・・」

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

この言葉はルカでは次のようである

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

●高校生の時に読んだジイドの「狭き門」(信仰と恋愛の葛藤)の副題はこのルカから文語訳で次の句が書かれていた。

文語訳 ルカ 13:23-24b
力を盡して狭き門より入れ。

●その時は「力を盡して」と言う言葉に妙に惹かれたものだ。人間は誰でもこの世の幸福を求めて力を尽くすのだ。愛、富、平和、健康、恋愛、恋、結婚、家庭、子孫、夫婦円満、家庭団らん、地位、老後の経済、長寿、大往生・・・これ自体は悪いものではないからそれが得られれば「めでたし、めでたし」である。世の受験、就活、婚活、そして今は終活と言って死に方の研究である。全員がこれに「全力」を尽くす。●しかし不運にもこれが得られなくて「失敗の人生」になった場合でも、その悲しみ嘆きの故に真の喜び、永遠の命の門が見えて来るのだ。その時人はその「命の門」に向かって全力を尽くす」ようになるのだ。その門に向かって拝むのだ。殺到するのだ。●今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを黙想してみよう。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。
そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 マタ 6:31-33
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。


塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。


塚本訳 ルカ 12:15
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 ルカ 16:13
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マタ 19:22-26
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている

塚本訳 ルカ 19:1-4
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。

塚本訳 マコ 10:17-21
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。
10:19 (するべきことは神の掟を守ることだけで、)掟はあなたが知っている通り。──『殺してはならない、姦淫をしてはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、』奪い取ってはならない、『父と母とを敬え。』(ただこれだけである。)」
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。


塚本訳 マタ 20:20-23
20:20 その時、ゼベダイの子(ヤコブとヨハネと)の母がその(二人の)子をつれてイエスの所に来て、ひざまずき、何かお願いしようとした。
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。
20:22 イエスが答えられた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。(ヤコブとヨハネに聞くが、)わたしが飲まねばならない(苦難の)杯を飲むことが出来るのか。」「出来ます」と二人がこたえる。
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 マタ 20:25-28
20:25 するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである。
20:26 あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなりたい者は召使になれ。
20:27 一番上になりたい者は奴隷になれ。
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ

塚本訳 マタ 5:3-6
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。孫娘に告ぐ。あなたが大きくなるころには私達はこの世にはいない「狭き門より入れ」。「永遠の命の門」を見いだせ。「貧家の良妻」として生きよ。(内村鑑三)。永遠の命の希望に生きる幸福を得よ。

●10:00 集会は、川上(司会)、土肥(愚かな金持ちの譬)、横田(生命とは何か)
●日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)パイロット版、Ⅱコリ9章。歴史の真相はわからない。解ってもわからなくても良いのではないのだろうか。
●テレビで、駅伝、卓球、テニス、相撲を観る。


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主の特攻隊たれ・・・神の国の軍人として生きよ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/21 06:30

170121(土)5時起床、さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様おはようございます。●昨日は録画してあった「山本五十六の真実」を「」見て、打たれた。●今になり、友人に宛てた手紙が公開されたのである。●彼は三国同盟や日米開戦には寸前まで反対した。しかし海軍士官学校(江田島)で成績がよかったために日本海軍司令長官にさせられた。、しかし暗号を解読されて撃墜されて死んだ。●彼は塚本虎二先生の「聖書知識」を読んでいて、先生には毛筆で礼状を書いた。●彼に国や組織の中でのクリスチャンの懊悩、十字架を負う姿を見た。そんじょそこいらの生ぬるい平和主義者とは人間の程度が違う●矢内原忠雄のような生き方もあるが、山本五十六のような生き方に惹かれる。●日本の真珠湾攻撃は「奇襲」で卑怯だったと、日米双方が歴史の解釈に断を下しているが、神の目から見れば山本の精神は誉められたものであろう。●昨日から「軍人精神」なるものにに圧倒された。●その観点から聖書を読めば、クリスチャンは「神の国の軍人」、「霊の戦いの特攻隊」であるべきことを感じる。今朝はその精神を聖書のアチコチから引いてみよう。●ヒルティは「救世軍」を髙く評価していた。●優秀な軍人がりっぱな伝道者になった例は多い。ニーメラー、ザビエル、藤沢武義、・・・・

塚本訳 ルカ 9:61-62
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」

塚本訳 マタ 8:21-22
8:21 またほかの一人の弟子が言った、「主よ、(お共をする)その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
8:22 イエスはその人に言われる、「(今すぐ)わたしについて来なさい。死んだ者の葬式は、死んだ者にまかせよ。」

塚本訳 ルカ 22:36
22:36 彼らに言われた、「しかし今は(もうそれではいけない。)財布を持っている者は持ってゆけ。旅行袋も同様。剣を持たない者は、(もし金がなかったら、)上着を売ってでも買いなさい。

塚本訳 マタ 26:45-46
26:45 それから弟子たちの所に来て、(また眠っているのを見ると)言われる、「もっと眠りたいのか。休みたいのか。そら、人の子が罪人どもの手に渡される時が近づいた。
26:46 立て。行こう。見よ、わたしを売る者が近づいてきた!」

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 ルカ 23:2-3
23:2 「われわれはこの男が国民を惑わし、皇帝に貢を納めることを禁じ、かつ、自分が救世主、すなわち王だと言っていることを確かめた」と言って訴え始めた。
23:3 ピラトがイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。」答えて言われた、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」

塚本訳 マタ 22:20-21
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 マタ 10:33-38
10:33 しかしだれでも人の前でわたしを否定する者を、わたしも天の父上の前で否認するであろう。
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

塚本訳 エペ 6:12
6:12 私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に対するもの、「権力」に対するもの、この暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである。


塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ヨハ 21:20-22
21:20 ペテロが(ついて行きながら)振り返ると、イエスの愛しておられた弟子が(あとから)ついて来るのが見えた。この弟子は(最後の)夕食の時に、イエスの胸にもたれかかって、「主よ、あなたを売る者はだれですか」と言った者である。
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」

塚本訳 マタ 15:13-14
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 ルカ 16:9
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。誰でも残りの命は短い。クリスチャンは神の国に突っ込め。特攻の精神で生きよ。●クリスチャンの妻は「軍人の妻」の精神になれ。集会のMさんは海軍中将であったご主人が亡くなった時、少しも動じず明るかった。お子様の一人は難病、ご家庭は必ずしも平穏ではなかった。私はMさんの葬儀に参列した。

●米国新大統領トランプの就任演説を聞いて、建国時の高尚な精神が消えて「普通の国」になってしまった感があり、がっくり。●米国は神第一が建国の精神だったのだが、米国第一主義、金第一主義に堕落した。ジェファーソン、ワシントン、リンカーンが天で泣いている。米国のコインには WE TRUST IN GOD とあるのだが・・・・・●トランプ政権は短命のはずだ。神に罰せられる。●聖書の観点から次を思う。

口語訳 詩  33:12
33:12 主をおのが神とする国はさいわいである。主がその嗣業として選ばれた民はさいわいである。

127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 マタ 6:31-33
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。




●米新大統領トランプの思想や電通社員の時間外過重労働などに関して14年前に書いた論考を読み直した。

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市場経済の次に来るのは「人格経済」


(財)建設物価調査会・総合研究所 技術顧問 高橋照男

市場経済が勝利したのではない

 20世紀を省みれば、計画経済(ソ連を代表とする共産主義)と市場経済(米国を代表とする自由主義)の戦いであった。その結果無神論で唯物主義思想に立つソ連が崩壊し、ベルリンの壁も崩れて東西の冷戦は終わった。ではこれで市場経済(アダムスミスが説くところの「市場は神の手によって動く」という思想)が勝利したのであろうか。否。市場経済の行きつく先は弱肉強食の冷たい世界となり、その結果が米国9.・11事件を生むことにもなった。この事件により人類にとって市場経済は最終の姿ではないということが示された。

市場経済の破綻の次に来るのは「人格経済」

 では市場経済の次に来るものは何か。筆者はそれを「人格経済」とでも呼ぶべきものであると考える。「人格経済」というのは筆者の造語である。それは「人間経済」と呼んでもよい。つまり市場経済は放っておくと無人格な人間不在の数値判断のみの原理で物事が決定される。その結果は不平と不満の渦巻く世界となる。自己の給料が労働効果の数値のみで判定されると「ナニヲ!」と思うのが人間の本性である。そこには人間の真の価値を見るという視点が欠落している。筆者が「人格経済」という認識を持つようになった背景には二つの体験がある。その第一は、あるとき建築会社から提出された見積りが高いか安いかの判定を求められたときのことである。建築主は「あなたが妥当とおっしゃってくだされば私は満足します」という言葉であった。そこには競争による経済の比較判断がなかった。あるのはただ「妥当」という言葉とそれを信じる人の「満足感」だけであった。その第二は筆者の勤務先(3回変わったが)の「長」の人格である。給与報酬に関してはどの場合も一度も不平不満をもったことがない。なぜなら、その時々の「長」は私のことを熟知していてくれたからである。その「長」が私のことを熟知してくれていたので「今の私にはこの給料の額が妥当でこれで満足しなければならない」と常に思えたからである。そこに「長」の人格があった。経済的満足というのは、「自分を良く理解してくれている」という「長」の人格存在が必要である。それがなければどんなに高い給料であっても真に満足せず、常に飢餓感にさいなまれる。市場経済の競争原理というのは常にこの飢餓感というものに満ちている。目標達成やコストダウンという合い言葉はどのような企業にも共通で、それは飢餓感や不足感による競争心が土台にある。

J・ラスキンの預言

理想的な経済社会の姿はこのような「人格」が存在する社会であると説いたのは、英国のJ・ラスキン(美術・建築・経済評論家1819-1900年)である。ラスキンはその著「Unto This Last」(この最後の者にも)において、新約聖書マタイ福音書20章1~16節のイエスの言葉に根拠を置き、少しの時間しか働けなかった「最後の者」(多分それは健康ではなかった弱者)にも、長時間働いた者(多分それは健康であった強者)にも同額の報酬を支払ったという葡萄畑の「長」の人格の存在を誉め、これが来るべき理想的な経済社会の姿であると説いた。筆者もラスキンの思想に賛成である。これが「人格経済」の根拠である。

