to 日記と感想 2017年06月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    190201       このころトミ子プリンターカートリッジ注文
    190312(火)    東工大付属同窓会
    190224(日)14:00 トミ子フォーレ「レクイエム」キララ
      190207(木)    がん検診 あきるの保健所
      190112(土)18:00 なにこら 紀尾井ホール 
       181223(日)     キララ「第九)
    181214(金)13:30 ルピア在宅看取り
    181209(日)13:30 羽村フィル ゆとろぎ
    181202(日)15:00 新日フィル キララ チャイコフスキー
    181128(水)13:30 ルピア 認知症家族
    191103       結婚50年記念。金婚
    181118(日)14:00 今井館 月本昭男講義
      181115(木)  14:00 来年2月15日以降にMRI申込みと桑本先生診察申込み
    181110(土)   二本松有農研 ソーラー発表会 福島恵宅泊
    181108 木 阿伎留台 森医師 胃カメラ申込み 13:00-16:30 障子レクチャー
    181105 09:45 池谷医院
    181104       集会感話 13:40 キララ合唱祭
    181103 13:00 南原繁シンポジウム 学士会館


家庭崩壊は悪魔のしわざ・・・悲しみの家にキリストは訪れる・・・・ ++++++++ 所感

2017/06/30 05:33

170630(金)4時起床。16人+6家庭の救霊と平安を祈る。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。離婚率三分の一、未婚率の増大は家庭生活に喜びの希望を見いだせないことが原因、人口の減少は国家の崩壊。ローマ帝国は性道徳の紊乱で人口が減少。その時に初代教会の群れの聖くさわやかな一陣の風が吹いて歴史はよみがえった。(ヒルティ「幸福論第Ⅲ巻P95白水社版)●現代日本はローマ帝国崩壊の末期的症状に似ている。●そこで今朝は「家庭崩壊は悪魔のしわざ・・・悲しみの家にキリストは訪れる・・・・」というテーマで思い浮かぶ聖書を連想してみよう。暗き悲しみ家庭から子供達を救え!

塚本訳 マタ 19:9-10
19:9 わたしは言う、不品行のゆえでなくて妻を離縁し、ほかの女と結婚する者は、姦淫を犯すのである。」
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」

塚本訳 マタ 19:13-15
19:13 それから、イエスに手をのせて祈っていただこうとして、人々が子供たちをつれて来ると、弟子たちが咎めた。
19:14 イエスは言われた、「子供たちを放っておけ、わたしの所に来るのを邪魔するな。天の国はこんな(小さな)人たちのものである。」
19:15 それから子供たち(の頭)に手をのせて祝福したのち、そこを去られた。


塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 マタ 12:45
12:45 そこで行って、自分よりも悪い、ほかの七つの(汚れた)霊を一しょに連れてきて入りこみ、そこに住む。するとその人のあとの有様は、(追い出す前よりも)もっとひどくなるのである。この悪い時代の人も、それと同様であろう。」

塚本訳 マタ 17:17-18
17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」
17:18 そしてイエスが悪鬼を叱りつけられると、悪鬼が出ていって、その時から子はなおった

塚本訳 ヨハ 4:13-18
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない
。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ルカ 19:5-10
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」
19:6 ザアカイは急いで下りてきて、喜んでお迎えした。
19:7 皆がこれを見て、イエスは(税金取りのような)罪人の所に入りこんで宿を取った、と言ってぶつぶつ呟いた。
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

塚本訳 マコ 2:16-17
2:16 パリサイ派の聖書学者たちは、イエスが罪人や税金取りと一しょに食事をされるのを見て、弟子たちに言った、「なぜあの人は税金取りや罪人と一しょに食事をするのか。」
2:17 イエスは聞いてその人たちに言われる、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来たのである。」

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マタ 5:3-4
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 マコ 5:22-24
5:22 するとヤイロという一人の礼拝堂監督が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏し、
5:23 しきりに願って言う、「わたしの小さな娘が死にかかっています。助かって命びろいをするように、どうか行って、手をのせてやってください。」
5:24 イエスは彼と一しょに出かけられた。大勢の群衆がイエスについて行って押しまくった。

塚本訳 ヨハ 4:49-53
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。
4:53 父は、それが「息子さんはなおった」とイエスが言われた時間であることを知り、彼はもちろん、全家族が信じた。

塚本訳 マタ 8:5-10
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 ヨハ 11:9-11
11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。
11:10 しかし夜歩けば、つまづく。その人の中に(心を照らす)光がないからである。」
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」

塚本訳 ルカ 15:21-24
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。


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朝の啓示と黙想おわり。キリストは家庭崩壊の悲しみの家に訪れる。子供達を救え。


●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 列王記上 5章

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12:10 キララホールエントランスホール コンサート

スティールパンの演奏。初めて聞くものだが、不思議なきれいな音色だった。

スティールパンとはカリブ海のトリニダード・ドバゴで生まれたドラム缶の底を凹ませwる子t路で音階をつくった楽器。
終了後、リーダーの伊澤陽一氏に質問した。

●妻は自彊術の体操から夜はモーツァルト「レクイエム」の練習、キララホール。

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うるわしの白百合。 キリストの有体的復活は人の悩み悲しみをことごとく救ってくださる



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夢で会えた音信不通の人・・・神の慰め・・・ ++++++++ 所感

2017/06/29 05:37

170629(木)夜中に起きてまた寝る。4時目覚め。16人+6家族の救霊と平安を祈る。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●明け方、何年も音信不通だった人が夢に現れた。その人は毎朝の祈りの中の一人の肉親でもう長い間音信不通であるため「死ぬ前に一度は会いたい、会いたい」と思っている人である。。その人が夢に現れた。神の慰めと思った。。神は極度の悲しみの時、不思議な方法で私達に語りかけ、慰めてくださる。これはもう何度もその聖書の事例を書いたが、今朝は「夢で」もそれを実行してくださることを体験した。彼は生きている。肉で会えなくても神は彼を捉えている。私の心は安心した。祈りは聴かれる。

口語訳 詩  3:4-5
3:4 わたしが声をあげて主を呼ばわると、主は聖なる山からわたしに答えられる。〔セラ
3:5 わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ


●過日私が葬儀したM氏はこの世的には栄達の道を進んだが、先妻が若くして先立ついう不幸な目に遭った。私はその先妻の葬儀も司った。その遺児は郁恵不明になり、後妻が「父の死」を知らせても音信不通。某氏は一度「我が子」に会いたがったであろうに。夢にも見たことであろう。しかしその願いがかなわず、最後は長患いをして逝った。あー人生は何と不条理悲惨なことが起こるのだろう。●今朝私の肉親が夢に現れて、神は私を慰めてくれた。「安心せよ。彼は生きている」と。●毎朝の祈りの中では信仰なくして死んだ母も入っている。●音信不通の人も信仰なくして死んだ母も神が生かしてくださっている。●今朝はこの啓示を与えられて慰められたので、その聖書的根拠を掲げてみよう。神は死人の主でもある。人の目には死んでも神の懐では生きている。

塚本訳 ルカ 20:38
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

塚本訳 ルカ 7:14-15
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 ルカ 16:22-25
16:22 やがて乞食は死んで、天使たちからアブラハムの懐につれて行かれ、金持も死んで葬られた。
16:23 金持は黄泉で苦しみながら、(ふと)目をあげると、はるか向こうにアブラハムとその懐にいるラザロとが見えたので、
16:24 声をあげて言った、『父アブラハムよ、どうかわたしをあわれと思ってラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの焔の中でもだえ苦しんでおります。』
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ

塚本訳 マタ 27:51-53
27:51 その途端に、宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして地が震い、岩が裂け、
27:52 墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり、
27:53 墓から出てきて、イエスの復活の後、聖なる都(エルサレム)に入って多くの人に現われた。

塚本訳 ヨハ 5:28-30
5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、
5:29 (墓から)出てくるからである。
すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。
5:30 わたしは自分では何一つすることが出来ない。(ただ父上から)聞いたとおりに裁く。だからわたしがする裁きは正しい。自分の考えでなく、わたしを遣わされた方の考えを行おうとするからである。



塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 20:5-9
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである


塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 コロ 3:2-4
3:2 (常にただ天)上のものを思え。地上のものに気を取られるな。
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 15:21-24
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。


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朝の啓示黙想おわり。神は死んだ人の霊魂を握っていてくださっている。時が来ると復活させて再会させてくださる。音信普通の人も神が支えていてくださる。主の言葉を信じて安心。祈りはきっと聴かれる。

塚本訳 ヨハ 4:49-52
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」
その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった
4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。
4:52 そこで僕たちに良くなった時間をたずねると、「きのう午後一時に熱が取れた」とこたえた。


●都議会議員選挙、』期日前投票
●社会福祉協議会へ行き、小野沢さんに老人介護のことを種々聞く。





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重荷を負い合う・・・この世ならざる愛、教会の本質・・・ ++++++++ 所感

2017/06/28 05:49

170628(水)4時起床。正座して16人+6家族の救霊と平安を祈る●さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は単立八王子暁教会の能城一郎牧師が来訪され、主におある歓談を4時間、妻も私も大いに益であった。その中で私たちが重荷を負う人と家庭のことを話すと、名前を詳しく聴かれ手帳に書き留めて行かれた。妻曰く「お祈りをしてくださるのだわ」。●この態度にこの世ならざる愛と教会の本質を感じた。百千の教会論に勝る。今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを感じるままに書きとめてみよう。順不同思いつくまま。●能城牧師たちが開発したパソコンソフトの「Jバイブル」はディボーション(黙想)の最強のツールである。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 マタ 18:15
18:15 それで、もし兄弟が罪を犯し(て悔改めなかっ)たら、行って、あなたと二人だけの間で忠告をしてやりなさい。もし言うことを聞けば、あなたは(天の国のために)兄弟を一人もうけたのである

塚本訳 マタ 6:13-15
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 使  1:14
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった

塚本訳 ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ

塚本訳 ルカ 9:23-24
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救のだから。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

塚本訳 ルカ 22:31-32
22:31 (そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあなた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。
22:32 しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。」

塚本訳 マコ 10:22-23
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」

塚本訳 ルカ 15:21-22
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである。

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

口語訳 創  2:18
2:18 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

塚本訳 マタ 19:4-6
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 Ⅰコリ13:12-13
13:12 わたし達はいまは(何事も)鏡でおぼろに見ているが、(完全なものが来る)その時には、顔と顔と相対してみるのである。いまはわたしは部分的に知っているが、その時には、(今神に)知りつくされているからそのようにわたしも知りつくすであろう
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と愛、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは愛!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●朝の啓示黙想おわり。主にある愛の交わりは恩恵として与えられる。重荷を互いに負いあってくれる人が与えられる。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 列王記上 2,3章

●無教会「経堂聖書会」のHPに月本昭男先生の「無教会の礼拝」というすばらしい御講演(2008.10)がアップされた。

http://www.kyodo-seisyokai.sakura.ne.jp/


●7:30出発 妻は上野の東京都美術館に「バベルの塔」展。それから大田区馬込の愛子の家に頂き物の「サクランボ」と自作のパンを届けに行く。



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極度に淋しく哀しい時・・・その時「私だ」という声が響く・・・ ++++++++ 所感

2017/06/27 06:31

170627(火)4時40人目覚め、16人+6家族の救霊と平安を祈る。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。私の所属する無教会主義集会「東京聖書読者会」は、御高齢の方が多く、体力の衰えで集会(それは恩恵のエクレシア、)にも出られなくなった方が多い。その方々の魂は「極度に淋しく哀しい」。●しかしここが無教会主義存続の正念場。クリスチャンにはやはり集まりが必要だと言うのなら、教会必要論の「軍門」に降る。その時無教会は理論が吹き飛ぶ。実際に負ける。●クリスチャンには神がついているから「淋しく哀しい」ことがあってはいけない。現実としてクリスチャンの人間的集団に飛び込んでも決して満足はいかない。それは人いきれのする人間のしがらみ、の肉の集団だからだ。神の霊に臨在していただき、直接慰めていただかなくてはならない。そしてそれは実行可能だ。個々人が神の霊に満たされて慰めを受けるとき、無教会主義集会の基礎が備わる。●とはいうもののこの私の場合も高齢になり体力の衰えで、集会に行けなくなり、妻がいなくなり(先立たれるか認知症になる)、信仰の先輩や友に先立たれ、パソコンもできなくなったら「どうしよう」。目が悪くなって聖書が読めなくなったら「どうしよう」。●NO!。その時は必ず神が近づいてくださるはずだ。●今朝はその信仰を支える聖書の箇所を思い浮かべてみよう。心チリジリに乱れるまま、順不同。

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 4:20-21
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

塚本訳 ヨハ 4:24-26
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 マコ 6:48-50
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ヨハ 20:11-13
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」

塚本訳 ヨハ 20:16-18
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。

塚本訳 ヨハ 15:26-27
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。
15:27 またあなた達も、始めからわたしと一しょにいたのだから、わたしの証人である。

塚本訳 ヨハ 16:12-15
16:12 まだ沢山言うことがあるが、(今は言わない。)あなた達にはいまそれを理解する力がない。
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。
16:14 彼は(こうして)わたしの栄光をあらわすのである。というのは、彼はわたしのものの中から取ってあなた達に知らせる(ので、結局わたしに代って仕事をつづける)のだから。
16:15 父上のものはことごとく、わたしのものである。だから(いま)、わたしのものの中から取ってあなた達に知らせる、と言ったのである。

塚本訳 ヨハ 16:20-21
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

塚本訳 ヨハ 14:27
14:27 (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。
わたしが与える平安は、この世の人が『平安あれ』といのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

塚本訳 ヨハ 11:31-34
11:31 マリヤと一しょに家にいて慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急に立って出て行くのを見ると、墓に泣きに行くものと思って、あとについて行った。
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

塚本訳 マタ 28:20
28:20 わたしがあなた達に命じたことを皆守るように教えながら。安心せよ、世の終りまでいつもわたしがあなた達と一しょにいるのだから。」

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」



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朝の啓示黙想おわり。神が御一緒ならば、淋しいこと哀しいことはない。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 列王記上 2章

2017_06270001.jpg 

11:00 能城一郎牧師(Jバイブル開発者)が一年半ぶりに来訪、高齢者の問題、若い人の結婚問題、
新改訳2017、日本聖書協会「標準訳」聖書の訳語の問題,翻訳は翻訳者の信仰が現れることなど、  15:00まで歓談。
能城牧師は塚本虎二の「聖書知識」を全部読んだという無教会の良き理解者。




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「永遠の命」を得るにはどうしたらよいか・・・一生懸命求めれば神に与えられる・・・ ++++++++ 所感

