to 日記と感想 「自分を捨てる」とは
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


「自分を捨てる」とは ++++++++ 所感

2014/06/13 05:19

140613(金)キリスト者の皆様お早うございます。深夜に黙示として「自分を捨てる」が与えられました●聖書の難解なところの理解は生涯がかかる。しかもそれは多くの場合涙のレンズで初めて見えるようになる●聖書の最も深い言葉は体験を通してに分かる。「神」「神は愛なり」「十字架」「罪の赦し」「永遠の命」復活」「悔い改め」「終末」。これらの短い言葉は語学や註解書ではわからない。わかったとしたら大脳皮質部分だけのものであって、自分のものにはならない。●そこで今朝は「自分を捨てる」ということについて聖書のアチコチを思い浮かべて学んでみよう。

●まず「Jバイブル」で「自分」と「捨」をAND検索する。


    自分を捨てる。Jバイブル。「自分」AND「捨」

                   2014.6.13

 

<口語訳> 検索 "自分" AND ""

*******

【口語訳】マタ  16:24 それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

 

*******

【口語訳】マル  7:9 また、言われた、「あなたがたは、自分たちの言伝えを守るために、よくも神のいましめをてたものだ。

 

*******

【口語訳】マル  8:34 それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

 

*******

【口語訳】ルカ  9:23 それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

 

*******

【口語訳】ルカ  14:26 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までもてて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。

 

*******

【口語訳】ルカ  14:33 それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとくて切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。

 

*******

【口語訳】ルカ  18:28 ペテロが言った、「ごらんなさい、わたしたちは自分のものをてて、あなたに従いました」。

 

*******

【口語訳】ヨハ  10:17 父は、わたしが自分の命をてるから、わたしを愛して下さるのである。命をてるのは、それを再び得るためである。

 

*******

【口語訳】ヨハ  10:18 だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれをてるのである。わたしには、それをてる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」。

 

*******

【口語訳】ヨハ  15:13 人がその友のために自分の命をてること、これよりも大きな愛はない。

 

*******

【口語訳】使  7:21 そののちてられたのを、パロの娘が拾いあげて、自分の子として育てた。

 

*******

【口語訳】二コリ  4:2 恥ずべき隠れたことをて去り、悪巧みによって歩かず、神の言を曲げず、真理を明らかにし、神のみまえに、すべての人の良心に自分を推薦するのである。

 

*******

【口語訳】二コリ  13:5 あなたがたは、はたして信仰があるかどうか、自分を反省し、自分を吟味するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、悟らないのか。もし悟らなければ、あなたがたは、にせものとして見てられる。

 

*******

【口語訳】二コリ  13:6 しかしわたしは、自分たちが見てられた者ではないことを、知っていてもらいたい。

 

*******

【口語訳】二コリ  13:7 わたしたちは、あなたがたがどんな悪をも行わないようにと、神に祈る。それは、自分たちがほんとうの者であることを見せるためではなく、たといわたしたちが見てられた者のようになっても、あなたがたに良い行いをしてもらいたいためである。

 

*******

【口語訳】一テモ  5:8 もしある人が、その親族を、ことに自分の家族をかえりみない場合には、その信仰をてたことになるのであって、不信者以上にわるい。

 

*******

【口語訳】ヘブル  13:5 金銭を愛することをしないで、自分の持っているもので満足しなさい。主は、「わたしは、決してあなたを離れず、あなたをてない」と言われた。

 

*******

【口語訳】ユダ  1:6 主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所をて去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。

 

*******

【口語訳】ユダ  1:12 彼らは、あなたがたの愛餐に加わるが、それを汚し、無遠慮に宴会に同席して、自分の腹を肥やしている。彼らは、いわば、風に吹きまわされる水なき雲、実らない枯れ果てて、抜きてられた秋の木、

 

*******

●これで新約聖書の「心」、イエスの「心」に触れることが出来たが、そのほかに「自分を捨てる」と言う事に関して、「Jバイブル」によらない「霊感」ともいうべきものを掲げてみよう。

塚本訳 ルカ 22:25-26
22:25 するとイエスが言われた、「世間では王が人民を支配し、また主権者は自分を恩人と呼ばせる。
22:26 しかしあなた達はそれではいけない。あなた達の間では、一番えらい者が一番若輩のように、支配する者が給仕をする者のようになれ。

