to 日記と感想 頭が働かない・・・一日一生・・・
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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180422(日)   杉並公会堂・武蔵野室内合奏団「英雄」
    171229    TM誕生日
    180224   14:30 トミ子、モーチァルト{レクイエム) 171220     KK誕生日
    171225(月)10:45 聖路加診察脳神経外科桑本医師
    171218(月)10:30 聖路加MRI
    171203(日)14:00 無教会浦和集会、助川光子講演
    171126(日)  兄光男、弟靖男と三人会。於・日本橋
    171119(日)15:00 秋川キリスト教会、後藤牧人講演会
    171115    TM誕生日
    171107(月) TI手術、聖路加 171105(日) 照男・トミ子集会感話、トミ子午後郡山にSS見舞い
    171103(金)13:00南原繁研究会学士会館
    171030(月)10:00 聖路加 桑本先生


頭が働かない・・・一日一生・・・ ++++++++ 所感

2016/03/15 06:32

160315(火)キリスト者の皆様お早うございます。●4時起床。朝から何をやっても「頭が働かない」。焦る。こうして次第に脳が衰えて行くのかなー。御心ならば今日一日生かし給え。●頭休めに55年前に購入して苦難のたびに読むクリスティナロゼッティの「信仰詩集」を取り出した。内村鑑三に「一日一生」がある。●御心ならば今日も生かし給え。

●次回4月3日の感話をまとめた。ルターは病気になった時に聖書を読んで直ったという。またある聖句の意味が分かったら指一本落としてもよいとも言った。さすが宗教改革者。

4月3日感話草稿
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        聖書で聖書を読む  ルカ福音書                           

イエスの誕生 (ルカ21-7
   ・・・
キリストは歴史的事実であることの喜び・・・

 

2016年43日 東京聖書読者会 高橋照男

 

塚本訳 ルカ 2:1

2:1 そのころ、全(ローマ)帝国の人口調査の勅令が皇帝アウグストから出た。

●ルカの歴史認識。福音は歴史的事実の上に立つ。

 

塚本訳 ルカ 1:3-5

1:3 テオピロ閣下よ、わたしも一切の事の次第を始めから精密に取り調べましたから、今順序を正して書き綴り、これを閣下に奉呈して、

1:4 閣下が(今日までこのことについて)聞かれた話が、決して間違いでなかったことを知っていただこうと思ったのであります。

1:5 ユダヤのヘロデ(大)王の代に、ザカリヤというアビヤ組の祭司があった。。妻は、(これも大祭司)アロンの末で、名をエリサベツといった。

 

塚本訳 ルカ 3:1

3:1 (ローマの)皇帝テベリオの治世の十五年目、ポンテオ・ピラトはユダヤの総督、ヘロデ・(アンテパス)はガリラヤの領主、その兄弟ピリポはイツリヤおよびテラコニテ地方の領主、ルサニヤはアビレネの領主、

 

塚本訳 ルカ 2:2

2:2 これは(ローマ政府)第一回の人口調査で、クレニオがシリヤの総督であったときに行われたものである。

●著者ルカの「時代感覚」は敏感であった。テオピロに正確なところを伝えようとする心。ただし本節は歴史性には問題があるらしい。

 

塚本訳 ルカ 2:3-7

2:3 すべての人が登録を受けるために、それぞれ自分の(生まれた)町にかえった。

2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

2:5 すでに身重であった妻マリヤと共に、登録を受けるためであった。

2:6 するとそこにおる間に、マリヤは月満ちて

2:7 初子を産み、産着にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には場所がなかったのである。

 

塚本訳 ルカ 2:3

2:3 すべての人が登録を受けるために、それぞれ自分の(生まれた)町にかえった。

●ルカの視野は世界的。福音は歴史内に入った。救い主は歴史的に動かしがたいダビデの末から生まれると信じられていた。当時の習慣で故郷に帰った。

 

口語訳 ミカ 5:2

5:2 しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちから/わたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。

 