2017/06/26 06:03

170626(月)昨夜は夜中に足がつってどうしようもなく痛かった。●5時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●16人+6家族の救霊と平安を祈る●朝の啓示「永遠の命を得るにはどうしたらよいか・・・一生懸命求めれば神に与えられる・・・」これ「主」の言わんとするところである。今朝はこの真理について「聖書で聖書を読む」ことにしてみよう。●「聖書の生活読み」は無教会のルーツとでも言うべき「敬虔主義」(ピエティスムス)の態度であった。その結果、聖書註解の王と言われるベンゲルが生まれ、幸福論のヒルテイが生まれた。わが無教会の聖書に対する姿勢もその流れである。神学をやらない、聖書学をやらない。牧会をしない。伝道をしない。天下国家を批判して社会改造をしようとしない。与えられた実生活の悩みを聖書に聴く。聖書で聖書を読む。信仰を生活する。これが天に宝を積むことで神に覚えられる。

塚本訳 マコ 10:17-18
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない


●「永遠の命」は人類究極の願いであるから、これを求めることは「真面目」な正しいことである。地上の完成を人生の目的にするな。
●しかし「永遠の命」を得る方法を人間に聞いてはいけなかった。主はそれを言うのだ。この世に「善い先生はいない。神のほか善い先生はいない。パウロ、ローマ法王、ルター、カルヴァン、内村、・・・これは皆「善い先生」ではあるが人間である。その思想に救いはない。その思想を絶対化するから「教派争い」「いがみ合い」が起こる。●東京神学大学の某教授は同僚の教授を殴ったことがあるという。人間の思想神学を「商売」にしているからである。天でキリストが泣く。

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


●「永遠の命」は商取引きのゆにしては得られない。求めていればそのうちに「きっと」神が気を変えて与えてくださる。

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。


●全力を尽くすことが大切。受験勉強の姿勢、オリンピックで金メダルを得る姿勢、ノーべtる賞を取る姿勢。

塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている


●「永遠の命」は暴力的に熱心にならなければならない。「全財産を捨ててでも」の気持ちが必要だ。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」


●「主よ、その水を下さい」。この姿勢が必要。この女性はバ離婚五回で今は正式結婚ではない同棲中の身。どうしようもないメチャクチャ人生。人間的には男に嫌われる欠点の多い、魅力のない女であったのかもしれない。親が悪く、育ちが悪かった、家庭環境が悪かった、学校も悪かったのかもしれない。しかし神の目には最高の女性になった。万歳!

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朝の黙想おわり。あの「悩みの人」が真面目になって永遠の命を求めるようになりますように。私の子供、孫、兄弟、集会のご家族が「永遠の命」という最も善いものを求める気を起こしますように。そのきになりさえすれば神はきっと、そのうちに与えたくださる。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 列王記上 1章 今日から列王記上下 47日間
●妻はコー^ラスもでらあと





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「すみませんでした。」の心・・・私の心を悩ませるアノ人は神が救う。 ++++++++ 所感

2017/06/25 05:50

170625(日)3時目覚め、4時起床。16人+6家族の救霊と平安を祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。次回7月2日の感話原稿の推敲。朝ははかどります。結論を次のようにしました。

7月2日の集会感話の結論部分
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●贖罪論の希薄化・・・人は贖罪理論を信じるのではなく神の霊の働きで救われる

塚本訳 マタ 18:32-33
18:32
すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、
わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

塚本訳 マタ 9:2
9:2
するとそこに、人々が寝床にねている一人の中風の者をつれて来た。イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われた、「子よ、安心せよ、
いまあなたの罪は赦された。

塚本訳 マタ 9:6-8
9:6
では、人の子(わたし)は地上で
罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と言っておいて、中風の者に言われる、「起きて寝床をかついで、家に帰りなさい。」
9:7
すると彼は起き上がって、家に帰って行った。
9:8
群衆はそれを見て恐ろしくなり、
こんな全権を人に授けられた神を賛美した。

塚本訳 ヨハ 8:11
8:11
「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「
わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ルカ 19:10
19:10
人の子(わたし)は“滅びうせた者をさがして”
救うために来たのである。」



●ITによる「聖書研究サイト」の評判・・・主の言葉の広まりは霊の働き

塚本訳 ヨハ 4:21-24
4:21
イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、
この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

塚本訳 ヨハ 4:24
4:24
神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」


塚本訳 ヨハ 6:63
6:63
霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いま
わたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である


塚本訳 使  19:20
19:20
こうして
主の言葉は勢いよく成長し、また力を増した。


●悪魔とは戦うな・・・救いは神に任せて祈りつつその人や家から逃げよ


塚本訳 マタ 10:14
10:14
しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、
(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。



●「すみませんでした。」の心・・・あの「悩みの人」の救いは祈りと赦し

塚本訳 ルカ 15:17-19
15:17
ここで
(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18
よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『
お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。

15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 ルカ 15:21-22
15:21
息子は父に言った、『
お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

塚本訳 マタ 21:31
21:31
この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、
税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

塚本訳 ルカ 17:3-4
17:3
(人を罪にいざなわぬように注意せよ。(また)もし兄弟が(あなたに対して)罪を犯したら、これを咎め、
悔改めたら、赦してやりなさい。
17:4
あなたに対して一日に七度罪を犯しても、七度『すまなかった』と言って、あなたの所へもどってきたら、七度赦してやらねばならない。」

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33
これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。
この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28
家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「
なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。
9:29
彼らに言われた、「
この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7月2日集会感話の結論部分おわり。

●私の心を悩ませるアノ人は神が救う。うれしいことが起こるから長生きはするものだ。

●集会は、川上(司会)、高橋トミ子(悪い小作人、隅の土台石)、横田(生命の研究史)
●14:00 妻と共に茅ヶ崎の金子さんの家に行く。「我が名によりて二人三人集まるところには我もおるなり}
●帰途、八高線から見る夕焼けがすごかった。

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悪霊とは戦うな・・・神に裁きと救いを任せて祈りつつ逃げよ・・・ ++++++++ 所感

2017/06/24 06:11

170624(土)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。3時目覚め、4時起床。16人+6家族の救霊と平安を祈る。悩み多きこの世なるかな●朝の啓示黙想「悪霊には負けるから戦うな・・・神に裁きと救いを任せて祈りつつ離れよ・・・」●過日、電話の中で「米国がシリアに攻撃しているのをどう思いますか」と「試された。」こと面倒と思い、「終末には戦争と戦争の噂がある」と言い放って電話を積極的に切った。人間の力で平和が来るとでも思っているのか。愚か者!信仰が浅い。それとも私が怠慢だと思っているのか。あばよ、サヨナラだ。●しかし、「耳のない者」に話すのは無駄とは思いつつ、新約聖書の根拠を掲げててみよう。時間が惜しいが。

塚本訳 マタ 24:6-7
24:6 戦争(を目のあたりに見たり、)また戦争の噂を聞くであろうが、あわてないように注意せよ。『それはおこらねばならないことである』が、しかしまだ最後ではない。
24:7 (世の終りが来る前に)『民族は民族に、国は国に向かって(敵となって)立ち上がり、』またここかしこに飢饉や地震があるのだから

塚本訳 マタ 22:29-30
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。
22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。

塚本訳 ルカ 2:13-14
2:13 するとたちまち、おびただしい天使の群がその天使のところにあらわれて、神を讃美して言った、──
2:14 いと高き所にては神に栄光、地上にては(いまや)平安、御心にかなう人々にあり!

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 マタ 12:45
12:45 そこで行って、自分よりも悪い、ほかの七つの(汚れた)霊を一しょに連れてきて入りこみ、そこに住む。するとその人のあとの有様は、(追い出す前よりも)もっとひどくなるのである。この悪い時代の人も、それと同様であろう。」

塚本訳 マタ 17:17-18
17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」
17:18 そしてイエスが悪鬼を叱りつけられると、悪鬼が出ていって、その時から子はなおった

塚本訳 ルカ 8:12
8:12 道ばたのものとは、(御言葉を)聞くと、あとで悪鬼が来て、彼らを信じて救われることのないように、その心から御言葉をさらってゆく人たである。

塚本訳 マタ 13:13-14
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。”見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない”からだ。
13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──”あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい

塚本訳 マコ 13:14
13:14 しかし『(聖なる所を)荒す忌わしい者が』立ってはならない(聖なる)所に立つのを見たら[読者は(ここに隠された意味を)よく考えるがよい]、その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ

塚本訳 マタ 24:1-2
24:1 イエスが宮を出て(オリブ山の方へ)歩いておられると、弟子たちが近寄ってきて、イエスに宮の(堂々たる)建築を指差した。(この宮が荒れ果てるなどとは考えられなかったのである。)
24:2 彼らに答えられた、「あれをすべてよく見ておけ。アーメン、わたしは言う、ここでそのまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳 ルカ 17:37
17:37 弟子たちが尋ねる、(いつ)どこで(その裁きはありますか。)」彼らに言われた、「(時が来れば、いつでも。)死体のある所に、鷲も集まる。」

塚本訳 マタ 22:18-21
22:18 イエスは彼らの悪意を知って言われた、「なぜわたしを試すのか、この偽善者たち、
22:19 税の貨幣を見せなさい。」デナリ銀貨を差し出すと、
22:20 言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 エペ 6:12
6:12 私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に対するもの、「権力」に対するもの、この暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである。

塚本訳 Ⅰコリ15:33
15:33 迷わされてはならない。(復活の信仰のない人との交際に注意せよ。)悪い交際は良い習慣をこわす。(と詩人も言っている。)

塚本訳 Ⅱコリ6:14-15
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。

塚本訳 マタ 10:12-14
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」


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朝の啓示黙想おわり。「神の霊!神の霊!」。これがこの世のゴタゴタ、悩み苦しみからの救い

塚本訳 Ⅰコリ16:21-22
16:21 (最後に、)パウロが自筆で挨拶する。
16:22 主を愛しない者があるなら、呪われよ!、
マラナ、サ(主よ、来てください)!

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 48章
これでボリュームのあったエゼキエル書が完了。日本聖書協会翻訳部に送る。



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夫婦仲の悪化・・・悪魔の麻酔から覚まされる時がくる・・・ ++++++++ 所感

2017/06/23 06:15

170623(金)4時半起床。昨日は録画してあったNHKスペシャル「睡眠負債はあぶない」という番組をみて、睡眠不足はがんや認知症の元凶になるということを知り、7時間は熟睡しなければならないことを知った。そこで今より30分早く寝て30分遅く遅く起きることにした。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。最近は離婚率が急増、3割以上というのだから国家存亡の危機である。子供が犠牲になる。国難である。●今が「福音」(キリスト教ではない)の出番である。人間の知恵では救われない。神の救いが必要である。そこで今朝は「夫婦仲の悪化・・・悪魔の麻酔から覚まされる時がくる・・・」というテーマで聖書、神の霊の言葉、をアチコチ見てみよう。人間の百千の言葉より救いに力がある。夫婦仲に秋風が吹き始めたときに聴く「神の言葉」である。子供達が「犠牲」にならない前に読むべきもの、耳をかたむける言葉である。●夫婦仲の悪化は悪魔の策略、悪魔に麻酔の霊をかがされ、目が見えなくなって不自由になっているのである。神の霊、キリストの霊はこの呪縛から解放してくれる。

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものであるどんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 マタ 7:24-27
7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。
7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。
7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

塚本訳 ルカ 8:33-35
8:33 悪鬼どもはその人から出ていって豚に乗り移った。すると群は(気がちがったように)けわしい坂をどっと湖へなだれこみ、溺れて死んだ。
8:34 豚飼たちはこの出来事を見て逃げ出し、町や部落に知らせた。
8:35 人々はこの出来事を見に出て来たが、イエスの所に来て、悪鬼を追い出された人が着物をき、正気にかえって、イエスの足もとにじっと坐っているのを見ると、恐ろしくなった。

塚本訳 ルカ 15:17-19
15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

塚本訳 ロマ 11:8
11:8 『神は彼らに』『麻酔の霊を』『与えて、目を見えなくし、耳を聞こえなくされた、今日に至るまで。』と書いてあるとおりである。

塚本訳 ロマ 11:11-12
11:11 それで、わたしは考える、彼らが躓いたのは、倒れて滅びるためではあるまいかと。もちろん、そうではない。むしろ反対に、(キリストを信じなかった)彼らの過ちによって救いが異教人に来た。(そのことが刺激になって)彼らに『妬みをおこさせ、』(彼らも信仰を求めて、ついに救われ)るためである。
11:12 しかしもし、彼らの過ちが、(福音を外に溢れさせて異教人の)世界を富ませ、また彼らの失敗が異教人を富ませることになったとすれば、まして彼らが(一人のこらず信仰に入って神の御心を)満たす時(の幸福と喜びと)は、どんなであろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-6
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。
15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

塚本訳 マタ 16:21
16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 マタ 26:26-28
26:26 (ユダが立ち去ったあと、)彼らが食事をしているとき、イエスは(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)賛美して裂き、弟子たちに渡して言われた、「取って食べなさい、これはわたしの体である。」
26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。
26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。


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朝の啓示黙想おわり。夫婦仲の悪化は悪魔の策略。神がこれを救う。神の子の犠牲の血という悲劇が伴う。主は毎日「血を流している」。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 47章
●ナナクリニック(皮膚科)
●午後、妻は自彊術
●暑いので扇風機を出す

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今日もクロアゲハが来た。すばらしいデザイン。それにスイスイと飛ぶ。
神の偉大さ。







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貧しさに泣く人に・・・神がついてくださるから「何とかなる」・・・ ++++++++ 所感

2017/06/22 06:19

170622(木)3時半目覚め、黙想。16人(一人増加)+6家族の救霊と平安を祈る。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●昨日は脳出血で倒れ、半身不随になった方の娘さんから電話。わたしは思った。「安心せよ。脳出血は私もやった」。妻と見舞いに行くことにした。●今朝の啓示と黙想。「貧しさに泣く人に・・・神がご存知だから「何とかなる」・・・」。貧しさの悲哀は話せはきりがない。しかし「何とかなる。神がついてくださから何とかなる」●内村鑑三の最高の著作は「キリスト信徒の慰め」である。その第5章は「貧に迫りし時」がある。私は若いときに父が結核の再発で家庭が傾いたとき、これを読み、次のくだりで涙が流れた。棒線が痛々しく引かれている。

「イエス・キリストの貧を思え。彼は貧家に生まれ、口碑の伝うるところによれば、18歳にして父を失い,爾後(じご)死に至るまで、大工職を業として父の一家をささえしなり。「きつねには穴あり、空の鳥は巣あり、されど人の子はまくらする所だもなし」とはキリスト地上の生涯なりき。しもべはその主人にまさるあたわず。汝の貧困、キリストの貧困にまさるや。彼は貧者の友なりき。「貧しき者はさいわいなり(ルカ伝6・20)との言は、彼の口より出でしものなり。貧ならざれば、キリストを悟りがたし。」

