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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


滅びゆく人あり・・・泣くな、神がご存知で責任を負ってくださる・・・ ++++++++ 所感

2017/02/28 12:32

塚本訳 マタ 6:12
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。




170228(火)4時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は日本聖書協会「新翻訳」(カトリック+プロテスタント+無教会)パイロット版の意見具申をしていて、次の言葉にぶつかり、心震われ、涙を拭われた。

塚本訳 使  20:25-27
20:25 さあ、もう二度と、あなた達みんなはわたしの顔を見ることはあるまい。わたしにはそれがわかっているのだ!ほんとうにわたしはあなた達の間を、御国(の福音)を説きながら回ったのだ。
20:26 だから(わたしの福音を聞いた)何人が滅びようとも、わたしは良心のとがめがないことを、今日はっきりあなた達に言っておく。
20:27 わたしは人をはばかって、神の御心を全部あなた達に知らせないようなことは、しなかったのだから。

●パウロのエペソ伝道は3年の長きに渡った。それは涙の労苦であった。

塚本訳 使  20:30-31
20:30 またあなた達の中からさえ、異端邪説をとなえて、(主の)弟子たちを自分の方に引きずりこもうとする者どもがあらわれるであろう。
20:31 だから目を覚ましていなさい。この三年のあいだ夜昼涙を流しながら、たえずあなた達それぞれに注意を与えたことを忘れないように。


●そこでキリストを信じるに至らなかった人、つまり「滅びる人」の運命に対する責任は「私には全くない」と言うのだ。「良心のとがめがない」という。
●この言葉をほかの翻訳で見てみよう。

口語訳 使  20:26
20:26 だから、きょう、この日にあなたがたに断言しておく。わたしは、すべての人の血について、なんら責任がない

新改訳 使  20:26
20:26 ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません

新共同 使  20:26
20:26 だから、特に今日はっきり言います。だれの血についても、わたしには責任がありません

文語訳 使  20:26
20:26 この故に、われ今日なんぢらに證す、われは凡ての人の血につきていさぎよし

●血を分けた同胞の救いには自分がどうなってもよいとまで言ったパウロがこのような考えを持っていたとは驚きである。

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

●こういうパウロが「滅びゆく人」に対してどういう態度かというと、「滅びる」も「救われるも」神の御心次第だから「自分には責任がないと言っている。これを知った私は肩の荷が下りた。私にも血を分けた兄弟や子供がいて、まだ「救い」に導かれていない人がいる。悩み悲しみである。私が「いけなかった」のではあるまいかいかtご思い悩むことが多い。そんな時パウロの言葉は慰んでである。このほかにパウロの慰めの言葉があるので掲げてみよう。

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 Ⅰコリ7:15-16
7:15 しかし不信者の夫(なり妻なり)が別れるなら、別れさせよ。こんな場合に、兄弟なり姉妹なり(つまり信者)は(結婚に奴隷として)束縛されてはいない。神は平和な生活へあなた達をお召しになったのである。(無理があるのは、御心ではない。)
7:16 なぜか。妻よ、夫を(信仰に導いて)救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。また夫よ、妻を救うことができるかどうか、どうしてわかるのか。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。神は総てご存知。救いは99%ではなく100%神の御心。

●13:30  あきる野市公民館に「ティツィアーノとヴェネツィア派展」の解説講演会に妻と行く。
●某氏一家と建築の相談。次の聖書を引用した。神の導きを祈る。

口語訳 詩  127:1
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。


塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 ルカ 15:12-13
15:12 『お父さん、財産の分け前を下さい』と弟が父に言った。父は身代を二人に分けてやった。
15:13 幾日もたたないうちに、弟は(分け前)全部をまとめて(金にかえ、)遠い国に行き、そこで放蕩に財産をまき散らした。

塚本訳 使  20:35
20:35 わたしはあらゆる機会にあなた達に例を示したのだから、あなた達も同じように一生懸命に働いて、経済的に恵まれない者たちを助けなさい。主イエス御自身が言われた、『与えるのは貰うより幸いである』という御言葉を忘れずに!」

口語訳 伝  3:3
3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、

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ただ天上のものを求めよ・・・地は天上の影・・・ ++++++++ 所感

2017/02/27 10:30

170227(月)キリスト者の皆様お早うございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の啓示「」●「ただ天上のものを求めよ・・・地は天上の影・・・」●「天上」という言葉に惹かれてきた。●中学高校のときにゲーテを読んだが、それは「天上」という概念があってこの世のものを常に美しく見ていたからである。星、花、女性。●その後キリストに出会ってゲーテを去った。●メシアに出会った。

塚本訳 ヨハ 1:41
1:41 (あくる日)まずこの人が自分の兄弟のシモンに出会って、「メシヤを見つけた」と言う。[メシヤは訳すると「救世主」である。]


塚本訳 ヨハ 1:45-46
1:45 (すると今度は)ピリポがナタナエルに出合って言う、「わたし達はモーセが律法に書き、預言者たちも書いている人を見つけた、ヨセフの子、ナザレ人イエスだ。」
1:46 ナタナエルが言った、「あのナザレから何か善いものが出るだろうか。」ピリポが言う、「来なさい、そうすればわかる。」


●ゲーテは心は満たされなかった。ヒルテイはゲーテは臨終の床で「もっと光りを」と言った。そんな人間について逝っても幸福にはなれない」と皮肉っている。また塚本虎二は「ゲーテはどうしても好きになれない」と言っている。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」


●なぜ「渇く」かというとゲーテには今にして思えば「永遠の命」という概念はなかったからだ。ゲーテの「ウィルヘルムマイスターの遍歴時代」(筑摩書房の世界文学全集)を売ったのが最後であった。貧困であった。ヒルテイはゲーテは「人生が幸福の時は良いが不幸になったら役に立たない」という。
●貧困のためにゲーテと別れてキリストに行ったが、これが幸いであった。

塚本訳 ルカ 6:20
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。



●「天上のものを求めよ」というのはゲーテも聖書も同じであるが、聖書には次のような決定的な言葉がある。

塚本訳 コロ 3:2-3
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。


●「天上のもの」を求め「地のものを求めるな」ということは新約聖書の中心的な思想であるが、今朝は主の思想と言葉鍵って黙想してみよう。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと心が天に向かないであろう。)

塚本訳 マタ 6:32-33
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14
命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 ルカ 16:13
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 ヨハ 4:21-26
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、
「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40
あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 ヨハ 1:17
1:17 すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた

塚本訳 ヨハ 3:21
3:21 これと反対に、真理を行っている者は、光に来る。自分の行いが神にあってなされたことを、現わしたいのである。」


塚本訳 ルカ 12:51-53
12:51 あなた達は、地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うのか。そうではない、わたしは言う、平和どころか、内輪割れ以外の何ものでもない。
12:52 今からのち、一軒の家で五人が割れて、三人対二人、二人対三人に
12:53 割れるからである。父対息子』息子対父、』母対娘』娘対母、』姑対嫁』嫁対姑』!」

塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。私はキリストに出会って人生損した。もしキリスト教にならなければある程度この世の富や力を得られたかもしれない。しかしそれらと「縁なき者」とされて「永遠の命」を得られて、得をした。●パウロもキリストに出会って人生を損した。しかし永遠の命の希望を得て人生成功した。

塚本訳 ピリ 3:6-11
3:6 (ユダヤ教に対する)熱心の点では、(キリストの)教会の迫害者、律法による義の点では非難の打ち処ない者であった。
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──
3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、
彼と同じような死様をして、
3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。

塚本訳 使  20:24-27
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。
20:25 さあ、もう二度と、あなた達みんなはわたしの顔を見ることはあるまい。わたしにはそれがわかっているのだ!ほんとうにわたしはあなた達の間を、御国(の福音)を説きながら回ったのだ。
20:26 だから(わたしの福音を聞いた)何人が滅びようとも、わたしは良心のとがめがないことを、今日はっきりあなた達に言っておく。
20:27 わたしは人をはばかって、神の御心を全部あなた達に知らせないようなことは、しなかったのだから。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-16
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16
ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、また
キリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。



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不思議な出会い・・・すべてのことが救いに役立つ・・・ ++++++++ 所感

2017/02/26 06:22

170226(日)4時起床●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「不思議な出会い・・・すべてのことが救いに役立つ・・・」●「出会い」というものは不思議である親との、兄弟との、結婚相手との、子供との、職場での、エクレシアでの、然り、不幸との、運命との、病気との、・・・・活きていく上での出会いは総て不思議なことである。我が国ではこれを「縁」という。●私の最後の職場の時、その会長から「縁があったら来てください」と実に宗教的なことを言われた。●「救い」も同じである。人が救われるのは実に不思議緒なる方法である。このことをパウロは次のように言う。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである


●「不思議」という語を、Jバイブルで検索すると旧約で11回、新約で15回(いずれも新共同訳)、ところが塚本訳で検索すると何t路65回にもなる。これは「驚くべきこと」である。神のなさることは不思議である。イエスが降世しての言動は不思議なことばかりであったことが福音書に書かkれている。●今朝はその中から心に浮かびものをあちこち掲げてみよう。必ずしも「不思議」という言葉にとらわれない。こういう黙想は啓示で与えられるものでコンコルダンスを引くだけでは出来ないことである。また神学では駄目で、苦難と涙の年季が必要だ。

塚本訳 マコ 2:10-12
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 マタ 7:28-29
7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった
7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

塚本訳 マタ 13:54-55
13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。

塚本訳 ヨハ 7:15-17
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。
7:17 その方の御心を行おうと決心する者には、わたしの教えが神から出たものか、それともわたしが自分で勝手に話しているかがわかるであろう。


塚本訳 マタ 27:11-14
27:11 さて、イエスが総督の前に立たれると、総督はイエスに問うた、「お前が、ユダヤ人の王か。(お前はその廉で訴えられているが。)」イエスは言われた、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。」
27:12 大祭司連、長老たちから(いろいろと)訴えられたが、何もお答えにならなかった。
27:13 するとピラトが言った、「あんなにお前に不利益な証言をしているのが聞えないのか。」
27:14 イエスはただの一言もお答えにならなかったので、総督は不思議でならなかった

●人が救われるというのもまた不思議な出来事である。大抵は「人物」との出会いから始まるものだが、不幸や病気が神との出会いのきっかけにもなる。皆、神による「引き」である。

塚本訳 ヨハ 6:44-45
6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 14:26
14:26 (わたしが去ったあとで、)父上がわたしの名で遣わされる弁護者、すなわち聖霊が、あなた達にすべてのことを教え、またわたしが言ったことをすべて思い出させるであろう。

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」


塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

塚本訳 マタ 24:39-41
24:39 洪水が来て一人のこらずさらってゆくまで、それに気づかなかった。人の子の来臨もこのようである。
24:40 その時、二人の男が畑にいると、一人は(天に)連れてゆかれ、一人は(地上に)のこされる。
24:41 二人の女が臼をひいていると、一人は連れてゆかれ、一人はのこされる。

塚本訳 ルカ 8:9-15
8:9 弟子たちがこの譬はどういう意味かと尋ねると、
8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである
8:11 譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である。
8:12 道ばたのものとは、(御言葉を)聞くと、あとで悪鬼が来て、彼らを信じて救われることのないように、その心から御言葉をさらってゆく人たちである。
8:13 岩の上のものとは、御言葉を聞く時、喜んで受け入れるが、この人たちには(しっかりした信仰の)根がないので、その当座は信じているが、試みの時に離れおちる人たちである
8:14 茨の中に落ちたもの、これは(御言葉を)聞く(と、しばらくは信じている)が、とかくするうちに人生の心配や富や快楽に押えつけられて、実の熟さない人たちである。
8:15 しかし良い地のもの、これは御言葉を聞くと、りっぱな善い心でこれをしっかり守り、忍耐をもって実を結ぶ人たちである


塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである

塚本訳 ヨハ 5:14-16
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」
5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した。
5:16 このためユダヤ人は、イエスを迫害しはじめた。安息日にたびたびそんなことをされたからである。

塚本訳 マコ 5:27-30
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」

塚本訳 ルカ 15:14-18
15:14 すべてを使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、食べるにも困り果てた
15:15 そこでその国のある人のところに行ってすがりつくと、畑にやって、豚を飼わせた。
15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『
お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーションおわり。出会いは神の引き、エクレシアの出会いは主の縁、人は出会いというものを大切にしなければならない。クリスチャンはエクレシアを大切にしなければならない。

●10:00 東京聖書読者会。川上(司会)、高橋トミ子(都入り,飯館電力のこと)、横田(生命の起源)
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この世は住みにくい・・霊の人格の心地よい住まい・・・ ++++++++ 所感