塚本訳 ヨハ 7:41-43

7:41 「この人は救世主だ」と言う者もあり、また(反対して、)こう言う者もあった、「ガリラヤから救世主が出るとでも言うのか。

7:42 『救世主は〃ダビデの末〃から、ダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。」

7:43 そこで群衆の間に、イエスのことで意見が分かれた。

 

塚本訳 ルカ 2:4

2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

●キリストはダビデの血統から生まれるという預言があった。血統は男子系。

 

口語訳 Ⅰサム17:12

17:12 さて、ダビデはユダのベツレヘムにいたエフラタびとエッサイという名の人の子で、この人に八人の子があったが、サウルの世には年が進んで、すでに年老いていた。

 

口語訳 イザ 11:1

11:1 エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、

 

口語訳 Ⅱサム7:12

7:12 あなたが日が満ちて、先祖たちと共に眠る時、わたしはあなたの身から出る子を、あなたのあとに立てて、その王国を堅くするであろう

 

口語訳 エレ 23:5

23:5 主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、公平と正義を世に行う

 

口語訳 ミカ 5:2

5:2 しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちから/わたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。

 

口語訳 ミカ 5:4

5:4 彼は主の力により、その神、主の名の威光により、立ってその群れを養い、彼らを安らかにおらせる。今、彼は大いなる者となって、地の果にまで及ぶからである。

 

塚本訳 ルカ 1:26-27

1:26 (エリサベツがみごもってから)六か月目に(同じ)天使ガブリエルが、神からガリラヤのナザレという町の一人の乙女に遣わされた。

1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。

 

塚本訳 ルカ 1:27-33

1:27 この乙女はダビデ(王)家の出であるヨセフという人と婚約の間柄で、名をマリヤといった。

1:28 天使は乙女の所に来て言った、「おめでとう、恵まれた人よ、主があなたとご一しょだ!

1:29 マリヤはこの言葉にびっくりして、いったいこの挨拶は何事であろうと考えまどうた。

1:30 天使が言った、「マリヤよ、恐れることはない。神からお恵みをいただいたのだから。

1:31 見よ、あなたは子をさずかり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ。

1:32 その子は大いなる者となり、いと高きお方の子と呼ばれる。神なる主は先祖『ダビデの王位を』彼に与え、

1:33 彼は『永遠に』ヤコブの家の『王となり、』その国は果しなく続くであろう。」

 

塚本訳 マタ 1:20

1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。

 

塚本訳 ルカ 3:23

3:23 このイエスは(伝道を)始められたとき、三十歳ばかりであった。(聖霊による子であったが、)世間ではヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、

 

塚本訳 ヨハ 7:42

7:42 『救世主は〃ダビデの末〃からダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。」

 

塚本訳 マタ 2:5-6

2:5 彼らはこたえた、「ユダヤのベツレヘムで。預言者(ミカ)によって、こう書かれているからです。

2:6 『お前、』ユダの地なる『ベツレヘムよ、お前はユダの町々の中で、最も劣っているものでは』決してない。『一人の偉大なる支配者がお前の中から出て、わが民イスラエルを牧するのだから。』」

 

塚本訳 ルカ 2:4

2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

 

塚本訳 マタ 1:1

1:1 アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──

 

塚本訳 ルカ 2:4

2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出、またその血統であったからである。

 

塚本訳 ロマ 1:1-4

1:1 キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──

1:2 この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、

1:3 その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ

1:4 聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。

 

塚本訳 ルカ 2:5

2:5 すでに身重であった妻マリヤと共に、登録を受けるためであった。

●婚前に妻が身重になったヨセフの苦悩はルカにではなく、マタイにある。

 

塚本訳 マタ 1:18-25

1:18 さてイエス・キリストの誕生はこのようであった。──イエスの母マリヤがヨセフと婚約の間柄で、まだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重となっていることが知れた。

