to 日記と感想 2017年09月
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


祈りは聴かれるか・・・ロングフェローの詩に思う・・・ ++++++++ 所感

2017/09/30 05:26

170930(土)5時起床。20人+6家族の祈り●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は夕食前に、高月病院までサイクリング。小高い山の上にある精神病院であった。秋は暮れるのが早い。山を下りながら、集会で精神の病で死ぬまで悩まれたH氏のことを思い出した。H氏は祈りが聴かれず、回復されることなくに逝った。夫人にも先立たれ、散々な生涯であった。神はいるのか。聖書には「祈りは聴かれる」とあるが駄目であった。キリスト教なんて嘘っぱちだ、糞食らえ。しかし夜道を走りながらの帰途、ロングフェローの詩「The Arrow and the Song」を思い出した。それは祈りはいつかは聴かれるというものである。Hさんにとってそれは来世でのことだ。来世に希望の実現を託したHさんの人生は成功の人生だった。Hさん。万歳。



ロングフェロー 「矢と歌」 高橋照男自由訳 
 
ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow 米国詩人1807-1882)

The Arrow and the Song

I shot an arrow into the air,
It fell to earth, I knew not where;
For, so swiftly it flew, the sight
Could not follow it in its flight.

I breathed a song into the air;
It fell to earth, where, I knew not where;
For who has sight so keen and strong,
That it can follow the flight of song?

Long, long afterward, in an oak
I found the arrow, still unbroke;
And the song, from beginning to end,
I found again in the heart of a friend.



上記英詩の信仰的自由訳 高橋照男

 矢と歌(ロングフェロー)

私は大空に向かって「自分の矢」を放った。
それはどこかに飛んでいってしまった。
それは一瞬のことであったので見えなくなってしまったのだ。
私は大空に向かって一人で「自分の歌」を歌った
それもどこかに消えていってしまった。
だれもその矢の行方をしっかり見届けることはできなかった。
だれもその歌が人の耳に届いたのかどうかを知ることはできなかった。
しかし、多くの多くの日の後に
あの「自分の矢」が堅い樫の木に折れずに突き刺さっているのを見つけた。
あの「自分の歌」が愛する人の胸の内にそっくりそのまま覚えられているのを知った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。 隠れた祈り、母の祈り、義人の祈りは聴かれると信じる。 否、信じ込む。

祈りはいつか聴かれる。この世では実現しなくても来世で実現する。その忍耐の祈りがクリスチャンのこの世での「仕事」ライフワークである。モーセ、ヨブ(原詩はハッピーエンドではなかった)、パウロ、然り、イエスも祈りの成果を見ることなく逝った。祈りがこの世で聴かれると思うな。それは贅沢な希望だ。祈りは死んでから聴かれる。神に覚えられて来世で聴かれる。「弟子は師に勝らず」(ルカ6:40)。

塚本訳 マタ 5:3-6
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。

塚本訳 ルカ 6:20-21
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 86-90編

2017_09300010.jpg 

可憐なコスモス大好き。クリスチャンのようだ。後ろは我が家 マタイ6:30を思う


日本聖書協「標準訳」パイロット版2016

今日は生えていても、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。

 

岩波翻訳委員会訳1995

400630もし、今日生きていても明日は炉に投げ込まれる野の草を〔すら〕、神はこのように装って下さるのであれば、あなたたちをなおいっそう〔装って〕下さらないはずがあろうか、信仰の薄い者らよ。

 

新共同訳1987

6:30 今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。

 

前田訳1978

6:30 きょう盛り、あす炉に投げ込まれる野の草をも神はこれほど装いたもう。ましてあなた方を、ではないか、信仰の小さい人たちよ。

 

新改訳1970

6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。

 

塚本訳1963

6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

 

口語訳1955

6:30 きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。

 

文語訳1917


"400630","今日ありて明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。


2017_09300016.jpg 

コスモスを玄関に飾る。左は集会の宮崎トキさんの「百合」
百合は復活の象徴

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秋川霊園に父母の墓参。いつもは一緒に来る妻は体調悪く私一人。
父は25年前に87歳。母は13年前に88歳で逝った。
私も妻も父母の年齢ぐらいまでは生きたいと話し合っている。しかし御心のままに、御心のままに。

日本聖書協会「標準訳」パイロット版2017 詩篇90篇

1祈り。神の人モーセの詩。

我が主よ、あなたは代々に我らの住まい

2山々がまだ生まれず

あなたが地と世界を生み出される前か

    ら

とこしえからとこしえまであなたは神。

 

3「人の子らよ、帰れ」とあなたは言い
人を塵に帰らせる。

4まことに、あなたの目には千年といえど

過ぎ去った一日のよう

夜回りの一時にすぎない。

5あなたは人を死の眠りに落とされるc

人は朝に萌え出る草のよう。

6朝には咲き誇り、なお萌え出るが

夕べにはしおれ、枯れ果てる。

 

7あなたの怒りに私たちは消え入り
あなたの憤りに恐れおののく。

8あなたは私たちの過ちを御前に

隠れた行いを御顔の光にあらわにされ

る。

9私たちの日々はあなたの激しい怒りに

ことごとく過ぎ去り

私たちは吐息のように年月を終える。

10私たちのよわいは七十年

健やかであっても八十年

誇れるものは労苦と災い

またたく間に時は過ぎ去り、私たちは飛

    び去る。

 

11あなたの怒りの力を誰が知りえよう。
あなたを畏れるほどに

その激しい怒りを知っていようか。

12残りの日々を数えるすべを教え

知恵ある心を私たちに与えてください。

13主よ、帰って来てください。いつまで

    なのですか。

あなたの僕らのことを思い直してくだ

    さい。

14朝には、あなたの慈しみに満たされ

すべての日々を楽しみ、喜ぶことができ

    ますように。

15あなたが私たちを苦しめた日々と

私たちが災いを見た歳月に応じて

私たちを喜ばせてください。

16あなたの業があなたの僕らに

輝きがその子らに現れますように。

17我らの神、我が主の優美が

 私たちの上にありますように。

私たちの手の働きを

 私たちの上に確かなものにしてくだ

   ・さい。

私たちの手の働きを力あるものにして

    ください。




●明日の集会感話の配布資料をホームページの「使徒伝承」にアップ。「シモンの姑」ルカ4:38-39


http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170930.htm

●13:30 あきるのルピアで「さよなら原発にしたま」主催映画「チャルカ」を見る。監督は島田恵
内容は原発コミの処分問題

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聖書は心で読め・・・学者の説に振り回されるな・・・・ ++++++++ 所感

2017/09/29 06:43

170929(金)5時起床●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は、田川建三の「黙示録」を読んで圧倒されたが、あれは学者の読み方で、どうも聖書の読み方の本道ではないような気がした。イエスも聖書をあのような「学者読み」はしないと思った。●そこで今朝は明語日の集会感話の「素人読み」を徹底するために一度プリントしたもののを廃棄して、「素人の本質読み」に徹底するために変更した。田川には笑われるかもしれないが、神とキリストには喜ばれるはずだ。

10月1日集会感話の抜粋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シモンの姑 (ルカ43839

・・父なる神は病人に心が向く・・

 

2017年10月1日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 4:38-39

4:38 イエスは①立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。シモンの姑が②ひどい熱病に苦しんでいた。③人々が彼女のことを願うと、

4:39 ④近寄って身をかがめ、熱病を⑤叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした。

 

(以下抜粋、聖書的根拠は省略)

①立って礼拝堂を出て、
・・・イエスは病人に向かった


②ひどい熱病
・・・ひどい病気に悩む人はイエスに向かった


③人々が彼女のことを願う・・・病人を抱える人の祈りは聴かれる


④近寄って身をかがめ
・・・イエスの方から近づいて声をかけた


⑤叱りつけられた
・・・神は全能の力を持つから瞬間に直せる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。聖書は学問的ではなく、心で「本質読み」をせよ。イエスもそういう読み方をした。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 81-85 編。84篇にグッと来た。

●夕食前に、高月病院までサイクリング。小高い山の上にある精神病院であった。

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己をすてることは出来るか・・・キリストに従う道の喜び。最後は永遠の命・・・ ++++++++ 所感

2017/09/28 06:48

170928(木)5時起床。19人+6家族の救いを祈る●朝の啓示「己をすてることは出来るか・・・キリストに従う道の喜び。最後は永遠の命・・・」●「己をすてる」喜びは何もキリスト教でなくともこの世にある。今日流行の「断捨離」はモノへの執着を捨ててて心の平静を保つことであるらしい。これは宗教一般の真理でもある。ところがキリストの言う「己をすてる」というのはキリストに従うことによって得られる「永遠の命」の喜びである。ここがこの世の「己をすてる」こととは一枚違うのである。サッパリの喜びでなく、永遠の命の喜びである。今朝はこのことを「聖書で聖書で読む」ことをしてみよう。

塚本訳 ルカ 9:23-25
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。
9:24 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしのために(この世の)命を失う者が、(永遠の)命を救うのだから。
9:25 全世界をもうけても、自分(の命)を失ったり損したりするのでは、その人は何を得するのだろう。

塚本訳 ルカ 14:25-27
14:25 大勢の群衆がイエスと一しょに旅行をしていると、振り向いて言われた、
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。
14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。

塚本訳 マコ 8:35
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために
(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてたで、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 マタ 16:26
16:26 たとい全世界をもうけても、命を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。

塚本訳 ヨハ 12:25
12:25 [(この世の)命をかわいがる者は(永遠の)命を失い、この世で命を憎む者は、命を守って永遠の命にはいるであろう

塚本訳 マタ 19:24-29
19:24 かさねて言う、金持が天の国に入るよりは、駱駝が針のめどを通る方がたやすい。」
19:25 これを聞いて、弟子たちは非常に驚いて言った、「ではいったい、だれが救われることが出来るのだろう。」
19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」
19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」
19:28 イエスが彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、新しい世界が生まれて、人の子(わたし)が栄光の座につく時には、わたしの弟子になったあなた達十二人も十二の王座について、イスラエル(の民)の十二族を支配するのである。
19:29 そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである

塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳 Ⅱコリ4:16-17
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。

塚本訳 マタ 5:20
5:20 わたしは言う、あなた達の行ないが聖書学者やパリサイ人以上にりっぱでなければ、決して
天の国に入ることはできない。

塚本訳 マタ 5:46
5:46 自分を愛する者を愛したからとて、なんの褒美があろう。(人でなしと言われるあの)税金取りでも同じことをするではないか。

塚本訳 ヨハ 3:5-6
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。

殉教者の幸福〔第五の異象〕  塚本訳黙  14:13
14:13
また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『
今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

クリスチャンの光栄と希望  塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8
君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

ただ天上のものを考えよ  塚本訳 コロ 3:3-4
3:3
君達は(既にこの世に)死んで、
その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4
(しかし今でこそ隠されているが、)
私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

互に愛せよ  塚本訳 Ⅰペテ1:23-25
1:23
(君達は)朽つる種でなく、朽ちぬ種から、(すなわち)神の活ける、また
(永遠に)消え失せぬ言によって新しく生まれたのである。
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25
『しかし』
主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

モーセにもまさる役目を託されている  塚本訳 Ⅱコリ4:7
4:7
しかし
この宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

外の人と内の人  塚本訳 Ⅱコリ4:16-17
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。
4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。福音の故にこの世を捨てることになった人は、この世の喜びに勝る永遠の命を得ることが出来る。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 79-80  編

●田川建三の「訳と注・ヨハネ黙示録」のあとがきを読む。黙示録は原著者による本文にSという人物(強烈なユダヤ主義者)が加筆してできていると言う。この辺全く歯が立たない。学者の「説」である。また黙示録の泰斗佐竹明氏を尊敬し先輩で畏友として対峙していることは美しい。尊敬しているが故に個々について容赦なく批判するのは学問を志す人間の礼儀であるとも言っている。どんな世界でも師匠を投げ飛ばすのが礼儀である。子供の一人や二人に「家出」されるようでなければ一人前の親ではない。
●かって、集会でヨハネ福音書、ヨハネの手紙を講読したとき、いつかはヨハネ黙示録に挑戦しようと思ったことがあったが、この田川の本が出たのでやる気がしなくなった。なまじの講読は出来ない。学問は信仰の敵ではないが、黙示録はどう読むべきなのかなー。
●塚本虎二先生は「聖書を読む時は『お祈りして』から読め。と言われる。ところが田川建三の聖書研究会では「お祈り」はしないらしい。これでは聖書の本質は解らないだろう。聖書の本質は霊で解るからだ。

塚本訳 ヨハ 6:63
6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない



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現象としての無教会・・・岩下壮一の「信仰の遺産」を考える・・・ ++++++++ 所感

2017/09/27 06:45

170927(水)さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●今日、どの教会に行けば真の安息が得られるかは、キリスト信者にとって重要な課題である。かってはプロテスタント教会の内紛ゴタゴタに嫌気がさして無教会の先生に走った人が多かったが、その先生がいなくなると落ち着かなくなり、現在は無教会からカトリックの安息に走る人が多くなった。●カトリシズムの権化で無教会批判の急先鋒であった岩下壮一神父(博学篤実の君子・・・塚本虎二の評)は次のように言った。「信仰を絶対主観たる自己の体験に拠るとすれば、それはなんら客観的価値なきものであるが故に、真宗可なり、大本教可なり、鰯の頭可なりとなるではないか。またもしこれに反し、絶対客観たる高等批評に拠るとすれば、まづ高等批評家らに聞いてしかる後に信仰問題を決せねばならぬ始末となり、学問間に異論ある場合には適従すべきところに迷ふ結果となる。」。これに対し無教会主義を唱導した塚本虎二は次のように反駁した。「信仰は、人の主観でもない、私の信仰は神が御霊によって直接私に顕はし給うた『神の奥義なるキリスト』彼ご自身である。これは私の主観の作りだしたものではない。神の顕し給うものである、私の確信ではない。」・・・・要するに、私の信仰、またその規準はキリストである、その霊である。主観と言えばあくまで主観である。客観といえば客観である。」。これは昭和3年の神学論争で、いわゆる「岩下塚本論争」の中心的部分である。無教会は塚本虎二から始まった(北森嘉蔵)。両者はお互いに尊敬し合っていた。●この論争以来約100年。無教会は我が国におけるエクレシア現象として定着し、誰もがこれを知るところとなった。ところがいまや「絶滅危惧種」ごとき貴重な生物となった。無教会の将来は「神の御心」のままである。絶滅危惧種」といえども無教会は信仰の真理であるから、今朝はその聖書的根拠を、無教会100年の歴史現象を念頭に置いて黙想してみよう。

● ペテロの告白  塚本訳マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

● 弟子達への最後の言葉  塚本訳ルカ 24:44-49

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

● イエスの讃美  塚本訳マタ 11:27

11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。

● エマオで現れる  塚本訳ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

● ニコデモとの対話――新生の秘密  塚本訳ヨハ3:7-8

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

● パン問答  塚本訳ヨハ 6:45

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

● 祈れ  塚本訳 ヤコ 5:14-15

5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。

5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。



●兄弟が罪を犯したら  塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

● 子に関する証明のいろいろ  塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

● 七十二人帰る  塚本訳 ルカ 10:19-20
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。信仰は一代。無教会主義集会も一代。御心のままに、御心のままに。

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。(
ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編  71-75 編

●18:30 邦楽アンサンブル「箏・尺八コンサート」(東北復興チャリティ)を妻と聞きに行く。小田急線新百合ヶ丘。収益の全額が「ふくしま自然エネルギー基金」に寄付されるという三男の知らせで出かけた。
●しかし体が持たず、私だけ途中で退席した。昔はこんなことはなかったのだがなー。都心での夜のコンサートは無理だ。


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あしたのことは心配するな・・・神の力を信じられる祝福された人・・・ ++++++++ 所感

2017/09/26 06:32

170926(火)4時半起床。20人+6家族の祈り●さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「あしおたのことを心配するな・・・神の力を信じられる人・・・」●かって「あしたのことを心配するな(マタ6:34)に感じ入って帰って行った人がいた。その人は神に祝福された人であると思った。信仰は努力でも根性でも遺伝でもない。神の祝福である。神の力を信じられるか信じられないかは天地の差であり、その後の行動の差にも現れれる。一方は神の祝福があり。一方は無いいから「あくせく」人間的努力に邁進する。●将来予測をする科学技術者も神に祝福された人の研究とそうでない人とには差がある。●今朝はマタイ6:34を「聖書で聖書」を読んでみよう。

まず翻訳比較

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版2016
6:34だから、明日のことを思い煩ってはならない。明日のことは明日自らが思い煩う。その日の苦労は、その日で十分である。」

岩波翻訳委員会訳1995

400634だから明日のことを思い煩うな。なぜなら、明日は明日自身が思い煩ってくれる。今日の苦しみ〔だけ〕で、今日はもう十分である。

新共同訳1987

6:34 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

前田訳1978
6:34 あすのため心配するな。あすのことはあす自体が心配しよう。一日にとってはその日の苦労で十分である。

新改訳1970

6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

塚本訳1963

6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

口語訳1955

6:34 だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

文語訳1917

"400634","この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。"



●次に頭に浮んだ聖句。浮んだ順序のまま。

塚本訳 マタ 22:29
22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。

塚本訳 ヨハ 3:7-8
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。

塚本訳 ルカ 18:27
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

塚本訳 ヨハ 15:7
15:7 もしあなた達がわたしに留まっており、わたしの言葉があなた達に留まっておれば、なんでもほしいものを願いなさい。かならずかなえられる。

塚本訳 マコ 11:22-24
11:22 イエスが彼らに答えられる、「神(の力)を信ぜよ
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。
11:24 だからわたしは言う、(神に)祈り求めるものはなんでも、すでに戴いたと信ぜよ。そうすればそのとおりになる。

塚本訳 マタ 21:21
21:21 イエスは答えられた、「アーメン、わたしは言う、もしあなた達に信仰があって疑わないならば、この無花果におこった(と同じ)ことをすることができるばかりか、この山にむかい『立ち上がって海に飛び込め』と言っても、その通りになる

塚本訳 マコ 4:26-29
4:26 また言われた、「神の国はこんなものだ。──ある人が地に種を蒔き、
4:27 夜昼、寝起きしていると、種は芽生えて育ってゆくが、本人はその訳を(すら)知らない
4:28 (すなわち)地はひとりでに実を結ので、初めに茎、次に穂、次に穂の中に熟しきった粒ができる。
4:29 実が熟すると、すぐに『鎌を入れる。刈入れ時が来たのである。』」

口語訳 詩  127:1-2
127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

塚本訳 マタ 8:10
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マタ 15:28
15:28 そこでイエスは答えられた、「ああ、女の人、りっぱな信仰だ。願いどおりに成れ。」すると、ちょうどその時から、娘は直った。

塚本訳 ルカ 8:15
8:15 しかし良い地のもの、これは御言葉を聞くと、りっぱな善い心でこれをしっかり守り、忍耐をもって実を結ぶ人たちである。

塚本訳 マタ 10:29-31
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である


塚本訳 ルカ 12:6
12:6 雀は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいなのである。


口語訳 詩  20:7
20:7 ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を誇る

口語訳 詩  90:17
90:17 われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、われらの手のわざを、われらの上に/栄えさせてください。われらの手のわざを栄えさせてください


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朝の啓示黙想おわり。神に祝福される人は、その信仰の故に明日を心配しない。

口語訳 箴  31:25-26
31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている
31:26 彼女は口を開いて知恵を語る、その舌にはいつくしみの教がある。


●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編  66-70 編

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神は死人を起こされる・・罪人も救われる希望の根拠・・・ ++++++++ 所感

2017/09/25 06:45

170925(月)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨夜はこんな夢を見た。H氏が亡くなられたのでご自宅に伺うと、そのH氏は床から身を起こし、「ヤー!高橋君」と言って握手の手を差し伸べた。医者と私は葬儀の準備をしていた家族親族にその必要がないことを言いに出かけようとするところで夢は冷めた。啓示「神は死人を起こされる・・罪人も救われる希望の根拠・・・」●神もキリストも信じないで死んだ親しい者も、我らの祈りで救われる。

塚本訳 ルカ 7:12-16
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』
7:16 皆が恐れをいだいて、「大預言者がわたし達の間にあらわれた」とか、「神はその民を心にかけてくださった」とか言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 8:49-56
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ルカ 20:37-38
20:37 死人が復活することは、(聖書にはっきり書いてある。)モーセも茨の薮の(燃える話の)ところで、主を『アブラハムの神、またイサクの神、またヤコブの神(である)と』と言ってこれを示している。
20:38 ところで神は死人の神ではなく、生きている者の神である。神に対しては、すべての者が生きているのだから。(してみるとアブラハム、イサクなども皆復活して、今生きているわけではないか。)」

塚本訳 マタ 16:21
16:21 この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 マタ 5:44-45
5:44 しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ。
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 マタ 22:8-10
22:8 それから家来たちに言う、『宴会の用意はできているが、招いた人は(客たる)資格のない者(ばかり)だ。
22:9 だから町の出口の所に行って、出会った者をだれでもよいから宴会に呼んでこい。』
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

塚本訳 ロマ 3:23-25
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

塚本訳 ロマ 8:33-34
8:33 だれが(わたし達)神の選ばれた者を告発することができるか。神が(裁判官として)『罪なしと宣告しておられるのに。』
8:34 『だれが(わたし達を)罰することができるか。』キリスト・イエスが(わたし達の罪のために)死んで、それだけでなく復活して、いま神の右においでになって、わたし達のために執り成していてくださるのに。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」


塚本訳 ルカ 5:31-32
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 マタ 21:31-32
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。
21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった。

塚本訳 マコ 10:27
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 ルカ 15:1-7
15:1 さて、イエスの話を聞こうとして、(いつものとおり)税金取りや罪人が皆近寄ってきた。
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。
15:7 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、悔改める必要のない九十九人の正しい人以上の喜びが、天にあるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。神もキリストも信じないで死んだ人、、信じられないでいる人も、我らの祈りで全能の神は救ってくださる。


讃美歌502


いともかしこき イェスの恵み
つみに死にたる 身をもかす
主よりたまわる あめの糧(かて)に
飢えしこころも 飽き足らいぬ

(おりかえし)
世にあるかぎり
きみのさかえと
いつくしみとを
かたりつたえん

●妻はコーラス「もでらあと」の練習
●12:00 歯科
●15:00 皮膚科

2017_09250004.jpg 

医者に行くとき。「白い雲を見た。25年前に亡くなった父を想う。
父に「白い雲」という詩集がある。来世で霊肉の父に会いたいものだ。
時々、父が言った聖句を思い出す。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編  61-65編















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イエスに「先生」と言って近づく者・・・冷たくあしらうイエスの態度に神の国の真理をに学ぶ・・・ ++++++++ 所感

2017/09/24 06:34

170924(日)4時15分起床。20人+6家族の祈り●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。かねてから次の言葉は謎であった。

