to 日記と感想 花と散れ・・・この命、福音のためなら惜しくはない・・・
Top | RSS | Admin

2017.05 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 » 2017.07


将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170821(土)15:00お江戸コラリアーズ定期演奏会、文京公会堂
    170809     TW誕生日
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール
    170610(土)14:00内村鑑三セミナー、立教大学12号館。矢田部、椚」山
    170609(金)   TS命日
    170608(木)12:15ボリショイ「白鳥の湖」、東京文化会館
    170707(水)10:00池谷医院
    170604(日)10:00集会感話、
    170604(日)16:30近藤恵邸起工式、福島市。
    170530(火)14:00田岡氏来訪
    170527(土)14:00今井館ピアノコンサート
    170521(日)14:00新宿フィル、ブラームス1番、レスピーギ「鳥」「ローマの松」。和田睦夫
    170425       TN)誕生日
    150420(木)09:30阿伎留センター泌尿器科)
    170416(日)14:00武蔵野室内合奏団、杉並公会堂(大坪満子)


花と散れ・・・この命、福音のためなら惜しくはない・・・ ++++++++ 所感

2015/12/05 04:05

151205(土)キリスト者の皆様お早うございます。9時就寝、爆睡、午前二時半目覚め、寝床で明日の集会感話推敲、3時半起床。●これで体は大丈夫かと一瞬思ったときに、次の聖句が啓示された。●この体、神に必要と思われる期間だけ持つ。肉体も経済も支えられる。それで花と散ればこの人生は本望だ。

塚本訳 使 26:16-18
26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。
26:17 (かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また』異教人(の手)から』『(かならず)救い出してやる。』『彼らの中にわたしが君を遣わすのは、』
26:18 彼らの』目をあけて』彼らが『暗闇から光に、』悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。

塚本訳 使 20:24
20:24 しかしわたしは、自分の走るべき道を走りおえて、主イエスから託された、神の恩恵をつたえる福音を証しする役目をはたすためなら、自分の命のことなど口にする値打もないと思う。

塚本訳 ルカ 12:3-4
12:3 (伝道も同じである。)だからあなた達が暗闇で(こっそり)言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の部屋で耳にささやいたことは、屋根の上で宣伝される(時が来る)のである。
12:4 あなた達、わたしの友人に言う、体を殺しても、そのあと、それ以上には何もできない者を恐れるな。

塚本訳 マタ 10:29-34
10:29 雀は二羽一アサリオン(三十円)で売っているではないか。しかしその一羽でも、あなた達の父上のお許しなしには地に落ちないのである。
10:30 ことにあなた達は、髪の毛までも一本一本数えられている。
10:31 だから恐れることはない。多くの雀よりもあなた達は大切である。
10:32 それだから(恐れずに説け。)だれでも人の前で(公然)わたしを(主と)告白するものを、わたしも(裁きの日に)、わたしの天の父上の前で(弟子として)認める。
10:33 しかしだれでも人の前でわたしを否定する者を、わたしも天の父上の前で否認するであろう。
10:34 地上に平和をもたらすためにわたしが来た、などと考えてはならない。平和ではない、剣を、(戦いを)もたらすために来たのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝の啓示おわり。急げ急げ。