1:19 夫ヨセフはあわれみぶかい人であったので、(これを公沙汰にして)女を晒し者にすることを好まず、内緒で離縁しようと決心した

1:20 しかし(なおも)そのことを思案していると、主の使いが夢でヨセフに現われて言った、「ダビデの末なるヨセフよ、心配せずにあなたの妻マリヤを(家に)迎えよ。胎内にやどっている者は、聖霊によるのである。

1:21 男の子が生まれるから、その名をイエス(訳すると、神はお救いになる)とつけよ。この方がその民を罪からお救いになるのだから。」

1:22 これはみな、主が預言者(イザヤ)をもって言われた言葉が成就するためにおこったのである。──

1:23 『見よ、乙女が身重になって男の子を産み、人はその(子の)名をインマヌエルと呼ぶであろう。』インマヌエルを訳すると『神はわれらと共なり』である。

1:24 ヨセフは眠りから覚めると、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を(家に)迎えた。

1:25 しかし、子が生まれるまでは、一緒にならなかった。そして(子が生まれると、)その名をイエスとつけた。

 

口語訳 申  22:22-27

22:22 もし夫のある女と寝ている男を見つけたならば、その女と寝た男およびその女を一緒に殺し、こうしてイスラエルのうちから悪を除き去らなければならない。

 

塚本訳 ルカ 2:6

2:6 するとそこにおる間に、マリヤは月満ちて、

●キリストは普通の人間のように「月満ちて」生れた。

 

塚本訳 ヨハ 16:21

16:21 女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。

 

塚本訳 黙  12:1-2

12:1 また大きな徴が天に顕れた──太陽を着た(一人の)女が、足の下には月を足台とし、頭には十二の星の冠を戴いていた。

12:2 そして懐妊していて、子を産もうとする痛みと苦しみのために(大声に)叫んでいる。

 

塚本訳 ルカ 2:7

2:7 初子を産み、産着にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には場所がなかったのである。

●救い主神の子キリストは人の子の姿をとってこの世に降られた。しかも最も悪い環境で。

 

塚本訳 ルカ 2:11-12

2:11 実は今夜ダビデの町に、あなた達のために一人の救い主がお生まれになった。このお方が(かねて預言されていた)救世主なる主である

2:12 あなた達はみどり児が産着にくるまれて飼葉桶に寝ているのを見る。それが(救世主の)目印である。」

 

塚本訳 ヨハ 1:14

1:14 この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。

 

塚本訳 ピリ 2:6-11

2:6 彼は(先には)神の姿であり給うたが、神と等しくあることを棄て難いことと思わず、

2:7 かえって自分を空しうして人と同じ形になり、奴隷の姿を取り給うたのである。そして人の様で現れた彼は、

2:8 自ら謙り、死に至るまで、(然り、)十字架の死に至るまで(父なる神に)従順であり給うた。

2:9 それ故に神も彼を至高く上げ、凡ての名に優る(「主」なる)名を与え給うた。

2:10 これはイエスの(この尊い)名の前に、天の上、地の上、地の下にある『万物が膝を屈め、

2:11 凡ての舌が』「イエス・キリストは主なり」と『告白して』父なる『神に』、栄光を帰せんためである。

 

塚本訳 Ⅱコリ8:9

8:9 ──あなた達はわたし達の主イエス・キリストの恩恵を知っているではないか、彼は(神の子として)富んでおられたのに、あなた達のために(人間となって)貧しくなられた、この方の貧しさによってあなた達が富むためである。

 

塚本訳 ヘブ 5:7

5:7 彼はその(地上における)肉の日に、烈しい叫び声と涙とをもって、彼を死から救い得るお方に向かって祈りや嘆願を捧げ、その敬虔のゆえに聞きいれられた(方である)。

 

塚本訳 マコ 10:45

10:45 人の子(わたし)が来たのも仕えさせるためではない。仕えるため、多くの人のあがない金としてその命を与えるためである。」

 

塚本訳 ルカ 19:10

19:9 イエスが(人々に)言われた、「救いは(きょう、)この家に入った。(人でなしのように言われる)この人も、やはり(あなた達と同じ)アブラハムの末だから。

19:10 人の子(わたし)は『滅びうせた者をさがして』救うために来たのである。

 

