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将来日記

    将来日記

    XXXXXXXXXXX    終末、復活、永遠の生命、再会(父、母、妻、
              子供、親戚、友人、集会の方々)
              復活と再会の確信はイエスの有体的復活の事実
    291103       結婚60年記念、ダイヤモンド婚
    261016       イカ成人
    251009       コフ成人
    250809       タワ成人
    241103       結婚55年記念。エメラルド婚
    230110       イハ20歳成人
    230713       タテ満80歳
    220728       KM成人
    200713       タテ誕生日満77歳喜寿
    191103       結婚50年記念。金婚
    18秋ごろ 木曜日 阿伎留病院森先生に胃カメラ申し込み
    180503(木)   妻とかなほ、都民の森
    180507(月))10:00 池谷医院
    180502(水)   伊勢かなほ来泊
    180426(木)   群馬、武藤家
    180425(水)11:00 能城一郎牧師来訪
    180422(日)13:00 高橋実祈ピアノ八発表会、望、満二歳誕生日、新浦安
    180405(木)12:30 ロマリンダクリニック、午後富永先生御実家
    180314(水)12:00高校同窓会。ナビス横浜
    180310(土)10:00 今井館で結婚式、式辞


結婚の神秘・・・神による出会いで二人は一体・・・ ++++++++ 所感

2018/01/14 06:28

180114(日)24人+6家族の祈り。残り少なき旅路、御心のままに●さかなのえ ΙΧΘΥΣ・イエスス(イエス)、クリストス(キリスト)、セオス(神)、ヒュオス(子)、ソテル(救い主)=イクスス(魚) ●キリスト者の皆様お早うございます。昨日は今年3月に結婚式を挙げる二人に結婚の神秘にtついて話した。結婚は神の業で、神聖であることは、次のイエスの言葉に尽きる。これは百千の結婚観に勝るものである。今朝はこの句をめぐって黙想してみよう。わたし達は結婚49回目で、少しは若い人たちに語る資格があろう。

塚本訳 マタ 19:3-6
19:3 そこにパリサイ人たちが近寄ってきて、イエスを試そうとして言った、「何か理由があれば、妻を離縁してもよろしいか。」
19:4 答えて言われた、「造物者が始めから『彼らを男と女とに造られた』こと、
19:5 また、『それゆえに人は父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる』と言われたことを、あなた達は読んだことがないのか。
19:6 従って、もはや二人ではない、一体である。だから夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」

●「離縁してもよろしいか」
 今日の離婚率は3から40%で驚くべき高さ。理由は「性格の不一致」が多い。相手を嫌いになるのである。相手は神が出会わせてくれたも 
 のだと言う信仰が無いからこういうことになる。罪のない子供が路頭に迷うことになって気の毒だ。精神的成長にも害を及ぼす。

●造物者が始めから「彼らを男と女とに造られた」
 神の創造の知恵。、結婚は人が天国に行く準備であることが秘められている。結婚、子育てによる悩み悲しみである。生物は始めは『女」だけであったらしいいが、神は「一人でいるのはよくない」と思われたに違ういない(創世記2:18)

●「父と母とをすてて妻に結びつき、二人は一体となる」
 それぞれ育った家のカラーというものを捨てて、二つ人格が混ざり合い、一体となり、全く別のカラーになる神秘性。
 儒教道徳では「家風」に合わせられたり、「夫に忍従」させられたりするががキリスト教の「ホーム」は神に導かれる家風である。

●「夫婦は(皆)神が一つの軛におつなぎになったものである。」
この塚本訳敷衍の(皆)に意味がある。結婚は恋愛にしろ、見合いにしろ、総会にしろ、出会いは様々だが、結ばれ方は様々。
しかしどんな道筋にしろそれは神が繋ぐもの、「軛」とはそれぞれが不自由になることで、結婚はは自分という人格の「死」であれる。

「(どんな理由があっても)人間がこれを引き離してはならない。」
離婚の正統的理由を神は認めない。塚本訳の敷衍(どんな理由があっても)は厳しい。伝道者訳である。「人間がこれを引き話してはならない」という人間とは「自分」が入る。「出ていけ!」とか「別れましょう」というのは神の御心を悲しませる。神に対する傲慢である。

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朝の啓示と黙想おわり。結婚式の準備は、現在の自分たちへの戒めである。自戒、反省。

●10:00 東京聖書読者会。土肥(司会)、高橋トミ子(パリサイ人攻撃、小寺さん入院の報告)、横田淳(塚本虎二講演「エペソ書」)
●14:30 NHKEテレで「福島の再生を語り合う」。を見る。飯館村の取り組みに恵が出ていた。
●「聖書協会共同訳」パイロット版意見具申 民数記21-25章。

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集会の帰り。あきる野に到着して家路。妻が前を歩く。



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