to 日記と感想 主人にもしものことがあったら・・・主の励ましの言葉・・・
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


主人にもしものことがあったら・・・主の励ましの言葉・・・ ++++++++ 所感

2015/10/15 06:32

151015(木)キリスト者の皆様おはようございます・3時半目覚め、黙想、5時起床●昨日、「主人にもしものことがあったらそのときはよろしく」というお電話があった。葬儀に至る諸事万般のご依頼であった。●日常よく使うこの「もしものこと」という言葉に興味を持ったのでネットで調べると次のようであった。

もしものこと【若しもの事】とは。意味や解説、類語。思いがけない出来事。万一の事。「 ―があったら、この封書を開けなさい」

もしもの事の同義語 - 類語辞典(シソーラス) - Weblio辞書
もしもの事の言い換えや別の言い方。・意義素類語起こりうる出来事や事件や結果若し もの事 ・ 不測の事態死ぬことやこの世から旅立つこと永眠 ・ 御事 ・ 卒 ・ 死歿 ・ 落命 ・ 一巻の終り ・ 不祝儀 ・ 死 ・ 終わり ・ 一巻の終わ...



●つまり、「思いがけないこと、万一のこと」で、どちらかというと悪い事態のことである。●しかし人の死は「もしものことではなく、人が必ず経験する確実なことである。

口語訳 詩 90:10
90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

●ドイツの哲学者のハイデッガー(1889-1976)は「人生は死という壁に向かって歩む旅である。しかし誰でも『その壁は自分にとってはずっと先のことである』と思っている。」(ハイデッガーはローマ法王の政策に反感を抱いてカトリックからルター派に転向したことに興味あり)と言っているのは我が身を省みて真理である。
●自分にとって死はいつ訪れるかは「神のみがご存知」である。

塚本訳 マタ 24:35-36
24:35 天地は消え失せる、しかし(いま言った)わたしの言葉は決して消え失せない。
24:36 ただし(人の子の来る)その日と時間とは、ただ父上のほかだれも知らない。天の使いたちも知らない

●しかしこの私も「神に知られている」と思えば安心である。「死の時」は神が握っていてくださる。15年も前に脳出血で意識不明になった時、「自分の命は99%でなく、100%神に握られている」という認識を与えられた。●そこで今朝は死に直面したときの「主の励ましの言葉」を黙想してみよう。他人ごとではない「明日は我が身」である。自分への励ましである。

塚本訳 マタ 10:29
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。

塚本訳 マタ 6:26
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。

塚本訳 マタ 6:27-30
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30
きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!


塚本訳 ルカ 23:42-43
23:42 それから(イエスに)言った、「イエス様、こんどあなたのお国と共にお出でになる時には、どうかわたしのことを思い出してください。
23:43 「イエスが言われた、
「アーメン、わたしは言う、(その時を待たずとも、)あなたはきょう、わたしと一しょに極楽にはいることができる。」

塚本訳 ヨハ 11:25
11:25 イエスがマルタに言われた、「
わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

塚本訳 ルカ 8:49-52
8:49 イエスがまだ話しておられるところに、礼拝堂監督の家からひとりの人が来て(監督に)言った、「お嬢さんはもうなくなりました。先生にこれ以上御迷惑をかけられないように。」
8:50 イエスは聞いて監督に言葉をかけられた、「こわがることはない。ただ信ぜよ。そうすれば助かる。」
8:51 家に着かれると、ペテロとヨハネとヤコブと、女の子の父と母とのほかには、だれも一しょに中に入ることを許されなかった。
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」


塚本訳 ルカ 7:12-14
7:12 町の門の近くに来られると、ちょうど、ある独り息子が死んで、(棺が)舁き出されるところであった。母は寡婦であった。町の人が大勢その母に付添っていた。
7:13 主は母を見て不憫に思い、「そんなに泣くでない」と言って、
7:14 近寄って棺に手をかけ──担いでいる者は立ち止まった──「若者よ、あなたに言う、起きよ!」と言われた。


