to 日記と感想 老化と死を恐れるな・・・それは主の御許へ行く道だ・・・
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    171229    TM誕生日
    171220     KK誕生日
    171115    TM誕生日
    171016     IK誕生日
    171009     KH誕生日
    1709頃      聖路加約センターに2018年のMRI予約3か月前に聖路加に行く
    170831     芝浦工業会年会費支払締切
    170824(木)12:10キララホールエントランスコンサート、マリンバ
    170822     KS命日
    170817(木)11:30 キリスト教性教育研究会、ナザレ修道会、富永國比古
    170813     KT命日
    170813(日)10:30ナザレン教会浦和教会
    170813(日)14:00比企紀和君
    170812(土)14:00お江戸こらりあーず演奏会、文京シビックホール
    170809     TW誕生日
    170809(水)17:16初音吹奏楽、府中の森芸術劇場ドリームホール
    170808(火)0930池谷医院
    170801     TH誕生日
    170728     TI誕生日 KM誕生日
    170723      IK誕生日
    170713      TT誕生日
    170708(土)14:00在宅医療説明会(キララホール)
    170707(金)10:00池谷医院
    170706      TM誕生日
    170702(日) 集会感話
    170701      TT誕生日
    170630(金)12:20キララホールエントランスコンサート
    170628      IY誕生日
    170627(火)11:00 能城牧師来訪
    170625)日)10:10トミ子集会感話
    170625(日)14:00茅ヶ崎金子邸
    170618(日)15:00今井館総会
    170611(日)14:00武蔵野室内アンサンブル。ブラームス3番他。キララホール


老化と死を恐れるな・・・それは主の御許へ行く道だ・・・ ++++++++ 所感

2016/02/05 05:13

160205(金)3時半目覚め43時起床。乾布摩擦、体重測定、冷水洗顔、急いで厚着、湯沸し、小粒梅干し2ケ、湯一杯。●集会のKさんは先週の「主の日」の帰途、駅の階段から転げ落ちそうになったが傍にいた男性に支えられて事なきを得た。夫人だけだったら危なかったらしい。それで、夫人は「主人はもう集まりには出られなくなった」と言われる。恐れていた日が来た。私達とて風邪の直り方が遅い。老化現象か。●今朝の黙想は自分で自分を励ます。「老化と死を恐れるな・・・それは主の御許へ行く道だ・・」。聖書のアチコチを見てみよう。

塚本訳 マタ 4:12
4:12 イエスは(洗礼者)ヨハネが牢に入れられたと聞くと、(郷里)ガリラヤ(のナザレ)に引っ込まれた。

塚本訳 ルカ 4:16-19
4:16 それからお育ちになったナザレに行って、安息の日にいつものとおり礼拝堂に入り、(聖書を)朗読しようとして立たれた。
4:17 (係の者から)イザヤの預言書が手渡され、その巻物をお開けになると、こう書いた所が出てきた。──
4:18 『主の御霊がわたしの上にある、油を注いで(聖別して)くださったからである。主は貧しい人に福音を伝えるためにわたしを遣わされた。囚人に赦免を、盲人に視力の回復を告げ、』『押えつけられている者に自由をあたえ、』
4:19 『主の恵みの年(の来たこと)を告げさせるために。』


塚本訳 黙 5:4-5
5:4 私はさめざめと泣いた。(広いこの宇宙に、)その巻き物を開いて、それを見るに相応しい者が一人も無かったのである。
5:5 すると(かの)長老の一人が私に言う、「泣くな。視よ、ユダ族の獅子、ダビデの根(である者)が(既に)勝った(から)、彼がその巻き物と七つの封印とを開く(ことが出来る。)」


塚本訳 マタ 10:28
10:28 体を殺しても、魂を殺すことの出来ない者を恐れることはない。ただ、魂も体も地獄で滅ぼすことの出来るお方を恐れよ。


塚本訳 Ⅰコリ15:44
15:44 (神の霊を持たない)魂だけの体がまかれて霊の体が復活する。魂だけの体がある以上は霊の体もあるわけである。

塚本訳 ヨハ 11:25
11:25 イエスがマルタに言われた、「わたしが復活だ、命だ。(だから)私を信じている者は、死んでも生きている。

塚本訳 ヨハ 14:6
14:6 イエスは言われる、「わたしが道である。また真理であり、命である。(手段であると同時に目的であるから。)わたしを通らずには、だれも父上の所に行くことはできない。


塚本訳 ヨハ 12:24
12:24 アーメン、アーメン、わたしは言う、一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である。しかし死ねば、多くの実を結ぶ。(だからわたしは命をすてる。)