塚本訳 マコ 10:18
10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない


●これは「キリスト論」論争の種である。この謎の言葉を解明するには神学ではなく、「聖書で聖書を読む」方法が最善最良最高最強である。間違いがない。法皇や牧師や神学者や聖書学者などの人間に聞いてはいけない。聖書に聴かなければならない。今朝はそれをやってみよう。
●イエスがこの言葉を発したのはその前節の質問にある。

塚本訳 マコ 10:17
10:17 旅行に出ようとされると、ひとりの人が駆けてきて、ひざまずいて尋ねた、「善い先生、永遠の命をいただくには、何をすればよいでしょうか。」


●この真摯な真面目な問いに、イエスがあろうことか冷たい言葉を発したのにはわけがある。質問の動機が良くなかったのだ。第一に「善い先生」という思いがよくない。今でも「先生」と言って近づくに人間には注意しなければならない。何か「下心」があるのだ。そういうよからぬ態度を見抜いたイエスが発した言葉に、神の国の重要な真理がある。そこで今朝は「Jバイブル」を使って「先生」という言葉を検索してみた。全部読むとイエスがなぜ冷たくあしらったかが見えて来る。「聖書は聖書で読む」ことが間違いない。簡単である。

塚本訳 ヨハ 3:1-3
3:1 ところでパリサイ人の中に名をニコデモという人があった。ユダヤの(最高法院の)役人であった。
3:2 ある夜、イエスの所に来て言った、「先生、わたし達はあなたが神のところから来られた先生であることを知っています。神がご一しょでなければ、あなたのされるあんな徴[奇蹟]はだれもすることは出来ません。」
3:3 イエスが答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、(徴を見て信じたのではいけない。)人は新しく生まれなおさなければ、神の国にはいることは出来ない。」

塚本訳 マタ 19:16-22
19:16 するとそこに、ひとりの人がイエスの所に来て言った、「先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればよいでしょうか。」
(中略)
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しそうにして立ち去った。大資産家であったのである。

塚本訳 マタ 10:35-38
10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。
10:36 『家族が自分の敵となろう。』
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。
10:38 また自分の十字架を取ってわたしのあとに従わない者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

塚本訳 マコ 10:35-40
10:35 ここに、ゼベダイの子ヤコブとヨハネとが進み寄ってイエスに言う、「先生、お願いがあります、きいていただきたいのです。」
10:36 彼らに言われた、「何をしてほしいのか。」
10:37 彼らが言った、「(来ようとしている)あなたの栄光の中で、わたし達の一人をあなたの右に、一人を左に坐らせてください。」
10:38 イエスが言われた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。わたしが飲む(苦難の)杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることが出来るのか。」
10:39 「出来ます」と彼らがこたえた。イエスは言われた、「(いかにも、)あなた達はわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けるにちがいない。
10:40 しかし、わたしの右と左の席は、わたしが与えるのではなく、(あらかじめ神に)定められた人々に与えられるのである。」

塚本訳 マコ 14:17-20
14:17 夕方になると、イエスは十二人をつれて(そこに)来られる。
14:18 彼らが席について食事をしているとき、イエスは言われた、「アーメン、わたしは言う、あなた達のうちの一人、『わたしと一しょに食事をする者が、』わたしを(敵に)売ろうとしている!」
14:19 (これを聞くと)弟子たちは悲しくなって、「(先生、)わたしではないでしょう!」(「わたしではないでしょう!」)と、ひとりびとりイエスに言い始めた。
14:20 イエスは言われた、「十二人の一人、わたしと一しょにひとつ鉢から食べる者だ

塚本訳 マタ 26:48-50
26:48 イエスを売る者は、「わたしが接吻するのがその人だ。それを捕えよ」と、(あらかじめ)合図をきめておいた。
26:49 そこでいきなりイエスに近寄って、「先生、御機嫌よう」と言って接吻した。
26:50 イエスはユダに言われた、「友よ、そのために来たのではあるまいが!」その時人々が進み寄って、イエスに手をかけて捕えた。

塚本訳 マタ 8:19-22
8:19 すると一人の聖書学者が進み出て言った、「先生、どこへでもおいでになる所へお供をします。」
8:20 イエスはその人に言われる、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」
8:21 またほかの一人の弟子が言った、「主よ、(お共をする)その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
8:22 イエスはその人に言われる、「(今すぐ)わたしについて来なさい。死んだ者の葬式は、死んだ者にまかせよ。」

塚本訳 ルカ 9:59-62
9:59 またほかの一人に言われた、「わたしについて来なさい。」その人が言った、「その前に、父の葬式をしに行かせてください。」
9:60 その人に言われた、「死んだ者の葬式は死んだ者にまかせ、あなたは行って神の国を伝えなさい。」
9:61 もう一人のほかの人も言った、「主よ、お供します。ただその前に、家の者に暇乞いをさせてください。」
9:62 しかしイエスは言われた、「鋤に手をかけたあとで後を見る者は、神の国の役に立たない。」

塚本訳 マコ 5:18-20
5:18 そこで舟に乗られると、悪鬼につかれていた者が、ついて行きたいと願った
5:19 しかし許さずに言われた、「家に帰ってうちの者に、(神なる)主があなたを憐れんで、どんなにえらいことをしてくださったかを、知らせてやりなさい。
5:20 すると彼は行って、イエスがどんなにえらいことを自分にされたかを、デカポリスに言いふらし始めた。皆が驚いた。

塚本訳 マコ 12:13-17
12:13 それから彼らは数人のパリサイ人とヘロデ党の者とを、イエスの所にやった。その言葉尻をとらえ(て訴え出)ようとするのである。
12:14 その人たちは来てイエスに言う、「先生、あなたは正直な方で、だれにも遠慮されないことをよく承知しております。人の顔色を見ず、本当のことを言って神の道を教えられるからです。(それでお尋ねしますが、わたし達は異教人である)皇帝に、税を納めてよろしいでしょうか、よろしくないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきでないでしょうか。」
12:15 イエスは彼らの偽善を見抜いて言われた、「なぜわたしを試すか。デナリ銀貨を持ってきて見せなさい。」
12:16 持ってくると、言われる、「これはだれの肖像か、まただれの銘か。」「皇帝のです」と彼らが言った。
12:17 イエスは言われた、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」彼らはイエスに驚いてしまった。

塚本訳 マタ 12:38-39
12:38 すると数人の聖書学者とパリサイ人が口を出して、イエスに言った、「先生、(では、神の子である証拠に)あなたの(不思議な)徴を見せてください。」
12:39 彼らに答えられた、「この悪い、神を忘れた時代の人は、(信ずるのに)徴をほしがる。しかしこの人たちには、預言者ヨナの徴以外の徴は与えられない。

塚本訳 マタ 23:6-9
23:6 また宴会の上座や礼拝堂の上席、
23:7 市場で挨拶されることや人から先生と呼ばれることを喜ぶ。
23:8 しかしあなた達は『先生』と呼ばれてはならない。あなた達の先生はただ一人(救世主だけで)、あとは皆兄弟であるから。
23:9 また地上の者を『父』と呼んではならない。あなた達の父はただ一人、天の父上(だけ)であるから

塚本訳 マコ 4:36-40
4:36 弟子たちは(岸に立っている)群衆を解散して、イエスが舟に乗っておられるのを、そのままお連れする。幾艘かほかの舟もついて行った。
4:37 すると激しい突風がおこり、波が舟に打ち込んできて、もう舟にいっぱいになりそうになった。
4:38 しかしイエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちが「先生、溺れます、構ってくださらないのですか」と言って起した。
4:39 イエスは目をさまして風を叱りつけ、湖に言われた、「黙れ、静かにしないか!」(たちどころに)風がやんで、大凪になった。
4:40 彼らに言われた、「なんでそんなに臆病なのか。まだ信じないのか。」


塚本訳 マコ 9:17-23
9:17 群衆のうちの一人が答えた、「先生、唖の霊につかれている伜をあなたの所につれて来ました。
9:18 この子は霊がつくと所かまわず投げ倒され、泡をふき、歯斬りして、体がこわばってしまいます。それで霊を追い出すことをお弟子たちに頼みましたが、おできになりませんでした。」
9:19 彼らに答えられる、「ああ不信仰な時代よ、わたしはいつまであなた達の所におればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をつれて来なさい。」(こう言って群衆のいない所に行かれた。)
9:20 人々がイエスの所につれて来ると、霊はイエスを見るや否や、その子をひどくひきつけさせたので、子は地に倒れ、泡をふきながらころげまわった。
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

塚本訳 マコ 11:20-23
11:20 (次の)朝早く、通るときに見ると、(きのうの)無花果の木は根元から枯れていた。
11:21 ペテロは思い出してイエスに言う、「先生、御覧なさい、お呪いになった無花果は枯れています。」
11:22 イエスが彼らに答えられる、「神(の力)を信ぜよ。
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。

塚本訳 マコ 13:1-2
13:1 イエスが宮を出てゆかれるとき、一人の弟子が言う、「先生、御覧なさい、なんと大きな石、なんと堂々たる建築でしょう!」
13:2 イエスは言われた、「この大きな建築を見ているのか。このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳 ルカ 12:13-15
12:13 すると群衆の中の一人がイエスに言った、「先生、遺産を分けてくれるように、兄に言ってください。」
12:14 イエスは「君、だれがわたしを、あなた達の裁判官また遺産分配人に任命したのか」とこたえておいて、
12:15 人々に言われた、「一切の貪欲に注意し、用心せよ。いかに物があり余っていても、財産は命の足しにはならないのだから。」

塚本訳 マコ 12:18-24
12:18 そこに、復活なしと主張するサドカイ人たちが来て、イエスにこう言って質問した、
12:19 「先生、モーセは(その律法に、)『もし死んだ兄が、』妻を残して『子をのこさない場合には、弟はその女をめとり、兄の家をつぐべき子をもうけよ』とわたし達のために書いています。
12:20 (ところでここに)七人の兄弟があって、長男が妻をめとったが、子をのこさずに死に、
12:21 次男が(この律法に従って)その女をめとったが、また子を残さずに死に、三男も同様で、
12:22 ついに七人とも子をのこさず、一番最後にその女も死んでしまいました。
12:23 (もし復活があるなら、)人が復活する復活の折には、この女はその(七人の)うちのだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしましたから。」
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか

塚本訳 ルカ 19:39-40
19:39 群衆の中にいた数人のパリサイ人がイエスに言った、「先生、お弟子たちを叱ってください。」
19:40 答えて言われた、「わたしは言う、この人たちが黙ったら、石が叫ぶであろう。」

塚本訳 ヨハ 1:49-51
1:49 ナタナエルが答えた、「先生、あなたは神の子であります。あなたはイスラエルの王であります。」
1:50 イエスが答えて言われた、「あなたを無花果の木の下で見たと言ったので、信ずるのか。信ずれば、あなたはもっと驚くべきことを見るであろう。」
1:51 そして(そこにいる人たちを見ながら)ナタナエルに言われる、「アーメン、アーメン、あなた達に言う、あなた達は天が開けて、人の子(わたし)の上に神の使たちが(たえず)上り下りするのを見るであろう。」

塚本訳 ヨハ 4:31-32
4:31 その間に弟子たちが、「先生、お食事を」と催促すると、
4:32 言われた、「わたしにはあなた達の知らない食べ物がある。」

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ヨハ 11:8-15
11:8 弟子たちが言う、「先生、ついこの間もユダヤ人があなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこに行かれるのですか。」
11:9 イエスが答えられた、「(心配するな。わたしが神に命ぜられた務を果す時までは、だれもわたしに手を下すことはできない。)昼間は十二時間あるではないか。人は昼間歩けば、つまづくことはない。この世の光(太陽)が照らしているからだ。
11:10 しかし夜歩けば、つまづく。その人の中に(心を照らす)光がないからである。」
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」

塚本訳 ヨハ 13:7-11
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」
13:9 シモン・ペテロがうろたえて言う、「主よ、(それでは、)足だけでなく、手も、頭も、。」
13:10 イエスが言われる、「(一度)湯浴みした者は、(あとでよごれた)足のほかは洗う必要はない、全身が清いのだから。(もう)あなた達は清い。だが、(あなた達)みんながそうではない。」
13:11 イエスは自分を売る者(がだれであるか)を知っておられた。それで、「みんなが清いのではない」と言われたのである。

塚本訳 ヨハ 20:16-17
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」

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朝の啓示黙想おわり。聖書の難しいところは聖書で学ぶのが最善最良最強。

●集会は川上(司会)、横田(生命の研究史)、高木(ロマ書5:19+-20塚本訳の並読)。
●妻は愛子に届け物
●私は教文館。田川建三訳「黙示録」を購入
●14:00 宮崎トキ個展。有楽町で合流
●宮崎さんと三人でしばし信仰と芸術絵論。懇談






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不可解な病・・・神は肉の病を通して霊魂の救いに導く・・ ++++++++ 所感

2017/09/23 06:59

170923(土)さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●20人+6家族の重荷と病を祈る。●昨日は2名から病の報告があった。私は思った。人生にはただせさえ悩み苦しみがあるのになぜ「不可解な病」が襲い掛かるのだろか」と。

口語訳 ヨブ 14:1-2
14:1 女から生れる人は/日が短く、悩みに満ちている。
14:2 彼は花のように咲き出て枯れ、/影のように飛び去って、とどまらない。

口語訳 詩  90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。


●病の人に向かって、病の原因は「罪」だとは言えない。ヨブの友人のようには言えない。

口語訳 ヨブ 4:7
4:7 考えてみよ、だれが罪のないのに、/滅ぼされた者があるか。どこに正しい者で、断ち滅ぼされた者があるか。


口語訳 ヨブ 4:17
4:17 『人は神の前に正しくありえようか。人はその造り主の前に清くありえようか。


口語訳 ヨブ 9:2
9:2 「まことにわたしは、その事の/そのとおりであることを知っている。しかし人はどうして神の前に正しくありえようか。


口語訳 ヨブ 22:5
22:5 あなたの悪は大きいではないか。あなたの罪は、はてしがない。

●ヤコブ書にある長老のような態度は出来ない。それは傷口に塩を塗るようなものだ。

塚本訳 ヤコ 5:15
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。


●しかし、神は人の肉の病や悩みを通してご霊魂を救われる。肉の病は痛い。しかしその痛さは一時的で永遠の命という喜びがb待っている。

塚本訳 マコ 2:9-12
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ヨハ 5:14-15
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」
5:15 その人は行って、直してくれた人はイエスであると、ユダヤ人(の役人たち)に話した。」

塚本訳 ヨハ 9:35-39
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」


●病の人に対してクリスチャンは、霊肉の救いを祈らなければならない。

塚本訳 マコ 9:21-29
9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」
9:26 霊はどなって、はげしくひきつけさせて、出ていった。子は死んだようになったので、多くの人が、「死んだ」と言った。
9:27 イエスはその子の手をとって起された。すると立ち上がった。
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 マタ 6:14
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、

塚本訳 ルカ 23:33-34
23:33 髑髏という所に着くと、(兵卒らは)そこでイエスを十字架につけた。また罪人も、一人を右に、一人を左に(十字架につけた)。
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 ロマ 9:33
9:33 (聖書に)書いてあるとおりである。『見よ、』『躓きの石と邪魔の岩とを』『シオンに』置く、『これを信ずる者は恥をかかないであろう。』

塚本訳 ヤコ 5:13-15
5:13 君達の中に苦しんでいる者があるのか、その人は祈ったがよかろう。喜んでいる者があるのか、その人は(神に)讃美の歌をうたったがよかろう。
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。


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朝の啓示黙想おわり。 共に悩み、ともに苦しむ。説教はしない。神が動く。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け。

●皮膚科に行くも祭日で休診。間違えた人が何人かいた。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 56-60 編

●愛子の家の桶修理

●TVでN響ザ・レジェンドを観る。面白かった。

●TVでNコン関東甲信ブロック大会を観賞。大宮のソニックホールは大きさに感心。。







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天国には結婚なし・・・主にある独身の意義・・・ ++++++++ 所感

2017/09/22 06:42

170922(金)5時起床。20人+6家族の苦難からの真の救いを祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は妻の集会感話の資料作成で次の聖句にぶつかった。

塚本訳 マタ 22:30
22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。


●今朝はこの句をめぐって、結婚、独身、家庭などについて、聖書のアチコチを黙想してみる。結論は結婚も独身も家庭も「この世」のことであり、目的ではなくすべて来世に行く準備の「小事」である。だからこれが不完全であっても嘆くことはない。否、不完全であればあるほど準備が整えられfるのである。

●まず翻訳比較、拙HP

日本聖書協会「新翻訳」パイロット版 2016

 30復活の時にはめとることも、嫁ぐこともない。天にいる天使のようになるのだ。

岩波翻訳委員会訳1995

402230なぜならば、甦りにおいては、人は娶ることも嫁ぐこともしない。むしろ天の御使いたちのようだからである。

 

新共同訳1987

22:30 復活の時には、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。

 

前田訳1978

22:30 復活に際してはめとりもとつぎもせず、天のみ使いのようである。

 

新改訳1970

22:30 復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。

 

塚本訳1963

22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。

 

口語訳1955

22:30 復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである。

 

文語訳1917

"402230","それ人よみがへりの時は、娶らず嫁がず、天に在る御使たちの如し。

●これでは人口が増えないではないか。という疑問に対しては、ここの平行記事の塚本訳ルカ20:34-36に解決のヒントがある。復活する者は天使のようになるのだから「年をとらない」のである。だから天国では我が国の直面する「少子化問題」「高齢化問題」はないらしい。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34 イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35 あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36 復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。


●結婚や家庭生活、子育ても喜びではあるが、それは「この世」の喜び。それ以上の喜びが「主にある」生活にある。イエスに聴く。イエスは結婚を否定されなかった。

塚本訳 マタ 9:15
9:15 イエスは言われた、「婚礼の客は花婿がまだ一しょにいる間に、(断食をして)悲しむことが出来ようか。しかしいまに花嫁を奪いとられる時が来る。すると彼らは(いやでも)断食をするであろう。


塚本訳 マタ 19:4-6
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 マタ 19:10-12
19:10 弟子たちが言う、「夫婦の関係がそんな(面倒な)ものなら、結婚をしない方が得だ。」
19:11 彼らに言われた、「そのことは(本当の意味がわかって実行すれば確かに得であるが、それは)だれにでも出来ることではない。(神から特別に力を)授けられる者だけに出来るのである。
19:12 というのは、(同じ独身でも、)母の胎内から結婚できないように生まれついた者があり、また人から(無理に)結婚できないようにされた者があり、また天の国のために自分で(決心して)結婚しない者がある。(この最後のものが本当の独身である。)出来る者はしたがよかろう。」

塚本訳 マタ 19:13-14
19:13 それから、イエスに手をのせて祈っていただこうとして、人々が子供たちをつれて来ると、弟子たちが咎めた。
19:14 イエスは言われた、「子供たちを放っておけ、わたしの所に来るのを邪魔するな。天の国はこんな(小さな)人たちのものである。」

塚本訳 マタ 9:15
9:15 イエスは言われた、「婚礼の客は花婿がまだ一しょにいる間に、(断食をして)悲しむことが出来ようか。しかしいまに花嫁を奪いとられる時が来る。すると彼らは(いやでも)断食をするであろう。

塚本訳 マタ 22:2
22:2 「天の国は、王子のために結婚披露の宴会を催す王にたとえられる


塚本訳 ルカ 18:29-30
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」


●パウロに結婚問題を聴く。

塚本訳 Ⅰコリ7:1
7:1 また、あなた達が(わたしに)書いている(結婚の)ことについては、(こう答える。)──(出来れば)男は女に触れないがよい。


塚本訳 Ⅰコリ7:6-7
7:6 (今わたしは妻を持った方がよいと言ったが、)しかしこれは(あなた達の弱さを思いやって)譲歩して言うのであって、命令するのではない。
7:7 (欲を言えば、)人が皆、わたしのよう(に独身)であってもらいたい。しかしそれぞれ神からいただいた独自の賜物があって、この人はこう、あの人はこうである。(独身も恩恵、結婚も恩恵である。)


塚本訳 Ⅰコリ7:27-28
7:27 あなたはすでに妻に縛られているのか。解くことを求めるな。妻に結ばれていないのか。妻を求めるな。
7:28 しかしたといあなたが結婚したからとて、罪を犯したことにはならない。またたとえ処女が結婚しても、罪を犯したことにはならない。しかしこんな人たちは、肉体に苦しみがあるにちがいない。わたしはあなた達をそんな目に合わせたくないのである。

塚本訳 Ⅰコリ7:32-34
7:32 ただわたしはあなた達が、(この世のことに)気をつかわないでほしいのである。独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のこと(ばかり)に気をつかうが、
7:33 結婚している男は、どうしたら妻に喜ばれるかと、この世のことに気をつかって、
7:34 心が割れるのである。また独身の女と処女とは、身も霊もきよくあろうとして、主のこと(ばかり)に気をつかうが、結婚している女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、この世のことに気をつかうのである。

塚本訳 Ⅰテモ3:2-4
3:2 だから監督(たる者)は一点非難の打ち処のない(者でなければならない。すなわち)一人の妻の夫であり、真面目で、思慮があり、端正で、接待好きで、教え上手で、
3:3 酒好き喧嘩好きでなく、むしろ優しく、喧嘩嫌いで、金銭を欲しがらず、
3:4 自分の家をよくおさめ、きわめて謹厳で、その子女達が従順な者でなければならぬ。


●次にBbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

塚本訳 Ⅰコリ7:29-31
7:29 兄弟たちよ、わたしが言うのはこのことである。──時は迫った。(だから)今から後は、妻を持つ者は持っていない者のように、
7:30 泣いている者は泣いていない者のように、喜んでいる者は喜んでいない者のように、(物を)買う者は(何も)持っていない者のように、
7:31 (つまり、)この世と交渉のある者は交渉がない者のように、しなくてはいけない。この世の姿は(じきに)消え去るのだから。

塚本訳 マタ 13:41-43
13:41 (すなわち)人の子(わたし)は自分の使たちをやり、『(人を)誘惑する者と不法を働く者とを』皆御国から抜き取って、
13:42 火の燃える炉に投げ込み、彼らはそこでわめき、歯ぎしりするであろう。
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。

塚本訳 マタ 13:43
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け。


塚本訳 Ⅰヨハ3:2
3:2 愛する者たちよ、わたし達は今神の子であるが、(最後の日に)どうなるか、それはまだ現われていない。(キリストが)自分を現わされるときには、わたし達は彼に似ているであろうことを知っている。その時わたし達は彼をありのまま(の姿)で見るからである。(それはわたし達が彼に似ている証拠、また見ることによって、いよいよ似た者になるであろう。)


塚本訳 Ⅰコリ15:42-44
15:42 死人の復活もこのようである。(一つの体が死んで別の体が生まれる。)死滅の姿でまかれて不滅の姿に復活する。
15:43 恥辱の姿でまかれて栄光の姿に復活する。弱さの姿でまかれて力の姿に復活する。
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の黙想おわり。天国では結婚生活なし。結婚にまつわるゴタゴタなし。主にあれば結婚も御心、独身も御心、子供を授かることも御心。授からないのも御心。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 51-55編

●妻が愛子の家から抱えてきた「おはち」の修理

●妻は午後自彊術から夜はモーツァルトの「レクイエム」の練習

●妻の郷里から秋刀魚が送られてきた。今年は細身だ。

●病気のお知らせ二人。

 祈れ  塚本訳 ヤコ 5:14-16

5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。

5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。

5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある








 

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「御心のままに」・・・最も美しい人生観・・・ ++++++++ 所感

2017/09/21 06:05

170921(木)5時起床。20人+6家族の病の祈り。カトリック教会の秘跡のうち「終油の秘跡」は次の聖句が根拠である。カトリック教会とは対極の無教会では信者同士が「終油」の祈りを行わなければならない。そこに時空を超えて真のエクレシアがある。

塚本訳 ヤコ 5:14-16
5:14 君達の中に病んでいる者があるのか、その人は教会の長老を呼び、長老たちは主の名により油を塗って、その人のことを祈ったがよかろう。
5:15 信仰(による真)の祈りは病人を癒し、主は彼を立たせ給うであろう。そしてもし罪を犯して居るならば、赦されるであろう。
5:16 だから互いに罪を告白し、医されるため互いのために祈れ。義人の(熱心な)祈りは働くと大きな力がある。


さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。生きていくうちには様々な苦難に遭遇しますが、そんな時、主の次の言葉が「導きの言葉」になる。

塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

塚本訳 マタ 6:10
6:10 お国が来ますように。お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!



塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!

塚本訳 マタ 6:34
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である


●この「お心がなればよいのです」という言葉は「御心のままに」ということで、キリスト者として最も美しい最高の人生観である。若き日にヒルティに出会ってこの人生観を学んだ。「これだ!」と思った。

ヒルティ「眠られぬ夜のために第一巻3月3日」                            (白水社版ヒルティ著作集第4巻小池辰雄訳。96-97

人がひとたび、あらゆる境遇における神の導き①堅く信じる②ことができ、ヨハネ15:7にあることをしばしば体験したならば、地上で担うべき最大の困難もまた恐怖も、まったくおのずから消え失せ③、人生のすべての困難は皆この信仰の鍛錬のためとなるばかりである。しかもこの鍛錬は、この地上で最も活き活きした幸福④であるところの勝利をもって終わる。もし私が人生の三十路(みそじ)において、すなわち「我らの生涯(いのち)の旅路半(なか)ばで」、人生を貫き導くアリアードネの糸⑤決然として掴み、どんな境遇にあってもこれをしっかり把握していかなかったならば、おそらく私は半ばあるいは全部失敗した生涯を送ったであろう。

●アリアードネの糸(キリストの啓導)を固く掴んで歩く人生

①「神の導き」

塚本訳 ヨハ 8:12

8:12 (同じ大祭の日に、)イエスはまた人々に語られた、「わたしが世の光である。わたしに従う者は、決して暗やみを歩かない。そればかりか、命への光を持つことができる。」

②「堅く信じる」

塚本訳 マタ 8:8-10

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)
8:10
イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。


③「恐怖も、まったくおのずから消え失せ」

③-1)塚本訳 マタ 11:28-29

11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。

11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

③-2)塚本訳 マタ 10:28

10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

④「幸福」

④-1)塚本訳 ヨハ 4:14
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。

④-2)塚本訳 マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

⑤「アリアードネの糸」 (訳者小池辰雄の解説)

アリアードネの糸、はギリシャ神話による。アリアードネはクレタ島やエーゲ海の島嶼(とうしょ)に関係のある女神。ミノス王の娘でアテネ人の若い男女の犠牲を喰う怪物ミノタウエルスを退治しようとする勇士テーゾイスに、糸毬(いとまり)を与えて、地下の迷宮に入らせた。首尾よく怪物を屠(ほふ)ったテーゾイスはアリアードネの糸に従って無事に還ることが出来という。しかしヒルティがここに言うアリアードネの糸は、神の導き、キリストの啓導を意味する。

塚本訳 ヨハ 12:35

12:35 するとイエスは(それには答えず、)彼らに言われた、「もうしばらくの間、光はあなた達のところにある。光のある間に(早く)歩いて、暗闇に追い付かれないようにせよ。暗闇を歩く者は、自分がどこへ行くのか知らない。


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朝の啓示黙想おわり。残りの人生、「御心のままに」「御心のままに」。次は来世への復活の喜びだ。

●妻は上野にボルト展、次にYさんの家、次に愛子の家に「おはぎ」を届ける。
●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 46-50 編
●妻の集会感話の資料作成手伝い。






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何故病気があるのか・・・霊魂が救われてその意味が納得・・・ ++++++++ 所感

2017/09/20 06:29

170920(水)4時50分起床。19人+6家族の病と救いを祈る●朝の啓示「何故病気があるのか・・・霊魂が救われてその意味が納得・・・」
さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。人生のトラブルの原因は病気が原因の場合が多い。肉の病精神の病が離婚、家庭崩壊の原因もその原因が病気である場合が大多数である。●かって、夫人が精神の病に陥った人が「たか「神がいるなら抗議したい」とつっかかったことがある。これに対緒して人間はなまじの返事は出来ない。同病者の慰めもそれは「人の言葉」に過ぎない。真の救いではない。●この人生最大の難問に対して主はどう答えるか。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである

●この「木で鼻をくくった」ような冷たい言葉に当事者も拾遺も納得しない。
●そこでイエスは続けて次のように行動する。

塚本訳 ヨハ 9:4-7
9:4 わたし達はわたしを遣わされた方の御業を昼の間にせねばならない。(すぐ)夜が来る。するとだれも働けなくなる。
9:5 世におる間、わたしは世の光である。」
9:6 こう言って地に唾をはき、唾で泥をつくり、その泥を盲人の目に塗って、
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい
。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。

●その結果、生まれつきの盲人は肉眼が開いて遂に霊眼が開かれた。

塚本訳 ヨハ 9:35-38
9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」
9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」
9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」
9:38 すると「主よ、信じます」と言って、イエスをおがんだ。

●これが主イエスの目的であった。主は言う。

塚本訳 ヨハ 9:39
9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

●この事件で学ぶことは「霊の救いが先で信仰はそのあと」ということである。この生まれつき盲人であるという大不幸が幸して霊眼を開けられた。健常者であったならばこの救いはなかった。不幸は幸福のために必要であった。次の言葉を思う。

塚本訳 ルカ 18:26-27
18:26 聞いている人たちが言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
18:27 イエスは言われた、「人間に出来ないことが、神には出来る。」

●主は肉を救い、そして霊も救った。最終目的は霊魂の救いであった。それが次の主の言葉に現れている。

塚本訳 ヨハ 5:13-14
5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ヨハ 4:15-19
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」
イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。

●気rフィスト教は解って信じるのではなくて、信じて初めてわかる。別の言い方をすれば、「救いが先でその結果としての信仰」。
●この世の病気、不幸、コタゴタを通して人は救いを求める。その結果霊魂の救い、霊眼が開けられるという真の救い、真の幸福に到る。
このことをパウロは言う。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(
神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

●過日召された、星野利男さんは晩年に失明された。妻と一緒にお舞いに伺ったとき、「ナンコレシキ」と言って顔が輝かせた。星野さんは肉の目は見えなくなったが、霊眼は開いていて、神の心が見えていた。星野さん万歳!。

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朝の啓示と黙想おわり。神は肉の病を通して霊の病に気付かせ、真の救いに導かれる。キリスト者はこの世の不幸を神がご存知と信じ、「ナンノコレシキ」と言って笑っていなければならない。自戒。



●8:30分 皮膚科。症状がひどくなったので強い薬に変更。医者の存在はありがたいものだ。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 41-45 編

●妻の集会感話資料作成の手伝い。








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真の教会は何処?・・・救いは神の御胸にある・・・ ++++++++ 所感

2017/09/19 08:39

170919(火)5時起床。●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は内村鑑三記念講演会に出席し、何人かの人と出会った。某氏は内村鑑三の「ルーテルの遺せし害毒」を示して「聖書で聖書を読む」ことの絶対的でないことを指摘してくれた。また某氏は非常に強力な無教会のカリスマ的先生が亡くなった後、その集会からカトリックに走った人が10人もいたことを教えてくれた。●今井館の帰途、では「一体どこに真の救いと、落ち着ける教会(エクレシア)が」あるのだろうか」と考えた。●その結果、今朝はそれは地上にはなく、神のみ胸にあることを「聖書に」学んでみよう。

塚本訳 パン問答  ヨハ 6:45

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

 

塚本訳  ペテロの告白  マタ 16:16-17

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳  ニコデモとの対話――新生の秘密  ヨハ3:7-8

3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない

3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

 

塚本訳  イエスの讃美  マタ 11:27

11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。

 

塚本訳  金持と神の国  マコ 10:25-27

10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」

10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」

10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』

 

塚本訳  エマオで現れる  ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

塚本訳  弟子達への最後の言葉  ルカ 24:44-49

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

 

塚本訳 ルカ 10:20

10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

 


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朝の啓示と黙想。真の教会は神と自分との間にある。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 36-40  編

2017_09190002.jpg 

コスモス大好き。神の息なる風が吹くたびに
「御心のままに、御心のままに」と言いながら従順に頭を下げているようだ。

●17:00 歯科。

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歯痛に学ぶ・・・肉の健康よりもまず霊魂の救い・・・ ++++++++ 所感

2017/09/18 05:51

170918(月)敬老の日。3時目覚め、4時起床。19人+6家族の救いと霊魂の平安を祈る●過日歯科~にもらった痛み止めが切れて、昨夜は妻が切ってくれたリンゴが噛めなかった。夜半の夢で歯科医が、奥歯を二本抜きましょうと言ってペンチ(?)をもの前にかざしたので、「ま、待ってください」と言うところで悪夢が覚めた。●聖句がサーッっといくつも浮かんだ。その共通点は、「肉の健康よりもまず霊魂の救い」ということである。今朝はこのことを巡ってそれを列挙してみよう。Jバイブル駆使。●この世の完成は霊魂の平安をもたらさない。

塚本訳 マタ 5:29-30
5:29 それで、もし右の目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。体の一部が無くなっても、全身が地獄に投げ込まれない方が得であるから。
5:30 もしまた右の手があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。手足が一本無くなっても、全身が地獄へ行かない方が得であるから。

塚本訳 マタ 18:8-9
18:8 (だから)もし手か足があなたを罪にいざなうなら、切り取って捨てよ。両手両足があって永遠の火の中に投げ込まれるよりも、片手片足で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。
18:9 もしまた目があなたを罪にいざなうなら、くじり出して捨てよ。両目があって火の地獄に投げ込まれるよりも、片目で(永遠の)命に入る方が仕合わせである。

塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ


塚本訳 ルカ 12:4
12:4 あなた達、わたしの友人に言う、体を殺しても、そのあと、それ以上には何もできない者を恐れるな

塚本訳 ルカ 5:31-32
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 マコ 8:35
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。

塚本訳 ヨハ 12:25
12:25 [(この世の)命をかわいがる者は(永遠の)命を失い、この世で命を憎む者は、命を守って永遠の命にはいるであろう

塚本訳 ルカ 12:19-20
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。

塚本訳 ルカ 16:9-10
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である。

塚本訳 マタ 6:19-20
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)

塚本訳 ルカ 12:32-33
12:32 小さな群よ、恐れることはない。あなた達の父上は御国をあなた達に下さるつもりだから
12:33 (ただ御国のために働けばよろしい。)持ち物を売って施しをしなさい。(すなわちそれによって)自分のために古び(て破れ)ることのない財布をつくり、泥坊が近づくことも、衣魚が食うこともない天に、使いつくすことのない宝をつんでおきなさい


塚本訳 ルカ 20:24-25
20:24 「デナリ銀貨を見せなさい。そこにはだれの肖像と銘があるか。」「皇帝のがあります」と彼らが言った。
20:25 イエスは彼らに言われた、「それなら皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ。」

塚本訳 マコ 13:1-2
13:1 イエスが宮を出てゆかれるとき、一人の弟子が言う、「先生、御覧なさい、なんと大きな石、なんと堂々たる建築でしょう!」
13:2 イエスは言われた、「この大きな建築を見ているのか。このまま重なっている石が一つもなくなるほど、くずれてしまうであろう。」

塚本訳 マタ 6:24
6:24 (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない

塚本訳 ルカ 10:18-20
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 マタ 19:20-21
19:20 青年が言う、「それならみんな守っております。まだ何か足りないでしょうか。」
19:21 イエスは言われた、「完全になりたければ、家に帰って持ち物を売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 ルカ 18:28-30
18:28 ペテロが(イエスに)言った、「でも、わたし達はこの通り、自分の持ち物をすててあなたの弟子になりました。」
18:29 彼らに言われた、「アーメン、わたしは言う、神の国のために家や妻や兄弟や親や子を捨てた者で、
18:30 この世でその幾倍を、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。」

塚本訳 マタ 6:27-34
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、
あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である。

塚本訳 Ⅰペテ1:24-25
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。

塚本訳 ヨハ 4:12-14
4:12 あなたはわたし達の先祖ヤコブよりもえらいのでしょうか。(まさかそうではありますない。)彼のおかげで、わたし達のこの井戸もあるのです。彼も、その子たちも、家畜も、この井戸から飲みました。」
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ルカ 13:7-8
13:7 葡萄畑の作男に言った、『もう三年この方、この無花果の木に実をさがしに来ているのに、まだ実がならない。切ってくれ。(ならないばかりか、)なんで土地までくたびれさせることがあろう。』
13:8 答えて言う、『ご主人、今年もう一年だけ勘弁してやってください。今度は回りを掘って、肥料をやってみますから。

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朝の啓示黙想おわり。肉の病の痛みを通して永遠の命の有難さに心が向く。そして救われた者はこの世の小事に邁進する。

●妻は叔母の法事で郷里いわき市へ行く
●14:00 今井館で「内尾村鑑三研究会」。講演者、今高義成、安彦忠彦
会って言葉を交わした人、高木謙次、荒井克浩、原島正、坂内宗男、千葉真、
「十字架の言」1994.7 拙論考をコピー
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病人を抱える人へ・・・必死に祈れ。神は悪霊をも追い出してくださる・・・・ ++++++++ 所感

2017/09/17 06:12

170917(日)4時起床。19人+6家族の祈り●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) キリスト者の皆様お早うございます。●昨日は11月5日の集会感話の準備をした。ルカ4:40-41.

塚本訳 ルカ 4:40-41
4:40 日が沈むと、(安息日が終ったので、)さまざまな病人をかかえている人々は皆、それをイエスの所につれてきた。イエスはひとりびとりに手をのせてなおされた。
4:41 悪鬼も、「あなたは神の子だ」と叫びながら多くの人から出ていった。イエスは悪鬼どもが救世主だと知っているので、これを叱りつけ、口をきくことをお許しにならなかった。


●この2節の塚本訳の標題は「病気の治療」である。これに対する副題を黙想し、「病人を抱える人へ・・・必死に祈れ。神は悪霊をも追い出してくださる。・・・・」とした。聖書の思いつくところを掲げる。

●病人を抱える人の必死の願い

塚本訳 マタ 11:12
11:12 とにかく、洗礼者ヨハネの(現れた)時からいままで、天の国は暴力で攻め立てられ、暴力で攻めた者がそれを奪いとっている

塚本訳 マコ 2:3-4
2:3 人々が一人の中風の者を、四人にかつがせてつれて来る。
2:4 群衆のためイエスのところにつれて行けないので、おいでになる所の(上の)屋根をはがして穴をあけ、中風の者を担架に寝かせたまま(イエスの前に)吊りおろす。

塚本訳 ルカ 4:38-39
4:38 イエスは立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。シモンの姑がひどい熱病に苦しんでいた。人々が彼女のことを願うと
4:39 近寄って身をかがめ、熱病を叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした。

塚本訳 マタ 17:14-15
17:14 (山を下りて)群衆の所にかえると、ひとりの人がイエスに近寄り、ひざまずいて
17:15 言った、「主よ、どうぞ伜にお慈悲を。癲癇で、ひどく苦しんでおります。幾たびも幾たびも火の中、水の中に倒れるのです。

塚本訳 マタ 9:18
9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」

塚本訳 ルカ 4:33-37
4:33 そのとき、礼拝堂に汚れた悪鬼の霊につかれた一人の人がいたが、大声をあげて叫んだ、
4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」
4:35 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。すると悪鬼はその人をみなの真中に投げ倒して、出ていった。何も怪我はなかった。
4:36 皆がびっくりして、互いにこう語り合った、「この言葉はいったいどうしたのだろう。権威と力があって、この人が命令されると、汚れた霊まで出てゆくのだが。
4:37 イエスの噂がその周囲の地全体に広まっていった。

塚本訳 マコ 7:25-26
7:25 汚れた霊につかれた小さい娘を持つ一人の女が、すぐイエスのことを聞きつけ、来て足下にひれ伏した。
7:26 この女は異教人で、スロフェニキア生まれであったが、娘から悪鬼を追い出してほしいとイエスに願った。

塚本訳 マタ 15:22
15:22 すると、その地方生まれの一人のカナンの女が出てきて叫んだ、「主よ、ダビデのお子様よ、どうぞお慈悲を。娘がひどく悪鬼に苦しめられています。」

塚本訳 マタ 8:5-6
8:5 カペナウムに帰られると、一人の百卒長がそばに来て願って
8:6 言った、「主よ、うちの下男が中風で家にねていて、ひどく苦しんでおります。……」

塚本訳 ヨハ 4:46-47
4:46 それから、またガリラヤのカナに行かれた。そこは(前に)水を酒にされた所である。するとカペナウムに(ヘロデ・アンデパス)王の役人がいて、その息子が病気であった
4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。

塚本訳 ヨハ 11:32-35
11:32 マリヤはイエスのおられる所に来ると、イエスを見るなり、足もとにひれ伏して言った、「主よ、あなたがここにいてくださったら、わたしの・・わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」
11:35 イエスが涙を流された。

塚本訳 使  16:29-32
16:29 牢番は明りを持って来させて(牢の中に)駈けこみ、震えながらパウロとシラスとの前にひれ伏した。
16:30 そして二人を外につれだして言った、「先生方、救われるにはどうしなければならないのですか。」
16:31 二人が言った、「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われる。」
16:32 そして彼に、家中の者も一緒にして、神の言葉を語った。


●神は全能だから悪霊をも追い出せる

塚本訳 マタ 8:16
8:16 夕方になると、人々は悪鬼につかれた者を大勢イエスのところにつれて来た。イエスは言葉をもって霊どもを追い出し、また一人のこらず病人をなおされた。

塚本訳 マタ 8:32-33
8:32 イエスが「行ってよろしい」と言われると、悪鬼どもは(二人から)出ていって豚に入った。すると群衆は皆(気がちがったように)けわしい坂をどっと湖へなだれこみ、水の中で死んでしまった。
8:33 豚飼たちは逃げ出して町に行き、ことの一部始終、ことに悪鬼につかれていた者に起ったことを知らせた。

塚本訳 マタ 9:32-33
9:32 ちょうど二人と入れ違いに、人々が悪鬼につかれた唖をつれて来た。
9:33 悪鬼が追い出されると、唖が物を言うようになった。群衆が驚いて、「こんなことはかってイスラエル人の中で起ったためしがない」と言った。

塚本訳 マタ 10:8
10:8 病人をなおし、死人を生きかえらせ、癩病人を清め、悪鬼を追い出せ。(福音も病気もなおす力も、みな神から)ただで戴いたのだ、ただで与えよ。

塚本訳 マタ 12:28
12:28 しかし、もし(そうでなく、)わたしが神の霊で悪鬼を追い出していのであったら、それこそ神の国はもうあなた達のところに来ているのである。

塚本訳 マタ 17:18-20
17:18 そしてイエスが悪鬼を叱りつけられると、悪鬼が出ていって、その時から子はなおった。
17:19 あとで弟子たちは人のいない時にイエスの所に来て言った、「なぜわたし達には悪鬼を追い出せなかったのでしょうか。」
17:20 彼らに言われた、「信仰が無いからだ。アーメン、わたしは言う、もしあなた達に芥子粒ほどでも信仰があれば、この山に向かい『ここからあそこに移れ』と言えば移り、あなた達に出来ないことは一つもない。」

塚本訳 マコ 3:14-15
3:14 そこで十二人(の弟子)をお決めになった。そばに置くため、またこれを派遣して、教えを説かせたり、
3:15 全権をさずけて悪鬼を追い出させたりするためであった。

塚本訳 マコ 5:15-16
5:15 彼らはイエスの所に来て、前に一軍団の悪鬼につかれていた者が着物をき、正気にかえってじっと座っているのを見ると、恐ろしくなった。
5:16 また(現場を)見ていた人たちは、悪鬼につかれていた者におこったことや豚のことを、その人々に話してきかせた。

塚本訳 マコ 6:12-13
6:12 そこで十二人は出かけていって、(罪を赦されるための)悔改めを説き、
6:13 多くの悪鬼を追い出し、また油を塗って大勢の病人をなおした。

塚本訳 マコ 7:30
7:30 女が家にかえって見ると、子供は寝床にねており、悪鬼はもう出ていた

塚本訳 マコ 16:9
16:9 【さて週の第一日の朝早く復活して、まずマグダラのマリヤに自分を現わされた。以前に七つの悪鬼を追い出していただいた女である。

塚本訳 マコ 16:15-17
16:15 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は罰せられる。
16:17 そして信じた者(の伝道)には、次のような(不思議な)徴が伴うであろう。──わたしの名を使って悪鬼を追い出し、新しい(霊の)言葉を話し、

塚本訳 ルカ 4:33-37
4:33 そのとき、礼拝堂に汚れた悪鬼の霊につかれた一人の人がいたが、大声をあげて叫んだ、
4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」
4:35 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。すると悪鬼はその人をみなの真中に投げ倒して、出ていった。何も怪我はなかった。
4:36 皆がびっくりして、互いにこう語り合った、「この言葉はいったいどうしたのだろう。権威と力があって、この人が命令されると、汚れた霊まで出てゆくのだが。
4:37 イエスの噂がその周囲の地全体に広まっていった。

塚本訳 ルカ 4:41
4:41 悪鬼も、「あなたは神の子だ」と叫びながら多くの人から出ていった。イエスは悪鬼どもが救世主だと知っているので、これを叱りつけ、口をきくことをお許しにならなかった。

塚本訳 ルカ 8:2-3
8:2 また悪霊や病気をなおしていただいた数名の女たち、すなわち、七つの悪鬼を追い出されたマグダラの女と呼ばれたマリヤと、
8:3 ヘロデ(・アンデパス王)の家令クーザの妻ヨハンナと、スザンナと、そのほか大勢の女たちも一しょであった。女たちは自分の財産を持ち出して、みなを賄った。