塚本訳 マタ 20:21-23
20:21 彼女に言われた、「何の願いか。」彼女が言う、「(来ようとしている)あなたの御国で、この二人の子が一人はあなたの右に、一人は左に坐るよう御命令ください。」
20:22 イエスが答えられた、「あなた達は自分で何を願っているのか、わからずにいる。(ヤコブとヨハネに聞くが、)わたしが飲まねばならない(苦難の)杯を飲むことが出来るのか。」「出来ます」と二人がこたえる。
20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。

塚本訳 ヨハ 13:5-8
13:5 それから盥に水を入れて、ひとりびとり弟子たちの足を洗っては、(腰に)巻いた手拭で拭き始められた。
13:6 こうしてシモン・ペテロの所まで来られると、ペテロが(こばんで)言う、「主よ、わたしの足を、あなたが洗われるのですか。」
13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」
13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。

●人間の本能として次は実行できない。非常識である。特に日本では儒教の精神がこれを赦さない。

塚本訳 ルカ 14:26-27
14:26 わたしの所に来て、その父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、なおその上に、自分の命までも憎まない者は、だれもわたしの弟子になることは出来ない。
14:27 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることは出来ない。



●これを「TSK」で見てみよう。何が書いてあるのだろう。
 

●ルカ14:26

「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。

 

*「わたしのもとに来るのでなければ、」

Deuteronomy 13:6-8

6同じ母に生れたあなたの兄弟、またはあなたのむすこ、娘、またはあなたのふところの妻、またはあなたと身命を共にする友が、ひそかに誘って『われわれは行って他の神々に仕えよう』と言うかも知れない。これはあなたも先祖たちも知らなかった神々、  7すなわち地のこのはてから、地のかのはてまで、あるいは近く、あるいは遠く、あなたの周囲にある民の神々である。  8しかし、あなたはその人に従ってはならない。その人の言うことを聞いてはならない。その人をあわれんではならない。その人を惜しんではならない。その人をかばってはならない。

Deuteronomy 33:9

 9彼はその父、その母について言った、/『わたしは彼らを顧みない』。彼は自分の兄弟をも認めず、/自分の子供をも顧みなかった。彼らはあなたの言葉にしたがい、/あなたの契約を守ったからである。

Psalms 73:25-26

 25あなたはさとしをもってわたしを導き、その後わたしを受けて栄光にあずからせられる。  26わたしはあなたのほかに、だれを天にもち得よう。地にはあなたのほかに慕うものはない。

Matthew 10:37

 37わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。

Philippians 3:8

 8わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、

 

*「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、」

Genesis 29:30-31

30ヤコブはまたラケルの所にはいった。彼はレアよりもラケルを愛して、更に七年ラバンに仕えた。  31主はレアがきらわれるのを見て、その胎を開かれたが、ラケルは、みごもらなかった。

Deuteronomy 21:15

 15人がふたりの妻をもち、そのひとりは愛する者、ひとりは気にいらない者であって、その愛する者と気にいらない者のふたりが、ともに男の子を産み、もしその長子が、気にいらない女の産んだ者である時は、

Job 7:15-16

 15それゆえ、わたしは息の止まることを願い、/わが骨よりもむしろ死を選ぶ。  16わたしは命をいとう。わたしは長く生きることを望まない。わたしに構わないでください。わたしの日は息にすぎないのだから。

Ecclesiastes 2:17-19

 17そこで、わたしは生きることをいとった。日の下に行われるわざは、わたしに悪しく見えたからである。皆空であって、風を捕えるようである。  18わたしは日の下で労したすべての労苦を憎んだ。わたしの後に来る人にこれを残さなければならないからである。  19そして、その人が知者であるか、または愚者であるかは、だれが知り得よう。そうであるのに、その人が、日の下でわたしが労し、かつ知恵を働かしてなしたすべての労苦をつかさどることになるのだ。これもまた空である。

Malachi 1:2-3

 2主は言われる、「わたしはあなたがたを愛した」と。ところがあなたがたは言う、「あなたはどんなふうに、われわれを愛されたか」。主は言われる、「エサウはヤコブの兄ではないか。しかしわたしはヤコブを愛し、  3エサウを憎んだ。かつ、わたしは彼の山地を荒し、その嗣業を荒野の山犬に与えた」。