●若き日の貧しさの悲哀から60年。「何とかなった」。「貧しき者は幸いなり」が分かった。●ヒルテイ「幸福論Ⅲ」の「わがなんじになさんとするは驚くべき事なり」は人生の岐路に立った時に都合12回読んだ。その最後の行に次の言葉があるが、それは来月74歳になる現在の心境である。

「ついに君は、深く顧みて言うであろう、神は、すべてをなし遂げ給うた、と」

●今朝は「貧しさに泣く」人に体験を通して心に響いた聖句を掲げ、励ましの言葉にしたい。何とかなる。何とかなる。神がついているから
何とかなる。

文語訳 使  3:6
3:6 ペテロ言ふ『金銀は我になし、然れど我に有るものを汝に與ふ、ナザレのイエス・キリストの名によりて歩め

塚本訳 マタ 6:25-30
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 6:31-34
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 マコ 10:21-27
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
10:22 彼はこの言葉に顔をくもらせ、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。
10:23 イエスは(うしろ姿を見送っておられたが、)やがて見まわして、弟子たちに言われる、「物持ちが神の国に入るのは、なんとむずかしいことだろう。」
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 ルカ 12:15-21
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」
12:16 そこで一つの譬を人々に話された、「ある金持の畑が(ある年)豊作であった。
12:17 『どうしよう、わたしの作物をしまいこむ場所がないのだが…』と金持ちはひそかに考えていたが、
12:18 やがて言った、『よし、こうしよう。倉をみなとりこわして大きいのを建て、そこに穀物と財産をみなしまいこんでおいて、
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」

塚本訳 ヨハ 7:15-16
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」
7:16 イエスは答えて言われた、「わたしの教えはわたしの教えではない。わたしを遣わされた方の教えである。

塚本訳 ルカ 10:4-6
10:4 (だからただ信仰で武装せよ。)財布も旅行袋も持ってゆかず、靴もはくな。だれにも道で挨拶をするな。
10:5 ある家に入ったら、まっ先に『平安この家にあれ』と言いなさい。
10:6 もしそこに一人でも平安を愛する者がおれば、あなた達の(祈った)平安はその人に止り、もし一人もいなければ、あなた達に返ってくる(、そしてあなた達のものとなる)であろう。

塚本訳 ルカ 22:35
22:35 それから彼らに言われた、「(前に)財布も旅行袋も靴も持たせずに、あなた達を(伝道に)やった時、何か足りない物があったか。」彼らが答えた、「いえ、何も。」

塚本訳 ルカ 7:11-16
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

●次は「ユダヤ人の理想の妻」である。この中でも31:25が好きである。その妻は将来のことを心配しない。

口語訳 箴  31:25
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている

●箴言31:10-31

口語訳 箴  31:10-31
31:10 だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い。
31:11 その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
31:12 彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない。
31:13 彼女は羊の毛や亜麻を求めて、手ずから望みのように、それを仕上げる。
31:14 また商人の舟のように、遠い国から食糧を運んでくる。
31:15 彼女はまだ夜のあけぬうちに起きて、その家の者の食べ物を備え、その女たちに日用の分を与える。
31:16 彼女は畑をよく考えてそれを買い、その手の働きの実をもって、ぶどう畑をつくり、
31:17 力をもって腰に帯し、その腕を強くする。
31:18 彼女はその商品のもうけのあるのを知っている、そのともしびは終夜消えることがない。
31:19 彼女は手を糸取り棒にのべ、その手に、つむを持ち、
31:20 手を貧しい者に開き、乏しい人に手をさしのべる。
31:21 彼女はその家の者のために雪を恐れない、その家の者はみな紅の着物を着ているからである。
31:22 彼女は自分のために美しいしとねを作り、亜麻布と紫布とをもってその着物とする。
31:23 その夫はその地の長老たちと共に、町の門に座するので、人に知られている。
31:24 彼女は亜麻布の着物をつくって、それを売り、帯をつくって商人に渡す。
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。
31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。
31:27 彼女は家の事をよくかえりみ、怠りのかてを食べることをしない。
31:28 その子らは立ち上がって彼女を祝し、その夫もまた彼女をほめたたえて言う、
31:29 「りっぱに事をなし遂げる女は多いけれども、あなたはそのすべてにまさっている」と。
31:30 あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる
31:31 その手の働きの実を彼女に与え、その行いのために彼女を町の門でほめたたえよ。

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朝の啓示黙想おわり。貧しいことはなせ幸いか。神が目をかけて下さるから。

●妻は上野へ。愛子と会う。その後磐城女子高の友人二人と会う。柴又へ。
●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書46章
●図書館.。2014-2015年に刊行された岩波文庫の文語訳旧約聖書4冊、文語訳新約聖書1冊、を借りる。文語訳聖書にに人気あり。

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窓の前にクロアゲハ。故郷浦和で蝶の採集に熱心で会ったことを思い出した。
この蝶はなかなか捕獲できなかったものだ。






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主よ大変です!早く来てください・・・困った時は主を呼べ・・・・ ++++++++ 所感

2017/06/21 10:47

170621(水)5時起床。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。朝の啓示「主よ大変です!早く来てください・・・困った時は主を呼べ・・・・」●今年は宗教改革500年で様々なイベントがある。「信仰論」「救済論」も盛んである。しかしこのことを神の子イエスに聞けば、人間の頭とは違うことを言うだろう。今朝はこのことを巡って頭に思い浮かぶことを掲げる。「神の恩寵で救われるか」「信仰という人間の行為も必要か」などの静的な神学論争は吹き飛ぶ。

塚本訳 ルカ 8:22-25
8:22 ある日のこと、イエスは弟子たちと舟に乗って、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われるので、船出した。
8:23 渡ってゆくうちに、イエスは寝入ってしまわれた。すると突風が湖に吹きおろし、彼らは水をかぶって危険になった。
8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。
8:25 彼らに言われた、「あなた達の信仰はどこにあるのか。」弟子たちは驚き恐れて、「この方はいったいだれだろう、この方が命令されると、風も水も、その言うことを聞くのだが」と語り合った。

塚本訳 マコ 5:22-23
5:22 するとヤイロという一人の礼拝堂監督が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏し、
5:23 しきりに願って言う、「わたしの小さな娘が死にかかっています。助かって命びろいをするように、どうか行って、手をのせてやってください。」

塚本訳 マタ 8:5-8
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」
8:7 彼に言われる、「(ユダヤ人の)このわたしが、(異教人のあなたの家に)行ってなおすのか。」
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

塚本訳 マコ 5:27-28
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである

塚本訳 マコ 9:21-24
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

塚本訳 ヨハ 11:32
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

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朝の啓示黙想おわり。 人が救われる時は、神の恩恵が元であるが、人間の側では「主よ大変です!早く来てください」という姿勢、「主よ大変です!早くアノ人のところに行ってください」という叫びとなりふり構わずの祈りが大切である。パウロ、ルター、カルヴァン、内村などの「信仰論」「神学論」を信じても救われない。各教派の教義を受け入れても救われない。それは静的なものである。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 45章

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実生活を通して聖書を学ぶ・・・次回集会感話の結論・・・ ++++++++ 所感

2017/06/20 06:07

170620(火)4時半目覚め。15人+6家族の救霊と平安を祈る。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。実生活が一番よく聖書を学ばせてくれる。その悩み呻き涙が神の御心の何であるかをであるかを教えてくれる。次回集会感話の結論を次のようにまとめた。

次回7月2日集会感話の結論
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【結論】・・・実生活を通して聖書を学ぶ

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●どうしても人を赦せないというのは悪魔の奴隷。神によって初めて自由になれる


塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34
イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35
奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36
だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

塚本訳 ロマ 7:24-25
7:24
なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。
7:25 ──
神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!──従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである。


●キリストの犠牲で人類は悪魔から救い出される時が来た。十字架はその見える徴

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24
アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし
死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マタ 16:21
16:21
この時から、イエスは自分が(
神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。


文語訳 ルカ 23:34
23:34
かくてイエス言ひたまふ
『父よ、彼らを赦し給へ、その爲す所を知らざればなり』彼らイエスの衣を分ちて鬮取(くじとり)にせり、

塚本訳 マコ 15:34
15:34
三時に、イエスは大声を出して“エロイ エロイ ラマ サバクタニ!”と叫ばれた。訳すると、“
わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!”である。

塚本訳 Ⅰヨハ4:9-10
4:9
神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、
神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。
4:10
わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の
罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。


●神が罪を赦す・・・「聖書を聖書で読む」ことによって神の御心を知る

塚本訳 マタ 18:32-33
18:32
すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、
わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ。
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

塚本訳 マタ 9:2
9:2
するとそこに、人々が寝床にねている一人の中風の者をつれて来た。イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われた、「子よ、安心せよ、
いまあなたの罪は赦された。

塚本訳 マタ 9:6-8
9:6
では、人の子(わたし)は地上で
罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と言っておいて、中風の者に言われる、「起きて寝床をかついで、家に帰りなさい。」
9:7
すると彼は起き上がって、家に帰って行った。
9:8
群衆はそれを見て恐ろしくなり、
こんな全権を人に授けられた神を賛美した。

塚本訳 ヨハ 8:11
8:11
「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「
わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ルカ 19:10
19:10
人の子(わたし)は“滅びうせた者をさがして”
救うために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47
しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、
世を救うために来たのだから。


●「私には神様がついているから大丈夫」という告白・・・永遠の命への主の招き


塚本訳 ルカ 22:42-43
22:42
言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43
そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

塚本訳 マタ 14:28-31
14:28
ペテロが答えた、「
主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29
「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30
しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31
イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

塚本訳 マコ 5:38-39
5:38
やがて監督の家に着いて、
人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」

塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25
イエスがマルタに言われた、「
わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも
生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」


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次回7月2日集会感話の結論おわり

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書44章。

●逐語翻訳データがあることを知ったので、A氏にお知らせする。近年ITで聖書の勉強する人が多くなり、無料サイトも沢山提供されてきたのはありがたいことである。

http://bible.co.jp/bible/



●妻はYさんの家から月本昭男先生の旧約講義(無教会研修所)

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神が罪を赦す・・・薄れつつある「贖罪論」・・・ ++++++++ 所感

2017/06/19 06:31

170619(月)5時起床。15人+6家族の救霊と平安を祈る。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は今井館総会の帰途、月本昭男先生と明大前までご一緒。そこで、先生から最近は「パウロの贖罪論が薄れつつある」という話を伺った。たとえば昨年12月に出た岩波新書「パウロ」(青野太潮)などがそれであると言う。これに対して私は「贖罪論」は説明だからこれを頭で理解しても救われないという見解を述べた。時間切れであったので、今朝はブログで続きを述べる。●「贖罪論」は音楽で言えば楽譜の説明であり、耳に聴こえてくる「音楽」そのものではない。説明は大脳皮質へのものである。料理で言えばレシピであり、舌で味わう料理そのものではない。電化製品の「取扱い説明書」は電化製品の機能そのものではない。●人間の頭にによる「贖罪論」はキリスト教の歴史では無数。アウグスチヌス、ルター、カルヴァン、バルト、ブルンナー、内村鑑三・・・・・いずれも頭への説明。これを頭で信じても頭はすっきりするが救われない。●最近では青野太潮をはじめとする多くの「贖罪論」の説明があるらしい。これらは説明の説明だから読むだけ無駄。時間の無駄。●かってバルトの小著を読んだとき「何だこれは」内村鑑三と同じではないか」と思って、以来バルトは読まない。●この百家争鳴から逃げ出すには「聖書で聖書を読む」ことが道である。無数の教会論、神学論、教会論から逃げ出すには「聖書で聖書を読む」ことが落ち着く、心安らぐ。この無教会の自由な信仰の立場は、ローマ法王や神学博士の立場より喜びである。●若者よ人間の頭による「贖罪論」を去れ。そこで今朝は「神が罪を赦す」というテーゼ」を聖書に見てみよう。

塚本訳 マタ 18:32-33
18:32 すると主人はその家来を呼び出して言う、『不埒な家来、あなたが頼んだから、わたしはあの負債に全部、棒を引いてやったのだ
18:33 だからあなたもわたしに情をかけてもらったように、同僚に情をかけてやるべきではなかったのか。』

塚本訳 マタ 9:2
9:2 するとそこに、人々が寝床にねている一人の中風の者をつれて来た。イエスはその人たちの信仰を見て(驚き)、中風の者に言われた、「子よ、安心せよ、いまあなたの罪は赦された。」

塚本訳 マタ 9:6-8
9:6 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と言っておいて、中風の者に言われる、「起きて寝床をかついで、家に帰りなさい。」
9:7 すると彼は起き上がって、家に帰って行った。
9:8 群衆はそれを見て恐ろしくなり、こんな全権を人に授けられた神を賛美した。

塚本訳 ヨハ 8:11
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ルカ 19:10
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来のである。」

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来のだから。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、                     5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 Ⅰコリ1:11-13
1:11 わたしの兄弟たちよ、あなた達の間に喧嘩があることを、クロエの家の者たちから知らせてきた。
1:12 もっとはっきり言うとこうである。──あなた達はめいめい、「わたしはパウロ(先生)に」、「わたしはアポロ(先生)に」、「わたしはケパ(先生)に」、わたしは(主)キリストに」と言っている。
1:13 救世主が分裂しているのか。まさかパウロがあなた達のために十字架につけられたのではあるまい。それとも、(キリストでなく)パウロの名で、あなた達は洗礼を受けたというのか。

塚本訳 Ⅰコリ1:17
1:17 救世主がわたしをお遣わしになったのは、洗礼を授けさせるためでなく、福音を説かせるためなのだから。それも、言葉の上の知恵をもって(説くの)ではない。それでは(人間の言葉の力が大きくなり)、キリストの十字架(の救い)が空虚なものになる恐れがあるからである。

塚本訳 Ⅰコリ3:4-5
3:4 一人が「わたしパウロ(先生)に」と言い、他の一人が「わたしはアポロ(先生)に」と言うとき、あなた達は(ただの)人間ではないか。
3:5 それなら、いったいアポロはなんだ、パウロはなんだ、(ただ)使用人で、彼らによってあなた達が信仰に入ったまでであり、しかもそれは、それぞれ二人に主がお命じになったように働いたのである。


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朝の啓示黙想おわり。人間の信仰で罪が赦されるのではない。神自らが罪を赦してくださる。