塚本訳 ルカ 10:17-20
10:17 七十二人が喜んで帰ってきてイエスに言った、「主よ、あなたの名を使うと、悪鬼までがわたし達に服従します。」
10:18 彼らに言われた、「悪魔が稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ていた
10:19 (悪魔の下働きをする)『蛇』や蝎『を踏みつけ、』また敵のあらゆる力に打ち勝つ全権をあなた達に授けたではないか。だから、あなた達に害を加えるものは一つもない。
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」

塚本訳 ルカ 13:32
13:32 彼らに言われた、「(忠告はありがたいが、)行って、あの狐(のヘロデ)にこう言ってもらいたい、『見よ、わたしはきょうとあしたは、(まだここにいて)悪鬼を追い出し治療を行い、三日目に(仕事が終って)全うされる

塚本訳 ヨハ 10:19-21
10:19 (イエスの)これらの言葉によって、ユダヤ人の間にまたもや意見が分れた。
10:20 そのうち多くの者は、「あの人は悪鬼につかれて、気が狂っている。どうしてあなた達はあんな人の話を聞くのか」と言い、
10:21 またこう言う者もあった、「悪鬼につかれた者にあんな話はできない。悪鬼に盲人の目をあけることが出来ようか。」

塚本訳 ヤコ 3:15-18
3:15 そんな知恵は上から降ったものではない。地上のもの、血肉のもの、(然り、)悪鬼のものである。(真の知恵は謙遜であり、柔和である。)
3:16 何故なら、嫉妬や争いのあるところには無秩序とあらゆる悪事がある。
3:17 上からの知恵はまず聖く、次に平和を好み、親切で、温順で、憫れみと善き果実に満ちて居り、党派根性がなく、偽善でない。
3:18 そして(この)義の果実は平和を作る人(の心)に、(神によって)平和の裡に播かれるのである。

塚本訳 黙  18:2
18:2 彼は強い声で叫んで言うた、「倒れた、倒れた、大バビロンが! そして悪鬼の住家、あらゆる穢れた霊の逃げ場、またあらゆる穢れた憎むべき鳥の逃げ場となった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。神は全能。必死に祈ればどんなに難しい病気も直し、悪霊をも追い出してくださる

文語訳 詩篇 5016

50:16 なやみの日にわれをよべ我なんぢを援(たす)けん而(しか)してなんぢ我をあがむべし

●集会は、高木(司会)、丹野(内村鑑三「宗教座談」)、村上(士師記)

●小寺七重さんと私達とで昼食。

●午後は、日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 26-30編

●敬老の日の贈り物。同封の心の手紙がうれしい。しかし、こういうのもあと何回かなー。
 孫の一人からは英語で

  Respect for the Aged Day

 とあった。感謝。長生きはするものだ。

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出会いも一生も一度限り・・・永遠の命の希望の喜び・・・ ++++++++ 所感

2017/09/16 05:08

170916(土)3時半目覚め。19人+6家族のために祈る。4時起床。朝の啓示と黙想「出会いも一生も一度限り・・・永遠の命の希望の喜び・・・」●秋になると物悲しくなる。ハイネの詩を思う

訳詩:近藤 朔風

なじかは知らねど心わびて
昔のつたえはそぞろ身にしむ
さびしく暮れゆくラインのながれ
いりひに山々あかくはゆる

うるわしおとめのいわおに立ちて
こがねの櫛とり髪のみだれを
梳きつつくちずさぶ歌の声の
くすしき魔力(ちから)に魂(たま)もまよう

こぎゆく舟びと歌に憧れ
岩根もみやらず仰げばやがて
浪間に沈むるひとも舟も
くすしき魔歌(まがうた)うたうローレライ

さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様、お早うございます。今から12年前にライン川下りの際、このローレライ伝説の岩を見た。妻と一緒の写真がある。こういう思い出も昔のことだ。


 ライン川クルーズ ローレライ伝説の岩 2005.7.9 ライン川


●出会いも一生も一度限りのことで後ろへ後ろへと「飛び去って行く」。詩篇90篇10-11節を思う。

文語訳 詩篇
90:10 われらのもろもろの日はなんぢの怒によりて過去り われらがすべての年のつくるは一息のごとし
90:11 われらが年をふる日は七十歳にすぎず あるひは壯やかにして八十歳にいたらん されどその誇るところはただ勤勞とかなしみとのみ その去ゆくこと速かにしてわれらもまた飛去れり

口語訳 詩  90:9-10
90:9 われらのすべての日は、あなたの怒りによって過ぎ去り、われらの年の尽きるのは、ひと息のようです。
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。
しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。


新共同 詩  90:9-10
90:9 わたしたちの生涯は御怒りに消え去り/人生はため息のように消えうせます。
90:10 人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても/
得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。


●これは、人生のはかなさの嘆きの詩である。ヒルティは「それでも、それでも、イエスが神の子であると知った者は『私の一生は楽しく幸福でした』と言うことが出来る」と言う。
●クリスチャンはこの世の不幸を泣いてはいけない。嘆いてはいけない。失敗を悔やんではいけない。それは天国に行くための門なのだ。神の愛の鞭なのだ。
●クリスチャンにとって秋の淋しさはクリスマスの喜びへの期待の時である。
●人生の悲しみや嘆きは最期の日に総てが分かる。解決する。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


●この聖句は現在病の床にいるMYさんが集会の司会で力強く朗読された箇所である。今朝はこの句を研究してみよう。

●まず旧約の典拠、

新共同 イザ 54:13
54:13 あなたの子らは皆、主について教えを受け/あなたの子らには平和が豊かにある。


●次に翻訳比較

日本聖書協会「新翻訳」パイロット版 2016
45預言者の書に、君鼓らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る

岩波翻訳委員会訳
1995

430645預言者たち〔の書〕に、彼らは皆、神に教えられた者になるだろうと書かれている。父から聞いて学んだ人は皆、私のところに来る。

 

新共同訳1987

6:45 預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。

 

前田訳1978

6:45 預言書に、『皆が神の教え子になろう』と書いてある。父に聞き、また学ぶものはわたしのところに来る。

 

新改訳1970

6:45 預言者の書に、『そして、彼らはみな神によって教えられる。』と書かれていますが、父から聞いて学んだ者はみな、わたしのところに来ます。

 

塚本訳1963

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

 

口語訳1955

6:45 預言者の書に、『彼らはみな神に教えられるであろう』と書いてある。父から聞いて学んだ者は、みなわたしに来るのである。

 

文語訳1917

"430645","預言者たちの書に「彼らみな神に教へられん」と録されたり。すべて父より聽きて學びし者は我にきたる。"

 
●次にここをBbBで見て、心に響くものをピックアップする。

拙HP http://www.bbbible.com/all/


塚本訳 ピリ 1:29
1:29 君達はキリストのために──ただ彼を信ずるばかりでなく、また彼のために苦しむことをも恵まれたからである。


塚本訳 Ⅰコリ10:3-5
10:3 皆同じ天与の食べ物(マナ)を食べ、
10:4 また皆同じ天与の飲み物を飲んだ。すなわち、ついて来た天与の岩から(出る水を)飲んだのである。そしてこの岩こそ救世主であった。
10:5 しかし、彼らの大部分の者は神の御心にかなわなかった。その証拠に、(カナンに入ることが出来ず、)『彼らは荒野でうち倒された』。


塚本訳 ピリ 3:15
3:15 だから(兄弟達よ、既に)完成した者は皆(──君達も私も──)このことを心がけようではないか。そしてもし君達に何か考え違いがあれば、それも神が示し給うに違いない。


塚本訳 Ⅰヨハ2:27
2:27 しかしあなた達は、キリストから戴いた油(すなわち聖霊)が留っているのだから、だれからも教えてもらう必要はない。彼の油が万事についてあなた達に教えるように、またそれはまことであって、嘘ではない。そしてその油があなた達に教えたとおり、(つねに)キリストに留っておれ。


●次にTSKを見て、心に響くものを心に響くものをピックアップしてみよう。

拙ホームページ http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/jo06.htm

口語訳 エレ 31:33-34
31:33 しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。
31:34 人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」。

塚本訳 ヘブ 8:10-11
8:10 「これこそわたしがイスラエルの家と結ぶ契約である、かの日の後に」と主は言われる、「わたしは彼らの悟りにわたしの律法を与え、彼らの心にそれを書きしるすであろう。わたしは彼らの神になり、彼らがわたしの民になるであろう。
8:11 そしてひとりびとりがその同胞に、ひとりびとりがその兄弟に、『主を知れ』と言って、教えることは決してないであろう、(その時)彼らは小より大に至るまで皆わたしを知るであろうから。

塚本訳 ヘブ 10:16
10:16 『「これこそわたしが』彼らと『結ぶ契約である、かの日の後に」と主は言われる、「わたしは彼らの心にわたしの律法を与え、彼らの悟りにそれを書きしるすであろう。」』と言われたあとで、


塚本訳 ヨハ 6:65
6:65 そして言われた、「だから『父上に許された者でなければ、だれもわたしの所に来ることは出来ない』と言ったのだ。」


塚本訳 ヨハ 10:27
10:27 わたしの羊はわたしの声を聞きわける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。


塚本訳 エペ 1:17
1:17 われらの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と黙示との霊を君達に与えて神の知識に至らせ給わんこと、


●次に黒崎を見て、心に響くものを掲げてみよう。ネストレもある。

拙HP http://stonepillow.dee.cc/index.html

塚本訳 Ⅰテサ4:9
4:9 兄弟愛については(かれこれ)書く必要はあるまい。互いに相愛すべきことは君達自ら神に教えられ、

●次にベンゲルのグノーモンを見てみよう。上記黒崎のサイトから入る。

塚本訳 マタ 11:27
11:27 ──(知恵も力も、その他)一切のものが父上からわたしに任せられた。父上のほかに、子(であるわたし)を知る者は一人もなく、また、子と、子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示と黙想おわり。ベンゲルのグノーモンが示す。「子が(父上を)あらわしてやる者とのほかに、父上を知る者は一人もない。」(マタ11:27)に唸る。こういう聖書勉強の方法が最善、最良、最高のものである。「聖書は聖書で」読め。人間の書いたものを読むな。

●妻が法事のために郷里に帰るのでイオンにあるJTBに行って切符を買う。
●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編  21-25 編。ダビデの詩には「敵」という言葉が頻繁に出る。軍人の詩だ。
●郵便局で送金2口、その後散髪。











 












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『信仰の遺産』・・・「真の礼拝者とは誰か」を主に聴く・・・ ++++++++ 所感

2017/09/15 04:51

170915(金)4時起床、19人+6家族の十字架を憶えて祈る●全身が痒いので朝風呂に入る。ヨブを思う。ナンノコレシキ。もう少しで直る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。●朝の啓示「『信仰の遺産』・・・真の礼拝者は誰かを主に聴く・・・」●無教会主義者になってから後ろ髪を引かれる思いがするのは、人間として立派な岩下壮一神父の次の言葉である。「無教会主義が真のキリスト教ならば、天父がイエズスを遣わしたまいしことも、またイエズスを愛したまいしごとく信者を愛したもうことも世はさとることが出来ない。」(昭和14年3月「カトリック」第19巻第2号。後に岩下壮一全集第四巻「信仰の遺産」p97に所載)●かってはプロテスタント教会内のゴタゴタに嫌気がさして無教会主義集会に走った人が多かったが、今は無教会主義集会の堕落に愛想がつきて、カトリックにパラパラと行く人がいる。岩下神父の次の言葉は的中した。「真面目なプロテスタントの胸中に、時としてゆききするカトリシズムへのあこがれは、実はまぶたの母に対する憧れなのである。」(上掲「信仰の遺産p107)●教会対無教会の論争は百年論争である。●この論争は事実をもって決着した。今や教会は無教会をかってのように「異端」扱いはしない。●現在進行中の日本聖書協会「新翻訳」はカトリックを含む18の教派の合同作業で総勢160人の陣容であるが、その中に無教会者が数名入っている。●各巻の翻訳が完了した段階でパイロット版が公開され、広く意見を聞いている。私は日本聖書協会から手紙が来たので積極的に「意見具申」をしている。新約聖書は完了し、目下旧約聖書に取り組んでいる。

完了した新約聖書は日本聖書協会の承認を受けて、ホームページで公表している。

http://www.asahi-net.or.jp/~EJ2T-TKHS/bunshou/8translations/8translations.html

●教会無教会論争は、「岩下塚本論争」として「日本キリスト教歴史大辞典」に中澤冾樹先生が書かれた。これは昭和の初期である。今や時代は変わった。カトリックもプロテスタントも無教会も協力して聖書の「標準訳」を生み出そうとしている。私が信仰の師と仰ぐ無教会主義の権化塚本虎二先生は個人訳の先鞭をつけられたが、一国には「標準訳」というものが必要だと言っておられる。そして聖書で最も大切な「神は愛」とか「罪が赦される」とかの真理は翻訳で間違えることはないと言っておられる。●そこで今朝は「真の礼拝者は誰か」をその聖書自身に聴いて私なりに「百年論争」に決着をつけてみたい。主の承認を受けて私は私の道を行く。

塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」


塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

塚本訳 ロマ 1:9
1:9 わたしはこの神を霊をもって、すなわち、その御子の福音を伝えることをもって、礼拝しているのであるが、神がわたしの証人として、

塚本訳 マタ 26:12-13
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 16:16-19
16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会(エクレシヤ)を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」

塚本訳 ヨハ 20:22-23
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 ルカ 6:44
6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。


塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39 あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40 あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない


塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた


塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

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朝の啓示と黙想おわり。負わされる十字架による「呻吟、呻き」の祈りが真の礼拝である。

●歯が痛いので予約なしに飛び込み治療
●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 16-20 編
●妻は自彊術。妻のおばさんの死亡ニュース。

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ATMに行く途中で鳩を見た。

新共同 創  1:20
1:20 神は言われた。「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」

新共同 創  8:10-12
8:10 更に七日待って、彼は再びを箱舟から放した。
8:11 鳩は夕方になってノアのもとに帰って来た。見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。ノアは水が地上からひいたことを知った。
8:12 彼は更に七日待って、を放した。鳩はもはやノアのもとに帰って来なかった。

新共同 レビ 5:8-10
5:8 彼がそれを祭司のもとに携えて行くと、祭司は初めに贖罪の献げ物のを祭壇にささげる。まずその首をひねり、胴から離さずにおく。
5:9 次に、贖罪の献げ物の血を祭壇の側面に振りまき、残りの血を祭壇の基に絞り出す。これが贖罪の献げ物である。
5:10 次いで、もう一羽のを焼き尽くす献げ物として規定に従ってささげる。祭司が、こうしてその人のために犯した罪を贖う儀式を行うと、彼の罪は赦される。

口語訳 詩  84:2-5
84:2 わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。
84:3 すずめがすみかを得、つばめがそのひなをいれる巣を得るように、万軍の主、わが王、わが神よ、あなたの祭壇のかたわらに/わがすまいを得させてください。
84:4 あなたの家に住み、常にあなたをほめたたえる人はさいわいです。〔セラ
84:5 その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです。

文語訳 マタ 6:26
6:26 空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遥に優るる者ならずや。

塚本訳 マタ 3:16
3:16 イエスは洗礼を受けて、すぐ水から上がられた。すると、みるみる天が開けて、神の御霊がのように自分の上に下って来るのを御覧になった。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 ルカ 12:6
12:6 は五羽二アサリオン(六十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、神に忘れられてはいないのである。

塚本訳 マコ 11:15
11:15 エルサレムに来た。イエスは宮に入り、宮(の庭)で物を売る者や買う者を追い出し始め、両替屋の台や、を売る者の腰掛を倒された。

●妻は、夕食後、モーツァルト「レクイエム」の練習。


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孤独の姑・・・聖書の中の姑・・・ ++++++++ 所感

2017/09/14 06:47

170914(木)4時半起床。19人+6家族の十字架を祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨夜はなぜか母の夢を見た。母は夫を送ってから十ニ年間、一人で暮らした。高齢の母を一人で置いておくのは息子として気がかりなことであった。週末に私は自転車で30分のところの一軒家にいる母を訪ねた。88歳で13年前に逝った。最期近く「照男さんキリスト教はむずかしい。仏教のお坊さんの話の方が分かりやすい」と言った。この言葉が喉に刺さった骨のようで今でもなかなか抜けない。キリスト教は難しい。母としても神を信じようにも信じられなかったのだ。●次回10月1日の集会感話は、「シモンの姑、ルカ4:38-39」である。

塚本訳 ルカ 4:38-39
4:38 イエスは立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。シモンのがひどい熱病に苦しんでいた。人々が彼女のことを願うと、
4:39 近寄って身をかがめ、熱病を叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした。


●今朝は「姑」について聖書の記事を黙想してみたい。姑とは「夫または妻の母」のことで「しゅうとめ」と読む。これに対して舅とは「夫または妻の父」のことで、「しゅうと」と読む。いずれも嫁や婿とはお互いに「息苦しい」感じがしてうまくいかないのが定説である。イエスは言う。

塚本訳 マタ 19:5
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。


●結婚というのは生まれ育った両親の殻から出て、妻と新しい家庭をつくるのである。

塚本訳 マタ 9:16-17
9:16 真新しい布切で古い着物に継ぎをする者はない。当て切は着物をひきさき、裂け目はますますひどくなるからである。
9:17 新しい酒を古い皮袋に入れることもしない。そんなことをすれば、皮袋が破れて酒は流れ出し、皮袋もだめになる。新しい酒は新しい皮袋に入れる。そうすれば両方とも安全である。」


●新婚の家庭は親とは別居すべきである。その点、キリスト教は「家」を重んじる儒教道徳とは異なる。キリスト教においては「姑も舅」も孤独である。しかしそれがクリスチャンの宿命である。イエスは言う。

塚本訳 マタ 10:34-35
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。

10:35 わたしは子を『その父と、娘を母と、嫁を姑と』仲違いさせるために来たのだから。

●ルツが夫の死後、姑のナオミに仕えたのは東洋的美談である。

新共同 ルツ 1:11
1:11 ナオミは言った。「わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。

新共同 ルツ 1:16-18
1:16 ルツは言った。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き/お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民/あなたの神はわたしの神。
1:17 あなたの亡くなる所でわたしも死に/そこに葬られたいのです。死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」
1:18 同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた


●この美談の背後には神に仕えるが故に姑に仕えるという信仰的態度があった。神第一、夫第二であった。このルツの子孫から神の子イエスが生まれた。

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朝の啓示と黙想おわり。舅も姑も神第一、家庭第二であるべきだ。しかし神と共にあれば孤独ではない。



●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 11-15 編 NTTの遠隔指導のおかげでスピードアップ

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図書館の帰途、入道雲を見た。積乱雲大好き






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毛虫の毒針・・・サタンの遣い・・・ ++++++++ 所感

2017/09/13 05:37

170913(水)昨日の皮膚科の診断。チャドクガという毛虫の幼虫の目に見えない毒針が原因。空中に飛び交う。庭にあるツバキにその毛虫がいる。全身が皮膚炎でかゆくてたまらない●3時半目覚め。しかし6時間の良質の睡眠は感謝。4時起床、●19人+6家族に対する神の守りを祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●人間、生きていく間には様々な「苦」がある。それを乗り越えて行くためには神への信仰が必要である。●現在の私は毛虫の毒針にやられて、全身が痒くてたまらない。この苦しみを通して、聖書のアチコチを思いめぐらした。たかが毛虫でも私にとっては「私を打つ、サタンの遣い」「すべてのこと益となる。聖書は元気の元。語句検索はバイブルソフトの「Jバイブル」。これはお薦め。1万円強で、「いのちのことば」社で売っている。

塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。

新共同 申  28:27
28:27 主は、エジプトのはれ物、潰瘍(かいよう)、できもの、皮癬(ひぜん…皮膚感染症)などであなたを打たれ、あなたはいやされることはない。

新共同 ヨブ 2:7-10
2:7 サタンは主の前から出て行った。サタンはヨブに手を下し、頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかからせた
2:8 ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった
2:9 彼の妻は、/「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言ったが、
2:10 ヨブは答えた。「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。

新共同 ヨナ 4:7
4:7 ところが翌日の明け方、神は虫に命じて木に登らせ、とうごまの木を食い荒らさせられたので木は枯れてしまった。

塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。

塚本訳 Ⅱコリ4:16
4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

新共同 イザ 51:8
51:8 彼らはしみに食われる衣/虫に食い尽くされる羊毛にすぎない。わたしの恵みの業はとこしえに続き/わたしの救いは代々に永らえる。


塚本訳 Ⅱコリ4:6-7
4:6 というのは、(世界創造の時、)「光、暗闇から輝き出でよ」と言われたその神は、キリストの顔に現れている神の栄光を知る知識が明らかになるため、わたし達の心の中に光を輝かせてくださったからである。
4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 Ⅰコリ15:54-56
15:54 そしてこの死滅すべきものが不滅を着、この死ぬべきものが不死のものを着たら、その時(聖書に)書いてある言葉が実現する。『死は(神の)勝利に飲みこまれてしまった。』
15:55 『死よ、どこに、お前の勝利は。死よ、どこに、お前の剣は』。
15:56 ──死の剣は罪である、罪の力(の源)は律法である。──

塚本訳 ヨハ 3:15-16
3:15 それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

新共同 詩  50:15
50:15 それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって/お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」

塚本訳 マタ 10:29-31
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ルカ 13:4-5
13:4 またシロアムの(池の)近くの櫓が倒れて(下敷になって)死んだあの十八人は、(当時)エルサレムに住んでいた(ほかの)すべての人よりも罪人だったと思うのか。
13:5 そうではない。わたしは言う、あなた達も悔改めなければ、皆同様に滅びるであろう。」

塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」


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朝の啓示と黙想おわり。この世の悩み苦しみは神が総てご存知。それを通して我々は朽ちぬ命の喜びに導かれる。肉の喜びよりも、霊の喜びの方が大きい。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 5:14
5:14 そののちイエスは宮で彼に出合って言われた、「ほら、直ったではないか。もう罪を犯すなよ。もっとひどい目にあうかもしれないから。」

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩編 6-10 編。NTTの遠隔操作サービスで、パソコン技術が助けられた。有難い。
●なお体中が痒くて辛い。医者は、直るのに2週間かかると言う。
●それにしても、あの毛虫(チャドイクガ)は人間に何の恨みがあって毒針をまき散らすのだろう。人類は核でではなく「虫」で滅びるのではないだろうか。いやいや、虫も神の手の内。神は私の苦しみを知っていてくださる。忍耐忍耐。


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神に打たれたパウロの意気ごみ・・・福音以外のことは何も語るまい・・・ ++++++++ 所感

2017/09/12 06:33

さかなのえ 170912(火)今朝は目まいをせずに起きられた。4時目覚め。18人+6家族の救いを祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。夜半の目覚め。湿疹で体のアチコチが痒くたまらない。ヨブの苦しみを思ったが、同時にパウロが自分の命のことを考える時間は「惜しい」と思う気持ちもわかる。●頭に浮かぶ聖句をバイブルソフト「Jバイブル」を駆使してアップする。

新共同 使  20:24
20:24 しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。


塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。


●パウロは神に打たれて「福音意外のことは何も知るまい」と思うようになった

塚本訳 使  26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と

塚本訳 ロマ 1:9-10
1:9 わたしはこの神を霊をもって、すなわち、その御子の福音を伝えることをもって、礼拝しているのであるが、神がわたしの証人として、
1:10 わたしが祈りのたびごとに絶えずあなた達を思い、いつか一度は、神の御心によって都合よくあなた達の所に行けるようにとお願いしていることを、証明してくださるであろう。

塚本訳 ロマ 1:16
1:16 わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。

塚本訳 Ⅰコリ1:18
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。


塚本訳 マコ 8:35
8:35 (十字架を避けてこの世の)命を救おうと思う者は(永遠の)命を失い、わたしと福音とのために(この世の)命を失う者は、(永遠の)命を救うのだから。


塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 Ⅰコリ2:1-2
2:1 わたしもまた、兄弟たちよ、(はじめて)あなた達の所に行ったとき、(人間の)勝れた言葉や知恵を用いることなしに、神から賜った(福音の)証明を伝えていたのであった。
2:2 あなた達の間では、イエス・キリスト以外には何も(言うまい)知るまいと、決心したからである、十字架につけられたあの方以外には!