しかしこの経済原理が広く世に行き渡るには、一人一人が現実に真の「人格」たる神という「長」に出会うことが必要である。現在、英国の国会議員が最も尊敬する経済思想家はJ・ラスキンであるという。英国健全なりと言うべきである。しかし、この思想が広く人類に根付くのはいつのことであろうか。

 「建築と積算」20033月号    2003.3.2

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市場経済の次に来るのは「人格経済」 おわり

●14:30 妻は愛子の子供3人のピアノ発表会に行く。雑司ヶ谷音楽堂。











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クリスチャンの悩み・・・救われない人がいるのは何故か・・・ ++++++++ 所感

2017/01/20 06:21

170120(金)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の黙示「クリスチャンの悩み・・・救われない人がいるのは何故か・・・」●クリスチャンの最も深し悩みはこの身が恩恵によって救われても私を愛してくれた「あの人」が救われないのは何故かという疑問である。●キリスト教の救いは「絶対無条件による罪の赦し」である。ところがこの有難い福音を受け入れない人がわが国では99%である。●救われざる同胞の悩みはパウロがすでにローマ署9章で論じている。「救いには順序がある」というのだ。ところがこのパウロの慰めでは納得しない。理性が安息しない。●そこで今朝はこの深刻な悩みを神の子イエスに聞いてみよう。●すると意外にもこの私に課題があることを知る。



●まず、救われない人、福音を受け入れない人がいることを見てみよう。

塚本訳 Ⅱコリ2:15
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

塚本訳 ロマ 9:2-4
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。

塚本訳 マタ 10:14
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。

塚本訳 マタ 13:57
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 ヨハ 21:21-22
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。

塚本訳 Ⅰコリ7:16
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

塚本訳 マタ 6:25-27
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)
あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

塚本訳 マコ 10:26-27
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」


●世の救い、同胞の救いは我々以上に神の悩むところであることを黙想してみる。

塚本訳 ルカ 15:4
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

塚本訳 ルカ 15:8
15:8 また、どんな女でも、ドラクマ銀貨[五百円]を十枚持っていて、もしその銀貨を一枚無くしたとすれば、明りをつけて家(中)を掃き、
それを見つけ出すまでは、丹念にさがしつづけるのではないだろうか。

塚本訳 ルカ 15:20
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。


塚本訳 マタ 10:29-30
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている


塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

●我々に課せられた使命

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 Ⅱコリ4:8-11
4:8 わたし達はあらゆることで悩まされる、しかし行き詰まらない。当惑する、しかし絶望しない。
4:9 迫害される、しかし(神に)見捨てられない。打ち倒される、しかし死にはしない。
4:10 わたし達はいつもイエスの死の苦しみを体に受けて持ち回っている。それはわたし達の体にイエスの命も現れるためである。
4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり.。「アノ人の救い」はどうしてわかるのか。それは神の御心次第。全く神の主権による。あー、心のしこりが取れた。

●日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)パイロット版意見具申、第二コリント7章。、コリントの教会には誰か問題人物がいたらしい。それを推測するのが聖書学者だが、いずれも「だろう」「おそらく」で終わる。無教会の聖書の読み方は学問に振り回されないで聖書そのものを正面から読む。

●午後、妻は自彊術。

●録画してあった「山本五十六の真実」を観る。最近山本五十六の手紙が発見されて、彼の苦悩の胸中が明らかになった。彼は平和主義者であった。彼は塚本虎二の「聖書知識」を読んでいた。










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子や孫に告ぐ・・・神を讃える者になれ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/19 06:33

170119(木)4時半目覚め。啓示黙想祈り「子や孫達に告ぐ・・・神を讃える者になれ・・・」5時起床●乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、湯沸し、ミカン一個。パソコンで発信開始●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●孫がどのように育ってほしいかは、親の祈りや願いによる。●子供がどう育つかは親の心次第。●「神を讃える」のは人間の「分」、あるべき本質である。

口語訳 創 1:26-27
1:26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
1:27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

口語訳 詩  18:25-26
18:25 あなたはいつくしみある者には、いつくしみある者となり、欠けたところのない者には、欠けたところのない者となり、
18:26 清い者には、清い者となり、ひがんだ者には、ひがんだ者となられます

口語訳 出  20:4-5
20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、


口語訳 出  34:7
34:7 いつくしみを千代までも施し、悪と、とがと、罪とをゆるす者、しかし、罰すべき者をば決してゆるさず、父の罪を子に報い、子の子に報いて、三、四代におよぼす者」。

塚本訳 ルカ 6:44
6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ
。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

●「神を讃える」ことは多くの芸術家のテーマである。ヴェートーヴェンの「自然に於ける神の栄光」、モーツァルト「ヴェスペレ」、シラーの「歓喜に寄す」、ターナーの絵、バッハの音楽の総て。
●私が中学校の時に文部省が「期待される人間像」なることを言い出した。内容は忘れたが道徳的なことであって、「神を讃えfる」ななどいうことは少しもなかったように思う。同じ頃「道徳教育」ということも言われた。これも「神」という概念がなっかたように記憶する。
●高校生になって不思議な恩恵で「神を知り」、「神を讃える者」にさせられて幸福であった。そして子や孫にも「神を讃える者」になってほしいと願う身になった。73歳、残り10年か15年だ。
●そこで今朝はこれらを巡って聖書のアチコチを思いつくまま順不同に掲げてみよう。子等に告ぐ、自分の子供(私にとって孫)に」伝えよ。伝承せよ。背中で教えよ。

口語訳 伝  12:1
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、
口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 ヨハ 3:3-6
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

塚本訳 マタ 11:25-27
11:25 その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。
11:26 ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。

塚本訳 ヨハ 14:8-9
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 マタ 5:16
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 マタ 5:45-48
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。
5:47 また兄弟にだけ親しくしたからとて、なんの特別なことをしたのだろう。異教人でも同じことをするではないか。
5:48 だからあなた達は、天の父上が完全であられるように『完全になれ。』

塚本訳 ルカ 11:11-13
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


塚本訳 ヨハ 17:3-4
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。
17:4 わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました。

塚本訳 ヨハ 4:20-26
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

塚本訳 Ⅱコリ3:15-17
3:15 いやむしろきょうまでモーセ(律法)が朗読される度毎に、ベールは彼らの心にかかって(いるので、そのほんとうの意味が隠されて)いる。
3:16 『しかし彼らの心が主に帰るならば、その時ベールは取り除かれる。』
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。

塚本訳 Ⅱコリ4:3-4
4:3 しかしそれでもなおわたし達の説く福音が(ベールで)覆われている(からわからないのだと言う)なら、それは滅びゆく者にとって(だけ)覆われているのである。
4:4 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。

塚本訳 ロマ 10:15
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


塚本訳 Ⅰコリ15:42-44
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 Ⅰコリ2:14
2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

塚本訳 ヨハ 1:12-13
1:12 しかし受け入れた人々、すなわち、その名を(神の子であることを)信じた人には一人のこらず、神の子となる資格をお授けになった。
1:13 この人たちは、人間の血や、肉の欲望や、男の欲望によらず、神(の力)によって生まれたのである。

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。


塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。


塚本訳 Ⅱコリ4:16-18
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。


塚本訳 Ⅱコリ4:11
4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

塚本訳 マタ 5:5
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 マタ 12:49-50
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。
12:50 だれでもわたしの天の父上の御心を行う者、それがわたしの兄弟、姉妹、また母であるから。」

塚本訳 ヨハ 16:8
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう。

塚本訳 マタ 6:33
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。「神を讃える者になれ」






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翻訳の差は信仰の水準・・・クリスチャンの生き方・・・ ++++++++ 所感

2017/01/18 05:59

170118(水)●現役でもないのに、大阪転勤の辞令が出て悩んだ。夢であった。妻が「夕べなにか言っていたわよ」と言った。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●毎日、日本聖書協会「新翻訳(2018年刊行予定)のパイロット版に対する意見具申をしているが、昨日は翻訳の違いは信仰の水準によることが如実に表れている箇所にぶつかった。第二コリント4:10である。●意見具申は9種類の邦訳を見比べて語学ではなく、信仰的観点から行っている。●今ここにそれを掲げる。クリスチャンの生き方に通じる。


田川建三訳2007
4:11 なぜなら、我々生きている者はイエスの故に常に死へと引き渡されている。イエスの生命もまた我々の死すべき肉の中に現れるためである。

フランシスコ聖書研究所訳2011
4:11 実に、わたしたちは生きていますが、イエスの故に絶えず死の危険にさらされています。イエスの命が、わたしたちの死すべきこの身に現れるためです。

岩波翻訳委員会訳1995

470411なぜならば、私たち生きている者は、イエスのゆえに、常に死へと引き渡されているのだからである。それは、イエスの生命もまた、私たちの〔この〕死ぬべき肉において明らかにされるためである。

 

新共同訳1987

4:11 わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために。

 

前田訳1978

4:11 それは、われら生きているものが、イエスのゆえにつねに死に渡されるのは、イエスのいのちもわれらの死すべき肉体に現われるためだからです。

 

新改訳1970

4:11 私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。

 

塚本訳1963

4:11 言い換えれば、わたし達が生きながらイエスの故に絶えず死の手にゆだねられているのは、イエスの(復活の)命もわたし達の死ぬべき肉体に(すでにこの世で)現れるためである。

 

口語訳1955

4:11 わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。

 

文語訳1917

"470411","それ我ら生ける者の常にイエスのため死に付さるるは、イエスの生命の我らの死ぬべき肉體にあらはれん爲なり。"

●パウロの信仰の深さに圧倒されるが、主の次の言葉に遡る。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ルカ 22:25-27
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。
あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。

塚本訳 ヨハ 13:5-7
13:5 それから盥に水を入れて、ひとりびとり弟子たちの足を洗っては、(腰に)巻いた手拭で拭き始められた。
13:6 こうしてシモン・ペテロの所まで来られると、ペテロが(こばんで)言う、「主よ、わたしの足を、あなたが洗われるのですか。」
13:7 イエスが答えて言われた
、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」


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朝の黙想瞑想ディボーションおわり

2017_01180001.jpg

●12:10 キララホールでロビーコンサート。倉田悦子(オーボエ)写真、大槌祐紀子(ピアノ)
倉田さんはあきる野市出身。子供連れの自由なコンサート。3歳の女の子が自分の席で音楽に合わせて上手に踊っていたのに感心した。