●NI牧師(「Jバイブル」の開発者)から「聖書信仰の成熟をめざして」という本を頂いた。日本における聖書のIT化を通観し、その中で拙ホームページの、「聖書で聖書を読む」(BbB)のことを「日本で一番人気の聖書研究サイトである」と高い評価が書かれていた。長年の労が報われた感じで感謝である。協力スタッフに感謝。●「聖書で聖書を読む」ことをすれば、信仰が曲がることはない。ブレルことはない。人間の頭で構築する凡百の「贖罪論」に毒されることはない。振り回されることはない。

http://www.bbbible.com/

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我が家を南側ら見る。梅雨の間の晴れの暑い日。








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救いの段階・・・神の恩恵の導き・・・ ++++++++ 所感

2017/06/18 05:40

170618(日)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。キリスト者の皆様お早うございます。2時過ぎに目覚めて寝付けず黙想。「救いの段階・・・神の恩恵の導き・・・」●眠りが浅いのは苦しみだが、これも御心。健康は神が必要な期間だけ保ってくださる。「一日の苦労は一日にて足れり●人の救いは人間の側の信仰という行為ではなく、全く100%神の側の働きによる。その段階を聖書に見てみよう。

●第一段階「求道」。

塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 マタ 5:3-4
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 ルカ 19:1-4
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。」


●第二段階「罪の指摘」

塚本訳 マコ 2:16-17
2:16 パリサイ派の聖書学者たちは、イエスが罪人や税金取りと一しょに食事をされるのを見て、弟子たちに言った、「なぜあの人は税金取りや罪人と一しょに食事をするのか。」
2:17 イエスは聞いてその人たちに言われる、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来たのである。」

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 ヨハ 4:16-18
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではなのだから。あなたの言ったことは本当だ。」

塚本訳 ルカ 19:8-10
19:8 しかしザアカイは進み出て主に言った、「主よ、わたしは(誓って)財産の半分を貧乏な人たちに施します。人からゆすり取ったものは四倍にして返します。」
19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。
19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。」

第三段階「罪の赦し」

塚本訳 ヨハ 8:10-11
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ヨハ 9:38-39
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 5:14
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

●第四段階「平安・喜び」

塚本訳 ルカ 8:38-39
8:38 (帰ろうとされる時に、)悪鬼を追い出された男がお供をしたいと願っが、(許さず、)こう言ってお帰しになった、
8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした。

塚本訳 ルカ 17:11-16
17:11 エルサレムへ進んでおられた時のこと、サマリヤとガリラヤとの間を通られた。
17:12 とある村に入ると、十人の癩病人に出合われた。彼らは(規則どおりに)遠くの方で立ち止まったまま、
17:13 声をはりあげて、「イエス先生、どうぞお慈悲を」と言った。
17:14 イエスは見て言われた、「(全快したことを世間に証明してもらうため、エルサレムの宮に)行って体を『祭司たちに見せなさい。』」すると行く途中で、(皆いつとはなしに体が)清まった。
17:15 ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて
17:16 イエスの足下にひれ伏してお礼を言った。それはサマリヤ人であった。

塚本訳 ルカ 1:68
1:68 『讃美すべきかな、イスラエルの神なる主!』『その民(イスラエル)を』心にかけて『あがないを』なし、

塚本訳 ルカ 5:24-25
5:24 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われた、「あなたに命令する、起きて、寝床をかついで家にかえりなさい。」
5:25 すると彼は即座に人々の目の前で立ち上がり、床をかついで、神を讃美しながら家にかえって行った

塚本訳 ルカ 8:1-3
8:1 その後、イエスは町から町、村から村へと回りながら、神の国を説き、その福音を伝えられた。十二人(の弟子)がお供をした。
8:2 また悪霊や病気をなおしていただいた数名の女たち、すなわち、七つの悪鬼を追い出されたマグダラの女と呼ばれたマリヤと、
8:3 ヘロデ(・アンデパス王)の家令クーザの妻ヨハンナと、スザンナと、そのほか大勢の女たちも一しょであった。
女たちは自分の財産を持ち出して、みなを賄った。

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朝の啓示黙想おわり。救いは99%でなく100%神の働きによる。

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

●10:00 集会は土肥(司会)、丹野(塚本虎二「聖書の読み方」)、村上(士師記)

●妻は秋川流域合唱祭に出演

●15:00 今井館総会。帰途は月本昭男先生とご一緒。



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「眠り」の不思議・・・それは神の恩恵の業・・・ ++++++++ 所感

2017/06/17 06:42

170617(土)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。キリスト者の皆様お早うございます。●年を重ねると眠りが浅くなるものだが、昨夜は7時間も熟睡できて感謝。15人+6家族の救霊と平安を祈る。●朝の啓示「眠りの不思議・・・それは神の恩恵の業・・・」●眠れるというのは神の恩恵である。ヒルティに「眠られぬ夜のために」があるが、その冒頭に「眠られぬ夜は堪え難い災厄(わざわい)である」とある。だから眠れるのは感謝である。それは神の恩恵の業である。●今朝は「眠り」を巡って思い浮かぶ聖書の箇所を掲げてみよう。

口語訳 創  2:21
2:21 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。

口語訳 詩  3:5
3:5 わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ。


口語訳 詩  4:8
4:8 わたしは安らかに伏し、また眠ります。主よ、わたしを安らかにおらせてくださるのは、ただあなただけです。


口語訳 詩  121:4
121:4 見よ、イスラエルを守る者は/まどろむこともなく、眠ることもない


口語訳 詩  127:2
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 マタ 8:24
8:24 するとにわかに湖に激しい嵐がおこって、ついに舟は波をかぶった。しかしイエスは眠っておられた。、

塚本訳 マタ 27:52
27:52 墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり

塚本訳 マコ 5:39
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」

塚本訳 ヨハ 11:11-14
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ

塚本訳 Ⅰコリ7:39
7:39 妻は夫が生きている間は、(夫に)束縛されている。しかしもし夫が眠ったなら、望みの人と結婚することは自由である。ただ主にあって(信者とだけ)すべきである。

塚本訳 Ⅰコリ15:6
15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある

塚本訳 Ⅰコリ15:20
15:20 しかしながら今、キリストは死人の中から復活しておられる、眠った者の(復活の)最初として

塚本訳 Ⅰコリ15:51
15:51 いまここに(最後の日の)秘密を語る。わたし達はみんな眠ってしまうのではなく、(その時生きている者も眠った者も、)みんな変化させられるのである

塚本訳 Ⅰテサ4:13-15
4:13 兄弟達よ、(主に在って)眠った者のことを知っていて、希望の無い他の人々のように(徒らに)歎かないようにしてもらいたい。
4:14 私達が信ずるようにもしイエスが死んで復活し給うたならば、神はイエスによって眠った者をも同様にイエスと共に連れ来たり給うであろうから。
4:15 然り、私達の主の御言をもってこのことを(はっきり)君達に言う(ことが出来る)──私達主の来臨(の時)まで生き残っている者は、(既に)眠った者に先立つ(て光栄に与る)ことは絶対に無い。

塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。


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朝の啓示黙想。眠りは神の業。死は眠り。時が来れば神が覚ましてくださる。それが復活だ。妻は、夫は、子供は、孫は、父母は、兄弟姉妹は、死ぬのではない。眠るのだ。一足先に天国に出かけるのだ。また会えるのだ。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 41章

●13:00からテレビで映画「ベンハー」を妻と鑑賞。この映画の副題は「キリストの物語。実に信仰的な映画だ。主題は次のキリストの言葉。

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

●これだけ深い映画を作れる米国は「腐っても鯛」だなー。

●今日は、父の日を忘れずにプレゼントを頂いた。感謝。あと何回かなー。



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やすらぎの教会はどこにあるか・・・人それぞれに向くところに導かれる・・・ ++++++++ 所感

2017/06/16 05:55

170616(金)3時半目覚め。15人(2人増加)+6家族の救霊と平安を祈る。4時起床、6時間の爆睡は感謝●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日、父母を墓参したあと、妻と「落ち着く教会」ということが話題になった。●クリスチャンは誰でも「やすらぐ教会を求める。自分に合う教会を求める。●かって堤道雄しは無教会の多くはプロテスタント教会に嫌気がさして無教会集会に来る人多いから21世紀には「無教会」は無くなるだろうと言ったことがある。ところが最近は無教会からカトリックの行く人がパラパラと出始めた。●教会無教会論争はきりがない。カトリックプロテスタント論争はきりがない。●「幸福論の」カールヒルティは同胞教団(ピエティスムス、敬虔主義)の属していたらしい●では人にとって「やすらぎの教会」はどこにあるか。今朝はこのことを巡って、聖書のアチコチを連想してみよう。心チリジリなので思いつくまま、順不同。私の場合はプロテスタント教会から無教会に来て落ち着いた。聖書それ自身に落ち着きを見出す。●SNS(social networking service)で発信する。集客はしない。

塚本訳 ヨハ 4:20-21
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。

塚本訳 ヨハ 4:23-26
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」
4:25 女が言う、「キリストと言われる救世主が来ることは知っています。救世主が来れば、わたし達に何もかも知らせてくださるでしょう。」
4:26 イエスは言われる、「あなたと話しているわたしが、それだ。」

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

口語訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。
4:27 夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない

塚本訳 ルカ 8:5-8
8:5 「種まく人がその種をまきに出かけた。まく時に、あるものは道ばたに落ちた。踏みつけられたり、空の鳥が食ったりした。
8:6 またほかのものは岩の上に落ちた。(生えるには)生えたが、湿り気がないので枯れてしまった。
8:7 またほかのものは茨の(根が張っている)中に落ちた。茨が一しょに生えて押えつけてしまった。
8:8 またほかのものは善い地に落ちた。生えて(育って)百倍の実を結んだ。」こう言ったあとで、「耳の聞える者は聞け」と叫ばれた。

塚本訳 ルカ 8:11
8:11 譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である。

塚本訳 マタ 16:16-18
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。

新共同 マタ 16:18
16:18 わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。

塚本訳 Ⅰコリ1:11-13
1:11 わたしの兄弟たちよ、あなた達の間に喧嘩があることを、クロエの家の者たちから知らせてきた。
1:12 もっとはっきり言うとこうである。──あなた達はめいめい、「わたしはパウロ(先生)に」、「わたしはアポロ(先生)に」、「わたしはケパ(先生)に」、わたしは(主)キリストに」と言っている。
1:13 救世主が分裂しているのか。まさかパウロがあなた達のために十字架につけられたのではあるまい。それとも、(キリストでなく)パウロの名で、あなた達は洗礼を受けたというのか。

塚本訳 Ⅰコリ3:10-13

3:10 わたしは戴いた神の(特別の)恩恵によって、熟練した棟梁として土台をすえた。他の人がその上に建ててゆく。だが建て方は、その人その人が気をつけるべきである。
3:11 なぜなら、(すでに)置かれている(ただ一つの)もののほか、他の土台をだれもすえることは出来ないのだから。──この土台はイエス・キリストである。──
3:12 ある人がこの土台の上に金、銀、宝石、(あるいは)木、草、藁で建てれば、
3:13 それぞれの仕事(が金か藁か)は、かならず明らかになる。(最後の裁きの)かの日がそれを明らかにするのである、その日は火で現われるから。そしてそれぞれの仕事がどんなであるかを、その火が試験して証明する。

新共同 ルカ 6:44
6:44 木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。

塚本訳 マタ 18:15
18:15 それで、もし兄弟が罪を犯し(て悔改めなかっ)たら、行って、あなたと二人だけの間で忠告をしてやりなさい。もし言うことを聞けば、あなたは(天の国のために)兄弟を一人もうけたのである

塚本訳 マタ 18:17-18
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう

塚本訳 ルカ 22:31-32
22:31 (そしてペテロに向かって言われた、)「シモン、シモン、見なさい、悪魔はあなた達を麦のように篩にかけることを(神に)願って聞き届けられた。
22:32 しかしわたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈っておいた。(だから一度信仰を失っても、またもどってくる。)もどってきたら、あなたが兄弟たちを強めてやってほしい。

塚本訳 ルカ 11:9-13
11:9 それで、わたしもあなた達に言う、(ほしいものはなんでも神に)求めよ、きっと与えられる。さがせ、きっと見つかる。戸をたたけ、きっとあけていただける。
11:10 だれであろうと、求める者は受け、さがす者は見つけ、戸をたたく者はあけていただけるのだから。
11:11 あなた達のうちのどんなお父さんでも、子が魚を求めるのに、魚の代りに蛇をやるだろうか。
11:12 また卵を求めるのに、蝎をやるだろうか。
11:13 してみると、あなた達は悪い人間でありながらも、自分の子に善い物をやることを知っている。まして天の父上が、求める者に聖霊(という善いもの)を下さらないことがあるだろうか。

塚本訳 マタ 19:24-26
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。


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朝の啓示黙想おわり。魂がやすらぐ教会求めていれば見つかる。人それぞれに向く、水の合う教会がある。それもありだ。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 40章

●無教会のAS氏に聖書のデータベースを送る。今までコtルコツと蓄積してきたデータベースが役に立つことになればうれしい。同時に無教会は雑誌の時代は終わり、SNS(social networking service)の時代だと書いた。

●妻は午後は自彊術、夜はレクイエムの練習。




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どうしても赦せない苦しみ・・・神の霊を頂いて自由になれる・・・ ++++++++ 所感

2017/06/15 05:56

170615(木)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●「どうしても赦せない」苦しみは禍の日である。その時人は神をも呪う。天地を、社会を、敵を、国家を、両親を、兄弟を、親族を、子供を、夫を、妻を、上司を、部下を、キリストを、教会を、牧師を、教会員を、教会の長老を、信者を、然り自分を、自分の運命を。・・・・

口語訳 エレ 20:14
20:14 わたしの生れた日はのろわれよ。母がわたしを産んだ日は祝福を受けるな。

口語訳 ヨブ 3:3
3:3 「わたしの生れた日は滅びうせよ。『男の子が、胎にやどった』と言った夜も/そのようになれ。


●人を赦せとは主の言葉である。

塚本訳 ルカ 17:4
17:4 あなたに対して一日に七度罪を犯しても、七度『すまなかった』と言って、あなたの所へもどってきたら、七度赦してやらねばならない。」

塚本訳 マタ 6:14-15
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう


●ところがこれが出来ないのである。本能がこれを赦さない。「正義」がないがしろにされると思うからである。神がその悪を罰してほしいと思う。正義と赦しの間に挟まれて人はもだえ苦しむのである。人間は不自由である。悪魔が高笑いしている。

塚本訳 ロマ 7:24-25
7:24 なんとわたしはみじめな人間だろう!だれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。
7:25 ──神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!──従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである。


●主の霊を頂く時に初めて人間は不自由な体から救われて自由になれる。

塚本訳 ヨハ 16:8
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう。


塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

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朝の啓示黙想おわり。「赦せない」という苦しみからは主の霊を頂いて初めて自由になれる。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 39章