塚本訳 使  6:1-2
6:1 そのころ、(主の)弟子たち(の数)が次第にふえてきたため、ギリシヤ語を話す(外国そだちの)ユダヤ人からヘブライ語を話す(はえぬきの)ユダヤ人に対して、自分の方の寡婦たちは、毎日の援助においてないがしろにされているという苦情が出た。
6:2 そこで十二人(の使徒)は弟子の団体を呼びあつめて言った、「わたし達(伝道を命ぜられた者)が、神の言葉を(伝える仕事を)放っておいて食卓の世話をするのは適当でない。


●神と福音のために命を捧げる気概

塚本訳 マタ 22:36-37
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』

口語訳 申  6:4-7
6:4 イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。
6:5 あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない
6:6 きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、
6:7 努めてこれをあなたの子らに教え、あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない。

塚本訳 ルカ 9:51-53
9:51 イエスは(いよいよ)昇天の日が迫ったので、決然としてその顔をエルサレムへ向けて進み、
9:52 (まず行くさきざきに)使を先発させられた。ところが、彼らが行ってイエスのために宿の用意をしようとしてサマリヤ人の村に入ると、
9:53 村人たちはイエスが顔をエルサレムへ向けて進んでおられるので、承知しなかった。

塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ヨハ 3:15-16
3:15 それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 マコ 13:14-17
13:14 しかし『(聖なる所を)荒す忌わしい者が』立ってはならない(聖なる)所に立つのを見たら[読者は(ここに隠された意味を)よく考えるがよい]、その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ
13:15 屋根の上におる者は、下におりて家に入って何か取りだそうとするな
13:16 畑におる者は上着を取りに『家にもどる』な
13:17 それらの日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、ああかわいそうだ!

塚本訳 マコ 10:21
10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

塚本訳 マコ 14:35-36
14:35 そしてなお少し(奥に)進んでいって、地にひれ伏し、出来ることなら、この時が自分の前を通りすぎるようにと祈って
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。

塚本訳 ロマ 3:24-25
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──


塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、
よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。

塚本訳 Ⅱコリ2:15-16
2:15 というのは、わたし達は救われる者の間でも、滅びゆく者の間でも、神にささげられるためのキリストのよい薫である。
2:16 ある者には、死から死へみちびく薫であるが、ある者には、命から命へみちびく薫りである。
(ああ、)一体だれにこんなことが勤まろう。

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち
血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 ガラ 2:20
2:20 わたしはもはや生きていない。キリストがわたしの中に生きておられる。いまわたしが肉体で生きるのは、わたしを愛し、このわたしのために自分をすてられた神の子を信ずる信仰によって生きているのである

塚本訳 ピリ 1:20-21
1:20 そして私の切なる期待と望は、私が何事にも恥をかかされず、かえって、いつものように今度も、キリストが正々堂々と私の体で、(私の)生によっても死によっても、(勝を得て)崇められ給わんことである。(然り、私の死によっても!)
1:21 何故なら、私にとって生きることはキリスト(を生きること、彼が私に生き給うことである。否、彼が私の生命)である。そして死ぬることは(完全にキリストと共に生きることであるから、私にはむしろ)利益である。


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朝の啓示黙想おわり。脳が働く残りの全時間を神と福音のために捧げる。神はこの気持ちを「よし」として肉体も経済も支えてくれるであろう。

●全身のかゆみがひどいので皮膚科に行くと、一目で「毛虫(チャドクガ)」と診断。医者の眼力はすごいものだ。かゆみ止めと内服薬を処方された。帰って話すと、早速退治してくれた。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 詩篇 1~5編.
教から詩編、楽しみ。
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悩みの時には必死に祈れ・・・神の霊で力が湧く・・・ ++++++++ 所感

2017/09/11 06:32

170911(月)2時半ごろ目覚めて、目まい。気分が悪く吐き気がするので洗面器を持ってくる。スワ脳出血の再発かと不安になり、「必死に」祈った。すると少し眠れて今度は力が湧き今朝の読むべき聖句が湧いた。聖句は薬、力のもと。5時起床、18人+6家族の祈り●さかなのえΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●今朝与えられた聖句を列挙する。
必死の時は文語訳(100年前!!)が飛び出てくる。

文語訳 詩篇
50:16 なやみの日にわれをよべ我なんぢを援(たす)けん而(しか)してなんぢ我をあがむべし

文語訳 詩篇
3:5 われ聲(こえ)をあげてヱホバによばはればその聖山(きよきやま)より我にこたへたまふセラ
3:6 われ臥していね また目さめたり ヱホバわれを支へたまへばなり


文語訳 イザヤ書
40:31 然はあれどヱホバを俟望むものは新なる力をえん また鷲のごとく翼をはりてのぼらん 走れどもつかれず歩めども倦ざるべし

文語訳 Ⅱコリ12:10
12:10 この故に我はキリストの爲に微弱・恥辱・艱難・迫害・苦難に遭ふことを喜ぶ、そは我よわき時に強ければなり

文語訳 Ⅱコリ4:7
4:7 我等この寶を土の器に有てり、これ優れて大なる能力の我等より出でずして、神より出づることの顯れんためなり。

文語訳 Ⅱコリ4:16-17
4:16 この故に我らは落膽せず、我らが外なる人は壞るれども、内なる人は日々に新なり。
4:17 それ我らが受くる暫くの輕き患難は、極めて大なる永遠の重き光榮を得しむるなり。

文語訳 ロマ 8:18
8:18 われ思うに、今の時の苦難(くるしみ)は、われらの上に顯れんとする榮光にくらぶるに足らず

文語訳 ロマ 8:28
8:28 神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。

文語訳 マコ 5:34
5:34 イエス言ひ給ふ『娘よ、なんぢの信仰なんぢを救へり、安らかに往け、病いえて健かになれ

文語訳 ヨハ 12:24
12:24 誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし

文語訳 ピリ 1:20-21
1:20 これは我が何事をも恥ぢずして、今も常のごとく聊かも臆することなく、生くるにも、死ぬるにも、我が身によりてキリストの崇められ給はんことを切に願ひ、また望むところに適へるなり。
1:21 我にとりて、生くるはキリストなり、死ぬるもまた益なり

塚本訳 ピリ 1:20-21
1:20 そして私の切なる期待と望みは、私が何事にも恥をかかされず、かえって、いつものように今度も、キリストが正々堂々と私の体で、(私の)生によっても死によっても、(勝を得て)崇められ給わんことである。(然り、私の死によっても!)
1:21 何故なら、私にとって生きることはキリスト(を生きること、彼が私に生き給うことである。否、彼が私の生命)である。そして死ぬることは(完全にキリストと共に生きることであるから、私にはむしろ)利益である。

文語訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 我は我が蒙りたる默示の鴻大なるによりて高ぶることのなからん爲に、肉體に一つの刺を與へらる、即ち高ぶることなからん爲に我を撃つサタンの使なり。
12:8 われ之がために三度まで之を去らしめ給はんことを主に求めたるに
12:9 言ひたまふ『わが恩惠なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり』さればキリストの能力の我を庇はんために、寧ろ大に喜びて我が微弱を誇らん。

塚本訳 Ⅱコリ12:7-9
12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。
12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、
12:9 主は(その都度)言われた、「わたしの恩恵はあなたに十分だ。力は弱さの中に完成されるのだから。」、それでわたしはキリストの力がわたしに住みついてくださるように、大喜びで、むしろ(自分の)弱いことを自慢しよう。

文語訳 マコ 5:27-30
5:27 イエスの事をききて、群衆にまじり、後に來りて、御衣にさはる、
5:28 『その衣にだに觸らば救はれん』と自ら謂へり。
5:29 かくて血の泉ただちに乾き、病のいえたるを身に覺えたり。
5:30 イエス直ちに能力の己より出でたるを自ら知り、群衆の中にて、振反り言ひたまふ『誰が我の衣に觸りしぞ』

塚本訳 マコ 5:27-30
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」

文語訳 マタ 10:29
10:29 二羽の雀は一錢にて賣るにあらずや、然るに、
汝らの父の許なくば、その一羽も地に落つること無からん。

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朝の啓示と黙想。悩みの時は必死に祈れ、祈りは力を得る。力が出れば病は直る。子や孫よ、このことを憶えよ。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記 24章。ヨシュア記完了、日本聖書協会に送信

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天に宝を積め・・・・隠れた祈りと行いが神に覚えられる・・・ ++++++++ 所感

2017/09/10 06:33

170910(日)3時半目覚め、4時半起床。18人+6家族の救いと平安を祈る●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨夜は私が妬まれている苦しい夢を見て目が覚めた。それから黙想して「天に宝を積め・・・・隠れた祈りと行いが神に覚えられる・・・」という黙想課題が与えられた。頭に浮かんだ聖句を書きとめたので列挙する。パソコンソフトの「Jバイブル」駆使。

塚本訳 マタ 27:17-18
27:17 ピラトは人々が集まってきたとき言った、「どちらを赦してもらいたいか、バラバ(・イエス)か、救世主と言われるイエスか。」
27:18 ピラトは人々が妬みからイエスを引き渡したことを知っていたのである

塚本訳 ヨハ 11:47-48
11:47 そこで大祭司連とパリサイ人は最高法院を召集して言った、「どうすればよいだろう、あの男はたくさん徴[奇蹟]をしているのだが
11:48 もしこのまま放っておけば、皆があれを信じ(て王に祭り上げ)るであろう。すると騒動が起り、ローマ人が来て、われわれから(エルサレムの)都も国民も、取ってしまうにちがいない。」

塚本訳 Ⅰコリ3:1-3
3:1 そして兄弟たちよ、わたしは(以前、)霊の人と見てあなた達と話すことが出来ず、肉の人と見て、キリストにある幼児と見て話した。
3:2 乳を飲ませて、固い食べ物は食べさせなかった。まだ消化出来なかったからである。いや、あなた達は今もまだ出来ない。
3:3 まだ肉の人だから。あなた達の間に妬みや争いがあるかぎり、肉の人であって、人間的な思いで歩いているのではないか

塚本訳 Ⅰコリ13:4-5
13:4 愛はじっと辛抱する、愛は親切である。妬まない、愛は自慢しない、得意にならない。
13:5 無作法をしない、自分勝手をしない。激昂しない、『(人の)悪いことを根にもたない』。

塚本訳 マタ 6:1
6:1 (しかし戒めだけでなく、行ないにおいても聖書学者、パリサイ人以上でなければならない。すなわち)見せびらかすために、人の見ている前で善行をしないように気をつけよ。そうでないと、あなた達の天の父上の所で褒美をいただくことはできない

塚本訳 マタ 6:3-4
6:3 あなたは施しをするときに、右の手のすることを左に悟られてはならない
6:4 これは施しを隠しておくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう

塚本訳 マタ 6:5-6
6:5 また祈る時には、偽善者のようにしてはならない。彼らは人に見せようとして、礼拝堂や大通りの角に立って祈ることを好むのである。アーメン、わたしは言う、彼らは(褒められた時、)すでに褒美をもらっている。
6:6 あなたが祈る時には、『奥座敷に入り、部屋をしめきった上で、』隠れた所においでになるあなたの父上に『祈れ。』そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父上は、褒美をくださるであろう。

塚本訳 マタ 14:23
14:23 そして群衆を解散させると、祈りのため自分だけ山に上られた。暗くなってもひとりそこにおられた。


塚本訳 マタ 6:19-21
6:19 (このように、何事も天の父上相手でなければならない。たとえば)あなたたちは衣魚や虫が食い、また泥坊が忍び込んで盗むこの地上に宝を積まず、
6:20 衣魚も虫も食わない、また泥坊が忍び込むことも盗むこともない天に、宝を積んでおきなさい。(そうでないと、心が天に向かないであろう。)
6:21 宝のある所に、あなたの心もあるのだから。


塚本訳 マコ 9:8-9
9:8 途端に(すべてが消えうせて、)見まわすと、もはやだれも見えず、ただイエスだけが、自分たちと一しょにおられた。
9:9 山を下りながら、イエスは、人の子(わたし)が死人の中から復活する時でなければ、
いま見たことをだれにも話してはならないと彼らに命じられた。

塚本訳 マコ 7:35-36
7:35 すると耳があき、すぐ舌のもつれが解けて、普通に物が言えるようになった。
7:36 イエス
はだれにも言ってはならぬと人々に命じられたが、命ずれば命ずるだけ、ますます言いふらした。

塚本訳 ルカ 8:55-56
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた

塚本訳 ルカ 9:20-21
9:20 彼らに言われた、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」ペテロが答えて言った、「神の(お約束の)救世主!」
9:21
イエスは弟子たちを戒めて、このことをだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ルカ 10:20
10:20 しかし(悪い)霊どもがあなた達に服従したことを喜ばず、自分の名が天(の命の書)に書き込まれていることを喜ばなくてはいけない。」


塚本訳 マタ 20:20-21
20:20 その時、ゼベダイの子(ヤコブとヨハネと)の母がその(二人の)子をつれてイエスの所に来て、ひざまずき、何かお願いしようとした。
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う
、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。」

塚本訳 マタ 20:24-28
20:24 (ほかの)十人(の弟子)はこれを聞いて、二人の兄弟のことを憤慨した。
20:25 するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである。
20:26 あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなりたい者は召使になれ。
20:27 一番上になりたい者は奴隷になれ。
20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ルカ 18:13-14
18:13 しかし税金取りは(罪に責められ、)遠く(うしろ)の方に立ったまま、目を天に向け(て祈りをささげ)ようともせず、ただ胸をうって、『神様、どうぞこの罪人のわたしをお赦しください』と言った。
18:14 わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。」

塚本訳 ルカ 21:1-4
21:1 それから目をあげて、金持たちが賽銭箱に賽銭を入れるのを見ておられた。
21:2 またある貧しそうな寡婦がレプタ銅貨[五円]二つをそこに入れるのを見て、
21:3 言われた、「本当にわたしは言う、あの貧乏な寡婦はだれよりも多く入れた。
21:4 この人たちは皆あり余る中から賽銭を入れたのに、あの婦人は乏しい中から、持っていた生活費を皆入れたのだから。」

塚本訳 マタ 25:44-46
25:44 その時、彼らも答える、『主よ、いつわたし達は、あなたが空腹であったり、渇いたり、お宿がなかったり、裸でおられ、御病気であり、牢に入っておられたりするのを見て、お世話をしてあげませんでしたか。』
25:45 その時、王は答える、『アーメン、わたしは言う、このいと小さい者たちの一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのと同じである。
25:46 こうして、『この(悪い)人たちは永遠の』刑罰に、正しい人たちは『永遠の命に』入るであろう。」

塚本訳 マタ 10:42
10:42 また(わたしの)弟子としてこの一人の小さな者に一杯の冷たい水でも飲ませる者は、アーメン、わたしは言う、(天にて)その褒美にもれることはない。」

塚本訳 ルカ 16:9-11
16:9 それでわたしもあなた達に言う、あなた達も(この番頭に見習い、今のうちにこの世の)不正な富を利用して、(天に)友人[神]をつくっておけ。そうすれば富がなくなる時、その友人が永遠の住居に迎えてくださるであろう。
16:10 ごく小さなことに忠実な者は、大きなことにも忠実である。ごく小さなことに不忠実な者は、大きなことにも不忠実である
16:11 だから、もし(この世の)不正な富に忠実でなかったならば、だれが(天の)まことの富をあなた達にまかせようか。

塚本訳 ルカ 14:12-14
14:12 また自分を招いた人にも言われた、「朝飯や夕飯の会を催す時には、友人も、兄弟も、親族も、近所の金持も呼ぶな。そうでないと、その人たちもあなたを招待してお返しをするかも知れない。
14:13 御馳走をする時には、むしろ貧乏人、片輪、足なえ、盲人を招きなさい。
14:14 この人たちはお返しができないから、あなたは幸いである。(最後の日)義人の復活の時に、あなたは(神から)お返しをうけるのだから。

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」


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朝の啓示と黙想。隠れた祈りと行いをする人は、神に覚えられる崇高な人


●10:00 東京聖書読者会。宮崎(司会)、高橋tトミ子(王子の結婚披露の譬+ドイツを訪問した福島の高校生)、横田(エペソ書、塚本虎二講演記録朗読)。その後横田氏が今後の集会の運営方法について説明、全員参加型とする。とりあえず10月分までの割り当てを決定。集会が継続するかどうかは、無教会主義集会が継続するかどうということ。

●13:30池袋のサンシャインシティへ

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午後、サンシャインシティ、古代オリエント博物館(月本昭男館長)の「魅惑のランプ」展に行く

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パルミラ墳墓の暗闇の実体験室。
人類は1879年にエジソンが白熱球を発明するまで,「あかり」はランプであった。

●妻は午後、キララホール。「東海大学菅生高等学校定期演奏会2017」指揮・村越大春

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成功の人生・・・神の愛を知って死ぬ・・・・ ++++++++ 所感

2017/09/09 06:31

170909(土)3時目覚め、4時起床●18人+6家族の救いと平安を祈る●朝の啓示と黙想「神の愛を知る」。「何が最も満足の死か」と言えば、それは「神の愛」を知って死ぬことである。それが最も満足の成功人生である。行為や行動ではない。知ることである。神の愛を知ることである、愛なる神を知って死ぬことである。人生のもろもろの不幸はそのことのためにある。人生100年はそのことを知るための期間である。人生はそのことのためにある。●「神の愛」とは何か。「聖書語句」辞典」というのは字句の説明だけである。本当の意味は霊で分かる。心で分かる。人生で分かる。必ずしも「愛」という言語は使われていない。文字は人を殺すが、霊は生かす●今朝は「神の愛」の心が現れている聖書の部分を頭に浮かぶまま、順不同で実力で並べてみよう。目覚めてから枕元のメモを取ったもの。検索と表現はバイブルソフトの「Jバイブル」を駆使。●これは「私の聖書語句辞典」であ。「聖書で聖書を読む」ことによってできる、他人には通じない。神学者、聖書学者から見れば理路整然と知てない。しかし神の霊を頂いた人がその一句にでも共鳴、共振、すれば私のブログも成功である。●人には知られず、神にんのみ知られる人生が成功の人生だ。イエスは看取られずに死んだ。、バルトも、ヒルティも塚本虎二も、集会の杉﨑孝さんも、眠っている間に一人で逝った。しかし神は知っていた。懐に抱えた。これ大成功の人生。

塚本訳 ヨハ 3:16
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

塚本訳 Ⅰコリ13:12-13
13:12 わたし達はいまは(何事も)鏡でおぼろに見ているが、(完全なものが来る)その時には、顔と顔と相対してみるのである。いまはわたしは部分的に知っているが、その時には、(今神に)知りつくされているからそのようにわたしも知りつくすであろう
13:13 それゆえに、いつまでものこるものは信仰と希望と、この三つ。しかし、この中で一番大きいのは

塚本訳 Ⅰコリ15:3-4
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

塚本訳 ヨハ 15:1-2
15:1 わたしがまことの葡萄の木、父上は栽培人である。
15:2 わたしについている蔓で実を結ばないものは、父上が皆それを切り取ってしまわれる。また実を結ぶものは、より多く実を結ぶように、皆それを奇麗に刈り込まれる。

塚本訳 ヨハ 15:13
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ。

塚本訳 ルカ 22:25-27
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。
22:27 食卓につく者と給仕をする者と、どちらがえらいか。食卓につく者ではないのか。でもわたしはあなた達の間で、あたかも給仕をする者のようにしている。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

塚本訳 ルカ 9:22
9:22 そして、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日目に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と言われた。

塚本訳 ルカ 22:41-42
22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って
22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」

塚本訳 マタ 21:42
21:42 イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。──『大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。』

塚本訳 エペ 5:25
5:25 夫達よ、妻を愛せよ、キリストが教会を愛し、そのために自分を棄て給うたように。──

塚本訳 Ⅰヨハ4:10
4:10 わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

塚本訳 ロマ 9:2-4
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。
9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。

口語訳 使  20:24
20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

塚本訳 ロマ 3:23-26
3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。
3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。
3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──
3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

塚本訳 マタ 5:45
5:45 あなた達が天の父上の子であることを示すためである。父上は悪人の上にも善人の上にも日をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも、雨をお降らしになるのだから。

塚本訳 マタ 22:10
22:10 家来たちは道に出ていって、出会った者を悪人でも善人でも皆集めてきたので、宴会場は客で一ぱいになった。

塚本訳 ロマ 5:7-8
5:7 (驚くべき神の愛!人間の世界では、)義人のために命をすてる者はほとんどあるまい。善人のためならば、惜しげもなく命をすてる者が、あるいはあるかも知れない。
5:8 しかしわたし達が(義人でも善人でもなく、)まだ罪人(神の敵)であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった。このことによって、神はわたし達に対する愛をお示しになったのである

塚本訳 ルカ 15:2-4
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

塚本訳 ルカ 15:20-22
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。

塚本訳 Ⅱペテ3:8-9
3:8 愛する者よ、『主の前では』一日が千年の如く、『千年』が一『日の如く』である
、この一つの事を忘れるな。
3:9 主は或る人達が遅いと考えているように約束を果たし給うのが遅いのでは(決して)ない。ただ何人の亡びることをも欲せず、凡ての者が悔い改めに到ることを欲して、君達に対し寛大であり給うのである。