12月6日集会感話最終稿
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   聖書で聖書を読む                         

                      ルカ福音書マリヤのエリサベツ訪問

・・・信仰の人生は孤独な旅。主の母マリヤに学ぶ・・・

2015年12月6日 東京聖書読者会 高橋照男

塚本訳 ルカ 1:39
1:39
その後間もなくマリヤは立って、大急ぎでユダの山地のある町に行き

●想像を絶するマリヤの不安と恐れ。神の御旨の不条理の意味を知ろうとした。ナザレから従姉妹(ルカ136)のエリサベツの家までは100キロの長旅。 
      

391)塚本訳 ルカ 1:28-31

1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!」

1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。

1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。


39-2塚本訳 ルカ 1:34

1:34 マリヤが天使に言った、「まだ夫を知らぬわたしに、どうしてそんなことがありましょうか。」


39-3
)塚本訳 ルカ 2:17-19

2:17 彼らはそれを見ると、幼児について(天使に)告げられたことを(人々)に知らせた。

2:18 聞く者は皆羊飼たちの話を不思議に思った。

2:19 しかしマリヤはこのことを皆胸にひめて、一人でじっと考えていた


39-3
)塚本訳 ルカ 2:48-51

2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」

2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」

2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。

2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。


39-4)塚本訳 ヨハ 9:1-3

9:1 イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人を見られた。

9:2 弟子たちが尋ねた、「先生、この人が盲で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、両親ですか。

9:3 イエスは答えられた、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。ただ神の御業がこの人に現われるためである。


39-5)塚本訳 マコ 15:33-34

15:33 昼の十二時になると、地の上が全部暗闇になってきて、三時までつづいた。

15:34 三時に、イエスは大声を出して『エロイ エロイ ラマ サバクタニ!』と叫ばれた。訳すると、『わたしの神様、わたしの神様、なぜ、わたしをお見捨てになりましたか!』である。


39-6
)塚本訳 Ⅱコリ12:7-8

12:7 そしてこれらの素晴らしい啓示があるので、わたしが高慢にならないようにと、わたしの肉に一つの刺が与えられた。悪魔の使いであって、これはわたしが高慢にならないようにと、わたしをうつものである。

12:8 この使について、それがわたしから手を引くようにと、三度まで主に願ったが、

塚本訳 ルカ 1:40

1:40 ザカリヤの家に入ってエリサベツに挨拶した。

●神が証人として示した人物に聞く態度。信仰は人を信ずることから始まる。


40-1)塚本訳 ルカ 1:36-37

1:36 実はあなたの親類のエリザベツも、あの老年で、男の子をさずかったのだ。石女と言われていた女が、今月はもう六月になっている。

1:37 『神には何一つ出来ないことはない』のだから。」


40-2
)塚本訳 Ⅰコリ15:3-5

15:3 まえにわたしが(福音の)一番大切な事としてあなた達に伝えたのは、わたし自身(エルサレム集会から)受けついだのであるが、キリストが聖書(の預言)どおりにわたし達の罪のために死なれたこと、

15:4 葬られたこと、聖書どおりに三日目に復活しておられること、

15:5 またケパに、それから十二人(の弟子)に、御自分を現わされたことである。    


40-3)塚本訳 ロマ 10:14-15

10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。

10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。


40-4
)塚本訳 ロマ 10:17

10:17 [(だから、(いま言ったように、)信仰は(福音を)聞くことから、聞くことはキリストの(伝道の)命令から生まれる。

塚本訳 ルカ 1:43

1:43 主の母上がわたしの所に来てくださるとは、まあどうしたのでしょう。

●「主の母上」という概念は、著者ルカのマリヤを尊敬する心。天使の「語り」はルカの心。

・信仰は孤独な旅。信仰の不安にも神を信じ抜いた主の母マリヤの立派さ。

・霊の表現方法は様々な形をとる。

・典礼。カトリック教会祈祷文、「アベ(めでたし)マリヤ、恩寵に満てる者よ、主なんじと偕にいます。」

・絵画。ラファエロ、ダビンチ、グレコなどの「マリヤ」

・音楽。バッハ/グノー、モーツァルト、シューベルト、アルカデルト、カッチーニ、 フォーレ、などの「アヴェマリヤ」

・建築。フィレンツェ花のマリヤ大聖堂、東京カテドラルマリヤ大聖堂

・文学。「乙女なる母、自分の子の娘」(ダンテ神曲。塚本虎二イエス伝4講)

せしりあ

彫刻。舟越保武 聖セシリア 胸像(1980年石造) マリヤのイメージ。

聖セシリアは2世紀頃のローマ貴族の娘。殉教者、聖人。音楽の守護聖人。「(この像には)舟越にとって理想化された母親の面影が宿されている。母の聖と愛と義という永遠なるものの精神性が凝縮されている。船越は幼い時に亡くし顔すら覚えていない母の面影を意識の奥に求め、夢の中で見る母は、いつも優しく、若く、美しいと船越は言う。」(展覧会の解説文を要約)