2017/02/25 06:19

170225(土)4時起床。●今朝の黙想テーマ「この世は住みにくい・・霊の人格の心地よい住まい・・・」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日はあきる野市主催の「介護教室で「介護保険・施設の話」を聞いてきた。国の制度、民間の施設など様々な「受け皿」があることは感謝である。「何とかなるなー」という感じが持てたことと同時にこの世には永遠に安らげる「場所」はないなーというのも実感であった。というのは、、「特別養護老人ホーム」(いわゆる「特養」)も病気になれば追い出され、病院も長くはいさせてくれない。●「特老」も透析などの病気の人は入れない。お金があっても入れない。とかく「この世は住みにくい」。●現在は保育園不足であるが、老人も行き場がない。とかく「この世は澄みにくい。●今朝は霊の人格の心地よいすまい」について黙想してみたい。●からだの復活を信じて天国に凱旋したTTさん、MSさん、KHさんの死に顔は「安らかであった。特にTTさんの白い顔布を剥ぐとビックリした。笑顔であった。そばにいた御夫人が「今にも笑い出しそうな顔をしているでしょう」と言われた。TTさんは「心地よい住まい」に住まわrれた会であった。●人の死は最大の証し、伝道である。

塚本訳 ルカ 11:34
11:34 体の明りはあなたの目である。目が澄んでいる間は、体全体も明るいが、悪いとなると、体も暗い。


●家に帰ってきて妻に特養の話をしたところ、お互いに「地上は仮の宿」であることで意見が一致した。

塚本訳 ヘブ 11:13-14
11:13 信仰に従い、これらの人たちは皆、(地上では)約束のものを受けずに死んだのである。彼らはただ遠くからそれを眺めて歓迎し、自分たちは、『この地上では外国人であり、旅の者』であると認めた。
11:14 このように(自分を外国人、旅の者と)言う人々は、(ほかにある)自分の国を追及していることを現わしているからである。

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

●見たこともないものを信じて喜んでいるキリスト者の喜びの根拠はキリストの有体緒的復活と霊に満たされる現実である。

塚本訳 Ⅰコリ15:16-19
15:16 死人は復活しないのなら、キリストも復活しておられないのだから。
15:17 しかしキリストが復活しておられないならば、あなた達の信仰は無意味であり、あなた達はまだ自分の罪の中にいる。
15:18 従ってまたキリストを信じて眠った者も滅びたのである。
15:19 もしただこの生涯でキリストに望みをかけていただけ(で、来るべき世で満たされることがないの)なら、わたし達ほど同情すべき人間はない。

塚本訳 Ⅰコリ15:32-33
15:32 もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、『食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ』である。
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

●物理的な住まいだけでなく霊の人格の容器であるこの肉体も住みにくいものである。

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

塚本訳 マタ 6:27-28
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい
。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

●来世での復活の希望

塚本訳 コロ 3:1-4
3:1 だからもし君達が(洗礼によって)キリストと共に(死に、共に)甦ったのであるならば、キリストいまして『神の右に坐し給う』(天)上のものを求めよ。
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう


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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。さー今日も「主の業」に励もう。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。









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主の言葉・・・異教人に語られた「福音」は神の言葉・・・ ++++++++ 所感

2017/02/24 06:09

170224(金)●4時起床さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。毎日、日本聖書協会「新翻訳」(カトリック+プロテスタント+無教会)のパイロット版に対する意見具申をしているが、2月になってからは使徒言行録である。最近目立つのは「主の言葉」という句である。これはどういう意味だろう。●まず使徒言行録における「主の言葉」を全部掲げてみよう

塚本訳 使  8:25
8:25 さて使徒たちは証しをし、また主の言葉を語ったのち、エルサレムに帰った。(道すがら、)多くのサマリヤ人の村々でも福音を伝えた。


塚本訳 使  11:15-16
11:15 わたしが話を始めると、聖霊が彼らの上に下った、最初(あのペンテコステの時)にわたし達に下ったように。
11:16 わたしは主の言葉を思い出した──『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた達は聖霊で洗礼を授けられるであろう』と主は言われた

塚本訳 使  13:48-49
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。
13:49 こうして主の言葉がこの地全体に広まった。

塚本訳 使  19:10
19:10 これが二年つづいたので、アジヤ(のこの地方)に住んでいる者は皆、ユダヤ人も異教人も、主の言葉を聞いた。

塚本訳 使  19:20
19:20 こうして主の言葉は勢いよく成長し、また力を増した。


●パウロはじめ使徒達が言う「主の言葉」とはいったいなんだろう。それは上記の使徒8:25によれば「福音」のことである。それを解く鍵は次である。ペテロはカイザリヤで異教人コルネリオの求めに応じて語ったことが「福音」の全容を示している。異教人(ローマ軍の百卒長)コルネリオには「耳があった」。福音は聴く耳のある人に伝わる。

塚本訳 使  10:24
10:24 翌日カイザリヤに着いた。コルネリオは親類や親しい友人たちを呼びあつめて、待っていた

10:34 口を開いてペテロが言った、「本当に』神はえこ贔屓をするお方でなく、』
10:35 神を恐れ、正しいことを行う人でさえあれば、どんな民族であろうと歓迎されることが、わたしにはよくわかっています。
10:36 『神は御言葉をイスラエルの』子孫に『おくり、』イエス・キリストをもって、『(御自分との間の)平和の福音を伝えられました。』──イエスは万人の主であります。──
10:37 あなた達は(洗礼者)ヨハネが洗礼を説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ中にゆきわたった出来事を知っておられる。
10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。
10:39 ──(使徒たる)わたし達は、イエスがユダヤ人の地、ことにエルサレムでされた一切のことの証人です。──このイエスを人々は『(十字架の)木にかけて』処刑した。
10:40 (しかし)神はこの方を三日目に復活させ、(人の目にも)見えるようにされた。
10:41 (ただし)国民全体でなく、神からあらかじめ選ばれていた証人であるわたし達、すなわちイエスが死人の中から復活されたあとで、一緒に飲み食いした者(だけ)に見えたのです。
10:42 そして神はわたし達に命じて、この方こそ神に定められた、生きている者と死んだ者との審判者であると、国民に説きまた証しさせられるのです。
10:43 預言者たちは皆、彼を信ずる者はことごとく、その名のゆえに罪の赦しを受けることを、彼について証明しています。」

●これが「福音」の要約である。ここに①~④と番号を付けたのは、①洗礼者ヨハネ、②イエスの奇跡、③十字架、④復活で この4本柱が後の4「福音書」に共通の「構成」「構造」「骨格」「要素」である。このことを指摘したのが英国の聖書学者C・Hドッド(英国のNEBの翻訳代表)である」。この指摘を読んだとき、ナルホドと思ったものである。マルコ福音書の著者はペテロの通訳であった。だからペテロが日々説教する内容の4本柱を拡大したものが「マルコ福音書」になり,これが残りの3福音書(マタイ、ルカ、ヨハネ)の土台になった。4福音書はこの4要素を決して外してはいない。●だから「福音」を伝えるということは「福音書」を蒔くことなのだ」。特に十字架と復活を伝えることなのだ。
●福音はペテロやパウロの活動の前に「福音それ自身の力」で伝わった。(ダイスマン)

塚本訳 使  11:20-21
11:20 しかしそのうちに数人のクプロ人とクレネ人とがいて、アンテオケに行ったとき異教人にも語り、主イエスの福音を伝えた。
11:21 (神なる)主の御手が彼らに働き、多数の者が信じて主(イエス)に帰依した


塚本訳 ルカ 8:10-11
8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである。
8:11 譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


●だから使徒言行録にあるペテロやパウロが異教人に説教した「主の言葉」とは「神の言葉」であり「福音」である。彼らは後に福音書の骨子となる4要素を語っていて、これをもって異教伝道に向かった。
●かくして異教国日本の我々においても伝道するということは、「主の言葉」、「神の言葉」を播くことである。
●コルネリオ出でよ、耳のある者は聞け、牧師伝道者よ行け。狼の中に行け。

塚本訳 ルカ 10:3-4
10:3 行け、いまわたしがあなた達を送り出すのは、羊を狼の中に入れるようなものだ。
10:4 (だからただ信仰で武装せよ。)
財布も旅行袋も持ってゆかず、靴もはくな。だれにも道で挨拶をするな。

●恐れるな、この国には福音を受け入れる民が沢山いる。

塚本訳 使  18:9-11
18:9 するとある夜主が幻でパウロに言われた、「『恐れることはない。』語りつづけよ、沈黙するな。
18:10 『わたしはいつもあなたと一緒にいて、』だれもあなたを襲って害を加える者はない『のだから。』またこの町にはわたしの民が沢山いるのだから。」
18:11 そこでパウロは一年六か月の(長い)あいだ(コリントに)とどまっていて、人々の間で神の言葉を教えた。

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●朝の黙想瞑想ディボーションおわり。今朝も「主の言葉」「神の言葉」「福音」を発信した。私のホームページは福音の発信。集客ではない。これを「覗き見」する人は毎日100人程度。神はその中から一人でも二人でも「御心にかなう人」(ルカ2:14)に「心」を開いて(使徒14:14)くださるであろう。

塚本訳 ルカ 2:14
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!


塚本訳 使  16:13-14
16:13 安息の日に、わたし達は(町の)門を出て川ばたにいった。祈り場がありそうに思ったのである。そして(そこに)坐って、集まってきた婦人たちに話をした。
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、
主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

塚本訳 Ⅰコリ1:17-18
1:17 救世主がわたしをお遣わしになったのは、洗礼を授けさせるためでなく、福音を説かせるためなのだから。それも、言葉の上の知恵をもって(説くの)ではない。それでは(人間の言葉の力が大きくなり)、キリストの十字架(の救い)が空虚なものになる恐れがあるからである。
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから

●日本聖書協会「新翻訳」(カトリック+プロテスタント+無教会)パイロット版意見具申。使徒19章。パウロの旅程は面倒。頭が混乱する。塚本虎二は、次のように言う。「使徒行伝第19章はエペソ伝道で少なくとも2年3か月以上の長い期間にわたっているy。パウロの4大根拠地であるタルソ、アンテオケ、エペソ、ローマを中心にお彼の伝道を分ける学者があるが、あるいはこの方が第一、第二、第三伝道という分け方よりも合理的であり、事実に即しているかもわからない。」(岩波文庫「使徒のはたらき」P145)

●明後日の妻の集会感話の資料のカラーコピー応援

●13:30あきる野市主催「介護教室」、介護保険・施設の話。(於・あきる野ルピア。
この世の家も、施設も、肉体も皆「仮の宿」。何処にも落ち着けるところはない。これには明朝黙想する。

●昨日見たNHKTV「ファミリーヒストリー」は女子レスリング、吉田沙保里。リオデジャネイロ決勝でオリンピック4連覇ならず。観客席にいた母のところに駆けて行って「お父さん(沙保里を厳しく指導したが3年前に逝去)に怒られる」と大泣き。「お父さんに怒られる」と言ったところが胸に来た。母親は「泣かんでいい、泣かんでいい」と慰めていた。●神は義と愛。しかし十字架は義として見るよりも愛として見た方が良くわかる。赦すことが最大の裁き。




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感じのよい人・・・異教における福音の伝わり方・・・ ++++++++ 所感

2017/02/23 13:23

170223(木)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●以前から異教において福音がいかにして広まって行ったかに興味があった。現在日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)」パイロット版の意見具申をしているが、使徒言行録でその解決を少し見た。

●パウロは行く先々で伝道説教をしたのは「ユダヤ人の会堂」においてであった。旧約の素地があった人に福音を語った。

塚本訳 使  17:1-3
17:1 彼らはアムポリスとアポロニヤ(の町々)を通過してテサロニケに行った。そこにはユダヤ人の礼拝堂があった。
17:2 パウロはいつものとおり入っていって、三度の安息日に聖書に由って彼らに話をした。
17:3 すなわち救世主は苦しみを受けて(十字架の上に死に、)死人の中から復活せねばならなかったこと、また、「わたしがあなた達に宣べ伝えているイエス、この人こそ救世主である」と説き明かし、論証した


●ところがパウロがアテネに足を踏み込んだときギリシャ人は次のように反応した。パウロの説くことが外国の神のことなので全くわからなかった。●このギリシャ人の感想が異教国日本人の感じ方でもある。

塚本訳 使  17:18-20
17:18 数人のエピクロス派やストア派の哲学者も彼と会談したが、「このお喋りはいったい何が言いたいのだろう」と言う者もあれば、「どうも外国の神々の宣伝者らしい」と言う者もあった。パウロがイエスと復活のこととを伝えていたからである。
17:19 そこで彼を引っ張ってアレオパゴス[アレスの丘]法院につれてゆき、こう言った、「あなたが語っているその新しい教義はいったい何か、教えてもらう訳にゆくまいか。
17:20 なんだか妙なことをわたし達の耳に入れるのだから。それで、それはどういうことか知りたいと思う。」――

●ところが福音は異教人にも受け入れられた。それはクリスチャンの評判がよかったからである。福音は人から人に伝わる。友達から友達に伝わる。●KKさんは病気の父親のために隠れて熱心に回復を祈っていたところ、死ぬ間際になって、死んだらお前の信じている神のところに行きたいと言ってクリスチャンになって死んでいった。KKさんは自分の父親の心に「評判」がよかったのだ。これは至難である。