塚本訳 マタ 13:57

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

 

塚本訳 ヨハ 1:9-10

1:9 この方(言葉)は、この世にうまれて来るすべての人を照らすべきまことの光であった。

1:10 この世に来ておられ、世はこの方によって出来たのに、世はこの方を認めなかった。

 

塚本訳 ヨハ 13:7-8

13:7 イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」

13:8 ペテロが言う、「わたしの足は、いつまでも絶対に洗わないでください。」イエスは答えられた、「わたしが(足を)洗ってやらないなら、あなたはわたしとなんの関係もない人だ。」

 

塚本訳 ガラ 4:4

4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった

 

口語訳 イザ 53:2-3

53:2 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。

53:3 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

 

塚本訳 ルカ 9:58

9:58 イエスはその人に言われた、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」

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朝のバイブルワークス終わり。少し元気になった。

●三男の恵が勤める飯館電力がNHKの国際放送でかなり長く報道された。

●新約聖書一日一節黙想 ルカ7:23
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塚本訳 ルカ 7:23

7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

●キリストはつまづかれる宿命を負っていた。キリストにつまづいた人

 

塚本訳 ルカ 2:48-51

2:48 両親はこれを見て驚き、母が言った、「坊や、どうしてこんなことをしましたか。ごらん、お父さまもわたしも(こんなに)心配して、あなたをさがしているではありませんか。」

2:49 彼らに答えられた、「なぜおさがしになったのです。わたしが(天の)お父さまの家に居るのは当り前でしょう。御存知なかったのですか。」

2:50 両親にはこう言われた言葉(の意味)がわからなかった。

2:51 それからイエスは一しょに(エルサレムから)下ってナザレに帰り、両親につかえられた。母(マリヤ)はこのことを皆胸に秘めていた。

 

塚本訳 マタ 13:54-57

13:54 郷里(ナザレ)に行ってその礼拝堂で教えられた。すると人々が驚いて言った、「この人はどこからこの知恵と、奇蹟とを覚えてきたのだろう。

13:55 これはあの大工の息子ではないか。母はマリヤで、兄弟はヤコブとヨセフとシモンとユダではないか。

13:56 女兄弟たちは、みんなわたし達の所に住んでいるではないか。するとこの人は、こんなことを皆どこから覚えてきたのだろう。」

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

 

塚本訳 マコ 3:20-21

3:20 家にかえられると、また群衆が集まってきて、みんなは食事すら出来なかった。

3:21 身内の者たちが(イエスの様子を)聞いて(ナザレからカペナウムへ)取りおさえに出てきた。「気が狂っている」と思ったのである。

 

塚本訳 マタ 26:14-16

26:14 そのあと、イスカリオテのユダという十二人の(弟子の)一人が大祭司連の所に行って、

26:15 「いくらくれますか、あの男をあなた達に売ってもいいが」と言った。『彼らは(シケル)銀貨三十枚[六万円]を払い渡した。

26:16 この時からユダは、イエスを引き渡すよい機会をねらっていた。

 

塚本訳 マタ 26:63-68

26:63 しかしイエスは黙っておられた。大祭司が言った、「生ける神に誓ってわれわれにこたえよ。お前が、神の子救世主か。」

26:64 イエスは(はじめて口を開いて)彼に言われる、「(そう言われるなら)御意見にまかせる。だが、わたしは言う、あなた方は今後『人の子(わたし)が』『大能の(神の)右に坐り、』『天の雲に乗って来るのを』見るであろう。」

26:65 そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った、「冒涜だ!これ以上、なんで証人の必要があろう。諸君は今ここに(おのれを神の子とする許しがたい)冒涜を聞かれた。

26:66 (この者の処分について)お考えを承りたい。」「死罪を相当とする」と彼らが答えた。

26:67 それから(法院の役人のある者は)イエスの顔に唾をかけ、拳でうち、ある者は(目隠しをして)棒でたたきながら、

26:68 「おい救世主、だれがぶったか、当ててみろ」と言った。

 

