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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
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    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
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    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
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    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


科学的証明ではなく聖霊による証明・・・イエスの処女降誕・・・ ++++++++ 所感

2015/10/12 06:31

151012(月)キリスト者の皆様お早うございます。3時ごろ目覚めて寝付けず、床の中で黙想●「イエスの処女降誕は科学的証明ではなく、聖霊による証明」●図書館から借りた「これだけは知っておきたい『史的イエス』」JHチャールズワース(プリンストン神学校新約聖書学教授)著、中野実訳を散見した。知的興味は湧くが霊が燃えないので面白くない。●この種の私の結論は今から24年も前の「イエスの尊厳意識をめぐって」(内村鑑三研究第28号所載)で決まっている。その結論(P33)。「イエスに尊厳意識があるかないかは客観的真理から探ってもわからない。それは見る人とイエスとの個人的な関係にかかっている。●教師をセンコーと思っている生徒は先生の本質が分からない。父親をクソオヤジと思っているうちは父の本質が見えてない。牧師や伝道者に対しても同じ。●罪の赦しを受けて、聖霊をいただけば、イエスが尊厳意識を持っていたように見える。尊厳意識を抱いていたように見えてしまう。その体験がなければ、イエスはただの人で、尊厳意識は無かったように見える。無かったように見えてしまう。●処女降誕もそれと同じ。「罪の赦しを受けて、聖霊をいただけば、イエスが処女から生まれたことが信じられるようになる」。2千年間続いてきた「処女降誕」の信仰告白は科学的証明ではなく、罪の赦しを受けて聖霊をいただいた者が抱く信仰的真理である。●今朝はこのことをめぐって聖書のアチコチを見てみよう。●まずイエスは私生児ではなかったのかとユダヤ人が抱いていた聖書的根拠。●今日の聖書学ではイエスに反対する人たちはイエスは「私生児」であると思っていたことは史的に動かないところらしい。イエスは私生児扱いされて社会的弱者であったからこそ罪人や遊女に同情をかけることが出来たのだ。●キリスト者はイエスは私生児ではなく「聖霊によって生まれた」と信ずる。この信仰は奇跡。

塚本訳 ルカ 3:23
3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

塚本訳 ヨハ 8:41
8:41 あなた達は自分の父の行いをしている。」彼らが言った、「われわれ(ユダヤ人)は、(異教人のように)不品行(偶像礼拝)によって生まれたのではない。われわれの父はただ一人、神である。」


●次に、信じなければ真理はわからないという原理の聖書的根拠

塚本訳 ヨハ 20:26-27
20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」
20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。


塚本訳 ルカ 22:66-68
22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって
22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、
22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

塚本訳 ヨハ 10:24-25
10:24 ユダヤ人が彼を取り囲んで言った、「いつまで気をもませるのです。救世主なら(救世主だと、)はっきり言ってください。」
10:25 イエスは答えられた、「言ったが、信じないではないか。父上の言いつけでわたしがしているその業が、わたしのことを証明している。

塚本訳 ルカ 16:26-29
16:26 そればかりではない、わたし達とあなた達との間には大きな(深い)裂け目があって、ここからあなた達の所へ渡ろうと思っても出来ず、そこからわたし達の所へ越えてくることもない。』
16:27 金持が言った、『父よ、それではお願いですから、ラザロをわたしの父の家にやってください。
16:28 わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よく言って聞かせてください。』
16:29 しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』


●信仰的真理ということ

塚本訳 マタ 16:17
16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。
これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。


塚本訳 Ⅰコリ12:3
12:3 だから(霊の見分け方について、)あなた達に次のことを知らせる、神の霊に感じて語る者は、だれも 呪われよ、イエス!とは言わない、また聖霊に感じてでなければ、だれも、イエスは主と言うことは出来ない。


塚本訳 ピリ 2:9-11
2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。
2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、
2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである

塚本訳 ヨハ 3:5-8
3:5 イエスは答えられた、「アーメン、アーメン、わたしは言う、人は霊によって生まれなければ、神の国に入ることは出来ない。
3:6 肉によって生まれたものは肉であり、霊によって生まれたものだけが霊である(から)。
3:7 『あなた達は新しく生まれなおさねばならない』と言ったからとて、すこしも不思議がることはない。
3:8 風[プニューマ]は心のままに吹く。その音は聞えるが、どこから来てどこに行くか、あなたは知らない。霊[プニューマ]によって生れる者も皆、そのとおりである。」

塚本訳 Ⅰコリ2:14
2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。



●霊は形を取る。形がないと、肉で生きている人間は理性が安息しない。形は教会だけでなく、エクrウェシア、使徒信条、信仰告白、聖書。

塚本訳 ヨハ 1:14
1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。


塚本訳 ガラ 4:4
4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった


塚本訳 ピリ 2:6-8
2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、
2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、
2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた

塚本訳 Ⅰヨハ1:1
1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──

塚本訳 ヨハ 20:27
20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

塚本訳 ロマ 10:9-10
10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。
10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである
。──(こうわたし達は説いているのである。)

塚本訳 ヘブ 11:3
11:3 (まず、)信仰によって、わたし達はこの世界が神の言葉で造られたことを知る
。すなわち、見えるものは、現われぬものからできているのである。

口語訳 詩  19:1-4
19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす
19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。
神は日のために幕屋を天に設けられた。



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朝の黙想おわり。霊は信仰告白という形をとる。それが聖書。


●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:13
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塚本訳 ルカ 4:13

4:13 悪魔はあらん限りの誘惑を終ると、ひとまずイエスから手を引いた。

 

●天使も悪魔も「手を引く」ときがある。それは人が神に身を捧げる時。

 

塚本訳 ルカ 1:38

1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420413こうして悪魔は、あらゆる試みを仕掛け果てた後、時至るまで、イエスから離れた。

 

新共同訳1987

4:13 悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた。

 

前田訳1978

4:13 あらゆる試みを終えると、悪魔はひとまず彼を離れた。

 

新改訳1970

4:13 誘惑の手を尽くしたあとで、悪魔はしばらくの間イエスから離れた。

 

塚本訳1963

4:13 悪魔はあらん限りの誘惑を終ると、ひとまずイエスから手を引いた。

 

口語訳1955

4:13 悪魔はあらゆる試みをしつくして、一時イエスを離れた

 

文語訳1917

420413","惡魔あらゆる嘗試を盡してのち、暫くイエスを離れたり。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 4:11

4:11 そこで悪魔が離れると、たちまち天使たちが来てイエスに仕えた。

 

塚本訳 ヤコ 4:7

4:7 だから神に従え。しかし悪魔には反抗せよ、すると君達から逃げるであろう。

 

塚本訳 ヨハ 14:30

14:30 もはやあなた達と多く話さない。(間もなく)この世の支配者(悪魔)が来るからだ。あれはわたしに指一本触れることはできない。

 

塚本訳 ヘブ 4:15

4:15 なぜなら、わたし達の大祭司は、わたし達の弱さに同感することの出来ない(ような)方でないからである。むしろどの点からしてもわたし達と(全く)同様に誘惑された。ただし罪は犯されなかった。

 

塚本訳 黙  13:2-4

13:2 私が見たその獣は豹に似ていた。またその足は熊の足のよう、その口は獅子の口のようであった。そして(曩に天から落とされた)竜が、自分の(有っている)権能と、自分の王座と、大なる権力とをそれに与えた。

13:3 またその一つの頭は(剣で)打たれて死んだようであったけれども、(不思議にも)その致命の傷が癒されたのを私は見た。すると全地の人々は獣の(癒された)ことを(見て)驚き、

13:4 竜を拝んだ。彼が獣にその権力を与えた(ためにこんな不思議が行われたと思うた)からである。そして獣を(も)拝んで言うた、「誰がこの獣のように偉いか。誰が彼と戦うことが出来るか。」

 

塚本訳 ヨハ 16:33

16:33 これらのことを話したのは、あなた達がわたしに(しっかり)結びついていて、平安を保つことができるためである。この世ではあなた達に苦しみがある。しかし安心していなさい。わたしがすでに世に勝っている。」

 

塚本訳 黙  20:10

20:10 そして彼らを惑わす悪魔は火と硫黄との池に放り込まれた。其処には獣も偽預言者も(放り込まれて)いた。彼らは昼となく夜となく永遠より永遠に苦しめらるるであろう。

 

塚本訳 ルカ 22:3

22:3 すると(その時)悪魔が、十二人の(弟子の)数に入っていたイスカリオテと呼ばれるユダに入った。

 

塚本訳 使  13:9-12

13:9 するとサウロは──またパウロともいう──聖霊に満たされ、彼をじっと見つめて

13:10 言った、「ああ、あらゆる悪巧み、あらゆるごまかしで一ぱいの、この悪魔の子よ、あらゆる正しいことの敵よ、『主の真直ぐな道を』曲げることをやめないのか。

13:11 さあ、主の御手がお前の上にくだるのだ。お前は盲になって、時が来るまで日の光が見えなくなる。」たちどころに暗い霞が彼の目にかかった。彼は手を引いてくれる人を手さぐりでさがしまわった。

13:12 すると総督はこの出来事を見て、信者になった。主の教え(の力)に驚いてしまったのである。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ4:13 おわり

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都立秋留台公園のコスモス。コスモス大好き。風(神の霊)に常に従順になびく。

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都立秋留台公園。今日は休日で家族連れが多く、実に穏やかな光景である。
こういう平和な時はありがたい。こういう公園を整備してくれる都の行政に感謝。


















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