・その信仰の固さに感化された夫も弟も入信。彼女の一途な信仰を尊敬する。

●しかしマリヤは神ではない。人間マリヤを偶像として拝んではいけない。無教会はマリヤを善き同信の姉妹として愛し尊敬する。(塚本虎二イエス伝研究第5講)

塚本訳 マコ 10:18

10:18 イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。

●日本に与えられた無教会の文化的側面

・苦難にもめげない「貧家の良妻」が理想の天職。(内村鑑三)

・「ユダヤ人理想の妻」は箴言3110-31。(塚本虎二)

箴言31:25 力と気品とは彼女の着物である、そして後の日を笑っている。

・バッハ・カンタータ147番「心と口と行いと生活」が無教会の信仰の姿。

43-1)塚本訳 使  1:12-14

1:12 それから彼らは、(このことのあった)いわゆるオリブ山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日の旅行距離[八百八十メートル]ほど)であった。

1:13 (都に)入ると、彼らはいつも泊まっている二階の部屋に上がった。それはペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ(の十一人)であった。

1:14 この人々は皆、女たち、とりわけイエスの母マリヤや、イエスの兄弟たちと、心を一つにして祈りに余念がなかった

 

塚本訳 ルカ 1:44

1:44 そら、あなたの挨拶の声がわたしの耳に入ると、児が胎内で喜んで躍りました。

●エリサベツの話でマリヤは安んじた。神は人を信仰に導くために実証する。

●神を信じられた者は実証に触れて理性に安息をもたらす。これが教会の本質。

 
44-1)塚本訳 ヨハ 20:24-29

20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。

20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

20:26 八日ののち、弟子たちはまた家の中に(集まって)いた。今度はトマスも一しょであった。戸には(皆)鍵がかけてあったのに、イエスがはいって来て(彼らの)真中に進み出て、「平安あれ」と言われた。

20:27 それから(すぐ)トマスに言われる、「指をここに持ってきて、わたしの手(の釘の跡)をよく見てごらん。手を持ってきて、わたしの脇腹に差し込んでみなさい。不信仰をやめて、信ずる者らしくしなさい。」

20:28 トマスがイエスに答えて言った、「わたしの主よ!わたしの神よ!」

20:29 イエスは言われる、「わたしを見たので、信じたのか。幸いなのは、見ないで信ずる人たちである。」


44-2)塚本訳 ヨハ 20:6-9

20:6 続いてシモン・ペテロも来た。彼は墓に入り、亜麻布が(そのままそこに)あるのを見た。

20:7 また頭をつつんだ手拭は亜麻布と一しょになく、これだけ別の所に、包んだまま(の形)になっていた。

20:8 すると先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきて、見て、信じた。

20:9 イエスは死人の中から復活されねばならないという聖書の言葉が、(この時まで)まだ彼らにわかっていなかったのである。


44-3
)塚本訳 ルカ 24:31-32

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。


44-4
)塚本訳 使  23:6

23:6 そのときパウロは(役人の)一派はサドカイ人、一派はパリサイ人であるのを見て取り、法院で叫んだ、「兄弟の方々、わたしはパリサイ人で、しかもパリサイ人の子です。いま死人の復活の希望のために裁判されているのです。(わたしは復活のキリストを見たと言いますから。)


44-5)塚本訳 エペ 1:14

1:14 この聖霊こそ(実は)私達が神の王国を相続することの担保であり、私達を贖って神の所有とするのであって、(凡ては)神の栄光が讃美されんためである。


44-6
)塚本訳 Ⅱコリ5:5

5:5 このことがわたし達に出来るようにされたお方は神であり、このお方がその手付けとして御霊を下さったのである。

 

44-7)塚本訳 Ⅰヨハ1:1-2

1:1 (世の)始めから(すでに)おられたもの、(それは)わたし達が(この耳で)聞いたもの、自分の目で見たもの、直観しまた自分の手でさわったもの、(すなわち)命の言葉について、──