塚本訳 ルカ 8:52
8:52 (集まった)人々が皆泣いて、女の子のために悲しんでいた。イエスが言われた、「泣くな。死んだのではない、眠っているのだ。」

塚本訳 Ⅰペテ1:3
1:3 讃美すべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神!彼は大なる憐憫により、イエス・キリストが死人の中から復活し給うたことをもって、私たちを活ける希望に新しく生み

塚本訳 黙 14:13
14:13 また私は天から声が(こう)言うのを聞いた、「書け、『今から後主にあって死ぬる死人は幸福である。』」御霊も言い給う、「然り、彼らはその労苦を休息む(ことが出来る)であろう。その(為した)業が彼らに随いて行くのであるから!」と。


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朝の黙想終わり。人生の危機の時には暗記していた「主の言葉」が役に立つ。だから主の言葉はこれを暗記しておかなければならない。●某さんは「高橋さんの口からは『文語訳』がよく出てきますね」と言われた。聖書は暗記すべきものだ。それには暗記しやすい文語訳が優れている。●初代教会の殉教女「ヴィクトリア」は裁判の席上、実兄の「生き延びて老いた両親に孝養を尽くしなさい」という説得に「主の言葉」が口をついて出た。

文語訳 マタ 10:37
10:37 我よりも父または母を愛する者は、我に相應しからず。


●これは紀元304年2月、カルタゴでのことであった。とすると主の言葉は口伝か聖書、いずれにしても
ヴィクトリアの頭には「主の言葉」が入っていた。「主の言葉」が暗記されていた。


●パソコンの検索機能は便利。6年前のブログを見た。

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●800 厚着、完全武装、ホッカイロを二枚胸に貼って妻と集会に出発。駅に行く途中、咳こみ、あまりにぜーぜーするのを見た妻が「今日は集会を休んだ方がいいのでは」と言う。私が「それでも行く」と言ったが、ついに断念。休むことにした。トボトボと一人で家に戻るとき、こんなことは50年のクリスチャン人生で初めてだと思うと無念で泣けてきた。無教会者は集会を休まないことになっているのだ!無教会者は聖書の専門家(職業宗教家)ではない。素人だからこそ専門家より勉強しなければならないのだ妻は小中学校9年間「無遅刻無欠席」。その妻は日ごろ「病気には気力で負けてはならない」と言っている。その妻からストップがかかったので忠告を聞かざるを得ない。

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6年前のブログ おわり


新約聖書一日一節黙想 ルカ6:42
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塚本訳 ルカ 6:42

6:42 自分の目にある梁が見えずに、どうして兄弟にむかって、『兄弟、あなたの目にある塵を取らせてくれ』と言うことが出来ようか。偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目にある塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

●人は人の罪を取り除けない。それが出来るのは神のみ。

●イスラエルの宗教指導者は自分が盲目でありながら人を指導していた。イエスは彼らを偽善者と言った。

 

塚本訳 マタ 20:23-28

20:23 イエスは言われる、「いかにも、あなた達はわたしの杯を飲むにちがいない。しかしわたしの右と左の席、それはわたしが与えるのではなく、(あらかじめ)わたしの父上から定められた人々に与えられるのである。」

20:24 (ほかの)十人(の弟子)はこれを聞いて、二人の兄弟のことを憤慨した。

20:25 するとイエスは彼らを呼びよせて言われた、「あなた達が知っているように、世間では主権者が人民を支配し、また(いわゆる)えらい人が権力をふるうのである。

20:26 あなた達の間では、そうであってはならない。あなた達の間では、えらくなりたい者は召使になれ。

20:27 一番上になりたい者は奴隷になれ。

20:28 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

 

塚本訳 ロマ 3:19-24

3:19 ところでわたし達が知っているように、(右の)律法[聖書]が言うことはみな、律法に生きる者(すなわちユダヤ人)に対して語られるものである。(しかし)こうして(ユダヤ人だけでなく)すべての(人の)口がふさがり、世界中の人が、神に対して罪なしと言うことはできないのである。

3:20 というのは、律法が命ずる行いによっては『だれ一人神の前に義とされる者はない。』律法によって(は)罪を知る(ことができるだけで、人を罪から救うことはできない)からである。

3:21 しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。

3:22 この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。

3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。

3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

 

9:28 家にかえられると、弟子たちは人のいない時に尋ねた、「なぜわたし達には霊を追い出せなかったのでしょうか。」

9:29 彼らに言われた、「この種類(の霊)は、祈り以外(の手段)では決して出てゆかせることは出来ない。」

 