塚本訳 使  16:1-2
16:1 それからパウロはデルベとルステラとに行った。すると、そこ[ルステラ]にテモテという(主の)弟子がいた。信者であるユダヤ婦人と異教人の父とのあいだの子で、
16:2 ルステラやイコニオムの兄弟たちの間に評判がよかった

塚本訳 使  22:12
22:12 すると(ダマスコに)アナニヤという人がいた。律法的に信心深く、そこに住むユダヤ人全体に評判がよかったが、

塚本訳 使  6:7-8
6:7 こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた。
6:8 さてステパノは恩恵と力とに満たされて、民衆の間で驚くべき不思議なことや徴を行っていた。

塚本訳 使  11:24-26
11:24 バルナバという人はりっぱな、聖霊と信仰とに満ちた人であったからである。そして大勢の人が主に導かれた。
11:25 彼はまたサウロを捜しにタルソに出かけ、
11:26 見つけると、アンテオケにつれてきた。そして二人は丸一年ものあいだ(アンテオケ)集会に一緒にいて、大勢の人を教えた。このアンテオケではじめて(主の)弟子たちをクリスチャンと呼んだ。

塚本訳 ピリ 2:15-16
2:15 これは君達が非難すべき所でなく、純真であって、『曲ったねじくれた(この)時代』の真中にあって『瑕なき神の子』とならんためである。(まことに)君達はこの時代にあって、生命の言を堅く守りながら、この(暗い)世に星のように輝いているのである。
2:16 かくて私の走ったことが無駄にならず、』苦労したことが無駄に』ならずに、キリストの日に名誉が私に帰するであろう。

●夕食時に妻とお互いが初めてキリスト教に接した時のことを話し合った。妻は、中学2年の時に同級生にクリスチャンがいて、「とても感じのよい人」であったという。今朝考えると私の場合は小学校に上がる前に行った「日曜学校(日本基督教会浦和教会)」で担任の若い女性が非常に「感じのよい人」であった。その良い印象が後年私が高等学校の時に「教会に足を向けた」原因であった。
●こう考えると福音は2000年前も現代の日本も同じで「感じの良い」「評判の良い」人によって伝わって行くらしい。
●ところがクリスチャンというものは例外を除いて、大体は家族に「感じのよい人」ではないことになっている。これは悲しい宿命である。
●集会の故KOさんは、信仰に熱心になればなるほど家族と亀裂が深まると言われた。

塚本訳 マタ 10:34-36
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来のだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』


塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである

●クリスチャンのこの悲しい宿命は次の聖句で慰められれる。

塚本訳 Ⅱコリ4:7
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

塚本訳 Ⅱコリ2:14-15
2:14 しかし神に感謝せねばならない。神はいつでもわたし達をキリストによる凱旋行列に(虜として)引き回し、至る所でわたし達を通して御自分を知らせる知識の薫りをお広めになる。
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。私は「感じのよい」人にはなれなかった。貧弱な土の器だ。多くの人を躓かせて神の名を汚して来た。この身は救われるだろうか。しかしわたしなりに一所懸命に歩いて来たつもりだ。最後の日に十字架の故に神に赦して頂こう。

●妻は御茶ノ水で愛子に手作りのパンを渡してから、台東区のYIさんの家に行く。
●次回集会感話の資料の推敲
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申使徒18章。パウロは天幕づくりをして宣教した。











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伝道開始の心得・・・「この世の力」に頼らず、神にのみ従え・・・ ++++++++ 所感

2017/02/22 06:36

170222(水)4時起床●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示「伝道開始の心得・・・「「この世の力」に頼らず、神にのみ従え・・・」●次回集会感話は「荒野の誘惑、ルカ4:1-13」である。これはその次の「伝道開始、ルカ4:14-15」に先立って起こったことで、神の鞭である。何事も初心が大切、イエスの全生涯の使命はこの「荒野の誘惑」で方針が言い尽くされている。●つまり、「世を救うためには、経済力、支配力、宗教力などの「この世の力」に頼るな。神の意志に従って命を捧げ尽くせ」という意味である。荒野の誘惑がイエスの伝道開始に先立って行われたことはマルコもマタイも同じであるので、これは史実であろう。●この世は経済でも政治でも宗教でも救われない。しかし人間はこれらの「この世の力」で救われると思うから学問が発展し、諸活動に熱心になる。しかし神の思いは人間によるこの世の完成ではない。霊魂の救いである。イエスが神に命を捧げたことにより、人類は罪と死の悩みから救われた。これが本当の世の救いの道である。これは「神の力」への信仰なくしてわからないことである。●今朝はこの真の救いについて頭に浮かぶ聖句を掲げてみよう。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。
そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 マコ 8:32-34
8:32 しかもおおぴっらにこのことを話された。するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)
8:33 イエスは振り返って、弟子たちの見ている前でペテロを叱りつけられた、「引っ込んでろ、悪魔!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」
8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 マタ 7:13-14
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 ルカ 22:42
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19 このように言われたのは、
ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。

塚本訳 ルカ 12:19-21
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 マタ 6:20-21
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 6:32-34
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、
あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 19:23-24
19:23 イエスは弟子たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、金持が天の国に入ることはむずかしい。
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい
。」

塚本訳 ルカ 16:13
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」

塚本訳 マタ 22:21
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 マコ 8:36-37
8:36 全世界をもうけても、命を損するのでは、その人になんの得があろう。
8:37 また、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができようか。

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マタ 6:3-4
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 ヨハ 6:14-15
6:14 人々はイエスが行われた徴[奇蹟]を見て、「確かにこの人は、世(の終り)に来るあの預言者だ」と言った。
6:15 イエスは人々が来て、自分を(エルサレムに)攫って王にしようと計画しているのを知り、自分ひとり、またも山に引っ込まれた。

塚本訳 ルカ 10:17-20
10:17 七十二人が喜んで帰ってきてイエスに言った、「主よ、あなたの名を使うと、悪鬼までがわたし達に服従します。」
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 マタ 7:22-23
7:22 (最後の裁きの)かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、(入れてください。)『わたし達はあなたの名で伝道し、』あなたの名で悪鬼を追い出し、あなたの名で奇蹟を沢山行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23 その時わたしは、はっきり彼らに言おう、『かってお前たちを弟子にした覚えはない。『この不届者、わたしを離れよ!』』と。

塚本訳 ヨハ 3:2-3
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。

塚本訳 使  12:21-23
12:21 そこでヘロデは定めの日に(銀の)王服をまとって王座に着き、彼らに演説をした。
12:22 民衆が「(今のは)神様のお声だ、人間のではない」とどなった。
12:23 (王はそれを喜んだ。)たちどころに主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかった罰である。彼は(生きながら)蛆に食われて(とうとう)息が絶えた。

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朝の啓示黙想おわり




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キリストが形づくられるまで・・・パウロの教会観・・・ ++++++++ 所感

2017/02/21 07:02

170221(火)4時半起床●朝の啓示「キリストが形づくられるまで・・・パウロの教会観・・・」●さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定。カトリック+プロテスタント+無教会)の意見具申をしていて、パウロの心に触れた。それはパウロが第二回回目の伝道旅行をする動機である。

塚本訳 使  15:36
15:36 数日の後、パウロはバルナバに言った、「さあ、もう一度行って、前に主の御言葉を伝えておいたすべての町の兄弟たちがどうしているか、見てこようではないか。

●パウロは第一回の伝道旅行で、小アジアのイコニオン、リストラ、テルベで「御言葉」を伝えた。そこで教会ごとに長老を選んだ。その集会を尋ねたいという思いが湧いたのだ。ここにパウロの教会観がある。この心に触れた。

塚本訳 使  14:23
14:23 また(今度の伝道で生まれた)集会にはどこでも長老を選び、断食をして祈って、(主の)弟子たちを彼らの信じている主にお任せした。

●無教会の権化である塚本虎二の翻訳で「(伝道で生まれた)集会」という著しい敷衍と言葉がある。集会は伝道で生まれるというのだ。そしてまた教会と言わずに「集会」と訳している。教会でも集会でも、それはキリストの命の実であり、形である。パウロは実を見に行きたいと思ったのだ。
●教会や集会はキリストの命の実である。見える姿である。今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを黙想してみよう。私は「建築士」である。それは「頭や心の中の見えないものを見える形にする」仕事である。●かって学習院大学のK教授(無教会)に申し上げたところ目をキラッと輝かせた。それは教会エクレシアの本質なのだ。しかしこの命の結果としての姿形を制度化律法化するところに常にゴタゴタが生じる。霊の命は常に自由である。命を制度の中に閉じ込め律法化、思想化するところに不自由さが生じ、常に「無教会現象」が総じて来たのが「教会史」である。●私は日本における「無教会」現象に出会って、「水を得た」。自由の喜びに触れた。落ち着いた。キリストの霊の自由なる雰囲気の中で育てられ、幸福であった。●しかしこの年齢になり、パウロが教会(集会)を生み出そうとした「産みの苦しみ」の心に触れる。●ギリシャ語聖書の権威者ネストレは塚本先生との手紙のやり取りで「心は形をとる」と言われ、塚本先生はこれに賛同された。●しかし形はあくまで心があってのことだ。心の結果である。
●日本の無教会主義に理解を示したスイスの神学者ブルンナーは言う。「教会組織とは福音の中心的なことが周辺的になって、周辺的なことが中心的になった形である」と。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

塚本訳 Ⅰコリ3:10-15
3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。
3:14 その(土台の)上に建てたある人の仕事がそのままのこれば、褒美を受け、
3:15 ある人の仕事が焼けてしまえば、罰を受ける。ただ彼自身は、火をくぐるようにして(やっと)救われるのである。

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朝の黙想瞑想ディボーションおわり。神の霊は復活のキリスト、この世では実を結ぶ。無教会主義集会の本質は「来るものを拒まず、去る者を追わず」神ママ、自然体、自由の雰囲気。●しかし無教会も命が去ると、形骸化、律法化、思想化、ドグマ化、先生崇拝化、社会運動化、社会批判化に変質する。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申使徒16章。活劇を見ているようで面白い。

2017_02210002.jpg 

暮れゆく奥多摩連山。なぜか淋しい。あの人この人の「救い」を祈る。






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苦界からの救い・・・なぜこんな「ひどい」ことになったしまったのだ・・・ ++++++++ 所感

2017/02/20 06:32

170220(月)5時起床。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者皆様お早うございます。●昨夜はNHKBSで19:00~21時に「ノーベル賞作家のチェルノブイリからフクジマへの旅」というドキュメント番組を観た。三男(飯館全力(株))が挺身している飯館村のことが多く放映された。責任を国家や東電に転嫁できるものではなく、ただただ「呻く」ばかりであった。

塚本訳 ロマ 8:22
8:22 わたし達が知っているように、全創造物は(かの日から)今まで、一しょになって呻き、一しょになって産みの苦しみをしている。(父なる神がこの  呻きに耳を傾けられないことがあろうか。)

●人生は「苦界」である。病苦、家庭苦、世界苦。あー一体誰がこの苦界から救ってくれdると言うのだ。正月には小学校4年の孫娘から「死んだらどうなるのか」と問われ、去る2月14日には集会の88歳の認知症のKHさんを送った。最後は食事が喉を通らずなかった。若いときは経済苦、家庭苦など「苦」の連続である。喜びもあるが、苦悩が多い。

塚本訳 ロマ 7:24
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。

●そして苦の先には恐怖の王である「死」が待っている。人生、いいことはない。NHKの番組ではフクシマの自殺者の遺書「原発さえなけfれば」が重くのしかかって来た。「なぜこんなひどいことになってしまったのだ。私の近親にも「神がいるなら抗議したい」tご言った。彼は病妻をかかえて久しい。


塚本訳 ロマ 5:14
5:14 それにもかかわらず、アダムからモーセまでの間に、アダムと同じ(律法)違反の罪を犯さなかった(その時代の)人たちの上にも、死が王として支配したからである。(従ってこの罪と死とがアダムによるものでなくてなんであろう。そして一人の人の行いが全人類に影響を及ぼす点において、)アダムは来るべき者(である新約のアダム、すなわちキリスト)の型である。

●パウロは「罪と死」という人生の苦界からの救いは「キリスト」にあるという。初代教会の宣教のバネはこの「人生苦」であった。この苦はユダヤ民族だけでなく、わが日本も同じである。古代のものでなく現代のものである。「この人生納得させてくれ!」。


塚本訳 ロマ 8:20
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある

●ここでパウロは人生苦はアダムの罪の責任を負わされたのだという。しかしクリスチャンパウロにはこの苦界人生にも望みがあったのだ。なぜか。人生苦は神が真の救いを与えるためにあるのだと解した。「人生苦の原因は人類の始祖アダムにある」とう解釈は説明として究極のものであろう。しかしそれで人間の理性は納得しても喜びは湧かない。喜びはご本人の神の子キリストからくる。今朝は「人生苦」を納得させてくれる「主の言葉」を思いつくまま連想してみよう。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 使  3:2-6
3:2 (ちょうどその時、)母の胎内からの足なえの男がかつがれて来た。彼は宮に入る人たちに施しを乞うため、宮の、いわゆる「美しい門」に毎日置かれたが、
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」

