to 日記と感想 失敗の人生・・・幸福を恵まれた女・・・
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


失敗の人生・・・幸福を恵まれた女・・・ ++++++++ 所感

2015/10/31 06:31

151031(土)キリスト者の皆様お早うございます。夜半から朝方にかけて朝の啓示。「失敗の人生・・・幸福を恵まれた女・・・」●朝方、すっかりう疎遠になってしまった肉の兄弟の夢をみた。実際に会うとどうなっているのだろう。怖くて連絡も出来ない。●女子大で建築学の講師を9年間勤めたが、その結論的な感想は生徒はみな幸せをつかもうつかもうとしているということを感じたことである。これを感じたことが収穫であった。特に幸せな結婚を夢見ている。●彼女たちはみなその幸せを掴めただろうか。それとも失敗しただろうか。失ったのだろうか。●宗教を求める動機は、「貧・病・争」といわれている。みなその不幸な状態から逃れたいと思っている。●聖書はこれに対してただ一本の道「罪からの救い」を示している。これが幸せへの道なのだ。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


●、「貧・病・争」から逃れる決定的で一番大切な道、それは「罪の赦し」を通して神を知るの道である。イエスを神の子と信じる三位一体の信仰の道を見出せば、他の何物にも到達できず、また失ってもそれは真の幸福だ。この道を見出せば今まで幸せと思っていたものが色褪せて見えて来るのだ。不幸でも「ナンノコレシキ」と我慢できるのだ。

塚本訳 Ⅰコリ15:3-5
15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと
15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、
15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。


●幸せな結婚が出来なかった人、不幸にも離婚に至った人、子供が出来なかった人、子を失った人、・・・・イエスはそういう女性の友となった。

塚本訳 ヨハ 4:13-21
4:13 イエスは答えられた、「この(井戸の)水を飲む者はだれでもまた渇くが、
4:14 わたしが与える水を飲む者は永遠に渇かない。そればかりでなく、わたしが与える水は、その人の中で(たえず)湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう。」
4:15 女が言う、「主よ、その水を下さい。(二度と)渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもよいように。」
4:16 イエスが言われる、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
4:17 女が答えた、「わたしには夫はありません。」イエスが言われる、「『わたしには夫はありません』と言うのは、もっともだ。
4:18 五人の夫とは別れ、今のは、あなたの夫ではないのだから。あなたの言ったことは本当だ。」
4:19 女が(びっくりして)言う、「主よ、わかりました、あなたは預言者です。
4:20 (それでお尋ねしたいのですが、)わたし達の先祖はこの(ゲリジム)山で(神を)礼拝したのに、あなた達(ユダヤの人)は、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。(どういう訳でしょうか。)」
4:21 イエスが言われる、「女の人、わたし(の言葉)を信じなさい。(間もなく)あなた達が、この山でもエルサレムでもなく(どこででも、)父上を礼拝する時が来る。


●この惨憺たる人生。肉の家族からも社交的な宗教者の集まりからもつまはじきされる暗い人生。彼女は人目を避けるように一人で井戸の水を汲みに来た。その気の毒な女性にイエスは声をかけたのだ。●プロテスタント教会はエクレシアと言いながらその実態は社交クラブ、精神病者や離婚経験者に冷たい。●無教会集会また同じ。故GS氏は若いころ矢内原集会に行ったが、「アソコは東大卒でなければ人間ではない」という雰囲気であったので辞めた」と言ったことがある。禍なるかな社交クラブの無教会集会。

塚本訳 マタ 19:5-6
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」


●これをイエスの律法ととらえると日本の三分の一は失格である。今やなんと離婚は三組に一組。それだけ貧困な家庭になり、子供は路頭に迷う。しかしイエスはそれを断罪しないで救った。

塚本訳 ヨハ 8:1-11
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】


●姦淫の女を赦したイエスは自ら十字架に向かって行進した。律法は廃らないからその義を満たすためだ。彼女のためにキリストの血は流された。●彼女のその後の人生を聖書は語らない。しかし彼女はあのナルドの香油の女」ではあるまいか。重い十字架を背負って歩いたイエスに見え隠れしながらついて行った女性の一人ではあるまいか。