塚本訳 ヨハ 11:1-5
11:1 さて、ラザロというひとりの病人があった。。マリヤとその姉妹マルタとの村、ベタニヤの人である。
11:2 このマリヤは主に香油を塗り、髪の毛で御足をふいた女であるが、病気であったラザロはその兄弟であった。
11:3 マリヤとマルタとはイエスに使をやって、「主よ、大変です。あなたの可愛がっておられる人が病気です」と言わせた。
11:4 イエスは聞いて言われた、「これは死ぬための病気ではない。神の栄光のためである。すなわち(神の栄光をあらわすために、)神の子(わたし)がこれによって栄光を受けるためである。」
11:5
イエスはマルタとその姉妹ラザロとを愛しておられた。

塚本訳 ヨハ 20:6-9
20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。
20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。
20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。
20:9
イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。

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朝の黙想おわり。イエスの言葉には権威と力がある。10月14日ブログ 「新約聖書一日一節黙想 ルカ4:15」参照。

●庭の柿を取る。妻が届かないところは私が脚立でとる。食すとおいしい。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:16
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塚本訳 ルカ 4:16

4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。

 

●イエスの生誕はベツレヘム(人口調査のために一時的滞在)、育ちはナザレが固い。

 

塚本訳 マタ 2:1-8

2:1 さてイエスはヘロデ(大)王の代にユダヤのベツレヘムでお生まれになったが、そのとき、東の国の博士たちがエルサレムに来て

2:2 言った、「(今度)お生まれになったユダヤ人の王[救世主]はどこにおられるか。われわれはそのお方の星が出るのを見たので、おがみにまいった。」

2:3 (救世主が生まれたと)聞いて、ヘロデ王はもちろんエルサレム中の人々も王と共にうろたえた。

2:4 そこで王は国の大祭司連、聖書学者たちを全部集めて、救世主はどこで生まれるべきであるかとたずねた。

2:5 彼らはこたえた、「ユダヤのベツレヘムで。預言者(ミカ)によって、こう書かれているからです。

2:6 『お前、』ユダの地なる『ベツレヘムよ、お前はユダの町々の中で、最も劣っているものでは』決してない。『一人の偉大なる支配者がお前の中から出て、わが民イスラエルを牧するのだから。』」

2:7 そのあとヘロデは内証で博士たちを呼びよせ、(最初に)星の現われた時間を彼らに確かめた上で、

2:8 こう言ってベツレヘムへやった、「行って幼児の居所を丹念に捜し、見つけ次第、報告せよ。自分も言っておがみたいから。」

 

塚本訳 ルカ 2:4

2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

 

塚本訳 ルカ 2:15

2:15 天使たちが彼らをはなれて天に去ると、羊飼たちは互に言った、「さあ、ベツレヘムに行って、主が知らせてくださった出来事を見てこよう。」

 

塚本訳 ヨハ 7:40-44

7:40 すると群衆のうちにこの言葉を聞いて、「確かにこの人は(世の終りに来る)あの預言者だ」と言う者があり、

7:41 「この人は救世主だ」と言う者もあり、また(反対して、)こう言う者もあった、「ガリラヤから救世主が出るとでも言うのか。

7:42 『救世主は〃ダビデの末〃から、ダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。」

7:43 そこで群衆の間に、イエスのことで意見が分かれた。

7:44 なかには彼を捕えようと思う者もあったが、手をかける者はなかった。

 

塚本訳 マタ 2:23

2:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレ人と言われる」と、預言者たちをもって言われた言葉が成就するためであった。

 

塚本訳 マタ 4:12-13

4:12 イエスは(洗礼者)ヨハネが牢に入れられたと聞くと、(郷里)ガリラヤ(のナザレ)に引っ込まれた。

4:13 それから(間もなく)ナザレを去って、(昔)ゼブルン(族)とナフタリ(族)との(領地であった)地方にある、(ガリラヤ)湖畔の(町)カペナウムに行って住まれた。

 

塚本訳 マタ 13:54

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。

 

塚本訳 マタ 21:11

21:11 「この人はガリラヤのナザレの預言者イエスだ」と群衆は言った。

 

塚本訳 マタ 26:71

26:71 そして玄関に出てゆくと、ほかの女中がペテロを見て、そこにいる人たちに「この人はあのナザレ人イエスと一しょだった」と言う。

 