●録画してあったベルリンフィルのドキュメントと第九を聞く。我が樫本大進がコンマスとは嬉しい。楽団員がベートーベンの曲は昨日書かれたもののようで新しいと言っていたのは聖書にも通じる。

●日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)パイロット版意見具申。コリントの信徒への手紙二、第5章。パウロはすごい。





 









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死んだらどうなるのか・・・主の言葉と業に教えられる・・・ ++++++++ 所感

2017/01/17 10:49

170117(火)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「イエスの復活観・・・新しく生まれ直す・・・」●正月に来た小4の孫娘の「死んだらどうなるのか。意識はあるのか」の質問に対して、第一コリント15章により、パウロに殴られた感じがしたが、今朝は-肝心の「主の言葉と業」を示された。主は言葉だけではなく、行動でもそれを教えてくれた。パウロではなく、今度はイエスに殴られた気がする。●孫娘にこの主の言葉が分かる日が来ますように。「孫たちに幸あれ」(ヒルティ)。


塚本訳 マコ 12:24-27
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。
12:26 死人が復活することについては、(聖書にはっきり書いてある。)モーセの書の茨の薮の(燃える話の)ところで、神がモーセにこう言われたのを読んだことがないのか、──『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)』と。
12:27 (ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)あなた達は大間違いをしている。」

塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ルカ 7:11-16
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 11:21-26
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:22 しかしあなたがお願いになることなら、神様は何でもかなえてくださることを、わたしは今でも知っています。」
11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」
11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 11:33-35
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。

塚本訳 ヨハ 11:39-40
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 3:3-6
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

塚本訳 ヨハ 3:8-10
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」
3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、それくらいなことがわからないのか。

塚本訳 ヨハ 4:24-26
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マタ 28:5-9
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。
あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:31-34
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。復活のことを神の子イエスに教えられた。

2017_01170001.jpg 

9:00 キララホールに音楽会のチケットを求めに行く途中で、富士を見た。
●歩きながら次回1月29日の感話をまとめ直す。歩きながらだとよい構想が浮かぶものだ。

●妻は国立近現代建築資料館に大高正人の作品を観に行ってから、Yさんの家。

●終日、日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)パイロット版意見具申コリントの信徒への手紙二4章。パウロの意気づかいが聴こえる。すばらしい言葉にぶつかった。

塚本訳 Ⅱコリ4:7
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。


塚本訳 Ⅱコリ4:16-18
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。









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「イエスの系図」・・・過去はキリストの血で聖められる・・・ ++++++++ 所感

2017/01/16 06:33

170116(月)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様おはようございます。●2月5日の集会感話「イエスの系図(ルカ3:23-38)」に入る。●なぜ、「イエスの系図」か。」これに対する理性の納得には、ルカとマタイ(1:1-17)の編集の心に触れなければならない。そのために20世紀後半の聖書学に起こった「編集史」を勉強しなければならない。しかしその研究はそもそも聖書学者という人間のもの。否、マタイもルカも人間、イマイチ納得できない。●しかし今朝啓示された聖句の数々を読んで納得。「聖書は聖書自身が解説」してくれる。●聖句の点と点を結べば図形が見えてくる。「聖書で聖書を読む」。●マタイの系図はアブラハムから始るがルカの系図はアダムに遡る。アダム、お前だ!人類の悩みの原因はお前だ。とルカは言うのだ。●そして人間の罪はその源流であるアダムの罪の性質である罪(性)が聖められなければならない。このことを言わんとするのがルカによる「イエスの系図」である。福音の伏線である。ルカはなぜ3章で「イエスの系図を掲げたかその理由がわかった。●人類の悩みの種である「死」の原因は「罪」であり、それは人類の祖であるアダムに責任があるから人間としてはどうしようもなく、神の子キリストの血潮によって初めて贖われ、聖められるのだ。


2月5日集会感話 準備
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 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

イエスの系図(ルカ323-38

・・・過去はキリストの血で聖められる・・・

 

2018年1月29日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 3:23-38

3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

3:24 ヘリはマタテの、マタテはレビの、レビはメルキの、メルキはヤンナイの、ヤンナイはヨセフの、

3:25 ヨセフはマタテヤの、マタテヤはアモスの、アモスはナホムの、ナホムはエリスの、エリスはナンガイの、

3:26 ナンガイはマハテの、マハテはマタテヤの、マタテヤはシメイの、シメイはヨセクの、ヨセクはヨダの、

3:27 ヨダはヨハナンの、ヨハナンはレサの、レサはゾロバベルの、ゾロバベルはサラテルの、サラテルはネリの、

3:28 ネリはメルキの、メルキはアデイの、アデイはコサムの、コサムはエルマダムの、エルマダムはエルの、

3:29 エルはヨシュアの、ヨシュアはエリエゼルの、エリエゼルはヨリムの、ヨリムはマタテの、マタテはレビの、

3:30 レビはシメオンの、シメオンはユダの、ユダはヨセフの、ヨセフはヨナムの、ヨナムはエリヤキムの、

3:31 エリヤキムはメレヤの、メレヤはメナの、メナはマタタの、マタタはナタンの、ナタンはダビデの、

3:32 ダビデはエッサイの、エッサイはオベデの、オベデはボアズの、ボアズはサラの、サラはナアソンの、

3:33 ナアソンはアミナダブの、アミナダブはアデミンの、アデミンはアルニの、アルニはエスロンの、エスロンはパレスの、パレスはユダの、

3:34 ユダはヤコブの、ヤコブはイサクの、イサクはアブラハムの、アブラハムはテラの、テラはナホルの、

3:35 ナホルはセルグの、セルグはレウの、レウはペレグの、ペレグはエベルの、エベルはサラの、

3:36 サラはカイナンの、カイナンはアルパクサデの、アルパクサデはセムの、セムはノアの、ノアはラメクの、

3:37 ラメクはメトセラの、メトセラはエノクの、エノクはヤレデの、ヤレデはマハラレルの、マハラレルはカイナンの、

3:38 カイナンはエノスの、エノスはセツの、セツはアダムの、アダムは神の子、である。

塚本訳 マタ 1:1
1:1
アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──

 

塚本訳 マタ 1:1                           1:1 アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──


塚本訳 マタ 1:16
1:16
ヤコブの子はマリヤの夫ヨセフで、このマリヤから救世主と呼ばれるイエスがお生まれになった。

新共同 創  2:7
2:7
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

口語訳 創  3:17-19
3:17
更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、/地はあなたのためにのろわれ、/あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、/あなたは野の草を食べるであろう。
3:19
あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

口語訳 創  3:22-23
3:22
主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。
3:23
そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

口語訳 創  6:1-3
6:1
人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2
神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3
そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 創  6:5-7
6:5
主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
6:6
主は地の上に人を造ったのを
悔いて、心を痛め、
6:7
わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。

口語訳 出  20:4-6
20:4
あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5
それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは
、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

塚本訳 マタ 1:5-6
1:5
サルモンの(
遊女)ラハブによる子はボアズ、ボアズの(異教国モアブの女)ルツによる子はオベデ、オベデの子はエッサイ、
1:6
エッサイの子はダビデ王である。ダビデの
(将軍)ウリヤの妻による子ソロモン

口語訳 詩  51:0-5
聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌、これは
ダビデがバテセバに通った後預言者ナタンがきたときによんだもの
51:1
神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、
わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
51:2
わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4
わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。

口語訳 詩  90:3-10
90:3
あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5
あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6  あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです
90:7
われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです。
90:8
あなたはわれらの不義をみ前におき、われらの隠れた罪をみ顔の光のなかにおかれました。
90:9
われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐れにしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。

口語訳 伝  12:1
12:1
あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

塚本訳 マタ 22:41-45
22:41
イエスは(そこに)集まっているパリサイ人にお尋ねになった、
22:42
あなた達は救世主のことをどう思うか。だれの子だろうか。」「ダビデの子」と答えると、
22:43
彼らに言われる、「ではダビデが御霊に感じて、救世主を主と呼んでいるのはどういう訳だろう。彼はこう言っている。──
22:44
『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足の下に置くまで』と。』
22:45
だから、
ダビデが(このように)救世主を主と呼んでいる以上、どういう訳で(その救世主が)ダビデの子であろうか。」

塚本訳 マタ 12:42
12:42
また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)
いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

塚本訳 マコ 2:9-12
2:9
この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10
では、
人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11
「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12
すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 3:4-9                          3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)
年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」                       3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。           3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。                             3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。                      3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」                          3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。

塚本訳 ヨハ 3:14-17                                 3:14 そして、ちょうどモーセが荒野で(銅の)蛇を(竿の先に)挙げたように、人の子(わたしも十字架に)挙げられ(て天に上ら)ねばならない。                 3:15 それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。                              3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。                             3:17 神は世を罰するためにその子を世に遣わされたのではなく、子によって世を救うためである。




●福音の情報は人を助けるものだから大胆に語らねばならない。信ずる人が少なくても「栄光の勤め」である。ヤケクソである。


塚本訳 Ⅱコリ3:18
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である。

 ●小4の孫娘の質問。「死んだら意識があるのか」の答え。ある。






塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1
イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2
弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。
この人ですか、両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 5:12-14
5:12
彼らが尋ねた、「『かついで歩け』と言った人はだれだ。」
5:13
しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14
そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、
「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13
主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15
すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』


塚本訳 マコ 10:44-45
10:44
一番上になりたい者は皆の奴隷になれ。
10:45
人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16
そのゆえは、
神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25
イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも生きて私を信じている者は、
永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42
それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、
どうかわたしのことを思い出してください。
23:43
「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ロマ 5:15-19
5:15
しかし(神の)賜物は(アダムの)過ちと同じではない。なぜなら、一人の人(アダム)の過ちによってすら多くの人が死んだくらいであるから、まして神の恩恵と一人の人イエス・キリストによる恩恵の賜物とが、多くの人に満ちあふれるのはもちろんである。
5:16
なお、(キリストの)賜物と一人の罪を犯した人の場合とは、同じではない。なぜなら、一人の人(の罪)に対する(神の)裁きは、(多くの人に)死の宣告を下したのであるが、(神の)賜物は、多くの(人をその)過ちから(救い出して)義とするからである
5:17
一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである──
5:18
従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。
5:19
すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである

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2月5日集会感話準備おわり

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。コリントの信徒への手紙二。3章。
心に響いた箇所。

塚本訳 Ⅱコリ3:9
3:9 刑罰をさだめる役目でさえ栄光をもつくらいなら、義とする役目が栄光にあふれるばかりであるのは、なおさらだからである。

●宣教は人を救い、真に幸福にするので、信じる人が少なくてもこれをヤケクソで語らねばならない。「栄光の職」だ。

塚本訳 Ⅱコリ3:17-18
3:17 (ここで)主(と)は御霊(のこと)である。主の御霊のあるところには自由が(あるから、ベールが取り除かれるので)ある。
3:18 そしてわたし達(主キリストを信ずる者)は皆、覆いを取られた顔で(直接)『主の栄光』を鏡にうつして拝見し、栄光から栄光に進み(つつ、ついに)主と同じ(栄光の)姿に造りかえられる。御霊である主がなさるのであるから当然である。


●小4の孫娘の質問、「死んだら意識があるのか」。その答えはこれ。ある。

●妻は、コーラス「もでらあと」。午後は池谷医院。御用が済むまではお互いに健康でありたい。



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「死人の復活」の信仰による希望に生きる・・・眠ったままではない・・・ ++++++++ 所感

2017/01/15 05:03

170115(日)3時半起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。次回1月29日の感話の準備をした。

1月29日感話 準備
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              170115-1 

 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

「死人の復活」の信仰による希望に生きる

・・・眠ったままではない・・・

 

2018年1月29日 東京聖書読者会 高橋照男

 

 

① パウロは死人が復活することを怒鳴っている。

② パウロの有体的復活の信仰の根拠。                         エルサレム集会から聴いたであろうこと。

③ 「死人の復活」の信仰による希望に生きる

④ ああ、信仰の小さい人よ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

パウロは死人が復活することを怒鳴っている。

塚本訳 コリ15:16
15:16
死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。

塚本訳 コリ15:3-4
15:3
まえにわたしが(福音の)
一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4
葬られたこと、聖書どおりに三日目に
復活しておられること

塚本訳
コリ15:12-14
15:12
ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、
死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13
しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14
キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ
根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。


塚本訳 コリ15:17-20
15:17
しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18
従ってまたキリストを信じて
眠った者も滅びたのである。
15:19
もしただこの生涯でキリストに
望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20
しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、
眠った者の(復活の)最初として。

塚本訳
コリ15:26
15:26
最後の敵として、
死が滅ぼされる。

塚本訳 コリ15:42-44
15:42
死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43
恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44
(神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて
霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 コリ15:46-49
15:46
しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47
最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48
土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49
こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、
(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう。

塚本訳 コリ15:51-53
15:51
いまここに
(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52
あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると
死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53
(というのは、神の国に入るためには、)この
死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

塚本訳 コリ15:54-55
15:54
そしてこの死滅すべきものが不滅を着、
この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。


 パウロの有体的復活の信仰の根拠。エルサレム集会から聞いたであろう伝承。


塚本訳 ルカ 7:11-16
7:11
そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12
町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13
主は母を見て不憫に思い、
「そんなに泣くでない」と言って、
7:14
近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15
すると
死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52
(集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、
「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54
しかしイエスは女の子の手を取り、
声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55
霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。
イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56
両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳ヨハ 11:25
11:25
イエスがマルタに言われた、「
わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34
イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ヨハ 4:49-51
4:49
王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50
イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。

塚本訳ヨハ 11:33-35
11:33
イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34
(マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35
イエスが涙を流された。

 

塚本訳ヨハ 11:39-40
11:39
「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40
イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43
こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44
死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。
顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 28:5-9
28:5
天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6
ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7
それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。
あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8
女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6
続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7
また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8
すると
先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17
イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19
その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20
そしてそう言いながら、
手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26
八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27
それから(すぐ)トマスに言われる、
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28
トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:22-24
24:22
ところがまた、仲間の女たちがわたし達をびっくりさせました。──この女たちは朝早く墓に行ったが、
24:23
お体が見つからずにかえって来て、天使たちがあらわれ、
あの方は生きておられる、と告げたと言うのです。
24:24 そこで仲間の男が二三人墓に行って見ると、はたして女たちの言うとおり(墓は空っぽ)だったが、(生きておられるという)その方は見えなかったのです。」

塚本訳 ルカ 24:30-35
24:30
一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31
(その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33
時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34
「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った。

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16
(こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17
イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


③ 「死人の復活」の信仰による希望に生きる

塚本訳 使  23:6
23:6
そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま
死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 コリ5:1
5:1
なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

塚本訳 Ⅰコリ13:13                        13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳
コリ5:4
5:4
それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 エペ 1:13-14
1:13
このキリストにおいて君達(異教人)もまた、真理の言すなわち君達の救いの福音を聴いたので──このキリストにおいて君達もまた、信ずることにより約束の聖霊をもって封印されたのであるが、
1:14
この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 ペテ1:8
1:8
君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 Ⅱコリ1:8-9                         1:8 だから、兄弟たちよ、アジア(州)でわたし達が遇った苦難については、知らずにいてもらいたくない。わたし達は力に余るほどひどく圧迫されたので、生きることさえ望みがなくなった。                   1:9 ほんとうに、自分ではもはや自分に死の宣告を下していたのだ。これはわたし達が自分にたよるのではなく、死人を(も)生きかえらせる神にたよるためであった。

塚本訳黙  5:4-5
5:4
私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5
すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  2:11
2:11
耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

塚本訳黙  20:6
20:6
幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。

塚本訳 黙  14:13
14:13
また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 黙  21:4                           21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

 

④ ああ、信仰の小さい人よ

塚本訳マタ 6:27-30
6:27
(だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29
しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 8:25-26                        8:25 弟子たちがそばに来て、「主よ、お助けください、溺れます」と言って起した。                               8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ!」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。

塚本訳 マタ 14:29-31                       14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。                   14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。             14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。

塚本訳 マタ 17:16-17                       17:16 それでお弟子たちのところにつれて来ましたが、なおおしになれませんでした。」                             17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」

塚本訳マタ 10:29-30
10:29
雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

 

塚本訳ルカ 7:50

7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

 

文語訳ルカ 7:50

7:50 ここにイエス女に言ひ給ふ『なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1月29日 感話準備おわり

●集会で福島から早朝に出発して帰って来た妻に会う。
●集会は、宮崎(司会)、丹野(塚本「聖書の読み方」)、山本(サムエル記上)
●新宿の駅中食堂で偶然に愛子、初音、かなほに会う。
●妻から福島のことを聞く。



 






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信仰による「希望」ということ・・・クリスチャンの喜び・・・ ++++++++ 所感

2017/01/14 05:11

170114(土)3時半起床。朝の啓示「信仰による希望ということ・・・クリスチャンの喜び・・・」さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様おはようございます。以前から、クリスチャンにとっての「希望」ということに関心があった。それは肉の希望ではなく、主にある希望、神の力への希望、見えないものへの希望である。世人には皆目わからないことで「愚か」な希望である。しかし神を信じfる者にとっては「生きる原動力」。死の恐れを突破する喜びの源」である。●今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを見てみよう。、順不同、思いつくまま。●危険を伴う難しい手術を前にした人を思って黙想する。恐れるな、神がついている。

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 使  3:6-8
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝(くるぶし)とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら。

塚本訳 Ⅰコリ13:13
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!

塚本訳 Ⅰコリ15:19-20
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

塚本訳 Ⅱコリ5:4
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 エペ 1:13-14
1:13 このキリストにおいて君達(異教人)もまた、真理の言すなわち君達の救いの福音を聴いたので──このキリストにおいて君達もまた、信ずることにより約束の聖霊をもって封印されたのであるが、
1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 マタ 8:9-10
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、
イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、
「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 ルカ 18:26-27
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、
「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 マコ 5:27-28
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。
信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 10:29-30
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 ルカ 10:20-21
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」
10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。

塚本訳 ヨハ 11:33-35
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。

塚本訳 マタ 14:29-32
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」
14:32 そして二人が舟に乗ると、風はやんだ。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、
「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」


塚本訳 ヨハ 4:49-51
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。


塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「
泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 黙  2:11
2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して
第二の死、(永遠の死)に害なわれないであろう。

塚本訳 黙  20:6
20:6 幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。


塚本訳 黙  20:14
20:14 そして死と陰府とは火の池に放り込まれた。これが第二の死、(最後の)火の池の死である。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


塚本訳 ルカ 7:14-15
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』


塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。


塚本訳 ヨハ 11:39-40
11:39 「石をのけなさい」とイエスが言われる。死んだ人の姉妹のマルタが言う
、「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから。」
11:40 イエスがマルタに言われる、「信ずれば神の栄光が見られると、(さきほども)あなたに言ったではないか。」

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。
顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。「死人の復活の希望」。パウロはこの福音で気が狂った。裁判を受けた。我々もまたこのことで気が狂っていると思われよう。変な奴だ、変わった奴だと思われよう。親類縁者から絶交されてもナンノコレシキと思おう。今に分かる、いまに分かる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、コリントの信徒への手紙二.一章。

●13:30 「さよなら原発にしたま」。於・ルピア。「自然エネルギー」 山田征。
 質問時間に、佐野泰道氏が昨年12月10日に福島県飯館村に行き、ソーラーパネルのことを恵に案内されたことを話した。




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パウロに殴られる・・・死人は眠ったままではない。復活するのだ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/13 06:33

170113(金)さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。キリスト者の皆様お早うございます。●昨日日本聖書協会「新翻訳」パイtロット版の第一コリント15」小の「意見具申」をしていて、パウロに殴られたような気がした。それは、「死人は眠ったままではない。復活するのだ」ということでわった。●それにはこういうワケがあれう。正月に止まりにきた孫のウtリ、小4の孫娘から「死んだらどうなるのか。意識はあるのか」という質問をされた。その時は「死は神のもとでのp眠りだ」と答えたが、今ひtろつ物足りない気がした。●そこへ、昨日はパウロにガンと一発殴られた。否、三発殴られた。