John 12:25

25自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう

Romans 9:13

 13「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ」と書いてあるとおりである。

 

*「さらに自分の命までも捨てて、」

Acts 20:24

24しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。

Revelation of John 12:11

 11兄弟たちは、小羊の血と彼らのあかしの言葉とによって、彼にうち勝ち、死に至るまでもそのいのちを惜しまなかった。

 

 

●ルカ14:27

自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。

 

*「自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、」

Matthew 10:38

38また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。

Matthew 16:24-26

 24それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。  25自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。  26たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。

Mark 8:34-37

 34それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。  35自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。  36人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。  37また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。

Mark 10:21

 21イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。

Mark 15:21

 21そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた

Luke 9:23-25

 23それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。  24自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。  25人が全世界をもうけても、自分自身を失いまたは損したら、なんの得になろうか。

John 19:17

 17イエスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴダ)という場所に出て行かれた。

2 Timothy 3:12

12いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。

 

*「わたしの弟子となることはできない。」

Matthew 13:21

21その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。

Acts 14:22

 22弟子たちを力づけ、信仰を持ちつづけるようにと奨励し、「わたしたちが神の国にはいるのには、多くの苦難を経なければならない」と語った。

2 Timothy 1:12

 12そのためにまた、わたしはこのような苦しみを受けているが、それを恥としない。なぜなら、わたしは自分の信じてきたかたを知っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの日に至るまで守って下さることができると、確信しているからである。


●この中で最も難解なのはヨハネ12:25。謎の言葉だが、何か惹かれる。

塚本訳 ヨハ 12:25
12:25 [(この世の)命をかわいがる者は(永遠の)命を失い、この世で命を憎む者は、命を守って永遠の命にはいるであろう。


●この部分をTSKで見てみよう。何が書いてあるのだろう。
 

●ヨハ 12:25

12:25 自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。

*「自分の命を愛する者はそれを失い、」

Matthew 10:39

39自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。

Matthew 16:25

 25自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。

Matthew 19:29

 29おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。

Mark 8:35

 35自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。

Luke 9:23-24

 23それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。  24自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。

Luke 17:33

 33自分の命を救おうとするもは、それを失い、それを失うものは、保つのである。

Acts 20:24

 24しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。

Acts 21:13

 13その時パウロは答えた、「あなたがたは、泣いたり、わたしの心をくじいたりして、いったい、どうしようとするのか。わたしは、主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけでなく、死ぬことをも覚悟しているのだ」。

Hebrews 11:35

35女たちは、その死者たちをよみがえらさせてもらった。ほかの者は、更にまさったいのちによみがえるために、拷問の苦しみに甘んじ、放免されることを願わなかった。

Revelation of John 12:11

 11兄弟たちは、小羊の血と彼らのあかしの言葉とによって、彼にうち勝ち、死に至るまでもそのいのちを惜しまなかった。


*「この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。」

Genesis 29:30-33

30ヤコブはまたラケルの所にはいった。彼はレアよりもラケルを愛して、更に七年ラバンに仕えた。  31主はレアがきらわれるのを見て、その胎を開かれたが、ラケルは、みごもらなかった。  32レアは、みごもって子を産み、名をルベンと名づけて、言った、「主がわたしの悩みを顧みられたから、今は夫もわたしを愛するだろう」。  33彼女はまた、みごもって子を産み、「主はわたしが嫌われるのをお聞きになって、わたしにこの子をも賜わった」と言って、名をシメオンと名づけた。

Ecclesiastes 2:17

 17そこで、わたしは生きることをいとった。日の下に行われるわざは、わたしに悪しく見えたからである。皆空であって、風を捕えるようである。

Luke 14:26

 26「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の黙想おわり。神は人間の「死」を通じてこの世にアクションを起こす。語る。主にあれば「我が身の死も又益である」。

文語訳 ピリ 1:21
1:21 我にとりて、生くるはキリストなり、死ぬるもまた益なり。


口語訳 ピリ 1:21
1:21 わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。


新共同 ピリ 1:21
1:21 わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。


塚本訳 ピリ 1:21
1:21 何故なら、私にとって生きることはキリスト(を生きること、彼が私に生き給うことである。否、彼が私の生命)である。そして死ぬることは(完全にキリストと共に生きることであるから、私にはむしろ)利益である。