 
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自転車で30分。秋川霊園に高橋家の墓の墓参 。墓碑「神は愛なり 高橋家」
 
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  墓の掃除。刈込。妻はよく父の散髪をしたものだ。

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墓誌。右から母方祖父、祖母、父・高橋晋(平1992年召天)、母(2004年召天)

旧約の「ヨベルの年」のことを妻と話し合った。土地は神のものなので50年所有したらかみに返さなければならない。墓地も同じではないか。













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不条理不可解に泣く時・・・それは永遠の命への主の招き・・・ ++++++++ 所感

2017/06/14 06:32

170614(水)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●今朝の啓示「不条理不可解に泣く時・・・それは永遠の命への招き・・・」●塚本先生はご自分の聖書雑誌「聖書知識」誌を泣いている人の涙を拭うチリ紙だと言われた。●私のインターネットによる捨て身のホームページ、ことに日記の公開は、この私にどういうことが起きてがどう変わったかの「発信」である。恥は私に、栄光は神に。説教ではない、自慢話ではない。聴く耳のある人聞け!。人生残り少ない。耳のない人には言っても無駄だから永久に去ってくれ。

塚本訳 ルカ 8:39
8:39 「家に帰って、神がどんなにえらいことをしてくださったかを、(みんなに)話してきかせなさい。」すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、町中に言いふらした

●人生には泣く時がある。それはこの世のものを失って「永遠の命」がわかる神の恩恵の時である。主も一緒に泣いてくださる。


塚本訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け


●「聴かれざる祈祷」(内村鑑三)の涙、呻きは主がご存知だ。それは天に宝を積む涙。

塚本訳 ロマ 8:26-27
8:26 しかし(創造物やわたし達神の子が苦しんでいると)同じように、御霊も、弱いわたし達を助けてくださる。すなわち、(神のみ心にかなうには)どう何を祈るべきかわからないので、御霊自身が、無言の呻きをもって(わたし達の祈りを神に)執り成してくださるのである
8:27 しかし(人の)心を見抜くお方[神]は、御霊が何を求めているか、すなわち、御霊が神の御心にかなうように聖徒たちのために執り成しておられることを、(もちろん)御存じである


塚本訳 マタ 6:6
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


●今朝は「人生の不条理に泣く」とうことに焦点を当てて聖書のアチコチを見てみよう。主にある涙には意味がある。それが永遠の命への招きだ。

塚本訳 マタ 2:18
2:18 『声がラマに聞えた、──(ラケルの)』はげしい『わめきと、なげきの声である。ラケルはその子らのために泣くばかりで、慰められようとしない、子らがもういないので。

塚本訳 ルカ 7:12-15
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ルカ 16:25-26
16:25 しかしアブラハムは言った、『子よ、考えてごらん、あなたは生きていた時に善いものを貰い、ラザロは反対に悪いものを貰ったではないか。だから今ここで、彼は慰められ、あなたはもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』

塚本訳 ヨハ 5:6-7
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 11:19-21
11:19 マルタとマリヤの所には、大勢のユダヤ人がラザロの悔やみに来ていた。
11:20 マルタは、イエスが来られると聞くと出迎えにいったが、マリヤは家に坐っていた。
11:21 マルタがイエスに言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。

塚本訳 ヨハ 11:33-36
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された
11:36 するとユダヤ人たちが言った、「まあ、なんとラザロを可愛がっておられることだろう!」

塚本訳 ルカ 19:41-42
19:41 いよいよ(エルサレムが)近くなって(はじめて)都が見えると、イエスは都(に臨もうとしている裁き)を思い、声をあげて泣きだされた。
19:42 そして言われた、「(ああエルサレム、)お前ももし(「平安を見る」という自分の名のように、)きょうでも平安への道が見えたなら(まだ遅くはないのに!)しかし今それはお前の目に隠されている。

塚本訳 マコ 14:33-36
14:33 そしてペテロとヤコブとヨハネ(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)おびえ出し、おののきながら
14:34 彼らに言われる、「『心がめいって、』『死にたいぐらいだ。』ここをはなれずに、目を覚ましていてくれ。」

14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

塚本訳 ルカ 22:42-44
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。

塚本訳 マコ 15:34
15:34 三時に、イエスは大声を出して"エロイ エロイ ラマ サバクタニ!"と叫ばれた。訳すると、"わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!"
である。

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

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朝の黙想瞑想おわり。不条理に泣く時、それは永遠の命への主の招きだ。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 38章

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●16:00 妻と八王子山王病院に集会の小寺利男さんを見舞う。寝たきりになってしまわれた。手を握りながら50年来の信仰の交わりと子供達に対する信仰の御指導を感謝した。付き添いの七重夫人によれば私に会って久しぶりに笑われたという。「また会う日まで」と御挨拶して辞去。


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小寺利男さんの家に行く。表札はキリスト信者の徴。魚のマーク

ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 


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小寺さんの家に行って七重夫人と私達で主にある歓談。


 














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死が迫りくる日に・・・主の霊の励まし・・・ ++++++++ 所感

2017/06/13 06:32

170613(火)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。3時ごろ目覚めて黙想啓示「死が迫りくる日に・・・主の霊の励まし・・・」●生きていくうちで「死が迫りくる時の恐怖ほど恐ろしいものはない。それは肉体の苦痛(それは医学の発達で緩和されつつある)以上にこの私が宇宙から全く消え去り、未来永劫現れないという精神的悲しみなのだ。旧約の詩人は次のように言う。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです


●死という宇宙大の悲しみ。人間に癒すことは出来ない。いかなることも慰めることはできない。

塚本訳 マタ 26:37-38
26:37 そしてペテロとゼベダイの子二人(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)悲しみおののき始められた。
26:38 それから彼らに言われる、「”心がめいって””死にたいくらいだ。”ここをはなれずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」

塚本訳 マコ 15:34
15:34 三時に、イエスは大声を出して”エロイ エロイ ラマ サバクタニ!”と叫ばれた。訳すると、”わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!”である。

口語訳 詩  22:1-2
22:1 わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。
22:2 わが神よ、わたしが昼よばわっても、あなたは答えられず、夜よばわっても平安を得ません

塚本訳 黙  5:4
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである


●「主の霊」のみがこの悲しみと恐怖から救いだしてくださる。

塚本訳 ルカ 22:42-43
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

塚本訳 黙  5:5
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 マタ 14:27-31
14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」
14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

塚本訳 マコ 5:38-39
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると
5:39 (家の)中に入って言われる、
「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」

塚本訳 ルカ 12:31-32
12:31 あなた達はむしろ御国を求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
12:32 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから

塚本訳 マタ 10:28-31
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である


塚本訳 ヨハ 11:25-26
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 ヨハ 20:15-16
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)

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あさの啓示黙想おわり。死の悩み悲しみは「主の霊」のみが助け励まして下さる

●ヒルティの幸福論Ⅲ「驚くべき導き」の中に「恐れるな」という言葉の引用が多数でてくる。その中で主の言葉を選んで掲げる。

塚本訳 マコ 5:36
5:36 イエスはそう言っているのをそばで聞いて、監督に言われた、「こわがることはない。ただ信じておれ。」

塚本訳 マコ 4:39-40
4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。
4:40 彼らに言われた、「なんでそんなに臆病なのか。まだ信じないのか。」

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている.」

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 37章
●ノジマにプリンターのインクを買いに行く
●13:00-16:00 NHKBSで1956年の米国映画「80日間世界一周」を妻と鑑賞。アカデミー賞6部門総ナメの名作。13歳の時に見たもので懐かしかった。しかし主役の二人は既に他界。淋しい。










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「さよならをもう一度」・・・キリスト者は「別れ」が宿命。その辛さ・・・ ++++++++ 所感

2017/06/12 05:13

170612(月)4時起床。13人+6家族の救霊と平安を祈る。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は地元キララホールで武蔵野室内アンサンブルのブラームス交響曲第3番を」聞いた。チケットをくださった方がいたのでありがたかった。その第3楽章は心が泣けるすばらしいメロディーで、映画「さよならをもう一度」(原作はフランソワーズ・サガンの「ブラームスはお好き?」)のバックグランンドミュージックである。ただしこの映画はつまらなかった。このメロディーをyoutubeで掲げてみよう。心が泣く。

https://www.youtube.com/watch?v=lRfl3jbaHTQ

●音楽会の帰途、このメロデx-が胸を駆け巡った。それは「別れの辛さ」のことである。キリスト者は「別れ」がつきもので、それは宿命である。悲しい、辛い、淋しい。しかしナンノコレシキ。我々には次の世に生きる希望が与えられているのだ。今朝はこの別れの辛さを慰めてくれる聖句の数々を見てみよう。人生は出会いの喜びと共に別れの辛さの連続である。

塚本訳 ヘブ 11:8-9
11:8 信仰によって、アブラハムは財産として戴くべき(カナンの)場所に『出てゆけ』とのお召しを受け、(素直に)言うことを聞いた。そしてどこへ行くともわからず、『出ていった』。
11:9 信仰によって、彼は約束の地に他国人として『宿った』。彼は同じ約束の(ものの)共同相続人(である子)イサクおよび(孫)ヤコブと一しょに、天幕に住んだのである。

塚本訳 ヘブ 11:17-19
11:17 信仰によって、『アブラハムは(神に)試されたとき、(燔祭として)イサクを捧げた。その独り子を』捧げようとしたのである。彼は(神の)約束を受け、
11:18 『イサクから生まれる者が、あなたの子孫となるべきである』と語られた者であった。
11:19 神は死人の中からでも生きかえらせる力があると考えたからであった。そのため(この信仰に対する報いとして、)彼はその子を(キリストの死と復活との)比喩として返してもらったのである。

塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。

塚本訳 マタ 12:48-49
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ。

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 ヨハ 4:44
4:44 (これは前に言ったように、パリサイ人との衝突をさけるためであった。)イエス自身(かつて、)「預言者はその本国では尊敬を受けない」と、はっきり言われたことがあったからである。


塚本訳 マタ 13:57
13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

塚本訳 ルカ 14:33
14:33 だから同じように、(家族や財産など)一切合切、自分のものと別れなければ、あなた達のだれ一人、わたしの弟子になることは出来ない。

塚本訳 ヨハ 20:17
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。

塚本訳 Ⅰコリ7:7-8
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)
7:8 しかし独身の者および寡婦に言う、もしわたしのようにして通すならば、それが(一番)よい。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 マタ 10:12-15
10:12 家に入ったらば、まず平安を祈れ。
10:13 もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)
10:14 しかし人があなた達を歓迎せず、あなた達の言葉に耳をかたむけないなら、(すぐ)その家なり町なりを(出てゆけ。そして)出てゆくとき、(縁を切った証拠に)足の埃を払いおとせ。
10:15 アーメン、わたしは言う、(最後の)裁きの日には、あの(堕落町)ソドムやゴモラの地の方が、まだその町よりも罰が軽いであろう。

塚本訳 Ⅱテサ3:6
3:6 兄弟達よ、主イエス・キリストの名において命令する。ふしだらな生活をし、私達から受けた言い伝えに拠って歩かぬ兄弟とは誰とも交際を避けよ。

塚本訳 Ⅱコリ6:14-15
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。

塚本訳 マタ 24:15-16
24:15 それで、預言者ダニエルをもって言われた『(聖なる所を)荒らす忌わしいものが聖なる所に』立つのを見たら[読者はここに隠された意味をよく考えるがよい]、
24:16 その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ。

塚本訳 ルカ 19:41-42
19:41 いよいよ(エルサレムが)近くなって(はじめて)都が見えると、イエスは都(に臨もうとしている裁き)を思い、声をあげて泣きだされた。
19:42 そして言われた、「(ああエルサレム、)お前ももし(「平安を見る」という自分の名のように、)きょうでも平安への道が見えたなら(まだ遅くはないのに!)しかし今それはお前の目に隠されている。

塚本訳 ルカ 23:26
23:26 (兵卒らが)イエスを(刑場へ)引いてゆく時、シモンというクレネ人が野良から来(て通りかかっ)たので、つかまえて(イエスの)十字架を背負わせ、イエスの後から担いでゆかせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。)

塚本訳 ルカ 23:28
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい。

塚本訳 使  14:22
14:22 (道々主の)弟子たちの心を力づけ、いつまでも信仰に留まっているように、「神の国に入るには、わたし達は多くの苦難を通らねばならない」といましめた。

塚本訳 使  20:37-38
20:37 すると皆が大声で泣き出し、パウロの首に抱きついて接吻してやまなかった。
20:38 もう二度と顔を見ることはあるまいと言ったパウロの言葉が、わけても悲しかったのである。一同は彼を船まで見送った。

塚本訳 ヨハ 14:15-16
14:15 あなた達は(皆別れを悲しんでいるが、本当に)わたしを愛するなら、わたしの掟を守り(互に愛し)なさい。
14:16 そうすればわたしも父上に願って、(わたしに代わる)ほかの弁護者をおくっていただき、いつまでもあなた達と一しょにおるようにしてあげる。

塚本訳 ヨハ 16:20-21
16:20 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしがいなくなると)あなた達は泣いて悲嘆にくれるが、この世は喜ぶであろう。あなた達は悲しむが、その悲しみは(やがて)喜びにかわるであろう。
16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

塚本訳 マコ 10:21
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 マコ 10:24-25
10:24 弟子たちはその言葉にびっくりした。(彼らは富むことが、神に特別に愛されているしるしと信じたのである。)イエスはかさねて言われる、「子供たちよ、神の国に入ることは、なんとむずかしいのだろう。
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」

塚本訳 使  3:6
3:6 ペテロが言った、「金銀は持っていない。わたしの持っているもの、それをやろう。──ナザレ人イエス・キリストの名で歩きなさい!」

塚本訳 マコ 8:33
8:33 イエスは振り返って、弟子たちの見ている前でペテロを叱りつけられた、「引っ込んでろ、悪魔!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

塚本訳 マタ 4:8-10
4:8 悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見せて
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 マタ 24:10
24:10 するとその時、『多くの人が信仰から離れて、』互に裏切り、互に憎むであろう。

塚本訳 ヨハ 12:26
12:26 わたしに仕えようとする者は、わたしに従い(わたしと同じ道を歩き)なさい。そうすれば、わたしに仕える者もわたしがおる所におることができる。父上はわたしに仕える者に、(そんな)栄誉をくださるのである。]

塚本訳 ヨハ 15:19
15:19 もしあなた達がこの世のものであったら、この世は自分のもの(であるあなた達を)愛するはずである。しかしあなた達は(もはや)この世のものではなく、わたしがこの世から選び出したのだから、この世はあなた達を憎むのである。

