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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


泣く者と共に泣け…同じ不幸の経験者が真に慰めることが出来る・・・ ++++++++ 所感

2015/11/10 05:41

151110(火)キリスト者の皆様お早うございます。4時目覚め。朝の啓示「泣く者と共に泣け・・・同じ不幸の経験者が真に慰めることが出来る・・・」●「音楽力」(日野原重明+湯浅れい子)に「悲しい時には悲しい曲を聴け」とあった。これを「同質の原理」というのだそうだ。●人が人を慰められるのは上から目線ではなく水平目線、すなわち「同質の原理」でなければならない。そこへ行くとクリスチャンは大体が上から目線になっている。これが日本に福音が浸透しない原因である。日本は「金持ちの青年」であるから主から「汝なお一つ欠く」と」言われているのだ。貧困者にのみ貧困者を慰められる能力がある。●高級を取っていながら「賀川豊彦」の研究をしている大学教授を複数知っている。賀川が天で泣いている。「その給料を貧しい人に施せ」と言っている。●集会の一御夫人から「高橋さんは年金生活になってから言葉に力が無くなりました」と指摘されたことがある。今でも苦しいのにドーすりゃいいのだ。ナニ、伝説によればイエスは早くに父を失くし、大工で汗を流した。彼にして「貧しき者は幸いなり」の言葉は本物だ●私は散歩中に半身不自由な人に出会うと近寄って行って声をかける。その気持ちがどこから出てくるのか不思議だ。思わず声が出るのだ。「脳をヤッタのですか。私もやったのです」と。するとその人の目は輝く。こういう言葉は経験者が出せる「同質の原理だ。●流産した人に、「自分を責めないように」と慰めたのは流産の経験者であった。●私の友人のS君は結核で留年した。すると父が「慰めに行ってやろうか」と言ったことがある。父は若いころ胸をヤッタのであった。23年前に亡くなったその父の言葉が忘れられない。●そのS君はある建築主の息子が学校を滑ったとき、「若い日の留年は何でもない」と慰めた。その息子は今立派に父親の会社の後継ぎとなっている。余談だが彼の娘は某大手デパートの「ミス着物」になった。ヨブ記の次の句を思う。

口語訳 ヨブ 42:15
42:15 全国のうちでヨブの娘たちほど美しい女はなかった。父はその兄弟たちと同様に嗣業を彼らにも与えた。

●私の家屋が全焼したとき、A先生から間髪を入れずに段ボール2箱が届いた。中には文房具など細かいものが沢山入っていた。A氏も家屋全焼の経験者で、その経験からとりあえず身の回りの細かいものが必要だと思われたらしい。経験者でなければ出ない思いだ。後日そのA先生に今井館で会った時私は背広を来ていた。先生は「アレ高橋君。何もなくなったんじゃーなかったのかい」と言われた。私は恥ずかしかった。●父親の顔を知らずに貧困で育った藤林益三先生は長じて最高裁判所長官になられたが、晩年に「藤林益三著作集」を出された。先生は「これは自分の生涯を回顧して自慢するのではない。不遇な人を慰め励ますためだ。」と言われた。●その他、不登校の子供を持つ人には不登校の子供を抱えた親が真に慰め励ますことが出来る。「不登校は直る」。演出家の宮本亜問は一年間「閉じこもり」の経験がある。彼はよく自分の経験を話して世の人を励ましている。●私が結婚したとき、Oさんは「子供を失ったら私が慰めてあげるわね」と予約(?)してくださった。そのOさんにはその後子供は恵まれなかった。今は妻の郷里の福島で眠っておられる。復活の日を待っている。●今朝は「泣く者と共に泣け」のパウロの言葉に関連する聖句を順不同で連想してみよう。険悪は便利な「Jバイブル」を利用。

塚本訳 ロマ 12:15
12:15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣け

口語訳 イザ 53:3-4
53:3 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
53:4 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

口語訳 イザ 53:12
53:12 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に/物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。

口語訳 イザ 42:3
42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

塚本訳 マタ 11:19
11:19 人の子(わたし)が来て飲み食いすると、『そら、大飯食いだ、飲兵衛だ、税金取りと罪人の仲間だ』と言うのだから。しかし(神の)知恵の正しいことは、(ヨハネと人の子とによる)その業が証明した。」