塚本訳 マタ 26:26-28
26:26 (ユダが立ち去ったあと、)彼らが食事をしているとき、イエスは(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)賛美して裂き、弟子たちに渡して言われた、「取って食べなさい、これはわたしの体である。」
26:27 また杯を取り、(神に)感謝したのち、彼らに渡して言われた、「皆この杯から飲みなさい。
26:28 これは多くの人の罪を赦されるために流す、わたしの『約束の血』であるから。

塚本訳 マタ 6:12-15
6:12 罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから
6:13 わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
6:14 (祈る前に、まず人の罪を許さねばならない。)あなた達が人の過ちを赦してやれば、天の父上もあなた達を赦してくださるが、
6:15 人を赦さないならば、父上もあなた達の過ちを赦してくださらないであろう。

塚本訳 ルカ 23:34
23:34 するとイエスは言われた、「お父様、あの人たちを赦してやってください、何をしているか知らずにいるのです。」『彼らは籤を引いて、』イエスの『着物を自分たちで分けた。』

塚本訳 マタ 5:39-40
5:39 しかしわたしはあなた達に言う、
悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打ったら、左をも向けよ。
5:40 (裁判所に)訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせてやれ。

塚本訳 ヨハ 8:11
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ヨハ 12:47
12:47 しかしわたしの言葉を聞いて守らぬものがあっても、わたしはその人を罰しない。なぜなら、
わたしは世を罰するために来たのでなく、世を救うために来たのだから。

塚本訳 ヨハ 16:7-8
16:7 しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである。
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 13:7-8
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

塚本訳 ヨハ 13:10
13:10 イエスが言われる、「(一度)湯浴みした者は、(あとでよごれた)足のほかは洗う必要はない、全身が清いのだから。(もう)あなた達は清い。だが、(あなた達)みんながそうではない。」

塚本訳 ヨハ 13:14-17
13:14 してみると、主であり先生であるこのわたしが足を洗ってやったのだから、あなた達も互に足を洗う義務がある。
13:15 わたしがしてやったとおりあなた達もするようにと、手本を示したのである。
13:16 アーメン、アーメン、わたしは言う、僕はその主人よりもえらくはならない。また使は本人よりもえらくはない。(だからわたしを真似るがよい。)

13:17 このことがわかったなら、そのとおりにすれば、幸いである。

塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、
死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

塚本訳 ロマ 14:1-3
14:1 信仰の弱い人をも(あなた達の)仲間に入れてやりなさい。(その人の)考えの違いをかれこれ言わずに。
14:2 (信仰は人それぞれで、たとえば、)ある人は(信仰が強くて肉でも)なんでも食べてよいと信じており、(信仰の)弱い人は野菜(だけ)を食べる。
14:3 (肉)を食べる人は食べない人を軽蔑してはならないし、(肉を)食べない人は食べる人を裁いてはならない。神はその人をも(聖徒の)仲間にお入れになったのだから。


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朝の啓示と黙想おわり。成功の人生とは、神の愛を知り永遠の命の希望を抱いて死ぬこと。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記  23章
●10:30 がん検診、あきる野保健所
●妻はコーラスメンバーのピアノ+チェロの演奏会に二子多摩川へ。
●10月1日の集会感話の準備

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神は身をかがめて人を救う・・・神の方から声をかける・・・ ++++++++ 所感

2017/09/08 05:36

170908(金)4時起床。18人+6家族の救いと平安を祈る。皆「十字架」を負っている●次回10月1日の集会感話は「シモンの姑、ルカ4:38-39)である。その49節は次のようである。

塚本訳 ルカ 4:39
4:39 近寄って身をかがめ、熱病を叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした。


●この「近寄って身をかがめ」に注目して黙想した。救いは神が手を差し出すことの目に見える形である。この一句を学べば、全パウロ、全ルター、全バルト、全内村を読む以上である。「聖書で聖書を読む」。主の言葉を並べて読めば、「神の心」が見えてくる。信仰が強められる。●全キリスト者(カトリック、プロテスタント、無教会者に告ぐ。人間の百千の言葉より、「主の言葉」の一句。

塚本訳 ルカ 7:13-14
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。

塚本訳 ルカ 8:52-55
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。

塚本訳 ヨハ 8:4-7
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」

塚本訳 ヨハ 11:43-44
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 マコ 10:49-52
10:49 イエスは立ち止まって、「あれを呼べ」と言われた。人々が盲人を呼んで言う、「安心せよ。起きよ。お呼びだ。」
10:50 盲人は上着をぬぎ捨て、躍り上がってイエスの所に来た。
10:51 イエスが彼に言われた、「何をしてもらいたいのか。」盲人がこたえた、「先生、見えるようになりたい。」
10:52 そこでイエスが、「お帰り。あなたの信仰がなおした」と言われると、すぐ見えるようになって、イエスの旅行について行った。

塚本訳 ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

塚本訳 ヨハ 4:6-7
4:6 そこには(有名な)ヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、いきなり井戸のわきに腰をおろされた。昼の十二時ごろであった。
4:7 一人のサマリヤの女が水を汲みに来る。「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた

塚本訳 ルカ 19:5
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」

塚本訳 マタ 14:29
14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。

塚本訳 ヨハ 13:4-8
13:4 夕食の席から立って、上着をぬぎ、手拭を取って腰に巻かれた。
13:5 それから盥に水を入れて、ひとりびとり弟子たちの足を洗っては、(腰に)巻いた手拭で拭き始められた
13:6 こうしてシモン・ペテロの所まで来られると、ペテロが(こばんで)言う、「主よ、わたしの足を、あなたが洗われるのですか。」
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

塚本訳 ルカ 15:3-6
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。
15:5 そして見つけると、喜んで肩にのせて、
15:6 家にかえり、友人や近所の人たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。いなくなっていたわたしの羊が見つかったから』と。

塚本訳 ルカ 15:18-20
15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。
15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、
まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

塚本訳 マコ 5:30-32
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」
5:31 弟子たちが言った、「御覧のとおり群衆が押しまくっているのに、さわったのはだれか、とおしゃるのですか。」
5:32 イエスはこのことをした女を見つけようとして、(黙って)見まわしておられた

塚本訳 マコ 6:48-50
6:48 そして向い風のために弟子たちが漕ぎなやんでいるのを見ると、第四夜回りのころ(すなわち夜明けの三時ごろ)、湖の上を歩いて彼らの所に来て、(舟のわきを)通りすぎようとされた。
6:49 弟子たちはイエスが湖の上を歩いておられるのを見ると、幽霊だと思って声をあげて叫んだ。
6:50 イエスを見て、皆肝をつぶしたのである。しかしイエスはすぐ彼らに話しかけ、「安心せよ、わたしだ。こわがることはない」と言われる。

塚本訳 ヨハ 20:27-28
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」


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朝の啓示黙想おわり。神は身をかがめて人を救う。神の方から声をかける。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記  22章
●妻は午後自彊術(体操)

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12:10 キララホールロビーコンサート 金管アンサンブル

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白い雲大好き

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秋色の秋留台公園 葉が散る。






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間違った信仰・・神の力を信じられない時・・・ ++++++++ 所感

2017/09/07 06:30

170907(木)2時目覚め、4時起床。その間黙想●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。この世では悩みが絶えません。それは各自に違います。自分の十字架です。

塚本訳 ルカ 9:23
9:23 それから今度は皆に話された、「だれでも、わたしについて来ようと思う者は、(まず)己れをすてて、毎日自分の十字架を負い、それからわたしに従え。

●しかし主はこんな時、次のように言います。

塚本訳 マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

塚本訳 ヨハ 16:33
16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

●そして、キリスト信者の毎日の心得は「気を落とさずに常に祈れ・・・神の力を信ぜよ・・・」。これが今朝の啓示で黙想したことです。夜中にメモしたことを列挙します。18人+6家族の救いと平安を祈る。私に葬儀の依頼をされた方々には「永遠の命・・・その希望の喜び」を持ち続けるようにこのブログを書きます。

塚本訳 Ⅰテサ5:11
5:11 だから、今既にそうしているように、互いに慰め合い、また互いに励まし合え

●キリスト信者は聖書から慰めと励ましを受けます。

塚本訳 Ⅰテモ4:12-13
4:12 自分の年の若いことを誰にも軽蔑されるな。却って言において、振舞いにおいて、愛において、信仰において、純潔なことにおいて(凡ての)信者の模範となれ。
4:13 私が行くまで(集会で聖書を)朗読すること、勧めをすること、教えることに心を傾けよ。

●聖書は人間からではなく聖書自身から深く教えられます。聖句と聖句をアチコチ並べてみると「神の心」が見えてきます。今朝もその方法でお勤(つと)めをします。キリスト信者にとっては聖書が法王であり牧師です。私の年来の主張である「聖書で聖書を読む」姿勢はカトリック、プロテスタント、無教会の全方位から「そうだ、そうだ」と支持されています。一日百人が私のホームページに訪れて来ます。「聞く耳」のある人です。そういう方々とは霊において共鳴、共振します。

塚本訳 ルカ 13:29
13:29 また人々が『東から西から北から南から』来て、神の国で宴会につらなるであろう。

塚本訳 マコ 4:22-23
4:22 隠れているもので現わされるためでないものはなく、隠されているもので現われるためでないものもないからである。
4:23 耳の聞える者は聞け。」

塚本訳 ルカ 8:8
8:8 またほかのものは善い地に落ちた。生えて(育って)百倍の実を結んだ。」こう言ったあとで、「耳の聞える者は聞け」と叫ばれた。

塚本訳 マタ 13:43
13:43 その時、『義人たちは』彼らの父の国で、太陽のように『照りかがやくであろう。』耳のある者は聞け

●神の力を信じることが「祈り」の土台です。関連聖句を並べて見ます。順不同思いつくまま。

塚本訳 マコ 12:24
12:24 イエスは言われた、「あなた達は聖書も神の力も知らないから、そんな間違いをしているのではないか。

塚本訳 ルカ 18:1
18:1 なお、気を落さずに常に祈るべきことについて、一つの譬をひいて弟子たちに話された、

塚本訳 ルカ 18:6-8
18:6 それから主は言われた、「この不埒な裁判官の言うことを聞け。
18:7 (こんな男でもこのとおり。)まして神が、夜昼叫んでいるその選ばれた人々のために仕返し(の裁判)をせず、気長に放っておかれることがあろうか。
18:8 わたしは言う、間もなく彼らのために仕返しをされるであろう。しかし人の子(わたし)が来るときに、はたして地上に信仰(をもつ人)が見当るだろうか!

塚本訳 ルカ 1:36-38
1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。
1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」
1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

口語訳 創  18:14
18:14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。

口語訳 ヨブ 42:2
42:2 「わたしは知ります、/あなたはすべての事をなすことができ、/またいかなるおぼしめしでも、/あなたにできないことはないことを。

塚本訳 ルカ 1:45
1:45 主の仰せられたことはきっと成就すると信じたこの人は、なんと仕合わせでしょう。」

塚本訳 マコ 10:25-27
10:25 金持が神の国に入るよりは、駱駝が針の孔を通る方がたやすい。」
10:26 弟子たちはいよいよ驚いて互に言った、「それでは、だれが救われることが出来るのだろう。」
10:27 イエスは彼らをじっと見て言われる、「人間には出来ないが、神には出来る。『神にはなんでも出来る。』」

塚本訳 マコ 5:27-30
5:27 イエスのことを聞いて、群衆にまじってついて来た女が、後ろからその着物にさわった。
5:28 「お召物にでもさわれば、なおるにちがいない」と思ったのである。
5:29 はたしてすぐ血の源がかれて、病気が直ったのを身に感じた。
5:30 イエスは自分の中から力が出ていったのにすぐ気がついて、群衆の中で振り返ってたずねられた、「わたしの着物にさわったのはだれか。」

塚本訳 マコ 9:22-25
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」
9:24 即座にその子供の父親が叫んだ、「信じます。不信仰をお助けください。」
9:25 イエスは群衆が駆けよってくるのを見ると、(急いで)汚れた霊を叱りつけて言われた、「唖と聾の霊、わたしが命令するのだ、この子から出てゆけ、二度と入るな!」

塚本訳 マコ 11:23
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる

塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 マタ 3:8-9
3:8 (ほんとうに悔改めたのか。)それなら(洗礼を受けるだけでなく)、悔改めにふさわしい実を結べ。
3:9 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。

塚本訳 マコ 9:22-23
9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」
9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来。」

塚本訳 マコ 9:28-29
9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」
9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

塚本訳 ルカ 9:37-43
9:37 次の日、山から下ってくると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。
9:38 すると群衆の中のひとりの人がこう言って叫んだ、「先生、お願いです、伜に目をかけてやってください。独り息子です。
9:39 かわいそうに霊がつくと、灸にどなり出し、またひきつけさせて泡をふかせ、なかなか離れないで、すっかり弱らせてしまいます。
9:40 それで、霊を追い出すことをお弟子たちに願いましたが、お出来になりませんでした。」
9:41 イエスが答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達の所にいてあなた達に我慢しなければならないのか。息子をここにつれてきなさい。」
9:42 しかし来るうちに、悪鬼がもうその子を投げ倒して、ひどくひきつけさせた。イエスは汚れた霊を叱りつけて子をいやし、父親に返された。
9:43 皆が神の御威光に驚いてしまった。イエスのされたすべてのことに皆が驚いていると、(また)弟子たちに言われた、

塚本訳 マコ 14:36
14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。」

塚本訳 マコ 11:22-24
11:22 イエスが彼らに答えられる、「神(の力)を信ぜよ。
11:23 アーメン、わたしは言う、だれでもこの山に向かい、『立ち上がって海に飛び込め』と言って心に疑わず、自分の言うことは成ると信ずるならば、そのとおりになる。
11:24 だからわたしは言う、(神に)祈り求めるものはなんでも、すでに戴いたと信ぜよ。そうすればそのとおりになる。


塚本訳 ヨハ 11:33-34
11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、
11:34 (マルタとマリヤに)言われた、「どこにラザロを納めたか。」二人が言う、「主よ、来て、御覧ください。」

塚本訳 マタ 8:8-10
8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)
8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

塚本訳 マタ 15:12-14
15:12 あとで弟子たちが来てイエスに言う、「パリサイ人がお話を聞いて腹を立てたことを御存じですか。」
15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。
15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

塚本訳 ヨハ 4:48-50
4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」
4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、
4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった

塚本訳 マコ 5:38-39
5:38 やがて監督の家に着いて、人々がひどく泣きわめいて騒いでいるのを見ると、
5:39 (家の)中に入って言われる、「なにを泣いたり騒いだりするのか。子供は死んではいない、眠っているのだ。」

塚本訳 マコ 14:61-62
14:61 しかしイエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。大祭司がふたたび問うて言う、「お前が、讃美されるお方の子、救世主か。」
14:62 するとイエスは(はじめて口を開いて)言われた、「そうだ、わたしだ。あなた方は『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に囲まれて来るのを』見るであろう。」

塚本訳 マタ 26:52-53
26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる
26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

塚本訳 ヨハ 20:27-29
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」
20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」
20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

塚本訳 ヨハ 20:30-31
20:30 このほか、この本に書いてない、多くの徴[奇蹟]を、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし(ほんの一部分であるが、いま)これらのことを書いたのは、あなた達に、イエスは救世主で、神の子であることを信じさせるため、また、それを信じて、イエスの名によって(永遠の)命を持たせるためである。


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朝の啓示黙想おわり。神の力は神の力で信じられるようになる。

●10月1日の感話の準備。集会の皆様の来世への旅立ちのために。見送りのスクラムを組む気持ち。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記 21章。聖書勉強をする人のためのデータ作りに尽くす。ホームページの充実を目指す。

●妻はコーラス仲間の彫刻展(市内)に行く。

●10日は妻の感話。その資料作成を手伝う。ノジマ電気の遠隔サポートサービスで「テキストボックス」を教えてもらう。


●秋らしくなってすごし易い。虫の音。

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夕食前に散歩をした。夜の我が家。手作りの居間の照明器具がどう見えるか確かめた。
妻と二人だけの生活。「召される日までこの家で」。地上の家は仮の宿。次は永遠の住居。




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言語の乱れと回復・・・キリストは神の心の翻訳者・・・ ++++++++ 所感

2017/09/06 06:47

70906(水)4時起床。18人+6家族の救いと霊の平安を祈る。葬儀依頼者多数●本日は妻が婦人の読書会(塚本虎二著作集)のあと、午後はNFさんの家に行って「ヘブライ語」の初歩を学ぶ。●無教会には「語学」に強い人がめっぽう多い。英独はもちろん、ギリシャ語は一か月、ヘブライ語は一年で習得という人もいればエスぺラント後もペラペラの人もいる。独特の才能である。●現在、日本聖書協会の「新翻訳」パイロット版の意見具申をしているが、翻訳者達の苦労は大変なものであると思う。聖書の翻訳はその道の専門家のものである。●1989年、46歳の時、パリのOECD本部で開かれた「建築費国際会議」の会議に出席した。それは同一建物を各国通貨で積算してそれを世界比較するという「専門家」達の集まりであった。設計モデルの一つとして出した日本家屋の畳とか障子のことは外国人には解りにくい物であった。●聖書の翻訳でも「雪」というものは雪のない国の人には分からないので別の言い回しにして訳すのだと言う。

口語訳 詩 51:7
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう


●言葉が通じないのは「心が通じない」のである。「親の心、子知らず」である。現在、北朝鮮と米国は「心が通じない」。●ところが「罪、悪、救い、贖い、赦し、愛」などという聖書の根本的な事柄は「世界共通の概念」である。だから福音は伝わる。音楽の美しさもも同じ。
●そこで今朝は「言語の乱れと回復・・・キリストは神の心の翻訳者・・・」ということを「聖書で聖書を読む」ことを通して学ぼう。パソコンソフトの「Jバイブル」駆使。

口語訳 創  11:6-9
11:6 言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。
11:7 さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。
11:8 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。
11:9 これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。

口語訳 詩  19:1-4
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

口語訳 ヨブ 38:1-2
38:1 この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた
38:2 「無知の言葉をもって、/神の計りごとを暗くするこの者はだれか。

塚本訳 マタ 1:20-23
1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。
1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」
1:22 これはみな、主が預言者(イザヤ)をもって言われた言葉が成就するためにおこったのである。──
1:23 『見よ、乙女が身重になって男の子を産み、人はその(子の)名をインマヌエルと呼ぶであろう。』インマヌエルを訳すると『神はわれらと共なり』である。

塚本訳 マコ 5:41
5:41 そして子供の手を取って、「タリタクミ!]と言われる。訳すると「少女よ、あなたに言う。起きなさい!」である。

塚本訳 マコ 7:34
7:34 天を仰いで溜息をつき、その人に「エパタ!」[すなわち「開け!」]と言われる。

塚本訳 マコ 15:34
15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。

塚本訳 ヨハ 1:38
1:38 イエスは振り返って二人がついて来るのを見て、言われる、「なんの用か。」彼らが言った、「ラビ(訳すると『先生』)、どこにお泊まりですか。」

塚本訳 ヨハ 1:41-42
1:41 (あくる日)まずこの人が自分の兄弟のシモンに出会って、「メシヤを見つけた」と言う。[メシヤは訳すると「救世主」である。]
1:42 シモンをイエスの所につれてゆくと、彼をじっと見て言われた、「あなたはヨハネの子シモンだ。あなたの名はケパがよかろう。」[ケパは(ヘブライ語であって、ギリシャ語に)訳するとペテロ(岩)。]

塚本訳 ヨハ 9:7
9:7 言われた、「行って、シロアム池で洗いなさい。」(シロアムは訳すると「遣わされた者」。)そこで盲人は行って、洗って、見えるようになって、かえって行った。

塚本訳 使  4:36
4:36 ヨセフは使徒たちからバルナバ[訳すれば「慰めの子」]とも言われた、クプロ(島)生まれのレビ人であったが、

塚本訳 使  9:36
9:36 またヨッパ(の町)にタビタ、(ギリシヤ語に)訳するとドルカス(羚羊)というひとりの女信者がいた。この人は山のような善行と慈善とをした人であった。

塚本訳 使  13:8
13:8 しかし魔術師エルマは──エルマを訳すると「魔術師」──総督を信仰に入れまいとして、しきりに二人に反対した。

塚本訳 ヘブ 7:2
7:2 アブラハムはすべての(分捕物の)一割税を』彼に分けたのである。(このことは、メルキゼデクがイスラエルの民の上に立つ王であり、祭司であることを示している。)第一に、(メルキはヘブライ語で「王」、ゼデクは「義」で、)メルキゼデクは訳すると「義の王」(である)。つぎに、(サレムは「平和」であり、)『サレムの王は』すなわち「平和の王」である。

塚本訳 ルカ 6:43-45
6:43 わるい実を結ぶ良い木はなく、また良い実を結ぶ悪い木もない。
6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。
6:45 (同じように、)善人は心の善い倉から善い物を取り出し、悪人は(心の)悪い倉から悪い物を取り出す。心にあふれて口に出るのだから。

塚本訳 ヨハ 8:42-43
8:42 イエスは言われた、「もしも神があなた達の父であったら、あなた達はわたしを愛するはずである、わたしは神から出て、(ここに)来ているのだから。わたしは自分で勝手に来たのではない、神がわたしを遣わされたのである。
8:43 なぜわたしの言葉が通じないのだろうか。(神から委ねられた)わたしの福音を聞く耳がないからだ

塚本訳 マタ 13:13-14
13:13 だから、あの人たちには譬をもって話すのである。『見ても見えず、聞いても聞えず、また悟らない』からだ。
13:14 こうしてイザヤの預言はあの人たちに成就した。──『あなた達は聞いても聞いても、決して悟るまい、見ても見ても、決してわかるまい。

塚本訳 ルカ 7:47
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」

塚本訳 マコ 14:9
14:9 アーメン、わたしは言う、世界中どこででも(今後)福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために(一しょに)語りつたえられるであろう。

塚本訳 マタ 10:27-28
10:27 わたしが
暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。

塚本訳 ルカ 24:30-32
24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

塚本訳 ヨハ 15:26
15:26 (また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。


塚本訳 マタ 26:63-64
26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」
26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

塚本訳 ヨハ 12:49-50
12:49 わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。
12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」


塚本訳 ヨハ 16:7-11
16:7 しかし本当のことを言うが、わたしが(父上の所に)行くことは、あなた達のために利益である。行かねば、弁護者はあなた達の所に来ないが、行けば、わたしが彼を遣わすからである
16:8 そして彼は来ると、罪について、義について、罰について、この世に(その考えの)誤りを認めさせるのであろう
16:9 すなわち、罪についてとは、人々がわたしを信じないこと(が罪であること。)
16:10 義についてとは、わたしが父上の所に行って、あなた達がもはやわたしを見ることができなくなること(が、わたしの父上に義とされた証拠であること。)
16:11 また罰についてとは、この世の支配者[悪魔]が(わたしを殺したのは、わたしが罰されたのでなく、自分が)罰されたのであること。──(この三つのことを認めさせるのである。)