塚本訳 ルカ 13:11-13
13:11 その時、そこに十八年も病気の霊につかれている女がいた。体が曲っていて、真直ぐに伸ばすことが出来なかった。
13:12 イエスは女を見て呼びよせ、「女の人、病気は直っている」と言って
13:13 手をのせられると、女はたちどころに体がまっすぐに伸びて、神を讃美した。

塚本訳 マコ 5:26-29
5:26 大勢の医者からひどい目にあわされて、財産を皆使いはたして、なんの甲斐もなくて、かえってますます悪くなって、
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。

塚本訳 マタ 11:28
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

塚本訳 ヨハ 5:14
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ルカ 13:4-5
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう
。」

塚本訳 マタ 7:26-27
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない


塚本訳 マタ 5:4-5
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 6:20-22
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。
6:22 人に憎まれる時、また、人の子(わたし)のゆえに除名されたり、罵られたり、悪様に言われたりする時には、あなた達は幸いである。

塚本訳 ロマ 8:34-35
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

塚本訳 ロマ 8:38-39
8:38 なぜなら、わたしは確信している、死でも命でも、天使でも支配(天使)でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、権力(天使)でも、
8:39 高い所のものでも低い所のものでも、その他どんな創造物でも、わたし達の主キリスト・イエスによる神の愛から、わたし達を引き離すことはできない。


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●朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。人生の苦界から救ってくれるのは神の子キリストの十字架と復活

●妻はコーラスの練習。午前中。
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、使徒16章。パウロの第二回旅行。北ガラテヤ説、南ガラテヤ説。学問上の課題。素人には歯が立たない。
●図書館。途中で雨が降ってきた。





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あなたには出来ないことはありません・・・祈りの極致・・・ ++++++++ 所感

2017/02/19 05:31

170219(日)4時起床●朝の啓示「あなたには出来ないことはありません・・・祈りの極致・・・」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●神の子イエスは苦しみの極致で次のように祈った。


塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」



●この「あなたはなんでもお出来になります」が祈りの極致である。今朝はこの言葉をめぐって黙想してみよう。苦難は信仰を篤くする。絶体絶命のピンチが信仰を深くする。


塚本訳 マコ 10:27
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」


塚本訳 マタ 8:8-9
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」



●次にマルコ14:36の翻訳比較。


●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

411436そして言った、「アバ、お父さん、あなたには何でもおできになります。この杯を私から取り除いて下さい。しかし、私の望むことではなく、あなたの望まれることを」。

 

新共同訳1987

14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」

 

前田訳1978

14:36 いわれた、「アバ、父上、あなたはなんでもおできです。この杯をわたしからお取りのけください。しかしわが意でなく、あなたのみ心を」と。

14:36 またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」

14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

14:36 アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」。

 

文語訳1917

"411436","アバ父よ、父には能はぬ事なし、此の酒杯を我より取り去り給へ。されど我が意のままを成さんとにあらず、御意のままを成し給へ』"

 


●アバというのはアラム語の「幼児語」。「父ちゃん」という意味。神の子イエスにしてついに「地」がでた。なりふり構わずの叫びだ。見苦しい。我々もそれでいいんだ、いいんだ。それでいいんだ。神の子イエスも見苦しかったのだ。
●人生最大のピンチのときに祈りの極致に導かれる。病気はそのために降される神の愛。そのときは見苦しく、はしたなく、なりふり構わず、神の胸ぐらを掴んで、ゆすぶって祈ればいいんだ。「父ちゃん。ナンでだよー」「なんで俺がこんな目に遭わなければならないんだよー」「あんまりじゃないかよー」と文句を言えばいいんだ。

●次に●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ。

塚本訳 ガラ 4:6
4:6 しかしあなた達が(いまや神の)子であることは、神がわたし達の心に、「アバ[お父様]、お父様」と呼ぶ御子の霊をお遣わしになったことによって(、知り得るの)である。


塚本訳 ヘブ 5:7
5:7 彼はその(地上における)肉の日に、烈しい叫び声と涙とをもって、彼を死から救い得るお方に向かって祈りや嘆願を捧げ、その敬虔のゆえに聞きいれられた(方である)。

塚本訳 ロマ 8:15
8:15 なぜなら、あなた達が(神から)戴いた霊は、(あなた達を)もう一度(律法の支配の下に置いて)びくびくさせる奴隷の霊でなく、(神の)子の霊である。(その証拠には、)わたし達は(祈るとき、)その霊によって「アバ(お父様)、お父様」と大声で呼ぶではないか。

口語訳 創  18:14
18:14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。


口語訳 エレ 32:27
32:27 「見よ、わたしは主である、すべて命ある者の神である。わたしにできない事があろうか


塚本訳 Ⅱテモ2:13
2:13 たとい私達は不真実でも彼は(いつも)真実であり給う、自分を否み給うことが出来ないのだから!

塚本訳 テト 1:2
1:2 (何れも)永遠の生命の希望に基づくもので(あって、)欺き給わぬ神はこの生命を(与えんことを)永遠の昔において約束し給うた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想ディボーションおわり。キリスト者に告ぐ。苦難の時にひるむな。その苦難はすべて神がご存知だ。御承知のことだ。神のご計画のうちだ。

塚本訳 ロマ 5:3-4
5:3 そればかりではない。苦難をも誇る。苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は鍛錬を、鍛錬は希望を生むことを知っているからである。


塚本訳 Ⅱコリ4:17
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳 ロマ 8:27-28
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●集会。土肥(司会)、丹野(塚本虎二「聖書の読み方」) 村上(士師記)
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版使徒15章。














口語訳1955

塚本訳1963

新改訳1970

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信仰の篤い女性・・・青年はそういう女子と交際せよ・・・ ++++++++ 所感

2017/02/18 04:47

170218(土)4時起床。さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は集会の某女と電話で「信仰の交わり」。「花に向かって『きれいね』と声をかけるときれいに咲く」と言われる。次の句を思う。


塚本訳 マタ 21:19-21
21:19 それで道ばたに一本の無花果の木があるのを見て、そこに行かれた。が見ると、ただ葉ばかりで何もなかった。イエスはその木に言われる、「もはやいつまでも、お前には実がなってはならない!」無花果の木は見る間に枯れてしまった。
21:20 これを見て弟子たちは驚いて言った、「なぜ無花果は見る間に枯れてしまったのですか。」
21:21 イエスは答えられた、「アーメン、わたしは言う、もしあなた達に信仰があって疑わないならば、この無花果におこった(と同じ)ことをすることができるばかりか、この山にむかい『立ち上がって海に飛び込め』と言っても、その通りになる。

●世の男子たるもの、こういう信仰の篤い女性と結婚できれば人生成功である。なぜか、人生ピンチの時彼女は「神を呼んでくれる」からだ。全世界を手中に入れてくれるからだ。

塚本訳 Ⅰコリ3:22-23
3:22 パウロでもアポロでもケパでも、世界でも命でも死でも、現在起こっていることでも将来起こることでも、万物はあなた達のものである
3:23 しかしあなた達はキリストのもの、キリストは神のものである。

●2015年の国勢調査によれば男性の生涯未婚率は25%(女性は18%)である。この率は下がっているそうだが、それでも髙い率である。これでは人生つまらない。せっかくの神の配慮を無にしている。と言ってどんな女性でもよいというわけにはいかない。アブラハムは息子イサクの嫁選びに道徳の紊乱したカナン人の中から選ぶことを好まず、自分の故郷ハランから選んだ。とんでもない女性(男性)と結婚するなら生涯独身でいる方がよい。「変な女性」と結婚するのは一生の不作である。心が休まらない。


口語訳 箴  12:4
12:4 賢い妻はその夫の冠である、恥をこうむらせる妻は/夫の骨に生じた腐れのようなものである

口語訳 箴  19:13
19:13 愚かな子はその父の災である、妻の争うのは、雨漏りの絶えないのとひとしい


口語訳 箴  27:15
27:15 雨の降る日に雨漏りの絶えないのと、争い好きな女とは同じだ。


●これに反して、信仰の篤いすばらしい女性と出会って結婚できれば男の生涯は成功である。

口語訳 箴  31:10-12
31:10 だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い。
31:11 その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
31:12 彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない。

口語訳 箴  31:25-30
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている
31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。
31:27 彼女は家の事をよくかえりみ、怠りのかてを食べることをしない。
31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。
31:30 あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる。


●青年が信仰の篤い賢い女性と結婚する方法は自分の「肉の思い」から探し回ってはいけない。好み、好き嫌いからではいけない。神が下さるのである。天から賜るのである。祈っていれば必ず与えられる。「信仰美人」が天から与えられる。男子はそういう目を持たなければならない。●美智子妃を選んだのは三人の賢者であった。三人ともクリスチャンであった。

口語訳 創  6:1-3
6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。


●それでは今朝は「信仰の篤さ」ということに注目して、関連する聖句を思い浮かべてみよう。


塚本訳 マコ 10:24-27
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

口語訳 創  18:14
18:14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。


口語訳 ヨブ 42:2
42:2 「わたしは知ります、/あなたはすべての事をなすことができ、/またいかなるおぼしめしでも、/あなたにできないことはないことを。

塚本訳 ルカ 1:37-38
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

塚本訳 マタ 3:9
3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」


塚本訳 ルカ 7:7-9
7:7 だから自分でお願いに出る資格もないと考えたのです。(ここでただ)一言、言ってください。そうすれば下男は直ります
7:8 というのは、わたし自身も指揮権に服する人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
7:9 イエスはこれを聞いて驚き、ついて来た群衆の方に振り向いて言われた、「わたしは言う、イスラエルの人の中でも、こんな(りっぱな)信仰を見たことがない


塚本訳 マタ 15:27-28
15:27 しかし女は言った、「主よ、是非どうぞ!小犬どもも、御主人の食卓から落ちるパン屑をいただくのですから。」
15:28 そこでイエスは答えられた、「ああ、女の人、りっぱな信仰だ。願いどおりに成れ。」すると、ちょうどその時から、娘は直った。

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朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。祖父は孫の結婚に口出しできないが、それでも大方針は祈っていなければならない。信仰の篤い人と結婚できますように。もし相手が信仰のない人であったら、それは「祈りの対象」が与えられたと思ってこの短い人生の年月を走り抜け。それが天に宝を積むことなのだ。



●終日 日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、使徒15章。キリスト教は初めから「神学論争」。これでは落ちつかない。












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自分を捨てる・・・神の栄光のための犠牲・・・ ++++++++ 所感

2017/02/17 06:43

170217(金)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の啓示「自分を捨てる・・・神の栄光のための犠牲の生涯・・・●人生の悩みは「自分を捨てきれない」ことから起こる。だから自分を捨てれば問題は解決し、自分も楽になる。しかいsこれば仏教的である。●宮沢賢治の「雨にも負けず」に中に「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」というくだりがある。遺産相続の争いは権利人の一人が「私はいらない」とい言い出せばモメゴトは無くなると言われている。●しかしこれは異教思想である。暗い。消極的である。あくまで自分の楽のためである。●聖書の思想は「神」tろいうファクターがある。犠牲はあくまで神のため、主のため、その栄枯ぅのためであれう。神の栄光の犠牲である。それは積極的な意味がある●今朝はこの神のための犠牲死について思いつくままに黙想してみよう。●米国のトランプ大統領も、東京都の小池都知事も「自分ファースト」の』思想である。これに賛意を示す人間には神の救いは永久にわからない。

塚本訳 マコ 8:34
8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」


塚本訳 ルカ 18:22-23
18:22 イエスは聞いて言われた、「もう一つ欠けている。持っているものをことごとく売って、(その金を)貧乏な人に分けてやりなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
18:23 彼はこれを聞き、しょげてしまった。非常な金持であったのである。

塚本訳 ルカ 12:33
12:33 (ただ御国のために働けばよろしい。)持ち物を売って施しをしなさい。(すなわちそれによって)自分のために古び(て破れ)ることのない財布をつくり、泥坊が近づくことも、衣魚が食うこともない天に、使いつくすことのない宝をつんでおきなさい。

塚本訳 マタ 5:38-45
5:38 あなた達は(昔の人がモーセから、)『目には目、歯には歯』──(人の目をつぶした者は自分の目で、人の歯を折った者は自分の歯で、つぐなわなければならない)と命じられたことを聞いたであろう。
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。
父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 マタ 26:39
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 Ⅰコリ15:30-31
15:30 いったいなぜわたし達は絶えず(命の)危険をおかして(働いて)いるのか。
15:31 (危険どころか、)わたしは毎日死んでいる。ほんとうなのだ、兄弟たちよ、わたし達の主キリスト・イエスにあってわたしが持っているあなた達についての誇りにかけて言う。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。
骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。