塚本訳 ヨハ 8:10-11
8:10 イエスは身を起こして女に言われた、「女の人、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罰しなかったのか。」
8:11 「主よ、だれも」と女がこたえた。イエスが言われた、「わたしも罰しない。おかえり。今からはもう罪を犯さないように。」】

塚本訳 ロマ 9:1-3
9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。
9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。
9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

塚本訳 Ⅰコリ15:58
15:58 だから、わたしの愛する兄弟たちよ、しっかりしておれ、動かずにおれ、いつも主の仕事にぬきんでよ。骨折りが主にあってむだにならないことを、あなた達は知っているのだから。

塚本訳 マタ 5:2-4
5:2 口を開き、こう言って教えられた。(群衆も集まってきて聞いた。)──
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。


塚本訳 ルカ 6:20-21
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。

塚本訳 ルカ 5:31-32
5:31 イエスはその人たちに答えられた、「健康な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。
5:32 わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招いて悔改めさせるために来たのである。」

塚本訳 ヨハ 15:12-13
15:12 わたしがあなた達を愛したように、互に愛せよ。──これがわたしの掟である。
15:13 (わたしはあなた達のために命を捨てる。)友人のために命を捨てる以上の愛はないのだ

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朝の黙想おわり

●9:20 妻はYさんの家からコンサートへ

●新約聖書一日一節黙想 ルカ4:40
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塚本訳 ルカ 4:40

4:40 日が沈むと、(安息日が終ったので、)さまざまな病人をかかえている人々は皆、それをイエスの所につれてきた。イエスはひとりびとりに手をのせてなおされた。

●イエスの治療は個別的であった。現代の救いも神は個人的にその人を「じっと見て」、徹底的に個別指導をしてくださる。

 

塚本訳 マコ 1:16-20

1:16 ガリラヤ湖のほとりを通られるとき、シモンとシモンの兄弟のアンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。

1:17 「さあ、ついて来なさい。人間の(漁をする)漁師にしてあげよう」とイエスが言われると、

1:18 すぐ網をすてて従った。

1:19 また少し進んでいって、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟のヨハネとが、これも舟で網を繕っているのを見られた

1:20 すぐお呼びになると、父ゼベダイを雇人たちと共に舟にのこして、イエスのあとについて行った。

 

塚本訳 マコ 1:24-25

1:24 言った、「ナザレのイエス様、『放っておいてください。』わたしどもを滅ぼしに来られたにちがいない。あなたがだれだか、わたしにはわかっています。神の聖者(救世主)です。」

1:25 イエスは「黙れ、その人から出てゆけ」と言って叱りつけられた。

 

塚本訳 マコ 1:29-31

1:29 イエスは礼拝堂を出ると、すぐヤコブとヨハネとをつれて、シモンとアンデレとの家に行かれた。

1:30 シモンの姑が熱病で寝ていた。人々がすぐ彼女のことをイエスに言うと、

1:31 進み寄り、手を取って起された。すると熱が取れ、彼女は彼らをもてなした。

 

塚本訳 マコ 1:40-42

1:40 すると(ある日)一人の癩病人がイエスの所に来てひざまずき、「清めてください。お心さえあれば、お清めになれるのだから」と言って願った。

1:41 イエスは(そのあわれな姿を見て悪魔に対する)怒りに燃え、手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、

1:42 たちまち癩病が消えうせて、その人は清まった。

 

塚本訳 マコ 2:10-11

2:10 では、人の子(わたし)は地上で罪を赦す全権を持っていることを知らせてやろう」と彼らに言いながら、中風の者に言われる、

2:11 あなたに命令する、起きて担架をかついで、家に帰りなさい。」

 

塚本訳 マコ 2:13-14

2:13 また湖のほとりに出てゆかれた。群衆が皆あつまって来たので、教えられた。

2:14 それから通りがかりに、アルパヨの子レビが税務所に坐っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われると、立って従った。

 

塚本訳 マコ 3:3-5

3:3 イエスは(それと知って)、手のなえた人に「立って真中に出てこい」と言っておいて、

3:4 彼らに言われる、「安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと殺すのと、どちらが正しいか。」彼らは黙っていた。

3:5 するとイエスは怒気をふくんで人々を見まわし、彼らの心の頑ななのをふかく悲しんで、その人に言われる、「手をのばせ。」のばすと手が直った。

 