塚本訳 ルカ 6:39-40

6:39 なお譬を一つ話された、「盲人に盲人の手引が出来るか。二人とも穴に落ち込まないだろうか。

6:40 (良い先生をえらべ。)弟子は先生以上になれない。りっぱに一人前になっても、(たかだか)先生のようになるだけである。

 

塚本訳 マタ 15:13-14

15:13 イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。

15:14 あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

 

塚本訳 ヨハ 9:32-34

9:32 開闢以来、(ただの)人間で、盲で生まれた者の目をあけたなどと、聞いたことがない。

9:33 もしあの方が神のところから来たのでなかったら、なんにも出来なかったはずです。」

9:34 彼らも負けずに言った、「罪だらけで生まれたお前が、このわれわれを教えるのか。」そして彼を(礼拝堂)追放にした。

 

塚本訳 ヨハ 9:39-41

9:39 イエスは言われた、「わたしは裁きのためにこの世に来たのだ。・・盲が目明きに、目明きが盲になるために!」

9:40 イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」

9:41 イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)

 

塚本訳 ルカ 24:30-32

24:30 一しょに食卓について、(いつものように)パンを(手に)取り、(神を)讃美したのち、裂いて渡されると、

24:31 (その時)二人の目が開けて、その方とはっきりわかった。すると(また)その姿が見えなくなった。

24:32 二人は語り合うのであった、「(そう言えば、)道々わたし達に話をされたり、聖書を説き明かされたりした時に、胸の中が熱くなったではないか」と。

 

塚本訳 ルカ 24:44-49

24:44 それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。」

24:45 それから聖書をわからせるために彼らの心を開いて

24:46 言われた、「救世主は苦しみをうけて、三日目に死人の中から復活する。

24:47 また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。

24:48 あなた達はこの(苦しみと復活との)証人である。

24:49 待っておいで、わたしが父上のお約束のもの[聖霊]をあなた達におくるから。あなた達は(この)天よりの力を身につけるまで、都に止まっていなさい。」

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420642あなたはどうして自分の兄弟に、『兄弟よ、君の目の中にあるそのちり屑を取り出させてくれ』などと言うことができるのか。あなた自身、あなたの目にある梁が見えないままでは〔ないか〕。偽善者よ、まずあなたの目の中にあるその梁を取り出すがよい、そうすれば、その時こそあなたは良く見えて、兄弟の目の中のそのちり屑を取り出すこともできるだろう。

 

新共同訳1987

6:42 自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。」

 

前田訳1978

6:42 おのが目にある梁が見えずに、どうして兄弟に向かって、『兄弟、あなたの目にあるちりを取らせなさい』といえるのか。偽善者よ、まずおのが目から梁をのけよ。そうすればはっきり見えて、兄弟の目にあるちりを取りえよう。

 

新改訳1970

6:42 自分の目にある梁が見えずに、どうして兄弟に、『兄弟。あなたの目のちりを取らせてください。』と言えますか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうしてこそ、兄弟の目のちりがはっきり見えて、取りのけることができるのです。

 

塚本訳1963

6:42 自分の目にある梁が見えずに、どうして兄弟にむかって、『兄弟、あなたの目にある塵を取らせてくれ』と言うことが出来ようか。偽善者!まず自分の目の梁を取ってのけよ。その上で、兄弟の目にある塵を(取ってやれるなら、)取ってやったらよかろう。

 

口語訳1955

6:42 自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。

 

文語訳1917

"420642","おのが目にある梁木を見ずして、爭で兄弟に向ひて「兄弟よ、汝の目にある塵を取り除かせよ」といふを得んや。僞善者よ、先ず己が目より梁木を取り除け。さらば明かに見えて、兄弟の目にある塵を取りのぞき得ん。"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ

 

塚本訳 マタ 23:25-28

23:25 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは杯や皿の外側は清潔にするが、内側は掠め取った物と不節制とでいっぱいだからだ。

23:26 目の見えないパリサイ人よ、まず杯の内(の物)を清潔にせよ。そうすれば外も(おのずと)清潔になるであろう。

23:27 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは白く塗った墓に似ているからだ。外側はりっぱに見えるが、内側は死人の骨とあらゆる汚れとでいっぱいである。

23:28 そのように君たちも、外側はいかにも信心深そうに人に見えるが、内側は偽善と不法とで一ぱいである。

 

塚本訳 ルカ 11:39-40

11:39 主は彼に言われた、「よろしい、では君たちパリサイ人、君たちは杯や盆の外側は清潔にするが、(心の)内側は強欲と悪意とでいっぱいではないか。

11:40 無知な人たちよ、外側を造った方が、内側もお造りになったのではないか。

 