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朝の啓示黙想ディボーションおわり。キリスト者の死は無駄に終わらない。それは犠牲の死である。芽が出る。初代教会の言葉「血は種子である」

●ATM、コンビニでカラーコピー、送金
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、使徒14章、パウロの第一回伝道。面白い、パウロの思想と行動。






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凡てのこと相働きて益となるを我らは知る…ロマ書8章28節の勉強・・・ ++++++++ 所感

2017/02/16 05:30

170216(木)目覚めの啓示「凡てのこと相働きて益となるを我らは知る…ロマ書8章28節」●4時半起床。今朝は若い人のためにパソコンを使った聖書の身読、深読方法をやってみる。検索は「Jバイブル」を利用。

ステップ1・・・朝の啓示。人生早寝早起き。早起きは三文の得。早朝に聖句の啓示がある。祈りは朝か山。その時聖句が示される。

塚本訳 マコ 6:46
6:46 そして群衆に別れると、祈りのため山に行かれた。

塚本訳 ルカ 6:12
6:12 このころのこと、イエスは祈りのため山に行って、神に祈りながら夜をあかされた。

塚本訳 ヨハ 6:15
6:15 イエスは人々が来て、自分を(エルサレムに)攫って王にしようと計画しているのを知り、自分ひとり、またも山に引っ込まれた。

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

ステップ2・・・自分の頭に浮かぶ聖句を並べる。聖書は人の註解でなく自分で探すのがベスト。私は次を示された。

新共同 申 32:11-12
32:11 鷲が巣を揺り動かし/雛の上を飛びかけり/羽を広げて捕らえ/翼に乗せて運ぶように
32:12 ただ主のみ、その民を導き/外国の神は彼と共にいなかった。

塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 ヘブ 12:6-8
12:6 なぜなら、主は愛する者を訓練し、好きな子をすべて懲らしめられる。』
12:7 (神の)『訓練』を受けるために、(迫害を)耐え忍べ。神はあなた達を(自分の)『子』のように取り扱われるのである。なぜなら、父の『訓練し』ない『子が』どこにかあるのか。
12:8 もし皆が受ける『訓練が』ないとすれば、それこそあなた達は私生児で、(ほんとうの)『子』ではない。


塚本訳 ヘブ 12:10-11
12:10 というのは、肉の父は(ほんの)少しの日数(だけ)、自分の考えに従って訓練したのに反して、神はわたし達を益するため、わたし達をその聖さにあずからせるために、訓練されるのであるから。
12:11 あらゆる訓練(というもの)は、その当座は喜びとは見えず、かえって悲しみと見えるが、しかしあとで、それで鍛えた者に(まことの)義の実である平安を与えるのである。

塚本訳 Ⅱコリ12:8-10
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。
12:10 それゆえわたしは弱いことを、虐待、艱難、また迫害と苦悩をうけることを、キリストの故に喜ぶ。わたしは弱い時には、(彼の力によってかえって)強いのであるから。

ステップ3・・・良い翻訳を並べて読む。母国語で読む。
次の邦語9翻訳は日本キリスト教界100年の総力。拙HP「BbB](聖書で聖書を読む)利用。このBbBはすでに若い人に知られているところのものである。

http://www.bbbible.com/

 

岩波翻訳委員会訳1995

450828神を愛する者たち、すなわち〔神の〕計画に従って召された者たちにとっては、すべてのことが共に働いて善へと至る、ということを私たちは知っている。

 

新共同訳1987

8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

 

前田訳1978

8:28 われらは知っています、神を愛するものには神が協力してすべてを善になさることを。彼らは御旨に従って召されたものだからです。

 

新改訳1970

8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

 

塚本訳1963

8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

 

口語訳1955

8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

 

文語訳1917

"450828","神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。"

ステップ4・・・次にTSKを見る。これは世界のプロテスタント陣営200年の努力。これというバイブルソフトに組み込まれているが、私はこれを数年かけて日本語とマッチングさせた。

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/110910.htm

ステップ5・・・前記BbBから世界の主要聖書の引照で「心に響くもの」を見る。

各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 エペ 1:11

1:11 キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。

新共同 ピリ 3:21

3:21 キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 5:3-4

5:3 それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、

5:4 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。

口語訳 Ⅰコリ3:21-22

3:21 だから、だれも人間を誇ってはいけない。すべては、あなたがたのものなのである。

3:22 パウロも、アポロも、ケパも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、ことごとく、あなたがたのものである。

口語訳 Ⅱコリ4:15

4:15 すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。

口語訳 ロマ 5:5

5:5 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。

口語訳 Ⅰコリ2:9

2:9 しかし、聖書に書いてあるとおり、/「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、/人の心に思い浮びもしなかったことを、/神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」/のである。

口語訳 Ⅱコリ7:10-11

7:10 神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる。

7:11 見よ、神のみこころに添うたその悲しみが、どんなにか熱情をあなたがたに起させたことか。また、弁明、義憤、恐れ、愛慕、熱意、それから処罰に至らせたことか。あなたがたはあの問題については、すべての点において潔白であることを証明したのである。

口語訳 ロマ 1:6-7

1:6 あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである――

1:7 ローマにいる、神に愛され、召された聖徒一同へ。わたしたちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

口語訳 ロマ 11:28-29

11:28 福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。

11:29 神の賜物と召しとは、変えられることがない。

口語訳 Ⅰテサ4:7

4:7 神がわたしたちを召されたのは、汚れたことをするためではなく、清くなるためである。

口語訳 Ⅰテサ5:9

5:9 神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。

口語訳 Ⅱコリ3:18

3:18 わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。

口語訳 ロマ 6:4-8

6:4 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

6:5 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

6:6 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

6:7 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。

6:8 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。

口語訳 ロマ 3:22-26

3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

3:23 すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、

3:24 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

3:25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、

3:26 それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。

口語訳 Ⅰコリ6:11

6:11 あなたがたの中には、以前はそんな人もいた。しかし、あなたがたは、主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われ、きよめられ、義とされたのである。

口語訳 ガラ 1:15

1:15 ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかたが、

口語訳 ロマ 5:8-10

5:8 しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。

5:9 わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。

5:10 もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。

口語訳 ピリ 3:8-9

3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

口語訳 Ⅰテサ2:12

2:12 御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。

口語訳 ピリ 3:20-21

3:20 しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。

3:21 彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 9:11

9:11 -12その子供たちがまだ生まれもせず、善いことも悪いこともしていないのに、「兄は弟に仕えるであろう」とリベカに告げられました。それは、自由な選びによる神の計画が人の行いにはよらず、お召しになる方によって進められるためでした。

新共同 エペ 1:9-10

1:9 秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。

1:10 こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。

新共同 Ⅱテモ1:9

1:9 神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、

新共同 ヘブ 6:17

6:17 神は約束されたものを受け継ぐ人々に、御自分の計画が変わらないものであることを、いっそうはっきり示したいと考え、それを誓いによって保証なさったのです。

新共同 ロマ 8:30

8:30 神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。

新共同 ロマ 9:24

9:24 神はわたしたちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。

新共同 ロマ 11:29

11:29 神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。

新共同 ガラ 1:15

1:15 しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、

新共同 Ⅱテサ2:14

2:14 神は、このことのために、すなわち、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせるために、わたしたちの福音を通して、あなたがたを招かれたのです。

新共同 ヘブ 9:15

9:15 こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者なのです。それは、最初の契約の下で犯された罪の贖いとして、キリストが死んでくださったので、召された者たちが、既に約束されている永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません。

新共同 Ⅰペテ2:9

2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。

新共同 Ⅰペテ3:9

3:9 悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。

新共同 ロマ 8:32

8:32 わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。

新共同 Ⅰペテ1:2

1:2 あなたがたは、父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて、"霊"によって聖なる者とされ、イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれたのです。恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。

新共同 Ⅰペテ1:20

1:20 キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。

新共同 Ⅰコリ15:49

15:49 わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。

新共同 Ⅱコリ3:18

3:18 わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。

新共同 コロ 3:10

3:10 造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。

新共同 Ⅰヨハ3:2

3:2 愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。しかし、御子が現れるとき、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。

新共同 ロマ 9:23

9:23 それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。

新共同 Ⅰコリ2:7

2:7 わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。

新共同 エペ 1:5

1:5 イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。

新共同 エペ 1:11

1:11 キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。

新共同 Ⅰコリ6:11

6:11 あなたがたの中にはそのような者もいました。しかし、主イエス・キリストの名とわたしたちの神の霊によって洗われ、聖なる者とされ、義とされています。

新共同 ロマ 8:21

8:21 つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ヤコ 1:12

1:12 試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。

口語訳 ピリ 3:21

3:21 彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

ステップ6・・・我が国、キリスト教の国宝とも言うべき「黒崎幸吉新約聖書註解」を見る。

http://stonepillow.dee.cc/


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朝の「バイブルワークス」おわり。心一杯、胸一杯。牧師伝道者キリスト者に告ぐ。この方法はカトリックプロテスタント無教会に共通の究極最高最強の方法である。この方法はおそらくイエスもパウロもご推奨のはず。

●10:00 茅ヶ崎の金子幸子さんの家に行ってリフォームの打ち合わせ。㈱イソダ新倉弘一氏。その後金子さんと私と妻の三人で「主の交わり」●37年前に建てた家が実にきれいに使ってくださっている。リフォームの相談もかけて下さり主にある長い御交誼に感謝。●相模線で富士が裾野まで見えた。

塚本訳 ルカ 16:9-10
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。







 









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赦す愛・・・福音の本質・・・ ++++++++ 所感

2017/02/15 05:14

170215(水)3時半起床。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は娘と「赦す愛」について懇談。「夫を赦し、子供を赦す。これが伝道の第一線だ」と言ったところ、「ウーン、それはなかなか難しい」という答え。然り、これは人間業では出来ないことだ言って、明日のブログを見なさいと言った。●そこで今朝はこの「赦す愛」について黙想ディボーションする。思いつくまま。●人を赦すことは命を賭けた生涯の大事業で、このことにより神の愛がその人を通して現れるのだ。これ新約聖書、キリスト教の本質である。

塚本訳 マタ 7:11-14
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか。
7:12 だから、何事によらず自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい。これが律法と預言書(と[聖書]の精神)である。
7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。
7:14 命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!

塚本訳 マタ 19:24-26
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」


塚本訳 マタ 20:23
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 マタ 26:39
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」


塚本訳 マタ 26:42
26:42 また二度目に向こうへ行って、祈られた、「お父様、どうしてもわたしが飲まねば通りすぎない杯ならば、どうかお心のままになさってください。」


塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた

塚本訳 マタ 6:12
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから


塚本訳 マタ 6:14-15
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 Ⅰコリ13:4
13:4 愛はじっと辛抱する、愛は親切である。妬まない、愛は自慢しない、得意にならない。

塚本訳 ヨハ 13:7-8
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」


塚本訳 ヨハ 13:14-15
13:14 してみると、
主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。

塚本訳 ロマ 12:20
12:20 むしろ、『あなたの敵が飢えているなら、食べさせてやれ。渇いているなら、飲ませてやれ。
こうするのはその頭に炭火を積むことであるから、(いつかは恥じて悔改める。)

塚本訳 マタ 5:39-45
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。
5:41 だれかが無理に一ミリオン[一キロ半]行かせようとするなら、一しょに二ミリオン行ってやれ。
5:42 求める者には与えよ、借りようとする者を断るな。
5:43 あなた達は(昔の人がモーセから、)『隣の人を愛し、』敵を憎まねばならない、と命じられたことを聞いたであろう。
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 マタ 22:17-21
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」


塚本訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子
をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

塚本訳 マタ 6:20-21
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マコ 13:14
13:14 しかし『(聖なる所を)荒す忌わしい者が』立ってはならない(聖なる)所に立つのを見たら[読者は(ここに隠された意味を)よく考えるがよい]、その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ。

塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、
(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


塚本訳 ルカ 14:26-27
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。
14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。

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朝の啓示黙想ディボーションおわり。赦す愛とは十字架を負うことだ。それは天に宝を積むこと。


●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申使徒言行録13章。主要邦訳9種類+田川+フランシスコ会の翻訳比較。52節はヘビーであった。しかし勉強になる。翻訳者の苦労を思う。


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奥多摩連山の夕暮れ。

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今日は特別に金星が大きい。金星を見るとヒルティを思うのだ。今から100年以上前にヒルティも見たのだ。
ヒルティの「幸福論」第一巻に次の論考がある。
「人間とは何だろう、どこから来て、どこへ行くのか、金色に光る空の星のかなたには誰が住んでいるのか?」がある。





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釘本寛子告別式・・・イエスを神の子と信じられたことは幸福で最高の人生であった・・・ ++++++++ 所感

2017/02/14 05:40

170214(火)4じ15分起床●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。本日は11時から東京聖書読者会の故釘本寛子さん(88歳)の告別式をあきる野市の自邸で執り行う。質素な家族葬であるが、「万物のよみはえりの日」まで、故人が主の懐で安らげるように心からお見送りする。●イエスを神の子と信じられたことは幸福で最高の人生であった●プログラムを作成した。