塚本訳 ヨハ 15:21
15:21 ところが、彼らはあなた達がわたしの弟子であるために、(憎み、迫害など)すべてこれらのことを、あなた達にするであろう。わたしを遣わされた方を知らないからである。


塚本訳 マタ 24:38-41
24:38 すなわち洪水の前のあのころ、『ノアが箱船に入った』日まで、人々は飲んだり食ったり、嫁にやったり取ったりしていて、
24:39 洪水が来て一人のこらずさらってゆくまで、それに気づかなかった。人の子の来臨もこのようである。
24:40 その時、二人の男が畑にいると、一人は(天に)連れてゆかれ、一人は(地上に)のこされる。
24:41 二人の女が臼をひいていると、一人は連れてゆかれ、一人はのこされる。

塚本訳 マコ 9:43
9:43 もし手があなたを罪にいざなうなら、切ってすてよ。両手があって地獄の消えぬ火の中へ行くよりも、片手で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

塚本訳 マタ 18:7-8
18:7 この世は罪のいざないがあるから禍だ、罪のいざないの来るのを避けることができないからである。しかしいざないを来させる人は禍だ。
18:8 (だから)もし手か足があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。両手両足があって永遠の火の中に投げ込まれるよりも、片手片足で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


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朝の啓示黙想おわり。天国に行くためにはこの世の多くと別れなければならない。






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神を信じられるようになる時・・・罪の赦しの恩恵の体験・・・ ++++++++ 所感

2017/06/11 06:32

170611(日)4時40目覚め。13人+6家族の救いと平安を祈る●エクレシアはその継続発展維持をその目的と」しているようては衰退あるのみ。福音は集客でなく、発信である。「来るものを拒まず、去る者を追わず」。「ダメなものはそのうちに枯れる」。「滅びゆく者にも救われる者にもキリストの香り」●さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●朝の啓示「神を信じられるようになる時・・・罪の赦しの恩恵の体験・・・」●神を信じられるようになるかならないかは一回限りの人生で最も大切なことである。それは奇跡や御利益による信仰ではなく、「罪の赦しの恩恵の体験」による。今朝はこのことを連想させる箇所を探ってみよう。●人は罪の赦しで霊の眼が開けられて神を信じられるようになる。これ以外に神を信じられるようになる道はない。


塚本訳 使  4:10-12
4:10 あなた方御一同はもとより、イスラエル国民全体も、このことを知ってほしい。ナザレ人イエス・キリスト──あなた方が十字架につけ、神が死人の中から復活させられた方──その名で、この人がよくなって、あなた方の前に立っているのです。
4:11 この方は、(聖書にある)『大工の』あなた方から』投げ捨てられ、隅の土台石になった石』です。
4:12 この方のほかのだれによっても救いはない。天下ひろしといえども、わたし達が救われるべき名はこれ以外、人間に与えられていないからです。」


●神は霊であるから十字架の罪の赦しの啓示で霊なる神を知る。そrうぇは恩恵の時、不思議な体験。

塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マコ 12:23-25
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。
12:25 死人の中から復活する時には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使のようである。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


●罪の赦しでイエスが神の子であるとわからされた例、それを暗示させる記事。

塚本訳 ヨハ 4:18-19
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

塚本訳 マコ 9:23-24
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」

塚本訳 ヨハ 9:35-38
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。
11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」
11:27 イエスに言う、「はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。」

塚本訳 ヨハ 5:13-15
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」
5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した

塚本訳 ヨハ 16:30
16:30 あなたはなんでも御承知で、だれもお尋ねする必要がない(ほど人の心を見抜かれる)ことが、今わかりました。これでわたし達は、あなたが神のところから出てこられたことを信じます。」

塚本訳 ルカ 7:46-47
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」

塚本訳 マコ 16:9
16:9 【さて週の第一日の朝早く復活して、まずマグダラのマリヤに自分を現わされた。以前に七つの悪鬼を追い出していただいた女である。

塚本訳 ヨハ 20:7-9
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである

塚本訳 ヨハ 2:19-23
2:19 イエスは答えられた、「このお宮をこわせ、三日で造ってみせるから。」
2:20 ユダヤ人が言った、「このお宮を建てるには四十六年もかかったのに、あなたは三日で造るというのか。」
2:21 しかしイエスは自分の体のことを宮と言われたのであった。
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた。
2:23 過越の祭の時エルサレムにおられる間に、多くの人がイエスの行われたかずかずの徴[奇蹟]を見て、その名を信じた

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 20:27-28
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」



●罪の赦しの信仰告白がエクレシアの本質

塚本訳 マタ 16:16-18
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 マコ 14:9
14:9 アーメン、わたしは言う、世界中どこででも(今後)福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために(一しょに)語りつたえられるであろう。」


塚本訳 ルカ 8:1-3
8:1 その後、イエスは町から町、村から村へと回りながら、神の国を説き、その福音を伝えられた。十二人(の弟子)がお供をした。
8:2 また悪霊や病気をなおしていただいた数名の女たち、すなわち、七つの悪鬼を追い出されたマグダラの女と呼ばれたマリヤと、
8:3 ヘロデ(・アンデパス王)の家令クーザの妻ヨハンナと、スザンナと、そのほか大勢の女たちも一しょであった。女たちは自分の財産を持ち出して、みなを賄った。

塚本訳 マタ 18:15-20
18:15 それで、もし兄弟が罪を犯し(て悔改めなかっ)たら、行って、あなたと二人だけの間で忠告をしてやりなさい。もし言うことを聞けば、あなたは(天の国のために)兄弟を一人もうけたのである。
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。
18:17 しかし彼らの言うことを聞かないなら、集会に申し出よ。集会の言うことも聞かないなら、(その時は已むを得ないから、その人と交際をたって)異教人か税金取りのように思ってよろしい。
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


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朝の啓示黙想おわり。人には神を信じられる「恩恵の時」が来る。それは不幸の時、ゴタゴタの時。悲しむ時。●人はそのとき罪の赦しを頂いて霊の眼が開けられるものだ。


塚本訳 ルカ 19:43-44
19:43 やがて時が来て、敵はお前のまわりに塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め立て、
19:44 お前と、そこにいる『お前の子供たちを地べたに叩きつけ、』お前の中に、そのまま重なっている石が一つもないようにするであろう。恩恵の時を知らなかった罰である。」


塚本訳 ヨハ 12:35
12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。


●集会は、宮崎(司会)、高木(ロマ書5;7-13、塚本訳の研究)、山本(エレミヤ書3章)

●妻は、午後「すずめの会」。東洋文庫見学(土肥祐子さんの御案内)

●14:00 キララホール。武蔵野室内アンサンブル、第37回定期演奏会

モーツァアルト:過激「ルシオ・シルラ」序曲
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 若い田中友梨の演奏がよかった
ブラームス:交響曲第3番。有名な第3楽章がよかった。映画「さよならをもう一度」のテーマ音楽














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愛の犠牲死・・・それが悪魔の呪縛から人を救う・・・ ++++++++ 所感

2017/06/10 05:21

170610(土)4時起床。13人+6家族の救霊と平安を祈る。●さかなのえ iΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。一昨日観た今回のボリショイ劇場東京公演「白鳥の湖」悲劇版が頭から離れない。一般的には二人の愛の勝利を歌い上げるハッピーエンド版が好まれるが、私としては悲劇版にキリストの愛の犠牲死を感じる。昨日9日のブログ参照●新約聖書の本質はキリストの愛の犠牲死である。マルコ福音書などは長い助言付きの「受難物語」という見方もある。●王子ジーグフリートが悪魔の呪縛から解かれないのを悲観したオデットは湖に身を投げる。●思うに我々の周囲にも祈りが聞かれず生涯悪魔の呪縛が解かれないまま死んでゆく人が多い。「聴かれざる祈祷」(内村鑑三)である。では我々もオデットのように悲観して湖に飛び込もうか。ノー。我々人間の死は人の罪を贖わない。救わない。罪なき神の子キリストの血のみが人を悪魔の呪縛から救い出すのだ。オデットよ聞け。「泣くな」。あなたの悲しみは神に聴き届けられた。最後に王子は回心して泣いたではないか。あなたの嘆きが神に聴き届けられたのだ。●今回のボリショイ東京公演「白鳥の湖・悲劇版」(グリコローヴィチ版)はこのことを教えてくれて有益であった。●今朝はこのことを巡って連想する聖書のアチコチを見てみよう。昨日のブログとかなり重複するが、真理は繰り返して言いたくなる。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。


塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


塚本訳 ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。

塚本訳 マタ 21:42-43
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』
21:43 だからわたしは言う、神の国はあなた達から取り上げられて、神の国の実を結ぶ(ほかの)国民に与えられるであろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:3
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、


塚本訳 ロマ 3:25-26
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。


塚本訳 Ⅰヨハ4:9-10
4:9 神がその独り子を(この)世に遣わし、独り子によって(死ぬべき)わたし達が生きるようになったそのことで、神の愛が(はじめて)わたし達に現わされたのである。
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。


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朝の啓示黙想おわり。キリストの愛の犠牲死が人を救う。神が動く。われわれわれは祈ってもくしていればよいのだ。

口語訳 出  14:14
14:14 主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。

塚本訳 マコ 9:29
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 マタ 26:39
26:39 そしてなお少し(奥に)進んでいって、俯けに倒れ、祈って言われた、「お父様、出来ることなら、どうかこの杯がわたしの前を通りすぎますように。しかし、わたしの願いどおりでなく、お心のとおりになればよいのです。」

●14:00 妻と内村鑑三セミナー(立教大学)に行く
発表者 矢田部千佳子・・・・「非戦主義者の戦死」と内村鑑三の「犠牲」
     椚山義次・・・・内村鑑三と天文学

●ディスカッションの時間に、私は「犠牲」に関してイエスの立場として次の三箇所を述べた。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 マタ 22:21
22:21 「皇帝のです」と彼らが言う。すると言われる、「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』


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あきる野市に到着、家路。妻が前を行く









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「白鳥の湖」の悲劇版・・・キリストの代償の愛を感じる・・・ ++++++++ 所感

2017/06/09 05:42

170609(金)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日はチャイコフスキーの「白鳥の湖」のボリショイ劇場東京公演(上野の東京文化会館)を観た。その結末は「悲劇版」であった。よく観るハッピーエンド版より感動した。ハッピーエンド版は二人の愛は永遠でこれが「悪魔に勝つ」と言うのだが、昨日のボリショイ東京公演はユーリー・グリゴローヴィチによる悲劇版で、王子(ジークフリート)が悪魔の誘惑に負けてその娘(オディール)に愛を告白してしまい、それを嘆き悲しんだオデットが湖に身を投げるという結末。しかし王子はその自殺を悲しむ。この結末に「キリストの代償の愛」を感じて感動した。なお同じ悲劇版でも、「悪魔(ロットバルト)と闘って王子(ジークフトト)だけが湖で溺れ死に、最後に白鳥(オデット)は飛び去って行く」というものもあるそうだ。そこで今朝は「神の愛はキリストによる罪の代償になって現れた」ということを巡って聖書のアチコチを見てみよう。

文語訳 ヨハ 15:13
15:13 人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし。

塚本訳 ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。

文語訳 ヨハ 3:16
3:16 それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

塚本訳 ロマ 3:25
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

塚本訳 ロマ 8:34-35
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。
8:35 (このゆえに)だれがキリストの(わたし達を愛する)愛から、わたし達を引き離すことができるか。苦しみか、悩みか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

塚本訳 Ⅰコリ15:3
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

塚本訳 ヨハ 10:11
10:11 わたしが良い羊飼である。良い羊飼は羊のために命を捨てる。

塚本訳 ヨハ 10:15-18
10:15 父上がわたしを知っておられ、わたしが父上を知っているのと同じである。そしてわたしは羊のために命を捨てる。
10:16 ・・なおわたしには、この檻のものでない、ほかの羊がある。(彼らはまだ野山をさまよっている。)わたしはそれをも導いてやらねばならない。彼らはわたしの声を聞きわけ、かくて群一つ、羊飼一人となるであろう。・・
10:17 だから父上はわたしを愛してくださる。(羊のために)命を捨てるからである。しかしわたしが捨てるのは、(まことの命として)ふたたび取るためである。
10:18 だれもわたしから(力ずくで)命を取り上げることはできない。わたしが自分で(自由に)捨てるのである。わたしにはこれを捨てる権利があり、ふたたびこれを取る権利がある。(命を捨て、また取る)この命令を、わたしは父上から受けた。」

塚本訳 Ⅰヨハ3:16
3:16 (神の子である)キリストがわたし達のために命を捨てられた(その)ことで、わたし達は(はじめて)愛を知った。だからわたし達も兄弟のために命をすてねばならない。

塚本訳 エペ 5:25
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──

塚本訳 ルカ 9:22-24
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。


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●キリスト教の本質は罪の代償。これクリスチャンの生涯の使命。世の中を批判して良くすることではない。



●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 34,35章

●18:00 妻はモーツァルトの「レクイエム」の練習へ。

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霊・命・体・・・神の賜わるこの不思議なるもの・・・ ++++++++ 所感

2017/06/08 05:36

170608(木)3時半目覚め、13人+6家族の救いと平安を祈る。4時起床●キリスト者の皆様おはようございます。さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●若い人や子供を見ると「命というのは不思議だなー」と思う。●そこで今朝は「霊・命・体・・・神の賜わるこの不思議なるもの・・・」というテーマで聖書のアチコチを連想してみよう。これ私の趣味、楽しみ。

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)

新共同 創  2:7
2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 ルカ 8:54-55
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

新共同 創  5:24
5:24 エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

新共同 創  2:21-23
2:21 主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
2:22 そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、
2:23 人は言った。「ついに、これこそ/わたしの骨の骨/わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう/まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」

口語訳 箴  19:14
19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

新共同 箴  1:7
1:7 主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。

新共同 伝  12:1
12:1 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と/言う年齢にならないうちに。

口語訳 詩  90:10-11
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。
90:11 だれがあなたの怒りの力を知るでしょうか。だれがあなたをおそれる恐にしたがって/あなたの憤りを知るでしょうか。

塚本訳 ヨハ 4:24
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 Ⅰコリ12:26-27
12:26 もし一つの器官が苦しみをうければ、(ほかの)すべての器官が一しょに苦しみ、もし一つの器官がとうとばれれば、(ほかの)すべての器官が一しょに喜ぶのである。
12:27 (同じことをあなた達についても言うことが出来る。)あなた達はキリストの体であり、ひとりびとりとしては器官である。

塚本訳 エペ 4:12
4:12 これは(キリストに対する)奉仕の務めを果たし得るよう聖徒達を準備し、かくしてキリストの体(なる教会)が建て上げられんためである

塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

塚本訳 マタ 18:20
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)