塚本訳 マコ 1:9

1:9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼をお受けになった。

 

塚本訳 マコ 1:24

1:24 言った、「ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたにちがいない。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

 

塚本訳 マコ 3:21

3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

 

塚本訳 マコ 6:1

6:1 そこを去って郷里(ナザレ)に行かれた。弟子たちもついて行った。

 

塚本訳 マコ 10:47

10:47 ナザレのイエス(のお通り)だと聞くと、「ダビデの子イエス様、どうぞお慈悲を」と言って叫び出した。

 

塚本訳 マコ 14:67

14:67 ペテロが火にあたっているのを見ると、じっと見つめながら、「あなたもあのナザレ人と一しょだった、あのイエスと」と言う。

 

塚本訳 マコ 16:6

16:6 青年は彼らに言う、「驚くに及ばない。あなた達は十字架につけられたナザレ人イエスをさがしているが、もう復活されて、ここにはおられない。そら、ここがお納めした場所だ。

 

塚本訳 ルカ 1:26

1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。

 

塚本訳 ルカ 2:4

2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

 

塚本訳 ルカ 2:39

2:39 両親は主の律法のさだめをすべて果すと、ガリラヤの自分の町ナザレに帰った。

 

塚本訳 ルカ 2:51

2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。

 

塚本訳 ルカ 4:16

4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。

 

塚本訳 ルカ 4:34

4:34 「ああ、ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたのか。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

 

塚本訳 ルカ 18:37

18:37 人々がナザレ人イエスのお通りだとおしえてやると、

 

塚本訳 ルカ 24:19

24:19 彼らに言われた、「なんのことです。」彼らが言った、「ナザレ人イエスのことです。──この方はだれが見ても、神の目にさえも、業に言葉に力のある預言者であったのに、

 

塚本訳 ヨハ 1:45-46

1:45 (すると今度は)ピリポがナタナエルに出合って言う、「わたし達はモーセが律法に書き、預言者たちも書いている人を見つけた、ヨセフの子、ナザレ人イエスだ。」

1:46 ナタナエルが言った、「あのナザレから何か善いものが出るだろうか。」ピリポが言う、「来なさい、そうすればわかる。」

 

塚本訳 ヨハ 18:4-7

18:4 イエスはその身に起ろうとしていることを何もかも知っておられたので、園から出てきて彼らに言われる、「だれをさがしているのか。」

18:5 「ナザレ人イエスを」と答えた。彼らに言われる、「それはわたしだ。」イエスを売るユダも彼らと一しょに立っていた。

18:6 彼らはイエスが「それはわたしだ」と言われた時、後ずさりして地に倒れた。

18:7 そこで「だれをさがしているのか」とかさねてお尋ねになると、「ナザレ人イエスを」と言った。

 

塚本訳 ヨハ 19:19

19:19 ピラトはまた捨札を書いて十字架の上に掲げさせた。ナザレ人イエス、ユダヤ人の王と書いてあった。

 

●礼拝堂で朗読したのは聖書。皆サーンと言って人間がしゃべる「説教」ではない。勉強してきたことを披歴する大学のゼミでも学術報告でもない。

 

塚本訳 使  13:15

13:15 律法と預言書との朗読がすんだ後、礼拝堂監督たちは二人に言わせた、「兄弟の方々、人々へ何か奨励の言葉をお持ちの方は、話してください。」

 

塚本訳 使  13:26-28

13:26 兄弟の方々──アブラハムの子孫の方々と、あなた達の中の敬神家の方々よ、(神から)わたし達に、この(イエスの)救いを知らせる『言葉は送られたのです。』

13:27 なぜなら、エルサレムに住んでいる人と彼らの(最高法院の)役人たちとは、この方がわからず、安息日のたびごとに朗読される預言者たちの言葉もわからずに、判決を下してそれを成就し、

13:28 死罪にあたるなんの罪も認められないにもかかわらず、ピラトに願って彼を死刑にしてしまったのだから。

 