1:2 この命が自分を現わし、(それを)わたし達は見て、証明し、またこの永遠の命をあなた達に告げる。これは(始めには)父と共におられたが、(今)わたし達に自分を現わしたのである──

 

塚本訳 ルカ 1:45

1:45 主の仰せられたことはきっと成就する信じたこの人は、なんと仕合わせしょう。」

●キリスト教「幸福論」。神への従順が真の自由、真の幸福。

●人は人の「言葉」を信じるということが大切。イエスはマリヤに愛されてその言葉に従って育ち、その感化を受けたと思われる。

 
45-1)塚本訳 ルカ 1:38

1:38 マリヤは言った、「かしこまりました。わたしは主の召使、お言葉のとおりに成りますように。」天使はマリヤをはなれ去った。

 
45-2
)塚本訳 ルカ 1:48

1:48 この『卑しい召使にまで目をかけてくださった』からです。きっと今からのち代々の人々は、『わたしを仕合わせ者と言いましょう。』


45-3)塚本訳 ルカ 11:27-28

11:27 こう話しておられる時、群衆の中の一人の女が声を張り上げてイエスに言った、「なんと仕合わせでしょう、あなたを宿したお腹、あなたがすった乳房は!」
11:28 しかしイエスは言われた、「いや、仕合わせなのは、神の言葉を聞いてそれを守る人たちである。」

 

45-4)塚本訳 ルカ 2:40

2:40 幼児は大きくなり強くなって、知恵満ち、神の恵みが彼をはなれなかった。


45-5
)塚本訳 ルカ 2:52

2:52 イエスは知恵も身の丈も、』また神と人との寵愛も、いやましに増していった。』


45-6
)塚本訳 ヨハ 4:47-50

4:47 イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞くと、イエスの所に行き、(カペナウムに)下ってきて息子を直してほしいと頼んだ。息子が死にそうだったのである。

4:48 イエスは言われた、「あなた達は徴[奇蹟]と不思議なことを見なければ、決して信じない。」

4:49 王の役人が、「主よ、子供が死なないうちに(カペナウムに)下ってきてください」と言いつづけると、

4:50 イエスは言われる、「かえりなさい、息子さんはなおった。」その人はイエスの言われた言葉を信じて、かえっていった。

 

45-7)塚本訳 マタ 8:8-10

8:8 百卒長は答えた、「主よ、わたしはあなたを、うちの屋根の下にお迎えできるような者ではありません。(ここで)ただ一言、言ってください。そうすれば下男は直ります。

8:9 というのは、わたし自身も指揮権の下にある人間であるのに、わたしの下にも兵卒がいて、これに『行け』と言えば行き、ほかのに『来い』と言えば来、また僕に『これをしろ』と言えば(すぐ)するからです。(ましてあなたのお言葉で、病気が直らないわけはありません。)」

8:10 イエスは聞いて驚き、ついて来た人たちに言われた、「アーメン、わたしは言う、イスラエル人の中でも、こんなりっぱな信仰をもっている者を一人も見たことがない。


45-8)塚本訳 ルカ 9:44-45

9:44 「あなた達はこの言葉をよく耳にしまって置きなさい。──人の子(わたし)は人々の手に引き渡されねばならない

9:45 しかし彼らはこの言葉がわからなかった。彼らに(意味が)隠されていたので、会得できなかったのである。でもこわいので、この言葉について尋ねなかった。

 

45-9)塚本訳 マコ 8:31

8:31 (この時から、)イエスは、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日の後に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と弟子たちに教え始められた。

 

45-10)塚本訳 マコ 14:36-37

14:36 言われた、「アバ、お父様、あなたはなんでもお出来になります。どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心がなればよいのです。

 