塚本訳 Ⅰコリ15:16
15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。

塚本訳 Ⅰコリ15:20
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。

塚本訳 Ⅰコリ15:51
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。


①パウロは第一コリント15章で死者の復活の信仰を爆発させている。パウロは怒鳴っているy。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-4
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること


塚本訳 Ⅰコリ15:12-14
15:12 ところで、キリストが死人の中から復活しておられることが(こんなに)説かれ、(また信じられ)ているのに、死人の復活はないと主張する者があなた達の中にあるのは、いったいどうしてか。
15:13 しかし死人の復活がないのなら、キリストも復活しておられないわけである。
15:14 キリストが復活しておられないならば、わたし達の説教はそれこそ根拠がない。あなた達の信仰も根拠がない。

塚本訳 Ⅰコリ15:17-20
15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として。


塚本訳 Ⅰコリ15:26
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされる

塚本訳 Ⅰコリ15:32-33
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅰコリ15:42-44
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 Ⅰコリ15:46-49
15:46 しかし霊のものが最初でなく、魂だけのものであり、その次に霊のものである。
15:47 最初の『人は地から出て土で出来たものであり』、第二の人は天の出である。
15:48 土の人たちはこの土の人(アダム)のようであり、天の人たちはこの天の人(キリスト)のようである。
15:49 こうしてわたし達は土の人の姿を帯びたように、(復活の時は)天の人の姿を帯びるであろう

塚本訳 Ⅰコリ15:51-53
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである。
15:52 あっと言う間に、瞬く間に、最後のラッパの音で!ラッパが鳴る。すると死人は不滅のものに復活し、(その時生きている)わたし達は変化させられるのである。
15:53 (というのは、神の国に入るためには、)この死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着ねばならないからである。

塚本訳 Ⅰコリ15:54-55
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。

② パウロの有体的復活の信仰の根拠。エrツサレム集会から聴いたのであろうこと。自分が体験したこと。

塚本訳 ルカ 7:11-17
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。
7:17 イエスについてのこの(二つの)言葉は、ユダヤ(人の国)全体とその周囲いたる所に広まった。

塚本訳 ルカ 8:52-56
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。
イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。
顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マタ 27:50-53
27:50 しかしイエスはふたたび(何か)大声で叫ばれると共に、息が切れた。
27:51 その途端に、宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして地が震い、岩が裂け、
27:52
墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり、
27:53 墓から出てきて、イエスの復活の後、聖なる都(エルサレム)に入って多くの人に現われた。

塚本訳 マタ 28:5-10
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。
28:10 するとイエスは女たちに言われる、「恐れることはない。行ってわたしの兄弟たち[弟子たち]に、ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのだから。」


塚本訳 ヨハ 20:3-9
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると
先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18
マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、
手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。

塚本訳 ヨハ 20:26-28
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、
「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 24:22-24
24:22 ところがまた、仲間の女たちがわたし達をびっくりさせました。──この女たちは朝早く墓に行ったが、
24:23 お体が見つからずにかえって来て、天使たちがあらわれ、あの方は生きておられる、と告げたと言うのです。
24:24 そこで仲間の男が二三人墓に行って見ると、はたして女たちの言うとおり(墓は空っぽ)だったが、(生きておられるという)その方は見えなかったのです。」

塚本訳 ルカ 24:30-35
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。
24:33 時を移さず二人は立ち上がってエルサレムに引き返して見ると、十一人とその仲間とが集まっていて、
24:34 「ほんとうに主は復活して、シモン(・ペテロ)に御自分を現わされた」と話してくれた。
24:35 それで二人も、(エマオへの)道であったことや、また、どうしてパンを裂かれたことで(主と)わかったかを物語った

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 使  9:3-7
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」


③黙示録による復活と希望の慰め

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


塚本訳 黙  2:11
2:11 耳を有っている者は、御霊が(全)教会に言い給うことの何であるかを聴け。勝利者は決して第二の死、(永遠の死)に害
なわれないであろう。

塚本訳 黙  20:6
20:6 幸福なる哉、聖なる哉、第一の復活に与(り得)る者! この人達に対しては第二の死も権威が無く、彼らは神とキリストとの祭司となって、千年の間彼と共に王となるであろう。

塚本訳 黙  21:4
21:4 彼らの目から悉く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく、悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

塚本訳 黙  21:6
21:6 そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。

塚本訳 黙  22:17
22:17 すると御霊と新婦とが(答えて)言う、「来たり給え」と。聞く者も(また)「来たり給え」と言え。渇く者は来い。望む者は無代(ただ)生命の水を受けよ


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。分かりましたパウロ様、ゴメンナサイ。信じます。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、コリントの信徒への手紙一 16章をやり完成したので、日本聖書協会へ送信。面白かった。対話だからだ。

●福島に行っている妻から、様子伺い。

●大雪の予想。








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りっぱな信仰・・・隠れた祈りが聴かれる・・・ ++++++++ 所感

2017/01/12 06:00

170112(木)4時目覚め、4時半起床、乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、湯沸し。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の啓示「りっぱな信仰・・・隠れた祈りが聴かれる・・・」。主の思いをアチコチから検索する。こういうことは「Jバイブル」やコンコルダンスでhがなく天からのひらめきで示される。人に教えられるのcではなく、自分にひらめくものに価値がある。


塚本訳 マタ 8:5-10
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、
こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、”奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、”隠れた所においでになるあなたの父上に”祈れ。”そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳 マタ 6:3-4
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、
隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 25:37-40
25:37 その時、正しい人たちは答える。『主よ、いつわたし達はあなたの空腹を見て食事を差し上げ、渇かれているのを見てお飲ませしましたか。
25:38 また、いつお宿がないのを見てお宿をし、裸でおられるのを見てお着せしましたか。
25:39 また、いつ御病気であり、牢に入っておられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると王は答える、
『アーメン、わたしは言う、わたしのいと小さいこの兄弟たちの一人にしたのは、わたしにしてくれたのと同じである。』

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、
「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、
「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 18:25-27
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、
「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 マコ 5:25-29
5:25 すると十二年も長血をわずらって、
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、
後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。

塚本訳 マコ 5:33-34
5:33 女は自分(の身)におこったことを知っているので、恐ろしくなって震えながら、進み出てイエスの前にひれ伏し、すべてをありのままに話した。
5:34 イエスは言われた、
「娘よ、あなたの信仰がなおしたのだ。さよなら、『平安あれ。』もう病気をせず、達者でいなさい。」

塚本訳 ルカ 7:37-38
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38
泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。
信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)


塚本訳 マタ 10:29-30
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の
父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

塚本訳 ルカ 12:4-7
12:4 あなた達、わたしの友人に言う、体を殺しても、そのあと、それ以上には何もできない者を恐れるな
12:5 恐るべき者はだれか、おしえてあげよう。殺したあとで、地獄に投げ込む権力を持っておられるお方を恐れよ。ほんとうに、わたしは言う、そのお方(だけ)を恐れよ。
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである


塚本訳 ヨハ 11:33-35
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、
(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35
イエスが涙を流された。

塚本訳 ルカ 8:23-26
8:23 渡ってゆくうちに、イエスは寝入ってしまわれた。すると突風が湖に吹きおろし、彼らは水をかぶって危険になった。
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。
8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。
8:26 彼らに言われる、「なんでそんなに臆病なのか、信仰の小さい人たちよ」それから起き上がって風と湖とを叱りつけられると、(たちどころに)大凪になった。

塚本訳 マタ 14:29-32
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」
14:32 そして二人が舟に乗ると、風はやんだ。

塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 ヨハ 4:46-50
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった。
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。
4:48 イエスは言われた、
「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」
その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ルカ 23:28
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、
どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 20:17
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた
、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。神の愛の力を信じる。これがりっぱな信仰。これがクリスチャンの人生目標。友達にするなら、信仰の篤い人を選ぶべきだ。結婚また同じ。自分を高めてくれる。神に近づけてくれる。神が味方になるから人生幸福になれる。

●8:00 妻は今日から3泊 郷里いわき市から二本松の三男の家。15日の聖日に東京の集会で会う。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版コリントの信徒への手紙一、15章。パウロが「有体的復活」の信仰で爆発。私も次の箇所でアーメンアーメンと大声で叫んだ。

塚本訳 Ⅰコリ15:42-43
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。

次のところでは「そーだなー、そーだなー」と声を上げて叫んだ。

塚本訳 Ⅰコリ15:54-55
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。

●死は眠りだが、神により霊の有体で復活させられる。人類の宿痾の悩みであるは滅ぼされた。これ以上の福音はない。喜びはない。「有体的復活を信じて、癒し難き悲痛あるなし」!!。

塚本訳 Ⅰコリ15:26
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされる


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あきる野から見る富士












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「いのち」は神のもの・・・その不思議さ、愛おしさ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/11 06:00

170111(水)4時半目覚め、黙想。「『いのち』は神のもの・・・その不思議さ、愛おしさ・・・」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●今は昔、16年前に脳出血で倒れて一命を取り止めた翌朝、目が覚めたときに思ったこと。「アーうれしい。今日も生きられる」。そしてこの「いのち」は99%でなく、100%神が握っておられることを認識した。これが脳苧出血という「不幸」で得られた「益」であった。不幸は幸福のために必要である。(ヒルティ)●昨年の暮れにネズミ二匹の祈りを奪い、正月には孫が3人来て、つくづく「いのち」の不思議さ、尊さ、愛おしさということを感じた。特に夕食の時に、小4の孫娘から「死んだらどうなるのか。意識はあるのか」と尋ねられたことは大なる啓示、課題であった。その時それを聞いていた孫息子が「その話はしないで」と半泣き状態になった。●私は言った。「一日が楽しかった時は、死を考えるのは悲しく恐ろしいのだ」と。●今朝は「いのち」ということについて「聖書」に聞いてみよう。人間の誰にもこれに答えることはできないのだ。頭に浮かぶまま、順不同。●難問は聖書のアチコチを大量に読めば答えがおぼろに見えて来る。

口語訳 創  2:7
2:7 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。


口語訳 創  3:19
3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、/あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。


口語訳 創  6:3
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。


口語訳 詩  90:3
90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

口語訳 伝  12:1-2
12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、
12:2 また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。