塚本訳 ルカ 15:16-20

15:16 彼はせめて豚の食う蝗豆で腹をふくらしたいと思ったが、(それすら)呉れようとする人はなかった。

15:17 ここで(はじめて)本心に立ち返って言った。──お父さんのところでは、あんなに大勢の雇人に食べ物があり余っているのに、(息子の)このわたしは、ここで飢え死にしようとしている。……

15:18 よし、お父さんの所にかえろう、そしてこう言おう、『お父さん、わたしは天(の神様)にも、あなたにも、罪を犯しました。

15:19 もうあなたの息子と言われる資格はありません。どうか雇人なみにしてください』と。

15:20 そして立ってその父の所へ出かけた。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見つけて不憫に思い、駈けよって首に抱きついて接吻した。

 

塚本訳 Ⅱテモ2:24-26

2:24 しかし主の僕は争わず、誰に対しても優しくあらねばならぬ。教え上手で、辛抱強く、

2:25 反抗する者の誤りを柔和に正してやれ。あるいは神が彼らに真理の知識への悔い改めを与え給うて(本心に立ち返らせ)、

2:26 悪魔の罠から逃れしめ給うかも知れない──彼らは(いま)悪魔に虜にされて、その意のままになっているのである。

 

塚本訳 エペ 2:1-5

2:1 君達も(私達と同様に)自分の咎と罪によって死んだ者であって、

2:2 かつてはこの世の世界の流れに従い、すなわち空中の権威と、今も不従順の子らの中に働いている(悪)霊との首領に従って、その咎と罪の中を歩いたのであった。

2:3 (否、)私達も皆かつてはこの人達に伍して自分の肉の欲の中に生活し、肉と欲望の欲するままに振舞って、他の(異教)人達のように生まれながら(神の)怒りの(審判に定められた)子であった。

2:4 しかし憐憫に富み給う神は、その大なる愛によって私達を愛し、

2:5 咎によって死んでいたこの私達をもキリストと共に活かし──君達が救われたのは恩恵によるのだ──

 

塚本訳 エペ 6:11-13

6:11 悪魔の奸策に対抗し得るよう、神の武具を著けよ。

6:12 私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に対するもの、「権力」に対するもの、この暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである。

6:13 この故に神の武具を執れ。(悪魔が勢力を壇にする)悪い日において彼に抵抗し、凡てを征服してその立場を守り得るためである。

 

塚本訳 ルカ 5:36

5:36 なお一つの譬を彼らに話された、「新しい着物を切って、古い着物に継ぎをする者はない。そんなことをすれば、新しい着物も疵ものになり、新しいのから切った継ぎも古いのにあわない。

 

 

塚本訳 ロマ 2:1-2

2:1 だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。

2:2 わたし達が知っているように、(いま言った)こんなことをする者を、神は真理によってお裁きになる。

 

塚本訳 ロマ 14:3-4

14:3 (肉)を食べる人は食べない人を軽蔑してはならないし、(肉を)食べない人は食べる人を裁いてはならない。神はその人をも(聖徒の)仲間にお入れになったのだから。

14:4 いったい何者なれば、あなたは他人[主キリスト]の僕(であるその人)を裁くのか、(あなた自身も僕でありながら。)彼が立っているのも倒れるのも、その主人(の考え)によるのである。しかし彼はしっかり立っていることができるであろう。主人は彼を立てる力をもっているのだから。

 

塚本訳 Ⅰコリ4:3-5

4:3 しかし(そのことについて、わたしはだれにも判定してもらおうと思わない。)あなた達によって、あるいは人間の裁判所によって判定されることなど、わたしには全くつまらないことである。いや、わたし(自身)でさえ自分を判定しない。

4:4 なぜなら、わたしは身にすこしも(務めをなおざりにした)覚えはないが、だからと言って、これで義とされているのではない。わたしを判定される方は主(御自身)である。

4:5 だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう。

 

塚本訳 ロマ 2:1

2:1 だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。

 

塚本訳 ロマ 2:21

2:21 それで、人を教えながら、あなたは自分を教えないのか。盗んではならないと説きながら、盗むのか。

 

塚本訳 マタ 23:13-15

23:13 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは人々を天の国から締め出して、自分が入らないばかりか、入ろうとする者をも入らせないからだ。

23:14 〔無し〕

23:15 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちはたった一人の改宗者を作るために海と陸とを飛びまわり、そして(改宗者が)できると、自分たちより倍も悪い地獄の子にするからだ。