塚本訳 Ⅱコリ3:14-15

3:14 しかし(そのために、)彼らの考えは頑なにされてしまった。なぜなら、今日までも古い契約の朗読の時、同じベールが残っているからである。ベールは取り除かれないままである。古い契約は(ただ)キリストにおいて無くなるものだからである。

3:15 いやむしろきょうまでモーセ(律法)が朗読される度毎に、ベールは彼らの心にかかって(いるので、そのほんとうの意味が隠されて)いる。

 

塚本訳 Ⅰテモ4:12-13

4:12 自分の年の若いことを誰にも軽蔑されるな。却って言において、振舞いにおいて、愛において、信仰において、純潔なことにおいて(凡ての)信者の模範となれ。

4:13 私が行くまで(集会で聖書を)朗読すること、勧めをすること、教えることに心を傾けよ。

 

塚本訳 黙  1:3

1:3 幸福なる哉、この預言の言を朗読する人、及び(それを)聞いて、その中に書かれてある(一切の)ことを守る人々!(この言の成就する)時が(はや既に)近いからである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420416さて、彼は、自分の育ったところであるナザラにやって来た。そして、自分の習慣に従って安息日に会堂に入り、朗読するために立ち上がった。

 

新共同訳1987

4:16 イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。

 

前田訳1978

4:16 彼は育ちの地ナザレへ来られ、いつものように安息日に会堂に入り、聖書を読みに立たれた。

 

新改訳1970

4:16 それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。

 

塚本訳1963

4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。

 

口語訳1955

4:16 それからお育ちになったナザレに行き、安息日にいつものように会堂にはいり、聖書を朗読しようとして立たれた。

 

文語訳1917

"420416","偖その育てられ給ひし處のナザレに到り、例のごとく安息日に會堂に入りて、聖書を讀まんとて立ち給ひしに、"

 

BbBTSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 6:1-6

6:1 そこを去って郷里(ナザレ)に行かれた。弟子たちもついて行った。

6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。

6:3 これはあの大工ではないか。マリヤの息子で、ヤコブとヨセとユダとシモンとの兄弟ではないか。女兄弟たちは、ここで、わたし達の所に住んでいるではないか。」こうして人々はイエスにつまずいた。(そのため彼の言葉に耳を傾ける者がなかった。)

6:4 イエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と親族と家族のところだけである。」

6:5 (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。

6:6 イエスは人々の不信仰に驚かれた。それから村々をぐるぐる回りながら教えられた。

 

塚本訳 マタ 13:53-58

13:53 イエスはこれらの譬を終えると、そこを去り、

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。

13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。

13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

13:58 彼らの不信仰のゆえに、そこではあまり奇蹟を行われなかった。(出来なかったのである。)

 

塚本訳 マタ 2:23

2:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレ人と言われる」と、預言者たちをもって言われた言葉が成就するためであった。

 

塚本訳 使  10:38

10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

 

塚本訳 ルカ 3:23

3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

 

塚本訳 使  13:15

13:15 律法と預言書との朗読がすんだ後、礼拝堂監督たちは二人に言わせた、「兄弟の方々、人々へ何か奨励の言葉をお持ちの方は、話してください。」

 

塚本訳 使  10:38

10:38 すなわち、『神が』いかに聖『霊』と(大いなる)力と『をもって』ナザレのイエスに『油を注がれ(て聖別され)た』か、このイエスが(あちらこちらを)巡回しながら、恩愛を施し、悪魔におさえつけられている者を皆直されたかを。神がご一緒におられたからです。

 

塚本訳 ルカ 4:20

4:20 イエスは(読み終ると、)聖書を巻き、係の者に返して坐られた。礼拝堂にいる者の目が皆彼にそそがれた。

 

塚本訳 マタ 13:54

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。

 

塚本訳 マコ 6:1

6:1 そこを去って郷里(ナザレ)に行かれた。弟子たちもついて行った。

 

塚本訳 ルカ 1:26-27

1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。

1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。

 

塚本訳 ルカ 2:39

2:39 両親は主の律法のさだめをすべて果すと、ガリラヤの自分の町ナザレに帰った。

 

塚本訳 ルカ 2:51

2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。

 

塚本訳 ルカ 2:42

2:42 イエスが十二歳になった時、両親は(その)祭の習わしに従って、(彼を連れて都へ)上った。

 