塚本訳 ヨハ 3:4-8
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 6:32-35
6:32 そこでイエスは言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、モーセが天からのパンをあなた達に与えたのではない。わたしの父上が、天からの本当のパンを与えられたのである。
6:33 神の(与えられる)パンは天から下ってきて、世に命を与えられるものであるから。」
6:34 彼らが言った、「主よ、(もしそうなら、)いつもそのパンを戴かせてください。」
6:35 イエスが言われた、「わたしが命のパンである。わたしの所に来る者は決して飢えない。わたしを信ずる者は決して二度と渇かない。

塚本訳 ヨハ 6:40
6:40 子(なるわたし)を見て信ずる者が皆永遠の命を持ち、わたしがその人を最後の日に復活させること、これがわたしの父上の御心であるから。(だから信じない者は、父上がわたしに下さらない人たちである。)」

塚本訳 ヨハ 6:43-45
6:43 イエスが答えられた、「つぶやき合うのをやめよ。
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 マタ 28:5-6
28:5 天使は女たちに言った、「恐れることはない。あなた達は十字架につけられたイエスをさがしているようだが、
28:6 ここにはおられない。かねがね言われたとおり、もう復活されたのだから。来て、お体が置いてあった場所を見なさい。

塚本訳 ヨハ 20:7-9
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


塚本訳 ロマ 3:23-24
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。


塚本訳 ロマ 5:12
5:12 (この救いはキリストとアダムとを比較する時に、はっきりする。)すなわち、一人の人(アダム)によってこの世に罪が入ってき、罪によって死が入ってき、こうして、(この人において)人は一人のこらず罪を犯したので、全人類に死が行き渡ったように──([一八節ニツヅク]一人の人キリストの正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。)


塚本訳 ロマ 5:17
5:17 一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。──


塚本訳 ロマ 8:20-21
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。
8:21 創造物自身も、滅亡の奴隷になっている(現在の)状態から自由にされて、神の子供たちがうける栄光と自由とにあずかるのだから。

塚本訳 ロマ 8:33-35
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

塚本訳 使  23:6
23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)」

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 Ⅱコリ4:6-7
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

塚本訳 Ⅱコリ5:4
5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

塚本訳 Ⅰペテ3:7
3:7 夫達も同じく、妻を(自分よりも)弱い器として(いたわり、)理解をもって共に棲み、彼女達もまた恩恵の生命の共同相続人(である)として尊敬を払え。これは君達の祈りが妨げられないようにするためである。

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)


塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。


塚本訳 Ⅰペテ1:3
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み、

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 黙  2:10
2:10 お前はまだ苦しむであろうが、(決して)それを恐れるな。視よ、悪魔はお前達の中から(幾人かを)牢屋に投げ込もうとしている。それはお前達が試練を受けるためである。お前達は十日の間患難を受けるであろう。(しかしただ少しの間の我慢である。)お前は死ぬるまで私に忠実であれ。そうすればお前に生命の冠を与えるであろう。


塚本訳 黙  3:5
3:5 (しかし)勝利者は(誰でも皆、)このように白い着物を着せられるであろう。そして私はその名を決して生命の書から消さず、また、私の父の前とその御使い達の前でその名を告白するであろう。


塚本訳 黙  7:17
7:17 玉座の真中にい給う仔羊が彼らを牧し、彼らを生命の水の泉に導き、また神は彼らの目から悉く涙を拭い去り給うからである。」


塚本訳 黙  13:8
13:8 かくて凡て地に住む者、宇宙開闢の時からその名を屠られた仔羊の生命の書に記されていなかった者は、彼を拝むであろう。


塚本訳 黙  21:6
21:6 そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。

塚本訳 黙  22:1-2
22:1 天使はまた神と仔羊の玉座から(流れ)出ている水晶のように輝いた生命の水の河を私に示した。
22:2 都の大通りの真中と河の此方彼方に生命の樹があって、(一年に)十二度実を結ぶ、すなわち月毎に実が生るのである。そしてその樹の葉は諸国の民(の凡ての病と傷と)を医す。


塚本訳 黙  22:14
22:14 幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)都の門を入る権を得るために、その上衣を洗う者!


塚本訳 黙  22:17
22:17 すると御霊と新婦とが(答えて)言う、「来たり給え」と。聞く者も(また)「来たり給え」と言え。渇く者は来い。望む者は無代で生命の水を受けよ。


塚本訳 黙  22:19
22:19 またもし誰かがこの預言の書の言(から何か)を省くならば、神はこの書に書いてある生命の樹と聖なる都から彼の(受くべき)分を省き給うであろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の啓示黙想ディボーション終わり。永遠の命、永遠の命!

●妻は婦人の読書会、塚本虎二著作集(於・今井館)。トミ子が当番
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。コリントの信徒への手紙一。15章。復活論。復活は神の霊によらなければ信じられないから、パウロが理性に向かって説明しても人間はわからない。パウロはニングェンである。主に霊の世界で教えて頂かなければ人は信じられない。
●池谷医院。通例の薬に加えてしもやけと風邪薬





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「永遠の家」に住む・・・死んだらどうなるのか・・・ ++++++++ 所感

2017/01/10 05:28

170110(火)3時半起床。キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。聖書の最終目的は「永遠の命」であるが(ヨハネ3:16)、これは霊のことなので解りにくい。それを地上のことになぞらえて言うとすれば、その一つが「永遠の家に住む」ということである。

塚本訳 Ⅱコリ5:1
5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。
5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)


●そこで今朝はこの「永遠の家」に住むという概念を巡って聖書のアチコチを思いつくままに黙想してみよう。

塚本訳 ルカ 16:9
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

塚本訳 ヨハ 14:1-2
14:1 (あなた達の来られない所にわたしが行くからとて、)心を騒がせるな。神を信ぜよ、またわたしを信ぜよ。
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行く』と言うわけがないではないか。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」


塚本訳 マタ 8:20
8:20 イエスはその人に言われる、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」


塚本訳 マコ 4:37-39
4:37 すると激しい突風がおこり、波が舟に打ち込んできて、もう舟にいっぱいになりそうになった。
4:38 しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。
4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。

塚本訳 マタ 10:28-30
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。


塚本訳 ルカ 16:22
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。

塚本訳 ルカ 16:25
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。


塚本訳 マタ 13:57
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 ヨハ 4:43-44
4:43 二日ののち、そこを去ってガリラヤへ向かわれた。
4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。

塚本訳 マコ 3:21-22
3:21 身内の者たが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである
3:22 またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出している」とか言った。

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 マタ 19:27-28
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。

塚本訳 ヨハ 3:3
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 17:4-5
17:4 わたしは、わたしにさせようとして賜わりました仕事を成しとげて、地上にあなたの栄光をあらわしました
17:5 だからお父様、(今度は)あなたが、わたしの栄光を──
世界が出来る前にあなたのところで持っていたあの栄光を──今、あなたのところで持たせてください。

塚本訳 マコ 3:33-34
3:33 イエスは「わたしの母、兄弟とはだれのことだ」と答えて、
3:34 自分のまわりを取りまいて坐っている人々を見まわしながら、言われる
、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ヨハ 10:3-5
10:3 羊飼には門番が(門を)あけてやり、羊はその声を聞き分ける。羊飼は一匹一匹、自分の羊の名を呼んで(檻から)つれだし
10:4 自分の羊を皆出すと、その先に立って歩く。羊はその声を知っているので、あとについて行く。
10:5 しかしほかの人には決してついて行かない、かえって逃げる。ほかの人たちの声を知らないからである。」

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない
。このことが信じられるか。」

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(
そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』


塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。


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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。「永遠の命」とは「永遠の家に住む」ことだ。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版コリントの信徒への手紙第一14章。異言問題。実際に起こっていた問題に対する権威者パウロの忠告。
●パウロの権威が現れている箇所

塚本訳 Ⅰコリ7:25
7:25 また、(伝道する者を助けている)処女について(あなた達が書いて来ているが、これに)は、(離婚の場合のような)主の命令がわたしには(まだ)ない。しかし
主の憐れみをうけて信頼されている者として、(わたし自身の)意見を述べる。


塚本訳 Ⅰコリ14:37
14:37 自分を預言者あるいは霊を授けられた者だと思う者は、わたしがあなた達にいま書いていることが、主の掟であることを認めなければならない

●某家の建築リフォーム関係の連絡電話。昔取った杵柄。
















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福音は福音それ自身の力で伝わる・・・イエスに対する反応・・・ ++++++++ 所感

2017/01/09 05:11

170109(月)4時起床。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。朝の啓示「福音はそれ自身の力で伝わる・・・イエスに対する反応・・・」●昨夜某氏から電話。塚本訳新約聖書のPDF化について問い合わせ。私は「すでにインターネットで拙ホームページで無料公開しているから、PDF化する必要はない」と答えた。●そもそもPDF化しようとするのは「文書主義」の思想から脱せないでいる証拠。今やインターネットで情報は無料の時代である。一昨日JRの中で見た光景は7人がけの座席のなんと7人全員がスマートホンをやっていた。日本亡国の兆し。●福音伝播の手段方法の姿をみれば、イエスの事実、衝撃、復活の目撃、口伝、手紙、教会、文書、インターネットなどへの変遷があった。しかしその伝播の原点、原動力は「神の力」「聖霊の力」である。初代教会における福音の伝播はパウロのような偉大な人物によるのではなく、「福音それ自身の力によった」とは教会史の泰斗ダイスマンの見解である。至言。●そこで今朝はこの「福音それ自身の力」の原動力である「イエスに対する反応」を黙想してみよう。思いつくまま、順不同。


「イエスの行為」

塚本訳 ルカ 8:35-36
8:35 人々はこの出来事を見に出て来たが、イエスの所に来て、悪鬼を追い出された人が着物をき、正気にかえって、イエスの足もとにじっと坐っているのを見ると、恐ろしくなった
8:36 また(現場を)見ていた人たちは、悪鬼につかれていた者がどんな風にして救われたかを、
その人々に知らせた。

塚本訳 ルカ 8:38-39
8:38 (帰ろうとされる時に、)悪鬼を追い出された男がお供をしたいと願ったが、(許さず、)こう言ってお帰しになった、
8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)町話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした

塚本訳 マタ 8:19-20
8:19 すると一人の聖書学者が進み出て言った、「先生、どこへでもおいでになる所へお供をします。」
8:20 イエスはその人に言われる、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」