塚本訳 ルカ 20:35-36
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


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朝の啓示黙想おわり。霊、命、体は神の賜物。不思議なもの.。畏れるべきもの。

●昨日は、ドバイにいる息子から長女の卒業式(インターナショナルスクール)の写真が送られてきた。感謝。

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東京都美術館の「バベルの塔」展に行く。聖書の記事を描いた中世の宗教画が多く、
大勢の人が熱心に見ているのを見て、どうして信仰には至らないのかなーと考え、
次のイエスの言葉を思った。

塚本訳 マコ 10:20-21
10:20 その人が言った、「先生、それならみんな若い時から守っております。」
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」


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東京文化会館で、ボリショイ劇場のチャイコフスキーのバレー「白鳥の湖」を観賞。
要所要所で大拍手。舞台と客席が一体であった。人類の至宝の芸術。
注目の最後。王子ジークフリートは悪魔に負ける。悲観したオデットは湖に身を投げる。
それを見たジークフリートは手で顔を覆う。

塚本訳 ヨハ 15:12-13
15:12 わたしがあなた達を愛したように、互に愛せよ。──これがわたしの掟である。
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。



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主役のプリマドンナ。ユリア・ステパノワ(26歳)と。神の栄光の現れのようなすばらしい演技であった。

口語訳 創  39:6
39:6 そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは
姿がよく、顔が美しかった。


口語訳 Ⅰサム17:42
17:42 ペリシテびとは見まわしてダビデを見、これを侮った。まだ若くて血色がよく、姿が美しかったからである。

塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた

塚本訳 ヘブ 1:3
1:3 彼は神の栄光の放射であり、本質の像である。彼はまたその力ある言葉をもって万物を保たれる。彼は(この世に降り)、罪の潔めを成し(とげて、ふたたび)高き所にのぼり、(神の)御稜威の『右にお坐りになっている』。








































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神への従順が平安と喜び・・・悪魔は「神に反抗せよ」と囁く・・・ ++++++++ 所感

2017/06/07 06:15

170607(水)目覚めのの啓示「神への従順が平安と喜び・・・悪魔は「神に反抗せよ」と囁く・・・●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。この世はなんでこんなに病気不幸悩み悲しみがあるのかと思う。●それは悪魔にとらわれている人間を神が奪還しようとする苦肉の策なのであると信じる。不幸、病気、悩み悲しみの総ては神がご存知で目的がある。御心である。●神の子イエスは悪霊を追い出した。これが次回集会感話の主題である。

塚本訳 ルカ 4:36
4:36 皆がびっくりして、互いにこう語り合った、「この言葉はいったいどうしたのだろう。権威と力があって、この人が命令されると、汚れた霊まで出てゆくのだが。


●この汚れた霊が人を様々な不幸に陥れる。罪の奴隷だからだ。しかしその不幸は神の御心。神の子の霊は人間から悪霊を追い出す。神の子キリストは血を流して人間を悪魔から奪還して「神への従順による平安と喜び」に道を開いた。

塚本訳 ヨハ 8:34-36
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)


●悪魔は人間を神に不従順になるように囁く。神への反抗こそ人間の自由であると言うのだ。天下国家への断罪批判に一生懸命な無教会の態度は悪魔の囁きに毒されている。彼らは「信仰のみ」の神へ従順な態度が馬鹿、怠慢に見えるのだ。

●悪魔は身近な人を通して囁く。伴侶、母、身内、兄弟、弟子、先生、、常識・・・・・危ない危ない。だから主は毎日次のように祈れという。

文語訳 マタ 6:13
6:13 我らを嘗試に遇はせず、惡より救ひ出したまへ


塚本訳 マタ 6:13
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください


●今朝は悪魔が身近な人間を通してが囁いた例を見てみよう。みな、悪魔は人間が神に従順にならないように仕向ける。キリスト教人口が増えないのは悪魔の働き。

新共同 創  3:1
3:1 主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」

新共同 創  3:6
3:6 女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。

新共同 ヨブ 2:4-6
2:4 サタンは答えた。「皮には皮を、と申します。まして命のためには全財産を差し出すものです。
2:5 手を伸ばして彼の骨と肉に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」
2:6 主はサタンに言われた。「それでは、彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」


新共同 ヨブ 2:9-10
2:9 彼の妻は、/「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言ったが、
2:10 ヨブは答えた。「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。

塚本訳 マタ 4:1-3
4:1 間もなくイエスは悪魔の誘惑にあうため、御霊につれられて荒野に上られた。
4:2 四十日四十夜断食をされると、ついに空腹を覚えられた。
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」

塚本訳 マタ 4:8-11
4:8 悪魔はまたイエスを非常に高い山に連れてゆき、世界中の国々と、栄華とを見せて
4:9 言った、「あれを皆あげよう、もしひれ伏してわたしをおがむなら。」
4:10 そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)『あなたの神なる主をおがめ、』『主に』のみ『奉仕せよ』と書いてあるのだ。」
4:11 そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。

塚本訳 ヨハ 2:1-4
2:1 それから三日目に、ガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2 イエスも弟子たちと婚礼に招かれた。
2:3 すると宴会の最中に酒が足りなくなったので、母がイエスに言う、「お酒がなくなりました。」
2:4 イエスが言われる、「女の方、〃放っておいてください。〃わたしの栄光(を示す)時はまだ来ておりません。」

塚本訳 マタ 12:47-49
12:47 〔無し〕
12:48 しかしイエスはそのことを知らせた者に、「わたしの母とはだれのことだ、わたしの兄弟とはだれのことだ」と答えて、
12:49 弟子たちの上に手をのばして言われた、「ここにいるのが、わたしの母、わたしの兄弟だ

塚本訳 マコ 3:21
3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

塚本訳 マタ 16:22-23
16:22 するとペテロはイエスをわきへ引っ張っていって、「主よ、とんでもない。そんなことは絶対にいけません!」と言って忠告を始めた。(救世主が死ぬなどとは考えられなかったのである。)
16:23 イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

塚本訳 ヨハ 13:1-2
13:1 過越の祭の前、イエスはこの世から父上の所に移ってゆく時が(ついに)来たことを知って、この世で愛された弟子たちを、最後の瞬間まで愛しぬかれた。──
13:2 (祭の前日の)夕食のとき、すでに悪魔はシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを売ろうとする考えを吹き込んだ

塚本訳 ルカ 22:39-46
22:39 それから(都を)出て、例のとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たち(十一人)もついて行った。(もう真夜中すぎであった。)
22:40 いつもの場所につくと、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)地上に落ちた。
22:45 やがて祈りから立ち上がって弟子たちの所に来て、彼らが悲しさのあまり寝入っているのを見ると、
22:46 言われた、「なぜ眠るのか。
誘惑に陥らないように、立ち上がって祈っていなさい。」

塚本訳 ピリ 2:6-9
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。


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朝の啓示黙想おわり。人生は神に従順になるか悪魔に従順になるかの血みどろの戦い。しかし神は我々に勝利を与える。

●妻は塚本虎二著作集読書会。発表担当
●池谷医院、定期健診。血圧126-77
●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書32章








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各種依存症の悩み・・・神が悪霊を追い出して救う・・ ++++++++ 所感

2017/06/06 06:43

170606(火)3時半目覚め。13人(二人増加)+6家族の救霊と平安を祈る。●身内が依存症に陥って悩んでいる人にぶつかった。依存症とは、薬物、アルコール、風俗、ギャンブル・・・・最近はスマートフォンが依存症の一種だと言われる。神なき世界の偶像礼拝である。神の霊に満たされる時、その病は直る。依存症は悪霊に従うことの実である。今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを見て見よう。●一般に依存症といえば心が空白なので渇きを癒そうと刺激を求めることから起こると思われるが、実はそうではなく、神なき空白の心に悪霊が住み着いていて、人間をあらぬものに引きずり回している状態である。だから神が悪霊を追い出して神の霊で心が満たされる時に直るのである。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 マタ 12:43-44
12:43 汚れた霊が(追い出されて)人間から出てゆくと、砂漠をあるき回って休み場所をさがすが見つからない。
12:44 そこで『出てきた自分の家にもどろう』と言って、かえって見ると、空家になっていて、掃除ができて、飾り付けがしてあった。

塚本訳 ルカ 4:33-35
4:33 そのとき、礼拝堂に汚れた悪鬼の霊につかれた一人の人がいたが、大声をあげて叫んだ、
4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」
4:35 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。すると悪鬼はその人をみなの真中に投げ倒して、出ていった。何も怪我はなかった。

塚本訳 マタ 8:28-29
8:28 かくて向う岸、ガダラ人の地にお着きになると、悪鬼につかれた者が二人、墓場から出てきてイエスを迎えた。彼らは非常に狂暴で、だれもその道を通ることが出来なかった。
8:29 彼らはいきなり叫んだ、「神のお子様、『放っておいてください。』まだ時でもないのに、わたしどもを苦しめるためにここに来られたのか。」

塚本訳 ルカ 8:35
8:35 人々はこの出来事を見に出て来たが、イエスの所に来て、悪鬼を追い出された人が着物をき、正気にかえって、イエスの足もとにじっと坐っているのを見ると、恐ろしくなった。


塚本訳 マタ 4:24
4:24 そこでイエスの評判が全シリヤに広まり、人々がさまざまな病気や痛みに苦しむ病人、(中でも)悪鬼につかれた者、癲癇、中風の者を皆イエスのところにつれて来たので、それをなおされた。


塚本訳 マタ 8:16
8:16 夕方になると、人々は悪鬼につかれた者を大勢イエスのところにつれて来た。イエスは言葉をもって霊どもを追い出し、また一人のこらず病人をなおされた。


塚本訳 マタ 10:8
10:8 病人をなおし、死人を生きかえらせ、癩病人を清め、悪鬼を追い出せ。(福音も病気もなおす力も、みな神から)ただで戴いたのだ、ただで与えよ。

塚本訳 ルカ 11:20
11:20 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の指で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。


塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出しているのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。


塚本訳 マタ 15:22
15:22 すると、その地方生まれの一人のカナンの女が出てきて叫んだ、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲を。娘がひどく悪鬼に苦しめられています。」


塚本訳 マタ 17:17-18
17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」
17:18 そしてイエスが悪鬼を叱りつけられると、悪鬼が出ていって、その時から子はなおった


塚本訳 マコ 16:9
16:9 【さて週の第一日の朝早く復活して、まずマグダラのマリヤに自分を現わされた。以前に七つの悪鬼を追い出していただいた女である。

塚本訳 ルカ 8:1-3
8:1 その後、イエスは町から町、村から村へと回りながら、神の国を説き、その福音を伝えられた。十二人(の弟子)がお供をした。
8:2 また悪霊や病気をなおしていただいた数名の女たち、すなわち、七つの悪鬼を追い出されたマグダラの女と呼ばれたマリヤと、
8:3 ヘロデ(・アンデパス王)の家令クーザの妻ヨハンナと、スザンナと、そのほか大勢の女たちも一しょであった。女たちは自分の財産を持ち出して、みなを賄った。

塚本訳 ルカ 8:12
8:12 道ばたのものとは、(御言葉を)聞くと、あとで悪鬼が来て、彼らを信じて救われることのないように、その心から御言葉をさらってゆく人たちである。

塚本訳 マタ 18:5-6
18:5 またわたしの名を信ずるこんな一人の子供を迎える者は、わたしを迎えてくれるのである。
18:6 しかしわたしを信ずるこの小さな者を一人でも罪にいざなう者は、大きな挽臼を頚にかけられて深い海に沈められる方が得である


塚本訳 ルカ 9:42
9:42 しかし来るうちに、悪鬼がもうその子を投げ倒して、ひどくひきつけさせた。イエスは汚れた霊を叱りつけて子をいやし、父親に返された

塚本訳 ルカ 13:16
13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

塚本訳 ヨハ 8:33-36
8:33 しかし彼らは(その意味がわからずに)答えた、「わたし達はアブラハムの子孫で(自由人で)ある。いまだかつてだれの奴隷にもなったことはない。どうして『あなた達は自由になる』と言われるのか。」
8:34 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、罪を犯す者は皆罪の奴隷である。
8:35 奴隷はいつまでも家におるわけにゆかない。(いつでも追い出される。しかし)子はいつまでも家におる。
8:36 だから、もし子(たるわたし)が(罪から)自由にしてやれば、あなた達は本当に自由になるのである。(そしていつまでも父上のところにおることができる。)


塚本訳 ルカ 16:13-14
16:13 しかし(この世のことはみな準備のためであるから、それに心を奪われてはならない。)いかなる僕も(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。」
16:14 金の好きなパリサイ人の人々は一部始終を聞いて、イエスを鼻で笑った。(富は信仰の褒美と考えていたのである。)


塚本訳 マコ 10:25-27
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

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朝の啓示黙想おわり。神が悪霊を追い出して不信者を正気に返らせる。

●次回集会感話の本質。神の力が人を悪霊から救い出す。聖書で聖書を読む方法で目を洗われる。

●あきる野市議選「期日前投票」に行く。























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福島の旅。主の守り ++++++++ 所感

2017/06/05 20:20

170605(月)恵の家で目覚め。11人+6家族の救霊と平安の祈り。

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二本松の恵の家の朝。庭の前に広がる里山がきれいだ。

出がけに華子さんに聖句を三つ走り書きして残して来た

塚本訳 ヨハ 4:21
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。


塚本訳 マタ 16:17
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 マタ 14:29
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。

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恵に飯館村を案内してもらった。最も美しい村と言われていた飯館村が放射能汚染土の黒いビニールの堆積袋とソーラーシェアリングの黒いパネルで自然の景観が壊れている。
しかし、飯館村が放射能汚染で疲弊しているところにソーラーシェアリングで救済していることに意義を見た。同じソーラーシェアリングでも幅の狭いパネルのものがあり、そのパネルの角度をコンピュータで自動制御している藤棚方式は景観を損なわない。人は自然の景観を破壊してはいけない。

新共同 創  1:10-11
1:10 神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた
1:11 神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」そのようになった。

新共同 創  1:31
1:31 神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。


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帰途、郡山で途中下車して昼休みにロマリンダクリニックの富永院長を訪問、主にある歓談。
帰りがけにイエスの「有体的復活を本にして下さい。」と言われた。私の有体的復活信仰の証を本にするようにと言われる方はこれで二人目。神の声か。


イエスの復活を信じられるようになった理由。
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/riyu.htm


「死人の復活」はいかにして信じられるようになるか  

170309のブログ

http://teruonikki.blog55.fc2.com/blog-date-20170309.html


●17:30帰宅。新幹線は速い。




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霊によって生まれるとは何か・・・神は残酷な方法でそれを教えてくださる・・・ ++++++++ 所感