塚本訳 ヨハ 16:12-15
16:12 まだ沢山言うことがあるが、(今は言わない。)あなた達にはいまそれを理解する力がない
16:13 真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。
16:14 彼は(こうして)わたしの栄光をあらわすのである。というのは、彼はわたしのものの中から取ってあなた達に知らせる(ので、結局わたしに代って仕事をつづける)のだから。
16:15 父上のものはことごとく、わたしのものである。だから(いま)、わたしのものの中から取ってあなた達に知らせる、と言ったのである。

塚本訳 ルカ 24:44-49
24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」
24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。
24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。
24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。
24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

塚本訳 使  2:1-8
2:1 五旬節の祭の日(すなわち五旬節最後の日)になって、(使徒たちが)皆一緒に集まっていると、
2:2 突然、天から激しい風が吹いてきたようなざわめきがしてきて、座っていた家中にひびきわたった。
2:3 そして火のようなかずかずの舌が、分れ分れに自分たちひとりびとりの上に留まるのが彼らに見えた。
2:4 すると彼らは皆聖霊に満たされ、御霊に言わせられるままに、いろいろな外国語で話し出した
2:5 そのときエルサレムには、天下のあらゆる国々から来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、
2:6 この(大きな)物音がすると、大勢の者が集まってきた。彼らはそれぞれ、自分の国語で使徒たちが話しているのを聞くと、びっくりした。
2:7 そして驚きあきれて言った、「見よ、話しているあの人たちはみんな、ガリラヤ人ではないか。
2:8 それだのにどうしてわたし達は、それぞれ自分の生まれ故郷の国語(でこの人たちが話しているの)を、聞くのだろうか。

塚本訳 使  26:12-16
26:12 こんな次第で、わたしは大祭司連から全権と委任とを受け、(迫害のため)ダマスコに進んでゆくと、
26:13 王よ、昼に、途中で、天から輝く太陽にもまさる光がさして、わたしと、同行の者たちとのまわりを照らすのを見ました。
26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。
26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

塚本訳 使  16:14
16:14 するとテアテラ町の紫毛織物の商人で、敬信家のルデヤという婦人が聞いていたが、主はその心を開いてパウロの話に耳を傾けさせられた。

塚本訳 使  2:17
2:17 神が仰せられる、──最後の日に、『わたしはすべての人にわたしの霊を注ごう。するとあなた達の息子と娘とは預言し、青年は幻を見、老人は夢をゆめみる。

塚本訳 ヘブ 8:11
8:11 そしてひとりびとりがその同胞に、ひとりびとりがその兄弟に、『主を知れ』と言って、教えることは決してないであろう、(その時)彼らは小より大に至るまで皆わたしを知るであろうから。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。


塚本訳 エペ 2:14-16
2:14 何故なら、彼(キリスト)が私達の』平和』であって、(今まで離反していたイスラエルと異教人の)両者を一つにし、(その仲を割いていた)仕切りの籬(まがき)なる敵意を取り除け給うたからである。すなわちその肉で、
2:15 (あらゆる)命令規則から成る律法を廃止し給うたのである。これは(今まで敵であった)この二つの者を己において一つの新しい人に創造りかえて平和を作るため、
2:16 かくてまた十字架によって二つの者を一つの体において神と和睦させ、十字架において(神と人との間の)敵意を殺すためである。

塚本訳 ロマ 1:20
1:20 すなわち神の性質は、永遠の能力も神性も、人の目には見えないものであるが、世界創造の時から、理性の目をもって造られた物の中に見ることができるのである。従って(全然)言い訳は立たない。

塚本訳 Ⅱコリ4:18
4:18 このわたし達は見えるものに目を向けているのではなく、見えないものに目を向けているのである。見えるものは一時的、見えないものが永遠だからである。

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる。

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達この世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

塚本訳 Ⅰコリ1:18-21
1:18 なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。
1:19 (聖書に)こう書いてあるではないか、『知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする』と。
1:20 『どこに知恵者が』、『どこに聖書学者が、どこに』この世の議論家がいるのか。神は(この)世の『知恵を馬鹿なものにされた』ではないか。
1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。

塚本訳 ロマ 10:8-10
10:8 しかしこれはいったい何を言っているのか。(キリストはすでに天から下り、また死人の中から復活されたので、もうそんな努力の必要はない、これも聖書にあるように、)『言葉はあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある』(というのである。)すなわちこの言葉こそ、わたし達が説いている信仰の言葉[福音]である。
10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。
10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)

塚本訳 Ⅱコリ4:13
4:13 しかしわたし達は聖書に『わたしは信じた、それゆえに語った』と書いてあるのと同じ信仰の霊を持っているので、わたし達も信じており、それゆえにまた(福音を)語っているのである。

塚本訳 使  8:29-31
8:29 御霊がピリポに、「行って、あの車にぴったりついて歩け」と言った。
8:30 ピリポが駈けよってゆくと、その人がイザヤ預言書を読んでいるのが聞こえたので、たずねた、「どうです、読んでおられるところが読めていますか。」
8:31 彼がこたえた、「だれかに手引をしてもらわねば、とてもわたしには読めません。」そして(車に)乗って一緒に坐ってもらいたいとピリポに頼んだ。

塚本訳 黙  19:13
19:13 彼は血で染められた(真赤な)衣を纏い、その名は「神の言」と呼ばれる。


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朝の啓示と黙想おわり、聖句と聖句を並べて読むと神の心が見えて来る。これが「聖書で聖書を読む」ことの極意で喜び。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記 20 章

●妻は今井館。塚本虎二著作集の読書会。午後はNFの家へヘブライ語初歩の勉強。過日亡くなった日野原重明先生は「75歳になったら新しいことを始めなさい」と言っておられた。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版「詩編」が届く。早速23篇、19篇を読む。洗練されている。

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パソコン中毒・・・「神の言葉」に聴く喜び・・・ ++++++++ 所感

2017/09/05 05:03

70905(火)4時起床、18人+6家族の救いと霊魂の救いを祈る。祈りは聴かれる●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様おはようございます。昨日だったか一昨日に妻から「あなたは一日中机に座っていて『パソコン中毒』だわ」と言われた。私の場合、「聖書で聖書を読む」ための便利な道具である。聖書と言っても「主の言葉」に計り知れない引力を感じるのである。「主の言葉」依存症である。そこで今朝はこの依存症の自己弁明をしてみよう。●集会のFY氏は、現在御高齢で集会にはおいでになれなくなったが、午前中は聖書、年に3回旧新約を通読、午後は自由時間。パソコンは使用しない。この方も「聖書依存症」である。ある時「高橋君、死は天国への門だよ」と言われた。氏は来世への準備として最善最高のことをなさっておられる。氏にとってこの世とあの世は「地続き」である。


旧約聖書


口語訳 ヨシ 1:8
1:8
この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちにしるされていることを、ことごとく守って行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは勝利を得るであろう。

口語訳   1:2
1:2
このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う

口語訳   19:1-4
19:1
もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
19:2
この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる
19:3
話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4
その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

口語訳   19:8
19:8
主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする

口語訳   119:105
119:105
あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。

口語訳   84:2
84:2
わが魂は絶えいるばかりに主の大庭を慕い、わが心とわが身は生ける神にむかって喜び歌います。

口語訳   30:5
30:5
神の言葉はみな真実である、神は彼に寄り頼む者の盾である。

口語訳 イザ 40:8
40:8
草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉は/とこしえに変ることはない」。


主の言葉

塚本訳 マタ 8:8-9
8:8
百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。
8:9
というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」

塚本訳 マタ 22:29-31

22:29 イエスは答えられた、「あなた達は聖書も神の力も知らないので、間違いをしている。

22:30 復活の折には、めとることもなく嫁ぐこともなく、ちょうど天の使いのようである。

22:31 死人の復活については、(聖書にはっきり書いてある。)神があなた達に言われたこの言葉を読んだことがないのか。──

 

塚本訳 ルカ 16:28-29
16:28
わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29
しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』

塚本訳 ルカ 10:39-42
10:39
マルタにマリヤという姉妹があった。。マリヤは主の足もとに坐ってお話を聞いていた。
10:40
するといろいろな御馳走の準備で天手古舞をしていたマルタは、すすみ寄って言った、「主よ、姉妹がわたしだけに御馳走のことをさせているのを、黙って御覧になっているのですか。手伝うように言いつけてください。」
10:41
主が答えられた、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことに気を配り、心をつかっているが、
10:42
無くてならないものはただ一つである。マリヤは善い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」


塚本訳 ルカ 20:41-44

20:41 イエスは人々に言われた、「人はどういう訳で、救世主はダビデの子である、と言うのであろうか。

20:42 ダビデ自身が詩篇の中でこう言っているではないか。──『(神なる)主はわが主(救世主)に仰せられた、『わたしの右に坐りなさい、

20:43 わたしがあなたの敵を(征服して)あなたの足台にしてやるまで』と。』

20:44 だから、ダビデが(このように)救世主を主と呼んでいるのに、どういう訳で(その救世主が)ダビデの子であろうか。」

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13
イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14
わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 3:34
3:34
神がお遣わしになった方は神の言葉を話される。神は(その方に)いくらでも霊をお与えになるからである。

塚本訳 ヨハ 6:68
6:68
シモン・ペテロが答えた、「主よ、(あなたを離れて)だれの所に行きましょう。永遠の生命の言葉はあなただけがお持ちです(から)。

塚本訳 ヨハ 1:1-5
1:1
(世の)始めに、(すでに)言葉はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった
1:2
この方は(世の)始めに神とともにおられた。
1:3
一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。
1:4
この方は命をもち、この命が人の光であった。
1:5
この光は(いつも)暗闇の中に輝いている。しかし暗闇(のこの世の人々)は、これを理解しなかった。

塚本訳 ヨハ 5:39-40
5:39
あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、
5:40
あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

塚本訳 ヨハ 8:47
8:47
神から出た者は(わたしが話す)神の言葉に聞き従う。あなた達は神から出たのでないから、(わたしの言葉に)従わないのである。」

塚本訳 マタ 22:36-39
22:36
「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37
イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38
これが最大、第一の掟である。
22:39
第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』

塚本訳 ルカ 5:5-7
5:5
シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」
5:6
そしてその通りにすると、沢山の魚の群が入って網が裂けかかった。
5:7
そこでもう一艘の舟にいる仲間に合図をして、加勢に来てもらった。彼らが来て、二艘の舟いっぱい(魚を)つんだので、沈みそうになった。

塚本訳 マコ 4:14-15
4:14
種まく人は(神の)御言葉をまく
4:15
道ばたのものとは、御言葉がまかれて、それを聞く時、すぐ悪魔が来て、その人たちにまかれた御言葉をさらってゆく人たちである。

塚本訳 ルカ 8:11-12
8:11
譬(の意味)はこうである。──種は神の御言葉である。
8:12
道ばたのものとは、(御言葉を)聞くと、あとで悪鬼が来て、彼らを信じて救われることのないように、その心から御言葉をさらってゆく人たちである。

塚本訳 ルカ 11:31
11:31
(しかし人々は信じない。だから)南の国(シバ)の女王がこの時代の人たちと一しょに(最後の)裁きの法廷にあらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。

塚本訳 ヨハ 12:49-50
12:49
わたしは自分勝手に話したのではない。わたしを遣わされた父上が、何を言い、何を話すべきかを命じられたのである。
12:50
わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

塚本訳 ヨハ 14:5-6
14:5
トマスが言う、「主よ、どこへ行かれるのか、わたし達にはわかりません。どうすればその道がわかるでしょうか。」
14:6
イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3
永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45
預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る

塚本訳 ヨハ 15:26
15:26
(また)わたしが父上のところからあなた達に遣わす弁護者、すなわち父上のところから出てくる真理の霊が来る時、それがわたしのことを(すべて)証明するであろう。

塚本訳 ヨハ 16:13
16:13
真理の霊が来る時、彼があなた達を導いていっさいの真理を悟らせるであろう。(いっさいの真理というのは、わたしと同じく、)彼は自分勝手に話すのではなく、(父上から)聞いたことを話すからである。また将来起るべき(世の終りの)ことをあなた達に知らせるであろう。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19
なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20
二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」


初代教会の信仰

塚本訳 使  6:6-7
6:6
使徒たちの前に立たせた。使徒たちが祈って彼らに手をのせた。
6:7
こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた。

塚本訳 コリ1:18
1:18
なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3
(まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

塚本訳   5:4-5
5:4
私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5
すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳   19:13
19:13
彼は血で染められた(真赤な)衣を纏い、その名は「神の言」と呼ばれる。

塚本訳   21:5-6
21:5
すると玉座に坐し給う者が言い給うた、「視よ、われ凡てを新しくする」と。また言い給う、「書け、この言は信ずべくまた真実であるから。」
21:6
そして私に言い給うた、「(事は)成った。我はアルパまたオメガ、初また終である。渇く者には無代(ただ)で生命の水の泉から我は飲ませるであろう。

塚本訳 マタ 10:27
10:27
わたしが暗闇で(こっそり)話すことを、(大胆に)明るみで言え。耳うちされたことを屋根の上で宣伝せよ。

口語訳 アモ 3:8
3:8
ししがほえる、だれが恐れないでいられよう。主なる神が語られる、だれが預言しないでいられよう」。

文語訳 使  3:6
3:6
ペテロ言ふ『金銀は我になし、然れど我に有るものを汝に與ふ、ナザレのイエス・キリストの名によりて歩め

塚本訳 コリ6:7-10
6:7
真理の言葉により、神の力によってであり、(あるいは)右と左とに持つ義の武器をもって、
6:8
名誉と恥辱とをもって、悪評と好評とをもってである。(あるいはまた)嘘つきと言われながら、真実な者として、
6:9
(世間では)無名人でありながら、(神の前では)有名人として、『死にかけてい』ながら、いまここに『わたし達は生きている!』『そしてまた(神に)こらしめられるが、殺されない者』として
6:10
悲しんでいるが、しかしいつでも喜んでいる者として、貧乏であるが、しかし多くの人を金持にする者として、何一つ持たないで、何もかも持っている者としてである。

塚本訳 テモ4:13
4:13
私が行くまで(集会で聖書を)朗読すること、勧めをすること、教えることに心を傾けよ。

塚本訳 テモ3:15-17
3:15
また(既に)子供の時から聖書を習ったことを知っているではないか。この聖書はキリスト・イエスの信仰による救いへの知恵を君に与えることが出来る。
3:16
聖句は悉く霊感されたもので、教訓に、訓戒に、矯正に、義の教育に益があり
3:17
かくて神の人が完成し、あらゆる善い仕事をする準備が出来る。



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朝の啓示黙想おわり。 「主の言葉」の中毒は喜び。天国への道。



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実生活即礼拝・・・イエスは世に出て行った・・・ ++++++++ 所感

2017/09/04 05:54

170904(月)5時起床。18人+6家族の救いと霊魂の平安を祈る●朝の啓示「神は病人に向かう」●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。次回感話は「シモンの姑、ルカ4:38-39。

塚本訳 ルカ 4:38-39
4:38 イエスは立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。シモンの姑がひどい熱病に苦しんでいた。人々が彼女のことを願うと、
4:39 近寄って身をかがめ、熱病を叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした。


●ここのポイントは

塚本訳 ルカ 4:38a
4:38a イエスは立って礼拝堂を出て、シモンの家に入られた。


●この聖句を巡って「神は病人に向かう」ことについて黙想してみよう。


主の言葉

塚本訳 ルカ 4:39
4:39 近寄って身をかがめ、熱病を叱りつけられた。すると熱が取れ、彼女はすぐさま起き上がって、彼らをもてなした

塚本訳 マタ 8:1-2
8:1 イエスが山を下りてこられると、多くの群衆がついて来た。
8:2 すると一人の癩病人が近寄ってきて、しきりに願って言った、「主よ、(清めてください。)お心さえあれば、お清めになれるのだから。」

塚本訳 ルカ 5:31-32
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 3:15-16
3:15 それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 4:20-21
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく
(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。


塚本訳 ヨハ 4:23-24
4:23 しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。
4:24 神は霊である。だから礼拝者も霊と真理とをもって礼拝せねばならない。」




②主の業

塚本訳 マタ 11:2-6
11:2 さて(洗礼者)ヨハネは牢屋で、(イエスの)救世主としての働きを聞くと(心が動揺し、)弟子たちをやって、
11:3 「来るべき方(救世主)はあなたですか、それともほかの人を待つべきでしょうか」とたずねさせた。
11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。
11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。
11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」


塚本訳 マコ 3:10
3:10 大勢の者をなおされたので、病気になやむ者がみな彼にさわろうとして、どっと押し寄せたのである

塚本訳 ルカ 15:2-4
15:2 パリサイ人と聖書学者たちがぶつぶつ呟いて言った、「この人は罪人を歓迎するし、また(招かれていって)食事までも一しょにする。」
15:3 そこで彼らにつぎの譬を話された。
15:4 「あなた達のうちのだれかが羊を百匹持っていて、その一匹がいなくなったとき、その人は九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を、見つけ出すまではさがし歩くのではないだろうか。

塚本訳 マコ 10:49-52
10:49 イエスは立ち止まって、「あれを呼べ」と言われた。人々が盲人を呼んで言う、「安心せよ。起きよ。お呼びだ。」
10:50 盲人は上着をぬぎ捨て、躍り上がってイエスの所に来た。
10:51 イエスが彼に言われた、「何をしてもらいたいのか。」盲人がこたえた、「先生、見えるようになりたい。」
10:52 そこでイエスが、「お帰り。あなたの信仰がなおした」と言われると、すぐ見えるようになって、イエスの旅行について行った。

塚本訳 ヨハ 4:4-7
4:4 しかし(ガリラヤへ行くのに)サマリヤを通らねばならなかった。
4:5 そして、サマリヤのスカルという町のそばまで来られた。ヤコブがその子ヨセフに与えた地所の近くで、
4:6 そこには(有名な)ヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、いきなり井戸のわきに腰をおろされた。昼の十二時ごろであった。
4:7 一人のサマリヤの女が水を汲みに来る。「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた


塚本訳 ヨハ 5:5-6
5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。
5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた

塚本訳 ヨハ 9:1-3
9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。
9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。

塚本訳 ルカ 19:5
19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。」

塚本訳 ヨハ 11:11-16
11:11 こう話して、またそのあとで言われる、「わたし達の友人ラザロが眠った。目をさましに行ってやろう。」
11:12 弟子たちが言った、「主よ、眠ったなら(きっと)助かりましょう。(眠る病人はなおると言います。起さない方がよいでしょう。)」
11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのに、弟子たちは安眠していることを言われるものと思ったのである。
11:14 そこでイエスが今度ははっきり言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 わたしがそこにいなかったことを、あなた達のために喜ぶ。あなた達の信仰を強めることができるからだ。さあ、ラザロの所に行こう。」
11:16 するとトマスすなわち(ギリシヤ語で)デドモ(二子)が相弟子たちに言った、「(主の命があぶない。)わたし達も行って、主と一しょに死のう。」

塚本訳 ヨハ 12:46
12:46 わたしが光として世に来たのは、わたしを信ずる者はだれも、暗闇の中に留っていないようにするためである。

塚本訳 マコ 10:45
10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」


塚本訳 ルカ 15:20-24
15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。
15:21 息子は父に言った、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。もうあなたの息子と言われる資格はありません。……』
15:22 しかし父は(皆まで聞かず)召使たちに言った、『急いで、一番上等の着物をもって来て着せなさい。手に指輪を、足にお靴をはかせなさい。
15:23 それから肥えた小牛を引いてきて料理しなさい。みんなで食べてお祝いをしようではないか。
15:24 このわたしの息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』そこで祝賀会が始まった。



③初代教会の言葉

塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れは、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

塚本訳 使  13:46
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。

塚本訳 ロマ 8:28
8:28 そればかりではない。(わたし達の救いは次のことからも確かである。)わたし達が知っているように、神を愛する者、すなわち(神の)計画に応じて召された者には、すべてのことが救いに役立つのである。

塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。主は我々を救うためにわざわざこの世に来てくださった。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記 18 章

●妻は、コーラス「もでらあと」の練習

●屋根に生えたコケを長い柄を使って掃除する




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信仰による永遠の命の希望・・・肉体は滅んでも霊魂は復活する・・・ ++++++++ 所感

2017/09/03 05:27

170903(日)2時半目覚め。●18人+6家族の救いと霊魂の平安を祈る●今日の感話の追加を次のようにした。キリスト信者の「信仰による永遠の命の希望・・・肉体は滅んでも霊魂は復活する・・・」。

塚本訳 ルカ 23:41-43
23:41 おれ達は自分でしたことの報いを受けるのだから当り前だが、このお方は何一つ、道にはずれたことをなさらなかったのだ。」
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽(パラダイス)にはいることができる。」


塚本訳 ヨハ 11:25-27
11:25
イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている」者は、死んでも生きている。
11:26
また、だれでも
生きて私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」生きて
11:27
イエスに言う、「
はい、主よ、(信じます。)あなたが救世主で、神の子で、世に来るべき方であると、私は信じています。

塚本訳 ルカ 20:34-36
20:34
イエスは言われた、「この世の人はめとり嫁ぐけれども、
20:35
あの世にはいる資格を与えられて、死人の中から復活する者は、めとることもなく嫁ぐこともない。
20:36
復活によって生まれる彼らは、天使と同じであり、神の子であるので、もはや死ぬことが出来ない、(従って子を産む必要がない)からである。

塚本訳 Ⅱコリ4:7

4:7 しかしこの宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

塚本訳 Ⅱコリ4:16-17

4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

4:17 なぜなら、現在の軽い苦難は、この上もなく素晴らしい、永遠に豊富な(神の)栄光をわたし達にもたらす(保証だ)からである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。永遠の命の道があることを子や孫に伝えて死にたいものだ。

●11:00 茅ヶ崎の金子邸で「すずめの会」司会、開会祈祷 小寺七重。感話 高橋照男、讃美歌「主よみもとに近づかん」。閉会祈祷、高橋照男。主に祝福された良い会であった。
開会前に金子さんがこのたび導入したウィンドウズ10(テン)を見せてくださった。鮮明画像と快適な動き。技術の進歩に驚き。私のホームページがすぐ見られるようになっていた。

塚本訳 マタ 18:19-20
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう。
18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

●私の感話は難しいご病気で御苦難中のMYさんを念頭に次のように話した。

永遠の命・・・その希望の喜び・・・

     http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/170903.htm

 「りっぱな信仰」とは・・・「こちらに来なさい」という主の言葉を信じる深い信仰・・・
    
    
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1709032.htm

2017_09030002.jpg 

茅ヶ崎金子邸での「すずめの会」 小寺、土肥、高橋トミ子、丹野、金子
高橋、宮崎、川上。信仰篤き人々。天国の宴会の前味。

塚本訳 マタ 8:11-12
8:11 わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が『東から西から』来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり
8:12 (かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