塚本訳 マタ 26:69-75

26:69 ペテロは外で中庭に坐っていた。すると一人の女中が寄ってきて、「あなたもあのガリラヤ人イエスと一しょだった」と言った。

26:70 しかしペテロは皆の前で、「何をあなたが言っているのかわからない」と言って打ち消した。

26:71 そして玄関に出てゆくと、ほかの女中がペテロを見て、そこにいる人たちに「この人はあのナザレ人イエスと一しょだった」と言う。

26:72 ペテロは誓いまで立てて、「そんな男は知らない」と、また打ち消した。

26:73 しばらくすると、そこに立っていた人たちが寄ってきてペテロに言った、「確かにあなたもあの仲間だ。あなたの国訛りでもそれがわかる。」

26:74 そこでペテロは、「そんな男は知らない。(これが嘘なら、呪われてもよい)」と、幾たびも呪いをかけて誓った。するとすぐ鶏が鳴いた。

26:75 ペテロは、「鶏が鳴く前に、三度、わたしを知らないと言う」と言われたイエスの言葉を思い出し、外に出ていって、さめざめと泣いた。

 

塚本訳 マタ 8:19-20

8:19 すると一人の聖書学者が進み出て言った、「先生、どこへでもおいでになる所へお供をします。」

8:20 イエスはその人に言われる、「狐には穴がある、空の鳥には巣がある。しかし人の子(わたし)には枕する所がない。(その覚悟があるか。)」

 

塚本訳 マタ 27:39-44

27:39 通りかかった人々が『頭をふりながら、』イエスを冒涜して

27:40 こう言った、「お宮をこわして三日で建てるという人、自分を救ってみろ。神の子なら、十字架から下りてこい。」

27:41 同じように大祭司連も、聖書学者、長老と一しょに、こう言ってなぶった、

27:42 「あの男、人は救ったが、自分は救えない。イスラエルの王様じゃないか。今すぐ十字架から下りてくるがよい。そうしたら信じてやるのに!

27:43 『彼は神にたよっている。神が可愛がっておられるなら、』今すぐ『救ってくださろう』だ。『わたしは神の子だ』と言ったから。」

27:44 一しょに十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスを罵った。

 

塚本訳 マコ 14:49-52

14:49 わたしは毎日宮にいてあなた達の所で教えていたのに、捕えずにおいて、(どうして今、こんな真夜中に来たのか。)しかしこれは、(救世主は罪人のようにあつかわれるという)聖書の言葉が成就するためである。」

14:50 一人のこらずイエスをすてて逃げた。

14:51 ある青年が素肌に亜麻布をひっかけて、イエスについて来ていた。人々が捕えようとすると、

14:52 亜麻布を(人々の手に)残して裸で逃げていった。

 

塚本訳 マコ 15:29-32

15:29 通りかかった人々が『頭をふりながら、』こう言ってイエスを冒涜した、「へへえ、お宮をこわして三日で建てるという人、

15:30 自分を救ってみろ、十字架から下りてきて!」

15:31 同じように大祭司連も、聖書学者と一しょに、こう言って(イエスを)なぶり合った、「あの男、人は救ったが、自分は救えない。

15:32 救世主、イスラエルの王様が!今すぐ十字架から下りてくるがよい。見たら信じてやるのに!」一しょに十字架につけられた二人(の強盗)も、イエスを罵った。

 

塚本訳 ヨハ 20:24-25

20:24 十二人の一人で、トマスすなわちギリシャ語でデドモ(二子)は、イエスが来られた時、みんなと一しょにいなかった。

20:25 そこでほかの弟子達が、「わたし達は主にお目にかかった」と言うと、彼らに言った、「わたしはその手に釘の跡を見なければ、わたしの指をその釘の場所に差し込まなければ、手をその脇腹に差し込まなければ、決して信じない。」

 