45-11)塚本訳 マタ 26:52-54

26:52 その時イエスが言われる、「剣を鞘におさめよ。剣による者は皆、剣によって滅びる。

26:53 それとも、父上にお願いして十二軍団以上の天使を今すぐ送っていただくことが、わたしに出来ないと思うのか。

26:54 しかしそれでは、かならずこうなる、とある聖書の言葉は、どうして成就するのか。


45-12)塚本訳 ルカ 22:41-46

22:41 そして自分は石を投げれば届くほどの所に離れてゆき、ひざまずいて祈って

22:42 言われた、「お父様、お心ならば、どうかこの杯をわたしに差さないでください。しかし、わたしの願いでなく、お心が成りますように!」

22:43 そのとき天から一人の天使がイエスに現われて、力づけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12月6日 集会感話最終稿 おわり

●明日の資料のプリント。間に合った。
●午後は国立音楽大学へ。
 国立音大オーケストラ。指揮尾高忠明。Vn.漆原啓子。チャイコフスキーV.コンチェルト、ラフマニノフ交響曲第2番。ほか。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ5:21
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

塚本訳 ルカ 5:21

5:21 聖書学者とパリサイ人は考え始めた、「冒涜を言うこの人はいったい何者だろう。ただ神のほか、だれが罪を赦せよう。」

●キリストは神か人か。ユダヤ人には罪を赦す能力は神だけという認識があった。

 

塚本訳 ヨハ 1:17-18

1:17 すなわち律法はモーセをもって与えられたが、恩恵と真理とはイエス・キリストをもって(はじめて)あらわれた。

1:18 神を見た者は、いまだかつて一人もない。ただ、いつも父上の胸に寄り添っておられる独り子(のキリスト)だけが、(わたし達に神を)示してくださったのである。

 

塚本訳 ヨハ 1:32-33

1:32 ヨハネはまたこう言って証しをした、「洗礼を授けると、御霊が鳩のように天から下ってきて、あの方の上に留るのをわたしは見た。

1:33 最初わたしはあの方がわからなかった。しかし水で洗礼を授けさせるためにわたしを遣わされた方(神)が、わたしに言われた、『御霊が下ってきて、ある人の上に留るのを見たら、その人が聖霊で洗礼を授ける人である』と。

 

塚本訳 ヨハ 3:11

3:11 アーメン、アーメン、わたしは言う、わたし達(神の国を説く者)は知っていることを話し、(自分で)見たことを証しするのである。しかしあなた達はその証しを受けいれない。

 

塚本訳 ヨハ 6:44-46

6:44 (わたしを信じないのは、父上が引っ張ってくださらないからだ。)わたしを遣わされた父上が引っ張ってくださらなければ、だれもわたしの所に来ることはできない。(しかし来れば、)わたしはその人をきっと最後の日に復活させる。

6:45 預言書に、〃(最後の日に)人は皆神に教えを受けるであろう〃と書いてある。(そして神に引っ張られる者、すなわち本当に)父上に聞き、また学ぶ者は皆、わたしの所に来る。

6:46 (聞き、学ぶと言っても、)これはだれかが父上を見たというのではない。神のところから来た者、(すなわちわたし)だけが、父上を見たのである。

 

塚本訳 ヨハ 19:35

19:35 (実際)目で見た者[主の愛しておられた弟子]がこのことを証明している。──その証明は信用すべきである。彼らは自分の言うことが真実であることを知っている。──(これを書くのは、イエスが神の子であることを)あなた達にも信じさせるためである。

 

塚本訳 マタ 16:13-17

16:13 ピリポ・カイザリヤ地方に行かれたとき、イエスはこう言って弟子たちに尋ねられた、「世間の人は人の子(わたし)のことをなんと言っているか。」

16:14 彼らが言った、「あるいは洗礼者ヨハネ、あるいは預言者エリヤ、あるいはエレミヤとか(昔の)普通の預言者とか言う者があります。」

16:15 彼らに言われる、「では、あなた達はわたしのことをなんと言うのか。」

16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたは救世主、生ける神の子であります!」

16:17 するとイエスは(喜んで)ペテロに答えられた、「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。これをあなたに示したのは血肉([人間]の知恵)でなく、わたしの天の父上だから。

 