2017_09030007.jpg 

夕暮れにあきる野の我が家に到着。妻が先に家に入る。

塚本訳 ヨハ 14:2-3
14:2 父上のお家には、沢山住居がある。(あなた達は一人のこらず、そこに住むことが出来る。)もしそうでなかったら、『あなた達のために場所の準備に行』と言うわけがないではないか。
14:3 (間もなく出かけるが、)行って場所の準備ができたら、もどって来て、あなた達をわたしの所に連れてゆく。わたしのおる所にあなた達もおるためである。

塚本訳 ヘブ 6:20
6:20 主イエスはわたし達のために先駆者としてそこに入ってゆき、『永遠にメルキゼデクと同等の』大祭司となられたのである。

●家電量販店ノジマへ行ってパソコンのマウスを購入。パソコンの不具合改善。










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永遠の命・・・『主よ、人の望みの喜びよ』・・・ ++++++++ 所感

2017/09/02 05:18

170902(土)4時半目覚め。朝の啓示「永遠の命・・・主よ、人の望みの喜びよ・・・」●さかなのえ

ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。明日は茅ヶ崎で主の集まりがある。毎年そこにご出席のMYさんは難しい病のために明日はご欠席である。人生は誰にとっても「死を目前にして「生きる」ものである。その悲しみと恐怖を救うものはキリストの有体的復活による永遠の命の希望である。●バッハのカンタータ第147番「心と口と伊行い」の中の一つの旋律は合唱で歌われるが、それはそれは素晴らしいもので、1900年代になり、マイラヘスという人がこの部分を取り出して世に広めたことにより有名になった。


Jesus, Joy of Man's Desiring  主よ人の望みの喜びよ。


という題名で良く歌われる。娘の結婚式にはこれが演奏され、私の葬式にも流してもらいたいと思っている。まことに「永遠の命」は主にあって「希望の喜び」である。●今朝は「永遠の命」について、①主の言葉、②主の業 ③キリスト信者の希望 という三つの観点から「聖書で聖書を読む」ことによって励まされよう。●バイブルソフト「Jバイブル」駆使。このソフはおすすめ」一万円強で買える。(「いのちのことば」社発売。担当者が電話で指導してくれる)●パソコンは集会の80歳、90歳の方が、操作している。「主の言葉」を暴力的に掴みとろうとするヤル気さえあれば出来る。


①主の言葉


塚本訳 マコ 10:29-30
10:29 イエスは言われた、「アーメン、あなた達に言う、わたしのため、また福音のために、家や兄弟や姉妹や母や父や子や畑をすてた者で、
10:30 今、この世で──迫害のうちにおいてではあるが──百倍の家と兄弟と姉妹と母と子と畑とを、また来るべき世では永遠の命を受けない者は一人もない。

塚本訳 マタ 16:26-27
16:26 たとい全世界をもうけても、を損するならば、その人は何を得するのだろう。それとも、人は(一度失った永遠の)命を受けもどす代価として、何か(神に)渡すことができるのだろうか。
16:27 (永遠の命のために働け。)人の子(わたし)は父上の栄光に包まれ、自分の使いたちを引き連れて(ふたたび地上に)来るが、その時、『ひとりびとりの行いに応じて褒美を与えるのである』から。

塚本訳 ルカ 12:19-21
12:19 それからわたしの魂に言おう。──おい魂、お前には長年分の財産が沢山しまってある。(もう大丈夫。)さあ休んで、食べて、飲んで、楽しみなさい、と。』
12:20 しかし神はその人に、『愚か者、今夜お前の魂は取り上げられるのだ。するとお前が準備したものは、だれのものになるのか』と言われた。
12:21 自分のために(地上に)宝を積んで、神のところで富んでいない者はみな、このとおりである。」


塚本訳 ヨハ 3:15-16
3:15 それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。
3:16 そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

塚本訳 ヨハ 4:13-14
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」

塚本訳 ヨハ 5:24
5:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を聞き、わたしを遣わされた方を信ずる者は、(今すでに)永遠の命を持っていて、(最後の日に)罰を受けない。その人はもはや死から命に移っているのである。

塚本訳 ヨハ 6:40
6:40 子(なるわたし)を見て信ずる者が皆永遠の命を持ち、わたしがその人を最後の日に復活させること、これがわたしの父上の御心であるから。(だから信じない者は、父上がわたしに下さらない人たちである。)」


塚本訳 ヨハ 6:47
6:47 アーメン、アーメン、わたしは言う、(わたしを)信ずる者は永遠の命を持つ。

塚本訳 ヨハ 6:54
6:54 わたしの肉を食い、わたしの血を飲む者は、永遠の命を持つ。わたしはその人を最後の日に復活させる。

塚本訳 ヨハ 10:27-28
10:27 わたしの羊はわたしの声を聞きわける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。
10:28 するとわたしが永遠の命を与え、彼らは永遠に滅びない。また彼らをわたしの手から奪い取る者はない。

塚本訳 ヨハ 12:25
12:25 [(この世の)命をかわいがる者は(永遠の)命を失い、この世で命を憎む者は、命を守って永遠の命にはいるであろう。

塚本訳 ヨハ 12:50
12:50 わたしは父上のこの命令が永遠の命であることを知っている。だからわたしが話していることは、父上の言われたことと寸分ちがわないのである。」

塚本訳 ヨハ 17:1-2
17:1 イエスはこれらのことを話されると、目を天に向けて(祈って)言われた、「お父様、いよいよ時が来ました。子があなたの栄光をあらわすために、どうか(子を十字架につけて、)子に栄光を与えてください。
17:2 あなたは、子に下さいました者に一人のこらず永遠の命を与えさせるため、全人類を支配する全権を子に与えられたのですから。

塚本訳 ヨハ 17:3
17:3 永遠の命とは、ただひとりのまことの神なるあなたと、あなたが遣わされた(子)イエス・キリストとを知ることであります。


②主の業

塚本訳 ルカ 7:11-15
7:11 そのあとで、ナインという町に行かれた。弟子たちおよび多くの群衆も一しょに行った。
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。
7:15 すると死人が起き上がって物を言い出した。イエスは『彼を母に渡された。』

塚本訳 ルカ 8:50-56
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」
8:53 人々は死んだことを知っているので、あざ笑っていた。
8:54 しかしイエスは女の子の手を取り、声をあげて「子よ、起きなさい!」と呼ばれると、
8:55 霊がもどって、即座に女の子は立ち上がった。イエスは(何か)食べさせるように言いつけられた。
8:56 両親が呆気にとられていると、イエスはこの出来事をだれにも言うなと命じられた。

塚本訳 ヨハ 11:42-44
11:42 (願わずとも)あなたはいつもわたしの願いを聞いてくださることを、わたしはよく知っております。しかしまわりに立っている人たちのために、(今わざと声を出して感謝を)申したのであります。(わたしの願いはなんでもきかれることを彼らに示して、)あなたがわたしを遣わされたことを信じさせるためであります。」
11:43 こう言ったのち、大声で、「ラザロ、出て来い」と叫ばれた。
11:44 死人が手足を包帯で巻かれたまま、(墓から)出てきた。顔は手拭で包まれていた。イエスは「解いてやって(家に)帰らせなさい」と人々に言われた。

塚本訳 ヨハ 20:3-9
20:3 そこでペテロはもう一人の弟子と飛び出して、墓へと急いだ。
20:4 二人とも(始めのほどは)一しょに走っていたが、もう一人の弟子の方が(年が若かったので、)ペテロより早く走っていって、先に墓に着いた。
20:5 身をかがめると、(墓の中に)亜麻布があるのが見えたが、それでも中には入らなかった。
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

塚本訳 ルカ 24:31-32
24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。
24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。



③キリスト信者の希望

塚本訳 使  13:46-48
13:46 そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。
13:47 主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。『わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために。』」
13:48 これを聞いて異教人は喜び、主の言葉を讃美し、永遠の命へあらかじめ定められていた者はみな信者になった。

塚本訳 使  20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う


塚本訳 ロマ 6:22-23
6:22 しかし今は、罪から自由にされて神の奴隷にしていただき、一つの実を得ている。この実はあなた達を聖め、最後は永遠の命に至らせるのである。
6:23 なぜなら、罪が(奴隷に)払ってくれる給料は死であり、(従う者に与えられる)神の賜物は、わたし達の主イエス・キリストにおいての永遠の命だからである。


塚本訳 ロマ 8:18
8:18 (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(──キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄──)にくらべれば、言うに足りない。

塚本訳 黙  2:10
2:10 お前はまだ苦しむであろうが、(決して)それを恐れるな。視よ、悪魔はお前達の中から(幾人かを)牢屋に投げ込もうとしている。それはお前達が試練を受けるためである。お前達は十日の間患難を受けるであろう。(しかしただ少しの間の我慢である。)お前は死ぬるまで私に忠実であれ。そうすればお前に生命の冠を与えるであろう。

塚本訳 黙  5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」

塚本訳 黙  14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。

塚本訳 Ⅰペテ1:8
1:8 君達は彼を(目のあたり)見たことはないが、(これを)愛し、今も見ることは出来ないが、(これを)信じて、(既にかの日の)輝きに満ちた、言語に絶する喜悦を喜んでいる

塚本訳 コロ 3:3-4
3:3 君達は(既にこの世に)死んで、その生命はキリストと共に神の右に隠されているのだから。
3:4 (しかし今でこそ隠されているが、)私達の生命であるキリストが顯れ給う時には、君達もまた彼と共に栄光の裡に顯れるであろう。

塚本訳 Ⅰペテ1:23-25
1:23 (君達は)朽つる種でなく、朽ちぬ種から、(すなわち)神の活ける、また(永遠に)消え失せぬ言によって新しく生まれたのである。
1:24 何故なら『人はみな草』のよう『また』その『栄華はみな草の花のようである』。』草は枯れた花は落ちた』
1:25 『しかし』主の『言は永遠に消え失せない』。これが君達に』宣べ伝えられた福音の言』である。


塚本訳 マコ 16:20
16:20 弟子たちは出ていって到る所で教えを説いた。すると主は彼らと共に働いて、(その伝道に)いろいろな(不思議な)徴をともなわせ、(彼らが説く御言葉(の正しいこと)を保証された。】 別 の 附 録【しかし女たちは(今)命じられたことの一切を、手短かにペテロたちに告げた。そのあとで、イエス自身も彼らをもって、東から西まで、永遠の救いの、聖なる朽ちざるおとずれを、おくられた。】


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朝の啓示と黙想。永遠の命の福音を知って、生きる希望と喜びが湧く。


●台風シーズンに備えて、ベランダルーバーの固定方法の改修。私がいなくなっても妻が一人で出来るように教えた。ところが、妻が「おばあちゃんになったら出来ないわね」と言ったので、楽にできるようにさらに工夫しようかと思った。

●明日の茅ヶ崎の「すずめの会」(東京聖書読者会の婦人会)の準備。
「使徒伝承」にアップした
 
 永遠の命・・・その希望の喜び・・・

    
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1709031.htm

 「りっぱな信仰」とは・・・「こちらに来なさい」という主の言葉を信じる深い信仰・・・

   
    
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/1709032.htm


●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記 18 章

●パソコン不調、ノジマからNTTに聞いてマウスの摩耗であるこtろが判明。月曜日にマウスだけ新規購入することにした。NTTは優秀。

  





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わが名によりて二人三人集まるところに我もおるなり・・・エクレシアの本質・・・ ++++++++ 所感

2017/09/01 05:44

13日で満74歳2カ月。残り時間のすべてをキリスト教使徒伝承の連鎖に捧げる。罪と死の恐怖から救われる「十字架の贖罪の福音と有体的復活と有体的再臨の希望の喜び」を犠牲的に生きて証人となる。自分のため、子孫のため、親類縁者のため、エクレシヤのため、気の毒な人のため。悪魔(病魔)に取りつかれて苦しんでいる人のため。孤独と向き合っている人のため。

170901(金)2時半目覚め、3時15分起床。カトリックの修道僧もこのようである。私は在家修道士。●18人+6家族の救いと霊魂の平安を祈る。私の十字架●
さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は集会の幹事から、今後の集会運営の方法について「お知らせ」があった。私は「従来通り『聖書で聖書を読む』ことに徹底邁進する旨を返信した。これは、ルターの宗教改革の三大スローガン、「聖書のみ」、「信仰のみ」、「万人祭司」の方針に沿うものである。●そこで今朝はマタイ18:20の「わが名によりて二人三人集まるところに我もおるなり」という主の言葉を「聖書で聖書を読む」方法で研究したい。この深淵な言葉にエクレシアの本質がい言いつくされされていると思うからだ。「Jバイブル」駆使。6時半ラジオ体操開始までの朝のお勤(つと)め。

●まず、翻訳比較(拙HP利用)

日本聖書協会「新翻訳」パイロット版2016

20二人か三人が私の名によって集まるところには、そこに、その中に私がいる。」

401820なぜなら、私の名のもとに二人あるいは三人が集まっているところでは、彼らのただ中に私がいるからである」。

 

新共同訳1987

18:20 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

 

前田訳1978

18:20 二人、三人とわが名で集まるところ、そこにわたしは彼らの仲間としている」と。

 

新改訳1970

18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

 

塚本訳1963

18:20 二人、三人、わたしの名によって集まっている所には、わたしがいつもその真中にいるのだから。」

 

口語訳1955

18:20 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

 

文語訳1917

"401820","二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』""401820","二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』"




●次に頭に浮かぶ聖句。思い出すまま。霊の働き、霊の示し。

塚本訳 エペ 4:12
4:12 これは(キリストに対する)奉仕の務めを果たし得るよう聖徒達を準備し、かくしてキリストの体(なる教会)が建て上げられんためである。

塚本訳 ガラ 4:19
4:19 わたしの子供たちよ、あなた達の中にキリストが形づくられるまで、わたしはもう一度産みの苦しみをしている。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-6
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである
15:6 そのあと、一度に五百人以上の兄弟に御自分を現わされた。そのうちの多数の者はいまでも生きてい(て、わたしが嘘を言っていないことを証明してくれ)る。もっともすでに眠った者もあるにはある。

塚本訳 マタ 22:36-40
22:36 「先生、どの掟が律法の中で最大ですか。」
22:37 イエスは言われた、「『心のかぎり、精神のかぎり、』思いの『かぎり、あなたの神なる主を愛せよ。』
22:38 これが最大、第一の掟である。
22:39 第二もこれと同じ(く大切である)。──『隣の人を自分のように愛せよ。』
22:40 律法全体と預言書と(聖書)は、この二つの掟に支えられている。」

塚本訳 マタ 26:12-13
26:12 この婦人がわたしの体に香油をかけてくれたのは、わたしを葬るためである。
26:13 アーメン、わたしは言う、世界中どこでも(今後)この福音の説かれる所では、この婦人のしたことも、その記念のために一しょに語りつたえられるであろう。」

塚本訳 マタ 5:14-16
5:14 あなた達は世の光である。山の上にある町は隠れていることは出来ない
5:15 また、(せっかく)明りをともして枡をかぶせる者はない。かならず燭台の上に置く。すると、家の中におる人を皆照らすのである。
5:16 そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行ないを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。

塚本訳 ヨハ 4:13-15
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」

塚本訳 ヨハ 7:37-38
7:37 祭の最後の大際の日に、イエスは立って叫ばれた、「渇く者はわたしの所に来て飲みなさい。
7:38 わたしを信ずる者は、聖書が言っているように、『そのお腹から、清水が川となって流れ出るであろう。』」

 

 塚本訳 マタ 11:28-29
11:28 さあ、疲れている者、重荷を負っている者はだれでも、わたしの所に来なさい、休ませてあげよう。
11:29 わたしは心がやさしく、高ぶらないから、わたしの軛を負ってわたしの弟子になりなさい、そうすれば『魂の休息が得られよう。』

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

塚本訳 ヨハ 6:45
6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る

塚本訳 マタ 18:18-19
18:18 アーメン、わたしは言う、あなた達が地上で結ぶことはみな天でも結ばれ、地上で解くことはみな天でも解かれるであろう。
18:19 なお、アーメン、わたしは言う、何事によらず、もしあなた達のうちの二人が心を一つにして地上で祈るならば、わたしの天の父上は(きっとその願いを)かなえてくださるだろう

塚本訳 ヨハ 8:17
8:17 あなた達の律法にも、『二人の証言は信用すべきである』と書いてあるではないか。


口語訳 申  17:6
17:6 ふたりの証人または三人の証人の証言によって殺すべき者を殺さなければならない。ただひとりの証人の証言によって殺してはならない。

塚本訳 マタ 18:16
18:16 しかし(どうしても)聞かないなら、ほかに一人か二人、一しょに連れてゆくがよい。『すべてのことは、二人もしくは三人の証言によって定められる』(というモーセの掟に従う)ためである。

塚本訳 ヨハ 8:15-18
8:15 あなた達は人間的に(目に見えるもので)裁くが、わたしはだれも裁かない。
8:16 しかしたとえ裁いても、わたしの裁きは真実である。わたしはひとりではなく、わたしと、わたしを遣わされた方と(二人)であるから。
8:17 あなた達の律法にも、『二人の証言は信用すべきである』と書いてあるではないか。
8:18 わたしがわたし自身の証明者である。その上、わたしを遣わされた父上がわたしのことを証明してくださる。」

塚本訳 マタ 16:17-19
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。
16:18 それでわたしもあなたに言おう。──あなたはペテロ[岩]、わたしはこの岩の上に、わたしの集会を建てる。黄泉の門[死の力]もこれに勝つことはできない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」

塚本訳 ヨハ 20:21-23
20:21 すると主はかさねて言われた、「平安あれ。父上がわたしを遣わされたように、わたしも(全権を授けて)あなた達を遣わす。」
20:22 こう言いながら彼らに息を吹きかけて、言われる、「聖霊を受けよ。
20:23 人の罪は、あなた達が赦してやれば赦されて消え、赦してやらねば赦されずに残る。」

塚本訳 マコ 2:9-12
2:9 この中風の者に、あなたの罪は赦された、と言うのと、起きて担架をかついで歩け、と言うのと、どちらがたやすい(と思う)か。
2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、
2:11 「あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」
2:12 すると彼は起き上がり、すぐ担架をかついで、皆の見ている前を出ていった。皆が呆気にとられ、「こんなことはかって見たことがない」と言って、神を讃美した。

塚本訳 ルカ 7:46-48
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」

塚本訳 ヨハ 8:10-11
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 マタ 9:12-13
9:12 聞いて言われた、「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
9:13 『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味を、行って、勉強したがよかろう。わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来たのである。」

塚本訳 マタ 21:31
21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう


●BbB(拙HP)を見て、心に響くものを掲げる


塚本訳 ガラ 6:1
6:1 兄弟たち、もし何か過ちを犯した人があったら、あなた達霊の人は、柔和な心でこんな人を正しい道に引戻さねばならない。(ただ)あなたも(一緒に)誘惑されないように、自分に注意せよ。


塚本訳 Ⅱコリ13:1
13:1 わたしはあなた達の所にこれで三度目の訪問をする。『すべての事は、二人もしくは三人の証人の証言によって定められる』(と律法にあるではないか、三度の訪問が三人の証言に当る。)


塚本訳 Ⅰコリ5:9-13
5:9 (前の)手紙で、決して不品行な者たちと付き合ってはならないと書いたが、
5:10 あれはこの世の不品行な者や貪欲な者、略奪者や偶像礼拝者などと決して付き合うなというのではない。もしそうならば、あなた達はこの世から出てゆかねばならないからである。
5:11 しかしわたしは(はっきり)書く。──もし兄弟と呼ばれる者が、不品行な者や貪欲な者や偶像礼拝者や罵る者や大酒飲みや掠奪者などであるならば、付き合ってはならない。そんな者とは一しょに食事もしてはならない
5:12 なぜというのか。(主を信じない)外の人たちを、なんでわたしが裁くことがあろう。あなた達は、内輪の者たちだけを裁くべきではないのか。
5:13 外の人たちは神が裁かれる。『あなた達の中から悪人を取ってのけよ。』


塚本訳 Ⅱコリ6:14-17
6:14 不信者と一緒に不似合いな軛を負うようになってはいけない。なぜというか。義と不法とはなんの共同関係があろう。また光は暗闇に対しなんの共通性があろう。
6:15 キリストがベリアルに対してなんの調和があろう、また信者は不信者となんの共同があろう。
6:16 神の宮が偶像となんの一致があろう。わたし達はたしかに生ける神の宮である。神がこう仰せられた。──『わたしは彼らの間に住みまた歩むであろう、わたしは彼らの神になり、彼らはわたしの民になる』
6:17 それゆえに、『あなた達は彼らの中から出よそして離れよ、』と主は仰せられる、そして『清くないものに触れるな』と。『そうすればわたしはあなた達を受け入れる、』


塚本訳 Ⅱコリ2:10
2:10 しかし、(いまは、)あなた達が何かについてゆるす人を、わたしもゆるそう。いや、わたしがもし何かについてゆるしたとすれば、わたしがゆるしたことは、あなた達のため、キリスト(を証人としてそ)の目の前でしたことなのである。


塚本訳 Ⅱテサ3:14-15
3:14 もし私達のこの手紙の言に従わない者があるならば、その人を注意人物にして付き合わないようにせよ。その人が恥じ(て過ちを改め)るためである。
3:15 しかし敵と思わず、兄弟として訓戒せよ


塚本訳 ヤコ 5:19-20
5:19 わが兄弟達よ、君達の中に真理から迷う者があって、誰かがそれを引き戻すならば、
5:20 罪人を迷いの道から引き戻した者はその人の魂を死から救い、且つ多くの『罪を蔽う』ことを知れ

●TSK(拙HP)を見て心に響くものを掲げる

塚本訳 ヨハ 20:26
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。


塚本訳 ヨハ 8:58
8:58 イエスは言われた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、アブラハムが生まれる前から、わたしはいたのだ。」

塚本訳 黙  21:3
21:3 そして私は玉座から大きな声が(出てこう)言うのを聞いた、「視よ、人と共に神の幕屋がある! 神が彼らと共に住み、彼らは神の民となり、神自ら彼らと共にいまして、

●次にWEB黒崎を見て心に響くものを掲げる


塚本訳 Ⅰコリ5:4
5:4 すなわちあなた達が主イエスの名を呼んで集まったとき、わたしの霊も主イエスの力を持って一しょにそこにいて、


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示黙想おわり。神の子キリストが人の姿をとってこの世に降られたのと同じように、エクレシアも地上で苦しまなければならない。


塚本訳 コロ 1:24
1:24 今私は君達のために苦しむことを喜びとし、またキリスト・イエスの体なる教会のために私の体でキリストの患難の不足を補っている。

●日本聖書協会、仮称「新翻訳」パイロット版意見具申 ヨシュア記 17 章

●妻は、午後自彊術、夜はモーツァルト「レクイエム」の練習


岩波翻訳委員会訳1995

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