塚本訳 使  26:14-16

26:14 わたし達が皆地上に倒れると、ヘブライ語で、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。刺の棒は蹴っても無駄だ』とわたしに言う声を聞きました。

26:15 わたしは言った、『主よ、あなたはどなたですか。』主が言われた、『わたしだ、君が迫害しているイエスだ。

26:16 さあ、起きて、『自分の足で立て。』わたしが(今)現われたのは、君を選んで、わたしを見たことと、(今からも)君に現われて示すこととの証人として、わたしに仕えさせるためである。

 

●翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

420723実に幸いだ、私に蹟かない者は」。

 

新共同訳1987

7:23 わたしにつまずかない人は幸いである。」

 

前田訳1978

7:23 さいわいなのはわたしにつまずかぬ人!」と。

 

新改訳1970

7:23 だれでも、わたしにつまずかない者は幸いです。」

 

塚本訳1963

7:23 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

 

口語訳1955

7:23 わたしにつまずかない者は、さいわいである」。

 

文語訳1917

"420723","おほよそ我に躓かぬ者は幸福なり』"

 

●BbB、TSK、黒崎を見て心に響くものをピックアップ(重複あり)

 

塚本訳 ロマ 9:33

9:33 (聖書に)書いてあるとおりである。『見よ、』『躓きの石と邪魔の岩とを』『シオンに』置く、『これを信ずる者は恥をかかないであろう。』

 

塚本訳 マタ 21:31-32

21:31 この二人のうち、どちらが父の心を行ったのだろうか。」「もちろん長男」と彼らが答える。イエスが言われる、「アーメン、わたしは言う、税金取りや遊女たちは、あなた達よりも先に神の国に入るであろう。

21:32 そのわけは、(洗礼者)ヨハネが義の道を示しに来たのに、あなた達は彼を信ぜず、税金取りや遊女の方がかえって信じたからだ。しかしあなた達は(あの人たちが悔改めるのを)見たあとでも、後悔して彼を信じようとしなかった

 

塚本訳 ヨハ 10:20-21

10:20 そのうち多くの者は、「あの人は悪鬼につかれて、気が狂っている。どうしてあなた達はあんな人の話を聞くのか」と言い、

10:21 またこう言う者もあった、「悪鬼につかれた者にあんな話はできない。悪鬼に盲人の目をあけることが出来ようか。」

 

塚本訳 マタ 9:11

9:11 パリサイ人はこれを見て、弟子たちに言った、「なぜあなた達の先生は、税金取りや罪人と一しょに食事をするのか。」

 

塚本訳 ガラ 4:4

4:4 しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった。

 

塚本訳 Ⅰコリ1:21-28

1:21 なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。

1:22 実際、ユダヤ人は(信ずるための証拠に神からの不思議な)徴を乞い、異教人は(真理を知るために)知恵を求めるが、

1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、

1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。

1:25 というのは、神の(業はどんなに)馬鹿なこと(に見えても、それ)は人よりも知恵があり、神の(業はどんなに)無力(に見えても、それ)は人よりも力があるからである。

1:26 論より証拠、あなた達のお召しのことを考えてみるがよい。兄弟たちよ、この世的には、(あなた達の中に)多くの知恵者がなく、多くの有力者がなく、多くの高貴の人がないではないか。

1:27 それどころか、世の馬鹿なものを神はお選びになった、知恵者に恥をかかせるためである。また世の無力なものを神はお選びになった、力のあるものに恥をかかせるためである。

1:28 また世の身分の低いもの、軽蔑されているもの、(いや、あっても)無い(ように思われている)ものを神はお選びになった、ある(と思われている)ものを無にするためである。

 

塚本訳 Ⅰコリ2:14-15

2:14 しかし(御霊を持たない)生まれながらの人間は、神の霊から出てくることを受け入れない。彼にはそれが馬鹿なことなのである。またそれを理解することも出来ない。(霊のことは)霊的に判断されねばならないからである。

2:15 反対に、霊の人はすべてのことを判断することができるが、しかし彼自身はだれからも判断されることがない。

 

