to 日記と感想 2017年08月01日
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


「聖書を読んだことがないのか」・・・聖書で聖書を読む方法が間違いのない道・・・ ++++++++ 所感

2017/08/01 05:36

13日で満74歳。残り時間のすべてをキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、エクレシヤのため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。


170801(火)5時起床。18人+6家族の救いと平安を祈る。悩み多きこの世なるかな。
さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●過日の高校同窓会でH君が「自分は信仰は持っていないが、自分が死ぬときは高橋君に看取ってもらいたい」と手を握られた。そして別れ際に「聖書を読んでみます」と言って東京駅の雑踏に消えて行った。彼のことは毎朝の祈りの中にある。●これほど「聖書」そのものの力は大したものであることを知った。そこで今朝は「『聖書を読んだことがないのか』・・・聖書で聖書を読む間違いのない道・・・」ということを巡って聖書の思いつくところを掲げてみよう。

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている

塚本訳 マタ 22:31
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──塚本訳 マタ 22:31-32
22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──
22:32 『わたしはアブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神である』と。(ところで)神は死人の神ではなく、生きている者の神である。(だからアブラハム、イサクなども復活して、今生きているわけではないか。」

塚本訳 マタ 26:24
26:24 人の子(わたし)は聖書に書いてあるとおりに死んでゆく。だが人の子を売るその人は、ああかわいそうだ!生まれなかった方がよっぽど仕合わせであった。」

塚本訳 マタ 26:31
26:31 その時イエスは弟子たちに言われる、「今夜あなた達は一人のこらずわたしにつまずくであろう。(聖書に)『わたしは羊飼いを打つ、羊の群はちりぢりになるであろう』と書いてあるからである。(羊飼はわたし、羊はあなた達である。)

塚本訳 マタ 26:54
26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。」

塚本訳 マタ 26:56
26:56 しかしこれはみな、(救世主は罪人のようにあつかわれるという)預言者たちの聖書の言葉が成就するためにおこったのである。」その時弟子たちは皆イエスをすてて逃げた。

塚本訳 ルカ 4:4
4:4 イエスは答えられた、「『パンがなくとも人は生きられる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 ルカ 4:8
4:8 イエスは答えられた、「『あなたの神なる主をおがめ、『主に』のみ『奉仕せよ』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 ルカ 4:16
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。

塚本訳 ルカ 4:21
4:21 イエスは、「(今)あなた達が聞いたこの聖書の言葉は、今日(ここで)成就した」と言って話を始められた。

塚本訳 ルカ 8:10
8:10 言われた、「あなた達(内輪の者)には、神の国の秘密をさとる力が授けられている(のでありのままに話す)が、ほかの人たちには譬をもって話すのである。これは(聖書にあるように、)『彼らが見ても見えず、聞いても悟らない』ようにするためである。

塚本訳 ルカ 10:25-26
10:25 するとそこに、ひとりの律法学者があらわれて、イエスを試そうとして言った、「先生、何をすれば永遠の命がいただけるのでしょうか。」
10:26 イエスは言われた、「律法[聖書]に何と書いてあるか。解釈はいかに。」

塚本訳 ルカ 16:16
16:16 (あなた達は聖書を誇るが、時代はもう変っている。)律法と預言書と([聖書]の時代)は(洗礼者)ヨハネ(の現われる時)までで、その時以来神の国の福音は伝えられ、だれもかれも暴力で攻め入っている。

塚本訳 ルカ 16:28-29
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』

塚本訳 ルカ 19:46
19:46 こう言われた、「『わたしの家は祈りの家であらねばならぬ』と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを『強盗の巣』にしてしまった。」

塚本訳 ルカ 24:32
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなっではないか」と。

塚本訳 ルカ 24:44-46
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

塚本訳 ヨハ 2:22
2:22 だから死人の中から復活された時、弟子たちはこう言われたことを思い出して、聖書とイエスの言われた言葉と(が本当であること)を信じた

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 ヨハ 7:15
7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知ているのだろうか。」

塚本訳 ヨハ 7:38
7:38 わたしを信ずる者は、聖書が言っているように、『そのお腹から、清水が川となって流れ出るであろう。』」

塚本訳 ヨハ 7:42
7:42 『救世主は〃ダビデの末〃から、ダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。」

塚本訳 ヨハ 7:49
7:49 (信じたのは民衆だけだ。)律法(聖書)を知らないあんな民衆は、呪われたがいい!」

塚本訳 ヨハ 13:18
13:18 (幸いであると言っても、)あなた達みんながそうだと言うのではない。どんな人を(弟子に)選んだか、わたしは(始めから)知っている。(中には不心得な者もあるようだ。)しかしそれは、〃(いつも一しょに)わたしのパンを食べる(親しい)者が、踵をあげてわたしを蹴飛ばした〃という聖書の言葉が成就するためである。

塚本訳 ヨハ 17:12
17:12 わたしが一しょにいた間は、わたしに下さいましたあなたの名で彼らを守り、また保護していました。だから彼らのうちだれ一人滅びた者はありません。ただ聖書が成就するために、あの滅びの子(ユダ)が滅びただけです。