塚本訳 ルカ 4:15

4:15 イエスはあちらこちらの礼拝堂で教え、皆にあがめられた。

 

塚本訳 ヨハ 18:20

18:20 イエスは答えられた、「わたしは世間にむかって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる礼拝堂や宮で教えて、何一つ隠れて話したことはない。

 

塚本訳 使  17:1-3

17:1 彼らはアムポリスとアポロニヤ(の町々)を通過してテサロニケに行った。そこにはユダヤ人の礼拝堂があった。

17:2 パウロはいつものとおり入っていって、三度の安息日に聖書に由って彼らに話をした。

17:3 すなわち救世主は苦しみを受けて(十字架の上に死に、)死人の中から復活せねばならなかったこと、また、「わたしがあなた達に宣べ伝えているイエス、この人こそ救世主である」と説き明かし、論証した。

 

塚本訳 使  13:14-16

13:14 二人はペルガからさらに巡回をつづけて、ピシデヤ(地方)のアンテオケに来た。そして安息の日に(ユダヤ人の)礼拝堂に入って坐った。

13:15 律法と預言書との朗読がすんだ後、礼拝堂監督たちは二人に言わせた、「兄弟の方々、人々へ何か奨励の言葉をお持ちの方は、話してください。」

13:16 そこでパウロが立ち上がり、手で合図をして、それから言った。「イスラエル人諸君、ならびに敬神家の方々、聞いてください。

 

塚本訳 マコ 6:2

6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ4:16 おわり


●15:20 あきる野市地域包括支援センター(042-550-6101岸浪さん)に行き、公的の在宅介護サービスの内容について、サービス面と経済面から詳しく聴いた。私達は施設に入らずに最後まで在宅で過ごしたいと思っているからである。日本の社会福祉制度は充実していることに感心した。まずケアマネジャーがケアプランを作成するのは無料であることに驚いた。生活保護を受給している人でも在宅介護サービスで生活できているという。
●日本人はシリア難民のようにならないでいられるのは、日本国政府の功績である。感謝。
●次の聖句を思った。

塚本訳 ロマ 13:4
13:4 官憲はあなたの最善のためにつくす神の召使であるから。しかしもし悪事をすれば、恐れねばならない。見えのために剣をささげているのではないのだから。官憲は神の召使で、悪事を行う者に対して(神の)怒りをあらわす復讐者である。

塚本訳 マタ 4:3-4
4:3 すると誘惑する者[悪魔]が進み寄って言った、「神の子なら、(そんなにひもじい思いをせずとも、)そこらの石ころに、パンになれと命令したらどうです。」
4:4 しかし答えられた
「『パンがなくとも人は生きられる。(もしなければ、)神はそのお口から出る言葉のひとつびとつで(パンを造って、)人を生かしてくださる』と(聖書に)書いてある。」

塚本訳 マタ 6:25-34
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)
6:26 空の鳥を見てごらん。まかず、刈らず、倉にしまいこむこともしないのに、天の父上はそれを養ってくださるのである。あなた達は鳥よりも、はるかに大切ではないのだろうか。
6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。
6:28 また、なぜ着物のことを心配するのか、野の花の育つのを、よく見てごらん、苦労をせず、紡ぐこともしない。
6:29 しかし、わたしは言う、栄華を極めたソロモン(王)でさえも、この花の一つほどに着飾ってはいなかった。
6:30 きょうは花咲き、あすは炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこんなに装ってくださるからには、ましてあなた達はなおさらのことではないか。信仰の小さい人たちよ!
6:31 だから、『何を食べよう』とか、『何を飲もう』とか、『何を着よう』とか言って、心配するな。
6:32 それは皆異教人のほしがるもの。あなた達の天の父上は、それが皆あなた達に必要なことをよく御承知である。
6:33 あなた達は何よりも、御国と、神に義とされることとを求めよ。そうすれば(食べ物や着物など)こんなものは皆、(求めずとも)つけたして与えられるであろう。
6:34 だから、あしたのことを心配するな。あしたはあしたが自分で心配する。一日の苦労はその日の分で沢山である










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