塚本訳 ヨハ 3:9-11

3:9 ニコデモが言葉を返した、「(霊によって生まれるなどと、)そんなことがどうして出来ましょうか。」

3:10 イエスが答えて言われた。──「あなたはイスラエルの(名高い)先生でありながら、それくらいなことがわからないのか。

3:11 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知っていることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受けいれない。

 

塚本訳 ヨハ 4:5-7

4:5 そして、サマリヤのスカルという町のそばまで来られた。ヤコブがその子ヨセフに与えた地所の近くで、

4:6 そこには(有名な)ヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、いきなり井戸のわきに腰をおろされた。昼の十二時ごろであった。

4:7 一人のサマリヤの女が水を汲みに来る。「飲ませてくれないか」とイエスが女に言われた。

 

塚本訳 ルカ 19:1-5

19:1 エリコに入って、(そこを)通っておられた。

19:2 すると、(町に)名をザアカイという人がいた。この人は税金取りの頭で、金持であった。

19:3 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため見ることが出来なかった。

19:4 それで先の方に駈けていって、桑無花果の木に上った。そこを通られるところを見ようとしたのである。

19:5 イエスはその場所に来られると、ザアカイを見上げて言われた、「ザアカイ、急いで下りておいで。きょうはあなたの家に泊まることになっているから。

 

塚本訳 マタ 19:26

19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた、「これは人間には出来ないが、『神にはなんでも出来る。』」

 

塚本訳 マコ 10:21

10:21 イエスは彼をじっと見て、かわいく思って言われた、「(よく守った。だが)一つ足りない。家に帰って、持っているものをみな売って、(その金を)貧乏な人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことができる。それから来て、わたしの弟子になりなさい。」

 

塚本訳 ルカ 22:61

22:61 主が振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう(今夜)、鶏が鳴く前に、わたしを三度、知らないと言う」と言われた主の言葉を思い出し、

 

塚本訳 ヨハ 1:42

1:42 シモンをイエスの所につれてゆくと、彼をじっと見て言われた、「あなたはヨハネの子シモンだ。あなたの名はケパがよかろう。」[ケパは(ヘブライ語であって、ギリシャ語に)訳するとペテロ(岩)。]

 

塚本訳 ヨハ 5:5-9

5:5 するとそこに三十八年病気の人がいた。

5:6 イエスはその人が横になっているのを見、すでに長い間わずらっていることを知ると、「直りたいか」とたずねられた。

5:7 病人が答えた、「主よ、水がかきまわされた時に、わたしを池に入れてくれる者がないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に下りてゆきます。」

5:8 イエスが言われる、「起きて担架をかついて、歩きなさい。」

5:9 するとその人はすぐ直って、担架をかついで歩きまわった。あいにくその日は安息日であった。

 

塚本訳 ヨハ 9:35-37

9:35 イエスは彼が追放されたと聞いて、出合ったときに言われた、「あなたは人の子を信ずるか。」

9:36 彼が答えた、「主よ、人の子とはだれのことですか。(教えてください。)信じたいのです。」

9:37 イエスが言われた、「あなたはもうその人に会った。いや、あなたと話しているのが、その人だ。」

 

塚本訳 ヨハ 11:23-26

11:23 イエスは言われる、「あなたの兄弟は生き返る。」

11:24 マルタが言う、「最後の日の復活の時に生き返ることは、知っています。」

11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

11:26 また、だれでも生きている私を信じている者は、永遠に死なない。このことが信じられるか。」

 

塚本訳 ヨハ 11:33

11:33 イエスはマリヤが泣き、一しょに来たユダヤ人たちも泣くのを見ると、(その不信仰を)心に憤り、かつ興奮して、

 

塚本訳 ヨハ 20:15

20:15 イエスが言われる、「女の人、なぜ泣くのか。だれをさがしているのか。」マリヤはそれを園丁だと思って言う、「あなた、もしあなたがあの方を持っていったのだったら、どこに置いたか教えてください。わたしが引き取りますから。」

 

塚本訳 ヨハ 20:27-29

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」

 