塚本訳 ヨハ 14:8-9

14:8 ピリポが言う、「主よ、どうかわたし達に父上を見せてください。それでたくさんです。」

14:9 イエスは言われる、「ピリポ、こんなに長い間一しょにいるのに、あなたはまだわたしがわからなかったのか。(父上とわたしとは一つである。)わたしを見た者は父上を見たのだ。どうして『父上を見せてください』と言うのか。

 

塚本訳 ヨハ 14:6

14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。

 

塚本訳 使  4:11-12

4:11 この方は、(聖書にある)『大工の』あなた方から』投げ捨てられ、隅の土台石になった石』です。

4:12 この方のほかのだれによっても救いはない。天下ひろしといえども、わたし達が救われるべき名はこれ以外、人間に与えられていないからです。」

 

塚本訳 マタ 26:63-66

26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」

26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。

26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。

 

塚本訳 ルカ 22:66-71

22:66 朝になると、国の元老院、すなわち大祭司連や、聖書学者たちが集まって、イエスを彼らの法院の議場に引いていって

22:67 言った、「お前が救世主なら、そうだとわれわれに言ってもらいたい。」彼らに答えられた、「言っても、とても信じまいし、

22:68 尋ねても、なかなか返事ができまい。

22:69 しかし今からのち、『人の子(わたし)は大能の神の右に坐って』いる。」

22:70 皆が言った、「ではお前が、神の子か。」彼らに言われた、「そうだと言われるなら、御意見にまかせる。」

22:71 すると彼らが言った、「これ以上、なんで証言の必要があろう。われわれが(直接)本人の口から聞いたのだから。」

 

塚本訳 ルカ 7:48-49

7:48 そしてその女に言われた、「あなたの罪は赦されている。」

7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」

 

塚本訳 マタ 21:25-27

21:25 ──ヨハネの洗礼はどこから来たのか。天(の神)から(授かったの)か、それとも人間からか。」彼らはひそかに考えた、「もし『天から』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったか』と言うであろうし、

21:26 もし『人間から』と言えば、民衆(の反対)がこわい。みんながヨハネを預言者と思っているのだから。」

21:27 そこで「知らない」とイエスに答えた。イエスも言われた、「ではなんの権威であんなことをするのか、わたしも言わない。

 

口語訳 イザ 6:4-7

6:4 その呼ばわっている者の声によって敷居の基が震い動き、神殿の中に煙が満ちた。

6:5 その時わたしは言った、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」。

6:6 この時セラピムのひとりが火ばしをもって、祭壇の上から取った燃えている炭を手に携え、わたしのところに飛んできて、

6:7 わたしの口に触れて言った、「見よ、これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの悪は除かれ、あなたの罪はゆるされた」。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420521すると律法学者たちとファリサイ人たちは、思いめぐらし始めて言った、「〔神を〕冒瀆〔する言葉〕を語るこいつは何者だ。ただ神以外に、いったい誰が罪を赦すことができようか」

 

新共同訳1987

5:21 ところが、律法学者たちやファリサイ派の人々はあれこれと考え始めた。「神を冒涜するこの男は何者だ。ただ神のほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」

 

前田訳1978

5:21 学者とパリサイ人は考えはじめた、「けがしごとをいうこの人はだれか。ただひとりの神のほかだれが罪をゆるせよう」と。

 

新改訳1970

5:21 聖書学者とパリサイ人は考え始めた、「冒涜を言うこの人はいったい何者だろう。ただ神のほか、だれが罪を赦せよう。」

 

塚本訳1963

5:21 聖書学者とパリサイ人は考え始めた、「冒涜を言うこの人はいったい何者だろう。ただ神のほか、だれが罪を赦せよう。」

 

口語訳1955

5:21 すると律法学者とパリサイ人たちとは、「神を汚すことを言うこの人は、いったい、何者だ。神おひとりのほかに、だれが罪をゆるすことができるか」と言って論じはじめた。

 

文語訳1917

"420521","ここに學者・パリサイ人ら論じ出でて言ふ『涜言をいふ此の人は誰ぞ、神より他に誰か罪を赦すことを得べき』"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マコ 2:6-8

