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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
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    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
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    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
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    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
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    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
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    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


宇宙には終わりがある・・・永遠の命のありがたさ・・・ ++++++++ 所感

2015/11/19 09:47

151119(木)キリスト者の皆様お早うございます。来る11月29日の感話は某氏の要望もあって、『「こわれ」ゆく肉体と「身体のよみがえり」』としますが、
その勉強中に宇宙にも終わりがあることを知って急に淋しく悲しくなった。宇宙がなくなれば、地球に人類という生物がいたことも忘れられる。パスカルはこの恐怖に対して、人間は弱い存在ても「考える葦」だと言って自らを慰めた。しかし私としてはそれで本当に慰められたとはいえなかった。私が本当に慰められたのは「永遠の命」の福音であった。人類の余命は600万年、地球の余命は60億年。宇宙はというと、近年の研究では宇宙はビッグバンで始まり、限りなく膨張しつつあるが、あるときその膨張が止まり、今度は急速に収縮して最後は一点になってしまうのではないかと予想されている。このことを知るという悲しい運命に置かれている人間に対し、誰が慰めてくれるのか。聖書や神の子イエスはいかにしてこれを慰めてくれるのか。それは「永遠の命」である。この福音のみが人の目から涙を拭ってくださる。次回の感話はそのことを話す。今朝はその資料のうち、①と②を掲げて見よう。

11月29日集会感話のうち①と②
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聖書で聖書を読む 


 

「こわれ」ゆく肉体と「身体のよみがえり」

・・・キリスト信者は老いても神の力を信じる信仰は衰えない・・・


 

東京聖書読者会 2015.11.29 高橋照男


 

①キリスト教各派が依拠する古代教会の信条には必ず「身体のよみがえり」の告白が見られる。各信条は聖書が原点。無教会はその聖書そのものが信条。

 

①ローマ信条(使徒信条の源流)2世紀中ごろ

             ・・・・身体のよみがえり〔永遠の生命〕を信ず

 

②使徒信条。2世紀

        ・・・・・・・・・・・身体のよみがえり永遠の命を信ず

 

③ニカイアコンスタンティノポリス信条。4世紀

・・・・・・死人の復活と、来たるべき世の生命を待ち望む

 

④アタナシウス信条(トレド会議版)。5~6世紀

・・・来たるべき(異本、人間のまことの))肉体の甦りを信ず

 

②聖書に書かれている人の寿命。「こわれ」ゆく肉体。人類の余命は600万年、地球の余命は60億年、宇宙にも終わりがある。今与えられている命と永遠の命の福音のありがたさ



新共同 創  6:2-3

6:2 神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。

6:3 主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった

 

口語訳 詩  90:10

90:10 われらのよわいは七十年にすぎません。あるいは健やかであっても八十年でしょう。しかしその一生はただ、ほねおりと悩みであって、その過ぎゆくことは速く、われらは飛び去るのです。

 

塚本訳 マタ 24:29

24:29 それらの苦難の日の後に、たちまち『日は暗く、月は光を放たず、』『星は』天から『落ち、もろもろの天体が』震われるであろう。

 

塚本訳 マタ 24:35

24:35 天地は消え失せる、しかし(いま言った)わたしの言葉は決して消え失せない。

 

塚本訳 マタ 6:27

6:27 (だいいち、)あなた達のうちのだれかが、心配して寿命を一寸でも延ばすことが出来るのか。

 

塚本訳 Ⅱコリ4:16

4:16 このゆえに、わたし達は気を落さない。いや、わたし達の(生れながらの)外の人はどんなにこわれていっても、(キリストによって生れた)内の人は一日一日と新しくされてゆく。

 

塚本訳コリ4:7
4:7
しかし
この宝が、(貧弱な)土の器の中にある。それはその素晴らしい力が神のものであって、わたし達(土の器)から出るのではないことがわかるためである。

 

塚本訳 Ⅱコリ5:1-5

5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)

5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!