塚本訳 ヨハ 19:24
19:24 それで、「これは裂くまい。だれが取るか、籤できめよう」と話し合った。これは、〃彼等は互いにわたしの着物を自分たちで分け、わたしの着るものに籤を引いた。〃という聖書の言葉が成就するためであった。兵卒どもはこんなことをしたのである。

塚本訳 ヨハ 19:28
19:28 こうしたあと、イエスは(自分のなすべきことが)何もかもすんだことを知って、(最後に)聖書の言葉を成就させるために、「〃渇く〃」と言われた。

塚本訳 ヨハ 19:36
19:36 このことがおこったのは、〃彼の骨は砕かれない〃という聖書の言葉が成就するためであるからである。

塚本訳 ヨハ 19:37
19:37 さらに、〃彼らは自分の突き刺した者を見るであろう〃と言うほかの聖書の言葉もある。

塚本訳 ヨハ 20:8-9
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


塚本訳 ヨハ 20:31
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。


●聖書がいかに人の救いになるかについて、6年前に書いたブログを再掲しよう。

2011年1月20日(木)夜中に二度起きて、5時半起床●WEB黒崎詩篇作業●TSK日本語版。2月6日の感話のヒントが与えられた。●何と言っても聖書は聖書それ自身を読むのが一番面白い●これを何に比べられるか。音楽はその曲そのものを聴くのが筋でありまた理屈抜きに楽しい。作曲の背景とか、この部分は誰の曲を真似ているとか、楽典の研究とか、演奏者の優劣比較などではなく曲そのものを味わうことが面白い。●聖書も同じ。執筆の背景、思想、言語、翻訳比較などもある程度の知識は必要であるが、そういう周辺のことではなく、何と言っても聖書それ自身を生で読む事が面白いし、迫力がある。何事も同じだが、源流に竿させば、応用りがつく。●無教会の貢献はこの楽しさを指示したことにある。●聖書それ自身は内村の思想より全然面白い。それは太陽と月のようである●だから黒崎幸吉は聖書それ自身の註解に生涯を費やした。塚本虎二は聖書翻訳に一生をかけた。理屈抜きであった。●拙ホームページも聖書それ自身を愛読している多くの人に役立つような資料を搭載することを目的としている。その結果聖書そのものの愛読者から反響がある。直近3か月の記録では世界15ケ国に散らばっている日本人から一日に97回ものアクセス数がある。これは驚異である。この事は宗教学者の井門富士夫氏が言うように「日本には教会組織そのものにはなじまないが聖書それ自身を愛読している人が非常に多い」ことが数値的に裏付けられたと考える。●あいつには「音楽性」があるとかあいつには「建築性」があるという言い方をするが、あいつには「聖書性」があると言われる人間が理想である。●大脳皮質での聖書学もそれなりに面白い。神学もそれなりに面白い。しかしそれよりも面白くて迫力があるのは聖書それ自身である。聖書それ自身には力がある。●塚本先生は神学は排泄物を研究するようでどうしても興味が湧かなかったと言う。そして神学というのは一種の「歌」であるといい、無教会で神学が必要と言われ出した時には、「無教会も大きくなったもんだ。歌を歌う者が出始めた」と警告された。また内村鑑三は教会史に興味を示さなかった。それは俗なる人間悪世界の研究に過ぎないからである。●無教会主義集会は全国で大小数百あるが、聖書そのものを読み合うと言うところに重点がある場合に健全であり命があり永続性があるが、聖書の周辺の学問や「会」そのものの方に力点が置かれはじめると、教会主義より惨めな姿になる。


新共同 詩 119:105
119:105 あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。


口語訳 詩 43:3
43:3 あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に/わたしをいたらせてください。

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「聖書で聖書を読む」ということが私のライフワークである。集会の某氏に宛てたメールを掲げる。

「神の言葉の成長」(使徒6:7)のために不肖高橋はT氏・Y氏両氏の意向を受け「聖書で聖書を読む」ことに徹底専念したいと考えます。小生の感話はホームページで発信していますが、カトリック、プロテスタント、無教会、から支持されています。

http://www.asahi-net.or.jp/~ej2t-tkhs/

一日約100人がアクセスしていまして、ITによる聖書研究サイトでは「日本で一番人気」という評価が与えられました。(2017.6.15日本福音同盟神学委員会発行『「聖書信仰」の成熟をめざして』P113)

これは無教会主義集会としての「東京聖書読者会」が「支持」されたものと解します。




●今日は都心に大旅行

10:00 三菱東京UFJ銀行 大伝馬町支店 年金担保融資返済終了 石川冬美
11:00建設物価調査会  古巣に表敬訪問 土淵理事長 蓮本総合研究所長
12:15 日本基督教団貧座教会 蛭礼拝 高橋潤牧師(新任)
13:00 昼食 そば+小カレー
13:15 教文館キリスト教書籍部 本を一冊購入 八重樫 長谷川
14:00 日本聖書協会 高橋裕子 岩本潤一
疲れて東京駅から爆睡、気が付いたら「高円寺」
17:00 あきる野に帰着。落ち着く
19:30 浅野摂郎氏から電話。「Jバイブル」や「無教会」のことなど








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