故釘本寛子告別式次第
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   故釘本寛子 告別式

2017年2月14日 あきる野市自邸

讃美歌 312番

聖書朗読

口語訳 詩 90:9-10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 黙 14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

故人の思い出

祈祷

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故釘本寛子告別式次第 おわり。
万物のよみがえりの日まで、主の懐で安らかに。

●過去ブログから「釘本寛子」を検索して「釘本寛子」を検索して、「釘本寛子さんの思い出」を作成した。
●11:00 釘本家で故釘本寛子告別式。御身内4名と私と妻、計6名。
●釘本家の蔵書は私の家の蔵書と同じものが多い。塚本虎二先生の本が多かった。
●釘本家は「無教会キリスト教でなければ「しっくりこなかった」らしい。神が日本に対して無教会を植えた意味を感じる。●13:30 日の出が丘斎場で火葬。炉に入れる前に祈った。「万物復興の時まであなたの御許で抱いていてください」。無教会式で簡素なよい式であった。
●孫娘から手作りの「バレンタインチョコレート」が送られてきたのでお礼の電話をすると「もちろん義理チョコよ」と来た。義理でも感謝感謝。


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神に引き回される人生・・・戦闘開始。「この世」と別れよ・・・ ++++++++ 所感

2017/02/13 05:58

170213(月)3時半目覚め。朝の黙示「神に引き回される人生・・・クリスチャンの心得。「この世」と別れよ・・・」さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●次回の感話は「荒野の誘惑ルカ4:1-13」であるが。この本質はイエスの伝道開始に際しての心得、戦陣訓であると見る」。●クリスチャンは多くこの世と別れ、天国に目を向けて歩まなければならない。それは無理矢理に不幸に引き回される。「荒野の誘惑」は戦闘開始に先立つ神の訓示である。「冨」「権力」「賞賛」を捨てよ。それは神を忘れさせられる強力な「悪魔の誘惑」なのだ。今朝はその戦闘開始の心得を聖書に探ってみよう。この世の幸福の常識とは正反対の方向である。神の国の特攻隊への神による「花向けの言葉」である。●クリスチャンはこの世の幸福を望むな。

塚本訳 ルカ 4:1-2
4:1 さてイエスは聖霊に満たされ、ヨルダン川から(ガリラヤへ)帰られた。(その途中)御霊によって四十日のあいだ荒野を引き回されながら
4:2 悪魔の誘惑にあわれた。その間何も食べず、四十日が終ると、空腹を覚えられた。


塚本訳 ルカ 9:59-60
9:59 またほかの一人に言われた、「わたしについて来なさい。」その人が言った、「その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」


塚本訳 ルカ 9:61-62
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、
「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」

塚本訳 マコ 8:33-34
8:33 イエスは振り返って、弟子たちの見ている前でペテロを叱りつけられた
、「引っ込んでろ、悪魔!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」
8:34 それから、群衆を弟子と一しょに呼びよせて言われた、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 ルカ 10:3-6
10:3 行け、いまわたしがあなた達を送り出すのは、羊を狼の中に入れるようなものだ。
10:4
(だからただ信仰で武装せよ。)財布も旅行袋も持ってゆかず、靴もはくな。だれにも道で挨拶をするな。
10:5 ある家に入ったら、まっ先に『平安この家にあれ』と言いなさい。
10:6 もしそこに一人でも平安を愛する者がおれば、あなた達の(祈った)平安はその人に止り、
もし一人もいなければ、あなた達に返ってくる(、そしてあなた達のものとなる)であろう。

塚本訳 マタ 12:46-49
12:46 イエスがまだ群衆に話しておられると、そこにその母と兄弟たちがイエスに話しがあって、外に立っていた
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「
わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ



塚本訳 ルカ 22:36
22:36 彼らに言われた、「しかし今は(もうそれではいけない。)財布を持っている者は持ってゆけ。旅行袋も同様。
剣を持たない者は、(もし金がなかったら、)上着を売ってでも買いなさい。

塚本訳 マタ 20:23
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。
しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた
、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


塚本訳 ヨハ 21:18-19
21:18 アーメン、アーメン、わたしは言う、あなたは若い時分には、自分で帯をしめて、行きたい所へ行ったが、年を取ると、
両手をのばして、ほかの人に帯をしめられ、行きたくない所へ連れてゆかれるであろう。」
21:19 このように言われたのは、ペテロがどんな死に方をして[十字架について]、神の栄光をあらわさねばならぬかを暗示されたのである。こう言ったあと、ペテロに、「わたしについて来なさい」と言われる。

塚本訳 ヨハ 21:21-22
21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」
21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、
それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」

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●朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。クリスチャンは毎日が戦闘準備。この世の幸福を求めるな。我々は多くを捨てさせられた「主の特攻隊」だ。

●讃美歌509番

1. よ の たのしみ うせ され,

   ひと の ほまれ きえ ゆけ,

   み を おく さと よ に なしとも,

   わが さち こそ いえす きみ.

   わが まよい を さや に しめす

   みひかり こそ いえす きみ.

4. いざ や わかれん うきよ に,

  いざ や むかえん とこよ を,

   いざ や むかえん しゅ の みむね に

   よりて いこう その ひ を.

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、使徒12章。福音の根本はイエスの復活。


2. たから も な も ながるる

   みず の うえ の つきかげ,

   ありて なき お などか は おわん,

   わが とみ こそ いえす きみ.

3. さらば ゆけ よ, よ の ゆめ,

 あさひ の かげ さし きぬ,
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主の守り・・別れの辛さ・・・ ++++++++ 所感

2017/02/12 06:44

170212(日)5時起床。朝の黙示「主の守り・・別れの辛さ・・・」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。人生は出会いの喜びと別れの悲しみがあざなえる縄のようになっている。特に親が子と別れる時、子を手放す時は「主の守り」を祷らざるを得ない。子ばかりでなく、親しい人との別れは辛い。人生は残酷だ。神は酷い。しかし親もこうして目を天に向くようにさせられるのだ。●今朝は「主の守り」を祈る祈りというものを聖書のアtリコチに見てみよう。聖書は「慰め」、「励まし」である。

口語訳 創  4:13-17
4:13 カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。
4:14 あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。
4:15 主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた
4:16 カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。
4:17 カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。

口語訳 創  9:9-11
9:9 「わたしはあなたがた及びあなたがたの後の子孫と契約を立てる。
9:10 またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。
9:11 わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。

口語訳 創  9:15-17
9:15 こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
9:16 にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。
9:17 そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。

口語訳 出  20:4-6
20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう

口語訳 詩  39:12-14
39:12 主よ、わたしの祈を聞き、わたしの叫びに耳を傾け、わたしの涙を見て、もださないでください。わたしはあなたに身を寄せる旅びと、わがすべての先祖たちのように寄留者です。
39:13 わたしが去って、うせない前に、み顔をそむけて、わたしを喜ばせてください」。

口語訳 詩  84:2-6
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います
84:3 すずめがすみかを得、つばめがそのひなをいれる巣を得るように、万軍の主、わが王、わが神よ、あなたの祭壇のかたわらに/わがすまいを得させてください。
84:4 あなたの家に住み、常にあなたをほめたたえる人はさいわいです。〔セラ
84:5 その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです。
84:6 彼らはバカの谷を通っても、そこを泉のある所とします。また前の雨は池をもってそこをおおいます。

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである

口語訳 イザ 53:10-11
53:10 しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。
53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。

塚本訳 ルカ 2:29-32
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです

2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 使  3:2-8
3:2 (ちょうどその時、)母の胎内からの足なえの男がかつがれて来た。彼は宮に入る人たちに施しを乞うため、宮の、いわゆる「美しい門」に毎日置かれたが、
3:3 (いま)ペテロとヨハネとが宮に入って行くところを見て、しきりに施しをもらいたいと頼んだ。
3:4 ペテロは、ヨハネと一緒に、その人に目をとめて言った、「わたし達(の顔)を見なさい。」
3:5 彼が何かもらうことを予期して二人を見つめていると、
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」
3:7 そして右手でつかんで起こすと、たちどころに足と踝とが強くなり、
3:8 踊り上がって立って、歩きまわった。
そして彼らと一緒に宮に入っていった、歩きまわりながら、踊りながら、神を讃美しながら。

塚本訳 ヘブ 12:1
12:1 それゆえ、わたし達も、こんなに雲のような(大勢の)証人に囲まれているのであるから、(信仰の障害となる)すべての煩わしさと、すぐにからみつく罪とをぬぎすてて、わたし達の前に置かれている競走を、忍耐をもって走ろうではないか


塚本訳 ピリ 3:13-14
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである


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朝の啓示黙想おわり。後ろのものを忘れ、前を向け。

●10:00 集会は横田(司会)、高木(塚本訳の精神史)、山本(第二ペテロ3章)

●インターネット関連の支払い。パソコンは金食い虫だ。パソコンは操作の困難さと費用が嵩むことで、万人のものではない。「信ずるだけで救われる」という福音はありがたい
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福島を考える会 ++++++++ 所感

2017/02/11 21:13

170211(土)恵を交えて朝食。私達はジュース+ヨーグルト●14:11 新宿で福島を考える会。「結イレブン」●恵がソーラーしゅえリングの説明をした。全く異文化の世界。世の中には色々な集まりがあるものだ。●恵の行く末を祝福して別れた。

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福島を考える会「結イレブン」。シンポジスト達。

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恵はソーラーシェアリングについて発表したが、会場から鋭い質問が出た。
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認知症の悩み・・神は忘れない・・・ ++++++++ 所感

2017/02/10 05:30

170210(金)4時起床、乾布摩擦、冷水洗顔、体重測定、3年前から朝食は、リンゴと人参のジュースとヨーグルトのみ、これで昼までお腹が減らないのが不思議。11キロ減量成功。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。集会のKHさんは施設に入所して久しく、かってお見舞いをしたが、わたし達のことはすっかり忘れてしまわれていた。過日ご身内の方から、食事が喉を通らなくなった、もしものことがあったら遺体を一旦家に戻すからその時に「お祈りをしてほしい」とご依頼があった。聖書の朗読箇所はどこにしたらよいのかを模索しているが、「人は忘れても神は忘れない」というところを選ぼうと思う。●長寿大国日本の悩みは「認知症人口の割合増大」である。認知症は脳の病気であり、人を諦めさせるものである。しかし神はそうは思わない。神はご存知である。

塚本訳 ルカ 12:6-7
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。
12:7 それどころかあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。恐れることはない、あなた達は多くの雀よりも大切である。

塚本訳 マタ 10:28-29
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 ルカ 15:4-6
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。

塚本訳 ルカ 15:18-20
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

塚本訳 ルカ 11:11-13
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。

塚本訳 マタ 5:44-45
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。


塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

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●朝の黙想おわり。親しい人が認知症になることほど「残酷」なことはない。人に忘れられるということほど淋しいことはない。神は酷い。しかしそれによって永遠にこの私を忘れないでいてくださる「真の生みの親」を信じることができれば幸いだ。人に忘れられても神に知られること。これ人生の究極の永遠の命の喜び。


●ラフマニノフ、交響曲第二番第二楽章、ベートーヴェンピアノ協奏曲「皇帝」第二楽章、ヴェートーヴェン交響曲「合唱」第三楽章、6番「田園」だい5楽章を思う。この二人の作曲家は病気になったが故に人を慰める名曲を作曲できたのだ。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立のである。

●終日、日本聖書協会「新翻訳」パイロット版使徒10章、邦語9翻訳を見比べて意見具申。
●妻は自彊術の体操
●福島から恵が来る。明日新宿での「再生エネルギー」の集まりのため。


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信仰を失わせる危険とは縁を切れ・・・世の富、権力、賞賛・・・ ++++++++ 所感

2017/02/09 05:55

170209(木)4時半起床。体重測定、3年間で11.4キロ減量。リバウンドなし。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●次回感話「荒野の誘惑ルカ4:1-13)の構想「信仰を失わせる危険とは縁を切れ・・・世の富、権力、賞賛・・・」●イエスは荒野の誘惑で信仰を阻む最も危険なものとは縁を切らされた。それはイエスの伝道開始に先立つ試練であった。鉄は熱いうちに打て。信仰一本で人生を渡って行くための神の手段であった。信仰を阻む危険の3要素について黙想してみよう。

①「世の富」。心配ごとの解消は金に頼るな、神はその都度何とかしてくれる。

塚本訳 マタ 4:4
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 6:32-34
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 ルカ 12:18-20
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。                                                                                    12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」


②「世の権力」。世界を支配することで世が良くなるのだと思うな。

塚本訳 マコ 8:36-37
8:36 全世界をもうけても、命を損するのでは、その人になんの得があろう
8:37 また、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができようか。

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。


塚本訳 マタ 23:8-10
23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから。
23:10 『師』と呼ばれてもいけない。あなた達の師はただ一人、救世主である