塚本訳 ヨハ 8:1-10
8:1 イエスはオリブ山に行かれた。
8:2 次の朝早く、また宮に行かれると、人々が皆あつまってきたので、座って教えておられた。
8:3 すると聖書学者とパリサイ人とが、姦淫の現行犯を押えられた女をつれてきた。みんなの真中に立たせて、
8:4 イエスに言う、「先生、この女は姦淫の現場を押えられたのです。
8:5 モーセは律法で、このような女を石で打ち殺すように命じていますが、あなたはなんと言われますか。」
8:6 こう言ったのは、イエスを試して、訴え出る口実を見つけるためであった。イエスは身をかがめて、黙って指で地の上に何か書いておられた。
8:7 しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。」
8:8 そしてまた身をかがめて、地の上に何か書いておられた。
8:9 これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
塚本訳 ルカ 7:36-38
7:36 (シモンという)ひとりのパリサイ人が一しょにお食事をと願ったので、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。
7:37 すると、その町に一人の罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食卓についておられることを知ると、香油のはいった石膏の壷を持ってきて、
7:38 泣きながら後ろからイエスの足下に進み寄り、しばし涙で御足をぬらしていたが、やがて髪の毛でそれをふき、御足に接吻して香油を塗った


塚本訳 ルカ 7:44-50
7:44 女の方に振り向き、シモンに言われた、「この婦人を見たか。わたしがこの家に来たとき、あなたは足の水もくれないのに、この婦人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた
7:45 あなたは接吻一つしてくれないのに、この婦人はわたしが(この家に)来たときから、わたしの足に接吻のしつづけである。
7:46 あなたは(普通の)油をすら頭に塗ってくれないのに、この婦人は(高価な)香油を足に塗ってくれた。
7:47 だから、わたしは言う、この婦人の多くの罪は赦されている。(いま)多くわたしを愛したのがその証拠である。赦され方の少ない者は、愛し方も少ない
。」
7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」
7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」
7:50 しかしイエスは女に言われた、「あなたの信仰があなたを救った。『さよなら、平安あれ。』」

塚本訳 ヨハ 12:1-8
12:1 イエスは過越の祭の六日前に(また)ベタニヤに行かれた。ここにはイエスが死人の中から生きかえらせたラザロがいた。
12:2 するとそこでイエスのために宴会が催され、マルタは給仕をし、ラザロは相伴客の一人であった。
12:3 そのときマリヤは混ぜ物のない、非常に高価なナルドの香油一リトラ(三百二十八グラム)をイエスの足に塗り、髪の毛でそれをふいた。香油の薫が家に満ちた。
12:4 弟子の一人で、イエスを売るイスカリオテのユダが言う、
12:5 「なぜこの香油を三百デナリ(十五万円)に売って、貧乏な人に施さないのだろうか。」
12:6 ユダがこう言ったのは、貧乏な人のためを考えたのではなく、(会計係であった)彼は泥坊で、あずかっている金箱の中に入るものをごまかしていたからであった。
12:7 イエスは言われた、「構わずに、わたしの埋葬の日のためにそうさせておきなさい
12:8 貧乏な人はいつもあなた達と一しょにいるが、わたしはいつも一しょにいるわけではないのだから。」

塚本訳 ルカ 23:26-28
23:26 (兵卒らが)イエスを(刑場へ)引いてゆく時、シモンというクレネ人が野良から来(て通りかかっ)たので、つかまえて(イエスの)十字架を背負わせ、イエスの後から担いでゆかせた。(イエスにはもう負う力がなかったのである。)
23:27 民衆と、イエスのために悲しみ嘆く女たちとの大勢の群が、あとにつづいた
23:28 イエスは女たちの方に振り向いて言われた、「エルサレムの娘さんたち、わたしのためには泣いてくれなくともよろしい。それよりは自分のため、自分の子供のために泣きなさい


●彼女は誰か。あのマグダラのマリヤではなかったのか。聖書学的には同定できないが精神的には同定できる。私はそう読みたい。これ聖書の素人読み。


塚本訳 ヨハ 20:11-18
20:11 (二人について来ていた)マリヤは(ひとり)墓の外に立って泣いていた。(二人が去ったあと、)泣きながらかがんで墓の中をのぞくと、
20:12 白い衣をきた二人の天使が、一人はイエスの体が置いてあった所の頭の方に、一人は足の方に坐っているのが見えた。
20:13 天使がマリヤに言う、「女の人、なぜ泣くのか。」マリヤが言う、「わたしの主を取っていった者があります。どこに置いたのかわかりません。」
20:14 こう言って後を振り向くと、イエスがそこに立っておられるのが見えた。しかしイエスだとは気づかなかった。
20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」
20:16 (こう言って、また墓の方を向いていると、)イエスが「マリヤ!」と言われる。マリヤが振り向いて彼に、ヘブライ語で「ラボニ!(すなわち「先生!」)と言う。(そしてイエスに抱きつこうとした。)
20:17 イエスが言われる、「わたしにすがりつくな。まだ父上の所に上っていないのだから。わたしの兄弟たち(弟子たち)の所に行って、『わたしは、わたしの父上、すなわちあなた達の父上、わたしの神、すなわちあなた達の神の所に上る』と言いなさい。」
20:18 マグダラのマリヤは行って弟子たちに、「わたしは主にお目にかかった」、また、主がこのことを彼女に言われた、と報告した。


●その後の彼女の人生はどうなったか。イエスの復活後の最初の集まりの中にいて「祈りに余念がなかった」のではあるまいか。幸せになった彼女。永遠の命に生きるようになった。!!