 

塚本訳 ルカ 13:14-16

13:14 すると礼拝堂監督は、イエスが安息日に病気をなおされたことを憤慨して、群衆に言った、「働くべき日は六日ある。その間に来てなおしてもらったがよかろう。安息日の日にはいけない。」

13:15 主が答えられた、「この偽善者たち、あなた達はだれも、安息日には牛や驢馬を小屋から解いて、水を飲ませにつれてゆかないのか。

13:16 この女はアブラハムの末であるのに、十八年ものあいだ、悪魔が縛っていたのだ。安息の日だからとて、その(悪魔の)縄目から解いてはならなかったのか。」

 

塚本訳 使  13:10-12

13:10 言った、「ああ、あらゆる悪巧み、あらゆるごまかしで一ぱいの、この悪魔の子よ、あらゆる正しいことの敵よ、『主の真直ぐな道を』曲げることをやめないのか。

13:11 さあ、主の御手がお前の上にくだるのだ。お前は盲になって、時が来るまで日の光が見えなくなる。」たちどころに暗い霞が彼の目にかかった。彼は手を引いてくれる人を手さぐりでさがしまわった。

13:12 すると総督はこの出来事を見て、信者になった。主の教え(の力)に驚いてしまったのである。

 

塚本訳 ロマ 2:21-29

2:21 それで、人を教えながら、あなたは自分を教えないのか。盗んではならないと説きながら、盗むのか。

2:22 姦淫をしてはならないと言いながら、姦淫をするのか。偶像を忌みきらいながら、宮荒しをするのか。

2:23 (要するに、)あなたは律法を誇りながら、律法を破って神を辱しめている。

2:24 『神の御名はあなた達のために異教人の中で冒涜される』と書いてあるとおりである。

2:25 なぜか。律法を守れば、割礼も役に立つが、律法を犯せば、あなたの割礼は割礼がないと同じである。

2:26 反対に、割礼のない者が律法の要求することを守れば、割礼はなくても、割礼があると同様にみなされるではないか。

2:27 従って、肉に割礼のない者が律法を全うすれば、彼の方があなたを──(律法の)文字に通じ、割礼を受けていながら律法を犯すあなたを──裁くであろう。

2:28 なぜなら、みかけだけのユダヤ人はユダヤ人ではなく、みかけだけの肉的な割礼は割礼ではない。

2:29 隠れた(心の中の)ユダヤ人こそ(まことのユダヤ人、)また(律法の)文字によらない、霊的な心の割礼こそ(まことの割礼であり、こんなユダヤ人が、)人間からでなく、神からの栄誉をうけるのである。

 

 

塚本訳 マタ 6:22-23

6:22 目は体の明りである。だからあなたの目が澄んでおれば、体全体が明るいが、

6:23 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。

 

口語訳 詩  19:8

19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。

 

口語訳 黙  3:16-17

3:16 このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。

3:17 あなたは、自分は富んでいる。豊かになった、なんの不自由もないと言っているが、実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気がついていない。

 

塚本訳 マタ 23:16

23:16 ああ禍だ、君たち目の見えない案内人!君たちは言う、『お宮にかけて誓う者はなんでもないが、お宮の黄金(の器や飾り)にかけて誓う者は、(その誓いを果す)義務がある』と。

 

塚本訳 マタ 23:23-24

23:23 ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは薄荷や蒔蘿やクミンの(収穫の)一割税は(神妙に)納めるが、律法の中でもっと大切な正義と憐れみと忠実とをすてて顧みないからだ。しかしこれこそ行うべきである。だがあれもすててはならない。

23:24 目の見えない案内人よ、君たちは(律法を守るために、酒の中に落ちた)一匹の蚋をこし出しながら、駱駝を飲みこんでいる。

 

塚本訳 ルカ 6:43-45

6:43 わるい実を結ぶ良い木はなく、また良い実を結ぶ悪い木もない。

6:44 木(の良し悪し)はいずれもその実で知られるのである。茨から無花果をとらず、茨の薮から葡萄をつまない。

6:45 (同じように、)善人は心の善い倉から善い物を取り出し、悪人は(心の)悪い倉から悪い物を取り出す。心にあふれて口に出るのだから。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ6:42 終わり

●妻は風邪をこじらせて寝込む。我々は老いた。風邪がなかなか良くならない。
●妻は風邪ぐらいでは医者に行かない薬を飲まない。「念力」で直すと言う。信仰は女性。
●夕飯は鍋焼うどん(インスタント)。ケーキが食べたいというので購入。夜道であった。









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