塚本訳 ヨハ 21:21-22

21:21 ペテロはその人を見て、イエスに言う、「主よ、あの人はどうなるのでしょうか。」

21:22 イエスが言われる、「たといわたしが今度来るまで、あの人を生かしておきたいと思っても、それはあなたの知ったことではない。あなたは(ただ)わたしについて来ればよろしい。」

 

塚本訳 マタ 16:13-15

16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」

16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」

16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」

 

塚本訳 ヨハ 1:43-48

1:43 あくる日(そこを立って)ガリラヤに行こうとされたが、(道で)ピリポに出合われた。イエスが言われる、「わたしについて来なさい。」

1:44 ピリポはアンデレとペテロの町であるベッサイダの人であった。

1:45 (すると今度は)ピリポがナタナエルに出合って言う、「わたし達はモーセが律法に書き、預言者たちも書いている人を見つけた、ヨセフの子、ナザレ人イエスだ。」

1:46 ナタナエルが言った、「あのナザレから何か善いものが出るだろうか。」ピリポが言う、「来なさい、そうすればわかる。」

1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼のことをこう言われる、「そら、あれは生粋のイスラエル人だ。すこしもごまかしがない。」

1:48 ナタナエルが言う、「まあ、どうしてわたしを御存じですか。」イエスが答えて言われた、「ピリポが呼ぶ前に、あなたが無花果の木の下にいるのを見た。」

 

塚本訳 ヨハ 6:5-6

6:5 イエスは目をあげて、多くの群衆があつまって来るのを見ると、ピリポに言われる、「どこからパンを買ってきて、この人たちに食べさせようか。」

6:6 こう言われるのはピリポを試すためで、自分ではどうするか、わかっておられた。

 

塚本訳 ヨハ 14:8-10

14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」

14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

14:10 わたしが父上の中に、父上がわたしの中におられることを、あなたは信じないのか。わたしがあなた達に言う言葉は、自分で勝手に話すのではない。(またわたしがする業は、)いつもわたしの中におられる父上が御業をされるのである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420440さて、陽が沈んだ頃、さまざまな病で弱っている者たちを抱えている人々はす

 

べて、彼らを彼のもとに連れて来始めた。すると彼は、彼らの一人一人に両手を置いて、彼らを癒し続けた。

 

新共同訳1987

4:40 日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。

 

前田訳1978

4:40 日が沈むと、いろいろな病人をかかえている人々は皆それらを彼のところへ連れて来た。彼はひとりひとりに手を置いていやされた。

 

新改訳1970

4:40 日が暮れると、いろいろな病気で弱っている者をかかえた人たちがみな、その病人をみもとに連れて来た。イエスは、ひとりひとりに手を置いて、いやされた。

 

塚本訳1963

4:40 日が沈むと、(安息日が終ったので、)さまざまな病人をかかえている人々は皆、それをイエスの所につれてきた。イエスはひとりびとりに手をのせてなおされた。

 

口語訳1955

4:40 日が暮れると、いろいろな病気になやむ者をかかえている人々が、皆それをイエスのところに連れてきたので、そのひとりびとりに手を置いて、おいやしになった。

 

文語訳1917

"420440","日のいる時、さまざまの病を患ふ者をもつ人、みな之をイエスに連れ來れば、一々その上に手を置きて醫し給ふ。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 1:34

1:34 イエスはさまざまな病気にかかっている大勢の病人をなおし、多くの悪鬼を追い出された。そして悪鬼どもがイエスを(救世主と)知っているので、口をきくことをお許しにならなかった。

 

塚本訳 マタ 8:16

8:16 夕方になると、人々は悪鬼につかれた者を大勢イエスのところにつれて来た。イエスは言葉をもって霊どもを追い出し、また一人のこらず病人をなおされた。

 

塚本訳 マタ 9:18

9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」

 

塚本訳 Ⅰテモ4:14

4:14 (伝道を委ねられた時)長老達の按手と共に予言によって与えられた恩恵を無駄にすることのないように。

 

塚本訳 マコ 1:34

1:34 イエスはさまざまな病気にかかっている大勢の病人をなおし、多くの悪鬼を追い出された。そして悪鬼どもがイエスを(救世主と)知っているので、口をきくことをお許しにならなかった。

 

塚本訳 マタ 8:16

8:16 夕方になると、人々は悪鬼につかれた者を大勢イエスのところにつれて来た。イエスは言葉をもって霊どもを追い出し、また一人のこらず病人をなおされた。

 