塚本訳 使  1:12-14
1:12 それから彼らは、(このことのあった)いわゆるオリブ山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日の旅行距離[八百八十メートル]ほど)であった。
1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。
1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった。

塚本訳 黙  22:14
22:14 幸福なる哉、生命の樹に行き(その実を食い)、また(聖なる)都の門を入る権を得るために、その
上衣を洗う者!


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朝の黙想終わり。アーメン。不幸は幸福への門。不幸は真の幸福のために必要。そのために神は痛みを与える。

●これに関して次のサイトを参照。「わたしはモーだめでしょうか」。
http://ej2ttkhs.web.fc2.com/denshou/mou.htm

もう14年も前のことだ。時々祈る。彼女は今何処!。幸せになれただろうか。もし天国で会えたならば彼女の目は澄んでいてそれはエリザベステーラー以上であろう。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:31
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塚本訳 ルカ 4:31

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

 

●イエスの活動の本拠地は故郷ガリラヤ。礼拝堂。そこで安息日に教えられた

 

●福音書における地名の出現回数。(塚本訳、敷衍含む)検索

ユダヤ 124 エルサレム 83 ガリラヤ 67 ナザレ 26 サマリヤ 16 ベツレヘム 8

 

●福音書における、安息日and 教え 検索 塚本訳

 

塚本訳 マコ 1:21

1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。

 

塚本訳 マコ 6:2

6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。

 

塚本訳 ルカ 4:31

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

 

塚本訳 ルカ 4:23

4:23 彼らに言われた、「どの道あなた達は『自分をなおせ、お医者さん』という諺を引いて、『いろいろなことをカペナウムでしたと聞いたが、郷里のここでもやってみろ』とわたしに言うにちがいない。」

 

塚本訳 ルカ 6:6

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

 

塚本訳 ルカ 13:10

13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。

 

●福音書における、礼拝堂and 教え  塚本訳 検索

 

塚本訳 マタ 4:23

4:23 それからガリラヤ中を回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、また人々の中のありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

 

塚本訳 マタ 9:35

9:35 それからイエスは町や村をのこらず回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、またありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

 

塚本訳 マタ 13:54

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。

 

塚本訳 マコ 1:21

1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。

 

塚本訳 マコ 1:39

1:39 それからガリラヤ中にあるその礼拝堂で教えを説き、悪鬼を追い出しておられた。

 

塚本訳 マコ 6:2

6:2 安息日になって礼拝堂で教え始められると、大勢の人がそれを聞いて、驚いて言った、「この人はこんなことをどこから覚えてきたのだろう。この人の授かったこの知恵はなんだろう。また、その手で行われるかずかずのこんな奇蹟はいったいどうしたのだろう。

 

塚本訳 ルカ 4:15

4:15 イエスはあちらこちらの礼拝堂で教え、皆にあがめられた。

 

塚本訳 ルカ 6:6

6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。

 

塚本訳 ルカ 13:10

13:10 安息日にある礼拝堂で教えておられた。

 

塚本訳 ヨハ 6:59

6:59 これはカペナウムの礼拝堂で教えておられたときに、話されたものである。

 

塚本訳 ヨハ 9:34

9:34 彼らも負けずに言った、「罪だらけで生まれたお前が、このわれわれを教えるのか。」そして彼を(礼拝堂)追放にした。

 

塚本訳 ヨハ 18:20

18:20 イエスは答えられた、「わたしは世間にむかって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる礼拝堂や宮で教えて、何一つ隠れて話したことはない。

 

●イエスは聖書を教えられたが無資格であったが権威があった。

塚本訳 ヨハ 7:15

7:15 ユダヤ人は驚いて言った、「この人は学校に行ったこともないのに、どうして聖書を知っているのだろうか。」

 

塚本訳 マコ 1:22

1:22 人々はその教えに感心してしまった。聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

塚本訳 マタ 7:28-29

7:28 イエスがこれらの話を終えられた時、一しょに聞いていた群衆はその教えに感心してしまった。

7:29 自分たちの聖書学者のようでなく、権威を持つ者のように教えられたからである。

 