塚本訳 Ⅰペテ2:5-6

2:5 そして君達自身も(主と同じく)活きた石として建てられて、霊の家となれ。これは君達が聖い祭司として、イエス・キリストによって神の御意に適う霊の供物を献げるためである。

2:6 というのは『見よ、』われ『シオンに選びの石、尊き隅石を』置く』これを信ずる者は決して恥をかかされない。』と聖書にある。

 

口語訳 イザ 8:14-15

8:14 主はイスラエルの二つの家には聖所となり、またさまたげの石、つまずきの岩となり、エルサレムの住民には網となり、わなとなる。

8:15 多くの者はこれにつまずき、かつ倒れ、破られ、わなにかけられ、捕えられる」。

 

塚本訳 ルカ 2:34

2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った、「驚きなさるなよ、この幼児はイスラエルの多くの人を、(この方に対する態度によって)倒されたり立たせたりする、また、一つの目印となって(この世の烈しい)反対をうける、使命を負わされているのです。──

 

塚本訳 ヨハ 6:60-66

6:60 するとこれを聞いて、弟子のうちに、「(自分の肉を食えとは、)これはひどい言葉だ。誰が聞いておられよう」と言う者が大勢あった。。

6:61 イエスは弟子たちがそのことについて不満を抱いているのを見抜いて彼らに言われた、「このことがあなた達をつまずかせるのか。

6:62 それなら、もし人の子(わたし)が(地上に下りてくる)前にいた所に上るのを見たら、どうであろう。そのときあなた達は、肉を食い血を飲むのが、霊の意味であったことに気づくであろう。

6:63 霊が命を与える。肉はなんの役にも立たない。いまわたしがあなた達に話した言葉は、霊である。だから、命である。

6:64 しかしあなた達のうちには、信じていない者がすこしある。」イエスには、だれだれは信じない、だれは自分を敵に売ると、始めからわかっていたのである。

6:65 そして言われた、「だから『父上に許された者でなければ、だれもわたしの所に来ることは出来ない』と言ったのだ。」

6:66 (このはげしい言葉の)ために、多くの弟子がはなれていって、もはやイエスと一しょに歩かなくなった。

 

塚本訳 ロマ 9:32-33

9:32 なぜか。イスラエル人は信仰によってでなく行いによって(義とされ得るか)のように考え(て、追い求め)たからである。彼らは』躓きの石に『躓いた。

9:33 (聖書に)書いてあるとおりである。『見よ、』『躓きの石と邪魔の岩とを』『シオンに』置く、『これを信ずる者は恥をかかないであろう。』

 

塚本訳 Ⅰペテ2:7-8

2:7 だから信ずる君達は光栄に与る(ことが出来る)が、信ぜぬ人達には』建築師が(役に立たぬと)棄てた石で、これが隅の首石、』

2:8 また』蹉跌の石、躓きの岩となった』。彼らは御言(を聴きながらこれ)に従わないので、(遂に)蹉跌するのであって、それはまた(神によって)彼らに定められたことである。

 

塚本訳 マタ 11:4-6

11:4 イエスは答えられた、「行って、(今ここで)聞いていること見ていることをヨハネに報告しなさい。

11:5 ──『盲人は見えるようになり、』足なえは歩きまわり、癩病人は清まり、聾は聞き、死人は生きかえり、『貧しい人は福音を聞かされている』と。

11:6 わたしにつまずかぬ者は幸いである。」

 

塚本訳 マタ 13:57

13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかしイエスは彼らに言われた、「預言者が尊敬されないのは、その郷里と家族のところだけである。」

 

塚本訳 Ⅰコリ1:23-24

1:23 わたし達は十字架につけられたキリストのこと(だけ)を説く。すなわち、ユダヤ人にはつまづき、異教人には馬鹿なことであるけれども、

1:24 (神に)召された者だけには、ユダヤ人、異教人の別なく、(これこそ)神の力、また神の知恵なるキリストを(説くのである)。

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新約聖書一日一節黙想 ルカ7:23おわり

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