塚本訳 マタ 20:34
20:34 イエスが不憫に思ってその目にさわられると、すぐ見えるようになって、イエスについて行った

塚本訳 ルカ 7:15-16
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 8:54-56
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:43-45
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。
11:45 すると、マリヤの所に来てイエスのされたことを見たユダヤ人のうち、多くの者は彼を信じた。

塚本訳 マコ 2:10-12
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 3:2-5
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 マタ 11:1-6
11:1 イエスは十二人の弟子に指図を終えられると、町々で教えまた(福音を)説くために、そこを去られた。
11:2 さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

塚本訳 マコ 3:21-22
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。
3:22 またエルサレムから下ってきた聖書学者たちは、「あれはベルゼブル[悪魔]につかれている」とか、「悪鬼どもの頭[悪魔]を使って悪鬼を追い出している」とか言った。

塚本訳 ルカ 8:24-25
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。
8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて
、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。

塚本訳 マタ 26:55-56
26:55 その時イエスは群の人々に言われた、「強盗にでも向かうように、剣や棍棒を持ってつかまえに来たのか。わたしは毎日宮で坐って教えていたのに、捕えずにおいて、(どうして今、こんな真夜中に来たのか。)
26:56 しかしこれはみな、(救世主は罪人のようにあつかわれるという)預言者たちの聖書の言葉が成就するためにおこったのである。」
その時弟子たちは皆イエスをすてて逃げた。

塚本訳 マタ 27:51-54
27:51 その途端に、宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして地が震い、岩が裂け、
27:52 墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり、
27:53 墓から出てきて、イエスの復活の後、聖なる都(エルサレム)に入って多くの人に現われた。
27:54
百卒長および一しょにイエスの見張りをしていた兵卒らは、地震とこれらの出来事とを見てすっかり恐ろしくなり、「この人は、確かに神の子であった」と言った。


「言葉」


塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

塚本訳 ヨハ 7:14-15
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

塚本訳 ヨハ 7:14-16
7:14 祭がすでに半ばになったとき、(すなわち祭の四日目に、)イエスが宮に上って教えておられると、
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 ヨハ 7:44-46
7:44 なかには彼を捕えようと思う者もあったが、手をかける者はなかった。
7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」
7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」


塚本訳 マタ 21:44-46
21:44 そして(救世主なる)この石の上に(つまずき)倒れる人は打ち砕かれ、(最後の裁きの日に)この石が倒れかかる人は、粉微塵になるであろう。」
21:45 大祭司連とパリサイ人はこれらの譬を聞いて、イエスが自分達のことを言っておられることを知り、
21:46
怒ってイエスを捕らえようと思ったが、民衆(が騒ぎ出すの)を恐れた。民衆はイエスを預言者と思っていたからである。

塚本訳 マタ 26:63-68
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」
26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。
26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。
26:67 それから(法院の役人のある者は)イエスの顔に唾をかけ、拳でうち、ある者は(目隠しをして)棒でたたきながら、
26:68 「おい救世主、だれがぶったか、当ててみろ」と言った


塚本訳 マタ 27:11-14
27:11 さて、イエスが総督の前に立たれると、総督はイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。(お前はその廉で訴えられているが。)」イエスは言われた、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」
27:12 大祭司連、長老たちから(いろいろと)訴えられたが、何もお答えにならなかった。
27:13 するとピラトが言った、「あんなにお前に不利益な証言をしているのが聞えないのか。」
27:14 イエスはただの一言もお答えにならなかったので、
総督は不思議でならなかった。

塚本訳 マタ 27:25-26
27:25 民衆全体が答えた、「その男の血のことなら、われわれが孫子の代まで引き受けた。」
27:26 そこで
ピラトはバラバを赦してやり、イエスの方は鞭打ったのち、十字架につけるため(兵卒)に引き渡した。


「復活」


塚本訳 マタ 28:16-17
28:16 さて、十一人の弟子はガリラヤに行き、イエスに命じられた山にのぼり、
28:17 お目にかかっておがんだ。しかし疑う者もあった。

塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 マコ 16:8
16:8 女たちは墓から逃げ出した。びっくりして震えあがったのである。そしてだれにも何も言わなかった、恐ろしかったので。……

塚本訳 マタ 28:7-9
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった。
28:9 するとイエスがぱったり彼らに出合って、「お早う」と言われた。女たちは進み寄り、その足を抱いておがんだ。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8
すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


塚本訳 ヨハ 20:11-13
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」

塚本訳 ヨハ 20:19-20
20:19 その日すなわち週の初めの日の晩であった。ユダヤ人を恐れて、弟子たちのおる部屋の戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスが(どこからともなく)はいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:20 そしてそう言いながら、手と脇腹とをお見せになった。
弟子たちは主を見て喜んだ。


塚本訳 ヨハ 20:24-25
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

塚本訳 ヨハ 20:28-29
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 使  1:13-14
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 使  9:3-7
9:3 ところが進んでいってダマスコに近づくと、突然、天から光がさして彼のまわりを照らした。
9:4 彼は地上に倒れ、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と言う声を聞いた。
9:5 サウロが言った、「主よ、あなたはどなたですか。」彼がいわれた、「わたしだ、あなたが迫害しているイエスだ。
9:6 さあ起きて、町に入れ。そうすれば、せねばならぬことが告げられる。」
9:7 一緒に来た者たちは唖然としてそこに立っていた。声は聞いたが、だれも見えなかったのである。


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朝の啓示黙想瞑想ディボーション終わり







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幸福の人生・・・主の言葉を掴んで離さない・・・ ++++++++ 所感

2017/01/08 07:29

170108(日)さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の」黙示「幸福の人生・・・主の言葉を掴んで離さない・・・」●本日の集会感話の資料を推敲。プリント

2017.1.8 東京聖書読者会 感話資料
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 ΙΧΘΥΣ イクスス()    

イエ(イエス)、クリス(キリスト)、セ()、ヒュ()、ソ(救い主)

聖書で聖書を読む

幸福の人生

・・・ヒルティの信仰と思想の源流は、「主の言葉」・・・

 

2018年1月8日 東京聖書読者会 高橋照男

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ヒルティ「眠られぬ夜のために第一巻3月3日」              (白水社版ヒルティ著作集第4巻小池辰雄訳。96-97

人がひとたび、あらゆる境遇における神の導き①堅く信じる②ことができ、ヨハネ15:7にあることをしばしば体験したならば、地上で担うべき最大の困難もまた恐怖も、まったくおのずから消え失せ③、人生のすべての困難は皆この信仰の鍛錬のためとなるばかりである。しかもこの鍛錬は、この地上で最も活き活きした幸福④であるところの勝利をもって終わる。もし私が人生の三十路(みそじ)において、すなわち「我らの生涯(いのち)の旅路半(なか)ばで」、人生を貫き導くアリアードネの糸⑤決然として掴み、どんな境遇にあってもこれをしっかり把握していかなかったならば、おそらく私は半ばあるいは全部失敗した生涯を送ったであろう。

●アリアードネの糸(キリストの啓導)を固く掴んで歩く人生

①「神の導き」

塚本訳 ヨハ 8:12

8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

 

②「堅く信じる」

塚本訳 マタ 8:8-10

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)
8:10
イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。


③「恐怖も、まったくおのずから消え失せ」

③-1)塚本訳 マタ 11:28-29

11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

 

③-2)塚本訳 マタ 10:28

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

④「幸福」

④-1)塚本訳 ヨハ 4:14
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。

④-2)塚本訳 マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

⑤「アリアードネの糸」 (訳者小池辰雄の解説)

アリアードネの糸、はギリシャ神話による。アリアードネはクレタ島やエーゲ海の島嶼(とうしょ)に関係のある女神。ミノス王の娘でアテネ人の若い男女の犠牲を喰う怪物ミノタウエルスを退治しようとする勇士テーゾイスに、糸毬(いとまり)を与えて、地下の迷宮に入らせた。首尾よく怪物を屠(ほふ)ったテーゾイスはアリアードネの糸に従って無事に還ることが出来という。しかしヒルティがここに言うアリアードネの糸は、神の導き、キリストの啓導を意味する。

塚本訳 ヨハ 12:35

12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。

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ヒルティ「眠られぬ夜のために第一巻」最後の「なおりたいのか」      (白水社版ヒルテイ著作集第4巻小池辰雄訳。P376-378

今日、古典的教養ある人々はおおかた、以上のような考えである。(中略)これとは別にあり得る人生行路は、神の「啓導」①による行路である。それは次のごときことを約束する。(以下、イザヤ書の引照が多いが省略・・・高橋)

●ヒルティが示す幸福な生涯。最後まで「神の啓導」を堅く信じ続ける。

①神の啓導

-1)塚本訳 ヨハ 10:3-4

10:3 羊飼には門番が(門を)あけてやり、羊はその声を聞き分ける。羊飼は一匹一匹、自分の羊の名を呼んで(檻から)つれだし、

10:4 自分の羊を皆出すと、その先に立って歩く。羊はその声を知っているので、あとについて行く。

 

①-2)塚本訳 マタ 10:29-30

10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヒルティ「幸福論Ⅲ」 「わがなんじになさんとするは、驚くべき事なり」

(白水社版ヒルティ著作集第3巻、前田護郎・杉山好訳。(P96,99,112,113,

福音書がキリストのものとして保存した最後の言葉がいかめしい道しるべのように、別れ道に立っている。①ヨハネ2118。これはキリストのあとに従う②すべての人が―――修道院ではなくて、この世の彼らの働き場所に遣わされる③出発点なのである(P96)。さて、右に挙げたキリストの決別の言葉によれば、人が真に自覚をもってキリストのあとに従う歩みを始めるとき、右のようなすべての問題(精神の資本を得ようとすること・・・高橋)は、内的発展の或る段階に到ってもはや存在しえなくなる。人は自分自身でする選択を一切やめて、導きと命令のもとに立つ④のである(P99)。

●「神の導き」により、真の幸福を願う者は、この世の幸福とは違う道を歩く。

①別れ道に立っている

①-1)塚本訳 マコ 14:36

14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

 

①-2)塚本訳 ヨハ 14:6

14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

 

②キリストのあとに従う

塚本訳 ヨハ 10:14-15

10:14 わたしが良い羊飼である。わたしはわたしの羊を知っており、わたしの羊もわたしを知っている。

10:15 父上がわたしを知っておられ、わたしが父上を知っているのと同じである。そしてわたしは羊のために命を捨てる。

 