塚本訳 ヨハ 12:10-11

12:10 そこで大祭司連はラザロをも殺す決意をした。

12:11 彼のことで多くのユダヤ人がだんだん離れていって、イエスを信じたからである。

 

塚本訳 ヨハ 7:43-46

7:43 そこで群衆の間に、イエスのことで意見が分かれた。

7:44 なかには彼を捕えようと思う者もあったが、手をかける者はなかった。

7:45 やがて下役らが(手ぶらで)かえって来ると、大祭司連とパリサイ人とが言った、「なぜあれを引いてこなかったか。」

7:46 下役らが答えた、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420431そして彼はガリラヤの町、カファルナウムにくだって行った。そして安息日に彼らを教えていた。

 

新共同訳1987

4:31 イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。

 

前田訳1978

4:31 そしてガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日にお教えになると

 

新改訳1970

4:31 それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして、安息日ごとに、人々を教えられた。

 

塚本訳1963

4:31 ガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日に教えられると、

 

口語訳1955

4:31 それから、イエスはガリラヤの町カペナウムに下って行かれた。そして安息日になると、人々をお教えになったが、

 

文語訳1917

"420431","かくてガリラヤの町カペナウムに下りて、安息日ごとに人を教へ給へば、"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 1:27-28

1:27 皆がびっくりして、評議して言った、「これはいったい何事だろう。権威のある新しい教えだ。この人が命令されると、汚れた霊までその言うことを聞くのだ。」

1:28 イエスの評判がたちまち(カペナウムの)周囲の、全ガリラヤ到る所に広まった。

 

塚本訳 マタ 4:13

4:13 それから(間もなく)ナザレを去って、(昔)ゼブルン(族)とナフタリ(族)との(領地であった)地方にある、(ガリラヤ)湖畔の(町)カペナウムに行って住まれた。

 

塚本訳 マコ 1:21

1:21 彼らは(湖畔の町)カペナウムに着いた。イエスはさっそく(次の)安息日に礼拝堂に入って教えられた。

 

塚本訳 使  14:1-2

14:1 イコニオムでも、二人は同じようにユダヤ人の礼拝堂に入って(御言葉を)語ったところ、ユダヤ人とギリシヤ人との大勢の群が信者になった。

14:2 しかし信じようとしなかったユダヤ人は、(パウロ、バルナバだけでなく、)兄弟たち(全体)に対し、異教人の心を刺激して敵意を抱かせた。

 

塚本訳 使  17:1-3

17:1 彼らはアムポリスとアポロニヤ(の町々)を通過してテサロニケに行った。そこにはユダヤ人の礼拝堂があった。

17:2 パウロはいつものとおり入っていって、三度の安息日に聖書に由って彼らに話をした。

17:3 すなわち救世主は苦しみを受けて(十字架の上に死に、)死人の中から復活せねばならなかったこと、また、「わたしがあなた達に宣べ伝えているイエス、この人こそ救世主である」と説き明かし、論証した。

 

塚本訳 使  17:10-11

17:10 (テサロニケの)兄弟たちはすぐ夜の間に、パウロとシラスとをベレヤへ送り出した。二人はそこに着くと、ユダヤ人の礼拝堂に行った。

17:11 ここの人たちはテサロニケの者よりもりっぱであり、非常な熱心をもって御言葉を受け入れ、はたしてその通りであるかどうかと、毎日聖書を調べた。

 

塚本訳 使  17:16-17

17:16 パウロはアテネで二人を待っているあいだに、都が偶像だらけであるのを見て、その心が怒りに燃えた。

17:17 それで、礼拝堂ではユダヤ人や敬神家たち、また広場では毎日毎日そこに居合わせた人たちに、話をした。

 

塚本訳 使  18:4

18:4 パウロは安息日のたびごとに礼拝堂で話をして、ユダヤ人、異教人の別なく、説得しようとした。

 

塚本訳 マコ 1:16

1:16 ガリラヤ湖のほとりを通られるとき、シモンとシモンの兄弟のアンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。

 

塚本訳 マタ 4:12

4:12 イエスは(洗礼者)ヨハネが牢に入れられたと聞くと、(郷里)ガリラヤ(のナザレ)に引っ込まれた。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ4:31 おわり

●13:00 妻は「あきしま合唱祭」へ応援。
●「使徒伝承」追加。
●過日キリスト教性教育研究会で千葉明徳牧師から頂いた全日本リバイバルミッションの滝元明牧師の
説教をCDで聞いた。十字架の血が罪を清めるという単純明快なメッセージに感動。福音の内容はどこでも同じ。ただ学問や教養があるかないか。むきむきもある。






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