塚本訳 マタ 9:18

9:18 こう話しておられると、そこに一人の(礼拝堂の)役人が進み出て、しきりに願って言った、「わたしの娘がたったいま死にました。それでも、どうか行って、手をのせてやってください。そうすれば生き返りますから。」

 

塚本訳 Ⅰテモ4:14

4:14 (伝道を委ねられた時)長老達の按手と共に予言によって与えられた恩恵を無駄にすることのないように。

 

塚本訳 マタ 4:23-24

4:23 それからガリラヤ中を回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、また人々の中のありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

4:24 そこでイエスの評判が全シリヤに広まり、人々がさまざまな病気や痛みに苦しむ病人、(中でも)悪鬼につかれた者、癲癇、中風の者を皆イエスのところにつれて来たので、それをなおされた。

 

塚本訳 マタ 11:5

11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

 

塚本訳 マコ 3:10

3:10 大勢の者をなおされたので、病気になやむ者がみな彼にさわろうとして、どっと押し寄せたのである。

 

塚本訳 マコ 6:5

6:5 (郷里の人々の不信仰のゆえに)そこでは何一つ奇蹟を行うことが出来ず、ただわずかの病人に手をのせて、なおされただけであった。

 

塚本訳 マコ 6:55-56

6:55 そのあたりを隅なく駆けまわり、イエスがおられると聞く所に、病人を担架で運び始めた。

6:56 村でも町でも部落でも、その行かれる所にはどこでも、病人を広場にねかし、着物の裾にでもさわらせてほしいとイエスに願った。さわったほどの者はみななおった。

 

塚本訳 ルカ 7:21-23

7:21 その時、イエスは多くの人の病気と苦しみと悪霊につかれているのとをなおし、多くの盲人を見えるようにしてやっておられたが、

7:22 答えられた、「行って、(今ここで)見たこと聞いたことをヨハネに報告しなさい。──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

 

塚本訳 マコ 5:23

5:23 しきりに願って言う、「わたしの小さな娘が死にかかっています。助かって命びろいをするように、どうか行って、手をのせてやってください。」

 

塚本訳 マタ 4:23

4:23 それからガリラヤ中を回りながら、その礼拝堂で教え、御国の福音を説き、また人々の中のありとあらゆる病気や煩いをなおされた。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ4:40おわり


●久遠キリスト教会(単立。連合設計社市谷建築事務所設計)の故丹羽鋹之牧師の遺稿「イザヤ書Ⅰ」が吉田秀雄さんから贈られた。夫人の克子さん(故人)がテープ起こしをされた労作。早速吉田さんにお礼の電話をした。丹羽鋹之氏は無教会の流れ。黒崎幸吉の本を影で支えた。
●毎日少しづつ書庫の整理。1989年、OECDの国際会議のためにパリに行った時の旅費明細や三男の家の改造設計案(20回以上)等を総て捨てた。この世に別れを告げるときは「思い出も捨てる。記憶も捨てる。」。大切なのは現在の命そのもの。肉体も、物質も、記憶とも一切と別れるのだ。サラバこの世よ。
●過日、市の健康教室で無料で貰った優秀な万歩計を見失った。懸命に探したが見つからない。メモに「万歩計紛失。2015.11.10」と紙にかいて書いて壁に貼った。こういう時はこのようにして探すのを断念することが大切。時間の無駄。人生の残り時間がもったいない。出てこなくてもしょうがない。イエスは言う。


塚本訳 マタ 24:15-18
24:15 それで、預言者ダニエルをもって言われた『(聖なる所を)荒らす忌わしいものが聖なる所に』立つのを見たら[読者はここに隠された意味をよく考えるがよい]、
24:16 その時ユダヤ(の平地)におる者は(急いで)山に逃げよ。
24:17 屋根の上におる者は、下におりて家にある物を取りだそうとするな
24:18 畑におる者は上着を取りに『(家に)もどる』な

塚本訳 マタ 6:25
6:25 だから、わたしは言う、何を食べようかと命のことを心配したり、また何を着ようかと体のことを心配したりするな。命は食べ物以上、体は着物以上(の賜物)ではないか。(命と体とを下さった天の父上が、それ以下のものを下さらないわけはない。)



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