文語訳 ヨハ 12:24
12:24 誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。


塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)


●妻と父母の墓参に行く。妻は交通事故を起こしてから自動車がすれ違う道路で自転車に乗ることを不安がるようになった。トラウマか。そこで秋川霊園の墓地まで往復3時間を預保にした。

2014_06130002.jpg 

途中の平井川。夏になると河童少年達がこの橋の欄干から下に飛び込む。7-8メートルはある。

2014_06130003.jpg 

秋川霊園の階段。父母の墓にまで144段と坂道。妻が先に行く。

2014_06130004.jpg 

秋川霊園。終わりの日には墓の中から死人が皆起こされるのだなーと思った。
最近はこのことを信じられるようになった。

塚本訳 ヨハ 5:28-29
5:28 あなた達は(子が裁くという)このことを驚くに及ばない。時が来ると、墓の中にいる者が皆子(たるわたし)の声を聞いて、
5:29 (墓から)出てくるからである。すなわち、善いことをした者は(永遠の)命にはいるために復活し、悪いことをした者は(死の)罰を受けるために復活する。

塚本訳 マタ 27:51-53
27:51 その途端に、宮の(聖所の)幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして地が震い、岩が裂け、
27:52 墓が開いて、眠っていた多くの聖者たちの体が生きかえり、
27:53 墓から出てきて、イエスの復活の後、聖なる都(エルサレム)に入って多くの人に現われた。

2014_06130006.jpg 

父母の墓。父が87歳で逝って22年。母が88歳で逝って10年。
父を送ったのは私が48歳、母を送ったのは私が61歳。
私も父母の年齢までは生きたいなーと思う。
花は我が家のあじさい。妻が切ってきた。庭の花を持って行くのを母は好んだそうだ。
だれかが線香を備えた形跡があった。キリスト者ではない親戚だろう。宗教はは違っても
心が通じればよいのだ。

2014_06130007.jpg 

父母に「息子の招きでドバイに行ってきたこと」「長男に子供が与えらたこと」を報告。墓の掃除、樹木の刈込、草むしり。「また来るからね。」と言って墓を後にした。

2014_06130013.jpg 

俄かに空が曇って大粒の雨。雷鳴。ぐしょぬれ。20メートルほど後ろから妻が
私に声をかけたのだそうだが、私は全く聞こえなかった。加齢による難聴。かなり
愕然となった。

2014_06130015.jpg 

家に着くころには雨が上がり、夏雲。ヴェートーヴェン交響曲第
6番「田園」第5楽章、「嵐の後の感謝の歌」。 

●静岡県のTY氏から本の贈呈。礼状をメールを次のように送った。

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TY様

 

このたびは、「伊藤邦之・聡美記念文集」を賜り感謝いたします。

TYさんのルーツをお知らせくださり感謝です。

早速伊藤邦之氏の「ヒルティ生誕の地を訪ねて」1978年。P143を拝読させていただきました。

と言いますのは、小生は1980年(37才)、仕事(建築)で欧州に行ったときに、スイスのベルンにヒルティの墓参をし、また住んでいた家の前にも行ったことがあるからです。伊藤邦之氏の言及されたヴェルデンヴェルグ城は、カレンダーにもなっていたので所持していたのですが、いつも間にか紛失してしまいました。(一度は家屋全焼)。小生はヒルティと日本の関係について、白水社の第二期ヒルティ著作集第10巻(1979年)の月報に「無教会主義の系譜におけるヒルティ」を書きました。これは

伊藤邦之氏の関心と同じく、なぜヒルティが日本人に愛読されているかの謎を解く一考察でもあります。 

このたびは、ご愛労の編集の御本をありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 




 


 

 



    
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風邪をひかれませぬよう
【2014/06/13 18:10】 URL | [ 編集] | top▲


はじめまして!あるブログを拝見していたら、このブログに出会いました。私もブログを開設しています。「鬼藤千春の小説」で検索できます。一度訪問してみて下さい。
【2014/08/24 13:38】 URL | 鬼藤千春の小説 [ 編集] | top▲




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