③「世の賞賛」。神を利用するな。

塚本訳 ルカ 10:17-20
10:17 七十二人が喜んで帰ってきてイエスに言った、「主よ、あなたの名を使うと、悪鬼までがわたし達に服従します。」
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 マタ 6:2-4
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 10:12-14
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ

塚本訳 マタ 13:55-57
13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。
13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」


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●朝の黙想ディボーションおわり。人は若い日に苦難に会うことが幸いである。希望をもぎ取られることにより真の平安を見出す。人生は生涯試練続き、かくして真の幸福に導かれる。死は永遠の命、永遠の喜びへの門である。

●終日、日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、使徒9章。神に打たれたパウロの登場。

●図書館。

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信仰を堕落させるもの・・・富、権力、名声・・・ ++++++++ 所感

2017/02/08 06:28

170208(水)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●次の集会感話は3月5日で「荒野の誘惑。ルカ4:1-13)である。ここで神は伝道を開始するイエスの向かって、信仰一本で行くべきことのために、富、権力、名声を求めるべきではないことをいう。これは我々信者に対する警告でもある。ヨハンシュトラウスに「酒、女、歌」tごいう」ワルツがあるが、クリスチャンを堕落させるものはそれではなく「冨、権力、名声」である。アダムがリンゴを食べた罪はリンゴが悪いのではなく、目が開いて神のようになろうと慢心を持ったことによる。神を乗り越えようとしたことが罪の本質で、神はこれに脅威を持ったので、人類に「死」をもたらせたというのが創世記。偉大なヘブル民族。この世の悲惨の原因を説明するものとして、これ以上「納得」の行くものはない。●現代の我々にとって「リンゴ」とは「冨、権力、名声」である。それは実に魅力的なものである。現代のリンゴである。

口語訳 創  3:5-6
3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
3:6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

●現代のリンゴである「冨、権力、名声」を求めることは「世の人々」にとっては善であり、常識であり、推奨される事柄である。しかしクリスチャンのとってはこれが命取り、信仰の堕落の原因である。それらが悪いのではなく、それによって神を無視することがいけないのだ。神を無視することが罪の本質なのだ。神はイエスの「荒野の誘惑、ルカ4:1-13)でこれらにたよるべきでないことを厳しく訓練した。これが次回周期感話の主題である。

塚本訳 マタ 6:32-33
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。



●「富」というものが信仰を堕落させるものであることを主は口を酸っぱくして言う。健康長寿家庭妻子人生も「冨」である。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない

塚本訳 ルカ 12:19-21
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 マコ 10:24-25
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」

●「権力」とうのも信仰を堕落させる危険がある。高い地位のものが善政を敷けば世の中よくなると思うのが「世の常識」である。ところがこれでは世は改まらない。その道は蛇の道だ。クリスチャンもうっかりするとこの道を拝む。この世的に偉い人を尊敬する。

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マタ 6:1-4
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない。
6:2 だからあなたが施しをする時には、偽善者のように、自分の前にラッパを吹きならして(吹聴して)はならない。彼らは人に褒められようとして、礼拝堂や町の中でそうするのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められたとき、)すでに褒美をもらっている。
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない。

6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 23:1-10
23:1 それからイエスは群衆と弟子たちにむかって語られた、
23:2 「聖書学者とパリサイ人はいまモーセの(後継ぎとしてその)椅子に坐っている。(彼らにはモーセの権威がある。)
23:3 だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。
23:4 すなわち思い荷をたばねて人の肩にのせながら、自分では(担ってやるどころか、)指一本でこれを動かしてやろうともしない。
23:5 そのすること為すことがことごとく、人に見せびらかすためである。たとえば、(人の目につくように)経箱の幅を広くしたり、上着の総を大きくしたりする。
23:6 また宴会の上座や礼拝堂の上席、
23:7 市場で挨拶されることや人から先生と呼ばれることを喜ぶ。
23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから。
23:10 『師』と呼ばれてもいけない。あなた達の師はただ一人、救世主である。


塚本訳 マコ 8:36-37
8:36 全世界をもうけても、命を損するのでは、その人になんの得があろう
8:37 また、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができようか。

●「名声」というのは神を忘れさせる危険がある。世からチヤホヤされる時、信仰は堕落する。

塚本訳 ヨハ 3:1-3
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。

塚本訳 ルカ 10:17-20
10:17 七十二人が喜んで帰ってきてイエスに言った、「主よ、あなたの名を使うと、悪鬼までがわたし達に服従します。」
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた。
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 ルカ 18:18-19
18:18 ひとりの(最高法院の)役人が尋ねた、「善い先生、何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか。」
18:19 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

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●朝の啓示黙想瞑想ディボーションおわり。こういう人生観に立つからクリスチャンはこの世から理解されないのだ。孤独の道だ。



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祈りは神の力を信じて、隠れて、必死に・・・それでも聴かれないとき・・・ ++++++++ 所感

2017/02/07 05:39

170207(火)4じ15分目覚め、起床●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の黙示「祈りは神の力を信じて、隠れて、必死に・・・それでも聴かれないとき・・・」●主は祈りの心得を教えたもうたそれは神の力を信じ込んで、隠れて、必死にである。人事を尽くして天命を待つである。しかしそれでも聴かれないことがある。神は「沈黙」していると思われる時がある。それでゃその時だ。それが「御心」だ。●神は愛する者を訓練するためにクリスチャンを苦難の坩堝に入れたもう●今朝はこれらのことを巡って聖書を黙想してみよう。

塚本訳 マコ 11:23
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。

塚本訳 ルカ 17:6
17:6 主が言われた、「もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、──(あなた達にはそれがないが、もしあれば)──この桑の木にむかい『抜けて海に植われ』と言っても、言うことを聞くであろう。

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。


塚本訳 マタ 9:20-21
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった。
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである


塚本訳 ルカ 11:8-9
11:8 しかしわたしは言う、(その人がなおもせがんで止まなければ、)友人だからというのでは起きて(パンを)かしてやらなくても、その厚かましさにはかなわず、起き上がって、必要なだけのものをかしてやるにちがいない。
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。

塚本訳 ルカ 18:1
18:1 なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに話された、

塚本訳 ルカ 18:6-7
18:6 それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。

塚本訳 ルカ 22:41-44
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。


塚本訳 マコ 15:34
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 ヨハ 12:23-24
12:23 するとイエスは(非常に感動して)二人に答えられる、「人の子(わたし)が栄光を受ける時がついに来た。
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

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朝の黙想おわり。神は我らを苦難の坩堝に落とされる。それは自分一個の信仰の向上のためでなく、世の救いのためっである。「聴かれざる祈祷」があるとすれば、それは世の救いのための犠牲である。●イエスに「お前は聖書の読みが浅い」と言われないようにしなければならない。

●集会の方のご家族から、その時は「密葬」をお願いするとの依頼。

●16:00 妻は故KT氏の前夜式に柴崎に向かう。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申。使徒7章、ステパノの説教は旧約一覧。パウロはステパノ殺害に加担。






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荒野の誘惑・・・神は愛する者を鞭打ち訓練する・・・ ++++++++ 所感

2017/02/06 06:33

170206(月)4時半目覚め。●次回3月5日集会感話のディボーション。「荒野の誘惑・・・神は愛する者を鞭打ち訓練する・・・」黙想は朝が良い。

①経済の心配をするな


塚本訳 ルカ 4:4
4:4 イエスは答えられた、「『パンがなくとも人は生きられる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 4:4
4:4 しかし答えられた「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 6:25-26
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 7:9-11
7:9 あなた達のうちには、自分の子がパンを求めるのに、石をやる者がだれかあるだろうか。
7:10 また魚を求めるのに、蛇をやる者があるだろうか。
7:11 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。ましてあなた達の天の父上が、求める者に善い物を下さらないことがあるだろうか。


塚本訳 ルカ 8:22-25
8:22 ある日のこと、イエスは弟子たちと舟に乗って、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われるので、船出した。
8:23 渡ってゆくうちに、イエスは寝入ってしまわれた。すると突風が湖に吹きおろし、彼らは水をかぶって危険になった。
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。
8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。



②地上に宝を積むな

塚本訳 ルカ 4:8
4:8 イエスは答えられた、「『あなたの神なる主をおがめ、『主に』のみ『奉仕せよ』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マコ 12:28-30
12:28 一人の聖書学者がこの議論を聞いていたが、イエスがあざやかに答えられたのを見ると、進み出て尋ねた、「どの掟がすべてのうちで第一ですか。」
12:29 イエスは答えられた、「第一はこれである。──『聞け、イスラエルよ、われわれの神なる主はただ一人の主である。
12:30 心のかぎり、精神のかぎり、』思いのかぎり、『力のかぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』

塚本訳 マコ 8:35-37
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。
8:36 全世界をもうけても、命を損するのでは、その人になんの得があろう。
8:37 また、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができようか。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。

塚本訳 ルカ 10:19-20
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 ルカ 22:24-26
22:24 また弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番えらいと思われているかについての争いもあった。
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」




③神を試すな。疑うな。


塚本訳 ルカ 4:12
4:12 イエスは答えられた、「『あなたの神なる主を試みてはならない』と言ってある。」


塚本訳 マタ 5:33-34
5:33 さらにあなた達は昔の人が(モーセから)、『偽りの誓いをしてはならない、』また『誓ったことは主に対して果たさねばならない』と命じられたことを聞いたであろう。
5:34 しかしわたしはあなた達に言う、いっさい誓ってはならない。神の御名はもちろん、『天』にかけても(誓ってはならない)。(天は)『神の御座である』から。

塚本訳 ヨハ 20:27
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

塚本訳 マコ 9:23-24
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

塚本訳 マタ 22:17-22
22:17 それで御意見を聞かせてください──(わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。」
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」
22:22 彼らは聞いて驚き、イエスをそのままにして立ち去った。


塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

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朝の啓示黙想おわり。主の言葉は主の言葉が説明してくれる。

●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申 使徒7章。ステパノの説教は旧約の歴史を語る。

●妻はコーラス「モデラート」の練習


















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救世主(キリスト)はついに歴史上に出現した・・・本日の感話の主題・・・ ++++++++ 所感

2017/02/05 05:51

 170205(日)4時半起床。朝の啓示「救世主(キリスト)はついに歴史上に出現した」●本日の感話の主題になるべきことが示された。

塚本訳 ルカ 1:1
1:1 わたし達の間で(近ごろひとまず)完結しました出来事を、(すなわち、イエス・キリストの福音の発端から、それがローマにまで伸びていったことの顛末を、)


塚本訳 ロマ 1:3-4
1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。


塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。


塚本訳 ルカ 22:67-71
22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。
22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」
22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」
22:71 すると彼らが言った、「これ以上、なんで証言の必要があろう。われわれが(直接)本人の口から聞いたのだから。」


塚本訳 ルカ 7:20-23
7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」
7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、
7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」


塚本訳 ヨハ 4:22-26
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」


塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。


塚本訳 マタ 12:42
12:42 また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

塚本訳 ヨハ 14:8-10
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。
14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。

塚本訳 ロマ 8:19-20
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。

塚本訳 Ⅰヨハ1:1-2
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──
1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──


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朝の啓示。「ついに」ということが実現した。パウロの宣教の本質。新約聖書の本質。「走り出した」動機。

●10:00 東京聖書読者会(渋谷名取りビル)、茂木(司会)、横田(塚本講演エペソ書)、高橋(イエスの系図・・・救世主(キリスト)は歴史上に出現した・・・)
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170205.htm


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14:00 東久留米で会津電力会長佐藤彌右衛門氏の講演会。370名で超満員。説得力のある啓発的講演であった。
壇上から「今日は飯館電力福島営業所長の近藤さんのご両親がお見えになっておられます」と紹介された。、
出会いの人々、
佐野泰道、渡辺博彦、黒崎晋司、




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「死の悩み」からの救い・・・救世主(キリスト)は歴史に出現した・・・ ++++++++ 所感

2017/02/04 06:23

170204(土)3時半起床。明日の集会感話資料を推敲。副題を「死の悩みからの救い・・・救世主(キリスト)は歴史に出現した・・・」にして結論を次のようにした。

⑨-1)塚本訳 Ⅰコリ15:45 (復活体の問題)                       15:45 (聖書にも)このように書いてある、「最初の『人』アダム『は魂だけの生きものになり』、最後のアダム[キリスト]は命を与える霊になった」と。

⑨-2)塚本訳 ロマ 8:19-20 (創造物と神の子たちと御霊との呻きが、最後の日の栄光を保証する)                                                      8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。                              8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。 
        

⑨-3)塚本訳 黙  21:3-4 (新天新地)                        21:3 そして私は玉座から大きな声が(出てこう)言うのを聞いた、「視よ、人と共に神の幕屋がある! 神が彼らと共に住み、彼らは神の民となり、神自ら彼らと共にいまして、                        21:4 彼らの目から悉(ことごと)く涙を拭い取り給うであろう。最早死もなく悲嘆(かなしみ)も叫喚(さけび)も疼痛(いたみ)も最早無いであろう。初めの(天と地にあった)ものが(すっかり)消え去ったからである。」