2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、

2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」

2:8 イエスは彼らがひそかにこう考えているのを、すぐ霊で見抜いて、「なんで、そんなことを心の中で考えているのか。

 

塚本訳 マタ 9:3-4

9:3 すると数人の聖書学者がひそかに思った、「この人は神を冒涜している。」

9:4 イエスは彼らの考えを知って言われた、「なぜ悪いことを心の中で考えているのか。

 

塚本訳 マタ 28:18

28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。

 

塚本訳 マタ 28:18

28:18 イエスは近寄ってきて十一人に言われた、「(いまや)天上地上一切の権能が、(父上から)わたしに授けられた。

 

塚本訳 エペ 2:8

2:8 然り、君達は恩恵の故に、信仰によって救われた者である。これは君達の力によるのでなく、神の賜物である。

 

塚本訳 使  5:31

5:31 この方を神は、イスラエルに悔改めと罪の赦しとを与えるために、(命の)先達また救い主として御自分の右に挙げられたのです。

 

塚本訳 マコ 2:6-7

2:6 数人の聖書学者がそこに坐っていたが、心の中で考えた、

2:7 「この人はなぜあんなことを言うのだろう。冒涜だ。神お一人のほか、だれが罪を赦せよう。」

 

塚本訳 ルカ 7:49

7:49 同席の者が(憤慨して)ひそかに考えた、「罪さえ赦す(という)この人はいったい何人だろう。」

 

塚本訳 ヨハ 10:33

10:33 ユダヤ人が答えた、「善い業のために石で打ち殺すのではない、冒涜のためだ。君が人間の分際で、神様気取りでいるからだ。」

 

塚本訳 マタ 9:3

9:3 すると数人の聖書学者がひそかに思った、「この人は神を冒涜している。」

 

口語訳 出  34:6-7

34:6 主は彼の前を過ぎて宣べられた。「主、主、あわれみあり、恵みあり、怒ることおそく、いつくしみと、まこととの豊かなる神、

34:7 いつくしみを千代までも施し、悪と、とがと、罪とをゆるす者、しかし、罰すべき者をば決してゆるさず、父の罪を子に報い、子の子に報いて、三、四代におよぼす者」。

 

口語訳 詩  130:3-4

130:3 主よ、あなたがもし、もろもろの不義に/目をとめられるならば、主よ、だれが立つことができましょうか。

130:4 しかしあなたには、ゆるしがあるので、人に恐れかしこまれるでしょう。

 

口語訳 イザ 1:18

1:18 主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。

 

口語訳 イザ 43:25

43:25 わたしこそ、わたし自身のために/あなたのとがを消す者である。わたしは、あなたの罪を心にとめない。

 

口語訳 イザ 44:22

44:22 わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返れ、わたしはあなたをあがなったから。

 

塚本訳 ヨハ 5:11-13

5:11 彼は答えた、「わたしを直してくれた人が、『担架をかついで歩け』と言ったのです。」

5:12 彼らが尋ねた、「『かついで歩け』と言った人はだれだ。」

5:13 しかしいやされた人は、それがだれか知らなかった。大勢の人がその場所にいたので、イエスは(そっと)立ち去られたのであった。

 

口語訳 イザ 43:25

43:25 わたしこそ、わたし自身のために/あなたのとがを消す者である。わたしは、あなたの罪を心にとめない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●新約聖書一日一節黙想 ルカ5:21 おわり

・「苦難にめげない貧家の良妻」が理想の天職(内村鑑三)。顔の輝きが徴。

スポンサーサイト
トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


<<ユダヤ人理想の妻・・・後の日を笑っている・・・ | Top | 人は神を見失うとこの世のものが偶像になる・・・人間キリスト、マリヤ、金、幸福、平和、知恵・・・・>>




Comment


コメント












管理者にだけシークレットコメントをおくる



Trackback
Trackback URL
→http://teruonikki.blog55.fc2.com/tb.php/3820-311fdda3
FC2blog user only
| Top |
0814