③修道院ではなくて、この世の彼らの働き場所に遣わされる

塚本訳 ルカ 16:9-10

16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。

 

④導きと命令のもとに立つ

塚本訳 ルカ 9:60

9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヒルティ「老年について」(白水社ヒルテイ著作集第10巻 高橋三郎訳。P256

だから諸君、老年を恐れないで下さい①。これは、人がもはや若くあろぅと望まなくなりさえすれば、あるいは前方を見ないでいつも後ばかりを見ようと思うことをやめさえすれば②、世に言われているほどわるいものではない。この時期の始めにあたって、人は歩んで来た生涯の行路に、なお一瞥を向けるべきであろう。しかしそれから明確な自覚と決断をもって、ダンテと共にこう言うべきである。

「よりよき船路を走るために 今や私の心の小舟は帆をあげ、むごい荒波をうしろにして、次の国ヘと思いは向かう。

もろもろの霊が、よりふいさわしい者として、天国に近づくために、

潔めを受ける③べく、励み行く次の国へ④。」(ダンテ神曲煉獄編第一歌1-6行)

●老年時代は後ろを振り向くな。前を向いて「次の国」を目指せ。復活の希望。

①老年を恐れないでください

塚本訳 マタ 6:25-27

6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。

6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

 

②いつも後ばかりを見ようと思うことをやめさえすれば

②-1)塚本訳 ルカ 9:61-62

9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」

9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。

 

②-2)塚本訳 マコ 10:29-30

10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、

10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

 

③潔めを受ける

③-1)塚本訳 マタ 22:10-12

22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

22:11 王は客を見ようとして入ってきたが、そこに礼服を着けていない者が一人いるのを見て

22:12 その人に言った、『君、礼服も着ずに、なんでここに入ってきたのか。』その人が黙っていると、

 

③-2)塚本訳 ルカ 16:25

16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。

 

④励み行く次の国へ

④-1)塚本訳 マタ 6:12

6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから

 

④-2)塚本訳 ルカ 9:23

9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

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ヒルティ「幸福論Ⅲ」 「高きをめざして」                (白水社版ヒルティ著作集第3巻前田護郎・杉山好訳。(P375,383

そうして最後に死が訪れる①。なにゆえ死は、誰にとっても「恐しいものの王者」でなければならぬのか。あるいは死の舞踏に現れる、あのいやらしい骸骨でなければならぬのか?むしろ死は多くの人に、古代の美しい表現のとおりに、ただ厳粛な顔をした静かな若者の姿で訪れるであろう。この若者はやさしい手で霊魂と肉体の結び目を解き、こうして自由にされた霊魂を眠りのなかを通ってかなたの生活へ導いてゆく(P375)②。鉄の鎧は天翔る羽の衣と変る③。苦痛は瞬時にして、喜びは永遠④である。」(シラー「オルレアンの少女」末尾(P383

●死を乗り越える。泣くな、次の霊の国がある。死は眠り、苦痛は瞬時だ。

①最後に死が訪れる

①-1)塚本訳 ヨハ 11:25-26

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。

 

①-2)塚本訳 マタ 10:29

10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

 

②眠りのなかを通ってかなたの生活へ導いてゆく。

②-1)塚本訳 ルカ 8:52

8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。

8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。

8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、

8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

 

③鉄の鎧は天翔る羽の衣と変る

塚本訳 ヨハ 3:5-6

3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。

3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

 

④苦痛は瞬時にして、喜びは永遠

 

塚本訳 ヨハ 20:17

20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

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●ヒルティの墓を訪ねて。1980.6.15

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 スイスのベルンにあるヒルティの墓   

塚本訳マタ 28:5-6

28:5bイエスをさがしているようだが、

28:6 ここにはおられない。かねがね

言われたとおり、もう復活されたのだから。

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 墓碑 カール・ヒルティ(1833-1909) 

ヨハンナ・ヒルティ。(18391897

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墓碑下段、息子エドガーと次女エーディト

ヒルティにとって息子エドガーの病気は

心配と悩みの種(棘)であった。

ヒルティは、しばしば「苦難の意義」や

「幸福には不幸が必要である」と言い、

「眠られぬ夜のために」を書いた。




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 ヒルティがベルンで住んでいた家。                   

がっしりした造りで美しい建物であった。

塚本訳 Ⅱコリ5:1

5:1c(この肉体)がこわれるならば、天に、

神の建てられた建物、(人間の)手で造ら

ない永遠の家をいただいていることを、

わたし達は知っている。

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集会感話資料おわり



集会感話資料おわり

●10:00 東京聖書読者会。茂木(司会)、高橋(幸福の人生、上記)、山本(第二ペテロ)

●14:00 妻と茅ヶ崎の金子邸へ。家の修理の件のご相談。主にある交わりは楽し。


 

 

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神は「良い羊飼い」・・・一人一人一人を深く知って名をもって呼んで導く・・・ ++++++++ 所感

2017/01/07 04:14

170107(土)3時起床。朝の啓示と黙想「神は『良い羊飼い』・・・一人一人一人を深く知って名をもって呼んで導く・・・」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。キリスト者の皆様お早うございます。夜中の1時半ごろ目覚めて、以後寝付けず。目覚めのときに良い啓示を受ける。これはカトリックの修道僧も同じ。2~3時頃目が覚める。●永平寺の修行僧は冬でも早朝に素足で雑巾がけだ。●今朝の黙示を床の中でメモする。


口語訳 出  33:17
33:17 主はモーセに言われた、「あなたはわたしの前に恵みを得、またわたしは名をもってあなたを知から、あなたの言ったこの事をもするであろう」。


塚本訳 ヨハ 10:3-4
10:3 羊飼には門番が(門を)あけてやり、羊はその声を聞き分ける。羊飼は一匹一匹、自分の羊の名を呼んで(檻から)つれだし
10:4 自分の羊を皆出すと、その先に立って歩く。羊はその声を知っているので、あとについて行く。

塚本訳 ルカ 19:5-7
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。

塚本訳 マタ 16:17
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 ヨハ 1:47-49
1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼のことをこう言われる、「そら、あれは生粋のイスラエル人だ。すこしもごまかしがない。」
1:48 ナタナエルが言う、「まあ、どうしてわたしを御存じですか。」イエスが答えて言われた、「ピリポが呼ぶ前に、あなたが無花果の木の下にいるのを見た。」
1:49 ナタナエルが答えた、「先生、あなたは神の子であります。あなたはイスラエルの王であります。」

塚本訳 ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。


塚本訳 ヨハ 11:42-43
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた


塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダス)にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 ルカ 15:4-6
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。

塚本訳 ルカ 10:20-21
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」
10:21 この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。ほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。


塚本訳 マコ 5:40-41
5:40 人々はあざ笑っていた。しかしイエスは皆を外に出し、子供の父と母と、一しょに来た者(三人だけ)を連れて、(死んだ)子供のいる所に入ってゆかれる。
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「
少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。神に覚えられて導かれる人生が最良最高最善最強。大なる喜びと満足。末は「永遠の命」「復活」。

●今朝の啓示をもとに明日の集会感話の推敲。印刷

●14:00 文化庁近現代建築資料館、大高正人展
●15:00 岩崎邸見学
●18:00 紀尾井ホール。なにわコラリアーズ&東京ウィメンズ・コーラルソサイエティ演奏会。指揮伊東恵司、岸信介(中学の一年先輩)























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神は霊・・・キリスト教信仰の解りにくさ・・・ ++++++++ 所感

2017/01/06 06:11

170106(金)3時目覚め、黙想、3時45分起床、乾布摩擦、冷水洗顔、体重測定、着替え、湯沸し、●パソコン開始、さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。今朝の啓示「神は霊・・・キリスト教信仰の解りにくさ・・・」●13年前に亡くなった母は「キリスト教は解りにくい。仏教のほうが分かりやすい」tろ言って信仰を持たずに死んだ。また友人のS君は「聖書ってそんなに面白いものなのかい」と言って還暦を待たずして突然逝った。彼の未亡人は「主人は高橋さんより先に死ぬとは思っていなかった」と言った。また身内の一人からから「神がいるなら抗議したい」と言った。彼は長く病妻を抱えて苦労jしている。●私に余生があるなら、「キリスト教信仰の分かりにくさの解消」に貢献したいものだ。このことが供養だ。●キリスト教が分かりにくい原因はただ一つ、。「神は霊」だからである。大脳皮質では捕えられないことだからである。分からないのが普通で自然である。常識人には教養として把握されても信仰するまでには至らない。●よっぽどの大不幸に遭遇して「藁をも掴む」思いにならなければ、「宗教」など信じるに到らない。放蕩息子が「食べるのにも困るy等になった時、強盗が死刑になって死ぬt直前の時、重い病で医者から見放された時、などなど、この世の不幸は信仰を求めさせる。●だからイエスは「幸いなるかな悲しむ者」と言い、「求めよさらば与えられん」と言った。●今朝は「神は霊であるから、キリスト教が解りにくい」ことを巡って聖書のアチコチを思いつくままに黙想してみよう。検索と表示はパソコンソフトの「Jバイブる」を使用。これがないと生きていけない。●「霊」のことは一般常識では解らない。国家や学校では教えてくれない。良識の機関といわれる、岩波、NHK,東大では教えてくれない。

塚本訳 ヨハ 4:24
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 Ⅰコリ2:14
2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

塚本訳 Ⅰコリ7:40
7:40 しかしもしそのままにしておれば、より仕合わせである。これはわたしの意見であるが、わたしも神の霊をいただいていると思う。
塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 ルカ 8:54-55
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 ヨハ 20:24-25
20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 マコ 6:48-49
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ

塚本訳 ルカ 24:36-39
24:36 二人がこう話しているところに、(突然)御自身でみなの真中に出ておいでになった。
24:37 ぞっとして震えあがり、幽霊でも見ているように思っていると、
24:38 彼らに言われた、「なにをうろたえるのか。なぜ心に疑いを起すのか。
24:39 わたしの手と足とを見てごらん。だれでもない、わたしだよ!さわってごらん、幽霊には肉も骨もないが、わたしには、それがあるのがわかるから。」

塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。
いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

塚本訳 ヨハ 3:3-8
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6<