⑨-4)塚本訳 コロ 3:2-4                                                     3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。                              3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。                              3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡(うち)に顯れるであろう。



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朝の啓示黙想おわり。この人生をはかなく淋しく思ってもイエスを神の子と信じられれば来世の命に希望が湧く。クリスチャンはこの世で生きる間は呻吟するのだ。それが宿命で栄光。

●明日の集会感話の資料をホームページにアップ。耳ある者は聞け。
イエスの系図(ルカ3:23-38)・・・「死の悩み」からの救い

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170205.htm



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春の足音がする。
ヴェートーヴェン「田園」。第一楽章、ヨハンシュトラウス「春の声」を心で歌う。

2017_02040005.jpg 

あきる野市青少年音楽の祭典。キララホール
東海大学菅生高等学校吹奏楽部は、総勢103人の演奏で圧巻。


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待望の神の子、救い主・・・・今、歴史的に出現した ++++++++ 所感

2017/02/03 05:53

170203(金)3時半目覚め、4時起床●朝の啓示「待望の神の子、救い主・・・・今、歴史的に出現した」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●新約聖書の本質は待望していた神の子・救い主が今ここに現れた。それがナザレのイエスだ。ということに尽きる。神の子救い主は「人の子の姿をとって来られた」。わたしたちは、この喜びのおとづれを「走って」伝えなければならない。それがクリスチャンの人生(余生)だ。●今朝はこの新約聖書の本質をアチコチ黙想ディボーションしてみよう。●「神の子」は初代教会の信仰告白であった。●ローマ皇帝が「主」ではなく、キリスト・イエスが「主」と信念を貫いたために彼らは殺された。成功の人生。

塚本訳 ロマ 1:2-4
1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、
1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、
1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

塚本訳 ロマ 8:19-20
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。

塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

塚本訳 ルカ 2:28-32
2:28 シメオンは幼児を両腕に抱き、こう言って神を讃美した。──
2:29 今こそ、主よ、あなたはこの僕をしてお言葉のとおり安らかに(この世に)暇乞いをさせてくださいます、
2:30 わたしの目が『もうあなたの救いを拝見しました』からです。
2:31 この救いこそ、あなたが『全人類の(ため、その)目の前で』用意されたもの、
2:32 『異教人には啓示を、』あなたの民『イスラエルには栄光をあたえる』『光』であります。

塚本訳 マタ 28:7-8
28:7 それから急いで行って弟子たちに、『イエスは死人の中から復活された。あなた達より先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と言いなさい。これを言いにわたしは来たのだ。」
28:8 女たちは恐ろしいが、また嬉しくてたまらず、(中には入らずに)急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走っていった

塚本訳 ヨハ 20:2-4
20:2 そこでシモン・ペテロと、イエスが可愛がっておられたもう一人の弟子との所に走って行って言う、「主を墓から取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 Ⅰコリ9:24
9:24 (だからあなた達も、競技場の闘士のように自制しなければならない。)競技場で走る者は皆走るけれども、たった一人が賞をもらうことを、あなた達は知らないのか。あなた達も、それを勝ち取るように走らなければならない

塚本訳 Ⅰコリ9:26
9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする

塚本訳 ガラ 2:2
2:2 しかし、のぼったのは(神の)啓示によったので、異教人のあいだで説いている福音を(そこの)人々に、名士たちには特別に、示した。(これは、)わたしが(現に福音のために力を尽くして走っており、また(過去において)走ったことを無駄にしないためであった

塚本訳 ピリ 2:16
2:16 かくて私の走ったことが無駄にならず、』苦労したことが無駄に』ならずに、キリストの日に名誉が私に帰するであろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから

塚本訳 ピリ 3:12-14
3:12 しかしこれは(何も)既に(それを)捉えたとか、既に完成されているとか言うのでは(もちろん)ない。ただもしや私も(それを)捉えることが出来はしないかと、走っているまでである。私もキリスト・イエスに捉えられたのだから。
3:13 兄弟達よ、私はまだ自分で(それを)捉えたなどとは考えていない。しかし(ただ)一つの事──後ろのものを忘れ、前のものを追い求めながら、
3:14 (或る)目標に向かって、すなわち神がキリスト・イエスにおいて天上に招き給う褒美に向かって(ひた走りに)走っているのである

塚本訳 ヘブ 12:1
12:1 それゆえ、わたし達も、こんなに雲のような(大勢の)証人に囲まれているのであるから、(信仰の障害となる)すべての煩わしさと、すぐにからみつく罪とをぬぎすてて、わたし達の前に置かれている競走を、忍耐をもって走ろうではないか


塚本訳 ヨハ 20:17-18
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した

塚本訳 ロマ 10:14-15
10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。
10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

塚本訳 ヨハ 1:41
1:41 (あくる日)まずこの人が自分の兄弟のシモンに出会って、
「メシヤを見つけた」と言う。[メシヤは訳すると「救世主」である。]

塚本訳 ヨハ 1:45
1:45 (すると今度は)ピリポがナタナエルに出合って言う、
「わたし達はモーセが律法に書き、預言者たちも書いている人を見つけた、ヨセフの子、ナザレ人イエスだ。」

●某氏へのメール
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本の人口予測が発表されました。65歳以上の人口率は1960年は5.7%だったのですが、100年後の2060年は

39.9%になるそうです。日本は歪みます。

かってO先生は「長寿延命」を第一の目的にしている日本の医学界は間違っていると今井館で言われました。至言です。翻って永遠の命を第一の目的とするキリスト教の重要さを思います。

 

現在、日本聖書協会「新翻訳」(2018年刊行予定)のパイロット版の意見具申をしていますが、意味の解読に

WEB黒崎が役立っています。正統信仰かつ学問的水準が高いので有益です。

 

お体ご自愛ください。

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某氏へのメール終わり、

これに関しては次の聖句を思う。

塚本訳 マタ 6:27
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

●医学の目的が延命長寿健康であるとき、人生の心の淋しさは消えない。

塚本訳 ロマ 8:19-20
8:19 (そしてこの栄光は必ず与えられる。)その証拠(の第一)は、創造物が神の子たちの現われるのを、首を長くして待ちこがれていることである。
8:20 なぜであるか。創造物は自分から(今のような)はかない運命に屈伏したのでなく、それは屈伏させたお方([神]の御心)によるからである。(彼らはアダムの罪の責任を負わされたのである。)しかし(この屈伏には)望みがある。

●人生のはかなさ、淋しさを癒すものは「神の子キリスト」への信仰

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「
泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」


●老人に向かっては、神の子イエスは次のように言うに違いない。
「泣くな。死ぬのではない。眠るのだ」と。目覚めて復活だ。永遠の命だ。












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●初代教会の信仰告白は、ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。彼らはそのことのために人生を労苦した。走った。この世的には失敗だが、神の目には成功だった。殉教したが死人の復活に達する。

塚本訳 ピリ 3:7-11
3:7 しかし(前には)自分に得であ(ると思っ)たこれらの特権も、キリストのために(かえって)損と思うようになってしまった。
3:8 否、ただにそれ(らの特権)ばかりでなく、わが主キリスト・イエス(を知る)の知識が(余りにも尊く)優れているために、本当は(今は)一切合切のものを損だと思っている。(実際)彼のために何もかも損してしまったのだが、(そんなものは皆)塵芥と思っている。これはキリスト・イエスを自分の有とし、
3:9 彼に在ることが出来──(もちろん)これは律法(を守ること)から来る私自身の義によるのでなく、キリストの信仰による(義、)すなわち信仰に基づいて神から与えられる義によるのであるが──
3:10 かくて(ますます深く)キリストを知り、その復活の力を受け、その苦難に与り、彼と同じような死様をして、
3:11 あわよくば私も(最後に)死人の復活に達したいためである。

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神は残酷・・・しかしイエスを「神の子」と信じられれば成功の人生・・・ ++++++++ 所感

2017/02/02 06:31

170202(木)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●クリスチャンは孤独である。これという親しい人が去って行く。肉親、兄弟、身内、信者、友人。●家屋を失い、藤林先生への電話を切ったあと、うずくまってないた。あれは新宿の公衆電話で、今でも忘れない。また集会の講壇で報告すると、声を出して泣いた。見苦しかった。●神は残酷だ。私の知る人も、家庭が崩壊、夫人が精神の病、直りにくい病気、貧困、健康、富、家庭、子供、孫、職場、仕事、・・・この世最低の幸福と思われるものまでもぎ取られる。●かって精神病の夫人を抱えて知人が訴えた。「神がいるなら抗議したい」と。また高校の同期から「俺の母親は本当の親ではないのだ。一つ教会というtろころに連れていってみてくれないか」と言われたことがある。彼のその後の消息を知らない。親しき者との別れ、離別。●神はいるのか。いるとしたら残酷だ。愛ではない。神は「沈黙」したままだ。●人生、こういう「極度の悲しみ」の時に神の霊がどっと降るものだ。「エゴーエイミ、(私だ)」と。これが真の幸福なのだ。理論ではない。実際である。●かってブログでこういうことを書いたことがある。「人生どんなにメチャクチャでもイエスを神の子と信じられれば成功の人生」。すると見知らぬ人からメール。「この一言で人生立ち直れました」と。彼は精神の病で人生メチャクチャらしい。彼はどこのだれだか、今もってわからない。否、永久にわからない。これでいいんだ。人に知られずとも、教会に知られずとも、神に知られた大成功の人生だ。神はやっぱり愛だ。

文語訳 マタ 5:4
5:4 幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。

塚本訳 マタ 16:16-17
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 Ⅰヨハ4:9-10
4:9 神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

塚本訳 Ⅰヨハ5:1
5:1 どんな人でも、イエスが救世主であると信ずる者は、神(の力)によって生まれたのであり、またどんな人でも、自分を生んでくださったお方を愛する者は、彼(の力)によって生まれた者(、すなわち同じ父から生まれた者)を愛する。

塚本訳 ルカ 7:13-15
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

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●朝の啓示黙想ディボーション終わり。「極度の悲しみ」はイエスが神の子」であることを知るに至る神の残酷な手段。神はやっぱり愛だ。

●11:00 妻とキララホールに行き、館長の島田氏による「ウィーン」のレクチャーを聞く。途中、橋本夏季さんのソプラノを観賞。彼女は2007年東京藝術大学音楽学部声楽科に初の全盲の学生として入学し、卒業時に同声会章を受賞。シュトラウスの「春の声」は素晴らしかった。宗教曲が好きだと言うので、終了後、「私はクリスチャンです。今度は讃美歌を歌ってください」と言って手を握った。天は二物を与えず。彼女の上に末永く神の祝福あれ。




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お前が神の子か・・・イエスの自己認識・・・ ++++++++ 所感

2017/02/01 05:23

13日で満73歳7か月。残り時間のすべてをキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、エクレシヤのため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。


170201(水)
さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●4時起床。キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「お前が神の子か・・イエスの自己認識・・・」●イエスの裁判で大祭司連や聖書学者がイエスに発した質問は人類最高の「良い質問」であった。それに対するイエスの答えも信仰とは何かを考えるうえで究極のものであった。

塚本訳 ルカ 22:66-71
22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって
22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。
22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」
22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」
22:71 すると彼らが言った、「これ以上、なんで証言の必要があろう。われわれが(直接)本人の口から聞いたのだから。」

●今日の聖書学者たちの「学会の趨勢」によれば歴史的イエスには自分が「神の子」であるとの自覚(認識)はなかったと言うのが定説のようである。(塚本虎二著作集第一巻月報「いわゆるイエスの『尊厳意識』荒井献。これは無教会の信仰に対する批判j)●新約聖書は初代キリスト信者の信仰の反映であるかどうかは「イエス本人の口から」直接聞いてみなければわからない。今朝はイエスの自己認識、主として「神の子の自覚」について黙想してみよう。これに関するイエスの言葉は「史的事実」であると信ずる立場である。聖書学者の立場ではない。

塚本訳 ルカ 7:20-23
7:20 その人たちはイエスの所に来て言った、「洗礼者ヨハネから来ました。『来るべき方はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか』とおたずねするよう申しつけられました。」
7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、
7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

塚本訳 ヨハ 4:22-26
4:22 ただ(同じ神を、)あなた達は知らずに礼拝し、わたし達は知って礼拝している。救いはユダヤ人から出る(のでわたし達だけに神が示された)からである。
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

塚本訳 ヨハ 14:8-9
14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」
14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから

塚本訳 ヨハ 20:25-28
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ヨハ 3:2-3
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ルカ 16:29-31
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』
16:30 彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』
16:31 しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。

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朝の啓示黙想おわり。イエスを神の子と信じられるのは99%ではなく、100%神の力。これは不思議なことである。

●妻は今井館に婦人の読書会。「塚本虎二著作集」
●日本聖書協会「新翻訳」パイロット版意見具申、使徒言行録3章。田川の博学は大したものだ。しかし信仰の香りがしない。




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