2017/06/04 06:41

170604(日)朝の祈り。11人+6家族の救霊と平安●5時起床。母は「照男さん。キリスト教は解りにくい。仏教のお坊さんの話の方が解りやすい」と言って亡くなった。私はこの言葉がのどに刺さった骨のようである。また還暦を待たずに死んだ仕事上の友人は、「高橋君、聖書ってそんなに面白いものなのかい」と言った。この二人の問いはイエスにも向けられたものであった。

塚本訳 ヨハ 3:3-9
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」
3:4 ニコデモがイエスに言う、「(このように)年を取った者が、どうして生まれなおすことが出来ましょう。まさかもう一度母の胎内に入って、生まれなおすわけにゆかないではありませんか。」
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」
3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」


●そこで今朝は「霊によって生まれるとは何か・・・神は残酷な方法でそれを教えてくださる・・・」ということを巡って聖書のアチコチを連想して見よう。神の懐にあの二人には神ご自身が教えてあろう。

塚本訳 ヨハ 4:24
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」

塚本訳 ルカ 8:54-55
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

塚本訳 ヨハ 9:40-41
9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」
9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)

塚本訳 マコ 4:11-12
4:11 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密が授けられたいる(のでありのままに話す)が、あの外の人たちには、すべてが譬をもって示される。
4:12 これは(聖書にあるように)『彼らが見ても見てもわからず、聞いても聞いても悟らないようにする』ためである。『そうでないと、心を入れかえて(わたし[神]に帰り、罪を)赦されるかも知れない。』」

塚本訳 ルカ 24:13-16
24:13 するとちょうど同じ日に、二人の弟子がエルサレムから六十スタデオ[十一キロ半]離れたエマオという村へ歩いてゆきながら、
24:14 これらの出来事をあれやこれやと話し合っていた。
24:15 二人が(こうして)話したり議論したりしていると、(いつの間にか)御本人のイエスが近づいてきて、一しょに歩いておられたが、
24:16 二人は目をくらまされていたので、それと気がつかなかった。

塚本訳 ルカ 24:30-31
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 マタ 16:13-17
16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」
16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」
16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

塚本訳 ヨハ 20:5-9
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである


塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

塚本訳 マタ 14:27-31
14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」
14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 8:40
8:40 ところがあなた達は、今わたしを殺そうとしている。神から聞いた真理を語っているこの人間を!アブラハムはそんなことはしなかった。

塚本訳 使  3:17
3:17 こんな次第だから、兄弟たちよ、あなた達は、(最高法院の)役人たちも同様、知らないで、(命の先達を殺すようなあんなことを)したのだと、わたしは知っています。

塚本訳 ヨハ 14:15-17
14:15 あなた達は(皆別れを悲しんでいるが、本当に)わたしを愛するなら、わたしの掟を守り(互に愛し)なさい。
14:16 そうすればわたしも父上に願って、(わたしに代わる)ほかの弁護者をおくっていただき、いつまでもあなた達と一しょにおるようにしてあげる。
14:17 これは真理の霊である。この世(の人)には見えもせず、わかりもしないから、これを受けいれることが出来ない。
(しかし)あなた達にはこの霊がわかる。いつもあなた達のところをはなれず、また、あなた達の中におるのだから。


塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。


塚本訳 ヨハ 16:13
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 ヨハ 15:21
15:21 ところが、彼らはあなた達がわたしの弟子であるために、(憎み、迫害など)すべてこれらのことを、あなた達にするであろう。わたしを遣わされた方を知らないからである。

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朝の啓示おわり。本日の集会感話の本質

●10:00 東京聖書読者会。宮崎(司会)、山本(塚本虎二「エペソ書講義」)、高橋(ルカ4:22-30)

http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170603.htm

●妻と福島の旅

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近藤恵邸新居敷地 福島県福島市

口語訳 詩  16:6
16:6 測りなわは、わたしのために好ましい所に落ちた。まことにわたしは良い嗣業を得た。


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近藤恵邸新築工事 起工式

近藤恵邸起工式 式辞
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近藤恵邸 起工式 次第

 

2017年6月4日 於・福島県福島市  午後16時30分

           司式 東京聖書読者会 高橋照男  奏楽 近藤華子

 

  讃美歌312番 (いつくしみふかき)

  祈祷

  式辞。聖書朗読

 

●「家が建つのには時がある」

口語訳   3:1-3

3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある

3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、

3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり

 

口語訳   19:14

19:14 家と富とは先祖からうけつぐもの、賢い妻は主から賜わるものである。

 

●「家は神が賜るもの」

口語訳   127:1-3

127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

127:3 見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。

塚本訳 マタ 6:33-34

6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。

6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

 

●「家が与えられる喜び」

口語訳   128:1-3

128:1 すべて主をおそれ、主の道に歩む者はさいわいである。

128:2 あなたは自分の手の勤労の実を食べ、幸福で、かつ安らかであろう。

128:3 あなたの妻は家の奥にいて/多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んで/オリブの若木のようである。

 

口語訳   84:1-2

84:1 万軍の主よ、あなたのすまいはいかに麗しいことでしょう

84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。

 

●「神が建てる家は倒れない」

塚本訳 マタ 7:24-27

7:24 だから、以上のわたしの話を聞いてそれを行う者は皆、岩の上に家を建てた賢い人に似ている。

7:25 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家に襲いかかったが、倒れなかった。岩の上に土台があったからである。

7:26 また、わたしの話を聞くだけでそれを行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。

7:27 雨が降って、大水が出て、風が吹いて、その家にうちつけると、倒れてしまった。ひどい倒れ方であった。」

 

●「本当の家は神の懐」

塚本訳 ルカ 16:9-10

16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。

16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。

 

          讃美歌405番(かみともにいまして)

          祈祷

          建築主挨拶 近藤恵

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近藤恵邸 起工式 次第 おわり

●恵の家で夕食 恵か食前の祈り
●孫の風人から算数の難問を出されたが出来なかった。






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若手の台頭に目を見張る・・・成長は神の力・・ ++++++++ 所感

2017/06/03 06:06

170603(土)5時起床。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスtロ者の皆様お早うございます。昨夜は世界卓球選手権における若手の快進撃を見て寝るのが遅くなった。女子の平野美宇は17歳、男子の張本智和は13歳。●この若手の成長の不思議に「神の力」というものを感じた。●そこで「成長は神の力」ということに関して聖書のアtリコチを連想してみよう。

塚本訳 ルカ 2:52
2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』

塚本訳 マコ 4:26-27
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない。

塚本訳 マコ 4:8
4:8 またあるものは良い地に落ちた。伸びて育ってみのって、三十倍、六十倍、百倍の実がなった。」

塚本訳 ヨハ 3:6-8
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 Ⅰコリ3:5-7
3:5 それなら、いったいアポロはなんだ、パウロはなんだ、(ただ)使用人で、彼らによってあなた達が信仰に入ったまでであり、しかもそれは、それぞれ二人に主がお命じになったように働いたのである。
3:6 ──わたしは植えた、アポロは水をやった、しかし神がこれまで成長させてくださった
3:7 従って、植える者も水をやる者もなんでもなく、成長させるお方、神だけが偉いのである


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朝の啓示おわり。親たちに告ぐ。子供の成長は神の力による。だから祈りが必要。

●明日の集会感話を推敲。結論を次のようにした。

6月4日集会感話の結論
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●神は不信者に対して、残酷な事をしてまで救いに導く。

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エルンスト・バルラハの傑作彫刻「再会」1926年作。復活を疑っていたトマスがイエスは神の子であることが分かった瞬間。

塚本訳 ヨハ 20:28
20:28
トマスがイエスに答えて言った、「
わたしの主よ!わたしの神よ!

これはルカ1511-32節の「放蕩息子とその父」を連想する。新約聖書の救いの本質の見える姿。父親の手には釘跡があるが息子にはそれが見えない。於・東京藝術大学展覧会2006.4.28。この日私はこの彫刻を行きつ戻りつ三度見た。

塚本訳 ルカ 15:21
15:21
息子は父に言った、『
お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』


●神の国へ旅立つ日を前にして。「泣くな」、主に招かれたのだ。

塚本訳 ヨハ 11:26
11:26
また、だれでも生きて私を信じている者は、
永遠に死なない。このことが信じられるか。」

塚本訳 マタ 14:27-31
14:27
しかしイエスはすぐ彼らに
話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。
14:28
ペテロが答えた、「主よ、
あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」
14:29
「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。
14:30
しかし(いま一足という所で)
強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31
イエスはすぐ
手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。

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明日の集会感話の結論。おわり.

マタイ14:31「イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる」の一句にパウロ書簡の全部が含まれている。





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神は酷いことをする・・・しかしそれは「救い」を求める気を起こさせる神の知恵・・・ ++++++++ 所感

2017/06/02 06:50

170602(金)4時15分目覚め。11人+6家族の救霊と平安を祈る。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) 。キリスト者の皆様お早うございます。かって私の知る人が「神がいるなら抗議したい」と食ってかかるような顔をして言った。彼の夫人は長いこと精神を病んでいる。「神は酷いことをする・・・しかしそれは「救い」を求める気を起こさせるため・・・」。こう思うのは取ってつけたような、木で鼻をくくるような言い方だが、私としてはギリギリこれきり言えない。そこで今朝はこのことを巡って聖書のアチコチを見てみよう。彼がその人生の酷さをを通して救いを求める気を起こすようにならんことを祈る。「求めよ。さらば与えられん」。

文語訳 マタ 7:7-8
7:7 求めよ、さらば與へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。
7:8 すべて求むる者は得、たづぬる者は見いだし、門をたたく者は開かるるなり。

塚本訳 ルカ 19:1-4
19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。
19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。
19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。
19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 ルカ 15:18-19
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」

塚本訳 マタ 9:20-21
9:20 するとそこに、十二年も長血にかかっていた女が近寄ってきて、後ろからイエスの上着の裾にさわった
9:21 「お召物にさわるだけでも、なおるにちがいない」と、ひそかに思ったのである。

塚本訳 ヘブ 11:1
11:1 (では信仰とは何であるか。)信仰とは、希望することの実現であり、(目に)見ぬ事の確信である。

塚本訳 ピリ 2:13
2:13 (しかしもちろんこれは君達の力では出来ない。)何故なら、(救いに関わる)御旨を成し遂ぐるため、君達のうちに働いて、(救いの)願望を起こさせ、これを成就せしめ給う者は、神であるからである。

塚本訳 マタ 19:25-26
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 18:25-27
18:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が縫針のめどを通る方がたやすい。」
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、
「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 ヨハ 9:35-37
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」

塚本訳 ヨハ 5:6-7
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。
5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

塚本訳 ヨハ 20:25-28
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

塚本訳 ルカ 13:23-24
13:23 するとある人が「主よ、救われる者は少ないでしょうか」と尋ねた。人々に言われた、
13:24 「全力を尽くして(今すぐ)狭い戸口から入りなさい。あなた達に言う、(あとになって)入ろうとしても、入れない者が多いのだから。

塚本訳 マタ 14:30-31
14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。
14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」


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朝の啓示黙想おわり。神が救いを求める気を起こさせる。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 31-32章
●妻は午後自彊術。夜はモーツァルト「レクイエム」の練習
●妻の読書会(塚本虎二イエス伝)発表のための聖書引照資料作成応援。
●ドイツでの世界卓球を見る。17歳女子平野の高速卓球。
●若手の台頭。将棋の藤井、男子卓球13歳の張本。
●キリスト教もそうならないかなー

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神の国へ旅立つ日を前にして・・・「こちらに来なさい」という主の招き・・・ ++++++++ 所感

2017/06/01 05:34

13日で満73歳11か月。残り時間のすべてをキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、エクレシヤのため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。

170601(木)4時起床。11人+6家族の救霊と平安を祈る。●集会のMさんは人の手に負えない難しい病気なった。Mさんはかって集会の司会をされたとき、マタイ14:27-31を朗読された。それが、今日
Mさんの身の上に起こっている。そこで今朝はMさんの深い信仰にあやかり、その箇所の感話を私なりにしてみよう

塚本訳 マタ 14:27-31 感話

14:27 しかしイエスはすぐ彼らに話しかけて言われた、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない。」

●神が話しかける
●誰でも死は怖い。恐怖である。この広い宇宙から永遠にこの「私」が消え去り、誰にも知られなくなる。
●新約聖書にイエスの方から声をかけて「安心せよ」という言葉が随所にある。


14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」

●大脳皮質は納得しなくても、主が言うのなら「危険を顧みずに」船から降りる。
●「あなたの言葉なら」という信仰の姿勢は無教会の女子軍団の「お家芸」。クリスチャンの女性の信仰。
●こういう信仰は男性は苦手。頭の構造が違う。神は両性を想像して、これを軛につないだ。

14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。


●「こちらに来なさい」というのは死を目前にした者に対する、神の招きの言葉。
●余命宣告を受けた人はこの言葉を信じて「死の川」を渡る。
●神の国に旅立つ喜び


14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。

●人の最後の状態は「酷い」。神は酷い。
●クリスチャンは「死におじけづく」ものだ。それが人間として当然。自然。
●神の子イエスにしても「死を目前にして」おびえた。まして人間のわれわれにおいてをや。

塚本訳 マコ 14:32-34
14:32 やがて(オリブ山の麓の)ゲッセマネと呼ばれる地所に着いた。イエスは弟子たちに言われ         る、「わたしの祈りがすむまで、ここに坐って(待って)おれ。」
14:33 そしてペテロとヤコブとヨハネ(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)おびえ出し、おののきながら
14:34 彼らに言われる、「『心がめいって、』『死にたいぐらいだ。』ここをはなれずに、目を覚ましていてくれ。」

塚本訳 マタ 26:37-38
26:37 そしてペテロとゼベダイの子二人(だけ)を連れて(奥の方へ)ゆかれると、(急に)悲しみおののき始められた。
26:38 それから彼らに言われる、「『心がめいって』『死にたいくらいだ。』ここをはなれずに、わたしと一しょに目を覚ましていてくれ。」

塚本訳 ルカ 22:43-44
22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた
22:44 イエスはもだえながら、死に物狂いに祈られた。汗が血のしたたるように(ポタポタ)        地上に落  ちた。


14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

●「死の川を渡る時」は神が手を伸ばしてつかまえていてくださる。
●死の時は信仰の真剣勝負
●疑うことはいけないのだが・・・・・・

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朝の啓示黙想。クリスチャンは死の時にに「はしたなく」おびえても神は手を伸ばしてつかまえてくださる


●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 エゼキエル書 30章
●旧約の残りを一日一章やると完成は2019年秋。76歳。
●新約聖書一日一節黙想 ルカ8:47節。この方法は胸が温まる。聖書の力は不思議。
●図書館へ、往復6000歩




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