5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

5:5 このことがわたし達に出来るようにされたお方は神であり、このお方がその手付けとして御霊を下さったのである。

 

塚本訳 ロマ 8:23
8:23
しかし(
苦しんでいるのは)創造物だけではない。わたし達自身も、(神の子にされた証拠として)御霊なる初穂を持っているので、このわたし達自身も、自分(のみじめな姿)をかえりみて、呻きながら、(正式に神の)子にされること、すなわちわたし達のこの(罪の)体があがなわれ(て、朽ちることのない栄光の体にされ)ることを、待っているのである。

 

塚本訳 ピリ 3:20-21

3:20 しかし(私達はそうであってはならない。)私達の故国は天にある。私達は主イエス・キリストが救い主として其処から来給うのを待っているのである。

3:21 (その時)彼は私達の(この)卑しい体を御自分の栄光の体と同じ貌に変え給うのであろう──万物を己に従わせ得給う御力によって!


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11月29日集会感話のうち①と② おわり

●探していた万歩計を妻が掃除中に見つけた。諦めかけていたので大喜びした。

塚本訳 ルカ 15:8-10
15:8 また、どんな女でも、ドラクマ銀貨[五百円]を十枚持っていて、もしその銀貨を一枚無くしたとすれば、明りをつけて家(中)を掃き、それを見つけ出すまでは、丹念にさがしつづけるのではないだろうか。
15:9 そして見つけると、友だちや近所の女たちを呼びあつめてこう言うにちがいない、『一しょに喜んでください。無くした銀貨が見つかりましたから』と。
15:10 わたしは言う、このように、一人の罪人が悔改めると、神の使たちに喜びがあるのである。




●新約聖書一日一節黙想 ルカ5:5
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塚本訳 ルカ 5:5

5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」

●「先生のお言葉」ならという信頼。人を信じなければ福音は伝わらない。

 

塚本訳 マタ 14:28-31

14:28 ペテロが答えた、「主よ、あなたでしたら、どうかわたしに命令して、水の上を歩いてあなたの所へ行かせてください。」

14:29 「こちらに来なさい」とイエスが言われた。ペテロは舟から下り、水の上を歩いてイエスの所へ行った。

14:30 しかし(いま一足という所で)強い風を見たため、おじけがつき、沈みかけたので、「主よ、お助けください」と叫んだ。

14:31 イエスはすぐ手をのばし、ペテロをつかまえて言われる、「信仰の小さい人よ!なぜ疑うのか。」

 

塚本訳 ヨハ 4:49-51

4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、

4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。

4:51 しかしすでに途中で、僕たちが出迎えて、子供がなおったことを知らせた。

 

塚本訳 マコ 9:21-23

9:21 イエスが父親に尋ねられた、「こうなってから、どのくらいになるか。」父親がこたえた、「子供の時からです。

9:22 霊はこの子を殺そうとして、幾たびか、火の中、水の中に投げ込みました。それでも、もしなんとかお出来になるなら、わたしども(親子)を不憫と思って、お助けください。」

9:23 イエスは言われた、「もしお出来になるなら(と言うの)か。信ずる者にはなんでも出来る。」

 

塚本訳 マタ 8:8-10

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」

8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420505するとシモンが答えて言った、「師(し)よ、私どもは夜もすがら労しても、何も捕れませんでした。しかし〔せっかくの〕お言葉ですので、私は網を下ろしてみましょう」。

 

新共同訳1987

5:5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。

 

前田訳1978

5:5 シモンは答えた、「先生、夜どおしわれらは働きましたが何もとれませんでした。しかし、仰せですから網をおろしましょう」と。

 

新改訳1970

5:5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」

 

塚本訳1963

5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」

 

口語訳1955

5:5 シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。

 

文語訳1917

"420505","シモン答へて言ふ『君よ、われら終夜勞したるに、何をも得ざりき、されど御言に隨ひて網を下さん

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 1:20

1:20 すぐお呼びになると、父ゼベダイを雇人たちと共に舟にのこして、イエスのあとについて行った。

 

塚本訳 マタ 4:22

4:22 彼らはすぐ舟と父とをのこして、イエスに従った。

 

塚本訳 ヨハ 1:37-38

1:37 二人の弟子はその言葉を聞いて、イエスについて行った。

1:38 イエスは振り返って二人がついて来るのを見て、言われる、「なんの用か。」彼らが言った、「ラビ(訳すると『先生』)、どこにお泊まりですか。」

 

塚本訳 マタ 19:27

19:27 その時、ペテロが口を出してイエスに言った、「でも、わたし達は(あの金持とちがいます。)この通り何もかもすてて、あなたの弟子になりました。わたし達にはいったいなんの褒美があるのでしょうか。」

 

塚本訳 ロマ 10:17

10:17 [(だから、(いま言ったように、)信仰は(福音を)聞くことから、聞くことはキリストの(伝道の)命令から生まれる。]

 

塚本訳 Ⅰテサ2:13

2:13 この故にまた私達が絶えず神に感謝しているのは、君達が私達から神の言を聞いた時、(これを)人間の言とせず、事実通り神の言として受け、それが(今)君達(テサロニケの)信者の間に(強く)働いていることである。

 

塚本訳 使  13:44

13:44 その次の安息日には、ほとんど町中が神の言葉を聞きに集まってきた。

 

塚本訳 ヤコ 1:22-23

1:22 御言の実行者となれ。(自分で)自分をごまかしてただの聴聞者となるな。

1:23 もし(ただ)御言の聴聞者で(あるだけで)その実行者でないならば、その人は(丁度)鏡で自分の生来の顔を眺める人に似ている。

 

口語訳 詩  127:1-2

127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。

127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

 

塚本訳 ヨハ 21:3

21:3 シモン・ペテロが「わたしは漁にゆく」と言うと、「わたし達も一しょに行く」と彼らが言う。みんなが出ていって舟に乗った。しかしその晩は何も捕れなかった。

 

口語訳 Ⅱ列 5:14

5:14 そこでナアマンは下って行って、神の人の言葉のように七たびヨルダンに身を浸すと、その肉がもとにかえって幼な子の肉のようになり、清くなった。

 

口語訳 エゼ 37:4-7

37:4 彼はまたわたしに言われた、「これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。

37:5 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。

37:6 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。

37:7 わたしは命じられたように預言したが、わたしが預言した時、声があった。見よ、動く音があり、骨と骨が集まって相つらなった。

 

塚本訳 ルカ 6:46-48

6:46 (わたしを)『主よ、主よ』と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。

6:47 わたしの所に来て話を聞き、それを行う者が皆、だれに似ているか、おしえてあげよう。

6:48 それは、(地を)深く掘り下げ、岩の上に土台をすえて家を建てた人に似ている。洪水が出て、大水がその家にぶつかったが、丈夫に建ててあったので、びくともしなかった。

 

塚本訳 ヨハ 2:5

2:5 母は召使たちに言う、「〃なんでもこの方の言われるとおりにしてください。〃」

 

 

塚本訳 ヨハ 15:14

15:14 あなた達はわたしの命ずることを行ってさえおれば、わたしの友人である。

 

塚本訳 ルカ 8:24

8:24 弟子たちがそばに来て、「先生、先生、わたし達は溺れます」と言ってイエスを起した。イエスが目をさまして風と浪とを叱りつけられると、(たちどころに)静まって、凪になった。

 

塚本訳 ルカ 8:45

8:45 イエスが言われた、「わたしにさわったのはだれか。」皆が知らないとこたえると、ペテロが言った、「先生、(なにしろ)群衆が(こんなに)あなたを取り巻いて、もみ合っているのですから。」

 

塚本訳 ルカ 9:33

9:33 いよいよ二人がイエスと別れようとした時、ペテロがイエスに言った、「先生、わたし達(三人)がここにいるのは、とても良いと思います。だから小屋を三つ造りましょう。一つをあなたに、一つをモーセに、一つをエリヤに。」──何を言っているのか、(自分にも)わからなかった。

 

塚本訳 ルカ 9:49

9:49 ヨハネが言った、「先生、あなたの名を使って悪鬼を追い出している者を見たので、止めるように言いました。わたし達と一しょに(あなたに)従わないからです。(しかし言うことを聞きませんでした。)」

 

塚本訳 ルカ 17:13

17:13 声をはりあげて、「イエス先生、どうぞお慈悲を」と言った。


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新約聖書一日一節黙想 ルカ5:5 おわり



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